約 1,207,367 件
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/92.html
それは、せつなが私と一緒に暮らし始めてからしばらく経ったある日の事。 寝よ うとベッドに潜り込んだ時の話。 「ラブって好きな人とかいるの?」 せつなからのメールだった。隣の部屋なんだから来て話せば イイのにってその時 は思った。 「うぅん、いない。恋愛すらまだした事ないよ。」 今思い返せば素っ気無い返事 だったなぁって。 「告白されたら嬉しい?」 「そりゃ嬉しいよ~。今まで経験した事ないし、相談ばっかされてた方だもん。 」 「わかった。ありがとう。おやすみラブ。」 「おやすみせつな。また明日も幸せゲットしようね!」 ごく普通の女の子の会話、メールのやり取り。むしろせつなに好きな人出来たの かなって。何か嬉しい気持ちが強かったかも。 少しばかり眠りに入った時、私の部屋にせつなが入ってきた。 「ラブ、もう寝ちゃった?」両膝を着いて小声で呟くせつな。 「どうしたの?眠れない?」 「うん…」 せつなのちょっと不安気な声。私は何の疑いもなく「おいで。一緒に寝よう。」 と言葉を返す。 「あったかい…」 せつなの安堵な声に私もホッとする。 「ずっとこのままでいれたらいいのに。」 「大丈夫だよせつな。私はいつだって味方なんだから。さっきのメールからする と誰か好きになった?」 いつしか眠たかった私の頭はせつなの事でいっぱいになり。 「好きになるのって悪い事なのかな?私、胸が苦しいの。」 そう呟くせつながあまりにも恋しくなり、私は思わず抱き締めた。 「ごめんねラブ…」 せつなは泣いていた。その姿に私は凄く愛しい感情が芽生えて。 「泣きたい時には泣けばイイよ。私が全部受け止めてあげるから。」 「うん。ありがとう。」 せつなは凄く純粋な子。私と出会えた事を本当に喜んでくれた。私もせつなと出 会えた事を幸せに思う。 「ラブ?」 「何?」 「女の子同士は好きになっちゃいけないの?」 普通なら驚く質問だと思う。ましてや今の状態を考えれば。 けど… 「いけなくなんかないよ。いろんな幸せがあってイイと思うもん。」 不思議と自然に言葉が出た。せつなを抱き締めてたからなんだろう。 「私は…、ラブの事が好き。もう自分の気持ちに嘘を付けないわ。」 電気が体中を駆け巡った。この表現が合ってるかはわからない。それぐらいの衝 撃だった。 しばらく沈黙が続き、私はこう呟いた。 「せつなの彼女になれるなら私、幸せだよ。」 「嘘。そんな優しさ…、私嬉しくない。嫌なら嫌って」 せつなの悲しい表情は暗闇の中でもハッキリわかった。 「私がせつなに嘘付いた事ある?いつだって真正面で話してきたつもりだよ?」 「うん…。でも…」 「わかった。もう何も言わなくてイイよ。」そう言ってせつなの唇を私はキスで 塞ぐ。 !? せつなの体は少し震えたけど、これが私の最高の返事だと思った。 「正直に言ってくれてありがとう。私嬉しいよ。本当に幸せだよ。」 もう一度せつなの唇に私の唇を重ねる。 「ラブと出会えて良かった…。好きになって良かった…。」 また泣き始めたせつなをギュッと抱き締める。 「愛してる…、せつな。」私の初めての彼女はせつな。初めてのキスもせつな。 そして初めての相手も。 「ずっとこのままでいれたらいいのに。」 「それ、さっき私が言ったのよ。ふふ…」 さっきまで泣いていた私の彼女がもう笑った。反対に私が嬉しくて泣いちゃいそ うだったケドね。 ~END~
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/1527.html
『フレッシュプリキュア! パラレルストーリー(笑顔の少年と笑わない少女)』/夏希◆JIBDaXNP.g 占い館の廊下を、イース――いや、東せつなが伏し目がちに歩く。このところ不幸のエネルギーの回収効率が落ちている。原因は明白で、プリキュアの増員とパワーアップに、こちらの戦力強化が追い付いていないのだ。キュアスティックを使って放たれる、強力な浄化技。これをキュアピーチに続き、キュアパインも得たと聞く。それに4人目のプリキュア誕生の噂もある。 事態は日増しに悪くなる一方だ。加えてイースは、ウエスターやサウラーに比べて、自身のナケワメーケの強化にも成功していない。召喚する場所やタイミングでカバーしているものの、その性能の差を覆せるわけでもない。 だからこそ、今進めている計画は必ず成功させなければならない。これは自分だけのアドバンテージだ。 繰り返し頭に思い描く、成功に至るプロセスのイメージ。もうひとつ重要なのは、それを成し遂げる理想の自分をイメージすること。 そうだ――散々考えて、考え抜いて、己を鍛え抜いてここまで来た。メビウス様のしもべに相応しい言葉使い、行動や振る舞い、知識と身体能力、そして柔軟な発想力。もはや本来の自分がどんな人間だったかも思い出せないくらいに、イースとして、メビウス様のしもべとして、己を最適化させ続けてきた。 だから、最後に勝つのは自分のはず。ウエスターとサウラーを出し抜いて、プリキュアを残らず排除して、不幸のエネルギーを集めて、インフィニティを奪取し、メビウス様に認めていただく。そう――必ず! 少し気分が落ち着いたタイミングで、最も顔を見たくなかった男の一人が姿を現す。 「よお、イース。そんな恰好でどうした? そうか、わかったぞ! さてはドーナツを買いに行く気だな?」 「……馬鹿が伝染るから、気安く話しかけないで」 「そう言うな、俺だって色々と考えているんだ。そうだ! ちょうど今、新しい作戦を思い付いたところでな。お前の意見も聞かせてくれ!」 「下手の考え休むに似たり、よ。興味ないわ」 せつなは、得意気に語ろうとするウエスターを一蹴する。 「私は任務で忙しいの。いいから付きまとわないで」 「今回のは自信あったんだがな~。まあ任務とあらば仕方あるまい。気を付けるんだぞ?」 すれ違いざま、そう言い残したウエスターを、せつなは忌々しそうに睨み付ける。 (気を付けろだと? 誰に向かって口を聞いている!) 成績最下位の無能の分際で――そんな悪態が口を突いて出そうになる。しかし、そのイライラが優越感から来るものではないことも、せつなは自覚していた。 効率の悪い作戦に、数ばかり多い出撃回数。それに伴ったナケワメーケの無駄な消費。こんな男をライバルと認めるのはプライドが許さない。しかし彼の戦闘力は幹部の中でも最強で、召喚するナケワメーケの力も強大であることは事実だ。 現に適当に出撃して、適当に戦うだけで、常に知略を巡らせているイースやサウラーに迫るほどの不幸のエネルギーを集めている。彼の陽気さは余裕の表れのようにも感じられて、見ていると余計にむしゃくしゃする。 (今日こそ、成果を上げて見せる。キュアピーチ――奴の変身アイテムを、必ず……!) 赤いブラウスに白いベスト、アイボリーのキュロット。女の子らしい軽快な装いには全く似つかわしくない剣呑な表情で、東せつなは占い館を後にした。 『フレッシュプリキュア! パラレルストーリー(笑顔の少年と笑わない少女)』 (遅い……) 約束の時間をもう10分も過ぎている。と言っても、せつなもわざと5分遅れてここに来たのだけれど。 ラブよりも、ほんの少しだけ後に到着するのが理想だった。先に来て待っているようでは、こちらが一方的に熱を上げているみたいだし、かと言って大幅に遅刻してラブに嫌われては元も子もない。 しかし今日は、ラブにしては珍しく来るのが遅い。もしかして、自分の正体を見破られたのでは? 少し不安になって再び辺りを見渡したところで、こちらに駆けてくるラブの姿が目に入った。それも、せつなが見たこともない人物と、しっかりと手を繋いで……。 「ごめん、せつな。待った?」 「ううん、いま来たところよ。ところで、その子はどうしたの?」 せつなの視線が、ラブが連れてきた男の子に注がれる。栗色の髪に、大きな翡翠色の瞳。一瞥しただけで、この街の人間では無いとわかる、異国風の男の子だ。 「さっき、通りでポツンと座り込んでるのを見かけたの。なんか遠くから一人でこの街に来たらしくって、ほっとけなくて。それで連れてきちゃったんだ」 「そ……そうなの。それで、ラブはこの子をどうするつもりなの?」 「それをせつなに相談しようと思って。住所は教えてくれないし、一緒に交番に行こうって言ったら逃げようとするし……」 ラブが困ったような口調でそう言うと、男の子はプイっとそっぽを向く。その話では、どう聞いても家出少年だ。 「私に相談されても困るわよ。占いで住所を知るなんて出来ないもの」 なんとかして、この子を追い払うしかない。一緒について来られて作戦の邪魔をされてはたまらないと、せつなが思案を巡らせる。 その時、ラブのリンクルンが着信を告げた。 「はい。あ、美希たん? えっ! デパートの屋上でナケ……わかった! すぐに行くから!」 その会話を盗み聞きして、せつなは眉間にしわを寄せる。恐らくは、さっき聞いたウエスターの作戦とやらだろう。あの時に「邪魔をするな」と釘を刺しておくべきだったが、今さら後悔してもどうにもならない。 「せつな、ゴメン! あたし急用ができちゃったの。なるべく早く戻るから、それまでこの子をお願い!」 「えっ? ちょっと待って! なんで私が……」 「理由は話せないけど、どうしても行かなきゃならないの。せつなしか頼める人がいないの。お願い! この通りっ!」 せつなは、今にも駆け出しそうに足踏みしながら訴えるラブと、困惑した様子の男の子を交互に見てため息をつく。放っておけばいいのに……とは思うものの、そんなことを言って、せっかく築いてきたラブの信頼を損ねるのも割に合わない。 「わかったわ。ただし、今日の埋め合わせは必ずしてもらうわよ?」 「よかった! ありがとう、せつな。だぁ~い好き!」 「もう……調子がいいんだから」 ため息をついて微笑むせつなの手に、ラブはずっと握っていた男の子の手を握らせる。そしてまさにビュンと飛ぶような勢いで、あっという間に姿を消した。 「えっと……まずは自己紹介ね。私の名前は東せつな。あなたは?」 「ジェフリー」 せつなは少し屈んで、男の子と目線を合わせるようにして話しかける。 男の子はせつなをじっと見つめてから、ポツンと名前だけを口にした。 「そう、いい名前ね。どこか行きたいところとか、ある?」 「……お腹が空きました」 訴えかけるような目で見られて、せつなの顔がピクっと引きつる。ラビリンス本国からこの街の貨幣は支給されておらず、占いによる現金収入だけが頼りだ。衣服と交際費にそれなりのお金をかけるイースは、3人の中でも特に金欠だった。 これも必要経費……と諦めて、ただでさえ軽い財布の中身を使い切る覚悟を決める。 「じゃあ、何か食べましょうか。そうね……あのお店なんかどうかしら?」 「ハン……バーガー?」 せつなが適当に選んだ店は、オメガバーガーというハンバーガーショップだった。 「それ、どんな食べ物なの?」 「さ、さあ? 私も初めてだから……」 適当にセットを二つ注文する。席に着くと、せつなは慣れた調子でハンバーガーを口に運んだ。包みを上手に利用しながら、手や口周りを汚さずに食べていく。その様子を見て、ジェフリーが不思議そうに尋ねた。 「それ……初めて食べるんですよね?」 「ええ。それがどうかしたの?」 「どうしてそんなに、器用に食べられるんですか?」 「そんなの、周りで食べている人の真似をしてるだけよ?」 ジェフリーが、ポカンと口を開けてせつなを見つめる。そして今度は彼がせつなの真似をして、恐る恐るハンバーガーにかぶりついた。 「美味しい!」 「そうね」 その一言の後、しばらく沈黙の時間が続いた。お腹が空いていたという言葉通り、夢中で食べているジェフリーを眺めながら、せつなも黙々とハンバーガーを食べ進める。 食べ終えたジェフリーのケチャップまみれの手や口の周りを、せつながペーパーナプキンで拭いてやると、彼はおずおずと口を開いた。 「あの、せつなさん。僕のこと、何も聞かないんですか?」 「どうして? 私がラブに頼まれたのは、あなたの面倒を見ることだけよ。話したければ聞いてあげるけど」 実際、せつなにはジェフリーのことなんてどうでもよかった。ラブの頼みだから一緒に居るだけ。そうでなければあっさりと追い払っているところだ。 「じゃあ……僕から質問してもいいですか?」 「……質問? 私に?」 せつなが怪訝そうな、少し警戒した表情で、改めてジェフリーを見つめる。ジェフリーは真剣な顔つきで頷くと、再び口を開いた。 「せつなさんの父上と母上は、どんな方なんですか?」 「え……私の、両親ってこと? そ、そうね……。しっかりしていて、それに優しい人。うん……ふたりとも、大体そんな感じよ」 せつなの口調が途端にしどろもどろになる。その様子に、今度はジェフリーが怪訝そうな顔になった。 「それ、本当ですか? せつなさん、僕と会ってからずっと、なんだか嘘をついているように見えます」 「……どういう意味?」 せつなの声のトーンが下がる。それを聞いてジェフリーはビクッと肩を震わせたが、せつなから目をそらさず、ぼそぼそと言葉を続けた。 「せつなさんは、僕のお城……いえ、僕の家で働いている使用人達と、同じ顔をしているから……。愛想笑いとか、変に優しい口調とか……全部、うわべだけなんでしょ?」 「…………」 すぐには答えることが出来ず、せつながジェフリーの顔をじっと見つめる。 (こんな子供に、私の演技を見透かされた……?) 少々怪しまれている程度なら、そのまま押し通すつもりだった。しかし、彼の目は確信に満ちている。 「ふうん……なかなか鋭いのね。少し見直したわ」 せつなは観念して、ガラッと声の調子を変えた。 「それが、本当のせつなさんなの?」 「さあ、どうかしら。でも見抜かれたなら、もう演技はやめるわ」 「失礼なことを言ってごめんなさい。僕は、このまま一緒にいてもいいですか?」 「逃げたら追いかけるわよ? ラブと約束しちゃったんだし」 せつなが目を細めて警告する。しかし、むしろジェフリーは安心したような表情を浮かべた。 「よかった、怒らせてしまったんじゃないかと思って……。お願いします! 本当のことを聞かせてください。代りに僕の秘密も教えるから」 「別にあなたのことに興味は無いけど、私の何が聞きたいの?」 「だから……せつなさんの、父上と母上のことです」 どうして他人の親のことなんか知りたがるのかわからない。しかし、ジェフリーは相変わらず真剣な眼差しでせつなを見つめている。まるでその答えの中に、何か大事なものが隠されてると信じているかのように。 「聞かれても、話せることなんかないわ。私は両親に会ったことも無いし、生きているかもわからないもの」 「そう――だったんですか。ごめんなさい、辛いことを聞いてしまって……」 「別に辛いことじゃないわ。私の生まれた国では普通のことよ」 ジェフリーが驚いた顔をして――やがてその表情が微笑に変わった。せつなを見つめる顔には、親近感だか、安心感だか、そんな風に呼べそうな、くつろいだ表情が浮かんでいる。 「せつな……お姉ちゃんも、この国の人じゃなかったんだね。僕の父上と母上は、メクルメク王国の王と王妃なんだ。僕はその第一皇子で、二人と一緒に日本に来たんだけど……」 異郷の者同士と知って、気安さを感じたのか。それとも、これまでのせつなの態度で、自分に危害を加える気はないと判断したのか。ジェフリーは一層打ち解けた口調になって、身の上や、この街に来た理由を打ち明けていく。 「せつなお姉ちゃん、一度見ただけでハンバーガーを上手に食べてたでしょ。きっと他のこともすぐ覚えちゃうんだろうし、そのくらい優秀なら父上と母上にも優しくしてもらえたのかなって」 「これが、そんなに大層なことなの?」 せつなが、食べ終えたハンバーガーの包みに目を落としてつぶやく。 「僕は、父上と母上に嫌われてるんだ。勉強も習い事も一生懸命やってるのに、いつも叱られてばっかりで……。結局、父上と母上は僕のことはどうでもよくて、立派な国王の跡継ぎが欲しいだけなんだ」 ジェフリーは悔しそうに言うと、ポケットを探って隠し持っていたらしい宝石をせつなに見せる。せめてもの意趣返しに、王家の家宝を持ち出したらしい。 せつなは宝石に一瞬だけ目をやると、すぐに視線をジェフリーに戻した。彼は期待を込めた目で、せつなの言葉を待っている。きっと、本心では自分の言葉を否定してもらいたいのだろう。彼の両親は、ジェフリーを愛しているんだと言って欲しいんだろう。 (くだらない……) せつなにとっては他人事なんだから、彼が望む言葉を適当にかけてやればよかったのかもしれない。その方が後々やりやすくなるだろう。だが演技を止めてしまったがために、ついつい本音が口を突いて出る。 「そんなの当たり前よ。大切にしてもらいたいなら、努力じゃなくて結果で自分の価値を証明するしかない」 「そんな……だったら親子って何なの? 結果を出せなければ大切にしてもらえないなら、そんなの他人と変わらないじゃないか!」 そこまで勢いよく言い切ってから、ジェフリーはハッとしたように声のトーンを落とす。 「ごめんなさい……せつなお姉ちゃんは、自分の父上と母上に会ったこともないのに……」 せつなは全く表情を変えずに首を横に振る。親なんて、別に欲しいと思ったことも無いからだ。 「あなたこそ、結果を出さなくても大切にしてくれる、都合のいい親が欲しいだけなんじゃないの? 自分の身勝手な願望を押し付けて、家宝を持ち出して困らせるあなたに、ご両親を非難する資格なんてあるの?」 「僕のやっていることが……父上や母上と同じ?」 「あなたがご両親から嫌われているとしても、あなたがご両親を好きなら離れる理由はないはずよ。“思い通りにならない相手なら要らない”って意味では、同じでしょう?」 「違うよ! 僕はただ、僕の気持ちもわかってほしくて……」 「甘えないで。だったら家出なんかしないで、直接そう言うべきなんじゃないの?」 いつの間にか、周りのテーブルの顔ぶれが全て入れ替わっていた。ジェフリーはジュースのストローをくわえたまま、じっと考え込んでいる。そしてようやく口を離すと、今度は少し遠慮がちな口調で言った。 「せつなお姉ちゃんには、そんな風に思える大切な人がいるの?」 「ええ。命よりも大切な人がいるわ。その人は尊いお方で、直接話すことなんて許されない。だから結果を出さなければならないの。せめて――私を見ていただくために」 低い声でそう言ってから、今度はせつながハッとしたような顔で口をつぐむ。そしておもむろに席を立った。 ジェフリーが慌てて後を追う。彼にとって、こんな人間は初めてだった。 王子である自分の立場に、何の関心も持たない人。自分を王子ではなくて、あるがままの、ジェフリーとして見てくれる人。 いや――初めてじゃない、一人だけいた。昔、庭園で遊んでいた時に知り合った、“先生”と呼んでいる人。 せつなの言葉は、かつて“先生”がかけてくれた言葉とはまるで違う。それでいながら、同じくらいに心に響くものを感じる。ジェフリーは急いでせつなに追いつくと、隣に並んでその端正な横顔を見上げた。 一方、せつなはジェフリーとは全く違うことを考えていた。 食事をして、しばらく話し込んでしまったせいで、ラブと別れてからそれなりの時間が経っている。今までのデータから予測すると、もう少ししたらラブがナケワメーケを倒して戻ってくるかもしれない。 その前に、この少年の口止めをしておく必要があった。自分がラブを騙していることを黙っていてもらわなければならない。演技が見破られた以上、後は脅迫か懐柔しかない。そして直近の反応を見る限り、懐柔こそが適切と判断する。 「私が演技していたこと、ラブには話さないでほしいの。代わりにってわけじゃないけど、もう少し奢るわ。何か欲しいものある?」 「ホントっ? だったら僕、あれが食べてみたい!」 パッと顔を輝かせたジェフリーが指差したのは、駄菓子屋さんだった。ちょうど買い物を終えたばかりの兄妹が店から出て来て、美味しそうに水飴を口にしていた。 「いらっしゃい」 店に入ると、ちっとも歓迎してなさそうな声で店主のお婆さんが声をかけてくる。店内には可愛らしいお菓子が所狭しと並べられていて、ジェフリーが歓声を上げながら、キラキラした目でそれらを眺める。 「私が買える範囲でね。計算はしてあげるから、好きなのを選んでいいわ」 「うん!」 これにしようか? あれにしようか? と、ジェフリーは次々と目移りしながらお菓子を選んでいく。 「あんたら、この街の子じゃないね?」 不意に、お婆さんがふたりを交互に眺めてそう言った。せつなはわずかに警戒の色を見せる。 「よそ者には売ってもらえませんか?」 「そうは言っちゃいないさ。むしろ嬉しくてね。今日はサービスしてあげるから、好きなのを持っていきな」 ジェフリーは透明のビニール袋いっぱいのお菓子を詰めてもらう。 「こんなにいいの? ありがとう!」 光り輝くような無邪気なジェフリーの笑顔に、お婆さんの頬も緩みかけて、慌てたように、ふん! とそっぽを向いた。 せつなはお婆さんに気付かれないように、そっとため息をついた。自分の財布を痛めなければ、代償としての価値は無い。 貰ったお菓子を食べる場所を探して、今度は四つ葉公園に向かう。ついでにドーナツを買ってあげれば立派な口止め料になるはず――そう思い付いたのだが、出張でもしているのか、カオルちゃんのドーナツカフェはいつもの場所には無かった。 「このお菓子で十分だよ。せつなお姉ちゃんも一緒に食べよう」 「でも、あなたがいただいたものでしょ?」 「いいんだ。僕が一緒に食べたいんだから」 そう言って、ジェフリーは次々にお菓子を半分こにしてくる。これではあべこべだ。せつなは戸惑いつつ、無言でそれらを口に運んだ。 「どれも美味しいね!」 「……そうね」 「せつなお姉ちゃんは、こういうお菓子も初めてなの?」 「ええ、私の国には無かったわ」 「そっか~。僕の国にはあったはずなんだけど、食べさせてはもらえなかったんだ。僕達、似ているのかもしれないね」 そう言って、ジェフリーが明るく笑う。何だかこの子はさっきから、ずっと笑っているような気がした。特に優しくした覚えもないのに、むしろ厳しい言葉を口にしたはずなのに、すっかり慕われたことを不思議に思う。 もう懐柔する必要も無いだろう。信頼しきった笑顔を向けて、こちらを疑おうともしないところは、まるでラブを見ているようだ。 「さっきの話だけど……。せつなお姉ちゃんは、その人のために、結果を出すことができたの?」 「残念だけど、まだよ。あと一歩が届かなくて、あがいているってところかしら」 「そっか、上手くいくといいね。僕もせつなお姉ちゃんみたいに、頑張ってみようかな……。そうだ! 何かコツとかあるのかな?」 ジェフリーがそんなことを言い出して、期待に満ちた眼差しを向けてくる。そんな簡単な方法はない! そう思った時、ふと脳裏に浮かんだのは、まだ訓練生だった頃の光景だった。 どこにも味方の居ない絶望的な孤独の中で、希望を見失い、何度も挫けそうになった。その都度、いつか誕生する“その人”を思い浮かべて、その背中を追いかけた。 「想像するの――理想の自分を」 「理想の……自分?」 「ええ。私は私にしかなれない。あなただってそう。他人をうらやんでも他人にはなれない。だから理想の自分を想像するの。“その人”を追いかけるの。そして、その人になりきるの」 せつなは小柄で、他の幹部候補生よりもずっと非力だった。周りには、自分よりも力の強い者や、知力に長けた者が大勢いた。 そんな中で勝ち残ることができたのは、誰よりも強いメビウス様への忠誠心があったからだ。あの御方のお側でお役に立つ自分――理想の自分を思い描いて、努力し続けたからだ。 「理想の自分……。そうか、もしかしたら“先生”が教えてくれたことも、そういうことなのかな?」 少しの間考え込んでいたジェフリーが、何だか目を輝かせながらそんなことを言い出す。 「先生って……学校とかいう施設の?」 「ううん、昔、庭園で遊んでいた時によく話した人。その人はとっても面白くて、自由で、ものすごく強いんだ!」 「ふぅん」 さして興味がなさそうなせつなに、ジェフリーの方は身を乗り出して話を続ける。 「“先生”が言ったんだ。僕の身体の中には、未来って宝石がたっくさん詰まってるんだぞ、って。その時は、意味がよくわからなかったんだけど、もしかしたらその宝石って、理想の自分、ってことなのかな?」 「さあ……私はその“先生”とやらじゃないから、わからないわね」 せつながそっけない口調で答える。だが、ジェフリーの目の輝きは変わらない。 「僕、わかったよ。僕は、僕のことが好きじゃなかった。それなのに、父上や母上に好きになってもらおうなんて、虫が良すぎたよね」 ジェフリーはお菓子を全て食べ終えると、袋を丁寧に畳んで立ち上がった。 「ありがとう、せつなお姉ちゃん。僕、帰ることにするよ。ちゃんと父上と母上に気持ちを伝えて、そして認めてもらえるように、勉強も習い事も頑張る」 「そう――私も手間が省けて助かるわ」 どうでも良さそうな声で返事をすると、せつなも立ち上がる。そして次の瞬間、険しい表情で後ろを振り返った。 せつなの背後にざっと10人。左右と前方にも、ほぼ同じ数。黒ずくめの服に身を包んだ男達が姿を現し、こちらにゆっくりと近づいてくる。 「しまった……私としたことが、囲まれたのに気が付かないなんて。これはあなたの国の連中なの?」 「ううん。僕はこんな人達、見たことがない……」 総数40名の男達が、ジワジワと包囲網を狭めていく。せつなは一瞬、変身しようかと迷ったが、すぐにその考えを捨てた。 既にこの男の子には情報を与え過ぎている。この上変身まで見られたら、自分の計画が全て水の泡になってしまうかもしれない。かと言って、この子を置いて逃げることもできない。ラブに頼まれている以上、無事に家に帰さなければ信頼を失うことになる。 「いい? 私から離れないで」 「うん……」 ジェフリーは怯えた様子でせつなの背後に回る。しかし、せつなにしがみついたり服を掴んだりはしなかった。危機にあっても、冷静な判断を下せる子。せつなはまた一段階、この少年の評価を引き上げる。 男達は交渉をしてこなかった。する必要が無いと考えているのだろう。そして構えを取っても、男達に警戒を強めた様子は見られない。それはつまり、せつなを舐めてかかっているということだ。ならば先ず、連中の注意を自分に引き付けなければならない。 男達の輪が十分に狭まったと見て、せつなは少し前に出る。ジェフリーを巻き込まないためだ。それを合図に正面の男が飛び込んで来た。前傾姿勢から繰り出されるのは、アッパー気味のボディブロー。せつなはそれを服を掠めるくらいギリギリで回避して、がら空きになった鳩尾にフックを叩き込む。 少女の小さな拳が、大きな男の経穴に突き刺さる。横隔膜に張り付いた神経節に直接ダメージを与えられ、男はその場に倒れて痙攣した。その鮮やかな一撃で、全員の警戒レベルが一気に引き上げられる。バラバラだった彼らの動きが、一体の生き物のように連携していく。 (これで――1人) せつなの大きく広げた視界の端に、左右から同時に殴りかかってくる男達の姿が映る。それを高速のスウェーとダッキングで回避した。きっと男達には、拳が身体をすり抜けたように感じられたことだろう。 そしてダッキングで屈んだ状態を利用して、男達のズボンの裾を掴んで持ち上げて、頭から転倒させる。せつなは立ち上がりざま、背後から掴みかかってきた男に肘を叩き込み、バランスが崩れたところを背負い投げで投げ飛ばした。 (2人――3人――4人――次!) 「せつなお姉ちゃん、凄い!」 「ジェフリー! 後ろっ!」 せつなの鮮やかな活躍に、思わずジェフリーが身を乗り出す。せつなが警告を発するが、既に遅かった。後ろから羽交い絞めにされて、ジェフリーが逃れようと懸命に足掻く。 「ジェフリーっ!」 駆け寄ろうとしたせつなが、まるで糸が切れたように、突然ガクンと崩れ落ちる。せつなの背後には一際大きな男が立っていて、彼女の頭部に拳を振り下ろしていた。 「お姉ちゃん! せつなお姉ちゃん! お姉……」 徐々に小さくなっていく声を聴きながら、せつなは意識を失った。 「うっ……痛ッ……ここは?」 起き上がろうとした途端、頭が割れるように痛んだ。ここはさっきと同じ、いつもならカオルちゃんのドーナツカフェがある場所だ。一体どのくらいの間、気絶していたのだろう。 ゆっくりと立ち上がって辺りを見回したが、ジェフリーの姿はどこにもなかった。黒服の連中に連れて行かれたと見て間違いない。早く助けに行かなければ……せつなは咄嗟にそう考えて、しかしすぐに否定する。 「私がラブに頼まれたのは、あの子の面倒を見ることだけ。襲撃なんて予想外の展開だし、これ以上守ってやる義理はない」 何より、こちらも頭を怪我しているのだ。あの子を連れ去られてしまったとは言え、ラブから謝罪や感謝の言葉を受けることはあっても、嫌われる道理は無いだろう。 「馬鹿馬鹿しい。もう帰ろう……」 そうつぶやいて、せつなは占い館のある方向に歩き出す。 一歩、また一歩、足が地面を踏む度に、頭にズキンと痛みが走る。そしてその度に、あの子の――ジェフリーの、自分の名を叫ぶ声が聞こえるような気がする。それが不愉快で、イライラして、ついにせつなは立ち止まった。 「助ける必要が……あるか無いかは関係ない。この私が一度は守ると決めた者を、奴らは勝手に奪っていった。それが――許せるのか? 貴様ら……一体誰に手を上げたと思っている!」 怒りの炎が身を焦がす。両手の拳を固く握り締め、ギリリと音が鳴るくらいに歯を食いしばる。 “制裁を加える”――それがせつなの、イースの下した決断だった。 「スイッチ・オーバー」 せつなは静かに変身すると、空間を開き、そこから半透明の端末を引き出した。それは占い館のコンピューターと繋がっていて、ここら一帯の監視カメラのデーターをハッキングできる。 「……見つけた。この落とし前――高く付くぞ!」 場所は十数キロ離れた、海沿いに立ち並ぶ倉庫街。イースは身を翻すと、風のような疾さで駆け出した。 目的地に到着すると、イースは物陰に隠れて辺りの様子をうかがった。あちこちに立っている見張りの数から察するに、男達の人数はさっきの数を上回るようだ。 ジェフリーの姿はどこにも無い。おそらく見張りの一番多い倉庫の中――そう推察して、イースは変身を解除する。せつなの姿でフラフラと歩いて、見張りの手前で倒れるように座り込んだ。 「お前、確か王子と一緒にいた女だな? どうやってここを知った!」 見張りが集まってきてせつなを取り囲む。その間に、せつなは素早く全員の装備に目を走らせる。 最初にやりあった時もそうだったが、武装はしていないらしい。王子を殺傷する意図が無いことと、あとはボディチェックを逃れるため。つまり侵入と逃走をやりやすくするためだろう。 「お願いっ! 私はどうなってもいいから、あの子に、ジェフリーに会わせて! なんなら私が人質になってもいい。とにかく、あの子の無事を確認させて!」 せつなはあえて質問には答えず、必死の形相を演じて懇願する。黒服達もせつなの要求には答えず、互いに目配せして周囲に目を光らせた。 おそらく警察の囮捜査を疑っているのだろう。やがて近くに誰も居ないことを確認すると、男達はせつなの両腕を捻って背中で合わせ、特殊なガムテープを巻いて拘束した。 「お前では王子の代りは務まらないが、ここを見られた以上、このまま帰すわけにはいかない。一緒に来てもらうぞ」 一人の男が、せつなの髪を無造作に掴んで立たせ、引きずるようにして歩き出す。しばらくして辿り着いたのは、さっきせつなが目を付けていた一番大きな倉庫だった。中には執事服を着た豊かな髭を蓄えた男が、大勢の黒服を従えるように立っていて、その前にジェフリーの姿がある。 「せつなお姉ちゃん! おい、ゴードン! せつなお姉ちゃんを放せ!」 せつなを見たジェフリーが叫ぶ。せつなと同様に腕は縛られているが、特に怪我は無いようだ。せつなが髪を掴まれたままなのに激昂して、ボスらしい執事服の男に歯を剥いて抗議する。ニヤリと笑う男の指示で、突き飛ばすような形で、せつなの髪を掴む手が離された。 せつなはジェフリーに目配せして、自分に駆け寄って来るのを止めると、ゴードンと呼ばれた男に問いかけた。 「この子をさらったのはなぜ? 何が目的なの?」 「ふん、教えてやろう。一つは、これだ」 ゴードンが、ジェフリーから取り上げた宝石を見せびらかす。子供の拳ほどもあるその巨大な石は、“ポセイドンの冷や汗”と呼ばれ、古くからメクルメク王国に伝えられてきた国宝だという。 ジェフリーには、両親が大切にしている家宝という認識しかなかったようだが、それは人々を幸せにする宝石という伝承まで持った、値段など付けられない秘宝中の秘宝だった。 「それなら用は済んだでしょう? この子は解放して!」 「そうもいかん。この国の警察は優秀だからな。その唯一のウイークポイントが、人命を尊びすぎることだ。だから、人質は実に有用なのだよ」 「あとは、王子を盾にして身代金を奪おうって魂胆かしら?」 せつなの赤い瞳が、男の腹の中を見透かすように光る。 「その通りだ。あの王と王妃は実のところ子煩悩でね。息子に厳しいのも愛情の裏返しってヤツだ。吹っかければいくらでも払うだろうよ」 「聞いた? ジェフリー。良かったわね」 そう言って、せつながフフッと不敵に笑う。 「何が可笑しい!」 その態度が気に入らなかったのか、ゴードンはつかつかとせつなに近付くと、いきなりその頬を張り飛ばした。 腕を縛られているせつなは受け身すら取れず、したたかに床に頭を打ち付ける。暴行はそれだけでは収まらず、今度はゴードンがせつなの髪を掴んで、固い靴底で頭を力いっぱい踏みつけた。 せつなはグッと悲鳴を堪える。その時、見かねたジェフリーがゴードンの足に思い切り噛みついた。 「痛ってぇ。何しやがる、このガキッ!」 ゴンっという音がして、ジェフリーがその場に崩れ落ちる。せつなの位置からは見えなかったが、頭を力いっぱい殴られたのだろう。 「ボス! いけません。もしこのガキに何かあったら、今後の計画が……」 「フン、手加減はしてあるから死にはせん。それより、この女の処遇だが……」 ゴードンがそう言って、もう一度せつなの髪を掴んで顔を上げさせる。 「なかなか綺麗な顔立ちをしているな。コイツも売れば金になりそうだ。ヘリに積んでいくぞ」 せつなは、つまらないものを見るように男の顔を眺めてから、ジェフリーに視線を移す。そして、彼が完全に意識を失っていることを確認すると、突然大声で笑い出した。 「フフ、フフフ。あははは……!」 「何だ? コイツ。気でも狂ったか?」 「気でも狂ったか、だと? 誰に向かって口を聞いている? 虎の尾を踏んだことにも気付かぬ、愚かな人間どもよ!」 「な……なにぃっ!?」 再び激昂しかけたゴードンが、怪訝そうな顔で動きを止める。 倉庫内にこだまする、ミチッ、ミチッという不気味な音。それが何の音なのかわからないうちに、今度はバチン! という大きな音がした。そこでようやく男達が音の正体に気付く。だが――もう遅かった。 力づくで引き千切られたガムテープの残骸が宙を舞う。そして次の瞬間、せつなは自分の髪を掴んでいたゴードンの腕を捻り上げていた。 「痛タタタッ――クソッ、放せッ!」 ほっそりした小娘の身体の、どこにそんな力が眠っているのか? ゴードンは悪戦苦闘しながら、ようやくせつなの腕を振りほどく。 その時にはもう、せつなの両手は胸の前で組まれていた。 両手で拳を握り、そして合わせ、グリッ――グリッと捻った後、大きく左右に開く! “スイッチ・オーバー” 変身――生まれて初めて目にする奇跡に、その場の全員が息を呑む。瞬きするほどの間に、可憐な少女が、恐るべき戦士に姿を変える。 艶やかな黒髪は、月の光を封じ込めたような、煌めく銀の輝きを湛える。女の子らしいカジュアルな服装は、黒と赤を基調にした、凶暴さを感じさせる戦闘服に姿を変える。 しかし、本当に変わったのは容姿ではないことを――彼らもまた、戦いに身を置く者だからこそ、敏感に感じ取っていた。 目の前に立っているのは――正真正銘の化け物なのだと。 「お……お前は……何者だ!?」 「我が名はイース。ラビリンス総統、メビウス様がしもべ」 おそらく腰を抜かしたのだろう。座ったままでズルズルと後ずさるゴードンに対して、イースは高らかに名乗りを上げる。 そして片手でゴードンの胸倉を掴むと、まるで赤子のように高々と持ち上げた。 「ボスを――放せ! 化け物め!」 ようやく我に返った黒服達が、イースに一斉に襲い掛かる。それまでは無手を貫いていたのに、全員が鉄材などの得物を持って。 ガキンっという音がして、黒服達の手から武器が落ちた。その内のいくつかは、まるで鉄の塊でも殴ったかのように、折れたり曲がったりしている。 「ヒィィィ――!」 ゴードンがなんとかイースから逃れようと、バタバタと足をバタつかせて暴れる。そのはずみで、ポロリと大きな宝石が床に転がった。 イースの関心がそちらに移り、まるでゴミのように、ゴードンをポイッと投げ捨てる。 「これがメクルメク王家の秘宝、“ポセイドンの冷や汗”か。国民全員を幸せにするアイテムとは面白い。これを素体にしたら、ウエスターやサウラーにも負けないナケワメーケが作れるはず」 “ナケワメーケ・我に仕えよ!” イースは宝石を宙に投げると、赤いダイヤを飛ばして突き刺した。ダイヤの刺さった宝石は見る見る大きくなって、鉱石の身体を持つ化け物へと姿を変える。 あっという間にその頭部が倉庫の天井を突き破り、腕の一振りで倉庫の壁が吹き飛ぶ。 悲鳴を上げながら、蜘蛛の子を散らすように逃げていく黒服達。イースはもうそんな男共には目もくれず、気を失ったジェフリーを肩に担ぐと、一跳びで外へ出た。半壊した倉庫の壁にもたれかけさせるように、そっとジェフリーを座らせる。 「ジュエール!」 鉱石の身体を持った巨人型のナケワメーケは、まるでおもちゃか何かのように、倉庫街をなぎ倒していく。 「思った通り、強力な素体だったな。よし、ナケワメーケ! ここはもういい。街に繰り出して不幸のエネルギーを集めろ!」 「ジュエール!」 イースの指示を受けて、ナケワメーケが街のある方角に進路を変える。その時―― “トリプル・プリキュア・キィーーーック!!!” ピンク・ブルー・イエローの三色の閃光が、光の矢となってナケワメーケに突き刺さる。 プリキュア3人による渾身の飛び蹴りを受けて、ナケワメーケがたたらを踏む。しかし、それでもその身体には、傷一つ付いていなかった。 「フフフ、こんなに早くプリキュアが現れるとは計算外だったが、いいぞ! なんという耐久力だ。そのまま踏み潰せ! ナケワメーケ!」 「ジュエール!」 鋼鉄をも遥かに上回る硬度を備えたナケワメーケが、プリキュアを標的に絞ってその力を振るう。 前代未聞の耐久力はもちろんのこと、その攻撃力も圧倒的だった。これまで力不足に悩んでいたイースにとっては、まさに望んでいた力だ。 「わぁっ!」 「ああっ!」 「きゃぁっ!」 「ジュ、エーーール!!!」 「う、動けない……」 全員を地面に叩き付け、ナケワメーケは巨大なクリスタルの礫を放って足止めする。プリキュアは鉱石の牢獄に囚われ、一切の身動きが取れなくなる。そして、ナケワメーケがトドメを刺そうとした時だった―― 倉庫街の中から紫色のスーツを着た一般人が現れ、信じられないことに、プリキュアの加勢に入った。 「ヘイ! プリキュア! 宝石ってのは、一カ所を一定方向に同時に力がかかると割れやすくなるものなんだ。ソイツのウィークポイントは……ここだァ――ッ!」 謎の一般人――いや、カオルちゃんがナケワメーケに飛び蹴りを入れる。生身では考えられない高さで、生身ではありえない威力で、人間には考えられない精度で。 ピシリ、と音を立てて、ナケワメーケの身体にヒビが入る。 「今だッ!」 カオルちゃんの合図に応えて、キュアピーチがリンクルンのホイールを回す。愛の妖精ピルンが飛び出して、クルクルと舞い踊る。 “届け! 愛のメロディー! キュアスティック、ピーチロッド!” 「悪いの、悪いの、飛んで行け! プリキュア! ラブ・サンシャイン・フレッ――シュ!」 ピーチロッドから放たれた光が、巨大なハート型のエネルギーとなってナケワメーケを包み込む。 シュワ・シュワーという、なんだか幸せそうな断末魔の叫びを残して、イースのナケワメーケは砕けた宝石に姿を変えた。 「クッ、またしても邪魔が入ったか。しかし、カオルちゃん……奴は一体、何者だ……」 ふと、さっきのジェフリーの言葉が耳に蘇る。――その人はとっても面白くて、自由で、ものすごく強いんだ! 「……まさか、な」 イースはまだ痛む頭を押さえながら、その場から姿を消した。 そこから先は盛大な逮捕劇だった。どうやら警察を呼んだのは、どこでどう聞き付けたのか、カオルちゃんであったらしい。 逃走用に使われるはずのヘリは、着陸後すぐに航空警察隊に確保され、総数百名を超える黒服達は、その多くが保護を求めるかのように、率先して警察に投降した。 ボスのゴードンもまた、ガックリとうなだれて、手錠をかけられて護送車に乗せられる。 しばらくして、数台のパトカーに護られて、メクルメク王国の王と王妃も現場に姿を見せた。既に、カオルちゃんによって保護されていたジェフリーが駆け寄る。 「父上、母上、勝手なことをしてごめんなさい。それに、家宝の宝石が……」 ジェフリーは、砕けてしまったポセイドンの冷や汗を、申し訳なさそうに、恐る恐る父に差し出す。 「いいんだ、ジェフリー。お前さえ無事で居てくれたなら、宝石など少しも惜しくはない。今回のことは、お前の気持ちをわかってやれなかった私達の責任だ」 「愛しているわ、ジェフリー」 「父上……。母上……」 抱き合う親子の姿を、カオルちゃんと、ラブ達と、そして――離れたところから、フラフラと現れたせつなが見守った。 「って、せつなっ! どうしてここに? えっ、もしかして怪我してるの!?」 ラブがビックリして大声を上げる。その声を、両親と抱き合っていたジェフリーが聞き付けて、ラブの方に向き直った。 「あのね! せつなお姉ちゃんは、悪い奴らにさらわれた僕を助けるために、一人でここまで来てくれたんだ。それであいつ等にひどい事されて……」 「本当なの! せつなっ!?」 ラブはもちろん、美希や祈里も心配して声をかける。 「平気よ。頭を少し殴られただけ。傷も大したことないわ」 「そんな……頭を殴られたなんて、大変じゃない!」 「そうよ、すぐにお医者様に見せないと!」 「だったら、ジェフリーを病院に連れて行って。あの子も頭を殴られていたから。私は本当に平気よ」 王と王妃からの治療と謝礼の申し出を丁重に断って、せつなはラブの方へと向き直る。 「ごめんなさい、ラブ。私はもう戻らなければならないの。約束の埋め合わせ、忘れないでね」 「それはもちろんだよ! でも、本当に大丈夫なの?」 「ええ」と無理に笑顔を作って、せつなが踵を返す。その背中に―― 「せつなお姉ちゃん! 色々ありがとう! 僕、頑張るよ! 僕は、理想の僕になる。父上にも、母上にも、先生にも、そして、せつなお姉ちゃんにも認めてもらえる僕に、きっとなるから!」 大声でそう宣言するジェフリーに、せつなは一度だけ振り向いて小さく笑うと、何も言わずに立ち去った。 ジェフリーは、せつなの姿が見えなくなるまで、いつまでも手を振り続けていた。 ズキン、ズキンと痛む頭を押さえながら、せつなは占い館の扉を開く。 「おう、帰ったのかイース。ってどうした!? 頭に怪我をしてるじゃないか! 誰がやったんだ!」 「うるさい! 黙れ!」 ただですら頭が痛むのに、耳元で大声で怒鳴られては堪らない。せつなは怒鳴り返し様に、ウエスターの脛を思いっきり蹴飛ばした。 「痛ったぁ! 何をするんだ、イース!」 「だから黙れと言っている! そもそも私がこんな目に遭ったのは、全てお前のせいだ!」 「え~、うっそぉ!」 ひとしきりウエスターに文句を言うと、せつなは頭の手当てをして、自室のベットに倒れ込んだ。ただの打撲であることはとっくにスキャン済みだが、生身の損傷の回復には少し時間がかかるだろう。 目を閉じると、今日出会ったジェフリーの笑顔が浮かんだ。キラキラと輝く、翡翠色の瞳がこちらを見つめる。そんな笑顔を自分に向けた人間は、ラブに続いて二人目だった。 「散々な一日だった……」 そうつぶやくと同時に、せつなは深い眠りに落ちていく。不運を訴えるその言葉とは裏腹に、その口元をわずかに綻ばせて……。 緩やかに上下する彼女の胸の上では、消し忘れた蛍光灯の光を反射して、幸せの素のペンダントが微かな光を放っていた。
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/454.html
【ゆずれないもの】/恵千果◆EeRc0idolE 祈里 「大好きなの!」 せつな「そんなに好き?」 ラブ 「アタシだって大好きだもん!」 美希 「ゆずりあいなさいよ!」 祈里 「イヤ!これだけは絶対ゆずれない!」 ラブ 「アタシだってそうだよ!」 美希 「じゃあジャンケンで決めるとか」 祈・ラ「ジャンケンポン!」 せつな「ブッキーの勝ちね」 ラブ 「イヤアアアアァ!!!今のなし!今のなし!」 美希 「ラブったら!諦めの悪い子ね」 ラブ 「お願いブッキー!せめて半分こにしようよー」 祈里 「イヤ!わたしが勝ったんだから、わたしだけのものよ!」 美希 「ブッキーが独占欲むき出しにするなんて、めずらしいこともあるものね」 せつな「そんなに欲しかったの?」 祈里「 うん!だーい好き。いっただっきまーす!うふ、美味しい!」 ラブ 「ウッウッウッ、アタシの大好きなチョコドーナツがぁ…」 美希 「何も泣くことないでしょ!カオルちゃーん、ドーナツ追加ね」
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/603.html
イエローハートの証明 ( 第1話:ナケワメーケ、再び!? ) ハーイ、せつな! 元気?毎日頑張り過ぎて、体調崩したりしてない? ちゃんと寝て、しっかりご飯食べてる? って、これじゃあたし、まるでお母さんみたいだね。たはは~。 でも、せつながどうしてるか、気になっちゃってさ。 あたしは元気だよ。 今日は終業式だったんだ。中学二年生最後の日。 通信簿が怖かったんだけど、せつなに勉強を教えてもらっていたお蔭で、二学期からの成績が上がったって褒められちゃった。 三年生になってもこの調子でね、って先生に言われたんだけど、う~ん、大丈夫かなぁ・・・ちょっと心配。 そんなわけで、明日から春休みだよ。美希たんとブッキーの学校は、あさってからなんだって。 お休みの間は思いっ切りダンスレッスンが出来る!って楽しみにしてたんだけど、美希たんは最近、モデルのお仕事が忙しくて、なかなかレッスンに出られないの。 美希たん、ますます人気者なんだよ。 ブッキーも、病院のお手伝い、ますます頑張ってる。 あたしは相変わらず、ミユキさんのレッスンを頑張って <消去> せつなも美希たんもブッキーも、みんな頑張ってるんだもん、あたしも頑張らないとね。 お父さんとお母さんも、元気だよ。お母さんったら、相変わらずニンジン料理ばっかり作るんだよ~!自分だって相変わらずホウレンソウ苦手なくせにさ。 みんなでよく、今頃せつなどうしてるかなって話してるんだよ。 きっと毎日忙しいんだろうね。でも何度も言うけど、あんまり頑張り過ぎちゃダメだよ。 せつなはいっつも精一杯頑張ってるけど、自分の体は大切にしなきゃ、あたしたちも、きっとせつなの周りの人たちも、みんな心配するから。 み~んなで、せつなのこと応援してるからね! それから、時間が出来たらでいいから、たまにはメールもらえたら嬉し <消去> お父さんもお母さんも、せつなのこと心配してるから、時間が出来たら、短くていいから <消去> <全文消去しますか?> ・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・ ・・・ イエローハートの証明 ( 第1話:ナケワメーケ、再び!? ) 四つ葉町公園に、若葉の香る季節がやって来た。石造りのステージとベンチが並ぶエリアには、ダンシング・ポッドからの軽快な音楽が響いている。 今日もステージで踊っているのは、ピンク、ブルー、イエローの練習着に身を包んだ三人の少女たちだ。 「はい、ここテンポに気を付けて。ワン、ツー、スリー・・・はい、そこでターン!」 真剣な顔つきで少女たちを見守る若いダンサー――ミユキの手拍子に合わせて、三人は軽やかにその身を翻す。が、その途端、中央で踊るピンクのジャージの少女が、つるりと足を滑らせた。 「うわっ!」 淡い栗色のツインテールが、ぴょん、と天に向かって勢いよく跳ねる。が、そのまま仰向けに倒れそうになったところで、両側の二人が素早く彼女を支えた。 「ラブ!もぉ、しっかりしてよ。」 「大丈夫?ラブちゃん。」 「たはは~。美希たん、ブッキー、ありがとう。ミユキさん、ごめんなさい。」 苦笑いで頭を掻くラブに、ミユキは呆れながらも微笑んでみせる。 (こういうところは、相変わらず息ぴったりなのよね。) 心の中でそう呟きながら、彼女はダンシング・ポッドの音楽を止めた。 「ターンのタイミングは合ってきたけど、まだまだね。 美希ちゃんは、ステップに間違いが多すぎ。祈里ちゃんは、動きをもっと大きく。ラブちゃんは、力ばっかり入って全然リズムに乗れてない。 そして一番の問題は、三人の動きがバラバラだっていうことよ。」 「はい・・・。」 揃って小さくなる教え子たちを前にして、ミユキはそっと溜息をつく。 五月の大型連休は、今日始まったばかり。久しぶりにみっちりレッスンが出来るかと思ったら、急な仕事が入って、今日と連休最終日にしか時間が取れなくなってしまった。 仕方がない、量より質だ、と気を取り直してレッスンを始めたのだが、肝心の彼女たちがどうも本調子でない。そしてそれは、実は今日始まったことではなかった。 昨年のダンス大会で、見事優勝したクローバー。だが、せつながラビリンスに帰還したことで、トリニティのようにプロデビューとはいかなかった。三人だけでユニットを組み直しては、という話もあったのだが、ラブたちがそれを断ったのだ。 そしてラブたち三人は、その後も前と同じようにダンスレッスンを続けた。 “ラビリンスで頑張っているせつなに負けないように、あたしたちも頑張る。” その言葉がもはや口癖のようになっているラブに引きずられるように、モデルとして人気の出てきた美希も、一層病院のお手伝いに身を入れている祈里も、忙しい時間をやりくりして、ダンスを続けていた。 だが、そんな三人の歯車は、実は少しずつ狂い始めていたのだ。それが目に見えて分かるようになったきっかけは、今思えば、春先にラブが風邪をこじらせて、二週間ほどレッスンを休んだときだったかもしれない。 美希と祈里の二人はレッスンを続けたが、元々忙しい二人のこと。ラブが居ないのなら・・・という気持ちも、どこかにあったのだろう。結局、ラブが休んでいる間、レッスン自体がほとんど行われなかった。 そして回復したラブがレッスンに復帰してから、ブランクのせいもあってか、三人のダンスは目に見えてギクシャクしてきた。 ラブは、相変わらず勢いだけはあるものの、それは見るからに空元気で、そのダンスからは、生来の弾けるような輝きが感じられなくなっていた。 祈里のダンスには、どこか迷いがあった。動きが小さく縮こまっていたり、表情が虚ろだったり。そしてそれを本人が意識してしまうと、今度はあっという間にテンポに乗り遅れた。 そして美希は、そんな仲間二人を気遣ってばかりで、自分のダンスがおろそかになった。ただでさえ出席回数が少ない中、必死で覚えてきたはずの振りを、頻繁に間違えるようになった。 (やっぱり、今きちんと考えてもらわないと、この子たち、幸せゲット出来ない。) そう、手遅れにならないうちに――。 ミユキは、ぐっと目に力を入れて、教え子たちの顔を見回した。 「今日のレッスンは終了よ。悪いけど、次のレッスンは連休の最終日になっちゃうの。だから、それまでに三人で動きをよく合わせておくこと。いいわね?」 「はい!!!」 ぴたりと揃った三人の声に、ミユキが表情を少し緩めて言葉を続ける。 「それから、みんなにひとつ提案があるんだけど。」 「提案?」 怪訝そうに首を傾げるラブにひとつ頷いて、ミユキはカバンの中から、一枚の紙を取り出した。 「これ見て。昨日出来上がったばかりの、今年のクローバータウン・フェスティバルのチラシよ。」 途端に三人の顔が、ぱっと輝く。 「うわぁっ!今年もメインはトリニティのダンスなんですね!」 「その他のゲストは未定って、これ、また今年もお笑いの人が?」 「きっとそうよ。ほら、去年と同じ、漫才とダンス・コンテストって・・・」 ダンス・コンテスト、と言いかけて口ごもる祈里に、嬉しそうにチラシを覗き込んでいたラブと美希も、顔を曇らせる。そんな三人に、ミユキは敢えて明るい声で言った。 「それで、提案って言うのはね。私たちの出番の前に、みんなも一曲踊ってみない?勿論、コンテストに出場するんじゃなくて、れっきとしたゲストとして。」 「え・・・。」 ミユキのあまりにも唐突な提案に、三人はポカンと口を開けた。 クローバーは、せつなも含めて四人でクローバー。それは、プロデビューを断った時にハッキリと言ったことだし、ミユキだって十分に分かっているはずだ。それなのに、三人だけでステージに立てと言うのか――三人の目が、そう言っている。 ミユキは、そんな彼女たちの視線をしっかりと受け止めて、話を続けた。 「みんなの気持ちは、私も分かってるつもりよ。せつなちゃんが居ないクローバーなんてクローバーじゃないって、その気持ちはよく分かるし、私だってそう思ってる。 でもね。だからって、このまま立ち止まっていてもいいってことには、ならないと思うの。」 「立ち止まってなんかいません!あたしだって・・・あたしたちだって、せつなに負けないように頑張って・・・」 「本当に、胸を張ってそう言えるの?ラブちゃん。」 勢い込んで食ってかかるラブに、ミユキが冷静な声で問いかける。 ラブの瞳が力なく揺らぎ、やがてその顔が下を向いた。 ミユキは、そんなラブの様子をじっと見つめてから、もういちど三人を見回して、再び口を開いた。 「これから何を目指してダンスを続けていくのか。そのために、どんなレッスンをしたいのか。クローバータウン・フェスティバルに出演するかどうかだけじゃなくて、一人一人、きちんと考えてほしいの。 もちろん、将来のことまで今考えろとか、そういう意味で言ってるんじゃないわ。 大事なのは、今。今のあなたたち、本当にちゃんと前を向いてる?ゲットしたい幸せ、心に思い描けてる?そうでなきゃ、本気の幸せなんて、掴めないわよ。」 いつものビシッ!と指を立てるポーズではなく、一言一言、噛んで含めるように、穏やかに語りかけるミユキ。 俯いていたラブが、上目づかいにミユキの顔を見た。続いて美希が、祈里が、次々と顔を上げる。その六つの瞳を見つめて――いや、ここには居ない二つの瞳にも一緒に語りかける想いで、ミユキはこう付け足した。 「まだ時間があるから、じっくり考えて決めてちょうだい。全員が納得のいく答えが、必ずあるはずよ。それをみんなで見つけるの。いいわね?」 ☆ 「それで、さっきのミユキさんの話、どうする?ラブ。」 プレーンのドーナツを見つめてじっと動かないラブに、美希がそっと声をかける。祈里も、両手を膝の上に置いたまま、二人の様子を心配そうに見守っている。 ダンスレッスンの後の、恒例のドーナツ・タイム。いつもは賑やかなこの時間も、今日は静かで重苦しい雰囲気だ。敏感にそれを察したのか、カオルちゃんはさっさとワゴンの奥に引っ込んでしまって、三人のほかに、ここには誰も居なかった。 「あたし・・・よく分からない。」 しばらくの沈黙の後、ラブはドーナツを見つめたまま、ぼそりと言った。 「あたし、ラビリンスでせつなも頑張ってるんだから、あたしも頑張らなくちゃ、って・・・そう思って頑張ってるつもりだった。でも、さっきミユキさんに言われて、思ったんだ。 あたしは、自分がゲットしたい幸せ、ちゃんと見えてるのかなぁ、って。」 「うん。」 祈里がコクリと頷く。 「あたしは、ミユキさんみたいなダンサーになって、みんなを笑顔にしたい。ミユキさんみたいに、見ている人み~んなの心が弾むような、そんなダンスを踊りたい。 でも、じゃあ誰と一緒に踊ったらあたし自身が笑顔になれるのか、って聞かれたら、やっぱりクローバーのみんな、なんだよね。」 ラブが小さく息を吐いて、ドーナツから目をそらす。そして、テーブルの上でびっしりと汗をかいているオレンジジュースのコップを手に取ると、ストローでその中身をズズッと啜った。 「でも、クローバーは、あたしたち四人揃ってクローバー。その気持ちも、やっぱり変わらないんだ。ううん、せつながラビリンスに戻ってから、前よりもっと、そう思うようになっちゃって・・・。」 そう言って美希の方を見るラブの顔には、何だか寂しそうな笑みが浮かんでいる。 「あたし、せつながラビリンスに帰るって決めたとき、せつながやっと自分の夢を見つけたんだって思って、嬉しかったんだ。だから、せつなのこと心から応援しようって・・・。なのに、最近こんなことばっかり考えて、溜息なんかついちゃって・・・。あたし、やっぱりわがままだよね、美希たん。」 (全く・・・ラブらしくないんだから。) 美希は、自分もアイスティーを一口飲んで、胸の中でそう呟いた。 その表情も、その台詞も、その声の調子まで全然、ラブらしくない。 いつものラブなら、最初からそんな諦めのような言葉を口にしたりはしない。どんな困難なときも、決して諦めずに明るくがむしゃらに頑張る――それがラブのはずだ。 そう思いながら祈里の方を見ると、驚いたことに、今度は祈里がさっきのラブのように俯いて、じっと皿の上のドーナツを見つめていた。ここしばらく見られなかった、何かをためらったり尻込みしたりしているときの、彼女の表情だ。 美希の端正な顔が、心配そうに歪む。が、気を取り直してまずはラブの方に向き直ると、美希は意を決したように、口を開いた。 「ねぇ、ラブ。前から一度、聞こうと思ってたんだけど・・・あれからせつなと、連絡取った?」 「え・・・何言ってるの?美希たん。」 ラブが――いや、ラブだけでなく祈里も驚いた顔で、美希を凝視する。 「そんなこと、出来るわけないじゃん!」 「どうして?」 「どうしてって・・・だって、せつなが頑張ってるときに、邪魔したりしちゃあ・・・」 予想通りの答えに、美希はフッと表情を緩めると、半ば自分に言い聞かせるように言葉を紡いだ。 「アタシもそう思ってたんだけど、でも、本当にそうかな? アタシたちの声が聞けたり、メールが届いたりしたら、せつな、それを力にして、もっと頑張れるんじゃない?」 「でも・・・」 ラブが美希の顔から目を離し、また皿の上のドーナツを見つめる。それを見ながら、美希はテーブルの下で、ぐっと拳を握りしめた。 ここは心を鬼にしよう――そう思うと、あの日の光景がよみがえってくる。 せつながイースだと知って落ち込んでいるラブを立ち上がらせようと、今思えばずいぶん酷い言葉を投げつけた、あの日の自分が。 (あの時は、ラブにせつなを諦めさせようと思った。でも、今度は違う!) 「ねぇ、ラブ。本当は、怖いんじゃないの?」 美希の言葉に、ラブが、ビクッ、と肩を震わせた。祈里も、何を言い出すんだ、という表情で、美希の顔を見つめている。 「怖いって・・・何が?」 「せつなに連絡を取ろうとして、もしも・・・」 だが、美希がそう言いかけた、その時。 突然、信じられない物音が聞こえてきて、美希は顔を引きつらせて口をつぐんだ。 ラブがガバッと立ち上がり、祈里は目を真ん丸にして顔を上げる。 ズシン、と身体の芯に響くような振動音と共に、遠くから聞こえてきた雄叫び。それは確かに、 「ナケワメーケ!」 と、三人の耳に聞こえた。 公園を飛び出して、三人は転がるように音のした方へ――商店街へとひた走る。 そしてクローバータウン・ストリートの真ん中あたりまで来た時、突如聞こえてきた切羽詰まった声が、彼女たちの足を止めさせた。 「えー、臨時ニュースを申し上げます。四つ葉町に、またしても巨大モンスターが現れました。昨年の秋頃から姿を見せなくなっていたモンスターが、再び四つ葉町に現れました!」 声を裏返して叫ぶアナウンサーの次に画面に映し出されたのは、紫色の四角い箱に手足が生えたような異形の姿。その表面は滑らかなようで、キラリと日の光を反射している。そして巨大な体の上には、不釣り合いに小さな丸い顔がついていて、二つの目が、邪悪な紅い光を放っている。 「見て、あの胸に付いている印!」 祈里がハッとした様子で、スクリーンを指差した。 ちょうどこちらを向いている怪物の体の真ん中に、ハッキリと見えるのは――。 「黄色いダイヤ・・・じゃあ、あれって!」 「まさか、そんな!」 ラブと美希も、驚きに半ば呆然と呟いた時、さらに驚くことが起こった。 プツリ、と音がして、街頭モニターの映像が消えてしまったのだ。そして一瞬の後には、まるで何事もなかったかのように、ゴールデンウィークの楽しげな行楽地の様子が映し出されたではないか。 「あれ?消えちゃった。」 「なぁんだ、ドッキリか?脅かすなよ。」 ラブたちの隣りで映像を見ていたカップルが、そう言いながらモニターの前を離れる。が、三人はそんな呑気なことを言ってはいられなかった。 「なんで消えちゃったの・・・?さっきの声、確かに聞こえたよね?」 「ええ。振動だって、ちゃんと感じたわよ。」 「うん。あれは臨時ニュースが流れる前だったから、テレビの音なんかじゃないはず。」 美希と祈里の力強い言葉を聞いて、ラブの顔がキリリと引き締まる。 「行こう!」 「でも、どうする?アタシたち、今は変身できないのよ?」 美希の言う通り、彼女たちの持つリンクルンは、今は変身アイテムではない。ラビリンスとの最終決戦の後、役目を終えた四体のピックルンは、スウィーツ王国の祠の中へと帰っていったのだ。 「とにかく、何が起こっているのか確かめようよ!ナケワメーケを操っているのが、誰なのかも。」 ラブの言葉に、美希と祈里も顔を見合わせて、うん、と頷き合う。 三人は再び肩を並べて、商店街を走り出した。脳裏にちらちらと、さっき見た黄色いダイヤが浮かぶ。それと重なって浮かびそうになる人物の影を打ち消すように、彼女たちはただ、ひたすらに街を駆けた。 商店街の外れまで走ったとき、ずん、と地面が揺れた。見ると、向こうからカメラを担いだ男が、慌てふためいた様子で走って来る。 彼の後ろに目をやると、そこにそれは居た。工事現場の囲い越しに、紫色の丸い頭が見えている。 三人は、怪物に見つからないようにそっと工事現場の入り口まで走ると、囲いの陰から中を覗き込んだ。 「ナケワメーケ!」 幸い今日は工事が休みのようで、中には人は一人もいなかった。それなのに、ナケワメーケはきれいに均された地面を殴りつけて大穴をあけたり、積み上げられた機材を辺りにばらまいたりして、一人で大暴れしている。 「なんか、不幸を集めてるって感じじゃないわね。こんな誰もいないところで。」 「でも、工事現場が滅茶苦茶になっちゃったら、やっぱり工事をしている人たちは困るわけだし。」 美希と祈里が戸惑ったように言い合っている間に、ラブは囲いから顔を出して、キョロキョロと辺りを見回した。 そこに居るのは、ナケワメーケただ一人。それを操っているような人影は、どこにもない。 もっと隅々までよく見ようとラブが身を乗り出した時、ナケワメーケの紅い眼差しが、ラブをとらえた。 「わっ、み、見つかっちゃった・・・。」 ラブの背中を、たらりと冷たい汗が伝う。 「ナケワメーケ!フレグラーーーンス!」 ナケワメーケが雄叫びと共に、ごつごつした手を前にぬっと突き出した。その掌から透明な弾丸のようなものが、ラブ目がけて発射される。 「危ない!」 美希がラブを突き飛ばすようにして、囲いの陰に身を伏せた。ドーンという破裂音と、盛大な土埃。遅れて、パラパラと何かが降って来たような乾いた音。 「ケホッケホッ・・・。」 「何?このにおい・・・。」 「うぅ・・・鼻がおかしくなりそう。」 三人が鼻を押さえてうずくまる。一体何をばらまいたのか、辺りには強烈な臭気が立ち込めていた。刺激臭と悪臭が混ざったような、何とも形容しがたい臭い。あまりの刺激に、ボロボロと涙がこぼれてくる。 「逃げるわよ!」 美希が何とか立ち上がり、声を絞り出した。ラブが、まだ苦しそうに咳き込みながら、懸命にかぶりを振る。 「ダメだよ、美希。あいつが追ってきたら、街が。」 「だったら、街と反対の方角に逃げましょう!」 祈里が掠れた声でそう言った時、彼女たちを逃がすまいとするように、ズシン、ズシンと足音が近付いて来た。 「ナケワメーケ!デオドラーーーント!」 「オーケー。二人とも、早くっ!」 ナケワメーケが再び咆哮を上げたのと、美希がラブと祈里の手を力任せに引っ張ったのとが、ほぼ同時だった。そして、次の瞬間。 ボン!という聞き慣れた音に、三人の動きが止まる。 思わず後ろを振り返った彼女たちは、目に飛び込んできた光景に、今度こそ自分たちの目が信じられなかった。 ナケワメーケが、まばゆい光に包まれて、そこに立ち尽くしていた。そしてその光は、ナケワメーケの体を覆い尽すほどの、巨大な黄色いハートの形をしていたのである。 断末魔の叫びも上げぬまま、ナケワメーケがその場に崩れ落ちる。胸の黄色いダイヤが煙のように消え失せると、後にはきれいな紫のガラスでできた香水瓶が、土の上にコロンと転がっていた。 ☆ 「一体、何がどうなっているんだろう。」 地面の一点を見つめて、ラブが誰にともなく呟く。 「結局あのダイヤの正体は分からなかったし、それに・・・」 美希はそう言いかけて、そっと隣りの祈里の顔を覗き込む。 「大丈夫?ブッキー。」 「うん。ありがとう、美希ちゃん。」 弱々しい声ながら、祈里はそう言って小さく笑った。 三人は祈里を真ん中に、ラブと美希が両側に寄り添うようにして、クローバータウン・ストリートのベンチに座っていた。 四つ葉町に再び現れたナケワメーケを倒した、あの不思議な光。あれはまさに、キュアパインの浄化技、ヒーリングプレア・フレッシュにそっくりだった。 祈里がショックを受けていないわけはないのだが、あれが本物でないことは、他でもない自分が一番よく知っている。むしろ気になるのは、もう一つの黄色――ウエスターのダイヤにそっくりな、黄色いダイヤの方だった。 「何だか誰かが、あたしたちの戦いを真似してるみたいだったよね。ナケワメーケも、そしてあの最後の技も。ホンモノそっくりなんだけど、なんか・・・どこか違う。」 ラブの呟きに、美希と祈里が揃って頷く。それは、二人とも感じていたことだった。よく似ているけれど、何かが違う。上手く説明できないけれど、どこか違和感があるのだ。 「じゃあ・・・やっぱりダイヤも違うのかしら。」 「それは分からないけど、他にもおかしなことがあったわよね。ナケワメーケが、誰も居ない工事現場で暴れていたこととか。あれじゃあ一体、何のために現れたんだか。」 「テレビの臨時ニュースが突然打ち切られたのも、不思議だしね。」 状況を整理するように語り合う、美希と祈里。だがラブはその隣りで、自分の左右の頬を、バン!と勢いよく張った。 「やっぱり、考えてばかりいたって仕方ないよね。美希たん!」 「な・・・何?」 「さっきはありがとう。あたし、せつなにメールしてみるよ。」 美希が一瞬きょとんとしてから、うっすらと頬を上気させる。 「ラビリンスに帰ったせつなに初めて送るメールが、こんな事件絡みっていうのが、せつなに悪いけど。」 「仕方ないわよ。それに、もしも逆の立場なら、どうして知らせてくれないんだ、って言うでしょ?ラブなら。」 美希の言葉に、祈里も、うん、と頷く。 「楽しい時だけじゃなくて、大変な時や心配な時にも、みんなで頑張るのが仲間。ラブちゃん、そう言ってたもんね。」 「うん。だから、事件のことをちゃんと知らせたら、その次はもちろん、他のことも、いーっぱい知らせるんだ。あたしたちのことや、お父さんやお母さんのこと。学校のみんなや四つ葉町のみんなのこと。せつながどうしているかも、じっくり聞いてみたいし。」 ラブはそう言って、もう一度美希の顔を、照れ臭そうにちらりと見やった。 「ねぇ、美希たん。さっき、あたしが怖がってるって言ったのって、もしもリンクルンでせつなと連絡が取れなかったら、ってことだよね?」 「なぁんだ、バレてたか。ビシッと言ってやろうと思ったのに、ナケワメーケに邪魔されちゃった。」 美希がわざと明るくそう言って、ぺろりと舌を出す。それを見て、やはり気付いていたらしい祈里も、フフッと小さく笑った。 もう変身アイテムではないリンクルンは、それでも通信機器としては、異世界間でもちゃんと使えるはず――そうラブたちは思っていた。せつなが一人で占い館に乗り込み、異次元にある館に捕えられた時、三人の声を、せつなに届けることが出来たからだ。 でも、せつながラビリンスに戻ってから、それを試してみたことはなかった。 最初は、毎日忙しいであろうせつなの邪魔をしないように、と思って遠慮しているつもりだった。でも次第に、連絡を取ろうとすること自体が怖くなったのだ。 もしリンクルンでラビリンスと連絡が取れなかったら、もうこちらから、せつなと連絡をつけるすべはない。 異世界なんて、大半の人があることすら知らないのだ。世界が違うということは、ただ遠くに居るというのとは訳が違うのだということを、せつながラビリンスに戻って初めて、思い知らされた気がしていた。 せつながこの世界に居た痕跡だって数少ないというのに、リンクルンが使えるという希望さえ失われてしまったら――それが怖くて、送信ボタンを押せなかったことが、ラブだけでなく、実は美希にも祈里にも、何度となくあった。 「でも、さっきのミユキさんの言葉と、それから美希たんに言われたことを考えててさ。思ったんだ。 ちゃんと連絡できるかもしれないのに、ダメだったらどうしようって怖がっているなんて、そんなの前を向いてるって言えないな、って。 もしも・・・もしもリンクルンで連絡が取れなくても、諦めないで、他の方法を探せばいいんだよね。」 ラブの瞳に、久しぶりに力強い光が宿っているのを、美希は嬉しく思う。祈里も微笑みながら、二人の親友の顔を交互に見つめる。 「あたし、頑張るよ。ううん、みんなで頑張ろう!ナケワメーケの謎を解決して、ミユキさんの宿題にちゃんと答えを出して、幸せゲットするんだ。せつなも一緒に。」 「ええ。何たって、アタシたちは完璧だもの。」 「うん。わたしたちならきっとうまくいくって、わたし、信じてる。」 ラブは、以前と変わらず腰に付けているケースからリンクルンを取り出すと、祈りを籠めるように、四つ葉のチャームをギュッと握りしめた。そして、美希と祈里に見守られながら、考え考え、メールを打ち始めた。 ベンチの斜め後ろに立つ天使の像は、今日も優しい表情で、少女たちを見守っている。 穏やかな毎日を取り戻した四つ葉町を照らす太陽は、またしても彼女たちを巻き込む事件が始まったことも知らぬ明るさで、今日も黄金色に輝いていた。 ~第1話・終~ 四つ葉町に残りしものへ
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/883.html
壊したい世界/そらまめ 「ん、あれ…」 ひどい頭痛で目が覚めた。枕もとの時計を見ればもう正午を回っている。 「やあっと起きたんかい」 「たる、と…なんか、頭いたい…」 「そりゃ寝過ぎや。ママさんも出掛けて誰もいない日やからって限度っちゅうもんが…」 「あー、はいはい、すみませんでしたー」 これ以上タルトに話をさせるとクドクドと説教臭くなるので軽く受け流し、汗で張り付いたパジャマの胸元をぱたぱたと手であおった。 もう夏も終わるというのに今日は蒸し暑いな。なんて思いながら外を見れば、外ではミンミンと元気に蝉が鳴いている。 「あ、れ…?」 「ん? どないしたん?」 「た、タルト…なんか今日、やけに太陽が輝いてるっていうか眩しいっていうか、蝉がなんでまだ鳴いてるのっていうか…」 「…なんやまだ寝ぼけてるんかいな…お天とさんが眩しいのは当たり前や。蝉が鳴いてるんは夏のひと時を一生懸命生きとるっちゅう証拠で…」 「ま、待って…夏? え? 今って9月だよね? さすがにもう夏じゃなくて秋なんじゃ」 「…壁のカレンダーよう見てみい」 「カレンダー…え…?」 タルトが呆れながら指さす方を見る。壁のカレンダーは、8月のページ、赤のバッテンは1日に印がついていた。 今は、夏休みだった。 頭が追い付かないまま階段を降り、冷蔵庫のドアを開ける。ひんやりとした冷気が肌に当たるのを感じながら、麦茶を取り出し一気に飲んだ。 朝食兼昼食を食べ、部屋へ戻ると窓を開けた。夏独特のぬるい風が体にまとわりつく。確かにこの蒸し暑さは夏だ。茂る緑の木々も近所のひまわりもそれを物語っていた。それでもなにかしっくりこなくて首をかしげていると、視界の端でリンクルンがピカピカと点滅している。着信履歴には美希の文字が。ボタンを押してかけなおしてみる。 「アンタねえ…どれだけアタシ達を炎天下にさらす気よっ!」 いきなり怒られた。 「え、なんか今日、約束してたっけ…?」 「ああん?」 「ひぃっ」 美希のあまりにもドスの効いた声に思わず怯えた声がでた。これは怒っている。長年の経験からみてもかなりヤバい状態だ。 がくがくと体が小刻みに震え、暑いはずの空気が一瞬で冷や汗と共に流れていく。 「今、どこ」 電話口から聞こえる淡々とした声。 「じ、自分の部屋に、います…」 「いつもの公園、今、すぐ」 「は、はいっ!!」 ぷつりと通話が切れる音に弾かれるようにドタドタと体が動き出した。 「あら、意外と早かったわね。こんなに早く来れたのになんで時間通りには来てくれないのかしら」 「ぜーぜーっ…す、すみません、でしたっ」 ミンミンとけたたましい音が鳴り響く公園の一角、パラソルの下には椅子に座ってジュースを飲みながら冷やかな目でこちらを見る美希と、苦笑いしながらハンカチを手渡す祈里がいた。 「肌焼けてたらラブのせいだからね」 「もう、美希ちゃん。美希ちゃんなら日焼け止めくらい塗ってるでしょ?」 「ブッキーだって怒っていいのよ? こんな暑い中待たされたんだから。しかも電話するまで集まる事忘れてたって言われたら、ねえ?」 「すみません…」 祈里から貸りたハンカチで汗を拭きながら頭を下げる。なんだかこの構図はサラリーマンが上司に謝り倒しているみたいで嫌だな。なんて思いながら、二人と同じようにテーブルに座った。 「で、こんな日にこんなところに集まったわけだけど…」 こほんと一つせきをして話し始める美希だが、このメンバーに物足りなさを感じる。 「ねえ、せつなは? もしかして遅れてくるの?」 そう。せつなはどこだろう。思えば自分の家を出る時確認すればよかったのだが、慌てていたのでそこまで気が回らなかった。 と、せつなの名前を出した途端、ふたりの顔が強張った気がした。 ぎしり。という音が合うような、一瞬にして空気が凍ったような。 「ラブ、ラブの言いたいことはわかるわ」 美希の声がさっきまでとは別物で、硬さを持っている。 「でも、ラブも見たはずよ。あのカード。あれはラビリンスのもの。せつなは、アタシ達の敵なの」 ゆっくりと、言葉を選ぶように、でも事実を突きつけるように告げられた言葉はいつかのデジャヴを感じる。祈里はこちらを気遣うような、心配そうな顔をしている。 「トリニティのライヴ会場にせつながいたのは、きっとあのライヴを攻撃するためだったのよ? せつなが倒れてなかったら、一般のお客さんも巻き込まれて被害は大きかったと思う。そんな事をしようとしてた人、許していいわけないわ。近いうちせつなはきっとまた来る。あの最後のカードを使うために。その時アタシ達がしなきゃいけない事は…」 「ちょ、ちょっと待って美希たん、せつながラビリンスだったって事は今更な話じゃん」 美希が長々と話す内容は、みんな知っている事のはずだ。トリニティのライヴを中断させて、せつなが自らイースだったと正体を明かして、そしてペンダントを壊して去って行ったあの光景は忘れられるようなものじゃない。 「ラブちゃん…もしかして前からせつなちゃんがあのイースだったって知ってたの…?」 「え? 何言ってるのブッキー、ブッキーだって知ってるでしょ?」 「えっ…! わたしはあのライブでカードを見たって二人の話を聞いて知ったんだよ?」 「ん? だからライヴ会場でイースがいつもとはちょっと違うナケワメーケをだして…」 「ラブ。なに勘違いしてるのか知らないけど、この間のトリニティのライヴは何事もなく無事に終わったわよ。忘れたの?」 「は…?」 何かがかみ合わない。意味がわからない。 二人の中ではせつなはまだイースで、でもイースはライヴ会場では何もしてなくて… 腕組をしながら頭を捻る。頭をフル回転させてもこういった考え事は性に合わないから、すぐに頭がくらくらしだした。この場の暑さも相まってふつふつと沸騰しそうになった時、部屋で見たカレンダーを思い出す。 「ねえ、美希たん…今日って、何日だっけ?」 「…8月2日よ。急にどうしたのよ?」 「そっか…今、夏休みだから…」 何がどうしてだかわからないけど、今日がまだ夏休み初日で、せつながパッションになる前だから二人の中では敵って事なのか。 …なにそれ意味わかんない。 タイムスリップでもしたのあたし? それともこれは夢? でも、頭に思い浮かぶ光景がある。この青空とは似ても似つかない黒々とした雲が覆った雨の日。パッションが、せつながあたしを庇って倒れた時の事だ。 思えばあそこから先の記憶がない。むしろあっちが夢だったのだろうか。ただ、この手にはまだパッションを抱きしめた感覚が残っている。 もしかして間に合うのかもしれない。どちらが夢にしろ、血の気のないせつなの顔は、傷だらけの姿はもう見たくない。自分の記憶とは少し違うけど、今、せつなは生きている。まだラビリンスにいるけれど、それでも彼女がまた笑いかけてくれるなら。 あたしは、今度はあたしがせつなを助けるんだ。 「ラブ、辛いかもしれないけど…」 「うん。わかった。せつなに会いに行こう」 「いいの? ラブちゃん」 「うん。いい」 「そう。よかったわラブがそう言ってくれて」 絶対助ける。何があっても 「まさかそちらから来るとは、手間が省けた」 「せつな…」 ラビリンスと言えばやはりあの館。敵地に飛び込む形にはなるが街の人に危険が及ばないためにも、あの森で決着をと決めて歩いていると、たどり着く途中でせつなと鉢合わせる。この場所は、雨の日にせつなと一対一で戦った場所だった。 「もうわかっているとは思うけど、私はお前たちの敵だ。もちろん、止まる気もない」 「やっぱり…」 美希の苦しそうな呟きを横目で見ながら、せつなの敵意の籠った視線を感じる。以前はそれ以上を感じ取れなかったが、今は他の事にも気を掛けられるようになった。例えば、敵意の他に焦りが見える事。全身ぼろぼろで既に満身創痍な事。カードを使えばライブ会場の時のように制御が効かなくなりそうな事。どれをとっても、せつなはもういっぱいいっぱいだ。 「ねえせつな。せつなが今、譲れないくらい強い想いを持ってるのは解るよ。そのためならどんな手段も使いそうだってことも」 「…そうだな」 「でもね、あたしもせつなに負けないくらい押し通したい想いがあるの。せつなと仲良くなって、せつなと一緒にたくさん楽しい思い出を増やしたいんだ。大丈夫。こっちの世界に居場所が無いと思うならうちに来て一緒に住もうよ。ラビリンスが全てじゃないよ」 「私が、一緒に? ラブと? …っは、馬鹿を言うな。どうしたら敵と一緒に暮らせると言うんだ」 「せつなは敵じゃないよ! あたしの大切な友達だよ!!」 「だから…お前のそういうところがムカつくんだっ!!」 「待ってせつなっ! それを使っちゃダメっ!!」 せつなが掲げたカードに手を伸ばす。今それを使えばせつながどうなってしまうかわからない。 だが、駆け出し伸ばした手は宙を掴む。せつながイースへと変わり、あろうことか自身にそのカードを押し当てた。 「ぐっぁああああっ!!」 「せつなぁあああ!」 胸を抑え苦しむ姿が、いつかと重なる。ただでさえ黒い衣装は更に黒くなり、全身には茨の代わりに鎖がぎちぎちと音を立ててイースの体に食い込んでいく。 「はぁっ…ぐっ! こ、この力で、貴様らを……倒すっ!!」 息も絶え絶えになりながら、鎖を拳に巻き付け殴りかかってくる。 「くっ! せ、せつなっ、それ以上その力を使っちゃダメだよっ」 「うるさいっ!!」 プリキュアに変身してその攻撃を受け止める。その後方では美希と祈里が心配そうにしているが、予め一対一で戦いたいとお願いしたので手をだしてはこないだろう。 だが、本当ならこうなる前に止めたかった。もう一度せつなと殴り合うなんて嫌なのに、あの時と同じように時間は進んでいく。一つ違うとすれば、憎らしいくらい晴れ渡った空がこちらを照らしている事だろうか。 「ねえ待ってよせつなっ、あたしせつなと戦いたくないよ」 「そんなの知ったことかっ! 私は貴様を倒したい、プリキュアを倒す! そのためならっぐぁあっ!」 「せつな!!」 まだこちらから攻撃なんてしていない。それなのに消耗していくイースの体。鎖が締め付ける度に吐き出される音は苦痛以外聞こえない。 同じだ。暴走しているんだ。鎖はきっとその体を引きちぎってしまう。 じゃらじゃらと音を立てながらどこまでも伸びていく鎖は、まるでそれ自体意思があるように動いている。イースに向かって拳を向ければ、周囲を取り囲む鎖が壁のように連なって盾となり、伸びる鎖に足を取られればその隙をついてイースが手套を振り下ろす。 「はあ、はぁ…せつ、な…だめなんだよ…このままじゃせつな、しんじゃうよ…」 「死ぬ…? ははっはぁ…何を今更、そんなことに…怯えなければならないんだ。貴様らを倒せないなら…この命、どうなろうと…」 「…いやだっ!! せつなが死んじゃうなんて、いやだよっ…う、ぁうっうあああっ…」 耐え切れずに涙が出た。どうしてこんなに泣いているのか自分でもよくわからない。でも、せつなが死んでしまう光景を想像すると、胸が張り裂けそうなくらい悲しくて、もうどうしようもないくらい大声で泣きわめいた。 「ちょ、ちょっとピーチ、どうしたのよ?」 「ピーチ…?」 駆け寄ってきた美希と祈里に尋ねられても、どうしてここまで苦しいのかわからなくて、痛みに耐えながらも理解できないと困惑するイースにも何も言えなくて、ただ、ゆっくりと雲が流れる静けさに、自分の声だけが反響し続けていた。 「何故、そこまで私に構うんだ。私はお前達を騙していたのに」 「だ、だって…だってせつなは、ぐすっ、あたしの大切な友達だから。せつながどう思ってても、あたしの気持ちは変わんないよ」 友達で、大切な家族だから。これから一緒に暮らして、学校に通って、修学旅行だって行かなくちゃなんだから。こんなところで、終わらせたくない。 「わからない…私にはそんなのっ、ぁああっ、ぐぅあっ! ぁあああ――――」 頭を抱えて苦しみだすイースが、先ほどまでとは明らかに違う叫び方をする。その叫びに呼応するように鎖が暴れだし、周囲の木々がその鋭利な衝撃で切り倒された。 「せつなっ!!」 「今イースに近づくのは危ないわっ!」 「ピーチっだめっ!!」 イースのそばに行こうと走り出す瞬間、その体は制止させられる。二人がかりで抑え込まれて動かない体を、それでも近づきたくて必死に手を伸ばしても、届かない。自分の声も今のせつなには。 イースの周りではバキバキと木々が壊れる音が響き、地面は所々抉られ土煙が上がる。 縦横無尽に動く鎖はその制御を失って、それでも暴れることを止めないそれをどうにかできないかと目で追いかけ続ける。と、そのうちの一本が大木を切り裂き、別の所でなぎ倒され地面に落ちていく巨木に当たって軌道を変える。その先は、今も苦しむイース。 「ま、待って…」 いやにスローモーションで、時間がゆっくりと流れている気がした。イースは気付かない。自分以外誰も。気付いたら二人の制止を振り切ってイースのもとへ駆け出していた。土煙で視界が悪いせいで間に合うかわからない。次々倒れる木の音も何もかもが遠くなって、美希と祈里が何か叫んでいる気がするけどわからない。 それでも走る。嫌だ。このままではまたせつなが目の前から消えてしまう。 思い出す。雨で視界の悪い中突然パッションが目の前に現れ、こちらを向いてにこりと笑うその腹部には木の根のようなものが背中から刺さった姿を。 「嫌だ、そんなの嫌だぁあっ!!」 重なる光景に更に勢いをつけてなりふり構わずイースに覆いかぶさる。その体は、温かい。生きている。そう思ったら嬉しくて涙が出て、温もりを感じた一瞬後に衝撃が体中に伝わっても、間に合ったことが嬉しくて思ったほど悲しくはなかった。 「ど、して…」 「よかっ、た…せつな、ぶじだぁ。よかった、ぁ…」 カタカタと震えるイースの手は、背中に回される。そうやって支えられてももう自分では立っていられなくて、ズルズルと体から力が抜けた。 「ラブっ!!!」 「ラブちゃぁんっっ!!」 真っ青な顔で駆け寄ってくる美希と祈里のふたりを視界の端に捉えてから、ふっと上を向けば、いつの間にか鎖が消え、それでもその跡が体中に残っているイースが、驚いたままの顔でこちらをのぞき込む。 傷だらけの体だけど、それでもせつなが無事でよかった。今度は自分が守れたんだと思ったら嬉しくてしょうがなくて、思わず笑ってしまう。 「なぜ、笑うんだ…」 ぽたりと落ちた水滴に、雨でも降りだしたのかと空を見る。せつなの顔越しに青空が広がっていて、それでも落ち続ける雫は、とても温かい。 「せつな、あお、ぞら…しょってるみたい、で…うれしい、から…」 手を伸ばしてせつなの頬をひとつ撫でてから、その先の空に向かって手を伸ばした。 今日も、快晴だ。 全757へ
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/623.html
今日は二月三日、立春の前日、節分の日。 新たな年を迎えるにあたり、邪気、魔物を払ってしまおうという伝統行事だ。 鬼は外 福は内♪ 弱虫鬼さん あっちいけ 怒り鬼さん あっちいけ 投げた大豆が おめめに当る 鬼は あわてて 逃げてゆく♪ 「楽しそうな歌ね、ラブ。節分の歌なの?」 今日はとっても楽しい日なんだよ~って朝から張り切ってる。 ラブの笑顔と可愛い歌声を聴いていると、せつなも自然と顔がほころんでくる。 「うん! 小さい頃、よくおかあさんが歌ってくれたんだ」 厚紙、クレヨン、はさみ、輪ゴム。 「こういうのってさ、自分で作るのが楽しいんだよね」 なあに? とせつなが覗き込んだ。 ふうん、豆まきに使うのね。 「さあ、せつなっ。鬼の面作るよ」 「でも、鬼の顔なんてわからないわ」 学校の図書館で見たような。 懸命に思い出そうとしてるせつなにラブが笑いかける。 「恐そうな顔に角つけたらそれでいいよ。怒った美希たんとか」 「ぶっ、聞いたら怒るわよ、ラブ」 思わずせつなが吹き出した。 あんな綺麗で優しい鬼ならずっと内に居て欲しいと思う。 もしかしたら鬼も本当は優しいのかもしれない。 そんな風に思いながらクレヨンを滑らせた。 「あ~せつなの鬼かわいい、全然恐くないよ?」 「なによ、ラブの鬼こそ福笑いみたいで笑わせるつもり~?」 少しむっとしてせつなは言い返す。 もちろん本気で怒ってるわけじゃない。 ラブの鬼もアンバランスだけど愛嬌があってとても可愛かった。 可愛いってのが鬼の面として正しいのかどうかはわからないけど……。 「ただいま~」 圭太郎が仕事から帰ってきた。 いつもよりだいぶ早い。 二人が楽しみにしてるのを知っているからだろう。 「おかえり~、おとうさんっ!」 「おかえりなさい、おとうさん」 パタパタ、コロコロと玄関に飛び出していくラブとせつな。 早く!早く!って圭太郎の手をそれぞれ引っ張って居間に連行した。 「待った待った! せめて着替えはさせてくれないかい」 苦情を言う圭太郎。でも表情はとても嬉しそうで。 あゆみは手際よく着替えを持ってきて、背広を脱がせていた。 「じゃあ、そろそろ豆まきしようよっ」 「よし、僕が鬼になろう」 圭太郎が意味も無く腕をまくって張り切った。 「よ~しって、あれ? せつな。どうかした?」 せつなが四角い升と福豆を持ったまま、困った顔をしている。 「おとうさんに豆をぶつけて追い出すんでしょ、できないわ」 豆まきのやり方を聞いていなかったわけではない。 でも、いざ、おとうさんを相手に豆を持つと、投げつける気にならなかった。 「いや、今はおとうさんじゃなくて鬼だし」 「それでも、嫌……」 そっぽを向いてしまうせつな。 「う~ん、じゃああたしが鬼になるよ」 「ラブでもおかあさんでも嫌よ」 こうなってしまったせつなは頑固だ。 美希が言うに意地っぱり。 説得は容易なものではない。 「でもそれじゃ豆まきできないし、せっかく準備したし……」 「じゃあ、私が鬼になるわ」 真面目な顔で申し出るせつな。困らせているのはわかっていた。 「え~、それこそ出来ないよ。困ったな」 「こうするのはどうかしら、全員鬼になって投げあうの。 豆まきには厄を追い出すって意味があるから、お互いの厄を祓いあいましょう」 見かねてあゆみが助け舟を出した。 笑っているところを見ると、珍しいせつなのわがままを、 楽しんでいたのかもしれない。 「それなら私もやりたい」 「さっすがおかあさん」 ラブとせつなは自作のお面。 圭太郎とあゆみは福豆のおまけのお面をそれぞれ被る。 「鬼は外~、福は内~」 しばらく、楽しそうな声が部屋中にこだました。 「撒いた豆は年の数だけ食べると、邪気を祓って病気にならないそうよ」 これ、歳を感じるから嫌なんだよな~と圭太郎がぼやいた。 あなたはまだまだ若いわよって、あゆみが微笑む。 残りは庭に撒いた。鳥が邪気を遠くに運んでくれると言われてるらしい。 「でも、さっきからおとうさん写真ばっかり」 「いいじゃないか、娘を持つと撮りたくなるもんだ」 豆をまく姿。 ひろって食べてる様子。 自作の可愛いお面をずらして見せた笑顔。 「節分なんて記念写真撮るものじゃないわよね、お父さんたらっ」 そう言うあゆみも嬉しそうだ。 せつなにはまだ完成したアルバムが一冊も無い。 せめて、これからの成長の記録をたくさん残してあげたい。 あゆみと二人でそう決めていた。 「なんだか、恥ずかしいわ」 パシャ! そんな照れた笑顔も記念の一枚になった。 「いいのいいの、おとうさん、おかあさんは座ってて」 ラブとせつなは夕飯の支度。 二人とも料理は大の得意だ。 「いわしが焼けたよっ、一番大きいのはおとうさん」 手際よく配膳していくラブ。 こんな時はとても器用だ。 「この茶碗蒸し、私が作ってみたの。上手く出来てるといいんだけど」 せつなが嬉しそうに並べていく。 「恵方巻きは二人で作ったんだよね~せつな」 「へ~立派なものじゃないか、凄いぞ、ラブ、せっちゃん」 「崩れず綺麗に巻けてるわね、さすが、二人ともわたしの娘ね」 同時に顔を見合わせてハイタッチ。双子のように息がぴったりだ。 「せっちゃん恵方巻きの意味は知ってるかしら?」 恵方巻きは七種類の具材を入れて七福神にちなんで、福を巻き込むという意味なんだそうだ。 目を閉じて願い事を思い浮かべながら、恵方に向かって無言で一本丸かぶりするらしい。 途中で切ると、縁を切るって意味になって縁起が悪いんだとか。 「わ……私、精一杯頑張るわ!」 せつなが青い顔をして言う。 みんなで大笑いした。 「今年の恵方は西南西よ、じゃあ頂きましょう」 「いただきま~す」 「……………………………………」 「……………………………………」 「……………………………………」 「むぐっぐっ………………………」 頬をいっぱいに膨らまして食べるラブ。 図鑑で見たリスみたいで思わず吹き出しそうになる。 せつなは思う。少し前まで笑うのが苦手だった。 いつのまにか笑いを堪えるのが当たり前になっていた。 「ねえねえ、せつなはどんなお願い事をしたの?」 鰯の頭をヒイラギに刺しながらラブが聞く。 「ラブはどうなの?」 「あたしは~ダンス上手になりますように。 成績上がりますように。 みんな健康で幸せゲットできますように。 それからそれから……あれ?」 指を折って数えながら、途中で首をかしげるラブ。 多分、お願いしすぎて全部覚えてないんだろう。 「そんなにいっぱい叶えてくれるものなの? 恵方巻きって」 また、せつなが吹き出しそうになりながら口を押さえた。 「ほんとしょうがない子ね~」 「まあ、ラブらしくて良いんじゃないかな」 圭太郎とあゆみも笑ってる。 「だって……。せつなはどうしたの?」 「私は、来年のこの日も、家族みんなで恵方巻きを食べられますようにって」 「それだけっ?」 「そうよ?」 「そんなのでいいの?」 欲が無い。信じられないって顔でラブがまじまじと見つめた。 せつなが微笑む。 「来年のこの日も同じことお願いするの。その次の年も。 そしたらずっと、ずっと、おとうさんやおかあさんやラブと一緒に居られるでしょ」 両手を胸の中央にあてて、祈るように、歌うようにせつなが話す。 嬉しそうで、幸せそうで、明るく優しい笑顔。 もう寂しげな影はどこにもない。 「せつな……」 ラブが愛しそうな目で見つめる。 もっと、もっと楽しいこといっぱいあるよ。 だから、もっともっと笑って幸せになって欲しい。 色んな感慨がこみ上げてくる。しかし、泣き声で邪魔された。 「やだ、お父さん、どうして泣いてるの」あゆみが駆け寄る。 「せっちゃん、ラブ、ずっと家に居ていいんだぞ。どこにも行く必要は無いんだ」 滅多に飲まないお酒、「鬼ころし」がまわってきたのかもしれない。 圭太郎が勘違い? して泣き出した。 「ちょっと、やだ、何言ってるの? せっちゃんはそんな話してないでしょ」 「だって、ぐすっ」 あゆみが優しく背中を撫でた。 「ほんとしょうがないわね、男の人って」 せつなとラブは顔を見合わせてまた笑った。 「よ~し、せつなっ。来年の節分までにも、いっぱい幸せゲットしようね」 「ええ、精一杯頑張るわ」 鬼は外 福は内♪ 福の神様 こっちきて 宝の船で こっちきて 逃げた鬼と 入れかえに 内に お入り 七福の神♪ 歌えよ歌え、幸せの歌。桃園家に響き渡れ。
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/402.html
「すごいねー」 「ちょっと、ラブ。みっともないわよ」 はぁ、と大口を開けて天高く聳えるビルを見上げるラブ。そんな彼女を、せつなはゆっくりとたしなめる。女の子が、 そんなに口を広げてたら、はしたないじゃない。 「けど、ホントにすごいわね」 口をキュッと閉じて、せつなは同じようにビルを見上げる。 東京、と呼ばれる都会。その中に数多くある駅の一つに、彼女達はいた。そして、駅の前のビルを見上げて、驚きの 声をあげていたのだ。 「ラブは、東京に来るのは、初めてなの?」 「うん。横浜にはたまに行ったことあるけれど、東京は初めてかな」 二人を呼ぶ圭太郎とあゆみの声に、彼女達は歩き出す。会話を交わしながらも、せつなとラブはあたりを物珍しそう に眺めていた。 「せつなも、横浜には行ったことあるんだっけ」 「ええ。でも、なんだか雰囲気が違うわね、ここは」 どうして違うと感じるのだろう。思って、はたと気付く。 空が狭いんだ、この町は それはとてもちっぽけで、だけど輝いていた きっかけは、木曜日の夜のことだった。 「え? ホテルの宿泊券?」 父、圭太郎の言った言葉に、ラブはキョトンとした表情を見せる。その顔に満足そうにしながら、彼は大きく頷いた。 「そう。東京の夜景の見えるレストランで御飯を食べて、そのホテルに泊まるんだ。家族全員でね」 「ほら、前にお父さんがゴルフのコンペに出たでしょ? そこで優勝した時の景品なのよ」 ああ、とせつなは箸を止めて思い出す。 あれは彼女が初めてコロッケを作った日のこと。約束通り、圭太郎はトロフィーを持って帰ってきた。とても嬉しそうな 顔で、せつなの作ったコロッケを食べながら、 「やー、今日は本当にいい日だなぁ。ゴルフも優勝したし、せっちゃんの美味しいコロッケも食べられるし。まさに幸せ ゲット、って感じだね」 そう言ってくれたのだ。とても、嬉しかった。 「すっごーい!! お父さん、やるー」 「やー、なになに。皆で行けるように、僕、頑張っちゃったよ」 「それでね、ちょっと急だけど、今週末に行こうかと思うの。二人とも、準備しておいてね」 はーい、と元気に手を挙げるラブの横で、せつなは一瞬、戸惑う。が、その逡巡を感じたのか、すぐにあゆみが声を かける。 「せっちゃん、お返事は?」 「え? で、でも・・・・・・」 「家族全員で、って言ったでしょ。もちろん、せっちゃんも一緒よ」 「そうそう。ちゃーんと、四人分あるからね」 「――――はい」 胸が熱くなるのを感じながら、彼女はゆっくりと言う。嬉しくて、つい、顔がにやけてしまう。愛されている、そのことを 感じて。 「じゃあじゃあせつな、明日は一緒にお買い物に行こ? せっかくお出かけするんだから、お洒落してかないとね」 「ええ、わかったわ、ラブ」 そうして、シフォンとタルトを祈里に預け、二人は両親と共に東京に出てきた。まずホテルに荷物を置き、圭太郎達と 別れて街に出る。 「あ、見て見て、せつな。あれが東京タワーだよ」 「すごく大きいのね」 「あそこはテレビ局みたいだね。そういえば前に、アタシ達の番組をやってくれたんだよ――――って言ってもプリ キュアのだけど」 「全国で放送されたの? ちょっと、恥ずかしいわね」 「銀座!! お買い物の街だよ。あ!! あれなんて、せつなに似合いそうだなー」 「そうかしら――――!? ダメよ、ラブ。高すぎて買えないわ」 「ここは、渋谷だよ。こっちだったら、アタシ達でも買えるかな」 「あの犬の銅像、ちょっと可愛いわよね」 「アタシ、一度、来てみたかったんだ、原宿って」 「あの店の服って、美希がよく着てるわよね」 彼女達は、駆け足であちこちを巡る。途中、軽く御飯を食べたりした以外は、ずっと歩き詰めで。 それでも最初は、笑みを浮かべていた彼女。だがそれは徐々に、硬い表情にと変わっていく。 「どうしたの? せつな」 駅前の、大きな交差点。信号が変わって歩き出す人ごみの中、動こうとしないせつなの顔を、ラブは覗き込む。 「顔色、悪いよ? 疲れちゃった?」 「え? ああ、ううん、平気よ、ラブ」 口ではそう言ってみたものの、確かにあまり気分が良いとは言えなかった。誤魔化しは、しかし、いつも一緒にいる ラブに通じる筈もない。心配そうな顔をする彼女に、無理矢理に笑って見せる。 「ホントに平気だって。だから、心配しないで」 「でも――――」 青に変わった信号が、また赤に変わる。車が、目の前を勢い良く通り過ぎていって。 それでもまだ、眉を寄せて覗き込んでくるラブに、せつなは小さく溜息を付いて、言った。 「ちょっと、ね――――ラビリンスを、思い出したの」 言ってしまってから、悔やむ。そんなことを言っても、仕方がないというのに、どうして。 「ラビリンスを?」 ほら、思った通り。ラブが顔を曇らせる。困らせてしまったことに、せつなは臍を噛むが、放ってしまった言葉を取り 消すことは出来ない。 「なんだかね、機械的で、冷たい感じがするの。あのビルの群れとか、人ゴミとか――――優しさが、感じられない」 信号が青に変わる。 途端にいっせいに動き出す、人の波。その動きは、一個の巨大な生き物のよう。一糸乱れぬとまではいかずとも、 統一された意思の元に制御されているかのよう。その様は、かつての母国に似ている。無表情で没個性な人々が、 整然と並び歩くラビリンスという世界に。 「せつな・・・・・・」 「そんな顔しないで、ラブ。私、こっちの世界に来て良かったと思ってるのよ」 けれど、とせつなは繋げて、少し遠い目でビル立ち並ぶ街頭を眺める。 「クローバータウンじゃなくて、この街に来てたら――――私、キュアパッションになれなかっただろうな」 この街には、クローバータウンに溢れている優しさや幸せを、感じない。暖かさやぬくもりも。 だからきっと、ここでイースは出会えない。それまでの価値観を全て覆せし、自分の人生を変えてしまうような少女とは。 「ごめんね、ラブ。変なこと言って――――困らせるつもりじゃ、なかったの」 「あ、ううん。いいよ、気にしてないから」 でもね、とラブは首を横に振った。 「アタシは、そんなこと、思わないんだけどな。せつなは、せつなだから」 そうかしら? 頭で思った言葉を、彼女は口にはしない。ただ、 「ラブは、優しいから」 そう言うだけ。 ラブが言いたいことは、わかる。私が、イースだった頃から東せつなであって、いずれキュアパッションになっていた と言いたいのだろう。 だが、彼女はそう思わない。イースは、ラブと出会ったからこそ、東せつなに生まれ変わることが出来たのだ。この街 で、そんな出会いは到底、望むべくもない。 この、ラビリンスに似た、冷たく硬質な、どこか寒々しい東京という街では。 「そうじゃなくって。んー、なんていうかなぁ」 彼女の想いをよそに、ラブはもどかしげに頭をかいている。何かを探すように、その視線が横断歩道へと向けられた その時、 「あ」 一人の老婆が、足をもつれさせて転んでしまった。おりしも、信号はチカチカと瞬き始め、青から赤へと変わろうとして いる。 咄嗟に、ラブとせつなが飛び出そうとした瞬間、 「バーちゃん、大丈夫?」 小麦色に肌を焼き、髪を金に染めた少女が、老婆に手を差し出していた。その隣にいた長い黒髪の少女は、老婆が 落とした荷物を拾い集めている。 「ああ、ごめんなさいね」 「いいって。それよかさ、怪我とかしてない?」 「ってか、荷物、重過ぎだよ、おばーちゃん。歳、考えなって」 二人の少女の口調はぶっきらぼうなものだったが、その奥には確かに老婆を労わる気持ちがあって。 すっかり赤に変わった横断歩道を、その老婆は少女達に支えられるようにして渡っていく。ようやく渡りきると同時に、 自動車がいっせいに動き出し、その流れの向こうに少女達の姿は消えていった。 「ね」 「え?」 「もう、わかんない?」 唐突に言われて、戸惑うせつなに、ラブは微笑む。 「どこにだって、あるよ。優しさは、皆の心の中に」 見えなくったってね。ラブは、そう続ける。 「皆の、心の中」 噛み締めるように繰り返して、せつなはもう一度、前を向く。 少女達の姿は、もうそこにはない。だが確かにそこには、善意があった。ぬくもりがあった。それはほんのちっぽけな ものだったかもしれないけれど、確かに存在していたのだ。 「だから、きっと、ね」 その先を、ラブは言わない。けれど、わかる。 きっと、せつながこの東京に来たとしても、やがて優しさに出会えただろう、と。 優しさに触れて、変わって行っただろう、と。 「そうね、そうかもしれない」 それは、認める。この街でも、もしかしたら。 けれど。 「けれど、やっぱり私、クローバータウンに来て良かったわ」 「どうして?」 キョトンとした顔をする彼女に、せつなは穏やかに微笑んで。 「だって、ラブに会えたんですもの」 東京に来て、ラブ以外の人と出会って、やはりイースはせつなに変わったのかもしれない。 けれど、それはどこまでも仮定の話で、現実にはせつなは、ラブと出会った。そして、生まれ変わることが出来、受け 入れられた。 それはもう、この上もなく上等の幸せ。仮定ですら、それ以上なんてありえないと思ってしまう。 「ラブに会えなくても、私は生まれ変わってたかもしれない。けれど、ラブに会えなかったら、私、ここまで幸せだった かしら」 「――――もっともっと、幸せだったかもよ?」 「でもそこにラブはいないんでしょ? だったらきっと、その『せつな』は損をしてるわ。ラブと出会う、っていう幸せを手 に入れてないんですもの」 彼女の言葉に、ラブの顔は満面の笑みに塗り潰される。そして、 「へへえー」 せつなの体に、ギュッと抱きついてきた。 「そこまで言われちゃうと、なんか照れ臭いぞー、せつな」 「ホントのことよ、ラブ」 すっかりとにやけた顔で抱きついてくる彼女に、せつなは暖かい視線を向ける。 そして彼女はふと、天を仰ぐ。 夕暮れに染まる空のほとんどが、ビルに隠れて、やっぱり狭いと感じたけれど。 やっぱり、クローバータウンと同じ空だと。 そう、せつなは思ったのだった。
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/272.html
(もう、そろそろ出なきゃ……。) 祈里はチラリと時計に目をやる。さっきから何回こんな事を繰り返してるだろう。 意味もなくバッグの中身を入れ換え、リンクルンをいじくる。 (本当にもう、行かなきゃ……。) 今日は久しぶりのダンスレッスン。 忙しいミユキさんは来られないけど、四人揃っての自主練はずっと続けてきた。 最近は色々あってずっとご無沙汰だったけど、今日の練習は前々から決まってた。 仮病を使って休もうか、とも何度も思った。 けど、せつなも来るかも知れない。 それとも、あんな事があったんだから、祈里のいる場には現れないだろうか。 祈里も、実際に顔を合わせてもどうしたらいいかなんて分からない。 ラブにも、どんな目で見られるか。 せつなは恐らくすべて話したんだろう。 ひょっとしたら、美希にも話は行ってるかも。 三人の自分を見る目を想像する。 自分のした事を棚に上げて、足がすくみそうになる。 それでも、またせつなの顔が見られる。声が聞けるかも知れない。 どんな冷たい視線でも、罵る言葉でもいい。 せつなに会いたい……その欲求には勝てなかった。 狂おしいほど、せつなに会いたい。 いつもの公園に少し時間より遅れて着いた。来ているのは、美希だけ。 他の二人の姿は見えない。 そう言えば、美希とも随分会っていなかった。 おはよう、そう声を掛ける前に美希が祈里に気が付いた。 「ラブとせつなは来ないわよ。」 挨拶もなしにいきなり美希が切り出す。 「せつな、この間熱出して倒れたの。もう微熱みたいだけど、 まだ家からは出してもらえないみたい。」 ラブはせつなについていたいから、と美希に連絡があったらしい。 硬い声と表情から、美希も知ってるんだ。と理解する。 不思議なほど、動揺してない自分に祈里は少し驚いていた。 自分にはメールも電話も、何の連絡もなかった。当たり前だろうけど。 「ふうん、そうなんだ。」 まるで他人事のような口調。美希が微かに整った眉をしかめる。 (誰のせいよ?) その目がそう言ってる。 美希はどこまで知ってるんだろう。誰から聞いたんだろう。 ラブか、せつなか。たぶんラブだろう。 だとしたら、せつなはラブに全部話したんだろうか。 「ねぇ、どう言う事なの?なんで、こんな事になったの?」 「……いったい何の事…?」 「はぐらかさないでよ、ブッキー!」 「美希ちゃんには関係ないじゃない。」 驚くほど、冷たく硬い声が出た。美希が少し青ざめ、言葉を無くしている。 それもそうだろう。今まで、祈里は美希にこんな態度を取った事はなかった。 自分が美希を動揺させてる。そう考えると祈里は少し可笑しくなった。 一人っ子の祈里やラブにとって、美希は同い年でも頼れる姉のような存在だった。 今までずっと、何か困った時は美希に相談。解決なんか出来なくても、 美希に話すだけでなんだか心が軽くなる。 きっと美希は、今回もそのつもりだったんだろう。 祈里が話せないなら自分から聞こう。話してくれれば、何か変わるかも。 自分になら、話してくれるはず。 「……関係なくなんか、ないわよ。」 美希は奥歯を噛み締め、動揺を飲み込む。 ラブの話から今までの祈里のようにはいかないのは分かってたはず。 怯んだら、負けだ。 確かに自分には関係ないかも知れない。 でもこのまま仲間がバラバラになるのを黙って見ているなんて出来ない。 「アタシ達、仲間じゃない。心配しちゃいけないの? 何があったか知りたいって思うの、当たり前じゃない。」 「……知って、どうなるの?美希ちゃん、どうにか出来るって思ってるの?」 それに、もう知ってるんでしょう? 取り付く島もない祈里の言葉。 美希は、今の今まで半信半疑だった。事前にラブの話を聞いても。 あの時のラブの壊れかけた様子。実際に倒れてしまったせつな。 最初に祈里がせつなを脅してたのでは?と言ったのも自分だ。 それでも、まさか祈里が……。 そう思う気持ちが確かにあった。 「ラブちゃんに聞いたんでしょ?だったら、今さら私に聞かなくたって。」 祈里は伏し目がちに目をそらし、少し唇を尖らせている。 ベンチに座り足をブラブラさせてる様子は不貞腐れた子供みたいな仕草だ。 「……ブッキーの口から聞きたいの。」 何を考えてるのか。どう思ってるのか。祈里自身の気持ちが聞きたい。 「じゃあ、………」 祈里は俯いて肩を震わせる。 「じゃあ、…せつなちゃんが、本当に好きなのはわたし。って言ったら、 美希ちゃん、信じてくれる?」 わたしとせつなちゃんは愛し合ってるの。 でも、せつなちゃんはラブちゃんの家にお世話になってるでしょ? ラブちゃんを無下には出来ないの。 だから、こっそり会ってたの………。 「……嘘、でしょ…?」 美希は自分の顔色が変わるのを感じていた。 (だって……ラブは……。) でも祈里の言う事が本当なら……。頭が混乱する。 せつながこちらの世界で生きて行くのに全面的にラブが力になったのは本当だし…。 それに、ラブがせつなを愛してるのは間違いないだろうけど、 せつなはどうなの?アタシ、せつなの気持ちは聞いてないし……… 「うん、嘘。」 「……え?」 「だから、嘘。そんなわけないじゃない。本気にしたの、美希ちゃん?」 祈里はさっきとはうって変わって、からかうような目で美希を覗き込んでいる。 今にも吹き出しそうな、イタズラに成功した子供のような……。 カァっと美希の体温が上がる。 真剣に、話を聞こうと思ってたのに。今日までどれだけ神経を磨り減らしたか。 「フザケないでよっ!」 涙が出そうになる。目の前にいる、この子はなんなの? アタシの知ってるブッキーじゃない。ラブも、せつなも、こんなふうに感じたの? ブッキーは、こんなふうに人の真剣な気持ちをはぐらかす子じゃない。 大人しくて、引っ込み思案で、でも人の気持に敏感で思い遣りのある…… 「騙して呼び出してね、無理やりヤッちゃったの。 せつなちゃんが抵抗出来ないようにして。」 崩れ落ちそうになってる美希に構わず、祈里は喋り続ける。 「その後はお約束?この事バラされたくなかったら、言う事聞けって。」 せつなちゃん、今の美希ちゃんみたいな顔してたわよ? これはいったい誰なの?って感じの。 「簡単過ぎて拍子抜けしちゃった。せつなちゃん、一旦気を許した相手だと あり得ないくらい無防備になっちゃうみたいね。」 一度ヤッちゃえばね、まるでお人形さんみたいになっちゃったの。 ラブちゃんの名前出すとね、何でも言う事聞くの。 呼び出せばいつでも来るし、服を脱げって言ったら泣きながら脱ぐの。 ベッドに寝かせて、足を開けって……… 「やめて!やめてよ!!!」 「何よ、美希ちゃんが話せって言ったんじゃない。」 つまり、そう言う事したの。酷いでしょ?せつなちゃん、倒れても仕方ないわ。 むしろ、よく今までもったって思うわよ。 熱に浮かされたように喋り続ける祈里を、美希はただ呆然と見ているしか なかった。 「ほんっと、酷いわよね。わたしだったら死にたくなっちゃうかも。」 「……ブッキー………。」 言葉を無くし、魂の抜けたような顔をしてる美希を、いっそ憐れむように 祈里は見つめる。聞きたくなかったろうな。こんな話。 「……どうしてよ。せつなが、……好きだったんじゃないの?」 「美希ちゃん、わたしってね、小さい頃から結構いい子だったと思わない?」 突然、関係ない事を話し出す。 「お友達とケンカするくらいなら自分が我慢したし、我が儘だって言わないし。」 でも分かっちゃった。わたし、全然いい子でもないし、我慢なんてした事なかった。 臆病なのは、人とぶつかって傷付くのが面倒だっただけ。 引っ込み思案の人見知りでいれば、何も言わなくても、ラブや美希が庇ってくれた。 誰かと争ってまで欲しいものなんてなかったし、傷付け合うほど 本気で分かり合いたい人もいなかった。 ラブと美希がいれば、他に親友なんて必要なかったし。 だから、初めて本気で欲しいと思ったものに出会った時、 どうしていいか分からなかった。 ただ遠くから眺める事しか出来なくて、気が付いたら、 それはとっくに人のものになっていた。 欲しいもののために戦った事なんてなかった。 だから我慢の仕方なんて分からない。 手に入らないものの諦め方、そんなの誰も教えてくれなかった。 ほんの一時でも、盗んででも手に入れられれば、気が済むかと思ったのに。 「ダメだったの。どんどん欲張りになっていっちゃったの。」 体だけでいい。ほんの一時わたしのものになってくれればいい。 傷付けたって、痛め付けるつもりなんてなかったのに。 せつなを当たり前のように独り占めしているラブに腹が立った。 どれだけ体を重ねても祈里を無視し続けるせつなに苛立った。 ラブに返すくらいなら壊してしまおうか。 ボロボロに汚されたせつなでも、まだラブは抱き締めるのだろうか。 違うな、と思う。 ラブはせつなが汚れたなんて思わないだろう。 祈里だって自分が一番よく分かってる。せつなを汚す事なんて出来なかった。 せつなを汚そうとした分だけ、自分が汚れただけだ。 「せつなちゃんね、あんな事されたのに、まだわたしが好きって言ったの。」 好きだから、もうやめるって。わたしの事、悪く思えないんだってさ。 自分を嘲るかのような祈里の口調。 胸が痛まないはずない。好きな人を自分で傷付けて。苦しめて。 平気でいられる人なんていないだろう。 「………後悔、してるんでしょ?」 美希はやっとの事で声を絞り出す。 よく知る幼馴染みの口から出る。生々しい罪の告白。 予想以上のダメージを受けてる自分がいる。 話を聞いただけでこれだ。ラブやせつながどれほどの傷を受けたのか、 想像も付かない。 「ずっとね、考えてたの。謝らなきゃいけないって。」 許してもらえなくても。自分がした事は理解してるつもりだから。 「だったら………!」 「でもね。わたし、後悔なんてしてないのよ。」 ずっと考えてた。この胸の苦しさは後悔なのか。 せつなを傷付け、ラブを裏切った事を悔いているのか。 答えは否だ。 後悔なんてしてない。あのまま想いを押し殺していれば、 せつなは今も微笑んで隣にいてくれた事だろう。 ラブとふざけ合い、美希に甘え、それはそれは幸せな時間。 それと引き換えにしても、せつなに触れたかった。 初めてその唇に触れ、柔らかな肌を抱き締めた時の歓喜を思い出す。 吐息を感じ、熱を共有した。 心には最後まで触れる事は出来なかった。 それでも、せつなの体に刻み込まれた祈里の記憶はこれからも消えない。 ラブだけのものではなくなった。 その事に、確かに喜びを感じている自分がいる。 例え時間を巻き戻せたとしても同じ事をするだろう。 「後悔……、出来たらよかったのに……。」 祈里は天を仰ぐ。涙がこぼれないように。自分には涙を見せる権利などない。 心底から悔い、本心から謝ればラブもせつなも許してくれるだろう。 例えすぐには元に戻れなくても、許すため、距離を埋めるために 努力し、祈里を受け入れてくれただろう。そう言う子だ。 だけど、今も祈里の中には邪な欲望が渦巻いている。 ラブとせつなを見ている限り、それが消える事など想像出来ない。 そんな謝罪に何の意味がある。 また、同じ事を繰り返すだけだ。 「後悔して、反省して、謝りたかったよ。泣いて、すがって、 それでお仕舞いにしたかった。」 でも、無理なの。 せつなは祈里の呪縛を振り切った。 ラブの元へ戻り、ラブも受け入れたのだろう。 もう、あの二人を引き離す事など出来ない。 未だ大人には遠い自分には逃げ出す事も出来ない。 この町にいるかぎり、見続けなければいけない光景。 せつなも、ラブも、もしかしたら目の前の美希も、二度と祈里に 微笑んでくれないかも知れない。 自分には相応しい罰だ。 深く暗い、水底に沈んでいくような祈里の姿。 美希はただ呆然と立ち竦む事しか出来なかった。 掛ける言葉など見付からない。 祈里は自分のした事を充分過ぎるほど理解している。 理解していながら、後悔していないと言う。 せつなの傷。ラブの悲しみ。祈里の闇。 どれも美希にはどうしようもないものに感じた。 罪を分かっていながら、救いを拒む罪人。 美希は唇を噛み締める。自分の無力さが、悔しい。 なんとか出来るかも知れない、そんな自分の思い上がりに臍を噛む。 美希もまた、力無い子供でしかないと言うのに。 5-351へ
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/795.html
第五章 再会 レジーナ「うわあ・・・すごい!!」 六花「ありすの計らいでパーティー会場に来る事が出来たレジーナ。その余りにも珍しい光景に驚いていました。」 レジーナ(キョロキョロ キョロキョロ) 六花「来たはいいものの、こんなに沢山の人の中からあの女の子をどう探せばいいのか、そもそもここに参加しているのだろうか・・・不安になるレジーナは隅のほうで立ち尽くしていました。」 ???「あら?あなた、もしかして昼間奏の所であった・・・」 レジーナ「えっと・・・あなたは誰?」 ???「あ!ごめんなさい。この姿じゃわからないわよね。セイレーンって言ったら分かるかしら?」 レジーナ「・・・・・・ええ!?ハミィの友達の黒猫の!?」 エレン「ええ。私は人の姿にもなれるの。後、この姿ではエレンって呼んでね。」 六花「なんとレジーナに声をかけて来たのは人間の姿になったセイレーンでした。」 レジーナ「エレンもパーティーに来ていたのね」 エレン「ええ。奏達と一緒に。二人になら今頃何処かでイチャついてると思うわ・・・」 レジーナ「はは・・・(苦笑)ハミィは一緒じゃないのね」 エレン「あの子は人になれないからね。お留守番よ。あなたは一人で来たの?」 レジーナ「うん。色々あってね。」 エレン「よかったじゃない!来る事が出来て。」 レジーナ「全然!!来たはいいけど、あの女の子は見つからないし、そもそもこんな所初めてだから緊張しちゃって・・・」 エレン「分かるわ・・・ 見たこともない人だらけで戸惑っちゃうわよね。」 レジーナ「エレンは猫だから尚更びっくりよね・・・」 エレン「それもあるわね。」 六花「二人が話していると、誰かがやって来ます。」 ???「あ!エレンだ。おーいエレーン!!」 ???「もう!そんな風にしなくても分かるでしょ・・・全くもうラブったら」 ラブ「ゴメンゴメン(苦笑)嬉しくてつい」 エレン「あら、ラブにせつなじゃない。あなた達も来ていたのね。」 六花「レジーナ達の前に現れたのはクローバーの二人でした。」 ラブ「うん。今年もせつなと幸せゲットだよ♪♪」 せつな「もう、ラブったら(呆れ)ところでその子は?」 エレン「紹介するわね。友達のレジーナよ。こちらは昼間のショーで見たと思うけどクローバーの」 ラブ「桃園のラブです♪♪よろしくねレジーナ!!ラブってよんでね♪」 せつな「東せつなよ、よろしくねレジーナ。」 レジーナ「よろしく・・・二人って仲がいいのね。奏達みたいに。」 ラブ「響ちゃん達には敵わないよ♪」 エレン「あら、そんな事はないんじゃない?ここで知り合ってから一年もしない内に結ばれるなんて中々だと思うけど(ニヤニヤ)」 せつな「も、もう・・・エレンったらからかわないでよ><」 エレン「ほんとの事でしょ♪」 レジーナ「二人はここで出会ったの?」 ラブ「そうだよ♪このパーティーはね、運命の人(彼女)を探す場所として有名なんだよ♪」 せつな「まあ、誰かさんみたいに そういうのに関係なく来る人も結構いるんだけれどね(笑)」 エレン「ちょっと!誰のことよ!?言っとくけど私は何処かのバカップルの付き添いで来てるだけなんだからね」 せつな「別に 誰もあなたの事とは言ってないけど(笑)」 ラブ「レジーナも運命の人を探しに来たの?」 レジーナ「まあ、そんな感じかな・・・」 ラブ「大丈夫!きっとレジーナも幸せゲットできるよ♪♪」 せつな「せいいっぱい頑張ればあなたの望みはきっと叶うわ!」 レジーナ「えっと・・・ありがとう」 ラブ「じゃあ、私達そろそろ行くね。」 せつな「さようなら」 エレン「私も響達が心配だから行くわ。じゃあ、レジーナも頑張って。」 レジーナ「うん、二人によろしくね」 六花「そして、レジーナはまた一人になってしまいました。」 レジーナ「さて、どうしようかな。」 六花「エレン達と話して少し落ち着いたレジーナ。彼女は頑張って一歩踏み出してみる事にしました。」 レジーナ「ここでじっとしてても何も始まらないわよね。とりあえず頑張ってあの子を探してみ・・・・・あれは!!」 マーモ「ふう・・・疲れたわ」 れいな「どんなものかと思っていたけど中々のものですわ」 リーヴァ「でも、わたし好みの子はまだ見つからないわね~♪」 マーモ「あんたみたいのを好きになりたいのなんて相当の物好きじゃなきゃいないわよ(笑)」 リーヴァ「失礼ね!・・・あら?」 レジーナ「ギクッ」 リーヴァ「そこに見覚えのある小娘がいたような・・・」 マーモ「見間違いじゃないの?」 れいな「そうですわ。あんな愚かなお猿さんがここにいる訳がありませんことよWWW」 リーヴァ「そりゃあそうね(笑)」 六花「嬢様達はそう言いながら去っていきました。見つからなかったものの、レジーナはまた緊張が戻ってしまいその場にうずくまってしまいました。」 レジーナ「・・・やっぱりわたしには無理だったのかな・・・」 六花「すっかり落ち込んでしまったレジーナ。そんな彼女を心配して 声をかけるものがいました」 ???「大丈夫ですか?」 レジーナ「ちょっと疲れちゃっただけなんで・・・あなたは!」 六花「レジーナに声をかけたのは一体だれなのでしょう・・・(・・・)」 ・・・(触らぬ神に祟りなし) 第五章 再会・完 第六章 幸せな時間の終わりへ
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/736.html
わたしはラブちゃんが好き。 そう自覚したのは、何気ない日常の出来事だった。 ダンス練習の後、いつものようにカオルちゃんのドーナツカフェに寄って帰ろうということになった。 カオルちゃんからドーナツを受け取り、ラブちゃんとせつなちゃんがいるテーブルに置こうとした。 その時、胸の奥がチクって痛んだ。 笑いあっているラブちゃんとせつなちゃんを見ておきた胸の痛み。 最初は、ダンス練習の後だからと思っていた。 ダンスは簡単そうに見えて、とても難しくて体力も使う。 これまでほとんど運動をしていなかったわたしは、最初のうちはみんなの動きについていくので精一杯。 でもだんだんと、ダンスのせいじゃないって分かった。 ラブちゃんとせつなちゃんを見ておきた胸の奥の痛みは、 自分でも不思議なことに、ラブちゃんと美希ちゃんが一緒にいても、 或いはせつなちゃんと美希ちゃんが一緒にいても、痛みはおきない。 ラブちゃんとせつなちゃんが一緒にいるときだけおきる現象。 だけど、その痛みは、小さいけれど確実に存在して、時が経つごとに大きくなっていく。 今では、わたしのそばにせつなちゃん達がいなくても、胸が痛むようになった。 ラブちゃんを見て、胸の奥に広がる温かいもの。 ああ、これが人を愛おしく思う気持ちなんだって思った。 それに、せつなちゃんが嫌いなわけではない。 むしろ、慣れない環境で精一杯頑張っているせつなちゃんを見て、わたしの出来ることならなんでもしたいと思う。 ダンスをしようか迷っていたせつなちゃんに練習着を渡した時の気持ちは、今でも変わっていない筈なのに。 今はダンス大会を1か月後に控えた、大事な時期。 この大会は大きな大会で、優勝すればラブちゃんの夢に大きく近づく。 優勝しなくても、何カ月も前からみんなが目標にしていた、大切な大会。 でも、最近の練習は全員の動きがかみ合わず、不本意なものに終わっていた。 寒いから動きが鈍いのかなとかみんなは言っていたけど、多分、わたしが原因。 ダンスをしているとき、横にいるラブちゃんとその隣のせつなちゃんが気になって仕方ない。 ラブちゃんの夢の足手まといになりたくない。 そう思うけど、今のわたしは足を引っ張ることしかしてない。 思い悩んだわたしは、バレンタインにチョコを渡そうと決めた。 想いを口にすることはできないけれど、せめてバレンタインのチョコに想いを込めたい。 ラブちゃんが気づかなくてもいいと思うのは自己満足だとは思うけど、そうしたらダンスに専念できるかもって思った。 毎年、お父さんとかにはバレンタインにチョコを渡していたけれど、手作りなのは今年が初めて。 美希ちゃんとせつなちゃんには同じ生チョコを、ラブちゃんには違うものを。 数日前から、デパートへ行って道具や材料を揃えたり、料理の本を買ったりした。 わたしの気合の入れように、お母さんには、好きな男の子にあげるのと聞かれたけど、わたしは友チョコだって答えた。 確かに、友チョコ。だけど、違う。 ラブちゃんへの想いを自覚する前なら、みんなに感謝の気持ちを込めて作っただろうけど、 今ではもう、カムフラージュでしかない。ラブちゃんにチョコを渡す為の。 バレンタインデーの今日はダンス練習の日だから、みんなに会えるし、チョコを渡せる。 ラッピングは全部同じで、中身はラブちゃんのだけ違っている。 ラブちゃんのチョコがどれか分からなくならないように、見えないところに印をしたりして。 でも、チョコを渡す直前になって、ラブちゃんとせつなちゃんが一緒に箱を開けたらどうしようと思った。 ラブちゃんとせつなちゃんは同じ家に住んでいるから、一緒に開ける可能性がある。 ラブちゃんに一人の時に開けてねと言うことはできるけど、どうして?って聞かれたら、どう答えよう? そんなことを考えていてダンス練習が終わっても、結局ラブちゃんにもみんなにも渡せなかった。 帰宅し夕御飯の後、自分の部屋に戻っていたけど、焦燥感にも似た思いに駆られ、外へ出た。 やっぱりラブちゃんにチョコを渡したい、その思いで。 ラブちゃんの家はわたしの家とそんなに離れていないから、走ればそう時間がかからない。 部屋にいた時のままの服装で外に出たけど、走ったせいか、寒さは全然感じなかった。 ラブちゃんの部屋もせつなちゃんの部屋も灯りが点いている。 リンクルンで呼び出せば、ラブちゃんは外に出てきてくれるだろうけど、 慌てて家を出てきたから、ラブちゃんのチョコしか持ってきていない。 せつなちゃんのチョコがないことの説明がつかない。 それにチョコを渡すなら、今日はいつでもチャンスがあった。 わたしがダンス練習の集合場所の公園に行った時、先にいたのはラブちゃんとせつなちゃんの二人だったし、 練習の合間の休憩のときでも、帰りに寄ったドーナツカフェにいるときでも、いくらでも。 もう、渡せるわけないよね。 そう思い帰ろうと後ろを向いたわたしの目の前を、白いものが落ちてくる。 空を見上げると、暗闇のなかからタンポポの綿帽子のような雪が降りてくる。 雪はわたしの顔に落ちて溶け、幾筋もの流れとなって、頬を伝い下へと落ちてゆく。 その流れの中に、一筋の熱い雫。 わたしは声もなく涙を流しながら、ただ、はらはらと舞い降りる雪を眺めていた。 時間はどれくらい過ぎていたのだろう。 気がつけば、ラブちゃんの部屋もせつなちゃんの部屋も灯りが消えていた。 雪は絶え間なく降り続け、世界を、全てを、白く染めていく。 だけど、暖かくなれば儚く溶けてしまう雪。 わたしのこの思いも雪に埋もれ、消えてしまえばいいと、そう思った。 了