約 4,733,967 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2102.html
前ページゼロの答え 深夜の中庭。二つの月が照らす中、デュフォーとそれを見つめるルイズとキュルケ、そして自らの使い魔に乗って上からそれを見るタバサの姿がそこにあった。 あの後、中庭に出たところキュルケとタバサも来て何をしているのかルイズに追求してきた。 そしてとうとう根負けしたルイズが事情を話し、キュルケとタバサは半ば押しかけ気味に見届け人として参加すると言ってきたのだ。 デュフォーは我関せずと他人事のようにそれを静観していた。 最初はまったく興味なさそうだったタバサだったが、"ガンダールヴ"という言葉を聞くと積極的に参加の意を示してきた。 「あそこの壁を傷つければいいんだな」 そういうとデュフォーは本塔の壁を指差した。 「ええ、そうよ。あんたが本当に"ガンダールヴ"ならそのくらい楽勝でしょ?」 腕組みをしてルイズが答える。 本塔の壁にどれだけの傷を付けられるか?それがルイズたちの出したデュフォーが本当に"ガンダールヴ"なのかどうかを知るためのテストであった。 本塔の壁は非常に頑丈にできている。その上、指定した場所は地面からかなりの高さである。 普通の人間ならとてもではないが手出しできないような位置を指定していた。 仮に本当に"ガンダールヴ"だとしても地面からそれだけ高さのある場所なら、多少の傷しかつけられないとはタバサの弁であった。 タバサがウィンドドラゴンに乗っているのは、指定した場所が場所であるので、宙に浮いて見ないと正しく判別できないだろうとのことからである。 デュフォーはルイズたちの指定した場所の後ろが宝物庫だと知っていたが何も言わなかった。 どうでもいいことだからである。 ルイズが合図をすると同時に、デュフォーの左手のルーンが光り輝いた。 そしてデルフを持って振りかぶり、投げる。 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 「「「「「えっ!?」」」」」 デルフから伸びる悲鳴と、五つの驚きの声が夜の中庭に響いた。 ルイズたち三人以外の声の内、一つは植え込みの中、もう一つはタバサの方から聞こえたのだが、叫んだ当人たちは誰もそのことに気が付かなかった。 そしてデュフォーはそのことに気づいてはいたものの、最初からそこに人がいたり、タバサの使い魔は風韻竜で喋れるということを知っていたので特に反応はしない。 (タバサは自分の使い魔が喋ったことには気が付いていたので、杖で軽く頭を叩いた) 悲鳴をなびかせながら、デルフは見事に根元まで、本塔の壁に突き刺さった。 ルイズたちが指定した場所に寸分の狂いも無く埋まっている。 「これでいいんだろ?」 ごくり、とその場にいた全員が息を呑んだ。 一瞬間を空けて、フーケは我に返るとすぐさま詠唱を始めた。目の前で起きた光景は信じられないが、チャンスであることには違いは無い。 長い詠唱であったが、その場にいたデュフォー除く全員が壁に突き刺さった剣に目を奪われていたので完成まで誰にも邪魔をされることは無かった。 デュフォーは別にどうでもいいといった感じでフーケを邪魔することも無く、ルイズたちが剣を見るのを眺めていた。 巨大なゴーレムが現れるとデュフォーはとりあえず近くにいるキュルケとルイズの肩を叩いた。 「「きゃっ!?」」 突然の刺激に驚いたのか二人が身を竦める。 「な、何するのよ!」 「ダーリンったら。触りたいなら前もって言ってくれれば」 まるで別々のことを言ってくる二人だったが、二人とも同じようにデュフォーに無視された。 あれを見ろ、デュフォーはそう言ってルイズたちの後ろを指差すと小石を拾ってタバサに軽く投げる。 こつんと頭に当たり、惚けたような表情で剣を見ていたタバサが我に返る。 そして石が飛んできた方向を見て、固まった。ルイズとキュルケも同様にデュフォーが指差した方向を見て固まっていた。 土でできた巨大なゴーレムがそこに居た。 いち早く硬直が解けたキュルケが悲鳴を上げて逃げ出す。 タバサがウィンドドラゴンでキュルケを拾った。 ゴーレムはデュフォーたちのいる場所。本塔の方へと向かっているため、キュルケのようにその場を離れなければウィンドドラゴンで拾うことは難しい。 だがルイズは逃げようとしない。それどころかゴーレムに向けて呪文を唱える。 巨大な土ゴーレムの表面で爆発が起こる。"ファイヤーボール"を唱えようとして失敗していつもの爆発が起こったのだろう。 当然ゴーレムには通じない。表面がいくらか爆発でこぼれただけだ。 それから何度もルイズは呪文を唱えた。そのたびに爆発が起こる。だがゴーレムはびくともしない、爆発のたびに僅かに土がこぼれるが、それだけだ。 「逃げないのか?」 冷静な声で隣に居るデュフォーがルイズに訊ねた。 ゴーレムはもうすぐ近くまで来ている。 「いやよ!学院にあんなゴーレムで乗り込んでくる奴なのよ。そんな奴を捕まえれば、誰ももう、わたしをゼロのルイズだなんて……」 真剣な目でルイズが言いかけた言葉をデュフォーは遮った。 「お前、頭が悪いな。あいつを捕まえようがお前がゼロのルイズと呼ばれることに関係はないだろう」 息が詰まる。怒りで目の前が真っ赤になった。許せない。ただその言葉だけがルイズの頭の中に浮かんだ。 「ふふふふ、ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 その叫びに、ゴーレムも驚いたのか動きが止まる。 「ななな、なんでわたしがゴーレムを捕まえても関係ないってあんたにわかるのよ!」 怒りのあまり呂律の回らなくなった口調で叫び、ルイズがデュフォーに掴みかかる。 「お前がゼロと呼ばれているのは魔法が使えないからだろう?例えこいつを捕まえようがお前が魔法を使えないことに変わりはない」 まったく熱を感じさせない声でデュフォーがルイズに告げる。 「だから逃げろって?こいつを倒しても扱いは変わらないから。……はっ、冗談じゃないわ!」 ルイズは短く吐き捨てるとこう叫んだ。 「敵に後ろを見せない者を、貴族と呼ぶのよ!たとえゼロのルイズと呼ばれるのが変わらなくてもわたしは決して逃げないわ!」 再び動き始めたゴーレムがルイズを踏み潰そうと足を振り下ろした。 その足に対してルイズが杖を振る。爆発が起こり、土がこぼれた。まったく変わらないゴーレムの足がルイズへと迫る。 ルイズの視界がゴーレムの足で埋め尽くされる。そこで横から引っ張られた。 地面に投げ出され、尻餅をつく。横を見上げるとそこにデュフォーが立っていた。ギリギリのところでデュフォーが踏み潰される前にルイズを助けたのだ。 ゴーレムの方はルイズを踏み潰したと思ったのか、それとも興味をなくしたのかその場で止まった。 そして腕を引くと、本塔の壁。それも壁に突き立っているデルフを殴り飛ばした。当たる瞬間にフーケの魔法により、ゴーレムの拳が鉄に変わる。 デルフを楔として、本塔の壁に亀裂が走る。一瞬の沈黙の後、壁が崩れた。 ゴーレムの肩からフーケが降りると壁の中へと入っていく。壁の後ろにあるのは宝物庫。フーケの狙いはその中にある破壊の杖だった。 助けられたことで張り詰めていた糸が切れたのか、ゴーレムが壁を破壊していくのを見上げながら、ルイズの目から涙がこぼれた。 自分の力が通じない悔しさにルイズは泣きながら拳を握りしめる。 そんなルイズに対してデュフォーが声をかけた。 「お前、頭が悪いな。逃げないのは構わないが無駄なことをして何がやりたいんだ?」 思いやりのまったくない言葉に更に涙が溢れる。 「だって、悔しくて……わたし……いっつも馬鹿にされて……だから見返したくて……」 嗚咽で途切れ途切れに言葉を紡ぐルイズ。 そんなルイズをデュフォーは一刀両断で切り捨てる。 「お前は本当に頭が悪いな。見返したいのなら、何故無駄なことをする?」 ナイフのようにデュフォーの言葉はルイズを切りつける。 泣きながらルイズはそれに反論した。 「わかってる……わかってるわよ、わたしじゃどうしようもないことくらい……でも、じゃあどうしろってのよ!」 その言葉に対する返事はすぐにデュフォーから返ってきた。 「オレが指示を出す」 ルイズは顔を上げた。 今聞いた言葉が信じられなかったからだ。 「どうやったらあいつを倒せるのか?その『答え』が欲しいんだろ?」 普段と変わらない冷静な表情でデュフォーはルイズにそう告げた。 「―――え?」 目に涙を浮かべたまま、告げられた言葉の真偽を確かめるかのようにルイズはデュフォーを見つめる。 いつもと変わらない表情。嘘でも慰めでもなく、ただ単純に事実のみを伝えたという様子でデュフォーはルイズを見ていた。 「……本当に、あいつを倒せるの?」 おずおずとルイズがデュフォーにそう訊ねた。 まるで目の前の希望に縋り付いて裏切られるのが怖いという様子でデュフォーの提案に乗ることを躊躇している。 だがそれもデュフォーが口を開くまでだった。 「お前、頭が悪いな。『答え』が出せるから、『指示する』と言ったんだ」 ビキッという音があたかも実際にしたかのような勢いでルイズの顔に青筋が浮かぶ。 同時にデュフォーの提案に対して躊躇させていた気持ちは跡形も無く吹き飛んだ。 「やるわよっ!やってやるわ!」 それを聞くとデュフォーはルイズに向けてこんなことを言った。 「そうか。だったら今から奴を追う。そして術者に対して直接"ファイヤーボール"を唱えろ」 あまりといえばあまりに突飛な提案にルイズの目が丸くなる。 「ちょっ、ちょっとデュフォー!何で"ファイヤーボール"であのゴーレムが倒せるのよ?防がれて終わりでしょ!」 「何を言っている?お前が魔法を使えば爆発が起きるだろう。それでゴーレムを操っている術者を直接倒せばいいだけだ」 「んなっ!ははははは、初めからわたしが魔法を失敗することが決まってるみたいに言わないでよ!ひょっとしたら成功するかもしれないじゃない!」 しかしデュフォーはルイズの怒声を無視すると、ウィンドドラゴンに乗って上空を飛んでいるタバサへと声をかけた。 「何?」 タバサはデュフォーの近くまで来ると、自らの使い魔の上から降りて何の用なのか訊ねた。 ルイズが対して何やら騒いでいるのは互いに完全に無視している。 「今からあのゴーレムを倒しに行く、だからその風韻竜で後を追ってくれ」 告げられたゴーレムを倒すという言葉よりも、風韻竜という言葉に驚いてタバサは息を呑んだ。 そしてデュフォーに対して警戒の目を向ける。だがデュフォーはこちらもあっさり無視してまだ騒いでいるルイズに向き直った。 その様子にタバサはこの場でそのことについて言及することを諦めた。 幸いなことに今デュフォーが言った風韻竜という言葉を聞いていたのは恐らく自分しかいない。 キュルケは風韻竜の上にいるから、今の会話が聞こえていた可能性は低い。ルイズは騒いでいるからこれもまた今の言葉が聞こえていた可能性は低い。 だがこの場で下手に追求したら、近くにいるルイズと自らの使い魔の風韻竜―――シルフィードの上に乗っているキュルケにも聞かれるかもしれない。 そう判断するとタバサはシルフィードに戻った。 そして"レビテーション"でデュフォーたちをシルフィードの背に乗せる。 デュフォーたちが乗ったことを確認すると、指示通りゴーレムを追いかけ始めた。 「ねえタバサ、あなたさっきダーリンから何を言われたの?」 シルフィードでゴーレムを追い始めて間もなくして、キュルケはタバサにそんなことを訊ねた。 デュフォーとルイズはピリピリとした空気を発していて、とても声をかけられる雰囲気ではない。 正確にはルイズだけがそんな空気を発しているのだが、デュフォーは平然とした顔でその近くにいるため同様に声をかけられる雰囲気ではなくなっている。 そのため親友であり、今のところ何もしていないタバサに聞くことにしたのだ。 「今からゴーレムを倒すって」 タバサはそれに対して短く答える。 「あ、それで私たちにも手伝うようにってことかしら?でもあんなゴーレム相手にどうやって?」 その返答に対しキュルケが訝しげな表情を顔に浮かべた。 当然だろう、あんなゴーレムをどうやったら倒せるというのだ。 「違う。今からあのゴーレムを操っている術者を吹き飛ばすから、そうしたら捕まえろって言われた」 その言葉に対してキュルケは息を呑む。 「ちょっ、ちょっと本気!?どうやったらそんなことができるのよ。ここから魔法を撃ってもあのゴーレムが防いで終わりに決まっているじゃない!」 タバサは叫ぶキュルケに眉根を寄せた。 「わからない。でも……」 そう言うとタバサは首を後ろに向けてデュフォーたちを見る。 「彼はできないなんて微塵も思っていない」 ゴーレムと風韻竜では速度において圧倒的に差がある。 そのためフーケのゴーレムに追いつくまでにはさほど時間はかからない。 丁度城壁を越えたところで追いつき、その上空を旋回する。 それを確認するとデュフォーは隣にいるルイズに声をかけた。 「ルイズ。あそこだ」 その指の先にはフーケの姿があった。 「そろそろ詠唱を始めろ。このままの位置を保ち、奴を吹き飛ばす」 その言葉にルイズが息を呑んだ。 そして意識を集中し、呪文を唱え始める―――が数秒もしないうちに詠唱は尻すぼみになり、途中で消えた。 「……やっぱり、無理よ」 消えてなくなりそうな声がルイズの口からこぼれた。 「何故だ?」 何を言ってるんだこいつは?という顔で聞き返すデュフォー。 「動いてる的に直接当てるなんて今までやったこと無いのよ!無理に決まってるわ!」 ヒステリックに叫ぶルイズ。 それに対してデュフォーは呆れたような顔をしてルイズに向けて言った。 「オレが言ったことはお前ができる範囲のことでしかない。不可能だというのなら、それはお前自身に問題がある」 ルイズは歯を食い締めた。自分に問題がある?そんなことは最初からわかっている。 「今更なに言ってるのよ!わたしに問題があるなんて最初からわかってるでしょ!」 その言葉にデュフォーはますます呆れたような表情になった。 「お前、頭が悪いな。オレが言っていることを理解できていない」 ルイズは顔を上げるとデュフォーを睨みつけ、そして叫んだ。 「なにが理解できてないっていうのよ!あんたなんかにわたしのことはわからないわ!」 その叫びを受けてもデュフォーは微動だにしなかった。何の感情も浮かび上がっていない瞳で睨みつけるルイズを見返す。先に目を逸らしたのはルイズだった。 デュフォーはそんなルイズに対して追い討ちのように言葉を投げつける。 「オレはお前の能力を理解した上で、できると言っている。できないと思い込むのはお前の自由だ。だがそれはお前自身ができないと思い込むことで、自分の能力を下げているからだ」 それはまったく温かみを感じさせない冷徹な言葉。 だがその言葉は不思議とルイズの中に染み渡る。 その言葉の重みは今ままでルイズが感じたことのある誰のものとも違った。 失望でも、期待でもない。ありのままの事実。ルイズに対してそれができて当たり前だからやれと要求するだけの言葉。 ルイズの胸の中で何かが溶けて消えた。代わりに熱いものが溢れる。 「もう一度聞く。あいつを倒すための『答え』が欲しいか?」 そして再び、デュフォーがルイズに訊ねた。 デュフォーの問いかけに対し、恐らくそれが最後の確認だとルイズは理解した。 ここで断ればきっとデュフォーはルイズにさせることを諦めるだろう。 だからルイズは答えた。今まで生きてきた中で培っていた勇気を全て振り絞り、ルイズはデュフォーに答える。 「……欲しい。わたしはあいつを倒すための『答え』が欲しい!」 気圧されることも無く、それを受けてデュフォーは一度頷いた。 聞き返しはしない。デュフォーからしてみれば最初からできるとわかっていたことに何故悩んでいたのかと不思議に思うだけだ。 だから後は互いにやるべきことをやるだけでしかない。 短くデュフォーが合図をする。 「今だ。詠唱を始めろ」 軽く頷き、ルイズはゴーレムの肩にいるフーケを見つめると深呼吸をした。 息を吸い、吐く。 呼吸を落ち着かせ、標的を見つめる。 さっきまで荒れ狂っていた心臓が、今は静かに鼓動を奏でているのがわかる。 自分と標的。世界に存在するのはその二つだけ。 集中する。一度限りの大博打。外せば次のチャンスはないと警告はされた。 詠唱を始める。かつてないほど集中しているのが自分でもわかる。外す気なんて欠片もしない。さっきまであれほど不安だったことが嘘みたいに感じる。 悔しいがあの使い魔の言っていることは全て正しいのだろう。 思いやりとかそういうものはまるでないが、それだけに事実が痛いほど突き刺さる。 だけどそのおかげでわかったことがある。 ただ悔しく思うだけじゃ何も変わらない。悔しいからって無謀なことをしても何も意味が無い。 そして劣等感から自分の能力を低く評価したら、ますます駄目になるだけだ。 まず自分にできることをしっかりと見つめる。その上で、できることをやる。 そうでなければ前には進まない。 たぶん今までの自分は無いものねだりをしていただけの子供だったのだろう。 そんな自分に対してできると断言したデュフォー。 信頼とか暖かい気持ちなんて微塵も感じない。ただ事実を告げただけという感じの言葉。 だけどそれだけに―――信じられる。 純粋に自分の能力を評価してくれているとわかるから。 思いやりや盲信からの過大評価も、蔑みからの過小評価もしない、ありのままの自分の能力を見てくれてると信じられるから。 だからわたしはあいつの言うことを信じる。 ありのままのわたしを見てくれる人間として、あいつを信じる。 ―――だからこれは絶対に成功する。失敗なんてするはずがない。 "ファイヤーボール"の詠唱が終わる。 瞬間、フーケの真横で爆発が起きた。 人形のように吹き飛ぶフーケ。 タバサが杖を振り、"レビテーション"をかけて落下するフーケをシルフィードの上に運ぶ。 術者が気を失ったためかゴーレムが崩れ土の塊へと戻る。 ルイズは安堵すると大きく息を吐いた。 やりとげたことを実感すると、途端に全身から力が抜けてその場に崩れ落ちる。 シルフィードから落ちないようデュフォーが襟を掴んだ。 「ぐえっ!」 襟が引っ張られ首が絞まる。 「何すん――」 文句を言おうとルイズは鬼のような形相でデュフォーを睨んだ。 が、いつもと変わらないその顔を見ると怒りは急速に萎んで何だか笑いがこみ上げてきた。 「ふ、ふふふ、あははは!」 キュルケが『凄いじゃない、ルイズ!』と褒めてきたが、それよりもデュフォーのよくやったなと褒めるでもないその態度が今は無性に嬉しかった。 そのまま学院に戻るまでルイズは笑い続けた。 前ページゼロの答え
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4728.html
前ページ次ページ鋼の使い魔 フーケを捕らえることに成功したルイズ達。ロングビルこと土くれのフーケは縄で縛られ杖も取り上げられていた。 馬車に乗って学院への帰路を行く。なお、馬車の御者はなんとタバサが買って出ており、御者席では 華奢な腕で見事に馬を操るタバサを見ることが出来る。 ルイズは移動する馬車の上で包まれた布を剥ぎ取った『破壊の杖』をまじまじと見つめている。 「でもこれが本当に『破壊の杖』なの?大仰な名前の割にどう見ても普通の杖に見えるんだけど……」 ルイズの視線は馬車の荷台に手足を縛られて転がしてあるフーケに向かっている。フーケは身動きできないことが実に忌々しいらしく、 顔を背けながら答える。 「そうさ。わざわざやりたくもない秘書をやって何日も下調べをして盗み出したんだ。間違いないね」 そう、フーケが盗み出し、今ルイズ達の手で学院の元に戻されようとしている『破壊の杖』は、一見すれば誰がどう見ても メイジが使うのに差し支えない普通の杖に見える。特徴らしいものがあるといえば、それはタバサが使うような杖と同じくらいに長く、かつ それよりも太くがっしりとした作りをしている、ということだろう。 ギュスターヴの腰でデルフがカタカタとしゃべる。 「相棒、その杖を握ってみな」 「どうして?」 デルフの言葉にタバサ以外の耳目が集まる。 「『ガンダールヴ』はあらゆる武器を使うことが出来る。例えそれが使ったことのない武器でも、一度握ればそれがどんな武器で、 どうやって使うのか分かっちまうのさ」 「でも俺はお前を握った時お前がどんな武器で、とか分からなかったぞ?」 「それはお前……なんでだろ」 ずったん!一同が馬車の上ですっこける。 「なによそれ!」 「いやーなんていうの?相棒が『ガンダールヴ』だってのは思い出したんだけど、それ以外はさーっぱり、思い出せねーの」 やっぱりボロ剣ね、とルイズがため息交じりにつぶやいた。 ギュスターヴはルイズの持つ『破壊の杖』をよく見た。それは先ほどの通りどこにでもあるようなありふれた杖に見える。 杖の頭に龍の頭のような装飾が施されて、黄土色の磨かれた石がはめ込まれている。 「ルイズ、貸してくれないか」 「いいけど。壊すんじゃないわよ?」 ギュスターヴの手にルイズが『破壊の杖』を渡す。ギュスターヴは杖を握って数瞬、痺れるような衝撃を受けた。 自分の思考の中に突如として知識が刻まれていく。それは視界他五感を通じて得られるそれよりも遥かに鮮明に ギュスターヴの脳内を駆け抜けた。脳に焼き鏝で烙印を施すような強烈な刺激を感じるようだった。 「ぐ、ぐぅ…!」 「ギュスターヴ?!」 杖を渡してからいきなり、うめき声を上げて倒れるギュスターヴ。頭を抱えてうずくまった姿にルイズが駆け寄り肩を揺らす。 「はぁっ、はぁっ、はっ……」 「だ、大丈夫なのギュスターヴ……」 「どうよ、相棒」 額に脂汗を浮かべて苦悶の表情を浮かべているギュスターヴは、呼吸を整えながら座りなおし、杖をルイズに渡した。 「なんてことだ。こいつは、こいつは……」 「何か分かったの?」 ルイズは見た。ギュスターヴの顔に写るものを。それは召喚した最初の日、ルイズに向かって何度も鬼気迫る顔で 質問を繰り返していた時のそれと、良く似ていた。 「ああ、こいつの正体が分かった」 「で、何なのこれは?」 「いや、ここで言うのは拙い」 え?とルイズ。キュルケも真剣に聞いている。フーケすら転がされたまま聞き耳を立てていた。 「皆に言う前に、一つ質問をしなくちゃいけない人間が出てきた」 『盗賊捕縛、そして』 陽が徐々に傾き始めた頃、馬車は学院に到着した。衛兵に馬車と捕縛したフーケを引き渡して四人は学院長室へ向かう。 学院長室では臨時的に秘書業務をしていたコルベールが迎えてくれ、まもなくオスマンが四人の前に現れた。 「どうやら無事、賊を捕まえてくれた様だの。奪われた『破壊の杖』も取り戻してくれて何よりじゃ。感謝に絶えん」 『破壊の杖』は今、コルベールが預かっている。 貴族の礼として恭しく頭を下げる三人。 「さて、我々からはその功績に見合った礼をせねばなるまいな。ミス・ヴァリエールとミス・ツェルプストーにはそれぞれ国に シュバリエの認定申請をしておいた。遠からず何らかの沙汰があるじゃろう。ミス・タバサには精霊勲章の授与申請をしておいたぞ。 こちらも同じく、国から何らかの知らせが送られるじゃろうから、虚心に待つように」 「お気遣い感謝します」 らしくなく礼をするキュルケ。タバサも無言のまま頭を下げた。 一方ルイズは、礼をしながらも頭を上げて答える。 「あの、彼には……ギュスターヴには何も無いのでしょうか?」 「んむ……」 オスマンの視線はルイズの問いによって、起立したまま待機しているギュスターヴに移る。両腰に挿された大小の剣が、貴族の証無き この男に一種の風格を与えている。零細な貴族家庭のそれなど吹き飛ぼう、威厳がにじみ出ている。 「……彼は貴族ではないゆえ、王宮から何かを与えるように申請する事はできぬ」 「…そうですか」 しかし、とオスマンは続け、 「何も報酬が無いのも道義に悖るものじゃ。よって、わしの権限により学院の予算から幾らかの金子を包むとしよう。我々には それくらいしか出来ぬ。それで許してもらえぬかな?」 「お気遣い、感謝いたします」 「ありがとうございます」 ここで初めてギュスターヴは礼をした。ルイズも一層深い礼をする。 オスマンはそれらに満足したように微笑み、語りかける。 「さて。賊の侵入でわたわたしておったが、今日は『フリッグの舞踏会』じゃ。お主等も会場の華として楽しんで行きなさい」 再度の礼をして学院長室を辞す三人に、ギュスターヴは足を止める。 「先に行っててくれないか」 「いいけど…どうして?」 「少し用事が出来た。すぐ戻る」 ルイズ等三人が退室し、部屋にはオスマン、コルベール、ギュスターヴの三人が残った。デルフは入室する前にきっちりと鞘に納めて 口を閉じさせてある。 「コルベール君。宝物庫に『破壊の杖』を戻してきてくれんか」 「は……」 なにやらただならぬ空気を感じ取ったコルベールは、何も聞かずに学院長室を出て行く。 夕陽がさしかかり、部屋の中が赤光で満たされる。 「お主は何かわしに聞きたいことがあるようじゃな」 ギュスターヴは何も答えない。ただじっとオスマンを見ている。オスマンは深く椅子に腰掛け、パイプを一息吸って、煙を吐いた。 「……しかし、賊の正体がミス・ロングビルじゃったとはのぅ……」 「彼女とはどこで?」 ん?とオスマン。 「王都の酒場でじゃよ。そこで給仕をしておったんじゃが、話もうまいし気立てもいいし、丁度秘書の席が空いておったからな。 雇ってみることにしたんじゃよ」 女とは分からぬものじゃなぁ、とオスマンは嘆く。 「……いくつか聞きたいことがある」 「わしに答えられるものならお教えしよう。今を逃せば聞けまいこともあろうて」 「大きくは二つ。まず『破壊の杖』の出所について」 「ふむ……」 パイプを皿に置いてオスマンは手を組んだ。 「あれはこちらの世界のものじゃない。俺の居た世界のものだ」 「君の世界……とは、なんだね?」 「ここから遥か遠くだ。貴方達の言う東方の国よりもずっと遠くにある」 ほう、と一言だけ相槌する。 「あの杖は俺のいた世界にあるフォーゲラングという町で製造されていた杖だ。品目は確か……『砂龍の杖』…だったか。それが何故この世界に あって、『破壊の杖』なんて呼ばれているのか。フーケを問いただして聞いたところじゃ宝物庫に寄贈したのは学院長自身だというから、直接聞くのが早いだろうと思って」 パイプから立ち上る煙が細く伸びて、天井に当たって砕ける。 オスマンはギュスターヴのまっすぐな瞳を見て、呵呵と笑う。 「年嵩に合わず正直な男じゃのぅ、君は。……まぁよい。もうずっと昔の話になるかのぅ。わしはその時、一人森の中に入って秘薬の材料になる薬草を探しておった……」 オスマンは語り始めた。杖を手に入れた日のことを……。 それは今日より遥かに昔。ハルケギニア内陸部に広がる名も無き森の一つ。樹木の根が地面をうねらせ、空は広がった枝で隠された森の奥。その時は霧が泥のように濃 い。 「視界が霧でさえぎられ始めた時じゃ。わしは風の魔法で突風を起こし、霧を散らせて視界を取ろうとした」 巻き起こる風で吹き払われていく霧。風で切り裂かれた霧の向こうにはわずかに開けた空が見えた。と、空から光るものと人のものでは決して無い奇声が同時に振り落ち てくる。 それは濃い緑色の鱗をした二足の竜。翼を広げても3メイルほどにしかならないが、鋭い爪と牙を供えた幻獣らの中で上位に君臨する一種、ワイバーンだった。 「わしは強い魔法の反動で反撃をすることが出来なかった。あと一歩でワイバーンの爪がわしにかかるという時、何者かが木の影から飛び出してワイバーンを打ち据えたの じゃ」 その何者かはワイバーンに慄き倒れていたオスマンを起き上がらせると、再び低空で飛翔し襲い掛かってくるワイバーンに杖を向けて何かを叫ぶ。 すると杖先に仄かに光る石の壁が出現し、そこから光の玉のようなものを発射してワイバーンを打った。次の瞬間にワイバーンはぴしぴしと音を立てて石化し、 崩れて砂に変わったという。 『大丈夫ですか。ご老人』 『う、うむ……』 『ここは危険だ。私の杖をお貸ししましょう』 「そう言ってわしに渡してくれたのが、『破壊の杖』じゃ」 その後再び掛かり始めた濃い霧の向こうから男を呼ぶ声がしたという。 『ヘンリー!どこにいったんだよー!』 『すみません、仲間が呼んでいますので、失礼』 『ま、待ちなされ!』 「何者かが呼ぶ声の中、霧の奥に彼は帰っていった。再びわしが霧を払った時には、もう影も形もなかったのじゃ」 オスマンが語った過去。霧の向こうからやってきた男が持っていた『サンダイルの世界の武器』、それが今学院に眠る『破壊の杖』の正体だった。 ギュスターヴはそれが、ある一つの疑問点を自らに提示するものだと気付いた。 「サモン・サーヴァント以外の方法でハルケギニアにやってきた人間がいる?」 それまでギュスターヴは、自分がルイズに召喚されてハルケギニアにやってきたのは何らかの奇跡か偶然か、ともかく砂漠で砂金を拾うような僥倖の結果だと 考えていたが、オスマンの語る話が事実であるならば、サンダイルとハルケギニアはどこかで繋がっている、という可能性が生まれる。 それはギュスターヴに並々ならぬ衝撃を当たるものだ。 「かもしれぬ。じゃが、わしは君とその男以外にそう言ったものを知らぬ」 「そうか……」 オスマンの語るサンダイルへの手がかりはそれ以上ないようだ。ギュスターヴはもどかしいものを感じずには居られない。 「君も元の世界に帰りたいかの?」 「……わからない。ただ、帰る方法があるならばそれを探すのもいいし、少なくともルイズの使い魔をやっているのも、それほど辛いわけでもないからな」 「おぬしは優しいのぅ」 それと、とギュスターヴが続く。 「もう一つ質問があるんだ。この左手の刻印について」 「む……」 左手の甲をオスマンに見せながら話すギュスターヴ、オスマンの表情は一転して、硬くなった。 「ある者からこれは『ガンダールヴ』という伝説の使い魔のものだと聞いた。教えてくれ。伝説というのは何なんだ?」 オスマンは組んだ手を解き、手癖のようにパイプをとって蒸して、また置いた。 「ふむ…昔、今は我々が『聖地』と呼ばれるところに始祖ブリミルが降り立った。彼は虚無の魔法を使い、エルフと戦った。 戦いによって豊かな大地を手に入れたブリミルは、三人の子供と一人の弟子に国を作らせ、それが今のハルケギニアの祖形となった、と言われておる。 『ガンダールヴ』とはその始祖ブリミルが従えたと言われる四つの使い魔のうちの一つじゃ」 曰く、あらゆる武器を使う『ガンダールヴ』、あらゆる幻獣を操る『ヴィンダールヴ』、 あらゆる魔法道具に精通する『ミョズニトニルン』、そして語られぬもう一つ…… 「……じゃが、君の口から『ガンダールヴ』の話を聞くことになるとはのぅ」 「なんだと?」 「わしらは以前から君が『ガンダールヴ』ではないかと考えておったが、確証がなかった」 その言葉に苦い顔をするギュスターヴ。己が何者かに監視されていたと聞かされて心地よいものなど居ない。 「そう嫌がることもあるまい。君はありとあらゆる武器を用い、主人を守る盾となったのじゃ。その力でミス・ヴァリエールを守ってあげなさい」 「…俺が守ってやらなくても、多分ルイズは強い」 「ほぉ。なぜだね?」 今回は無事平穏に戻ってきたとはいえ、オスマンの目から見ても、ルイズは無力な娘だ。魔法の使えない貴族に居場所があるほどトリステインは広くない。 「何故かな…そうだと言いたくなる」 対するギュスターヴの目は、どこまでも澄んでオスマンを見据えていた。 夕食の時間と同時にアルヴぃーズの食堂は今、盛大なパーティの会場となっている。生徒達貴族の子女がお家の恥にならぬよう、一層の装束をめかし込み、 気に入ったもの同士で踊り、或いは食事に手をつけていた。 ギュスターヴはオスマンとの会談のあと、ルイズの部屋に戻ったのだが、クローゼットを引っ掻き回した跡があるだけで部屋主を見つけることが出来なかった。 夕食の時間ともあるから食堂に居るのだろうかと思ってやってくるとこのような次第である。 「ハァイ。待ちくたびれましたわミスタ・ギュス」 鮮やかな赤いドレスに身を包み、長い髪を纏め上げてうなじを見せて歩くキュルケが出入り口に立っていたギュスターヴに声をかける。 「これが言っていた舞踏会ってやつか……」 「そうよ。よろしかったら一緒に踊ってくださいません?」 「ちょっとキュルケ!勝手に人の使い魔と馴れ馴れしくしないで!」 怒鳴りこみながらコツコツコツ、と細かい足音を立ててキュルケの背中に迫ってきたのはルイズ。しかしその装いはギュスターヴの知るルイズを大きく変えてみせる。 薄い桜色の生地を豪華に使ったドレス、二の腕まで覆った手袋も上質のシルクで作られ、髪留めもネックレスも特注の一品であることがすぐに分かった。 なによりそれを身に着けるルイズ自身が装飾品に負けない気品を漂わせて立っている。血の良さが振りまかれた生粋の貴族であることが、そこに示されている。 年ながら気圧されるような迫力を伴う二人に笑って答えるギュスターヴである。 「二人とも立派な姿だな。……ところでタバサは?」 「あそこ」 二人は食堂の一角、テーブルが置かれて普段より一層の豪華な料理が並ぶ場所を指した。 タバサも彼女らと同じく肌理の細やかな黒いドレスで着飾っていたが、ダンスや音楽に全く興味を示さずひたすら食事に手をつけていた。 ところで、とルイズがギュスターヴを見上げる。 「ギュスターヴ。オールド・オスマンと何を話していたの」 「ん、まぁ、ちょっとな……」 果たして話すべきか、ギュスターヴは悩むのだった。 パーティも酣(たけなわ)。ギュスターヴは食堂から延びるバルコニーに一人、立っていた。備え付けのテーブルにはデルフが外されて置かれ、その脇に 空のグラスが2つ、栓の抜かれたワインボトルが一緒に置かれている。 ギュスターヴは壁に寄りかかるようにして月を眺めた。サンダイルには無い、大小の月。 軽い足音がして振り向くと、ルイズが立っていた。 「踊らないのか?」 「あまり気が乗らいわ。相手もいないだろうし」 そうか、と何も言う事がないままに、流れる時間。食堂から漏れ出る音楽が変わった。 テーブルの上にあるグラスをとり、ギュスターヴはワインを注いだ。 「結局、『破壊の杖』って何だったの?」 ルイズへ答えるべき、なのだろうな、と、ギュスターヴは一口ワインを飲んでから答える。 「……同輩の忘れ物、って言ったところだな。多分この世界であれを使うことの出来る人間は、居ないだろう」 「ギュスターヴの世界……サンダイルの物だったのね」 「ああ。どうやってあれを持ってハルケギニアに来たのやら。知りたいものさ」 ルイズもテーブルからボトルをとってグラスに注いだ。 「……やっぱり、サンダイルに帰りたいの?」 「ん……?」 ギュスターヴがルイズを見ると、少し目が潤んでいた。既にアルコールが嵩一杯まで染みこんでいるから、ではないだろう。 「……どちらでもいいさ。でも帰る方法を探しながら使い魔をやるのも楽しそうだ」 ギュスターヴは笑った。なんて事の無いように。 考えていたのだ。食堂にはいってからずっと。おそらく向こうでは、サンダイルでの自分はもう死んでいる。いや、死んだ扱いになっているだろう。 であればむしろ帰還は、友人達の行動の妨げになるのではないか。しかし一方で、郷愁の念に駆られないわけではない。 なぜなら不確かながらも、こちらとあちらはつながりがあるようだから。ならば、つながりを探しながら、やはりルイズのそばで使い魔の真似事をして過すのも悪くない。 それくらいには思えてきたのだった。 術不能の偏見、王家の血の宿命、それらから切り離されてここに立っているギュスターヴは、いろいろな意味で自由な己を捉えなおすのだ。 「不遜な男ね」 かもな、と答えるギュスターヴ。ルイズはワインを飲み干してグラスを置くと、ギュスターヴに手を伸ばした。 「ダンスは出来る?」 「一応嗜み程度にはな」 「では、お相手してくださいまし、ミスタ」 やっぱり酔いが深いのだろう。ルイズの目が少し蕩けている。仕方無いなぁ、とルイズの手を取ってギュスターヴは食堂の中に入っていった。 バルコニーに置かれたテーブルに残されたデルフが、カタカタと鍔を鳴らす。 「こいつぁおでれーた。主人のダンスの相手をする使い魔なんてな」 残されたワインの水面に、二つの月が写りこみ、揺れた。 前ページ次ページ鋼の使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4676.html
前ページ風神が使い魔 そう言って風子に顔を向けたのは緑色の髪に理知的な顔をした妙齢の女性だった。 「なにかご用ででしょうか?」 「えっとさ、洗濯場? ってのはどこか解る? 全く人に合わなくてさ、ここがどこだかもよく解らないんだ」 「……学院長室前まで……適当に歩いて来た……と?」 声色が少し変わって口調が第一声とは大分違って聞こえた。額を手で押さえている。どうも相当にショックがあったみたいだ。 「それで、なんのご用でしょうか? 見たところこの学校の生徒ではないようですが?」 そのままの姿勢で数秒過したあと、持ち直したのか最初と同じ調子で聞き返してきた、顔には微笑も浮かんでいる。 「だからさ」 面倒くさそうに答えた風子、手に持った数着の衣類をブラブラと揺らせて続ける。 「これが洗える場所ってどこか解る? できれば案内もして欲しいんだけど」 「水汲み場でしょうか? ならこちらの方になりますが、あなたは平民でしょう? なぜこんなところに?」 「あ~……使い魔になった……」 心底嫌そうに目の前の女性に伝える風子、これを聞いて風子を見る視線が変わった、若干探るような眼つきになったその人は問いかけの言葉を口に出す。 「使い魔になった……とは、それはまた災難でしたね。それで、何所から来たのでしょうか? 学園の名においてあとでご両親に手紙を出させて頂きたいと思うのですが」 これを聞いてちょっとだけ楽しくなったのか、いたずらを今からする子供のような笑みが風子の顔に上がった。 「――異世界から来たんで、そんな心配は要らないんだよね」 これを聞いて驚かない人間など、世の中にさほどいないだろう、と考えていた風子は眼前の女性の驚いた顔に満足げな笑みを浮かべる。 「それは、また……災難でしたね、それで、誰の使い魔になったのかお聞かせ願えませんか?」 「――ルイズだよ、下の名前はまだ覚えてない、覚える必要もなさそうだし」 ここで目の前の女性はどこか納得した風な表情を見せた。探るような視線を向けるのを止め、どこか同情的になった顔を向けて、話を先に進める。 「それで、洗濯場を探しているのでしたよね? それならばこちらです、ご案内しましょう。あのヴァリエール嬢の使い魔になられたとは、大変ではございましょうが頑張ってくださいね」 「助かるよ、ありがと」 お礼を言った風子の前を通り、そのまま水汲み場の方へと歩き出した。その魅力的なお尻の後について行きながら風子はもう一度お礼を言う、聞きたいことがもう一つあったから、この異世界人の言葉を信用してくれた、その人の名前を知っておきたかったから。 「ありがとう、あんたの名前はなんて言うんだい」 「ロングビルと申します、この学園の長の秘書をやらせて頂いております、それほど長くお付き合いできるとは考えておりませんが、よろしくお願いします。そちらは?」 少し、気だるげに、少し、楽しげに。振り返らず前を歩くその人から、そう答えが返ってきた。そして、聞き返された、聞かれれば答えなければなるまい。 「風子、こっちの世界の言い方なら風子 霧沢! 末永くよろしく頼むよ!」 「それでは、ここが水汲み場となります、この季節の水は冷たいでしょうが、頑張って下さいね」 「ん、感謝してるよ、時間とらせて悪かったね」 いえいえ、と笑って踵を返したロングビル、その時、大きな、非常に大きな爆砕音が響き渡った、静けさが場を支配して数秒経った、 遠くから生徒達の騒ぐ声も聞こえて来る、風子の側からはロングビルがどんな表情をしているかは解らないが、取り敢えず雰囲気が変わったことぐらいは掴んだ。遠慮げに質問してみる。 「え……っと? 今の音は?」 「……まあ、あなたなら確実にそのうちに解る事です」 ここでいったん言葉を切ったロングビル、盛大に溜息を吐いたあと、こう続けた。 「今は、わたくしがあれの事後処理をしなければならないことだけ、覚えておいて下さいね」 先程は少し楽しげに見えた背中も今は大分煤けて見えた、どうやらこれから来る後始末の面倒臭さにまいっているよう、 「解った、うん、解ったよ、なるべくこーゆーことがおきないように頑張ってみる」 「助かります……それでは私はこれで」 そういってその場を離れ爆心地に向かって歩き出したロングビル、その背中には年齢には似合わない哀愁が漂っていた……。 角を曲がり、その背中が見えなくなるまで取り敢えず見送った風子、一つ大きく声を発し、両手で頬を張り、捲る袖の無い袖を捲った。 「頑張って洗濯てやつをやってみますか!」 風子にとってしたことのない手洗いでの洗濯に苦戦しつつ時間が過ぎて行った。どれだけ時間が経ったのか解らない、けれど今思うことは一つ、 (お腹……減った) 恐らく朝方に召喚され、なれないことをしたため普段より多くエネルギーを消費した風子、洗うべきものはまだ残っているがそれよりも今優先されるのは空腹を満たすことだった。 と、そのときちょうど、メイド服を着たいかにもな女性が風子の目の端に引っ掛かった。 (助かった! これでなにか食べ物が!) ダッシュで近寄って目の前に立ち塞がる、笑顔を浮かべて聞いた。 「何か食べる物が欲しいんだけど」 立ち塞がれた瞬間、訝しげに風子を見て立ち止まらざるをえなくなった少女は、笑顔をみた瞬間固まり、怯えた顔つきになった。 「ま、賄いの料理でよければご案内しますが、ど、どうでしょう」 「うん、なんでもいいよ、食べられれば、早く案内してくれない?」 少女の顔を見て自分がどんな顔をしているかある程度自覚した風子だったが、あえて表情を作り直すことはしなかった、早く食べ物を胃の中に収めたいため、目の前の少女を脅しつけているこの状況のままでいいや、面倒臭いしとか思った。 足取りのしっかりしていない少女の後ろに付いて厨房らしきところに到着した。 見渡すとどう使うのかよく解らない道具や、見たことのあったりなかったりする食材がところ狭しと並べられている。この場所に着くなりここで待つように言って風子から逃げるように奥の方に消えて行った黒髪の少女の帰りを待った。 やがて奥の方から黒髪の少女が戻ってきた、片手にシチューらしき物が入ったお皿を持っている。 「はい、どうぞ」と、手渡されたお皿を片手に呆然と突っ立つ風子、少女に聞いた。 「いや……ありがとう、しかしよく戻ってくる気になったね、普通はうやむやにして逃げちゃうと思うんだけど?」 「ええ、そうしようかと私も思いましたけど、本当にお腹が空いているんだろうなあ、と思うとどうしても」 柔らかに微笑んで風子を正面から見つめてそう答えを返してきた。こちらも先程とは打って変わった笑みを顔に乗せもう一つ聞く。 「こんな第一印象最悪の女にありがと、優しいあんたの名前はなんて言うんだい?」 「この学園付きのメイドでシエスタと言います、よろしくおねがいしますね?」 ん、こちらこそよろしく、と、返して手近に在った椅子に座った風子は一気にシチューを啜りだした。 「美味しかった、ありがと!」 最後の一口を胃の中に収め、目の前に座るシエスタに中身の無くなったお皿を渡した。 「はい、あんなに美味しそうに食べてもらってありがとうございます」 「そりゃまあ、腹が減ってたからねえ」 「これからもちょくちょく迷惑を掛けに来ると思うけどよろしく頼むよ」 「ええ、どうぞ、良い人みたいですし、厨房のみんなで歓迎しますよ」 くすくすと笑って席を立った風子はそのまま出口に向かって行く、後ろ手に手を振りつつ厨房を出る直前、振り返ってシエスタを見た。変わらずニコニコと笑っていた、 (あんたの方が相当良い人だと思うんだけどね) って言葉は口にせずそのまま外に出た。 その後は特筆すべき事柄もなく夜になった。風子にとって激動であった一日が終わろうとしている。 一つあるとすれば夕食時豪華な貴族達の晩餐を目の前に貧相な料理を出せれたことに切れかけた風子がルイズに「床で食え」と言われて完全にぶち切れ、結局外で夕食を済ませたことぐらいだろうか。 その後部屋に戻ってきたルイズは随分と不機嫌そうにしていたが、今は怒りも薄くなったのか穏やかな顔で机に向かい、紙にペンを走らせていた。 「なあ、そーいやそれ、何書いてるんだい?」 ぼんやりとそれを眺めていた風子がなんとなくと言った風にルイズに聞いた。 「あんたには教えらんないほど高貴なお方に手紙を書いているのよ、こうして昔はよく手紙のやりとりをしたことだし、読まれずに捨てられるる事はないと思うから」 こちらも片手間にのんびりと続きを書きながら答えた。深く聞くつもりのなかった風子はもう一度聞き返すことなどはしなかったため、しばしの間部屋にはルイズがペンを走らせる音だけが響いた。 「ん、こんなところでしょう」 手紙を書き終えたのか、机の上に出してあった封筒を手に取り、手紙を丁寧に折りたたんでその中に入れた後、最後に封筒の裏側に何かを書いて、指を鳴らした。するとどうだろう、部屋の明かりが落ちた。 「さ、今日はもう寝ましょ、あんたも疲れたでしょう?」 「まて、あたしはどこで寝ればいいんだ? 寝る前に何か体が暖められる物くれないと床で寝るとかそーいうことの前に凍え死ぬよ私」 重たげな眼のルイズはそれを聞いてもう一度指を鳴らし、部屋の明かりを付けた。机の横にあるタンスを引き、ごそごそとやった後、取り出した毛布を風子に投げてよこす。 「サンキュ、で結局私はどこで寝ればいいんだい?」 風子が受け取った毛布を片手にルイズに訊ねた。それを聞いたルイズは何も言わず、床を指差した。 「了解……じゃ、お休み」 半ば予想していたのかさっさと適当に床に寝転び、毛布を引被った風子はそれきり何も言わなくなった。ルイズはもう一度指を鳴らし、部屋の明かりを消した後、自分も布団を被る。 数分後、そこには穏やかそうな寝息の音と、寝苦しそうな寝息の音しか聞こえなくなった。 風子にとっての異世界での一日目が終わった。 前ページ風神が使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2913.html
前ページ次ページサーヴァント・ARMS さて、学院と名前がつく以上、朝食の時間が終われば今度は授業である。 魔法学院の教室は小中高校のような長方形の構造ではなく、1列ごとに段がある大学の講義室に近い。 講義用の教卓と黒板が1番下の段で、階段の様に席が続いているのだ。 涼とルイズが教室に入っていくと、先に教室に来ていた生徒達が一斉に振り向き、そしてクスクスと笑い始める。 食事の時に分かれたキュルケも居た。周りを男子が取り囲んでいる。 容姿から簡単に想像がついたが、案の定クラスではアイドル扱いされているようだ。少し離れた席で腕組みして隼人が静かに座っている。 ………違う。居眠りしていた。 その後ろの席には黙って本を読んでいるタバサがいて、その隣に武士が居る。 サーヴァント・ARMS:第3話 『授業』スクールレッスン その外の生徒は皆、様々な使い魔を連れていた。 フクロウもいればデッカイヘビもいるし、カラスも居れば猫もいる。 中にはバシリスクだの目の玉お化けなバグベアーだの蛸のような人魚のようなスキュアだのとファンタジーど真ん中なのもいた。 もっとも涼達の場合は更にとんでもない物――隕石そっくりな地球外生命体やサイボーグやナノマシンや超能力者や、果てには全長100mを超えそうなだい怪獣(しかも中身は涼自身)や何やらかんやら―― ――は嫌って程見てきたので、今更こんな生物見ても大して驚けない。ちょっと夢が無いかもしれないが仕方が無い。 今度は食堂とは違い、ルイズの許しを貰って涼は席に座る事が出来た。 その時ルイズがチラチラと隼人の方を見ていたので、理由はバレバレである。 扉が開いて、教師が入ってきた。 紫色のローブに身を包んで帽子を被った人の良さそうな中年の女性である。カツミの母親――もっとも涼達と同じで血は繋がっていないが――を思い出した。 彼女は教室を見回すと、満足そうに微笑んだ。 「皆さん。春の使い魔召喚は大成功のようですわね。 このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」 シュヴルーズの視線が涼、隼人、武士の順に移る。 「おやおや、ミス・ヴァリエール、ミス・ツェルプストー、ミス・タバサ。変わった使い魔を召喚したものですね」 「お褒めに預かれて光栄ですわ、ミス・シェヴルーズ」 皮肉を込めてキュルケが答えた。隼人はまだ寝ている。 ルイズは俯いている。涼は教師があまりそういう事言うのは拙いんじゃないか?と思った。 タバサは教師がやってきたのも気にせずまだ読書中である。武士は居心地が悪そうに身じろぎした。 この辺りで誰かから「召喚できないからってその辺歩いてた平民を連れてくるなよ!」なんて冷やかしが入りそうなものだったが、今回に限って入りはしなかった。 『ゼロ』と呼ばれて落ちこぼれ扱いのルイズだけならともかく、トライアングルクラスの実力者であるキュルケとタバサも召喚したのは同じような平民(?)の少年。 下手すると2人にもケンカを売った事になりかねないから言いたくても言えないのである。 世界が変わろうが、基本的に己より上の実力者相手だと弱腰なのは変わらないという事か。 なんともはや。 「では、授業を始めますよ」 シュヴルーズが杖を振ると、あまりにも唐突に石ころがいくつか現れた。 種も仕掛けもありません、とはこの事か。 話す内容はどうも復習的な内容らしく、それぞれの系統の魔法についての説明だった。 この世界の魔法がどんな物か分からない涼達にとってはかなりありがたい。・・・まだ居眠り中の隼人はともかく。 曰く、魔法には四大系統というものに分けられる。つまり火、水、風、土の四つの系統に。 後は失われた系統として5番目に虚無というのがあるとか。最近のファンタジーゲームよりはよっぽど単純だ。 魔法というものはこの世界ではどうやら科学技術のかわりとして重宝しているらしい。 ――けどそれだと、ある意味俺らが召喚されたのってとんでもない皮肉だよなあ―― なにせ涼達は最先端の科学技術で生み出され、科学技術(とその他諸々)によって生まれたARMSを体内に宿している身だ。 ま、彼達の在り方にそんな事さっぱり関係ないのだが。 とりあえずこの世界の技術レベルが中世ヨーロッパ並みな理由がなんとなく分かった。 シェヴルーズが再び杖を振ると石ころが光りだして、光が収まるとそれは輝く金属に変貌していた。 キュルケが金だと勘違いし過剰反応を起こしていたがそれは割愛。 ルイズに聞いてみると、いくつ系統を足して魔法を使えるか、その数によって魔法使い――メイジのレベルが決まるんだとか。 そんな風に涼がルイズの話を聞いていると、シェヴルーズに見咎められてルイズがご指名を受けた。 その瞬間、涼は確かに教室中の空気が凍りついたのを感じた。 別にバンダースナッチが室温を-273℃まで低下させた訳ではない。 慌ててキュルケが立ち上がって声を上げた。何でか声が少し震えている。 「先生!」 「なんです?」 「やめておいた方が良いと思いますけど・・・」 「どうしてですか?」 「危険です」 即答だった。生徒の殆どがクラーク達並にぴったり息を合わせて頷いた。どういう事かさっぱり分からないのは涼と武士だけだ。 隼人はやっぱり寝ていた。 しかしキュルケの説得は実らず、ルイズが教卓の元へと向かっていく。 『・・・高槻涼よ、この者達は一体何を恐れているのだ?』 「さあ、俺にもわからん・・・」 相当ろくでもない事が起こると予想・・・どころか確信しているらしい。 前の方の席の生徒は魔法で防壁みたいな壁を作っているし、後ろの方は机の下に隠れて耳を塞いでいる。タバサは武士を連れて教室から出て行った。 ――何だか爆発でも起きるみたいな・・・って、爆発?まさか―― 気がつくともうルイズが杖を振り下ろそうとしていたので、涼は慌てて立ち上がった―――― 次の瞬間、教卓が文字通り『木っ端微塵』に爆発した。 爆風に耐え切れず、防壁は吹き飛ばされた。 その陰に隠れていた生徒もなすすべなく床に叩きつけられた。 驚いた使い魔たちが暴れだした。悲痛な鳴き声。生徒の悲鳴、絶叫、怒号。 阿鼻叫喚、死屍累々―――後者はともかく、文字通りの大パニックである。 そして爆心地に居たルイズとシェヴルーズは爆発をもろに受けて――― 「・・・・・え?」 「こ、これは・・・」 「ふう、間に合って良かった」 ―――いなかった。 左右それぞれルイズとシェヴルーズを脇に抱える形で、涼が爆心地から離れた教室の隅に居た。 ――すこし久々だったから出来るかどうか判らなかったけど、高速移動が使えて良かった―― 少々煤にまみれてはいるが、3人とも怪我は無い。 「何だ!?何が起こった!?」 「だから言ったのよ!あいつにやらせるなって!」 「もう!ヴァリエールは退学にしてくれよ!」 「俺のラッキーがヘビに食われた!ラッキーが!」 「ちくしょう!だから『ゼロ』のルイズにやって欲しくなかったんだ!いつもいつもとんでもない失敗しやがって!」 ………もっとも、周囲は反比例して被害甚大だが。 ちなみに最初のセリフはようやく目覚めて状況把握が出来ていない隼人のものである。 ――あー、もしかして『ゼロ』って、魔法の成功率ゼロだからだったりするのか?―― 実はドンピシャな推測を立てた涼がルイズとシェヴルーズを下ろしたその時、キュルケから何が起こったのか聞いた隼人が思わず叫んでいた。 「こんのバッキャロー!!ドジ踏むならもうちょっとマシなドジ踏みやがれ!」 それは隼人の短気な性分と、昨日からのルイズの―特に涼に対しての―横暴とも言える振る舞いに対する悪感情から放たれた言葉だったが。 今回ばかりは、タイミングが悪すぎた。 ――隼人、追い討ちをかけないでくれよ―― すぐそっぽを向いたお陰でほんの一瞬だが、ルイズの瞳に浮かんだ涙に気付いた涼は、額を押さえて思わず天を仰いだ。 空は、見えなかったが。 「・・・これって、どう収拾つければいいのかなあ」 「無残無残」 結局教室が破壊されたために授業は中断。 一部の生徒や使い場がパニック性の極度の興奮状態に陥ったので、結局今日の授業はお開きとなった。 他の生徒は昼食を取りに行ってしまったので、今教室に居るのはルイズと涼だけである。罰として教室の片づけを命じられたのである。 隼人や武も手伝おうとしたのだが、シェヴルーズに止められたので渋々キュルケやタバサと共に立ち去った。 これは罰なので、他の人が手を貸すのは矯めにならない、という事だろう。 もっとも結局清掃業者が勧誘したくなりそうな手際の良さでテキパキ教室の後片付けを終わらせたのは涼であって、ルイズは単に机を拭いた程度なのだが。 「これでよし。それじゃあ昼飯食べに行くか、ルイズ」 「・・・・・・・・・・何も言わないの」 「ん?何がだ?」 「だから!魔法に失敗した事よ!」 いきなりルイズは爆発した。物理的ではなく感情的に。 「バカにしたいならすればどーなの!そんな言われた通り黙々とやってないで!言いたい事があればハッキリ言ってみなさいよ!!」 「別にそんな事いきなり言われてもなあ・・・それに俺はルイズの事バカにするつもりなんて、これっぽっちも無いぞ?」 「ありきたりな嘘つかないで!あんたも思ってるんでしょ?貴族なのに、メイジなのに魔法が全然使えないって! 私だってね、好きでいつもいつも失敗してるんじゃないのよ!本も毎日何冊も何冊も読んだ!魔法の練習も勉強も人一倍やってきた! なのに爆発ばっかり・・・何で・・・何でなのよ―――――・・・・・・」 血を吐くような叫び。 それは努力も実らず、努力を誰にも認めて貰えずにいたルイズの独白。 だが、それは。 「・・・あのさ、ルイズ」 今日この日。その想いは実り始める。 「俺が認めるよ、ルイズの事」 「・・・・・え・・・?」 「だってさ、ルイズは俺を召喚したんだろ。『コントラクト・サーヴァント』って『魔法』で。それならさ、ルイズも魔法が使えたってことじゃないのか」 「でも・・・あんた、平民じゃない」 「んー、まあある意味その通りなんだけどな―――『ただ』の平民じゃないんだよ、これでも」 自画自賛は涼の趣味ではないが、嘘は言っていない。 ただの人間として平穏な人生を送るために、涼達は戦ってきた存在なのだから。 「はぁ?どういう意味よ」 「まあその時がもし来たら教えるからさ、とりあえず元気出せって。きっと昼飯食べたら元気も出るぞ」 「・・・わかったわよ。その前に、厨房に寄るわよ」 「何でだ?」 「・・・あんたの分の食事。申し越しマシなの出してあげるから、か、感謝しなさいよね」 「・・・ああ、サンキュ」 「ところで授業の時にあんた、いつの間にか私とミス・シェヴルーズを抱えてたけどあれって一体どうやったの?」 「ああ、あれか?まあ簡単に言えば俺の中の『力』の1つって感じだな」 先に厨房へと向かうため、食堂の前を通り過ぎた時にその声は聞こえてきた。 「いいだろう!!君に決闘を申し込む!!」 「上等だぁ!!相手んなってやる!!」 『うおおおおおおおおおっっ!!!』 「ちょっと、ケンカは良くないよ隼人くーん!!」 「・・・何だコリャ」 「それはこっちのセリフよ」 前ページ次ページサーヴァント・ARMS
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4202.html
前ページ次ページゼロな提督 「全く驚きだ。まさか目の前に『生存者』がいたとはな。これぞまさに『大いなる意思』 の導きということだろう」 目の前のエルフはヤンを見て『生存者』と呼ぶ。彼の口から語られた『聖地』の門を無 事に通過出来た二つの存在――30年前にヨハネス・シュトラウスが乗車していた装甲車 と、60年前にハルケギニアへ飛び去った飛行物体――とヤンを同じ世界から来たと気付 いたということ。 対するヤンは何もしゃべらない。目の前のエルフの所属も目的も分からない以上、不用 意に口を開けば更に交渉上のアドバンテージを取られる。いや、それ以前に戦闘となれば この場にいる全員が危険にさらされる。 「まず最初に言っておこう。こちらには争う意思はない。少なくとも、お前達に害を為す 必要は、今のところはない」 そう言ってビダーシャルは、その場の全員を見渡す。 タバサはシルフィードの横で無表情なまま立っている。ルイズはハルケギニアの人間の 宿敵、そして竜と並んで絶対に争いたくない相手であるエルフを前に、緊張を隠せない。 例え一度会った相手だとしても、だ。デルフリンガーは少し鞘から飛び出した状態だ。い ざとなったら使え、という事だろう。 「私が今夜来たのは、『聖地』の門から湧いた『悪魔』の足取りを追うためだ。なんとし ても彼等の正体を知り、大災厄を防ぎたいのだ。そのため、彼等の情報が必要なのだ」 ヤンとしても、彼から聖地に関する更なる情報を得たい。前回は救助を呼べないという 事実に打ちひしがれ、十分に話を聞けなかった。情報交換という点でヤンとビダーシャル の利害は一致する。 だが、果たして彼の目的は情報だけなのだろうか?もし『破壊の壷』と呼ばれたゼッフ ル粒子発生装置のように、同盟や帝国の機械類が存在したら?その技術を手にしたいと望 んでいたら?万一、使用可能な状態の兵器だったら? 「お前に関する情報は予め入手しておいた。この魔法学院における儀式において、瀕死の 重傷をおったまま召喚されたそうだな。まさか『悪魔』と同じ世界から召喚されたとは、 そこの娘に感謝せねばならない」 そこの娘、と言われたルイズは言葉に詰まる。 ヤンも、覚悟を決める時だと認めざるを得なかった。 第十二話 門 「ヤンよ、油断すんなよ」 「大丈夫だよ。彼は本当に話し合いに来ただけだ」 ヤンは、僅かながらエルフへの警戒心を解く。その様子にビダーシャルも僅かに微笑み を浮かべる。 『ルイズがヤンをサモン・サーヴァントで召喚した』ことを知っている。タバサに学院 への案内とヤンへの面会を依頼した。 これはつまり、ビダーシャルがハルケギニアにおいて相応の組織をバックに活動してい る事を示している。その組織はタバサに関係がある組織だろう。また堂々と「客」と言っ てルイズとヤンを連れてきた所を見ると、タバサもビダーシャルも、背後の組織を隠す気 はないようだ。それにまさか、ヤンという重要な情報源を口封じに殺すとも思えない。連 れ去るつもりなら既にやっている。捕らえた後『ギアス(誓約)』等の洗脳魔法でもかけ ればいいのだから。 ならば、ここは目の前のエルフをある程度信用すべきだろう。 ヤンは一歩前に進んだ。 「なら、まずは所属を教えて欲しい。君の出身と、ハルケギニアでの君の所属組織を」 聞かれたビダーシャルは少し驚いたように目を開き、そして自分の名前しか名乗ってい なかった事を思い出した。 切れ長の目が視線をずらしてタバサを見る。タバサは小さく頷いた。 「失礼した。では改めて自己紹介しよう。 私はビダーシャル。エルフの中の「ネフテス」という部族の一員であり、「老評議会」 の議員を務めている。テュリューク統領より、シャタイーンの門の活性化を押さえるべく ハルケギニアへ派遣された。 ハルケギニアでの所属だが、今の段階ではどこにも所属していない。ただ、タバサ殿の 故国であるガリアに協力を申し出ている最中だ」 そう言ってビダーシャルが再びタバサへ視線を送ると、ボソッと小さな声が漏れた。 「案内を命じられた」 それだけ言うと、再び押し黙ってしまった。 タバサがガリアから来ていた事や、ガリア王家と縁ある人物だとは、ルイズもヤンも初 耳だ。だからといって、今はそんな事に気をまわしている場合ではないが。 ただ、ガリア王家の意図はともかく、ビダーシャル個人としては敵対する気も隠し事を する気も無い事を理解出来た。むしろガリア王家が、宿敵のはずのエルフに協力の姿勢を 示している事、ヤンが召喚されたのを知っている事、この二つが分かった事は大きな収穫 だろう。 「ヤン…」 ルイズは不安げにヤンを見上げる。 「大丈夫。安心してよさそうだよ」 ヤンは小さな主に、ちょっとぎこちない笑顔を向ける。 それにしても、『聖地』か・・・ ヤンは改めてハルケギニアにおける『聖地』を思い出してみる。 東にある砂漠の彼方、始祖ブリミルがハルケギニアに初めて降り立ったとされる伝説の 地域。エルフはこの地を「シャイターン(悪魔)の門」と呼び、封じている。以来、聖地 への道は閉ざされたままだ。 この「門」はハルケギニアと異世界、即ちヤンが住んでいた宇宙をつなぐものらしい。 現在でも「門」から色々飛び出していることをビダーシャルから聞いた。 ただし、ヤンの世界の人類は、既に宇宙進出を果たし、生活の場は宇宙に移っている。 そして「門」は星系間を航行している艦船等を召喚することがあるようで、その度にハル ケギニアの大気に減速無しで突っ込んだ被召喚物が生み出す大爆発で半径10リーグほど のクレーターを作っている。 「正直に言おう。『門』の活性化により生み出される嵐が、もはや精霊の力でも押さえき れない程になった。その金属板を有していた物体が現れた時を筆頭に、かつて無いほどの 頻度で『門』が開いている。 連日のように『門』が強力な閃光を天へ放ったり、多数の小爆発を起こしているのだ」 ヤンは、改めてルイズの持つ黒こげの金属板を見る。ルイズは黙ってヤンに金属板を手 渡す。 彼はその板に描かれた同盟の国旗を、そして金属板のサイズや形状をじっくりと見てみ る。そして、一つの事に思い至った。そのタイプの国旗が装着されていたはずの兵器を思 い出したのだ。 「スパルタニアンだ…」 その言葉は、ルイズにもタバサにもデルフリンガーにもビダーシャルにも、聞き覚えの ない物だった。ただ一人、ヤンだけが事の重大さを、絶望的なまでの災厄が近付いている 事を思い知らされた。 スパルタニアンは、同盟の単座式戦闘艇のこと。小型高機動の接近格闘戦用機であり、 雷撃艇に似た機能も持つ。高速で宇宙空間を疾走する母艦から発進した時点で、既に母艦 以上の速度を出している。1秒で140発のウラン238弾を撃ち、中性子弾頭や水爆のミサ イルを搭載している。 そんな物を召喚して、よく原型を留めた部品が残っていたものだと感心してしまう。 そして同時に、背筋に凄まじい悪寒が走る。 一体、『聖地』周辺の土・水・大気の汚染はどれ程の物か。いくら大地の精霊が残骸や 汚染土壌を地の底に封じ、風と水の精霊が放射性物質や劇毒物の拡散を押さえ込んでいる としても、いくらなんでも限度がある。風向き次第で、トリステインで死の灰が降っても 不思議はない。 しかも、単座式戦闘艇ということは、パイロットがいると言う事だ。「門」の被害は、 死者はハルケギニアのみならず、同盟や帝国にも及んでいる。しかもそれが千年に渡り続 いている。 そして最近は、精霊の手に余るほどの頻度、ほぼ連日のように召喚をしているというの だ。いや、頻度の活性化だけなら問題は少ない。聖地の大地がだんだん抉れていくだけの こと。 だが今後、「門のサイズ」が活性化しないと言い切れるだろうか? この金属板が貼られていたのはスパルタニアン、小型戦闘機だ。ヨハネスが乗車してい たのは装甲車だ。では、もしも、全長1kmを超える戦艦や大型輸送船が飛び出してきた ら…。 飛び出せたならまだ良い。爆発もせずに飛び出せたなら、あとは地上に落下するだけ。 運が良ければ、M8クラスの大地震や大津波が一発くるくらいで済むだろう。だがもし、 「門」が開ききる前に突っ込んでしまったらどうなるか?通りきる前に「門」が閉じたと したら? ローゼンリッターの斧は綺麗に切り裂かれた。ならば核融合炉も同じく切り裂かれるだ ろう。 核融合は核分裂反応のような連鎖反応がなく、暴走が原理的に生じない。だが放射能の 危険性は炉心と燃料の三重水素(トリチウム)において依然として無視できない。そして 何より、考えたくないが、炉の内部は恒星と同じ状態なのだ。物質はプラズマ状態の極高 温で荒れ狂っている。 いや、これはサモン・サーヴァントのように『何かが召喚される』時の話だ。万が一、 召喚とは関係なく、ただ漫然と「門」が開いてしまったら・・・。 ヤンの深刻すぎる懸念と恐怖は、彼を見ているビダーシャルにも漂ってくるほどだ。 「どうやら、事態の重大さを理解してもらえたようだな」 ゆっくりと視線をエルフへ戻したヤンは、ぎこちなく頷いた。 「『聖地』について、もっと詳しく教えて欲しい」 「分かった。では代わりに『悪魔』達について教えて欲しい」 ビダーシャルも涼やかに頷いた。 こうして、二人は語り合い続けた。 それを周りで見ているルイズとタバサとシルフィード、ヤンの背のデルフリンガーも二 人の情報交換を邪魔せず、ほとんどじっと話を聞き入っていた。もっとも、口を挟みたく ても挟めなかったろう。二人の話は、特にヤンの話は想像の範囲を超えているのだから。 ビダーシャルが語る聖地、シャタイーン、虚無。 「『四の悪魔揃いし時、真の悪魔の力は目覚めん。真の悪魔の力は、再び大災厄をもたら すであろう』…我らの予言だ。力は持つ者によって光にも闇にも変わる。かつて我らの世 界を滅ぼしかけた力だ」 「四の悪魔…始祖ブリミルが持つという、伝説の『虚無』の系統。その使い手が4人揃う 時…ということかな?」 ヤンの推測にビダーシャルは「うむ」と呟く。 「六千年前の大災厄以来、かつて何度か、悪魔の力は揃いそうになった。その度に我らは 恐怖した。我らは大災厄をもたらした『シャタイーンの門』をそっとしておきたいのだ。 知を持つ者が触れざる場所にしておきたいのだ。それでこそ世界の安全は保たれる」 その言葉に、ようやくルイズとデルフリンガーが口を挟んだ。 「でも、エルフの世界が滅ぶからって、長年敵対してきたハルケギニアの私達に助けてく れだなんて…」 「だよなー、ちょいとムシがよすぎねーか?」 その言葉を聞いたビダーシャルは少し眉をひそめた。そしてヤンも二人をたしなめる。 「いいかい、二人とも。例え敵同士だとしても、『相手の事なんかどうなってもいい』な んて考えてはいけないよ。双方とも同じ人間…この場合は人間とエルフで少し違うかもし れないけど。でも、見ての通り話の分かる存在だって分かったろう?」 注意されたルイズは「え~?でも~だってぇ~」と納得出来ない様子だ。 「それと、彼の話だけど、滅ぶのはエルフだけじゃないよ。間違いなくハルケギニア、い や、東方を含めた全てが、生きとし生けるもの全てが滅ぶ。これは、それだけの危機を含 んだ話なんだ」 ヤンの言葉はルイズには、いや、タバサにもデルフリンガーにも理解を超えた話だ。理 解出来ているのは、『聖地』の惨状を知るビダーシャルだけ。 だが、そのビダーシャルにしても、ヤンが語り始めた宇宙の物語は想像を絶していた。 『聖地』を知っていてすら、なお理解の範疇を大きく外れている。 当然の事だろう。地上で暮らす彼等に、真空とか無重力とか理解出来るはずがない。ヤ ンが異界から召喚された事を知っている一同にとってすら、ヤンの正気を疑いたくなる話 だ。 話を聞き終えたビダーシャルが、ようやくなんとか質問する気になった。 「・・・つまり、ええと、君たちの船は音より遙かに速く飛んでいるというのか?風の精 霊が全く存在しない、『しんくう』とか言う世界を?あの星空の中を?」 切れ長の目は頷くヤンを見ていない。満天の星空を見上げている。 「そのままの速さで大気にぶつかったら、その瞬間に燃え、溶け、砕ける…『聖地』の嵐 はそれが原因だと、そう言うのだね?」 「はい」 ヤンは当然のように答えるが、ビダーシャル含め、その場の全員がポカンとしている。 ヤンも予想していた事だ。音より速く飛ぶ、というより音に速度があるという発想自体が 彼等にはないのだから。エルフの技術水準なら音が波であり速度を持つと知っているかも 知れない。だが大気にぶつかって燃えるなど、さすがに想像も付かない話なのはやむを得 ない。 そしてエルフは、さらに眉をひそめて話を続ける。 「そして、もし万が一、門が直接君の世界と繋がったら、空気が全てしんくうの中に吸い 出されてしまう、と?」 再び頷くヤン。 「そうです。これがサモン・サーヴァントなら、召喚の門に接触した物体のみを、こちら の世界へ喚び寄せます。…そうだよね?二人とも」 ヤンは後ろで話を聞いているメイジの少女二人に確認する。かなり話に置いて行かれて いた二人だが、睡魔と戦いつつも、ともかく頭を上下に振った。 ちなみに青い風竜は、既に熟睡して大イビキをかいている。 「…ということですので、だから気圧差の問題が生じないのです。『真空』とは空気も含 めて『何もない』ことですから、何も召喚の門に触れません。 ですが、もし直接に僕らの世界と繋がったら、そしてそれが宇宙空間だったら…まず門 を開いたメイジ本人が周囲の全てごと宇宙空間に吸い出されて、死にます。 それで門が閉じればいいですが、万一、聖地の門と同じく開きっぱなしになったりした ら…底が抜けた樽と同じです」 真剣に語るヤンとは裏腹に、ビダーシャルは腕組みをして考え込んでしまう。嘘か真か 判断が付かず困っているのは明らかだ。デルフリンガーは既に聞く事自体を放棄してる。 ルイズとタバサは、何とか話についてこようと必死になって二人の会話に耳を澄ましてい た。 ビダーシャルは散々思索を巡らした後にようやく、観念したような口調で考えを口にし た。 「何とも想像を絶するというか…正直、荒唐無稽としか言いようのない話で、今この場で お前の話を信じる事は難しい」 「でしょうね。私も信じてくれとは言いません。ただ、『門』がこれ以上活性化すれば、 本当に世界が滅ぶということだけ分かってくれれば十分です」 ビダーシャルは、どうにか理解出来る結論に落ち着いて、安心したように息を吐いた。 「うむ。その点を同意してもらえたなら、私も遠路はるばる来た甲斐があるというもの。 出来るなら、他の者達にも伝えて欲しい。『虚無に触れてはならない』と」 ここでタバサが、初めて自分から口を開いた。 「門の向こうへ、手紙を送れない?」 その言葉に、ヤンは諦め混じりで首を横に振った。 「だめだよ…。僕は魔法関連の本をいくらか読んだだけなので、魔法には詳しくない。で も、『召喚』のゲートが開くという事は、門の向こうから何かが飛びだしてくる時だ、と いうことなのは分かるよ。 つまり、こっちに向かって飛んでくる物を押し返した上で手紙を突っ込まなきゃならな い、ということだよ。半径10リーグの大穴をあける物体を、ね。 しかも、宇宙のどこに門が繋がってるかも分からない。広大な星の海の中で手紙が届く 可能性なんて、ゼロと言っていいさ」 口にはしなかったが、通信機から信号を送るのも同じく無理、と考えている。宇宙のど こに繋がるかも分からない門へ信号を送ったところで、その信号を拾う人が門へ突っ込も うとしている『被召喚者』以外にいる可能性は低い。例え信号を拾っても、その内容は常 識からかけ離れている。どこかの暇な変人によるイタズラと考えるのがオチだろう。信じ るはずがない。そもそも、そんな通信をしようとしている間に爆風で自分が死ぬから、結 局送れない。 信じたとしても、門は宇宙のどこにいつ開くかなんて分からない。開いた瞬間には回避 不能な状態になっている。警戒のしようがないのだ。 始祖ブリミルが残した遺産は、両世界にとって大いなる災厄の種となっているというこ とだ。 ともかくだ、とビダーシャルは結論を語り出した。 「お前の話…ええと、自由惑星同盟と銀河帝国、イゼルローン要塞に皇帝ラインハルト… だったな?その宇宙に広がりし蛮人達の物語、そしてお前の教えてくれた大災厄の姿。一 旦ネフテスに戻り老評議会で報告しようと思う。 正直、とても信じてはもらえないと思うが、な」 「構いませんよ。参考にくらいはなるでしょう」 ビダーシャルはヤンに一礼する。そして横を向き、暗い森の奥を見つめた。 「そこの者も、今聞いていた話を良く覚えていて欲しい。そして、出来る限り広く語って 欲しい」 とたんに茂みの奥からガサガサガサッ!と音がする。 少々の静けさの後に闇の中から現れたのは、いつものようにロングビル。 ヤンも毎度の事に呆れ顔。 「いやはや、気付かれてたかい…さすがエルフだねぇ」 出てきたロングビルは、ヤンに呆れ顔をされても気にとめた様子はない。既に開き直っ てる。 「やれやれ…また夜の散歩中に見つけたってわけかい?」 「ま、そういうわけさ。なにせ、夜にあんたを見つけると、ほぼ必ず面白い事が起きるん だ。最近じゃ用が無くても、ついつい寮塔の周りをうろついちまうよ」 その言葉に、ルイズとデルフリンガーまで呆れてしまう。 そんな闖入者は気にせず、ビダーシャルとタバサはシルフィードに飛び乗った。 「では、異界からの来訪者よ、また会おう!」 そしてエルフは白み始めた空を貫いて、東へ去っていった。 後には、夜を徹して語り続けたヤンと、その話を聞き続けたルイズとロングビルが残っ た。全員、睡眠不足の大あくびをしてしまう。 そんなわけで、話は後にしてとりあえずは学院に戻って少しでも休もうという事になっ た。 無論、その日の授業中、ルイズは寝てばかり。散々教師に怒られた。 ヤンとロングビルも学院長室で勉強をしようとして、そのまま机に突っ伏して寝てしま う。 それを横で見ているオスマンは、 「おーい、二人とも。起きなされ~」 でも二人とも起きる様子はない。 「ロングビルや~、仕事中じゃぞ~」 緑の長い髪を机の上に広げたまま、すぅすぅと寝息を立てている。 「モートソグニル」 学院長の机の下から、小さなハツカネズミが現れた。ちゅうちゅうと鳴きながら、秘書 の足下へ走っていって、すぐ戻ってくる。そして学院長のローブを器用に登って肩に乗っ た。 「なにっ!?今日は黒のレースじゃと…信じられん。これは、この目で確認せねばなるま いて!」 と呟くや、オスマンは男の本能丸出しなニヤニヤ笑いをしだす。 すすぅ~とロングビルに近寄り、体を屈めて、二人が本を広げている机の下に頭を突っ 込もうと 「ふんぬっ!」ドゴッ!「んぎゃっ!」 どうやら若さを持て余す老人の邪心が強すぎたらしい。本能で身の危険を察知したロン グビルのヒールが白髪の頭にめり込んだ。 こうして3人とも、メイドのカミーユが昼食に呼びに来るまで、机を囲んでグッスリ眠 るのだった。 ヤンは、その日の午後にロングビルと共にオスマンへビダーシャルとの話を、出来る限 り分かりやすく報告した。また、夜はルイズと共にキュルケにも話してみた。 その結果は、言うまでもないが、「想像が付かない」「信じられない」等だった。 ヤンは青息吐息で寝る事にした。 「なんでぇなんでぇ辛気くせぇなぁ。そんなにしょげかえるなよ」 デルフリンガーが励ましてくれるが、ヤンの表情は冴えないままだ。 「はぁ~、困ったもんだよ…こんな重大な話なのに、誰にも信じてもらえないなんて」 上着を脱ぎながらぼやくヤンに、制服を脱ぎながらルイズが声をかける。 「そりゃ、しょうがないわよ。あのシュトラウスって人の手記を知ってる私や学院長です ら、信じられないのよ?『始祖が残した虚無の力が世界を滅ぼす』なんて、このハルケギ ニアでは誰も信じないわ。でも、これは別にあなたのせいじゃないから、気にしてもしょ うがないわよ。 あ、これ、洗っておいてね。毎度毎度シエスタに頼んでないで、たまには自分でやりな さいよ!」 と言ってヤンに投げてよこしたのはルイズのショーツ。 慰めの言葉と鞭打つセリフを同時に投げかけるのが、僕の主の魅力なんだろうか…なん て複雑な心境を抱きつつ、ヤンはクローゼットから取り出した黒のネグリジェをルイズに 着せる。 ついでに、いい加減、僕に服を着させるのはやめてくれないかなぁ…これじゃ執事とい うより保父さんだよ、とも思ったが。口にしたら殺されかねないので黙っておいた。 次の日の朝、未だにヤンはぼんやりしていた。 普段からぼんやりしているヤンだが、今朝はさらに輪をかけてぼんやりしている。 立ったまま寝ているんじゃなかろうか?というくらいの勢いなぼんやりっぷり。 「ちょっと…ぼーっとしてないで、ショーツ出してよ」 「・・・え?あ、ああ、そうだね。・・・うん。そうだよね」 ベッドの上のルイズに声をかけられ、ようやくヤンは我に返った。そして何かを自分に 言い聞かせるように「そうだな…うん、そうだよな」と呟きながら新しいショーツを取り 出す。 「よぉ、ヤンよ。さっきから何をブツブツ言ってンだ?」 デルフリンガーの問に、ヤンは答えるのを躊躇した。 ショーツを手にしたまま天井を見上げ、しばし考え込む。 「あのね、ヤン。とにかく着替えるわよ」 「ん?…うん、そうか、そうだね」 再び我に返って慌ててルイズに駆け寄りネグリジェを脱がせる。脱がせながらもヤンは ぼんやりと考え事をしたままだ。裸のルイズに「ちょっと、シャキッとしなさいよ」と怒 られながら、ノロノロと動く。 ルイズに制服を着せながら、今度は「…だな。そうしよう」と、何か決心のような独り 言を言いだした。 「ねぇ。昨日のエルフの話、ずっと考えてるの?」 マントを纏いながら見上げるルイズに、ヤンはようやくまとまった答えをした。 「まあ、ね。聖地の門の件、やっぱりほっとくわけにはいかないなぁ…と思ってね。僕自 身のためにも、僕がいた宇宙のためにも、このハルケギニアのためにも。放置するには危 険すぎるんだ」 その言葉に、ルイズはどう答えたものか首を傾げてしまう。デルフリンガーがツバをカ チカチ鳴らす。 「まぁ、なんだかわかんねーけど、『門』が危険なものだってことは間違いねーんだろ? んで、お前はどうする気だよ『聖地』まで行くってのか?」 「はは、まさか。『聖地』に行ったってどうする事も出来ないよ。何しろハルケギニアよ り文明の進んだエルフでも押さえ込めないんだ。知識を提供するだけなら、ビダーシャル に伝えればいい。 まぁ…どっちにしても、信じてはもらえないから意味無いし」 「それじゃ、どうするつもりなの?」 ルイズに改めて問われ、ヤンは少し息を吸い、彼の出した結論を吐き出した。 「『虚無』を追う。そして、できれば『門』を塞ぎたい」 デルフリンガーは彼の言葉を、そのままに理解した。 「ほっほー、そいつは大層なこったなぁ。大仕事になるぜぇ」 その言葉の意味、最初ルイズもそのままに理解しようとした。 だが、すぐに気付いた。 『門』を塞ぐ事は、彼が故郷に帰還する手がかりを自分で放棄するということ。 彼女のクリクリの目が、鳶色の瞳が彼を見上げる。透き通るような白い肌の頬に、一筋 の汗が流れる。 細い首からツバを飲み込む音がする。 沈黙の後、ルイズは覚悟を決めて口を開いた。 「・・・いいの?」 「うん」 ヤンは、迷いなく答えた。 「使い魔は主の系統を表し、決して偶然に、適当に選ばれるものじゃない…らしい。 なら、君が僕を召喚したのも、もしかしたら失敗じゃなく、ちゃんとした意味があるん じゃないかな?」 「意味…?」 「うん。…まぁ、こじつけかも知れないけど。 ともかく、『聖地の門』は危険なんだ。このまま放置しても、ハルケギニア、エルフ、 帝国や同盟、『東方』も亞人も全て含めて、誰のためにもならないんだ。そして僕は、こ の事実を知ってしまった。恐らく、ハルケギニアで一番『門』の危険性を理解している存 在だろうね。 なら、ビダーシャルの警告には反するかも知れないけど、『虚無』を調べてみようと思 う。そして出来るなら、『聖地』にある召喚ゲートを封鎖したいんだ。これ以上の被害を 出さないために」 ルイズは、真っ直ぐにヤンを見つめる。 デルフリンガーもヤンの真意にようやく気が付いた。 「なら、おめぇ…帰るのは諦めるってことか?」 「諦めたくはないけど…でも、結果として、そうなるかもね」 彼にとって絶望的なはずの言葉だが、彼の顔に絶望は無い。むしろ、強い決意が浮かん でいる。 ルイズはヤンを見上げた。 自分の使い魔を、冴えない外見に似合わぬ知力と胆力を持つ男を。様々な知識を授けて くれるグータラ執事を。 彼女は、小さな右手を差し出した。 「なら、主として協力するとしましょう!あたしだって、あのエルフの話は気になるし。 後の事は安心なさい。あんたみたいなオッサンの一人や二人、ヴァリエール家で老後の 面倒までみたげるわ」 ヤンも微笑んで右手を差し出す。 「それは嬉しいなぁ。是非お願いするよ。出来ればタルブのワインがあれば最高かな」 「それは自分で買いなさい」 「厳しいご主人様だねぇ」 そんな話をしつつも、二人は固く手を握り合っている。 第十二話 門 END 前ページ次ページゼロな提督
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/62.html
「……これは何?」 「……団子虫の一種かしら?」 「ふむ……珍しい使い魔だな。もしかすると幻獣の一種かもしれない」 確かにルイズはサモン・サーヴァントに成功した。 しかしそれによって呼び出された使い魔は、 博識で知られるコルベールでさえも全く知らないものだった。 それは子犬ぐらいの大きさの、ずんぐりとした形の、団子虫に似ているものだった。 外皮は硬そうな外骨格、そして腹部にはたくさんの節足、 そして頭部には青色の目が何列も並んでいた。 「まあ、無事に召喚できたようだし、儀式を続けなさい」 「はーい」 それなりの使い魔を召喚できたおかげか、嬉しそうに返事をしながら ルイズは『契約』の儀式を開始する。 しかし、幸か不幸か、彼らは実はその召喚された使い魔が、 戦争によって文明が崩壊した異世界から召喚されたものだとは 最後まで知る事が無かった。 その後。 「……ねえ、ルイズ」 「……なによ、キュルケ」 「この子、ずいぶん大きくなったわね」 「そうね、ちょっと育ちすぎたかもしれないわね」 「……ちょっとどころじゃないわよ」 ルイズが召喚した団子虫のような使い魔。 当初、この珍しい使い魔にどんな餌をやったら良いのか頭を悩ませたルイズであったが、それはすぐに解決した。 どうやらこの地に自生する植物が余程気に入ったのか、適当な草であれば何でもよく食べるのである。 (なお、特に良く食べたのははしばみ草であり、それこそ一心不乱という形容詞を具現化したかの如く それを延々と食べつづけるこの使い魔に、タバサが密かに対抗意識を持ったのは余談である) しかし、それにしてもよく食べる。 まあ、そこらの野山の草を適当に食べさせておけば良いのでルイズの懐は痛まなかったが、 それでも限度はある。ただ食べるだけなら良いのだが、 食べた分に見合ったレベルで延々と大きくなり続けるのはいささか問題があるだろう。 何度も脱皮を繰り返し、今では馬よりも大きくなっている。 当初、ルイズの部屋で飼われていた使い魔は、 もう部屋の扉を通る事ができなくなったため、 他の大型の使い魔と一緒に外の小屋で飼われていた。 ところで脱皮した皮はコルベール先生が嬉しそうに持ち帰っていたけど 一体何に使うつもりなのだろうか。ルイズは気になったけど、 ゴミを処理する手間が省けたと思って気にしない事にした。 さらにその後。 「……ねえ……」 「…………なによ………」 「言わなくてもわかるでしょ」 「わかってるけどわかりたくないわ」 ルイズとキュルケの目の前にいる使い魔。 もはや育ったとかいうようなレベルではなかった。 なんと二階建ての家ぐらいの大きさである。 魔法学院内の、あらゆる使い魔よりもずっと大きかった。 既に学院からは「使い魔の餌はどこかの山の草木を与える事」という指示が下っている。 なにしろこの巨体である。ルイズがちょっと目を離した隙に 学院の花壇をあっという間に全滅させてしまったのは記憶に新しい。 「それにしてもよく育つわね」 「きっとこれはそういう種類なのよ」 彼女たちは知らなかったが、もし仮にこの使い魔が召喚された世界の、 この使い魔の生態を知る人物がこれを知ったら恐らく驚愕したに違いない。 どうやらこの世界の植物がよほど肌に合ったらしく、 この使い魔は本来の速度の何十倍もの速度で育ちつづけているのであった。 ついでに食事量も本来の何十倍もの量であった。 「……でも、この子、どこまで大きくなるんだろう……?」 バキバキと豪快な音をたてながら一心不乱に木を食べ続ける使い魔を見上げると、 この先を想像することは恐ろしくてとてもできなかった。 さらにさらにその後。 「…………………………(唖然)」 「…………………………(呆然)」 もはや、巨大な使い魔という形容詞すら生ぬるかった。 高さは40メイル、全長は100メイルはあるだろうか。文字通り、動く山といった感じの巨体である。 「……どうするのよ、これ」 「……いいい、いいじゃないの、せせせ戦争には、かかか勝ったんだからぁ!」 可哀想なのはアルビオン軍の一般将兵である。 地上にいたアルビオン軍の兵士は、この超巨大な使い魔が通っただけで文字通り粉砕され、 艦隊の方も、うかつに地上近くを航行していた何隻もの艦船がこの使い魔によって地面に引きずり降ろされて撃沈された。 そしてその硬い外皮はアルビオン軍の大砲ごときでは掠り傷ぐらいにしかならず、 かえって目を不気味に赤く光らせながら怒りで大暴走する使い魔の怒涛の体当たりを喰らうだけだった。 そのあまりのとんでもなさにアルビオン軍は、大混乱に陥ったまま敗走するしかできなかった。 「……それと、あれはどうするのよ」 「……あああ、あれはそう、不可抗力よ、不幸な事故よ、天災だったのよ。 だから私にはどうする事もできなかったのよ!!」 キュルケが視線を向けたその先。 そこは、使い魔に食い尽くされてすっかり禿山になってしまった山々があった。 そして、ご主人様の気持ちも知らず、その禿山を作った使い魔は今日も延々と食べつづけるのであった。 「これ、いつまで大きくなるのよ」 「私に聞かないで」 ~おしまい~ -「風の谷のナウシカ」の王蟲を召喚
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8160.html
前ページ次ページルイズと無重力巫女さん 夜の闇が段々と深くなってゆくトリステイン魔法学院… その女子寮塔の上階にある部屋の窓から飛んで出てきた霊夢は、塔の出入り口へと降り立った。 持ってきた御幣は紙垂の付いている方を上にして担いでおり、体が動くたびに音を立てて揺れる。 (やっぱりというかなんというか。流石にこうまで暗いと見つけられるモノも見つけられないわね…) 地上へ降り立った霊夢は、外が余りにも暗いという事実に内心溜め息をつく。 既に辺りは闇に包まれており、少し離れたところにある城壁に置かれた燭台から出ている明かりがハッキリと見えている。 しかしそれはここを明るくするには至らず、仕方なく霊夢は自分の両目に神経を集中させて辺りの様子を探り始めた。 いかなる状況でも冷静に判断し、相手の攻撃や弾幕を避ける博麗の巫女にとってこれぐらい朝飯前の事である。 彼女の目はゆっくりと、しかし確実に夜の闇に慣れていく。 やがて数十秒もしないうちに辺りの風景が少しだけハッキリと見えたところで、霊夢は出入り口付近である物を見つけた。 朝と昼、それに夕方には多くの女子生徒達が出入りする女子寮塔の出入り口に、潰れたカンテラが放置されていたのである。 まるでハンマーで叩き付けられたかのようにカンテラ全体がひしゃげており、ガラスも粉々に割れて地面に散乱している。 これが霊夢が思っているほどの存在が起こした仕業でなくとも、確実にただ事でないのは確かだ。 「さてと、こんなことをした犯人は何処にいるのかしらね…」 一人呟くとそのまま足を一歩前に出して塔の出入り口からロビーへと入り、すぐ横にあるドアへと視線を向ける。 幸いドアの真上には壁に取り付けられた燭台があり、ドアとそのドアに取り付けられたプレートには【事務室】という文字が刻まれている。 霊夢にはその文字は当然読めないのではあるが、きっと学院の教師辺りが寝泊まりしているに違いないと直感した。 すぐさま霊夢は、そのドアへ近づこうとしたのだがその前にドアノブが回り、油の切れたような音をたててドアが開いた。 ドアが開いた先に佇んでいたのは…マントを外し、何も入っていない花瓶を右手に持ったミセス・シュヴルーズであった。 シュヴルーズは顔を真っ直ぐ地面を向けており、彼女の真正面にいる霊夢にその表情を見せはしない。 霊夢は一瞬誰かと疑問に思ったが、とりあえずここの教師だろうと判断して声を掛けた。 「ねぇ、アンタ学院の教師でしょう?さっきここからものすごい音が……!?」 言い終わる前に霊夢は、突如顔を上げた教師の゛顔゛を見て不覚にも言葉を失ってしまった。 しかし、今のミセス・シュヴルーズの゛顔゛を見れば誰もが驚愕するに違いないであろう。 いつも生徒達からは「優しいシュヴルーズ先生」と言われ、慕われているミセス・シュヴルーズ。 その彼女のふくよかな顔についている両目に覆い被さるかのように、アイマスクのような得体の知れない物体が貼り付いていた。 例えるならば「色鮮やかなはんぺん」というのがしっくり来るのであろうか。 はんぺん程の大きさもある薄い虹色の物体がミセス・シュヴルーズの目に貼り付いているのだ。 更にその物体はナメクジが地面を這うかのようにゆっくりと動いており、見る者に吐き気を催させる。 霊夢は吐き気とまではいかなかったものの、その場で体を硬直させてしまった。 それを隙ありと見てか、シュヴルーズ『らしきモノ』は右手に持っていた花瓶を振り上げた。 それに気づいた霊夢がしまったと言わんばかりの表情を浮かべた瞬間、無情にも花瓶は霊夢の頭に向けて振り下ろされる。 しかし黙ってやられる霊夢ではなく、持ち前の運動神経で振り下ろされた花瓶を両手で受け止めた。 あと一歩というところで止められたが、シュヴルーズ『らしきモノ』は振り下ろした花瓶をもう一度振り上げる。 霊夢はすかさず、シュヴルーズ『らしきモノ』の右手首を手刀で打った。 無駄のない動きで繰り出された手刀おかげで、シュヴルーズ『らしきモノ』の右手から花瓶を手放す事ができた。 床に落ちた花瓶は陶器が割れるかのような音と無数の破片を床一面にまき散らす。 武器を失ったシュヴルーズ『らしきモノ』は一瞬だけ動きが止めたが、それが命取りとなった。 「ハァッ!」 覇気のある声と共に、霊夢は鋭い回し蹴りをシュヴルーズ『らしきモノ』の顔…否。 正確にはシュヴルーズの『目にはり付いている物体』へお見舞いした。 グチャ!……ベチョン! 鋭い蹴りは見事その物体をシュヴルーズの顔から取り除く事が出来た。 無理矢理はぎ取られた物体は、生理的に嫌な音を立てて今度は地面に貼り付く。 そしてそれから数秒も経たないうちに、はんぺんを彷彿とさせる平べったくて丸い形から素早くその姿を変えていく。 グニョン…グニョン…と嫌な音を立てながら変貌したその姿は、ナメクジそのものである。 しかし、その見た目は見る者が恐怖を覚えるほどグロテスクなものであった。 赤から黒へ、黒から黄色へと…その体色は目まぐるしく変化していく。 ときにははんぺんの時と同じような虹色から数十色もの絵の具をバケツに入れてかき混ぜたような色まで… そんな風に忙しく色を変えながら、ドクンドクンと体を震わせる。 常人ならばまず、その不気味さに全身の毛が逆立つほどであった。 しかし霊夢は、その生物に対し毛が逆立つどころか僅かな怒りを露わにして言った。 「気持ち悪いヤツね…さっさと死んでちょうだい」 すぐさま懐から一枚の小さなお札をとりだし、サイケデリックなナメクジに投げつける。 手を近づけたくない不気味なナメクジの体にそのお札が貼り付いた瞬間、ポッ…とお札に小さな火がついた。 だがそれも一瞬のことで、あっというまにその火は大きくなってナメクジの体を包み込んだ。 その身を炎に包まれたナメクジは体全体を無茶苦茶に振り回しつつ、消滅していった。 僅か数秒の出来事の後に残ったのは、元はお札だった小さな灰の山だけでナメクジがいた痕跡は全くない。 見ていて不愉快になる存在がいなくなったのを確認した霊夢は小さな溜め息をついた。 「ホント…この世界の生き物はよく私に絡んでくるわね。人間も含めて…」 イヤミにも聞こえるかのような事を呟いた後、床に倒れているシュヴルーズへと視線を向けた。 あの変なナメクジに寄生されていた彼女は何事も無かったのかの様に、幸せそうな表情を浮かべて寝ている。 それを見た霊夢は放っておいても大丈夫ね。と心の中で呟いてドアが開いたままの事務室へと入った。 夜の事務室には、生徒が寮塔を抜け出さないように二人の教師が部屋の中にいる。 しかし…今日に限ってその部屋には誰もおらず、代わりに凄惨な光景が広がっていた。 部屋に置いてある二つのベッドの内ひとつは、無惨にも切り裂かれている。 教師達が夜遅くに書類仕事をする為の机は横倒しになっていて、高そうな椅子は徹底的に破壊されていた。 そして綺麗なフローリングの床には、水とも血とも言えない不気味な液体が付着している。 霊夢は部屋の中を見て目を細めた後、一歩ずつ足を進めて部屋の奥へと進んでゆく。 (さっきの悲鳴が聞こえてすぐにここへ来たというのに…よほど気が立っていたのかしら?) 心の中でそんなことを思いつつ、霊夢は前方にある窓の方へと歩み寄っていく。 開きっぱなしの窓はキィキィと音を立てて風に揺られており、恐怖をあおり立てている。 だがありとあらゆる怪異に立ち向かう博麗の巫女には、そんなもの等こけおどしにすらならない。 それでも用心に用心を重ね、深い闇に覆われた外が見える窓の方へとゆっくり近づいていく。 段々と近づくたびに窓を通して入ってくる生ぬるいのか冷たいのかわからない風が、霊夢の顔と黒髪を撫でる。 この部屋全体を包む得体の知れない恐怖よりもその風に鬱陶しさを覚えつつも、霊夢はゆっくりと窓から顔を出して外の様子を探る。 今夜は月が隠れているということもあってか、一メイル先の視界は闇に閉ざされてしまっている。 窓から顔を出して外の様子を確認していた霊夢は一回だけ頷くと、勢いよく開きっぱなしの窓を出口にして外へと飛び出した。 ガサッ…と靴が芝生に触れる音を出して外に出た霊夢は、目を瞑ってこの付近一帯の気配を探り始める。 (思った通りね…今朝の化けものと同じような気配の持ち主がここの何処かにいる…!) 予想していた通りの気配を察知できた霊夢は、次にその気配の持ち主が何処にいるのか探り始める。 それから数十秒後。パッと目を開けると、スッとある方角へと顔を向けた。 顔を向けた先に何があるのかある程度知っていた霊夢は、目を細める。 (場所からして、明らかに誘ってるわね…。かといって放っておけば何をしでかすかわからないわ…) 全く面倒なことになったわね。と呟いた後、霊夢は大きな溜め息をついた。 「結局、何処にいても博麗霊夢のすることは同じってコトなのね…ハァ」 溜め息の後に呟いた皮肉めいた言葉に、霊夢はやれやれと言いたげ表情を浮かべてまたも溜め息をついた。 結局、どんな所にいても自分は人の命を脅かす化けものを退治するしかない宿命にあるのだ。 今更悩んでも仕方ないのだが、こうも頻繁にこういうコトがあると頭を痛ませる要因となってしまう。 しかしこのまま悩んでいても勝てる相手には勝てないと知っている霊夢はすぐにその気持ちを切り替える。 (でもすぐに済ませれば早く寝れるし、さっさと片づけますか…) 頭を軽く振った後、キッと目を細めると背中に担いでいた御幣を左手で勢いよく引き抜いた。 シャラララン、と御幣の先端に付いた薄い銀板で作られた紙垂がハンドベルとよく似た綺麗な音を鳴らす。 黒一色に塗られた御幣の本体は長く、もしもの時には槍のような武器としても役に立ってくれるであろう。 次に右手でお札を何枚か握った霊夢はフワッと体を浮かばせると、そのまま闇の中へと向かって飛んでいった。 飛んでいった先にあるのは、先程顔を向けた方角にある衛士の宿舎であった。 霊夢が暗闇の中へと消えていって一分くらいした後、一人の少女が事務室へと入ってきた。 少女は部屋の凄惨な光景に一瞬足を止めたものの、すぐに何事もなかったかのように歩いて窓の方へと近づく。 先程、霊夢が出入り口として使用した窓から外の様子を覗いた後、ずれていた眼鏡を右の人差し指でクイッと持ち上げた。 「……見失った」 少女――タバサはそれだけ言うと踵をかえし、事務室を後にした。 ◆ 場所は変わって、ルイズの部屋―――― 霊夢とタバサが部屋を出てから僅か数分後… 開きっぱなしの窓から入ってくる冷たい夜風で起きることなく、魔理沙とルイズは熟眠している。 いつもならば朝まで寝ているのだろうが、今夜に限ってそうはいかなかった。 突如、灯りのない暗い部屋の隅からボゥ…と黒い人影が現れたのだ。 そいつは自らが出てきた部屋の隅から音もなくルイズ達の寝ているベッドの傍へと移動する。 起きている者がいれば幽霊が出たと叫ぶであろうが、生憎そんな者はいない。 ベッドの傍へと近づいた人影は自身の懐をゴソゴソと漁り、小さな人形を取りだした。 次いで、手のひらサイズの人形の背中に付いているゼンマイをゆっくりと巻き始める。 キリキリキリ…キリキリキリ…と独特の音が静寂と闇に包まれた部屋の中に木霊する。 やがて十回近く回したところで人影は手を止め、人形をルイズの傍へと置いた。 人影の手から離れた直後、人形はルイズの方へトコトコと歩き始める。 既に深い眠りに落ちているルイズはそれに気づくこともなく、とうとう人形はルイズのすぐ目の前にまで来た。 そこで人形は急に動きを止めると、突然腕を上下に動かしながら人間でいう口の部分からこんな音声を発した。 『つるぺたって言うなぁー…!』 一体何処の誰から取った声かは知らないが、あまりにも悲惨な叫び声である。 そんなある種の女性に対して悲壮感を漂よわせる叫び声が、ルイズの耳に容赦なく入っていく。 「うぅ…ぅ…」 最初の方こそ悪夢にうなされるかのように悶えていたが、段々とその意識は覚醒していく。 何せ自分が今一番気にしている事を耳元で寝ている最中に呟かれているのだ、たまったものじゃない。 そして人形が動き始めてから数十秒が経った頃、遂にルイズは声の主に対して反逆を始めようとしていた… 「うぅ…だれが…だれが…――― 誰 が ツ ル ペ タ よ ぉ ! !」 思いっきり両目を見開いた大声でそう叫ぶと、枕元に置いていた杖を手にとった。 無論杖の先を向ける相手は自分の耳元で自分のコンプレックスの元を呟く相手である。 しかし、その相手があまりにも小さくしかも人間ではなかったということに気づいたのには、数秒ほどの時間を要した。 最初は部屋が暗くて良くわからなかったものの、目が部屋の暗さに慣れるとそれが人形だということに気が付いた。 「なによ…コレ。人形?」 意外な犯人の正体にルイズは何回か瞬きをした後、その人形を手にとってマジマジと見つめた。 その瞬間、ふと目の前でバッと何かが光り輝いてルイズの姿を照らし出す。 突然のことにルイズは呻き声を上げる暇もなく目を瞑ると、何処かで聞いたことのある声が聞こえてきた。 「こんばんはルイズ・フランソワーズ。良い夜をお楽しみかしら」 まるで世界の理を知り尽くした賢者ですら弄んでしまうかのような麗しき美少女の声。 ルイズはすぐにその声の主が誰なのか直感し、目を瞑りながらその名前を呼んだ。 「一体こんな時間に何の用なのよ…ヤクモユカリ!」 まるで彼女がその名を呼ぶのを待っていたかのように、光はフッと消える。 ルイズが恐る恐る目を開けてると案の定、目の前にはドア側の椅子に腰掛けている八雲紫がいた。 彼女は最初に会ったときに来ていた白い導師服ではなく、紫色のドレスを身につけている。 まるで自分のイメージカラーだとでも主張するかのように、そのドレスは彼女にとっても似合っていた。 しかし、寝ている最中に嫌な起こし方をされたルイズはドレスなど眼中になく、この無礼な相手に対してどう落とし前をつけようか考えていた。 「熟眠している貴族を無理矢理起こすなんて、無礼にも程があるわよ…」 「御免あそばせ。でも私たち妖怪にとって、夜というのは人間でいう朝を意味しますのよ?」 起きたばかりのルイズは今の自分に出せる少しだけドスの利いた声でそう言ったが、紫には全く効いていない。 それどころか必死に睨み付けてくるルイズを、まるで可愛い仕草をする子猫を見つめるかのような目で見ていた。 人を夜中に起こしてニヤニヤと笑みを向けてくる紫に、ルイズは前に霊夢が言っていた言葉を思い出した。 ―――コイツ相手にムキになっても意味ないわよ (霊夢の言う通りね…まるで笑顔を浮かべた人形相手に怒鳴ってる感じがするわ…) 「はぁ…で、人を夜中に起こすほどの用事って何なのかしら?」 生きている相手に対してどうかと思う例えを心の中で呟いた後、ルイズは溜め息をつきながら話し掛けた。 どうせなら話し掛ける前に爆発の一つでもお見舞いしてやりたいところだが、結局はしないことにした。 こんな夜中に爆発を起こしたら他の生徒から翌朝嫌な目で見られるし、第一人の皮を被ったこの化けもの相手に正攻法が通じるとは思えない。 つまりルイズは、無意識的に八雲紫という境界の妖怪に対してある種の恐怖心を抱いていたのである。 「…無断で借りていた物を返しに来たのと、ちょっとした話をしにきたわ」 無断で借りていた物ですって?ルイズはその言葉にピクンと体を震わせて反応した。 貴族とかそういう物を抜きにして、人の物を何も言わずに持っていくとは何事だろうか。 いくら人よりも上をいく存在だからといって、少し厚かましいのではないか。 ルイズは心の中でそう思ったが、それを口に出す前に紫が頭を下げた。 「まぁ借り物の件についてはちょっと忙しくて言うのを忘れていたのよ。ごめんなさいね」 「え…?あ、あぁ…まぁ謝る気があるのなら別にいいわよ…」 絶対他人に頭を下げることはしないような相手に頭を下げられて、流石のルイズもあっさりと許してしまう。 まぁ寝起きということもあってか、ルイズもそれ以上追求することはなかった。 「ふわぁ~…で、借りた物って何のよ?それが気になるんだけど」 欠伸をしつつもルイズは、そんなことを紫に聞いてみた。 ルイズの記憶では、自分が記憶している持ち物は大抵この部屋に今も置いている筈だ。 一体いつ紫は勝手に持っていったのであろうか。 そこが気になっていたものの、一方の紫はルイズの質問に対して紫は目を丸くした。 「あらら…その様子だとどうやら忘れちゃってるようね…」 よよよ…と紫は泣き真似をしつつも左手の甲で口元を隠して微笑んだ。 その態度にルイズはムッとしたのだが、またも霊夢の言葉を思い出して怒りを堪える。 「一体何を持っていったのよアンタは…?でも…とりあえずは返してくれるんでしょう」 「えぇ。…でもそれは後でも出来るからまずは話の方を済ませちゃいましょう?」 ルイズの言葉に紫はそう答えた後、パチン!…と指を景気よく鳴らした。その瞬間… 「さぁ、話を始めましょうか」 ベッドの上にいたルイズは一瞬にして―― 「……!?」 ――ベッド側の椅子に座らされていた。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4765.html
前ページ次ページアオイツカイマ ルイズの部屋に現れたアンリエッタ王女は、感極まった様子で、膝をつくルイズを抱きしめた。 「ああ、ルイズ、ルイズ、懐かしいルイズ!」 「姫殿下、いけません。こんな下賎な場所へ、お越しになられるなんて……」 ルイズはかしこまった声で言うが、それは王女のお気に召さなかったようだ。 なんでも、幼少の頃ルイズは王女の遊び相手を務めていたとのことで、王女からみたルイズは、昔馴染みのおともだちなのだそうだ。 楽しげにお転婆だった頃の話をする2人。ルイズは、時々恥ずかしそうに私に眼を向け、王女の方は私の存在に気づいてすらいないようす。 まあ、上流階級の人間にとって使用人は家具のようなものだと聞いたことがある。メイド服を着て、扉の前に立っている私の存在などないようなものなのだろう。 ひとしきり思い出話を花咲かせた後、王女は急に物憂げな表情になってベッドに腰掛けた。 「姫様?」 「あなたが羨ましいわ。自由って素敵ね。ルイズ・フランソワーズ」 「なにをおっしゃいます。あなたはお姫様じゃない」 「王国に生まれた姫なんて、籠に飼われた鳥も同然。飼い主の機嫌一つであっちに行ったり、こっちに行ったり……」 後半部分は、私の現状に対する皮肉だろうか? そんなことを思ってしまったが、王女が私の事情など知るはずもないし、これは庶民の僻みかもしれない。 王女はルイズの手を取ると寂しそうに笑って言った。 「結婚するのよ。わたくし」 「……おめでとうございます」 王女の口調に、何かに気づいたのかルイズは沈んだ声を出したあと沈黙した。 何度目かの王女のため息に、痺れを切らしたルイズがついに口を開く。 「姫様、どうなさったんですか?」 「いえ、なんでもないわ。ごめんなさいね……、いやだわ、自分が恥ずかしいわ。あなたに話せるようなことじゃないのに……、わたくしってば……」 「おっしゃってください。あんなに明るかった姫様が、そんな風にため息をつくってことは、なにかとんでもないお悩みがおありなのでしょう?」 「……いえ、話せません。悩みがあると言ったことは忘れてちょうだい。ルイズ」 そこまで言っておいて、話せないなどとルイズが納得するはずがないだろう。 私の予想にたがわず、ルイズはおともだちなら話してほしいと訴え、王女もそれで決心したのか頷いた。 「今から話すことは、誰にも話してはいけません」 言われたルイズは私に眼を向け、王女も今初めて私がいることに気がついたように私を見つめる。 「出てようか?」 「お願い」 ルイズの短い答えに、私は扉を開き、バタンッ! という音を聞いた。 そういえば、扉がいつもより重かったわね。と廊下を見るとひっくり返ったカエルのようなポーズで寝ている少年が1人。 「ギーシュ?」 「うん」 答えて立ち上がるカエルは、やはりギーシュだった。 「夜這いなら、謝ってからのほうがいいわよ。それ以前に、ここはモンモラシーの部屋じゃないけど」 「違うよ! 君はぼくをどういう目で見てるんだ!」 心外だ。と嘆いてみせるギーシュに、言ってあげたほうがいいのかしらと少し悩む。 「じゃあ、どうしてここに?」 「薔薇のように見目麗しい姫様のあとをつけてきてみればこんな所へ……、それでドアの鍵穴からまるで盗賊のように様子をうかがえば……、急にドアが……」 なるほどストーカーか。納得したけど胸はって言うことじゃないわね。 「そんなことより姫殿下! なにやらお悩みのようですが、是非ともこのギーシュ・ド・グラモンにお任せください」 「グラモン? あの、グラモン元帥の?」 「息子でございます。姫殿下」 きょとんとした顔の王女にギーシュは恭しく一礼した。 「あなたも、わたしくしの力になってくれるというの?」 「姫殿下の力になれるなら、これはもう、望外の幸せにございます」 話の内容も聞いてないのに、熱っぽく安請け合いするギーシュに王女は微笑む。 まあ、どうでもいいか。 「えーと、じゃあ私は出てるから」 と、開いた扉から出て行こうとしたところでギーシュに呼び止められる。 「何?」 「いや。どうせルイズの使い魔である君は、後で話を聞くことになるんだから、今出て行く必要はないと思うんだけど」 私もそう思うけど、別に今すぐに聞きたい理由もない。というか一生聞きたくない気がするのは何故かしら。 「使い魔?」 不思議そうに私を見る王女。 「メイドにしか見えませんが……」 「メイド……です。姫様」 言いにくそうなルイズに同情の念が芽生えそうになったけど、考えてみたら私にメイド服を買い与えたのはルイズだった。 「そうよね。はぁ、ルイズ・フランソワーズ、あなたって昔からどこか変わっていたけれど、相変わらずね」 「好きであれを使い魔にしたわけじゃありません」 そうね。私も好きで使い魔になったわけじゃないけど。 「メイジにとって使い魔は一心同体。席を外す理由がありませんね」 そう言って王女は語り始めた。 王女の結婚する相手というのは、他国ゲルマニアの皇帝であるそうだ。目的は同盟。 なんでもアルビオンという更に別の国では、今貴族の反乱で王室が倒れかかっていて、反乱軍が勝てば次はトリステインに侵攻してくる恐れがあるらしい。 それに対抗するために、トリステインはゲルマニアと同盟を結ぶことになったので、王女がゲルマニア皇室に嫁ぐことになった。 しかし、トリステインとゲルマニアの同盟を望まないアルビオンの反乱軍は王女の婚姻をさまたげるための材料を探していて、それをアルビオン王家のウェールズ皇太子が持っているというのだ。 王女の頼みとは、皇太子が持つそれ、かつて王女が書いた手紙、を取り戻してくることであった。 ここで私は、アルビオンが何故トリステインを攻めてくるとわかるのかとギーシュに聞いてみたところ、反乱軍の目的はこの世界から王家というものを排斥することだと教えてくれた。 どうしたものか、私には王女の頼みの内容は理解できても、なぜそういう頼みをする結論に至ったのかの過程が理解できない。 そういう理由でアルビオンがトリステインを攻めるのなら、次はゲルマニアにも攻めるのだろう。 そう考えれば、同盟を組む必要があるのはゲルマニアも同様で、無理に婚姻という形で結ぶ必要はないのではないだろうか? 必要があっても手紙一通で婚姻を反故にするだろうか。 異世界人であり庶民に過ぎない私には分からない、いろいろな事情があるのかもしれないのだけれど。 それに、学生にすぎないルイズに戦地へ赴けというのも理解できない。他に心許せる友達がいないと言っていたが、それならば、なおさらこんな頼みをするべきではないと思うのだけど。 ぐるぐると思考を空回りさせている私をよそに、王女はベッドに倒れこみシーツを掴んで悲痛に叫ぶ。 「ああ! 破滅です! ウェールズ皇太子は、遅かれ早かれ、反乱勢力に囚われてしまうわ! そうしたら、あの手紙も明るみに出てしまう! そうなったら破滅です! 破滅なのです! 同盟ならずして、トリステインは一国でアルビオンと対峙せねばならなくなります!」 ああ、なるほど手紙って恋文なのね。今更気づく私は鈍いのだろうか。でも、恋文一通で滅ぶ国ってどうなのかしら。まともな外交能力があればなんとかなるような気がするのだけど。 「無理よ! やっぱり無理よルイズ! わたくしったら、なんてことでしょう! 混乱しているんだわ! 考えてみれば、貴族と王党派が争いを繰り広げているアルビオンに赴くなんて危険なこと、頼めるわけがありませんわ!」 「何をおっしゃいます! たとえ地獄の釜の中だろうが、竜のアギトの中だろうが、姫さまの御為とあらば、何処なりと向かいますわ! 姫さまとトリステインの危機を、このラ・ヴァリエール公爵家の三女、ルイズ・フランソワーズ、見過ごすわけにはまいりません!」 一息に言い切り、ルイズは膝をついて恭しく頭を下げた。 なにこの寸劇? 「『土くれ』のフーケのゴーレムをも倒した、このわたくしめに、その一件、是非ともお任せくださいますよう」 フーケには逃げられたけどね。 「このわたくしの力になってくれるというの? ルイズ・フランソワーズ! 懐かしいおともだち!」 「もちろんですわ! 姫さま!」 ルイズが王女の手を握って、熱した口調でそういうと、王女の瞳から涙が溢れ出した。 「姫さま! このルイズ、いつまでも姫さまのおともだちであり、まったき理解者でございます! 永久に誓った忠誠を、忘れることなどありましょうか!」 「ああ、忠誠。これが誠の友情と忠誠です! 感動しました。わたくし、あなたの友情と忠誠を一生忘れません! ルイズ・フランソワーズ!」 熱に浮かされたような2人に、私は冷めた感情を面に出さないよう気をつけながら小さく拍手し、ギーシュは感動した面持ちで涙ぐんでいる。 大丈夫なの? この国。 アルビオンの王党派はもう追い詰められていて敗北は時間の問題と王女に教えられ、ルイズは明日の朝には出発すると宣言した。 実はこの時、他人事のように思って聞いていた私は、ギーシュが王女に差し出された左手にキスをして感動してたことも、 ルイズの筆記用具を借りて王女が皇太子に向けて書いた手紙を渡したときも、ルイズが王女の右手薬指にはまっていた指輪を受け取ったときも、どこか遠くの世界の出来事のように見ていて。 だから、自分も行くのだとルイズに聞かされて驚いてしまった。 だって、ありえないでしょ。この世界に来て学院の外にほとんど出た事もない、貴族との付き合いもわからないちょっと剣が使えるだけの小娘をそんな大事な任務に連れて行くなんて。 ルイズやギーシュが、世間知らずという点では私と同レベルだと知るのは後の話である。 朝もやの中、馬に鞍をつけているとギーシュがすまなそうに言ってきた。 「お願いがあるんだが……」 「なに?」 初めての作業に集中しているため、私の返事はそっけないものになる。 「ぼくの使い魔を連れていきたいんだ」 「好きにすれば?」 どんな使い魔か知らないけれど、邪魔にならないなら連れていってもいいのではないだろうか。そういえば、ギーシュの使い魔は見たことがないわね。 「ていうか、どこにいるのよ」 私たちの作業を退屈そうに見ていたルイズが口をはさむ。 「ここだよ」 ギーシュが、にやっと笑って足で地面を叩くと、地面が盛り上がり、小さなクマくらいの大きさの生き物が顔を出した。モグラ? 「ヴェルダンデ! ああ! ぼくの可愛いヴェルダンデ!」 可愛いと言うには大きすぎるそのモグラを、ギーシュは愛しそうに抱きしめる。 「あんたの使い魔ってジャイアントモールだったの?」 「そうだ。ああ、ヴェルダンデ、きみはいつ見ても可愛いね。困ってしまうね。どばどばミミズはいっぱい食べてきたかい?」 嬉しそうにモグラに頬ずりするギーシュは本当に、自分の使い魔を可愛がっているんだろうけど。 「ねえ、ギーシュ。ダメよ。その生き物、地面の中を進んで行くんでしょう」 ルイズの言葉に、そんな生き物が馬の足についてこれるか疑問だと、私も同意する。 素早く地面を掘って進むと言われても、知らない間においていってしまうかもしれない。そうなったら可哀想ではないか。 そんな話をしていると、急にモグラが鼻をひくつかせ、ルイズに擦り寄った。 「な、なにっ! ちょ、ちょっと!」 ルイズにモグラの巨体を支える膂力があるはずもなく。押し倒される。 「や! ちょっとどこ触ってるのよ! ショウコ、助けてよ!」 モグラの鼻に、体中をつつきまわされ地面をのたうち回りながら助けを求めてくるけど、私にどうしろと? クマのような巨体を私の腕力でどうにかできるはずもなく。だからといって、たんにじゃれついているだけにも見える人の使い魔を斬るわけにもいかない。 どうしたものかと見ていると、モグラはルイズの右手薬指の指輪に鼻を擦りつけはじめた。 このモグラは宝石が大好きでルイズを押し倒したのも、ルイズの指輪のルビーに反応したのだろうとはギーシュの弁。 私は納得したのだけど、王女に頂いた大事な指輪に鼻を擦りつけられたルイズが納得するはずもなく、無意味に暴れているとき、一陣の風が吹いてモグラを吹き飛ばした。 風の吹いた方向には、杖を構え羽根帽子をかぶった青年が1人。 「貴様、ぼくのヴェルダンデになにをするんだ!」 怒りに燃えるギーシュが薔薇の造花を掲げるが、次の瞬間には青年が杖をふるい、魔法の風が薔薇を吹き飛ばしていた。 「僕は敵じゃない。姫殿下より、きみたちに同行することを命じられてね。きみたちだけではやはり心もとないらしい。しかし、お忍びの任務であるゆえ、一部隊つけるわけにもいかぬ。そこで僕が指名されたってワケだ」 青年は、帽子を取って一礼すると、自分は女王の魔法衛視隊、グリフォン隊隊長のワルド子爵であると名乗った。 文句を言おうとしたギーシュは、魔法衛視隊と聞いて言葉を飲み込んだのを見て首をふる。 「すまない。婚約者が、モグラに襲われているのを見てみぬ振りはできなくてね」 青年、先日のルイズの夢にも出てきた子爵は、ひっくり返ったままのルイズに歩み寄り、抱え上げた。 2人は楽しげに語り合い、その合間に私とギーシュの紹介をルイズが済ませた。 「では諸君! 出撃だ!」 ワルドが口笛を吹くと、鷲の上半身と獅子の下半身のついた幻獣グリフォンが現れ、その背に跨ったワルドがルイズを抱きかかえてグリフォンを走らせた。 次いで、ギーシュと共に馬を走らせながら私は考えていた。 結局、放置した巨大モグラのことではない。 ワルド子爵が同行することの意味だ。 王女がルイズにこの任務を持ってきたのは、他に信用できる人間がいなかったからではなかっただろうか。 ワルド子爵にも話を持っていったというのなら、彼もルイズと同じように信用できる人間ということになるのだろうが、それならルイズに声をかける意味がない。 どう考えても、私たちは足手まといになるのだから 前ページ次ページアオイツカイマ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2222.html
マダオな使い魔 「宇(略)」 珍しくルイズは一発で召喚に成功した。 爆発の煙が晴れて現れたのは… 「ああ…俺…今度こそ新しい仕事がんばるから……って…あれ?」 手に持った何かに語りかけるサングラスをかけた中年のまるでダメそうなおっさん…略してマダオだった。 「あれ?どうなってんだ?電話が切れたというか…夜から昼になってるというか…ここどこだぁ!?」 混乱するマダオ。ギャラリーもゼロのルイズが平民を召喚したとか、マダオを召喚したとかはやし立てる… そんな中…ルイズは恒例のやりとりをコルベールとしてから混乱してるマダオに口付けた。 キスされたことに呆然となるマダオ。と、ルーンが刻まれた…サングラスの横に… マダオも再起動し喋りだす。 「ちょ…お嬢ちゃん!?何やってんの!?俺既婚者なんだけど!? ただでさえこないだの裁判のときやばいことハツにしちゃったのにこれ以上変な噂広まったら マジで愛想つかされ…」 バリーン!!! そんな音がした…見るとルイズがマダオのサングラスを手で握りつぶしていた。 周囲が呆然とする中、ルイズはコルベールに言う 「ちょっとォーーーー!?俺のグラサンーーーー!!高かったのにィーーーー!!」 「ミスターコルベール、もう一度召喚させてください」 「あの…今契約しましたよね?」 「サングラスにルーンが刻まれてました=あの男の本体はあのサングラスということです」 「で、では彼はなんだというのです?」 返ってくる答えが怖いがそれでもコルベールは尋ねた。 「あれはただのグラサンかけ機です」 「あの…グラサンかけ機って…」 「グラサンを掛けとく棒的なアレです」 「そんなものそのへんのフックでいいでしょう!?というか君の定義なら私はめがねかけ機だとでもいうのか!?」 「フックですよあんなの…ヒゲの生えた。あんたはハゲの」 「あっ!君っ!人が気にしてることを!」 「俺は人間だ!!」 「お二方…昔から人々の間では、 人の心というのがどこにあるのか取り沙汰されてきました… 人の心は心臓に?それとも脳に?私は違うと思う…それはきっとグラサ…」 「「君(てめぇ)に心はないのか!?」」 ドォン そんな音がちょうどコルベールとマダオの間を通り過ぎた… 発生源を見るとルイズが杖を構えていた… 「お前ら、うるさいネ。ずべこべいわず召喚させるネ」 「「はい」」 有無を言わさぬルイズの迫力にいい年した男2人はうなずかざるを得なかった… (お嬢ちゃんだ…声だけかと思ったら完全にチャイナのお嬢ちゃんだ…) マダオには知り合いの誰かに見えたようだ… そして… 「宇(略)」 再び一発で召喚は成功した…煙のなかから現れたのは… 「「え?」」 「お♪」 呆然とするルイズとコルベールをよそにマダオが召喚されたそれを拾う。 そして自分の顔にかけた…そう、ルイズが召喚したのはグラサンだった… 「ふう…落ち着…」 バリーン グラサンをかけて落ち着いたと言おうとしたマダオの台詞を最後まで言わせず ルイズはグラサンを握りつぶした… そして、再びコルベールにやり直しを求める…あまりの恐怖にOKを出すしかないコルベール。 というかルイズは返答を待たずして召喚を始めていた。 結局何度呼び出してもグラサン(しかも同じデザイン)しかでなかったためルイズはグラサンで我慢することにした。 ちなみに一度だけ変わったグラサンを呼び出したこともあった… グラサンの癖に手足が生えたり喋れたりコンマとかいう名前持ちだったりしたが コルベールとマダオも加わり速攻で破壊した。『ギャァァァ』とかいう悲鳴が聞こえたが気にしない。 3人曰く… 「気色悪い」 「何か危険な感じがした」 「かけたら鼻毛が巨大化したりしてマルハーゲとかいう連中とかと戦わされることになって 収集がきかなくなる気がした」 とのこと… で、次に呼ばれた普通のグラサンと契約することにしたが口付けてもルーンが刻まれない… コルベールの提案でかけた状態のマダオにキスしたらルーンが刻まれた… その場にいたマダオ以外のものたちの心は (やっぱりグラサンが本体なのか?) と100%シンクロした。 ちなみにそのあとマダオはルイズに憂さ晴らしに殴られた それとその夜、ここが自分のいた世界じゃないとわかると絶叫した。 「なんでだよぉ!!!何でよりにもよって仕事決まってハツと電話してるときに異世界召喚されてんだよぉ!!! 大体、使い魔ってなんだよ!!!家畜以下じゃねぇか!!!まだ、無職の方がマシだよ!!! つうか、こんなところでも俺はグラサンしか価値がねぇのか!!!ちきしょう!!!」 翌日…昼時にギーシュとメイドのシエスタとの間でトラブルが起こった。 「君のおかげで2人のレディの名誉が傷ついてしまったじゃないかどうしてくれるんだね?」 「アッハッハッハ!!すいません!!アッハッハッハ」 「アッハッハッハ!!…じゃないだろう!!馬鹿にしてるのかね君は…」 「いや~…曾お爺ちゃんの口癖がうつってまして…」 「まあまあ、お若いの…その辺に…」 仲介しようとするマダオだったが… 「うおっ!?」 蹴躓いた…そして… 「あああーーーーーー!!!???こ、これは…」 見ていたものたちの目に映ったのは 「き、キン肉バスター!?」 「い、いや!長谷川バスターだぁぁ!!!」 マダオはなぜかギーシュにキン肉バスター…もとい長谷川バスターをかけていた… 「ギーシュ!!しっかりしろ!!死ぬなーーーー!!!」 「えええ!!??何でこんなことにぃ!?」 この後、復活したギーシュと決闘することになったがグラサンかけているうちは素手で ワルキューレを砕けるほどの強さだったがグラサンが外れると一気に弱くなるという現象が起こったらしい… 最終的にグラサンかけなおしたマダオが勝ったようだが… 武器やにて… ボロい剣を手に取るマダオ…と、剣が喋りだす 「おでれーた!おめぇ、使い手か!?」 「あん?」 「ふん…知らねえのか…まあいい…俺を…」 と、少し後からキュルケとともに来ていたタバサがマダオのグラサンを外した 「…あり?…あ~…ワリィ…やっぱ勘違いだった…うん…別に買わなくていいや…」 タバサがグラサンを返す。 「あ~…やっぱ、使い手か…俺を買え!俺を…」 外す 「やっぱ買わなくていいや…つうか、触るなや」 「ちょっとォ!?なにそれェ!?てめぇまでグラサンが本体扱いィ!?」 7万の大群が迫る中、マダオに当身され非難させられたルイズが目を覚ました… 「ハッ!?マダオは!?」 「マダオならそこに…」 指差されたそこには… 「…ってグラサンじゃないのーーーー!!!」 「アッハッハッハ!!そうですよ、長谷川さんはグラサンですよ。アッハッハッハ!!」 「そうじゃなくてマダオがグラサンしかないじゃない!!!」 「そうよ。マダオはグラサンしかないよ」 「あのバカ残ったの!?まずいわよ…早く戻ってつれてこないとマダオ…」 「アッハッハッハ!!嫌ですよ。今戻っても全員アルビオン軍の餌食になるだけだし…」 「それによく考えてみよう!これ…ぶっちゃっけ、長谷川さんじゃないかい?」 「どっからどう見ても汚ないグラサンじゃない!!」 「いやいや、現実から目を背けずよく考えてみよう!コレと残ったヒゲ、ぶっちゃけどっちが本体だ?」 「あんたが現実をしっかり見すえなさい!!」 「アッハッハッハ!!ミスヴァリエールもあっちはグラサンかけ機って言ってたじゃないですか!!」 「い、いや…えっと…そりゃ…そうだったけど…」 「アッハッハッハ!!…ん?」 シエスタは何かが落ちたのに気づき拾い上げたがどこか腑に落ちない感じだ… 「どうしたの?」 「あれ?なんで差し入れに長谷川さんに渡したはずの栄養ドリンクが…渡す物間違えたかな… まあいいや…アッハッハッハ!!」 その頃…マダオは… 「なあ…おっさん」 「なんだ?デルフ」 語りかけるデルフと応対するグラサンのないためおっさん扱いのマダオ。 心なしかどこか呆然といった感じがある… 「何でこんなことなってんだ?」 「…」 2人が見るのは現状の惨劇…数分前までマダオと激戦を繰り広げていたアルビオン軍は同士討ちしていた… 本来の目的を忘れ味方に攻撃をし始めたほうのアルビオン軍の兵士達は なぜかマユゲが繋がっておりゾンビのように行動していた… そして、そんな兵士達にやられた正気の兵士も同じように正気をなくす… 正気を失った兵士達の中には持ってきた食料をあけ宴会を始めている者さえいた… 「たしか、メイドの嬢ちゃんからもらった栄養ドリンクが割れたと思ったらこうなってたんだよな…」 「おっさんは何で平気なんだ?」 「…前に感染したことがあるからなぁ…しかし、グラサンねぇと落ちつかねぇなぁ…」 「アッハッハッハ!!思い出した!!長谷川さんに渡したの 曾お爺ちゃんがバクフとかいうのに処分頼まれた疫病がはいっとるけぇ、絶対に割るなっていってた やつだったわ!!間違えて持ってきちゃってた!アッハッハッハ!!」 この日よりハルケギニアにマユゲが繋がり行動がおっさんになってしまうという奇病が蔓延する… それの被害はアルビオンはもちろんガリア、ゲルマニア、ロマリアはおろかエルフ達の住む領域まで及んだ… 奇病の蔓延はタルブ村から治療薬のサンプルが発見され各所で治療薬が完成するまで続いたという… 中には巨乳な妹分が感染したり精神崩壊した母がそうなっててうつ病やノイローゼになった者もいたという… まあ、後者は治療したら精神崩壊も治ってて結果オーライだったらしいが… ちなみにこちらに来る前に一度感染しており平気だったマダオと剣なため平気なデルフは 一人と一本だけで感染者の群れに突入し繋がり眉毛をそり落とすというある意味7万のアルビオン軍を 相手にするよりタチの悪い治療方法の執行人に従事させられることになる… なお、この功績が認められ何度も勲章やら階級を授与されそうになったが… そのたびに受け取る直前ですっ転び長谷川バスターをかけてしまい一転して処刑されそうになりそうに なったという… 「あ~…俺の運が悪いのは自覚してんだが…なんで地の文までマダオ呼ばわり?」 あんたがマダオだからだ。 「…もう…どうでもいいや…」
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/1000.html
ここ常春の国、マリネラは…… 「パタリローーーーー!!!!!」 「マライヒさん!落ち着いてくださうぎゃあああああ!!!」 「ああ!82号が殿下の盾にされた!」 「早く黒タマネギ部隊、いやプラズマXを呼ぶんだ!」 「カリメロ君、じゃなくてパタリロ君、素直に謝ろう!このままでは全滅だ!」 「死ねぇ!」 ごきゃあ!! 「ぬわあああ!?」 「殿下、ヒューイットさんにブリーカーを仕掛けてどうするんですか」 「ロリコン幻人であるという理由だけで十分だ」 今、未曾有の危機に襲われていた! 「科学班!麻酔弾の用意はまだなのか!?」 「おーい、持ってきたぞ」 「よくやった……って、ん?」 その麻酔弾?はどう見ても手術用の注射器で、しかも持ってきたタマネギはどう見ても手術中の医者の格好である。 「さっきまで何をしていたんだ?」 「93号の盲腸の再手術だけど」 つまり、麻酔が必要だから持ってきた=93号は手術途中で放置されたということである。 ついでに言うなら93号は以前も盲腸の手術途中で放置されたことがある。 「返してこい」 へーい、と言って“歩いて”帰っていく医者タマネギ。哀れな93号の退院の見通しはまだまだ当分先の事だろう。 事の発端は数週間前に遡る。ある事件をきっかけに活動を休止していたテロ組織・タランテラの活動再開の情報が確認され、タランテラと因縁の深いマリネラ・イギリス・アメリカ・ロシアで共同戦線を張ることになったのだ。 で、いつも通りパタリロが敵味方関係なく掻き回して、マライヒがパタリロを殺して、ミハイルがなんとかカバーして、ヒューイットが肝心なところでミスって、バンコランが美味しいところを持っていって、復活したパタリロにミハイルを除いた3人が粛清を加えてさあ帰ろう……としたところでバンコランが消えたのだ。 最初は、というか当然誰もがパタリロの仕業だと思って詰問を始めたのだが、今回ばかりは濡れ衣なのでパタリロも「何も知らない」と言うかと思いきや、 「どうせバンコランの奴は今頃どこかの美少年と元気によろしくやってるんじゃないか」 と要らん爆弾発言をしたためマライヒが暴走。嫉妬と言う名の無限を超えた絶対勝利の力が炸裂し、かくして冒頭の誰も挑みたくない惨劇が繰り広げられる事となったのだ。 結局、麻酔弾を撃つ予定のヒューイットが昏倒してしまったので、スーパーロボット・プラズマXが現場に到着してマライヒを取り押さえるまで被害は治まらなかった。この時の修繕費を補填しようと「ぼったくり大使館」の再現を行ってまた吊るし上げられるのはまた別のお話。ちなみに治療費は各自負担である、ケチ。 縄で縛り上げられて吊るされたマライヒとそれを呆れ顔で見上げるミハイルを背景に、事態の検証を始めたのだが。 「それより殿下、本当に知らないんですか」 部下の第一声が主君を疑ったものというのが、パタリロの日頃の行いを示しているというものだ。 「失礼な、僕を疑うのか!」 「何故やったんですか!」 「太陽が眩しかったからなんだー!」 パタリロの犯行を否定→自白の不可解自爆コンボが炸裂する。 「者ども出あえ出あえー!曲者じゃー!」 「ええい、放せ!武士の情けじゃあ!」 「なりませぬ!殿中にござる!殿中にござる!」 タマネギ達はタマネギ達でいつの間にか江戸時代スタイルに着替えて取り押さえにかかっている。 「冗談はさておき」 忠臣蔵を始めた主君から離れた位置にいたタマネギ達が冷静に議論を続ける。 「あの様子じゃ殿下の仕業じゃないみたいだな」 アホでケチでつぶれ饅頭でへちゃむくれで顔面殺虫剤ではあるが自分達の君主がどういう人物かタマネギ達は分かっている自信……はまったく無いが、少なくとも今回はそうだと判断した。パタリロは悪戯を隠すような真似はしない、むしろ周りを巻き込んで更に事を大きく悪化させるはずだからだ。はた迷惑な話である。 ちなみにその君主は松の廊下事件の後に赤穂浪士の討ち入りによる池田屋事件を経てラスプーチン及びロシアをバックにつけた朝廷と、暗殺を逃れてアメリカに亡命した蘇我入鹿の率いるペリー艦隊による睨み合いをしている。黒幕は邪鬼王でアンドロメダ流国と昆虫人類の代理戦争らしい。どういう会話をすればそういう流れになるのか。 「でもそうだとするとおかしいな」 「おかしきゃ笑え」 はっはっはっはっはっはっはっ。 「笑うな!」 「突っ込むな!」 訂正、こいつらも全然冷静じゃなかった。いや冷静だからこそ手に負えないのかもしれない。まさにあの君主にしてこの部下あり、と言うべきか。 ノリノリでボケとツッコミの永久機関を続けるアホ主従を見てミハイルは引き攣った笑いを浮かべた。出番の少ない彼にとってマリネラの頭まで常春のやりとりは馴染めないものなのだろう。馴染めたらそれはそれでまずいが。 「まあ、とにかく……問題はそこなんだ」 「どこだ」 あらぬ方向に視線を向けるパタリロ。無視するのがベストなんだがパタリロとの付き合い方の経験が少ないミハイルはそんな事も露知らず、律儀に最初から説明し直す。 「だから問題は―――」 「だからどこだ」 何とか話を元に戻そうとするミハイルと、何となく話を脱線させようとするパタリロ。幾度かの繰り返しのあげく、 「まったく君はどういう耳をしているんだ!」 「こういう耳」 「ぬがーーーーー!!」 と常套のボケをかまされ、さしもの「氷のミハイル」も烈火のごとく怒り(体温のことだけど)、毒塗りのダートが雨あられとパタリロの脳天に突き刺さる。が、致命傷にも関わらずパタリロはニヤニヤと不敵な表情を崩さない。 「な、何!?」 「ふっふっふっ、残像だ」 背後から聞こえる声に振り向くが姿は見えない。視線を今しがた残像と言われた方向へ向けるとそこにはダートの突き刺さった丸太……でなく身代わりにされたタマネギが倒れて痙攣していた。ひでぇ。 パタリロの走る時のカサコソという音で周囲にいるのは分かるが姿が見えない、まさにゴキブリ走法!だがミハイルとてKGBのエリート、レギュラー降板したとは言え負け続けるわけにはいかない。 「バンコラン少佐に聞いた方法だけど、本当に効くのかな」 そう言って懐から1円玉を取り出し、それを床に落とす。忠臣蔵騒動の喧騒の中ではチャリーンという子気味良い小さな音が響くはずもない。ていうかまだ続いてたのか。 が、カサコソという音が一瞬止まったかと思うと、ミハイルの前を一陣の風が吹き、ワンテンポ遅れてビュン!と風を切って走る音が耳に届く。早すぎて音が追いついて無いのだ。 「これは僕のものだー!誰にもやらないぞー!」 超人的な身体能力と超人的なドケチぶりを披露して床の一円玉にへばり付く一国の王めがけて、毒塗りのダートがあやまたず突き刺さった。 「これはもう使えないな」 「痔が、痔が治ったばかりの体にこれは……!」 パタリロに突き刺さったダート……正確には突き刺さった場所を見てミハイルが呟く。どこに刺さったかは苦悶の台詞からお察し下さい。 「で、どういう事か説明してもらうよ」 やっと冷静さを取り戻したマライヒがナイフを片手にのた打ちまわるパタリロに詰め寄る。無論、マライヒとてナイフが効かないことは百も承知。なにせ頭を銃弾で貫かれても正露丸で直ってしまうのだから。痛めつける事が目的かというとそうでもない。一時期はかなりどMな言動をしていたこともあったのだ、むしろ刺したら喜ぶかもしれない。では何が目的かというと、単なる憂さ晴らしである。 「では説明しましょう」 ころっと立ち直って手持ちの変装の1つ、シバイタロカ博士に変装するパタリロ。思わぬ切り替えの早さにマライヒとミハイルだけでなく、何故か明鏡止水の境地でアクシズを押し返そうとしていた赤穂浪士ことタマネギ達もずっこける。引っ張って突き落とす、パタリロの持つ「高度な放置プレイ」の本領発揮である。 シバイタロカ博士のよくわかる解説 「マリネラの位置はバミューダ・トライアングルのど真ん中にあります。そのせいか時間と空間が歪んでいましてな、大西洋上にも関わらず時差計算は日本と同経度になりますし、常春の気候になると言われております。バンコラン君の消失もそれが原因でしょう。私の計算によりますと、さきほど彼がドアを開けようとした瞬間、偶然そこに時空の歪みが出来たようで、それに吸い込まれてしまったのでしょう」 「で、彼は無事なのだろうか」 本題に戻るまでに物凄く精神的・肉体的に疲労したミハイルが諦観を抑えて質問する。 「検討もつかないな。以前僕が平行世界に跳ばされた時は物理法則そのものが違っていた。バンコランが跳んだ先が生物が生存できる環境である保障はない」 パタリロも元に戻って珍しくシリアスに説明する。 「じゃあ、バンコランは……!」 「落ち着けマライヒ、絶望的であるとも限らない。少なくともこの世界からあまりにもかけ離れた世界に跳ぶとは思えない。恐らくいくつかの共通点を残した世界にいるのだろう」 ただ、と付け加える。 「帰ってこれるかどうかと言うと、無理だろうな」 いくら平行世界が可能性の分岐といえども、平行世界を超える技術を持った世界がある確率は限りなく低いだろう。ましてバンコランは現実主義者。自分が異世界にいるなどと思うわけがない。思わなければ帰ることもない。 「助けに行かないと!」 「しかし、どうやって……」 血色を変えるマライヒに疑問を挟むヒューイット。今頃目覚めたのか。 「ふっふっふっ、僕を誰だと思ってる」 と自信満々に胸をそらすパタリロ。パタリロは生身で異世界への転移はおろか時間移動さえ出来るのだが、タマネギを率いて悪事、でなく活動する必要が度々あったために誰でも移動可能な装置を開発していたのだ。先ほど言った「限りなく低い確率」に自分のおかげで当選していたんだぞ?と言いたいのが見え見えのパタリロに対し、マライヒ達は顔を見合わせると。 「つぶれ饅頭」とマライヒ。 「へちゃむくれ」とヒューイット。 「顔面殺虫剤」とミハイル。 「ケチで吝くてしみったれの吝嗇家」とタマネギ達。(全部同じ意味) 容赦なくこき下ろした。