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「オレは、姫のしあわせを守るのも、近衛隊長の仕事だと思うんだがな」 ラプソーンを倒し、皆がそれぞれの生活に戻ってから三カ月が経った。 明日は、ミーティア姫と、あのチャゴス王子との結婚式。 ククールは、さっきからエイトに結婚式をぶち壊すようにけしかけている。 でもエイトは首を縦には振らない。ミーティア姫のことだけじゃなく、自分を今まで育ててくれたトロデ王や、トロデーンの人達のことを思ってしまって動けないでいる。エイトはそういう人。 「・・・わかった。お前がどうしても動かないっていうなら、オレがやる。明日、姫様を大聖堂からさらって逃げる」 ククールのその言葉に、私は心臓が止まるかと思った。 「よく考えたら、近衛隊長なんて肩書背負っちまったお前と違って、オレは騎士団を抜けた身軽な体だしな。最初からオレがやるべきだった。じゃあ、そういうことで。無理言って悪かったな」 そう言ってククールは宿屋を出ていってしまう。 唖然としているエイトとヤンガスを残して、私は彼の後を追う。 さっきの言葉を、本気で言っているのかどうか確かめたかった。 ククールはすぐに見つかった。彼はとても目立つから。階段の途中に立って大聖堂を見上げていた。 「ゼシカ? お前、女の子がこんな時間に一人で出歩くなよ。・・・って、何かこういうセリフ、もうそろそろ言い飽きたな」 私の気配に気づいたククールは振り返って、呆れたように言う。 その響きがカンに障った私は、つい声を荒げてしまう。 「だったら、言わなきゃいいじゃない! そうやって保護者ヅラしないでよ。私、ククールのこと兄さんみたいだなんて思ったこと、一度もないんだからね!」 ククールは私の顔をしばらくジッと見つめてて、それからちょっと寂しげに笑った。 「そうだな。ゼシカの兄貴はサーベルト一人で充分だよな。前に言ったあの言葉、取り消すよ。変なこと言って悪かった」 ・・・違う。違わないけど、違うの。こんな言い方したいんじゃない。だけど、訂正するよりも先に、訊きたいことがある。 「さっきの話、本気で言ってたの?」 今の私には、他のことを考える余裕はない。 「ククールは、ミーティア姫のこと、どう思ってるの?」 「そりゃあ、姫様は美人で可愛くて、健気だからな。幸せになってほしいと思ってるよ。あんなチャゴスなんかにくれてやるのは、もったいなさすぎる」 「愛してる、わけじゃないの?」 「そう訊かれると、違うっていうしかないな」 ククールはあっさりと言い放つ。 「そんな軽い気持ちでよくあんなこと言えたわね。もし捕まったら、きっと死罪よ。あんた一人の問題じゃなくて、いろんな人に迷惑がかかるのよ。同情でそうするんだったら、無責任すぎるわよ」 「同情で何が悪い?」 刺すようなククールの言葉の響きに、私は何も言えなくなった。 「同情でも何でも、助けが必要な時は誰にだってあると思うぜ」 それはわかるわ。でも私が言いたいのはそんなことじゃない。 「それに、捕まるようなヘマはしないさ。ゼシカも知ってるだろうけど、花嫁っていうのは父親にエスコートされて、外から入場する。その時に乱入してルーラを使えばいい。 行き先は、そうだな。レティシアあたりがいいか。普通の奴らは追ってこられないし、あそこの服装はオレ好みでもあるしな」 ・・・確かに、そのやり方ならうまくいきそうだわ。 わかってる、ククールは勝てない勝負は決してしない人。成功するとわかってるから、あんなこと言い出したんだって。 「あとは、あの時のパーティーメンバーが見逃してくれれば、それでOKだ。それともゼシカ、オレたちをチャゴスの奴に売ってみるか?」 私は一瞬で頭に血が昇った。 「バカにしないで!」 ククールを殴ろうとするが、あっさりとかわされてしまう。 「危ねえな、こんなところで暴れるなよ。悪かった、冗談だって。そういうことする奴は一人もいないって信じてるよ。そうでなきゃ、こんなにペラペラ喋るかよ」 冗談だっていうのは、もちろんわかってる。でも私にとっては冗談じゃすまない。私、ミーティア姫に嫉妬してる。旅をしている間、私だけに差し出されていた手が、今度はミーティア姫に伸ばされる。 私と同じだけククールと旅をして、彼が本当に優しい人だってこと、ミーティア姫はきっとちゃんとわかってる。始めはエイトのことを想っていても、いつかはククールの事を愛するようになるかもしれない。そして、ククールはそんなミーティア姫を決して裏切ったりしない。 私は自信がない。そうなった時に、ククールが言ったように、醜い感情にかられてチャゴス王子に二人を売らないなんて言い切れない! 好きなのよ。私はククールを愛してるのに! 私はバカだ。どうしてもっと早く気づかなかったんだろう。 会えなくなって初めて自分の気持ちに気が付いて、何度もククールに会いに行こうと思った。でもククールが私を守ってくれていたのは、世話の焼ける妹を見るような気持ちだったんだって知らされて、どうしても訪ねてなんていけなかった。 だけど、こうしてミーティア姫の護衛の同行を頼まれて、また会えるんだと思ったら、その前にこの気持ちに決着をつけたいと思った。妹じゃイヤだって。ククールのこと、お兄さんだなんて思えない。男の人として好きなのって、そう伝えたかった。 だから覚悟を決めてドニの町まで会いに行ったのに、その時ククールは出かけていて会えなくて。しかも、それを教えてくれたのが、ククールと今お付き合いしてるっていう踊り子さんで、ククールは今、その人の部屋で寝泊まりしてるってことまで教えてくれた。 確かにショックだったけど、私にそれを、どうこう言う権利はないのはわかってる。 だけど、それならどうして女の人をもう一人連れてきたりするの? それって二人ともに対して失礼じゃないの? ・・・でもそういうククールを最低だと思うのに、どうしても嫌いになれない。やっぱり好き。自分でもバカだと思うけど、どうにもならない。 花嫁強奪。それも一国の王女を一国の王子から奪うなんて危ないこと、してほしくない。 今よりも遠くには行かないでほしい。 でも言えない、どうしても。私は意気地無しだ。拒絶されて傷つくのが怖いのよ。 そして運命の夜が明けた。 ククールとヤンガスが起き上がって出て行くのがわかったけど、私はそのまま寝たふりをしていた。何となく、ククールと顔を合わせたくなかったから。 エイトは、まだ目を覚ます気配はない。一晩中ベッドに腰掛けて考えこんでたみたいだから無理ないけど。 でも私なんて横になってても眠れなくて、そのまま朝になっちゃったっていうのに、こうやって最終的に寝てるエイトも、やっぱりよくわかんない。 旅の間は、どこでも、どんな状況でも熟睡してる姿を頼もしいと思うこともあったけど、呑気者なだけなのかも。 そもそも、エイトが自分でミーティア姫をさらってくれれば、ククールが代わりにやろうなんて言い出さなくて済んだのに。その辺り、わかってるのかしら。 ・・・ごめんね、エイト。今のは八つ当たり。相手は仕えてるお城のお姫様だもんね。そんなこと簡単にできるはずないよね。 『好き』って一言さえ言えない私に、そんなこと思う資格なかったわ。 そろそろ結婚式が始まってしまう。エイトはまだ眠ってるけど、私もとりあえず宿屋を出た。 大階段の下で、ククールとヤンガスが何か相談してるらしき雰囲気。本当にミーティア姫をさらって逃げるつもりなのかしら。 そう思って見ていたら、いきなりヤンガスがククールの向こう脛を蹴飛ばした。遠目に見ても、すごく痛そう。 「一応これで勘弁してやる。今度はちゃんとやれよ」 私が近づくと、珍しくヤンガスが真面目な口調でククールに言っているのが聞こえた。 「じゃあ、アッシはエイトの兄貴を呼んでくるでげす。あ、ゼシカの姉ちゃん、おはようでがす」 ヤンガスは普通に私に朝の挨拶をして、宿屋へと歩いていった。 「何やってたの?」 私が訊いてもククールは何事もなかったような顔をする。痛む足はおさえてるくせにね。 「いや、別に何も」 そうやって、私はいつも仲間外れ。何よ、いいわよ、もう。 ・・・ククールを止めるなら今が最後のチャンスなのよね。でも何て言えばいいの? 私は散々助けてもらっておいて、ミーティア姫を助けるのはやめてって? 言えるわけないじゃない、そんなこと。 エイトが起き出してきた。もう結婚式は始まってしまっている。 「あんだけ人が多けりゃよ、どさくさにまぎれて、何かやらかしても大丈夫なんじゃねーかな」 ククールはあっさりと言う。人が多いとか少ないとか、そういう問題じゃないと思うわ。 「ミーティア姫様もガンコよね。いくら先代の約束でも、イヤなら、やめればいいのに・・・」 ・・・イヤだ、こんな自分勝手なこと言うの。だけど思っちゃうのよ、どうしても。こんな結婚無かったことにしてくれれば、ククールだって無茶なことしなくて済むのにって。 「一国の姫君ともなると、そういうわけにも、いかないのかな?」 フォローの言葉のつもりで付け足したけど、だからって私の醜い感情が消えてくれるわけじゃない。 「あとオレたちは仲間だ。お前が何かするつもりなら、ちからを貸すぜ」 ククールの言葉に、それまでうつむき加減だったエイトが顔を上げた。その目には輝きが戻っている。 「ほら、行ってこい。姫様が待ってるぜ」 ククールに背を押され、エイトは弾かれたように階段を駆け上がっていった。 「はあ~っ、やっと行ったか。全く世話の焼けるヤツだぜ」 エイトの背中を見送るククールの目は、とっても優しかった。でも何だか、もう自分の役目は全部終わったって感じ。 「・・・ククールは、行かないの?」 「何で、オレが?」 「何でって、昨夜言ってたじゃない。ミーティア姫をさらって逃げるって」 「その時ちゃんと言ったろ? エイトが動かないならオレがやるって。あいつが自分でやるなら、オレの出る幕じゃないさ」 ・・・何よ、それ。要するにエイトにハッパかけただけってこと? 「ま、エイトが最後まで渋るようなら、姫様をさらった後にエイトのヤツもぶん殴って、レティシアに強制連行するつもりだったけどな」 ・・・やりかねないわ、この人なら。でもこんなこと言ったって、多分ククールは信じてたと思う。エイトが自分の意志でミーティア姫を迎えに行くこと。 だけどどっちにしても、エイトとミーティア姫を結び付けるつもりだったってことで、自分が姫と暮らすつもりは無かったってことよね。私一人でヤキモキしてバカみたい。 「でも退路は確保してやらないとな。大聖堂の警護の騎士団員は腕の立つヤツが揃ってそうだしな」 そうね。私、自分のことばかりで、エイトのこともミーティア姫のこともちゃんと心配してあげられなかった。そのお詫びをしなくちゃ。 それに、煉獄島に押し込められたお返しをするチャンスでもあるんだわ。 「ゼシカ、手加減て言葉知ってるよな?」 またククールが見透かしたようなことを言ってきた。 「失礼ね、当たり前でしょ」 ・・・ベギラマくらいはいいかなって思ってたけど、メラで勘弁してあげるわ。 エイトが大聖堂に乗り込むより先に、ミーティア姫とトロデ王は式場から逃げ出していた。 一国の主としては間違った行動かもしれないけど何だか嬉しい。土壇場で自分の気持ちに正直になってくれたミーティア姫も、王であることよりも娘の幸せを願う父親であってくれたトロデ王も。 騎士団員たちを蹴散らした私たちは、エイトたちが乗っている馬車が見えなくなるまで、その姿を見送った。 また私たちは解散して、それぞれの生活に戻る。そして・・・。 そして? それでいいの? エイトたちは国同士の結婚をぶち壊してまで、自分たちの想いを貫いたのよ? 私には失うものなんて何もないのに、何をためらってるの? 「ククール~! 見てたわよ、すごくカッコ良かったー!」 私がやっとの思いで絞り出そうとした声は、バニーさんの声であっさり遮られた。 「エイトさんに会わせてくれてありがと。でもお姫様と駆け落ちしちゃうんだもの、つまんない。ねえ、そっちの丸くてワイルドなお兄さん。あたしのヤケ酒に付き合ってくれない? 一人で飲むのは寂しいの。でも飲むだけよ、パフパフとかはナシよ」 「アッシの場合はヤケ酒じゃなくて祝い酒でがすが、それで良ければ付き合うでがす」 意外なほとアッサリとお誘いを受けたヤンガスは、ククールを上目使いで睨んで言った。 「さっきの話、覚えてるな? これ以上ゴチャゴチャしてると・・・」 「わかってるって。今度は大丈夫だ、ちゃんと言う。もう蹴られるのはゴメンだしな」 何? 言わないと蹴られる言葉? ヤンガスは今度は私の方を向く。 「いいでがすか、ゼシカの姉ちゃん。ククールに泣かされるようなことがあったら、すぐにアッシに言ってくるでげすよ」 「うるせえよ、いいからサッサと行け」 ククールが追い払うような仕草を見せる。私は全然ついていけない。 「じゃあね~、ククール~」 ヤンガスとバニーさんは、キメラのつばさを使ってどこかへ飛んでいってしまった。 「ほんとにそのお嬢様、強いんだ」 今度は踊り子さんが声をかけてきた。 ・・・この二人は今、一緒に暮らしてるのよね。ってことは、この場のお邪魔虫は私ってことで、私がどこかに消えた方がいいのよね。 「いいよ。もうこれで許してあげる。お嬢様、ククールのことよろしくね。ククール、このコのことまで泣かせたら、承知しないんだから」 ・・・えっ? ククールが申し訳なさそうにうなだれる。 「ああ、わかってる。本当に・・・」 「ゴメンなんて言ったら、別れてやらないよ」 「・・・ありがとう」 「そう、それでいいの。じゃあね、二人とも、お幸せに」 そう言って踊り子さんも、キメラのつばさでとんでいってしまう。 「とりあえず、オレたちも移動しよう。騎士団員たちが追ってきたら面倒だ」 そしてククールはルーラの呪文を唱えた。 着いたのはリーザス村の入り口。私の頭は本当に置いてけぼりで、何がおこってるのか考えが追いつかない。 「ゼシカ・・・」 ククールの手が、私の前髪を掻き上げる。そこまでは三カ月前の別れの時と同じ。 でも、今ククールの唇が重なっているのは額じゃなくて、私の唇。 「・・・愛してる」 今、何がおきてるの? 「今までごめん。オレは本当に意気地無しで、ゼシカに悲しい思いさせてきた。でももう逃げない、約束する。ようやく勇気が持てた、自分の気持ちに嘘はつかない。許してくれるのなら、ゼシカとずっと一緒に生きていきたい」 ククールの目はとても真剣で・・・でも、私はすぐには信じられない。 「だって・・・じゃあ、なんで女のひと二人も連れてきたりするの? それでそんなこと言われたって、信じられないわよ」 ククールはちょっと目を泳がせて、それからようやく聞き取れるような声でボソリと呟いた。 「断れなかったんだ・・・」 ・・・何だか、急に納得いってしまった。 「・・・そうよね。ククールって、意外と押しに弱くて、頼まれたらイヤって言えないところあるわよね」 エイトの寄り道も、文句言いながら全部付き合わされてたものね。 「ん、まあ、そうなんだけど・・・。ほんとゴメン。なんていうか、こんな情けないヤツで。多分この先、いろいろガッカリさせることあると思うけど、出来るだけ直すようにするから」 「・・・知ってるわ。他の人の為だと大胆だけど、自分のことになると結構臆病なところあるのよね」 でもそれは誰でも同じ。私だってそうだったもの。 「嘘つきなのも、見えっ張りなのも、意地悪なのも、単純なところあるのも、お調子者だったりするのも、全部知ってるわ」 それをうまく隠せてると思ってるあたりが、またマヌケなのよ。 「クールぶってるのがカッコいいって勘違いしてるところや、見た目は大人っぽいけど中身は子供なところも、全部知ってるわよ。今さら何を見たってガッカリなんてするわけないじゃない」 ククールはガックリと肩を落としてしまった。 「前からそうじゃないかと思ってたけど、ゼシカ、男の趣味悪いんじゃないか? どこがいいんだよ、こんなヤツ」 もうダメ、なんてカワイイ人なの! 好きになる以外、どうしようもないじゃないの。 「そういうとこ、全部よ!」 いろいろ言いたいこともあるけど、今はいいわ、全部許せちゃう。 我慢できなくて、ククールに抱き着いた。ククールもちゃんと抱き返してくれる。 「信じられないかもしれないけど、ほんとにずっとゼシカだけ見てた」 「知ってたわ・・・ずっと」 そうよ、気づいてなかってけど知っていた。ククールがどんなに私を優しく見ていてくれたか。だから私は自分の信じた道を進むことが出来た。 「愛してる」 声と身体の振動で二重に伝わる言葉。今度こそ本当に信じられる。 「私も、愛してる」 ようやく素直に伝えられた言葉。幸せすぎて怖いくらい。 また仲間たちは解散して、それぞれの暮らしに戻って、そして・・・。 そしてその後はこう続くのよ。 二人はいつまでも、仲良く幸せに暮らしましたって! <終> そして-前編
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どうしていままでわからなかった? ――…ちくり。 胸をさす小さなトゲに気づいたのは、あの不思議な泉へ行ってから。 泉の水の効果で、一時的に呪いのとけたミーティア姫は、その限られた時間のすべてでエイトと話をすることを望んだ。 エイトと話をするミーティア姫は、とてもうれしそうに笑って、きらきらしてて。 エイトは、姫さまの望みを叶えてやることにひたすら一生懸命で。失われた時間を取り戻すように。 ふたりは話す。 ああよかった、と安心する傍ら、私のなかで次第に大きくなってゆく、この痛みはなんなの? ―――いいえ、私、ほんとはこの気持ちがなんなのか知ってる。たった今気づいたばかりだけどね、 自嘲気味に鼻で ふ、と笑ったあと、ゼシカは遠くでなおも楽しそうに会話しているエイトとミーティアに背を向けた。 …バカじゃないの、 そう、小さくつぶやいてうつむいた。 今ごろ気づくなんてね。 …私は、エイトが好きだったのよ。 「おーーこわ、けっこうひどいこと言うんだなゼシカちゃん」 聞き覚えのある軽薄な声にゼシカはぱっと顔を上げた。 ――ククール、 こんなときに、一番会いたくない奴に会った。 「ひどい、ってどういうこと?」 言われた意味がわからずゼシカは眉をひそめてククールに訊ねた。ククールはニヤニヤと薄笑いを浮かべてゼシカをちらりと見やる。 …なによ。 その目で私を見ないで。 ゼシカはククールにまっすぐ見つめられるのが苦手だった。 幾多の女性を虜にしてきたであろう、彼の青い目。視線。そんなものに自分のペースが乱されると思うとしゃくだった。 そんな彼の視線から逃れるべく、ゼシカはぷいとそっぽを向いた。するとククールが口を開く。 「女の嫉妬は怖いねぇ」 ゼシカは、ククールの言葉をとっさには理解できなかった。 …? 一瞬の静寂のあと、言葉の意味を理解したゼシカはかっとなって手をあげた。 「ちがっ……!」 ―バカじゃないの、― あの言葉の意味は。幸せそうな二人に妬いて嘲ったわけじゃなくて。 …ただ、自分がふがいなくて。 ふと気づくと、思わず振り上げたゼシカの右手は、ククールの頬に届かぬうちに、彼の左手によって制されていた。 ――放してよ、 ゼシカは低くつぶやき、ククールをにらみつけた。ククールは相変わらず薄笑いを浮かべたままだ。 ……やだね、 そう言って彼がゼシカを見下ろすと、ふたりの視線がぶつかった。 苦手なククールの視線から逃れるべく、ゼシカは慌てて目を反らそうとした。だがその刹那、ぐっと顔を向きなおされた。 それはククールによるものだった。ゼシカの顎に彼の手が添えられている。 彼はまだ薄笑いを浮かべている。だが、その青い瞳はまっすぐにゼシカを見つめている。瞬きさえ惜しむように。 ゼシカは直感した。 奴は自分の言葉の真意を見抜きつつこんなことを言ってくるのだと。 …最低、と投げかけ、ククールをにらんだ。今度は決して彼の瞳から目を背けぬように、せいいっぱい。 「いつもこうやって女の子落としてるんでしょ?」 そう言ってゼシカは ふふ、と口元だけで笑ってみせた。 「まあね。でもゼシカは、特別」 そうさらりと言ってみせるククールに、ゼシカはあきれて顔をしかめた。 「…バッカじゃないの」 次の瞬間、ククールが放った言葉はゼシカの予想からはまったくかけ離れたものだった。 「その言葉を待ってたよ」 ――は? ゼシカはわけがわからず茫然としてしまった。そんなゼシカをよそに、ククールは言葉を続ける。 「ゼシカはさ、俺にはエイトと話すときみたいにかわい~いことは言ってくんなくてさ」 ゼシカの顔がかっ!と火をつけたように赤くなる。エイトと話していると、何だか安心して、自分らしからぬ弱気なことまで言ってしまうことは自分でも何となく自覚していた。 でも――こいつ、こんなことまで知っていたなんて! いつエイトとの会話を聞かれていたのだろう。恥ずかしくてムキになったゼシカは再び手をあげようとするが、まぁ最後まで聞け、とまたもやククールに制された。 「俺にはキツーーいことばっかり言うけど、それも含めて本音を話すだろ?」 「自分を責めるのなんかやめちまえよ。あの言葉は俺にだけ言ってればいいんだ」 ―バカじゃないの― いつも軟派なククールに対して呆れてゼシカが投げかける言葉。 「俺はいつも、君を受けとめる準備はできてるんだぜ?マイハニー」 そう笑ってククールはゼシカの肩を抱きすくめた。薄っぺらそうな響きの言葉とは裏腹に、強く。 「ちょっ………!」 ゼシカは抗議の声を上げた。が、めずらしくすぐに抵抗するのをやめ、ククールの腕のなかでぽつりとつぶやいた。 …………バカじゃないの。 その声は、心なしか震えていて、涙混じりだった。
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「内側に跳ね気味。若干癖っ毛。…いや、猫っ毛って言うべきか?」 「…何、冷静にコメント入れてんのよ」 ドルマゲスを倒す目的で集まった筈の一行は今、息抜きも兼ねて不思議な泉に来ていた。 エイトはまず馬姫ことミーティアに泉の水を飲ませ、 トロデ王はそれを微笑ましげに眺めている。 ヤンガスはそれとなく二人の様子を見ながらも、地面に座って寛いでいる。 更にその後ろで腰を掛け、解けかかっていた髪を縛り直そうと 一度髪を解いたゼシカの頭を覗き込みながら、 揶揄するような口調で独り言のように零すククールに、 間髪入れずにゼシカが突っ込んだ。 「まあ、オレとしては別に綺麗なストレートでなくても良いんだけどさ」 突っ込みも然して気にした様子も無く、 胸より下まで伸びたゼシカの長い髪の毛を梳くように撫でた。 すかさずその手の甲をゼシカがパシ、と弾き飛ばすように叩く。 「勝手に触らないでくれる?エイトにギガデインして貰うわよ?」 「おーこわ。エイトは過保護だからなあ」 両腕を広げ、おどけて肩を竦めて見せるククールを、 口に髪ゴムを銜えながらゼシカが睨み付けた。 「どういう意味よそれ。エイトに何か文句でもあるの?」 「いーや別にー」 素っ気無い扱いをされても、ククールは移動しようとはせずに そのままゼシカの斜め後ろに腰を掛け、そっぽを向いて間の抜けた声で答える。 「…あっそ。いいわよ、もう」 何処までも不真面目な態度にゼシカは呆れて嘆息し、 ククールから目を逸らして髪を結び直す。 丁度二つ良い感じに結び終えた所で、 急に後ろから「ねえ」と声を掛けられてゼシカは驚き、思わず腰を浮かせた。 「な、何よ!いきなり話しかけないでよ!」 ドキドキと早鐘を打ち始める胸を押さえて、 首だけ後ろに向け声を掛けた人物を怒鳴り付ける。 けれどそこに見えた表情は、 先程のおどけたものとうって変わって酷く真面目なものだった。 「……なによ、ククー」 「ゼシカは、エイトのことが好きなのか?」 怪訝に思って名前を呼ぶ声を遮られ、唐突に真摯な表情でそんなことを聞かれ、 ゼシカの時間は思考と共に静止した。 数秒後。漸く平静を取り戻したゼシカが口を開く。 「…ば、馬鹿言わないでよ!何であたしがエイトのことなんか…」 「お願い。ちゃんと答えて」 思わず赤くなった頬を隠すように顔を背けた所へ、ククールの顔が近づいた。 ゼシカの顔の少し右側、首筋の辺りにククールの微かな吐息が掛かり、 先程とは違う意味で心臓がドクドクと物凄い勢いで波打つ。 「…ゼシカは、エイトが好きなのか…?」 ククールはそのまま顔をゼシカの、結んだばかりの髪に近づけ、 手袋を嵌めた掌で掬うように押さえて口付けを落とす。 ゼシカは心臓のあまりに早い動きと、間近に感じる気配に眩暈を感じるも、 泉の方から「ゼシカー!ククール!」と自分達を呼ぶエイトの大きな声にハッと我に返った。 瞬間、ゼシカは傍にいたくクールの姿を極力見ないようにして 勢い良く立ちあがり、直ぐ傍の林の中へ猛スピードで逃げ込んだ。 あっと言う間に目の前から消えてしまったゼシカの後ろ姿を呆然と見送って、 ククールは「ハッ」と自嘲的な息を吐く。 どうやら自分の憶測は当たっていたらしい。 図星をさされたのが恥ずかしいからか、悔しいからかはわからないが、 話を続けるのが嫌でゼシカは逃げたのだろう。 「…やっぱり、な。想像はしていたよ」 視線を泉の方へ変えると、 ゼシカの様子を不思議に思って駆け寄って来るエイト達の姿が見える。 「……オレも逃げちまいてえ」 そんな光景を目を細めて眺めながら、周りには聞こえない小さな声でポツリ、 寂しそうに苦しそうにククールは低く呟きを零した。 林に入って少しもしない所にあった大樹に背中を預けるようにして、ゼシカは足を止めた。 ハアハアと荒い呼吸を整えながら、ずるずるとその場に崩れ落ちる。 自分の首筋に、髪の毛に、 まだククールの気配が残っているようで落ち着かなかった。 心臓はまだ頭の中に鼓動の音が聞こえる程に高鳴っているし、 火を噴いてしまいそうな程顔も、身体も熱い。 『エイトのことが好きなのか?』 ククールの真理がわからない。それでも、切なそうに、 真剣な声音で聞いて来た言葉が耳の奥に焼きついて離れなかった。 膝を抱くように蹲って、顔を伏せると酷く泣きたい気分になって、 意味もなく目元を擦った。 「…何よ。そんな所ばっかり鈍感で…馬鹿みたい」 エイトのことが好きか、なんて何処を見てそんなこと言ってんのよ。 落ち着かない呼吸の所為でうまく紡げない言葉の代わりに、心の中で毒づく。 今更、今更過ぎると自分自身に言い聞かせるように繰り返す。 じわりと目尻に濡れた気配を感じて顔を顰めたまま、 立てた自分の膝に押し付けた。 このまま一人で泣いてしまいたい。 今更ククールのことが好きなんて、口が裂けても言える訳がないのに。 un titled2 un titled3 un titled4
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ゼシカの手には杖が握られていた。 かつてはトロデーン城の最上階に封印されていた杖。 その正体は、遠い昔、神鳥レティスの力を借りた7賢者が、暗黒神ラプソーンを封印した杖だった。 その杖を手にした者は、暗黒神の意思に操られ、賢者の末裔の命を奪う為の道具となってしまう。 ゼシカの目の前にいる若者の名はチェルス。気の良い純朴な青年である彼は、自らに流れる血の尊さを知らない。 『ダメ、彼を殺しちゃダメ』 体が思い通りにならない。チェルスの背後に忍びよったゼシカは、杖を頭上高く振り上げる。 『いや、お願い、チェルス、逃げて!』 願いは虚しく、杖はチェルスの背に突き立てられる。 『イヤーッ!』 見覚えのある天井が目に映る。 ここはベルがラックのホテルの一室。 『またこの夢・・・』 汗だくになったゼシカはベッドから身を起こす。 暗くてよくわからないが、仲間を起こさずに済んだようだ。 明日(もう今日になっているかもしれないが)は聖地ゴルドで戴冠式が行われる。あのマルチェロが新しい法皇になる日だ。 ニノ大司教の事を考えると不謹慎ではあったが、決戦の前夜というのは気持ちが昂ぶるものだ。 リラックスする為にカジノで遊び、ついでに強力な装備品が手に入れられれば一石二鳥というものだ。 おかげで、ルーレットで大当たりして、いのりの指輪4つと交換できる程度には儲けた。適度に興奮して疲れて、今夜はぐっすり眠れると思っていたのに、すっかり目が覚めてしまった。 ゼシカは、杖の呪縛から解放された後、先ほどのような悪夢にうなされることが多くなった。 仲間たちに心配をかけることを怖れていたが、幸い皆、昼間の戦いで疲れきっているので、気付かれることはなかった。 ゼシカは足音を忍ばせて部屋を出る。 誰もいないところに行きたかった。決戦に備えて体力を回復しなければならないのはわかっているが、今夜はもう眠れそうにない。 ベルガラックのホテルには屋上がある。大きなバーとカジノのある街だ。夜にホテルの屋上に行く者はいないだろう。 そう思っていたのに・・・。 先客がいた。 深夜だが、隣のカジノの照明で、誰の姿かはっきりと見ることができる。 ククールだった。 どうしようかと、ゼシカが躊躇している間に、ククールの方でもゼシカに気がついた。 「ゼシカか? こんな時間にどうしたんだ?」 一人になりたくて来た場所だったが、気付かれてしまっては仕方がない。できるだけ自然な声でゼシカは答える。 「ちょっと、目が冴えちゃって・・・。ククールも?」 「オレは、ほら、星空に誘われて、さ」 相変わらず、歯の浮くようなセリフをサラッと口にする男だ。 「ゼシカも一緒にどうだい? カジノの明かりが邪魔だが、中々キレイだぜ?」 気持ちがまいってしまっているゼシカには、上手い断わり文句が思いつかない。 「そうね、いいわ」 珍しく、あっさり誘いにのってきたゼシカにちょっと拍子抜けしながらも、ククールの女性へのエスコートにぬかりはない。 「ほら、足元暗いから気をつけて」 ゼシカの手を取り、手すりに座らせる。 「美女と眺める星空は一段とキレイだな。まあ、キミの美しさには敵わないけど・・・」「・・・」 全くの無反応だった。さすがにククールも、はっきりとゼシカの様子がおかしいのに気付く。 「ゼシカ? どうした? 具合でも悪いのか?」 「何でもないわ、ちょっと疲れてるだけ。・・・ごめんなさい、一人になりたいの。私もう行くわね」 立ち上がりかけたゼシカをククールは押し止める。 「いや、いい、オレが消えるよ。気付かなくて悪かった」 「ごめんなさい・・・」 ゼシカを残して階段を降りかけたククールは、立ち止まり、少し考えた後、再びゼシカに声をかける。 「ゼシカ、ごめんな」 「えっ、何の事?」 予想外の言葉を投げかけられ、思わずゼシカは顔を上げる。 「あのクソ兄貴のせいで、投獄されたり、色々酷い目に遭わせちまって。大体、あいつがよけいなことしなけりゃ、今頃は杖を回収できて、全部丸く収まってたんだ」 『・・・違うわ・・・』 ゼシカの呟きは声にならない。 「大体、普段偉そうにしてやがるくせに、あっさり暗黒神に利用されやがって、情けないったらありゃしねえ」 「・・・ごめんなさい・・・私のせいで・・・」 ようやく搾りだされたゼシカの声は震えていた。 「私さえしっかりしてれば、こんなことにならなかったのに・・・」 「何言って・・・」 「チェルスが死んでしまったのは私のせい・・・。メディおばあさんだって、法皇様だって、私があの時・・・」 ようやくククールは、先刻の自分が口にした言葉を、ゼシカがゼシカ自身に当てはめてしまっていることに気付く。 「ごめん、ゼシカ、そんなつもりじゃ・・・。っていうか、あれはゼシカのせいなんかじゃない、そんなの当たり前だろう?」 「いいえ、私のせいよ! 私のせいで皆死んでしまったのよ! ごめんなさい・・・」 そこまでが限界だった。ゼシカは身を震わせながら、大声で泣き出してしまう。 「ゼシカ・・・」 『たまたま杖を拾ってしまったのがゼシカだっただけで、他の誰が杖に触れても同じことだった』 『ゼシカの力がなければドルマゲスを倒せなかった』 『ゼシカが操られた事で、暗黒神の目的を知ることが出来た』 かける言葉はいくらでもあった。 だが、それらの言葉が、一欠けらさえもゼシカの心を軽くすることは出来ないことがククールにはわかった。 隣に腰をおろし、そっとゼシカの肩に手を置く。 ゼシカは一瞬ビクッと震え、涙に濡れた顔をククールに向けた。 「あなたのお兄さんも・・・」 「えっ?」 「私が巻き込んだのよ・・・許して・・・」 「・・・バカ」 ククールはゼシカの身体を引き寄せ、自分の膝の上に座らせた。 「ずっと、そんな風に悩んでたのかよ」 一人になりたくて来た場所だった。だが、命を預けられる程の絆で結ばれた仲間のぬくもりは温かく、ゼシカの中で張り詰めていたものが、プツンと切れてしまった。 ククールの胸に顔をうずめ、子供のように泣きじゃくるゼシカ。 ククールも子供をあやすように、そっとゼシカの背を叩いてやる。 『ホント、バカだよな、オレ。一体今まで何見てたんだろうな』 リブルアーチでのあの事件から、何ヶ月経っただろう。 その間、誰にも打ち明けることなく、ゼシカは己を責め続けていたのだろうか。 腕の中にすっぽり入ってしまう小さな身体。 まだ少女といえる年頃の娘が、慕っていた兄を殺され、その敵討ちに故郷を飛び出す。 命がけの戦いの毎日。男ばかりのパーティーで溜まるストレス。賢者の末裔であることのプレッシャー。世界を救わなければならないという責任。 その全てがこの小さな肩にのしかかっていたのだ。潰れてしまう寸前だったのだろう。 そのことに気付いてやれなかった自分が、ククールは情けなかった。 そして同時に、この時、この場所に自分を導いてくれたことを天に感謝した。 一人になりたいとゼシカは言っていた。 一人になって泣くために? 涙を堪えるために? どちらにしろ、そんな姿を想像するだけで堪らなかった。 五分ほどもそうしていただろうか。 「あの・・・ククール?」 ゼシカがククールの腕の中でわずかにもがく。 「その・・・もう大丈夫だから」 「ああ・・・」 ククールはゼシカの身体に回していた腕を緩める。 が、ゼシカは顔を上げようとしない。 「ごめんなさい、みっともないとこ見せちゃって。その・・・ありがとう」 多少しゃくりあげた調子になってはいるが、声に先刻までの悲壮な気配はない。 ゼシカが顔を上げないのは、単に恥ずかしかったからと、泣き腫らした顔を見られたくない女心からだった。 それを察したククールが空を指して叫ぶ。 「ゼシカ! ほら、流れ星!」 「えっ、どこ!?」 思わず空を仰ぐゼシカだが、ククールの嘘なので、当然見られない。 「残念だったな。でも、さっきから結構星は流れてるぜ?」 これは本当のこと。 「次に来たら、願い事でもしてみたらどうだ?」 「流れ星に3回? よくそんなこと知ってるわね」 「まあ、女の子の好きそうなことは大概ね」 そう言っている間に、大きな星が流れていく。 ゼシカは素早く立ち上がり、拳を握り締めて叫んだ。 「勝つ! 勝つ! 勝ーつ!!!」 実にシンプルな願いだけに、星が消えてしまう前に3回言い切ることが出来た。 「やったわ、成功」 ゼシカが元気になったのは嬉しいが、ククールはほんの少し複雑な気持ちになった。 「いや、それ、願いっていうより、決意表明じゃないか?」 「いいのよ、ただ願うよりこっちのほうがきっと効くわ。結局戦うのは自分なんだから」実にゼシカらしかった。もう大丈夫という言葉は本当らしい。 完全に大丈夫になるには長い時間がかかるだろうが、今はとりあえずこれでいい。 「そう、勝つのよ。倒すじゃなく」 意思の強い視線をぶつけられ、ククールはドキッとする。 「私、マルチェロのこと、悪い人だとは思えないのよ」 意外な言葉にククールは驚く。 「ゼシカはてっきり、あいつのことは嫌ってると思ってた」 「キライよ。ものすご~くイヤミな奴だとは思ってるわ。でもね、あの人オディロ院長のことは本当に慕ってたと思うの。ドルマゲスが襲ってきた時、命懸けで守ろうとしていたし。あの姿を見ちゃってるから、根っからの悪人とは思えないのよ」 ククールも思い出す。毛嫌いしていたはずの自分に『院長を連れて逃げろ』と命じた兄の声。思わず『兄貴』と呼びかけてしまった自分に対しての言葉だった。 「自分を見失ってるだけだったら、きっと取り戻せるわ。だから、勝つのよ。きっとやれる」 ゼシカの言葉は、力強く、温かかった。 兄と戦わなければならない苦しみで疲れていた心が癒されていく。 「ありがとう、ゼシカ」 ゼシカを励ますつもりが、いつの間にか、自分が励まされている。つくづく情けないとは思いつつも、悪い気分ではなかった。 「ありがとうは私の方よ。おかげで何だか眠れそうだわ。ククールは?」 「ああ、オレも・・・眠れそうだ」 全ては夜が明けてからだ。これ以上何も失わないために、大切なものを守るために戦う。 だが今は眠ろう。仲間の温かさが心を温めてくれているうちに。 <終>
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「ゼシカ…ゼシカ…ッ、ごめん、ごめんな…!」「く、く…? ……――――ッッ!!!!」痛みと熱にに浮かされたゼシカの意識は、突然スカートの中に忍んできた手の感触に急激に我に返った。「い、やよ…っ!!なにしてんのよ、バ、カ…ッッ」押しとどめようにもケガのせいで腕に力が入らない。無理やり動かした傷から血が吹き出す。「動くな!頼む、これ以上出血するとまずい…」「だ…っ!じゃあ、やめてよ…っ!アンタってこんな時に、最低…っ!!」「頼むから、よけいな抵抗しないでくれ…頼むから…」苦しげな顔で懇願するククールに戸惑い、わけがわからないまま強引に押し付けられる口唇に目を見開くものの、ゼシカはろくな反撃もできない。「…っん、は…っ、……やだ、やめて…」かろうじて絞り出された声はすでに震えていた。今やいつものように燃やすことも殴ることもできない状況で、いつもの軽薄な様子とはまるで違う表情で組み敷いた自分を見下ろすククールに、ゼシカは本能的に恐怖を覚えた。ククールが何かを決意している。動けない私の意思を無視して、何かをしようとしている。考えたくなかったが、それが何かわからないほどゼシカは幼くなかった。太ももを上へ上へと這い上がってくる手の平は、その残酷な答えを如実にゼシカに突きつける。ククールの舌が耳の裏を舐め、そこからぬるぬると蛇線を描いて首筋をたどり、鎖骨や肩を甘噛みした。くすぐったさで、ゼシカの身体が無意識にピクリと反応する。ゼシカがいちばん反応を示した首筋の縦のラインを、再びククールの舌が上下に這い時折強く吸うと、彼女のキツく噛みしめられた口唇から呻くような声が漏れた。そこに意識を取られている間に、ククールの片手が上着をずり下げてゼシカの胸を揉み始める。先端ばかりを色んな角度で優しく抓り、彼の大きな手の平にさえ余るほどの大きさの乳房を波立たせるように揉み、絞り上げる。ゼシカの身体が何かをこらえるように何度も跳ねた。「…っ、く、ぅ…っ」「ゼシカ、今はなんにも考えないで素直に感じて。頼む」「…はぁ、っ、いや、よ、バカ…やめて、クク…ッ」ククールは焼き尽くさんばかりの非難の視線を無視した。スカートの中、足の付け根で留まっていた手の平を動かし、指先を下着の中に滑り込ませる。驚いたゼシカの腕が咄嗟にそれを押しのけようとしたが、ククールの方が早い。ゼシカが言葉もなく暴れた。しかし傷つき力のない抵抗などないも同然だ。片腕で彼女の肩を押さえつけ、口唇と舌で緊張に硬くなっている胸の先を弄り、残った片手は完全なる未開拓地である処女の秘部を犯そうとしている。――――これは強姦以外のなにものでもない。犯す者も犯される者も、この瞬間、同時にそう考えていた。 経験のないゼシカにはククールのしている行為の意味などわかるわけもなかったが、ただ闇雲にゼシカの身体を弄ぼうとしているわけではないと、処女でなければ気づいたかもしれない。ククールはゼシカの性感帯を探り、少しでも彼女を感じさせようと必死になっていた。ただ感じさせるだけならば、例え処女であろうがククールにとってそれはたいした苦ではなかっただろう。しかし今は、優しく卑猥な愛撫でゆっくりと楽しみながら前戯をする、そんな余裕も時間も皆無だった。限られた時間の中でできうる限りゼシカを気持ちよくさせ、濡らしておいてやりたい。「大切に抱く」行為とは程遠い、性急になるばかり。それでもククールはそれを実行するしかなかった。あとで心の底から憎まれてもかまわない。二度とあの笑顔を見られなくなったとしても。ゼシカを絶対に死なせない。騎士でも、僧侶としてでもなく、彼女に惚れた男として、誓った。下半身の最も敏感な突起をとにかくなぶり、はじめての衝撃に彼女が支配されている間に指を侵入させた。わずかに委縮する内部を、強引に広げる。ここだろうと思う場所を強く擦ると、ビクンと腰が浮く。あとは、ゼシカの体中に見つけ出した性感帯を刺激し続け、溢れ出した蜜を使って指の数を増やし限界まで奥を探り、狭いそこを少しでもこじ開けることに専念した。ゼシカの噛みしめられた口唇に指を差し入れると、熱い吐息と煮つまった喘ぎがこぼれ出た。可愛い、甲高い、甘ったるい声に、ククールは陶酔したようにゼシカに口づける。もう、抵抗される気配もない。傷と痛みに侵された精神は、さらに強引に目覚めさせられた性的な快感に堕ちかけ、ゼシカの思考回路をほとんど麻痺させていた。「あっ、あっ、ん…っ、あぁ……っ」「ゼシカ…そのまま…オレのことだけ考えて…頭真っ白にして…」「…ヤ、……あっ、…く、ククー…ル、あっ…」―――しかしゼシカの強い意志の力は、背徳に溺れかけている自分自身と目の前の男をどうしても許せなかった。ふいに、逃れるように身体をねじらせ、精一杯ククールから顔を背ける。「……ッ!ダメ、いや、だめ…っ」「…ゼシカ」「だめ…クク…おねが…」ククールはゼシカの瞳から唐突に溢れ出した涙を、呆然と見下ろした。自由に動かない身体を震わせ快感に喘ぎながらも、なお正しさと過ちを捨てない、その強さ。その瞳の光に、一瞬で魅せられたククールの腕が、無意識にゼシカの足を持ち上げる。「―――-ッ!!イ、イヤッ!!おねがい!!ククール!!」「…ゼシカ、ごめん。………これしか方法がないんだ」たいして準備が整ったとは言えないまだまだ固く未熟なそこに、躊躇なくあてがわれる灼熱の塊。ゼシカの蒼白な顔を間近に見ながら、それでもククールは先端を押し入れるのを止められなかった。「く、アアッ…!ダメよ…っ、わたし、たち、…っ、…こんな…こんな」「ごめん、…我慢して…頼む…!」「待って!!!おねがい!!!ダメこんな…ッッ……――――!!!!」声にならない悲痛な叫びが響き、ククールは自分がゼシカの処女を奪ったことをはっきりと感じた。そしてお互いの身体の内側から回復呪文が広がっていく。見る間にゼシカの傷が癒えていく。 「ヤダ、痛…っ痛い、やだ…!おねがい…やめて…っ!!」「…ッ、ゼシカ…あとでオレを殺して…」本気でそう言った。それと引き換えにできるくらいに、甘美な瞬間だった。ククールの中のもう一人の自分が嘲笑った―――“回復なんてタテマエのくせに”「これしか方法がないんだ」…?なんて都合のいい免罪符があったものだろう。所詮そういうことだ。同情や悔恨の念があるなら、例え義務だってこんなに勃たない。本当にゼシカの身を案じるなら、すでに命に別状はなくなったこの瞬間にも、彼女の最奥に無理やり捩じ込んでいるこの欲望の楔を抜けばいいのだ。それができないのは。―――――オレは自分がゼシカの最初の男になれたことに、心の底から歓喜している――――身体を起こし、ゼシカを膝に乗せて正面から力の限りに抱きしめた。浅く苦しそうな息が耳元に聞こえ、ククールはしばらくそのままで一ミリも動かないでいた。お互い中途半端に身につけたままの衣服が、性急な行為を物語っている。ククールは自身も次第に早くなる呼吸を抑え、ゼシカの汗ばんだ肩に噛みつきながら、囁く。「―――……好きだゼシカ………」ゼシカは朦朧とする意識の中で、それを聞いた。遠ざかる思考の片隅で、こんな悪い夢は、もうすぐ終わると思った。 **
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DQⅨ Ⅸに登場するコスプレ装備の一つ。 DQⅧに登場する【ククール】が身につけている服。 性別・職業を問わず誰でも装備することができる。
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「……どこ行く気だったんだ?ゼシカ」ククールが一歩前に出て、背後で扉が閉められる。反射的にゼシカは一歩後退した。必死で隠そうとしているものの、その顔は怯えに満ちている。「…っ、……べつ、に、……どこにも」ククールはひどく面白そうに目を細めながら、ゼシカに大股で近づいていく。そのたびにゼシカはあとずさり、じりじりと壁際に追い詰められた。ハッと気付いた時には壁に背中が当たり、ククールの腕がダン!と乱暴な音をたててゼシカの顔の両脇に突かれた。ゼシカは思わず身をすくめ目をつむる。20㎝近くの身長差のせいで、ゼシカの小さな身体はククールの影にすっぽりと覆われてしまう。室内の照明は点いていない。月影に見える男の微笑は不気味なほどに美しい。そしてその瞳の奥に潜む確かな怒りを見出す。あぁ、やっぱり彼は最初からわかっている。ゼシカは逃げようとしたことを死ぬほど後悔した。自らクモの巣に飛び込んできた蝶をみすみす逃すような真似はしない。この沸き上がる憤りに応えるだけのものは返してもらうつもりだった。震えながらもがき抗う彼女の姿は、ククールの加虐心を大いにくすぐる。一纏めに高く結わえられているまだ半乾きのポニーテールにサラリと指をからませながら髪留めを外すと、ゼシカによく似合う赤髪がフワリと肩にすべり落ちた。その一挙一動にゼシカはいちいち身を震わせる。何をされるのかと怯えているのは一目瞭然だ。そんな態度がますます男をつけあがらせるだけとも知らずに。ククールはほくそ笑んだ。そのまま耳に口づけ耳たぶを甘噛みし、性感帯をゆるやかになぞりながら言葉を注ぎ込む。もっともゼシカが羞恥を煽られる方法で…「――――ちゃんと身体中キレイにしてきたか?」“オレに抱かれるために” 言外に含まれたその嘲りに、ゼシカの全身が紅潮した。一瞬にして耐えがたい羞恥に襲われ、拒絶の言葉が口をついてほとばしる。「―――やめてよ…っっ!!!!」舐められる耳を振り切って彼の胸を押し返し、阻まれた二の腕の中から逃れ出ようとした。許せない。咄嗟にそう思った。それは言わないのが“ルール”のはずなのに!虚を突かれたククールは、扉の方へ走ろうとする身体をすぐさま力任せに捕えた。それでも尚 暴れ、なりふりかまわず抵抗するゼシカに、ククールは動揺の色を顔に張り付ける。手首を捕え大きな音を立てて乱暴に壁に貼り付けると、ギリギリまで顔を近づけて強引に視線を合わせる。―――睨みつけて、怯えさせるつもりだった。しかしゼシカの思いがけぬ反抗は、一瞬でククールから全ての余裕を奪ってしまった。唐突に沸き上がったのは怒りではなく、畏れ―――ゼシカは強引に合わされた視線を逸らそうとしたができなかった。間近で注ぎ込まれる碧眼に何かを奪われるような錯覚を覚える。掴まれた手首にさらに力がこめられ、聞こえてきたのは絞り出すような呻きに似た…「……オレから、逃げようとするな…ッ…!」その目にはすでに怒りなどなかった。ただ、狂おしい焦燥と…悔念に満ちた、今にも泣き出しそうな悲しい瞳…その言葉を、彼は「乞うて」いる。強く願い、望み、欲しているのだと気付く。どうして?ゼシカにはわからない。治療と称した、辱められるだけの行為を跳ねのけられず屈辱に甘んじて、快楽に翻弄され好き放題にされ、苦しいのは、悔しいのは、自分のはずだ。逃げるなと言うのなら彼はそれを「強要」できる立場にあるのに、なぜこんな目をして「懇願」するのだろう。ゼシカの口唇が何かを言おうとしてわなないた。しかし、言葉は出てこない。ククールは顔を下向け、ゼシカの額に自分の額を静かに合わせた。キツく閉じられた瞳。眉間には深いしわが刻まれている。苦しいのだろうか。どうして?ねぇ、どうしたの?黙っていないで。言葉にしてくれないとわからないよ。 ゼシカの胸中に、いいようのない感情が広がっていく。同情ではなくて、憐憫でもなくて―――愛しさ、この人を放っておけないという強い思い、自分だけがという責任、自負…首の角度を変え、ゼシカは掬いあげるようにククールの口唇に自分のそれを重ねた。なぜそうしたのか、自分にもわからない。そうすることが一番自然な行動だった。ククールが一瞬驚きに身を固くするのがわかる。しかしすぐにゼシカを拘束していた手は彼女の頬を両手で包みこみ、むさぼるように夢中で口づけに溺れた。ククールの腕はゼシカの細い身体を壊しそうなほどに締め付け、ゼシカも彼の背中を優しく撫でながら、果てのないキスを続ける。彼の腕の強さにゼシカの胸は締め付けられた。まるで嵐に怯える子供のようにしがみついてくる。どこにもいかないでと、子供の姿のククールが泣きながらすがりついているような気がした。そう、怯えているのだ。怯えていたのは私だけではなかった。彼もずっと怯え震えながら、自分を抱いていたのだ。いつ私が逃げ出すかと…彼を一人おいて逃げ出すのではないかと…「―――――怖かったの…?」互いの口唇の隙間で、必死で紡がれた言葉にピクリと反応したククールの動きが止まり、ゆっくりと唾液の糸を引きながら顔を離した。間近に見つめあう。怯えた目。困惑の目。己を恥じている目。それでも救いを求めている子供の目。ククールは泣かなかった。そして唐突にゼシカの瞳から一筋の涙が流れ落ちた。その雫を舐めとり、ククールは堰を切ったように再び激しくゼシカの口唇に噛みついた。抵抗できなくなったのは、決して快楽に支配されたからではない。ゼシカは今それを知った。この人を、こんな風に抱きしめてあげたかった。胸のどこかに封じられてしまった彼の本来の優しさや悲しみを、もっともっと知りたかった。だから離れられなくなった。例えどんなに強引に抱かれても…どうしてもこの人をおいて、逃げられなかった。 それだけで達してしまいそうな濃厚なキスの余韻をお互い引きずったまま、ククールは荒い息と口づけをゼシカの首筋や肩に注いでいく。「ククー…ル。私…わたし、………逃げないよ…にげないから…」彼の力はやっぱり強くて痛くて、ゼシカは小さな声で訴えるがククールは聞こえないフリをする。ローブの合わせ目に手を入れてずらし、片方の白い肩と乳房を露わにした。肩に近い腕の上方に深い傷が現れ、ククールは動きを止めた。そこは清められてはいるが薬も包帯も施されず、明らかに痛みと熱をもっている。当たり前だ…これが、ゼシカが今夜この部屋にくるための「口実」だったのだから。……そして自分が彼女を抱くための。ククールはほんの刹那口唇をかみしめ、そっとその傷に口づけた。ゼシカが困惑しているのが伝わる。この傷を今治してしまえば、今夜自分たちがセックスをする理由はなくなる。その通りだ。自分達は恋人同士じゃない。愛を誓い合ってなんかいない。――それでも。傷口に口唇から直接回復呪文が注ぎ込まれ、ゼシカは切なげに目を細め背筋を震わせた。淡い光に包まれ癒されていく自分の身体。そう、最初にククールがこの行為に及んだのは、彼が優しい人だったからだ。彼の回復呪文は優しさの表れだとゼシカは思った。そしてその恩恵を受け取ることがいちばん許されているのは、きっと自分なのだろうと。そのことがこんなにも嬉しいなんて。…今気づいたんじゃない。忘れていた…ククールの口唇と舌が、傷から逸れ腕を這い、胸の盛り上がりを縁取るようにくすぐりはじめると、ゼシカの頭の中はしびれたように麻痺していく。たったこれだけの戯れに息を乱すなんて。どうしよう。羞恥とは違う、疼くような感情に戸惑う。幾度も望まない行為を続けてきて、いまこの瞬間にはじめて、ゼシカは心からククールに抱かれたいと思った。そしてそれはククールもまったく同じ。ただひたすらにゼシカを抱きつくして、この清純で淫乱な白い身体を自分だけのものにしたかった。辱めるのではなく、慈しみたかった。口実はもう存在しない。欺瞞はもう必要ない。ここにあるのはようやくさらけ出した本心だけだ。「逃げない」と言ってくれた彼女を、その真意を、言葉ではなく身体で実感したかった。ずっとお互いが本音を押し隠したまま、意味のない行為を繰り返していた。でもきっと最初からわかっていたんだろう。「究極魔法」が、自分達の間でしか効果を示さないただ一つの理由を…
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チクッ 不意に下腹部に感じた痛みでゼシカは目を覚ました。 煉獄島に幽閉され二週間が経とうとしたある日のことだった。 「もしかするともしかしてるわね…ひぃふぅみぃ…、やっぱり」計算してみると、間違いなかった。 来ると思っていたが、こうも日付感覚の欠落した場所にいると忘れてしまうのだ。 ふと、月のものをすっかり忘れていた自分がとても怖くなってきた。 このまま少しずつ神経が衰弱して、そのうち自分がアルバート家のゼシカだということも、 ラプソーンを討伐する為に旅をしていることも、ここがどこなのかも認識できなくなるのではないか。 それはありえないけれど、もしかしたらそうなるかもしれない。 ゼシカはどこまでも抜けられない底なしの不安のようなものに襲われていた。 とにかく、月のもの特有の憂鬱な、陰鬱な気分だった。 丁度時間だったようで、遠くから鎖の擦れる音、空気の振動が聞こえる。 少しだけゼシカの寄りかかった柵が振動し、伸ばした足先の水溜りも波紋が広がっている。 「もうこんな時間なのね」今から看守が交代するようだ。 籠の落下と共に少しだけ新鮮な空気が、地底のぬるりと湿った空気と入り混じる。 この牢屋は太陽の光も新鮮な空気も得られない、無条件で得られるはずのものが得られない場所なのである。 (少しだけ、おなか減った…)ゼシカは食事を貰いに行くことにする。 食事は野宿のために用意していた保存食で賄っている。 4人とニノは寝起きの時間を少しずつズラし(ひどい話だが、他の囚人に盗まれないように)食料を見張ることにしていた。 今の時間はククールが番をしている。 目当ての相手は隅で一人座って剣を磨いていた。 「おはよ、ククール」ゼシカは正面に立つ。 「おはよう、起きるのちょっと早いんじゃないか?」ゼシカを見上げてから、手入れを止めククールは道具を傍に置いた。 「目が覚めちゃって…隣いい?」ゼシカがそう言うと、ククールは隣に置いた袋をどける。 「そうそう。これ、今日の食事な」袋から出したのはビスケットだった。 「ありがと」ハンカチでそれを受け止め、隣に腰を下ろした。 「うん?なんか顔色悪いぜ、しっかり食えよ?」怪訝そうな顔でククールが言う。 「ううん、大丈夫だから心配しなくていいわ。ほらぁ、ここって空気悪いから気分悪くなるのよ」 少しだけゼシカは笑い、髪を耳にかける。 「そんなことより!ここに来てからもう二週間になるね」なんとなく話題を誤魔化したようになってしまった。 気が付いただろうか?そう考えると少し頭と腰が重くなってきたような気がする。 「ああ、こうしている間に地上じゃあ何が起きてるやら…心配だぜ、一応だけどな」 すました顔でククールが言った、彼がこういう表情のときは結構真剣である。 ゼシカはふっと自分たちの置かれた状況を哀れむ気分になる。 「うん、どうなっちゃうんだろうね、地上も、私たちも」膝に置いた手で頬杖を付きながら、なんとなく不安になる。 「…それは神のみぞ知るって奴なんじゃないか? 少なくとも俺たちが行動を起こすにも何もきっかけはないしな」たっぷりと間を空けてククールが喋った。 きっかけがなければ何もできない?何を言っているのだろうかこの男は。 そんな受動的な態度に少しイラついてきた。 「確かにそうだけど…、どうしてそんな悠長なの?これは自分たちの事なのよ? いつまでも受身でいたって、私ここは抜けられないと思うけど?!」 「ゼシカ。何怒ってるんだよ、俺が受身なのはいつものことだぜ?」 口元だけ笑い、なだめる様に肩に触れようと手を伸ばす。 「んもう、触んないでよね!」ククールを少し睨む。 ゼシカは避けようと、地面に片手を置き重心を少しずらした。 すると不意にじんじんと痛む。今から本格的な波が襲うことをゼシカは予感した。 「レディーは今日はユウツな気分のようで。こりゃまいったね…」宙に浮いた手を滑らかに引っ込めた。 「んーなあゼシカ、ここ寒くないか?」思いついたようにそう言うと、ククールはマントを外した。 「まあちょっとね」その肩にふわりとマントが掛かる。 「あら…どうも」ククールを一瞥して視線をそらす。 「当然だろ?」ククールは口元で笑って、少しだけ首をかしげる。 「え?」 「具合の悪いレディーに対しては当然だろ、ってこと」少し焦る。 「…いつから気付いてたの?」 「俺は女性の事なら大抵なんでも知ってるんだぜ」茶化すように言った。 「バカ」 「そうだ、温めてあげようか?」 ククールはこの胸に飛び込めと言わんばかりに両手を開く。 「バーカ!」ゼシカは赤い舌を出した。 「大丈夫、何もしねぇよ。かれこれ丸一日近く起きてるし」 「えっ?それほんと」少し驚いた。 「ホントだよ、あのニノのおっちゃんがなかなか起きてくれなくてさ」 ククールが指差した先に、ニノがいびきをかいて寝ている。 「だから寝ずの番してたって訳。ゼシカが早起きしてくれて助かってたんだぜ?」 「そうだったの…」 「俺もう限界だし、寝てる間なら俺で暖とってもいいよってこと」 「まあ、確かに寝てるなら安心だけど…」 ちらりと見たククールの顔は、隅の方で暗いからわからなかったがそれなりに寝不足がにじんでいた。 「それに恒温動物だから寝てるほうが暖かいし」ククールはそう言って唇を曲げる。 ゼシカはくクールの目がとろんとしているのに気付いた。 「アンタ、寝たほうがいいわよ」少しだけ心配になる。 「つうか、ほんと、もうそろそろキツいんだ…ごめん」ククールは目を閉じる。 「うん、おやすみ」ゼシカが言っても、返事は返ってこなかった。 「まったく、無茶して…」とりあえず出しっぱなしの剣を鞘に納め、袋の口もしっかり閉めた。 腰は重たいが、まだなんとか耐えられる。でも立ち続けるのはちょっと… そんなゼシカの目に入ったのは、立膝で座ったまま寝ているククール。 だらりと垂れ下がった手を掴むと、ゼシカの手よりずっと暖かい。 「…ちょっと、本気にしてみようかしらね」少し、ゼシカの喉が鳴る。 両膝の間に収まるように、座り込む。確かにこれなら一人より大分暖かい。 背中の辺りに手が当たるのがちょっとむず痒くて、ゼシカはその邪魔な腕をちょっと持ち上げた。 どこに添えようか考えて、自分のお腹の上で交差することにする。 ククールはよく眠っているようだし、大丈夫だろうと思ったのだ。 それに、痛みは立つのがつらい波に差し掛かっていた所だった。 「痛、うぅ…」ゼシカが小声で呻く。 ニノはまだ起きる気配はない。 「なんで今日はこんなに痛いのかな…あああ」 そういえば昨日ゼシカが眠り始めたとき、まだ彼は起きていたことを思い出す。 「つー」 何度目かの波で、鼻の頭に汗をかいていることに気付く。 ゼシカはそれを手の甲で拭い、姿勢を一度正した。 すると、背中にしていた物がもぞっと動いた。 「…ぁーれ…ゼシカ?何してる…だ…」枯れた声のククール。 ゼシカの体を抱きしめるようになっていた手に、無意識に感覚が集中する。 「え、どうしたこれ」記憶はないが、普段触れることのない細身の腰に両手が掛かっている。 「ちょっと、やっぱり、キツくって」ククールの方を向いた顔は、血色が悪い。 数時間前、眠りの縁に落ちる前の(といっても実は意識は半分朦朧としていたが)顔色よりずっと悪い。 「寒いのよね、さっきから」頬からは血の気が引いている。 「だから俺はこんな状態なんだな、了解」やっと、おぼろげに輪郭が思い出せてきた。 暖を取っていいやらなんやら、ちょっとバカなことを言ったような気がする。 それを本気にしてくれたゼシカは、素直で、ちょっと可愛い。 「手を出したらマダンテ…」ゼシカはリブルアーチのときのように眉間にしわを寄せている。 「わかってらい」 「も一度寝てよ、落ち着かないから…」少し甘えるような声で、ゼシカがささやく。 「わかった、おやすみ」こんな状態で寝られるわけがない。 「ええ、おやすみ…」ゼシカはため息をついて、プイと正面を向いてしまった。 白いうなじが気になるし、手も意識し始めたら途端に動かしたくなってくる。 しかし、動いた途端に培った信用を失うのも惜しい。 するりと動くゼシカの背中も、小さなうめく声も危険だ。 さて、どうしようか。 エイトは目を覚ました。 うつ伏せになるように眠っていて、枕代わりにしていたせいかすこし腕が痛い。 「ん…あれ」腹ばいのまま軽く顔を上げると、ゼシカとククールがくっついている。 「え」そのまま腕立て伏せの要領で上体が起きる。 「あらエイト、おはよう」ゼシカはにっこり笑った。 「おはよう、どうしたの?」エイトは怪訝そうな顔でゼシカの後ろの彼に目を向ける。 「違うの。これはね、この状況だと誤解されるかもしれないけれど、それはエイトの大きな誤解なの。 不可抗力って言うの。これはね、体を許したとかそういうのじゃなくて、別に毛布みたいなものなの。 エイトが考えたようなことではないの。違うのよ。断じて違う」 冷静な声で、早口でゼシカが言い切った。 「あぁ、そうなの…」エイトは唖然としている。 少し嬉しそうに眠っている(ように見えるが実際はどうかわからない)ククールを見つめながら。 ───終幕 イメージイラスト
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「愛してる。ずっとゼシカだけ見てた」 ククールがそう言ってくれてから一カ月が経った。 私はリーザス村の入り口で、彼を待っている。 サヴェッラで幸せそうなエイトとミーティア姫を見送ったその日、私たちは初めてお互いの想いを確かめ合った。 ククールは私を困らせないように、ずっと自分の気持ちを押し殺して、仲間であることに徹してくれていたって。 私の方はというと本当に鈍くて、ククールを好きだという自分の気持ちに気がついたのは、ラプソーンを倒し、リーザス村に帰ってきて、しばらく経ってからだった。 いつも近くで見守っててくれた人がいないことが淋しくて。 ううん、それ以前に、ククールがどんなに私のことを大切に守ってくれていたか、全然わかってなかったことに気が付いて、毎日泣きたい気持ちだった。 ミーティア姫を、チャゴス王子との結婚式場であるサヴェッラまで送り届ける為に再会した時も、私はやっぱり素直になれなくて。でもククールはちゃんと察してくれて、自分から先に私に気持ちを打ち明けてくれた。 ずっと一緒に生きていこうって、約束してくれたの。 私はすぐにリーザス村に来てほしかったけど、ククールはその時、神父様のいないドニの町の教会の仕事を手伝っていて、シスターを一人にして突然やめるわけにはいかないから一カ月だけ待ってくれと、またドニの町に戻っていった。 口では軽薄そうなこと言うけど、本当はそういう誠実な人。 気づかなかった初めのうちは、もったいないことしてた気もするけど、今考えるとそれで良かったのかもしれない。この一カ月間、私の頭の中は、寝ても覚めてもククールの事ばかりで、こんな状態でラプソーンと戦ってたら、命が幾つあっても足りなかったわ。 そして、今日が約束の日。 仕事の邪魔をしたくなかったから、この一カ月、会いたくてもずっと我慢してた。 やっと一緒にいられる。もう二度と離れたくない。 「おや、ゼシカお嬢様、ずいぶんとお早いですね」 開店準備をしにきた防具屋さんに声をかけられた。 日の出と一緒に起きだしてきたのは、ちょっと早すぎだったかしら。 「ええ、ちょっと目が覚めちゃったの」 朝が来るのが待ち遠しくて、眠れなかったっていうのが本当のことだけど。 いくら何でも、こんなに早くは来ないってわかってるのに、家でじっとしてなんていられなかった。 木にもたれて、門の上の風車を眺める。 ゆっくりと吹く風は暖かく、戦って勝ち取った平和を祝福してくれているよう。 不意に魔法の気配を感じた。 風と光が渦を巻いてこちらに向かってくる。そう、これはルーラ。 朝日を受けて輝く銀色の髪が、着地の瞬間フワリと舞い上がる。 「ククール!」 私は叫ぶと同時に駆け出していた。 そのまま彼の腕に飛び込みたかったんだけど、ククールは両手に一杯花束を抱えていて、私は慌ててブレーキをかける。 「ずいぶん早起きだな、ゼシカは」 ククールは驚いたように私を見ている。 「待ち遠しくて、眠れなかったの」 私が言い終わらないうちに、唇を重ねられた。 「オレも」 あいかわらず手がはやいわ。素早さでは負けてないはずなんだけど、こういう時には何故か勝てない。もちろんイヤではないんだけど。 「すごい花ね。どうしたの?」 ちょっとテレちゃうので、話題をそらす。 「ゼシカのお母さんに挨拶するのに、手ぶらってわけにはいかないからな」 それで選ぶ手土産が花っていうのが、ククールよね。絵にはなってるんだけど、やっぱりキザだわ。 「とりあえず、これはゼシカに」 レースのリボンで結ばれた、小さなブーケを渡される。 「・・・ありがとう」 くやしいけど、嬉しい。やっぱりククールには敵わないわ。 「こんなに早いなら、朝食まだでしょう? うちで一緒にとらない?」 今から頼めば、一人分くらいはどうにでもなるはず。 「いや、やめとくよ。それより教会に寄りたい」 「教会?」 「そ、挨拶しに」 ここでも教会の仕事を手伝うつもりなのかしら? 教会に着いたククールは、建物の方には見向きもせず、墓地の方へと進んでいく。 足を止めたのは、サーベルト兄さんのお墓の前。 空の色と同じ、青い花を供えてくれる。 あの花は願いの丘にしか咲かない花。 もうずいぶん前に、本当に軽い気持ちで、兄さんのお墓に供えてあげたいと口にしたことがある。言った私でさえ忘れていた言葉をククールは覚えていてくれた。 涙で目の前が霞む。 サーベルト兄さん、私、この人を好きになって良かった。 私自身だけでなく、私が大切に思うものすべてを同じように大切にしてくれる。 こんなに強くて優しくて、心のきれいな人が私を好きだと言ってくれる。こんな幸せなこと他にない。 だけど、たった一つ。一つだけ悲しいのは、兄さんにククールを紹介できなかったこと。兄さんはきっと『良かったな、ゼシカ』って言ってくれたよね。私、兄さんに祝福してもらいたかった。 胸がいっぱいになってしまい、祈りを捧げてくれているククールの背に額を当てる。 「なんだよ、泣くなよ」 ククールが困ったような声を出す。そうよね、悪いことしたわけじゃないのに、泣かれたら困るわよね。 「ありがとう・・・」 でも、これだけ言うのが精一杯だった。 だいぶ陽が高くなり、村の人達も外に出て、それぞれの活動を始める。 私とククールは手を繋いで、私の家へと向かう。 宿屋の前を通り過ぎるあたりで、ククールがうかない声で訊ねてきた。 「なあ、ゼシカはオレのこと、家の人には話したのか?」 「ええ、好きな人がいて、その人が今日挨拶に来るからって」 「それが、『オレ』だっていうのは?」 変なこと訊くのね。 「わかってるわよ。ククールもお母さんとは何回か顔を合わせてるでしょう?」 「一応、ゼシカにも心の準備しておいてほしいんだけど、多分オレ、いい印象もたれてないから認めてもらえないと思う。そうなっても、ケンカしたりしないでくれな」 ・・・。 一瞬、何を言われてるのかわからなかった。 「どういうこと?」 「その何回か顔を合わせた時、オレにだけ妙に冷たい視線が向けられてたんだよな。悪い虫がついたと思われてる気がする。定期船のオーナーだから、向こうの大陸の話も耳に入るだろうし、オレってかなり有名だったからな。良くも悪くも」 「まさか・・・だって、お母さん何も言ってなかったわよ。反対するなら、まず私にダメだって言うはずでしょう?」 「ああ、だから一応、その可能性もあるってことだけ覚えておいてくれればいいよ」 ククールったら、笑っちゃうぐらい自意識過剰なところもあるのに、変なところで自分に自信がないんだから。 でも、正しかったのはククールの方だった。 日中はいつも屋敷の中で待機している衛兵さんが、今日は玄関の前に立ちはだかり、私たちが中に入るのを阻んできたのだ。 「大変失礼ですが、そちらの紳士をお通ししてはならないと、奥様からのご命令です」 何なの、これ・・・。 「どういうこと? 私、そんな話きいてないわ! どいてちょうだい、お母さんに説明してもらうから!」 私の剣幕に衛兵さんは怯むものの、ドアの前から動こうとはしない。 「どかないのなら、力づくでどかせるわよ・・・」 掌にメラの炎を発生させた私の腕を、ククールが掴んで止めた。 「だから、そういうことやめてくれって、さっき言っておいただろ」 「何、他人事みたいな顔してるのよ! こんな失礼なやり方されてるんだから、怒りなさいよ!」 やけに落ち着いているククールにまで腹が立ってしまう。 その時、内側から扉が開いた。 「何ですか、大声でみっともない。はしたない行為はおやめなさいと、いつも言っているでしょう?」 お母さんが、すました顔で出てきた。 「何がみっともないのよ! こんなやりかたの方がよっぽどひどいじゃない! これじゃあ、まるで騙し討ちだわ!」 「あなたに言ってきかせたところで、聞きやしないでしょう? 私が直接、この方にお話しします」 お母さんはククールに向かって話し出した。 「ククールさん、貴方の評判はよく存じています。修道院で神に仕える身でありながら、酒色と賭け事に溺れる、どうしようもない不良騎士だと」 「お母さん、私だってはじめはそう思ってた。でも、それだけの人じゃないの。そんな評判なんかで彼を判断しないで!」 それでも、お母さんは私を無視して話を続ける。 「更には、祈りを捧げると称して、貴族の家でいかがわしい行いをしていたとか。かつてドニの周辺の領主であった貴方のお父上のことも私はよく存じています。思い出しただけでも腹の立つ。 あの方は妻子ある身でありながら、夫を亡くしたばかりの私に何度も不埒な行為を誘いかけてきました。大層な美男子であったことを鼻にかけていたのでしょう。 あげくの果てに財産を全て食いつぶすような、どうしようもない男・・・。貴方にはそのお父上の面影が強く残っていらっしゃるわ」 昔そんなことがあったなんて、私、全然知らなかった・・・。でも、それはあくまでククールのお父さんの話だわ。 「いい加減にしてよ! そんなのククールには何の責任もないじゃない。これ以上彼を侮辱するようなこと言わないで!」 ようやくお母さんは私の方に顔を向けた。 「ゼシカ、あなたはまだ若いからわからないのよ。美しい外見や、うわべだけの優しさに惑わされてしまう。私はあなたの母親として、この人とのお付き合いは決して認めませんからね」 怒りで体が震える。お母さんなんて、何にも知らないくせに! 私はククールの腕をつかんで、踵を返す。こんなところにいたくないし、ククールをこんなところにいさせたくもなかった。 「待ちなさい、ゼシカ!」 お母さんが呼び止めるが、待つつもりはない。とにかく村を出たかった。いつのまにか村の人達が集まって家の近くで様子を見ていたけど、そんなこともどうでもいい。 こんなのってひどすぎる。あんまりだわ! 「イオラ!!」 道を歩いている時も、塔に昇っている時も、出現する魔物は全て先制のイオラでなぎ払った。頭に血が昇っていて、戦術もMPの消費も考えたくなかった。 その内、魔物も恐れをなしたのか出てこなくなり、リーザス像の前まで来た時も、私たちにはかすり傷一つなかった。 「すげぇな、ゼシカ。オレ手だしするヒマなかったよ」 それまで黙って私に腕を引っ張られていたククールがようやく口を開いた。 「ある程度覚悟はしてたけど、門前払いまでは予測しなかったな。花束無駄になっちまった。リーザス像にでも捧げとくか。クラン・スピネルのお返しってことで」 そう言ってククールは、手にしていた花をリーザス像に供える。 その声の調子や態度がいつもとまったく変わらなくて、私はかえってそれが悲しくて、涙が溢れてきた。 「ごめんなさい、お母さんがあんなひどいこと・・・。私、恥ずかしい・・・」 くやしくて、悲しくて、腹が立った。 お母さんなんて、何も知らないくせに。 あの命懸けの戦いの日々の中で、ククールがどれだけ私を助けて、支えてくれていたか。どんなに私が救われてきたか。知りもしない人に、一言だって彼のことを悪く言われたくない! 「ゼシカ、オレなら平気だよ。言ったろ? 心の準備しといてくれって」 ククールが宥めるように私の頬に手を添える。 「アローザさんはゼシカのこと心配だから、ああしたんだよ。いいお母さんじゃないか。ちゃんと大事にしろよ」 「あれだけひどいこと言われて何言ってるのよ! ククールは誰の味方なの!?」 「もちろん、ゼシカの味方」 「そうじゃない! ちゃんと自分の味方してよ!」 小さい頃から、あんまりひどいこと言われ慣れすぎて、感覚がマヒしちゃってるのかもしれない、この人。 「オレのことはゼシカが味方してくれたから、それでいいさ。さっきは悪かったよ、ゼシカ一人に喋らせてさ。さすがにオレもオヤジの話が出てくるとは予想できなくて、動揺しちまった。ホント、クソ親父、最後の最後までやってくれるよな」 自分のお父さんまで侮辱されてるのに、こうして平気な顔をする。どんな辛い思いを重ねてきたら、ここまで強がるクセがついてしまうんだろう。 「ククール、一つ、ひどいこと訊いてもいい?」 お母さんがもう一つ、言っていた。修道院でも、同じ話を聞いたことがあった。 「いいよ」 こんなこと訊いたら、彼を傷つけるかもしれないけど、知らない顔をしていたくない。 「貴族の家で、寄付金集めのために、ひどいことさせられてたって、本当?」 ククールは驚いたような顔をして私を見、それから優しく微笑んだ。 「ウソだよ。ウソっていうより未遂か。確かにこの美貌だからそういう奴らもいたけど、きっちり返り討ちにした。 オディロ院長はダジャレは気が遠くなる程つまらなかったけど、何の後ろ盾もなしにマイエラの修道院長にまでなった人だぜ? そんなに甘くなかった。 オレにバギとルーラを教えてくれた後、『本当にイヤなことされそうになったら、構わないからぶっとばして逃げてこい』って言ってくれた。その通りにした時も、ちゃんとかばって守ってくれてた。 ああ見えて、本気出したら怖い人だったよ。箱入り貴族がどうこうできる人じゃなかった」 あの、人の良さそうなオディロ院長から『ぶっとばしてこい』なんて言葉が出てたのは意外だったけど、ホッとした。そうよね、そういう方だったから、ククールだって慕ってたのよね。 「ま、信じる、信じないはゼシカ次第だけどな」 「信じるわよ、決まってるじゃない。ちゃんとククールのこと守ってくれた人がいたのが嬉しいだけよ」 顔を上向けられ、唇が重ねられる。今度は深くて長いキス。私はまだ慣れてなくて、どうすればいいのかわからず、ククールに全てを任せるしかできない。 息苦しさを感じる頃、ようやく唇が離される。足に力が入らず、ククールの腕に体を預ける。 「オレの為に、怒ったり泣いたりしてくれるのも嬉しいけど、やっぱりゼシカは笑ってくれてた方がいいな。久しぶりに会って、やっと二人きりになれたんだし」 ・・・そうだ。私、嬉しかったり、悲しかったり、怒ったり、自分の感情ばかりだったけど、ククールの気持ちを考えてなかった。 こうなることを予測していたのにリーザス村まで来てくれた、その心に気がつかなかった。 「ごめんね、いやな思いさせて。でも、会いにきてくれて嬉しかった。ありがとう」 私は顔を上げ、笑顔でこたえた。 「で、これからのことなんだけど・・・」 私の頭が冷えたのを見計らったのか、ククールが話題を変えてきた。 「オレ、しばらくベルガラックに行くよ。フォーグとユッケに頼まれてたんだ、あそこの用心棒、少し鍛え直してくれって」 ちょっと待って。展開が早すぎて、頭が付いていかないわ。 「ホントに、こうなるってわかってたのね」 「オレはいつでも、最悪の事態を想定してるからな」 「でも、それなら私もベルガラックに行くわ。あんなわからずやのお母さんのいる家になんか戻るもんですか」 「ダーメ。ゼシカは残るんだ。オレの方も三カ月はかからないだろうから、終わったら改めてリーザス村に行くよ。 ここでゼシカを連れていっちまったら、ますますアローザさんの心象悪くなるだろうし、それは避けたいんだよな。というわけで、そろそろ村に戻ったほうがいいから、リレミトよろしく」 ・・・え? 「リレミト。あれ? もしかしてイオラ撃ちすぎて、MP全部使っちまった?」 「いえ、リレミト分くらいはあるけど・・・。平気なの? あんなやりかたされて、ひどいこと言われたところに戻るの」 「全然平気。オレの素行が悪かったのは事実だし、母親だったら反対するのが普通だろ。むしろ反対してくれて安心する。ゼシカ、大事にされてんだなって」 「お母さんなんて、頭が堅いだけよ。ククールがいくら気遣ったって、わかってくれやしないわ。ただのわからずやなのよ」 「そんなこと言うもんじゃないぜ。オレからすれば、あんなふうに心配してくれる母親がいるってのは、羨ましいぐらいなんだからな」 ・・・ククールにそう言われると、何も言い返せない。 「オレは変わったからさ、時間はかかってもわかってもらえるって信じてる。 エイトやヤンガス、トロデ王、ミーティア姫、そしてもちろんゼシカ。いろんな人達のおかげでオレは変われた。 もう、何かで自分をごまかして生きるのはやめたんだ。そんなつまらない生き方に、ゼシカを付き合わせるつもりはない」 真剣な目だった。本当にこの人は変わった。初めて会った時の、淋しさや辛さを一時の快楽で紛らわせていた人とは、もう違う。 ・・・私一人が、自分の感情で泣きわめいているわけにはいかないわ。 私はククールに言われたとおり、リレミトを唱えた。 リーザス像の塔の外に出ると、ポルクとマルクが、武器を構えて立っていた。 こんなところまで二人で来たのかしら。いつのまにか強くなってたのね。 「ゼシカ姉ちゃん! 良かった、やっぱりここにいた。こいつが姉ちゃんを連れてこっちに歩いてくのが見えたから、追っかけてきたんだ。おい、お前! ゼシカ姉ちゃんをどっかにさらっていこうとしたって、そうはいかないからな!」 「ゼシカ姉ちゃんは、どこにも行かせないぞ」 ポルクとマルクの言葉に、ククールが抗議の声をあげる。 「いや、ちょっと待て。連れてこられたのはどうみてもオレの方だろ、どういう見方したらそうなるんだよ」 「うるさい! お前なんかにゼシカ姉ちゃんを渡すもんか! どうしても姉ちゃんを連れていくつもりなら、オレたちと勝負しろ!」 「勝負しろ!」 ククールはため息をつき、うんざりしたような声を出した。 「なあ、ゼシカ。この『問答無用で実力行使』ってのは、リーザス村の基本方針か何かなのか?」 そんな基本方針はないけど、自分の行いを振り返ると違うと言えないのが悲しい。 「まあ、いいや。挑まれた決闘は受けないとな」 ククールは腰に差していたレイピアを抜いた。 「お、おい、お前、子供相手に剣を抜くのかよ」 ポルクが動揺している。 「そっちは二人掛かりだろ? ちょうどいいじゃないか」 「ちょっと、ククール、やめなさいよ、子供相手に」 さすがに私も黙って見てはいられない。 「そいつは違うぜ、ゼシカ。こいつらはガキでも男だ。剣を抜くってことの意味は知っておいた方がいい。・・・さがっててくれ」 こういう時、ククールは甘くない。 私も、ラプソーンを倒す旅でいろいろなものを見てきたつもりなんだけど、世の中にはまた違う種類の修羅場があるんだろうと想像させられる。それは私が全く知らない世界。 私は言われたとおり、後ろにさがる。 「ほら、かかってこいよ」 ククールが、ポルクとマルクを手まねいた。 私は、まだわかってなかった。 ククールは、本当に子供みたいなところもある人だって。 かれこれ二十分くらい経ってるけど、ククールはまだ一度もレイピアを使っていない。 二人の攻撃を、ひらりひらりとかわすだけ。ポルクとマルクは、もう息があがってる。 「ほら、どうした? こんなんでへばってて、ゼシカ姉ちゃん守れるのか?」 しかも、妙に楽しそう。そういえば以前、ごっこ遊びしたことないって言ってたわね。生まれて初めての剣術ごっこで遊んでるのかも。 大人なんだか、子供なんだか、本当にわからないわ。 マルクが足をもつれさせて転び、そのまま座り込んだ。 それを見て、ククールは初めて、ポルクの剣をレイピアで受ける。 何度も剣を振り下ろして疲れている腕に、その衝撃が耐えられるはずもなく、ポルクは剣を取り落とした。 「勝負ありだな」 ククールは、レイピアを鞘におさめた。 マルクが大声で泣き出し、ポルクは唇を噛み締めて、必死にこらえている。 ククールはしゃがんで、二人の顔をのぞき込んだ。 「あのな、いいか? 人間なんだから、まず話し合うってことを覚えろよ。大丈夫、お前らから大好きなゼシカ姉ちゃん、取ったりしないから」 前半部分、耳が痛いわ。 「でも、お前、ゼシカ姉ちゃんの恋人なんだろ? どこかにゼシカ姉ちゃん、連れていっちまうんだろ?」 「だから、連れてかないって。それにな、もしこの先ゼシカがオレとどっか行っちまうことがあったとしても、ゼシカがお前らのゼシカ姉ちゃんだってことが変わるわけじゃないんだ。 誰もお前らからゼシカ姉ちゃんを取り上げるなんて出来ないんだよ。・・・って、これはガキには難しいか。何言ってんだ、オレ」 「いや、わかるよ」 「うん、わかる」 ポルクとマルクは頷いた。 「勝負に負けたから仕方ない、お前のこと認めてやる。そのかわり、ゼシカ姉ちゃん泣かせたら、その時は許さないからな」 「ゼシカ姉ちゃん、幸せにしろよ」 ククールは嬉しそうな笑顔を見せる。 「そっか、ありがとな。オレ、またしばらくいなくなるんだけど、その間はお前らがゼシカの味方してやってくれよな」 「えっ、行っちゃうのか? ・・・任せろ、その間、姉ちゃんはオレたちが守る」 「うん、男の約束」 「ああ、頼むな」 ・・・捨ててなんていけない。 当たり前のようにそこにあったから気づかなかったけど、私は幸せだったんだ。 心配してくれる人、慕ってくれる人。そして帰ることが出来る場所。 私は何もかも持っていた。 ククールは私以上に、私にとって大切なものをわかってくれていた。 私の居場所はやっぱりリーザス村。もしそれが二度と戻れない場所になってしまったら、私はきっと耐えらえない。 帰りたいと願う自分の気持ちに潰されてしまう。 私も変わろう。ただお母さんに反発してるだけで、許してもらえるわけがない。 もっとしっかりして、認めてもらって、信じてもらって、外見やうわべに惑わされてるんじゃないってわかってもらおう。 今の私はまだ未熟で、ククールには釣り合っていないけど、いつまでも守られるだけではいたくない。 今、ククールが私にしてくれているように、彼にとって本当に大事なものが無くなろうとしていたら、私が必ずそれを守ってみせる。もちろん、それがあのマルチェロのことだったとしても。 「ポルク、マルク。私はどこにも行かないから。どこかに行かなきゃいけなくなっても、必ずリーザス村に戻ってくるからね」 私もククールの隣にしゃがんで、二人と目の高さを合わせる。 お母さんと対決する覚悟ができたわ。 「ククール、ルーラお願い」 まずは、これ以上ククールを悪者にしないことだわ。 家に戻って、ちゃんと話し合おう。 あれから一年が経った。 ククールは今、ポルトリンクに間借りして、リーザス村とポルトリンク、そしてリーザス像の守り手となってくれている。 加えて、ポルトリンクの教会もシスター一人できりもりしてるので、その手伝いもして毎日忙しそう。 村や港の人達には完全に受け入れられ、すっかり人気者になってる。 リーザス村の人たちは、こっちに移ってこいと言い、ポルトリンクでは手放したがらないので、困ってるみたい。 ちょっと心配だったけど、浮気してる気配は感じられない。お酒は飲んでるけど、まあ許容範囲。カジノには時々行ってる。 子供は好きじゃないみたいに言ってるくせに、ポルクとマルクに『ククール兄ちゃん』と呼ばれるのは嬉しいらしく、毎日楽しそうに剣を教えている。 二人が一人前になったら、はやぶさの剣をプレゼントするんだって、カジノのコイン二万枚分の引換券を見せてくれた。こういうのって、メロメロっていうのよね。ちょっとだけ妬ける。 初めはあれだけククールのことを嫌っていたお母さんも、半年も経つ頃には少しづつ態度を緩め始めた。 あいかわらず付き合いは許さないとは言いながら、時々、夕食やお茶にククールのことを招くようになった。今では週に二回ぐらいの割合になっている。 それはとっても嬉しいんだけど、一つだけイヤなことがある。 今もククールを招いて、午後のお茶を飲んでるんだけど・・・。 「ゼシカときたら、いくら言ってもはしたない格好するのをやめてくれないのよ。若い娘が、あんなふうに肌をさらして歩くなんて、本当にやめてほしいわ」 「わかります。オレだって外ではあんまり露出しないでほしいって言ってるんですよ。他の男の目には触れさせたくないから」 「まあ、あなたが言ってもダメなの? 本当にしょうがない娘ね」 最近お母さんは、私のことをククールにグチる。そして、ククールはそれに対して、ほとんど反論してくれない。 「本当に、あの娘は誰に似たのかしら。一度思い込んだらテコでも譲らなくて、止めてもきかずにつっぱしるのよ」 「ああ、そうですよね、ゼシカの心配してたら、体が幾つあっても足りませんよね」 ・・・こんな意気投合のされかた、何だかイヤだわ。 もう・・・ふたりともいったい、誰の味方なのよ! <終>
https://w.atwiki.jp/kkjs/pages/84.html
季節は夏、それはバカンスである。 鏡の前に無防備に座ったゼシカは、その両手にそれぞれ色違いの小さな布キレを持っていた。 それはよく見ると、紐やらレースやらが付いている水着だということがわかる。 彼女は鏡にそれを宛がったり、覗き込んだり、真剣な顔つきで審美しているようだ。 そこでノックの音がするが、ゼシカは全く気が付かない。 「うっす、もう着替えたか?」 ノックから少し経ってククールが扉を開けて入ってきた。ゼシカに用事があるらしい。 「それがまだなのよ」 彼女はククールが部屋に入ってきてから一度も鏡から目をそらしていない。 「そうか、手が空いてたら日焼け止め塗ってもらおうと思ったんだ。ほら、オレの美しい身体が焼けたら困るだろ?」 「んーどっちにしよう…」 彼女はまだ吟味しているようで、その言葉はすっかり耳に届いていないようだ。 「水着が決まらないのか」 無視に耐えかねゼシカの顔をひょいと覗き込むと、ククールはその手から水着をすっと抜いた。 もう!と抗議の声が聞こえるが、曖昧に返しておく。 「どうかな、スポーツ系の可愛いのと、ちっちゃい感じのビキニなんだけど」 どうやらコメントを求めているようだ。 「どっちがスポーツでどっちがちっちゃいんだ??」 ククールもいくら女性に詳しくてもこの見分けは付かなかった。 「紐が付いてるのがビキニの方なの」 ゼシカはククールの右手に下がっていた黒い布を引く。 正直、露出が高ければ高いほど嬉しいのだが。この両者には布の面積に差異はなさそうだ。 どんな格好で泳いで欲しいだろうか。彼はそれを考えて結論を導き出そうとする。数秒経つ。 「そうだな………髪ブラか手ブラなんてどうかな」 ククールは布を手から下げつつ真面目な顔で言った。 「か…みぶら…? こっ、この馬鹿男お!!!」 肩を強かに打たれたククールは少しよろめく。 「あーもう早く決めないと日が暮れるぅ~」 どうやら癖のようだが、ゼシカは頭を抱えるとき結った髪の付け根を掴む。 そのまま頭を揺らす動作は子供っぽくてかわいいなあ、とぼんやり見ているククールだった。 それはバカンス、そしてロマンスである。