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第26話『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。クリスマスの奇跡――』 夕闇が降りてくる。この季節特有の凛と張り詰めた空気が、北からの風に乗って吹き付ける。 緑溢れる豊かな街並み。若葉、青葉、紅葉とみんなを楽しませてきた銀杏の樹。 それも寂しく剥き出しの枝を晒すのみ。 景色から色彩が失われていく。終わりの季節。かつてのせつなの心象風景。 大丈夫、そうじゃないってわかってる。手を伸ばし、そっと樹皮に触れてみる。 きっとこの下では力強い命が息づいていて、新しい芽を出すために体を休めているのだろう。 幸せの集う街。人々の笑顔はこんな季節でも翳ることを知らない。 枯れ落ちた葉の代わりに、イルミネーションが飾り付けられる。 既にいくつか点灯し、暗い街並みを優しく彩る。 日々増えていく賑やかな飾り。光の道を描いて誘導するメインストリートの照明。 あちこちから聞こえてくるクリスマスミュージック。リズミカルな音の調べ。 楽しげで、ちょっと寂しげな歌声。 孤独な冬の夜空のキャンパス。この街のみんなと一緒なら、それも心安らぐ名画に変わる。 真っ白な息を吐いて、澄んだ空気を思いっきり吸い込んだ。そして明るい表情で駆け出す。 もうすぐ訪れる、生まれて初めてのクリスマスのために。 「もうじきクリスマスだね。今年は雪が降るといいな」 「天気予報では晴れが続くみたいね。雪が降るのはいいことなの?」 「雪の夜のクリスマスはね、とっても綺麗なんだよ」 出かける前にラブと交わした会話。 初めてだからこそ、せつなに見せてあげたかった。そう残念そうにラブはつぶやいた。 雪の降る聖夜――ホワイトクリスマス。 素敵な響きだと思う。でも、その魅力は来年以降の楽しみにとっておこう。 もう十分すぎるくらいにワクワクしてるから。 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。クリスマスの奇跡――』 クローバータウンストリート。かつて四ツ葉町商店街と呼ばれていた歴史のある往来。 付いて来たがるラブを苦労してなだめて、せつなは一人で買い物に来た。 クリスマスプレゼント。こっそり買ってみんなを喜ばせたかった。 捧げるのではなく、与えてもらうのでもなく、心を込めて贈り、贈られる喜び。 この街で知った、それは大切な幸せだった。 街灯の連なった通りを抜けて、レンガ造りの壁沿いの路地裏にさしかかった時だった。 小太りした老人が座り込んでいるのを見つけた。 品の良さそうな白人のおじいさん。真っ白な髪と同じ色の豊かなひげを蓄えている。 頬と鼻はやや赤く染まっていて、白い肌とあいまってひょうきんな印象を与える。 せつなが近づくと、穏やかな表情で微笑んできた。 「どうかしたんですか? おじいさま。私は、東 せつなといいます」 「これは親切にありがとう。わしの名はニコラスというんじゃ。腰を痛めて休んでおったんじゃよ」 せつなは少し逡巡した後、体を屈めて背を向けた。街は暗く、この辺りは人通りも少ない。 放っておくことはできないと思った。 「お嬢さんや?」 「どうぞ。お家まで送っていきます」 「気持ちはありがたいんじゃが、わしは重いでな。お嬢さんの細腕では無理じゃよ」 「平気です。見た目通りの力じゃありませんから」 老人は躊躇ったものの、せつなは一度言い出したら譲る性格ではない。ついに根負けして背中に体を預けた。 確かに老人にしては体格もよく、かなりの体重だった。それでもせつなに支えきれないほどでもない。 しっかりとした足取りで歩き始めた。 賑やかな場所をくぐり抜けながら、老人の示す通りに歩き始める。 重さは苦痛ではなかったが、街の人々の視線が少し恥ずかしかった。 でも、なぜか誰にも声をかけられることはなかった。誰も、気がつかないかのように。 通りを抜けて静かな公園に着く。住宅街から少しだけ離れた、子供用の小さな施設。 その隅にあるベンチの前で降りると言いだした。 人気のない小さなベンチで並ぶようにして腰をかけた。 「ここは? おじいさまの家までちゃんと送ります」 「いや、ここでいいんじゃよ。ありがとう」 優しいけど、はっきりとした口調。これ以上は干渉してはいけない気がした。 それでも、こんな寂しい場所に一人で置いて去る気にもなれなかった。 せつなは何を話していいかわからず、二人の間に静かな時間が流れる。 「お嬢さん、いやせつなちゃんと言ったかな。――優しいんじゃな」 「私は……優しくなんてありません。本当に優しい子を知っているから」 「ほっほ、それはもしかしたらラブちゃんと言うんじゃないかね?」 「知ってらっしゃるのですか? おじいさま」 「わしは全ての子供を知っておるとも。でも、どうしてじゃろうな。お嬢さんのことだけは思い出せん」 「おじいさんは不思議な人ね。私は遠いところから来たの。だから知らなくて当然よ」 柔らかい表情。吸い込まれるように深くて、穏やかな瞳。積み重ねた年輪が生み出す、包み込まれるような安心感。 せつなは、ふと甘えたいような気持ちになって丁寧語を崩した。 おじいさん。そう呼べるほどの年齢の方と親しく話したのは初めてだと気がつく。 ラブもおじいさんが好きだったと言っていた。その方もこんなに優しい目をしていたのだろうか。 「わしは子供にプレゼントを配るのが生きがいでな。とりわけ困った子や寂しい子にな」 「素敵なお仕事ね。私もプレゼントを買いに行くところだったの」 「せつなちゃんは何か欲しい物はあるかな? 何でも一つだけわしがプレゼントしてあげよう」 「ええっ、私はいいわ。とても幸せだもの。これ以上、欲しいものなんてないわ」 「そう言わずに、どんな大きなものでも構わんよ。一つだけ、わしのためと思うてな」 「なら、小さくていいから三つ。ううん、五つ欲しい」 「ほっほっほ。それは自分の分ではなかろう。わしがプレゼントするのは良い子だけじゃ」 「だったら――私はもらう資格なんてないわ。とても悪い子だもの」 明るく弾んでいたせつなの表情に影が差し込む。おじいさんはそっとせつなの手の上にしわがれた手を重ねた。 せつなはびっくりしておじいさんを見つめる。深い緑色の瞳がその表情を映し出す。心の底まで見透かされた気がした。 おじいさんは、やがてゆっくりと首を振った。 「せつなちゃんには、特別に大きなプレゼントが必要のようじゃな」 「でも、私は……」 「良い子じゃ。わしが言うんだから間違いないぞ」 おじいさんの、優しくて、温かくて、そして確信に満ちた力強い言葉に胸がいっぱいになる。 せつなはふいに涙が込み上げてきそうになって、慌てて立ち上がって後ろを向いた。 泣かされた。それがちょっとだけ悔しくなって、イジワルを言ってみた。 「じゃあ、クリスマスに雪を降らせてほしいわ。――なぁんてね、冗談よ」 「クリスマスに雪じゃな。確かに承ったぞ、せつなちゃんや」 急に突風が吹きつける。せつなが目をかばった一瞬の後、老人はその姿を消していた。 ヒラ、ヒラ、と紙切れが落ちてくる。それはシンプルなクリスマスカードだった。 「イブの日に、夜空を見上げてごらん」 いつの間に用意したのか、素朴なメッセージ。 それからしばらく探し回ったけど、結局どこに行ったのか見つけられなかった。 どうやって消えたのかはわからないけど、事件性は無いと判断してその場を離れた。 ひと時の優しい出会いに感謝しながら。 「へ~不思議なことがあったのね」 「あたしの名前知ってたって? そんな外国人のおじいさんに心当たり無いけど」 翌日のラブの部屋。せつなは集まった三人に昨日の出来事を話した。 ラブのことを知っていた。それに特徴のある容姿をしていた。もしかしたら、誰かそのおじいさんを知っているかもしれないと思ったのだ。 できるならもう一度会いたい。もう少しお話をしてみたかった。 「もしかしたら、本当にサンタクロースなのかも」 「本で読んだわ。でも、それって伝承の中の人物でしょ」 「そうだけど、教父聖ニコラオスっていう実在した人でもあるの」 「確かにニコラスと言ったわ」 キリスト教の司教、ニコラオスの伝説。 貧しさのあまり、娘を売りに出そうとしていた家族がいた。彼はその家の屋根に金貨を投げ入れ、身売りから救ったという。これがサンタクロースの起源なんだとか。 他にも無実の罪で囚われた人を解放したなど、幾多の聖伝が残っている。 クリスマスの前の晩には、子供のいる貧しい家の戸口にプレゼントを置いていったとも伝えられている。 「さすがに詳しいわね、ブッキー。でもそれだって伝説のお話でしょ」 「居たのは事実よ。実話とも言われてるの。でも、遠い昔の外国の出来事だし」 「難しい話はわからないよ。真っ赤な服着たプレゼントを配るおじいさんの話だよね?」 「少なくとも、着ていたのは普通の茶色っぽい服だったわ」 「ある意味、本物なのかもしれないわね。公認サンタってお仕事もあるらしいし」 「趣味でやってる人もいるらしいね。夢を配るためにって」 「あたし、わりと最近までサンタクロースを信じてたんだ。おとうさんだったけど」 「アタシはママだった。ノリノリでサンタのコスプレまでしてたのよ」 「わたしも……。お父さん似合いすぎだった……」 湧き上がる笑い声。どんどん話がずれていく。せつなは苦笑しながら、それでも楽しくみんなの話を聞くことにした。 もともと大して期待していたわけでもない。もしかしたら手がかりが見つかるかもしれない。そんな気持ちだった。 なぜだかわからないけど、もう会えない。そんな予感もしていたのだ。 「どうしたの? せつな。なんか元気ないみたい」 「せつなにとって初めてのクリスマスだものね。ごめんなさい、無神経だった」 「あっ、違うの。ただ、今頃どうしてるのかなって」 「会いたいの? せつなちゃん」 「そういえば失恋した後みたいな顔してるわね。せつなってもしかして」 「ちょっと、馬鹿なこと言わないで! もし、おじいさんがいたら――あんな感じなのかなって」 そう、思っただけよ……。とせつなは小さくつぶやいた。 みんな、せつなの孤独はわかっていたつもりだった。ただ、親しくなりすぎて、馴染みすぎて、時々忘れてしまう。 せつなは親もいない。家族もいない。楽しく遊んだ子供時代が無い。愛された記憶が無い。 サンタクロースを信じていたような夢も、おじいさんに遊んでもらった思い出も、何もないんだってことを。 「ねえ、みんなでそのおじいさんを探そうよ」 「そうね、アタシも会ってみたくなったしね」 「うん、面白そう。やろう」 「ちょっと待って! 会って何かしたいわけじゃないの。迷惑かもしれないし……」 「せつなは会いたいんでしょ。理由なんてそれだけで十分だよ」 「うん、そうだけど」 「出会った近辺の聞き込みから始めましょう。似顔絵なんかがあるといいんだけど」 「せつなちゃん、絵を描ける?」 「自信ないけど、やってみるわ」 ラブが学校の授業で使ってるスケッチブックと色鉛筆を持ってきた。 みんなに注目されて顔を赤らめながらも、せつなはスラスラと鉛筆を滑らせていく。 学校中のクラブ活動にスカウトされた経験を持つせつなの実力。それは絵画でも顕著だった。みるみる白い紙に命が吹き込まれていく。 「凄い上手ね。でも、なんだか本当にサンタさんみたいに思えてきたわ」 「うんうん、お鼻も赤いしね」 「ラブちゃん、お鼻が赤いのはトナカイだと思う……」 「もう! 冷やかすなら見ないで!」 祈里の突っ込みで沸き起こる笑い声に、ちょっとだけせつながむくれる。 そうこうしながらも、かなり正確な似顔絵が描きあがった。外国人であることを強調するために色鉛筆を使ったのも良かった。 街の人たちの反応は予想した通りのものだった。 この辺りにそんな外国人の老人はいない。見たことがないと。 街に住んでいるのではなく、観光客の可能性もあった。それでも、目撃者の一人も見つからないのは不自然だった。 平時ならともかく、今はイルミネーションの飾り付けや商店街挙げてのクリスマス商戦で人通りが多い。 それなのに、せつながおじいさんをおぶって歩いていたのを見た人すらいなかった。 みんなの心に一瞬同じ思いがよぎる。せつなが夢でも見ていたんじゃないかって。 でも――せつなが必死になっている。見ず知らずの他人に、懸命に頭を下げて尋ねている。だから信じることにした。 「すみません、このおじいさんを探しています。心当たりはありませんか?」 「あ~~。着ぐるみで良ければあっちの通りで風船配ってたよ」 「着ぐるみじゃダメなんです……」 「やっぱり本物なのかなあ」 「真面目に言わせてもらえば、本物なんているはずが無いんだけど……」 「もういいの。用事があるわけではないもの。みんなありがとう」 せつなが打ち切りを口にした。もう寒空の下で五時間近く探してくれた。感謝で胸がいっぱいになる。 少しでもせつなを元気付けようと、ラブが広場のツリーの様子を見に行こうと提案した。 四ツ葉町のシンボルの一つ。商店街の外れに設けられた広場。その中心に大きなスギの樹がある。 毎年十二月に入ると、クリスマスツリーへと姿を変える。 年を重ねるごとに買い足され、増えていく装飾。リース、ベル、キャンドル、サンタ人形、模造リンゴ。 数百の装飾と数千のイルミネーションが取り付けられ、幻想的な輝きを放つ。 街中の人たちが一度はこのツリーを見に来て、クリスマスを祝うのだ。 「イブのライトアップはもっと綺麗なんだよ。そうだ! お願いしていこうよ、せつな」 「お願いって?」 「ツリーの頂上にある星飾りはね、トップスターと呼ばれてるの。約束や希望、そして導きって意味があるのよ」 「サンタさんが、そのお星様を目印に空から降りてくるとも言われてるわね」 「ふふっ、本当にサンタクロースにされちゃったわね。おじいさん」 でも、ありがとう。そうお礼を言ってせつなも手を合わせた。 本来はお願い事をする風習なんてない。でも、せつなには確かな約束があった。その時に、また会えることを信じて。 「さあ、ツリーに負けないように、あたしたちもパーティーの準備して幸せゲットだよ!」 「そうね、これ以上ないくらい完璧なクリスマスパーティーにしなきゃね!」 「きっと素敵なパーティーになるって、わたし信じてる!」 「楽しみね。私も――精一杯がんばるわ!」 無理やり口ぐせを決めて、そしてみんなで笑った。 せつなにとって初めてのクリスマス。昨年は戦いで見られなかったから。 今までの思い出を取り戻せるくらい楽しんでもらおうと、ラブたちは計画を立てていたのだ。 昨日も、今日も、そしてきっと、明日も明後日も。 幸せの先には、やっぱり幸せが待っている。そしてより大きな幸せに向かって一緒に歩いていくんだ。 クリスマス・イブ。聖なる日の前夜祭。 桃園家の庭をいっぱいに使って、盛大なクリスマスパーティーが開かれた。 美希を筆頭に、美しく着飾った四人が華麗に短いダンスを踊り、パーティーが始まった。 ラブの作ったドーナツ型のリースが食欲をかき立てる。 祈里手製のサンタやトナカイのぬいぐるみ。可愛らしくあちこちで愛嬌を振りまく。 せつなの作った切り紙のアート。雪の結晶を中心に様々な抽象パターンが幾多の模様を描く。 美希の手製のアロマキャンドル。幻想的な光の揺らぎ。そして香るいくつものアロマが癒しを施す。 圭太郎とあゆみが張り切って取り付けたカラフルな電球の数々。大きな庭に美しい光の絵画を描きだす。 正と尚子の厳かな祈りの後、食卓を彩る数々のご馳走。 フライドチキン。ローストビーフ。ピザにフライドポテト。パスタにサラダにサンドイッチ。 あゆみの教えの元で、クローバー四人で作り上げた料理だった。 そして、最後を飾るのは大きなクリスマスケーキ。イチゴをメインに数々の果物が贅沢に並ぶ。 娯楽の方も抜かりは無い。 圭太郎と正の、冴えない隠し芸が失笑を誘う。あゆみの恥ずかしそうに歌う可愛い声が、雰囲気を和ませる。 その後に披露されるレミの歌声。レコーディング経験もある元アイドルの美声が会場を魅了する。 レミはあゆみにチラっと流し目を送って、少しだけ睨みあって、そして吹きだした。 ラブの華やかなオリジナルソロダンス。せつなの鮮やかなトランプマジック。美希の三度の衣替えによる美しいポージング。 祈里の早編み……は盛り上がらなかった。 夢のように楽しい時間が過ぎていく。それでも予定の半分。ラストを飾るプレゼント交換まで、まだまだゲームやイベントはたくさん残されていた。 ひとまず休憩を挟むことにした。 せつなはふと、胸のポッケが温かくなっているのを感じた。手を入れると、そこにはおじいさんからもらったクリスマスカード。 なんだか呼ばれているような気がした。そして、美希の言葉を思い出す。 「サンタさんが、そのお星様を目印に空から降りてくるとも言われてるわね」 (お星様。トップスター。この辺りで一番大きいのは……) 「みんなごめんなさい。私、行かなきゃならないところがあるの。すぐに戻るから!」 「あっ、待って! せつな、どこに行くの!?」 突然駆け出したせつなをラブが追う。他のみんなも追いかけようとしたがラブが止めた。あたしが付いて行くからって。 動きにくい格好をしてるのはお互い様。本気を出したせつなの脚はとても速い。ラブはあっという間に引き離されていく。 せつなは広場の大きなツリーの前に立つ。 凍えるような寒さにも関わらず、そこは大勢のカップルや友人、家族連れで賑わっていた。 冷たい風を受けて、ツリーの葉や飾りがさらさらと揺れ動く。イルミネーションがゆらゆらと光の残像を描く。 聞いていた以上に美しい、そう思った。でも、ゆっくり見ている気にはなれなかった。 きょろきょろと周囲を見渡しながら求める人を探す。ここに集った人々の中に居てくれることを信じて。 見つからない。焦るせつなの耳に、かすかに響く鈴の音が聞こえてきた。 シャンシャンシャン……。 シャンシャンシャン……。シャンシャンシャン……。 シャンシャンシャン……。シャンシャンシャン……。シャンシャンシャン……。 それは、とても小さな音。ともすれば風にかき消されてしまうほどに……。 せつなの聴覚だから、かろうじて聞き取れるのだろう。周囲でその音に気が付いている人はいないようだった。 それは、空から聴こえてきた。 期待を込めて真っ暗な夜空を見上げた。 しかし、その後はそれ以上は大きくならず、また再び小さくなっていった。 せつなの瞳が失望に暗く染まる。 違う。暗く染まったのは夜空の方。星がひとつ、ふたつと消えていく。 暗い夜空がわずかな光すら失っていく。 そして、何かが落ちてくる。 それは、とても小さな白い結晶。 決して降るはずのない――雪だった。 今度こそ、辺りがザワザワと騒ぎ出す。 あるかないかわからない数だった雪の粒。 徐々に数を増やしていき、チラチラと降り注いでいく。 騒ぎはやがて歓声となり、人々を笑顔に変えていった。 生まれて初めてのクリスマス。そして、ホワイトクリスマス。 雪の降り注ぐ中で見る大きなツリー。街を照らすイルミネーションが雪の輝きと混じりあう。 美しい。それは確かに、言葉にできないほどに美しかった。 「せつなっ! やっと見つけたよ」 「ラブ……雪よ。降らないって、言ってたのに……」 「うん、凄いね。あたしもクリスマスに雪を見たのは、本当に小さい頃以来だよ」 「きっと……」 その先は口にできなかった。ラブにすら、その約束は話してなかった。 クリスマスカードも見せてなかった。 それは、せつなとおじいさんの二人だけの約束だったから。 「イブの日に、夜空を見上げてごらん」 そう書かれているクリスマスカードを、隠れるようにそっと開いた。 せつなの呼吸が驚きで一瞬止まる。 いつのまにか、メッセージが書き換えられていた。 瞳が限界まで見開かれて、そして――やがて涙が溢れ出した。 ~~Merry Christmas~~ せつなちゃんの心のように真っ白で美しい、そんな雪をプレゼントに贈ろう。 自信を持って生きなさい。 ニコラスより、愛しのせつなちゃんへ。 「……あっ……あっ……えっ、えっ、えっ……」 ぽろぽろ、ぽろぽろ、とうつむいたせつなの頬から涙が滴り落ちる。体を震わせ、時に泣き声まであげて。 ラブは驚きの表情でせつなを見つめた。その姿が、まるで小さな子供のように見えたから。 やがてそれが悲しみの涙でないことに気が付いて、そっとせつなを抱きしめた。 何も聞かずに、泣き止むまで――ずっと、ずっと、優しく抱きしめた。 そして、また二人で雪を見つめた。 ラブはせつなと一緒に見られた幸せに感謝しながら。 せつなは、この雪の美しさを一生忘れないように。 この雪に恥じないように生きていこうと誓いながら。 「さっ、せつな。帰ろう。あたしたちを待っててくれる人たちのところに」 「うん……。私たちの家に」 その雪は、クリスマスの夜まで静かに降り続けた。 せつなの幸せを――やさしく見守るかのように。
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(あたしも女の子なんだな.....) 最近、ふいに目を覚ましてしまう事がある。 決して眠りが浅い訳ではないのだけれど。 恋の悩みに直面してる。 それは嬉しくもあって、寂しくもあって。 「おはよう、ラブ。」 せつなに会える朝は待ち遠しくて。 「おやすみなさい、ラブ。」 せつなと別れる夜は胸が苦しくなる。 目を閉じれば、自然と浮かぶせつなの笑顔。 あたしにそっと微笑みかける。 「そんなに悩まなくてもいいのに。」 「だって…。あたしってさ…」 「ラブはラブのままでしょ。そのままが一番よ。」 「でも…」 「でも?」 せつなはあたしの事――――好きかな 肝心な時に目が覚めちゃう。 (はぁ~あ…) 暗い部屋の天井をぼーっと見上げて。 せつなと毎晩一緒に寝れたら…どんなにしあわせなんだろう。 別に一緒に住んでるんだから臆することなんてないんだけど。 だけど―――ね 枕を抱いて寝る癖がまた出始めちゃって。 ほんと恥ずかしい。 せつなに何回見られちゃったか..... 「ほんと子供っぽいよね、あたしって。」 「そうね。」 「早く立派な大人にならないとなー」 「いいんじゃない?子供っぽくても。」 ちょっと澄ました顔で呟くせつな。 どうせあたしはいつまで経っても子供ですよーだ。 「そんなラブも―――好きよ。」 平然と言ってくれるんだよね、すっごい台詞を。 あ、もちろん、これは夢じゃなくって。 「わはー!朝から嬉しすぎるよー!」 こうしてまた一日が始まる。 もしかすると人生で一番、今がときめいてるのかも。 まだ14年しか生きてないけどね。 (枕より私を抱きしめて欲しいのに.....) ~END~
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【願い星 叶え星】/恵千果◆EeRc0idolE R18 「せつ……な……」 また、せつなを呼ぶ自分の声で目覚める。 時々見る、まったく同じ夢。 せつながあたしから離れて、遠くへ行ってしまう夢。 それは夢なんかじゃなかった。まごうことのない、現実。 あたしは確かにそれを受け入れたんだ。 お互いがんばろうねって、笑いもした。 けどそれは、ふり。受け入れた、ふり。 頭では理解していても、心では納得ができないでいる。 あたしはせつなを想う。夏になった今も、なお。 「ラブ、おはよ」 「おはよ、由美」 「放課後、昨日言ってたケーキ屋さんにみんなで行くの。七夕スペシャルパフェ。ラブも行くでしょ?」 「そうだね」 「蒼乃さんや山吹さんも誘う?」 「どーかな、ふたりとも忙しそうだから」 「そっか、残念だね」 予鈴を合図に、あたし達は席に着く。 あたしは授業に没頭する。 この春、著しく成績が下がって、お母さんは学校から呼び出しを受けた。 けど、お母さんは何も言わなかった。それが、かえって辛くて、あたしはお母さんに八つ当たりをした。 そんなあたしに、お母さんは言った。 「ラブ、せっちゃんの所に行きたいなら、構わないのよ」 「えっ……」 あたしは言葉を失った。 「ラブの気持ちくらいわかるわ。これでもあなたの母親だもの。 けど、約束して。いつかせっちゃんとまた会える日のために、自分を磨いておいてほしいの。 あなた達が再会した時、せっちゃんがもっとラブを好きになるように」 お母さん、ありがと。あたし、ちゃんとするよ。 いつか、せつなと一緒に居られるようなあたしになるために。 それからだ。あたしの成績はぐんぐん伸び、気づけば勉強が面白くなっていた。 せつなと暮らしていた頃の特訓で、基礎は叩き込まれていたらしい。 両親や先生だけでなく、美希たんやブッキーにも誉められた。 それでも、相変わらず夢は見た。 離ればなれになったばかりの頃は、毎晩のように見ていた夢。 回数こそ減ってはいたが、時々思い出したように定期的に見てしまう。 まるで彼女の居ない現実を、目の当たりにさせるかのように。 せつなの夢を見た日は、なかなか寝付けない。 朝の夢の残滓を引きずるように、ベッドの中で悶々とする。 せつなの声を、指を、舌を、あたしの身体は痛いくらいに覚えてる。 今夜もそうだった。 あたしは、パジャマにそっと触れる。 せつなのとおそろいの、ピンクのパジャマの中に、優しく手を差し入れた。 これは、せつなの指。 胸の突起を転がす。物足りない。唾で指を湿らせ、もう一度つまびいた。 これは、せつなの舌。 「ふ……」 愛しい人を思い出し、声がもれる。 胸への刺激は続けながら、もう片方の手を下着の中に差し入れる。 熱い潤いを感じ、塗り広げていく。中心に息づいた芯を、中指で左右に押しながら揺さぶる。 快感が全身に伝わってゆく。 「せつなっ!せつなあっ!」 何度も腰が跳ね上がり、あたしは果てた。 せつなを感じ、せつなをなぞる行為に夢中になった。 だから、気づかなかった。一瞬、赤い光が部屋を満たしたことに。 「はあ……はあ……」 まだ息の荒いあたしの脚に遠慮がちに触れる、誰かの細い指。 余韻に震えるあたしに生まれる、驚きと戸惑い。 その指は、ぴんと突っ張るように伸ばしていたあたしの脚を開く。 暗闇であたしの中心を探り当て、忍び込む。 馴染みのある感覚。この感じ、あたしのここは覚えてる。 愛しい指は、ノックするように抜き差しを繰り返した。 「ううっ、あん!あん!」 声を押し殺し、啼く。叫ぶ。大きくなる確信。沸き上がる歓喜。こぼれ落ち、シーツに染み込む涙。暗かった世界は、真っ白になった。 ぐったりしたあたしに、せつなはキスの雨を降らせる。 「帰ってくるなら連絡してよ……」 「恥ずかしいラブの姿を見たかったから」 「もう!」 「ふふ、驚かせた?ごめんなさい。けど連絡はできなくて。何故かメールも電話も繋がらないの。今、原因を調査中」 「今日は休暇?初めてだね、会いに来てくれるの」 「ええ。今日だけは絶対帰るって、行く前から決めてたから。ウエスターやサウラーも呆れてたけど」 せつなは楽しそうに笑った。 たくさん話した。せつなの仕事、ラビリンスの様子。 復興を最優先にするために、リンクルンを鍵のかかる場所にしまいこみ、その鍵をサウラーに管理してもらっていたこと。 復興が一段落し、いざリンクルンを取り出してみると、電話もメールもできなくなっていた。 けど、せつなはがんばれた。 七夕には帰る。あたしに会いに。そう決めていたから。 そして……。一人寝の夜のこと。あたしを想い、せつなもひとりで苦しんでいたんだ。 あたし達って、似た者同士なのかな。 「これからもっと忙しくなるの。でも、必ずまた来るわ」 「あたし、せつなが」 「待って。わたしに言わせて。いつか、いつか大人になって、ラブが自由にどこにでも行けるようになったら……ラビリンスに来てほしいの!」 「……」 「返事は?」 「……ずるい」 「何が?」 「あたしが先に言うつもりだったのになー。いつかラビリンスに、せつなの側に行かせてほしいって」 「ラブ……約束よ?」 「もちろん!せつなの側がいい。せつなの側じゃなきゃ、いやなの」 抱きしめたせつなから、想いがあふれてる。たぶん、あたしからも。 たとえ住む場所は離れてても、心は離れない。 誓いの口づけ。七夕の夜に、将来を誓い合う恋人たちのシルエット。 織姫と彦星も、きっと天の川から見てる。 あたしはこの夜を、一生忘れない。
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第5話『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。クローバーで遊園地――』 たくさんの人が波を作る。 波は大きな流れとなって人々を誘う。 大勢の人が同じ目的で列を成して歩く。ラビリンスでは馴染んだ光景。 違うのは表情。そして、繋がり。 家族、友達、恋人同士。 笑顔と興奮と感動。 そこにある――幸せ。 「どうしたの、せつな。驚いちゃった? 休日の遊園地だもの、このくらい当然よ」 「もし、調子悪いなら言ってね。色々お薬もあるから」 「ごめんなさい、平気よ。みんな楽しそうね」 心配そうな美希とブッキーに笑顔を返す。せつなにとって初めての遊園地だった。 「お待たせ! チケット買ってきたよ。今日は一日フリーパスなんだから」 「そうこなくっちゃ!」 「うん、楽しみ!」 「私もたくさん乗ってみたいわ」 せつなは期待に胸を膨らませる。それは、幾度か経験のあるラブたちも同じ。 せつなと乗れる。せつなと遊べる。新鮮な喜びを分かち合える。それが何より楽しみだった。 入場門をくぐる。 一歩先はおとぎの国。人を楽しませるためだけに存在する空間。幸せの集う場所。 「さあ、行こう!」 ラブにつられるように、四人はいっせいに駆け出した。 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。クローバーで遊園地――』 「私、あれに乗ってみたい!」 せつなが指さしたのはメリーゴーランド。 優しい光と、楽しい音楽。可愛い動物達に乗って回転に身をまかせる。誰に振ったかわからない手を見つけて、せつなは手を振り返した。 「とほほ、この歳で乗ることになるなんて」 「まあまあ、このポニー、家で預かってる子にお鼻が似てるし」 「知らないわよ、そんなの」 「恥ずかしくないよ、美希たん。あたしは今でも好きだよ」 次はコーヒーカップ。 緩やかな螺旋を描きつつ、高速で回転する。――いや、高速なのは一重にラブのせいだ。 せつなは平然と、美希と祈里は抱きあって悲鳴を上げていた。 「いっくよ~」 「ちょっと、ラブ、早すぎよ!」 「ラブちゃん目が回る」 「複雑な動きね。サイクロイド曲線になっているのね」 「だから……知らないわよ」 そして……観覧車で休憩。 コトコトコト、ゆっくりと上昇していく。室内は冷房が効いていて快適だ。 ラブは案内図を見ながらせつなとコースを確認する。美希と祈里は……。 「う~~気持ち悪い。酔った……」 「はい、美希ちゃん。乗り物酔いのお薬、先に飲んでおけばよかったね」 そう言う祈里も、青い顔をしながら薬を飲み込んだ。 そして、ジェットコースター! 最近リニューアルされた目玉アトラクションだ。 ゴンゴンゴン。ゆっくりした上昇から一気に急降下する。自由落下に迫る下降速度は、人体の感覚を狂わせ混乱に陥れる。 水平回転、宙返り、垂直ループ。バンク角度と高低差がついた急カーブ。次々に襲いかかる恐怖に乗客は絶叫する。 「「「きゃぁぁぁぁぁ!!!」」」 みんなも叫んだ。ラブは笑顔で、美希とブッキーは目を閉じて。 せつなはそんな様子を、不思議そうに見ていた。 「どうしたの、せつな? 楽しくなかった?」 「楽しくないわよ、アタシは死ぬかと思った」 「うん、怖かったよ~~」 「どうして……。――ううん、なんでもない」 乗り物は疲れたので、お化け屋敷に入ることにした。 このお化け屋敷は、本格派と評判も高い。 ラブはせつなと。美希は祈里とそれぞれペアを組んだ。 「きゃぁぁ! せつな、あれ! あれ!」 「落ち着いて、作り物よ。そっちはただの水蒸気よ」 「いゃぁぁぁぁぁ!」 「大丈夫よ、美希ちゃん。この子たちは可愛いよ」 なんとか出口にたどり着いた。 「なんか色々疲れた……」 「わたしは楽しかった!」 「あたしもすっごく楽しい。せつなは? あれ……せつな?」 「ねえ、ラブ。どうして……わざわざ恐怖を与えるような物を作るのかしら。ジェットコースターにしてもそう。スピード感を楽しみたいにしては、度が過ぎていたわ」 不満、と言うほどでもない。ただ、何か釈然としないとせつなは語った。 実際、出口から出てくる子供たちの中には、恐怖で泣いている子も少なくなかった。 そして、そんなものほど人気が高いのも納得がいかなかった。 「えっと、なんて言うんだろう? 怖いから楽しいというか」 「叫ぶのが気持ちいいのかな?」 「勇気を試すのよ……多分」 ラブたちの説明も、どれも満足のいくものではなかった。 (この世界で育っていない私には、理解できないのかもしれない) なんとなく寂しい気持ちになる。 「えーん、えーん。おにいちゃん。ぱぱ~、まま~」 小さな女の子が泣いていた。迷子らしい。ラブたちは駆け寄った。 「どうしたの?」 ラブはしゃがんで事情を尋ねる。祈里はハンカチを取り出して涙を拭う。 美希は係員を呼びに走った。 手際のよい行動に、せつなは目を丸くする。自分は何もできなかった。 少し考えて、アイスクリームを買うことにした。甘いものを食べれば、少しは気持ちが落ち着くかもしれない。 「はい、どうぞ」 お姉さんたちに囲まれ、優しくしてもらって安心したのだろう。お礼を言って女の子は食べ始めた。 そのまま、しばらく話し相手になった。両親とはぐれて兄妹だけになったこと。そのお兄さんともはぐれてしまったこと。 話していて恐怖を思い出したのか、また泣き出しそうになる。大丈夫よ、そう言ってせつなは抱きしめた。 遊びにきて、怖い思いをする。残念なことだと思う。 「あっ! ぱぱ~、まま~、おにいちゃん~」 女の子が、迎えに来た家族を見つけて駆け寄った。抱きついて号泣する。そして、すぐに満面の笑顔を取り戻した。 その子のご両親が丁寧にお礼を言う。 別れ際、その笑顔を見て思う。それは――今日見たどんな笑顔よりも輝いていると。 でも、どうして……。 そう考えて、思い至る。あの子の心を満たすもの。それは――安心。 はぐれるという不幸を体験したことで、普段感じていない、家族と一緒にいられる幸せを実感したんだ。 幸せと不幸は隣り合わせ。幸せを求めることは、ただ不幸を否定して遠ざけることではないのかもしれない。 だったら……。 ジェットコースターもお化け屋敷も、同じなのかもしれない。 安全に恐怖を体験することで、無事帰還する安心と喜びを得るためのアトラクション。 やっぱり……この世界の全ては優しさに満ちている。せつなは嬉しくなった。 「ラブ~美希~ブッキー~! 私、もう一度ジェットコースターに乗りたいわ。行きましょう!」 「うん、行こう。せつなっ」 「「えぇぇぇ――!!」」 せつなとラブは、それぞれ嫌がる美希と祈里の手を取って駆け出した。 「ねえ、ラブ。私はあまり恐怖は感じないの。だから、みんなほどさっきは楽しめなかった」 幼い頃からの訓練の繰り返し。その中にはGの耐性訓練も含まれていた。 「でも、今度は楽しんでみせる。精一杯、大声で叫んでやるんだから!」 そう言って笑うせつなの表情は――やっぱり今日一番に輝いていた。 たくさんの人が波を作る。 波は大きな流れとなって人々を導く。 大勢の人が同じ目的で列を成して歩く。繋がり、共感し、分かち合う喜び。 思いやりに満ちた施設と催し物。 家族、友達、恋人同士。 緊張と恐怖と安堵。 そして思い出す――幸せ。
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ねぎぼうの140文字SS【15】 1.ラブせつで『手繰り寄せた糸の先』/ねぎぼう 四つ葉町中を駆け回る。 もう一度その手をとるまでは……。 夕暮れになっても見つからず途方に暮れる。 それでも見えない糸口を手繰り続けた。 ―― 行くあても帰る場所もなく途方に暮れていた。 信じていた光も遠く閉ざされていく様に感じられた。 でも本当の光は…… ――手繰り寄せた糸の先にあった光。 2.ラブせつで『愛してる、って言ったら満足?』/ねぎぼう 「愛してる、って言ったら満足?」 (この世界の人間など……) 「そうだったらあたし本当に嬉しいよ!だってせつなが大好きだもん!」 まさかラブの背中にはまだあの羽根が? 「でも、せつなにもきっと大切な人がいるから……だから、言わなくてもいいよ」 そんな『天使』に目を背けるしかなかった。 3.ラブせつで【いつもとは逆の立場で / 吐息まじりに】/ねぎぼう 「新井白石が行った政治改革は何?」 「え~っと、しょ、しょ、『聖徳太子』!?」 「よく覚えていたね。でも、正解は『正徳の治』だよ」 「あ、そうなのね……」 せつなに勉強を教えるラブ、いつもとは逆の立場の二人だった。 吐息まじりに「はあ……歴史って難しいのね」 (せつなもたまにボケるなあ……) 4.ラブせつで『隣の人』/ねぎぼう 隣の人はその肩にもたれて気持ちよさげに眠っていた。 (起こすのも可哀想だけど、このままじゃ風邪をひくわ) せつなは毛布をかき集めてラブにかけると、頭を膝枕する。 そして自分は壁にもたれ掛かった。 「眠れなかったわね」 でも、この温もりがずっと続いてくれるなら……眠れないことも悪くない。 5.ラブせつで『ご機嫌取りも楽しみのひとつ』/ねぎぼう 「今日もそのペンダントでお出掛けかい?ご機嫌取りも楽しみのひとつのようだね」 「馬鹿なことを。私はメビウス様のお役に立つことを成しとげる。ただそれだけだ」 「ほう。ならそのタートルネックの服はなんだい?」 「こ、これは……作戦のひとつだ」 部屋ではウエスターが鼻血を噴いて倒れていた。 6.ラブせつで『愛に近い執着』/ねぎぼう 「まあいい、これでいつでもあの子に近づける」 「まあいい、次はあの子の変身アイテムを奪ってやる」 「まあいい、次は……」 “イースさん、まさに愛に近い執着ってやつですか?” 「ふん、愛などと虫酸が走る。そもそもこんなものがあるからいけないのだ、こうしてやる!」 「せつな~!」 「ラブぅ」 7.ラブせつで【 特別なフリをして 】 42話のイメージで/ねぎぼう 「ニンジン代わりに食べて、お願い!」 「もう、今日だけよ」 特別なフリをして、私の皿にニンジンのソテーを移させる。 「明日はちゃんと食べなきゃね、ラブ」 「明日もニンジン?」 「いいわね、ラザニアに入れちゃいましょう!」 「お母さん!?」 そうだ、明日から私は…… 「お母さん、肩もませて」 8.ラブせつで『本当、だったり。』/ねぎぼう 「せつなの占い、ぜんぜんデタラメなんかじゃなかったよ」 (占いはデタラメ、だったり……時には本当、だったり。 時々は本当らしいことも混ぜたほうが騙すのに効果があるから) 「占いは当たるかも当たらないも本人しだいよ」 (どんなに騙しても……全部本当のことのなるのだから。羨ましいくらい) 9.ラブせつで『新婚ごっこ』/ねぎぼう 「ただいま!」 「おかえり」 帰ってきて、そこにせつながいるのはとっても幸せ。 でももう少し欲張ってもいいよね? 「『アレ』でお出迎えして欲しいなあ」 「もう、ラブったら」 そう、『新婚ごっこ』でね。 「お風呂にする?ご飯にする?それとも……わ・た・し?」 せつな、顔が紅いよ? 勿論答えは…… 10.ラブせつで『どうせ嘘なんでしょう?』/ねぎぼう 「どうせ嘘なんでしょう? ウエスター。貴方の下手な嘘はもういいわ」 「ウエスターの言っているのは……嘘じゃないんだ、イース」 「サウラーまで!?」 「キュアピーチが……解放記念公園で踊っているんだ、今!」 せつなが窓から公園の方向に目をこらすと、観衆の取り囲む中央に確かにいた。 「ラブ!」 ※崩壊したメビウスタワーの跡地が公園になっていそう、ということで。
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四つ葉になるとき ~第1章:届け!愛のメロディ~ Episode4:寄せる波、返す波 風が出てきたのか、窓ガラスがガタガタと音を立てる。 私はそっと起き上がり、ベッドから抜け出した。 二段ベッドの、私の上の段にはラブ。 隣りのベッドの、上の段には美希。下の段にはブッキー。 昼間の練習で疲れたのだろう。三人とも、ぐっすりと眠っている。 私は静かにガラス戸を開けて、ひとりベランダに出た。 昼間とは違う、少し冷たい感触の木の手摺りから身を乗り出すと、 今は夜と同じ色の私の髪を、不思議な匂いのする風が撫でる。 昼間と違って、黒々とした水を湛える海。 まるでぽっかりと巨大な穴が開いたように、闇は遠くなるほど濃くなって、 空との境界すら、よくわからない。 この世界では、地表の70%は海だと、本で読んだ。 人々は、30%しかない陸地に寄り添って暮らし、 その周りを、膨大な量の水が取り巻いているのだという。 強大な水の力の暴走で、大きな不幸に見舞われたことも、 太古の昔から現在まで、度々あったらしい。 全てを見渡せないほどに、果てしなく広く、 想像すらできないほどに、限りなく深く、 人間の力では太刀打ちできない、この世界での圧倒的な存在。 それなのに――私は不思議な気持ちで、目の前に広がる景色を見つめる。 空には少しかすんだ月と、きらめく無数の星々。 海を抱くように取り囲む山肌には、ポツポツと見える民家の灯。 空と地上の、小さいけれど確かな光たちに答えるように、 海の上には白い波が、かすかに浮かんでは消え、また浮かんでは消える。 密やかで、穏やかで、何だかほのぼのとしたあたたかさすら感じる光景。 かつて忠誠を誓った、絶対者を思い出す。 この海と同じように、私に見えていたのは、きっとほんの一部。 いや、本当は全く見えていなかったのかもしれない。 精一杯尽くしても、この身を投げ出しても、 想いは虚しくすり抜けて、決して届くことはなかった。 圧倒的な存在だから、誰の手も届かない。そう思っていた。 だけど、海は・・・。 一匹の蟹が、まるで波と遊んでいるように、砂浜をよちよちと歩いている。 私は夜風に吹かれながら、かろうじて見えるその小さな影に、しばらく目を凝らしていた。 四つ葉になるとき ~第1章:届け!愛のメロディ~ Episode4:寄せる波、返す波 「オッケー。じゃあ、午前中はここまで。」 ミユキさんの言葉で、アタシとラブとブッキーは、いっせいにへたり込む。一緒に座り込みかけたせつなが何とか堪えて、水の入ったペットボトルを、人数分持って来てくれた。 さすがに息は荒いけど、アタシたちよりは断然、体力のある彼女。これでダンスはこの合宿で初めてやったって言うんだから、ホントに驚いてしまう。 「せつなちゃん、よく頑張ったわね。ちゃんと水分採って、昼休みはゆっくり休むのよ。」 ミユキさんの言葉に、はい、と笑顔で頷いて、せつなは額に浮かんだ玉のような汗を、タオルで拭った。 ダンス合宿も今日で五日目。明日はスタジオの掃除をして、午後にはここを発つことになっている。だから事実上、ここで練習するのは、今日が最後だ。 二日目からレッスンに加わったせつなは、初心者ということで、昨日までは別メニューのレッスンを受けていた。で、晴れて今日からアタシたちと合流して、一緒に踊っている。 数カ月先に始めたアタシたちからすれば、たった三日で肩を並べられるなんて、正直複雑・・・というのが、普通の反応だと思うのだけど・・・。 「せつな、凄いね!もうあたしたちとほとんど同じように動けてるじゃん。」 少なくとも、自分のことのように得意げにそう言うラブには、そんなこと関係ないらしい。 「ホント、せつなちゃん、とっても上手だよね。わたしも頑張らなきゃ。」 ラブの向こうから笑顔を見せるブッキーは、そんなことより、せつなを「せつなちゃん」と呼ぶこと自体が、嬉しくて仕方のない様子だ。 そう言うアタシだって、せつなが隣りで一緒に踊ってるっていうだけで、何だかとても嬉しい・・・ま、まぁ、しばらく完璧にダンスをサボっていたアタシたちが、そもそもエラそうなことは言えないのよね。 「ありがとう。でも、まだまだよ。」 遠慮がちにほほ笑むせつなに、ラブが力強くかぶりを振る。 「そんなことないよぉ。もう、あたしたちと同じように踊れてるもん。ねっ、そうですよね?ミユキさん!」 「そうね。まだ完全とは言えないけど、初心者とは思えないくらい、動きはスムーズよ。みんなとも、動きは合ってきているわね。」 「ほら、ねっ!」 勢い込んでせつなの顔を覗き込むラブに、ミユキさんが苦笑する。 「ほらほら、早く食堂に行かないと、お昼ご飯が冷めちゃうわよ。」 「はーい!お腹空いたぁ~。」 食事と聞いて、途端に勢い良く立ち上がったラブに押されるように、せつなとミユキさんがスタジオを出ていく。クスリと笑って後を追うブッキー。アタシもその後に続きながら、心の中で、少しだけ首をひねった。 さっきの、せつなのダンスを評したミユキさんの言い方が、何か・・・いつもの、オッケー!と力強く言ってくれるときとは、少し違っていたような気がしたから。 ☆ その日の午後のレッスンは、それまでとはまるで違ったものになった。昼休みを終えてスタジオに戻ってきたアタシたちに、ミユキさんがこう言ったのだ。 「午後は、いつものレッスンじゃなくて、課題をひとつやってもらうわ。あなたたちが四つ葉のクローバーとしてやっていけるかどうか、その最初のテストだと思って。」 「え~っ!?テ、テストだなんて・・・。」 「せつなはまだ、ダンスを始めたばかりなんですよ?」 「もし出来なかったら・・・どうなるんですか?」 黙ってミユキさんを見つめるせつなと、口々に不安と不満を口にする、ラブとアタシとブッキー。そんなアタシたちを見渡して、ミユキさんは少しだけ、その目の光をやわらげた。 「安心して。出来なかったらもうレッスンしないだなんて、そんなことは言わないわ。でもね、これは今だからこそ、やってほしい課題なの。」 ミユキさんの熱のこもった語り口に、その場の空気が、ぴんと張り詰める。 「このダンス合宿の最初の夜に、あなたたち四人の心はひとつになった――そう言ってたわよね、ラブちゃん。ならば、それを私に見せてほしいの。」 「ミユキさんに?どうやって・・・。」 不安げに眉根を寄せるラブに、ミユキさんはいつものように、ビシッと人差し指を立てて、きっぱりと答えた。 「もっちろん、ダンスでよ!」 「う~ん。ミユキさんの課題、難しいよぉ。」 スタジオの隅で膝を抱えて、ラブがハァ~っと溜息をつく。 「難しいって言ってばかりじゃ、何も始まらないじゃない!でも・・・」 「どこからどう始めたらいいのか・・・」 ラブを励ましてはみたものの、その先が続かないアタシと一緒に、ブッキーもうつむいた。 ミユキさんから出された課題――それは、四人でひとつのテーマを決めて、それを創作ダンスで表現してみせる、というものだった。 「この際、技術的なダンスの出来はあまり問わないわ。長さも、どんなに短くても構わない。音楽も無くてもいいし、必要なら、このスタジオにあるものを自由に使ってくれていいわ。」 課題に続けて、細かな指示をてきぱきと伝えてから、ミユキさんはアタシたちの顔を、順繰りに見つめた。 「ポイントは、ひとつのものを四人でいかに表現するか、ということ。そのために何が大切か・・・それは、あなたたちで見つけるのよ。期限は明日の朝まで。素敵なダンスを見せてもらえるのを、楽しみにしているわ。」 そのときの、キラリと光ったミユキさんの瞳を思い出して、アタシは顔を上げた。 「とにかく、何か始めよう。やっぱりまずは、テーマを何にするか、よね。」 アタシの言葉に、せつながうん、と頷く。 「そうね。テーマを決めて、それを私たちで表現するんでしょう?だったら、私たちが表現できるものでないと。」 「うん。でも、わたしたちに表現できるものって、何かな。」 ブッキーが小首をかしげると、ラブが、そうだっ!と満面の笑みで立ち上がった。 「やっぱりさ。せっかく海のそばに来てるんだから、テーマは海にしようよ!」 「海、ねぇ。」 いかにもラブらしい提案だと思いながら、何となく相槌を打ったアタシは、 「ちょっと待って、ラブ。」 隣りから聞こえてきた戸惑ったような声に、顔を上げた。 声の通りに、信じられないという表情のせつなが、ラブを見つめている。 「海なんて・・・どうやって表現するの?だって、海ってたくさんの水の集まりだし、それにあんな大きいものを・・・」 「い、いや・・・あのね、せつな。」 真剣に悩みながら言葉を紡ぐせつなに、アタシは慌てて声をかけた。 「表現するっていうのは、何もそれを丸ごと体で再現しろ、って意味じゃないのよ。そんなこと言ったら、海を表現するなんて絶対に無理でしょ?」 「え、違うの?」 キョトンとした顔で問い返してくるせつなに、当り前でしょう!という言葉を何とか飲み込む。本人は至って真面目なのだから、そう言うのは酷というものだ。考えてみれば、音楽も踊りも無かったというラビリンスでは、何かを表現するということも、まるで無かったのだろう。 (仕方がない。ここはモデルという、れっきとした表現者を目指しているアタシが、ちゃんと説明しなきゃならないわよね・・・。) アタシは顔では何とか笑顔を保って、頭の中では必死で言葉を選ぶ。 「そうじゃなくて、ええと・・・そのもののエッセンスっていうか、そのものから受ける印象や、そこから生まれる感情を、表現するのよ。」 「印象・・・。感情・・・?難しいのね。でも、それを見た人が、海だってわからなくちゃいけないんでしょ?」 「うーん・・・別に、絶対にわからなきゃいけないってわけじゃないんじゃないかな。同じ海でも、見る人によって感じ方は色々だもの。要は、アタシたちの海を表現すればいいっていうか・・・」 「もぉ~、美希たん!難しいことごちゃごちゃ言ってないで、まずは実際に海を見に行こうよぉ。そうすれば、何を表現すればいいか、きっと見つかるよ!」 アタシのしどろもどろの解説は、しびれを切らしたラブの言葉であっさりと打ち切られた。ホッとしたというか、ちょっと残念というか・・・。 「ラブちゃん、結局、海に行きたいだけだったりして。」 アタシたちの様子をおとなしく見ていたブッキーが、相変わらずのんびりと、だけど的確につっこむ。 「いやぁ、あはは~・・・とにかく、実物を間近で見るのが一番!」 結局ラブに押し切られて、アタシたちは海へと向かったのだった。 ☆ 「わっはぁ~!やっぱり、すっごくきれい~!」 一気に波打ち際まで駆けていくラブ。そんなラブに呆れた顔をしながらも、好奇心を抑えきれない様子のせつなが、それに続く。ブッキーは二人をニコニコと眺めながら、一歩一歩確かめるように、砂浜を歩いている。 焼けつくような、という言葉がぴったりの、真夏の太陽がアタシたちの真上にある。あくまでもレッスン中ということで、アタシたちはダンス服のまま。もっとも足元だけは、アタシとブッキーは素足にビーチサンダル、ラブとせつなは素足にダンスシューズを履いている。あんまり人に見せたい恰好じゃないけど、この浜は遊泳区域ではないらしく、この季節だと言うのに、人は全然いなかった。 「こんなに海のそばにずっと居たのに、レッスンで忙しくて、ほとんど来られなかったものね、美希ちゃん。」 「え・・・ええ、そうね。」 アタシはと言えば、ここへ来てから突然あることを思い出して、途端に歩みが遅くなっていた。 キラキラ光る青い海、白い砂浜・・・そう、あのときも確か、こんな光景が広がっていた。そしてそこに潜んでいた、赤黒くて、柔らかい・・・ (ひっ!) 「どうしたの?美希ちゃん。」 「な・・・なんでも、ないわ。それより、は、早く始めないとね。ラブ!せつな!」 アタシは、かぶっていた帽子のつばに隠れるようにしてブッキーの視線から逃れると、まだ波と戯れている二人に声をかけた。 「それで、海をどう表現するか、どうやって決めればいいのかしら。」 砂浜に座り込んだアタシたちは、せつなの言葉に、それぞれじっと考え込む。 「まず、海って言われて何を思い付くか、挙げていったらどうかな。そこからイメージを膨らませたらどうかしら。」 少し遠慮がちにそう言ったのは、ブッキーだった。それを聞いて、ラブが早速指を折り始める。 「えーっと、海って言えばぁ・・・広い、大きい、青い、あと・・・しょっぱい、気持ちいい、楽しい!」 「ラブったら、形容詞ばっかりじゃない!それから、砂浜、燈台、夕陽、なんてのもあるわね。」 「たくさんのお魚さんたちに、貝類、プランクトン、それに、クジラやイルカみたいな哺乳類や、軟体動物と呼ばれるイカやタ・・・」 「ブ、ブッキー!!・・・生き物はちょっと、難しいんじゃない?」 「え?ダメ?」 ダメっていうか、勘弁して。・・・困った、何だかアタシ、だんだん笑顔が引きつってきた気がする。 「えーっとぉ、そしてここから、どうすればいいんだっけ?」 「挙げてみたはいいけれど、何だかその先につながらないね。」 幸いアタシの様子には気付かず、困り顔のラブとブッキー。やがて、 「あっ、そうだ!」 ラブが目を輝かせて、せつなに向き直った。 「ねぇ。せつなは今度の合宿で、海を初めて見たんだよね。ねえねえ、どう感じた?」 「え・・・私?」 せつなが驚いたように目を見開く。やっと立ち直りかけたアタシも、言葉を続けた。 「そうね、第一印象って大事だもの。せつな、聞かせてくれる?」 ラブとアタシの顔を交互に見つめてから、せつなは砂の上に視線を落とす。そしてしばらく考えてから、ぽつりと言った。 「とても・・・驚いたわ。」 「海って、図鑑の写真でなら見たことがあったんだけど、写真じゃ広さは伝わらないのね。 こんなに一面、見渡す限り水面が広がっていて。それが生き物みたいにうねったり、凄くキラキラ光っていたりして。ホント、まるで想像を超えていたわ。」 口元に柔らかな笑みを浮かべて、ゆっくりと静かに語るせつな。その瞳も、海に負けないくらいキラキラと輝いている。 「とても雄大で、きれいで、そして・・・何だか不思議な感じがした。」 「不思議?海が?」 ブッキーが、表情まで不思議そうにしながら問いかける。 「ええ。海って、陸地の倍以上も広いんでしょ?そんな、この世界で一番大きな・・・圧倒されるくらい大きな存在が、こんな近くにあるんだもの。」 「う~ん、まぁ、海はこのずーっと遥か先まで続いているんだから、近いって言っても、それはごく一部だけどね。」 せつなの言いたいことがよくわからないまま、アタシはそう言って、彼女の横顔を覗き見る。 せつなは人差し指を唇に当てて、少し難しい顔をして考え込んだ。その姿は、懸命に言葉を探しているようにも、続きを言おうかどうしようか悩んでいるようにも見えて・・・。 やがて唇から指を離すと、せつなは再び、静かに口を開いた。 「私ね。何よりも強くて大きな存在は、簡単には手の届かないものだって、ずっと思ってたの。」 あ、と思った。 この世界では違うのね。そう言うせつなの笑顔は、何だか痛みをこらえているようにも見えて、アタシは何も言えなくなる。 「勿論、天候が悪くなって海が荒れ狂えば、大変なことになるって本で読んだし、ニュースでも見たわ。 でも、普段の海を、みんな怖がったりしない。こうやって眺めたり、遊んだり。魚を獲ったり、潜ったり、船で渡ったりもするのよね。海の方だって、普段はこんなにきれいで穏やかで・・・。 海は巨大な水域で、意思なんか無いってわかってるけど、でも、それが・・・何だか不思議で・・・。ごめんなさい、上手に言えないけど。」 最後はうつむき加減で、せつなが小さな声でそう締めくくった、そのとき。 「わっ!みんな逃げて!!あの波、ここまで来そうだよっ!」 ラブが突然大声を上げて、立ち上がった。 「キャー、ホントだ!」 「せつな、早く立って!」 事態がよく飲み込めないでいたらしいせつなが、アタシの声に慌てて立ち上がる。 浜の表面の砂を巻き上げ、巻き込むようにしながら迫ってくる波。慌てて駆け出したところで、アタシは何かにつまづいた。片方のビーチサンダルが、すぽんと脱げて砂の上に残る。 「あっ!」 振り返ったアタシの目の前で、波はサンダルを攫って、そのまま沖へと持っていこうとする。と、とっさに動けないでいるアタシの隣りから人影が駆け出して、波間からサンダルをさっと掬いあげてくれた。 「ありがとう、せつな。」 嬉しそうに微笑みながら戻ってくる彼女に、アタシは歩み寄る。 「あ、あ・・・美希たん!せつな!そこ、危ないって!」 「二人とも、次の波が来るわっ!」 「え?・・・ちょ、ちょっと待って~!」 待ってと言われても波は待ってくれない。慌てるアタシに、ラブとブッキーが駆け寄る。片方しかサンダルを履いていないせいで、うまく走れないアタシの手を、せつなが引っ張る。 「わぁっ!!」 そのまま飛び込むようにして砂浜に倒れ込んだアタシたちの足元を、波はからかうように洗って、また去って行った。幸い服までは濡れなかったけど、全員砂まみれだ。 「やったな~!」 何を思ったのか、ラブが砂を払って立ちあがる。そして、ぐっしょりと濡れたシューズを脱ぐと、遠ざかる波に向かって、裸足で駆け出した。 「わぁぁぁぁぁ~!!」 大声を上げて、引いていく波を追いかけるラブ。再びザザーッと押し寄せる波から後ずさって逃げ、波が引いていくと、またそれを追いかけて駆けていく。 「あたしたちはぁ、負けないんだから~!」 ザザー・・・ 「この先、どんなことがあったって~!」 ザザー・・・ 「みんな一緒に、笑って、楽しいこと、いーっぱいして」 ザザー・・・ 「みんなが、大好きだって、想いを」 ザザー・・・ 「ちゃんと、伝えて、ちゃんと、受け取る!」 ザザー・・・ 「そして・・・そして!」 ザザー・・・ 「みんなで、しあわせ、ゲット、だ、よ~!!」 肩で息をしているラブの足元を、波が洗って、またゆっくりと去っていく。その波の動きが何だかやさしく見えて、一瞬、視界がぼやけた。 泣きながらせつなと戦う、ラブの姿が浮かんだ。 「ブッキー」「せつなちゃん」と初めて呼び合った、二人の笑顔が浮かんだ。 少し遠い眼をして、幼い頃のアタシの話をしてくれた、ママの顔。 医者になりたいんだ、と目を輝かせて語る、和希の顔。 メロンが好物だって、覚えていてくれたのか・・・そう言って、メロンドーナツを嬉しそうに頬張った、パパの顔。 人生の荒波ってヤツを知るには、アタシたちはまだまだ子供だ。だけど、そんなアタシたちだって、毎日様々な波に出会っているのかもしれないって、ふと思った。 人から人へと伝えられる波。感情の波、想いの波、信頼の波。それを受け取ったり返したりしながら歩いていくことが、人と生きていくってことなのかもしれない。 そして、みんなで一緒に一つの想いをぶつければ、ひとりじゃ超えられない大きな波だって、超えられるのかもしれない。もしかしたら、せつなの言う手の届かないものにだって、いつか手が届くかもしれない。 「アタシたちも行くわよ。」 アタシはそう言って、履いていた片方だけのビーチサンダルを脱いだ。 「あのね、せつな。海のイメージって、もうひとつあるの。それは、思いのたけを思いっきり叫べる場所だ、っていうこと。」 「え・・・ラブみたいに?は、恥ずかしいわよ。」 「アタシたちしか居ないんだから、遠慮しないの!」 そう笑いかけてせつなの肩を叩くアタシの向こう側から、 「せつなちゃん、行こうよ。」 意外にも、ブッキーがそう言って、せつなの手を取った。 引いていく波を追いかけて、ラブの隣りに並ぶ。 「もっちろん、アタシも負けないわ~!」 「わたしだって~!」 ザザーッと迫ってくる波から四人で逃げ、また追いかける。 「だって、アタシたち、完璧だもの~!」 「うん!わたし、信じてる~!」 「ほら、せつなも。」 迫ってくる波を避けながら、アタシはまた彼女の肩を叩く。もう、と言うように、せつなは赤い顔をして、恨みがましい目をこちらに向けた。 次の瞬間、砂浜を走っているとは思えない速さで、せつなが波へと向かった。アタシたち三人も、慌てて追いかける。 「せいいっぱい、がんばるわ~!」 「おー!!!」 ザザー・・・ 押し寄せた波はあたたかく、アタシたち四人の足を、静かに洗った。 ☆ 次の日の朝のダンススタジオ。アタシたちは腕組みをしているミユキさんを前にして、横一列で並んでいた。 ダンシング・ポットから、曲が流れ始める。昨日の夕方、スタジオにあった曲を聴けるだけ聴いて、アタシが選んだ曲だ。 はじめはゆっくりとしたテンポ。左右にステップを踏みながら、両手を波のように、ゆったりと動かす。時々ひらひらと指を動かすのは、波しぶきの表現。ブッキーのアイデアだ。 くるりとターンをして、今度は前後への小さなステップを加える。手を次第に大きく動かして、波の高まりを表現する。 やがて曲調が変わるのに合わせて、列の中側にいるラブとせつなが、パンパンと手を打ち鳴らす。続けて外側にいるアタシとブッキーが、思い切りジャンプ。それを皮切りに、激しくなる動き。 曲のテンポが上がるにつれて、ひとりひとり動きをずらして、バラバラにステップを踏む。荒れ狂う海の表現。これは、せつなのアイデアだ。 やがてラブが、さっと右手を前方に伸ばす。アタシたちはその指先に視線を合わせ、ひとり、またひとりと、その手に手を重ねていく。せつなが、ブッキーが、そしてアタシが。 ラブがみんなの顔を見まわして、うん、と頷く。それを合図に、アタシたちは半身になって、前後に両腕を広げた。 再び穏やかになる音楽に乗せて、四人の腕がゆっくりと絡み合う。アタシの左腕が、せつなの右腕に。せつなの左腕が、ラブの右腕に。そしてラブの左腕が、ブッキーの右腕に。 ゴクリと唾を飲み込む。ここは上手くいかなくて、昨夜、何度も練習したところだ。 アタシはみんながちゃんと腕を組んだのを確認してから、右腕から左腕へと、ゆっくりと腕を動かした。 アタシからせつなへ。せつなからラブへ。ラブからブッキーへ。四人の間を、ゆっくりと駆け抜ける波。まだミユキさんからは習っていないけど、ウェーブと呼ばれるダンスの手法。ラブが絶対にやりたいと言って、取り入れたアクションだった。 今度はブッキーからラブへ。ラブからせつなへ。そして、せつなからアタシへ。返ってきた波を受け取って、アタシは静かに腕を下ろす。 曲が終わり、アタシたちは息を弾ませながら、ミユキさんに礼をした。 パチパチパチ・・・。 拍手の音が聞こえてきて、アタシたちは顔を上げる。相変わらず瞳に鋭い光を宿したミユキさんが、口元にやさしい笑みを湛えて、アタシたちを見つめていた。 「みんな、とても良かったわ。せつなちゃん。」 「はい。」 不意に名前を呼ばれて、せつなの肩がビクリと震える。 「やってみて、どうだった?」 「とても、楽しかったです。」 「そう、良かったわ。踊っているあなたの表情、とても生き生きしてた。」 「あ・・・ありがとうございます!」 嬉しそうに、照れ臭そうに、うつむくせつなの横顔を見て、アタシは昨日違和感を覚えたミユキさんの言葉の意味が、何となくわかったような気がした。 考えてみれば、アタシは踊っているとき、横に居るせつなの動きは感じていても、どんな表情で踊っているかまでは、見たことがなかった。ミユキさんが、「動きは」合っている、と言ったのは、せつなの表情を見てのことだったんだろう。 いくら息が合っていても、動きが合っていても、感情の表現がバラバラだったら、見ている人に一体感を与えられるはずがない。そして、表現というものは、説明して分からせるものではないのだろう。それはアタシも、昨日感じたことだった。 ミユキさんはアタシの顔を見て、まるで心を読んだかのように小さく笑うと、みんなの方に向き直った。 「みんな、よく覚えておいて。ダンスをみんなで踊るためには、呼吸を合わせることが大切だって、いつも言ってるわよね。 でも、もっと大切なのが、ハートをひとつにすることなの。そうでなければ、みんなで踊ることなんて出来ないし、見ている人に、パワーや感動は伝えられないわ。」 ミユキさんは、そこでニッコリと満面の笑みを浮かべる。 「その点、今日のあなたたちのダンスは、とても良かった。技術的にはまだこれからだけど、新生クローバーのハート、しっかりと見せてもらったわ。」 「やったぁ!」 ラブがその場で飛び跳ねて、無邪気に喜ぶ。やれやれ、と肩をすくめたアタシと目を合わせて、せつなが相変わらず、照れ臭そうに笑った。 「さて。」 スタジオにかかっている時計をちらりと眺めて、ミユキさんが表情を引き締める。 「まだ少し時間があるから、これからウェーブの特訓よ。」 「えっ、今からですか?」 ブッキーの怪訝そうな声に、ミユキさんはいつものように腕組みをして、ええ、と頷いた。 「基礎からちゃんと覚えないと、今のままではウェーブとは呼べないもの。うまく出来るようになったら、今度の曲の振り付け、少しアレンジし直そうかと思っているんだけど、どう?」 思ってもみなかった提案だった。一斉に笑顔になったアタシたちに、反対する理由なんてあるわけがない。 「はいっ!やります!」 勢い込んだ四人の声はぴたりと揃って、スタジオの壁が一瞬、ビリッと震えた。 ☆ 「長い間、お世話になりました~!」 見送りに出てきてくれた管理人のおばさんに、アタシたちは深々と頭を下げる。五泊六日のダンス合宿も、とうとうおしまいだ。 「今度はもう少し、余裕を持っていらっしゃいよ。熱心に練習してたから、こんなに近いのに、海にも行かなかったんじゃないの?」 おばさんのやさしい言葉に、ラブが元気よく答える。 「いいえ、ちゃんと行きました。すっごく楽しかったです!」 「あら、そう。それは良かったわ。ここから少し行ったところの海岸では、地引網の体験をさせてくれるところもあるのよ。今度来たときは、行ってみるといいわ。」 「へぇ。何が獲れるんですか?」 今度はブッキーが、興味津津だ。 「色々獲れるのよ。アジやスズキや・・・それにたまには、タコが網にかかることもあるんですって。」 「ひっ!」 思わず喉の奥から小さな悲鳴が漏れて、アタシは口を押さえた。 「美希、どしたの?」 「な・・・なんでもないわ。暑いわね、今日も。」 不思議そうにこちらを覗きこむせつなから、アタシはどきまぎと目をそらす。少し遠くで騒いでいる波の音が、何だか笑っているように、やけに明るく、耳に響いた。 ~終~ ~第2章:響け!希望のリズム~ Episode5:笑顔の種へ続く
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【確かな光】/恵千果◆EeRc0idolE この世界に、自分よりもずっとずっと大切な人がいる。それは、どれ程すごいことなんだろう。 そんな人に出会えたわたしは、なんて幸せなんだろう。 朝の光がカーテンの隙間からこぼれ落ちて、わたしを優しく起こした。 薄暗い館での生活が長かったせいでまだ慣れないけれど、陽光の眩しさが嬉しいと思える。 けれどまた、そんな風に感じる自分にも戸惑いを覚える。 相反する感情の動きに立ちすくみ、ベッドの中で身動きが取れずにいた。 コンコンコン。ノックが3つ。ラブだ。 「はい」 「おはようせつな。もう起きてたんだ」 「ついさっき起きたところよ」 眩しい。ラブの笑顔からも柔らかな光がもれてくるよう。 あなたって、まるで太陽みたい。 「ゆっくり眠れた?」 「ええ、ぐっすり。夢を見なかったのは久しぶりよ」 「夢?せつなはどんな夢をよく見るの?」 「……内緒。言わないわ」 「えー!せつなのケチー!教えてよ。あたしの夢も教えてあげるから」 「だめ」 「なんで!」 「……恥ずかしいから」 言えないわ。だって、あなたの夢なんだもの。 いつだって、夢に出て来るのは、あなたとわたしが楽しく過ごす場面ばかり。 おしゃべりをしたり、ドーナツを食べたり、買い物をしたり。 あまりにも楽しくて、目が醒めた時、目醒めたことを後悔して酷く虚しくなるほどに。 急に黙り込んだわたしのすぐそばに腰をかけて、ラブは口を開いた。 「せつな、あたし……起きた時にね。全部夢だったらどうしようかと思ったの。せつながちゃんと居てくれるか、急に不安になっちゃって……。 でもドアをノックして、せつなの声がして。姿が見えて。すごく嬉しかった」 「ラブ……。わたしもまだ、夢の中にいるのかしら。ラブの家にいて、ラブの隣の部屋で眠れて、それから……ラブが起こしに来てくれて。これが夢なら醒めなければいいのに」 「夢なんかじゃないよ!せつなはこれからこの家で、たくさんたくさんやることがあるの」 「なあに?何をすればいいの?」 「楽しいことをだよ!あたしと暮らしながら、楽しいことをたっくさん!」 「楽しい……こと……たくさん……」 「そう!楽しみにしててね!」 いきなり、むぎゅっと強く抱き締められた。 「夢じゃない……ホンモノのせつなだ……」 「ラブ……」 ラブの息づかいが耳元にかかり、こそばゆい。 わたしも怖ず怖ずとラブの背中に腕をまわす。 強い力でしがみつくラブの背中をあやすようにそっと撫でると、強張っていたラブの身体から少しずつ力が抜けてゆく。 「……よろしくお願いします」 「そんな言い方、他人行儀だよ!」 「そうかしら」 「だってあたしたち、今日から家族なんだから!」 家族。生まれて初めてできた、わたしの家族。この世で一番大切な人が、今、わたしを家族にしてくれた。 目頭が熱くなり、視界がぼやける。わたしの眼からこぼれ落ちた雫をラブは指で拭うと、そのまま口元へ運び、ぺろりと舐めた。 「しょっぱいね」 「ラブったら!」 「だってもったいないもん。せつなの涙」 「どして?」 「だってキラキラしてる」 キラキラしてるのはあなたよ、ラブ。こんなに眩しくわたしを照らしてる。 その確かな煌めきで、わたしの未来を明るく射し示してくれている。 あなたはわたしの光。今までも、これからも。
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第22話 胸から零れた罪の破片 頭に木霊する美希の声。震える怒声。痛々しい泣き声。底冷えする皮肉。 そして、すべてを諦めたような力の無い呟き。 強く優しく、物分かりの良い美希しか自分達は欲していなかったのだろうか。 励ましてもらった。相談に乗ってもらった。気持ちをぶつけさせてもらった。 ただ、黙って側にいてくれた。 いつだって美希はラブの、祈里の、せつなの気持ちに寄り添おうとしてくれていた。 美希にどれだけ救われたか。数え切れないくらいなのに。 それでも、心の隅にあった冷めた感情。 所詮、当事者ではないのだから。 外側から眺めているだけの部外者だから。 魂に牙を立てられ、血を啜られるような思い。 心を握り潰され、毟り取られるような痛み。 美希には分からない。 自分達の気持ちなんて理解出来ないだろう。 そう、殻の外に美希を閉め出してはいなかったか。 「あたしね、思ってた。思おうとしてた。一番ブッキーが悪いんだって」 「うん…」 「それで、一番馬鹿なのはあたし」 「………」 「一番傷付いたのはせつな。それで、それでね。美希たんは……」 「…………」 「……関係ないって…。こんなゴタゴタ、美希たんには迷惑なだけだろうって…」 「……うん…」 「ブッキーさっきから、うん、しか言ってない」 「うん……」 ひっぱたいてくれた美希の熱い手のひら。 優しく髪を撫でてくれた綺麗な指。 毅然と叱ってくれた声。 何も言わず包み込んでくれた温かな膝。 どうして忘れていられたんだろう。 「ねぇ…美希たん、何か用があったんじゃないのかな?」 突然訪ねて来たわけではあるまい。 自分達の物思いに耽り、外の気配に気付かなかったのは迂闊としか言いようがないが 常の美希なら来る前に電話なりメールなりしそうなものなのに。 ラブの言葉に祈里は痛みを堪えるような顔になる。 「…約束、してたの……」 項垂れ、祈里は背中を丸める。 「美希ちゃんの部屋でね、一緒に勉強しようって…。」 「へ?じゃあ、なんで……」 自分を部屋に上げたのか、そう言いかけてラブは口をつぐんだ。祈里の自嘲があまりにも深そうで。 「忘れちゃったの。ラブちゃんの顔見たら」 ラブが訪ねて来てくれた。会いに来てくれた。例えどんな理由でも。祈里を詰る為だとしても。 ラブが自分から祈里の元へ足を運んでくれた。 舞い上がった。有頂天になったとすら言える。そして。 そして、美希とのささやかな約束など一瞬にして頭から消し飛んでしまった。 「…ブッキー…」 祈里は鞄に手を伸ばし、中を探る。底の方まで落ちていたリンクルン。 チカチカと点滅する光を見て、祈里は一層苦し気に顔を歪める。 何度着信があったのだろう。メールも何通も来てるに違いない。 多分、そこにはいつまで待っても現れない祈里を心配する美希が沢山いる。 この間の買い物。せつなとのやり取りを美希に詳しくは話していない。 それでも美希は何かあったのだと察してくれてる。 ずっと気にかけてくれていた。 電話で、メールで、放課後待ち合わせてお喋りして。美希は無理に聞き出そうとは決してしない。いつも祈里から話すのを待ってくれる。 今日だってきっとそう。 少しでも祈里の心が晴れるように何時間でも付き合うつもりだったに違いないのだ。 連絡も入れず現れる気配の無い祈里にどれほど気を揉んでいたのだろう。 何かあったのかと心配し、出ない電話や返信の無いメールに焦れて。 それならいっそ、と直接訪ねて来たのだろう。 そして、その結果がこれ。 聡い美希は瞬時に理解したに違いない。 祈里は美希の顔を見るまで、いや、顔を合わせた後でさえ約束の事なんてすっかり忘れていた事に。 美希に詫びる事すらせずにひたすら言い訳を並べ、ラブを庇う姿に どれほどやるせない思いをしただろう。 リンクルンを開く勇気がでない。 メールに溢れているであろう祈里への労りと思い遣り。 それに対峙するには今の自分は愚かすぎる。 その美希の思いを直視する資格など無いように思われた。 「…ねえ、ラブちゃん…」 泣き笑いの形に顔を歪めて祈里が問う。 「わたしって、昔からこうだったのかな……?」 結構、良い子のつもりだった。 少し前なら先約があるのを忘れるなんて考えもしなかった。 学校でだって目立つ存在ではないけど真面目にやってて友人だっている。 獣医を目指してるんだから勉強だって頑張ってる。 誰かの役に立ったり、人に喜んでもらう事が自分の喜び。 せつなの事は。せつなにしてしまった事は、そんな自分がおかしくなってしまったからだと思っていた。 「ラブちゃん、わたしね。せつなちゃんが好きで。好きで好きで好きで好きで………」 狂ってしまったのかと思っていた。 自分の中にあんなにも激しい感情があるなんて信じられなくて。 体を突き破りそうな激情を持て余して。 他の事は何も考えられなくなって。 苦しくて、苦しくて。無理矢理にでも奪えば、解放されるのかも知れない。 だから……。 「でも、違った。全部、何もかも…間違ってた」 やった事も、言った事も、今までも、たった今だって。自分が良い子だったって思ってた事も。 きっと昔から我が儘で自分勝手な人間だったんだ。 自分のやりたい事、欲しいもの。手に入れる為ならどんな事だって出来る卑怯者だったんだ。 恵まれてただけ。 恵まれ過ぎてて、自分がどんな人間か直視せずに済んだだけだったのではないのか。 いつだって欲しい物は手の届く場所にあった。 何かが欲しいと思う前に与えられてた。 両親は躾には厳しく無駄な贅沢はさせなかったが、お金で買える物には元々それほど執着が無かった。 物も愛情も空気のように体を包んでいるのが当たり前で、誰もがみんなそんなものだと思っていた。 自分は与える事に喜びを見出だす人間。 大切な人に笑顔になって貰うのが何よりの幸せ。 そう、信じて疑いもしなかった。 でも違った。 今までの自分を思い返す。 誰かの幸せの為に痛みを堪えて宝物を差し出した事は無かった。 欲しくてたまらない大切な何かを誰かに譲った事も無い。 もし自分の一部とも言えるほどかけがえのない物を手放しても、 それを手にした相手が喜んでくれるなら構わない。 そんな風に思えただろうか。 「無理だよね。だから…こうなってる…」 自分の考えに祈里は茫然とした。 いつだって人に与えていたのは手放しても惜しく無いもの。 身の回りに有り余るおこぼれを上から投げ落として悦に入っていただけではなかったか。 感謝の言葉や眼差しを心地よく浴びたいが為に施しを与えていただけではないのか。 恐ろしい。足元がガラガラと音を立てて崩れていく。 どれほど傲慢な笑顔を振り撒いていたのか。 自分では労りねぎらうつもりで掛けた言葉は本当に相手に届いていたのだろうか。 何もかもが偽りに彩られている気がした。 これっぽっちも優しくなかった自分自身。 せつなの言った通りだ。 馬鹿で、傲慢で、欲張りで。しかもそれを今の今まで実感してはいなかった、残酷なほど幼い自分。 そんな自分にせつながくれたのは、途方もなく甘く優しい罰。 笑顔で側にいる事。 せつなの幸せを見届ける事。 やっと分かった。情けないほど自分を甘やかしていた。 一度だって、本気で自分をどうしようもない人間だと思った事は無かったのだから。 せつなは、そんな祈里でも何とか乗り越えられるだろう甘い甘い償い方を教えてくれたのだ。 せつなの為ではない。祈里が罪に押し潰されてしまわない為に。 「どうしてそう極端なのかなあ……」 よっこらしょ、とラブが祈里の横に腰掛ける。 青い顔で項垂れる祈里の頭をコツンと小突いた。 「天使か悪魔か、どっちかでなきゃいけないってコトないでしょ。 誰だってその間でふらふらしてるもんじゃない?」 「……でも………」 祈里はゆるゆると首を振る。 確かにそうだ。誰にだって天使のように優しくなれる時、悪魔のように残忍になれる時がある。 それでも、と祈里は思う。 いざという時。何か危機や困難に直面した時、天使か悪魔かどちらかにしかなれないなら、 ラブは間違いなく天使になる事を選べるだろう。 大切な人の為に。もしかしたら、見ず知らずの他人の為にさえ我が身を 投げ出せるのがラブだと知ってる。 でも自分はどうだろう。少し前までなら、自分だって天使になれると無邪気に信じられた。 でも、今は…。 息が苦しい。自分が身勝手で利己的な人間だと認めるのがこれほど痛いと知らなかった。 苦痛から逃げ出す人間だと思われたくない。 でも、初めて愛した人を、姉妹のような親友達を裏切り傷付けた自分を 真っ当な人間だと考えるのを己の心が拒んでいた。 お前に愛や信頼を口にする資格は無いのだ、と。 「ねぇ、ブッキー。あたしそんなにイイコじゃないよ…」 ラブはポリポリと頭を掻きながら溜め息をつく。 「今日だってさ…別に、せつなのカタキ取ろうとか、そんなんじゃない」 だって、そうでしょ?こんな事、せつなが喜ぶ訳ない。 余計に苦しませるだけだって考えなくたって分かるもん。 それなのにさ…… 「恐かったんだ、あたし」 「……恐かった…?」 「なんか、色々薄れていくのが……」 辛かった。悲しかった。痛くて苦しくてどうしようもなかった。 ただ息をして、生きていくのすら難しい気がしていた。 それでも時間が経つにつれ、少しずつ傷が癒えて行くのが感じられた。 せつなの笑顔に祈里が応え、美希が側にいてくれる。 同じ場所で笑っている自分がいる。楽しいと感じている自分がいる。 何もかも無かった事にしてしまいたい。 また四人で笑いながら過ごして行きたい。 このまま月日が流れ、すべてが遠い過去になってしまえば……。 「ホントは…そうなれば一番いいのかも。ゆっくり傷を治して、ゆっくりお互いを許し合って…」 でも、それは嫌なのだ。とラブは拳を握り締める。 悪夢にうなされるせつなを見る度に、せつなの中に残った祈里の影を感じてしまう。 苦しむせつなを見るのが辛いだけではない。 悔しいのだ。 ずっと大切に守っていきたかった。 手のひらにくるみ込み、胸で温めてきた宝物。 それに理不尽な力で大きな傷を付けられた。 その傷さえ愛しい、そう思えるほど大人にはなれなかった。 穏やかに過ごす四人での時間にふと痛みを忘れている自分に気付く。 束の間の安息に、もしかしたらこのまま。このまま、元に戻れるかも知れないと淡く胸が温まる。 それでも目の前の傷はそれを忘れさせてくれない。 一瞬でも忘れようとした自分が許せなくなる。 忘れたい。忘れられる訳がない。 許したい。許したくない。 戻りたい。出来るはずない。 もし奇跡が起きて時間を戻せたとしても…。 また同じ事が起こるかも知れない。 だって心は変わらないのだから。 どれほど時間を遡ってもせつなを好きな自分は変わらない。 祈里だってそうだ。 そしてせつなも。きっとまた好きになってくれる。 そう、躊躇うことなく信じられるのに。 なのに立ち止まったまま足掻いている。 せつなは血を流しながらも、その傷を抱いていくと決めたのに。 共に歩む為に前を向いているせつなが眩しかった。 せつなが選んでくれた。 私はあなたのもの。そう言ってくれた。 相応しくありたいのに。 薄汚れた嫉妬にもがく姿なんか見せたくないのに。 せつなと祈里が悪夢と言う名の逢瀬を重ねている。 そんな風に感じる自分が堪らなく矮小でいたたまれないのだ。 「馬鹿だよねぇ……。せつなはあたしが好きって言ってくれてるのに。 せつなの隣にいて恥ずかしくないようになりたいのに」 やってる事は逆ばっかだよ。 せつなの中の祈里は消せない。 それなら祈里の中のせつなを真っ黒に塗り潰してしまえばいい。 せつなと同じ目に。別の存在を祈里の奥深くに無理やり捩じ込んでしまえば…。 「何でだろうね。やっちゃった後でないとどんだけ馬鹿か分からない…」 多分、それも間違い。 やってしまった後でも理解なんて出来てないんだろう。 分かったつもりになるだけ。 美希を、傷付け蔑ろにしていた事を今まで気付けなかったように。 「あたしさあ、ブッキーも好きなんだよねぇ…」 「………ラブちゃん…」 「ブッキーもあたしが好きでしょ…?」 コクリ、と頷く祈里を見て、あんなことされたのに、とラブは苦笑いする。 でも本当にそうなのだ。 きっと、途中で止めて貰えなくても。この先悪夢にうなされたとしても。 ラブを嫌いになる自分は想像出来なかった。 羨ましくても、妬ましくても、ラブさえいなければ、とすら思った事はなかった。 「困ったよねえ。恋敵なのに」 「……せつなちゃんも、そうなの…?」 だから、これほどまでに庇ってくれる。 おずおずと尋ねる祈里にラブはあからさまに嫌な顔をする。 この程度の事で一緒にするな、そう顔に書いてあるのがありありと読み取れた。 また不用意な言葉を口にしてしまった事に祈里は身を縮める。 「せつなはブッキーが好きだよ。あたしの為に許さないだけ」 「…………………」 「あたしが…あたしが、ブッキーを許してしまわないように頑張ってるの知ってるから……」 「許して…しまわない、ように……?」 「……ホントに、分からない?」 くしゃくしゃになった表情を隠すようにラブは抱えた膝に顔を埋める。 祈里は頭を振りながら滲んできた涙を必死に堪えていた。 分からないはずはない。 ずっと前から分かっていた。 ラブもせつなも許してくれている。 祈里自身が自分を許せないから罰を与えてくれてただけ。 自分よりもずっとずっと傷付いているはずの二人が、更に我が儘に付き合っていてくれてただけなのだ。 想う相手を諦める。それがどれほど難しいか分かるから。 目の前で微笑む愛しい相手に指一本触れられない。 自分ではない、他の誰かの腕の中にいる想い人をただ見ているだけ。 それがどれほど心を引き絞られるかが分かるから。 ラブにはせつながいる。 せつなにはラブがいる。 それだけで、他に何もいらないから。 だから、すべてを許して痛みを堪えてくれていた。 堪えようと耐えてくれていた。 そして、少し零れ出してしまったのだろう。 荒れ狂う思いの塊をせつなにぶつける訳にはいかない。 それならば自ずと向ける相手は決まっている。 祈里には、傷付いても耐える義務があるのだから。 「ねえ…あたし達、もっと大人だったらこんな風にはならなかったのかな…。 もっと大人だったら、こんな馬鹿な真似、せずに済んだのかな…」 何の覚悟も出来ていなかった。 痛みを引き受ける覚悟も。 大切な人を傷付ける覚悟も。 どんな結果であろうと受け入れる覚悟も。 ただ何もせず、流れに身を任せる覚悟すら。 見苦しく足掻き、自棄になって刃を振り回す。 後で更なる後悔が待っているとも知らずに。 「美希たんに、謝ろっか。二人で…」 「……でも…」 今さら謝罪に意味なんてあるのだろうか。 (アタシは許さないから。) (これ以上、失望させないで。) 美希の凍えた声が頭を巡る。 裏切ってしまった、どんな時も真っ直ぐに手を差し伸べてくれ続けた人。 美希の瞳から放たれた氷の矢。 そんな視線を幼馴染みに向けなければいけなくなった美希に詫びる言葉なんかあるとは思えなかった。 「許してもらえなくても、さ。悪い事した時は謝らなきゃ」 「ラブちゃん…」 それにね、謝ってもらいたいもんなんだよ。許す、って言ってあげられなくても。 はぁ…。と、深く溜め息をつくラブを祈里は横からそっと見つめる。 ラブは何度こんな溜め息をついて来たのだろう。 「ごめんなさい」 「あたしにはもういいよ。さっき言ってもらったし」 「分かった」 「ああ、でも許した訳じゃないからね」 「うん。それも分かってる」 許す。とは言ってはいけない。 それはラブの意地なのだろう。 祈里は何となくそれを感じ取り、そのラブの気持ちが何故か嬉しかった。 祈里が叶わなくともせつなを想う。 その想いが続く限り、ラブは祈里を許すとは口には出さないつもりなのだ。 許しを請う為に謝るのではない。 少しでもマシな人間になりたいから。 的外れな謝罪しか出来ないかも知れない。 美希やせつなの気持ちなんて分かっていないのかも知れない。 それでも、言葉にしなければならない。 伝わらなくても。撥ね付けられても。 相手を思い、気持ちに寄り添う努力を放棄する言い訳なんてどこにもないのだから。 「ラブちゃん、わたし、謝りたい。美希ちゃんにも、せつなちゃんにも…」 初めて、そう口にした。 みっともなく掠れた声。怯えを隠せない震える唇。 謝罪はいらない。許したくない。せつなには、面と向かってはっきりそう言われた。 やってしまった事を謝るのではない。 余りにも愚かだった自分に気付けなかった事を謝りたい。 せつなが好き。多分、これからも。 美希が大切。それなのに守ってもらって当たり前になっていた。 せめて罪を償うに足る人間になりたい。 甘え、頼り、寄り掛かったままその事に気付きもしない。 そんな人間のままでいて良い訳がない。 急に強くはなれないのは分かっている。 でもせめて…自分の弱さや愚かさから目を背けずに。 一つ一つ、ほんの少しずつでも気付いた事を糧にして行きたい。 もう一度、友達と呼んでもらえるように。 第23話 閉じた世界からへ続く
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「月光の幻」/黒ブキ◆lg0Ts41PPY (ったく!二学期入ってから課題とか多すぎなんだよ!) 大輔は机をゴソゴソ探りなから一人ごちた。 (しかも三回忘れたら補習とか!ありえねーし!) 時間は21時。夕飯後、忘れ物に気付いて学校に取りに戻った。 本当なら鍵が閉まってるのだが、生徒の間では幾つかの侵入ポイントが 公然の秘密となっており、大輔もその一つから忍び込んだ。 教室には月明かりが差し込み懐中電灯もいらないくらいだ。 ふと、隣の席に目をやる。 『ちぇーっ。ラブの隣かよ。』 席替えの時についそんな軽口を叩いた事を思い出す。 内心は嬉しくて堪らず、にやける顔を誤魔化すための照れ隠しだったのだが。 (オレ、東にも謝った方がいいのかな…。) この間の事だ。中々ラブと話すタイミングが掴めず、八つ当たりのように、 ちやほやされるせつなを皮肉った。 本気でせつなが疎ましかった訳ではない。 ただ、容姿の良さや勉強、スポーツで 転校初日からクラスの注目を集めた上にラブに構われっぱなしのせつなに、 まぁ、何と言うか、嫉妬しただけなのだ。 (でも、そんなに怒る事かよ。) 大輔としてはほんの軽い気持ちで出たものだ。深い意味もない。 でもラブの怒りは本物だった。 今まで散々軽口を叩き合ってきたが、あんなに本気の怒りをラブが 見せた事はなかった。 (何なんだよ、せつなせつなって気持ち悪りぃ。ベタベタし過ぎなんだよ。) その時、廊下にチラリと明かりが映った。 (っやばっ!見廻りか?) 大輔はキョトキョトとし、取り敢えず教室前の方まで移動して、教卓の影に隠れた。 「あっ!ラッキー、鍵開いてるよ!」 「先客が居たんじゃない?ラブみたいな。」 「なによ、もう!せつなの意地悪!」 クスクスと笑いを含み、からかうような声と、少し拗ねた風を装った声。 (……ラブと、東?) こんな時間まで2人で何やってんだ?と、思いながら、 一緒に暮らしてる、と言っていたラブの言葉を思い出した。 「あった?」 「あったあった。まったく課題多すぎ!しかも三回忘れで補習!ありえないよねぇ!!」 (……ラブも忘れ物かよ。) しかも自分と同じ事を言っているラブに何だかくすぐったいような気分になる。 それにしても、つい隠れてしまったがどうするか。今さら出て行くのも 気まずいと言うか……。 ラブ達が帰ったらこっそり消えるか。 「ふふふー…、せーつな。」 「きゃっ……!何?」 「だってぇ。せつな学校じゃ、あんまり触らせてくれないんだもん。」 「……そんな、……しょうがないじゃない。」 (………?) 「ちょーっぴり……不安になっちゃうかも。せつな可愛いからさ。 男子にも女子にもモテモテなんだもん。」 「………何言ってるの?そんなの……。転校生だから珍しがられてるだけよ。 そんな事言うならラブの方こそ……」 「あたしが?なんかある?」 「………仲のいい友達、たくさんいるじゃない。 …それに、大輔君だって……」 「へ?……大輔?」 昼間とは違う雰囲気を醸し出している2人に、嫌な違和感を覚える大輔。 自分の名前が出た事が気になりつつも、体が硬くなり教卓の影で身を縮める。 「すごく、親しそうだし。男子で大輔君の事だけ呼び捨てだし……」 「エェー?大輔とあたしが…ってコト?ナイナイ、それはない。」 「………でも、ラブはそうでも、大輔君は分からないじゃない。」 「いやぁ、大輔が?あたしを?それこそでしょー?」 「…………。」 「ははーん?せつなぁ……。ヤキモチ?」 「………………。」 「もぉ!可愛いなぁ、せつなはぁ。」 「そんなんじゃ、………んん……」 急に無言になった2人。 大輔は強張った体を捻り、様子を窺おとする。頭の隅から、 見るな、と言う声が聞こえる。 しかし、もう遅かった。 大輔はポカン……と顎を落とす。目の前の光景に声が出ない。 昼間のように明るい月明かりの教室。 ぴったりと重なるようにラブがせつなを抱きすくめている。 キス……。そんな軽い言葉では済まない。 教室の端と端でも、何度も角度を変え、深く重なっているのが分かる唇。 その奥で舌が絡まり合っているだろう事が知れる。 濡れた音さえ聞こえそうなほどに。 ラブの腕はせつなの細い腰に回され、もう片方はうなじ、背中、脇腹…と 慣れた手つきで撫で回す。 せつなはラブの首に腕を絡め、ラブの行為を当たり前の事のように 受け入れている。 身も心も許しあった、恋人同士の濃密な愛撫。 ラブの手がせつなの内腿を揉むように撫でながら、 スカートの中に潜り込もうとしている。 せつなはラブのいたずらな指先の浸入を拒むように、 あるいは逃がさず誘い込むように股を擦り合わせる。 2人の動作の細かな一つ一つまでが、精密な静止画のように 大輔の脳裏に焼き付く。 思考が麻痺し、ただ焼き付いた画像だけが頭の中に溜まっていく。 「……大輔は、ただの友達だよ。」 「………本当に…?」 「そりゃあ、他の男子よりはちょっとは仲良いかもだけどさ。」 「………。」 「もし、もしね、…万が一、大輔があたしを…無いよ?絶対無いけど。 そんな事があってもさ。関係ないよ。」 「………ラブ?」 「分かってるでしょ?あたしが好きなのはせつなだけ。 どれくらい大好きで大切か知ってるでしょ? 大輔は、友達。せつなとは比べられないよ。」 「………ん、ごめんなさい…。」 「もう…、まさか信じてくれてない?」 「…だから……ごめんなさい。」 身を寄せ、時にお互いの唇をついばみながらの甘い囁き。 大輔は2人の間に漂う淫靡な空気に、ずっと密かに思ってきたラブの口から出た、 『ただの友達』と言う台詞にショックを受ける事すら忘れていた。 「あっ……。ダメ、これ以上は……やっ…。」 「なんで……?誰もいないよ?いいじゃん。」 「……あんっ…、ここ、学校よ。……こんな事しちゃいけないわ……。」 「せつなは真面目さんだねぇ……。」 「……だからっ…んんっ……ダメ。…続きは帰ってから…、ね?」 「絶対だよ……?」 ラブの指先がせつなの胸元を引っ掻くような仕草を見せ、耳朶を甘噛みする。 せつなは微かに眉を寄せ、少し開いた唇から濡れた吐息を漏らし、身を捩る。 大輔の体が震える。頭に不快な金属音が響き、吐き気がする。 思わず目をそらし、床に視線を落とす。 その時……… 蒼白い月光に包まれていた教室に、一瞬、夕焼けよりも赤い光が満ちる。 (……なっ…何だ?!) 思わず顔を上げる。 そこには、相変わらずの眩いばかりの銀色の月光。 それに、静まりかえった人の気配すらない教室。 (…………はあっ?) ついさっきまで、体をまさぐり合っていたはずのラブとせつなは 影も形もない。 大輔が視線を外したのはほんの一瞬。扉までの数メートルを 移動する時間すらないだろう。 それに、古い教室の引き戸は開け閉めすると派手に軋んだ音がする。 例え、思いの外長く思考停止していたとしても気付かないはずがない。 (は……はは、夢?ってか、妄想か?) 大輔は床に尻餅を付き、自分の髪ををグシャグシャに掻き回す。 (そっか、そーだよな。あんなの……ありえねーしよ……) 頭の奥で、違う。と叫ぶ声がする。 しかし、大輔はそれを無視して聞こえない振りをした。 あんな事、あり得ない。あるはずがない。 (しっかし、オレも趣味悪ぃな。どうせ想像するなら、もっとこう……、 ってか、なんで相手が東なんだよなぁ?) きっと、八つ当たりで暴言を吐いた罪悪感がそうさせたんだ。 そうに違いない。 大輔は、自分でも丸っきり説得力の無い理由だと分かりながら、無理やり 納得したと信じ込もうとする。 夢なんだよ……。 頭に焼き付いてしまった、画像が意思と関係なくフラッシュバックする。 深く重なった唇。 お互いの体をまさぐる手慣れた手付き。 甘く囁く、湿度の高い声。 夢なんだよ。 そう、大輔は自分に言い聞かせる。暗示を掛けるように。
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NA-NA-NA ナイスバディ/makiray 「ブッキーぃ!!」 桃園ラブは、山吹祈里がいつもの公園に姿を見せるといきなりかけよってハグした。 「会いたかったよー!」 「私もだよ、ラブちゃん」 後ろでは、蒼乃美希が呆れていた。 「ちょ、苦しいよ、ラブちゃん」 「だって、久しぶりなんだもーん」 「相変わらずね」 ふっと光が舞ったかと思うと、美希の隣に東せつなが立った。アカルンでラビリンスから移動してきたところであった。 「次に襲われるのは せつなだよ」 「美希はされたの?」 「逃げた」 顔を見合わせて笑う。 ラブはその間も祈里をハグしていたが、ふいに体を離した。 「ラブちゃん?」 「…」 かと思うと、またブッキーをハグする。 「ちょっと、ラブちゃん、どうしたの?」 ラブはまた祈里から体を離すと、祈里をしげしげと見つめた。 「ブッキー…大きくなった?」 「今頃、身長なんか――え!」 祈里は笑っていたが、ラブの視線に気づくと、顔を赤くして胸部を両手で隠した。 「ブッキー」 「…」 「ブッキー!」 「ちょっとだけ…」 祈里はラブに背を向けてしまう。ラブは踵を返すと、美希のもとに走った。 「ブッキーがナイスバディになっちゃったよー!!」 「なんだ、今頃気づいたの」 「え、ミキタン、知ってたの?」 「見ればわかるわよ。制服とかだったらボディラインが隠れるけど、いつもの服だもん」 「あたしの勘違いじゃないんだ…」 ラブは祈里を振り返った。 「ブッキーが一人で大人になろうとしてる!」 「人聞きの悪いこと言わないで!」 抗議する祈里。 「あ、せつな。せつなはどう――」 せつなは、ハグしようとしたラブを両手で跳ね返した。 「やめてよ」 「せつなが、あたしに隠し事してるー!」 「そんないやらしいことのためにハグなんかさせない!」 「ミキタンは?」 「私は変わってないわよ。 変わらないように気をつけてるもの」 美希はむしろ自慢げに言った。モデルさんだもんなー、と うなだれるラブ。美希は意地悪気に笑った。 「ラブ、太ったんでしょ」 「な――なんのことでごじゃりまするか?!」 ラブが飛び上がる。近寄ろうとしていた祈里はその勢いに後ろへ下がった。 「あたしの目をごまかせると思ってるの?」 美希が意地悪気に笑うと、せつなもうなずいた。 「せつなもそう思ってるの?!」 「私には数値のことはわからないけど、人の体形をやけに気にしてるのは、自分が太ったからだとすれば説明がつくもの」 「う…う…う…」 涙目である。祈里はラブが気の毒になったようだが、美希は逆に、もっとラブのスタイルをよく見ようと後ろに下がった。 「そう気にするほどでもないと思うけど。何キロ増えたの?」 「ひっ!」 ラブが引きつる。 「わかったわよ。言わなくていいから。 でも、それくらいならちょっと運動すれば大丈夫じゃない?」 「そうかな…?」 「うん…。 最近、忙しくてダンスもあんまりしなくなっちゃったし、また一緒にやる?」 「うん。やる! ダンスする! ブッキーも一緒にやろう!」 さっき泣いたカラスが、とはこのことである。ラブは美希や祈里と固い握手をした。せつなとも、ラビリンスでもダンスするよね、などと念を押している。 「じゃ、みんな揃ったところで、カオルちゃんのお店にレッツゴー!」 「なんでよ」 美希が白い目で見ている。 「太った太ったってわめいてたくせにドーナツはありえないでしょ」 「スタイルに気を付けてるミキタンだっていつも食べてるじゃん」 「あたしはバランス考えてるもの。今日だって、四人揃ったらカオルちゃんだろうなー、と思ったからご飯少なめにしてきたし。 ラブは?」 目をそらすラブ。 「ラ・ブ」 「ふつうに…お腹いっぱい…」 「はい終了」 「そんな」 「しばらくドーナツ禁止だねー」 「ね、ちょっと」 「朝はしっかり食べるとして、でも、ジョギングとか日課にした方がいいかな」 「ミキタン」 「お昼は控えめ、晩御飯は更に少な目」 「蒼乃先生」 「夜のおやつは問題外。お肌にも悪いしね。 それで週末はダンスレッスンってことにすれば、二、三カ月でそこそこ絞れると思うよ」 「三カ月もドーナツ禁止?!」 「そうだ、ミユキさんにも相談してみたらいいんじゃないかな」 「お願い、ミキタン!」 美希は、袖をつかんで懇願するラブを無視、カオルの店から遠ざかる方向にずんずんと進んでいった。真面目に考え込んでいた せつなが、何かいいダイエットを思いついたのか口を開けたが、ラブの耳には届いていないようだった。祈里が苦笑する。 「ミキタンってばぁ…!」