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それはゼシカがいなくなってからしばらく経った日の夜のこと。 ククールは夜中にふと目を覚ました。 なぜ突然覚醒したのかと自分でも訝しむ。眠気はなく、頭はおかしなほどに冴えている。 呼ばれた気がして、ハッと窓の外を見た。薄暗い月明かりの中、闇夜にたたずんでいるのはーーー 「ゼシカ!!!!」 外に飛び出し叫んだククールの声に、背中を向けているゼシカの細い肩がビクリと揺れた。 なぜか触れることがためらわれ、ククールは息荒いまま、驚きと困惑に満ちた表情で彼女が振り向くのを待つ。 「……………………クク………」 ゼシカはひどくゆっくりと振り返り、今にも泣きそうな大きな瞳をククールに向けた。 その瞬間、ククールの中で張りつめていたものがはじけ飛んだ。 「ゼシカ………!!」 駆け寄り満身の力をこめてゼシカを抱きしめる。 他の多くの言葉は何一つ言葉にならず、ただその名だけを絞り出すように囁いた。 こんなに強くしたら痛いだろうと思うのに、抱きしめる腕の強さを弱めることができない。 ゼシカの手がククールの背中に回されかけ、何かをこらえるようにそっと下に降ろされた。 どうして来ちゃったの、とゼシカが呟く。 「………ククール………ごめん、なさい……わたし………」 「ゼシカ………!!この、バカ………!!!!」 ククールの声も、今にも泣き出しそうで。 「どれだけ…ッ。お前な、人がどれだけ心配したと……ッッ!!」 「ククール………」 「いなくなるんじゃねぇよ…!!二度と離れんなゼシカ……!!」 「……クク……」 ゼシカの身体が震える。少しだけ平静を取り戻したククールが両肩を掴んで身体を離すと、 彼女の目から大粒の涙がとめどなく流れていて、眉をひそめる。 「…泣くなよ。悪かった、怒ってんじゃねぇから…」 言いつつ親指で滴をぬぐって、手の平で頬を優しく上下してやる。 「………いいから。な?ほら、帰ろう。エイト達も心配して…」 「ごめんなさい、ククール…ちがうの、わたし…ッ」 ゼシカはあたたかく包まれた顔を振りほどくように地面を向いて、胸元で強く拳を握った。 「…わたし、わたし…ッ。もう、ダメなの…戻れないよ…」 「大丈夫だ」 「わたし、さよならを…言いにきたの…ッ」 「バカなこと言うな…お前はこうして戻ってきただろ」 「ダメなの、お願い、わたし…!!」 「大丈夫だオレがいるから」 「ククール…ッ」 ゼシカが嗚咽をあげて泣き始める。それでも自分の背中に回されない彼女の手に、 忌まわしき杖が握られていることにククールはその時はじめて気が付いた。 ギリ、と歯がみする。 「ゼシカ…大丈夫だ。お前は一人じゃないから。不安に思うことは何もない。だから」 色を無くすほどに強く杖を握りしめている、彼女の小さな手を取る。 「ーーー離すんだ。こんなもの、オレがぶっ壊してやる」 「だ…ッ、ダメよククール…!!」 ゼシカは突如、怯えを露わにして、泣きながらククールの手を振り払おうとした。 しかしククールは決してそれを許そうとせず、手を握ったままゼシカの瞳をのぞきこむ。 「ゼシカ、オレを信じろ。オレがお前を護るから」 「ククール、離して!」 「離さない」 「ククール!」 「ゼシカ、オレを見ろ」 「ククール!!」 「ゼシカ!!!!」 錯乱したようにククールを振り放そうと暴れる彼女を、ククールは再び腕の中に封じ込める。 そして、その勢いのままに、強引な口づけを。 あまりの驚きに目を見開き固まった身体をすぐには解放せず、 ククールはさらに長く深い口づけを彼女に仕掛け続けた。 次第に溶けていくゼシカの身体を支えながらようやくして顔を離すと、目の前には、目尻を赤く 染めながらもおそらく悲哀とは違う涙をためたゼシカの瞳が、艶をたたえてククールを見つめていた。 「………ッ、ククール………」 「…ゼシカ、………オレは」 お前が。 もはや溢れ出した胸の想いに、苦しげな表情でククールが口を開く。 その時 闇夜の雲が、月を隠してあたりを暗闇に染めた。 「ーーー………だからダメって言ったのに」 「………………………………え………?」 ゼシカの肩が震えている。クスクスクスと笑いながら…。 ククールは自分の腹を見た。 深々と突き刺さっているのは、愛しい人を苦しめている呪われし杖。 「…ッぐあ……ッッ!!!!」 「悲しいわ…本当に、弱い者は愚かで悲しい」 容赦なく杖を引き抜き、倒れるククールを悲しげに微笑みながら見つめている。 「愛することも信じることも、愚かで悲しいものでしかないのに」 「ゼ、ゼ…シカ…ッ」 ククールは倒れ伏した地面から顔をあげ、今や憎き者に意識を奪われたゼシカを見上げた。 ゼシカの姿をしたソレは、膝をつき、妖艶な笑みでククールの耳元に囁きかける。 「…アナタがね…邪魔だったの。口先だけの騎士、ククールさん?」 「この娘の心は悲しい復讐と執念にとらわれて、とても居心地がよかった…。でも、決して 支配させてはくれないの。甘美な闇に飲み込もうとすると、決まって助けを求めて名を呼ぶのよ… 一人は、サーベルト。そう…ふふ、この杖が殺してしまった大切な人の名前。 でも死んだ人間には何もできないわ。だから、厄介なのはねぇ、アナタなのよ、”ククール”。 この娘は私の支配に逆らい、何度も何度もアナタの名前を呼ぶの。 そしてそのたびにこの娘の心には光が灯る…希望と言う名の光がね。 アナタの存在は、この子の心に残された光…救い…願い…望み… 私が欲しいのは、絶望。そんなものはいらないわ。だからアナタもいらないの。 ………フ、フフ……。ウフフフフフ…アハハハハハハハ!!!! でも、もう、これでおしまい。心が求める最も愛しい者を、自らの手で殺したのだもの。 この娘の心に希望など、もう一欠片も残されてはいないわ。 ほら…私の中で泣き、叫んでいるこの子の声が聞こえる?悲しいわね…ウフフ…」 ゼシカの…いや、異形の者の美しい指が、血に濡れたククールの頬をなでた。 遠のく意識の中、去りゆく背中を必死で凝視しながら、 ククールは胸の内で彼女の名前だけを、何度も何度も、叫び続けていた。
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潮時・翌朝の時系列のククゼシ ※開発未満1※・※開発未満2※・※開発未満3※・※開発未満4※・※開発未満5※・※開発未満6※ 「…それより、“変なの”じゃなくて、気持ちいい、だろ?またお前は隠す。ほら、言ってみ」「…ッ…」「言えって。言わないともう舐めてやらねぇぞ」ゼシカは口を結んで、必死で首を振り拒否する。ゼシカにとって、性的な快感は未だに恥ずべき感覚だ。素直に言葉に出して認めることは、罪を告白することにあまりに似ていた。罪――隠しておきたい秘密。快楽の懺悔を強要するのが、恋に堕落した僧侶というのも皮肉な話で。「…ったく、この強情。………………こんな濡らしといて」いつの間にかスカートの中に潜んだ指が、下着の上から「濡れた」場所を縦になぞる。ゼシカは声にならない息をのみこんで咄嗟に両足を閉じるが、ククールの身体に阻まれてかなわない。強情なゼシカに対するお仕置きなのか、ククールはニヤリと嫌な笑みを浮かべ、「確かにゼシカは恥ずかしいくらい胸、弱いよな。敏感すぎだし、エロすぎ」「やっ、――やだやだっ、そんな、コト…ッあっ、あ、ん…」下の縦筋をいじくるだけいじくって乱れさせたあと、唐突にそこから指を退く。「…もしかしてゼシカって胸だけでイケる?試してみようか」一瞬その意味を捉えかね、すぐにゼシカの顔が朱に染まった。限界ギリギリの羞恥に身を竦ませるほど悶える。即座に色付いた先端をキツくつままれ、もう片方を音を立てて吸われ、ゼシカは怯えにも似た声を上げてククールの肩を必死で押し返す。「ひぁあっ!…ッや、だっ!やめて、やめてクク…ッ、ぅ、あ…っ」「ホントやらしーな。オレにいじってほしいみたいに立たせちゃって」「く、ぅう…ッッ!!!!」ゼシカの脳内がぐるぐる回る。かろうじて保ててきた精神がもう少しで焼き切れる。…壊れる。これは覚えのある感覚。この屈辱の瞬間さえ乗り越えれば、あとは何も考えなくていい。恥辱と、恍惚。拒絶と、切望の狭間で、ゼシカは早く、と叫んでいた。壊してほしいのは―――理性。 「―――ゼシカ、逃げるなって言ってるだろ。今イったら、今夜はもうこれでお終いにするぞ」そしてククールが、そんなゼシカの「逃げ」をわからないはずもなく、それを許すはずもなく。唐突にククールはゼシカの身体から全てを離した。ぬくもりと快感を与える全てを。まさにただベッドの上に放り出された格好のゼシカは、荒い息を吐いてわけもわからず首を振る。いきなり遮断された快楽は浅ましく続きを期待して、ゼシカの全身を濡らし続ける。ククールはそんなゼシカに跨り、悦楽に堕ちかけているそのエロティックな表情を眺め、耳元に囁いた。「オレにどうして欲しいのかちゃんと言えたら、ゼシカが望んだとおりにしてあげるよ」「…どう、して、ほし…?」「どこを触ってほしい?」「…ッ」夢から覚めたようにハッとして、真っ赤なままでぷるぷると首を振り返答を拒否するが、「言わないと本当にもう何もしない」ククールの瞳が冷たい光を放ってゼシカを射るように見る。ゼシカは、怯えた。「そ…っ、そんな、の、わかんな…」「わかってるくせにウソつかねぇの」「ウソじゃない…ッッ!!」「ふぅん」ククールはゼシカと視線を合わせたままわざとゆっくり身体を起こし、四つん這いになると、次に何が起こるのか恐々としている不安げな表情を悠然と見下ろし。「じゃ、今日はここで終わりな」にっこりと。有無を言わさぬ圧力の笑顔。ゼシカはようやくククールの意図と、自分の置かれた状況を理解する。ここで終わりということは、つまり……「―――ずっ…、ずる…!!」「ずるい?何が?お前さっきからやだやだヤメテってずっと言ってたじゃん。お望みどおり、全部やめたぜ?…ココ舐めるのも、ココいじるのも」そっと羽根が落ちるほどの軽さで、ふるり と揺れるゼシカの胸に触れ、スカートをまくりあげた状態でピッタリと閉じられている太ももを辿り、際どいラインを指でひっかく。ビクンと敏感に反応する身体に、ゼシカは全身を朱に染め、ククールはほくそ笑んだ。最初から勝負ですらなく、これは仕掛けられた罠だ。今さら気づいてもどうにもならない。ゼシカは胸元で拳を握り締めながら、歯ぎしりしそうなほどに歯を食いしばった。(…ずるい、悔しい…!!こんなの、ずるい…)どんなに強がってみせても、ここまで登りつめた身体をどう治めればいいのかなんて、ゼシカには見当もつかない。ククールはここで行為を中断したってきっと困らないんだ。ここで終わって、困るのは自分だけ。官能の直中に置き去りにされたこの熱い身体を持て余して長い夜を一人でどう過ごせばいいのか、考えることすらできない。最初から選択肢はなかった。この熱を解放する方法を…ゼシカは一つしか知らないのだから。ゼシカは目尻に涙を湛えてククールを見上げ、「ひどいよ……っ」虚勢も張れなくなった、それは心底からの本音だった。ゼシカはこんなククールを知らなかった。こんな風に楽しげに、自分をいじめるククールを。「……お前が悪い」そしてこんな風にゼシカをいじめて楽しんでいる自分を、ククール自身も知らなかった。そう、ゼシカが悪い。オレにこうさせているのは、間違いなくお前だ、と。 「……言えよ、どうしてほしい?」溜まった涙を舐め取り、耳に息を吹きかける。それだけでゼシカは震える。「それともこのまま朝まで一人で悶えてるか?」「……ッッ!!」「一人で気持ちよくなるやり方も、お望みなら教えてやるぜ?オレに見られながらやってみる? ゼシカはエロいから、もしかしたらハマっちゃうかもな。それはそれで見てみたいけど」「ぅ、…ヤ、だ、もぅ…ッ」ゼシカの表情はククールの言葉を浴びるたび恥辱に歪み、そこに嫌悪はなく、あるのは、むしろ。(…興奮、してる。オレも、ゼシカも)ククールはゾクゾクと背中を這いあがる戦慄のような感覚に、口角を釣り上げた。「…ゼシカ」「…ッ、……!――……………あつ、いの…あつくて、…変…の…っ」「うん。……どこが?」「ん…っ」ゼシカは足をすり合わせ、無意識に自分でそこを刺激した。下着の冷たさが羞恥を煽る。ククールの好奇に似た視線が楽しげに、残酷に自分を見下ろし、その視線にまたそこが熱くなる。無意識にきゅううと締め付けると、じんじんという痛みにも似た感覚が下肢全体を襲った。「おねがい…ね…さわって…?」「うん、触るよ。どこを?」最後までククールは意地悪な笑みを絶やさない。ゼシカは泣きながら決心して身を起こし、ククールの手を自分の下肢に震えながらそっと導いた。といっても乱れたスカートの裾の中に招き入れるだけだ。しかも肌に直接触れさせることもできなくて、布の中で彼の手を空に浮かせたまま固まってしまう。それが本当の精一杯。恥ずかしくて顔をあげられないゼシカは、震えながら黙って次の展開を待った。お願いだからこれ以上イジめないでと心の中で叫びつつ。ククールの小さな笑いが聞こえた気がした瞬間、ゼシカの指が逆に握り返され、スカートの中で蠢いた。「あっ!」「……あぁもう、お前ホントかわいすぎ」ククールの長い指に重ねられたゼシカの細い指が、下着の上から濡れた箇所に喰い込まされる。咄嗟にゼシカはククールにしがみついて悲鳴をあげた。「やあッ!!」「教えてやるよ。さっき言ってたろ?ゼシカが気持ちいいと、なんでオレも気持ちいいのか」「ひ、ぁ、ああっ」指を取られたままゼシカはゆっくりと押し倒される。ククールは彼女と自分の手を、下着の中に滑り込ませた。指先が柔らかく熱い肉に触れ、それが自分の恥部だと理解した瞬間、ゼシカは衝撃に身を竦ませた。「イヤッやめてやだ!!!!」「…濡れてんの、わかるだろ?」「やめておねが、い…ッ!!!!」「これはゼシカが気持ちいいと出てくるやらしー汁のせい。エロければエロいほどどんどん出てくる」「や、や、あ…っ」「ゼシカはやらしいコだから、胸だけでもうこんなに濡らしてる」「あっ、あっ…やだ、やだククール…やだ」ククールは嫌がるゼシカの耳元に執拗に囁きながら、指を動かし入口をくつろげて弄ぶ。もちろん彼女の指を操り、退けようと抗う手を押さえつけ、その蕩けきった淫らな感触を無理やり実感させながら。 「…ゼシカ」ククールはこの箱入りには早すぎたかと刺激的すぎた行為を今さらちょっぴり後悔しつつも、あまりの羞恥に錯乱して泣きじゃくるゼシカに優しく口づけ、その緊張を和らげようと試みた。「落ち着いて。大丈夫、怖くないから」「…ぅ、やだ、もう…ッひ、うぅ…」「どんなにゼシカの身体がオレを気持ちよくしてくれてるのか、知ってほしいだけだよ」「恥ずか、しぃ…っ。もうやだ…」「ゼシカ、目開けて」「恥ずかしいよ…もうやだぁ…」目尻や額や頬に何度も繰り返しキスを落として、よしよしとなだめ続ける。涙を堪えながらゼシカがようやくククールを見上げると、慈しむような優しい口づけが口唇に落とされた。翻弄するばかりの激しいキスは強引に性感を呼び起こすためでしかないが、口唇をはみ、舌もじゃれあうように重ね合わせるだけの長く優しいキスは、全ての警戒心をゼシカから奪ってしまうある意味危険な代物だ。それはこの世でただ一人、ククールにしか使えないスキル。ククールはもちろんそのことを知っていて実に効果的に使用するが、ゼシカはスキルの存在そのものに気づいていないので、ククールにばかり一方的に便利な技だったりする。目論見通り、ゼシカは徐々に体の力を抜かれ、うっとりと口付けに酔いしれはじめた。ククールは慎重に様子をうかがいつつ、口唇を合わせたままそっと、彼女の下腹部で重ね合わせたお互いの指を、濡れた裂け目の中に侵入させた… ※開発未満1※・※開発未満2※・※開発未満3※・※開発未満4※・※開発未満5※・※開発未満6※
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ククールが宿の一階に降りてくると、エイトとヤンガスが受付前に設けられたソファに腰掛けてまったりしていた。「…やぁ、ククール」エイトが、気の抜けた笑みで手を挙げる。彼らも疲労に満ちた顔をしている。ククールは苦笑した。「…おう」「ゼシカ、落ち着いた?」「なんとかな」「それはよかった」ソファに深々と座り込んで、ふぅ、と息をつく。ククールもその横に座った。「……ったく、俺の寿命50年分は返せってんだ」ヤンガスが不機嫌に呟き、エイトも同調してうんうんと頷く。しかし本当に疲れているのだろう、それ以上ククールを責める声は聞こえてこなかった。それよりも、安堵のほうが勝っているようだ。ククールも重ねて謝ることしかできなかった。そして彼らの想いが、やっぱりくすぐったかった。ククールが彼らの前に姿を現した時、大騒ぎのあとひとしきり小突かれ、殴られ、罵倒されて、それでもあのトロデやヤンガスやエイトが目に涙を浮かべているのを見て、ククールは謝罪と感謝と、ことの経緯を伝えようとした。しかしすぐに「そんなことはどうでもいい」と耳を疑うようなことを言われ、そして「すぐゼシカのところに行け」と強引に促されたのだった。今、ククールは改めて奈落に落ちてからの数日間のことを説明し、本当に死にかけたと笑った。「笑いごとじゃないよほんと…。体は?大丈夫?」「あぁ、助けられてからどっかの神父が回復してくれたみてぇでさ。全快じゃないけどケガもねぇよ」「ちゃんと休んでないんだろ?」「いや、しばらくあっちで休ませてもらったから。自分にホイミできるくらいには休んだ」「腹はへってねぇんでげすかい」「断食状態だったからいきなり食べると良くないってんで、軽いもんだけ食わせてくれたから 今は減ってねぇな。多分明日には食欲も元に戻るんだろうぜ」あっけらかんと話すククールに(それはわざとなのかもしれなかったが)、仲間たちは心底脱力し、笑った。「…まったく…。その調子だと、ゼシカに殴られたんじゃないの?」「――え、いや。…………アイツ泣きっぱなしで、それどころじゃ」照れ隠しなのかあさっての方向を向きながらボソボソ呟くククールに、エイトとヤンガスが顔を見合わせる。「…泣いてた?ククールがいなかった間、ぼくたちゼシカが泣いてるの見たことなかったよ」「……え?だって、あんなボロボロ…」その時、階段を転げ落ちるように降りてくる騒がしい足音が響いて、3人はビクリとそちらを振り返った。階段の手すりにすがるようにして、今にも倒れそうな足どりで、ゼシカがそこにいた。最後の段差を降りたところでドサリと床に座り込むのを、ククールが驚いて駆け寄る。すぐにゼシカの指がククールの腕を強く掴んだ。「――よかっ、た…っ、ククール…ッ」ゼシカは精いっぱいの笑顔でククールを見上げながらしがみついた。「…ッや、やっぱり、ゆめだったって、…おも…」悲壮な笑顔はたちまち歪み、あっというまに両の目から大粒の涙を流し始める。ククールはようやくしまった、と軽率だった自分に舌打ちした。反省するが、遅い。「わ、悪かったゼシカ。ごめんな、置いてって悪かった」「…っや、だ、もう…っやだぁ…っ」うわぁぁと泣き声をあげるゼシカと同時に、内心でうわあああと大焦りの悲鳴を上げながら必死で彼女を抱きしめあやそうとするククールの背中に、「……まさかククール、黙って置いてきたの…?」信じられない、と呆れを通り越して軽蔑すら感じさせる冷たい声が突き刺さる。「ち、ちが…っ、黙ってつーか、寝てたから!」「…………それ、余計サイテーだよ」「えええ」再び仲間たちに追いやられ、ククールはゼシカを抱き上げて追いたてられるように部屋に戻った。エイトとヤンガスは肺も吐き出さんばかりの巨大なため息をつく。「……なんであんなに世話かかるの、あの2人」「げす」しかし突然に訪れる死の別れに比べればあまりにも平和すぎるくだらない問題に、2人とも諦めたように苦笑した。 *ゼシカをベッドの上に座らせる頃には、ククールも自分のしでかしたことのマズさに気づいていた。それは彼女の立場になって鑑みればすぐにわかることだったのに。「ゼシカ…ごめん」渡されたタオルで涙を拭きながら、ゼシカはようやくおずおずとククールと目を合わす。気を抜けばまた泣いてしまいそうなのを堪えながら、真っ赤になってしまった目でククールを見つめる。ククールは彼女の前に跪いて見上げながら、その視線に答えるように冷たい頬に両手を添えた。「…オレが悪かった」「ッ、ち、ちがうの…私、ご、ごめんなさい…今、ほんとに…ダメなの…ごめん…」「もうどこにも行かないから」そう告げられた途端、ゼシカはくっ、とのどを詰まらせ、涙を飲みこむ。「…ごめん、なさい…私…今、変だから…」「ずっと心配してくれてたんだろ?」ゼシカは大きな瞳を見開いて、それからゆっくりと頷きながらまぶたを閉じた。頬に触れているククールの手に涙が伝う。「…私、自分でもどうしようもないくらい、動揺しちゃって、本当に、もう、ずっと、ずっと…」ゼシカは消えそうな声で、啼きながら話す。「…もし、このままククールが帰ってこなかったら、って…もう、会えなかったら、って…考えて、死にそうになった…こんなのもうイヤだって、ずっと叫んでた…」ククールは痛々しげに目を細めた。…そうだ、自分はゼシカのトラウマを抉るような真似をしてしまったんだ…「こんなに、こんなに、ククールが大切だったなんて、思わなかったの。大切だったけど、こんなにも苦しいなんて、思わなかったの…」「…オレもだよ」「…ククールも…?」「助け出されるまで、ゼシカのことしか考えてなかった。もしもう会えないなら、なんであの時こうしておかなかったんだとか、ああ言っておかなかったんだとか、後悔ばっかりで死にそうだった」「…私もよ」再びゼシカは涙が抑えられなくなり、肩を震わせながら頬を包む彼の手に自分の手を重ねた。「…何回も、何回も…、ッ…、ククールが帰ってくる幻ばっかり見えた…声が聞こえて、慌てて振り向いても、誰も、いないの…ッ…必死で探しても、どこにも…」「オレは幻じゃない。絶対にもう消えたりしない」「…ッ、だ、から、さっき、起きたら、ククールがいなくて、私…ッ」倒れこむように声をあげて泣き出した身体を抱きながら、ククールもそのままベッドに腰掛けた。―――幻ではなく今度こそ本当に帰ってきたのだと思ったはずの相手が、目覚めたときそこにいなかったら、どんな気持ちがするだろう?暗闇で一人目を覚ましたゼシカは、どんな思いでオレの姿を探したんだろう。ゼシカは、魂のよりどころになるほどに大切だった人を、過去に一度失っている。その時の喪失感は、彼女の中に思ったよりずっとずっと深く根付いていたんだろう。そして自分が思っていた以上に、オレは彼女に必要とされていたんだと、思い知った。自分が彼の人と同じだけ想われているなんて自惚れはしないけれど、それでも、絶対に、自分は彼女を一人にするべきではなかった。ずっとずっと、抱きしめていてやるべきだったんだ…腕の中で震える身体を、ククールはもう手加減などできず強く強く抱きしめる。この腕は幻想なんかじゃないのだと、彼女にわからせるために。再びゼシカが泣きやみ、しばらくの間心地よい静寂の中で2人抱き合っていた。しかしふいに部屋の隅に置いてあったランプの灯が消え、薄暗かった室内は唐突に暗闇になってしまった。タイミングの悪いことで、などとボヤキながらククールが火を灯すために立ち上がろうとすると、ゼシカが慌てて彼の腕を掴み、ぐいっと引っ張ったのだ。「…?どうした?」「えっ…」当の本人もびっくりしたように、掴んだばかりの腕を離す。そしてなぜか顔を赤く染めて俯いてしまった彼女を、ククールは無言でじぃっと観察するように見つめたあと、少しの罪悪感を覚えながらもこっそり苦笑してしまう。ほんの数歩だけの距離を、さっさとランプに火をつけて戻ってくる。再びベッドに座ったと同時に、ゼシカがククールの胸に飛びつき、ポスリと顔をうずめた。想像以上に直球だったので、ククールは目を丸くする。「…ゼシカ?」「……………ごめんね」それだけをシャツ越しに小さく囁いて、ゼシカは押し黙ってしまった。その一言で、困惑がありありと伝わる。多分、本人にも今の自分の行動が制御できていないんだろう。嬉しいのだが、やはりどうにも慣れなくて、こそばゆい。ククールは複雑な表情を浮かべつつ、(……まいったな)心の中で照れ隠しに近いため息をついた。自分の行動が制御できそうにないのは、こっちもだ。そして色々なものをごまかすために、わざとふざけた調子で声を上げる。「ゼシカ。オレ、そろそろ風呂に入りたいんだけどなぁ」「え」「オレが出るまで、一人で待っててくれる?」意地悪な瞳でのぞきこまれ、ゼシカはククールをちょっぴりにらみ返した。…わかってるくせに、という非難。「離してくれないと、風呂入れねぇ」にっこり笑ってそう言われても、ゼシカはその手を頑固に離さない。怒ったように言い返す。「…イヤよ」「ふーん、ゼシカちゃん大胆。じゃあ手繋いで一緒に入ろうか」「んな…っっ!!」もちろんククールはゼシカをからかい、緊張を和らげるためにそう言ってみたのだが…。咄嗟に怒って顔をあげたゼシカの顔が、真っ赤になり、怒りから、歯を食いしばり、悔しそうに、そして泣きそうに変わるのを目の前で見つめながら、ククールは心底焦る羽目になった。いつもなら間違いなく殴られたり燃やされたりするような発言を、はっきりと否定も拒否もしないまま、相変わらずククールの胸にしがみついてうつむいてしまったゼシカ…。このままククールが沈黙を保ち続ければ、そのうち、きっとおそらく多分、かなりの確率でゼシカはククールのふざけた申し出を受け入れてしまうような気が、ものすごくした。その反応は想定外にもほどがある。あのゼシカに“そんな”決意をさせてしまうほど、彼女は怯えているのだ。ククールは焦りに焦った。そして猛烈に後悔し、すぐさま震える身体をぎゅっと抱きしめた。「ウソ。ごめん。疲れてるし、もう今日は風呂に入る気なんかねぇよ」「…っ、べつに、わたしは」「だから一緒に入るのは、また今度な」「…ぅ…もう…バカ…」ゼシカも、彼の言葉が自分を気遣ったものであることに気づいている。抱きしめるだけじゃなくて、ちゃんと抱きしめられても、それでも不安で胸が震えて。彼に触れていないと、目の前で幻と消えてしまうのではないかという強迫観念が自分でも理解できないほど、胸を締め付ける。羞恥心もなげうって彼にしがみついても、その不安は心のどこかに澱のようにこべりついていて、底が知れない。―――どうしてこんなにも不安なのか。「…ごめん、ね…。……バカみたい…ククールは、…ここに、いるのに」「ああ。…ここにいるよ」ククールのあたたかい言葉が逆にいたたまれない。ゼシカは情けない自分を恥じどうにかしなければと思うのだが、やっぱり掴んだ手を離せない。これ以上ククールを困らせたくないのに、彼をどうにかして繋ぎとめておかないと何をしでかすかわからない自分が、怖かった。…だけどククールの腕は、何もかもをわかってくれているように、優しい。いつまでも抱き合っていられればいいのだろうけど、そうもいかない。ククールはこの数日ほとんど寝ていないという彼女の体調が気になった。「…お前、もう寝ないと。全然寝てないんだろ?」「……」「ゼシカ?」顔をのぞきこむ。途端にゼシカは顔を赤らめ、彼の腕の中でさらに小さくなり、ボソボソと囁くように言った。「……一つだけ、お願い…きいて」この状況での「おねがい」がなんなのかなんて、ククールにわからないはずもない。「あぁ」「……ッ、……今日だけ、だから……。…ぃ、一緒に寝て…おねがい」予想通りの返答にククールは苦笑するしかない。なんて無邪気で、大胆なことだ。ゼシカは己の不甲斐なさに泣きそうになる。「私、私、今日はもう、ほんとにダメ…ごめんなさい…ほんとに…ごめんね、バカみたい…」「いいよ。ただしオレも男だから、何が起こってもいいっていう覚悟はできてるんだよな?」あえてそんな風に言ってくれる予定調和のセリフにも、いつものように威勢よく返せない。「……覚悟なんて、ない…。…でも、それでも」―― 一人で寝るなんて耐えられない。ククールの胸に顔を押し付け、ゼシカは心の底から呟く。「おねがい…今夜だけだから。…明日になったら、ちゃんとするから…」「…ウソだよ。なんにもしない。お前が安心できるなら、明日だってあさってだって一緒に寝るよ」「…うん…」夜着にも着替えず靴だけを放り出して、ククールはまずゼシカをベッドに横たえふとんをかけた。不埒な思考を完全にシャットアウトしてから、自分もその横に寝そべり、ふとんにもぐりこむ。不安そうに見上げてくるゼシカの前髪を枕にひじをついて弄びつつ、優しく微笑む。「どこにも行かないから。…おやすみ」「ククールは…?」「なんかゼシカの寝顔見てからじゃねぇと、眠れそうにない感じ」そんな風に苦笑して見せて、彼女がなるべく早く眠るようにと促す。しかしそれは本心だった。ゼシカは頬を染める。そして躊躇したのち、小さな囁き声で言った。「…もうひとつだけおねがい、きいてくれる?」「…いいよ」「………ホイミ、して」意外な申し出にククールは目を見開いた。ゼシカがそっとククールの手を取り自分のあたたかくやわらかい胸に押しつける。見つめてくる信頼と甘えに満ちた瞳に、思いもかけない言葉が自然とククールの口をついで出た。「………じゃあ、オレのおねがいも、きいてくれる?」「え?…うん」「キスしていい?」今度はゼシカが目を丸くした。そして一気に全身を赤く染めた。胸の上で重ねた手の平から伝わる鼓動が、どんどん速くなっていく。ゼシカは、肯定も否定もできず動揺した。ククールは返事を待たずに、彼女のあごに手をかける。鼻先を触れ合わせて、少しだけ覚悟する時間を与えてから、ゼシカが何かを言いかけた瞬間に口唇をふさいだ。上下の口唇を丸ごとふさいで、何度も何度も角度を変えて、優しく噛んで、舌先で舐める…はじめは戸惑ってククールの身体を押し返していたゼシカの指が、しだいに力を無くしていった。そして口唇を合わせたまま唱えられた回復呪文が、ゼシカの全身を覚えのある心地よいあたたかさで包みこむと、まるで彼の口唇から癒しの力が流れ込んできたような錯覚に陥り、ゼシカは恍惚とした。気づけばなぜか、一筋の涙が頬を伝い落ちていった。「…ゼシカ?」「……やっぱり、ククールだ。……本当に、ククールなんだね…」ゼシカが新たな涙を流しながら艶やかに微笑む。ようやく実感できた、ククールは帰ってきたんだ、と。「もう…きっと大丈夫。不安になんかならない。でも、ね、やっぱり今日だけは…」「…あぁ。このまま手を繋いで一緒に寝て、明日の朝も、繋いだまま一緒に起きような」ゼシカはいつのまにか握られていた手を握り返して、頷く。おいで、と広げられた胸の中におずおずと顔をうずめて、ゼシカは安堵の息をつく。ククールも、ただ優しく交わしただけの口付けですっかり満たされてしまい、この状況にも関わらず、もはやなんの葛藤も欲望もわいてこなかった。ゼシカが、ククールがここにいることをやっと信じられたように、ククールも今頃になってようやく、ゼシカを抱きしめてここに生きていられることを実感し、その事実に心から喜びを感じた。そばにいられるだけでいいと思っていた自分たちは、それが間違いだったのだと気付いた。いつ何があったっておかしくない。ましてや自分たちは世界の敵を討ち取ろうとしている。後悔しないように、いつだって心の内を素直に相手に伝えておかなければいけない。きっと他の人には簡単なそれが、自分たちには一番難しいんだと、わかってはいるけれど。明日になったら、伝えよう。素直に。ただ、素直に。だから、繋いだ手に力を込める。「―――離すなよ?」「―――離さないでね?」2人同時に口にして、驚いて見つめあい、それから小さくクスクスと笑った。明日になったら、伝えよう。二度と後悔しないように。―――あなたが好きだと。 もしも君が死んだら 前編
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みんなで大盛り上がりのトランプ。負けたら罰ゲーム。このあとの買い出しで荷物持ち。珍しく、あのククールが負けた。本人は肩をすくめて、「こういう日もあるさ」と気取っていたけれど。 **「買い出しってお前ら、なんで今日に限って道具も装備も食い物もいっしょくたにすんだよ!」「だってこの街なんでも揃ってて便利だし」「他意はないでげすよ」「ハイ文句言わない。これもよろしくね、荷物持ちさん」両手に大きな紙袋を3つも抱えたククールの非難に、手ブラの3人はおかしそうに笑った。さらにゼシカが差し出した小さめの袋に、ククールはうんざりと眉をひそめる。「いやゼシカさんこれ以上無理だから。…って無理やり乗せるなよ!こら!」「うるさいわね、男なんだからそれくらいしっかり持ちなさいよ。それとも色男は力仕事が苦手だとか言うつもり?」「別に重いなんて言ってねぇだろ、これくらい余裕だっつーの。ただ…」「あら、じゃあまだ買い物しても大丈夫よね?エイト、角のお店に寄ってくれる?見たい洋服があるの」「ちょ、お前なぁ!」いつも通りのやり取りに笑いながら、仲間たちは普段よりも明らかに多めの買い物をした。途中からはゼシカがククールを引き連れてあちこちで買い物をしている間、エイトとヤンガスは喫茶店で休んでいたりしたのだが。日も暮れかけた帰り道。ククールの腕にはさっきよりもさらに幾つかの紙袋がかけられ、抱えた袋も嵩を増していた。少し先の前方に、エイトとヤンガスの後ろ姿がある。ククールとゼシカは夕焼けに照らされる街中を、並んでのんびり歩いていた。「……あ、ククール、ちょっとしゃがんで」ゼシカがそう言ってククールの服の裾を引っ張り、ククールは立ち止まってゼシカの方に重心を傾けた。彼が腕に抱えた紙袋のうちの一つを、ゼシカは背伸びしながらのぞき込み、手を突っ込む。袋の中から探し出したのは、開け口をきゅっとリボンでしばってある可愛らしい包み。「なんだそれ」「お菓子の詰め合わせ」嬉しそうなゼシカの返事に、うぇ、とククールが不満の呻きをもらす。「お前…人に荷物持たせるのにそんないらねーもんまで買ってんなよ…」「こんなの全然たいした重さじゃないでしょ。それにいらなくないもん」「いらねーよ。そういうのを無駄買いって言うの」「いるの。なによ、じゃあククールにはあげない」「あーごめんなさいすみません、やっぱりいります無駄じゃないです甘いもの」その調子の良さに呆れながらも、パクリとお菓子を食べながらゼシカが尋ねる。「何がいいの?キャンディ?クッキー?チョコ?」「ん~チョコ」「はい」少ししゃがんで首を突き出すククールの口の中に、ゼシカはチョコレートを入れてあげる。もぐもぐと咀嚼して、は~、と息。「うめ。やっぱこんな大荷物持たされて疲れてたんだなオレ。かわいそう」「勝負に負けた人が何言ったってはじまらないわよ」そっけないことを言いながらもゼシカは楽しげに笑って、大きなクッキーを半分に割り、ククールの口に突っ込んだ。そしてもう半分を自分で食べる。「おいしー」幸せそうに両頬を抑えるゼシカを見て、ククールも微笑んでしまう。「そりゃよかった」「次は何がいい?」「オレはもういいや。ゼシカ好きなだけ食べろよ」「えっ、これだけでいいの?もういらないの?」「甘いものは今ので十分」「男の人って信じらんない…」「常に甘いもん持ち歩いてる女の子の方がオレからするとよくわかんねぇけどなぁ…」ゼシカのウェストポーチの中に、常にチョコや飴が入っていることをククールは知っている。ぶつぶつと何か言いながらキャンディを口に入れるゼシカに、「甘いものはいいけど、なんかしょっぱいもの、買ってない?」「しょっぱい?フライドポテトは?ヤンガスが買ってたと思うけど」「なんでもいい」再び袋を探って目的のものを探し出すと、ゼシカはポテトの箱を持って、その一本をククールの口に運んだ。ゼシカが口元に近付けるたびに、あーと口を開いてそれを食べるククール。「飲み物ある?」「お水なら」荷物を両手いっぱいに抱えた彼に、食べ物を食べさせてあげる彼女。その光景が道行く人々の目にどう映っているかなんて、本人たちにはどうでもいいことだ。水筒のコップに水を注いで飲ませ、ポテトと言われればそれを食べさせる。しばらくそれを繰り返し、ゼシカは はた、と気付く。「…なんだかアンタ、いいご身分になってない?」「仕方ねぇだろ、両手ふさがってんだから」それはそうだけど、とゼシカは口唇をとがらす。ククールの罰ゲームなのに、これじゃまるで。「…私がククールのために奉仕してるみたいじゃない」ゼシカがふてくされて睨むと、ククールは最高の笑みでにっこり笑った。「わたくしはお嬢様の大切なお荷物をお預かりしている身ですので、それは大きな誤解というものです」「だったら自分で食べなさいよっ」「こんだけ荷物持たせといてどの口が言うかなーそんなこと」うぐう、と言葉を詰まらせるゼシカが可愛くて、ククールは笑いが抑えきれない。「あーうまかった。ごっそさん」「まったく夕飯前なのにあんなに食べちゃって…。お腹ふくれない?」「全然?むしろデザートとか欲しい気分」「…ほんと信じらんない」「なぁ、さっきのお菓子くれよ」「ダーメ。これからご飯食べるんだから、我慢しなさい」「菓子の一つや二つで腹なんかふくれねぇって」「ダメ」問答を続けるが、こうなった時のゼシカは断固としてククールのわがままを通さない。そこらへんの「しつけ」に関しては厳しいゼシカだが、いい年した大人の彼が甘いものをねだってブツクサと文句を言う様がなんだか無性におかしくて、思わず口元がゆるむ。「…ったくよー。ゼシカって時々、変に意固地っつーか態度デカイっつーか…」「はいはい。そんなに言うなら一つだけ、あげてもいいわよ」わざとらしくため息をついてゼシカが譲歩する。「え、マジで?珍しい」「そうよ。特別なんだから、ちゃんと味わって食べなさい」ゼシカが包みの中から取り出したお菓子の一つを手に取る。ククールは愛想よく返事をしながら、今まで通り、ゼシカの方に身をかがめた。抱えた荷物がこぼれそうだ。「もっと、しゃがんで」「もっとって、これ以上は…わっ」いきなり強引にマントの裾を引っ張られ、ククールの体が思い切りゼシカの方にかたむく。荷物が落ちる―――、咄嗟にそう考えたのと、同時。ククールの頬に、ゼシカの口唇がふわりと触れた。ドサドサドサッ。大きな荷物が音を立てて地面に落ちる間、ククールは石のように硬直していた。そして、素早く離れたゼシカが数歩先まで走って、ふいに振り返り、「――――間食もほどほどにしなさいよね!」そう叫んだのを聞いた時も、まだ硬直していた。彼女の姿が先を歩くエイト達に追いつき、さらにその道の向こうに姿を消してから。ようやくククールは口元を手で覆い、ゆっくりと天を仰いだ。「……………………間食なんかじゃねぇよ」地面に転がる荷物の存在に気付き、それを拾うため怠惰にしゃがみこむ。上の空でそれらを拾っていると、さっきゼシカが手に持っていたチョコレートが、まぎれて落ちていた。それを拾って、包みを開いて、口に入れる。甘い、とククールは呟いて、小さく笑った。そっと頬を撫でながら。それはチョコレートより、キャンディより、何よりも甘い。この世で一番甘いもの。2人の頬が赤く見えるのは、夕焼けのせいだけじゃ、きっとない。 **
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次の目的地に向かうその道中で、ゼシカの小さな異変に気付いたのはククールだった。 「ゼシカ、足どうした?」 ククールはゼシカの腕を取り、その顔を覗き込んだ。 「どうもしてないけど?」 ゼシカは嘘をついた。本当は左の足首がキリキリと痛む。 少し前に木の根につまづいた時に捻ってしまったのだ。 出発したばかりであったし、大した事じゃないと思い我慢して歩いた。歩いているうちに痛みが増してきた。痛めた部分が熱をもって脈打つのを感じた。それでも更に我慢した。 ゼシカは普段から、泣き言めいた事を言うのを必要以上に嫌っていた。女性である事に気を使われたくはなかった。 上手く自然に歩いていたつもりなのにどうしてバレたんだろう、とゼシカは内心思った。 「……。」 ククールは面白くない、といった顔で黙った。そして不意に掴んでいたゼシカの腕をそのまま自分の方にちょいと引いた。ゼシカは体勢を崩す。すかさずゼシカの膝の下に自分の右腕をくぐらせ、ふわりと身体ごと両腕で抱き上げた。 「何すんのよ!下ろしてよ!」 「ヤだ。」 ククールはゼシカの喚きたてる声を気にせず、そのまま歩きだす。 ゼシカは自力でこの状況から脱出しようと手足をじたばたさせるが、それが状況を更に不利にする。足首に響くような痛みが走った。 「い…った…。」 「それみろ。頑張り屋サンなのも結構だけど、人の好意に甘える事もそろそろ覚えないとな。可愛くないぜ?」 「可愛くなくて結構です。」 ゼシカはプイと横を向いた。それからもう一度ククールの方に顔を向け、ちょっとだけ憎らしげに上目遣いで見た。何故か頬を赤らめていた。その様子を見てククールは笑みを零した。 「お、やっぱり可愛いカモ…。」 「~~~~~!」 ククールの減らない口にやり返す術を無くしたゼシカは再び暴れだす。ククールは慌ててポカポカと胸や顔や頭を叩いてくるゼシカを落とさないように押さえ込んだ。 「次の町はもうすぐだ。このまま抱いてってやる。」とククールが言った。 「フン、だ。重いからあんたの腕なんか折れちゃうわよ?」とゼシカが返す。 「あ~、ほんと~に重~。」とククールが大袈裟に空を仰ぐ。 「ムカつく。」と更にゼシカがふてる。 「うそうそ。」ククールは微笑む。 『---一生やってろ!!!!』 エイトとヤンガスとトロデとミーティアは、心の中で一斉に言った。 仲良く楽しそうにじゃれている(様にしか見えない)二人を努めて無視して馬車は進む。 ホイミしろよ…とつっこむ気にもならないエイト達であった。
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ククールは聖地ゴルドの空を見上げていた。 断崖ギリギリの足下には底も見えないような深く暗い大穴が口を開いている。 破壊しつくされた町は夜気に覆われ、遠くから人々の声が聞こえる。おそらく今後の復興について、話し合っているのだろう。 ククールの周辺に人影はない―――たったひとり、数歩後ろに控えたゼシカを除いては。 しばらく彼をひとりにしておこう、とエイトたちは町の外に出ていった。 ゼシカもそれに従うべきだとは思ったが、その場を離れられなかった。そうして、何時間もふたり立ち尽くしていた。 「アイツさぁ」 不意にククールが声に出した。ゼシカの方を振り返りもせずに続ける。 「アイツ、本当に腹黒いし、イヤミだし、ムカつくし、手に負えない悪党なんだけどさ、すげー優しかったんだ最初は。」 「うん。」 強風が砂塵を巻き起こし、ゼシカの頬を叩いたが、構わずに彼の背中を見る。 「思っちまうんだよな。オレさえアイツの前に姿を現わさなければ、アイツ、人に尊敬される立派な聖職者になってたんじゃないかな。」 「わかんないよ。もしも、の話なんて。」 「アイツ・・・指輪投げてよこした。」 「そだね」 「どういう意味なのか考えてた。」 「わからないの?バカね。」 ククールはゼシカを見た。 「『無事でいろよ』って事よ。」 ゼシカは笑みを浮かべている。 「似てるよね。素直じゃないにも程があるわよ。」 ククールは急に肌寒さを覚えた。救う言葉。癒す言葉。 ―――ゼシカは本当にすごい女だ。 ゼシカに歩みを寄せる。 「抱きしめていい?」 ゼシカは何も言わずククールの胸にコツンと頭をあてた。 ククールはその体をそっと抱きよせた。 ゼシカは両手を回し、強く抱きかえした。 抱きしめてくれ、とゼシカにはそう聞こえたから。 ―――寒い夜だね。今日は。誰かの温もりが欲しくなる。 ふいにククールがくつくつと笑い、体を離した。 「ダメだ、刺激が強すぎる」 「・・・?」 ククールは、ちょいちょいと自分の胸を指差した。 「変な気持ちになっちまう」 「バッカ・・・!!アンタって人はこんな時まで・・・。」 赤面して慌てふためくゼシカが拳骨を振り上げる。 ククールはその手を軽く受けとめ、面を寄せて囁いた。 「行こう。ラプソーンが待ってる。」 いつもどおりの不遜な目があった。 ゼシカは不敵に笑い返し、二人は歩き出した。
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「ゼシカぁ」 草原の中の、大きな大木に背中をあずけて座っていたゼシカは、耳慣れた声に顔を上げた。 少し離れたところからサクサクと草を踏み分けて歩いてくるのは、確かめるまでもなく赤い不良僧侶。 やがて彼はゼシカの傍までやってくると、隣にドサリと音を立てて腰をおろした。 「なぁ、ひざ貸して」 「はぁ?」 思いっ切り怪訝な顔。ククールは眠いのか目をしばたかせながら、ひざ、と顎で示してみせる。 「…あのねぇ、今私が何してるのかわかってる?」 ゼシカのひざには、スカートとは異なる赤い布が広げられていた。そしてその手には針と糸。 「…オレのマント」 「そうよ。いいかげんほつれがひどいから直してるんじゃないの」 言いながらかがり縫いをしていくゼシカの指をしばらくぼーっと見ていたククールだが、 ふいに目が覚めたのかニンマリと笑った。 「ゼシカも縫い物とかできるんだな」 「そりゃあ一応、一通りはね」 「料理はアレなのになぁ」 「うるさいわねッ!誰にでも不得意なものくらいあるでしょ!!」 そりゃそうだけど、アレを不得意の一言で片づけてしまっていいものなのか。 ククールは楽しそうにクックッと笑っている。 「なによッ もう直してあげないわよ!?」 「それだってなぁ、誰かさんのメラだのメラミだのにやられた分がけっこあると思うんだけどなぁ」 「自 業 自 得 よ!バカ」 ほのかに頬を染めてそっぽを向くゼシカに、ククールは笑いを抑えきれない。 ククールは、ゼシカがもたれている木の幹に、彼女に寄り添うようにして自分も背中をもたせかけた。 かなり高い位置から、彼女の意外に手際の良い指の動きと、必然的に視界に入る魅惑の谷間を 眺めて楽しむ。彼女の肩にわざと少し体重をかけてみるが、抗議の声は聞こえてこなかった。 うーん、とククールは小さく唸った。この状況に不足はないが、本来の目的はやはり諦めきれない。 触れ合っている身体を、軽く揺すってみる。 「なー、ひざ貸してって」 「まだ言ってるの?自分の腕でも枕にして寝てなさいよ」 「男のゴツい腕でなんか寝れねぇよ。ゼシカのあったかくて柔らかいひざがいーの」 「じゃあヤンガスのおなか借りたら?あったかくて柔らかいに関してあれを上回るものはきっとないわよ」 「よりによってヤンガスかよ!」 「それがイヤなら、そこらへんでしましまキャットでも捕まえてきなさい」 「…あぁ言えばこう言う…」 はぁ、とククールがため息をつくと、今度はゼシカがクスクスと笑った。 まぁ、この笑顔を見ながらうたた寝するだけでも充分か、とククールが考えた時。 「後ろ向いて」 ゼシカがそう言ったので、なんだよ、と言いつつも大人しく背を向けると、突然背中にふわりとした 感触が降ってきた。慣れた感覚。自分のマントだ。 「前留めて」 言われるままに留め具で固定すると、後ろからゼシカがマントを軽く引っ張って背中に触れる。 「…うん、大丈夫ね。少しはましになったわ」 顔が見えないからか、その声音が妙に優しく聞こえた。 サンキュー、と言いかけたところで、お礼の言葉がうわっ と小さな叫びに変わる。 後ろから思い切りマントを引っ張られ、あったかくて柔らかいものに後頭部がぽすりと包まれる。 気付くとククールはゼシカを見上げていた。 常にはない視点だ。おぉ、とククールは思わず声をもらす。 「少しだけよ」 ゼシカの照れた顔が新鮮に映る。そして至近距離で下から見上げる巨大な2つのふくらみも。 これはこれで最高だな、などと考えながら、ククールは改めて身体をラクにしてゼシカを見上げた。 「…マジに寝てもいい?」 「いいわよ。私はあなたのマヌケな寝顔でも見てるから」 「ひでー。やっぱ起きてよっかなーこの位置最高の眺めだし」 そこでゼシカはククールのニヤける視線に先に気付いたのか、 そのだらしなく垂れ下がった目元を手の平でパシリと覆ってしまった。 「おーい、ゼシカちゃんのかわいい顔が見れねぇんですけど」 「見てるのは別のところでしょ。目を閉じないとラリホーかけちゃうわよ」 起こったフリをしながらも言葉の端で笑っているゼシカに、 はいはい、とおざなりに返しながらククールも笑い、身体の力を抜いた。 「―――おやすみ ククール」 やっぱり顔が見えないからだろうか。とても優しく聞こえたそのささやきに、 ククールは小さく頷いて、たちまち穏やかな眠りに落ちたのだった。
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嫌な夢を、見た。 ここ……煉獄島に送り込まれて間もない頃に。 黒犬を倒した後の、あまりに理不尽なこの展開。 法皇の館からここまでの一連の筋書きを作ったのは、他ならぬ兄。 極度の混乱によって暫くの間は眠ることすらできず、半ば倒れるような状態で眠りに陥った時の夢だった。 緊張の糸が切れたように傍らで倒れてしまった法皇様。 悦に入った表情で一瞥をよこした兄。 混乱の中で放置してきてしまった、あの杖。 それらの衝撃的な記憶がもたらした悪夢だとばかり思っていた。 あまりに凄惨な図だったために、口に出すこと自体が憚られた。 そんな夢を見てしまったことで底なしの罪悪感に苛まれていた。 (杖を聖地に近づけてはならぬ……。決して、聖地には……!!) ククールの夢に現れ悲痛な叫びを残した法皇の胸には、ぽっかりと穴が空いていたのだ。 地上の大ニュースが、日々繰り返される看守交代の折に煉獄島へともたらされた。 法皇が亡くなったと看守は言った。しかもひと月ほど前のことだと言う。 そのニュースに牢内も一時騒然となり、それが収まった頃に囚人の一人である修道僧が、震えながら小さな声で絞り出すように語った。 「そう。あれはちょうどひと月前。法皇様が夢枕に立ち、私にこう告げたのです。杖を聖地に近づけてはならぬ……と。胸に何かを突き刺されたような、大きな穴の空いた、おいたわしいお姿でした」 ガチャッ!!と、派手な金属音が牢内に響いた。 床に腰を下ろしていたククールが修道僧の側に向き直った際に、その勢いのあまりに装備していた剣がたてた音だった。 ククールの顔は驚愕で歪み、その瞳は修道僧を凝視していた。 その様子を見て、近くにいた全員がククールに注目する。 「あんた……法皇様に会ったことがあるのか?杖って何だ!?」 「い、いえ!お目にかかったことはありませんし、杖も分かりません」 尋常ならざるククールの迫力に、修道僧はたじろぎなからも言葉を続けた。 「ですが不思議なことに、夢に出た方が法皇様だということだけは確信が持てたのです」 ククールと他の面々の視線が、今度は修道僧に向けられる。 「そして、法皇様をあのようなお姿で夢に見てしまった自分は何と罰当たりなのだろうと思い、あの日以来懺悔をしておりました」 そう言うと修道僧は俯き、十字を切ってから祈りを捧げ始めた。 ククールは修道僧の姿を凝視したまま、しばらくの間凍りついたように動かなかった。 そしてようやく開かれたその口から出された言葉は、それを耳にした者全員を凍りつかせることとなる。 「オレも、あんたと同じ夢を見た……」 静まり返った中、ククールは沈痛な面持ちで語り始めた。 「多分、法皇様はその姿で亡くなったんだ。そして最後の力で世界中の僧侶の心に呼び掛けたんだろう」 全員が固唾を呑んでククールの話に耳を傾ける。 「……あの杖のことを。しっかし、滑稽なもんだよな」 ククールは立ち上がり、かぶりを振って苦笑した。 傍目には苦笑に映るククールの表情を見た仲間たちは愕然とする。 いつもの彼のそれとは違う、その奥に見え隠れするやり場のない怒りや絶望……。 それらが綯い交ぜになった、凄絶としか言いようのないものを垣間見てしまったからだ。 「あのじいさまが法皇様でなけりゃ……。お告げを受け取ったのが僧侶でなけりゃ……。最後の最後で、法皇様が生涯を捧げて教えを説いた信仰ってやつが邪魔しやがったのさ……」 寄せられる視線から逃れるようにククールは皆に背を向けると、その胸中に溜まっていたものを一気に吐き出した。 「たった今真実を知らされるまで!誰もお告げだと気付こうともしなかったんだ!あんたも!オレも!!」 そして振り上げた左手の拳を壁に打ちつけた。何度も、何度も。 「何が懺悔だ!?笑わせんじゃねえよ!それで悪戯にひと月も無駄に……ちくしょう……!!」 「もういいから!やめてよっ!!」 壁に打ちつけ続けられるククールの左手を、ゼシカは駆け寄って後ろから両手で掴み制止しようとした。 しかしククールの手加減無しの腕力を華奢なゼシカが受け止められるはずもなく、最後の一回はゼシカの手もろとも壁に打ちつけられることとなってしまった。 「痛…っ」 自らの左腕にしがみついたまま眉間に皺を寄せるゼシカを見て、ククールはようやく恐慌から抜け出す。 「…ゼシカ……」 「ククールもこの人も悪くないわ。悪くない……」 ククールの左腕から力が抜けてゆくのを感じたゼシカは、拳を労るように両手で包み込んでから話を続けた。 「誰だってそんな夢を見たら胸の内に留めるわよ。だから、そんなに自分を責めないで」 「…………」 しばらく時間をおいた後、ゼシカは未だ呆然と立ち尽くすククールの顔を覗き込む。 「ね?」 ゼシカと目が合ってしまったククールはバツが悪そうに目を逸らし、今の騒動でゼシカの手にできてしまった擦り傷に、泳がせた視線を落とした。 「……すまない」 ククールはぽつりと一言呟いてから、半ば条件反射的にゼシカの手の傷にホイミを施す。 「ありがとう……」 ゼシカはククールが平静を取り戻しつつあることを認め、微笑みを返した。 再び床に腰を下ろしたククールは、微動だにせず自らの足許に視線を落としていた。 ゼシカはそのすぐ隣に腰を下ろし、静かにククールを見守っていた。 そんな状態でどのくらいの時間が経っただろうか。 ククールがぽつりと呟いた。 「……だらしねぇなあ、あいつ」 「ん?」 ゼシカは小さく一言だけを返した。 ちゃんと聞いているからね、というサインだった。 「マルチェロの奴、まんまと暗黒神に乗っ取られやがって。ざまぁねぇや。…………ほんと…頭くるね。マルチェロも、ラプソーンもさ。ほんとに……」 ククールはゆっくりと一言一言を噛み締めるように呟いた。 ゼシカはその言葉を聞いて、改めてククールの抱える苦悩の大きさを思い知らされる。 そうだった。 自分たちは杖……ラプソーンの動向だけを案じていたが、ククールにはそれに加えてマルチェロのこともあったのだ。 そして法皇様の死も、自分たちとは違った辛さがあるのだろう。法皇様の死……。 (あれ……?) ゼシカはひとつの疑問に突き当たった。 「ねえ、あれからひと月過ぎてるのに、大ニュースが法皇様の訃報だけって変じゃない?」 「……何で?」 「法皇様が亡くなったってことは、最後の封印を継ぐ賢者の末裔も死んじゃったわけで、それで杖の封印は全て解けたってことでしょ?でも暗黒神が現れたっていうニュースは無い」 「そう…だな……」 ゼシカの言葉の勢いに思考が追い付かないのか、ククールの返答はゆっくりとしたものだった。 「あの時は法皇様が倒れられてしまったから、しばらくの間は誰も杖に触らなかったんでしょうね。だけど、その後ずっと部屋に放っておかれたとも思えないの」 「…………」 「でね。私も杖を拾ったのはマルチェロだと思ってる」 ゼシカの耳が微かな金属音を捉える。 マルチェロの名を聞いて、ククールが身じろぎをしたようだった。 「……それが館の警護を任された聖堂騎士団長の仕事でしょうからね」 「よりによって……だよな」 ククールの声音には絶望的な響きが含まれていた。 それを聞いたゼシカは首を横に振る。 緋の髪が大きくなびいているのが、ゼシカに視線を向けずともククールには認められた。 「ううん。不幸中の幸いだわ」 その言い様に驚いて顔を上げたククールは、ゼシカの瞳に宿る強い光に貫かれた。不覚にも背筋に衝撃が走る。 「今確実に言えることは、私たちにはチャンスが残されてるってことよ」 「チャンスったってなぁ……。ここからじゃ何も」 「うん。まずはここから逃げ出さないとね」 ゼシカは大きくため息をついた。 世情を冷静に判断して微かな希望の光を見出したゼシカも、こと脱走に関しては良策が浮かんでいないようだった。 「それにあのマルチェロだしな。どうせロクなこと考えてねえぜ」 ゼシカは苦笑する。 「相変わらずな言い方ね。まぁ分からないでもないけど。でも、今に限ってはマルチェロに感謝してるわ、私」 「感謝だって?」 途端にククールの顔に不機嫌の色が現れた。 言うに事欠いてマルチェロに感謝とはどういうことだ?しかも直前の言い分と矛盾してはいないか? 「マルチェロが何を考えているかなんて私には分からない。だけど今、マルチェロは確実に杖の要求を抑え込んでくれてる。他の人だったら多分できないわ。そのことに感謝してるの」 「……そうか」 「それがどれだけ大変なことか、私には分かるわ。私の時は、サザンビークに戻った日の晩から杖の望む行動をさせられたんだもの」 ビクッ、と、ククールが身を強張らせた。 ククールの脳裏に、リブルアーチでの出来事が鮮明に甦る。 二度と思い出したくもない、ゼシカと刃を交えたあの悪夢のような出来事。 それを今度は兄で経験することになるのか? 考えたくはなかったが、その可能性は極めて高い。 そして、ゼシカの時とは決定的に違うことが二つあった。 ハワードの結界が無いことと、杖の封印が完全に解け、その魔力が格段に上がっていることだ。 それが意味すること……それで可能性が上がってしまうことは……。 押し黙ってしまったククールを見たゼシカの表情が、にわかにかき曇った。 ゼシカの目に映ったククールは、普段の彼からは全く想像もつかない、不安や恐怖に苛まれ、それを隠すこともままならない姿だったからだ。 「……これからのことを考えると、辛いわよね」 ゼシカは立ち上がり、スカートの裾についた土埃を払った。 「でも、ククールは私の何倍も辛いんだと思う」 そしてククールの背後に歩み寄る。 「私はククールみたいにホイミはできないけど……」 ゼシカは両腕を広げると腰を屈め、後ろからククールをそっと抱きしめた。 「……ゼシカ?」 「こうすると、辛い思いを和らげられることは知ってるわ」 そしてククールを抱きしめたまま、ゼシカはゆっくりと立て膝の姿勢に変えた。 「子供の頃、恐い夢を見て眠れなくなった時にこうしてもらったの」 まぁ、子供を抱く時とは姿勢が違うけどね、と、照れくさそうにゼシカは付け加える。 予想外のゼシカの行動に驚いていたククールだったが、やがて強張っていた表情を緩ませ、目を伏せると身体の力を抜き、背中を軽くゼシカに預けた。 徐々にその背中にゼシカの温もりが伝わってくる。そして、鼓動や息づかいも。 「こうしてると安心できるでしょ?一人じゃないって……」 そう言いながらゼシカは、額をククールの後頭部にコツンとあてた。 「全部一人で抱え込もうとしないで。さっきも今も……心が悲鳴を上げてたわ」 抱きしめる両腕に少し力が入る。 「話せば楽になることもあるし、何かいい考えが浮かぶかもしれないし」 ゼシカの言葉はそこで途切れ、静寂が二人の周囲を支配した。 あの日……初めてマルチェロに会った日以来、ククールは無意識のうちに他人に救いを求めることを避けるようになってしまっていた。 最初から救いを求めなければ、それをはね返されて心に傷を負う苦痛を味わうこともない。 そんな、哀しいまでの自己防衛の手段だった。 マルチェロのことをこぼした時も、傍に居たゼシカのみならず、誰の返答をも期待していたわけではなかった。 言葉を口に含むことで自分自身に無理矢理納得をさせる、独り言の延長線上のようなもののつもりだった。 しかし、ゼシカはそれを心の悲鳴だと言った。 ゼシカの返してきた言葉は、ククールの想像の範疇を越えていた。 決して絵空事ではない解釈をもってして、それまでがんじがらめになっていたククールの心を、いとも簡単に解きほぐしてくれたのだ。 そして両の手を大きく広げて、負の感情が放つ棘から心を守るように包み込んでくれた。 それは久しく存在を忘れていた、心の片隅に残る遠い過去の記憶と重なるもの……。 これからやらねばならないことを考えると、そのあまりの恐ろしさに身も心も押し潰されそうになる。 しかしゼシカとのやり取りを経て、彼女の言う通りに幾分かはそれも和らいだ感じがした。 マルチェロが暗黒神ではなくマルチェロのまま対峙することになれば、その先に光明を見出すことも叶わぬ夢ではないように思えてきた。 ゼシカの胸に背を預け目を伏せたままのククールの顔に、いつの間にか微笑が浮かんでいた。 それはまるで母の膝の上で微睡む幼子のように、安らぎに満たされたものだった。 ふっ、と、ゼシカの腕から力が抜け、ククールの胸前で組まれていたその手が解かれた。 ゆっくりと背後に戻されようとするゼシカの手を、ククールは名残惜しそうに手を伸ばし、眼前で捕らえる。 見るとその手の甲には、僅かばかりの擦り傷の跡が残っていた。 いずれ跡形もなく消えるであろうそれは、ゼシカから差しのべられた紛うことなき救いの証……。 その傷跡に、ククールは気付かぬうちに口づけをしていた。 一瞬の後、自身の行動に戸惑いながら握る手の力を緩め、背後に去り行くゼシカの手をククールはこの言葉で見送った。 「……ありがとう」 「どういたしまして」 ほんの小さな声で短く交わされた、互いの言葉の内に宿るものの大きさは、計り知れなかった。 ~ 終 ~
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51 『約束』1/4 ◆JbyYzEg8Is [sage]2005/09/07(水) 20 13 42 ID mtnG8Ja3 約束 55 名前が無い@ただの名無しのようだ[sage]2005/09/07(水) 21 00 41 ID rZE41WgB 51 なんて切なくていい話なんだ…・゚・(ノД`)・゚・ しかし、そうなったらゼシカママンの反応が気になるなw 57 51[sage]2005/09/08(木) 23 05 12 ID uLRMnVgU 55 ありがとうございます。 55 ゼシカママ、もちろん大反対でしょうw 普通に恋人として紹介しても反対しそう。っていうか、してほしい。 恋は障害があった方が燃えるから。 58 名前が無い@ただの名無しのようだ[sage]2005/09/09(金) 00 27 03 ID t9KGkZU/ 57 恋は障害があった方が燃えるから 激しく同意同意同意ーーーーー(;´Д`)!! あまつさえ、彼が各地で浮名を流しているのをママンの耳にも入ってたりしてたら (過去にリーザスの女も口説いてたりしてw)そりゃもう大変。 兄を理想としていた由緒正しきリーザス家のあなたとあろう者が あんな見た目だけのチャラチャラした男に騙されるとは何事ですか!とまくしたてるママンに 私も最初はそう思ってたけど彼は違うの!とまたもや母娘で口論バトル。 ククなんかはどう出るんだろう。 やべぇ萌えが止まらない… このあたりのエピソードも職人さんに書いて欲すぃ。 59 名前が無い@ただの名無しのようだ[sage]2005/09/09(金) 01 00 56 ID BXh11q3p 58 ちょwwwwwwっうぇwっをまwwwwww早まりすぎワロス 60 名前が無い@ただの名無しのようだ[sage]2005/09/09(金) 01 05 41 ID f8mr2hEf 障害はママンだけではなく、屋敷の前に立っていたあの青年が怒濤の反撃に出て三つ巴の 戦いになるとか、 その前にあのがきんちょを攻略しないと屋敷には入れてもらえないような気がしてきたり。 無事にモシャスを習得してうっかりゼシカになっちゃった彼女を間違って口説いちゃったり。 「モシャスの次はルーラだ」とかなんとかで、そりゃあもう楽しい展開が……。 ……ククールにとっては最難関のダンジョンになり得るんじゃないだろうか、リーザス村。 とりあえずママンの方針としては、ルーラを使わせないために呪文封じor天井のある場所へ避難 などなど、前途多難なんじゃないかと考えてたら楽しくなってきました。 61 名前が無い@ただの名無しのようだ[sage]2005/09/09(金) 01 57 38 ID NTWFV6SE ククのことだからママンも口説いた前科ありとか 62 名前が無い@ただの名無しのようだ[sage]2005/09/09(金) 07 21 19 ID Dw6leEJA 60 あのがきんちょってポルクとマルクの事? この2人も色々思い浮かべるものがあるなぁ。 「ゼシカねえちゃんを取ったーーーー(大泣)!!」とククに突っかかり 一生懸命なだめすかす2人。いや、ありえないかな… 63 名前が無い@ただの名無しのようだ[sage]2005/09/09(金) 17 53 16 ID brMRskv7 エンディングまでには二人は既に一線を越えていた ↓ しかしトロデーンの宴会でククールが別の娘にちょっかいを出して、 喧嘩になり、そのまま別れた ↓ 数ヶ月後に再会した時にゼシカはヨリを戻そうとしてたが、 ククールが女連れでガックシ。 ↓ しかし直後にククールの連れた女が消えてるので、 やはり二人はヨリを戻したのであった。 64 名前が無い@ただの名無しのようだ[sage]2005/09/09(金) 22 57 45 ID uM878bEq それはなかなか面白い。 ゼシカとくっついてからもやっぱ浮気すんのかなー… 浮気癖はそうそう簡単に直らないと言うしちと切ない