約 1,207,353 件
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/52.html
第4話 想いの外側 (私、何か悪かったのかしら………) せつなは練習着のままベッドに腰掛け、ため息を付く。 時計を見て更にため息。ダンスレッスンの後、予定もないのに こんなに早く帰宅するなんて初めてかも知れない。 いつもなら皆とお喋りして、ドーナツ食べて……。 時間なんていくらあっても足りないくらいなのに。 今日の美希と祈里はおかしかった。 まだ付き合いの長いとは言えない自分にもはっきり分かるくらい。 せつな以上に不自然さを感じてるはずのラブは何も言わない。 せつなを促して早々に家路についた。 美希はいつもと変わらない。いつもより上機嫌なくらい。 それこそがおかしかった。 祈里の覇気の無い態度。少ない口数。 何か言いたげに美希を窺っているのが分かるのに、 美希はわざと知らん顔してた。 いや、知らん顔はしてない。祈里にもちゃんと話掛けてた。 でも………。 (ブッキー、何かを待ってたみたいだった。) 美希の受け答えが、明らかに期待と違ったのだろう。 祈里は美希と言葉を交わすごとに睫毛を伏せ、瞳を陰らせていった。 会話自体はごく普通の雑談、だと思う。 美希が祈里を買い物に誘い、祈里は都合が付かない、と断る。 それだけだった、はず。 「ねぇ、ブッキー。この後はどうする?買い物行ける?」 まだ返事聞いてなかったわよね? 美希は屈託のない笑顔で話しかける。 「……あ、……ごめんなさい。今日は……」 祈里は上目遣いに美希を窺いながら、言葉を濁す。 「ああ、都合悪い?最近忙しいのね。」 「…あ……」 祈里の言葉を最後まで聞かず、美希はせつなに話しかける。 祈里がすがるような視線を送っているのに。 「ね、せつな、この間の店!ブッキーに似合いそうなニット、あったじゃない? あれ、見に行こうって言ってたの。すごく可愛かったわよね。」 「え?あ?うん。」 「あれ、せつながブッキーに絶対似合うって言ってたやつ。 まだ残ってるかしら?」 「さぁ、どうかしら……。」 「せつなはこの後どうするの?ブッキーが無理なら予定空いちゃった。 また買い物でも行かない?」 「ダメだよ、美希たん。あたしとせつなは用事あるんだから。」 「なに?アタシも混ぜてよ。一人じゃつまんないじゃない。」 「家族で出掛けるんだよ。遊びに行くんじゃないし。」 なぁんだ。と、美希はつまらなそうに唇を尖らせていた。 勿論、そんな予定なんて無い。 私、ちょっとおろおろしてたと思う。 ああ言う時、どうしていいかわからない。 ただ、ブッキーが私に話しかける美希を曇った目で見ていたのは分かったから。 ラブが助け船を出してくれた。 あのままじゃ、私きっと変な事言ってたと思う。 今までラブ達3人の事、単純に羨ましいと思ってた。 物心付く前からお互いを知ってて、家族ぐるみの付き合いで。 家族も友達もいなかった私には、ただ眩しくて。 でも付き合いの長い友達って、ただ単に仲良しなだけじゃ済まない 何かがあるのかしら。 (難しいものね……) 胸の奥が石を飲み込んだように固くなる。 本当は祈里に嫌われているのだろうか? チラリと頭を掠めただけなのに、涙が滲みそうになる。 祈里は優しい。祈里のお陰でクローバーに溶け込む勇気が持てた。 今でも自分に見せてくれた親しみは本物だったと信じてる。 それでも… 祈里は、自分が美希と親しくするのを歓迎してない。それだけは分かる。 (どして……?) 「あのー……、せつなさん……」 いつになったら、あたしの存在に気付いて貰えるんでしょうか? ベッドの足元に座ったラブが苦笑いで見上げている。 そうだ、ずっとラブここにいたんだっけ。 「ごめん……。」 ま、いいや。ラブはそう言って私の後ろに回り込んだ。 私の肩に顎を乗せ、お腹の前で指を組んで抱き抱えるように密着してくる。 「せつなのせいじゃないよ。」 「私、別に……。」 「でも、原因探してたでしょ?」 「………………。」 あの二人の事はラブが一番よく分かってる。 そのラブが静観してるんだから、自分なんかに出来る事はないんだろう。 それでも、考えだすと止まらない。 ほんの少しでも自分にも原因があったら。 自分のせいでクローバーがおかしくなってしまったら。 目の前が暗くなるほど怖い。 それなら、自分が消えてしまう方がずっと気が楽。 こんな事ラブに言ったら怒られるから絶対に言わないけど。 「ブッキー、おかしかったね……。美希たんも。」 「……うん。」 「ねぇ、せつな。あたしの事、好き?」 こんな時に何でそんな事を聞くんだろう? そう思いながらも、耳が熱くなってきた。 「……好き、よ?」 「じゃあ、美希たんとブッキーは?」 「??好きよ。」 当たり前じゃない。だから今だって悩んでるのに。 「せつなはあたしの恋人だよね?あたしの事、好きだから一緒にいてくれてる。」 「??そう、だけど……」 「じゃあ、何であたし以外の人を好きって言うの?」 「ラブ…。何、言ってるのよ?」 真剣に訳が分からない。からかわれてるんだろうか。 「答えてよ。せつなはあたしの恋人で、あたしが好き。 それなのに、何で美希たんやブッキーを好きって言うの?」 「……だって…。どして?そんな事言うの?あの二人は友達だもの。 ラブとは意味が違うじゃない。」 「そう!それが原因。」 「……?」 「ブッキーがおかしかった原因だよ。それが。」 どう言う意味?私とラブは恋人……で、美希と祈里とは親友。 どちらもとても大切な人。 それに、美希と祈里だってそうなのよね? だって、美希は本当に祈里を大事にしてるもの。 ついからかいたくなるくらい。 私が祈里の事でからかうと、美希はすぐに拗ねた振りをする。 頬を染めて、プイっとそっぽ向いたり。慌てて話を逸らそうとしたり。 いつもおすましでお姉さんぶってる美希が、まるで 小さな子供みたいに可愛いの。 「ブッキーはねぇ、あれでけっっっこうワガママなんだよねぇ。」 まぁ、美希たん絡み限定だけど。 美希たんにとって、いつでも自分が一番でないと嫌なんだ。 恋人とか、友達とか、関係ないの。 「まぁ、自分でもあんまり分かってないんじゃないかな。自分の気持ち。」 「ラブには……分かるの?」 「たぶんね。」 羨ましいんだよ。 ラブはそう言う。「羨ましい」その感情は理解出来る。 昔、イースだった頃にラブに抱いた気持ち。 そんな感情を自分が持つ事自体を認めたくなかった。 屈辱感すら覚え、自分をこんな惨めな気分にさせる存在に 憎しみをたぎらせた。 もし、寿命を切られる事がなかったら「幸せ」を夢見、その最中にいる人間を羨むなど 頑として認めなかっただろう。 すべてが裏返しになった瞬間の事はよく覚えてる。 「羨ましいと思った」そう、口に出しても不思議と恥ずかしくも悔しくもなかった。 目の前が開け、縮こまっていた胸の中がすうっと外に広がって行くような気分。 「清々しい」、そう言った気がする。 でも、分からないのは祈里がなぜ「羨ましい」なんて思うのか。 可愛らしくて、頭も良くて。あんなに大切に想ってくれる美希のような存在が側にいて。 およそ、人の羨む要素をこれでもかと持ってるのは祈里の方だと思うのだけど。 「人の気持ちってさ。不思議だよね。完璧に見えてる人でも本人は 全然満足してなかったり、誰もが欲しがるような物を持ってる人が、 本人はそんな物まったく必要ないと思ってたり……」 たぶんそうなんだ。せつなにもない?そう言う事。 ラブに体を預けるように、力を抜く。 暖かくていい気持ち。飲み込んでいた塊が、少しずつ軟らかくなっていく。 「たださ、これだけは確かだよ。」 「……?」 「ブッキーは、せつなの事、大好きだよ。」 親友だもんね。 そう言ってぎゅっと抱いてる腕に力を込めてくれた。 やっぱり、ラブにはお見通しなんだ。 いつも、私が一番欲しいものをくれる。自分でも、気付かないくらい 無意識に欲しがってるものを。 「……うん」 ちょっと泣きたいような気分だったけど、ラブを見てニッコリ笑ってみた。 きっとラブは私が泣くより、笑顔の方が喜ぶと思ったから。 「やあっと、笑った!」 すべすべの頬を擦り寄せられるのは、くすぐったいけど気持ちがいい。 祈里と話してみたら駄目かしら? ラブはこう言う時、きっと黙って見守るのよね。 きっと大丈夫!って信じて。 (ラブは、そっとしておく事に決めたのよね…?でも……私は……) ちょっとだけ、お節介やいてみようかと思った。 時には、強引にに踏み込む事も必要なんじゃないかと思うから。 ラブが私をラビリンスから取り戻そうとしてくれたみたいに。 はっきり言って私は言葉で伝えるのが苦手だし、下手くそなのは分かってる。 きっと、ブッキーはびっくりして、……ひょっとしたら傷付けてしまうかも。 それでも、精一杯伝えようと頑張ればブッキーなら許してくれるって 思うのは思い上がりかしら? ブッキーに伝えたい。 心は繋がるって。誰かを想う気持ちは、黙っていてもきっと相手に伝わってる。 でも、言葉にすればもっと深く繋がって、もっと強く結び付くんだって。 私は、みんなにそう教えて貰ったから。 第5話 伝わる想い、伝える想いへ続く
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/240.html
赤い翼の輪舞曲 第20話――最終話 帰るべき場所―― チッ、チッ、チッ、 耳元で、小鳥のさえずりが聞こえる。 サワサワとそよ風が吹いて、森の葉が揺れる。 穏やかな陽気の、春の昼下がり。太陽がわずかにオレンジ色を帯びて、西の空に傾いている。 こちらの世界が、まだ冬だった四つ葉町とは季節が違っていたことに、せつなは今になってようやく気が付いた。 激しかった一日が、無事に終わりを告げようとしている。 せつなは爽やかな空気を胸いっぱいに吸い込んで、もうじき別れる、この世界の優しい自然の調べに耳を傾ける。 あれから数時間――街は大騒ぎだった。 ボロボロになった広場や道路。そして、いくつもの建物。街が元の様相を取り戻すには、それなりの月日がかかることだろう。 メイジャーランドの住人たちは、メフィストとアフロディテ、それに三銃士たちの働きによって、次々と帰還しつつある。あの国を立て直すのも、並大抵のことではないだろう。 それでも―― 双方の世界が得た交流と絆は、きっといつか、そんな被害の何倍もの恩恵を伴って、みんなを幸せへと導くに違いない。 今のせつなには、そう信じることができるのだった。 『赤い翼の輪舞曲――最終話 帰るべき場所――』 「どうしたの? せつな。こんなところでポツンとして」 「そうよ。一人でしょんぼりしてると、こっちまで楽しくなくなっちゃうじゃない」 「響、奏。相変わらず、ハッキリと言うのね。私はしょんぼりしてるんじゃなくて、ちょっと考え事をしていたのよ」 何日か泊まって行けと勧める響たちの誘いを断って、せつなたちはすぐに元の世界に帰ることを望んだ。 もともと、外泊の準備など何もしていないのだ。きっと、おとうさんやおかあさんたちは、死に物狂いで自分たちを探していることだろう。 「え~っ、ズル~イ! あたしたちは必死になって探し回ってたのに、せつなったらケーキなんて食べてたんだ!」 「そうニャ! ハミィだってメイジャーランドに行ってたから、カップケーキ食べ損なったんだニャ!」 「あんさんらの頭ん中は、オヤツのことばっかりかいな……」 「ピィー! ピィー!」 「そうだそうだって……」 「もう! ピーちゃんはみんなの分まで食べてたでしょ?」 少し離れた所から、ラブとハミィの不満そうな声が聞こえてくる。 タルトがツッコミ、ピーちゃんが更にボケる。エレンとアコが呆れて、美希と祈里は楽しそうに笑う。シフォンは、ピルンが出したカップケーキを食べるのに忙しいようだった。 ラブ、美希、祈里は、こちらの世界に来たばかりで、これまでの経緯をほとんど知らない。 せつながこの世界に来てからのこと。それ以前の響たちの戦いや、ピーちゃんのことなんかを、色々と詳しく聞いているらしい。 「響たちこそ、大丈夫なの? プリキュアのこと、街中の人にバレちゃったんでしょ?」 「あ~、うん。表向きは災害とか、集団幻覚だとか、適当な言い訳をつけて誤魔化してくれるみたいなの。パパが心配いらないって笑ってたし」 「でも、これからはもっと、加音町とメイジャーランドの行き来が盛んになると思うわ」 「それは素敵ね」 せつなが静かに微笑む。その顔を見て、奏が心配そうに口を開いた。 せつなの悩み。せつなの夢。どうしても確かめておきたかった。今を逃せば、またいつ会えるかもわからないのだ。 「せつなは、答えが見つかったの?」 「答えって?」 「ほら、前に言ったでしょ? せつなは、どうやってラビリンスを幸せにするつもりなの、って」 「あぁ……」 せつなは納得したように頷いて、そのまま口をつぐむ。先ほどの続きとばかりに思索に耽り、ここ数日の出来事に想いを馳せる。 奏が言っているのは、ラッキースプーンの厨房での会話のことだった。 あの時、自分はラビリンスを、四つ葉町のような笑顔と幸せに溢れる国にしたいと言った。 それが自分の夢なんだと思った。でも、たとえそれが本当の夢であったとしても―― (じゃあ、みんなの幸せってなに?) 奏の言葉が、脳裏に蘇る。 自分は、まるで己の目に映る四つ葉町を、唯一絶対の幸せであるかのように考えていたんじゃないのか? この世界で見てきた、加音町やメイジャーランドの住人たち。彼らの幸せの在り方は、四つ葉町とはまた違っていたように思う。 共通するのは、みんなが自分の意思で、自由に生きているということ。自由であることが幸せなんだとしたら、それは一体、何をするための自由なんだろう? (私は、手段こそ夢だと思うな。響が好きなのはケーキだけじゃないし、響を笑顔にする方法なら他にもたくさんあると思う。でも、私は自分の焼くケーキで笑顔になってもらいたいの) 自分は、間違っていたのかもしれない。どれほどみんなの幸せを願おうと、自分が描いた幸せは、自分が夢見る幸せでしかない。 人はひとりひとり違うから、それぞれの人生があるのだから。 だとしたら―― ラビリンスが得た自由とは、「みんなが自分だけの幸せ」を、追い求めるための自由なんじゃないのか? 光が見えてくる。答えは、すぐそこにある気がした。 イースとしてではなく、キュアパッションとしてでもなく、東せつなとして、自分がやらなければならないことは―― せつなは、奏と響の顔を見つめて、少し照れ臭そうに笑う。そして、口を開きかけた瞬間、目の前が真っ暗になる。 「だーれだっ!」 「きゃ! もう、ラブったら! 今、大事なことを考えてたのに!」 突然後ろから、ラブが目隠しついでに抱きついてくる。 全く――誰だも何も、ないものだと思う。自分に一切の警戒を抱かせずに、背後を取れるのはラブしかいない。 ごめ~ん……としょぼくれるラブに、せつなはクスリと笑った後、真剣な表情で向き合った。 「まぁいいわ。私のこれからのことを考えていたんだけど、今、ハッキリと答えが出たから」 「えっ! なになに? わたしにも聞かせて、せつな!」 「私も聞きたい。このまま別れたら、心配で仕方ないもの」 ラブに続いて、響と奏も身を乗り出して聞き入る。せつなは想いを整理するかのように、ポツポツと語り始めた。 「この世界に来る前、四つ葉町の広場で、ラブはこう言ったわよね?」 (うん、そうだね。美希たんとブッキーには、夢があるもんね。でもさ、せつなはずっと一緒だよね!) 「本当を言うと、私はダンスを辞めてラビリンスに戻るつもりだったの。あの国を、四つ葉町のような幸せな世界にしようって」 「そう――なんだ……。うん、そうじゃないかって、思ってたんだ」 「聞いて! でも、やっぱり私、四つ葉町に残ることにする。私ね、この世界に来て、元の世界に帰りたいって思った。そして、その世界はラビリンスじゃなかったの」 「えっ? それって……」 「それに、フュージョンと戦ってわかったことがあるの。幸せは、一人一人が、自分で見つけていくものなんだって。 みんなを笑顔にする方法なら、きっとたくさんあると思う。でも、私はラブと一緒にダンスを踊って、みんなに笑顔になってもらいたい」 「じゃあ! じゃあ、本当に!?」 「ええ! 私はラブと一緒に、プロのダンサーになるわ。団おじさまにも負けないくらいの、“本物”になってみせる。そして、いつかラビリンスにこの喜びを伝えたいの」 無数にある幸せのカタチの中の、その一つとして―― と、せつなは締めくくった。 「それなら、帰ったらさっそく練習ね!」 「ダンス大会決勝戦は、また延期になっちゃったみたいだけど」 「美希っ!? ブッキーも! いいの? クローバーは解散するんじゃ……」 「ノンノン! 完璧なアタシが、優勝もしないで投げ出すワケないでしょ?」 「わたしも一緒にやらせて。ラブちゃんとせつなちゃんなら、きっと夢が叶うって信じてる」 「また……クローバーでダンスが踊れるんだね? やったぁ~、幸せゲットだよ!」 いつの間にか話を聞いていた、美希と祈里が会話に加わる。 ダンスユニット・クローバーの活動再開――それが、四人のとびきりの笑顔と共に決定した。 「おめでとう、せつな。素敵な答えね! なんだか安心しちゃった」 「わたしも、四つ葉町に行ってみたいな。そこでピアノを弾いてみたい。クローバーのダンスを観てみたい。いつか――必ず!」 「ええ、約束しましょう! 世界は交わり、人は繋がり、そこから音楽は生まれるのよね。だったら――!」 「ここで決めなきゃ、女がすたる!」 「精一杯、頑張るわ!」 せつなと響は、決めゼリフを言い合ってクスリと笑う。 遠い遠い世界だから、簡単には会えないかもしれない。でも、これっきりにするつもりなんてない。 いつか二つの次元が交わって、助け合って、より大きな幸せを導くと信じたいから。 「ところで、エレンとアコは?」 響が、この場に居ない二人の名前を口にする。 「私なら、ここよ」 「ホラッ、奏太も早く。またしばらく会えなくなっちゃうのよ?」 二人はせつなたちとの別れが近いことを感じて、奏太を探しに行ってくれていたようだった。 アコに手を引っ張られ、エレンに肩を押されるようにしてやって来た奏太は、せつなに向かって、大事そうに握りしめていた右手を開いた。 掌の上にあったのは、銀の鎖が付いた、緑色の小さなハート型のペンダント。あの日、せつなが奏太の机の上に置き去りにした、幸せの素だった。 「せつな姉ちゃん。恥ずかしいから会うのやめようかと思ったんだけど、これ、返してなかったからさ」 「奏太君……。それは、あなたにあげたつもりだったのよ」 「無理すんなよ。大事な物だってことくらい、見ればわかるって」 「ありがとう。私は他に、あなたにあげられるようなものが何もないけれど……」 「なら、今度会う時は、俺がとっておきのプレゼントを用意するよ。だから、さよならは言わないぜ!」 「ええ、約束ね。こんな歌が、私たちの世界にはあるの。指切りげんまん、嘘ついたら~」 「針千本、の~ます! だろ? 俺たちの世界にもあるよ。じゃ、元気でな!」 奏太はそれだけ言うと、せつなに背を向けて走り去った。その頬から、幾滴かのしずくを振り落としながら。 せつなも、クルリとみんなから背を向ける。同じように頬を濡らすものが流れたのかどうかを、確かめられた者はいなかったけれど。 「アカルン、帰りましょう! 私たちの街――四つ葉町の広場へ!」 弾けるような加速によって、瞳に映る景色が溶けていく。太陽の光も、星々の輝きも、全てが一つに交じり合う。 加音町を発った一行は、数多の世界を渡り、故郷へと帰還する。 混沌の闇を越えて、光の門を潜り抜ける。その先には、七色に彩られた不思議な空間が広がる。 世界を繋ぐ奇跡の花、プリズムフラワーの力が作り出す虹の回廊。果てしない道のりを、アカルンの力で一気に翔け抜ける。 再び、真っ白な光に包まれる。あまりの眩しさに目を閉じる。一呼吸してから、そっとまぶたを持ち上げた。 大好きな街、四つ葉町の公園の景色が映る。瞳が潤み、わずかに視界が歪む。 冬の夜の、澄んだ空気が胸いっぱいに広がる。 大気の綺麗な世界なら、他にもあった。景観の美しい世界なら、他にもあった。 でも、心が安らぐようで、それでいてときめくような、こんな不思議な気持ちにさせられる場所はここしかない。 「帰って――来たね。せつなっ!」 「ええ!」 「お父さんとお母さん、心配してるだろうなぁ……」 「早く帰って、安心させてあげなきゃね」 全力で走っているのに、意地悪なくらいにゆっくりと景色が流れる。 早く――早く――帰りたい。 やがて見えてくる、優しい肌色の壁に、ピンクの屋根。赤い色のひさし。 手入れの行き届いた広めの庭。二階には、植物を這わせてあるバルコニー。大きくはないけれど、温かみを感じさせる家。 ノックなんて必要ない。だって、自分の家なんだから。 もどかしい気持ちをぶつけるように、やや乱暴にドアを開ける。 パタパタと、転がるように出て来る二人。たまらなく会いたかった、大切な家族だった。 「それで、なんであんたたちがこの世界で暮らしてるのよ!?」 ダンスレッスンの帰り、せつなたちがカオルちゃんのドーナツカフェで休憩していた時のこと。 彼女たちのドーナツを運んできたのは、あろうことかウエスターだった。 「なぜって、そりゃあ、カオルちゃんに弟子入りしたからに決まってるじゃないか」 いかにも、「当然だろ?」と言わんばかりに、ウエスターは不思議そうな顔をする。 あれだけ、自分をラビリンスに誘ったのは何だったのか? せつなの肩が怒りでワナワナと震えだす。 「答えになってないわ、ウエスター! あなたラビリンスに帰ったんじゃなかったの? どうしてドーナツ揚げてるのよ?」 「ああ、あれから色々考えたんだが、幸せなんて、結局人それぞれだからな。俺は美味いドーナツを作れるようになって、あいつらに食わせてやりたくなったんだ」 「………………」 「落ち着いて、せつな。口調がイースになってるわよ?」 見かねた美希が口を挟む。せつなはもう、二の句も告げない有様だった。 自分が遥か遠い異世界、いや異次元の加音町にまで行って、命がけでフュージョンと戦って得た教訓を、いともあっさりと……。 なんとか気持ちを持ち直して、今のやり取りの間、ひたすら沈黙を守っていたもう一人の方に向き直る。 「余計に疲れそうだけど、一応聞かせて……。サウラーは、どうしてここに居るの?」 「僕かい? 僕は、個性のないラビリンスに、この世界のファッションを学んで広めようかと思ってね」 「続きはアタシが説明するわ。この人、ママの美容院でアルバイトしてるの。しかも……しかもよ!? いきなりアタシの所属する事務所に、アタシと同じモデルとしてスカウトされちゃったの!」 「違うよ。いいかい? 君は読者モデル、僕は専属モデルだ。一緒にされては困るね」 「キィ――ッ! これなのよ、腹が立つでしょ!?」 「美希こそ、言葉使いが壊れてるわよ。落ち付いて……」 それでも彼らは、週に一度はラビリンスに戻っているらしい。ただし、政治や統治に、一定の距離を置くことにしたのだとか。 同じように、ラビリンスで訓練を受けていた一部の者は、各パラレルに散って失われた文化を学んでいるらしい。 もっとも、せつなの目には、二人は自分のために楽しんでやってるようにしか見えなかったのだが……。 それはそれで、きっと正しいことなのだろう。 「そうだっ! 今夜、あたしの家でせつなの『お帰り』パーティーをやるの。良かったら、隼人さんと瞬さんも来ない?」 「うん、賑やかな方が楽しいもんね」 「アタシは構わないわよ。どーせ、ママが誘うだろうし……」 ラブは気にした風もなく、自宅のパーティーに二人を誘う。まるで知り合いがこの街に留まってくれたのを、喜んでいるかのようだった。 祈里もニコニコと笑って、ラブの提案に賛成する。美希は諦めたという風を装って、それでも賛同の意を表した。 せつなはやれやれといった感じで、ため息を一つ吐く。しかし、その表情はどことなく嬉しそうだった。 「ラッキー! お祭りは大好物だ。ぜひ行かせてもらおう。俺の特製ドーナツを持って行くぞ!」 「僕も寄らせてもらうよ。ウエスター君の焦げたドーナツはいらないけどね」 「よかった! せつなの焼いた、とっておきのカップケーキもあるんだよ!」 「奏から教わったっていう、アレね?」 「わたしも楽しみ」 「ええ! 気合のレシピ、見せてあげるわ!」 せつなは自信たっぷりにそう言って、幸せそうに微笑んだ。 ~~ La fin ~~
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/1106.html
あたしとせつなは、家族4人でのささやかなパーティの後、 せつながあたしにプレゼントしてくれた、アカルン使用券を使って、 クリスマスイブの夜、クローバータウンストリートが一望できる丘へ出かけた。 丘の上から見渡した四つ葉町は、家々にはクリスマスイルミネーションが施され、 冬の冷たいけど澄んだ夜空の下に広がった夜景は、まるで宝石箱のように、いろんな色彩の光が煌めく。 クリスマスイブである今夜は、街全体がおめかししているかのようだ。 それに、クリスマスイブという特別な時間に、いつもは外出できない夜の遅くにこうやって出かけて、 しかも、隣にせつながいる。それだけで、すごく楽しい。 冷気が肌を痛いくらいに突き刺すけど、冬の澄んだ空気が清々しく、寒いけど来て良かったと思った。 来て良かったねと、せつなに同意を求めようと、せつなの方を向くと、 何か思いつめたように、クローバータウンストリートの方を見ている。 なんだか、声をかけるのが憚れるような、そんな雰囲気に、 「月が綺麗・・・です・・よね?あははは・・・」 なんて、意味のないことを呟いてしまったけど、せつなは聞いていなかったみたいだ。 月といえば、この間、せつなに内緒で行った図書館で読んだ竹取物語を思い出す。 竹取物語は、竹取の翁に拾われたかぐや姫が美しく成長して、その噂を聞いた貴公子や帝の求婚を受けるけど、 最後は求婚を断って、結局、元いた月の世界に帰ってしまうというお話。 確か、かぐや姫が月へ帰る時、天人が持ってきた天の羽衣を着ると、翁達のことも忘れてしまうんだよね。 インフィニティになったシフォンがあたし達のことを忘れてしまうように、せつながイースに戻らないとも、限らない。 イースに戻らないとしても、せつなの意思とは関係なく、あたしの前から消えてしまわないとも。 せつなは元々、あたし達の世界の人間とは違って、異世界から来ているのだから、 ずっとあたしと一緒にいるなんて保証は、どこにもない。 今夜の月は、半月。満月の時よりは弱い光だけど、街を見守るよう優しく照らしている。 満月の夜、かぐや姫は月へ昇っていくのだけど、今夜は十五夜じゃない。その事実が嬉しい。 無言で街を眺めているせつなの方を見ると、せつなの肩が震えているのに気づいた。 今は12月の終わり。普段着にコートを羽織っただけだから、確かに寒い。 あたしは腕をそっと、せつなの肩に回した。 その時、気付いた。せつなは寒いから、震えているんじゃない。 あたしにはただ綺麗なだけの光、だけど、せつなには違った意味を持つんだって思った。 都会の何万ドルの夜景とかいうような煌びやかなものとは違って光が少ないけれど、 あの一つ一つの光の下では、あたし達プリキュアが守ってきた人々がいる。 あたし達が守った、もしかしたら消えていたかもしれない、幸せの光。 ラビリンスが、イースが、奪おうとしていた、幸せの光。 「・・・せつなも守ってきたんだよ、この街を。だからこんなに幸せが満ち溢れている・・・」 「それに・・・せつなも消えないよね・・」 何か言った?と言いたげな、せつなの顔を見て、 「ううん、なんでもない。寒くなってきたね。もう帰ろう」 「うん」 そして、あたし達は赤い光に包まれた。 アカルンがあたし達を送った先は、あたしの部屋。 暖房は消して出かけたから、寒いだろうとは覚悟していたけど、外にいるのと変わらない。 自分のコートを脱いで、エアコンのスイッチを入れようとした時、 せつながドアを開けてあたしの部屋から出て行こうとするのが見えた。 せつなが行ってしまう。 せつなは単に、自分の部屋に行ってコートを置いてきて、 あたしの部屋に戻ってくるつもりだったのかもしれない。 だけど今、行かせてはいけないと思った。 ドアに手をかけようとしたせつなの手を強引に引っ張ったので、 腕に抱えていたコートが落ちたけれどそれには構わず、抵抗しないのをいいことに、 せつなの両手を掴んで上にもってきて、ドアの前で万歳をするような形で留め置く。 海外ドラマや何かで、警官が犯人を逮捕する時に、ホールドアップってしているような感じ。 「手を動かすと、お父さんやお母さんが起きてしまうよ・・・」 あたしはずるい。 お父さんやお母さんの名前を出せば、せつなが動けない事を知っているのに、 それでも、わざわざ口にして、せつなを言葉で縛り付けるなんて。 捕まえた犯人の身体検査をするように、丹念に身体に触れていく。 あたしの手は掴んでいたせつなの手を離れ、腕から腋を通り横腹を過ぎて、下半身の方へ。 唇は身体には触れてはいないけど、せつなの肩に顎をのせているから、あたしの息は感じているはず。 くすぐったいだろうけど、せつなは金縛りに遭ったように、微動だにしない。 手が届く一番下、膝の裏側まで到達すると、今度は上の方へと。 指の先に引っ掛かったスカートの裾を捲り上げながら、露わになった肌を手のひら全体で執拗に撫で上げて、 手だけじゃなく、唇を目の前にある首筋に這わせる。時折、触れるだけでなく、吸ったり舐めたりして。 自分の髪質とは違うサラサラで艶があるせつなの髪は大好きだけど、今は纏わりついてくる髪を掻き分けながら。 押し殺した声が聞こえる。快感から出る喘ぎ声ではなく、苦痛の呻きのような・・・ せつなの横顔を見れば、眉間にしわを寄せて何かに堪えているかのように、苦悶の表情を浮かべている。 身体を離してせつなを見ると、スカートは肌蹴けて、下着は辛うじて太腿の所で引っ掛かっている。 セーターは背中の半ばまで捲られて、ブラはホックが外されて肩ひもだけでぶら下がっている状態。 ドアの音を立てないようにと、指が白くなるまでぎゅっと手を握りしめている。 力が入りすぎたため、自分では指が開かせることができないみたいで、 指を一本一本伸ばして、固く握られた拳を開かせると、血が滲み出てきそうな程の深い爪痕。 手のひらに残る三日月型の爪痕を見て、あたしは後悔した。 せつなが感じていなかった訳じゃないし、乱暴にした訳じゃない。 だけど、今まで不幸だったせつなを、決して傷つけてはいけないと思った。 身体はどこまでも白く、闇夜に浮かぶ月のよう。 髪は漆黒の闇に溶け込んで、唇は何もつけていないはずなのに、夜目でも鮮やかな紅。 窓から差し込む仄かな月明かりでも、睫毛の一本一本が見えるほど近い。 時間が止まったような静寂の中で、唯一時の流れを感じることができるのは、あたしやせつなの白い吐息だけ。 キスまであと30センチという所で、じっと見つめていたせいで、 恥ずかしいのかそれとも、拗ねてしまったのかどちらか分からないけど、せつなは顔を背けてしまう。 横を向いたせつなの唇の端に、そっと口付ける。触れるだけのキス。 唇が離れる直前に、舌を伸ばして口角を軽く舐める。次に続くキスを予感させるように。 できればこのままずっと見ていたかったけれど、 上腕だけで上体を支えている今の不安定な状態では辛いので、 少しずつせつなに体を預けながら、素肌と素肌が触れ合う場所を徐々に広げていく。 お互いの体温を肌で感じ、素肌の滑らかな感触を味わう。 涙が出そうになるくらい安心感があるのに、一方では、ダンスをしている時以上に、胸がどきどきする。 せつなと出逢って、初めて味わった感覚。 抱き合うというのなら、美希たんやブッキーとも、嬉しい事があった時とかに、 抱き合ったことなんて何度もある。尤も、その時は、お互い裸ではなかった訳だけど。 美希たんやブッキーだったら、こんな風には絶対に感じない、と断言できると思う。 美希たんとブッキーは大切で、大好きなあたしの友達だけど、 多分、せつなに対する好きは、美希たん達とは違う種類の、好き。 さっきの続き、唇の端から再開して、細かなキスを重ねて、真ん中に近づけていく。 ちょうど、お互いの唇がぴったり合わさる所に到達した所で舌を伸ばして、 上唇と下唇の合わせ目をなぞっていくと、隙間が少し開いて、あたしを受け入れてくれる。 あたしとせつなの吐息が混じり合い、あたし達の間からどちらの息か分からない白い靄が立ち昇る。 あたしの舌はせつなの舌と触れ合い、逃げるようなせつなの舌を追いかけ、奥へ、もっと奥へ。 舌が触れ合う度、角砂糖が熱さで溶けて甘みが増していくみたいに、甘さの密度が濃くなる。 せつなもあたしと同じように、甘く感じているのだろうか。 唇を一旦離してせつなを見ると、頬が上気していて瞳は切なげで、 なんだか、答えの一つを見つけたような気がして、嬉しくなった。 キスは継続して、手を下へ滑らせる。二つの柔らかな感触と、三つの固い感触と。 固い方の真ん中、クローバーのペンダントはあたしとせつなの間で熱くなっている。 二つの柔らかな膨らみを手のひらに収め、頂きを抓んで優しく擦る。 二つの固い方を指で弾くと、あたしの指の動きに合わせて、せつなの呼吸が乱れる。 あたしとせつなの身長はあまり変わらない。 なのに、あたしより胸は大きいよね。しかも、以前より大きくなっている気がする。 身長は関係ないのかな・・・美希たんは身長が高いけど・・・・だし、ブッキーは・・・。 胸の大きい人は運動をする時に邪魔だって聞いたことがあるし、 ダンスをする上では、小さい方がいいのかもしれないけれど。 このような状況下で美希たんやブッキーを思い出すのは、 美希たん達にも、せつなにも悪い気がして、目の前のことに集中する。 手を胸から、更に下の方へと。 せつなの太腿を持ちあげ、開いたせつなの身体の間に、あたしは身を埋める。 上体をせつなの身体に密着させ、唇をせつなの唇に寄せていく。 せつなの身体と完全に重なったところで、あたしは身体を上下に動かす。 始めはゆっくり、だんだんと速く。 動きが激しくなってくると、唇は的を外れ、せつなの唇を捉える事が難しくなるけど、 できるだけ長く、触れ合うように。 せつなの身体の震えを全身で受け止め、絶頂を迎えたせつなを全力で抱きしめた。 再び静寂の時が来て、あたしは猛烈な睡魔に襲われた。 薄れていく意識の中、せつながあたしの手を握るのを感じた。 次に気がついた時、時計を見ると、お母さん達が起きてくるには少し早い時間。 まだ、日の出前の時間なのに、外は明るい。 カーテンを開くと、家々の屋根や道路には雪が積もっている。 「ホワイトクリスマスだ」 「ホワイトクリスマス?」 「うん。雪が降ったクリスマスは、ホワイトクリスマスって言うんだ」 「そういえば、さ、昨日はあたしが行きたい所に行ったでしょ」 うんうんというように、何度もうなづくせつなに、 「せつなはどこに行きたい?今日は、せつなの行きたい所に行こう」 正直に言って、ラブのそばならどこでもいい、という答えを期待して聞いたんだけど。 「美希から聞いた可愛いアクセがある雑貨屋さんと、ブッキーに勧められた本を借りに図書館に行きたいし、 パン屋さんの新作のパン、美味しかったからまた食べたいし、駄菓子屋さんに行って、それから・・・・」 「ストップ、ストップ」 あたしが止めなきゃ、延々続きそうな勢い。 「それじゃあ、最初は、パン屋さんだね」 「パン屋さん、こんな早くにしているの?」 「せつなは知らない?朝一番の焼き立てのパンが美味しいんだよ」 ううん知らないという風に、勢いよく首を横に振るせつなに、 「それでは、今日は私が、四つ葉町をご案内いたしましょう」 映画なんかで王子様がするみたいに、足を交差して右手を上から斜め下に振りおろして、 そのまま深々とお辞儀をすると、せつなの顔に笑みがこぼれた。 せつなの笑顔が見れて、本当に良かった。 「じゃあ、全部廻るには早く行かなきゃ。さあ早く着替えよう」 「うん」 クリスマスが初めてのせつなに、お父さんやお母さんがプレゼントを用意してくれているだろう。 お父さんやお母さんのプレゼントも、すごく嬉しい。 だけど、大好きな人の笑顔が、あたしにとって、一番嬉しいクリスマスプレゼント。 了 ~おまけ ドアの前からベッドの間に~ 覆いかぶさるように、私の背中に密着していたラブの身体が離れていく。 首筋から頬に当たっていた唇の熱さも、全身を覆っていた手の温もりも、消えていく。 ラブの身体が離れたので、体勢を整えようとするけど、 少しでも動けば、バランスを崩して倒れそうで、動けない。 倒れるのはいいけど、大きな音が出てお母さん達を起こしてしまうのは、とても怖い。 動けない私をラブが見かねて、私の身体を回転させてドアの反対側に向かせて、 握りしめている私の拳を、指一本一本丁寧に、開かせてくれる。 「せつな、ごめん」 余りにも意外なラブの言葉に、私は驚く。 「ラブが、私に謝る事なんて、あるの?」 「だって、あたし、せつなを傷つけた!」 「ラブが・・・私を・・・?」 ラブの目の前で自分から脱ぐのは恥ずかしいけれど、今夜の月の光は弱い。 腕や足に纏わりつく下着や服を脱ぎ去り、一糸まとわぬ姿になって、ラブの前に立つ。 「ラブ、見て。私の身体のどこか、傷ついている?」 死を覚悟していたキュアピーチとの決戦の時でさえ、 あなたの拳が私の身体を傷つけることはなかった。 あなたの手の温もりが私の凍てついた心を溶かしてくれた事、 そして、その事が私にとって、どんなに嬉しい事であったのかを、あなたは知らない。 「でも・・・あたし・・・」 私の手を取り手のひらを開かせる。そこにできた爪痕。 こんなの、傷じゃない。痛くなんて全然ない。 私の手に口付け、爪痕の形をラブが舌でなぞっていく。 動物が怪我をした時、傷口を舐めて癒すのだと、ブッキーから聞いたことがある。 自分の手に他人の身体が触れる機会は多い。 特にダンスをしている時なんかは、倒れた人を起こしたり自分が起こされたりして、 ラブだけじゃなく、美希達とも触れ合うことがある。 だけど、これは違う。 最初はくすぐったいだけ、でもだんだん、身体の奥が熱くなってきて。 身体を捩って私の手からラブの唇を離し、肩を叩いて、屈んでいたラブの身体を立たせる。 向い合い、目の前にあるラブの両頬を両手で押さえて、私の唇をラブの唇に重ねる。 戸惑っているからか強張っている身体を抱きしめ、ラブの首に私の腕を巻き付ける。 ラブの身体の緊張が緩んで、私を受け入れてくれたのを感じて、嬉しくなる。 キスをしたまま少しずつ移動して、ベッドの端までラブを導き、 ラブの身体を引き寄せながら、背中から倒れていくと、ラブが首に腕を回して支えてくれる。 お互いの息が顔にかかる程、もしかしたら、鼓動が聞こえそうな程、ラブに近い。 昔の私だったら、こんな近くに他人を存在させることを許しただろうか。 でも今は、もっともっとラブに近づきたい。 できれば、ラブと私が、一つになってしまいたい。そうしたら、ラブと離れることはない。 私の唇の近く、ラブの耳元に熱い吐息とともに囁く。 もっと一つに、溶けあうために。 「ねえ、ラブ・・・私一人だけ、裸なの・・・・恥ずかしい」
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/443.html
「天然」/黒ブキ◆lg0Ts41PPY 色々あった1日。夕暮れの町を浴衣姿の少女が4人、肩を並べて歩いている。 ハプニングも多かったけど、終わり良ければ全て良し。 夏の思い出としては中々悪くない1日だよね。 止まる事のないお喋りに花を咲かせてると、ふと川縁の柵から身を乗り出し 困った様子の数人の子供達が目に入った。 「どうしたの?」 祈里が声を掛ける。聞けば、縁日で買ったひよこの入った籠を ふざけあっているうちに川へ落としてしまったらしい。 4人も柵から覗くと、土手の下を流れる川の中ほどに流木が 枝を突き出していて、丁度上手い具合に籠が引っ掛かっている。 幸いひよこも濡れてはいないようだ。 いつもなら土手を下りて川に入れば難なく取れるが、今日は数日前まで 降り続いた雨で水嵩がかなりましている。 普段は流れも緩やかで子供の遊び場にもなっている場所だが 今は大人の膝下くらいの深さはあるはずだ。 泣きそうになっている子供達を見て、何とかしてやりたいと思うが 何しろこちらも浴衣。いつもの軽装なら、任せとけ!とばかりに 胸を叩くだろうラブも手立てが思い浮かばず困り顔。誰か人を呼ぼうにも籠は 枝のほんの先に引っ掛かっているだけなので、風でも吹けば あっという間に落ちてしまうだろう。 助けを呼ぶ間持つだろうか…。 「ちょっと!せつな?!」 ラブの祈里の思考は美希の悲鳴によって破られた。 「!!!」 「!!!」 「ん?」 せつなは浴衣の裾をぴらっと捲り上げ、白い太ももの半ばまであらわにしている。 そして端をはだけないよう帯の上部にぎゅぎゅっと押し込むと、 下駄も脱いで、よいしょ!とばかりに柵を跨いで土手を降りて行った。 せつなは不安定な足元を苦にする様子もなくするすると土手を降りて行く。 せつなの目的が分かった子供達も口々に声援を送る。「おねえちゃん、気を付けてー!」 「頑張ってー!」 せつなはザブザブと水に入ると、ヒョイッと籠を取り、子供達に手を振って見せた。 その後口々にお礼を言う子供達を見送ると、祈里は少し頬を染めながら 「せつなちゃん、これ…。」 とタオルを差し出した。 「あ、ありがとう。いいの?」 「うん、早く拭いて。浴衣下ろせないでしょ?」 せつなはタオルを受け取ろうとしたが、そこで 「ちょーっと待った!」と美希にタオルを取り上げられた。 「もう!そんな格好で屈んだら見えちゃうでしょ!あたしが拭いたげるから!」 でも、とせつながもじもじするも美希は返事も聞かずせつなの前にしゃがみ ごしごしと足を拭く。 「ほら、肩に掴まって足上げて!ブッキー、ちょっとタオル汚れるけどゴメン。」 そう言って足の裏の砂を払い、下駄も履かせてやる。 祈里は気にしないで、とおっとり笑い、これまで何の役にも立ってないラブは ポーッと頬をピンクに染め、目の前の光景に釘付けになっている。 せつなは美希と祈里に申し訳なさそうにおろおろしている。 その後、家路に付いた面々だが胸中は様々である。 「私、何かまずかったのかしら?何だか美希は怖いし、ラブとブッキーは ぼんやりしてるし。精一杯頑張ったつもりなんだけど…。」 「せつなちゃん、すごいなぁ。運動神経もいいんだ。 それと、ブルーのパンツがチラッと見えた気がしたんだけど。 後で美希ちゃんにせつなちゃん今日のパンツ何色だったか聞いてみよう。」 「はぁ、ダメだわこの子。全く持って分かっちゃいないわ。 取り敢えず一から"女の心得"ってものを叩き込まないと! 危なっかしくてみてられないわ。」 「わはーっ!せつなの生足ゲットだよー!写メ撮っとけばよかった! いやいや、むしろムービー? うちに帰ったらもう一回やってって頼んじゃおうかなー? ついでに帯くるくる~ってやつも!だっはー!鼻血でるか!」 了
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/196.html
「おはよー、せつな!今日も1日よろしくね。」 「おはよう、ラブ。こちらこそよろしく。」 私がラブの家に住み始めてから、もう何十回目の朝を迎えたのだろうか。 朝のあいさつもよそよそしかった最初の頃に比べて、今ではごく普通に交わしている。 今日は中学校の行事である、職場体験学習の1日目だ。 「ラブ、ジャージ姿で登校なんて何か新鮮ね。」 「うん、せつなは何を着てもサマになるねぇ。」 「ありがと・・・って、ちょっとラブ!それって褒めてるの?からかってるの?」 「さあ、どっちかしらね~あはは!」 走って逃げていくラブを追っかけているうちに、学校に着いた。 朝のホームルームが終わり、学年全員が校庭に集まった。 私たちは同じ体験先ごとに数人ずつ連れ立って行った。 幼稚園に行くのは私とラブのほかに、他の2クラスからいずれも女子が2人ずつ。 「この子があたしのクラスに転入してきた、せつなだよ。」 「東せつなです。はじめまして。」 彼女ら4人は、ラブやクラスメイトが羨ましいと言っている。そんなに私って人気者なのかしら? 話をしながら歩くこと十数分、目的地の幼稚園に到着した。「クローバーようちえん」と書かれた看板が見える。 昨日ラブと一緒に見たアルバムの表紙と同じ名前だ。 「ねえ、ラブ。ここがラブが通ってた幼稚園なの?」 「うん、そうだよ。いやー、昔を思いだしてきたよ。」 私たち6人は職員室を訪れた。先生方にあいさつした後、中学のクラスごとに2人ずつに分かれた。 私とラブは年少組の担当だ。3人の中で最も若く見える女の先生が迎えてくれた。 「四つ葉中学から来ました桃園ラブです、よろしくお願いします!」 「同じく東せつなです。どうぞよろしくお願いします。」 「ラブさんに、せつなさんね。私はこの幼稚園の年少組の先生よ。よろしくね。」 「はい、先生。」 私たちは先生に連れられて、年少組の教室へ移動した。 しばらくすると、園児が1人、また1人と教室に入ってくる。 私たち2人に気付いたのか、大きな声であいさつしてきた子もいた。こちらもおはよう、とあいさつを返す。 「はい、全員そろいましたね。みなさん おはよー ございます!」 「せんせー おはよー ございます!」 先生も園児たちも、聞いたことのないイントネーションでゆっくりしゃべってる・・・どして? 「今日はね、みんなのお姉ちゃんたちが幼稚園に来てくれました。」 「ラブお姉ちゃんと、せつなお姉ちゃんです。それじゃ、自己紹介よろしくお願いします。」 「みなさん、おはようございます!桃園ラブです。」 「ラブって、ちょっと変わった名前だけど、あたしはこの名前が大好きだよ!みんなよろしくね。」 「おはようございます。東せつなです。」 「私は幼稚園に来たのは初めてですけど、みなさん仲良くしましょうね。」 「はい、よくできましたー。みんな拍手ー!」 私たちは園児たちから拍手の祝福を受けた。 ただあいさつしただけなのに何だか照れくさいわ・・・。 「さあ、みなさん。今日はお絵かきをします。」 「今回のテーマは『ぼくの・わたしの好きなヒーロー・ヒロイン』です。」 「みなさん、おうちからお手本となる物を持ってきましたか~?」 「は~い!」 園児たちが元気に答える。中にはヒーロー物の人形を高々と掲げる男の子もいた。 「それじゃみなさん、これから画用紙を配りますので、もらった人から描いて下さい。」 「ラブさん、せつなさん。画用紙を配るのお願いね。」 ラブと私は先生から画用紙をもらい、園児たちに1枚ずつ配っていった。 みんな「ありがとう」とお礼を言って受け取ってくれた。 入園して半年足らずでこんなにお行儀がいいなんてスゴイわ・・・。 「ラブさん、せつなさん、画用紙配りご苦労さま。よかったら、あなたたちも一緒に描いていかない?」 先生が私たちにも絵を描くように勧めてきた。 「あ、あたしはエンリョしときま・・・」 「ラブ、せっかくだから描いていきましょ。美術の自主制作だと思えばいいじゃない。」 「う、うん。ホントにせつなは真面目だなー。じゃあ、お願いします。」 先生から画用紙と色鉛筆を受け取り、お互い向き合って椅子に座った。 「せつなー、あたしたちお手本になる物を持ってないよー。一体何を描けばいいの?」 「ラブ、これがあるじゃないの。」 「あ、そっか!リンクルンの画像フォルダね。せつな、あったまイイー!」 「お世辞はいいから早く描く題材を決めて。描ける時間は少ないわ。」 リンクルンを開き、保存されている画像をチェックする。 テーマに一番見合った画像を決め、完成イメージを思い浮かべて色鉛筆を動かす。 ラブもどうやら描く絵を決めたようで、リンクルンと画用紙を交互に眺めながら絵を描き始めた。 「はーい、みなさん。絵は描けましたか~?」 先生の言葉と共に、描いた絵の発表タイムがやってきた。 「じゃあ、みなさんより先にラブお姉ちゃんとせつなお姉ちゃんの絵から見てもらいましょうね。」 「まずは、ラブお姉ちゃんからどうぞ~」 「わは~、自信は無いけど一生懸命描きました。それじゃ、見て下さい!」 ラブは教室の前方にあるホワイトボードの前に立ち、自分の描いた絵を全員に披露した。 少女漫画チックに描かれたその絵には、笑みを浮かべ両手でハートマークを作っている女の子の姿が。 描かれているのは・・・私? 「あら~、ラブお姉ちゃんはせつなお姉ちゃんを描いたのね。よく描けているわ。」 「てへへ、ありがとうございます。この笑顔のせつながあたしのヒロインです!」 (まあ、ラブったら・・・ありがとう、うれしいわ。) 「さあ、次はせつなお姉ちゃんの番よ。」 私は最前列へと移動する。 途中でラブとすれ違う際に軽くハイタッチし、ウィンクでエールをもらった。 「私も絵を描くのはあまり得意ではないのですが・・・みなさん、見て下さい。」 絵が描かれた画用紙を自分の胸の前に掲げる。 しばらくすると、「おおーっ」とか「すごーい」などの声が聞こえてきた。 「せつな、これあたしだよね?ダンスレッスンのシーンか~。」 「せつなさん、あなた上手だわ。今にも絵の中のラブさんが動き出しそうよ。」 「あ、ありがとうございます。ダンスをしているラブが一番輝いているから・・・。」 ラブが私のもとにやってきて、両手を前に出すように促す。 私も描いた絵を教卓に置いて、ラブに向かってそれぞれの手を差し出した。 ラブは右手、次いで左手で私の逆の手を握り、こう話し掛けてきた。 「せつな、あたしを描いてくれてありがとう。本当にありがと・・・。」 私に感謝の言葉を述べるラブ。その目は潤んでいるようだ。 「ううん、私にとってのヒロインはラブしかいないから・・・。」 「せつな・・・!」 「ラブ・・・。」 つないでいた手を離し、ラブが両腕を大きく横へ広げたその時だった。 「せつなさん、ごめんなさい!」 私は先生に突然左腕をつかまれ、脇へと逸らされてしまった。 敵の気配を感じる事が得意な私も、この時ばかりは無警戒だった。 私をつかみ損ねたラブが軽くよろける。 一瞬静まり返る教室。 「ラブおねえちゃん、かっこわるーい!」 「ホントだー、あははは!」 「せんせー、グッジョブ!」 園児たちからいくつもの言葉が発せられた後、教室は笑いの渦に包まれた。 一方、ラブは顔を赤くして呆然と立ち尽くしている。 「ラブ、いつまでそうやってるの?」 「だって、せつなぁ~。」 「ラブさん、ごめんなさいね。子供たちが見ている前で、あれより先は続けてほしくなかったの。」 「先生・・・。」 「あなたは少し恥ずかしい思いをしたでしょうけど、みんなの顔を見てごらんなさい。」 園児たちは先程の爆笑劇からか、皆楽しそうな顔をしている。 「ラブ、あなたいつも言っているでしょ。」 「・・・何、せつな?」 「みんなで幸せゲットだよ!って。まさに今がそうじゃない。」 「そうだね。そう思えば何だかやる気がわいてきたよ!」 「よかった。ラブが元気になって。」 「さあ、絵の発表タイムの続きよ。今度は子供たちの番ね。」 私とラブはそのまま教卓の両脇に用意された椅子に座り、園児たちが絵を見せに来るのに備えた。 子供たちにとってのヒーローやヒロインって誰なんだろう、と楽しみにしながら。 ~つづく~ 4-381へ
https://w.atwiki.jp/llss/pages/1074.html
元スレURL 【SS】穂乃果 「もし世界から、ラブライブ!が消えたら」【世奇妙】 概要 現実世界からラブライブが消え、代わりに穂乃果がやって来た? タグ ^高坂穂乃果 ^しんみり 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/336.html
第5話 胸にある答え (美希……いい匂い。) あたしは美希の感触にうっとりした。 手入れの行き届いた長い髪は、さらさらしたシルクのよう。 肌も、何かパウダーでも付けているんだろうか? サラリと乾いていて、するすると指を滑っていく。 せつなの、しっとりと吸い付くような手触りとは違う、でも心地良い感触。 こんなふうに、せつなもあたしと祈里の体の違いを思ったりするんだろうか……。 バッシーン!と顔に強い衝撃。思い切り突き飛ばされて、体が横に吹っ飛ぶ。 焼けつくような痛みと熱さで、思いっきりひっぱたかれたんだ、と分かった。 美希を見ると、目に涙を溜め、真っ赤な顔で大きく喘いでいる。 「なに考えてんのよ!!!」 耳がビリビリするような声で怒鳴られる。 「どうして?美希たん、あたしの事キライ?せつなだったら気にすることないよ、 だって、今頃……」 バシンっと、今度は反対側を叩かれた。 「…いっ…たぁ…。」 てか、これ絶対腫れるよね。やば、口ん中切れてるよ。 「いーーーかげんに、しなさいよ!!!逃げるのも大概にしなさい!」 美希たん、声大きい。ご近所まで聞こえちゃうよ。 「ねぇ、ラブ?聞いてる?何があったか知らないけどさ。 アナタいったいどうしたいのよ?アタシに逃げるつもりだったの? 冗談じゃないわよ!!アナタ達3人でなんかドロドロやるのは勝手だけどさ、 アタシを巻き込まないでよ!」 美希、あたし、猫の子じゃないんだよ。そんな首根っこガクガク揺すんないで。 それに、相談してって言ってくれたじゃん…… どうやら、無意識に口に出してぶつぶつ言っていたらしい。 「相談しろとは言ったけど、誰が襲っていいなんて言ったのよ!」 「………!!!だって!だって!どうしたらいいかなんて、 あたしが教えて欲しいよっ!!」 「うわあぁああぁーーーーん!!!」 あたしは床に突っ伏して、子供のように泣きじゃくった。 逆ギレもいいところだ。美希、きっと呆れてる。 あぁ、美希にまで嫌われちゃう。あたし、一人ぼっちだ。 しょうがないなぁ…、と言う顔で美希がにじり寄ってくる。 ポンポンと頭を叩かれ…、 「……取り敢えず、さ。話すだけでも話してみたら?」 あたしは、美希に話した。今まで誰にも言えなかった事を。 あたしとせつなの事。祈里の事。せつなと祈里の事。そして、今日見てしまった事。 「あっ!あたっ…し、どっ…したら、いっか、わかっ…ないの! せっ、せづなはっ…なんであんな!…あたしっ、あたしの事、すっ好きって… うぅ…うぇっ!」 ブィィーーーン!あぁ、ハナ、ティッシュ一枚じゃ足りないよ…、あれ?もうない…。 あたしの前には丸めたティッシュが山を作っている。 美希が呆れたように、新しいティッシュの箱を差し出してくれた。 さすが、気が利く。あたしは立て続けに二枚、派手な音をたてて鼻をかんだ。 「つまり、ラブはせつなが好き。せつなもラブが好きなはず。 なのにブッキーと、…その、ね…何て言うか…」 「……やってたの…。」 「あぁ…まぁ、ぶっちゃけて言っちゃえばそうよね…。」 「…どうして?」 「…弱み、握られてる、とか?」 「…はぇっ?」 「だから、ブッキーは何かせつなの弱味を握ってる。だから、せつなは逆らえない…とか。」 「…ブッキーが?」 正直、その発想はなかった。なんか、イメージに合わないって言うか…。 それを言うなら、せつなに手を出すこと自体、想定外だったから 何とも言えないんだけど。 「ブッキー、ずっとせつなが好きだったんでしょ?こう言うのも、 恋は盲目って言うの?恋に目が眩んじゃうと、普段からは 考えられないようなコト、しちゃうかもしれないじゃない。」 さっきのラブみたいに!と美希に軽く睨まれ、あたしは縮み上がる。 でも、もしそうなら何となくせつなの態度も腑に落ちるかも。 あたしに何も言えなかったのも、あたしに知られたくない事を祈里に知られて… 「あああーー!!もう!!!」 あたしが自分の考えに沈み込みそうになってると、美希が突然、 頭を掻き毟りながら机に突っ伏した。 「なっ…なに?どしたの、美希たん!」 「…………アタシの、ファーストキスが……」 「……へ?…美希たん、初めだったの?」 美希は美人で大人っぽい。当然めちゃめちゃモテる。モデルやってて 出会いも多いだろうし、キスの1つや2つや3つや4つ…、てかそれ以上やってても 何の不思議も…… そんな思いが思い切り顔に出てたんだろう。 「あのねぇ!アタシ達、中学生なのっ!じゅうっ!よんっ!さいっ!」 美希は両手でテーブルをバンバン叩きながらエキサイトしてる。 ビシッとばかりにあたしを指差し、 「アンタ達が、爛れ過ぎてんのよ!!!」 爛れ……、ってすごいね。でも、まぁ、はい…すみません。 言われてみれば確かにあたしだって、ほんの数ヶ月前までは キスどころか恋愛の影すら……。グループデートが精々で。 考えてみれば、ものすごい急展開だよね。 今となっちゃあ、せつなとエッチしない生活なんて考えられないし。 「……その、マコトに申し訳も……」 「まぁ、それは置いておくわ。ラブも普通じゃなかったし。」 今回のはノーカウントって事で。 ……どうやら、勘弁してもらえたらしい。 「で、どうするの?」 「………なに?」 「せつなとブッキーは現在進行形で真っ最中。これは事実よね?……ああ、もうっ!そんな顔しないの!」 無茶言わないで。思い出しちゃったよ。せっかくちょっと落ち着いてたのに。 グズグズになりかけてるあたしに構わず、美希は言葉を続ける。 「先ずはラブの気持ちでしょ?何でせつなは、とか、何でブッキーが、 とかは取り敢えず考えない。ラブは、どうしたいの?」 「……………。」 「せつなと別れる?何ならブッキーに熨斗でも付けて……」 「絶対やだ!!!」 考えるより先に言葉が出た。そして、ちょっと驚いた。 あたしはめちゃくちゃ悩んでた。ショックで、哀しくて、怖くて。 でも一度も、せつなと別れるとか考えた事もなかった。 ただ、ひたすら怖かった。 せつながあたしを好きじゃなくなったんじゃないか。 せつなが離れて行ってしまうんじゃないかって。 「なんだ、もう答え出てるんじゃない。」 「……美希たん…。」 そうだ、あたしはせつなが好きなんだ。 祈里との関係が分かっても。…あんな、場面を見てしまっても。 泣きたいくらい、せつなが大好き。 「ちょ、ちょっと!ラブ?!」 あたしは力一杯美希を抱き締めた。さっきの事があるせいか、 美希は腰が引け気味だけど、そんな事はお構い無しにぎゅううっと力を込める。 あたし、今、世界で一番美希が好きかも。変な意味じゃないよ? だって美希が、美希だけが昔のあたしを思い出させてくれた。 あたしは勉強もスポーツも苦手。取り柄と言えば明るい事くらい? でも毎日張り切ってたよ。幸せ、ゲットするため。みんなの幸せゲットを 応援するため。 大好きなみんなと笑顔でいたい。そのためなら、どんな事だって頑張っちゃう。 あたしはいつだって前を向いて走ってた。 いつの間にか、そんな気持ちを置き去りにしてた。 暗い穴で踞り、見たくないものから目を背け、耳を塞いでいた。 美希は、そのまま沈みこみそうになってるあたしに、光を思い出させてくれた。 今日美希に会えなかったら、あたし、本当に壊れちゃってたかも。 美希、大好き。美希はあたしが自分の望む姿を思い出させてくれた。 強くなりたい。優しくなりたい。誰かを包み込む手になりたい。 理想には程遠いけどね。 いつも美希だけがあたしを叱ってくれる。 迷いそうになるあたしに渇を入れてくれる。 「美希たん、大好き。」 あたしに他意がないのが分かったらしく、 美希はおずおずとあたしの背中に手を回し、ポンポンとしてくれた。 「もう、そろそろ帰んなさい。ね?」 優しい声。お母さんみたい。って言ったら、また怒られちゃうかな。 「美希たん……。」 「ん?なに?」 ちゅっ! あたしは美希の唇の端っこに口付けた。 「!!!」 「わはっ!美希たんのセカンドキスもゲットだよ!」 「!!!もうっ、せつなに言うわよ!」 「いいよーだ!せつなに怒る権利ないんだから!」 もちろん、冗談。ゴメン、美希。テンション上げるの勝手に手伝ってもらった。 でも浮気じゃないよ?ある意味ホンキだよ?本当に大切だから! 「ありがと!また来るね!」 部屋を飛び出すあたしの視界の隅に、やっぱり呆れ顔の美希が見えた。 早くせつなに会いたい。心から、そう思えた。 第6話 君を離れへ続く
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/332.html
第1話 堕天使の罠 (これでよし、と…。) 祈里は慎重にゼリーを型から外し、器に盛り付ける。 硝子の器には直径5センチ程の色とりどりの球形のゼリーが並んでいる。 いかにも女の子が喜びそうな可愛らしい見た目と裏腹に、 中身は殆んどが高アルコール度数のテキーラ。ネットで偶然レシピを見付けた。 度数の高いお酒に濃く甘い味を付けて、球形の氷を作る型に入れて、固める。 見た目の可愛らしさに騙されて口にすると…アルコールに慣れていない人は 数個でメロメロに酔い潰れて、ちょっとやそっとの刺激では目も覚めない、らしい。 一部では有名な大人のナンパアイテムだそうだ。 もうすぐせつなが家にやって来る。ひとりで。 少しくらいおかしい、と感じても生真面目なせつなの事だ。 手作りだと言えば残さず食べてくれるだろう。 (ごめんね。) 自分のしようとしてる事。とても現実とは思えない。 良心の呵責と罪悪感。でもそれ以上にゾクゾクするような興奮と高揚感。 でもこうでもしないと、あの人を手に入れる事はできない。 心は、とうに諦めた。だから、せめて体だけでも。どんな卑怯な手を使ってでも。 例えそれが、取り返しのつかないほどの傷を伴うものでも。 「お邪魔します。」 せつなちゃんは相変わらず堅苦しいくらい礼儀正しい。 玄関でお母さんに挨拶したんだから、わたしの部屋に入る時までいいのに。 「今日もラブちゃんは補習なの?」 「そうなの。小テストの結果が悪かったんですって。でもラブったら、 勉強嫌いなのにわざわざ勉強の時間増やすような事するの、どして?」 どうやら、一度で合格すれば余計な時間を使わずにすむのに、そうしないのが 不思議らしい。 皮肉ではなく本当にそう思ってるらしい表情に、少しラブちゃんに同情する。 そううまく行くもんじゃないのよ、せつなちゃん。 暫し他愛ないお喋りに興じる。しかし内心は気もそぞろだ。 「そうだ、おやつ食べない?初めて作ったヤツだから味の保証は出来ないけど。」 何気無いふうを装い、例のゼリーをせつなちゃんの前に置く。 不自然にならないように自分の前にも同じ物を。 ただし、わたしのは本当にただのゼリーだけど。 「これなあに?すごく綺麗ね。」 警戒心のない笑顔で問い掛けられ、少し胸の奥がチクっとする。 「えっとね、少しお酒の入ったゼリーなの。ちょっぴり大人の味?」 「へぇ、ブッキーは何でも器用に出来てすごいわね。」 一つ、スプーンで掬って口に運ぶ。少し、せつなちゃんは驚いた顔をする。 「んっ…、結構、お酒効いてるわね。」 そりゃあ、そうよ。殆んどテキーラなんだもん。 「ホント?ごめんなさい。苦手だったら残してね?」 「平気よ。ちょっとびっくりしただけ。すごく美味しい。」 せつなちゃんは続けて口に運ぶ。 こういう言い方をすれば、彼女は断れない。それを分かってて言うんだから、 ずるいな、わたし。 わたし達はお喋りしながらゆっくり食べる。わたしはもう食べ終わった。 せつなちゃんの器には、後一つと半分。 せつなちゃんの顔を見ると眼が熱っぽく潤み、頬が紅潮している。 会話の受け答えが緩慢になり、かみあわない。 かなり、効いてるみたいだ。 「せつなちゃん、まだ残ってるよ。」 食べさせあげる。そう言ってわたしはスプーンで残りを口に運ぶ。 「あーん、して。」 彼女は虚ろな眼で、素直に口を開く。つるり、とゼリーが滑り込む。 開いた唇から白い歯と、奥にピンクの舌がチラリと見えた。 それがなぜかすごくイヤらしく感じてイケナイものを見てしまったような気分になる。 程なく彼女はわたしのベッドにもたれるようにして、うとうとと船を漕ぎだす。 寝るなら、ちゃんと横にならなきゃ…彼女を気遣う素振りで手を貸し、 そっとベッドに横たえる。 もう、そんなわたしの声も届いていないようだ。 ベッドの感触に安心したのか、すぐに規則的な寝息が聞こえ始める。 それから五分、十分…聞こえるのは彼女の寝息と時計の音。 そして、外に聞こえてしまいそうなくらいの自分の鼓動。 肩を揺すり声をかける。 「……せつな…ちゃん…?」 軽く頬を叩いてみても全く反応しない。 眼が、自然と規則正しい寝息を立てる唇に吸い寄せられる。 (…おいしそう……) ペロリ、と唇を嘗め、ちゅっと音を立てて吸い付く。甘いゼリーの味。 鼻をアルコールの匂いが掠め、自分まで酔ったような気分になる。 制服のネクタイをほどき、シャツのボタンを外して行く。 白い肌が露になり、年に似合わぬ豊かな胸が現れる。 背中に手を回し、ブラのホックを外す。 無理に手を差し込んだせいで、せつなは身動ぎ、軽く呻いて寝返りをうつ。 その隙に半袖シャツの腕からブラの肩紐を外し、ブラを完全に脱がせる。 (綺麗……) 再びせつなを仰向けにして、ゆっくりと乳房を手のひらで包み込む。 柔らかい、それなのに力を入れると指が押し返されそうな弾力のある感触に 祈里は陶然とする。 (気持ちいい……せつなちゃんの胸。) 最初は乳房を撫で回すように、次第に力を加えゆっくりと揉みしだく。 先端が徐々に尖り、ぷつりと手のひらに当たる。 「……ん…んん…、ふぅ…」 吐息に微かに声が混じる。乳首が擦れる度、息が上がってくる。 (殆んど意識ないはずなのに…。) 明らかに感じてるらしい反応に祈里の愛撫が大胆になってくる。 可愛い桃色の乳首は摘まんで捏ねると、だんだん色づき弾けそうなくらい 張り詰めてくる。 唇で挟み、舌でくすぐり、軽く甘噛みする。 「んあ…、はぁっ…あっ…んっ…んぅ…」 祈里の舌が、指が動く度にせつなは切な気な吐息を漏らし、身を捩る。 (…本当に、眠ってるの…?) 反応の良さについ、そんな事を考えてしまう。 でも意識があったら抵抗しないはずないのに。 胸元に顔を埋めたまま、そろそろと太ももを撫で、下着に手を潜りこませる。 秘裂を指でなぞると、そこはもう、蕩けるように熱い。 中指が軽い抵抗を受けながら呑み込まれる。 待ち兼ねたように蜜が溢れ、肉が絡み付いてくる。 くちゅくちゅと卑猥な音を立てて熱く狭い肉の中を探る。 こんなにされても起きないのか…、胸元から顔を上げ、せつなの様子を窺う。 せつなはきつく眼を閉じたまま微かに眉を寄せ、下腹部の感覚に集中している… ように見える。 指を入れたまま、性器の上にある突起を摘まんでみる。 せつなの体がビクンと跳ね、中がきゅうっと締まる。 「…あっ、あっ、あっ…はっ…あんっ…ああっ」 小刻みに体が震え、ひときわ声が高くなってくる。 普段の低く、落ち着いた声とは違う、鼻に掛かった甘えた声音。 確かに同じ声のはずなのに。 ビクッと大きくせつなの体が震え、力が抜ける。 (もしかして、イッちゃった…?) 荒い息遣いで胸を喘がせているせつなに口付ける。少し迷って 軽く舌でせつなの歯を抉じ開ける。 せつなの方から舌を絡めてくる。それに応えるよう、強く祈里も舌を絡める。 ただただ、嬉しかった。自分の拙い愛撫でせつなが達し、口付けに応えてくれる。 「……ラ…ブ、んんっ…ラブぅ…」 心臓を冷たい手で鷲掴みにされた気がした。思わず体が強張る。 せつなはそんな事にも気付かない風に、祈里の背中に腕を回し 愛し気に抱き締める。 (…なんだ…、ラブちゃんと間違えてるんだ。) 道理で抵抗しないわけだ。愛しい恋人の愛撫なら、逆らう理由なんてない。 せつながうっすらと眼を開けそうになる。祈里は慌てて、手のひらで せつなの瞼を覆う。 「……せつな…可愛い。大好き…」 そう、耳元で囁く。 「いい子ね…、お休み……。」 せつなは安心したかのように、また静かな寝息をたて始める。 (これから……どうしようか……?) 祈里はせつなが目を覚ました後の反応を想像する。 自分を抱いていたのがラブではなかったと分かったら……。 信頼していたはずの親友が、自分を騙して犯したのだと知ったら。 (…このくらいで、壊れたりしないよね?せつなちゃんは強いもの。) 祈里は椅子に腰掛け、せつなを見下ろす。 わざと着衣は乱したままにしておく。 (…早く、起きないかな…。) 祈里はゆっくりと微笑みを浮かべる。これからの事を思い浮かべながら。 第2話 暗闇の入り口へ続く
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/994.html
悲しみと喜び。絶望と希望。苦悩と癒し。不幸と幸せ。 それらは単に、相反するものではない。 苦悩が幸せの始まりになったり、悲しみをきっかけに希望が訪れたりすることもある。 それに気付けた今だから、私は語ることが出来たんだろう。 かつては思い出したくもないと思っていた、私の過ちの記憶。 でも実は、大切な絆へと繋がっていた、私たちの始まりの記憶を。 Witness ~目撃者~ あの最終決戦から、早いもので1年半の年月が流れた。四ツ葉町のところどころに残っていたラビリンス襲撃の跡も、今ではかなり修復され、目立たなくなっている。 夏休み真っ盛りの四ツ葉公園。じりじりと照りつける太陽に負けず、セミたちがその短い生を、これでもかと響かせる。 「はーい美希たん、お待たせ!カオルちゃんのドーナツ、久しぶりでしょ~!」 「ラブ、いくらなんでも買い過ぎよ!いったい何人で食べる気なのよっ!」 「ラブちゃん、昔っから、嬉しいと見境なくなっちゃうのよね。」 「見境がないのは、ドーナツのことだからじゃない?」 ラブたち4人は、久しぶりにドーナツカフェに集まっていた。本格的にモデルの仕事を始めた美希の休みと、年に数回、桃園家に戻ってくるせつなの予定がやっと合ったのだ。そうでなくても、ラブたちももう高校生。最近は、ミユキの後押しで少しずつダンサーとしての活動を始めたラブも、進学校で勉強に忙しい祈里も、以前のように頻繁に会うことは出来なくなっていた。それでも・・・。 「美希、ラブから聞いたわよ。このところ、海外ロケで忙しいんですって?」 「うーん、忙しいってほどでもないんだけどね。今度、10代のモデル数人で写真集を出す企画があって、それに運よく選ばれたもんだから。」 「凄いじゃない。一歩一歩、夢に近づいているのね。」 「あたし、たっくさん買って、クローバータウンストリートのみんなに配りまくるんだ~。だから美希たん、サインよろしくねっ!」 「たくさんって言っても、ラブの100円玉貯金じゃ、アテにならないでしょ?」 相変わらず全力ではしゃぐラブ。そんな彼女を呆れた口調でたしなめながら、嬉しそうに笑っているせつな。少し赤く染まった頬を隠すように、澄ました顔でストローをくわえる美希。 久しぶりに会ったのに、少しも変わらない仲間たち。その様子をニコニコと眺めていた祈里が、ほぅっと小さくため息をついた。 「美希ちゃんは凄いなぁ。」 「何よ、ブッキー。どうしたの?」 「だって、モデルさんのお仕事って、いろんな人と、いろんなところへ行かなくちゃならないでしょ?初めて会った人と、何日も一緒に過ごしたりもするんでしょ?わたしには、絶対に無理。」 祈里は、ポツポツと話し始める。 獣医になりたい彼女は、そのためにどの大学を目指すか、既に考え始めている。今のところ、彼女の理想に最も合った環境にあると思えるのが、父の母校でもある地方国立の獣医学部だ。 広々とした敷地。伸び伸びと暮らす、様々な種類の動物たち。そんな環境で勉強出来たら、どんなに楽しいだろう。 「でも・・・」 祈里の顔は、そこで俯いてしまう。 でも、その大学に通うには、住み慣れた家を離れなければならない。生まれ育った四ツ葉町を離れ、両親や、ラブたち気心の知れた友人たちとも離れることになる。 独り暮らしに憧れる友人は、祈里の周りにも結構多い。でも、彼女は怖かった。誰も知らない土地で、一から新しい友達を作り、暮らしていかなくてはならないことが。 そんなことを言ったら、夢を真摯に追いかけている仲間たちに、笑われるかもしれない。でも・・・。 (わたし・・・自信ないよぉ。) しばらく気にしていなかった、引っ込み思案の自分が前面に出て来ているのを、祈里は感じていた。 「大丈夫だよ、ブッキー。ブッキーは優しいから、誰とでもすぐ仲良しになれるって。」 ラブがすぐに祈里の気持ちを察して、明るく声をかける。 「まだ先の話なんだから、ゆっくり考えればいいじゃない。でもね、ブッキー。」 そう言って、美希がいたずらっぽくウィンクをする。 「人間だって、立派な動物よ?そう考えれば、ブッキーの得意分野でしょ?」 「そうだよね、美希たん!えーっと、えーっと、ホモ・・・ホモ・サスペンス!」 「どこのホラー映画よ、ラブ・・・。それを言うなら、ホモ・サピエンスでしょっ!」 幼馴染のいつもの掛け合いに、ようやく祈里の頬も緩む。 「ありがとう。ラブちゃん、美希ちゃん。わたし、やっぱり弱虫よね。プリキュアになって、ダンスを始めて、自分が少しずつでも変わっていけたって、そう思ってた。でも、プリキュアじゃなくなったら、元の弱虫のわたしに戻っちゃったのかな。もっと強くならなくちゃ、ダメね。」 そう言って弱々しく笑う彼女に、すぐ隣りから、少し低くて優しい声がかかった。 「ブッキーは弱虫なんかじゃないわ。それどころか、とっても勇気のある女の子よ。プリキュアになる前からね。」 (・・・え?) ラブが、美希が、そして当の祈里が目を丸くしたのは、そう言ったのが誰あろう、せつなだったから。 せつなと初めて会ったとき、美希も祈里も、もうプリキュアだった。そしてそのことを、勿論せつなも知っている。 (それなのに・・・何故?) 「あーっ、わかった!せつな、あのときだねっ?」 口を開こうとしたせつなを遮ったのは、ラブの大声。得意満面なその顔を見て、せつなはニッコリと微笑む。そして少し目を伏せながら、静かに祈里に語りかける。 「ブッキー。あなたはまだ自分がプリキュアになるなんて知らないときに、ナケワメーケになったラッキーに、駆け寄ってきたでしょう?」 「・・・あ。」 祈里の脳裏に甦る光景。 河原で暴れまわるラッキーに挑むピーチとベリー。そして・・・あの時、橋の上からこちらを見下ろしていたのは・・・かつてのせつなの姿である、ラビリンスの幹部・イース。 「私、あの時ほど驚いたことは無かったわ。だって、ごく普通の女の子が、いきなりナケワメーケに駆け寄ってきて、しかも説得し始めたんですもの。暴れちゃダメ、私にはわかる、助けて欲しいんでしょう?って・・・。一瞬、コントロールも忘れちゃったわよ。」 でも、そのすぐ後に危険な目に遭わせちゃったわね。せつなの心から申し訳なさそうな口調に、笑ってかぶりを振る祈里。そう、あの直後にナケワメーケに襲われて、キルンが祈里の携帯に飛び込み、彼女はキュアパインとして覚醒したのだ。 「ナケワメーケを説得したのって、おそらく後にも先にも、ブッキーだけだと思うわ。あんな勇気が出せるんだもの。ブッキーは絶対に、弱虫なんかじゃない。プリキュアにならなくても、最初からね。」 だから、自信を持って。そう言って、まっすぐに自分を見つめるせつなに、祈里は目を潤ませる。 イースだった頃のことを、せつなは今まで、滅多に語ることはなかった。それは、せつなにとっては罪の記憶。思い出すだけで痛みを伴う、せつなの心の傷だったから。それがわかっているから、祈里たちも、彼女にその頃のことを尋ねたりはしなかった。でも今、彼女は自分を励ますために、自らあの時のことを語ってくれたのだ。 そして祈里も思い出す。自分を信じよう、そう心に誓って河原を駆け戻ってきた、あの時の気持ちを。キュアパイン誕生のきっかけとなった、あの決意を。 だから彼女は、今日一番の笑顔を、傍らに座る親友に返した。 「ありがとう!せつなちゃん。」 祈里の言葉に、くすぐったそうに笑うせつなを見ながら、美希は不思議な気持ちになる。かつて、あのイースだったとはとても思えないような、彼女の優しい眼差し。でもその口から語られたのは、紛れもないイースの記憶で・・・。イースの中に、確かにせつなが居たことを、美希は改めて実感する。 そして、心から嬉しく思う。イースだった頃の自分のことを、こんなに穏やかに語れるほど、彼女が自分を許せるようになったということを。 勿論、そんなことを口に出して言える美希ではない。だから、口から出た言葉は。 「へ~え。せつな、そんなに驚いてたんだ。」 「え、ええ。」 「そうは見えなかったわよ、あの時は。」 美希の大きな瞳に覗きこまれて、せつなの頬が一瞬で真っ赤になる。が、そこはせつなも負けてはいない。 「ホントに見てたの?ベリーもピーチも、ただ唖然として、ブッキーだけを見つめてるように見えたけど。」 「そ、そりゃあ仕方ないじゃない!まさか、あんなタイミングでブッキーが来るなんて思わな・・・あ。」 「ぷっ」 「うふふ」 「あははは」 「もうっ!・・・ふふふっ」 四ツ葉公園に、クローバーの笑い声が響いた。 その夜。 桃園家のベランダに立ち、せつなは空を見上げていた。昼間の暑さは和らぎ、今は心地よい夜風が髪を揺らしている。中天には、少しぼやけた満月。ラビリンスでは見ることのできない月が、明るく夜空を照らしている。 (ヘンね・・・。) 昼間のことを思い出しながら、せつなは心の中でつぶやく。 最近になってやっと、イースだった頃の自分とも、きちんと向き合えるようになってきた。だからあの時のことも、語ることが出来たんだろう。 生まれ変わって、何も知らない世界に放り込まれたせつなには、祈里の不安は痛いほどわかった。でも、その不安を乗り越えた先にあるものの、素晴らしさを知っているから・・・そして、それを教えてくれた1人は紛れもなく彼女だから、祈里を勇気付けたかった。祈里に、自分が知っている彼女の勇気を、思い出してほしかった。 だから、気後れする心を押さえて、敢えてあの時の話をしたのだけれど。 (まさか、あんな気持ちになるなんて・・・。) フッと小さく微笑んだとき、隣りの部屋のガラス戸が、カラリと開いた。 「あ、せつな。やっぱりここに居た。」 せつなの隣りにやってきたラブは、ベランダの手摺りにもたれ、輝くような笑顔を見せる。 「ブッキー、きっと、すっごく嬉しかったと思うよ、せつなの話。」 「そうかしら。」 「うん!あたしも、あの時のせつなの気持ちが聞けて、嬉しかった。きっと、美希たんもそうだと思うよ。」 「そんなこと言われたら、恥ずかしいわ。」 せつなは顔を赤らめる。そして少しの沈黙の後で、 「でも、私も嬉しかったわ。」 ポツリとつぶやいた。 「ねぇ、ラブ。以前、私に言ってくれたわよね。辛い思いは、いつか喜びに変えられる、って。ホントね。」 そう言って、せつなは一番の親友に笑いかける。 「私ね。ブッキーにあの時の話をしようって決めたとき、話すのが少し怖かったの。話すのが・・・もっと辛いだろうと思ってた。だって、あの時も私は沢山の人たちを酷い目に遭わせたし、そのことを、今でもはっきりと覚えているから。確かに、胸の痛みはあったわ。でも・・・なんだか不思議なんだけど、話してて、とても・・・懐かしかった。」 せつなの目が少し潤んでいるのに、ラブは気付く。 「私、思い出なんて、イースだった頃の自分には無いって、そう思ってた。生まれ変わって、この町に来て、お父さんやお母さんと出会って、ラブたちと一緒に過ごしてからの時間が、私の大切な時間の全てだと思ってた。でも、違ったのね。」 ラッキーに語りかける祈里の、胸の前でギュッと握られた両手。ピーチとベリーの、完全にシンクロした華麗な動き。突如現れた黄色い閃光。戦士と呼ぶにはあまりにも可憐な、でもその瞳に強い輝きを宿した、パインの姿・・・。 あの時は、忌々しく思っていたはずだ。それなのに、今鮮明に思い出される景色はとても愛おしく、温かく胸の中に映し出され、喉元までこみ上げて来て、少しだけ苦しい。 これは、懐かしさ。私は、イースだったあの時の情景にも、懐かしさを覚えている。きっとそれは、大切な仲間になった彼女たちの姿が、そこにあるから。大切な仲間たちの、始まりの記憶。いや、様々な困難を乗り越えて絆を育んだ、私たちの始まりの記憶だから。それに気付いて、自分はなんて幸せなのだろうと、せつなは思った。 「ね、ラブ。」 「ん?」 「やっぱり、ラブが最初に気が付いたわね。私が、何の話をしようとしているか。」 「ああ、そのこと。だって、せつながプリキュアになる前のブッキーに会ったのって、あのときしかないよなーって。そりゃ、あたしが知らないところで会ってたのかも、とも思ったけどさ。でも、それなら今まで話が出なかったのがおかしいし。」 「ありがと。ラブはいつだって、私のこと、全部信じてくれてるのよね。」 「えへへ・・・」 良かった、と思いながら、ラブは笑う。 イースだった頃のせつなも、せつなはせつな。ラブはずっと、そう言い続けてきた。本当に、そう思っているから。だからこそ、ラブにはすぐにわかったのだ。せつなが、祈里にあの時の話をしようとしているのが。 せつなが過去の自分を、イースだった頃の自分を、全て否定するのは嫌だった。過去の自分を否定しているのに、その罪だけを自分の罪として、苦しんでいるのを見るのは辛かった。だって、あの頃のせつなも精一杯生きていたことを、ラブは知っているから。 だから、せつながあの時のことを懐かしいと思えたことが、ラブにはとても嬉しくて・・・その嬉しさが、今まで訊きたくて訊けなかった、「あの時」のことを尋ねさせた。 「ねぇ、せつな。ひとつ訊いてもいい?」 「何?」 「あのさ。美希たんが初めてキュアベリーになったときも、せつなはあの場に居たよね?」 「ええ、居たわ。」 「じゃあさ。・・・あたしが、初めてキュアピーチになったときも、せつなは側に居てくれたの?」 「え?」 「あ、いやー、確かにあの後、しゃべった記憶は何となくあるんだけどさ。ほら、あの時は、そのー、半分ピルンに操られてるみたいだったっていうか、自分が自分じゃないみたいだったっていうか・・・。だから、正直、一体どういう状況だったんだか、よくわからなくてさ。美希たんがベリーになったときも、ブッキーがパインになったときも、あたしは割と側にいたけど、あたしのときは2人とも居なかったから、ちょっと寂しかったっていうか・・・。あの時はどうだったんだろうって、思ったりしてさ。」 わざとせつなの方を見ず、少し上気した顔で、月を眺めて一気にしゃべるラブ。その横顔がなんだか幼く見えて、せつなは思わずクスッと笑ってしまう。 「ラブったら、何照れてんのよ。」 「いっ!照れてなんか・・・」 「居たわよ、私は。ちゃんと見てたわ。」 「ホント?」 「私も、あの時が初めてだったんだけどね、ナケワメーケを呼び出したのは。ラブが、スタンドマイクを持ってナケワメーケに向かって行ったとき、ああ、やっぱりこの子が現れたな、って思った。」 「え!?なんで?」 「あの前日だったかしら。占い館で初めて会ったでしょ?私たち。あの時に、なんか予感があったのよね。この子と私は、長い付き合いになりそうだな、って。」 意味が全然違うけど、実際そうなったわよね。そう呟きながら、今度はせつなが月を見上げる。 「スモークの中から、ピーチが現れたときにね。正直言って、なんて綺麗な戦士なんだろう、って思ったわ。格好だけじゃなくて、戦ってる姿がとても綺麗で、途中から、これは戦いなんだろうか?って思ったの。ヘンな言い方だけど、なんだか、ナケワメーケが喜んでピーチに倒されたみたいに見えて、凄く不思議だった。」 今のせつなには、その不思議さのわけがわかる。 荒ぶる力を、受け止め、鎮め、そして癒す。相手を倒すのではなく、あるべき姿へと浄化する。それが、プリキュアの戦いのプロセス。大切なものを守る力。その力に、かつて彼女も救われ、やがて自らその力を受け入れて、他者へと向けられる存在になった。そう、今隣りで微笑む、友のお陰で。 「えへへ・・・せつなぁ、照れるよぉ!」 いきなり横から抱きついてきたラブを、せつなは辛うじて受け止める。 「ちょっと、何よラブ、いきなり。」 「ゴメンゴメン。でもさ。」 ラブはせつなに抱きついたまま、目を輝かせて言う。 「せつな、気付いてた?あたしたち、プリキュア4人全員の誕生に、居合わせたんだよ。みんなの大事な瞬間を、ちゃんとこの目で見られた。それってさ、凄く、幸せなことだと思わない?」 「そうね。そう思う、ホントに。」 今また新たに湧き上がる、不思議な懐かしさを快く思いながら、せつなは頷く。 プリキュアのリーダー・キュアピーチと、ラビリンスの幹部・イース。敵対する立場で、同じ光景を見ていた2人。でも今2人の胸に去来する景色は、きっと同じ温かさを伴ったもの。そう思える自分が、とても嬉しい。 「あたしさ。今日、せつなとブッキーを見ていて、思ったんだ。」 ラブは、自分に言い聞かせるように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。 「思い出は過去のものだけど、それを大事に覚えていれば、誰かが悩んだり、迷ったりしたとき、その思い出の中にある大事な気持ちを、伝えることが出来るんだな、って。 だから、今までの思い出も、これから作る思い出も、大切に、大切にしていこうって。」 「そうね。私も、大切にしていきたい。」 自分もまた、仲間たちに、本当の気持ちに気付かせてもらったことがあった。 美希が皆を叱咤し、祈里が励まし、ラブが笑顔で語りかけるのを、何度も見てきた。 そして、それはきっと、これからも変わらない。 「あれ?せつな。顔、真っ赤だよ?」 「・・・。」 「ひょっとして、照れてる?」 「・・・自分だって、照れてたくせに!」 「え?そうだっけ?」 「もう知らないっ!ラブなんか。」 「えーっ!ちょっと、せつなぁ!」 これから先、私たちひとりひとりが、必ず出会っていくもの。 不安や戸惑い。悲しみや、苦悩。 それらを一緒に、受け止める。癒すことなんて、出来ないかもしれない。 でも、親友のあるべき姿、本来の輝きを、ほら、ここにあるよと差し出すことはできる。 愛を、希望を、祈りを込めて。心から、幸せを願って。 きっとそれが、これからも続いていく、私たち4人の絆。 それぞれの道を歩んでいても、私たちはいつも、これからも。 互いが互いの、目撃者。 ~終~
https://w.atwiki.jp/llss_ss/pages/536.html
元スレURL 安価でちぃマルSS 概要 安価でちぃマル短編集 タグ ^嵐千砂都 ^ウィーン・マルガレーテ ^安価 ^ほのぼの 名前 コメント