約 1,207,261 件
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/455.html
【お土産】/恵千果◆EeRc0idolE 祈里 「せっ、せつなちゃん!」 せつな「あら祈里、今帰り?」 祈里 「こっこれ、旅行のお土産なの。巣鴨の」 せつな「え…私に?ありがと、嬉しいわ。開けていい?」 祈里 「もちろん!喜んでくれるって私信じてる!私のと色違いのお揃いなの。 私のは黒でせつなちゃんのはもちろん赤。」 せつな「真っ赤な紐パンティ…」 祈里 「赤い下着を身につけると運気が上昇するんですって!」 せつな心の声『…今夜ラブに見せたら、きっとむしゃぶりつくわね。 朝まで寝かしてもらえないかも… ああっ、想像したら濡れてきちゃうぅ』 祈里心の声『あぁ~これを着けたせつなちゃん、 想像するだけでドンブリ飯3杯はイケる~』 せつな「祈里、ホントありがとう!」 祈里 「こっちこそ喜んでもらえて嬉しい!」
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/252.html
「馬鹿っ!もう知らない!」 あたしはそう言って通話を切り、 携帯の電源も切った。 電話の先にいる先輩の後ろから 話しかけている女の子の声を、 あたしは聞き逃さなかった。 先輩の言い訳に加えて、その女の子まで 電話に登場して、ひと騒ぎ。 やっぱり、遠距離だと 心まで離れてしまうのかな。 授業もほとんど耳に入らないまま、 昼休みに学校を抜けた。 公園のベンチで、給食のパンを鳩にあげながら 何を考えるでもなく、惚けていた。 遠くに、下校の声が聞こえる。 授業も終わったようだ。 「ここにいたのね...」 後ろから声が聞こえた。 びっくりして振り返ると、せつなちゃんの姿があった。 「急にいなくなるから、みんな心配してたわ」 せつなちゃんが横に座る。 「...ひとり?」 「ラブはまだ、その辺を探してるわ」 せつなちゃんが、少し あたしの近くに寄る。 「何か...あったの?」 「...」 言い出しにくくて、 気まずい沈黙が流れる。 二学期になって転入してきたせつなちゃんは、 またたく間にクラスの人気者になった。 清楚な雰囲気で可愛いし、頭もすごく良い。 教科書が丸ごと頭に入っているようだ。 おまけに、運動神経の良さはクラスでもピカイチ。 クラスマッチのバレーボール代表に選ばれるなんて、 当たり前に近かった。 男子との練習試合では、男子顔負けの 強烈なスパイクを何度も決めていた。 せつなちゃんが前衛に来たときは、男子は 防戦一方だった。 あたし達女子から見ても、憧れのタイプ。 でも、あまりに万能だから、何だか 遠い人に感じていた。 別の世界の人みたいに。 「...あたし、振られちゃったみたい」 胸が、きゅんと詰まる。 「彼氏が、別の女の人と付き合ってたの」 「そう...」 「あたしが好きだった人が、 あたしを好きじゃなくなってて...」 言葉にすればするほど、悲しくて、 自分が情けなくなる。 「それも知らずに、楽しそうに電話かけて... あたし、何だかバカみたい...」 涙がこぼれてきた。 せつなちゃんに見られたくなくて、 顔を両手で覆った。 頭に、手が回された。 暖かくて、やわらかい感触の中に ゆっくりと引き込まれた。 どうなっているのか、わからなかった。 覆っている手をどける。 せつなちゃんに、頭を抱かれている。 「せつな...ちゃん?」 「泣くのは、恥ずかしいことじゃないわ...」 せつなちゃんの手が、 あたしの頭をそっと撫でる。 遠い存在じゃなくて、 とっても近くにいた。 そして、とっても暖かい。 ぴんと張っていた心の糸が、 ゆっくりと緩む。 しばらく、せつなちゃんの胸に 頭を預けたまま、声を上げずに泣いた。 せつなちゃんは、 ずっと頭を撫で続けてくれている。 どのくらいそうしていただろうか、 ようやく、涙が止まった。 せつなちゃんの、 胸の鼓動が聞こえる。 暖かい感触。 やわらかい感触。 いい匂い。 だんだんと、暖かさが 胸のドキドキに変わる。 あれっ... あたし、失恋したばっかりじゃなかったっけ...? 頭を起こす。 せつなちゃんと目があった。 吸い込まれそうな大きな瞳に、 胸が音を立てて鳴る。 「落ち着いた?」 「うん...でも、どうして...」 「私が、いつもこうしてもらっていたから...」 せつなちゃんの微笑みが、 とってもまぶしく見えた。 胸の鼓動が、さらに速くなる。 せつなちゃんをこうやって抱きしめて くれる人って、どんな人なんだろう。 「あ!いたいた!由美ーっ!」 ひときわ大きな声が響き、 ラブがこっちに走ってきた。 「心配したんだよ!何かあったら相談してよぉ」 あたしの手を取り、顔を近づけてくるラブ。 「ごめんね。ちょっと色々あって... でも、せつなちゃんと話してたらすっきりしちゃった」 「そっかあ、良かったね!あたしも悩んでるとき、 せつなと話すと癒されるんだ」 「ラブも悩むことあるの?」 「えー、何それー」 ふくれっ面のラブを見て、せつなちゃんとあたしは 一緒に笑った。 「由美、気晴らしにドーナツ食べに行こうよ!」 「うん!」 ラブが走り出す。 せつなちゃんの横をすりぬけるラブの手が、 ちょっとだけ、せつなちゃんの手に触れた。 ほんの一瞬だったけど、お互いの 指先が絡んだのを見た。 それは、まるでお互いの想いを 確認し合うかのような、艶めかしい絡み方。 なるほど、ね...。 あたしは何だか、もう一回 失恋したような、妙な気分になった。
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/99.html
あの海から始まる物語:episode.1 仲良し4人組でクリスマスパーティー。その後は、ラブちゃん家でお泊り。楽しい夜になる……はずだった。 急にお腹が痛くなってしまった私は、一人で帰るつもりだった。 折角のパーティーだもん。台なしになんて出来ない。したくない。 だけど、そんな私を送って行くって言い出したのは、せつなちゃんだった。 一人で平気だからって私がいくら言ってもまったく耳を貸そうとしてくれない。 「お願いせつなちゃん、私の話を聞いて……」 「いくら言ったって無駄よ、ブッキー」 「だって……私、せつなちゃんにも楽しい夜を過ごしてほしいの」 「もう十分楽しんだわ」 「ラブちゃんや美希ちゃんと一緒にお泊まりなんて、滅多にないイベントなのに……」 「それはブッキーだって同じじゃない」 「そうだけど……」 「ブッキーが治ったら、またいつでもお泊り会は出来るわよ」 「もう……せつなちゃんには敵わないなあ」 「はい、決まりね」 こうして私は、せつなちゃんにアカルンで家まで送ってもらうことになったのだった。 ラブちゃんと美希ちゃんに見送られ、せつなちゃんに抱きかかえられる。 こんなに彼女に近づいたのは、それが初めてだった。 何故だか胸がドキドキし、息苦しさを覚えた。これも具合が悪いせいだろうか。 せつなちゃんって、何だかとてもいい匂いがする……。 一瞬、お腹が痛いことも忘れて、私は彼女から立ち上る香りに感覚を研ぎ澄ませた。 その瞬間、私たちは赤い閃光に包まれた。 その眩しさに思わず目を瞑った私が再び目を開けた時、そこはすでに私の部屋だった。 「ブッキー、スイッチは?」 真っ暗闇の中、私の耳元でせつなちゃんが尋ねる。彼女の息遣いを間近で感じ、動悸が加速する。 「待って、今つけるね」 胸を打つ心臓の音が聞こえてしまうことを恐れた私は、急いで彼女から離れた。 暗闇の中とはいえ、いつも寝起きする我が家の自室なので、スイッチの場所は見えなくても手に取るようにわかる。 スイッチをつけると、部屋がパッと明るくなった。せつなちゃんは眩しそうに目を細めながら言った。 「お薬、飲むんでしょ?」 「うん、下に行って取ってくるね」 「いいわよ。ブッキーはベッドに横になってて。わたしがおばさまにいただいてくるから」 「せつなちゃん待って!そのことなんだけど……」 今にも階下に下りて行きそうなせつなちゃんを止めるため、私は話し出す。 今夜この家に両親がいないことと、その理由。 両親は、私が泊りがけのクリスマスパーティーに行くのに合わせ、旅行に出かけたのだった。前からお母さんが行きたがっていた温泉旅館へと。 「だから、今日は誰もいないの」 説明し終えても、せつなちゃんの顔は晴れない。それどころか、怒っているみたい……。 「じゃあどうして帰るなんて言ったの?」 「いつものことだし、お薬飲んで寝てれば治るから……」 「だけど、今夜ひとりぼっちなんて言わなかったわ」 「言わなかったのは、皆に心配かけたくなかったからなの。だけど言わなかったことはいけなかったわ、ごめんなさい。……怒ってる?」 「いつもなら怒るところだけど……相手は病人だからやめておくわ」 せつなちゃんは、やれやれしょうがないわね、と言いたそうに肩をすくめ、微笑んだ。 「ごめんね、せつなちゃん、心配かけて。ありが、と…痛!」 再び疼き出した腹部が、ニシニシと鈍い痛みを放つ。 「ほら!早く横になる!お薬は適当に探すから名前を教えて」 お薬の名前を教えるやいなや、せつなちゃんは階段を駆け降りていった。 このままベッドに腰掛けていたらどうなるだろう。決まっている。また彼女に怒られるだけだ。 さっきのせつなちゃんの怒った顔を思い出し、ふともう一度怒られてみたい衝動に駆られた。 ……怒った顔も可愛かったな。 でも、そんなことをすれば嫌われてしまうかも知れない。嫌われるのは困るので、私は素直にベッドに横たわり、毛布にくるまった。 しばらくすると、トントントン……と階段を上る音が聞こえ、ドアが開いた。 何故か目を瞑る私。せつなちゃんが近づき、ひんやりした彼女の手が額に触れた。 「熱は……無いみたいね」 手で熱を測る行為。ただ、それだけ。なのに、どうしてこんなにドキドキするんだろう。 ふいに彼女は、毛布の中にしまい込んだ私の腕を取り出して、今度は脈を取り始めた。 「少し速いみたい……ブッキー大丈夫?」 「う……うん、大丈夫」 少し声が上擦った。喉が乾く。 「あの……せつなちゃん、お薬見つかった?」 「ああ、ごめんなさい、これよね?」 管楽器のマークの黄色い箱を見て、私は頷き、身体を起こした。 「ブッキー、あーんして」 言われるがままに口を開いた私の口の中に、せつなちゃんは白い糖衣錠を放り込んだ。黙って水の入ったコップを私の口の端に宛てがう。 ごくっ、ごくっ。錠剤とともにコップの中身を一気に飲み干すと、私は再びベッドに横たわる。 「ありがと……世話かけちゃってごめんね。早くパーティーに戻って」 「ブッキーのベッドって広いのね」 「え?ああ、セミダブルだから……ちょっ!?」 私が言い終わらないうちに、せつなちゃんが潜り込んでくる。 「寒いから、くっついてればあったかいわよ」 「そ、それは嬉しいけど……早くパーティーに戻って。きっと皆待ってるよ」 「大丈夫。さっき、ラブにはメールしといたから」 「メール?何て?」 「今夜はブッキーの家に泊まりますって」 「そんな、駄目よ」 「だって、ブッキーをひとりぼっちにはしておけないんだもの」 せつなちゃんはそう言うと、私をぎゅうっと抱き締めた。 「早く良くなってね……ブッキーが元気ないと、わたしも調子狂っちゃう」 「せつなちゃん……」 すっぽりと胸の中におさまる子猫のような彼女の頭を、私はよしよしと撫でた。 「ごめん……これじゃ、どっちが病人かわかんないわよね」 ふふっと力無く笑う彼女の姿を見て思う。 ああ、そんなに心配してくれてたんだ。 胸の奥からぽかぽかした温もりが湧き出し、身体全体が熱くなる。 「私、お腹が痛くなった時、なんてツイてないんだろうって思ったの。でも今は……」 「今は?」 「なんてツイてるんだろうって思ってる」 そう言うと、私はせつなちゃんを強く抱き締め返した。 まだお腹は鈍く痛むけど、気にしない。気にならない。 だって、幸せだから。 こうして私たちふたりは、ひとつのベッドで温めあって眠り、聖なる夜を過ごしたのだった。 【穏やかな陽射しの中で】に続く
https://w.atwiki.jp/love_plus/pages/130.html
新・彼女通信 現在分かっている情報 ラブプラスの彼女通信のように彼氏の傾向だけではなく、直前のイベントでどんな風だったかというようなことまで暴露される(イベントと連動する)。
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/1011.html
「ラッキー・クローバー! グランド・フィナーレ!!」 少女たちが、右手を上げて高らかに叫ぶ。 その中央、凛として見上げる8つの瞳の先にあるのは、巨大な水晶に閉じ込められた、ソレワターセの姿。 「はぁ~~~~!!」 少女たちの気合とともに、水晶はみるみるうちに直視できないほどの輝きを放ち、ソレワターセは断末魔の叫びを上げる。 「シュワ、シュワ~・・・」 そして。 パン!パン!パン!と三つの乾いた破裂音を残し、ソレワターセは跡形もなく消滅した。 (要するに、四人の気持ちが揃わないと使えない技、というわけね。) ウエスターの報告を思い出して、ノーザはフン、と鼻をならした。 ―――メビウス様が、しびれを切らしておいでです。そろそろインフィニティを手に入れなければ、如何にあなたといえども、お叱りを受けますよ。 今朝、例のものを届けに来たついでに、そう言い捨てて帰って行った、クラインの忠義面が目に浮かぶ。 (ふん、見ているがいいわ。これがあれば・・・。) ノーザの手にあるのは、クラインから渡されたソレワターセの実。しかし、普通の実は鈍い緑色をしているのに、その実は血のような赤に染まっている。 まだ消去されずに残っていた、イースの管理データの一部。それを使って特殊能力を持たせた、特別製。このソレワターセは、攻撃を受けた者から、記憶を奪うことができる―――キュアパッションになってからのイースを、その者の記憶から、消すことが出来るのだ。 (ふふふ・・・。仲間から、今更ラビリンスのイースとして見られたら、あの子はどんな顔をするかしらねぇ。) ノーザは、口元に楽しげな笑みを浮かべた。 (問題は・・・誰を選ぶか、ということね。) 正確に言えば、人間の頭の中から、本当に記憶を消し去ることなど出来ない。ソレワターセの能力は、記憶を封じ込め、思い出せなくする力だった。ただ、その記憶の封じ込めを維持するには、どうしても、不幸のゲージの中にある、貴重な不幸のエキスを消費することになる。そんなことで不幸のエキスが足りなくなって、インフィニティが発動しなくなったら、それこそ今までの苦労が水の泡だ。 そうでなくても、インフィニティを手に入れるために、ノーザの当初の思惑より、かなりの時がかかっている。これ以上長引けば、今までのペースでソレワターセの実を育てることも、難しくなるだろう。 (だから、一番効率的な相手を、一人選ばなくては。) 目的は、プリキュアどもに、あの新しい技を使わせないこと。そうすれば、インフィニティを奪って、ヤツらも簡単に始末できる。 ノーザはゆっくりと、壁に貼られている少女たちの写真に近づいた。 (そうねぇ。イースと最も遠い関係にある人物。プライドが高く、人に気を許さず、それゆえの脆さも持っている子。) ノーザの長い爪が、ついに一人の少女の写真の上で止まった。 「・・・ふふふ。ターゲットは、あなたねぇ―――キュアベリー。」 蒼の喪失(前編) 秋も深まった、四ツ葉町公園。ラブたちはダンスレッスンを終えて、いつものドーナツカフェに集まっていた。勿論、タルトとシフォンも一緒だ。 今度の週末から、トリニティが久しぶりのツアーに出かけると言う。だから、二週間ほどダンスレッスンはお休み。さっき、ミユキからそう言われた。 ―――お休みの間、自主練習はちゃんとやるのよ! ビシッと指を立ててそう言うミユキに、声を揃えて元気に返事をしたものの、中学生の彼女たちにとって、週末まるまるのフリータイムは、とってもわくわくするもので・・・。 「ねえねえ。じゃあ今度の土曜日、みんなでどっかに遊びに行こうよ!」 「いいわね。私も、その日は予定入ってないわ。じゃあ、冬物のお洋服でも、みんなで見に行く?」 「えっと、確か今度の土曜日から、新しい映画が封切りだったんじゃないかな。それを観に行くっていうのは?」 「うーん、そうだなぁ。でもさ、秋はやっぱり、遊園地じゃない?」 「何言ってんのよ。ラブの場合は、秋だけじゃなくて年中でしょ。」 目をキラキラさせて喋る三人の話を、せつなもやっぱり、好奇心に目を輝かせて聞いている。 この世界は、まるで中身がいっぱいに詰まった宝石箱みたいだ、とせつなは思う。どれも色や形が違い、それぞれの光を放って輝く、数々の宝石。目の前に無造作に並ぶそれらを、ひとつひとつ手に取り、眺め、そして選ぶことができる。何て楽しくて、明るくて、そして自由なんだろう。 「ねえ、せつなは? せつなは、どこに行きたい?何がしたい?」 ふいにラブに呼びかけられて、せつなは我に返った。 「え?私?」 「うん。せつなが決めてよ。今挙がってるのは、ショッピング、映画、それと遊園地。もちろん、他の場所でも大歓迎!せつなの好きなところに決めてよ。ねぇ、どこにする?どこがいい?」 「ちょ、ちょっと待って、ラブ。」 畳みかけるラブと、慌てるせつな。その様子を見ながら、美希は小さく苦笑する。ラブが最近、何かと言うとせつなに決定権を持たせようとしていることに、美希は気付いていた。 この世界に来るまで、「選ぶ」ということを知らなかったせつな。最初はドーナツカフェの飲み物ひとつ、文房具ひとつ、自分では選べなかった。それどころか、自分の好みすら―――何が好きで、何が嫌いで、何が自分に似合うかなんてことも、まるでわからなかった。 ラブの家で過ごすようになって数カ月。飲み物や食べ物、洋服や本・・・。人より時間をかけて迷いながら、彼女は少しずつ、自分のものを、自分で選べるようになってきた。選ぶことを、楽しめるようになった。 ただ、今のような場合―――自分の選択が、仲間や家族、周りの人たちの行動まで決めてしまうと思うと、途端にせつなは逡巡してしまう。 「そんな・・・私には決められないわ。どれも楽しそうなんだもの。」 (やっぱり。そう言うと思った。) そう思っていることを顔に出さないようにして、 「え~!それじゃダメだよ、せつなぁ。」 ラブは思い切り、口を尖らせてみせる。 「せつなが決めたところに、みんなで行くのが楽しいんじゃない!」 「でも・・・」 助けを求めるように、困った顔で自分と祈里に視線を向ける彼女に、美希は優しく笑いかけた。 「ねえ、せつな。どこに行って何をしたって、こういうことに、成功とか失敗とか無いのよ。」 「そうそう。」 祈里が隣から、いつもののんびりした調子で相槌を打つ。 「誰かが決めたところに遊びに行くっていうのはね、一人の好みに、みんなで合わせよう、ってことじゃないの。自分ではなかなか選ばないような場所に出かけていく、っていう楽しみ方なのよ。そして、発見するの。」 「発見?」 「そう。ああ、この人はこういう場所が好きなんだなぁ、とか、こういうところも楽しいんだなぁ、とかね。同じものを見て、誰かと同じように感じたら嬉しいし、違っていても、やっぱりお互いのことがもっとよくわかって、嬉しいのよ。だから、みんなで出かけるのは楽しいの。」 「でも、そこが楽しくなかったら?」 「その時はね、こうするの。」 美希は茶目っ気たっぷりに、眉をワザと八の字に寄せ、怒っているような、困っているような顔を作って見せる。 「『なぁんなの?ここ。サイテー!!』 そうやってみんなで盛り上がるのも、結構楽しいわよ。」 声まで変えて、“悪口で盛り上がる中学生の図”をやってみせる美希に、せつなも思わず噴き出す。 「うふふっ。美希、変な顔。」 「言ったわね。せつなのために、実演してるんでしょ。」 「でも、何もそこまでしなくてもいいわよね。」 「そうそう。美希たん、綺麗な顔が、台無しだよ。」 ラブと祈里にもはやし立てられて、美希の顔もさすがに赤くなる。 「みき、へんなかお~!」 シフォンがせつなの言葉を真似してはしゃぎながら、はぐっ、と勢いよくドーナツにかぶりついた。 「もうっ、シフォンまで・・・。」 「ふふっ。ありがとう、美希。私、ちゃんと決めるわ。でも・・・すぐには決められそうにないから、もう少し考えてもいい?」 ひとしきり笑った後、自分を見つめてそう言うせつなに、美希は一瞬、眩しそうに目を細める。 (こういうところが、せつなって真面目で素直なのよね。) 自分にはなかなか真似のできないまっすぐな彼女。でも勿論そんなことは口には出さず、美希はパチリとウィンクしてこう言った。 「もっちろん。完璧なところ、選びなさいよ!」 「美希ちゃん、失敗してもいいんじゃなかったっけ・・・。」 祈里のナチュラルな突っ込みに、ドーナツカフェに、また新たな笑い声が広がっていく。 「ええなぁ。なんか楽しそうやなぁ。」 「タルトちゃんも行く?」 「でも、わい、その日はここで、『タルやんのイリュージョンショー』があるんや。」 「・・・あれ、まだ続けてたんだ・・・。」 なんか、似たような会話を以前も聞いたことがあるような。あれは、いつだったっけ・・・。 美希がそう思った瞬間、 「ソレワターセ!!」 公園の一角にある雑木林の方から、突如、咆哮が響き渡った。 「わ!マズい。シフォン、行くで。」 「プリ~・・・」 タルトがシフォンの手を引っ張って、慌てて林の反対方向に走る。 「ソレワターセが?どうして突然?」 「シフォンちゃんは、今日はまだインフィニティになってないのに。」 「インフィニティになる前に奪う作戦かもしれないわ。とにかく早く行かないと!」 「うんっ!何だかわかんないけど、みんな、行くよっ!」 ラブの声に力強く頷いて、少女たちはそれぞれのリンクルンを構える。 「チェインジ!プリキュア!ビートアーップ!!」 桃色、青、黄色、赤・・・オーロラのような色鮮やかな光のベールが一瞬の輝きを放った後。 現れる、四人の伝説の戦士。 ツインテールをなびかせて駆けるキュアピーチに、ベリー、パイン、パッションが続く。 「ソ~レワタ~セ~!!」 巨大な草の蔓を幾重にも束ねて、人型をこしらえたような姿。中央にあるのは、不気味に光る赤いひとつ目。 それは何度も見たことのあるソレワターセの姿ではあったが・・・何だかいつもと様子が違う、とパッションは思った。隣りに立つパインも、同じことを思ったらしい。 「何だか今日のソレワターセ、色が変。こんなに赤かったっけ?」 「そうね・・・。もしかしたら、何か特殊な能力を持っているのかも。みんな、気をつけて!」 「わかった!じゃあみんな、行くよっ!」 互いに目と目を見かわして、四人は走り出す。 ソレワターセの触手を跳んでかわすベリーとパッション。すぐさまひらりと飛び上がり、高速の回し蹴りを見舞う。 「ダブル・プリキュア・キーック!!」 身を屈めて後方へ跳んだソレワターセ。その太い触手が、着地しかけたベリーの足元を狙う。 「ダブル・プリキュア・パーンチ!!」 同時に踏み込むピーチとパイン。ベリーに迫った触手を、横から撥ね上げる。 触手が流れた隙に、本体に迫るベリーとパッション。パンチとキックの連打が、ソレワターセを襲う。 と、それに応えるかのように、二人の死角から伸びる、一本の触手。 「ベリー、危ないっ!!」 疾走したパインが、触手に体当たりする。そのまま捕まりそうになった彼女を、間一髪で抱き止めるピーチ。 (何かおかしい・・・。) 鞭のような触手の動きを空中で回避しながら、パッションは不安に眉をひそめる。 (なんだか・・・ベリーばかりが狙われているような気がする。) そもそも、どうして今日のソレワターセは、シフォンを追おうとしないのだろう。 その時。ピーチが触手に弾き飛ばされる。受身も取れないまま、地面に叩きつけられる彼女。 「うっく・・・」 「ピーチ!!」 ピーチを襲う触手に、ベリーが放つ、矢のような蹴り。その後ろから伸びる触手に、肘をとばすパッション。 その隙にパインは、ピーチを抱えて触手の下を掻い潜る。そして攻撃の届かないところへ、彼女をひとまず避難させた。 「ピーチ、大丈夫?」 「うん・・・ありがとう。もう平気だよ。」 何とか自分の足で立ちあがったピーチが、再び攻撃に加わろうとした、その時。 「ベリー!!」 パッションの抜き差しならない声に、ピーチとパインは、ハッとして顔を上げた。 ベリーが触手に捕らわれ、身動きが取れなくなっているのだ。 空中高く舞い上がるパッション。手刀で、ベリーを拘束している触手を狙う。が、するすると伸びたもう一本が、彼女の攻撃を阻む。 「くっ。邪魔よっ!」 前を塞ぐ触手を、拳で撥ね上げる。そのとき、パッションは見た。ベリーを捕えた触手を伝って、何か赤い光のようなものが、彼女の体に流れ込んだのを。 「うわぁぁぁぁぁ~!!」 絶叫を上げるベリー。パッションは、目の前の触手を蹴って跳躍する。そしてベリーの体を抱きかかえ、触手を引き剥がそうと、渾身の力を込める。 「プリキュア!ラブ・サンシャイン・フレーッシュッ!!」 ピーチの声が響き渡る。目の前が明るくなり、ベリーを拘束していた触手が緩む。 パッションはベリーを抱えあげると、そのまま大きく跳んで、地面に着地した。 「あ・・・」 「ソレワターセが・・・」 ピーチとパインの驚いたような声に、何事かと顔を上げたパッションも絶句する。 目の前で、ソレワターセの姿が次第に薄くなり、そのまま霞のように、消え失せてしまったのだ。 後には、気を失ったまま、変身が解けてしまった美希と、三人のプリキュアが残された。 「美希!美希!しっかりして!」 パッションは変身を解いてせつなの姿に戻り、美希を抱き起こす。 「・・・ん。」 少し苦しそうに顔をゆがめてから、美希の目が、ゆっくりと開いた。そして。 「・・・!!」 驚きに目を見張り、慌てて跳び退るように自分から離れた美希に、せつなはあぜんとした。 (・・・どうして?) 自分を見る、美希の瞳。そこに浮かんでいるのは驚愕と、それから・・・かつてのせつなが、よく目にしていた感情。こんな目で美希に見られるのは・・・あの時以来だ。 「美希たん!」 「美希ちゃん!大丈夫?」 同じく変身を解いて駆け寄ってきたラブと祈里も、美希の口から飛び出した言葉を聞いて、呆然とする。 「ラブ!ブッキー!どうしてせつなが、ここに居るのよっ!」 「・・・え?・・・何言ってるの?美希たん。」 「せつなは・・・彼女は・・・っつ・・・!!」 ラブに何かを言いかけた美希は、不意に顔をしかめて両手で頭を押さえると、そのまま喘ぐように、地面に倒れ伏した。 頬にかかる布地の感触に、美希は目を開けた。いつの間にかベッドに寝かされ、布団がかけられている。 「美希たん!気が付いた?」 ぼんやりと目に映るのは、心配そうにこちらを覗きこんでいる、ラブと祈里の顔。 「・・・ここは?」 「美希ちゃんの部屋だよ。美希ちゃん、ソレワターセの攻撃を受けて、気を失っちゃったの。」 「ソレワターセの?」 何が起きたのか思い出そうとすると、頭がズキンと痛んで、美希は顔をしかめた。 「それで・・・二人でアタシを、家まで運んでくれたの?」 「それはさすがに大変だから、せつなにアカルンで・・・って、どうしたの?美希たん!」 ガバッと布団をはねのけて起き上がった美希に、ラブが驚いて身を引く。 「せつな!・・・そうよ、ラブ。ねえ、どうしてせつなが、あの場に居たの?」 「どうして、って・・・」 「さっきもそんなこと言ってたよね、美希ちゃん。せつなちゃんが、どうかしたの?」 「せつなちゃんって・・・。ブッキー。あなた、いつの間に、せつなとそんなに親しくなったの?」 「・・・え?」 美希の言葉に、祈里も驚きに目を見開く。 美希は大きくひとつ息を吸うと、二人の親友に、噛んで含めるように言った。 「ラブ、ブッキー。二人も見たでしょう?あの子は・・・せつなは、イースだったの。アタシたちの敵なのよ。」 「・・・・・。」 「・・・・・。」 ラブと祈里は、ためらいがちに顔を見合わせる。そして意を決したように、ラブが美希に向き直った。 「美希たん。よぉく思い出してみて。せつなは、確かにイースだったよ。でも、今は?」 「・・・今?」 「そう。今のせつなは、誰?」 (今の・・・せつな?) そう考えた途端。頭蓋骨を直接万力で締め付けられたような痛みに襲われ、美希は声も上げられずに、ベッドに倒れ込んだ。 「美希たん!」 「美希ちゃん!」 「・・・ごめん。大丈夫よ。」 しばらくして起き上がった美希は、青ざめてはいたが、その声はしっかりしていた。 「何でだろう。今、物凄い頭痛がしたの。こんなの初めて。」 「美希たん・・・。やっぱり、ソレワターセに、何かされたんだね。」 「ソレワターセに?」 「そう。美希ちゃん、ソレワターセに捕まったとき、凄く苦しそうに悲鳴を上げてた。その後すぐ、気を失っちゃったの。あのソレワターセ、色も変だったし、きっと何か特殊能力を持っていたんだと思う。」 祈里の冷静な分析に、 「何を・・・されたの?」 美希は恐る恐る尋ねる。 「それは、まだよくわからないけど・・・。でも、美希ちゃん。」 祈里は不安に揺れる瞳で、美希の顔を覗き込んだ。 「せつなちゃんのこと・・・まだ、イースだと思ってるの?」 「まだ、って何よ。」 祈里の不安が、さらに膨らむ。 「もしかして・・・。ねぇ、美希ちゃん。今日は、何月何日?」 「変なこと訊くのね、ブッキー。今日は・・・10月25日でしょ?」 「ソレワターセと戦う前、わたしたちが何をしていたか、覚えてる?」 「確か・・・カオルちゃんの店で、ドーナツ食べてたわよね。タルトやシフォンも一緒に。で、今度の土曜日、どこかに遊びに行こうって相談して・・・うっ!」 再び頭痛に襲われ、顔をしかめる美希。 「そっか・・・。完全な記憶喪失ってわけじゃないのね。」 「ブッキー、どういうこと?」 二人の様子を心配そうに見ていたラブが、泣きそうな目をして、祈里に詰め寄る。 「もしかしたら、記憶喪失になったのかなって思ったんだけど・・・。記憶が無いのは、せつなちゃんのこと限定なのかも。」 「せつなのこと?」 「・・・っていうか、キュアパッションのこと、って言った方が、いいのかな。」 「じゃあ、ソレワターセが?」 「うん。きっと美希ちゃんから、キュアパッションになってからのせつなちゃんの、記憶を奪ったんだと思う。」 「そんな!でも、何のために?」 「それは・・・よくわからないけど・・・」 ラブと祈里のやり取りに、美希が首をかしげた。 「キュア・・・パッション?」 「そう。あのね、美希たん。せつなは今、あたしたちの仲間、キュアパッションとして、一緒に戦ってるの。せつなが、四人目のプリキュアだったんだよ。」 ラブは美希に、彼女が奪われた、せつなの真実を話そうとする。しかしラブの話は、美希の苦しげな声で、すぐに遮られた。 「やめて!やめて、ラブ!頭が・・・頭が割れそう・・・」 ラブの言葉で、何らかの情景が浮かびそうになるたびに、途方もない力で、頭が締め付けられる。 痛みで真っ赤に彩られた脳裏に浮かぶのは、あの時の・・・正体を現した、せつなの姿。両手を真横に開き、こちらを睨みつける、暗い憎悪に燃えた眼差し・・・。 「ラブ!騙されちゃダメよ!せつなは、イースだったの。ラビリンスだったのよ!!」 まるでうわ言のようにそう繰り返す美希に、ラブはなす術もなく立ち尽くす。 この世界に来たばかりのせつなに、仲間の中で誰よりも気を遣い、早く彼女が慣れるようにと、心を砕いてきた美希。だが、せつながイースだった頃、いち早く彼女に疑念を抱き、警戒していたのも美希だった。そのせいだろうか。美希が、せつなと打ち解けて話せるようになるには、時間がかかった。 一月ほど前。初めて二人だけで出かけたときに何があったのか、詳しいことは、ラブは知らない。でも、あの日から二人の距離が縮まったのは、ラブと祈里の目にも明らかだった。 その美希が、今は全身で、せつなを拒絶している。やっと・・・やっと、互いに少しずつ理解し合い、歩み寄れたというのに。 俯いて、肩を震わせ、泣き出しそうになるラブ。しかし隣から、 「美希ちゃん!」 いつになくきっぱりとした祈里の声が聞こえてきて、目を上げた。 祈里は、ベッドにうずくまる美希の肩に手をやると、ニッコリと微笑んで、優しい声で言った。 「美希ちゃん。思い出そうとするから、頭が痛むんだと思うの。何も思い出さなくていいから、美希ちゃんが全く知らない、初めて聞く話として、ラブちゃんの話を聞いて。」 「ブッキー!」 ラブの瞳に、わずかに力が甦る。しかし美希は俯いたまま、ゆっくりとかぶりを振った。 「ダメだわ、ブッキー。アタシ、とても信じられない。あのせつなが、四人目のプリキュアだったなんて。アタシたちの仲間だなんて。ごめん・・・。ごめん、ラブ、ブッキー。」 「諦めちゃダメよ、美希ちゃん!!」 祈里は、美希の頬を両手で挟み、グイッと顔を上げさせた。彼女には珍しいその剣幕に、ラブも驚いて祈里を見つめる。 「せつなちゃんは、確かにわたしたちの仲間なの!以前はイースだったけど、今はわたしたちと一緒に、必死で戦ってるの!今の美希ちゃんが、せつなちゃんを信じられないと言うなら、それでもいい。それなら、ラブちゃんとわたしを信じて!お願い!!」 「ブッキー・・・。」 大きな目に盛り上がった涙をこぼすまいとするように、祈里は美希を強く見つめ続ける。普段は物静かなその瞳に、仲間を思う必死の思いが、そして、自分にせつなを取り戻させようとする、悲しいまでの祈りが込められているのを、美希は見せつけられる。 美希の中に焼きついてしまった、イースとしてのせつなの姿は、消えはしない。でも、脳裏にある彼女の憎しみに燃える瞳が、不思議と今は、やり場の無い哀しみを湛えた瞳のように、美希には思えてきた。 「わかったわ、ブッキー。やってみる。ラブ、話して。」 「うん。・・・辛くなったら、無理しないで、いつでも言って。」 ラブは、美希を気遣いながら、ゆっくりと少しずつ、話していった。 あの、ドームでせつなが正体を明かした、その後の物語を。 せつなと、森の中で戦ったこと。その中で知った、せつなの想い。イースの寿命が尽きたこと。そして・・・大切な仲間になった彼女の、まだ紡がれ始めたばかりの、時間を。 せつなは一人、自分の部屋のベッドで、膝を抱えてうずくまっていた。 気を失った美希と、ラブと祈里を、アカルンで美希の部屋まで送り届けたのは、せつなだった。でも、せつな自身は、タルトとシフォンを家に連れて帰るからと言って、一緒に行くのを断ったのだ。 ラブは、いつもの夕食の時間をだいぶ過ぎた頃になって、やっと帰ってきた。どこ行ってたの?と眉をひそめるあゆみに、 「ごめ~ん。美希たん家で、つい話しこんじゃって。」 と明るく笑ってみせたラブだったが、その顔には、隠しきれない疲労がにじんでいた。 「あら、美希ちゃん家に・・・。せっちゃん、どうして一緒に行かなかったの?」 「あ、私、図書館に本を返しに行かなきゃいけなかったから。でも、後から追いかければよかったわ。」 「そう。」 下手な嘘をついてぎこちなく笑ったせつなに、あゆみは少し心配そうな顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。 遅い夕食の後、ラブは、ところどころ言いにくそうにつっかえながら、美希の様子を話してくれた。せつなは、膝の上でギュッと手を握りしめて、黙ってラブの話を聞いた。 (やっぱり、そんなことだったの。) 戦いの後、気絶から覚めた美希の瞳に、浮かんでいたもの。驚きと―――そして、敵意と拒絶。それは、かつてイースがドームでの戦いの後、正体を明かしたときに、キュアベリーの瞳に浮かんでいたものと、同じものだった。 「今までのこと、全部話そうと思ったんだけど、さすがに長い時間は、美希たんも辛そうでさ・・・。でも、一番大事なことは、きちんと話したからね。美希たんも、わかったって、ちゃんと言ってくれたから。」 だから、せつなは何も心配しなくていいんだよ。そう言ってそっと抱きしめてくれたラブに、せつなは結局、何も言えなかった。 (美希・・・。) 今の美希の中では、自分はまだイースなのだと思うと、身体の芯が、さーっと冷たくなる。 ラブは、せつなが仲間になった経緯を、美希にきちんと話してくれたと言った。美希も、それをわかってくれたと言っていた。 でも・・・彼女は、今のせつなを思い出したわけではない。ラブの話を信じたと言っても、それだけで、美希は自分を受け入れることができるのだろうか。 ―――とても無理だろう、とせつなは思う。 イースとしてラブに近づいていた頃、美希が自分を疑っていることに、せつなは気付いていた。だから、キュアパッションとして生まれ変わり、仲間になった後も、自分を見つめる美希の眼が厳しいように思えて、せつなはなかなか、彼女に近付けなかった。 でも、本当は美希も、せつなと親しくなるきっかけを探していたのだ。 自分の考えや感情と向き合い、それを表現する経験をしてこなかったが故に、物事を言葉で伝えるのが苦手なせつな。 自分の弱さを見せるのを嫌うが故に、一度自分の気持ちを頭の中で組み立ててからでないと、表に出せない美希。 気持ちをストレートに表わすラブや、どこまでもマイペースな祈里には、うかがい知れない高いハードルが、二人の間にはあった。 初めて二人で出かけたあの日。最初は会話が弾まず、気まずそうだったけれど、美希が終始、自分に歩み寄ろうと努力してくれているのを、せつなは感じた。だからこそ、美希の役に立とうと、精一杯頑張った。その頑張り自体は空回りで、美希を疲れさせてしまったのだけれど・・・。でも、あの時二人は初めて、ハードルを越えられた。 美希は力強く、せつなの生き方を信じると言ってくれた。ひとりぼっちにはならないと、励ましてくれた。それがどんなに・・・どんなに、嬉しかったか。 (・・・美希。) せつなは膝を抱えたままベッドに横になり、身体を小さく丸める。 どうしても思い出してしまう。長いまつ毛の下から笑みを湛えて見つめる、美希の眼差し。時に力強く、時におどけた口調で励ましてくれる、美希の声。優しく差し出された、美希の手のぬくもり・・・。それらが自分に向けられる日は、もう来ないのではないか。 (―――美希!!) せつなは枕に顔をうずめ、声を殺した。 そして思う。一度、確かにこの手に掴んだと思ったものが、突然失われるということ。それは、こんなにも辛く、切なく、身を切られるように、痛いものなのかと。 どれくらいの時が経っただろう。 ラブの部屋から、タルトの回すオルゴールの子守唄が漏れ聞こえてくるのに、せつなは気付いた。 もう10時をまわっている。シフォンはとっくに寝ている時間だが、こんなときにインフィニティになったら大変と、タルトがずっとオルゴールを回し続けているのだろう。 (確かに、美希と私がこんな状態じゃ・・・えっ!?) せつなはあることに気付いて、ベッドから跳ね起きた。 ラブの部屋のドアを、小さくノックする。 「パッションはん。ピーチはんなら、お風呂やで。」 タルトの小さな声が、部屋の中から聞こえた。呑気そうな風貌とは裏腹に、タルトは桃園家の家族やプリキュアの足音を、遠くにいても瞬時に聴きわけるのだ。 「知ってるわ。タルトと話したいんだけど、いいかしら。」 「わいはかまへんけど。」 部屋に入ると、タルトはオルゴールを回す手を休めず、目顔でせつなを迎えた。ラブのベッドでは、シフォンがもうぐっすりと眠っている。 「クローバーボックスが気になったんやろ?大丈夫や。ちゃんと蓋、開いとるで。」 「ホントね。良かった・・・。子守唄が聞こえたから、びっくりして来てみたの。」 せつなはタルトの隣に座って、四つのハートがくるくると回る様を眺めた。カラフルで美しいオルゴール。この中に、とてつもない力が秘められているなんて、とても見えない。 一度だけ、このクローバーボックスが開かなくなったことがある。ラビリンスの最高幹部・ノーザが現れて、もっと強くなりたいと、みんなで特訓を行ったときのことだ。 もう、私たちの力では、シフォンを守れないのではないか。そんな焦りと不安から、四人はチームワークを乱した。初めて喧嘩もし、仲間割れを起こした。そのとき、クローバーボックスは、どんなに力を入れても、頑としてその蓋を閉ざしたままだったのだ。 みんなの気持ちが合わなかったから、蓋が開かなかったんだろう、とタルトは言った。それならば、今の美希と自分の関係を考えれば、クローバーボックスはまた開かなくなっているのではないか。そうせつなは恐れていたのだ。 「なぁ、パッションはん。ソレワターセは、なんでベリーはんを、あんな目に遭わせたんやろか。」 「たぶん・・・目的は、私たちにグランド・フィナーレを使わせないことだと思う。」 プリキュアの新しい技、グランド・フィナーレ。ソレワターセをも倒すその必殺技は、四人のハートをひとつにして戦う技だ。ベリーがパッションを信じて、心を合わせてくれなければ、使える技ではない。 「せやなぁ・・・。けど、クローバーボックスは、こうしてちゃんと開くんや。まだ、望みはあると思うけどなぁ。ベリーはんだって、希望を捨てとらんから、ピーチはんの話を聞いたんと違うか?」 「希望を・・・捨ててない?」 せつなの目が、大きく見開かれる。 ―――どんなときも、希望を捨てちゃダメ! ピンチのたびに、そう言って仲間たちを励ましてきた、美希の声がよみがえる。 (そうね。美希は、希望のプリキュアだもの。きっとまだ諦めてない。最後の最後まで、希望を捨てるわけないわ。だったら、今の私に出来ることは・・・。) せつなの瞳に決意の光が宿った時、部屋のドアが開いて、ラブがタオルで頭を拭きながら入ってきた。 「あ、せつな、来てたんだ。」 「お邪魔してるわ、ラブ。あのね、明日学校から帰ったら、四人でここに集まってもいい?」 「勿論いいけど、何をする気?」 「美希に、どうしても伝えたいことがあるの。うまく伝えられるかわからないけど・・・。でも、今の私にできるのは、これだけだから。」 せつなはそっと、眠っているシフォンの頭をなでる。 あまりにも無防備で、あどけないその寝顔。私たちで、絶対に守り抜かなくてはならないもの。 そのためにも、そして美希のためにも、私に出来る、精一杯のことをしよう。そう、せつなは誓う。 どんな状況でも、最後まで絶対に諦めない。その大切さを、その力の強さを、私はみんなに、身をもって教えてもらったのだから。 ~前編・終~ 新-134へ
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/167.html
「頬を濡らすは君のぬくもり」/SABI 私はラビリンスにいた。 灰色の空、無機質な高層ビル、そして、モノトーンの同じ服装をした人々。 私はそうした人達の群れの中にいた。 誰も他人を見ない。誰かが遅れると、列が乱れてしまうから。 例え、誰かが転んでも、誰も助けない。立ち止れば、列が止まってしまうから。 同じ間隔を保ちつつ、横と同じ歩幅で歩く。みんなと同じように。 だって、そうしなければならない。メビウス様のご指示だから。 だって、そうしなければ、食事の時間に間に合わない。その後の就寝の時間にも影響する。 他の人々と同じように歩く私の目の前に、突然、一条の光が見えた。 細い細い、その光は今にも消えてしまいそうだ。 あの光は私の求めていたものかもしれない。 私が幼い時から追い求め、自分の空虚を埋めるかもしれないもの。 前を歩く人々をかきわけ、列を乱しながら光を追いかけ、必死に走った。 無表情だったラビリンスの人達の顔がどことなく怒りを含んでこちらを見ても、構わずその光を追いかけた。 走って、走って、でも、近づかない。 むしろ、私が走れば走るほど、光は遠ざかっていくように感じる。 体力の限界と思える程走っても、追いつかない。 息を整えるために仕方なく立ち止り、大きく息を吐いていると、 私の目の前で、光は消えた。 自分の乱れた呼吸と鼓動の音だけが聞こえる。 目の前には、キュアピーチ。 ラビリンスの敵、私が倒さなければならない・・・敵。 今度は、森の中に、私はいた。 鬱蒼と樹木が生い茂った、占い館の近くの森。 ・・・やっぱり、せつなだったんだね・・・ 私はせつなじゃない!! お前達プリキュアの敵・・・お前の敵、 我が名はイース。ラビリンス総統メビウス様が下僕。 いや、私はもう、ラビリンスの幹部ではない。 プリキュア討伐の失敗によって、メビウス様に罷免された・・・ 目に止まらぬ速さのパンチや膝蹴りを繰り出すも、キュアピーチに受け止められてしまう。 私の渾身の攻撃も効かない。 疲弊した私は、空中でバランスを失って地面に倒れ込む。 死力を尽くしても、倒せなかった。 そもそも私は、キュアピーチを、ラブを倒そうなどと思っていたのだろうか。 プリキュアを倒したところで、私はラビリンスに戻れる訳でもない。死を免れない。 メビウス様の決定は、絶対だ。 地面に横たわった私の背中を、柔らかい草の絨毯が包み込んでくれる。 無数のシロツメクサの中で、スポットライトが当たったように、その葉だけ浮き上がって見えた。 確か、幸せの素とか言う、四つ葉のクローバーが私の目の前にあった。 ・・・せつなの幸せ、摘み取って・・・・・ 私の幸せ? 私が見つけた幸せ・・・ 私はうまく動かない右手を伸ばし、その葉を摘み取ろうとしたその時、 ・・・・時間です・・・・ どこかで、そう聞こえた気がした。 私の心臓が、一度大きく跳ねて、止まった。 私の意識は闇の中に飲み込まれていく。 もう、目が見えない。何も聞こえない。 やっぱり、私は・・・手に入れることができなかった。 ・・・・せつな・・・・せつな・・・ 私はもう、死んだはず。 なのに何故、ラブの声が聞こえるのだろう。 ・・・・せつな・・・・せつな・・・・ 「せつな!!」 目の前には心配そうなラブがいた。 「あ、せつな、目が覚めた?」 右手でラブの頬に触れる。 良かった。夢じゃない。 ここは、ラビリンスでも、占い館近くの森でもない。桃園家にある私の部屋。 「うなされていたけど、怖い夢でも見た?」 私は大きな息を吐き、涙を流していた。 涙は止めようと思っても、後から後から、出てくる。 でも、苦しい涙や悲しい涙なんかじゃない。嬉しくて、安堵の涙。 壊れたおもちゃのように、首を振り続けながら涙を流す私を、 ラブが伸ばした私の右手を握って、涙を拭ってくれる。 暫くして、涙が止まり、悪夢の名残が私から無くなった頃、 私の頬を挟んでいるラブの左手の甲にそっと、私の掌を置いた。 「どうかした?」 ラブが心配そうに、私の顔を覗き込む。 どんな時であっても、ラブは私を気遣ってくれる。まるで、私が世界で一番大切だというように。 「ラブ・・・」 暗い室内だけど、私の瞳に何かを見たのだろう。 互いを大切に思っていながらも、互いの全てを貪ろうとする眼差し。 ラブの顔が近づいてくるのを感じ、私は目を閉じた。 春の雨のように温かく優しいキスが顔のあちこちに降り注ぐ。 最後に私の唇に落ちてきて、啄むようなキスがだんだんと、嵐のように激しいものになっていく。 私の涙を拭ってくれた右手は頬を離れ、裸の肩へと滑っていく。 ラブの左手は私の手を握ったまま。離れないように、私はラブの指に自分の指を絡ませる。 不思議だ。 かつての私は、他人に触れられることを嫌悪していたのに。 いえ、今だってそう。誰だっていいって訳じゃない。 こうやって、私に触れてもいいのは、ラブだけ。 キスが長く深いものになっていくにつれ、正面に向かい合って、ラブの体を受け止める体勢になる。 体重がかかったことで私の表情が変わったのか、ラブが「重い?」と聞いてきた。 重いかと聞かれたら、確かに重いのだけど、私の体にかかる重みを愛しく思う。 私の体にかかる心地よい重量感、素肌にかかる熱い吐息、口の中に残るラブの味さえ、 そのすべてが、これが夢ではないことの証だから。 ラブの唇が私の顎のカーブから鎖骨の間に滑り落ちて、雪道の轍のように、私の体に見えない痕を残していく。 肩の辺りを彷徨っていたラブの右手は胸へと到り、その頂を親指と人指し指で軽く抓み、優しく擦る。 指と交代して胸の頂を口の中に含まれると、温かく濡れた感触に、思わず吐息が漏れる。 指の愛撫によって、固く敏感になった頂を少し痛いくらいに強く吸われる。 吸われる度、力が吸い取られていくように、私の全身から力が抜けていく。 私の体の上で動くラブの頭を見ると、自分が求められていることを実感し、私の心は満たされる。 それに反して、私の体は不足を訴え、疼いていく。もっともっとと。 私はもう、その疼きが何であるか知っている。 次の愛撫をねだるように、閉じていた腿を少し開くと、 私の無言の求めに応えるように、ラブの手が下の方へと降りてくる。 濡れた道筋を何度も往復していたラブの指が、隠された小さな蕾を見つけ、そっと触れる。 固く閉ざされていた蕾は、指で触れられる毎に、一枚一枚綻んで、次第に花開いていく。 花の中心からは滴り落ちるほど蜜を湛え、強い芳香を放って、訪れる者を誘う。 蜜を吸う蝶の羽根が花びらにかすめたような微かな愛撫ですら、今の私には耐えられないほどの快感をもたらす。 体の底から湧きあがってくる、自分ではどうすること出来ない熱。 その熱が徐々に全身に広がっていって、私はラブの名前を譫言のように何度も呼びながら、高みへと飛翔した。 私がラビリンスにいた頃、一人ぼっちで寂しかった夜に、側にいてくれる人は誰もいなかった。 いくら、寂しくなんかないと自分で否定しようとしても、心の奥底では誰かを追い求めていた。 だけど今、私の隣には、ラブがいる。 ラブが眠った後でも繋がれたままの手を握り返し、横顔に寝息を感じながら、私は眠りに落ちた。 了 ~おまけ~ 「あたし、ばくになりたいな」 「バグになりたいの?」 「バグじゃなくて、獏。伝説上の生き物で夢を食べるって言われているんだ」 「私は、ラブが獏でないほうがいい」 「えー、どうして?」 「獏ってどんな生き物、大きい?小さい?」 「小さい象がずんぐりむっくりしてて・・・」 「・・・それじゃ、どんなのか分からないわよ」 「架空の動物なんだから、どんな形か分かんないよ。どうして、獏じゃ駄目なの?」 「だって、ラブが獏だったら、こうやって、キスしたり、抱き締められたりはできないでしょう」 「せつな・・・」 「ラブ・・・・」
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/510.html
Trick or Treat!/一六◆6/pMjwqUTk 「ねぇ、シフォン。今日のハロウィン・パレードは、シフォンも仮装して参加する?」 美希がリンクルンを片手に、何だか得意げな様子でシフォンに問いかける。ラブの膝の上で、今まさにおやつを食べようとしていたシフォンは、それを聞いて嬉しそうに声を上げた。 「ハーローウィーン!」 ピルンにどこまでその気があったのかはわからないが、今日のおやつはハロウィンにぴったりのパンプキン・パイだ。それをしっかりと両手で抱えて、シフォンはくるりと祈里の方を向くと、キュアキュア……とおしゃべりを始めた。 「キー!」 祈里のリンクルンからキルンが飛び出して、シフォンの頭の上をくるくると回る。 「……そう、わかったわ。あのね、美希ちゃん。シフォンちゃん、クマちゃんの格好の上に、何か可愛いお洋服が着たいんですって」 「ふぅん、なかなか注文がしっかりしてるじゃない。女の子がファッションに敏感なのは、いいことよ。アタシに任せて、シフォン。完璧にコーディネートしてあげる」 祈里の言葉を聞いて、パチリと片目をつぶってみせる美希に、シフォンも嬉しそうに笑った。 今日は十月三十一日。クローバータウン・ストリートでは、恒例のハロウィン・パレードが行われる。四人は学校から直接ラブの部屋に集まって、ここでみんなで着替えをして、パレードに参加する予定なのだ。 「はぁ~。いいなぁ、美希たんは」 シフォンを抱っこしてベッドに腰掛けているラブが、珍しく大きな溜息を付く。隣りに座るせつなは、そんなラブの顔を不思議そうに覗き込んだ。 「ラブ、どうかしたの?」 「いやぁ、大したことじゃないんだけどさ。ブルンはシフォンのおしゃれ担当だけど、シフォンだけじゃなくて、あたしたちを着替えさせることだって出来るじゃない? その気になれば、あたしたちもシフォンと一緒におしゃれを楽しめるんだよね」 「まぁ、そうね」 美希もせつなと同じように、怪訝そうな顔になる。祈里も小首を傾げて、ラブの次の言葉に耳をすませた。 「ブッキーも、キルンがいればシフォンと一緒におしゃべりを楽しめるしさ。アカルンは、みんなで一緒にお出かけできるし……」 そこまで言って、ラブが、あ、と小さく呟いて顔を上げた。その目はさっきまでとは打って変わって、何だかヤケにキラキラしている。 「そっか! あたし、ピルンが出す料理はシフォン専用だから、一緒に楽しむことはできないのかな~って思ってたんだけど……。もしかしたら、試したことがなかっただけで、あたしたちも一緒に食べられるのかな? ピルンの料理で、みんなでピクニックなんかできたりして!」 「え……それはちょっと……」 「シフォンちゃんの、ご飯やおやつで?」 「そんなことしたら、シフォンに怒られないかしら」 戸惑う三人をよそに、ラブは満面の笑みでシフォンに話しかける。 「ね~え、シフォン。そのパンプキン・パイ、あたしも食べてみていいかな。ね? 少~しだけ、味見させて~」 「プリ!?」 驚いたシフォンが、パイを持つ手に力を込めて、嫌々とかぶりを振る。 「ねぇ、一口だけだから~。お願い、シフォン」 「プ~リ~!」 「もう、シフォンのケチ」 「プリーーー!!」 シフォンが口を尖らせて、ラブの膝の上からせつなの膝の上へと瞬間移動した。その途端に、ラブの身体がふわりと宙に浮き上がる。 「わ、わ、わ~、シフォン!」 慌てるラブをちらりと見やって、シフォンが両方の耳を上へと伸ばし、パフンパフンと打ちつける。すると今度はラブのベッドからシーツが外れ、ふわふわと天井近くを漂ったかと思うと、ラブの頭上にバサリと落っこちて来た。 「うわぁ、シフォン、やめて~!」 まるでお化けの仮装でもしているような姿で、空中でジタバタしているラブを、美希と祈里が、心なしか冷やかな目で見つめる。 「まぁ、そりゃあハロウィンの日に、お菓子を貰うどころか取られようとしたら……」 「イタズラするしかないわよねぇ」 ☆ 「うわぁ、何だか去年より、仮装している人が増えたみたいだねっ!」 カボチャの着ぐるみを着て、胴体がコロンと丸くなったラブが、そのまま転がりそうな勢いで通りを駆けていく。 「ちょっと、ラブ~! その格好で転んだら、洒落にならないわよ」 銀色の羽を付けた妖精の姿の美希が、そんなラブを呆れた調子でたしなめる。 黒い三角帽子をかぶって魔女の格好をしたせつなは、腕に抱いたシフォンに向かって、穏やかな声で言った。 「ねぇ、シフォン。ラブはね、ただあなたと同じ物を食べて、一緒に『美味しい』って言いたかっただけなの。あなたのおやつを取ろうとしたんじゃないのよ」 不思議そうに首を傾げるシフォンに、せつなはニッコリと笑いかける。 「だからね。今日、たくさんお菓子を貰ったら、あとでみんなで一緒に、仲良く食べましょ」 「プリプー!」 上機嫌で両手を振るシフォン。隣りから手を伸ばしてその頭をなでながら、お気に入りのコウモリの仮装をした祈里が、のんびりとした調子で言葉を繋ぐ。 「大丈夫よ、せつなちゃん。シフォンちゃんが、ラブちゃんのことを大好きだっていうのは、この格好を見ても、ひと目でわかるわ」 「確かにそうね」 せつなは、仮装したシフォンの姿を――クマの着ぐるみの上に、オレンジ色のカボチャのドレスを着た姿を、改めて見つめる。そして祈里と顔を見合わせて、フフッと楽しそうに笑った。 「おばあちゃん、こんにちは! えへへ。とりっく・おあ・とりーとっ!」 「ラブったら、まだ早いわよ。パレードはこれからなんだから!」 ラブと美希が、駄菓子屋の前で足を止めて、おばあちゃんと話をしている。せつなは、ショウウィンドウのガラスをちらりと覗いて帽子の位置を整えると、祈里と肩を並べて、二人の元へと駆け寄っていった。 ~終~ 複数41は、この直後のお話。
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/938.html
【1月21日】 『大好き』 シフォン「キュアキュア~」 祈里 「シフォンちゃん、おやつが食べたいのね」 ラブ 「チョコレートにクッキー。ケーキにアイスクリーム、あと、ドーナツ! 何がいい?」 祈里 「もう、ラブちゃんが食べるんじゃないのよ」 美希 「ラブって食べ物のことになると目が輝くわね」 ラブ 「だって~。美味しいものを食べるのって、幸せって感じしない?」 せつな「くすっ。ラブの食欲は大好きな人と一緒にいる時ほど増すのよね」 【1月22日】 『みんなで、はぁ~』 せつな「毎日とっても寒いわね~。はぁ~って息を吐くと、白くなるわ」 美希 「はぁ~。こうすると、冬って感じがするわね」 祈里 「はぁ~。吐息の水蒸気が水に戻るから白く見えるのよ」 ラブ 「はぁ~。なんとなく綺麗でいいよね」 あゆみ「若い娘の仕草は可愛らしいわね。ちょっとうらやましいかも」 【1月23日】 『のんびりしてました』 ミユキ「さぁ、みんな! 久しぶりにダンスレッスン始めるわよ!」 四人 「ハイッ! ――――はぁ、はぁ、はぁ、もうダメ」 ミユキ「……みんな、冬休みの間、走るくらいはしてた?」 四人 「それが……」 ミユキ「それじゃあ夏合宿の時と一緒じゃない。ビシバシ鍛え直すわよ!」 【1月24日】 『クイズです!』 美希 「今日はクイズです。ラブの苦手な食べ物はなぁ~んだ? 答えは明日!」 祈里 「ヒント、その① 今年の干支のうさぎさんの好物よ」 タルト「まだ、わからへんかな? もう一声や!」 祈里 「お馬さんも大好きな食べ物なのよ」 タルト「パインはん、さっきから動物の話ばっかやないか」 祈里 「ごめんなさい。じゃあね、子供は嫌いな子が多い野菜よ」 せつな「要するに、ラブは子供ってことよね」 ラブ 「せつなの番もあるんだからね?」 【1月25日】 『他人事じゃない』 美希 「ラブの苦手な食べ物はニンジン。ラブったら、ニンジンも美容にいいのに」 祈里 「わたしはニンジン大好きよ。甘くて美味しいのに」 ラブ 「だって、食感が気持ち悪いんだもん。美希たんは苦手な食べ物ないの?」 美希 「完璧なアタシに、苦手な食べ物なんてないわ」 せつな「みんな、お好み焼き食べに行きましょう!」 美希 「ごめんなさい……」 【1月26日】 『外に行こう!』 ウエスター「フッ、フッ、フッ。今日はなんだか、いいことがありそうな気がするぞ」 サウラー 「気のせいだろう。僕は部屋で本でも読んでいることにするよ」 ウエスター「焼き芋、タコ焼き、ラーメン、寒い日は熱々の食べ物が美味いぞ!」 サウラー 「僕はコタツにミカンで十分だ」 ウエスター「冬こそスポーツだ! 体が温まって気持ちいいぞう」 サウラー 「寒いのはおっくうだ。布団の中が気持ちいいよ」 ウエスター「ええい! いいから来い! その性根を叩きなおしてやる!」 【1月27日】 『満天の星空を見上げて』 せつな「冬は星がとっても綺麗に見えるのね」 ラブ 「あたし、星を見ながら時々お願い事するんだ」 美希 「リゲル、シリウス、プロキオン。星って姿も名前も美しいわね」 祈里 「こいぬ座、おおいぬ座、おうし座。冬の星座は名前も可愛いね」 せつな「楽しみ方も色々なのね」 【1月28日】 『トリニティの真髄』 ミユキ「今日はトリニティの三人で、ダンスステージに出演するの!」 ラブ 「わ~見たい! トリニティのステージはいつ見ても感動です」 せつな「トリニティって、三位一体って意味なんですよね?」 ミユキ「そうよ、三人の心と体を一つにするって意味なの」 美希 「その名の通り、息も動きも完璧に一致してるのよね」 祈里 「うん、いつ見てもびっくりしちゃう!」 タルト(その割には、逃げる時はいつもミユキはん置いてかれてるような……) 【1月29日】 『寝る前に飲むといいらしい』 祈里 「寒い日は、お家でホットミルクを飲むのがお気に入りなの」 せつな「私も好きよ。なんだか気分が落ち着くの」 ラブ 「バナナとココアとお砂糖をミキサーにかけて温めると美味しいよ!」 祈里 「それ、もうホットミルクと言わないんじゃ……」 美希 「聞いてるだけで太りそう……」 【1月30日】 『手取り足取り』 ラブ 「新しいステップをミユキさんに教わったの。って難しいよ~」 せつな「あせらないで。はじめはゆっくりと、正確に覚えましょう」 ラブ 「うん! がんばるよ!」 美希 「最後に加入したせつなに教わってどうするんだか……」 祈里 「でも、せつなちゃん凄く上手だし、ラブちゃんも上達すごいね」 美希 「いいなぁ~。家で二人で仲良くレッスンしてるんだろうなぁ~」 祈里 「わたしたちもお泊りする?」 【1月31日】 『幸せのカタチ』 カオルちゃん「兄弟、新しいドーナツ食べてみる?」 タルト「もぉ~! ムチャクチャうまいがな!」 カオルちゃん「だろう? おじさんって天才だから、ぐはっ」 美希 「自分で言ってれば世話ないわね、どれどれ、……ほんとに美味しい」 せつな「美希にだけは言われたくないわよね。あっ、……おいしい」 ラブ 「うわっは~、口の中で幸せが広がるよ、カオルちゃん!」 祈里 「シフォンちゃんもおいしいって」 カオルちゃん「どんなドーナツも、中からのぞく笑顔は変わらないのよね」 避2-573へ
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/1066.html
カーテンの隙間からベッドの上に揺らめく歪な縞模様。随分月が明るいようだ。 美希はそっとカーテンを捲る。浮かんでいるのはまろやかなカーブを描く三日月。 薄く鋭い刃物の様な姿なのに、驚くほど豊かな光を湛えている。 三日月がこんなにも明るく光る所を美希は知らなかった。 「綺麗ね…」 下から聞こえる静かな声。 「…ゴメン、起こしちゃった?」 せつなが眠っていない事は分かっていた。 多分、彼女は自分が起きている限り眠れない。 美希を信用していない訳ではなく、彼女の意識がそれを許さないのだろう。 祈里に気を許し過ぎた結果がもたらした、取り返しのつかない過失。 勿論、それはせつなの所為ではなく、責められるような過失でもない。 しかし、ほんの少し前のせつななら。 イースなら絶対に犯さなかった過ちだろう。 他人に出された物を警戒もせずに口にし、その結果意識を失うなど。 恐らく、せつなはこれから先に二度と他人よりも先に眠りにつく事はしないのではないだろうか。 ただ一人、ラブの側を除いては。 「美希、眠れないの?」 少し心配そうに見つめられ、美希は大丈夫、と言うように首を振る。 心は波立っているが、せつなの所為ではない。 自分の心の在りかを探しあぐね、どこに気持ちを持って行っていいか掴みかねている。 今日は随分色々な自分の気持ちと向き合ったつもりだったが、どうやらまだ足りないみたいだ。 「せつなは綺麗ね……」 心に浮かんだ言葉をそのまま口に出す。 唐突だとか、脈絡が無いとかは考えない。考えたって仕方ない。 初めてせつなと二人きりになった時の事を思い、美希はくすぐったくなる。 盛り上がる話題を見つけようと必死になる美希。会話を繋げる、と言う意識すらないせつな。 一人で気を回して、一人で気疲れして。 でも、そのお陰で教えてもらった。 話す事がなければ無理に話さなくてもいい事。 会話なんて無くても心地好く過ごせる相手もいる事。 恐いって言ってもいい。守ってもらってもいい。 みっともなくたって笑われたりしないって事。 お姉さんでいなくても大丈夫なんだと思えた事。 浮かんでは消える飛沫のような思いを、思い付くままに舌に乗せる。 幼馴染みの二人なら、自分の言葉にどんな反応を返すかはいつも大体予想が付く。 付き合いの浅い友人には、初めから相手が反応に困るような言葉は使わない。 せつなには、そのどちらとも違う。どんな言葉や態度が返って来るのか予想が付かない。 それが少し不安で、とても楽しみで。 そしてそんな事が出来るのは、せつながとても正直だから。 自分の欲しい答えでなくても、せつなからもらう答えには、 何かしらの真実が含まれていると思うから。 親友の顔を見つめながら美希は改めて嘆息する。 どうしてこの子が異様な目立ち方もせず、学校の人気者程度のポジションにいられるのか。 どうすれば、あんなに周囲に溶け込めるのか。 これ程美しく生まれつき、立ち居振舞いにも隙がない。 他を圧倒する美貌と頭脳、存在感を持っているはずなのに、同時にそれらを覆い隠すベールをも併せ持っている。 自分には、とても出来なかったのに。 人より少しばかり美しく生まれついただけの普通の人間の美希でさえ、 いつもジロジロ見られ、遠巻きにヒソヒソと噂され、時には異物として排除されそうになった。 美希がどんなに普通に振る舞おうとも、周りはいつもどこかに壁を作っていた。 モデルになると言う夢を持ち、尚且つ、いつも変わらぬ笑顔で側にいてくれた ラブと祈里と言う幼馴染みがいなければ、美希はどれほど孤立していたか。 美希が普通の子供として、楽しい思い出に包まれていられたのは、ラブと祈里と言う稀有の親友、 そしてこの町の飾らない気風のおかげだったのだろう。 改めてせつなを見る。 月明かりの中に浮かぶせつなは本当に綺麗だと美希は思った。 イースが鋭いナイフの様な三日月なら、今のせつなは柔らかな 光を湛えた満月だろうか。 「本当に、綺麗よ。せつなくらい綺麗な子、滅多にいないんだから」 「…知ってるわ」 軽く驚いたような顔をした後、苦笑いを浮かべて答えるせつな。 美希は少し目を見開き、そしてなるほど、と思い直す。 せつなは自分が容姿に恵まれている事を自覚していない訳ではない。 興味が無いだけだ。 以前なら見た目の美しさを餌に相手を油断させ、罠にかける。 そんな風に策謀の手段にする事はあったかも知れない。 しかし今はそんな必要は無くなった。 この世界を容姿を武器に渡って行くつもりなどない。 出る杭は打たれ、平均から外れた物は良くも悪くも排除されかねない。 そんな世界ではずば抜けた美貌は却って邪魔なくらいなのかも知れなかった。 何もしなくても華やかな顔立ちや、均整の取れた肢体は隠し様がない。 だからこそ、少し野暮ったいくらいの服装。大人しやかな仕草。控え目な言動。 可愛いんだからもっとお洒落すればいいのに、そう思われるくらいが丁度いい。 埋もれ過ぎず、目立ち過ぎず。それくらいが一番生きやすい。 分かっていても、自分の武器を敢えて隠しながらそんな事が出来る人間なんて 滅多にいないだろうけど。 「美希も綺麗よ。とても」 美希の隣で月光を浴びながら囁く声。 少しからかい気味に言われても、美しい同性から受ける賛辞は時に 異性からの言葉よりもずっと価値がある。 「それはどうも」 「あら、真剣に言ってるのに」 「分かってるわよ。そりゃ、アタシは努力してますから」 そう。努力してる。 美希にとって容姿を磨く事は生きていく為の手段であり、目的だ。 これからの人生を左右する程の。 一流のモデルになる。それが目標であり、夢だから。 その夢を諦めてもいいと思った事もあったけれど。 以前、一生に一度かも知れないチャンスを棒に振った。 ギリギリまで迷ったけれど、そうしても良いと思った。 それくらい、あの二人は大切な存在だったはずだった。 そして、あの二人も同じように自分を大切に思ってくれていると信じていた。 「…どうしてかしらね……」 どうして、せつなを嫌いになれないのだろう。 せつなを憎めたら、どんなに楽になれるだろう。 「ねぇ、せつな。アタシって何?」 「…美希……?」 「アタシ、一人で馬鹿みたいだと思わない…?」 「…………」 「蚊帳の外で右往左往して。アタシに出来る事なんか無いのにね」 「……………」 「それでもね……アタシ、やっぱりみんなと一緒にいたいみたいでさ…」 そっと頬を撫でられた。 下らない言い種だとは分かっている。 仲間外れにしないで。結局、それだけの事なのだから。 美希以外の三人にはどれほど深刻な悩みでも、当事者ではない美希には理解出来ない。 それでも、置いてきぼりは嫌だ。 もう居場所を失うのは嫌だ。 居場所なんて自分で見付けて築き上げるものだと言う事は分かっている。 自分の足で、誰とも手を繋がずに立てなければそんな場所は見付からない。 だけど……… (……ねえ、美希ちゃん。わたしって昔から結構いい子だったと思わない?) あの日、朝の公園での祈里の声が頭に甦った。 自分の欺瞞を嘲笑うかのような祈里の顔。 自分の言葉で自らを切り刻んでいるようだった。 いい子なんかじゃなかった。 優しくなんかなかった。 そう、泣き笑いで天を仰いでいた祈里。 ほんの少し、あの時の祈里の気持ちが分かるような気がしていた。 いつだってお姉さん役だった自分。 そして、そのポジションに満足していた。 一番しっかり者のつもりだった。 一番大人に近いつもりだった。 一番広く世界を見ているつもりだった。 具体的な将来の夢を持っていると言う点では祈里と同じだったが、 既に仕事をこなし、金銭を得ている分、ずっと自分の方が先に行っていると思っていた。 ラブや祈里を子供扱いするつもりは毛頭無い。 しかし、もし仮に三人の輪が崩れ、それぞれ道が別れる事になったとしても。 一番最初に閉じた世界から出て行くのは自分だと思っていた。 美希は夢にも思った事が無かったのだ。 まさか、この自分がラブや祈里に置いて行かれる立場になる事など。 置いて行かれるとしても、「一人にしないで」なんて、縋るような気持ちになるなんて。 両親が離婚した時ですら、決してそんな気持ちを人前では見せなかったのに。 綺麗で、自信に溢れていて、自立した自分。 仕事にしても、恵まれた容姿だけに胡座をかかず、 両親のコネにも頼らず、努力を惜しまない。 常に完璧を目指し、自分を磨く。それが当然だった。 そうありたいと思い、そんな自分が好きだった。 でも少し違ったのかも知れない。 自分がそうありたいのではなく、周りからそう見られたかっただけなのではないか。 寂しいと泣いて、一人で頑張る母に負担をかけたくなかった。 周りから可哀想だと同情されたくなかった。 同世代の子供の中では飛び抜けた美しさの為に、子供達からは悪気無く 距離を取られたりもした。 その事を寂しく思っている事を知られたくなかった。 みんな何でもない事。傷付くような事じゃない。 だって、アタシは完璧だから。みんなにも、そう思って貰えるように。 ラブも祈里も、こんな気持ちを味わったんだろうか。 今までの自分が崩れて行くような感覚。 信じて疑いもしなかった自分像が歪み、溶けて、流れ去り、 見たことも無い自分が浮かび上がって来るような、恐怖にも似た感覚。 せつなに出会わなければ、ずっと心の奥底に閉じ込めていられただろう、 醜くおぞましい自分の一面。 「せつな、アタシ、分からなくなっちゃった。アタシってこんなに何も出来ないヤツだったのかな……」 「…美希」 「ねえ、教えて。アタシ、せつなにはどう見えてる?」 「美希は、私が『美希はこう言う子よ』って言えば安心するの…?」 「……分からない。でも、聞きたい」 今までの美希を知らないせつなに。 初めて、幼馴染み以外で出来た親友のせつなに。 親にも見せた事の無い、情けない姿も知っているせつなに。 聞いてみたい。意味なんか無くても。単なる自己満足でも。 美希自身、もう自分が分からないから。 美希がせつなにとっても親友だと言うなら、それはどんな姿をしてるのか。 最愛の人であるラブや、そうなりたくて叶わなかった祈里とはどう違うのか。 それを知れば、この波立った心も少しは凪ぐかも知れないから。 「ねぇ、美希。美希は出会った頃から、私を警戒してたわよね」 「……?……うん」 「胡散臭いって。何かおかしいって。私がラブに近づくのを快く思ってなかった」 「…うん」 「でも、美希は何もしなかったわよね」 「……え…?」 「私の事、疑ってるのに、ラブを私から遠ざけようとはしなかった」 「…それは……」 何もしなかった訳ではない。 それとなく、警告めいた事を口にした事はあった。 ただ、ラブには伝わらなかっただけだ。 ラブがせつなに夢中になっているのは一目瞭然だったから。 「正直に言うわね。私、美希の事なんて眼中になかったわ」 「……はっきり言ってくれるわね」 「ふふ、ごめんなさい。でも、美希にも分かってたでしょう?私がラブしか目に入ってないの」 最初は、軽く美希を警戒したのは確かだ。 おっとりとした雰囲気の祈里と違い、聡そうな瞳をした美希を。 開けっ広げにせつなを受け入れようとするラブと違い、明らかに異物を 眺める視線を送る美希を。 しかしすぐに興味を無くした。 何も仕掛けてくる気配が無かったから。 ラブの様子を見ていれば、自分と関わり合う事に注意を促されては いないという事も分かった。 ラブの性格なら、もし親友である美希に付き合いを制限する様に言われたなら、 それを態度や表情に表さず隠す事は難しいだろうから。 そして、その頃のせつなは密かに失笑した。 所詮、そんなものなのか、と。 このまま関わりが深くなって行けば、いずれラブは傷付く。 そう、美希は予感していたはずだ。 にも関わらず、ラブに注意を促すでも、せつなに釘を刺すでもない。 そんな美希を臆病者とすら感じた。 親友だと言いながら傷付くのを黙って見ているだけ。 頭は良くても自分の手を汚すのは嫌な事無かれ主義なのだろう、と。 ならば放って置いても問題はない。どうせ何も出来はしない、と。 「美希、こっち向いて」 話が進むにつれ、どんどん項垂れていく美希の顎に指をかけ、上を向かせる。 涙を溜めた美希の瞳を見つめながら、せつなは困ったように息を付く。 「だから、言ったでしょ?最初はって。今は違うから。泣かないで」 そうは言われても心が抉られる。全部本当の事だったから。 せつなを怪しいと感じながらも、その疑問を軽く口にする事しか出来なかった。 嬉しそうにせつなと話すラブ。それを眺めながら、不安を募らせるだけで何もしなかった。 トリニティのライブ会場で倒れたせつな。 そのポケットにラビリンスの証を見つけたのに、ラブとせつなを 二人きりにさせていた。 『せつなは敵よ。せつなはラビリンスだったのよ』 その台詞を口に出したのすら、せつな自ら正体を明かした後だった。 とうの昔に気付いていたのに。 せつなの言う通りだ。自分は臆病で日和見な事無かれ主義の卑怯者だ。 「もうっ!ちゃんと最後まで聞きなさいよ」 「…いいの、本当の事だもの……」 「違うから!」 「何が!」 「だからっ、今はそんな風に思ってる訳ないでしょ!」 「…でもっ」 「でもじゃないの」 駄々を捏ねる子供を慰めるように、せつなは微笑む。 「美希だって、今は違うでしょう?私は美希の友達なんでしょう?」 「…………」 「最初は……ラブのおまけだったかも知れないけど…」 「ちょっと、せつな…」 「だって、そうでしょ?美希、私と二人きりになっても話す事が無くて困ってたじゃない」 分かってたのか。 「今は違うんでしょ?私と二人きりでも平気。 私の事を好きになってくれたって、思ってもいいのよね?」 「……当たり前よ」 「よかった。それって、美希だって私への印象がいい方へ変わったからでしょう?」 「でも……アタシ自身は何も変わらない。せつなは頑張って変わったじゃない」 周りに溶け込む為に。過去を償う為に。 そして、すべてを受け入れた上で幸せを掴む為に。 「本当に、そう思う?私は昔と変わったって」 「……………」 そう言われると自信が無い。だってせつなの過去なんてほんの一部しか知らないから。 イースとして目の前に現れ、敵として戦った。 イースの心の内なんて考えた事も無かった。 美希が知っているのは、今、目の前にいるせつなだけだ。 イースとしての過去を知ってはいても、それが今のせつなを構成している物の 一部だと分かってはいても、心のどこかでせつなとイースを分けて 捉えている部分を否定できない。 「あのね、せつな。アタシ、前にラブに言ったの。 『せつななんて子は最初からいなかったのよ』って」 「…上手いこと言うわね……」 「…ごめんね。アタシも、あの時はラブしか大事じゃなかった」 「……………」 「アタシだって、せつなの事なんてどうでも良かったんだと思う。 ただ、ラブが辛い思いするのを見たくなかった」 ごめんね……… 「私も、今はそう思ってるわ」 「………?」 「美希は、ラブに傷付いて欲しくなかった」 「…うん」 「だから、不安でも、信じたかったのかな…って」 「……誰を…?」 「私を……」 思わず顔を上げてせつなを見る。 そこには、少し憂いを帯びたような大人びた表情のせつな。 「全部取り越し苦労であって欲しい。私はただの変わり者の女の子で、 ラブを裏切ったり悲しませたりしないって」 「……せつな」 「今なら、そう思うの。美希は優しいから。信じていた相手に 想いが届かない事がどれだけ辛いか知ってるから…」 「………」 「だから、私がラブを悲しませるような存在じゃないかって。 そんな事、私を疑うような事を言うなんて、ラブに言うには 苦しかったんだろうなって」 「…………」 ラブが目を輝かせて新しい友達の事を話す。 その瞳を曇らせてまで、確証の無い疑念を口にしてもいいのか。 単なる杞憂に終わるかも知れない。そうであって欲しい。 半ば祈るような気持ちでいた。 「だから、美希は…何も出来なかった。違うかしら」 ぽたり、と雫が落ちる。 違う。そうじゃない。自分はそんなに深く考えてた訳じゃない。 ただ、確証も無い事を口に出す自信が無かっただけだ。 無責任にせつなを貶めて、何も無かった時に後で非難されたくなかっただけだ。優しくなんてない。 そう、喉まで出かかっている言葉が声にならない。 優しいから、なんて言われて泣くなんて。 どれだけ心が弱っているのか。みっともない、そう思うのに涙が止まらない。 (……そんな訳ない。アタシはそんなにイイコじゃない…) せつなはアタシを買い被り過ぎている。 そう思うのに、湧き上がって来る嬉しさ。 せつなの言葉に溺れたくなる。 綺麗な言葉を浴びせかけられるのは本当に肌触りが良くて。 でも、そんな甘い言葉をそのまま受け入れるのは躊躇われた。 目の前に出された餌に飛び付くようなみっともなさを感じてしまう。 つまらないプライドなのだろう。 反論を試みずにはいられない、天の邪鬼な自分。 そして、その裏側にある、それをも否定して欲しいと言う甘え。 (お願い、せつな……) これから美希の言う言葉を否定して欲しかった。 美希の行動が、優しさ故の臆病さだと言うなら、それを納得させて欲しい。 せつな自身の言葉で。美希が、己の卑怯さや小ささも引っくるめて、 自分をまっすぐに見据えられるように。 新-493へ
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/170.html
「そういえば」 ふと、思い出したようにせつなが言った。 「この前、美希が腕を組んで歩いてた人、彼氏なの?」 思わずあたしは、飲んでいたコーヒーを噴出しそうになってしまった。 Sunset Walk, My Secret 「大丈夫?」 「へ、平気・・・・・・」 なんとか噴出すような無様なことにはならなかったけれど、あたしはすっかりむせ込んでしまった。 十分、無様か。あたし、全然完璧じゃない。 「あたし、彼氏なんていないわよ」 せつなが差し出してくれたティッシュで口の周りを拭きながらのあたしの言葉に、彼女は首を傾げて、 「でもラブが言ってたけど。あの人が美希の彼氏だって」 「ラブもいたの?」 「ええ。確か、前の日曜日だったかしら。駅前のデパートにいたでしょ?」 思い当たる節はある。 ラブの奴・・・・・・!! 「あれは弟よ、弟」 「弟? 美希、弟なんていたんだ?」 「ま、ね。わけあって、一緒には暮らしてないんだけど、時々は会ってるの。ラブも知ってるんだけどね」 そうなんだ、と言いながら、せつなは自分の前にあるコーヒーカップを手に取って、ゆっくりと口に運んだ。 最近、あたしとせつなは仲が良い。放課後にこうして外で待ち合わせて、一緒にお茶したりしてる。 自分でも驚いてるんだけど、せつなといると楽しい。 彼女がイースだった頃は、正直、少し苦手だった。警戒してた、という方が正しいか。ラブに近付いてるのも、 何かの魂胆があってのことじゃないかと思えて。 ま、実際にそれは正しかったんだけど。さすがあたしの勘。完璧だわ。 けど、キュアパッションとして生まれ変わって、仲間になってからのせつなは、すっごく素敵な女の子。何事にも 精一杯に頑張ってる姿は、見ていて微笑ましいし、あたしも頑張ろうって気になる。 それに、この世界のことをまだよくわかってないから、色々と教えてあげなきゃ、って気になる。 前にせつなのおつかいに付き合った時、マグロが見つからなくて困ってた。パックに入ったマグロの刺身を 取ってあげたら、首を傾げてあたしにこう言った。 「これ、お魚なの? 図鑑で見たマグロと全然違うわ」 って。魚は切り身で泳いでるって思ってた、って子供の話は聞いたことがあるけれど、せつなの場合はその逆で、 どんな魚も魚の姿のままで売ってるもんだと思ってたみたい。 そういう勘違いも、可愛らしいんだけれど、ね。 なんというか、せつなって、母性本能をくすぐってくる。頼りにされると嬉しいし。 だから最近は、あちこち連れまわしてたりする。色んなことを教えてあげるために。 特に、女子力を磨くようなところが多い。せつなって可愛らしくて、あたしから見ればダイヤの原石みたいなもの なんだけど、その自覚が無いのよね。お化粧なんてしたことないみたいだったし。それであの綺麗さなんだから、 ちょっとずるい、って思っちゃうけれど。 そんな風にあたしがせつなと一緒にいることが多くなって、ラブから一度、ブーイングを食らったことがある。 「美希たん、最近、せつなと遊び過ぎ。アタシだってせつなと遊びたいのにー」 いいじゃない、ラブ。あなたはせつなと一緒に暮らしてるんだから。他の時間はあたしにくれたって。 ま、そんなやり取りがあったわけだけど、多分、ラブったらそれを覚えてたのね。だからせつなにあんな嘘を 教え込んだんだ。 まぁ、悪意の無い冗談だろうけれど。ラブのことはよくわかってるから、何を考えてるのかもわかる。ちょっとした 悪戯なんだろうけれど、せつなに言ったら信じ込んじゃうじゃない。 って、あたしもラブに、和希のことを彼氏みたいに言ったことがあったから、おあいこか。 「でも」 またふと、何か疑問に思ったのか、せつながあたしを見つめてくる。 「腕を組むのって、恋人とか、夫婦とか、そういう人同士じゃないの?」 お父さんとお母さんも、時々、腕を組んで歩いてるわ。彼女はそう続ける。 そうなんだ。ラブのところのお父さんとお母さん、相変わらず仲が良いのね。ちょっと、羨ましいかな。あたしの 場合、物心ついた時にはお母さんしかいなかったから。 って、そんなこと考えてる場合じゃなかったわね。 「家族でも腕を組むことぐらい、あるわよ。あたしの場合がそう」 「ふぅん? じゃあ、あの子達も家族なのかしら?」 せつながあたしの背後に目を向けて、そう言った。振り返ると窓の外には、高校生と思しき女の子達が二人、 腕を組んで歩いていて。 どう見たって彼女達は、家族じゃない。 「あれは友達だからね」 「友達でも、腕を組むことはあるのね」 なるほどね、と頷く彼女に、あたしの中の何かが囁く。危険信号、と言ってもいい。 「言っておくけれど、せつな。男友達とは腕を組んじゃだめよ?」 「え? どして? 友達でも、腕を組むんでしょ?」 心底驚いた、といった感じの顔を見せるせつな。あたしは、やっぱり、と心の中で呟く。最近のあたしの勘、 せつなに関してはものすごく鋭くなってる。 「男の子と女の子が腕を組むのは、恋人とか、夫婦とか、家族の間でだけ許されるの。友達にはしちゃダメよ」 「難しいのね」 ううん、と顎に手をやって、せつなは考え込む。そんなに真剣になるようなことでも無いと思うんだけど。 「女の子同士で、友達なら、腕を組んでもいいのね」 「そうね。男の子と女の子が腕を組んでたら、ま、恋人か家族と思えばいいと思うわ」 「それはわかったけれど、じゃあ、男の子同士でも友達なら腕を組んで歩いたりするの?」 う、と言葉に詰まる。やられた。想像を越えてきた。完璧だった筈の話の流れは、せつなの一言で崩壊する。 ええと。ええと。なんて答えればいいのかしら。 「ねぇ、どして?」 首を傾げて純真な目で見てくるせつなは、やっぱり可愛い――――じゃなくて。 ああもう。誰か助けてよー。 結局。 あたしはせつなの問いに、しどろもどろになりながらも、なんとか誤魔化した。 彼女は釈然としない顔をしてたけれど、全部説明するのは難しいし、恥ずかしい。 ようやくせつなが話題を変えてくれた時には、あたしは結構、ぐったりしてた。世間知らずは可愛いんだけれど、 ほどほどにして欲しいわ・・・・・・。 「あ、もうこんな時間」 せつなが腕時計を見て、ビックリしたような声を出す。 窓の外の空は、夕焼け色。せつなといると、時間が経つのが早い――――けれど、彼女が気付いちゃったことが、 ちょっと残念。 実はあたしからは、せつなの背の向こうに時計が見えていた。だから今、何時かも全部、わかっていた。 あんまり遅くなったらいけない、とわかってたんだけど、少しでも一緒にいたくて、ついつい黙ってしまってた。 ちょっとだけ、罪悪感。ごめんね、せつな。葛藤はあったのよ? でも、本音を言えば、もっとあなたといたかったわ。 「じゃ、行きましょうか」 「ええ」 お会計を済ませて、外に出る。ちょっとだけ、アンニュイな気分。 あーあ。楽しかった時間もこれで終わり、か。残念。 ホント、夕焼け空が恨めしい。ずっとせつなといられたらいいのに。 なんてことを考えてたら。 「――――!?」 不意に、右腕に絡まってくるせつなの腕。 「せ、せつな? 急に、どうしたの?」 「え? 女の子で、友達同士なら、腕を組んで歩いてもいいんでしょ?」 ビックリして裏返った声で尋ねるあたしに、せつなは不思議そうに見上げてくる。 「う、うん。確かにそうなんだけど・・・・・・」 右肘には、柔らかい感触。前から思ってたけれど、せつなって案外、グラマーなのよね。しかもまだ大きく なってるって言ってたし。それにしても、気持ちいい。ぬくもりも、その柔らかさも――――ってあたし、何、 考えてるのよ!? 「美希、あたしと腕を組むの、いや?」 無言になったあたしを、せつなは不安そうに見上げてくる。心なしか、瞳がうるんでいて。 あたしは、その問いかけに全力で首を横に振った。 「いやなわけないわ。むしろ、あたしも腕を組んで歩きたいな、って思ってたぐらいだし」 ああ、良かった。空が赤くって。あたしのほっぺの真っ赤さ、せつなに感付かれてないわよね? 「そうなんだ。良かった。美希に嫌われてなくて」 「嫌うわけないでしょ、せつなを」 「ありがと、美希」 嬉しそうに言いながら、せつなはギュッとあたしに体を寄せてくる。ぷにぷに。肘の感触に、あたしの理性は 崩壊しちゃいそう。 ちゃんと言ってあげないといけないって、本当はわかってる。女の子同士の友達なら、そんな風に引っ付いたり しないんだって。せつながしてるのは、恋人同士みたいな腕の組み方なんだって。 ああ、でも。 まぁ、女の子同士なら、おかしくはないかもしれない。ううん、きっとおかしくないわ。たまにそういう風に引っ付き たくなること、あるもんね。うん。そうよ。あたし間違ってない。 完璧な言い訳を自分にしつつ、あたしは。 せつなにギュッと腕を抱きしめられながら。 幸せな気分で、夕焼けの帰り道を歩いたのだった。 ~後日譚~ 「ねぇ、せつな。ラブともこうして、腕を組んで歩いたりするの?」 「ううん、しないわ」 「え? どうして?」 「――――さぁ。どうしてかしらね」 クスクスと笑う彼女に、あたしは。 せつなって、基本さえ知れば、すっごく応用を利かせる子なんじゃないか、って感じて、ちょっと怖くなったりも したけれど。 ギュッ。せつながいつも以上にあたしの腕を抱きしめてきて、まぁいいか、って思ってしまう。 「私がこんな風に腕を組んで歩くのは、美希だけよ――――美希は?」 「も、もちろん、あたしもよ」 ごめんね、和希。もうあなたと腕を組んで歩けなくなっちゃったわ・・・・・・ 意志の弱いお姉さんを許してちょうだい――――