約 1,207,261 件
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/938.html
【1月21日】 『大好き』 シフォン「キュアキュア~」 祈里 「シフォンちゃん、おやつが食べたいのね」 ラブ 「チョコレートにクッキー。ケーキにアイスクリーム、あと、ドーナツ! 何がいい?」 祈里 「もう、ラブちゃんが食べるんじゃないのよ」 美希 「ラブって食べ物のことになると目が輝くわね」 ラブ 「だって~。美味しいものを食べるのって、幸せって感じしない?」 せつな「くすっ。ラブの食欲は大好きな人と一緒にいる時ほど増すのよね」 【1月22日】 『みんなで、はぁ~』 せつな「毎日とっても寒いわね~。はぁ~って息を吐くと、白くなるわ」 美希 「はぁ~。こうすると、冬って感じがするわね」 祈里 「はぁ~。吐息の水蒸気が水に戻るから白く見えるのよ」 ラブ 「はぁ~。なんとなく綺麗でいいよね」 あゆみ「若い娘の仕草は可愛らしいわね。ちょっとうらやましいかも」 【1月23日】 『のんびりしてました』 ミユキ「さぁ、みんな! 久しぶりにダンスレッスン始めるわよ!」 四人 「ハイッ! ――――はぁ、はぁ、はぁ、もうダメ」 ミユキ「……みんな、冬休みの間、走るくらいはしてた?」 四人 「それが……」 ミユキ「それじゃあ夏合宿の時と一緒じゃない。ビシバシ鍛え直すわよ!」 【1月24日】 『クイズです!』 美希 「今日はクイズです。ラブの苦手な食べ物はなぁ~んだ? 答えは明日!」 祈里 「ヒント、その① 今年の干支のうさぎさんの好物よ」 タルト「まだ、わからへんかな? もう一声や!」 祈里 「お馬さんも大好きな食べ物なのよ」 タルト「パインはん、さっきから動物の話ばっかやないか」 祈里 「ごめんなさい。じゃあね、子供は嫌いな子が多い野菜よ」 せつな「要するに、ラブは子供ってことよね」 ラブ 「せつなの番もあるんだからね?」 【1月25日】 『他人事じゃない』 美希 「ラブの苦手な食べ物はニンジン。ラブったら、ニンジンも美容にいいのに」 祈里 「わたしはニンジン大好きよ。甘くて美味しいのに」 ラブ 「だって、食感が気持ち悪いんだもん。美希たんは苦手な食べ物ないの?」 美希 「完璧なアタシに、苦手な食べ物なんてないわ」 せつな「みんな、お好み焼き食べに行きましょう!」 美希 「ごめんなさい……」 【1月26日】 『外に行こう!』 ウエスター「フッ、フッ、フッ。今日はなんだか、いいことがありそうな気がするぞ」 サウラー 「気のせいだろう。僕は部屋で本でも読んでいることにするよ」 ウエスター「焼き芋、タコ焼き、ラーメン、寒い日は熱々の食べ物が美味いぞ!」 サウラー 「僕はコタツにミカンで十分だ」 ウエスター「冬こそスポーツだ! 体が温まって気持ちいいぞう」 サウラー 「寒いのはおっくうだ。布団の中が気持ちいいよ」 ウエスター「ええい! いいから来い! その性根を叩きなおしてやる!」 【1月27日】 『満天の星空を見上げて』 せつな「冬は星がとっても綺麗に見えるのね」 ラブ 「あたし、星を見ながら時々お願い事するんだ」 美希 「リゲル、シリウス、プロキオン。星って姿も名前も美しいわね」 祈里 「こいぬ座、おおいぬ座、おうし座。冬の星座は名前も可愛いね」 せつな「楽しみ方も色々なのね」 【1月28日】 『トリニティの真髄』 ミユキ「今日はトリニティの三人で、ダンスステージに出演するの!」 ラブ 「わ~見たい! トリニティのステージはいつ見ても感動です」 せつな「トリニティって、三位一体って意味なんですよね?」 ミユキ「そうよ、三人の心と体を一つにするって意味なの」 美希 「その名の通り、息も動きも完璧に一致してるのよね」 祈里 「うん、いつ見てもびっくりしちゃう!」 タルト(その割には、逃げる時はいつもミユキはん置いてかれてるような……) 【1月29日】 『寝る前に飲むといいらしい』 祈里 「寒い日は、お家でホットミルクを飲むのがお気に入りなの」 せつな「私も好きよ。なんだか気分が落ち着くの」 ラブ 「バナナとココアとお砂糖をミキサーにかけて温めると美味しいよ!」 祈里 「それ、もうホットミルクと言わないんじゃ……」 美希 「聞いてるだけで太りそう……」 【1月30日】 『手取り足取り』 ラブ 「新しいステップをミユキさんに教わったの。って難しいよ~」 せつな「あせらないで。はじめはゆっくりと、正確に覚えましょう」 ラブ 「うん! がんばるよ!」 美希 「最後に加入したせつなに教わってどうするんだか……」 祈里 「でも、せつなちゃん凄く上手だし、ラブちゃんも上達すごいね」 美希 「いいなぁ~。家で二人で仲良くレッスンしてるんだろうなぁ~」 祈里 「わたしたちもお泊りする?」 【1月31日】 『幸せのカタチ』 カオルちゃん「兄弟、新しいドーナツ食べてみる?」 タルト「もぉ~! ムチャクチャうまいがな!」 カオルちゃん「だろう? おじさんって天才だから、ぐはっ」 美希 「自分で言ってれば世話ないわね、どれどれ、……ほんとに美味しい」 せつな「美希にだけは言われたくないわよね。あっ、……おいしい」 ラブ 「うわっは~、口の中で幸せが広がるよ、カオルちゃん!」 祈里 「シフォンちゃんもおいしいって」 カオルちゃん「どんなドーナツも、中からのぞく笑顔は変わらないのよね」 避2-573へ
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/738.html
カウンターに二つ並んだスツール。 そこに腰掛けると、ラブの胃袋がキュウ…と情けない音を出す。 ラブはお腹ペコペコな事に今更ながら気が付いた。 「い…いただき、ます。」 「ハイ、どうぞ。」 (あ………) オムレツを一口。口に入れたまま、思わずピタリと止まってしまった。 「どしたの?」 「……おんなじ、味だ。」 家で食べる、お母さんや自分が作るオムレツ。 柔らかさも、塩加減も、バターの香りもまったく同じ。 「ああ……。そりゃあ。」 同じ人に教わったんだし。 サラリと当然の事実を告げる口調で呟き、また涼しい顔で食事を続ける「せつな」。 並んだお揃いの食器。お客様用、ではなく使い慣れた感じの普段の物。 マグカップの色は赤とピンク。他の物にもさり気無く同じ色使いのポイント。 本当にここが近い未来で、隣の彼女がせつなだとしたら。 (これって、そう言うコト……?) ここは少なくとも桃園の家ではない。 ラビリンス、と言う雰囲気でもない。 2DKくらいのこじんまりとしたマンションのような。 周りを見ると、寝室と同じく殺風景なくらい必要最低限の物しか置いてない。 でも、そこには確かに生活の温かさが漂っている。 良く見れば至るところに住人の気配を感じる。 昨日今日暮らし始めた訳ではない、住み慣れた巣。 「ん?ああ、ラブの部屋ならあっちよ?」 キョロキョロと落ち着き無く視線をさ迷わせるラブに、拍子抜けするくらい アッサリとラブが聞きたくて聞けなかった事柄の答えが落っこちてきた。 思わずガクッとなりそうになるのを何とか堪える。 それに、聞きたい事はそのまた一本先であるからして。 でも、まあ。 今朝の彼女の反応から鑑みるに、たぶん、恐らく、きっと、そう言う事なんだろう。 人間、不思議なものでお腹が満足すると自然に胆まで座る。 今の状況は良く分からない。はっきり言ってまったく理解出来ないが、一つ決めた。 今、自分の隣にいる人はせつなだ。と信じる。 だったら、分からない事はせつなに聞けばいい。 これが夢でも現実でも奇跡でも、兎に角せつなを信じない事には 自分にはどうしようもないのだから。 なので、取り敢えずさっきから気になっていた事を聞いてみた。 「あの、ですね…。」 「はい。なあに?」 「何で、そんなに落ち着いてるんですか?」 そうなのだ。それが不思議で仕方がなかった。 自分とせつなは同い年。 なら当然一緒に暮らしているらしい「ラブ」もとっくに大人のはず。 それなのに、当のせつなは慌てた様子を見せたのは寝起きの一瞬だけ? その後の一連の流れは御覧の通り。 せつなは、何か知ってるんだろうか。 この、とても現実では有り得ない、しかし現実としか思えないこの状態を。 「夢でも見てるのかもね。」 「いやいや、それは……」 これまたアッサリと身も蓋も無い事をおっしゃる。 「まあ、これは冗談として…」 「今の状況が冗談だと思うんだけど。」 「確かにね。」 愉しげな様子さえ見せる彼女に、ラブは頬を膨らませる。 これでも真面目に聞いてるんだけど。 「私にも、よく分からないんだけど……」 ちょっと、しばらく聞いてくれるかしら? ニッコリと微笑まれ、ラブの脳はまた崩れかけた。 この笑顔は反則だろう。逆らえる人がいるとは思えない。 「私もね、昔とても不思議な夢を見た事があるの。」 ちょうど、今のあなたくらいの頃に、ね。 「私、その頃ラビリンスにいたの。」 大好きな人と離れてね。一人で暮らしてた。 自分で決めた事だったし、仲間もいたし、特に戻ったばかりの頃は 寝る間も無いくらい忙しくって。 寂しさなんて感じてる暇ないだろうって自分で思ってたのよ。 甘かったわね。私すっかり寂しがり屋になってた。 どんなに忙しくたって、寝る間も無くたって寂しいものは寂しいのよ。 本当に辛くてね、後悔なんてしないって、いずれ帰るんだから それまで精一杯頑張ろうって思ってたんだけど……。 やっぱり一人の部屋に戻ると泣いちゃうの。大好きな人に会いたくて。 「戻ってどれくらい経った時だったかしら。辛いなりに何とかやってた頃よ……」 ある朝、目が覚めるとね。隣に人が寝てたの。 びっくりなんてものじゃなかったわ。 ラビリンスのセキュリティって凄いのよ?元管理国家をナメないでね。 まかり間違っても、住人の許可無しに部屋に、それも寝室に外部から 侵入出来るなんて有り得ないの。 しかも私、かなり…それなりの部屋に住んでたしね。 テレポートでもしない限り不可能なのよ。 「でも、そんな事考える余裕なんてふっ飛んじゃったわ。」 その人の顔みたら、ね。 そっくりだったの。私の大切な人に。 会いたくて会いたくて、仕方なかった人に。 でも、絶対に本人じゃないはずなのよ。 どうしていいか分からなくて固まってたら、その人が目を覚ましてね。 「『おはよう、せつな。今何時?』ですって。」 その人、ラブは…22才だって言ってた。 ラブは最初、驚いてたけどね。しばらく考え込んで……、『コレだったのか!』って。 こっちには何が何だか分からないんだけど。妙に一人で納得してるのよ。 「で、私の言いたい事、分かるかしら?」 分かる。と、言いたい所だが如何せん頭の出来にはこれっぽっちも 自信のないラブだ。感覚的に理解はしたが、説明しろと求められたら 絶対に無理だ。 それよりも。 大好きな人。 大切な人。 会いたくて会いたくて、仕方なかった人。 繰り返されるその言葉に、ラブの心に内側からぽっと灯がともる。 ニヤニヤと赤面しながら困惑した表情をすると言う、 相当器用な顔面の使い方をするラブ。 せつなは気にするでもなくポンポン、とラブの頭を撫でる。 「いいのよ。何となく…で。」 私にだって説明なんか出来ないわ。 「じゃあ、それでその…22才のラブはその後…」 「うん。その日1日いて翌朝目が覚めたらいなくなってた。」 ふにゃり、と力が抜けた。 じゃあ、自分も一晩眠れば元に戻ると言う事だろうか。 「多分、そうなんでしょうねぇ…。」 「そんな、他人事みたいに。」 だってどうしようもないんだし。 と、せつなは遠くを見てわざとらしい溜め息をつく。 確かに、その通りなんだが…。 (ま、ジタバタしたって仕方ないか。) 取り敢えず、これが夢でもなんでもいい。 ただ待つだけしかないと決まれば、後はせめて好奇心を満たさせて貰おう。 未来を覗けるなんて、人並み以上に奇跡を経験したラブにだって プラチナクラスの奇跡に違いない。 「駄目よ。」 ワクワクし出した途端に、せつなのいつもの冷静な声。 「あなたの事は何も教えてはあげられないわよ。」 「どうしてっ?!」 「当たり前でしょ?」 既に情報得すぎてるくらいよ。 あなたの未来は、あなたがこれから作るの。 私が教えたら、それをなぞって生きて行くの? そんなの詰まらないでしょ? 自分で掴み取る。それがあなたの未来なんだから。 「私だって何も聞かなかったわよ。それに……」 一番知りたかった事は、分かっちゃったし。 ああ、そうなんだ。 せつなも、今のあたしと同じ事が気になってたんだ。 ラブの胸がほんのりと温もりで満たされる。 大人になったせつなには、大人のラブが当たり前に隣にいる。 はっきりと、この部屋がそう言ってる。 それでもおずおずと、これだけはやはり聞いておきたいから。 「……ラブと、せつなは一緒に暮らして…る?」 「ええ、そうよ。」 「それで、その…ですね。今の二人の…何と言いますか、……」 大人の女性に直接的な単語を含む質問をするのは、何だか非常に居心地が悪い。 しかしながら気の利いた婉曲な言い回しが出来るほど頭の回転は良くない。 「察して頂けませんか…」と言わんばかりにモゴモゴと歯切れの悪いラブ。 「……あのね…、」 「はい。」 「ベッド、広かったでしょ?」 「ーーー!!」 「つまり、そう言う事。」 ラブが自分の部屋で寝る事なんて、滅多にないわよ。 そっぽを向いて軽く唇を尖らせている。 真っ白だった頬が心無しか、さっきよりも健康的な色に上気している。 ああ、やっぱり大人になってもそう言う事は恥ずかしいんだ。 それに…… (……やっぱり、せつななんだ。) 照れ屋で意地っ張りで。それを隠そうとして全然隠せてない。 きっと今でも大人のラブは恥ずかしがるせつなが見たくて、時々意地悪して。 泣かれたり、叱られたり、拗ねられたり。 そして、必死に謝って許してもらったりしてるんだろう。 以前と変わらない二人のままで。 隣の部屋で一緒に暮らしてた頃と。 ベランダからお互いの部屋へ忍び込み、息を潜めて抱き合っていた頃と。 大人のせつなとの時間はゆったりと過ぎて行った。 狭いけど使い勝手の良いキッチン。並んでお皿を洗った。 色んな話をした。自分達の未来の話がタブーなら会話に詰まるかと思ったが、 案外、話題には困らない物だ。 考えてみれば当たり前かも知れない。相手はせつななんだから。 普通に、せつなに話すように話せばいい。 学校での事。友達の面白い話。両親の様子。いくらでもある。 「ラブ。今、幸せ?」 「うん!毎日、楽しいよ……でも……」 少し、言葉に詰まる。その先は、言わなくても分かるだろうから。 「そうね……、ごめんね。」 今のせつなにとっては済んだ過去。 既に、少し遠くなりかけてる思い出なのかも知れない。 でもラブにとっては…… まだ、このまま続くであろう生の現実。 寂しくて、会いたくて、抱き締め合いたいのに、叶わない。 どんな未来が待っていても、大人のせつながどんなに素敵な人でも……。 今…ラブが会いたいのは、14才の自分と同じ時間を生きているせつななのだから。 「あのね、聞いてもいいかな?」 「何?ラブ。」 「今、話したりする?あたしと…って言うか、大人のラブと……」 離れていた時間の事。どんな気持ちでいたのか。 どんな風に過ごしてたのか。 二人の間では、もう笑い話になっているのだろうか。 「あんな事もあったよね……」 そう、笑顔で話題に出来る思い出に。 「しょっちゅうよ。」 「そうなの?」 「うん。随分、恨み事聞かされてるわよ。」 私だって寂しかったのに。酷いわよね。 愛しいものを見つめる眼差しで、せつなが表情をくつろげる。 ふざけながら、どれだけ寂しかったか競い合っているのだろうか。 そして、きっと。 「まあ、今は幸せだから。」そう話は結ばれる。 (えっ…と、やっぱ一緒に寝るの…かな?) 夜になり、先に風呂を借りたラブ。 今朝着ていたパジャマもいつの間に洗濯したのか、家とは違う 洗剤の匂いがしている。 (良い匂いだな、コレ。) 何の香りだろう? パジャマの衿元を引っ張り、鼻に引っ掛けるようにクンクンと匂いをかぐ。 これも二人の生活の匂いなのかな?なんて考えながら。 「お待たせ。じゃ、寝ましょうか。」 寝室に入って来たせつなを見て、ラブは少しばかり……いや、かなりガッカリした。 またあの色っぽい姿が拝めるかと密かに期待していたらしい。 しかしながら、せつなはパジャマを上下ともしっかり着込んでいた。 ラブの瞳に落胆の色を見たせつなが首を傾げる。 「……?」 「いえ……、別に…。」 「………!」 「あのね、それこそ察してくれる?」 メッ!と、たしなめられ、今度はラブが首を傾げかけ……、ハタとその理由に 思い至った。 つまりは、そう言う事があった時の特別仕様…と言う事か。 失礼しました。 「もう!ほら、さっさと入って!」 「いや、でも……」 そうなのだ。今朝とは事情が違う。 最初から眠っていて、気が付いたらここにいたのと、 改めてここで一から眠るのでは緊張感も心構えも違うのだ。 「別に変な事はしないわよ?」 「いえ!そう言う事では!」 真っ赤になってプルプル首を振るラブを、せつながベッドに引っ張り込む。 腕枕の要領で頭を抱えながら、コツンと額を寄せる。 「何も考えないで…。これは夢よ。」 大丈夫。ちゃんと眠れるわ。 そう言って髪を撫でてくれるせつなから、ラブのパジャマと同じ匂い。 「そうそう、忘れてた。」 「え?ちょっ!?何!!」 「大丈夫、じっとして。何もしないから。」 そう言いながら、ラブのパジャマのボタンを外し、胸の谷間に せつなが顔を埋める。 ぷるん、とした唇が吸い付く感触が何度か繰り返される。 これは何もしていない内に入るのだろうか。 「ふふ…、お土産。」 「???」 「はい。改めてお休みなさい。」 彼女の唇が触れた場所が熱を孕んで疼いている。顔も目も耳も火を吹きそうだ。 眠りなさい、と言いながらなんて事をするんだろう。 早鐘を打つ心臓。視界がぼやけてくる。 「ごめん……。」 真っ赤な顔で瞳を潤ませているラブを、せつなは申し訳なさそうに抱き寄せる。 「ごめんね。意地悪するつもりじゃなかったの。」 白く長い指が優しく髪を梳いていく。 ごめん、そう囁きながら瞼の雫を吸い取ってくれた。 額に、もう一度瞼に、両の頬に胸元に感じたのと同じ感触。 甘やかな刺激に、ラブの体からうっとりと力が抜ける。 無意識に軽く唇を尖らせ、次の触れ合いを待っていた。 しかし、しばらくしても期待した感触は降りて来ない。 その代わりに、きゅっと人差し指で唇を押さえられた。 「ダァメ…。」 目を開けると、いたずらっ子のような上目遣い。 せつなが、ちょっぴり意地悪する時の微かな艶を帯びた瞳。 「ここは、特別な場所だから。」 「……自分からしてきた癖に……。」 「そ。だから、ここまでね。」 「勝手だなぁ……。」 「大人なんてそんなものよ?」 クスクスと笑い合う。 せつなは拗ねた振りをするラブを胸に抱き込む。 こんなにドキドキしてたら眠れるはずがない。そう思っていたのに。 ラブは、揺り籠に揺られるように意識を遠退かせてゆく。 「お休み、ラブ。」 遠くに聞こえる声。 目が覚めれば、これは夢になってしまうんだろうか。 それとも、覚えている事すら無いんだろうか。 忘れたくない…。 ……… ………………… 「……………。」 ラブは寝惚け眼でベッドに体を起こした。 いつもの朝。自分の部屋。自分のベッド。 いつもと何も変わらない朝。 リンクルンの日付を確認する。やっぱりいつも通り。 1日経っている訳でも、時間が進んでいる様子もない。 ぼんやりとした頭に、次第に像が結ばれて行く。 「……ゆ、め…?」 大人になったせつな。 お揃いの食器。 二人の暮らす、シンプルな…でも、ぬくもりのある部屋。 信じられないくらい、リアルな夢だった。 (せつな、すっごい美人になってたなぁ……) あれが自分の理想の未来なんだろうか。 まだ鮮明に全身に残る幸せな夢の余韻に、ラブの頬はだらしないくらいに 緩んだままだ。 (しかし、久しぶりにいい夢見たなぁ~……) ちょっぴり元気出たかも。 そう思い、うー…ん、と伸びをする。 ふわり……と、体を包み込む匂い。 「!!!」 自分を抱き締め、その匂いを確かめる。 昨日とは、違う匂い。 夢でかいだ…、あの、二人の部屋と同じ匂い。 (まさか……ね……) パジャマの胸元を覗き込む。 すると、昨日までは無かったはずのもの。 胸の谷間の真ん中に、四つ丸く並んだ小さな痣。 まるで、赤い四つ葉のクローバー。 より鮮やかに、ラブの中に蘇る。 彼女の作ってくれた食事の味。 滑らかな肌とひんやりとした洗い髪の感触。 熱い火照りを残す、唇の跡。 「お土産……か。」 夢じゃない。 いつか、あなたも返してね。14歳のせつなに。 あなたが大人になって、一人泣いているせつなに出会ったら。 抱き締めて、キスしてあげて。 大丈夫だよって。一人じゃないって。未来は繋がってるって。 涙だって、笑って話せる思い出に出来るのだから。 「分かったよ…、せつな…」 あたしも、同じように返せばいいんだね。 せつなの胸に、赤いクローバーの印を。 そう、遠くない未来への約束に。 離れてしまったあたし達に起こった、奇跡のようなプレゼント。
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/872.html
少女は歩く。 ゆらゆらと木漏れ日の降り注ぐ、静かな森の中を。 美しい黒髪を揺らして。物憂げな瞳で遠くを見据えて。 森は好きじゃなかった。一人でいることをひしひしと感じるから。 街に出たとたんに辺りに満ちる喧騒。 威勢のいい掛け声。楽しそうな談笑に囲まれる。 街は好きじゃなかった。自分だけ独りでいることを実感するから。 目的の場所に着いて一息つく。 朝の柔らかな日差し。広々とした空間。まばらに見かける人の姿。 公園は好きじゃなかった。ひとりでいる人なんてほとんど見かけないから。 でも――――ここには。 四ツ葉町公園の野外広場。そこに目指す人物が居た。 桃園ラブ。少女のただ一人の友達――――親友。 笑顔は好きじゃなかった。決して、自分には向けられることがないから。 だけど、ラブだけは違った。 どんなに皆に振りまいていても、自分の姿を見つけたらきっと―――― 一番輝いた笑顔で振り向いてくれるから。 日課となった公園の散歩。ダンスの練習の見学。 でも……その日に見かけた光景は、なぜかいつもと違っていた。 『翼をもがれた鳥(第三話)――――夢のまた夢――――』 ミユキと呼ばれるコーチ。そして、桃園ラブ、青乃美希、山吹祈里。 四人とも揃っているのに、なぜか一向に練習を開始しようとしない。 なにやら、誰かを探しているようにも見えた。 少女――――東 せつなは、怪訝に思い近づいて様子をうかがった。 「いたっ! せつなっ!」 「遅刻よ、せつな。連絡くらいしなさいよね!」 「せつなちゃん、何かあったの? 大丈夫?」 「えっ? 一体何なの?」 「さあ、みんなレッスン始めるわよ。ほら、せつなちゃんも急いで支度する!」 (遅刻? レッスン? それに、せつなちゃんって一体……) 公園のトイレに押し込まれてジャージに着替えさせられる。あまりの強引さに、何の抵抗もできずに 言いなりになってしまった。 横一列に並ばされる。ダンスミュージックがスピーカーから流れ出し、ダンスが始まる。 (ちょっと待って! 意味がわからない。どうして私がダンスなんて! やったこともない。できるわけ ないわ!) そう言いかけた言葉を、ミユキと呼ばれる女性の眼光がさえぎった。 力ある視線。期待と信頼と、そして強制。「やりなさい!」そう言っているようだった。 音楽が始まっているのに、一人だけ踊ろうとしないせつなに気がつき、全員が動きを止める。 叱られる、そう思って身構えた。ちょいどいい、言い返してこの場を離れよう。茶番に付き合わされ るのはまっぴらだと思った。 しかし、せつなに向けられたのは抗議ではなく、心配と思いやりと優しさだった。 「大丈夫だよ、せつな。わかるところだけでいいから、あたしたちに合わせてみて」 「ラブに合わせたら下手になるわよ? アタシに合わせたら完璧よ! なんてね」 「いきなりごめんね。まずは踊る楽しさを知ってもらおうって、ラブちゃんが強引に」 ラブがせつなの手を取って励ます。それだけなら理解は出来る。でも、青乃美希と山吹祈里まで―― どうして? 祈里はせつなの腕に軽く抱きついてきた。後ろに立った美希の手が肩に乗せられる。長い髪がせつな のほほをくすぐり、形容できない素敵な匂いに包まれた。 この二人は――――ラブの親友で仲間。自分のことは疑っていた。怪訝に思って警戒していたはず。 何かの罠なのだろうか? 「さあ! もう一度始めからよ。せつなちゃんもいいわね!」 『はいっ!!!!』 命令慣れした声。決して強い語調ではないのに、つられてせつなまで返事をしてしまった。 毒を食らわば~なんて諺を思い出した。わからないことから逃げ出すのは誇りが許さない。開き直っ て様子を探ることにした。 ダンスはいつも見ていた。 偵察の――――ためだ。他意は――――無い。 音楽はいつもと同じもの。振り付けは頭に入っている。ミユキと呼ばれる女性の叱咤の声も、何度も 聞いてきた。 大事なのは呼吸を合わせること。全員で動きを一致させること。確かにそう言っていたはず。 目付けと呼ばれる戦闘技術を駆使する。視野を扇状に広げていき、左右に立つ美希と祈里をなんとか 視界に入れることができた。 始めは動きについていくがやっとだった。音楽なんて耳に入れる余裕も無かった。しかし、やがて気 がつく。 本来、姿など見えるはずの無い四人を繋ぐ唯一の共通の情報、それが音楽であることに。 生演奏ではない録音テープは、毎回寸分の狂いも無く一定のリズムを刻む。そこに動きを落とし込ん で行けばいいのだと。 ミユキにしても、初心者であるせつなにいきなり一緒に躍らせる気は無かった。デタラメでいいから、 とにかく一度踊る楽しさを体感させるのが目的だった。 しかし、音楽を鳴らして数分でミユキの目つきが変わる。コンマ数秒遅れてはいるものの、信じられ ないことにせつなの振り付けは全て正確だった。 細かい動きにぎこちなさはあるものの、動きもどんどんキレが良くなっていく。曲が三週目を回る頃 には、遅れていたリズムまでもが他の三人と一致していた。 (これは――――なに?) ダンスの動きに徐々に身体が慣れていき、リズムに意識を大きく割かなくても踊れるようになった。 その頃から、これまで経験したことのない気持ちが胸に湧き起こり、全身に広がっていく。 訓練や戦闘ではない汗。無意味で効率の悪い運動。こんなものが――――なぜ―――― 気持ちいいと――――感じた。楽しいと――――感じた。嬉しいと――――感じた。 ミユキの口からレッスンの終了が告げられる。それをがっかりしながら聞いている自分に驚いた。 終わるのが――――惜しいと感じた。ずっと――――ずっと、もっと踊り続けていたいと感じた。 「お疲れさま、せつなっ! すっごかったよ」 「ホント、びっくりしたわよ。内緒で特訓してたんじゃないでしょうね」 「せつなちゃんなら出来るって、わたし、信じてた。でも予想以上だった」 口々に賞賛の言葉を浴びせられる。お世辞ではない、心からの喜びの声。美希と祈里から伝わって くる、信頼と好意に満ちた振る舞いに動揺する。 何があったのか未だに理解できない。ただ――――それを嬉しいと感じている自分がもっと理解でき なかった。 「お見事よ、せつなちゃん。これで次のダンス大会の目処はついたわね。これからの練習は厳しくなる から覚悟してね」 『はいっ! ありがとうございました』 (去っていくミユキに自然と頭を下げてしまった。何を――――やっているのだろうか、私は――――) 「よーし! 四つ葉になった新生クローバーで、今度こそ優勝ゲットだよ!」 「「「お~~~!!!」」」 小さな声。控えめに挙げた拳。でも、確かに参加してしまった。そのことに気がついて顔を赤らめる。 様子をうかがうと、優しそうな目でラブと美希と祈里が自分を見つめていた。 くすぐったくて、居心地が悪くなって帰ろうと思った。しかし、先手を打たれてしまった。 「せつなのクローバー加入のお祝いに、ドーナツパーティーしようよ!」 「賛成!」 「いいね、やろうやろう!」 「待って! 私は入るなんて一言も……」 右手と左手をそれぞれラブと美希に引っ張られる。背中を祈里に押される。 何を言っても聞いてもらえない。もう――――なるようになれと、せつなは諦めた。不思議に口元は ほころんでいた。 陽もずいぶん高く上り、日差しがきつくなる。 カオルちゃんのお店のパラソルを広げてテーブルについた。ラブがドーナツと飲み物を買いに走った。 ラブの居ない場所で美希と祈里と同じ時間を過ごす。たった数分でも、緊張で何時間にも長く感じら れた。 でも、二人は何気なく話しかけてくる。嬉しそうに、楽しそうに、好意に満ちた表情で。 もう、罠とは思えなかった。とにかく一生懸命に返事をした。何を話したのかは覚えていない。 「お待たせ! お昼だからかな、混んでて時間かかっちゃったよ」 「お帰り、ラブ。ありがとう!」 「ラブちゃん、おつかれさま」 「ありがとう……」 せつなは、カラフルなトッピングのドーナツを口に運んだ。とても甘くて、運動した後の疲れた身体に 染み渡る気がした。 そして、渡されたオレンジジュースを口にしようとした時、美希の手が差し出された。 「そのドーナツは特に甘いから、ウーロン茶の方が合うわよ」 「えっ? でも、これは美希のドリンク……」 最後まで言わないうちに、ストローを口に入れられた。びっくりしながらも一口飲んだ。美希が優し く微笑んだ。 「いいな~美希たん、せつなと間接キスだね。あたしのも飲む?」 「もう、ラブちゃんのはせつなちゃんと同じオレンジジュースでしょ」 「そっか、あはは」 何が起きているのか、全然わからない。このままではラチがあかない。そう思って、せつなは思い切 って尋ねた。 「どうして、美希と祈里は私に優しくするの?」 「どうしてって、お友達だからよ」 「うん、もっと仲良くなりたいからよ」 答えになってなかった。どうしてそう思えるのかを知りたかったのだ。 そして、ラブがとんでもないことを言い出した。 「いっそ、呼び方を変えてみようよ、せつな。美希たんとブッキーって! さあ、言って!」 「えっ、ちょっと待って、言えるわけないでしょ」 「大丈夫! 恥ずかしいのは最初だけだから」 「――――美希……た……。――――無理よ! 私、帰る!」 「まあまあ、せつな。アタシは美希でいいわよ。ブッキーなら言えるんじゃない?」 「無理しなくていいよ。でも、そう呼んでくれたら嬉しいかも」 ラブに引っ掻き回されたせいだろうか、その後は少し肩の力を抜いて美希と祈里とも話せるようにな った。 馴れ合うことに抵抗はあったが、気まずいのはもっと嫌だった。彼女たちのことを知って損は無い。 そう自分に言い聞かせて積極的に会話に加わった。 「それで、美希はモデル、祈……ブッキーは獣医になりたいんでしょ。ダンスしてていいの?」 「もちろん、最終的にはアタシはトップモデルになるわ。でも、ダンスは良いステップになるはずよ」 「わたしも、獣医ってそんなに急がないから、勉強は続けながらもみんなとダンスもしてみたいの」 「せつなちゃんは、やっぱり占い師さんなの?」 「そっか、占い師だったわね。でも、それじゃ夢がもう叶っちゃってるじゃない」 「占いは仕事よ。なりたいとも楽しいとも思ってないわ」 彼女たちの話を聞きださなくてはならない。自分のことを話しても意味はない。なのに――――自然 に口が滑り出す。 他人の不幸を聞き出すための調査でしかなかった占い。実は、それなりに楽しいこともあったんだと 話していく内に気がついた。 何より――――ラブと出会うことが出来た。 生まれて初めて、好意を向けられることの喜びを知ることが出来た。 「ダンサーになろうよ、せつなっ! 歌って踊れる占い師。全然ありだって!」 「そうね。それって、凄く素敵かも」 「せつなちゃんスタイルいいし、綺麗だし、神秘的だし、人気出ると思う」 「私は……ダンサーなんて……」 「ねえ、せつな。前に聞いたよね。せつなの幸せは何?」 「えっ?」 「良かったら、一緒にダンサーになろうよ! 美希たんとブッキーとはいつか別の道に分かれるけど。 せつなとなら――ずっと一緒に……だめ、かな?」 真剣な表情で、まっすぐにラブの瞳がせつなの瞳を見つめる。言葉だけではなく、わずかなサインも 見逃すまいとするかのように。 心を直接ラブに掴まれたような衝撃を受けた。激しく鼓動が高鳴る。 もし――――本当にそんなことができたら――――どんなに……。 胸のペンダントをそっと手繰り寄せた。 緑色にきらめく四つ葉のクローバーのペンダント。ラブとせつなを繋ぐ親友の証。せつなの幸せを願 い、送られた幸せの元。 「ラブ――――私……。私は……」 形にならない気持ちを伝えようと懸命に言葉を探す。勇気を振り絞るべく、固く、固く、ペンダントを 握り締めた。 そして―――― 砕け散った。 「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」 イースはベッドから飛び起きた。荒い呼吸を懸命に整える。全身が汗だくだった。 まだ薄暗い、早朝と言っていいくらいの時間なのだろう。 身体のあちこちが痛かった。でも、疲れは随分取れていたように思えた。 イースの姿で眠ってしまっていたことに気がつく。身体に負担のかかるこの姿よりは、解除してから 休むべきだった。 布団も被らず、ベッドを斜めに使い、片足を半分はみ出すようにして寝ていた。我ながらみっともない と反省する。 (今のは――――夢?) 砕けたペンダントは? 手を開いて確かめる。そこにあったのはペンダントではなく、ウエスターから奪ったパワーストーン だった。 足元が崩れ、落下するような感覚に襲われる。胸が強く締め付けられ、ぽっかりと心に穴が開くよう な感傷に包まれる。 知っている。これは――――喪失感。 「ふふふ……はははは――――」 何にショックを受けていると言うのだ。 全て――――自分のやったことではないか。 わざわざラブの目の前でペンダントを砕いたのも。 ラブを倒すために、ウエスターのパワーストーンを自分のものにしたのも。 全て――――自分が決めて行ったことではないか。 もう――――認めよう。 自分は……自分の中に芽生えたせつなの人格は、ラブに憧れていたことを。 ラブに友情を感じ、ラブをうらやましいと感じ、ともに歩みたいと感じていたことを。 今見た夢こそが、自分の願望なのだろう。 いや――――違う! 自分の中に芽生えた、東 せつなという少女の願望。 せつなとは夢。 この世界に深く関わり、ラブと親しくなりすぎたために生まれた夢。 今の夢は、イースの夢の人格である、せつなが見た夢なのだろう。 “夢のまた夢” それはこの世界の諺で、決して叶わない願望を意味するという。 構うものか! もともと違う世界の、自分には関わりの無い事なのだから。 「我が名はイース! ラビリンス総統メビウス様が僕!!」 さようなら……ラブ。 そして、さようなら。 ――――東 せつな。 イースは最後の決戦に挑むべく、静かに部屋を発った。 み-397へ
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/1011.html
「ラッキー・クローバー! グランド・フィナーレ!!」 少女たちが、右手を上げて高らかに叫ぶ。 その中央、凛として見上げる8つの瞳の先にあるのは、巨大な水晶に閉じ込められた、ソレワターセの姿。 「はぁ~~~~!!」 少女たちの気合とともに、水晶はみるみるうちに直視できないほどの輝きを放ち、ソレワターセは断末魔の叫びを上げる。 「シュワ、シュワ~・・・」 そして。 パン!パン!パン!と三つの乾いた破裂音を残し、ソレワターセは跡形もなく消滅した。 (要するに、四人の気持ちが揃わないと使えない技、というわけね。) ウエスターの報告を思い出して、ノーザはフン、と鼻をならした。 ―――メビウス様が、しびれを切らしておいでです。そろそろインフィニティを手に入れなければ、如何にあなたといえども、お叱りを受けますよ。 今朝、例のものを届けに来たついでに、そう言い捨てて帰って行った、クラインの忠義面が目に浮かぶ。 (ふん、見ているがいいわ。これがあれば・・・。) ノーザの手にあるのは、クラインから渡されたソレワターセの実。しかし、普通の実は鈍い緑色をしているのに、その実は血のような赤に染まっている。 まだ消去されずに残っていた、イースの管理データの一部。それを使って特殊能力を持たせた、特別製。このソレワターセは、攻撃を受けた者から、記憶を奪うことができる―――キュアパッションになってからのイースを、その者の記憶から、消すことが出来るのだ。 (ふふふ・・・。仲間から、今更ラビリンスのイースとして見られたら、あの子はどんな顔をするかしらねぇ。) ノーザは、口元に楽しげな笑みを浮かべた。 (問題は・・・誰を選ぶか、ということね。) 正確に言えば、人間の頭の中から、本当に記憶を消し去ることなど出来ない。ソレワターセの能力は、記憶を封じ込め、思い出せなくする力だった。ただ、その記憶の封じ込めを維持するには、どうしても、不幸のゲージの中にある、貴重な不幸のエキスを消費することになる。そんなことで不幸のエキスが足りなくなって、インフィニティが発動しなくなったら、それこそ今までの苦労が水の泡だ。 そうでなくても、インフィニティを手に入れるために、ノーザの当初の思惑より、かなりの時がかかっている。これ以上長引けば、今までのペースでソレワターセの実を育てることも、難しくなるだろう。 (だから、一番効率的な相手を、一人選ばなくては。) 目的は、プリキュアどもに、あの新しい技を使わせないこと。そうすれば、インフィニティを奪って、ヤツらも簡単に始末できる。 ノーザはゆっくりと、壁に貼られている少女たちの写真に近づいた。 (そうねぇ。イースと最も遠い関係にある人物。プライドが高く、人に気を許さず、それゆえの脆さも持っている子。) ノーザの長い爪が、ついに一人の少女の写真の上で止まった。 「・・・ふふふ。ターゲットは、あなたねぇ―――キュアベリー。」 蒼の喪失(前編) 秋も深まった、四ツ葉町公園。ラブたちはダンスレッスンを終えて、いつものドーナツカフェに集まっていた。勿論、タルトとシフォンも一緒だ。 今度の週末から、トリニティが久しぶりのツアーに出かけると言う。だから、二週間ほどダンスレッスンはお休み。さっき、ミユキからそう言われた。 ―――お休みの間、自主練習はちゃんとやるのよ! ビシッと指を立ててそう言うミユキに、声を揃えて元気に返事をしたものの、中学生の彼女たちにとって、週末まるまるのフリータイムは、とってもわくわくするもので・・・。 「ねえねえ。じゃあ今度の土曜日、みんなでどっかに遊びに行こうよ!」 「いいわね。私も、その日は予定入ってないわ。じゃあ、冬物のお洋服でも、みんなで見に行く?」 「えっと、確か今度の土曜日から、新しい映画が封切りだったんじゃないかな。それを観に行くっていうのは?」 「うーん、そうだなぁ。でもさ、秋はやっぱり、遊園地じゃない?」 「何言ってんのよ。ラブの場合は、秋だけじゃなくて年中でしょ。」 目をキラキラさせて喋る三人の話を、せつなもやっぱり、好奇心に目を輝かせて聞いている。 この世界は、まるで中身がいっぱいに詰まった宝石箱みたいだ、とせつなは思う。どれも色や形が違い、それぞれの光を放って輝く、数々の宝石。目の前に無造作に並ぶそれらを、ひとつひとつ手に取り、眺め、そして選ぶことができる。何て楽しくて、明るくて、そして自由なんだろう。 「ねえ、せつなは? せつなは、どこに行きたい?何がしたい?」 ふいにラブに呼びかけられて、せつなは我に返った。 「え?私?」 「うん。せつなが決めてよ。今挙がってるのは、ショッピング、映画、それと遊園地。もちろん、他の場所でも大歓迎!せつなの好きなところに決めてよ。ねぇ、どこにする?どこがいい?」 「ちょ、ちょっと待って、ラブ。」 畳みかけるラブと、慌てるせつな。その様子を見ながら、美希は小さく苦笑する。ラブが最近、何かと言うとせつなに決定権を持たせようとしていることに、美希は気付いていた。 この世界に来るまで、「選ぶ」ということを知らなかったせつな。最初はドーナツカフェの飲み物ひとつ、文房具ひとつ、自分では選べなかった。それどころか、自分の好みすら―――何が好きで、何が嫌いで、何が自分に似合うかなんてことも、まるでわからなかった。 ラブの家で過ごすようになって数カ月。飲み物や食べ物、洋服や本・・・。人より時間をかけて迷いながら、彼女は少しずつ、自分のものを、自分で選べるようになってきた。選ぶことを、楽しめるようになった。 ただ、今のような場合―――自分の選択が、仲間や家族、周りの人たちの行動まで決めてしまうと思うと、途端にせつなは逡巡してしまう。 「そんな・・・私には決められないわ。どれも楽しそうなんだもの。」 (やっぱり。そう言うと思った。) そう思っていることを顔に出さないようにして、 「え~!それじゃダメだよ、せつなぁ。」 ラブは思い切り、口を尖らせてみせる。 「せつなが決めたところに、みんなで行くのが楽しいんじゃない!」 「でも・・・」 助けを求めるように、困った顔で自分と祈里に視線を向ける彼女に、美希は優しく笑いかけた。 「ねえ、せつな。どこに行って何をしたって、こういうことに、成功とか失敗とか無いのよ。」 「そうそう。」 祈里が隣から、いつもののんびりした調子で相槌を打つ。 「誰かが決めたところに遊びに行くっていうのはね、一人の好みに、みんなで合わせよう、ってことじゃないの。自分ではなかなか選ばないような場所に出かけていく、っていう楽しみ方なのよ。そして、発見するの。」 「発見?」 「そう。ああ、この人はこういう場所が好きなんだなぁ、とか、こういうところも楽しいんだなぁ、とかね。同じものを見て、誰かと同じように感じたら嬉しいし、違っていても、やっぱりお互いのことがもっとよくわかって、嬉しいのよ。だから、みんなで出かけるのは楽しいの。」 「でも、そこが楽しくなかったら?」 「その時はね、こうするの。」 美希は茶目っ気たっぷりに、眉をワザと八の字に寄せ、怒っているような、困っているような顔を作って見せる。 「『なぁんなの?ここ。サイテー!!』 そうやってみんなで盛り上がるのも、結構楽しいわよ。」 声まで変えて、“悪口で盛り上がる中学生の図”をやってみせる美希に、せつなも思わず噴き出す。 「うふふっ。美希、変な顔。」 「言ったわね。せつなのために、実演してるんでしょ。」 「でも、何もそこまでしなくてもいいわよね。」 「そうそう。美希たん、綺麗な顔が、台無しだよ。」 ラブと祈里にもはやし立てられて、美希の顔もさすがに赤くなる。 「みき、へんなかお~!」 シフォンがせつなの言葉を真似してはしゃぎながら、はぐっ、と勢いよくドーナツにかぶりついた。 「もうっ、シフォンまで・・・。」 「ふふっ。ありがとう、美希。私、ちゃんと決めるわ。でも・・・すぐには決められそうにないから、もう少し考えてもいい?」 ひとしきり笑った後、自分を見つめてそう言うせつなに、美希は一瞬、眩しそうに目を細める。 (こういうところが、せつなって真面目で素直なのよね。) 自分にはなかなか真似のできないまっすぐな彼女。でも勿論そんなことは口には出さず、美希はパチリとウィンクしてこう言った。 「もっちろん。完璧なところ、選びなさいよ!」 「美希ちゃん、失敗してもいいんじゃなかったっけ・・・。」 祈里のナチュラルな突っ込みに、ドーナツカフェに、また新たな笑い声が広がっていく。 「ええなぁ。なんか楽しそうやなぁ。」 「タルトちゃんも行く?」 「でも、わい、その日はここで、『タルやんのイリュージョンショー』があるんや。」 「・・・あれ、まだ続けてたんだ・・・。」 なんか、似たような会話を以前も聞いたことがあるような。あれは、いつだったっけ・・・。 美希がそう思った瞬間、 「ソレワターセ!!」 公園の一角にある雑木林の方から、突如、咆哮が響き渡った。 「わ!マズい。シフォン、行くで。」 「プリ~・・・」 タルトがシフォンの手を引っ張って、慌てて林の反対方向に走る。 「ソレワターセが?どうして突然?」 「シフォンちゃんは、今日はまだインフィニティになってないのに。」 「インフィニティになる前に奪う作戦かもしれないわ。とにかく早く行かないと!」 「うんっ!何だかわかんないけど、みんな、行くよっ!」 ラブの声に力強く頷いて、少女たちはそれぞれのリンクルンを構える。 「チェインジ!プリキュア!ビートアーップ!!」 桃色、青、黄色、赤・・・オーロラのような色鮮やかな光のベールが一瞬の輝きを放った後。 現れる、四人の伝説の戦士。 ツインテールをなびかせて駆けるキュアピーチに、ベリー、パイン、パッションが続く。 「ソ~レワタ~セ~!!」 巨大な草の蔓を幾重にも束ねて、人型をこしらえたような姿。中央にあるのは、不気味に光る赤いひとつ目。 それは何度も見たことのあるソレワターセの姿ではあったが・・・何だかいつもと様子が違う、とパッションは思った。隣りに立つパインも、同じことを思ったらしい。 「何だか今日のソレワターセ、色が変。こんなに赤かったっけ?」 「そうね・・・。もしかしたら、何か特殊な能力を持っているのかも。みんな、気をつけて!」 「わかった!じゃあみんな、行くよっ!」 互いに目と目を見かわして、四人は走り出す。 ソレワターセの触手を跳んでかわすベリーとパッション。すぐさまひらりと飛び上がり、高速の回し蹴りを見舞う。 「ダブル・プリキュア・キーック!!」 身を屈めて後方へ跳んだソレワターセ。その太い触手が、着地しかけたベリーの足元を狙う。 「ダブル・プリキュア・パーンチ!!」 同時に踏み込むピーチとパイン。ベリーに迫った触手を、横から撥ね上げる。 触手が流れた隙に、本体に迫るベリーとパッション。パンチとキックの連打が、ソレワターセを襲う。 と、それに応えるかのように、二人の死角から伸びる、一本の触手。 「ベリー、危ないっ!!」 疾走したパインが、触手に体当たりする。そのまま捕まりそうになった彼女を、間一髪で抱き止めるピーチ。 (何かおかしい・・・。) 鞭のような触手の動きを空中で回避しながら、パッションは不安に眉をひそめる。 (なんだか・・・ベリーばかりが狙われているような気がする。) そもそも、どうして今日のソレワターセは、シフォンを追おうとしないのだろう。 その時。ピーチが触手に弾き飛ばされる。受身も取れないまま、地面に叩きつけられる彼女。 「うっく・・・」 「ピーチ!!」 ピーチを襲う触手に、ベリーが放つ、矢のような蹴り。その後ろから伸びる触手に、肘をとばすパッション。 その隙にパインは、ピーチを抱えて触手の下を掻い潜る。そして攻撃の届かないところへ、彼女をひとまず避難させた。 「ピーチ、大丈夫?」 「うん・・・ありがとう。もう平気だよ。」 何とか自分の足で立ちあがったピーチが、再び攻撃に加わろうとした、その時。 「ベリー!!」 パッションの抜き差しならない声に、ピーチとパインは、ハッとして顔を上げた。 ベリーが触手に捕らわれ、身動きが取れなくなっているのだ。 空中高く舞い上がるパッション。手刀で、ベリーを拘束している触手を狙う。が、するすると伸びたもう一本が、彼女の攻撃を阻む。 「くっ。邪魔よっ!」 前を塞ぐ触手を、拳で撥ね上げる。そのとき、パッションは見た。ベリーを捕えた触手を伝って、何か赤い光のようなものが、彼女の体に流れ込んだのを。 「うわぁぁぁぁぁ~!!」 絶叫を上げるベリー。パッションは、目の前の触手を蹴って跳躍する。そしてベリーの体を抱きかかえ、触手を引き剥がそうと、渾身の力を込める。 「プリキュア!ラブ・サンシャイン・フレーッシュッ!!」 ピーチの声が響き渡る。目の前が明るくなり、ベリーを拘束していた触手が緩む。 パッションはベリーを抱えあげると、そのまま大きく跳んで、地面に着地した。 「あ・・・」 「ソレワターセが・・・」 ピーチとパインの驚いたような声に、何事かと顔を上げたパッションも絶句する。 目の前で、ソレワターセの姿が次第に薄くなり、そのまま霞のように、消え失せてしまったのだ。 後には、気を失ったまま、変身が解けてしまった美希と、三人のプリキュアが残された。 「美希!美希!しっかりして!」 パッションは変身を解いてせつなの姿に戻り、美希を抱き起こす。 「・・・ん。」 少し苦しそうに顔をゆがめてから、美希の目が、ゆっくりと開いた。そして。 「・・・!!」 驚きに目を見張り、慌てて跳び退るように自分から離れた美希に、せつなはあぜんとした。 (・・・どうして?) 自分を見る、美希の瞳。そこに浮かんでいるのは驚愕と、それから・・・かつてのせつなが、よく目にしていた感情。こんな目で美希に見られるのは・・・あの時以来だ。 「美希たん!」 「美希ちゃん!大丈夫?」 同じく変身を解いて駆け寄ってきたラブと祈里も、美希の口から飛び出した言葉を聞いて、呆然とする。 「ラブ!ブッキー!どうしてせつなが、ここに居るのよっ!」 「・・・え?・・・何言ってるの?美希たん。」 「せつなは・・・彼女は・・・っつ・・・!!」 ラブに何かを言いかけた美希は、不意に顔をしかめて両手で頭を押さえると、そのまま喘ぐように、地面に倒れ伏した。 頬にかかる布地の感触に、美希は目を開けた。いつの間にかベッドに寝かされ、布団がかけられている。 「美希たん!気が付いた?」 ぼんやりと目に映るのは、心配そうにこちらを覗きこんでいる、ラブと祈里の顔。 「・・・ここは?」 「美希ちゃんの部屋だよ。美希ちゃん、ソレワターセの攻撃を受けて、気を失っちゃったの。」 「ソレワターセの?」 何が起きたのか思い出そうとすると、頭がズキンと痛んで、美希は顔をしかめた。 「それで・・・二人でアタシを、家まで運んでくれたの?」 「それはさすがに大変だから、せつなにアカルンで・・・って、どうしたの?美希たん!」 ガバッと布団をはねのけて起き上がった美希に、ラブが驚いて身を引く。 「せつな!・・・そうよ、ラブ。ねえ、どうしてせつなが、あの場に居たの?」 「どうして、って・・・」 「さっきもそんなこと言ってたよね、美希ちゃん。せつなちゃんが、どうかしたの?」 「せつなちゃんって・・・。ブッキー。あなた、いつの間に、せつなとそんなに親しくなったの?」 「・・・え?」 美希の言葉に、祈里も驚きに目を見開く。 美希は大きくひとつ息を吸うと、二人の親友に、噛んで含めるように言った。 「ラブ、ブッキー。二人も見たでしょう?あの子は・・・せつなは、イースだったの。アタシたちの敵なのよ。」 「・・・・・。」 「・・・・・。」 ラブと祈里は、ためらいがちに顔を見合わせる。そして意を決したように、ラブが美希に向き直った。 「美希たん。よぉく思い出してみて。せつなは、確かにイースだったよ。でも、今は?」 「・・・今?」 「そう。今のせつなは、誰?」 (今の・・・せつな?) そう考えた途端。頭蓋骨を直接万力で締め付けられたような痛みに襲われ、美希は声も上げられずに、ベッドに倒れ込んだ。 「美希たん!」 「美希ちゃん!」 「・・・ごめん。大丈夫よ。」 しばらくして起き上がった美希は、青ざめてはいたが、その声はしっかりしていた。 「何でだろう。今、物凄い頭痛がしたの。こんなの初めて。」 「美希たん・・・。やっぱり、ソレワターセに、何かされたんだね。」 「ソレワターセに?」 「そう。美希ちゃん、ソレワターセに捕まったとき、凄く苦しそうに悲鳴を上げてた。その後すぐ、気を失っちゃったの。あのソレワターセ、色も変だったし、きっと何か特殊能力を持っていたんだと思う。」 祈里の冷静な分析に、 「何を・・・されたの?」 美希は恐る恐る尋ねる。 「それは、まだよくわからないけど・・・。でも、美希ちゃん。」 祈里は不安に揺れる瞳で、美希の顔を覗き込んだ。 「せつなちゃんのこと・・・まだ、イースだと思ってるの?」 「まだ、って何よ。」 祈里の不安が、さらに膨らむ。 「もしかして・・・。ねぇ、美希ちゃん。今日は、何月何日?」 「変なこと訊くのね、ブッキー。今日は・・・10月25日でしょ?」 「ソレワターセと戦う前、わたしたちが何をしていたか、覚えてる?」 「確か・・・カオルちゃんの店で、ドーナツ食べてたわよね。タルトやシフォンも一緒に。で、今度の土曜日、どこかに遊びに行こうって相談して・・・うっ!」 再び頭痛に襲われ、顔をしかめる美希。 「そっか・・・。完全な記憶喪失ってわけじゃないのね。」 「ブッキー、どういうこと?」 二人の様子を心配そうに見ていたラブが、泣きそうな目をして、祈里に詰め寄る。 「もしかしたら、記憶喪失になったのかなって思ったんだけど・・・。記憶が無いのは、せつなちゃんのこと限定なのかも。」 「せつなのこと?」 「・・・っていうか、キュアパッションのこと、って言った方が、いいのかな。」 「じゃあ、ソレワターセが?」 「うん。きっと美希ちゃんから、キュアパッションになってからのせつなちゃんの、記憶を奪ったんだと思う。」 「そんな!でも、何のために?」 「それは・・・よくわからないけど・・・」 ラブと祈里のやり取りに、美希が首をかしげた。 「キュア・・・パッション?」 「そう。あのね、美希たん。せつなは今、あたしたちの仲間、キュアパッションとして、一緒に戦ってるの。せつなが、四人目のプリキュアだったんだよ。」 ラブは美希に、彼女が奪われた、せつなの真実を話そうとする。しかしラブの話は、美希の苦しげな声で、すぐに遮られた。 「やめて!やめて、ラブ!頭が・・・頭が割れそう・・・」 ラブの言葉で、何らかの情景が浮かびそうになるたびに、途方もない力で、頭が締め付けられる。 痛みで真っ赤に彩られた脳裏に浮かぶのは、あの時の・・・正体を現した、せつなの姿。両手を真横に開き、こちらを睨みつける、暗い憎悪に燃えた眼差し・・・。 「ラブ!騙されちゃダメよ!せつなは、イースだったの。ラビリンスだったのよ!!」 まるでうわ言のようにそう繰り返す美希に、ラブはなす術もなく立ち尽くす。 この世界に来たばかりのせつなに、仲間の中で誰よりも気を遣い、早く彼女が慣れるようにと、心を砕いてきた美希。だが、せつながイースだった頃、いち早く彼女に疑念を抱き、警戒していたのも美希だった。そのせいだろうか。美希が、せつなと打ち解けて話せるようになるには、時間がかかった。 一月ほど前。初めて二人だけで出かけたときに何があったのか、詳しいことは、ラブは知らない。でも、あの日から二人の距離が縮まったのは、ラブと祈里の目にも明らかだった。 その美希が、今は全身で、せつなを拒絶している。やっと・・・やっと、互いに少しずつ理解し合い、歩み寄れたというのに。 俯いて、肩を震わせ、泣き出しそうになるラブ。しかし隣から、 「美希ちゃん!」 いつになくきっぱりとした祈里の声が聞こえてきて、目を上げた。 祈里は、ベッドにうずくまる美希の肩に手をやると、ニッコリと微笑んで、優しい声で言った。 「美希ちゃん。思い出そうとするから、頭が痛むんだと思うの。何も思い出さなくていいから、美希ちゃんが全く知らない、初めて聞く話として、ラブちゃんの話を聞いて。」 「ブッキー!」 ラブの瞳に、わずかに力が甦る。しかし美希は俯いたまま、ゆっくりとかぶりを振った。 「ダメだわ、ブッキー。アタシ、とても信じられない。あのせつなが、四人目のプリキュアだったなんて。アタシたちの仲間だなんて。ごめん・・・。ごめん、ラブ、ブッキー。」 「諦めちゃダメよ、美希ちゃん!!」 祈里は、美希の頬を両手で挟み、グイッと顔を上げさせた。彼女には珍しいその剣幕に、ラブも驚いて祈里を見つめる。 「せつなちゃんは、確かにわたしたちの仲間なの!以前はイースだったけど、今はわたしたちと一緒に、必死で戦ってるの!今の美希ちゃんが、せつなちゃんを信じられないと言うなら、それでもいい。それなら、ラブちゃんとわたしを信じて!お願い!!」 「ブッキー・・・。」 大きな目に盛り上がった涙をこぼすまいとするように、祈里は美希を強く見つめ続ける。普段は物静かなその瞳に、仲間を思う必死の思いが、そして、自分にせつなを取り戻させようとする、悲しいまでの祈りが込められているのを、美希は見せつけられる。 美希の中に焼きついてしまった、イースとしてのせつなの姿は、消えはしない。でも、脳裏にある彼女の憎しみに燃える瞳が、不思議と今は、やり場の無い哀しみを湛えた瞳のように、美希には思えてきた。 「わかったわ、ブッキー。やってみる。ラブ、話して。」 「うん。・・・辛くなったら、無理しないで、いつでも言って。」 ラブは、美希を気遣いながら、ゆっくりと少しずつ、話していった。 あの、ドームでせつなが正体を明かした、その後の物語を。 せつなと、森の中で戦ったこと。その中で知った、せつなの想い。イースの寿命が尽きたこと。そして・・・大切な仲間になった彼女の、まだ紡がれ始めたばかりの、時間を。 せつなは一人、自分の部屋のベッドで、膝を抱えてうずくまっていた。 気を失った美希と、ラブと祈里を、アカルンで美希の部屋まで送り届けたのは、せつなだった。でも、せつな自身は、タルトとシフォンを家に連れて帰るからと言って、一緒に行くのを断ったのだ。 ラブは、いつもの夕食の時間をだいぶ過ぎた頃になって、やっと帰ってきた。どこ行ってたの?と眉をひそめるあゆみに、 「ごめ~ん。美希たん家で、つい話しこんじゃって。」 と明るく笑ってみせたラブだったが、その顔には、隠しきれない疲労がにじんでいた。 「あら、美希ちゃん家に・・・。せっちゃん、どうして一緒に行かなかったの?」 「あ、私、図書館に本を返しに行かなきゃいけなかったから。でも、後から追いかければよかったわ。」 「そう。」 下手な嘘をついてぎこちなく笑ったせつなに、あゆみは少し心配そうな顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。 遅い夕食の後、ラブは、ところどころ言いにくそうにつっかえながら、美希の様子を話してくれた。せつなは、膝の上でギュッと手を握りしめて、黙ってラブの話を聞いた。 (やっぱり、そんなことだったの。) 戦いの後、気絶から覚めた美希の瞳に、浮かんでいたもの。驚きと―――そして、敵意と拒絶。それは、かつてイースがドームでの戦いの後、正体を明かしたときに、キュアベリーの瞳に浮かんでいたものと、同じものだった。 「今までのこと、全部話そうと思ったんだけど、さすがに長い時間は、美希たんも辛そうでさ・・・。でも、一番大事なことは、きちんと話したからね。美希たんも、わかったって、ちゃんと言ってくれたから。」 だから、せつなは何も心配しなくていいんだよ。そう言ってそっと抱きしめてくれたラブに、せつなは結局、何も言えなかった。 (美希・・・。) 今の美希の中では、自分はまだイースなのだと思うと、身体の芯が、さーっと冷たくなる。 ラブは、せつなが仲間になった経緯を、美希にきちんと話してくれたと言った。美希も、それをわかってくれたと言っていた。 でも・・・彼女は、今のせつなを思い出したわけではない。ラブの話を信じたと言っても、それだけで、美希は自分を受け入れることができるのだろうか。 ―――とても無理だろう、とせつなは思う。 イースとしてラブに近づいていた頃、美希が自分を疑っていることに、せつなは気付いていた。だから、キュアパッションとして生まれ変わり、仲間になった後も、自分を見つめる美希の眼が厳しいように思えて、せつなはなかなか、彼女に近付けなかった。 でも、本当は美希も、せつなと親しくなるきっかけを探していたのだ。 自分の考えや感情と向き合い、それを表現する経験をしてこなかったが故に、物事を言葉で伝えるのが苦手なせつな。 自分の弱さを見せるのを嫌うが故に、一度自分の気持ちを頭の中で組み立ててからでないと、表に出せない美希。 気持ちをストレートに表わすラブや、どこまでもマイペースな祈里には、うかがい知れない高いハードルが、二人の間にはあった。 初めて二人で出かけたあの日。最初は会話が弾まず、気まずそうだったけれど、美希が終始、自分に歩み寄ろうと努力してくれているのを、せつなは感じた。だからこそ、美希の役に立とうと、精一杯頑張った。その頑張り自体は空回りで、美希を疲れさせてしまったのだけれど・・・。でも、あの時二人は初めて、ハードルを越えられた。 美希は力強く、せつなの生き方を信じると言ってくれた。ひとりぼっちにはならないと、励ましてくれた。それがどんなに・・・どんなに、嬉しかったか。 (・・・美希。) せつなは膝を抱えたままベッドに横になり、身体を小さく丸める。 どうしても思い出してしまう。長いまつ毛の下から笑みを湛えて見つめる、美希の眼差し。時に力強く、時におどけた口調で励ましてくれる、美希の声。優しく差し出された、美希の手のぬくもり・・・。それらが自分に向けられる日は、もう来ないのではないか。 (―――美希!!) せつなは枕に顔をうずめ、声を殺した。 そして思う。一度、確かにこの手に掴んだと思ったものが、突然失われるということ。それは、こんなにも辛く、切なく、身を切られるように、痛いものなのかと。 どれくらいの時が経っただろう。 ラブの部屋から、タルトの回すオルゴールの子守唄が漏れ聞こえてくるのに、せつなは気付いた。 もう10時をまわっている。シフォンはとっくに寝ている時間だが、こんなときにインフィニティになったら大変と、タルトがずっとオルゴールを回し続けているのだろう。 (確かに、美希と私がこんな状態じゃ・・・えっ!?) せつなはあることに気付いて、ベッドから跳ね起きた。 ラブの部屋のドアを、小さくノックする。 「パッションはん。ピーチはんなら、お風呂やで。」 タルトの小さな声が、部屋の中から聞こえた。呑気そうな風貌とは裏腹に、タルトは桃園家の家族やプリキュアの足音を、遠くにいても瞬時に聴きわけるのだ。 「知ってるわ。タルトと話したいんだけど、いいかしら。」 「わいはかまへんけど。」 部屋に入ると、タルトはオルゴールを回す手を休めず、目顔でせつなを迎えた。ラブのベッドでは、シフォンがもうぐっすりと眠っている。 「クローバーボックスが気になったんやろ?大丈夫や。ちゃんと蓋、開いとるで。」 「ホントね。良かった・・・。子守唄が聞こえたから、びっくりして来てみたの。」 せつなはタルトの隣に座って、四つのハートがくるくると回る様を眺めた。カラフルで美しいオルゴール。この中に、とてつもない力が秘められているなんて、とても見えない。 一度だけ、このクローバーボックスが開かなくなったことがある。ラビリンスの最高幹部・ノーザが現れて、もっと強くなりたいと、みんなで特訓を行ったときのことだ。 もう、私たちの力では、シフォンを守れないのではないか。そんな焦りと不安から、四人はチームワークを乱した。初めて喧嘩もし、仲間割れを起こした。そのとき、クローバーボックスは、どんなに力を入れても、頑としてその蓋を閉ざしたままだったのだ。 みんなの気持ちが合わなかったから、蓋が開かなかったんだろう、とタルトは言った。それならば、今の美希と自分の関係を考えれば、クローバーボックスはまた開かなくなっているのではないか。そうせつなは恐れていたのだ。 「なぁ、パッションはん。ソレワターセは、なんでベリーはんを、あんな目に遭わせたんやろか。」 「たぶん・・・目的は、私たちにグランド・フィナーレを使わせないことだと思う。」 プリキュアの新しい技、グランド・フィナーレ。ソレワターセをも倒すその必殺技は、四人のハートをひとつにして戦う技だ。ベリーがパッションを信じて、心を合わせてくれなければ、使える技ではない。 「せやなぁ・・・。けど、クローバーボックスは、こうしてちゃんと開くんや。まだ、望みはあると思うけどなぁ。ベリーはんだって、希望を捨てとらんから、ピーチはんの話を聞いたんと違うか?」 「希望を・・・捨ててない?」 せつなの目が、大きく見開かれる。 ―――どんなときも、希望を捨てちゃダメ! ピンチのたびに、そう言って仲間たちを励ましてきた、美希の声がよみがえる。 (そうね。美希は、希望のプリキュアだもの。きっとまだ諦めてない。最後の最後まで、希望を捨てるわけないわ。だったら、今の私に出来ることは・・・。) せつなの瞳に決意の光が宿った時、部屋のドアが開いて、ラブがタオルで頭を拭きながら入ってきた。 「あ、せつな、来てたんだ。」 「お邪魔してるわ、ラブ。あのね、明日学校から帰ったら、四人でここに集まってもいい?」 「勿論いいけど、何をする気?」 「美希に、どうしても伝えたいことがあるの。うまく伝えられるかわからないけど・・・。でも、今の私にできるのは、これだけだから。」 せつなはそっと、眠っているシフォンの頭をなでる。 あまりにも無防備で、あどけないその寝顔。私たちで、絶対に守り抜かなくてはならないもの。 そのためにも、そして美希のためにも、私に出来る、精一杯のことをしよう。そう、せつなは誓う。 どんな状況でも、最後まで絶対に諦めない。その大切さを、その力の強さを、私はみんなに、身をもって教えてもらったのだから。 ~前編・終~ 新-134へ
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/1066.html
カーテンの隙間からベッドの上に揺らめく歪な縞模様。随分月が明るいようだ。 美希はそっとカーテンを捲る。浮かんでいるのはまろやかなカーブを描く三日月。 薄く鋭い刃物の様な姿なのに、驚くほど豊かな光を湛えている。 三日月がこんなにも明るく光る所を美希は知らなかった。 「綺麗ね…」 下から聞こえる静かな声。 「…ゴメン、起こしちゃった?」 せつなが眠っていない事は分かっていた。 多分、彼女は自分が起きている限り眠れない。 美希を信用していない訳ではなく、彼女の意識がそれを許さないのだろう。 祈里に気を許し過ぎた結果がもたらした、取り返しのつかない過失。 勿論、それはせつなの所為ではなく、責められるような過失でもない。 しかし、ほんの少し前のせつななら。 イースなら絶対に犯さなかった過ちだろう。 他人に出された物を警戒もせずに口にし、その結果意識を失うなど。 恐らく、せつなはこれから先に二度と他人よりも先に眠りにつく事はしないのではないだろうか。 ただ一人、ラブの側を除いては。 「美希、眠れないの?」 少し心配そうに見つめられ、美希は大丈夫、と言うように首を振る。 心は波立っているが、せつなの所為ではない。 自分の心の在りかを探しあぐね、どこに気持ちを持って行っていいか掴みかねている。 今日は随分色々な自分の気持ちと向き合ったつもりだったが、どうやらまだ足りないみたいだ。 「せつなは綺麗ね……」 心に浮かんだ言葉をそのまま口に出す。 唐突だとか、脈絡が無いとかは考えない。考えたって仕方ない。 初めてせつなと二人きりになった時の事を思い、美希はくすぐったくなる。 盛り上がる話題を見つけようと必死になる美希。会話を繋げる、と言う意識すらないせつな。 一人で気を回して、一人で気疲れして。 でも、そのお陰で教えてもらった。 話す事がなければ無理に話さなくてもいい事。 会話なんて無くても心地好く過ごせる相手もいる事。 恐いって言ってもいい。守ってもらってもいい。 みっともなくたって笑われたりしないって事。 お姉さんでいなくても大丈夫なんだと思えた事。 浮かんでは消える飛沫のような思いを、思い付くままに舌に乗せる。 幼馴染みの二人なら、自分の言葉にどんな反応を返すかはいつも大体予想が付く。 付き合いの浅い友人には、初めから相手が反応に困るような言葉は使わない。 せつなには、そのどちらとも違う。どんな言葉や態度が返って来るのか予想が付かない。 それが少し不安で、とても楽しみで。 そしてそんな事が出来るのは、せつながとても正直だから。 自分の欲しい答えでなくても、せつなからもらう答えには、 何かしらの真実が含まれていると思うから。 親友の顔を見つめながら美希は改めて嘆息する。 どうしてこの子が異様な目立ち方もせず、学校の人気者程度のポジションにいられるのか。 どうすれば、あんなに周囲に溶け込めるのか。 これ程美しく生まれつき、立ち居振舞いにも隙がない。 他を圧倒する美貌と頭脳、存在感を持っているはずなのに、同時にそれらを覆い隠すベールをも併せ持っている。 自分には、とても出来なかったのに。 人より少しばかり美しく生まれついただけの普通の人間の美希でさえ、 いつもジロジロ見られ、遠巻きにヒソヒソと噂され、時には異物として排除されそうになった。 美希がどんなに普通に振る舞おうとも、周りはいつもどこかに壁を作っていた。 モデルになると言う夢を持ち、尚且つ、いつも変わらぬ笑顔で側にいてくれた ラブと祈里と言う幼馴染みがいなければ、美希はどれほど孤立していたか。 美希が普通の子供として、楽しい思い出に包まれていられたのは、ラブと祈里と言う稀有の親友、 そしてこの町の飾らない気風のおかげだったのだろう。 改めてせつなを見る。 月明かりの中に浮かぶせつなは本当に綺麗だと美希は思った。 イースが鋭いナイフの様な三日月なら、今のせつなは柔らかな 光を湛えた満月だろうか。 「本当に、綺麗よ。せつなくらい綺麗な子、滅多にいないんだから」 「…知ってるわ」 軽く驚いたような顔をした後、苦笑いを浮かべて答えるせつな。 美希は少し目を見開き、そしてなるほど、と思い直す。 せつなは自分が容姿に恵まれている事を自覚していない訳ではない。 興味が無いだけだ。 以前なら見た目の美しさを餌に相手を油断させ、罠にかける。 そんな風に策謀の手段にする事はあったかも知れない。 しかし今はそんな必要は無くなった。 この世界を容姿を武器に渡って行くつもりなどない。 出る杭は打たれ、平均から外れた物は良くも悪くも排除されかねない。 そんな世界ではずば抜けた美貌は却って邪魔なくらいなのかも知れなかった。 何もしなくても華やかな顔立ちや、均整の取れた肢体は隠し様がない。 だからこそ、少し野暮ったいくらいの服装。大人しやかな仕草。控え目な言動。 可愛いんだからもっとお洒落すればいいのに、そう思われるくらいが丁度いい。 埋もれ過ぎず、目立ち過ぎず。それくらいが一番生きやすい。 分かっていても、自分の武器を敢えて隠しながらそんな事が出来る人間なんて 滅多にいないだろうけど。 「美希も綺麗よ。とても」 美希の隣で月光を浴びながら囁く声。 少しからかい気味に言われても、美しい同性から受ける賛辞は時に 異性からの言葉よりもずっと価値がある。 「それはどうも」 「あら、真剣に言ってるのに」 「分かってるわよ。そりゃ、アタシは努力してますから」 そう。努力してる。 美希にとって容姿を磨く事は生きていく為の手段であり、目的だ。 これからの人生を左右する程の。 一流のモデルになる。それが目標であり、夢だから。 その夢を諦めてもいいと思った事もあったけれど。 以前、一生に一度かも知れないチャンスを棒に振った。 ギリギリまで迷ったけれど、そうしても良いと思った。 それくらい、あの二人は大切な存在だったはずだった。 そして、あの二人も同じように自分を大切に思ってくれていると信じていた。 「…どうしてかしらね……」 どうして、せつなを嫌いになれないのだろう。 せつなを憎めたら、どんなに楽になれるだろう。 「ねぇ、せつな。アタシって何?」 「…美希……?」 「アタシ、一人で馬鹿みたいだと思わない…?」 「…………」 「蚊帳の外で右往左往して。アタシに出来る事なんか無いのにね」 「……………」 「それでもね……アタシ、やっぱりみんなと一緒にいたいみたいでさ…」 そっと頬を撫でられた。 下らない言い種だとは分かっている。 仲間外れにしないで。結局、それだけの事なのだから。 美希以外の三人にはどれほど深刻な悩みでも、当事者ではない美希には理解出来ない。 それでも、置いてきぼりは嫌だ。 もう居場所を失うのは嫌だ。 居場所なんて自分で見付けて築き上げるものだと言う事は分かっている。 自分の足で、誰とも手を繋がずに立てなければそんな場所は見付からない。 だけど……… (……ねえ、美希ちゃん。わたしって昔から結構いい子だったと思わない?) あの日、朝の公園での祈里の声が頭に甦った。 自分の欺瞞を嘲笑うかのような祈里の顔。 自分の言葉で自らを切り刻んでいるようだった。 いい子なんかじゃなかった。 優しくなんかなかった。 そう、泣き笑いで天を仰いでいた祈里。 ほんの少し、あの時の祈里の気持ちが分かるような気がしていた。 いつだってお姉さん役だった自分。 そして、そのポジションに満足していた。 一番しっかり者のつもりだった。 一番大人に近いつもりだった。 一番広く世界を見ているつもりだった。 具体的な将来の夢を持っていると言う点では祈里と同じだったが、 既に仕事をこなし、金銭を得ている分、ずっと自分の方が先に行っていると思っていた。 ラブや祈里を子供扱いするつもりは毛頭無い。 しかし、もし仮に三人の輪が崩れ、それぞれ道が別れる事になったとしても。 一番最初に閉じた世界から出て行くのは自分だと思っていた。 美希は夢にも思った事が無かったのだ。 まさか、この自分がラブや祈里に置いて行かれる立場になる事など。 置いて行かれるとしても、「一人にしないで」なんて、縋るような気持ちになるなんて。 両親が離婚した時ですら、決してそんな気持ちを人前では見せなかったのに。 綺麗で、自信に溢れていて、自立した自分。 仕事にしても、恵まれた容姿だけに胡座をかかず、 両親のコネにも頼らず、努力を惜しまない。 常に完璧を目指し、自分を磨く。それが当然だった。 そうありたいと思い、そんな自分が好きだった。 でも少し違ったのかも知れない。 自分がそうありたいのではなく、周りからそう見られたかっただけなのではないか。 寂しいと泣いて、一人で頑張る母に負担をかけたくなかった。 周りから可哀想だと同情されたくなかった。 同世代の子供の中では飛び抜けた美しさの為に、子供達からは悪気無く 距離を取られたりもした。 その事を寂しく思っている事を知られたくなかった。 みんな何でもない事。傷付くような事じゃない。 だって、アタシは完璧だから。みんなにも、そう思って貰えるように。 ラブも祈里も、こんな気持ちを味わったんだろうか。 今までの自分が崩れて行くような感覚。 信じて疑いもしなかった自分像が歪み、溶けて、流れ去り、 見たことも無い自分が浮かび上がって来るような、恐怖にも似た感覚。 せつなに出会わなければ、ずっと心の奥底に閉じ込めていられただろう、 醜くおぞましい自分の一面。 「せつな、アタシ、分からなくなっちゃった。アタシってこんなに何も出来ないヤツだったのかな……」 「…美希」 「ねえ、教えて。アタシ、せつなにはどう見えてる?」 「美希は、私が『美希はこう言う子よ』って言えば安心するの…?」 「……分からない。でも、聞きたい」 今までの美希を知らないせつなに。 初めて、幼馴染み以外で出来た親友のせつなに。 親にも見せた事の無い、情けない姿も知っているせつなに。 聞いてみたい。意味なんか無くても。単なる自己満足でも。 美希自身、もう自分が分からないから。 美希がせつなにとっても親友だと言うなら、それはどんな姿をしてるのか。 最愛の人であるラブや、そうなりたくて叶わなかった祈里とはどう違うのか。 それを知れば、この波立った心も少しは凪ぐかも知れないから。 「ねぇ、美希。美希は出会った頃から、私を警戒してたわよね」 「……?……うん」 「胡散臭いって。何かおかしいって。私がラブに近づくのを快く思ってなかった」 「…うん」 「でも、美希は何もしなかったわよね」 「……え…?」 「私の事、疑ってるのに、ラブを私から遠ざけようとはしなかった」 「…それは……」 何もしなかった訳ではない。 それとなく、警告めいた事を口にした事はあった。 ただ、ラブには伝わらなかっただけだ。 ラブがせつなに夢中になっているのは一目瞭然だったから。 「正直に言うわね。私、美希の事なんて眼中になかったわ」 「……はっきり言ってくれるわね」 「ふふ、ごめんなさい。でも、美希にも分かってたでしょう?私がラブしか目に入ってないの」 最初は、軽く美希を警戒したのは確かだ。 おっとりとした雰囲気の祈里と違い、聡そうな瞳をした美希を。 開けっ広げにせつなを受け入れようとするラブと違い、明らかに異物を 眺める視線を送る美希を。 しかしすぐに興味を無くした。 何も仕掛けてくる気配が無かったから。 ラブの様子を見ていれば、自分と関わり合う事に注意を促されては いないという事も分かった。 ラブの性格なら、もし親友である美希に付き合いを制限する様に言われたなら、 それを態度や表情に表さず隠す事は難しいだろうから。 そして、その頃のせつなは密かに失笑した。 所詮、そんなものなのか、と。 このまま関わりが深くなって行けば、いずれラブは傷付く。 そう、美希は予感していたはずだ。 にも関わらず、ラブに注意を促すでも、せつなに釘を刺すでもない。 そんな美希を臆病者とすら感じた。 親友だと言いながら傷付くのを黙って見ているだけ。 頭は良くても自分の手を汚すのは嫌な事無かれ主義なのだろう、と。 ならば放って置いても問題はない。どうせ何も出来はしない、と。 「美希、こっち向いて」 話が進むにつれ、どんどん項垂れていく美希の顎に指をかけ、上を向かせる。 涙を溜めた美希の瞳を見つめながら、せつなは困ったように息を付く。 「だから、言ったでしょ?最初はって。今は違うから。泣かないで」 そうは言われても心が抉られる。全部本当の事だったから。 せつなを怪しいと感じながらも、その疑問を軽く口にする事しか出来なかった。 嬉しそうにせつなと話すラブ。それを眺めながら、不安を募らせるだけで何もしなかった。 トリニティのライブ会場で倒れたせつな。 そのポケットにラビリンスの証を見つけたのに、ラブとせつなを 二人きりにさせていた。 『せつなは敵よ。せつなはラビリンスだったのよ』 その台詞を口に出したのすら、せつな自ら正体を明かした後だった。 とうの昔に気付いていたのに。 せつなの言う通りだ。自分は臆病で日和見な事無かれ主義の卑怯者だ。 「もうっ!ちゃんと最後まで聞きなさいよ」 「…いいの、本当の事だもの……」 「違うから!」 「何が!」 「だからっ、今はそんな風に思ってる訳ないでしょ!」 「…でもっ」 「でもじゃないの」 駄々を捏ねる子供を慰めるように、せつなは微笑む。 「美希だって、今は違うでしょう?私は美希の友達なんでしょう?」 「…………」 「最初は……ラブのおまけだったかも知れないけど…」 「ちょっと、せつな…」 「だって、そうでしょ?美希、私と二人きりになっても話す事が無くて困ってたじゃない」 分かってたのか。 「今は違うんでしょ?私と二人きりでも平気。 私の事を好きになってくれたって、思ってもいいのよね?」 「……当たり前よ」 「よかった。それって、美希だって私への印象がいい方へ変わったからでしょう?」 「でも……アタシ自身は何も変わらない。せつなは頑張って変わったじゃない」 周りに溶け込む為に。過去を償う為に。 そして、すべてを受け入れた上で幸せを掴む為に。 「本当に、そう思う?私は昔と変わったって」 「……………」 そう言われると自信が無い。だってせつなの過去なんてほんの一部しか知らないから。 イースとして目の前に現れ、敵として戦った。 イースの心の内なんて考えた事も無かった。 美希が知っているのは、今、目の前にいるせつなだけだ。 イースとしての過去を知ってはいても、それが今のせつなを構成している物の 一部だと分かってはいても、心のどこかでせつなとイースを分けて 捉えている部分を否定できない。 「あのね、せつな。アタシ、前にラブに言ったの。 『せつななんて子は最初からいなかったのよ』って」 「…上手いこと言うわね……」 「…ごめんね。アタシも、あの時はラブしか大事じゃなかった」 「……………」 「アタシだって、せつなの事なんてどうでも良かったんだと思う。 ただ、ラブが辛い思いするのを見たくなかった」 ごめんね……… 「私も、今はそう思ってるわ」 「………?」 「美希は、ラブに傷付いて欲しくなかった」 「…うん」 「だから、不安でも、信じたかったのかな…って」 「……誰を…?」 「私を……」 思わず顔を上げてせつなを見る。 そこには、少し憂いを帯びたような大人びた表情のせつな。 「全部取り越し苦労であって欲しい。私はただの変わり者の女の子で、 ラブを裏切ったり悲しませたりしないって」 「……せつな」 「今なら、そう思うの。美希は優しいから。信じていた相手に 想いが届かない事がどれだけ辛いか知ってるから…」 「………」 「だから、私がラブを悲しませるような存在じゃないかって。 そんな事、私を疑うような事を言うなんて、ラブに言うには 苦しかったんだろうなって」 「…………」 ラブが目を輝かせて新しい友達の事を話す。 その瞳を曇らせてまで、確証の無い疑念を口にしてもいいのか。 単なる杞憂に終わるかも知れない。そうであって欲しい。 半ば祈るような気持ちでいた。 「だから、美希は…何も出来なかった。違うかしら」 ぽたり、と雫が落ちる。 違う。そうじゃない。自分はそんなに深く考えてた訳じゃない。 ただ、確証も無い事を口に出す自信が無かっただけだ。 無責任にせつなを貶めて、何も無かった時に後で非難されたくなかっただけだ。優しくなんてない。 そう、喉まで出かかっている言葉が声にならない。 優しいから、なんて言われて泣くなんて。 どれだけ心が弱っているのか。みっともない、そう思うのに涙が止まらない。 (……そんな訳ない。アタシはそんなにイイコじゃない…) せつなはアタシを買い被り過ぎている。 そう思うのに、湧き上がって来る嬉しさ。 せつなの言葉に溺れたくなる。 綺麗な言葉を浴びせかけられるのは本当に肌触りが良くて。 でも、そんな甘い言葉をそのまま受け入れるのは躊躇われた。 目の前に出された餌に飛び付くようなみっともなさを感じてしまう。 つまらないプライドなのだろう。 反論を試みずにはいられない、天の邪鬼な自分。 そして、その裏側にある、それをも否定して欲しいと言う甘え。 (お願い、せつな……) これから美希の言う言葉を否定して欲しかった。 美希の行動が、優しさ故の臆病さだと言うなら、それを納得させて欲しい。 せつな自身の言葉で。美希が、己の卑怯さや小ささも引っくるめて、 自分をまっすぐに見据えられるように。 新-493へ
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/1398.html
幸せは、赤き瞳の中に ( 第12話:守りたいもの ) 「見つけたわ……。そのまま進め! ソレワターセ!」 「ソーレワターセー!」 鋭いノーザの檄を受けて、ソレワターセの侵攻がさらに勢いを増す。必死で食い止めているのは、元・幹部たちの二体のホホエミーナ。 ふらふらとせつなから離れた少女が、モンスターたちの激しい攻防を見つめる。その真剣な眼差しとは裏腹に、彼女の瞳には何も映ってはいなかった。 体中が軋むような痛みと共に、戻って来た現実感。同時に蘇る、あの世界での彼女の言葉――。 ――あなたの願いは、メビウスの復活なんでしょう? (そうだ。それなのに私は、与えられた苦痛に耐えかねて、別の世界へ逃げ込もうとした……) どうしてあの時、あの世界でイースになりたいなどと思ったのだろう。メビウス様のためにと言いながら、自分のことだけを考えていたというのか……。 情けなさと悔しさ。それにメビウスに対する申し訳なさで胸が一杯になり、グッと奥歯を噛み締める。その時、隣に居たせつなが、弾かれた様に走り出した。 怪物が戦っている現場近くに居た仲間――ラブと老人に駆け寄り、二人を抱えてひとっ跳びでその場を離れる。その直後、さっきまで彼らが居た場所にホホエミーナの巨体が叩き付けられた。 土埃の向こうで、せつなが大きく息を付き、ラブに微笑みかけているのが見える。それをぼんやりと眺めながら、少女は自分が無意識のうちに、せつなに打たれた左の頬を撫でていたことに気付き、慌てて手を下ろした。 「おーい!」 不意に遠くから呼びかけられて、思わず身構える。やって来たのは、警察組織の戦闘服に身を包んだ一人の少年――数日前にくだらない諍いを起こした、あの少年だった。 「お前も来い」 「……何?」 「ここは危ない」 一瞬、何を言われているのか分からなかった。少年の頭の向こうに目をやると、確かに人々が続々と建物から出て、戦場から遠ざかろうとしている。 「気は確かか? 私は、お前たちを……」 「いいから来い。お前、フラフラじゃないか」 心配そうにこちらを覗き込む少年の目。その目を見た途端、少女はくるりと彼に背を向けた。 「言ったはずよ。お前の命令など聞かない、って」 「おい!」 焦れたように呼びかける少年を振り向きもせず、少女が痛む身体に鞭打ってその場を駆け去る。物陰に隠れてそっと様子を窺うと、少年は仲間たちに呼ばれ、後ろを振り返りながら避難者たちの元へ戻っていくところだった。 (ふん。お前に何がわかる) 警察組織の若者たちの誘導に従って、人々が黙々と移動を始めている。 かつてはメビウス様が管理された通り、一糸乱れず歩いていた人々が、こんな不完全な若者たちに、列も作らずただぞろぞろと従っているのだ。 (お前たちに何が出来る。メビウス様が完全に管理された世界こそが、ラビリンスのあるべき姿なのだ) 胸の中に、さっきとは違う何かが渦巻いている。情けをかけられた屈辱と、それとは違う、微かにあたたかさを感じる何か。少女はそれから目を背けるように、震える拳をグッと胸に押し当てた。 (私は……メビウス様を復活させる。ラビリンス総統・メビウス様のしもべになる!) 「ソレワターセー!」 少女の決意を後押ししているのか、それとも嘲笑っているのか、モンスターの雄叫びが、再び辺りの空気を震わせた。 幸せは、赤き瞳の中に ( 第12話:守りたいもの ) 「ホ……ホエミ……ナー!」 「ホホエ……ミーナ……」 サウラーが生み出した瓦礫づくりのホホエミーナと、街頭スピーカーから生まれたウエスターのホホエミーナ。それらが左右から抱き着くようにして、ソレワターセを止めようとしている。 「ソーレワターセー!」 そんなことなどお構いなしに、ソレワターセは二体を強引に引きずるような格好で、じりじりと前進を続けていた。 (もう少し、避難に時間がかかりそうか……。それまで何とか、持ちこたえてくれ!) 腕組みをしてその様子を眺めていたサウラーが、避難者たちの方に目をやって、僅かに眉をしかめる。そして空の一角を覆いつくした半透明な姿に、ゆっくりと視線を向けた。 「フフフ……。あともう少し。もう少しで、私の欲しいものが手に入る……」 歓喜に満ちたノーザの声が頭の上から降って来る。 (そうは行きませんよ、ノーザさん。住人たちの避難を終えたら、あとは僕が全力で阻止してみせる!) 感情をほとんど表に出さないその顔からは、そんな心の内は一切窺い知ることは出来ない。しかし、その時向こうから息せき切って走って来たせつなの姿を見て、その表情が僅かに変わった。 「サウラー! ウエスター! 全員の避難が完了したわ!」 「よし!」 言うが早いか、さっきまで老人が使っていたホースを手に取って、残っていた最後の熱水を浴びせかける。そしてソレワターセが怯んだ一瞬の隙に、サウラーはホホエミーナの肩に飛び乗った。 「さぁ行くぞ!」 「ホーホエミーナー!」 次の瞬間、敵にくるりと背を向けたホホエミーナが、ソレワターセが向かおうとしている廃墟を目指して全速力で走り出す。 「ホホエミーナ! サウラーを守り抜け!」 自らのホホエミーナに檄を飛ばすウエスターの声が、背中で聞こえた。続いて、ガツン、ガツン、とモンスター同士がぶつかり合う音が辺りに響く。だがそれも束の間、ドシン、ドシンというソレワターセの足音が、あっという間にこちらに迫って来た。 「ああっ! すまん、サウラー! ホホエミーナ、追え!」 ウエスターの、今度は慌てふためいた声が聞こえる。それを聞くと、何だか心臓の辺りがこそばゆくなって、サウラーはフッと口の端を斜めに上げて笑った。 (十分時間は稼げたよ、ウエスター) 声に出しては言えないので心の中で呟いてから、気合いを入れ直すように、ぐっと唇を噛みしめる。さあ、ここからが本番だ。 廃墟に飛び込み、ホホエミーナの肩の上から滑り降りる。そしてそこに置いてあるものを掴むと、サウラーは不敵な笑みを浮かべてソレワターセの方へ向き直った。 「お探しの物は、これかい?」 それは、ノーザの本体――プリキュアの技を受けて元に戻った、あの球根だった。 「ソーレワターセー!」 廃墟の壁や天井を盛大に破壊しながら、ソレワターセがその場所に飛び込む。だが、その腕が目的の物に届くことは無かった。 「はぁっ!」 サウラー渾身の蹴りが、ソレワターセの胴を撃ち抜く。 もんどりうって転がる巨体から、さらに球根を狙って立て続けに放たれる、矢のような蔦、蔦、蔦。 「はぁぁぁぁっ!!」 サウラーの気合いが炸裂する。息つく暇など全く無い高速の足さばきで、ただひたすらに、蹴る! 蹴る! 蹴る! ついに全てを蹴り返すと、サウラーは休む間もなく身を翻し、再びホホエミーナの肩に飛び乗った。 「ホホエミーナ。ここからは頼んだぞ!」 皆まで聞かず、脱兎のごとく駆けるホホエミーナ。跳ね起きたソレワターセもすぐに後を追う。そしてホホエミーナが廃墟から今まさに外に出ようとしたところで、ソレワターセの放った蔦が、後ろからサウラーを襲った。 「うわぁっ!」 不意打ちを喰らって弾き飛ばされたサウラーを、ホホエミーナが決死のダイブで受け止める。 盛大な土埃を上げて倒れる巨体。その身体を貫こうと、ソレワターセが蔦の先を鋭く尖らせ、振り上げる……! その時、不意に地面から、赤紫色の光が出現した。 光は廃墟をぐるりと取り囲むように立ち昇り、光の壁となって四方を覆う。構わず蔦を放ったソレワターセは、その光に触れた途端、弾き飛ばされて再び地面に転がった。よく見ると光の壁の表面には、ビリビリと稲妻のようなものが走っている。 やがて光が収まった時には、廃墟はソレワターセごと消え失せて、後には何も残ってはいなかった。 余裕の笑みを浮かべて一部始終を眺めていたノーザが、呆然と目を見開く。 「何だ、これは。まさか、次元の壁……!」 「ええ。あなたに気付かれないようにこの仕掛けを作るのは、苦労しましたよ」 ホホエミーナの掌から飛び降りたサウラーが、そのゴツゴツした指をポンポンと叩いてから、相変わらず淡々とした口調で答えた。 “次元の壁”――それはラビリンスの科学が生み出した技術。四つ葉町にあった占い館をプリキュアの目から隠すために使ったのと同じ技術だった。この壁が作り出した空間は別次元にあるため、通常の手段では中に入れず、そこにあることすら認識できない。 ノーザが自分の本体を狙ってくるだろうと予測した時から、何とかしてこの国を守り抜くために、サウラーが考えに考え抜いた作戦だった。 「おのれ……!」 完全にしてやられたと知って、ノーザの映像がギリギリと音を立てて歯噛みする。 「やったな、サウラー!」 「喜ぶのはまだ早いよ、ウエスター。モンスターは何とか片付けたが、まだE棟に大物が残っている」 嬉しそうに仲間の肩を叩いたウエスターに、サウラーが無表情を崩さず答える。 E棟にある大物――ノーザのデータの媒体らしき植木と、不幸のゲージ。とりわけ不幸のゲージをどう始末すればいいのか、それはサウラーにもウエスターにも見当がつかない。 (全く……。不幸を集めていたというのに、その扱いについてはまるで分かっていないとはね) 今も昔も、無表情の下は不安だらけだ――自嘲気味にそんなことを思った時、ウエスターが能天気な顔で、再びニカッと笑った。 「そうだな。先発隊は、既にE棟に向かっている。俺もすぐに追いかけるから、心配するな!」 「全く。君のその根拠のない自信は、一体どこから……」 サウラーが呆れた顔でそう言いかけた、その時。 「そう簡単に……終わらせてたまるかぁっ!」 突然、怒りに満ちた声が辺りの空気を震わせた。叫びと共に物陰から飛び出した少女が、サウラーに躍りかかる。 傷だらけの身体。ボロボロの戦闘服。足の震えを必死で抑えながら、やみくもに殴り掛かる。 軽く身をよじるだけの動きで攻撃をかわすサウラー。少女は彼に触れることすらできず、地面に倒れ込んだ。 「無茶な……。そんな身体で、僕に敵うとでも思ったのかい?」 サウラーが苦いものでも飲んだような顔つきで、少女の傍らに歩み寄る。が、すぐにそれは驚愕の表情に変わった。何かが目にもとまらぬ速さで、サウラーに襲い掛かったのだ。 考えるより先に身体が動いた。跳び退って攻撃を避け、相手の正体を見定めようと目を凝らす。だがその時右足に何かが絡みつき、サウラーの身体はそのまま宙吊りになった。 「サウラー!」 ウエスターの隣にせつなも駆け付けて、逆さ吊りにされたサウラーをなす術もなく見上げる。 「フフフ……。今回ばかりはお手柄だったわねぇ。こんなに見事に囮になってくれるなんて」 「私は、そんなつもりじゃ……」 さっきの狼狽した姿など、まるで無かったかのようなノーザの含み笑いに、少女が戸惑ったように目を泳がせる。その映像のちょうど真下に当たる場所。そこにいつの間にか姿を現したのは、大きな鉢に植えられた一本の木だった。 まるで枯れ木のようにしか見えないその木の一番太い枝先からは、空中に向かって光が放たれていた。どうやらそれが、ノーザの映像を形作っているらしい。そして別の枝先からは、サウラーの足に絡みついている触手が伸びている。 (やはりこいつが、ノーザのバックアップの媒体というわけか) 宙吊りにされた格好のままで、サウラーがそこまで観察した時、ノーザの勝ち誇ったような声が降って来た。 「サウラー君。今のうちにそれを渡してくれたら、痛い目に遭わずに済むわよ」 サウラーが、ノーザにちらりと目をやってから、今度は仲間たちの方へ視線を移す。その時、せつながさりげなく、ウエスターの陰に隠れるように立ち位置を変えた。それを見て、サウラーがノーザに向かってため息をひとつ付いて見せる。 「こうなっては仕方がない、か。ならば、お言葉に甘えましょうか」 「いい答えねぇ」 無表情で球根を取り出すサウラーに、するすると伸びる一本の触手。それに向かってゆっくりと球根を差し出す素振りを見せてから、サウラーは不意に手の中の物を勢いよく放り投げた。 「せつな!」 球根が矢のような速さでせつな目がけて飛ぶ。それを追って一斉に放たれる触手。だがそこに待っていたのは、頑強な肉体の壁だった。 「でぇやぁぁぁっ!」 ウエスターが気合い一閃、全ての触手を叩き落す。その隙に、せつなが球根を追って走り出す。 逆さ吊りのまま放たれた球根の軌道は、ほんの少しずれていた。だがせつななら十分に守備範囲。誰もがそう思っていたその時、信じられない出来事が起こった。 球根にせつなの手がまさに届こうとしていた瞬間、横合いから一人の人物が飛び出して、球根を掴んでしまったのだ。 せつなが、ウエスターが、そしてサウラーが、唖然とした表情でその人物を見つめる。 それは、さっきまで消防ホースを構えてサウラーたちに加勢し、今は他の住人たちと共に避難に向かっているはずの、あの老人だった。 「おじいさぁん! 今はそっちに行っちゃ、危ないよ~!」 不意に新たな声が響いた。老人を心配したのだろう。ラブが大声を上げながら、こちらに向かって走って来る。それを見るや否や、せつなが慌ててラブの元へと走った。 「ラブ、こっち」 事情を知らずに老人に駆け寄ろうとするラブを制し、彼女をいつでも守れるように、ぴたりと寄り添う。 「なんだ? お前は。愚かな真似をすると、怪我をするわよ」 怪訝そうな顔で老人に目をやったノーザが、フン、と馬鹿にしたように鼻を鳴らす。 なんだ、ただの国民風情か――触手もそう言いたげな緩慢な動きで、老人の近くにゆるゆると伸びてくる。 だが、すぐにノーザの表情は凍り付き、触手も動きを止めた。老人が懐から鋭い刃物を取り出して、球根に押し当てたのだ。 「貴様……何をする気だ!」 「こ、これが欲しいのか。こんなちっぽけなものが、あ……あなたの、大切なものだというのか。あの子を……あんな目に遭わせてまで、欲しいものなのか!」 両目を見開いて慌てふためいた声を上げるノーザを、刃物を持った手をブルブルと震わせながら、老人が睨み付ける。 「知らないならば……教えてやる。ここに傷を付けると、運が良ければ傷の周りに、新しい球根が出来るらしい。分球、と言うんだそうだ。どっちにしろ、親となった球根は枯れてしまうがな……」 「そんなこと、させるかぁっ!」 「寄るなっ!」 さっきまでのしょぼくれた老人とは思えないような鋭い声に、襲い掛かろうとしていた触手が動きを止める。その隙にウエスターがサウラーを助け出したが、それに構っている余裕は、今のノーザには無かった。 ただの国民風情と見くびっていた相手に、最高幹部の自分が追い詰められている――その受け入れがたい事実に、ノーザの瞳が次第に大きく、やがては極限まで見開かれていく。 「おのれ……。お前ごときに、そんなことが出来ると思っているのっ?」 「今はもう、命令された以外のことをしてもいい世界なんでね」 金切り声を上げ、恐怖にわななくノーザとは対照的に、老人の声は次第に落ち着き払った、凄みすら帯びたものに変わっていく。そしてたじろぐノーザの映像に向かって、老人が一歩、また一歩と近付いていく。 「あなたはかつての最高幹部・ノーザ……なんですよね?」 「き……気安く私の名を呼ぶな!」 「この国は、新しく生まれ変わったんだ」 「そ……それがどうした!」 「幹部と呼ばれる人間は、もう居ない」 「お、おのれ……」 「古い時代の者たちは、もう要らない」 「や……やめろ……」 「古い時代の者は、新しい時代の者に道を譲って去るべきなのだ」 「やめろ……やめろぉぉぉ!」 「あなたも。そして……」 「おじいさん」 老人の言葉が、あたたかく伸びやかな声に遮られる。 ゆっくりと彼に近づいたのは、少し哀し気な笑みを浮かべて老人の顔を見つめるラブと、油断なくノーザの様子を窺いながら、その隣にぴったりとくっついている、せつなだった。 好機とばかりに、蔦が老人目がけて唸りを上げる。だがウエスターとサウラーの方が早かった。蔦を跳ね除け、三人を守るようにノーザの前に立ちはだかる。 ラブは二人に小さく笑いかけてから、そのままの表情で、まだ微かに震えている老人の手を優しく抑えた。 「それは違うよ。だっておじいさんも、今のラビリンスを作っている一人じゃない」 「私は……古い人間だ」 「そんなことないよ。ラビリンスで初めての、畑作りのお仕事をしているんでしょう?」 「……そういうことではない。私は、今のラビリンスにはついていけていないんだ」 「大丈夫だよ」 ラブはゆっくりとかぶりを振ると、老人の手に重ねた掌に、ギュッと力を込めた。 「あたしたちは、どんどん変わっていくんだもの。だから大丈夫。古い人間なんて……要らない人間なんて、誰もいないよ」 「しかし、私は……」 包み込むような優しい眼差しで自分を見つめるラブから視線をそらし、老人がうなだれる。そのとき静かな声が、彼に語りかけてきた。 「おじいさん。あなたはもしかして、ノーザの球根を傷つけた後、自分も命を絶つつもりなんじゃありませんか?」 「えっ!?」 驚いて顔を上げたラブが、老人と、彼を心配そうに覗き込んでいるせつなの顔を交互に見つめる。老人は力なくうなだれたまま、ああ、と小さく頷いた。 「そうだ。そもそも私が、この惨事を引き起こしてしまったのだから」 さっきまでとは打って変わったぼそぼそとした声で、老人が語り始める。 畑作りの仕事を始めてから、あの少女をしばしば見かけるようになった。メビウス亡き後、何かと話しかけたり会合に誘ったりしてくるようになった他の住人たちと違って、ただ黙って畑を眺めているだけの寡黙な少女。 お互いほとんど口を利くことはなかったが、ある夜、少女が老人を訪ねてきた。そして、今にも枯れそうな鉢植えを抱えて、何とか生き返らせてほしいと涙をこぼしながら訴えた。 八方手を尽くして、植木は何とか息を吹き返したが、その矢先に、枝先から突然ノーザの映像が現れたのだと――。 「ふん、馬鹿馬鹿しい」 いつの間にやって来たのか、少女が少し離れたところに立っていた。憮然とした顔でそっぽを向いているが、その目はちらちらと老人の様子を窺っている。 老人の方は少女の姿を見ると、まるで自分が怪我をしているかのような表情で、おろおろと声をかけた。 「だ……大丈夫なのか? 身体の方は……」 「人のことより、自分の心配をしろ」 吐き捨てるようにそう言ってから、少女の声が低くなる。 「あなたは、あれが何なのか知らなかった。それに、頼んだのは私だ。あなたが責任を感じることはない」 だが、そこで少女の表情が変わった。 「あなたも……後悔しているの?」 「馬鹿を言え! 後悔などするわけないだろう!」 心配そうな目を自分に向けてくるラブに、少女が今度はカッとなったように食ってかかった。 「こんな街など、メビウス様が復活なさればすぐに元通りになる。我らラビリンスは、完全に管理された世界、正しい世界に戻るのだ。だから……それを寄越せ!」 刃物を下ろしていた老人が、少女の声にびくりと反応して身構える。構わず老人に躍りかかろうとする少女。だがその寸前に飛び出したせつなが、少女を捕まえていた。 「残念だが、それを渡すわけにはいかん」 暴れる彼女の腕を、ウエスターが後ろ手に掴んで拘束する。少女は少しの間暴れていたが、老人をじろりと睨み付け、そして大人しくなった。 何か言いたげな目で少女を見つめていたラブが、老人の手が再びブルブルと震えているのに気付いて、もう一度彼の手に自分の手を重ね、その瞳を覗き込む。 「あたしね。小さい頃に、大好きだったおじいちゃんが亡くなったの。時間が経って忘れちゃったこともいっぱいあるけど……去年ね、夢の中でおじいちゃんにまた会えたんだ。それで少し、思い出したことがあるの。昔、おじいちゃんに教わったことを」 サウラーが一瞬だけラブの方に目をやって、口の端を斜めに上げた。「おじいちゃんのお蔭で目が覚めた!」思い出の世界から帰って来て、そう言い放ったキュアピーチの声が、耳元で蘇る。 ラブは、老人の目を見つめながら、ゆっくりと言葉を繋いだ。 「何か困ったことが起こったら、みんなでいい考えをたくさん集めて、頑張って考えればいいんだって。そうすれば、一番いい方法だって、きっと見つかるって」 「いい考え、か」 老人がうなだれたまま、絞り出すように声を出す。 「メビウスが居なくなった今のラビリンスでは、確かにみんな、色々なことを考えるようになった。色々な意見を言うようになった。だが、私にそんな考えは……」 「でも、おじいさんが一番、何とかしたいって思ってるよね?」 そこで初めて、老人が顔を上げてラブを見つめた。さっきまでの苦渋に満ちた顔でなく、驚きに目を見開いて、ラブの目を真っ直ぐに見つめる。 「何とかしたいって想いはね、すっごく大きな力になるんだよ。だからおじいさん、居なくなったりしちゃ、ダメだよ」 ラブの言葉に、老人の瞳が微かに揺らいだ。 「何とか……なるのか?」 「もちろん!」 そう言ってにっこりと笑って見せるラブを、老人は半ば呆然として見つめる。 どうしてこの子は、こんな状況でこんな風に笑えるのだろう。 どうしてこんな自分を、こんなにも力強く励ましてくれるのだろう。 老人の手から力が抜けて、刃物をポトリと取り落とす。 と、その時、目にもとまらぬ速さで放たれた触手が、落ちた刃物を空中高く撥ね飛ばした。 「あっ!」 せつなが慌てて老人の手から球根を取り上げる。その頭上から降って来たのは、聞く者の背筋が凍り付くような、ノーザの高らかな笑い声だった。 「この私をここまでコケにしてくれるとは……。どうなるか思い知るがいい!」 さっきまでとは一変、怒りに目を吊り上げたノーザが、これまでで最大の量の触手を一気に放つ。 「はぁっ!!」 撃ち落とすのは無理と判断したサウラーとウエスターが、バリアを張ってそれを防ぐ。だが、防ぐ以外に攻撃の決め手がない。二人とも、次第にハァハァと荒い息を付き始める。 「あら、どうしたの? 随分苦しそうじゃないの。さぁ、早くその身体を渡して、もう終わりにしなさい!」 「いいや……まだだ!」 「僕たちだって……何とかしたいって思っているからね!」 ウエスターとサウラーが歯を食いしばって、触手を防ぎ続ける。 「何とかしたいって想いが、大きな力になる……。そうね。ラブの言う通りだわ」 二人の背中をじっと見つめてから、せつなが球根をギュッと握りしめる。 「だったら私も、古い時代を知る者として……過ちを知る者として、何が何でもここは何とかして見せる!」 力強くそう言い放ち、せつなが老人に駆け寄る。 「おじいさん。ひとつ教えてください」 そう言って、老人の耳元で何事かを囁くせつな。老人が頷くのを見ると、その口元が僅かに緩んだ。その目には鋭い光が――戦士の光が宿っている。 「私にも教えてくれ」 今度は老人が、せつなに呼びかける。 「どうしてそいつを、処分しようとしないんだ? そいつを守る必要があるのか? それさえ無ければ、あいつは……最高幹部は、もう襲ってこないんじゃないのか?」 「そうとも限りません。それに……」 そう言いかけて、ちらりとラブに視線を走らせたせつなの目が、少し照れ臭そうに揺れる。 「それにラブが言っていた通り、処分されていい存在なんて……要らない存在なんて、居ないんです。私にも、ようやくそれが分かりました」 ラブがせつなの顔を見つめて、嬉しそうに微笑む。その目の前に、せつなは持っていた球根を差し出した。 「お願い、ラブ。これを持っていて」 「え……あたし!?」 思わず素っ頓狂な声を上げるラブに小さく頷いてから、せつなが強い光をたたえた目でその顔を見つめる。 「あなたなら大丈夫。私が絶対に、守り抜くわ」 驚きに見開かれていたラブの瞳が、すぐにせつなに負けずとも劣らぬ強い光を宿す。うん、と頷いてから、ラブはせつなの手から球根を受け取って、大切そうに胸に抱いた。 せつなの戦闘服が、再び風を纏って舞い上がる。 上空高く跳び上がったせつなは、バリアを避けて襲ってきた触手をことごとく回避しながら、鋭い眼差しで地上を見つめた。 やがて人並外れたせつなの視力が何かを捉える。 (あった!) すぐさま着地し、目的の場所へ向かって走り出したせつなを見ながら、ノーザは楽しげにほくそ笑んだ。 「あら……早速一人裏切ったってわけかしら?」 だがほどなくして、その顔が今度は呆れた表情に変わる。駆け戻って来たせつなが、バリアの真ん前に立って、鋭い眼差しでノーザを睨み付けたのだ。 「おい、何をする気だっ?」 「いいから、黙って見てて」 心配そうに声をかけたウエスターが、あっさりと一蹴される。それを見て、ノーザが相手をいたぶるような目つきに変わった。 「その目……。思い出すわぁ。生意気な幹部だった頃とおんなじじゃないの。生まれ変わろうがプリキュアになろうが、人間はそう簡単には変わらないってことかしら」 からかうようにそう言ってから、その唇が、氷のように冷たい一言を発する。 「そうでしょう? ねぇ……イース」 ノーザの笑みが高笑いに変わりかけて――そこで止まる。 じっとノーザを見つめ続けていたせつなが、その言葉を聞いて、ニヤリと不敵に笑ったのだ。 「そうね、やっと分かったわ。何があろうと、私は――私よ!」 「……小癪なぁっ!」 声と同時に、せつなが再び空中高く跳び上がる。その軌道を追うように放たれる触手。だがせつなは無表情でそれを見つめたまま、今度は一切避けようとしない。 その時、何かが空を一閃する。 華麗に着地したせつなの後を追うようにバラバラと落ちて来たのは、すっぱりと切り落とされた、大量の触手だった。 「あいつ……あの爺さんの刃物を取って来たのか!」 「なるほど。確かにあの戦い方は、昔の彼女を思い出すね」 ウエスターとサウラーが、驚きを隠せない様子で呟く。 獰猛で、果敢で、華麗で、刃物のように鋭くて――そんな彼女の姿を目の当たりにして、彼らの瞳にもせつなと同じ、不敵な戦士の光が宿る。 「ふん、イースに負けてはいられないな、サウラー!」 「当たり前だ!」 二人のバリアが俄然力を盛り返し、一回り大きくなったのを、ウエスターに腕を掴まれたままの少女は、信じられないものを見るような目で見つめた。 「おのれ……。いつまでも続くと思うな。これで終わらせてやる!」 ノーザの声と共に放たれた触手が、今度はことごとく刃物を持ったせつなの右手を狙う。その一本を、せつながグイッと掴んだ。 そのまま触手を手繰り寄せるようにしながら、勢いよく自分の身体を滑らせて、空中を高速で移動していく。 「何を……何をする気だ!」 せつなの意図に気付いたノーザが、再びせつな目がけて触手を放つ。 だが当たらない。焦ったノーザが触手の数を増やしたが、一向に当たらない。 大量の触手は目標を失って絡み合い、こんがらがったロープのようになっている。それをしり目に、せつなが植木の元へと辿り着き、今はまさに頭の上に広がるノーザの映像を見上げた。 「大丈夫。ちゃんと手入れをすれば、枝はまた伸びるそうよ」 「やめろ! 何を」 それが最後だった。まるでテレビのスイッチを切られた様に、ノーザの映像がぷつんと途絶える。 後には全ての枝を短く切られた植木が、所在なげに残された。 小さな刃物を鞘に納めて、せつながようやく、フーッと大きく息を吐く。そして仲間たちのところへ駆け戻ろうとした、その時。 「せーつなぁぁぁっ!!」 世界中で、せつなが一番好きな声が響く。 全速力で走って来たラブが、その勢いのままに、せつなに抱き着いた。 「無事で良かったぁ……。凄かった! 凄かったよ、せつな!」 「そんな……みんなのお蔭だわ」 ラブの後ろから、ウエスターとサウラー、ウエスターに引きずられたままの少女と、あの老人もやって来る。 ラブのあたたかな身体に抱き締められながら、不意に、ただ一人で占い館に乗り込んだあの日のことを思い出した。 自分はどうなってもいい。大切な人たちを巻き込みたくない――その一心で、無謀にもたった一人で不幸のゲージを壊そうとした、あの日の自分を。 あの頃は、守りたいものが増えることが、嬉しい反面、この上なく怖かった。それが今ではどうだ。守りたいものはこんなにも――怖いのは変わらないけれど、そんなことを言っていられない程に増えている。 大切な家族。仲間。友達。ラビリンスの人たち。そして――。 (私自身も、その中の一人……なのね) それが何だか不思議なようにも、勿体ないようにも思えて、せつなは輝くようなラブの顔を見つめて、くすぐったそうに微笑む。 まだまだ、片付けるべきことは山ほどある。どうしていいか分からないことも、たくさんある。 (守れるかしら……。ううん、守ってみせる。だって、ラブが……みんなが一緒なんだから) 決意も新たに、今度はせつなから手を伸ばして、ラブの身体を抱き締める。 その時――。 少女たちの後ろで、切られたばかりの植木が根元から浮き上がり、植木鉢がカタカタと不気味な音を立てた。 ~終~ 第13話:復活へ
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/810.html
ラブ「もーすぐ七夕っ!」 美希「浴衣の季節よね」 祈里「夜空もきれいだしね」 せつな「花火、今年もやりましょ!」 あっと言う間の一年。 中学生最後の夏。思い出作りに余念が無いクローバー。 ラブ「また来年も一緒に」 美希「違うでしょ」 祈里「ずっと…」 せつな「四人でね」 光り輝く星空と少女たち。 夏はまだ、始まったばかり。 せつ「七夕と言えば織姫と彦星、でしょ?」 美希「1年に1度きりの逢瀬か…ロマンチックだけど、あたしには絶対無理!」 ブキ「こう見えて美希ちゃん、寂しがり屋さんだもんね」 美希「ま、まあね……(ブッキーにはバレバレね……なんか照れる)」 ラブ「せつな、アタシ達ってまさに今そんな感じだよね」 せつ「ちょっとラブ!失礼しちゃう!こんなに何回も会いに来てるじゃない」 ラブ「だって……!だって全然足りないよぉ!!」 せつ「……ラブぅ」 ラブ「せつなーーーッ」 むぎゅう!! 美希「ったく!アンタたちもう結婚しちゃいなさいよ」 ブキ「せつなちゃんこの前ね、ラビリンスの法律を同性結婚OKにしたんだって」 美希「!!!」 ブキ「わたし、美希ちゃんならウエディングドレスも着こなせるって信じてる……」 美希「ももも勿論よぉ!」 せつ「あーあ、しどろもどろじゃない」 美希「い、いーじゃない別に!!」 ラブ「こーゆーとこが美希たんの可愛いトコなんだよ。ね?ブッキー」 ブキ「うふふふ」
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/988.html
アクアマリンの140文字SS【4】 1.[競作2015]ベストカップルの基本/アクアマリン 「ねえ、響。1つ聴いていい?」 「どうしたの、アコ?」 「何で奏といる時にいっつも恋人つなぎしてるの?」 「えー別にいいじゃん。わたしと奏の仲だし」 「そうよ。それに響と手をつなぐ時は10年くらい前からずっとこうしてるわ」 (じゅ、10年間も続けてるの!) 2.[競作2015]秘すれば花/アクアマリン 「ねえ舞」 「どうしたの?薫さん」 「夏なのにタートルネックの服着て暑くないの?」 ギクッ!! 「そ、そ、そんな事ないわ!トネリコの森って夏でも涼しいし、それに私ってちょっと寒がりだし」 「ふーん、ならいいけど」 (さすがにキスマークの跡を隠すためだなんて、いくら薫さんでも言えないわ) 3.[競作2015]甘くて暑い夜/アクアマリン 「おはようございます。マナちゃん、六花ちゃん」 「ふあー、おはよう」 「あら?お2人とも眠そうですわね」 「うん。昨日六花の家でお泊まりしたら夜更かししちゃって」 「まあ、昨夜はお楽しみでしたわね」 ギクッ!! 「ちょ、ちょっと!ありす、何言って……」 「ふふ、目は覚めましたか?」 4.ラビリンスからの電話/アクアマリン あのね、ラブ。 とても重要な話があるの、よく聞いて。 実は私、ラブの子供を妊娠したの。 これからは出産や子育ても精一杯頑張るわ! え…… お母さんやお父さんに報告! 初孫ができたら喜ぶ!? 今夜はお赤飯!! ちょ、ちょっと待ってラブ。 今日何の日か知ってる? エイプリルフールよ!!
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/106.html
せつなとあたしはおでこをくっつけ合って、少し、笑った。 何て事しちゃったんだろう、と言う大きな後悔。大好きな人と 気持ちが通じあった、大きな喜び。 いろいろな思いが渦巻き、泣きたいような、笑いたいような不思議な気持ち。 「…ごめんね。」 もう一度、あたしは謝る。どんなに謝っても足りないのは分かってる。 でもそれしか言えないから。 「…うん。でも、もうこんな乱暴なのはやめてね。」 結構、辛かったんだから。と少し冗談めかして、せつなは含羞む。 「やだ、私…。」 「…わはー……。」 せつなは今更ながら自分のはしたない姿に気付いたように 服の前を掻き合わせ羞恥に耳まで真っ赤にしている。 パリッとしていたワンピースは見る影もなくくしゃくしゃで、 汗やその他諸々で汚れて、かなり悲惨な状態だ。 (わはー…、何かせつな、すんごいえっちぃんですけど。 いや、ひん剥いたのはあたしなんすけどね…。) 「どうしよう、これ。」 血の染みが付いたワンピースを摘まんで少し途方に暮れる。 買って貰ったばかりの服を汚してしまったのを気に病んでいるらしい。 「あー、だいじょぶだよ。これコットンだし。すぐに洗ってアイロン掛ければ!」 洗ったげるよ!貸して。と服を引っ張ろうとするラブに、 「あっ、やん!」 裾を押さえて抵抗する。 下、何も着てないんだから!と赤い顔で上目遣いに少し睨まれ ラブの顔も負けず劣らず赤くなる。 ついさっきまで、あーんな事やこーんな事をされてたのに 何を今更…と言う気がしなくもないが、どうやらそう言うものでもないらしい。 「…シャワー、浴びて来てもいいかな。」 そりゃそうだよね。恐らく身体中エライ事になってるんだから。 そりゃあ早くさっぱりしたいだろう。 「そだね!お湯、もう張ってあるから!ゆっくり入ってきなよ!」 そう言った途端、くしゅん!ラブがくしゃみをした。 考えなくてもラブも巻いていたバスタオルはとっくに落ちて、すっぽんぽんだ。 ある意味せつなより恥ずかしい。 クスリ、とせつなが笑い、 「じゃあ、一緒に入っちゃおうか?」 「!!ふぇ?!」 先に行くね。ぱさっ、とラブの頭に落ちてたバスタオルを掛けて、せつなは バスルームに向かった。 (一緒にって、一緒にって…?!) ラブは先ほどのせつなの言葉を反芻する。 『もう、こんな乱暴なのはやめてね。』 って事は、乱暴にしなきゃオッケー!って事すかね?! かぁっ!と全身が熱くなり、心臓が口から飛び出しそうにバックンバックン 脈打っている。 今こそ真の勝負の時!ラブの本能がそう告げていた。 大好きな人と(無理矢理ではあるが)体の関係を持ち、(順番が逆だが)気持ちを 確かめ合い、(普通はこれが最初だろうが)告白もした。 (これで二人は両想い!晴れてラブラブ恋人同士…!) のはず。 しかし、問題が一つ。 せつなは今回の事がラブが慣れない深刻な悩みに耽った挙げ句の暴走。 つまりは非日常、普通ならあり得ないイレギュラーな出来事と捉えて いないか、と言う事だ。 それは困る。大いに困る。トチ狂って暴挙に出てしまったが、 ラブとしては、ここまでやったからには付き合い始めの恋人らしく 日常的にあんなコトやこんなコト……できなきゃ意味がないのだ。 (それに、えっちは気持ち良くなきゃ! このままじゃ、えっちがトラウマになっちゃうかも!! そんなのせつなの為にも絶対良くない!!!) そのトラウマを植え付けたのは間違いなく自分なのだから 『責任取らなきゃ!』 ラブはいつものポジティブシンキングを取り戻しつつあった。 (ようし!!) ラブの体に闘志がみなぎる。 (待ってて!せつな!!女のヨロコビ、ゲットだよ!!!) 了
https://w.atwiki.jp/llss/pages/2148.html
元スレURL にこ「あなたの目には」絵里「私たちの姿が」ラブライブ SS 概要 秋葉原の狂犬二匹、手の付けられない不良のにこえりは 秋葉組のツバサに見初められ盃を受けることになり…? タグ ^矢澤にこ ^絢瀬絵里 ^μ’s ^A-RISE ^津島善子 ^国木田花丸 ^バトル ^友情 名前 コメント