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▽下へ/口トップへ/ 埼玉県選挙区(3) / 小林 司 氏 / 中川 幸司 氏 / 関口 昌一 氏 / 島田 ちやこ 氏 / 大野 もとひろ 氏 / 日森文尋 氏 / 西田まこと 氏 / 伊藤 岳 氏 / 院田ひろとし 氏 / 長谷川幸世氏 / 埼玉選挙区 - Bing ニュース /参議院議員 埼玉選挙区 改選3 ▽下へ/口トップへ ▽下へ/口トップへ みんなの党 ≪みんなの党参議院議員 みんなの党 <埼玉県選挙区> 公認候補者≫ みんなの党 小林つかさ氏 HP B T TD ▽下へ/口トップへ 新着記事は見つかりませんでした。 ▽下へ/口トップへ 新党改革 ≪新党改革参議院議員 新党改革 <埼玉県選挙区> 公認候補者≫ 新党改革 中川 幸司氏 HP B ▽下へ/口トップへ ▽下へ/口トップへ 【祝】ご当選! ≪自由民主党参議院議員 <埼玉県選挙区> 公認≫ 関口 昌一氏 HP *2004年に718,689票を獲得し2期目の参議院議員に当選! *2010年に655,028票を獲得し、参議院議員にトップ再選! ▽下へ/口トップへ #ustream ▽下へ/口トップへ 民主党 ≪民主党参議院議員 民主党 <埼玉県選挙区> 公認候補者≫ 民主党 島田 ちやこ 氏 P HP *2004年に824,127票を獲得し参議院議員に初当選! *2010年に544,381票を獲得するも、次点! ▽下へ/口トップへ 【祝】ご当選! 民主党 ≪民主党参議院議員 民主党 <埼玉県選挙区> 公認候補者≫ 民主党 大野 もとひろ 氏 P HP B T TD *2010年に557,398票を獲得し、参議院議員に初当選! ▽下へ/口トップへ 新着記事は見つかりませんでした。 ▽下へ/口トップへ 社民党 ≪社民党参議院議員 社民党 <埼玉県選挙区> 公認候補者≫ 社民党 日森文尋 氏 ▽下へ/口トップへ 【祝】ご当選! 公明党 ≪公明党参議院議員 公明党 <埼玉県選挙区> 公認候補者≫ 公明党 西田まこと 氏 P HP B T TD *2004年に539,417票を獲得し参議院議員に初当選! ▽下へ/口トップへ 新着記事は見つかりませんでした。 ▽下へ/口トップへ 日本共産党 ≪日本共産党参議院議員 日本共産党 <埼玉県選挙区> 公認候補者≫ 日本共産党 伊藤 岳 氏 HP T TD ▽下へ/口トップへ 新着記事は見つかりませんでした。 ▽下へ/口トップへ feedreader プラグインエラー 正常に取得できませんでした。 ▽下へ/口トップへ 幸福実現党 ≪幸福実現党参議院議員 幸福実現党 <埼玉県選挙区> 公認候補者≫ 幸福実現党 院田ひろとし 氏 HP ▽下へ/口トップへ 無所属 長谷川幸世氏 HP T
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中国 / 習近平 / 江沢民 +ニュースサーチ〔胡錦涛〕 「プライバシーはまったく存在しない」習近平政権がデジタル監視を強める本当の理由(プレジデントオンライン) - Yahoo!ニュース - Yahoo!ニュース 「ボイコット北京」=韓国メディアのコラム(WoW!Korea) - Yahoo!ニュース - Yahoo!ニュース 日本も北京五輪「外交ボイコット」へ。米英豪加の不参加は確定か、岸田政権に迫る決断の時=澤田聖陽 - MONEY VOICE 恒大危機に笑う習近平。不動産業界は共産党内“敵対勢力”の資金源、権力維持のために救済せず=斎藤満 - MONEY VOICE 米中首脳会談は世界経済に安定をもたらすか?焦点の台湾海峡リスクを検証 - トウシル 女子テニス選手と張高麗元副総理との真相―習近平にとって深刻な理由(遠藤誉) - 個人 - Yahoo!ニュース - Yahoo!ニュース 三期目狙う習近平 紅いDNAを引く最後の男 - Newsweekjapan 「相次ぐ電車内切りつけ・放火 どう再発を防ぐか」(時論公論) - nhk.or.jp 習近平「歴史決議」──鄧小平を否定矮小化した「からくり」 - Newsweekjapan 中国「月収1000元が6億人」の誤解釈――NHKも勘違いか(遠藤誉) - 個人 - Yahoo!ニュース - Yahoo!ニュース 中国共産党第19期中央委員会第6回全体会議、11月8日~11日開催 - 中国国際放送 習近平の独裁がついにここまで、中国報道機関がすべて国営に(2021年10月14日)|BIGLOBEニュース - BIGLOBEニュース 恒大危機:社会主義の中国で不動産バブル、破綻回避し国有化模索か(nippon.com) - Yahoo!ニュース - Yahoo!ニュース 【書評】『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させたトウ小平への復讐』(遠藤誉、ビジネス社) - Reuters Japan 経団連 中西会長 病床から伝えたかった“執念”【再公開】 - NHK NEWS WEB 建党100周年祝賀文芸公演、江沢民・胡錦涛等欠席させ「毛沢東と習近平」を演出(遠藤誉) - 個人 - Yahoo!ニュース - Yahoo!ニュース 建党100年、習近平の狙い――毛沢東の「新中国」と習近平の「新時代」(遠藤誉) - 個人 - Yahoo!ニュース - Yahoo!ニュース 中国共産党建党100周年にかける習近平――狙いは鄧小平の希薄化(遠藤誉) - 個人 - Yahoo!ニュース - Yahoo!ニュース 習近平さえいなくなれば中国共産党は良くなるのか?(遠藤誉) - 個人 - Yahoo!ニュース - Yahoo!ニュース 中国で真っ赤に燃える建党100周年の「紅色旅游」 - Newsweekjapan 温家宝の投稿はなぜ消えたのか?(遠藤誉) - 個人 - Yahoo!ニュース - Yahoo!ニュース 中国 温家宝前首相の寄稿 SNS上で制限 言論統制対象の可能性も - NHK NEWS WEB 老舗洋風レストラン「日比谷松本楼」、三井不動産の関連会社に - M&A Online ウイグル問題制裁対象で西側の本気度が試されるキーパーソン:その人は次期チャイナ・セブン候補者(遠藤誉) - 個人 - Yahoo!ニュース - Yahoo!ニュース 国際問題に!?福原愛 台湾人夫の“モラハラ報道”で中国の「反台湾心情」悪化 (2021年3月3日) - エキサイトニュース 中国の「人類運命共同体」が目指す奴隷化社会 - JBpress 「習近平vs.李克強の権力闘争」という夢物語_その2 - Newsweekjapan 習近平の武漢入りとWHOのパンデミック宣言(遠藤誉) - 個人 - Yahoo!ニュース - Yahoo!ニュース 建国70年、漏れ聞こえてくる「世界第一」という中国百年の夢想 - WEDGE Infinity 中国建国70年で祝賀行事「前進を阻むものはない」習主席 | 注目の発言集 - NHK NEWS WEB 「中国を信用するな!」が先代の遺訓 14年ぶりの中国最高指導者の訪朝と表裏の中朝関係(辺真一) - 個人 - Yahoo!ニュース - Yahoo!ニュース 【書評】国中で独裁者・習近平のご機嫌をとり続けるおかしな国 - まぐまぐニュース! すべては「新時代」のため、19大後の中国共産党が向かう先 - WEDGE Infinity 毛沢東の衣鉢を受け継いだ習近平を待つ「未来」 - Newsweekjapan 焦点:江沢民前総書記の影響力、次期指導部の手足縛る可能性 - ロイター コラム:胡錦涛氏の「完全引退」、改革派の希望に - ロイター 中国共産党4中総会が開幕、注目は「ポスト胡錦涛」の習氏 - AFPBB News 中国の胡錦涛国家主席、初のストリーミング放送生出演 - AFPBB News ● 胡錦涛〔ノイズレスサーチ〕 ● 胡錦涛〔blog Google検索〕 ■ シルバーグレーという価値観はシナにはありません。 「二階堂ドットコム( 2019/10/01 22 00)」より / シナ人は乞食とか、病人ででもないかぎり、貧乏人から国家元首まで頭は白髪を染めます。白髪を出しているのはよほどの意図があるときだけ。 白髪が賢者の証というのもない。だからこの胡錦濤は、極めて意図的に染めていないです。 公職で白髪の人がいたとしたら、もう引退して世俗には関わらないという名誉職の人。 ーーー ■ これは、ある種の重要なメッセージだ。 「二階堂ドットコム(2019/10/01 21 03)」より / なぜ胡錦涛が髪を染めていないのか。こんなことはありえないこと。 犯罪者じゃなければ全員が髪を染めるのが、原則。異様な姿だ。 これは、「蜂起」の合図か、香港関係での合図とみている。 香港では実弾射撃が始まったらしいな。 装甲車で人を引き殺しまくるのももうすぐ見られるだろうか。 (※mono....以下略) 【習近平】 / 【石原慎太郎】 / 【猪瀬直樹】 ■ 青山繁晴が2ヶ月くらい前に「猪瀬は徳洲会から5000万、石原は3億貰ってる」と言ってたな .... 「わらし仙人の読書三昧日記(2013.11.27)」より / “青山繁晴が2ヶ月くらい前に「猪瀬は徳洲会から5000万、石原は3億貰ってる」と言ってたな そのときは誰も相手にしてなかったが、金額までピタリだとは…” http //hype1969.tumblr.com/post/67917228723/2-5000-3# / しかし・・徳洲会を調べているのは検察だから・・アメリカの関係かも??? 一方、お金を貰った方は・・・徳洲会のバックが誰だか判りませんが・・ 尖閣諸島とレアアース石油(尖閣諸島周辺にあると報告されております。)これって、お金儲けの争いと違いますか? 石原慎太郎氏と野田元首相の共通点は「尖閣諸島の国有化ですよね!」 つまり・・ある国から、お金を貰って・・「尖閣諸島の国有化」を発表したんですかね? / 「中国のあるグループが韓国に命令して、その命令を野田元首相が汲み取って・・尖閣国有化を発表したとしたら・・・これは中国による自作自演ということになりませんですか?」(笑) 「つまり・・民主党の野田元首相は胡錦涛主席(当時)を失脚させるための道具に尖閣諸島が使われた!」 実際、胡錦涛主席は失脚いたしました。しかも・・習近平は主席就任後、江沢民にも胡錦涛同様完全引退を迫った。 そうであるならば・・習近平は尖閣諸島問題を終わらせるわけにはまいりません。なぜならば・・ライバルを失脚させる陰謀があったことを国民に悟らせないためにも・・・徹底的に日本をいたぶる必要があります。「防空識別圏」を設定したのもその一つだと思います。 (※ あちこち略) .
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▽下へ/口トップへ/ 和歌山県選挙区(1) / 鶴保 庸介 氏 / 島 くみこ 氏 / 吉田 まさや 氏 / 和歌山選挙区 - Bing ニュース /参議院議員 和歌山選挙区 改選1 ▽下へ/口トップへ ▽下へ/口トップへ 【祝】ご当選! ≪自由民主党参議院議員 <和歌山県選挙区> 公認≫ 鶴保 庸介氏 HP *2010年に273,960票を獲得し、参議院議員にトップ再選! ▽下へ/口トップへ aabbcc2626 さんのチャンネル +aabbcc2626 さんのチャンネル埋め込みコード script src="http //www.gmodules.com/ig/ifr?url=http //www.google.com/ig/modules/youtube.xml up_channel=aabbcc2626 synd=open w=320 h=390 title= border=%23ffffff%7C3px%2C1px+solid+%23999999 output=js" /script ▽下へ/口トップへ 民主党 ≪民主党参議院議員 民主党 <和歌山県選挙区> 公認候補者≫ 民主党 島 くみこ 氏 P HP B T TD *2010年に157,717票を獲得するも、惜しくも次点 ▽下へ/口トップへ 新着記事は見つかりませんでした。 ▽下へ/口トップへ changefromwakayama さんのチャンネル +changefromwakayama さんのチャンネル埋め込みコード script src="http //www.gmodules.com/ig/ifr?url=http //www.google.com/ig/modules/youtube.xml up_channel=changefromwakayama synd=open w=320 h=390 title= border=%23ffffff%7C3px%2C1px+solid+%23999999 output=js" /script ▽下へ/口トップへ 日本共産党 ≪日本共産党参議院議員 日本共産党 <和歌山県選挙区> 公認候補者≫ 日本共産党 吉田 まさや 氏 HP ▽下へ/口トップへ feedreader プラグインエラー 正常に取得できませんでした。 ▽下へ/口トップへ ▽下へ/口トップへ ▽下へ/口トップへ ▽下へ/口トップへ
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日本の政治体制・経済発展段階と共産主義者が採るべき革命方針に関して、「日本民主革命論争」「日本資本主義論争」と呼ばれる論争があったが、1932年にコミンテルン32年テーゼ(方針書)がモスクワから出され、これを遵守してブルジョア革命を目指す者を「講座派」、最初から社会主義革命を目指す者を「労農派」と区別した。 講座派は戦前・戦後を通じて日本共産党の理論家グループを構成し、労農派は戦後に発足した日本社会党の最左派・社会主義協会の理論家グループを構成した。 講座派は1936年、労農派は1937~38年にかけて一斉に検挙され、一時日本からマルクス主義者は消滅したが、その後も密かにマルクス主義の理論・方法論を摂取し、戦後にこれをベースに日本の政治・社会を「天皇制ファシズム」と断罪した丸山眞男のような隠れマルクス主義者も存在する。 以下、日本語版ブリタニカ百科事典より引用。 日本民主革命論争 日本のマルクス主義者・社会主義運動の指導者たちの間で、当面する日本革命の綱領・戦略を巡って戦わされて論争。1926年日本共産党の再建の頃から、32年テーゼの発表に至る時期まで行われたもので、日本共産党の機関紙『マルクス主義』と、山川均・猪俣津南雄らの主宰する『労農』の間でやりとりされた。主要な対立点は、当時の日本国家権力の規定すなわち、絶対主義天皇制(『マルクス主義』)か、あるいはブルジョア独裁(『労農』)かということであったが、これに関連して明治維新の歴史的評価や封建遺制の残存の有無、更には同盟軍・統一戦線の問題などが論争点となった。32年にこの論争は一応は終結するが、以降、封建論争、あるいは資本主義論争といわれる学者・理論家の経済学的分析に関する論争へと発展する。なお民主革命論争・資本主義論争を区別せず、総じて日本民主主義論争ということもある。 32年テーゼ 1932年5月コミンテルン執行委員会西ヨーロッパ・ビューローによって決定された「日本における情勢と日本共産党の任務に関する方針書」のこと。日本の支配体制を絶対主義的天皇制とみなし、来るべき日本革命は天皇制を打倒し。地主制を廃止するブルジョア民主主義革命であり、社会主義革命はその次の段階とする二段階革命論の立場を明確にした。日本では河上肇翻訳で同年7月10日『赤旗』特別号に掲載され公にされた。同種のものには27年・31年のものがある。これらのテーゼは当時の日本の経済理論・社会主義運動理論に大きな影響を与え、活発な論争を引き起こした。 日本資本主義論争 昭和初期おもにマルクス経済学者・マルクス史学者の間で行われた日本資本主義の発達と明治維新の主体及びその性質についての論争。1923年志賀義雄と赤松克麿の論争を発端とし、山川均派と渡辺政之輔、野呂栄太郎らの論戦によって本格化したものである。 1 前者(労農派)は日本における封建制は消滅し、国家権力はブルジョアジーが掌握しており、きたるべき革命は社会主義革命であるとしたのに対して、 2 後者(講座派)は封建制の残存物を重要視し、きたるべき革命をブルジョア民主主義革命であるとした。32年『日本資本主義発達史講座』の刊行に伴い、労農派と講座派の論争は多岐にわたって展開された。主なものに「小作料論争」「経済外的強制に関する論争」「マニュファクチュア論争」「明治維新に関する論争」などがある。36年講座派検挙(コム・アカデミー事件)、37~38年労農派検挙(人民戦線事件)によって論争は中断されたが、第2次世界大戦後も講座派内部での新封建論争、国家論を巡る志賀・神山論争などに両派の問題視角は継続されている。代表的論客は上記のほか、 1 労農派では猪俣津南雄、向坂逸郎、土屋喬雄らが、 2 講座派では山田盛太郎、平野義太郎らがいる。 講座派 1925~35年頃、日本資本主義の性格規定を巡って日本のマルクス経済学界を二分した「日本資本主義論争」において、日本資本主義の本質は軍事的半封建的性格にある、と主張した人々。講座派の名称は当初この派の人々が主に岩波書店刊行の『日本資本主義発達史講座』(1932~33)に自己の学説を唱えたことから発した。その代表的論客は、山田盛太郎、平野義太郎であり、それぞれの主著はのちに『日本資本主義分析』(34)、『日本資本主義社会の機構』(34)として刊行された。主な論客は他に、羽仁五郎、服部之総、山田勝次郎、大塚金之助らがいる。これに対抗したのは、向坂逸郎、伊藤好道、土屋喬雄、大内兵衛らの学者・評論家のグループ(いわゆる労農派)であったが、その論争は決着をみないまま第2次世界大戦後に持ち越され、日本共産党と日本社会党との一線を画す論点の一つとなった。 労農派 1927年に創刊された雑誌『労農』の同人またはそれを軸とするマルクス主義の一系譜で、講座派に対立した潮流をいう。第1次日本共産党の解党後、27年テーゼによる党の再建案に反対し党を離れた山川均・猪俣津南雄・荒畑寒村らは雑誌『労農』を発刊。以後日本共産党系の学者いわゆる講座派との間に日本資本主義の分析を巡って「日本資本主義論争」を展開していった。その主張は、明治維新は不徹底な面はあるがブルジョア革命であると規定し、当面する革命を社会主義革命とした。主な論客は前記3名の他に、櫛田民蔵、土屋喬雄、大内兵衛、向坂逸郎、宇野弘蔵らがいる。また代表作として、『日本資本主義の諸問題』(向坂逸郎)、『日本資本主義発達史論集』(土屋喬雄)が挙げられる。36年7月の講座派の検挙で論争は決着を見ないまま、労農派もまた翌37年12月と38年2月に一斉検挙を受けた(第1次・第2次人民戦線事件) 社会主義協会 1951年創立の社会主義理論研究集団。第2次世界大戦前の労農派グループの山川均、大内兵衛、向坂逸郎らに、太田薫、岩井章ら実践家グループも加わり、日本社会党左派の理論的支柱となった。67年、向坂協会派と太田協会派に分裂したが、向坂協会派は社青同(日本社会主義青年同盟)や労働大学を基盤に勢力を拡大、党の若手活動家を握った。68年採択の「社会主義協会テーゼ」はレーニン主義による前衛党組織を採用した。1970年代半ばから、社会党内で協会の「党中党的逸脱、共産主義的偏向」に対する反協会派の反発が強まり、78年1月の大会で協会は、「テーゼ」を「提言」と改め、また理論研究集団へと性格を変えた。
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日本の政治体制・経済発展段階と共産主義者が採るべき革命方針に関して、「日本民主革命論争」「日本資本主義論争」と呼ばれる論争があったが、1932年にコミンテルン32年テーゼ(方針書)がモスクワから出され、これを遵守してブルジョア革命を目指す者を「講座派」、最初から社会主義革命を目指す者を「労農派」と区別した。 講座派は戦前・戦後を通じて日本共産党の理論家グループを構成し、労農派は戦後に発足した日本社会党の最左派・社会主義協会の理論家グループを構成した。 講座派は1936年、労農派は1937~38年にかけて一斉に検挙され、一時日本からマルクス主義者は消滅したが、その後も密かにマルクス主義の理論・方法論を摂取し、戦後にこれをベースに日本の政治・社会を「天皇制ファシズム」と断罪した丸山眞男のような隠れマルクス主義者も存在する。 以下、日本語版ブリタニカ百科事典より引用。 日本民主革命論争 日本のマルクス主義者・社会主義運動の指導者たちの間で、当面する日本革命の綱領・戦略を巡って戦わされて論争。1926年日本共産党の再建の頃から、32年テーゼの発表に至る時期まで行われたもので、日本共産党の機関紙『マルクス主義』と、山川均・猪俣津南雄らの主宰する『労農』の間でやりとりされた。主要な対立点は、当時の日本国家権力の規定すなわち、絶対主義天皇制(『マルクス主義』)か、あるいはブルジョア独裁(『労農』)かということであったが、これに関連して明治維新の歴史的評価や封建遺制の残存の有無、更には同盟軍・統一戦線の問題などが論争点となった。32年にこの論争は一応は終結するが、以降、封建論争、あるいは資本主義論争といわれる学者・理論家の経済学的分析に関する論争へと発展する。なお民主革命論争・資本主義論争を区別せず、総じて日本民主主義論争ということもある。 32年テーゼ 1932年5月コミンテルン執行委員会西ヨーロッパ・ビューローによって決定された「日本における情勢と日本共産党の任務に関する方針書」のこと。日本の支配体制を絶対主義的天皇制とみなし、来るべき日本革命は天皇制を打倒し。地主制を廃止するブルジョア民主主義革命であり、社会主義革命はその次の段階とする二段階革命論の立場を明確にした。日本では河上肇翻訳で同年7月10日『赤旗』特別号に掲載され公にされた。同種のものには27年・31年のものがある。これらのテーゼは当時の日本の経済理論・社会主義運動理論に大きな影響を与え、活発な論争を引き起こした。 日本資本主義論争 昭和初期おもにマルクス経済学者・マルクス史学者の間で行われた日本資本主義の発達と明治維新の主体及びその性質についての論争。1923年志賀義雄と赤松克麿の論争を発端とし、山川均派と渡辺政之輔、野呂栄太郎らの論戦によって本格化したものである。 1 前者(労農派)は日本における封建制は消滅し、国家権力はブルジョアジーが掌握しており、きたるべき革命は社会主義革命であるとしたのに対して、 2 後者(講座派)は封建制の残存物を重要視し、きたるべき革命をブルジョア民主主義革命であるとした。32年『日本資本主義発達史講座』の刊行に伴い、労農派と講座派の論争は多岐にわたって展開された。主なものに「小作料論争」「経済外的強制に関する論争」「マニュファクチュア論争」「明治維新に関する論争」などがある。36年講座派検挙(コム・アカデミー事件)、37~38年労農派検挙(人民戦線事件)によって論争は中断されたが、第2次世界大戦後も講座派内部での新封建論争、国家論を巡る志賀・神山論争などに両派の問題視角は継続されている。代表的論客は上記のほか、 1 労農派では猪俣津南雄、向坂逸郎、土屋喬雄らが、 2 講座派では山田盛太郎、平野義太郎らがいる。 講座派 1925~35年頃、日本資本主義の性格規定を巡って日本のマルクス経済学界を二分した「日本資本主義論争」において、日本資本主義の本質は軍事的半封建的性格にある、と主張した人々。講座派の名称は当初この派の人々が主に岩波書店刊行の『日本資本主義発達史講座』(1932~33)に自己の学説を唱えたことから発した。その代表的論客は、山田盛太郎、平野義太郎であり、それぞれの主著はのちに『日本資本主義分析』(34)、『日本資本主義社会の機構』(34)として刊行された。主な論客は他に、羽仁五郎、服部之総、山田勝次郎、大塚金之助らがいる。これに対抗したのは、向坂逸郎、伊藤好道、土屋喬雄、大内兵衛らの学者・評論家のグループ(いわゆる労農派)であったが、その論争は決着をみないまま第2次世界大戦後に持ち越され、日本共産党と日本社会党との一線を画す論点の一つとなった。 労農派 1927年に創刊された雑誌『労農』の同人またはそれを軸とするマルクス主義の一系譜で、講座派に対立した潮流をいう。第1次日本共産党の解党後、27年テーゼによる党の再建案に反対し党を離れた山川均・猪俣津南雄・荒畑寒村らは雑誌『労農』を発刊。以後日本共産党系の学者いわゆる講座派との間に日本資本主義の分析を巡って「日本資本主義論争」を展開していった。その主張は、明治維新は不徹底な面はあるがブルジョア革命であると規定し、当面する革命を社会主義革命とした。主な論客は前記3名の他に、櫛田民蔵、土屋喬雄、大内兵衛、向坂逸郎、宇野弘蔵らがいる。また代表作として、『日本資本主義の諸問題』(向坂逸郎)、『日本資本主義発達史論集』(土屋喬雄)が挙げられる。36年7月の講座派の検挙で論争は決着を見ないまま、労農派もまた翌37年12月と38年2月に一斉検挙を受けた(第1次・第2次人民戦線事件) 社会主義協会 1951年創立の社会主義理論研究集団。第2次世界大戦前の労農派グループの山川均、大内兵衛、向坂逸郎らに、太田薫、岩井章ら実践家グループも加わり、日本社会党左派の理論的支柱となった。67年、向坂協会派と太田協会派に分裂したが、向坂協会派は社青同(日本社会主義青年同盟)や労働大学を基盤に勢力を拡大、党の若手活動家を握った。68年採択の「社会主義協会テーゼ」はレーニン主義による前衛党組織を採用した。1970年代半ばから、社会党内で協会の「党中党的逸脱、共産主義的偏向」に対する反協会派の反発が強まり、78年1月の大会で協会は、「テーゼ」を「提言」と改め、また理論研究集団へと性格を変えた。
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統合幕僚学校・高級幹部課程講義案 「『昭和の戦争』について」 福地 惇 (大正大学教授・新しい歴史教科書をつくる会理事・副会長) むすび 現下の課題 最後に本講義の纏めを述べよう。「昭和の戦争」は、満洲事変から敗戦までの一貫した「十五年戦争」と言うような戦争ではなかった。だが、支那事変と大東亜戦争は一連の戦争であった。支那事変は、有色人種の優等生大日本帝国の擡頭に我慢できない米英と世界の共産革命を先ず弱い部分である東アジアで成し遂げようとしていた共産ロシア(ソ連)が、支那の軍事独裁者蒋介石を背後から軍事的・政治的・財政的に支援・指導し、さらに支那共産党を介在させて闘わせた言わば代理戦争であった。ソ連や米英は支那事変を長引かせることで日本を世界戦争の舞台に引きずり出して撲滅しようと狙ったのである。共産ロシアは、米国同様に軍閥独裁者蒋介石を支援して日本と戦わせる一方で、中国共産党を育成し蒋介石の足元から支那大陸の共産化工作にも余念が無かった。 未だ弱小だった毛沢東指導の支那共産党の後方攪乱戦術は見逃し難い重大問題である。その謀略は異常に逞しかった。大日本帝国滅亡後、共産ロシアの目論見どおり、支那共産党の大陸制覇は達成された。アメリカはトンビに油揚げを攫われた。最後の段階で参戦した共産ロシアはユーラシア大陸を略制圧、我が国固有の領土である樺太・千島を不法占拠して今に至っている。これらは、謀略情報戦に不得手で、「信義」や「誠実」をモットーとする我々日本人には中々理解できない醜い世界の出来事だった。 最後にもう一度言おう。満洲事変から支那事変、そして大東亜戦争に関して我が国は侵略戦争の計画は何ももたなかったのである。だから、これらの戦争は我が日本にとっては「独立自衛」を求める以外の目的はなく、侵略戦争との意識は何もない戦争だったのである。モノの見事に誤解に基づく理想世界の拡大を欲した米国と、共産ロシアの二つの謀略勢力に支那大陸の戦場に引き込まれて、結局は押し潰されたと言える。 逆に言えば、一九三〇年代から四〇年代のアジア大陸の戦争は、米国とソ連の侵略戦争だった。アメリカは勝ち誇って「大東亜戦争」と言ってはいけない「太平洋戦争」と言えと命令したが、正にそこにアメリカのあの戦争への意欲、太平洋からアジア方面への侵略意欲が明瞭に出ているのである。これが大東亜戦争の真実である。 米国やソ連が日本を貶めるために創作した歪曲歴史観に基づく支那・朝鮮の至極「政治的」な言い掛かり挑発に、我が国政府は気遅れする謂われは全くない。韓国・北朝鮮の言い掛かりは歴史の事実を意図的に曲解した怪しからぬ妄言なのである。また、支那共産党政府要人が、事あるごとに日本政府は反省が足りない、「歴史を鑑にせよと」説教するが、全く善人と悪人が転倒した盗人猛々しい、片腹痛い言い草なのである。彼らは、支那共産革命を達成する目的で、日本軍と軍閥蒋介石を徹底的に共倒れになるまで戦わせる悪行を働いた張本人なのである。アジアの連帯など考慮の外、モスクワの指令に従い、アジアの共産化を追及していたのである。彼らが何時も勝ち誇って言う「抗日戦争の勝利」は、彼ら自身のものではなく、モスクワの勝利のおこぼれに預かったのである。間もなくモスクワからの自立の欲求が台頭し、「中ソ対立」に至った訳である。 戦後日本の政治家・官僚は祖国の歴史への理解度も国家・国民を正しい道に導こうとする勇気も洞察力も足りない。自尊心を失い国益追求への強い意志も失い、低次元の利害調整や私益追及に汲々たる 木偶の坊が多過ぎるのである。その基盤には国民の歴史観の歪みが厳然としてある。 日本民族最大の敵は、実は我々の足元に蔓延っている。我々にとって本当に大事な現下の課題は、「GHQ占領憲法」と「東京裁判史観」が、日本人から自信と勇気と品格を奪い去り、自虐的な卑怯者にしてしまった元凶だと言う真実を大悟することである。正々堂々の解決策は、国民精神と国家体制を祖国の歴史と文化・伝統の正統性に復古することである。 完 統合幕僚学校・高級幹部課程講義案
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人物 / 劉暁波 / 世界を言葉で検索 「余傑」を言葉で検索 余傑〔Wikipedia〕 【余傑】 / 【劉暁波】 ★ 余傑氏が米亡命 劉暁波氏らと民主化活動 「東京新聞(2012.1.13)」より / 魚拓 ・余氏は、ノーベル平和賞を受賞した劉暁波氏(56)らとともに、共産党独裁廃止を求めた「〇八憲章」に署名した中心人物。 ・余氏が本紙に語ったところによると、一昨年十二月の劉氏のノーベル平和賞授賞式前日に余氏は公安当局に北京郊外に拉致され、激しく暴行を受けた。 翌朝、北京市内の病院で意識を取り戻すと、人工呼吸器や点滴が全身に取り付けられ、医師が耳元で「彼ら(公安当局者)が暴行した」とささやいた。公安当局者は「われわれが殴ったことを二度と話すな。さもないと(人工呼吸器など)すべてを抜く。こうなったのはすべておまえ自身のせいだ」と脅したという。 ■ 「『自由のある場所が故郷』 中国の人権活動家が出国」 「書籍之海 漂流記(2012.1.12)」より ・この人が日本へ来たときに一度会ったことがある。 「宦官中国」は現代中国の問題をえぐった記念碑的な文章だと思うが、しかしその他の論説で見られるこの人の思想と、私は、考え方を異にするところがあり、また、人権つまり反体制活動家として反日を梃子にする戦術は好きではなかった。ただし中国にこれまで踏みとどまっていたことには敬意を表する。 ----------------------------------- ■ 反日と親日の定義 「支那豚の楽園(2010.10.9)」より / 更新が止まっているため魚拓を取った ・余傑は北京大学のシナ語系で卒業し、かつて、ブッシュ元米大統領とも会見したこともある。彼は、以前から作家、基督教徒、民主活動家、シナ人青年のアイドルなど沢山のタイトルを持っている。それ以外、彼のもう一つの特徴は反日、特に彼の早期の作品には、極端に日本を憎む感情が溢れている。2003年に、彼は日本を訪問してから、日中関係、日本に関する本を何冊か出版した。その中の一冊、2005年に出版した《日本,一個曖昧的國度》を私は読んだ。その本の中では、以前と同じような日本人を消滅させるなどの極端な話は書いていないが、東史郎との面会や靖国神社の参観や所謂戦時強制連行されたシナ人などのことを色々書いた。その本は、日本の「侵略罪悪」を糾弾し、旧日本軍を中傷、侮辱し、さらに昭和天皇陛下に失礼な内容も書かれている。それでもこの人が反日であると言えないのか? ■ 中国ナンバー3、首相の温家宝は「中国一の名優」 「政治、現代史、進化生物学、人類学・考古学、旅行、映画、メディアなどのブログ(2010.8.17)」より / 魚拓 ・余氏は、温家宝が本当に心優しい人物であるかは、「出版後の私を見れば分かる」と、朝日の記者に語っている。この「挑発」に、温家宝と共産党がどう対処するか。放置すれば、次の党指導部批判の本が出るだろう。しかし、今や世界が余氏の身の安全を注視している。公安が威嚇したように、逮捕すれば、第2の胡佳氏、第2の劉暁波氏として世界から非難される。 ※ 「余傑」を言葉で検索 ■ クチコミ検索 #bf ■ ブログ2 #blogsearch2 ■ ニュース1 ノーベル平和賞・劉暁波は「あざとい」のか「不器用」なのか - 文春オンライン 劉暁波氏の兄「中国共産党と政府に感謝」⇒ 劉氏の友人「この上ない恥知らず」と非難 - ハフィントンポスト ■ ニュース2 ノーベル平和賞・劉暁波は「あざとい」のか「不器用」なのか - 文春オンライン 劉暁波氏の兄「中国共産党と政府に感謝」⇒ 劉氏の友人「この上ない恥知らず」と非難 - ハフィントンポスト ■ テクノラティ検索 #technorati .
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▽下へ/口トップへ/ 島根県選挙区(1) / 櫻内ともお 氏 / 青木 一彦 氏 / 岩田 ひろたか 氏 / 石飛 いくひさ 氏 / 島根選挙区 - Bing ニュース /参議院議員 島根選挙区 改選1 ▽下へ/口トップへ ▽下へ/口トップへ みんなの党 ≪みんなの党参議院議員 みんなの党 <島根県選挙区>(1) 公認候補者≫ みんなの党 櫻内ともお氏 HP B feedreader プラグインエラー 正常に取得できませんでした。 ▽下へ/口トップへ sakurauchioffice さんのチャンネル +sakurauchioffice さんのチャンネル埋め込みコード script src="http //www.gmodules.com/ig/ifr?url=http //www.google.com/ig/modules/youtube.xml up_channel=sakurauchioffice synd=open w=320 h=390 title= border=%23ffffff%7C3px%2C1px+solid+%23999999 output=js" /script ▽下へ/口トップへ 【祝】ご当選! ≪自由民主党参議院議員 <島根県選挙区> 公認≫ 青木 一彦氏 HP *2010年に222,448票を獲得し、参議院議員にトップ初当選! ▽下へ/口トップへ aokikazuhiko さんのチャンネル +aokikazuhiko さんのチャンネル埋め込みコード script src="http //www.gmodules.com/ig/ifr?url=http //www.google.com/ig/modules/youtube.xml up_channel=aokikazuhiko synd=open w=320 h=390 title= border=%23ffffff%7C3px%2C1px+solid+%23999999 output=js" /script ▽下へ/口トップへ 民主党 ≪民主党参議院議員 民主党 <島根県選挙区> 公認候補者≫ 民主党 岩田 ひろたか 氏 P HP B *2010年に151,351票を獲得するも、惜しくも次点 ▽下へ/口トップへ 日本共産党 ≪日本共産党参議院議員 日本共産党 <島根県選挙区> 公認候補者≫ 日本共産党 石飛 いくひさ 氏 HP ▽下へ/口トップへ feedreader プラグインエラー 正常に取得できませんでした。 ▽下へ/口トップへ ▽下へ/口トップへ ▽下へ/口トップへ
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「おっそいなージュンジュンとリンリン。何してるんだろ」 落ち着きなく時計を見たり入り口を見たりしながら、久住小春は少し苛立った様子でそう言った。 「今日は久住さんがたまたま早く来たからですよ。いつもは時間ギリギリやのに」 小春の…そして自らの緊張をほぐす意味も込めて、光井愛佳はわざと微笑みながらのんびりとした答えを返す。 だが、その試みが失敗に終わったことを愛佳はすぐに知った。 いつもならば簡単に緩む空気も、そして小春をはじめ他の皆の表情も硬いまま。 何より言葉を発した愛佳自身、今自分が浮かべた笑顔を鏡で見る勇気はない。 ―でも仕方ないやん… 愛佳はそう自分に言い訳をする。 「ジュンジュンとリンリンは色々と…後片付けがあるから…その、少し遅くなるって。あ、でもすぐ行くって」 高橋愛ですら、ぎこちない笑顔で慌ててそう説明するのが精一杯なのだから。 自分にとってはほぼ完璧な存在といっていい、あの誰よりも強い愛が硬くなっているのだ。 誰よりも弱虫の自分が落ち着いてなどいられるはずがない。 この先の“未来”は何故か愛佳にもまったく“視”えない。 予知能力で貢献できない自分など足手まといでしかないのではないか。 そんなじれったいようなもどかしいような気持ちがここのところ常にある。 少しは強くなったつもりでいたが、結局のところ自分は…弱い。 そう考えると再び形容し難い不安が押し寄せ、愛佳は無意識に口を開いていた。 「あの…亀井さんと道重さんはほんまに…よかったんですか?」 言ってしまった途端その場の空気が曇るのを感じ、愛佳は慌てて言い添える。 「いや…そら…みんなで決めたことですし…高橋さんの意見は私も正しいと思いますし…その……すみません変なこと言って…」 ただでさえ不安なのに、これまでいつも一緒だった仲間が欠けている。 その無意識下の不安を、あまりにも不用意に口にしてしまった後悔と自己嫌悪が押し寄せる。 誰だって不安なのは同じだ。 亀井絵里と道重さゆみがこの場にいない淋しさも。 いや、一番新参の自分などよりも、他の皆の方がずっと胸の痛みを感じているに違いない。 それなのに今さら… 「気持ちは分かるよ愛佳。…だからそんな顔しないで」 「絵里もさゆも恨んだりせんて。…ってまあ自分にもそう言い聞かせとるっちゃけど」 新垣里沙と田中れいながなだめるような声を出し、愛佳はさらに落ち込んだ。 こんなところまで来て他のみんなに気を遣わせている自分が情けなかった。 気遣いの言葉を発した当の里沙とれいなの声も微妙に震えているのを感じては、もはや謝罪の言葉すら出てこない。 「ジュンジュンとリンリンが来たらすぐ出発…でいいんですよね?」 しばらくの沈黙の後、再び小春が口を開く。 その目が、自分のように下を向いてはおらず、愛の目をしっかりと見据えていることに気付き、愛佳は再び落ち込んだ。 自分だけがこの場に及んでまだグズグズと言っている。 これではいけない。 かつて…自分は何のために生まれてきたかさえも分からず、誰のために生きているのかも分からなかった。 今と同じように“未来”が“視”えてはいたけれど、そこから目を背け続けていた。 でも…あの駅のホームで自分は出逢った。 高橋愛という光に。 それまでまるで意味を感じなかった未来を照らし、その素晴らしさに気付かせてくれた存在に。 あの日、ホームの端っこで命を揺らしていた自分に、愛は言ってくれた。 明日は変えられると。 自分で変えてゆくものなのだと。 その言葉に、そして何より愛という存在そのものに自分は救われた。 愛との出逢いは同時に仲間との出逢いでもあった。 里沙に、れいなに、小春に・・・この場にいない絵里やさゆみ、ジュンジュンやリンリンにもどれほど心を救われたことだろう。 皆に囲まれての日々は愛佳にとって、本当の意味での人生が始まったように思える毎日だった。 ―自分も少しはみんなの心の支えになってるんやろか 正直あまり自信はない。 自信はないが・・・少なくともそうであろうとするべきだろう。 与え、与えられる関係こそが仲間なのだから。 そう、少なくとも今ここで下を向いていることがみんなの役に立つわけはない。 愛佳の目にも決意の光が宿る。 あの日、明日を見据えて生きてゆくと決めたことを改めて思い出して。 決然と上げられたその視線は、小春と並んで愛の目に真っ直ぐ向けられた。 愛は2人のその視線を正面から受け止めた。 怒っているような、微笑んでいるような、泣いているような…形容のしがたい表情で。 「ごめんね」 一瞬の沈黙の後、愛の口から出た言葉は予想外のものだった。 「…何で謝るんですか?小春は…小春たちは自分で高橋さんに最後までついて行くって決めたんですから」 「そうですよ。あんまり役には立たへんかもしれんけど…でも一緒に戦うって自分らで決めたんです。そんな謝ったりせんといてください」 怒ったような真っ直ぐな小春の視線。 懸命で真摯な愛佳の視線。 2人の眼差しを、変わらぬ表情で受け止めながら愛はもう一度言った。 「小春と愛佳の気持ちはよく分かってる。……だから…ごめん。あんたらは連れてけん」 「っっ…!?」 何かを言いかけて口を開いた小春は、身を乗り出した体勢のまま静かに崩れ落ち、抱きとめられた。 いつの間にか背後に回りこみ、その首筋に手刀を叩き込んだれいなの腕に。 「なんで…!」 あまりにも突然の・・・あまりにも理不尽な愛の言葉。 迷うことなくそれに従ったれいなの行動。 眼前の光景を静観している里沙の複雑な表情。 だが、その真意を問うべく愛佳が向けた視線の先には、もう愛の姿はなかった。 背後からもう一度「ごめん」と呟く愛の声が聞こえたような気がしたときには、愛佳の体は既に崩れ落ちていた。 頬を伝う涙。 それだけが、愛の腕に抱きとめられた愛佳に許された最後の抗議だった――― * * * 愛佳が喫茶「リゾナント」の2階のベッドの上で目を覚ましたとき――隣には目を瞑って横たわる小春がいるだけだった。 意識を失う直前の出来事を思い出し、愛佳は1階へと駆け下りた。 さっきのが夢だったらいいと願いながら。 だが、そこにはもう誰の姿もなかった。 カウンターの中でカップを磨く愛の姿も。 ボックス席にコーヒーを運ぶれいなの姿も。 カウンター席に腰掛けて愛と談笑する里沙の姿も。 もうそのような光景を目にすることは多分ないのだ―――おそらく二度と。 ――自分は置いていかれた その現実を改めて思い知らされた愛佳は、耐え切れずにうずくまって嗚咽した。 愛たちが二度と手の届かないところに去ってしまったような絶望感。 自分は“仲間”として認められていなかったのかという淋しさと悔しさ。 あの出逢いは…そして今までの毎日は何だったのかという虚無感。 これから一体自分はどうすればいいのかという不安。 様々な感情のこもった涙が頬を伝い、喫茶「リゾナント」の床を濡らす。 「なんで?」「どうしたらええの?」 「なんで?」「どうしたらええの?」 「なんで?」「どうしたらええの?」 頭の中に同じ言葉がぐるぐると回り、流れる涙を拭う気すら起こらずにうずくまったままだった愛佳の肩に誰かの手が置かれた。 ビクリと振り返った愛佳の目に入ったのは、こんなときですら ――綺麗やなぁ…―― と反射的に思わずにはいられない端整な顔だった。 「久住さん…」 愛佳の目を真っ直ぐ見つめる小春の顔には明確な怒りの色が浮かんでおり、それがまた凄絶な美しさを呼び込んでいる。 「みっつぃー。他のみんなは?」 驚くほどに冷静な口調で、小春は愛佳に問いかけた。 だが、その声に含まれた怒気は隠しようもない。 全身から立ち上るかのような怒りのオーラは、下手をすると「リゾナント」の天井を突き破ってしまうのではないかとすら思わせた。 「私が…私もさっきまで意識がなくて…目を覚ましたときにはもう…」 静かながらあまりに激しい小春の怒りに、愛佳は思わず目を伏せながら口ごもった。 「……さない」 「…えっ?」 「小春絶対に田中さんのこと許さない!高橋さんのことも!新垣さんのことも!」 バンッッッ! 力任せに傍らのテーブルに拳を叩きつけ、小春は入り口のドアを睨みつけた。 自分たちを置いて、そこから出て行ったであろう愛たちの背中が今もそこにあるかのように。 愛佳は知っていた。 誰も信用せずに生きていた小春が、最初に「この人なら…」と信用したのが愛であったことを。 “逆念写”事件で孤立しかけた小春を、優しく皆の下へ引き戻したのが里沙であったことを。 それまで眠っていたれいなのチカラが初めて明確に発動したのは、小春を助けるためであったことを。 小春にとって、特別な仲間の中でもさらに特別だったであろう3人。 その3人が自分を置いて去ったという事実は、小春にとって到底受け入れることのできない出来事であるに違いない。 「みっつぃーは悔しくないの!?置いていかれたんだよ小春たち!足手まといだと思われたんだよ!」 座り込んで泣いているだけの今の自分は、小春の目にはさぞかし不甲斐なく映っているに違いないと、慌てて濡れたままの頬を拭う。 「……?」 そして、そのとき初めて気付いた。 ずっと手に何かを握り締めていたことを。 ゆっくりと開いたその手の中にあるものが何かを知って、愛佳は驚愕した。 「これは…高橋さんと新垣さんの…」 それは手作りのお守りだった。 驚きに目を見開き絶句していた愛佳の耳に、小さく震える声が届いた。 「どうしてこれが…」 愛佳が目をやった先には、同じく固まったままの姿勢で自分の手の中を覗き込む小春の姿があった。 その手の中…先ほどテーブルに叩きつけた拳を開いた手の中にも、色違いのお守りが握られている。 「R」&「A」 里沙が作って愛に贈ったお守り。 2人で互いのものを交換して持っていたお守り。 里沙が“戻って”くるきっかけになったお守り。 2人の絆とも言うべき、かけがえのないはずの…お守り。 それがここにあるということは…? 「R」の文字が縫われた、愛が肌身離さず持っていたはずのそのお守りを見つめながら、愛佳は半ば呆然としていた。 「久住さん…これ…」 愛は、里沙は…このお守りに何を託したのだろう。 自分たちに何を託したのだろう。 小春の考えを聞こうと視線を移した愛佳の目の前に、「A」の文字がぶら下がる。 「え?…あ。……ええっ?ちょっと…久住さん?」 小春が目の前に突き出した「A」のお守りを思わず受け取ってしまってから、愛佳は慌てて立ち上がり、怒っているかのような小春の背中に向かって弱々しく呼びかけた。 「それはみっつぃーが持ってて。2つとも」 「でも…」 いくら愛や里沙が大切にしていたものでも…いや、だからこそ小春は持ちたくはないのかもしれない。 まるで形見のような、自分たちが置いていかれたことを否応なく思い出させるこのお守りを―― だが、振り返った小春の目には怒りの色はもうなかった。 いつもの、強く真っ直ぐな光がそこには宿っていた。 「高橋さんたちは…小春とみっつぃーを置いていったんじゃない」 「えっ?」 置いていったんじゃ…ない? エネルギーに満ちた瞳でキッパリとそう言い切る小春を、愛佳は呆然と見つめた。 まだショックが後を引き、頭が上手く働かない。 「高橋さんは…新垣さんと田中さんは、小春と…愛佳に未来を託したんだと思う」 小春に初めて名前を呼ばれ、愛佳はびくりと肩を震わせた。 そこに小春の揺るぎない決意を感じ取ったから。 「未来を…?私たちに…?」 呆然とその小春の言葉を繰り返した愛佳は、手にしたお守りの重さを改めて感じた。 そして同時に、やっぱり愛たちは戻ってはこないのだという思いがこみ上げる。 「もしも高橋さんたちが……戻ってこなかったら」 一瞬言いよどんだ後、小春ははっきりとそう口にした。 「もしも」とは言っているが、その可能性が高いであろうことを予感している口調なのは愛佳にも分かる。 だが、それに続く言葉はあまりにも予想外だった。 「愛佳、あなたがリーダーになって」 「……!!私が…リーダーに!?」 驚いて叫んだ後、思わず愛佳は大きく首を振った。 「無理・・・無理です!私がリーダーなんて!それやったら久住さんの方が…」 「愛佳」 真っ直ぐに見つめながら静かに自分の名前を呼ぶ小春に、抗弁しかけた愛佳は言葉を封じられた。 「高橋さんが愛佳にお守りを預けたのはそういう意味だよ。高橋さんは愛佳の強さをよく知ってたから」 「そんな…私は強くなんて…」 「ううん、小春も知ってる。どんなに辛い“未来”にも胸を張って毅然と立ち向かっていく愛佳の強さ。小春も密かに尊敬してたんだよね、愛佳のそういうとこ」 「久住さん…」 「もちろん、小春のことも頼ってね。高橋さんの側に新垣さんや田中さん、他のみんながいたように…愛佳だって一人じゃないんだから」 そう言って微笑みを浮かべた小春の顔は、今までのどの瞬間よりも頼もしく…そして綺麗だと愛佳は思った。 「そやったら…やっぱりこれは持っててください」 思わず微笑みを返しながら、愛佳は「A」のお守りを小春に手渡そうとした。 里沙が小春に握らせたのであろうお守りを。 だが、小春はゆっくりと首を横に振った。 「ううん、それはどっちも愛佳が持ってて」 「そやけど…」 「高橋さんと新垣さんにとっては、そのお守りは2人の間の絆を表すものだったのかもしれない。でも、小春と愛佳にとってそのお守りは“旗印”。ただの…象徴」 「旗印…?」 「そう、そのお守りに高橋さんや新垣さんの心が宿っているわけじゃない。みんなの心は…」 小春は一度言葉を切ると、拳を作り胸元に掲げた。 そして、その決意の宿った瞳を真っ直ぐに愛佳に向けたまま言葉を継いだ。 「…ここにある」 言いながら、拳で自分の心臓辺りをトンと軽く…それでいて力強く叩く。 先ほどテーブルに叩きつけた拳とはまるで違う意味を込めて。 「共鳴は途切れない。誰かがそれを伝え続けていく限り」 そして決然とした言葉と視線と共に、小春の拳が愛佳の心臓の上に移動する。 その拳から、そして脈打つ自らの心臓から、愛佳は感じ取った。 胸のうちに鳴り響く共鳴の息吹を――― 決して止むことなき共鳴の連鎖を―――