約 1,207,156 件
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/81.html
頭に木霊する美希の声。震える怒声。痛々しい泣き声。底冷えする皮肉。 そして、すべてを諦めたような力の無い呟き。 強く優しく、物分かりの良い美希しか自分達は欲していなかったのだろうか。 励ましてもらった。相談に乗ってもらった。気持ちをぶつけさせてもらった。 ただ、黙って側にいてくれた。 いつだって美希はラブの、祈里の、せつなの気持ちに寄り添おうとしてくれていた。 美希にどれだけ救われたか。数え切れないくらいなのに。 それでも、心の隅にあった冷めた感情。 所詮、当事者ではないのだから。 外側から眺めているだけの部外者だから。 魂に牙を立てられ、血を啜られるような思い。 心を握り潰され、毟り取られるような痛み。 美希には分からない。 自分達の気持ちなんて理解出来ないだろう。 そう、殻の外に美希を閉め出してはいなかったか。 「あたしね、思ってた。思おうとしてた。一番ブッキーが悪いんだって」 「うん…」 「それで、一番馬鹿なのはあたし」 「………」 「一番傷付いたのはせつな。それで、それでね。美希たんは……」 「…………」 「……関係ないって…。こんなゴタゴタ、美希たんには迷惑なだけだろうって…」 「……うん…」 「ブッキーさっきから、うん、しか言ってない」 「うん……」 ひっぱたいてくれた美希の熱い手のひら。 優しく髪を撫でてくれた綺麗な指。 毅然と叱ってくれた声。 何も言わず包み込んでくれた温かな膝。 どうして忘れていられたんだろう。 「ねぇ…美希たん、何か用があったんじゃないのかな?」 突然訪ねて来たわけではあるまい。 自分達の物思いに耽り、外の気配に気付かなかったのは迂闊としか言いようがないが 常の美希なら来る前に電話なりメールなりしそうなものなのに。 ラブの言葉に祈里は痛みを堪えるような顔になる。 「…約束、してたの……」 項垂れ、祈里は背中を丸める。 「美希ちゃんの部屋でね、一緒に勉強しようって…。」 「へ?じゃあ、なんで……」 自分を部屋に上げたのか、そう言いかけてラブは口をつぐんだ。祈里の自嘲があまりにも深そうで。 「忘れちゃったの。ラブちゃんの顔見たら」 ラブが訪ねて来てくれた。会いに来てくれた。例えどんな理由でも。祈里を詰る為だとしても。 ラブが自分から祈里の元へ足を運んでくれた。 舞い上がった。有頂天になったとすら言える。そして。 そして、美希とのささやかな約束など一瞬にして頭から消し飛んでしまった。 「…ブッキー…」 祈里は鞄に手を伸ばし、中を探る。底の方まで落ちていたリンクルン。 チカチカと点滅する光を見て、祈里は一層苦し気に顔を歪める。 何度着信があったのだろう。メールも何通も来てるに違いない。 多分、そこにはいつまで待っても現れない祈里を心配する美希が沢山いる。 この間の買い物。せつなとのやり取りを美希に詳しくは話していない。 それでも美希は何かあったのだと察してくれてる。 ずっと気にかけてくれていた。 電話で、メールで、放課後待ち合わせてお喋りして。美希は無理に聞き出そうとは決してしない。いつも祈里から話すのを待ってくれる。 今日だってきっとそう。 少しでも祈里の心が晴れるように何時間でも付き合うつもりだったに違いないのだ。 連絡も入れず現れる気配の無い祈里にどれほど気を揉んでいたのだろう。 何かあったのかと心配し、出ない電話や返信の無いメールに焦れて。 それならいっそ、と直接訪ねて来たのだろう。 そして、その結果がこれ。 聡い美希は瞬時に理解したに違いない。 祈里は美希の顔を見るまで、いや、顔を合わせた後でさえ約束の事なんてすっかり忘れていた事に。 美希に詫びる事すらせずにひたすら言い訳を並べ、ラブを庇う姿に どれほどやるせない思いをしただろう。 リンクルンを開く勇気がでない。 メールに溢れているであろう祈里への労りと思い遣り。 それに対峙するには今の自分は愚かすぎる。 その美希の思いを直視する資格など無いように思われた。 「…ねえ、ラブちゃん…」 泣き笑いの形に顔を歪めて祈里が問う。 「わたしって、昔からこうだったのかな……?」 結構、良い子のつもりだった。 少し前なら先約があるのを忘れるなんて考えもしなかった。 学校でだって目立つ存在ではないけど真面目にやってて友人だっている。 獣医を目指してるんだから勉強だって頑張ってる。 誰かの役に立ったり、人に喜んでもらう事が自分の喜び。 せつなの事は。せつなにしてしまった事は、そんな自分がおかしくなってしまったからだと思っていた。 「ラブちゃん、わたしね。せつなちゃんが好きで。好きで好きで好きで好きで………」 狂ってしまったのかと思っていた。 自分の中にあんなにも激しい感情があるなんて信じられなくて。 体を突き破りそうな激情を持て余して。 他の事は何も考えられなくなって。 苦しくて、苦しくて。無理矢理にでも奪えば、解放されるのかも知れない。 だから……。 「でも、違った。全部、何もかも…間違ってた」 やった事も、言った事も、今までも、たった今だって。自分が良い子だったって思ってた事も。 きっと昔から我が儘で自分勝手な人間だったんだ。 自分のやりたい事、欲しいもの。手に入れる為ならどんな事だって出来る卑怯者だったんだ。 恵まれてただけ。 恵まれ過ぎてて、自分がどんな人間か直視せずに済んだだけだったのではないのか。 いつだって欲しい物は手の届く場所にあった。 何かが欲しいと思う前に与えられてた。 両親は躾には厳しく無駄な贅沢はさせなかったが、お金で買える物には元々それほど執着が無かった。 物も愛情も空気のように体を包んでいるのが当たり前で、誰もがみんなそんなものだと思っていた。 自分は与える事に喜びを見出だす人間。 大切な人に笑顔になって貰うのが何よりの幸せ。 そう、信じて疑いもしなかった。 でも違った。 今までの自分を思い返す。 誰かの幸せの為に痛みを堪えて宝物を差し出した事は無かった。 欲しくてたまらない大切な何かを誰かに譲った事も無い。 もし自分の一部とも言えるほどかけがえのない物を手放しても、 それを手にした相手が喜んでくれるなら構わない。 そんな風に思えただろうか。 「無理だよね。だから…こうなってる…」 自分の考えに祈里は茫然とした。 いつだって人に与えていたのは手放しても惜しく無いもの。 身の回りに有り余るおこぼれを上から投げ落として悦に入っていただけではなかったか。 感謝の言葉や眼差しを心地よく浴びたいが為に施しを与えていただけではないのか。 恐ろしい。足元がガラガラと音を立てて崩れていく。 どれほど傲慢な笑顔を振り撒いていたのか。 自分では労りねぎらうつもりで掛けた言葉は本当に相手に届いていたのだろうか。 何もかもが偽りに彩られている気がした。 これっぽっちも優しくなかった自分自身。 せつなの言った通りだ。 馬鹿で、傲慢で、欲張りで。しかもそれを今の今まで実感してはいなかった、残酷なほど幼い自分。 そんな自分にせつながくれたのは、途方もなく甘く優しい罰。 笑顔で側にいる事。 せつなの幸せを見届ける事。 やっと分かった。情けないほど自分を甘やかしていた。 一度だって、本気で自分をどうしようもない人間だと思った事は無かったのだから。 せつなは、そんな祈里でも何とか乗り越えられるだろう甘い甘い償い方を教えてくれたのだ。 せつなの為ではない。祈里が罪に押し潰されてしまわない為に。 「どうしてそう極端なのかなあ……」 よっこらしょ、とラブが祈里の横に腰掛ける。 青い顔で項垂れる祈里の頭をコツンと小突いた。 「天使か悪魔か、どっちかでなきゃいけないってコトないでしょ。 誰だってその間でふらふらしてるもんじゃない?」 「……でも………」 祈里はゆるゆると首を振る。 確かにそうだ。誰にだって天使のように優しくなれる時、悪魔のように残忍になれる時がある。 それでも、と祈里は思う。 いざという時。何か危機や困難に直面した時、天使か悪魔かどちらかにしかなれないなら、 ラブは間違いなく天使になる事を選べるだろう。 大切な人の為に。もしかしたら、見ず知らずの他人の為にさえ我が身を 投げ出せるのがラブだと知ってる。 でも自分はどうだろう。少し前までなら、自分だって天使になれると無邪気に信じられた。 でも、今は…。 息が苦しい。自分が身勝手で利己的な人間だと認めるのがこれほど痛いと知らなかった。 苦痛から逃げ出す人間だと思われたくない。 でも、初めて愛した人を、姉妹のような親友達を裏切り傷付けた自分を 真っ当な人間だと考えるのを己の心が拒んでいた。 お前に愛や信頼を口にする資格は無いのだ、と。 「ねぇ、ブッキー。あたしそんなにイイコじゃないよ…」 ラブはポリポリと頭を掻きながら溜め息をつく。 「今日だってさ…別に、せつなのカタキ取ろうとか、そんなんじゃない」 だって、そうでしょ?こんな事、せつなが喜ぶ訳ない。 余計に苦しませるだけだって考えなくたって分かるもん。 それなのにさ…… 「恐かったんだ、あたし」 「……恐かった…?」 「なんか、色々薄れていくのが……」 辛かった。悲しかった。痛くて苦しくてどうしようもなかった。 ただ息をして、生きていくのすら難しい気がしていた。 それでも時間が経つにつれ、少しずつ傷が癒えて行くのが感じられた。 せつなの笑顔に祈里が応え、美希が側にいてくれる。 同じ場所で笑っている自分がいる。楽しいと感じている自分がいる。 何もかも無かった事にしてしまいたい。 また四人で笑いながら過ごして行きたい。 このまま月日が流れ、すべてが遠い過去になってしまえば……。 「ホントは…そうなれば一番いいのかも。ゆっくり傷を治して、ゆっくりお互いを許し合って…」 でも、それは嫌なのだ。とラブは拳を握り締める。 悪夢にうなされるせつなを見る度に、せつなの中に残った祈里の影を感じてしまう。 苦しむせつなを見るのが辛いだけではない。 悔しいのだ。 ずっと大切に守っていきたかった。 手のひらにくるみ込み、胸で温めてきた宝物。 それに理不尽な力で大きな傷を付けられた。 その傷さえ愛しい、そう思えるほど大人にはなれなかった。 穏やかに過ごす四人での時間にふと痛みを忘れている自分に気付く。 束の間の安息に、もしかしたらこのまま。このまま、元に戻れるかも知れないと淡く胸が温まる。 それでも目の前の傷はそれを忘れさせてくれない。 一瞬でも忘れようとした自分が許せなくなる。 忘れたい。忘れられる訳がない。 許したい。許したくない。 戻りたい。出来るはずない。 もし奇跡が起きて時間を戻せたとしても…。 また同じ事が起こるかも知れない。 だって心は変わらないのだから。 どれほど時間を遡ってもせつなを好きな自分は変わらない。 祈里だってそうだ。 そしてせつなも。きっとまた好きになってくれる。 そう、躊躇うことなく信じられるのに。 なのに立ち止まったまま足掻いている。 せつなは血を流しながらも、その傷を抱いていくと決めたのに。 共に歩む為に前を向いているせつなが眩しかった。 せつなが選んでくれた。 私はあなたのもの。そう言ってくれた。 相応しくありたいのに。 薄汚れた嫉妬にもがく姿なんか見せたくないのに。 せつなと祈里が悪夢と言う名の逢瀬を重ねている。 そんな風に感じる自分が堪らなく矮小でいたたまれないのだ。 「馬鹿だよねぇ……。せつなはあたしが好きって言ってくれてるのに。 せつなの隣にいて恥ずかしくないようになりたいのに」 やってる事は逆ばっかだよ。 せつなの中の祈里は消せない。 それなら祈里の中のせつなを真っ黒に塗り潰してしまえばいい。 せつなと同じ目に。別の存在を祈里の奥深くに無理やり捩じ込んでしまえば…。 「何でだろうね。やっちゃった後でないとどんだけ馬鹿か分からない…」 多分、それも間違い。 やってしまった後でも理解なんて出来てないんだろう。 分かったつもりになるだけ。 美希を、傷付け蔑ろにしていた事を今まで気付けなかったように。 「あたしさあ、ブッキーも好きなんだよねぇ…」 「………ラブちゃん…」 「ブッキーもあたしが好きでしょ…?」 コクリ、と頷く祈里を見て、あんなことされたのに、とラブは苦笑いする。 でも本当にそうなのだ。 きっと、途中で止めて貰えなくても。この先悪夢にうなされたとしても。 ラブを嫌いになる自分は想像出来なかった。 羨ましくても、妬ましくても、ラブさえいなければ、とすら思った事はなかった。 「困ったよねえ。恋敵なのに」 「……せつなちゃんも、そうなの…?」 だから、これほどまでに庇ってくれる。 おずおずと尋ねる祈里にラブはあからさまに嫌な顔をする。 この程度の事で一緒にするな、そう顔に書いてあるのがありありと読み取れた。 また不用意な言葉を口にしてしまった事に祈里は身を縮める。 「せつなはブッキーが好きだよ。あたしの為に許さないだけ」 「…………………」 「あたしが…あたしが、ブッキーを許してしまわないように頑張ってるの知ってるから……」 「許して…しまわない、ように……?」 「……ホントに、分からない?」 くしゃくしゃになった表情を隠すようにラブは抱えた膝に顔を埋める。 祈里は頭を振りながら滲んできた涙を必死に堪えていた。 分からないはずはない。 ずっと前から分かっていた。 ラブもせつなも許してくれている。 祈里自身が自分を許せないから罰を与えてくれてただけ。 自分よりもずっとずっと傷付いているはずの二人が、更に我が儘に付き合っていてくれてただけなのだ。 想う相手を諦める。それがどれほど難しいか分かるから。 目の前で微笑む愛しい相手に指一本触れられない。 自分ではない、他の誰かの腕の中にいる想い人をただ見ているだけ。 それがどれほど心を引き絞られるかが分かるから。 ラブにはせつながいる。 せつなにはラブがいる。 それだけで、他に何もいらないから。 だから、すべてを許して痛みを堪えてくれていた。 堪えようと耐えてくれていた。 そして、少し零れ出してしまったのだろう。 荒れ狂う思いの塊をせつなにぶつける訳にはいかない。 それならば自ずと向ける相手は決まっている。 祈里には、傷付いても耐える義務があるのだから。 「ねえ…あたし達、もっと大人だったらこんな風にはならなかったのかな…。 もっと大人だったら、こんな馬鹿な真似、せずに済んだのかな…」 何の覚悟も出来ていなかった。 痛みを引き受ける覚悟も。 大切な人を傷付ける覚悟も。 どんな結果であろうと受け入れる覚悟も。 ただ何もせず、流れに身を任せる覚悟すら。 見苦しく足掻き、自棄になって刃を振り回す。 後で更なる後悔が待っているとも知らずに。 「美希たんに、謝ろっか。二人で…」 「……でも…」 今さら謝罪に意味なんてあるのだろうか。 (アタシは許さないから。) (これ以上、失望させないで。) 美希の凍えた声が頭を巡る。 裏切ってしまった、どんな時も真っ直ぐに手を差し伸べてくれ続けた人。 美希の瞳から放たれた氷の矢。 そんな視線を幼馴染みに向けなければいけなくなった美希に詫びる言葉なんかあるとは思えなかった。 「許してもらえなくても、さ。悪い事した時は謝らなきゃ」 「ラブちゃん…」 それにね、謝ってもらいたいもんなんだよ。許す、って言ってあげられなくても。 はぁ…。と、深く溜め息をつくラブを祈里は横からそっと見つめる。 ラブは何度こんな溜め息をついて来たのだろう。 「ごめんなさい」 「あたしにはもういいよ。さっき言ってもらったし」 「分かった」 「ああ、でも許した訳じゃないからね」 「うん。それも分かってる」 許す。とは言ってはいけない。 それはラブの意地なのだろう。 祈里は何となくそれを感じ取り、そのラブの気持ちが何故か嬉しかった。 祈里が叶わなくともせつなを想う。 その想いが続く限り、ラブは祈里を許すとは口には出さないつもりなのだ。 許しを請う為に謝るのではない。 少しでもマシな人間になりたいから。 的外れな謝罪しか出来ないかも知れない。 美希やせつなの気持ちなんて分かっていないのかも知れない。 それでも、言葉にしなければならない。 伝わらなくても。撥ね付けられても。 相手を思い、気持ちに寄り添う努力を放棄する言い訳なんてどこにもないのだから。 「ラブちゃん、わたし、謝りたい。美希ちゃんにも、せつなちゃんにも…」 初めて、そう口にした。 みっともなく掠れた声。怯えを隠せない震える唇。 謝罪はいらない。許したくない。せつなには、面と向かってはっきりそう言われた。 やってしまった事を謝るのではない。 余りにも愚かだった自分に気付けなかった事を謝りたい。 せつなが好き。多分、これからも。 美希が大切。それなのに守ってもらって当たり前になっていた。 せめて罪を償うに足る人間になりたい。 甘え、頼り、寄り掛かったままその事に気付きもしない。 そんな人間のままでいて良い訳がない。 急に強くはなれないのは分かっている。 でもせめて…自分の弱さや愚かさから目を背けずに。 一つ一つ、ほんの少しずつでも気付いた事を糧にして行きたい。 もう一度、友達と呼んでもらえるように。 黒ブキ32へ
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/359.html
第28話 月の裏側 耳に心地好く響くせつなの声。 それは、まるで心を内側から羽毛で撫でられているよう。 美希を優しいと言うせつな。 たぶん、面と向かって美希をそんな風に評したのは せつなが初めてではないかと思った。 優しく無い、とは今までも思われてはいないとは思う。 しかし、それは美希を表す単語としては、必ずしも上位にある言葉ではない。 上に来るのは、しっかりしてる、大人びてる、気が強い。 親しい相手には、案外抜けてる、なんて言われる事もある。 しかし、情には厚い方だと自分で思っていたりもするが、 『優しい』なんて丸く柔らかいイメージは持たれていない。 他ならぬ、美希自身がそう振る舞って来たのだから。 そんな言葉が似合うのは、いつもふんわりとした微笑みを浮かべている祈里。 いつもお節介なくらいに他人の為に走り回っているラブだ。 美希の役回りは叱ったり励ましたり。 どちらかと言えば喝を入れてしょげた相手を奮い起たせる方だ。 上手くは行かない時もあったけれど。 「アタシは優しくなんかない。せつなはあんまり優しくされた事ないから、 アタシなんかでも優しく見えるだけよ」 「…それも随分な言い方よね。私の感じ方なんて当てにならない?」 「でもっ、それは、せつなの見方が変わっただけでしょ? アタシのやった事は何も変わってない!」 「それのどこがいけないの?」 「だって!そんなのっ……」 「美希だってそうでしょ?」 「……?!」 「私だって、変わってないわ。美希の見方が変わっただけ」 「…………」 「今の私を見てるから、昔の私も引っくるめて、親友だって言ってくれる。違う?」 「…じゃあ、せつなは?なんでアタシを親友だって言うの? アタシ、せつなにそんなに好かれるような事、した?」 言ってて気が付いた。 本当にそうだ。自分は、親友だと言いながらせつなの為に何かした事があっただろうか。 口だけだ。一人にはしないなんて。 いつだって、せつなの為に必死になっていたのはラブだけだ。 自分はラブに引きずられていただけ。 ラブがこんなにも想ってるんだから、そう、美希はラブの為に走り回っていただけ。 せつなの為では無かった。 それを思うと、たとえ傷付け汚しても、剥き出しの想いをぶつけた 祈里の方が真摯にせつなに向き合っていたようにすら感じる。 結局、自分の事しか考えて無かった。 居心地の良かった棲みかを追われる事に脅えていただけだった。 これ以上せつなに傷付いて欲しくない、そう言いながら、 四人でいるのを望んでいるのは自分自身だとせつなの口から聞かされ、 その事に膝が砕け、崩れ落ちたくなるくらいに安堵していた。 「今、こうして、一緒にいてくれてるわ」 止めどなく溢れる美希の涙を指先で拭いながら、せつなは一語一語を はっきりと句切るように美希に告げる。 「自分が辛い時に、一緒にいる相手に私を選んでくれた。 そんな風に感じるのって自惚れてるかしら…?」 「………せつな…」 「いつだって、美希は必死に考えてくれてた。どうすれば、みんなが 笑って過ごせるのか。勝手にしろってそっぽを向く事だって出来たのに」 半ば呆然とせつなを見つめる。 せつなの中の美希はどんな姿なのか、未だに美希には掴めない。 だけど、優しい、と言う評価に少しだけ意地悪を言ってみたくなった。 今まで美希に付いてまわった評価では、優しい、と言うのはあまり記憶に無いから。 「ねえ、せつな。せつなは知らないかもだけど、こっちの世界では 『優しい』って、結構ビミョーな評価なのよ?」 「どう言う意味?」 「あのね、毒にも薬にもならないって言うか、いい人だけど 他に魅力が無いって言うか…」 「…………」 「なんて言うの?他に誉め言葉が思い浮かばない時に使う、 ある意味便利で無難な言葉だったり、酷い時だと優柔不断を 紙一重でマイルドにした感じ?…」 「………こちらの言葉の使い方って複雑なのね……」 せつなは呆れたようにため息をつき、改めて真っ直ぐに美希に向き合う。 至近距離で見つめ合っても、およそ欠点など見つけられない完璧な笑顔。 美希はぼうっとしたまま、今の自分はかなり間抜けな顔を晒しているのに、 そんなに可愛く微笑むなんて不公平だ、などと緊張感の無い事を 思わず考えてしまった。 「いい?美希は優しいわ。少なくとも、私はこれから先、美希以外の人に 『優しい』って言う表現は使いたくない」 「………」 「そのくらい、美希は優しい人だって思ってる」 同じくらい、寂しがり屋だとも思ったけど。 そう言いながら、美希の濡れた頬に唇を寄せた。 もう、駄目だ………。 美希はせつなにしがみ付き、声を上げて泣いた。 物心付いてから、声が枯れそうな程、こんなにも泣いた記憶は無いくらい 大きな声で泣いた。 せつなの言う、優しい人。それがどんな意味合いを持つのか。 美希はせつなに意識して優しくした覚えは無かった。 ただ日々せつなを見つめ、共に過ごす内に芽生えた愛しさを 隠す事はしなかっただけだ。 ラブはせつなに出逢った瞬間から、抗い難い運命の様な物を感じたのだろう。 祈里は自分でも気が付かない内にせつなに魅入られ、堕ちて行った。 自分はどうだったのだろう。 最初は、ラブの後をちょこちょこと控え目について行くだけだったせつな。 少しずれた世間知らずな言動や、それとは裏腹な時には突拍子も無い程の行動力。 空気は読まない、お愛想代わりの世間話すら出来ない。 美希は手のかかる妹分がまた一人増えたようなつもりでいた。 それがいつの間にか、こちらが頼る場面すら増えてきた。 妹扱いしようにも、せつなの方が美希を『お姉さん』とは微塵も感じていない。 それが最初は居心地が悪くて、でも不思議と嫌ではなくて。 せつな相手には何も飾る必要がない。 と、言うより、飾った所でせつなは美希が気取っていようがすましていようが、 逆に子供のように拗ねたりしても気にもしない。 いつしか、せつなとは一番目線が近いような気すらして、 それがなんだか嬉しかった。 美希の脳裏にふとした思いつきが浮かぶ。 試してみてもいいだろうか。しかし、単なる思いつきで頼むのも失礼な気もする。 それに、物は試し…が変な方向に転がったら。 凄まじい勢いで色んな思いが駆け巡る。 もう、せつなには何でも言えるし、せつなも何を美希が言っても 驚かないだろう。 ここまでさらけ出してしまったら、もう取り繕う箇所は殆んど無い。 しゃくり上げる胸を落ち着かせ、何とか息を整える。 大きく深呼吸して、下手をしたら多大な誤解を招き兼ねない一言を口にした。 「ねえ、せつな……キスしても、いい…?」 ようやく涙が落ち着いて、やっと口に出した言葉がこれだ。 さすがにまともに顔を見る勇気は持てなかった。 せつなも咄嗟に反応を返せないのか、無言のまま。 「いいかな…?」 おずおずと顔を上げ、上目使いに何とか視線を合わせる。 せつなは、しばらく美希の表情を窺った後、驚くでも茶化すでもなく、コクリと頷いた。 目を閉じ、軽く顎を上げる。 美希の口付けを待っているのだ、と理解し、自分で言っておきながら 美希は微かにたじろぐ。 ゴクリと喉を鳴らし、何とか手の震えを抑え、せつなの肩に両手を添える。 濡れた唇が軽く触れる。 ビリッと電気が走り、髪の毛も含めて全身の毛が逆立った気がした。 信じられないくらいの柔らかさ。心臓が跳ね上がる。 そして少し躊躇った後、しっかりと唇を押し付ける。 蕩けそうな感触。 こんなに柔らかいものに触れたのは生まれて初めてだと思った。 どこまでが自分の唇で、どこまでがせつなの唇なのか分からなくなる。 頭の芯が熱い。 逃げ出したいような、いつまでもこうしていたいような。 そして、物凄くドキドキしているのに、やっぱり『違う』と感じる。 この鼓動は胸の高鳴りとは別物だと、頭のどこかが言っている。 早鐘を打つ胸は、緊張と、こんな事をしてせつなにどう思われるだろう、 と言う不安。 少なくとも、もっと先に進みたい、もっと触れたくてもどかしい。 そんな欲望は微塵も涌いて来ない。 甘い匂いと柔らかな感触には、うっとりといつまでも 酔い痴れてしまいそうな心地好さはある。 でも、それだけだ。 「……どう、だった…?」 触れていたのは、ほんの数秒だろう。 それでも、唇を離すまでは時間が止まっているようだった。 温もりと柔らかさがすっと遠退くのが名残惜しいような、 ホッとしたような。 離れた瞬間から夢か幻だと言われても信じそうなくらい、 一瞬にして現実感がどこかへ行ってしまった。 「…しょっぱいわ……」 「あのねぇ…」 ペロリと唇を舐めたせつなが呟くように漏らす。 「美希、涙で顔中ベタベタなんだもの…」 「色気のカケラも無い感想ね……」 「美希に色気なんか感じてどうするのよ」 ぷっ…、と二人同時に吹き出した。 そのまま額をくっ付け、笑い合う。 「よかった……」 「何が…?」 「せつなにドキドキしちゃったら、どうしようかと思ったわ…」 「何よ、それ。実験?」 「そーよ、実験。やっぱりアタシには無理だわ」 「そんな事の為にわざわざ唇奪ったの?」 「何よ、奪ったって。合意の上じゃない、人聞きの悪い」 クスクスと笑いながら囁き合う。 馬鹿馬鹿しい、けれど、真剣な実験。 二人はこれからも親友。何があっても。 大好きで大切だけど、閉じ込めて一人占めしたいなんて思わない。一人占めしている誰かに嫉妬もしない。 だって、想い合う場所が違うから。 運命の人でも、欠けた魂の片割れでもない。 だけど、かけがえの無い、一番の友達。 「美希が好きよ。大好き。何度でも言うわ」 「…せつな」 「ラブみたいには想えない。それに、ラブと美希を比べたら… 比べたくなんかないし、比べちゃいけないんだろうけど、 やっぱり比べたら、私はラブが大切って答える」 「………うん」 「それでも、やっぱり美希の事が大好き。大好きで、美希にも、私を好きでいて欲しい…」 「うん……」 それでいい。ううん、それがいい。 美希も、せつなから欲しいのは、ラブに向けているような愛情ではない。 それがはっきり分かったから。 出逢った瞬間、恋に落ちる。何もかも振り捨ててでも、たった一人の 人を求めずにはいられない。 そんな相手に巡り会える人なんて滅多にいないのだから。 多くの恋人達は、いくつもの出合いと別れを繰返し、結ばれた後も、 本当に自分の相手はこの人なんだろうか…? そんな不安を抱えているのも珍しくはないのだろう。 永遠の愛を誓った後でさえ、気持ちが変わる。 美希の両親がそうだったように。 せつなの中の美希。せつなの親友。誰よりも優しい人。 それが本当に自分の姿なのか。 たぶん、せつなにとって美希がどう思うかはあまり関係ないのだ。 ただ、せつなは今目の前にいる美希を抱き締めてくれている。 初めて出来た、無二の親友として。 人によって、その心に住み着く人間の姿は違う。 しかし、その人そのものは何も変わらない。 月が日々姿を変え、満ち欠けしても、月である事が変わらないように。 月は太陽の光を受けて輝くだけの、冷たい石。 近くで見れば、命の影すら無いクレーターだらけの暗い塊。 しかし、人が月を思い浮かべる時、それは夜空に輝く豊かな光を湛えた姿だろう。 月が自分はただの石くれだと言ったところで、地表から眺める者の瞳には 眩い程に美しく、魅惑的に映っている。 それは、月が自分では輝けない事実を知っていても変わらない。 そんな事は、見上げる月の美しさを損ねるものではないと分かっている。 「美希、一つだけ聞かせて…」 「なあに?」 「……私に、会えて良かったと思う…?」 「…せつな」 「私、ほんの少しでも、美希の幸せの一部になれてる?」 「せつなは……?」 「………?」 「せつなはどうなの?アタシに会えて良かった?」 「当たり前じゃない!」 「だったら、そんな事聞くまでもないわよ!」 途端に、せつなはくしゃっと顔を歪めた。 その顔を見て美希は密かに安堵する。 ああ、やっぱり。せつなだって不安だったんだ。 美希の気持ちを受け止めようと、精一杯頑張ってくれてたんだ。 今度は美希がせつなの頭を胸に抱き込む。 あやすように髪を撫で、体を揺する。 「あなたに出会えてよかったわ」 本当に、本当に。 色んな事があって、これからもまだまだ色んな事が起こるだろう。 だけど、もう自分を嫌いにはならずに済みそうな気がしていた。 今までも、たった今も、出来る限りの事をやってきたと思うから。 せつなに、美希は優しい人だと言ってもらえた。 それで、自分のしてきた事は無駄では無かったと感じられたから。 「アタシ、このままでいいわよね。今のまんまのアタシで」 「うん…。このままの、美希でいて欲しいわ…」 「そうね。これから、変わる事もあるかも知れないけど、 中身はいつだってアタシのままよね」 「ええ……」 たぶん、次に祈里とラブに合うとき、二人は気まずい思いをしてるだろう。 だから、アタシから笑おう。 そうすれば、きっと二人もぎこちなくても笑顔を返してくれる。 アタシは変わらない。 祈里とラブの中のアタシだって、きっと変わってない。 ほんの幼い頃、三人並んで手を繋いでいたあの頃と変わらない自分達が まだ胸の中にいるはずだから。 そこにせつなが加わったって、幼馴染みの絆は変わらない。 そう、信じよう。 そして、せつなの温もりを抱き締めながら、改めて思う。 この子はかけがえの無い親友なんだと。 幼い頃を知らなくても、育った世界が違っても。 ラブや祈里にも話せない事も打ち明けられる、特別な存在だと。 結局、回り道しただけで行き着く場所は同じだった。 その回り道は辛くて、先が見えなくて、それでも、今まで知らなかった 様々な道を教えてくれた気がする。 大切な人は、やはり大切だった。失う事も、別れ別れになる事も考えられない。 そんな当たり前の、それでいて忘れてしまいがちな事実を確認できたから。 そして、せつなもきっとそうなのだと思いたかった。 ラブと祈里とせつな、この三人にしか分からない想い。それぞれの胸の内。 それを美希は窺い知る事は出来ない。 せつなが幼馴染み三人の歴史には過去に遡って入れないと知っているように。 だけどそれは、異なる二つの世界があり、お互いに重ならない訳ではない。 より大きな世界となって、美希もせつなもそこにいる。 その世界はこれからもどんどん変化し、広くなったり狭くなったり、 境界線がはっきりしたり、曖昧になったり。 そして行き来出来る場所がどれほど増えても、決して踏み込めない 場所があるだけだ。 満月の裏側が暗闇であるように。 そして、その暗闇は隠すものでも、怯えるものでも無く、当たり前に存在するものなのだ。 静かな闇は穏やかな安らぎを与えてくれるから。 第29話 赤い糸の先へ続く
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/53.html
第5話 伝わる想い、伝える想い 図書館に本を返しに行った帰り、せつなちゃんにばったり会った。 わたしを訪ねて来るところだったんですって。 でも、ラブちゃんと一緒じゃないなんて珍しい。 「ブッキーって読者家よね。」 図書館帰りだと言うと、そうせつなちゃんが微笑む。 本当はほとんど読まずに返しちゃったんだけど。 三冊借りたけど、全然読む気になれなかった。 退屈しのぎに借りたつもりだったのに、暇潰しする気にさえなれない。 相変わらず、美希ちゃんからはメールも電話もなくって。 美希ちゃんやラブちゃん、せつなちゃんと一緒なら時間潰しなんて しようとも思わないのに。 一日が物凄く長く感じて、それなのに何もする気になれない。 自分から連絡すればいい、って言うのは分かってる。 でも、わたしからメールしてもし返事が来なかったら。 電話しても繋がらなかったら。 最初に無視したのはわたしなのにね。 「一人なんて珍しいね。どうしたの?」 「うん…。ブッキーと少し話したくて。」 この間のダンスレッスンの時の事、よね。 やっぱり、気にしてたんだ。うん、気にしない方がおかしいよね。 あんなにジトっとした目で見られたら。 きっと、せつなちゃんは自分を責める。知っててやってたよね、わたし。 せつなちゃんを困らせたって何にもならないのに。 ラブちゃん、呆れただろうな。それに、美希ちゃんも。 「あのね、ブッキー。今から私が聞く事、たぶん答え辛いと思うの。」 「…え?」 「でもね、私も聞きづらいのよ。だから、聞いたからには ちゃんと答えるって約束してくれる?」 何それ?何だか怖いんだけど……。 でも、こんな真剣な顔のせつなちゃん。嫌…とは、言えない雰囲気で……。 「お願い。」 「わ、分かった。」 「本当ね?」 ちょっと、本当に怖いかも。 何聞かれるんだろう……。 せつなちゃんは「いい?」と問い掛けるように見つめてくる。 やっぱり嫌、……とは、言っちゃ駄目、よね……。 「ねぇ、ブッキー。私が羨ましい?」 思わず、足が止まった。 「私に、嫉妬してる?」 足が震える。 「せ、せつなちゃんっ。そ、そう言うこと、面と向かって言うのって どうかと思うのっ!」 手足の指先は冷たいのに顔が熱い。 恥ずかしさに体が震える。カアッと一気に瞼が熱くなって、泣き出しくなった。。 「あぁ、ごめんなさい。私、空気読めないから。」 それも自分で言う事じゃないと思うの。 どうして、こんな。せつなちゃんは人を馬鹿にしたり、見下したり する子じゃないと思ってたのに。 それとも、本当に悪気なく聞いてるの? それにしたって…… 「ね、約束よ。答えて?私、分からないわ。 ブッキーが羨ましがるような物、持った覚えないんだもの。」 「…………せつなちゃんは…すごく、綺麗……。」 「それだけ?」 「……頭が良くて、運動神経も良くって…ダンスだって……。それに……」 「それに?」 「……ラブちゃんと……」 唇を噛み締めた。言葉が続かない。すごく、惨めな気分。 なんで、せつなちゃん。なんでこんな事言わせるの? 「…なんだ。それだけなんだ。」 「…!」 「そんなもの、ブッキーはもう全部持ってるじゃない。」 思わず、顔を上げてせつなちゃんを見る。 わたしを馬鹿にしてなんか、ない? すごく、優しい顔。そして、少し悲しそうな顔。 ねぇ、ブッキー。私、確かに数学得意よ。教科書見たとき驚いたもの。 この年で、まだこんな初歩的な問題やってるのかって。 運動神経もね、体育の時間とかびっくりよ。 みんななんであんなにダラダラ走るのかしら? 体も固いし、全然真剣じゃないの。あれで上達するものなんてないわよ。 みんな私の事、すごいって誉めてくれた。何でも出来るって。 でも、何で私が出来るかわかる? 「それしか、やってこなかったから。他の事、何一つやってないからよ。」 ブッキー。私、学校に行き始めた時、毎日ヒヤヒヤしっぱなしだったわ。 何か変な事言ってないか。おかしな行動してないかって。 前にね、クラスでお喋りしてて私が「桃太郎」を知らなくて すごく微妙な空気になった事があったの。 ラブがフォローしてくれたけど、こちらの人は、それこそ五歳の子から お年寄りまで知らない人なんていないのよね。 調べて驚いたわ。たくさんあるのね、「おとぎ話」って。 ねぇ、ブッキーはいくつ「おとぎ話」を知ってる?きっと数えきれないわよね。 いくつ歌を歌える?トリニティとかの流行りの曲じゃないわよ。 そう、例えば「犬のお巡りさん」とか……。これもきっと数えきれないわね。 子供の頃、何して遊んだ?かくれんぼ、おにごっこ…、ブッキーは 外で遊ぶよりおままごととかが好きだったのかしら。 きっとブッキーはお母さん役だったんでしょう? 「私はそう言うもの、何も持ってないの。」 それは『知識』なんかじゃないわよね。 みんな、息をするように体と心に蓄えてきた事。 初めて「犬のお巡りさん」を歌ったのがいつだか覚えてる? たぶん、覚えてる人の方が少ないんじゃないかと思うの。 いつの間にか、覚えてた。 他の事もそう。いつ誰に教わったか。そんな事、考えもしない。 知ってて当たり前。出来て当たり前なんだもの。 その「当たり前」がどれだけの場所を占めてるのかしら。 きっと途方も無く広い場所よ。果てなんて見えないくらいに。 私はね、その「当たり前」の部分がすっぽり抜けてる。 だからその場所に、数式や戦闘訓練の体の記憶を詰め込んでる。 それでも、一杯にはならないわ。あまりにも広すぎるから。 今、必死で埋めてるけどきっと追い着かないわ。 知りたい事、やりたい事はどんどん増えるのに、覚えても覚えても、 更にその先に広がってるんだもの。 「ブッキー、お願いだから本気で羨ましいなんて思わないで。 あなたは欲しいもの、もう全部持ってるはずでしょう?」 「せつなちゃん……。」 せつなちゃんに、わたしを責める様子は微塵もない。 ただ、少し困ったように。そして、ほんの少しだけ、怒ったように、 見つめている。 下を向いたまま、顔を上げられない。恥ずかしくて、情けなくて。 わたしは、きっと言ってはいけない事を言ってしまった。 「せつなちゃんが羨ましい」「せつなちゃんは何でも出来る」 みんなが羨ましがるもの、きっとせつなちゃんには自慢でも何でもない。 せつなちゃんがどれだけ努力してるか。 どれだけ頑張って、笑えるようになったのか。 ずっと、側で見てきたはずだったのに。 「ブッキーは美希が好きなのよね。」 コクリ、と何の躊躇いもなく頭が上下した。 もう誤魔化す事も、言い訳もしちゃいけない。 せつなちゃんに、これ以上失礼な態度はとっちゃ駄目だ。 せめて、正直に。ちゃんと、答えなきゃ……。 「美希もよね。」 独り言のように、せつなちゃんは呟く。 「それなのに、私とラブが羨ましいの、どして?」 「……だって。」 告白なんて、されてない。 気持ちだって、はっきり口に出した事もない。 「だったら、ブッキーから言えばいいのに。」 「へ?」 せつなちゃんは不思議そうに、首を傾げる。 顎に指を添え、軽く目を見開いて。 わたしがあんなポーズしたら、きっとすごくブリッコっぽく見えそう。 やっぱりせつなちゃんくらい可愛くないと……って、また僻みっぽいわね。 駄目だわ……わたし。 「だから、美希が言わないならブッキーが言えばいいのに。」 え?そりゃ……。でも! 頭の中がぐるぐるする。 考え事もなかった。わたしから告白?って言うか、 せつなちゃんの中では美希ちゃんが断るって選択肢はないのね。 「ブッキーは美希から言って欲しいの?どして?」 「だって、それは……」 恥ずかしいし、やっぱり好きな人に告白されたいって言うのは 女の子の夢だし。 「恥ずかしいの?美希から言われる方が嬉しい?」 頷く私にせつなちゃんは言葉を重ねる。 「ブッキー、美希だって女の子よ?」 ブッキーが恥ずかしいように、美希だって恥ずかしいんじゃない? ブッキーが美希から告白されたら嬉しいように、美希も ブッキーから告白されたら嬉しいんじゃないかしら。 好きな人が嬉しくなると、自分も嬉しくならない? 大好きな人を喜ばせる事が出来るって、とても幸せだと思うの。 今の気持ちを擬音語にすると、ポカーンだろうか。 それとも、ガーン!!…? わたしはその場に崩れるようにしゃがみ込んだ。 人間、ドン底だと思ってる内は甘い。 その先はさらに深い穴が空いてるんだ。 もう、情けない、とか恥ずかしいのレベルではない。 真剣に、一度死んだ方がいいのかも。 この短い時間に何度目だろう、自分の馬鹿さ加減に暴れたくなるのは。 「ブッキー?」 せつなちゃんが向かい合わせにしゃがんできた。 ごめんなさい。ワケわからないわよね。 「せつなちゃん、わたしって救いようがないわ……」 今まで美希ちゃんが与えてくれたもの。 どれだけわたしを嬉しくさせてくれたか。 何度、幸せを感じさせてくれたか。 わたし、その幸せを一度でも美希ちゃんに伝えた事があったかしら。 美希ちゃんの為に、幸せを運んだ事があったかしら。 美希ちゃん、それでも笑ってくれてた。 それは、今せつなちゃんが言った事。 好きな人が喜ぶと、自分も幸せだから。 自惚れてる?でも、きっとそうなの。 だって、わたし美希ちゃんが好きなんだもの。 美希ちゃんの喜ぶ顔、思い浮かべるだけで胸がいっぱいになる。 美希ちゃんも、そうだったんだ。 言わなければいけない事。やらなければいけない事。 後から後から雪崩みたいに押し寄せてくる。 自分の馬鹿さ加減に打ちひしがれてる場合じゃないのよ。 謝らなきゃ。お礼言わなきゃ。ちゃんと、言葉で伝えなきゃ。 せつなちゃんに、ラブちゃんに、そして何より美希ちゃんに。 何からしていいのか分からない。 せつなちゃんが心配そうに覗き込んでる。 「あのね、せつなちゃん。言いたい事がいっぱいいっぱいありすぎて、 何から言えば良いか分からないんだけど………」 思い切って、顔を上げた。ふぅ、と息をつく。 泣いちゃ駄目。笑うんだ。 「ごめんなさい。わたし、せつなちゃんに嫉妬してました。」 「……うん。」 「イヤな態度、取りました。せつなちゃんが気にするって分かってたのに。」 「…うん」 「せつなちゃんなら自分のせいでって、わたしや美希ちゃんがおかしいの、 自分が原因じゃないかって、悩むの分かってたのに。」 ぎゅっ、とせつなちゃんの手を握った。 「大好きよ。せつなちゃん。」 「ブッキー……。」 「美希ちゃんや、ラブちゃんに負けないくらい、大好き。」 「うん。私もよ。」 「これからも、友達でいて下さい。」 「はい。」 ものすごくありきたり。そして、全然謝り足りない。 たぶん、わたしは自分が思ってる以上に、色んな失敗してる。 でもラブちゃんも美希ちゃんも、今までずっと許してくれてたんだ。 『あーあ、ブッキーはしょうがないなぁ』って。 せつなちゃん、背中を押しに来てくれたんだ。 ラブちゃんは、きっとわたしには何も言わないつもりだったんだろうから。 そうだよね、わたし達3人は昔からそうだったもん。 ラブちゃんは、いつもわたしをそっとしておいてくれる。 ちゃんと、自分で考えて答えを出せるように。 でも、せつなちゃんは違うのよね。焦れったかったろうな。 何もせずに、いられなかったのよね。 うん、でも今回はせつなちゃんが正解だと思うの。 わたし、せつなちゃんじゃなければ素直になれなかった。 もし、忠告してくれたのがラブちゃんなら、言葉にしなくても分かった 気になっちゃってたと思う。 それで、結局…今まで通り居心地のいい所に納まろうとしてたろうな。 「私への告白は終わり?」 ニッコリと、それはそれは綺麗に微笑むせつなちゃん。 やっぱり、この容姿は羨ましいかも。 「うん、……まだまだ言い足りないけど。今日はこの辺で。」 「また、続きがあるならいつでも。」 「よろしくお願いします。」 しゃがんで手を握り合ったまま、ペコリと頭を下げる。 「そろそろ、帰ろうか。」 わたしたちは手を握り合ったまま立ち上がる。 放してしまうのが何だか名残惜しい。 そのまま手を繋いで歩いても、きっとせつなちゃんは嫌がったりしない。 でも、やめておこう。 だって、わたしたちが手を繋ぐ人は他にいるもんね。 並んで歩くせつなちゃんの横顔、美希ちゃんに負けないくらい完璧。 こればっかりは持って生まれたものよねぇ。 じっと見つめてたら、目が合ってしまった。 「何?」 「んー、美人だなぁって思って。」 ふぅ、とせつなちゃんは苦笑い。 「なあに?まだ羨ましいの?」 「せつなちゃんには分からないよ。」 ぷっと膨れてみる。でも、何でだろ? 羨ましさに変わりはないのに、ちっとも心がカサカサしない。 「なるほど、こう言うところね……。」 「??何が?」 「ラブが言ってたの。ブッキーは結構我が儘なところがあるって。」 ええ…?ラブちゃんちょっとヒドイ。でもまぁ、うん、仕方ないかな……。 「ワガママ…かなぁ…?」 「うん。だってブッキー、10人いたら10人とも可愛いって思われたいんだ?」 いや、そこまでは…。ああ、でも10人中5人…6人くらいには そう思われたい……かな? 「私は……、ラブ一人が可愛いって思ってくれたら、それで充分だけどな。」 だって、百人に誉められたって肝心の好きな人に可愛いって 言って貰えないなら意味なんてないじゃない。 ちょっと俯いてポソポソと呟く。 そのせつなちゃんの顔は耳まで赤くて、何だかわたしの 顔まで熱くなってきた。 「ノロケてるねぇ~。」 「もうっ!そうじゃなくて!」 照れ隠しにわざとからかい気味に言ってみた。 せつなちゃんの顔が近づいてくる。 美希だって、ブッキーは世界一可愛いと思ってるわよ? 息の掛かる距離で囁かれたその言葉は、 蕩けるように甘く耳と胸に響いて。 ちょっと、美希ちゃんに申し訳なくなるくらい心臓が跳ね上がってしまった。 じゃあ、私こっちだから。 半ば固まってるわたしにせつなちゃんは手を振って離れて行く。 「そうだ、ブッキー。今日の事は美希には内緒ね?」 ??なんで?何も知られて困るようなやり取りはしてないと思うんだけど……。 「美希より先にブッキーに『大好き』なんて言われたのバレたら大変よ! 私、美希に恨まれちゃうわ。」 だからナイショよ? せつなちゃんは唇に人差し指を当てて、パチンとウインク。 いつの間にか、そんなお茶目な仕草も様になってきてるのね。 わたし達はほんのり染まった頬のまま、悪戯っ子のような笑みを浮かべ合う。 せつなちゃんはわたしが角を曲がるまで、ずっと見送ってくれていた。 胸の中がクスクスとくすぐったくて暖かい。 ねぇ、せつなちゃん。 せつなちゃんは、ずっと埋まらない大きな隙間があるって言ったよね。 でも、その隙間を埋めてるのは難しい数式や、 訓練の厳しい記憶だけじゃないと思うの。 暖かくて、優しくて、そしてほんのちょっぴり痛いの。 それがせつなちゃんの幸せの感触なのね。 ちゃんと貰ったよ。 今度はわたしが渡す番。 第6話 伝えたい想いへ続く
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/174.html
〝コンコン〟 ノックの音。 聞こえてくるのはドアでなくて、窓ガラスの方。 夜も遅いこの時間。 この部屋に、ましてや窓からの来訪者となると一人しかいない。 だから部屋の主、桃園ラブは窓を向いて、にっこりと笑って声を掛ける。 「空いてるよ。どうぞ、せつな」 「うん……おじゃまします」 窓をカラカラと開ける音と共に、部屋に入ってきたのは枕を持った赤いパジャマ姿の少女。 ラブの隣の部屋の住人、東せつなだった。 「それじゃせつな、おやすみ」 「おやすみ」 電気を消した後、二人は枕を並べてラブのベッドにもぐりこんだ。 せつながこの家に来て、しばらくしてから始めたこと。 彼女がまだ時々悪夢にうなされていることを知ったラブが誘った。 いや、 「あたしが一緒にいれば、夢の中でもキュアピーチになって駆けつけて せつなを苦しめてる悪い奴をやっつけちゃうんだから!」 そんなことを自信たっぷりに言いながら、押しの強さに任せて応じさせたというのが正しいか。 最初は苦笑しつつ、ラブに誘われた日だけ付き合っていたせつなだったが、 今では自分からラブの部屋にやってくることの方が多くなった。 不思議と二人で一緒に寝ている時は、悪夢を見ることがない。 本当にラブに守ってもらっている、そんな気持ちになれる。 そして、ラブのぬくもりと寝息を間近で感じることが出来て、 そこにドキドキしている自分の心臓の音がリズムのように重なるこの空間がとても心地よい。 (前に読んだ本に書いてあったわね、こういうことは癖になるって……。本当なのね) 部屋とベッドを用意してくれたラブの両親に申し訳が無いので、流石に毎日ということはないが せつなにとってはこの時間はささやかな楽しみの一つになっていたのだ。 「ラブ、起きてる……?」 「ん、どしたの、せつな?」 「ちょっと、話をしてもいい?」 「うん、いいよ……。でもそれなら今日はドアから入って来れば良かったのに。 あ、もしかしてお喋りもしたいし一緒に寝たいってこと?せつなってば欲張りさんだなーっ!」 お喋りしたり、普通に過ごしたい時は、部屋のドアをノックすること。 一緒に寝たい時は、窓からノックする。 「一緒に寝たい」と口に出すのが恥ずかしいせつなの為にラブが決めたルールである。 「んもう、からかわないでよ。 ……ちょっとラブの顔見ながらだと話しづらくて」 「ごめんごめん、それで?」 「ラブは……私の名前をどう思う?」 「せつなの名前?それがどうかしたの?」 「ラブはこの前、自分の名前のこと、教えてくれたわよね」 カメラのナケワメーケとの戦いで、思い出の世界に閉じ込められたラブ。 その中で彼女は、祖父の源吉に再会した。 そして、自分の名前の由来を知った。 「ラブって名前は、お爺ちゃんが私の為に 愛情をいっぱい込めて名づけてくれたものなの」 あの時、ラブは仲間達に思い出の世界での出来事を説明した。 「愛情を持って何かをなしとげる子になってほしい」 それが彼女の名前に込められた源吉の思い。 それをみんなにも聞いてもらいたい、と思ったから。 「それをラブに教えてもらった時、私は……羨ましいと、思ったの」 「羨ましい?」 「だって、私の名前は……」 せつなの生まれた世界、管理国家ラビリンス。 そこは学校も、仕事も、恋愛も、結婚も、全てが管理された世界。 そして名前すらも。 彼女に与えられた名前はイース。 9桁の国民番号でお互いを識別するのは効率が悪いという理由だけで付けられた、固体識別名。 「東せつなは確かに今の私の、キュアパッションとして生まれ変わった名前よ。 でもこれも元は、この世界で正体を隠して行動する為に与えられたコードネーム。 イースもせつなも、ただ必要だから、与えられた名前」 それ以上の意味など持たない名前。 誰かの思いも、家族の愛情も込められていない名前。 「でも、イースだった時の私は、それを気にすることは無かった。 ラビリンスの全ては総統メビウスが決めること。 それが当然のことだったから。 でも、私はこの世界で、名前にも意味があることを知ってしまった。 ……知らないほうが良かった、かも」 「え?」 「だってそれは、私には決して手にすることの出来ないものだから」 「……」 「だから、ラブが、美希が、祈里が、 一人一人が愛情と思いが込められている名前を持つこの世界の人達が とても羨ましくて、そうで無い私が、少し寂しい、そう思うことがあるの」 「せつな……」 「……ごめんね、変なこと言って。さあ、もう寝ましょう。おやすみ、ラブ」 言葉と共に、部屋の中を沈黙が支配する。 その中でせつなは思う。 なんでこんな話をしてしまったのだろう。 みんなに囲まれて、優しくしてもらって、幸せをいっぱい貰っているのに、 私はまだ、人の幸せを羨んでいるんだろうか。 これがサウラーに言われた、私の心の闇なのかもしれない。 そうやって思考を巡らせているせつなを ――キュッ――― ラブがそっと抱きしめる。 「ラ、ラブ?!」 「せつな、また自分のことを悪く考えてるでしょ? あたしはいつだって、せつなのことを心配してるんだからわかっちゃうんだよ。 ……ダメだよ。そういうのは。 せつなはもっと自分のことを好きにならなきゃ。 そうしなきゃ本当の幸せはゲット出来ないんだよ? だから、せつなが自分を好きになれるように、私の愛で包んであげるんだからね」 そういうとラブはせつなをさらに抱きよせる。 ちょうどラブの胸元に頭を抱きかかえられるような姿勢になる。 「ラ、ラブ……これはちょっと…恥ずかしいわ」 赤面しながらそう小さな声で抗議するせつなだが、ラブは放してくれない。 (わ……ラブの体、やわらかい。それにとってもあたたかいし…… ラブの匂い……シャンプーの匂いがしてとっても良い匂い…… じゃなくて!) 次から次へと流れ込んでくるラブの情報に思考が押し流されて、完全に混乱するせつな。 だから、 「私は好きだよ、せつなって名前」 その中で発せられた言葉が最初の自分の質問への答えだと、一瞬理解出来なかった。 「え?え?ラブ、今、好きって……」 「うん、好きって言った。 だってせつなと出会ってからずっと呼び続けてきた名前だもの。 初めて名前を教えて貰った時も、せつながイースだとわかって悲しかった時も、 せつなが一人で苦しんでた時も、一緒に暮らすようになって、 せつなの笑顔がいっぱい見れるようになってからも、 ずっと、ずーっと呼び続けていた名前なんだよ? そこに、私のせつな大好きーーーーーーって気持ちをいっぱい込めてね」 そう言うラブの顔は、いつか見た笑顔。 まだ誤った道を歩んでいた時の自分に向けられた、全てを包み込む、慈愛に満ちた微笑。 あの時は眩しすぎて直視出来なかったその顔が、あの時よりも間近にある。 そこから伝わってくる、せつなを思う気持ち。 それとせつなを思う言葉とが、彼女の心の中の小さな闇を跡形もなく消滅させていく。 「うん……ありがとう、ラブ」 そして後に残ったのは、素直な感謝の気持ち。 それをせつなは、言葉と態度で--ラブを抱き返すことで形にする。 しばしの沈黙。 奏でる音は、寄り添う少女達の呼吸と互いを思う、心の音。 そんな時間がしばらく続く。 「あの……ラブ?!」 先に口を開いたのは、せつな。 「何?」 「そろそろ……放してくれない?本当に……恥ずかしいから」 それは、今にも消え入りそうな声での懇願。 「だーーーーめっ」 でもラブは笑顔で拒否。 「ええ?どして??」 「だってせつな、まだ自分のことを悪く考えてるかもしれないでしょ? あたしはいつだって、せつなのことを心配してるんだからまだまだ安心出来ません!」 「もう考えてない!考えてないから、だからは・な・し・て!」 「うっ!そんなに嫌がるなんて……せつな、もしかして私の事、嫌い?」 「なんでそういう話になるのよ!嫌いなわけないでしょ?」 「じゃあ大好きってことだよね、じゃあ、ラブさんが大好きなせつなとしては あたしを安心させる為にもう暫くこのままでいることを受け入れるべきだと思います!」 「その理屈はおかしいわよーーっ!」 「……」 「……」 またしばしの沈黙。 「……プッ」 「……ふふっ」 「あははははっ」 「クスクスクスクス」 笑い出したのは、二人同時。 抱きしめて、抱きしめられた姿勢のまま、暫く笑い合う二人。 「全く、ラブったら……今日だけだからね」 「え?ほんとに?」 「うん。ラブの気持ちをいっぱい貰ったから……そのお返し」 「やったー!これで朝まで幸せゲットだよっ!」 「朝までっていってもお母さんが起こしに来るまでよ。 こんなとこ見られて変に思われたら困るでしょ?」 「ええー、お母さんは別にそういうの気にしないよ?」 「私が恥ずかしいの!……もう寝るわよ!おやすみっ!」 「あ、まって、せつな。その前にもう一つだけ」 「何?」 一度深呼吸。 気持ちを落ち着かせて、首をかしげてこちらを見るせつなを真っ直ぐ見る。 「あのね」 「うん」 「『一瞬一瞬を大切にして、幸せに生きて欲しい』 ……これが、せつなという名前の意味なんだよ」 「!」 目を見張るせつな。 「一瞬一瞬を大切にして、幸せに……それが、私の名前の、意味?」 「あたしが込めた思いだけどね、えへ」 それは、ラブが最初にせつなの話を聞いた時に決めていたこと。 思いが無いと言うなら、私が込めてあげよう。 愛情も忘れてないし、当然だ。 せつなの為に、何かをしてあげる時には、いつでもたっぷり詰め込んでるんだから。 「ねえせつな、受け取って、くれる?」 照れくさそうに、ちょっとだけ不安を覗かせてせつなの顔を覗き込んで来るラブの顔。 それにせつなは柔らかい笑みで応えて、 「全く……ラブはいつでも、私の欲しいものをすぐにくれるんだから。 私、いつもいつも貰ってばかりで、心苦しいと思ってるのよ? それなのにこんなに大きいものを貰ってしまったら、心苦しさがいっぱいになって 押しつぶされちゃうかもしれないじゃない」 「え?それじゃ……ダメ?」 「ううん、そうじゃないわ。今まで貰ったどんなものよりも嬉しい。 最高のプレゼントよ、ラブ。喜んで頂くわ」 「よーし、やったー!これでまた、幸せゲットだね、せつな!」 ガッツポーズを取って喜ぶラブ。 そんな彼女の様子を見ながら、せつなは心の中でさっき貰ったばかりのラブの思いを反芻する。 (『一瞬一瞬を大切にして、幸せに生きて欲しい』か……) 何度も何度も、かみ締めるように言葉を繰り返すなかで、 ラブの思いに応えられるだろうかという一抹の不安がよぎる。 しかしそれをせつなはすぐに否定する。 大丈夫だ、きっと応えられる。 いや、応えてみせる。 だって、思いをくれたラブがいつでもそばに居てくれるのだから。 「ねえラブ」 「ん?」 だからせつなは、ラブが源吉の思いに応えることを誓ったように、誓いの言葉を口にする。 「私、精一杯、がんばるわ」
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/452.html
【キス=あいさつ?】/恵千果◆EeRc0idolE せつな「ねぇラブ、本を読んでてわからなかったんだけど、キスってなあに?」 美・祈「!!」 ラブ「あぁ~、それなら友達同士でするあいさつだよ。 簡単だから教えてあげる!口と口をくっつけるだけなんだよ」 せつな「こうかしら?」 ちゅ ラブ「クッハー!」 美希「せつな!アタシともあいさつして!」 祈里「私にも!」 せつな「わかったわ」 ちゅ ちゅ 美・祈「ムフフ…」 ラブ「みんなで幸せゲットだね!」
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/646.html
レス番号 作品名 作者 補足 1-888 美希たん萌え死!? 1-888 クローバーが誇る絶対的キャプテン美希!のはずでしたが… 2-6 【重大発表】 2-6 たはー!やっぱり終わらなかったぁー!助けてみんなぁー 2-10 A Little Cat 生駒◆ZU7CldKWo2 命尽きるとも、魂はここに宿りけり。 2-53 【3人仲良く・熱く・美しく】 2-53 妙な三角関係が繰り広げられる展開に。ダンス練習に身が入らない… 2-114 『天然』 ◆lg0Ts41PPY せつなの突拍子な行動に慌てふためく3人。それぞれの性格が上手に表現されてますよ。 2-140 Memories of Love 生駒◆ZU7CldKWo2 思い出。私には何も。ただ、気が付いた時にあなたがいてくれた。それだけで… 2-169 2-169 溜息。何度も付いてしまう。友情を取るか、愛情を取るか。恋いの悩みは果敢なく、時に切なく。 2-243 【告解:Confession】 ◆BVjx9JFTno 犯した罪。今、謝らないと絶対に後悔する。勇気を出して。ミユキさん、私… 2-583 「Stay Together」 ◆BVjx9JFTno せつなが占い出した近未来。離れていてもみんな一緒。だって〝絆〟だから。 2-833 「自由ね、貴方たち」 ◆BVjx9JFTno 日本の伝統美を教えて…ってちょーーーーーっと待ってェェェ! 3-6 【ハートの繋がり】 3-6 せつな視点で描くクローバー。感謝の心と優しい気持ちをあなたへ――― 3-159 「ブルンのチカラ」 ◆BVjx9JFTno クローバーがドーナツショップでお手伝い。勿論大繁盛!その訳とは? 3-588 「幸せの町」 3-587 伝説の戦士たちの未来予想図とは? 4-78 「ひめぐみ」 ◆BVjx9JFTno せつながデート!みんなが祝福!!相手は誰だ!? 4-318 『寄り添う四つ葉』 十和◆tb5qVrAOS. せつなを独り占めするラブに、美希とブッキーがいよいよ動き出す!? 4-339 「一日の終わりに」 ◆BVjx9JFTno 4-78続き。着せ替えラブちゃん、疲労困憊。4人は電車で帰宅途中。せつな視点で 4-389 よっぱらい 4-388 お酒は二十歳になってからよぉ~(レミ 4-493 「SweetHeart」 4-493 お互い、ほら。その……、どこまで進んでるかとか…。やっぱ気になるじゃない… 4-574 【浴衣萌え】 恵千果◆EeRc0idolE 18禁 お酒は飲んでも飲まれちゃダメよぉ~(レミ 5-206 【心込めて】 恵千果◆EeRc0idolE 秋は祈りの季節。お得意の裁縫で3人にプレゼント! 5-575 巡る季節と彼女達~夏・秋~ 547、557、feat.一路◆51rtpjrRzY 一路さん初の合作作品はちょっぴりH! 5-616 【パインのためいき】 5-616 優しすぎるがゆえの苦悩。ため息の数だけ、むなしさと寂しさが襲ってきて… 5-645 【彗星のかけら】 恵千果◆EeRc0idolE きらめく流星が眩しい夜空に、それぞれの恋人たちがおりなす愛の形。幸せをあなたにも。 5-706 「お泊りラプソディー」 686 689with生駒さん 始めてのまとめSSは新たな生駒ワールドへの案内状。ブッキー頑張る! 6-119 ハッピー☆セット 一路◆51rtpjrRzY まさに今が〝旬〟なSS!いろんな要素が詰まってるハッピーな展開にウキウキ~♪ 7-504 【真っ赤な衣装はサンタの証?~サプライズは突然に】 同志 かなりご無沙汰の合作SS。今回は一足お先にクリスマス気分を。大きなカレンダーの12月も見てね。 避-176 「羽ばたけ!!新生クローバー」 夏希◆JIBDaXNP.g せつなの思い。過去への苦悩と葛藤。それは焦りとなって彼女を襲う… 8-286 「くらべっこ」 ◆lg0Ts41PPY クローバーの成長具合はいかほどか?半ば強引な展開の先に待ってる物。いや、者とは… 避-293 「とりかえっこ」 黒BV◆BVjx9JFTno 18禁 まさかの一夜限定黒Ver。互いの〝彼女を〟交換~禁じられた情事が… 8-420 [内視鏡の先] ◆Q1Mj6sYQpI その奥先に見える物。その瞳に写る光景。まだまだ彼女には知らない未知数の世界がある。言葉がある。 避-320 それぞれの告白、そして旅立ち(前編) 夏希◆JIBDaXNP.g 45話で描かれなかった部分。それは〝贖罪〟について。捕らえ方に相違があるかもしれないので、ご注意願います。 避-327 それぞれの告白、そして旅立ち(後編) 夏希◆JIBDaXNP.g 親として出来る事。親友として出来る事。そして、せつなが今出来る事。気持ちが一つになった時、四葉町に光が。 避-351 幸せの赤いカギ(前編) 夏希◆JIBDaXNP.g 私の前に現れる少女。話はイースだった頃に遡って。それは3部構成でお送りするアナザーストーリー。 避-355 幸せの赤いカギ(中編) 夏希◆JIBDaXNP.g 幸せを感じれば感じる程襲ってくる物。そんな中せつなは倒れてしまう。彼女の前に現れたのは… 避-360 幸せの赤いカギ(後編) 夏希◆JIBDaXNP.g 幸せの使者として出来る事。せつなはもう…一人じゃない。あなたの力を――――精一杯受け止める!! 避-412 クローバーの初詣 夏希◆JIBDaXNP.g せつな視点で描かれる初めてのお正月。今年も精一杯、いろんな体験と思い出作ろう! 避-666 「灯った火」 黒BV◆BVjx9JFTno 18禁 限定黒Verリターンズ。燃えるハートはまだ冷めやらず。火照った体は正直な―――エロス 8-741 占いに願いを込めて 夏希◆JIBDaXNP.g 千香ちゃんのために出来る事。わたしと私の想いよ届け。そして、幸せは自分で掴み取ってね…と。 避-743 仮想49話 決戦! メビウスの城(前編) 夏希◆JIBDaXNP.g 最終決戦へ。それは互いを信じ、己の道を信じる事。天使VS闇との戦い 避-754 仮想49話 決戦! メビウスの城(後編) 夏希◆JIBDaXNP.g パインが、ベリーが、そしてピーチが。さらに今、復活する真のイースが突破口を!
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/660.html
幸せの赤い翼――翼の種子のパッション(第7話 ドッペルゲンガーの想い) タンタンタンと、リズミカルな足音を鳴り響かせて、ラブが階段を一気に駆け下りる。 ピンクのジャージの上にお気に入りのジャケットを羽織り、スポーツバックを肩に架けて。少しくたびれてきたスニーカーを突っ掛けると、くるりと後ろを振り返った。 いつの間に追い付いたのか、そこには当たり前のようにせつなが立っていた。どんな時だって、ラブの隣がせつなの居場所。でも、今日はなんだかいつもと様子が違う。 ダンスの練習着姿のラブに対して、せつなの方は、赤いカットソーに紺のスカートという普段着姿だった。 二人はしばらく別行動を取ることにしていて、せつなはラブを見送りに来ていたのだ。 「じゃ、行ってくるね、せつな。シフォンとタルトをお願い。何かあったら、すぐに知らせて。変身して駆けつけるからね」 「ええ、わかったわ。こっちのことは心配しないで。いざとなれば、私も戦えるわ」 「うん。そうならないように、頑張るよっ」 互いにしか聞こえないように、二人は顔を寄せて小さな声で囁く。最小限の言葉を交わし、残る想いは視線に託す。 ラブは励ますような、力強い眼差しで。せつなは懇願するような、揺れる瞳で。 「いってきます! せつな」 「いってらっしゃい、ラブ」 ラブは出掛けに殊更に元気な声で挨拶すると、玄関から飛び出して走り去った。 一人になったせつなは、そのまま自分の部屋に戻ろうと、階段に向かう。その様子をこっそり見ていたあゆみが声をかけた。 「ラブはダンスレッスンよね? せっちゃんは一緒に行かないの?」 「あ、うん。今日は苦手なパートの個別練習だからって」 「それにしたって、せっちゃんが居て邪魔になるわけでもないでしょうに……。もしかして、あなたたち、まだ喧嘩してるの?」 「ううん、喧嘩なんてしてないわ」 「そう……そうよね。そんな雰囲気には見えなかったわね……」 考え込むようにそうつぶやいたあゆみは、いきなりポン、と手を打つと、小走りで居間に駆け込み、またすぐに戻って来た。 そしてなんだか得意そうに、手に持った細長い二枚の紙切れを、せつなの目の前でヒラヒラさせてみせる。 「ジャーン! これ、なんだと思う? せっちゃん」 「映画の……チケット?」 「正解! これ、せっちゃんにあげるから、ラブが帰ったら二人で観に行ってらっしゃい」 それは、今話題になっている映画の鑑賞券だった。内容は知らないが、「好きな俳優が主演しているので観たい」と、あゆみが言っていたのを思い出す。 ラブはもともとあまり映画を観ない。おそらくこれは、あゆみが圭太郎と二人で観に行くつもりで手に入れたものなのだろう。 「ダメよ、おかあさん。こんなもの受け取れないわ」 「いいのよ、わたしの分はまた買うから。ラブったらいつもダンスばかりで、せっちゃん、映画館に行ったことないんでしょ?」 「それは、そうだけど……」 「とっても恐い映画なんですって。そういう映画は、二人の距離を縮めるにはもってこいよ。それとも――恐い映画は苦手?」 「映画はわからないけど、テレビを見て悲鳴を上げたことはないわ」 挑発するような笑みを浮かべるあゆみに、せつなは悪戯っぽく、「誰かさんと違って」と付け足す。 おそらく映画の中にだって、今より恐ろしい状況はそうそう無いだろう――ついそんなことを考えそうになって、慌ててもう一度笑顔を作った。 「そう。それなら、お小遣いも少しあげるから、行ってらっしゃいよ。ねっ?」 「ありがとう、おかあさん。でも――」 少し考えてから、せつなはチケットをあゆみに差し出す。 やっぱり遠慮しているのかしら――そう思ったあゆみの耳に、せつなの意外な一言が飛び込んできた。 「私、おかあさんと一緒に行きたい」 「えっ?」 あゆみはびっくりして、せつなの顔をまじまじと覗き込む。その表情は真剣そのものであり、同時に脅えてもいるようだった。 そんなせつなを見て、あゆみは懐かしい記憶を蘇らせる。 それは昔の――幼かった頃のラブの顔。 そう。今のせつなの顔は、小さな子がおねだりする時の、期待と不安が入り混じった顔だった。 あゆみだって、昔は親子で仲良く映画を観に行ったものだった。しかし、ラブが中学生になってからは、一緒に買い物に出かけることすら少なくなった。 そのラブとせつなは同じ歳なんだから、当然、一緒に出かけるなんて恥ずかしいものだと思っていた。ましてや、せつなはラブと違って、遠慮がちで控え目な性格なのだから。 頬を赤くして、それでも目を逸らすまいとするせつなを、あゆみは微笑みながら見つめ返す。 「せっちゃんに、そんな風にお願いされるなんて初めてね。いいわよ。今日はお仕事も休みだし、今から出かけましょう」 「はいっ!」 せつながパッと顔を輝かせ、嬉しそうに大きく頷いた。 それは、彼女が今朝から見せていた無理に作った笑顔ではなくて、心からの喜びがあふれ出た顔だった。 『幸せの赤い翼――翼の種子のパッション(ドッペルゲンガーの想い)――』 クローバータウン・ストリートの街並みを、せつなとあゆみは並んで歩く。 せつなは、今朝の普段着の上に紺のジャケットを羽織った、いつもの服装で。あゆみの方は珍しくお洒落をしていて、ピンクのカーディガンに、鮮やかな赤のスカートといった出で立ちだった。 せつなよりも、むしろあゆみの方がずっと目立つ格好だ。あゆみは普段のような買い物バッグではなく、小さなハンドバッグを抱えていた。 反対にせつなは、大きなバッグを肩にかけていた。時折ゴソゴソ動いていたが、気付く者はいなかった。 せつなにとって、それは初めての経験だった。 こうしてあゆみと二人きりで出かけることも、後ろではなく、隣りに並んで歩くことも。 目の前の親子連れが仲良く手を繋いでいる。せつなはそれを見て、ピクリと指を動かした。が、それだけで、実際に行動に移すことはできなかった。 自分はもう、小さな子供ではない。本当は、この人の子供ですらない。いや、そもそも―― それでも、あゆみと手を繋いで歩く自分を想像するだけで、なんとなく嬉しくて、自然と顔がほころんでくる。 そんな楽しそうなせつなを見て、あゆみも嬉しそうに笑った。 目的の映画館は、大きなデパートの中にあった。まだ大分時間があるからと、あゆみとせつなは館内のテナントを巡ることにした。 CDショップを回ったり、お洋服を見たり。あゆみは遊びで来ていることを意識してか、実用品を避けるようにウィンドウショッピングを楽しんだ。 あゆみと並んでゆっくりと歩いていたせつなが、ふと足を止める。ある洋服ブランドのニットコーナー。その一角に、色とりどりの可愛らしいレース編みのアクセサリーが並んでいた。 その中の一品に、せつなの目が釘付けになる。それは、二つ組み合わせることで大きなハート型になる意匠が施された、赤色とピンク色のペア・ブレスレットだった。 値札を確認してから自分のお財布を覗き込んで、せつなは深いため息を付く。小物とは言え、そこは高級店のアクセサリー。せつなの所持金では、ペアの片方を買うのが精一杯だった。 「見るだけなら、無料よね」 お揃いで買えないのなら意味が無い。諦めて通り過ぎようとしたものの、やっぱり気になって振り返ってしまう。 (もともと、ウィンドウショッピングなのだから……)と、思い切って手に取った時、あゆみが隣りから、せつなの手元を覗き込んだ。 「あら、可愛いじゃない。どうせなら、付けてみなさい」 「あっ……おかあさん」 「やっぱり! よく似合うわ、せっちゃん。じゃあ今日の記念に、こっちはわたしが買ってあげます」 「待って、私はそんなつもりじゃ……」 慌てるせつなに、あゆみは少し首をかしげるようにして問いかける。 「欲しいんじゃないの?」 「欲しい!」 せつなは身を乗り出すようにして、力いっぱいに頷いた。あゆみはビックリして、一瞬目を見開いてから、やがて嬉しそうにクスリと笑った。 あゆみは赤色のブレスレットを、せつなはピンク色のブレスレットを、それぞれ購入して、プレゼント用に包んでもらう。 「はい! これはわたしから、せっちゃんにプレゼント。そっちはラブにプレゼントして、お揃いで付けるといいわ」 「私から――ラブにあげていいの?」 「そりゃそうよ。だって、せっちゃんが自分で買った物でしょう? 仲直りのしるしに、ちょうどいいんじゃない?」 「だから、喧嘩なんてしてないのに……」 あゆみにからかわれていると気付いて、せつなはちょっと口を尖らせる。 あゆみはクスクスと笑いながら、せつなに赤いリボンの包みを手渡した。 「ありがとう、おかあさん。――大切にする」 「どういたしまして、せっちゃん。さっ、そろそろ映画が始まる時間よ、行きましょう」 「はい!」 せつなは、二つの包みをあえてバッグには入れずに、大事そうに抱えて歩いた。視線が荷物に集中しているからか、足元が少し覚束ない。 そんな姿が、その昔、ラブにウサピョンを買ってあげた時の記憶と重なって、あゆみはせつなを愛しそうに見つめた。 「どうかしたの? おかあさん」 「せっちゃん、本当にそれが気に入ったのね」 「うん、それもあるけど……。プレゼントなんて初めてだから」 「えっ?」 少し寂しそうな、でも、嬉しそうな表情で語られる、小さなつぶやきを耳にして、あゆみが目を丸くする。 せつなはハッとして、自分の失言を誤魔化すように笑った。 「あっ、ううん。あの、ブレスレットをもらうのは初めてだなって」 「ああ、そうよね。次は、そうねぇ……。クリスマス・プレゼントのお楽しみかしら」 なんとか誤魔化せたと、せつなは安堵のため息をつく。「初めて」なんて口にしたのは迂闊だった。 これまでも、日用品以外の物だって色々と買ってもらっているのだから、そんな発言は失礼だ。いつも身に着けているペンダントだって、ラブとあゆみからの贈り物なのだから。 だけど、このブレスレットは違う。自分が直接おねだりして買ってもらった、自分のためのプレゼントなのだから。 (もちろん、東せつなに対する贈り物なのだろうけど……) それでも、買ってもらった記憶があることと、実際に買ってもらったのとでは、まるで違う。 いや、実際には違いなんてわからない。ただ、違っていると――異なる価値があるのだと、思いたいのだろう。 (でも、そんな風に感じるってことは、私が本当にせつなになれるわけじゃないって、自分で認めていることなのかもしれない……) また、暗い思考に沈み込みそうになる。そんな時、あゆみが、まるで独り言のような口調でつぶやいた。 それを聞き取った瞬間、せつなの心臓がドキリと音を立てた。 「それにしても、最近のせっちゃんは、なんだか積極的になってくれて嬉しいわ」 もしかしたら、自分が偽者だと気付かれたのだろうか? 急に口の中の水分が無くなったような気がして、せつなは無理に唾を飲み込み、何でもない調子で問いかけた。 「それって、私の様子がおかしいってこと?」 「ううん、そうじゃないんだけど。でも、私を映画に誘ったり、ブレスレットが欲しいって言ったり。少し前のせっちゃんなら、考えられなかったから」 それだけ、馴染んできてくれたってことよね? と、あゆみは嬉しそうに微笑む。 せつなは返事を避けて、寂しげな笑みを浮かべた。 あゆみの感じた変化。それはきっと、心の奥底に眠っているはずの、ソレワターセの本性の発露だろう。 どれだけせつなを演じたところで、この魂は欲望と邪念で汚れている。 同じ記憶を持ち、価値観を共有したところで、行動や発言を模倣したところで、自分が化け物だと認識してしまった時から綻びは出始めている。 「ごめんなさい、おかあさん。私は何かを欲しがるばかりで、何も返すことができない」 「子供はそんなこと気にしなくていいのよ」 「だけど! あれが欲しい、これも欲しいって、そんなことばかりで……。私はおかあさんに迷惑かけてるんじゃ?」 「せっちゃんは、これまで何も欲しがらなかったものね。むしろ自分の物まで、惜しげもなく与えてしまうような子だった。だから、せっちゃんに何か欲しいって言われたら、わたしは嬉しいのよ」 「嬉しいって、私が悪い子になったことが?」 「ううん。確かに少し変わったとは思うけど、悪い子になんてなってないわ」 「だけど、私は欲しがるばっかりで……」 「人の物を奪うのは良くないことだけど、欲しがるのは悪いことじゃないわ。それだって、大切な幸せなの」 「欲しがる本人にとっては、よね?」 「ううん、そうじゃないわ」 それはどういう……と、聞き返そうとしたせつなを制して、あゆみが前方を指差す。 いつの間にか、最上階にある映画館の前に着いていた。 「さあ、入りましょう。久しぶりだからわたしもドキドキしちゃう」 「あっ……うん。私も楽しみよ」 館内には幾つもの劇場があった。チケットの映画は人気作品のためか、一番大きなスクリーンで上映されるらしかった。 あゆみが、まるで童心に返ったようにはしゃいで先を急ぐ。 その映画は、『ドッペルゲンガー(~もう一人の私~)』というタイトルだった。 時は昔、西欧の国の貧しい家庭に、ダンサーを夢見た一人の少女がいた。 その子は、いつの日にかプロのステージに立つことを夢見て、毎日毎日、厳しい練習を続けた。 無理を言って買ってもらった、一枚の大きな鏡に自分の姿を映し出して、繰り返し踊る姿をチェックして。 レッスンに通うこともできず、コーチから教わることも無く。専用のシューズすら手に入らず、それでも愚痴一つ零さなかった。 鏡の中の自分はずっと見ていた。少女の笑顔も、少女の涙も、流した汗も、描いた夢までも、その全てを―― 幾度も挑戦を重ねた少女は、ついにチャンスをつかむ。その最終選考の前夜、少女は練習用の大鏡に、手鏡を合わせてしまった。 その途端、ずっと少女を見続けてきた、もう一人の自分が牙を剥いた。 鏡の中から抜け出した分身の手が、少女の首にかかる。 分身は少女になりすまし、見事にオーディションに合格した。しかし、態度の急変を怪しまれ、父親に正体を見抜かれてしまう。 依頼された専門家によって、分身の正体は“ドッペルゲンガー”と判明した。彼女は今の生活を守るために、彼らを殺めていく。 そうして、一人、また一人と、疑いを持つ者を次々と手にかけていき―― やがて独りになった少女は、自らの生まれた鏡に自分が映らないことを嘆き、その鏡を割って、破片で自らの喉を突いて死んだ。 物語が進むにつれて、せつなの顔は真っ青になり、体はガタガタと震えだした。暗かったのが幸いして、顔色まではあゆみに気付かれなかったものの、様子がおかしいことは隠せなかった。 せつなは気力を振り絞って最後まで観終えて、エンドマークと同時にトイレに駆け込み、吐いてしまった。 青白い顔のせつなを連れ、あゆみはそのまま帰宅することにした。 せつなは重い足取りで、トボトボと歩く。行きと違って、帰りは口数も少なかった。 「ごめんなさい、せっかくのお出かけだったのに……」 「いいのよ、目的の映画も観られたんだし。それよりせっちゃん、もう大丈夫? ここで少しだけ休憩していきましょう」 クローバータウン・ストリートまで戻ってから、一軒の可愛らしい喫茶店の前であゆみは足を止める。 お腹が空いている時は、暗い気持ちになる。美味しいものを食べれば、明るい気持ちになれる。 『料理は愛情』『食事は幸せ』それは、桃園家の家訓でもあった。 サンドイッチを食べて、紅茶を飲んだせつなに、ようやく少しだけ笑顔が戻る。それを見て、あゆみは敢えて映画の話をすることにした。 家でテレビのホラー番組を観ても、悲鳴を上げて大騒ぎするのは、いつもラブの方だ。せつなは顔色一つ変えずに、そんなラブを慰めたり、からかったりするのが普通だった。 そんなせつなの様子がおかしくなった原因が、映画の内容にあるのならば、ちゃんと話した方がいいかもしれないとあゆみは思ったのだ。 「初めてスクリーンで見るには、ちょっと刺激が強すぎたのかもしれないわね」 「うん……。もう平気よ」 「最後まで、救いの無いお話だったわね。ただのホラー映画だとばかり思ってたけど、そうじゃなかったみたい」 「ねえ、おかあさん。どうして……こんなお話を作ったのかしら? これじゃ、誰も幸せになんて……」 「観た人にそう感じてもらうのが、目的だったのかもしれないわね。でも、なぜドッペルゲンガーはあの子になりすまそうとしたのかしら? もっと恵まれた人なんて、それこそいくらでもいるのに……」 ドッペルゲンガーの気持ち。それは、視聴者の多くが少女に好感を抱いているのと同じ気持ちなんだろう、とせつなは思った。 あゆみの言う「恵まれている人」とは、最初から多くの幸せを持って生まれた人だろう。しかし、何かを手に入れる喜びとは、実はそれを持っていない者だけが感じ取れるものだ。 今の自分がそうであるように、一度それを手にしたら、後は失う恐怖が待っている。そして、最初から持っている人は、自分が恵まれていることにすら気付かないのかもしれない。 幾多の不幸を乗り越えて、熱く、激しく、ひたむきに幸せを追い求める――ドッペルゲンガーは、きっと、そんな少女だから憧れたのだろう。 そして、持っていないことが不幸なら、手に入れることは幸せであるはずなのに、ドッペルゲンガーは幸せにはなれなかった。 (つまり、あの子だって恵まれていた。欲しがることすら許されない、化け物に比べたら……) そして、そんな者たちは、どうやっても幸せにはなれないのだろう。 「それにしても、可哀想だったわね」 「えっ? ええ、そうね。あの子、あんなに頑張っていたのに……」 「ううん。女の子はもちろんだけど、あの子のことよ。なりすますんじゃなくて、一緒に生きればよかったのに」 「それって、ドッペルゲンガーのことを言ってるの? だってあれは、邪悪な化け物なのよ!」 あゆみは、「そうだけど……」と、つぶやいて言葉を詰まらせた。 せつなは、信じられない思いであゆみを見つめる。この人は、一体何を言っているのかと。 この映画が、どういう意図で作られたのかはわからない。だけど、ドッペルゲンガーは、恐怖と憎悪の対象として描かれていたはずだ。 少なくとも、救うべき対象として見ていた人なんて……。それを期待していた人なんて――自分以外に一人でも居るとは思えなかった。 泣き出しそうな顔で厳しい視線をぶつけるせつなに、あゆみは穏やかな視線で応えた。 「本当に、邪悪な化け物だったのかしら? あの子は、あの女の子になりたかったんでしょ? そういう生き方に憧れるなら、本当は同じくらい良い子のはずよ」 あゆみは優しい口調で、せつなに説くように語る。ゆっくりだけど、力強い言葉。深い愛情が感じられる言葉だった。 口先だけじゃなくて、それを実行に移してきた人だった。桃園家にせつなを迎え入れた時も、同じ気持ちだったに違いない。だったら―― 微かに生まれた期待を、頭を振って外に追い払う。迂闊に希望など持てば、その分だけ後が辛くなる。それに、もう自分には後戻りなんてできない。 そう――少女を手にかけてしまった、ドッペルゲンガーのように。 「どうして――おかあさんはそんな風に優しくなれるの? あの女の子の幸せを奪ったドッペルゲンガーのことを、そんな風に言うなんて。私のこともよ。欲しがってばかりいるのに、それも大切な幸せだなんて……」 「ああ、映画を観る前に話していたことね?」 あゆみは思い出して頷くと、逆にせつなに問いかけた。 「だったら、どうしてせっちゃんは、自分の分だけじゃなくて、ラブの分までブレスレットが欲しかったの? 同じ物を身に付けたかったから? それとも、ラブに好かれたかったから?」 「わからないわ。その両方かもしれないし、もっと違う理由があるのかも……」 「本当は、ラブの笑顔が見たかっただけじゃないかしら。プレゼントしたら、ラブが喜んでくれると思ったからでしょ?」 あゆみの言葉に、せつなが小さく息を飲む。 「そうかもしれない。だったら、おかあさんがさっき、『欲しがるのは悪いことじゃない』って言ったのも?」 「そうよ、せっちゃん。与えることだって、幸せに繋がるの。その幸せは、欲しがる人がいてこそ生まれるものでしょ?」 償いではなくて、正義感でもなくて。損得や、善悪と関わりなく、「与える」ことによって生まれる幸せ。そんなものがあるのなら―― (そんなものがあるのなら、自分のような者だって、救われるかもしれない) 一瞬だけそう思って、せつなはもう一度、心の中で激しくかぶりを振った。 「与えることが幸せなら、やっぱりあのドッペルゲンガーのように、奪うことは不幸なのね。それを罪と言うんでしょう?」 「そうなるわね」 「だったら私は、やっぱり幸せになってはいけないのかもしれない」 「そんなことないわ。ひとつひとつ、やり直していけばいいのよ」 一切の躊躇も無くそう言い切るあゆみに、せつなは我知らず、すがるような目を向ける。 「それじゃ、償いきれないくらいの、大きな過ちを犯していたとしたら?」 「勘違いしちゃダメよ、せっちゃん。わたしはやり直せばいいと言ったけど、それは自分の過ちを、自分の手で清算しなさいって意味じゃないわ。過ちを反省して、同じことを繰り返さないようにすればいいと言ったの」 「じゃあ、犯した過ちはどうすればいいの?」 「みんなの力を借りて、助け合って解決すればいいじゃない」 「そんなの無責任だわ……」 「人は誰だって、過ちを犯すものよ。それで幸せになれないのなら、誰も幸せになんてなれないわ」 「それでも! 自分のせいで苦しんだ人がいるなら、やっぱり償うべきなんじゃ……」 苦しげに訴えかけるせつなの目を、あゆみはじっと覗き込んで、穏やかに言葉を続ける。 「ねえ、せっちゃん。こうは考えられない? せっちゃんが過ちを犯したとしたら、わたしたちみんなで償えばいいんだって。その代わりにせっちゃんは、誰かが犯した過ちを、償うお手伝いをするの。そしたら、みんなで助け合って、みんなで与え合うことができるんじゃないかしら」 「それが――みんなで幸せゲットってことなの?」 「ええ、その通りよ。今はラブの口癖だけど、その言葉は、元々はわたしのお父さんの口癖だったの。わたしがお父さんに教わったことを、ラブに伝えて、ラブはそういう子に育ってきた。せっちゃんもそうしてくれるなら、わたしは初めて、親らしいことができたのかもしれないわね」 せつなは、壊れていくのを感じていた。 自分の中で、許せなかった過去が――認められなかった現在が―― 憎んでいる自分を――愛してくれる人がいる。否定し続けた自分を――肯定してくれる人がいる。 そうなりなさいって、笑ってくれる人がいる。 せつなは、祈るような気持ちで、最後の問いを投げかける。 もしも、これも期待を超える答えが得られるのなら――と。 「最後に聞かせて、おかあさん」 「なあに?」 「奪うことが悪いことなのはわかったわ。与えることが幸せなのも。欲しがることが間違いでないことも。だったら、欲しがっても与えられない人は、やっぱり幸せにはなれないのかしら?」 「そういう人がいたら、せっちゃんが与えてあげたらいいじゃない。その代わり、わたしたちがせっちゃんに、できる限りのものをあげるわ」 今にも涙が零れ落ちそうなくらいに潤んだ瞳で、せつなはあゆみを見つめる。 これまでの迷いが、悩みが、靄が、全て爽やかな風で吹き飛ばされて、気持ちが晴れ渡っていくのを感じた。 赤黒い闇の中に、柔らかな光が差し込んでいく。 胸の内に渦巻いていた絶望は、全身を突き動かす希望にとって変わる。 (この人なら、おかあさんなら、きっと本当の私も受け入れてくれる。もちろん、ラブだって!) だったら、自分がすべきことは一つだけだ。ドッペルゲンガーとしての運命を変えてみせる。過ちを繰り返さず、次の幸せに繋げるために! そして、そのためには――急がないと、間に合わないかもしれない。 せつなは、すっかり冷めてしまった紅茶の残りを飲み干すと、勢いよく椅子から立ち上がった。 「おかあさん、ありがとう……。私――大切な用事を思い出したの。これからすぐに行ってくる!」 「そう。どこに行くつもりなのかは、やっぱり教えてくれないのね?」 「ごめんなさい。でも、どうしても私がやらなきゃならないことなの。みんなで、幸せゲットするために」 「なら、危ないことはしないって、約束してくれる? それと、必ず無事に帰ってくるって」 「うん、約束する。東せつなは、必ず無事に帰ってくるわ」 「ううん。そうじゃなくて、あなたが帰ってくるのよ」 それを聞いた瞬間、時が止まったような気がした。 何を言われたのかよく分からなくて、心配そうに自分を見上げるあゆみの瞳を、ただポカンと見つめる。 「ごめんなさい。変なこと言って、びっくりさせちゃったかしら? なんだか今のせっちゃんは、別の人のような気がして……。でも、今の積極的なせっちゃんも大好きよ」 「ありがとう。行ってきます――おかあさん」 その一言に、万感の思いを込めて。 せつなは、あゆみを喫茶店に残して、一人で店を出た。そして、ストリートを全速力で走り出す。 目指すはラブたちの元、四つ葉町公園のダンスステージ。 焦りはある――気持ちは逸る。 でも、その足取りは一陣の秋風のように、力強く、爽やかで、そして、これっぽっちの迷いもなかった。 幸せの赤い翼――翼の種子のパッション(イース対プリキュア)へ
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/212.html
帰ってきたせっちゃん TV本編後日談。東せつなの日常を描いたシリーズです。 レス番号 作品タイトル 作者 備考 第1話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。素直な気持ち――』 夏希◆JIBDaXNP.g せつなが居ない。この世界のどこにも、せつなは居ない。せつなが自分の夢を見つけたんだから、これでいいって思ってた。だけど――! 本当の気持ちが抑えきれず、駆け出すラブ。その時、ラブの手の中に何かがふわりと舞い降りて……。 第2話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。幸せを学ぶために――』 夏希◆JIBDaXNP.g 毎日この部屋を掃除する時間は、一日で一番寂しくて、そして大切な時間。あの子がいつ帰って来てもいいように。だって、ここがあの子の家なんだから。そんなある日、玄関から再び幸せが舞い込んで……。あゆみお母さんの、娘への思いを。 第3話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。おうちで夕ご飯――』 夏希◆JIBDaXNP.g ラブと一緒に夕ご飯を作って、家族4人で賑やかに食事をして、おかあさんと一緒に後片付けをして……。こんな当たり前の時間がとてもあたたかく、愛おしい。これが、家族――。再び四つ葉になった桃園家の、幸せなある夜のお話です。 第4話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。黄色いちょうちょ――』 夏希◆JIBDaXNP.g 晩御飯を食べて、宿題を教わって、二人だけのパジャマパーティーをして。ただ一緒に居るだけで笑顔が溢れて、この時間がいくらあっても足りなくて……。せつなが見た二匹のちょうちょも、きっと同じ。一緒に居るだけで楽しくて、踊らずにはいられないんだね。この青い空の下を、どこまでも――。 第5話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。クローバーで遊園地――』 夏希◆JIBDaXNP.g 遊園地で人気のジェットコースターやお化け屋敷。どれもわざわざ恐怖を体験させるものなのに、人々はそれを楽しんでいる。どして――? 仲間たちに連れられて、初めて遊園地を訪れたせつな。そこで彼女が見つけたものとは……。 第6話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。母の日のプレゼント――』 夏希◆JIBDaXNP.g 今日は母の日。お母さんにプレゼントを渡して、日頃の感謝を伝える日。私もラブと一緒にカーネーションを買って、お掃除や晩御飯作りを頑張って。でも何か足りない。伝えきれない。私がどれだけお母さんに感謝してるか。大好きって思ってるか――。悩めるせつなに、あゆみは……。 第7話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。ラブとせつなの料理対決――』 夏希◆JIBDaXNP.g たとえどんなご馳走だって、家族と……あなたと食べるご飯には敵わない。たとえ苦手な物だって、ほら、こんな幸せに姿を変える――。夕食当番の日、買い出しに来たスーパーから始まった、ラブとせつなの真剣勝負! 桃園家の幸せな食卓の風景を、あなたに。 第8話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。雨の日のお出かけ――』 夏希◆JIBDaXNP.g 雨が続いて気持ちが塞ぐ季節にも、その季節ならではの楽しみ方があって、その季節ならではの意味があって……。鮮やかなレインコートドレスに心躍らせ、この世界の美しさと優しさを噛みしめるせつな。窓に吊るされた小さな人形は、てるてる坊主?ふれふれ坊主? 第9話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。父の日のプレゼント――』 夏希◆JIBDaXNP.g きっと雨の季節になるたび、今日のことを思い出すだろう。傘の下で、少し照れ臭そうにおとうさんが話してくれたこと――おとうさんも、家族に少しでも近づきたいって気持ちを抱えていたっていうこと。血の繋がりはなくても、家族は似ていくっていうこと。今日は父の日。おとうさん、ありがとう。 第10話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。蛍を探せ!――』 夏希◆JIBDaXNP.g 「曇りの日でも見られる星空があるって知ってる?」梅雨のある夜、家族に連れられて山の中にやって来たせつな。でも目当てのものは現れなくて……。何とかしてみんなを笑顔にしたい。せつなの想いが、初夏の一夜に美しい光の奇跡を呼び覚ます――! 第11話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。短冊に願いを込めて――』 夏希◆JIBDaXNP.g 初めて聞いた七夕の物語は、とても悲しいお話だった。星空に願いを懸けるこの日、私の願いは――正しい願いは、一体何だろう……。悩めるせつなと、彼女を見守る家族それぞれが、短冊に込めた願いとは。 第12話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。メジロの雛を守れ!――』 夏希◆JIBDaXNP.g こんな小さな生き物にも、親と子の命を懸けた幸せがある――。とある建設現場で、メジロの巣を見つけた祈里とせつな。巣の中には三つの卵が息づいていて……。懸命に生きる親子の姿に、せつなの中に溢れ出した想いとは。 第13話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。海水浴の思い出――』 夏希◆JIBDaXNP.g どんなに立派な砂のお城もいつかは壊れてしまう。楽しくてはしゃいだり、張り切り過ぎて失敗したり。そんな時間もすぐに流れて消えてしまう。だから私は覚えておこう。楽しかったこと。綺麗だった景色。みんなとの時間の全部を。いつか誰かに伝える日のために。今日の記念の、巻貝の宝物と一緒に。 第14話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。クローバーフェスティバル――』 夏希◆JIBDaXNP.g せつなにとって二度目のクローバーフェスティバル。浴衣を着て、屋台をまわって、ダンスコンテストとトリニティのステージを見て――そこでラブの様子が変わる。次々と目にするイベントの数々に、様々な想いが巡る心。祭りの後、せつなが抱いたある決心とは……。 第15話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。四つ葉中学文化祭(前編)――』 夏希◆JIBDaXNP.g 文化祭の演目「ロミオとジュリエット」。恋物語でなくその生き様が、せつなの中の何かを呼び覚ます。隣で見つめるラブを、不安に陥れる程に……。 第16話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。四つ葉中学文化祭(中編)――』 夏希◆JIBDaXNP.g せつなの想いは、あたしが受け止める! スイッチが入ったラブ。孤高なまでに役を生きるせつな。荘厳にして流麗な言の葉に乗せて、二人の心が今交錯する! 第17話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。四つ葉中学文化祭(後編)――』 夏希◆JIBDaXNP.g ついに本番の幕が開く。演技で無く本心を謳いあげる主役たち。悲劇のラストへと突き進む中、ラブは……。そして静かに交わされる、二人の想いとは。 第18話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。せつなが帰る日(前編)――』 夏希◆JIBDaXNP.g 夢って何なのか。自分の幸せはどこにあるのか…。ラブの決意に、別れの時を思うせつな。出口を求めて暗闇を彷徨う彼女に、ラビリンスからの通信が……。 第19話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。せつなが帰る日(中編)――』 夏希◆JIBDaXNP.g 「せつなは、帰ってきたんじゃなかったの」それぞれの想いを胸に駆ける仲間たち。そして何かに導かれるように歩きだしたせつなの前に、現れたのは……。 第20話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。せつなが帰る日(後編)――』 夏希◆JIBDaXNP.g 置き去りにされた夢。それを手にして知る、本当の自分の姿。自分の夢もみんなの夢も、一緒に追いかけていこう。いつか世界中を、笑顔と幸せでいっぱいにするために。 第21話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。幸せの青い鳥――』 夏希◆JIBDaXNP.g 美しい湖のほとりで出会った、一人の少女。彼女がスケッチブックの中で教えてくれた、「命が宿る」という言葉の意味。幸せの青い鳥に導かれ、せつなは今日も、大切な一歩を踏み出す。 第22話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。四つ葉中学体育祭(前編)――』 夏希◆JIBDaXNP.g (これまでにないくらい、楽しい体育祭にしてみせる!)実行委員に選ばれたせつなの、意外すぎる提案。戸惑う級友たちにも、次第に、彼女の精一杯の想いが伝わって……。 第23話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。四つ葉中学体育祭(後編)――』 夏希◆JIBDaXNP.g 選手宣誓で幕を開けた体育祭。皆の大健闘に一喜一憂の中、アクシデントが……。クラスの大声援を背に受けて、ラブからバトンを受け取ったせつなが今、幸せのゴールに向かって怒涛の疾走を見せる! 第24話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。空が荒れる日――』 夏希◆JIBDaXNP.g 初めて見た。普段は美しい自然が、恐ろしい顔で牙を剥く様を。その無残な爪痕を。そして…肩を寄せ合い手を取り合って、それでも笑顔で立ち上がる、人々の姿を。 第25話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。パジャマパーティー――』 夏希◆JIBDaXNP.g 楽しいお泊り会で初めて目にした、幼い頃の仲間たちの写真。友が示す、遅すぎた出会いの意味。四人で枕を並べる幸せな夜は、せつなに優しい贈り物を連れて来て……。 第26話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。クリスマスの奇跡――』 夏希◆JIBDaXNP.g 大切な人と贈り物を贈り合うのって、凄くあったかくて素敵なこと。もし子供の頃、サンタさんからの贈り物を貰っていたら、それも同じくらいあったかいと感じたのかしら――。冬のある日、せつなが助けた一人の老人。彼はせつなに優しく笑いかけて……。 第27話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。大晦日の約束――』 夏希◆JIBDaXNP.g 餅つきに大掃除。お買い物にお節料理作り。四人で迎える初めてのお正月。その準備のさなかにも、私と過ごす時間を大切にしてくれる家族のあたたかさを感じる――。遠くから微かに聞こえる除夜の鐘を聞きながら、せつなの胸に去来する想いとは。 第28話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。初夢の夢占い――』 夏希◆JIBDaXNP.g 新年に最初に見る夢は、一年の吉凶を占うという。せつなが見た初夢は、彼女に何を語りかけるのか。そして彼女自身が出した、夢占いの結果とは? 第29話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。天まであがれ!(前編)――』 夏希◆JIBDaXNP.g 時代の変化は仕方のないこと? でもそのために幸せの輪から外れそうな人は、どうすればいいの? お正月、ひょんなことから凧職人のおじいさんと知り合ったせつな。「いや、もう凧作りはやめた」の一点張りの彼に、せつなが持ち掛けたとんでもない勝負とは!? 第30話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。天まであがれ!(後編)――』 夏希◆JIBDaXNP.g 最初から上手く行くなんて思ってなかった。だけどここまで手こずるなんて! 懸命にせつなに協力するラブ、美希、祈里。それぞれのやり方で応援するあゆみと圭太郎。そして町の人々が見守る中、ついにその時が――! 第31話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。ひな祭りの雛人形――』 夏希◆JIBDaXNP.g どうしてこの世界にも、受験なんてものがあるんだろう。それでいて、どうしてこの世界には、こんなにも行事が多いのだろう――。せつなの疑問を、艶やかな七段飾りの雛人形が見守る。桃園家に、春近し。
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/373.html
目が、合ってしまった。 それも同時に。もし、一瞬でもタイミングがずれていれば、 先に気付いた方は見なかった事に出来ただろうに。 途方も無く、長い一瞬。先に口を開いたのはラブの方だった。 「……偶然だね。…ブッキー。」 美希と別れた後、気分転換に遠出しようかと電車に乗った。 でも結局、何を見てもどこへ行っても気分が上向く事も無く。 一人の時間を持て余しただけで早々に引き返した。 そんな時だ。同じ電車の改札から出てきたラブに会ってしまったのは。 自分も改札口から出てきたばかりなのだから、これから出掛けるとも言えない。 帰る方向は同じ。必然的に並んで歩くような形になってしまった。 人ひとり、間に挟めるくらいの微妙な距離。 ラブの側の皮膚が服の下でビリビリとざわめいているのが分かる。 朝は、ラブに会う事も覚悟を決めてきたはずだった。 しかし、美希に偽らざる自分の気持ちを吐露し、何とも言えない 粘りついた空気に苛まれた後だ。 まさか不意打ちのようなラブとの接触があるとは夢にも思わなかった。 今の祈里には偽悪的に強がって見せる気力は残っていない。 走って逃げ出したい衝動を抑えるので精一杯だった。 「せつな、大分熱は下がったんだ。」 美希から聞いてない?そう、ラブが話掛けてきた。 「……聞いた。」 「顔色も、良くなってきたし。学校もそろそろ行けそう。」 「………そう……。」 「少し良くなると、すぐに普通に動き回ろうとするから かえって中々熱が下がんなかっんだよねぇ。」 「………ふぅん……。」 「せつなの大丈夫ほど当てになんないものはないんだから。」 ラブも話しながらも祈里の方を見ようとはしない。 それでも、その声は落ち着き払っていて祈里のように 動揺を押し隠している風には感じられなかった。 ラブの口から語られるせつなの様子。 まるで自分の胸にせつなをくるみ込むような、その声。 余裕有り気な態度が祈里の胸の中にチリチリと焼けるような妬心を産む。 祈里は唇を噛み締める。 今だにラブに嫉妬している自分が情けない。 もう十分ではないか、これ以上ラブもせつなも苦しめられない。 ラブとせつなが望むなら、どんな罰でも受けなければいけない。 二人が心置き無く糾弾できるように、いつでも顔を上げていなくては いけないのに。 罪の大きさに比べ、自分はなんと小さいのだろう。 そして……なんと汚らわしいのだろう。 気の無い生返事を繰り返すだけの祈里を気にする風もないラブ。 せつなは、きっとラブの腕の中で傷を癒しているのだろう。 ラブはせつなを抱き締め、その傷を舐め、心を解きほぐしているのだろう。 祈里が付けた穢れを洗い流すように。 「どうやったの?」 一瞬、意味が解らなかった。 ああ、そうか。せつなは、切っ掛けは話してないんだ。 祈里を悪く言うつもりはない、と言っていたせつなの言葉を思い出した。 確かに、祈里を悪者にせず切っ掛けを話すのは不可能だ。 (お人好しなのかしら。せつなちゃんって。) 庇ってもらっている。情けないけど、そう思える事が嬉しい。 せつなの中にはまだ祈里に対する好意の欠片が残っている。 それがラブを傷付けない為のものであったとしても。 頑ななまでに言った事は守ろうとしているせつなが何だかいじらしかった。 ラブはせつなを変わらず愛している。 せつなが言いたくない事を無理に聞き出したりはしなかったのだろう。 せつなもそんなラブに甘え、今はただ安らぐ事に決めたのかも知れない。 自分が何をしてもラブとせつなは壊れなかった。 嫉妬しつつも、その事に心底ホッとしている自分が不思議だった。 「聞いてないのね。」 黙り込んだままの祈里にラブが焦れそうになっている所に、やっと祈里が生返事以外の 言葉を口にした。 「せつなが言うと思う?」 「聞けば、答えてくれるんじゃない?」 「カッコつけて、言わなくて良いって言っちゃったんだもん。」 「でも、知りたいんだ。気になるの?」 当たり前でしょ? ラブが淡々と答える。祈里が無理矢理に関係を持った事には確信を 持っているのだろう。 実際、その通りなのだし。 せつなが自分からラブ以外に体を許すはずがない。そう信じて疑わない様子が 祈里を惨めな気分にさせる。 最初から相手にされてない。道化にすらなれない。 「今さら気になるの?もう、返したんだからいいじゃない。」 投げ遣りな、開き直った口調。さぞ滑稽に見える事だろう。 盗んだ玩具を扱いきれず、乱暴にいじくり回した挙げ句に壊し、 無くしてしまった。今の自分はそんな所だろうか。 「貸した覚えなんて、ないけどね。それに、」 それに、せつなはモノじゃないよ。 言葉を荒げるでも、詰るでもないラブ。 静かな分だけ、その怒りの深さが知れる気がした。 「気が、狂いそうだったよ。」 前を見詰めたまま、微かにラブの声が揺れる。 「ううん、完全におかしくなってたよ…あたし。 ………見たでしょ?せつなのカラダ。」 せつなの体。白い肌に散る赤い花びら。日に日にその数を増やしていった……。 「せつなに酷い事したの、あたしも一緒だよ。」 「おあいこなんて言うつもりは無いけどね。」 ラブの、感情を表に現さない喋り方。ラブがこんな口調で話すのを 祈里は聞いた事がなかった。 「………お酒、使ったの。」 「……?」 祈里は一から説明する。 せつなが部屋にやってきた時の様子から、意識を失い、祈里に蹂躙されるまでを。 酔い潰れるくらいの強いアルコール入りのデザート。 手作りの物なら、せつなは気を使って残す事はしないだろう。 それを見越して罠に嵌めた。 せつなが目覚めた時には、すべてが終わっているように。 「………よく考えるもんだね。」 呆れた、と思ってるのだろうか。ラブが溜め息をつく。 その後の事は言わなくても分かるだろう。 「どうして、放っておいたの?」 望まぬ関係をせつなが強要されているのが分かっていながら、 なぜラブは取り返そうとしなかったのだろう。 まるで、せつなを挟んで競うようにサインを送って来たり。 あの体を見ればラブも苛むようにせつなを抱いていた事は想像がつく。 せつなにあれほど愛されていながら、こんな事になるまで 何もしなかったラブが、今さらながら祈里には理解出来なかった。 「人が何考えてるかなんて、分かんないもんだね……。ブッキー、勘違いしてるよ。」 苦笑いするラブ。 「刷り込み……って言うんだっけ?こう言うの、ブッキーは詳しいよね。」 刷り込み……、卵から孵った雛は、最初に見たものを親だと思い込む。 例えそれが、親鳥でなくても。 ただの玩具や、自分を呑み込もうとする天敵であっても。 ラブは、せつなと自分の関係はそうだと言っているのだろうか。 「ズルかったんだよ。あたし以外、見せないようにしてたからね。」 せつなに選択肢を与えなかった。 ラブの他にも、せつなを大切に出来る人間がいる。 その可能性を、敢えて排除した。 せつなが何も持たないうちに、その手を、心をラブで埋めてしまう。 後で色々選べる事が分かったって、もう遅い。 他の何かを選びたいなら、今持っているものは捨てなければならないから。 そして、せつなはラブから貰ったものは一つだって捨てられない。 「ブッキーがせつなを好きって気付いた時ね。あたし真っ先になんて考えたと思う?」 間に合った。 「間に合ったって……。そう、思ったんだ。」 もう、せつなを抱いた後だったから。 せつなも、それを当たり前の事として受け入れてくれてたから。 今さら、祈里の気持ちを知ったところで靡いたりしない。 祈里だって、それが分かってたら手出しなんて出来ないだろう。 「まぁ、あんま関係なかったみたいだね。こんな事になっちゃってさ。」 体の関係になってる事を祈里にちらつかせる。それが、却って祈里を暴走させた。 もし、もっとゆっくりせつなと恋人になって行けてたら。 ゆっくり、関係を深め、周りからも納得してもらえるくらい。 せつなには、ラブが必要なんだって思って貰えてたなら……。 「さっきと言ってる事が違うじゃない。 せつなちゃんは、モノじゃないんでしょ?」 無理矢理、せつなを自分のモノにした。 せつなが何も持っていないのをいい事に。 誰よりも近くにいたから、ラブにはそれが出来た。 ラブはそう言っている。 「だから、怖かったんだってば。せつな、ひょっとして、 それに気付いて他の人のとこに行きたくなっちゃったんじゃないか、とかさ。」 「……せつなちゃん、それ聞いたら怒ると思うよ?」 「だろうねぇ。」 「……信じられないよ。せつなちゃん、あんなにラブちゃんが好きなのに。」 「だから……、自信無かったんだよ。」 「……信じられない。」 せつながどんな思いで祈里に抱かれ続けてきたか。 祈里に汚された体を、どんな気持ちでまたラブに差し出したのか。 そして、それを断ち切るのに、どれほど血を流したか。 当のラブは、ただいじけて竦んでいたと言うのか。 (……まぁ、わたしが腹立てる立場じゃないんだけど。原因なんだし。) 勝手なものだな、と思う。 自分が原因で二人を傷付け、すれ違わせておきながら、せつなの気持ちを 受け止め切れてなかったラブに腹が立つ。 ラブが問答無用でせつなを奪い返せば、倒れるまでボロボロにはならなかったのに。 「だからね、やり直そうと思って。」 あたし、だからばっかいってるね。 ラブの穏やかに響く声。 嵐の後に訪れる、静かな凪いだ世界。 ラブの中で吹き荒れていた嵐は、終息を迎えたのだろうか。 「もう一度、ちゃんとね。せつなと手を繋ぐの。」 「………元通りに、なれると思ってるの?」 「元通りじゃなくたっていいよ。」 失敗したなら、やり直せばいい。 やり直そうとする事と、元通りになる事は別。 前と違ったって、構わないじゃないか。 「わたし、取り返しのつかない事だってあるって思うよ。」 「誰が決めたの?そんな事。」 「……誰って…」 「いいんじゃない?やり直せるかは別として。やり直そうとするのは勝手でしょ?」 ラブは祈里を見ない。ただ、真っ直ぐ前を見詰めている。 「だってね、あたし知ってるんだ。」 自分の命が今日、尽きてしまう。 それを分かっていながら、前を向いて歩きだそうとした人。 剥き出しの気持ちをさらけ出し、本当の自分を見せてくれた。 命が消える、その瞬間まで、決して逃げ出さずに。 幸せの素を見つけ、それを摘みとろうとしてくれた。 自分を変えるのに、遅すぎる事なんてない。 「あたしね、大好きなんだ。その人の事。」 ラブの目はキラキラと輝き、その頬は誇らし気に紅潮している。 「大好きなだけじゃなくってね。尊敬してるの。」 胸を張り、ラブは言う。 「あたし、せつなを逃がさないように頑じ絡めにしてたつもりだった。 でもね、ホントは違ってたよ。」 捕まったのはあたしの方。 命懸けでせつなはあたしを選んでくれてた。 せつなは、自分の最後の一日をあたしに会うために使ってくれた。 そんな人から、逃げられるわけないよね。 あたし、馬鹿だから。ほんっと馬鹿だからさ。 切羽詰まるまで気付かないんだよね。 「……わたしには、無理よ。」 やり直せるなんて思えない。 ラブの言葉は死刑宣告にしか聞こえない。 何もかも、意味なんてなかった。最初から、入り込む隙間なんて無かった。 分かってたけど。 一時でも、体だけでも手に入れられた。 せつなの体には消えない祈里との記憶が残る。それで、満足しようと思ってた。 でもラブにとっては、そんなものには何の価値も無いのだろうか。 祈里が必死にしがみついている、せつなと共有した熱の記憶。 せつなの心に残るだろう小さな破片。 「ブッキーの好きにすればいい。」 素っ気ない、ラブの声。 「立ち止まって、何もせずに泣いていたいなら、それもアリでしょ。」 突き放すような、抑えた声。 「でもね、あたしは、待たないから。先に行くよ。」 せつなと一緒にね。 立ち止まった祈里を振り向く事なく、ラブは歩調を速めて行った。 手を差しのべる気は無い。 こちらへ来たいなら、自分で歩いてくればいい。 謝罪も後悔も、祈里が自分で決める事。 ラブの強い背中は、祈里の張りぼての強がりなどには揺るがない。 振り向いてもらえるのは祈里が自ら前に立った時だけだろう。 足が震える。後は自分が決めるだけ。 ラブも、せつなも決めたように。 元に戻る事は決して無い。それだけは、分かっている。 でも、祈里のすべき事。謝罪、後悔、償い。 どれか、すべてか、それともどれでもないのか。 祈里に分かっている事。 それは、ラブはもう許してくれていると言う事。 そして、それにすがる事は祈里自身が許せないと言う事。 6-223へ
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/1051.html
【9月11日】 『上の粒ほど甘いらしい』 ラブ 「今日はぶどう狩りに行くんだ! ぶどうって沢山、種類があるよね」 せつな「名前も味も色も様々なのね。赤いブドウもあるわ」 タルト「せやけど、ずいぶんあちこちでブドウ狩りやっとるんやなあ」 あゆみ「葡萄はね、実が柔らかくて痛みやすいから、お客さんから来てほしいのよ」 圭太郎「なるほど、スーパーで勤めてるだけあるな」 せつな「高い木にならないから、私たちでも採りやすいわね」 シフォン「キュア~~」 せつな「ふふっ、シフォンの特技が活かせなくて残念ね」 ラブ 「ってか、飛んじゃダメだってば!」 【9月12日】 『ド根性娘はどっち?』 ラブ 「今日はクイズで~す。せつなの口癖はなんでしょう? 答えは明日ね!」 美希 「“わたし、信じてる”なんてどう?」 ラブ 「う~ん、せつなは信じるよりも、力づくで結果をもぎ取りに行くタイプだよね」 祈里 「じゃあ、“アタシ完璧”じゃないかな?」 ラブ 「うんうん、美希たんより似合ってるかも?」 美希 「どういう意味よ……」 【9月13日】 『結果よりも大切なもの』 ラブ 「せつなの口癖は“精一杯がんばるわ”だよ。せつなは本当にがんばり屋さんだね」 せつな「そうしなきゃ生きていけなかったもの」 ラブ 「そっか、ラビリンスは厳しいところだったんだよね」 せつな「でも、あの頃と今とでは、頑張る目的が違うの」 ラブ 「どう違うの?」 せつな「あの頃は結果が全てだった。今は頑張ることそのものが目的よ」 【9月14日】 『朝活始めました!』 ミユキ「わたし、毎朝ジョギングを始めたの。走るのって気持ちいいわ」 美希 「今までされてなかったんですね。走り込んでるイメージなのに」 ミユキ「なかなか時間が取れなくてね。ダンスレッスン自体が有酸素運動だし」 せつな「運動が足りてないわけじゃないんですね」 ラブ 「なんかわかります! 風を切って走るのが楽しいんですよね」 祈里 「ラブちゃんも一緒に走ってみたら?」 ミユキ「じゃあ、ラブちゃんと祈里ちゃんも一緒にどう?」 ラ・祈(余計なこと言っちゃった……) 【9月15日】 『ドーナツの奇跡』 カオルちゃん「ドーナツの穴から覗くと、皆が笑顔に見えるんだぜ!」 ラブ 「ホント? やってみよっと!」 街の人『クスッ、クスクス、クックッ、アハハ』 ラブ 「ホントだ! みんな笑ってるよ、カオルちゃん」 美希 「笑われてるのよ、ラブ……」 祈里 「ラブちゃん、ドーナツのチョコが溶けて顔についてる」 せつな「全くもう……ほら、拭いてあげる」 ラブ 「トホホ、なんでもっと早く教えてくれないのよ~」 祈里 「パンダみたいで可愛かったからかな?」 【9月16日】 『時――既に始まりし』 シフォン「シフォン、赤とんぼ捕まえたぁ~」 ラブ 「すごいね、シフォン。でも、逃がしてあげようね」 シフォン「ばい、ば~い」 せつな 「なんだか不思議ね」 ラブ 「どうしたの? せつな」 せつな 「夕焼け、モミジ、赤とんぼ……」 せつな 「一日の終わりや、季節の終わりを感じさせるものは、どうして赤いのかしら?」 タルト 「そう考えると、赤ちゅうんも寂しい色に思えてくるなあ……」 ラブ 「新しい一日や季節を始めるために、燃えてるんじゃないかな?」 せつな 「クスッ、ラブはいつでも前向きね」 ラブ 「少なくとも、せつなにそんな寂しい顔させるためじゃないのは確かだよ!」 【9月17日】 『武者修行』 タルト「今日はパッションはんのアカルンで、スウィーツ王国まで行ってきま~す!」 ラブ 「タルト、前もせつなに頼んでたよね? 最初にここに来た時はどうしたの?」 タルト「ああ、あの時は長老に送ってもらったんや」 せつな「なるほど、前にもこの世界に来てたわね」 タルト「帰りはアカルン見つけて自力で戻って来いゆうてな、無責任なもんやで」 祈里 「シフォンちゃんの瞬間移動は、行き先が安定しないのよね」 タルト「せやから、どうしても四人目を見つける必要があったんや」 美希 「呆れた、自分が帰りたくてアカルンを探してたの?」 タルト「ホンマのこと言うと、最初はそうやったんや。さっさと済まして帰ろうってな」 祈里 「でも、一緒に戦ってくれたこともあったよね」 タルト「みんなと出会って、ワイも変わったんや。ホンマおおきに」 【9月18日】 『思い出の料理、その②』 ラブ 「今日のランチはラブちゃん特製、オムライスにしよーっと!」 せつな「ラブは、ハンバーグの次くらいにオムライスが好きなのね」 ラブ 「うん! 味も美味しいけど、ケチャップで絵を描くのも楽しいんだよ」 せつな「料理が絡むと、絵まで上手になるのね」 ラブ 「なんか、今の言葉はトゲがあるような……」 せつな「気のせいよ」 ラブ 「小さい頃ね、落ち込んだ時、おかあさんが笑顔のあたしを描いてくれたんだ」 せつな「それで、私にも笑顔のオムライスを作ってくれたのね」 【9月19日】 『憧れ?』 キュアピーチ「悪いの・悪いの・飛んで行け! ラブ・サンシャイン・フレーッシュ!!」 美希 「初めてこの技を口にした時は、色々と衝撃だったわね」 祈里 「今じゃ、もうすっかり慣れちゃったけど……」 ラブ 「あはは、あたしでも恥ずかしかったもん」 せつな(ちょっと言ってみたかったな、なんてね) ラブ 「なんか言った? せつな」 せつな「ううん! なんでもないの!」 【9月20日】 『じゃぱにーずだんす?』 クローバー「今日は敬老の日!」 ラブ 「公園に来ていたお爺ちゃん、お婆ちゃんに、ダンスのプレゼントをしちゃおっと!」 お年寄り「ありがたいんじゃが、ワシらは阿波踊りの方がええのう」 ラブ 「グッ、こうなったらやってやろうじゃない!」 美祈せ 『トホホ……。アタシたちもやるわけ?』 ラ美祈せ『ヤットサー、ヤットサー、ヨイヨイ~』 ラ美祈せ(敬老の日も楽じゃないわね……) 新-386へ