約 4,820,409 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/1901.html
前ページ次ページつかわれるもの 第03話 語られるもの その日の夜、トウカは空に浮かぶ二つの月を見つめながら、深い溜め息をついた。 (聖上……某は最後の御命令を、全うする事が出来ぬやもしれません……) トウカはどこか悲しげに、窓の外を見つめる。 その隣で、ルイズとカルラの情報交換は続いていた。 「別の世界から来た……か。俄かには信じられないわね……」 「わたくしだって信じたくありませんわ。でもこの月を見て、この世界がわたくし達の世界だ、と認識するのは難しいですもの」 「こっちだって信じられないわよ……月が一つしかなくて貴族が居ない世界なんて」 ルイズの溜め息とカルラの溜め息が重なる。 ふと、窓から月を見つめていたトウカが口を挟んだ。 「ルイズ殿……某達がトゥスクルに帰る方法はあるのか?」 トウカ達にとって、今現在もっとも重要な問題。 『トゥスクルからトリステインまで一方通行です』などと言われたら、もうどうする事も出来ないのだ。 「判らないわ……だって別の世界なんて聞いた事も無いし、それを繋ぐ魔法なんてある訳が無いわよ」 「だとしたら!何故某達がこの世界にやって来れたのだ!?」 「そんな事、私に判る訳が無いでしょう!?」 段々と部屋が険悪な雰囲気に包まれて行く。 今にも喧嘩に発展しそうな二人の間に、やれやれといった様子のカルラが割って入る。 そして、睨み合う両者の頭をわしわしと撫でた。 「二人とも落ち着きなさい。頭に血が上っていては、冷静な考えなど浮かぶ訳がありませんわ」 カルラは笑みを崩さないまま、二人を交互に見つめる。 頭を撫でられた気恥ずかしさによる物もあるのだろうか、無言の笑みには妙な迫力を感じた。 ルイズとトウカは大きく息を吸い込み、溜め息と共に頭の熱を押し出す。 「すまない、某としたことが……ついカッとなってしまった」 「べ、別に良いわよ……。ただでさえ良く判らないところに連れて来られて、混乱してたみたいだしね」 まるで手の掛かる妹みたいだ、とカルラは思った。もっとも弟こそ居るものの、自分に妹は居ないのだが。 妹達、もとい戦友とご主人の二人を見てカルラは満面の笑みを浮かべる。 そして、ふと思い出したかのようにルイズに向かって一つの事を尋ねた。 「それで、使い魔っていうのは具体的に何をすれば良いのかしら?」 カルラの思惑はこうだ。 今現在の状況で帰る方法が判らないのであれば、この国で生活していく他無い。 この世界やルイズについても興味はあるし、色々と退屈はしないだろう。 しかしいずれはトゥスクルへ帰らねばならないのだ、その為に必要な情報を集めなければならない。 その点、この国で一番の学び舎ともすれば、情報の収集に役立つものがあるだろう。 それに、ここに居れば少なくとも寝床と食事の心配をする必要が無い。 とすれば、使い魔として生活する事が帰る方法を探すのにもっとも都合が良い、という事だ。 「えーっと、そうね……」 そんなカルラの思惑など露ほども知らぬルイズは、少し頭を捻りつつ使い魔に与えられる能力について考える。 「……まず、使い魔は主人の目となり、耳となる能力を与えられるわ」 「某の見ているものが……見えるのか?」 「……何も見えないわね」 ルイズは残念そうに顔を俯かせるが、すぐに顔を上げて言葉を続ける。 「えーと、それから使い魔はね、主人の望むものを見つけてくるの。例えば秘薬の材料とか……でも無理そうね」 「んー、薬の材料ならたまーにエルルゥの手伝いなんかもしてましたし、多少は判りますわよね?」 「そうだな。もっとも、こちらにそれがあるのかは判らないが」 「本当!?エルルゥが誰かは判んないけど、そんな事も出来るんだ!」 まぁハルニレやトゥレプといった薬草類や、紫琥珀といった鉱物類が存在するのかも判らないし、仮にそれらが見つかったとしても、ルイズに調合できるのかと言えばそういった訳でもないのだが。 しかしながら予想だにしていなかったその答えに、ルイズの機嫌が上方修正されたのは言うまでも無い。 「それで最後の一つ、これが一番重要なんだけど……、使い魔は主人を守る存在でもあるの。その能力で主人を敵から守るのが一番の役目!」 「特に能力なんてありませんけど、護衛なら充分可能ですわよ」 余りにも軽いカルラのその発言に、ルイズは少し意外そうな声をあげた。 「へぇ……コルベール先生は魔力反応があるって言ってたし、てっきり何か出来るのかと思ってたわ」 「……魔力とやらは良く判らないが、某達には一人につき神が一体宿っている。恐らくその影響だろう」 神が宿っている?それは一体何なんだろう?こっちの神とは違うのよね?などと頭に疑問符を浮かべていたルイズだが、一先ず思考を中断する。 「ふーん……それについてはまた今度説明してもらうけど、魔法とかが出来る訳じゃないのね」 「……確かに某達はオンカミヤリュー一族のような術法を持ち合わせている訳では無い。だが某とて武人の端くれ、ルイズ殿に降りかかる火の粉位は払ってやれるさ」 先程までとはうって変わって、優しい表情で声を掛けてくるトウカ。 余りにも不意打ちに見せられた表情に、ルイズは少々顔を赤らめてしまった。 その恥ずかしさからだろうか、トウカに向かって思い切り怒鳴りつける。 「と、当然でしょ!私の使い魔なんだから!もう、グダグダ言ってないでさっさと寝るわよ!」 ルイズは宣言と同時に服を脱ぎ始め、大きめのネグリジェを纏ってベッドに飛び込む。 それを呆然と見ていたトウカは、申し訳無さそうにルイズに問う。 「ところで……某達の寝床は?」 あ、といった表情をベッドから覗かせるルイズ。暫くして申し訳無さそうに呟いた。 「また今度用意してあげるから、今日は床で寝てくれない?」 てへっと擬音が付かんばかりに舌を出し、トウカ達に毛布を投げる。 そしてそのまま頭から布団を被ったと思うと、すぐに寝入ったようだった。 その様子を生暖かい目で見つめていたカルラとトウカは顔を見合わせると、大きく溜め息をついた。 「大変な子に召喚されちゃいましたわねー……」 「全く……先行きが不安になるな……」 「ま、あるじ様が起きる前に帰れば良いんですから、気楽に行こうかしらねー」 「カルラ……少しは危機感というものを持ったほうが良いのではないか?」 暫くの間トウカは小言をこぼしていたが、いつの間にかカルラは寝息を立てていた。 もう全て割り切るしか無いのだろうな……などと考えながら、トウカは座ったままカルラと一緒の毛布にくるまり、ゆっくりと夢の世界に落ちていった。 前ページ次ページつかわれるもの
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8469.html
前ページ次ページルイズと無重力巫女さん ドアを開けて部屋に入ってきたのは、この部屋の主であるルイズであった。 彼女は手に先程の授業で使用した教科書を出入り口の側に置いてある小さな台に置き、二人の方へ近づいていく。 「あらマリサ、あんたレイムと一緒にお茶を飲んで……た…」 ルイズの口から出た言葉、魔理沙と霊夢の間にあるテーブルの上に置かれたクッキーを見て、言葉が止まる。 既に何枚かが開かれた箱の中から取り出され、うち一枚の片割れが魔理沙の手の中にあったのも、見逃さなかった。 勘が鋭い霊夢はルイズの様子が豹変したことに怪訝な表情を浮かべたが、魔理沙はそれに気づかないでいる。 「おぉルイズ!もう次の授業か?次は耳を引っ張ったり殴ったりしないでくれよな」 ペチャクチャと喋りながら体が止まったルイズの側へと近づき、新たに箱から取り出したクッキーを一枚差し出す。 ルイズはというと、差し出されたクッキーに視線を向きながら抑揚のない声で、魔理沙に質問してみた。 「ねぇ魔理沙…このクッキー入りの箱は…何処で―――誰が―――見つけて――勝手に開けたのかしら?」 ルイズの質問に、魔理沙はすぐに応えた 「ん?あぁさっきそこの戸棚を開けた霊夢が見つけたんだよ。それで丁度いいお茶菓子だって…」 「私、ちょっと外でも飛んでくるわ」 良くも悪くも口の軽すぎる魔理沙の喋っている最中、霊夢は席を立った。 ここにいては危険だ―――長年の戦闘経験から、ここにいては面倒くさいことになると感じ取ったのである。 席を立った彼女はそのまま早足で歩いて窓から飛び立とうとしたが、ルイズの方が速かった。 霊夢が逃げようとしたのを感知したルイズは、すぐさま近くにあった箪笥の中から、乗馬用の『特殊な』縄を取りだした。 小さく、可憐なルイズには全く似合わないその縄を、彼女は勢いよく振り回し始めた。 数秒も経たずに縄はフュンフュンと空気を切り裂くような音を部屋中に響かせる。 一方の霊夢は窓の方にたどり着いたが鍵が掛かっており。その時点でもう霊夢の敗北は確定していた。 一秒― 「とりゃ!」 勢いのあるルイズの声と共に、振り回していた投げ縄を霊夢の方に向けて飛ばした。 二秒―― 窓の鍵を開けて逃げようとした霊夢の背中に―に、縄の先端が当たった。 三秒――― 瞬間、縄がボゥッ…黄色く光り輝くと、まるで大蛇の如く縄が霊夢の体に巻き付いた。 四秒―――― 「クッ…!」 魔力の篭もった縄に体を拘束された霊夢は、自分の霊力を使って縄を解こうとしたが、時既に遅かった。 五秒――――― 霊夢の体が縄に巻かれたのを瞬時に確認したルイズは懐に手を忍ばせ、ある物を取り出した。 「あぁ…っ!?それ私の…!」 ルイズが何を取り出しのか見ていた魔理沙が目を見開いた瞬間、ルイズはそれを投げた。 六秒―――――― 「でッ…!!?」 投げられた゛物゛は、一寸も狂うことなく、隙を見せていた、霊夢の――額に命中した。 七秒――――――― ゴ チ ン ! ! 金属から造られたそれは、霊夢の気を失わせるのには丁度良かった。 コン!カラカラ…と投げた物が床に落ちてコロコロと何処かへ転がっていく中、ドサッと倒れる音も聞こえてきた。 流石の博麗の巫女もあれにはたまらなかったのか、情けない表情を浮かべて気絶していた。 ここまで、七秒。僅か七秒である。 「うぉっ…あの霊夢がいともカンタンに…っていうかルイズ、いつ私の八卦炉を盗んだんだよ?」 倒すべき存在を倒し、一息つこうとしたルイズの耳に魔理沙の質問が飛び込んできた。 そちらの方へ顔を向けると、いつも笑顔を浮かべているような彼女が驚きの表情を浮かべている。 だが無理もない、何せあの博麗霊夢がたった一瞬の隙だけで、この様な目にあってしまったのだから。 「盗んだですって…?人聞きの悪い。私はアンタが殴られた時に手から落としたコレを、拾っただけよ」 いつの間にか自分の足下に転がってきたミニ八卦炉を手に取りながら、ルイズはそう言った。 ルイズの言葉に、魔理沙はその時の事を思い出した。 (そういや確か…気を失う直前に八卦炉が手からポロリと滑り落ちたような気が…) 心の中で魔理沙が思い出した時、ルイズは一息ついてこう言った。 「それに…゛盗んだ゛のは貴女と霊夢の方じゃないかしら、マリサ?」 「は?どういう事だよルイズ。私は盗みなんかしないぜ」 ただ借りてるだけさ。と最後に一言付け加えるが、ルイズはそれを気にせず話を続ける。 「私ね、部屋のあちこちに特別な日に食べたいお菓子を幾つも部屋に置いてるのよ」 ニコニコと爽やかではあるが、何処か不気味な雰囲気漂う笑顔を浮かべつつ、ルイズは喋る。 「しかもそのクッキーはね…私が一番特別だと思う日に食べたいと…と、取っておいたやつなの」 段々とルイズの笑顔が邪悪な雰囲気を帯びていくのを感じた魔理沙は思わず後退ってしまう。 その邪悪さは、以前紅魔館で見たレミリアの笑顔と比べれば可愛いモノだが、それでも十分に怖いものであった。 「あ、あ~…な、なんだ?私はその…食べただけだぜ」 魔理沙は言い訳でも言おうとしたのだろうが、それが火に油を注ぐ事となった。 「へ、へ、へ~…あ、あ、アンタは食べたたただけなのねね…わ、私のたたた大切なおおか菓子を、を…!」 先程よりも邪悪さが増していくルイズの雰囲気に、魔理沙は悟った。 (あ~、駄目だコリャ。背中を見せたら確実に酷い目に遭うな…) 丁度自分の背後に愛用の箒があるのに気が付いている魔理沙ではあったが、逃げる気は失せていた。 いま箒を手にとっても跨る前に捕まってしまう。そして今窓の傍で気絶している霊夢の二の舞になる。 ましてやミニ八卦炉も奪われている手前、退路は完全に断たれたも同然である。もう自分に逃げ場は無い。 たった一つの道は、目の前にいるこの少女を倒してドアから逃げるしかない。 (そうと決まれば…善は急げだぜ!) 覚悟を決めた魔理沙は、キッと鋭い笑みを浮かべ―――ルイズに突撃した。 勝率などわからない、わからないから魔理沙は突撃の道を選んだ。 霊夢もそうしていたであろうし、魔理沙の知っている幻想郷の好戦的な奴等も同じ答えを出していたに違いない。 自分が勝つと信じてやまない者達は、どんな危機的状況に陥っても僅かな希望があればそれに縋り、必勝の策を編み出す。 勝つか負けるかわからない――だからこそ戦うのだ、自分の勝利を信じて。 ピ チ ュ ー ン ! ――しかし、だからといってやる気満々の敵に突っ込んで勝てるとは限らない。 『自分のパンチより、ルイズのアッパーの方が速かった』という事が読めなかった魔理沙は、呆気なく撃沈した。 ◆ その頃、トリスタニアのチクトンネ街は―――― いつもは夜型の人々で賑わうここは、朝方と昼は大分落ち着いている。 それでも人の入りはあり、ブルドンネ街と同じく露天商達が道ばたで商売を始めていた。 仕事帰りの人々を誘惑する夜中のお店は朝方にはその看板を下げ、グッスリと眠っている。 彼ら、彼女らは朝に寝て午後から仕込みと掃除を始めて夕方頃の開店に備えての準備に入るのだ。 そんな店はここチクトンネ街に星の数ほどあるが、その中でもかなり異色な店が存在していた。 ウエイターは女の子達ばかりなうえ、とても魅力的な服を着ており、貴族からも賞賛の声を度々聞く。 「女の子達がステキだった」とか「チップを出すのに夢中で財布の中身が無くなった」等々…色々と評価してくれている。 『魅惑の妖精亭』。それがこの店の名前であった。 ※ シャコシャコシャコ… 「あしゃ~はやっぴゃり~ねみゅい~もよ~…♪」 店長スカロンの娘であるジェシカは、店の裏口で歯を磨きながら何処か現実味のある歌を口ずさんでいた。 裏口のある通りは閑散としており、目立つモノといえばご近所の店が裏口に出しているゴミを漁る野犬と野良猫、それにカラスだけだ。 主に人間の食べ残しを狙う彼らはこの時に限って争うことなどせず、お互いのルールを守っている。 この場面だけを見れば、人間と比べて大分秩序を保てているのは間違いない。 ハルケギニアの各所にある第三諸国などでは、畑の作物や家畜の奪い合いが原因で戦争になっているところもある。 それを考えれば、動物の方が第三諸国を治める王達よりかは大分利口だ。 だが、ジェシカはそんな光景に目もくれず、歯ブラシを口に入れたままボーッと空を見上げていた。 隣接する建物と建物の間から見える空はかなり太い一本の線として見えている。 陽が当たらない薄暗い通りとは対照的に白い雲が右から左へと流れ、サラサラと緩やかな初夏の風が肌を撫でる。 この時間帯、朝食を食べ終えた人々が仕事の為に各々の勤務場所へと足を運ぶ。 飲食店や雑貨屋、ブティックに本屋、石切場に魚の養殖場(食用、観賞用の淡水魚だけだが)等、様々である。 しかしジェシカやスカロン、そして店の女の子達を含めた夜中のお店で働く人々は、ゆっくりとベッドで疲れを癒す。 ジェシカ自身も、今は寝る前の歯磨きをしており、決して仕事へ行く前の慌ただしい歯磨きではない。 故にこうして途中で手を止め、雲の流れる爽やかな朝の青空を眺めているのであった。 しかし、その時間は表の通りからやってきた女性の声で台無しとなった。 「やぁジェシカ。寝る前の歯磨きをしてるのか?」 「…うっ!…ムグ…ムグ……ぷはっ!」 いきなり声を掛けられたジェシカ聞き覚えのある声を耳にし、思わず口にくわえた歯ブラシを吐き出しそうになった。 しかしそれをなんとか堪えて数秒間無呼吸に悶えた後、口から歯ブラシを取り出すという選択を選ぶ。 歯ブラシを持っていた右手で持ち手を掴み、そのまま一気に口から出したところで、止まり掛けた呼吸を再開する事が出来た。 「はぁ…はぁ…アンタねぇ、前もそうやってアタシを驚かそうとしたわよね?」 もう少しであの世の花畑と河岸が見えるところだったジェシカは、目の前で穏やかな笑みを浮かべる女性に苦々しく呟く。 「そうかな?あの時は私に気づいているものだと思って声を掛けたんだがな…ちゃんと料理の載ったトレイも受け止めただろ?」 しかし女性はそんな苦言など何処吹く風で、まるで旧友と若い頃の思い出を語っているかのような感じで言った。 女性の服装は足首まで隠した長い黒のズボンに白いブラウスと変わっており、その上に若草色のローブを羽織っている。 一昔前の女性ならわかるものの、この時代では女性のような服装は時代遅れもいいところだ。 しかし女性の肌は珠のように白く顔もジェシカや店の女の子達に負けず劣らず…いや勝っていると言って良い。 陽の光に当たって輝いている麦の如き金髪をボブカットにしており、遠くから見ればただの好青年として見えてしまう。 だが一歩近づいてそれが女だとわかれば、何処か不思議な魅力を感じてしまう。 それは男性だけではなく、女性もまたその魅力に惹かれるのである。 「はぁ…それで、今回は五日もあの子だけ置いて何処に行ってたっての?」 あまり悪いようには見えない笑みを見せられたジェシカは、呆れた様子でそう言った。 「まぁそう言うなよ。あの子だってちゃんと客室の掃除をしてくれてるだろ。…それに土産も買ってきたし」 それに対し女性は冷静に返しつつ、背負ったバッグを地面に下ろし、中を漁り始める。 ジェシカはその言葉にムッとなってしまうが、まぁいつもの彼女だと思って軽い溜め息をついた。 二人の言う『あの子』とは金髪の女性と共にいた、まだ十代にもなっていない栗色の髪が眩しい女の子のことである。 ※ 数週間前、ここの店長でありジェシカの父であるスカロンが二人を連れてきた。 聞くところによると女性はかの東方の生まれで、今はハルケギニアの各地を旅しているらしい。 様々な大国や小国、山々や平原を歩き渡り、しばらくはこのトリステインに身を置くことにしたのだという。 まぁ治安が比較的良く、戦争や領地をめぐっての小競り合いも滅多に無いこの国は、体を休めるのには丁度良いところだ。 しかし、いざ宿を探してみると間が悪かったのか、何処も空き部屋が無いという時にスカロンと知り合ったそうだ。 ちょっとばかしその場で話し合い、店の仕事を手伝って貰う代わりにお店の上の階にある部屋に泊まらせる事となった。 「初めまして、―――と申します。以後迷惑にならないようこのお店の仕事を手伝って行きたいと思います」 東方の国の生まれ故かハルケギニアでは聞かない奇妙な名前と律儀な物腰に、ジェシカを含めた店の者達は彼女に拍手を送った。 その拍手に女性は嬉しそうな笑みを浮かべると、後ろにいた少女を自身の前に出し、自己紹介を促した。 「は、はじめまして…――と申します。よろしくおねがいします…」 女性と同じく、東方の生まれと思われる奇妙な名前とその暗い雰囲気が漂う自己紹介の後、ジェシカがその子に質問した。 「よろしくね――ちゃん。ところで、ここは店の中だけど…帽子は外さないの?」 何処か空気の読めてないジェシカの発言に、素早く金髪の女性がフォローを入れた。 「すいません。この子はちょっと皮膚が弱くて室内でも帽子を被っているよう、祖国の医者から言われているもので…」 どこか胡散臭いものが漂ってはいるが、ジェシカやスカロン達は彼女の言葉をとりあえずは信じることにした。 この様な場所で店を開けば、自分の過去を酷く忌み嫌う者達がふらりと寄ってくるものだ。 ある者は過去を一時の間忘れるために飲んだくれ、またある者は新しい人生を探しに足を運ぶ…。 きっと彼女らは後者なのだろうと思い、とりあえずは『魅惑の妖精亭』に新しく入ってきた二人を手厚く歓迎した。 ※ 「それじゃあ、私は部屋に戻るとするよ」 「はいはーい!今日も早いんだからさっさと寝なさいよね~…ふぁ~」 一階の酒場でジェシカと別れた後、金髪の女性は二階へと昇り、一番奥にある客室へと足を運んだ。 ここ『魅惑の妖精亭』は一階部分がお店で、二階の方は家のない従業員達の部屋と幾つかの客室がある。 客室の方は、酔いすぎて家に帰れなくなった客を入れるところで、店の人気もあって使用頻度は高い。 そして当然の如く賃貸料があるので、店的には儲かっているらしい。 想像して欲しい。気持ちよく飲んでベロンベロンになって意識を失い、気づいたら見知らぬ部屋のベッドで寝ていた。 慌てて外に出てみるとその顔に笑顔を貼り付けた店の女の子が、一枚の紙をもって口を開く。 「おはようございます。お部屋の賃貸料をいただきに来ました」 自業自得であろうが、冷たい夜の路上に放り出されるより大分マシだろう。 そんな事を思っていると、気づけばもう二階の一番奥にまでたどり着いていた。 すぐ横には客室に繋がるドアがあり、それを開ける前に女性はポツリと呟く。 「五日か…まぁちゃんとお金も置いておいたし払ってくれてるだろう」 あの娘はネコだが、ネコババするような娘ではない。と心の中で付け加え、ドアを開けた。 すんなりと開いたドアの先にいたのは、彼女を主と慕う可愛い少女が待ってくれていた。 「お帰りなさい!藍さま!」 年相応の元気な声に、彼女は柔らかい微笑みを浮かべた。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/611.html
ルイズがビュウを使い魔として召喚したことで、その周囲は大なり小なりの差異はあれこそ、それなりの変化というものに巻き込まれることになった。 一番代表的なのはタバサだろう。 主たるメイジにのみ忠実であるはずの使い魔が、主以外の存在、つまり竜騎士であるビュウに懐いてしまっているという現実は、きっとタバサにとって想定外の事態だったに相違ない。 その結果としてのタバサの変化というのは、普段無表情の鉄面皮で通している彼女が、ビュウと一緒の時には露骨に不機嫌そうな表情をしてみせるというものであった。 これをいい変化と言ってしまうのは、タバサにとっては甚だ不本意であろう。 しかし、それまでのタバサを知る彼女のクラスメートたちにしてみれば、それは間違いなくいい変化であるように思われた。 無口で無表情、感情なんてないかのように振舞っていたそれまでのタバサは、お世辞にも周囲に好意的な存在として受け入れられていたとは言えない。 そのタバサが使い魔を取られるかもしれない、と不機嫌そうな表情を見せる、つまりは嫉妬にも似た感情を露にするというのは、タバサという少女の人間性を周囲に理解させるには十分だった。 もちろんそんなものはタバサの一側面に過ぎないのだし、それをもってタバサという少女の全てを理解し受け入れるなんてことは誰にも出来ないであろうが、 今まではその一側面さえ窺い知ることが出来なかったのだから、これはやはり大きな変化と言える。 ビュウ召喚によって影響を受けた人物はまだいる。 その一人が魔法学院の教師、ミスタ・コルベールだ。 彼の場合はタバサのように情緒面の影響を受けたというのではなく、彼が召喚されたことによって、その仕事の範囲が広がったという意味で影響を受けた。 つまり、ビュウが召喚されたせいで余計な仕事を背負わされたということだ。 コルベールに課せられた新たな仕事は主に二つある。 一つは現在のビュウの大きな目的、オレルスへの帰還に向けた手伝いである。 具体的には魔法学院の図書館内にある無数の書物の中から、オレルスに関する記述のあるものを探すというものだ。 正直言ってこの仕事は難航している。 対象となる書物が多すぎることも問題であろうが、オレルスに関する記述を扱った書物が図書館内に存在する確率が極めて低いからだ。 少なくとも、この仕事をコルベールに押し付けたオールド・オスマンは、館内にそんな記述を扱った書が存在するとは思っていない。 海岸の砂浜から、あるかどうかも分からないような砂金の一粒を探すようなこの作業に、だからかコルベールは熱意をもって取り組んでいるとは言い難かった。 もう一つの仕事というのは、ビュウの左手に現れた使い魔のルーンについての調査である。 ルイズがビュウと契約を果たした一週間前、契約のその場には立会人としてコルベールも参列していた。 そして契約終了後、ビュウの左手に現れた見慣れぬルーンに、オールド・オスマンとコルベールの二人は注目したのである。 とは言うものの、こちらについては一週間が過ぎた現在時点であらかたの調査は終えていた。 後は裏づけを取るだけという状況なのだが、それがなかなか難しい。 さし当たってはまた今日辺り、ビュウを自分の研究室に呼び出して聞き取りを行おうと思っているのだが、どうなることやら……。 さらにもう一人、ビュウの召喚の余波を大きく受けてしまった人物がいる。 誰あろうキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー、その人である。 もっとも、彼女の場合は前述の二人とは異なって、ビュウ当人からの影響によって状況の変化に晒されたとは言いがたい。 キュルケはそのビュウを召喚した人物、ルイズの変化によって間接的に変化に晒されてしまったのである。 直接的な切欠は、召喚と契約に失敗したと思い込んだルイズが、心身ともに弱っていたせいか、長年いがみ合ってきたはずのキュルケに気弱な涙を見せてしまったことだろう。 儀式の失敗を悔やみ、家族の信頼を裏切ってしまったと涙するルイズ。 そこにいたのはキュルケのよく知る、魔法の一つも使えないくせに態度ばかり一人前の貴族ぶった小生意気な宿敵ではなく、等身大の十六歳の女の子だったのである。 キュルケは正直扱いに困った。 いつものように小馬鹿にして突き放そうにも、そうしてしまえばあのときのルイズは崩れ落ちてしまいそうに弱っていたし、かといってそうする以外にルイズの扱い方なんてキュルケは知らない。 だからルイズが泣き出してしまったあのとき、キュルケは考えるのを諦めてルイズのしたいようにさせた。 泣きたいだけ泣かせてやった。 だが、そんなことがあったからといってルイズに情が移ったとかそういうことは断じてない、とキュルケは主張する。 実際あの出来事があった後も、キュルケはいつも通りにルイズを茶化したり、挑発するような言葉を投げつけている。 ところが、当のルイズがビュウのことばかり気に掛けているせいで、キュルケがどんなにからかったり茶々を入れたりしても、こっちの挑発に乗ってきてくれないのだ。 そんなルイズでは面白くない、からかい甲斐がない。 それが気に食わなくて無理やりこちらに意識を向けさせようとしても、気のない返事を返してくるばかりで、これではまるでキュルケの空回りだ。 おかげでここ最近、なんとも歯がゆい気分を味あわされている。 しかもそんなキュルケの姿が周囲からは不可思議、というか滑稽に見えるらしく、クラスメイトのモンモランシーからこんなことを言われた。 「なんだか最近の貴女って、想い人を他人に取られそうになって焦っているのに、だけど素直になれない初心な少女みたいだわ」 なんという誤解、そしてなんという言い草だ。 殆どムキになったかのような勢いでモンモランシーの言葉は否定しておいたが、後になって冷静に思い直してみたら、あれでは図星を突かれて必死に誤魔化していたようじゃないか。 そしてその翌朝になってみれば、案の定誤解を深読みしたモンモランシーによって学内にはキュルケについてのあらぬ噂が流れている。 思えばキュルケがルイズを部屋に連れ込んだときも、事実に尾ひれ羽ひれをつけた噂を流してくれたのはモンモランシーだった。 フツフツと沸きあがった怒りのままに食堂ですれ違ったときに思い切り足を踏みつけてやった。 が、その程度で怒りが収まるはずもなく、その日、キュルケの心の閻魔帳にモンモランシーの名前が極太で書き込まれたのである。 さておき、そんな調子でここ最近のキュルケはルイズのためにペースを狂わされっぱなしだった。 もういっそのこと、ほとぼりが冷めるまで、或いはルイズとビュウの関係が落ち着くまであの近辺には近寄らない方がいいんじゃないか、という気さえしてくる。 だがそれが出来ないのがキュルケという少女だった。 ペースが乱されるからといって、そこで退いたら負けと同じではないか。 勝ち負けの問題じゃないとか、そもそも何に対して負けたのかとか、そういう理屈の話ではない。 感情の、そして誇りの話だ。 ツェルプストー家の人間がヴァリエール家の人間に対して退くなんて、そんな真似は家名に懸けて許されないのである。 だからキュルケは午前の授業が終了した直後、ルイズとビュウが交わしたこんな会話を聞いて、また茶々を入れずにはいられなかったのである。 多分、こんなにも上の空で授業を受けたのは初めてなんじゃないかしら、とルイズは思った。 昼休みを目前に授業の残り時間もあと五分といったところだろう。 昼休みを前にした生徒たちはまだしも、授業をしている教師でさえ気もそぞろのようで、先ほどから授業内容とは関係のない雑談めいた話ばかりしている。 以前までのルイズなら、そんないい加減な態度の教師には反発を覚えていたところだろうが、今日のルイズはそんな教師のいい加減さに感謝していた。 今のルイズに必要なのは授業で学ぶ魔法の知識などではなく、ビュウと会話をするために必要な話のタネなのだ。 竜騎士とはいってもハルケギニアのそれとは違って魔法の使えないビュウにとって、魔法の授業というのはあまり楽しいものではないらしい。 そのため授業の内容では話のタネにはなってくれないのだ。 しかしこういった雑談であれば「そういえば先生あんなこと言ってたわね、ビュウはどう思う?」といった感じで、話の取っ掛かりにもしやすい。 ルイズはちらちら横目で隣に座るビュウの様子を伺いながら、耳をダンボにして教師の雑談を聞いていた。 そんな時間もやがて過ぎ去り、午前の授業終了を告げる鐘が鳴る。 「ん、もうこんな時間か。それでは午前の授業はこれまでとする。各自、復習を怠らないように」 教師がそう言って教室を後にすれば、あたりは昼休みらしい喧騒に包まれた。 先ほどの授業内容を友達同士で確認し合う姿も見受けられるし、連れ立って食堂に向かう者もいる。 ルイズはといえば、大きく深呼吸を二度三度と繰り返し、ビュウに声をかけるタイミングを計っていた。 胸の前で小さくコブシを握り、よし、と意気を込める。 しかしルイズがビュウに声を掛けるのより、ビュウがルイズに声を掛ける方が早かった。 「ルイズ、ちょっといいかな」 機先を制され一瞬ぎくりとするが、深呼吸と咳払いを一つ、冷静さを取り戻す。 「ビュウ? な、なにかしら?」 「悪いんだけど、今日のお昼は同席できない」 「え――、ど、どうして?」 折角ちゃんとお話ができるように話題を確保して心の準備もしてたのに――。 なんとか引き止めなくては、と言葉を募ろうとするが、 「コルベール先生から呼び出しを受けてるんだ。先生の仕事で聞きたいことがあるらしくて」 「そうなの……でも、お仕事じゃあ仕方ないわよね」 ビュウのその返答の前に、脊髄反射的にそう返してしまっていた。 「ごめん、だからお昼は他の人たちと……」 「ううん、気にしないで。私一人でも大丈夫だから。ビュウ、また後で」 「あ、うん」 それにしても、まるで夫の出張が決まった夫婦のような会話である。 しかも夫婦仲があまり上手く行っていない感じの夫婦だ。 お互いのぎこちなさもさることながら、ビュウが昼食に同席しないと聞いた途端口が滑らかになる辺りに、新婚生活(?)への疲れが覗き見える。 そしてビュウを見送ったルイズは、彼が扉の向こうに消えるなり机に突っ伏した。 (あ~、もう、なにやってるの私! そこで安心してどうするのよ!? 引き止めるんじゃなかったの、ルイズ!) 先送りにしても意味なんてなにもない。 こんなことくらいでいちいち安心してるくらいなら、一刻も早くまともに会話できるようになって、いちいち緊張しないで済むくらいならないといけないのに。 情けなさ過ぎて自分が嫌になる。 机に突っ伏したまま目を伏せて、大きくため息をつくルイズだった。 聞きなれた癪に障る声がルイズに掛けられたのは、そんなときである。 「お疲れのご様子ね、ヴァリエール」 顔を上げる。 そこには褐色の肌と炎の赤髪をもつ少女が、若干不機嫌そうに立っていた。 「ツェルプストー? なによ、なんか用?」 「別に? ただまあ、身の丈に合わない使い魔なんかと契約しちゃうと大変ね、ってからかいに来ただけよ」 「そんだけ? 用がないなら放っておいて。正直あんたに構ってる暇なんてないの」 キュルケの声に応じて顔を上げたルイズだが、すぐにまた机に突っ伏してしまう。 からかいに来た、だなんて正面切って言ってくる馬鹿に構っていられる精神的余裕などないのである。 だが、そんなルイズの態度にヒキリとキュルケのこめかみがひきつった。 これなのだ。 こうしたルイズの態度がキュルケのペースを狂わせるのである。 こっちの挑発に乗ってこない、面白くない、からかい甲斐がない。 キュルケの知っているゼロのルイズは、こっちがちょっとからかってやれば小鳥のようにピーチクパーチク囀ってなんぼなのだ。 なのにこの態度、これじゃあまるで構ってやってるこっちが馬鹿みたいじゃないか。 だから、正直ムッとする。 『――想い人を他人に取られそうになって焦っているのに、だけど素直になれない初心な少女みたいだわ』 不意にモンモランシーの言葉が脳裏を過ぎるが「違う違う! そんなんじゃないないわよ!」と頭を振って否定した。 そうじゃない、そうじゃないのだ。 (私はただ、そういうのじゃなくて……) いったいどうしたいのか――、自分でもそれが分からないまま、思いついた文句をそのまま口に出して罵ってしまう。 「情けない。自分の使い魔に遠慮して、気疲れして、それでこの私に言い返す気力もないだなんて。そんなザマでヴァリエール公爵家の娘を名乗るなんて、お笑いだわ」 「なんとでも言いなさいよ。今の私が情けないのなんて百も承知してるんだから……」 「虚勢を張る元気もないってわけ? 重症ね」 「そう思うんなら放っておいて」 突っ伏したまま顔を背けるルイズ。 キュルケはため息をついて髪をかきあげた。 イライラする。 なんなのだ、このうじうじ娘は。 こっちがこんだけ構ってやってるのに、辛気臭い、いい加減にして欲しい、普段のアンタはそんなんじゃないでしょう。 腰に手をあて、身を乗り出す。 「あのね、ヴァリエール? あんたが何に悩んでそんな追い詰められてるのかなんて、そんなのこっちにだって分かってるわよ」 「だったらなに? あんたには関係ないでしょ?」 「関係大アリよっ! あんたがそんなんじゃあこっちの調子が狂っちゃうっての!」 怒鳴りつけるように言ってしまう。 まだ教室に残っていた生徒たちの視線がこちらに集まるのを感じたが、そんなの気にしてなんていられない。 ルイズも背けていた顔をキュルケに向ける。 「はぁ? なにそれ? そんなの、それこそ私には関係ないじゃないの」 「だから関係大アリだって言ってるでしょ!?」 「し、知らないわよ。ていうか何をそんなに怒ってるの? らしくないわよ?」 「それが調子が狂うってことなの! 分かりなさいよ!」 あのねぇ、とルイズが身体を起こす。 正面からキュルケを見据えた。 思えば、今日初めてルイズと目が合った気がする。 「分かった、分かったわよ。私がらしくないせいで、私をからかって遊びたいあんたの調子まで狂っちゃうっていうのはよく分かったわ」 「だったら、いつまでもへこたれてないでさっさと元気出しなさいよ」 「それが出来ればとっくにそうしてるわよ。あのね、言いたくないけど私にだって悩みはあるの。 魔法以外にも出来ないことなんて山ほどあって、その一つが今抱えてる問題なの。 でも私はそれを出来るようになろうと思って今頑張ってるところなわけ。分かる?」 「それくらい、分かってるわ」 「それが分かってるなら、なんで放っといてくれないわけ? 放っておいてくれたら私は頑張ってビュウともちゃんとした関係になって、それで勝手に元気にもなるわ。 でもそこにあんたがいちいち構いかけて茶々なんて入れてきたら、そんなの今の私にとっては邪魔でしかないの。わかる? 邪魔なの、はっきり言って」 言っている内にルイズのテンションも上がってきてしまったのだろう、攻撃的な言葉がドンドン口をついて出てきてしまう。 言われているキュルケも同じだ。 からかってやろうくらいのつもりで声を掛けてみたのに、こうも真顔で言われると腹が立つ。 道理がどうとかで言えば、ルイズの言葉の方にこそ道理があるから、余計にイラッときてしまうのだ。 「それとも、なに?」 鼻をフンッと鳴らしてルイズ。 「ビュウと上手く行ってない私を見かねて、何かアドバイスでもくれてやろうってつもりだったとでも言うの、ツェルプストー?」 見上げながら見下す、という器用な態度でそう言ったルイズの言葉に、キュルケは一瞬キョトンとしてしまった。 『アドバイスでもくれてやろうってつもりだったとでも言うの、ツェルプストー?』 その言葉にキョトンとしたキュルケは、言葉の意味を噛み締めたの後、今までの自分の行動と言動に酷く納得した。 要するに自分は、今のこのうじうじしたルイズをなんとかしたかったのだろう。 けれど、そんな自分の真意に今の今まで気づいていなかったから、今日までのキュルケの言葉はどうにも空回って、ルイズの心に届かなかったのである。 でも、自分の本心に気づいた今なら違う。 今のルイズに張り合いがなくて詰まらないなら、張り合いのある面白いルイズに戻してやればいい。 そのための障害があるのならば、まあ面倒ではあるけどそれを乗り越えるのに手助けしてやるのも吝かではない。 (だってそんなの、今のままのうじうじとみっともないルイズのせいでこっちの調子を崩されてるなんて、 そんな状況に比べたら、多少我慢してでも元の状況に戻してやった方が、なんぼかマシってもんだわ) そんなことを思う自分自身に、プッと噴出す。 いきなり噴出したキュルケに、怪訝な顔を向けるルイズを見て自分の考えは間違っていないと確信した。 からかい甲斐のないルイズなどルイズではない。 張り合い甲斐のないヴァリエールなど、ライバルではないのだ。 ヴァリエールの人間の手助けをしてやるなんて、全く持ってツェルプストーらしくもないが、しかし――、 (でもね、遊ぶための火種が尽きてしまっては、火遊びなんて出来やしないのよ) その格好の火種であるヴァリエールの人間に再び火を灯してやるだなんて、そう考えれば今の自分は実にツェルプストーだ。 腰に手をあて、轟然とルイズを見下ろして言ってやった。 「そうよ。男のあしらい方一つ知らない無知なお子様に、この微熱のキュルケが一つ手解きしてあげようじゃないの」 そんなことを言ったキュルケに、ルイズは酷く間の抜けた顔を見せたのだった。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2102.html
前ページゼロの答え 深夜の中庭。二つの月が照らす中、デュフォーとそれを見つめるルイズとキュルケ、そして自らの使い魔に乗って上からそれを見るタバサの姿がそこにあった。 あの後、中庭に出たところキュルケとタバサも来て何をしているのかルイズに追求してきた。 そしてとうとう根負けしたルイズが事情を話し、キュルケとタバサは半ば押しかけ気味に見届け人として参加すると言ってきたのだ。 デュフォーは我関せずと他人事のようにそれを静観していた。 最初はまったく興味なさそうだったタバサだったが、"ガンダールヴ"という言葉を聞くと積極的に参加の意を示してきた。 「あそこの壁を傷つければいいんだな」 そういうとデュフォーは本塔の壁を指差した。 「ええ、そうよ。あんたが本当に"ガンダールヴ"ならそのくらい楽勝でしょ?」 腕組みをしてルイズが答える。 本塔の壁にどれだけの傷を付けられるか?それがルイズたちの出したデュフォーが本当に"ガンダールヴ"なのかどうかを知るためのテストであった。 本塔の壁は非常に頑丈にできている。その上、指定した場所は地面からかなりの高さである。 普通の人間ならとてもではないが手出しできないような位置を指定していた。 仮に本当に"ガンダールヴ"だとしても地面からそれだけ高さのある場所なら、多少の傷しかつけられないとはタバサの弁であった。 タバサがウィンドドラゴンに乗っているのは、指定した場所が場所であるので、宙に浮いて見ないと正しく判別できないだろうとのことからである。 デュフォーはルイズたちの指定した場所の後ろが宝物庫だと知っていたが何も言わなかった。 どうでもいいことだからである。 ルイズが合図をすると同時に、デュフォーの左手のルーンが光り輝いた。 そしてデルフを持って振りかぶり、投げる。 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 「「「「「えっ!?」」」」」 デルフから伸びる悲鳴と、五つの驚きの声が夜の中庭に響いた。 ルイズたち三人以外の声の内、一つは植え込みの中、もう一つはタバサの方から聞こえたのだが、叫んだ当人たちは誰もそのことに気が付かなかった。 そしてデュフォーはそのことに気づいてはいたものの、最初からそこに人がいたり、タバサの使い魔は風韻竜で喋れるということを知っていたので特に反応はしない。 (タバサは自分の使い魔が喋ったことには気が付いていたので、杖で軽く頭を叩いた) 悲鳴をなびかせながら、デルフは見事に根元まで、本塔の壁に突き刺さった。 ルイズたちが指定した場所に寸分の狂いも無く埋まっている。 「これでいいんだろ?」 ごくり、とその場にいた全員が息を呑んだ。 一瞬間を空けて、フーケは我に返るとすぐさま詠唱を始めた。目の前で起きた光景は信じられないが、チャンスであることには違いは無い。 長い詠唱であったが、その場にいたデュフォー除く全員が壁に突き刺さった剣に目を奪われていたので完成まで誰にも邪魔をされることは無かった。 デュフォーは別にどうでもいいといった感じでフーケを邪魔することも無く、ルイズたちが剣を見るのを眺めていた。 巨大なゴーレムが現れるとデュフォーはとりあえず近くにいるキュルケとルイズの肩を叩いた。 「「きゃっ!?」」 突然の刺激に驚いたのか二人が身を竦める。 「な、何するのよ!」 「ダーリンったら。触りたいなら前もって言ってくれれば」 まるで別々のことを言ってくる二人だったが、二人とも同じようにデュフォーに無視された。 あれを見ろ、デュフォーはそう言ってルイズたちの後ろを指差すと小石を拾ってタバサに軽く投げる。 こつんと頭に当たり、惚けたような表情で剣を見ていたタバサが我に返る。 そして石が飛んできた方向を見て、固まった。ルイズとキュルケも同様にデュフォーが指差した方向を見て固まっていた。 土でできた巨大なゴーレムがそこに居た。 いち早く硬直が解けたキュルケが悲鳴を上げて逃げ出す。 タバサがウィンドドラゴンでキュルケを拾った。 ゴーレムはデュフォーたちのいる場所。本塔の方へと向かっているため、キュルケのようにその場を離れなければウィンドドラゴンで拾うことは難しい。 だがルイズは逃げようとしない。それどころかゴーレムに向けて呪文を唱える。 巨大な土ゴーレムの表面で爆発が起こる。"ファイヤーボール"を唱えようとして失敗していつもの爆発が起こったのだろう。 当然ゴーレムには通じない。表面がいくらか爆発でこぼれただけだ。 それから何度もルイズは呪文を唱えた。そのたびに爆発が起こる。だがゴーレムはびくともしない、爆発のたびに僅かに土がこぼれるが、それだけだ。 「逃げないのか?」 冷静な声で隣に居るデュフォーがルイズに訊ねた。 ゴーレムはもうすぐ近くまで来ている。 「いやよ!学院にあんなゴーレムで乗り込んでくる奴なのよ。そんな奴を捕まえれば、誰ももう、わたしをゼロのルイズだなんて……」 真剣な目でルイズが言いかけた言葉をデュフォーは遮った。 「お前、頭が悪いな。あいつを捕まえようがお前がゼロのルイズと呼ばれることに関係はないだろう」 息が詰まる。怒りで目の前が真っ赤になった。許せない。ただその言葉だけがルイズの頭の中に浮かんだ。 「ふふふふ、ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 その叫びに、ゴーレムも驚いたのか動きが止まる。 「ななな、なんでわたしがゴーレムを捕まえても関係ないってあんたにわかるのよ!」 怒りのあまり呂律の回らなくなった口調で叫び、ルイズがデュフォーに掴みかかる。 「お前がゼロと呼ばれているのは魔法が使えないからだろう?例えこいつを捕まえようがお前が魔法を使えないことに変わりはない」 まったく熱を感じさせない声でデュフォーがルイズに告げる。 「だから逃げろって?こいつを倒しても扱いは変わらないから。……はっ、冗談じゃないわ!」 ルイズは短く吐き捨てるとこう叫んだ。 「敵に後ろを見せない者を、貴族と呼ぶのよ!たとえゼロのルイズと呼ばれるのが変わらなくてもわたしは決して逃げないわ!」 再び動き始めたゴーレムがルイズを踏み潰そうと足を振り下ろした。 その足に対してルイズが杖を振る。爆発が起こり、土がこぼれた。まったく変わらないゴーレムの足がルイズへと迫る。 ルイズの視界がゴーレムの足で埋め尽くされる。そこで横から引っ張られた。 地面に投げ出され、尻餅をつく。横を見上げるとそこにデュフォーが立っていた。ギリギリのところでデュフォーが踏み潰される前にルイズを助けたのだ。 ゴーレムの方はルイズを踏み潰したと思ったのか、それとも興味をなくしたのかその場で止まった。 そして腕を引くと、本塔の壁。それも壁に突き立っているデルフを殴り飛ばした。当たる瞬間にフーケの魔法により、ゴーレムの拳が鉄に変わる。 デルフを楔として、本塔の壁に亀裂が走る。一瞬の沈黙の後、壁が崩れた。 ゴーレムの肩からフーケが降りると壁の中へと入っていく。壁の後ろにあるのは宝物庫。フーケの狙いはその中にある破壊の杖だった。 助けられたことで張り詰めていた糸が切れたのか、ゴーレムが壁を破壊していくのを見上げながら、ルイズの目から涙がこぼれた。 自分の力が通じない悔しさにルイズは泣きながら拳を握りしめる。 そんなルイズに対してデュフォーが声をかけた。 「お前、頭が悪いな。逃げないのは構わないが無駄なことをして何がやりたいんだ?」 思いやりのまったくない言葉に更に涙が溢れる。 「だって、悔しくて……わたし……いっつも馬鹿にされて……だから見返したくて……」 嗚咽で途切れ途切れに言葉を紡ぐルイズ。 そんなルイズをデュフォーは一刀両断で切り捨てる。 「お前は本当に頭が悪いな。見返したいのなら、何故無駄なことをする?」 ナイフのようにデュフォーの言葉はルイズを切りつける。 泣きながらルイズはそれに反論した。 「わかってる……わかってるわよ、わたしじゃどうしようもないことくらい……でも、じゃあどうしろってのよ!」 その言葉に対する返事はすぐにデュフォーから返ってきた。 「オレが指示を出す」 ルイズは顔を上げた。 今聞いた言葉が信じられなかったからだ。 「どうやったらあいつを倒せるのか?その『答え』が欲しいんだろ?」 普段と変わらない冷静な表情でデュフォーはルイズにそう告げた。 「―――え?」 目に涙を浮かべたまま、告げられた言葉の真偽を確かめるかのようにルイズはデュフォーを見つめる。 いつもと変わらない表情。嘘でも慰めでもなく、ただ単純に事実のみを伝えたという様子でデュフォーはルイズを見ていた。 「……本当に、あいつを倒せるの?」 おずおずとルイズがデュフォーにそう訊ねた。 まるで目の前の希望に縋り付いて裏切られるのが怖いという様子でデュフォーの提案に乗ることを躊躇している。 だがそれもデュフォーが口を開くまでだった。 「お前、頭が悪いな。『答え』が出せるから、『指示する』と言ったんだ」 ビキッという音があたかも実際にしたかのような勢いでルイズの顔に青筋が浮かぶ。 同時にデュフォーの提案に対して躊躇させていた気持ちは跡形も無く吹き飛んだ。 「やるわよっ!やってやるわ!」 それを聞くとデュフォーはルイズに向けてこんなことを言った。 「そうか。だったら今から奴を追う。そして術者に対して直接"ファイヤーボール"を唱えろ」 あまりといえばあまりに突飛な提案にルイズの目が丸くなる。 「ちょっ、ちょっとデュフォー!何で"ファイヤーボール"であのゴーレムが倒せるのよ?防がれて終わりでしょ!」 「何を言っている?お前が魔法を使えば爆発が起きるだろう。それでゴーレムを操っている術者を直接倒せばいいだけだ」 「んなっ!ははははは、初めからわたしが魔法を失敗することが決まってるみたいに言わないでよ!ひょっとしたら成功するかもしれないじゃない!」 しかしデュフォーはルイズの怒声を無視すると、ウィンドドラゴンに乗って上空を飛んでいるタバサへと声をかけた。 「何?」 タバサはデュフォーの近くまで来ると、自らの使い魔の上から降りて何の用なのか訊ねた。 ルイズが対して何やら騒いでいるのは互いに完全に無視している。 「今からあのゴーレムを倒しに行く、だからその風韻竜で後を追ってくれ」 告げられたゴーレムを倒すという言葉よりも、風韻竜という言葉に驚いてタバサは息を呑んだ。 そしてデュフォーに対して警戒の目を向ける。だがデュフォーはこちらもあっさり無視してまだ騒いでいるルイズに向き直った。 その様子にタバサはこの場でそのことについて言及することを諦めた。 幸いなことに今デュフォーが言った風韻竜という言葉を聞いていたのは恐らく自分しかいない。 キュルケは風韻竜の上にいるから、今の会話が聞こえていた可能性は低い。ルイズは騒いでいるからこれもまた今の言葉が聞こえていた可能性は低い。 だがこの場で下手に追求したら、近くにいるルイズと自らの使い魔の風韻竜―――シルフィードの上に乗っているキュルケにも聞かれるかもしれない。 そう判断するとタバサはシルフィードに戻った。 そして"レビテーション"でデュフォーたちをシルフィードの背に乗せる。 デュフォーたちが乗ったことを確認すると、指示通りゴーレムを追いかけ始めた。 「ねえタバサ、あなたさっきダーリンから何を言われたの?」 シルフィードでゴーレムを追い始めて間もなくして、キュルケはタバサにそんなことを訊ねた。 デュフォーとルイズはピリピリとした空気を発していて、とても声をかけられる雰囲気ではない。 正確にはルイズだけがそんな空気を発しているのだが、デュフォーは平然とした顔でその近くにいるため同様に声をかけられる雰囲気ではなくなっている。 そのため親友であり、今のところ何もしていないタバサに聞くことにしたのだ。 「今からゴーレムを倒すって」 タバサはそれに対して短く答える。 「あ、それで私たちにも手伝うようにってことかしら?でもあんなゴーレム相手にどうやって?」 その返答に対しキュルケが訝しげな表情を顔に浮かべた。 当然だろう、あんなゴーレムをどうやったら倒せるというのだ。 「違う。今からあのゴーレムを操っている術者を吹き飛ばすから、そうしたら捕まえろって言われた」 その言葉に対してキュルケは息を呑む。 「ちょっ、ちょっと本気!?どうやったらそんなことができるのよ。ここから魔法を撃ってもあのゴーレムが防いで終わりに決まっているじゃない!」 タバサは叫ぶキュルケに眉根を寄せた。 「わからない。でも……」 そう言うとタバサは首を後ろに向けてデュフォーたちを見る。 「彼はできないなんて微塵も思っていない」 ゴーレムと風韻竜では速度において圧倒的に差がある。 そのためフーケのゴーレムに追いつくまでにはさほど時間はかからない。 丁度城壁を越えたところで追いつき、その上空を旋回する。 それを確認するとデュフォーは隣にいるルイズに声をかけた。 「ルイズ。あそこだ」 その指の先にはフーケの姿があった。 「そろそろ詠唱を始めろ。このままの位置を保ち、奴を吹き飛ばす」 その言葉にルイズが息を呑んだ。 そして意識を集中し、呪文を唱え始める―――が数秒もしないうちに詠唱は尻すぼみになり、途中で消えた。 「……やっぱり、無理よ」 消えてなくなりそうな声がルイズの口からこぼれた。 「何故だ?」 何を言ってるんだこいつは?という顔で聞き返すデュフォー。 「動いてる的に直接当てるなんて今までやったこと無いのよ!無理に決まってるわ!」 ヒステリックに叫ぶルイズ。 それに対してデュフォーは呆れたような顔をしてルイズに向けて言った。 「オレが言ったことはお前ができる範囲のことでしかない。不可能だというのなら、それはお前自身に問題がある」 ルイズは歯を食い締めた。自分に問題がある?そんなことは最初からわかっている。 「今更なに言ってるのよ!わたしに問題があるなんて最初からわかってるでしょ!」 その言葉にデュフォーはますます呆れたような表情になった。 「お前、頭が悪いな。オレが言っていることを理解できていない」 ルイズは顔を上げるとデュフォーを睨みつけ、そして叫んだ。 「なにが理解できてないっていうのよ!あんたなんかにわたしのことはわからないわ!」 その叫びを受けてもデュフォーは微動だにしなかった。何の感情も浮かび上がっていない瞳で睨みつけるルイズを見返す。先に目を逸らしたのはルイズだった。 デュフォーはそんなルイズに対して追い討ちのように言葉を投げつける。 「オレはお前の能力を理解した上で、できると言っている。できないと思い込むのはお前の自由だ。だがそれはお前自身ができないと思い込むことで、自分の能力を下げているからだ」 それはまったく温かみを感じさせない冷徹な言葉。 だがその言葉は不思議とルイズの中に染み渡る。 その言葉の重みは今ままでルイズが感じたことのある誰のものとも違った。 失望でも、期待でもない。ありのままの事実。ルイズに対してそれができて当たり前だからやれと要求するだけの言葉。 ルイズの胸の中で何かが溶けて消えた。代わりに熱いものが溢れる。 「もう一度聞く。あいつを倒すための『答え』が欲しいか?」 そして再び、デュフォーがルイズに訊ねた。 デュフォーの問いかけに対し、恐らくそれが最後の確認だとルイズは理解した。 ここで断ればきっとデュフォーはルイズにさせることを諦めるだろう。 だからルイズは答えた。今まで生きてきた中で培っていた勇気を全て振り絞り、ルイズはデュフォーに答える。 「……欲しい。わたしはあいつを倒すための『答え』が欲しい!」 気圧されることも無く、それを受けてデュフォーは一度頷いた。 聞き返しはしない。デュフォーからしてみれば最初からできるとわかっていたことに何故悩んでいたのかと不思議に思うだけだ。 だから後は互いにやるべきことをやるだけでしかない。 短くデュフォーが合図をする。 「今だ。詠唱を始めろ」 軽く頷き、ルイズはゴーレムの肩にいるフーケを見つめると深呼吸をした。 息を吸い、吐く。 呼吸を落ち着かせ、標的を見つめる。 さっきまで荒れ狂っていた心臓が、今は静かに鼓動を奏でているのがわかる。 自分と標的。世界に存在するのはその二つだけ。 集中する。一度限りの大博打。外せば次のチャンスはないと警告はされた。 詠唱を始める。かつてないほど集中しているのが自分でもわかる。外す気なんて欠片もしない。さっきまであれほど不安だったことが嘘みたいに感じる。 悔しいがあの使い魔の言っていることは全て正しいのだろう。 思いやりとかそういうものはまるでないが、それだけに事実が痛いほど突き刺さる。 だけどそのおかげでわかったことがある。 ただ悔しく思うだけじゃ何も変わらない。悔しいからって無謀なことをしても何も意味が無い。 そして劣等感から自分の能力を低く評価したら、ますます駄目になるだけだ。 まず自分にできることをしっかりと見つめる。その上で、できることをやる。 そうでなければ前には進まない。 たぶん今までの自分は無いものねだりをしていただけの子供だったのだろう。 そんな自分に対してできると断言したデュフォー。 信頼とか暖かい気持ちなんて微塵も感じない。ただ事実を告げただけという感じの言葉。 だけどそれだけに―――信じられる。 純粋に自分の能力を評価してくれているとわかるから。 思いやりや盲信からの過大評価も、蔑みからの過小評価もしない、ありのままの自分の能力を見てくれてると信じられるから。 だからわたしはあいつの言うことを信じる。 ありのままのわたしを見てくれる人間として、あいつを信じる。 ―――だからこれは絶対に成功する。失敗なんてするはずがない。 "ファイヤーボール"の詠唱が終わる。 瞬間、フーケの真横で爆発が起きた。 人形のように吹き飛ぶフーケ。 タバサが杖を振り、"レビテーション"をかけて落下するフーケをシルフィードの上に運ぶ。 術者が気を失ったためかゴーレムが崩れ土の塊へと戻る。 ルイズは安堵すると大きく息を吐いた。 やりとげたことを実感すると、途端に全身から力が抜けてその場に崩れ落ちる。 シルフィードから落ちないようデュフォーが襟を掴んだ。 「ぐえっ!」 襟が引っ張られ首が絞まる。 「何すん――」 文句を言おうとルイズは鬼のような形相でデュフォーを睨んだ。 が、いつもと変わらないその顔を見ると怒りは急速に萎んで何だか笑いがこみ上げてきた。 「ふ、ふふふ、あははは!」 キュルケが『凄いじゃない、ルイズ!』と褒めてきたが、それよりもデュフォーのよくやったなと褒めるでもないその態度が今は無性に嬉しかった。 そのまま学院に戻るまでルイズは笑い続けた。 前ページゼロの答え
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/329.html
「DRAGON QUEST―ダイの大冒険―」のダイ ルイズの大冒険-1 ルイズの大冒険-2
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/723.html
ここ『女神の杵』では、かつて貴族たちが集まり、陛下の閲兵を受けたという練兵場がある そこではある貴族達は己の誇りと名誉をかけて決闘を行っていたという話もある 今では物置場となり樽や空き箱が積まれかつての栄光を懐かしむように石でできた旗台が佇んでいる そこに二人の男がやって来た、ワルドとロムだ 二人は練兵場の真ん中に立つとそれぞれ20歩ほど離れて向かい合った 第8話 闘え!戦士の誇りと命の為に 「古き良き時代、王がまだ力を持ち貴族たちがそれに従った時代、貴族が貴族らしかった時代だ・・・・」 ワルドが旗立て台を眺めながら語り始めた 「名誉と誇りをかけて僕たち貴族は魔法を唱えあった」 ワルドは皮肉を含めた笑みを前を向いた 「でも実際はくだらない理由だったらしい。例えば、女を取り合ったりしてね」 ロムは腕を組んで話を聞いていた 「・・・少し長くなったね、では決闘を始めようか」 「ああ」 ロムは腕を解くと腰にあるデルフリンガーの柄を握ると、ワルドは左手で制した 「どうした?」 「立ち会いにはそれなりの作法というものがある。介添人がいなくては」 「介添人?」 「もう呼んである」 ワルドがそう言うと物陰からルイズが現れた ルイズは二人の顔をみてハッとした顔になった 「ワルド、来いと言うから来てみれば、何をする気?」 「彼の実力を、ちょっと試したくなってね」 「馬鹿な事は止めて、今は、そんなことする時じゃないでしょ?」 「それが貴族という奴はやっかいでね、どっち強いか弱いか、気になるんだ」 ルイズはロムの方を見る 「すまないマスター、決闘を申し込まれた以上、答えなければいけない」 ギーシュとの決闘の時と一緒の答えが出てきてルイズは止めるのを諦めた 「なんなのよ、もう!」 ルイズが癇癪を起こすのと同時にロムはデルフリンガーを引き抜いた 左手のルーンが輝く、それを見たルイズは昨晩ワルドが言っていた事を思い出した 「伝説の使い魔の印?」 「そうさ、彼の左手に刻まれたルーン。始祖ブリミルに仕えたと言われる伝説の 『ガンダールヴ』の印だ」 ワルドは話を続けた 「誰もが持てる使い魔じゃない。君はそれだけの力を持ったメイジなんだ」 「信じられないわ・・・」 ・・・・ルイズはロムの顔を見た 確かにロムは頼もしい使い魔だ でも『ガンダールヴ』とは行き過ぎた話だ そう思っているとワルドは口を開いた 「では、介添人も来たことだ、本当に始めるか」 ワルドが腰から杖を抜き、フェンシングのように前方に突き出す 「行くぞ」 ロムもデルフリンガーを両手で構えて言った 「ああ、全力で来い」 ロムとワルドは同時に地を蹴り先程まで自分達が居た場所でぶつかった 剣と杖の間に火花が散る。細身の杖であったが長剣を受け止める 競り合いが続くが先に身を引いたのはワルドだった そのまま後ろに引くと思うとシュシュ、と風切音と共に高速で突いてきた (速い!これは目で見るんじゃない!心眼で見切る!) ロムは突きを下から抉るように杖を勢いよく切り上げる 杖先は空を向き、ワルドは懐に隙ができる 「なんと!!」 思わず声を上げたワルドは黒いマントを靡かせ身を引いたすぐにロムの蹴りが身体があった場所で空を切った ワルドは優雅に宙を跳び退さり構えを整えた 「なんでぇ、あいつ魔法を使わねえのか?」 デルフリンガーがとぼけた声で言った 「俺の実力と手の内を調べているんだ。どうやら昨日見せた分だけでは足りないようだな」 (流石は魔法衛士隊。魔法だけかと思っていたが近接戦闘も強いな) ロムは冷静な声で答えた、同時にワルドは『通常』の自分とも退けを取らない騎士であることも悟った 「魔法衛士隊のメイジはただ魔法を唱えるだけでは無い」 ワルドが杖を振りながら言う 「杖を剣のように扱いつつ、詠唱を完成させる。軍人の基本中の基本だ」 振るのを止めるとワルドは杖を突き出すと鋭い目付きを見せた 再び両者はぶつかり合う、カキン、カキンと斬りあう音が鳴りあう 「君は素早く力強いな!流石は伝説の使い魔だ!」 ワルドはロムの剣を細かい動作で受け流しながら言う 「それに剣の振りも素人ではない!うちの一番若い奴等と同じ、いやそれより強いな!」 ワルドの声はいやに楽しそうだった、同時に動きが段々速くなっていった 「だが君には我等とは足りないものがある」 「足りないもの?」 「そうだそれは・・・」 ワルドの突きは更に速くなる・・・、ロムは見切ろうとするが 「デル・イン・ソル・ラ・ウィンテ・・・・・・」 ワルドが低く呟いていることに気付く 「相棒!いけねぇ!魔法がくるぜ!」 「天空真剣!!」 デルフリンガーとロムが叫んだ 「隼ぎ・・・」 ボン!と大きな音が鳴りロムが横にブッ飛ぶ (うおおお!空気がハねただと!?) ロムは地を踏みつけをブレーキをかける ズザザザザザと音を立てて後ろへ下がるが膝を地に付けつつなんとか踏ん張れた ロムが正面を向くとワルドが杖を自分に向けていることがわかる 「君に足りないもの・・・それは・・・・・・・」 ワルドは少しためた 「『魔法』だ。」 「君は魔法が無い世界から来たからわからないかもしれないが、この世界は魔法が絶対だ 強い魔法なら尚更・・・・」 ロムは立ち上がろうとするが殴られた方の腕が痺れてデルフリンガーを落としてしまう 拾おうとするがワルドが強風を起こす デルフリンガーはカランカランっと鳴りながらワルドの方へと転がっていき思いっきり踏まれた 「貴族の決闘は杖を奪われた方が敗けだ。・・・勝負ありだな」 ワルドが冷淡に言った 足下でデルフリンガーが喚いている 「・・・・・・いや、まだ俺は戦える・・・・!」 ロムはそう言うと右手から剣狼を出す 「(・・・あれは、剣狼!)止めて、ロム!」 ルイズが大声を出す ロムははっとなった顔でルイズの方を向いた ロムの顔を見たルイズはビクッと震えた、今まで、あんなに・・・・、ロムの恐い顔は見たことがなかった 「わかった・・・・マスター」 ロムは小さな声でそう頷くとルイズはホッとして小さな胸を押さえた 「今のでわかったよ。ルイズ、彼では君を守れない」 近づいてきたワルドがしんみりした声で言った 「・・・・だってあなた魔法衛士隊隊長じゃない!強くて当たり前じゃないの!」 「そうだよ。でもルイズ、強力な敵に囲まれた時に君はこう言うつもりかい?私達は弱いです。杖を収めてくださいと」 ルイズは黙ってしまった そしてロムを見つめるがワルドに促された 「今は一人にしておこう」 ルイズは躊躇ったがワルドに引っ張られる (・・・・まだ手が痺れている、流石は『ガンダールヴ』) そして、練兵所では二本の剣を握ったロムだけが残った 沈黙が続く ロムは深呼吸した後、埃まみれの剣を見つめた 「すまんなデルフ、このような結果になってしまって」 「気にすんなよ、あいつは相当の使い手だぜ?競り合った相手がすげー。だから相棒、お前はすげーよ」 「・・・そういって貰うと助かるな」 ロムが少し笑みを浮かべるとデルフリンガーは大笑いした 「はっはっはっは!相棒は笑った方がカッコいいぜ! ところで相棒、さっき握られた事で思い出した事があるんだけどよ」 「なんだ?」 「うーん何だっけな・・・、よく思い出せねぇ。何せ大昔の事だからよ・・・」 「なんだそれは」 「まあ少したてば思い出すかもしれねぇなぁ、じゃあ戻ろうぜ」 「ああ」 ロムは剣狼をしまうと出口に向かって歩き出した (魔法・・・、メイジ・・・・、俺の拳と剣で乗り越えることができるか?) その夜・・・、ロムは部屋にこもって剣狼を持って座禅を組む 一階でギーシュ達が飲んで騒ぎまくっている声が聞こえる。キュルケに誘われたが丁寧に断った 2つの月が重なる晩の翌日、アルビオンに向かって船は出港するという ロムはベランダに出て夜空を見上げた 瞬く星の中で流星が一際輝き、赤い月の光が白い月の後ろで見えた 月を見るとこの世界に来て初めての夜を思い出す 今頃、妹は無事なのか、クロノスの皆はどうなっているのか そんな風に考えていると後ろから声を掛けられた 「何しているのよ、ロム」 ルイズがそこに立っていた 「負けたぐらいでそんなに落ち込んじゃって。私を守る使い魔じゃなかったの?」 「落ち込んでなんかいないさ」 「じゃあどうしていたの?」 「・・・・考えていたんだ。君をちゃんと守って任務を終えることができるか」 ルイズははぁ~とため息をついた 「ちゃんと守ってもらわなければ困るわよ。しっかりしなさい。 それにしてもあんたなんでその剣を持っているのよ、大体それは・・・・」 ルイズが喋り続ける ルイズの口の動きを見ながらロムは思った、いつもの高慢なルイズの顔ではなく、年相応のルイズの顔はとても可愛らしい その顔を見ると妹と重なり可愛いく見える どこか可愛く感じられた さらに思い出せばルイズはフーケとの戦いでゴーレムに立ち向かう勇気を見せてくれた ゼロと呼ばれて悔し涙も流した 思い出せば思い出すほど女の子らしい一面が可愛らしく感じた・・・・ 「・・・な、何よ。何ジロジロ見ているのよ」 ルイズの頬に赤みが差していた 「今、私に叱られてそんなに悔しいの?情けないわね。そんな事じゃあんたなんかほっといて私はワルドと結・・・・」 そのときだった 月の光が突然消えた ルイズは驚いた顔になり、ロムが後ろを振り向くとそこには巨大な何かがいた 輪郭からほのかに漏れ出す光を頼りに目を凝らす それは岩でできたゴーレムだった 巨大ゴーレムの肩に誰かが座っている 髪をたなびかせ悠然としていた 「「フーケ!」」 二人同時に怒鳴った 「ふふふ・・・感激だわ。覚えていたのね」 「牢屋にはいっていたのでは・・・・」 「親切な人がいてね。私みたいな美人は世の中に出て役に立たなければいけないと言って、出してくれたのよ」 フーケの横に黒マントを着て白いマスクをつけた貴族が立っている アイツが出したのか? 「どういう経緯かは知らんが・・・、・欲望に染まり、悪に走った者には栄光は無いぞ!貴様等!!」 ロムは銀色に輝く剣狼を出して切っ先をフーケに向ける 「残念だわそんな言われよう・・・・、折角お礼を言いに来たのによぉ!?」 フーケは目を吊り上げ狂的な目を浮かべた 振り上げられたゴーレムの拳が唸りベランダを粉々に砕く 「ルイズ!避難するぞ!!」 ロムはルイズとデルフリンガーを抱えて一瞬で部屋を抜け出し、階段を駆け降りた 玄関から現れた傭兵の一団が一階の酒場で飲んでいたワルド達を襲った ワルドとタバサが魔法で応戦するがあまりの多さに苦戦しているらしい 「こいつら!メイジとの闘いに慣れているよ!!」 「見ればわかるわよ!魔法が届かない場所から攻撃してきてる!」 テーブルを立ててそれを盾にしている ギーシュとキュルケが叫ぶ奥にいる客達が悲鳴をあげているにも関わらず衛兵たちは矢を放つ 二階から降りてきたルイズとロムが駆け寄ってきた 「巨大なゴーレムがいるわ!」 「わかっているわ!ほら、あそこ」 キュルケが顔を横に振る、吹きさらしから巨大な足が見えた 「まずいな。このままではこっちがやられてしまう。もしこのまま魔法を使い続ければ」 「終わり」 ワルドの言葉をタバサが簡潔に結論付けた 「ではどうする?」 「僕のワルキューレで引き止めてやる!」 「一個小隊が関の山ね。相手は手練れの傭兵たちよ?」 キュルケとギーシュが言い争いをしている ワルドがそれを制すると低い声で語りは始めた 「いいか諸君、この任務は半数が目的地にたどり着けば成功とされる」 それを聞いたタバサはキュルケとギーシュを杖で指して「囮」と呟いた そしてワルドとルイズとロムを指して「桟橋へ」と呟いた 「時間は?」 「今すぐ」 「聞いたとおりだ。裏口に回るぞ」 「え、え?、ええ!」 ルイズが戸惑いの声を上げる 「ま、しかたがないわね。私はあなた達がアルビオンに行く理由なんてわからないもんね」 キュルケが髪をかきあげてつまらなさそうに言った 「ううむ、また、姫殿下とモンモランシーには会えるのか・・・・」 ギーシュは薔薇をちぎりながら言った 「タバサ、君たちは・・・・」 ロムはタバサの方を向いて戸惑いながら言うとキュルケが促した 「いいから行きなさいってば。生きて帰ったらお礼をいっぱい貰うからね?」 ルイズとロムが立ち上がり低い姿勢で走った 矢が唸りをあげて彼らに降りかかろうとするがタバサが杖を振り風の壁を作って防いだ 厨房を出て通常口にたどり着くとルイズは出る前にペコリとおじぎをした そして桟橋に向かって走る途中、酒場から大きな爆音が響いた 「・・・・始まったようだな。僕達も急ごう」 「え、ええ!ロム!・・・・ってロム!?どこへいったのよ!?ロム!?」 月夜に人影が浮かんだ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5895.html
前ページ次ページアクマがこんにちわ カチャリ、小さな音が静かな空間に響く。 かつて人修羅と共に戦った『だいそうじょう』は、人修羅にこう語った。 『汝中道を歩むべし。静寂を求む者は静寂に惑い、喧噪を求む者は喧噪に惑う……』 静かな空間では、その静かさのせいで小さな音にも惑わされる、自分の呼吸や心音にすら惑わされるという。 それでは喧噪の中にいるのと差はない。 大僧正の言葉を思い出しつつ、人修羅はびみょーな力加減でナイフを引く、柔らかく煮込まれた肉から動物性とは思えぬほどさらりとした肉汁が流れた。 その肉をフォークで刺そうとして、カチャリとまたもや音を立ててしまった。 「……………」 そーっとルイズの顔色を伺うと、ルイズは人修羅のことなど気にせず朝食を食べていた。 ほっとしたのもつかの間、フォークの先端に刺さった肉を口に運ぼうとした時、ぼちゃっ、と皿の上に肉が落ちた。 よく見るとナプキンの上にソースが少しだけ飛び散っている。 ヴァリエール家の朝食は、ものすご~く胃に悪かった。 ◆◆◆ 「俺さ、箸しか知らないんだよ」 「ニャ」 「フォークなんてグラタンとかスパゲッティの時しか使わないしさ」 「ニャ」 「テーブルマナーのテの字も知らないんだよね」 「ニャ」 朝食の後、人修羅は屋敷の裏庭に案内してもらい、猫を相手に黄昏れていた。 黒猫はカトレアのお友達らしく、人修羅の言葉に相づちを打つなどして知能の高さを見せている。 「そもそもさ、俺ってただの学生だったんだ。だったんだけどなあ…」 「ニャ」 東京受胎に巻き込まれた時も困惑したが、ルイズに召喚されてからも別の意味で困惑していた。 人修羅は一定の推論を元にカトレアに治療を施したため、研究者肌のエレオノールから決して低くない評価を受けた。 更に、ハルケギニアとは別の体系づけられた文化の出身とあって、ヴァリエール公爵からは気に入られ、『賓客』の扱いを受けている。 一昨日夜は使い魔兼従者扱い。 翌日は医者扱い。 そして今日からは賓客扱いである。 それ自体はとても光栄なことだが、緊張感漂う朝食の席だけは勘弁して欲しかった。 間違いなく胃に悪い。 人修羅は頭に乗った猫を両手で抱えると、向きを変えて顔を見つめた。 「お前だってネズミ捕まえるときは爪を使うのが一番だろ?俺は箸を使うのが一番いいんだ」 「ニャー」 「え?ネズミなんか捕まえない?ご飯はカトレアさんがくれるの?食器は陶磁器? さいですか…」 猫にテーブルマナーで負けた気がして、ヘコんだ。 ◆◆◆ しばらくして猫がどこかに立ち去った後。 人修羅は軽く背伸びをして深呼吸し、裏庭を見渡した。 裏庭は塀に囲まれた長方形の広場で、地面が石畳なのを除けば魔法学院の『ヴェストリの広場』を連想させる雰囲気になっている。 ここに案内してくれたメイドによれば、ヴァリエール家は代々この裏庭で魔法と兵法を研究したとか。 「ミスタ」 ふと、後ろから声をかけられた。 振り向いてみると、そこにはエレオノールとルイズが人修羅を見つめていた。 「ミスタ…って、いや、僕はルイズさんの使い魔ですし、そんな風に言われても…」 「あら、それならばどうお呼びしたら良いかしら」 「人修羅で結構です」 「そう言えば、貴方の国では敬称をあまり用いないのでしたわね。解りましたわ。それでは早速ですが、今日は貴方が指導したという、ルイズの魔法を見せて頂きます」 エレオノールが杖を振ると、10メイルほど離れた場所に甲冑が現れた。 飾り気のない全身鎧だが、鉄製であるらしく、鈍い輝きを放っている。 「ルイズさん、準備はいい?」 「…ええ」 ルイズは緊張気味に答え、杖を構えた。 人修羅はルイズの背後に立つと、両肩に手を乗せる。 「緊張し過ぎ。肩の力を抜いて自然体で立つんだ、前に教えたとおりゆっくりと呼吸してくれ……集中は『する』ものじゃない。既に『集中している』んだ」 ルイズは人修羅に言われたとおり、口から少しずつ息を吐き、次に鼻から少しずつ息を吸った。 じわり、じわりと体が熱くなっていく気がして、自分の姿勢が乱れていることに気づく。 背筋の伸ばし方や、重心の僅かな違いを体が敏感に感じ取り、肉体が最もリラックスできる位置へと矯正されていく。 「…やるわ」 ルイズが呟く。 「解った」 人修羅はそう言ってルイズから離れた。 ルイズが甲冑へと杖を向ける、その距離およそ10メイル。 「ラナ」 杖と甲冑の間に、不可視のフィールドが現れ、空気を包み込む。 「デル」 直径1メイルほどの空気の固まりはその場に固定されながらも運動エネルギーを与えられ、潰された風船のようにぐにゃりと歪んでいく。 「ウインデ!」 パンッ! 乾いた音が、裏庭に響く。 それに一瞬遅れて金属の固まりが石畳の上を転がり、ガシャン、ガラガラと不快な音が響いた。 ルイズは自分の魔法が『爆発』ではなく、人修羅曰く『衝撃波』となって発動したことに一種の満足感を感じた。 が、今は魔法学院ではなく厳しい厳しい姉の前なので、はしゃぐこともできない。 ゆっくりと後ろを振り向いて姉の顔を伺うと、姉はルイズではなく、ルイズが起こした衝撃波の痕跡をじっと見つめていた。 「………今のは『エア・ハンマー』の詠唱ね。でも、何か違うわ」 「!」 ルイズは姉の言葉に背筋を寒くした。 確かに教師の見せる『エア・ハンマー』とは違うので、またもや説教が飛ぶのかと思いこんでしまい、肩が震えた。 「それについて、俺…僕の考えを説明します。そのためにもう一つ協力して貰いたいんですが」 人修羅がさりげなくルイズのとなりに立ち、肩に手を置いた。 ルイズはビクンと肩を震わせたが、人修羅の手の温かさを感じていると、不思議とふるえが収まっていく気がした。 「ええ。何をすれば良いのかしら」 「じゃあ、先ほど飛び散ったこの鉄片に、強力な『固定化』をかけて貰えませんか」 「固定化を?」 「必要なことなんです」 エレオノールはこくりと頷き、人修羅の手に乗った小さな鉄片に杖を向け、詠唱を始めた。 固定化がかけられると、今度はルイズに鉄片を見せる。 「ルイズさん、今度はこの鉄片を砕いてくれないか」 「これを?」 「ああ、コレを土のかたまりだと思って、『ほぐす』感じでやってくれないか」 「…解ったわ」 ルイズが頷くのを見て、人修羅は鉄片を地面に置き後ろに下る。 その様子を見て、エレオノールは人修羅の態度に感心していた。 エレオノールは何度もルイズの爆発に巻き込まれている、そのためルイズが魔法を使う時には近づかないように心がけている、しかし人修羅は違う。 爆発を全く恐れていない、すべて受け入れてやると言わんばかりの態度で、ルイズに自信を与え続けている。 「もう、羨ましいわね」 エレオノールは、頑なな妹の心をほぐした使い魔に感謝すると共に、ほんの少し嫉妬していた。 ◆◆◆ 何度かの実技を終えたルイズは、精神的にも疲れたのか、うっすらと額に汗を浮かべていた。 ルイズの目の前では、エレオノールと人修羅が地面にしゃがみ、ルイズの行った魔法を検分している。 「これは完全に固定化を解除されているわ、凄い…こんな事までできるなんて」 「こっちは上手くまっぷたつに割れてますが、よく見ると断面が合いません。断面は割れたんじゃなくて消滅してるんです」 「いずれかの系統魔法に特化した例はアカデミーにも記録されていますが、こんな形で固定化を取り除く例は覚えがありませんわ」 「僕が見た限りでは、精神力と集中力は魔法学院の中でトップだと思います。密度が違うんですよ」 「確かに…こちらの鉄片は、中央に小さな穴を開けてありますわね。集中力は目を見張るものがあるんでしょう…ルイズの魔法を『失敗』で片づけるのは愚かでしたわね」 「でもその加減を教えてくれる人が居なかった。爆発を起こすのは風船に水を入れすぎるのと同じだと、誰も指摘できなかったんじゃないですか」 「ええ。お恥ずかしい限りですわ」 散らばった鉄片を人修羅が拾い、ルイズに魔法の指示を与える。 それを何度も繰り返して作られたサンプルの数々、そこにはルイズの魔法がどれだけ特異なのか、また、どれだけ強力なものなのかが示されていた。 エレオノールと人修羅が、サンプルに触れて様々な推論を述べ、意見を交わしていく。 二人とも真剣で、ルイズが口を挟む隙は見つけられない。 それが少しだけ悔しくて、ルイズはため息をついた。 「ルイズさん、疲れた?」 「え! あ、ううん。まだ大丈夫よ」 ピンク色の髪の毛を揺らして直立するルイズに、エレオノールが声をかけた。 「ルイズ、貴方もよく訓練したのね。爆発させずに、微細な加減もできるようになったなんて…よくやったわ」 「え」 ルイズはその言葉に驚き、目をぱちくりとさせた。 (エレオノール姉様が、私を褒めてくれたの?) 「……ま、これで少しは迷惑をかけなくなるでしょうね。修理費用の無心はもうダメよ」 「は、はい」 エレオノールがルイズから視線を外しても、ルイズはきょとんとした表情のままエレオノールを見つめていた。 姉の優しい言葉など、何年ぶりだろうか…… 「それでは、次はルイズの魔法を指導するにあたり、参考になったという、人修羅さんの魔法を見せて頂きたいと思いますわ」 「俺のですか?ここでやると石畳が…」 「ここは練兵場も兼ねておりますから、それぐらいは直ぐに直せますわ」 人修羅はぐるりと裏庭を見渡した。 それなりの広さがあるのは解っているので、後頭部をぽりぽりと掻きながら「仕方ないか」と呟く。 「それじゃあ、これから魔法を幾つか見せます」 「どのような魔法を使うのですか?」 「そうですね…ルイズさんの『爆発』は失敗として片づけられていましたが、僕がこれから使う魔法は、爆発を攻撃に利用するため、範囲を限定して放てるんです」 「範囲を、限定」 「ええ、だいたい直径15メイルを消滅させるんですけど…ま、論より証拠、やってみますよ」 人修羅はそう言うと、十歩ほど前に進んで、虚空に手を向けた。 「 メ ギ ド 」 ◆◆◆ 「おねーさまっ!おねえーさま!」 「はっ!?」 気が付くと私は、ルイズとミスタ・人修羅に腕を掴まれ、体を支えられていた。 「エレオノールさん、大丈夫ですか?」 ミスタが私の顔をのぞき込み、そう聞いてくる。 「あっ、だ、大丈夫ですわ。少し驚いてしまっただけなので」 そう言って一人で立とうとするが、膝が笑っているのか腰が抜けたのか、うまく立ち上がることができない。 ふと、先ほどミスタが放った魔法の痕を見る。 丈夫に作られた石畳には、スプーンでくりぬいた果物のように、綺麗なすり鉢状の穴が作られていた。 直径は15メイルもあるだろう。 ミスタの魔法はルイズの爆発に似ていると聞いたが、実際に見てみるとまるで別物だとわかる。 ルイズの爆発は『危ない!』と思えたが、ミスタの魔法…確か『メギド』だったか、それはとても幻想的で、儚い色の魔法だった。 連想するのは死ではなく、消滅。 この石畳のように、綺麗に消滅できるのなら、私はそれで良いかもしれない…そう思わせるほどの蠱惑的な輝きを放っていた。 「ルイズさん、とりあえず屋敷まで運ぼう」 「う、うん」 魔法の輝きを思い返しているうちに、ミスタは私を軽々と抱きかかえた。 …俗に言うお姫様だっこで。 「…………あ、あの、ありがとう…ございます」 ミスタの手は、強大な魔法を放つとは思えぬほど柔らかく、そして暖かい。 こんなにも胸がドキドキするのは何時以来だろうか、ああ! しかも殿方に抱き上げられるなんて!だめよ妹の使い魔に!私ったら何を考えているの…! エレオノールは、いつの間にか魔法にかけられていた、トリステインの魔法アカデミーですら知らぬ、異国の魔法に。 それは地球で『吊り橋効果』と呼ばれていたとか……。 ◆◆◆ エレオノールを部屋まで運んだ人修羅とルイズは、公爵から直々の話があると侍女に言われ、緊張した面持ちで応接間へと向かった。 魔法学院の学院長室よりも広い応接間は、目立った調度品の数こそ少ない。 しかし壁や天井、暖炉にシャンデリア、テーブルにソファなど、必要最低限のものがすべて最高級品質のもので作られている。 人修羅もそろそろ慣れてきたのか、案内の侍女に導かれるままにソファに座り、公爵を待った。 「ねえ、人修羅」 「何?」 ルイズは人修羅の隣に座り、正面を向いたまま小声で話し出した。 「オールド・オスマンが言ってたわよね。貴方のルーンは『ガンダールヴ』だって」 「そうらしいな。まあ俺にはそこら辺が良くわからないんだが…デルフリンガーの方が詳しいはずだ」 「昔、始祖ブリミルに仕えてたガンダールヴも、貴方みたいだったのかしら」 「どうかなあ」 「どうしてわたしは魔法ができないのか、ずっと悩んでいたわ。みんなと同じ魔法を使いたい、母様、父様、姉様みたいに、ちゃんと魔法を使いたいってずっと悩んでた」 「大丈夫だ。レビテーションだって仕えるようになったじゃないか、まだ力みすぎだけどさ」 ルイズは、しばらく黙っていた。 が、不意に人修羅の方に顔を向けると、ぎゅっと人修羅の袖を摘んだ。 「あのね、わたしね、立派なメイジになりたいの。別に、そんな強力なメイジになれなくてもいい。ただ、呪文をきちんと使いこなせるようになりたいのよ」 人修羅は黙ってルイズの独白を聞いた。 「私は自分の得意な系統もわからない、どんな呪文を唱えても失敗なんてイヤだった。小さい頃から、ダメだって言われてたわ…。 お父さまも、お母さまも、わたしには何にも期待してない。クラスメイトにもバカにされて。ゼロゼロって言われて……。 わたし、ほんとに才能が無いって思ってた。得意な系統も存在しない、出来損ないのメイジ、いいえ、メイジにもなれないと思ってた。 魔法を唱えるときも、なんだかぎこちないの、失敗するって自分でも解るのよ。 先生や、お母さまや、お姉さまが言ってたけど…得意な系統の呪文を唱えると、体の中に何かがうまれて、それが体の中を循環する感じがするんだって。 それはリズムになって、そのリズムが最高潮に達したとき、呪文は完成するんだって。そんなこと、一度もないもの」 「でも、人修羅が来てくれて、わたし、手がかりを掴んだ気がするの、虚無とか、そんな大それたものじゃなくて……まだ見ない私だけのリズムがある気がするのよ。 人修羅の魔法を見ると、怖いけど、でもすっきりするの、たくさん泣いたあとみたいに、心が空っぽになるけど、空しいんじゃなくて…なんか、嫌なものが流された気がするのよ」 ルイズはそこで言葉を句切った。 じっ、と黙っていると、ルイズは人修羅から手を離し、居住まいを正した。 「ねえ。人を、殺したこと、ある?」 その質問に人修羅は、静かに、だが重々しく答えた。 「あるよ」 「戦争で?」 「似たようなものかな。殺さなきゃ殺される。話し合いで解決できたこともあるけど、決して多くはない」 「あの『メギド』の魔法で殺したこともあるの?」 「ある」 「そのとき、どんな風に考えたの?どんな気持ちだったの?」 人修羅はほんの一呼吸置いて、答えた。 「…仲魔を巻き添えにしたくない、けれども魔法を放たなければ自分達が死ぬ。だから魔法を放つときはいつも祈るような気持ちだった。改めて考えてみると、あの魔法を打つ時はいつも必死だった」 人修羅の言葉に、ルイズはハッとした表情になった。 「……それかもしれない」 「それ、とは?」 「ねえ、それで、仲間を巻き添えにした事って、ある?」 「敵が魔法を反射しない限りは、一度もなかった…と思う」 「それだわ、きっとそれよ、だから私、人修羅を呼んだのかもしれない。 私、魔法を失敗してカトレア姉様を怪我させたことがあるの、でも姉様は私の魔法は私だけのものだから、大切にしなさいって言ってくれた。 私、失敗だって言われ続けた爆発も、カトレア姉様の言葉があったから嫌いにはならなかったの。 ううん。違うわ。嫌ったこともあるけど、私の魔法が起こしたことは、私の責任だから、私の責任から逃げないようにって教えてくれたのがカトレア姉様なの」 興奮気味になっていたルイズは、いつの間にか自分が人修羅に顔を近づけていたと気付き、こほんと咳をしてから居住まいを正した。 「…それでね。私は、自分の魔法を制御したい、って思ったのかもしれない。だから私は人修羅を呼んだのかもしれない、って思ったの」 「そうか。そう思っていたなら上出来だよ」 人修羅はぽん、とルイズの頭に手を乗せた。 「ゆっくりやろう」 「うん…」 ルイズはしおらしく頷き、上目遣いで人修羅を見た。 これはちょっとクるものがある。 しかもちょっと目がうるんでる気がする。 やばい、これはやばい。 東京受胎が起こる前、比較的仲の良い同級生と遊びに行くこともあったが、だいたいは複数人だった。 今更だが、女の子と二人きり、しかもアクマになった時から成長が止まっているとすれば、自分はまだ17歳。 ほとんど同年代の女の子に上目遣いで迫られていると言えるだろう。 「うおっほん!」 「ぬお!」「おっ、お父様」 突然聞こえてきた咳払いに驚き、ルイズと人修羅は慌てて距離を取った。 声の主、ヴァリエール公爵はルイズ達と対面のソファに座り、執事を後ろに待機させた。 執事は銀製のトレイを持ち、その上には手紙らしき物が置かれている。 「…さて。ミスタ・人修羅。先ほど別のメイジにもカトレアの様子を見て貰ったところ、驚くほど水の流れが澄んでいると言われた、健康そのものだと」 公爵は微笑みながら言葉を紡ぐが、先ほどのわざとらしい咳払いのおかげで、どうもその微笑みに裏があるように見えて仕方がない。 「そ、そうですか。それは良かったです」 人修羅はほんのちょっとだけ冷や汗を流した。 「ところで、つい先ほど魔法学院のオールド・オスマンから、ルイズ宛に手紙が届いたのだが…」 公爵の言葉で執事がテーブルの脇に移動し、ルイズの前にトレイを差し出した、ルイズはトレイから手紙を取ると、すぐにその封を開けて中を読み始めた。 「まあ…」 手紙に目を通したルイズは、その内容に驚き、思わず声を上げた。 一通り読み終えたルイズは手紙を畳み、テーブルの上にそっと置く。人修羅はさりげないその仕草に感心し、心の中で(このさりげない上品な仕草が貴族かあ)と呟いた。 「姫殿下が私に会いたかったと、オールド・オスマンに仰ったそうです」 ルイズがそう呟くと、公爵はうむ、と頷いた。 「ゲルマニアに嫁ぐ前に…私に、一目会いたかったって…」 「ゲルマニア?」 その地名がキュルケの故郷を指すものだと思い返し、思わず人修羅も呟いてしまった。 公爵はふぅ、と息を吐いてから、ちらりと人修羅を見た。 人修羅はその視線に苦しげなものを感じたので、真剣に話を聞くため居住まいを正した。 「姫殿下は、アルビオンの反乱に心を痛めておられる」 公爵はハルケギニアの政治情勢を説明した。 アルビオンの貴族たちが反乱を起こし、今にも王室が倒れそうなこと。 反乱軍が勝利を収めたら、次にトリステインに侵攻してくるであろうこと。 それに対抗するために、トリステインはゲルマニアと同盟を結ぶことになった、結束を固めるためアンリエッタ王女がゲルマニア皇室に嫁ぐことになったと……。 「そう、そうだったの……」 ルイズは沈んだ声で言った。 ルイズは幼い頃、王女アンリエッタの遊び相手を務めていた、今回の結婚もアンリエッタが望んだ物ではないと、明らかに想像できた。 「姫さま…」 沈みこむルイズに、公爵が声をかける。 「ルイズ、今すぐ準備をしなさい。馬車を竜に引かせれば明日にはトリスタニアに到着するだろう。姫殿下にお目通りを願って来なさい」 「お父様?」 ルイズは、ハッと顔を上げた。 そしてごくりとツバを飲み、すっくと立ち上がると、祈るように手を合わせた。 「ありがとうございます、お父様!」 ルイズはそう言うと、そそくさと応接室を出て行った。 人修羅もそれに付いていこうとしたが、公爵が呼び止める。 「ミスタ・人修羅。君は使い魔として召喚されたとはいえ、大変に迷惑をかける」 「いや、気にしないでください。……それに俺にまでミスタなんて敬称を付けなくても……」 「そう言うわけにもいかん。ヴァリエール家の従者の行いは、ヴァリエール家がその責を取らねばならん。君に敬称を付けるのは、君を準貴族として扱ってのことだ。ルイズの魔法を監督してくれるとなればそれぐらいは当然だ」 「そ、そうですか。 …ところで、俺だけを残した理由は、何ですか?」 人修羅の瞳が、ほんの僅か金色に輝く。 その気配にただならぬものを感じた公爵は、懐からもう一通の手紙を取り出した。 「…実は、ルイズ宛とは別に、オールド・オスマンから私宛の手紙があった。そこには君がどれだけ学院に協力的なのか、また戦いを望まぬのかが書かれていた……が」 公爵は静かにその内容を語り出した。 オールド・オスマンからの手紙は、人修羅に関することととルイズに関すること。 魔法学院卒業生のエレオノールは息災か、カトレアという姉妹のことを大変気にしていたが体調はどうか…等々。 手紙に特別なことなど書かれているとは思えないが、公爵の表情はどこか厳しい。 「特に何かを危惧しているとは思えない手紙だが、オールド・オスマンはルイズ宛の手紙について、トリステインとガリアの故事を引用している」 「故事?」 「四百年ほど前の話だと言われているが……ウィリアムというトリステインの王子に思いを寄せた、ガリア公爵家の少女が手紙をしたためた話だ。 その手紙は一種のラブレターなのだが、トリステインの王子には既に婚約相手のルージェという貴族の子女がおられ、しかもその方には別の貴族…確かウォールという名前の貴族が恋心を抱いていたのだよ。 ラブレターの話を聞きつけたウォールは、王子が浮気していると思いこみ、アラを探したのだが尻尾も掴ませない。当然だ、王子はラブレターに丁重な断りの返事を出したのだからな。 オールド・オスマンはこう書いている。 『ミス・ヴァリエールは王女と大変仲が良いと聞き及びる次第、魔法学院ご来訪の際にもしきりにミス・ヴァリエールを探しておられました。ウィリアム王子の故事の如くゲルマニアの皇帝に嫉妬されるなどありましたら、笑い話にも………』 とな」 「はあ」 人修羅は気のない返事をした、その故事が何だというのか、その故事をわざわざ例えに上げたオスマンの思惑もまるで解らない。 公爵は一呼吸置くと、人修羅の顔を見据えた。 「十中八九、姫殿下はルイズに何か頼み事をするだろう。それも表立てぬ事でだ」 「は?」 「ここでこの故事を例に挙げる意味が無い。すなわち、アンリエッタ王女がしたためた手紙か何かがあり、婚約つまりこのゲルマニアとの同盟を妨害するに足る場所に保管されていると見る。 アンリエッタ姫殿下は、おそらく、アルビオンの王子ウェールズ・テューダー殿下に思いを寄せておられる……思いのあまり婚約を望む手紙をしたため、ウェールズ殿下に送ったのかもしれんなぁ…」 人修羅は唖然として、呆けそうになったが、すぐに気を取り直して真剣な表情になった。 「その手紙一つで、そこまで解るものなんですか」 「オールド・オスマンは文献学をやりすぎて歴史を紐解きすぎたのよ。一時期はエルフに対しても寛容であるべきだと主張し、左遷された。そんな人物がわざわざこのような意味のない例を出すはずがない」 公爵はテーブルに手をつき、真剣な表情で人修羅を見た。 「裏庭での魔法の実践、見せて貰った。ルイズがもし身を危険に晒す選択をした場合、どうかルイズを守ってやってくれんか」 「…俺はルイズさんに養って貰ってる身です。可能な限りは守ります、ですが、暗殺にまで完全に対処できるとは思っていません」 「君でも不可能があるのか?」 「あるのか、ではなく、不可能を可能にするのが人間です。ならば、自分が絶対だと思っている物でも、いつか崩されると危機感を持つべきです」 「そうか! わかった。 君は今までそうして戦ってきたのだな、私の妻は私よりも遙かに優れたメイジだが、昨晩私にこう言ったのだ、『勝てる気がしない』と!君は弱いからこそ弱点を知り油断せぬのだな、だからそこまで剣呑な気配を持ちながら平穏を望む!」 人修羅は、表情にこそ出さなかったもののの、内心で唸っていた。 これほどまで評価されたら、誰であろうと、今更止めますとは絶対に言えないだろう。 「ルイズさんの身は守ります、ですが戦争に積極的に参加しようとは思いません、それだけは解って下さい」 「うむ……ルイズを第一に考えてくれるのなら、私からは何も言うことはない」 二人はどちらともなく手を差し出し、ぐっ、と強い握手をした。 人修羅は公爵の手に雄大さを感じ、公爵は人修羅の手に鞘に入った杖(刃)を感じた気がした。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 所変わってガリアの首都にあるイザベラの居城、プチ・トロワ。 「……どーしろって言うんだろうね、これ」 イザベラは私室のベッドの上で、長さ2メイルほどの杖を振り回していた。 朝から侍女や衛士を呼びつけて実験させたが、特になんて事のない棒だと言われてしまった。魔法を使う杖でも無さそうだし、マジックアイテムでも無い。 「ヒーホー。こんな棒きれ、何に使えっていうのさ」 ベッド脇のテーブルの上で、小さな雪だるま(冬将軍というらしい)を作っていたヒーホーは、テーブルから飛び降りてベッドによじ登った。 「スカアハは武術のタツジンで、みんなからソンケーされているんだホね。その棒はセタンタが練習に使っていた槍にそっくりだと思うホー」 「槍ぃ?」 イザベラは鼻で笑った、メイジである自分に槍を使えとはたいした皮肉だ。 魔法の才能が皆無だから槍で戦えと言うのか?冗談じゃない! 「なんだい、こんなもの!」 イザベラは興味を失ったとばかりに、杖を放り投げ、ベッドに寝ころんだ。 「あーあ、なんか面白いこと無いかねえ…って、なんだいこりゃ」 投げたはずの杖は床に落ちず、空中で静止していた。 「……マジックアイテム、なのかい?いや、でもディティクトマジックじゃ何も解らないって言ってたし…」 むくりと体を起こし、おそるおそる杖を掴むと、ゾクっとする不可思議な感触が伝わってきた。 「………なんか、絡まってる…?」 杖を握った手に力を入れて、ひねる。すると杖は宙に固定されていた力を失い、イザベラの手に収まった。 イザベラは今の感触を思い出しながら、杖をねじりながら突いたり、風を絡みつける姿をイメージした。 すると杖は風を巻き込み、窓に掛かるカーテンを揺らし、シャンデリアを動かした。 「…ははは、はははははははっ!なんだいこれ、面白いね!」 「イザベラちゃん楽しそうだホー」 イザベラは杖をねじることで、風や空気を巻き込み、また空中に固定させることを覚えた。 空中で杖をねじって固定し、そこに飛び乗って座る、すかさず杖を空中から解き、体が落ちきる前に杖を虚空に伸ばし、ねじる。 すると階段を上がるようにどんどんどんどん体が持ち上げられていく。 「おっと、高く上がりすぎたね…」 シャンデリアと同じ高さになったところで、イザベラは自分が高く上がりすぎたと思った。 「こう…いや、こうか?」 絡まった空間を、半分だけ解く姿をイメージして杖をひねると、杖はゆっくりと降下していく。 「ふぅん、なかなか面白いマジックアイテムじゃないか」 着地したイザベラはそう呟いて、杖を高く掲げた。 イザベラの頭の中では、すでにこのマジックアイテムをどう試すかで埋まっている。 何せ魔法の才能がない自分が、詠唱も何もなしに風を操り、宙に浮くこともできたのだ。 マジックアイテムに頼るようで少し癪だが、これもヒーホーとその友人?がくれた物だと思えば、自分のためだけにあるマジックアイテムのようで悪くない。 「ヒーホー!こいつはいいね、少し使いこなせるように試してみるよ」 「気に入ったホ?良かったホね! イザベラちゃんの周りの風も喜んでるホ!」 「風が喜んでる?」 おかしな事を言うヤツだ、そう思ったイザベラの耳に、誰かかささやく声が聞こえてきた。 『……』 「あん?」 「イザベラちゃんと一緒に踊れて嬉しいって言ってるホー」 ヒーホーの言っていることは、精霊魔法の観念に疎いイザベラでもなんとなく理解できた。 眉間に皺を寄せていたイザベラだが、自分の周りを包む風に、声のような意志のような物を感じてくると、その表情は笑顔へと一変した。 「はっ、ははは!あははははははははは!」 (このアタシが!先住魔法の使い手になるってのかい!) イザベラは、気が触れたような高笑いを続けていた。 ただごとではないと感じた侍女が医者を呼んだのは余談である。 前ページ次ページアクマがこんにちわ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/9487.html
前ページ次ページルイズと無重力巫女さん それは時を遡って、丁度二日前の夕方に起こった出来事である。 場所は丁度ブルドンネ街の中央から、やや西へ行ったところにある大通りを兄のトーマスと一緒に歩いてた時らしい。 陽が暮れるにつれて次々と閉まっていく通りの店を横切りながら彼女――妹のリィリアは兄から今日の゛成果゛を聞いていたのだという。 「今日は中々の大漁だったぜ。まっさか丁度上手い具合に道が封鎖してたもんだよなぁ~?理由は知らないけど」 「それでその袋いっぱいの金貨が手に入ったの?凄いじゃない!」 リィリアはそう言って兄を褒めつつ、彼が右手に持っている音なの握り拳程の大きさのある麻袋へと目を向ける。 袋は丸く膨らんでおり、中に入っている金貨のせいで表面はゴツゴツとした歪な形になっていた。 何でも急な封鎖で立ち往生していた下級貴族から盗んだらしく、銀貨や新金貨がそこそこ入っているらしい。 兄が盗んだ時、リィリアは危険だからという理由で゛隠れ家゛にいた為彼がどこにいたのかまでは知らない。 とはいえ妹として……唯一残っている家族の身を案じてかどこで盗んだのか聞いてみることにした。 「でもお兄ちゃん、道が封鎖してたって言ってたけど……一体どこまで行ってきたの?」 「チクントネの劇場前さ。あそこは夕方になったら金持った平民がわんさか夜間公演の劇を見に集まってくるしな」 「え?チクトンネって、この前変な女の人たちに追われてた場所なのに……お兄ちゃんまたそこへ行ったの!?」 トーマスの口から出た場所の名前を聞いたリィリアは、数日前に見知らぬ女の人から財布を盗んだ時のことを思い出してしまう。 あの時は手馴れていた兄とは違い初めて人の財布を盗んだせいか、危うく捕まりそうになってしまった苦い経験がある。 最後は偶然にも兄と合流し、自分を追いかけていた女の人と兄を追いかけていた空飛ぶ女の子が空中で激突し、何とか撒く事ができた。 しかし゛隠れ家゛に戻った後に待っていたのは大好きな兄トーマスからの称賛……ではなく、説教であった。 以前から「お前は俺のような汚れ事に手を突っ込むなよ?」と釘を刺されていた分、その説教は中々に苛烈であった事は今でも思い出せる。 その日の夜はゴミ捨て場で拾った枕を濡らした事を思い出しつつ、リィリアは兄に詰め寄った。 「お兄ちゃん、昨日ブルドンネ街で大金持ってた女の子の仲間に追われたって言ってたのに、どうしてまたそんな危ない場所に行くのよ!」 「だ……だってしょうがないだろ!王都は他の所よりも盗みやすいんだ、稼げる時に稼いでおかないと……」 年下にも関わらず自分に対してはやけに気丈になれるリィリアに対し、トーマスは少し戸惑いながらもそう言葉を返す。 それに対してリ彼女は「呆れた」と呟くと、兄に詰め寄ったまま更に言葉を続けていく。 「その女の子たちが持ってた三千エキューもあれば、十分なんじゃないの!?」 「お前はまだ子供だから分かんないかも知れないけどさ、お金ってあればある程生きていくうえで便利なんだぜ?」 開き直っているとも取れる兄の言葉に、リィリアはムスッとした表情を兄へと向けるほかなくなる。 卑しい笑みを浮かべて笑う兄の顔は、かつて領地持ちの貴族の家に生まれた子どもとは思えない。 しかしそれを咎めることも、ましてや魔法学院にも行ってない自分にはそれを改めよと説教できる資格はないのだ。 自分が丁度物心ついた時に両親が領地の経営難と多額の借金で首を吊って以来、兄トーマスは自分を守ってきてくれた。 両親の親族によって領地から追い出され、当てもない旅へ出た時に兄は自分の我儘を嫌な顔一つせず聞いてくれたのである。 お腹が減ったといえば農家の百姓に頭を下げてパンを貰い、山中で喉が渇いたと喚けば自分の手を引いて川を探してくれた。 そして今は自分たちが大人になった時の生活費を゛稼ぐ゛為に、わざわざ盗みを働いてまで頑張ってくれているのだ。 自分は――リィリアはまだ子供であったが、兄のしていることがどんなにダメな事なのか……それは自分が財布を盗んだ女の人が教えてくれた。 しかし、だからといって兄の行いを妹である自分が正す事などできるはずもない。 いくらそれが悪い事だからといっても、これで自分たちは糧を得てきたのである。今更それをやめて生きていく事など難しすぎる。 ここに来る道中行く先々で色んな人たちから冷遇を受けてきたのだ。やはり兄の言う通り、大人は信用できないのかもしれない。 自分たちの事など何も知らない大人たちはみな一様に笑顔を浮かべ、上っ面だけ笑顔を浮かべて可哀そうだ可哀そうだと言ってくる。 兄はそんな大人たちから自分を守りつつ、遥々王都まで来た兄は言った。――ここで俺たちが平和に暮らしていけるだけの金を稼ぐんだ。 得意げな表情でそんな事を言っていた兄の後姿は、それまで読んだ事のある絵本の中の騎士よりも格好良かったのは覚えている。 結局、することはいつもの盗みであったがそれでも他の都市と比べれば倍のお金を手に入れる事ができた。 懐が暖かくなった兄は余裕ができたのか、屋台で売られているようなチープな料理を持って帰ってきてくれるようになった。 持ち帰り用の薄い木の箱に入っている料理は様々で、サンドウィッチの時もあればスペアリブに、魚料理だったりスモークチキンだったりと種類様々。 王都の屋台は色んな料理が売られているらしく、また味が濃いおかげで少量でもお腹はとても満足した。 偶に安売りされてたらしい菓子パンやジュースも持って帰ってきてくれたので、王都での生活はすごく充実していた。 本当ならここに住めばいいのだが、兄としてはもっともっとお金を稼いだ後でここから遠く離れた場所へ家を建てて暮らすつもりなのだという。 「ドーヴィルの郊外かド・オルニエールのどこかに土地でも買って、そこで小さな家を建てて……小さな畑も作ってお前と一緒に暮らすんだ。 貴族としてはもう生きていけないと思うけど、何……魔法が使えれば地元の人たちが便利屋代わりに仕事を持ってきてくれるだろうさ」 そう言って自分の夢を語る兄の姿は、いつも陰気だった事は幼い自分でも何となく理解する事はできた。 今思えば、きっと兄自身も自分のしている事が後々――それが遠いか近いかは別にして――返ってくるであろうと理解していたに違いない。 それでもリィリアは応援するしかないのだ。自分の為に手を汚してまで幸せをつかみ取ろうとしている、最愛の兄の事を。 ……しかし、そんな時なのであった。そんな兄妹の身にこれまでしてきた事への――当然の報いが襲い掛かってきたのは。 「全くもう!ここで捕まったらお兄ちゃんの幸せは無くなっちゃうんだから気を付けないと!」 「分かってるって――…って、お?あれは……――」 通りから横へ逸れる道を通り、そのまま隠れ家のある場所へと行こうとした矢先、トーマスの足がピタリと止まったのに気が付いた。 何事かと思ったリィリアが後ろを振り返ると、そこにはうまいこと上半身だけを路地から出した兄の姿が見える。 一体どうしたのかと訝しんだ彼女は踵を返し、彼の傍へ近寄ると同じように身を乗り出してみた。 「どうしたのよお兄ちゃん?」 「リィリア……あれ、見てみろよ。ここから見て丁度斜め上の向かい側にある総菜屋の入り口だ」 兄の指さす先に視線を合わせると、確かに彼の言う通り少し大きめの総菜屋があった。 幾つもある出来合いの料理を量り売りするこの店は今が稼ぎ時なのか、仕事帰りの平民や下級貴族でごった返している。 その入り口、トーマスの人差し指が向けられているその店の入り口に、何やら大きめの旅行カバンが置かれていた。 「旅行カバン……?どうしてあんな所に?」 「さぁな。多分何処かの旅行客が平和ボケして地面に直置きしてるんだろうが……チャンスかも?」 「え?チャンスって……ちょ、ちょっとお兄ちゃん!?」 トーマスの口から出た゛チャンス゛という単語にリィリアが首を傾げそうになった所で、彼女は兄のしようとしている事を理解した。 妹がいかにもな感じで置かれている旅行カバンを訝しむのを他所に、懐から杖を取り出したのである。 「お兄ちゃん、ダメだよあのカバンは!あんなの変だよ、こんな街中でカバンだけ放置されてるなんて絶対変だって……!」 「大丈夫だって、安心しろよ。この距離と通りの混み具合なら、上手くやれる筈さ」 妹の静止を他所に兄は呪文を唱えようとした所でふと何かを思い出したかのように、妹の方へと顔を向けて言った。 「リィリア、もうちょっと奥まで行って隠れてろ。もしも俺が何か叫んだ時は、形振り構わずその場から逃げるんだぞ」 「お兄ちゃん!」 「大丈夫、もしもの時だよ。……今夜はこれでお終いにするさ、何せお前と俺の将来が掛かってるんだからな」 この期に及んでまだ稼ぎ足りないと言いたげな兄の欲深さに、リィリアは呆れる他なかった。 それでも彼が自分の為を思ってしてくれていると理解していた為、言うことをきくほかない。 「もう……」とため息交じりに言う妹がそのまま暗い路地の奥へと隠れたのを確認した後、トーマスは詠唱した後に杖を振る。 するとどうだ、トーマスの掛けた魔法『レビテーション』の効果を受けた旅行カバンが、一人でに動き出した。 最初こそ少しずつ、少しずつ動いていたカバンはやがてその速度を上げ始め、一気に彼のいる横道へと向かっていく。 ずるずる、ずるずる……!と音を立てて地面を移動するカバンに通りを行く人の内何人かが目を向けたが、すぐに人込みに紛れてしまう。 通行人の足にぶつからないよう上手くコントロールしつつ、尚且つ気づかれないようなるべく速度を上げて引き寄せる。 そうして幾人もの目から逃れて、旅行カバンは無事トーマスの手元へとやってきたのである。 「よし、やったぜ」 軽いガッツポーズをしたトーマスは、そのままカバンの取っ手を掴むと妹が入っていた暗い路地の奥へと入っていく。 流石に今いる場所で盗んだカバンを開けられないため、少し離れた場所で開ける事にしたのだ。 そして歩いて五分と経たぬ先にある少し道幅のある裏路地にて、二人は思わぬ戦果の確認をする事となった。 「お兄ちゃん、そろそろ開きそう?」 「待ってろ。後はここのカギを……良し、開いた」 防犯の為か二つも付いていたカバンの鍵を、トーマスは手早く『アンロック』の魔法で解錠してみせる。 小気味の良い音と共に鍵の開いたそれをスッと開けると、まず目に入ってきたのは数々の衣服であった。 どうやら本当に旅行者のカバンだったようだ、王都の人間ならばわざわざ自分の街でこれだけの服は持ち歩かないだろう。 トーマスとリィリアは互いに目配せをした後、急いで幾つもの服をカバンから出し始める。 この服を売りさばく……という手もあるが物によって値段の高低差があり過ぎるうえ、選別する時間ももどかしい。 だから二人がこの手の大きな荷物を盗んでから最初にする事は、金目のものが入っているかどうかの確認であった。 「おいリィリア、見ろ。見つけたぞ!」 カバンを物色し始めてから数分後、先に声を上げたのはトーマスの方であった。 彼はカバンの中に緯線を向けていた妹に声を掛けると、服の下に隠れていた小さめの革袋を自慢気に持ち上げて見せる。 そして二度、三度揺すってみるとその中から聞こえてくるジャラジャラ……という音を、リィリアもはっきりと聞き取ることができた。 何度も聞き慣れてはいるが耳にする度に元気が湧いてくる音に、妹は自身の顔に喜びの色を浮かべて見せる。 「凄い、まさか本当にあっただなんて……」 喜ぶと同時に驚いている彼女に「そうだろう」と胸を張りつつ、トーマスは袋の口を縛る紐を解く。 二人の想像通り、袋の中から出てきたのはここハルケギニアで最も普及しているであろうエキュー金貨であった。 少なくとも五十エキューぐらいはあるだろうか、旅行者が何かあった時の為に用意しているお金としては十分な額だろう。 「小遣い程度にしかならないけど……今夜はお前と一緒に美味しいものが食えそうだな」 「もう、お兄ちゃんったら」 思いもよらないボーナスタイムで気を良くする兄に、リィリアは呆れつつもその顔には笑顔が浮かんでしまう。 リィリアは兄の言葉に今から舌鼓を打ち、トーマスは妹の為に今日は安い食堂にでも足を運ぼうかと考えた時――その声は後ろから聞こえてきた。 「あー君たち、ちょっと良いかな?」 「……ッ!」 背後――それも一メイル程の真後ろから聞こえてきたのは、若い男性の声。 二人が目を見開くと同時にトーマスはバッと振り返り、妹をその背に隠して声の主と向き合う形となった。 そこにいたのは二十代後半であろうか、いかにも優男といった風貌の青年が立っていたのである。 青年は前髪を左手の指で弄りつつも、野良猫のように警戒している二人を見て気まずそうに話しかけてきた。 「……あ~、そう警戒しないでくれるかな?ちょっと聞きたいことがあるだけだから」 青年の言葉に対して二人は警戒を解かず、いつでも逃げ出せるように身構えている。 特にトーマスは、気配を出さずにここまで近づいてきた青年が『ただの平民ではない』という認識を抱いていた。 「何だよおっさん?俺らに聞きたい事って……」 「おっさんて……僕はまだ二十四歳なんだが、あぁまぁいいや。……いやなに、本当に聞きたい事が一つあるだけだからね」 警戒し続けるトーマスのおっさん呼ばわりに困惑しつつも、彼はその゛聞きたい事゛を二人に向けて話し始めた。 「実はさっき、僕が足元に置いていた筈の荷物が消えてしまってね。探していた所なんだよ……あ、失くした場所はここから近くにある総菜屋の入り口ね? それでね、適当な人何人かに聞いてみたら路地の中に一人でに入っていった聞いて慌てて後を追ってきたんだが……君たち、知らないかい?」 男は優しく、警戒し続ける二人を安心させようという努力が垣間見える口調で、今の二人が聞かれたくなかった事を遠慮なく聞いてきた。 リィリアはその手で掴んでいる兄の服をギュッと握りしめつつもその顔を真っ青にし、トーマスの額には幾つもの冷や汗を浮かんでいる。 彼の言う通り自分たちはその荷物とやらの行方を知っている。いや、知りすぎていると言っても過言ではない。 何せ彼が探しているであろう荷物は、先ほどトーマス自身が魔法で手繰り寄せて盗み取ったのであるから。 つい先ほどまで有頂天だったのが一変し、窮地に追い込まれた兄妹はこの場をどう切り抜けようか思案しようとする。 だがそれを察してか、はたまた彼らがクロだと踏んだのか男は彼らの後ろにあったカバンを見て声を上げた。 「ん、あれは君たちの荷物かい?」 「へ?あ、あぁ……そうだよ」 てっきりバレたのかと思っていたトーマスはしかし、男の口から出た言葉に目を丸くしてしまう。 どうやら男はこんな場所に置かれていたカバンと自分たちを見て、それが自分の荷物だと思わなかったらしい。 よく言えば重度のお人好しで、悪く言えば単なるバカとしか言いようがない。 きっと自分たちがまだ子供だから、盗みなんてするはずが無い…思っているのかもしれない。 もしすればこのまま上手く誤魔化せるのではないかと思ったトーマスであったが……――世の中、そう甘くはなかった。 「そうか、そのカバンは君たちの物なのか~……ふ~ん、そうかぁ~」 トーマスの言葉を聞いた男はそんな事を一人呟きつつ、懐を漁りながら二人のそばへと近寄りだした。 更に距離を詰めようとしてくる男に二人は一歩、二歩と後退るのだが、男の足の方が速い。 兄妹のすぐ傍で足を止めた男はその場で中腰になると、懐を漁っていた手でバッと何かを取り出して見せる。 それは一見すれば極薄の手帳のようだが、よく見るとそれが身分証明書の類である事が分かった。 表紙には大きくクルデンホルフ大公国の国旗が描かれており、その下にはガリア語で゛身分証明゛と書かれている。 男はそれを開くとスッと兄妹の前に開いたページを見せつけながら、笑顔を浮かべつつ唐突な自己紹介を始めた。 「自己紹介がまだだったね。僕の名前はダグラス、ダグラス・ウィンターって言うんだ。まぁ詰まるところ、旅行者ってヤツさ」 「……そ、それがどうしたってんだよ?俺たちと何の関係が……」 「――君。その鞄の右上、そこに小さく彫られてる名前を確認してみると良いよ」 自分の反論を遮る彼の言葉に、トーマスの体はピクリと震えた。 リィリアもビクンッと反応し、相も変わらずニヤニヤと笑う男の様子をうかがっている。 対する男――ダグラスはニコニコしつつも兄妹の後ろにあるカバンを指さして、「ほら、確認して」と言ってくる。 仕方なくトーマスはゆっくりと、自分の服にしがみついている妹ごと後ろを振り返り、カバンを確認した。 丁度都合よく閉まっていたカバンの外側右上に、確かに小さく誰かの名前が彫られている事に気が付いた。 最初はだれの名前がわからなかったかトーマスであったが、目を凝らさずともその名前が誰の名前なのかすぐに分かった。 ――ダグラス・ウィンター 血の気が引くとはこういう事を言うのか、二人してその顔は一気に真っ青に染まっていく。 「ね?その名前、実は俺が彫ったんだよ。いやぁ、中々の手作業だったんだ」 心ここにあらずという二人の背中に、聞いてもいないというのにダグラスは一人暢気にしゃべっている。 しかしその目は笑っていない。口の動きや喋り方、表情に身振り手振りで笑っている風に装っているが、目だけは笑ってないのだ。 限界まで細めた目で無防備に背中を見せるとトーマスと、警戒しているリィリアが次にどう動くのかを窺っている。 無論トーマスとリィリアの兄妹もダグラスの冷たい視線に気が付いており、動くに動けない状態となっていた。 トーマスは咄嗟に考える。どうする?今すぐ妹の手を取ってここからダッシュで逃げるべきか? 既に自分たちが盗人だとバレてしまっている以上、どうあっても誤魔化しが効かないのは事実だ。 ならば未だ狼狽えている妹の手を無理やりにでも取って、脱兎の如く逃げ出すのが一番だろう。 幸いこの路地は程よく道が幾つにも分かれており、上手くいけば彼――ダグラスを撒ける可能性はある。 これまで足の速さと運動神経の良さのおかげで、バレたときにはうまく逃げ切れていたし、何より魔法も使える。 今回も大きなミスをしなければ、背後にいる得体の知れない観光客から逃れることなど造作もないだろう。 (唯一の不安材料は妹だけど……けれど、今更置いて逃げる事なんかできるかよ) 盗みがバレたせいで未だ目を白黒させているリィリアを一瞥しつつ、トーマスは自身の右手をベルトに差している杖へと伸ばす。 同時に左手をそっと妹の方へと動かして、胸元で握り締めている両手を取ろうとした――その時であった。 ふと目の前、暗くなった路地の曲がり角から突如、自分たちよりも二回りほど大きい褐色肌の男が姿を現したのである。 突然の事にトーマスは慌てて両手の動きを止めて、リィリアは突如現れた大男を見て「……ひっ」と小さな悲鳴を上げてしまう。 男はダグラスよりもずっと屈強な体つきをしており、いかにも日頃から鍛えていますと言わんばかりのガタイをしている。 筋肉男――マッチョマンと呼ぶに相応しいほど鍛えられた肉体を、彼は持っているのだ そんな突然現れたマッチョマンを前に二人が驚いて動けない中、その男はスッと視線を横へ向け、ダグラスと顔を合わせてしまう。 そしてダグラスに気が付いた瞬間、男はパッと顔を輝かせると面白いものを見たと言いたげな声で彼に話しかけたのである。 「ん……おぉ、いたいた!おぉいダグラス!盗人はもう見つけたのか?」 「やぁマイク。ようやっと見つけたよ。まさか僕のカバンを盗むなんてね、大した泥棒さんたちだよ」 「ん?あぁ、このガキどもが犯人ってワケか!はっはっは!まさかお前さんともあろう男が、こんなチビ共に盗まれるとはな!」 「よせよ、まさか本当に盗まれるだなんて思ってなかったんだからさぁ」 まるで一、二ヵ月ぶりに顔を合わせた親友の様に話しかけてくる褐色肌の男――マイクに対して、タグラスも同じような言葉を返す。 そのやり取りを見てトーマスは更なる絶望に叩き落される。何ということだろう、自分は何と愚かな事をしてしまったのだと。 冷静に考えれば確かにあのカバンは怪しかった。景気よく稼いだせいですっかり調子に乗っていた自分は、その怪しさに気づけなかった。 その結果がこれである。自分だけではなく妹のリィリアをも危険に晒してしまっているのだ。 妹を危険に晒してしまった。……その事実がトーマスに突発的な行動を起こさせきっかけになったかどうかは分からない。 ただ愛する妹を、唯一残った肉親をせめてここから逃がそうとして、小さな頭で素早く考えを巡らせ結果かもしれない。 「……ッ!うわぁあぁあぁッ!」 「お兄ちゃん!?」 「うぉッ!?何だ、この……離せッ!」 トーマスは自分たちの目の前で景気よく笑うマイクに向かって、精一杯の突進をかましたのである。 無論自分よりも倍の身長を持つマイクにとっては、突然見ず知らずの子供が叫び声をあげて両脚を掴んできた風にしか見えない。 しかし、大の男二人に至近距離まで近づかれた状態では、これが最善の方法なのかもしれない。 ここまで近づかれては杖を取り出してもすぐに取り上げられ、最悪二人揃って捕まる可能性の方が高い。 ならば小さな頭で今考えられる最善の方法を、一秒でも早く実行に移す他なかった。 「走れリィリア!ここから急いで逃げるんだッ!」 「え……え?でも、」 「俺に構うな!さっさと逃げろォッ!」 「……ッ!」 兄の突然の行動に体が硬直していたリィリアは、彼の叫びを聞いて飛び跳ねるかのように走り出す。 大男とその足を必死に掴む兄の横を通り過ぎ、暗闇広がる路地をただただ黙って疾走する。 「あっ!お、おいきみ――って、うぉ!?」 後ろからダグラスの制止する声が聞こえたが、それは途中で小さな叫び声へと変わる。 五メイルほど走ったところで足を止めて振り返ると、トーマスは器用にも足を出して彼を転ばせたのだ。 哀れその足に引っかかってしまったダグラスは道の端に置いてあったゴミ箱に後頭部ぶつけたのか、頭を押さえてうずくまっている。 ここまでした以上、何をされるか分からぬ兄の身を案じてか、リィリアは「お兄ちゃん!」と声を上げてしまう。 それに気づいてか、顔だけを彼女の方へ向けたトーマスは必至そうな表情で叫ぶ。 「バカッ!止まるんじゃない!早く、早く遠くへ――……っあ!」 「この、野郎ッ!」 トーマスが目を離したのをチャンスと見たのか、マイクはものすごい勢いで拳を振り上げる。 振り上げた直後の罵声に気づき、彼が視線を戻したと同時にそれが振り下ろされ、リィリアは再び走り出した。 直後、鈍く重い音と子供の悲鳴が路地裏に響き渡ったのを聞きながら、リィリアは振り返る事をせずに走り続ける。 いや、振り返る事ができなかった。というべきであろうか、背後で起きている事態を直視する勇気は、彼女に無かったのだ。 涙をこぼしながらただひたすらに路地裏を走る彼女の耳に聞こえてくるは、何かを殴りつける鈍い音と、マイクの怒声。 「このガキめ、大人を舐めるな!」 まるでこれまでの自分たちの行動が絶対的な悪なのだと思わせるかのような、威圧的な言葉。 それが深く、脳内に突き刺さったままの状態でリィリアは路地裏を駆け抜け、夜の王都へとその姿を消したのである。 「最初に言ったけど、もう一度言うわ。自業自得よ」 リィリアから長い話を聞き終えた後、霊夢は情け容赦ない一言を彼女へと叩きつけた。 それを面と向かって言われたリィリアは何か言い返そうとしたものの、霊夢の表情を見て黙ってしまう。 ムッと怒りの表情とそのジト目を見てしまえば、彼女ほどの小さな子供ならば口にすべき言葉を失ってしまうだろう。 威圧感――とでも言うべきなのであろうか、気弱な人間ならば間違いなく沈黙を保ち続けるに違いない。 そんな霊夢を恐ろし気に見つめていたリィリアの耳に、今度は背後にいる別の少女が声を上げた。 「まぁ霊夢の言う通りよね。少なくともアンタとアンタのお兄さんは被害者だけど、被害者ヅラして良い身分じゃないもの」 彼女の言葉にリィリアは背後を振り返り、ベンチに腰を下ろして自分を見下ろしている桃色髪の少女――ルイズを見やる。 最初、リィリアはその言葉の意味がイマイチ分からなかったのか、ついルイズにその事を聞いてしまった。 「それって、どういう……」 「そのままの意味よ。散々人の金盗んでおいて、一回シバかれただけで白旗を上げるなんて、都合が良すぎなの」 「でも……あぅ」 ふつふつと湧いてくる怒りを抑えつつ、冷静な表情のまま相手に言い放つルイズの表情は冷たい。 眩い木漏れ日が綺麗な夏の公園の中にいるにも関わらず、彼女の周囲だけまるで凍てつく冬のようである。 もしもここに彼女の身内や知り合いがいたのならば、きっと彼女の母親と瓜二つだと言っていたに違いない。 その表情を見てしまったリィリアはまたもや何も言い返せず、黙ってしまう。 ほんの十秒ほどの沈黙の後、リィリアはふとこの場にいる三人目の女性――ハクレイへと目を向ける。 彼女もまた財布を盗まれた被害者であり、さらに言えばそれを盗んだのが自分だったという事か。 普通に考えれば助けてくれる可能性など万一つ無いのだが、それでも少女は救いの目でルイズの横に立つ彼女へと視線を送った。 ハクレイはというと、カトレアから貰ったお金を盗んだ少女が見せる救いの眼差しに、どう対応すれば良いのかわからないでいる。 睨み返すことはおろか、視線を逸らす事さえできず、どんな言葉を返したら良いのか知らないままただ困惑した表情を浮かべるのみ。 そんな彼女に釘を刺すかのように、ルイズと霊夢の二人も目を細めてハクレイを睨みつけてくる。 ――同情や安請負いするなよ?そう言いたげな視線にハクレイは何も言えずにいた。 (やっぱり、カトレアを連れてくるべきだったかしら?) 自分一人ではどう動けばいいか分からぬ中、彼女は自分の選択が間違っていたのではないかと思わざる得なかった。 それは時を遡る事三十分前。丁度霊夢とハクレイの二人が互いの目的の為に街中で別れようとしていた時であった。 色々一悶着があったものの、ひとまず丁度良い感じで別れようとした直前に、あの少女が彼女たちの前に姿を現したのである。 ――今まで盗んだお金を返すから、兄を助けてほしい。そう言ってきた少女は、あっという間に霊夢に捕まえられてしまった。 ハクレイとデルフが制止する間もなく捕まえられた彼女は悲鳴を上げるが、霊夢はそれを気にする事無く勝ったと言わんばかりの笑みを浮かべていた。 「は、離して!」 「わざわざ姿を現してくれるなんて嬉しい事してくれるわね?……もしかして今日の私の運勢って良かったのかしら?」 いつの間にか後ろへ回り込み、猫を掴むようにしてリィリアの服の襟を力強く掴んだ彼女は、得意げにそんな事を言っていた。 そして間髪いれずに路地裏へと連れ込むと、襟を掴んだままの状態で彼女への「取り調べ」を始めたのである。 「早速聞きたいんだけど、アンタのお兄さんが何処にお金を隠したのか教えてくれないかしら?」 「だ、だからお金は返すから……先にお兄ちゃんを!」 「あれ、聞いてなかった?私はお金の隠し場所を教えてもらいたい゛だけ゛なんだけど?」 最早取り調べというより尋問に近い行為であったが、それを気にする程霊夢は優しくない。 ハクレイとデルフが止めに入っていなければ、近隣の住民に通報されていたのは間違いないであろう。 ひとまずハクレイが二人の間に入ったおかげでなんとか場は落ち着き、リィリアの話を聞ける環境が整った。 最初こそ「何を言ってるのか」と思っていた霊夢であったが、その口ぶりと表情から本当にあった事だと察したのだろう、 ひとまず拳骨を一発お見舞いしてやりたい気持ちを抑えつつ、ため息交じりに「分かったわ」と彼女の話を信じてあげる事にした。 その後、姉の所に出向いているであろうルイズにもこの事を報告しておくかと思い。ハクレイに道案内を頼んだのである。 彼女の案内で『風竜の巣穴』へとすんなり入ることのできた霊夢は、ハクレイにルイズを外へ連れてくるように指示を出そうとした。 しかしタイミングが良かったのか、丁度カトレアとの話が済んで帰路につこうとしたルイズ本人とバッタリ出くわしたのである。 「丁度良かったわルイズ。見なさい、ようやっと盗人の片割れを見つけたわ」 「えぇっと、とりあえずアンタを通報すれば良いのかしら?」 「……?何で私を指さしながら言ってるのよ」 そんなやり取りの後、ひとまず近場の公園へと場所を移して――今に至る。 「それにしても、イマイチ私たちに縋る理由ってのが分からないわね」 リィリアから話を聞き終えたルイズは彼女が逃げ出さないよう睨みつつ、その意図を図りかねないでいる。 当然だろう。何せ自分たちが金を盗んだ相手に、兄が暴漢たちに捕まったというだけで助けてほしいと懇願してきたのだから。 本来ならばふざけるなと一蹴された挙句に、衛士の詰所に連れていかれるのがお約束である。 いや、それ以前に衛士の元へ駈け込んで助けて欲しいと頼み込めばいいのではなかろうか? まだ幼いものの、それが分からないといった雰囲気が感じられなかったルイズは、それを疑問に思ったのである。 そして疑問に思ったのならば聞けばいい。ルイズは地面に正座するリィリアへとそのことを問いただしてみることにした。 「ねぇ、一つ聞くけど。どうしてアンタは被害者である私たちに助けを求めたのよ?」 「え?そ……それは…………だから」 突然の質問にリィリアは口を窄めて喋ったせいか、上手く聞き取れない。 霊夢とハクレイも何だ何だと傍へ近寄って来るのを気配で察知しつつ、ルイズはもう一度聞いてみた。 「何?ハッキリ言いなさいな」 「えっと……その、お姉さんたちがあんなに大金を持ってたから……」 「大金……?――――ッァア!」 一瞬何のことかと目を細めてルイズは、すぐにその意味に気づいたのかカッと見開いた瞳をリィリアへと向ける。 限界近くまで見開かれた鳶色のそれを見て少女が「ヒッ」と悲鳴を漏らす事も気にせず、ルイズはズィっとその顔を近づけた。 「も、も、もしかしてアンタ!私たちの三千近いエキュー金貨の場所を、知ってるっていうの!?」 「はいはいその通りだから、落ち着きなさい」 興奮するルイズの肩を掴んでリィリアと離しつつ、霊夢は鼻息荒くする主に自分が先にリィリア聞いた事を伝えていく。 「まぁ要は取り引きってヤツよ。ウソか本当かどうか知らないけど、どうやら兄貴が何処に金を隠しているのか知ってるらしいのよ。 それで私たちから盗んだ分はすべて返すから、代わりに兄貴を助けて……次いで自分たちの事は見逃して欲しいって事らしいわ」 霊夢から話をする間に大分落ち着く事のできたルイズは「成程ね」と言って、すぐに怪訝な表情を浮かべて見せた。 「ちょい待ちなさい。兄を助ける代わりにお金を返すのはまぁ分かるとして、見逃すってのはどういう事よ?」 「アンタが疑問に思ってくれて良かったわ。私もそれを聞いて何都合の良いこと言ってるのかと思ったし」 「少なくともアンタよりかはまともな道徳教育受けてる私に、その言葉は喧嘩売ってない?」 顔は笑っているが半ば喧嘩腰のようなやり取りをしていると、二人の会話に不穏な空気を感じ取ったリィリアが口を挟んでくる。 「お願いします!盗んだお金はそのまま返すから、お兄ちゃんを……」 「まぁ待ちなさい。……少なくともお金を返してくれるっていうのなら、あなたのお兄さんは助けてあげるわ」 逸る少女を手で制止しつつ、ルイズは彼女が持ち掛けてきた取引に対しての答えを返す。 それを聞いてリィリアの表情が明るくなったものの、そこへ不意打ちを掛けるかのようにルイズは「ただし」と言葉を続けていく。 「アンタとアンタのお兄さんを見逃すっていう事はできないわ。事が済んだら一緒に詰所へ行きましょうか」 「え?なんで、どうして……?」 「どうしても何もないわよ。だってアンタたちは盗人なんですから」 二つ目の条件が認められなかった事に対して疑問を感じているリィリアへ、ルイズは容赦ない現実を突きつけた。 今まで見て見ぬ振りを決め込み、目をそらしていた現実を突き決られた少女はその顔に絶望の色が滲み出る。 その顔を見て霊夢はため息をつきつつ、自分たちが都合よく助けてくれると思っていた少女へと更なる追い打ちをかける。 「第一ねぇ、盗んだモノをそっくりそのまま返して許されるなら、この世に窃盗罪何て存在するワケないじゃない」 「で、でも……それは……私とお兄ちゃんが生きていく為で、」 「生きていく為ですって?ここは文明社会よ。子供だからって理由で窃盗が許されるワケが無いじゃない。 アンタ達は私たちと同じ人間で、社会の中で生きていくならば最低限のルールを守る義務ってのがあるのよ。 それが嫌で窃盗を生業とするんなら山の中で山賊にでもなれば良いのよ。ま、たかが子供にそんな事できるワケはないけどね。 第一、散々人々からお金を盗んどいて、いざ身内が仕事しくじって捕まったら泣いて被害者に縋るような半端者なんだし」 的確に、そして容赦なく現実を突きつけてくる博麗の巫女を前にリィリアは目の端に涙を浮かべて、顔を俯かせてしまう。 流石に言いすぎなのではないかと思ったルイズが霊夢に一言申そうかと思った所で、それまで黙っていたデルフが口を開いた。 『おぅおう、鬱憤晴らしと言わんばかりに攻撃してるねぇ』 「何よデルフ、アンタはこの生意気な子供の味方をするっていうの?」 『まぁ落ち着けや、別にそういうワケじゃないよ。……ただ、その子にも色々事情があるだろうって事さ』 「事情ですって?」 突然横やりを入れてきた背中の剣を睨みつつも、霊夢は彼の言うことに首をかしげてしまう。 デルフの言葉にルイズとハクレイ、そしてリィリアも顔を上げたところで、「続けて」と霊夢は彼に続きを言うよう促す。 それに対しデルフも「お安い御用で」と返したのち、彼女の背中に担がれたまま話し始めた。 『まぁオレっち自身、その子と兄さんの素性なんぞ知らないし、知ったとしてもこれまでやってきた所業を正当化できるとは思えんさ。 どんな理由があっても犯罪は犯罪だ。生きていく為明日の為と言いつつも、結局やってる事は他人から金を盗むだけ。 それじゃ弱肉強食の野生動物と何の変りもない、人並みに生きたいのであればもう少しまともな道を探すべきだったと思うね』 てっきり擁護してくれるのかと思いきや、一振りの剣にまで当り前の事を言われてしまい、リィリアは落ち込んでしまう。 何を今更……とルイズと霊夢の二人はため息をつきそうになったが、デルフはそこで『ただし、』と付け加えつつ話を続けていく。 『今のような状況に至るまでにきっと、いや……多分かもしれんがそれならの理由はあっただろうさ。 断定はできんが、オレっち自身の見立てが正しければ、きっとこの子一人だけだったのならば盗みをしようなんざ思わなかった筈だ。 親がいなくなり、帰る家も失くしてしまった時点で近場の教会なり孤児院を頼っていたに違いないさ』 デルフの言葉で彼の言いたい事に気が付いたのか、ハクレイを除く三人がハッとした表情を浮かべる。 霊夢とルイズの二人は思い出す。あの路地裏でアンリエッタからの資金を奪っていった生意気な少年の顔を。 リィリアもまた兄の事を思い浮かべていたのか、冷や汗を流す彼女へとルイズが質問を投げかけた。 「成程、ここまで窃盗で生きてきたのはアンタのお兄さんが原因だったってことね?」 「……!お、お兄ちゃんは私の為を思って……」 「それでやり始めた事が窃盗なら、アンタのお兄さんは底なしのバカって事になるわね」 あれだけの魔法が使えるっていうのに、そんなことを付け加えながらもルイズはため息をつく。 いくら幼いといえども、自分たちに見せたレベルの魔法が使えるのならば子供でも王都で雇ってくれる店はいくらでもあるだろう。 昨今の王都ではそうした位の低い下級貴族たちが少しでも生活費を増やそうと、平民や他の貴族の店で働くケースが増えている。 店側も魔法を使える彼らを重宝しており、今では平民の従業員よりも数が増えつつあるという噂まで耳にしている。 もしも彼女のお兄さんが心を入れ替えて働いていたのならば、きっとこんな事態には陥っていなかったであろう。 「才能の無駄遣いって、きっとアンタのお兄さんにピッタリ合う言葉だと思うわ」 『まぁ非行に走る前に色々とあったってのは予想できるがね。……まぁあまり明るい話じゃないのは明らかだが』 ルイズの言葉にデルフが相槌を入れつつも、リィリアにその話を聞こうと誘導していく。 少女も少女でデルフの言いたいことを理解しているのか、顔を俯かせつつも話そうかどうかと悩んでいる。 どうして自分たちが盗人稼業で生きていく羽目になったのか、その理由の全てを。 少し悩んだ後に決意したのか。スッと顔を上げた彼女は、おずおずとした様子で語り始めた。 両親の死をきっかけに領地を追い出され、兄妹揃って行く当てもない旅を始めた事。 最初こそ行く先にある民家や村で食べ物を恵んでいた兄が、次第に物を盗むようになっていった事。 最初こそ食べ物や毛布だけであったが次第に歯止めが効かなくなり、とうとう人のお金にまで手を出した事。 常日頃口を酸っぱくして「大人は危険」と言っていた為に自分も感化され、次第に兄の行為を喜び始めた事。 ゆく先々で他人の財産を奪い続けていき、とうとう王都にまでたどり着いた事。 そこで兄は大金を稼ぎ、二人で暮らせるだけのお金を手に入れると宣言した事。 そして失敗し、今に至るまでの出来事を話し終えたのは始めてからちょうど三分が経った時であった。 「……なんというか、アンタのお兄さんって色々疑いすぎたのかしらねぇ?」 三人と一本の中で最初に口を開いたルイズの言葉に、リィリアは「どういうことなの?」と返した。 ルイズはその質問に軽いため息をつきつつも座っていたベンチから腰を上げて、懇切丁寧な説明をし始める。 「だって、アンタのお兄さんは大人は危険とか言ってたけど。普通子供だけで盗んだ金で家建てて生きていくなんて無茶も良いところだわ。 それに、普通の大人ならともかく孤児院や教会の戸を叩けたのならきっと中にいたシスターや神父様たちが助けてくれた筈よ?」 ルイズの言葉にリィリアは再び顔を俯かせつつ、小声で「そいつらも危険って言ってたから……と話し始める。 「お兄ちゃんが言ってたもん、大人たちは大丈夫大丈夫って言いながら私たちを引き離してくるに違いないって」 以前兄から教わった事をそのまま口にして出すと、ルイズの横で聞いていた霊夢がため息をつきつつ会話に参加してくる。 「孤児院や教会の人間が?そんなワケないじゃないの、アンタの兄貴は疑心暗鬼に駆られすぎなのよ」 「ぎしん……あんき?」 『つまりは周りの他人を疑い過ぎて、その人達の好意を受け止められないって事だよ』 デルフがさりげなく四文字熟語を教えてくるのを見届けつつ、霊夢はそのまま話を続けていく。 「まぁ何があったのか大体理解できたけど、それで非行に走るんならとことん救いようがないわねぇ きっとここに至るまで色んな人の好意を踏みにじってきて、そのお返しと言わんばかりに金を盗って勝ったつもりになって……、 それで挙句の果てに屁でもないと思っていた被害者にボコられて捕まったんじゃ、誰がどう考えても当然の報いって考えるわよ普通」 肩を竦めてため息をつく彼女の正論に、リィリアはションボりと肩を落として落胆する。 流石の彼女であっても、ここにきてようやく自分たちのしてきた事の重大さを理解したのであろう。 デルフも『まぁ、そうなるな』と霊夢の言葉に同意し、ルイズは何も言わなかったものの表情からして彼女に肯定的であると分かる。 しかしその中で唯一、困惑気味の表情を浮かべてリィリアを見つめる女性がいた。 それは霊夢たちと同じく兄妹……というかリィリアに直接お金を奪われた事のあるハクレイであった。 少女に対し批判的な視線と表情を向けている霊夢とルイズの二人とは対照的に、どんな言葉を出そうか悩んでいるらしい。 確かに彼女とそのお兄さんがした事が許されないという事は、まず変わりはしない。 けれどもルイズたちの様に一方的になじる気にはなれず、結果喋れずにいるのだ。 下手に喋れずけれども止める事もできずにいた彼女であったが、何も考えていなかったワケではない。 幼少期に兄と共に苛酷な環境に身を置かざるを得なくなり、非行に走るしかなかった少女に何を言えばいいのか? そして兄と共に二度とこんな事をしないで欲しいと言わせるにはどうすれば良いのか?それをずっと考えていたのである。 彼女はここに来てようやく口を開こうとしていた。一歩前へと踏み出し、それに気づいた二人と一本からの熱い視線をその身に受けながら。 「?どうしたのよアンタ」 「……あーごめん、今まで黙ってて何だけど喋っていいかしら?」 軽い深呼吸と共に一歩進み出た自分に疑問を感じたルイズへ一言申した後、リィリアの前へと立つハクレイ。 それまで黙っていたハクレイの言葉と、かなりの距離まで近づいてきたその巨躯を見上げる少女は自然と口中の唾を飲み込んでしまう。 何せここにいる四人の中では、最も背の高いのがハクレイなのだ。子供の目線ではあまりにも彼女の背丈は大きく見えるのだ。 唾を飲み込むついで、そのまま一歩二歩と後ずさろうとした所で、ハクレイはその場でスッと膝立ちになって見せる。 するとどうだろう、あれ程まで多が高過ぎて良く見えなかったハクレイの顔が、良く見えるようになったのだ。 「……え?あの」 「人とお話をする時は他の人の顔をよく見ましょう。って言葉、よく聞くでしょう?」 困惑するリィリアに苦笑いしつつもそう言葉を返すと、ハクレイは若干少女の顔を見下ろしつつも話を続けていく。 「私の事、覚えてるでしょう?ホラ、どこかの広場でボーっとしてて貴女に財布を盗まれた事のある……」 霊夢やルイズと比べ、年頃らしい落ち着きのある声で話しかけてくる彼女にはある程度安心感というモノを感じたのだろうか。 それまで緊張の色が見えていた顔が微かに緩くなり、自分と同じくらいの視点で話しかけてくるハクレイにコクコクと頷いて見せた。 「うん、覚えてるよ。だからまず最初にお姉さんに声を掛けたの。だってもう片方は怖かったから……」 「おいコラ。今聞き捨てならない事をサラッと言ってくれたわね?」 自分の方を見つめつつもそんな事を言ってきた少女に、霊夢はすかさず反応する。 それを「やめなさいよ」とルイズが窘めてくれたのを確認しつつ、ハクレイは話を続けていく。 「さっき、貴女のお兄さんを助けてくれたらお金はそっくりそのまま返すって言ってたわよね?」 「……!う、うん。私、お兄ちゃんがどこの盗んだお金を何処に隠しているのを知って……――え?」 食いついた。そう思ったリィリアはパっと顔を輝かせつつ、ハクレイに取り引きを持ち掛けようとする。 しかしそれを察したのか、逸る彼女の眼前に右手の平を出して制止したのだ。 一体どうしたのかと、リィリアだけではなくルイズたちも怪訝な表情を浮かべたのを他所にハクレイはそのまま話を続けていく。 「別にお金の事はもう良いのよ。私がカトレアに貰った分だけなら……あなた達が良いなら渡してあげても良い」 「え?それ……って」 「はぁ?アンタ、この期に及んで何甘っちょろい事言ってるのよ!?」 三人と一本の予想を見事に裏切る言葉に、思わず霊夢がその場で驚いてしまう。 ルイズは何も言わなかったものの目を見開いて驚愕しており、デルフはハクレイの言葉を聞いて興味深そうに刀身を揺らしている。 まぁ無理もないだろう。何せ彼女たちから散々許されないと言われた後での言葉なのだ。 むしろあまりにも優しすぎて、ハクレイにそんな事を言われたリィリア本人が自身の耳を疑ってしまう程であった。 流石に一言か二言文句を言ってやろうかと思った矢先、それを止める者がいた。 『まぁ待てって、そう急かす事は無いさ』 「デルフ?どういう事よ」 突然制止してきたデルフに霊夢は軽く驚きつつも自分の背中にいる剣へと声を掛ける。 『どうやら奴さんも無計画に言ってるワケじゃなそうだし、ここは見守ってやろうや』 何やら面白いものが見れると言いたげなデルフの言葉に、ひとまず霊夢は様子を見てみる事にした。 彼女の後ろにいるルイズも同じ選択を選んだようで、二人してハクレイとリィリアのやり取りを見守り始める。 「え……?お金、くれるの?それで、お兄ちゃんも助けてくれるっていうの……?」 相手の口から出た言葉を未だに信じきれないのか、訝しむ少女に対しハクレイは無言で頷いて見せる。 それが肯定的な頷きだと理解した少女は、信じられないと首を横に振ってしまう。 確かに彼女の思う通りであろう。普通ならば、金を盗まれた相手に対して見せる優しさではない。 盗まれた分のお金は渡し、更には兄まで助けてくれる。……とてもじゃないが、何か裏があるのではないかと疑うべきだろう。 リィリア自身盗んだお金を返すから兄を助けてほしいと常識外れなお願いをしたものの、ハクレイの優しさには流石に異常を感じたらしい。 少し焦りつつも、少女は変に優しすぎるハクレイへとその疑問をぶつけてみる事にした。 「で、でも……そんなのおかしいよ?どうして、そこまで優しくしてくれるなんて……」 「まぁ普通はそう思うわよね。私だって自分で何を言っているのかと思ってるし」 彼女の口からあっさりとそんに言葉が出て、思わずリィリアは「え?」と目を丸くしてしまう。 そして疑問に答えたハクレイはフッと笑いつつ、どういう事なのかと訝しむ少女へ向けて喋りだす。 「私が盗まれた分のお金はそのまま渡して、ついでにお兄さんも助けてあげる。それを異常と感じるのは普通の事よ。 だって世の中そんなに甘くないのは私でも理解できるし、そこの二人が貴女のお願いに呆れ果ててるのも当り前の事なんだし」 優しく微笑みかけながらも、そんな言葉を口にするハクレイへ「なら……」とリィリアは問いかける。 ――ならどうして?最後まで聞かなくとも分かるその言葉に対し、彼女は「簡単な事よ」と言いながら言葉を続けていく。 「あなた達の事を助けたいのよ。……まぁ二人にはそんなのは優しすぎるとか文句言われそうだけどね」 暖かい微笑みと共に口から出た暖かい言葉に、それでもリィリアは怪訝な表情を浮かばせずにはいられない。 何せ自分は彼女に対して財布を盗んだ挙句に魔法を当ててしまったのだ、それなのに彼女は助けたいと言っているのだ。 普通ならば何かウラがあるのではないかと疑うだろう。リィリアはまだ幼かったが、そんな疑心を抱ける程には成長している。 「でも、そんなのおかしいわ?だって、私はお姉ちゃんに対してあんなに酷いことをしたのに……」 疑いの眼差しを向けるリィリアの言葉に対して、ハクレイは「まぁそれは忘れてないけどね?」と言いつつも話を続けていく。 「だから私は今回――この一度だけ、あなた達の手助けをするわ。一人の大人としてね。 あなた達兄妹が泥棒稼業から手を洗って、まともに暮らしていくっていうのなら……今後の為を思ってあなた達に私の――カトレアがくれたお金を託す。 何なら孤児院や、身寄り代わりの教会を探すのだって手伝おうとも考えてるわ。少なくともそこにいる人たちならば、あなた達を助けてくれると思うから」 ハクレイはそう言った後に口を閉ざし、ポカンとしているリィリアへとただ真剣な眼差しを向けて返事を待っている。 少女は彼女の言ったことをまだ完全に信じ切れていないのか、何と言えばいいのか分からずに言葉を詰まらせている。 それを眺めている霊夢は彼女の甘さにため息をつきたくなるのを堪えつつも、最初に言っていた言葉を思い出す。 ――この一度だけ。つまりは、あの兄妹に対して彼女はたった一度のチャンスをあげるつもりなのだろう。 彼女が口にしたようにバカ野郎な兄と共にまともな道を歩み直せる、文字通りの最後のチャンスを。 ルイズもそれを理解したようだったが、何か言いたそうな表情をしているに霊夢と同じことを考えているらしい。 確かに子供といえど犯罪者に対して甘すぎる言葉であったが、犯罪者であるが以前に子供である。 自分と霊夢は少女を犯罪者として、彼女は犯罪者である以前に子供として接しているのだ。 だから二人して甘々なハクレイに何か一言突っついてやりたいという気持ちを抑えつつ、リィリアの答えを待っていた。 そして件の少女は、ハクレイから提示された条件を前に、何と答えれば良いか迷っている最中であった。 今まで兄と共に生きてきて、大事な事を全て決めてきたのは兄であったが、その兄はこの場にいない。 だから自分たち兄妹の事を自分が決めなければいけないのだ。 リィリアは閉まりっぱなしであった重い口をゆっくりと開けて、自分を見守るハクレイへと話しかける。 「本当に……本当に私たちの、味方になってくれるの?」 「アナタがお兄さんと一緒になってこれから真っ当に生きていくというのになら、私はアナタ達の味方になるわ」 少女の口から出た質問に、ハクレイは優しい微笑みと真剣な眼差しを向けてそう返す。 そこには兄の言っている「汚い大人」ではなく、本当に自分たちの事を案じてくれる「一人の大人」がいた。 そして彼女はここにきてようやく思い出す、これまでの短い人生の中で、今の彼女と同じような表情と眼差しを向けてくれた人たちが大勢いたことを。 ある時は通りすがりの旅人に果物やパンを分けてくれた農民、そしてタダ配られるスープ目当てに近づいた教会の人たち。 ここに至るまで通ってきた道中で出会った人々の多くが、自分たちの事を本当に心配してくれていたのだと。 しかし兄は事あるごとに彼らを見て「信用するな」と耳打ちし、その都度必要なものだけを奪って彼らの親切心を踏みにじってきた。 兄は自分よりも成長していた、だからこそ自分たちを領地から追い出した親戚たちの事が忘れられなかったのだろう。 結果的にそれが兄の心に疑心暗鬼を生み出し、他人の善意を踏みにじる原因にもなってしまった。 その事を兄よりも先に理解したリィリアは、目の端から流れ落ちそうになった涙を堪えつつ――ゆっくりと頷いた。 ハクレイはその頷きを見て優しい微笑みを浮かべたまま、そっと左手で少女の頭を撫でようとして――。 「…って、何心温まる物語にしようとしてるのよッ!?」 「え?ちょ……――グェッ!」 二人だけの世界になろうとした所で颯爽と割り込んできた霊夢に、見事な裸絞めを決められてしまった。 あまりに急な攻撃だった為に何の対策もできずに絞められてしまったハクレイは、成すすべもない状態に陥ってしまう。 突然過ぎた為か流れそうになった涙が完全に引っ込んでしまったリィリアは、目を丸くして見つめている。 それに対してルイズは彼女の傍に近寄りつつ、「気にしなくていいわよ」と彼女に話しかけた。 「まぁあんまりにもムシが良すぎるから、ただ単にアイツに八つ当たりしてるだけなのよ」 「え?八つ当たりって……あれどう見ても絞め殺そうとしてるよね?」 「大丈夫なんじゃない?ねぇデルフ、アンタもそう思うでしょう?」 『イヤイヤ、普通は止めろよ!?ってか、そろそろヤバくねぇかアレ?』 霊夢から無理やり手渡されたのであろう、ルイズの言葉に対し彼女の右手に掴まれたデルフが流石に突っ込みを入れる。 確かに彼の言う通りかもしれない。自分より小柄な霊夢に絞められているハクレイはどうしようもできず、今にも落ちてしまいそうだ。 デルフの言う通りそろそろ止めた方がいいのだろうが、正直ルイズも彼女の横っ腹にラリアットをかましたい気分であった。 確かにあの兄妹は犯罪者であるが以前に子供だ、牢屋にぶち込むよりも前に救済をしたいという気持ちは分かる。 しかしだからといってあの時金を盗まれた時の屈辱は忘れていないし、自分たちの他にも大勢の被害者がいるに違いない。 それを考えれば懲役不可避なのだろうが、やはり本心では「まだ子供だから」という気持ちも微かにある。霊夢はあるかどうか知らないが。 ともかくハクレイはその「まだ子供だから」という元で兄妹にチャンスを作り、兄妹の一人であるリィリアはそれを受け入れた。 まだ納得いかない所は多々あるがそれをハクレイにぶつける事で、ルイズと霊夢の二人もそれに了承したのである。 ひとまずは満足したのか、虫の息になった所でようやく解放されたハクレイを放って、霊夢はリィリアと対面していた。 ハクレイと似たような顔をしていながらも、彼女よりも怖い表情を見せる霊夢に狼狽えつつも、少女は彼女からの話を聞いていく。 「じゃあ先にお金は返してもらうとして、アンタのバカお兄さんを助けたらルイズの紹介する教会か孤児院に入る事、いいわね?」 「う、うん……それで、他にも盗まれたお金とか一応……あなた達に渡す、それでいいの?」 「そうよ。アンタたちが他の人たちから盗んだお金は私たちが……まぁ、その。責任もって返すことにするわ」 多少言葉を濁しつつもひとまず条件を確認し終えた所で、今度はルイズが話しかける番となった。 彼女は言葉を濁していた霊夢をジト目で一瞥しつつもリィリアと向き合いは、咳払いした後真剣な表情で喋り始める。 「まぁ私たちはそこで伸びてるハクレイと違ってあなた達に甘くするつもりはないけど、貴女は反省の意思を見せてる。 その貴女がお兄さんを説得できたのならば、私もアナタたちがやり直すための準備くらいはしてあげるわ。 でも忘れないで頂戴。貴族である私の前で約束したのならば、どんな事があっても最後までやり遂げる覚悟が必要だってことを」 わざとらしく腰に差した杖を見せつけつつそう言ったルイズに、リィリアは慎重に頷いた。 その杖が意味することは、たとえ幼少期に親を失い貴族で無くなった彼女にも理解できた。 リィリアの頷きを見てルイズもまた頷き返したところで、彼女は「ところで」と話を続けていく。 「一つ聞きたいんだけど、どうして私たちを頼る前に衛士の所に行かなかったのよ? いくらアンタ達がここで盗みをやってるって情報が出てても、流石に子供が誘拐されたとなると話しくらいは聞いてくれそうなものだけど……」 先ほどから気になっていた事を抱えていたルイズからの質問に、リィリアは少し考える素振りを見せた後に答えた。 「えっとね……実はあの二人を探す前にね、今日の朝に詰め所に行ったの」 「え?もしかして、子供の戯言だとか言われて追い返されたの……?」 人での少なくかつ教育の行き届いていない地方ならともかく、王都の衛士がそんな雑な対応をするのだろうか? そんな疑問を抱いたルイズの言葉に対して、リィリアは首を横に振ってからこう言った。 「うぅん、何か詰め所にいた衛士さんたちが皆凄い忙しそうにしててね。私が声を掛けても「ごめんね、今それどころじゃないんだ」って言われたの」 「忙しい……今それどころじゃない?」 「あぁ、そういえば今日は朝からヤケにばたばたしてたわねアイツら」 何か自分の知らぬ所で大事件が起きたのであろうか?首を傾げた所で霊夢が話に入ってきた。 彼女の言葉にルイズはどういう事かと聞いてみると、朝っぱらから街中で大勢の衛士が動き回っていたのだという。 「何でか知らないけどもう街の至る所に衛士たちがいたり、走り回ってたりしてたのよ。 しかもご丁寧に下水道への道もしっかり見張りがいたから、おかけでやるつもりだった捜索が台無しよ。全く……」 最後は悪態になった霊夢の言葉を半ば聞き流しつつも、ルイズはそうなのと返した後ふと脳裏に不安が過る。 この前の劇場で起こった事件もそうだが、ここ最近の王都では何か良くないことが頻発しているような気がしてならない。 そういう事を体験した身である為、ルイズは尚現在進行中で何か不穏な事が起きている気がしてならなかった。 街中の避暑地に作られた真夏の公園の中で、ルイズは背筋に冷たい何かが走ったのを感じ取る。 その冷たい何かの原因が得体のしれない不穏からきている事に、彼女は言いようのない不安を感じていた。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/9173.html
前ページ次ページ暗の使い魔 「ちょっと、何してるのよ。さっさとしなさい!」 「五月蝿いな、こんな人ごみじゃ仕方ないだろう」 細い路地にいるルイズからの催促に、官兵衛が答える。 ごった返す人ごみを掻き分けながら、ずた袋を引っさげた官兵衛がようやっとルイズの元にたどり着いた。 路地に入り込んだ二人は、元来た道を見返す。と、そこには見渡す限りの人の波。 幅5メイル程の街道に所狭しと人が並んでいた。 ここは首都トリスタニアのブルドンネ街、その大通り。 虚無の曜日――魔法学院の生徒にとって休日にあたるこの日。 官兵衛とルイズはある買い物をするために、ここ首都トリスタニアまで出てきていた。 事の始まりは、昨晩の会話である。 「この野良犬―――っ!よりにもよってツェルプストー相手に尻尾を振るなんて!」 あの後、ルイズに部屋まで連れ戻された官兵衛は、いきなり犬呼ばわりされた。 キュルケとの現場を最悪のタイミングで押さえられたためだ。挙句、鞭で散々叩かれそうになる始末。 「落ち着けお前さん――って、犬呼ばわりか!一体何だってんだ!」 ルイズがなぜキュルケとの接触をこれほどまでに怒るのか。それは、官兵衛にとっては何も関わりの無い因縁のせいであった。 聞けば、ツェルプストー家とヴァリエール家は国境を挟んでの隣同士。 トリステインとゲルマニアの戦争の度に殺しあった因縁の仲なのだとか。 さらには、ルイズにとってはこちらが重要らしいが、先祖代々ヴァリエールはツェルプストーに、散々恋人を奪われてきたらしい。 曰く、ひいおじいさんの妻が奪われた。曰く、ひいひいおじいさんの婚約者を奪われた、等々である。 とどのつまりは、これ以上ツェルプストーには小鳥一匹だって渡すわけにはいかない。そういうことらしい。 「わかった!?とにかくツェルプストー家は、ヴァリエール家にとって不倶戴天の敵なの!」 「へいへい。要は小生が近づかなきゃいいんだろう。あのキュルケに」 官兵衛はやれやれと手をすくめた。しかし、それには一つ問題がある、それは。 「向こうから接近してきたらどうする?強行手段に出られたらさっきみたいに監禁されかねんぞ」 「そうね、それにキュルケを慕う男達も黙ってはいないでしょうね」 ルイズが顎に手を当てながら言った。官兵衛も腕に自信が無いわけではない。しかしながらこの枷である。 闇夜に不意打ちでもされたらたまったものではない。何れにせよ、なにかしら身を守る手段が必要であった、そこで。 「わかったわ。あんたに剣を買ってあげる」 「えっ?」 ルイズが意外な提案をしてきた。官兵衛が素っ頓狂な声を上げる。 「確かにキュルケに好かれたら命がいくつあっても足りないわ。降りかかる火の粉は自分で払えるようにしなさい」 ルイズがツンと上を向いて言った。 「いやしかしだな!小生のこの枷で剣なんかあっても……」 「でもあんたこの前言ってたじゃない。剣があればもっと手早く済むって」 そうであった、と官兵衛は天井を仰いだ。確かに彼は、ド・ロレーヌとの決闘の後、そんな言葉を口にしたのだ。 「まあ無いよりはマシでしょ?」 「そりゃそうだが……」 「決まりね」 そんなこんなで、ルイズと官兵衛は剣を買うために、はるばる首都まで出てきた訳である。 因みに官兵衛の枷と鉄球と鎖は、白い布に包まれている。 流石にあのままでは目立って歩きにくい、と考えたルイズが用意したのだ。 傍から見れば、白い大きなずた袋を担いでいるようにしか見えず、上手くカムフラージュされていた。 ブルドンネ街の大通りを抜け、狭い路地を入る。 やがて四辻に出、そして剣の形をした看板の店を見つけると、ルイズと官兵衛はその中に入っていった。 その様子を、二つの影がそっと見ているのに気付かずに。 暗の使い魔 第七話 『魔剣とゴーレム』 ルイズと官兵衛が入ると、そこは、狭い屋内に様々武具が並んだ、薄暗い店であった。 カウンターの奥に座った店主が、こちらに気付き、胡散臭げな目で官兵衛達を見た。 「貴族の旦那。うちは全うな商売してまさあ。お上に目をつけられる事なんかとは無縁でっせ。」 「客よ」 ドスの聞いた声でそういう店主に、ルイズが一言で返す。と、店主は驚いたようにルイズを見やった。 「こりゃあ驚いた。若奥様が剣なんぞ握られるんで?」 「使うのは私じゃないわ。こいつよ」 ルイズが官兵衛を目で指す。店主は納得いったように手を打った。 「ははあ成程。近頃は下僕に剣を持たせる貴族の方々も多いようで」 相手が客だと分かると、店主は商売っ気たっぷりに愛想を振りまきながらそういった。 「剣をお使いになるのはこの方で?はあ、これはまた逞しいお方で。鍛え上げられた肉体が岩のようでさあ」 店主が、まじまじと官兵衛を見ながら、世辞を述べる。 そんな店主の言葉を、ルイズは煩わしく思いながらも静かに先を促した。 「このような方がお使いになる剣といえば、かなり大振りなものになりやすが?」 「構わないわ。私は剣の事なんて分からないし、適当に選んで頂戴」 「へい、かしこまりました」 そういうと、店主はいそいそと店の奥へ引っ込んだ。 こりゃ鴨がネギしょってやってきたわい、と内心ほくそ笑みながら。 そんな中、官兵衛は店内に置かれた刀剣類一つ一つを手に取り眺めていた。 しかし、まともな使用に耐えるような物はこの店ではそうそう見つからないようであった。 官兵衛が短くため息をつく。その時、店の倉庫から店主が大剣を油布で拭きながら現れた。 「こいつなんかどうです」 店主がドンと大剣をカウンターに置いた。 見ればそれは、なんとも煌びやかな大剣であった。所々に宝石が散りばめられ、両刃の刀身が鏡のように輝く。 刀身も大きく、1,5メイルはあろう大きさであった。成程、貴族の従者が腰に下げるにはもってこいの逸品らしかった。 官兵衛も傍により、手にとってまじまじと見た。 「こいつを鍛えたのは、かの高名なゲルマニアの錬金術師シュペー卿で。魔法だって掛かってるんで鋼鉄なんか一刀両断ですぜ」 官兵衛が熱心に見てるのをいい事に、早速売り込もうとする店主。ルイズも満足したように、その剣を眺めている。 「おいくら?」 ルイズが早速店主に値段を尋ねる。店主が淡々と値段を告げた。 「エキュー金貨で二千。新金貨で三千」 「立派な家と森つきの庭が買えるじゃないの!」 ルイズは声を荒げた。いくらなんでもこれではぼったくりではないか、と抗議するも。 「名剣は城に匹敵しやすぜ。屋敷で済めば安い方かと」 店主が笑いながらそういった。その言葉に、困ったように黙り込むルイズ。 しかし、まじまじ見ていた官兵衛がようやっと口を開くと。 「こんなナマクラで金とろうなんて、たしかにぼったくりが過ぎるな。お前さん」 店主に向かってそう言った。 「な、なんでい!いい加減な事言うなド素人が!」 今度は店主が顔を赤くして、官兵衛に怒鳴った。しかし官兵衛は冷静に言う。 「鋼鉄だって斬れる?こいつじゃあ土塊にすら劣るぞ」 そう言いながら、官兵衛は興味なさそうに大剣をカウンターに戻した。 「斬れないな。飾りだ」 そう言われると、店主は怒ったように剣を引っつかみ、店の奥へと消えていった。 官兵衛も、落ちぶれたとはいえ一介の武将である。刀剣の良し悪しを見る目は確かであった。 加えて彼は、小田原城主北条氏政より賜った名刀『日光一文字』を所有していたこともある。 名刀を見分ける目は玄人であった。 ルイズがだまされた事を悟り、わなわなと震える。 「貴族相手にナマクラを売りつけようだなんて!」 「落ち着け。向こうも商売人だ」 官兵衛がルイズを宥める。といっても今回のは流石に度が過ぎるとは官兵衛も思ったが。 「とりあえず出るか」 先程から店主も戻って来ないし、このままでは埒が明かない。と、店の外に出ようとしたその時であった。 「よう兄ちゃん!おめえ結構いい目してるじゃあねえか!」 唐突に狭い店内に声が響いた。 官兵衛とルイズが見回すも、辺りには誰もいない。 「どこ見てんだよ。こっちだこっち」 とりあえず声のする方向へ目を向けるも、積み上げられた剣があるのみ。人影らしい人影はどこにも無かった。 「おめえ!やっぱり目は節穴か!」 その時、官兵衛は驚き目を見開いた。なんと声の主は、一本の剣であった。 乱雑に積みあがった剣の束の中の一本の剣。正確に言えばその柄の部分から声が発せられていたのだ。 ガサゴソと乱暴にその剣を引っつかむ。 「おいおい!慌てんなって。もう少し優しく扱いな」 口と思わしき柄の部分がカタカタと震えた。 「それって、インテリジェンスソード?」 ルイズが戸惑いながら、その剣を見やった。 「いんてりじぇんす?」 「海を隔てた南蛮の――じゃない、魔法によって意志を与えられた剣の事よ。珍しいわねこんな所で」 ルイズが妙な電波を受信しながら、官兵衛に説明する。 「何でも有りか、魔法ってのは」 剣が喋るという事実にも驚きである。しかし何よりも、物に意志を与えるというデタラメな魔法の力に官兵衛は舌を巻いた。 「やいデル公!またおめぇは!」 いつの間にかカウンターに戻ってきていた店主が、手に持った剣をみるやいなや怒鳴った。 「デル公っていうのか?お前さん」 「ちがわ!デルフリンガー様だ!」 「へぇ、名前だけは立派ね」 ルイズがデルフリンガーをじろじろ見ながら言った。確かに名前は立派だが、当の剣はさび付いていてボロボロである。 長さは先程の大剣と大して変わらないが、それでも先程のものから比べると大分見劣りした。 それでも官兵衛は興味深げに、デルフリンガーを見回す。 「おいお前さん。喋れるってことは色々知ってるのか?」 「剣に尋ねる時はテメエから名乗りやがれ」 「それもそうだな、小生は官兵衛。黒田官兵衛だ」 「そうかいカンベエ、俺の事はデルフでいいぜ。」 なにやら嬉しそうに剣に話しかける官兵衛を、ルイズは怪訝な顔で見つめていた。 「なによあんた、その剣気に入ったの?もっと綺麗なのにしなさいよ」 彼女がそう言うも、官兵衛はデルフとのおしゃべりに夢中で取り付く島もない。 仕方無しにとルイズは店主に向き合う。 「あれはいくらなの?」 「あれなら100で結構でさ」 「あら安いじゃない」 「こちらからしたら厄介払いみたいなもんでして。何しろそのデル公と来たら、客にケチ付けるは罵るわ、ともう散々で」 「え~」 ルイズは再び嫌そうな顔をする。しかし官兵衛はあの調子だ。 「カンベエ!どうするのよ!」 「ん?ああ、買うぞ」 ルイズは肩を落とした。官兵衛が懐から袋を取り出し、カウンターの上に中身をぶちまける。 店主が、慎重に金貨を数え終わると、頷いた。 「毎度」 ルイズは深く深くため息をついた。 「よろしく頼むぞデルフ」 「こちらこそな、いやしかしおでれーた!こんな所で『使い手』に拾われるたぁな!」 「使い手?」 なにやらまだ官兵衛と剣はおしゃべりしているようだが、ルイズはさっさとこの店を出たかった。 さっさと出るわよ、と官兵衛を無理やり店の外に押し出すと、ルイズもそれと同時に出て行った。 薄暗い店内が再びしんと静まり返る。 「やっと厄介払い出来たか」 店主がカウンターに頬杖をつきながら、短くそう呟いた。やれやれ、と言いながらパイプを吹かす。 パイプの煙が天井に届くのをぼぅっと見る。 「まあせいぜい元気でやれよ。デル公」 店主は何とも言い知れぬ静けさに、そんな言葉をつぶやいた。 店を出てから、ルイズはずっと機嫌が悪かった。官兵衛が理由を問えば。 「本当にそんなので良かったの?」 と、剣についての文句しか言わなかった。 町に繰り出したは良いものの、さび付いた剣一本しか手にはいらなかった事が余程腹に据えかねたのだろう。 「思ったより丈夫そうだ。剣として使う分には問題ないだろう」 「同じ剣でも喋らないのが沢山有るじゃない、なんでわざわざそれにしたのよ。」 加えて、インテリジェンスソードなどという迷惑な代物であった事も一因していた。 「喋るからいいんだろうが。こいつなら色々情報を持ってるかも知れんしな」 「ふ~んそう」 官兵衛の言葉に、ルイズは心底つまらなそうであった。 二人がそんな会話をしながらブルドンネ街を練り歩いていた、その時であった。 「あれ、なんの人だかりかしら?」 ルイズが通りの正面を指差した。官兵衛もそちらを見る。 すると、そこにはおびただしい数の人々が何かを囲んでいるのが見えた。 このまま行くと間違いなくあの群衆にぶつかるだろう。しかし通りの人の流れは激しく、回り道をしている余裕などない。 ルイズ達は仕方なく、前へ前へと進んでいった。 「ええい、見世物ではない!散った散った」 ざわめきに混じって衛士が怒号を飛ばしているのが聞こえる。 そして人ごみの隙間から、衛士達が木でできた担架で、布に包まれた何かを運んでいくのが見えた。 一体何なのかと、一番後ろに並んだ男性に話を聞く。すると、驚くべき答えが返ってきた。 「ああ、メイジの死体が出たんだとさ」 男性はルイズに答える。その言葉にルイズは息をのんだ。 「死体って、殺されたの?」 「どうやらそうらしいな。今月に入って二件目だとさ、ひでぇ話だ」 あまりに物騒な話に、ルイズは顔色を変えた。 「なんだってメイジが殺されるんだ?この世界じゃ貴族を手にかけるなんざ重罪じゃないのか?」 官兵衛がルイズに問う。 もちろん貴族でなくとも殺人は重罪である。 しかし官兵衛は、この世界の頂点に君臨する貴族がなぜ殺されたのか疑問に思ったのだった。 「わからないわ。今回殺されたのは貴族なの?」 ルイズが再び男に話を聴いた。 「いいや、貴族じゃない。身元知れずのメイジさ」 成程、確かに殺されたのが貴族であったのなら、このような騒ぎでは済まない筈だ。 しかし、官兵衛は男の答えに疑問符を浮かべた。 「メイジが全員貴族なわけじゃないのか」 「そうね。メイジにも色々あって傭兵に身をやつしたり、泥棒になったりするケースがあるわ。 貴族は全員がメイジだけど、メイジ全員が貴族じゃあないのよ。それにしても――」 官兵衛の問いに答えた後、ルイズは考え込んだ。 「メイジが立て続けに二人も殺害されるなんて、いったいどうしてかしら?」 メイジ同士のいざこざであろうか。 身元不明のメイジであれば大方盗人の類であろう。つまりは、裏社会の事情によるものかも知れない。 もしそうであれば、自分たちには関わりの無い事だ。ルイズはそう思った。しかし、彼女は何かが引っ掛かっていた。 現場処理が終わり、人の群れがまばらになってきた所で、官兵衛とルイズはようやく歩き出した。 「はぁ、大分遅くなっちゃったわね。帰りましょう」 「おう」 二人は馬を預けている駅へと向かった。 ルイズと官兵衛は、馬で約三時間の道のりを走り、学園へ戻ってきた。 その頃にはすでに日が落ち、辺りには夜の帳が降りていた。 官兵衛はまずルイズの部屋に戻るなり、デルフリンガーを鞘から出して会話を始めた。 彼がデルフを選んだ理由は主に二つ。一つは勿論武器としての役割。もう一つは情報収集であった。 こちらに来てからまだ一週間。官兵衛は、この世界の世情について疎い部分が多くあった。 勿論シエスタ達との会話や、日ごろの授業から情報を得ている。 しかしながら、それらの情報源だけでは得られるものに限りがあった。 図書館の利用も考えたが、そこは貴族専用で自分のような平民は入る事すら許されない。 そんな時、彼はデルフリンガーを見つけたのである。 トリステイン中心部の武器屋に眠っていた、意志を持った魔剣。何かしらの情報が得られると官兵衛は踏んでいた。 彼は日本に帰る為にも、一つでも多くの情報を欲したのであった。しかし―― 「なぜじゃあああああああっ!」 「まあまあそう騒ぐなって相棒」 「誰が相棒じゃ!」 またしても切ない叫び声が夜空に響いた。頭を抱え、その場にうずくまる官兵衛。 「おいおいどうしたってんだよ相棒。そりゃたしかに俺様は忘れっぽい。長い間眠ってたからな、うん。 でもそれがどうした?それを差し引いても俺様はそこらの名剣に劣らないぜ。後悔させねえ、絶対」 「後悔だらけだこの錆び錆び!何聞いても忘れた、知らねぇだの、お前さんを買った意味が半分無いじゃないか!」 「よくわかんねぇが、半分あるならいいじゃねぇか。仲良くやろうぜ」 官兵衛はガックリと肩を落とした。官兵衛は肝心の情報を、デルフリンガーから全く得られなかったのだ。 忘れっぽいと言うことは思い出す可能性も無きにしも非ず。だが、今のところそれには期待できそうになかった。 「だから言ったじゃない。もっと普通の剣にしときなさいって。」 ベッドに腰掛けたルイズが頬を膨らませてそう言う。 と、その時であった。 「はーい!ダーリン!」 キュルケが突如、ルイズの部屋のドアをこじ開けて現れた。官兵衛を見るや否や抱きつく。 そして後から、青い髪の少女が本を読みながら入ってきて、ちょこんと官兵衛の隣に座った。 「ちょっとツェルプストー!何勝手に人の部屋に入ってきてるのよ!」 ルイズが立ち上がり、がなり立てる。それに対して、ルイズに今やっと気がついたかのようにキュルケはニッコリ笑う。 「あらルイズこんばんは。生憎だけど今日は貴方に用は無いの。私はダーリンに用があって来たのよ。ねっ、ダーリン」 「だ、だありん?よく分からんが小生に何の用だ?」 官兵衛がおずおずとキュルケに尋ねる。 しかし、昨日の今日で随分なアプローチの仕方だ。恋のためならどこへだろうと現れる。他人の部屋だろうとこじ開ける。 これがツェルプストー流の恋の方法だとしたら、本当にとんでもない家系だ。 官兵衛は、二の腕に押し付けられる胸の感触に苛まれながら、そう考えた。 キュルケがシャツをめくり上げ、スカートの中から何かを取り出した。それは一冊の本であった。 頑丈そうなカバーに包まれ、丁寧に鍵まで掛けられている。随分と重要そうな書物だった。 「これをね、ダーリンに・あ・げ・る」 キュルケが色気たっぷりに、その本を手の中に包ませた。 「な、なんだコイツは?」 「フフ、これはね、『召喚されし書物』って言う代物なの。我がツェルプストー家に伝わる家宝よ」 「何!召喚された書物!?」 官兵衛が驚愕し、手の中の本を見やる。 「そうよ。もしかしたらダーリンの助けになればいいなって。私からのささやかな贈り物よ」 バッと頭上に書物を掲げる官兵衛。目を輝かせ、彼は肩を震わせた。 もしこの書物が日本から、いや官兵衛の世界から召喚された物なら、大きな手がかりであった。 彼が元の世界に帰るための、これ以上ない程の。 「どういうつもりよキュルケ」 「あら、貴方こそ。ダーリンに剣なんかプレゼントしちゃって」 「何よ、使い魔に最低限必要なものを買い与えるのは、主人である私の務めよ」 「必要なものねぇ」 キュルケがチラリと官兵衛の横に置かれた、錆び付いた剣を見やった。ぷっと吹き出しながらルイズに向き直り。 「大方お金が足りなくてあんなものしか買ってあげられなかったんじゃあないの?」 「違うわ!カンベエがあれでいいって言ったのよ!必要なら私がもっと立派な剣を買ってあげたわよ」 「あら、それはダーリンが気を使ったのでなくて?お金の無い貴方に。 まったく使い魔にお金の心配をされるなんて、主人として情けないわね?」 ルイズの眉が釣りあがった。握り締めた拳がわなわなと震え出す。 と、突如ルイズは官兵衛の持つ本をバッと取り上げた。 オイ!と官兵衛が抗議する間もなく、ルイズは本をキュルケに突っ返した。 「いらないわよこんなもん!」 「それは私がダーリンにあげたの。貴方にあげたんじゃないわ」 「使い魔の物は私の物。私の物は私の物よ!あんたからは砂粒ひとつだって恵んで欲しくないんだから」 官兵衛が横でふざけんな!と抗議するが聞く耳持たずである。 「全く、こんなんじゃダーリンが可哀想よ。 彼は貴方の使い魔かもしれないけど、意志だってあるのよ?そこを尊重してあげなさいな」 そうだぞ!と官兵衛が繰り返す。キュルケが再び官兵衛に寄り添った。 「ねぇダーリン、こんな自分勝手なルイズより私のほうがいいわよね?私なら貴方に何だって望むものを与えられるわ。 勿論、貴方を送り帰す方法だって」 キュルケの言葉に官兵衛はハッとして、彼女を見やった。 何故それを知ってるんだ、と言葉が出かかったが、フレイムとの感覚共有のことを思い返し口を閉ざした。 「何よ余計なお世話よ!それにこいつを送り帰すのは主人である私の勤めよ!ゲルマニアで相手にされなくなったからって、 トリステインに越してきた色ボケは引っ込んでなさい!」 「言ってくれるじゃない……」 キュルケの目が据わった。ルイズが勝ち誇ったように言う。 「何よ、本当の事じゃない」 二人の視線がバチバチと火花を散らした。二人が同時に杖に手を掛けた。 すると、それまでじっと本を読んでいた青髪の少女が、すっと杖を振るった。つむじ風が舞い上がり、二人の手から杖を吹き飛ばした。 「室内」 表情を変えず、少女が淡々といった。おそらくはここで杖を抜くのが危険だと言いたいのだろう。 「なにこの子、さっきからいるけど」 「あたしの友達よ。タバサっていうの」 タバサは再び座り込むと、官兵衛のとなりで相も変わらず本のページをめくり始めた。 官兵衛はタバサを見やる。年の程は13~4程だろうか。赤い縁の眼鏡を掛けた、幼そうな顔立ちの少女であった。 官兵衛の視線を気にも留めず、彼女は淡々と読書をしている。 「(随分無口な娘っ子だ、だが――)」 官兵衛はこの少女の立ち振舞いに違和感を感じていた。そう、何者をも寄せ付けない雰囲気。 彼が日ノ本で幾度と無く感じた、あの冷たい気配。例えるなら、豊臣秀吉の左腕として活躍していた男、石田三成。 それを思い出させた。 ふと、タバサがこちらを向いた。それに対して慌てて目を逸らす官兵衛。 「(気のせいか……)」 見ればまだ表情あどけない少女である。自分の感じた違和感は気のせいだろう。そう思うことにした。 「止めなくていいの?」 「えっ?」 タバサがすっと前を指した。見るとそこには、怒りをむき出しにして睨み合う二人の少女がいた。 「「決闘よ!」」 二人が同時に叫んだ。 「おいおい何言い出すんだお前さん達――」 「「カンベエ(ダーリン)は黙ってて!」」 二人の少女、いや鬼女に凄まれて官兵衛はすごすごと引き下がった。 「いいこと?勝ったほうがダーリンにプレゼントを贈るのよ!」 「上等よ!絶対負けないんだから!」 女同士の決戦の火蓋が切って落とされた。 「でだ……何で小生がこうなるんだあぁぁぁぁっ!」 官兵衛は気がつくと、学園内の本塔の上からロープで吊るされていた 先程部屋で急に眠くなり、意識が無くなり、気がついたらこのザマであった。恐らくは魔法で眠らされたのだろう。 自分の遥か下に地面が見える。そこは学院の中庭であり、キュルケとルイズが官兵衛を見据えて立っていた。 そして上空には巨大な竜が舞っているのが見えた。タバサの使い魔のシルフィードであった。 彼女は、シルフィードに乗りながら吊るされた官兵衛の真上を旋回していた。官兵衛の落下に備えてである。 「いいこと?先にロープを切ってカンベエを落とした方が勝ちよ」 「わかったわ」 キュルケとルイズが杖を構えた。 「いやいやお前さん達。決闘したい理由は分かった、譲れない訳がある事も。でもな、こんな形で小生を巻き込むなっ!」 官兵衛が精一杯叫ぶも、皆どこ吹く風であった。 「降ろせ!降ろしやがれ!」 「ハァーイ!待っててダーリン。今私が降ろしてあげるわ!」 キュルケが官兵衛に目配せする。 「ちょっとキュルケ!先攻は私よ!」 ルイズが杖を構えながら言う。 「わかってるわよ、ヴァリエール」 ルイズは官兵衛が吊るされたロープを慎重に見やった。 風によって左右にゆらゆら揺られるロープを切るには、最適な魔法は何であろうか。 いや、最適な魔法以前に自分が魔法を成功させられるのだろうか? ルイズは考えた、しかし考えるだけでは埒があかない。 ルイズは意を決すると、慎重に詠唱を始めた。呪文が完成し、杖をロープ目掛けて振るう。 「(あたって!)」 ルイズは祈った。だがしかし、どおんと爆発の音が響き渡った。 見るとルイズの狙いは外れ、本塔の壁に大きな亀裂が走っただけであった。 キュルケが壁を指差しながら笑う。 「あっはっは!ルイズ!貴方ってば本当に爆発しか起こせないんだから」 ルイズが悔しさに唇を噛み締めた。 「じゃあ次はあたしの番ね」 そう言うと、キュルケが余裕たっぷりに前へ進み出た。 そのまま手馴れた様子で詠唱を始める。すると、杖の先に徐々に炎が集まり、30サント程の炎の塊となった。 膨れ上がった炎をロープ目掛けて放つ。そして、ボッという一瞬の音と共にロープに命中した。 「やったわ!」 キュルケが喜びの声を上げる。ルイズはそれを歯噛みしながら見ていた。 炎が命中した部分のロープが一瞬で炭化する。そのまま重力に従い、官兵衛は真っ逆さまに地面へと落下していった。 「うおぉぉぉぉっ!」 風竜に乗ったままタバサが急降下し、即座に官兵衛に『レビテーション』の魔法を唱える。 と、官兵衛の身体は空中で一瞬止まり、徐々に地面に降りていった。 「くそっ!お前ら、あとで覚えてろよ!」 地面に無事着地した官兵衛は、忌まわしげにそう言った。 と、その時であった。 「ちょっと!何あれ!」 キュルケが官兵衛とは反対側の方角を指差した。即座にルイズが振り向く。タバサの視線が鋭く捕らえる。 官兵衛が驚愕に目を見開いた。 彼らが見る方向、そこには見るも巨大な影が、地鳴りとともに形成されていく光景が映っていた。 見る見るうちに隆起し、巨大な人型を形作る。やがて影は、30メイルはあろうかという高さにまで成長した。 それは非常に巨大な、土で形作られたゴーレムであった。 「ゴーレム!」 ルイズが叫んだ。それと同時に、ずしん!と辺りに振動が走る。巨大な人型がゆっくりと、その歩みを始めた。 そしてその歩みは、着実に本塔の壁に入った亀裂へと進んでいた。 「おいおい!冗談じゃないぞ」 未だ縛られて動けない官兵衛の元に、巨大な塊がゆっくりと迫ってきていた。 「おい誰か!こいつを解いてくれっ!」 官兵衛が叫ぶも、その声を誰も聞いてはいない。 キュルケは足早に逃げて行ってしまった。タバサは空に見当たらない。しかし、ルイズは。 「ちょっと!何で縛られたままなのよ!」 いち早く官兵衛の元へと駆けつけた。 「お前さんらのせいだよ!」 相も変わらず理不尽な主人に抗議しながら、官兵衛は迫ってくる巨大な塊を見やった。 「こいつはまさか、メイジが動かしてるのか?」 「そうよ!あの大きさ、少なく見積もってもトライアングルクラスのメイジの仕業ね。 ってそんな事より何で解けないのよっ!」 ルイズが焦りながら言う。ずしいん!とより近くで振動が走った。ゴーレムはもう目と鼻の先に接近してきていた。 そして、とうとうルイズと官兵衛の上に影がかかった。ゴーレムがゆっくりと片足を上げた。 「お前さん!逃げろ!小生なら大丈夫だ!」 「いやよ!使い魔を見捨てるメイジなんてメイジじゃないわ!」 ゴーレムの足が上から迫る。天が落ちてくるようなその迫力に、官兵衛とルイズは成すすべなく頭を伏せた。 と、突如二人の間に風が吹きぬけた。体が持ち上がり、上昇する感覚に二人は頭を上げた。 「タバサ!」 気付くと、二人はタバサの操る風竜の背中に居た。間一髪でタバサが使い魔を降下させ、二人を救い出したのだ。 「ありがとう!助かったわ」 ルイズが礼を言う。タバサは短く頷くと、ゴーレムに目をやった。 ゴーレムは亀裂が入った本塔の壁の前に立っていた。 ゴーレムはゆっくりと拳を構えると、その拳を目一杯強く本塔の亀裂に叩き付けた。拳が衝突の瞬間、鋼鉄に変化する。 どおん!と凄まじい衝撃が、本塔全体に広がった。亀裂の入った壁は耐えられず、ガラガラと無残に崩れ落ちた。 「いったい何なのあのゴーレム!本塔の壁が粉々じゃない!確かあの場所って――」 ルイズが動揺しながら言おうとした言葉を、タバサが短く引き取った。 「宝物庫」 と、突如壊れた壁の中から、黒いローブにフードを被った人影が現れた。 腕に何か筒状の物を抱えており、それを持ったままゴーレムの肩に飛び乗った。 「あの人影!あれがゴーレムを操っているメイジね」 ルイズが言うと、それを証明するかのように人影が杖を振るった。 すると、ゴーレムは足早にその場から逃げるように移動し出した。そのまま城壁を跨ぎ、森の方へと歩き出す。 「逃がしちゃダメ!あいつ、今何かを抱えてた。きっと宝物庫から盗み出したのよ」 そのまま風竜で追跡を始めるルイズ達。しかし―― 「あれ?」 突如、森に入る手前でゴーレムがぐしゃりと崩れたではないか。 「一体どうしたのかしら?メイジは?」 ゴーレムだった土山の上を、風竜で旋回する。しかし、あたりに人影らしい人影は無い。 「どうなってるの?」 「消えた」 タバサが短く呟く。 ルイズが目を凝らしながら辺りを見回すも、無駄であった。 「まんまと出し抜かれたな」 官兵衛が未だ縛られたままで言った。ルイズが悔しそうに口元を歪ませた。 翌朝、大騒ぎする教師達は、宝物庫に空けられた巨穴をあんぐりとしながら眺めていた。 そして次に、宝物庫の壁に書かれたメッセージに憤慨していた。 壁に書かれたメッセージはこうであった。 『破壊の杖、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』 前ページ次ページ暗の使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6979.html
「BIOSHOCK」よりビッグダディ(バウンサー型)と無線機が召喚される話 プロローグ chapter01 chapter02 chapter03 chapter04