約 1,207,088 件
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/1096.html
【ピンポーン】 せつな「ラブ、回覧板がまわってきたわ。なあに、これ?」 ラブ 「え~っと、四つ葉町商店街振興組合連合会より、恒例、クリスマスツリーの飾りつけ参加のお願い?」 せつな「なんだか難しい名前ね」 ラブ 「そうだね、クローバータウンストリート組合でいいのに」 あゆみ「歴史の長い商店街だから、横文字にするのに反対の人たちも多いのよ」 せつな「写真見せてもらったけど、ラブのおじいさまも厳格そうな人ね」 ラブ 「畳職人だからね」 あゆみ「でも、お父さんは結構気に入っていたのよ」 【脱線中?】 せつな「畳って、なんだかいい匂いがして好きよ」 あゆみ「せっちゃんの部屋に畳なんてあったかしら?」 ラブ 「和室の畳のことだよ! ほらっ、せつなって嗅覚もするどいから!」 せつな「ラブの畳ベッドで、一緒に寝てること話しちゃいけないの?」 ラブ 「わーわー、なんでもないの、おかあさん」 あゆみ「聞こえたわよ。せっちゃんに変なことしてないでしょうね?」 せつな「寒いから一緒に寝ようって、それだけよ。でも、一度だけラブがねぼけて――」 ラブ 「あわわ、スト~ップ! 畳なだけに、この話題はもうたたもうよ~、なんてね」 せつな「そもそも、なんの話題だったかしら……」 【回覧板まわさなくちゃ!】 ラブ 「そうだった! せつな、広場の大きな木があるでしょ? あれをツリーに飾り付けるの」 せつな「面白そうね。昨年は戦いがあって参加できなかったし、行ってみましょう!」 あゆみ「気をつけるのよ~」 【駅前の広場に来ました】 ラブ 「わあ~、やってるやってる」 美希 「ラブ! せつな! おはよう」 祈里 「おはよう。ラブちゃん、せつなちゃん」 ラブ 「美希たん、ブッキー、オーナメント作ってるんだ?」 せつな「これをあの木に飾ればいいのね? 私にまかせて!」 美希 「せつな! 危ないわよ!」 せつな「ハシゴがあるじゃない、このくらい平気よ」 美希 「そうじゃない、スカートが……」 せつな「えっ? えっ? きゃあぁぁぁ!!!」 ラ美祈「イタタ……」 美希 「そりゃあ、ハシゴの上でスカート押さえたりしたら……」 せつな「ごめんなさい」 祈里 「でも、せつなちゃん楽しそう」 せつな「どうしてかしらね、なんだかとてもワクワクしてるの」 ラブ 「それがクリスマスなんだよ」 【ラブの部屋に集合】 ラブ 「いよいよクリスマスパーティーだね」 美希 「まだディナーまでには時間あるわよ」 祈里 「ゲームでもして待ちましょう!」 ラブ 「じゃあ、『これ、だーれだ?』」 せつな「なあに、それ?」 ラブ 「どうぶつ、ひかえめ、天然、タヌキ」 せつな「わかった、ブッキーね!」 祈里 「最後のタヌキって一体……。じゃあ、わたしからも。寝坊、おやつ、笑顔」 美・せ「ラブ!」「ラブね!」 ラブ 「どうしてそれでわかるのよ~」 美希 「美人で、おしゃれで、勉強もスポーツも得意な子」 ラ・祈「せつな!」「せつなちゃん!」 美希 「否定はしないわよ……イジイジ」 せつな「馬鹿ね、自分で言うからよ。おちゃめ、おっちょこちょい、頑張り屋さん」 ラ・祈「美希たん!」「美希ちゃん!」 美希 「アタシ、イジメられてるのかしら……」 【クリスマスディナー】 ラブ 「さあ、待ちに待ったご馳走だよ!」 あゆみ「シャンパンで乾杯しましょう」 圭太郎「おっと、子供はジュースで我慢するんだぞ」 せ美祈「乾杯~、いただきま~す!」 ラブ 「オードブルに、スープにシチュー。フライドチキンにポテト。パスタにサンドイッチもあるよ」 せつな「コロッケは私が作ったのよ」 美希 「しっかり、ラブのハンバーグもあるわね」 ラブ 「うん、後は大体おかあさんだけど、せつなと一緒に手伝ったんだ」 あゆみ「はい。お待ちかね、クリスマスケーキよ」 ラブ 「わっは~、このナイフを入れる瞬間が幸せ~」 せつな「美味しそう!」 美希 「やっぱり、ケーキは苺が一番ね」 ラブ 「デザートは別腹だよね!」 せつな「それでも食べすぎよ、ラブ」 【クリスマスプレゼント】 祈里 「そろそろ、プレゼント交換しない?」 せつな「素敵! ブッキーのは手編みのマフラーね」 美希 「アタシ、めったに身に付ける物もらうことないから嬉しいわ」 ラブ 「モデルの美希たんに、衣装のプレゼントなんてできないよ」 せつな「私は平気よ。今度一緒に服を選んであげるわね」 美希 「ひぃ! 気持ちだけ受け取っておくわ。アタシのはアロマキャンドルよ」 祈里 「みんな形が違うのね。わたしのはライオンさん、ありがとう」 美希 「ラブは手作りのストラップね、なかなか可愛いじゃない」 ラブ 「おかあさんに、作り方教えてもらったの」 祈里 「せつなちゃんは、本? これ、全部英文ね」 美希 「アタシのは……フランス語!? 上等じゃない! 読破して見せるわ」 せつな「読めなかったら、泣きついてもいいのよ?」 ラブ 「せつな、あたしのは……参考書セット?」 せつな「実はおかあさんが、勉強になるものならおこづかい融通するって」 ラブ 「ひどいよ、せつな~」 せつな「泣かないの、受験生でしょ? 私がつきっきりで教えてあげるから」 ラブ 「それならがんばるよ!」 【ハッピー・メリー・クリスマス】 ラブ 「パーティーのフィナーレに、みんなで歌おうよ!」 美希 「いいわね、アタシも歌は得意よ」 せつな「私、一度も歌ったことないわ……」 祈里 「わたしも自信ない……」 ラブ 「ブッキーの学校なら、聖歌とか合唱しない?」 祈里 「それならあるけど、大勢の中に紛れるから」 美希 「ここで歌ってみなさいよ。聖歌はア・カペラで伴奏いらないんでしょ」 祈里 「笑わないでね。ラ~ララ~♪――――」 せつな「きれいな声ね……」 祈里 「次はせつなちゃんよ。歌も好きになれるって信じてる」 ラブ 「わくわく、せつなの初めての歌声ゲットだよ!」 美希 「きっと、せつなは歌も完璧ね!」 せつな「なるほど、ブッキーもグルだったのね! わかったわよ」 せつな「ル~ル~ルルル~♪」 ラブ 「あの時の子守唄だ……」 美希 「静かで落ち着いた声ね」 祈里 「うん、本当に眠くなりそう」 せつな「ごめんなさい。覚えてるの、これしかなかったの」 ラブ 「じゃ、今度はみんなで元気よく歌おうよ! 3-2-1」 ラブ 「ワクワクする、クリスマスだ。街の人も、そわそわする♪」 美希 「サンタさんも、大忙し、プレゼント抱えてソリに乗る♪」 祈里 「赤い鼻のトナカイさん、雪の空も、星の海も、山の上越えてひとっ飛び♪」 せつな「ジングルベル ジングルベル 鈴がなる♪」 ラ美祈せ「今日は、楽しい、クリスマス~♪」 ラ美祈せ「せぇーのっ!」 ラ美祈せ「みんな! メリー・クリスマス!!」
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/694.html
「もしもの話」/そらまめ 「せつなって普段何考えてるの?」 改めて聞かれると分からないわね。 「よく空を見てるけど、何か見えてたりするの? あたしにもせつなと同じものが見えるかな?」 私そんなに空見てる事多かったかしら。無意識だったし、特に何も考えずぼーっとしてる事も多いから意味なんて無いのかもしれないわ。 「不思議だね。せつながうちに来てまだ一か月なのに、もうずっと前から一緒に暮らしてたような気がするよ」 そうね。私も、ラブの隣にいるのが当たり前になってきてるわ。 「ねえせつな。これからもずっと一緒にいようね? ずっと、何年先も一緒に」 …ラブ。私も出来ればずっと一緒にいたいけど、私はきっとあなたを置いて先にいってしまうと思うわ。ごめんなさい。 「せつな…どうしてそんな寂しそうな眼をするの? 一緒にいるよって、言ってはくれないんだね…」 ごめんなさい… 「せつなはいつもそうだよね。誰にも何も言わずに、全部一人でどうにかしようとするんだもん。この前だって気が付いたらいなくなってて、帰ってきたと思ったら傷だらけでさ…もう心臓止まるかと思った」 私もあの後のラブのお説教がすごすぎて死ぬかと思ったわ。 「あの傷だって、あたしの為だったんでしょ? せつななりに決着つけにいったんだよね。だから余計に頭にきちゃって。せつなにだけじゃなく、あたし自身に対しても。せつながあそこまで悩んでる事、気付けなかったから」 それは、気付かれないようにしていたからよ。ラブが自分を責める必要なんて全くないわ。 「でも、せつなは頑固だからもしあたしが間に入ってたら怒ったよね。顔面にパンチされてたかも」 私がラブを殴るわけ…ないわけではないけどそれは過去の事よね。今はそんな事しないし、仮にしてもラブ相手だと効果無さそう。 「そんなことないっていいたそうだけどこの前の夕飯の時に……まあ、この話はいっか。あー…いつのまにか暗い感じになっちゃったね」 そうね。 「気分変えよう! せつなーこたつの上にあるミカンとってー」 この体勢の私にそんな無茶言わないで 「ちぇっ、はいはい自分でとりますよ。せつなのケチんぼー」 …… 「あれ? せつなこたつから出ちゃうの? 今ので機嫌悪くした? ごめんって。あーいかないでよせつなー」 ラブ、時計見なさい 「ん? 何せつな? って、ああ、いつもの散歩の時間だったのか。いってらっしゃい。曲がり角と車には気を付けるんだよー」 『にゃーん』 今までずっと無言だった黒猫は一言だけ鳴くと、背中を向けて歩いて行った。
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/349.html
第18話 罪の残滓 鏡の中の少女はゆったりと微笑んでいる。 少し下がった目尻に丸い頬。いかにも優しげな、おっとりとした雰囲気。 まるで邪気のない、無垢な天使の微笑み。 (でもね、わたしは知ってるの。) あなたは決して天使なんかじゃない。無垢とは駆け離れた汚濁にまみれた存在だと言う事を。 欲しいものの為ならどんな卑怯な真似も出来る。 己の欲望の為なら親友を裏切る事すら厭わない。 それが誰よりも愛している筈の人をズタズタに切り裂く行為だとしても。 (笑いなさい、わたし。) 彼女の望む笑顔を。 それで今更せつなが安らげる訳ではない事は分かっている。 それでも他に出来る事など思い付かない。言われるままに偽りの微笑みで向き合うしかない。 悲しいくらいに無力な子供だ。逃げ出す勇気すら持てないのだから。 鏡を指でなぞる。どうと言う事はない、と言い聞かせる。 いつものお出掛け。待ち合わせして、四人で買い物。 お喋りして、お茶を飲んで、それぞれの家路につく。それだけだ。 何も起こりようがない。今までだってちゃんと出来た。 だから今回だって平気。近付き過ぎないように。かと言って、避けている様には見えないように。 大丈夫。またせつなに会える。話が出来る。それで充分幸せではないか。 (さあ、行きましょうか。) 鏡の中の少女が微笑み返してくれる。 この表情を忘れないで。これ以外の顔を見せては駄目。 (…分かってる。ちゃんとやれるから。) 時計は待ち合わせの10分前。ちょうどいい時間だ。 以前ならこんなにギリギリに出るなんてあり得なかった。人を待たせるのは嫌い。 時間に遅れるのは相手の時間を盗む事。 人を待たせるのは、自分の所為で無駄な時間を使わせる事。 そう両親から躾られて来た。 待つのは平気。本が一冊あればいくらでも待てる。 だから待ち合わせはいつも一番乗りだった。 自分の姿を見つけて、嬉しそうに手を振って駆けて来てくれる友達の姿を 見るのが待ち合わせの楽しみの一つだったから。 でも今は違う。 必ず最後に現れるようにしてる。 ゆっくり歩き、最後だけ少し小走りに。いかにも遅れそうだったので慌てている、と言う風に。 急に遅刻するようになった祈里を誰も、ラブも、美希も、せつなも咎めた事はなかった。 理由なんて聞くまでも無いのだから。 せつなと二人きりになる訳にはいかない。 ラブと三人でも駄目だ。美希が間にいてくれて、四人なら。 四人なら何とかなる。 歩きながら時計を見る。慎重に、不自然にならない程度に歩調の速さを調節しながら。 (………あ……。) ドーナツカフェ、せつなが一人座っている。いつも側にいる筈のラブの姿は見えない。 少し隠れて様子を見た方がいい。そうした方がいいのは分かっていたけど…。 静かに本を読んでいるせつなの横顔。時々髪を耳に掛ける仕草。その白い指先。 姿勢良く、すっと伸びた背中。綺麗に揃えられた足。 目が、離せなくなった。 胸が締め付けられる。 ふと、せつなが顔を上げた。立ち尽くす祈里に気付いたのだ。 本を閉じ、柔らかく微笑む。小さく手を上げて祈里に振ってくれる。 涙が出そうになった。思わず、錯覚しそうになる。 「あの事」はせつなを求める余りの妄想だったのではないのか。 実る筈のない初恋。持て余す程の想いが見せた幻だったのではないのか。 そうでなければ…… せつなが、今でも微笑み掛けてくれる訳がないのではないか、と。 しかしそんな甘い幻想は一瞬で潰える。 「せーつなぁ!おっ待たせえぇぇ。」 ラブが駆け寄り、後ろからせつなに抱き付く。 「あ、ブッキーも来たんだ!おーい、やっほー!」 眩しいくらいの朗らかさで手招きするラブ。 でも笑顔の前に投げ掛ける瞬きにも満たない、色の無い視線。 勘違いしないで。 あなたがここにいるのは許されたからじゃない。 あなたはまだ何も償ってはいない。 (分かってるわ、ラブちゃん。) その視線が残す、棘とも言えない程の小さな楔。 都合のいい幻に囚われそうになっていた祈里の中に深々と食い込む。 ごめんなさい、ちゃんと分かってます。 もう二度とあなたの恋人を傷付けたりしません。 指一本触れません。 笑顔を浮かべ、側に。それだけを守ります。 「美希ちゃんは?遅れるなんて珍しいね。」 「あれ?ブッキー連絡行ってない?」 「美希、出掛けにおば様と揉めたんですって。」 慌ててリンクルンを見る。時間に気を取られてメールに気付かなかった。 『ごめん!ちょっと遅れる!ママが絡んで来るんだもん。 ブッキー、良かったら先にうちに寄らない? 何ならラブとせつなには先に行って貰って後で合流してもいいし。』 メールを見ながら込み上げる思い。 美希に申し訳ない、と思う。こんなにも気を遣わせてる。 祈里がラブとせつなに近付き過ぎないように、離れ過ぎないように。 「あっ、美希たん来た。」 返信する前にラブの声で我に返った。息を乱して駆けて来る美希が見える。 「ごめんね、美希ちゃん。メール気付かなかった。」 「いいわよ、アタシも出したの時間ギリギリだったし。あ、ラブ、それちょっと頂戴。」 まだ整わない息を静める為か、ラブのジュースを横取りしている。 「あーん、あたしまだ飲んでないよぅ。」 「いーじゃない。後で奢るから!」 「美希、何かおば様に叱られたの?」 せつなの台詞に美希は少しムッとする。 「アタシが叱ってたの!まったく、ママったら!」 「美希は子供なのに?お母さんを叱るの?」 キョトンと首を傾げるせつなに、美希は大袈裟に眉をしかめて見せる。 「あのねぇ、せつな。一口に母親って言っても、みんながみんな あゆみおばさんや尚子おばさんみたいなしっかり者の良妻賢母ばかりじゃないのよ…。」 「?でも、お母さんなんでしょ?」 「いや、だからね…。中学生の娘を一人置いて、『明日からハワイ行って来まぁす!』 って言える人って事で察してちょうだい…。」 皆まで言わせないで。 いかにも苦労人の風情で眉間を押さえる美希に、まだキョトンとしているせつな。 そんな二人をいかにも可笑しそうにケラケラ笑うラブ。 以前より美希は饒舌になった。まるで会話が途切れたら絆まで切れてしまう。そう恐れているかのように。 ラブは逆に余り喋らなくなった。美希とせつなが話しているのを面白そうに聞き、祈里と美希が 話している時は静かにせつなに寄り添っている。 せつなは自然に祈里にも話し掛けてくれる。 今読んでる本の話、手芸の話。祈里が一番話しやすく、そして当たり障りのない話題を。 他愛の無いお喋り、ウィンドウショッピング、甘い物を食べながらの休憩。 以前と何も変わらない。変わったのは、決してラブもせつなも祈里の隣にはならない事。 いつも美希が間に挟まってくれる。それだけだ。大した事じゃない。 ラブもせつなも祈里と目が合えば微笑みを返してくれる。 祈里から話し掛ければ当たり前に答えてくれる。 なのに何故だろう。こんなにも時間がゆっくりと進むのは。 まだ帰る時間にならない。ふとそんな事を考えてしまうのは。 せつなに会えた瞬間、乾いてひび割れていた心に潤いが染み込んでいくのを感じる。 それなのに、何故だろう。会って数時間。会う前よりも心がひりついている。 あんなにも会いたかったのに。 声が聞きたかった。顔が見たかった。同じ空間に立っていられるだけでいい。 そう思ってるのに。 不満なんてあるわけない。 まだせつなが、皆が笑顔を向けてくれる事すら奇跡と言っていいくらいなのに。勝手なものだ。 それなのに一緒の時間が終わってしまえは、また会いたくて会いたくて堪らなくなるのだから。 いつもそう。同じ事の繰り返し。 夕闇が迫り、そろそろ解散になっても自然な時間。 祈里はホッと息を洩らす。 (もう…帰るって言っても可笑しくないよね…。) 苦笑いが込み上げそうになる。 誰の所為でもない。居心地が悪いなんて。そんな事を自分が無意識にでも考えるのは不遜だろうに。 嫌ならさっさと逃げ出せばいい。誰も引き留めはしない。 他ならぬ、祈里の為に皆が色んな思いを飲み込んでいるのだから。 「あの……わたし、もうそろそろ…。」 帰る。そう声を掛けようとした時に、偶々目に付いた。 他意なんて無かった。 本当に、無意識の行動だった。せつなの肩に小さな虫が止まっていた。せつなは気付いていない。 毒がある。刺されたら腫れる。払わなきゃ。ただそれだけだった。 瞬間、祈里の手に走った痛み。 衝撃に半歩ほどよろけてしまった。 せつなの肩に指が触れる、その直前。気付いたせつなに凄い勢いで手が振り払われた。 せつな自身、自分の行動が信じられないのだろう。 色を無くした顔に瞬く間に驚きと罪悪感が広がる。 「……あ、ごめんなさい…。ちょっと…びっくりしちゃって…。」 「あ、うん。こっちこそごめんね。急に触られたらびっくりするよね。」 「………………。」 「………………。」 祈里は必死に顔全体で笑顔を作る。 気にしてない、何でもない。ちょっと驚かせてしまった。ごめんなさい。 せつなに、祈里がそう思ってる様に感じて貰えるように。 申し訳なさそうに俯くせつなに。 お願いだから気にしないで。 あなたが気に病む必要なんて何もない。 わたしが悪いの。どんな理由でも触れたりしてはいけなかった。 無意識だったんでしょう? せつなちゃんはちょっと驚いちゃっただけ。 わたしは、何も気にしてない。わたしが悪いんだよ。 「せつなぁ~、美希たんがもうそろそろ帰ろうかってさー。」 「あ、うん。そうね…。ブッキーはどうする?」 「うん、わたしも帰ろうかな。ちょっと寄り道するからあっちから帰るね。」 そう。じゃ、またね。 そう言ってラブの元に駆け寄るせつなの背中に浮かび上がる安堵した空気。 何度も振り返り、手を振る三人に笑って応える。今日は楽しかった、と。 またね、バイバイ! 後で電話するから! うん、わたしもメールするね。 口々に交わされる言葉。これもいつもの事。予定された別れの挨拶。 一人になった祈里は唇を噛み締める。 せつなに触れようとしてしまった手を血が止まるほど握り締めた。 せつなの青ざめた表情。夢で見たのと同じ顔だった。 そこにあるのは拒絶でも、忌避でも、嫌悪ですら無かった。 紛れもない、恐怖。ただそれだけ。 いつも強く、凛々しいせつな。 ピンと背筋を伸ばし、真っ直ぐに前を見ていた彼女。 それを地面に引き倒し、泥にまみれさせたのは自分だ。 怯え、竦んだ子供のようなせつな。 自分がそうさせてしまった。 祈里は爪が食い込むほど拳を握り締める。 どうか、せつながこの事で心を患わせませんように。 どうか、祈里を傷付けてしまった…そんな風に思いませんように。 (せつなちゃん、ごめんなさい。……せつなちゃん。) せつなは悪夢にうなされてはいないだろうか。 せつなにはラブが付いている。しかし、ラブも夢の中までは守る事は出来ない。 せつなの安らかな眠りを邪魔していないだろうか。 それだけが、気掛かりだった。 間違いなく、せつなは自分と同じ夢を見ている。そんな気がしていた。 第19話 薄闇へ続く
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/103.html
あの海から始まる物語:episode.5 アカルンを起動したせつなが、祈里を連れて来た場所。 そこは海だった。 優しく打ち寄せる波が、夕焼けに紅く染められていく。水平線には今にも陽が落ちようとしていた。 せつなは心の中で呟く。 美希、疑ぐった上に置き去りにしちゃってごめんなさい。ラブ、私たちのことを考えてくれてあんな嘘を……。ふたりとも、ありがとう。 「ここは……?」 祈里はキョロキョロと廻りを見渡すと、せつなに向き直した。 「覚えてる?一年くらい前に来た場所よ。 私にとって、とてもとても大切なところよ」 せつなは祈里を見つめながら、話し始める。 「あの日、あなたはあたしに優しくしてくれた。笑ってくれた。一緒に踊ってくれた。 あの時から、私の胸の中には……ずっと、あなたがいた」 「せつなちゃん……」 「ほんとうはね、あなたを連れてきて、ここで言うつもりだったの――――私の本心を。さっきの場所じゃなく」 少しでも時間があればここに来て、何度も何度も練習していた言葉。 せつなはそれを頭に思い浮かべる。 ずっと胸に抱いていた思いを、今、余すことなく祈里に伝えたい。 「祈里、あなたがいてくれれば、私どんなことだってできるわ。 逆に、あなたがそばにいなかったら……そう考えるとすごく怖くなる。 それだけ私にはあなたが必要なの。だから……これからも、ずっと一緒にいてほしい」 祈里は喉元に手をあてた。胸が痛いくらいに熱い。 嗚咽が込み上げ、息ができない。何も言えないことが、こんなにももどかしくて、心苦しいなんて。 「わ、わたし……」 しゃくり上げて涙で瞳を濡らしている祈里を見ていれば、せつなには彼女の言いたいことがすぐに理解できた。 「イエスなら、ただうなずいてくれればそれでいいわ」 祈里は慌ててうなずく。真ん丸に見開かれた大きな目に、せつなが映り込んでいる。 せつなは不思議だった。想い出の場所で、祈里の瞳に映る自分をこうして見つめている。 そうして、目の前にいる祈里もまた、せつなの瞳に映る自分を、恥じらいながら見つめていた。 誰もいない波打際で、ふたりの少女の影が、ゆっくりと近づいていき、やがて重なり合った。 初めて触れるくちびるの柔らかさに戸惑いながらも、ふたりはこれ以上ないくらいの幸せに包み込まれていた。 くちびるが離れても、身体は離れることはなく、まだ互いを強く求めるかのように抱きしめ合ったままのふたり。 「嘘みたい……。これって、夢じゃないよね? わたし、ずっと、せつなちゃんとこうなりたいって願ってた。 あんまり強く望みすぎて、わたし今、夢見てるんじゃないのかな」 今ようやくせつなの心を実感しながらも、やはりどこか信じられない祈里はせつなを見上げた。 その拍子に瞳に溜まっていた涙が、ひとすじこぼれ落ち、それをせつなが細い指で優しくぬぐう。 「まったくもう。私の一世一代の告白を夢にしちゃうなんて、困ったお姫様ね。 いったいどうすれば信じてくれるの?」 「……もう一度……」 「え?」 祈里は消え入りそうな小声で、心の底から欲しいものをねだる。 「もう一度、キスしてく」 最後まで言わせずに、せつなは祈里のくちびるをついばんだ。 甘い口づけを落としながら、祈里の柔らかい身体を、きつくきつく、かき抱く。 そうされていると、どこかに跳んでいってしまいそうな感覚になり、祈里は思わず、せつなの背中に両腕をまわし力を込めた。 「これで信じてくれた?」 熔けそうに熱いくちびるをようやく離すと、せつなは悪戯っ子のような笑顔で言った。 「ああっ!せつなちゃん、信じるから離さないで、お願い……立てないよ」 せつなの背中にしがみつこうとするが、まわした腕に力が入らない。 祈里の身体からは、力がすっかり抜けてしまっている。 よろめきそうになる祈里を、微笑みながら支え直すと、せつなは三度(みたび)、口づけた。 最後のキスは、愛しさを込めてゆっくりと、とろけるように。 「はい、今日の分はこれでおしまい。続きはまた今度ね。 さあ、帰りましょう。私たちの街へ」 「……うん!」 まだ熱をおびたままの祈里の頬を、心地良い潮風が穏やかに冷ましてゆく。 この場所を去ることは寂しいが、またふたりで来ればいい。 それに、例えどこに行こうと、せつなはそばにいてくれる。心からそう感じられる 。 これから待ち受けているであろう、せつなとの数多の日々を思うと、祈里の胸の高鳴りはおさまりそうもなかった。 一方、先程の公園のベンチでは、ラブが美希の膝上に座り、そのほっそりとした美しい首に腕を廻していた。 「美希、重くない?」 「平気よ。ラブだから平気なの」 「嬉しい……」 美希の胸に顔を埋めて、ラブは彼女の香りを胸いっぱいに吸い込む。 爽やかで清々しくて、それでいて、少しだけ頭の芯が痺れるような、彼女だけの香り。 その香りが放つ魔力に惑わされっぱなしのラブに、美希は妖艶に微笑みかける。 「ラブ……こっち向いて……」 胸元の恋人に、何度目になるのかわからないキスを求めようとした矢先、美希の目の前に紅い閃光が現れて、消えた。 光の消えた場所にはせつなと祈里が、満足そうな表情を浮かべて立っている。 だが、せつなはすぐに美希とラブの姿態を見とがめて言った。 「こら!いつまでもいちゃいちゃしてないの。さ、帰るわよラブ」 「えー!帰ってくるの早いよせつなー!お願い、もうちょっとだけ」 「お母さんが心配するから駄目」 「そんなー」 ガックリと肩を落とすラブの頭を、美希の手がいい子いい子と慰めた。 そんな3人を見て、祈里はとても愉快そうに笑った。 ひとしきり笑い終えると、3人にいとまを告げる。 「せつなちゃん、今日はどうもありがとう!――――とっても嬉しかったよ」 「どういたしまして。私も嬉しかったわ」 「美希ちゃんとラブちゃんもありがとう。また、ね!」 ぴょんぴょんと跳ねるように軽やかな足取りで家路につく祈里を、眩しそうに見送っているせつな。 それは、祈里の姿が見えなくなるまで続いた。 そんなせつなをからかうように、美希とラブはニヤニヤしながら矢継ぎ早に質問をする。 「ねぇ、上手くいった?」 「何のこと?」 「キスくらいはしたんでしょ?」 「さあ、どうかしら」 せつなは薄く笑いながら、するりとかわすようにはぐらかしてゆく。 とても言えないわ。もったいなくて。 それに、誰かに話してしまうと、夢になってしまうような気がするから。 あの波打際で口づけた祈里が、泡になって消えてしまうような気がして……。 だから、決めた。誰にも言わない秘密にすると。 胸の一番奥にある鍵のかかる綺麗な箱。 せつなはその中に、海辺での出来事を人知れずしまい込んだ。 その鍵を持っているのは、この世にたったひとり。せつなが愛してやまない少女だけ。 終
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/195.html
四つ葉になるとき ~第3章:癒せ!祈りのハーモニー~ Episode10:宴のあとに 「この子はインフィニティじゃない。シフォンよ!!!!」 ウエスターとサウラーを睨みつける、プリキュア四人の声が揃う。当のシフォンはキョトンとした表情で、ピーチの腕の中から、去っていく二人の後ろ姿を見送った。 「良かったなぁ、シフォン。一時はどうなることかと思ったで。」 タルトが満面の笑みで駆け寄って来る。その後ろから静かに歩いてくる姿を見て、シフォンがその瞳をキラキラと輝かせた。 「ぱぁぴぃ~!」 「え・・・今、なんて言うたぁ?シフォン。」 タルトが驚いて立ち止まる。ピーチたちも揃って顔を見合わせたとき、ぎゃっ!という小さな悲鳴と、珍しく少し慌てた声が聞こえてきた。 「な、なんじゃ、シフォン。ようその呼び方、お、覚えとったのぉ。」 やって来たティラミス長老は、これまた珍しいことに少し赤い顔をして、長い眉毛だけでなく、心なしか目尻まで垂れ下がっている。 「ぱぁぴぃぃ~!」 再び嬉しそうに声を上げて、長老の腕の中に飛び込んでいくシフォンを見ながら、ピーチは怪訝そうな顔で、タルトに問いかけた。 「ねぇタルト。パピーって、長老さんの名前?」 「ちゃう。長老の名前は、ティラミスや。」 かぶりを振るタルトに、そうだよね、と呟いて、ピーチは今度は仲間たちの顔を見回す。 「じゃあパピーって、どういう意味?」 「まさか、子犬・・・じゃないよね。」 パインが長老の方を気にしながら、小首を傾げる。 「長老さん、犬っていうより、明らかに鳥に見えるわ。」 大真面目に答えるパッションを制してから、ベリーがエヘンと胸を張った。 「パピーってね、確かに英語なら子犬だけど、フランス語で、おじいちゃんっていう意味よ。」 「さっすがベリーはん・・・って、長老!シフォンに自分のこと、そないにハイカラな名前で言うとったんでっか?」 タルトの脳裏に、「ほぉらシフォン。パピーやぞぉ。」と言いながら、長老がガラガラを振っている絵が浮かぶ。それを打ち消すように、まだ少し赤い顔の長老が、コホンと咳払いした。 「いやなぁ、パパでは少し照れ臭いし、おじいちゃんと言うのも、ワシのキャラに合わんじゃろう?それでシフォンには、ワシのことはパピーと、そう教えとったんや。」 あっけにとられて声も出ない四人の少女に、長老はいつもの調子で、パチリとウィンクする。 「どうじゃ、パピーの方がワシに似合うて、なかなかシブいやろ?」 「ガクッ。パピーの、一体どこがシブいんやぁぁ!!」 「そうか・・・。すまん。若気の至りや。」 「ちがっ・・・う~、否定しにくいやないかぁ!」 長老とタルトの掛け合いに、ピーチがたまらず、ぶっと吹き出す。それはあっという間に四人の間に伝染して、その場は笑いの渦となった。 シフォンは、みんなの笑顔をひとりひとり見渡してから、キュア~!と一声、実に嬉しそうな声を上げた。 四つ葉になるとき ~第3章:癒せ!祈りのハーモニー~ Episode10:宴のあとに その日、桃園家に最後の緊張が走ったのは、もう夜になってからだった。 コロッケパーティーもお開きとなり、お客さんも皆帰って、家族だけでリビングでくつろいでいたときのことだ。 「おーい、タルト。タルトぉ!」 二階から、突如長老の大声が聞こえてきたのだ。ラブもせつなも、その足下にいたタルトも、思わずギクリと顔を上げた。 「ん?どうかしたの?ラブ、せっちゃん。」 あゆみが不思議そうに、二人の顔を覗き込む。圭太郎はと言えば、テレビのバラエティ番組を見ながら、わはは・・・と呑気そうに笑っている。 そんな二人の様子を見て、せつなは密かに安心した。どうやら長老は、姿を見えなくできるだけではなくて、声も、特定の人にしか聞こえないようにできるらしい。 しかし、ホッとしたのも束の間、次に聞こえてきた長老の言葉に、三人は別の意味でギクリとして、腰を浮かせた。 「タルト。悪いんやけど、急いでクローバーボックスを持って来てくれへんか?」 タルトが弾かれたように部屋を飛び出す。ラブは思わず、天井に目をやった。シフォンは今、二階のラブの部屋で、長老に遊んでもらっているはずだ。 (まさか、シフォンがまたインフィニティに!?) 「お、お母さん。あたしたち、ちょっと宿題を思い出したからっ!」 言うが早いか、ラブとせつなも二階へと駆け上がった。 部屋に入ってみると、長老は、もうクローバーボックスのハンドルを回し始めていた。ゆったりとした優しい音色が、部屋の中に漂っている。 「長老さん!シフォンは?」 叫ぶようにそう尋ねたラブに、長老は空いている左手を、自分の嘴に直角に当ててみせた。人差し指は立てられないものの、どうやら「静かにしろ」と言っているらしい。 シフォンは実に嬉しそうな、安心しきった表情で、ラブのベッドに横たわっていた。額の四つ葉のマークがぼぉっとピンク色に色づき、その目は気持ち良さそうに閉じられている。きっとすぐにでも、寝息を立て始めるだろう。 「良かった・・・。シフォンがまた、インフィニティになったのかと思った。」 ラブは長老の隣りに座って、ホッと胸を撫で下ろした。せつなも安心したように、その隣りに腰を下ろす。 長老は、ゆっくりとハンドルを回しながら、いつもの飄々とした口調で言った。 「シフォンを寝かせるのんは久しぶりやから、前みたいに子守唄で寝かしつけたろ、と思うてな。うちにおった頃は、毎晩こうやって寝かしてたんや。」 「じゃあその頃は、クローバーボックスの曲は、この子守唄だったんですね?」 せつながシフォンの顔を見ながら、小声で長老に問いかける。 ラブとせつなにとって、この曲は、今日初めて聴いた曲だ。異世界を彷徨っていたシフォンを呼び戻したときまでは、クローバーボックスは別の曲を奏でていたのだから。 「うーむ、なんや知らんけど、普段はいろんな曲が流れとったなぁ。どうやらそのときのシフォンの状態で、曲が変化するみたいじゃった。せやけど、寝かしつけるときは必ず、この曲になっとったな。」 「やっぱり、ただのオルゴールじゃないわけね。」 感心したように呟くせつなの向こう側から、タルトが不満そうな顔を覗かせる。 「せやけど長老。ただ寝かしつけたい、ってだけやったら、何も二階から大声で呼ばんでもええやないですか。クローバーボックスを持って来い、言うから、ワイはてっきり、シフォンがまたインフィニティになったもんやと・・・」 「そりゃすまんかったの、タルト。せやけどクローバーボックスは、何もシフォンをインフィニティから元に戻すためだけに使うもんやないやろ?」 長老のその言葉に、ラブはハッとしたように、顔を上げた。 「そっか。そうですよね!」 「ん?何が“そう”なんや?」 のんびりとした口調に似合わず、案外鋭い目つきの長老に、ラブは勢い込んで言葉を続ける。 「今日あんなことがあったから、あたし、クローバーボックスって、シフォンを元に戻すためのアイテムだって、思いかけてた。 でも元々は、シフォンがすくすくと成長するように――シフォンの幸せのために、一緒にスウィーツ王国にやって来たんですよね!」 「・・・そうね。ラブの言う通りだわ。」 じっとラブの言葉に耳を傾けていたせつなが、生真面目な顔で小さく頷く。 「ふむ。」 長老は、シフォンが寝入ったのを確認してから、ハンドルを回す手を止めて、ラブとせつなの方に向き直った。 「クローバーボックスはな、確かにただのオルゴールやない。何と言うても、伝説のクローバーボックスや。まだまだワシらの知らん、たくさんの秘密があるはずなんや。」 厳かな長老の声に、ラブはゴクリと唾を飲み込み、せつなは真っ直ぐに、長老の目を見つめる。 「せやけどな。」 長老はそこで言葉を切って、もう一度、すやすやと眠るシフォンの顔を覗き込んだ。 「今、あんさんが言うた事――シフォンの幸せを願うアイテムや、ちゅう事こそが、クローバーボックスの力の源であるはずや。そのことをよう覚えといてな、お嬢さんがた。」 「はい。」 声を揃えてしっかりと頷くラブとせつなを見つめる長老の目は、今は何だか優しい、穏やかな光を湛えていた。 ☆ その日の夜遅い時間。既にベッドに入って寝ようとしていたせつなの部屋のドアを、ラブが遠慮深げにノックした。 「長老さんが、シフォンと一緒にあたしのベッドで眠っちゃってさ。せつな、悪いんだけど、今夜は一緒に寝てもいい?」 枕を抱えて、上目遣いでそう言うラブを、せつなは笑顔で招き入れた。 小さなベッドに、二人で潜り込む。息がかかるほど近い距離で向き合って、どちらからともなく、フフッと笑いが漏れた。 「何だか、私が初めてこの家に来たときみたいね。」 せつなが微笑みながら言う。 「ホントだ。じゃあ今日は、あのときのお返しだね。」 ラブがそう言って、せつなに微笑み返した。 あのときは、この部屋はまだせつなの部屋になっていなくて、それで二人でラブのベッドで眠ったのだ。 早いもので、あれからもう二カ月が経つ。そう言えばあのときは、せつなとこんなにくっついて寝てはいなかったなと、ラブはあの日の、せつなの寂しげな笑顔を思い出す。 「そうだ、せつな。今日はありがとう。」 「え?」 突然お礼を言うラブに、せつなは不思議そうに小首をかしげた。 「数学の時間のこと。あたしが当てられそうだったから、代わりに答えてくれたんでしょ?パーティーのとき、大輔から聞いたんだ。」 「ああ。」 せつなが納得したという表情で、ううん、と首を横に振る。そして少し目を伏せると、低く静かな声で言った。 「今日はみんな、学校どころじゃなかったものね。私も今日初めて、放課後になるのが凄く待ち遠しかった・・・。」 そこまで言うと、せつなの顔がグニャリと歪んだ。 慌てて下を向いて、表情を隠す。でも、至近距離にいるラブには、肩の震えと、必死で嗚咽を堪えている息づかいが伝わって来る。 「せつな。」 ラブは、ゆっくりとせつなの肩に手をかけてから、そのままギュッと、その細い身体を抱き締めた。 「お疲れ様。今日は一日、長かったね。」 せつなの震えが、ラブの腕の中で大きくなる。 まさか、インフィニティがシフォンだなんて、思いもよらなかった。探していたものが何かすら知らず、ただ命じられるがままに、人々から不幸を集めていた自分。あまりにも愚かだったと後悔している自分の行為を、せつなは今日ほど、激しく悔いたことは無い。 でも、泣くことも詫びることも、自分には許されないと思っていた。だから、ただひたすらにシフォンを探し、精一杯戦った。シフォンが元に戻ったときは、仲間たちと共に心から喜び、一生懸命コロッケを作って、みんなとパーティーを楽しんだ。 それでいいと思っていた。後悔したって、何も始まらないのだから。拭い切れないこの思いは、心の奥底に閉じ込めて、ただこれからを精一杯がんばろうと、自分に言い聞かせていた。 それなのに――凍らせたはずの自責の念は、まるでラブのぬくもりに溶かされたかのように胸を満たし、両目から一気に溢れ出した。 「ごめん・・・なさい、ラブ。私・・・私が・・・」 「せつな、もういいの。もう、いいんだよ。」 ラブは、せつなの涙と震えが治まるまで、そう繰り返しながら、優しくせつなの背中を撫で続けた。 どれくらいの間、そうしていただろう。 「ねえ、せつな。」 涙が止まって、少し照れ臭そうに顔を上げたせつなに、ラブは静かに語りかける。その目にも、うっすらと涙があった。ラブにとっても、今日はまるで先の見えない、長い長い一日だったのだ。 「もしインフィニティが現れても、それをラビリンスに渡さなければいいって、あたし、昨日そう言ったよね。」 「ええ。」 せつなも涙に濡れた目で、ラブの顔を見つめて微かに頷く。 「シフォンがインフィニティだってこと、まだ信じられないけどさ。でも、知らないものを守るんじゃなくて、シフォンを守るためだったら、あたしたち、何だか十倍も百倍も、頑張れそうな気がしない?」 そう言って、ラブはせつなの顔を覗き込む。 「だって、シフォンはあたしたちの大切な友達で、家族だもの。絶対に守りたい、大切な大切なものだもんね。」 ラブの瞳に、強い意志の光が輝く。それを見て、せつなの瞳にもまた、光が宿った。 「そうね。インフィニティだから守るんじゃない。私たちは、シフォンを守るのよね。」 「うん。だって、あたしたちにとって、シフォンはシフォンなんだから。」 「ええ。」 しっかりと頷くせつなの手を、ラブは強く握りしめる。 「さぁ、そうと決まったら、明日からまた楽しいこと、たっくさんやろうね!不幸のゲージのせいで、シフォンがインフィニティになるんだったらさ、その分あたしたちが、いーっぱい楽しいこと、シフォンに教えてあげようよ。ね?」 ニコリと笑うラブの顔が、今日は何だか、いつもに増してあゆみに似て見える。せつなはそう思いながら、決意を込めた言葉を、力強くラブに告げた。 「ええ。私、精一杯がんばるわ。」 ☆ 翌日の土曜日は、まるで秋の空を絵に描いたような、雲ひとつない天気となった。 「長老~!ここがワイの兄弟がやっとる、めっちゃ旨いドーナツの店でっせ。」 タルトが勝手知ったる他人の店とばかりに、ドーナツカフェのテーブルに、ぴょんと跳び乗る。 「タルトちゃん、声大きいよ。他の人に聞かれたら、どうするの?」 祈里が、言葉の割におっとりとした口調でそう言いながら、タルトを隠すようにテーブルに着く。 「まぁ今のところ、お客さんはアタシたちだけみたいだけどね。」 美希がそう言って、いつものドーナツセットを注文する。ラブとせつなも、それぞれシフォンと長老をテーブルの上に降ろして、席に着いた。 「今日はいつもと違うんだから、気を付けてよ?タルト。長老さんは、カオルちゃんには見えないんだからね。」 「わかっとるがな。」 小声で念を押すラブに、タルトが軽い調子で言い返す。 長老がスウィーツ王国に帰る前に、どうしても出来たてのドーナツを食べてもらいたい。タルトがそう言って、まだお客さんの少ない午前中を狙って、みんなでドーナツカフェにやって来たというわけだった。 「それにしても、スウィーツ王国っていうくらいなのに、どうしてドーナツが無いんですか?」 声をひそめて問いかける祈里に、長老はあっさりと即答する。 「そりゃあ、全パラレルワールドのスウィーツがあったりしたら、困るからや。」 「え?どうして困るんですか?」 「うーん、スウィーツ王国が、スウィーツで埋もれちゃうから・・・とか?」 「いや、ラブちゃん。別に飾っておくわけじゃないんだから・・・。」 祈里とラブがボソボソと言い合うのを軽く流して、長老は実に事も無げに言ってのけた。 「そりゃあ、今日みたいな楽しみが無くなるからに決まっとるやろ?新しい世界に出向いて、見たことも食べたことも無いスウィーツを食べる。これぞ旅の醍醐味っちゅうもんじゃ。それが無くなってしもうたら、実につまらんからの。」 「なんか重々しく言ってるけど・・・そんな軽い理由なんですか?」 力なく突っ込む美希に、長老はニヤリと笑って、オレンジジュースをズズッと啜った。 「はい。ご注文通り、出来たてだよ~ん。」 カオルちゃんが歌うようにそう言いながら、ドーナツを持ってやって来る。 「うわぁ、ありがとう、カオルちゃん。」 ラブが目を輝かせてお礼を言ったとき、シフォンが両手を振りながら、嬉しそうに叫んだ。 「ぱぁぴぃ~!」 「わわわ、シフォン!それ、言うたらあかんて。」 タルトが慌ててシフォンを抑え込む。 「ん?パピーって、オジサンのこと?やっぱり子犬みたいに、つぶらな瞳だからかな。」 ニタリと笑って自分の鼻を指差すカオルちゃんに、今度はラブたちがうろたえた。 「い、いやぁ、カオルちゃんのことじゃないよ!」 「シフォンは最近、おしゃべりする言葉が凄く増えてきたから・・・」 「時々、関係ない言葉をしゃべったりするのよね。」 ラブ、美希、祈里が口々にそう言って、あはは~と取って付けたように笑う。 苦笑いでそれを見守っていたせつなだったが、ふとテーブルの上に目をやって、ギクッと首を縮めた。その視線に気付いたタルトが、振り返って、わっ!と飛び上がる。 そこには、長老が満面の笑みを浮かべ、両手にドーナツを持って、夢中で頬張っている姿があった。この光景は、おそらくカオルちゃんの目には、宙に浮いたドーナツが、ひとりでに減って行っているように見えるだろう。 せつなは咄嗟に長老を抱え上げると、「ごめんなさい!」と早口で呟きながら、素早くテーブルの下に押し込んだ。 「あれ?兄弟。そんなところにアイス置いといたら、溶けちゃうよ?」 「へ?」 ホッとしたのもつかの間、カオルちゃんの何気ない一言に、またもや全員が、顔を引きつらせる。 テーブルの上にあるのは、長老のステッキ。ご丁寧に、ドーナツの皿の中に放り出されている。持ち主の手を離れたせいで、カオルちゃんにも見えてしまっているらしい。そこに取り付けられたアイスクリームの飾りは、言われてみれば確かに本物と間違えるくらい、よく出来ていた。 「出来たてドーナツは、ハートの中までアツ~いからね。この熱をナメたらいけないよ~ん。あ、舐めるのはアイスの方か。グハッ!」 「ち、違うんや、兄弟。これはただのイミテーションで・・・って、なんで次から次へとこうなるんやぁ!」 タルトの絶叫が、ドーナツカフェに響く。せつながチラリとテーブルの下を覗くと、長老はもうすっかりドーナツを食べ終えていて、せつなに向かって、パチリとウィンクしてみせた。 せつなはクスリと笑って、もう一度テーブルの上に目をやる。まるで百面相のようなみんなの顔を、キョロキョロと楽しそうに見回していたシフォンが、せつなの顔を見て、キュア~!と嬉しそうに叫んだ。 ~終~ ~第3章:癒せ!祈りのハーモニー~ Episode11:ハピネス・エール、プレア・フォローへ続く
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/1223.html
「まだ見ぬ未来」/競作スレ3-182様 「ラブ、お待たせ」 「美希たん、遅刻~」 「ごめん、撮影が押しちゃって。それより、話って?」 「……うん。あのさ、美希たんの夢って、なに?」 「もちろん、世界を股にかけて活躍するモデルになることよ」 「だよねぇ」 「だけど、なんで急に夢の話?」 「学校の宿題で、今度『将来の夢』を発表しなきゃいけないんだ」 「そんなの簡単じゃない」 「や……実はそんな簡単じゃないんだよね」 「だって、ラブはプロのダンサーになるんでしょ? いつもそう言ってたじゃない」 「まあ、そうなんだけど……」 「もう! いったい何なの? うじうじしててラブらしくないわね。はっきり言いなさいよ」 「今は、もいっこ、あってさ。迷ってる」 「迷って……る?」 「いや、迷ってはないかな。ただ、クラスの発表では言えないってゆーか、言いたくないだけ」 「ヒミツの夢なの?」 「ん……そんなとこ」 「それ、ひょっとして、せつなに関係してる?」 「……美希たんってば、相変わらずスルドイ」 「アタシを誰だと思ってんの? 蒼乃美希さんよ!」 「あは! ナントカって芸人みたい」 「ちょ、うるさいわね! とにかく、ラブの考えてることなんて、この美希さんにかかれば一発でわかっちゃうってことよ」 「やっぱそっか~……」 「ラビリンスにいるせつなのそばで暮らしたいとか、皆を幸せにするせつなを自分が幸せにしたいとか、どうせそんなところでしょ」 「……美希たん、そこまでお見通しだと、幼馴染み通り越してあたしのお母さんだよ……」 「あんたがわかりやす過ぎるの!」 「あたし、そんなにわかりやすい?」 「せつながいなくなってから、明るく振る舞ってるつもりなんでしょうけどね」 「タハハ……読まれてたか」 「隠してるつもりだったかもしれないけど、アタシやブッキーには通じないわよ」 「ブッキーにも?」 「もちろん。あの娘、ああ見えて時々アタシよりもスルドイんだから」 「そっか……」 「いつ行くの?」 「中学卒業したら、すぐ」 「え、そんなに早く?」 「だって、もう我慢できないんだもん。せつながいない世界なんて」 「プロダンサーの夢、捨てちゃうの?」 「まさか。でも、それはラビリンスでも叶えられる夢だから。だけど、もいっこの方は、こっちじゃ叶えらんない」 「……せつなを幸せにすること?」 「正確に言うと、あたしが幸せになりたいんだ。あたし、せつながいないとダメだって、わかっちゃったから」 「……うん、そうよね」 「だから、行くね」 「寂しくなるわね」 「美希たんもいつか来てね。ラビリンスに」 「アタシも?」 「だって、世界を股にかけるモデルになるんでしょ? 異世界くらい、どってことないよ」 「……そうよね」 「ブッキーも連れて遊びに来て」 「行くわ、絶対」 「あ~。ずっと言えなかったけど、やっと言えた。スッキリした! 美希たん、今までありがとね」 「やめてよ! 気持ち悪い」 「だって、感謝してるんだもん」 「ブッキーには、いつ言うの?」 「うーん……」 「あの娘のことだから、どうせ気づいてるに決まってるわよ。ラブが隠し事してること」 「ブッキーに泣かれたら、弱いんだよねあたし」 「ブッキーが泣いたくらいで鈍っちゃうような、そんなもろい決心なの?」 「違うよ」 「じゃあ、ちゃんと話してあげて」 「そうする」 「カオルちゃんのドーナツでも食べてく? アタシのおごり」 「やた!」 「今日だけトクベツよ」 「ええ~今日だけなんてけち臭いな。どうせあとちょっとなんだし、毎回おごりでいいじゃん」 「んもぅ! 調子に乗らない! これだからラブは」 「カオルちゃ~ん、アタシ5個」 「あいよ!」 「ちょっと! 5個もおごるなんていつ言ったのよ!」 「何個までなんて言ってなかったくせに」 「ったく……食いしん坊なんだから」 「ん~、いつもより美味しい~。美希たんのおごりのドーナツ、ホント美味しいな~」 「なんか、はめられた気がするわ……」 わかってた。 植え込みの陰で、ふたりの会話をコッソリ盗み聞きしながら、祈里は心の中で呟いた。 わかってたよ。 ラブちゃんがわたしよりも先に、美希ちゃんに話すこと。 ラブちゃんがわたしや美希ちゃんよりも、せつなちゃんを選ぶこと。 わかってたけど、それでも――。 美希ちゃんと一緒に打ち明けて欲しかったな。 涙がじわりとにじむ。 もう、泣いちゃダメ。 わたし、そんなに弱いのかな。 ラブちゃんの決心を受け止められないくらい、弱く見えてるのかな。 強くなりたい。もっと。 ラブちゃんに、ちゃんと話してもらえる相手になれるくらい、強く。 涙でにじむ瞳をぬぐって、立ち上がる。 ふたりのそばに近づいて、言ってやる。 「ラブちゃんと美希ちゃんの、バカァ!」 ラブが眼を白黒させてドーナツを詰まらせ、慌てた美希が飲みものを飲ませる。 カオルちゃんの笑い声が響く。 ちょっとだけ、仕返しをした気分になれた。 「お母さん……」 ラビリンスのせつなのもとには、あゆみからの手紙が届いていた。 せつなが帰還してから、定期的にシフォンの力で届けられた手紙たち。 その中にはラブや美希や祈里の他に、あゆみからのものも多数あった。 あゆみからの最新の手紙には、ラブがいよいよラビリンスに行きたいと打ち明けたから、せつなにラブを頼みたい、そんな内容だった。 わたしなんかにラブを任せて、本当にいいの? その疑問を、せつなは何度となく手紙であゆみに送ってきた。 でも、あゆみからの便りには、決まって一言。 「娘にしか娘のことは頼めない。せっちゃん、ラブをお願いね」 この一点張りなのだ。 ラブがいつラビリンスに来たいと言い出すかわからない。 だから、せっちゃんもその日に向けて心の準備をしていてね。 あゆみからそんな手紙をもらった日から、覚悟はしていた。 でも、本当にそんな日がくるなんて……。 娘として可愛がってもらった日々を、わたしは永遠に忘れない。 お父さん、お母さん。 大好きな人たち。 そんな幸せをくれた人たちの娘を、わたしは……。 久しぶりにリンクルンに手を伸ばす。 懐かしい番号にコールすると、相手はたったワンコールで出た。 「待ってたよ。こっちから掛けれないんだから」 「ラブ、わたし奪えないわ。お父さんとお母さんから、あなたを奪えない」 「奪うんじゃないよ。ちょっと離れるだけ」 「ちょっとじゃないでしょう」 「アカルンがいるもん。せつなは自制してるんだろうけど、ホントは来れるの知ってるんだよ」 「そうは言っても、異世界なのよ。ここは地球じゃないし、四つ葉町じゃない」 「そんなことわかってる。それでもいい。もう、せつなのいない世界にはいられないから」 「ラブ……」 「あたしを嫌い?」 「嫌いになれたらどんなにいいか」 「嬉しい」 「でも、ラブの夢はどうするの? ダンサーになる夢、わたし潰したくないの」 「せつな、せつなはラビリンスの人たちを幸せにしたいんでしょ? あたしはせつなを幸せにしたい。せつなと幸せになりたい。せつながいないと、あたし何にも出来ない」 「バカね……」 「うん。ごめんね、こんなバカで」 笑い合う。 リンクルン越しだけど、抱き締め合えてる気がした。 決めた。 ずっともやもやしていたけれど、もう迷わない。 「迎えに行くわ」 「卒業式の後、あの丘で待ってるから」 あの日、あの丘で。 あの町を、愛する人たちを思った。 ラブを思った。 別れを告げたはずだった。 でも、そうじゃなかった。 ラブはずっとずっと、先を考えていた。 わたしも先を見よう。見てもいいんだ。 ラブとの未来を。
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/56.html
始まりは嵐の夜に(前編) 風が強くなってきた。 せつなが煽られた髪を押さえながら荒れ始めた海を眺めている。 鼻を突く潮の香。 鈍色の空と白く泡立つ灰色の海はその境目を鉛色に溶け合わせ、 嵐の予兆を惜しげもなく振り撒いていた。 真夏の炙られるようなジリジリとした黄色い太陽。絵の具で塗ったような真っ青な空と白い雲。 紺碧のグラデーションの間にアクセントを描くような白い波を抱いた海。 ダンス合宿からまだそれほどの時は経っていない気がするのに、この様変わりはどうだろう。 「台風が来てるんだってね。傘、持ってないなあ」 困ったねぇ。 今にも泣き出しそうな空の色に、ラブはちっとも困っていなさそうな暢気な口調で呟く。 「そうね…」 せつなもそう呟きながらも相変わらず風に髪をなぶらせたまま動こうとしない。 今日は随分遠出してしまった。 早く帰らないと夕飯に間に合わない。 アカルンを使えば一瞬の事。 しかし二人はその事を故意に忘れていた。 あと数日で夏休みが終わる。 せつなにとっては全く新しい生活が始まるのだ。 学校へ行き始めれば友人も出来るだろう。 今はラブだけが頼りのせつなも新たな世界の扉を開く。 二人だけの閉じた、でも濃密な蜜月は終わりを告げるのかも知れない。 それを惜しむように、ラブはせつなを誘った。 どこか遠くへ行こうか。二人だけでさ。 一瞬目を丸くしたせつなは嬉しそうにニッコリと微笑んでくれた。 海が見たい。そう言うせつなにもう一度合宿をした場所に行く事を提案した。 あの時はアカルンがテレポートさせてくれたけど、今度は電車で行く。 時刻表を調べ、計画を練る。かなり時間がかかる。 日帰りで行くなら相当早く出ないと遊ぶ時間も無さそうだ。 始発の人もまばらな電車の中。 並んで腰掛けながら、気が付けばしっかりと手を握り合っていた。 どちらからともなく。まるで当たり前のように。 共に暮らし始めてから、こんな風に直接触れ合うのは初めてだった。 海水浴シーズンには人で溢れ返る駅も秋の気配を見せ始めた今では閑散としている。 電車を降りても握り合った手はそのまま。 住んでいる場所から遠く離れたここなら人目を気にしなくてもいい。 ちょっと仲の良すぎる女の子二人。それだけだ。誰も見咎めたりはしない。 何をするでも無く、肩を寄せ合い歩く。 冷たい波に素足を洗わせ、蠢く砂のくすぐったさに笑い声を上げる。 それだけで瞬く間に時間が過ぎて行く。 一つ屋根の下で暮らし、ぐんと近くなった距離。意識するお互いの想い。 多分ずっと前から胸の中に芽吹いていた。 言葉にするには重すぎて。 触れ合ってしまえばどうなってしまうのか。 知らぬ振りで過ごすには余りにも甘く疼く切なさを持て余して。 繋いだ手のひらから流れる声にならない言葉が胸を塞ぎ、溢れ出してしまいそうで。 このまま、ずっと…… 永遠にこの時が続けばいいのに………。 「あれ?何かあったのかな。」 夕闇が迫りながらもぐずぐずと帰宅を伸ばしていた二人。 電車で帰るならもうそろそろギリギリの時間になっていた。 いざとなればアカルンが使えるのだからもう少しだけ。 そんな思いで駅までの道を行きつ戻りつしていた時だった。 朝はガランとしていたのに、小さな駅には不似合いなくらい大勢の困り顔の人。 「あの…、何かあったんですか?」 近くにいた中年男性に尋ねてみる。 シーズンオフの海にはあまりいない、いかにも中学生風の二人に軽く驚きながら 男性は説明してくれた。 ただでさえ本数の少ない電車が事故に合い、復旧の目処が立っていない事。 ここは海水浴シーズンは臨時バスも出て人で賑わうけど、それが過ぎれば バスも無くなり交通手段が無い事。 「お嬢ちゃん達、遊びに来たのかい?物好きだねえ」 「じゃあ、もう今日は電車は来ないんですか?」 「たぶん無理だろうね。天気もこれだしな」 男性は曇天にチラリと目をやりながら、親切に教えてくれた。 「あんた達、どこから来たんだい?」 「…四つ葉町です。」 「四つ葉町!?そりゃまた随分遠くから…」 軽く呆れた様に仰け反った男性は、「悪い事は言わないから、」と親切に助言をくれた。 今の内に泊まる場所を確保した方が良いと。 この時期になると安い民宿はかなり店仕舞いしている。 まだ電車が止まってしまった事を知らない人も多いだろうが、 帰れないと分かればあっという間に部屋は埋まってしまうだろう。 この辺りは安いビジネスホテルは無い。リゾートホテルは中学生の懐具合では無理だろうし。 「安い所もあるっちゃあるが。まあ、子供にはお薦め出来んしな。」 意味に気付き照れ笑いするラブに、きょとんと首を傾げるせつな。 そんな二人に男性は自分で言っておきながら気まずそうに頭を掻いている。 丁寧に礼を述べながらもラブは、「案内してやろうか?」と言う申し出を断っている。 人の良さそうな笑みを浮かべて立ち去る男性に何度も頭を下げながら、 せつなはほとんど口も聞かずラブを窺っていた。 「…あ、もしもしお母さん?ラブだけど。…ちょっと困った事になっちゃってさあ…」 ラブはせつなの手を引いて歩きつつ、電話を掛けながらさっき聞いた話を繰り返し説明している。 痛いほどに手を握っている癖にラブはせつなの目を見ようとはせず、声も掛けない。 せつなもただ黙って幼子のように付いて行く。 「うん、ごめんなさい。……え?いいよ、勿体ないし。いくら掛かるか分かんないじゃん、タクシーなんて…」 「…………………」 「……大丈夫。お小遣い多めに持ってきたし、ほとんど使ってないから。…」 「………………………」 「ホントに。せつなも一緒だし平気だってば。…うん、ホントにごめんなさい…」 「お母さんがせつなに代わってって」 はい、とリンクルンを渡される。 無言で受け取り、耳に当てると心配そうなあゆみの声。 「もしもし。はい、すみません。ご心配掛けて……。いえ、ラブの所為じゃないんです……」 独りでに口から零れる台詞はまるで他人の声の様に響く。 体の外側から自分を眺めているみたいだった。 「……はい………はい、ありがとうございます。ラブと二人なんで大丈夫です…」 気遣ってくれるあゆみの声に胸の奥がチクチクした。途方も無く罪深い嘘を付いている気がして。 「……ちょっぴり叱られちゃった。」 電話を切った後、ラブがペロリと舌を出す。 「せつなは土地勘が無いんだから、あたしがしっかりしなくちゃダメでしょ!って…」 「…でも、事故はラブの所為じゃないし…」 「うん。でも、あたしが遊ぶのに夢中で遅くなったんだろうって。 もっと早くに帰ってれば事故に巻き込まれなかったんだからって…」 「結構厳しいのね、おば様。」 「恐いよぉ!せつなもそのうち雷落とされたら分かるって!」 「…おば様、心配そうだったわ……」 「うん……でも、仕方ないよね。事故なんだもん……」 「……………」 「………」 交わす言葉の中に漂う、そこはかとない白々しさ。 そしてやはり、ラブはせつなを見ようとしない。 じっと頬に注がれる視線に気付かぬはずはないのに。 晩ご飯どうしようか? 泊まらなきゃダメだからあんまりお金使えないね。 コンビニあるかなあ。パンとかでもいいよね。 ラブは弾む声で喋り続けながらせつなの手を引きぐんぐん歩く。 黙りこくったせつなを気にする風も無く。 それでも陽気な口調とは裏腹に、繋いだ手のひらは少し強張っている様に思えた。 しっかり握り合っているのに指先がひんやりしている。 緊張に湿った感触。 震えているのはラブだけだろうか。 多分、自分も同じなのかも知れない、とせつなは頭の隅でうっすらと考える。 どのくらい歩いただろう。 二人は民宿のある通りからどんどん外れて行く。 広い国道沿いに坂道を登って行くと電車の窓からも見えた建物の前に着いた。 海沿いの爽やかな景色にはあまりそぐわない、やたらメルヘンチックな外観。 淡く可愛らしいのに何故か上品には見えない色使い。 長閑な田舎にはあまりに不似合いな佇まいを不思議に思ったせつなが、 「ラブ、あれは何なの?」そう尋ねてみたが、ラブは苦笑いで言葉を濁し、答えてはくれなかった。 たぶん、あそこがさっき聞いた『あまり子供にはお薦め出来ない』宿泊施設なのだろう。 どう言う目的で泊まる場所かは、世間知らずなせつなにもさすがに察しがつく。 誰にも顔を見られずに入れる仕組みになっているらしい建物に、ラブは少し戸惑う 様子を見せつつも進んで行った。 「うわあ、すごいよ。何でも揃ってる!」 部屋に上がったラブははしゃいだ声であちこちの扉や引き出しを開けて回る。 ほら、パジャマまで!と掲げて見せたのはサイズ違いのお揃いのパジャマ。 その大きさの違いが、ここへ来るのがどういった人達なのかを示しているようで。 せつなはいたたまれない思いに駈られた。 「風邪、引いちゃうね…。着替えなきゃ……」 「………?」 言われて初めて気が付いた。 アスファルトの上を跳ね踊る無数の水滴。 木々の間を吹き抜ける野太い笛の音のような風。 せつなの髪はしっとりと水分を含み、ワンピースの肩や背中は重く色を変えていた。 湿った髪を撫でるラブの手が背中へ降りてゆく。 ゆっくりとファスナーが引き下げられ、スカートが足元に ストンと滑り落ちた。 せつなは棒立ちのまま身動ぎもせず、されるがままに身を任せている。 背中へ回された指はブラのホックを探る。 プチンと言う手応えと共に下着が浮き、その中が微かに震えた。 肩紐に手がかかり、外される。乳房が顕になろうとしたその瞬間、 ラブの動きがピタリと止まった。 はあっ…と、大きく息を吐き出し、せつなの剥き出しの鎖骨に額を擦り付ける。 「なんで…?せつな。……なんで何も言わないの………」 「………ラブ………」 頑な迄に逸らされていた視線がようやくしっかりと結ばれる。 ラブは、ぐっ…と瞳に力を籠め、せつなの頬を両手で挟む。 震えを抑えようとする声は細く掠れ、荒々しいほど力強い瞳とは 裏腹にか細く響き出す。 「お願い…。少しでも、嫌だって思う気持ちがあるなら今すぐ逃げて……」 でないと…、でないとあたし……。 せつなにヒドイ事するよ。 きっとせつなが泣いても、やめてって言ってもやめてあげられない。 どんなにせつなが嫌だって言っても逃がさないよ。 だから、だから今ならまだ間に合うから。 まだ、触れ合ってない、今なら…… 嵐を閉じ込めたようなラブの瞳。 ああ、そうだ。この瞳を以前にも見た事がある。 ラビリンスからせつなを取り戻す。 たとえどんなに自分が傷だらけになっても。 せつなを傷だらけにしても。 すべてを賭けて、受け止めようとしてくれた。 「……ラブ…」 せつなは呟き、ラブの頬に指を這わせる。 揺らめきを孕んだ瞳を、想いを含んだ唇を。 なんて綺麗な瞳なんだろう。 息が苦しくなるほどに感じる。 この瞳に愛されているのだ。 この唇に求められているのだ。 この腕が絡み付く荊を切り割き、暗闇から引き上げてくれた。 これ以上の幸せなんて求めて良いはずなどない。 これ以上幸せになったら、きっと…。 きっと、心が壊れてしまう。狂ってしまうに決まっている。 それでも…… どんな言葉も口に出した途端に儚く消えてしまいそうで。 この想いを現す言葉なんて思い浮かばなくて。 ならば答える変わりに。 言葉より強く、伝えられるように。 胸一杯の想いをその瞳に溢れさせ、せつなはラブの髪をくしゃくしゃに掻き回す。 唇をぶつけるような不器用な口付け。 何度も何度も押し付け、擦り合わせ、いつの間にか二人はベッドに重なり 絡み合っていた。 舌が歯列を割り、その奥を探り、求める。 性急に体に残った僅かな布切れを剥ぎ取り、どんな小さな隙間も許さぬほどに 柔らかな素肌が吸い付き合う。 浅い呼吸に頭がくらくらし始めても、それでもほんの一瞬でも唇が離れるのが厭わしい。 もっと深く。もっと強く。 大きすぎる幸せは、とても一度では掴みきれなくて。 どんな形をしているのか。どんな味や香りなのか。 確かめるのももどかしく、矢継ぎ早に求め合うしか出来なくて。 好きだから。もう、気付かない振りでは過ごせない。 どのみち狂ってしまうなら…… お互いの胸に渦巻く風は、嵐よりも強く心身を揺さぶる。 いずれ、一人きりでは耐えきれなくなるに決まっていた。 ならば、同じ想いを抱いている二人なら。 二人でなら、きっと。嵐の後の青空に辿り着けると信じたかった。 始まりは嵐の夜に(後編)へ
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/726.html
私を呼んで、愛の言葉で(後編)/一六◆6/pMjwqUTk 桃園家二階のラブの部屋。遊んでいるシフォンを所在無げに眺めていた美希と祈里の目の前に、突如、赤い光が現れる。光が収まった後には、ラブとせつな、それにティラミス長老と、タルトのフィアンセであるアズキーナの姿があった。 シフォンがぬいぐるみを放り出して、大喜びで長老に飛びつく。 「おお、シフォン。元気やったか?」 「キュア~。シフォン、げんき~!」 二カ月ほど前にスウィーツ王国で目にして以来の、二人の微笑ましい再会のシーン。それを嬉しそうに眺めてから、アズキーナは美希と祈里に向かって、丁寧に頭を下げて挨拶した。 「え……長老さんと、アズキーナちゃんを連れて来たの?」 「うん。アズキーナは、タルトが会いたいだろうと思ってね。長老さんは、タルトが会いたいだろうって理由もあるけど、ちょっと手伝ってもらいたくて」 ラブは祈里の質問に答えると、長老に向かって、うん、とひとつ頷いてみせる。既に話を聞いているらしい長老は、いつもの軽~いノリで、ラブにウィンクしてみせた。 ラブが、ナハハ~と笑って、長老の隣に座る。そして、はしゃいでいるシフォンの顔を覗き込んだ。 「ねぇ、シフォン。この人は誰か、わかるよね?」 「ぱぁぴぃ~!」 シフォンが満面の笑みで答える。 長老が、赤ん坊のシフォンに向かって、自分のことを『パピー』と呼んで育てていた、ということは、ラブたちも以前に聞いて知っていた。ちなみに『パピー』とは、フランス語で『おじいちゃん』という意味である。 ラブは、シフォンの答えに頷いてから、続いてこう問いかけた。 「そうだね。じゃあさ、シフォン。この人の名前は、なんていうの?」 「てぃらみす~!」 即答だった。呼ばれた長老の方が驚いた様子で、シフォンの顔をまじまじと見つめる。 ラブはニコリと笑うと、そのままの笑顔で、歌うようにシフォンに語りかけた。 「そうだよ、シフォン。ティラミス長老は、シフォンのだ~いすきなパピーだよね?」 「プリプ~!」 「長老さんはね、『ティラミス』って名前だけど、シフォンに出会って、シフォンの『パピー』にもなったんだよ」 「キュア? てぃらみす、ぱぴ~?」 首を傾げるシフォンに、今度は長老が重々……しさはカケラもない笑顔で頷く。 「その通りや。シフォンがおらんかったら、ワシはパピーにはなれんかった。ワシのことをパピーと呼んでくれるんは、シフォンだけやからの」 シフォンが、はじめは呟くように、やがて目を輝かせて、だんだん大きな声でこう言い始める。 「キュア~? てぃらみす、ぱぴ~……てぃらみす、シフォンの、ぱぁぴぃ~!」 「そう! 『ティラミス』は、シフォンの『パピー』。ねっ?」 「てぃらみす。ぱぴ~。だいすき~!」 ラブの言葉に、キュアキュア~!と両手を振りながら嬉しそうに叫ぶシフォンを見て、ティラミス長老も眉毛をカタッと下げ、ふぉっふぉっふぉっ……と満足げに笑った。 私を呼んで、愛の言葉で(後編) ラブが、シフォンに優しく頷いてから、今度は自分の鼻先を指差す。 「じゃあシフォン。あたしは?」 「ラ~ブ~!」 「そう。あたしの名前は『ラブ』。そして、シフォンにとっても『ラブ』だよね?」 「キュア~?」 再び首を傾げるシフォンを、ラブは心から愛おしげに見つめて、にっこりと笑った。 「シフォンは、大好きな友達っていう意味で、あたしのことを『ラブ』って呼んでくれるでしょう?」 「プリップ~! ラブ、ともだち!」 今度は最初から嬉しそうに声を上げるシフォンを、ラブはそっと抱き上げる。 「シフォンがあたしを『ラブ』って呼んでくれるとね、すっごく幸せな気持ちになるんだ。ああ、シフォンはあたしのこと、大好きでいてくれてるんだなぁって。あたしがシフォンを呼ぶときも、おんなじだよ。大好きなシフォンの名前を呼べるのが楽しくて、答えてくれるのが嬉しくて、あったかい気持ちになるの。だからね、シフォン。『ラブ』は、あたしの大事な名前だけど、シフォンに呼ばれる『ラブ』は特別なんだ」 「ラブちゃん……」 祈里が感極まった表情で、小さく呟く。美希は、二、三度目をパチパチさせて、涙をごまかしている。 瞬間移動でこの部屋に現れたときのまま、アズキーナと並んで今までのやり取りを見ていたせつなは、ラブの横顔に静かに微笑んでから、美希と祈里の側にやって来て、二人と並んでラブのベッドに腰かけた。 いつになく静かに、じっとラブの目を見て話を聞いていたシフォンが、キュア~!と元気に両手を上げる。 「ラ~ブ~、シフォン、だいすき~!」 「ありがとう、シフォン。あたしも大好きだよ」 そう言って柔らかくシフォンを抱き締めたラブは、そのまましばらくシフォンのぬくもりを感じるように目を閉じてから、シフォンの体をくるりと回転させて、三人の仲間たちの方に向けた。 「あたしだけじゃないよ。せつなも、美希たんも、ブッキーも、み~んなシフォンに――大好きな友達に呼ばれる名前は、特別なの」 「キュア~! せつな~、だいすき~!」 「ええ。私も大好きよ、シフォン」 「みぃき~、だいすき~!」 「アタシもよ、シフォン」 「いのり~、だいすき~!」 「ええ、シフォンちゃん」 笑顔の視線と視線が柔らかく結び合って、何だか部屋の中が、ほっこりとあたたかくなる。 せつなはその光景を見ながら、ふと、以前ラブに言われた言葉を思い出した。 ――そっか、良かった。やっぱりイースじゃない、せつなだったんだね。 ――胸が苦しいのは、せつなだからだよ。イースじゃなくて、せつなだから。 最初のときは、やっぱりラブには自分の気持ちなんてまるでわからないんだと思った。正体を明かし、イースとして拳を交えたというのに、そんな自分の中にまだ、偽りの友情で築いた仮の姿を探すのかと。 そして二度目のときには、ラブの言っている意味が、はっきりとはわからなかった。今はイースではなく、せつなとして生きているのだから――という単純な意味じゃないことはわかったが、ラブが何を言いたかったのか、理解したとは言い難かった。 心の中に引っ掛かって強く残っていたこの二つの言葉の意味が、さっきのラブの言葉を聞いて、少しわかりかけたように思った。 ラブは、今は本来の姿となったこの姿の自分そのものを、『せつな』と言ったわけではない。あのときのラブの中にあったせつな――彼女の中に確かに息づいていた、大切な親友の姿を、『せつな』と言ったのだ。 (もしそうなら……あの頃は偽りだと思っていた『東せつな』は、ラブの中にちゃんと居た、ってこと?) そんな馬鹿な、と打ち消そうとする心の奥から、やっぱり、という確信がゆっくりと浮かび上がってくる。そのことに戸惑いと嬉しさを感じて、せつなは微かに首を横に振った。 「せつなぁ~」 ふいにあどけない声で呼びかけられ、せつなはハッとして顔を上げた。せつなの仕草を不思議に思ったのか、シフォンがキョトンとした表情でこちらを見つめている。 慌てて笑顔を向けると、シフォンはすぐにプリプ~!とはしゃいだ声を上げた。 「せつな、どうしたの?」 「ううん、何でもないわ、ラブ」 少し心配そうに問いかけたラブは、せつなの穏やかな返事を聞いて安心したように、美希にそっと目配せした。 美希がリンクルンを開いて、タルトの画像を表示させる。ラブは、それをシフォンの目の前に差し出すと、もう一度その顔を覗き込んだ。 ☆ 「はぁ~、すっかり遅うなってしもた。ピーチはん、怒ってるやろか。それにしてもカオルはん、ドーナツ詰める手ぇまで止めてギャグを連発するやなんて、大丈夫かいな」 ドーナツの袋を抱えたタルトが、ブツブツとそんなことを呟きながら、桃園家の門をくぐる。ラブに頼まれてドーナツを買いに行ったのだが、予想外に時間がかかってしまったのだ。 小さなため息をひとつついてから、そろりと玄関のドアを開けると、家の中はいつになくひっそりとしていた。 「なんや、エラい静かやないか……。あ、そうやぁ。今日は圭太郎はんもあゆみはんも、おらんのやったなぁ。おーい、ピーチはぁん! ドーナツ買うて来ましたで~。遅うなって、えろうすんまへ~ん」 一瞬ひるんだタルトが、普段正体を隠している二人が不在であることを思い出して、一気に大胆になる。だが、大声で叫びながら二階へ続く階段を駆け上がろうとした矢先に、リビングのドアがバタンと開いて、思わずギャッ!と跳び上がった。 「……な、なんやぁ、ピーチはん。パッションはんも、そこに居るなら居ると、言うてくれたらええやないか。びっくりしたぁ……」 リビングの入り口に立っているラブとせつなの姿を見て、タルトがホッと胸をなでおろす。が、その腕に抱かれている二人に気付くと、再びその顔に緊張が走った。 「えっ? 長老! それに、アズキーナはんやないか。まさか、スウィーツ王国に何かあったんでっか!?」 「違うよ、タルト。いつも寝る間も惜しんで頑張ってくれているタルトのために、今日はみんなでお疲れ様会をやろうって話になったんだ。それで、長老さんとアズキーナにも来てもらったの」 ラブがそう言って、じゃーん! と得意げにテーブルの上を指差す。 そこには、ラブのハンバーグとせつなのコロッケ、それに美希が作った豪華なサラダを中心に、様々なご馳走や色とりどりの果物が、所狭しと並べられていた。 思いがけない光景に口をあんぐりと開けるタルトに、祈里が、タルトにも片手で楽に持てそうな小さな陶器を差し出す。 「はい、わたしからはこれ。なかなか作ってあげられなくて、ゴメンね、タルトちゃん」 「これは、パインはんのアロマやないか! あ~、やっぱりええ香りやなぁ。おおきに。大事に使わせてもらいますわ。それにしても、なんや突然のことばっかりで、嬉しすぎて目ぇが回るわ。みんながこんなサプライズを準備してくれてたやなんて」 少し頬を赤らめながら、全員に感謝の眼差しを向けるタルト。だが、ラブはその目の前で、チッチッチッ……とわざとらしく人差し指を立ててみせた。 「まだまだぁ。いっちばん大切なプレゼントは、これからだよっ!」 「一番……大切なプレゼント?」 怪訝そうに眉根を寄せるタルトの目の前に、シフォンがふわふわと飛んで来る。そしてタルトの顔を見ると、キュア~!と嬉しそうな声を上げてから、あどけない声で言った。 「プリ? ……たーるーとー! だいすき~!」 「え……シフォン、今、なんて言うた?」 タルトがぽかんとして、シフォンの顔を見つめる。 「プリ? シフォン、タルト、だいすき!」 次の瞬間、タルトは「わ~っ!」と何だか間の抜けた歓声を上げながら、シフォンを力一杯抱き締めた。そして、そのふわふわした頬に頬ずりしながら、おいおいと声を上げて泣き出したのだった。 ☆ それからは、みんなで賑やかにご馳走を食べ、ゲームをしたり、長老やアズキーナと近況を報告し合ったり……。結局、タルトは一人でゆっくり休むよりも、みんなでワイワイ楽しく過ごす方を選んで、パーティーの時間は瞬く間に過ぎていった。 夕方になり、長老とアズキーナが、名残惜しそうにスウィーツ王国へと帰還する。そして、そろそろ後片付けをしようかと四人が立ち上がったとき、ただいま~、というのんびりとした声がして、あゆみがパートから帰って来た。 「あ、お母さんだ! 長老さんたち、間一髪だったね」 ラブが、仲間たちを見回して首をすくめてから、お帰りなさーい、と元気な声を張り上げる。 「あらぁ、美希ちゃん、祈里ちゃん、いらっしゃい。まぁ、みんなでパーティーしてたの? 楽しそうねぇ」 リビングに入って来たあゆみは、美希と祈里に明るい声で呼びかけてから、せつなにニコリと笑いかけた。せつなもテーブルの上の食器を重ねながら、あゆみに笑みを返す。 「お帰りなさい、おばさま」 「ただいま、せっちゃん。あ、そうそう、お隣さんから頂いたリンゴがあるわよ。まだお腹に余裕があったら、みんなで召し上がれ」 そう言って、自分の部屋に着替えに向かうあゆみ。その後ろ姿を笑顔で見送ってから、せつなは重ねた食器を台所の流し台に運ぶ。 すると、シフォンがニコニコしながら飛んできて、おんぶをせがむように、後ろからせつなの首に両腕を回した。 「どしたの? シフォン」 「キュア~!」 シフォンは、あゆみが出て行ったドアの方を眺めてから、せつなの頬に自分の頬をすり寄せて、相変わらずあどけない声で言った。 「あゆみ、せつな、おかあさん」 「え……シフォンったら、何を言ってるの?」 ポカンとして間近にある幼い顔を眺めるせつなに、シフォンは実に嬉しそうに、なおも言葉を重ねる。 「せつな、おかあさん、だいすき~!」 流し台の前に突っ立って一歩も動けないまま、せつなの顔が、見る見るうちに真っ赤に染まった。 「シフォ~ン、ここにおったんかいな。あれ? パッションはん、何ボーっとしてるんでっか?」 タルトがやって来て、せつなの顔を見上げて首を傾げる。 「な、何でもないわ。それより、シフォンに何か用があるんじゃないの?」 せつなが慌ててシフォンを抱きかかえ、タルトに手渡す。すると、タルトはもうせつなのことなど眼中にない様子で、すっかり緩んだ顔をシフォンに向けた。 「なぁ、シフォン。もう一回、ワイのこと呼んでくれへんか?」 「プリ? タルト、だいすき!」 「プリ? て。それは余計やで、シフォン」 「プリ? シフォン、タルト、だいすき!」 「……まぁ、ええかぁ。おおきに、シフォン。ワイもシフォンのこと、大好きやで」 「キュア~! シフォン、タルト、だいすき~!」 「ううっ……! せ、せや。めっちゃ、めっちゃ大好きやで!」 タルトに泣きながら頬ずりされて、シフォンが流石にプリ~……と苦しそうな声を上げる。 せつなはその様子を、まだ頬を紅潮させたままで嬉しそうに見つめてから、あ、と小さく声を上げて、やっと流し台の前から離れた。 食器棚に並んだ湯呑みの中から、あゆみの湯呑みを大事そうに取り出す。 そしてせつなは、仕事で疲れているはずのあゆみに美味しいお茶をいれようと、いそいそと準備を始めた。 ~終~
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/607.html
「〇〇さん、いらっしゃ~い」/Mitchell Carroll 司会者「それでは参りましょう。〇〇さん、いらっしゃ~い」 (ラブとせつな、手を繋いで登場。司会者コケる。) アシスタント「あっはっはっは(といって司会者のイスを直す)、じゃお名前を…」 ラブ「クローバータウンストリートから来ました、桃園ラブです!」 せつな「妻、」 司会者「妻?!」 せつな「…妻、東せつなです」 司会者「君たちはそのー、女性同士。」 ラブ「はい。」 司会者「同性婚というやつやね。知り合ったきっかけは?」 ラブ「それはちょっと…言えないんですけど」 司会者「言えないんかい」 ラブ「いろいろあって…ね。(せつなの方を見る)」 アシスタント「でも珍しいんじゃない、女性同士の同性婚って」 ラブ「あ、でもあたしの先輩や後輩にいっぱいいますよ」 アシスタント「そうなの?!」 司会者「どんな環境やねん。で、どうなの、夫婦生活は。」 ラブ「夜の営みですか?」 司会者「誰がいきなりそれ言え言うたんや。日常の!」 ラブ「もう、すっごいラブラブです!歯ブラシも1本を2人で使ってますし」 せつな「(ラブが)私の赤いのを間違って(?)使って…それからずっと」 司会者「(恥ずかしくて顔を隠す)そんで、お互いに、ここをこう直してほしいとか、ないの?」 せつな「…(ラブが)すごい求めてくる…」 司会者「もっ」 アシスタント「あー、そういうことを。」 司会者「君たちはそのー、どのくらいの頻度で、そういうことをするの」 せつな「(ラブのほうを見る)」 ラブ「毎日…(照)」 司会者「毎日?!」 ラブ「休みの日は、一日中…」 司会者「ぶーっ!!(コケる。コケた後に後のオブジェのようなものを 足で蹴飛ばし、靴を両方ともセットの裏へ投げ込み、 テーブルの造花を手で引き千切り、直立不動で観客席の方を見、観客拍手)」 アシスタント「いちにちじゅう…(笑)」 司会者「凄いね!最近のおなごは!…どうもありがとうございました。」 (ラブとせつな、お辞儀をし手を繋いで退場) 司会者「ここで喋ってる時もずーっと手繋いどったな。」 アシスタント「ねえ!」 司会者「ハート…あ、いや、ラァ~ブキャッチ!希望ヶ花市旅行目指して頑張って下さい。 …どこ、希望ヶ花市って?」 アシスタント「(小声で「知らない…」)箱の中身は希望ヶ花市?旅行、10万円、 たこ焼き(このとき会場にいた数名の少女がピクンと反応する)、たわしの四種類でーす。」 司会者「それでは運命の分かれ道、ラァ~ブキャッチ!」 アシスタント「桃園さん黄色、相田さんがブルー!」 司会者「それでは関係ない箱から開けてみましょ」 アシスタント「10万えーん!」 司会者「出ちゃった、10万円」 アシスタント「希望ヶ花市旅行ー!」 司会者「どこやねん、そこ。さあ、たこ焼きか(また数名の少女が反応)、たわしか。 せーの、どーん!」 アシスタント「桃園さんたわし相田さんがたこ焼き一年ぶーん!」 (会場にいた数名の少女テンション爆発狂喜乱舞) ラブ&せつな「(苦笑)」 司会者「それではまた来週、〇〇さん、いらっしゃ~い!」 END
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/137.html
ラブ 美希 祈里 せつな ラブ 美希たん ブッキー せつな 美希 ラブ ブッキー せつな 祈里 ラブちゃん 美希ちゃん せつなちゃん せつな ラブ 美希 ブッキー ラブ「こーやって見ると、美希たんとせつなは一緒だね。」 美希「そうね。」 ブッキー「うん。」 せつな「違うわ。」 ラブ「え?」 せつな「私は最初、ブッキーを祈里って呼んだわよ?」 ブッキー「そうだったね。ちょっぴり嬉しかった!」 美希「照れないのブッキー。」 ラブ「ぶぅ・・・」 美希「すねないすねない。」 美希「ブッキーはみんなを~ちゃんって呼んでるのね。ホント優しい子なんだから。」 せつな「ラブはどして美希に〝たん〟付けているの?」 ラブ「だって、様とかティってどこかで聞いた事あるしー」 ブッキー「くすくす・・・。」 美希「笑うトコじゃないわよ!」 せつな「そうだ!自分の愛称考えてみない?」 三人「愛称???」 せつな「そう。とってもカッコイイのを。」 ラブ「例えば?」 せつな「私だったら、【真紅の堕天使】(ルシファー)なんてどうかしら?」 ブッキー「せつなちゃんカッコイイー!」 美希「だったらアタシは【蒼き炎・流星の女神】。うーん完璧!」 ラブ「ちょっと長くないかな・・・?」 美希「う、、、」 せつな「ならラブは?」 ラブ「愛ある限り戦います!名づけて【幸福の使者】!!!」 ブッキー「前置き長いよラブちゃん・・・」 ラブ「たはー!」 せつな「ブッキーは?」 ブッキー「うーん・・・」 ラブ「白衣の天使!」 美希「合ってるケドね・・・。」 せつな「黄色が似合う少女。」 ブッキー「全然カッコよくないよぉ・・・。」 ブッキー「あっ!」 三人「何!?」 ブッキー「お腹すいた」 ラブ「やってられへんわー」 美希&せつな「はぁ~、スイーツスイーツ~」 呼称一覧作って頂いた方、ありがとうございました!!!