約 1,207,132 件
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/637.html
「これでいいかしら」 「そうそう。上手よ、せっちゃん」 お母さんの言葉に、私は良かった、と笑みを返す。隣では、お父さんが肉じゃがを、ラブがハンバーグを作っていて。 「全部テーブルに乗り切るかしら?」 そう笑いながら、お母さんも腕を振るう。心配そうな表情とは裏腹に、豪勢な食事を作ろうと張り切っているのがわかって。 私は、泣きそうになるのをこらえながら、お母さんに習った通りに、コロッケを手でこねる。 こうして四人で――――家族でご飯を作れる、その幸せを噛みしめながら。 明日、私はラビリンスに旅立つ。 Happiness Alive 6 ――――せつなの旅立ち前夜―――― 「もう、お腹いっぱいー」 ソファに座ったラブがお腹をさすりながら言うのを見て、せつなは苦笑する。 「ラブ、女の子がはしたないわよ」 「うー。そうかもしれないけどさ。でもあんなにいっぱいあって、どれも美味しいんだもん。全部、食べちゃうよ」 ぼやくようなその言い草に、まぁね、と彼女は頷いた。 せつなのコロッケ。圭太郎の肉じゃが。ラブのハンバーグ。そしてあゆみのラザニア。メインディッシュが四つ、しかも皆、 張り切って作ったものだから量も多かった。本音を言えば、せつなだってお腹がはちきれそうなのだ。 「じゃあ、デザートはまた後の方がいいかしらね」 そう言ったのは、洗い物を終えて出て来たあゆみだった。布巾で手を拭きながら、だらしなく伸びるラブに、からかうように言って。 「デザート!! 食べたい!! ……けど、お腹が……」 ガバッ、と跳ね起きながらも、満腹なことを思い出したのか、しおしおとなる彼女の姿を見て、三人の笑い声が響いた。 「先に、お風呂に入ってきなさい。デザートはその後。いいわね?」 「はーい。そうしまーす」 あゆみに促され、ラブは部屋を出て行く。残った三人は、顔を見合わせて笑う。 だが。 「お父さん。お母さん」 かしこまったせつなの声に、あゆみと圭太郎の表情が引きしまった。視線をかわしあい、彼女に向かい合うように、椅子に腰を下ろす。 そして、息を整えるように一つ、吐きだした後、 「なぁに、せっちゃん」 あゆみは言って、微かに俯く娘の顔を見た。 「お父さん。お母さん」 もう一度、せつなはそう言った。圭太郎は、無言のまま、続きを待っている。 せつなは迷う。唇が、軽く開いて、また閉じて。 言いたいことはたくさんあるのに。言葉にしきれないほどに、たくさんあるのに。 何から言えば、いいんだろう。 どう言えばいいんだろう。 「ゆっくりでいいのよ、せっちゃん」 その言葉は、あゆみの口から発せられたものだった。顔を上げると、穏やかで、暖かくて――――いつか、彼女を救ってくれた時と同じ、 優しい目があって。 「お父さん、お母さん――――ありがとう」 自然と、言葉がこぼれた。そして、涙も。 私を受け入れてくれて、ありがとう。 一緒に暮らしてくれて、ありがとう。 学校に通わせてくれて、ありがとう。 ご飯を作ってくれて、ありがとう。 料理を教えてくれて、ありがとう。 一緒に食べてくれて、ありがとう。 数え切れない程の思い出、その一つ一つに、ありがとう。 私に、幸せをくれて―――― 「――――本当に、本当に、ありがとう」 泣きじゃくりながら、せつなは、ありがとうの言葉を重ねる。何度も。何度も。 「せっちゃん――――」 それを見守る圭太郎とあゆみの目にも、涙が浮かんでいる。 「私、私――――お父さんと、お母さんと出会えて――――一緒に暮らせて――――!! 本当に良かった――――!!」 あゆみが立ち上がり、せつなの隣に座った。圭太郎に立ち上がり、その逆に座って。 彼女は、両親に挟まれる。そして、双方からそっと肩に手をまわされて。 「私達も、同じよ」 「せっちゃんに会えて、幸せだった」 その言葉に、せつなはまた、涙が止まらなくなる。 自然と溢れる雫を、流れるに任せたまま。 彼女は、二人に抱きしめられたその体に、親のぬくもりを刻みつけるのだった。 「――――ラブ」 せつながリビングを出ると、廊下にはお風呂に入った筈のラブの姿があった。壁を背に立っていた彼女は、せつなの姿を見て、 小さく笑う。 「せつな。お風呂、一緒に入らない?」 「――――ええ、いいわ」 頷いて、せつなも笑みを返した。 「ねぇ、せつな」 「なぁに、ラブ」 体を泡まみれにするせつなに、浴槽に身を沈めたラブが、ぼんやりと天井を見上げながらそう声をかけた。 が、その続きの言葉は無い。 せつなも、問い返さない。 きっと、彼女は聞いていたのだろう。リビングでの、せつなの言葉を。 二人に告げた、別れの台詞を。 「せつな」 「…………」 名前を呼ばれる度に。 せつなは胸が苦しくなる。顔を見れなくなる。 ラブはいつだって笑顔だ。ラビリンスに戻ると告げたその日から、いつだって笑顔で、せつなの決断を後押ししてくれる。 けれど――――けれど。 例えば二人きりの時、その瞳に浮かぶ光は。せつなに向けられる視線は。 彼女を、留めようとするもの。 行かないで。そう告げているかのようで。 「せつな」 「ラブ」 今も、きっとラブはそんな目をしている。 それがわかっているから、彼女は天井に目を向けている。こちらを見ようとしない。 それがわかっているから、せつなは彼女を見ない。ただ名前を呼ぶことしかしない。 「せつな」 「ラブ」 幾度も、名前を呼び交わし合う。 もしも、一度でも、ラブが想いを口に出したら――――側にいて欲しいと言ったら。 私は、どうするだろうか。 いや、そもそも、私はそう言って、引きとめて欲しいのだろうか? ラビリンスを、クローバータウンのような笑顔溢れる場所にしたい。その気持ちは、強くある。 けれど、皆と別れることは、辛くて――――苦しくて。 中でも、ラブ――――私の生き方を変えた彼女との別離は。 「せつな」 「ラブ」 ――――きっと。 ラブにも、わかっている。だから気持ちを押し殺している。 もし引き留めてしまえば、余計にせつなを苦しめるだけだとわかっているから。 「せつな」 「ラブ」 脱衣所で、不意に後ろから抱きしめられる。ギュッと。 重なり合う、肌と肌。伝わるぬくもり。肩に落ちた雫が冷たいのは、きっとそれが涙だったから。 「せつな」 「ラブ」 今日、何度目か。呼び合う二人。 抱きしめられたのは、ほんの一瞬。振り返った時には、ラブは、いつもの桃園ラブだった。 「さ、せつな。デザートを食べたら、アタシの部屋でお喋りしよっ!!」 「ええ。いつも通りにね」 その宣言通り、二人はラブの部屋で夜がふけるまでお喋りをし。 最後に、一つのベッドで手を繋ぎながら、眠ったのだった。 クローバータウンを見渡せる、小高い丘の上。 せつなはそこで、家族で撮った写真を眺めながら、風を感じていた。 最後の別れはもう、済ませてきた。 涙は無かった。昨日、たくさん流したから。美希や祈里は、泣きっぱなしだったけれど。 ラブは二人が帰った頃になって、泣いているんじゃないだろうか。本当は、ずっと我慢してたのよね。 側にいてあげたいけれど――――きっと、お父さんお母さんが付いているから。 いつかと同じ風景。孤独にさいなまれながら、絶望と共に見た風景が、今はとても暖かい。 大切な出会いがあったこの街。その全てを、心に記す。 そして彼女は、呟く。 「――――――――」 その言葉は、ひときわ強く吹いた風にかき消されて、近くにいたサウラー、ウエスターの耳にも聞こえなかった。 だが、言い終えた彼女は、その言葉が届いているという確信に満ちた顔をしていて。 強い眼差しに、彼らは何も言わず、仲間を迎え入れ、そして。 ラビリンスへと、帰っていったのだった。 「――――!!」 リビングで、父と母に抱きしめられていたラブは、不意に顔を上げる。その唐突な行動に、しかし、あゆみも圭太郎も驚かなかった。 ただ、目を見合わせて、頷き合うだけ。 それを見てラブは、確信する。 二人にも、聞こえていたのだ。あの声は。 せつなの、言葉は。 だから。 嗚呼。だからラブは。 涙にぬれた瞳をぬぐい、精一杯の笑顔で言ったのだった。 「行ってらっしゃい。せつな――――!!」
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/507.html
カチ カチ カチ カチ 時計の針の音に、ふと、目を覚ます。 「うーん」 体を起こして、枕元の携帯を開けば、浮かび上がる光。そこに記される時間は、午前二時。 「ふわぁ」 大きな欠伸をしてから、ラブはベッドから起き上がった。隣のシフォンと、床のタルトを起こさないように、気を付けな がら。 足音を殺しながら、そっと階段を下りる。と、リビングから光が漏れてきていて。 お父さん、まだ起きてるのかな? 思いながら、そっとドアを開けると、そこにいたのは。 「せつな?」 「――――ラブ?」 イヤホンをして音楽を聴きながら、マグカップを口元に運ぶ少女の姿があった。 Midnight Talk 「どうしたの? こんな時間に起きてるなんて」 「ラブこそ、どうしたのよ」 テーブルに向かい合って座る、二人。声を小さくしているのは、圭太郎とあゆみが眠っているから。 「へへ、アタシは、なんか目が覚めちゃって。多分、緊張してるからだと思うんだ――――ってか、せつな、何を飲ん でるの?」 「ホットミルクよ。飲んだら、よく寝れるって聞いたから。待ってて、ラブの分も作ってあげる」 「ああ、いいよ、自分で」 「いいから、いいから」 立ち上がろうとするラブを手で抑えて、せつなはリビングに向かう。彼女のマグカップを取り出し、牛乳を注いでレン ジに入れる。手慣れたその動きを、ラブは後ろから見ていて、少し嬉しく思った。 もうすっかり、うちの台所に馴染んでるよね、せつな。 「お待たせ、ラブ」 「うん。ありがと、せつな」 受け取って、フーフーと息を吹いて冷ましてから、そっと一口。 「美味しい?」 「うん、すっごく美味しいよ、せつな」 「良かった」 喜ぶラブを見て、せつなも微笑する。そして、自分もマグカップを口元に寄せて。 「それで、せつなは?」 「え?」 「せつなは、なんで起きてるの?」 「ラブと一緒よ」 言いながら、せつなはイヤホンを付けたプレーヤーをラブに見せる。再生ボタンを押すと、微かに漏れ聞こえてくる のは、明日の大会で踊る曲。 「さすがに踊ったりは出来ないけど、イメージトレーニングってところね」 「ふぅん、そっか」 そう言ってニヤニヤとするラブに、せつなは首を傾げる。 「――――? どうかした?」 「せつなでも、緊張することとか、あるんだなって思って」 「何よ、それ」 困った顔をするせつなに、ラブはこらえきれず吹き出す。 「ちょ、ちょっと、ラブ。なんでそんなに笑うのよ」 「ご、ごめん。でも――――クククク」 お腹を抱え、それでも声を押し殺そうとするから、悶絶してしまうラブ。そんな彼女を見て、照れくささにだろうか、頬 を真っ赤に染めたせつなは、 「もう!! 知らない!!」 言って、ぷい、と顔を背けたのだった。 「せーつなー」 「………………」 「ごめんってば、せつなー」 「…………知らない」 ようやく笑いの発作が鎮まったが、せつなが拗ねているのに気付いて、ラブは彼女の隣の席に移動する。 ツンツン、と人差指でせつなのほっぺをつついてみる。最初は顔をそむけていたせつなも、最後には諦めたのか、も う、と笑いながらラブの方に顔を向けた。 「許す。許すから、もうやめて? くすぐったいわ」 「えへへー。せつなのほっぺ、柔らかくって、すっごい触り心地がいいんだもん」 「まったく」 呆れたように言いながら、それでも止めようとしないラブの手を振り払わないのは、彼女があんまり楽しそうな顔をし ているから。くすぐったいのも、少しなら我慢出来るから。 「そんなに、私、緊張しないように見える?」 ようやく満足したのか、彼女の頬から指を離したたラブに、せつなはそっと問いかける。 「え? うん、そうだね。少なくとも、アタシみたいに、緊張してるようには見えないよ?」 「ふうん。そう見えてるのね、私って」 彼女の言葉に、ラブはゆっくりと首を傾げた。どういう意味だろう。思いながら、横顔を覗き込む。 「ホントはね? すっごく、緊張してるの。失敗したらどうしよう、うまく踊れなかったらどうしようって」 「せつな――――」 そう言うせつなの、マグカップを持つ手が微かに震えていることに、ラブは気付く。 「でもね」 ギュッ、とせつなは、その震える手を握りしめた。もうこれ以上、震えないように、と。 「でも、私、嬉しいの」 「嬉しい?」 「うん。こうして、ダンスの大会に出られることが」 言いながら、せつなはそっとラブに視線を向ける。 「皆と一緒にダンスを出来るなんて、ほんの少し前までは、思ってもみなかった。ううん、ラブの家に住むことも、こん な風に真夜中にお喋りをすることも、考えられなかったことだった」 今では当たり前みたいだけどね。そう付け加えて、彼女はくすぐったそうに笑う。 「だからね、思うの。精一杯、頑張ろうって。今、こうしてここにいられることだけで、幸せなことなんだから。あとは、 悔いが残らないようにしようって。そう思うの」 「せつな――――うん。そうだね」 ラブは、深く頷く。せつなの言う通りだ。 今までたくさん、頑張ってきた。明日はその成果を、見せるだけ。 「なんだか、恥ずかしいわね、こんなこと話すのって」 はにかむせつなに、ラブは真剣な目で返した。 「そんなことないよ!! せつなの気持ちが聞けて、アタシ、嬉しかったもん」 普段、気持ちを抑えがちな彼女だからこそ、なおさらに。ラブはそう思う。 その言葉に、せつなは顔をゆでだこのように真っ赤にして、目を伏せる。 「も、もう、ラブ。変なこと、言わないでよ。恥ずかしいわ」 「あー。せつな、すごい赤くなってる。ほっぺが熱いよ?」 「ちょ、ラブ、触らないでってば。くすぐったいんだから!!」 翌朝。 あゆみが、リビングに入ると。 「あらあら」 ラブとせつなの二人が、せつなの部屋から持ってきただろう布団にくるましながら、ソファに座って眠りこけていた。 二つのイヤホンを、それぞれ片方ずつ耳に付けている。そうやってダンスの曲を聴いているうちに、二人して眠って しまった、というところだろうか。 まったく。本当に仲良しね。 苦笑しながら、時計を見る。起こしてくれと言われた時間には、まだ少しある。もう少し、眠らせてあげよう。思いな がら、布団をかけ直そうとして。 あゆみは、さらに深く、苦笑した。 何故なら。 眠る二人。だけど。 ラブの右手と。 せつなの左手が。 しっかりと、結ばれていたから。 絶対に、離さないと、そう言わんばかりに、強く。固く。
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/66.html
せつなが消えてどれくらい経ったのか。 時間の止まった部屋に祈里もまた、足止めされている。 一人取り残された祈里は乱暴にベッドに身を投げ出した。 ふわり……、とせつなの香りが全身を包む。 (匂いだけなら………) 匂いだけなら、まだこんなにも愛しい気持ちになるのに。 辛い。そう思っていた頃がいかに幸せだったか思い知る。 ふと目が合う。不意に肩が触れ合う。笑顔であだ名を呼ばれる。 それだけが、自分に手に入るすべてだった頃が。 辛い、そう思ってた。自分を見てくれない。気持ちに気付いてくれない。 どんなに焦がれても、手が届かない。 眠れぬ夜を過ごし、ラブへの嫉妬で身を揉んだ。 けど、その思いは決して穢れたものではなかったはずだ。 よく、こんな事が出来たものだと思う。自分だったら死にたくなるだろう。 自分の行為を棚上げして、他人事のようにそう思う。 酷い、事をした。誰が聞いても眉をひそめ、自分を糾弾するだろう。 『許して』、その言葉を口にするのすらおこがましい。 「好きよ」 「本当に、不思議だけど」 せつなが自ら発した言葉だとしても、本心だと言う保証なんてどこにもない。 逃れるために、口にした保身のための台詞だとしてもおかしくはない。 心のない、虚ろな繰り事を飽くことなく強要してきたのは、 他ならぬ祈里自身なのだから。 「……『好きよ』だって。」 馬鹿にしてるの?わざと投げやりに聞こえるように声に出してみる。 上手く、いかない。 嬉しい、確かにそう感じている自分がいるから。 許してもらえるの? あり得ない事を考える。 どうしたって、言い訳すらするのは卑怯だろう。 確かに辛かった。どうしようもなく。 しかし、だから何だと言うのだ。 そんなこと、せつなには関係ないのに。 一度たりとも、せつなに直接思いを伝えた事なんてなかった。 それを、せつなが気付かないからと言って、彼女に何の責任があると言うのだ。 自分の狡さを直視すれば、自分が壊れてしまう。 本当は分かってた。せつなが自分を見てくれない。そんなのただの言い訳だって。 わたしは、自分のものにならないと分かってる物を壊してしまいたかっただけ。 だから、その責任を壊される本人に擦り付けようとした。 『せつなちゃんが悪いんだからね』 そう言いさえすれば、よかったのだ。 そうすれば、せつなに何をしても自分は悪くない。そう、 自分を騙す事が出来たから。 言い訳さえ手に入れれば、せつなにはいくらでも辛く当たれた。 体を弄ぶばかりでなく、心も苛んだ。 人として、こんな事は絶対に言われたくないだろう言葉を敢えて投げ付けてきた。 せつなは一度として反論なんてしなかった。 呼び出せば、いつでも応じる。 最初は震えていた。特に初めて呼び出し、わたしが本気でなぶる気だと 理解すると紙のように白く血の気を引かせていた。 始めの数回は、終わるといつも堪えきれないように泣き叫んだ。 許してくれと言う懇願を、わたしは子供の戯れ言程にも相手にしなかった。 せつなを完全に支配下に置いたかのような、歪んだ満足感。 わたしは、どうにでも出来る、と。 しかしその内、せつなは心を閉ざし、人形のように空の体を差し出す事で、 自分を守ろうとするようになった。 心の中から自分を消し去ったせつなに祈里は苛立ち、ただ、せつなをいたぶる。 いつの間にか、そんなふうになっていた。 壊れてしまえばいい……本気で、そう思いながら。 心は諦める。せめて体だけでも。………そう思っていたはずなのに。 せつなの体の甘美さは祈里を陶然とさせた。 夢中で貪り、すべてを忘れた。 しかし、せつなの心は祈里の一切を無視した。 拒絶ですらない。せつなは自分を弄ぶ祈里を、心に蓋をし、完全に閉め出した。 体は確かに愛撫に応える。でもそんなものは、ただの反射に過ぎない。 目にゴミが入れば涙が出る。食べ物を口にすれば唾液が涌く。 それと、同じ事。分かっていた。 だから、敢えてせつなの体の変化を事細かくせつなに聞かせた。 (気持ちよさそうね。ラブちゃんじゃなくても、感じちゃうんだ。) ラブの名を口にしたときだけ、せつなの瞳が揺らぐ。 愛撫を快感として受け入れる自分の体に罪悪感を覚えている。 そんなせつなの様子に祈里は暗い満足感を覚えていた。 「もう、ここには来ないわ。」 何がせつなにそう言わせたのかは分からない。 今のせつなに鎖を断ち切り、振りほどく力などないと思っていた。 でも目をそらさず、そう、確かにせつなは言い切った。 本気で、ラブに話す気なんだろう。 わたしが好き。わたしの気持ちが悲しい。 せつなは、真っ直ぐに目を見てそういった。 先に目をそらしたのは、わたしの方。 (わたし…勘違いしちゃうかもよ……) 謝れば…、許してもらえるのかも……って。 謝るなんて卑怯だろう。 傷付けた相手に、許しを強要するなんて。 後悔してる……なんて、口が裂けても言ってはいけない。 謝って楽になる。わたしに、そんな贅沢は許されないはずだ。 踏みつけにした相手にすがって、許しを乞う。 自分にそんな勇気があるとは思えなかった。 せつなは自分の部屋に戻るなり、へたり込んだ。 (アカルンって便利よね……) こんな姿、誰にも見られなくてすむもの。 立っていられない。平衡感覚がおかしい。ベッドまで這って行く気力もなかった。 蛇口が壊れてしまったかのように、涙が止まらない。 私は、おかしくなってしまったんだろうか。 祈里の言葉が頭を回る。 「わたしのこと、考えたことなんてないくせに。」 本当に、その通りだったな。と今さらながら感じる。 今まで愛情も、優しさも何一つ与えられた事はなかった。 その私が、生まれ変わって溢れんばかりの愛情に包まれた。 家族、友達、そして何より大切な人。 空っぽだった心身にそれらは惜しむことなく注ぎ込まれ、溢れて、こぼれていった。 そして私は、慣れない幸福に溺れてしまったのかもしれない。 こぼしてしまったものの中に、取り返しのつかない大事なものがあったかも知れないのに。 祈里は大好きだった友達。ラブを除いて、「東せつな」として 生まれ変わってから、初めて出来た友達。 ラブとは違う、私がイースだった過去を知った上で、 微笑んでくれた。 『気持ちよくなれれば、誰でもいいんじゃないの?』初めての夜、祈里に言われた。 深い意味はなく、ただなぶるために投げられたのだと言う事は分かる。 でも今になって、心に突き刺さる。 (本当に、そうだもの。) 半分当たっていた。今なら、そう思う。 ラブとはまた違った、控え目で柔らかい祈里の空気が好きだった。 祈里といるとホッとする。ゆったり時間が流れて、癒されるって こんな感じなのかと知った。 でも私は、本当に祈里が好きだったの? ただ、祈里がくれる心地よい空間が好きだっただけ。 自分を優しく包んでくれる空気。 そう、心地よい気分にさせてくれるなら誰でもよかったのかも知れない。 祈里でなくても……。 そして、ふと、心をよぎった思いがある。 どれほど、心身が悲鳴をあげても私はラブに抱かれたかった。 例えラブの目に探るような固いしこりが見えても。その手から優しさが消えても。 体だけでも繋がっている。そう思えるだけで、嬉しかった。 (祈里も……そうなの…?) 心が手に入らないなら、体だけでも。 無理矢理にでも体を重ねれば、何かしら相手の心に自分を刻めるかも知れない。 祈里を、自分に重ねてみた。 もし、ラブが…自分を見てくれなかったら。 ただの友達。それだけならいい。我慢できる。みんな同じなら。 誰も特別な人などいなく、みんなと同じ、ただの仲の良い友達。 でも、そのラブの目にはいつも他の誰かが映っていたら。 『あなただけが特別』、誰が見てもそう思う相手が、すぐ身近にいたら。 ラブが自分を他の誰かの代わりに抱く。 どれほど体を重ねても、ラブの心に自分の影すらない。 愛し気に愛撫を繰り返しながら、他の誰かの名前を呼ぶ。 考えただけで、心が凍り、ヒビが入る気がする。 たぶん、正気では、いられないだろう。 私が、祈里にしていたのは、そういう事。 (もう、止めなければいけない。) 祈里の心が壊れてしまう前に。 そう思った日、初めて祈里を思って涙が出た。 ラブは許してくれないかも知れない。 穢らわしい物を見るような目で見られるかも知れない。 けど、ラブにどう思われようと、側にいることは出来るはずだ。 ラブが、許してくれなくても私がラブを好きでいる事は出来るんだから。 私が心を閉ざし、踞っている間にどれだけラブも祈里も傷付いただろう。 自分が一番辛いと思い、目も耳も塞ぎ、過ぎるはずのない嵐をやり過ごそうと 意味の無い我慢を重ねていた。 私さえ、ちゃんと目を開いていれば、もっと早く終わらせる事が 出来たはずなのに。 (私って、本当に馬鹿……) 今日だって、祈里とちゃんと話そうと思って行ったのに。 いざ、祈里を前にすると体がすくんだ。きっぱり拒否する事も出来ず、 伸ばして来た手を押し留めるのが精一杯だった。 それに……、祈里と話すために行ったのに、口から出るのはラブの事ばかり。 あれではますます祈里を傷付けただけではなかったのか。 最後に、取って付けたように『祈里が好き』。 後は逃げるように帰ってきてしまった。 優しくしてくれるから、祈里が好きだったわけじゃない。 何を言われても、どんな事をされても嫌いになんてなれなかった。 だから、もうこんな事はやめにしたい。 そう、伝えたかったのに。 祈里は、私の言葉を信じてくれただろうか。 もう、元には戻れないのかも知れない。 来てしまった道を後戻りは出来ない。 けど、また違う道に進む事は出来るのではないか。 話せばすべてが壊れてしまうかも。 でも、このまま暗い穴の中へみんなで堕ちていくよりは、 ずっとマシだと信じたい。 まだ、間に合う。……そう、信じたかった。 (………お願いします。) 祈った事なんてなかった。でも、今は何かに祈らずにはいられなかった。 黒ブキ17へ続く
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/706.html
「もしものもしもの話」/ねぎぼう 白詰草の花咲く丘から一望する四つ葉町を見るのもこれが最後。 「ありがとう」 そのまま、瞬と隼人のもとへ歩み寄る。 「本当にいいんだね?」 「ええ」 「もう、これで最後なんだぞ」 「だからよ。行きましょう」 3人はかつて占い館のあった森に向かった。 着いたのは夏の日にせつなとラブが拳を交えた場所。 「サウラー、ウエスター、ありがとう」 「後は俺たちにまかせろ」 「君はゆっくり休むといい」 せつなはキュアエンジェルの最後の羽根を二人に託すと、 自身はその場に倒れ落ちそうになる。 ウエスターが支え、そっと半身を起こして座らせた。 「私、やり直せたかしら?」 「ああ、十分やり直したぞ!」 「これからは僕たちがやり直す番だよ」 「もう、時間ね。この世界で……ラブに出会えてよかった……」 「イース!」 (キュアピーチがそばでなくて、本当によかったのか?) * ~せつなの心の世界~ アカルンが悲しそうな顔をして浮揚している。 せつなの頭にはアカルンを最初に結びつけたシフォンがいた。 アカルンの命の力を借りることによりせつなは生きていたが、 人の寿命が尽きるのを遅らせるのにも限界があった。 「アカルン、これであなたもスウィーツ王国に帰れるわね。 余計に引き留めてしまってごめんなさい」 「キュアパッション……」 ここにきてまで本音を押し殺そうとしているせつな。 「最後に一つだけお願いがあるわ。四つ葉町の人たちの記憶から 私がいたことを消して欲しいの。無限の記憶を司るシフォンなら 出来るわね」 「……キュアピーチからもキー?」 「ラブに……皆に嘘をついてしまったの。もう何もできないのに…… 私はラブの心に残る資格はない」 あの場で自らの運命について話すわけにはいかなかったとはいえ、 偽りを言わざるを得なかったことに対しかくも悲しい罰をせつなは 自らに課そうとしていた。 (本当の気持ちは??) 「そんなことないキー」 「ラブ、せちゅなしゅき」 せつなは未練を振り払うように言い切った。 「お願いシフォン! 私はもともといなかったことにして!」 最後の願いは悲しいものであったが、それをききいれなければ もっとせつなは悲しい思いをするのかも知れない。 「シフォン、お願いキー」 シフォンは躊躇っていたが、何かを思うと瞳に光が灯り、 額のマークが輝いた。 「キュアキュア、プリップー!」 四つ葉町中が光に包まれた。 (ラブ!) * そこにいたのはアカルンと…… 「本当はキュアパッションはキュアピーチと離れたくないキー」 「こう、なるのね?」 「本来は前世の記憶を残しての転生は出来ないけど。 あなたは今キュアパインの病院にいるキー。 そこに来るキュアピーチになついているのが……」 「ありがとう。精いっぱい、頑張るわ」 そういうと、アカルンとシフォンはスウィーツ王国へと飛び立った。 * 登校前、ネクタイを直してとびきりの笑顔を見せるラブ。 その日学校が終わると、山吹動物病院に向かった。 「わっはー、かわい~い! 幸せゲットだよ~」 恰好を崩すラブ。 そんな様子をみた美希は苦笑しつつ言う。 「ラブ、ずっと前にアカルン探していた時にはずいぶん派手にやりあってたけど、 この子とは完璧に仲がいいわね」 「へへへ~。そういえば結局アカルンはどこに行っちゃったんだろうねえ?」 「まあ、4人目のプリキュアの正体もよくわからなかったけど、いろいろ助けて くれたわね。」 せつなの望んだ罰は課せられていたようであった。 そこに、祈里がノートを持って現れた。 「ラブちゃん、しつけ方はこのノートに書いているわ」 「サンキュー、ブッキー」 「この子を幸せにするって、私、信じてる!」 「さあ、おいで~」 ラブは黒い仔猫を抱きしめた。 (ラブのぬくもり……これが私の本当の願い) 真新しい識別票には「せつな」の文字があった。
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/50.html
第2話 想いの裏側 鏡に映った自分の姿。 目尻の垂れた大きな目。丸くて少し低めの鼻。薄い唇のおちょぼ口。 小柄な背丈の割りにふっくらと盛り上がった胸元。 柔らかそうな丸みのある腰回りや太もも。 可愛らしい、と言ってくれる人もいるかも知れないけれど……。 はぁ……、と祈里は溜め息をつく。 その顔に浮かんでいるのは、明らかな不満。 (何でこう、どこもかしこも丸っこいのかなぁ。) 鏡に顔を寄せ、色々な表情を浮かべてみる。 体を捻ってシナを作りポージング。 (何やってんだろ、わたし……?) 百面相したって、顔立ちが変わる訳じゃない。 いくら腰を捻ったところでくびれが出来る訳でなし。再び溜め息をつき、ゴロリと行儀悪くベッドに転がる。 瞼に浮かぶのは一人の少女。 スラリと細身の長身に、しなやかに伸びる長い手足。 切れ長な涼しい目にスッと鼻筋の通った高い鼻梁。 クールな雰囲気に似合う少し薄目の唇。 枝毛一つ無いだろう、腰まで届く艶やかに豊かな髪。何て自分とは違うんだろう。 寝転んだまま、チラリと鏡に目を走らせる。 子供っぽい、拗ねた表情。こう言う顔をすると、ますます童顔が際立つ気がする。 せめてロングヘアーにすれば、もうちょっと大人っぽくなれるかと 髪を伸ばそうと思った時期もあった。 しかし、ふわふわした波のある縮れた髪質は伸びても引き上がって、 それほど長くなったようにも見えず。 それなのに梳くのも引っ掛かって一苦労。 結局、この長さが自分には限界だった。 昨日今日分かった事ではないではないか。 自分と美希とでは容姿に差がある事くらい。 自分がブス…とまでは思わないけど……。 時にはそこそこ可愛いかも?と思わないでもないけど……。 以前ラブに呆れられた事がある。 『ブッキーで可愛くなかったら、世の中顔晒して外歩ける子いなくなっちゃうよ。』 誉めて貰えて嬉しかった。嬉しかったけど、やっぱり…。 (ラブちゃんは、気にならないのかしら?……せつなちゃんと二人で歩くの。) ラブの容姿が劣っている、と思っている訳ではない。 むしろ、ラブほど魅力的な女の子はそうはいない、と思っている。 だがラブの魅力は体から溢れ出るエネルギー、と言うか、輝くばかりの生命力 が映し出す眩い命のことほぎ。 それがラブをこの上なく愛らしく見せ、 彼女を誰にも無視出来ない存在感を放った 女の子として心に住み着かせてしまうのだ。 だから、純粋に見た目だけの話となると…… (ラブちゃんは、わたしの側だと思うのよね……。) 美希とせつなは誰が見ても綺麗な子、美少女だと言うだろう。 自分とラブは、その人の好み次第、と言ったところか。 でも、ラブには美希にもせつなにも負けない人を惹き付ける引力がある。 ラブの笑顔で心を蕩けさせない人はいないだろう。 結局、一番冴えないのは自分だ……。 今日、美希はせつなと二人で買い物に行った。 以前、せつなが美希の服選びに付き合ったお返しに、 せつなの服を美希が見立ててやる約束だったのだ。 ラブは学校の友達と先約があるとかで不参加。 当然のように、美希とせつなは誘ってくれた。 けど、祈里は断った。有りもしない用をでっち上げて。 ラブも一緒なら、まだいい。 自分一人だけで、あの二人と行動したくなかった。 綺麗な子の中に、一人ぱっとしないのが混じってる。 周りがそんな風に見てる気がして。 我ながら自意識過剰なのは分かってる。 それでも、一度意識してしまったコンプレックスを知らん顔するのは難しく。 美希への想いを誤魔化し切れなくなってからの自分は、どこかおかしい。 前はこんなんじゃなかった。 こんなに人目を気にしたり、被害妄想スレスレの劣等感に苛まれたり。 自分にまったく自信が持てない。ダンスを始めて、少しは引っ込み思案も マシになったと思ってたのに。以前よりも酷くなってしまった。 気持ちの大部分をネガティブな感情が占めている。 美希に対しては劣等感。ラブに対しては羨望。 そして、せつなに対しては……嫉妬だ。 恋を自覚して、もう少し甘酸っぱい思いに浸ってもいいだろうに、 笑えるくらい後ろ向きだ。 (わたし、せつなちゃんに嫉妬してる………。) ラブから学校での様子を聞くと、勉強もスポーツも完璧らしい。 スポーツ万能なのはダンスを見てても分かる。一番遅れて始めたのに、 あっという間に美希やラブに追い付き、祈里は追い抜かれてしまった。 合宿で自分が手解きした事なんて、今となっては冗談みたいな話だ。 ラビリンス時代の訓練の賜物か、動きを目で見て頭で覚えれば、 その通りに体を動かせるらしい。 いくら振り付けを早く覚えても、体が付いていかない自分と 差が開くのは当たり前だ。 学校でもそんな風に、サラッと難しい事を何でもないようにこなして 周囲を驚かせているのだろう。 おまけに、見た目があれだ。 結局、そこに行き着いてしまう。 それに……、と祈里は思う。 祈里は、せつなが羨ましいのだ。 一番大切な人に、一番大切に想われ、一番近くにいられる。 何より、それが羨ましかった。 ラブに想いを受け入れられ、体中に愛情を注がれている。 ラブがせつなを見つめる、蕩けそうな瞳。 誰よりもせつなを愛している、その事を隠そうともしない。 こんな嫉妬はお門違いだ。理不尽だと思う。 そんなものを向けられたってせつなだって困るだろう。 でも……… どうして、何でこんなに心がざわめくのか。 理由は分かっている。 美希のあんな顔を見てしまったから。 (美希ちゃん。そんなに、せつなちゃんといるのが楽しいの?) 今日見た二人の姿。 別に何でもない。おかしな事など何もない。 可愛い女の子が二人、仲良くじゃれ合いながら買い物をし、 お喋りに花を咲かせている。それだけの事だった。 祈里は誘いの断りのメールを出す時、最後にこう付け加えた。 『用事が早く片付けば、合流出来るかも』 一緒に買い物に行くのは嫌。 でも美希が自分以外の人と二人きりで過ごすのも何だか落ち着かない。 だから、気になって我慢出来なければいつでも様子を見に行けるように。 でも結局、声を掛ける事は出来なかった。 二人はすぐに見つかった。前もって場所は聞いておいたから。 ふと気が付く。そう言えば、自分以外の親しい人と美希が一緒にいる所を 外から見るのは初めてかも知れない。 美希だって、学校の友人と出掛ける事くらいあるだろうけど、 案外いつも一緒に過ごす人が、他人にどんな顔を見せるかなんて、 見る機会ってそうそうない。 (あんな美希ちゃん、初めて見た。) 美希の、猫の目のようにくるくると変わる表情。 屈託のない、無邪気な笑顔。 二人は服を選びながら、何かしら話していた。声までは聞こえない。 美希が悪戯を思い付いたような顔で、せつなに話しかける。 たぶん、からかおうとしてるんだろう。 せつなは素っ気ない態度。美希は懲りずに、せつなの反応を誘う。 相変わらず、せつなは涼しい顔で相手にしない。 途端に美希は拗ねたように唇を尖らせる。 今度はせつなが美希に答える。その表情から、たぶんからかい返したんだろう。 美希は頬を膨らませ、芝居掛かった態度でプイッとそっぽを向く。 せつなが苦笑いしながら、美希の顔を覗き込む。 美希はますます顔を背ける。 せつなが美希の腕に自分の腕を絡め、逃げる美希の顔を追い掛ける。 機嫌を取るように微笑みかけ、美希の膨れた頬をつつく。 思わず、と言った感じで美希が吹き出す。 つられるように、せつなも吹き出す。 そんな自分達が可笑しくなったのか、二人は額をくっ付けんばかりに 顔を寄せて笑い合っていた。 ドクン……。と胸の中で音が響いた。 美希への想いを孕んだ繭が、心臓を締め付けながら膨張していく。 美希は、あんな顔で自分には笑い掛けない。 あんな風に、からかわれた事もない。 あんな風に、わざと拗ねて見せ、機嫌を取って貰いたがる美希なんて知らない。 せつなといた美希。 あまりに無防備で、隙だらけで……… 驚くほど、年相応に子供っぽかったのだ。 小柄なせつなに甘えるように身を寄せて笑う美希。 そんな美希をいぶかしがる事もなく、ハイハイとあしらうせつな。 綺麗な二人がじゃれ合う姿は微笑ましく、そしてどこか、入り込めない 空気を感じた。 祈里は立ち竦み、それから黙ってその場を立ち去った。 逃げる事なんてない。「楽しそうね。何話してたの?」、そう言って 仲間に入れて貰えばいいだけなのに。 どうしてこんなに臆病になってしまったんだろう。 胸の繭が脈打つ度に、血液の変わりにどす黒いタールが 送り出される。 どろどろと血管を目詰まりさせながら流れる澱が、皮膚までもベタつかせる。 いつも美希に姉のポジションを押し付けてた。 甘えて、我が儘を言って、美希が困った顔で許してくれるのに 心地良く身を任せていた。 美希に子供の顔をさせなかったのは自分ではないか。 それなのに、自分には見せない顔をせつなに見せていた美希に苛立っている。 自分の知らない美希の表情を引き出したせつなに嫉妬している。 我慢出来ない。どんな美希も自分だけの美希でいて欲しい。 我慢出来ないのに、美希にそれを伝えられない。 だって、自分に自信がないから。 釣り合わない、と思われたくない。 例え美希が受け入れてくれても、美希の隣に並んだら見劣りする。 周りからも、美希とお似合いだって想われたい。 矛盾してる。女の子同士でお似合いも何もないのに。 そんな風に見られないように、ずっと気持ちを押し込めて来たのに。 せつなの様な、繊細でたおやかな容姿が欲しかった。 ラブの様に、溢れ出るしなやかな強さが欲しかった。 そうすれば、今よりもっと違った関係が築けたかも知れないのに。 引き返す前に美希にメールを出した。 『用事を切り上げられそうにないので、今日は無理みたい。』 帰ってから三時間経つ。 返信は、まだ来ない。 合流するかも、と言ったのに連絡があるかと気にもして貰えないんだろうか。 メールをチェックするのも忘れるくらい、せつなとの時間が楽しいのだろうか。 馬鹿馬鹿しい。単なる言いがかりだ。 美希もせつなも何も悪くない。 それでも胸にベタベタと粘り付く感情は、拭っても拭っても回りを 余計に汚すだけだった。 枕に顔を押し付け、ギュッと目を瞑る。 何もせず、ただ美希からの連絡を待ち続ける。 自分からは何もしようとしない。そんな関係に慣れきってしまった。 いつだって、美希が望むものを与えてくれてたから。 いつの間にか、それが当たり前になっていた。 でも、本当は美希はそんな関係に嫌気が指していたんじゃないだろうか。 胸に閉じ込めていた、脈打つ美希への想い。 大切に抱いていこうと思ってた。 温めて、育てて、そうすれば、いつかかけがえのない美しいモノが 生まれてくれるのではないか。そう信じてた。 それがいつしか、祈里の血を吸い上げながら、黒い粘液を吐き出している。 禍々しささえ感じる、その繭の中に眠るもの。 孵ってしまえば、己の身すら喰らいつくす化け物が生まれるのではないか。 (助けて………。) 苦しい。こんな醜い自分は嫌だ。 美希ちゃん。わたしの事、好きよね? だったら、どうして他の人と楽しそうにするの? どうして、わたしが一人でいるのに放っておくの? 身勝手だ。頭では理解できる。 こんな我が儘ぶつけられたら鬱陶しいに決まってる。 美希ちゃん、美希ちゃん、美希ちゃん……… 分かってるけど………。 自分の想いで頑じ絡めになっている自覚はある。 たぶん次に美希に会うときは、酷い態度を取ってしまうだろう。 美希ちゃん、それでも許してくれる? 第3話 想いの比重へ続く
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/68.html
その夜、ラブは、本当に大急ぎで夕飯とお風呂を済ませて来てくれたみたいだ。 まだ髪が少し湿ってる。 ベッドに潜り込み、私に手を伸ばして来る。 反射的に、少し身を引いてしまった。 「今日は、何もしないよ…。」 ラブは少し苦笑しながら私を胸に抱き込み、宥めるように背中をさすってくれる。 額に唇を寄せ、指が優しく髪を梳き、頬や肩を滑っていく。 胸いっぱいにラブの匂いを吸い込む。溜め息が漏れ、また涙が出そうになる。 あんまり泣いてばかりだと、ラブが困るのに。 きっと私は、ずっと、こんなふうにしてもらいたかったんだ。 ただ、優しく抱き締め、撫でてもらう。 何もかも包み込まれる、温かく、幸せな時間。 あの日、祈里との関係が始まってしまった日。 私が正直に話せば、ラブはこんなふうに抱き締めてくれたんだろうか。 ラブの胸に顔を埋めながら、私はポツポツと今までの事を話す。 いざ言葉を紡ぎ出すと、話せる事はそんなに多くない、と言うことに気づく。 ある切っ掛けで祈里と体の関係になってしまった事。 それ以降もずるずると会い続けていた事。 もう会わないと決めて、今日、そう祈里に告げた事。 それだけ。 恐らく、ラブが一番知りたいであろう『切っ掛け』、については、 話そうとすると舌が強張ってしまう。 隠したい訳ではない。 ただ………、どう言っていいかわからない。 事実をそのまま話す。それが一番いいのだろう。 でもそうすると、どうしても祈里を責めるような言い方になってしまう気がするのだ。 「無理しなくていいよ……。」 私が言葉に詰まる度、ラブはそう言ってくれる。 ひょっとしたらラブも聞きたくないのかも知れない。 そんな都合の良い思いが頭を掠める。 さっきのラブの言葉も相まって、ますます私の口は重くなる。 『せつなが言いたくない事は、言わなくていいんだよ。』 こんな事になってまで、ラブに甘えている。すべて話そう、そう決心したのに。 抱き締められ、胸の中で甘やかしてくれるラブにすがりついている。 「……困ったコだね、せつなは…。」 不意に、ぎゅっと私を抱いていたラブの腕に力がこもる。 「あのね、せつな。他所で辛い事があったらね、 ただ泣きながら帰ってくればいいの。」 そしたら抱っこして慰めてあげるんだから。 そう言って、ラブはますます力を入れてくる。 まるで、私を自分の中に包み込んでしまおうとするように。 まるで子供をたしなめるような口調のラブに、私は少し苦笑したくなる。 「……なんだか私、小さな子供みたいね……。」 「小さいコだよ!夏に生まれ変わったばっかなんだから。」 赤ちゃんみたいなもの!ラブはそう言い切って私の髪をクシャクシャに掻き回す。 まぁ、確かにこちらの常識は知らないし、人付き合いも下手だし…… でも、ハッキリそう言われてしまうと…… 「うん、何か分かった。これが足りなかったんだよ!あたし達には!」 ラブは唐突とも思える言葉で私の物思いを遮る。 何が?と問う間もなく…… ぎゅう…とまたラブが抱き締めてくる。 「……気持ち良い?」 戸惑いながらも、私は素直に頷く。 「他には?」 温かい。良い匂い。安心する。 私は思い付くままに言葉を並べる。それから…… 「……ラブが、大好き……。」 「うん!あたしもー!」 にゃはは、といつもの笑い声を上げ、ラブがぐりぐりと頬擦りしてくる。 「せつなにはね、抱っこが足りなかったんだよ。」 「………抱っこ…?」 「そう!」 ラブが私の頬を両手で挟んで見詰めてくる。 「だから、あたしはせつなに信じてもらえなかったんだよ……。」 意味が、分からない。 ラブは何を言ってるの? 私そんな事、考えた事もない。 私がラブを信じない、そんなの想像すら出来ないくらいなのに。 慌て反論しようとする私の唇をラブが人差し指で押さえる。 「あたしは、せつなを安心させてあげられてなかったもんね。」 本当に、ラブは何を言ってるの? 私がラブを信じてない?安心してない?どうして? 愛情も、安心も溢れるくらいもらってる。 現に今だって、こうして抱き締めてもらってる。 裏切りの言い訳一つ、まともに出来ない。 ラブの優しさに甘えて、罪の告白すら中途半端にしか出来ない。 臆病で脆弱で、傷付けたラブに甘える事しか出来ない私なのに。 「せつな、怖かったんでしょ?あたしに嫌われるかも……って。」 だから、何も言えなかったんだよね? 「傷付いてるせつなを見て、あたしが嫌ったりすると思った?」 それが、どんな原因でも。 「いーっぱい抱っこされて、愛されてる自信のある子はね、外で泣かされて 帰って来てもね、また抱き締めてもらえばすぐに泣き止めるんだよ。」 だから、あたしはせつなの心をもっと抱き締めてあげなきゃいけなかったんだよ。 「ごめんね、せつな。」 ラブが見つめる。胸の奥がきゅっと苦しくなる。 どうしてラブが謝るの?ラブは何も悪くないのに。 それなのに、私は、もっと愛してもらえるの?どして? どうして、ラブはこんなに私なんかを大事にしてくれるんだろう。 「せつなは、もっと欲張りになってもいいくらいなんだよ?」 ちっちゃい子がママに抱っこせがんだって誰も笑わないでしょ? もっともっと我が儘言ってもいいんだよ。 ラブはあくまでも私を小さな子供として話を進めようとする。 私は悪くない……。そう言ってくれてる。 小さな子供が些細な失敗を隠す為に、見え見えの嘘をつく。 その嘘を誤魔化す為にまた嘘を重ねる。 でも結局、小さな子供はそんな自分に耐えきれなくて、最後は泣いて お母さんに謝る事になる。 だって、お母さんはいつだって許してくれるから……。 「ラブは……私のお母さんなの?」 「まっさかぁ!あたし達はラブラブの恋人同士でしょー?」 「だから抱っこ以外も色々しちゃうんだもん。」 ラブは私を抱き締めたまま、チュッと唇をついばんでくる。 「………んっ……」 優しく柔らかな感触に、思わず甘えた吐息が漏れる。 「コラコラ、そんな声出さないの。……続き、したくなっちゃうでしょ……?」 「………しても、いいのに……。」 ラブは困った顔してる。ホントに私は構わないのに……。 ラブさえ嫌じゃなければ……。 「あのねぇ、今までがおかしかったの。具合の悪いせつなに色々してた あたしは、すごーく悪い子だったの。だから今、反省中。 せつなが元気になるまで我慢しなくちゃダメなの!」 間違ったり、失敗するのは仕方ない事。 それに気付いたら、反省して、やり直す。 それしかないよね? 「今せつなに必要なのは、ラブさんの愛情たっぷりの抱っこ! それに、たくさん眠る事だよ。」 ラブの優しい声。温かい手。柔らかく、包んでくれるぬくもり。 「……はい…。」 「うん、いいお返事です。」 幸せだ……と感じる。 もう二度と戻れない。そう思っていた場所は、以前よりも優しい場所になって 私を迎えてくれた。 まるで羊水にくるまれた胎児のように、安らかな微睡みに誘われる。 うつらうつらと暖かい闇に意識を持って行かれそうになる中、 一人の面影がちらつく。 (………祈里…………) 彼女はまだ、冷たい闇で一人うずくまっているのだろうか。 どうすれば、彼女にも安らかな微睡みが訪れるのか……。 ラブのぬくもりに包まれて、せつなは長く忘れていた深い眠りの中に漂っていった。 黒ブキ19へ
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/340.html
第9話 心まで抱き締めて その夜、ラブは、本当に大急ぎで夕飯とお風呂を済ませて来てくれたみたいだ。 まだ髪が少し湿ってる。 ベッドに潜り込み、私に手を伸ばして来る。 反射的に、少し身を引いてしまった。 「今日は、何もしないよ…。」 ラブは少し苦笑しながら私を胸に抱き込み、宥めるように背中をさすってくれる。 額に唇を寄せ、指が優しく髪を梳き、頬や肩を滑っていく。 胸いっぱいにラブの匂いを吸い込む。溜め息が漏れ、また涙が出そうになる。 あんまり泣いてばかりだと、ラブが困るのに。 きっと私は、ずっと、こんなふうにしてもらいたかったんだ。 ただ、優しく抱き締め、撫でてもらう。 何もかも包み込まれる、温かく、幸せな時間。 あの日、祈里との関係が始まってしまった日。 私が正直に話せば、ラブはこんなふうに抱き締めてくれたんだろうか。 ラブの胸に顔を埋めながら、私はポツポツと今までの事を話す。 いざ言葉を紡ぎ出すと、話せる事はそんなに多くない、と言うことに気づく。 ある切っ掛けで祈里と体の関係になってしまった事。 それ以降もずるずると会い続けていた事。 もう会わないと決めて、今日、そう祈里に告げた事。 それだけ。 恐らく、ラブが一番知りたいであろう『切っ掛け』、については、 話そうとすると舌が強張ってしまう。 隠したい訳ではない。 ただ………、どう言っていいかわからない。 事実をそのまま話す。それが一番いいのだろう。 でもそうすると、どうしても祈里を責めるような言い方になってしまう気がするのだ。 「無理しなくていいよ……。」 私が言葉に詰まる度、ラブはそう言ってくれる。 ひょっとしたらラブも聞きたくないのかも知れない。 そんな都合の良い思いが頭を掠める。 さっきのラブの言葉も相まって、ますます私の口は重くなる。 『せつなが言いたくない事は、言わなくていいんだよ。』 こんな事になってまで、ラブに甘えている。すべて話そう、そう決心したのに。 抱き締められ、胸の中で甘やかしてくれるラブにすがりついている。 「……困ったコだね、せつなは…。」 不意に、ぎゅっと私を抱いていたラブの腕に力がこもる。 「あのね、せつな。他所で辛い事があったらね、 ただ泣きながら帰ってくればいいの。」 そしたら抱っこして慰めてあげるんだから。 そう言って、ラブはますます力を入れてくる。 まるで、私を自分の中に包み込んでしまおうとするように。 まるで子供をたしなめるような口調のラブに、私は少し苦笑したくなる。 「……なんだか私、小さな子供みたいね……。」 「小さいコだよ!夏に生まれ変わったばっかなんだから。」 赤ちゃんみたいなもの!ラブはそう言い切って私の髪をクシャクシャに掻き回す。 まぁ、確かにこちらの常識は知らないし、人付き合いも下手だし…… でも、ハッキリそう言われてしまうと…… 「うん、何か分かった。これが足りなかったんだよ!あたし達には!」 ラブは唐突とも思える言葉で私の物思いを遮る。 何が?と問う間もなく…… ぎゅう…とまたラブが抱き締めてくる。 「……気持ち良い?」 戸惑いながらも、私は素直に頷く。 「他には?」 温かい。良い匂い。安心する。 私は思い付くままに言葉を並べる。それから…… 「……ラブが、大好き……。」 「うん!あたしもー!」 にゃはは、といつもの笑い声を上げ、ラブがぐりぐりと頬擦りしてくる。 「せつなにはね、抱っこが足りなかったんだよ。」 「………抱っこ…?」 「そう!」 ラブが私の頬を両手で挟んで見詰めてくる。 「だから、あたしはせつなに信じてもらえなかったんだよ……。」 意味が、分からない。 ラブは何を言ってるの? 私そんな事、考えた事もない。 私がラブを信じない、そんなの想像すら出来ないくらいなのに。 慌て反論しようとする私の唇をラブが人差し指で押さえる。 「あたしは、せつなを安心させてあげられてなかったもんね。」 本当に、ラブは何を言ってるの? 私がラブを信じてない?安心してない?どうして? 愛情も、安心も溢れるくらいもらってる。 現に今だって、こうして抱き締めてもらってる。 裏切りの言い訳一つ、まともに出来ない。 ラブの優しさに甘えて、罪の告白すら中途半端にしか出来ない。 臆病で脆弱で、傷付けたラブに甘える事しか出来ない私なのに。 「せつな、怖かったんでしょ?あたしに嫌われるかも……って。」 だから、何も言えなかったんだよね? 「傷付いてるせつなを見て、あたしが嫌ったりすると思った?」 それが、どんな原因でも。 「いーっぱい抱っこされて、愛されてる自信のある子はね、外で泣かされて 帰って来てもね、また抱き締めてもらえばすぐに泣き止めるんだよ。」 だから、あたしはせつなの心をもっと抱き締めてあげなきゃいけなかったんだよ。 「ごめんね、せつな。」 ラブが見つめる。胸の奥がきゅっと苦しくなる。 どうしてラブが謝るの?ラブは何も悪くないのに。 それなのに、私は、もっと愛してもらえるの?どして? どうして、ラブはこんなに私なんかを大事にしてくれるんだろう。 「せつなは、もっと欲張りになってもいいくらいなんだよ?」 ちっちゃい子がママに抱っこせがんだって誰も笑わないでしょ? もっともっと我が儘言ってもいいんだよ。 ラブはあくまでも私を小さな子供として話を進めようとする。 私は悪くない……。そう言ってくれてる。 小さな子供が些細な失敗を隠す為に、見え見えの嘘をつく。 その嘘を誤魔化す為にまた嘘を重ねる。 でも結局、小さな子供はそんな自分に耐えきれなくて、最後は泣いて お母さんに謝る事になる。 だって、お母さんはいつだって許してくれるから……。 「ラブは……私のお母さんなの?」 「まっさかぁ!あたし達はラブラブの恋人同士でしょー?」 「だから抱っこ以外も色々しちゃうんだもん。」 ラブは私を抱き締めたまま、チュッと唇をついばんでくる。 「………んっ……」 優しく柔らかな感触に、思わず甘えた吐息が漏れる。 「コラコラ、そんな声出さないの。……続き、したくなっちゃうでしょ……?」 「………しても、いいのに……。」 ラブは困った顔してる。ホントに私は構わないのに……。 ラブさえ嫌じゃなければ……。 「あのねぇ、今までがおかしかったの。具合の悪いせつなに色々してた あたしは、すごーく悪い子だったの。だから今、反省中。 せつなが元気になるまで我慢しなくちゃダメなの!」 間違ったり、失敗するのは仕方ない事。 それに気付いたら、反省して、やり直す。 それしかないよね? 「今せつなに必要なのは、ラブさんの愛情たっぷりの抱っこ! それに、たくさん眠る事だよ。」 ラブの優しい声。温かい手。柔らかく、包んでくれるぬくもり。 「……はい…。」 「うん、いいお返事です。」 幸せだ……と感じる。 もう二度と戻れない。そう思っていた場所は、以前よりも優しい場所になって 私を迎えてくれた。 まるで羊水にくるまれた胎児のように、安らかな微睡みに誘われる。 うつらうつらと暖かい闇に意識を持って行かれそうになる中、 一人の面影がちらつく。 (………祈里…………) 彼女はまだ、冷たい闇で一人うずくまっているのだろうか。 どうすれば、彼女にも安らかな微睡みが訪れるのか……。 ラブのぬくもりに包まれて、せつなは長く忘れていた深い眠りの中に漂っていった。 第10話 目隠しの気持ちへ続く
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/966.html
【3月1日】 『クローバーを四季に例えると?』 ラブ 「今日から3月スタート! 春が近づいてきて嬉しいな」 美希 「ラブって春のイメージよね」 ラブ 「明るいから?」 せつな「春眠暁を覚えず、だからでしょ」 ラブ 「とほほ……」 美希 「アタシは夏ね!」 祈里 「美希ちゃんの好きな青は、空と海の色ね」 ラブ 「せつなは冬!」 せつな「どうせ暗いわよ」 ラブ 「色白で雪のように綺麗だからだよ」 祈里 「じゃあ、わたしは秋かな?」 ラ美せ『実りの秋ね……』 祈里 「どこを見て言ってるの……」 【3月2日】 『手作りのダンスウェア』 ミユキ「今日はラブちゃん達とダンスウェアを買いに行くのよ」 ラブ 「ミユキさんと一緒に買い物なんて幸せです」 美希 「ウェアのアドバイスも聞けて勉強になります」 せつな「こんなに種類があるのね」 ミユキ「ラブちゃんたちは買わないの?」 ラブ 「あたしたちのはブッキーが作ってくれるんです」 ミユキ「あ、そうだったわね。じゃあ、どうして一緒に来たの?」 祈里 「流行のデザインやみんなの好みを知っておこうと思って」 ミユキ「なんだかうらやましいわね」 【3月3日】 『末永く幸せを見守るもの』 美希 「今日は雛祭りよ、お雛様を飾らなきゃ!」 ラブ 「桃の節句ともいうんだよね。うちでも大きいの飾るんだよ」 せつな「おかあさんに、ラブとお揃いで私だけの雛人形も買ってもらったの」 ラブ 「あたしが桃色、せつなは赤色なんだよね」 祈里 「身代わり雛ね。親が子の幸せを願って贈るのよね」 美希 「せつな、何でこっちをチラチラ見てるの?」 せつな「別に……。暇なら見に来てもいいのよ?」 美希 「見に来てほしいなら、そう言えばいいのに」 せつな「私ね、幼い人間のことを子供っていうんだと思ってたの。親がいて子がいるのよね」 美希 「はいはい、みんなで見に行きましょう。良かったわね、せつな」 【3月4日】 『イースの頃から好きな色』 美希 「今日はクイズよ! せつなの好きな色は何色でしょうか? 答えは明日ね」 祈里 「黄色かな?」 せつな「そうね、嫌いじゃないわ」 美希 「青がいいんじゃない?」 せつな「私に似合うと思う?」 美希 (アタシには赤い服選んだクセに……) ラブ 「ピンクがいいんじゃないかな?」 せつな「惜しいわね、それも好きな色よ」 アカルン「キー!」 せつな「あなたは出てきちゃダメよ。名前でバレちゃうじゃない」 【3月5日】 『だからクローバー』 せつな「私の好きな色は赤なの! みんなは何色が好きなのかしら?」 ラブ 「真っ赤なハートは幸せの証! 赤は情熱と幸せの色だよね!」 美希 「青い鳥って本があってね、青も幸せを意味するのよ」 祈里 「幸せの黄色いハンカチといってね、黄色も幸せの意味があるの」 ラブ 「桃源郷に桃太郎に桃の節句。桃色だって幸せの色なんだよ」 せつな「色は違っても、かける願いはみんな同じなのね」 【3月6日】 『せつなのおうち』 せつな「今日はおうちの庭に花の種をまいたわ! 咲くのがとっても待ち遠しい!」 ラブ 「せつなっ! それ、もう一回言って!」 せつな「おうちの庭に花の種をまいたのよ。それがどうかしたの?」 ラブ 「うん、おうちだよね。あたしとせつなの!」 せつな「おかしなラブね。なんだか、おとうさんとおかあさんまで嬉しそう」 【3月7日】 『知的好奇心』 キュアパイン「イエローハートは祈りの印! とれたてフレッシュ、キュアパイン!!」 せつな「イエローハートは祈りの印。どうしてかしら?」 美希 「久しぶりに、せつなのどして? が出たわね……」 祈里 「イエローはね、愛する人の無事を祈る色とも言われてるの」 美希 「ブッキーも動じないわね」 せつな「やっぱり、なぜ果物なのかがが気になるわね」 ラブ 「あたしのせいじゃないからね!」 タルト「わい、ちょっと用事を思い出したんで……」 【3月8日】 『タルト危機一髪!』 カオルちゃん「今日は、タルやんにイリュージョンショーをやって貰おうかな?」 タルト「ええけど、曲芸も一通りやったし、なんかマンネリやなあ」 せつな「手品なんてどうかしら?」 タルト「さすがに怪しまれるんとちゃうやろか?」 祈里 「曲芸ならいいんだ……」 ラブ 「タルトなだけに、タルに入るなんてどうかな?」 タルト「それでどないしますのん? ピーチはん」 ラブ 「え~と、ノコギリで二つに切ったり、ナイフで刺したり?」 美希 「面白そうね! さっそくやりましょう!」 タルト「ちゃんと、タネと仕掛け用意してはるんやろうな?」 ラブ 「…………」 【3月9日】 『ウサギの気持ち』 祈里 「今日は、キルンで学校のウサギさんたちとお喋りしたのよ」 せつな「なんて言ってたの?」 祈里 「眠るから撫でてとか、遊んでとか、穴を掘りたいとか」 ラブ 「お願い事が多いんだ~。そりゃそうか」 祈里 「寒いから藁をひいてとか、狭いから外に出してとか」 美希 「楽しいおしゃべりとは言えないわね、それじゃ……」 祈里 「話せない子のお願いを聞いてあげられるもの。楽しいよ」 ラブ 「あ~なんかわかるなあ、その気持ち」 祈里 「それに、帰る時にね、ありがとうって……」 せつな「良かったわね、心が通じて」 タルト「話せる子のお願いも、たまには聞いてやってや」 【3月10日】 『熱々のしあわせ』 ラブ 「シフォ~ン! 今日のご飯はあたたかいグラタンだよ!」 シフォン「キュア~! おいし~い!」 ラブ 「ふ~、ふ~、あーん」 シフォン「キュア! キュア!」 せつな「ラブって食べさせてあげる時も、食べてる時と同じくらい幸せそう」 ラブ 「うん! 同じくらい楽しいよ」 せつな「そんなラブには、私の作ったグラタンを食べさせてあげる」 ラブ 「う~ん、チーズの香り。こんがりキツネ色のおこげ。おいし~!」 シフォン「しあわせげとらね、らぶ」 避2-648へ
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/642.html
リアルタイムで話をしよう/そらまめ 「隣街に遊びに行こう!」 そう言ったラブの言葉で、週末の予定は決まった。 午前中から街へ行き、今は午後三時。四人は遊び疲れてカフェに入り、とりとめのない話をしていた。ラブと美希と祈里はテレビドラマの話で盛り上がっていたが、せつなだけは周囲を見た後なにか思案して、ぽつりとこんな質問をしてきた。 「ねえ、この店ってなんでこんなに相席が多いの?」 「「「え?」」」 いきなりどうしたのだろう?というか質問の意味がよくわからない。 「どういうことせつな?」 ラブがよく分からないといった表情でせつなに聞き返す。 「だって、同じテーブルにいても一人ひとりケータイを見てばかりだから、知らない人同士なのかと思って」 確かに周囲にはケータイ片手にカチカチと操作している人が多い。ただ、せつな以外の三人は当たり前の光景でしかなかったため、疑問にすら感じなかった。 「違うわよ。多分同じテーブルにいる人たちは大体友達同士だと思うわよ?メールとかネットなんか見てる人が多いんじゃないかしら」 「そうなの?」 美希がなんてことないようにそう言った。 「今はゲームとかアプリ…ケータイを使って遊べるサービスも多いから」 「そうそう。ハマると結構おもしろいんだよっ!」 祈里もラブも面白いからやってみたら?と勧めてきたが、せつなはその提案をなんだか煮え切らないような微妙な顔で聞きながら、再度質問した。 「でもそれって一人でやるものばかりよね?なんで目の前に友達がいるのに話をしないの?」 「えっ、えーと…それは…」 誰かからの困ったような声に、せつなはそんなに答えづらい質問なのかと不思議に思った。 だって思ってしまったから。この光景はまるで 「まるで、ラビリンスみたい…」 待ち合わせのために駅で待っている時もそうだった。多くの人が行きかっているのに、みんな下を向いてケータイを見て、人が大勢いても、対話している姿はそれほど見られなかった。カフェに入ってからは顕著だ。せつなにしてみれば、機械を見つめてばかりのその光景は見慣れていたものでもあり、今となっては異様な光景でもある。 ここがもしラビリンスだったら、その姿に違和感なんてない。むしろ当たり前だった。無駄口なんて存在さえしないし、どんなに人がいてもただひたすらに自分の仕事をするだけで、そこに人と人との繋がりなんてなかった。繋がりを教えてくれたのはラブやクローバータウンストリートの人達だ。 だから、大切なことを教えてくれたこの世界で、ある意味孤独なそういう姿を見てしまうのは、悲しくもあり、戸惑ったりもした。一緒にいても一緒じゃない。こうやって機械を介する繋がりを優先させていたら、人同士の繋がりが薄れ、いつかこの世界もラビリンスのように、コンピューターに全てを任せてしまう日が来るのではないかと不安になった。 そんな想いをかいつまんでぽつぽつと言ったせつなの言葉に、ラブたちは眉を下げる。 そんな大げさに考えなくても…と言いたいところだが、現に全てをコンピューターに支配されてしまった世界があったわけで、この世界もそうなってしまわないとは一概には言えないけど… 「うん…確かに、そうかもしれないね」 祈里が目の前のグラスに視線を下げながら、思い出したように続ける。 「学校でも休み時間になるとケータイを見てたりする人も多いし…」 「ああ、確かに…モデルの仕事でも、待ち時間とかは周りに人がいてもケータイいじってる人結構いるわ、アタシもよくやるし」 「うーん。あたしも人並みには使うけどそこまでちゃんと考えたことはなかったなあ」 祈里に続いて美希とラブも考え出したことにせつなは慌てて 「あっ!ごめんなさい。ちょっと思っただけだから。そんなに気にしないで」 とフォローを入れた。しまった。遊びに来ているのに暗い雰囲気にさせてしまった。 言わなきゃよかったと後悔した時、 「じゃあさ、あたしたちはたくさん話そう」 そうラブが言った。 「たくさん話す?」 「そう。ケータイを使う暇なんて与えないくらいたくさん話して、今よりももっと一緒にいられる時間を大切にして、繋がりがこれから先も続くように!まあでも、そんな心配しなくても大丈夫だよ。だってあたしたちの絆はそんな程度で薄れるものじゃないからね!」 「ラブにしてはいいこと言うじゃない。ただそのドヤ顔はイラっとするからやめて」 「ラブにしてはって何さ美希たん!しかもイラつくって言われたー」 「ラブちゃんすごい!なんだか少し見直したよ!」 「ブッキーもそこはかとなくバカにしてる…」 みんなのあたしへの評価が低いよー!っといじけ始めたラブを、美希と祈里は冗談だよって笑いながらフォローした。 さっきまで笑う雰囲気ではなかったのに、いつの間にかそんな雰囲気もせつなの杞憂も何もかもさらっていってしまったラブの言葉に、やっぱりラブには敵わないとみんなにつられてせつなも笑顔になった。 「そうね。私たちの関係は、機械にどうにかできるほどやわじゃなかったわね。そう思える仲間がい続けてくれるなら、きっと大丈夫よね」 せつなの言葉に他の三人も笑顔で応え、四人はまた、とりとめもないけど楽しくて、大切な話を再開した。
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/141.html
せつな「ねえラブ、最近書き込み少ないみたいね。どして?」 ラブ「んー、よく分かんないけど、燃料が無いとかどうとか…」 せつな「燃料??」 ラブ「あ、美希タンとブッキーが分かりやすい例えかも」 せつな「…あー、何となく分かったわ。確か今日も二人でデートだって言ってたわね」 ラブ「いやいやアツイねー。あの二人なら書き込み促進間違い無しだよ」 せつな「少しでも書き込みが増えればいいわね」 ラブ「て、せつな!今はせつなのウエディングドレス選んでるんだからそれに集中しないと!」 せつな「あ、ごめんなさいラブ。これタキシードだっけ?ラブに似合うと思うわ」 ラブ「タハー!照れるよせつなぁ」 ~おまけ~ ラブ「ねえせつな、一緒にやろ?」 せつな「せい一杯頑張るわ」 美希(何故?普通の会話なのに何だか変な感じが…) 祈里「二人ともやり過ぎには気をつけてね」