約 1,207,352 件
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/529.html
雪のグリル・クローバーヒル/こゆき しんしんと、雪が降り続いている。 黒一色に沈む夜の街が、ほのかに輝く銀のヴェールを纏う。 この窓の外は、ぬくもりの欠片もない凍てつく冷たい氷の世界。かつての―――この私のように。 あの時の私なら、きっとこの光景を美しいと感じることはなかっただろう。 命の溢れた春よりも、心の安らぎを覚えることならあったかもしれないが……。 窓一枚隔てただけの、この部屋のなんと暖かいことだろう。耳には優しいピアノの旋律。芳しいご馳走の香りと、楽しげな談笑の声。 こちら側が幸せで―――あちら側が不幸。 この窓が幸せを分けるラインなら、それを越えるための条件とは一体なんだろう? それさえわかれば、みんなをこちら側に入れてあげられるかもしれないのに……。 「せつな、どうしたの?何か考えごと?」 「ラブ……。メニューは決まったの?」 「あっ、ううん。なんか迷っちゃって」 ニハハと笑って、ラブはまた、心配そうに私の顔を覗き込む。私はラブの視線から逃げるように、再び窓の方に顔を向ける。 ガラスに映ったその表情は、確かに元気がなさそうに見えた。 (このガラスの内側に入れたのは、きっとラブの愛情のおかげ。) 「ねえ、ラブ。LOVEって、愛するって意味よね。それは、どんなものなのかしら?」 「どうしたの?せつな。熱でもある?」 「茶化さないで!」 思わず厳しい口調になった私に驚いて、お父さんとお母さんがメニューを置いてこちらを見る。 「……ここは、私がラブの家族になれた場所、私が初めて幸せを知った場所よ。そして、今夜は互いの幸せを願うクリスマスイブでしょ?だから……」 お父さんとお母さんが、静かに顔を見合わせる。そして二人は、入り口のサンプルを見てくると言って席を立った。きっと、少しの間ラブと私の二人だけにしてくれたのだろう。 「ごめんなさい、せっかく外食に連れてきてもらったのに……」 「ううん。あたしもよくわからないんだけどさ~。愛情ってね、相手のことを大切に思う気持ちなんじゃないかな?」 「ラブは、みんな大切なんでしょ?私も美希もブッキーも、お父さんやお母さんや、ううん、会ったことのない人だって!」 「そうだよ」 「だったら、私が私じゃなくたって、ラブはその子を家族に迎えていたの?一緒にダンスをしていたの?」 「それはわからないけど……せつなはやっぱりせつなで、誰かの代わりになんてならないよ。きっと代わりの効かないものが、本当の愛なんじゃないかな?」 「ラビリンスに居た頃の私は、いくらでも代わりが効く存在だったわ。この窓の外にたくさんあって、埋もれていって……やがて忘れ去られ、溶けて消えてしまう雪のように……」 そんな私に、愛される資格なんてないのかもしれない。その言葉が、次第に小さくなっていって、消えてしまいそうになったとき……ラブが立ち上がって、私の肩に手を触れた。 「せつな、こっちに来てみて!」 「えっ?なに?この季節にテラスは使えないはずよ?」 「さっき、カギが開いてるのを確認したの。いいからいいから」 ラブは端の方にあるテーブルに近づいていく。それは椅子ごとブルーのシートで覆ってあって、それをさらに覆うように雪が積もっていた。 「これは、あの時のテーブル……」 「うん。でも見せたいのはテーブルじゃなくて、これっ!」 「……雪よね?それがどうかしたの?」 ラブは得意げに雪をすくい上げて私の方へ差し出す。 「近くでよぉく見て。あたしでもなんとか見えるから、せつななら形がハッキリとわかるはずだよ」 「これは……どうして?ひとつひとつ、ぜんぶ違う形をしているわ!」 驚きの声を上げる私に、ラブは満足そうに頷いて、夜空を見上げる。 「みんな同じに見える雪でもね、本当はひとつひとつ、ぜーんぶ形が違うんだよ。メビウスはきっと、国民のことをまとめて雪だと思ってたんじゃないかな?そんなの愛じゃないよ」 「ラブやお母さんやお父さんは、私という、代わりのない形を見つめてくれたのね。だから――」 「相手をよく見て、よく知って、その形を大切だって思えたら、それは愛なんだと思うの。あたしはさ、会ったことのない人だって、みんな自分の形を持ってるって思えるから」 「みんなを、愛しているのね」 「うん!」 ラブは私に背を向けて、また雪をいじりだした。 「私にもできるかしら?ラブのように、みんなを見つめて愛することが」 「できるよ!だって、せつなは誰よりも目がいいんだもん!」 「もうっ、そこに視力は関係ないでしょ!しかも、後ろを向いたままで言わないで!」 「ごめんごめん」 ラブは、今度は手にしたものを後ろに隠してこちらを向いた。 「ラブったら、さっきから何を作ってるの?」 「これだよ!」 そう言って、ラブは白い塊を私に投げつけた。 「フン!そんなことだろうと思ったわ。私に当たるとでも?」 「せつな、後ろっ!お母さん!」 「えっ?」 「スキありっ!」 一瞬後ろを向いた私の頬に、ふんわり柔らかい雪の塊がぶつかって弾けた。 パウダースノーの雪だから痛くはなかったけど―――その一撃で、私の身体に流れる戦士の血が目覚める。 「やったわねーっ!もう許さないから!」 「望むところだよ、せつな!」 いつの間にか、重たかった私の心は軽くなり、バカみたいに笑いながら、ラブと雪の塊をぶつけあっていた。 もう少しだけ、待っていてもらおう。 ラブと一緒なら、きっと見えるようになるから。 ラビリンスの人々それぞれの形を見つめて、愛して、笑顔に変えられると思うから。 だから―――もうしばらくだけ、このままで。 fin
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/334.html
お互い真っ赤になって微妙な距離をとりつつ、由美の所に戻る二人。 「ただいまー由美ー」 「あら?」 「二人ともズルいよ~。」 借り物の内容を知って、選ばれなかったことに 落ちこむ由美。 「あはー。ま、まぁ…」 「あ、由美ちゃんもこれからお昼、一緒にどうかしら?」 「いいの…かなぁ~?」 「うん!あたし、いーーーーっぱい作ってきたんだよ!」 出てきたのは立派なお重の箱。すると、タイミング良く観戦に 来ていた美希と祈里も合流する。 「張り切ってたわねーラブ。カッコ良かったわよ。」 「せつなちゃんも楽しそうだった!」 由美も加わり、豪勢な昼食は一層賑やかな雰囲気に。 「ラブってほんと料理上手だね~。」 「照れるじゃんか由美ー。」 「精一杯作ってくれたから、本当に美味しいわ。」 「アタシの家にもラブがいてくれたらなー。」 「うんうん。ラブちゃんの手料理ならわたしも大歓迎!」 (昼間っからイチャイチャしてはる。あかん、この光景シフォンには強すぎや。) 「午後の競技って、ラブちゃんとせつなちゃんが出るアレだよねぇ?」 「そう、ソレ!そのために来た様なもんなんだから!」 「ですよね~。」 (頑張ってね、二人とも...) この日のために、ラブとせつなちゃんは一生懸命練習したんだもんね。 運動音痴なラブは、何とかせつなちゃんにイイ所を見せようと頑張って。 けど、息が合わないってせつなちゃんはアタシに相談に来て。 ほんと真面目なんだから。 結局アタシはせつなちゃんと練習してたけど、実は裏では… 「せつなにコンビ解消だって言われたぁー。もうガックシだよぉ……」 「よしよし。まだ諦めちゃダメだよ?ラブちゃん。」 「やるしかないわね…。秘密で特訓開始よ!」 ―――そして迎えた二人三脚。 「せつな…。もう一度、コンビ組んでもらえない…かな?」 「で、でも由美ちゃんと…私は…」 (あっ…。この目。あの時と…) 「イイよ!せつなちゃん。」 〝トン〟と背中を後押しして。もちろん笑顔で。 「由美ちゃん…」 「由美…」 ちょっと困惑気味のせつなちゃん。アタシはラブが特訓をしていた事を蒼乃さんと山吹さんから 教えてもらっていて。ラブの親友は由美ちゃんもだよ!って。アタシ、嬉しかったな~ 「いってきなよ!」 笑顔で2人を送り出す。 …本当はせつなちゃんと… スタートラインに並び立つラブとせつな。 「いいわね、ラブ。やるからには…勝つわよ!」 「とっおぜん!」 不適な笑みを浮かべる2人。 「作戦成功ね。完璧すぎるわ。」 「私、信じてた。今回は由美ちゃんのおかげだね!」 満面の笑みを浮かべる2人。 (運動が苦手なラブも、せつなちゃんと組めばどんな競技だって、 互いを思いやる心で快勝だよね~) 再び声援を送る由美。 脚はもちろん、腕も肩も腰も密着する2人。 「なんかドキドキしてきたわ…」 「あたしも。けど!やるからには息ぴったりに完璧で!」 〝位置についてー。よーい〟 「互いに声掛け合っていくわよ。」 「うん!せーの!」 〝ドン!〟 見事、愛の力で優勝ゲットしたラブとせつな。 その影に親友の協力があり。 「ニッへへ~。どうだった?せつな!!」 「そっ…そうね!いい感じよ!!」 嬉しさのあまりに思いっきり抱き合う2人。 (ピーチはんもパッションはんも今は気にならへんけど、あとになってから照れくさいでー。 でもな、シフォン。これがほんまもんの青春やー。) 「あまじゅっぱー?」 (しゃべったらあかん!) 「由美ちゃん!」 「あ、山吹さん。2人とも1位です~!」 「…完璧よ!アナタのおかげだわ。」 「うん!由美ちゃんのその健気な所、わたしちょっとだけ泣いちゃった。」 「今度は由美ちゃんが表舞台に立つ番ね。」 「え?」 「四葉町のレクレーション大会。わたしたちと一緒に出よ?」 「……ハイ!」 (あっれー、3人…妙に仲良くない?) (そうね。でも私たちには勝てないわよ?) 5-395借り物競争はこちらです
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/894.html
本をがむしゃらに読んだ成果か。最近はシフォンがよく懐いてきてくれるようになった。 「キュアー、みきぃ」 「おいでシフォン」 優しく腕にくるんであげるとシフォンは嬉しそうに声をあげた。感情を素直に出すシフォン。 「せつなとは正反対かも」 「あたしがなに?」 「パパだよー、シフォン」 「せちゅなー」 「変なこと教えないで」 せつなはむにーとあたしの頬っぺたをひっぱった。モデルは顔大事なのに。 「美希たんあたしも抱きしめてー」 ラブが後ろからじゃれついてきたので、引っぺがしてせつなにでも渡さそうかと思ったが、気が変わりシフォンを前に抱いたまま後ろに倒れ込んでラブを潰した。 ぐえっとか聞こえたが聞かなかったことにする。ラブのお腹ふにふにしてていい枕になりそう。 「昔は三人で一つのベッドに寝てたよねー。せつなとブッキーもおいでよ」 ラブは自然とそう口にしていた。 「二人とも、ラブを潰そうー」 ねんねーとはしゃぐシフォンを万が一の為に首元に持って来て体を開けた。ラブの寝息が聞こえてきたのには素でびっくり。 ブッキーがぴょんと枕の方に飛びのったらしい、せつなが状況を理解してなかったので手を引っ張ってあたしの上に頭がくるようにねかせた。 「これも地球の風習?」 「そんなものね」 シフォンがすぴーと寝だしたのであたしも目を閉じる。 昼寝などしそうにないせつながしょっちゅう体勢を変えるせいであたしが寝たのは結局最後だった。 せつなは最初の位置から随分上の方にズレていてつい笑ってしまった。 「ふつー無意識に胸の上で寝る?」 あたしの小言もベストポジションを見つけ深い眠りについたせつなには聞こえていないようだった。 ~side(S)~ 私が目を覚ますとラブとブッキーはすでに目を覚ましてベッドにはいなかった。 二人が楽しそうに話すのをみてすごくホッとした。 「おはよーせつな。お姫様は爆睡してるよ」 ラブが私の下にいる人物を見ながら言った。 気づくと私は美希の胸の上で眠っていたらしい。 恥ずかしくてがばぁっと起き上がった私を見てラブとブッキーはきょとんとしている。 まだ頬に残る感触が妙に生々しく心臓はしばらく落ち着いてくれなかった。 それにしても…… 随分シフォンと気持ちよさそうに寝ている。少し悪戯心がわいて耳に息を吹きこんでやろうと(ラブが私によくやる)顔を近づけると、美希がかすかに起きたみたいで 「んむぅ」 唇に柔らかい感触がする。零距離に美希の顔。しばらくして目を開けて私を確認した美希はびっくりして唇を離した。 「ご、ごめん」 「……」 私は口を押さえたまま何も言えなかった。ドキドキがとまらない。ラブが美希に文句を言っているが、わざとじゃないのがわかっているからか本気じゃない。 「美希たんのばかー」 「ごめんてば。寝ぼけてたの」 「サイテー、アホー」 ぎゃーぎゃー言うラブをおいて、美希が私にごめんねと謝った。かろうじて私は大丈夫と返事をした。 ラブたちからは死角で見えなかっただろうけど、あれは濃厚なものだった。舌を絡めとり吸い付く。息をする暇もないもの。 無意識であれができるって……私のかすかにできた疑問は舌に残る熱で隅に追いやられてしまった。 ~~~~~~~~ 暑い……。 季節は冬だけど、この部屋は暖房が効きすぎている。汗がいつもより流れる。 だめだ。喉渇いてきた。 「ねぇ、暑いよ」 「ん、美希の味がする」 変態。あたしをうつぶせにして背中を執拗になめてくる。ドラマが新しく決まったらしい彼女はいつもよりご機嫌だ。 「もういい?」 「私を置いてったくせに」 この間のことをまだ根にもってるらしい。体の向きをかえて手の平で彼女の豊満な胸を包み込む。 「ごめんね。ゆるして」 「私だけを見て」 欲望に濡れた瞳に笑顔を返す。 我慢限界…… あたしはぎゅーと彼女を抱きしめて水飲んでくるねと言ってシャツを羽織って立ち上がる。 ぐんっと手を引かれてあたしが離れたはずのベッドにまた逆戻り。 もー…… 「なに?」 「飲ませてあげる」 彼女は自分用にいつもベッド横の棚に置いているスパークリングウォーターに手を伸ばした。 あたしはぬるいのは嫌だからいつも冷蔵庫から取っている。 にこにこしている彼女の機嫌を損なわないよう、受け入れることにした。 彼女の唾液と共に炭酸水が入ってくる。少ない量でも人のタイミングで飲むのは難しい。 あたしの口元からこぼれたものを彼女の舌がすくう。 よほど喉が渇いていたらしい。あたしは夢中で彼女に舌を絡める。 ふと部屋がかすかに赤く光った気がした。 え…… せつな? ぶはっ 彼女は呆然と女性と絡み合うあたしを見ていた。せつながハッとしてまた部屋が赤い光に包まれる。 「んー、汚いなぁ何?てか今なんか光った?」 「ごめっ、はぁ、気のせいだよ」 あたしは炭酸が逆流してヒリヒリする鼻をつまみながら、誰もいない場所を見つめていた。 ~side(S)~ あれはなんだったんだろう―― 部屋にいるとばかり思っていたのでアカルンに美希の自宅ではなく、美希のところへと命令してしまった。 メールに入っていた昼間の件の真摯な謝罪文に、気にしないでと直接伝えに行こうとしただけなのに。 美希が綺麗な女性と絡み合っていた。この間美希と会った時サングラスをかけていた人だろう。 美希は私に気づくと複雑な顔をしていた。 リンクルンがメールを知らせる。開くとやはり美希からで、明日8時にあたしの部屋に来てもらえる?と入っていた。 返信せずに布団に潜る。 ラブにもこれは相談できない。やっぱりまずは美希と話さなければいけない。 いつもみんなのお姉さんでいた美希。彼女に闇があったのだろうか―― 今すぐじゃなく明日の朝。彼女は今もあの女性と寝ているのだろう。私は一晩中寝れなかった。 ~~~~~~~ 「おはよ、せつな」 「………」 あたしは一睡もしていないが頭はやけにさえている。 目の前のせつなを見ながら缶コーヒーを口に含む。苦味が口内に広がった。 「昨日は……突然ごめん」 「ほんと突然」 せつなは真っすぐあたしを見た。 「あれは……恋人さん」 「違うよ」 「じゃあ……」 「お金をもらってる」 せつなは目を見開く。 「でも別にお金欲しいわけじゃないし。あの人だけじゃなく……他にも何人かと関係もってる」 「なんで……」 せつなは理解できないといった顔をしている。たいした理由はない。遊びなのだ。日常を刺激するスパイス。 「セックス好きなのかも」 「美希……だめだよ。やめて。そんなことしないで」 せつなは泣きそうになっている。なんで泣くのよ。面倒くさい。 「じゃあせつなが相手してくれる?ラブに内緒で」 わざと笑顔で吐き捨てるとせつなはキッと睨んだがすぐ悲しそうな顔になった。 「いいよ。美希があんなことしなくなるなら私と寝る方が安全だし」 「何言ってんの。意味わかんない」 イライラする。ラブを裏切る気もないくせに。勝手なこと言わないで。 せつなが正しいのはわかってる。だが否定的に言われると反発してしまう。 逆切れぎみにせつなを睨むとぞっとするような冷たい目を向けられた。 「刺激が欲しいんでしょう?満たしてあげる。親友の彼女なんて最高じゃない?そのかわり次にその人たちと会うときは先に私を呼んで。私で満足できなければ会いに行けばいい」 「ラブを裏切るの?」 「私はラブが好き。でも美希も大事。だからそんなことしてほしくない……でもわざわざラブに知らせる気もない」 馬鹿正直じゃないのよ私。 せつなはそう言った。その眼差しは真剣だった。 あたしはせつなに皮肉な笑顔を見せると、受諾の意味で柔らかい唇にキスをした。 「とりあえず帰って。シャワー浴びたい。寝たい」 せつなはあたしの髪に顔を近づける。 「あの時の……美希じゃない匂いがする」 「今からせつなの匂いをつける?」 わざと挑発するようにせつなに顔を寄せると、早くシャワー浴びればとせつなは素っ気なく言った。 こんな顔もするのね。 あたしはなぜか帰らないせつなをほっといて浴室に向かった。 「おかえり」 「まだいるの」 何が目的かわからないがとにかく今は眠い。あたしは髪を乾かすとベッドに潜りこんだ。せつなはそれをみると隣に入ってくる。 「何?昨日激しかったから体力ないよ」 「そうじゃないわ」 せつなはあたしを包み込むように抱きしめると私の目的は美希を救うことだからと言った。 ほんとイライラする。 抵抗する気力もなかったのであたしはやけに温かい布団の中で眠りについた。 み-506へ
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/500.html
「水族館デートは危険が一杯? 美希せつVer.」/SABI 待ち合わせ場所は天使の像の前、今は約束した時間の5分前。 いつもであれば、待ち人はもうとっくに来ている時間だ。 メールで昨日、待ち合わせ時間を確認したから、約束した時間が間違っているってことはない。 ということは、何か非常事態が起こったかもしれないってこと。 電話して確認するって方法もあるけど、せつなの家に迎えに行った方が早い。 せつなの家からここまでは一本道だから、すれ違うってこともない。 せつなの家に着いて玄関を開けると、予想通りというか、家の奥には仁王立ちしたラブが立ちはだかっている。 玄関先には出かける準備を済まして、後は靴を履くだけのせつなが困ったようにラブの顔を見ている。 ラブがこんな風にデートを阻んでいては、せつなも出かけ辛いだろう。 「美希たん、いいな。あたしも行きたいな~」 いやだから、デートに保護者同伴ってないから。保護者っていっても、ラブはアタシやせつなと同い年だけれど。 ラブにとっては、せつなが遅く帰ることが心配なのではなく、アタシと一緒ということが心配なのかもしれない。 「ラブ!」 アタシという味方を得たせつなが強い口調で咎めると、ラブは今までの勢いが無くなってしょんぼりする。 強気になったせつなに弱いのは、どうやらラブも同じらしい。 「二人で出かけてもいいけど、門限は6時だから!」 さっきまでとはうって変わって悄然とした態度で、それでも言うべきことは言っておきたいと言う事か。 いつもより門限が早いとは思ったけれど、ここで争ってはますます二人の時間が少なくなってしまう。 了解したサインに手を振って、もう一方の手でせつなの手を繋いで表に出た。 ラブの怨嗟の声が聞こえてきそうな桃園家を後にして、向かうデート先は水族館。 前回はブッキーに勧められた動物園、今回の水族館も同じくブッキーのお薦め。 今回行く水族館はブッキーによると、規模が小さくて展示されている生物は少ないものの、 イルカショーやアシカショーに力を入れていて、なによりゆっくり観てまわれる所がいいらしい。 せつなには色々と深い事情があって、普通の女の子なら誰でも経験したことがあるようなことでもしていない事が多いから、 せつなが初めて体験することを二人で一緒に体験して、感動を分かちあえるのはすごく嬉しい。 ・・・ただ、一つだけ、水族館に行くことで心配なことがあるとすれば、 水族館にはアタシが苦手なアレがいるだろうということ。 アレは八本足で、西洋では悪魔の魚と呼ばれているらしい。 そう、アタシはタコが嫌い。嫌いなんかを通り越して、怖い。 アレがいそうな場所というと、日本の近海の生物を展示してある所。 身近な魚介類が多くて日本のどこでも獲れることができる、マダコもいるかもしれない。 それと、魚類以外が展示してあるコーナーにも、タコがいる可能性が高い。 珍種のクラゲなど珍しい水棲生物がいるみたいで、インターネットで調べたけど、 どこに何が展示されているのかまでは、はっきりと分からない。 だから、アレによって、折角のデートが台無しになるかもしれない。気を付けなければ。 今日行く水族館は何度か電車を乗り継ぐため、移動時間に時間がかかる。 毎日の様に逢っているから、話すネタが少ないということもあるのかもしれないけど、 今日の予定や昨夜の出来事とか他愛の無い話が終わってしまうと、沈黙の時が流れる。 二人掛けの座席に肩が触れ合うくらい近くに二人並んで座ると、会話は無いけれど、その沈黙が心地良い。 初めて二人で出掛けた時は沈黙が気まずくて、会話が途切れる度に話しかけていたっけ。 その時は、オーディション用の衣装を選びに、本当は四人で出掛ける予定だった。 ラブは病気でブッキーは都合が悪くなって、結局、二人で出掛けることになって。 最初は何を話していいか、せつなが何を考えているか、アタシには分からなかった。 幼馴染の二人とは違い、せつなとは同じプリキュアといっても、出逢ってから少ししか経っていない。 それに、出逢った時は仲間じゃなくて敵だったから、第一印象といえばお互い最悪だったわけだし。 休日の早い時間の電車内は乗客もまばらだ。 人が少ないとはいえ、人目が全く無いわけじゃないから、手を繋ぐことはできないけど、 二人の間のスペースにさりげなく鞄を置いて、手の甲をせつなの手の甲にくっつける。 それに応えてせつなの手の甲が一旦離れて、挨拶をするように再びアタシの手の甲に触れる。 人に見つかってはいけないと思うから、余計にそう思うのかもしれないけど、 触れる面積は少ないけれど、せつなと繋がっている感じがしてドキドキする。 電車に乗っている時間はいつもより長かったはずだけれど、 あっという間に時間は過ぎ、予定より30分ほど遅れて水族館に到着した。 ブッキーに勧められたイルカショーは最初の回が始まっていたので、屋内展示から観ることにした。 屋内に入ってすぐの展示は、近海に住む魚達のコーナー。 大きな回遊式の水槽に、お魚屋さんでも良く見かけるお馴染みの魚が泳ぐ。 あまり関心のないアタシが見ると美味しそうとか、関係の無いことばかり頭に浮かぶのだけど、 せつなは真剣そのもので、広い水槽の中を悠々と泳ぐ魚達を見ている。 この水槽の中の魚達は特に珍しくはないけれど、せつなにとっては新鮮なのだろう。 魚が泳いでいる所なんて普段の生活では限られるけど、商店街の魚屋さんには生簀があって魚が泳いでいることがある。 その時でも、興味深そうに生簀を覗いている。たまにアレがいるので、アタシは見ないようにしているけれども。 幸いというか、マダコとかタコ類は展示していないらしく、ゆっくり観てまわった。 次は淡水に棲む生物の展示で、前のコーナーの近海の魚よりもっと身近な、川や沼に生息する生物のコーナー。 淡水に棲むタコはいないから安心して観ることが出来るのだけど、海の魚と比べて色彩に乏しく、 どこでも見られる身近な魚が多いからか、観ていて楽しいものは少ない。 だけど、せつなは子どもの様に目を輝かせて、水槽の中を泳ぐ魚達や案内板を見ている。 どんな小さなことでも、相手が感動して喜んでくれるのは、誘った自分としてもすごく楽しい。 淡水魚のコーナーを過ぎると、水の中の生物と触れ合えるコーナーで、タッチプールと呼ばれている。 ヒトデやエビなどの水槽の中の生物に触ることができて、子ども達には人気があるコーナーだ。 プールの中のヒトデは生きているのか分からないほど動かないけれど、捕まえて裏返しのまま水中に沈めると、 どういう仕組みで動いているのか分からないけど、ゆっくりと裏返って元の体勢に戻っていく。 そのタッチプールの中でも目玉は、ドチザメという鮫がいること。 ドチザメは全長が1.5メートルくらいで、泳ぎもそんなに早くなく、気性は穏やか。 それほど深くない青いプールの中で、ドチザメがプールの底に貼りついたように動かない。 プールの中に入れているせつなの手を掴んで、その手をドチザメの方へと誘導するけど、怯えたように動かない。 危険じゃないとは頭では分っているだろうけど、ドチザメはいかにも鮫って外見だから、確かに尻込みしたくなるよね。 でも、人を襲う鮫はごく一部で、鮫のほとんどは人に危害を加えることはないらしい。 触っても大丈夫と声をかける代わりに、せつなの手を捕まえていない方の手で、ドチザメの身体に触れる。 アタシが身を以てドチザメの身体に触ったからか、せつなの身体から緊張が抜けてドチザメの身体に触れる。 ドチザメの身体に触れて、その感触を言葉で表現するのは難しい。 頭の方から尾の方へ触るとすべすべしているけれど、尾の方から触ると全く違う感触で、所謂サメ肌。 表面はざらざらしているけれど、不快な感触ではなくて、強く擦らなければ痛みも感じない。 ドチザメは触っても怪我はしないだろうけど、触っただけで血だらけになるような種類の鮫もいるらしい。 百聞は一見に如かずというけど、見るだけじゃなく体験してみないと分からない事も沢山ある。 子ども達の輪の中に混じって、プールにいる動物達を驚かせない様に、タッチプールを楽しんだ。 屋内展示の半分くらい来た館内中央には特別展示室という少し開けたスペースがあって、 今しているイベントは、水中にいる危険生物という特別展示らしい。 2、3人くらいしか見えない小さな覗き穴がある水槽が少なくとも10以上あって、 その中の一つで、一番近い水槽を覗くと、クラゲらしき物体が水中をふわふわと漂っている。 水槽の横の案内板を見ると、カツオノエボシという、正確には一個体のクラゲでなくヒドロ虫が集まった姿らしい。 触手は青くウネウネとしていて、見た目は青い稲妻が水中を走っているようにも見える。 その触手から毒針を打ち込み獲物を捕え、人間が刺されると時には死に至ることもある。 日本近海にも生息しているクラゲで、外見上は綺麗だけど、美しいものには刺があるってことなんだろうか。 他の水槽を見ると、ハナガサクラゲなど他のクラゲや、鋭い歯を持ち凶暴で有名なピラニアなどがいる。 分厚い水槽の内側にいて、こちらに害はないと分かっているせいか、あまり恐怖心を感じない。 危険な生物なんだろうけど、意外なことに体色が鮮やかだったりして綺麗な生物が多く、見ていて楽しい。 特別展の最後の水槽を覗くと、生き物らしきものがいない。 暫く見ていると、岩と同化していた何かが動き、岩の上を移動して、動きを止めると再び岩と同化する。 体長は10センチくらいで、注意してみないと見逃しそうなほどうまい擬態だが、身体には青い線が見える。 案内板を見ると、ヒョウモンダコ、英名ブルーリングオクトパスとある。 小型だがフグと同じ毒を持ち、獲物を麻痺させて捕獲する。人間が噛まれると死ぬ可能性がある・・・・ ヒョウモン・・・ダコ?! これって・・タコ!! タコという言葉に全身が拒否反応を示して勝手に身体が動き、この場から離れたくて走る。 全力疾走で館内を通り過ぎると、行き交う人々が怪訝の表情でこちらを見る。 後で考えると凄い形相で走っていたんだろうけど、走っている時はそんなことを考える余裕もなく、とにかく走る。 「美希・・・美希・・・」 アタシの名を呼ぶせつなの声が後ろの方から聞こえる。 その声がだんだん近づいてきたかと思うと、隣から聞こえる? 横を向くと全力疾走しているアタシに、いつの間にか追い付いて併走している。 凄いスピードで走っているはずなのに、せつなは涼しい顔をしてついてきている。 「美希、これって競争なの?」 こんな状況で競争するなんてあるはずない。 せつなの変な言動は偶にあるけど、それはせつながこの世界で生まれていないから。 いつもだったら笑って受け流すことが出来る。だけど、今は生きるか死ぬかって状況。 そんなときに、トンチンカンなことを言われたら、誰だって頭に来る。 急に立ち止ったアタシを、せつなが不思議そうに顔を覗き込んでくる。 「せつなは知っているでしょ!アタシがタコを嫌いだってこと」 自分でもキツイ言い方だって思う。せつなは何も悪くない。 でも、タコへの恐怖が怒りへと変わって、更にせつなの態度が怒りの火に油を注ぐ。 「でも・・・それなら・・・美希も同じじゃない!」 何が同じって言うのよ。変な事を言うのもいい加減にして。 声に出さなくても、アタシの思いは態度に出ていたらしい。 「美希だって、知っているじゃない。私の怖いもの・・・」 「せつなの怖いもの・・・」 思い出した。せつなの怖いものとは、アタシ達がいなくなること。 「もう、一人にしないって言ったじゃない。いなくなったりしないって」 せつなに近づき、抱き寄せる。 もう一人じゃないって感じられるように、鼓動が感じられるくらいぎゅっと抱きしめる。 触れてみてはじめて、せつなが震えていることに気がついた。怖かったのはアタシだけじゃない。 ごめん、本当にごめん。もう一人にしないから。アタシがいるから。 思いが心から溢れ、アタシは呪文を唱えるみたいにせつなに謝っていた。 そんなに長い時間ではなかったと思うけど、せつなの震えが止まっていた。 さっきは無我夢中だったけれど一時の激情が過ぎてしまうと、せつなのぬくもりを強く意識する。 恋する二人、考えることは同じ。 アタシの胸から顔を離したせつなが、顔を上げてゆっくりと瞳を閉じていく。 目を閉じたせつなの唇に、自分の唇を・・・・ 「お母さん、あのお姉ちゃん達・・・・」 「見ちゃだめよ」 アタシ達の横を通り過ぎる親子連れの声が聞こえて、慌てて身を離し、お互いあらぬ方を見る。 不自然なくらい、アタシ達の方を見ている人は誰もいないのだけど、 そのことが却って、こちらに注目していることが分かる。 身の置き所が無いというか、穴があったら入りたいって、こういう気持ちなのかもしれない。 コンタクトが外れたフリをするか、さっきみたいに走って逃げるか、それとも・・・ そんな考えが頭の中でグルグルと回っていると、せつながアタシの手を引っ張る。 「美希、こっち」 せつなに手を引かれて連れてこられたのは、スタッフの人が出入りするらしいドアの前。 水槽が展示されている場所からは死角になっていて、タイミング良く誰も見られずに逃れることが出来た。 二人になった途端、赤い光が自分達の周りを囲むように光る。 アカルンを呼んだのだと気付いた時には、アタシ達の身体は水族館から離れていた。 アカルンで運ばれた場所は、アタシの部屋。 でも、水族館はまだ他にも観る所があったし、きまりは悪いけどそのままでも良かったんじゃないかって疑問が頭に浮かぶ。 「美希のさっきの言葉をもう一度、誰にも邪魔されない所で聞きたい」 さっきの言葉って、一人にしないって台詞? 改めて言うのは、凄く恥ずかしいんだけど。 「でも、その前に・・・・さっきの続き」 小さく頷いて、せつなを引き寄せる。 腕の中で軽く目を閉じたせつなの顔に自分の顔を近づけた。 了 ~おまけ~ 「アカルンでアタシの部屋に来たけど、水族館にいても良かったんじゃない?」 「・・・・・・」 本当は聞かなくても、答えを知ってる。 自業自得かもしれないけど、アタシだって恥ずかしい台詞を何度も言わされたのだから、 少しくらい仕返ししたところで罰は当たらないだろう。 「ブッキーにお薦めされたイルカショーが観れなかったし~」 「・・・・・・」 「ペンギンも見たかったなぁ~」 と、わざとらしく語尾を上げて、せつなを見る。 「だって、美希と二人で・・・・」 「何を言っているか、聞こえないんだけど~」 「だから、美希と二人きりで過ごしたかったの!」 何か悪い、と少し拗ねたように付け加える。 ううん、全然悪くない。 心の中で答え、せつなを思いっきり抱きしめた。
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/776.html
少し強めの日差し。 街路樹の緑もいっそう色を濃くする。 熱気を掃うように一陣の風が吹きぬける。 せつなは片手でスカートを、もう片手で帽子を飛ばないように押さえた。 のどかな土曜日のお昼過ぎ。 せつなはラブと商店街のスーパーにお買い物に出かけていた。 「みんなでおうちでゆうごはん~」 「ちょっと、ラブったら。恥ずかしいから街中で歌うのはやめて!」 ラブは、にははと笑いながら商店街の人達に手を振って応えた。 「楽しいと、自然に歌いたくなるんだよ」 (もう……理由を聞いてるんじゃないのよ) そう思いながらも、せつなもつい口ずさみそうになり顔を赤らめる。 今日はおかあさんが残業で遅くなる日。 ラブとせつなの食事当番の日。 美味しい料理でもてなそうと、おかあさんが勤めるスーパーにやってきた。 「トマトが実れば、医者が青くなるんだって」 ラブが果肉の大きなトマトを手の上で転がす。 キュウリ・ナス・ピーマン。オクラ・ニガウリ・モロヘイヤ。 みずみずしい夏野菜が美しく並ぶ。 「ことわざね、わかってるわよ。旬の野菜は大事よね」 せつながあきらめたような顔でピーマンを買い物カゴに入れた。 ふと、足を止める。目に映るのは黄色いポップ。 「ニンジンが、特売なのね」 「いや、ニンジンは昨日食べたばかりっていうか、その……」 せつなが無言でラブを見つめる。 「うっ……わかりました。なんてね。全然平気だよ、せつな。だって……」 せつなが居ない食卓。そんなところで食べるハンバーグより、せつなが作ってくれたニンジン 料理食べるほうがずっと楽しいもの。 「もう。そんなこと言われたら買えなくなるじゃない。わかったわよ、栄養は他のもので補い ましょう」 「えっ! ほんと? やったね」 「なんてね、冗談よ。作ってあげるからしっかり食べてね」 せつなは容赦なく買い物カゴに徳用袋の人参を放り込んだ。 ラブの悲鳴を無視しながら思う。 私も……どんなご馳走よりも、ラブと食べるご飯の方が美味しいと。 おかあさんを見つけた。ファイルを持って豆腐とにらめっこしてる。 「「おかあさ~ん」」 嬉しそうにラブとせつなが駆け寄る。あゆみも笑顔で自慢の二人の娘を迎えた。 「何しているの? おかあさん」 「ああ、これはね」 発注台帳と言うのよ。と関心を持ったせつなに説明する。 一品ごとに細かく書かれた数字の羅列。前年の販売数。先週の数。気温ごとの誤差。 「より新鮮なものを、売り切れの無いようにするために頑張ってるのね?」 「その通り! 全てはみんなの幸せのために、ね」 あゆみがパチリとウィンクする。 広い通路。読みやすい大きさの字。背が低くても届く陳列棚。 やさしさは至る所に溢れている。 店内放送でレジに呼ばれたあゆみに別れを告げ、買い物を続けた。 「苦手なものもちゃんと食べるのよ」 そう言い残したおかあさんに応えて、ラブが思い付きを提案する。 「せつなっ、勝負しようよ!」 お互いに苦手な食材を使って一品づつ調理する。判定はもちろんおかあさん。 「料理なら負けないよ~!」 「私が上達してないとでも思ってるの!」 しばらく睨みあって、そして笑う。今夜も楽しくなりそうだった。 夕飯の下ごしらえを済ませてから、いよいよ本番。 ピンクと赤のお揃いの可愛いエプロンをつけて腕まくり。 二人とも自信たっぷりだ。 ラブはフライパンにごま油を入れて、何やら炒めだした。 短冊に切ったピーマンを後から加えて更にじっくり焼いていく。 せつなはおろし金を引っ張りだした。 ボールにサラダオイル、砂糖、玉子、シナモン、アーモンド、塩、すりおろした人参を入れ、 全部一緒にする。 水で溶いた小麦粉と一緒に練りこんでいく。 互いに苦手な食材で作りあってるのに、美味しそうな匂いが鼻をくすぐる。 既に勝負は始まっていた。 「「「「いただきま~す」」」」 いつも通りに美味しいラブのハンバーグ。今夜は大きさは小さめ。 そして出てきたのが――。 「これは、ピーマンの炒め物?」 砂糖と醤油で味つけて乾燥させた、たっぷりの鰹節。 カリカリに焼いたちりめんじゃこと刻んだうす揚げ。 両面をこんがり炒めた短冊状のピーマン。 「美味しい……」 苦手なはずのせつなの箸もどんどん進む。特有の青臭さと苦味をあまり感じなかった。 「これは……ビールが欲しくなるなあ」 「はいはい、ちゃんと用意してあるわよ」 あゆみが冷蔵庫から出してきて栓を開ける。せつながグラスを用意した。 ラブが勝ち誇った顔をする。 「まだまだ、勝負はこれからよ」 食後の紅茶の時間になる。今回せつなが作ったのはデザートだった。 「私の料理はこれ。たっぷりのニンジンを使ったキャロットケーキよ」 こげ茶色のバウンドケーキ。表面はホイップクリームで飾られている。 「うわっ――せつな、これ、凄く美味しい」 「ほんと――やわらかい味って言うのかしら」 「上品なお菓子だね。せっちゃんにぴったりだ」 砂糖を使いすぎず、ニンジンが持つ自然な甘みを引き出す。 柔らかい生地に仕込まれた、砕いたアーモンドの舌触りが楽しい。 少しパサつくところを、ホイップクリームが上手に補っていた。 紅茶もいつもより美味しく感じられる。 「う~ん。おかわり!」 ラブが一番に食べ終わった。 一人ひとつよ。そう言ってせつなが笑う。つられておとうさん、おかあさんも。 「さあ、判定よ」 あゆみが立ち上がる。ラブをせつなは息を呑んで待った。 「今日のところは――両方美味しいので引き分けよ」 「「えぇ~~~!」」 「それじゃこうしましょう! 勝ち負けは次の対決で決めるの。 次は……そうね。ほうれんそう料理よ」 「おかあさん、それズルイ」 「いいわ。私、精一杯頑張る」 「だって……わたしも苦手食材克服したいんですもの」 「夏場に無理に食べなくても……」 圭太郎はそう言いながらも嬉しそうだ。僕は苦手なものがないからなあ、とぼやいていた。 ラブが再び歌いだす。 「みんなでおうちでゆうごはん~」 今度はせつなも一緒に、みんなで一緒に歌いだす。 四つ葉になった桃園家に響き渡る。 それは――――幸せの歌。 避2-142へ
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/496.html
【覚醒】/恵千果◆EeRc0idolE R18 最近、やけに眠い。毎晩21時にはベッドに入るようにしているのに、朝起きるのがつらい。 それに、確かパジャマを着て寝たはずなのに、起きたら違う服だった…って事が多い。 一体どして? 「ふわあ~おやすみ、せつな!また明日ねー」 「おやすみなさい、ラブ。いい夢見てね」 ラブと私はそれぞれの自室へと入る。 明かりを消して、瞳を閉じた。 小1時間も経った頃、せつなは突如ムクッと身体を起こす。 「やっと寝てくれたな…。ようやく自由時間だ。」 いそいそと着替えると、アカルンでテレポートする。 「美希の部屋へ」 赤い光に包まれ、せつなは美希の部屋に。 ベッドでは、美希が静かに寝息をたてていた。 『水色のネグリジェか…。シースルーではないか! これはたまらんな、鼻血ものだ…。』 せつな―――否。 せつなの中のもうひとつの人格として覚醒したイース。繰り返される美希の部屋への禁じられた訪問。 「ノーブラ、ノーパン…。なんてイヤらしい格好だ…」 抑えきれない欲望、興奮。両の鼻にティッシュを詰めたイースが、美希のネグリジェを舐めるように見つめて考える。 『せつなはラブが好みなようだが、私はなんといっても美希派だな。 ラブやブッキーはまだまだお子ちゃまだし。 しかし、見ているだけなんて、そろそろ限界だ。』 ――スイッチオーバー―― イースは、美希の胸元へそうっと手を伸ばした。 布越しの桃色の部分に触れる。 最初は柔らかな触り心地だったが、少しずつ硬く尖ってゆく。 「…ぁん…ダメぇ…」 美希が甘い声をあげた。 『む…、起きてしまいそうだな。 仕方あるまい…、覚悟を決めるか。』 イースはそっと美希の横に近づく。 忍び込むと言った方が正しいだろう。 身体をくっつけ、美希にくちづける。 舌を使い、くちびるをこじ開け、歯列を舐める。 刺激によって美希が口を開けると、舌を絡めとった。 濃厚なキスを続けながら、手は美希の胸を揉みしだく。 「ん…ちゅぷ…ぴちゅ…っ、ぷはっ!せ、せつな!?」 「起こしたか?」 「起きるに決まってるでしょうが!ひとんちのベッドで何してんのよ!」 キスの事実に、美希は真っ赤になった。 その間も、イースの手は絶え間なく美希の胸に快感を与え続けた。 「んあっ…なんで…こんなこと…」 「美希、お前が好きだ」 「ええっ!?…あ、そうか!アナタ、せつなじゃないわね」 「よくわかったな…」 ほくそ笑むイース。 だが行為は止まらない。 イースは次に、美希の恥丘に手を伸ばした。 先程までの前戯によって、そこはすっかり潤んでいた。 イースの指が、秘芯を擦りあげる。 (ヤバイ…!自分でするより何倍も気持ちイイ…かも。) 余りの心地良さに、美希は抗うことすら忘れていた。 「せつなじゃないなら…んん!…アナタ、いったい誰…な、の?」 「我が名はイース…。たいていせつなの中で眠っているが、お前に逢いたくなったら目覚め、こうしてここに来てしまう。」 イースが最後の仕上げにかかる。 「イースッ…あっ、もう…アタシ…完璧に…イキそう」 「そうか、可愛いヤツめ。イクがいい!さあ、声をあげて果てろ!」 「んんんんんー!!」 抱きしめ合うふたつの影。 「また…、来てもいいか?」 しばし時が流れる。 「しょうがないわね…皆にはナイショよ?」 ちゅっ。
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/36.html
第1話 幸せの匂い 「あら、おかえりなさい、祈里。ダンス合宿はどうだったの?」 「ごめん、お母さん!その話は夕ご飯の時にするね!」 パタパタッと急ぎ足に階段を上るわたしの後ろから、お母さんの「何慌ててるのかしら……」って 呟きが聞こえてくる。慌てますとも!これが慌てずにいられる訳が無いじゃない! ドアノブを回すのももどかしく、部屋に飛び込んで背中でドアを勢いよく締める。ああ……また一階 でお母さんが同じ台詞呟いてる気がする・・・。 (ううん、今はそれどころじゃないっ!) 視線だけを素早く動かし、部屋の中をざっと見回す。机の上、イス、ベッド……。 (ありますように……ありますように……絶対にあるってわたし信じてる……!) 部屋の壁、ある一点でわたしの視線が止まり、一気に真剣だった顔が緩む。 「……あった~!」 彼女の性格を表わしたように、キチッと折りたたまれて、ミシンの置いてあるテーブルに置かれていたもの。 それはせつなさん……せつなちゃんの着ていたジャージだった。 * わたしの忘れた練習着を取りに、アカルンの能力で合宿所からここまで来てくれたせつなちゃん。 帰ってきた時手ぶらだったのと、ダンスの練習で忙しかった事から、わたしは彼女がこれをわたしの部屋に忘れている事、そしてそれを失念してるであろうと推測していた。 「……さて……」 とはいっても、推測がいざ現実になった今、さっきまでの緩んだ顔もどこへやらで、眉間に皺を寄せジャージの前に正座して、ただひたすら凝視し続けるわたし。 「……実際あったからって……どうするかってことなのよね……」 どうするかって、そんな事は分かっている事で。 せつなちゃんに連絡して取りに来てもらうか、ううん、迷惑かけたのはわたしなんだから、ここはわたしが届けるべき! それは分かっている事で。……でも頭では理解してても心では理解してないわたしがいる。 「せつなちゃんの、きてた、じゃーじ。」 わざとらしく感情を込めずにそう言うと、わたしはジャージにそっと手を伸ばした。 と、途端に手を引き、大きく首を左右に振る。 ちょ、ちょっと待って……わたし今何をしようとしてるの?!ううん、違うわ!わたしはこれを届けるために、そ、そう、なにか紙袋に入れなきゃって手を伸ばしたのよ!何かへ、変質的な行為が 目的で手を伸ばした訳じゃなくて!自分が信じる自分を信じろって、わたし信じてる!……はあ、 それにしてもいい匂いだわ・・・。 「はっ!?」 気が付くとわたしは、伸ばした手を引っ込めた代わりに、ジャージに思い切り顔を埋めていた。 ちょっ……何やってるの、わたし! 慌ててジャージから顔を……上げられない。 ……柔らかくて甘い彼女の残り香が、わたしの顔を上げさせてくれない。 「せつな……ちゃん……」 気が付くとわたしは、ジャージを顔に被るようにして、床に仰向けに寝転んでいた。 当たり前だけど、目を開けてても閉じてても、暗い。今わたしの世界に存在してるのは、わたしと、彼女の匂いと、そして甘くて……少し苦い想いだけ。 「おかしいよね、こんなの」 いつもラブちゃんの隣にいるせつなちゃんを見てて。イースとプリキュアとして戦った2人を見てて。 そして今、家族となって一緒に暮らしてる………幸せを、見てて。 それなのに合宿で、見た事無いせつなちゃんを見ちゃった。 あの時からわたしは……本当におかしくなったみたい。 きっと、わたしなんかとは違う、凄い人だと思ってたせつなちゃんが、女の子だったから。 普通に、悩んだり、頑張ったり……ちょっとふてくされたりする、普通の女の子だったから。 気がついたら、好きになっていた。 お互いのダンスへの考えとか、2人で一緒に踊ってる時とか、同じ物を感じてたと思う。 けど……こんな苦しい思いを感じてるのは……わたしだけかな。 (……せつなちゃんにはラブちゃんがいるし) そう思ったとき、胸が急に痛くなった。 (よく考えたらこのジャージだって、ラブちゃんが昔着てたものだよね) 胸の痛みが増す。何か、今までせつなちゃんと2人でいた所を邪魔されたみたいな気になる。 ……嫌だ……こんな事考えるの止めないと……ラブちゃんとわたしはお友達じゃない……・。 「このままじゃ親友が幸せになっちゃうじゃない、って誰の台詞だったっけ……」 わたしは最近TVで見たアニメの事を思い出そうとしたけど、すぐに諦めた。 * いつの間にか少し眠ってたみたい。 相変わらずジャージを被ったままなので明るさは分からないけど、さっきより少し涼しい。 眠ったせいもあってか、さっきまでの嫌な嫉妬めいた気持ちは収まってきてたけど、今はまた違う黒い気持ちが心に湧いてきていた。 ……罪悪感と自己嫌悪。 (気持ち悪い、わたし) いくら好きだからと言っても、せつなちゃんの知らないとこで服の匂いを嗅ぐなんて。 ストーカーとか変質者とか、そんな風に言われる人たちと一緒だ。こんなこと皆にバレたら……プリキュアどころか、友達でさえいられなくなっちゃう。 (もう、起きなきゃ……) でも、まだ残り香のせいか、少しだけ黒い気持ちの中に甘いものが混る。 (祈里、って呼び捨てでも良かったのにな) ブッキー、って皆と一緒の呼び方じゃなくて。 せつなちゃんだけは祈里って呼んでてくれても良かった。それだけでわたしは小さな幸福感を得られたかもしれない。 (わたしがせつなちゃんだけちゃん付けしなかったら、そんな気持ちも味わえるかな?) ラブちゃんみたいに。そしたら皆ビックリするよね、きっと。 多分そんな事は、しない。それがただの悲しい自己満足で、一人よがりだって分かるから。 このジャージを被っている行為と一緒だ。 だけど、だったら。 今なら呼べるかもしれない。今、このわたしと彼女の残り香しかないこの薄闇の中なら。 「……せつな………」 「なあに?ブッキー?」 バネ仕掛けの人形のように、わたしは飛び起きた! * せつなちゃんが、椅子に座って笑顔でわたしを見下ろしていた。 「お昼寝はすんだ?……もう夕方よ」 「せ、せ、せつなちゃん……」 焦って言葉が続かないわたし。み、見られてはいけないところを……よりによって一番見て欲しくない人に………! 「ふふ、ブッキーが起きるまで結構待ったんだから……って連絡もしないで来た私も悪いけど。まさか合宿終ってすぐ寝てるなんて思わなかったから」 わたしの焦りようとは反対に、せつなちゃんは落ち着いた口調で更に言葉を重ねる。 「家に着いて合宿の着替えとか洗濯しようと思ったんだけど、そのジャージをここに忘れたの思い出してね。返してもらおうと思って来たの。すぐ戻るつもりだったからアカルンで来たんだけど、部屋に着いたらブッキー寝てるから……起こすのも可哀想かなと思って」 話が核心のジャージに触れたことで、さらにわたしの焦りが増す。 「ジャジャジャージを取りに?!ずずずずっと見てたの!?」 「見てたわよ。やだ、まだブッキー寝呆けてる?」 せつなちゃんはクスクス笑いながらわたしを見てる。 ……ここまできてわたしも流石におかしいと思い始めた。これって変質者やストーカーに対しての態度じゃないよね? 「あ、あの……そのジャージなんだけど………」 わたしは恐る恐る様子を探るようにせつなちゃんを見る。 「全く……他にも色々あるでしょうに、何でよりによって私のジャージなのよ」 彼女は口元に軽く苦笑いを浮かべた。 「まあ確かにお昼寝するには日差しきついものね。ラブもお昼寝する時は必需品だ!って言ってたわ。…ア……イキドー?とか言うんだっけ」 合気道……?いやそれは……。 「ア、アイピロ―だよ、せつなちゃん!」 「それそれ!やだ、私ったら」 二人で同時に笑い出す。もっとも、わたしの笑いは多分引きつっていて、背中は嫌な汗でビショ濡れなのだけれど。 * 「さて、じゃあブッキーも起きた事だし,そろそろ行きましょうか」 一笑いし終えた後、せつなちゃんはおもむろに立ち上がった。 「行くって……どこへ?」 「家よ。ラブたちが待ってるんだから、ホラ早く支度する!」 唐突に話を切り出されてちんぷんかんぷんなわたしを、せつなちゃんは急かす。 「もう!ジャージの件だけならブッキーが起きるのをずっと待ってたりしないわよ!今から皆で合宿の打ち上げやろうって話……あら、ラブから聞いてなかった?」 そういえば……わたしジャージの事で頭が一杯だったから…ラブちゃんがそんな事を言ってたような気も……。 慌しくとりあえずの身支度を終えたわたしの手を、彼女が固くぎゅっと握ってきた。 「え、え、え、なななな何?!」 「何って……アカルンで行くんだから、くっつかないと……こないだのタルトみたいになりたくなかったら、ブッキーもしっかり掴まっててよ?」 「わ、分かった」 ドキドキしている心臓の音を悟られませんように、と願いながら、わたしもせつなちゃんの手を握り返す。 その時、ふわっと彼女の髪から、香りが届いた。 さっきまでの暗い一人だけの世界で感じたものとは全然違う……ずっと濃くて、甘くて。 そして温かくて、優しい匂い。 これが幸せの匂いなのかも、ってわたしは思った。 了 第2話 黒い声へ続く
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/269.html
第12話『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。メジロの雛を守れ!――』 「さあ、急がなくっちゃ」 せつなが朝食の支度に駆け回る。 真剣な表情の中に、時折こぼれる笑顔。 まるで踊るように手際よく調理をこなす。 これで完成! 食卓に美味しそうな匂いが立ち込める。 焼き魚と目玉焼き。ご飯に味噌汁。お漬物とサラダ。 手際よく盛り付けて食卓に運ぶ。お茶の温度も香りも申し分ない。 「あら、おはよう。せっちゃん」 「おはよう。美味しそうだなあ」 「おはよう! おとうさん、おかあさん」 圭太郎とあゆみの元に、せつなが嬉しそうに駆け寄った。 夏休み中の朝ご飯のしたくは自分にやらせてほしい。せつなのお願いだった。 始めは軽いお手伝いのつもりだった。やっている中に、その楽しさに目覚めてしまったのだ。 大好きな家族に一番に会える。迎えておはようって言える。喜んでくれる。笑ってもらえる。 前にお母さんに聞いたことがある。お母さんの幸せは何って。 「家族みんなの笑顔を見られることよ」って言ってた。 その意味がなんとなくわかったような気がした。 「毎朝悪いわね、せっちゃん。ラブはどうしてるの?」 「ラブは……お休みの日はレッスンでもない限り起きてこないもの」 「まあ、夜遅くまで勉強してるみたいだしねえ」 「甘やかしちゃダメですよ、お父さん」 微笑みながらせつなは給仕に専念する。一緒に食べようとの誘いを、後でラブと食べるからとやんわり断る。 「いってらっしゃい」 仕事に向かう圭太郎とあゆみに手を振って見送る。軽く後片付けしてから、時計を見る。 「まだ、起きてくる時間にはだいぶあるわね」 ラブの部屋の方を見てからため息をつく。小走りに玄関に向かいシューズを履いた。 朝のお散歩に出かける。これも――最近の習慣だった。 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。メジロの雛を守れ! ――』 河川敷を散策する。 川のせせらぎ。 新緑の木漏れ日。 朝の柔らかい日差し。 小鳥のさえずりと――犬の鳴き声!? え? 「きゃあ、止まって~」 向かってくる一匹の大きな犬。正面は危ないと判断して廻り込んで抱き止める。 「ごめんなさい、せつなちゃん。ありがとう」 「ブッキーじゃない、どうしたの?」 大きな黒い犬と黄色いワンピースの似合う小柄な少女。犬の散歩というよりは、猛獣に引きずられた被害者といった風体だった。 「ほんとうにごめんね、せつなちゃん」 「たいしたことないわ」 預かってる犬の散歩の途中にせつなを見かけて、その犬が嬉しがって駆け寄ったらしい。 大きすぎるため人を怖がらせるといけないので、早朝の人気の少ない道を選んでいたのだ。 「おとうさんなら片手で簡単に止めるのにな」 まだまだ修行不足とこぼす。ブッキーのおとうさんは大きいものね、と内心思いつつも口にはしなかった。 このまま一緒に帰ることにした。 びー、びー、びー。 「小鳥の囀り、可愛いわね」 「……待って! せつなちゃん。様子がおかしい。この鳴き方は警戒よ」 「マンションの工事現場の方角よ、行って見ましょう」 二人は駆け寄った。 黄色いヘルメットと灰色の作業着を着た男性が、一本の木を切り倒そうとしていた。その周りを緑色の小鳥が飛び回る。 「まって! お願いします。待って下さい」 「せつなちゃん、あそこ!」 二メートルに満たない小さな木。その中央辺りの葉の茂みの中に、釣鐘状の茶色い巣があった。 そっと覗き込むと、飛んでいるのと同じ緑色をした小鳥が卵らしきものを温めていた。 「これは……メジロね。こんな小さいアセビの木に巣を作るなんて」 メジロというのが鳥の名前らしい。近づいたため巣の鳥も飛び立った。離れて様子を伺うと、また巣に戻り温めようとする。 もう一羽の鳥はずっと上空を旋回していた。 「お嬢ちゃんたち、そろそろどいてくれないかな。今日中にここは平地にして舗装してしまいたいんだ」 「そんな……。それじゃあ巣が――卵が!」 「お仕事なのはわかります。でも、巣の保護を優先してもらえないでしょうか」 慌てるせつなと対照的にブッキーが毅然と反論する。見たこともないほど強い意志を感じた。 「鳥獣保護法で鳥や卵の損傷は禁止されているはずです。わたしは山吹動物病院の娘です」 「損傷はしない。木を切って巣ごと邪魔にならない場所に移す。それならいいだろう」 「それじゃダメです! メジロは気の小さい生き物です。大きく環境を変えられたら、巣と卵を捨ててしまう可能性があります」 「そこまで責任は持てない。おじさんたちは愛護団体じゃないんだ」 ブッキーの目が怒りに燃える。強く反論しようとしたのをせつなが止めた。 「ブッキー、喧嘩腰はダメよ」 「でも……せつなちゃん」 「ここは……ラビリンスの攻撃を受けて空き地になった場所なの……」 ブッキーはせつなの手が震えているのを感じた。気持ちを察して口をつぐむ。 せつなは深々と作業員のおじさんに頭を下げた。 「私には、難しいことはわかりません。でも……ここは悲しいことがあった場所です。もう、誰にも、何にも傷ついてほしくありません。なんとか助けてあげてください」 せつなは深く頭を下げたまま、微塵も動こうとしなかった。かなり苦しい体勢であるにもかかわらず。 ブッキーも見かねて一緒に頭を下げる。無理な姿勢に震える足を懸命に押さえ込む。 「まいったな……。ちょっと監督に相談してくるから待ってな」 「「ありがとうございます!!」」 二人は手を取り合って喜んだ。 それから半時間ほど、監督に掛け合ったり事務所に連絡取ったりして、なんとか舗装工事を後回しにしてもらえることになった。 「なあに、いざとなったらおじさんたちが徹夜してでも工期は間に合わせるさ」 せつなとブッキーの情熱に打たれたのだろう。先ほどの人も最後には味方になって説得を手伝ってくれた。 「良かったね、また明日も様子見にくるからね。元気な雛が生まれるといいね」 「私、精一杯応援するわ! 小鳥さんも、おじさまたちも」 落ち着いたのか、上空を飛んでいた鳥も巣に戻ってきた。虫らしきものをもう一羽の鳥に与えていた。 ぴー、ぴー、ぴー。 今度は優しい声で鳴いた。立ち去るせつなとブッキーに、お礼を言ってるかのように。 「こんにちは~」 危険だからと言う理由で、昼の休憩時間のみ巣の見学を許されていた。すっかり親しくなった現場の方々に挨拶してまわる。せつなとラブが手製のお菓子と紅茶を差し入れしてまわる。 「見て! 美希ちゃん。卵が孵ってる」 「うわぁ、可愛いのね。口がおっきくて。三羽もいるのね」 「どれどれ、ほんとだ。メジロの赤ちゃんってピンク色なんだね」 「ラブ……。ピンクなのは体毛が生えてなくて地肌だからでしょ」 親鳥が青虫らしきものを雛に与えていた。雑食性で、穀物、果実、木の実、昆虫と何でも食べるんだそうだ。 いつ翼を休めているのかわからないくらい、親鳥たちはひっきりなしにエサを運んでくる。 それから、四人は暇ができるたびに見に行った。特に、せつなとブッキーは毎日のように。 雛の成長はめざましかった。数日で目が開き、また数日で体毛が生え揃っていく。 日に日に大きくなって成長していく。それを見守るのが嬉しくて、楽しくて、わくわくして。 せつなの嬉しそうな顔で幸せな気持ちが伝わったのか、はたまた毎日の差し入れの効果なのか、現場の作業員のおじさんたちも一緒になって見守るようになった。 祈るように毎日見つめ続けた。 巣を見つけてから二週間。孵化してから十日間ほどたったある日のことだった。 「なんだか様子がおかしいわ」 「せつなちゃん、この声は警戒よ。――ううん、違う! これは」 メジロの親が木の周りを旋回するように飛んでいる。雄鳥だけならともかく、二羽とも。 「もしもし、ラブ、巣に何かあったみたいなの。美希と一緒にすぐに来て」 びー、びー、びー。 「お待たせっ、せつな!」 「何があったの? ブッキー」 親鳥たちは、相変わらず鳴き声を上げながら旋回を続けている。 そして、巣に変化が起こった! バサッ――バサッ――バサササッ―― 一羽の雛鳥が飛び立った。 それにつられるように、もう一羽も。 二羽の雛鳥はゆっくりと飛びながら、隣のもみじの木の頂上近くで止まる。 「「「「わぁぁぁぁーーーー」」」」 せつなが、ブッキーが、ラブが、美希が歓声を上げる。 残りは一羽。 懸命に羽を広げる。 大きく大きく羽ばたく。 しかし、飛び立てない。 親鳥が二羽とも巣の隣まで戻って来た。 一羽は心配そうに鳴き声を上げる。 もう一羽は手本でも見せるかのように羽を広げて羽ばたく。 四人は祈る。 ――がんばって!――がんばって!――がんばって!―― ついに雛鳥が浮き上がる。 フラフラとよろけながら飛び立つ。 もみじの木の途中辺りまで来て、バランスを崩し落下した。 「あっ!」 せつなが見かねて飛び出そうとする。その手をブッキーがしっかりと掴んで止めた。 「よく見て、せつなちゃん。あの子、まだあきらめてない」 雛鳥は起き上がり、再び羽を広げた。 親鳥はその上を旋回し、木の上の雛鳥たちも鳴き声を上げた。 「がんばって、頑張るのよ! おとうさんも、おかあさんも、必死にあなたを育ててきたんだから!」 ついにせつなが叫び声を上げる。 『そうだ~がんばれよー。俺達もついてるぞー』 作業員のおじさんたちもすぐ後ろまで来ていた。メジロたちもこの期に及んでは逃げなかった。 クローバーとおじさんたちと、メジロの親子の叫び声が重なる。 バサッ――バサッ――バサササッ―― 今度こそ、力強く羽ばたいた。まっすぐ、木の上で待つ雛鳥たちの元に飛んでいく。 「「「「わぁぁぁぁーーーー」」」」 『おぉぉぉぉーーーーーーーーーー』 ぴー、ぴー、ぴー。 親鳥がみんなの周りを低空で飛ぶ。だけど、その動きには威嚇はなくて。 まるで、お別れを言っているように見えた。 そして、五羽のメジロの親子はいっせいに大空に向かって飛んでいった。 ――高く――高く――真っ直ぐに―― せつなは願う。 どうか、あの子達の行く先が幸せに満ちていますようにと。 そして、自分の目から流れている涙に気がつく。それは、感動と感謝の涙。 私も――もらったんだ。あの子たちに――その成長に――幸せを。 ラブも、美希も、ブッキーも、みんな涙ぐんでいる。おじさまたちも。 親の想い。子の想い。家族がいる幸せだと、ひとくくりに考えていた。 命を生み、守り、育む幸せ。私の知らなかった、これも幸せのカタチ。 メジロの親子が残してくれた――教えてくれた。 大切な思い出と――命の素晴らしさ。 せつなは空を見上げてつぶやいた。 ――ありがとう。
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/1037.html
【8月11日】 『夏の昆虫の王者』 シフォン「ミーンミンって、なぁに?」 祈里 「シフォンちゃん、ミンミン鳴くのはセミっていうのよ」 タルト 「確か、土の中で七年も過ごして、外に出てたった一週間で死んでまうんやろ?」 シフォン「セミ、かわいそう?」 祈里 「ううん。昆虫の中ではとても長寿だし、最期に華やかな舞台に立つことができるんだもの」 タルト 「まあ、土の中が退屈とは限らんしなあ」 シフォン「シフォン、セミ、好き~」 祈里 「わたしもよ。騒がしいって思うこともあるけど、やっぱりいないと寂しいものね」 【8月12日】 『ウエスターの筋肉占い』 ウエスター「夏だ、海だ、山だ! プールだーっ! 俺も行きたいよ~」 サウラー 「君はいつも行ってるだろう? 館に居る時間の方がよっぽど少ないじゃないか」 ウエスター「うおお~~! 夏の陽差しが俺を呼んでいるぞ~~!」 サウラー 「いいから、さっさと占い部屋に行きたまえ!」 ウエスター「どうした若者よ? 悩みがあるなら話してみろ。解決策を占ってやろう!」 受験生 「最近成績が伸び悩んでいるんです。何から勉強したらいいか占ってもらおうと思って」 ウエスター「うむ、お前は運動不足だ。だから勉強も頭に入らないのだ。これから一緒に海に行くぞ、急げ!」 受験生 「ちょっと! 即答で全然占ってないじゃないですか! うわぁ~、この人本気だ~!!」 【8月13日】 『ドーナツのように』 ミユキ「みんなで踊る盆踊りってだぁーい好き! 浴衣着るのもワクワクするわねぇ」 美希 「トリニティのダンスは激しすぎて、一緒にってわけにはいかないですものね」 せつな「私も浴衣も盆踊りも大好き。輪になって踊るのは、みんなが繋がってるって気がするの」 祈里 「ミユキさんの盆踊り、早く見たいな。ナナさんとレイカさんも一緒なんですよね?」 ミユキ「もちろんよ。クローバーの盆踊りも期待してるからね!」 ラブ 「あはは、あたしたちもバラバラじゃしまらないですよね。みんな、特訓しようよ!」 美祈せ『賛成!!!』 【8月14日】 『夏祭り』 ラブ 「今日は盆踊り大会なんだ。盆踊りのステップもけっこう難しいよね」 美希 「確かに独特のリズムがあるわね。慣れないとつんのめっちゃう」 祈里 「盆踊りに、ステップとかリズムってのもどうかと思う……」 ラブ 「せつなは上手だね」 せつな「私にはダンスと踊りの違いはわからないから。かえって迷わないのかも」 美希 「先入観を捨てて、ダンスとして踊っちゃえばいいわけか。なるほどね」 【8月15日】 『吹き荒れよ、幸せの嵐』 キュアパッション「歌え! 幸せのラプソディ! パッションハープ!!」 ラブ 「ねえ、ラプソディってなにかな?」 美希 「え~とね、フランス語ではrhapsodieと書くらしいわよ」 ラブ 「余計にわからないってば、美希たん……」 祈里 「日本語に訳すと狂詩曲、熱狂的な表現の詩のことね」 ラブ 「やっぱり、パッションの赤は情熱の炎の色なんだね」 せつな「改めて言われると、なんだか恥ずかしいわね」 【8月16日】 『漢なら大胆に食せ』 サウラー 「うわあっ! かき氷を食べるとなんで頭が痛くなるんだ?」 タルト 「アイスクリーム頭痛ゆうて、味覚が混乱するかららしいで」 ウエスター「サウラーは考えすぎだ、無心で食えば平気だ。うおお!」 タルト 「しゃあないなあ、ワイが手本を見したるわ。むおお!」 せつな 「別の意味で頭痛い……」 【8月17日】 『海の贈り物』 せつな「波打ち際で、とっても綺麗な貝殻を拾ったわ」 美希 「時々、信じられないほど遠くに住んでる貝が見つかることもあるのよね」 祈里 「そのままでも綺麗だけど、ちゃんと磨くと宝石みたいに光るのよ」 せつな「ほんと……海の宝石ね」 ラブ 「そうだ、貝殻拾いに行ってアクセサリー作ろうよ!」 美祈せ『賛成!』 【8月18日】 『毒舌と甘言』 ラブ 「うふふ~、今日はプールで思いっきり泳ぐぞー!」 せつな「ラブって運動苦手なクセに、不思議と楽しそうよね」 ラブ 「ひど~い! 水泳はせつなだって苦手なのに楽しそうじゃない」 せつな「私はラブと一緒ならなんだって楽しいもの」 ラブ 「怒っていいのか喜んでいいのか、全然わからないよ……」 【8月19日】 『ひかえめ?』 美希 「今日はプールでクロールの泳ぎを練習するわ!」 せつな「大変ね、美希。私も付き合おうかしら」 美希 「せつな、今のどうだった?」 せつな「グングン、タイムが伸びてるわ。フォームもとてもキレイ」 美希 「せつなもやってみる?」 せつな「そうね、美希がそう言うのなら――――」 美希 (素直に教えてって言えばいいのに……) 【8月20日】 『夏の風物詩』 祈里 「ふふっ、ミンミンゼミとひぐらしとアブラゼミが今日も元気に鳴いてるわ」 美希 「それを声だけで分別できる女子中学生って一体……」 せつな「セミらしい名前の中で、一つだけ情緒のある名のセミがいるのね」 祈里 「夕方の日暮れ時に鳴くから日暮。カナカナとも呼ばれているの」 せつな「涼しい時間帯に寂しそうに鳴くから、好まれた名前が付いたのね」 ラブ 「あたしはミンミンゼミもアブラゼミも好きだよ。元気あったほうが楽しいじゃない!」 新-292へ
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/1170.html
「ねえねえ。トランプ終わったら、今日は変わったものでゲームしようよ!」 パジャマパーティーで集まった四人が、ラブの部屋で賑やかにババ抜きをしていたとき。ラブが赤い箱を右手に持って軽く振りながら、満面の笑みで言った。 「ちょっとラブ~。アタシたちでポッキーゲームやろうって言うんじゃ・・・」 「ピンポ~ン!学校で、由美に教えてもらったんだ。美希たんは知ってたんだね。面白そうだから、やってみようよ!」 ひと目で展開を察して軽く止めようとした美希は、ラブの無邪気すぎる答えを聞いて絶句した。 周りを見れば、祈里は何だか赤い顔をして下を向いているし、せつなに至っては、不思議そうな顔でラブとポッキーの箱を見比べている。 (全く・・・。それなら言い出しっぺにやってもらおうじゃないの。) 密かにそう思った美希だったが、次に聞こえてきたラブの声に、再び息を呑んだ。 「じゃあさ、美希たん。やり方知ってるんなら、最初にあたしたちでお手本見せてあげようよ!」 「な、ななな何言ってんのよ!!」 思わずそう叫んでしまってから、ハッとする。おそるおそる辺りを伺うと、ぽかんとしたラブとせつなと、やっぱり赤い顔をして下を向いている祈里・・・。 「ほ、ほら、ラブとアタシのゲームが同じかどうかわからないし、ルールが違ったりするかもしれないでしょ?だから、まずはラブがやってるところを見せて貰うわ。」 「そぉお?じゃあ、せつな、やってみよっか。」 「わかったわ、ラブ。」 せつなが何の疑いも無く立ち上がる。そしてラブの説明を聞いて、素直にポッキーの端をくわえた。 「いい?先に口を離した方が負けだからね。」 そう言って、ラブも反対側の端を口に含む。すっかり諦めた美希が、よういドン!と号令をかけた。 ラブとせつなが、両端からポッキーを食べ進む。せつなは黙々とポッキーをかじりながら、心の中で首をかしげた。 (これ・・・最後まで食べ進んだら、ラブとぶつかっちゃうと思うんだけど。そしたら、勝ち負けはどうなるのかしら。) 不思議に思いながら、目の前にあるラブの顔を見て、思わずドキリとする。 当然だけど、顔の全体が視界に収まりきれないほどに、ラブの顔が間近にあったから。 そして、子供みたいにもぐもぐと口を動かしてポッキーをかじっているラブの顔が、あまりにも・・・あまりにも可愛かったから。 (あ、いけない!) ラブの顔に見とれて、思わずせつなの口からポッキーが離れる。が、それに気付いた瞬間、せつなは右手の人差し指で素早くポッキーを押さえて再び口に咥えると、何食わぬ顔で指を離した。 その間、わずか0.2秒。しかし、この上なく至近距離にいるラブは、そんなわずかな動きも見逃さない。 「やったー!あたしの勝ち!」 ラブが大喜びでそう叫ぶと、美希が冷静な声で言った。 「ハイ、ラブの負けね。」 「え~、なんで!?」 「だって、ラブの方が先に口を離したじゃない。ほら、見なさいよ。」 言われて目をやると、せつなは短くなったポッキーを口にくわえたまま、上気した顔で、きょとんとこちらを眺めている。 「ええ~!せつな、口離さなかった?おっかしいなぁ。あたしの見間違えかなぁ。」 頻りと首を傾げるラブの目の前で、せつなはまだ赤い頬のまま、もそもそとポッキーの残りを平らげた。 その夜。 恒例の枕投げをして、みんなで晩ご飯を作って食べて片付けて、お風呂・・・は緊急事態により残念なことになったけど、とにかくみんなでもう一度、ラブの部屋に集まったとき。 クローゼットの中から、ラブを呼ぶ声。現れたのは、ラブが小さい頃大切にしていた、ぬいぐるみのウサぴょんだった。 「私はずっとこのクローゼットの中で、ラブたちの話を聞いてたの。だから、みんなのことは何でも知ってる。勿論、さっきポッキーゲームでせつながズルしたってことも。」 ウサぴょん・・・恐ろしいウサギ! ~おわり~