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マイエラ修道院、サヴェッラ大聖堂に次ぐ三大聖地のひとつ聖地ゴルド。 エイト達一行はマルチェロを追ってこの地に来ていた。 シンボルである巨大な女神像は今はなく、代わりに巨大な穴がぽっかり口を開けていた。 辺りはすっかり暗くなったというのに、この寒空の下穴を前に銀髪の青年がひとり瓦礫に腰掛けている。手には金の指輪。 「ちょっと、そこのお兄さん!」 不意に掛けられた声にククールは声の主を探して振り返った。 「ゼシカか・・・」 怒っているような、心配しているような表情のゼシカが歩み寄ってきた。 「アンタ、まさかこの穴に飛び込もうなんて考えてないわよね?」 ゼシカの言葉に黙ってニヤニヤしているククール。 「な、なによぉ」 「オレの事心配してるんだ?」 「なっ、ばか言わないでよ!何で私が・・・」 言い掛けて止めてしまった。マルチェロの事で落ち込んでいるであろうククールを気遣いここまで来たのに、これではいつもの調子になってしまう。 「そりゃ・・・心配してるよ」 それでも恥じらいからか声が小さくなってしまう。 「あー、あー、アンタその指輪どうするつもり?」 今度は照れ隠しに声が大きくなってしまった。 自分でも顔が赤くなってるのがわかる。 「コレ?んー・・・わかんね。コレをどういうつもりでアイツがオレに渡したのかも。」 指輪を見つめるククールの瞳。ククールの瞳はいつも悲しみの色を湛えている、とゼシカは思った。 「・・・騎士団長に・・・なれって事じゃないの?」「はぁ?やだよ。オレはね、あんなヤツの跡を継ぐ気はないね」 「うふふ。そうだね。何よりアンタには勤まりそうもないし」 「ム・・・言ってくれちゃって」 フンと鼻を鳴らし、また穴を見つめる。 わずかな沈黙の後、口を開いたのはククールだった。「ゼシカには、話してなかったよな?」 「?」 「アイツ・・・マルチェロは最初は優しかったんだ・・・」 それからククールは自分の事、マルチェロの事を話しはじめた。 ゼシカはククールの瞳から目が離せなかった。いつもおちゃらけたククール。聖職者であるにも拘らず不真面目なククール。ときどき寂しそうなククール。 兄との確執は知っていたが、こんなにもククールは愛情に飢えていたのだ。あの笑顔の裏にはこんなにも苦しみが隠されていたのだ。自分はそれに気付きながらもわかってあげられていなかった。 情けなかった。ククールの事をわかっているつもりになっていたのだ。 笑いながら何でもない事のように話を続けるククール。でも本当は心が悲鳴をあげている。そう思うとゼシカはたまらなく切なくなった。 話し続けるククールの視界が急に遮られ、自分を包む空気が温かく感じられた。「え・・・?」 あまりに突然な出来事にそれがゼシカの腕の中であることに気が付くのにしばらく掛かってしまった。 「ゼ・・・シカ・・・?」「アンタ・・・ずっとひとりぼっちだったのね」 ゼシカの心臓の音が聞こえる。ククールはゼシカの胸に頭を預け目を閉じた。 「私が・・・居るからね」「ゼシカはあったかいなぁ・・・」 「ククールもあったかいよ・・・」 そう言うとゼシカはククールの額にキスを落とした。 今日はなんだか自分でも変だ。とても素直になれる。ククールは立ち上がりゼシカの頬にキスを返し、強く抱き締めた。 「ありがとな。・・・でもオレ、そんなに弱くないぜ?」 「・・・うん。知ってるよ」 わかっていた。ただ、たまらなく目の前の男を抱き締めたかっただけな事も。 「ばかだな・・・。こんなに肩が冷えてる」 自分を気遣いこんな寒空の下に来てくれたゼシカに申し訳なく思い包み込むように抱き締めた。 ゼシカの冷えきった肩に、頬にキスをする。 ゆっくりとお互いの唇が近づく。 「あー、やっぱりタンマ」ゼシカの手がククールの唇を遮った。 「・・・モガ。・・・なんだよぉ、折角いいムードだったのに・・・」 文句を言っているククールを無視してゼシカはニコニコと笑顔。 「魔王を倒して無事帰って来られたら、続きはその時。ね?」 「は?そんなん帰って来られなかったら、このままお預けじゃねーか?」 んー、と再びキスを迫る。「ダーメ」 ククールの腕からするりと抜けると代わりに手を繋ぎ促した。ククールの手を引きゼシカは歩き出す。 「行こ。みんなが待ってるよ」 「そりゃ、ないぜー!」 ゴルドの寒空にククールの声が響き渡った。 2-無題2 続編
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【リブルアーチ】レオパルド逃亡後 ゼシカ「ドルマゲス……私…… そして レオパルド……。結局 杖は 暗黒神の思い通りに 運ばれてる……。 私たち 抵抗しているようで 実際には なんの抵抗も できてないのかも しれないわね……。」 ククール「そう落ち込むなよ。 結果は あくまで結果だからな。 あえて悪く解釈する必要はないぜ。」 その暗黒神とかってのを ちょっとずつ 追い込んでるんだって 今は そう思っておきゃあいいさ。」 ゼシカ「うん…………。」 ククール「暗黒神ラプソーンか……。 …………………………………。 気にいらねえなあ……。」 【オークニス・教会内部】メディに救助された翌朝、教会で男の懺悔を聞いた直後 ゼシカ「ちょっと いいの? あんなこと言っちゃって……。」 ククール「いいんだって。 あの手のタイプは 背中を押してやらないと 何にも できねえんだから。」 ゼシカ「私が 言ってるのは そういうことじゃないの! 仮にも 聖堂騎士なんてやってる あんたが 神の名を かたったりして いいのかってことよ。」 ククール「それこそ ノープロブレムさ! オレの神様は そんな細かいことに こだわりゃしないからね。」 ゼシカ「……あんた いつか 絶対に 天罰が 下るわよ。」 【キャプテン・クロウの洞窟】ゲルダと遭遇後 ククール「やはり 女盗賊のカンってのは あなどれないものがあるな。 オレも昔 ふた股かけてた時は いろいろ勘ぐられて ごまかすのに、苦労したもんだぜ。」 ゼシカ「それは、女盗賊のカンじゃなくて、女のカンでしょうが!」 【海賊の洞窟】ゲルダに先をこされた後 ククール「どうやら 勝ち目もなさそうだし もう あきらめて 帰ろうぜ。」 ゼシカ「な~に 勝手なこと 言ってんのよ! 私は まだ あきらめてないんだから あなたにも 来てもらうわよ!」 ククール「わかったよ ハニー。 そんなに オレが必要だって言うなら お供させてもらうぜ。」 ゼシカ「……もう それで いいわ。」 【フィールド・聖地ゴルドのある大陸】メディが死んだ後 ククール「お犬様を 追いかけたあとは 今度は 鳥探しかよ? ゼシカを 追いかけてた時は 気分も盛り上がったけど ったく やってらんねえなあ。」 【聖地ゴルド】マルチェロを倒した後 ゼシカ「……ねえ ククール ほっといていいの? あんなケガしてるのに ねえってば!」 ククール「…………」 【サヴェッラ大聖堂】 ククール「おい、あれ誰だっけ? ばっと見、整ってるようでいて、微妙にブサイクすれすれの男。 へえ、ラグザットか。 なんていうか、こう……、どつきたくなるな。あいつ。」 【オークニス】ラプソーンと決戦前 ククール「この町の のんきな連中が暗黒神ラプソーンの復活……世界の危機を 知ったら どうなるかな? クックックッ……。 つい 好奇心が 首をもたげてきてクチがすべりそうになるぜ。」 ゼシカ「そう思うなら ぶっちゃけてみれば? 大丈夫よ 誰もあんたの軽そうなクチから出てきた言葉なんて 信じないから。」 ククール「そりゃないぜ ゼシカさんよ~。」 【暗黒魔城都市】ラプソーンと対面する前 ククール「聖地ゴルドの下から いったい何が 出やがったかと思ったが まさかこんな 都市だったとはな。 でもってこんな所に 住んでるやつと 戦うことになるとは オレの人生も ろくなもんじゃないな。 ゼシカ「……弱気?めずらしいね。」 ククール「弱気ってこたないけど……。 これまでの 人生が なんと 不運の連続だったことかと 嘆いただけだ。」 ヤンガス「ここまで来たら つべこべ言っても 仕方ないでがす。 幸運か 不幸か それを 決めるのは これからでがすよ。」 ククール「ちぇっ。諭されちまった。グチなんて言うんじゃなかったぜ。」 ゼシカ「ねえ 主人公。こんなときになんだけど…… ありがとう。エイトに 感謝してる。 主人公が いなかったら きっと私 ここにたどり着けなかった。 だから…ホントにありがとう。」 ヤンガス「くあーっ! こんなときに 何を いいムードに なりかけてるでがすかっ!! それに 言っとくでがすが 兄貴に感謝してる度合いだったら アッシの方が ずっと上でがす!!」 ククール「おいおい お前ら。あんまり シカト決め込むと 暗黒神くん スネちまうぞ? オレは あの怖い怖い鬼さんを 一秒も早く やっつけて こんな所 さっさと おいとましたいんだ。 だから しゃべくってないで さっさと行くぞ!」 ゼシカ「なによ もう えらそうに!わかってますよーっだ!」 【トロデーン城・庭】ED前 ゼシカ「でも何よ? ククールと一緒の あのチャラチャラした 女たちは! 私 仲良くできそうにないわ。」 【天の祭壇】竜神王と戦う前 ククール「オレたちはこれから あれと戦うってわけだ。 こいつはなかなか ハードだぜ」 ゼシカ「あら?怖気付いたの? 暗黒神ラプソーンと戦おうって 人たちが ずいぶん情けないわね」 ヤンガス「な~に言ってるでがす! アッシは今 かつてない 激闘の予感に 武者震いしてたところでげすよ!」 ククール「…フッ。オレがこの程度でビビるとでも思ってるのかい? 見くびってもらっちゃ困るな」 ゼシカ「フフッ。冗談よ。自分の緊張をまぎらわすために ちょっとからかってみただけ。 さあ それじゃいよいよ 決戦開始よ!」 ゼシカ「それにしても 人間姿の竜神王って すごい美形よね。 とてもあの凶暴な竜と 同一人物とは思えないわ」 ククール「ゼシカは見る目がないな。あいつごときが美形だとは…。 …いや ま たしかに 多少は美形かもしれないけど…。 …くっ! 竜神王とは 同じ美形として いずれ決着をつけなきゃならないようだな」 【メダル王女の城】すべてのご褒美アイテムをもらった後~エンディングまでの間 ククール「……あれっ おかしいな? メダル集めが 終わった今 オレに ベタぼれのお姫様が この胸に 飛び込んでくるはずなんだが……。」 ゼシカ「なに 都合のいい妄想 タレ流してんのよ? そんなこと あるわけないでしょ!」 ククール「このオレに ほれないとは お姫様も 見る目がない……。 こりゃあ メダル王家が 再び 落ちぶれるのも 時間の問題だな。」 ゼシカ「な~に 負け惜しみ 言ってんのよ? 見る目も何も あんたなんて 最初から 王女様の 視界に入ってないわよ!」
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*ここはドニ。ゼシカがククールの仲間、もしくはそれ以上の存在であることは住人のほとんどが知っている。めったなことはないと思うが、日付も変わろうというこの時間、あの薄着で真夜中の町をフラついている彼女の姿を思い浮かべただけで、じっとしてはいられなかった。ククールは宿を出て酒場に向かった。足取りは重いが、このままゼシカを見つけずに宿に戻る気はない。「おばちゃん」店の前に、幼いころからククールを可愛がってくれた馴染みの女店主を見つけた。恰幅の良い姿はそのまま世話好きのおばちゃんという感じで、ククールも昔から随分と甘えてきた。「おや、ククールぼっちゃん」「…だから坊ちゃんはやめてくれって」思わず苦い顔をすると、彼女――リンデは、満面の笑みを浮かべる。「おっと悪かったね。女の子を泣かせる立派なプレイボーイに、ぼっちゃんはなかったかい」「……ゼシカに会ったのか?」女性特有の、笑顔と言葉の裏にあるトゲに勘付き、ククールは聞いた。リンデはさっと表情を改め、じっとククールを見つめてから、「ククール。…あの子はあんたの、恋人かい?」確かめるように聞き返した。頭の中ではそうだと言っているのだが、すぐに肯定の言葉が告げず、ククールは押し黙る。自分にとっては、そうだ。でも、アイツにとっては、もしかしたら、もう…。余計な考えを振り切るように一度首を振ってから、ククールはそうだ、と答えた。リンデは長い間ククールをじっと見つめて、苦しげに目を伏せ、息をついた。「……あんたは本当に、色々と背負い込む子だねぇ」「え?」「あんたはあんたで色々大変なんだろう、わたしには詳しくはわからないけど。…今度就任する新法皇の名がマルチェロだって聞いた時は、驚いたよ。あれは…あんたのお兄さんだろう? 前法皇の死も色々と疑惑が取りざたされているし、あんたが心穏やかでいられるわけがない」ククールは何も言えなかった。聞きたくない話題なのに、聞かなくてはならない気がする。「……それでもねぇ、ククール。自分は一人だなんて、勘違いしてはいけないよ」その一言は、ククールの心にすっと自然に沁み込んだ。今度こそはっきりと怒りをこめて、リンデはククールを見据える。「あんないい子を、あんな風に泣かせて、何が恋人だいまったく」そろそろ酔っ払いを追い出して店じまいの支度をしようとしていたリンデが、こんな時間に一人とぼとぼと町中を歩いていく見覚えのある娘を見つけたのは今から少し前。声をかけ、ククールの連れだったと思い出して、ククールはどうしたんだいと尋ねてみると、たちまち声をあげて泣き出してしまった。実はリンデは、夕方に連れ立って店にやってきた2人を、最初からこっそり注視していた。はじめから険悪で、言葉少なに、そのうち口論になり、そのうち早い時間にゼシカだけが席を立った。その後のククールはひどいもので。明らかにヤケになり、酒を浴びるように飲んでは、見知ったバニーをはべらせて人目もはばからず下品な言動に下品な振る舞い。バニーを膝に乗せて濃厚なキス、さらに行為がエスカレートしそうなところで、“ぼっちゃん”には甘いリンデもさすがにそろそろカツを入れようかと腰を上げた。その時、店の入り口に立ち尽くすゼシカの姿に気付いたのだ。帰りの遅いククールを迎えに来たのだろう、扉にもたれ、無表情に、半ば呆然と、他の女と乱れるククールの姿を遠目に見ている。「…わたしが張り倒してこようかい?」そっと近寄って言うと、ゼシカはハッとしてから、力なく笑って首を振った。「……いえ…いいんです。今は…好きにさせます。アイツ、弱いから……時々忘れるの、私がいること。…………一人じゃないって自分で思い出してくれるまでは、…放っておきます」「だけど」「おばさんには迷惑かけるけど、ごめんなさい。…よろしくお願いします。あんまり度が過ぎたらお店から放り出していいですから」そう言って頭を下げるゼシカは毅然としていて、それは確かに本心なのだろう。しかしリンデの目には、どこか必死で無理をしているようにしか見えなくて、眉をひそめる。「いいの。――……ちゃんと、帰ってきてくれれば」ゼシカが寂しげにポツリと呟いたのを、リンデは聞いた。 「他の女とイチャついてるのを見ておきながら、じっと耐えて待っててくれるなんざ、女の鑑じゃないか。それをなんだい、あんな泣かせ方して今頃飄々と探しに来て、どの口が恋人だなんてぬかすんだ。アンタぶん殴られても文句ひとつ言えないんだよ」本気で叱られてククールはたじたじだ。もちろん言い返せる要素があるわけもない。「こんな香水の匂いプンプンさせて!妙な痕までつけて!何様だいまったく!!」ぎょっとして胸元を見ると、バニーちゃんにいつの間につけられたのか、あからさまなキスマーク。リンデはククールの胸をどんと突き飛ばし、恐ろしいオーラを放って、ククールを睨みあげた。「……一体あの子に何をしでかしたんだい?」「………………。」言えない。絶対に言えない。言わないと殺されそうだが、言ったら間違いなく殺される。ククールは無言で許しを請うた。マジすいませんでしたと心の中で叫びながら。やがてリンデがニヤリと笑って見せる。「まぁいいさ。聞かなくても大体わかるからね。状況証拠はそろってる」「…ぅ、え?」「薬でも塗るかい?ソレ」口唇を指さされて、ククールは思わず口元を押さえた。ゼシカに噛まれた箇所がわずかに痛む。「ほっぺたに紅葉も張り付いてるしねぇ」「………………。」すげぇ、女の観察眼ハンパねぇ…素直に感嘆するが、それより何より…怖い。もうダメだ、これ以上攻撃されたら本気でへこむ。そう悟ったククールは、決心してぐっと拳を握った。「わかったおばちゃん、オレが悪かったから。ゼシカどこにいるのか教えてくれ」「ほんとに反省してるのかい」「してるよ。悪かった。全面的にオレが悪い。ちゃんと謝るから…」脳裏には、最後に見た彼女の泣き顔しか浮かんでこない。「……頼む。アイツに会いたいんだ」今もたった一人で、あんな風に泣いているのかと思うとたまらなかった。リンデはしばらくの間、そんなククールの顔を睨みつけていたが、そのうちふっと表情をゆるませた。やれやれ仕方ないね、という呟き。「…わたしの家にいるよ。場所はわかるだろ?土下座でもしてくるんだね。それで、二度と泣かせるんじゃないよ。いいね?」「わかってる。ありがと、おばちゃん」すぐに踵を返して走り出したククールの後ろ姿に、幼かった彼の姿を重ねて、リンデは優しく微笑むのだった。 ***赤々と燃える暖炉の前に座り込んでいるゼシカの背中を見た時、心臓が止まりそうになった。勢い込んで来たものの、その頼りない背中に胸がつまる。足が止まる。声が出ない。つくづく自分は情けないと思う。―――いきなりゼシカがぐるりと振り返り、固まっているククールと目が合った。「…!!」泣いて―――――、いるものだとばかり、思っていた。しかし次の瞬間、それがとんでもない自惚れだったとククールは知る。バッッッチイイィィィイインン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!…本当に、そんな音が部屋いっぱいに響いた。説明するまでもない、すっくと立ち上がったゼシカは、いきなりククールの頬を力の限りに張ったのだ。その威力は、さきほどと同じ単なる平手などという甘いものではない。なんの構えもしていなかったククールは、あっけなく気前よくスポーンと、部屋の隅にまで吹っ飛ばされた。その様はまさに、「なぎ払われた」と称するのがふさわしい…さすがゼシカ、そのへんの女の張り手とはわけが違うぜ。目の前に星が飛ぶとかヒヨコが回るとか、そんな力士ばりの一撃を繰り出せるのはオレのゼシカしかいねぇ。さすがオレの惚れた女。GJ。そういえば最近コイツ、格闘スキル上げるのに熱心だったっけ…これなら暗黒神などメじゃあるまい…「グーじゃなかっただけ感謝しなさいよね!!!!」一瞬気が遠のいていたククールは、聞き慣れた怒声に我に返った。「…ゼシカ」「あんたなんかダイッキライよ!!!!」目の前に立つゼシカを見上げると、顔を真っ赤にさせて拳を握りしめてククールを見下ろしていた。「なんでそうなのよ!!いつもいつも!!あんたはなんでそうバカなのよッッ!!!!」クラクラするのを堪えてゆっくり立ち上がり、いつもの身長差で彼女を見る。本気で怒っている時の顔だった。微動だにせず、絶対に相手から目を逸らさない。「なんでわかんないの!?なんですぐカッコつけるの!?カッコよくなんかないくせに!! なんにもわかってないくせに!!逃げてばっかり!!一人じゃなんにもできないくせに!!」「……その通りだよ」ククールが自嘲気味に呟くと、ゼシカは一度押し黙り、彼をじっと睨みつけた。「……何しに来たの」「謝りに」「…じゃあ謝ってよ」「……………悪かった」目も合わせられない。そんな一言で伝え切れるわけがないのはわかってる。だけど彼女のまっすぐな視線を受け止めるには、胸の中を覆う罪悪感が、まだあまりにも重くて。逸らした目線の先に、ゼシカの剥き出しの肩や鎖骨にあからさまに付けられた品のない残酷な赤い痕の多さを見て、さらに失望する。あぁ、これもさっきおばちゃんの言ってた、“状況証拠”の一つだったんだろう…と。 しばらくして、ゼシカがボソリと言葉を落とした。「…あとちょっと来るのが遅かったら、私があんたをひっ捕まえに行ってたわ」来るのが遅い、と言われてるようなものだろう。「…悪い。…待たせた」「待ってないわ」しかしキッパリと言い切られ、顔を上げる。「最初は、待とうと思った。あんたのこと、ちゃんと待ってみようって思った。 あんたが酒場で他の女の人と何してたって、私以外の人とどんな最低なことしてたって、最後に私の待つ部屋に帰ってきてくれるなら、待っていようと思ったのよ」ゼシカの顔がまた怒りに染まる。だけどその表情は、泣きそうに歪んでいる。耳をふさぎたい気持で、ククールはそれを聞いていた。改めて今日の自分の情けない所業を思い返し、奥歯を噛みしめるしかない。「―――だけどッ!――そんなのできなかった…!私は、待ってるだけの女なんかお断りよ!! ククールが間違った方に逃げるなら、追いかけて捕まえて、殴って燃やして、それから…ッ」ゼシカの瞳に涙が浮かぶ。「それから…ッ、…あんたは一人じゃないんだって、嫌ってほど教えてあげるんだから…ッ!!」頬を流れた涙に、ククールはじっとしていられず、彼女の肩に手を置いた。泣きながらもゼシカは、気丈にククールをまっすぐ見つめている。「…あぁ、オレもそう思うよ。大人しく待ってるだけなんて、ゼシカには似合わない」「…悪かったわね…」「殴ってくれてありがとうな。おかげで目、覚めた」あんな風にしてくれるのは、ゼシカだけだ。「――――…ゼシカがいるから、もう大丈夫だ」今度こそ、見上げてくる瞳をまっすぐに見つめ返し、心からそう告げる。マルチェロとも…きっと、まっすぐ、真正面から、戦うことができる。そんな決意を。ゼシカが小さな声でククール、と呟く。ククールが苦笑交じりに笑うと、ゼシカもようやく口元に笑みを浮かべた。そして…そのままで、十数秒。肩を掴んだままで一向に動こうとしない相手に、ゼシカはイラリ…と眉をひそめる。「……ちょっと…なんなのよバカ…いつもはやめろって言ってもしてくるくせに…」「え」「え、じゃないわよッ。こういう時くらい男らしく抱きしめたらどうなの?なんで何もしないのよ…ッ」まさかゼシカの方からそこに言及してくるとは意外で、ククールは咄嗟にうまい言い訳が思いつかない。さらにちょっぴり俯き、頬を染めるゼシカ。「……それに…っ、キ、キスくらいしたって…ッ、別にいいんじゃないの!?わ、私だって いつもいつも嫌がるわけじゃないんだからね!?空気ってものがあるでしょ!?バカ!!」「あの、いや、えっと…」「なによっ、もう!」しびれを切らしたゼシカの方からズイッと一歩近寄られ、ククールは焦って思わず一歩退く。「いや、待てよ。オレだって今めちゃくちゃお前を抱きしめたいけどさ、キスもしたいけどさ」「じゃあすればいいじゃない!!!!」「いやだから!オレ今…」そこまで言って、ククールはゼシカからさらに一歩下がり、申し訳なさそうに続ける。「……嫌だろ?風呂入らねぇと」 ゼシカはきょとんした。そしてすぐに、彼が何を言っているのか悟り、不機嫌な表情になる。「そりゃ…イヤよ。他の女の人の匂いさせたまま抱きしめられるなんて。でも今は、そんなことより…」「ダメだ。お前がよくてもオレが嫌なんだよ」「いいって言ってるじゃない…ッ」「嫌だ。お前にそんな我慢させたくない。一回部屋に戻ろう。ちゃんと風呂入って、それから…」「今抱きしめてほしいのよッッ!!!!!!!!!」涙まじりの叫びに、ククールは絶句する。ゼシカはスカートを握りしめ、涙をぼろぼろ流しながらククールを睨みつけていた。「ウソ…なんでしょ?本気じゃないんでしょ?だったら…だったらちゃんと…」「嘘?本気?って…何の話だ?」「…ッ!!」唐突に、ゼシカが走り寄りククールの胸に飛び込んできた。拒否していたもののいざこの状況になると、抑えていた愛しさが相まって、ククールも瞬間的に腕の中の小さな体を思い切り抱きしめていた。小さな頭を抱き込み、彼女の香りをめいっぱい吸い込む。ククールの背中のシャツを握りしめ、ゼシカもそうして安堵の息をついた。しばらくして、もぞもぞと顔を動かしたゼシカが、ククールの胸に顔を埋めたまま呟いた。「…私が他の男の人と、こういうことしても…いいの?」「なっ…」脈絡がなさすぎて、いいわけないだろ、という言葉すらすぐに出てこない。「だって私は…なんにもわかんないもの。ククール以外の男の人の胸の中も、 ククール以外の男の人のキスも、ククール以外の人との、…エッチも」「……あ~…」今さら思い出した自分の最低最悪な失言に、天を仰いで遠い目をする。――――お前も、一回オレ以外の男と寝てみたら?――――なんであんなことが言えたのか…今となっては本気で自分を呪い殺したい。「ゼシカ…あれは」「私はククールしか知らないの。ククール以外知りたくなんか、ないの」弁解を遮られ、向けられたゼシカの赤く染まった顔とまっすぐな言葉は、ククールの心を貫いた。これ以上喜ばしい言葉があるだろうか。そして愛しい。どうしようもなく。「……あれは、うそなんでしょ?…うそって言って」「嘘に決まってんだろ…お前がオレ以外となんて…考えただけで気が狂う…」本当は誰よりも独占欲が強いのは自覚してる。それを隠すのに慣れすぎただけで。だからそれを増長させるようなことをゼシカ本人から言われては、もう抑えきれない。お望み通りキスを与える。だけどそれは到底、王子様がお姫様に捧げるようなロマンティックなものじゃない。息さえ紡がせない。オレのことしか考えられないように。オレのことしか見えないように。思いのたけを、無言で伝える。口唇だけで伝える。隠してきた汚れた欲さえも、唾液と共に注ぎ込んだ。 ゼシカが酸素不足と敏感になった体を持て余して床にペタリと座り込むと、ククールは当たり前のようにそこに覆いかぶさってきた。「ちょっ…!何してんの、これ以上はダメよッッ!!」「なんで」「ここがどこだか忘れたの!?」荒い息でゼシカは叫ぶ。ククールは一瞬シーンとして、あぁ、と思い出した。「さすがに人んちでは無理か…」「…よかったわ、それくらいの理性は残ってて」呆れたため息をついたゼシカが、それに!とククールの胸をグイッと押し返した。「やっぱりイヤ!その香水の匂い全部キレイに落としてからじゃないと、絶対しない!」「さっきはいいって言ったくせに」「イヤ」頬を膨らますゼシカにククールは観念し、立ち上がる。続いてゼシカも立ち上がり、少し考えたあと、おもむろにククールに手の甲を差し出した。反射的にその手を取ってしまうのは、騎士の性。しかし顔には??が浮かぶ。ゼシカはふわりと微笑み、「これくらいは許してあげる。…早く帰ろ」そう言って、ククールの手を握り返し、そっと寄り添い、歩き出した。 *「…でもさ。自分じゃ、匂いが取れたかどうかなんて正直わかんねぇんだよな」「そんなの知らないわよ。死ぬほどゴシゴシすればいいでしょ。でも私が待ってるってことを 考慮して、迅速かつ丁寧に、かつ完璧に洗い落としてこなきゃダメよ」「手厳しーこと…。…じゃあここで一つ提案」「なによ」「ゼシカも一緒に入るってのはどうだろう。合理的かつ素晴らしい打開策だと思うんだが」「なっ!!!!」「そんでゼシカがオレの体をゴシゴシ洗ってくれれば、匂いが取れたかもわかるし無駄な時間もかからないし、何よりゼシカが一人ぼっちで待つ必要がなくなる」「そっ、そんなっ、こと…っ」「なんならそのまま次はオレがゼシカの体を隅々までゴシゴシしてやるよ。ゼシカがイイ所、思う存分時間かけてゆーっくり丁寧に洗ってやるから…」「~~~~ッッバカーーーーーッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!」帰り道、人騒がせな2人がどんな会話をしたのか。その夜、恋人たちは、はじめて一緒にお風呂に入ったのか。それは、本人たちしか知らない。 傷つけた・前編
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「おい!ゼシカ大丈夫か?」 「駄目・・・気持ち・・・ワルイ」 この状態で部屋に戻るより、少し風に当たらせようと思い、屋上に出る。 ベルガラックの夜は本当に暑い。 肩さえ冷やさなければ風邪を引くこともないだろう。 ククールは壁を背にして座り、自分にもたれかかるようにゼシカを座らせ、脱いだ上着をその肩に掛けてやった。 「アンタは、弱虫よ」 うつらうつら、ゼシカが言った。 「・・・まだ言うかよ。酔っ払いめ。」 顔を覗き込むとゼシカはすでに眠りに落ちている。 自分が何年もかけて作り上げて来た守りの城壁。 それをゼシカは人の気持ちを汲み取るのが上手くて、さらに正直者だから簡単に崩す。 ―――愛し愛される人はいらないの、とゼシカは聞いた。 それは、自分は永遠に得られないもののような気がする。 本気で好きになんてなりたくなかった。 マイエラ修道院に入ったあの時から、ククールは他人に対する執着を捨てた。 互いを愛し通せなかった父母の、自分に対する愛情に疑いを持った。 自分の見てくれの良さに、絶えず寄ってくる他人たちにもシラけた。 そして何よりも異母兄からの拒絶は手痛かった。 一旦差し伸べた手を、引っ込められるのは、もうごめんだった。 神様は意地が悪くて、本当に欲しい物を目の前にぶら下げておいて、決して与えてはくれない。 それでも、どうしても自分は欲しがってしまう。 ゼシカが欲しくて、もう手の施しようのないところまで来ている。 「決めた。絶対にコイツ口説いてやる。絶対に振り向かせて―――ずっと守ってやる。」 「いたたた・・。アタマ痛い・・・。」 ゼシカは頭痛と共に目覚めた。 あたりを見回す。ベルガラックの宿の一室、自分にあてがわれたベッドの中だった。 部屋の中には自分の他に誰もいないようだ。日はずいぶん高くなっている。 酒場に行って、ククールに絡んだ所までは覚えていた。 ―――そのあと・・・そのあとは!?ククールは? ベッドで寝てはいたが、自力で歩いた記憶は無い。 ―――ククールが部屋まで運んで・・・くれたんだよね?きっと。 なんとか記憶を絞り出そうと四苦八苦していると、部屋の扉が開き、当のククールが現れた。 ククールは、水の入ったグラスを差し出しながら、おはよう、とだけ言った。 「おはよう・・・みんなは?」 ゼシカは気まずそうに下を向いた。 「誰かさんが二日酔いで起きられないから、今日はカジノで遊ぶってさ。」 ククールが楽しそうに答えてくれたので、ほっとしつつ、もう一つ質問をする。 「あのー、ククールさん?私、昨日何かやらかして・・・ないよね?」 ククールは少しの間黙ってゼシカの事を眺めた。そして不意にニヤッと悪魔的な笑みを浮かべた。 「あー、やらかしてくれた。ほんとに参った。」 ツカツカとゼシカのベッドに歩み寄り、二の腕を掴むと体ごとベッドに押し倒した。 そして抵抗する間も与えずに、強引なキスをした。 ククールは体を離すと、あまりの展開に呆然と自分を見つめるゼシカに言い放った。 「覚悟しとけ。ドルマゲスを倒したら、お前、絶対にオレの女にしてやるからな。」 ククールはゼシカの鼻先を指で叩くと、そのまま扉を開けて出て行ってしまった。 ―――なんで!?どうしよう!どうしよう!何かして怒らせた?でも楽しそうだった? ドキドキと跳ね上がる自分の心臓の音を聞きながら、ゼシカは何時間もククールが出て行った扉を見つめ続けた。 無題10-前編-
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「おい、待てよ。待てってば!」 「うるさいわね、ほっといてよ」 「何怒ってんだよ?」 「怒ってなんかいないわよ!あの女の子と仲良くしてれば?」 バタバタとトロデーン城の廊下をゼシカとククールが怒鳴り合いならが歩っている。城の者達が振り返り二人を見ていた。 ラプソーン討伐後の城での宴の席でククールの悪い癖が出た。こともあろうにゼシカの目の前で小間使いの少女を口説き始めたのだ。その夜のことだ。 「やっぱり怒ってんじゃねーか」 「怒ってなんかない、って言ってるでしょ!連いて来ないで!」 バタンと勢い良くククールの鼻先でドアが閉まった。今夜はトロデーン城に泊まる事になっていたので各自に部屋があてがわれていた。ゼシカの部屋はミーティアが選んでくれたとても女の子らしい部屋だった。至る所に花が飾られ、バスルームまで付いていた。 「・・・おーい、ゼシカ」「・・・」 「ったく、いい加減にしないと、こっちが怒るぞ?」応答はない。完全ムシを決め込むつもりだ。 フー、と息を吐きククールはこの場を離れる事にした。頭に血ののぼったゼシカを説得するのは困難だと思われたからだ。 落ち着いた頃にまた来よう。 自室のベッドに突っ伏したままゼシカは部屋を離れていくククールの足音を聞いていた。 ふん。何よ。ちょっと諦めが早いんじゃないの? またムカムカと腹が立ってきた。でも同時にたまらなく泣きたくなった。 「ばか・・・」 呟いて涙をこらえた。 どうせククールなんて、どの女でも一緒なのよね。そう考えるとまたククールがあの小間使いと仲良くしているのではと不安になってきた。 ククールはきっと忘れているのだ。聖地ゴルドでのあの夜のことを・・・。 イライラした。我慢できない。でもここで追い掛けたりなんかしたらククールの思うツボのような気がした。 じっとしていられなくて部屋の中を行ったり来たり。まるで動物園のクマである。 ゼシカだってククールの事は気になる。だからこそ、腹も立つのだ。 「あー、もう!何で私があんなヤツの事でイライラしなきゃなんないのよぉ!」落ち着け、落ち着け、と自分に言い聞かせ深呼吸した。 無理!一度気になったら解決するまで落ち着くはずがない。部屋を飛び出した。 …………… 部屋の外にはククールが壁を背にして立っていた。 「あ・・・」 「おっ、思ったより早く出て来たな。お姫さま」 一気に顔が赤くなっていく。動揺が隠せない。 「あ・・・アンタ、どっかいったんじゃないの?」 「行ったよ。でも、戻ってきた。こんな状態のゼシカほっとけないし」 「ほ、ほっとけばいいじゃない。そうすればあの可愛い女の子と仲良くやれるのに。」 言っているうちにまた腹が立ってきた。 「どーせ、誰にでもアンタは私と同じ事言ってるのよね。君を守る騎士になるなんて言ってたけど、あのセリフも口説き文句のうちのひとつなんでしょ?私は騙されな・・・」 ククールの指がゼシカの唇を押さえた。 「ゼシカ、焼きもち焼いてるんだ?」ニヤリ。 あまりにもククールの顔が近くにあるので、また顔が赤くなってしまった。 「や・・・焼きもちなんて・・・」 やいてないもん。赤くなった顔を見られたくなくてゼシカは顔をそむけた。 こんなにも美人なのにゼシカは恋愛関係に結構縁がなかった。 そんなゼシカがとても可愛い。 ゼシカの唇にククールの唇が重なる。とても簡単なフレンチキス。 「!」 「ゴルドでの続き」 ラプソーンを倒したらキスをさせる、というゴルドでの言葉をククールは覚えていた。 忘れていると思ったのに。だから腹を立てていたのに。 「もう・・・ムカツク」 「あ?」 「ムカツクって言ったのよ!私一人でヤキモキしてアンタは涼しい顔してて、ばかみたいじゃない!」 ムカツクを連呼しながらククールの胸を叩き続ける。その両手を押さえ、もう一度キスをする。 「かわいいなぁ、ゼシカ」「ばか!何すんのよ!」 ばかばか。 埒があかないのでククールはゼシカを抱きあげると、ズンズン歩きだした。 「きゃあ!ちょと、何よ!?」 「廊下じゃムードがないからオレの部屋行って続き」しれっと言い切るククールに一瞬ア然としてしまった。 「やだ、おろしなさいよ」「ぃやだね」 ジタバタと腕の中で暴れるゼシカに構わずククールは自室へと入る。 ゼシカをベッドに押し倒し、覆いかぶさる。 ドキドキドキドキ。これは本当に自分の体なのだろうか。まるで体のあちこちに心臓があるかのように脈打っている。 ククールの真剣な顔から目が離せない。 「・・・ま、またいつもの冗談でしょ?」 「ゼシカ、オレは男だぜ?ここまで来たらもう止まんねぇよ」 「こ・・・心の準備も出来てないし!」 「怖いのか?・・・怖かったら目閉じてろ」 もうこうなったら覚悟を決めるしかないんだろうか?ククールは相変わらず真剣な顔をしているし、心臓はバクバク言ってるし、もうゼシカは頭の中がグチャグチャになっていた。 グッと目を閉じる。 「・・・・・・」 「・・・プ・・・ククク」ククールの声が聞こえる。目を開けるとククールが真っ赤な顔で笑いを堪えていた。 瞬時に理解した。騙された! 「ククール!アンタねぇ!」 起き上がりククールを殴り付ける。 「騙したわね!」 「ち、ちげーよ。だってさ・・・あははは」 まだ笑っているククールに更に腹が立つ。バシバシとパンチの応酬。 「信じらんない。ムカツク!」 「わ!ごめんごめん。だってさ、ゼシカがあんまり可愛いんだもん」 可愛いの単語に殴り付ける手が止まってしまった。 「・・・何よ、それ」 「それにさ、ゼシカが嫌がってるのに出来ねーだろ」ベッドの脇に移動して俯いてしまったゼシカを覗き込むが、プイとまた顔を背けられてしまった。 やっぱり可愛い。 「・・・こう見えてもオレ、ゼシカを大切に思ってんだぜ・・・」 え?またドキっとした。 上目遣いでチラッとククールを見るとこころなしか彼の顔が赤く見える。 ククールでも女に対して照れたりする事があるのだろうか?様子を伺っていると、それに気付いたククールにコツンと頭を小突かれた。 「・・・ったく、オレにこんな事言わせんのお前だけだよ」 まったく、と言いながら今度はククールが背を向けてしまった。ククールの耳は真っ赤になっていた。 ゼシカはそれに気付くと、何だか恥ずかしいのもおあいこのような気がしてエヘヘ、とこっそり笑った。 2-無題2
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その日の午後、彼らは無二の親友とその花嫁を乗せた馬車が去り行くのを遠く見守っていた。 サッヴェラ大聖堂の空は遠く澄み渡り、太陽は優しい光を降らせており、辺りは喜びに満ちあふれている。結婚を祝う鐘の音はいつまでも鳴り響いていた。 「素敵。」 ゼシカは長く苦難をともにした親友―――エイトとミーティアがやっと手に掴んだ幸せを想い、うっとりと呟いた。 「こんな日が迎えられて本当、良かったよね。馬に姿を変えられてたミーティア姫も気丈で偉かったけどさ、エイトもずっと馬の姿の彼女をレディとして扱ってたじゃない?笑われても貶されても。 もし彼女が人間の姿に戻る事が出来なかったとしても、エイトの愛は変わらなかったと思うわ。」 ゼシカは風に流される髪を押さえながらそう言って、隣に立つククールを見た。 ククールもまた満足げに腕を組んで馬車を見送っていたが、ゼシカへの答えは素っ気ないものだった。 「惚れてんなら当たり前じゃね?そもそも人の姿かたちなんて移ろいやすいもんだろ。馬ってゆーのは中々ないだろうけどさ。」 「当たり前……って、よくゆーわ。アンタ、自分の姿かたちとやらに一番こだわってるじゃないの。」 「惚れてる相手なら何でも許す。オレの場合は別。顔だけが取り柄なんです。大事にしないと。」 ゼシカは返す言葉を失ってククールの横顔を見た。 愛があれば相手の外見の変化は厭わない、と言うククール。自分は外見しか価値がない、と言うククール。 ククールは自分が言ってる事の悲しさがわかってるんだろうか……とゼシカは眉を曇らす。 急に元気がなくなったゼシカの顔をククールは覗き込む。 「何?」 「ううん。何でもない。」 「何だよー。言えよ。」 「笑うもん。」 「笑わないから言えって!」 「うーん……。ねえ?私、馬になってもククールが好きだよ。」 真直ぐに自分の瞳を見ながら、あっさりとすごい事を言うゼシカに、ククールは目を丸くする。しばらくの間、大真面目な相手の顔をまじまじと見ていたが、突然爆発的に笑いだした。 「いや、好きって言うのは……なんだ?ホラ、アレよ……。もうっ!笑わないっていったじゃない!」 こんなに笑われるなんて、言わなきゃ良かった。大体、アンタが寂しいコト言うから……と、ゼシカは内心で憤慨する。 ククールはなんとか笑いの発作を押さえ込むとゼシカの手を引き、無理矢理自分の腕の中にその体を収めると、力を込めてギュウッと抱きしめた。 「く、苦し…!」 ゼシカが堪らずに訴えるが、ククールはそれを無視してその耳元に囁きかける。 「……馬になっても、カエルになっても虫になっても?」 確かめようとするその言葉を聞いて、ゼシカはククールの腕の中で目を見開いた。 ……ほーらね、アンタだってやっぱりそーゆーのが欲しいんじゃない。 ゼシカの口元が穏やかに緩む。仕方がないので、もう一度言ってやる事にする。 「馬になっても…鳥になっても、石ころになっても…ね。」 「なるほど……かなり嬉しいな。それは。」 ククールは腕の中の体温を確かめるように目を閉じた。 ゼシカは情は深いが、半端な嘘は付かないし、誰にも媚びたりはしない。だからこそゼシカの子供の様な陳腐な言葉は、誰の口説き文句よりもククールの心を温めた。 ―――不器用で可愛いゼシカ。自分の一挙一動がいちいちオレの心を掻き回してる事なんて、知らないだろう? ヤンガスは、やや離れた所で、二人のその様子をポカーンと見ていた。そんなヤンガスをゼシカの頭ごしに発見したククールは、ウインクを送りながら、どっか行けシッシッ、と手を前後に振る。 「………。」 ヤンガスは黙って後ろを向くと、小石を蹴りながらトボトボと歩きだした。 ―――兄貴はあんなだし、コイツラはこんなだし。 ゲルダに会いてぇなあ、と何となく思うヤンガスだった。
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北海を望む美しきトロデーンへ続く階段道を上りながら、ゼシカはうんと伸びをした。 「気持ちいいわね!」 二歩遅れてゆっくり上っていたククールは、その仕草に笑む。 「はしゃぎすぎて足踏み外すなよ?」 ゼシカはむぅっとふくれた。 「なにそれ、失礼ね。久しぶりのトロデーンだっていうのに、そんなことしか言えないわけ?」 返されて、ククールはクックッと意地悪く笑った。 「もうっ」 「…いやごめん。俺、今ハニーしか見えてねーから」 冗談めかして巫山戯ると、ゼシカがジト目になり、少し頬を紅潮させて「………バカ」と呟く。 ぷいと向こうを向いてしまった。 しかたがないので、ククールは肩をすくめるとまっとうな話に流れを向ける。 「ほんと久しぶりだな。あいつも姫様と結婚してしばらく立つがどうしてんのかね? ったく、忙しいには違いないだろうが、友達がいのないやつだぜ。 こっちがわざわざ出向いてやらねーと、顔も会わせられない」 「それは、ククールが悪いんじゃない。いっつもふらふらしちゃってさ。 一体どこで何してるんだか。 おかげで、連絡取るのも一苦労だって彼困ってたわよ?」 「そりゃ悪かったな」 今度は彼がむくれる番だった。 ゼシカはそれで気分が良くなり、階段を上っていた足を止めて、くるりと振り向く。 「ねえ? この階段を初めて上った時のこと、覚えてる?」 「あ?」 唐突な話題に、ククールは間抜けな声を上げた。 「だから、古代船の手がかりを求めてこの城を目指したじゃない」 「…ああ」 彼はとたんに不機嫌なコトを思い出したのだろう。 たしかに、あの時トロデーン城は呪われていて、冗談ではすまされない凶悪なモンスターが徘徊していた。 しかも、あの頃の自分達はまだとても弱くて、そのうろつくモンスターの群れに不意打ちをくらい、あわや全滅しかけたのだ。 「ククールがいなきゃ、あたしここにいなかったかも」 そう、懐かしげにしみじみとした表情で思い出を語るゼシカとは対照的に、ククールはますます不機嫌な記憶を思い出していた。 本当に、死んでしまうかと思ったのだ。 目の前でどんどん体温が奪われていくゼシカと、覚えたてで使い慣れず、何度も失敗し続ける己のザオラル。 「それで?」 嫌な気分がダイレクトに伝わる低い彼の声に、ゼシカはすこし思い出す仕草をする。 「んー。お礼してなかったから、しとこうかな~って」 「お礼?」 ククールは眉を上げると、階段の先に立つ彼女を見上げた。 彼女は聞いてくる。 「覚えてる?」 「何を?」 「ほら、ククール言ったじゃない」 「何か言ったっけ?」 本気で覚えていないらしいククールの様子が、ゼシカはおかしくてくすくす笑った。 「なんだよ?」 覚えていないのも無理はない。 彼はその台詞を、深く意味を持たせずいつも口にするのだ。 -お礼なら、ハニーの熱い口づけを希望するね- ま、たまにはね。 ゼシカはくすくす笑いながら、上った階段をとんとんと下りる。 降りると、彼の顔が丁度、目の前に来た。 ククールの肩にそっと手を添えると、やっと、彼の青い目に理解の色が灯った。 「マジ?」 「思い出した?」 「…ああ」 まだ信じられないという当惑した顔を瞼に、ゼシカは瞳を閉じると。 ククールの腕が彼女の背中と腰を抱き寄せ。 ゼシカはククールに『熱い』口づけをした。
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ここ最近の流れの、」どうしようもなく黒ーるです。エロはない、救いもない。ゼシカたんかわいそう。それでも大丈夫な方だけ読んでくださるようお願いします… ++―――今日もククールは「どうせもうすぐ次の街に着くから」という理由で、ゼシカのケガを癒さないまま強引に歩みを進めた。確かに彼女の傷は重傷ではなかった。それでも、魔物と戦いながら旅を続けるのが辛いくらいには傷を負っていることに変わりはない。ここ最近ククールは限界ギリギリまでゼシカに回復呪文をかけなくなった。それはとてもじゃないが、彼女の騎士としてふさわしい態度ではない。以前ならMPの無駄遣いだと皆に責められても、ほんのかすり傷でホイミを唱えていたはずが。そのくせ未だに、自分以外の仲間が彼女に回復呪文をかけるのは断固として許さなかった。「ククール、ゼシカを回復してあげてよ」エイトは眉間にしわをよせてそう言った。怒っているというより、考えあぐねた結果の進言といった感じだ。ククールは何をバカなことを、とでも言いたげに意外そうな顔を作る。「大丈夫だって。どうせ宿泊まればある程度回復するんだし。MP節約だろ?」「腕をケガしてるんだよ、あれじゃ可哀想だ」「ちゃんと戦える程度には浅いケガだよ。ホントにヤバくなったらちゃんと回復する。 戦闘に影響がないようにはするから、心配すんなって」「そんなこと心配してるんじゃない。はぐらかすなよ」エイトの本来の強さが目に現れる。ククールはじっとそれを見返し、薄く笑った。「…じゃあお前がアイツに言ってやれよ。回復してやろうか、って」不審そうに、エイトがククールを見上げる。していいものならとっくにしている。それを禁じたのは他でもないククールじゃないか…。エイトは嫌な空気を振り払うように「それなら」、と踵を返した。その背中に、ククールの楽しそうな声が聞こえる。「―――――アイツはさせないだろうけどな。…絶対に」その後エイトに回復を勧められたゼシカは、「ククールにしてもらうから大丈夫」と、それを拒んだ。その笑顔は、痛々しかった。 *ゼシカは扉の前でずいぶん長い間立ち尽くしていた。傷を負った腕がひどく痛みはじめていた。そこをかばうように、ギュウと掴む。早くしないと、扉の向こうで自分を待っているはずの人物を怒らせてしまうかもしれない。その部屋は―――ククールの部屋だった。あの夜から、ククールはたびたび、機会があれば強引にゼシカを抱いた。あくまでただのセックスではなく、「MPを要しない究極の回復魔法」という名目のもとに。ゼシカは拒んだ。こんな風に自分たちの関係が変わってしまうのは耐えられなかった。しかしククールはそれを強要した。なぜ、と問うても決して答えは返らなかった。はじめはどこか煮え切れない表情でゼシカを抱きしめていたククールは、回数を重ねるたびにその顔を皮肉にゆがませ、ゼシカが嫌がれば嫌がるほどそれを楽しむようになる。そしてゼシカはあまりに急激に植え付けられた性感に翻弄されすぎて、ククールが与えてくる暴力的な快楽にとらわれ、いつしか抵抗することを忘れた。 それは麻薬そのものだった。やめなければ身を滅ぼすとわかっているのに、浅ましく求めることをやめられない。宿で個別の部屋が取れた日は、必ず夜更けにククールがゼシカの部屋を訪れた。ゼシカも、部屋割りが判明した瞬間から今夜自分が彼に何をされるのかを知っている。わかっているなら逃げればいいのに、それをしない時点でこの行為は同意のうえだった。しかし彼が部屋を訪れる時間はいつもバラバラで、ゼシカがまだお風呂に入っていないからと言ってもかまわず抱かれるし、お風呂に入っている最中に乱入してきてそのまま無理やり行為になだれこまれたことも一度や二度じゃない。たとえ愛情に基づいた行為ではなくても、ゼシカはせめてちゃんと身を清めてからじゃないと、他人に己の身体を触らせることに大きな抵抗があった。いつかそれを羞恥をこらえて訴えたことがある。するとククールはニヤリと笑って言ったのだ。「じゃあ、お前がオレの部屋に来いよ。オレの“回復”が恋しくなったら、ゼシカの方からくればいい」自分からククールの部屋を訪れるということが、どれほどゼシカの羞恥を煽り、ゼシカに屈辱を与えるかをわかりきっていて。ククールが強要するからではなく、ゼシカが抱かれることを望んでいるのだと。それを証明させようというのだ。そしてゼシカはこの狡猾な提案に逆らえるすべを持たなかった。指先が滑稽なほどに震えながら、ドアノブを掴み、ひねる。いつだってこの瞬間は心臓が破裂しそうなほどに高鳴る。それは期待ではなく、恐怖。この扉を開ければ、また一つ、自分達は戻れなくなる。わかっているのに…部屋の中に人影はなかった。足を踏み入れる。彼の部屋を訪ねているのを他の仲間に見られたくなかったから、扉を閉めた。シャワーの水音も聞こえない。か細い声で彼の名を呼ぶが、返答はない。ゼシカは肩の力が抜ける気がした。ホッとしているのは間違いない。「逃げられる」――ゼシカの脳裏に咄嗟に浮かんだのはその言葉。ちゃんと部屋に来たのだ。でも、ククールはいなかった。だから帰ったのだと…ゼシカが来たい時に来ればいいと言ったのは彼なのだからそんな言い訳自体が無用なものであるはずなのに、なぜかゼシカは必死で弁解を考えていた。なぜ来なかったのかと責められた時の言い逃れを。きっとククールは問い詰めない。でも、確実に…怒る。彼が不機嫌な時にされる“究極回復”を、ゼシカは身をもって知っていた。必要のない長い長い乱暴な愛撫に、高められるすぎて苦痛なほどの快楽を延々と味あわされても、ククールはゼシカが一番求めているものを最後の最後までなかなか与えてくれなかった。焦らされすぎて、自分がどれほどはしたなく懇願したかも覚えていない。あんなのはもうイヤだ。ゼシカは顔を赤らめ、悔しそうにスカートを握りしめる。あれは自分がこっそりエイトに回復を頼んだことが彼に知られてしまったからだった…今なら、逃げられる。このあと自分の部屋には戻らず、教会ででも一晩過せばいい。ゼシカは弾かれたように振り返りドアノブに手をかけた。しかしまさにその瞬間、廊下側から扉が引かれ――――目の前に立つククールを見上げ、ゼシカはあからさまに怯えの表情を見せた。意外な邂逅にしばらくきょとんとしていたククールだが、ナイトローブ姿の彼女を一瞥し、静かに微笑んだ。「……どこ行く気だったんだ?ゼシカ」――――その声は、ゼシカにとって堕ちていく合図だった。
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世界の中心、三大聖地の中でも巡礼の終着地と言われる聖地ゴルド。 エイトたちがこの聖なる町に辿り着いたのは、日が暮れてからだった。 調べたい事は沢山会ったが、旅の疲れもあり今夜は休む事になった。 さすがゴルドというべきか、参拝者が多い。世界中の信心深い巡礼者が、この聖地のシンボルである岩山に刻まれた巨大な女神像をひと目見ようと集まってくるのだ。 ゴルドの宿は既に満床で、床に敷物と毛布で寝ることになった。 夜も更け人々が寝静まった頃、ゼシカは目を覚ました。 浅い眠りの中で見た夢は、酷く恐ろしいものだった気がする。額が汗ばんでいる。気分が悪い。 ゼシカには解っていた。あの、女神像のせいだ。 荘厳な女神は恐ろしく大きく、岩肌の質感のせいか、眼下を見下ろすその目は厳しく、冷徹であるとさえ思える。 ゼシカは先刻のククールの申し出を断ったのを思い出した。 『そんなに怖いなら、今夜は添い寝してやろうか?寝つくまで子守歌を歌ってやるよ。』 衝立てで個別に間仕切られてはいるが、この部屋にはエイトたちばかりでなく他の一般客数人も床で寝かされていて、なかなかの大所帯になっている。 ゼシカは足を忍ばせククールのそばに近付いた。 「ン…?何だ?」 さすがに騎士だけあって、すぐにゼシカの気配を感じてククールは目を覚ました。 「ゼシカか?どした?」 「ゴメン。やっぱりどうしても女神像が怖くって…。」 ゼシカは気まずさで俯く。自分は何をやってるんだろう。顔が熱くなる。 「なんだ夜這いじゃねーのか…まぁいいか。添い寝だろ?」 ホラ、とスペースを開けてくれるククールの隣に、ゼシカは何が夜這いよ、とブツブツ言いながら横になった。 「何かしたら承知しないからね。」 ---それが人にものを頼む態度かよ。ククールは警戒もあらわに念を押すゼシカに苦笑した。 「しねぇよ。ゼシカとの初めての記念すべき夜は、パリッパリの白いシーツつきの、フッカフカのバカでかいベッドがある、月明かりが良く入る窓があるコギレイな部屋でって決めてんの。オレは。」 ククールは思い付きにしては具体的な事を真顔で言った。 「何よソレ…。」 ゼシカはアホらしさに脱力した。呆れて怒る気もしない。 「こんな状況じゃ何する気も起きねーよ。」 ククールは不快極まりないといった感じで衝立てを指差した。さっきから聞こえる一際大きいいびきはヤンガスのものだろうか。確かに聖地にあるまじきむさ苦しさだ。 「女神さまも、見てるしな…。ま、ゼシカは勘がいいよ。あれ、ただの石像じゃない。」 「ちょっと!恐いこと言わないでよ!ただの像じゃなかったら、なんだっていうのよ!」 「知らねぇよ。そんな事。あんまりイイ感じはしないって言ってんの。一応僧侶なんだぜ?オレは。」 何が僧侶よ---と言いたかったが、ゼシカは黙った。ククールが良い・悪いに関わらず、そこにいる何らかの気配を感じ取るような事はこれまでにもあって、それが外れない事も承知していたからだ。 それにしてもなんだろう、この宿屋は。宿屋の主人が『満床だから床で寝てくれ』と200ゴールドも取った上で当たり前のように言った事をゼシカは思い出した。 常に人が集まるこのゴルドでは当たり前の事なのかも知れないと一度は納得したのだが、女性である自分にくらいもう少し気を使ってもいいんじゃないだろうかと思う。 敷物があるとはいえ、伝わってくる床の固さにゼシカは顔をしかめた。 「ゼシカ、ちょっと一回起きな。」 不意にククールが言った。 ゼシカは言われるがままに半身を起こすと、ククールがその場所に腕を伸ばした。 「どうぞ。」 意図するところを理解できず、訝しげに見返す。 「はぁ?」 「枕ないから。どうぞ。」 腕枕。紳士的なのか、下心からなのか、ククールの平然とした表情からは全く読めない。 勘ぐる方が品がないような気がしたので、ゼシカは大人しくそこに頭を乗せ、ククールを見た。 ククールはというと、下心があったわけではなかったが、ゼシカからひと言ふた言はあると思っていたので、あまりの素直さに拍子抜けした。 「…………。」 「…………。」 黙って見つめあう形になってしまい、変な間が流れる。 ククールがなんとか話を切り出す。 「え~と、それでオレは子守歌を披露するべきなのか?」 ゼシカは吹き出した。ククールは照れているらしい。 「それはいいわよ。ククール音痴そうだもん。」 「色男が音痴だというセオリーは、オレの場合通用しないんだけどな。」 そう言いながら、ククールも笑った。 眠くなるまで二人は色々な話をした。子供の頃の事。それぞれが使える魔法の事。エイトやヤンガス、トロデ王、ミ―ティア姫の事。 ゼシカはいつの間にか、女神像の事を忘れた。 それからククールは本当に子守歌を歌った。教会の聖歌。 それは意外にも上手くて、小声ながらも通りのよいバリトンの声はゼシカを安心させた。 ---ああ、コイツ本当にとんでもないタラシだわ。気を付け無くっちゃ…。 そんな事を考えながら、ゼシカはゆっくりと眠りに落ちた。 ククールはゼシカが寝付いたのを確かめると、肩の上まで毛布を引き上げてやった。 腕が痺れたので肩のほうにゼシカの頭を乗せ直し、これ位許されるダロ、と前髪にキスして、自分も眠るために目を閉じた。 翌朝二人は、早起きしたエイトたちにくっついて眠っているところを見つかってしまい、散々冷やかされた。 ククールはあらぬ事まで認め、ゼシカは必死に釈明した事は言うまでもない。
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ぬくもりの正体2 何かの夢を見ていたゼシカは、半覚醒の状態で息苦しい、と思った。どうせまたきっとククが谷間で寝ていて苦しいのだ、やれやれ、とぼんやりした頭で思う。でも…暖かい…。離れたくないな…。ちょっとずれてくれないかな。ゼシカは身じろぎしようとしたが、うまく動けない。「…うん……クク……重いよ…」「…ああ…わり…」眠そうな男の声がして、少し軽くなった。ゼシカは胸の谷間に眠るククが転がり落ちないよう、いつもの様に抱えたまま横向きに寝返りを打とうとした。しかしその前に、逆にゼシカの背中に腕が回されて、勝手にくるりと体が横向きになった。ゼシカの背中を大きな手のひらが、なでなで、とゆっくり行ったり来たりしている。……あれ?猫なのは私だったっけ…?ゼシカは寝ぼけた頭で思う。うっすらと目を開けると、ククールの頭のてっぺんが目に入る。無理矢理、谷間に顔を突っ込んでいるせいで、自分の胸が不自然に盛り上がっているのを見たゼシカは、あ、やっぱり私、猫じゃないや…と思う。広い肩が深い寝息に合わせてゆっくりと上下している。よく寝てる…。幸福な気持ちでゼシカは、銀色の艶やかな毛に鼻先を埋めると、ゆっくりと嗅いだ。いつもの匂い。自分と同じ石けんの匂い。両腕でその頭をゆったりと抱えて、銀色の髪にちゅ、とキスすると、ゼシカはまた眠りに引き寄せられた。気持ちいい…もうちょっと眠れそう…。ぬくもりに包まれた安心感にとろけそうだ。ん…ちょっと、クク…動かないでよ…。起きちゃったの…?もうちょっと寝ててよ…そこで寝ててもいいから…。え…?なに?何か言った…?無理…眠いの…後にして…。ゼシカは瞳を閉じたまま、眉をひそめる。胸の谷間の顔が、スリスリと左右に動きはじめたせいで、落ち着かない。いつものザラリとした舌が、今日は滑らかに肌を滑る。背中を往復していた手のひらが、いつの間にかおしりを撫でている。足まで絡められて……足?足って?フッ、と息を吹き掛けられる。やがて胸に掛かった手の感覚で、さすがにゼシカの中でなにかがおかしい、と閃く。ゼシカは恐る恐る、ゆっくりと、しっかりと、目を開けた。見開いたゼシカの目に映ったものは、ほどけた黒いリボンと、腕だけに残った自分のパジャマと、その腕に抱かれてご満悦なククール、その人だった。「ええぇっっ!!!!ク…!ククールッ?!」「おはよう、ハニー。やっとお目覚めだな、オレのお姫さまは」ククールはカーテンの隙間から射し込む光にほどけた長い髪を反射させながら、ニッコリと笑った。ゼシカは、二、三度瞬きをして、さらに手の甲で目を擦ったが、何度見ても同じ映像が結ばれる。「なっ…なんで?!どうして?!どうしてククールがここにいるの?!」ゼシカはガバッと起き上がった。ヒュウ、と口笛を吹いてククールの視線が何かに向けられたが、興奮しているゼシカはそれどころではない。ククールは横になったまま肘をついてゼシカを見上げる。「…どうしてだと思う?」「ふざけないで!!いつ来たのよ!今までどこに居たのよ!!」「…説明が難しいな。んー、後で話すよ」「後でって!!わ、私がどんな思いであんたを待ってたか…!」ゼシカは感情を昂ぶらせてぶるぶると震えている。「…知ってるさ。ゼシカがどんなにオレを恋しがって泣いてくれてたか」「!だ、誰が!!あんたなんか!ちっとも…」「嘘はイケないな、ハニー?毎晩オレを抱き締めて泣いてたじゃないか。いつも優しく慰めたオレを忘れた訳じゃないだろ?」ククールは口元にニヤニヤと笑みを浮かべているが、その瞳は愛しげにゼシカに向けられていた。「誰のせいよ!誰の!!………は?……今何て…?」「毎晩抱き合って眠って、そうそう、毎晩一緒に風呂にも入ってさ」ゼシカはこれ以上は無いくらいに鳶色の瞳を見開く。「………ま……まさか…。…嘘でしょ…?!そうだ、ククは?!ククはどこ?!クク!ククー?!」ゼシカはワナワナと震えながら周りを見回す。嘘だ、嘘っぱちよ!そんなはずないわ!やめてよ、誰か嘘だって言ってー!!!今のゼシカには間違いなく、天使の鈴が必要だった。ゼシカの慌てぶりを観察していたククールは、サッと起き上がり、ゼシカの肩に右腕を回して捕らえ、左手をゼシカのアゴに掛けて上を向かせ、「ニャーン」と、ひとこと言ってニヤリと笑った。ゼシカは硬直してククールの顔を見つめる。吐息がかかるほど近くから碧い碧い瞳に見つめられて、思考が停止する。「冷たいな、ハニー。ゼシカお嬢さんの恋人は、銀髪に青い瞳。熱々で見ていられないらしいぜ?」「!!!」そう言ってククールはゼシカの唇に、ゆっくりと、確かめるように、何度も何度もキスをした。回らなくて、いや、ぐるぐると回りすぎて全く機能しないゼシカの思考は、とりあえずククールにまた逢えたという事実にだけは行き着いた。最後に酸素が足りなくなるような深くて長いキスのあと、茫然とするゼシカにククールは、「…見下ろすのもなかなか。目の高さが違うとまたいいね」と言った。意味が分からないままゼシカはククールの視線を追った。「…キャァァァァァーー!!!!!バカバカバカククールのエッチィィィ!!!」ゼシカは真っ赤になって両腕で胸を隠し、慌てて毛布を引き寄せる。「…今さら何言ってんの、ゼシカ。悪いけどオレは散々…」「やめてッ!!言わないで!!」パニック状態のゼシカは自分の部屋の中であることも忘れ、思わず片手を振り上げる。一瞬で気圧が変わったのを感じたククールは、マジ?!イオナズン?!そこまでする?!うわ、間に合わねー!!と咄嗟にゼシカの唇を唇で塞ぐ。詠唱を止められた途端に空気が緩み、じたばたと続いたゼシカの抵抗もやがて緩んだ。タッチの差で「猫じゃなかったら黒コゲよ」を回避したククールは、ゼシカの唇の柔らかさを味わいながら、メラゾーマの方が詠唱が短い…危機一髪だった、と真剣に考えていたが、ゼシカとの間に挟まれていた毛布がパサリと落ちたことに気が付いた。いつの間にかゼシカの両手はククールの背中にまわり、柔らかな毛並みではなく、筋肉の張った、しかし滑らかな背中を、つ、となぞった。…ククールが、ここに居る。ゆっくりと唇が離れるとき、ククールはまるでククのように、ペロリとゼシカの唇を舐めた。ゼシカはもぅ、とため息混じりに言った。「ちゃんと説明してよ…何が何だか分からないわ」「そうだよな。ところでお前、今日仕事は?」ゼシカはもう一度大きくため息をついて、そっぽを向いた。「もう、今日は休むわ…仕事どころじゃないもの」「そうか…じゃ、時間はあるんだよな?ゼシカ」呆れるほど綺麗な笑顔で、上品に微笑むククールを見て、ゼシカの心に一抹の不安が過る。何しろこの男は、自分に「…仕方ないわね」と言わせる天才、なのだから。 ぬくもりの正体1 ぬくもりの正体2