約 1,207,250 件
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/1073.html
【11月1日】 『めっちゃ公用語』 タルト「今日から十一月! 今月もめっちゃ張り切っていくで!」 美希 「出たわね! タルトのインチキ関西弁が」 タルト「インチキやなんて失礼やなぁ、これはれっきとした――――」 せつな「スウィーツ王国の言葉なのよね。自分の耳で確かめたのに信じられないわ」 祈里 「そうよね。めっちゃプリキュアとか言ってたし……」 せつな「どこをどう間違ったら、あんなパラレルが生まれるのかしら?」 ラブ 「まあまあ、楽しいからいいじゃない!」 タルト「せやせや。世の中、一つや二つくらい、わからんことがあった方が面白いんや」 美祈せ『絶対、一つや二つではすまないと思う……』 【11月2日】 『アロマテラピー』 美希 「今日は、元気になるアロマで一日頑張ろっと!」 せつな「良い匂いだとは思うけど、薫りで元気になったりするものなの?」 美希 「ちゃんと、医学的根拠もあるそうよ」 祈里 「香りは自律神経を安定。肌に塗ると保湿だけじゃなくて、体内に取り込まれて色んな効能があるの」 せつな「私も教えてもらっていいかしら」 美希 「任せて! せつなに合いそうな薫りはね~」 ラブ 「仲良く楽しく作るのも、元気の秘訣だよね」 【11月3日】 『幸せの体系』 四人 「今日は文化の日!」 せつな「みんなで、映画を観に行きたいわ」 ラブ 「映画って、観るのも楽しいけど、見た後で感想伝え合うのが楽しいよね」 せつな「でも、文化って具体的に何から何までをそう呼ぶのかしら?」 祈里 「後天的に学ぶことができる、集団が創造し継承している認識と実践の体系って書いてあるわ」 せつな「なんだか難しいのね」 ラブ 「ん~幸せ! って感じることができるものは、みんな文化だよ」 美希 「クスッ、ラブはわかりやすいわね」 せつな「でも、私もそう思うわ。それじゃ、行きましょう!」 【11月4日】 『ドーナツハウスで紅葉狩り』 カオルちゃん「公園の木々が色づいてきたねぇ。ハァ~ア、秋って感じ」 ミユキ「紅葉を見ながら食べるドーナツもおつなものね」 カオルちゃん「ミユキちゃん、今日は練習しなくていいの?」 ミユキ「休憩時間なのよ。疲れた時には、綺麗な景色と甘い物が一番ね」 カオルちゃん「変わらぬ日々に、ささやかな変化を与えてくれる。季節っていいよね」 【11月5日】 『幸せの三原則』 シフォン「シフォン、いっぱいお昼寝したぁ~!」 ラブ 「おはよう、シフォン。それじゃ、あそぼっか!」 カオルちゃん「先にドーナツ食べてく? 寝る子は育つ、よく食べる子はもっと育つってね」 ラブ 「そんな格言あったかなあ。でも、賛成! いただいてくね」 祈里 「赤ちゃんに必要な睡眠は、大人の二倍から三倍と言われてるの」 美希 「本当に、寝ている間に育つのね」 せつな「寝顔も可愛いけど、起きてる時間は精一杯遊びましょう」 ラブ 「ごちそうさま。行こう! みんな、シフォン」 【11月6日】 『山の味覚』 ラブ 「みんなで、山登りに行こうよ! お弁当持って、レッツ・ゴー!」 せつな「街でこんなに綺麗なんだから、山の紅葉はさぞかし見事でしょうね」 ラブ 「ルンルン! 栗に、アケビに、キイチゴでしょ。それと山ブドウ」 美希 「ガクッ! ラブは食べ物が目的なのね」 タルト「せやけど、山で取れる新鮮な果実ってえぇ~な~」 祈里 「楽しみね、でもキノコは見分けが難しいから注意してね」 美希 「アタシは、登山して帰ってきたら体重増えてた、なんてことにならないように注意しよっと」 ラブ 「結局、美希たんも食べるんじゃない」 【11月7日】 『もの思いの秋』 キュアパイン「イエローハートは祈りの印! とれたて・フレッシュ・キュアパイン!!」 祈里 「はぁ~。今さらだけど、どうしてわたしなんかがプリキュアに選ばれたのかな?」 ラブ 「向いてないなんて言ったら、あたしも同じだよ。どんくさいし、運動苦手だし」 せつな「被害に合うのは人間だけじゃないから、他の命も同じように愛せるブッキーが選ばれたんじゃないかしら?」 ラブ 「なるほど、ブッキーは動物が大好きだもんね!」 祈里 「どうなのかな? わたしの好きな動物さんって、やっぱり、わたしに取って都合の良い動物だけなのかも」 美希 「アタシならそんなことで悩まないわ。そんな優しいブッキーは、やっぱりプリキュアに必要なのよ」 【11月8日】 『落ち葉舞う季節』 せつな「公園で、とっても綺麗な落ち葉を拾ったのよ」 美希 「この時期、公園の地面は落ち葉のカーペットに覆われるのよね」 せつな「どうして、枯れて落ちるだけの葉っぱなのに、こんなに綺麗なのかしら?」 祈里 「それは諸説あって、よくわかってないみたいなの」 タルト「わからんからこそ、大自然の神秘なんや。頭で考えるんやない、心で感じるんや」 せつな「大きさも色も形も不揃いなのに、集まっても綺麗なんて不思議ね」 ラブ 「みんなバラバラなのに、一つ一つ綺麗で、集まるともっと。それって人間もそうだよね」 祈里 「生き物全部よ、ラブちゃん」 タルト「ええ話やけど、ワイをスルーせんといてえや……」 【11月9日】 『大体で良いんだ』 ウエスター「俺もドーナツを作ってみたぞ。サウラー、味見してみろ! あれ、どこ行った?」 サウラー 「部屋に避難しておいて正解だったね。毒ダンゴならぬ毒ドーナツといったところか」 ウエスター「おお! 見つけたぞサウラー。食ってみろ! 今回は自信作だ」 サウラー 「その黒い色と、焦げた臭いと、いびつなカタチを説明してくれたら考えよう」 ウエスター「黒いのはチョコレート味。匂いはこのくらいが香ばしいんだ。カタチなんて食べたら同じだ」 サウラー 「ぐぼおっ! ウエスター、ちゃんとレシピはもらったんだろうな?」 ウエスター「もらったが読んではいないぞ。男の料理は勘と勢いが大事だからな」 【11月10日】 『帰郷』 祈里 「今日はツバメさん達とお話したの。さむ~い冬を越すんですって」 美希 「ツバメは寒さに弱いって聞いたことあるわね。冬の間はどうしてるの?」 祈里 「オーストラリア辺りまで避難するそうよ。冬が終わると、また日本に戻ってくるの」 せつな「そんな……。休む場所すらない海の上を、何千キロも旅するなんて」 ラブ 「ずっと、オーストラリアで暮らそうとは思わないのかな?」 祈里 「生まれ故郷の日本が、それでも好きだからなんだって」 新-575へ
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/1293.html
Thank you, my follower ~美希のもうひとつのこわいもの?~/一六◆6/pMjwqUTk 思えばあの日のアタシの運勢は、最悪だったに違いない。 昼間は十四年の人生で最も怖いものと戦う羽目になり、夜は夜で、あんな目に遭ってしまったんだから。 それでも夕食を終えて、お気に入りのアロマオイルを垂らした湯船に浸かっていた時は、なかなかに幸せな気分だったのだ。 思いがけず、せつなと初めて二人きりで買い物に出かけた今日。会話は弾まないわ、洋服は決まらないわ、おまけに……アレに遭遇するわで散々だったけど、今までよりずっとせつなと心を開いて話ができたし、昨日より、せつなに少し近づけた気がした。 湯船の中で、今日の出来事をあれこれ振り返って、思い出し笑いがこみ上げてきたくらい。こんな風にせつなの顔を思い浮かべたことなんて、今まで無かったと思う。 笑顔でお湯の中から立ち上がった途端、せつなに言おうと思っていて言いそびれたことがあるのを思い出した。 (明日、言うの忘れないようにしようっと) そう思いながら、鼻歌交じりでお風呂から上がる。そしてバスタオルを巻いただけの姿で、いつものように体重計に乗って――そこでアタシは凍り付いた。 いったん体重計から降り、数字がゼロになっているのを確認してもう一度乗ってみる。 さらにもう一度……そしてムキになってもう一度。 でも何度測り直しても、体重計は同じ数字をアタシに突き付けてくる。昨日測った時より明らかに大きな、あり得ない数字を。 (なんで? なんで? たった一日で五キロも増えるって、どういうワケ!?) 気を取り直して、今日一日の行動を、さっきとは全く別の視点で振り返ってみる。 朝のジョギングは、いつも通り。朝食も昼食も、量も内容もいつもと変わらない。むしろカオルちゃんのドーナツを食べなかった分、いつもよりカロリーは控えめなくらいだ。体調も、特に変わったところは無い……。 体重が増える原因なんて、どこをどう探したって見つからない。と、言うことは。 (この体重計が、壊れてるってことよね) 「そうよね、それしか考えられないわよ」 思わず声に出してそう呟いたまさにその時、廊下に通じるドアがバタンと開いて、アタシはビクッと肩をすくめた。 「あらぁ、ごめんなさい、美希ちゃん。少し早く来すぎちゃったかしら」 パジャマを抱えたママが、いつもののんびりとした口調でそう言いながら脱衣場に入って来た。 「どうしたの? 何だか難しい顔しちゃって」 「え? う……ううん。それより、ママこそどうしたの?」 「どうしたの、って……お風呂に入りたいんだけど」 「ああ、お風呂、ね。アハハ。さぁ、どうぞどうぞ」 「変な美希ちゃん」 そう言って、ママがおもむろに服を脱ぎ始める。そして下着姿になったところで、何と問題の体重計に足を乗せた。 「ちょ、ちょっとママ! 体重を測るなら、お風呂の後じゃないの?」 「普段ならそうなんだけど」 つい勢い込んでしまったアタシの顔を、一瞬あっけにとられたように見つめてから、ママがキラリと目を輝かせる。 「さっき、テレビで“ダイエットに効く入浴法”っていうのをやっててね。早速試してみようと思ってぇ。だからまずは、現状チェックよ」 「あ……そう。で、どうだった?」 「どうって、それをこれから試すんじゃないの。やっぱり何だか変よ? 美希ちゃん」 「アハハ……。ちょっと、お風呂でのぼせちゃったかな」 我ながら苦しい言い訳をしながら、ママを観察する。 ママは体重計の数字にちらりと目をやっただけで、あとはさっさと下着を脱いで、そのままお風呂場に入っていった。その後ろ姿を見届けてから、アタシは体重計をはったと睨み付ける。 (あの様子だと、別におかしな体重じゃなかったみたいね。ってことは……これ、壊れてないってこと!?) お風呂上りだというのに、さーっと血の気が引くのを感じた。もうこうなったら、トコトン確かめないと寝るに寝られない。 そそくさとパジャマを着て、超特急で化粧水だけ付けてから、小走りでダイニングへと向かう。そこに、今日お米屋さんが届けてくれたばかりの、封の開いていないお米の袋があったのを思い出したからだ。 五キロの米袋を、半ばヤケになってお風呂場へと運ぶ。もしあの数字が本当だとすると、この重さの分だけ昨日より重くなってるってこと――そう思ったら、何だか目の前が霞んだ。 アタシは仮にもモデルだ。そして将来の夢は、海を越えて世界を駆け巡るトップモデルになること。 もし万が一、体重計が壊れていなかったりしたら……ここまで自己管理が出来ていないモデルなんて、あり得ない。 って言うかそもそも、一日に五キロも太……ふっ、増えるなんて、そんなことあるわけないじゃない! ようやく脱衣場に辿り着いたと思ったら、慌てたせいか、米袋をお風呂場のドアに思い切りぶつけてしまった。ガコンガコン、と大きな音がして、ガラス戸が震える。 「……美希ちゃん? どうかしたの?」 「な、何でもないわ!」 しまった、と思いながら、お風呂場の中から響くママの声に、大声で答える。 さぁ、急がなきゃ。ママが不審に思ってお風呂場から顔を出す前に。 (アタシ、何やってるんだろう……) 目頭が熱くなるのを何とか抑えて、祈るような気持ちで体重計の上に米袋を置く。だが。 アタシの期待をものの見事に裏切って、数字はぴたりと五キログラムを表示して止まった。 ☆ 翌朝、アタシはまさにどん底の気分で目を覚ました。いや、そもそも一晩中ハテナマークが頭の中をぐるぐると回っていて、少しでも眠ったのかどうか、自分でもよく分からない。 体重計は壊れていないらしい。でもアタシ自身にはまるで心当たりがない。なのにどうしてこんなことになっちゃったんだろう。 何だかヤケに黄色っぽく見える太陽をちらりと眺めてから、トレーニングウェアに着替える。 ちっともワケがわからないけど、まずはやれることからしっかりやろう、と決めた。もしこの最悪の事態が事実なら、悩むより先に、さっさと元のアタシに戻らなくちゃいけない。 朝の街を走り出すと、寝不足のせいか――それとも別の理由なのか、何となく身体が重い気がして、気分がさらに重くなった。それを振り払おうとして、いつもよりスピードを上げる。 息が切れるのも構わず走っていたら、向こうから大きな二匹の犬に引きずられるようにして、ブッキーがやって来た。こちらもかなり息を切らしている。 いつもなら、立ち止まって言葉を交わしたり、一緒に公園まで走って休憩したりするんだけど、今日のアタシにそんな余裕はない。どうやらブッキーも、二匹を制御するだけで精一杯みたい。それでお互い、目と目で挨拶するだけで別れた。それにしてもブッキー、今日は随分張り切っているんだなぁって思ったら、何だか自然に顔が下を向いた。 その日は午前中、ミユキさんのダンスレッスンがあった。家に帰ってシャワーを浴びてから、体重計……は、ちょっと睨んだだけで、急いで支度して家を飛び出す。 レッスンはいつもの四つ葉町公園じゃなくて、ミユキさんがよく使っているダンススタジオで行われるということで、四人で待ち合わせて公園近くのビルに向かった。 「スタジオって、最上階だったよね。何階だっけ?」 「えっと、確か十階じゃなかったかしら」 ラブとブッキーがそう言い合いながら、エレベーターの列に並ぶ。 ここは、本屋さんや歯医者さん、スポーツジムや英会話スクールなどが入った総合ビルで、朝から多くの人で賑わっている。そのくせ到着したエレベーターは小さめで、三人の後に続いてアタシが乗り込もうとした時には、小さな箱はもう満員に近かった。 ふと、普段ならまず考えないような、嫌な想像が頭をよぎった。ここでアタシが乗り込んだ瞬間、もし重量オーバーのブザーが鳴ったりしたら……そう考えてしまったのだ。 そんなこと、普段なら笑って済ませられることだ。別に、アタシ一人のせいで重量オーバーになるワケじゃないんだし。だけど今は――今だけは、あのブザーの音は絶対に聞きたくない! 「え、えーっと……アタシ、トレーニングを兼ねて階段で行くわ」 「え~! 美希たん、十階だよぉ?」 驚くラブの声を背中に聞きながら、くるりと踵を返す。エレベーターの隣にある金属製の扉を開けると、無機質なグレーの階段がアタシを出迎えた。 半ばヤケになって、階段を勢いよく駆け上がる。だがちょっとペースを上げ過ぎたのか、五階に差し掛かった辺りで息が上がって来た。そして七、八階まで上がった頃には、息が切れて足が上がらなくなってきた。仕方なく、踊り場で立ち止まって、一回、二回と深呼吸する。と、その時。 「やっと追いついたわ」 少し低めの、でもいつもより少し上気した声が、すぐ下から聞こえてきた。 「せつな! どうして?」 「別に。私もちょっと、身体を温めたかっただけ」 だからって、エレベーターを降りてわざわざ追いかけてきたのだろうか。アタシと違って息のひとつも切らしていないのが、ちょっとばかり憎たらしくなる。 せつなは軽やかにアタシの隣までやって来ると、いつも通りの生真面目な様子で言葉を繋いだ。 「あと少しだし、ここからは歩いて行かない?」 「ア、アタシは……もう少し頑張るわ」 「これからレッスンだし、あまり無理しない方が……」 「いいから放っといてよ!」 心配そうなせつなの声と表情に、思わずカッとなって怒鳴ってしまった。その声が、ガランとした空間に思いのほか大きく響いてドキリとする。同時に胸の中に、苦いものが広がった。 アタシったら、やってることが昨日と同じだ。せつなはただ、アタシのことが心配で追いかけて来てくれただけ。幼馴染で付き合いの長いラブやブッキーなら、もう少し遠くから見守ってくれていたかもしれないけど、せつなは――せつなという人は、ただ不器用なくらい真っ直ぐで――。 (ううん。不器用だなんて、アタシも人のこと言えないか。こういう時どうしたらいいか、全然わかんないんだもの) 「……ごめん」 「ううん。でも、一体どしたの?」 うなだれたアタシにかぶりを振って、せつながアタシの顔を覗き込む。そのほっそりとした少し冷たい手が、いつの間にか握りしめていたアタシの手にそっと触れた。 何だかフッと肩の力が抜ける。せつなになら打ち明けてもいいかな……ふとそう思えて、今度はアタシの方からせつなと向かい合う。 「実はね、アタシ……」 そう口にして、何て説明しようかと次の言葉を探す。が、次に口を開いたのはアタシじゃなかった。アタシの後ろにある小さな窓を指差して、せつなが鋭く叫んだのだ。 「美希、あれって……!」 振り返ったアタシの表情も引き締まる。 見えているのは隣のビルの屋上。地上からは見えないであろうその場所に、普通ならあり得ないものが立っていた。 つり上がった赤い目を持つ大きな化け物と、その隣で腕組みしている銀色の長髪の男――。 「ラビリンス!!」 声を揃えてそう叫んでから、アタシとせつなは、手近の階のエレベーターホールに飛び込んだ。 赤い光が、パッと目の前で四散する。ラブとブッキーにも連絡を取って、みんな一緒にせつなのアカルンで、隣のビルの屋上へと瞬間移動したのだ。 現れたアタシたちを見て、銀髪の男――サウラーはあまり驚いた様子もなく、いつもの小馬鹿にしたような顔で、口の端を斜めに上げてみせた。 「ほぉ。意外と時間がかかったようだね。いや、むしろ早かったと言うべきかな」 「それ、どういう意味? こんなところで、何してるの!?」 ラブが、いつもの闘志満々の口調で問いかける。 「不幸のしずくが滴り落ちる音を聞いているんだよ。もっとも、ゲージの上がり具体に比べれば、街は少々静かすぎるみたいだけどね」 「静かすぎるって……」 「えっ? まさか、このナケワメーケ!」 ラブの言葉を遮って、思わず大声を上げてしまった。サウラーの隣に立っている、怪物の正体に気付いてしまったから。 平べったくて四角張った形。上の方に付いている赤い目の下には扇形の窓があって、そこには目盛りと針が……。 「このナケワメーケ、元は……体重計、よね?」 慎重に問いかけるアタシに、えっ、と驚きの声を上げる三人。そんなアタシたちを見回して、サウラーが得意げに、フン、と鼻を鳴らす。 「ああ、そうだよ。この世界の人間は、自らの体重の増加をとても気にしているようだからね。まぁ、こんなに様々な食べ物がある世界だ、僕ですらつい食べ過ぎることだって……コホン。だから、少し上乗せした数字を見せてあげたのさ。まさかそれだけでここまで不幸が集まるなんて、予想できなかったけどね」 モヤモヤと心に巣食っていた霧が晴れるって、まさにこういう感じなんだと思う。 全てがわかって、悔しいけどまずはホッとして、次に無性に腹が立ってたまらなくなった。相変わらず涼しい顔をしている全ての元凶を、思いっ切り睨み付ける。 「よくも……よくもこんな陰険な手を使ってくれたわね!」 「陰険? フン、表面は何でもないように取り繕ってるのは、この世界の人間も同じだろう? 不幸を抱え込んでいるのに誰も騒がないから、君たちもこの事態に気付くのが遅れたんじゃないか」 「そんなの、誰にも言えなくて当ったり前でしょう!? 乙女の屈辱、きっちり清算させてもらうわ。みんな!」 もうあったま来た。今日だけはアタシが決める! 怒りのあまり、震える人差し指を無理矢理ビシッっと立てて、仲間たちに呼びかける。だが。 「変身よっ!!」 一足早く、アタシに負けず劣らず高く鋭い声が響く。それは、今まで一度も号令などかけたことのない、ブッキーの声だった。 ☆ 「でもさぁ。まさか美希たんとブッキーまでそんな目に遭ってたなんて、本当にびっくりだよぉ」 ラブが呑気そうな声でそう言いながら、二個目のドーナツに手を伸ばす。 「そのせいで、美希はエレベーターに乗らずに階段を使ったの? でも、カロリーならその後すぐにダンスレッスンで、たっぷり消費できたのに。どして?」 「え、えーっと……ほら、積み重ねよ。小さなことからコツコツと、ね」 心底不思議そうに問いかけるせつなに、アタシは冷や汗をかきながらそう言い切った。 どうしてもエレベーターに乗りたくなかったあの時の気持ちを、どう説明すればせつなにわかってもらえるのか――それは、今はちょっと、アタシにはハードルが高すぎる。 目の端にラブとブッキーの生温かい視線を感じながら、アタシは澄まして紅茶のカップに口を付ける。 スタジオでのダンスレッスンを終えたアタシたちは、結局いつもの、カオルちゃんのドーナツ・カフェに陣取っていた。 変身したアタシたちを前に、体重計のナケワメーケは、最近では珍しいくらいあっさりと倒された。しかも、ピーチとパッションは変身はしたものの、出る幕は全く無かった。 完全に頭に来ていたアタシの蹴りは、自分で言うのもなんだが、いつもより相当威力があったと思う。でも、そんなアタシをも驚かせたのは、まるで背中に炎でも背負っているかのように闘志むき出しの、パインの体当たり攻撃だった。 そして最後は、ヒーリング・プレア・フレッシュとエスポワール・シャワー・フレッシュのコラボ技を受けて、ナケワメーケは元の体重計に戻ったのだ。 あまりにもあっけない幕切れに、忌々し気に舌打ちしたサウラーは、次の瞬間、何かを感じたのか慌てたように姿を消した。もう一歩遅かったら、最高に熱いダブル・プリキュア・キックが彼を襲ったに違いない。 「そっか。ブッキーも、アタシとおんなじ悩みを抱えてたのね。あ、それで今朝、あんなに大きな犬を二匹も?」 アタシの問いに、ブッキーはさっきまでの勇ましさが嘘のように、真っ赤な顔でコクリと頷いた。そしてふと気が付いたように、今度は彼女がラブとせつなに問いかける。 「でも、どうしてラブちゃんとせつなちゃんは、わたしや美希ちゃんみたいな目に遭わなかったの?」 「そりゃあ、あたしは昨日、体重計になんか乗ってないもん」 エッヘン、と何故か大威張りで腰に手を当ててみせるラブに、アタシは思わず脱力する。 「あのねぇ、ラブ。女の子が、そういうチェックを怠っちゃダメでしょ! え……ってことは、まさかせつなも?」 ラブを軽く睨んでから、隣のせつなに目を移す。すると彼女はまたしても不思議そうな顔をした。 「え? 体重測定のこと? ええ、昨日は必要なかったから」 「必要ないって、あのね、せつな……」 思わずせつなを相手に、もう一度お説教モードに入りそうになるアタシ。が、ちょっと小首を傾げながら、せつなが大真面目で語り始めたのを聞いて、喉まで出かかった小言を慌てて飲み込んだ。 「そんな驚くほどの変化があったら、測る前に自分でわかるでしょう?」 「それは……確かにね」 「ちゃんと数字で確認する必要はあると思うけど、昨日は体重計で測れるほどの変化は無かったと思うから……」 「あ……そうなの」 「でも美希の言う通り、定期的なチェックは必要よね。これから気を付けるわ」 「そ、そうね。時々は、測ってみるといいかもしれないわね」 理路整然とした答えにたじたじとなって、何とかしどろもどろで相槌を打つアタシに、せつなが素直に頷く。その顔を見ていたら、何だか少し胸が苦しくなって、アタシは冷めかけた紅茶をひと口すすった。 せつながアタシなんかよりずっと自分の身体の状態を把握しているのは、アタシとはまるっきり別の理由から。きっと、小さい頃から戦士として生きてきた彼女が、生きるために身につけたもの――。 (でもこれからは、それを違う目的で使うことだって、きっと出来るはずよね) アタシはカップを置くと、ワザと悪戯っぽい表情でせつなに笑いかけてみせた。 「だったら、せつな。その時、ラブにも一緒にチェックさせてよ。全く、毎日こ~んなにドーナツ食べてるっていうのに、自己管理が甘いんだから」 「フフッ……わかったわ」 せつなも今度は、アタシの顔を見てニヤリと笑う。 「えーっ!? 美希たん、あたしのことは別にいいよぉ」 ラブの方は急に慌てた顔になって、ガタンと椅子から立ち上がった。 「ほ、ほら、もうこの話はおしまいにしようよ。美希たんとブッキーの悩みが解消したのを祝って、ドーナツのお代わり、貰って来よう!」 「ちょっとラブちゃん! 美希ちゃんの話、ちゃんと聞いてた? これ以上食べたら、また悩まなくちゃいけなくなっちゃうよぉ」 逃げるようにドーナツ・ワゴンへと足を向けるラブを、ブッキーが慌てて追いかける。そんな二人の様子に、アタシはせつなと顔を見合わせて、クスクスと笑った。 「あ、そうそう、せつな」 アタシはもうひと口紅茶を飲んでから、せつなの顔を真っ直ぐに見つめる。 昨日の分と今日の分、今度は言い忘れないように、ちゃんと伝えておかなくちゃ。 「さっきはありがとう」 「……え?」 「心配して追いかけて来てくれて。それと……昨日も。“来ないで”って言っちゃったけど、追いかけて来てくれたのは、嬉しかったわ」 そう言って、アタシはパチリと片目をつぶる。 「だから、アタシもせつなに何かあったら、どこまでも追いかけるから、覚悟しなさい」 そう、もう独りぼっちにはしないと約束したから。まだお互い分からないことも多いし、自分の気持ちを上手く説明できないことも多いけど、そばに居てお互いに支えることは、きっと出来る。 昨日も今日も、突然走り出したアタシを、せつなが訳もわからぬまま、必死で追いかけてくれたように。アタシのことを心配して、ずっとそばに居てくれたように。 その想いを込めて、テーブルに乗せられたせつなの手に、そっと自分の手を重ねた。 せつなの頬が、淡いピンク色に染まる。そして上目遣いにアタシを見つめると、珍しく少しおどけた口調で言った。 「私に追いつけると思ってるの?」 「モチロン。だってアタシ、完璧だから」 すっと背筋を伸ばし、とびっきりの笑顔で決めてみせると、せつなの笑みが大きくなる。それを見ながら、アタシは二日ぶりにドーナツを手に取って、それをひと口齧った。 口の中に優しい甘みが広がる。何だか、お疲れ様、と言われているみたいな気がして、アタシはせつなの隣で、ようやく心からホッとしていた。 ~終~
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/524.html
Eas to Eas 第4章 変化の始まり そして夜が明けた。 イースは手首を合わせ、少し躊躇った後に擦り合わせる。 「スイッチ・オーバー!」 この世界により適応するための姿かたち、肉体、衣装に変わっていく。 最大の戦闘力が使えないものの潜入という目的からすると必要なことであった。 先代の記憶が白いチュニックと黒いロングパンツを選んだ。 自らの髪を一瞥する。 「やはり…… 完全にはなれぬ故か」 ラビリンス人特有の淡い銀色の髪は変わらぬことに一人ごちた。 一度出撃したときに人々に姿を見られており、前のイースも人々の記憶にはあろう。 独特の髪色から怪しまれれば本懐を遂げることもままならない。 再び手を合わせてコットンハットを召喚、髪を束ねて中に押し込んだ。 そして、せつながいるクローバータウンに向かった。 * 「今日はここまで!来週は新しいステップよ」 「ありがとうございました!」 ダンスレッスンが終わる。 「さー、ドーナツカフェにいくよー!」 「OK!」 ためらいながらも、ミユキがせつなに声をかけた。 ミユキはクローバーに新しく加わったせつなが驚異的な動きの良さを見せることに内心驚いていた。 ただ今日は、ステップのキレがプロダンサーとしての目から見てほんのわずか鈍っていたことが気になっていた。 「せつなちゃん、今日ほんの少し体が重そうだったけど大丈夫?」 「はい、なんともありません」 「本当? 無理はしないでね」 「ありがとうございます。精一杯、頑張ります!」 ミユキはそのまま次の仕事場に向かった。 「せつなちゃん……あの時のイースのことがまだ?」 祈里も美希も、せつなが今日は時々つらそうな動きをしていたのを気にしていた。 「何でもないわ。もう大丈夫よ!」 せつなはこれ以上余計な心配をかけまいと思い、笑って答えた。 「ダンスはやっぱりむずかしいよね~」 せつなの思いを察したラブが口をはさんだ。 その目に何か言えない事の存在を感じた美希は、真顔で言う 「ラブ……本当は何があったの?」 美希の目はごまかせそうにない…… そう覚ったせつなが口を開いた。 「昨日イースが現れたわ」 「ラブは何してたの!」 「ごめん、あたし補習受けていたんだ……」(せつな一人でイースと戦ったの?) 「イースはナキサケーベを使ったの……だからああするしかなかった」 せつなは自分の身体を傷つける戦いを行ったことを告白した。 美希がせつなの前に立った。 パシーン! 「覚えておいて! 自分も守り、皆も守るのがプリキュアよ!」 「自分を……守る」 せつなはラブの言葉を思い出していた。 『そんなことしなくていいんだよ。プリキュアの戦いは罪滅ぼしじゃない。 大切な人たちを……そして自分を守る。ただそれだけでいいんだよ。 もしもせつながそれを許せないなら、あたしが全てをかけてせつなを守ってあげるから』 かつて自分の命はいつ不要となっても仕方がないものであった。 そして、再び与えられた命は、大切な友をそして人々を守るためにある。 それだけでいいと思っていた…… ドーナツカフェに向かう道、せつなと離れて歩いていた美希がラブに話しかける。 「せつなが本当にいなくなったら、もう『最初からいなかった』なんてこと思えないか ら……」 「美希……」 美希はせつなの存在が新しい仲間というものだけではないと感じつつあった。 せつなの横で祈里が声をかけた。 「命はね、神様が私たちに預けてくれているものだって」 「神様って、何? 私がメビウスを信じていたようなもの?」 「う…私もよくわからないの……でも、神様ってあれしろこれしろって 命令したりするものじゃないんだっていうのはわかるの。どこかで見守ってくれている存在なのかな……」 「この世界には、そういうものがあるのね」 「そうね…… きっと、命は自分だけのものじゃないから 大切にしなさいっていうことなのね」 「わかってるわ。私の命もアカルンがプリキュアとして生きるために 預かっているのね」 「それだけじゃないの。命はね、誰かにささげるものじゃない。 生きるためにあるの」 * 「なかなか見つからないものだな……」 そのころ少女は、せつなを探して四つ葉町を探索していた。 戦闘記憶を呼び出し、かつてイースがプリキュアと交戦した場所を巡っていたのだ。 歩いているうちにも傷痕がまた疼く。 「この感覚があると身体がうまく動かない……どして……」 ラビリンスの人間は痛みという感覚の存在を知らずに生きている。 イースとなって戦場に立ち、傷を負った時に初めて痛みを知るのである。 ナキサケーベの触手によるダメージは単に棘による刺し傷だけではない。 棘を通じて肉体の中枢にまで及ぶものである。 使える回数は2回限りとなったが、1回当たりの使用者への負担は前のナキサケーベをはるかに上回る。 より使用者の命を貪り、パワーアップする仕様となったのだ。 四つ葉町を歩き回っているうちに中枢を蝕んでいたダメージがさらに増大していた。 公園に着いた頃には力尽き、そのまま座り込んでしまった。 「メビウス様……わかっております……」 目の前では、少年が投げたフリスビーを一頭の大型犬が追いかけていた。 タケシとラッキー、せつなとの練習により習得した『パッションキャッチ』にさらに磨きをかけるべく、 トレーニングに励んでいるのであった。 (あいつらは……) かつてせつながナケワメーケを召喚するために使った、犬という生物とその飼い主という記憶が呼び出された。 プリキュアによって浄化されているためにラッキーを召喚の依代にはできない。 今は事を荒立たせるのは得策ではないと判断した。 ひょっとすると彼らを通じてせつなに行き当たる可能性もある。 (しばらく様子を見るか) ラッキーのキャッチは安定していたものの、タケシのフリスビーの飛ばし方が回を重ねるに従って 速くなったり遅くなったり長くなったり短くなったり不安定になっていることに気付いた。 フリスビーの投げ方にムラがあることによるものであった。 安定した動作によって総統メビウスに与えられた仕事を行うことは一般国民だった頃より身についていた。 (この世界の人間はやることにムラが多いものだな) そんなことを思う自分に苦笑していた。イースとしてのデータを引き継ぐときには感情のような余計なものは オミットされるはずであった。 (イース、どれだけの影響をこの世界で受けてきたのだ?) タケシのフリスビーの手元が狂った。 「危ない!」 タケシが叫んだが、スピードのあるフリスビーが少女の目の前に迫る。 「パシッ!」 少女はフリスビーを間一髪でキャッチした。 「ごめんなさーい!」 タケシとラッキーが駆けよってきた。(せつなに近づくためだ、それにやはりムラが多い動きは気になる) 「気をつけてね」 少女がタケシにフリスビーを渡した。 「ありがとう……」 「ウウ……」 ラッキーは若干警戒していたが、少女にそれほど悪意のようなものを感じなかったせいか、 距離を保つに留まっていた。 「君、あの投げ方だとどこに飛ぶかわからないわ」 「え?本当?」 「私の投げるのを見ていて」 少女は手首のスナップを生かし、最低限の動きでフリスビーを投げる。 50m先に置いていた目印にフリスビーが正確に落ちた。 フリスビーはラッキーが回収して持ってくる。 これを20回繰り返し、寸分の狂いなくフリスビーを投げて見せた。 「すごいよ、お姉ちゃん」「簡単なことよ」 少女はタケシにフリスビーの持ち方から教えていた。 タケシがフリスビーを投げる。 慣れていないせいか、当初はぎこちない投げ方になっていたが、徐々に安定感が増していく。 ラッキーのキャッチもさらにスムースになっていた。 「いいわね」 「ありがとう」 (私はなにをやっているのだろう……) 他人にかかわることなどラビリンスでは一切なかったが、潜入探索における最低限の対人スキルは 教育プログラムに組み込まれていた。ただ、それだけのはずであったが…… 手ごたえを十分感じたタケシであったが、さすがに疲れてきて休むことにした。 「これでパッションキャッチがさらに上手くいくようになるよ」「よかったわね」 「そうだ、僕はタケシ、この子はラッキーっていうんだ。お姉ちゃんは?」 少女はこの世界の潜入用に与えられた名前についての記憶をたどった。 「東(あずま)もこ、よ」 「もこお姉ちゃんか……ありがとう、フリスビーの投げ方のことまで考えてなかったよ」 「パッションキャッチって、誰に教えてもらったの?」 「せつなお姉ちゃんだよ」 (やはりな……) 「その人って、普段どこにいるの?」 「せつなお姉ちゃんはねえ…… あ、そうだ。これ飲む?暑い日は水分をちゃんと取らなきゃダメだって」 タケシは少女にミネラルウォーターの入ったペットボトルを渡した。 (あの時と同じ?) 最後のカードを使おうと、ラブを振り切ったせつなの記憶がフラッシュバックする。「やめろ……」 少女はミネラルウォーターを払いのけた。 「え?」 いきなり立ち上がり、髪を隠していたコットンハットを払いのけた。 銀色の髪がなびく。 「もこお姉ちゃん!」 「私はもこではない!イースだ!」 「イースはもういないって……」 「だまれ!スイッチ……」 手首を合わせ、本来の姿に戻ろうとしたがダメージを残る身体への負担は大きく、 電撃を浴びたような痛みが少女を襲った。 「アァーーーッ!」 そのまま、少女は倒れてしまった。 「どうしたの!?」 Eas to Eas 第5章 香りが導く未来へ
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/41.html
私を呼ぶ声が聞こえた。ラブの声だ。暗闇を照らす光が見える。私は光に手を伸 ばす。 「せつなぁ~朝だよ~」 「…」 「早く起きないと、学校遅刻しちゃうよ?」 まだ見慣れないこの光景、もう1ヶ月近く経つっていうのに。それに、またあの 夢を見た。ずっと見ている夢だ。昨日も、その前も。 「…うなされたの?」 ラブが心配そうな表情で私の顔を覗き込んできた。私は首を横に振って、そっと 笑いかける。 この子の笑顔を曇らせるのは、いつからか凄く嫌になった。だから貴女の嫌いな 嘘を吐く様になった。 「大丈夫よ」 「そう?嫌な事があったら、すぐに言うんだよ?あたし達、友達なんだから」 友達という単語にも最近違和感を覚える様になった。友達、親友、って貴女は言 う。最初はそれがとても心地よかったけど、今は違う。なんか…気持ち悪い。 「…ありがとう」 「じゃ、朝ご飯食べよっか!」 「ねぇ、さっき言ってた、学校…って何…?」 「今日から新学期でしょ?せつなも学校行かなきゃ」 「私、学校なんて行った事ないわ」 「でも行かなきゃ!義務教育!」 「ええっ」 「制服も準備しといたよっ、早く着てみてよー」 「ちょ、ちょっとラブ!?」 「あら!似合ってるじゃない、せつなちゃん~」 「でしょでしょ?可愛いでしょ~!」 「……」 まじまじと見られると、なんだか恥ずかしい。私の顔、きっと赤くなってるに違 いない。 朝ご飯を食べて支度をして、家を出た。ラブはどうやら久しぶりの学校が嬉しい のか、鼻歌なんか歌ってる。 「学校って、楽しいの?」 「楽しいよ~!勉強は嫌いだけど、友達とワイワイするのは大好き!」 「友達…」 「大丈夫、最初は不安かもしんないけど、きっとすぐせつなも友達出来るから!」 「……」 ラブは手を差し出してきた。私の好きなあの笑顔で。私は少し躊躇いがちにその 手を取る。これも、何度やっても慣れないし。 ラブの手はいつも温かい。手だけじゃなくて、ラブはどんな時も温かい。近くに いると、私も温かくなる。心地良い。安心する。 ラブはいつだって私を照らしてくれる。温かくて優しい、私の光。 「せんせー、この子が、東せつなだよっ」 ラブに職員室という所に連れて来られた。私はまだ少し混乱の残る頭で、先生と 呼ばれた女性に静かに頭を下げた。 「今日から私が貴女の担任の先生よ、よろしくね、東さん」 「よ、よろしくお願いします…」 「今日からせつなと同じクラスか~、楽しくなりそー」 その後、ラブは先に教室に向かい、私は先生と一緒に後から教室に向かう事にな った。 先生から色々と学校について説明された、なんとなく理解はしたけれど、やっぱ り何かが引っ掛かる。 ここはラブの大好きな学校。ラブの大好きな友達がたくさんいる、学校。なんだ か、胸がモヤモヤしてきた。 「東さんは、得意な科目とかある?」 「…分かりません」 「じゃあ、苦手な科目は?」 「それも…分かりません」 分からない、友達って何? 「転校生の東せつなさんです、みんな仲良くするように」 教壇の上に立つ。三十もの目が私に注目している…恥ずかしい。 だけど一番後ろの窓際の席にラブの姿を発見した。目が合うと、笑顔で手を振っ てきた。 「じゃあ東さんの席は、一番後ろの…」 「はいはーい!あたしの隣!」 「ふふ、あそこね」 私はラブの隣の席に向かった。 その途中、「可愛い」だとか色々と耳に入ってきたけど、なんて反応すれば良い のか分からなかった。 「隣の席だね、せつなっ」 「そうね、ラブが隣で安心だわ」 「分からない事とかあったら遠慮しないで聞いてね」 「ありがとう」 分からない事は、一つだけ。 なんでこんなに苦しくなるの。ラブを見てると、温かいけど切ない。 私は幸せになり過ぎて、欲張りになってるんだ、きっと。これ以上何を望むって いうの。そっか、だからだ。 幸せになり過ぎて私は、心が貧しくなってしまったんだ。 その夜、私はラブの部屋を訪ねた。忍び込んだ、というべきか。 ラブは既に眠っていて、タルトもシフォンも仲良く抱き合って眠ってた。私はラ ブの寝顔を見つめて、溜め息を一つ。 「私は…ラブの友達なの?」 私は嫌なの、友達は嫌。 ラブのたくさんいる友達の一人なら、私はラブの友達になんかなりたくない。な んでこんなに我が儘なんだろ。やっぱり、心が貧しくなってしまったからなのか な。 ぽたり、と一滴、ラブのベッドシーツに吸い込まれた。 「……せつな…」 「あ…」 ラブの目がゆっくり開いた。 「どうしたの…?嫌な夢でも見たの…?」 「ううん、なんでもないわ」 「嘘つき」 ラブは私の手を引く。 「おいで、せつな」 その手に導かれ、私はベッドに潜り込む。そっと抱き締められ、髪を撫でられて 、なぜか胸が苦しくなる私に、ラブは小さく微笑んだ。 「せつなは特別だよ」 「え…?」 「せつなは特別、」 ふわっと唇が塞がれた。 驚いて目を見開く私に、ラブはいたずらっ子みたいな顔で笑った。 「他の友達と違う、せつなは特別な存在なの」 だから嘘は吐かないで、って悲しそうな顔をして言うから、私はラブの胸に顔を 埋めて小さく頷いた。 だけど、本当はラブを独り占めしたいだなんて、恥ずかしくて言えない。 その日はあの夢は見なかった。 私はいつだってラブに守られてる、そんな気がした。 End
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/1128.html
宿題をしているあたしの横で、せつなは机に頬杖をついて、あたしの手元を見つめている。 その細くて白い指が、艶やかな黒髪をもてあそび、おくれ毛を耳にかける様を、あたしは横目でチラリと見やる。 「ラブ。下から二行目の計算、それで合ってる?」 数学の応用問題。計算式を何個か書いて、やっと答えに行き着くかな、と思った矢先、せつなの穏やかな声がかかった。 「え?えーっと・・・。」 焦って筆算をやり直すあたしの横で、せつなが頬杖を解いて身を乗り出した。 再びチラリと見やったあたしの目に飛び込んでくる、綺麗に浮き出た鎖骨のライン。 慌てて目をもう少し上にやれば、前のめりで計算用紙を覗きこむ、長い睫毛・・・。 途端に計算が合わなくなって、あたしは焦ってゴシゴシと、書きかけの式を消した。 せつなは身を乗り出したまま、辛抱強く・・・実に辛抱強く、あたしの計算が終わるのを待っている。 「んー・・・。なんか、ちゃんと割り切れた数にならなかったけど・・・。」 ちっとも自信がないまま計算用紙を見せると、せつなはニコリと笑って、あたしに頷いてみせた。 「そう。落ち着いてやれば、出来るでしょう?じゃあその答えを、次の式に入れて・・・え?ラブ・・・どしたの?」 もう限界だ。あたしはカランと鉛筆を放り出すと、そのまま机の上に突っ伏した。 「ねぇ、せつな。」 自分の声が、くぐもって聞こえてくる。 「あたしなんかと居て・・・せつなは、楽しい?」 ダメだ。こんなこと言ったら、せつなを困らせちゃう。 そう思うのに、思考はぐるぐる空回りして、口からはどうしようもない言葉ばかりが飛び出していく。 「あたし、せつなから見たら余りにもバカで、幼稚でしょ?」 「・・・。」 「こんなあたしに付き合って、せつなが楽しいわけ、ないよね。」 「・・・。」 「あたし、せつなに我慢なんかさせたくない。なのに、あたしなんかじゃ・・・」 「ラブ。」 いきなり、あたしの頭が抱え込まれて、机から離された。 柔らかくて少し冷たい腕の感触を、瞼の上と、首元とに感じる。 「何言ってるの。」 息がかかるくらい近いのに、驚くほど柔らかく響くアルトの声。 「私は、ラブと過ごすどんな時間だって、どんな一瞬だって、楽しいわ。 ラブが一緒にいてくれさえすれば、それだけで、何より幸せよ。」 「せつな・・・。」 せつなが心からそう思っているんだと、あっさりと信じて喜んでしまうあたしは、やっぱり底抜けにバカで幼稚なんだろう。でも・・・。 柔らかく、でもしっかりとせつなの腕に抱え込まれているうちに、少しずつ、気持ちが落ち着いてきた。 ゆっくりと右手を上げて、そっとせつなの細い手首を掴む。 「・・・あたし、メチャクチャ恥ずかしいこと言っちゃったね。」 「ふふっ。でも、家族なら恥ずかしいところを見せても、構わないんでしょう?」 せつなの息が耳を掠めて、少しだけドキドキする。あたしはフッと小さく息を吐いて、ゆっくり、せつなの腕を外した。 (家族、か・・・。) 家族。親友。仲間。そのどれもが当てはまるけれど、どれも少し違うと感じる、せつなとあたしの関係。 二人の関係を端的に表現できる言葉なんて、この世にあるとは思えない。 出会ってからの短い時間が嘘のような、二人の間の、この濃密な関係を。 「・・・最後まで解けたけど、やっぱり割り切れないよ?せつな。」 「いいのよ、これで。割り切れないときのために分数があるんだから、その答えのままでいいの。」 せつなの解説に、そんなものか、と数学のノートを閉じながら、ふと思う。 (数学じゃなくて現実の世界でも、分数のままにしておいて、いいのかな・・・。) 割り切れないのなら、割り切れないままに。一言で言い表せないのなら、言い表せないままに。 ひょっとしたら、それでいいのかもしれない。いや、少なくとも今は、そのままにしておきたい。 出来の悪い生徒の家庭教師を終えたばかりの、まだ机の上に置かれたせつなの白い指。その指に・・・。 あたしは、今度は自分から、指を絡めた。 Fin.
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/438.html
『それでね、今日は一晩、飲み明かしちゃおうかなーって』 「はいはい。わかったわ、ママ。あんまり飲みすぎないようにね――――うん、ちゃんと戸締りもしっかりしとくから、心配 しないで――――それじゃ、おやすみなさい」 そう言って、美希は電話を切る。そして、ベッドの上に座っていたせつなを見て、 「久しぶりに会った友達と飲んでるから、ママ、今日は帰らないんだって」 「・・・・・・そう」 頷いて、軽く目を伏せるせつなに、彼女は言う。 「帰ってもいいのよ? 別に、あたしは――――」 「ううん、平気」 ゆっくりと頭を振って、せつなは立ち上がった。 「シャワー、借りるわね」 「ええ、どうぞ――――着替え、持っていくから」 ありがとう。美希の方を見ようとしないまま、彼女は部屋を出て行く。パタン、と音を立てて閉まるドア。せつながいなく なった途端、急に部屋が寒くなったような気がして、美希はわずかに体を震わせる。それは多分に、ほんの数分前まで、 彼女を抱きしめていたせいだろうけれど。 平気、か。 せつなの台詞を思い出して、美希は小さく唇を噛む。 平気って、何が? 彼女の台詞に、そう聞き返せなかった自分。その弱さに、彼女は苦悩する。 シトシトシト 聞こえてくる音に、カーテンをそっと開ければ、いつからだろう、雨が降り出していて。 シトシトシト 小さな雨音が、やけに大きく聞こえるのは、この部屋の静寂のせいだろうか。自分しか、いない、この部屋。 「せつな」 窓の側で、呟いてみる。ガラスが曇って、外の景色が白く濁る。一つ、溜息。また白くなる、風景。 やっぱり、寒い、な。ああ、せつなの着替え、浴室に持っていってあげないと。 思いながらも、美希は、動けぬまま。 そっと外を眺め続ける。 雨に煙る、街並みを、眺め続ける。 Eas of Evanescence X せつなと交代で、シャワーを浴びる。いつもは快適なこの時間が、今は例えようも無く苦しい。 肌を流れる雫。ぬくもりが、けれど、感じられない。心が冷たくなってしまっているからだろうか。 それでも、永遠にそうしているわけにもいかず。美希はノズルを回し、シャワーを止めた。 脱衣所で、体を拭こうとして、ふと、鏡に気付く。完璧なスタイルを保つために置いた、姿見に映るのは、いつものように 完璧な自分の体。 真っ白の肌は、ほのかに赤みを帯びている。プルンと張って、ツンと上がった胸。くびれのはっきりとわかる腰。スラリ と細く長い足。努力に努力を重ねて、築き上げた自慢の体だ。 けれど、それはもう一つの意味を持っている。 イースに――――せつなに、抱かれた体と云う意味。 この体に、たった一箇所以外、彼女に触れられていないところはない。それほどまでに、激しく求められた。思い出す だけで、頬が赤くなる。胸が、せつなくなる。 声を出さずにいることは、本当に辛かった。愛に気付いてからは、なおさらに。それでも、耐え切ったのは、愛する故か。 その彼女の言葉。 「美希のことも、好きなの」 思い出しながら、美希はそっと胸に手を当てる。硬くなった蕾の向こう、体の奥で、激しく脈打つ鼓動。歓喜に、震えて いるのだ、心臓が。 パジャマを着て部屋に戻ると、すでに電気は消えていた。廊下から差し込む光で、美希はせつなを探す。が、すぐに 気付く。ベッドの布団が、膨らんでいる。誰かがその中に、いる。 廊下の電気を消して、薄暗闇の中を、そっとベッドに近付く。 かけ布団をそっと上げて、ゆっくりと潜り込むと、暖かなぬくもりがあって。 シトシトシトシト 雨の音が響く。ただ、その音だけが、響いている。 「――――せつな」 小さく、美希は呼びかける。 横になっていた彼女が、こちらを見て。 「――――美希」 そう呼び返してくる。 それが、きっかけだった。 抱きしめる。抱きしめる。 狂おしい程の想いを込めて、彼女の体を抱きしめる。 絞るように、強く、強く。 一つにならんとせんばかりに、激しく強く。 きっと、せつなは痛いと感じている。その自覚が、美希にはある。けれど、彼女は何も言わない。ただされるがままに なっている。美希の背中に手を回し、自らも体を近付けようとする。 それが嬉しくて。 それが、悲しくて。 「せつな」 「美希」 ようやく彼女の体を解放した美希は、自分の下になったせつなの顔を見ながら、そっと呼びかける。やはり苦しかった のだろう、少しだけ息を荒げていた彼女は、それでもしっかりと応える。 ぶつかる視線。美希は、せつなの手に、自分の手を重ねて。強く握り締める。 まるで、逃げられないようにしているかのように。 そんな彼女の行為を、せつなはとがめようとはしなかった。黙って、同じように、握り締める。 まるで、逃げないよ、と言うかのように。 そのまま、見つめ合う、二人。美希の長い髪が、せつなの頬をくすぐる。サラサラと。 やがて近付く、少女達の距離。 美希は、せつなに――――イースに触れさせていなかった、たった一箇所で、彼女に触れる。 唇を、唇に。 最初は、ついばむように、ただ重ね合わせて。 やがて、美希の舌がせつなの唇に触れる。彼女の前歯を、ノックする。 そして絡み合う、二人の舌。まるで生き物のように、激しく互いを求め合う。 淫らな音が、部屋に響く。夢中になって、美希はせつなを味わう。 どれだけしても、足りないと感じてしまう。もっと、もっとと思う。 けれども―――― ゆっくりと、彼女は顔を離す。闇に慣れた目で見れば、せつなの顔は赤く染まっているのがわかる。多分それは、自分 もだろう。 「ファーストキスよ」 「え?」 「あたしの、初めてのキス――――せつなに、あげたから」 美希のことを何度も犯しながら、イースは、彼女にキスをしたことはなかった。だから、体の全てを触れられ、嬲られた けれど、唇だけは純潔を守っていたのだ。 その純潔も、今、失われたけれど。 「美希――――」 困ったように、目をそらすせつなに、美希は小さく笑う。 「わかってる。せつなは、違うんでしょ?」 無言は、肯定。多分、彼女のファーストキスは、ラブに捧げたのだろう。 「いいのよ。気にしないで」 もう一度、唇に軽くキスをして、すぐに離れる。 「けど、覚えておいて。あたしのファーストキスの相手は、あなただっていうことを」 「美希――――」 何故か泣きそうな顔をするせつなに、美希は小さく笑って。 彼女のパジャマのボタンに、手をかける。 一つ、二つとゆっくりと外していく。 せつなは、何も言わない。 雨の音に混じるのは、彼女の呼吸。 全てのボタンを外して、そっと前を広げる。 横になっていても形の崩れない胸に、美希は手を当てる。 ひんやりとした空気の中で、せつなの体は火傷しそうな程に熱くて。 「美希」 彼女の唇から零れる、自分の名前。 美希は、目を閉じて微笑む。声を出さずに、小さく微笑む。彼女の胸に置いた手は、動かない。触れたまま、ただ、 そのぬくもりを感じるだけ。 「美希」 もう一度、呼ばれる。 その声音の中に、覚悟を感じて。 美希はまた、微笑む。 そして、そっと彼女の胸に顔を埋めた。 「――――美希?」 何もしようとしない彼女に、またせつなは名前を呼ぶ。今度は、問いかけるように。 それに、美希は、顔を埋めたまま応える。 「ありがと、せつな――――ラブに話すの、辛かったでしょ?」 体から伝わってくる、動揺。彼女が息を呑むのが、わかった。 泊まってくると言ってある。そう、彼女は言った。 けれど、それだけじゃないと、美希にはわかった。 せつなはきっと、ラブに話した。 自分や祈里とのことを、全て話した。 だからこそ、せつなは、ここにいる。 あたしの部屋で、あたしに抱かれている。肌を、重ねている。 多分それは、せつなの優しさ。あるいは贖罪。 あたしにしたひどいこと、その埋め合わせをする為に、彼女はここにいる。 そして。 それを、ラブは知っているだろう。 知っていて、送り出したのだろう。 それが、ラブの優しさ。 きっと今頃、ラブは耐えている。 自分の隣に、せつながいないことの苦しさに、耐えている。 そのせつなが、あたしという幼馴染に抱かれていることの苦しさに、耐えている。 耐えながら、苦しんでいる。 泣いている、かもしれない。 せつなはそれを、知っている。 知っていて、ここにいる。 多分それは、全てを精算する為に。 もう一度、最初から、始める為に。 ラブとの、関係を。 愛を。 もう一度、最初から。 我侭よね、せつなって。 心の中で、美希は呟く。 これが贖罪になると思っているのだとすれば、これが優しさだと思っているのだとすれば、見当違いも甚だしい。 あたしは、同情なんかされたくない。 あたしは、こんなことを望まない。 あたしは、あたしは―――― けれど。 蒼乃美希という少女は、完璧で。 完璧すぎて。 目の前の少女の心も、幼馴染の少女の心もわかってしまって。 彼女達が、これを優しさだと言うつもりが無いことも。 彼女達が、苦しんで出した結論がこれだということも。 理解、出来てしまって。 だから。 怒れない。 ただ悲しいだけ。 我侭にも、自分勝手にも、なれなかった。 だからといって、全てを悟ったかのように、自分の欲望を抑えることも出来なかった。 結果として、半端なまま。 最後まで達して、親友を傷付けることも。 逆に、全く触れずに、我慢することも。 彼女は、出来なかった。 満たされずに傷付くのは、美希自身なのに。 キスは、素敵だった。とろけそうになった。 せつなの体は、とても暖かくて、柔らかくて、もっともっと触れていたいと思った。自分の素肌を、重ね合わせたいと 思った。 けれども、もう、おしまい。 これ以上は、出来ない。 ううん。耐えられない。 あたしが。 「――――っ」 ギュッ、とせつなのパジャマを握る。顔を、せつなの胸に押し当てる。 それでもボロボロと瞳から涙が零れる。 噛んだ唇から、嗚咽が漏れる。 「美希・・・・・・」 「――――ッ――――ック――――クッ、ヒック――――」 止まらない。止められない。 ただ、激しく。胸の奥から、形にならない想いがこみあげてきて。 「――――ッック、アアァァァァン――――」 とうとう、抑えきれずに、大声を上げてしまう。 まるで赤ん坊のように、せつなの胸にすがりついて、大粒の涙を流しながら、叫ぶように、泣く。 「ウァァァァァ――――アァァァァッ――――アァァァァッン」 ただ、泣き続ける。 「ウァァァァァン――――ック――――アァァァァァ」 ただ、ただ、泣き続ける。 「アァァァァァ、ウァ、ウァ、ウァァァァンッ」 泣き続ける。せつなの胸は、美希の零した涙でビショ濡れになっている。 「美希――――」 せつなの声は、微かに震えている。けれど、せつなは唇を噛む。 泣くな、私。ここで泣くのは――――許されない。 「アァァァァァッ」 「美希――――」 泣きじゃくる彼女の頭に手を置いて、せつなは。 自分の胸に引き寄せながら、そっと撫でる。 それが――――それだけが、彼女の為に出来ることだったから。 やがて、泣き疲れたのだろう。 美希は、寝息を立て始める。 それを聞いても、なお、せつなは美希の頭を撫で続ける。 逆の手で、彼女の手を強く、握り締めながら。 チュン チュン 鳥のさえずりが聞こえて、美希は目を覚ました。 だが、すぐには起き上がらない。聞こえてくるのは、衣擦れの音。 隣にあった筈の、ぬくもりがもう、ない。繋いでいた手も、今は外されて。 行ってしまうんだ。 思うと、胸が苦しい。けれど、それをねじ伏せる。 これでいいんだ。これで。 「美希」 着替えが終わったのだろう。彼女が、こちらを向く気配。 そして、遠慮がちに、小さな声で囁く。 「私、もう、行くわ」 ええ。ありがとう。昨日は、一緒にいてくれて。 「本当に、ごめんなさい――――それから、ありがとう。私の我侭を、受け入れてくれて」 いいのよ。その我侭も含めて、好きになっちゃったんだから。 惚れた弱み、っていうのかしら。 「我侭ついでに言うけれど――――もしも、許してもらえるなら」 許すも何もないわ。あなたはいつだって、あたしの大好きな人だから。 たとえあなたが、あたしを一番に想っていなくても。 「これからも、仲良くして欲しいの――――都合のいい、お願いだけれど」 本当にね。 けれど、いいわ。都合のいい女になってあげる。 だってあたし、あなたと一緒にいたいもの。せつなと一緒に、生きていたいもの。 一生忘れないから。 好きって言ってくれたこと。 絶対に――――絶対に、忘れない。 この気持ちは、もう、表に出さないけれど、一生、忘れない。 「それじゃ、行くわね――――さよなら」 ええ。また、会いましょう。 その時は、大切な親友として。 大事な、仲間として。 また会いましょう。 せつなの言葉に、美希は起き上がることも、声を返すこともしなかった。 ただ、心の中で返しただけ。 横になり、目を閉じたままの美希に、せつなは背を向けて。 やがて、パタン。 扉が閉まる。 それで、おしまい。 せつなは出て行った。 残された美希の、きつく閉じられた目から、一筋。 涙が流れて、それで美希の恋は、愛は。 おしまい、だった。 それでいいと、美希は思う。 これが、ハッピーエンドなんだ、と。 だから少しだけ、もう少しだけ、彼女は泣く。 これは嬉し泣きなのと、自分に言い聞かせながら。 涙を流したのだった。 ――――epilogue―――― 「おかえり、せつな」 「――――ラブ」 家に辿り着いたせつなを、門の前で迎えたのは、ラブだった。 まだ早朝と言える時間。今日は休みだとは言え、こんな時間に起きているとは思わなかった。 いや――――彼女の眼の下には、わずかに隈が出来ている。 眠れなかった、のだろう。そして、ここで待っていたのだろう。せつなが、帰ってくるのを。 「ラブ・・・・・・」 「なんか冷えるね。昨日の夜の雨のせいかな。ほら、せつな、早く入らないと、風邪ひいちゃうよ」 微笑みながら、せつなを迎え入れようとするラブの姿に、彼女は何も言えずに俯く。 私は――――こんなにも、たくさんの人を傷付けて――――そのくせ、エゴを押し通そうとして、一人、幸せになろうと して―――― そんな彼女の表情の変化に、気付いたのだろう。 不意に、ラブはせつなの手を掴む。 「せつな」 「――――ラブ」 驚く彼女に、ラブは、微笑む。 「せつな――――笑って? ううん、笑おう。一緒に、笑お?」 あ、とせつなは、息を呑む。 ラブの微笑みは、いつもと違う。どこか無理を感じさせるもの。 それはきっと、辛いから。心が痛いから。 誰かのことを、彼女は思っている。思って、心を痛めている。 けれど、それでも彼女は笑う。 せつなという少女を、その苦しみを、全て受け止める為に。 笑う。 「・・・・・・ラブ」 名を、呼んで。 せつなは、笑った。 笑うことが、正しいことだと。 それが、傷付けた全ての人に対する、贖罪になるのだと、そう思いながら。 彼女は、目をうるませたまま、笑った。 「せつな。おかえりなさい。アタシ達の家に」 「――――ただいま。ラブ」
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/589.html
(あたしも女の子なんだな.....) 最近、ふいに目を覚ましてしまう事がある。 決して眠りが浅い訳ではないのだけれど。 恋の悩みに直面してる。 それは嬉しくもあって、寂しくもあって。 「おはよう、ラブ。」 せつなに会える朝は待ち遠しくて。 「おやすみなさい、ラブ。」 せつなと別れる夜は胸が苦しくなる。 目を閉じれば、自然と浮かぶせつなの笑顔。 あたしにそっと微笑みかける。 「そんなに悩まなくてもいいのに。」 「だって…。あたしってさ…」 「ラブはラブのままでしょ。そのままが一番よ。」 「でも…」 「でも?」 せつなはあたしの事――――好きかな 肝心な時に目が覚めちゃう。 (はぁ~あ…) 暗い部屋の天井をぼーっと見上げて。 せつなと毎晩一緒に寝れたら…どんなにしあわせなんだろう。 別に一緒に住んでるんだから臆することなんてないんだけど。 だけど―――ね 枕を抱いて寝る癖がまた出始めちゃって。 ほんと恥ずかしい。 せつなに何回見られちゃったか..... 「ほんと子供っぽいよね、あたしって。」 「そうね。」 「早く立派な大人にならないとなー」 「いいんじゃない?子供っぽくても。」 ちょっと澄ました顔で呟くせつな。 どうせあたしはいつまで経っても子供ですよーだ。 「そんなラブも―――好きよ。」 平然と言ってくれるんだよね、すっごい台詞を。 あ、もちろん、これは夢じゃなくって。 「わはー!朝から嬉しすぎるよー!」 こうしてまた一日が始まる。 もしかすると人生で一番、今がときめいてるのかも。 まだ14年しか生きてないけどね。 (枕より私を抱きしめて欲しいのに.....) ~END~
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/664.html
かまくらの中で。 「はい、お餅焼けたよ!熱いから気をつけて」 「ブッキー、お醤油取って」 「はいどうぞ。海苔もあるわよ」 「七輪ってあったかいのね。知らなかった……」 「美希ちゃんかけすぎよ!」 「いいの。いただきまーす。熱っ!」 「んもー、だから言ったのに」 「美希ちゃん見せて!」 「らいろうぶ、らいろうぶ……」 「いいから早く見せて!」 「真っ赤なはんてんは幸せの証……」 「ぶつぶつ言ってないでせつなも食べよ?」 「大変!唇の端っこが赤くなってるわ!すぐに冷やさないと!」 「ホ・・・ホントに大丈夫だから・・・。」 「ちょっと待ってて!」 そう言うが早いか、壁の雪を削って集め、美希の火傷した箇所に押し当てるブッキー。 「ちょっ、そんな事したらブッキーの手が冷えちゃうじゃないの!」 「大丈夫・・・。美希ちゃんのためだったら私、どんな事でも・・・。」 「ブッキー・・・。」 「あ~あ、二人の世界に行っちゃったよ・・・。 仕方が無い、もう一個かまくら作ってそっちに移動しようか。せつな。」 「もぐもぐ・・・(そうね・・・。)」 ラブせつ二人、かまくら内でしばらくキャッキャウフフしまくり、疲れて少し会話が途切れた時に せつなから、ぽつりと。 「ねえ、ラブ」 「え?」 「思ったんだけど・・・ここなら、今、誰にも見られないわね・・・」 「・・・・・え?・・・え?・・・・・ぇええぇぇーーーー?!?!? せ、せせせ、せつなそれってどういう・・・・$*&%”@~~****!」 「こういう・・・」 「!!!!!!!」 「ラブ・・・。」 「(はっ、はわわわわ、せつなの手が、顔がこっちに、はわ、はわわ~・・・)」 「こういう・・・。」 「!!!!!~~っ、はわわ、はわはわはわ!」 「ほ~ら、こんなに変な顔~、うふふ、うふふふふ。」 「・・・はわっ!、せ、せつな酷いよ~、いきなり口に指突っ込んで変顔させるなんて~。」 「あははは、ゴメンなさい、ちょっと空気重かったから、うふふふ。 (あ、危ないとこだったわ。咄嗟にふざけて誤魔化したけど、一瞬本気でラブの唇を奪いそうに)」 「もーせつなったらー(笑) (なーんだ焦って損しちゃった。てっきりせつなからキスでも されるのかと・・・あたしったらヘンな期待し過ぎ~、せつなにバレなくて良かったよ!)」 ラブ「へっくちん!」 せつな「くしゅん」 美希「へくち」 祈里「くしゅっ」 タルト「そりゃそーやで。」 シフォン「きゅあ?」 アズキーナ「は、恥ずかしい…」 あゆみ「これ飲んであたたまりなさい、みんな」 せつな「甘い香りがする.....」 ラブ「ココア?ちょっと違うかなー」 祈里「うん。ちょっと違うかも」 美希「おばさま、完璧すぎですよ」 あゆみ「さっすが美希ちゃん!」 ラブ「ん?」 せつな「???」 祈里「あっ!なるほどね」 美希「ブッキーならわかると思ったケド」 ―――ホットチョコレート――― あゆみ(いつまでも仲良くねっ♪) 「もう食べれないや」 「私も…」 「ブッキー。それは来月の話でしょ!」 「ごめんなさい。でも次焼けちゃった…」 山盛りのクッキー。普段料理のしないブッキーはただひたすら焼まくるのでしたw 圭太郎「だったら僕が食べちゃうよ~」 ラブ「とぉ!」 せつな「おとうさん!!」 美希「おじさま…。見損ないました…」 祈里「あれれれれ???」 あゆみ「いいのよ。あとでたっぷり叱っておくから、ね♪」 那由他「だったら私が食べようかしら」 せつな「お、お前は!」 あゆみ「あらいらっしゃい」 ラ美ブ「えぇぇぇぇ!?」
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/286.html
第29話『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。天まであがれ!(前編)――』 裏返しに並べられた百枚の読み札が部屋に散らばる。囲むのは、ラブと美希と祈里の三人。 ドキドキしながら一人づつめくっていく。 「よしっと。次はラブの番よ」 「よーし……て。えぇ――ボウズが出ちゃった。とほほ……」 「わたしの番ね。やった! 姫よ。もらっちゃうね!」 「勝負有りね。でも、ほんとせつな遅いわね。どこまで行ってるのかしら?」 噂をすれば影。階段を勢いよく駆け上がる足音が響く。 何かあったのだろうか? せつながこんな風に慌てることは滅多になかった。 「みんな! 手を貸して欲しいの。凧揚げをするわよ!」 『えぇ~~!』 騒動は、突然にやってきた。 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。天まで上がれ! (前編)――』 のどかなお正月の昼下がり。 ラブの部屋に集まるのはいつもの四人。カードを囲んで真剣な表情で向かい合う。 歌かるたの散らし取り。百人一種の代表的な遊び方だ。 読み手のラブが読み札を切る。その順に和歌を読み始める。 「むらさめの~」 む、の時点で下の句のカードを探し始める祈里。 五文字目で思いついて探しだす美希。 一番遅れて歌を判別するせつな。 『はいっ!』 三人の手が同時に重なる。上から順に祈里、美希、せつな。 そして取り終える百枚の札。 戦果はせつなが四十枚。美希が三十二枚、祈里が二十八枚だった。 「参りました。もう、せつなには敵いそうもないわね」 「せつなちゃん凄い。こんなに早く百種全部覚えちゃうなんて」 「やっとよ。ブッキーなんて読む前から探し始めてるじゃない」 始めのうちは、下の句まで読んでからしか探せなかったせつなが一番弱かった。 しかし、驚くほどの勢いで記憶していく。 数順目には覚えきってしまい、圧倒的な強さを見せつけた。ラブはともかく、美希や祈里はもちろん暗記している。 そしてせつなには、まだ一字覚えや二字覚えなんて知識はない。 そのハンデを跳ね返すのが、視力と反射神経、そして記憶力だった。 下の句が配置されてる位置を全て把握してしまう。探し始めるのが一歩遅れても、手が最短距離で札を奪うのだ。 コンコン 部屋のドアが控えめにノックされる。あゆみが差し入れにきたのだ。 トレイに乗っているのは、おせんべいと緑茶だけ。女の子のおやつには華やかさが足りない。 「ごめんなさいね、紅茶とお菓子を切らしちゃたの」 「おかまいなく、おばさん」 「わたしたち、毎日お邪魔しちゃってるから」 「たはは、せつなと食べ過ぎたよね」 「もう! 主に食べてるのはラブでしょ」 「スーパーなら開いてるわね、後で買い出しに行ってくるわ」 「おかあさん、それなら私が行きます」 せつなはスッと立ち上がり、自分の部屋に上着を取りに行く。 一緒に行くと言った、ラブたちの申し出をやんわりと断る。少し外の空気を吸いたくなっただけ、すぐ帰るからと。 ラブたちは、せつなが帰るまでボウズめくりをしながら待つことにした。 せつなは一人、お正月の人通りの少ない商店街を歩く。 冷たい風が、暖房で火照った体に心地良かった。澄んだ美味しい空気を胸いっぱいに吸い込む。 始めてのお正月。そして、大切な家族や仲間とずっと一緒にいられる時間。楽しくて、嬉しくて、心は弾みっぱなしだ。 百人一首も楽しかった。いくつかは学校で習ったものもあったけど、新しい歌もたくさん覚えることができた。 最初は全然取れなかった札が、見る見るうちに自分の手元に集まっていくのも面白かった。 でも、夢中になるのはここまでかなって、そう感じてもいた。 これ以上やれば、どんどん差は開いていくばかりだろう。結果の見えているゲームでは楽しさは半減してしまう。 みんなの笑顔を曇らせないためにも、ここからは手加減が必要になるかもしれない。 一枚取るたびに大喜びしているラブが、少しだけうらやましいと思った。 競技と呼ばれるものですら、その本当の喜びは勝利することではないのではないか? せつなはこの世界に来て、強くそれを感じるようになっていた。 カルタに限った話ではない。学校の勉強も、スポーツも同じ。せつなにとっては、全力で取り組み、本領を発揮できる場ではなかった。 やりすぎれば目立ってしまう。それがいけないことではないのだけど……。 せつなは、称賛されることも、嫉妬されることも、そのどちらも好きではなかった。 ぼんやり考えながら歩いていたら、お目当てのスーパーに着いた。メモを見ながらお菓子を購入して、これでおつかい終了だ。 帰り道で駄菓子屋のおばあさんとすれ違った。 「おや、せつなちゃん。正月早々おつかいかい?」 「はい、お茶菓子を切らしてしまって」 「フン、感心しないねえ。正月の三が日からお店開けてちゃ、風情もへったくれもありゃしない」 「すみません。お店が開いたら駄菓子屋さんにもお邪魔します」 「そうじゃないんだよ。だけど、つまらない世の中になっちまったね」 「どうかなさったんですか?」 せつなには、なんだかおばあさんの元気がないように見えた。気になって少しお話がしたくなった。 おばあさんも愚痴の相手が欲しかったのだろう。お店の裏口を開けて、お茶を入れてくれた。 話し相手ができて嬉しいのか、いくらか機嫌も良くなって昔話を始める。 「昔はこの辺りは四ツ葉町商店街なんて呼ばれててね、そりゃあ趣のある人情溢れる町だったよ」 「私には、今でも幸せの集まる素晴らしい街に思えます」 「無論、悪くはないさね。でも、お正月だって昔に比べたら随分味気なくなったもんだよ」 お正月でも休まないお店ができて、お正月の準備がどんどん質素になっていったこと。 洋服が普及して、手間のかかる着物姿で出かける人がとても少なくなったこと。 テレビゲームの流行と共に、外で元気よく遊ぶ子がいなくなってしまったこと。 「お正月といえば男の子は凧揚げ、女の子は羽子板で遊んだものさ。どっちも見なくなっちまってね」 「羽子板は昨日やりました。凧揚げって何ですか?」 「そうか、ついに知らない子まで現れたのかい。興味あるなら凧職人を紹介してあげるよ」 おばあさんは返事も聞かずに立ち上がろうとする。言葉とは裏腹に、会わせたがっているように感じられた。 せつなは会ってみることにした。 おばあさんに連れられてやってきたのは、通りから少し奥に入ったところにある木造の古い家屋だった。 外見は普通の住宅。でも、一歩敷居をまたげば、そこは本格的な工房だった。 「凧じじい、お客を連れてきてやったよ。顔くらい見せたらどうだい」 「凧じじいはやめろ。もう凧なんて何年も作ってねえや、梅干ばばあ」 「ふん、梅干はお互い様さね」 「あの、初めまして。東 せつなと申します。凧を見せて頂きたくて」 「奥の部屋にあるのがみんなそうだ。好きなだけ見ていきな」 おじいさんはこちらも見ずにそう言った。あまりの無愛想っぷりに、駄菓子屋のおばあさんまで腹を立てる。 だけど、せつなにはぶっきらぼうな態度の中にも、温かさのようなものを感じ取っていた。 クリスマス以来、おじいさんがとても好きになっていた。いや、お年寄りの人間としての深みに、とても関心を持っていたのだ。 工房を通り抜け、言われた部屋に足を進める。そして――息を呑んだ。 そこにはおびただしい数の凧が保管されていた。それはまるで凧の博物館のようであった。 形も色々だが、大きさも様々だ。ノートくらいの小さなものから、全長が四メートルを超えるほどの大凧まであった。 描かれている絵も素晴らしかった。十二支に浮世絵、昆虫や魚を形取ったもの。そして、一番目を引いたのが、大凧に描かれた勇ましい鎧武者。 絵の良し悪しなんてわからないせつなにも、その迫力には心を揺さぶられた。 「凄い……」 「そうかい? 頭の固いじじいでね。装飾品としてなら今でも買い手がつくのに、頑として売ろうとしないのさ」 「どうしてですか? こんなに綺麗なのに」 「凧は飛ばしてこそ凧だってね。今では作るのも辞めちまって、扇子作りで食いつないでるのさ」 「その扇子もすっかり売れなくなっちまったがな」 おじいさんが手を休めて様子を見に来てくれた。何のかんの言っても気にはなっていたらしい。 「扇子だって美術用途なら売れるだろうに、タコ作ってた割には頭の固いじじいだよ」 「そっちのタコとは違うんじゃ……」 「違わねえよ。ひらひらした足をつけてたから、その昔は関西でイカなんて呼ばれててな。粋な江戸っ子が張り合ってタコと名付けたのが由来よ」 「その割には骨がありますね」 せつなは竹で作られた凧の骨組みに目を奪われていた。見事なまでに強度を計算して張り巡らされている。 この骨組みこそ、凧の出来の要だと思えた。大真面目の指摘なのだが、おじいさんは大笑いした。 「わっはっはっ、こりゃあ一本取られた。面白いお嬢ちゃんだな、気に入った! 何でも聞きな」 おじいさんの家は代々、凧職人であったらしい。父親から技術を学んだのだが、その修行は熾烈を極めたものだった。 下図が描けるようになるまで十年、骨を削れるようになるまで、また十年。 父親で師匠だった人の教え。「迷わず、一心に数をこなせ。後は指が教えてくれる」 その教えを守り、死に物狂いで凧作りの技術を身に付けた。 そこまでして一人前になっても、家族を養っていけるほどの収入があるわけではない。 どんなに精巧に作っても、目的は子供の遊び道具だ。そんなに高い値段が付けられるわけではない。食いつなぐには副業をこなす必要があった。 それでも、おじいさんは凧作りに誇りを持っていた。 クローバータウンが四ツ葉町と呼ばれていた頃、正月に限らず、冬にはあちこちで凧が揚がっていたものだった。 シーズン中は修理に追われ、それ以外の季節は冬に備えて作り貯める。 全ては子供たちの笑顔のため。貧しくても充実していた日々だったという。 「ところが近頃ときたら、凧揚げどころか凧を知らない子供までいる始末でな」 「……すみませんでした」 「今じゃ伝統工芸とか言っては、金持ちが道楽で買い求めるくらいでな。そんなもんのために作ってるんじゃねえやな」 高額で買い取るとの申し出もあったらしい。おじいさんはその全てを断ってきた。 凧作りを神棚に上げるつもりはない。凧揚げは庶民の遊び。時代と共に必要とされなくなるのなら、失われるのも運命だと。 副業で続けていた扇子作りも、もう採算が合わなくなってきているらしい。何より凧作りを辞めてしまったことで、創作意欲が失われてしまっていた。 だから、今年の冬が過ぎたら工房をたたむのだとか。 おどけた口調で話してはいたものの、その表情はとても寂しそうだった。 このままではいけないと思った。 子供たちの笑顔のために頑張ってきた、おじいさんの幸せが失われてしまう。 そして、おじいさんの手で笑顔になれるはずの、子供たちの幸せも失われてしまうのだ。 「お願いがあります! 私に凧を作ってもらえませんか? お年玉と、お小遣いも少しは貯まっています」 「気持ちは嬉しいが、俺はもう凧作りは辞めたんだ。金なんて要らねえから、ここにあるのを好きなだけ持って行きな」 「どうしても――作ってほしいんです」 「駄目だ! 俺は頭が固いんでな、作らねえと決めたら二度と作らねえ」 そこから先は意地の張り合いだった。せつなはあきらめようとせず、おじいさんも頑として譲らない。 せつなは最後の賭けに出た。この工房にある中で一番揚げるのが難しい凧。つまり、大凧をせつな一人で空に揚げることができたら作ってもらうと。 そんなこと出来る訳がない。あきらめさせるにはいい方法だと、おじいさんも約束してくれた。 持ち帰ることができるような大きさではない。後で友達を連れて取りに来るからと約束して、ひとまず引き上げることにした。 「すまなかったね、せつなちゃん。大変な約束をさせちまって」 「いえ、興味があるのは本当です。あれが空に揚がるところを見てみたいわ」 予想を超えた展開に、おばあさんは戸惑っていた。子供好きな人だから、若い子とお話するだけで気分が晴れるんじゃないかと期待しただけだった。 せつなもそれは感じていた。おばあさんの様子がおかしかった理由が、あのおじいさんのことだってことを。 おばあさんは、ラブのおじいさんの源さんって方とも仲が良かったらしい。また一人、四ツ葉町から職人が消えていくのが寂しかったのだろう。 せつなには、その気持ちの全てが理解できるわけではない。 せつなはクローバータウンが好きだ。友達と遊ぶゲームだって楽しいと思うし、機能的で扱いやすい洋服だって大好きだ。 だけど、そのために古き伝統が失われていいとも思わない。晴れの日には着物も着たいと思うし、羽子板やかるただって凄く楽しいと思う。 一つはっきりしているのは、幸せは輪だってこと。それを広げていくことが大切なんだってこと。 おじいさんは今、その輪から外れようとしている。 だから――凧を揚げるのだ。 輪の中に居る――みんなのためにも。外れつつある――おじいさんのためにも。 せつなはおばあさんと別れ、家に向かって走りだした。 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。天まであがれ!(後編)――』へ続く
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/84.html
ラブ「ごちそうさまでした!」 祈里「とっても美味しかったね」 美希「あとはデザートね」 せつな「デザートって何があるの?」 ラブ「えーと、桃とパイナップルとブルーベリーだよ」 せつな「うーん、どれにしようかしら?」 ラブ「もちろんぷりっぷりの桃で幸せゲットだよね!?」 祈里「あまーいパインで癒されるって私信じてる!」 美希「ノンノン。甘酸っぱいブルーベリーでリフレッシュよ。うん完璧!」 三人「ねえ、どれにするの!?」 せつな「私選べないわ…。どれかなんて選べない。だから全部精一杯頑張るわ!」 ラブ「わはー。せつなってば頑張り屋さん!」 美希「クス、意外と食いしん坊ね」 祈里「私達も頑張らなきゃね」 せつな「さあみんな、行きましょう!」 行った先がベッドだなんて妄想は禁止