約 1,207,113 件
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/1162.html
幸せは、赤き瞳の中に(第2話:二兎を追う者) 赤いカーテンの隙間から、朝の光が漏れている。せつなは久しぶりに、桃園家の自分の部屋で目を覚ました。 普段寝起きしているベッドより、二回りも小さなベッド。部屋の中の温度も、気温そのものが一年中ほぼ一定のラビリンスと違って、変動が激しい。 それでも、そしてこの家を離れて半年以上経った今でも、この部屋で眠る時が一番安心して心からくつろげていることを、せつなは目覚めの瞬間、改めて実感していた。 外はもう明るいが、早朝と呼べる時間。昨夜、つい遅くまで話し込んでしまったから、隣の部屋のラブは勿論、家族はみんな、きっとまだ夢の中だろう。 せつなは手早くダンスの練習着に着替えると、足音を忍ばせて階段を下りた。 『朝のジョギングに行って来ます』とリビングのテーブルにメモを置いて、家を出る。 今日は、これまた久しぶりに、四人揃ってのダンスレッスンだ。だから少し身体をほぐしておきたかったし、何より大好きなこの町を、改めてゆっくりと眺めたかった。 せつなは、玄関先で軽く屈伸運動をしてから、通りを颯爽と走り出した。 まだ人通りもなく、店々のシャッターも閉まっている商店街。昼間とは打って変わって静かな通りを愛おしそうに眺めながら、せつなは少しずつペースを上げていく。 (何だか香ばしい匂い……。パン屋のおじさん、もうお仕事始めてるんだわ。駄菓子屋のおばあさんも、お元気なのね。今日もお店の前に、ゴミひとつ落ちていない) 誰も居ないガランとした通りなのに、そこに住まう人々の笑顔が、鮮明に目に浮かぶ。それが嬉しくて、自分でも気付かないうちに頬が緩んでいたせつなだったが、不意にその瞳が大きく見開かれ、足が止まった。 通りの一角に、『新装開店!』と書かれた大きなのぼり。ビニールをかぶった花輪が、店の前に幾つも並んでいる。 朝日を浴びて開店を待つファミリーレストラン――そこは一年と少し前、イースが生み出したナケワメーケに壊された店があった場所だった。 しばらく更地のままになっていたのだが、ようやく新しい店を建てることが出来たのか。いや、それとももしかしたら、持ち主が代わってしまったのだろうか。 ――町じゅうを、ジュースの海にしてしまえ! あの時の自分の声が蘇る。 使命にかこつけて、心に巣食う衝動に突き動かされるように暴力を振るった、かつての自分。「人を不幸にする」ということがどういうことか、まるで分かっていなかった――分かろうともしていなかった、あの時の愚かな自分の声が。 (こんな私を、この町の人たちは受け入れて、笑顔を向けてくれた。だからやり直したい。精一杯頑張って、ひとつひとつ) せつなは、ぐっと唇を噛みしめて追憶を受け止めてから、その場所に向かって、深々と頭を下げた。そして元の通りに戻り、今度は一気に加速する。 (私は、この町の人たちのように、ラビリンスを笑顔でいっぱいにしたい。そのために、私に出来ることって何だろう。そもそも私に、何か出来ることなんてあるのかしら……) さっきまでと同じように通りを駆けるせつなの姿。だが、その頭の中にあるのは、今は四つ葉町商店街の人たちの顔ではなかった。 幸せは、赤き瞳の中に ( 第2話:二兎を追う者 ) 「あ、せつなちゃん!」 日課である犬の散歩の途中で、四つ葉町公園の石造りのベンチで休憩していた祈里は、商店街へと続く通りに目をやって、明るい声を上げた。 遠くから見る見るうちに近付いて来る、一人の少女。ジョギングと呼ぶには速すぎるスピードなのに、その走り方は実に軽やかで、まるで空を飛んでいるかのようだ。 しなやかな獣のような美しい姿に、思わず見とれていた祈里だったが、その姿が次第に大きくなるにつれ、うつむきがちな表情が目に入ってきて、ハッとした。 真剣に考え込んでいるように見える、何だか他者を寄せ付けないような、緊張感を持った表情――。 祈里が心配そうに、かすかに眉を下げる。と、少女の顔がこちらを向いて、それまでとは百八十度違う、嬉しそうな笑顔になった。 「おはよう、ブッキー。早起きね」 「せつなちゃんこそ。わたしは、今日は何だか早く目が覚めちゃったの。そうしたら、この子たちにお散歩をせがまれて」 祈里の足元でじゃれ合っていた二匹の小型犬が、せつなにワンワンと吠えかけながら、千切れんばかりに尻尾を振る。それを楽しげに見つめてから、祈里は持ち前のおっとりとした口調で言った。 「久しぶりよね~、せつなちゃんとのダンスレッスン。楽しみだわ」 「そうね。みんなとちゃんと息を合わせられるといいんだけど」 「ミユキさんの練習プランは、こなせてるの?」 「ええ、特に問題ないわ」 四つ葉町にあまり頻繁には帰って来られないせつなのために、ミユキはダンスの練習プランを組んで渡していた。一カ月や二カ月レッスンが受けられなくても、なるべくレベルを落とさずに他のメンバーに付いて行けるよう、ミユキが何度も試行錯誤して作ったプランだ。 最近はせつなだけでなく、モデルの仕事が忙しくてレッスンを休みがちな美希も、このプランで自主練習をすることが増えて来ていた。 二匹の頭を優しく撫でてから、その場で屈伸運動を始めたせつなの笑顔が、心なしか硬いように見える。久しぶりに四人揃って、しかもミユキの前で踊るのだ。さすがのせつなも、少し緊張しているのかもしれない。そう思って、祈里がニコリと笑って話題を変えた。 「そう言えば、せつなちゃん。明日は、どこに行きたいの? どこか、行きたいところがあるんでしょう?」 今日はミユキにしごかれるだろうが、明日は朝から四人で遊ぶ約束をしているのだ。 ラブと美希と三人で相談していた時は、海や遊園地に遊びに行こうかという話も出たのだが、ラブがせつなの希望を聞いてみると、出来れば四つ葉町で過ごしたいという返事だと言う。 「ううん。ただみんなと楽しく、四つ葉町での時間を過ごしたいだけ」 「それだけでいいの?」 「ええ。そして、この町の幸せを少しでも、ラビリンスに届けられたら、って……」 「そっか。じゃあ、せつなちゃんがどんな幸せを届けたいのかで、明日の予定を決めればいいね」 祈里の思いやりがこもった同意の言葉を聞いた途端、何故かまた微かに、せつなの顔に陰が帯びる。それを見て、祈里は今度こそせつなの顔を真っ直ぐに見つめると、柔らかながらストレートな調子で問いかけた。 「ねぇ、せつなちゃん。何か、困っていることがあるんじゃないの?」 「え?」 「何かあるなら、言って? わたしで良ければ、話だけでも聞くよ?」 大きく目を見開いて祈里の顔を見つめ返したせつなが、それを聞いて小さく微笑む。そして少し顔を俯かせながら、言葉を押し出すように話し出した。 「この町には、幸せに繋がる楽しいことが、たくさんあるわ。ほんとに、数えきれないくらい」 みんなでお喋りをしたり、ご飯を食べたり、ダンスをしたり。それから、スポーツやお買い物や、お祭りや……。 ひとつひとつを、さも大切そうに、嬉しそうに数え上げてから、せつなはそのままの表情で、祈里の顔を見つめた。 「ラビリンスの人たちが、楽しいことをたくさん知って、一人一人が、自分の好きなことを見つけてくれたら、とても嬉しい。でも……」 せつなの顔が、再び下を向く。そして膝の上に置かれた自分の手を見つめたまま、せつなはしばらくの間、沈黙した。 「……私、みんなのように、喜びや幸せを伝える自信が無いの。どうやって伝えればいいのか、よく分からなくて」 隣からせつなの顔を覗き込むようにして、じっと話を聞いていた祈里の顔に、穏やかな笑みが浮かぶ。そして祈里は、白くほっそりとしたせつなの手の上に、そっと自分の手を重ねた。 「あんまり伝えようってばかり、思わなくてもいいのかも」 「え?」 「わたしね、せつなちゃん」 黄色と赤の練習着が、石造りのベンチの上で、そっと寄り添う。 「前に、聞かれたことがあったけど……。わたしが本当にダンスをやりたいって思ったきっかけはね。トリニティのミユキさんにダンスを教えてもらえるから、ってことじゃ無かったの」 突然何の話が始まったんだろう、という顔で小首をかしげるせつなに微笑んでから、祈里はベンチの後ろに広がる雑木林を指差す。 「ラブちゃんの誘いを断った後にね。あの辺から、レッスンを受けてるラブちゃんと美希ちゃんを、こっそり見てたの。まだ始めたばっかりだから、ステップも全然踏めなくて、テンポだって滅茶苦茶なのに、二人ともとっても楽しそうで、生き生きしてて……。それを見てたら、わたしもやってみたいな、って思ったの」 そう言って、祈里は目の前に広がる石造りのステージに、その穏やかな視線を向ける。まるでそこで、その時のラブと美希が踊っているかのように。 「本当に楽しそうに何かをやっている人を見たら、自分もやってみたいって思う人は、きっと居ると思う。そして一緒にやれば、もっと楽しい時間が過ごせるわ。だから、まずはせつなちゃんが、楽しんでいる姿を見せればいいんじゃない?」 「私が? でも、そんなにたくさんのこと、私一人じゃ……」 驚いた顔で呟くせつなに、祈里が笑ってかぶりを振る。 「楽しいって気持ちを知れば、新しい楽しみを探そうっていう人も、きっと現れると思うの。そういう人が増えて行けば、きっと少しずつ、いろんな楽しいことが増えていくわ。だからね。まずはせつなちゃん自身が心から望むことをして、幸せを感じられることが、一番大切なんじゃないかな」 「私が……一番楽しめること? 幸せを、感じられること?」 せつなが、一言一言を噛みしめるように、小さく呟く。祈里がゆっくりと頷いた時、通りの方から、せつなと祈里を呼ぶ声が聞こえて来た。 いつもの青い練習着に身を包んで、美希がこちらに向かって一心に走って来る。 「あ、美希ちゃん。おはよう」 「おはよう。二人とも、今日はヤケに早いんじゃない?」 美希がハァハァと息を弾ませて、首にかけたタオルで額の汗をぬぐう。その顔を、せつなは夢から覚めたような顔で見つめると、すぐにまた、穏やかな笑顔になった。 ☆ 「うわぁ、美希たん、カッコイイ!」 「うん。いつもより、なんか大人っぽいかも」 試着室の前でポーズを決める美希に、ラブと祈里が目をキラキラさせる。そんな二人に小さく微笑んでから、美希はやや緊張気味な視線を、もう一人の親友に向けた。 人差し指を下唇に当てて、せつなが真剣そのものといった顔つきで、美希の姿を上から下までじっくりと眺めている。その眼差しに、美希が思わずごくりと唾を飲み込んだその時、せつなの表情が、ふっと緩んだ。 「完璧ね。その差し色、やっぱり美希によく似合ってる」 「あら。差し色だなんて、せつな、ファッションに随分詳しくなったんじゃない?」 濃い砂色のワンピースの襟元に、明るいターコイズブルーのスカーフをあしらった美希が、ニヤリと笑ってから、こっそりとホッとしたような息をつく。 せつなが帰って来て三日目の今日は、朝から四人揃ってのお出かけだ。昨日はダンスレッスンでみっちりしごかれてヘトヘトになったのだが、四人とも、今日は勿論元気一杯だった。 祈里の希望で今話題の映画を観て、ラブの希望でハンバーガーを食べてから、四人はこのブティックにやって来ていた。ここへ来たいと言ったのは美希だが、ラブも祈里も、楽しそうに何着も試着を繰り返している。 私服に着替え、さっさと支払いを済ませた美希は、張り切った様子でせつなの腕を取った。 「じゃあ、次はせつなの番かしら?」 「私? いや、私は別に……」 「なぁに言ってんのよ。ここまで来て遠慮しないの。アタシが完璧に……」 「せつな、ほら! これなんか、せつなにすっごく似合いそうだよ。あと、これとぉ……それから、これも!」 美希が得意げに言いかけたところへ、ラブが両手いっぱいに洋服を抱えてやって来た。そして鼻歌交じりでせつなを試着室に押し込む。 「ちょっと、ラブ! こんなに沢山、着られないわよ」 「いいじゃんいいじゃん。ちょっと着てみるだけだから。気に入ったのだけ、買えばいいんだからさ。ねっ?」 「だから、私は買うなんて一言も……」 「うふふ。せつなちゃんも、ラブちゃんには敵わないね」 楽しそうな祈里の言葉に、美希はハァ~っとため息をつくと、さっきのせつなの慌てた顔を思い出して、クスリと笑った。 結局、それから一時間ほど後にドーナツ・カフェに腰を落ち着けた時には、四人全員がブティックの紙袋を提げていた。 テーブルの上に置いた紙袋に、嬉しそうにそっと手を触れるせつなに向かって、美希が再びニヤリと笑う。 「何だか嬉しいなぁ。せつながこぉんなにお洒落に興味を持ってくれるなんて」 「そ……それほどでもないわよ」 「そんなこと言って~。一緒に買い物すれば分かるわ。今日はアタシの出る幕なんか無かったじゃない? 自分に似合う服を、完璧に選んでて」 「いや、これはラブが無理矢理……」 「でも、せつなも気に入ったんでしょ?」 畳みかけるような美希の問いかけに、せつなが赤い顔でこくりと頷く。それを見て、ぱぁっと笑顔になったラブが、さらにテンション高くせつなに詰め寄った。 「そうだよねっ! だってせつな、超可愛かったもん。ねぇ、すっごく気に入った? ねえねえ、せつなってばぁ!」 「……ええ。すっごく、気に入ったわ」 ますます真っ赤になったせつなの横顔を、優しい眼差しで見つめるラブ。そんな二人を、美希も笑顔で見守る。 四つ葉町に帰って来ても、どうやらラビリンスのことばかり考えているらしいせつなに、何か素敵な買い物をさせてあげたい――そう思って完璧な計画を立てていたのだが、ラブのせい……いや、ラブのお蔭で、思った以上に上手く行ったようだ。 「さぁて、ドーナツを食べながら、次にどこに行くか決めなきゃねっ!」 「そうだね。じゃあ、まずは注文に行かなくっちゃ」 「カオルちゃーん!」 ラブと祈里が笑顔で席を立って、ドーナツ・ワゴンに向かう。それを見送ってから、美希はせつなの方に顔を寄せて、囁くように言った。 「せっかくだから、ラビリンスでもお洒落しなさいよ。自分が気に入った服を着る幸せを一番伝えられるのは、せつな自身のファッションだと思うな~」 「え……な、何言ってるのよ! 私は美希と違って、モデルにはなれないわ」 「ノンノン! 雑誌の写真で見るのと、実際にその服を着て、楽しそうに動いている人を見るのと、どっちが素敵に見えると思う? 着ている人が、その服を気に入っているのなら、尚更よ」 途端にドギマギと目を泳がせるせつなに、美希がパチリと片目をつぶる。 「ラビリンスに幸せを伝えるんでしょう? だったら、せつな自身が幸せな姿を見せなくてどうするの。好きなものは好き、欲しいものは欲しいって、せつなはもっとアピールしていいと思うわよ?」 「別に、私は……」 せつなが真っ赤な顔で言いかけた時。 「は~い。美希たんはアイスティー、せつなはオレンジジュースだよね~」 「カオルちゃんに、ドーナツおまけしてもらっちゃった。ほら」 ラブと祈里が、ドーナツが詰まったバスケットと四人分の飲物を持って、笑いさざめきながら戻って来た。 せつなは、まだ赤い顔で美希を軽く睨んでから、ドーナツをひとつ手に取って、そのハート型にあいた穴を、じっと見つめた。 ☆ その夜。せつなは自分の部屋のベッドに横になり、ぼんやりと天井を見つめていた。 階下からは、ラブとあゆみの話し声が途切れ途切れに聞こえてくる。時折、圭太郎の明るい笑い声がそれに混じる。 すっかり聞き慣れた――そして今では少し懐かしい、桃園家の団欒の声。その輪の中に混じってみんなの話を聞いている時間は、せつなが何よりも好きな時間だ。 だが、今日は少し疲れたからと言って、先に部屋に戻ってきてしまった。一人で考えてみたいことが、たくさんあったからだ。 家族で笑い合って、ご飯を食べて。仲間たちとダンスレッスンをして、みんなで四つ葉町のあちこちにお出かけをして。 ずっとこの町で過ごしたかった、かけがえのない時間――それなのに、気が付くと、いつもラビリンスのことを考えている自分が居る。この町で幸せな時間を積み重ねるために帰って来たのに、幸せを感じている気持ちのどこかに、常にラビリンスの影がある。 その癖ラビリンスに居る時は、何度となく四つ葉町の家族や仲間たちの姿を思い描いてしまうというのに。 (私がこの町で幸せな時間を過ごしたいのは、自分の幸せの形を知りたいから。じゃあ、何故それを知りたいのかと言えば、そうすることで、ラビリンスに幸せを伝えたいから。だとすれば……両方が気になってしまうのは、当然なのかもしれない) “二兎を追う者、一兎をも得ず”――かつて覚えた、この世界の諺を思い出した。ダンスとプリキュア、両方やろうと明らかに無理をしていたあの頃のラブに、何とかプリキュアを諦めさせようとして言った言葉だ。 (四つ葉町で積み上げる私の幸せと、ラビリンスに届けたいみんなの幸せ――。繋がっていると思っていたのに、ひとつにはなれないのかしら) 寝返りを打って、今は闇に沈むカーテンに目をやりながら、仲間たちの言葉を思い起こす。 ――まずはせつなちゃん自身が心から望むことをして、幸せを感じられることが、一番大切なんじゃないかな。 ――好きなものは好き、欲しいものは欲しいって、せつなはもっとアピールしていいと思うわよ? (幸せは、こんなにも……溢れるほどに貰っているわ。心から望むこと? 私が欲しいものは……) そう自分に問いかけた時、ズキリと胸が痛んだ。 心から望んだことも、欲しいものをアピールしたことも、いくらでもある。そのために、多くの人を傷付けたことも。それでもあの頃、本当に欲しいものは、決して手には入らなかった。 今、こんなに多くの人たちから幸せを貰っているというのに、何故胸が騒ぐのだろう。 そう思ってじっと心の奥に目を凝らせば、あの頃の自分が――イースがまだそこに居るような気がする。 (もしかしたら、それが怖くて、私は……) せつなは、ひとつ頭を振って気持ちを落ち着けると、もう一度天井の木目を見つめた。 (もう誰も傷付けたくない。誰の笑顔も奪いたくない。だから――私が望むのは、みんなに幸せを伝えること。そのための、私の幸せよ) ベッドから起き上がり、机の一番上の引き出しの奥から異空間通信機を取り出す。何だか急に、ラビリンスの次のお料理教室の準備のことが気になったのだ。とは言え異世界に居る自分がわざわざ連絡を取ったりしたら、きっと何事かと思われるだろう。 (この世界の端末と繋げれば、メールくらいなら見られるはず……) 一瞬、圭太郎の書斎にあるパソコンを借りようかと思ったが、万が一壊してしまったりしたら申し訳ない。かと言ってリンクルンでは、端末としては少々スペックが不足している。 少し考えてから、以前、タルトがよく遊んでいたゲーム機を使うことにした。タルトは使っていなかったようだが、このゲーム機にはネット環境が備わっているのだ。 多少試行錯誤はしたものの、三十分ほど経った頃には、せつなはラビリンスで使っている自分のメールアドレスを開くことに成功した。 小さなゲーム機の画面に並ぶ、未読メールのタイトル。心なしか、いつもより数が多いな、と思いながら、一件一件、中身をチェックする。 (え……何これ。給食センターで、何かあったの?) 最初は不思議そうだったせつなの表情が、次第に怪訝そうなものになり、ついには険しい表情に変わった。 ~終~ 第3話:ネクストと呼ばれた少女へ
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/236.html
「月光の幻」/黒ブキ◆lg0Ts41PPY (ったく!二学期入ってから課題とか多すぎなんだよ!) 大輔は机をゴソゴソ探りなから一人ごちた。 (しかも三回忘れたら補習とか!ありえねーし!) 時間は21時。夕飯後、忘れ物に気付いて学校に取りに戻った。 本当なら鍵が閉まってるのだが、生徒の間では幾つかの侵入ポイントが 公然の秘密となっており、大輔もその一つから忍び込んだ。 教室には月明かりが差し込み懐中電灯もいらないくらいだ。 ふと、隣の席に目をやる。 『ちぇーっ。ラブの隣かよ。』 席替えの時についそんな軽口を叩いた事を思い出す。 内心は嬉しくて堪らず、にやける顔を誤魔化すための照れ隠しだったのだが。 (オレ、東にも謝った方がいいのかな…。) この間の事だ。中々ラブと話すタイミングが掴めず、八つ当たりのように、 ちやほやされるせつなを皮肉った。 本気でせつなが疎ましかった訳ではない。 ただ、容姿の良さや勉強、スポーツで 転校初日からクラスの注目を集めた上にラブに構われっぱなしのせつなに、 まぁ、何と言うか、嫉妬しただけなのだ。 (でも、そんなに怒る事かよ。) 大輔としてはほんの軽い気持ちで出たものだ。深い意味もない。 でもラブの怒りは本物だった。 今まで散々軽口を叩き合ってきたが、あんなに本気の怒りをラブが 見せた事はなかった。 (何なんだよ、せつなせつなって気持ち悪りぃ。ベタベタし過ぎなんだよ。) その時、廊下にチラリと明かりが映った。 (っやばっ!見廻りか?) 大輔はキョトキョトとし、取り敢えず教室前の方まで移動して、教卓の影に隠れた。 「あっ!ラッキー、鍵開いてるよ!」 「先客が居たんじゃない?ラブみたいな。」 「なによ、もう!せつなの意地悪!」 クスクスと笑いを含み、からかうような声と、少し拗ねた風を装った声。 (……ラブと、東?) こんな時間まで2人で何やってんだ?と、思いながら、 一緒に暮らしてる、と言っていたラブの言葉を思い出した。 「あった?」 「あったあった。まったく課題多すぎ!しかも三回忘れで補習!ありえないよねぇ!!」 (……ラブも忘れ物かよ。) しかも自分と同じ事を言っているラブに何だかくすぐったいような気分になる。 それにしても、つい隠れてしまったがどうするか。今さら出て行くのも 気まずいと言うか……。 ラブ達が帰ったらこっそり消えるか。 「ふふふー…、せーつな。」 「きゃっ……!何?」 「だってぇ。せつな学校じゃ、あんまり触らせてくれないんだもん。」 「……そんな、……しょうがないじゃない。」 (………?) 「ちょーっぴり……不安になっちゃうかも。せつな可愛いからさ。 男子にも女子にもモテモテなんだもん。」 「………何言ってるの?そんなの……。転校生だから珍しがられてるだけよ。 そんな事言うならラブの方こそ……」 「あたしが?なんかある?」 「………仲のいい友達、たくさんいるじゃない。 …それに、大輔君だって……」 「へ?……大輔?」 昼間とは違う雰囲気を醸し出している2人に、嫌な違和感を覚える大輔。 自分の名前が出た事が気になりつつも、体が硬くなり教卓の影で身を縮める。 「すごく、親しそうだし。男子で大輔君の事だけ呼び捨てだし……」 「エェー?大輔とあたしが…ってコト?ナイナイ、それはない。」 「………でも、ラブはそうでも、大輔君は分からないじゃない。」 「いやぁ、大輔が?あたしを?それこそでしょー?」 「…………。」 「ははーん?せつなぁ……。ヤキモチ?」 「………………。」 「もぉ!可愛いなぁ、せつなはぁ。」 「そんなんじゃ、………んん……」 急に無言になった2人。 大輔は強張った体を捻り、様子を窺おとする。頭の隅から、 見るな、と言う声が聞こえる。 しかし、もう遅かった。 大輔はポカン……と顎を落とす。目の前の光景に声が出ない。 昼間のように明るい月明かりの教室。 ぴったりと重なるようにラブがせつなを抱きすくめている。 キス……。そんな軽い言葉では済まない。 教室の端と端でも、何度も角度を変え、深く重なっているのが分かる唇。 その奥で舌が絡まり合っているだろう事が知れる。 濡れた音さえ聞こえそうなほどに。 ラブの腕はせつなの細い腰に回され、もう片方はうなじ、背中、脇腹…と 慣れた手つきで撫で回す。 せつなはラブの首に腕を絡め、ラブの行為を当たり前の事のように 受け入れている。 身も心も許しあった、恋人同士の濃密な愛撫。 ラブの手がせつなの内腿を揉むように撫でながら、 スカートの中に潜り込もうとしている。 せつなはラブのいたずらな指先の浸入を拒むように、 あるいは逃がさず誘い込むように股を擦り合わせる。 2人の動作の細かな一つ一つまでが、精密な静止画のように 大輔の脳裏に焼き付く。 思考が麻痺し、ただ焼き付いた画像だけが頭の中に溜まっていく。 「……大輔は、ただの友達だよ。」 「………本当に…?」 「そりゃあ、他の男子よりはちょっとは仲良いかもだけどさ。」 「………。」 「もし、もしね、…万が一、大輔があたしを…無いよ?絶対無いけど。 そんな事があってもさ。関係ないよ。」 「………ラブ?」 「分かってるでしょ?あたしが好きなのはせつなだけ。 どれくらい大好きで大切か知ってるでしょ? 大輔は、友達。せつなとは比べられないよ。」 「………ん、ごめんなさい…。」 「もう…、まさか信じてくれてない?」 「…だから……ごめんなさい。」 身を寄せ、時にお互いの唇をついばみながらの甘い囁き。 大輔は2人の間に漂う淫靡な空気に、ずっと密かに思ってきたラブの口から出た、 『ただの友達』と言う台詞にショックを受ける事すら忘れていた。 「あっ……。ダメ、これ以上は……やっ…。」 「なんで……?誰もいないよ?いいじゃん。」 「……あんっ…、ここ、学校よ。……こんな事しちゃいけないわ……。」 「せつなは真面目さんだねぇ……。」 「……だからっ…んんっ……ダメ。…続きは帰ってから…、ね?」 「絶対だよ……?」 ラブの指先がせつなの胸元を引っ掻くような仕草を見せ、耳朶を甘噛みする。 せつなは微かに眉を寄せ、少し開いた唇から濡れた吐息を漏らし、身を捩る。 大輔の体が震える。頭に不快な金属音が響き、吐き気がする。 思わず目をそらし、床に視線を落とす。 その時……… 蒼白い月光に包まれていた教室に、一瞬、夕焼けよりも赤い光が満ちる。 (……なっ…何だ?!) 思わず顔を上げる。 そこには、相変わらずの眩いばかりの銀色の月光。 それに、静まりかえった人の気配すらない教室。 (…………はあっ?) ついさっきまで、体をまさぐり合っていたはずのラブとせつなは 影も形もない。 大輔が視線を外したのはほんの一瞬。扉までの数メートルを 移動する時間すらないだろう。 それに、古い教室の引き戸は開け閉めすると派手に軋んだ音がする。 例え、思いの外長く思考停止していたとしても気付かないはずがない。 (は……はは、夢?ってか、妄想か?) 大輔は床に尻餅を付き、自分の髪ををグシャグシャに掻き回す。 (そっか、そーだよな。あんなの……ありえねーしよ……) 頭の奥で、違う。と叫ぶ声がする。 しかし、大輔はそれを無視して聞こえない振りをした。 あんな事、あり得ない。あるはずがない。 (しっかし、オレも趣味悪ぃな。どうせ想像するなら、もっとこう……、 ってか、なんで相手が東なんだよなぁ?) きっと、八つ当たりで暴言を吐いた罪悪感がそうさせたんだ。 そうに違いない。 大輔は、自分でも丸っきり説得力の無い理由だと分かりながら、無理やり 納得したと信じ込もうとする。 夢なんだよ……。 頭に焼き付いてしまった、画像が意思と関係なくフラッシュバックする。 深く重なった唇。 お互いの体をまさぐる手慣れた手付き。 甘く囁く、湿度の高い声。 夢なんだよ。 そう、大輔は自分に言い聞かせる。暗示を掛けるように。
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/595.html
ラブ・レター/一六◆6/pMjwqUTk 「あなたには、これから素晴らしい幸せが訪れるでしょう」 水晶玉から目を上げてそう口にすると、目の前の男の表情が、見る見るうちに明るくなる。それを見て、せつなは心の中で、ふん、とせせら笑った。 どいつもこいつも、幸せと言いさえすれば、それだけで幸せそうな顔をする。全くこの世界の人間は、どこまでおめでたいのか……そう思いながら立ち上がろうとすると、男が話しかけてきた。 「あの、せつなさん……ですよね? お名前」 思わずぎくりとして、目の前の相手――せつなより少し年上らしい男を見つめる。どうしてこいつが、その名前を知っているのだろう。 せつなの視線に、相手は少しどぎまぎした様子で言葉を続けた。 「いやぁ、昨日、お友達と一緒のところを見かけて……。そう呼ばれているのを耳にしたものだから」 なんだ、そういうことか、とせつなは小さく息をつく。そして、いつものように軽く一礼すると、もう興味はないと言わんばかりに、館のリビングへと続く出口に向かった。 「あ、あのっ! もし良かったら、今度、食事でも……」 男の声が追いかけてくる。それを完全に黙殺して、せつなはバタンと後ろ手にドアを閉め、すぐさまイースの姿に戻った。 ラブ・レター 「よぉ、イース。これ、お前宛てのようだぞ」 リビングに入ると、ウエスターが、手に持ったものをひらひらさせながら近付いてきた。 小さな四角い、淡いピンク色の封筒。この世界のものに違いないその封筒の表には、確かに「東せつな様」と書かれている。 「これ、どこで?」 「ど……どこだっていいだろう。お前宛てだったから、運ぶ手間を省いてやったのだ」 何故か慌てた様子で答えるウエスターに、イースは呆れた顔をする。 「ふん、この世界の人間の手間を省いて、どうするつもり?」 そう言いながら封筒を裏返したイースの顔が、途端に険しくなった。 「どうした。占いに来たお客様からか?」 「うるさい!」 忌々しそうな口調とは裏腹に、イースの細い指が、封に貼られたシールを丁寧に剥がす。そして中の便箋を取り出して一読すると、イースの表情が再び変わった。 白い頬をうっすらと桃色に上気させて、怒っているような、喜んでいるような、困っているような……。 その時、からかうような口調の第三の声が、リビングに響いた。 「ほぉ。どうやら随分と、素敵な手紙のようじゃないか」 ソファに座り、相変わらず角砂糖が盛り上がったティーカップを手にしたサウラーが、口の端を斜めに上げてにやりと笑う。 イースはハッとしたように顔を上げると、便箋をたたんで、ジロリとサウラーを一瞥した。そして、そのまま便箋を元通り封筒に戻し、剥がしたシールを再び貼り付けた。 「これ、受け取れないわ」 「えーっ!? でもこれ、お前宛てなんじゃ……」 ポカンと口を開けるウエスターに、イースは無理矢理、封筒を押し付ける。 「あなたが勝手に持って来たんでしょう? だったら、自分でどうにかしなさいよ」 言うだけ言うと、コツコツと靴音を響かせて、リビングを出て行くイース。 「うっそぉ……」 後には、封筒を手に、途方に暮れた様子のウエスターと、ふん、と鼻で笑って紅茶を啜るサウラーが残されたのだった。 ☆ 「お母さん。このあいだ遊びに来たおばさんから、手紙が来てるよ」 台所にいるあゆみとせつなのところへ、ラブが封筒を持ってやって来た。夏休みももうすぐ終わり。二人は涼しげなガラスの器にアイスを盛り付けて、お茶の支度をしているところだ。 「あら、見せて見せて」 あゆみが、いそいそとエプロンで手を拭うと、封筒を開ける。それは、数日前に桃園家を訪れた、今は遠方に住む、あゆみの高校時代の友達からの手紙だった。 「この前のお礼状ね。二人とも、可愛いお嬢さんたちですね、って書いてあるわよ」 嬉しそうに手紙に目を通すあゆみに、ナハハ~、と照れ笑いを浮かべるラブ。そんな二人を見ながら、せつなが不思議そうに小首をかしげた。 「その方って、あの日の夜にもお礼の電話を頂いたんじゃ……。それなのに、もう一度お礼を?」 「そうねぇ」 あゆみがせつなに微笑んでから、手紙を丁寧に封筒に戻す。 「別にお礼だけなら電話で十分だけど、こうやって手紙を貰うのも、嬉しいものよ。電話じゃ伝えきれなかった、いろんなことが書いてあるしね。 それに、形に残るものだから、何度でも読み返せるし、何より相手が自分のことを思いながら文字を綴ってくれたんだって思ったら、嬉しいでしょう?」 「あ……。ええ、それはわかるわ」 せつなが、少し頬を赤くしながら、コクリと頷いた。 「そんな風に、相手の想いを何回も読み直せるって、素敵ね」 素直なせつなの言葉に、あゆみがニコリと笑う。すると、それを嬉しそうに眺めていたラブが、突然、あ!と声を上げた。 「そうだ、思い出した! せつな、ちょっと来て」 「え、何?」 「いいから、いいから」 ラブがせつなの手を引っ張って、階段を駆け上がる。そのまま自分の部屋に飛び込むと、机の一番上の引き出しを開けて、その奥の方をごそごそと探った。 「あった! えへへ、あたしさ、せつなに手紙書いたことがあったんだ」 「これって……」 せつながラブの手の中にあるものを、呆然と見つめる。 記憶の中にあるものより皺の寄った、小さな四角い、淡いピンク色の封筒。その表には、少し滲んだ「東せつな様」の文字――。 間違いない。占い館でウエスターに手渡され、一読しただけで突き返した手紙。さっき、あゆみの言葉を聞きながら脳裏に浮かんだもの。イースが初めて受け取った、通達ではない、想いの籠った手紙。でも、あのときはどうしても受け取ることの出来なかった手紙が、そこにあった。 「ほら、前に美希たんとブッキーも飛び入りして、みんなでボーリングに行ったことがあったでしょ? あの後に書いたんだけどね」 ラブが、嬉しそうに話を続ける。 「でも、占い館の住所がわからなかったから、郵便局で教えてもらおうと思って制服のポケットに入れてて、どっかで落っことしちゃって……。 そしたらその後、カオルちゃんがお店に落ちてたよって渡してくれたんだけど、少し雨に濡れたみたいで、こんなになっちゃったの。 だから、ちゃんと書き直して渡そうと思って、ここに入れておいたんだけど……」 ごめ~ん、そのままになっちゃった……と頭を掻くラブに、せつなはじっと封筒を見つめたまま、小さくかぶりを振る。 「そう……そういうことだったのね」 あの頃から、ウエスターは仲間に隠れて、足繁くドーナツ・カフェに通っていた。そこでおそらくラブが落とした手紙を拾ったのだろう。そして、イースに突っ返されて困った挙句、また手紙を元通り、ドーナツ・カフェに戻しておいたのに違いない。 せつなは、皺の寄った封筒を手に取ると、怪訝そうに首を傾げるラブの顔を、上目づかいで見つめた。 「ありがとう、ラブ。あの、これ……今からでも、貰っていい?」 「あ、じゃあこれ、今からちゃんと書き直すよ! あれからすごーく時間経っちゃったし、それに、こんなにシワシワになっちゃったからさ」 「ううん、そのままの……あの時のラブの手紙がいい」 せつなが赤い顔をして、照れ臭そうに笑う。それを見て、ラブもほんのりと頬を染めた。 二人で楽しい内緒話でもしているように、目と目を見かわして、うふふ……と笑い合う。が、次の瞬間、あ……と小さく呟いて、ラブが少し困った顔になった。 「で、でも、ちょっと待って。あたし、何書いたかな。ねぇ、せつな、ちょっと中身を確認しても……」 「いいわよ。ただし、まずは私が読んでからね」 「えーっ!? じゃ、じゃあ、一緒に見よ? それならいいでしょ? ねぇ、せつなぁ!」 もう、と苦笑いしながら、せつなの細い指が、少し毛羽立ったハート形のシールを丁寧に剥がす。横から、ラブが少し不安そうな顔で、せつなの手元を覗き込んだ。 「ラブー! せっちゃーん! もう、アイスが溶けちゃうわよぉ!」 階下から、しびれを切らしたらしい、あゆみの声が聞こえてきた。 -------- ハーイ、せつな! 元気? 昨日は少し具合悪そうだったけど、もうすっかり大丈夫かな。無理しちゃダメだよ? あたしは昨日と同じく、元気です。 メアド交換しようって言ったのに、シフォンのおかげで出来なかったから、こうして手紙を書いてます。 今度会ったときは、必ずメアド交換しよ。 昨日は一日、すっごく楽しかった! どうもありがとうね。 せつな、ボーリング初めてだって言ってたのに、とっても上手で驚いちゃった。 今まで、友達の中では美希たんが一番上手いって思ってたけど、もしかしたら、せつなの方が上手かも。 今度、二人で勝負してみてよ。そして、今度はせつながあたしに、お手本見せてね。 それから、美希たんとブッキーのこと、すぐに許してくれてありがとう。 二人はあたしの幼なじみで、あたしのこと、いっつも心配してくれるんだ。 でも、せつなもあたしのためを思ってくれてたんだって、二人もわかってくれたしさ、あたしたち、これからもっともっと、仲良しになれるよね? 今度はみんなでどこに行こうか。四つ葉町には、まだたーっくさんステキなところがあるんだ。 また、せつなを案内できるのが、とっても楽しみです! もし良かったら、また四つ葉町公園に会いに来てね。 あたしたち、学校帰りにいつもあそこでダンスの練習をしてるんだ。 ステージに居なかったら、この前せつなも一緒に行った、カオルちゃんのドーナツ・カフェにいるかも。 (もしかしたら、ドーナツ・カフェにいる時間の方が長いかも! アハハ~) じゃ、また会えるのを楽しみにしています。 体には気を付けてね。また、一緒に幸せゲットしよ! ラブより --------
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/290.html
翼をもがれた鳥 第3話――夢のまた夢―― 少女は歩く。 ゆらゆらと木漏れ日の降り注ぐ、静かな森の中を。 美しい黒髪を揺らしながら。物憂げな瞳で遠くを見つめて。 森は好きじゃなかった。一人でいることを、ひしひしと感じるから。 街に出たとたんに、辺りに満ちる喧騒。 威勢のいい掛け声や、楽しそうな談笑に囲まれる。 街は好きじゃなかった。自分だけ、独りでいることを実感するから。 目的の場所に着いて、ようやく一息つく。 朝の柔らかな日差し。広々とした空間。まばらに見かける人の姿。 公園は好きじゃなかった。ひとりでいる人なんて、ほとんど見かけないから。 でも――ここには。 四つ葉町公園の野外広場。そこに、目指す人物が居た。 桃園ラブ。少女のただ一人の友達。 笑顔は好きじゃなかった。決して、自分には向けられることがないから。 だけど、ラブだけは違った。 どんなに皆に振りまいていても、自分の姿を見つけたら、きっと、 一番輝いた笑顔で振り向いてくれるから。 日課となった公園の散歩。ダンスの練習の見学。 でも……その日に見かけた光景は、なぜかいつもと違っていた。 『翼をもがれた鳥――夢のまた夢――』 ミユキと呼ばれるコーチ。そして、桃園ラブ、蒼乃美希、山吹祈里。 四人とも揃っているのに、なぜか一向に練習を開始しようとしない。 なにやら、誰かを探しているようにも見えた。 少女――東 せつなは、怪訝に思い、近づいて様子をうかがうことにした。 「いたっ! せつなっ!」 「遅刻よ、せつな。連絡くらいしなさいよね」 「せつなちゃん、何かあったの? 大丈夫?」 「えっ? 一体何なの?」 「さあ、みんなレッスン始めるわよ。ほら、せつなちゃんも急いで支度する!」 (遅刻? レッスン? それに、せつなちゃんって一体……) 公園のトイレに押し込まれて、ジャージに着替えさせられる。あまりの強引さに、何の抵抗もできずに言いなりになってしまった。 横一列に並ばされる。ダンスミュージックがスピーカーから流れ出し、ダンスが始まる。 (ちょっと待って! 意味がわからない。どうして私がダンスなんて! やったこともない。できるわけないわ!) そう言いかけた言葉を、ミユキと呼ばれる女性の眼光がさえぎった。 力ある視線。期待と信頼と、そして強制。「やりなさい!」そう言っているようだった。 音楽が始まっているのに、一人だけ踊ろうとしないせつなに気がつき、全員が動きを止める。 叱られる! そう思って身構えた。ちょいどいい、言い返してこの場を離れよう。茶番に付き合わされるのはまっぴらだと思った。 しかし、せつなに向けられたのは抗議ではなく、心配と思いやりの言葉だった。 「大丈夫だよ、せつな。わかるところだけでいいから、あたしたちに合わせてみて」 「ラブに合わせたら下手になるわよ? アタシに合わせたら完璧よ! な~んて」 「いきなりごめんね。まずは踊る楽しさを知ってもらおうって、ラブちゃんが」 ラブがせつなの手を取って励ます。それだけなら理解は出来る。でも、青乃美希と山吹祈里まで、どうして? 祈里はせつなの腕に軽く抱きついてきた。後ろに立った美希の手が肩に乗せられる。 長い髪がせつなのほほをくすぐり、形容できない素敵な匂いに包まれた。 この二人は――ラブの親友で仲間。 自分のことは疑っていた。怪訝に思って、警戒していたはず。何かの罠なのだろうか? 「さあ! もう一度始めからよ。せつなちゃんもいいわね!」 『はいっ!!!!』 命令慣れした声。決して強い語調ではないのに、つられてせつなまで返事をしてしまった。 毒を食らわば~なんて諺を思い出した。わからないことから逃げ出すのは誇りが許さない。開き直って様子を探ることにした。 ダンスはいつも見ていた。 もちろん、偵察のためだ。他意はない。あるはずがない。 音楽はいつもと同じもの。振り付けは頭に入っている。ミユキと呼ばれる女性の叱咤の声も、何度も聞いてきた。 大事なのは呼吸を合わせること。全員で動きを一致させること。確かにそう言っていたはず。 目付けと呼ばれる戦闘技術を駆使する。視野を扇状に広げていき、左右に立つ美希と祈里をなんとか視界に入れることができた。 始めは、動きについていくがやっとだった。音楽なんて耳に入れる余裕もなかった。しかし、やがて気がつく。 本来、姿など見えるはずのない四人を繋ぐ唯一の共通の情報、それが音楽であることに。 生演奏ではない録音テープは、毎回寸分の狂いもなく一定のリズムを刻む。そこに動きを落とし込んで行けばいいのだと。 ミユキにしても、初心者であるせつなにいきなり一緒に躍らせる気はなかった。デタラメでいいから、とにかく一度踊る楽しさを体感させるのが目的だった。 しかし、音楽を鳴らして数分でミユキの目つきが変わる。 コンマ数秒遅れてはいるものの、信じられないことにせつなの振り付けは全て正確だった。 細かい動きにぎこちなさはあるものの、動きもどんどんキレが良くなっていく。 曲が三週目を回る頃には、遅れていたリズムまでもが他の三人と一致していた。 (これは――なに?) ダンスの動きに徐々に身体が慣れていき、リズムに意識を大きく割かなくても踊れるようになった。 その頃から、これまで経験したことのない気持ちが胸に湧き起こり、全身に広がっていく。 訓練や戦闘ではない汗。無意味で効率の悪い運動。 こんなものが――なぜ? 気持ちいいと……感じた。楽しいと……感じた。嬉しいと……感じた。 ミユキの口からレッスンの終了が告げられる。それを、がっかりしながら聞いている自分に驚いた。 終わるのが惜しいと感じた。ずっと、ずっと、もっと踊り続けていたいと感じた。 「お疲れさま、せつなっ! すっごかったよ」 「ホント、びっくりしたわよ。内緒で特訓してたんじゃないでしょうね?」 「せつなちゃんなら出来るって、わたし、信じてた。でも、思ってた以上だったよ」 口々に賞賛の言葉を浴びせられる。お世辞ではない、心からの喜びの声。 美希と祈里から伝わってくる、信頼と好意に動揺する。 何があったのか、未だに理解できない。それ以上に、そのことを嬉しいと感じている自分がもっと理解できなかった。 「お見事よ、せつなちゃん。これで次のダンス大会の目処はついたわね。これからの練習は厳しくなるから覚悟してね」 『はいっ! ありがとうございました』 (去っていくミユキに、自然と頭を下げてしまった。何をやっているのだろうか? 私は……) 「よーし! 四つ葉になった新生クローバーで、今度こそ優勝ゲットだよ!」 「「「お~~~!!!」」」 小さな声。控えめに挙げた拳。でも、確かに参加してしまった。そのことに気がついて顔を赤らめる。 様子をうかがうと、優しそうな目でラブと美希と祈里が自分を見つめていた。 くすぐったくて、居心地が悪くなって帰ろうと思った。しかし、先手を打たれてしまった。 「そうだ! せつなのクローバー加入のお祝いに、ドーナツパーティーしようよ!」 「いいわね、やりましょう!」 「賛成!」 「待って! 私は入るなんて一言も……」 右手と左手を、それぞれラブと美希に引っ張られる。背中を祈里に押される。何を言っても聞いてもらえない。 もう――なるようになれと、せつなは諦めた。 不思議と、口元はほころんでいた。 陽もずいぶん高く上り、日差しがきつくなる。 カオルちゃんのお店のパラソルを広げてテーブルについた。ラブがドーナツと飲み物を買いに走った。 ラブの居ない場所で、美希と祈里と同じ時間を過ごす。たった数分でも、緊張で何時間にも長く感じられた。 でも、二人は何気なく話しかけてくる。嬉しそうに、楽しそうに、好意に満ちた表情で。 もう、罠とは思えなかった。とにかく一生懸命に返事をした。 「お待たせ! お昼だからかな、混んでて時間かかっちゃったよ」 「お帰り、ラブ。ありがとう!」 「ラブちゃん、おつかれさま」 「ありがとう……」 せつなは、カラフルなトッピングのドーナツを口に運んだ。とても甘くて、運動した後の疲れた身体に染み渡る気がした。 そして、渡されたオレンジジュースを口にしようとした時、美希の手が差し出された。 「そのドーナツは特に甘いから、ウーロン茶の方が合うわよ」 「えっ? でも、これは美希のドリンク……」 最後まで言わないうちに、ストローを口に入れられた。びっくりしながらも一口飲んだ。美希が優しく微笑んだ。 「いいな~美希たん、せつなと間接キスだね。あたしのも飲む?」 「もう、ラブちゃんのはせつなちゃんと同じオレンジジュースでしょ」 「そっか、あはは」 何が起きているのか、全然わからない。このままではラチがあかない。そう思って、せつなは思い切って尋ねた。 「どうして、美希と祈里は私に優しくするの?」 「どうしてって、お友達だからよ」 「うん、もっと仲良くなりたいからよ」 答えになってなかった。どうしてそう思えるのかを知りたかったのだ。 そして、ラブがとんでもないことを言い出した。 「いっそ、呼び方を変えてみようよ、せつな。美希たんとブッキーって! さあ、言って!」 「えっ、ちょっと待って、言えるわけないでしょ」 「大丈夫! 恥ずかしいのは最初だけだから」 「――美希……た……。――無理よ! 私、帰る!」 「まあまあ、せつな。アタシは美希でいいわよ。ブッキーなら言えるんじゃない?」 「無理しなくていいよ。でも、そう呼んでくれたら嬉しいかも」 ラブに引っ掻き回されたせいだろうか、その後は少し肩の力を抜いて美希と祈里とも話せるようになった。 馴れ合うことに抵抗はあったが、気まずいのはもっと嫌だった。 彼女たちのことを知って損はない。そう自分に言い聞かせて積極的に会話に混じった。 「それで、美希はモデル、祈……ブッキーは獣医になりたいんでしょ。ダンスしてていいの?」 「もちろん、最終的にはアタシはトップモデルになるわ。でも、ダンスは本気でやるつもりよ」 「わたしも、獣医ってそんなに急がないから、勉強は続けながらも、みんなとダンスもしてみたいの」 「せつなちゃんは、やっぱり占い師さんなの?」 「そっか、占い師だったわね。でも、それじゃ夢がもう叶っちゃってるじゃない」 「占いは仕事よ。なりたいとも、楽しいとも思ってないわ」 彼女たちの話を聞きださなくてはならない。自分のことを話しても意味はない。 なのに――自然に口が滑り出す。 他人の不幸を聞き出すための調査でしかなかった占い。実は、それなりに楽しいこともあったんだと話していく内に気がついた。 何より――ラブと出会うことが出来た。 生まれて初めて、好意を向けられることの喜びを知ることが出来た。 「ダンサーになろうよ、せつなっ! 歌って踊れる占い師。全然ありだって!」 「そうね。それって、凄く素敵かも」 「せつなちゃんスタイルいいし、綺麗だし、神秘的だし、人気出ると思う」 「私は……ダンサーなんて……」 「ねえ、せつな。前に聞いたよね。せつなの幸せは何?」 「えっ?」 「良かったら、一緒にダンサーになろうよ! 美希たんとブッキーとは、いつか別の道に分かれるけど。せつなとなら――ずっと一緒に……だめ、かな?」 真剣な表情で、まっすぐにラブの瞳がせつなの瞳を見つめる。言葉だけではなく、わずかなサインも見逃すまいとするかのように。 心を直接ラブに掴まれたような衝撃を受けた。激しく鼓動が高鳴る。 もし――本当にそんなことができたら――どんなに……。 胸のペンダントをそっと手繰り寄せた。 緑色にきらめく四つ葉のクローバーのペンダント。 ラブとせつなを繋ぐ親友の証。せつなの幸せを願い、送られた幸せの元。 「ラブ――私……。私は……」 形にならない気持ちを伝えようと懸命に言葉を探す。 勇気を振り絞るべく、固く、固く、ペンダントを握りしめた。 そして―― 砕け散った。 「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」 イースはベッドから飛び起きた。荒い呼吸を懸命に整える。全身が汗だくだった。 まだ薄暗い、早朝と言っていいくらいの時間なのだろう。 身体のあちこちが痛かった。でも、疲れは随分取れていたように思えた。 イースの姿で眠ってしまっていたことに気がつく。身体に負担のかかるこの姿よりは、解除してから休むべきだった。 布団も被らず、ベッドを斜めに使い、片足を半分はみ出すようにして寝ていた。我ながらみっともないと反省する。 (今のは――夢?) 砕けたペンダントは? 手を開いて確かめる。そこにあったのはペンダントではなく、ウエスターから奪ったダイヤだった。 足元が崩れ、落下するような感覚に襲われる。 胸が締め付けられ、ぽっかりと心に穴が開くような感傷に包まれる。 知っている。これは――喪失感。 「ふふふ……はははは――」 何に、ショックを受けていると言うのだ。 全て――自分のやったことではないか。 わざわざラブの目の前でペンダントを砕いたのも。 ラブを倒すために、ウエスターのダイヤを自分のものにしたのも。 全て――自分が決めて行ったことではないか。 もう――認めよう。 自分は……自分の中に芽生えたせつなの人格は、ラブに憧れていたことを。 ラブに友情を感じ、ラブをうらやましいと感じ、ともに歩みたいと感じていたことを。 今見た夢こそが、自分の願望なのだろう。 いや――違う! 自分の中に芽生えた、東せつなという少女の願望。 せつなとは夢。 この世界に深く関わり、ラブと親しくなりすぎたために生まれた夢。 今の夢は、イースの夢の人格である、せつなが見た夢なのだろう。 “夢のまた夢” それは、この世界の諺で、決して叶わない願望を意味するという。 構うものか! もともと違う世界の、自分には関わりの無いことなのだから。 「我が名はイース! ラビリンス総統メビウス様が下僕!!」 さようなら……ラブ。 そして、さようなら。 ――東 せつな。 イースは最後の決戦に挑むべく、静かに部屋を発った。 第4話 翼をもがれた鳥――そして飛べない現実を知る(前編)――へ続く
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/160.html
「不確かな未来・後編」/黒ブキ◆lg0Ts41PPY カウンターに二つ並んだスツール。 そこに腰掛けると、ラブの胃袋がキュウ…と情けない音を出す。 ラブはお腹ペコペコな事に今更ながら気が付いた。 「い…いただき、ます。」 「ハイ、どうぞ。」 (あ………) オムレツを一口。口に入れたまま、思わずピタリと止まってしまった。 「どしたの?」 「……おんなじ、味だ。」 家で食べる、お母さんや自分が作るオムレツ。 柔らかさも、塩加減も、バターの香りもまったく同じ。 「ああ……。そりゃあ。」 同じ人に教わったんだし。 サラリと当然の事実を告げる口調で呟き、また涼しい顔で食事を続ける「せつな」。 並んだお揃いの食器。お客様用、ではなく使い慣れた感じの普段の物。 マグカップの色は赤とピンク。他の物にもさり気無く同じ色使いのポイント。 本当にここが近い未来で、隣の彼女がせつなだとしたら。 (これって、そう言うコト……?) ここは少なくとも桃園の家ではない。 ラビリンス、と言う雰囲気でもない。 2DKくらいのこじんまりとしたマンションのような。 周りを見ると、寝室と同じく殺風景なくらい必要最低限の物しか置いてない。 でも、そこには確かに生活の温かさが漂っている。 良く見れば至るところに住人の気配を感じる。 昨日今日暮らし始めた訳ではない、住み慣れた巣。 「ん?ああ、ラブの部屋ならあっちよ?」 キョロキョロと落ち着き無く視線をさ迷わせるラブに、拍子抜けするくらい アッサリとラブが聞きたくて聞けなかった事柄の答えが落っこちてきた。 思わずガクッとなりそうになるのを何とか堪える。 それに、聞きたい事はそのまた一本先であるからして。 でも、まあ。 今朝の彼女の反応から鑑みるに、たぶん、恐らく、きっと、そう言う事なんだろう。 人間、不思議なものでお腹が満足すると自然に胆まで座る。 今の状況は良く分からない。はっきり言ってまったく理解出来ないが、一つ決めた。 今、自分の隣にいる人はせつなだ。と信じる。 だったら、分からない事はせつなに聞けばいい。 これが夢でも現実でも奇跡でも、兎に角せつなを信じない事には 自分にはどうしようもないのだから。 なので、取り敢えずさっきから気になっていた事を聞いてみた。 「あの、ですね…。」 「はい。なあに?」 「何で、そんなに落ち着いてるんですか?」 そうなのだ。それが不思議で仕方がなかった。 自分とせつなは同い年。 なら当然一緒に暮らしているらしい「ラブ」もとっくに大人のはず。 それなのに、当のせつなは慌てた様子を見せたのは寝起きの一瞬だけ? その後の一連の流れは御覧の通り。 せつなは、何か知ってるんだろうか。 この、とても現実では有り得ない、しかし現実としか思えないこの状態を。 「夢でも見てるのかもね。」 「いやいや、それは……」 これまたアッサリと身も蓋も無い事をおっしゃる。 「まあ、これは冗談として…」 「今の状況が冗談だと思うんだけど。」 「確かにね。」 愉しげな様子さえ見せる彼女に、ラブは頬を膨らませる。 これでも真面目に聞いてるんだけど。 「私にも、よく分からないんだけど……」 ちょっと、しばらく聞いてくれるかしら? ニッコリと微笑まれ、ラブの脳はまた崩れかけた。 この笑顔は反則だろう。逆らえる人がいるとは思えない。 「私もね、昔とても不思議な夢を見た事があるの。」 ちょうど、今のあなたくらいの頃に、ね。 「私、その頃ラビリンスにいたの。」 大好きな人と離れてね。一人で暮らしてた。 自分で決めた事だったし、仲間もいたし、特に戻ったばかりの頃は 寝る間も無いくらい忙しくって。 寂しさなんて感じてる暇ないだろうって自分で思ってたのよ。 甘かったわね。私すっかり寂しがり屋になってた。 どんなに忙しくたって、寝る間も無くたって寂しいものは寂しいのよ。 本当に辛くてね、後悔なんてしないって、いずれ帰るんだから それまで精一杯頑張ろうって思ってたんだけど……。 やっぱり一人の部屋に戻ると泣いちゃうの。大好きな人に会いたくて。 「戻ってどれくらい経った時だったかしら。辛いなりに何とかやってた頃よ……」 ある朝、目が覚めるとね。隣に人が寝てたの。 びっくりなんてものじゃなかったわ。 ラビリンスのセキュリティって凄いのよ?元管理国家をナメないでね。 まかり間違っても、住人の許可無しに部屋に、それも寝室に外部から 侵入出来るなんて有り得ないの。 しかも私、かなり…それなりの部屋に住んでたしね。 テレポートでもしない限り不可能なのよ。 「でも、そんな事考える余裕なんてふっ飛んじゃったわ。」 その人の顔みたら、ね。 そっくりだったの。私の大切な人に。 会いたくて会いたくて、仕方なかった人に。 でも、絶対に本人じゃないはずなのよ。 どうしていいか分からなくて固まってたら、その人が目を覚ましてね。 「『おはよう、せつな。今何時?』ですって。」 その人、ラブは…22才だって言ってた。 ラブは最初、驚いてたけどね。しばらく考え込んで……、『コレだったのか!』って。 こっちには何が何だか分からないんだけど。妙に一人で納得してるのよ。 「で、私の言いたい事、分かるかしら?」 分かる。と、言いたい所だが如何せん頭の出来にはこれっぽっちも 自信のないラブだ。感覚的に理解はしたが、説明しろと求められたら 絶対に無理だ。 それよりも。 大好きな人。 大切な人。 会いたくて会いたくて、仕方なかった人。 繰り返されるその言葉に、ラブの心に内側からぽっと灯がともる。 ニヤニヤと赤面しながら困惑した表情をすると言う、 相当器用な顔面の使い方をするラブ。 せつなは気にするでもなくポンポン、とラブの頭を撫でる。 「いいのよ。何となく…で。」 私にだって説明なんか出来ないわ。 「じゃあ、それでその…22才のラブはその後…」 「うん。その日1日いて翌朝目が覚めたらいなくなってた。」 ふにゃり、と力が抜けた。 じゃあ、自分も一晩眠れば元に戻ると言う事だろうか。 「多分、そうなんでしょうねぇ…。」 「そんな、他人事みたいに。」 だってどうしようもないんだし。 と、せつなは遠くを見てわざとらしい溜め息をつく。 確かに、その通りなんだが…。 (ま、ジタバタしたって仕方ないか。) 取り敢えず、これが夢でもなんでもいい。 ただ待つだけしかないと決まれば、後はせめて好奇心を満たさせて貰おう。 未来を覗けるなんて、人並み以上に奇跡を経験したラブにだって プラチナクラスの奇跡に違いない。 「駄目よ。」 ワクワクし出した途端に、せつなのいつもの冷静な声。 「あなたの事は何も教えてはあげられないわよ。」 「どうしてっ?!」 「当たり前でしょ?」 既に情報得すぎてるくらいよ。 あなたの未来は、あなたがこれから作るの。 私が教えたら、それをなぞって生きて行くの? そんなの詰まらないでしょ? 自分で掴み取る。それがあなたの未来なんだから。 「私だって何も聞かなかったわよ。それに……」 一番知りたかった事は、分かっちゃったし。 ああ、そうなんだ。 せつなも、今のあたしと同じ事が気になってたんだ。 ラブの胸がほんのりと温もりで満たされる。 大人になったせつなには、大人のラブが当たり前に隣にいる。 はっきりと、この部屋がそう言ってる。 それでもおずおずと、これだけはやはり聞いておきたいから。 「……ラブと、せつなは一緒に暮らして…る?」 「ええ、そうよ。」 「それで、その…ですね。今の二人の…何と言いますか、……」 大人の女性に直接的な単語を含む質問をするのは、何だか非常に居心地が悪い。 しかしながら気の利いた婉曲な言い回しが出来るほど頭の回転は良くない。 「察して頂けませんか…」と言わんばかりにモゴモゴと歯切れの悪いラブ。 「……あのね…、」 「はい。」 「ベッド、広かったでしょ?」 「ーーー!!」 「つまり、そう言う事。」 ラブが自分の部屋で寝る事なんて、滅多にないわよ。 そっぽを向いて軽く唇を尖らせている。 真っ白だった頬が心無しか、さっきよりも健康的な色に上気している。 ああ、やっぱり大人になってもそう言う事は恥ずかしいんだ。 それに…… (……やっぱり、せつななんだ。) 照れ屋で意地っ張りで。それを隠そうとして全然隠せてない。 きっと今でも大人のラブは恥ずかしがるせつなが見たくて、時々意地悪して。 泣かれたり、叱られたり、拗ねられたり。 そして、必死に謝って許してもらったりしてるんだろう。 以前と変わらない二人のままで。 隣の部屋で一緒に暮らしてた頃と。 ベランダからお互いの部屋へ忍び込み、息を潜めて抱き合っていた頃と。 大人のせつなとの時間はゆったりと過ぎて行った。 狭いけど使い勝手の良いキッチン。並んでお皿を洗った。 色んな話をした。自分達の未来の話がタブーなら会話に詰まるかと思ったが、 案外、話題には困らない物だ。 考えてみれば当たり前かも知れない。相手はせつななんだから。 普通に、せつなに話すように話せばいい。 学校での事。友達の面白い話。両親の様子。いくらでもある。 「ラブ。今、幸せ?」 「うん!毎日、楽しいよ……でも……」 少し、言葉に詰まる。その先は、言わなくても分かるだろうから。 「そうね……、ごめんね。」 今のせつなにとっては済んだ過去。 既に、少し遠くなりかけてる思い出なのかも知れない。 でもラブにとっては…… まだ、このまま続くであろう生の現実。 寂しくて、会いたくて、抱き締め合いたいのに、叶わない。 どんな未来が待っていても、大人のせつながどんなに素敵な人でも……。 今…ラブが会いたいのは、14才の自分と同じ時間を生きているせつななのだから。 「あのね、聞いてもいいかな?」 「何?ラブ。」 「今、話したりする?あたしと…って言うか、大人のラブと……」 離れていた時間の事。どんな気持ちでいたのか。 どんな風に過ごしてたのか。 二人の間では、もう笑い話になっているのだろうか。 「あんな事もあったよね……」 そう、笑顔で話題に出来る思い出に。 「しょっちゅうよ。」 「そうなの?」 「うん。随分、恨み事聞かされてるわよ。」 私だって寂しかったのに。酷いわよね。 愛しいものを見つめる眼差しで、せつなが表情をくつろげる。 ふざけながら、どれだけ寂しかったか競い合っているのだろうか。 そして、きっと。 「まあ、今は幸せだから。」そう話は結ばれる。 (えっ…と、やっぱ一緒に寝るの…かな?) 夜になり、先に風呂を借りたラブ。 今朝着ていたパジャマもいつの間に洗濯したのか、家とは違う 洗剤の匂いがしている。 (良い匂いだな、コレ。) 何の香りだろう? パジャマの衿元を引っ張り、鼻に引っ掛けるようにクンクンと匂いをかぐ。 これも二人の生活の匂いなのかな?なんて考えながら。 「お待たせ。じゃ、寝ましょうか。」 寝室に入って来たせつなを見て、ラブは少しばかり……いや、かなりガッカリした。 またあの色っぽい姿が拝めるかと密かに期待していたらしい。 しかしながら、せつなはパジャマを上下ともしっかり着込んでいた。 ラブの瞳に落胆の色を見たせつなが首を傾げる。 「……?」 「いえ……、別に…。」 「………!」 「あのね、それこそ察してくれる?」 メッ!と、たしなめられ、今度はラブが首を傾げかけ……、ハタとその理由に 思い至った。 つまりは、そう言う事があった時の特別仕様…と言う事か。 失礼しました。 「もう!ほら、さっさと入って!」 「いや、でも……」 そうなのだ。今朝とは事情が違う。 最初から眠っていて、気が付いたらここにいたのと、 改めてここで一から眠るのでは緊張感も心構えも違うのだ。 「別に変な事はしないわよ?」 「いえ!そう言う事では!」 真っ赤になってプルプル首を振るラブを、せつながベッドに引っ張り込む。 腕枕の要領で頭を抱えながら、コツンと額を寄せる。 「何も考えないで…。これは夢よ。」 大丈夫。ちゃんと眠れるわ。 そう言って髪を撫でてくれるせつなから、ラブのパジャマと同じ匂い。 「そうそう、忘れてた。」 「え?ちょっ!?何!!」 「大丈夫、じっとして。何もしないから。」 そう言いながら、ラブのパジャマのボタンを外し、胸の谷間に せつなが顔を埋める。 ぷるん、とした唇が吸い付く感触が何度か繰り返される。 これは何もしていない内に入るのだろうか。 「ふふ…、お土産。」 「???」 「はい。改めてお休みなさい。」 彼女の唇が触れた場所が熱を孕んで疼いている。顔も目も耳も火を吹きそうだ。 眠りなさい、と言いながらなんて事をするんだろう。 早鐘を打つ心臓。視界がぼやけてくる。 「ごめん……。」 真っ赤な顔で瞳を潤ませているラブを、せつなは申し訳なさそうに抱き寄せる。 「ごめんね。意地悪するつもりじゃなかったの。」 白く長い指が優しく髪を梳いていく。 ごめん、そう囁きながら瞼の雫を吸い取ってくれた。 額に、もう一度瞼に、両の頬に胸元に感じたのと同じ感触。 甘やかな刺激に、ラブの体からうっとりと力が抜ける。 無意識に軽く唇を尖らせ、次の触れ合いを待っていた。 しかし、しばらくしても期待した感触は降りて来ない。 その代わりに、きゅっと人差し指で唇を押さえられた。 「ダァメ…。」 目を開けると、いたずらっ子のような上目遣い。 せつなが、ちょっぴり意地悪する時の微かな艶を帯びた瞳。 「ここは、特別な場所だから。」 「……自分からしてきた癖に……。」 「そ。だから、ここまでね。」 「勝手だなぁ……。」 「大人なんてそんなものよ?」 クスクスと笑い合う。 せつなは拗ねた振りをするラブを胸に抱き込む。 こんなにドキドキしてたら眠れるはずがない。そう思っていたのに。 ラブは、揺り籠に揺られるように意識を遠退かせてゆく。 「お休み、ラブ。」 遠くに聞こえる声。 目が覚めれば、これは夢になってしまうんだろうか。 それとも、覚えている事すら無いんだろうか。 忘れたくない…。 ……… ………………… 「……………。」 ラブは寝惚け眼でベッドに体を起こした。 いつもの朝。自分の部屋。自分のベッド。 いつもと何も変わらない朝。 リンクルンの日付を確認する。やっぱりいつも通り。 1日経っている訳でも、時間が進んでいる様子もない。 ぼんやりとした頭に、次第に像が結ばれて行く。 「……ゆ、め…?」 大人になったせつな。 お揃いの食器。 二人の暮らす、シンプルな…でも、ぬくもりのある部屋。 信じられないくらい、リアルな夢だった。 (せつな、すっごい美人になってたなぁ……) あれが自分の理想の未来なんだろうか。 まだ鮮明に全身に残る幸せな夢の余韻に、ラブの頬はだらしないくらいに 緩んだままだ。 (しかし、久しぶりにいい夢見たなぁ~……) ちょっぴり元気出たかも。 そう思い、うー…ん、と伸びをする。 ふわり……と、体を包み込む匂い。 「!!!」 自分を抱き締め、その匂いを確かめる。 昨日とは、違う匂い。 夢でかいだ…、あの、二人の部屋と同じ匂い。 (まさか……ね……) パジャマの胸元を覗き込む。 すると、昨日までは無かったはずのもの。 胸の谷間の真ん中に、四つ丸く並んだ小さな痣。 まるで、赤い四つ葉のクローバー。 より鮮やかに、ラブの中に蘇る。 彼女の作ってくれた食事の味。 滑らかな肌とひんやりとした洗い髪の感触。 熱い火照りを残す、唇の跡。 「お土産……か。」 夢じゃない。 いつか、あなたも返してね。14歳のせつなに。 あなたが大人になって、一人泣いているせつなに出会ったら。 抱き締めて、キスしてあげて。 大丈夫だよって。一人じゃないって。未来は繋がってるって。 涙だって、笑って話せる思い出に出来るのだから。 「分かったよ…、せつな…」 あたしも、同じように返せばいいんだね。 せつなの胸に、赤いクローバーの印を。 そう、遠くない未来への約束に。 離れてしまったあたし達に起こった、奇跡のようなプレゼント。
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/1260.html
『Reverse』/Mitchell Carroll ラブ「たまには息抜きしないとね!」 美希「遊園地、久しぶりね~」 祈里「貸し切りみたいだけど……」 ありす「うふふ。この遊園地は(以下略)」 ラブ「じゃあ、みんな!好きなアトラクション、好きなだけマンキツしちゃお♡」 せつな「私、アレにするわ!」 マナ「お供します!地の果てまでも!!(≧Д≦)ゞ」 六花「――あっ、待って!その子は……」 (ゴーカート・始動) せつな「私の華麗なハンドル捌(さば)き、見せてあげるわ!」 (キューキュキュキュキュッ) マナ「オロッ」 せつな「ん?」 マナ「ゴクン(―_―|||)」 (キュキュキュキュキュッ) マナ「オ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛!!!!」 (遠くから見ていた) 六花「あ~あ、やっちゃった…‥」 ありす「あらまあ……」 亜久里「レディたる者が、何たる有様……」 真琴「ウ……オエ゛ッ」 レジーナ「な~に、もらいゲ〇してんのよ。ねえ、それより誰かポップコーン買って来て」 アイちゃん「キュピオロロロ……」 六花「いけない!さっき、ミルク飲ませた後にちゃんとゲップさせてなかったわ!」 シフォン「キュアオロロロ……」 ラブ「いけない!さっき、キュアビタン飲ませた後にちゃんとゲップさせてなかった!」 せつな「(アカルンで登場)大変なの!マナが……キャーーッ!?」 六花「ああ……こっちも今、取り込んでてね……」 せつな「うっ……」 ラブ「せつな!?」 せつな「ラブ……できちゃったみたい」 つわ……じゃなくて おわり 全2-108は続きのお話!?
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/36.html
ラブ「せつなも来てごらんよ~♪」 せつな「何?」 ラブ「ほら!雨が止んだ後の夜空ってものすご~く、 お星様がキレイなんだよっ♪」 せつな「ほんとね・・・、綺麗。」 ラブ「でしょ!でしょ!あ、せつなって流れ星見た事あるぅ?」 せつな「無いわ。夜空もあまり見た事が無かったから・・・。」 ラブ「そっか。流れ星ってね、滅多に見る事が出来ないんだよ。」 せつな「そなの?こんなに星があるのに?」 ラブ「うん。だ・か・ら、超超!貴重なの!」 せつな「で、見れると何かあるの?」 ラブ「何かあるかもしれないし~、お願い事しちゃってもいーんだょ♪」 せつな「お願い事?」 ラブ「そ。私だったらぁ~・・・」 せつな「私・・・だったら???」 ラブ「って言える訳ないぢゃん。。。」 せつな「?どして?」 ラブ「お願い事はね、自分の心の中に閉まっておくの。で、流れ星を 見つけたら速攻で心の中で呟くんだょ。」 せつな「うーん、、、。難しいわ。何をお願いしたらいいのか・・・。」 ラブ「えっと、例えばだよ、例えば!例えばだからね!」 せつな「うん。」 ラブ「隣にいる人と幸せになりたいとか、ずっとずっと一緒に いたいとか~、お互い両想いで超超ちょーラブラブに なりたいとか・・・/////」 せつな「うん、わかった。それでイイ。」 ラブ「え、、、」 せつな「あ、駄目よ。ダメダメ。もうそのお願い事叶ってるわ。」 ラブ「なっ!え、えぇぇ!?私まだ流れ星見てないのに!」 せつな「例えじゃなかったの?」 ラブ「お恥ずかしい/////」 八月の夜空はまだまだ二人が熱くしそうです~END~
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/996.html
『フレッシュプリキュア!(第16.5話)――ラブとせつなの大切なもの――』/夏希◆JIBDaXNP.g 四つ葉町の森の深部に、ひっそりとたたずむ洋館――通称、占い館。その一室にて、正装したイース、ウエスター、サウラーが、揃って一体の虚像の前にかしづく。 その幻影の正体は、ラビリンスの総統メビウス。幾多のパラレルで知られる偉大な支配者であり、同時に、誰もその実体を目にしたことがない謎の人物でもあった。 「いったい、いつになったらインフィニティが手に入るのだ」 メビウスは必要なことしか口にしない。淡々と話す口調からは、焦りも、憤りも、何も汲み取ることができない。 「申し訳ございません、メビウス様」 イースは一瞬だけ視線を横に走らせて、そう言ったサウラーの表情を伺う。彼もまた表情を変えず、心を表に出そうとしない。きっと頭の中では幾通りもの回答をシュミレートし、最善の印象を与えられる返答を探しているのだろう。 「しかし、これも全てプリキュアのせい」 ウエスターの表情は見るまでもない。この男は始めから何も考えていない。まるで言葉を覚えただけの獣のように、感じたままを口にするだけだ。 「プリキュアの始末は、イース、お前に任せたはずだが?」 ついに自分の番が来た。言い訳は下策。胸を張れ、顔を上げろ、ここは戦果を報告する場所と思え。 「ハッ! 愚かにもキュアピーチは、この私に心を許しております。あとは隙を見てリンクルンを奪ってしまえば、奴は二度とプリキュアにはなれません」 全ては計画通り――そう言わんばかりに、イースは自信に満ちた声で答える。メビウスはその返答に満足したのか、それ以上は追求せずに黙って姿を消した。 ウエスターは安堵の表情を浮かべて足を崩す。サウラーはすぐに席を立った。二人を一瞥すると、イースもまた、報告した計画を実績へと変えるべく行動を起こすのだった。 『フレッシュプリキュア!(第16.5話)――ラブとせつなの大切なもの――』 イースはせつなへと姿を変え、占い館に用意された自分の部屋で、首から外したネックレスを見つめていた。緑色の光沢のあるペンダントトップには、黒髪に戻った自分の顔が映し出されていた。 すっかり馴染んだアクセサリーは、己の体の一部でもあるかのように感じられて、肌身離さず身に付けている。 「ふっ、そのペンダント、ずいぶんとお気に入りのようじゃないか?」 「馬鹿なこと言わないで。アイツを油断させるためよ」 先日、占い館の通路でサウラーとすれ違った時の会話を思い出す。 とっさに強がったものの、彼の指摘は図星だった。つけていないと不安になるし、見ているだけで心が満たされていく。 (お気に入りだから、何だと言うの? 私の作戦の成功の証であり、今のところ唯一誇れる具体的な戦果よ。現に奴は油断しているじゃない) お気に入りとは――大切なもの。このペンダントは――幸せの素そのもの。ならば――幸せとは……。 「せつなの幸せって、なに?」 イースの思考の中にラブの声が混じり、心の平穏をぐちゃぐちゃにかき乱す。 最近はいつもこうだ。特にボーリング場の、あの一件の後からは顕著だった。こうしてペンダントを見ているだけで、不思議と心が温かくなり、鼓動が早くなり、そして胸が苦しくなる。 (そう――これは私のお気に入りで、大切なもの。ラブが大切にしている、リンクルンを奪うための道具。さっさと済ませて、用無しになれば興味もなくなるはず) 次のメビウス様への定期報告まで、もう日数も残り少ない。イースはラブの携帯に電話をかける。次は――二人きりで逢いたいと。 ラブとの待ち合わせ場所は、この前と同じ女神像の前にした。 先日の失敗の原因は、蒼乃美希と山吹祈里、そしてサウラーの邪魔が入ったためだ。ラブだけなら自分を疑わない。それは本音を引き出す羽根の効果でも立証済みだ。 今度こそはと、強い決意で拳を握り、グッと力を込める。その直後に、突然背後から「わっ!」と声をかけられた。 「きゃっ!」 せつなは思わず可愛らしい悲鳴を上げて、背筋をピンと伸ばして硬直する。 声の主はラブだった。こんなに驚くと思っていなかったのか、おろおろしてこちらを伺っている。 「もう、ラブったら、驚かせないで」 「ごめーん。だって、いつもせつなの方が先にあたしを見つけるでしょ。今日は逆だったから、つい……」 申し訳なさそうな顔で謝るラブを見て、思わず笑ってしまいそうになる。そして、すぐにそんな自分に気付いて、改めて表情を作りなおした。 これは任務であり、作戦の一部だ。楽しい気持ちになってはいけない。笑顔は演技でなくてはならないからだ。 「もういいわ。それよりも」 「うん、わかってる。今日はあたしだけだよ。こないだはゴメン。せつなに会うのが嬉しくて、二人に自慢しちゃったから」 「そうだったの、もう気にしてないわ。私はただ――ラブと二人きりで会いたくなっただけよ」 「うん。あたしもせつなに会いたかったんだ」 街の中で遊ぶのはこの間やったからと、せつなの希望で、今日は川沿いを散策することにした。四つ葉町はその名の通り、ほんの十年ほど前までは小さな町でしかなかった。 開発が進み巨大な街へと発展しても、住人は変わらずに自然を大切にしてきた。だから大きな森もあれば、湖もあり、澄んだ川だってある。 よほど自分の街が好きで、そして誇らしいのだろう。せつなは、「そうね」とか、「うん」くらいの返事しかしないのに、ラブは終始楽しそうで、会話は途切れなく続いた。 「ありがとうね、せつな」 「どうしたの、急に? こうして案内してもらってるんだから、お礼を言うのは私の方よ」 「そうじゃなくて、そのペンダントのこと。あたしのプレゼントした幸せの素を、大切にしてくれて」 「変なラブね。友達――ううん、親友のプレゼントを大切にするのは当たり前でしょ。それこそ私からお礼を言わなきゃ」 せつなは、「ありがとう」と、今さらのように頭を下げる。その時にペンダントトップが目に入って、前から気になっていたことを尋ねることにした。 「本当はこれ、ラブが欲しかったんでしょ。どうして私にくれたの?」 「あ、うん、そうなんだけど。あたしはもう十分に幸せだし、もっと欲しいものができたから、かな」 「十分に幸せなのに、もっと欲しいものがあるの?」 「前に聞いたよね、せつなの幸せは何かって。それを見つけて、一緒にゲットしたいから」 「そんなことをして、ラブに何の得があるの?」 「だって友達が笑顔になってくれたら、あたしも嬉しいもの。せつなはそうじゃないの?」 「わからないわ。私には友達なんて――ううん、なんでもない」 それからしばらく、二人は何も話さずに、ただ静かに寄り添って歩いた。 幸せとか、笑顔とか。友情とか、友達とか。 ラブと話していると、虫唾が走るとしか感じられなかったものが、なんだか違う、価値あるものに思えてくる。 ペンダントを、首にかけたままそっと掌の上に乗せて見つめる。 これはラブが欲しかったもの。ラブにとって大切なもの。だからこそ私にくれたもの。 そんな気持ちは、本当に愚かなんだろうか? そして今は――私の大切なもの……。 胸の中が、あたたかくて、おだやかで、心地良いなにかで満たされていく。 いっそ、このまま時が止ってくれたら―― (馬鹿な、何を考えている!) イースとしての理性が、そんなせつなとして芽生えかけた感情を否定する。 今日はあのヘンテコな妖精もいないし、なんだか苦手なドーナツ屋も、そして邪魔な二人もいない。やっと巡って来た千載一遇のチャンス。 ここで、今、確実にリンクルンを奪わなければならない。 これ以上、自分は何も考える必要がない。判断はメビウス様に委ねているのだから。 それが忠誠を誓うということなのだから。それこそが、自分の使命なのだから―― 川の向こう岸まで架けられた、大きな橋の中央に差し掛かる。ラブに案内してもらっている風を装いながら、本当は自分がここに誘導していた。 案内なんて必要なかった。今日の散歩コースにかけては事前に念入りに調査して、ラブよりも詳しい自信がある。 この川は川幅は広いけれど、比較的浅くて中学生の膝くらいまでしかない。しかしこの橋の下だけは深みになっていて、水位が腰くらいまであり、しかも橋の影になっていて陽が当たらない。 だからここで何かを落としたら最後、普通の人間ではまず見つけることができない。 「ねえ、ラブ。今日の記念に、写真を撮って残しておきたいの」 「えっ、いいけど、あたしはカメラなんて持ってきてないよ?」 「ラブの携帯に、カメラ機能は付いてるでしょ?」 「あ、うん、一応あるけど、これだと一緒には写せないし……」 「構わないわ。交代で撮りましょう」 せつなは川を背景に、首にかけたペンダントを軽く持ち上げて、見せるようにしてポーズを取る。 「次は私がラブを撮る番ね。二人一緒には撮れないから、その代わりに……これを首にかけて。それが友情の証よ」 「そっか、二人で同じペンダントをかけたら、一緒に撮った写真だってわかるもんね」 ラブは何も疑わずに、リンクルンをせつなに渡そうとする。交換するかのように、せつなもまたペンダントをラブに渡そうとする。 だけど、せつなはリンクルンを受け取るわけにはいかない。実は触れることすらできない。それを承知していたからこそ、この瞬間が最初で最後のチャンスだった。 二人の手が交差する瞬間に、狙い済ましたかのように突風が吹きつける。 せつなはよろけて体勢を崩し、ペンダントを手放してしまう。それは風に乗って橋の外へ落ちていき……。 「えっ?」 「せつな、危ないッ!」 当初の計画では、ペンダントを拾おうとしたラブが、手にしていたリンクルンを川に落としてしまう手はずだった。 それでも落とさないようなら、転ぶフリをして手を払ってでも叩き落とすつもりだった。 なのに、身体が勝手に動いてしまった。川に落ちていくペンダントを、先に掴んだのはせつなで、そのままバランスを崩して橋の下に転落してしまい―― 「ラブっ!」 「ふがっ、もごもご」 せつなの右手はしっかりとペンダントを掴み、左手は――ラブの両手に掴まれていた。 ラブのリンクルンは、狙った通り、後ろに投げ出す暇もなかったんだろう。ただ信じられないことに、彼女が口にくわえていた。 せつなの体重は軽い。軽いけれど、ラブの細腕では離さないようにするのが精一杯で、持ち上げることなんて到底できなくて……。 それでもラブは顔を真っ赤にしながらも、リンクルンも、せつなも決して離さなかった。通りがかった人が助けに来るまでの数分間、必死で支え続けたのだった。 「あーびっくりしたね。でも良かった、せつなが無事で。それに……ペンダントも無事で」 「どうして?」 「えっ?」 「ラブは携帯を離さなかったわ。そんなに大切なものなの? ラブだって落ちていたかもしれない状況だったのよ」 「うん――大切だよ」 「そう……そうよね」 「せつなのペンダントと、幸せの素と同じくらいに」 「同じ?」 「事情は話せないけど、これはただの携帯電話じゃないの。あたしが、大好きなこの街のみんなと一緒に、幸せをゲットするためのアイテムなんだ」 だから自分にとって、そのペンダントと同じくらいに、これは大切なものなんだって、そう言ってラブはせつなに微笑みかけた。 その言葉が、自分に向けられた笑顔が嬉しくて、でも同時に寂しくて、せつなは黙って顔を背ける。 その視線の先には、失わずに済んだペンダントがあった。そのトップに輝く幸せの素に―― 緑色のダイヤが突き刺さった! 「えっ!?」 「どうしたの、せつな?」 「お楽しみのところ申し訳ないのだが、ナケワメーケの素材を探していてね。今回はそれに決めたよ」 “我が名はサウラー。ナケワメーケ――我に仕えよ!!” 「ナーケワメーケ!」 ダイヤの刺さった幸せの素は、瞬く間に大きく膨らんでいき、緑色に燦然と輝く、巨人型ナケワメーケへと変貌した。 「サウラー、貴様ッ!」 「待って、せつなは危ないから下がってて」 「でもっ!」 「お願い、せつな。事情は話せないけど、ここはあたしに任せて。絶対に大丈夫だから……。必ず取り返すから!」 「わかった。気をつけてね」 せつなはナケワメーケに背を向けて、元来た道に引き返した。その背後で、桃色の閃光が爆発したように感じた。 ナケワメーケとキュアピーチとの激闘が、せつなの立っている位置の反対、対岸の川原で繰り広げられていた。 橋を壊さないように、そして、何より自分を巻き込まないように、ピーチはナケワメーケを誘導したのだろう。 そこまでは良かったが、その後の戦いは、いつもの精彩を欠いているように見えた。 “アン・ハッピー!!” ナケワメーケの繰り出すパンチが、キックが、ピーチをじわじわと追い詰めていく。 ピーチも反撃するものの、敵を捉えたと思っても、なぜかインパクトの瞬間に減速してダメージを与えられない。 そして、何度目かの―― 「悪いの、悪いの、飛んで――キャアッ!」 「フフフ、そんなあくびの出るようなモーションの長い大技を、ダメージも与えず、バランスも崩さずに当てられると思うのかい?」 そう、キュアピーチはナケワメーケを傷付けるのを恐れて、思い切った攻撃に出られないでいた。 唯一、無傷で浄化できる“ラブ・サンシャイン”はサウラーに警戒されていて、発動を待たずに潰されてしまうのだ。 「ピーチっ!」 「お待たせっ!」 そこで戦局が変わる、かと思われた。 駆けつけたキュアベリーとキュアパインが参戦する。彼女たちの必殺の“ダブル・プリキュアキック”を止めたのは、他ならぬピーチだった。 「ピーチ、どうして?」 「お願い、ベリー、パイン。あれを傷付けないで」 「あれって、もしかしてせつなさんの?」 「うん、そうなの。サウラーはあれがせつなの大切なものと知っていて、だから壊れるように作ったって」 そこから先の戦いは、一方的にプリキュアが嬲られるだけだった。 ピーチはもちろんのこと、ベリーやパインまでもが、積極的に攻撃できなくなっていた。 二人が気を引き、残る一人がキュアスティックを放つ。もしくは時間差をつけて三方向から撃つ。そのすべてが通じなかった。 サウラーは冷静に戦局を見て指示を出す。フェイントにはかからない。ただ浄化技だけを注視して、順に妨害するだけで彼女たちの攻撃を完封できるのだ。 (これでいい。結果的にプリキュアを倒せるなら、リンクルンを奪う必要もない。ペンダントのせいで手が出せないのなら、サウラー一人の手柄にされることもない) だけど―― (なぜ、これほどまでに胸が騒ぐ? 気分が悪い。不愉快だ。――誰のものに、勝手に手を触れている!?) “スイッチ・オーバー” イースに変身したせつなは一気に橋を駆け渡ると、まるでボロボロになったプリキュアを庇うかのように、ナケワメーケの前に立ちはだかった。 「ハアッ!」 状況が飲み込めずに困惑する、サウラーとピーチたちを前に、イースは強烈な足払いでナケワメーケを転倒させた。 「イース! どうして?」 「なに、仲間割れなの?」 「もしかして、わたしたちを助けてくれたの?」 「勘違いするな、お前たちは私の獲物だ。これから手柄を横取りしようとしたサウラーに、制裁を加える」 イースはピーチたちを一瞥すると、一つだけ助言した。「壊れやすいナケワメーケなど作れない。お前たちの攻撃ごときで傷などつかない」と……。 そしてイースは、土手の上で指揮していたサウラーに殴りかかる。その攻撃は全て避けられてしまったが、サウラーもまた、イースに反撃しようとはしなかった。 やがてピーチの“ラブ・サンシャイン”がナケワメーケを包み、元通りのペンダントに浄化させる。その光が収まった時には、もうイースの姿も、サウラーの姿も、どこにも見えなくなってた。 占い館の通路で、せつなの姿に戻ったイースと、サウラーとが再びすれ違う。 「ふっ、そのペンダントが、そこまでお気に入りだったとはね。僕の計算違いだったよ」 「馬鹿なこと言わないで。アイツを油断させるためよ。ただし、今後はお前にも油断しない。次に邪魔をしたら、その時は」 「恐い、恐い、せいぜい気を付けるとしよう」 その日を境に、イースとサウラー、そしてウエスターとの距離が広がった。 イースは、彼らにより心を許さなくなった一方、ラブには心を許すようになってきていた。 孤立したイースは、それまで以上にプリキュアへの、ピーチへの執着を深めていく。胸に芽生えた温かい感情を、燃えるような敵意へと変えて――
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/503.html
蒼の喪失(前編)/一六◆6/pMjwqUTk 「ラッキー・クローバー! グランド・フィナーレ!!」 少女たちが、右手を上げて高らかに叫ぶ。 その中央、凛として見上げる八つの瞳の先にあるのは、巨大な水晶に閉じ込められた、ソレワターセの姿。 「はぁ~~~~!!」 少女たちの気合とともに、水晶はみるみるうちに直視できないほどの輝きを放ち、中から断末魔の叫びが上がる。 「シュワ、シュワ~・・・」 そして。 パン!パン!パン!と三つの乾いた破裂音を残し、ソレワターセは跡形もなく消滅した。 (要するに、四人の気持ちが揃わないと使えない技、というわけね。) ウエスターの報告を思い出して、ノーザはフン、と鼻をならした。 ―――メビウス様が、しびれを切らしておいでです。そろそろインフィニティを手に入れなければ、如何にあなたといえども、お叱りを受けますよ。 さっきそう言い捨てて帰って行った、慇懃無礼なクラインの顔を思い出す。 (ふん、見ているがいいわ。これがあれば・・・。) ノーザの手にあるのは、ソレワターセの実。しかし、普通の実は鈍い緑色をしているのに、その実は血のような赤に染まっている。 まだ消去されずに残っていた、イースの管理データの一部。それを使って特殊能力を持たせた、特別製だ。クラインはこの実を届けに、本国からやって来ていたのだった。 このソレワターセの特殊能力。それは、記憶を消す力だ。攻撃を受けた者の記憶を封じ込め、思い出せなくする力。事実上、裏切り者のイース――キュアパッションになってからの彼女に関する記憶を、その者の頭から消すことが出来るのだ。 (ふふふ・・・。仲間から、今更ラビリンスのイースとして見られたら、あの子はどんな顔をするかしらねぇ。) ノーザは、口元に楽しげな笑みを浮かべた。 (問題は・・・誰を選ぶか、ということね。) このソレワターセの欠点は、記憶の封じ込めを維持するために、不幸のゲージの中にある、貴重な不幸のエネルギーを消費しなくてはならないことだ。インフィニティ発動のために、無くてはならない不幸のエネルギー。だからそう長い間、記憶を奪い続けるわけにはいかない。 しばらくの間、プリキュアどもがあの新しい技を使えなければ、それでいい。その間にインフィニティを奪って、ヤツらを始末する。四人の気持ちが揃わないプリキュアなど、恐るるに足らない。 (だから、一番効率的な相手を、一人選ばなくては。) ノーザはゆっくりと、壁に貼られている少女たちの写真に近づいた。 (そうねぇ。イースと最も遠い関係にある人物。プライドが高く、人に気を許さず、それゆえの脆さも持っている子。) ノーザの長い爪が、ついに一人の少女の写真の上で止まった。 「・・・ふふふ。ターゲットは、あなたねぇ―――キュアベリー。」 蒼の喪失(前編) 秋も深まった、四つ葉町公園。ラブたちはダンスレッスンを終えて、いつものドーナツカフェに集まっていた。勿論、タルトとシフォンも一緒だ。 今度の週末から、トリニティが久しぶりのツアーに出かけると言う。だから、二週間ほどダンスレッスンはお休み。さっき、ミユキからそう言われた。 ―――お休みの間、自主練習はちゃんとやるのよ! ビシッと指を立ててそう言うミユキに、声を揃えて元気に返事をしたものの、中学生の彼女たちにとって、週末まるまるのフリータイムは、とってもわくわくするもので・・・。 「ねえねえ。じゃあ今度の土曜日、みんなでどっかに遊びに行こうよ!」 「いいわね。私も、その日は予定入ってないわ。じゃあ、冬物のお洋服でも、みんなで見に行く?」 「えっと、確かその日から、新しい映画が封切りだったんじゃないかな。それを観に行くっていうのは?」 「うーん、そうだなぁ。でもさ、秋はやっぱり、遊園地じゃない?」 「何言ってんのよ。ラブの場合は、秋だけじゃなくて年中でしょ。」 目をキラキラさせて喋る三人の話を、せつなもやっぱり、好奇心に目を輝かせて聞いている。 この世界は、まるで中身がいっぱいに詰まった宝石箱みたいだ、とせつなは思う。どれも色や形が違い、それぞれの光を放って輝く、数々の宝石。目の前に無造作に並ぶそれらを、ひとつひとつ手に取り、眺め、そして選ぶことができる。何て楽しくて、明るくて、そして自由なんだろう。 「ねえ、せつなは? せつなは、どこに行きたい?何がしたい?」 ふいにラブに呼びかけられて、せつなは我に返った。 「え?私?」 「うん。せつなが決めてよ。今挙がってるのは、ショッピング、映画、それと遊園地。もちろん、他の場所でも大歓迎!せつなの好きなところに決めてよ。ねぇ、どこにする?どこがいい?」 「ちょ、ちょっと待って、ラブ。」 畳みかけるラブと、慌てるせつな。その様子を見ながら、美希は小さく苦笑する。ラブが最近、何かと言うとせつなに決定権を持たせようとしていることに、美希は気付いていた。 この世界に来るまで、「選ぶ」ということを知らなかったせつな。最初はドーナツカフェの飲み物ひとつ、文房具ひとつ、自分では選べなかった。それどころか、自分の好みすら―――何が好きで、何が嫌いで、何が自分に似合うかなんてことも、まるでわからなかった。 ラブの家で過ごすようになって数カ月。飲み物や食べ物、洋服や本・・・。人より時間をかけて迷いながら、彼女は少しずつ、自分のものを自分で選べるようになってきた。選ぶことを、楽しめるようになった。 ただ、今のような場合―――自分の選択が、仲間や家族、周りの人たちの行動まで決めてしまうと思うと、途端にせつなは逡巡してしまう。 「そんな・・・私には決められないわ。どれも楽しそうなんだもの。」 (やっぱり。そう言うと思った。) そう思っていることを顔に出さないようにして、 「え~!それじゃダメだよ、せつなぁ。」 ラブは思い切り、口を尖らせてみせる。 「せつなが決めたところに、みんなで行くのが楽しいんじゃない!」 「でも・・・」 助けを求めるように、困った顔で自分と祈里に視線を向ける彼女に、美希は優しく笑いかけた。 「ねえ、せつな。どこに行って何をしたって、こういうことに、成功とか失敗とか無いのよ。」 「そうそう。」 祈里が隣から、いつもののんびりした調子で相槌を打つ。 「誰かが決めたところに遊びに行く、っていうのはね。一人の好みにみんなが合わせよう、ってことじゃないの。自分ではなかなか選ばないような場所に出かけていく、っていう楽しみ方なのよ。そして、発見するの。」 「発見?」 「そう。ああ、この人はこういう場所が好きなんだなぁ、とか、こういうところも楽しいんだなぁ、とかね。同じものを見て、誰かと同じように感じたら嬉しいし、違っていても、やっぱりお互いのことがもっとよくわかって、嬉しいのよ。だから、みんなで出かけるのは楽しいの。」 「でも、そこが楽しくなかったら?」 「その時はね、こうするの。」 美希は、眉をワザと八の字に寄せ、怒っているような、困っているような顔を作って見せる。 「『なぁんなの?ここ。サイテー!!』 そうやってみんなで盛り上がるのも、結構楽しいわよ。」 声まで変えて、“悪口で盛り上がる中学生の図”をやってみせる美希に、せつなは思わず噴き出し、ラブと祈里は目が点になる。 「笑うことないでしょ?せつなのために、実演してるのに。」 「でも美希ちゃん。何もそこまでしなくても・・・。」 「そうそう。美希たん、綺麗な顔が、台無しだよ。」 ラブと祈里の冷静な突っ込みに、美希の顔もさすがに赤くなる。 「みきぃ、へんなかお~!」 シフォンが嬉しそうにはしゃぎながら、はぐっ、と勢いよくドーナツにかぶりついた。 「もうっ、シフォンまで・・・。」 「ふふっ。ありがとう、美希。私、ちゃんと決めるわ。でも・・すぐには決められそうにないから、もう少し考えてもいい?」 ひとしきり笑った後、自分を見つめてそう言うせつなに、美希は一瞬、眩しそうに目を細める。 (こういうところが、せつなって真面目で素直なのよね。) 自分にはなかなか真似のできないまっすぐな彼女。でも勿論そんなことは口には出さず、美希はパチリとウィンクしてこう言った。 「もっちろん。完璧なところ、選びなさいよ!」 「美希ちゃん、失敗してもいいんじゃなかったっけ・・・。」 祈里の再度の突っ込みに、ドーナツカフェに、また新たな笑い声が広がっていく。 「ええなぁ。なんか楽しそうやなぁ。」 「タルトちゃんも行く?」 「でも、わい、その日はここで、『タルやんのイリュージョンショー』があるんや。」 「・・・あれ、まだ続けてたんだ・・・。」 なんか、似たような会話を以前も聞いたことがあるような。あれは、いつだったっけ・・・。 美希がそう思った瞬間、 「ソレワターセ!!」 公園の一角にある雑木林の方から、突如、咆哮が響き渡った。 「わ!マズい。シフォン、行くで。」 「プリ~・・・」 タルトがシフォンの手を引っ張って、慌てて林の反対方向に走る。 「ソレワターセが?どうして突然?」 「シフォンちゃんは、今日はまだインフィニティになってないのに。」 「インフィニティになる前に奪う作戦かもしれないわ。とにかく早く行かないと!」 「うんっ!何だかわかんないけど、みんな、行くよっ!」 ラブの声に力強く頷いて、少女たちはそれぞれのリンクルンを構える。 「チェインジ!プリキュア!ビートアーップ!!」 桃色、青、黄色、赤・・・オーロラのような色鮮やかな光のベールが一瞬の輝きを放った後。 現れる、四人の伝説の戦士。 ツインテールをなびかせて駆けるキュアピーチに、ベリー、パイン、パッションが続く。 「ソ~レワタ~セ~!!」 巨大な草の蔓を幾重にも束ねて、人型をこしらえたような姿。中央にあるのは、不気味に光る赤いひとつ目。 それは何度も見たことのあるソレワターセの姿ではあったが・・・何だかいつもと様子が違う、とパッションは思った。隣りに立つパインも、同じことを思ったらしい。 「何だか今日のソレワターセ、色が変。こんなに赤かったっけ?」 「そうね・・・。もしかしたら、何か特殊な能力を持っているのかも。みんな、気をつけて!」 「わかった!じゃあみんな、行くよっ!」 互いに目と目を見かわして、四人は走り出す。 ソレワターセの触手を跳んでかわすベリーとパッション。すぐさまひらりと飛び上がり、高速の回し蹴りを見舞う。 「ダブル・プリキュア・キーック!!」 身を屈めて後方へ跳んだソレワターセ。その太い触手が、着地しかけたベリーの足元を狙う。 「ダブル・プリキュア・パーンチ!!」 同時に踏み込むピーチとパイン。ベリーに迫った触手を、横から撥ね上げる。 触手が流れた隙に、本体に迫るベリーとパッション。パンチとキックの連打が、ソレワターセを襲う。 と、それに応えるかのように、二人の死角から伸びる、一本の触手。 「ベリー、危ないっ!!」 疾走したパインが、触手に体当たり。そのまま捕まりそうになった彼女を、間一髪で抱き止めるピーチ。 (何かおかしい・・・。) 鞭のような触手の動きを空中で回避しながら、パッションは不安に眉をひそめる。 (なんだか・・・ベリーばかりが狙われているような気がする。) そもそも、どうして今日のソレワターセは、シフォンを追おうとしないのだろう。 その時。ピーチが触手に弾き飛ばされる。受身も取れないまま、地面に叩きつけられる彼女。 「うっく・・・」 「ピーチ!!」 ピーチを襲う触手に、ベリーが放つ、矢のような蹴り。その後ろから伸びる触手に、肘をとばすパッション。 その隙にパインは、ピーチを抱えて触手の下を掻い潜る。そして攻撃の届かないところへ、彼女をひとまず避難させた。 「ピーチ、大丈夫?」 「うん・・・ありがとう。もう平気だよ。」 何とか自分の足で立ちあがったピーチが、再び攻撃に加わろうとした、その時。 「ベリー!!」 パッションの抜き差しならない声に、ピーチとパインは、ハッとして顔を上げた。 ベリーが触手に捕らわれ、身動きが取れなくなっているのだ。 空中高く舞い上がるパッション。手刀で、ベリーを拘束している触手を狙う。が、するすると伸びたもう一本が、彼女の攻撃を阻む。 「くっ。邪魔よっ!」 前を塞ぐ触手を、拳で撥ね上げる。そのとき、パッションは見た。ベリーを捕えた触手を伝って、何か赤い光のようなものが、彼女の体に流れ込んだのを。 「うわぁぁぁぁぁ~!!」 絶叫を上げるベリー。パッションは、目の前の触手を蹴って跳躍する。そしてベリーの体を抱きかかえ、触手を引き剥がそうと、渾身の力を込める。 「プリキュア!ラブ・サンシャイン・フレーッシュッ!!」 ピーチの声が響き渡る。目の前が明るくなり、ベリーを拘束していた触手が緩む。その隙に、パッションはベリーを抱えあげると、そのまま大きく跳んで地面に着地した。 「あ・・・」 「ソレワターセが・・・」 ピーチとパインの驚いたような声に、何事かと顔を上げたパッションも絶句する。 目の前で、ソレワターセの姿が次第に薄くなり、そのまま霞のように、消え失せてしまったのだ。 後には、気を失ったまま、変身が解けてしまった美希と、三人のプリキュアが残された。 「美希!美希!しっかりして!」 パッションは変身を解いてせつなの姿に戻り、美希を抱き起こす。 「・・・ん。」 少し苦しそうに顔をゆがめてから、美希の目が、ゆっくりと開いた。そして。 「・・・!!」 驚きに目を見張り、慌てて跳び退るように自分から離れた美希に、せつなはあぜんとした。 (・・・どうして?) 自分を見る、美希の瞳。そこに浮かんでいるのは驚愕と、それから・・・かつてのせつなが、よく目にしていた感情。こんな目で美希に見られるのは、久しぶりだ。 「美希たん!」 「美希ちゃん!大丈夫?」 同じく変身を解いて駆け寄ってきたラブと祈里も、美希の口から飛び出した言葉を聞いて、呆然とする。 「ラブ!ブッキー!どうしてせつなが、ここに居るのよっ!」 「・・・え?・・・何言ってるの?美希たん。」 「せつなは・・・彼女は・・・っつ・・・!!」 ラブに何かを言いかけた美希は、不意に顔をしかめて両手で頭を押さえると、そのまま喘ぐように、地面に倒れ伏した。 頬にかかる布地の感触に、美希は目を開けた。いつの間にかベッドに寝かされ、布団がかけられている。 「美希たん!気が付いた?」 ぼんやりと目に映るのは、心配そうにこちらを覗きこんでいる、ラブと祈里の顔。 「・・・ここは?」 「美希ちゃんの部屋だよ。美希ちゃん、ソレワターセの攻撃を受けて、気を失っちゃったの。」 「ソレワターセの?」 何が起きたのか思い出そうとすると、頭がズキンと痛んで、美希は顔をしかめた。 「それで・・・二人でアタシを、家まで運んでくれたの?」 「それはさすがに大変だから、せつなにアカルンで・・・って、どうしたの?美希たん!」 ガバッと布団をはねのけて起き上がった美希に、ラブが驚いて身を引く。 「せつな!・・・そうよ、ラブ。ねえ、どうしてせつなが、あの場に居たの?」 「どうして、って・・・」 「さっきもそんなこと言ってたよね、美希ちゃん。せつなちゃんが、どうかしたの?」 「せつなちゃんって・・・。ブッキー。あなた、いつの間に、せつなとそんなに親しくなったの?」 「・・・え?」 美希の言葉に、祈里も驚きに目を見開く。 美希は大きくひとつ息を吸うと、二人の親友に、噛んで含めるように言った。 「ラブ、ブッキー。二人も見たでしょう?あの子は・・・せつなは、イースだったの。アタシたちの敵なのよ。」 「・・・・・。」 「・・・・・。」 ラブと祈里は、ためらいがちに顔を見合わせる。そして意を決したように、ラブが美希に向き直った。 「美希たん。よぉく思い出してみて。せつなは、確かにイースだったよ。でも、今は?」 「・・・今?」 「そう。今のせつなは、誰?」 (今の・・・せつな?) そう考えた途端。頭蓋骨を直接万力で締め付けられたような痛みに襲われ、美希は声も上げられずに、ベッドに倒れ込んだ。 「美希たん!」 「美希ちゃん!」 「・・・ごめん。大丈夫よ。」 しばらくして起き上がった美希は、青ざめてはいたが、その声はしっかりしていた。 「何でだろう。今、物凄い頭痛がしたの。こんなの初めて。」 「美希ちゃん・・・。やっぱり、ソレワターセに何かされたのね。」 「ソレワターセに?」 「そう。美希ちゃん、ソレワターセに捕まったとき、凄く苦しそうに悲鳴を上げてた。その後すぐ、気を失っちゃったの。あのソレワターセ、色も変だったし、きっと何か特殊能力を持っていたんだと思う。」 祈里の冷静な分析に、 「何を・・・されたの?」 美希は恐る恐る尋ねる。 「それは、まだよくわからないけど・・・。でも、美希ちゃん。」 祈里は不安に揺れる瞳で、美希の顔を覗き込んだ。 「せつなちゃんのこと・・・まだ、イースだと思ってるの?」 「まだ、って何よ。」 祈里の不安が、さらに膨らむ。 「もしかして・・・。ねぇ、美希ちゃん。今日は、何月何日?」 「変なこと訊くのね、ブッキー。今日は・・・10月25日でしょ?」 「ソレワターセと戦う前、わたしたちが何をしていたか、覚えてる?」 「確か・・・カオルちゃんの店で、ドーナツ食べてたわよね。タルトやシフォンも一緒に。で、今度の土曜日、どこかに遊びに行こうって相談して・・・うっ!」 再び頭痛に襲われ、顔をしかめる美希。 「そっか・・・。完全な記憶喪失ってわけじゃないのね。」 「ブッキー、どういうこと?」 二人の様子を心配そうに見ていたラブが、泣きそうな目をして、祈里に詰め寄る。 「もしかしたら、記憶喪失になったのかなって思ったんだけど・・・。記憶が無いのは、せつなちゃんのこと限定なのかも。」 「せつなのこと?」 「・・・っていうか、キュアパッションのこと、って言った方が、いいのかな。」 「じゃあ、ソレワターセが?」 「うん。きっと美希ちゃんから、キュアパッションになってからのせつなちゃんの、記憶を奪ったんだと思う。」 「そんな!でも、何のために?」 「それは・・・よくわからないけど・・・」 ラブと祈里のやり取りに、美希が首をかしげた。 「キュア・・・パッション?」 「そう。あのね、美希たん。せつなは今、あたしたちの仲間、キュアパッションとして、一緒に戦ってるの。せつなが、四人目のプリキュアだったんだよ。」 ラブは美希に、彼女が奪われた、せつなの真実を話そうとする。しかしラブの話は、美希の苦しげな声で、すぐに遮られた。 「やめて!やめて、ラブ!頭が・・・頭が割れそう・・・」 ラブの言葉で、何らかの情景が浮かびそうになるたびに、途方もない力で、頭が締め付けられる。 痛みで真っ赤に彩られた脳裏に浮かぶのは、あの時の・・・正体を現した、せつなの姿。両手を真横に開き、こちらを睨みつける、暗い憎悪に燃えた眼差し・・・。 「ラブ!騙されちゃダメよ!せつなは、イースだったの。ラビリンスだったのよ!!」 まるでうわ言のようにそう繰り返す美希に、ラブはなす術もなく立ち尽くす。 この世界に来たばかりのせつなに、仲間の中で誰よりも気を遣い、早く彼女が慣れるようにと、心を砕いてきた美希。だが、せつながイースだった頃、いち早く彼女に疑念を抱き、警戒していたのも美希だった。そのせいだろうか。美希が、せつなと打ち解けて話せるようになるには、時間がかかった。 一月ほど前。初めて二人だけで出かけたときに何があったのか、詳しいことは、ラブは知らない。でも、あの日から二人の距離が縮まったのは、ラブと祈里の目にも明らかだった。 その美希が、今は全身で、せつなを拒絶している。やっと・・・やっと、互いに少しずつ理解し合い、歩み寄れたというのに。 俯いて、肩を震わせ、泣き出しそうになるラブ。しかし隣から、 「美希ちゃん!」 いつになくきっぱりとした祈里の声が聞こえてきて、目を上げた。 祈里は、ベッドにうずくまる美希の肩に手をやると、ニッコリと微笑んで、優しい声で言った。 「美希ちゃん。思い出そうとするから、頭が痛むんだと思うの。何も思い出さなくていいから、美希ちゃんが全く知らない、初めて聞く話として、ラブちゃんの話を聞いて。」 「ブッキー!」 ラブの瞳に、わずかに力が甦る。しかし美希は俯いたまま、ゆっくりとかぶりを振った。 「ダメだわ、ブッキー。アタシ、とても信じられない。あのせつなが、四人目のプリキュアだったなんて。アタシたちの仲間だなんて。ごめん・・・。ごめん、ラブ、ブッキー。」 「諦めちゃダメよ、美希ちゃん!!」 祈里は、美希の頬を両手で挟み、グイッと顔を上げさせた。彼女には珍しいその剣幕に、ラブも驚いて祈里を見つめる。 「せつなちゃんは、確かにわたしたちの仲間なの!以前はイースだったけど、今はわたしたちと一緒に、必死で戦ってるの!今の美希ちゃんが、せつなちゃんを信じられないと言うなら、それでもいい。それなら、ラブちゃんとわたしを信じて!お願い!!」 「ブッキー・・・。」 大きな目に盛り上がった涙をこぼすまいとするように、祈里は美希を強く見つめ続ける。普段は物静かなその瞳に、仲間を思う必死の思いが、そして、自分にせつなを取り戻させようとする、悲しいまでの祈りが込められているのを、美希は見せつけられる。 美希の中に焼きついてしまった、イースとしてのせつなの姿は、消えはしない。でも、脳裏にある彼女の憎しみに燃える瞳が、不思議と今は、やり場の無い哀しみを湛えた瞳のように、美希には思えてきた。 「わかったわ、ブッキー。やってみる。ラブ、話して。」 「うん。・・・辛くなったら、無理しないで、いつでも言って。」 ラブは、美希を気遣いながら、ゆっくりと少しずつ、話していった。 あの、ドームでせつなが正体を明かした、その後の物語を。 せつなと森の中で戦ったこと。その中で知った、せつなの想い。イースの寿命が尽きたこと。そして・・・大切な仲間になった彼女の、まだ紡がれ始めたばかりの、時間を。 せつなは一人、自分の部屋のベッドで、膝を抱えてうずくまっていた。 気を失った美希と、ラブと祈里を、アカルンで美希の部屋まで送り届けたのは、せつなだった。でも、せつな自身は、タルトとシフォンを家に連れて帰るからと言って、一緒に行くのを断った。 ラブは、いつもの夕食の時間をだいぶ過ぎた頃になって、やっと帰ってきた。どこ行ってたの?と眉をひそめるあゆみに、 「ごめ~ん。美希たん家で、つい話しこんじゃって。」 と明るく笑ってみせたラブだったが、その顔には、隠しきれない疲労がにじんでいた。 「あら、美希ちゃん家に・・・。せっちゃん、どうして一緒に行かなかったの?」 「あ、私、図書館に本を返しに行かなきゃいけなかったから。でも、後から追いかければよかったわ。」 「そう。」 下手な嘘をついてぎこちなく笑ったせつなに、あゆみは少し心配そうな顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。 遅い夕食の後、ラブは、ところどころ言いにくそうにつっかえながら、美希の様子を話してくれた。せつなは、膝の上でギュッと手を握りしめて、黙ってラブの話を聞いた。 (やっぱり、そんなことだったの。) 戦いの後、気絶から覚めた美希の瞳に、浮かんでいたもの。驚きと―――そして、敵意と拒絶。それは、かつてイースが、ドームでの戦いの後、正体を明かしたときに、キュアベリーの瞳に浮かんでいたものと、同じものだった。 「今までのこと、全部話そうと思ったんだけど、さすがに長い時間は、美希たんも辛そうでさ・・・。でも、一番大事なことは、きちんと話したからね。美希たんも、わかったって、ちゃんと言ってくれたから。」 だから、せつなは何も心配しなくていいんだよ。そう言ってそっと抱きしめてくれたラブに、せつなは結局、何も言えなかった。 (美希・・・。) 今の美希の中では、自分はまだイースなのだと思うと、身体の芯が、さーっと冷たくなる。 ラブは、せつなが仲間になった経緯を、美希にきちんと話してくれたと言った。美希も、それをわかってくれたと言っていた。 でも・・・彼女は、今のせつなを思い出したわけではない。ラブの話を信じたと言っても、それだけで、美希は自分を受け入れることができるのだろうか。 ―――とても無理だろう、とせつなは思う。 イースとしてラブに近づいていた頃、美希が自分を疑っていることに、せつなは気付いていた。だから、キュアパッションとして生まれ変わり、仲間になった後も、自分を見つめる美希の眼が厳しいように思えて、せつなはなかなか、彼女に近付けなかった。 でも、本当は美希も、せつなと親しくなるきっかけを探していたのだ。 自分の考えや感情と向き合い、それを表現する経験をしてこなかったが故に、物事を言葉で伝えるのが苦手なせつな。 自分の弱さを見せるのを嫌うが故に、一度自分の気持ちを頭の中で組み立ててからでないと、表に出せない美希。 気持ちをストレートに表わすラブや、どこまでもマイペースな祈里には、うかがい知れない高いハードルが、二人の間にはあった。 初めて二人で出かけたあの日。最初は会話が弾まず、気まずそうだったけれど、美希が終始、自分に歩み寄ろうと努力してくれているのを、せつなは感じた。だからこそ、美希の役に立とうと、精一杯頑張った。その頑張り自体は空回りで、美希を疲れさせてしまったのだけれど・・・。でも、あの時二人は初めて、ハードルを越えられた。 美希は力強く、せつなの生き方を信じると言ってくれた。ひとりぼっちにはならないと、励ましてくれた。それがどんなに・・・どんなに、嬉しかったか。 (・・・美希。) せつなは膝を抱えたままベッドに横になり、身体を小さく丸める。 どうしても思い出してしまう。長いまつ毛の下から笑みを湛えて見つめる、美希の眼差し。時に力強く、時におどけた口調で励ましてくれる、美希の声。優しく差し出された、美希の手のぬくもり・・・。それらが自分に向けられる日は、もう来ないのではないか。 (―――美希!!) せつなは枕に顔をうずめ、声を殺した。 そして思う。一度、確かにこの手に掴んだと思ったものが、突然失われるということ。それは、こんなにも辛く、切なく、身を切られるように、痛いものなのかと。 どれくらいの時が経っただろう。 ラブの部屋から、タルトの回すオルゴールの子守唄が漏れ聞こえてくるのに、せつなは気付いた。 もう十時をまわっている。シフォンはとっくに寝ている時間だが、こんなときにインフィニティになったら大変と、タルトがずっとオルゴールを回し続けているのだろう。 (確かに、美希と私がこんな状態じゃ・・・えっ!?) せつなはあることに気付いて、ベッドから跳ね起きた。 ラブの部屋のドアを、小さくノックする。 「パッションはん。ピーチはんなら、お風呂やで。」 タルトの小さな声が、部屋の中から聞こえた。呑気そうな風貌とは裏腹に、タルトは桃園家の家族やプリキュアの足音を、遠くにいても瞬時に聴きわけるのだ。 「知ってるわ。ちょっと入るわね。」 部屋に入ると、タルトはオルゴールを回す手を休めず、目顔でせつなを迎えた。ラブのベッドでは、シフォンがもうぐっすりと眠っている。 「クローバーボックスが気になったんやろ?大丈夫や。ちゃんと蓋、開いとるで。」 「ホントね。良かった・・・。子守唄が聞こえたから、びっくりして来てみたの。」 せつなはタルトの隣に座って、四つのハートがくるくると回る様を眺めた。カラフルで美しいオルゴール。この中に、とてつもない力が秘められているなんて、とても見えない。 一度だけ、このクローバーボックスが開かなくなったことがある。ラビリンスの最高幹部・ノーザが現れて、もっと強くなりたいと、みんなで特訓を行ったときのことだ。 もう、私たちの力では、シフォンを守れないのではないか。そんな焦りと不安から、四人はチームワークを乱した。初めて喧嘩もし、仲間割れを起こした。そのとき、クローバーボックスは、どんなに力を入れても、頑としてその蓋を閉ざしたままだったのだ。 みんなの気持ちが合わなかったから、蓋が開かなかったんだろう、とタルトは言った。それならば、今の美希と自分の関係を考えれば、クローバーボックスはまた開かなくなっているのではないか。そうせつなは恐れていたのだ。 「なぁ、パッションはん。ソレワターセは、なんでベリーはんを、あんな目に遭わせたんやろか。」 「たぶん・・・目的は、私たちにグランド・フィナーレを使わせないことだと思う。」 プリキュアの新しい技、グランド・フィナーレ。ソレワターセをも倒すその必殺技は、四人のハートをひとつにして戦う技だ。ベリーがパッションを信じて、心を合わせてくれなければ、使える技ではない。 「なるほどなぁ・・・。せやけど、クローバーボックスは、こうしてちゃんと開くんや。まだ、望みはあると思うけどなぁ。ベリーはんだって、希望を捨てとらんから、ピーチはんの話を聞いたんと違うか?」 「希望を・・・捨ててない?」 せつなの目が、大きく見開かれる。 ―――どんなときも、希望を捨てちゃダメ! ピンチのたびに、そう言って仲間たちを励ましてきた、美希の声がよみがえる。 (そうね。美希は、希望のプリキュアだもの。きっとまだ諦めてない。最後の最後まで、希望を捨てるわけないわ。だったら、今の私に出来ることは・・・。) せつなの瞳に決意の光が宿った時、部屋のドアが開いて、ラブがタオルで頭を拭きながら入ってきた。 「あ、せつな、来てたんだ。」 「お邪魔してるわ、ラブ。あのね、明日学校から帰ったら、四人でここに集まってもいい?」 「勿論いいけど、何をする気?」 「美希に、どうしても伝えたいことがあるの。うまく伝えられるかわからないけど・・・。でも、今の私にできるのは、これだけだから。」 せつなはそっと、眠っているシフォンの頭をなでる。 あまりにも無防備で、あどけないその寝顔。私たちで、絶対に守り抜かなくてはならないもの。 そのためにも、そして美希のためにも、私に出来る精一杯のことをしよう。そう、せつなは誓う。 どんな状況でも、最後まで絶対に諦めない。その大切さを、その力の強さを、私はみんなに、身をもって教えてもらったのだから。 ~前編・終~ 複数36へ
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/87.html
カーテンの隙間からベッドの上に揺らめく歪な縞模様。随分月が明るいようだ。 美希はそっとカーテンを捲る。浮かんでいるのはまろやかなカーブを描く三日月。 薄く鋭い刃物の様な姿なのに、驚くほど豊かな光を湛えている。 三日月がこんなにも明るく光る所を美希は知らなかった。 「綺麗ね…」 下から聞こえる静かな声。 「…ゴメン、起こしちゃった?」 せつなが眠っていない事は分かっていた。 多分、彼女は自分が起きている限り眠れない。 美希を信用していない訳ではなく、彼女の意識がそれを許さないのだろう。 祈里に気を許し過ぎた結果がもたらした、取り返しのつかない過失。 勿論、それはせつなの所為ではなく、責められるような過失でもない。 しかし、ほんの少し前のせつななら。 イースなら絶対に犯さなかった過ちだろう。 他人に出された物を警戒もせずに口にし、その結果意識を失うなど。 恐らく、せつなはこれから先に二度と他人よりも先に眠りにつく事はしないのではないだろうか。 ただ一人、ラブの側を除いては。 「美希、眠れないの?」 少し心配そうに見つめられ、美希は大丈夫、と言うように首を振る。 心は波立っているが、せつなの所為ではない。 自分の心の在りかを探しあぐね、どこに気持ちを持って行っていいか掴みかねている。 今日は随分色々な自分の気持ちと向き合ったつもりだったが、どうやらまだ足りないみたいだ。 「せつなは綺麗ね……」 心に浮かんだ言葉をそのまま口に出す。 唐突だとか、脈絡が無いとかは考えない。考えたって仕方ない。 初めてせつなと二人きりになった時の事を思い、美希はくすぐったくなる。 盛り上がる話題を見つけようと必死になる美希。会話を繋げる、と言う意識すらないせつな。 一人で気を回して、一人で気疲れして。 でも、そのお陰で教えてもらった。 話す事がなければ無理に話さなくてもいい事。 会話なんて無くても心地好く過ごせる相手もいる事。 恐いって言ってもいい。守ってもらってもいい。 みっともなくたって笑われたりしないって事。 お姉さんでいなくても大丈夫なんだと思えた事。 浮かんでは消える飛沫のような思いを、思い付くままに舌に乗せる。 幼馴染みの二人なら、自分の言葉にどんな反応を返すかはいつも大体予想が付く。 付き合いの浅い友人には、初めから相手が反応に困るような言葉は使わない。 せつなには、そのどちらとも違う。どんな言葉や態度が返って来るのか予想が付かない。 それが少し不安で、とても楽しみで。 そしてそんな事が出来るのは、せつながとても正直だから。 自分の欲しい答えでなくても、せつなからもらう答えには、 何かしらの真実が含まれていると思うから。 親友の顔を見つめながら美希は改めて嘆息する。 どうしてこの子が異様な目立ち方もせず、学校の人気者程度のポジションにいられるのか。 どうすれば、あんなに周囲に溶け込めるのか。 これ程美しく生まれつき、立ち居振舞いにも隙がない。 他を圧倒する美貌と頭脳、存在感を持っているはずなのに、同時にそれらを覆い隠すベールをも併せ持っている。 自分には、とても出来なかったのに。 人より少しばかり美しく生まれついただけの普通の人間の美希でさえ、 いつもジロジロ見られ、遠巻きにヒソヒソと噂され、時には異物として排除されそうになった。 美希がどんなに普通に振る舞おうとも、周りはいつもどこかに壁を作っていた。 モデルになると言う夢を持ち、尚且つ、いつも変わらぬ笑顔で側にいてくれた ラブと祈里と言う幼馴染みがいなければ、美希はどれほど孤立していたか。 美希が普通の子供として、楽しい思い出に包まれていられたのは、ラブと祈里と言う稀有の親友、 そしてこの町の飾らない気風のおかげだったのだろう。 改めてせつなを見る。 月明かりの中に浮かぶせつなは本当に綺麗だと美希は思った。 イースが鋭いナイフの様な三日月なら、今のせつなは柔らかな 光を湛えた満月だろうか。 「本当に、綺麗よ。せつなくらい綺麗な子、滅多にいないんだから」 「…知ってるわ」 軽く驚いたような顔をした後、苦笑いを浮かべて答えるせつな。 美希は少し目を見開き、そしてなるほど、と思い直す。 せつなは自分が容姿に恵まれている事を自覚していない訳ではない。 興味が無いだけだ。 以前なら見た目の美しさを餌に相手を油断させ、罠にかける。 そんな風に策謀の手段にする事はあったかも知れない。 しかし今はそんな必要は無くなった。 この世界を容姿を武器に渡って行くつもりなどない。 出る杭は打たれ、平均から外れた物は良くも悪くも排除されかねない。 そんな世界ではずば抜けた美貌は却って邪魔なくらいなのかも知れなかった。 何もしなくても華やかな顔立ちや、均整の取れた肢体は隠し様がない。 だからこそ、少し野暮ったいくらいの服装。大人しやかな仕草。控え目な言動。 可愛いんだからもっとお洒落すればいいのに、そう思われるくらいが丁度いい。 埋もれ過ぎず、目立ち過ぎず。それくらいが一番生きやすい。 分かっていても、自分の武器を敢えて隠しながらそんな事が出来る人間なんて 滅多にいないだろうけど。 「美希も綺麗よ。とても」 美希の隣で月光を浴びながら囁く声。 少しからかい気味に言われても、美しい同性から受ける賛辞は時に 異性からの言葉よりもずっと価値がある。 「それはどうも」 「あら、真剣に言ってるのに」 「分かってるわよ。そりゃ、アタシは努力してますから」 そう。努力してる。 美希にとって容姿を磨く事は生きていく為の手段であり、目的だ。 これからの人生を左右する程の。 一流のモデルになる。それが目標であり、夢だから。 その夢を諦めてもいいと思った事もあったけれど。 以前、一生に一度かも知れないチャンスを棒に振った。 ギリギリまで迷ったけれど、そうしても良いと思った。 それくらい、あの二人は大切な存在だったはずだった。 そして、あの二人も同じように自分を大切に思ってくれていると信じていた。 「…どうしてかしらね……」 どうして、せつなを嫌いになれないのだろう。 せつなを憎めたら、どんなに楽になれるだろう。 「ねぇ、せつな。アタシって何?」 「…美希……?」 「アタシ、一人で馬鹿みたいだと思わない…?」 「…………」 「蚊帳の外で右往左往して。アタシに出来る事なんか無いのにね」 「……………」 「それでもね……アタシ、やっぱりみんなと一緒にいたいみたいでさ…」 そっと頬を撫でられた。 下らない言い種だとは分かっている。 仲間外れにしないで。結局、それだけの事なのだから。 美希以外の三人にはどれほど深刻な悩みでも、当事者ではない美希には理解出来ない。 それでも、置いてきぼりは嫌だ。 もう居場所を失うのは嫌だ。 居場所なんて自分で見付けて築き上げるものだと言う事は分かっている。 自分の足で、誰とも手を繋がずに立てなければそんな場所は見付からない。 だけど……… (……ねえ、美希ちゃん。わたしって昔から結構いい子だったと思わない?) あの日、朝の公園での祈里の声が頭に甦った。 自分の欺瞞を嘲笑うかのような祈里の顔。 自分の言葉で自らを切り刻んでいるようだった。 いい子なんかじゃなかった。 優しくなんかなかった。 そう、泣き笑いで天を仰いでいた祈里。 ほんの少し、あの時の祈里の気持ちが分かるような気がしていた。 いつだってお姉さん役だった自分。 そして、そのポジションに満足していた。 一番しっかり者のつもりだった。 一番大人に近いつもりだった。 一番広く世界を見ているつもりだった。 具体的な将来の夢を持っていると言う点では祈里と同じだったが、 既に仕事をこなし、金銭を得ている分、ずっと自分の方が先に行っていると思っていた。 ラブや祈里を子供扱いするつもりは毛頭無い。 しかし、もし仮に三人の輪が崩れ、それぞれ道が別れる事になったとしても。 一番最初に閉じた世界から出て行くのは自分だと思っていた。 美希は夢にも思った事が無かったのだ。 まさか、この自分がラブや祈里に置いて行かれる立場になる事など。 置いて行かれるとしても、「一人にしないで」なんて、縋るような気持ちになるなんて。 両親が離婚した時ですら、決してそんな気持ちを人前では見せなかったのに。 綺麗で、自信に溢れていて、自立した自分。 仕事にしても、恵まれた容姿だけに胡座をかかず、 両親のコネにも頼らず、努力を惜しまない。 常に完璧を目指し、自分を磨く。それが当然だった。 そうありたいと思い、そんな自分が好きだった。 でも少し違ったのかも知れない。 自分がそうありたいのではなく、周りからそう見られたかっただけなのではないか。 寂しいと泣いて、一人で頑張る母に負担をかけたくなかった。 周りから可哀想だと同情されたくなかった。 同世代の子供の中では飛び抜けた美しさの為に、子供達からは悪気無く 距離を取られたりもした。 その事を寂しく思っている事を知られたくなかった。 みんな何でもない事。傷付くような事じゃない。 だって、アタシは完璧だから。みんなにも、そう思って貰えるように。 ラブも祈里も、こんな気持ちを味わったんだろうか。 今までの自分が崩れて行くような感覚。 信じて疑いもしなかった自分像が歪み、溶けて、流れ去り、 見たことも無い自分が浮かび上がって来るような、恐怖にも似た感覚。 せつなに出会わなければ、ずっと心の奥底に閉じ込めていられただろう、 醜くおぞましい自分の一面。 「せつな、アタシ、分からなくなっちゃった。アタシってこんなに何も出来ないヤツだったのかな……」 「…美希」 「ねえ、教えて。アタシ、せつなにはどう見えてる?」 「美希は、私が『美希はこう言う子よ』って言えば安心するの…?」 「……分からない。でも、聞きたい」 今までの美希を知らないせつなに。 初めて、幼馴染み以外で出来た親友のせつなに。 親にも見せた事の無い、情けない姿も知っているせつなに。 聞いてみたい。意味なんか無くても。単なる自己満足でも。 美希自身、もう自分が分からないから。 美希がせつなにとっても親友だと言うなら、それはどんな姿をしてるのか。 最愛の人であるラブや、そうなりたくて叶わなかった祈里とはどう違うのか。 それを知れば、この波立った心も少しは凪ぐかも知れないから。 「ねぇ、美希。美希は出会った頃から、私を警戒してたわよね」 「……?……うん」 「胡散臭いって。何かおかしいって。私がラブに近づくのを快く思ってなかった」 「…うん」 「でも、美希は何もしなかったわよね」 「……え…?」 「私の事、疑ってるのに、ラブを私から遠ざけようとはしなかった」 「…それは……」 何もしなかった訳ではない。 それとなく、警告めいた事を口にした事はあった。 ただ、ラブには伝わらなかっただけだ。 ラブがせつなに夢中になっているのは一目瞭然だったから。 「正直に言うわね。私、美希の事なんて眼中になかったわ」 「……はっきり言ってくれるわね」 「ふふ、ごめんなさい。でも、美希にも分かってたでしょう?私がラブしか目に入ってないの」 最初は、軽く美希を警戒したのは確かだ。 おっとりとした雰囲気の祈里と違い、聡そうな瞳をした美希を。 開けっ広げにせつなを受け入れようとするラブと違い、明らかに異物を 眺める視線を送る美希を。 しかしすぐに興味を無くした。 何も仕掛けてくる気配が無かったから。 ラブの様子を見ていれば、自分と関わり合う事に注意を促されては いないという事も分かった。 ラブの性格なら、もし親友である美希に付き合いを制限する様に言われたなら、 それを態度や表情に表さず隠す事は難しいだろうから。 そして、その頃のせつなは密かに失笑した。 所詮、そんなものなのか、と。 このまま関わりが深くなって行けば、いずれラブは傷付く。 そう、美希は予感していたはずだ。 にも関わらず、ラブに注意を促すでも、せつなに釘を刺すでもない。 そんな美希を臆病者とすら感じた。 親友だと言いながら傷付くのを黙って見ているだけ。 頭は良くても自分の手を汚すのは嫌な事無かれ主義なのだろう、と。 ならば放って置いても問題はない。どうせ何も出来はしない、と。 「美希、こっち向いて」 話が進むにつれ、どんどん項垂れていく美希の顎に指をかけ、上を向かせる。 涙を溜めた美希の瞳を見つめながら、せつなは困ったように息を付く。 「だから、言ったでしょ?最初はって。今は違うから。泣かないで」 そうは言われても心が抉られる。全部本当の事だったから。 せつなを怪しいと感じながらも、その疑問を軽く口にする事しか出来なかった。 嬉しそうにせつなと話すラブ。それを眺めながら、不安を募らせるだけで何もしなかった。 トリニティのライブ会場で倒れたせつな。 そのポケットにラビリンスの証を見つけたのに、ラブとせつなを 二人きりにさせていた。 『せつなは敵よ。せつなはラビリンスだったのよ』 その台詞を口に出したのすら、せつな自ら正体を明かした後だった。 とうの昔に気付いていたのに。 せつなの言う通りだ。自分は臆病で日和見な事無かれ主義の卑怯者だ。 「もうっ!ちゃんと最後まで聞きなさいよ」 「…いいの、本当の事だもの……」 「違うから!」 「何が!」 「だからっ、今はそんな風に思ってる訳ないでしょ!」 「…でもっ」 「でもじゃないの」 駄々を捏ねる子供を慰めるように、せつなは微笑む。 「美希だって、今は違うでしょう?私は美希の友達なんでしょう?」 「…………」 「最初は……ラブのおまけだったかも知れないけど…」 「ちょっと、せつな…」 「だって、そうでしょ?美希、私と二人きりになっても話す事が無くて困ってたじゃない」 分かってたのか。 「今は違うんでしょ?私と二人きりでも平気。 私の事を好きになってくれたって、思ってもいいのよね?」 「……当たり前よ」 「よかった。それって、美希だって私への印象がいい方へ変わったからでしょう?」 「でも……アタシ自身は何も変わらない。せつなは頑張って変わったじゃない」 周りに溶け込む為に。過去を償う為に。 そして、すべてを受け入れた上で幸せを掴む為に。 「本当に、そう思う?私は昔と変わったって」 「……………」 そう言われると自信が無い。だってせつなの過去なんてほんの一部しか知らないから。 イースとして目の前に現れ、敵として戦った。 イースの心の内なんて考えた事も無かった。 美希が知っているのは、今、目の前にいるせつなだけだ。 イースとしての過去を知ってはいても、それが今のせつなを構成している物の 一部だと分かってはいても、心のどこかでせつなとイースを分けて 捉えている部分を否定できない。 「あのね、せつな。アタシ、前にラブに言ったの。 『せつななんて子は最初からいなかったのよ』って」 「…上手いこと言うわね……」 「…ごめんね。アタシも、あの時はラブしか大事じゃなかった」 「……………」 「アタシだって、せつなの事なんてどうでも良かったんだと思う。 ただ、ラブが辛い思いするのを見たくなかった」 ごめんね……… 「私も、今はそう思ってるわ」 「………?」 「美希は、ラブに傷付いて欲しくなかった」 「…うん」 「だから、不安でも、信じたかったのかな…って」 「……誰を…?」 「私を……」 思わず顔を上げてせつなを見る。 そこには、少し憂いを帯びたような大人びた表情のせつな。 「全部取り越し苦労であって欲しい。私はただの変わり者の女の子で、 ラブを裏切ったり悲しませたりしないって」 「……せつな」 「今なら、そう思うの。美希は優しいから。信じていた相手に 想いが届かない事がどれだけ辛いか知ってるから…」 「………」 「だから、私がラブを悲しませるような存在じゃないかって。 そんな事、私を疑うような事を言うなんて、ラブに言うには 苦しかったんだろうなって」 「…………」 ラブが目を輝かせて新しい友達の事を話す。 その瞳を曇らせてまで、確証の無い疑念を口にしてもいいのか。 単なる杞憂に終わるかも知れない。そうであって欲しい。 半ば祈るような気持ちでいた。 「だから、美希は…何も出来なかった。違うかしら」 ぽたり、と雫が落ちる。 違う。そうじゃない。自分はそんなに深く考えてた訳じゃない。 ただ、確証も無い事を口に出す自信が無かっただけだ。 無責任にせつなを貶めて、何も無かった時に後で非難されたくなかっただけだ。優しくなんてない。 そう、喉まで出かかっている言葉が声にならない。 優しいから、なんて言われて泣くなんて。 どれだけ心が弱っているのか。みっともない、そう思うのに涙が止まらない。 (……そんな訳ない。アタシはそんなにイイコじゃない…) せつなはアタシを買い被り過ぎている。 そう思うのに、湧き上がって来る嬉しさ。 せつなの言葉に溺れたくなる。 綺麗な言葉を浴びせかけられるのは本当に肌触りが良くて。 でも、そんな甘い言葉をそのまま受け入れるのは躊躇われた。 目の前に出された餌に飛び付くようなみっともなさを感じてしまう。 つまらないプライドなのだろう。 反論を試みずにはいられない、天の邪鬼な自分。 そして、その裏側にある、それをも否定して欲しいと言う甘え。 (お願い、せつな……) これから美希の言う言葉を否定して欲しかった。 美希の行動が、優しさ故の臆病さだと言うなら、それを納得させて欲しい。 せつな自身の言葉で。美希が、己の卑怯さや小ささも引っくるめて、 自分をまっすぐに見据えられるように。 黒ブキ37へ