約 1,207,356 件
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/970.html
【3月11日】 『完璧は一日にして成らず』 美希 「今日は一人でダンスの特訓なの、完璧にしないとね!」 せつな「美希は偉いのね」 美希 「見てたの? 恥ずかしいじゃない」 せつな「完璧を目指すのも大変ね、辛くならないの?」 美希 「そうじゃないのよ、辛くならないために練習するの」 せつな「美希は、いつも精一杯がんばってるのね」 美希 「みんなには内緒よ」 【3月12日】 『私には、なかった思い出だから』 シフォン「プリップ~! シフォン、おさんぽいきたぁ~い!」 ラブ 「じゃあ、みんなで行こうか!」 せつな「ずいぶん歩けるようになったわね」 ラブ 「空を飛ぶのとは、違った楽しさがあるんだろうね」 せつな「ゆっくり歩くと、普段とは違ったものが見えるわ」 シフォン「キュアキュア!」 せつな「シフォン、覚えておいて。小さい頃にしか見えない景色があるはずよ」 【3月13日】 『待ち合わせ』 タルト「今日は、ピーチはんらとドーナツカフェで待ち合わせや!」 ラブ 「お待たせ! タルト」 タルト「今日はわいのおごりや。イリュージョンショーを見ながら食べて行ってや!」 せつな「一緒に住んでる相手と、待ち合わせってなんかいいわね」 祈里 「待つのも、会いに行くのも楽しいよね」 美希 「家族と待ち合わせか~、アタシは珍しくないのよね」 タルト「今度は弟はんも連れてきいや。とっておきのサービスしたるで!」 【3月14日】 『ただより高いものはない』 サウラー 「ウエスター、今日はホワイトデーと言うらしいよ」 ウエスター「なに? また何かもらえるのか?」 サウラー 「残念ながらあげる番だ。バレンタインのお返しをする日らしい」 ウエスター「なんだと! 誰からいくつもらったのかすら覚えてないぞ!」 サウラー 「僕もだ。イースにでも相談してみるか」 ウエスター「というわけだ。街で二人で手当たり次第に配ろうかとも思うんだが、どう思う?」 せつな 「大騒ぎになるからやめなさい……」 【3月15日】 『観にいく前から感動しました』 せつな「今日はみんなで映画を見に行きましょうよ!」 ラブ 「コメディなんてどうかな?」 美希 「スポーツやミュージカルも捨てがたいわね」 祈里 「動物物語で、いいお話を知ってるの」 ラブ 「せつなは何か見たいものある?」 せつな「私は、みんなと一緒に見られるなら何だって楽しいわ」 ラ美祈(せつなに選んでもらおうかな……) 【3月16日】 『運命の出会い』 祈里 「苺ケーキを食べると、とっても幸せな気持ちになるわ」 ラブ 「そうだね、ケーキの中の苺って不思議だよね」 せつな「どうして?」 ラブ 「苺だけ買えばたくさん食べられるのに、その一粒が凄くもったいなくて」 美希 「わかるわかる、最後までとっておきたくなるのよね」 せつな「組み合わせることで魅力が高まるのね。確かに幸せって感じね」 ラブ 「これからみんなで苺ケーキ作ろうよ!」 美祈せ『賛成!』 【3月17日】 『舞い上がるような美味』 カオルちゃん「おっ? シフォンもおじさんのドーナツ食べるか?」 シフォン「どーなつ、たべる~! キュアキュア」 ラブ 「キュアビタンしか飲めなかったのに、シフォンも大きくなったよね~」 シフォン「キュア・キュア・プリップ~!」 美希 「あわわっ、シフォン! ドーナツを空に浮かべちゃダメよっ!」 祈里 「シフォンちゃん、他の人が驚くから降ろして」 カオルちゃん「そうそう、ドーナツは上げるんじゃなくて揚げるものだからね、ぐはっ」 せつな 「動じないのね、この街の人もだけど……」 タルト 「なんや拍手してる人もおるなあ、わいのイリュージョンショーいうことにしとくわ」 【3月18日】 『春を探しに行こう!』 サウラー 「春が近づいたら、何だかみんな笑顔になってきたね」 ウエスター「おうよ、食い物も美味いし、運動したくて体も疼くだろう」 サウラー 「寝ていても気持ちいいし、本を読むにもいい季節だね」 ウエスター「ええい! 熊でも冬眠から目を覚ますと言うのに、お前ときたら」 サウラー 「うわっ、何をするんだ。僕はコーヒー飲みながら読書を……」 ウエスター「いいから来い! 春を探しに行くぞ!」 【3月19日】 『女の子の命です』 美希「今日はママのヘアモデルになるの。ママ、変な髪型にしないでよね」 レミ「あ~ら、ラブちゃんならアフロでも喜ぶのに」 ラブ(喜んでないから……) レミ「美希ちゃんの髪は長いから触りがいがあるわ~」 美希「ドライヤーは当てすぎないでよ。それとあんまりクセになりそうな髪形は」 レミ「美希ちゃんは嫌がるからやりにくいわ~ラブちゃんに頼もうかしら?」 ラブ「あたし、用事を思い出しました~!」 ラブ(頭をいじられるのはおとうさんのカツラだけで十分だよ……) 【3月20日】 『ラブと祈里の怖いもの』 ラブ 「みんなで遊園地に行こうよ! ジェットコースターに乗りたい!」 祈里 「わたし、それは怖いかも……」 美希 「大丈夫よ、ブッキー。アタシが付いてるじゃない!」 祈里 「それより、お化け屋敷なんてどうかな?」 ラブ 「えぇ~! あたしお化けとか苦手なんだ」 美希 「だっ…大丈夫…よ…。アタシが…付いて……」 せつな「怖いものって人それぞれなのね」 避2-662へ
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/540.html
12月に入ってからラブの落ち着きがない。 元から落ち着きなんてあるのか?と問われると反論のしようもないのだが、 いつもにも増して言動もオーバーリアクション気味だ。 まるで靴にバネでも仕掛けてあるのでは?と疑いたくなるくらい、 普通に歩いていても踵が地に付いてない。 「だって!!クリスマスなんだよ!!」 少し落ち着いたら?とせつなが呆れたり、苦笑いする度に ラブはそう答える。 全く答えになっていないのだが、それ以外に答えようがないらしい。 確かに言われてみれば落ち着かないのはラブだけではない。 美希や祈里、クラスの友人も何だかいつもより笑顔が増え、 お喋りしていても、いつの間にか話題はクリスマスの事になっている。 そして、気が付けば町全体がソワソワと浮き足立ち、赤と緑を基調とした 飾り物があちこちに顔を出している。 冬のはずなのに、雪をモチーフにした物も多いのに、町の気温が ほんわりと上がった気分にさえなる。 ラブはせつなにクリスマスを説明しようとしたが、今一つ要領を得ない。 「あのね、外国の神様が産まれた日なんだ!」 「サンタクロースって赤い服着たおじいさんがプレゼントくれるの!」 「その日はね、家族とか友達とパーティーしたりするんだよ!」 「ご馳走食べて、ケーキ食べて、プレゼント交換するの!」 「恋人同士の一大イベントなんだよ!」 ラブは息咳切って説明してくれるのだが、せつなには、 「?????」 な、様子だ。 外国の神様の誕生日なのに、プレゼント貰えるの、どして? サンタクロースって人が神様なの?え?違うの? 家族や友達と交換するプレゼントとサンタクロースがくれるプレゼントは 違うの? 家族と恋人とどっちと過ごすのが本当なの? そもそも何で外国の神様の誕生日に…… せつなとしては、ただ疑問に思った事を聞いただけなのだが、 ラブは疲れた顔で少し遠い目をして、 「……とにかく、そう言うモノなんだよ。せつな。」 「…………。」 結局、ラブにもこう言う事!とはっきり説明は出来ないらしい。 何でも、雰囲気とフィーリングだそうだ。 埒があかないので、自分で調べる事にしたせつなだが、調べる内に 奇しくもラブの説明はどれも間違いではない事が分かり苦笑を禁じ得なかった。 「確かに、外国の神様の誕生日で、サンタクロースがプレゼントをくれて、 家族や恋人と過ごす大切な日……、みたいね。」 特に、クリスマスに共に過ごす恋人がいない、と言うのは 妙齢の男女にとっては切実な問題らしい。 取り敢えず、この国においてクリスマスと言うのは、「サンタクロース」、 「プレゼント」、「クリスマスケーキ」と、いくつかの重要キーワードを 押さえていれば、それがその人なりのクリスマスで通用する…、 と、言う事…、らしい?違うかしら?……まあ、いいわ…。 (……プレゼント、どうしよう。) サンタクロースのプレゼントは良い子にしてれば、夜の内に枕元に 置いて行って貰える物で、大切な人やお世話になった人には 自分で考えた、心の籠った物を贈る……らしい。 ラブ、美希、祈里には当然用意する。お父さん、お母さんにも何か贈りたい。 出来ればタルトとシフォンにも……。 しかしながら、自由になるお金と言えば月に一度のお小遣い。 それにたまに貰える買い物のお釣とお手伝いのお駄賃。 到底5人+2匹に満足のいく贈り物が出来るかは……。 勿論、お金を掛けるだけがプレゼントではない、(この後、 両親へのプレゼントは金欠ラブからの申し出で、連名&ブッキー指導の元で手作りする事て解決した) のは分かってるのだが……。 (何か、私にしか出来なくて…尚且つ皆が喜んでくれそうなモノ……) ふと、せつなに閃くものがあった。 (……やって、やれない事は…ない?) 腰のポーチに下げたリンクルンから、アカルンを呼び出す。 「ねぇ、アカルン。どう思う?」 「キー?」 取り敢えず、やれるかどうかやってみよう。 クリスマスの事を調べている間に、何度も出てきた言葉。 『ホワイトクリスマス』、クリスマスに降る雪は特別なものらしい。 しかし、この国では特に雪の多い地域でない限り12月、それもクリスマス当日に 雪が降るなんて奇跡に近い。 (クリスマスに雪が降れば、皆喜んでくれるかしら?) もしそうなら、クリスマスに雪を降らせる事が出来たなら……。 家族や友達だけでなく、町の人みんなに喜んで貰えるかも知れない。 せつなはこの町で幸せになれた。それは勿論、ラブやみんなのお陰。 それに、この町の人すべてのお陰。せつながやって来たのが この町でなかったら、自分はこんなにも素直になれなかった。 こんなにも、幸せを受け入れられなかった。 そう思うから………。 せつなは手のひらの上で自分を見上げてくる、相棒の赤い妖精に微笑みかける。 「やってみましょうか?アカルン。」 「キィー!!」 そうと決まれば具体的に計画を練らないと。 まず、練習……と言ってもそこかしこでするわけにはいかない。 それに、そう何回も出来ないだろうし……。 当日の天気はどうなのかしら? 出来れば24日か25日が理想的だけど、無理そうなら23日…。 せつなはぐるぐると考えを廻らせる。 本番は一発勝負。失敗は許されない。 誰にも内緒で準備を進め、決行する……。 (当日まで、ラブにも気付かれないようにしないとね!) …… ………… ……………… 「せつなの様子がおかしい?」 こくり、とラブがジュースを啜りながら頷く。 ここはドーナツカフェ。ラブの他には美希と祈里。 もうすぐ冬休み、と言う放課後。いつものように集まってお喋り。 クリスマスパーティーの相談でもしようと思っていたのだが、せつなの姿はない。 用があるから後から行く、と一人でどこかへ行ってしまった。 「どんなふうに?」 「なんか、時々一人でニマニマしてるんだよね。それに、何だか寝不足みたいでさ。」 「寝不足?」 「そう。どうも夜中にアカルン使ってどっか行ってるみたい。」 「………。」 「………。」 「隠し事、してるみたいなんだよね。」 「せつなちゃんに聞いてみた?」 「それとなくは…。」 「せつな、なんて?」 「……キョドってた。でも、悪い事してるわけじゃないみたいなんだよね。 なんか、楽しそうだし。」 美希と祈里は顔を見合わせる。 せつながラブに隠し事。隠し事になってないみたいだが、珍しい。 まぁ、イース時代の事を考えればラブにバレバレな隠し方しかしてない様子 からして、大袈裟なものではないと思うが。 「まぁ、楽しそうなら気にするほどの事じゃないんじゃないの? せいぜいイタズラ仕掛けようとしてるとか?」 うーん、とラブが唸っている内にせつなが息を切らせて走って来るのが見えた。 「ごめんなさい、遅くなっちゃって。」 息を整えながら、席に着くせつなに、ラブが微妙な視線を向ける。 「ねぇ、せつなちゃん。何かラブちゃんに隠し事してる?」 「!!!」 「!!!」 「!!!」 「ブッキー……、そんな豪速球のど真ん中ストライクを…。」 「うん、してるわよ?」 「!?」 「!?」 「!?えっ!何??何を?」 「そんなの、言えたら隠し事にならないと思うけど。」 確かにごもっとも。 せつなは、もう少し待ってね?すぐにわかるから。 と、意味有り気な微笑み。 そんな風に言われたら、これ以上は追求出来そうにない。 そんな訳で、その日はそのままパーティーの段取りを付けてお開きとなった。 「どうしたのかしらね、せつな。」 「ね、あんなせつなちゃん初めてかも。」 「あれじゃ、ラブも気になるわよねぇ。」 「でもせつなちゃん、すごく楽しそうだったね。」 美希と祈里は顔を見合わせながらクスクスと笑いを漏らした。 ラブには悪いが深刻ぶってるラブと、浮かれた感じのせつなとのギャップが 何だか可笑しくて。 ひょっとして、せつなはクリスマスに何か サプライズを用意してるのではないだろうか。 たぶん、いやきっとそうだろう。 また二人は微笑む。 せつなにとっては初めてのクリスマス。 準備も含めて楽しんでくれてる様子が嬉しくて。 「まぁ、すぐに分かるって本人も言ってるんだし。」 「そうだね。クリスマスのお楽しみが一つ増えたよね。」 25日。町はお祭り最後の夜に、何だかさわさわとざわめいていた。 公園には大きなクリスマスツリー。明日の朝には撤去 されてしまうので、 夜の公園は記念撮影したり、ドーナツ(カオルちゃん特製 クリスマススペシャルバージョン)片手にお茶したりする人で溢れかえっていた。 勿論、クローバーの4人も公園で待ち合わせ…のはずだが、 またせつなはラブを一人で行かせて自分は後から合流すると言う。 「9時丁度に空を見てくれる?」 と言う意味深な台詞を残して。 「まあったく!何しようってんだか。」 さすがのラブにもせつなが何かサプライズを用意しているのは予想出来た。 しかし、それが何なのか、全くもって見当も着かない。 「ま、それもあとちょっとか……。」 楽しみにしてるよ?せつな! 美希と祈里に合流し、せつなの伝言を伝える。 「何しようってのかしらね、あの子。」 「ラブちゃん、何か分かった?」 「それが、全然!あっ、もうそろそろ9時だよ!」 3人は揃って空を見上げる。 その時、チカッ!チカッ!と、遥か上空で赤い光が二回瞬いた。 「!!今、光ったよね?」 「ひょっとして、アカルン?」 「え?でも、なんで?どう言う意味?」 3人が訳も分からず囀ずっていると、頬を真っ赤にしたせつなが 走り寄って来た。 「みんな、お待たせ!」 「ねぇ、せつな!今光ったのアカルンだよね?」 「一体何なの?空の上にテレポートしたの?」 「ねぇ、せつなちゃん。そろそろ種明かししてよぅ。」 「しっ!ほらっ、空見てて!」 その時……… 「あっ!!!雪?」 「え?マジで?」 「ホントだ!雪、雪降ってきた!」 「えー?信じられない!ホワイトクリスマス?」 わぁっ!とあちこちから歓声が上がり、子供達が「雪だ!雪だ!」と はしゃぎ回る姿が見える。 その光景を見て、満足そうに頬を紅潮させるせつな。 呆然と降り注ぐ雪とせつなを交互に見つめる3人。 「……せつな。せつなの仕業だよね?」 「でも、一体どうやって……?」 「アカルンに天気を操る力なんてなかったよね…?」 せつなはニンマリと笑って、種明かし。 「あのね。アカルンで雪の塊と一緒にテレポートしてきて、空の上で ハピネスハリケーンで砕いたの。」 結構加減が難しかったのよ? あんまり細かく砕くと地上に降りる前に溶けちゃうし、かと言って 大き過ぎると危ないし…。 量もある程度欲しいから、溶ける分差し引いても、かなりの大きさだったし…… 「……って、どしたの?みんな。」 声も出ない3人に、せつなは小首を傾げる。 もしかして、気に入らなかった?せつなが不安になりかけた時、 ラブ、美希、祈里は弾けるように笑いだした。 「もーぅ!せつなってば、信じらんないよ!」 「アカルン有効利用し過ぎ!」 「色々想像したけど、その発想はなかったかも!」 3人はせつなをもみくちゃにして髪をくしゃくしゃにかき混ぜる。 「ちょっ!ちょっと!やめてよ!」 せつなはそういいながらも抵抗しない。 (喜んで貰えたの……かな?) その夜、四つ葉町に起きた異常気象。 ホワイトクリスマスにはしゃいだ人々は、公園を一歩出ると違和感に 首を傾げた。 そして、違和感の正体に気付くと唖然とした。 公園の外には、雪なんてひとひらも降っていなかったと言う事実に。 この事は、後々まで四つ葉町の不思議として語り継がれる事になる。 その奇跡の仕掛人は、赤いドレスの少女サンタ。そして、寄り添うのは トナカイではなく赤いハート型の小さな妖精。 真相を知っているのは、彼女達と固い絆で結ばれた3人の少女だけでしたとさ。
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/77.html
ポツポツと降り出した雨は、瞬く間に滝のような豪雨となった。 そんな夏の夜だった。 コンコン――― 「せつな、起きてる?」 「ラブ?」 雨音に混じって聞こえてきた声に、読みかけの本を閉じてせつなが答えた。 「起きてるけど一体どしたの?」 「ううん。別に大した事じゃないんだけどね…」 ガチャリとドアが開き、少しハニカミを見せてラブが入って来た。 とは言うものの、今は普段の彼女ならばとうに寝ているはずの時間。 何か特別な用でもあるのだろうか。 「ホント凄い雨だよね。すぐに止むかな?」 しかし別段そんな素振りも見せる事は無く、窓の方へと視線を向ける。 そしてそのまませつなの隣に腰を下ろし、更に言葉を続ける。 「あたしね、小さい頃こういう雨がすごく怖かったな。ひょっとしたらこのまま家も町も、 全部が水の中に沈んじゃうんじゃないかって思えて、すっごく怖かった…」 当事の感覚を思い出したかのように、ラブがそっと目を閉じた。 一瞬の沈黙。静かな部屋の中に、雨音がザーと鳴り響く。 「そう…ウフフ、今でも怖い?」 「どうかな。今は平気―――かな?」 そう言って、ラブもクスリと笑った。 それから暫く二人は他愛の無いおしゃべりを続けた。 雨はその間も衰えるどころか、ますます勢いを増しているようである。 と、ふと思い出したようにせつなが言った。 「ところでラブ、なにか用があったんじゃないの?」 「え?うん。あの、えーと…」 何故だろう、急にラブの態度がはっきりしなくなった。 その様子に「?」とせつなも小首をかたむける。 「どしたの?」 「はぁ…。その、実はね…」 とその時―――どがっしゃーん!!! 爆弾が爆発したかと思うような物凄い音だった。 そういえば、さっきから雨音に混じってゴロゴロと聞こえていたっけか。 「ふぅ…」 と、気持ちを落ち着かせるようにせつなが一つ息を吐く。 けれどさすがにこんな大きなモノは予想外で、まだドキドキが静まらない。 「すごいカミナリだったわね、ラブ………ラブ?」 言いかけてそれに気がついた。 「震えてるの…?」 確かに震えていた。 おまけに多分無意識的にだろう。その指はせつなの寝間着の裾を固く握っていた。 「ラブ…もしかして、怖いの?」 「…バレちゃった?」 全身の強張りを解きながら、照れたようにラブが答えた。 裾を掴んでいた指は、今はポリポリと頬を軽くかいている。 「実は小さかった頃、雨だけじゃなくてカミナリも怖かったんだ。普通のなら 今は平気なんだけど、こういう夏の特別なのはまだ何と無く苦手で…。それで―――」 がしゃーん!! 「ひゃっ!」 再び落ちたカミナリに、ラブが今度は腕にしがみついていた。 さっきだって、本当はこうしたかったに違いない。 「ラブ…」 そんな彼女に、慈愛に満ちた表情をせつなが向ける。 「それで私の所に来たのね」 それから、そっと自らの手をラブの手に重ね合わせる。 「でも大丈夫よ」 「あ…」 そして、優しくラブを抱きしめた。 ドクドクとラブの不安な鼓動が伝わってくる。 そのリズムに、抱きしめた腕にギュッと少しだけ力を込める。 「ラブが怖くなくなるまで、私がこうしてるから」 「せつな…」 「だから絶対に大丈夫」 そうよ。断言するわ。だって私はこうされる事の温もりを知っているもの。 イースだった頃に私を抱きしめてくれたラブ。あの時は必死に否定したけど、 本当は物凄く温かくて心地よかった。 だから今度は私が――― 「…ねえせつな?」 「なに?」 「カミナリが止んでも、今夜はこのままずっとせつなのそばにいて良い?」 「ええ、もちろんよ」 「良かった…」 ドーン! と三たびカミナリが鳴った。 だけどラブの心は、もう乱れる事は無かった。 「…大好きだよ、せつな」 「私も大好きよ、ラブ…」 その言葉とともに、一つになっていた二人のシルエットが、少しだけ動いた気がした。 雨音はいつの間にか弱々しくなっている。 多分、もうすぐ止むのだろう。 そんな、とある夏の夜だった。
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/839.html
ザアァァァァァ―――――。 路面に叩きつける激しい雨粒。降り頻る夕立の中を駆ける夏期講習帰りの2人の少女。 ようやく雨宿り出来そうな店の軒下に飛び込み、乱れた呼吸を整える。 「たはー!参っちゃうよねぇ、いきなり降ってくるんだもの!」 「そうね・・・。」 あんなに晴れてたのにさぁ、と空を見上げながら恨めし気に呟くラブに応じながら、 せつなは取り出したハンカチで髪や腕を拭っている。 「まぁでも通り雨だと思うからさ、ちょっと待ってればすぐ止むよ!」 「だといいけど・・・。」 雨が止むまでの暫くの間、他愛もないお喋りをしながら時間を潰す事にした。 今日受けた講習の内容や進路の悩み等、進学を目前に控えたこの時期特有の 会話が続いて。 「・・・でさー。せつなは・・・。」 会話の途中で何気なくせつなの方を向くラブ。すると、視界に入ったせつなの姿に ラブの目が大きく見開かれる。 (えっ、ちょっと、ヤバいよせつな!) そこには、雨に濡れた所為で夏服が体に張り付き、胸の谷間やお臍が識別可能な程 素肌が透けてしまったせつなの姿。 走って来た事で、色白い肌はほのかに上気しており、それがより一層透け具合を 強調している。 また、髪先や顎を伝って落ちる水滴が何とも言えぬ艶かしさを醸し出していて。 せつなの一糸纏わぬ姿は幾度と無く目にしてきたものの、普段あまり露出が多い 格好を好まない彼女を良く知る身としては今の状態がとても新鮮に映り。 (わはー・・・。) まさに水も滴るいい女、という言葉を当て嵌めるのが適切なせつなの姿に、 ラブは声も無くただただ見入ってしまっていた。 「・・・どしたの?」 「あ・・・。」 急に会話が途切れたのを不自然に感じたのか、ラブの方を向くせつな。 固まってしまっているラブの視線を辿って己の姿をまじまじと見やり。 状況を把握したせつなの頬がかぁっ、と朱に染まる。 「・・・あのねぇ、ラブ。」 「ご、ごめん・・・。」 何も言わず見惚れていた事を詰問されると思い、ラブは謝罪の言葉を口にする。 しかし、返ってきたのは意外な言葉で。 「・・・私もそうだけど、ラブも結構酷い事になってるわよ?」 「へ?」 せつなにそう言われ、ラブは己を見やる。―――すると。 するとそこには、素肌はもとより胸を覆う薄桃色のブラジャーまで透けた悲惨な 姿があった訳で。 「―――――!!!」 声にならない声を上げて、ラブはその場にしゃがみ込んでしまい。 「なっ、何でもっと早く言ってくれないのよぉ!」 「それはこっちのセリフよ!」 「ふぇーん、こんな状態じゃ家に帰れないよぅ・・・。お願いせつなぁ、 アカルン使ってよぉ・・・。」 「馬鹿な事言わないで!家まであと少しなんだから、走って帰るわよ!」 「そんなぁー!」 ―――そして、夕立が上がった後。 先程を遥かに上回る勢いでクローバータウンストリートを駆けるラブとせつなの 姿があったそうな。
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/194.html
四つ葉になるとき ~第2章:響け!希望のリズム~ Episode9:四つ葉町、15時16分発 四色に塗り分けられた、四つ葉のクローバーの留め金。 それを外してパカリと蓋を開け、ゆっくりとハンドルを回す。 中央のクリスタルが柔らかな光を放ち、四つのハートがくるくると動き始める。 そして滑るように紡ぎ出される、軽やかで優しい旋律。 「いい音色だよねぇ。曲も素敵だし。」 ラブが後ろから覗き込んで、嬉しそうに言う。 「あ・・・う、うん。」 少し恥ずかしくなって、ラブの顔を見ずに頷いた。 こうやってこの音色に聴き入るのは、今日だけでもう何度目だろう――そう思ったから。 私にとって「音」というものは、耳で捉えることのできる、単なる情報でしかなかった。 言葉としての情報。状況を把握するための情報。危険を察知するための情報。 音を聴くために、音を聞くなんて――音の響きや連なりを、ただ楽しむなんて、 そんなこと、この世界に来て初めて知った。 もっとも、私が最初に知った音楽はダンスの曲だったから、 はじめはメロディよりも、リズムやテンポばかりを気にして聴いていたような気がする。 初めてクローバーボックスの音色を聞いた、あのときの不思議な気持ち。 豊かで澄み切った音は、まるで耳なんか通さずに、 直接心に流れ込んでくるみたいだった。 音は私の中で奏でられ、あたたかく語りかけるようにメロディを紡ぐ。 それに答えて、何だか私の心も一緒に歌っているような、そんな気がした。 「音楽って、音を楽しむものだからさ。 きれいな音楽を聴くと、一緒に歌っちゃうものなんだよ。」 あのときの気持ちを伝えたくて、下手な説明をした私に、ラブが言った。 もしそうなら、私の心も――音楽なんて、まるで知らなかった私の心も、 このオルゴールの曲に乗せて、歌うことが出来るんだろうか。 休み時間の教室の楽しい雰囲気や、晩ご飯の食卓の明るさや、 今、私の隣りにある、笑顔のあたたかさを。 ふわりとやって来たシフォンが、オルゴールの曲に合わせるように、 いつもより優しい声で、キュアキュア~と囁く。 クローバーボックスと、シフォンと、私の心。 何だか三つの心が、歌で楽しく語り合っているように思えて、 私はハンドルを回しながら、知らず知らずのうちに、微笑んでいた。 四つ葉になるとき ~第2章:響け!希望のリズム~ Episode9:四つ葉町、15時16分発 「せつな~、お待たせ。」 クローバータウンストリートの、天使の像の前。五日前と同じ場所に、同じように立っている彼女に、美希は駆け寄る。 「私も、今来たとこ。」 そう言って、少しはにかんだように笑うせつなに、美希もニコリと微笑んだ。 この前と違っているのは、二人とも制服姿だということと、時間が既に午後三時過ぎだということ、それに、二人のこの表情だ。 あのとき結局買えなかった美希の服を買うために、美希とせつなは、今度は最初から二人きりで、学校帰りに待ち合わせたのだった。 商店街を歩く二人の足取りも、今日は軽やかだ。そしてこの前よりも時間が無いだけに、歩調が速い。 「少し急げば、四時にはお店に着けるかしら。」 「この時間なら電車の本数も多いし、大丈夫よ。」 そう言って、美希はちらりと隣を見て、内心あれ?と首をかしげた。何だかいつもより、ヤケにせつなの背が高いような気がしたからだ。 せつな、今日は学校の革靴よね・・・不思議に思って、そっと足元に目をやる。途端に驚きの表情で顔を上げた美希は、せつなの頭の向こうに何があるかに気付いて、今度は思わず、ぷっと吹き出した。 百面相さながらのその表情に、気付いているのかいないのか、せつなは澄まして前を向いたままだ。 美希は、そんなせつなを見つめてニヤリと笑うと、さっと彼女の後ろにまわって、その両肩を上から、くいっと押さえ付けた。 「な・・・なに?」 「そ~んな爪先立ちで歩いてたら、足痛めるわよ?身長だけは、アタシと張り合おうったって、ム・リ・ム・リ。」 「そんなこと・・・。」 せつなが少し悔しそうに、口を尖らせる。が、肩越しに囁いた美希の言葉に、見る見るその顔が赤くなった。 「ありがとう。もう大丈夫よ、魚屋さんの前は通り過ぎたから。」 この前二人でここを通ったとき、店先の水槽の中にアレを見つけて、思わず、ひっ!と声を上げてしまったことを思い出す。せつなはそれを覚えていて、美希の視界に水槽が入らないように、盾になってくれたのだろう。 それも、身長が足りない分を精一杯背伸びして、爪先歩きでカバーするという、単純だけど誰にも真似の出来ない方法で。 やり方は強引だけど、それがいかにもせつならしい・・・そう思って、美希はしみじみと嬉しくなる。 美希の手の下にある肩の高さが、ガクンと下がった。靴の踵をそっと地面につけたせつなが、はぁっと溜息をついて、美希を振り向く。その何とも照れ臭そうな表情に、もう一度ニヤリと笑みを返して、美希はせつなの手を取った。 「急ごう。せつな、走れる?足が痛いなんて、言わないわよね。」 「当然でしょ!」 クスリと笑い合って、駅を目指して走り出す。少し秋めいてきた風が、手を繋いで走る二人の髪を、柔らかく揺らした。 まだラッシュアワーには間があるが、平日の午後だけあって、電車はそこそこに混んでいた。二人並んで、つり革につかまる。 目の前の座席には、大学生らしき若者が座っていて、イヤフォンで音楽を聴きながら、雑誌のページをめくっている。それをちらりと眺めてから、美希はせつなの耳元に口を寄せた。 「せつなにあんなに心配されるんじゃあ、アタシもそろそろ、克服しなきゃダメかしら。」 「何を?」 こちらを見上げて問い返すせつなに、一瞬グッと詰まってから、美希はさらに声をひそめる。 「もうっ!わざわざ言わせなくてもいいでしょう?」 「名前も口に出せないものを、克服なんて無理ね。」 クスクスと笑ってから、せつなは少し真顔になった。 「ねぇ、美希。怖いものって、やっぱり克服しなきゃいけないのかしら。」 「そりゃあ、モノにも拠ると思うけど・・・。」 せつなが告白した“一番怖いもの”を思い出して、美希は口ごもる。 「ごめんなさい、おかしなことを言って。怖いものは、有るよりは無い方がいいわよね。でも・・・。」 せつなは美希の顔から目を逸らし、少し言いづらそうに言葉を続けた。 「私、美希にも怖いものがあるって知って、ちょっと嬉しかったの。それを美希が教えてくれたのが、もっと嬉しかった。」 そう言って、せつなの顔が下を向く。 「そんな風に思うのって、やっぱり私・・・意地が悪いのかしら。」 「ちょっ、それは・・・」 美希が口を開きかけたとき、電車がホームに滑り込んだ。大学生の隣の席に座っていた、サラリーマンらしい二人連れが席を立つ。 「・・・座ろっか。」 美希が気を取り直したように、せつなを促す。そして、二人並んで座席に腰掛けると、さっきよりも一層近くなった横顔に向かって、おどけた調子で囁いた。 「もしそうなら、アタシもせつなに負けないくらい、意地が悪いってことになるわね。」 「え・・・?」 驚いたようにこちらを向くせつなに、美希はパチリと片目をつぶる。 「それに、ホントに意地が悪い相手に、アタシが弱みを見せるわけないでしょう?だってアタシ、完璧だもの。」 「美希ったら。」 せつなが少しうるんだ目でそう言ったと同時に、電車がガタンと大きく揺れて発車する。美希は思い切りバランスを崩して、せつなの肩にもたれかかった。 「ゴメン。完璧・・・じゃないわね。」 「クスッ。ううん、頼りにしてもらえて、嬉しいわ。」 せつなが珍しく、ニヤリといたずらっぽく笑う。そして、わずかに揺らいだ上体を元に戻すと、反対隣の席に向かって律儀に会釈した。そのとき、隣の彼が読んでいる雑誌が目に入って、せつなは、あ・・・と小さく声を上げた。 「ねぇ、美希。今までに、楽器の演奏を習ったことって、ある?」 「え?楽器?うーん、学校の音楽の授業で、リコーダーを吹いたくらいかな。ラブもブッキーも、そう変わらないと思うけど。それがどうかしたの?」 せつなの唐突とも言える問いに答えながら、美希はせつなの隣で広げられている、雑誌のページにちらりと目をやる。なるほど、どうやら音楽雑誌らしい。誌面を大きく飾っているのは、最近ニューヨークで話題になっているジャズピアニストが演奏している写真だ。 せつなは少し考えてから、おずおずと口を開く。 「お店に着く間に、少し聞いてほしいことがあるんだけど・・・いいかしら。」 そう言って、少し上目遣いに自分を見つめるせつなに、美希はここぞとばかりに、ニコリと完璧な笑顔を見せた。 「もっちろん、いいわよ。何でも言って。」 途端に身体ごとせつなに向き直られて、ほんの少したじろぐ。せつなはそんな美希にはお構いなしに、考え考え、ゆっくりと話し始めた。 「あのね。昨日の放課後のことなんだけど・・・」 ☆ 昨日――この日はせつなにとって、初めての日直の日だった。 四つ葉中学校では、日直は二人一組で担当する。授業が終わるたびに黒板を消したり、移動教室のときに窓とドアを閉めて電気を消したり、ひとつひとつは取るに足りないことだが、細かい仕事が朝から放課後まで続く当番。そもそも、「日直」という言葉を初めて聞いたせつなには、戸惑うこともさぞかし多いだろうと思いきや・・・。 「せつなっ!日直のことなら、どーんと任せて!まずねー、朝、先生が入って来たら、『起立!』って号令かけて・・・」 「違うわよ、ラブ。その前に、職員室に学級日誌を取りに行くんでしょう?東さん、わからないことがあったら、ラブじゃなくてわたしに、何でも訊いて。」 「東さん!チョークの粉で指が汚れないように、黒板消しは、僕が責任を持って掃除しておきますから!」 「いーえ、東さん。何だったら、明日は板書は無しってことで、僕が先生に掛け合いましょう!」 「・・・お前ら、いい加減にしろよ。東さんと日直をやるのは、俺だぞ!」 「それが一番、許せないんだぁぁぁ!!」 既に前日の時点で、ラブを筆頭に、次から次へとせつなの世話を焼きたがる級友たちが現れて、一緒に日直をやる男子生徒もたじたじ、というありさま。お陰で当日は、さして大変でもない日直の仕事よりも、そんな周囲の反応の方に大いに戸惑いを覚えつつ、せつなの初めての日直の日は、何だかワイワイと過ぎて行った。 そして、日直の最後の仕事である学級日誌を書き終えて、職員室へ届けに行った、その後のこと。 教室に鞄を取りに戻ったせつなは、人がまばらになった廊下を流れてくる音に気付いて、足を止めた。コロコロと軽快に転がるような、澄んだ音色。音楽の授業で、何度か聞いたことのある音だ。 (あれはピアノの音ね。きれい・・・。誰が弾いているのかしら。) 一緒に日誌を届けに行った日直の相棒と教室の前で別れ、音を頼りに歩き出す。辿り着いた先は予想通り、音楽室だった。半開きのドアの陰からそっと窺うと、ピアノの向こうに見える真剣な表情。弾いていたのは、せつなのクラスメイトの由美だった。ラブと仲良しで、まだ学校に慣れていないせつなを、いつもさりげなくフォローしてくれる子だ。 漆黒の髪を柔らかく揺らして曲のリズムを取りながら、右手ではゆったりと流れるようなメロディを、左手では軽快で正確無比な和音を奏でる。演奏のテクニックについてはわからないせつなにも、その両手から紡ぎ出される音の豊かさは、その耳で確かに感じることができた。 やがて曲が終わり、由美が楽譜から目を上げる。そして、ドアの陰のせつなに気付くと、嬉しそうな、困っているような、何とも複雑な表情になった。 せつなの方も、照れ笑いの表情で音楽室に入り、由美に近付く。 「ごめんなさい。教室の前でピアノが聞こえて、あんまりきれいだったから。」 「あ、ありがとう、東さん。教室まで聞こえてたんだ・・・。ドアが開いていたもんね。」 由美が赤い顔をして、ドギマギと言った。 「今度、地域の音楽祭で、合唱部が歌うことになっていてね。その伴奏を頼まれたの。いつもピアノを弾いていた子が、お父さんの転勤で、急に転校しちゃったものだから。」 「そうだったの。こんな素敵な伴奏なら、きっと合唱もうまくいくわね。」 せつながそう言って、ニコリと笑う。が、当の由美は、それを聞いて視線を泳がせると、ピアノの鍵盤に目を落とした。 「うまく・・・いかないの。わたし、どうしてもみんなの足を引っ張っちゃって。」 「どして?あんなにきれいに演奏してたじゃない。」 驚いて目を見張るせつなに、由美は顔を上げて、真剣な眼差しを向けた。 「東さん、お願い。今度は、そこで最初から聴いていてくれる?」 せつなが頷くと、由美はおもむろに手拍子を始めた。 「このテンポで、手拍子をしながら聴いてほしいんだけど。」 「わかったわ。このテンポね?」 せつなが由美と入れ替わりに手拍子を始める。由美は目を閉じて、その音に耳を澄ませてから、静かに鍵盤に指を乗せた。 由美の右手が流れるようなメロディを奏で、左手の指が三つの鍵盤で和音を作りだす。 曲が始まると、せつなの手拍子が、自然と四拍子になった。身体の動きを音楽の流れに合わせる――ダンスレッスンで、いつもやっていることだ。 (でも、何だかさっきとは違う。何だろう。) 手拍子をしながら、せつなは目をつぶって、じっと音に神経を集中する。 (さっきよりも、音が――硬い?) パッと目を開いて、ピアノの前の由美を見た。その顔は、さっきよりさらに真剣そのものに見えたが、メロディに乗っているような表情ではない。リズムを取っていた黒髪も、今は指の動きを見張っているように、左右に動いているだけだ。 やがて、曲がガラリと雰囲気を変え、左手がトリルの連打となる。その部分で、由美のテンポがせつなの手拍子と明らかにずれ、修正しようとした途端、音が飛んだ。 由美の表情が、さらに険しいものとなる。何とか止まらずに最後まで演奏できたものの、そこからの音はさらに硬く、メロディもリズミカルではなくなっていた。 「ごめんなさい、東さん。わたし、歌が入るとどうしても緊張してしまって・・・。だから合唱部のみんなとも、別々に練習してるの。手拍子だけなら、何とかなるかと思ったんだけどな。」 由美が、力なく肩を落とす。 「本番は一回きりだから、もしも大きな失敗でもしたら、って考えたら怖くって・・・。もう、あと十日しか無いのに。」 独り言のように呟く由美に、せつなは何も言えず、ただ、楽譜と鍵盤とを、じっと見つめるだけだった――。 ☆ 「それで?せつなは、どうしたいの?」 美希が、話を終えたせつなの顔を覗き込む。 「由美の役に立てることがあるなら、役に立ちたいんだけど・・・。」 せつなはそう言って、膝に置かれた自分の手を見つめた。 失敗が許されない状況――それは、せつなにとっては嫌と言うほど経験がある状況だ。そして、そういう時にこそ平常心が大切だということも、身に沁みて知っている。 平常心を保つためには、毎日の訓練を地道に積み上げて、常に平常心で居られるだけの自信を付けるしかない。逆に言えば、毎日の訓練を通して自分の力を正確に把握し、あらゆる事態を想定して対策が立てられれば、緊張して動けなくなるようなことはない――それが、せつなが経験から導き出した結論だった。 「そこまで判っているなら、その子にそう言ってあげればいいじゃない。勿論、練習は必死でやっているんだろうけど、こういうことって精神的な部分が大きいもの。誰かにアドバイスしてもらえれば、違ってくると思うよ?」 「でも・・・。」 美希の言葉に、せつなはちらりと顔を上げ、また膝の上に視線を落とす。 「私がそう思うようになったのは、ピアノや合唱とは程遠い経験を通してだもの。そんな経験と、同じに考えて良いワケが・・・」 「何言ってるの。同じよ。」 確信に満ちた力強い声が、せつなの顔を上げさせる。そこには、あのときウエスターに真っ向から啖呵を切ったときと同じ、強い光を湛えた美希の眼差しがあった。 「せつなの話を聞いて、モデルの仕事も同じだなって思ったもの。人前に立つのって、やっぱり怖いのよ?だから、毎日の努力の積み重ねが大事なの。そうでなければ、とてもじゃないけどモデルなんてやれないわ。」 小声ながらもきっぱりとそう言い切ってから、美希はせつなの目を見つめて、ゆっくりと、優しい声で言った。 「どんな経験にもさ。いろんなことに通じる大切なモノって、何かしらあるのよ、きっと。ううん、辛かったり寂しかったりした経験からこそ、そういうモノを掴んでやらなくちゃ。だってその時間も、アタシたちの大事な人生なんだもん。」 あっけにとられたように蒼い瞳を見つめていたせつなが、ゆっくりと、口元に小さな笑みを浮かべる。それを確かめてから、美希は内緒話でもするように、せつなの耳に顔を近付けた。 「もうひとつ、人前で緊張しない、とっておきの方法があるわ。そこに居る人たち全員が、自分のファンだ、って想像すればいいのよ。」 「ファン?」 不思議そうに小首を傾げるせつなに、美希は必死で言葉を探す。 「えーっと・・・みんながみんな、自分のことを大好きな人たちだって、想像するの。合唱部の仲間たちも、顧問の先生も、見に来てくれたお客さんも、み~んな、ね。大好きだって思ってくれる人たちの前なら怖くないし、一緒に音楽を楽しもうって思えるでしょう?」 せつながハッとしたように、美希の顔を見つめた。 「・・・そうね。音楽って、まずは楽しむものよね。ありがとう。大事なことを、忘れるところだった。」 美希はニコリと笑ってから、チロリと小さく舌を出す。 「まぁ、ホントのこと言うと、今のはママの受け売りなんだけどね。」 「さすが、元アイドルね。でも・・・。」 感心したように頷いてから、せつなは困った顔になった。 「由美に、そんなこと出来るかしら。彼女って、美希ほど完璧に図々しくは無いような気がするんだけど。」 「完璧に図々しいって・・・こら、せつな!」 美希が、小さく拳を振り上げる。そのとき、電車がスピードを落とし、車内アナウンスが高々と、二人が降りる駅の名前を読み上げた。 「あっ、着いた・・・。危ない危ない、アナウンスを聞き逃してたら、乗り過ごすところだったわね。」 美希が慌てた様子で席を立つ。せつなも急いでそれに続きながら、何だか不思議な気がしていた。 五日前にも同じ駅まで電車に乗ったはずなのに、今日はあのときよりずいぶん早く、到着したような気がしたから。 ☆ その翌週の日曜日。 「おはよう、美希。」 四つ葉町公園のドーナツカフェを訪れていた美希は、後ろから駆け寄って来る人影に、笑顔で手を上げた。 「おはよう、せつな。ドーナツ買いに来たの?」 「そう。由美と合唱部のみんなに、差し入れしようと思って。」 そう言って、せつなは嬉しそうに美希の姿を眺める。 「その服、今日も着てくれているのね。」 「ええ。今日は面会日なの。やっぱりパパにも、娘の新たな魅力を、発見させてあげなくっちゃね。」 美希が着ているのは、大きなチェック柄の赤いワンピースに、白いサマーニットのボレロ。この前一緒に出かけたとき、せつなが選んだ服だ。澄ましてポーズを決める美希に、せつなも笑顔になる。 面会日。それは、隣町に暮らす父と弟に、美希が会いに行く日だった。甘い物が好きだというお父さんに、いつものようにお土産のドーナツを買いに来たんだな、とせつなは納得する。 「差し入れって・・・そっか、今日は音楽祭の本番だっけ。」 美希がふと気付いたように、せつなに尋ねた。 「そうなの。ラブも一緒に行くんだけど、ラブったら、なかなか起きないもんだから・・・。今頃、きっと大慌てで支度してるわ。」 穏やかに微笑むせつなの表情が、その後の練習の充実ぶりを物語っている。 実際、あれからせつなは、ダンスレッスンの無い日には、由美と合唱部のメンバーと過ごすことが多かった。と言っても、せつな自身は音楽室の隅に座って、練習を見ているだけだったのだが、せつなが見に来ているというだけで、ヤケに張り切って練習する連中が居たことも、確かだ。 ワゴンの中でドーナツを袋に詰めていたカオルちゃんが、せつなの顔を見て、ニヤリと笑った。 「メロンドーナツの次は、マロンドーナツだよ~ん。メロンとマロン、名前だけは似てるよねっ。味は全然違うけど~。グハッ!」 二人でドーナツの袋を抱えて駅に向かう。二つの袋を何気なく眺めたせつなは、二重に折り返された袋の口が、どちらも左側の角だけ三角に折られているのを見て、小さく微笑んだ。 カオルちゃんの宿題――最悪にばかり目が行くのが『心配』なら、最高の最高にまで目が行ってしまうものは何か――。その答えが、あれから少しずつ形となって、せつなの心の中にある。 幼い姿のラブに、ラブという名前に託した想いを語って、元の世界へ送り返してくれた、源吉おじいさん。 自分のせいで割れてしまった宝石の欠片を磨いて、国政に携わる人々に渡したい――ジェフリーの祈りとも言える提案を受け入れた、めくるめく王国一家。 千香ちゃんが元気になるようにと願いを込めて、懸命にアサガオを育てた女の子。 そして、仲間が居なくなることが怖いと告白した自分に、一人ぼっちにはならないと、力強く励ましてくれた美希。 相手の最高の姿を思い描いて、そうなって欲しいと願うとき、人は「頑張れ」と呼びかける。励ましの声を、応援の気持ちを、相手に精一杯届けようとする。その『応援』を受け取ったとき、最高を示す「右の角」は、さらに高いところへ、明るい方へ、進んでいけるものなのかもしれない。今、そうせつなは思う。 勿論、正解はひとつではないのだろう。人間はひとりひとり、皆違うのだから。 でも、誰かを笑顔に出来る方法のひとつは、ここにあるような気がしていた。 そしてもしかしたら、自分も誰かに応援の気持ちを伝えて、最高の姿を見ることが出来るのかもしれないと、せつなはそっと、由美の笑顔を思い浮かべた。 「じゃあね。その、由美っていう子の晴れ姿、せつなのお陰で緊張を克服した姿を、ちゃあんと見て来て。」 美希が楽しそうにそう言って、せつなに小さく手を振る。今日は、二人の行き先が反対方向なのだ。 「ありがとう。美希も、何か克服したいものがあったら、何でも手伝うわ。」 真面目とも冗談ともつかない様子で、まっすぐに見つめてくるせつなに、美希はゴクリと唾を飲む。それを見て、せつなが堪え切れずにクスクスと笑い出したとき、改札口の方から、明るい声が響いて来た。 満面の笑みを浮かべたラブが、息せき切って走って来る。 「せーつなっ、お待たせ!はぁ、やっと追いついたぁ。あれ?美希たん!今日はお出かけ?」 そこでラブは、美希とせつなを交互に眺めると、途端にキラキラと瞳を輝かせた。 「わっはー!今日の美希たんとせつな、何だか見た目までそっくりだよぉ。な~んか凄~く、仲良しって感じ!」 言われて二人は、慌てて互いの姿を見比べる。 無地とチェックの違いがあるとは言え、二人とも赤いワンピースに白いボレロという出で立ち。おまけに揃ってドーナツの袋を抱えている姿は、確かに見た目まで、実に近しい雰囲気で・・・。 「な・・・何言ってるのよっ!!」 美希とせつなの声が、ぴったりと揃う。もしも声に色があるのなら、二人の声は、それぞれの服の色と同じのはずだ。 「ほら、ラブ、急ぐわよ。早くしないと音楽祭が始まっちゃうわ!」 せつなが美希に照れ臭そうに微笑んでから、いきなりラブの手を引っ張って、階段を駆け上がる。 「わ、わ、わ・・・。み、美希たん、またね!」 ラブはせつなに引きずられるようにして、それでも何とか、美希に手を振ってみせた。 「まったく。しょうがないなぁ、もう。」 美希がやっと、いつもの調子を取り戻す。そして、二人の親友の後ろ姿を見送ると、反対側のホームへの階段を、ゆっくりと、優雅な足取りで上がって行った。 ~終~ ~第3章:癒せ!祈りのハーモニー~ Episode10:宴のあとにへ続く
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/756.html
素肌を撫でる微風が火照りを奪って行く。 月明かりにほの白く浮かび上がるせつなの滑らかな背中。 肌寒さを感じて目を覚ました瞳に、半分開いた窓に揺れているカーテンが映った。 軽く身震いし、閉めようと半身を起こした所で腕を掴まれ、ベッドに引き戻される。 「どこ行くの………?」 半覚醒の少し籠った声。咎める音を含んだ囁き。 「あ……、窓、開いてるから……」 ラブは無言でせつなを胸に引き寄せる。 肩口まで布団を引き上げ、冷えた肩や二の腕を撫でさする。 これで寒くはないだろう、と言わんばかりに。 また一緒に暮らし始めて随分経つ。 こうして裸身を重ねて過ごす夜も、最早特別な事でなく 当たり前の日常となって久しい。 それでもまだ、ラブは時折不安そうな素振りを見せる。 さっきのようにせつなが不意に離れる事を酷く嫌がるのだ。 意識してか、無意識なのか二人きりの時は常に体のどこかが触れている。 何をする訳でもなく、指を絡めて来たり、隣に座って凭れかかって来たり。 さすがに人前では控えているが、それでもせつなが視界から消えると落ち着かなさ気に 視線をさ迷わせている。 一瞬でも放したら、そのまま何処かへ行ってしまう。 心の奥に宿ったのは、取り戻した安堵とまた失う不安。 「側にいるから。」 「もうどこにも行かないから。」 いくら繰り返してもすぐには安心しては貰えないのだろう。 信用ないのね。と言う苦笑い。 無理もない。と言う自戒。 散々振り回して来たのはこちらの方。 出会いからして出鱈目な占いから始まったのだから。 (ごめんなさい。) せつなは思う。 ラブから貰った溢れんばかりの宝物。 愛してくれた。叱ってくれた。すべてを許し、包み込んでくれた。 友達を、家族を、愛する人を、一人ぼっちだと立ち尽くしていた自分にもたらしてくれた。 それなのに、自分はラブに何を与えられただろう。 繋いだ手を振りほどいた。 迎えてくれた温かな住み処を離れて行った。 戻って来たところで、またいつか飛び出してしまうのではないか。 そう思われるのは仕方ないのだろう。 自分で決めた事は何があっても翻さない。それはもう立証済みなのだから。 (私、もう離れないから。) だから、一つ一つ。積み重ねて行く。共に過ごす日々を。 側にいるのが当たり前。またそう感じて貰えるように。 体中を撫でるラブの手のひら。 それは愛撫と言うより、腕の中に収まっているものの存在を確かめようとしているようで。 せつなの胸の奥がツンと締め付けられ、苦しくなって。 せつなはラブの体に腕を回し、頬を擦り寄せる。 体温を移し合い、一つの温もりになって行く。 「………ねぇ。……もう一度…。」 精一杯、甘えた口調で囁いてみる。 ラブは一度、ぎゅうっと強くせつなを抱き締め顔を覗き込む。 その顔に浮かぶのは、正に天真爛漫と言うのが相応しい太陽のような輝く笑顔。 ついさっきまで勤しんでいて、そしてまたこれから行おうとする淫靡な行為とは かけ離れた無邪気に弾けるような表情。 せつながこんな事を言って来るのは本当に珍しくて。 それが嬉しくて嬉しくて堪らない。ラブの全身がそう言っている。 せつなは顔だけでなく身体中が真っ赤に染まっている気がした。 どうしてこんなにも素直に応えてくれるのか。 いっそからかってくれた方が気楽なくらいだった。かえって恥ずかしくなる。 「あの…、疲れたならもういいんだけど…」 つい、照れ隠しにもならない心にもない台詞が口を突く。 「何をおっしゃいますやら。今さら取り消しは許さないよ~。」 これまた月明かりの中では不似合いなくらいの陽気な声。 せつなは逃れるようにうつ伏せになろうとするが、ラブの方が一瞬速かった。 両手首を掴まれ、ベッドに縫い付けるように仰向かされる。 せつなが口を開く前に、ラブは自分の唇で抗議の声を封じ込める。 こうなったらラブの勝ち。もうせつなは逆らえない。 唇から体へ。ラブの口付けは戯れながらせつなの白い肌の上を踊ってゆく。 啄むような、擽るような、軽く優しい唇。 それが徐々に熱を帯び、せつなの敏感な部分に集中してまとわり付き始めた。 揺らめき、溶けて広がって行く快楽の海にその身を漂わせる。 とうに肌寒さは忘れていた。 また一つ、幸せが重なっていく。 明日も、明後日も。共に有る限り。
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/836.html
「さ、せっちゃんも」 「はい」 「こうしてね」 「おじいちゃん…」 ラブが呟くと同時に、墓前に皆が手を合わせる。 八月。 良く晴れた日曜。お盆最後の日。 風はもう、立秋を漂わせていた。 「本当は去年―――来るべきでした」 俯くせつなにあゆみは答える。 「忙しかったからしょうがないわよ」 「そうそう」 間髪いれずにラブは笑顔でせつなを覗き込む。 「喜んでいるよ、おじいちゃんも」 圭太郎は墓石に水を掛けながらそう答えた。 せつなは来たるべき日に向け、一つ、悩み事を抱えていた。 家族としての蟠りも消え、今ではすっかり溶け込んでいる彼女。 皆と外出する事が嫌と言う訳でも無い。むしろ嬉しくもある。 例え、それが始めての〝お墓参り〟であったとしても。 「どうした~せつなっ」 「あ、ラブ…」 鏡の前で立ち尽くすせつなに駆け寄るラブ。顔を見れば直ぐに、悩んでいる事が掴み取れた。 「きんちょーしてんの?」 「ううん、そうじゃない」 「初めて…会うから。源吉お爺様に」 「あうぅぅぅ!?おじいさまぁ!?」 あたふたするラブを横目に、せつなは真剣に言葉を続ける。 「私は写真でしか見た事ないから。例えそこに―――いらっしゃらなくても会う事に変わりは無いと思うの」 「せつな…」 「それに、初対面だからまだ…その様を付けた方がいいかと」 「そっか」 ラブはベッドに静かに座ると、せつなを横に招き入れた。 「せつならしいな。それが悩みなんだ」 「えっ?悩み?…あ、実はね」 「?」 的が外れてたのに驚きを隠せないラブ。 せつなは立ち上がり、洋服ダンスを漁り始める。 「ど、どうしたぁ???」 「決まらないの!どれがいいか―――――」 悩みとは、着ていく洋服の事だったのだ。 鏡の前で立ち尽くしていたせつなを思い出すラブ。 硬くならなくてもいいのに、と口にしようとしたが思い止まる。 〝初めて…会うから〟 目を閉じ、あの頃を思い出す。 風と共に現れた少女、東せつな。 大きな麦わら帽子と白いワンピース。 ラブにとって、せつなとの本当の出会いは―――あの時だった。 今でも忘れない。あの時の思い出と、抱きしめた温もりを。 「家族が増えたよ!おじいちゃんっ!!!」 「ラブ!何してんの!」 「おいおい、お墓は叩くもんじゃないだろう…」 「もう、ラブったら」 「あはっ、わはははは」 お墓である事を忘れてしまうぐらい、温かな雰囲気に包まれた家族がそこに。 そして――― 「こんにちわ、おじいちゃん」 「おっ」 「静かに」 あゆみが空気を読んだ。圭太郎もそれに気付いて。 「せつなです。宜しくお願いします」 「そ~ゆ~こと。おじいちゃん、硬いのはナシでいいよね?ねっ」 子供達の姿が何だか微笑ましく思えて。 後ろから見詰める圭太郎とあゆみの表情ははすっかり笑顔。 「暑くありませんか?」 せつなは被っていた大きなむぎわら帽子を墓石にそっと、掛けて。 「いいなぁ~おじいちゃん」 ラブはちょっぴり不満そう。案外本心だったりして。 「さ、今日は張り切っちゃうぞー!」 「お父さんはいっつもガーターばっかりなくせに」 「あたしもぐでんぐでんになっちゃうんだよなぁ…」 「私、ボーリングは負けないんだからっ」 「その格好じゃキビシイかもよ、せつな」 「あ…」 そこにいたのは、久しぶりに白いワンピースを着た少女。 圭太郎とあゆみ、そして源吉は初めて見る。 可愛くて清楚な娘、そして―――孫の姿を 「また来るね、おじいちゃん」 「またみんなで来ます」 愛ある印は受け継がれて行く。 家族の温もりと優しさと、幸せが。 (おじいちゃん。私は今―――幸せです) 澄み切った青い空に、心の声が届いた瞬間だった。 〝ありがとう〟 ~END~
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/534.html
カテゴリー名【フレッシュ:ラブとせつな】 レス番号 作品タイトル 作者 備考 ラせ1-1 【笑顔:Smile】 ◆BVjx9JFTno あの頃の私は、自分の心からも胸の痛みからも目を背けて、ただ無表情だった――。「せ~つなっ!二人でもう一度、プリクラ撮ろうよっ!」今度は私、ちゃんと笑えるかしら……。 ラせ1-2 「My First ....」 ◆BVjx9JFTno ひょんなことから、バレンタインデーにラブと三度目のプリクラ。一度目は、心を塗り潰していた。二度目は、ラブに助けてもらった。だから今度は、自分からこの想いを……。せつなのそんな決意が、思いもかけない小さな奇跡を生むことに!ラせ1-1から、しばらく後の二人。 ラせ1-3 【夜想曲:nocturne】 ◆BVjx9JFTno ピアノの調べが心に届き、激しい雨を降らせる。蘇る葛藤と痛みと喪失、そして雲間から射し込む一筋の光――。せつなが桃園家の家族になって初めての外食デー。家族と笑顔、そして幸せを知ったこの場所での、新たな出会い。 ラせ1-4 「GoodNight Kiss」 ◆BVjx9JFTno ラブが熱を出した。お母さんに教わって作った卵雑炊を部屋に運んで、一匙ずつラブの口に運ぶ。ふと鏡を見ると、そこに映っていたのはどこかで見たことがあるような表情で……。 ラせ1-5 「ひとり占め」 ◆BVjx9JFTno 風邪を引いても、たまにはいいこともあるよね。だって、せつなにご飯食べさせてもらえて、眠るまで手を握っててもらえて、何より、せつながこうして笑顔でそばに居てくれるなんて。ラせ1-4のラブ視点。 ラせ1-6 「my mother」 ◆BVjx9JFTno ゆっくりと寄り添って、母と娘になっていく。家族になっていく。桃園家の、あったかい家族旅行。 ラせ1-7 「甘美な傷」 ◆BVjx9JFTno 何なんだろう?身体に残る、この鈍い疼きは。殺気も、憎しみの欠片も無い、優しささえ感じる傷。まるで、まだあいつの手がそこに触れているかのように。14話『4人目のプリキュア!?アカルンを探せ!!』より。 ラせ1-8 「「One Last Time」」 ◆BVjx9JFTno 来るべき時が来た――そう思った時、何故か思い浮かんだのはラブの顔だった。向けられた笑顔を、教えてくれた温もりを、全て払いのけ、壊してきたのはこの私。だから、せめて最期の時も、ラブの手で……。決戦の地へ赴く、せつなの想いを。 ラせ1-9 「PM2 00」 ◆BVjx9JFTno こうやってラブと二人、クローバーの丘に座っていると、今までのことが蘇って来る。激しい痛みと葛藤の末に、向かい合った自分の本当の気持ち。その先に、こんなに幸せな今があって……。ラせ1-8から、しばらく後の二人。 ラせ1-10 「i got the power」 ◆BVjx9JFTno リレーなんて初めて。みんなと協力して走るなんてことも、バトンリレーも、全てが初めてで、上手くいかなくて。そんな時聞こえた”頑張れ”の声、声、声。受け取った多くの想いが、力となって迸る! ラせ1-11 「マチグヮー」 ◆BVjx9JFTno マチグヮーとは、沖縄の言葉で「市場」のこと。見たことのない食材。活気溢れる食堂。生活に溶け込んだリズム――。ラブとせつなが出会った、もうひとつの沖縄とは。39話『ケンカは禁止?沖縄修学旅行!!』より ラせ1-12 「幸せ記念日」 ◆BVjx9JFTno その夜、ラブと私でお母さん直伝のココアを作った。弱火でじっくり温めて、牛乳も少しずつ加えて。ゆっくり、ゆっくり、これがお母さんがくれた幸せの温度。そして待っていた「ただいま」の声に……。第40話『せつなとラブ お母さんが危ない!』より。 ラせ1-13 「仲直り記念日」 ◆BVjx9JFTno あたし、知らなかった。後悔の涙が、こんなに冷たいってこと。幸せゲットした笑顔が、こんなに心を温めてくれるってこと。せつな――あたしはこの日を、ずーっと忘れないよ。第40話『せつなとラブ お母さんが危ない!』より、第二弾。 ラせ1-14 思いやり記念日 ◆BVjx9JFTno ラブとせっちゃんが、お互いの目を盗んでこっそり相談にやって来た。なるほど、だから相手には内緒っていうわけね?だったらわたしも……。第40話『せつなとラブ お母さんが危ない!』からの第三弾は、三つのあったかいヒミツが交錯する物語。 ラせ1-15 いっしょに年越し ◆BVjx9JFTno 家族揃って深夜の初詣。除夜の鐘の余韻の中で、蘇る激動の記憶。その更なる余韻は、しみじみと感じる今の幸せ。ほら、今日もまた、寒い時期ならではの新たな幸せが……。凍てつく夜に、二組のカップルが家路を急ぐ。 ラせ1-16 「罰当たり?」 ◆BVjx9JFTno 一年の計は元旦にあり。初詣の時くらいは、あたしもそんな殊勝なコト考えて……るどころじゃないよぉ!みこさん姿が大人気のせつなに、ラブは喜んだり、ちょっぴり複雑だったり。でも、せつなと目が合った瞬間――!「ちょっとラブ!それは計じゃなくてよからぬ計略でしょうがっ!」 ラせ1-17 「昼下がり」 ◆BVjx9JFTno 普段食べない食べ物を食べて、普段飲まない薬酒を頂いて。でもやっぱり家族が居て、みんなでおしゃべりをして、ご飯を食べて。桃園家のあたたかな、お正月の昼下がり。 ラせ1-18 「おうちでゆうごはん」 ◆BVjx9JFTno シフォンもタルトも一緒にゆうごはん。あの時と同じメニューに、記憶もあの頃へと戻っていく。そういえばあの時――初めて家族で食事したレストランで、私は初めて笑えた。そう、あの時ラブが……。 ラせ1-19 「frozen」 ◆BVjx9JFTno みんなでおしゃべりをしたり、ご飯を食べたりした時間を、パックにギュッと閉じ込める。元気で頑張って、いつでも帰って来てね、って気持ちも一杯に詰め込んで。家族だからこそ伝わる、言葉の要らないメッセージ。 ラせ1-20 「thaw」 ◆BVjx9JFTno ラせ1-19の続きのお話。湯気の向こうに浮かぶ食卓の風景と、みんなの笑顔。あたたかな想いが、懐かしい香りに乗って心に染み渡る。待っててくれる人がいる。これが家族――料理と一緒に、その言葉をもう一度噛み締めた。 ラせ1-21 「without you」 ◆BVjx9JFTno 思いは凄く沢山ある。だけど言葉に出来るのは、ほんの少し。だって言葉にすると、本当の思いはちゃんと届かない気がするから。だから思いは、二人の時間、こうして触れ合う残り少ない時の中に溶け込ませて……。せつながラビリンスに帰還する直前の、ある日の二人。 ラせ1-22 「サプライズ!」 ◆BVjx9JFTno 母の日に。今日は特別な日だから、すぐにも会いたいのを我慢して、嬉しい驚きを届けよう。そして喜んでもらったその後は、素直な気持ちを伝えよう。おかあさん、ありがとう、大好き、って。 ラせ1-23 「少しだけ遠く」 ◆BVjx9JFTno 大切な人が頑張るその場所は、愛しくて、誇らしくて、そして少しだけ、切なくて。 ラせ1-24 「eve」 ◆BVjx9JFTno これを飲んだら、どんな顔するだろう。これを食べたら、喜んでくれるかな。明日久しぶりに帰って来る、ずっとずっと会いたかった大切な人。彼女への想いに溢れて、今日のキッチンはわくわくで一杯。 ラせ1-25 「welcome back」 ◆BVjx9JFTno ラせ1-24の翌日――クローバーの丘に現れる、小さな影。ゆっくりゆっくり、思い出を確かめながら帰ろう。会えなかった時間に夢見た景色を、この瞳に焼き付けながら。そして愛する人たちの姿が見えたら、今度は……。 ラせ1-26 「2連敗」 ◆BVjx9JFTno 先輩に振られて落ち込む私に、彼女がくれた温もり。振られたばかりなのに、ドキドキと高鳴る胸。でも、彼女の優しさの源には……。由美の甘酸っぱい、失恋記念日。 ラせ1-41 「幸せの交換」 ◆BVjx9JFTno 大好きな人に贈るチョコを、大好きな人と並んで作る。もちろん誰にあげるかなんてナイショ。だけど、気になるのは隣の彼女が作っているチョコの行方で……。今日の桃園家の台所に漂うのは、何だか甘くて秘密めいた空気。 ラせ1-27 【月明かり:Moonshine】 ◆BVjx9JFTno R18 月の明かりは、昼間は表に出せない欲望を照らし出すのかもしれない。目覚めると、何かが唇に触れている気配。そして目の前にはラブの顔があって……。 ラせ1-28 生還の実感 ◆BVjx9JFTno R18 不思議ね。今朝はもうここへは帰らない覚悟を決めていたのに、戻って来た今は、独りで居るのがこんなにも寂しい。こんな夜は――。42話『ラビリンスからの招待状!』後日談。 ラせ1-29 「おあずけ」 ◆BVjx9JFTno R18 ひとつ屋根の下に居るんだもの。触れ合いたいときにはいつでも触れ合える、って思うでしょ? これがそうでもないんだよね。シフォンの前じゃ出来ないことだってあるし、お父さんとお母さんも居るし、それに、今日はあたしたちならではの、思いがけない邪魔も入って……。 ラせ1-30 「myself,yourself」 ◆BVjx9JFTno R18 一人で居ても、心も体もいつもラブを求めてる。そしてラブも、私のことを? 心の中の光景が、目の前に広がった時、私たちは……。 ラせ1-31 「再会の夜」 ◆BVjx9JFTno R18 ずっと会いたかった愛しい人。この温もりも、匂いも、甘やかな声も、全部自分のものにしたい――。久しぶりのせつなの里帰り。その夜二人は……。 カテゴリー名【フレッシュ:美希と祈里】 レス番号 作品タイトル 作者 備考 美祈1 「Faithfully」 ◆BVjx9JFTno いつの頃からか、彼女の気持ちには気付いていた。だけど恋愛は男女でするものだって思ってた。でも、彼女があの男の子と親しそうに話しているのを見た時、胸の奥にチクリと何かが針を刺して……。 美祈2 「Faithfully@inori」 ◆BVjx9JFTno 小さい頃から、美希ちゃんに憧れていた。やがて憧れは、違う形に変化して――だけど、ひょっとしたらと思っても、言葉には出来なくて。そんなある日の放課後……。美祈1を、祈里の視点から。 美祈3 「pieces」 ◆BVjx9JFTno 好きって言ってくれたあなたの気持ちを、わたし、信じてる。だけど華やかな世界にいるあなたを見ていると、時々不安になるの。胸元のお守り代わりの小さなピースに、そっと手を触れてみる。だって、これはあなたとの……。 美祈4 「I Miss You」 ◆BVjx9JFTno R18 顔を見れば、同じことを考えているのがわかる。美希ちゃんに満たされたい――美希ちゃんを満たしたい。部屋の鍵を締めて、カーテンを閉めて、ただ二人きり。美希ちゃんにしか――わたしにしか、見せない姿で。 美祈5 「ふたりっきりの夜」 ◆BVjx9JFTno R18 ママが居ない夜、家に招き入れるのは、幼馴染で親友で、今やアタシの半身とも言える恋人。半身だから、ずーっと一緒の時間を過ごすのは当たり前。楽しくおしゃべりして、お風呂に入って、そして……ふたりっきりの夜が、ひとつの闇に溶け合って。 カテゴリー名【フレッシュ:その他カップリング(サブキャラ含む)】 レス番号 作品タイトル 作者 備考 他CP1 【Unreachable】 ◆BVjx9JFTno 美希&せつな。くせのない黒髪、長い睫毛、つややかな唇。全部すぐ手の届くところにあって、見ているだけでどんどん引きつけられて……。だけどどうしても届かない。大切な人が住まう、あの子の心の中にだけは。 他CP2 「After Round」 ◆BVjx9JFTno R18 美希&せつな。香りって、こんな不思議なものだとは思わなかった。私自身も知らないでいた欲望を、掻き立てる力があるだなんて。だけど、もしも昨日までの私だったら、きっと……。 他CP3 「甘えたい夜」 ◆BVjx9JFTno R18 美希&せつな。みんなと離れて泊りがけの仕事。寂しくたって、みんなに甘えたりするアタシじゃないのに。その時、赤い光がアタシの心の奥にまで届いて……。 他CP4 「AM6 00」 ◆BVjx9JFTno 美希&せつな。強がりで負けず嫌い、言い訳することはもっとキライ。完璧を期して精一杯頑張る、実は似た者同士の二人――だからこそ、相手の行動も考えていることも、何となくわかってしまう二人。早朝ランニングで出会った美希とせつなが交わした、夏休みの朝の約束とは? 他CP5 Soldier In Town ◆BVjx9JFTno R18 祈里&せつな。ラビリンスでの兵士としての訓練が、こんなところで役立つとは思わなかった。ある夜、帰りの遅い祈里を心配して、せつながアカルンで駆けつけてみると……。 他CP6 「Counterattack」 ◆BVjx9JFTno R18 祈里&せつな。ある夜、部屋の中に人の気配を感じたわたしが薄目を開けると、そこには――。そんなに律義に約束を守らなくても、って思ったけど、せつなちゃん……そのためだけにアカルンでやって来たんじゃ、ないんだよね……? 他CP7 「2nd Battle」 ◆BVjx9JFTno R18 ラブ&美希。ママが居ない夜。一人だからと、ついついバスタオル1枚の姿で居たところに、ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴って、そして……あの時の自分の姿を想像すると、今でも穴があったら入りたくなるわ。でもそのお陰で、アタシは……。 他CP8 「not satisfied」 ◆BVjx9JFTno R18 ラブ&祈里。ずっと言えないと思っていた、長い間心の奥底にしまっておいた想い。思い切って口に出して、思いがけない時間を過ごして――だけど、どうしても満ち足りた気分になれなくて。だって、ラブちゃんには……。 カテゴリー名【フレッシュ:複数キャラクター】 レス番号 作品タイトル 作者 備考 複数1 「告解:Confession」 ◆BVjx9JFTno みんなと一緒にダンスをやってみようと決めた。クローバーの一員に迎えてもらった。でもこのままじゃ、私はあの人のレッスンは受けられない。だから……。26話『4つのハート! 私も躍りたい!!』後日談。 複数2 「Stay Together」 ◆BVjx9JFTno 「素晴らしい幸せが訪れます」あの時の占いはでたらめだったけど、もしも今占ったら、一体何が見えるのだろう? 水晶玉をイメージして集中するせつなに、見えてきた幸せな未来とは? 複数3 「自由ね、貴方たち」 ◆BVjx9JFTno みんなでいろんなところに行くのって楽しい。普段と違う場所だって、モデルとして、立ち居振る舞いは完璧にしてみせるんだから……って! あなたたち、何やってるの!? 唯一の常識人(?)・美希の、受難な休日。 複数4 「ブルンのチカラ」 ◆BVjx9JFTno 「よぉし。あたしたちも、ドーナツ食べ放題、ゲットだよ~!」クローバーの四人がカオルちゃんのドーナツカフェでお手伝い。すると、あっという間に予想以上の大反響! その理由は……? 「ちょっとブルン! あなた、カンペキすぎるわ……」 複数5 「ひめぐみ」 ◆BVjx9JFTno お洒落をして出掛けるのが、こんなにワクワクするなんて知らなかった。「可愛いね」って誉められると、嬉しさと恥ずかしさが同時にやって来て困ってしまうことも知らなかった。そして一番幸せを感じる瞬間は、みんなと笑いあっているときで……。四人でデート。キラキラした、せつなの幸せなひとときを、あなたに。 複数6 「一日の終わりに」 ◆BVjx9JFTno 複数5続き。みんなで美味しいものを食べて、延々と盛り上がって、涙を流して笑い転げて。「遊び疲れる」なんていう疲れ方が、本当にあるのね――。気の置けない仲間たちとの、一日の終わり。帰り道さえ、せつなにとっては勿体ない様な幸せの時間の連続で……。 複数7 「とりかえっこ」 ◆BVjx9JFTno R18 あたしにとっての彼女と、美希たんにとっての彼女は違う。美希たんにとってのあの子と、あたしにとってのあの子も勿論違う。そんなことは分かってる。でも今夜はね――。禁断の扉の向こうにあったもの。それは彼女じゃなくて、あの子の……。 複数8 「灯った火」 ◆BVjx9JFTno R18 複数7の続きのお話。彼女だけのわたしじゃなくなった。そして、わたしだけの彼女じゃなくなっちゃった。心とカラダがこんなに熱いのは、そのせいなの……? でも、同じ熱さを感じてるのは、わたしだけじゃなくて……。 複数9 「First Christmas」 ◆BVjx9JFTno プレゼントをもらうだけじゃなくて、あげるのもとっても嬉しいこと。プレゼントをあげる瞬間だけじゃなくて、準備する時間がとっても楽しいこと。初めてのクリスマスは、たくさんの幸せと一緒に、私にいろんなことを教えてくれる。大切な人たちに愛を込めて――メリー・クリスマス。 複数10 「雨のち紙テープ」 ◆BVjx9JFTno たった一人のクリスマスに、心の中は土砂降りの雨。でもそんなこと、みんなにはとても言えないから、軽口を叩いて、涙は完璧に隠したわ。それなのに……。どうやら今年のサンタさんは、特別に耳が良いのね。アタシの秘めたる雨音を、逃さず聞きつけてくれるなんて。 複数2-3 「記念旅行」 ◆BVjx9JFTno ダンス大会の優勝を祝って、三家族での温泉旅行。弾けるような笑顔。新たに紡がれる思い出。交わされる、それぞれの想い――。この旅行が終わったら、私はラビリンスに帰る。だから伝えよう。みんなへの、素直な気持ちを。 複数2-4 「+3」 ◆BVjx9JFTno ダンス大会で踊った曲を、一人で踊って見せる。本当は四人で踊ってこそのダンスだけど、踊る楽しさを、ラビリンスの子供たちに伝えたいから。イントロでカウントを取るせつなの周りで子供たちの声が大きくなって、気が付けば……! 複数2-5 「First Strike」 ◆BVjx9JFTno ためらう私の手を取って、背中を押してくれた。お揃いの練習着で、私に仲間になる勇気をくれた。だから今度は、私があなたの役に立ちたくて……。でも違った。こぼれんばかりの笑顔で、私に幸せをくれたのはやっぱり、あなたのほう。 カテゴリー名【フレッシュ:SSS(小ネタ、独白、掌編等)】 レス番号 作品タイトル 作者 備考 SSS1 「出発前夜」 ◆BVjx9JFTno 大好きな部屋。大好きな家族。大好きな仲間――。この目に焼き付けて、ずっと覚えていたい。たとえ命を落とすことになっても、みんなに貰った抱えきれないほどの幸せは、この胸に抱いていくから……。42話『ラビリンスからの招待状!』決戦に赴くせつなの思い。 SSS2 「家路」 ◆BVjx9JFTno 寒くてコートの襟をかき合わせても、カバンの中の包みのことを考えると、自然に頬が緩む。プレゼントの包みは、今年から三つ。幸せと温もりが増えた我が家へ、さぁ帰ろう――。桃園家の心ぽかぽかのクリスマスを、あの人の視点で。 SSS3 「遅い目覚め」 ◆BVjx9JFTno 「一緒に笑い合う時間が無いのが、残念だ……」自分は気付くのが遅過ぎた。でもせっかく気付けたのだから、せめて最期は君たちの笑顔のために。そして願わくは、ラビリンスの未来のために。46話『サウラーとウエスター 最期の戦い!!』より。 SSS4 「Fear」 ◆BVjx9JFTno 無機質に変貌した街。光を失った目をした人たち。そして、ラブたちがプリキュアだったという驚きの事実。もう、何が何だか……。でもお願い。どうか無事に帰って来て! 最終決戦、ラブたちが旅立った後の四つ葉町を、由美の視点で。 SSS5 「The Hermit.」 ◆BVjx9JFTno 「逆位置の隠者」の意味は、正しい道を探せ、との示唆。私の道などとうに定まっているというのに、掲げたその灯りの先に、別の答えがあると言うのか……。第20話『ダンスとプリキュア…どちらを選ぶ!?』後のイースの独白。 SSS6 「おすそ分け」 ◆BVjx9JFTno クリスマスソングの歌詞が、心に残る。思い起こせば一年前、私は何をしていただろう。今は敵味方となった彼らは今、何をしているだろう。私たちの間に違いなんてない。ただ、私は知ることができただけ。だから――。枯れ葉の絨毯は柔らかく、せつなの想いを受け止める。 SSS7 「娘はライバル!?」 ◆BVjx9JFTno お父さんが居ない間に、みんなでいそいそと台所に立って、賑やかに準備を始めて。娘二人からの手作りチョコに、きっと顔が緩みきっちゃうわよね。でも、わたしも負けないんだから! あゆみお母さんがと~ってもキュートな、桃園家のバレンタインデー。 SSS8 「début」 ◆BVjx9JFTno クローバーコレクションのバレンタイン特集。と言っても雑誌じゃなくて、アタシが初めてモデルとしてランウェイを歩く記念すべき日。でも――アタシ、全然完璧じゃない……。緊張でガチガチの美希を救った、3つの短いメッセージとは。 SSS9 「Peep」 ◆BVjx9JFTno R18。覗くつもりはなかった。でも目にしたら動けなくなった。親友二人の、体と体の熱を帯びた語らい。その熱はアタシの体をも溶かし、そして……。
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/200.html
「それでね、せつなったらおかしいんだ」 にこやかな笑顔を見せるラブ。 そうかしら。あたしはそんなの、普通だと思うけれど。 「聞いて。せつなったらひどいんだよ」 怒った、というよりは、拗ねた顔をするラブ。 そうね。せつなったらホントにひどいわ。 「どうしよう。せつなに嫌われちゃう」 泣きそうな顔で俯くラブ。 そう、嫌われちゃったのね。あたしなら、ずっとあなたの側にいてあげるのに。 口を開けば、せつなのこと。 楽しそうに。悲しそうに。怒ったように。泣いているかのように。 色んな表情を見せながら、ラブはせつなのことを話す。 ホント、うんざりしちゃう。 なんて言ったら、どういう顔をするのかしら。 驚く? 怒る? それとも――――泣いてくれる? 冗談よ。言うわけないわ。 だって。あたし。 ラブのことが、好きだから。 Thesis of A Cruel Angel この気持ちに気付いたのがいつか。 それはもう、わかってる。 中学に入った頃だ。 幼馴染のあたし達。ラブとブッキー、三人いつも一緒だった。 一緒に学校に行って。一緒に遊んで。 ホント、ずっと一緒だったなぁ。 けれど、あたし達の道は違えた。 原因は間違いなく、あたし。 あたしには夢があった。小さな頃からの夢。 モデルになりたい。モデルになって、世界中の人に希望を与えたい。そんな、 子供じみた夢。ま、本当に子供だったんだから、しょうがない。 中学校に上がる時、今の学校を選んだのは、芸能活動に理解があったから。 公立の学校に行ったら、束縛されることも多いだろう。一日でも早くモデルと して活躍したかったあたしには、それが耐えられなかった。 「えー。美希タン、一緒の学校に通わないの?」 「ええ。あたし、中学に上がったら、もっともっとモデルとして頑張りたいの」 ごねるラブに、あたしは毅然として言った。 その頃のあたしは、色んなオーディションを受けていて、その中のいくつかには 通っていた。まだそれは、雑誌の端っこの方に載るぐらいだったけれど、でも、 確かな前進だった。 その歩みを、止めたくはなかった。もっと多くの活躍の場を手に入れたいと思った。 だからあたしは、ラブ達と別の道を歩むことを決めた。 最初は少し拗ねていたラブも、やがてあたしの決意が固いのを知ると、応援 してくれるようになった。寂しそうにしていたブッキーも、何か思うところが あったのか、ラブともあたしとも違う学校に進学することを決めた。 そうしてあたし達は、別々の学校に通うことになり、いつも一緒、ではなくなった。 といっても、引っ越すわけでもなければ、喧嘩をしたわけでもない。 会いたくなったら、いつでも会える。こんなに近くに住んでるんだから。 だから、笑顔でお互いを見送ろう。そう、思っていた。 小学校の卒業式では、さすがに少し、泣いちゃったけれどね。 そして、待ちに待った中学生活。 想像以上に、楽しいものだった。クラスメイトにも恵まれたと思うし、モデル の仕事もいい感じ。 順風満帆、あたし、完璧!! ――――って、そう思ってたんだけど。 いつからか。 物足りなくなっていた。 不満があるわけじゃない。新しい友達は楽しいし、仕事場で会う人達は、厳しい けれど優しくもあった。これを不満に思ったら、バチが当たるだろう。 じゃあどうして。 ある日の放課後。一人で教室に残って、考えてみた。 どうしてあたし、物足りなく思ってるんだろう、って。 夢をかなえることに、確かな手応えを感じている。少しずつだけど、理想の 自分、完璧な自分に近付いていっているという認識もある。 なら、どうして。 思ってた時に、携帯が鳴った。見ればそれは、ラブからのメール。 『美希タン!! もう学校、終わったのかな? 終わったんなら、カオルちゃんの ドーナツカフェにGo!! ブッキーと二人で待ってるよ~ん』 顔文字と絵文字がたっぷり入った、ラブらしい、可愛いメール。 それを読んだ時、何故か胸がジーンと熱くなった。塞ぎこんでた気持ちが、 一気に晴れやかなものになった。 すぐに鞄を持って、外へ駆け出したわ。早く会いたい一心で。 その時、気付いたの。 あたしが、何を物足りなく思ってるのかってこと。 それはね。 あたしの見ている風景の中に、ラブ、あなたがいないことが寂しかったのよ。 学校は楽しい。でも、ラブがいたらきっと、もっと楽しい。 仕事は辛いことだってある。でも、ラブがいたらきっと、負けずに頑張れる。 ラブの待つドーナツカフェに向かいながら、あたしはようやく自分の気持ちに 気付いたの。 あたし、ラブのことが好きだったんだ。 その時、初めてあたし、後悔したわ。ラブと違う学校にしたことを。 同じ学校に通ってたら、もっと側にいられたのに。ずっと長く、一緒にいられ たのに、って。 それでも、状況に負けてはいられなかった。 今まで以上に、ラブ達と一緒の放課後を過ごそうって決めた。 気心の知れた幼馴染とよく遊ぶのは、不思議なことじゃないもの、ね。 やがて時は過ぎ行き。 あたしの気持ちは、徐々に徐々に、大きくなっていった。 会えない時間が、胸を痛めるようになった。 ダメね。あたし。全然、完璧じゃない。自分から、決めた道の癖に。 そんなあたしだったから、プリキュアになったこと、一緒にダンスをするよう になったことは、すごく嬉しいことだった。 だって、たくさん会える理由が出来たってことだから。 モデルとプリキュア、そしてダンス。三つをいっぺんにこなすのは大変だったし、 諦めなきゃいけないこともあったけれど、でも。 ラブが、いてくれたから。 そんなあたしの前に現れた、少女。 東せつな。 デート、って言葉をラブが口にした時、内心、ドキッとした。 この想いを自覚した時からずっと、覚悟はしていたつもり。 ラブ自身は気付いてないみたいだけど、彼女は男の子からの人気が高かった。 元気で、明るくて、可愛くて。 ラブだっていつか、誰かに恋をする。あたしの知らない誰かに。告白することや、 告白されることだって、きっと、ある。 とうとう、そんな日が来たのね。 覚悟を決めていた筈だったけれど、いざとなると、やっぱり。 だから、ラブの相手がせつなだってわかって、ほっとした。なんだ、女の子 だったんだ、って。 けれど。 ほっとしたのは、間違いだった。 それからのラブは、新しい友達のせつなにぞっこんだった。 もちろん、あたし達との時間も大切にしてくれた。プリキュアも、ダンスも、 友達も。ラブは何かもを手に入れようとするから。ひたむきなのよね、何事にも。 欲張りって言うことも出来るけど。 けれど、それにしたって。 ラブの、せつなへの興味は、日に日に増していった。あたし達の知らないところ でも、会ってたみたいだし。 あたしはといえば、彼女のことを、不気味に感じていた。ラブに変なことを 吹き込んだり、ラブを惑わせようとしたり。 ラブを傷付けようとしてるなら、許さない。 そう思っていたこともあった。 そして。 あたしの勘は、正しかった。 「ピーチ!! 彼女は敵よ!! せつなは、ラビリンスだったのよ!!」 東せつなは。 ラビリンスの人間。イースだった。 いつも元気な彼女だからこそ、塞ぎこむラブの姿は、見ていられなかった。 何よりも、思い知らされる。彼女の心の中で、せつながどれだけ大きい存在 だったかということを。 こんなに沈み込んでしまう程、ラブは、せつなを大事に思っていたなんて。 悲しみは、怒りに変わる。 せつな。せつな。どうしてラブを、あたしの大好きな人を、こんなに傷付けて しまったの。 「せつななんて子は、いなかったのよ」 心を鬼にして言った言葉。ラブを奮い立たせようとしたのは、間違いない。 けれど、ほんの少しだけ、黒い気持ちがあったことは否定出来ない。 せつななんて子はいなかった。だから気付いて。もっと側に、あなたのことを 大事に想う人がいるってことに。 ピーチと、イースが、思いの丈を拳に乗せてぶつかるのを見て、あたしは。 羨ましく、思った。イースのことを。 あんな風にあたしも、受け止めてもらえたら、と。 そして、思った。 せつなは、ホントは真っ直ぐな心の持ち主なんだ、って。 イースという姿は、鎧。自分を守る為に、作り上げられた存在。 あたしは、その表面しか見ていなかった。 ラブに見えていたものが、あたしには。 キュアパッションとして生まれ変わり、ラブの家に住むようになったせつな。 あたし達とも、少しずつ、仲良くなっていった。 最初は二人きりだと、気まずくて、ぎこちない時もあったけど、今は平気。 二人でお出かけだってする。 時々、頓珍漢なことを言ったりするのはご愛嬌だけど、可愛らしくて頼りになる、 大切な仲間。 でもね。せつな。 やっぱり、あたしにとってあなたは、ライバルなの。 恋の敵と書いて、ライバルよ。 だってあなたは、ラブの心を奪っていってしまったから。 あなたといる時のラブは、すごく輝いている。 あなたの話をする時のラブは、すごく楽しそう。 そのどれも、あたしには向けられたことのないもの。 ――――せつなみたいに可愛くて、いい子になら、負けたって仕方ない。 それに、二人はお似合いだし。せつなになら、ラブを託せる―――― ――――なんてこと、絶対に思えない。 たとえ本当に、二人がお似合いだったとしても。世界中の人が、祝福したとしても。 あたしはそれを、認めたくない。 どす黒い感情が、心の奥底に溜まっていく。 ドロドロと薄汚れて、粘っこくて。あたしの心を侵していく。 だって、仕方ないじゃない。 あたしはラブが好き。 ラブの全部が好き。 それは恋。 そして恋は、エゴイスティックなもの。 自分だけのものにしたい。 あたしだけを見てて欲しい。 側にいて。誰かに心奪われないで。 影が囁く。 手段を選んでる場合? 奪ってしまえばいいじゃない? 簡単よ。あなたはラブの一番の親友。とても信頼されている。 少しずつ、少しずつ。 毒を流し込んでいけばいい。ラブとせつなの間に。 そうして壊していけばいい。ラブとせつなの仲を。 恋をしているから。 恋する女の子は、強いから。なんだって、出来るから。 だから今日も、あたしは、ラブと話をする。 「それでね、せつなったらおかしいんだ」 にこやかな笑顔を見せるラブ。 「ホントに? フフ、おかしいの」 あたしは、ラブと一緒になって笑う。 「聞いて。せつなったらひどいんだよ」 怒った、というよりは、拗ねた顔をするラブ。 「まぁまぁ。せつなだって、本気で言ってるわけじゃないんでしょ」 あたしは、とりなすように言いながら、せつなを庇う。 「どうしよう。せつなに嫌われちゃう」 泣きそうな顔で俯くラブ。 「大丈夫よ。せつながラブを嫌うことなんて絶対に無いから」 あたしは、力強くそう言って、ラブを励ます。 心と、裏腹に。 あたしはラブとせつなを応援する。 そう。 恋をしているから。恋する女の子は、強いから。 自分の心の弱さにだって、負けたりなんてしない。 だって。 あたしが好きなのは、笑顔のラブだから。 自分の言葉で、ラブが悲しむ姿は見たくない。 笑っていて欲しいの。ラブ。 それに。 とても困ったことだけど。 せつなが悲しむ姿も、見たくない。勿論、ブッキーの悲しむ姿も。 恋という程の気持ちではないけれど、あたしはせつなのことも、好きになって しまったんだ。 恋敵と書いてライバル。そして親友とも言う。 友達の信頼を裏切るなんて、全然、完璧じゃない。 そして、結局。 あたしはラブを笑わせる。笑顔が見たくて。 「――――そうかな? 嫌われたりしてないかな?」 上目がちにあたしを見るラブの不安そうな表情に、あたしは大きく頷く。 「絶対に、大丈夫よ。それにね、悪いのが自分だってわかってるなら、ちゃんと 謝ればいいじゃない。せつななら、受け入れてくれるわ」 「――――うん!! そうだね!! ありがと、美希タン!! アタシ、早速、謝ってくる!!」 そう言うやいなや、立ち上がって駆け出すラブ。その心の先には、東せつな、 ただ一人の姿だけがあって。 あたしの気持ちに、気付くことなく。あたしを置いて。 彼女は、走っていく。 その背中に、あたしは翼を見たような気がした。 天使の翼。 うん。 彼女は、天使。 無邪気で、残酷な。 手の届かない、存在。
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/519.html
「美希ちゃん、大丈夫!?」 「う、うう――――せつな――――」 痛みにおぼつかない足で、立ち上がった美希は。 ソレワターセの中に消えて行くノーザに向けて手を伸ばす。 だが彼女の想い空しく、その姿は消えてしまう。 何をするかわからない。けれど、せつなの夢の中に向かうのだろう。 そして、せつなを―――― 失敗、だったの? ここまで来て――――!! 目を伏せる美希に、祈里が声をかける。 「信じよう、美希ちゃん」 「――――え?」 「まだ、ラブちゃんがいる。きっと、ラブちゃんがせつなちゃんを助けてくれてるって、わたし、信じてる!!」 美希の体を支えるようにして立つ彼女の声は、微かに震えている。それでも、気丈に、祈里は前を見据えている。そ の小さな体のどこに、それだけの勇気と強さがあるのだろう。美希は、ふと、そんなことを思う。そして、頷いた。 「そうね。ラブを、信じましょう。きっと、ラブなら――――」 「うん。ラブちゃんなら――――」 必ずせつなを連れ戻してくれる――――!! 「きゃああぁぁぁっ」 ソレワターセの触手に弾き飛ばされたラブが、地面を転がる。 ここは、せつなの夢の世界。だがその痛みは、現実そのもの。 「く、ぅ……」 顔をしかめながら、それでもラブは立ち上がろうとする。そんな彼女を見て、ノーザは嘲笑を顔に浮かべた。 「随分と頑張るのね、貴方。そんなにイースが大切なの? 素敵だわ、友情って」 皮肉の後に、彼女は続ける。 「けれど――――変身も出来ないのに、どうやって助けるつもりなのかしら?」 そう。 ノーザとソレワターセがこの世界に現れて、ラブはプリキュアに変身をしようとした。だが、ピルンは現れず、いくら リンクルンを操っても、彼女は変身出来なかったのだ。 「生身の人間の力で、ソレワターセが倒せる筈もない。ましてや、私をね」 ノーザの言葉は、正しい。ラブにも、それがわかっていた。 プリキュアに変身出来ない自分は、ただの人間に過ぎない。いや、伝説の戦士の力を身にまとっていても、たった 一人で、ノーザとソレワターセの両方と戦えるかは疑問だ。 長老の声も、聞こえない。呼び掛けにも、返事は無い。 今。 ラブは、たった一人――――孤独な戦いを、強いられているのだ。 「諦めて、私達に従いなさい。他人の為に命を賭けるなんて、馬鹿なことはやめて、ね」 甘い、甘い声で。 ノーザは誘う。 「そう、かもね――――」 膝を付いて答えるラブに、彼女は意外そうな顔をする。同時に、興醒めしたような様子も見せて。 「そうそう。よくわかってるじゃない。誰かさんとは、大違い」 だが、彼女はノーザの言葉を聞いていなかった。ただ、自らの心を、胸の奥から押し出すだけ。 「残された人が、どんな気持ちになるか。やっとわかったよ、アタシ」 言いながら、色を失い凍りついたままのせつなを、ラブは見つめる。その瞳には、変わらぬ慈愛が溢れていて。 「せつながアタシを守ってくれて――――けれど、そのせいで眠り続けて――――本当に、辛かった」 少し、怒ってたんだからね。立ち上がろうと足に力を込めながら、ラブは続ける。 「けれどね。この、せつなの夢の中の世界に来て――――せつなが一番、怖がってることがわかって――――やっ ぱり、感じてることは一緒なんだな、って。変かもだけど、ちょっとそれは、嬉しかった」 ラブは、笑う。フラフラになりながら、それでも立とうとする。 この世界――――せつなの夢の世界に。 「それでね、思ったんだ。やっぱり、簡単に誰かの為に命を賭けるなんて言うのは、良くないことなのかな、って―――― そういう意味では、ここに来る時、美希タンやブッキーに心配かけちゃったかな」 こうして、せつなに触れえずにいたことで、ようやく本当に、ラブはわかった気がした。 誰かに頼らなくてはいけない、任せなくてはいけないことの苦しさを。たとえ、信じていても。 美希も祈里も、せつなのことを大事に思っている。そんな彼女達の想いを、本当に自分はわかっていたのだろうか。そんなことも。 自分のわがままで、命に代えてもせつなを救うつもりで、ここに来た。そんなアタシに託した美希達は、どんな思い だったのだろう。 「待ってたり、残されてる方だって、辛いんだもんね――――簡単に、命を賭けるなんて言えない」 ふと、思い出す。 そもそもは、アタシがイースに向けて言ったことだったっけ。 命が尽きてもいいなんて、思ってないんだよね、と。 「うん、やっぱりそう。命は、大事にしないと」 「聞き分けのいい子は好きよ。さ、私達に降りなさい。そうすれば――――」 「だから!!」 ノーザの言葉を、ラブは大声で遮る。 顔を上げた彼女の瞳には、強い光が――――眩いほどの光が、宿っている。 「だから――――二人で帰るの!! アタシ達の世界に!!」 「――――っ!!」 驚くノーザに、ラブは力強く続けた。 「命が尽きてもいいなんて、思わない!! 生きて戻る!! また一緒に、せつなと一緒に、幸せをゲットするの!!」 もう一度、二人で。 新しい、二人で。 始めるんだ。 幸せを探す旅を。 「目を覚まして、せつな!!」 彼女は、暗闇の中にいた。 真っ暗の、闇。 どこまでいっても、光はなく。 どこまでいっても、終わりの無い。 永遠の闇。漆黒。 一体、どうして。 彼女は思う。 私は、ついさっきまで―――― え? 彼女は、驚く。 私、ついさっきまで――――何をしていたの? すっぽりと、記憶が抜け落ちていた。それはまるで、闇の中に記憶を落としてきてしまったかのようで。 あるいは、吸い込まれたのか。 大切な誰かに、抱きしめられていた気がした。 ――――誰に? 思い出そうとすればする程に、何かが零れ落ちていっているような気がした。 そうして出来た心の隙間に、闇が忍び込んでくる。 虚ろが、彼女を侵食していく。 何? 何が起きているの? うろたえる、彼女。だが、成す術は無く。 ボロボロと、自分というものが無くなっていく。 失ってはいけない筈の何かすら、消えていってしまう。 彼女に手を差し伸べてくれた少女がいた筈なのに。 その笑顔は、太陽のように眩しかった筈なのに。 思い出せない。 彼女に愛を注いでくれた女性がいた筈なのに。 その優しさは、包み込むように彼女を守ってくれた筈なのに。 思い出せない。 忘れていく。無くなっていく。 恐怖に慄く彼女は、最後に。 私――――私は、誰? 自らの名前すら、失って。 やがて彼女は、自分が立っているのか、座っているのか。 歩いているのか、止まっているのか。 生きているのか。死んでいるのか。 それすらも、認識できなくなって。 「残念だけれど」 ラブの言葉を、ノーザは、笑い飛ばす。冷たく。いつか、せつなにして見せたように。 プリキュアというのは、諦めが悪い。だからこそ、楽しめる。 「貴方の大好きなせつなちゃんは、もう目覚めることはないわ」 言うと同時に、ノーザは手を軽く振る。 と、世界が暗転する。暗闇の中、ラブの視界に映るのは、ノーザとソレワターセ、そしてもう一人だけ。 「せつな!!」 駆け寄る、彼女。だが、せつなは何の反応も見せない。 それは、夢の中で触れられないから、というわけではなかった。 ただ、虚ろな目で、瞬きすらしないまま、固まっているのだ。 「せつな――――?」 「もうその子は、イースでも東せつなでも、キュアパッションでも無いわ――――ただの抜け殻よ」 「どういうこと!?」 振り返るラブの浮かべた切迫した表情に、ノーザは艶やかに微笑む。もっと、もっと見せて、そんな顔を。私を楽し ませなさい、プリキュア。 「その子の心から、全ての記憶を奪い取ったの。プリキュアとして、キュアパッションとして生まれ変わったことも、貴 方と出会ったことも、一緒に暮らしたことも――――それだけじゃない、イースとして生まれたことですら、ね」 コロコロと彼女は笑う。楽しげに、笑う。 「全ての思い出を奪った今、彼女はただの人形よ。何もない、ね。貴方の呼び掛けにも応えない。だってその子は、 自分が東せつなだということすら、覚えていない――――知らないのだから」 「――――そんな!?」 せつな。せつな。せつな――――!? ラブは、声の限りに呼び掛ける。ようやく触れられるようになった肩を掴み、揺り動かす。 何度も、何度も。 だが、彼女は何の反応も見せない。 「諦めなさい。もう、その子の心に触れることは出来ない。もう、自分が生きているということすら、感じられないでしょうね」 「せつな!! せつな!! せつな――――!!」 何度も呼びかける。その悲痛な声が、ノーザの耳には心地よく響いた。 どれだけ、繰り返されただろう、その呼び掛けは。 ようやく、少女はその名を口にするのを止める。 そんな彼女の背中に、ノーザは笑いながら言った。 「ようやく諦めが付いたようね――――貴方の声はもう、届かない。想いは、伝わらない――――貴方の元に、その 子は戻らない」 嬲るように語りかけながら、ノーザはラブの背後に立つ。 「インフィニティを、渡しなさい。今ならまだ、許してあげる。私達にインフィニティを差し出せば、その子を返してあげ る――――どう? 悪くない取引でしょう?」 そうして、心を折ろうとする。 ラブという少女の。キュアピーチという戦士の。 心の一番、幹となる部分を腐らせようとする。 「残念だけれど」 ラブの言葉を、ノーザは、笑い飛ばす。冷たく。いつか、せつなにして見せたように。 プリキュアというのは、諦めが悪い。だからこそ、楽しめる。 「貴方の大好きなせつなちゃんは、もう目覚めることはないわ」 言うと同時に、ノーザは手を軽く振る。 と、世界が暗転する。暗闇の中、ラブの視界に映るのは、ノーザとソレワターセ、そしてもう一人だけ。 「せつな!!」 駆け寄る、彼女。だが、せつなは何の反応も見せない。 それは、夢の中で触れられないから、というわけではなかった。 ただ、虚ろな目で、瞬きすらしないまま、固まっているのだ。 「せつな――――?」 「もうその子は、イースでも東せつなでも、キュアパッションでも無いわ――――ただの抜け殻よ」 「どういうこと!?」 振り返るラブの浮かべた切迫した表情に、ノーザは艶やかに微笑む。もっと、もっと見せて、そんな顔を。私を楽し ませなさい、プリキュア。 「その子の心から、全ての記憶を奪い取ったの。プリキュアとして、キュアパッションとして生まれ変わったことも、貴 方と出会ったことも、一緒に暮らしたことも――――それだけじゃない、イースとして生まれたことですら、ね」 コロコロと彼女は笑う。楽しげに、笑う。 「全ての思い出を奪った今、彼女はただの人形よ。何もない、ね。貴方の呼び掛けにも応えない。だってその子は、 自分が東せつなだということすら、覚えていない――――知らないのだから」 「――――そんな!?」 せつな。せつな。せつな――――!? ラブは、声の限りに呼び掛ける。ようやく触れられるようになった肩を掴み、揺り動かす。 何度も、何度も。 だが、彼女は何の反応も見せない。 「諦めなさい。もう、その子の心に触れることは出来ない。もう、自分が生きているということすら、感じられないでしょうね」 「せつな!! せつな!! せつな――――!!」 何度も呼びかける。その悲痛な声が、ノーザの耳には心地よく響いた。 どれだけ、繰り返されただろう、その呼び掛けは。 ようやく、少女はその名を口にするのを止める。 そんな彼女の背中に、ノーザは笑いながら言った。 「ようやく諦めが付いたようね――――貴方の声はもう、届かない。想いは、伝わらない――――貴方の元に、その 子は戻らない」 嬲るように語りかけながら、ノーザはラブの背後に立つ。 「インフィニティを、渡しなさい。今ならまだ、許してあげる。私達にインフィニティを差し出せば、その子を返してあげ る――――どう? 悪くない取引でしょう?」 そうして、心を折ろうとする。 ラブという少女の。キュアピーチという戦士の。 心の一番、幹となる部分を腐らせようとする。 一途に願えば、かなう。 その強い想いがあれば、現実を超越することを、本気で信じている。 「黙りなさいっ!!」 言うと同時に、ソレワターセに彼女を地面に叩き付けさせる。 解放されても、すぐには立ち上がれない程、傷付けられた彼女。 だが、ラブの目からは光が消えない。 どれだけ苦しめられても、諦めようとしていない。 せつなにあった、自分がどうなっても、という捨て鉢な気持ちが無く、二人で生きて帰るんだという、意思を感じる。 ノーザは、そんな彼女に慄然とした。 なんなんだ――――なんなんだ、この生き物は!? 「そこまで大事なら、何故、インフィニティを渡そうとしなかった?」 思わず、問いかける。インフィニティを、シフォンを渡しさえすれば、こんなに苦しむこともなく、取り戻すことが出来る のに、と。 だが彼女は、ふらつきながら立ちあがり、首を横に振って。 「出来ないよ――――シフォンだって、大事なんだもの――――!!」 「なにを――――!!」 絶句する、ノーザ。 「何かを手に入れたければ、何かを失う覚悟が必要でしょう!?」 「そんなこと、アタシは知らない――――!!」 ラブは、ノーザの言葉を拒絶する。そして、凛とした目で言い放った。 「アタシは、欲張りなの。何かの為に、何かを諦めるなんて、そんなことは出来ない!!」 かつて、プリキュアとダンス、両方を頑張ると彼女は言った。 同じように、せつなとシフォン、どちらも守ると、彼女は決めていた。 「だから――――だから!!」 彼女の視線に、ノーザは射抜かれる。 まるで力を持たない、変身すらしていないただの少女に。 彼女は、怯えてしまって。後ずさる。 「せつなを――――アタシ達のせつなを、返してよっ!!」 その時。 世界に、声が響いた。 ありがとう ――――I m Here―――― 彼女の意識は、凍りついていた。 理性は、動かなくなっていた。 それが、ノーザのかけた呪い。 全てを失った彼女。 時という概念すら、無くなって。 一瞬と言う名の、永遠。 それは、心の死。 そのままであれば、ラブが消滅した後に、再びせつなは悪夢の続きを見せられたことだろう。 今度はノーザが作り上げた、心の裏側の世界を、覗かされただろう。 あるいはその世界で、彼女はさらに心を殺されたかもしれない。幾度も幾度も血を流し、絶望に喘ぎながら、やがて 摩耗していったかもしれない。 ただラビリンスに不幸を捧げるだけの存在に、なっていたかもしれない。 けれど。 ドクン 鼓動が、伝わる。 時を認識出来なくなった彼女の知覚に伝わってくる、規則正しく刻まれるリズム。 ドクン それは、彼女の右手から訪れる。 ドクン ドクン ドクン そうして、時が刻まれる。 彼女の中に。 体に。 ドクン ドクン ドクン ドクン ドクン ドクン ドクン 心も、意識も。止められていた。何も感じられなくなるようにと。 けれど、彼女の体は。 ――――現実の世界に残された体は―――― ――――ノーザに束縛されなかった体は―――― 思い出す。 この鼓動を。 右手から伝わる鼓動を。 その熱を。 ぬくもりを。 ドクン ドクン ドクン ドクン ドクン ドクン ドクン ドクン ドクン ドクン ドクン ドクン ドクン ドクン 体が、記憶している。 この手の先に、あるものを。 この手を繋いでくれている、大切な人のことを。 ドクン ドクン ドクン ドクン ドクン ドクン ドクン ドクン ドクン ドクン ドクン ドクン ドクン ドクン ドクン ドクン ドクン ドクン ドクン ドクン ドクン ドクン ドクン ドクン 刻まれる、リズム。 心の中の時計が動き出す。 それは、凍りついていた彼女の時間が動き出すということ。 そして、彼女は認識する。 このぬくもりが、誰のものなのかを。 一度、動き出せば、早かった。 手。大切な人の、手。 暖かい、手。 この熱を、私は知ってる。 さっき、私の背中を押してくれた手だ。 ラブの手だ。 思い出した。これは、ラブの手。私の手を握っているのは、ラブ――――桃園ラブ。 私の、一番大切な人。 私――――東せつなの、大切な人。 ――――どうして? ラブは、死んだ筈。 なのに、どうしてその熱を感じるの? ううん。そもそも、ここは一体――――? フラッシュバックする記憶。 全てを彼女は取り戻す。 ラブが死んだこと。ずっと部屋にこもっていたこと。家から逃げ出したこと。 あゆみに、救われたこと。 全てを、思い出す。 思い出して、不思議に思う。 ここはどこ――――? 私、お母さんに抱きしめられていたんじゃ――――? 開かない、目。 まるで凍りついているかのよう。 いや、たとえではなく、本当に凍りついているのかもしれない。 ひどく、寒いと思う。 けれど。 けれど、その右の手は暖かい。 誰かのぬくもりが、伝わってくる。 とても、とても心地よいぬくもりが。 ラブ。 どうして、ラブのぬくもりが――――? ラブ――――生きてるの? そんなこと、と心が否定する。 信じられない、と理性もそれに続く。 だが。 ただ、体だけが、覚えている。確かにこれは、彼女のぬくもりだ。 絶対に、間違える筈ないと強く吠える。 ならば、考えられることは、ただ一つ。 もしかして。 もしかして、これは――――夢? 気が付けば、せつなは。 あゆみの腕に、抱きしめられていた。 「お母さん――――」 言いながら、彼女は母親から体を離す。 「これ――――どっちが、夢なのかしら?」 問いかけに、あゆみは答えない。ただ、微笑みながら、娘を見つめている。 「どっちでもいいか――――私、幸せだもの」 クスッと笑いながら、せつなはあゆみの手を取る。そして、 「でも――――もし、私に選べるなら。やっぱり、ラブが生きている現実を選ぶわ。だって」 お母さんが悲しんでるところは、やっぱり見たくないんだもの。 言って、ギュッとせつなは彼女の手を握る。あゆみの目を、真っ直ぐに見つめながら。 「私、行くわ。皆が待ってる」 その言葉に、あゆみはゆっくりと頷いた。変わらぬ微笑を、顔にたたえたまま。 「お母さんが来てくれて、私、嬉しかった。すごく、幸せな気持ちになったわ」 この気持ち、忘れない。そうせつなは続ける。 「これが夢で、本当のお母さんはこのことを知らないだろうけれど、でも――――私、お母さんに優しくされたこと、 絶対に忘れない」 彼女は、誓う。そしてその誓いを、心に刻み込む。 「だから――――ありがとう、お母さん」 ありがとう。 その声が響くと同時に。 闇が、一気に払われていく。 世界が、色を取り戻す。 北風に揺れる木々の茶色。空の青。 雲の白。太陽の、光。そして。 赤の服を着た、一人の少女。 「――――せつな!!」 「お待たせ、ラブ」 突然に現れたせつなに、ラブは驚きの声を上げながら飛び付いた。ギュッと抱きしめてから、ペタペタと彼女の体に 触れる。 「せつな――――ホントに、せつなだよね?」 「くすぐったいわ、ラブ」 目を細めて笑う彼女の姿に、ラブは歓喜に顔を染めて。 「ホントにせつなだっ!!」 また、抱きつく。もう、動きにくいわ。そう言いながらも、せつなはまんざらでもなさそうな顔をしていて。 「バカなっ!?」 そこに水を差したのは、ノーザの声だった。驚愕に目を見広げながら、二人を睨みつける。 「戻ってきたですって!? ソレワターセの力からも、私の力からも解放されて――――」 「よくも好き勝手やってくれたわね、ノーザ」 真剣な表情になったせつなが、ノーザに向き直る。 「お返しは、たっぷりさせてもらうわ!!」 「――――っ!! ええぃ、ソレワターセ、やってしまいなさい!!」 ノーザの声と共にソレワターセが触手を振るう。それは、一直線にせつなとラブへと向かう――――が。 「なにっ!?」 驚きの声を上げたのは、ノーザだった。 触手は、少女達の体に触れることが出来なかった。まるで彼女を包み込むように光が集い、触手を跳ね返し、宙に 留めてしまっていたのだ。 「忘れたのかしら、ノーザ。ここは、私の夢の世界よ。私が気付いた以上、ここでは私の思うままよ」 不敵に笑いながらせつなが言うと同時に、ソレワターセの触手が、ノーザへと向かう。 「なに!?」 慌てて地面を蹴る彼女。それを追うように、触手が蠢いて。 「くっ!!」 瞬時に、自分達の不利を見て取ったのだろう。触手の一撃を掴むと同時に、ノーザは地面にトンネルを穿つ。そして、 ソレワターセと共に、その中へと消えていく。 現実世界へと逃げ戻る彼女を、せつなは何もせずに見逃した。正直、夢とはいえ、自分の意識下の世界にこれ以 上、彼女にいて欲しくはなかったから。 それに―――― 「せつな」 「――――ラブ」 それに。 たくさん、話したいことがあったから。彼女と。ラブと。 穏やかに微笑むラブに、せつなは近付いていって、そして。 「ラブ――――」 『ようやくお目覚めみたいやな、パッションはん』 口を開いた瞬間、聞こえてきたのは、長老の声だった。 「長老!?」 『感動の再会の最中にすまんけどな、ピーチはん。わしの力も結構ギリギリなんで、悪いけど戻ってきてくれるか?』 「あ、そっか」 自分が彼の力を借りて来ていたことを、せつなと会えた嬉しさで忘れていたラブは、思わず頬をかく。不思議そうな 顔をしているせつなに、長老に助けてもらったことを話そうとするが、 『それだけやあらへんで。ベリーはんとパインはんの二人が、パッションはんを助けようと戦いに行かはったんや』 「美希タンとブッキーが!?」 息を飲む二人。夢の世界と現実の世界とでは、流れる時間も違うらしい。ラブは、厳しい顔をするせつなを見て、 「せつな。帰ろう。アタシ達の世界に」 「ええ。帰りましょう。現実の世界に」 ボンヤリと消えていく、ラブの姿。長老の力も、やがて感じられなくなる。 それを確かめてから、せつなは目覚めようとする。 ただ、最後に一度だけ、振り返る。 そこに一瞬、浮かび上がる、あゆみの姿。 髪がボサボサで。部屋着のままで。靴は左右違っていて。 けれど、その笑顔は。 とっても綺麗だと、せつなは思う。 だから、もう一度だけ、彼女は言う。 ありがとう、お母さん。 それは彼女が悪夢の中で家から逃げ出した時に、残した言葉と同じ。 だが、そこに込められた想いは、熱は。 まるで、違ったのだった。 「はぁぁぁ。ホンマ、疲れたわ」 大きく息を付きながら言ったのは、長老だった。杖で腰をトントンと叩きながら、首を回している。 「お疲れさんでしたなぁ、長老」 「まぁな。けど良かったわい。ちゃんと二人とも戻ってこれて」 そう言いながら、タルトと長老はベッドの上を見る。そこには、シフォンがただ一人いて、キュアキュアとはしゃぎな がら頷いている。 ラブとせつなは、アカルンの力を使って、すでに美希と祈里の元に向かっている。今頃、戦い始めているのではな いだろうか。 「タルト、なんや美味いもんでもないんかいな」 「それやったら長老。とっておきのドーナツがありますんやー。ここやったらなんやさかい、下に降りましょか」 言いながら、タルトは長老と共に部屋を出て行く。シフォンも、その後をフワフワと浮かびながら追おうとしたが―――― ――――ドン―――― 突然の衝動が、彼女の体を包んで。 その額のマークが、灰色に染まる。 すでに階段を下り始めていたタルトと長老は、シフォンの異変に気付かない。 クローバーボックスは、ベッドの上に放置されていて。 やがて、彼女は呟く。まるで感情のこもらない、機械のような声音で。 「ワガナハ インフィニティ ムゲンノ メモリーナリ」 8-332へ