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Eas to Eas 第5章 香りが導く未来 重い空気が残ったまま、4人はドーナツカフェに着いた。 そこに待っていたのがカオルちゃん。 「お嬢ちゃん達、新作のドーナツを作ってみたから食べてみない?」 一見いつものドーナツのようだった。 「どこが新作なの?」 「まあ食べてみてよ」 この新作ドーナツの秘密を見抜いたのは美希だった。 「カオルちゃん、これはハーブドーナツね」 「わかる?グハッ」 一口食べると、やわらかい香りが口の中で広がる。 「カモミール……レモンと合わせているわね」 祈里も一口食べる。 「最近はワンちゃんの口のケアにもハーブを使うんだって」 ラブは食べながらも、なんか合点のいかない様子。 「あれれ?ハーブってシャキッとするもんじゃないの?」 「ミントのようなものだけがハーブじゃないのよ。 カモミールはリラックスしたいときにいいわね」 「これもリラックス……」 せつなは前に美希からもらった小さなケースを思い出した。 アロマケースからただよう穏やかな香り…… ラビリンスでは悪臭による不快感を根絶するために人間の嗅覚そのものが抑制されており、不快臭を感じることもないが、香りを感じることもなかった。 インフィニティを捜し、戦うことに明け暮れた日々においては全ての感覚を任務のために駆使することが求められた。 反撃の銃からの硝煙臭、トラップのための汚物臭、敵を傷つけ、自らも傷を負った時に漂う血の匂い…… これらの匂いを厭わしきものと感じるのは人間としての本能。 メビウスへの忠誠心によって抑えつけていたものの、次第にその不快感は拭えないものとなっていた。 「香り」というものが「匂い」を覆い隠すことができるということを知り、占い館としてこの世界に潜入するときにも活用した。 占い館に焚き染めた香が忌まわしき匂いを覆い隠す。 香りは嫌な匂いを隠すための手段……そう思っていた。 美希からアロマケースを貰った時に最初思ったのは、 「私にはまだ忌まわしき匂いが残っている?」 どうも美希からもらった香りは何かを隠すためのものではない。 ただただ心が穏やかになる。 せつなは一見クールな美希のもつ暖かさをこのアロマの香りから垣間見たのであった。 「美希……」 せつなは意を決して美希に声をかける。 「何?せつな」 「前に作ってくれたアロマ、また作ってくれる?」 美希はせつなが自分を大事にすることを思い出してくれたと感じて嬉しくなった。 「勿論!」 「ありがとう…」 そんな二人を見る祈里もラブも同じ嬉しさを感じていた。 * 穏やかな雰囲気をまとったドーナツカフェが一転緊張感に包まれた。 「せつなおねーちゃーん!」 「どうしたの、タケシくん!?」 「もこお姉ちゃんが……」 タケシはせつなを芝生広場へ引っ張っていった。 ラブ達もついていく。 そこには、淡い銀髪の少女が倒れ伏しており、ラッキーが心配そうに見ていた。 「この子は?」 「もこお姉ちゃんが……イースだって……」 独特の淡い髪色。せつなは同郷の人間であることがわかった。 しかし、イースとしての運命の連鎖を絶つことを誓ったせつなは力強く言った。 「この子はイースじゃないわ?イースには……させない」 「本当?」 「ええ、ここはお姉ちゃんに任せて」 「せつな、まさかこの子は……」 せつなはこれ以上言っては駄目という目で美希を見た。 「美希たん、だいじょうぶだよ。ここはせつなに任せよ?」 ラブもせつなが何をしようとしているかはわからなかったが、少なくとも自分を犠牲にする策を採らないという確信はあった。 「ラブ、お願い。帰ったらおじさまのカツラも借りておいて」 「……わかった」 茫然自失であったタケシとラッキーを祈里達が送っていく。せつなはアカルンを召喚した。 「私の部屋へ……」 せつなともこは赤い光に包まれた。 * 「お前は……」 もこはせつなの部屋のベッドに寝かされていた。 しかも目の前にいるのが、自分が付け狙っていたせつなであった。 「スイッチ……うっ」 電流に撃たれるほどではないが、まだスイッチオーバーはできない。 「どうやら、まだ戻れないようね」 「くっ……ここでせっかくお前を見つけられたというのに…… こんな姿になるべきではなかったな」 「そう、あなたと戦わなくて済むわ」 「馬鹿にしているのか?私は……お前を倒して完全にイースになる。総統メビウスのために!」 「なれないわ」 「どういうことだ?」 「あなたはナキサケーベを使って戦うことで、あなた自身の身体を壊しているの。 あと一回使ったらもう……たとえ私を倒しても、寿命が尽きることになるわ」 「ックックックッ……キュアパッションになってそんな戯れ言で命乞いか?」 イースはせつなを嘲笑する。 「私も……そうだったの」 「お前はメビウス様から頂戴したナキサケーベを使いこなせぬ役立たずだったから、 寿命を短くされたのだ!」 そうは言ったものの、もことて最早後のない自分の状況を知っていた。 ナキサケーベによるダメージが自らの回復力を超えていることも…… 「我が名はイース、ラビリンス総統メビウス様が僕。他に何があるというのだ……」 「やり直すの」 「一般国民に戻れとでもいうのか? もう後戻りはできるわけがない」 「この街で、やり直すの」 「何だそれは……」 「おばさまも言った。この街ならできるって」 もこは呆れていた。 仮にも自分の命を狙う敵にそんなことを言い出すとは、 かつてイースであった戦士がこの世界にどこまで染まってしまったというのか…… そこにラブが荷物を持って桃園宅に帰ってきた。 せつなの部屋の前に立ったラブ。 少なくとも戦っている様子はない。 コン、コン 「せつな、入るね」 「どうぞ」 ラブがせつなの部屋に入る。 「お前は……キュアピーチ!」 ラブは殺気立った少女の表情に一瞬怯むも、度胸を据える。 「桃園ラブだよ。せつなもそうだけど、あたしもあなたとは戦わないよ」 中途半端な擬装体のままの我が身をもこは一層もどかしく思う。 「イー……(自分で頬を打つ)もこちゃん、あなた何も食べていないんじゃないの? このドーナツ、美味しいんだよ?」 先ほどの食べかけ以外にもラブはドーナツをいくつかお持ち帰りしていた。 「そんなもの……」 といった途端お腹の虫が鳴る。 元来食事も管理された生き方をしてきたこのラビリンス国民にとって、出撃以降まともな食にありつけていない状況は極めて厳しいものであった。 もこは気まずく思いながら、与えられたドーナツを口にする。 (美味しい……) せつなから引き継がれたイースの記憶ではない。食事が栄養摂取のための作業になってしまったラビリンス国民が忘れていた感覚。 美味しいものは美味しい。不味いものは不味い。 その感覚をも封印されていたのである。 空腹も手伝い、気が付けばもこは数個あったドーナツをすべて平らげてしまっていた。 「この世界ではこういうのだったな……ありがとう、と」 敵とは思えない位の生真面目さにほっこりとする。 「あと、『ごちそうさま』だね!」 せつなは勇気を絞りだすようにして言った。 「もこ……ここで私たちと暮らさない?」 「ラビリンスにはもう戻れないんだよね?」 イースの宿命を背負ってしまった少女を救い、宿命の連鎖を止めるというせつなの誓い。 一方で、それは恩人である桃園家へのさらなる負担につながる事であった。 ラブはそんなせつなのジレンマをも感じ取っていた。 (せつなのすべてを受け入れることをあたしは誓ったんだ。その中にはイースもいる) 一方、もこにとっては身近にチャンスを窺う機会を敵自らが与えてくれるという、願ってもない提案であることはわかっていた。 しかし、そばに居過ぎることによりすべきことを見失ってしまいそうであるということを感じ取っていた。 「断る」 「どうして?どこにも行くところはないんでしょう?」 「お前たちと生きるつもりはない。幸いにも野営の術は知っている」 「野営って……」 もこはそういって、ベッドから立ち上がろうとした。 「ラブ!カツラを」 ラブは用意していたウィッグをせつなに渡す。 ウィッグからは前に美希からもらったアロマの香りがした。 「ちょっと防虫剤の匂いが残ってたから……美希たんに匂い抜き頼んだら アロマつけてくれたんだ」 (ありがとう、美希) せつなはもこにウィッグを素早く取り付ける。 「何のマネだ」 「この世界の髪の色よ」 「どこまでもお節介な……次にイースになる時がお前の最後だ」 「その時は……止めてみせるわ」 そのまま家から飛び出そうとしたとき、あゆみがパートから帰ってきた。 「ただいま……この子はお友達?」 「せつなの……妹がこの街に来たんだ」 「せっちゃんに妹がいたの?」 「ええ……小さいころに生き別れた妹で『ひがし、もこ』です。 この子も一人で四つ葉町に来たんです。もこ、挨拶は?」 (どういうことだ?) もこは狼狽を隠せなかったが、この場の流れに逆らうことは出来ないようだ。 (そういうことにしておくか……) 「あ……ひがし、もこです」 「母の桃園あゆみです」 もこはあらためてリビングに通された。 「ゆっくりしてね」 あゆみはそのままお茶を入れるために台所に向かった。 思わぬ展開の連続から一息つく。 せつなに着けられたウィッグからただようアロマの香りは心地いいものであった。 (何だろう、この感覚は……傷が治っていくような気がする……) いずれ傷が癒えたなら、スイッチオーバーができる。そのときこそナキサケーベのカードを使い、決着をつける。 その後のことは……メビウス様の命ずるままに。 ラビリンスにいたころには知らなかった第五の感覚に今は身をゆだねることにした。 Eas to Eas 第6章 絆を捨てた世界へ
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幸せは、赤き瞳の中に ( 第8話:全力の想い ) 薄暗い部屋の中で、ゲージに降り注ぐ不幸のしずくが陰鬱な音を響かせる。その前にはノーザの姿があって、壁に映し出された街の様子を満足げに眺めている。 もっとも、このノーザは実体ではなくホログラム。映像が映像を鑑賞しているという何とも奇妙な光景を、ラブは不幸のゲージの隣に吊るされたまま、ぼんやりと見つめていた。 さっきから、巨大な電波塔のナケワメーケが、まるで砂の城でも壊すように易々と建物を破壊する光景が続いている。その無造作な打撃の音、壁がボロリと崩れる音のひとつひとつが、重く鈍い痛みを伴ってラブの胸を打ちつける。 ――やっぱりあなた、プリキュアにならなければ何の力も無いのね。 昨日の少女の言葉がもう一度聞こえた気がした。少女の攻撃をただ避け続け、無様に倒れたあの時の冷たい床の感触が蘇って来る。 (そうだよね。変身も出来なくて、こんなところで捕まっちゃってる今のあたしに、出来ることなんか……) 力なくうつむきかけるラブ。だが、その途中で不意に目を見開くと、今度はガバッと顔を上げて食い入るように映像を見つめた。 場面が切り替わって、ナケワメーケの足元がアップになったのだ。そこに映し出されたのは、ラビリンスの住人たちだった。まだ被害の及んでいない街の奥へと逃げようとしているのか、お互いに目を合わせることもなく、全員がただ同じ方向に向かって一目散に走っている。 疲れ切って表情のない人々の姿に、少し前のお料理教室の光景が重なった。楽しそうに輝いていた人々の笑顔が思い出されて、目元にじわりと涙が滲む。が、それを振り払うように、ラブはブンブンと乱暴に頭を振った。 (泣きたいのは、あたしじゃなくてみんなの方だよ。あたしに出来ることって、本当に何も無いの? こうしてみんなが苦しんでるのを、ただ見ていることしか出来ないの?) 住人たちが我先に逃げて行った方に向かって、ナケワメーケがゆっくりと移動を開始する。歯を食いしばってその映像を睨んでから、ラブは気持ちを落ち着けるように目を閉じて、ふぅっと大きく息を吐いた。 まるで暗闇に淡い光が灯るように、目の裏にぼんやりと浮かんできたのは、四つ葉町公園の景色だった。ラブが一番よく知っている、石造りのステージの上から見た眺めだ。 豊かな緑を背景に、パンパン、と手を叩いて指導の声を飛ばすミユキ。その足元に置かれたダンシング・ポッド。そして隣に感じる息づかいは、美希、祈里、そしてせつな――大切な仲間たちのもの。 次に浮かんできたのは、上空から見下ろす巨大な怪物の姿と、耳元で鳴る風の音。そして華麗に変身した頼もしい仲間たち――ベリー、パイン、パッションの姿。 普段とは桁違いのスピードとパワーは、変身によって手に入れたもの。しかし完全にシンクロした四人の動きは、毎日のダンスレッスンと、プリキュアとしての経験を積み重ねて培った賜物だ。 (確かにプリキュアの力は、あたしの力じゃない。でも、ダンスもプリキュアも両方選んで、全力で頑張って来たのはあたしたちだよ。だからプリキュアになれなくても、凄い力は出せなくても、頑張った分はきっと、あたしの力にもなっているはず) パッと目を開けて、今度は決意を込めた眼差しで映像を見つめる。姿は見えないが、このナケワメーケを操っている――そしてこの後、人々を不幸に陥れる通告をするはずの少女が、このどこかに居るはずだ。 (出来る出来ないじゃない。やらなきゃいけないことがあるって、わかってるじゃない。あの子を止めなきゃ。そのためにはまず――ここを出る!) 映像を見据えたまま、ラブがもう一度歯を食いしばる。でも今度は悔しさを堪えるためではなく、渾身の力を出すためだ。 まずは両腕にグッと力を入れて、捕えられている腕を何とか外そうと試みる。だが、ただの少女であるラブの力では、蔦はピクリとも動かない。 今度は腕だけでなく足もバタバタさせ、全身を滅茶苦茶に動かしてみる。それでも蔦の拘束は緩まなかったが、吊るされているラブの身体が小刻みに揺れた。 ラブは自分の身体を見下ろし、次に周囲を見回して、うん、と小さく頷いた。思い起こすのは心に刻まれたミユキの言葉と、身体に刻まれたダンスの動きだ。 ――ある方向に力が働けば、必ずその反対方向にも力が働くの。それが“反動”よ。右に行きたければ、まず左に重心を移す。上に大きく跳びたければ、まずは低く屈みこむ。そうやって―― (……そうやって力を蓄えれば、より大きな力が生まれる!) ラブが再び全力で身体を動かして、蔦を揺らそうとする。その顔は見る見る真っ赤になり、額には汗が浮かんできた。それでもラブは、ハァハァと荒い息を吐きながら、不自由な身体を少しずつ、必死で動かし続ける。 やがて、ラブの動きは少しずつリズミカルになり、それにつれて蔦が少しずつ大きく振れ始めた。その揺れが目に見えて大きくなった時、ラブはさらに力を振り絞って、思いっ切り身体を反らした。 ぐん、と蔦が大きく揺れる。その揺れを振り子のように使って、ラブは隣に立つ不幸のゲージを、ゴン、としたたかに蹴りつけた。 ノーザが恐ろしい形相でラブを振り返る。だが一度勢いがついたラブの身体は止まらない。 もう一度、さらにもう一度、ゴン、ゴン、と響く鈍い音。それを聞いて、ノーザが慌てたようにさっと右手を挙げる。その途端、生きたロープはするすると解け、ラブを床に下ろして開放した。 思わずその場にへたり込みそうになるラブ。だがそれを必死で堪えて震える足で立ち上がり、鋭い眼差しをノーザに向ける。 「あら、ごめんなさい。苦しかったのならそう言ってくれれば、すぐに下ろしてあげたのに」 ノーザがさっきの狼狽えた素振りを取り繕うように、妖艶な笑みを浮かべてみせる。それでもラブの表情が変わらないのを見て、ノーザは口の端を斜めに上げると、いつになく優し気な声で言った。 「解放してあげたついでに、この部屋からも出してあげるわ。上の部屋にでも行って、少し休憩なさい」 「それより建物の外に……そこに映っている場所に、帰してくれないかな」 粗い呼吸を抑えて映像を指差すラブに、ノーザが余裕の笑みを浮かべたままでかぶりを振る。 「それはダメねぇ。でもこの建物の中であれば、どこに居ても構わないわよ」 余裕の表情でラブを見下ろすノーザの映像。その顔をひたと見つめながら、ラブは唾を飲み込もうとして、口の中がカラカラに乾いていることに気付いた。 (せつな。美希たん。ブッキー。ミユキさん。お願い……あたしに力を貸して!) もう一度、一瞬だけ祈るように目を閉じてから、ラブは静かに目を開けて、ノーザに向かって声を張り上げた。 「本当にいいの? この建物の中に居たら、あたし、何をするか分からないよ? コントロール・ルームの場所も分かっちゃったし、またゲージを壊しちゃうかもしれないけど」 「あら。あなたにそんなこと、出来るのかしら」 「……試して、みる?」 そう言いながら、ラブはノーザから片時も目を離さずに、ゆっくりと腰のリンクルン・ケースに手を置いて見せた。 今度は苛立たし気な表情を隠そうともせず、ノーザがラブを睨み付ける。 「ふん、せっかく優しくしてあげたのに、つけ上がるとはいい度胸ね。ならば元通り、大人しく縛られているがいい」 ノーザの声と同時に、鉢植えから再び蔦が放たれる。だが一瞬早く、ラブはパッと身を翻した。 横っ跳びで不幸のゲージの後ろに身を隠す。鋭い鞭のようにラブに襲い掛かった蔦は、ゲージに届く直前に、まるで慌てて急ブレーキをかけたかのように失速した。 忌々し気に歯噛みしたノーザが、指をパチリと鳴らす。すると蔦が再び方向転換し、今度は部屋のドア目がけて直進すると、バタンと大きく押し開けた。 「今はお前に構っているヒマは無いの。さあ、この部屋から出て行きなさい」 「嫌だよ。出て行ってほしいのなら、外に出してくれなくちゃ」 「調子に乗るのもいい加減にすることね」 再び蔦が、今度はさっきとは違う枝から放たれる。続いてもう一本、その次は同時に二本、太さを変え、速さを変え、本数を変え、次第に数と力を増して襲ってくる緑色の鞭。だが、ラブはゲージの後ろ半面を盾に使い、サイドステップを繰り返して、何とかそれを凌ぎ続ける。 ラブの真剣な眼差しは、蔦を放つ小さな鉢植えにじっと注がれていた。最初はただスピードにばかり翻弄されたが、何度か避けているうちに、その動きに規則性があることに気付いたのだ。 あの最終決戦で、蔦を自在に操って攻撃してきたノーザの動き――あの時によく似た、でももっと単純で分かりやすい予備動作が、必ずあるということに。 (蔦が飛び出す直前に、枝がグッとしなる……。これもミユキさんが言ってた“反動”だよね。それをちゃんと見ていれば、何とか避けられるはず!) 頼みは盾にしている“不幸のゲージ”。四つ葉町にあったものより小さなこのゲージは、大きさだけでなく強度の面でも劣るのか、蔦はゲージに触れることさえ避けるような動きをしている。 ラブにとっては、それが付け目だった。自分と蔦との間に常にゲージが挟まるよう小まめに動きながら、蔦を避け続け、帰してほしいとノーザに訴え続ける。 ゲージを挟んでの攻防が、どれくらい続いただろう。いくら動きを予測できると言っても、変身もしていないラブの体力には限界がある。もうとっくに息が上がり、膝もがくがくと震えるようになった頃。 完全にゲージの方を向いて、苛立たし気にラブを睨んでいたノーザが、不意にハッとした顔をして壁の方を振り返った。ラブも思わず鉢植えから目を離して、映像に注目する。 「愚かな者たちよ。これは、メビウス様からお前たちへの制裁だ!」 映像の中から、威圧感を伴った声が響く。スピーカーのナケワメーケに増幅されたその声の主は、怪物の肩の上で腕を組み、仁王立ちしているあの少女だった。 少女による不幸の通告が、ついにラビリンスの住人たちにもたらされたのだ。 ずっと渋面を作っていたノーザが、ニヤリとほくそ笑む。 「フフフ……。これでラビリンスの国民たちは不幸に沈む。残念だったわねぇ」 「うわぁっ!」 映像をもっとよく見ようと、ついふらふらと前に出たラブが、初めて蔦の鞭を喰らって弾き飛ばされる。何とかゲージの陰に転がり込むと、ラブは自分に言い聞かせるように、必死で声を絞り出した。 「まだ……諦めないよ。不幸は……不幸は必ず、幸せに、生まれ……変われるんだからっ!」 「ええい、まだそんな戯言を!」 今度は何本も一度に襲い掛かる、蔦の攻撃。ラブは何とかゲージの陰を移動して避けたが、その動きはさっきと比べて明らかに精彩を欠いていた。 枝の動きを注視しなくてはいけないのに、どうしても気になって、その視線が時折映像の方へちらちらと流れるのを止められない。おまけにさっき鞭の攻撃を受けた左腕が、ズキズキと痛み出した。そうでなくても身体はとっくに限界を超えて、悲鳴を上げているのだ。ゲージのお蔭でそれ以降は大きな打撃は免れているものの、次第に蔦の先がラブの身体に当たり始める。 そしてついに、ラブがゲージを背にしてよろよろと崩れ落ちる。ノーザの含み笑いと共に、蔦がゆっくりと遠巻きに伸びてゲージの後ろを窺う。そして何とか立ち上がろうともがくラブの身体を、容赦なく絡め取った。 だが次の瞬間、蔦の動きが止まった。映像の中から突然響いた、パリン、という乾いた音。それを聞いて、ノーザが顔色を変えて映像の方に向き直ったのだ。 そこに映っていたのは、あろうことかナケワメーケのダイヤを拳で打ち砕くウエスターと、それを驚愕の表情で見つめる少女の姿だった。 少し遅れて地面に倒れる、元に戻った街頭スピーカー。しばしの間呆然としてから、ウエスターに挑みかかる少女。そんな少女をいとも簡単に倒して、その身体を肩に担ぎ上げるウエスター……。 「おのれ……これからが不幸集めの本番という時に! だからあれほど、彼には気をつけろと……」 悔しそうにそう呟いてから、ノーザはさっと右手を前に突き出した。 「こうなっては仕方がない」 それを合図に、動きを止めていた蔦がするすると動き出す。そして、もう抵抗も出来ずに荒い息を吐いているラブを吊り上げると、ノーザのすぐ目の前の中空にかざした。 幸せは、赤き瞳の中に ( 第8話:全力の想い ) ナケワメーケが倒された現場から一番近い警察組織の建物に、一台の車が横付けされた。バラバラと車を降りる警官たちの最後にウエスターが降り立って、気を失った少女を建物の中に運び込み、床に下ろす。 その瞬間、少女の表情が動き、眉間にわずかに皺が寄った。 「気が付いたか。起こす手間が省けたな」 ウエスターが無表情でそう言いながら少女を見下ろす。が、部屋の外がにわかに騒がしくなったのに気付いて、今度は彼の方が眉間に皺を寄せた。 少女をそこに寝かせたまま、部屋の入口の方へ取って返す。すると、開けっ放しだったドアから小さな人影が飛び込んだ。 「イース! ここは俺に任せろと言っただろう!」 人影は――せつなはウエスターの呼びかけには応えず、部屋の中に目を走らせた。そして少女の姿を認めると同時に、その身体から、フッと力を抜いた。 ウエスターの眉間の皺が、わずかに深くなる。それは些細だが、確かな違和感だった。ここで筋肉を弛緩させたのは、次の瞬間に力を爆発させるため。飛び出す“反動”を得るための予備動作としか思えない。 普段の優しい眼差しからは考えられないような、感情の見えない赤い瞳に危機感を覚え、ウエスターはせつなを拘束すべく動き出す。だが、せつなは目にも留まらぬ速さでその腕の下をかいくぐると、仰向けに寝かされている少女に覆い被さるようにして、その顔のすぐ横の床に、ダン、と掌を叩きつけた。 「ラブをどこへやったの!? 答えて!!」 至近距離から睨み付けるせつなの顔を、少女が驚愕の表情で見つめる。戦闘服を身に着けている自分が、さっき全く反応できなかった男の動きを、彼女は生身で見切って避けてみせたのだ。 だが、それも一瞬のこと。すぐに表情を取り繕うと、少女は青白い顔に不敵な笑みを浮かべた。 せつなの掌の下で床がギュッと鈍い音を立て、赤い瞳に怒気を超えた殺気が浮かぶ。今度こそ割って入ろうとするウエスター。が、その足は異変を感じてぴたりと止まった。 突然、二人の横手の壁の真ん中辺りがぐにゃりと歪み、まるで木の洞のような時空の口が開いたのだ。そこから浮かび上がるように現れた人物を見て、せつなの目が大きく見開かれた。 「ラブ……!」 ラブは前のめりになった格好で、緑色の蔦のようなもので拘束されていた。だが、それがすぐに解けて、部屋の中へと放り出される。 せつなは飛び上がるようにしてラブを受け止めると、夢中でその顔を覗き込んだ。 ぐったりと力の抜けた身体。力なく閉じられた目蓋――。 「ラブ! しっかりして、ラブ!」 耳に煩いような自分自身の心臓の音と、締め付けられるような胸苦しさに耐えて、せつなが必死で呼びかける。すると、ラブの睫毛が微かに震え、その目がゆっくりと開かれた。 「せつな……」 「……良かった……!」 ラブを抱き締めるせつなの目から涙が溢れて、ぽろぽろと零れる。 二人の姿を安堵の表情で見つめるウエスター。しかし一瞬の後、彼は慌てて壁に向かって突進した。 だが、ほんの少し遅かった。 せつなとウエスターがラブに気を取られている隙に、蔦がするすると伸びて、少女の身体を絡め取ったのだ。ウエスターの目の前で、少女が時空のトンネルへと連れ去られる。そして彼の手が壁に届いたときには、時空の口は消え失せていて、後には何も残ってはいなかった。 ☆ 淡いグレーの壁と天井で仕切られた、何の変哲もない小さな部屋。仮眠室として使われているという警察組織の一室で、せつなはベッドの隣で小さな椅子に座り、ラブの寝顔をじっと見つめていた。 ナケワメーケを操る少女を止めようとして、自分の意志で彼女に付いて行ったこと。そのアジトが、せつなや彼女が育った軍事養成施設・E棟であったこと。その地下にあった不幸のゲージと、映像として現れたノーザの存在――それだけを何とか話し終えてから、ラブは気絶するように眠ってしまったのだ。 ウエスターはラブの話を聞き終えると、サウラーのところへ相談に行くと言って、厳しい顔つきで出て行った。 ラブの身体には、締め付けられたような跡や、何かで打たれたような痣が無数にあった。 ――何とかここに戻って、あの子を止めなきゃ、って思ったんだけど……。 うつむき加減でそう呟いたラブの顔を思い出す。 今は変身することも出来ないというのに、その想いだけで、映像とはいえあのノーザと渡り合ったのだろうか。 「全く……。無茶し過ぎよ」 眠っているラブの姿がやけに小さく見えて、思わずその顔に指を伸ばして、目の上に掛かった髪をそっと払う。その途端、ラブが小さく口を開けて、弱々しく言葉を吐き出した。 「せつなぁ……」 (えっ?) 思わずドキリと手を止めて、もう一度ラブの顔を見つめる。 その目は閉じられたままだったが、口元がムニャムニャと柔らかく動いて、再び途切れ途切れに言葉を紡いだ。 「大丈夫だよ……せつな……」 ぽかんとするせつなの目の前で、ラブが再びすうすうと寝息を立て始める。 (ひょっとして……寝言?) 不意に可笑しさがこみ上げて来て、せつなは口に手を当てて、クスクスと声を立てずに笑った。 (私がこれだけラブのことを心配して、居ても立ってもいられなかったっていうのに、当のラブは、夢の中でまで私の心配をしてくれてるっていうの……) 口元に当てた手の甲に、ポツリとあたたかな雫が落ちる。それが自分の涙だと気が付くのに、少し時間がかかった。 もう一度手を伸ばして、ラブの布団を掛け直す。前に一度、あゆみにそうしてもらったことを思い出して、布団の上からあやすように、トントン、と優しく叩いた。 (ラブと一緒に居るときの涙は、どうしてこんなに、あたたかいのかしら……) 心の中にぽかりと浮かんだ小さな疑問。その答えが見つからないままに、せつなはラブの寝顔を愛おし気に見つめながら、そっと頬の涙をぬぐった。 ☆ 目蓋の裏に感じる朝の光。そして頬を滑る、柔らかなシーツの肌触り――。 ぼんやりとそんなことを感じて……次の瞬間、せつなは跳ね上がるようにして身体を起こした。 いつの間にか、椅子に座ったままベッドに突っ伏して寝ていたらしい。こんなところで朝まで眠ってしまうなんて、初めての経験だった。 考えてみれば、ラブが心配でこの三日間はほとんど眠っていなかったから、安心して一気に疲れが出たのかもしれない。 ベッドに目をやったせつなが、今度は弾かれたように立ち上がる。そこに寝ているはずのラブの姿は、どこにも無かった。 (まさか、ラブったらまた一人でどこかへ……!?) 咄嗟にそう思った時、どこかから聞き慣れた明るい声が聞こえて来て、せつなは慌てて部屋から走り出た。 声を頼りに進んで行くと、小さなキッチンに辿り着いた。湯気の立つ大きな鍋をかき混ぜている、ラブの後ろ姿が見える。その隣には一人の少年が立っていて、せつなに気付き、照れ臭そうな顔でぺこりとお辞儀をした。その様子を見て、ラブも後ろを振り返る。 「あ、せつな、おはよう。ちょうど良かった、ちょっと手伝って」 「ラブったら。身体の方はもう大丈夫なの?」 「へーきへーき!」 ラブがそう言いながら、左手でガッツポーズを作ろうとして、痛てて……と苦笑いをする。ラブの左腕に特に大きな痣があったことを思い出して、せつなは小さく溜息をつく。そしてラブの隣に歩み寄ると、鍋の中を覗き込んだ。 ふわりと懐かしい香りが、せつなの鼻をくすぐった。たっぷりの汁の中で、細かく切られた具材とお米が、コトコトと音を立てている。 「これ、“おじや”よね? 前に、お母さんに作ってもらったことがあるわ」 「そ。これならみんなで一緒に、あたたかいうちに食べられるでしょ?」 「え? みんな、って……」 首を傾げたせつなが、あ、と小さく声を上げて、そっと隣の部屋を窺う。道場のようなその広い部屋には、せつなの予想以上の人数が集まっていた。ナケワメーケの攻撃を逃れたこの建物もまた、人々の避難所になっていたのだ。 「ここは警察官が寝泊まりも出来る施設だから、食糧も置いてあるって、この子が教えてくれたんだ」 ラブがそう言いながら、鍋の中のものを小皿に取って、それを少年に差し出す。怪訝そうな顔で受け取った少年は、促されるままにそれを口にして、驚いたように目を丸くした。 「こんな料理、初めてだ……。いろんなものが入っているんですね」 少年が、ぼそぼそとした調子で呟くように言う。 「うん。本当は残り物で作る料理なんだけど、これなら食材を無駄なく使えるから、食糧が長持ちするんだ。それに、あたたかいものを食べて身体があたたまると、元気が湧いて来るからね」 「元気……ですか」 「まぁこれは、お母さんの受け売りだけど」 一層低い声になった少年に、ラブが小さく微笑む。そして、「でーきたっ!」とひときわ明るい声で叫ぶと、鍋を持ち上げようとして、痛てて……と再び顔をしかめた。 「あ……俺、運びます」 「ひとりで大丈夫? 結構、重いよ?」 「平気です。力には自信がありますから」 少年がそう言って、ひょい、と鍋を持ち上げる。せつなとラブが食器を持ち、三人は人々が避難している隣の部屋に向かった。 「みんな、お待たせ~! 朝ご飯、持って来たよ~」 ラブが明るい声で呼びかけても、応える者は誰も居なかった。全員が思い思いの場所に座り込み、暗い目をして床の一点を見つめている。 メビウス様が復活する。この襲撃は、メビウス様による制裁である――少女による衝撃の通告を受けて、まだ半日しか経っていない。最初はパニック状態に陥った人々は、今は絶望と虚無感に支配され、全てを諦めて来たるべき時を待っているように、せつなの目には映った。 グッと拳を握り締め、せつながラブの隣から一歩前に進み出る。何か言おうとして口を開き、言うべき言葉が見つからなくて立ちすくんだ、その時。 ラブがおもむろに鍋の蓋を開けると、それを椀によそって、近くにうずくまっている小さな女の子の傍に座り込んだ。 「はい。熱いから、一緒に食べようね」 最初の一匙をすくってフーフーと息を吹きかけてから、ラブがそれを女の子の口元に持っていく。 お腹が空いていたのだろう。戸惑った顔をしながらも素直に口を開けた女の子は、すぐに目を輝かせて叫んだ。 「美味しい!」 すぐに自分でスプーンを握って食べ始めた女の子を横目で見ながら、周囲の子供たちがゴクリと喉を鳴らす。その目の前に、せつながタイミング良くお椀とスプーンを差し出した。 ほどなくして、子供たちの食べっぷりにつられるように、大人たちもスプーンを手にする。しばらくすると、全員が夢中で椀の中身を食べ始めた。 やがて、部屋の中に少しずつざわめきが――人の声が聞こえ始める。子供たちの顔には笑みが見え始め、大人たちの表情も、さっきまでよりも明らかに穏やかなものになっていた。 「ありがとう、せつな。さ、あたしたちも食べよ」 驚いた顔で人々を見回すせつなに、ラブがおじやの入った椀を差し出した。鍋を運び、配膳を手伝ってくれた少年は、二人から少し離れたところに座って、既に猛然と椀の中身をかき込んでいる。 ラブは、自分もスプーンを手に取りながら、せつなだけに聞こえるような、小さな声で言った。 「せつな……心配かけて、ごめんなさい」 「……」 せつなが無言でラブの背中に手をやると、ポンポン、と二回、優しく叩く。その仕草に、ちらりと上目づかいでせつなの顔に目をやると、ラブはフッと小さく顔をほころばせた。 「本当はあの子を止めたかったけど、出来なかった……。だから今はほんの少しでも、みんなに元気になってもらいたいんだ」 「ほんの少しじゃないわ。まだ“元気”とは言い切れないかもしれないけど、大きな変化だと思う」 「そうかな……。もしそうなら、嬉しいな」 ラブはそう言って、食べ始めたばかりのおじやの椀を、大切そうに両手で包んだ。 「ねえ、せつな。あたし、決めたんだ」 相変わらず密やかな、でもさっきより明るい声で、ラブが語りかける。 「“どうせ出来っこない”なんて思わないで、自分の力を信じようって。プリキュアの力に比べれば小さな力かもしれないけど、その力で、やらなきゃいけないことを、あたしが本当にやりたいことを、全力でやろうって。だからあたし、いつか、あの子とも……」 ラブがそう言いかけた時、建物が突然、ズシン、と揺れた。 「様子を見てきますから、皆さんは建物の外に出ないでください!」 せつながテキパキと人々に指示を出してから、既に廊下を走り始めたラブの後を追う。玄関から外に飛び出すと、二人の耳に、ナケワメーケとは明らかに違う怪物の声が飛び込んで来た。 「……まさか、これって!」 せつなが驚きの声を上げて、呻き声が聞こえた方角へ向かって走り出す。そして、そこに立っている化け物の姿に、やっぱり……と唸るように呟いた。 顔の中央に貼り付いている、涙を流す一つ目のマーク。言葉を発せず、ただ苦し気な呻き声を上げるだけの哀しきモンスター。 その巨大な姿の後ろに見えるビルの上に小さな人影を見つけて、せつなが今度こそ絶句する。 紙のように白い顔に苦悶の表情を浮かべて立っているのは、あの少女。その腕に、鋭い棘を持つ暗紫色の茨が巻き付いているのが、せつなの目にはっきりと映った。 ~終~ 第9話:起動!へ
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「ねえ、せつなぁ!開けてよ~。」 桃園家の二階にある、せつなの部屋の前。固く閉じられたドアを叩いて、ラブは廊下から部屋の中に向かって呼びかける。 ラブの後ろには、きょとんと首を傾げるシフォンと、呆れ顔のタルト。そして部屋の中からは、うんともすんとも、返事は聞こえてこない。 「ねぇ。これからは、どうせ毎日見ることになるんだからさぁ。今見せてくれたっていいじゃん!せつなのケチ。」 「ピーチはん。せやったら、別にどうでも今見んでもええんと違いまっか?」 ため息混じりにそう言うタルトを、ラブは口を尖らせたままで振り返る。 「だって~、早く見てみたいじゃん、せつなの制服姿。きっとかわいいよ!」 新学期まで、あと二日。この前採寸したせつなの制服を、今朝、あゆみが取りに行って来た。だが、ラブが溜まりに溜まった宿題の山と格闘している間に、せつなはあゆみに見てもらってさっさと試着を済ませると、自分の部屋に着替えに入ってしまったのだ。 「せいふく。かわいい?」 シフォンがラブの言葉を真似て、プリ?と首を傾げる。 「そうだよ、シフォン。あさってから、せつなもあたしと一緒に学校なんだ~。ああ、もう考えただけで、楽しみすぎるよぉ~!」 「その前に、夏休みの課題を終わらせなきゃいけないんじゃなかったの?ラブ。」 うっ、と詰まったラブの目の前で、部屋のドアがガチャリと開く。涼しい顔で部屋から出てきたせつなは、最近のお気に入りの、赤いワンピースに白いボレロという出で立ちだ。 「うう・・・頑張りマス。」 すごすごと自分の部屋へと戻って行くラブの後ろ姿に、クスッと笑いをこぼしてから、せつなはトントンと軽快に、階段を駆け下りた。 四つ葉になるとき ~第2章:響け!希望のリズム~ Episode8:8月31日の絵日記 しーんと静まりかえったフロア。整然と灰色の行列を作っている、おびただしい数のスチール棚。一見すると、かつての故郷の無機質な空間を思わせるのに、この場所は穏やかで落ち着いた、独特の雰囲気を持っている。それは、色も形もバラバラで、棚をひとつひとつ違った模様に彩っている本たちの個性と、それをみんなのものとして大切に扱う、人々の気持ちが感じられるからかもしれない。 ここの主役である本たちは、ただのデータの集積ではない。著者や編者は勿論、デザインや装丁、出版社に販売店など、携わったたくさんの人々の想いが、様々な形で宿っている。さらによく目を凝らせば、本一冊一冊に丁寧に付けられた分類ラベルや、掲示板に貼られた、「夏休みのおすすめ図書」の手書きポスター・・・本当に、一冊の本に実に多くの人の想いが込められていることを、せつなはここに来るたびに、実感するのだ。 ――二学期から、せっちゃんもラブと同じ、四つ葉中学校の二年生よ。 あゆみにそう言われた日から、せつなは足繁くこの図書館に通っていた。学校がどういうところなのかという話は、ラブや美希や祈里から色々教わってはいるものの、やはり自分で調べておきたいことは、たくさんあったからだ。 棚から五、六冊の本を抜き出し、閲覧室に向かう。ここにはいつも、老若男女、実に様々な人々が集まっている。こんなにたくさん人がいるのに、こんなに静寂が保たれている場所を、せつなはこの世界では、まだここしか知らない。 パーティションで小さく区切られた一人用の席は、今日も満席だったので、せつなは部屋の中央に並べられた、大机のひとつを目指した。机をぐるりと囲んでいる二十個ほどの椅子のひとつに腰かけて、持って来た本を開く。そして時折メモを取りながら、速読と言えるような速さで本のページをめくっていく。 (学習内容は、大体わかった。あとは・・・行事?そう言えば、ラブが文化祭や体育祭っていうものがあるって言ってたわ。この世界では教育の場でも、いろんなイベントがあるのね。) 学校生活の中で、この世界の子供が中学二年生になるまでに辿る道筋――小学校の六年間と中学校の前半で、彼らが学校という場で学ぶこと、経験することは何なのか。それをなるべく知っておきたいと、せつなは思っていた。 潜入先の人間になり澄ますために情報をくまなく仕入れる、ラビリンスの尖兵としての習性だろうか、とも思う。でも、その場をやり過ごすためでなく、学校生活を円滑に過ごすため――何より、自分を学校に行かせてくれる家族に迷惑をかけないために、出来る限りの準備をしておきたい。 (まあ、集合教育なんて初めての経験だもの。いくら調べたところで、役に立つかはわからないけど。) 学校行事をまとめたノートを見ながら、心の中でそう呟いたとき、ふと前方から視線を感じた。 何気なく上げたその顔が、パッとほころぶ。大机の向こう側から、笑顔で小さく手を振っていたのは、彼女の大切な親友のひとり――祈里だった。 ☆ 二人で連れ立って、図書館を出る。むき出しの腕に痛いくらいの午後の日射しと、競い合うように響くセミの声。まだまだ終わりなんかじゃないぞ、と夏が主張しているかのようだ。 「せつなちゃん、最近よくここで会うよね。何か調べ物?」 眩しそうに目を細めながら、祈里がいつもののんびりした調子で尋ねる。 「ええ。学校のこと、少し調べておきたくて。」 せつなはそう言って、乾いた地面にくっきりと映る、自分の影を見つめた。 「ねえ、ブッキー。前に、教えてくれたわよね。本は実物そのものじゃないけど、世界の入り口になってくれるって。」 「ええ。覚えていてくれたのね。」 せつなの言葉に、祈里は嬉しそうな、それでいて生真面目な顔で、大きく頷いてみせる。 「みんなに色々教えてもらっているけど、私、学校ってどんなところなのか、なかなかイメージが掴めなくて・・・。」 「それで学校のことを調べてるのね。そのぉ、ラビリンスでは、勉強ってどうやって教わってたの?」 「ひとりひとり、自分のレベルに合わせて、コンピュータを使って勉強してたわ。」 口ごもりながら尋ねる祈里に、穏やかに答えを返して、せつなは少し照れ臭そうに話を続ける。 「明後日学校に行ったら、きっと驚くことがたくさんあるんだろうけど・・・でも、何だか楽しみで、少しドキドキしてるの。本物の学校は、どんな風にこの目に映るのかな、って。」 そして、そんなことが楽しみだなんて、自分で自分に驚いてるわ――この最後の言葉は口には出さずに、せつなは少し伏し目がちに微笑む。 せつなの言葉を、どこか心配そうな様子で聞いていた祈里が、ゆっくりと笑顔になった。 「うん、せつなちゃんなら大丈夫よ。きっと楽しめるって、わたし、信じてる。」 「ありがとう。ブッキーにそう言ってもらうと、ホントにそう思えるから、不思議ね。」 二人の少女は、お互いにそっと目と目を見交わして、静かに微笑み合った。 「ブッキーこそ、最近よく図書館にいるわよね。夏休みの宿題をやってるの?」 せつながふと気付いてそう問いかけると、祈里は、ううん、と首を横に振った。 「うちの病院に来た女の子に頼まれてね。朝顔のことを調べてるの。」 「朝顔?」 確か小学校の低学年で、朝顔を育てるという授業があったはずだ、とせつなは覚えたばかりの教育プログラムを、頭の中で思い返す。 「うん。去年、学校で育てた朝顔から取れた種を、家で蒔いたらしいんだけどね。何だか、花がうまく咲かないんですって。何がいけないんだろうって、相談されてね。うちには動物さんの本はいっぱいあるけど、植物の本はあんまり無いから。」 そう言いながら、祈里は肩にかけた大きな鞄の中から、ルーズリーフが挟まったバインダーを取り出す。そこにはせつなも見慣れた几帳面な字と、繊細なタッチで描かれた朝顔のイラストが並んでいた。 「原因になりそうなことをメモにして渡して、色々試してもらっているんだけど。」 「そうだったの。ちゃんと花が咲くといいわね。」 真っ直ぐに視線を合わせてそう言うせつなに、祈里はニコリと笑って、もう一度大きく頷いた。 ☆ 「じゃあ、明日のダンスレッスンでね。」 祈里と別れて商店街を歩き始めたせつなは、サンダルのかかとに何かがコツンと当たったのに気付いて、足を止めた。見ると、まだ新しい赤いクレヨンが、アスファルトの上にコロリと転がっている。 しゃがんでそれを拾い上げ、辺りを見回す。すると、街路樹の下に置かれたベンチに、大きめのノートとクレヨンの箱を持って、女の子が座っているのが目に入った。 クレヨンを持って、女の子にそっと近付く。最初は誰かと待ち合わせでもしているのかと思った。が、それにしては真剣な眼差しで、女の子は目の前の商店街の景色を、じっと見つめている。 やがて、せつなに気付いた女の子は、今までとは一転、きょとんとした顔で、せつなを見つめた。せつなは小さく笑みを浮かべると、手の中に握っていた赤いクレヨンを、彼女に差し出した。 「これ、落ちてたんだけど、あなたのじゃない?」 「えっ?」 女の子が驚いたような顔をして、クレヨンの箱を開ける。 「ほんとだ、無い・・・。ありがとう、おねえちゃん。」 クレヨンを受け取って、少し恥ずかしそうに微笑む彼女。せつなも微笑み返して、改めて目の前の少女を見つめた。 小学校には、もう上がっている年頃だろう。つばの広い麦わら帽子の下の、おかっぱに切られた黒髪。くりくりとよく動くこげ茶色の瞳。そこまではごく普通の女の子だが、Tシャツから覗いている腕も、その頬も、色白でほとんど日に焼けていない。 女の子は、赤いクレヨンを箱の中にしまうと、人懐っこい笑顔でせつなを見上げた。 「わたし、千香っていうの。おねえちゃんは、この辺りに住んでるの?」 「ええ、そうよ。私は、東せつな。千香ちゃんは、ここで絵を描いていたの?」 せつなの問いかけに、女の子――千香の顔が少しうつむく。 「ううん。描こうと思ったんだけど・・・。」 そのときせつなは千香の手の中にあるノートが、普通のノートやスケッチブックとは違うものであることに、やっと気付いた。 「それ、絵日記帳ね。夏休みの宿題?」 こくんと頷いて、千香が手に持ったそれを、せつなに差し出す。絵日記というのは、確か小学校低学年の、夏休みの宿題の定番メニューだったはずだ。見てもいい?と目顔で問いかけると、千香はページを開いて中を見せてくれた。 彼女の隣りに座って、絵日記帳を覗き込む。上半分に絵が、下半分の、何本もの縦線が印刷された箇所には文字が書かれている。図書館で見た、絵日記コンクールの入賞作品の写真と同じ書式だ。もっとも、写真で見た絵日記は旅先の風景が多かったが、千香の絵日記帳には、家族でスイカを食べている絵や、庭で花火をしている絵など、手近で味わえる夏の風物詩ばかりが描かれていた。 「千香ね、夏休みが始まる少し前まで、病気で入院してたの。それで夏休みもどこにも行けなかったから、絵日記の宿題、大変なんだ。」 「そう。」 最後に一枚だけ残った白紙のページを見ながら、せつなは頷く。絵日記の枚数は、全部で五枚。ここでは毎日が新しい発見や喜びに満ちているけれど、絵に描こうと思ったら、確かに難しいのかもしれない。 千香は、絵日記帳をパタンと閉じると、目の前の商店街を見ながら、明るい声で言った。 「ここはね、ちょっと前に、プリキュアがカメラの化け物をやっつけたところなんだよ。」 そう言われて、せつなは思わず、あ、と声を上げる。確かにここはひと月ほど前に、カメラのナケワメーケと戦った場所だった。あのときは、道路のあちこちに穴が開き、コンクリートは無残に削り取られた。その修復の跡はまだ生々しく、道路はグレーの濃淡のまだら模様になっている。 大切なものを守るために懸命に戦っても、ラビリンスの襲撃のたびに、この優しくあたたかな四つ葉町に、傷跡が増えていく。情けなさと申し訳なさに唇を噛みしめるせつなに、再びあどけない声がかけられた。 「プリキュアのおかげで、お店は全部、無事だったんだって。千香が大好きな駄菓子屋さんも、いっつも病院にお花を届けてくれたお花屋さんも、全部。」 千香はそう言ってせつなの顔を見上げると、やっぱり少し恥ずかしそうに、ニコリと笑った。 「千香ね。病院で大きな手術を受けたんだけど、そのとき、プリキュアが来てくれたんだ。」 「えっ?プリキュアが?」 せつなが驚きに目を見開く。手術を受ける千香を励ますために、変身して会いに行ったのだろうか。まぁ、ラブたちらしいと言えば、らしい話だけど・・・そう思ったせつなは、千香の言葉の続きを聞いて、今度は思わず苦笑した。 「うん。三人がプリクラで撮った写真を貼った、色紙ももらったんだよ。キュアピーチとキュアベリーとキュアパイン。そのときは、キュアパッションはまだ居なかったから。」 そうね、と思わず頷きかけて、慌てて笑顔でごまかす。いかにもラブが考えそうなことだと思ったら、おかしくなった。もしもプリキュアになった後だったら、自分もプリクラを撮っていたんだろうと思うと、ちょっとホッとしたような、残念なような気がする。 幸い千香は、そんなせつなの様子には気付かず、笑顔で話を続けた。 「ときどきね、雑誌のプリキュアの写真に映ってた場所に、来てみるの。プリキュアが頑張った場所、見てみたいから。」 「プリキュアが・・・頑張った場所?」 「うん!プリキュアが頑張ってるって思ったら、千香も頑張れる気がするんだもん。」 そう言って、千香はまた少しうつむき加減になる。声も少し小さくなったが、自分に言い聞かせるように、はっきりとこう言った。 「あさってから、学校に行くの。凄く久しぶりだから、少し怖いけど・・・プリキュアに負けないように、千香も頑張るんだ。」 その言葉を聞いた途端、せつなの胸の奥に、どくん、と熱い塊が生まれた。 「千香ちゃん。」 目の前の小さな相手に向き直る。胸いっぱいに広がって、どくどくと脈打つ熱に押されるように、その茶色い瞳に視線を合わせ、口を開いた。 「私も、あさって初めて学校に行くのよ。四つ葉中学校の、二年生になるの。」 「せつなおねえちゃん、転校生なの?」 そう思うのが、普通だろう。せつなは千香の目を見つめたまま、小さく頷く。 「私も学校に行くの、少し怖かったんだけど、千香ちゃんの言葉を聞いて、勇気をもらった。私も千香ちゃんに負けないように、精一杯頑張るわ!」 プリキュアになって、大切なものを守ろうと誓った。精一杯頑張っても、この道路を傷付けてしまったように、全てがうまくいくわけではない。 それでもこの子は、プリキュアが頑張っているから自分も頑張れると言ってくれた。プリキュアに負けないように、頑張ると言ってくれた。 それは裏を返せば、プリキュアはずっと頑張ってくれる、この町を守ってくれると信じているということ。そう思ったとき、今まで感じたこともないような力が身体の中から湧き上がってくるのを、せつなは感じたのだ。 先のことなんて何もわからないから、ただ今を精一杯頑張るだけだと思っていた。でも、精一杯頑張っていれば、未来の自分はきっと誰かを笑顔にできる、幸せにできるって、初めて信じられるような気がした。 (だから――私も千香ちゃんに負けないように、頑張ってみよう。) この世界の常識も、まだよく知らない自分。そんな自分が学校に行くことで、家族に迷惑をかけてはいけない――このところ、そのことばかりを考えていた。この世界では、一人の失敗が家族全員に降りかかることがある。特に子供の失敗は、親の責任にされてしまうということが、分かってきたからだ。 勿論、それは大事なことだと思う。何も言わずに自分を家族として受け入れてくれたあゆみや圭太郎に、これ以上迷惑なんてかけられない。 でも、千香の言葉を聞いたとき、それだけではいけないような気がした。失敗を怖れてただ様子を見ているだけでは、自分の世界を広げて、笑顔の種をたくさん見つけて行くことは出来ないような気がした。 だから、思い付く限りの準備をしたその後は、怖がらずに精一杯頑張ってみよう。ダンスレッスンを始めたときのように、自分から、一歩を踏み出してみよう。せつなはそう思いながら、千香の白くて細い手の上に、自分の手を重ねた。 千香がせつなの目を見返して、うん!と元気に頷く。 「千香ちゃん。もう一度、絵日記帳を見せてもらえるかしら。」 差し出された絵日記帳を、今度は自分で丁寧にめくる。スイカに花火、朝のラジオ体操、クローバーフェスティバルの屋台――。 やがて絵日記帳から顔を上げたせつなは、ニコリと笑って、それを千香に返した。 「ねえ、千香ちゃん。明日の朝、四つ葉町公園に来ない?私と三人の仲間が、あそこでダンスの練習をしてるの。もしよかったら、レッスンの前にみんなで遊びましょ。そうしたら、絵日記も完成できるんじゃないかしら。」 「うわぁ、せつなおねえちゃん、ありがとう!」 キラキラと輝く千香の顔を見ながら、せつなは心から嬉しそうに微笑んだ。 ☆ 次の日の朝。 「千香ちゃあん、久しぶり~!もうすっかり元気になったんだねっ!」 四つ葉町公園にやって来た千香は、満面の笑みを浮かべて駆け寄ってくるラブを見て、目を丸くした。 「ラブおねえちゃん・・・えーっ!?せつなおねえちゃんのお友達って、ラブおねえちゃんたちだったの?じゃあ、もしかして・・・。」 何か言いたそうな千香の先回りをするように、ラブがパチリと片目をつぶる。 「うん!本当は内緒なんだけど、せつなおねえちゃんも、プリキュアの友達なんだ。」 「本当は内緒って・・・。ラブ、あなたちっとも内緒にしてないじゃない。」 ラブの後ろで、せつなが苦笑しながら、黙っててごめんね、と小さく手を合わせた。まさか「プリキュアの友達」なんて話したとは思わなかったから、昨日この話を聞いたときには随分と呆れたものだ。 「お久しぶり、千香ちゃん。元気になって良かったわね。」 物陰から、クマの着ぐるみを着たシフォンを抱いて、美希が現れる。リンクルンも一緒に手に持っているところを見ると、どうやら慌ててシフォンを着替えさせたらしい。 「こんにちは、美希おねえちゃん。うわぁ、シフォンちゃん、久しぶり!」 千香は大喜びでシフォンを抱くと、きょとんとぬいぐるみのフリをしているその顔に頬ずりする。そして、きょろきょろと辺りを見回すと、不思議そうに首をかしげた。 「あれ?祈里おねえちゃんは?」 「ブッキーは、ちょっと用があって遅くなるんだって。もうすぐ来ると思うわ。」 美希がそう答えたとき。 「あーっ、いた!千香ちゃん、これ、見て見て!」 公園の入り口から、嬉しそうな大声と、パタパタという足音が聞こえた。 千香がパッと顔を輝かせて、声の方へと走る。やって来たのは、千香と同い年くらいの女の子。その両手に大事に抱えられているのは、小さな青紫の花を二つ咲かせた、朝顔の鉢だった。 女の子が、息を弾ませて語り出す。 「ほら、去年学校で育てた朝顔の種、千香ちゃんと交換したでしょ?あの種を蒔いて、やっと花が咲いたんだよ。だから千香ちゃんに、どうしても見せたかったんだ!」 「そうなの。千香ちゃんがここにいるって、よくわかったね。」 女の子と目の高さを合わせて、ラブが尋ねる。すると女の子の後ろから、ニコニコと笑みを浮かべた祈里が近付いてきた。 「わたしが教えたの。今朝うちの前で会って、千香ちゃんの家に行く途中だって聞いたから。千香ちゃんに、どうしても花の咲いた朝顔を見せて、励ましたかったんだって。新学期に間に合って良かった。」 千香は、小さいながらも誇らしげに咲いている朝顔と、同じくらい誇らしげな友の顔を見つめて、声を震わせながら言った。 「・・・ありがとう!」 ☆ 石造りのベンチの上に、うやうやしく置かれた朝顔の鉢。その後ろのベンチに座って、千香は一心にクレヨンを走らせる。千香の隣りでは、朝顔の持ち主が、紙の上に増えていく明るいクレヨンの線を、嬉しそうに見つめている。 せつなは、ラブと一緒に二人の後ろ姿を眺めながら、昨日感じた塊に似た、でももっと柔らかで優しい熱を、胸の中に感じていた。 自分は今、もしかしたら、袋の右端か、そのもっと向こうを見ているのかもしれない――そうせつなは思った。千香ちゃんが学校で、あの子と一緒に、今よりもっと元気で頑張っている姿が、見えるような気がする。 確かめたい気もしたが、残念ながら、まだここにはカオルちゃんは来ていない。それにせつなも、まだあまり自信がなかった。 不意に、ラブがせつなの手の上に、自分の手を重ねる。 「良かったね、せつな。千香ちゃんの絵日記、これでバッチリだよ!」 「そうね。こういうのが、幸せゲット、よね?」 いたずらっぽく笑うせつなに、キラリと目を輝かせて、ラブは大きく頷いた。 ☆ 「ねぇ、ブッキー。明日の始業式、ブッキーの学校も、いつもと同じ時間よね?少しだけ、早く家を出られない?」 ラブとせつなの二つ後ろのベンチで、美希は祈里に小声で問いかける。 「うん、大丈夫だよ。でも、どうして?」 怪訝そうに小首をかしげる祈里に、美希は一層声を低めて、早口で言った。 「ほら、明日からせつなも学校でしょ?本人は何も言わないけど、きっと不安もあると思うの。ラブは、せつなが制服姿を見せてくれない、なぁんて言ってたしね。だから・・・」 「商店街で待ち伏せして、さりげなく励ましてあげようってわけね?」 「ブッキー、声大きいわよ!」 嬉しそうに目を輝かせる祈里を、美希が慌てて抑え込む。それから二人は顔を見合わせて、声を忍ばせ、クツクツと笑った。 ☆ まだ涼しさを残す朝の風が、少女たちの間を吹き抜ける。今日は夏休み最後の日。期待と不安に満ちたそれぞれの新学期は、まさに目の前だ。 ~終~ 新2-125へ
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夕闇が降りてくる。この季節特有の凛と張り詰めた空気が、北からの風に乗って吹き付ける。 緑溢れる豊かな街並み。若葉、青葉、紅葉とみんなを楽しませてきた銀杏の樹。 それも寂しく剥き出しの枝を晒すのみ。 景色から色彩が失われていく。終わりの季節。かつてのせつなの心象風景。 大丈夫、そうじゃないってわかってる。手を伸ばし、そっと樹皮に触れてみる。 きっとこの下では力強い命が息づいていて、新しい芽を出すために体を休めているのだろう。 幸せの集う街。人々の笑顔はこんな季節でも翳ることを知らない。 枯れ落ちた葉の代わりに、イルミネーションが飾り付けられる。 既にいくつか点灯し、暗い街並みを優しく彩る。 日々増えていく賑やかな飾り。光の道を描いて誘導するメインストリートの照明。 あちこちから聞こえてくるクリスマスミュージック。リズミカルな音の調べ。 楽しげで、ちょっと寂しげな歌声。 孤独な冬の夜空のキャンパス。この街のみんなと一緒なら、それも心安らぐ名画に変わる。 真っ白な息を吐いて、澄んだ空気を思いっきり吸い込んだ。そして明るい表情で駆け出す。 もうすぐ訪れる、生まれて初めてのクリスマスのために。 「もうじきクリスマスだね。今年は雪が降るといいな」 「天気予報では晴れが続くみたいね。雪が降るのはいいことなの?」 「雪の夜のクリスマスはね、とっても綺麗なんだよ」 出かける前にラブと交わした会話。 初めてだからこそ、せつなに見せてあげたかった。そう残念そうにラブはつぶやいた。 雪の降る聖夜――――ホワイトクリスマス。 素敵な響きだと思う。でも、その魅力は来年以降の楽しみにとっておこう。 もう十分すぎるくらいにワクワクしてるから。 クローバータウンストリート。かつて四ツ葉町商店街と呼ばれていた歴史のある往来。 付いて来たがるラブを苦労してなだめて、せつなは一人で買い物に来た。 クリスマスプレゼント。こっそり買ってみんなを喜ばせたかった。 捧げるのではなく、与えてもらうのでもなく、心を込めて贈り、贈られる喜び。 この街で知った、それは大切な幸せだった。 街灯の連なった通りを抜けて、レンガ造りの壁沿いの路地裏にさしかかった時だった。 小太りした老人が座り込んでいるのを見つけた。 品の良さそうな白人のおじいさん。真っ白な髪と同じ色の豊かなひげを蓄えている。 頬と鼻はやや赤く染まっていて、白い肌とあいまってひょうきんな印象を与える。 せつなが近づくと、穏やかな表情で微笑んできた。 「どうかしたんですか? おじいさま。私は、東 せつなといいます」 「これは親切にありがとう。わしの名はニコラスというんじゃ。腰を痛めて休んでおったんじゃよ」 せつなは少し逡巡した後、体を屈めて背を向けた。街は暗く、この辺りは人通りも少ない。 放っておくことはできないと思った。 「お嬢さんや?」 「どうぞ。お家まで送っていきます」 「気持ちはありがたいんじゃが、わしは重いでな。お嬢さんの細腕では無理じゃよ」 「平気です。見た目通りの力じゃありませんから」 老人は躊躇ったものの、せつなは一度言い出したら譲る性格ではない。ついに根負けして背中に体を預けた。 確かに老人にしては体格もよく、かなりの体重だった。それでもせつなに支えきれないほどでもない。 しっかりとした足取りで歩き始めた。 賑やかな場所をくぐり抜けながら、老人の示す通りに歩き始める。 重さは苦痛ではなかったが、街の人々の視線が少し恥ずかしかった。 でも、なぜか誰にも声をかけられることはなかった。誰も、気がつかないかのように。 通りを抜けて静かな公園に着く。住宅街から少しだけ離れた、子供用の小さな施設。 その隅にあるベンチの前で降りると言いだした。 人気のない小さなベンチで並ぶようにして腰をかけた。 「ここは? おじいさまの家までちゃんと送ります」 「いや、ここでいいんじゃよ。ありがとう」 優しいけど、はっきりとした口調。これ以上は干渉してはいけない気がした。 それでも、こんな寂しい場所に一人で置いて去る気にもなれなかった。 せつなは何を話していいかわからず、二人の間に静かな時間が流れる。 「お嬢さん、いやせつなちゃんと言ったかな。――――優しいんじゃな」 「私は……優しくなんてありません。本当に優しい子を知っているから」 「ほっほ、それはもしかしたらラブちゃんと言うんじゃないかね?」 「知ってらっしゃるのですか? おじいさま」 「わしは全ての子供を知っておるとも。でも、どうしてじゃろうな。お嬢さんのことだけは思い出せん」 「おじいさんは不思議な人ね。私は遠いところから来たの。だから知らなくて当然よ」 柔らかい表情。吸い込まれるように深くて、穏やかな瞳。積み重ねた年輪が生み出す、包み込まれるような安心感。 せつなは、ふと甘えたいような気持ちになって丁寧語を崩した。 おじいさん。そう呼べるほどの年齢の方と親しく話したのは初めてだと気がつく。 ラブもおじいさんが好きだったと言っていた。その方もこんなに優しい目をしていたのだろうか。 「わしは子供にプレゼントを配るのが生きがいでな。とりわけ困った子や寂しい子にな」 「素敵なお仕事ね。私もプレゼントを買いに行くところだったの」 「せつなちゃんは何か欲しい物はあるかな? 何でも一つだけわしがプレゼントしてあげよう」 「ええっ、私はいいわ。とても幸せだもの。これ以上、欲しいものなんてないわ」 「そう言わずに、どんな大きなものでも構わんよ。一つだけ、わしのためと思うてな」 「なら、小さくていいから三つ。ううん、五つ欲しい」 「ほっほっほ。それは自分の分ではなかろう。わしがプレゼントするのは良い子だけじゃ」 「だったら――――私はもらう資格なんてないわ。とても悪い子だもの」 明るく弾んでいたせつなの表情に影が差し込む。おじいさんはそっとせつなの手の上にしわがれた手を重ねた。 せつなはびっくりしておじいさんを見つめる。深い緑色の瞳がその表情を映し出す。心の底まで見透かされた気がした。 おじいさんは、やがてゆっくりと首を振った。 「せつなちゃんには、特別に大きなプレゼントが必要のようじゃな」 「でも、私は……」 「良い子じゃ。わしが言うんだから間違いないぞ」 おじいさんの、優しくて、温かくて、そして確信に満ちた力強い言葉に胸がいっぱいになる。 せつなはふいに涙が込み上げてきそうになって、慌てて立ち上がって後ろを向いた。 泣かされた。それがちょっとだけ悔しくなって、イジワルを言ってみた。 「じゃあ、クリスマスに雪を降らせてほしいわ。――――なあんてね、冗談よ」 「クリスマスに雪じゃな。確かに承ったぞ、せつなちゃんや」 急に突風が吹きつける。せつなが目をかばった一瞬の後、老人はその姿を消していた。 ヒラ、ヒラ、と紙切れが落ちてくる。それはシンプルなクリスマスカードだった。 「イブの日に、夜空を見上げてごらん」 いつの間に用意したのか、素朴なメッセージ。 それからしばらく探し回ったけど、結局どこに行ったのか見つけられなかった。 どうやって消えたのかはわからないけど、事件性は無いと判断してその場を離れた。 ひと時の優しい出会いに感謝しながら。 「へ~不思議なことがあったのね」 「あたしの名前知ってたって? そんな外国人のおじいさんに心当たり無いけど」 翌日のラブの部屋。せつなは集まった三人に昨日の出来事を話した。 ラブのことを知っていた。それに特徴のある容姿をしていた。もしかしたら、誰かそのおじいさんを知っているかもしれないと思ったのだ。 できるならもう一度会いたい。もう少しお話をしてみたかった。 「もしかしたら、本当にサンタクロースなのかも」 「本で読んだわ。でも、それって伝承の中の人物でしょ」 「そうだけど、教父聖ニコラオスっていう実在した人でもあるの」 「確かにニコラスと言ったわ」 キリスト教の司教、ニコラオスの伝説。 貧しさのあまり、娘を売りに出そうとしていた家族がいた。彼はその家の屋根に金貨を投げ入れ、身売りから救ったという。これがサンタクロースの起源なんだとか。 他にも無実の罪で囚われた人を解放したなど、幾多の聖伝が残っている。 クリスマスの前の晩には、子供のいる貧しい家の戸口にプレゼントを置いていったとも伝えられている。 「さすがに詳しいわね、ブッキー。でもそれだって伝説のお話でしょ」 「居たのは事実よ。実話とも言われてるの。でも、遠い昔の外国の出来事だし」 「難しい話はわからないよ。真っ赤な服着たプレゼントを配るおじいさんの話だよね?」 「少なくとも、着ていたのは普通の茶色っぽい服だったわ」 「ある意味、本物なのかもしれないわね。公認サンタってお仕事もあるらしいし」 「趣味でやってる人もいるらしいね。夢を配るためにって」 「あたし、わりと最近までサンタクロースを信じてたんだ。おとうさんだったけど」 「アタシはママだった。ノリノリでサンタのコスプレまでしてたのよ」 「わたしも……。お父さん似合いすぎだった……」 湧き上がる笑い声。どんどん話がずれていく。せつなは苦笑しながら、それでも楽しくみんなの話を聞くことにした。 もともと大して期待していたわけでもない。もしかしたら手がかりが見つかるかもしれない。そんな気持ちだった。 なぜだかわからないけど、もう会えない。そんな予感もしていたのだ。 「どうしたの? せつな。なんか元気ないみたい」 「せつなにとって初めてのクリスマスだものね。ごめんなさい、無神経だった」 「あっ、違うの。ただ、今頃どうしてるのかなって」 「会いたいの? せつなちゃん」 「そういえば失恋した後みたいな顔してるわね。せつなってもしかして」 「ちょっと! 馬鹿なこと言わないで。もし、おじいさんがいたら――――あんな感じなのかなって」 そう、思っただけよ……。とせつなは小さくつぶやいた。 みんな、せつなの孤独はわかっていたつもりだった。ただ、親しくなりすぎて、馴染みすぎて、時々忘れてしまう。 せつなは親もいない。家族もいない。楽しく遊んだ子供時代が無い。愛された記憶が無い。 サンタクロースを信じていたような夢も、おじいさんに遊んでもらった思い出も、何もないんだってことを。 「ねえ、みんなでそのおじいさんを探そうよ」 「そうね、アタシも会ってみたくなったしね」 「うん、面白そう。やろう」 「ちょっと待って! 会って何かしたいわけじゃないの。迷惑かもしれないし……」 「せつなは会いたいんでしょ。理由なんてそれだけで十分だよ」 「うん、そうだけど」 「出会った近辺の聞き込みから始めましょう。似顔絵なんかがあるといいんだけど」 「せつなちゃん、絵を描ける?」 「自信ないけど、やってみるわ」 ラブが学校の授業で使ってるスケッチブックと色鉛筆を持ってきた。 みんなに注目されて顔を赤らめながらも、せつなはスラスラと鉛筆を滑らせていく。 学校中のクラブ活動にスカウトされた経験を持つせつなの実力。それは絵画でも顕著だった。みるみる白い紙に命が吹き込まれていく。 「凄い上手ね。でも、なんだか本当にサンタさんみたいに思えてきたわ」 「うんうん、お鼻も赤いしね」 「ラブちゃん、お鼻が赤いのはトナカイだと思う……」 「もう! 冷やかすなら見ないで!」 祈里の突っ込みで湧き上がる笑い声に、ちょっとだけせつながむくれる。 そうこうしながらも、かなり正確な似顔絵が描きあがった。外国人であることを強調するために色鉛筆を使ったのも良かった。 街の人たちの反応は予想した通りのものだった。 この辺りにそんな外国人の老人はいない。見たことがないと。 街に住んでいるのではなく、観光客の可能性もあった。それでも、目撃者の一人も見つからないのは不自然だった。 平時ならともかく、今はイルミネーションの飾り付けや商店街挙げてのクリスマス商戦で人通りが多い。 それなのに、せつながおじいさんをおぶって歩いていたのを見た人すらいなかった。 みんなの心に一瞬同じ思いがよぎる。せつなが夢でも見ていたんじゃないかって。 でも――――せつなが必死になっている。見ず知らずの他人に、懸命に頭を下げて尋ねている。だから信じることにした。 「すみません、このおじいさんを探しています。心当たりはありませんか?」 「あ~~。着ぐるみで良ければあっちの通りで風船配ってたよ」 「着ぐるみじゃダメなんです……」 「やっぱり本物なのかなあ」 「真面目に言わせてもらえば、本物なんているはずが無いんだけど……」 「もういいの。用事があるわけではないもの。みんなありがとう」 せつなが打ち切りを口にした。もう寒空の下で五時間近く探してくれた。感謝で胸がいっぱいになる。 少しでもせつなを元気付けようと、ラブが広場のツリーの様子を見に行こうと提案した。 四ツ葉町のシンボルの一つ。商店街の外れに設けられた広場。その中心に大きなスギの樹がある。 毎年十二月に入ると、クリスマスツリーへと姿を変える。 年を重ねるごとに買い足され、増えていく装飾。リース、ベル、キャンドル、サンタ人形、模造リンゴ。 数百の装飾と数千のイルミネーションが取り付けられ、幻想的な輝きを放つ。 街中の人たちが一度はこのツリーを見に来て、クリスマスを祝うのだ。 「イブのライトアップはもっと綺麗なんだよ。そうだ! お願いしていこうよ、せつな」 「お願いって?」 「ツリーの頂上にある星飾りはね、トップスターと呼ばれてるの。約束や希望、そして導きって意味があるのよ」 「サンタさんが、そのお星様を目印に空から降りてくるとも言われてるわね」 「ふふっ、本当にサンタクロースにされちゃったわね。おじいさん」 でも、ありがとう。そうお礼を言ってせつなも手を合わせた。 本来はお願い事をする風習なんてない。でも、せつなには確かな約束があった。その時に、また会えることを信じて。 「さあ、ツリーに負けないように、あたしたちもパーティーの準備して幸せゲットだよ!」 「そうね、これ以上ないくらい完璧なクリスマスパーティーにしなきゃね!」 「きっと素敵なパーティーになるって、わたし信じてる!」 「楽しみね。私も――――精一杯がんばるわ!」 無理やり口ぐせを決めて、そしてみんなで笑った。 せつなにとって初めてのクリスマス。昨年は戦いで見られなかったから。 今までの思い出を取り戻せるくらい楽しんでもらおうと、ラブたちは計画を立てていたのだ。 昨日も、今日も、そしてきっと、明日も明後日も。 幸せの先には、やっぱり幸せが待っている。そしてより大きな幸せに向かって一緒に歩いていくんだ。 クリスマス・イブ。聖なる日の前夜祭。 桃園家の庭をいっぱいに使って、盛大なクリスマスパーティーが開かれた。 美希を筆頭に、美しく着飾った四人が華麗に短いダンスを踊り、パーティーが始まった。 ラブの作ったドーナツ型のリースが食欲をかき立てる。 祈里手製のサンタやトナカイのぬいぐるみ。可愛らしくあちこちで愛嬌を振りまく。 せつなの作った切り紙のアート。雪の結晶を中心に様々な抽象パターンが幾多の模様を描く。 美希の手製のアロマキャンドル。幻想的な光の揺らぎ。そして香るいくつものアロマが癒しを施す。 圭太郎とあゆみが張り切って取り付けたカラフルな電球の数々。大きな庭に美しい光の絵画を描きだす。 正と尚子の厳かな祈りの後、食卓を彩る数々のご馳走。 フライドチキン。ローストビーフ。ピザにフライドポテト。パスタにサラダにサンドイッチ。 あゆみの教えの元で、クローバー四人で作り上げた料理だった。 そして、最後を飾るのは大きなクリスマスケーキ。イチゴをメインに数々の果物が贅沢に並ぶ。 娯楽の方も抜かりは無い。 圭太郎と正の、冴えない隠し芸が失笑を誘う。あゆみの恥ずかしそうに歌う可愛い声が、雰囲気を和ませる。 その後に披露されるレミの歌声。レコーディング経験もある元アイドルの美声が会場を魅了する。 レミはあゆみにチラっと流し目を送って、少しだけ睨みあって、そして吹きだした。 ラブの華やかなオリジナルソロダンス。せつなの鮮やかなトランプマジック。美希の三度の衣替えによる美しいポージング。 祈里の早編み……は盛り上がらなかった。 夢のように楽しい時間が過ぎていく。それでも予定の半分。ラストを飾るプレゼント交換まで、まだまだゲームやイベントはたくさん残されていた。 ひとまず休憩を挟むことにした。 せつなはふと、胸のポッケが温かくなっているのを感じた。手を入れると、そこにはおじいさんからもらったクリスマスカード。 なんだか呼ばれているような気がした。そして、美希の言葉を思い出す。 「サンタさんが、そのお星様を目印に空から降りてくるとも言われてるわね」 (お星様。トップスター。この辺りで一番大きいのは……) 「みんなごめんなさい。私、行かなきゃならないところがあるの。すぐに戻るから!」 「あっ、待って! せつな、どこに行くの!?」 突然駆け出したせつなをラブが追う。他のみんなも追いかけようとしたがラブが止めた。あたしが付いて行くからって。 動きにくい格好をしてるのはお互い様。本気を出したせつなの脚はとても速い。ラブはあっという間に引き離されていく。 せつなは広場の大きなツリーの前に立つ。 凍えるような寒さにも関わらず、そこは大勢のカップルや友人、家族連れで賑わっていた。 冷たい風を受けて、ツリーの葉や飾りがさらさらと揺れ動く。イルミネーションがゆらゆらと光の残像を描く。 聞いていた以上に美しい、そう思った。でも、ゆっくり見ている気にはなれなかった。 きょろきょろと周囲を見渡しながら求める人を探す。ここに集った人々の中に居てくれることを信じて。 見つからない。焦るせつなの耳に、かすかに響く鈴の音が聞こえてきた。 シャンシャンシャン……。 シャンシャンシャン……。シャンシャンシャン……。 シャンシャンシャン……。シャンシャンシャン……。シャンシャンシャン……。 それは、とても小さな音。ともすれば風にかき消されてしまうほどに……。 せつなの聴覚だから、かろうじて聞き取れるのだろう。周囲でその音に気が付いている人はいないようだった。 それは、空から聴こえてきた。 期待を込めて真っ暗な夜空を見上げた。 しかし、その後はそれ以上は大きくならず、また再び小さくなっていった。 せつなの瞳が失望に暗く染まる。 違う。暗く染まったのは夜空の方。星がひとつ、ふたつと消えていく。 暗い夜空がわずかな光すら失っていく。 そして、何かが落ちてくる。 それは、とても小さな白い結晶。 決して降るはずの無い――――雪だった。 今度こそ、辺りがザワザワと騒ぎ出す。 あるかないかわからない数だった雪の粒。 徐々に数を増やしていき、チラチラと降り注いでいく。 騒ぎはやがて歓声となり、人々を笑顔に変えていった。 生まれて初めてのクリスマス。そして、ホワイトクリスマス。 雪の降り注ぐ中で見る大きなツリー。街を照らすイルミネーションが雪の輝きと混じりあう。 美しい。それは確かに、言葉にできないほどに美しかった。 「せつなっ! やっと見つけたよ」 「ラブ……雪よ。降らないって、言ってたのに……」 「うん、凄いね。あたしもクリスマスに雪を見たのは、本当に小さい頃以来だよ」 「きっと……」 その先は口にできなかった。ラブにすら、その約束は話してなかった。 クリスマスカードも見せてなかった。 それは、せつなとおじいさんの二人だけの約束だったから。 「イブの日に、夜空を見上げてごらん」 そう書かれているクリスマスカードを、隠れるようにそっと開いた。 せつなの呼吸が驚きで一瞬止まる。 いつのまにか、メッセージが書き換えられていた。 瞳が限界まで見開かれて、そして―――――やがて涙が溢れ出した。 ~~Merry Christmas~~ せつなちゃんの心のように真っ白で美しい、そんな雪をプレゼントに贈ろう。 自信を持って生きなさい。 ニコラスより、愛しのせつなちゃんへ。 「……あっ……あっ……えっ、えっ、えっ……」 ぽろぽろ、ぽろぽろ、とうつむいたせつなの頬から涙が滴り落ちる。体を震わせ、時に泣き声まであげて。 ラブは驚きの表情でせつなを見つめた。その姿が、まるで小さな子供のように見えたから。 やがてそれが悲しみの涙でないことに気が付いて、そっとせつなを抱きしめた。 何も聞かずに、泣き止むまで――――ずっと、ずっと、優しく抱きしめた。 そして、また二人で雪を見つめた。 ラブはせつなと一緒に見られた幸せに感謝しながら。 せつなは、この雪の美しさを一生忘れないように。 この雪に恥じないように生きていこうと誓いながら。 「さっ、せつな。帰ろう。あたしたちを待っててくれる人たちのところに」 「うん……。私たちの家に」 その雪は、クリスマスの夜まで静かに降り続けた。 せつなの幸せを――――やさしく見守るかのように。 避2-505へ
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らふすけっち【登録タグ 2009年 NexTone管理曲 VOCALOID ら 奏音69 巡音ルカ 曲 曲ら】 作詞:奏音69 作曲:奏音69 編曲:奏音69 唄:巡音ルカ 曲紹介 曲名:『ラブスケッチ』 歌詞 朝寝坊して 不機嫌モード 「こんなハズじゃなかったの」 そんな日々がいつまで続くの? 今の私は焦げたパンみたい 黒く塗りつぶされてて ストロベリージャムさえ塗れないわ I lost the dream when it was young 夢のために生きてたいのに それならもう 新しい靴履いて 最初の一歩を踏み出そう I can draw the future 泣きたい 逃げたい そんな君の心の色を 新しいレイヤーに描き出してみよう 下手でも変でも構わない そしてくるくる歩き出そう I'm a love sketcher 晴れた日はオレンジのブーツに履き替えて 雨の日はピンクの傘で街を歩けば ほら 七色のステキなメロディが生まれるから 「情けないって解ってはいるのに心のどこかで甘えてる?」 そんなつもりじゃないわ 本当なの 「明日も明後日もその繰り返しで結局口先だけじゃない?」 不透明度はもう80%ね I lost the dream when it was young コピー&ペーストな日々? それならもう 色相を変えて 彩度もいっぱい上げてみよう I can draw the future 見せたい 言いたい 今私の心の色を 500px×500pxの白に描き出してみるよ 気の利いたコトは言えないけど 話くらいは聞いてあげる I'm a love sketcher テクスチャで笑顔を取り繕ってみても フィルタで泣顔を重ね隠してみても 変わらないもの 素顔の線画はぼかさないでね 寂しい夜はこの歌を口ずさんでみてよ 焦げたパンすらも輝かせる愛のブラシ ペンは軽く握るだけなの そしてくるくるくるくる歩き出せ! あの日から随分と時は経ったけれど 「今更……」なんて答えは忘れ去ってしまおう 思い立ったらスタートラインを描けばいいんだ その夢もまた描き出そう いつまで経っても忘れないから 埃かぶってても色褪せない想いを コメント ぼからん26位おめでとぉぉぉぉぉぉぉぉぉ -- 名無しさん (2009-10-03 18 00 00) この曲好きだ。定期的に聞いてる。 -- 名無しさん (2009-10-04 21 14 22) 歌もよい。PVも良い。 -- 名無しさん (2009-10-20 23 44 49) これはいい曲! -- 名無しさん (2009-12-30 12 50 57) すごい素敵♪ -- 名無しさん (2010-09-28 22 10 38) いい曲、もっと評価されるべき -- 名無しさん (2011-10-27 23 54 24) この曲大好きー 前向きになれる^^ -- 翡翠 (2011-11-15 22 41 56) サビも良いし、もっと伸びていいと思う! -- 名無しさん (2011-12-04 11 37 55) 私的脳内ミリオン神曲!伸びてないのが逆に嬉しいw -- 名無しさん (2012-09-16 11 04 40) 愛してます -- 名無しさん (2013-06-28 21 57 34) 曲説明?は書かないのか? -- 名無しさん (2013-06-28 23 05 58) とうとう私のなかで一番聴いたボカロ曲になりました。大好きです。 -- 偉大な曲 (2013-08-25 21 40 12) この曲を聴いている時は常に、生きてる中で最も楽しい気持ちになります。出会えて良かった。 -- 奏音69さんありがとう (2013-11-13 14 42 36) 名前 コメント
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新しい年に/一六◆6/pMjwqUTk 「スイッチ・オーバー」 胸の真ん中で両手を合わせ、左右に大きく開く。それと同時にラビリンス幹部の姿が、これから赴く世界の住人の姿へと変化する。 ラビリンスで開発されたばかりの、異世界潜入のための変身システム。メビウス・タワーの一角にあるラボにて、最終チェックのための初変身だ。 イースは、鏡に映った黒髪の少女の姿を無表情で一瞥してから、着慣れない服の具合を確認し、赤いカットソーの袖口から覗いた手を見て、一瞬だけ眉をひそめた。 華奢な細い指と、小さくて薄い掌。いつもは肘上までのグローブを身に着けているから、任務の際に素手を晒すことは無い。そのためだろうか、自分の手があまりにも非力で頼りなく見えて、イースは思わずギュッと拳を握り締める。その時、隣から人を小馬鹿にしたような声がかかった。 「へぇ、なかなか可愛いじゃないか。あの世界の奴らにも、仲良くしてもらえそうだね」 「何を馬鹿なことを。任務だぞ」 イースにニヤリと笑いかけたのは、アッシュグレーの長い髪を後ろで一つに束ね、白い上着を着た細身の青年――異世界人の姿になった、三幹部の一人・サウラー。彼は吐き捨てるようなイースの言葉を聞いて、フン、と鼻で嗤った。 「もちろんさ。この姿は、異世界の人間に怪しまれないためのものだからね。だから、君がその可愛い姿で戦闘することは無い。心配は要らないよ」 「馬鹿馬鹿しい。誰がそんな心配など……」 ますます険しい顔になったイースに向かい、サウラーは右手を上げてゆっくりと広げて見せる。 「素手であることにも意味があるのさ。あの世界には“握手”という風習があるらしい。こうやって互いに武器を持っていないことを示してから、相手の手を握る。それが友好の挨拶だそうだ」 「フハハハ……くだらないな」 不意に野太い笑い声がラボに響いた。不敵な面構えで二人を見下ろしているのは、三幹部のうちのもう一人。金色の髪をして、黒いシャツの上に鮮やかなオレンジ色のベストを着込んだ大柄な青年――異世界人の姿になったウエスターだ。彼はサウラーと同じく右手を開いたかと思うと、その大きな手をブンブンと振り回し始めた。 「武器が無いから何だと言うのだ。異世界の奴らなんぞ、平手でも五人や十人は薙ぎ倒せるぞ。それに俺様はお前たちと違って、普段から素手だ!」 「……君、僕の話をちゃんと聞いてたのかい?」 サウラーが呆れた声でそう問いかけた時、ラボのスピーカーから無機質な声が流れた。 『最終チェックが完了しました。幹部の皆さんは、元に戻ってください』 「スイッチ・オーバー」 いち早くラビリンス幹部の姿に戻ったイースが、鋭い目で二人を睨みつける。 「メビウス様が完全に管理された世界では、そんな愚かな風習など、必要ない」 そう言い捨てると、イースはくるりと二人に背を向け、足早にその場を後にした。 ☆ 「はい、出来たわ。せつなちゃんのヘアアレンジ、これでどうかしら」 そう言いながら、レミが合わせ鏡で後ろ髪をせつなに見せる。綺麗にまとめられた黒髪を彩る、赤い椿の髪飾り。せつなが薄っすらと頬を染めて嬉しそうに頷くと同時に、長襦袢(ながじゅばん)姿のラブが駆け寄って来た。 「わっはー! せつな、すっごく似合ってるよ~!」 「こぉら、ラブ。そんな恰好でうろうろしないの」 「え~。だってこれも着物でしょう? 着物と同じ形じゃない」 「長襦袢は着物の下に着て、着物を汗や汚れから守るためのものだよ、ラブちゃん。要するに、下着と同じね」 「さっすがブッキー。って、え~! あたしたち今、下着姿なの?」 「でも、こんな動きにくい格好で走れるなんて、凄いわ、ラブちゃん」 「えっへん!」 「ラブ、そんな恰好で仁王立ちして威張らないの! ブッキーも、変なところで感心しないで」 相変わらずのラブと祈里に、美希がハァっとため息をつき、せつながクスクスと笑い出す。 元日の朝早く、四人はレミの美容室に居た。ここで晴れ着を着付けてもらって、揃って初詣に行く予定なのだ。 全員のヘアアレンジが終わると、いよいよ順番に晴れ着を着せてもらう。美希がレミの助手を務め、二人掛かりで手際よく着付けていく。 浴衣なら、せつなも夏祭りの日にあゆみに着せてもらったことがあるが、晴れ着の着付けの手間と時間はその比ではなかった。 (かつては掛け声一つで、衣服はおろか姿まで一瞬で変えられたけど……。でも着物ってとっても綺麗だし、着付けっていうのも、見ていて何だか楽しい) 考えてみれば、衣類を着るだけのためにこれだけの労力をかけるなんて、驚くほど非効率的な行為だ。だが、そんな時間が不思議と楽しかった。まるで一枚の布のような着物が、次第に身体に添った美しい姿になっていく過程も、それにつれて笑顔になっていくみんなの表情も、見ていて何だか心が浮き立つ。 ラブが桃色の地に小花を散らした可憐な着物を着せてもらい、祈里は山吹色を基調とした着物に小鳥の柄の可愛らしい帯を締めてもらって、いよいよせつなの番になった。 エンジ色の地に金の縫い取りが入った着物に袖を通すと、美希の手がスッと伸びて着物の中心線を背中の真ん中にぴったりと合わせてくれる。レミがせつなの真向かいに立って、裾の長さを調節し、着物を腰紐で固定して、おはしょりを整えていく。 レミの無駄のない手の動きに見入っていたせつなが、突然、ぴくりと小さく身体を震わせた。襟元を整えていた美希が、慌てて手を引っ込める。 「ごめん。アタシの手、冷たかったわよね」 「ううん、大したことないわ」 首を横に振ったせつなが、ちょっと悪戯っぽく微笑む。 「それに、手が冷たい人は心があたたかいんでしょう? ラブが言ってたわ」 「あら、せつなちゃんは優しいのね。美希なんて『ママは手があったかいから、心が冷たいのよね』なぁんて言うのよ。ヒドいでしょう?」 「心が、冷たい……?」 「もう、ママったら。そんなことばっかりよく覚えてるんだから」 キュッキュッ、と小気味よい音を立てて帯を締めながら、レミが明るく軽口を叩く。美希は口を尖らせて言い返したが、せつなは何だか力のない吐息のような声を出した。 「あ、せつなちゃん、苦しい? 帯、もう少し緩めた方がいいかしら」 「あ……いえ、大丈夫です」 「そぉお? 苦しかったら、我慢しないでちゃんと言うのよ?」 「はい」 素直に頷くせつなに微笑みかけて、レミが後ろ帯を結ぶために背中側に回る。その視線が、晴れ着の袖口から覗いたせつなの手へと流れた。 娘の美希のひんやりとした手とは裏腹に、せつなの手はあたたかかった。そして今、その小さな手はいつの間にかギュッと固く拳を握っている。 レミはもう一度帯の締め具合を確認してから、後ろ帯をリボンのような立て矢結びに結び始める。そして手を止めることなく、いつもののんびりとした口調でせつなに語りかけた。 「ねえ、せつなちゃん。どうして手が冷たい人は心があたたかいって言うのか、知ってる?」 「それは……昔からそんな人が多かったからですか?」 「ざ~んねん、ハズレよ。だって心のあったかさなんて、同じ人でもその時々で変わっちゃうものでしょう?」 二人の会話を聞いて、ラブと祈里、それに美希も首を傾げる。 「そう言えば、理由なんて考えたことなかったね。なんでなの?」 「理由なんてあったのね……。どうしてなんですか? おばさん」 「ママ、もったいぶらないで教えてよ」 口々に問いかける娘たちに、レミはウフッと嬉しそうに微笑んでから、相変わらずのんびりとこう続けた。 「あれは元々、ヨーロッパの人が言い始めたんですって。確かイギリスだったかしら、そういう諺があるらしいわ」 「えっ? あれって外国から伝わって来たの?」 目を丸くしたラブに、レミが得意そうに頷いて見せる。 「ほら、西洋って昔から握手をする習慣があるでしょ? だから手が冷たい人は、握手をためらったり謝ったりしたことが、昔からあったみたいね」 「ああ、それは何となくわかるわ」 美希がそう言って、ハァっと手にあたたかな息を吹きかける。 「それで『そんな風にためらうなんて、手は冷たくても心があったかいんだから気にしないで』って、誰かが言い始めたんですって」 「へぇ。おばさん、物知りですね」 「ありがと。実は美容院のお客様の、素敵なマダムが教えてくれたの~」 祈里の言葉に嬉しそうに答えてから、レミはせつなに向かってパチリと片目をつぶって見せた。 「だからね、『手が温かい人は心が冷たい』なんて大間違い。せつなちゃんみたいに優しい人が作った言葉なのよ」 「そんな! わ、私は……」 せつなの顔が見る見るうちに赤くなり、声が震える。この世界に来る前、握手という風習について語っていた、サウラーの言葉が蘇った。 ――素手であることにも意味があるのさ。こうやって互いに武器を持っていないことを示してから、相手の手を握る。それが友好の挨拶だそうだ。 (あの時私は、非力な素の自分を相手に触れさせるとは、なんて愚かな風習だろうと思っていた。でも直に触れるからこそ、相手を気づかったり、思いやったりできるのね) あでやかな着物の柄を見つめながら物思いにふけっていると、ポンと優しく肩を叩かれた。 「はい、これで完成。素敵よ、せつなちゃん。ホントに赤がよく似合うわね」 「うわぁ、せつなちゃん、とっても綺麗!」 「すっごく可愛いよ、せつな!」 歓声を上げる祈里に続いて、ラブが今度は小さな歩幅でしずしずと歩いてきて、そっとせつなの手を握る。さっきまで強張っていたその手からは、いつの間にか余計な力が抜けていた。 「ありがとうございました」 レミに丁寧にお礼を言ってから、せつながレミと美希の顔に交互に目をやる。 「最後は美希の番よね。おばさま、もし良かったら、今度は私がお手伝いします」 「あら、それは嬉しいけど、晴れ着姿じゃ大変でしょう?」 そう言われて、せつなが着慣れない晴れ着の具合を確認するように数歩歩いて、にっこりと微笑んだ。 「大丈夫です。きっとおばさまの着付けが上手なんだわ」 「せつなちゃん、着付けのお手伝いなんてしたことあるの?」 「初めてですけど、さっき三人分の美希の動きを見てましたから」 「まあ、凄いのね」 さらりとそう言ったせつなに、レミが素直に感心する。美希は、濃紺の地に大ぶりの花模様をあしらった自分の晴れ着を手にして、せつなに向かってニヤリと笑った。 「じゃあ頼んだわよ、せつな。モデルのアタシに着付けるんだから、精一杯がんばってよね」 「ええ。おばさまのお手伝い、完璧にやって見せるわ」 二人で軽く睨み合って、どちらからともなくプッと噴き出す。そんな二人の笑い声に、ラブと祈里、それにレミの笑い声も加わって一つになる。 美希が晴れ着に袖を通すと、せつなは美希そっくりの手つきで、背中の真ん中と着物の中心線をぴったりと合わせた――。 やがてレミに見送られ、晴れ着姿の四人が、クローバータウンストリートをゆっくりと歩き出す。 新年の挨拶を交わす人々の声と、楽しそうな笑い声。通りを練り歩く獅子舞の、軽快なお囃子のリズム。いつもと同じ街なのに、何だか空気が違って感じられるのが不思議だ。 年の初め――人間が勝手に作った区切りだけれど、この新しい年を、全ての時間を大切に過ごそう。出会った全ての心に大切に向き合おう。そして少しでも多くの人たちと手と手を取り合って、幸せな時間を作ることができたら――。 (私、精一杯がんばるわ) 商店街の明るく溌溂としたざわめきが、風になって天に届いたかのように、空を覆っていた雲が切れた。 キラキラした目で辺りを見回していたせつなが、眩しそうに顔の前に手を翳す。その小さな掌に、新しい年の陽の光が優しくあたたかく降り注いだ。 ~終~
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『小さくて、大きな願い』/こゆき ――七夕って聞くと、どうしてだろう。胸の奥の方が少しだけキュッと締め付けられるような、ほんの少しだけ泣きたくなるような、何だか不思議な気持ちがするんだ。 やっぱり、織姫と彦星の悲しい物語がある日だから、なのかな……。 ――七夕にまつわる、織姫と彦星の伝説。初めて本で読んだとき、この話を知ってる、って思ったの。 不思議ね、この世界に伝わるお話を、私が知ってるわけない。それなのに、少し悲しくて、どこか懐かしい……。どして? 『小さくて、大きな願い』 玄関の扉が、ガチャっと乱暴に開いた。ラブは帰宅の挨拶もそこそこに、自分の部屋に上がっていく。 その少し後に、今度は開きっぱなしの扉がそっと締められる。「ただいま」と小さな声で挨拶して、ラブとは正反対に静々と部屋に戻ったのは、一緒に出かけたはずのせつなだった。 その不穏な空気に、出迎えようとしていたあゆみは思い止まり、密かに首をかしげる。もちろんこれが初めてというわけではないけれど、ラブとせつなが喧嘩するなんて本当に珍しいことだったから。 しばらく考えて、あゆみはお茶を入れてせつなの部屋のドアをノックした。自然に仲直りするまで待ってもいいのだが、今夜は七夕だ。気まずいまま一日を終えるのは良くないだろう。 「ラブに聞いてもよかったんだけど、せっちゃんの方が素直に話してくれる気がして。何があったのか、話してもらってもいいかしら?」 「ごめんなさい、お母さん。喧嘩したんじゃなくて、お互いに相手の言ってることが受け入れられなくて、イライラしてるだけなの」 それを喧嘩というのだけど、とあゆみは苦笑した。せつなは客観的に、こと細かに、その時の状況を語る。改めて、せつなに聞いたのは正解だったと思った。 『ねえ、せつな。七夕にはね、悲しい物語があるの。織姫と彦星は、互いに愛し合っているのに、一年に一度だけ、七夕の日にしか会うことができないんだって』 『知ってるわ。それは二人が罪を犯したからでしょう? 天帝様の元に布が届かなくなり、牛もやせ細って倒れてしまった。自分の望みのために、他人を不幸にするのは許されないことよ』 『だけど! 罪を憎んで、人を憎まず……だよ。なにも二人を引き離さなくたっていいじゃない』 『天帝様に、もし人の心が無いのなら、一年に一度会うことすら許さなかったはずよ。それに間違った物語なら、こうして語り継がれることもなかったはず。命令にはちゃんと意味があるのよ。従わなければならないわ』 『ううん、間違ってるよ! 誰かが不幸のままでいることが、正しいはずがないじゃない!』 『ラブ、抑止力って言葉は知ってる? 無責任に罪を許してしまったら、同じように仕事を怠ける人が出てくるかもしれない。小さな不幸で、より大きな不幸を防ぐ意味があるのかもしれない』 『何が……小さいの? 愛し合う二人が、引き離されて暮らす悲しみが小さいの?』 『少し落ち着いて、ラブ。これは架空のお話でしょう? 罪を犯した者は、相応の罰を受ける。他人を不幸にしたら、自分だって不幸になるの。それを戒めるための教訓でしょ?』 『違うよ……』 『どう……違うの?』 『他人が不幸になったら、自分だって不幸になるじゃない! 織姫は天帝の娘なんだよ? 自分の子供が毎日泣いているのに、天帝は布を纏って喜べるの? 牛の乳を飲んで美味しいって笑えるの?』 『だから落ち着いて、ラブ。今日はどうかしてるわよ。これは作り話なんでしょ?』 『たとえ作り話でも、あたしの悲しいって気持ちは、本物だもの……』 そこで、ラブがせつなから目を逸らした。そして叫ぶように「もういいよ!」と言ったのだという。 それから二人とも気まずくなって、バラバラに帰って来たのだった。 「みんなで幸せになりたいっていう、ラブの気持ちはわかるわ。だけど、家族とか友達とか仲間ならともかく……街とか国家とか、そうした大きな単位では、権力とか法とか命令とか、そうしたものだって必要のはずよ」 「それは、ラブもわかってるんじゃないかしら?」 「えっ?」 「ラブだって、せっちゃんの言ってることの意味はわかるはずよ。そしてせっちゃんだって、織姫と彦星がこのままでいいと思ってるわけじゃないんでしょ?」 「それは……」 「きっと二人は同じことを考えていて、同じように感じていて、ただ立っている場所が違うだけじゃないかしら?」 「立っている場所?」 「そう。せっちゃんは、天帝様やお話の世界全体からこの物語を見てる。そしてラブは、織姫と彦星の立場から見てる」 「よく、わからないわ……」 「わからないから、考えるんじゃないかしら? どうしたらいいのかって。このお話が語り継がれているのは、その結末が正しいからじゃなくて、どうすればいいかみんなで考えるためじゃないかしら」 「みんなで……考える?」 「そうよ。人はどう生きたらいいのか。どんな世の中にしたら幸せになれるのか。時代を超えてみんなで考えたら、そうして、いい考えがたくさん集まったら、一番いい方法だって見つかるかもしれないでしょう?」 あゆみはそこで、何か思い出したような顔をした。ちょっと待っててね、と言って部屋を出て行くと、またすぐ戻って来て、一冊のアルバムをせつなに手渡した。 「これは?」 「ラブの小さい頃の……そうね、たしか三歳から五歳くらいまでの写真よ。七夕の時の写真もあるから、見てごらんなさい」 せつながアルバムを開くと、そこには小さいけれど、でも確かにラブの面影のある女の子の写真が収められていた。 そのほとんどは笑顔。本当にいつも笑ってばかりいたんだろう。だがめくっていくうちに、珍しく泣き顔の写真があった。 源吉お祖父さんに手を引かれて、顔をくちゃくちゃにしてカメラの方に――おそらくあゆみの方に振り向いた、小さなラブの姿。 「それはラブが四歳の時の、七夕の写真よ。その日はちょうど雨が降っていて、織姫と彦星が会えないのを悲しんで、それで泣いていたの」 「そんな頃から……ラブはやっぱりラブなのね」 「クスッ、三つ子の魂、百までとはよく言ったものね」 「あれっ? これは……」 もう一枚めくりかけて、せつなの手が止まる。アルバムに挟まっていたのは、一枚の古びた紙切れだった。 ラブの書いた短冊なんだろう。そこには子供の文字で、「おりひめさまと、ひこぼしさまが、あえますように」と書かれていた。 あゆみはそれを見て微笑むと、もうそれ以上は何も言わずに、せつなにアルバムを預けて部屋を出た。 夜になって、せつなはアルバムを抱えてベランダに出た。まだラブとは口を利いていない。夜空を見上げると、美しい星が輝いている。 「天の川がハッキリ見える。今夜は織姫と彦星は会うことができそうね」 アルバムを開き、さっきの短冊を取り出した。 「せつな? 何を持ってるの?」 「きゃっ!」 突然声をかけられて、せつなはビックリしてアルバムを落しそうになる。するとページの隙間から、手にしていた短冊とは別の、もう一枚の短冊が落ちた。 「あ、いけない!」 「え? それって……」 せつなとラブがかがみこみ、二人の手が同時に短冊に触れる。 その瞬間。周囲の景色が一変した。 そこは広い草原だった。頭の上には、降るような星空。いや、その言葉の通り、時々空から、すーっと地面へと流れてくる光の筋がある。 草原のあちらこちらには、小さな丸い明かりのようなものがあって、良く見るとそれは巨大な金平糖のような形で、金や銀の光を放っている。 ラブとせつなが立っている場所の少し先は、どうやら崖になっているらしかった。そしてその手前――ラブとせつなの目の前には、小さな二人の女の子が立っていた。 一人は写真で見たままの姿――幼い頃のラブだった。そしてもう一人は―― 「あれは……イース?」 「ええ……信じられないけど、間違いなく私の子供の頃の姿よ」 二人の子供の会話は噛み合わない。今日のラブとせつなのような喧嘩ではないけれど、互いの主張はすれ違う。 「そうだよね! ひどいよね! だからあたし、『おりひめさまと、ひこぼしさまが、いつでもあえますように』って、おほしさまにおねがいしたんだ」 勢い込んで同意を求める小さなラブに、小さなイースが、不思議そうに首を傾げる。 「え? だって、いちねんにいちどしか あうことがゆるされないっていうのは、めいれいなんでしょ? だったら、『いつでもあえますように』っていうのは、おかしい」 「えぇ~、だって……」 「めいれいには、ちゃんといみがあるんだから、したがわなくちゃいけない。いまはまだ、そのいみがよくわからなくても」 小さなラブの大きな瞳に、じんわりと涙が滲んでいく。あ、泣きそう……と大きなラブが思った時。 「ん?」 小さなイースが、崖の下を覗き込んで声を上げた。 「あれって……あなたがいってた、おりひめさまと、ひこぼしさま?」 そこからは、まるで映画でも見ているように景色が流れた。 崖の下には銀色に輝く川。 そのこちら側の岸には淡い紅色の着物を着た女の人が、向こう岸には白い着物を着た男の人が、じっと見つめ合っていて――。 小さなイースが小さなラブの手を取って、二人で険しい崖を一気に駆け下りる。 その途中で、小さなラブが足を滑らせて、そして―― 大きなラブと大きなせつなは、再び元のベランダに戻された。 「今のは――なんだったの?」 「わからないけど……なんだか懐かしい気がする」 「奇遇ね……私もよ」 そう言って、せつなは拾ったばかりの、もう一枚の短冊を見る。 「――どうかもういちど、あのこにあえますように」 「「これって!!」」 ラブとせつなの声が揃う。今の夢がもし、本当に自分たちが幼い頃に見た夢ならば―― 「あたし、もしかしたら、もう一度あの子に会いたかったから……だから、昼間はあんなにムキになっちゃったのかな」 ラブがそう言って、せつなに小さく微笑みかける。せつなは、その大きな瞳をじっと見つめてから、小さな、けれどさっきよりも柔らかな声で言った。 「……ねえ、ラブ。私はやっぱり、天帝様が間違ってるとは思わない。だけど、ラブが『織姫と彦星がいつでも会えますように』って、願うことも間違いじゃないと思うわ」 それっきり、二人は黙って空を見上げた。 せつなは今の不思議な光景について――そして幼い頃に見た夢について、それ以上は何も話そうとはしなかった。 ラブもまた、その日は織姫と彦星についてもう口にすることはなかった。 やがて、ベランダの手摺に置かれた二人の手が少しずつ近付いて、いつしかしっかりと握り合う。 夜空には、織姫と彦星の再会を祝すかのように、美しい天の川が煌いていた。 複数2-1の三次創作です。
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中学生特有の病気(心の方の)/そらまめ 「ど、どうしたのっ? 怪我?! 怪我したのせつなちゃんっ!!?」 「お、落ち着いてブッキー! せつな怪我なんてしてないから!」 「じゃあなんで右目に眼帯を…もしかしてものもらいとか?」 「ううん…それも違うんだよ…」 「?」 休日、いつもの公園で待ち合わせのためみんなを待っていた祈里は、若干疲れた様子のラブと、思いつめたように険しい顔をしたせつなを見つけて思わず駆け寄った。 ものもらいの時などにする一般的な白色の眼帯に思わず手を伸ばす。怪我でも病気でもないならなぜこんなものを… 「っ! 触っては駄目よブッキー!!」 「えっ!? ご、ごめんねせつなちゃん…やっぱり怪我したの…? 大丈夫?」 「ごめんなさいブッキー…でも、この眼帯は取っては駄目なの…外してしまったら、私にも手が付けられないかもしれない…」 「え? え? どういうこと…」 「この右眼にはかつて世界を滅ぼしたと言われている伝説の獣神の力が封印されているの。もしこれが解放されたら私は私でいられなくなってしまう。この街だけじゃなく世界を滅ぼす存在となってしまうかもしれないの。だから、これはいくらブッキーのお願いでも外せないのよ」 「………ほんとにどうしたの」 「ブッキー真顔であたしの顔見るの止めて。あと眼が死んでるよ戻ってきて!」 眼帯をしたせつなはいつものようにドーナツとドリンクを目の前に、やはり険しい顔を崩さない。時折右眼を触りながら、「ぐっ鎮まれっ! お前はまだ出てきちゃいけないっ!」 とか「ふふふっ、私の意識を乗っ取ろうとしてるみたいだけどそうはいかないわよ…」などと小声でぶつぶつ言いながら、たまに左腕もさすっていた。 「ごめんみんなっ、今朝の仕事が押しちゃって遅れちゃった…ってどうしたのラブ、ブッキー、目が死んでるわよ」 「「……」」 「あとせつな、眼帯なんてしてどこか怪我したの? 病気?」 「怪我でも病気でもないんだよ美希たん…」 「ぐぁっ…! また、封印を解こうとやつらが攻撃をっ…! みんな私から離れてっ!!」 「…………病気じゃない。心の」 「ああっ…美希たんの目まで死んだ魚みたいに…」 「ラブ、アレ、説明、ハヤク」 「なんで若干片言な上に命令口調…」 「心を病んじゃってるんだよねきっと…ほら、せつなちゃんって抱え込んじゃう所があるから日頃溜まったストレスがここにきて消化不良をおこしちゃってるんだよ!」 「ブッキー、アタシ何かの雑誌で読んだけど、こういうのって無理やり理解してあげようとすると返ってダメージが大きいらしいわよ」 「せつながああなったの実はよくわからなくて…昨日の夜学校の宿題の調べもので一緒にパソコン使ってたんだけど、あたし途中で寝ちゃって…起きたらあんな感じに…」 「原因はパソコンね」 「そうだね。それしか考えられないよ」 「あ、やっぱりみんなもそう思う? だよねえせつなの口から獣神とか普通でてこないよね…」 三人揃ってせつなを見た。視線に気づかない当の本人は左腕を抑えながら「ぐ、勝手に私の体を操作しようっていうのっ? そうは、させないっ!!」とか言いながらドーナツを掴もうとする左手を反対の手で抑えるというひとり芝居をしていた。この光景を見る自分の目がなんだか濁ったような気がするが、現実から目を背けちゃだめだ!と心の中の葛藤の末、思い切ってせつなに話しかけてみる事にした。 「せつな、よく聞いて。あなたは今病気なの。とても深刻な」 「み、美希ちゃんっ! ストレートすぎるよっ」 「ブッキー、こういう輩には自身を客観的に見るってことが完治させるには必要なのよ」 「美希…わかってるわ自分が病気だってことくらい…でもね、この苦しみは分ける事はできないの。この宿命から逃れるなんて無理なのよ。だから向き合わなくちゃ。現実と」 「なんだろう。合っているようで合っていないっていうか、せつなの現実がよくわからないよあたし…」 「宿命とかって単語があれよね。せつな、あなたのその病気はね、一種の思い込みのようなものなのよ。わかる?」 「ええ。誰にも理解されないって事は分かるわ。だってみんなには、前世の記憶ってないでしょ?」 「ああぁあ…」 「美希たん諦めちゃだめだよっ」 「でも、イースを前世と考えればせつなちゃんには前世の記憶があるって言えるかも…」 「ブッキー真面目に考えちゃダメっ!」 「私の中の力が暴走してしまう前に何とかしないと…」 「せつな落ち着いて!! 今暴走してるのはせつなの妄想だよっ!!」 収拾がつかなくなりそうだったので一旦言い争いは止めました。 その後、どうやっても会話が噛み合わなかったので半ば諦めたように様子を見る事にした面々は解散した。 結局、それからせつながいつものせつなに戻ったのは一週間後の話。 競作2-28は、この事件の「裏」のお話。
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⑧ 「かわいいわねー犬。ブッキーが羨ましい」 「せつな犬欲しいの?確かに癒されるけど」 「美希ちゃんも犬飼ってるよね」 「うん、家に帰ると不法侵入でしっぽ振って待ってるし、勝手に膝の上に乗ってくるし、寝る時布団に入って擦り寄ってくるし……」 「ええ、私の美希なのに!そんな羨ましい犬がいるの?」 「自覚症状がないんだけどね……せつな、お手」 「美希とならずっと手を握ってたいわ」 「私今度首輪プレゼントしてあげようかな」 ⑨ 「せつなー、ご飯できたって」 「わかった。ねぇ、ラブ」 「何?」 「私にこんなに優しくしてくれるのはどして?」 「嫌だった?」 「ううん、嬉しいの。私にはもったいないくらいで……」 「だってあたしにとってせつなはお姫様だから」 「そうなの?」 「うん」 「ありがとう。私にとってラブはお殿様よ」 「いや、位の話じゃなくて……」 ⑩ 「美希ちゃん、風邪大丈夫?ゼリーとか買ってきたよ」 「こほっ、熱がなかなか下がんなくて。ありがとうブッキー」 「せつなちゃん呼ばないの?」 「騒がしくなるからいい。あ、新発売のプリンもある。やった」 「薬も入ってるから」 「ありがとうー……え、これネギ?」 「知ってる?風邪の時ネギをお尻に刺すと効果あるんだよ」 「へ、へぇ~……ブッキー物知りぃ」 「私ね試してみ―― 「せつなああぁぁぁ、アカルンで今すぐ来てえぇぇ」 ⑪ 「面白いねこの番組」 「この滑舌問題勝負しようよ」 「ラブノリノリね。まぁいいけど」 「楽しそう」 「じゃああたしから。有料道路料金!よっしゃー。次美希たん」 「有料道路料金。余裕ね。じゃあ次せつな」 「有料道っりろ料金!……駄目?」 「ぎりぎりセーフかな」 「んじゃあブッキー」 「ゆうろうどうっりょろうきん!」 「アーーウト!ブッキー意外とこういうの苦手なんだぁ。あはは……はっ!殺気?」 (小声)「ラブ、ブッキー唇噛み締めてる……」 (小声)「よっぽど屈辱だったのかしら……」 「だ、誰よ!こんなことしようって言い出したの!!!」 「「お前だよ!」」 ⑫ 「そろそろ眠くなっちゃった」 「お客様用の布団持ってきたよー。皆何処に寝る?」 「ラブの部屋だしラブはベッドね。あたしは下でいいわ」 「じゃあ私も下で寝ようかな」 「えー、だぁめ!せつなはあたしの隣」 「あたしはどうでもいい」 「じゃあさこうしよ―――」 「うぅ、あたしの隣が美希たんなんて。しかもベッドじゃないし……」 「しょうがないでしょ!あたしとラブだとベッド狭いんだから」 「私はブッキーとなのね。よろしくねブッキー」 「やっぱりベッドはふかふかだね」 「ベッド組楽しそう……」 「こっちは結構寒いわよね……」 「なんか言った?」 「「ノープロブレ厶です長官!」」 ⑬ 「美希何やってるの?」 「ストレッチ。体の線とか大事だからね」 「私が手伝うことある?」 「ない」 「じゃあ雑誌でも読もうかしら」 「一緒にやる気はないんだ。確かにせつなは羨ましいぐらいバランスのとれた体型よね。よっと……」 「美希柔らかーい。あ!……………」 「何?」 「つ、続けて!な、何でもないから」 「何で慌ててるのよ」 「慌ててないわ。美希が前屈した時シャツの間からブラなんて見えてないし!」 「馬鹿?」 ⑭ 「ブッキー、せつなが振り向いてくれない……」 (棒読み)「ラブちゃんは可愛いから大丈夫だよー」 「感情なし!?はあぁ、だってせつなってば口を開けば美希美希って」 「だから大丈夫だって。せつなちゃんヘタレだから」 「ちょっ、あたしのせつなを!そ、そうだよね。大丈夫だよね」 「当分はね」 「はうぅ」 「ラブちゃんもヘタレだから」 「むー、ブッキーってば優しくなーい」 「諦めないの?」 「諦めないよ!あたしはせつなが大好きだからね」 「あ……そう」 「ん?なんか元気なくない?あたしはブッキーも美希たんも大好きだから」 「うん、私もラブちゃんが好き」 「へへー、じゃあそろそろ帰るね。まったねー」 「うん。バイバイ。……………………………私のヘタレ」 み-734へ
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せつなとあたしはおでこをくっつけ合って、少し、笑った。 何て事しちゃったんだろう、と言う大きな後悔。大好きな人と 気持ちが通じあった、大きな喜び。 いろいろな思いが渦巻き、泣きたいような、笑いたいような不思議な気持ち。 「…ごめんね。」 もう一度、あたしは謝る。どんなに謝っても足りないのは分かってる。 でもそれしか言えないから。 「…うん。でも、もうこんな乱暴なのはやめてね。」 結構、辛かったんだから。と少し冗談めかして、せつなは含羞む。 「やだ、私…。」 「…わはー……。」 せつなは今更ながら自分のはしたない姿に気付いたように 服の前を掻き合わせ羞恥に耳まで真っ赤にしている。 パリッとしていたワンピースは見る影もなくくしゃくしゃで、 汗やその他諸々で汚れて、かなり悲惨な状態だ。 (わはー…、何かせつな、すんごいえっちぃんですけど。 いや、ひん剥いたのはあたしなんすけどね…。) 「どうしよう、これ。」 血の染みが付いたワンピースを摘まんで少し途方に暮れる。 買って貰ったばかりの服を汚してしまったのを気に病んでいるらしい。 「あー、だいじょぶだよ。これコットンだし。すぐに洗ってアイロン掛ければ!」 洗ったげるよ!貸して。と服を引っ張ろうとするラブに、 「あっ、やん!」 裾を押さえて抵抗する。 下、何も着てないんだから!と赤い顔で上目遣いに少し睨まれ ラブの顔も負けず劣らず赤くなる。 ついさっきまで、あーんな事やこーんな事をされてたのに 何を今更…と言う気がしなくもないが、どうやらそう言うものでもないらしい。 「…シャワー、浴びて来てもいいかな。」 そりゃそうだよね。恐らく身体中エライ事になってるんだから。 そりゃあ早くさっぱりしたいだろう。 「そだね!お湯、もう張ってあるから!ゆっくり入ってきなよ!」 そう言った途端、くしゅん!ラブがくしゃみをした。 考えなくてもラブも巻いていたバスタオルはとっくに落ちて、すっぽんぽんだ。 ある意味せつなより恥ずかしい。 クスリ、とせつなが笑い、 「じゃあ、一緒に入っちゃおうか?」 「!!ふぇ?!」 先に行くね。ぱさっ、とラブの頭に落ちてたバスタオルを掛けて、せつなは バスルームに向かった。 (一緒にって、一緒にって…?!) ラブは先ほどのせつなの言葉を反芻する。 『もう、こんな乱暴なのはやめてね。』 って事は、乱暴にしなきゃオッケー!って事すかね?! かぁっ!と全身が熱くなり、心臓が口から飛び出しそうにバックンバックン 脈打っている。 今こそ真の勝負の時!ラブの本能がそう告げていた。 大好きな人と(無理矢理ではあるが)体の関係を持ち、(順番が逆だが)気持ちを 確かめ合い、(普通はこれが最初だろうが)告白もした。 (これで二人は両想い!晴れてラブラブ恋人同士…!) のはず。 しかし、問題が一つ。 せつなは今回の事がラブが慣れない深刻な悩みに耽った挙げ句の暴走。 つまりは非日常、普通ならあり得ないイレギュラーな出来事と捉えて いないか、と言う事だ。 それは困る。大いに困る。トチ狂って暴挙に出てしまったが、 ラブとしては、ここまでやったからには付き合い始めの恋人らしく 日常的にあんなコトやこんなコト……できなきゃ意味がないのだ。 (それに、えっちは気持ち良くなきゃ! このままじゃ、えっちがトラウマになっちゃうかも!! そんなのせつなの為にも絶対良くない!!!) そのトラウマを植え付けたのは間違いなく自分なのだから 『責任取らなきゃ!』 ラブはいつものポジティブシンキングを取り戻しつつあった。 (ようし!!) ラブの体に闘志がみなぎる。 (待ってて!せつな!!女のヨロコビ、ゲットだよ!!!) 了