約 1,207,297 件
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/648.html
四月。あたしとブッキーと美希たんは三年生になった。 ブッキーと美希たんはエスカレーター式の中高一貫の私立だから、ある程度の 成績キープしてれば進学は問題ナシなんだって。 あたしと言えば……ガッタガタ。 ホント、現実感のカケラも無いなぁ。受験生、なんて。 まったく、せつなが勉強教えてくれるって思って安心しきってたのにさ。 せつながラビリンスに帰ってどのくらい経ったっけ。 部屋はいつも埃一つ無いくらいに綺麗に整えられてる。 お母さんが毎日の掃除は欠かさないから。 風邪引いたりして、他の家事は手を抜く事があってもせつなの 部屋の掃除だけは絶対にやってるの知ってる。 どんなに具合が悪くたって、あたしやお父さんには頼まないの。 あたしがするのはシーツ類の洗濯くらいかな。 お母さん、何も言わないけど知ってるはず。 あたしが夜はせつなのベッドで寝てるの。 ねぇ、せつな。 あたしこの頃寝坊ばっかだよ。せつなが朝起こしてくれないからさ。 この間とうとう遅刻しちゃった。 宿題もね、何とか忘れずにはやってるけど。 間違いだらけで再提出くらっちゃうの。 せつなと一緒にやってた時はそんなの一回も無かったのに。 体育の時間もね、あたしやっぱり球技って苦手みたい。 ボール持ってもすぐに誰かにパスしちゃう。それもうっかり敵に パスしちゃったりするもんだからさ。みんな呆れてたよ。 ねぇ、せつな。 あたしね、せつながこっちにいた頃、結構せつなの事フォローしてた つもりになってたんだよね。 せつなはこっちの事分からないから。知らない事は助けてあげなくっちゃっ、て。 でもさ、お互い様だったんだね。 あたしもたくさんせつなに助けて貰ってた。 せつなとなら、勉強だってしんどくなかった。 すぐに休憩したがったり、集中力が無いってせつなに叱られたりもしたけど。 せつなといた頃は一回も宿題忘れもテストで赤点取る事も無かったんだよ。 体育だって楽しかったなぁ。せつなが上手くパス回してくれたり、 あたしが動きやすいようにミスをフォローしてくれてたんだよね。 あーあ、由美や大輔ともクラス別れちゃってさ。 学校ってあんなにつまんなかったけ?なんて思っちゃうんだよ。 このあたしがだよ?せつなに学校ってすっごい楽しいって言ってたのに。 放課後はやっぱり美希たんやブッキーと集まっちゃう。 相変わらず楽しいんだ。三人でのお喋り。時間を忘れちゃうって言うかね。 でも、ね。ふと、会話が途切れる時があるの。 おかしいよね。普通に話せばいいのに。 「せつな、今頃どうしてるのかなぁ。」 「せつな、頑張ってるんだろうなあ。」って。 何でだろうね。どうして、話せないんだろう。 不思議だよ。ちょっと前までは三人が当たり前だったのに。 どうしてこんなに「欠けちゃった」って感じるんだろう。 どうしてこんなに、足りないって思っちゃうんだろうね。 この間ね、とうとうみんなで泣いちゃった。 三人でいつもみたいに公園でお喋りしてたの。 ブッキーが飲み物買ってきてくれたんだけどね。 ブッキーってば、ペットボトル四本持ってるの。 帰って来るまで全然気付いてなかったみたいでさ。 気付いた後、もう…ね。 ボロボロボロボローーって感じで涙が。「せつなちゃぁ~ん……」って。 美希たんがそれ見て怒りだしちゃったんだ。 泣かないでよ!って。 あたしが、ラブが泣かずに我慢してるに、ブッキーが泣いてどうすんのっ!って。 ブッキー、えぐえぐ言いながら泣き止もうとするんだけど、うまく行かなくて。 そんなブッキー見てたらあたしも、うっっ…!ってなっちゃってさ。 「美希たん、ブッキー怒んないで。ブッキーは悪くないじゃん!」って 我慢できなくて、あたしまでボロボロきちゃってね。 そしたら美希たんも、「何よ二人とも!アタシは平気だとでも思ってんのっ!!」 そっからはもう、ぐっちゃぐちゃ。 ワンワン泣いちゃってさあ。公園でだよ?人もいっぱいいるのに。 みんな見てんの。そりゃそうだよね。 中学生の女の子が三人も、ちっちゃい子供みたいに泣きじゃくってるんだから。 しばらくしてやっと泣き止めた頃にね、カオルちゃんが ドーナツ持ってきてくれたの。 「お嬢ちゃん達、これでも食べて元気出しなよ。」って。 春限定のいちごみるく味。すごく美味しいんだよ。優しい味でさ。 せつな、食べた事なかったよね。仲間になったのは夏だったし。 それ考えたらまたジワァ~と来そうになってさ。 でも他の二人みたら、二人ともあたしとおんなじ顔してんの。 おんなじ事考えてるの丸分かり。 結局また三人とも口もぐもぐさせながら、べしょべしょになってんの。 カオルちゃんも困ったろうな。 元気付けるはずが、やっと泣き止んだのにまた泣いてるんだから。 そこからせつなの愚痴大会になっちゃった。 だってさあ、めちゃくちゃショックだったんだよ? 電話もメールも通じないんだもん。 滅多に会えなくなるのは分かってたけどさ、電話やメールは 普通に出来るって思ってたんだから! 電話は何度掛けても『お掛けになった電話番号は……』のアナウンス。 メールを送れば『送信元が見付かりません』。 マジで血の気が引いたよ?嘘でしょ?って。ショック過ぎて涙も引っ込んだよ。 呆然としちゃったんだから。 もう、美希たんもブッキーもぶうぶう言ってたんだからね。 「せつなってば冷たすぎ!」ってさ。 ………嘘。嘘だよ。本気じゃないよ。せつなだって分かってくれるよね。 さみしいよ。 会いたくて、会いたくて堪らないの。 声だけでも聞きたいの。 それが無理なら、メールでもいい。 そんなに長くなくっていいんだ。 『元気にやってるよ』って、一行だけでもいいから…… せつな、せつな、せつなせつな、せつな……… なるべく泣かないようにって、思ってるけど…。 時々、我慢できなくなっちゃう。 このままじゃ、元気印の明るいラブちゃんって言われなくなっちゃいそう。 こんなあたし、せつなだって嫌だよね。 いつも思ってるんだよ?笑っていようって。 せつな、あたしの笑顔が好きって言ってくれてたから。 もう深夜1時をとっくに過ぎてる。この分じゃ明日も遅刻かな。 いつもリンクルンを握り締めて眠る。 いつ、せつなから連絡があってもいいように。 いつも朝起きてガッカリするんだけどね。 着信履歴に何も残ってないのは分かってるから。 (………え……?) 手の中で震えるリンクルン。伝わる振動。 おそるおそる、画面を見て……… 『せつな』の文字。 早く、早く出なきゃ。切れちゃうよ! でもホントに?ホントにせつななの? あたし、気付かない内に寝ちゃってて…夢、とかじゃないよね。 ああ、どうしよ。指が上手く動かない。 通話ボタン、なんでこんなにちっちゃいのよ……! 「………ーっもし、もし…?」 『もしもし、ラブ?!よかった!やっと繋がった!』 せつなの、声。少し低い、柔らかくて甘いアルトの声。 あたしの、世界で一番好きな声。 間違いない……!せつな…! 『ごめんね。ずっと連絡出来なくて。私もびっくりしたの。 ラビリンスに戻った途端、通じなくなっちゃたもんだから……』 (…せつな……せつな……せつな……) 『メビウスが壊れちゃったせいでね、色々と電気系統とか通信手段に 不具合が出てきちゃったみたいで……』 (せつな、せつな、せつな、せつな…) 『やっぱり、まず最初は国民のライフラインを確保しなきゃいけないから。 私的な通信手段なんかは一番後回しになっちゃって……』 「……ーーーーッッ!!」 『…って、こんな事くどくど言っても仕方ないわね。……ラブ?』 「……………せつな……」 『……あ…、もしかして、って、もしかしなくても…寝てた…わよね? やだ…、私ったら、ごめんなさい。つい…嬉しくて…時間も考えずに。』 「…………」 『あの……、また、掛け直した方が……いい?』 「…せつ、な……」 『ラブ……?』 せつなの声。ちゃんと、生身の体温を伝えてくる、確かな手触りを持った声。 せつながいる。あたしと、話してる。 せつな、ちゃんといたよ! 「ーーーっ、せつなっ!…えっ…えぅ!…うぅっ…ふっえ…えっ…く…」 『ーっ!やだ、ラブ!』 「せつっ…な、せつなだぁ…!ホントにっ、せつなだよ……ふぇぇ…」 『…もうっ!…ラブぅ、泣かないで…。私だって、我慢……』 「せつなっ…、せつなぁ……」 『…我慢してるんだからっ!もう、話せなくなっちゃう…』 お互いが、泣き止めるまで少し掛かった。 でも、受話器越しの気配が温かくて。 顔が見られないのが切なくて…。 涙は止まったのに、中々言葉が出てこない。 「……せつなは、精一杯頑張ってるんだろうね。」 『うーん、どうかな…?』 「?」 『もう少し、頑張りたいんだけどね。中々頑張らせて貰えなくて。』 「…なんで?」 『あの二人がね……』 ふふっ…とせつなが笑う。 信用、ないみたいなのよ。私はスイッチが入ると後先考えず暴走するって 思われてるみたいでね。 自分達は不眠不休で現場に泊まり込んだりしてる癖に。 私は絶対に連れて行ってくれないの。 自分達は男で大人だからって。 私だって幹部の一人だったのに。今じゃすっかり子供扱いよ。 その癖、自分達の嫌いな事務処理や面倒な手続きは押し付けけてくるの。 まったく都合がいいんだから。 多分、あの変なカードでズタボロになってた時の事があるからだろう。 せつな、言う事なんて聞かなかったんだろうな。 それでも、ぶつぶつ文句を言ってるせつなの口調には、 温かな親しみが溢れている。 あの二人、そう昔の同僚で今は仲間の事を話すせつな。 せつなは、ラビリンスでも自分の居場所を作ったんだ。 昔の仲間と新しい絆を結び、信頼仕合いながら頑張ってるんだ。 よかった。せつな、生き生きしてる。 すごく、大変なんだろうな。 でも、その声には遣り甲斐と手応えを感じているだろう、 確かな誇らしさが滲み出ている。 よかったね。あたしも嬉しい。せつな、忙しいけど充実してるんだよね。 …………………。 さみしくて、堪らないのはあたしだけ……? せつな、もう……こっちには……… 『……ラブ。』 「………ん?」 『……会いたい…。』 「!!!」 『ラブの作ったハンバーグ、食べたい…』 「せつな……」 『お母さんのコロッケと、お父さんの肉じゃがも……』 「……せつな」 『おうちに……、みんなの…ラブの所へ、帰りたい…。』 せつな。ああ、ゴメン…せつな。 あたし、自分の事ばっかり。自分がさみしくて拗ねてるからって…。 頑張ってるせつなは、あたしがいなくても平気なんだ…なんて。 そうだよ。せつなの方がさみしくて、不安で、心細いに決まってるじゃん。 あたしにはお父さんもお母さんも、美希たんもブッキーも側にいるのに…。 『ラブぅ。私、精一杯頑張るから。頑張って、ラビリンスを一日でも早く 建て直して…』 「……うん。うん、せつな…」 『それで、それで…胸を張って帰るから。ラブの所に。』 「うん。あたし、待ってるよ!あたしも頑張る。せつながいなくても、 精一杯幸せゲットするんだ。せつなに胸張って報告出来るように!」 『……うん、ラブ。うん。』 『せつなもね、ラビリンスでも幸せゲットだよ!』 それから、あたし達は延々とお喋りしてた。 取り止めのない、他愛ないお喋り。 みんなの近況や、学校での事。 でも、さみしくてずっとやる気のない生活してたって事は言えなかった。 頑張ってるせつなに対して、あんまりにも恥ずかしくって。 気が付けば、窓の外が明るくなって来てた。 さすがに、もう切らないと。 「……夜が、明けてきちゃったね。」 『うん、こっちも。』 「……そろそろ…」 『……そうね……』 「……………」 『……………』 『そうだ、ラブ。あのね、すぐには無理だけど、もう少ししたら 一度そっちに行けると思うの。』 「…!!ホントに!」 『うん、さすがに明日とか今週末…とはいかないけどね。 何週間も先じゃないと思う。帰れるって言っても、 精々半日がいいとこだろうけど……。』 『ホントに、ホント?嘘じゃないよね?やっぱり無理…とか、 そんな事にならない?あたし、そんな事になったら爆死だよ!!』 『私だってそうよ。ホントは、突然帰って驚かせようかと思ったんだけど…』 「そんな事されたら、それこそショック死!せっかく会えるのに あたしを殺したいの?!せつなはっ!!」 『もう…、落ち着いてよ。』 落ち着いてなんかいられますか! もうっ、何でこんな大事な情報を最後の最後に出すかな。せつなってば! ああっ、なんかクスクス笑ってるし! 『また、連絡するから…。』 「絶対だよ!あっ、メールとかこっちからも送れる?」 『多分ね。』 「オッケー!後で送るから!」 『私も。それに、美希やブッキーにもこれから送って見る。』 うんうん、美希たんもブッキーも超ーっ喜ぶ! 多分、いや絶対泣くね。賭けてもいい。 『……ホントに、そろそろ切らなきゃ…』 「…そだね…」 そうだよね。また、電話出来るようになったんだから。 せつなだって今日も忙しいよね。少しは眠らなきゃだし。 『……ラブ……』 「…んー?なあに?」 『………大好き…』 「……ーっ!……もぉう、…切れなくなっちゃうよ…」 『…ごめんなさい。まだ…言ってなかったなぁ…って。』 「あたしだって…、あたしも大好きなんだから!すごくすごく、大好きだよ!」 『………………』 「………………」 『本当に、切れなくなっちゃうわね…。どうしよ?』 「……じゃあ。せーの、で、一緒に切ろうか?」 『分かったわ。せーの、ね?』 「ホントに同時にだよ?あたしが切るの、確認してから…とかダメだからね。」 『……。』 やっぱり。そんな事だと思ったよ。 ラブさんの目(この場合、耳?)は誤魔化されませんよ。 「じゃあ、行くよ?……せー…の……」 プツン…と言う儚い感触。同時に離れた、温もりと…。 途端に、現実感が薄れて不安になってリンクルンを見る。 表示されてる通話時間。着信履歴に残る、『せつな』の名前。 (……夢、じゃない。) リンクルンをぎゅっと胸に抱き締める。 せつなとの絆を、確かめるように。 すると、もう一度、震える。 件名『届いてる?』 送信者はやっぱり、『せつな』 『ちゃんと送れたかしら?もう朝だけど、少しでも寝なきゃ駄目よ。 でないとラブは絶対に授業で居眠りするにきまってるんだから! 私も一休みしてから、仕事に行くから。今日も精一杯頑張るわ!』 ぷっ、と思わず吹き出す。 (まあったく。最初のメールがお小言って。ムードないんから。) でも、せつならしい。 うん、そうだよ。せつなはこうでなくっちゃね! あたし達はなんにも変わらないんだから。 あたしはパンッ!と音を立てて自分のほっぺを挟む。 (さあて!気合い、入れなきゃ!) せつなには寝ろって言われたけど、このままランニングしてこよう。 ずっと、ダンスも体力作りもおさぼりしてたもんね。 ひとっ走りして、汗かいたらシャワー浴びて。 それから、お父さんとお母さんにとびっきり豪華な朝ごはん作ってあげよう。 ラブのスペシャルオムレツは外せないね。 せつなも大好きだったやつ。 あれが朝ごはんに付くと、せつなニッコニコだったな。 うーん…、と伸びをする。 だらだらなんてしてられないね。 今度はちゃんと報告するんだもん。 あたしも頑張ってるよ!って。 せつなみたいに、すごい仕事してる訳じゃないけど、 精一杯自分に出来る事をやってくんだ。 せつなに、恥ずかしくないように。 せつなに、ラブの笑顔が大好きって言って貰いたいから。 (せつな、行ってきます!) あたしは、早朝の澄んだ空気の中に飛び出して行った。 避-922へ
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/403.html
「The Hermit.」/◆BVjx9JFTno 「余計なことをするな!」 ふたりを一喝し、 部屋に入った。 体に、力が入らない。 壁にぶつかり、 崩れ落ちる。 猛烈な痛み。 痛んでいるのは、多分 体だけではない。 残り2枚になった カードに、目をやる。 このカードの、力の源が 何なのか、わかった。 私の、苦しみ。 私が、苦しむほど、 その力は、増大する。 増大した力は、そのまま 跳ね返り、さらに私を苦しめる。 ナキサケーベの力が、 もっとも強くなるとき。 それは、多分 私の命に、関わるとき。 これも、メビウス様から 与えられた、試練なのだろう。 極限まで、力を 上げなければ。 「心配してくれて、ありがとう」 「せつなは、どこ?」 「ここには居ないのね、 よかった...」 ラブの言葉ばかり、 頭をよぎる。 動揺した。 そんなはず、ない。 この命など、 尽きても構わない。 気を、しっかり 持たなければ。 せつな、なんて人間は ここには、いない。 最初から、いない。 机のカードをシャッフルし、 1枚だけ、めくる。 逆位置の、隠者。 苦笑した。 カードにまで、 見透かされているのか。 鏡の中の 自分を、見る。 憔悴しきった顔。 生気のない瞳。 かすかに、聞こえる。 助けて。 目の前に映る私から、 視線をそらした。
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/1270.html
幸せは、赤き瞳の中に ( 第6話:不幸の襲来 ) 地面にゴロリと横たわった街頭スピーカー。しんと静まり返った通りに、せつなは呆然と立ち尽くす。 ラブが消えた。目の前で忽然と消えてしまった。それも……戦闘服を着て、ナケワメーケを操っていた相手と一緒に。 ガクガクと震えそうになる身体を必死で静め、二人が消えた陸橋の下を凝視する。 一刻も早く、ラブを取り戻さなくてはならない。そのために、何かほんの些細なものでも、ラブの居場所を突き止められるような手がかりが残ってはいないか……そんな祈るような気持ちで目を凝らす。 一人の人影すらない、ガランとした街。その普段の姿との違いの大きさが、より一層にせつなの不安を掻き立てる。と、その時、慌てた調子の大声が後ろから急速に迫ってきた。 「イース! ラブはっ!? ヤツはどうし……うぐっ」 「ウエスター! 一体、何があったの!?」 考える間もなく身体が動いた。せつなの細い両腕が、息せき切って駆けてきた大男の胸倉を掴み、締め上げる。 「……すまん。全て俺の責任だ」 せつなの手を払いのけようともせず、無様な前かがみの格好のまま、ウエスターが喉の奥から声を絞り出す。それを聞いて、せつなは我に返ったように、ようやく手を離した。 ごめんなさい、と目を伏せたまま小さく呟くせつなの隣に立って、ウエスターも鋭い眼差しで辺りを見つめる。 これは「失態」などと言う生易しい言葉で済まされることではなかった。何をしでかすか分からない相手に、戦闘力を持たない者が連れ去られたのだ。生かすも殺すも相手次第――それはすなわち、限りなく“死”に近い状態を意味する。 ましてや被害者であるラブは、平和な世界で暮らす、今はこんな危険とは無縁の少女なのだ。そのラブをこの世界に連れて来たのも、彼自身。全ての状況は自分が招いたと言って過言ではない。 やがてウエスターが、悔しそうに「クソっ!」と小さく呟いた時、彼の通信機が着信を告げた。 ウエスターが通信機をスピーカーモードにする。すると、いつもより早口のサウラーの声が聞こえてきた。 「報告を聞いて、今、全てのモニターのチェックを終えた。その場所から半径二キロ圏内に、ラブらしき姿は無い。二人は本当に、そこから消えたのか?」 「間違いないわ!」 「おう! 俺も見ていたぞ」 せつなとウエスターが口々に言い募る。 「だとすると、ラブを連れ去った彼女は、何か特別な手を使ったというわけか? いくら幹部候補だったと言っても、そんな芸当が……」 「ええい、つまり何の手がかりも無いと言うことかっ!」 サウラーのいぶかしげな呟きを、ウエスターが苛立たし気に遮る。その時、通信機の向こうでけたたましいアラームが鳴り響いた。同時にウエスターの通信機が第二の着信を告げる。 「なんてことだ……ナケワメーケがまた現れたぞ!」 通信機の向こうで、サウラーが心底驚いたような声を出す。状況から見て同一犯と考えるのが自然だが、こんな頻度でナケワメーケを召喚するのは、ウエスターやサウラーでも容易なことではない。 「ほう……思いのほか早く、チャンス到来か。今度こそヤツを捕えて、必ずラブを取り戻してやる!」 凄みを帯びたウエスターの声が、それに答える。サウラーが一緒ならば、頭を使うのは彼の仕事ではない。これで心置きなく戦える――誰よりも前線に立って、誰よりも強い力で。殺気すら伴った闘志が、彼の全身から放たれる。 せつなはそんなふたりに目をやって、もう一度陸橋の方に視線を戻し、硬い表情でその場所に背を向けた。 「全員、戦闘服を着用の上、現場に急げ!」 「ウエスター、私も……」 そう言いかけて、せつなは口をつぐむ。 今の自分では、戦力にならない。かえって足手まといになるのがオチ――それは自分自身が、痛いほどによく知っている。 せつなの声が聞こえなかったのか、それとも聞かなかったことにしたのか、ウエスターの返答は無かった。そのまま部下に手短に指示を終え、通信を切って振り返る。 「お前は住人たちの避難を頼む」 そう言うが早いか、ウエスターはマントを翻し、飛ぶように走り去った。 見る見る遠ざかっていくその後ろ姿を見つめて、せつなは一人、唇を噛みしめた。 幸せは、赤き瞳の中に ( 第6話:不幸の襲来 ) 「あ、居た! せつなさん、あの……」 避難所になっている食糧庫の一室。ようやくせつなを探し当てた給食センターの若い女性職員は、声をかけようとして、慌てて思い止まった。 薄暗い部屋の隅に立って、通信機で誰かと話している後ろ姿。その左手の拳がギュッと握られて、小刻みに震えている。だが。 「ごめんなさい。何かありました?」 通話を終えて振り返ったせつなの表情は、いつもと変わらない穏やかなものだった。 「あ……はい。今日新しく避難してきた人と、昨日から居る人たちとの間で、ちょっと……」 「すぐに行きます」 せつながうっすらと微笑んで、先に立ってスタスタと歩き出す。その様子に、職員は安心した顔つきで、せつなの後ろに従った。 だから彼女には見えていなかった。歩き出したせつなの顔から瞬時に笑みが消え、代わりに眉間に深い皺が刻まれていたことを。 ナケワメーケが街を襲い始めて――つまりラブが連れ去られて、三日目の夜を迎えようとしている。 ウエスターの決死の覚悟も空しく、少女はまだ捕えられてはいなかった。従ってラブの行方も、ようとして知れなかった。 この三日間が、この街の人々にはどれほど長く感じられたことだろう。ナケワメーケは日に何度も、時を変え、場所を変えて街を襲い続けた。信号、陸橋、電波塔……様々なものが次々と怪物になって、建造物を破壊し、人々を苦しめている。 度重なる襲撃のせいで、整然とした街並みは、その半分以上が廃墟や瓦礫の山と化し、人々は残り少なくなった建物に、身を寄せ合って避難していた。 一般国民の日常をここまで脅かしている、今や首都全体の由々しき事態――だが、あの最初の襲撃の後からは、怪物を操っているはずの少女の姿が、現場のどこにも見当たらないのだ。 ナケワメーケ自体も、ウエスターたちが駆け付けるとそれを嘲笑うかのように、すぐに元の公共物に戻ってしまう。怪物を生み出したはずのダイヤも、少女の手がかりも、現場には何も残っていない。 そんなことが、イタチごっこのように今日も延々と繰り返されたと苦い声で語ってから、サウラーはこう付け足した。 「何か少しでも手がかりは無いかと、僕も僕なりに探しているところだ。何か分かったら、すぐに連絡する」 サウラーが気休めを言うところなど、せつなは今まで一度も聞いたことが無い。それを口に出すほど手立てが無いと言うことなのか。それでももう少し何とかならないものかと、つい苛立ちが口をついて出そうになって、せつなはグッと拳を握って、何とか堪えたのだった。 避難者たちがいる方へ行ってみると、人々が二手に分かれて睨み合っていた。さっき職員が言っていた通り、今日ここに避難してきた人たちと、何日もここに居る人たちとが言い争っている。 「だから、こんな場所じゃまた襲われた時に危ないだろ!」 「私たちも、奥の部屋に入れてちょうだい!」 彼らが言う“奥の部屋”とは、倉庫を片付けて作ったスペース。だからいざとなればシャッターを閉めて、外と遮断することが出来る。しかし、その場所は既に人で一杯になっており、仕方なく、今日来た人たちは手前の部屋――大きなガラス窓がある事務室に避難していた。 いつ襲われるか分からない恐怖と、不自由な生活。長時間の緊張状態。何より、ほとんど全ての住人が、初めて経験する不慮の事態……。ここに及んで、普段は温厚で従順なラビリンスの人たちの、いつもとは違う一面が顔を覗かせる。 血走った眼で詰め寄る避難者たちを、初日から避難している中年の男性が押しとどめる。 「奥はもう一杯だ。何か頑丈な物で窓を塞いで、出来るだけ危険を少なくしよう。だからここで我慢してくれ」 男性の落ち着いた物言いに、新しい避難者たちが言葉を引っ込め、顔を見合わせる。だが、それも一瞬。 「そうだそうだ! 後からやって来たくせに、勝手なこと言うな」 「こっちだって狭いのを我慢して場所を作ったのに、何て態度なの?」 男性の後ろから苛立った様子の複数の声が上がって、辺りの空気はさらに緊迫の度合いを増した。 「何よ、その言い方は。早い者勝ちだなんて誰が決めたの?」 「ここは公共の倉庫だろ。君たちだけの場所じゃない!」 「何だと? そんなに文句があるなら他所へ行けよ」 「こんな時に、街へ追い出そうっていうの!?」 「こんなに大勢が一か所に集まっていたら、食糧だって持たないぞ」 「もうやめて下さい。皆さん、少し落ち着いて!」 そう言いながら、せつながいがみ合う二つの集団の間に割って入った。人々の苛立った、敵意すら感じられる視線が、一斉にせつなに突き刺さる。 視線が痛い――そう感じられるほど強い視線にさらされることなど、このラビリンスで、かつてあっただろうか。 (本当に、ここはラビリンスなのかしら……) つい先日は、真逆の意味でそんなことを思った――それを思い出すと共に、ラブの笑顔が蘇って来て、胸の奥が、視線の痛みなどとは比べ物にならない痛みを訴えた。 再び左手の拳を、ギュッと握る。 (こんな時、ラブなら……) 目を閉じて深呼吸し、気持ちを落ち着ける。そして一人一人の顔を真っ直ぐに見つめながら、せつなは静かな、しかしよく通る声で語りかけた。 「今、警察が、怪物の攻撃から私たちを守りながら、犯人逮捕に動いています。政府も懸命に犯人を捜しています。私たちは彼らを信じて、私たちに出来ることをしましょう。ここに居る人たち全員で、助け合って……」 だが、そこでせつなの言葉が途切れた。ひとつひとつは小さいが、不安と不満の塊のような囁きが、さざ波のように部屋中を覆ったのだ。 「そんな、信じろなんて無責任に言われても……」 「もう三日よ? 一体いつまで待てばいいの?」 「いい加減、我慢の限界だ」 せつなの顔を一切見ようとはせず、疲れ切った顔でブツブツと呟く声。 なおも言い募ろうと息を吸い込んでから、伝えるべき言葉が見つからなくて、せつなが力なく息を吐き出す。 が、そこでせつなの呼吸が止まった。ごく小さな、ため息と共に吐き出された力ない言葉が、雷のような衝撃を伴って耳を打ったのだ。 「以前は……メビウスの時代には、こんなこと絶対に無かったのに」 「おいっ! そんなこと、言うもんじゃないだろう!」 慌てたように声の主をたしなめる、さらに小さな声がする。だが、さっきの声はおさまらない。 「だってそうだろう? 俺は事実を言っただけだ」 「メビウスは、僕たちを管理していたんですよ?」 「ああ。でもだからこそ、こんな犯罪なんて絶対に起こらなかった」 「事故も災害も、その存在すら知らないでいられたしな」 「じゃあ私たちは、メビウスに守られていた、ってこと……?」 「いい加減にしないか! せつなさんの前だぞ!」 ごく小さな声で言い合っていた人々が、その一言でハッとしたように、せつなの方を窺う。 うつむいたせつなの表情は、黒髪に隠れてよく分からない。 「せつなさん……」 彼女の後ろに付き従っていた女性職員が、泣きそうな声で呟いた時。 「ナケワメーケ!!」 窓の外から、新たな怪物の雄叫びが聞こえて来て、部屋の中は騒然となった。 「マズい。スピーカーの化け物だ!」 「全員、窓から離れろ! 耳を塞げ!」 「うわ、お願い、押さないで!」 一斉に奥の部屋へと逃げ込もうとする人々。だが、ナケワメーケが続いて発したのは、あの頭が割れるような雄叫びでは無かった。 「愚かな者たちよ。これは、メビウス様からお前たちへの、制裁だ」 ナケワメーケの頭部にあるスピーカーから、初めて人の声が響く。まだ若い女性らしく、少々甲高い声。だが、それを補って余りある堂々とした語り口調とよく通る声音には、聞く者に耳を傾けさせる威圧感のようなものさえ備わっている。 「メビウス様は、このラビリンスから完全に消え去ってなどいない。忠実な僕であるこの私の手で、復活される日を待っておられるのだ。大恩ある存在を裏切ったことを後悔するのなら、泣け! 嘆け! そして許しを請え! お前たちの不幸が、メビウス様の力になる」 あまりにも衝撃的なことを知らされると、かえって言葉は出て来なくなるものらしい。 部屋の中は一瞬、しんと静まり返った。が、続いて沸き起こったざわめきは、あっという間に部屋全体をパニック状態に陥れた。 「メビウスが……」 「復活するというのか……」 「再びこの世界に、メビウス様が……」 「私たちは、どうなってしまうの……」 「だけど、受け入れてしまえば、もうこんな目には遭わずに済むんじゃないか?」 「今、裏切ったと言われたじゃない。何の制裁も無しに許されると思ってるの?」 自分達を苦しめているのが、単なる犯罪者による事件ではなく、絶対者であったメビウスによる粛清である――その通達は、わずかばかり残っていた人々の希望を消し飛ばすのに十分だった。 立っていられなくなったのか、その場にへたり込む者が続出する。 あちこちで火の付いたように子供たちが泣き出した。大人たちはそれをなだめるでもあやすでもなく、ただ呆然とその場に座り込んでいる。 「せ、せつなさん……!」 さっきの女性職員が、すがるような目でせつなの姿を追い求め、え……と驚きに声を飲み込んだ。 驚愕と恐怖に支配された部屋の中から、せつなの姿は忽然と消え失せて、もうどこにも見当たらなかった。 食糧庫の扉が、一瞬だけ内側に開く。外へと走り出た少女――せつなは、ギリリ、と音がするほど奥歯を噛みしめて、そびえ立つ化け物を睨みつけた。 避難所の人たちがパニック状態に陥っていることなど、今はどうでもよかった。 メビウスがまだこの世界に居るかもしれない。そんな衝撃の告白すらも、どうでもよかった。 (許せない) ナケワメーケの姿に、メビウスの本体であった巨大な球体が重なって見えた。 もうダメかと何度も思うような状況の中で、そのたびに立ち上がって果敢に挑みかかった、仲間たちの姿が蘇る。 傷つき倒れた自分たちを励まし、思いを託してくれたラビリンスの人たちのお蔭で、キュアエンジェルに覚醒した――あの時の高揚感も、ありありと思い出される。 (許せない) 自分のことはいい。そもそも、ラビリンスの幹部であったイースがプリキュアになったこと自体、受け入れられるようなことではなかったのだから。 だが、仲間たちが傷つき、ぼろぼろになりながらも、このラビリンスで戦ってくれたことを、その戦いに心動かして、応援してくれたたくさんの人たちの思いがあったことを、嘲るようにこんな形で無駄にしようとするなんて――。 (絶対に……許せない!) せつなの瞳が怒りのためか、常よりも赤く輝く。その鋭い視線が、ナケワメーケの右肩の辺りに流れた。 そこに立っている小さな人影を認めて、大きく目を見開く。そして次の瞬間、せつなは獲物に襲いかかる獣のように走り出した。 「もう一度言う。これは、メビウス様からお前たちへの、制裁だ!」 そこに立っていたのは紛れもなく、昨日ラブと共に消えたあの少女――ナケワメーケを操っている少女だった。 走り出したせつなを遮るように、一台の車が滑り込む。現場に急行した警察車両だ。そこから腕っぷしの強そうな若者が、続々と降りてくる。 彼らは一様に、警察支給の戦闘服を着用していた。ウエスターやサウラーのような過酷な訓練を積んだ者だけが扱える特別製ではないが、それでも使用者の身体能力を数十倍に底上げしてくれる、優れた武装だ。 その者たちの中に、慌てたのだろうか、まだ戦闘服を手に持ったままの警官が混じっていた。せつなはそれを見つけるや否や、彼に狙いを定めて躍りかかった。 その若者は、一瞬、自分の目を疑った。戦闘態勢にあるはずの数人の仲間が、突然目の前で、バタバタと地面に倒れ込む。一陣の風のように近付いてきた何者かが、ただの一撃で昏倒させたのだ。 仲間の安否を確認する暇など無かった。すぐさま目の前の脅威――不届き者の方へと向き直る。だが、相手はもうそこには居なかった。 後ろに気配を感じたと思った瞬間、首筋に手刀が叩き込まれる。そして抱えていた戦闘服が奪われると同時に、意外にも女性の声がこう囁いた。 「説明している時間が無いの……ごめんなさい」 薄れゆく意識の中で、彼が最後に見たものは、ラビリンス人にしては珍しい黒々とした髪と、硬い表情でこちらを見つめる赤い瞳だった。 警察車両から離れた路地に飛び込んで、せつなは改めて手の中のものに目をやった。 ラビリンスの戦闘服――久しぶりに手にするそれは、かつて自分が着ていたものに性能では及ばない。だがこれがあれば、少なくとも目の前の敵と――少女と戦う力を得ることが出来る。 急いで身に纏おうとして、せつなは自分の両手が小刻みに震えているのに気付いた。 (怖れているというの、私は……。この期に及んで) 「泣け! 嘆け! そして許しを請え!」 少女の声が、頭の上から威圧するように降って来る。 仲間たちの奮闘も、ようやく自分の足で歩き出そうとしているこの国の姿も、嘲るように踏み潰そうとする声――その声が、かつての自分の声と重なって聞こえた。 (もしかしたら、全てを無駄にしようとしているのは私の方かもしれない。それでも……だとしても!) 「誰も泣かせない! 誰も嘆かない! 私が……このイースが、お前を倒すっ!」 言葉と共に、手にした戦闘服が旗のように勇ましく空中に翻る。だが、伸ばした腕がそれを纏うことはなかった。 背後に感じる巨大な気配。と同時に大きな掌がせつなの腕を掴み、締め上げる。せつなの渾身の力を持ってしても、拘束は微動だにしない――。 「何をするのっ、放して!」 「すまん、イース。だが、今のお前にそいつは着せられない」 いつの間に現れたのか、ウエスターがいつになく神妙な、哀し気にも見える顔つきで、そこに立っていた。 「おかしなものでな。この職務に就いてから、こんな俺でも人間の感情ってヤツに、少しは敏感になって来たようだ」 「何が言いたいの?」 「上手く言えんが……とにかく今のお前を行かせたら、俺はもうお前たちに顔向け出来なくなる」 「……え?」 「ラブがあの時なんて言ったか、俺にも読めてしまったんでな」 ――せつなぁ~! 大好きだよ~!! あの時、別れ際にラブが叫んだ言葉――声は聞こえなかったが、唇の動きで確かにそれと分かった言葉。この三日間、焦燥と一緒に何度も脳裏に浮かんできた言葉が、再びせつなの中に蘇った。 「だったら、私の気持ちもわかるでしょう!?」 「ああ、わかるぞ。そしてラブの気持ちもな。たとえ無傷でラブを救っても、お前が変わってしまえば、無事な再会とは言えないということもな」 せつなの腕から、力が抜ける。ウエスターは優しい手つきで戦闘服を取り上げると、まだ信じられないような顔で後ろに立っていた持ち主に放り投げ、くるりと踵を返した。 「すまん。今度こそ、俺に任せてくれ」 そう言った途端、ウエスターの纏う空気が、ガラリと変わった。 ナケワメーケを取り囲んでいた警官たちが、にわかにざわめき出した。前線から一人の男が進み出て、怪物に向かって悠然と歩き始めたのだ。 「た、隊長、何を……」 「お前たちは下がっていろ」 制止しようとした若者の声が、凄みのある声で遮られる。言われるまでもなく、その背中から発せられる強烈な気に、全員が圧倒されてじりじりと後ずさる。 「ナケっ?」 ナケワメーケが、人影に気付いた。無謀にも、たった一人で近付いて来る男。その小さな姿目がけて、虫けらを踏み潰そうとでもするように、巨大な足を振り上げる。 だがその瞬間、男の姿が消えた。そして次の瞬間。 「どぉりゃぁぁぁぁっ!」 辺りを震わせるような雄叫びが響く。ナケワメーケは軸足を取られ、地響きを上げてその場に転倒した。 すんでのところで離脱した少女が、驚きに目を見開いてから、それを隠すように、ふん、と鼻を鳴らす。 「そこまでだ! これがただのナケワメーケだと思うのか? お前にコイツは倒せない」 「さあ、それはどうかな?」 言うが早いか、ウエスターは空中高く跳び上がった。全身の気を右の拳に集め、まだ起き上がろうともがいているナケワメーケのダイヤ目がけて、渾身の一撃を叩き込む。 その途端、ビリビリと暗紫色の稲妻が走った。ナケワメーケのダイヤから強烈な衝撃波が巻き起こり、空気を不穏に震わせる。 だが、ウエスターは拳を離さない。髪を逆立て、両目をカッと見開いて、裂帛の気合いをさく裂させる。 「ぐおぉぉぉぉぉっっ!!」 ついに、ピシリ、という鋭い音がしたかと思うと、ダイヤは乾いた音を立てて粉々に砕け散り、埃を被って横倒しになった街頭スピーカーが、姿を現した。 スピーカーから飛び降りたウエスターが、今度は少女の方へと歩み寄る。あまりのことに、その場から一歩も動けずにいた少女は、そこでやっと我に返って、戦闘の構えを取った。 が、そこまでだった。放った蹴りを軽々と受け止められ、地面に叩き付けられる。飛び起きようとしたところで鳩尾に一撃を喰らって、意識を失ったまま、肩に担ぎ上げられた。 「さぁ、ラブの居場所に案内してもらおうか」 ウエスターが少女を抱えて、警察部隊と共に車に向かう。 その姿を追う見えない影があったことに、さすがのウエスターも気付いてはいなかった。 ~終~ 第7話:瞳の中の炎へ
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/284.html
ラブの人参嫌いはずっと続く… ラブ「うぇ、やっぱり人参いらない」 せつな「ラブまた人参残してる、家だとちゃんと食べてるのに」 ラブ「不思議なんだよね、せつながお料理した人参は美味しいんだけど」 せつな「ラブ・・・」
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/1132.html
「祈里おねえちゃ~ん!」 小さな影が大きな影を従えて・・・いや、 大きな影と小さな影とが寄り添うように こちらに向かって走ってくる。 弾んだ声と、千切れんばかりに振られるしっぽ。 表現の仕方は違うけど、二人とも喜んでる。 「タケシ君、ラッキー。こんにちは。昨日は大活躍だったわね。」 わたしの言葉に、満面の笑みと、元気な鳴き声が返ってきた。 「うん!おねえちゃんたちのお陰だよ。ありがとう。」 昨日は、ワンちゃんたちの運動会だった。 パッション・キャッチを成功させて、三等賞をもらった張本人が くぅ~ん、と嬉しそうに擦り寄ってくる。 首筋をなでるわたしを見つめる、つぶらな瞳。 この瞳で、かつては彼女を縛っていた闇を見つめ、 今度は彼女の中に芽生えた光を見つけた。 視線を合わせ、その泉のような瞳の奥を、静かに覗き込む。 今は、キルンの助けはいらない。 言葉は無くても、想いは伝わるから。 (ありがとう、ラッキー。せつなさんを受け入れてくれて。 わたしたちの、力になってくれて。) わん、という短い返事は、 強く、やさしく、わたしの心の中に響いた。 四つ葉になるとき ~第1章:届け!愛のメロディ~ Episode3:わたしたちの小さな天使 「ハイ、シフォン。たぁんと召し上がれ。」 ラブちゃんが、膝の上に抱っこしたシフォンちゃんに、キュアビタンを手渡す。キュア~!と嬉しそうな声を上げて、彼女はその丸っこい両手で、哺乳瓶を抱えた。 ピルンが出す料理の種類は、どんどん増えているけれど、やっぱり最後はキュアビタンが飲みたいみたい。そう言えば、美希ちゃんが前に、“シメ”って言ってたっけ。うーん、ちょっと違うような気もするんだけど。 わたしたちは、今日もラブちゃんの家に来ている。いつもはラブちゃんの部屋にお邪魔するけれど、今日集まっているのは、せつなさんの部屋。家具も入り、小物も揃ってバッチリ部屋らしくなったから、一度みんなを招待しようよ!と、ラブちゃんがせつなさんに提案したらしい。 せつなさんが冷たい麦茶とお菓子を持ってきてくれて、みんないつものように、思い思いの場所に座った。その途端に、お腹を空かせたシフォンちゃんが泣き出して、ピルンの出番となったのだった。 「やっぱりせつなの部屋は、赤を基調にしたわけね。なかなかセンス、いいじゃない。」 「・・・ほんと?」 部屋を見回してそう言う美希ちゃんに、せつなさんが少しはにかみながら、嬉しそうに微笑む。 「良かったね、せつな。小物はほとんど、せつなが選んだんだよ。この円形のラグとか、すっごく気に入ってるんだよねっ。」 「もう、ラブ!・・・恥ずかしいわよ。」 本人以上に嬉しそうなラブちゃんの言葉に、せつなさんが顔を赤らめたとき、ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴った。続いて、新聞の集金でーす、という声。 「はーい。・・・お母さんパートで留守だから、ちょっと行ってくるね。せつな、シフォンをお願い。」 「え?あ・・・。」 ベッドに腰掛けているせつなさんに、シフォンちゃんをぽんと手渡して、急いで部屋を出て行くラブちゃん。何気なくそれを見送ったわたしは、せつなさんがシフォンちゃんを抱っこしたまま、固まってしまっているのに気付いた。 シフォンちゃんを支えている両腕だけでなく、首や肩にまで、凄く力が入っているように見える。もっとも、当のシフォンちゃんはと言えば、そんなせつなさんの様子にはお構いなし。ただ一心に、大好きなキュアビタンを飲んでいるみたいだけど。 その様子を見て、わたしが初めてシフォンちゃんを抱っこしたときのことを思い出した。そう言えばわたしもあのとき、凄く緊張したんだったっけ。支える指がどこまでも埋もれてしまいそうな柔らかさは、どんな動物さんの抱き心地とも、まるで違っていたから。 わたしが座布団から立ち上がると、同じように勉強机の椅子から腰を浮かせていた美希ちゃんが、それを見て、また元通りに座り直した。ここはブッキーに任せた。美希ちゃんの目が、そう言っている。こういうとき、美希ちゃんはホントに、わたしたちのおねえさんだ。 わたしは美希ちゃんに小さく頷いてから、意を決して、せつなさんの隣りに腰を下ろした。 「あのっ、せつなさん。」 自分の声が裏返っているのに気付いて、心臓がドキリと跳ねる。 ダメだ、わたしまで硬くなってどうするの。頭をひとつ振って、大きく深呼吸してから、わたしは思い切って、せつなさんの肩にそっと手を置いた。 「・・・祈里?」 深い赤を帯びた瞳が、驚いたように私を見る。せつなさんの強張っていた肩から、少し力が抜けたみたい。それが掌から伝わって、わたしもようやく落ち着いてきた。 「あのね。そんなに硬くならなくても、大丈夫だよ。もっと力を抜いて、楽に抱っこしてあげて。」 大丈夫、今度は言えた。ホッとして頬が緩んだわたしに、せつなさんもつられたように笑みを浮かべる。 両腕で輪を作って、その中にシフォンちゃんを入れるようにすると良いこと。寝ているときは、頭とお尻を腕で軽く支えてあげれば、それだけで安定すること。わたしのジェスチャーを交えた説明に、せつなさんは素直に頷いて、言われたとおりに体勢を変える。そしてやっと緊張から開放されたのか、ふぅっと大きな息を吐いた。 「ごめんなさ・・・あ、ありがとう。私、シフォンを抱っこするの、初めてで・・・。あんまり軽くて柔らかいから、何だか・・・壊してしまいそうで・・・。」 小さな声で、ポツポツとしゃべる彼女に、わたしは笑顔で頷いてみせる。 「わたしも、最初は恐かったよ。ふわふわしてて、頼りなくて、心配になっちゃうんだよね。」 「大丈夫よ。シフォンはもう大きくなってきたし、そんじょそこらの赤ちゃんとは違うもの。いざとなれば宙にも浮いちゃうんだから、少々落っことしてもへーき。」 美希ちゃんが、ワザと乱暴なことを言って、せつなさんにウインクしてみせる。そんなこと言って、またシフォンちゃんにヘソを曲げられても、知らないんだから。 話しているうちに、シフォンちゃんがキュアビタンを飲み終えたらしい。せつなさんの腕の中で、気持ちよさそうに目を閉じている彼女の額のマークが、ぼうっと淡いピンクに色づいている。お腹がいっぱいで幸せ、というシフォンちゃんのサイン。 せつなさんが、ゆっくりゆっくり、そろーっとベッドに寝かせると、シフォンちゃんは、小さくプリプー・・・と呟いてから、すやすやと寝息を立て始めた。 「・・・寝た?」 美希ちゃんが小声でそう尋ねながら、席を立つ。わたしの隣りにやってきて、一緒に寝ているシフォンちゃんを覗き込んだ。 「ふふっ、かわいい寝顔。」 「ホント、まさに天使ね。」 ささやくわたしと美希ちゃんの隣りで、今まで微動だにしなかった黒髪が、こくんと揺れる。 「本当に、かわいい・・・。」 小さな小さなその声の、あまりにも愛しげな響きに、わたしは思わず、せつなさんの顔に目をやった。 シフォンちゃんを見つめるその瞳は、まるで彼女を包み込むようで・・・。見ているこっちまでやさしい気持ちになれるような、そんな眼差しだった。 かつての彼女の、知的だけれど、まるで表情の無かった暗い瞳を思い出す。あの頃は、占い師さんはやっぱりミステリアスなんだなって、単純に思ってた。 でも今の彼女を見ていると、あの頃の彼女に足りなかったもの・・・ううん、本人は足りないってことさえ知らなかったものが、よくわかるような気がする。 (良かったね、せつなさん。) 心の中で、そうつぶやいたとき。 「ごめ~ん、遅くなっちゃって。小銭入れの中身、玄関でぶちまけちゃってさぁ。新聞屋さんに拾ってもらっちゃった。あはは~。」 バタンというドアの音と一緒に入ってきた、ラブちゃんの明るくて大きな声。 「しぃーっ!」 三人揃って人差し指を口の前に立てて、ラブちゃんを睨む。 「おっ、なんや、あんさんら。息ぴったりやなぁ。」 今まで一人で黙々とおやつのクッキーを食べていたタルトちゃんが、そんなわたしたちを見て、ニッと笑った。 「こうして寝顔を見ている分には、ほんっとにかわいくて、平和なんだけどね~。」 そろりとドアを閉めて、わたしたちと一緒にベッドを覗き込んだラブちゃんの言葉に、せつなさんが首を傾げる。 「どして?起きているときも、シフォンはかわいいわ。それに、平和って・・・。」 「ああ、そりゃあ、かわいいのは間違いないよ。でも、起きてるときは、なかなか泣きやまなかったり、言うこと聞かなかったりするしさあ。」 「でもそれは、わたしたちだって、赤ちゃんの頃はそうだったと思うよ。」 わたしがそう言うと、ナハハ~、といつもの笑い声を上げて、ラブちゃんはさらに続ける。 「それにほら、シフォンのいたずらは、時々手がつけられなくなっちゃうじゃない?」 「でも・・・単なるいたずらでしょう?ドーナツが宙に浮いてるところくらいは、見たことあるけど。」 「そんな甘いもんじゃないって!」 「そーんな甘いもんやないでぇ!」 せつなさんの言葉に、今度は、ラブちゃん、美希ちゃん、そしてタルトちゃんの声が揃った。自分の声の大きさに、慌てて口を押さえているところまで、息ぴったり。 わたしは思わずクスッと笑ってから、こっちに行きましょう、と促して、みんなで窓の近くに場所を移した。 ラブちゃんが、改めてせつなさんに向き直る。 「せつなはまだヒドい目に遭ったことないから、そんなことが言えるんだよぉ。座布団が凄い勢いで飛び回ったり、消しゴムが背中でもぞもぞ動いたり、も~大変なんだから!」 ラブちゃんが言うと、そんな内容でも、何だかシフォンちゃんの自慢話みたいに聞こえるから不思議だ。 「わいなんか、何べんも空中遊泳させられとるで。」 「アタシも、車が宙に浮きかけて驚いたことがあるわ。」 「それだけじゃないよね~、美希たんは。ティッシュでヒゲを・・・」 「ラブ!!」 怖い顔でラブちゃんを止めた美希ちゃんが、コホンと咳払いをして、せつなさんの方を向いた。 「まあ、シフォンに悪気があるわけじゃなくて、遊んでるつもりでいることが多いんだけどね。でもとにかく、超能力が相手だから・・・。」 「ふぅん。」 せつなさんは、真面目な顔で考え込んだ。 「せつな、どうかした?」 ラブちゃんが、少し心配そうに、せつなさんの顔を覗き込む。その声を聞いて、せつなさんはすぐに笑顔になって、かぶりを振った。 「あ、ううん。スイーツ王国のことは知っているけど、そこの妖精がそんな力を使えるなんて、聞いたことなかったから。スイーツ王国では、よくあることなの?」 せつなさんの問いかけに、今度はタルトちゃんが、凄い勢いでかぶりを振る。 「そんなことあらへん!スイーツ王国の中でもそんなことが出来るんは、わいが知る限り、シフォンと長老だけや。」 「へぇ~、そうなんだ。凄いんだね、シフォンは。」 素直に感心するラブちゃんの顔を、微笑みながらちらりと見やって、せつなさんは穏やかな声で言った。 「でも、シフォン自身はきっと、自分の力が超能力だなんて・・・特別な力だなんて、まだ思っていないのよね。」 「あ・・・。」 今度は、ラブちゃんと美希ちゃんとわたしの声が揃う番だった。 シフォンちゃんの超能力を、シフォンちゃん自身がどう感じているか。そんなこと、今まで考えたことなんてなかった。きっとシフォンちゃんにとっては、生まれながらに持っている、当り前の力。キュアビタンを飲んだり、泣いたり、おしゃべりしたりするのと、同じことなんだろう。 でも、それが超能力だと知ったら・・・周りの誰も持っていない、自分だけの特別な力だと知ったら、そのとき、シフォンちゃんはどう思うんだろう。 「大丈夫だよ!」 急に静かになった部屋に、ふいに力強い声が聞こえて、わたしたちは揃って顔を上げた。 やっぱりこういうときに口火を切るのは、ラブちゃんだった。目をキラキラさせながら、その強い眼差しで、わたしたちを見つめる。 「シフォンには、あたしたちがついてるもの。シフォンが、みんなの笑顔が大好きで、かわいくて、とーってもやさしい子だってこと、あたしたちはよく知ってる。 だから、いつかもしも、シフォンが自分の力のことで、悩んだり落ち込んだりすることがあったら、あたしたちみんなで、それを伝えてあげようよ。」 「あらぁ?誰かさんはさっき、起きてるときは大変だ、なぁんて言ってた気がするけど?」 からかうような口調でそう言ってから、美希ちゃんがやさしい光を宿した目で、ラブちゃんを見る。 「でも、ラブの言うとおりね。そのときは、アタシたちがシフォンを励ましてあげよう、完璧に。」 むくれかけていたラブちゃんが、その言葉を聞いて、再び笑顔になる。 ――人間と動物とでは、感じ方が違うんだ。だから理解し合うためには、お互いに一歩ずつ、近付かなくちゃいかん。 ふいに、以前わたしがタルトちゃんと入れ替わってしまったときに、お父さんに言われた言葉を思い出した。 シフォンちゃんは動物さんじゃないけど、人間と妖精さんだって、それはきっと同じのはず。だからわたしも、三人の顔を見ながら、笑顔で美希ちゃんに続いた。 「うん。わたしたちなら、少しでもシフォンちゃんの気持ちに寄り添ってあげられるって、わたし、信じてる。」 「ううっ、あんさんら、ホンマに、ホンマに、ええ子やなぁ。」 涙もろいタルトちゃんが、そう言ってズズッと洟をすする。 せつなさんは、何も言わなかった。でも、わたしたち三人を交互に見つめるその表情は、何だかとても穏やかで、そしてとても嬉しそうに、わたしには見えた。 「そう言えば。」 やっと落ち着いて麦茶を飲み、お菓子を食べ始めたところで、わたしは部屋に入ってから気になっていたことを、せつなさんに訊いてみた。 「せつなさん、本を読むのが好きなのね。図書館でも会ったことあるし。」 間取りも家具もほぼ同じのラブちゃんの部屋との、大きな違い。それは、勉強机の隣りに置かれた本棚だった。既に十冊以上の本が、その中に納まっている。せつなさんがこの家に来てから買ったものだろうから、そう考えるとかなりのペースだ。さらに机の上には、図書館で借りてきたものらしい本も、五、六冊積み上がっていた。 「ええ。この世界のこと、色々と勉強中だから。でも、本の知識だけじゃわからないことだらけなんだって、最近気付いたわ。」 「そうよね。」 まっすぐにこちらを見て話すせつなさんの目を、今度はわたしも、まっすぐに見つめて頷く。そのことは、わたしも時々感じていることだったから。 「祈里も、本が好きなのね?」 せつなさんが小首を傾げるようにして、わたしに問いかける。 「うん。動物さんの本も好きだし、それ以外の本も、割と読む方かな。」 「割と、どころじゃないよぉ。せつな、ブッキーの部屋の本棚って、凄いんだよ。動物の本だけじゃなくて、いろんな本が、すっごくたくさんあるの!美希たんやあたしの部屋とは、大違いなんだから。」 ラブちゃんが両手を広げて、大袈裟にそんなことを言う。 「ちょっと、ラブ!どうしてアタシの部屋まで引き合いに出すのよっ!」 また小競り合いを始めた二人にちょっと微笑んでから、せつなさんは話を元に戻した。 「本の知識って、どのくらい役に立つものなのかしら。本物とは違っていることや、本物を見ないとわからないことも多いわよね。」 「そうね。本に書いてあることが実物そのものかって言われたら、そうじゃないよね。専門書なんて、プロの人にしかわからないような、難しいことが書いてあるんだろうけど、紙の上に全ては表せないし。」 辞書も図鑑も実用書も、知識を得るという点では、きっと同じ。本だけじゃない、インターネットだって、誰かの話を聞くのだって、同じことだ。 「でもね。何かを知りたいと思ったとき、本ってその世界の入り口になってくれるような気がするの。 もちろん、本の知識だけじゃ、実感できないことも多いんだけど、本物に出会ったときに、本で読んでいたことが、それに近付く手がかりになってくれる気がして。」 「世界の、入り口・・・。」 せつなさんが、少し視線を落して、噛みしめるようにつぶやく。 ふいにまた、あのときのお父さんの言葉を思い出した。 入り口から、一歩一歩世界を歩いていくためには、必要なのは知識だけじゃないはずだ。でも、せつなさんならきっと大丈夫。 わたしたちが考えもしなかったシフォンちゃんの気持ちを、あの包み込むような瞳で見つめていた。小さな彼女の未来に、静かに思いを馳せていた。そんなせつなさんなら、この世界の、たくさんの本物の人々と、本物の想いと、少しずつでも、きっとわかり合っていける。 (わたし、信じてる。) 心の中でそうつぶやいたとき、せつなさんがわたしの顔を見て、少しはにかんだように笑った。 「ありがとう。少し、わかったような気がするわ。」 「ねぇ、ブッキー。今度はみんなで、ブッキーの家にお邪魔させてよ。せつなにブッキーの蔵書、見せてあげたら?」 「蔵書だなんて。大袈裟よ、美希ちゃん。」 思わず赤くなったわたしの顔を覗き込んで、ラブちゃんと美希ちゃんが、何だか嬉しそうに、声を揃えて笑った。 ☆ 次の日は、午後から四人で、四つ葉町公園へ出かけた。ミユキさんから久しぶりに、会いたいと連絡があったのだ。きっとダンスレッスンを再開してくれるんだよ!というラブちゃんの言葉に期待を込めて、わたしとラブちゃんと美希ちゃんは、これまた久しぶりに、ダンスの練習着姿だ。 今日は、せつなさんがシフォンちゃんを抱いている。たった一日で、もうすっかり力の抜けた、安定した抱き方になっているんだから、凄いと思う。 暑さのせいか、人通りのほとんどない商店街を進んで、あと少しで公園の入り口というところで、一番後ろを歩いていたせつなさんが、足を止めた。 「せつなー、どうしたの?」 ラブちゃんがすぐに気付いて、声をかける。 「あ、ううん。ごめんなさい。」 せつなさんがそう言って、こちらに駆け寄ろうとした、そのとき。せつなさんの体が、ふわりと宙に浮いた。 「えっ!?な、なに!?」 さすがのせつなさんも、大慌てで目を白黒させてる。その腕の中で、シフォンちゃんが嬉しそうに、キュア~!と叫んだ。 「あ、こら、シフォン!」 「ダメよ、シフォンちゃん。早く下ろしてあげて。」 ラブちゃんとわたしの声には耳も貸さず、シフォンちゃんが両方の耳を上に伸ばして、パフン、パフン、と打ち付ける。その途端、せつなさんが宙をすーっと滑るように動いて、少し後ろにあった店の前で、ストンと地面に足をついた。 さっと自動ドアが開く。そこは、四つ葉町で一番大きな本屋さんだった。 「え?シフォン、ここって・・・。」 あっけにとられるせつなさんの顔を見上げながら、シフォンちゃんは首を傾げて、あどけない声で言った。 「せつな~、ここ、いきたい?」 「シフォン・・・。」 おそらく、せつなさんがチラチラと本屋さんを横目で見ているのに、シフォンちゃんが気付いたのだろう。そして足が止まったのを見て、せつなさんが行きたいところを、確信したのに違いない。 せつなさんの顔が、みるみるうちに真っ赤になる。そして、彼女はまたあの愛しげな眼差しでシフォンちゃんを見つめてから、ギュッとその柔らかな体を抱きしめた。 やがて顔を上げたせつなさんは、わたしたちを見て、少し照れたような表情を見せた。 「ごめんなさい。みんな、先に行ってて。私、ちょっと気になる本があるから、買ったらすぐに追いかけるわ。」 「わかった。ミユキさんとの待ち合わせにはまだ時間があるから、ゆっくりでいいよ。」 ラブちゃんが満面の笑みでそう言うと、再び公園に足を向ける。本屋さんの中に消えていくせつなさんの後ろ姿を見ながら、わたしも急いでその後を追った。 (もしも・・・。) もしも、ミユキさんにダンスレッスンを再開してもらえることになったら、今度はせつなさんも誘ってみよう。そのときは、わたしたちとお揃いの赤いダンス服も、ちゃんと準備しておかなくちゃ。だってあのダンス服は、わたしにとっての、ダンスへの入り口だったんだから。 午後の日射しが照りつける四つ葉町公園の、奥にある石造りのステージ。その久しぶりの場所へ向かうわたしの心は、何だかとても弾んでいた。 ~終~ 新2-012へ
https://w.atwiki.jp/lls_ss/pages/231.html
元スレURL ss 金稼ぐずら 概要 衣装代を稼ぐため、花丸主導で金策に奔走する一年組 タグ ^国木田花丸 ^津島善子 ^黒澤ルビィ ^黒澤ダイヤ ^よしまるびぃ ^コメディ ^バトル 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/dngss0714/pages/16.html
SS このページではダンゲロスSS0714の試合SSを公開します ここは、得票数がもっとも多いSSが勝者となる、誰が一番面白いお話を書けるか競いあうインターネット上のゲームを行なっている会場です。 試合SS 試合SS SSその1 VS SSその2 VS SSその3 このページを訪れた方は、誰でもご自由に試合SSを読んでいってください。 それぞれのSSを読み比べて、より面白いと思ったお話に投票しましょう! 面白いと判断する基準はなんでも構いません。貴方が面白いと思ったお話に投票しましょう。 貴方の投票がゲームの勝者を決める! 投票は終了しました 投票結果 投票結果 キャラクター一覧 キャラクター名 性別 特殊能力名 熱海真夏 女性 『夏への扉(サマータイムアゲイン)』 お誕生日お祝い人間ver0714 男性 『生体内蔵式バイオお誕生日お祝いプラント』 姦崎成 男性 『鎧袖一触の最強舞踏(ノクターン)』
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/389.html
その日の夜。 あれから、家に戻ったラブは、せつなの部屋を訪れて さっきのことを謝ろうと思ったが、どうしてもドアを叩くことが出来なかった。 夕食の時は流石に家族4人で一緒だったが、いざ二人の間で会話をしようとすると どうしてもぎこちなくなってしまう。 何かあったことを察したあゆみが上手くフォローしてくれたので、 気まずい空気になることは無かったものの、 すぐ隣に居るはずのせつなとの間に 見えない壁があるような違和感は終始拭う事が出来なかった。 その後は、せつなはすぐ自分の部屋に篭ってしまったので、それからは口を聞いていない。 居間でTVを見ながら時間を潰していたラブも、 観ている内容が全く頭に入ってこないので自分の部屋に戻ることにした。 部屋に入ると灯りもつけず、投げ出すようにベッドに身を横たえる。 「ハァ……」 口から出るのは、溜息一つ。 そしてそのまま、何をするでもなく、ただぼっーっと天井を見ているだけ。 「ピーチはん」 「ラーブー?」 そんな彼女に声を掛けたのは部屋にいたタルトとシフォン。 二つの影は、心配そうにラブの顔を覗き込んでいる。 「あ、タルト、シフォン、どうしたの?」 「どうしたもこうしたもあらへん、どないしたんや? なんや今日はピーチはん、様子がヘンやで」 「……んー、そんなことないよ、なんでもなーい」 「何でも無いって事はないやろ、ワイの目は節穴じゃおまへんで? ……パッションはんのことやろ?」 「えっ!いやいやそんなことはないって!せつなは関係ないってば!」 タルトの指摘を大慌てで否定するラブ。 「……ホンマにわかりやすいな、あんさんは」 「……うう~」 「そういえば今日はパッションはん、こっちにまだ来てへんな」 いつもならこの時間は、せつながラブの部屋に来ている筈である。 今日あったこと、明日の予定、学校での事、ダンスの事、そんな他愛も無い話をしたり、 時にはお互いの不安や寂しさを打ち消す為に、一緒にラブのベッドで寝たりする時間。 この時間にはタルトは二人に気を遣って、 シフォンを連れて隣のせつなの部屋に移動するのだが、そのせつなが来てないとなると。 「もしかしてピーチはん、パッションはんとケンカでもしたんか?」 「……っ!!」 核心を突いたタルトの言葉に、ラブの体が一瞬ピクリと震える。 「……」 「ピーチはん?」 「…………」 「どないしました、ピーチはん?」 「……タルトぉ」 身を起こして、タルトの方に振り向くラブ。 その瞳は潤み、溜め込まれた涙が今にも零れ落ちそうになっている。 「ホ、ホンマにどないしたんや、ピーチはん?!」 動揺したタルトの問いかけに、ラブは潤んだ瞳に更に涙を滲ませる。 「あたし……あたし…………多分、せつなに嫌われちゃった……」 ガバッとタルトに抱きつくと、 堰を切ったように目から涙を溢れさせて泣きじゃくるのだった。 「ピーチはん、落ち着きましたかいな?」 「……うん、ありがとタルト」 しばらくして、ようやく落ち着いたラブから離れると、 タルトはティッシュを数枚取ってラブに手渡す。 「ほれ、これでまずは涙をふきなはれ……ってそっちはワイの尻尾や! しかも何で鼻をかもうとしてはるんや!」 「……アハハ、ごめんごめん」 「ちっとは元気出たようやな」 「うん……本当にありがと」 笑ってみせるラブの様子を見て、 これなら大丈夫そうやな、と判断したタルトは、さっきの話の続きを促す事にする。 「それで、パッションはんと一体何があったんや、ワイに話してみい。 力になれるかもしれまへんで」 「ええーっ?タルトが?」 「言うてくれるな~こう見えてもワイはな、紆余曲折の末にアズキーナはんという 立派な婚約者をゲットしてるんやで。色恋沙汰の事ならピーチはんよりも よっぽど先輩や。 ま、そんなワケで泥舟に乗った気でここは一発どーんと相談してみなはれ!」 「……泥舟?」 「ああっ!……こ、これは重ーい話題の中にもささやかなボケを挟み込むという ワイ独特の話術の一つやから……コホン、まあそんなことはええから話してみ」 「……うん」 言ってる事には半信半疑だったが、ラブは頷く。 自分で抱えているより、誰かに聞いてもらった方が気持ちが軽くなるかもしれない。 それに、タルトなりに心配してくれているのは確かなのだ。 その気持ちには応えるべきだと思ったから。 「……なるほどなあ、キスして貰えんかったからパッションはんが拗ねてもうたと」 「うん……多分」 「じゃあ簡単やないか、ピーチはんがキスしてあげたらええんや」 「うっ……それは」 「出来へんのか?」 「……うん」 「何でや?ピーチはん、パッションはんのことを好きなんやろ?」 「それは勿論!あたしはせつなのこと、大好きだよ!」 「だったらなんでや?好きだったら、キスの一つや二つ、簡単やろ」 タルトの問いかけに、ラブは目を閉じて首を振る。 「違うよ、タルト」 「違うって、何がや?」 「……好きだからこそ、ダメなんだ」 「わからんな~どういうことや?」 「……それ、せつなにも言われたよ。 そりゃーわからないよね……ねえタルト、タルトがアズキーナと知り合ったのは何時?」 「何や急に……ワイとアズキーナはんか? そりゃーもう、ワイら二人はまだこーんな子供のころから将来を誓い合って、 それから幾千万の困難を手を取り合って乗り越えて……」 「やっぱりそうだよね」 「……って、まだ話の途中やがな」 「美希タンとブッキーもそう、幼馴染だから、お互いのことを良く知ってるから」 二人が幼馴染としての付き合いを続けていく中で、 お互いに対する想いを深めていったこと、 やがて想いが通じ合い、結ばれたこと。 それは近くで見ていたラブが一番良く知っている。 そして、結ばれた二人を祝福しつつも、ずっと一緒だと思っていた幼馴染の三人が 今までと違う関係になってしまったこと、そしてその中に自分が含まれて居ない事に 一抹の寂しさを感じたこともよく覚えている。 「そんな時だったよ、せつなが現れたのは」 一人取り残されたような気持ちになったラブの前に現れたのは、 町外れの占い館に住む、不思議な雰囲気を持った少女。 「初めて会ったときから、なんか気になってたんだ。 ……で、次に街の中でせつなと再会した時に、とっさに確信したんだ。 ああ、あたしにも運命の人が現れたんだって」 そう確信したから、せつなと会える時間を大切にした。 ドーナツの美味しさを教えてあげたし、自分の幸せを考えた事も無いという彼女の為に 幸せの素と言う名のペンダントをプレゼントした。 せつなが寂しそうにしている時は心配したし、 コンサート会場で倒れた時には、大切に想っているという自分の気持ちを伝えようとした。 「……それで、とっても辛い思いをしたこともあったよ」 せつながラビリンスのイースだと知った時、 折角掴んだものが手の中から逃げていってしまったと思って、一度は絶望した。 これが運命なら、なんて酷いんだろうとすら思った。 でも、美希に背中を押されて、カオルちゃんにヒントを貰って、そして決めた。 「あたしは、あたしの運命の人を絶対に諦めない。 ……絶対に、取り戻してみせるって」 その想いは身を結び、死という二度目の絶望も、アカルンの奇跡の力で乗り越えて、 そしてせつなは、ラブの元にようやくやって来た。 「そうまでしてせつなを取り戻したというのに、 その途端にあたし、不安で仕方なくなっちゃったんだ。 あたしはせつなが好き。だけどせつなは……どうなんだろうって。 今までずっと、あたしだけが一方的に、 せつなのことを想ってただけなんじゃないかって」 「それは違うと思うで。ワイが見る限り、 パッションはんはピーチはんのこと、好きな筈やで」 ラブの弱気な言葉。それを否定するタルト。 「……でなきゃ、ワイとシフォンは毎日わざわざ隣の部屋に移動することはあらへんやろ。 あんさんらどんだけイチャついてんねん、正直目の毒やで、と思ってるくらいや」 「アハハ……いつもごめんね~」 「だから弱気になることはおまへん、 あんさんらの仲の良さはワイがちゃーんと保証したる!」 張った胸をドーンと一回、力強く叩いてみせる。 「うっ!ちょっと強く叩き過ぎたわ。ゲホッ、ゲホッ」 格好付けたつもりが思わず咳き込んでしまうタルトの姿に ラブはクスッと笑って見せるが、すぐに眉尻を下げた顔に戻ってしまう。 「でも……せつなは、まだこの世界をよく知らないんだよ。 知らないから、毎日新しいことを知って、新しい人と出合って、どんどん変わっていく。 あたしは、その事はすごく嬉しいことだと思ってる」 ラブの家に来たばかりの時は、家の中とラブ、美希、祈里と圭太郎とあゆみの5人。 これがせつなの世界の全てだった。 でも今は、街の人々と知り合い、学校で友達も出来た。 ラブと一緒でなくても、一人で出かけるようにもなった。 少しずつ、確実に、せつなの世界は広がっている。 「でも、だとしたら、せつなが変わっていく中で、 あたしのことも好きじゃなくなっちゃうんじゃないかな? 最初に出会って、一番一緒にいる時間が長いのがたまたなあたしってだけで、 せつなは、本当に大切な人にまだ出会ってないんじゃないかなって、 そう考えた時に、あたし、せつなにキスしてあげることが出来なくなっちゃった。 ……せつなの大切なものを、あたしが奪っちゃっていいのかどうか、 わかんなくなっちゃったから」 ようやく辿り着いた、ラブの本心。 せつなの変化を誰よりも喜んでいるのに、 それがせつなの気持ちを変えてしまうのでは無いか、 その時に、せつなの隣に立っている人間が、自分じゃない他の誰かなのではないか。 その恐れが、ラブに二人の仲を一歩進めることを拒ませている。 6-398へ
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/1003.html
【6月1日】 『知らないお兄さん二人が遊びにきました……』 ウエスター「フハハッ~! 6月も元気いっぱいに行くぞ~!!」 サウラー 「6月と言えば入梅だね。梅雨のシーズンだ。わずらわしいから本でも読んで過ごそう」 ウエスター「何を言う! いよいよ夏、衣替えの季節じゃないか。身体を動かそうとは思わんのか」 タルト 「父の日ちゅうのもあるらしいで。ピーチはんとパッションはんは張り切っとったわ」 サウラー 「さすがに、それは僕らには関係ないね」 ウエスター「そうでもないぞ、この街には孤児院があるらしい。俺たちが父親になってやろう」 サウラー 「たちって何だ! 僕を巻き込むな。それに父の日はまだ先だろう」 ウエスター「祝ってもらう日だけ行ってどうする。善は急げだ、さあ行くぞ!」 【6月2日】 『小さな獣医さん』 祈里 「今日は動物病院のお手伝いなの! みんなに早く良くなってほしいなぁ……」 せつな「そっか、病気の子と向き合うお仕事なのよね。楽しいってわけにもいかないわね」 祈里 「心配の方が多いけど、その分、元気になったら嬉しいのよ」 せつな「私にも、何か手伝えることないかしら?」 祈里 「この子は骨折のリハビリなの。お散歩に付き合ってくれると嬉しいな」 せつな「わかった、精一杯がんばるわ!」 祈里 「病み上がりだから、ほどほどにね……」 【6月3日】 『愛の大きさなら世界一です』 せつな「今日は、ラブと一緒におかあさんにケーキ作りを教えてもらうの!」 あゆみ「そうそう、メレンゲのだまを切るように混ぜるのがコツよ」 せつな「さすがはラブ、飲み込みの早さも手際も鮮やかなものね」 ラブ 「せつなだって凄いじゃん! あたしも負けてられないよ」 あゆみ「そうよね、料理で負けたらラブはせっちゃんに敵うものなくなるものね」 ラブ 「おかあさんひどい! 身長だって負けてないよ」 圭太郎「ほんとうに勝てるものないんだな、ラブは……」 【6月4日】 『そもそもタルトっていくつなのかしら?』 タルト 「シフォンが寝てる間にドーナツ食べたろ」 シフォン「キュア~! タルト、ずるい~!」 祈里 「シフォンちゃん、まだまだあるから超能力はナシね」 ラブ 「もうっ、タルトったらイジワルしないの!」 カオルちゃん「いいのいいの。おやつ取り合うのも子供の醍醐味だよん」 美希 「たしかに、二人とも楽しそうだけど……」 せつな 「これが一国の王子かと思うと、複雑なものがあるわね……」 【6月5日】 『母娘ですから』 美希 「今日はママと一緒にショッピングに行くの」 レミ 「あ~ん、美希ちゃん、置いていかないで」 美希 「は~……。さっきからずっと同じ売り場」 レミ 「あ~ん、美希ちゃん、何にしようか迷っちゃう」 美希 「喫茶店の食事のメニューくらいで悩まないでよ」 レミ 「これもいいわね。あれもいいわね。――ガチャン!」 美希 「普段、お仕事のママは颯爽としてカッコいいのに……」 せつな「なるほど、美希がしっかりした理由と、たまにドジな理由がわかったわ」 美希 「後ろの方は余計よ……」 【6月6日】 『一番人気?』 キュアベリー「ブルーのハートは希望の印! 摘みたて・フレッシュ・キュアベリー!!」 子供達「あはは、ベリーだ! ベリーだ! あはは」 美希 「ちょっと! なんでそこで笑うのよ!」 ラブ 「まあまあ、美希たん落ち着いて」 せつな「プリキュアショーにムキにならないの。ベリーも本物じゃないでしょ」 子供達「ピーチカッコイイ! パッションキレイ! パイン可愛い! ベリーあはは」 せつな「お笑いキャラとして定着しちゃったのね」 美希 「羽が……羽がいけないのよ……」 祈里 「もっと前からだと思う……」 【6月7日】 『いいこと』 タルト「今日は何かええことありそうな気がするで~」 ラブ 「それで、何かいいことあったの?」 タルト「せやな、迷子の子にドーナツおごって、家まで送ってあげたんや」 ラブ 「タルト偉い! でも、それじゃタルトにいいことあったわけじゃないよね?」 タルト「いっぱい笑顔見れて、喜んでもらえたんや。ええことやないか」 ラブ 「タルト、今からケーキ焼いてあげる」 タルト「ホンマでっか!」 【6月8日】 『女の子の憧れ』 せつな「今日、教会で素敵な花嫁さんを見たわ」 祈里 「うんうん、憧れちゃう」 ラブ 「ウェディングドレス、キレイだよね~」 美希 「和風やカラードレス風なんてのもあってね、ウェディングドレスだけのショーもあるくらいなのよ」 せつな「衣装も綺麗だけど、幸せそうな笑顔がより素敵に魅せているんだと思うの」 【6月9日】 『持ち帰りで頼む。待ってる奴がいるんでな』 サウラー 「ウエスターの奴……。早くドーナツを買って帰ってくればいいのに」 ウエスター「聞こえてるぞ! お前もたまには自分で買いに行ったらどうなんだ」 サウラー 「面倒だ。お茶に付き合えと言い出したのは君のほうだろう」 ウエスター「その割には、ドーナツの種類やらやたら注文細かいけどな」 サウラー 「もういい、買えたのならさっさと食べようじゃないか」 ウエスター「おう! 今日はな、お前の好きなドーナツが揚げたてだぞ」 【6月10日】 『ピンクのせつな』 ラブ 「今日のラッキーカラーはピンクだよ!」 せつな「じゃあ、今日はラブの服を借りてみようかしら」 ラブ 「なんでも言って! シャツにパンツにジャージにパジャマに、下着も!」 せつな「どうしてそんなに嬉しそうなの? さすがに下着はやめておくわ」 ラブ 「ガーン~~!」 せつな「だから、どうしてそんなにガッカリしてるのよ……」 新-075へ
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/279.html
第22話『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。四つ葉中学体育祭(前編)――』 「立候補なし。推薦と投票の結果により、体育祭実行委員は――東、よろしく頼むぞ」 「わかりました。精一杯がんばります!」 一斉に湧き上がる拍手。せつなは先生に会釈した後、クラスメイトの方に向き直り、もう一度丁寧に頭を下げる。 こういった行事やイベントの役員は、いつもならラブが好んでやりたがる。しかし、先日文化祭の実行委員を務めたばかりであり、今回は見送られたのだ。 代わりにせつなに白羽の矢が立った。人気はあるけど、扱いにくい高嶺の花。せつなはなかなか人前に出る機会がなかった。 それが、文化祭で主役を務めたことで親しみが湧いたのか、今度は体育祭の運営にかつぎあげられたのだ。 「今年は、文化祭と同じ時期に被っちゃったから大変だけど、頑張ろうね! せつなっ」 「もちろんよ! でも、体育祭って、なあに?」 「ガクッ。知らずに引き受けたんだ……」 「せつなは体育祭を知らないの?」 「前にいたところでは、そういう行事はなかったのよ」 由美が寄ってきて会話に混じる。せつなは基本的に過去のことを話したがらない。ただ、語学が堪能なこともあり、帰国子女ではないかとも噂されている。 「外国の学校では、体育祭をしないところも多いんだっけ?」と、特に疑った様子もないようだった。 「あ~あ、わたし体育祭って苦手。早く終わればいいのに」 「何で!? あたしは好きだよ。あんなに楽しいのに」 「活躍できる人たちはそうだろうけど、わたしって運動苦手だし、出ても足引っ張るだけで楽しくないもの」 「パン食い競争とか、借り物競争とか、障害物競走なんかもあるじゃない」 「う~ん……。わたしは、まだラブみたいに女の子やめてないしなぁ~」 「あたしだってやめてないよっ!!」 「あ~そっか、ラブは始めてもいないんだっけ?」 「ひど~いっ! 由美ってば、自分は彼氏がいるからって!」 「冗談よ、愛のキューピットさん。今年はせつなの活躍を楽しみにしておくわね!」 その日の、夕ご飯後の桃園家の居間。家族四人の団欒の時間。ラブが得意気な顔で、DVDのファイルを抱えてやってくる。 圭太郎が撮影した、昨年と一昨年の体育祭の映像だった。 「これが体育祭だよ。色んな競技や演技があって、勝ち負けを競ったりして、すっごく楽しいんだよ」 「体育祭って割には、学校の体育の授業ではやったことのない種目も多いのね」 「まあ、お祭りだからなあ……」 「運動の苦手な子でも、ちゃんと活躍できる場所を作るためでもあるのよ」 「ははは、お母さんが言うと説得力あるな」 「あら、こう見えても学生の頃は」 「運動できたの?」 「ダメだった、かしら……」 『ガクッ!!』 「そこまで酷くもなかったけど、一着は取ったことがなかったわね」 「あたしは一昨年に一着取ったよね!」 「パン食い競争だけどな」 「ラブらしいわね。そこを重点的に見せてもらおうかしら?」 軽口を叩きつつも、せつなは真剣に映像をチェックしてメモを取っていく。 スポーツフェスティバル。みんなが楽しみにしている、一年に一度しかない大切なお祭り。 それは、学校だけではなく、街の人々の心を一つに繋げる役割を担ってきたもの。 大切に守っていきたい、“幸せのカタチ”の一つなのだから―― 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。四つ葉中学体育祭(前編)――』 “文化祭”と並ぶ、四つ葉中学校の二大行事の一つ“体育祭”。 生徒の自主性が尊重され、どのような内容で行うかは、各学年、各クラスから集った実行委員役員会にて決定される。 それを経て、ホームルームで、せつなはクラスメイトに今年の体育祭のスローガンを発表する。 「今年のスローガンは、クラスの団結力よ! 紅白対決ではなく、学年別のクラス戦となるわ」 クラス中からどよめきが起こる。二学期ともなると、クラスの結束も固くなっている。例年にない程、白熱した体育祭になりそうだった。 「まず、種目別に立候補を募るわ。これまでは、そうしてきたのよね?」 「うん、立候補がなければ推薦で。とにかくスポーツの得意な人に、目一杯活躍してもらうの」 「それって、東さんのことじゃない?」 「実行委員やりながらで大変だけど、全種目で出てもらえば楽勝だよな」 「では、立候補から募るわ。欠員は推薦で。今回は補欠は選出しないからそのつもりでいて」 さっそく足に自信のある者が、リレーや中距離走、長距離走の候補に挙がる。希望者の中から、それぞれ所持タイムの順に選ばれていく。 反対に、自信がないけど参加したい者は、こぞって借り物競争や障害物競走に申し込んだ。 もちろん、せつなは全ての種目に名前が挙がった。 「決まったわね。提案があるのだけど、このメンバー以外でもう一度選び直さない?」 「はっ?」 「えっ?」 「今、なんて?」 「一度全部白紙にして、このメンバー以外から出場者を決めたいの」 「それじゃあ、勝てないじゃないか!?」 「もしかして、それも役員会で決まったルールなの?」 「違うわ。私が考えた、このクラスだけのルールよ。本当の意味での、全員参加の体育祭にしたいの」 ラブのDVDを見ていて気が付いたこと。それは、同じ生徒ばかりが主だった種目に出場していることだった。配点の高い、花形と呼ばれる競技だ。 もちろん、全員参加の競技もある。借り物競走などの、運動能力が直接は関係しない競技もある。得点を付けない演技種目だってある。 それでも、「あたしも、こんなのに出てみたかったな」という、ラブの言葉が気になっていたのだ。 得意なことと、やりたいことは、必ずしもイコールってわけじゃない。 今のままでは、お祭りの輪の中に入れていない生徒がいる。 テーマは、“クラスの団結力”。だったら、結果以上に結束を大切にする体育祭にしたかった。 予想通り、クラスメイトの反応は厳しかった。運動の得意な者にとっては、全校生徒と父兄の前で活躍できるチャンスでもある。心待ちにしていた行事だった。 その上、運動の苦手な者からも賛同の声は上がらなかった。恥をかきたくはないし、何と言っても、みんな勝ちたいのだ。 「平均的に出場するのが団結力ってわけじゃないと思う。それぞれの得意な分野で力を発揮するのが協力だろ?」 「本来の力も出し切れず、最後の体育祭が惨敗に終わるなんてイヤだなあ……」 「最後の体育祭だからこそ、最高の思い出にしたいの。力を合わせれば、どんなことだってできるって信じたい。もちろん優勝するつもりよ!」 「優勝って……。全部で十クラスもあるのよ? 普通にやったって無理なのに、こんなハンデ付けて出来るわけないじゃない」 「このクラスなら――できるわっ!!」 せつなは文化祭の話を持ち出す。ラブの無茶なアドリブですら、全員で知恵を絞って乗り切った。逆境だからこそ、出し合える力もあるんじゃないかって。 ハンデすら、きっとアドバンテージに変えられる。それでこそ仲間のはずだと。 そして、トリニティのミユキのアドバイスを持ち出す。 一人の上手いダンサーが踊るより、息の合った数人のダンサーが踊る方が、遥かにパワフルで魅力的だと。 「ずっと一人だった私にとって、みんなは大切なクラスメイト。大切な仲間よ。私は、みんなと一つになって体育祭を楽しみたいの」 「みんな聞いて! せつなはこれが初めての体育祭なの。そして、中学生活で最後のだよ……。そのせつなが、自分の出番を減らしてでもって、お願いしてるんだよ?」 せつなの困窮を見かねてラブが助け舟を出す。そんなラブにしても、せつなの提案を全面的に支持しているわけではなさそうだった。 それでも最後にはせつなの案が通り、出場メンバーは選び直されることになった。 花形の中・長距離走は、結果としてあまり足の早くない者が選ばれた。それは、最終種目であるクラス選抜リレーでも同じ。特に、力の差が累積されていくリレーでは酷い結果になりそうだった。 少しでも足の速い男子を前半に集めて、由美が最後から二番目、ラブがアンカーを走ることになった。そうしないと、競争にすらならないからだ。 とにかく、団体競技を一つも落とさずに勝っていくしかなかった。 賑やかな桃園家の夕ご飯。特に行事の前後は新しい話題が尽きず、家庭の団欒も盛り上がる。 娘たちの一生懸命な気持ちが伝わってきて、あゆみと圭太郎も嬉しそうだ。ただ、その夜は少し様子が違った。 珍しいラブの溜息とぼやき。ホームルームではああ言ったものの、ラブはせつなに思う存分、体育祭を楽しんでほしかったのだ。 「というわけなの。あたしもみんなで幸せゲットしたいけど、せつなの活躍も楽しみにしてたのにな~」 「その分、私がラブの活躍を楽しみにしておくわ」 「無理だって! リレーのアンカーなんて、他のクラスは陸上部の部員とかにお願いするんだよ」 「それはもう十分やってきたでしょ。私は“みんなの力”で勝ちたいの」 「ラブ! もう、そのくらいにしておきなさい。みんながせっちゃんを実行委員にしたんでしょ」 「勝ち負けよりも、力を出し切って、悔いのない体育祭にすることを考えるんだ」 「は~、しょうがないか。せつな、二人三脚だけは必ず勝とうね!」 「だけって何よ? 私はクラスの優勝を狙っているのよ」 帰りが遅くなった日、あゆみがひっぱたいてから後、せつなの様子が一変した。性格は以前よりも明るくなり、会話にも遠慮がなくなってきた。 こんな風に、周りの反対を押し切って何かをするような子じゃなかった。いつも気持ちを抑えていて、自分は居ないものとして振舞うような子だった。 変わったのではなく、これが本来のせつなの性格なのだろう。きっと、もっと明るくなる。勝ち気で、奔放な子になる。 そんな気がして、それが、あゆみと圭太郎には何よりも嬉しかった。 「それで、せっちゃん。何かとっておきの作戦でもあるの?」 「ううん。正面から、正々堂々よ。特訓をするの!」 来週から、五~六時間目を体育祭の練習に充てられる。そこでの練習は団体戦などの全体競技に絞って、放課後にリレーや競走系の特訓をする予定だった。 せつなのクラスの競走系の選手は、主に部活動に所属していない者の中から選ばれていた。そのため、比較的時間に融通が利いたのだ。 出場者全員が自主練を承諾した。せつなが一人一人の目を見て、手を握っての、有無を言わせない“お願い”の効果だった。 せつなは部屋に戻り、図書室から借りた本を順に読んでいく。重要と思われることをノートに書き出し、個別に練習プログラムを組んでいく。 選手一人一人の体力と運動能力は、既に十分に頭に叩き込んである。根性論を言っているつもりは毛頭なかった。 結果以上に、過程を大切にしたかった。同時に、結果を残すことの重要性を、誰よりもわかってもいた。 (これまでにないくらい、楽しい体育祭にしてみせる!) それは―― 本当の意味で生まれ変わったせつなの、新しい自分への挑戦だった。 体育祭の練習が始まった。五時間目は、入場行進やフォークダンスなどの、学年合同の全体練習に充てられる。 六時間目は、各クラスの顧問と実行委員の采配で、種目別の練習が許された。 全体競技の中では特に配点の高い、綱引きの練習から始めることにした。 クラスを二つに分けて、それぞれのチームで、独自の陣形に並び作戦を立てて引き合う。 共通しているのは、体重の軽い順に並ぶこと。掛け声を上げること。空を見上げるように、体を後ろに傾けて引くことだ。 綱引きは毎年必ずやってきている。技術も十分に身に付いていて、今さら学ぶこともないように思えた。 事実、両チームの力は拮抗していて、勝ったり負けたりを交互に繰り返した。 せつなは片方のチームにアドバイスを行う。男女に分かれるのではなく、交互に並べる。列の乱れをセンチ単位で矯正して、綱を持つ手の間隔を均等に調節する。 格闘術の応用、狙いは力を分散させないこと。それだけで、以後の勝負は一方的な展開になった。 「これが基本よ。後は相手の動きを読んで、その裏をかくの。全てにおいて、一番大切なことは呼吸を合わせることよ」 せつな自身も、綱引きに加わりながら指揮を執った。半ば勝負を諦めていたクラスメイトの瞳に、わずがではあるが希望の光が宿る。 この世界で知ったこと。ダンスで学んだこと。プリキュアとして戦ったこと。 忌まわしき記憶。侵略の尖兵として受けた訓練の日々までもが、せつなに力を与えてくれる。 確かな手ごたえを感じながら、同じく全員参加の騎馬戦の移動練習、長縄跳びのジャンプ練習を進めていった。 放課後には、徒競走とリレーの特訓が行われた。 先ずはスタートの練習。出場者の大半は、陸上に限らず、ちゃんとスポーツをやったことのない者たちだ。 フォームがむちゃくちゃで、加速も十分にできないまま走り終えてしまっている。経験がない分だけ、クセとして浸透はしていない。矯正は可能と思えた。 「腕を横に振るのは構わないわ。でも、足の向きは真っ直ぐに! そうね、膝を高く蹴り上げるように走ってみて」 「たはは、せつなみたいに、フォームを切り替えて走れたらいいんだけどな~」 「東さんって普段は可愛らしい走り方するのに、競技だとまるで陸上選手みたいね」 「目的に応じて、動きを変えるのは当然よ。みんなも頑張って!」 女子の大半は、足を内股にして腕を八の字形に振る、いわゆる女の子走りだった。男子に比べて肩幅の狭い女子は、腕を横に振って回転力を得ようとする。 それは必ずしもマイナスではないのだが、体の軸がブレやすく、推進力を左右に分散してしまいがちだ。 膝を高く上げれば、自然と足は真っ直ぐになる。前傾姿勢で、体幹を意識して頭を振らないように走る。それで、見違えるほどに速くなった。 これも、ダンスでいうところの心棒を応用したトレーニング方法だった。 リレーでは、徹底的にバトンパスの練習を繰り返した。バトンゾーンをいっぱいに使って、加速しながら受け渡す。ただ、それだけの練習だ。 スタートダッシュ、加速走行、そして全力走行。この一連の流れを、一つのモーションとして捉える。 走り込むのではなく、フォーム作りに特化した練習方法だった。 体育祭まで、残り一週間しかない。必勝を誓い、厳しい練習は週末も休みなく続けられた。 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。四つ葉中学体育祭(後編)――』へ続く