約 1,207,156 件
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/1291.html
幸せは、赤き瞳の中に ( 第8話:全力の想い ) 薄暗い部屋の中で、ゲージに降り注ぐ不幸のしずくが陰鬱な音を響かせる。その前にはノーザの姿があって、壁に映し出された街の様子を満足げに眺めている。 もっとも、このノーザは実体ではなくホログラム。映像が映像を鑑賞しているという何とも奇妙な光景を、ラブは不幸のゲージの隣に吊るされたまま、ぼんやりと見つめていた。 さっきから、巨大な電波塔のナケワメーケが、まるで砂の城でも壊すように易々と建物を破壊する光景が続いている。その無造作な打撃の音、壁がボロリと崩れる音のひとつひとつが、重く鈍い痛みを伴ってラブの胸を打ちつける。 ――やっぱりあなた、プリキュアにならなければ何の力も無いのね。 昨日の少女の言葉がもう一度聞こえた気がした。少女の攻撃をただ避け続け、無様に倒れたあの時の冷たい床の感触が蘇って来る。 (そうだよね。変身も出来なくて、こんなところで捕まっちゃってる今のあたしに、出来ることなんか……) 力なくうつむきかけるラブ。だが、その途中で不意に目を見開くと、今度はガバッと顔を上げて食い入るように映像を見つめた。 場面が切り替わって、ナケワメーケの足元がアップになったのだ。そこに映し出されたのは、ラビリンスの住人たちだった。まだ被害の及んでいない街の奥へと逃げようとしているのか、お互いに目を合わせることもなく、全員がただ同じ方向に向かって一目散に走っている。 疲れ切って表情のない人々の姿に、少し前のお料理教室の光景が重なった。楽しそうに輝いていた人々の笑顔が思い出されて、目元にじわりと涙が滲む。が、それを振り払うように、ラブはブンブンと乱暴に頭を振った。 (泣きたいのは、あたしじゃなくてみんなの方だよ。あたしに出来ることって、本当に何も無いの? こうしてみんなが苦しんでるのを、ただ見ていることしか出来ないの?) 住人たちが我先に逃げて行った方に向かって、ナケワメーケがゆっくりと移動を開始する。歯を食いしばってその映像を睨んでから、ラブは気持ちを落ち着けるように目を閉じて、ふぅっと大きく息を吐いた。 まるで暗闇に淡い光が灯るように、目の裏にぼんやりと浮かんできたのは、四つ葉町公園の景色だった。ラブが一番よく知っている、石造りのステージの上から見た眺めだ。 豊かな緑を背景に、パンパン、と手を叩いて指導の声を飛ばすミユキ。その足元に置かれたダンシング・ポッド。そして隣に感じる息づかいは、美希、祈里、そしてせつな――大切な仲間たちのもの。 次に浮かんできたのは、上空から見下ろす巨大な怪物の姿と、耳元で鳴る風の音。そして華麗に変身した頼もしい仲間たち――ベリー、パイン、パッションの姿。 普段とは桁違いのスピードとパワーは、変身によって手に入れたもの。しかし完全にシンクロした四人の動きは、毎日のダンスレッスンと、プリキュアとしての経験を積み重ねて培った賜物だ。 (確かにプリキュアの力は、あたしの力じゃない。でも、ダンスもプリキュアも両方選んで、全力で頑張って来たのはあたしたちだよ。だからプリキュアになれなくても、凄い力は出せなくても、頑張った分はきっと、あたしの力にもなっているはず) パッと目を開けて、今度は決意を込めた眼差しで映像を見つめる。姿は見えないが、このナケワメーケを操っている――そしてこの後、人々を不幸に陥れる通告をするはずの少女が、このどこかに居るはずだ。 (出来る出来ないじゃない。やらなきゃいけないことがあるって、わかってるじゃない。あの子を止めなきゃ。そのためにはまず――ここを出る!) 映像を見据えたまま、ラブがもう一度歯を食いしばる。でも今度は悔しさを堪えるためではなく、渾身の力を出すためだ。 まずは両腕にグッと力を入れて、捕えられている腕を何とか外そうと試みる。だが、ただの少女であるラブの力では、蔦はピクリとも動かない。 今度は腕だけでなく足もバタバタさせ、全身を滅茶苦茶に動かしてみる。それでも蔦の拘束は緩まなかったが、吊るされているラブの身体が小刻みに揺れた。 ラブは自分の身体を見下ろし、次に周囲を見回して、うん、と小さく頷いた。思い起こすのは心に刻まれたミユキの言葉と、身体に刻まれたダンスの動きだ。 ――ある方向に力が働けば、必ずその反対方向にも力が働くの。それが“反動”よ。右に行きたければ、まず左に重心を移す。上に大きく跳びたければ、まずは低く屈みこむ。そうやって―― (……そうやって力を蓄えれば、より大きな力が生まれる!) ラブが再び全力で身体を動かして、蔦を揺らそうとする。その顔は見る見る真っ赤になり、額には汗が浮かんできた。それでもラブは、ハァハァと荒い息を吐きながら、不自由な身体を少しずつ、必死で動かし続ける。 やがて、ラブの動きは少しずつリズミカルになり、それにつれて蔦が少しずつ大きく振れ始めた。その揺れが目に見えて大きくなった時、ラブはさらに力を振り絞って、思いっ切り身体を反らした。 ぐん、と蔦が大きく揺れる。その揺れを振り子のように使って、ラブは隣に立つ不幸のゲージを、ゴン、としたたかに蹴りつけた。 ノーザが恐ろしい形相でラブを振り返る。だが一度勢いがついたラブの身体は止まらない。 もう一度、さらにもう一度、ゴン、ゴン、と響く鈍い音。それを聞いて、ノーザが慌てたようにさっと右手を挙げる。その途端、生きたロープはするすると解け、ラブを床に下ろして開放した。 思わずその場にへたり込みそうになるラブ。だがそれを必死で堪えて震える足で立ち上がり、鋭い眼差しをノーザに向ける。 「あら、ごめんなさい。苦しかったのならそう言ってくれれば、すぐに下ろしてあげたのに」 ノーザがさっきの狼狽えた素振りを取り繕うように、妖艶な笑みを浮かべてみせる。それでもラブの表情が変わらないのを見て、ノーザは口の端を斜めに上げると、いつになく優し気な声で言った。 「解放してあげたついでに、この部屋からも出してあげるわ。上の部屋にでも行って、少し休憩なさい」 「それより建物の外に……そこに映っている場所に、帰してくれないかな」 粗い呼吸を抑えて映像を指差すラブに、ノーザが余裕の笑みを浮かべたままでかぶりを振る。 「それはダメねぇ。でもこの建物の中であれば、どこに居ても構わないわよ」 余裕の表情でラブを見下ろすノーザの映像。その顔をひたと見つめながら、ラブは唾を飲み込もうとして、口の中がカラカラに乾いていることに気付いた。 (せつな。美希たん。ブッキー。ミユキさん。お願い……あたしに力を貸して!) もう一度、一瞬だけ祈るように目を閉じてから、ラブは静かに目を開けて、ノーザに向かって声を張り上げた。 「本当にいいの? この建物の中に居たら、あたし、何をするか分からないよ? コントロール・ルームの場所も分かっちゃったし、またゲージを壊しちゃうかもしれないけど」 「あら。あなたにそんなこと、出来るのかしら」 「……試して、みる?」 そう言いながら、ラブはノーザから片時も目を離さずに、ゆっくりと腰のリンクルン・ケースに手を置いて見せた。 今度は苛立たし気な表情を隠そうともせず、ノーザがラブを睨み付ける。 「ふん、せっかく優しくしてあげたのに、つけ上がるとはいい度胸ね。ならば元通り、大人しく縛られているがいい」 ノーザの声と同時に、鉢植えから再び蔦が放たれる。だが一瞬早く、ラブはパッと身を翻した。 横っ跳びで不幸のゲージの後ろに身を隠す。鋭い鞭のようにラブに襲い掛かった蔦は、ゲージに届く直前に、まるで慌てて急ブレーキをかけたかのように失速した。 忌々し気に歯噛みしたノーザが、指をパチリと鳴らす。すると蔦が再び方向転換し、今度は部屋のドア目がけて直進すると、バタンと大きく押し開けた。 「今はお前に構っているヒマは無いの。さあ、この部屋から出て行きなさい」 「嫌だよ。出て行ってほしいのなら、外に出してくれなくちゃ」 「調子に乗るのもいい加減にすることね」 再び蔦が、今度はさっきとは違う枝から放たれる。続いてもう一本、その次は同時に二本、太さを変え、速さを変え、本数を変え、次第に数と力を増して襲ってくる緑色の鞭。だが、ラブはゲージの後ろ半面を盾に使い、サイドステップを繰り返して、何とかそれを凌ぎ続ける。 ラブの真剣な眼差しは、蔦を放つ小さな鉢植えにじっと注がれていた。最初はただスピードにばかり翻弄されたが、何度か避けているうちに、その動きに規則性があることに気付いたのだ。 あの最終決戦で、蔦を自在に操って攻撃してきたノーザの動き――あの時によく似た、でももっと単純で分かりやすい予備動作が、必ずあるということに。 (蔦が飛び出す直前に、枝がグッとしなる……。これもミユキさんが言ってた“反動”だよね。それをちゃんと見ていれば、何とか避けられるはず!) 頼みは盾にしている“不幸のゲージ”。四つ葉町にあったものより小さなこのゲージは、大きさだけでなく強度の面でも劣るのか、蔦はゲージに触れることさえ避けるような動きをしている。 ラブにとっては、それが付け目だった。自分と蔦との間に常にゲージが挟まるよう小まめに動きながら、蔦を避け続け、帰してほしいとノーザに訴え続ける。 ゲージを挟んでの攻防が、どれくらい続いただろう。いくら動きを予測できると言っても、変身もしていないラブの体力には限界がある。もうとっくに息が上がり、膝もがくがくと震えるようになった頃。 完全にゲージの方を向いて、苛立たし気にラブを睨んでいたノーザが、不意にハッとした顔をして壁の方を振り返った。ラブも思わず鉢植えから目を離して、映像に注目する。 「愚かな者たちよ。これは、メビウス様からお前たちへの制裁だ!」 映像の中から、威圧感を伴った声が響く。スピーカーのナケワメーケに増幅されたその声の主は、怪物の肩の上で腕を組み、仁王立ちしているあの少女だった。 少女による不幸の通告が、ついにラビリンスの住人たちにもたらされたのだ。 ずっと渋面を作っていたノーザが、ニヤリとほくそ笑む。 「フフフ……。これでラビリンスの国民たちは不幸に沈む。残念だったわねぇ」 「うわぁっ!」 映像をもっとよく見ようと、ついふらふらと前に出たラブが、初めて蔦の鞭を喰らって弾き飛ばされる。何とかゲージの陰に転がり込むと、ラブは自分に言い聞かせるように、必死で声を絞り出した。 「まだ……諦めないよ。不幸は……不幸は必ず、幸せに、生まれ……変われるんだからっ!」 「ええい、まだそんな戯言を!」 今度は何本も一度に襲い掛かる、蔦の攻撃。ラブは何とかゲージの陰を移動して避けたが、その動きはさっきと比べて明らかに精彩を欠いていた。 枝の動きを注視しなくてはいけないのに、どうしても気になって、その視線が時折映像の方へちらちらと流れるのを止められない。おまけにさっき鞭の攻撃を受けた左腕が、ズキズキと痛み出した。そうでなくても身体はとっくに限界を超えて、悲鳴を上げているのだ。ゲージのお蔭でそれ以降は大きな打撃は免れているものの、次第に蔦の先がラブの身体に当たり始める。 そしてついに、ラブがゲージを背にしてよろよろと崩れ落ちる。ノーザの含み笑いと共に、蔦がゆっくりと遠巻きに伸びてゲージの後ろを窺う。そして何とか立ち上がろうともがくラブの身体を、容赦なく絡め取った。 だが次の瞬間、蔦の動きが止まった。映像の中から突然響いた、パリン、という乾いた音。それを聞いて、ノーザが顔色を変えて映像の方に向き直ったのだ。 そこに映っていたのは、あろうことかナケワメーケのダイヤを拳で打ち砕くウエスターと、それを驚愕の表情で見つめる少女の姿だった。 少し遅れて地面に倒れる、元に戻った街頭スピーカー。しばしの間呆然としてから、ウエスターに挑みかかる少女。そんな少女をいとも簡単に倒して、その身体を肩に担ぎ上げるウエスター……。 「おのれ……これからが不幸集めの本番という時に! だからあれほど、彼には気をつけろと……」 悔しそうにそう呟いてから、ノーザはさっと右手を前に突き出した。 「こうなっては仕方がない」 それを合図に、動きを止めていた蔦がするすると動き出す。そして、もう抵抗も出来ずに荒い息を吐いているラブを吊り上げると、ノーザのすぐ目の前の中空にかざした。 幸せは、赤き瞳の中に ( 第8話:全力の想い ) ナケワメーケが倒された現場から一番近い警察組織の建物に、一台の車が横付けされた。バラバラと車を降りる警官たちの最後にウエスターが降り立って、気を失った少女を建物の中に運び込み、床に下ろす。 その瞬間、少女の表情が動き、眉間にわずかに皺が寄った。 「気が付いたか。起こす手間が省けたな」 ウエスターが無表情でそう言いながら少女を見下ろす。が、部屋の外がにわかに騒がしくなったのに気付いて、今度は彼の方が眉間に皺を寄せた。 少女をそこに寝かせたまま、部屋の入口の方へ取って返す。すると、開けっ放しだったドアから小さな人影が飛び込んだ。 「イース! ここは俺に任せろと言っただろう!」 人影は――せつなはウエスターの呼びかけには応えず、部屋の中に目を走らせた。そして少女の姿を認めると同時に、その身体から、フッと力を抜いた。 ウエスターの眉間の皺が、わずかに深くなる。それは些細だが、確かな違和感だった。ここで筋肉を弛緩させたのは、次の瞬間に力を爆発させるため。飛び出す“反動”を得るための予備動作としか思えない。 普段の優しい眼差しからは考えられないような、感情の見えない赤い瞳に危機感を覚え、ウエスターはせつなを拘束すべく動き出す。だが、せつなは目にも留まらぬ速さでその腕の下をかいくぐると、仰向けに寝かされている少女に覆い被さるようにして、その顔のすぐ横の床に、ダン、と掌を叩きつけた。 「ラブをどこへやったの!? 答えて!!」 至近距離から睨み付けるせつなの顔を、少女が驚愕の表情で見つめる。戦闘服を身に着けている自分が、さっき全く反応できなかった男の動きを、彼女は生身で見切って避けてみせたのだ。 だが、それも一瞬のこと。すぐに表情を取り繕うと、少女は青白い顔に不敵な笑みを浮かべた。 せつなの掌の下で床がギュッと鈍い音を立て、赤い瞳に怒気を超えた殺気が浮かぶ。今度こそ割って入ろうとするウエスター。が、その足は異変を感じてぴたりと止まった。 突然、二人の横手の壁の真ん中辺りがぐにゃりと歪み、まるで木の洞のような時空の口が開いたのだ。そこから浮かび上がるように現れた人物を見て、せつなの目が大きく見開かれた。 「ラブ……!」 ラブは前のめりになった格好で、緑色の蔦のようなもので拘束されていた。だが、それがすぐに解けて、部屋の中へと放り出される。 せつなは飛び上がるようにしてラブを受け止めると、夢中でその顔を覗き込んだ。 ぐったりと力の抜けた身体。力なく閉じられた目蓋――。 「ラブ! しっかりして、ラブ!」 耳に煩いような自分自身の心臓の音と、締め付けられるような胸苦しさに耐えて、せつなが必死で呼びかける。すると、ラブの睫毛が微かに震え、その目がゆっくりと開かれた。 「せつな……」 「……良かった……!」 ラブを抱き締めるせつなの目から涙が溢れて、ぽろぽろと零れる。 二人の姿を安堵の表情で見つめるウエスター。しかし一瞬の後、彼は慌てて壁に向かって突進した。 だが、ほんの少し遅かった。 せつなとウエスターがラブに気を取られている隙に、蔦がするすると伸びて、少女の身体を絡め取ったのだ。ウエスターの目の前で、少女が時空のトンネルへと連れ去られる。そして彼の手が壁に届いたときには、時空の口は消え失せていて、後には何も残ってはいなかった。 ☆ 淡いグレーの壁と天井で仕切られた、何の変哲もない小さな部屋。仮眠室として使われているという警察組織の一室で、せつなはベッドの隣で小さな椅子に座り、ラブの寝顔をじっと見つめていた。 ナケワメーケを操る少女を止めようとして、自分の意志で彼女に付いて行ったこと。そのアジトが、せつなや彼女が育った軍事養成施設・E棟であったこと。その地下にあった不幸のゲージと、映像として現れたノーザの存在――それだけを何とか話し終えてから、ラブは気絶するように眠ってしまったのだ。 ウエスターはラブの話を聞き終えると、サウラーのところへ相談に行くと言って、厳しい顔つきで出て行った。 ラブの身体には、締め付けられたような跡や、何かで打たれたような痣が無数にあった。 ――何とかここに戻って、あの子を止めなきゃ、って思ったんだけど……。 うつむき加減でそう呟いたラブの顔を思い出す。 今は変身することも出来ないというのに、その想いだけで、映像とはいえあのノーザと渡り合ったのだろうか。 「全く……。無茶し過ぎよ」 眠っているラブの姿がやけに小さく見えて、思わずその顔に指を伸ばして、目の上に掛かった髪をそっと払う。その途端、ラブが小さく口を開けて、弱々しく言葉を吐き出した。 「せつなぁ……」 (えっ?) 思わずドキリと手を止めて、もう一度ラブの顔を見つめる。 その目は閉じられたままだったが、口元がムニャムニャと柔らかく動いて、再び途切れ途切れに言葉を紡いだ。 「大丈夫だよ……せつな……」 ぽかんとするせつなの目の前で、ラブが再びすうすうと寝息を立て始める。 (ひょっとして……寝言?) 不意に可笑しさがこみ上げて来て、せつなは口に手を当てて、クスクスと声を立てずに笑った。 (私がこれだけラブのことを心配して、居ても立ってもいられなかったっていうのに、当のラブは、夢の中でまで私の心配をしてくれてるっていうの……) 口元に当てた手の甲に、ポツリとあたたかな雫が落ちる。それが自分の涙だと気が付くのに、少し時間がかかった。 もう一度手を伸ばして、ラブの布団を掛け直す。前に一度、あゆみにそうしてもらったことを思い出して、布団の上からあやすように、トントン、と優しく叩いた。 (ラブと一緒に居るときの涙は、どうしてこんなに、あたたかいのかしら……) 心の中にぽかりと浮かんだ小さな疑問。その答えが見つからないままに、せつなはラブの寝顔を愛おし気に見つめながら、そっと頬の涙をぬぐった。 ☆ 目蓋の裏に感じる朝の光。そして頬を滑る、柔らかなシーツの肌触り――。 ぼんやりとそんなことを感じて……次の瞬間、せつなは跳ね上がるようにして身体を起こした。 いつの間にか、椅子に座ったままベッドに突っ伏して寝ていたらしい。こんなところで朝まで眠ってしまうなんて、初めての経験だった。 考えてみれば、ラブが心配でこの三日間はほとんど眠っていなかったから、安心して一気に疲れが出たのかもしれない。 ベッドに目をやったせつなが、今度は弾かれたように立ち上がる。そこに寝ているはずのラブの姿は、どこにも無かった。 (まさか、ラブったらまた一人でどこかへ……!?) 咄嗟にそう思った時、どこかから聞き慣れた明るい声が聞こえて来て、せつなは慌てて部屋から走り出た。 声を頼りに進んで行くと、小さなキッチンに辿り着いた。湯気の立つ大きな鍋をかき混ぜている、ラブの後ろ姿が見える。その隣には一人の少年が立っていて、せつなに気付き、照れ臭そうな顔でぺこりとお辞儀をした。その様子を見て、ラブも後ろを振り返る。 「あ、せつな、おはよう。ちょうど良かった、ちょっと手伝って」 「ラブったら。身体の方はもう大丈夫なの?」 「へーきへーき!」 ラブがそう言いながら、左手でガッツポーズを作ろうとして、痛てて……と苦笑いをする。ラブの左腕に特に大きな痣があったことを思い出して、せつなは小さく溜息をつく。そしてラブの隣に歩み寄ると、鍋の中を覗き込んだ。 ふわりと懐かしい香りが、せつなの鼻をくすぐった。たっぷりの汁の中で、細かく切られた具材とお米が、コトコトと音を立てている。 「これ、“おじや”よね? 前に、お母さんに作ってもらったことがあるわ」 「そ。これならみんなで一緒に、あたたかいうちに食べられるでしょ?」 「え? みんな、って……」 首を傾げたせつなが、あ、と小さく声を上げて、そっと隣の部屋を窺う。道場のようなその広い部屋には、せつなの予想以上の人数が集まっていた。ナケワメーケの攻撃を逃れたこの建物もまた、人々の避難所になっていたのだ。 「ここは警察官が寝泊まりも出来る施設だから、食糧も置いてあるって、この子が教えてくれたんだ」 ラブがそう言いながら、鍋の中のものを小皿に取って、それを少年に差し出す。怪訝そうな顔で受け取った少年は、促されるままにそれを口にして、驚いたように目を丸くした。 「こんな料理、初めてだ……。いろんなものが入っているんですね」 少年が、ぼそぼそとした調子で呟くように言う。 「うん。本当は残り物で作る料理なんだけど、これなら食材を無駄なく使えるから、食糧が長持ちするんだ。それに、あたたかいものを食べて身体があたたまると、元気が湧いて来るからね」 「元気……ですか」 「まぁこれは、お母さんの受け売りだけど」 一層低い声になった少年に、ラブが小さく微笑む。そして、「でーきたっ!」とひときわ明るい声で叫ぶと、鍋を持ち上げようとして、痛てて……と再び顔をしかめた。 「あ……俺、運びます」 「ひとりで大丈夫? 結構、重いよ?」 「平気です。力には自信がありますから」 少年がそう言って、ひょい、と鍋を持ち上げる。せつなとラブが食器を持ち、三人は人々が避難している隣の部屋に向かった。 「みんな、お待たせ~! 朝ご飯、持って来たよ~」 ラブが明るい声で呼びかけても、応える者は誰も居なかった。全員が思い思いの場所に座り込み、暗い目をして床の一点を見つめている。 メビウス様が復活する。この襲撃は、メビウス様による制裁である――少女による衝撃の通告を受けて、まだ半日しか経っていない。最初はパニック状態に陥った人々は、今は絶望と虚無感に支配され、全てを諦めて来たるべき時を待っているように、せつなの目には映った。 グッと拳を握り締め、せつながラブの隣から一歩前に進み出る。何か言おうとして口を開き、言うべき言葉が見つからなくて立ちすくんだ、その時。 ラブがおもむろに鍋の蓋を開けると、それを椀によそって、近くにうずくまっている小さな女の子の傍に座り込んだ。 「はい。熱いから、一緒に食べようね」 最初の一匙をすくってフーフーと息を吹きかけてから、ラブがそれを女の子の口元に持っていく。 お腹が空いていたのだろう。戸惑った顔をしながらも素直に口を開けた女の子は、すぐに目を輝かせて叫んだ。 「美味しい!」 すぐに自分でスプーンを握って食べ始めた女の子を横目で見ながら、周囲の子供たちがゴクリと喉を鳴らす。その目の前に、せつながタイミング良くお椀とスプーンを差し出した。 ほどなくして、子供たちの食べっぷりにつられるように、大人たちもスプーンを手にする。しばらくすると、全員が夢中で椀の中身を食べ始めた。 やがて、部屋の中に少しずつざわめきが――人の声が聞こえ始める。子供たちの顔には笑みが見え始め、大人たちの表情も、さっきまでよりも明らかに穏やかなものになっていた。 「ありがとう、せつな。さ、あたしたちも食べよ」 驚いた顔で人々を見回すせつなに、ラブがおじやの入った椀を差し出した。鍋を運び、配膳を手伝ってくれた少年は、二人から少し離れたところに座って、既に猛然と椀の中身をかき込んでいる。 ラブは、自分もスプーンを手に取りながら、せつなだけに聞こえるような、小さな声で言った。 「せつな……心配かけて、ごめんなさい」 「……」 せつなが無言でラブの背中に手をやると、ポンポン、と二回、優しく叩く。その仕草に、ちらりと上目づかいでせつなの顔に目をやると、ラブはフッと小さく顔をほころばせた。 「本当はあの子を止めたかったけど、出来なかった……。だから今はほんの少しでも、みんなに元気になってもらいたいんだ」 「ほんの少しじゃないわ。まだ“元気”とは言い切れないかもしれないけど、大きな変化だと思う」 「そうかな……。もしそうなら、嬉しいな」 ラブはそう言って、食べ始めたばかりのおじやの椀を、大切そうに両手で包んだ。 「ねえ、せつな。あたし、決めたんだ」 相変わらず密やかな、でもさっきより明るい声で、ラブが語りかける。 「“どうせ出来っこない”なんて思わないで、自分の力を信じようって。プリキュアの力に比べれば小さな力かもしれないけど、その力で、やらなきゃいけないことを、あたしが本当にやりたいことを、全力でやろうって。だからあたし、いつか、あの子とも……」 ラブがそう言いかけた時、建物が突然、ズシン、と揺れた。 「様子を見てきますから、皆さんは建物の外に出ないでください!」 せつながテキパキと人々に指示を出してから、既に廊下を走り始めたラブの後を追う。玄関から外に飛び出すと、二人の耳に、ナケワメーケとは明らかに違う怪物の声が飛び込んで来た。 「……まさか、これって!」 せつなが驚きの声を上げて、呻き声が聞こえた方角へ向かって走り出す。そして、そこに立っている化け物の姿に、やっぱり……と唸るように呟いた。 顔の中央に貼り付いている、涙を流す一つ目のマーク。言葉を発せず、ただ苦し気な呻き声を上げるだけの哀しきモンスター。 その巨大な姿の後ろに見えるビルの上に小さな人影を見つけて、せつなが今度こそ絶句する。 紙のように白い顔に苦悶の表情を浮かべて立っているのは、あの少女。その腕に、鋭い棘を持つ暗紫色の茨が巻き付いているのが、せつなの目にはっきりと映った。 ~終~ 第9話:起動!へ
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/725.html
私を呼んで、愛の言葉で(前編)/一六◆6/pMjwqUTk 「出来たぁ? ブッキー」 「うーん……もうちょっと……」 ラブの言葉にも顔を上げず、真剣そのものといった表情で、祈里がスポイトの先端を見つめている。黄色い液滴が、ポタ、ポタ、ポタ、と三滴落ちて、平皿に入れられたアロマオイルがきれいな山吹色に染まった。 「出来たー! これをペーパーに染み込ませて、ケースに入れればいいのよね?」 そう言いながら手際よく作業を進める手元を、せつなが興味津々で覗き込む。 「へぇ。アロマって美希がよく作ってくれるけど、ブッキーも上手なのね」 「ううん、わたしはこれが二回目。美希ちゃんに教わって、前に一回作ったことがあるだけだよ。ハイ、これで完成」 祈里が差し出した出来たてのアロマにそっと顔を近づけてから、せつなが柔らかな笑顔になる。 「いい香り。何だか心が安らぐみたい」 「ホント、いい香り~。凄いね、ブッキー。この前と全くおんなじ香りだよ。これならきっと、喜んでくれるねっ」 ラブも、せつなの隣から鼻をひくひくさせて香りを楽しんでから、満面の笑顔で親指をぐっと立てた。 今日は土曜日だが、ミユキの都合でダンスレッスンはお休み。おまけに桃園家では、圭太郎はゴルフ、あゆみはパートで両親共に不在だ。 昨日の夜にそのことがわかったとき、だったら明日はタルトをねぎらう日にしようよ!とラブが言い出して、すぐさま美希と祈里に連絡を取ったのだった。 このところ、シフォンがインフィニティになる頻度が高まり、タルトはずっとクローバーボックスを回すのに掛かりきりだった。先日クローバーボックスが行方不明になりかけた教訓から、夜の間だけは、ラブとせつなも含めた三人で時間を区切り、深刻な睡眠不足にはならないようにしたものの、やっぱりタルトの負担が大きなことに変わりは無い。 せめて少しでもその労をねぎらおうと、心ばかりの贈り物やご馳走を用意し、あとは四人でシフォンの相手をして、タルトには夕方までゆっくり休んでもらおう、という計画だ。 そこで、まずは準備の時間を稼ぐため、ラブがタルトにカオルちゃんの店までお使いを頼んだ。カオルちゃんにも、細かい事情は話せないまでも密かに協力を頼み、お使いの時間を出来るだけ引き延ばしてもらうことになっていた。 「良かった。いつでも作ってあげるってタルトちゃんと約束したのに、結局あれから、一度も作ったことなかったから……」 手の中の小さな陶器を愛おしそうに見つめながら、祈里が呟く。その横顔を、せつなも微笑みながら見守った。 初めてこのアロマを作ったとき、祈里はまだタルトのことを、『タルトさん』と“さん”付けで呼んでいたらしい。フェレットが苦手だったせいで、フェレットそっくりのタルトとも、なかなか打ち解けられなかった――そう聞いたときには、祈里にも苦手な動物がいたという事実に、それはそれは驚いたものだ。 自分だって、最初から祈里と『せつなちゃん』『ブッキー』と呼び合う仲だったわけではない。だからこそ、初めてタルトと心を通わせた思い出の品であるというこのアロマへの祈里の想いは、せつなにもよくわかる気がした。 これで祈里からの贈り物も完成。プレゼント兼お昼のパーティー用の、ラブのハンバーグとせつなのコロッケも、あとは焼くだけ、揚げるだけで、既に準備は完了している。 残るひとつは――。 「ところで、美希のほうは上手くいってるのかしら」 「そうね。何だかヤケに静かだし、ちょっと心配だよね」 せつなの言葉に、どうやら同じことを考えていたらしい祈里も心配そうな顔になった。 ラブ、せつな、祈里の三人はラブの部屋に居るのだが、美希は今、シフォンと一緒にせつなの部屋に居るはずだ。最初こそ、シフォンがキュア~!とはしゃぐ声と、それをたしなめる美希の声が聞こえていたのだが、今は何だかしーんとして、物音一つ聞こえてこない。 「そうだね。タルトが帰って来ても困るし、ちょっと様子を見にいこっか」 ラブがそう言って立ち上がる。続いてせつなと祈里が立ち上がったのとほぼ同時に、カチャリとドアが開き、シフォンを抱いた美希が、何だか疲れた顔をして部屋に入ってきた。 私を呼んで、愛の言葉で(前編) 「どう? 美希たん。うまくいきそう?」 ちょうど良かった、という笑顔で問いかけるラブに、美希が力なくかぶりを振る。 「それが……。シフォン、ちゃんと『タルト』って言葉は喋ってくれるんだけど、タルトのことは、呼んでくれそうにないのよ」 「……へ??」 「それ、どういう意味? 美希ちゃん」 頭の上にクエスチョンマークが見えるような顔で首をひねるラブ。祈里も不思議そうに、美希とシフォンの顔を見比べている。 そんな中でシフォンだけが、美希の腕の中で、キュア~!と機嫌の良さそうな声を上げた。どうやら二人の表情が面白かったらしい。 美希が考えた贈り物は、シフォンにタルトの名前を呼ばせることだった。 キルンが現れ、シフォンが片言の言葉を喋るようになったとき、彼女はすぐに、ラブたち三人を名前で呼ぶようになった。その後でプリキュアになり、ラブの家で一緒に暮らし始めたせつなのことも、最初から名前で呼んでいた。しかし、何故か一番付き合いが長いタルトだけは、いつまで経っても名前で呼ぼうとしないまま、現在に至っている。 最初はそのことにショックを受け、押し入れに隠れてふて寝するほど落ち込んでいたタルトだったが、今ではすっかり諦めたのか、そのことを口に出すこともほとんどない。でも、シフォンのためにあんなに一生懸命なタルトが、もしもシフォンに名前を呼んでもらえたらどんなに喜ぶか――それは四人とも、ありありと想像することができた。 美希は、以前シフォンと仲良くなったときに、すっかり育児にハマって買い求めたという育児書を何冊も持って来て、「アタシ、完璧に教えるわ!」と張り切っていたのだが……。 「口で説明するより、見てもらった方が早いわね」 そう言って、シフォンを抱いたままラブのベッドに腰掛けた美希は、シフォンの身体を自分の方に向けて、その無垢な瞳を優しく覗き込んだ。 「いい? シフォン。もう一回やるわよ。タ・ル・ト」 「たーるーとー!」 「おおっ! ちゃんと言えてるじゃん!」 ラブが目を輝かせて、シフォンの頭を撫でる。 「問題はこの後、ってこと?」 ラブとは対照的に冷静な声で問いかけるせつなに、美希は小さく頷いてリンクルンを取り出した。 あらかじめ撮影しておいたタルトの画像を、シフォンに見せる。 「じゃあ、シフォン。これは誰?」 「……プリ?」 リンクルンを見つめていたシフォンが、おもむろに首を傾げたのを見て、ラブも祈里も、思わず驚きの声を上げた。 「えーっ!? シフォン、タルトだよぉ。どうしてわからないのっ!?」 ラブが、美希の膝の上からシフォンを抱き上げて、肩を揺さぶる。 「ちょっと、ラブちゃん! ……ねえ、シフォンちゃん。シフォンちゃんとずーっと一緒に居るタルトちゃんのこと、ちゃんとわかってるよね?」 ラブの剣幕に泣き出しそうになったシフォンを、祈里が引き取ってあやしながら語りかける。 シフォンは、プリ~……と不満げに呟くと、祈里の視線から、ぷいと顔をそむけた。 仕方なく、祈里はシフォンをラブのベッドの上におろした。彼女のお気に入りのクマのぬいぐるみを、その隣に座らせる。するとシフォンはあっさりと機嫌を直し、ぬいぐるみで遊び始めた。 「要するに、『タルト』って言葉は言えるけど、それがタルトのことだとはわかっていないってこと?」 流石に心配そうな顔をするせつなに、美希は、そうなのかな……と自信なさげに呟く。それを聞いて、ラブがまた、信じられない、という調子で声を上げた。 「でもさぁ! シフォン、あたしたちの名前は最初っからちゃんとわかってたじゃない」 「うん、そうだよね。喋り始めたとき、最初にわたしの名前を呼んでくれたの、よく覚えてるもの」 祈里も当惑したように、小さく頷く。 「そうよね。それなのに、どうしてタルトの名前だけ、わからないんだろう……」 美希がお手上げという表情で、ぼそりと呟いた、そのとき。 「あ……。そうか、もしかして……」 三人のやり取りをじっと聞いていたせつなが、何かに気が付いた様子で、顔を上げた。 「ねえ、ブッキー。シフォンはブッキーのこと、『いのり』って呼ぶわよね。それって、ブッキーがシフォンに自分の名前を教えたの?」 「えっと……どうだったかな。特に教えた記憶もないけど、最初からそう呼ばれてたと思うよ?」 「ラブも美希も『ブッキー』って呼ぶのに、シフォンにそう呼ばれたことは無いのよね?」 「そう言えば……」 畳みかけるようなせつなの質問に、祈里が目を見開く。 「美希もそう。ラブは普段、美希のことを『美希たん』って呼ぶし、ブッキーは『美希ちゃん』でしょ? でもシフォンはいつも『みき』って呼んでる。もし、ラブかブッキーが呼んでいるのを真似しているんだとしたら、どちらかの呼び方になりそうなものだと思うけど」 「そう言われれば、そうね。つまり……えっと、何が言いたいの? せつな」 少しの間、虚空を睨んで考えていた美希が、降参、という顔でせつなの顔を覗き込んだ。 せつなは、まだ少しも腑に落ちない様子の仲間たちを見回してから、少し辛そうな顔で下を向いた。そのまましばらく膝の上に置かれた自分の手を見つめてから、意を決したように、ぽつぽつと説明を始める。 「つまりシフォンは、みんなの真似をして人の名前を呼んでいるわけじゃないってことよ。周りの会話を聞いて名前を覚えたんじゃなくて、もしかしたら……元々、知っていたのかもしれない」 「元々、知っていた?」 どういう意味よ、と言いかけて、今度は美希がハッとする。 「つまり……シフォンの頭の中には、元々アタシたちの名前がデータとして入っていたってこと? つまり、その……無限メモリーの」 「私にも、はっきりしたことはわからない。シフォン自身も、その辺のことは無意識のような気がするし。でもそう考えると、シフォンがみんなを呼ぶときの呼び方に、一応の説明は付くわ」 言いにくそうに言葉を発した美希に、せつなが低い声で答える。それを聞いて、祈里が不思議そうに小首を傾げた。 「でも、そのことと、シフォンちゃんがタルトちゃんの名前を呼ばないことには、どんな関係があるの? せつなちゃん」 「思い出してみて。私たちがタルトとシフォンを追ってスウィーツ王国に行ったとき、タルトが自分の名前のことを話していたでしょう?」 せつなにそう言われて、今度はラブが首をひねる。 「そう言えばそうだったね。えーっと……タルト・フ・ハンバーグ……みたいな」 「ラブちゃん、ハンバーグじゃなくて、フォンボルグだったと思う」 「あれぇ……そうだっけ」 祈里にたしなめられて、頭を掻くラブ。美希はそれを苦笑いで見やってから、改めてせつなに向き直る。 「確か、タルト自身も長すぎて覚えきれてないって感じだったよね」 「ええ。おそらくシフォンは、タルトの名前が頭に入ってはいるけれど、それを喋ることは、まだ出来ないんじゃないかしら。あまりにも長くて複雑だから、まだ片言しか喋れないシフォンには無理なのかも」 せつなの説明に、部屋の中が一瞬、しんと静まり返った。 「なるほどね。タルトちゃんの顔と名前が一致していないわけじゃなくて……」 「あんまり長い名前だから、それでいつも首を傾げているのかもしれないってことなのね」 少し考えてから、ようやく合点がいったという顔で頷く美希と祈里。あの頃、タルトに名前を訊かれるたびに、プリ?と無邪気に首を傾げていたシフォンの顔が、頭をよぎる。 シフォンのもうひとつの姿と言われている、無限メモリー・インフィニティ。覚醒するとシフォンとしての意識は消えてしまうが、普段のシフォンも、数々の不思議な力を持っている。これまでは、シフォンの超能力、と片付けていたその能力も、おそらくインフィニティとしての力の一部が顕れたものなのだろう。 せつなの仮説には説得力があるし、そう考えれば確かに説明は付く。しかし、それが当たっているとすると――。 「本当にそうだとすると、シフォンがもっと大きくなるまでは、タルトの名前を呼ばせるのは難しそうね」 せつなの言葉に、二人とも少し寂しそうな顔で頷く。 「そっか……。シフォンのメモリーが完璧なのが、裏目に出たってわけね」 「それにタルトちゃんだって、自分が覚えきれていないような長い名前で呼ばれても、ただ面喰っちゃうだけだよね」 無邪気に遊ぶシフォンとは裏腹に、部屋の空気が重苦しくなる。それに気付いて、美希が慌てて無理矢理に笑顔を作った。 「あ……みんな、ゴメンね~。それじゃあ仕方ないから、アタシはタルトに何か別の贈り物を……」 「大丈夫だよ!」 美希の言葉を遮って聞こえてきた、力強く明るい声に、三人が思わず顔を上げる。そこには、場違いなほど明るい表情でニコリと微笑む、ラブの顔があった。 「シフォンは、タルトが大好きなんだもん。そのタルトの名前を、呼べないわけないよ!タルトも覚えていないような長い名前じゃなくて、あたしたちが呼んでるのと同じ、『タルト』って名前をさ」 「だから、それが無理なんだって話をしてるんじゃないの」 少々呆れた口調の美希に、それでもラブは穏やかな表情で、ううん、と首を横に振る。 「大丈夫だよ、美希たん。あたしにいい考えがあるの」 そう言って、ラブはそのキラリと輝く瞳を、せつなに向けた。 「せつな、お願い。アカルンに頼んで、あたしをスウィーツ王国に連れて行って」 「え……それは構わないけど、どうするつもりなの? ラブ」 小首を傾げてラブと美希のやり取りを眺めていたせつなが、その言葉を聞いて、ますます不思議そうな顔をする。 「詳しいことは、行ってからね。美希たんとブッキーは、ここで待ってて。すぐに帰ってくるから、シフォンのことをお願い」 相変わらず笑顔のラブに、美希と祈里も、訳がわからないという表情で顔を見合わせてから、うん、と頷いたのだった。 ~前編・終~ 競作46へ
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/724.html
『PARADOX』/Mitchell Carroll 緑が生い茂る――川はせせらぎ、 青い空には雲がゆっくと流れ、鳥が何羽か群れて飛んでいる。 緩やかにそよぐ風は、木の葉や小さな草花を優しく撫でて揺らす。 ここは、ラビリンス。 かつての機械の山は次第に減り、 暗くグレーがかった世界は、色鮮やかに変貌した。 「――ラブにも、ラブ達にも、見せてあげたいわ....この風景を」 一面のクローバーに彩られた小さな丘で、せつなはつぶやく。 かつて訪れた四つ葉町にも似たような場所があった。 あの大きな丘と比べれば小さいが、 それでも、町全体を眺めることが出来る。 せつなのプリキュアとしての使命は終わった。 アカルンの力を使えない今、ラブたちに会う方法は無い。 奇跡でも起きない限り――。 せつなは家に帰り、また、手紙を書き始めた。 送り先は決まっている....だが、届かない。 届けるすべが無い。 相手に届かない手紙を、時々こうして書いている。 引き出しには、その手紙がもう、溢れている。 「いつまで私はこんなことを....」 手紙のいくつかには染みが付いている。インクが滲んでいる個所もある。 それでも、文字にすることで気が晴れる....こともあれば、 かえって辛い気持ちになってしまうこともある。 その日もせつなは手紙を書いた。 四つ葉町のあの丘で、ラブと待ち合わせる約束の手紙。 手紙を書き終えた頃、空は夕焼けだった。 偉大な太陽が沈んでいく....暖かさとは、しばしのお別れ。 ここのところ、寒さは感じなかった。仲間にだって恵まれている。 だが、別の寒さが、寂しさが、時折彼女を襲った。 どんなに着込んだところで、紛らわせられなかった。 原因は彼女にはわかっている。そしてその解決方法も。 だが、やはりそれは叶わないのだ。 ――少し窓が震えている。 「地震....?」 せつなは窓を見る――その窓から見える光景は.... 空に巨大な黒い渦が現れ、間も無く突風が窓を叩き突ける。 粉々に割れたガラスは部屋中に散らばる。 「イースっ!!大丈夫かっ!?」 「ウェスター!ノックぐらいしなさいよ!」 同じ館に住んでいるウェスターがせつなを心配して ダンベルを片手にやってきた。 「何だあの黒い渦は....!?」 「ええ、凄く嫌な感じがする....」 赤黒い光―― それが一直線にウェスターを貫く。 窓の外からの攻撃。 「グッハァ!!」 「ウェスター!!」 急いでせつなはウェスターの看護に当ろうとした――が、 ウェスターの全身を包んだ不気味な光はせつなを跳ね返した。 「キャッ!?....何、これ....」 「イース....外....窓....」 振り向いたせつなの目に映るもの―― 赤い髪の少女....と、その後ろに、青い髪の少女。 氷のような目。 「お前を倒しに来た、イース」 「誰だっお前達は!」 「冥土の土産に教えてやる。私の名は....霧生薫」 「....霧生満だ」 「なぜわたし達を狙う!?」 「それが命令だからだ。わたし達は命令に従うのみ」 氷のような目....氷のような声....ただ命令に従うのみ.... せつなはかつての自分を見ているようだった。 恐怖――自分が他の者達に与えていたものはこういうものだったのか、と、 一度決着を着けたはずの心の傷がまた膿みはじめた。 「消えろ、イース」 再び赤い閃光――それをせつなは持ち前の瞬発力で躱した。 すぐさま反撃の右の拳を撃ちつけるも、満に易々と受け止められてしまった。 「何だそれは?変身しろ、イース。その姿のままでわたし達を倒そうというのか?」 「なめられたものね....もういいわ。満、さっさとこいつを倒して、次の目的地へ 向かいましょう。――四つ葉町へ」 「何ですって....!?今、何と言ったの!?」 「四つ葉町だ。お前には関係あるまい」 「関係あるわよ!!なぜ四つ葉町を狙うの!?」 「わたし達は命令に従うのみだ。何度も言わせるな」 自分には今プリキュアに変身する能力は無い。 だが闘うすべが一つだけあった。 あの姿には変身したくない。 だが変身しなくては、守れない。 大事なものを守るために―― 「スイッチ・オーバー!!」 「....ほう、余裕だな。その笑みは何だ?」 薫の御指摘どおり――せつなは自分でも驚いていた。 強烈な懐かしさが全身を覆い包む。 無機質な感覚、かつての自分。 「....こんなところ、ラブに見せられないわね」 不敵に笑うと、光の速度で満に掌底を喰らわす。 「グッ....!!」 「....速い!」 プリキュアとしての鍛錬で培ったものが、今もこうして活きている。 「ふふふ、まだこんなものではないぞ!(口調まで....)」 せつなの――いや、イースの乱打が薫に降り注ぐ。 防ぎきれなくなった薫が闇雲に出したパンチは、 虚しく空を切り、イースのカウンターを浴びる。 止めを刺そうとするイースの動きが....止まった。 そして全身から噴出す嫌な汗。 ひとつ大きく鼓動が鳴る。 「場所を変えましょう。ここじゃ狭過ぎるわ」 薫の冷たい声。 本気にさせてしまった――それは後悔ではなかった。 不思議と高揚するイース、姿こそ難あれど、 大切なものを守るために闘う自分自身の姿に.... 「酔っているというのか....?」 自問自答するイースに、満からの提案。 「あの丘へ移動しよう。あそこは広いから、思う存分闘える」 生まれ変わったラビリンスが見渡せる丘。 もし自分が負けてしまったら、ここはもう―― 「感傷に浸っている暇はないぞ」 打ち込まれる満の拳、受け止めると―― 背中が熱い。薫の手から放たれた閃光がイースの背に直撃する。 満と薫の打撃と閃光が、容赦なく、絶え間なくイースを襲う。 あっという間だった。 「他愛ない。私達二人に掛かればこんなものね」 「さっさとこの町を潰して、断末魔の悲鳴を四つ葉町への手土産に してあげましょう」 「....させ....ない」 「ほう、まだ動けるのか。闘えるのか?そんなボロボロの体で」 上半身を起こすのが精一杯だった。 守ろうとする意志、せめてそれだけでも―― 「情けない格好だな。今、楽にしてやる」 満の手から放たれた赤黒い閃光は、真っ直ぐにイースへと向かう。 「終わっ....た」 「まだ終わってないよ、せつな!! 「....!?嘘....でしょ!?」 目の前で、閃光からイースを守っているのは、 自分と同じような格好に身を包んだ―― 「ラブ!?」 「たぁぁぁーーーーっ!!」 閃光を満と薫の方へ跳ね返す。二人はそれを同じ技で相殺する。 「せつな、大丈夫!?」 「ラブ、どうしてここに....それにその格好....」 だが一番の不思議は――自分の体に力が漲ってきたこと。 「....話は後で訊くわ!今はこいつらを倒すことが先決よ!行くわよ、ラブ!!」 「OK!せつな!!」 満と薫の前に、イースとラブが立ちはだかる。 一発一発が――重い、そして強い。 壊そうとするものを、守ろうとするものが上回る。 「何なんだこいつらは....!?」 「どこからこんな力が....何か....巨大なものに覆われるようだ....」 「許さない!!....せつなをこんなにして、それに、 あなた達を闘わせてる奴も許さない!!」 「わたし達は命令に従うのみだ!お前に首を突っ込まれる筋合いは無い!!」 「あなた達の拳からは....苦しみしか伝わってこない!!」 「....引き上げるわよ、薫」 「....そうね、満」 突風が吹き荒れると、二人は消えた。 「....ラブ、改めて訊くけど、どうやってここに?それにその格好は....」 「うん、お昼寝してたらね、夢を見たの。せつなが、二人組に襲われてる夢を.... それでね、助けたいって思ったの。そしたら....気付いたらここに」 「何それ、奇跡ね。....!まさか....」 「よ~さん食べるなぁ、シフォン。なんや一仕事終えたみたいな せいせいした顔して....」 「(プハー)らぁぶ、せつな、いっしょ!」 「ドーナツもジュースも空やんけ~兄弟!ドーナツ追加!あとジュースも!」 「あいよ!この試作品のドーナツ食べてみてよ。味は保証しないけどね、グハッ!」 「な、何やねん、この色....」 「....で、その格好は?」 「へへ~、せつなとお揃い~....」 「ちょっとラブ、大丈夫!?」 せつなには慣れ親しんだ格好だが、ラブにとってはかなり 負担がかかるものだったようで、 無機質なエネルギーはラブの体力を奪っていた。 せつなにもたれ掛かるラブ。 冷たい衣装の奥からでも、伝わり合うぬくもり。 「....少し、横になってもいい?せつな」 「ええ....」 三日月の下、丘の上―― ラブはイースの膝を枕に、少しの間、目を瞑った。 END
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/437.html
「とりかえっこ」/◆BVjx9JFTno 寝息が、重なっている。 美希たんの部屋。 お母さんが仕事関係の旅行に 行っているので、美希たんの家で お泊まり会になった。 せつなとブッキーは ぐっすり眠っている。 体を起こす。 もうひとつの、起きる影。 寝る前、美希たんとお互いのことを 話してるうちに、エッチな話になった。 美希たんの愛撫で、 悦ぶブッキーの姿。 あたしも、さわってみたい。 あたしと美希たんの心の中に、 悪だくみが生まれた。 とりかえっこ。 美希たんと、寝ている位置を 交代する。 ブッキーの寝顔が、 すぐそばにあった。 たわわな胸が、 パジャマを押し上げている。 裾がめくれ、かわいい おへそが見えている。 ペロッと、なめる。 ぴくんと、ブッキーの体がふるえた。 パジャマの裾から手を入れ、 ブッキーの胸を、わしづかみにする。 手に入りきらないほどの、 たっぷりとした胸。 揉んだり、揺らしたりしながら 感触を楽しむ。 たまんない。 あたしの内腿に、 しずくが垂れる感触があった。 ブッキーの目が、 ぱちりと開いた。 「ちょっ...!ラブちゃ...んん」 唇で塞ぐ。 「んん!...んーっ!」 「ブッキー、あたしとじゃイヤ?」 「ラブちゃん...どうして...」 「だって、あたしもブッキー食べたくなったんだもん」 「でも、私には美希ちゃんが...」 「ほら...」 あたしとブッキーが視線を移した先には 同じように、せつなの唇を塞いでいる 美希たんの姿があった。 「...どして...?」 せつなの声が聞こえる。 「でも、体は反応してるわよ、せつな」 美希たんの指が、せつなの乳首を 優しく弾いている。 パジャマを突き抜けそうなほど、 そこは硬く尖っていた。 あたしの心に、 チクリと痛む感覚があった。 かき消すように、ブッキーのパジャマを たくし上げ、胸に舌を這わせる。 ブッキーの乳首も、硬く立ち上がり、 あたしの舌の上で、ころころと転がる。 「やああん...やめて...ラブちゃん...!」 「でも、ブッキー気持ちよさそうだよ」 「違っ...あうっ!」 「ほらぁ...」 下着の中に滑り込んだあたしの右手は、 茂みの奥にある泉を感じていた。 「美希たん、見てるよ...」 「いや...!いや...!」 激しく首を振るブッキー。 それに反して、右手にはいっそうあふれる感覚。 中指を、入れる。 「ああああっ!」 「ブッキーの感じてる顔、かわいい...」 ちらっと、美希たんの方を見る。 歯を食いしばって、美希たんの愛撫に 耐えているせつな。 せつなの足の間でうごめく、美希たんの手。 蜜が跳ねる音が大きくなっている。 何よ。 誰でもいいの? ブッキーの中に入れた指を、 途中で上に曲げ、上の壁を擦る。 「あっ!あっ!ああん!」 ブッキーの腰が跳ねる。 もう片方の手で、胸を激しく揉みしだき、 唇を舌で舐る。 「イキそうなの?ブッキー...」 「いや...いや...!」 「くっ...あああん!」 聞こえてくるせつなの喘ぎ声が、 大きくなった。 えっ... せつな、イっちゃうの...? ブッキーの中が、 激しく収縮した。 「美希ちゃん!ごめんなさい!ごめんなさい!」 ブッキーが、顔を覆いながら 腰を激しくくねらせ、3回ほど大きく跳ねた。 せつなを見る。 乳首を吸われながら、中を激しく 美希にかき回されている。 「せつな...かわいいわ」 「いや...そんなにされると...もう...!」 「ほら、ラブも見てるわよ...」 「ああっ...!いや!ラブ!見ないで!見ないで!」 せつなの体が弓なりに反り、 大きく痙攣した。 あたしのほおを、 涙が流れている。 せつなが、あたし以外の人に。 あたしだけの、せつなじゃ なくなった。 とりかえっこ、って 軽く始めたけど、 あたしが、人のものを 取るだけじゃ、なかった。 あたしのものも、 人に、とられた。 後悔。 嫉妬。 興奮。 心の中が、めちゃくちゃだ。 ブッキーが、顔を覆って すすり泣いている。 美希たんが、ブッキーを見ながら 泣いている。 せつなが、あたしから目をそらして 泣いている。 4人のすすり泣きが 薄闇の中で響いている。 「...ごめんなさい!祈里!」 「...ごめん!せつな!」 美希たんとあたしは 同時に声をあげ、お互いの 隣に場所を移した。 「ひどいよ...美希ちゃん」 ブッキーの泣きじゃくる声が聞こえる。 「ラブ...こんなのないわ...」 「悪いのはあたしだよ!ホントにごめん!」 すすり泣くせつなを、 ぎゅっと抱きしめる。 「せつなは、あたしのだよ!」 美希たんも、ブッキーを 泣きながら抱きしめている。 「祈里は、アタシのだから!」 「せつな!」 「ラブ!」 「祈里!」 「美希ちゃん!」 泣きながら、夢中でお互いの唇を 吸い合った。 何もかも忘れるように、 夢中で、愛し合った。 声を抑えることもなく、ひたすら お互いの体をまさぐった。 いつもより、強く。 いつもより、深く。 お互いの中で、激しく指が かき回される。 猛烈な興奮の中、あたしは せつなの顔を見つめる。 せつなも目を開き、あたしを見つめる。 「いっしょに...ラブ...!」 「うん...いっしょだよ!」 あたしとせつなは、お互いの目を 見つめ合いながら、激しく跳ねて頂点に達した。 「祈里!アタシもう!」 「美希ちゃん!一緒に!」 美希たんとブッキーも、お互いのを 激しく擦り合わせながら達している。 お互いを寝取られた刺激からか、 興奮がおさまることはなかった。 あたし達は、汗だくになって もう何度目か忘れるほど、体を跳ねさせた。 外が見えないほど、ガラスが曇っている。 むせ返るような熱気と、匂い。 「...ちょっと、クセになるかも」 言った途端、あたしの頭に 3つのゲンコツが落ちた。 複数8は、その後のーー
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/272.html
第15話『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。四つ葉中学文化祭(前編)――』 おお、ロミオ、ロミオ! どうしてあなたはロミオなの? どうかお父様と縁を切り、ロミオという名をお捨てになって。 私の敵といっても、それはあなたのお名前だけ。モンタギューの名を捨てても、あなたはあなた。 モンタギューってなに? 手でもないし足でもないわ。 顔でもない。人間の身体の中のどの部分でもない。だから――別のお名前に。 そのお名前の代わりに、私の全てをお取りになっていただきたいの。 「はぁ~、こんな恋がしてみたいよね、せつな。運命すら超えた永遠の愛の物語。女の子の憧れだよ」 「そうね――私も憧れるわ。恋愛にじゃなくて、その生き方に」 「ええ~っ? あたしはその反対なんだけどな。ねえせつな、ラストはハッピーエンドに変えちゃおうよ!」 「だめよっ! ――そんなこと、しちゃいけないわ」 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。四つ葉中学文化祭(前編)――』 涼しげな風が窓から入り込む。静かに迎える朝、最後に蝉の声を聞いたのはいつの日だったろうか。 高く澄み渡る空を、ひつじ雲がまだらに覆う。 静寂が心に影を落とす。なぜか物悲しくて、過ぎ去った記憶が思い出される季節。 そんな感傷に浸っていると、隣の部屋から大きなベルの音が鳴り響いた。 せつなはクスッと笑う。止めに行ってあげようと思う。幸せな眠りを破るのは、幸せな目覚めであってほしいから。 ラブならどんな風に感じるだろう? 新しい季節、秋の到来を―― 食欲の秋、実りの秋、スポーツの秋。こんなところだろうか? そうだ、学びの秋も加えてあげなくては。 そんな風に考えていたら、ずいぶんと気持ちが明るくなってきた。 弾む足取りでラブの部屋をノックする。今日から新学期の始まりだ! 久しぶりのクラスメイトとの語らい。活気に溢れ、和気藹々とした独特の空気。自由奔放で、それでいてどこか一体感があって。 せつなは、およそ寂しいなどという感覚からかけ離れた教室の雰囲気が大好きだった。 「何になるんだろう? 楽しみだね、せつな」 「楽しみって、ただのホームルームでしょ?」 「そっか、せつなは初めてなんだ。今日はね――」 「ラブ~! あなたも実行委員でしょ、早く、早く!」 本来なら退屈な雰囲気の漂う時間割、クラスメイトの瞳が一斉に輝く。 今年の文化祭は秋口の開催となる。特に三年生はその中心であり、最後の思い出作りの場でもあった。 一年生はテーマごとのクラス展示。二年生は催し物。ラブの時はお化け屋敷を作った。散々な目にあったらしいけど……。 花形の三年生は体育館を使ってのステージだ。集団ライブ・映画作成・創作ダンス・演劇など、様々な出し物が提案されていく。 「よし、では多数決の結果により、演劇『ロミオとジュリエット』とする。後は配役だが……」 「先生! 東さんがいいと思います!」 「賛成!」 「賛成!」 「賛成!」 ラブと共に進行を務める由美が目を輝かせて推薦する。『ロミオとジュリエット』の題目を提案したのも彼女だった。 学年の中でも群を抜いた美貌を誇るせつなは、クラスの人気者だ。 容姿だけではない。学力でもスポーツでも、あらゆる面において抜群の能力を誇った。 それでいて驕らず、誰とでも分け隔てなく接し、親切で世話焼きな一面もあった。 唯一欠点があるとすれば、清楚な雰囲気が高嶺の花を思わせて、まるで男子を寄せ付けないことだった。 由美は女子でありながらせつなの大ファンだ。恋に輝くせつなの姿を見たいと思い、ラブと組んで密かに計画していたのだ。 「待って! 私が演技なんて……。やったことがないわ」 「東さんなら大丈夫よ!」 「せつななら絶対似合うって!」 「じゃあ、相手役はラブがやって。これが条件よ」 「えぇ~! あたしが芝居とか無理だって! ぜったい、無理!」 「じゃあ、私もやらないわ」 「いいじゃない、ラブで。キスシーンとかあるし、どうせロミオ役も女子をあてるつもりだったんだから」 「確かに桃園なら、ロミオにはピッタリだよな」 「ちょっと! それ、どういう意味よ!」 ロミオの片想いの相手、ロザラインに由美。その他、配役が次々に割り振られていく。 役に当たらず、胸を撫で下ろす者。あるいはがっかりする者にも、別の仕事が割り振られる。 主に男子は大道具や小道具製作に回る。女子は衣装の作成。効果音やBGM、ナレーションなんかも重要な役どころだ。 「後は台本よね。これはわたしとラブでやろうか?」 「そうだね! ラストは変えちゃいたいんだ」 「ラブ、変えるって、何を?」 「このお話はね、最後がとても悲しいの。だからハッピーエンドにしようと思って」 「わかった。私も手伝うわ」 「ホント! ありがとう、東さん」 放課後の図書室。ラブと由美、そしてせつなは、顔を付き合わせて一冊の文庫を眺める。 提案はしたものの実際に採用されるとは思ってなかったので、二人とも物語の詳しい知識はなかった。 「呆れた、どんなお話かも知らないで決めちゃったの?」 「だって、代表的な恋愛物だし、大まかな話の流れなら知ってたし」 「ごめんね東さん。素人ばかりの演技になるから、なるべく有名なお話の方がわかりやすいと思ったの」 「これじゃあ台本どころじゃないわね。とにかく一度じっくり読んでからにしましょう」 「本は一冊しかないんだけど……」 「ラブと東さんは同じ家でしょ、借りて帰って。わたしは図書館に寄る予定があるから」 本格的な台本作りは明日からとして、その日は早く帰って本を読むことにした。 「はぁ~、由美に悪いことしちゃった」 「私たちのために図書館に行くことになったのよね。私が行っても良かったのに」 「そうじゃなくてね、由美って、自分がロミオ役をやりたかったんだ」 「由美が? もっと大人しいタイプだと思ってたわ。実行委員を名乗り出ただけでも驚きなのに」 「せつなとの思い出を作りたくてがんばったんだよ。これが最後の大きな行事になるからって」 「そうだったの……。東さんなんて呼ばれてるから嫌われてるのかと思ってたわ」 「それこそ控えめだからだよ。よく一緒にお昼してるじゃない」 「それは私がラブと一緒にいるからでしょ?」 「ちがうちがう、由美はせつなと一緒に食べたいんだよ」 今さら配役の変更は効かないだろう。それに、せつなと演じたいと思っているのは由美だけではない。 せつながラブを指名した時、クラスの男子生徒の間で確かな落胆のため息が零れたのだ。 だったら、せつなにできる精一杯とは―― 「わかった。ラブ――この劇を必ず成功させましょう!」 「うん、あたしもがんばる。そして、クラスみんなで幸せゲットだよ」 桃園家の夕ご飯。ラブはせつなと一緒に劇の主役に抜擢されたことを話す。 ラブは興奮気味で、せつなは少し恥ずかしそうに俯きながら。 「凄いじゃないか。二人の娘が揃って主役なんて僕も鼻が高いよ」 「楽しみね、ご近所みんな誘って観に行きましょう」 「うん! みんなでいっぱい練習するよ。台本もあたしたちで作るんだ」 「お芝居なんて初めてだけど、できる限りのことをやってみる」 「頑張りなさい、きっと素敵な思い出になるわ。二人にとっても、わたしたちにとっても」 コンコン せつなの部屋をラブがノックする。読み終えた本をラブが持ってきたのだ。 ウィリアム・シェイクスピア著『ロミオとジュリエット』 古い装丁、ボロボロとなったページ。きっと、大勢の生徒がこの本を読んで涙したんだろう。 せつなは大切そうに表紙を開いてページを捲りはじめた。 「せつなおはよう!」 「おはよう、ラブ」 「どうしたの? せつな、なんだか目が赤いよ」 「昨日、遅くまで本を読んでいたから……」 「何度も読んだの? あたしでも二時間はかからなかったんだけど」 「そうね、もう全部暗記しちゃったわ」 「暗記って……」 文化祭まで後一ヶ月足らず。台本が完成してから本格的な準備がはじまる。 ラブ、由美、せつなは放課後に図書室で待ち合わせた。 「あたしね、やっぱりこのままじゃ悲しすぎると思うの。パッピーエンドに変えちゃおうよ!」 「そうね、じゃあジュリエットの計画を成功させて駆け落ちさせちゃおうか?」 「――待って! ダメよ、そんなことしちゃいけないわ!」 「せつな、これは劇だからアレンジしてもいいんだよ。隣のクラスなんて一寸法師が桃太郎と一緒に鬼退治するらしいし」 「クスッ、それは楽しそうね」 「そうじゃないの。このお話は、そんな風に軽く扱ってはいけないわ!」 「せつな……」 「わかった、原作のままでやりましょう。それでいいわね? ラブ」 「うん、せつながどうしてもって言うなら反対はしないよ」 「ごめんなさい。由美もありがとう」 「それじゃ始めよっか。今日、明日くらいで目処をつけて練習に入りたいもの」 タイトルと登場人物、上演時間を記入。時間帯ごとに場面を分けて物語の流れを決める。 重要シーンの選択からして大変だった。小説全てを再現していてはいくら時間があっても足りない。 ナレーションや、舞台の入れ替え、殺陣に使う時間も計算しなければならない。その上で登場人物ごとにセリフを落とし込んでいく。 「どうしよう……。こんなに大変だとは思わなかったわ。間に合うかな?」 「あたしも簡単に考えてたよ……。時間を決めてやるのって難しいんだね」 「私にやらせて! 家に帰って続きを考えてみる。それを見てもらうから」 「無理しないでね、東さん」 「あたしもせつなを手伝うよ!」 「期待してないわよ。どうせ寝ちゃうんでしょ」 せつなは家に帰ってから、すぐに部屋に閉じこもって台本に取りかかった。 食事の時に一度降りてきたきりで、食後のお茶も断って二階に上がっていった。 ラブとあゆみと圭太郎が残される。団欒の時間をとても大切にするせつなにしては、大変珍しいことだった。 「せっちゃんどうしたのかしら? 食事もそこそこで部屋に戻っちゃうなんて」 「せつなは、文化祭の劇の台本を作ってるの」 「そうだったの。で、ラブの浮かない表情の原因は何かしら?」 「たはは、やっぱりバレちゃうか。あたしは劇をハッピーエンドにしたかったの。だけど、せつなが……」 「せっちゃんは真面目だからなあ……。原作者の気持ちを大切にしたかったのかもしれないな」 「でも、たとえお芝居でも最後は幸せをゲットしたいよ。なんで悲劇なんてあるのかな?」 「どうしてかなあ……。悲劇の方が心に残るのは確かだと思うが」 「ねえラブ。悲しい結末に終わったとしても、その感動は忘れられない記憶として幸せの一部になるんじゃないかしら」 「わかってる。でもせつなにとって最初で最後の文化祭だから、なるべく楽しい思い出にしてあげたかったの」 「僕は演劇にも文学にも明るくはないが、せっちゃんの真剣な気持ちは伝わってくる。きっと良い思い出になるさ」 「うん、そうだよね。ありがとう、おとうさん、おかあさん」 その日の夜遅くまでせつなの部屋には電気が付いていた。壁越しに、セリフを音読する声や立ち回りの足音なんかも聞こえてくる。 セリフにかかる時間と、セリフとセリフの間。立ち回りの実際の所要時間を計っているのだろう。 手伝いに行こうかと思ったけど、止めることにした。返って邪魔になるような気がしたからだ。 結局せつなは何時に寝たのか、途中で眠ってしまったラブには知ることができなかった。 放課後、外せない用事や部活がある者を除いたクラスメイトが集った。 ラブと由美が、しっかりとした作りの冊子を配っていく。 その台本は三十ページにも及び、セリフだけじゃなく、役者の立ち位置や振舞い方までもが詳細に書き込まれていた。 また、ナレーションの文面、照明や音響の指示、舞台の入れ替えのタイミングまでフォローされていた。 「実は、台本はほとんど東さんが一人で作ってくれたの」 「初めてで、上手くできてるか自信がないの。やっていく中で不都合なところは直していくわ」 「それじゃあ、さっそく練習いってみようよ!」 『お~~!!』 花の都のヴェローナに、勢威を振るう二つの名門。モンタギューとキャピュレット。 古き恨みが今もまた、人々の手を血に染める。 かかる仇より生まれたる、不幸な星の恋人よ。 両家に絡む宿怨に、呪われたる運命か。 憐れに果てる若者よ。愛児の非業に迷い冷め、互いの手と手は繋がれる。 宿世つたなき恋の果て、仔細をこれより語りましょう。 ロミオとジュリエットの儚き恋の物語、これより、はじまり! はじまり~! 「おお、わが友ベンヴォーリオ。僕は恋に落ちている。相手は美人だ、この上もないほどに! しかし、処女神ダイアナの加護があり、どんな誘いも受け入れてもらえない。ゆえに僕はもう、生ける屍も同然なのだ」 「ロザラインか、彼女のことは忘れるんだ。恋から冷める妙薬を授けよう。キャピュレット家で開催される宴に参加するのだ。 仮面舞踏会ならモンタギューが混じっても平気だろう。そこで彼女をある女性と比べるがいい。白鳥と思っていた人は、実は家鴨だったと気付くだろう」 「行ってやろうじゃないか、ベンヴォーリオ。ただし、そんな挑発に乗せられたわけじゃない。麗しきロザラインの美貌を目にするためにさ」 ロミオ役のラブが、ロザラインに片想いして愛の言葉を詠う。ことごとく相手にされず、悲しみに暮れる。 ロミオの友人、ベンヴォーリオ役の子との語らい。彼の計らいで出席することになった、宿敵キャピュレット家の仮面舞踏会。 ロミオの運命の恋人、ジュリエットとの出会いの場であった。 「ストップ! ラブ、いくらなんでも棒読みしすぎよ。ロミオの情熱を表現するシーンなんだから」 「そうは言っても難しいよ、由美。セリフ長すぎだし……」 「これでもずいぶん短くしたのよ。原文はこの数倍あるんだから」 「読み方以前につかえないようにしないとな。桃園はセリフを全部覚えるのが先だよな」 「それこそ無理だって! あたしのセリフ集めただけで何ページになると思ってるのよ~」 「まあ、次の場面いってみましょう」 キャピュレットが一大宴会を催す。ヴェローナでも評判の美人はみな出席し、モンタギュー家の者でさえなければ誰でも歓迎された。 そう、モンタギュー家の者でさえなければ……。 「おお! 姫よ、あなたのお名前をどうか教えてください。天上の光よ! 至高の宝石よ! 日々の営みには麗しすぎて、この世のものたるにはあまりにも貴い。 艶やかに咲き誇る花々も、幻想の世界に住まう妖精も、彼女の前には道端の石ころに等しい。 僕の愚かさのなんたることか! 今ようやく本当の恋を知ったのだ。なぜなら、真の美しさを目にするのは今宵が初めてなのだから」 ロミオはジュリエットの姿を遠目で見ただけで激しい恋に落ちる。ロザラインへの片想いも、その瞬間から遠い過去の思い出となった。 浮気性と責めるなかれ。それまでの彼は、ジュリエットの存在を知らないままに生きてきたのだから。 身元を隠した仮面舞踏会。こっそり楽しむはずが、ジュリエットの美しさに魅せられて思わず声を発してしまう。 正体を見抜いたキャピュレット家のティボルトは剣を抜く。ロミオに襲いかかる矢先に老卿が止めに入る。この家の中での流血は許さぬと。 その様子を見ていたジュリエットもまた、一目で恋に落ちる。 「あそこに居たのは誰? どうかお名前を教えてください。あなたにもし奥様がおありなら、私はこのまま墓場に向かいましょう。 ロミオ! ロミオ様と仰いますの? なんてことでしょう! たった一つの私の愛が、たった一つの私の憎しみから生まれるなんて」 ジュリエット演じるせつなが登場した瞬間、舞台の雰囲気が一変する。 自然と周囲の視線がせつなに集まる。 せつなの身にまとう空気が変わる。漂う高貴なるオーラ。制服を着ているのに、まるでドレスを纏っているように見える。 それまではラブの失敗だらけで、演劇は喜劇の様子を擁していた。その気の緩みが一新される。 クラスメイト全員の表情が引き締まる。これは――真剣勝負の舞台なのだと。 「待って! 東さん、ラブ。悪いけど、わがままを言わせて欲しいの。みんなも聞いて! 配役を変更したいの。このままではバランスが取れない。女の子が男の子を演じるのはずっと難しいんだって気が付いたの。 東さんをロミオに、ラブをジュリエットに変更してやり直しましょう!」 「由美っ!」 「私は――どちらでも構わないわ」 クラスメイトの一部から非難の声が上がる。せつなの美しいドレス姿を楽しみにしていた男子は多かった。 由美だって、そうだったはずなのに。 だけど、結局は彼女の熱意に押されて全員が承諾した。ロミオの美貌は、とてもではないがクラスの男子には荷が重い。 そして、ロミオは武人としての強さを秘めている人物だ。激しい殺陣も演じなければならない。運動の苦手なラブには厳しかった。 せつなが本気で演じると決めた瞬間から、これはただのクラスの演劇ではなくなっていたのだ。 舞台の作りも見直された。陳腐なセットでは、返って真剣な演技の雰囲気を打ち壊してしまう。 極力、大道具は使わないことになった。その分、照明と音楽に力を入れて演出する。 舞台はなるべく暗く、登場人物にスポットをあてて存在感を高める。 衣装や小道具も、よりリアリティのあるものを用意することになった。 おもちゃ丸出しの剣や、安物の布切れをくっつけただけの即席のドレスでは不十分なのだ。 「わかった。カツラや衣装、小道具に関しては心当たりがあるの。あたしに任せて」 「その前にラブはセリフを覚えないとね。ジュリエットもロミオと並んで多いのよ」 「それを言わないで……」 他にも一部配役が変更された。ロミオと剣戟を演じることになる、キャピュレット家のティボルト役と青年貴族のパリス役だ。 どちらも剣道部員と空手部員の有段者が務めることになった。 練習を進めていくうちにわかったのだが、普通の男子ではせつなの動きに付いていけない。 剣道も空手も、西洋の剣術とは直接関係ない。それでも立ち姿、体裁きの鋭さ、ハンドスピードの違いは明確だった。 目的はリアリティを与えること。どうせ演技は全員が初体験だ。ならばと、殺陣の立ち回りを重視したのだ。 練習開始初日にして大きな変更を迫られることになった。 それでも収穫のある一日だった。クラスメイト全員が一丸となって、本物を目指した劇の成功を誓ったのだ。 普段より遅めの夕ご飯。今夜はせつなもゆっくりと頂いた。 ラブの食事当番の日だったのだが、二人とも練習が長引いて帰りが遅くなってしまったからだ。 文化祭の主役に抜擢されてから、桃園家の賑やかな食卓は更に明るくなった。話のネタが尽きないのだ。 「おとうさん、お願い! この通り!」 「おいおい、普段はカツラなんて嫌がるのにどうしたんだい?」 「お芝居に必要なの。学校の備品じゃ物足りなくて……」 「わかった。他ならぬラブとせっちゃんの頼みだ、会社にかけあってみよう」 「ラブ、衣装や小道具も心当たりがあるとか言ってたけど、大丈夫なの?」 「うん、そっちはミユキさんに頼んでみるよ。昨年の文化祭でも色々借りたんだ」 やがてお話は練習でのできごとに移っていく。主役を交代したこと。せつなの演技が凄かったこと。 クラスのムードがこれまでにないくらい盛り上がっていること。 「ラブがジュリエットか~。女の子の役なんてできるのかい?」 「ひど~い! あたしは正真正銘の女の子だってば!」 「冗談だよ。ラブは華やかな子だからな、お姫様にはぴったりかもしれないな」 「わたしに似なくて良かったわね。物怖じだけはしない子だもの」 「だけって……」 「でも三年生なんだから、そっちにかまけて勉強がおろそかにならないようにね」 「はぁ~い。そうだ、台本も覚えなくっちゃ……」 「大丈夫よ、勉強もセリフの稽古も付き合うから」 「たはは、お手柔らかにね、せつな」 数日後、ラブとせつなで持ち込んだ大量の荷物を教室で広げる。 貴族を思わせる豪華な衣装。気品溢れるブロンドのファッションウィッグ。 本物の宝石かと見間違うほどのイミテーションの数々。その中でも一際輝きを放つのが―― どう見ても真剣にしか見えない光沢を放つ模造刀。古来より護身と決闘に使われてきた、レイピアと呼ばれる刺突用の片手剣だ。 「カッコいいな、コレ! 本物みたいなのに軽いし!」 「ちょっと、遊び半分で扱わないで! 刃が無いといっても、当たったら怪我くらいはするんだから」 「東さんに向けるんだってことは忘れないでね」 「私なら平気よ。命のやり取りの再現を、おもちゃでやりたくはなかったから」 さっそく練習が再開される。昨日の続きの決闘のシーンからだ。たちまち激しい剣戟のシーンが展開されていく。 本当に斬りあっているわけではない。どの角度で、どんな手順で斬りつけるのか、その全てに約束がある。 まるでダンスのように、決められた動きを演じるのが殺陣だ。 それでも、せつなの攻撃には殺気があった。格闘技経験のある男子はそれを敏感に感じ取る。 せつなは自ら刃を引き付けて、攻撃をぎりぎりで回避する。そして相手に繰り出す攻撃も、ぎりぎりで身体を外すのだ。 女子は悲鳴をあげ、男子は手に汗を握った。戦いの凄みは凄惨という言葉に置き換えられ、決闘の痛々しさを見る者に伝える。 「東さん、すごい……」 「すごいね。うん、凄すぎるよ。せつな、どうしちゃったんだろう?」 「どうかしたの? ラブ」 「家や教室じゃいつも通りなんだけど、お芝居をしてる時のせつなは、なんだか別の人みたいに思えて……」 「ロミオになりきってるってこと?」 「それもあるだろうけど、そうじゃなくて――」 精一杯頑張るのはせつなの生き方だ。何に取組んでも、全力で挑んでことごとく成功させてきた。 だけど、今回は違う気がする。なんだか生き急いでいるような、無理をしているような、悲鳴を上げているような……。 これではまるで――ラブだけが知るかつての彼女のようだった。 ラブの心に不安の影がよぎる。 (そもそも、せつなはどうしてシナリオを変えることを拒んだんだろう……) ラブの不安を肯定するかのように、通し稽古は悲劇の終盤へと向かっていった。 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。四つ葉中学文化祭(中編)――』へ続く
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/432.html
「おかあさん……」 ベッドの中で、せつなは呟く。ふふっ…と頬が弛む。 「おかあさん………」 もう一度呟き、その言葉が形取る唇の動きをそっと指でなぞる。 (……くすぐったい………) 唇も胸の中も何だかくすぐったい。 そしてほんわりと温かい。 今日、生まれて初めて口にした言葉。 口の中ですうっと淡くほどけて、胸の中に何時までも消えない温もりを 残してくれている。 (…いいな。ラブは……。) ちょっぴりラブが羨ましくなる。 ラブは物心付くずっと前から、あの温かな言葉を口にしていたんだ。 おかあさん。そう呼んで、あの優しい腕に抱かれて育ってきた。 (だから、ラブもあんなに温かいのかしら……?) せつなは腕を交差させ自分を抱き締める。 胸の温もりを逃すまいとするように。 この温もりをずっと大事に抱き続けていれば…… (私も、ラブみたいに温かくなれるかしら?) 「せつなぁ……、いい?」 カラリ、とベランダからラブが入って来た。 「…どしたの?」 「あのね……一緒に寝たいなぁって…。」 枕を抱いて照れたように微笑むラブ。 どうしたんだろう? せつなはそっとベッドの端に寄り、ラブの為のスペースを空ける。 「えへへ…お邪魔しまーす……。」 ラブが潜り込んで来ると、ふわり、とせつなの大好きな匂いが体を包む。 嬉しくなったせつなは、ラブの胸元に頭を擦り付ける。 そんなせつなの甘えた仕草をラブは笑わない。 優しく抱き締め、頭を撫でてくれる。 「ラブ……。」 「なあに?せつな。」 何でもない。 ただ、呼んでみただけ。 せつなは気が付いた。 ラブ、そう呼ぶとさっきと同じくらい温かくなっている自分に。 でも、おかあさん、とはちょっと違う。 胸の奥の柔らかい部分をきゅっと掴まれるような、微かな痛み。 ちょっぴり痛いのに不思議と辛いと感じない。 悲しくないのに泣きたいような、甘い疼痛。 ふふ……、くすぐったい。 これが、幸せって事なのかしら。 ……… …………… 「おかあさん」、今日、せつなは初めてそう呼んだ。 お母さんは、嬉しそうに少し涙ぐんであたしとせつなを両腕に抱き締めた。 あたし、ちょっぴりヤキモチ感じちゃった。 お母さんと、せつなの両方に。 せつなを抱き締めてるお母さんを見て、 あたしだけのお母さんじゃなくなっちゃった…って。 お母さんに抱き締められて、はにかんでるせつなを見て、 せつなを抱っこするのはあたしの役目なのに……って。 何となく淋しくなって、せつなの部屋を訪ねた。 ベッドに入ると、せつなは甘えたように擦り寄ってくる。 「…ラブ……。」 「なあに?せつな。」 「……何でもない。」 そう言って、あたしの胸のあたりで頭をもぞもぞさせてる。 ちっちゃな子供みたいな仕草を見せるせつなが可愛くて、 あたしは頭を撫でて、頬擦りする。 せつな。そう名前を呼ぶと、その音はキャンディみたいに甘く舌の上を転がる。 そして、胸の中がきゅうんと狭くなったように、少し苦しい。 でもこの頃気が付いた。 胸の中が狭くなったんじゃなくて、せつなでいっぱいになってたんだって。 名前を呼ぶ度に胸にせつなが溢れていく。 (せつなとなら、お母さんを半分こしてもいいかな…。) その代わり、せつなは全部あたしのものだもんね。 「…せつな?」 もう眠った? 心地よい寝息を感じながら、せつなも自分と同じように思ってくれてるのかな? と、思ってみる。 だから時々意味もなく、あたしの名前呼ぶのかな? せつなはだんだん 家族になってきてくれてる。 嬉しくて、少し淋しい。 あたしだけの、特別なせつなも欲しいって思うのはワガママかな? せつなの可愛い寝顔。お母さんにだって見せたくないって、少し思う。 せつなの幸せの中で、あたしの事、ちょっぴり特別扱いして欲しいな。 せつなの一番でいたいから。
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/1083.html
【12月1日】 『白か黒か』 タルト「おやつた~べよっと! あれ? ピーチはんの方がケーキ大きいんとちゃう?」 ラブ 「そうかなあ~、じゃあ交換してあげる」 タルト「おおきにっ!」 ラブ 「切り分けてくれたの、せつなだよね。なんで?」 せつな「美味しそうに頬張る、ラブの顔が可愛かったからよ」 ラブ 「うぅ……。なんか、あたしのカレーライスだけ人参多いような。タルト~」 タルト「いや、カレーライスの交換は遠慮しとくで」 ラブ 「よそってくれたの、せつなだよね……? なんで?」 せつな「我慢して食べる、ラブの顔が可愛かったからよ」 タ・ラ(せつなって、一体……) 【12月2日】 『ラブの側にいるだけで』 ラブ 「寒いけど、今日も一日、元気に行くよ!」 あゆみ「立派な心がけだけど、そういうのは早起きして言いなさいね」 ラブ 「だって~、布団があったかかったんだもん……」 せつな「ほら、パンが焼けたわよ。ミルクも温めたから火傷しないでね」 ラブ 「あひがほう、せふな」 あゆみ「食べながら、話すものじゃありません」 せつな「もう、髪がボサボサじゃない。食べてる間に直してあげる」 ラブ 「それじゃ、いってきま~す!」 せつな「きゃっ! ラブ、手を引っ張らないで」 あゆみ「二人とも、遅刻するんじゃないわよ~。って、これじゃ、わたしがパートに遅れちゃう!」 タルト「ピーチはんの寝坊のお陰で、家中がパニックやな……」 シフォン「でも、みんな、げんきになった」 タルト「せやな。ピーチはんは、みんなの元気の素なんや」 【12月3日】 『猫ラブ』 せつな「今日はラブと二人でクッキーを作るのよ。美味しく焼けるといいな」 ラブ 「にはは、ふにゃー、クッキーの焼ける匂いって、たまらないよね~」 タルト「ピーチはん! あんまり顔近づけると……」 ラブ 「熱っ!!」 せつな「もう、何やってるのよ。おでこ、火傷してない?」 ラブ 「あ~、せつなの手が冷たくって気持ちいい~」 せつな「さっきまで洗い物してたから……」 ラブ 「すりすり、ゴロニャン」 せつな「はしゃぎすぎよ、ラブ。でも無事で良かった」 タルト「これはもう……。いただく前からごちそうさまやな」 【12月4日】 『初めてのクリスマスだから』 美希 「今日は、クリスマスツリーの飾り付けをしようかしら?」 せつな「美希の家のツリーって、とっても大きいのね!」 美希 「まあね。モデルやってるから、季節や行事には敏感なのよ」 せつな「私も手伝っていいかしら?」 美希 「もちろん! ついでだし、手伝ってもらえるならお願いするわ」 レミ 「あんなこと言ってるけど、本当はせつなちゃんに見せるために出したのよ」 美希 「やだっ! ママったら」 せつな「そうだったの。ありがとう、美希」 【12月5日】 『せつなの決意』 キュアパッション「真っ赤なハートは幸せの証! 熟れたて・フレッシュ・キュアパッション!!」 せつな「不思議ね、私がプリキュアになるなんて。今でも信じられないくらいよ」 ラブ 「そんなことないよ。せつなは、なるべくしてプリキュアに選ばれたんだから」 美希 「アタシも、せつなはプリキュアに相応しいと思うわ」 祈里 「真面目で、一生懸命で、正義感が強くて、優しくて。理想のプリキュアよね」 せつな「そんな立派なものじゃないわ。ただ、私はみんなより余裕がないんだと思う」 ラブ 「もう、一人でがんばらなくていいんだよ」 美希 「アタシたちが付いてるじゃない」 祈里 「無理しちゃダメよ」 せつな「ええ! 精一杯がんばるわ!!」 ラブ 「やっぱり、わかってないけど……」 美希 「この方がせつならしいわね」 祈里 「うん、輝いてる」 【12月6日】 『シフォン、ダンサーなる』 シフォン「プリップー! シフォンもみんなとダンスおどるぅ~」 ミユキ 「へぇ~、いいわね。じゃあ、わたしが振り付け考えてあげる」 シフォン「キュア、キュア」 ミユキ 「そうよ、腕を一杯に回してターン、そこでフィニッシュ!」 ラ美祈せ『おお~、パチパチパチパチ』 祈里 「シフォンちゃん可愛い!」 美希 「小さな子のダンスもなかなかいいわね」 ミユキ 「シフォンちゃん、良かったら今度のトリニティのコンサートに出てみない?」 ラブ 「ガーン! シフォンが、あたしたちより早くステージデビューするなんて」 せつな 「ボヤかないの。私たちもがんばりましょう!」 【12月7日】 『脱線しました』 祈里 「風邪をひいたワンちゃんが病院に来たの。みんなも気をつけてね」 ラブ 「あたしも昨日遅くまで勉強したからか、なんだか熱っぽいの」 美希 「ラブの場合は知恵熱じゃない? 慣れないことするから」 せつな「頭の中がオーバーヒートしちゃったのね」 ラブ 「ひどーい! っていうか、風邪と関係ない話題になっちゃったね」 祈里 「ちなみに、知恵熱の本当の意味は、乳児の発熱のことよ」 【12月8日】 『対象外?』 ラブ 「シフォンを抱っこしてると、とってもあたたかいね」 シフォン「キュア~、シフォンもあたたかい~」 ラブ 「せつなも抱っこしてみたら? はい!」 せつな「少し恥ずかしいけど、心までポカポカしてくるわね」 タルト「ワイも! ワイも抱っこしたら、きっとあったかいでぇ~」 美希 「せつなの次はアタシの番ね」 祈里 「わたしも久しぶりに」 タルト「ワイかて、可愛い可愛い……。うう~世間の風は冷たいわ~」 【12月9日】 『王子さまのホームステイ』 タルト「ネコはこたつで丸くなるっちゅうけど、わいも暖かいところがええなぁ」 ラブ 「スウィーツ王国は、常春の国だったよね。もしかして恋しくなったの?」 タルト「それはないで。寒い日に、コタツに入ってミカンを食べる。これは故郷にもない醍醐味なんや」 せつな「要するに、コタツで丸くなっていたいのよね。故郷の人には見せられない姿ね……」 【12月10日】 『手編みのマフラー』 祈里 「みんなに内緒で、マフラーを編んでるの。クリスマスにプレゼントするのよ」 キルン「キー」 祈里 「プレゼントって、あげる方も嬉しいの。そして、買うんじゃなくて編むのなら、その嬉しさはずっと続くのよ」 キルン「キー」 祈里 「どうして自分に話すのかって? 内緒にしてると、誰かに話したくなるからよ」 キルン「キー」 祈里 「うん、キルンにはお布団(キーケース)を作ってあげるね」 新-621へ
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/403.html
「ラブ!大変よ!起きて!!」 深夜、ラブの部屋にパジャマ姿で飛び込んでくるせつな。 「ん~なに~こんな時間に?」 「空の様子が変なの!きっとラビリンスの仕業に違いないわ!」 「ええっ!」 熟睡していた所を叩き起こされる羽目になったラブだったが、 せつなの真剣な表情とラビリンス、という言葉に反応して 慌てて飛び起きた。 「わかった、とにかく外に出よう……って寒っ!」 そのまま勢いでベランダに出たラブは、 部屋の中との温度差にぶるっと身震い。 11月に入って急激に冷え込んだこともあって、 パジャマ一つでは流石に外に出るには辛い。 「ラブ、大丈夫?」 追って部屋から出てきたせつなが、ラブにベストを掛けてあげる。 見れば、せつなも同じくベストを羽織っている。 「ありがと、せつな、ところで、ラビリンスって、どこ?」 「ほら、これよ!今空から降ってきてるこの白いもの!」 言われて空を見上げるラブ。 そしてすぐに、せつなの言葉の意味に気づく。 天から舞い落ちる白い粉のようなそれの名は。 「……ああ、これはね、雪って言うんだ」 「雪?」 「うん、雨とか雷とかと同じで、自然現象の一つ」 「……じゃあ、ラビリンスの仕業じゃないの?」 せつなの言葉に、ラブは首を縦に振る。 「うん……そっか、せつなは初めてみるんだったね。 せつな、ちょっと手を出してみて」 「こう?」 ラブの言葉に従って手を前に差し出すせつな。 その手の平に、一片の雪が舞い降りる。 「キャッ!」 その瞬間の感覚に、思わず声を上げるせつな。 「冷たいでしょ、雪っていうのは、氷の結晶なんだ。 次はもっと近くで見てみて。 せつなの視力なら、ちゃんと見れると思うよ」 「近くでって……こう?」 手の平に落ち続ける雪を凝視してみるせつな。 「わあ……」 そこに見えたのは、幾何学模様のように正確に作られた雪の本来の姿。 次々に手の平に落ちる雪が、一瞬その姿を見せては せつなの体温に耐えられずに溶けて消えてゆく。 「きれいね……これが……雪?」 「そう、今降っているのは、全部これ」 「なんだか……すごいわ」 空を見上げて関心したように頷くせつな。 そんなせつなを微笑ましく見守っていたラブだったが、気温の低さにブルっと身震い。 「それにしても、もう雪かあ……そりゃ寒くもなるよねー。 せつな、そろそろ部屋に戻ろう、風邪引いちゃうよ?」 隣の少女にそう声を掛けたラブだったが、せつなは首を横に振る。 「私、もうちょっと雪を見ていたいな」 「ええっ、でもベランダは寒いよ?」 「うん、だからあとちょっとだけなら、いいでしょ……くしゅん!」 ねだる言葉を口に出すと同時にくしゃみをしたせつなに、 ラブはほら言わんこっちゃ無い、と苦笑。 そして、せつなの後ろから、丁度抱きすくめるような形で覆いかぶさった。 「わ、ラブ!?」 「全く仕方ないなあ……ね、こうすれば、ちょっとは暖かいでしょ」 背中越しに伝わるラブの体の感触と、回された腕、 そこから伝わる彼女の体温が、せつなの体に染み込んでくる。 「……うん、暖かいわ」 そう応えると、回された腕に自分の腕をそっと重ねるせつな。 「もっとも、暖かいのは触れてる場所だけじゃないみたいだけど」 「え?」 「だって……ほら」 言いながら首だけで後ろを向くせつな。 その目に映るのは、真っ赤に染まったラブの顔。 「ラブがそんなに真っ赤な顔してるから、私、熱いくらいよ」 笑いながら言うせつなの指摘に、ラブは赤い顔を更に紅潮させる。 「だ、だって、これはね!せつなを抱きしめてるからこっちも暖かいとか それだけじゃなくて、せつな柔らかいから抱き心地いいなーとか そんな風に思っちゃうからで……何を言ってるんだかあたしは。 とにかく、好きな人を抱きしめてるんだから仕方ないじゃない! ……あ」 寒さとこの状態、それにせつなの指摘。 その三つが合わさってつい口が滑ってしまった。 そう思ったラブの顔が更に熱くなる。 しかし、 「……………………」 その言葉をストレートにぶつけられたせつなの顔も赤くなっていた。 「せつなも充分、赤いよ?」 「仕方ないでしょ!そんなこと言われたら誰だってこんな風になるじゃない!」 「誰だって、っていうのは違うかな」 「え?」 「あたし、せつなにしかそういうこと言わないし」 「……………………っ」 今度はラブの言葉で、せつなの顔が更に紅潮する。 「わはーっ、こんだけ熱ければもう暫くここで雪を見ててもいいかな。 ね、せつな?」 「知らないわよ!……だいたい、いつもそんなこと言ってくれたことないのに どうしてこんな時に限ってそういう台詞が出てくるのよ?」 「んーと……雪の日ってなんだかロマンチックな雰囲気になるとか、 そういうものだって聞いたことあるし」 「このやり取りのどこがロマンチックなのよ!」 「えっとぉ……それは……ゴメンなさい」 先ほどまで寒がっていたのはどこへやら。 雪の降るベランダで、寒さを忘れた二人のやり取りは暫く続いたのだった。
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/705.html
夏希◆JIBDaXNP.gさんから皆様へ 1、競作を作られて、なぜ、そのカップリングにしたのですか? 『二人の距離』→僕がデビューしたての頃が、ちょうどクリスマス競作をやっている最中でした。 いつか自分も書いてみたいと思いました。それでデビュー作の美希せつで今回は挑戦してみようかと。 ラビリンスから愛を込めて→本編に準拠したせつな帰還設定のSSも書いてみようと思いました。 当時、せつながラビリンスでどう過ごしているのか、四ツ葉町に戻る気があるのか答えが出せなかった。 それで、あのような手段を取りました。今なら違った話が書けたと思います。 「まったく、もう!」→豊かな感性で書かれた由美っちさんの『どして?』の3次創作となります。 2、描いて見た自分の感想をどうぞ! 前回は参加すら出来なかった。今回は参加できただけってのが正直な感想です。 視点の使い分け。感情の挿入方法等、問題点がはっきり見えたので、次回の競作に生かしたいと思います。 3、もし貴方がクローバーのメンバーだったとしたら、誰に本命チョコあげますか? (逆パターンでも可・貰う側として) せつなが登場するからフレッシュが好きっ! て僕には聞くだけ野暮かとw 同志たちへのメッセージ(最終回を経て・今後の活動等) 良いSSを書くのは難しいです。僕も全然出来ていません。でもSSそのものは誰にでも書けます。 書くほどに慣れます。速くもなるし、(以前の自分よりは)上達もします。皆さんも一緒に書きませんか。 ◆lg0Ts41PPYさんから皆様へ 1、やはり自分の原点はラブせつだと思うので。愛のイベント!となると 書くのはこのカップルでしか考えられませんでしたね。 2、自分は視点の切り換えが下手なんですよね。 わざと曖昧にする時もあるけど、複数の視点を同時に書くのが苦手…。 もうちょい精進したいもんです。 3、なってみたいのは美希たんかな。すごく魅力的な子だと思うんで。 端から見たら完璧なハイスペックなのに、複雑な家庭事情とか、 実は努力家な所とか。 努力して着実に夢をモノにするって言うのを一番やってのけそうなんですよね。 自分はチキン野郎なんで傲然と頭を上げて「アタシ完璧!」とかやってみたいw 読んでくれた方へ。 自分の中でまだまだフレプリへの情熱は冷めてないんで! これからも書きますよ。マジでフレプリは自分の人生の一部を変えてくれました。 彼女たちへの感謝を忘れず、尚且つ自分オリジナルな物も書いていけたらと 思っております。 恵千果◆EeRc0idolEさんより皆様へ 1、競作を作られて、なぜ、そのカップリングにしたのですか? 1本目:ラブせつは王道。裏返せば美希ブキも王道。書くのはこのCPを自分なりのバレンタインで、と決めてました。 せつなの帰還はあえて無視w して書いたのを覚えています。 2本目:せつな帰還後のバレンタインを書きました。 遠い空のもと、お互いにいつまでも繋がりあっていてほしい。そんな思いをこめて。 あと、投下時にも書きましたが、とあるお二方に捧げて書いています。 その気持ちには今も変わりありません。 また、注意書きで不足しているところがあり、ご迷惑をかけました。 補足で注意書きを促して頂けるとありがたいです。 3本目:最近の帰還エンドのせいでしんみりした空気を、あえて読まずに競作での初エロを投下しちゃいました。 裏の顔が見たいと言ってくれたあなた、実はこっちが自分の表なんだw あと、このタイトル、とある方につけていただきました。ありがとうね。 2、描いて見た自分の感想をどうぞ! 色んなシチュで書いたせいか、余計に面白かったです。 自分ひとりでもこんだけのバリエーションつけれるフレプリの威力を改めて感じました。 3、もし貴方がクローバーのメンバーだったとしたら、誰に本命チョコあげますか? (逆パターンでも可・貰う側として) クローバーは愛でる対象なので、自分がなるというよりも、全員に逆チョコを配りたいw 読んでくれた同志たちへのメッセージ 自分ひとりでは競作1本目で終わってました。 3本書けたのは皆さんのおかげです。 そして、自分の拙い文章を読んでくれた方が、少しでも何か思ってくれるとしたらこんな嬉しいことはありません。 これからも、新しい書き手さんがどんどん増えることを願っています。 ◆BVjx9JFTnoさんから皆様へ 1、競作を作られて、なぜ、そのカップリングにしたのですか? 今回は特に「これっ!」というテーマは無くて、ぼんやりとWebの バレンタイン特集とかを見ていて、最終回を見返して涙しつつw、 浮かんだそばから書きました。 3本投下させてもらいましたが、ちゃんとしたカップリングは1本だけw やっぱり想いを一番込めやすいのはラブせつでした。 2、描いて見た自分の感想をどうぞ! 1本目は、かわいいあゆみさんを書きたいというのが起点でした。 お父さんのためにチョコレートを作ってる姿を見て、余裕のフリをしながら 実はちょっと本気のあゆみさんをイメージしました。 2本目は、ラブせつのシンクロものが好きなのでつい。 部屋と部屋の間で、本命チョコを交換という理想的な光景をイメージしました。 同 居 万 歳 3本目は、最終回で余裕の表情を決めているmktnを見て 初舞台は緊張したんじゃないかなという想像が起点です。 プレッシャーに効くのは、やっぱり大切な友達の応援かなと。 3、もし貴方がクローバーのメンバーだったとしたら、誰に本命チョコあげますか? (逆パターンでも可・貰う側として) メンバーというよりは、カオルちゃんのようなポジションで みんなが集まってるところに、「はいどうぞ」と振る舞いたい。 そして、おいしい笑顔をひとりじめしたい...おっとこんな時間に誰か来た 同志たちへのメッセージ(最終回を経て・今後の活動等) 最終回の、ダンス大会優勝からのシーンは名作だと思います。 歌が続いたまま、切り取るように場面を繋いで、せっちゃんの言葉も 視聴者の想像に任せるという、心に残る最終回でした。 喪失感ハンパないですが、その分想像も膨らみます。 これからも、浮かんだそばから垂れ流させてください。 十和◆tb5qVrAOS.さんから皆様へ 1、競作を作られて、なぜ、そのカップリングにしたのですか? 『チョコと願いと……落とし穴』 後書きにも書きましたけどラブせつ分を補給する為に書いたわけです。主に自分が。 その結果全編に渡ってひたすらイチャつくだけになりましたが。 『聖なる日を赤く染めて』 クリスマス競作でウケが良かったネタを懲りずにまたやってみました。 それだけですよ? 決してこーゆージャンルが好きなわけじゃないですよ? カップリングについては……ジャンル:百合、ラブせつオンリーですので。 2、描いて見た自分の感想をどうぞ! 一本目についてはもっといろいろ盛り込めたかなあと思ったりもしますが 流石に倍の長さになったら顰蹙ものですよねw 二本目についてはラブさんせっちゃんごめんねと。 で、毎回いろいろな書き方を試してはいるんですけど まだまだ自分の文章を確立できてないなあというのは実感しますね。 3、もし貴方がクローバーのメンバーだったとしたら、誰に本命チョコあげますか? (逆パターンでも可・貰う側として) せっちゃん→ラブ。 明らかにチョコを欲しがってアプローチしてくるラブさんを振り回しつつ、 もう貰えないんじゃないかって不安な気持ちで一杯になった14日の23 55頃に 超特大の本命手作りチョコをあげるという小悪魔モードで。 あ、このネタでSS書けば良かったんだ……じゃあ来年の競作でということでw 同志たちへのメッセージ(最終回を経て・今後の活動等) 本編は終わってしまいましたが、私にとっての最終回は当分先のようです。 自分にとってのラストシーンを書く事になるまでは、 フレッシュプリキュアのSSを書き続けていく事になるかと思います。 というわけで、職人の皆様、読み手の皆様共に今後ともよろしくお願い致します。 一路◆51rtpjrRzYさんから皆様へ 1、競作を作られて、なぜ、そのカップリングにしたのですか? クリスマスで書けなかったのと、某ブキさんの美希ブキ読んで素敵無様な美希たん無性に書きたくなったのでw ネタ的にも美希たん視点以外に想像できなかったし……。 2、描いて見た自分の感想をどうぞ! 自分の感想……なんだろう。書いてる最中、美希たんが可哀想過ぎて泣きそうになったとか……。 お笑いネタのつもりだったのに泣きそうとかアレなんですけど……美希たん不憫すぎる……だがそれがいいw あー、斜め上とか感想言われたのは光栄ですw 3、もし貴方がクローバーのメンバーだったとしたら、誰に本命チョコあげますか? (逆パターンでも可・貰う側として) ブッキーかなあ。それか今回のみたいに美希たんにだけあげないで反応を窺いたいw 読んでくれた同志たちへのメッセージ フレプリは終っても妄想やSSはきっと尽きないってわたし信じてる!まだまだ色んな年中行事も残ってますしね。 これから新しい書き手さんが増えていく事も、一読み手として楽しみにしてます。 ◆SLxEq3fFMcさんから皆様へ 1 [小さな箱のメッセージチョコ] ラビリンスに帰還するせつなが、お世話になった人たちへチョコを贈る・・・がテーマです。 [ええ嫁はん] 保管屋さんの感想1行から出来た小ネタです。 2 [小さな箱の…] 作中に登場した「ベリー・パッション味」のチョコ、SSを書くにあたって最高の燃料でした。 サブキャラのその後というのも書いてみたかったので、駄菓子屋ばあさんとタケシ君をバレンタインに絡めた結果このような話が出来た訳です。 源吉さんにお供えしたのは、やりすぎでしたかね。(苦笑) ラブはこんなことするイメージじゃないと見られそうですが、きっと裏では。 最後のスウィーツ王国&ラビリンスにもバレンタインデー、これは実現してほしいですね。 [ええ嫁はん] タルトの一言→一同大笑いをどうつなげるか色々試して、結局知らぬはタルトばかりなりというオチになりました。 タル&アズの口調は、現地人でないので適当ですwすみません。 3 料理が得意な場面が無いといわれるブッキーが、一生懸命作ったチョコを美希ちゃんにあげる。 そして、チョコの見た目や味を美希ちゃんに褒められたいですね。 同志たちへのメッセージ(最終回を経て・今後の活動等) 読んでくれた方、感想をくれた方、どうもありがとうございます。 自分の中ではまだまだ妄想・ネタはありますので、今後も投下したいと思います。 ただ遅筆な点と、構想になかなか時間が割けないのが悩みです。幼稚園話も未完ですし。 あと、自分の作品では美希たんの描写が薄いですね。いずれは美希たん主役のSSを書きたいです。
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/174.html
〝コンコン〟 ノックの音。 聞こえてくるのはドアでなくて、窓ガラスの方。 夜も遅いこの時間。 この部屋に、ましてや窓からの来訪者となると一人しかいない。 だから部屋の主、桃園ラブは窓を向いて、にっこりと笑って声を掛ける。 「空いてるよ。どうぞ、せつな」 「うん……おじゃまします」 窓をカラカラと開ける音と共に、部屋に入ってきたのは枕を持った赤いパジャマ姿の少女。 ラブの隣の部屋の住人、東せつなだった。 「それじゃせつな、おやすみ」 「おやすみ」 電気を消した後、二人は枕を並べてラブのベッドにもぐりこんだ。 せつながこの家に来て、しばらくしてから始めたこと。 彼女がまだ時々悪夢にうなされていることを知ったラブが誘った。 いや、 「あたしが一緒にいれば、夢の中でもキュアピーチになって駆けつけて せつなを苦しめてる悪い奴をやっつけちゃうんだから!」 そんなことを自信たっぷりに言いながら、押しの強さに任せて応じさせたというのが正しいか。 最初は苦笑しつつ、ラブに誘われた日だけ付き合っていたせつなだったが、 今では自分からラブの部屋にやってくることの方が多くなった。 不思議と二人で一緒に寝ている時は、悪夢を見ることがない。 本当にラブに守ってもらっている、そんな気持ちになれる。 そして、ラブのぬくもりと寝息を間近で感じることが出来て、 そこにドキドキしている自分の心臓の音がリズムのように重なるこの空間がとても心地よい。 (前に読んだ本に書いてあったわね、こういうことは癖になるって……。本当なのね) 部屋とベッドを用意してくれたラブの両親に申し訳が無いので、流石に毎日ということはないが せつなにとってはこの時間はささやかな楽しみの一つになっていたのだ。 「ラブ、起きてる……?」 「ん、どしたの、せつな?」 「ちょっと、話をしてもいい?」 「うん、いいよ……。でもそれなら今日はドアから入って来れば良かったのに。 あ、もしかしてお喋りもしたいし一緒に寝たいってこと?せつなってば欲張りさんだなーっ!」 お喋りしたり、普通に過ごしたい時は、部屋のドアをノックすること。 一緒に寝たい時は、窓からノックする。 「一緒に寝たい」と口に出すのが恥ずかしいせつなの為にラブが決めたルールである。 「んもう、からかわないでよ。 ……ちょっとラブの顔見ながらだと話しづらくて」 「ごめんごめん、それで?」 「ラブは……私の名前をどう思う?」 「せつなの名前?それがどうかしたの?」 「ラブはこの前、自分の名前のこと、教えてくれたわよね」 カメラのナケワメーケとの戦いで、思い出の世界に閉じ込められたラブ。 その中で彼女は、祖父の源吉に再会した。 そして、自分の名前の由来を知った。 「ラブって名前は、お爺ちゃんが私の為に 愛情をいっぱい込めて名づけてくれたものなの」 あの時、ラブは仲間達に思い出の世界での出来事を説明した。 「愛情を持って何かをなしとげる子になってほしい」 それが彼女の名前に込められた源吉の思い。 それをみんなにも聞いてもらいたい、と思ったから。 「それをラブに教えてもらった時、私は……羨ましいと、思ったの」 「羨ましい?」 「だって、私の名前は……」 せつなの生まれた世界、管理国家ラビリンス。 そこは学校も、仕事も、恋愛も、結婚も、全てが管理された世界。 そして名前すらも。 彼女に与えられた名前はイース。 9桁の国民番号でお互いを識別するのは効率が悪いという理由だけで付けられた、固体識別名。 「東せつなは確かに今の私の、キュアパッションとして生まれ変わった名前よ。 でもこれも元は、この世界で正体を隠して行動する為に与えられたコードネーム。 イースもせつなも、ただ必要だから、与えられた名前」 それ以上の意味など持たない名前。 誰かの思いも、家族の愛情も込められていない名前。 「でも、イースだった時の私は、それを気にすることは無かった。 ラビリンスの全ては総統メビウスが決めること。 それが当然のことだったから。 でも、私はこの世界で、名前にも意味があることを知ってしまった。 ……知らないほうが良かった、かも」 「え?」 「だってそれは、私には決して手にすることの出来ないものだから」 「……」 「だから、ラブが、美希が、祈里が、 一人一人が愛情と思いが込められている名前を持つこの世界の人達が とても羨ましくて、そうで無い私が、少し寂しい、そう思うことがあるの」 「せつな……」 「……ごめんね、変なこと言って。さあ、もう寝ましょう。おやすみ、ラブ」 言葉と共に、部屋の中を沈黙が支配する。 その中でせつなは思う。 なんでこんな話をしてしまったのだろう。 みんなに囲まれて、優しくしてもらって、幸せをいっぱい貰っているのに、 私はまだ、人の幸せを羨んでいるんだろうか。 これがサウラーに言われた、私の心の闇なのかもしれない。 そうやって思考を巡らせているせつなを ――キュッ――― ラブがそっと抱きしめる。 「ラ、ラブ?!」 「せつな、また自分のことを悪く考えてるでしょ? あたしはいつだって、せつなのことを心配してるんだからわかっちゃうんだよ。 ……ダメだよ。そういうのは。 せつなはもっと自分のことを好きにならなきゃ。 そうしなきゃ本当の幸せはゲット出来ないんだよ? だから、せつなが自分を好きになれるように、私の愛で包んであげるんだからね」 そういうとラブはせつなをさらに抱きよせる。 ちょうどラブの胸元に頭を抱きかかえられるような姿勢になる。 「ラ、ラブ……これはちょっと…恥ずかしいわ」 赤面しながらそう小さな声で抗議するせつなだが、ラブは放してくれない。 (わ……ラブの体、やわらかい。それにとってもあたたかいし…… ラブの匂い……シャンプーの匂いがしてとっても良い匂い…… じゃなくて!) 次から次へと流れ込んでくるラブの情報に思考が押し流されて、完全に混乱するせつな。 だから、 「私は好きだよ、せつなって名前」 その中で発せられた言葉が最初の自分の質問への答えだと、一瞬理解出来なかった。 「え?え?ラブ、今、好きって……」 「うん、好きって言った。 だってせつなと出会ってからずっと呼び続けてきた名前だもの。 初めて名前を教えて貰った時も、せつながイースだとわかって悲しかった時も、 せつなが一人で苦しんでた時も、一緒に暮らすようになって、 せつなの笑顔がいっぱい見れるようになってからも、 ずっと、ずーっと呼び続けていた名前なんだよ? そこに、私のせつな大好きーーーーーーって気持ちをいっぱい込めてね」 そう言うラブの顔は、いつか見た笑顔。 まだ誤った道を歩んでいた時の自分に向けられた、全てを包み込む、慈愛に満ちた微笑。 あの時は眩しすぎて直視出来なかったその顔が、あの時よりも間近にある。 そこから伝わってくる、せつなを思う気持ち。 それとせつなを思う言葉とが、彼女の心の中の小さな闇を跡形もなく消滅させていく。 「うん……ありがとう、ラブ」 そして後に残ったのは、素直な感謝の気持ち。 それをせつなは、言葉と態度で--ラブを抱き返すことで形にする。 しばしの沈黙。 奏でる音は、寄り添う少女達の呼吸と互いを思う、心の音。 そんな時間がしばらく続く。 「あの……ラブ?!」 先に口を開いたのは、せつな。 「何?」 「そろそろ……放してくれない?本当に……恥ずかしいから」 それは、今にも消え入りそうな声での懇願。 「だーーーーめっ」 でもラブは笑顔で拒否。 「ええ?どして??」 「だってせつな、まだ自分のことを悪く考えてるかもしれないでしょ? あたしはいつだって、せつなのことを心配してるんだからまだまだ安心出来ません!」 「もう考えてない!考えてないから、だからは・な・し・て!」 「うっ!そんなに嫌がるなんて……せつな、もしかして私の事、嫌い?」 「なんでそういう話になるのよ!嫌いなわけないでしょ?」 「じゃあ大好きってことだよね、じゃあ、ラブさんが大好きなせつなとしては あたしを安心させる為にもう暫くこのままでいることを受け入れるべきだと思います!」 「その理屈はおかしいわよーーっ!」 「……」 「……」 またしばしの沈黙。 「……プッ」 「……ふふっ」 「あははははっ」 「クスクスクスクス」 笑い出したのは、二人同時。 抱きしめて、抱きしめられた姿勢のまま、暫く笑い合う二人。 「全く、ラブったら……今日だけだからね」 「え?ほんとに?」 「うん。ラブの気持ちをいっぱい貰ったから……そのお返し」 「やったー!これで朝まで幸せゲットだよっ!」 「朝までっていってもお母さんが起こしに来るまでよ。 こんなとこ見られて変に思われたら困るでしょ?」 「ええー、お母さんは別にそういうの気にしないよ?」 「私が恥ずかしいの!……もう寝るわよ!おやすみっ!」 「あ、まって、せつな。その前にもう一つだけ」 「何?」 一度深呼吸。 気持ちを落ち着かせて、首をかしげてこちらを見るせつなを真っ直ぐ見る。 「あのね」 「うん」 「『一瞬一瞬を大切にして、幸せに生きて欲しい』 ……これが、せつなという名前の意味なんだよ」 「!」 目を見張るせつな。 「一瞬一瞬を大切にして、幸せに……それが、私の名前の、意味?」 「あたしが込めた思いだけどね、えへ」 それは、ラブが最初にせつなの話を聞いた時に決めていたこと。 思いが無いと言うなら、私が込めてあげよう。 愛情も忘れてないし、当然だ。 せつなの為に、何かをしてあげる時には、いつでもたっぷり詰め込んでるんだから。 「ねえせつな、受け取って、くれる?」 照れくさそうに、ちょっとだけ不安を覗かせてせつなの顔を覗き込んで来るラブの顔。 それにせつなは柔らかい笑みで応えて、 「全く……ラブはいつでも、私の欲しいものをすぐにくれるんだから。 私、いつもいつも貰ってばかりで、心苦しいと思ってるのよ? それなのにこんなに大きいものを貰ってしまったら、心苦しさがいっぱいになって 押しつぶされちゃうかもしれないじゃない」 「え?それじゃ……ダメ?」 「ううん、そうじゃないわ。今まで貰ったどんなものよりも嬉しい。 最高のプレゼントよ、ラブ。喜んで頂くわ」 「よーし、やったー!これでまた、幸せゲットだね、せつな!」 ガッツポーズを取って喜ぶラブ。 そんな彼女の様子を見ながら、せつなは心の中でさっき貰ったばかりのラブの思いを反芻する。 (『一瞬一瞬を大切にして、幸せに生きて欲しい』か……) 何度も何度も、かみ締めるように言葉を繰り返すなかで、 ラブの思いに応えられるだろうかという一抹の不安がよぎる。 しかしそれをせつなはすぐに否定する。 大丈夫だ、きっと応えられる。 いや、応えてみせる。 だって、思いをくれたラブがいつでもそばに居てくれるのだから。 「ねえラブ」 「ん?」 だからせつなは、ラブが源吉の思いに応えることを誓ったように、誓いの言葉を口にする。 「私、精一杯、がんばるわ」