約 1,207,314 件
https://w.atwiki.jp/ffwm/pages/40.html
桃園ラブ&キャスター(溝呂木眞也)◆k7RtnnRnf2 00/ヒカリを取り戻した悪魔―メフィスト― 桃園ラブは星空を見上げていた。 『スノーフィールド』という名前のパラレルワールドが、どんな場所なのかを彼女は知らない。手元にあったスマートフォンによると、聖杯戦争という戦いの舞台になっている世界らしいけど……実感が湧かなかった。 だけど、今が只事ではないのは理解できる。リンクルンで蒼乃美希達と連絡しようとしたけど、何故か繋がらない。ピルンも不調を訴えているように、身体を捩っていた。 「ピルン……大丈夫だよ。あたしは、プリキュアの力で誰かを傷付けたりなんかしないから!」 「……キーッ!」 ラブは優しく笑顔を向ける。すると、同じようにキルンも笑ってくれた。 ラビリンスの悪巧みで不安になっている人達を、こうやって何度も励まして、フレッシュプリキュアは人々の幸せを守り続けてきたのだから。 美希は完璧に。 祈里は信じて。 せつなは精一杯頑張って。 ラブは……みんなで幸せゲットできるように、力を尽くしてきた。 それはこの世界でも変えるつもりはない。誰もが不幸にならない為にも、聖杯戦争を止める……聖杯は願いを叶えてくれると書いてあったけど、とても信じられなかった。 「それがお前の願いか……マスター」 決意を固めるラブ達を見守るのは、黒装束に身を包んだ大男。 彼こそが、キャスターのクラスとして召喚されたラブのサーヴァントだった。 「えっと……あなたがあたしのサーヴァントの……キャスターさん、でしたよね」 「ああ。まさかお前のような子どもが俺の上司とはな……フッ、どうやら俺は子どもに縁があるみたいだな」 「えっ? あの、もしかしてあなたは学校の先生か保育士でもやっていたのですか……?」 「だとしたら、どうする? 俺に子守りでもして欲しいのか」 「いえ、結構です……」 やや皮肉げに笑うキャスターの言葉に、ラブは否定する。 彼の瞳は猛獣のように鋭く、そして全身からも重苦しい雰囲気を放っていて、一緒にいるだけで緊張感が走った。 こんな男が子どもと触れ合う姿が全く想像できない。カオルちゃんとはまた違った意味で怪しげで、そして怖かった。もしもラブがもう少し小さかったら、絶対に泣き出してしまうかもしれない。 そして今、そんなキャスターはラブのことをまじまじと見つめている。 いや、正確にはこの手に持つリンクルンに視線を注いでいるようだった。 「……あの、どうかしましたか?」 「お前……光を持っているのか?」 「光?」 「お前からは光が感じられる。俺が見てきたものに比べれば、微々たる光だが……闇を振り払い、そして人を救ってきたのか」 唐突過ぎる問いかけだけど、それは決して無視できない。 ラブにとって全ての始まりとも呼べて、今でも決して忘れることができないトリニティのコンサートが行われた日。あの時、プリキュアの光と巡り会ったことでキュアピーチとして覚醒し、それから多くの心を救った。 すべてを賭けてイースとぶつかり合って……本当の友達になった。トイマジンを憎しみから解放して、おもちゃ達の幸せを取り戻した。自らの過ちを悔んだ友達の為に、プリキュアとなって戦った。 だから、キャスターの言葉は間違っていない。 「だがな、人の心は弱く、世界は闇で満ちている……だから人はそれにたやすく呑まれてしまう」 「えっ!? それは違います! だって……!」 「何故なら、俺がそうだったからだ」 ラブの反論を無視するように、キャスターは語る。 その表情からは、どこか後悔の想いが感じられた。まるで、親友の東せつながイースであった頃の過ちに苦悩していたように。 「俺はかつて、ビーストという人間に仇なす怪物達と戦っていた。奴らは世界の闇に潜み、人間達を襲い、恐怖と絶望を餌としていた…… そいつらを滅ぼす為に俺は力を求め、武器を手にし、戦った……戦い続けた。 だがな、それは間違いだった」 「間違いって……何が間違いだったんですか? そのビーストって奴らから……あなたはみんなを守る為に頑張っていたんじゃ……?」 「それは違うな。 俺の中にはビーストへの恐怖心がいつだって潜んでいた。それを振り払う為に力を求めたが、いつしかそれに溺れてしまい……闇に利用された。 そして俺はおぞましい悪魔……メフィストとなって、人間達を苦しめた。 力に溺れてしまった俺は、まるで全能の神にでもなったつもりなのか……人間達の希望を平気で踏み躙り、そして多くの絶望を生み続けたのさ」 キャスターの言葉を耳にし、そして瞳を見る度に……ラブは胸が締め付けられてしまう。 彼が何を見てきて、そして何を感じてきたのか。出会ったばかりのラブに知る術など持っている訳がない。 だけど、少なくとも彼は優しい人間であるはずだった。始めは、みんなの為に頑張りたいと思って悪い奴と戦い、みんなの幸せを守っていた。そんな尊い決意は、プリキュアのみんなだって持っている。 それが何かのきっかけで歪んでしまい、不幸が生まれてしまった。 ふと、ラブは考えてしまう。 もしも彼の隣に自分がいたら、彼のことを救うことができたのかと。キャスターと一緒にビーストと戦って、平和に暮らしている人の笑顔を見守り、間違えたことをしそうになったら……本気で止める。 そんな可能性が過ぎってしまい、心が痛くなった。 管理国家ラビリンスだけではない。妖精学校や夢の世界に向かって、妖精や子ども達を救う為に戦ったことだってある。 その度に、みんなが幸せになれたとラブは信じていたけど……それは違った。不幸はどの世界でも生まれていて、たくさんの人が悲しんでいた。 ここにいるキャスターだってどこかで苦しんでいたはずなのに、ラブはそれに気付くことができなかった。本当なら彼らが生きる世界にも赴いて、そして救わなければいけなかったのに。 いたたまれなくなって、何を言えばいいのかわからなくなってしまう。 あなたは悪くありません、なんて否定は意味がない。 これから一緒に罪を償いましょう、なんて励ましを言っても、心に届くとは限らない。 彼はせつなと同じだった。 過去の過ちを抱え込んで、それに苦しみ、自分を愛せなくなっている。きっと、帰る場所だってないかもしれない。 しかし、キャスターの為に何をしてあげればいいのか、ラブには思い浮かばなかった。せつなと違って出会ったばかりの男の人だから、どうすれば幸せにできるのかなんてわかる訳がない。 それでも、彼のことを救ってあげたかった。 「キャスターさん……あの、あたし――――!」 ――――グアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァッ! ラブは言いかけたが、そこから先は続かない。何故なら、彼女の言葉を遮るかのような叫び声が、闇の中より発せられたからだ。 耳をつんざく叫びは鼓膜で暴れ周り、そして周囲を容赦なく震撼させる。それはもはや声などではなく、暴風と呼ぶのが相応しかった。 唐突すぎる咆哮にラブは跳び上がってしまい、反射的に振り向く。そうして現れた生物を前に、彼女は目を見開いた。 ――――グアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァッ! 「ナ、ナ、ナ、ナケワメーケ!?」 ラブが見上げているのは、全長40メートルは軽く超えるであろう、不気味な生物。その外見はナケワメーケやナキサケーベはおろか、ソレワターセよりも遥かに禍々しい。 骸骨のような頭部からは凄まじい迫力が放たれていて、蛇腹状の筋肉も異様なまでに盛り上がっている。身体の至る所には結晶のような物が飛び出ているが、美しい輝きなど放っていない。 まるで、怪獣と呼ばれても何らおかしくなかった。 ――――グアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァッ! 「えええええええええぇぇぇぇぇぇぇっ!?」 そして現れた怪獣は、隕石のような拳をラブに向けて振り下ろしてくる。 プリキュアに変身する暇もない。混乱した思考では、その為に必要な動きを取る余裕がなかった。 「捕まれ!」 「きゃあっ!」 だけど、そんなラブの身体をキャスターは強く抱き寄せて、そして勢いよく走り出す。その脚力は人間とは思えないほどに凄まじく、プリキュアに匹敵するほどだ。 派手な爆音が鳴り響き、二人の頭上に土埃が止め処なく降り注いだ。ラブはキャスターの腕の中で、先程まで立っていた場所が拳で潰されたのを見る。 キャスターがいなければ、今頃はあの拳の下敷きになっていた。それに気付いて、ラブは命の恩人の顔を見上げるが、当の本人は怪獣を睨んでいる。まるで、憎むべき仇を見つけたように、瞳は鋭くなっていた。 「キャスターさん?」 「マスター、お前はここにいろ。奴は俺が片付ける」 「えっ? あの、待ってください!」 キャスターはラブに見向きもせず、怪獣を目掛けて走り出す。 どんどん離れていく背中を呼び止めようとした瞬間、男の身体から眩い光が放たれ出した。闇を払い、全てを照らす太陽のように眩く、そして暖かい。 その輝きに思わず目を瞑ってしまう。しかし次の瞬間には、ズシンと、凄まじい振動が足元から伝わってきた。 ゆっくりと瞼を開けると、そこには一人の巨人が降り立っていた。 「…………えっ?」 山のように大きな背中は、背骨のような飾りが備わっていて、一見すると近寄りがたい。しかし、ラブはそれが恐ろしいとは思わなかった。 黒と赤に彩られた背面からは、デジャビュを感じてしまう。つい先程、怪獣に立ち向かった男の背中とよく似ていた。 「あなたは……もしかして、キャスターさんですか!?」 ラブは大声で問いかけたが、巨人は返答もせずにただ怪獣と睨み合っている。 根拠はないけど、ラブは確信していた。ここに現れた巨人の正体は、あのキャスターであり、そしてたった一人で戦おうとしていることを。 † キャスターのクラスで召喚されたダークメフィスト/溝呂木眞也は己の運命を嗤っていた。 ビーストと戦う為の力を求めて、それに溺れてしまい、挙句の果てに影(アンノウンハンド)の操り人形となってしまった。神に迫る完全たる存在になったと驕っていたが、実際はただの道具に過ぎず、アンノウンハンドに踊らされていただけ。 その報いなのか、サーヴァントという名の道具になって、再びメフィストとして戦うことになった。しかも従う対象が、自分よりも遥かに幼い少女。 皮肉なものだ……そう、メフィストは自嘲する。 (俺の過ちを正せと……そういうことなのか?) 溝呂木に残った最期の記憶。かつてあれだけ執着していた西条凪の腕の中で、人間として罪を償って生きろと告げられた。 死んで楽になることは許されない。己がマスター・桃園ラブを守り、彼女の願いを叶える為の戦士になる……それが、贖罪なのか? ――――グアアアアアアアアアアアアアアッ! 「フンッ!」 目前より迫るのは、これまでに見たことがない新手のビースト。恐らく、敵となったマスターが使役する大型のサーヴァントだろう。 奴は耳障りな叫び声をあげながら拳を振るうも、メフィストは跳躍することで軽々と避ける。そのまま背後に回り込んで、無防備な背中を目がけて前蹴りを叩き込んだ。 何の抵抗もできずに、ビーストは地面に倒れ伏せる。多くの人間を絶望に追いやった力は、未だ健在らしい。 当然ながら、たった一発で死ぬ訳がなく、起き上がったビーストは殺意で満ちた視線を向けてくる。だが、メフィストはそれに構わず、懐に潜り込んで顎を殴り付けた。 その巨体は宙を舞った後に、遥か遠くに吹き飛ばされた。 「ハアッ!」 だが、それで終わることなどせずに、追いうちをかけるようにメフィストクローからエネルギー弾を発射する。一秒間に連続で放たれた力は、ビーストの巨体で爆発を起こした。 一度は消えたはずの鉤爪は、どうやら再びメフィストの力となるらしい。運命は、犯した大罪を忘れさせてはくれないのだろう。 ウルトラマンを幾度も苦しめてきたその武装は、彼にとって罪の証とも呼べる代物だが、決して悲観などしない。この状況で一つでも多くの武装があるのは好都合で、己の力として利用させて貰うだけだ。 (孤門、姫矢……お前達も、こうしてビーストと戦っていたのか?) 不意に、彼の脳裏にかつて戦ってきた者達の姿が浮かび上がる。 孤門一輝。一度は操り人形として変貌させようと企んだが、それに屈することなどせずに運命と戦ってきた坊やだ。恋人である斎田リコを殺し、ファウストという魔人に変えて弄った溝呂木を憎んだが……決して殺意を見せなかった。孤門自身も、一度は溝呂木によって闇の申し子にされかかったにも、関わらずだ。 姫矢准。ウルトラマンの光を得て、幾度もメフィストやファウストと戦った男だ。たった一人で人類の為に身を捧げ、その果てに終焉の地でメフィストを打ち破った。その背中には、数え切れないほどの命を背負っていたのだろう。 そして千樹憐。己の意志と力だけでメフィストに変身した溝呂木に協力した青きウルトラマン。彼のことは何も知らないが、孤門や姫矢のような赤く熱い鼓動を宿らせているだろう。 彼らは今のメフィストのように、何度もビーストと戦っていた。どれだけ傷付こうとも、無様に逃げ出そうとせずに立ち向かった。 ――――グアアアアアアアアアアアアアアッ! メフィストクローでビーストの体表を切り裂く。 耳障りな悲鳴をあげながら、敵は後退した。剛健な体躯を誇っているが、メフィストからすれば恐れるに足りない。 常人なら一瞬で失神するであろう威圧感もメフィストにとっては見慣れたもので、最早そよ風に等しかった。生前、数多のビーストを使役した今となっては、たかが一匹程度で畏怖するなどあり得ない。 もう一度。今度は体表から生えた結晶を砕くように、メフィストクローを突き刺す。そこから左腕にエネルギーを込めて、目前から暗黒の弾丸を放ち、巨体を吹き飛ばした。 ドガガガガガガガガッ! と、クロムチェスターの光線に匹敵する程の轟音が鳴り響き、震動が全身に伝わる。視界と共に地面も揺れるが、メフィストはひたすらにエネルギー弾を放ち続けていた。 一発命中する度に、凄まじい爆発がビーストの体表で起きる。奴は悲鳴を発しているだろうが、それは爆音によって掻き消されていた。 (マスター……お前には俺が何に見える? 人類を救う救世主か? あるいは、平穏を脅かす悪魔か?) ビーストが苦しむ姿に目を向けず、豆粒のように小さい己がマスターに振り向く。 彼女は困惑したようにメフィストを見上げている。この姿を恐れているのか、それとも未だに戦いを受け入れられないのか。あるいはその両方か。 この姿は人類を照らす光の申し子ではなく、影によって産み落とされた悪魔の成れの果て。例え影から解き放たれたとしても、人間にとってはおぞましい存在と見られるかもしれない。 ――――お前は人形……ただの、道具だ!―――― 脳裏に影・アンノウンハンドの嘲りが響き渡る。 奴は今もどこかで自分を見つめて、虎視眈々と狙っているのではないか。キャスターだけではなく、この手で守らなければならないマスターすらも。 石堀光彦という男の仮面を被り、ナイトレイダーの隊員を装って、今も人間達を嘲笑っているはずだ。 それこそ、闇から解き放たれた溝呂木を、サーヴァントという名の人形と見下していることすらも考えられる。 ……そんな不安が湧き上がるも、メフィストは振り払った。 余計な思案などしてはそれが戦闘中における隙となってしまい、敗北する。こんなのは初歩の初歩だ。 ただ、この手でビーストを屠り、マスターを守る。今はそれだけさえあれば十分だ。 (凪……お前は俺を笑うか? 蔑むか? お前は言ったな、俺は人間として生きて……償うべきだと。 だが、こんな形で戦うことになると知って、何を思う?) 例え贖罪を決意し、一人の少女を守ろうとしても……己が怪物であることに変わりはない。そんなメフィストを見たら、果たして西条凪は何を想うか。 マスターとなった少女を支えるか。それとも、少女を守る為にメフィストを討ち取ろうとするか。あるいは、贖罪の手助けをするか。 ビーストに攻撃を加える度に、疑問が湧き上がる。違う肉体を手に入れたとしても、彼女への未練が消えることはない……メフィストはそれを改めて認識するが、凪への想いはもう届かない。 ――――グアアアアアアァァァァァァッ……! 幾度にも渡るメフィストの攻撃によって、既にビーストの叫びは弱々しくなっている。 決着を付ける時だ。メフィストは再び膨大なるエネルギーを両腕に込めて、L字を組む。ダークメフィストが誇る必殺光線……ダークレイ・シュトロームの構えだ。 漆黒のエネルギーはビーストを目がけて突き進み、その巨体を貫く。ウルトラマンネクサスが、こうして何度もスペースビーストを打ち破ってきたように……今度はダークメフィストが、ビーストを打ち破ろうとしていた。 オーバーレイ・シュトロームに匹敵する威力に、ただ頑丈なだけのビーストが耐えられる道理などない。辺り一帯を揺るがすほどの爆発音を轟かせながら、細胞一欠けらも残さず消滅するだけ。 その大爆発によって、ほんの一時とはいえ周囲は光で照らされていった。 † 目の前で繰り広げられていた戦いは、プリキュアとして幾度も戦ってきたラブですらも立ち尽くしてしまうほどだった。 キャスターという謎に満ちた男はただの人間ではない。プリキュアのように……いや、プリキュアよりも遥かに大きくて強そうな巨人に変身して、怪獣と戦っていた。まるでTVの特撮ヒーローのようで、思わず息を呑んでしまう。 そんなキャスターは今、元の姿に戻ってラブの前に立っていた。 「キャスターさん、あなたは一体……?」 「見ろ。これが俺の力だ」 己の力を誇る訳でも、勝利を喜ぶ訳でもなく……淡々と結果を告げる。その瞳は相変わらず寂しげに見えた。 「マスター……お前は言ったな。誰のことも傷付けたりしないことが、お前の願いだと」 「は、はい! みんなには笑顔でいて欲しいですし……こんな戦いに乗ってまで願いを叶えるなんて、あたしは嫌です!」 「そうか」 ラブの想いをキャスターは肯定する。 自分自身の幸せを、そしてみんなの幸せを潰すことなんてラブにはできない。 聖杯を手に入れて幸せを手にしたとしても、それは自分で掴み取った幸せではない。どんなに苦しく、間違えることがあっても……自分で努力して掴まなければ、心から幸せになれなかった。 聖杯は、ラビリンスが生み出した人工コンピューター・メビウスと同じだった。 メビウスに管理された世界には悩みや苦しみはないけど、幸せと思いやりだってなくなってしまう。失敗し、何度でもやり直すからこそ……人は幸せになれる。 そのチャンスを奪って、人を不幸にしてまで願いを叶えても、その先にあるのはもっと大きな不幸だけだった。 「ならば、忠告をしておく」 「忠告?」 「『怪物と戦う者は気を付けろ。深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ』……そんな言葉があるみたいだぜ」 「し、しんえん……? えっと、新年の挨拶ですか?」 「………………」 間の抜けたラブの答えにキャスターは溜息を吐く。 「…………要するに、俺達はいつでも狙われている。お前がどんな願いを抱こうとも、聖杯を求めて戦う者からすれば……そんなのはただの綺麗事。 お前は隙だらけだ。例えどれだけ大きな光を持っていようとも、甘さが命取りになるぜ」 「……やっぱり、聖杯が欲しくて戦う人って、いるのですか? 自分の為に、誰かを不幸にする人も……」 「いなかったら、最初からこんな戦いなんて起こる訳がないだろう?」 冷徹とも取れるキャスターの言葉だが、ラブはそれを否定することができない。 何故なら、ラビリンスが人々を不幸にしてきた光景を、ラブは何度も見てきたのだから。せつな達がまだラビリンスの幹部だった頃、ナケワメーケ達を使ってFUKOのゲージを貯めていて、それを少しでも食い止める為にフレッシュプリキュアは戦っていた。 サウラーがナケワメーケでみんなのお母さんを消して、ノーザがソレワターセを使ってあゆみを鏡の中に閉じ込めたように…………聖杯を手に入れる為に、手段を選ばない人は必ずいる。 キャスターはそれを伝えたかったのだろう。 巨大なサーヴァントが倒されて、それを操るマスターがどうなったのかを知らない。 無事でいるとは思えない。しかし、ラブには戦ってくれたキャスターを責めることはできなかった。彼が戦ってくれなければこの命を奪われていただろうし、何よりも街に生きる人達が犠牲になってしまう。 ……けれど、この結果を『仕方がない』という一言で片付けたくなかった。 「闇はいつでも俺達を狙っている。少しでも隙を見せたら、かつての俺みたいになるぜ?」 「それって、キャスターさんのことを言っているのですか? でも、今のキャスターさんはあたしを助けてくれたじゃないですか! あなたは悪い人じゃ……!」 「それが甘いと言っているんだ! 俺は確かに闇から解放されたが、奴らは俺をまた操り人形にするはずだ。いや、俺だけじゃない……マスターまでもが、道具にされるだろうな。 そうなったら、マスターの左手に刻まれた令呪で、俺は殺されるだろう」 「えっ!?」 キャスターの衝撃的な発言に、ラブは動揺する。 そして彼が示した、左手の甲に描かれている紋章……令呪に目を向けた。 「確か、そいつさえあれば俺達サーヴァントにどんな命令でも与えられるらしいな? なら簡単だ……もし俺が用済みになっては、マスターの意志を奪った影は、そいつで俺に命令させるだろう。自害しろ、ってな……」 「そんなこと、できるわけありません! キャスターさんの自由を奪って、あなたの幸せを奪うようなことをするなんて! もしも影が襲ってくるのなら……あたしも影と戦います! みんなを不幸にする奴らなんて、絶対に許せませんから! 例え、また影があなたを狙ったとしても、あたしは止めてみせます……令呪じゃなくて、あたし自身の力で!」 令呪に願いを込めれば、どんなことでもサーヴァントは叶えてくれるらしい。だけど、それで止められたとしても、何の意味があるのか。 かつてイースであったせつなをラビリンスから抜け出させる為に、ラブは自分の全てを賭けて戦った。彼女の悲しみと涙を止める為に、全力で想いをぶつけたからこそ、お互いにわかり合うことができた。 だから、もしもまたキャスターが悪いことをしそうになったら、ラブの力だけで止めなければならない。魔法のランプのような力に頼らず、自分自身の想いを込めて。 「お前は何も知らないから、そう言える。例えマスターがどんな戦いを乗り越えていようとも、奴らは狡猾で、そしてあらゆる手段で人間を絶望させてきた。 俺を止める? ハッ……変わったことを言うマスターだ」 「そうかもしれません……でも、諦めたくないんです! 自分の幸せも、キャスターさんの幸せも……両方ゲットしたいから!」 「俺の幸せ?」 「キャスターさんがどんな人で、何が好きで、何が嫌いで、どうすれば笑ってくれるのか……あたしはわからないです。でも、あたしはあなたのことを知りたいと思っています!」 「俺が、お前のサーヴァントだからか?」 「違います! マスターとか、サーヴァントとか、そんなよくわからないことなんかじゃなくて……あなたにも幸せになって貰いたいから!」 それがラブの想いだった。 せつなの幸せをせつなと共に探したように。今度はキャスターと共に、キャスターの幸せを見つけたいと願っていた。 聖杯に頼らず、自分自身の力で。 「…………そんなもの、考えたこともないな。誰かを絶望させ続けた俺が、今更幸せになど……」 「なれますよ! あたしも、一緒に探しますから! じゃあ、あたしからマスターとしての最初の命令を言います!」 「命令?」 「あたしと一緒にやり直しながら、キャスターさんの幸せを見つける! はい、これがあたしからの命令です!」 令呪の力を借りず、何の強制力もないラブの"命令"。キャスターの贖罪を手伝いながら、キャスター自身が本当の幸せをゲットできるように頑張ることだった。 当のキャスターは一瞬だけ呆気にとられるも……すぐに苦笑を浮かべた。 「全く、どこまでも変わったマスターだ」 「あっ! それ、どういう意味ですか?」 「言葉の通りだ。お前は甘い……甘すぎる。だが、他ならぬマスターからのご命令だ……覚えておこう」 「本当ですか!?」 「ああ。しかし、忘れるな……俺達は狙われていることを。ここは戦場で、ビーストの他にも敵が大勢いるってことをな」 キャスターの言葉は相変わらず胸に刺さるが、それでもラブは決して挫けたりなどしない。 こうすることで、彼との距離が少しだけでも縮まり、お互いがわかり合えるきっかけになったはず。だから、キャスターの言葉をしっかりと胸に叩きこんだ。 「わかりました。キャスターさん……一緒に、頑張りましょう! みんなの為にも、そして……あなたの為にも!」 みんなの幸せの中には、キャスターだっていなければならない。 それこそが、この世界でやるべきことだと桃園ラブは確信していた。 【クラス】 キャスター 【真名】 溝呂木眞也@ウルトラマンネクサス 【ステータス】 筋力B 耐久A 敏捷A 魔力A+ 幸運C 宝具B 【属性】 混沌・善 【クラス別スキル】 陣地作成:A+ 魔術師として、自らに有利な陣地を作り上げるスキル。 かつてはダークメフィストとして幾度もダークフィールドを生み出していたが、今の彼は影から解放されているのでダークフィールドを生み出せない。 彼が形成する空間は、メタフィールドと同等の性質を持つ。 道具作成:- かつてはその手で殺した人間を操り人形にしてきたが、今の彼にその力は存在しない。 同様にビーストの使役も不可能。 【保有スキル】 贖罪:A 人間として生きて、己が罪を償うと誓った彼が手に入れた光。 これを掲げた時、彼は光を持つ悪魔へと変身することができる。 【宝具】 『影より解き放たれ、過ちを正そうと誓う悪魔(メフィスト)』 ランク:B 種別:対軍宝具 レンジ:- 最大捕捉:- 影の力ではなく、光によって再び姿を現した悪魔。 ダークエボルバーを必要とせず、自らの心に取り戻したことで変身したその姿はまさにウルトラマンと呼ぶに相応しい。 己の罪を償うという決意に答えたのか、その手に持つメフィストクローも人間を守る為の力となっている。 闇の色を持ちながらも、そこには溝呂木眞也という男が最期に抱いた真っ直ぐな決意が込められるようになった。 『異空間(メタフィールド)』 ランク:EX 種別:対界宝具 レンジ:- 最大捕捉:- ウルトラマンが本来の力を発揮する為に作り出す空間で、ここにスペースビーストを引き摺りこむことで有利に戦える。 現実世界から確認することは不可能で、突入も極めて困難。突入にはハイパーストライクチェスターあるいはそれに匹敵する規模の武装が必要とされる。 かつてはダークフィールドと呼ばれ、闇の巨人とスペースビーストを有利にさせてウルトラマンの力を奪う為の空間だったが、今の彼にその意思はない。 光を強化させる空間となったが、展開する為には多大な力を消耗し、一定時間を過ぎると自動的に消滅してしまう。故に三分間の使用が望ましい。 善の属性を持つサーヴァントのステータスを一ランク上昇させて、悪の属性を持つサーヴァントのステータスを一ランク減少させる。 【Weapon】 ダークメフィストとしての力 メフィストクロー 【人物背景】 かつてはナイトレイダーの副隊長として人類に仇なすスペースビーストと戦っていたが、次第に力に渇望して、そこを影―アンノウンハンド―に付けいられてしまった。 アンノウンハンドによって操り人形とされ、ダークメフィストとなった彼は斎田リコを始めとした多くの人間を殺め、そして姫矢准が持つウルトラマンネクサスの光を求めた。 その果てに彼は、終焉の地に誘き寄せたウルトラマンネクサスを処刑しようとするも、ナイトレイダーの力によって復活したウルトラマンに敗れ去る。 それ以後、溝呂木眞也は記憶を失ってしまい、TLTに拘束される。そこで全ての記憶を取り戻し、自らの罪に苦悩するも、それに対する贖罪を決意する。 だが、新たにアンノウンハンドの操り人形となった三沢広之/ダークメフィスト・ツヴァイの不意打ちによって傷を負ってしまうが、己の力で光を集めて再びダークメフィストに変身し、千樹憐が変身するウルトラマンネクサスと共に戦う。 メフィストはメフィストツヴァイを抑え込み、自らもろともウルトラマンネクサスに打ち破るように懇願した。 最期、人間としての心を取り戻した彼は、特別な想いを寄せていた西条凪の腕の中で静かに息を引き取った。 声優の沖佳苗氏は特撮雑誌・宇宙船のコラムにて、溝呂木眞也というキャラクターについての思い入れを語ったことがある。 【サーヴァントとしての願い】 己の罪を償い、マスターを守る。 【マスター】 桃園ラブ@フレッシュプリキュア! 【マスターとしての願い】 聖杯に頼らず、キャスターさんの幸せを見つけてみせる。できることなら犠牲を出したくない。 【weapon】 リンクルン 【能力・技能】 伝説の戦士・プリキュア……キュアピーチに変身して、大きな戦闘能力を発揮することができる。 桃園ラブ本人は料理が得意で、ダンスのレッスンを受けているので人並み以上の体力を持っている。 ただしリンクルンの通話機能に関しては、聖杯戦争の世界に限定。 【人物背景】 何事にも前向きで一生懸命。自分よりも他の誰かの為に行動し、いつだってみんなの幸せを守ってきた。 憧れのダンスチーム・トリニティのダンスコンサート会場にラビリンスの怪物・ナケワメーケが現れた時、トリニティのリーダー・知念ミユキを守りたいと願ったのをきっかけに、キュアピーチとして戦うようになった。 それ以降、スウィーツ王国の妖精にして王子のタルトや、赤ちゃん妖精のシフォンと出会う。そして幼馴染の蒼乃美希と山吹祈里も、それぞれキュアベリーやキュアパインとして覚醒し、彼女らと共にラビリンスから幸せを守ると決意する。 ある時、友達と信じていた東せつながラビリンスの幹部・イースであることを知った時は動揺し、戦えなくなったものの、美希の叱咤を受けて立ち上がり、彼女と気持ちをぶつけ合った。その果てにせつなはラビリンスによって強制的に寿命を終了させられるも、駆け付けたアカルンによりキュアパッションとして生まれ変わる。 そうして自分自身の罪と戦うと決意したせつなを受け入れて、フレッシュプリキュアは結成された。 彼女達は絆を深め合いながら人々の幸せを守る為に戦い、そしてラビリンスから全てのパラレルワールドを守り抜いた。 【方針】 聖杯に頼らず、キャスターさんの幸せを見つけてみせる。 【把握媒体】 ウルトラマンネクサス 全37話の特撮作品(外伝1話、前日談となる映画が一作) 昨年、コミカライズ版も発売された。 短編小説はあるが、こちらは現在では入手困難。 フレッシュプリキュア! 全50話のアニメ作品(劇場版1作、他シリーズと共演する映画シリーズが複数) コミカライズ版や後日談となる小説版も発売されている。
https://w.atwiki.jp/seiyu-coversong/pages/2493.html
原曲・吉川晃司 作詞作曲・吉川晃司、編曲・吉田建 俳優・歌手の吉川晃司が1992年に発表した楽曲。 【登録タグ 1992年の楽曲 J-POP 吉川晃司】 カバーした声優 高塚智人 山谷祥生
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/1019.html
クローバーフェスティバルの特別ゲスト、トリニティがステージに上がる。ミユキ、ナナ、レイカ。たった三人の登場で会場が別の空間に姿を変える。 彼女たちの声に、視線に、魔力でもあるかのように。一挙手一投足に神秘の力でもあるかのように。 全ての観客の意識を独占する。バラバラに楽しんでいた人々が一つに繋がっていく。せつなも、美希も、祈里も―――― ただ一人――――ラブだけを残して―――― 「ラブ――――ラブ――――どうしたの?」 せつながラブの様子のおかしいのに気付いて声をかける。 喜びと興奮に包まれる会場において、一人切なく悲しそうな表情を浮かべる。 拳は固く握り締められ、相当な力が込められていることを示すように両腕が小刻みに震えていた。 「せつな……。大丈夫、なんでもないよ。トリニティのダンス、やっぱり凄いね」 「ええ……そうね」 せつなはそれ以上は追求せずに、ラブの拳をそっと開いて手を握った。 それでラブも落ち着いた様子だった。しかし、ステージが進むうちに再び様子がおかしくなる。 何かをこらえるような表情、せつなの手が痛みを感じるほど強く握られる。もう――――理由を聞くまでも無かった。 せつなの表情が後悔に歪む。ダンス大会で優勝したクローバーには、本来はプロデビューへの道が開けていたはずだった。 だが、せつながラビリンスへの帰還を宣言したことでクローバーは本来の姿を失った。残された三人はせつな抜きで続けることを望まなかった。 美希と祈里もまた、それぞれモデルと獣医の夢を追うことになり、クローバーは解散した。 ただ一人――――ラブの夢を置き去りにして。 …………………………………………………… ………………………………………… ……………………………… …………………… 「今のは――――夢? フフッ、寝ている間に見る記憶の断片も、そういえば夢と言うんだったわね」 いっそ、夢であったらいいのにと思う。悪夢と呼ばれる類の、ありもしない妄想だったらいいのにと思う。 でも、全ては本当にあった出来事。夏祭りの思い出の一つ。 「だったら、せつながみんなの幸せを選ぶなら、あたしはせつなの幸せを選ぶ」 ほんの数時間前の記憶がその夢に重なる。 “自分の幸せとみんなの幸せ”そのどちらかしか選べないとしたら、せつなは迷わず後者を選ぶと答えた。 そんなせつなに対してラブは宣言したのだ、そうしたら全員が幸せになれるからって。 「そんなはず――――ないじゃない……」 ラブ、美希、祈里で倒れるまで練習して、やっと望んだダンス大会。それをイースがメチャクチャにしてしまった。 それでもラブは平気だって答えた。心配してくれる人がいる幸せを見つけたからって。結果、あれほど夢中になっていたダンスを中断してしまった。 そしてついに優勝を手にしたのに、直後にせつながラビリンスに旅立ってしまった。結果、クローバーは解散を余儀なくされた。 それでもラブは自分を省みることもなく、せつなを笑顔で送り出してくれた。 「何が――――どちらかなんて選べない……よ。いつだって自分は後回し、そんなのラブだって同じじゃない」 出会った時からそうだった。ラブは、自分が欲しかった幸せの素をせつなにプレゼントしてしまった。 まるで――――始めからせつなのために求めていたかのように。 いつだってそうだった。ラブは始めからずっと、自分の幸せを諦めてでもせつなの幸せを選んできたのだ。 そして今回、はっきりと約束してしまった。それはラブの中で揺るがぬ誓いとなるだろう。今後訪れる、あらゆる選択に影響を与えるだろう。 「ラブから、離れるべきなのかもしれない。今ならまだ間に合う。別れてラブが失うものは、せつなという親友だけなのだから」 決心も固まっていない言葉を口にする。それだけで、出口のない暗闇の中に突き落とされるような気持ちになる。 構わないと思った。辛くても、苦しくても、ただ耐えるだけでいいなら慣れている。 いつかまた別れる日が来る。それは承知の上での再会だったのだから。 ひとつだけ心残りがあった。 夢とは何なのかってこと、それを知りたかった。幸せを導く大切な願い。わかるのは、ただそれだけ。 せつなの夢。みんなを笑顔と幸せでいっぱいにしたいという想い。これとラブや美希や祈里の夢は果たして同じなのだろうか。 「私の夢はみんなの夢とは違うの? だとしたら、本当の私の夢を見つけられたら、何かが変わるのかしら」 トゥルル――――トゥルル――――トゥルル―――― トゥルル――――トゥルル―――― トゥルル―――― 聞きなれない音に思考が中断される。音の発信源は机の奥からだ。暗闇の中で引き出しの一つが淡い光を放つ。 “異空間通信機”ラビリンスを発つ前にサウラーから手渡されたもの。携帯電話に偽装されており、距離を無視して異なる空間の通話を可能とする。 この世界ではオーバーテクノロジーと位置付けられるもの。だから、普段は机にカギを掛けて決して持ち歩くことはない。 ラビリンスを発って半年足らず、これが初めての通信だった。 「せつなよ。何かあったの?」 「よお、イース。元気か? なんだ、あんまり元気じゃ無さそうだな」 「ウエスター……雑談に付き合う気分じゃないの。そちらで問題でも起きているの?」 「その逆だ、全く何事もなく順調だ。だからもう――――お前が意に沿わない仕事をする必要もなくなった」 「何が言いたいの?」 「楽しそうならこのまま切るつもりだったんだがな。もしそちらで上手くいってないのなら――――」 「――――帰ってこないか?」 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。せつなが帰る日(前編)――』 クローバーコレクションの会場、四つ葉記念ホールに長蛇の列ができる。収容人数二千人の会場を埋め尽くす。 その舞台裏では、モデルがプロのメイクと打ち合わせしながら最終調整を急ぐ。髪型、化粧、ネイルと衣装とのバランスをギリギリまで突き詰めていく。 そして、緊張と興奮の高まる中、ついにステージが幕を開く! 巨大バックモニターに、モデルのプロフィールが契約ブランド名と共に映し出される。 暗い会場に巨大な十字架が点灯する。“クロスランウェイ”と呼ばれる全長三十メートルにも及ぶモデルの花道だ。 ダイナミックな音楽が鳴り響く。“ランウェイビート”と呼ばれるバックグランドミュージック。会場の全ての照明が点灯して、煌びやかにコレクションの舞台を彩る。 観客の大歓声の中、ついにモデルが登場する。ランウェイを颯爽とポージングを決めながら歩いていく。たちまちホールは興奮の渦に包まれた。 モデルの仕事は大きく三つに分類される。雑誌を扱うスチールモデル。CMやCFなどの映像モデル。そしてファッションショーに出演するショーモデルだ。 中でもコレクションの舞台は、ファッションフェスタとも呼ばれておりモデルにとって最大の栄誉とされている。人気ファッション誌の専属モデルが、雑誌間の垣根を超えて同じステージに立つのだ。 そんな今を輝くモデルたちの中に美希の姿もあった。有名ブランド契約のトップモデルとは比ぶべくもないが、コレクションの舞台はいわゆる青田買いを狙うスカウトも多い。 何より前座に近い扱いとはいえ、中学生でありながらコレクションの舞台に立つのは大変な成功者の証でもあった。 ついに美希の番が訪れる。緊張はするが初めてではない、大きく息を吸い込んで歩き始める。 衣装はジュニア誌とタイアップしたリアルクローズ(普段のお洒落着)だ。大人のモデルに劣らぬ長身に、青く、長く、美しい髪が揺れる。 誇らしげに歩ききって、ランウェイの先端でポージングを決める。会場のどこかにいるはずの親友を軽く目で探しながらウィンクを決め、ターンして戻っていく。 もちろん最後まで気は抜かない。後姿の披露もまた、モデルの重要な役割なのだから。 「凄い……とても綺麗よ。美希は夢を叶えたのね」 「うん、美希たん超キレイ! とても同じ中学生とは思えないよ。なんだか知らない人みたい」 「美希ちゃんの夢は世界で活躍するトップモデルだから、まだまだ満足はしてないと思うけど」 「でも、大きな一歩を踏み出したのよね。ちょっと寂しいけど、やっぱり嬉しい」 「寂しい? ブッキーが?」 「うん、なんだか美希ちゃんが遠くにいっちゃうような気がして」 「大丈夫だよ、美希たんは美希たんだもの。あたしたちはいつまでも一緒だよね? せつな!」 「えっ……、ええ、そうね――――」 曖昧な返事しかできなくて、すぐに後悔する。ラブの表情に不安の影が差す。せっかく楽しいステージを見に来ているのに……。 “周りを笑顔にする”ラブがいつもしていることが、どうして自分にはできないのだろう? 美希の姿が視界から消える。しかし、その輝きはせつなの脳裏に焼き付いて離れなかった。 トリニティのダンスと同じだと思った。ラブの目指すダンサーの夢と同じだと思った。自分を輝かせ、その光で周囲を幸せにするもの。それが夢なのだろうか? だとしたら、“みんなを笑顔と幸せでいっぱいにしたい”そう願う自分の夢は、本当の夢とは言えないのだろうか? 華やかで、綺麗で、眩しくて。楽しい時間はあっという間に過ぎる。やがてクローバーコレクションが感動的なフィナーレで幕を閉じる。 美希はこの後も色々用があるらしく、ラブ、せつな、祈里の三人で帰路に着いた。 「感動したね~! せつな、ブッキー、また来ようね!」 「うん、美希ちゃんの夢はみんなで応援したいもの!」 「………………………………」 「せつな、どうしたの? 楽しくなかった?」 「あっ……。ごめんなさい、ちょっとぼんやりしてて……」 「もしかして熱があるんじゃ?」 「そんなんじゃないの。ねえ、ブッキー。今から動物病院を見学させてもらっていいかしら?」 「うん、帰ってからお手伝いしようと思ってたから構わないけど……」 「あたしも行こうか?」 「ラブは先に帰って夕ご飯の準備をお願い。みんなで押しかけたら迷惑になると思うし」 「わかった、遅くなるなら連絡してね」 ラブは一瞬怪訝そうな表情を浮かべたが、それ以上聞き返すことはしなかった。祈里もまた何か感じたようだったけど、口にはせずに一緒に帰ろうと言ったきりだった。 焦り過ぎているのは自覚している。“本当の自分の夢”そんなものがあるのなら、時間が掛かってもいいからゆっくり探そうと思っていた。 でも、そんなに時間はないのかもしれない。昨夜のラビリンスからの連絡は、早く決断しろという天の啓示なのかもしれない。 長くこの地に留まり続ければ、別れの時に、より大きな悲しみを残してしまうことになるのだから。 山吹動物病院。クローバータウンストリートの大通りにあって、外からは毎日のように見ている建物。実際に中に入ったことも何度かあった。 しかし、まじまじと観察するのは初めてだった。 診察室だけは壁で区画されているものの、極めて開放的な造りの建物だった。どこからでも見渡せる、そんなコンセプトが感じられた。 待合室はとても広々としていて、診察がなくても雑談に訪れる人もいる。動物の病院に対する恐怖を和らげるためでもあり、飼い主同士のコミニュケーションの場でもあるらしかった。 正と尚子に許可をもらって診察室に入れてもらう。 入ってみて、なぜ診察室だけが厳重に区画されているのかその理由がわかった。 実に多種多様な動物が入れ替わり診察に訪れるのだ。中には天敵と呼べる関係の動物の組み合わせもあった。これでは視界に入るだけで暴れだすだろう。 個人で経営している動物病院では、犬と猫しか診ない所も多いと聞く。その二種はもちろん、鳥類、ハムスターのような小動物、蛇やトカゲなどの爬虫類まで診察しているのだ。 それだけで正と尚子の腕が尋常なものでないことをうかがい知ることができた。 診察は正が行うが、治療は尚子が受け持つことも多い。その時は祈里が助手に入る。ただの手伝いではない。正の診察の前に、簡単な病気なら見抜いてしまうのだ。 祈里もまた、着実に夢に向って手を伸ばしている。そう感じられた。 彼らに共通して言えることは、情熱的で瞳が輝いていることだった。普段はそうは感じないけど、何かに夢中になっている時のラブの目と同じだと思った。 美希のモデルのような美しさではないけれど、そんな姿もまたキレイだと感じた。やはり活き活きと輝いて見えた。 残りの診察時間もあと僅か、このまま何事も無く一日を終えるかと思われた。そんな時、割れんばかりの大型犬の唸り吠える声が病院中に響き渡る。 急患の大型のシェパード犬だった。苦痛によって神経を尖らせていて、脅えて攻撃的になっているらしい。 前の病院の処置が悪くて病院不審になっており、なんとか逃げ出そうと牙をむいて暴れる。手の開いている祈里が押さえようと近づく。 「大丈夫よ、すぐに痛いのは収まるからじっとして」 「駄目だ! 祈里、離れなさい!」 「無理しちゃダメ、すぐに行くから!」 怖がる他の飼い主とペットのために、まずはなだめようと祈里が首輪を取る。しかし力が圧倒的に違う。たちまち振り払われて転倒する。 事故はその後に起こった。暴れた拍子に、緩んでいたマウスリングが外れてしまう。鳴き声が出た時点で予想されたこと。恐怖によって正気を失った猛犬の牙が祈里に襲いかかった! 「きゃああ!」 「ブッキー!!」 正が駆けつけるよりも、一足早くせつなが割り込む。拳をねじ込むようにして牙の軌道をそらす。 その後、偶然顎の下の皮を掴んだのが良かったらしい、噛むことのできなくなった犬は逃げ出そうとがむしゃらに暴れる。 しかし、せつなの拘束は外せない。次の瞬間にはあっさりと正に押さえ付けられてしまった。 「ありがとう、せつなちゃん」 「助かったよ、二人とも怪我はないか?」 「平気です。私こそ怪我をさせてないといいけど……」 その後は簡単だった。スタスタと近寄ってきた尚子が無造作に包帯で犬の口を縛ってしまう。 瞬く間に鎮静剤と痛み止めを打たれた犬は、それまでの暴れっぷりが信じられないほど従順に診察に従った。 もう下がって休みなさいという正と尚子の勧めに従って、祈里とせつなは部屋に戻った。 その時に、祈里が一瞬見せた悔しそうな表情が印象に残った。“悔しい”それは普段の祈里のイメージからは、あまりにも似つかわしくない感情だったから。 「ごめんなさい、ブッキー。私、あの犬を殴っちゃった……」 「あのくらい大丈夫だと思う。凄く強い犬種だし、ちゃんと手加減していたみたいだもの」 「飼い主さんも謝ってたしね。それより、今日は本当にどうしたの?」 「………………………………」 せつなはポツポツと話し出す。クローバーフェスティバルで見せた、ラブの悔しそうな表情が忘れられないと。美希のモデルに賭ける想いからも、ラブと同じものを感じるって。 魅了されて、夢中になって、情熱をたぎらせる。自らを輝かせて、その光で周囲を幸せにする。それが夢なんだとしたら、自分の願いは何なんだろうって。 みんなを笑顔と幸せでいっぱいにしたい。そんな願いは、果たして夢と言えるのだろうかって。 「ブッキーの夢は獣医。動物たちの病気を癒して幸せに導くお仕事。だったら、その夢は私の夢と似ているはずよね?」 「――――違うよ……。わたしの夢と、せつなちゃんの夢は同じじゃないと思う」 「どうして!? 動物に幸せになってほしいから獣医になりたいんでしょ? 自分が輝きたいわけじゃないのよね?」 「わたしもラブちゃんや美希ちゃんと同じ。自分が輝きたいんだと思う」 「獣医……なのに?」 「そうよ」 興奮して立ち上がったせつなに、祈里は座るように促す。自分も一口だけ紅茶を飲んでから話し出した。 昔、まだせつなが仲間ではなかった頃、シフォンが突然苦しみだしたことがあった。祈里は看病を買って出たものの、シフォンの病気が何なのかすら突き止められなかった。 懸命に医学書を捲ったものの何もわからず、ただ成す術もなくシフォンが苦しむのを見ているしかなかった。ちゃんとした獣医がその場に居たら、きっと助けてあげられたはずなのに。 結局、原因はただの便秘だった。でも、もしも正が一緒に居てシフォンを治療してくれたとしても、祈里の心は完全には晴れなかっただろう。 祈里は、自分の手でシフォンを治してあげたかったのだから。 「―――――自分の……手で?」 「そう、さっきのも同じよ。わたしではあの子を助けてあげることができなかった。それが悔しいって思ったの」 「せつなちゃんはどうなの? 自分の手でラビリンスを幸せにしたいの? それとも結果が同じなら、自分はそこに居なくてもいいの?」 「私は―――――自分のことなんて考えたこともなかったわ……」 「だったら、少なくともわたしの夢とせつなちゃんの夢は違うと思う」 打ちのめされた気分だった。その後、祈里と何を話したのかすら覚えていない。四人の中で唯一、祈里の夢だけは自分と似ていると思っていた。 だから、彼女に聞けば何かがつかめると期待していた。でも、結局は全否定。祈里の幸せもまた、ラブや美希と同じもの。 自らを輝かせること。自らの望みを叶えること。夢とは、自分の幸せを追求することなんだろうか? (だとしたら、私がラビリンスでやってきたことは何だったと言うの?) 桃園家の夕ご飯、本日の料理当番はラブだ。メニューは当然のように特製ハンバーグ。 普段以上に豪華な盛り付けは、美希のお祝いだから。得意そうに今日のファッションショーの様子を話す。まるで、自分の活躍であるかのように―――― ラブは他人の幸せを、自分の幸せと同じくらいに喜ぶことができる。だから、ラブの周りにはいつも幸せが溢れている。 チクリと胸が痛む。かつての自分に、同じことができたなら……。 今なら、できると思う。それ以上のことだって。当然だと思う。これ以上、何も望むものがないくらい幸せなんだから。 ラブが幸せなのとは全く意味が違う。本来なら、得られるはずのない幸せを手にしたのだから。 イースはどうだったろう? 他人の幸せが羨ましくて、笑顔を見るのが辛くて、笑い声が耳に痛くて。 目を閉じて、耳を塞いで、力の限り暴力を振るった。 任務だった。使命感もあった。でも、自分だけは誤魔化せない。 (私は――――ラブが、幸せそうな人たちが、うらやましかったんだ……) ラブは自分の幸せを求めながらも、他人の幸せも心から望み、喜ぶことができる。たとえ、その幸せが自分には手の届かないものであっても。 せつなは、イースは違う。自分の幸せを諦めることによって、他人の幸せを喜べるようになった。 始めから、自分の幸せよりも他人の幸せを選んでいる。それを前提にすることで自分が生きることを許している。 それでも不幸にはならなかった。自ら手を伸ばさなくても、幸せは向うの方からやってくる。 まるで、絶え間なく押し寄せて止むことのない波のように。 ラブにあってせつなに無いもの。それは自分の幸せの有無ではない。 (私とラブの一番大きな違い。それは、自分の幸せを心から望んでいること。それが夢なのだとしたら……) 「せつな? せつな? どうしたの、大丈夫?」 「具合が悪いの? せっちゃん。さっきから何も食べてないじゃない」 「何かあったのか?」 「あっ……。ううん、なんでもないの。心配かけてごめんなさい」 “心配してくれる人がいる。それって凄く幸せなことだと思うの” かつて、コンサート会場でせつなが倒れた時、医務室でラブが話してくれたことを思い出す。本当に、そうだと思う。 でも、心配してる人にとって、心配することは幸せなことなんだろうか? (ラブは、私と出会ってから悲しい顔をすることが多くなった。そんな気がするから――――) まだ薄暗い、早朝の四つ葉公園。かつて、クローバーの一員として毎日のように練習に明け暮れた場所。 せつなはダンシングポッドを設置して、静かに演奏の開始を待つ。 着ている服は学校で使っているジャージ。クローバーのユニフォームは、四人で踊る時しか使ってはいけないような気がした。 音楽が始まる、ダンス大会で優勝した時の曲を選択した。長いブランクがあるにもかかわらず、旋律に合わせて自然と身体が動き出す。 目を閉じると、今でも四人で踊っているような気持ちになる。だから――――しっかりと目を開いて踊ることにした。 本当なら、ラブを誘っても良かったはずだった。ダンスの夢が諦めきれず、今でも時々一人で練習しているのも知っている。 そして――――一人で本格的にダンスを再開する気にもならず、すぐに切り上げてしまうのも知っていた。 (ラブと一緒に踊れば楽しいに決まってる。でも、それじゃダメ。夢が自分の幸せを求める気持ちから生まれるのなら、一人で踊っても何かを感じ取れるはず) “自分の本当の夢”それは何だろうと、ずっと考えてきた。でも、どうしても見つけることができなかった。 最後の望みをかけて、もう一度ダンスを踊ってみようと思った。かつてただ一つ、一途に、懸命に打ち込んだものだったから。 あの時と変わらない曲。変わらない振り付け。身体は動く。なのに――――まるで心が弾まない。 こんなに、味気ないものだったんだろか? あんなに――――楽しかったのに。 自分はダンスが好きだったんだろうか? それとも、みんなと一緒にやれるなら何でも良かったんだろうか? 肩を落として帰る支度をする。もうみんな起き出してくる時間だ。黙って出てきたこともあり、これ以上心配はかけたくなかった。 少し歩いてすぐに足を止める。カオルちゃんのドーナツ屋さんの近くで、見知った三人の姿を見つけた。ラブと美希が何かを言い争っているようだった。 「この先にせつなは居るんだよね? 美希たん、通して!」 「せつなは今、自分の幸せを探そうとしているの。お願い、ラブ。せつなをそっとしておいてあげて」 「そっとなんてしておけないよ! せつな、ずっと様子が変だったもの。まるで迷子みたいに、悲しそうな顔をしていたもの」 「本当に、迷子なのかもしれないわ。本当の自分を探して、本当の自分の幸せを探して、迷っているのかもしれない」 「だったら、なおさら一人になんてしておけないじゃない」 「それで、行ってどうするの? これが幸せだって、これが夢だって教えてあげるの? そんなものに、唯一絶対の正解なんてないのよ!」 美希が通せんぼするように立ちはだかり、厳しい目でラブを見つめる。ただ、せつなをそっとしておきたいだけではない。ラブに伝えたいことがあるのは明らかだった。 クローバーの解散はせつな一人の脱退が原因ではない。それをきっかけに、美希がモデルの夢を本格的に追い始めたからだった。 せつなが帰ってきてからというもの、その様子に一番気を使っていたのも美希だった。 「押し付けてるっていうの? あたしが……せつなに?」 「ゴメン、言い過ぎたわ。だけどもう見ていられないの。あの子、全然、自分のために生きてないじゃない。本当のせつなは、一体どこに居るの?」 「本当のせつな……。その幸せ? せつなは、今、幸せだって言ったよ。確かに言ったもの……」 「それはラブの幸せじゃないの? ラブとせつなは違う人なのよ。せつなにはせつなの人生があって、幸せがあって、夢があるはずよ」 「そんなのわかってる。だけど、あたしはせつなが……」 「ラブ、あなたもよ。ダンスの夢はどうするつもりなの? せつなが帰ってきてから、ミユキさんのレッスンまで断ったそうじゃない!」 「言いすぎよ美希ちゃん! わたし――――そんなこと頼んでない!」 それまで様子を見守っていた祈里が割って入る。先日、家に来た時のせつなの様子がいつもと違っていたので、美希に相談したのだった。 フラフラとせつなが歩み寄り、三人は言葉を失う。そこでようやく、せつなに話を聞かれていたことに気が付く。 「私がラブの、幸せを妨げている? ラブの夢の足を引っ張っている?」 「せつなっ!」 「違うの、せつなちゃん!」 「待って! せつなっ!!」 せつなが呆然とした表情でその言葉を繰り返す。やがてその意味が本当に理解できたのか、それを否定するかのように数回首を振る。 無理に作ろうとした笑顔が哀しみに歪む。数歩後ずさって、そのまま背を向けて走り去った。 どこを通って、どれだけ走ってきたんだろうか? 場所なんてどうでも良かった。 ただ――――今のことを考えるのが怖くて、無心に走り続けた。 気が付くと目の前は一面の緑。花の枯れた、葉っぱだけのクローバーの丘。無意識に人目を避けて、この場所を選んだのだろう。 限界まで酷使した身体を投げ出す。このままクローバーの葉っぱの一枚になれたら……。そんな風に考えてしまう。 「せつなが帰ってきてから、ミユキさんのレッスンまで断ったそうじゃない!」 ユニット“クローバー”の解散後、目標を失っていたラブにミユキは進んでコーチを買って出た。以前より、ずっと少ない頻度ではあったけれど。 ラブはどこにも所属することを望まず、たった一人で、時々コーチを受けながらレッスンを続けてきた。 (どうして、気が付かなかったんだろう? 夏に数回、レッスンを受けていたのは見ていたはずなのに) トリニティの活動が忙しくなったんだろうと勝手に決め付けていた。ラブはきっと、せつなを気遣ってレッスンを辞退したんだろう。 ダンサーの夢を一緒に追いかけられなくなったから。二人で過ごす時間を、大切にしたかったから……。 わかっていたことだった。ラブは始めからずっと、自分の幸せを諦めてでもせつなの幸せを選んできたのだ。 (何が、今ならまだ間に合うよ……。とっくに――――手遅れなんじゃない……) そうまでして、ラブが守ろうとしたせつなの幸せって何だろう? 何のために、自分はこの街に帰ってきたんだろう? 「本当のせつなは、一体どこに居るの? せつなにはせつなの人生があって、幸せがあって、夢があるはずよ」 美希の言葉が思い出される。本当の自分って何だろうと思う。 イースとはもうお別れした。この姿が、今の自分。本当の――――自分のはずだった。 「私の幸せって何だろう。ラブと出会って、手にした幸せって何だろう?」 桃園圭太郎とあゆみの娘であること。蒼乃美希と山吹祈里の親友であること。クローバーの一人であること。 トリニティのリーダー、知念ミユキにダンスを教わったこと。四つ葉中学に通う生徒であること。 クローバータウンストリートの住人と仲良くなれたこと。 愛して、心配してくれる人々に囲まれて、笑顔で暮らせる毎日があること。 「それが――――私の幸せ? 私の――――?」 ゾッとするような恐怖に襲われる。自分の信じていたものが、自分の立っている世界そのものが、音を立てて崩れていく。 「何を……言っているの? それはラブの幸せじゃない! どれも、これも、全て――――ラブが持っていて、私にはなかったもの。 だから――――うらやましいと、思ったもの。そう――――ラブに伝えたもの……」 ハラハラと涙がせつなの頬を伝う。 「無かったんだ……。始めから、東せつなの幸せなんて――――」 「やっと、わかった……。私がうらやましいなんて言ったから、だからラブは―――― 私がドーナツを半分コしたみたいに、ラブは自分が持っている幸せを全部、惜しみなく私に半分くれたんだ……」 「何が――――自分の夢を探したいよ。何が――――みんなを笑顔と幸せで満たしたいよ」 自分の幸せ一つ見つけられない者が、夢を叶えるなんてできるはずがない。まして、他人を幸せにするなんて……。 冷たい地面と秋風が、せつなから体温を奪っていく。気にもならなかった。心はもっと冷え切っているのだから。 涙は流れるに任せた。借り物だらけの感情の中で、悲しみだけが唯一、自分のものと信じられる心の働きだったのだから―――― 新-211へ
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/487.html
【失恋記念日】/恵千果◆EeRc0idolE 時々考えていた。 もしもあの時、せつながパッションとして生まれ変わっていなかったら。イースとして寿命を全うしていたら…ラブはアタシのモノになっていたのだろうか? せつなが嫌いだとか、せつなが憎いとかいう感情は、不思議となかった。 今までたくさんツライ目にあってきたせいか、人の痛みがわかる子。 イースの時に持っていた憎しみは、生まれ変わった時に消え失せたようだ。 今では明るく振る舞えるようにもなり、よく笑顔も見せる。 皆に愛されるすっかり可愛い女の子になり、イースの面影など跡形もない。 けれど、それはラブのおかげ。 始めは親友だったのだろう。 けれど、他の誰よりも強い絆で結ばれた者同士。 そんなふたりが一緒に住みはじめたのだから、それが親友以上の間柄に発展するのは、時間の問題だとわかっていた。 ふたりが結ばれた翌日、わかってしまった。 ふたりが時々絡ませる熱い視線。 テーブルの下でこっそり握りあう手と手。 アタシにはわかった。 ラブが遠くに行ってしまったこと。 一緒に行ったのがせつなだったこと。 ふたりだけの王国があり、今もふたりはそこにいると。 アタシにはわかった。アタシはずっと、ラブだけを見ていたから。 ラブはいつもアタシを照らす。あの太陽のような笑顔で。 だから、勝手に勘違いしてしまっていた。 アタシだけを照らしてくれていると。いつまでもそばにいてくれるのだと。 そうじゃなかった。太陽は月だけを見ていた。 ラブとせつな。ふたりは運命なのだと素直に思う。 アタシの入り込む余地なんて、1ミリだってない。 だから、悲しさよりも、大好きな人が幸せで嬉しい。ラブが幸せなら、それがアタシの幸せ。 ラブの幸せをアタシの幸せにすればいい。 負の感情なんて、そんなのアタシに似合わない! 爽やかな風が髪を撫でた。 秋の空の下で思いに耽りながら、紅茶を飲んでいると、心が落ち着く。 やっぱりアールグレイ最高だなぁ。 今日はアタシなりに、気持ちに整理を着けた。 誰にも知られず、こっそり失恋。なんてアタシらしいかもね。 ん!アタシ完璧! あ、ブッキーが来た。ふふ、走ってくるブッキーって可愛いな。 いつの日か、ラブ以上に思える人に巡り会えるのかな。 そしていつか…その人に愛される女の子になりたい。 それが今のアタシの目標なのだ。
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/979.html
白く、しなやかな指がペンダントのチェーンにかかる。 絹糸のように細い輪の連なり。ほんの一瞬の抵抗の後、弾けるように宙に舞う。 手を真っ直ぐに伸ばす。千切れた鎖の先で輝きを放つ、幸せの素を高く掲げる。 贈ってくれた人の目に、しっかりと映るように。 向かい合う少女は、信じられないといった面持ちでその動きを見守る。 心は凍りつき、感情は形を成さない。思考だけが状況を正確に、そして無慈悲に、記憶に刻み込んでいく。 (やめて、お願い、やめてぇ――――!!) 届かない。どんなに叫んでも、今のせつなの声は決して届くことは無い。 これは、夢の中なのだから。 せつなと、そして、きっとラブにも刻まれた過ちの記憶なのだから。 チェーンをつかむ指から力が抜け、それはゆっくりと落下していく。まるで、スローモーションのように。 固いコンクリートの床に叩き付けられ、軽くバウンドする。 ズキン――――ズキン――――ズキン ズキン――――ズキン――――ズキン――――ズキン ズキン――――ズキン――――ズキン――――ズキン――――ズキン 痛い、痛い、痛い。心が――――砕け散りそうになる。 まるで自分の魂が、その緑色のアクセサリーに封じ込められてでもいるかのように。 踵で踏み付けて力を込める。形を変えるはずのない硬い樹脂が、ほんの一瞬だけ歪む。 軋みを上げることもなく、割れる音を大きく響かせることもなく。 悲しいほどにあっけなく、四散した。 『翼をもがれた鳥(第十七話)――――幸せの素に導かれて――――』 「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」 激しい運動ですら、滅多に乱すことの無いせつなの呼吸が荒れる。 額に滲む大量の汗は、寝苦しいほどに熱い気温のせいだけではないだろう。 「ある。――――ちゃんと、ここに……」 ベッドの宮棚に大切に置かれた、緑色のアクセサリーを手にする。 もう、欠片とは呼べないだろう。 砕けた破片の中から見つかった四つ葉の一枚。それを削って、磨き上げて、ハート型に仕上げたのだ。 このままでは、あまりにも悲しかったから。 後悔以外の――――意味を与えたかったから。 トン、トン、トン パジャマを着替えて、静かに階段を降りる。 まだ起きるには早い時間かと思ったが、あゆみは既に家事に取りかかっていた。 居間の隣、和室と呼ばれる畳で敷き詰められた部屋。そこで先の尖った器具で作業をしていた。 邪魔をしてはいけないと思い、その場で待つことにした。 しばらく後、作業が一段落したのか、あゆみは廊下でたたずむせつなに気が付いて振り返る。 「おはよう、せっちゃん。どうしたの? こちらにいらっしゃい」 「おはよう、あゆみおばさま。邪魔しちゃってごめんなさい」 なんとか丁寧語を崩そうと、懸命に努力しているせつなの挨拶が可愛らしかった。あゆみはせつなを招き 寄せる。 アイロンかけはほとんど終わっていたのだが、せつなの様子から、興味がありそうに見えたからだ。 不思議そうな顔で見つめるせつなに、やってみたら? とあゆみが持ちかける。 少し恥ずかしそうにはにかんで、せつなは頷いた。 霧を吹き、細かい部分から順に、直線的に動かしていく。 右手でアイロンの先を浮かして動かしながら、左手で器用に生地を引っ張っていく。 見る見るうちに美しく仕上がっていく。 あゆみは驚きに目を見開いた。 確かにアドバイスはした。素直に頷きもした。しかし、せつなの手はそれを始めから熟知しているかのよ うに動く。 その動きは、あゆみと比べても遜色のないものだった。 「すごく上手ね、せっちゃん。やったことあったのね」 「いいえ、これが初めてです」 「えっ? でも、教えていないことまで……」 「さっきまで、おばさまのアイロンかけを見ていたから」 そのとんでもない言葉に、あゆみは一瞬、驚愕して身を引いてしまう。 改めて、まじまじとせつなを見つめる。その表情には、自信も、誇らしさもうかがえなかった。 それどころか、困ったような、不安そうな様子すら感じられた。あゆみの反応に、何か失敗してしまった のではないかと心配しているのだろう。 ふと、あゆみはラブの言葉を思い出す。 とてもつらい所で生きてきた子だからって。失敗したり、言うことを聞かなかったりしたら、それだけで 命が奪われてしまう。 そんな世界で、ずっと暮らしてきた子だからって。 極限まで研ぎ澄ませた集中力。ずっと、この子はそんな風に張り詰めて生きてきたのだろう。 愛しくなって、あゆみはせつなをそっと抱き寄せた。 情緒が不安定なところもあるだろうけど、仕方がないの、わかってあげて。 ラブはそう言っていた。 情緒不安定はどちらかと思う。せっちゃんに変に思われないかしら? そう心配しつつも、抱き寄せる腕 を離す気にはならなかった。 この子に一番足りないのは、この温かさだって気がしていたから。 「おばさま?」 「ああ、ごめんなさい。嫌だった?」 「ううん――――」 「そうだ、何か用事があったんじゃないの?」 せつなは小さく頷いて、ポケットから緑色の塊を取り出した。 大切そうに、両手に乗せてあゆみに見せる。 「大事なものなんです。壊してしまって……。もし、使わないチェーンか何かあったら」 「直したいのね?」 「はい。始めは四つ葉の形をしていたんです」 「ええ、ラブから聞いているわ。あの頃ね――――」 ねえねえ、おかあさん、幸せの素って何だと思う? 商店街の福引の一等賞がそれなんだって。だから、どうしてもゲットするんだって。 キラキラと瞳を輝かせてラブはそう言っていた。 貯めていたお小遣いも全て使ってしまった。カオルちゃんのドーナツを食べるお金すら残っていない。 よく、そうボヤいていたものだった。 それでも諦めきれなくて、進んでお使いをかってでた。 買い物に出かけるたびに足を弾ませて、帰ってくるたびに肩を落として―――― ある日、素敵なお友達と知り合うことができたって、ラブはそう言っていた。 その子はドーナツを食べるのが初めてなのに、惜しみなく半分こしてくれたって。 ジュースも買えなくてお水で喉に通したけど、これまで食べたどんなドーナツよりも美味しかったって。 その後、やっと幸せの素を手に入れることができたって。そして、それをその子にあげてしまったって。 ごめんなさいって、ラブはあゆみに謝った。 あゆみは、良かったわねって、そう言って微笑んだ。 「だって、そうでしょ? もっと欲しいものが、見つかったってことなんですもの」 「はい……」 せつなは、それを両手に握りしめて瞳を潤ませる。 あの日から、あゆみはその子のことが、ずっと気になっていたって。だから、こうして家族になれて凄く 嬉しいって。 「そうそう、チェーンだったわね。待っててね」 「おばさま! それは――――」 清楚な光沢を放つ白銀のチェーン。その先に付いているのは、ハートをあしらったプラチナの細工物。 その中央に丸くて大きなルビーが収まっていた。 それは、樹脂で成型されたものなんかじゃない。本物の――――宝石だった。 「待ってください! それは、駄目です!」 「いいのよ。せっちゃん、赤が好きなんでしょう? だから、あげようと思っていたところなの」 専門知識の無いせつなにも、それが相当に高価なものだということくらいはわかる。 普段、宝石を身に付けないあゆみの持ち物であることを考えれば、大切な思い出の品だということも想像 がつく。 せつなの制止も聞かず、あゆみはそれをチェーンから外し、代わりに幸せの欠片を取り付ける。 「器用でしょう? これでも職人の娘なのよ」 「私、そんなつもりじゃ――――」 「いいの。ただし、ルビーは部屋にしまっておくこと。中学生が身に付けるものじゃないわ」 「中学生?」 「そうよ、もう手続きは済ませましたからね。せっちゃんはラブと同じ中学二年生よ」 できた! きっと、よく似合うわ。あゆみは、せつなに抱きつくような格好でペンダントをかけた。 そして、せつなの手を開いてルビーを握らせた。 情熱の赤い宝石。勝利の石とも呼ばれ、あらゆる危険や災難から持ち主の身を守り、困難に打ち克ち、勝 利へと導くという。 「きっと、せっちゃんのことを守ってくれるわ」 「ありがとう――――」 そこから先は言葉にならず、せつなは、今度は自分からあゆみに身を預けた。 飛び込むほどの勇気は出せず、触れるか触れないかの距離で全身を震わせて泣いた。 あゆみは優しくせつなの背中を撫でる。そして、心を込めて囁いた。 「幸せになりなさい。せっちゃん」 小さくて可愛らしいハート型のペンダント。せつなは、そっと首に戻して追憶を終える。 幸せになりなさい――――あの時かけられたあゆみの言葉に、結局せつなは返事をすることができなかっ た。 今なら、胸を張って答えられるだろうか? はい――――と。 無理だと思う。 それでも、せつなはこれから幸せをつかみに行く。 例え、一時のものであっても構わない。与えられるのではなく、自分から幸せを手に入れに行く。 (それをどうか――――許してください) せつなはペンダントを握りしめて、静かに祈りを捧げた。 コンコン 部屋がノックされる。音の響きでラブだとすぐにわかる。 せつなは、急いでペンダントを服の中にしまって戸を開けた。 「せつな! ブッキーがせつなに会いたいって」 「ええ、わかった。私が迎えに出るわ」 「そっか。じゃあ、あたしはお茶を淹れてくるね」 祈里からせつなに会いに来る。それがラブには大きな驚きだった。 まだ、美希や祈里はせつなと馴染んでいるとは言い難い。ラブとしても気の使うところだった。 まして、祈里は控えめな性格で、自分から行動を起こすことは少ない。それだけに意外で、そしてありが たかった。 せつなが玄関まで迎えに出ると、祈里は嬉しそうに微笑んだ。 手には大きな包みを抱えている。せつなは自分の部屋に祈里を案内した。 「いらっしゃい、ブッキー」 「お邪魔します。わぁ~、せつなちゃんのお部屋かわいい!」 「ありがとう。とても気に入ってるのよ」 せつなは本当に嬉しそうに微笑んだ。もともと、自分のことを誉められて喜ぶような子ではない。 だけど、この部屋は別だった。この家と、この家族は特別だった。 「今日は、せつなちゃんにプレゼントを持ってきたの」 「ありがとう。何かしら?」 「これは――――赤い、ダンス服? 私の……」 「せつなちゃんの、クローバー加入のお祝いよ。気に入ってもらえるといいけど」 「ありがとう――――さっそく着てみていいかしら?」 「うん、じゃあ、わたしは外に出てるね」 「それは悪いわ。ブッキーになら、見られても平気だから」 「うん、じゃあ着つけを手伝っちゃう」 下着姿になったせつなを見て、祈里は息を呑む。 透き通るような白い肌の下に秘められた、強靭なる筋肉。鍛え上げられたスレンダーな肢体なら、美希で 知っている。見たことがある。 だけど、またそれとは違う。魅せる力ではなく、秘める力。生き抜くことに特化した、戦うための肉体。 例えるならば、豹のようなしなやかさ。研ぎ澄まされた、刃物のような美しさ。一見女性らしい丸みを帯 びながらも、その奥に弾けるようなバネを感じさせた。 「せつなちゃん……すごい……綺麗」 「もう、恥ずかしいからジロジロ見ないで」 「ごめん、じゃあ、寸法の微調整もしちゃうね」 「ええ、お願い」 祈里は、メジャーと針と糸を引っ張り出して仕上げにかかった。 大まかな寸法はラブと同じと聞いていたが、念のため調整が効くように仕上げを残しておいたのだ。 「お待たせ、ブッキー、せつな。って――――何やってるの~~~!!」 「あっ、ラブ! これは」 「ちっ、違うの、ラブちゃん。脱がせてるわけじゃなくて!」 かろうじて、淹れたお茶をひっくり返さずにすんだラブに事情を話す。 フンフンと聞いていたラブだったが、納得がいくと、とたんに目を輝かせた。 「せつなって超キレイ~、あたしとはお風呂も入ってくれないんだよ」 「一緒に入ろうとしてたんだ……」 「ちょっと! もう、何の話よ。いいから服を返して!」 すっかりせつなの下着姿の鑑賞会になったことに、口を尖らせて抗議する。 身体を丸めてうずくまったせつなに、祈里は仕上げの済んだダンス服を手渡した。 「どう――――かしら?」 「せつなちゃん、よく似合ってる!」 「うんうん、これでせつなもクローバーだね!」 「ありがとう、ブッキー」 「えっ、今、せつなブッキーって……。それに、ブッキーもせつなちゃんて……」 「うん、この間からなの」 祈里が嬉しそうに事情を話す。せつなも恥ずかしそうに頷いた。 よほどダンス服が嬉しいのか、せつなは姿見を眺めながら何度もクルクルとまわる。 そして、ラブの携帯に着信が入る。 「もしもし、美希たん? えっ、せつなに? うん、代わるね」 「もしもし、ええ、今はブッキーと私の部屋よ。うん、わかった。一緒に練習しましょう」 今度は、美希からせつな宛ての電話だった。親しげに話す様子に、ラブは目をパチクリさせる。 明日は、せつなにとって初めてのダンスレッスンだ。事前に、基礎だけでも予習しておこうとの美希から の誘いだった。 四つ葉町公園の、いつものダンス練習ステージに四人は集まった。 ピンク、ブルー、イエロー、そしてレッド。一際目立つ真っ赤なダンスウェアが、クローバーを華やかに 彩る。 眩しい日差し、爽やかな風が心地良い。夏特有の命溢れる草木の薫り、生気漲る澄んだ空気が肺の中を満 たしていく。 せつなは目を閉じ、それらを全身で感じ取る。 そして、一言、感慨深くつぶやいた。 「本当に、ここに立つことができたのね」 「ほんとうにって?」 「ラビリンスのイースだった頃、一度だけここで、みんなと一緒に踊る夢を見たの」 「わたしたちと?」 「ええ、ラブも美希もブッキーも。そして、ミユキさんに指導してもらっていた」 静かに、淡々と、感情を込めずにせつなは語る。 それでも、時々声が震えてしまうのは隠すことができなかった。きっと、それは歓喜の震えなんだろう。 ほんと、図々しいわよね。そう、自嘲気味に笑って締めくくった。 みんなも、もう分かっていた。せつなは、ずっと前からみんなの知るせつなであったことを。 そして、もう一つ。一見物静かなせつなの胸の奥には、真っ赤に燃えたぎる情熱の炎があることを。 「さあ、明日までに基本を一つでもマスターして、ミユキさんを驚かせちゃおう!」 「始めはゆっくりでいいからね、せつなちゃん」 「頑張ろうね! せつな」 「ええ、ありがとう。大丈夫よ」 自信を漲らせてせつなが答える。他の何を失敗しても、これだけはモノにしてみせる。 それが、この場にせつなを立たせてくれた、ラブと美希と祈里と、そしてミユキの気持ちに応えることに なるのだから。 スタンドポジションからアティチュード、そしてアラベスク。コントラクションからリリース。 スポンジが水を吸収するかのように、せつなは次々に身に付けていく。 その動作の正確さは、最も美しいと言われる美希すら凌駕した。 「凄いよ、せつな。もうあたしより上手なんじゃ?」 「ラブ……。さすがにそれは問題があると思うわよ」 「あはは、でも、油断したらほんとうに置いていかれちゃいそう」 「ありがとう。ここまでは夢の通りね」 「そうだ! せつなのクローバー加入のお祝いに、ドーナツパーティーしようよ!」 「賛成!」 「いいね、やろうやろう!」 ラブの提案と、美希と祈里の賛成にせつなは目を丸くして驚いた。 ほんとうに、まるっきり同じ。もしかして、これも夢なんじゃないかとほっぺをつねってみた。 生々しい痛みと現実感。それが、涙が出るほどに嬉しかった。頬の痛みのせいにして、そっと目じりを拭 った。 そして、行きましょう! とせつなからラブの腕を引いて走り出した。 何もかも同じ展開なんて癪に障るから。それなら、自分から変えてやろうと思った。うんと、楽しんでや ろうと思った。 それに、最後は違う。絶対に違う。 これは夢ではないのだから。決して、覚めることはないのだから。 せつなは走る。 胸に輝くペンダントは、四つ葉ではないけれど。 もう――――儚く砕けることはない。今も、そしてこれから先も、せつなの幸せを明るく照らしてくれるのだから。 避2-690へ
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/774.html
「もうだめぇ…」 あれからさらにホラー映画が好きになってしまったせつな。 思えばあたしの下心が災いしちゃったんだけどさ。 何だかんだでここまで良く耐えたと思うもん..... それにしてもこの娘は変な物に興味を持つんだよね。 「ラブ?ちょっとラブってば!今度の映画、「過去最大のホラー」だって!」 ほらね。すっかり流行先取りしてるよ。宿題もそっちのけ。 (とほほ…) あたしの心が嘆いてる。せつなの好奇心がまた、あたしを襲ってきた。 相変わらず目をウルウルさせちゃってさ。そんなに好きなの? あ・た・し・のこ・と 夕焼け綺麗だな..... 妙な孤独感がラブを包んだ一瞬だった。 いっそ、プリキュアに変身してから見に行けば怖くないかも。 大丈夫?せつな。ううん、パッション!あたしがいるからもう怖くないよ!!! リアルな話ね。やっぱりせつなは女の子なんだよ。怖くない訳ないんだ。 こんな物に興味を持ったのも実は。 実は! …アピールだ。 我ながら冴えてる。 今日のラブちゃん完璧。 いや―――幸せゲットしたね 夕暮れに負けず劣らず輝く愛戦士レジェンド。 燃える炎、心の決意、ホラー映画なんてぶっ飛ばせ。 人間はそうも単純に変われません。 そもそも、そんな理由で変身しちゃダメですね。 せつな、チラシ見てニヤニヤしないでおくれ…。 「新しい凶器……今までにない発想を期待したいわ……」 あなたはノーザですか!あたしのせつなはどこ行っちゃったんだよぉ~ 「3Dをフルに使って撮影。緊張かつ怒涛の恐怖があなたを襲う」 声に出して読むもんじゃなーい!!! 焦るな。焦るなラブ! ……。 飲まれた。完璧に。信じてたのに。精一杯頑張ったのに。 なっ!リンクルン取り出したよ。 あっ!…予約してる。2押した。 2枚だ......... お腹痛くなれ当日!違う、もう完売してて!あ、それじゃ後日行く事になるじゃん!!! 〝トントン〟 ……っな、ぎゃあぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい..... 「どしたのラブ?」 不思議そうに汗だく顔面蒼白のラブを見つめるせつな。 純粋無垢。 見慣れた顔が、恐怖におののく少女を覗き込む。 3Dより遥かにリアルで、それはそれは画面アップでも大歓迎な笑顔がそこに。 ……気が付いたら、あたしはまたせつなを抱きしめていた。 もう何度目なんだろ?時や場所なんてお構いなしでさ。 はあぁ……あたしはいつまでたっても子供だよ。 すっかり腰が引けちゃって、映画館でもないのにこの有様。 おまけに...半べそ せつなをぎゅっと抱きしめたまま離れられない。 離したくない。 離したくないんだ。 せつな。 せつなせつなせつな……… 「ふふ。私が傍にいてあげるから。ね?」 優しい声。 あたしの心に響いてくる。 ―――落ち着く――― ようやく我に帰った時。 抱きしめていた手をゆっくり離して。 「ごめんなさい。怖い思いをさせてしまって」 輝いていた顔はどこか寂しげな表情に変わっていた。 「うぅん。あたしこそいっつも…ゴメン」 恥ずかしいな。また涙声だ。もう何度目だろう。 「私、ラブと一緒にデートがしたいだけなのよ?」 そうだよね。 せつなはまだまだこっちの事を知らない。 たまたま、好きになってしまったのが〝ホラー映画〟だったんだ。 それなのに。 せつなはあたしを心配してくれた。 傍にいてくれるって言ってくれた。 嬉しいな。 ―――――ありがとう あたたかい何かが、あたしの中を駆け巡る。 胸をぎゅっと締め付けられるこの―――思いと。 ……もーちょっとだけ、根性出しますか。 変な決意だなーと思いながらも、せつなに感謝。 大感謝かな。 が、しかし。 あたしはせつなに当日抱きついちゃうのは目に見えていた。 始まりから終わりまでずっと。 間違いないね………うん。 凛々しいせつながそこにはいるの。 あたしにはにこっと微笑んで。 でも。 スクリーンを見つめる眼光は鋭いんだな。 終始、握り続けてくれた手。 あたしはやる事ないからポップコーンばっかり食べちゃうんだ。 はたから見ればラブラブなカップルにも見える。 それはそれで.....アリでしょ。 んまぁ、せつなはあたしの王子様な訳ですし。 なーんにも問題無い訳ですよ。 ああ!!!でもやっぱホラー映画はやですよ、せつなさぁぁぁん! あ。 いいの?これで。本当に。毎度毎度同じパターンじゃないか。 「今回の映画、最高の技術力だったね。せつなは楽しめた? 学園祭の出し物の参考になったよ。だから、一緒の担当になろうね!」 わはー! 完 璧 だ ね 。 せつなは頬を赤く染めてさ、「お願い。一緒にやらせて…」そう呟くんだよ。 どうしたあたし。 いつも以上に冴えてるじゃん。 基本、あたしのお願いは何でも聞いちゃう節のあるせつな。 とってもかわいい子。 何を今更状態ですがね。 妄想ノンストップ超特急。 今のあたしに終着駅はないんだなー。 「映画館では私を安心させてね?」 せつなが確かめるようにあたしに微笑む。 寒気がした。 これが理想と現実。 裏を返せば期待されてる証拠なんだけどね。 ……。 プレッシャーなんですけど? 恋人検定ですか?試されてますか?あたし。 「もっ、もっちろんですよぉぉぉ…」 2オクターブあがっちゃったよ。カッコわるい..... あたし。 桃園ラブ。 キュアピーチ。 満場一致で自信無いです。 何とかなりませんかね。 なりませんよね。 〝デート〟なんですから。 「なんて冗談よ。私だって怖いんだから。」 …。 ……。 ………。 あたしで遊ばないでよっ! ちょっとふくれっ面。ぶぅー でも何か楽しくて。 こうやってじゃれあうのもカップルの特権だし。 飴とムチだっけ、こーゆーの。 飴だらけじゃお腹いっぱいだもんね。 むはー、せつなとデートは奥が深いのだ! あ…。 律儀にカレンダーに赤丸付けてるよこの子..... もーちょっと余韻を楽しみましょうよぉ~ どうせ当日は赤っ恥な訳だし、ラブちゃんは………。 映画終わった頃には疲労困憊。絶対衰弱。赤目だよ。間違いない。 でもさ、遠足と一緒なんだろうな、今のせつなは。 一日一日のカウントダウンが楽しみで楽しみでしょうがないんだ。 その気持ち、あたしにはわかるよ。 せつなの思い出はあたしの思い出。 せつなが楽しければあたしも楽しい。 せつなが笑顔ならあたしも笑顔。 恐怖なんてどこ吹く風さ。 愛ある印でねじ伏せちゃうぞーーー!!! 足しびれちった。あはっ ~END~
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/403.html
「The Hermit.」/◆BVjx9JFTno 「余計なことをするな!」 ふたりを一喝し、 部屋に入った。 体に、力が入らない。 壁にぶつかり、 崩れ落ちる。 猛烈な痛み。 痛んでいるのは、多分 体だけではない。 残り2枚になった カードに、目をやる。 このカードの、力の源が 何なのか、わかった。 私の、苦しみ。 私が、苦しむほど、 その力は、増大する。 増大した力は、そのまま 跳ね返り、さらに私を苦しめる。 ナキサケーベの力が、 もっとも強くなるとき。 それは、多分 私の命に、関わるとき。 これも、メビウス様から 与えられた、試練なのだろう。 極限まで、力を 上げなければ。 「心配してくれて、ありがとう」 「せつなは、どこ?」 「ここには居ないのね、 よかった...」 ラブの言葉ばかり、 頭をよぎる。 動揺した。 そんなはず、ない。 この命など、 尽きても構わない。 気を、しっかり 持たなければ。 せつな、なんて人間は ここには、いない。 最初から、いない。 机のカードをシャッフルし、 1枚だけ、めくる。 逆位置の、隠者。 苦笑した。 カードにまで、 見透かされているのか。 鏡の中の 自分を、見る。 憔悴しきった顔。 生気のない瞳。 かすかに、聞こえる。 助けて。 目の前に映る私から、 視線をそらした。
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/814.html
「ラブちゃん、はい。これ、ミルクティーね。」 「……うん。」 「…あのね、最近美希ちゃんに紅茶の入れ方色々教わってるんだ。」 「………ふぅん。」 「……味、どうかな…?」 「………おいしーよ…。」 祈里はラブには分からないように、そっと溜め息を付いた。さっきからずっとこの調子だ。 あの気まずい別れ方をした買い物から一週間。せつなの様子が気になりつつもどうする事も出来ずにいた。 だから学校から帰宅した時、自分の家の前で一人佇むラブを見た時には心底驚いた。 上がっていいかな?そう尋ねるラブを二つ返事で部屋に招き入れた。 そのラブには似つかわしくない、少し硬い表情から決して楽しい話である訳ではないのは分かりきっている。 それでも、また気になっていたせつなの様子が聞ける。 不安、緊張、動揺、色んな感情がない交ぜになって手のひらに汗をかいてしまった。 しかし心の奥底が「嬉しい」と感じていた。 ラブが一人で。例えそれが祈里の不用意な行動を咎める為てあったとしても、自分から訪ねて来てくれた。 その事が自分でも信じられないくらいに嬉しかったのだ。 しかしラブは部屋に上がって見たものの、せつなの話どころか目も合わせようとしない。 遠慮がちに話かけてみても生返事がポツポツと返ってくるばかり。 こちらからせつなの様子を聞いてみてもいいものだろうか。 気まずさと居心地の悪さに逃げ出したくなりながら、祈里はラブのリアクションを待ち続けた。 チラチラとラブを伺いながら落ち着かなさに足がもじもじする。 部屋を見回すラブの視線。 ラブは祈里のベッドに腰掛けながら、シーツの端をいじくっている。 この部屋で、このベッドで何が行われていたのか。ラブは十二分に知っているのだ。 自分の恋人が親友に凌辱されたベッド。そこに触れながらラブは何を感じているのだろう。 淡いパステルカラーで纏められた、いかにも女の子らしい可愛らしい部屋。 それもラブの目にはどれほど穢れた淫靡な物として映っているのだろう。 まだ早かったのかも知れない。 祈里はつい舞い上がってラブを部屋に通してしまった事を後悔していた。 冷静でいられるはずがない。ここに祈里と二人きりでいるなんてラブには苦痛以外の何物でもない。 少し考えれば分かりそうなものだ。 何か適当に理由を付けて他所で話す事も出来たはずではないか。 (やっぱり、わたしってかなり駄目な子なんだわ…) 今からでも遅くない。部屋から出た方がいい。 何か言い訳……そうだ、図書館に返しそびれてた本があったっけ。 それを返しに行くって言えば……。歩きながらでも話せるよね。 「…あっあの、ねぇ。ラブちゃん、わたし、忘れてたんだけどちょっと図書館に用が…」 思いきって、そう声を掛けながらラブに近付いて行った。 「……ーーっ??」 ぐいっ、と手首を引かれ視界が反転する。背中でベッドのスプリングが弾み、天井が揺れて見える。 体にのし掛かる重み、シャツの裾がスカートから引き出され、ボタンが外されていく。 乳房が外気に晒されているのを感じて、ブラがずらされているのだと祈里はハッと我に返った。 「ーーっ!らっ、ラブちゃん!?」 思考停止しかけていた祈里が反射的にラブを跳ね退けようともがきかける。 「!!うぅっ、つぅ…! 」 力任せに乳房を鷲掴みにされ、祈里は痛みに顔を歪める。 揉むと言うよりは捻り、絞り上げるようなラブの指。 急激な刺激と下着の締め付けから解放された胸の先端が意志を無視して硬く尖る。 ラブはそこを容赦無くつねりあげた。 「いやぁぁ!!ーーっラブちゃんっ!」 「……おっきいね…。せつなより大きいな。」 ラブは祈里の悲鳴を無視しながら胸を乱暴にいじくり回す。 その淡々とした声に祈里の喉は一瞬で乾上がる。 恐る恐る目を向けると、そこにはすべての感情を押し隠したラブの顔。 すぅっ…と心に氷が張っていく。 「…ぅあ…、は……」 鈍い痛みに支配されていた胸にゾクリと甘い疼きが走る。 ラブが乳房を掴んだまま、その先端に舌を絡めてきた。 熱い口の中でも硬くなった乳首がきつく吸われ、ヌメヌメと舌が這い回る。 羞恥と混乱の中、自分の体が性的な快感に反応していると言う事実。 祈里は自分の反応の穢らわしさに頭の奥で赤い火花が散るのを感じた。 「いっ…イヤっ!ラブちゃん駄目!……あっ、やめ…っ!」 駄目だ。こんな事は絶対にさせちゃいけない。 こんな事をしたらラブが汚れてしまう。ラブの方が傷ついてしまう。 それに……、またせつなを悲しみの底に突き落としてしまう。 止めさせないと。突飛ばしてでも逃げないと……。 「……せつなは…嫌だって言うことも出来なかったんだよね…」 祈里の心の奥で何かがひび割れる音がした。 クタリ…と糸の切れたマリオネットのように力が抜ける。 あの夜のせつなが脳裏に蘇る。 抵抗すら許されず、気付いた時には信頼仕切っていた相手に裏切られ、体を汚された後だった。 絶望に彩られたせつなを更なる汚泥に沈めるような言葉を投げつけたのは自分。 薄ら笑いさえ浮かべ、せつなの心にナイフを突き立てたのだ。 ラブが祈里の足を割り、間に体を捩じ込む。 下着越しに触れてくる指に、祈里は目の前が暗くなるのを感じた。 秘裂をなぞられ、その上の突起を爪で引っ掻かれる。 そこは意志とは関係なく蜜を吐き出し、硬く勃ち上がってくる。 感じている。反応する自分の体に対する吐き気を催すほどの嫌悪感。 叫び、暴れ出したいほどの不快な快楽。 「……せつなはね、ここを弄られるのが好きなの…」 疼く突起を布で擦るようにしながらラブが囁く。 「…ゆっくり、焦らしながら口でされるのに弱いんだ。聞いてるこっちが蕩けちゃいそうな声出すんだよね。」 (やめて……ラブちゃん…お願いだから…) 「ブッキーだって知ってるよねぇ…?せつな、可愛かったでしょ?」 (知らない…!そんなの、知らない………) 知らない。自分から体を開き、愛撫をねだるせつななんて知らない。 甘い声で誘い、求めてくるせつななんて知らない。 唇を噛みしめ、きつく目を閉じ、時々堪え切れなくなって濡れた吐息を漏らす。 何も映らない虚ろな瞳。ただ温かいだけの人形。 それが、祈里の抱いていたせつな。 いや、違う。一度だけ知ってる。 初めての夜、意識の無いせつなを抱いた時。微笑みさえ浮かべながら柔らかく波打つ肌。 腕を伸ばし、体を絡め、うっとりと身を任せながら口付けに応えてくれた。 恋人との甘美な情事の夢に漂っていたせつな。 目覚めた後、親友の手で地獄に突き落とされるとも知らずに。 喉に込み上げる嗚咽を必死に飲み込む。 せつなを悲しませたくない? ラブを汚したくない? 嘘だ。自分が酷い目に合いたくないだけではないのか。 せつなを蹂躙しておきながら、自分が同じ目に合うのは耐えられないだけだ。 ラブの目が言ってる。 せつなはもっと苦しかった。 せつなはもっと悲しかった。 次は貴女が悪夢に追い立てられる番。 もう…甘い夢なんか見られない。 泣き叫ぶせつなを犯していた黒い影。 今夜からは自分が犯される夢を見る事になるだろう。 「ーっ!…うくっ、やぁっ…っ、あ…」 労りの欠片も感じられないぞんざいな愛撫。それでも体は忠実に刺激を受け取り、潤って行く。 嫌と言うほど思い知らされる。自分が玩んでいたのはせつなの抜け殻。 体なんて相手が誰でも触れられれば当たり前の反応を返すだけの物なのだから。 せめて涙だけは見せるまい。祈里は歯を食い縛り、喉の奥に声を閉じ込める。 意地か、罪の意識か、それとも捨て切れない矜持なのか。この行為で泣く事だけはしたくなかった。 (…………?) 不意に祈里を責め苛んでいた下腹部の感覚が遠退いた。 ずし…と体全体に重みがかかる。首筋の辺りにラブが顔を埋めている。 抑え、堪えるような息遣い。何かに耐えるように震える肩。 抱き締められている訳ではない。ただラブは祈里に覆い被さり、荒い呼吸を整えていた。 (…まさか、泣いてる……?) 「ダメだぁ……、出来ないよ…。」 「…………ラブ……ちゃん……?」 「……こんなの、無理………。」 「…ー!!」 諦めるような、呆れたような、少し震える声。 そこにはさっきまでの身を竦ませるような張り詰めた緊張感は消え失せていて。 「勘違いしないでよ……。ブッキーが可哀想とか、こんな酷い事出来ないとか、 そんなんじゃぜんっっぜんないからっ!!」 「………?」 「その気になれないの……。エッチな事とか…まっったく、そんな事する気分にならない。」 祈里の顔の横に両手をつき、ラブが体を起こす。 ベッドから降りるラブを見て、そのまま部屋を出て行くのかと思った。 だけど彼女はそうはせず、ベッドにもたれるように座り込んでいる。 「考えて見れば当たり前か。無理だよ、友達とこんな事するなんて。」 その時一瞬だけ合った視線。すぐに逸らされてしまったけど、その顔に浮かぶ表情。 気まずそうな、少し照れくさそうな、ばつの悪さを隠しきれない表情。 いつもの、よく知ってるラブの顔だった。 (…………友…達……………) 何気無く、発せられた言葉。ラブにすれば無意識の事だったのかも知れない。 そのあまりにもありふれた、特別視なんてしたこともなかった言葉。 (………友達……。) ラブへの罪の意識。ただ一人、せつなに求められる事への嫉妬、羨望。 しかしそれでも尚、捨て去る事の出来ない、狂おしい程の………。 ラブもまた、祈里のかけがえのない親友だと言う事。 姉妹のように育ち、お互い忘れてしまったような遠い過去から共有している記憶。 実の姉妹だってこれほど大切かどうか分からない、そう思えるほどに愛していた友達。 祈里の中で、ずっと堪えていた物が洪水のように堰を切って溢れ出した。 「ーーっ、ごめんっなさい…!」 祈里は両手で顔を覆い、溢れた涙を隠す。それでも震えて揺れる声は隠せない。 「…なんでよ。この状況でブッキーが謝るのはおかしくない?」 「…違う…!…違うの……!」 ラブだって本当は分かってるはず。 あんな事してごめんなさい。 ずっと謝らなくてごめんなさい。 それでも側に居続けてごめんなさい。 そして………… それでもまだ、せつなを愛していてごめんなさい。 何も言わないラブ。 夕暮れに染まり始めた部屋に祈里の嗚咽だけが響き続けた。 み-217へ
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/527.html
トン トン トン トン 階段を下りてくる足音に気付いて、ラブは顔を上げた。 ここが夢の世界だからだろうか、眠くなったりもせず、隣であゆみが寝入った後もずっと彼女は、どうすればせつなを助けられるかを考えていた。 だがいいアイディアが思いつかず、ううん、と悩ましげに頭をひねったところに、その足音が聞こえてきたのだ。 誰か、などと考えるまでもなかった。時計を見れば、まだ朝の六時。圭太郎は一階の寝室で眠っている。だとすれば、降りてきたのは。 「せつな……」 ラブの漏らす呟きは、相変わらず誰の耳にも届かない。 彼女は、音を立てぬようにそっとリビングのドアを少し開けて、覗き込んでくる。そして、ソファの上で眠っているあゆみの姿を見て、小さく。 微笑んだ。 「――――」 声にならない声を、彼女は発する。その唇の形を、ラブは読み取って、眉を顰める。どうして、そんなことを言うのだろう。 ――――まさか!! 息を飲むラブ。せつなはドアを閉めて、そのまま廊下を玄関へと向かい、靴を履いた。 追いかけた彼女の前で、せつなは扉を開け、外に出て鍵をかけた。 そして、その鍵を、家のポストに放り込んだ。ラブと一緒に選んで買った、沖縄土産のキーホルダーを付けたまま。 「せつな――――」 それがどういう意味を持つか、ラブにもわかる。 どうしよう。迷う暇もなく、歩き出すせつな。一度だけ、振り向いて、 「ありがとう――――さよなら」 そう告げたのを聞いて、確信する。 せつなはもう、戻らないつもりなんだ。この家に。 ゆっくりと遠ざかるせつなの背中を見つめながら、必死に考えをめぐらせていたラブは、一つの可能性に気付いて、空に向けて呼び掛ける。 「長老!! 聞こえる!? 長老!!」 『――――なんや?』 かすれるような小さな声。それでも、彼女の声が彼に届いていたことに、ラブはほっとする。そして、問い尋ねた。 「長老、教えて欲しいことがあるの!!」 そうして聞いた答えに満足そうに頷いた後、ラブはせつなの後を追う。その表情は険しいものだ。 何故なら、さっき、せつながリビングを覗いてあゆみを見た時に言った――――いや、囁いた言葉に、嫌な予感を覚えたからだった。 せつな―――― 悲しみに、ラブは唇を噛みしめる。声が届かないことが、とてももどかしい。 彼女は――――せつなは、あゆみを見て、こう言ったのだ。 今までありがとう、お母さん――――と。 ただひとたびの 奇跡 ――――Power of Love―――― せつなは、ただ歩く。あてもなく。 トボトボと歩くその様は、捨てられた犬か、猫のようで。寂寥と影を背負い、弱々しくフラフラと揺れている。 まるで、その体を支える大切な軸を失ったかのように。 憔悴し、摩耗しきった心を現すかのように、その顔はやつれている。それは一見すると、幽鬼のようにも感じられる程。 彼女は歩く。誰もいない、商店街。静けさを破るのは、ただ鳥の声ばかり。その小鳥達も、せつなに気付くと飛び去っていく。それがまるで、自分を忌み嫌っているかのように思えて、彼女は目を伏せた。 そして、思う。 もう私には――――居場所がない。 私に居場所を与えてくれたのは、ラブだった。 行き場所を失っていた彼女を、家族として迎え入れてくれたのは、お父さんとお母さんだった。 そんな三人に、私はすごく感謝していた。 大切に思っていた。 愛してた。 本当に、素敵なひと時だった。 家族がいて。皆でお喋りをして。ご飯を食べて。 すごく幸せな時間だった。 それを――――それを奪う権利なんて、誰にもないわ。 そう言ったのは、自分。 なのに、私はその幸せを守れなかった。 ううん。 私が、奪ってしまった。 ラブはいなくなった。お父さんもお母さんも、笑顔を失った。 家族から、一人が欠け。皆でお喋りをすることも、ご飯を食べることもなく。 幸せな時間は、もう来ない。 かつての罪を償おうと、贖おうと生きてきたのに。 大切なものを守りたいと、そう思っていたのに。 何も出来なかった。 ただ罪を重ねただけだった。 やっぱり。 私は幸せになってはいけなかったんだ。 大切な人を、愛する家族を、こんなにも不幸にしてしまうのだから。 居場所なんか、求めちゃいけなかったんだ。 与えられたそれに、甘えてちゃいけなかったんだ!! やり直すことを、許された。 許されたと、思ってた。 けれど。 けれど、やっぱり――――罪には、罰があった。 それでも――――こんなのってない!! こんなのってひどいわ!! 心の中で叫びながら、せつなは足を止めることなく進む。まるでそれは、自動人形のように、ただ、ただ前へと。 プリキュアになんて、ならなきゃ良かった!! 生き返らなければ良かった!! イースとして、死んだままでいれば良かった!! そうすれば、ラブは死ななかった。 お父さんもお母さんも、幸せなままだった。 ――――私がいたせいで。 皆が、不幸になる。 きっと、これからも。 私のせいで、皆が。 ふと、せつなは歩き続ける。フラフラ、フラフラと。時折、人とすれ違ったり、早起きの商店街の人に声をかけられても、顔を上げることすらしないまま、ただ歩き続ける。 私のせいだ。 私のせいだ。私のせいだ。 私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。 私のせいだ。 何が幸せのプリキュアだ。 生きている限り、私は人を不幸にする。 こんな私に。 居場所なんてない。 生きる価値さえ。 歩く、せつな。 時折、立ち止まる。 美希の家、美容院の前で。 祈里の家、動物病院の前で。 立ち止り、そっと見上げる。 公園にも、行った。 ダンスのレッスンをした広場を、眺めた。 カオルちゃんがドーナツ屋を開く場所に、立った。 歩いて、歩いて。 街を歩き続ける。 その全てで、せつなはラブと出会った。 ここでラブと一緒に、お買い物をした。 この段差に引っかかって、ラブが勝ったばかりのアイスを落としちゃってた。 あっちの店で、お気に入りのものを見つけたと言っては喜んでた。 そこのベンチで、日が暮れるまでお喋りしてたっけ。あの時はまだ、私はイースだった。騙そうとしていた私を、最後まで信じてくれたのよね、ラブは。 浮かび上がっては消える幻想。 そのたびに、胸が痛む。心臓が張り裂けそうになる。 ハートから血が流れる。 真っ赤な、ハート。それは、鮮血に染まった―――― それでもせつなは、止めようとしない。 思い出すことを、目を背けることを、止めようとはしない。 どんなに苦しくても、痛くても、決して。 そして、謝るのだ。彼女は。 幻のラブに。 ごめんね。ラブ。ごめん。 貴方の望むように、いられなくて。 ごめんなさい。 最後に。 彼女は、クローバータウンを一望出来る、丘の上に来た。 かつて、生まれ変わったばかりの彼女が、あゆみに声をかけられた場所。 あの頃は緑のクローバーに包まれていた丘は、今は枯れ果て、茶色に染まっている。ひどく、寒々しい光景。 せつなは、腰を下ろす。 目に、焼き付けようと思っていた。これが、きっと、最後だから。 膝を抱えて座りながら、街と空を見る。相変わらずの、どんよりと湿った曇り空。 せつなは、考える。 どこに行こう。 いや。 どこで逝こう。 見つからない場所がいい。私のことを、誰も知らない場所で。 すぐには、思いつかない。 まぁいい、と彼女は思う。 時間は、たっぷりある。 考える時間なら、たっぷりと。 それまでは、この街を見つめていよう。 ラブが暮らした、幸せに溢れていた街を。 過去形になってしまったことは、自分の罪。 その形を、心に刻みつけよう。 やがて。 彼女は立ち上がる。 行く先が決まったわけではなかった。 それでも、もうここにはいられないと思った。 せつなの目に、光は無い。 それは、心が死んだから。 後は――――体だけ。 ゆっくりと歩き出す、せつな。その背中に。 「せっちゃん!!」 呼び止める声が、かけられて。 振り返る、せつなの視線の先には。 髪は乱れ、服も部屋着のまま。走ってきた為だろう、肩で息をしながら、彼女を見つめる女性―――― あゆみの、姿があった。 間に合った――――!! ラブは、ホッと一息を付く。 せつなの、彼女の様子から、何を考えているのかがわかっているのに、何も出来ないことにやきもきしていたけれど、でも――――間に合って、良かった。 そう。 あゆみを、ここに呼んだのは、彼女だった。 長老に託された二つの力、その内の一つを使って。 それはとても、危うい賭けだったけれど、ラブは信じていた。 お母さんなら、必ず来てくれると。 願いは、かなった。あゆみは、ここにいる。 後は、最後の仕上げだけ。 思いながら、ラブは。 あゆみを前にして、立ちすくむせつなの背後から。 残されたもう一つの力を使い。 万感の思いを込めて。 トン 彼女の、背中を押した。 強く。けれど、優しく。 不意に後ろから押され、バランスを崩したせつなが、あゆみの胸に倒れ込む。 すぐにその背中に、彼女の腕が回された。 そして、せつなは抱きしめられる。あゆみに、きつく、きつく、抱きしめられる。 「せっちゃん――――!!」 何があったのか、わからない。 どうしてこうなったのか、わからない。 けれど―――― 首筋に、雫が落ちたのがわかる。次々に、落ちてくる。 「泣いて――――るの?」 答えは無かった。ただ、肯定するかのように、またきつく抱きしめられた。 ギュッと。強く。 「私のことで、泣いてくれてるの――――?」 「当り前でしょうっ!!」 叫び声に、ビクッと体を震わせる。その彼女の肩を掴んだまま、あゆみは体を離し、 「心配したのよ――――急にいなくなって――――鍵まで置いていって!!」 涙で頬を濡らしながら、せつなを真正面から見つめる。その目から、彼女は、逃げることが出来ずにいて。 「せっちゃんが――――いなくなったのかと思って――――どこかにいっちゃっうのかと思って――――本当に――――本当に、怖かったんだから――――!!」 そう言って、三度、せつなは抱きしめられる。今度は、頭をかきいだくように。 壊れ物を扱うように、優しく。 「私がいなくなることが――――怖いの?」 「当り前でしょう!! 大切な、家族なんですもの!!」 「でも――――ラブは、もう、いないわ」 ラブがいないあの家に、私の居場所なんて―――― 「せっちゃんは――――」 そんなせつなの髪を、あゆみはゆっくり梳る。 「せっちゃんは、せっちゃんでしょう――――? 私の大事な娘よ」 あ―――― 息を飲む、せつな。 けれど―――― 「私が――――私がいたから、ラブは――――ラブは死んじゃった!! もう、戻らない!!」 逃げようと、せつなはもがく。 けれど、それを許すまいと、あゆみはきつく抱きしめ。 決して、離さず。 「私は!! 皆を不幸にする!! やっぱり私は、幸せになっちゃいけなか――――」 「せっちゃん!!」 せつなの叫びは、より強い声で塗りつぶされる。 その一声は、たくさんの――――とてもたくさんの、想いが込められていて。 動けなくなる彼女の瞳を、あゆみは間近から覗き込む。 「どうして――――そういうこと、言うの」 「――――あ」 涙を湛えたその瞳に、せつなは言葉を失う。 「せっちゃんはね、人を不幸になんか、してないわ――――だって」 私に、幸せをくれたんですもの。 「――――――――!!」 いつか、を、せつなは思い出す。 同じように、幸せになってはいけない気がすると言った彼女を、あゆみは、一つ一つやり直せばいいと、そう言った。 けれど、やり直しても、無駄だった――――そう、思っていたけれど。 「――――幸せ、だったの?」 「だった、じゃないわ。今でも、幸せよ」 「ラブが、いないのに――――?」 「それはもちろん、悲しいわ――――けれど、せっちゃんがいることは、幸せよ」 「ラブが、いなくても――――?」 「ええ。ラブがいなくても」 「私――――必要とされてる――――?」 「せっちゃんがいない方が、よっぽど不幸よ」 「私――――私、ここにいていいの?」 「当り前でしょう? 貴方は、私の大切な、娘なんだから」 「――――お母さん!!」 せつなは再び、あゆみの胸に飛び込む。 今度は、誰かに背中を押されることなく、自分から。 心が溶ける、音がした。 溶けた心は、瞳から涙となって溢れて行く。 どれだけ泣いただろう。 ラブが死んでから、どれだけの涙を流しただろう。 泣いて。泣いて。もう泣きつくしたと思ってた。 でも、涙はまた溢れる。頬を伝う。 違うのは。 『一つ一つ、やり直していけばいいのよ』 あゆみに、そう言われた時と同じように。 その涙は、あったかくて。 「せっちゃん」 大声をあげて泣きじゃくるせつなの背中を、あゆみはポンポンと、あやすように叩きながら抱きしめる。 「貴方はね、幸せになっていいの。私も、お父さんも――――ラブも。皆、貴方に会えて、幸せなんだから」 「……幸せ……」 「ええ、そう。だからね、私達も願ってる。せっちゃんの幸せをね」 でも、とせつなは目を伏せる。 「ラブは、私の為に――――」 「ラブだって、せっちゃんの幸せを願ってるわ」 「けど――――!!」 「証拠があるの」 言いながら、あゆみはポケットから自分の携帯を取り出す。 そして彼女が見せた携帯のメールには、 『お母さん!! せつなを探して!! 家を出てっちゃった!! 今、クローバータウンの外れの丘の上にいるから、すぐに来て!! そして、せつなに伝えて欲しいんだ。アタシ、せつなと会えて幸せだったよ、って。せつなに、幸せになって欲しい、って。それから――――大好きだよ、って』 「これ――――!!」 顔を上げるせつな。あゆみは、泣きながら笑う。 「ラブからのメールよ。ほら、送信者のところ、見て?」 「でも、ラブは――――ラブの携帯は――――」 ラブは死んだ。その携帯も、解約してしまった筈だ。 けれど、確かに送信者は、ラブの名前で。メールアドレスも、ラブのもので。 「そうね。うん、そう。何かの間違いかもしれない。けれど――――私ね、思うの。これは、本当に、ラブからのメールだって。天国から送られてきた、ラブからの想いを伝えるメールなんだ、って。だって、このメールの通り、せっちゃんはここにいたんですもの」 「天国からの――――」 「きっと、ラブは今も見守ってくれてるのよ。せっちゃんのことを」 携帯の、画面がにじむ。 ラブからの想いが、伝わってくる。 「ラブ……」 誰かを不幸にすることしか出来ない、そう思っていた。 けれど。 「お母さん――――私、本当に、幸せになっていいの?」 「もちろん。今、もしもせっちゃんが不幸なら――――私が、幸せを返してあげる」 「返す?」 「ええ。貴方が私の娘になってくれたことで、私がもらった幸せを」 繋がっているのだと、知る。 「私――――これからも……ラブがいなくても。お母さんって、呼んでいいの?」 「そりゃ、お母さんですもの」 幸せという名の、絆で。 私がここにいることで、お母さんが幸せになれる。 私がいなくなれば、お母さんは不幸になる。 それは、ラブがいなくても、変わらない。 私とお母さんの、絆。 私だけの、絆。 生きていて、いいんだ。 私は、この場所で。 お父さん、お母さんの家族として。 贖うべき罪は、まだあるのかもしれない。 けれど、私を受け入れてくれる居場所がある。 この場所で。 私は、生きていこう。 大切な人を失ったけれど。 まだ、大切な絆があるから。 「せっちゃん」 「――――お母さん」 「幸せに、なってちょうだい」 「――――うん。たくさん、幸せになるわ。そして、お母さんに、お父さんに、幸せを返すの。私を受け入れてくれて、ありがとうって」 そして、母と娘は。 抱きしめ合う。 かつて、彼女が初めて、お母さんという言葉を口にした時。 そこにはもう一人の娘がいた。 今は、二人。そこに寂しさを、感じないわけではない。 それでも。 互いを大切に思う気持ちは、変わらない。 だから。 抱きしめ合う。強く。 それは、幸せへの、初めの一歩だから。 「良かった」 二人の抱擁を見ながら、ラブは小さく呟いた。聞こえないだろうとは思いながらも、こっそりと。 本当は少し、自分もその中に入りたかったけれど、我慢する。 今は、せつなとお母さん、二人だけにしておきたかった。 「ホントに、良かったね、せつな」 そう言うラブの手の中には、リンクルンがあった。 ここから彼女は、メールを飛ばしたのだ。母、あゆみへと。 長老との会話を、ラブは思い出す。 「長老、教えて欲しいことがあるの!!」 『教えて欲しいこと? なんや?』 「長老の力って、メールにも使える!?」 『メール? そら、使えへんことはあらへんやろうが――――』 「だったら、あの力の一つ目で、アタシのメールが、ちゃんとこの世界でも届くようにして欲しいの!! 一通で、構わない!! せつなを助ける為に、どうしても必要なの!!」 危険な賭け、だった。 届いたメールに、あゆみが気付かなかったら。 気付いても、偽物だと思ったら。 信じてもらえなかったら。 けれど、あゆみは信じてくれた。 やっぱり、お母さんはお母さんだ。 大好き。 改めてあゆみの恰好を見て、ラブは思わず噴き出してしまった。 お母さん、靴の左右、違ってるよ。 それに気付かないぐらい、慌てて出てきたんだ? せつなのこと、そんなに大事に思ってくれてるんだね。 アタシからも、言うよ。ありがとう。 さぁ。 悪い夢は終わり。 せつな。 後は目を覚ますだけだよ。 「ぬぅぉぉぉぉぉおっ」 ウエスターの拳を、パッションは腕を交差させて受け止める。 が、勢いを殺しきれず、浮かび上がる体。そこに、 「おおおおおおっ!!」 彼の左足の蹴りが跳んだ。 「うっ!!」 直撃に、吹き飛ぶ彼女。ずざざざざ、と地面を転がり、そのまま倒れ伏す。 強い――――!! 改めて、美希は思う。さすがに幹部だけあって、一筋縄ではいかない。 けれど、これは時間稼ぎなのだ。ラブ達が戻ってくるまでの。それまでは、ここに引き留めておかないと―――― 「違うな」 ボソリ、とウエスターが呟く。 「貴様っ!! イースではないなっ!!」 「――――!?」 彼の一言に、彼らの戦いを見つめていたノーザが、目を見開いた。それに気付かぬまま、美希は動揺を必死に押し殺す。 「そ、そうよ。ようやくわかったの。私はキュアパッション――――」 「そういう意味じゃないっ!! ええい、姿を現せ、この偽物め!!」 叫び声と共に、一気に近付いてきたウエスターが、パッションの服をつかみ、彼女の体を強引に壁に向かって投げつける。 「きゃぁぁぁぁぁぁっ!!」 「パッション!?」 「よそ見をしてていいのかい?」 パッションに気を取られたピーチ――――祈里。その一瞬の隙を、サウラーに突かれる。はっと気付くが、時はすでに遅く。 「ふんっ!!」 腹にぶつけられた掌底に、彼女もまた、吹き飛ばされる。 「きゃっ!?」 ドン、と壁にぶつかり、落ちる二人。その瞬間に、彼女達が腰に付けている、リンクルンを入れたポーチが外れて、落ちて。 少女達は、元の姿に戻る。 パッションからベリー、そして美希へ。 ピーチからパイン、そして祈里へ。 「うぅ……」 「くっ……」 立ち上がろうともがく二人を、ウエスターとサウラーが見下す。 「やはり、偽物だったか」 「よくわかったね、ウエスター」 「戦い方が違ったからな。それにしても、どうしてイースに化けたりなど」 「なるほど。そういうことね」 頷きながら二人の前に現れたのは、ノーザだった。変身が解け、それでも立ち上がろうとする少女達を見て、彼女は嘲笑する。 「イースが目覚める為の時間稼ぎ、といったところかしら。インフィニティを渡さない為に、知恵を振り絞ったわけね?」 くっ、と歯を食いしばる美希と祈里の顔に、愉悦の笑みを浮かべながら、ノーザは続けた。 「惜しかったわね。すっかり、騙されてしまっていたわ。この私ともあろうものが」 くすくすと声を上げて笑ってから、ノーザは一瞬にして冷たい表情を取り戻す。 「けれど、もう終わり。残念だったわね――――もう、イースは目覚めない」 「待ちなさい!!」 拾い上げたリンクルンを構え、もう一度、変身しようとする美希だったが、ソレワターセがしならせた鞭のような腕に弾き飛ばされる。 「美希ちゃん!!」 「貴方達が悪いのよ。貴方達が、約束を守らなかったから。だから、イースは苦しみ続ける。そして――――永遠に眠る彼女を見て、永遠に苦しみ続けなさい」 そう言うやいなや、ノーザは。 ソレワターセの体に、自らを同化させ始める。 その行先は―――― 「――――え?」 戸惑いの声を、ラブはあげる。 せつな。せつなと抱き合っていたあゆみ。 二人の体から、急に色が無くなったから。 凍りついたように、彼女達の体が動かなくなる。 次の瞬きの後。 世界からも、色が無くなる。全ての色が。 せつなの赤の服。あゆみの栗色の髪。北風に揺れる木々の茶色。空の青。 全ての色が、無くなる。 セピアの世界。凍った世界。 「な、なに――――?」 せつなの元に駆け寄ったラブが、その体に触れようとする。 そして――――触れることが、出来た。夢の中の世界の筈なのに。 けれどその体は、氷のように冷たくて。 「何が起きてるの――――?」 フフフフフフフフフ―――― ラブが思わず漏らした言葉に返ってきたのは、女の含み笑い。 はっと振り返る彼女の前に、茶色の地面から姿を現す、二つの影。 そのうちの一つが、ラブの姿に気付き、その顔に浮かんでいた笑みを深くする。 「あら。こんなところにいたなんてね、キュアピーチ」 「……ノーザ!!」 8-233へ
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/1101.html
抱き合い、体温を感じ、お互いの鼓動だけに耳をすます。 周囲のざわめきも、外から聞こえる賑やかなクリスマスソングも、どこか遠くの世界の事のようだ。 しかし、そんな幻想に浸っていられるような時間は無い。 今回の帰省はびっしりスケジュールが埋まっている。 イブの夕方までパーティー、片付けが終わったら家族で軽い夕飯。 そのまま夜はリビングに布団を並べて両親とラブとせつなの四人で眠る。 明日は美希や祈里とお出掛け。 二人が色々と計画を練ってくれているらしい。 甘い夢の世界に逃げ込みたくなる気持ちを断ち切るように、ラブは 大きく息を吐き、せつなの肩に手を置き、体を離していく。 「パーティーが終わったら、家族の時間だね」 「夜、みんなで寝るなんて初めてね」 「うん。お父さんもお母さんも楽しみみたい」 「明日は美希とブッキーが遊びに連れて行ってくれるのよね」 「そうだよ。どこに行くかはあたしにも内緒なんだって」 「……また、今度帰ってくるわね…」 ラブだけに会いに。 切ない声。 せつなにとって、家族や親友と過ごす時間は特別なもの。 いつも両親や幼馴染みが側にいるラブとは、その重みが違う。 離れて暮らしているせつなには自由な時間は宝物のようにかけがえの無いもの。 すべてを同時には手に入れられない。 それでも、その大切な時間と同じくらいか、それ以上にラブとの時間を 求めてくれてもいる。 「分かってるよ、せつな…」 「ラブ……」 「あたしね、せつなにみんなと楽しく過ごして欲しかった。これは本当に本当だから」 「……ええ」 「二人きりになれないがちょっぴり残念なのも本当だけど…」 「…うん」 「でもね、いいんだ。分かってるから。せつなは、ちゃんとあたしといつも一緒なんだよね」 いつもいつも、ずっと想ってくれてるのを知ってるから。 戻ろうか。 そう、ラブはせつなの手を取ってリビングに戻る。 これくらいの痩せ我慢は出来るようになった。 永遠にこれが続く訳じゃない。 せつなはいずれ帰ってくる。ずっと側にいてくれるようになる。 その約束を信じてるから。 (あーあ。カッコ悪いな、あたしってば) 気遣わしげなせつなの様子を見て、ため息が漏れる。 心一つ隠せずに、せつなに余計な気を使わせてしまったのが情けない。 でも、そんなラブの気持ちに気付いてくれるのがやっぱり嬉しい。 みんなの輪に戻り、囲まれ構われているせつな。 もっともっと、時間があればいいのに。 夜になり、賑やかさの余韻がほのかに残るリビングで眠りに就く。 布団の中での囁き声でのお喋り。 その声が一つ落ち、二つ落ち、残る二人の間にも静寂が落ちる。 そっと一つの毛布にくるまり、身を寄せる。 触れそうで触れない唇。 固く握り合ったままの手。 「…おやすみなさい」 愛しい気配をすぐそこに感じられる幸せ。 それ以上には進めないもどかしさ。 大丈夫。今感じてる焦れったさも切なさも、いずれ大切な思い出に変わるはずだから。 眠るのがなんだか勿体ない。 暗闇の中で見つめ合いながら、言葉に出来ない想いを伝え合う。 「…ラブ、眠れないの?」 「ううん、明日もあるし…」 「そうね、早く寝ないと…」 「目、瞑らないと眠れないよ…?」 「うん…でも、ラブより先に寝たくない…」 「それじゃあ、いつまで経っても眠れないじゃん…」 じゃあ、こうしよう。 ラブはせつなをくるりと寝返りを打たせ、後ろから抱きかかえるようにくるみ込む。 「…あったかい……」 「これなら、いいよね…?」 「……うん…」 息遣いを合わせ、瞳を閉じる。 まるで一つの生き物の様にぬくもりも鼓動も一つになる。 一緒にいられる僅かな時間を、少しでも近くで感じられるように。夢の中でも、一つでいられるように。 ……… ……………………… 「さて、と。もうそろそろ計画教えてくれてもいいんじゃないのかなぁ?」 「そうよ、どこに連れて行ってくれるの?」 翌日、クローバーの四人は美希の家の前で集合。 二日目のイベントは美希と祈里の担当だった。 ラブにも一切秘密の周到さ。 仲間はずれにされた若干の恨みがましさも込めて、ラブは腰に手を当てて仁王立ちだ。 それでもまだ美希も祈里もニコニコと顔を見合わせたままで、意味ありげな目配せをよこす。 「さあて、どこかしらね?当ててみる?」 「うふふ、たぶん分からないよ。でもね、絶対に喜んでもらえると思うの」 自信満々な二人の態度に少し呆れた顔でラブは首を振る。 「ま、そこまで言うなら期待しちゃうよ?でもさー、今日はイベント関係はどこもいっぱいじゃない?」 「ふふん、抜かりは無いわよ。完璧なアタシ達がそんなヘマすると思う?」 「そうよ。ラブちゃんじゃないんだから」 「ブッキーって時々凄く優しく凄く言いにくい事言うわね…」 「じゃ、とにかく行きましょうか。ブッキー、準備はいい?!」 「はあい!」 取り出したのは何故か目隠し。 戸惑い慌てるラブとせつなにお構い無しに二人は目隠しを装着させる。 「え?ちょっ、これ、何のプレイ?」 「…何も見えないわ」 「そりゃ、目隠しだもの。見えたら困るじゃない」 「大丈夫。ゆっくり歩いて誘導するから。そんなに遠くないよ」 美希がラブの手を、祈里がせつなの手を引いて歩きだす。 目隠ししたまま徒歩で行ける距離でクリスマスのイベント? そんなの何かあったっけ? ラブは頭の中を疑問符でいっぱいにしながら覚束ない足取りで美希に引っ張られて行く。 せつなは少し戸惑いつつもしっかりとした足取りで大人しく祈里について行く。 そして、ある疑問に突き当たり、遠慮がちに祈里に質問しようとした。 「ねえ、ブッキー。この道順って……」 「しーっ!せつなちゃん、気が付いても黙っててね」 「え、なになに?!せつな、なんか気付いたの?…おわっっ!」 「こら、ラブ!見えないんだから急に動かないの。転ぶわよ!」 「もう少しだから、頑張って、ラブちゃん!」 はい、到着! そう言って目隠しを外された場所を見て、ラブはぽかんと口を開ける。 どうやら途中で道順と方角から目的地の見当がついたらしいせつなも、 二人が何のためにこんな事をするのか理解出来ない様子だ。 「……あの、これ…」 「美希?ブッキー?」 そこはほんの少し前に両親に挨拶してきたばかりの、桃園家の玄関前だった。 美希と祈里は再び顔を見合わせて悪戯っ子の笑みを浮かべる。 「おじさんとおばさん、もうデートに出掛けてるはずだから」 「アタシとブッキーもこれからデートだから。あなた達も二人でゆっくりすれば?」 その言葉の意味が脳に届くまで、しばらく時間が掛かった。 「あのね、美希ちゃんと二人でいっぱいいっぱい考えたんだよ? せつなちゃんが一番喜ぶプレゼントって何かなぁって」 「そして行き着いた結論は!ズバリ、ラブとのラブラブタイム!」 「みんなでワイワイも楽しいけど、やっぱり二人っきりになりたいでしょ?」 「そーそー、なんたってクリスマスなんだし」 祈里はまだ固まってるせつなの頭を撫で、美希はラブの頬っぺたをむにっとつねる。 「みひたん、いひゃい…」 「まったくねえ、見てられなかったわよ?」 「ホントホント。あんなにしょっちゅうチラチラ熱っぽい視線絡まされたらねぇ」 「変なとこで妙に義理堅いって言うか、遠慮深いと言うか…」 「せめてわたし達には正直に言えばいいんだよ?二人の時間も欲しいんだって」 ようやく金縛りが解けてきたものの、ラブとせつなは言葉すら出ない。 口を開けば泣いてしまいそうだった。 二人は呆れたような、でも温かさの溢れた瞳で美希と祈里はラブにせつなの手を握らせる。 じゃ、改めて。 「メリークリスマス!!!」 いつの間にやら手にしていたクラッカーが鳴り響く。 突然の破裂音にギョッとして振り向く道行く人々にもお構い無しだ。 「じゃ、わたし達も行くからね」 「こっちはこっちでデート楽しむんだから邪魔しないでよね」 手を振り、立ち去る二人にラブはやっとの事で声を絞る。 「ありがとう!」 「美希!ブッキー!」 首だけで振り向き、ニッコリと天使のような微笑みをくれる祈里。 背を向けたまま、芝居がかった仕草で高く手をあげて応える美希。 ラブはドアに飛び込み、鍵を閉めるのももどかしく、そのまま玄関でせつなを抱き締めた。 唇を重ね、吐息の合間に名前を呼び合う。 何度も何度も重ねているうちに、涙の味が混じり合う。 「痛っ」 「せつなっ?!」 力任せに抱き締め合ってている内にバランスを崩したラブにのし掛かられ、 せつなが床に倒れ込んだ。 鈍い音が響き、受け身を取る余裕もなく、後頭部をぶつけてしまった。 「ふふふふ…」 「クスクスクス…」 何だか可笑しくなって、冷たい床に倒れたまま、ひとしきり笑ってしまった。 「……お見通しだったみたいね」 「せつなは大丈夫だよ。バレバレだったのはあたしの方だよ」 「私、つまらなそうに見えた…?」 「違うよ!そんな事ゼッタイ無いよ!ただね…」 「ただ…?」 「美希たんとブッキーには分かっちゃったんだよ…」 「……………」 「付き合い長いしねぇ……」 「幼馴染みってすごいわね」 まっすぐに見つめ合う。 周りの様子を伺いながら交わす密やかな目配せではない。 誰の目も気にする必要もなく、その瞳に愛しさを溢れさせて。 ラブはもう一度、そっと、優しく長いキスを贈る。 せつなにありったけの愛を込めて。 そして、ここにいない、二人の優しいサンタクロースに感謝を込めて。 「大好き…」 「私も…」 「大好き、大好き、大好き、大好き…」 今度はせつなから、ラブの言葉を奪うように唇を重ねてゆく。 やっと、思いきりお互いを求め合える。 ようやく始まる、二人のクリスマス。 もう、言葉は必要無かった。 新-770へ