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HAPPY END(12)◆ANI2to4ndE ◇ 「……っ…………ヴィ………………」 何を残し、何を為し、何のために生きるのだろう。 何を想い、何を護り、何を愛せばいいのだろう。 「ヴィ……ラ…………」 何と出会い、何と語らい、何を目指せばいいのだろう。 何と過ごし、何と触れ合い、何を感じればいいのだろう。 「ヴィ……ラ…………っ……」 私がここにいる理由。 私がここに在る意味。 私がここに呼ばれた運命。 何もかもを受諾するのに、私は少しだけ"初心"だったのかもしれない。 全ての始まりは些細な一言だった。 そう、引き金は言葉。でもソレは小さく背中を押す見えざる手でしかない。 鉄と血の臭いに溢れた世界を私に押し付けるのはいつだって私自身の意志だ。 「ヴィ…………ラ………………」 私が決めた。 何もかも、そうするべきだと私が思ったから始めたことだ。 そして、私がやり通さなければならないことだ。 心の奥にある大切な人の悲しむ顔が見たくないから。 大好きな人達が冷たくなっていく姿なんて見たくないから。 だから、私がやるんだ。 烈火の将はいない。 鉄槌の騎士はいない。 盾の守護獣は存在しないのだ。 私が、私が――――"はやてちゃん"を守るんだ。 「……ヴィ……ラ……………………さ…………」 守る。 私しかこの場にはいない、私がはやてちゃんを守らなければならない。 「ヴィラ…………ル…………ん……」 はやてちゃんがいてくれたから、私達は本当に楽しい時間を過ごすことが出来た。 戦うだけじゃない他の生き方との出会い。 これこそが"シャマル"という存在が本当の意味で命を受けた瞬間だったのかもしれない。 そもそも、ヴォルケンリッターは闇の書の守護プログラムに過ぎなかった。 でもはやてちゃんが求めたモノは"守護騎士"という役割なんかではなくて、"家族"としての平穏。 求められたモノは血の流れない平和な時間だった。 憎しみも怒りも哀しみもない世界。ただ笑い合って、他愛のない話で盛り上がる……そんな平凡な関係だった。 それは、刺激や真新しい経験とは縁のない日常だったのかもしれない。 少し時間が経てば忘れてしまうような出来事だったのかもしれない。 だけど、そんな記憶のアルバムに写真としては残らないような生活こそが、私達には煌びやかな宝石のように見えた。 暖かい愛情。流れるなだらかで心を落ち着かせてくれる空気。 何もかもが愛おしくて壊れてしまうのが怖かった。 ずっと揺りかごに揺られるような時間が続けばいいとさえ思った。 はやてちゃんにシグナムとヴィータとザフィーラと、そして私。 五人でいられる時間は、何よりも尊いモノだった。 「……ヴィ…………ル…………さ…………ん…………」 でも、 じゃあ、 どうして、だろう。 「…………ラル…………さ…………ん……」 私は、私が分からない。 ねぇ、どうして? どうして、どうして、私は…………こんな。 何度も、何度も、何度も―― 「ヴィラル…………さ……ん………………」 はやてちゃん、ではない――違う人の名前を呼んでいるのだろう? ◇ 「はぁっ…………はぁっ…………」 ゆっくりと、身体を引き摺りながら私は静寂の中を歩いていた。 終わった、のだろうか。 全身の感覚があやふやだった。そして、あべこべだった。 本当に、おかしなものだ。 何も音が聞こえない。沈黙の世界に包み込まれてしまったみたいだ。 赤い火花を散らしながら背後で燃える背の高い樹木。 空には瞬くような星の海が広がり、見下ろす月は白銀にぬらりと光った。 両脚を引き摺るようにして歩いている私。 でも、足元の砂と靴とが擦れてもそこに音はない。全くの無音だった。 「……行か…………なくちゃ……」 砕かれたコンクリートに足を取られないように、ゆっくりと私は足を進める。 感覚的に、自分の身体に何が起こったのかはすぐに分かった。 きっと、耳がダメになってしまったのだ。 でも自分が何を言っているのかは何となく分かる。 口の中に転がした単語としてならば、耳ではなく頭が理解出来るからだ。 無意識的に手が耳へと伸びてしまう。 ふとしたさり気ない動作。ただその存在を確かめるだけの意味のない動きだ。 「あ、れ……」 だが、動かそうとした右腕は――まるで微動だにしなかった。 不思議に思いふっと視線を送る。 「ぁ……」 そこにあったのは、ぷらん、と曲がり妙な形状になった私の腕だった。 まるで出来損ないの人形だ。 操る糸が切れて、関節と骨組みとが絡まった粗悪な作り物みたい。 「ぅ……で……?」 右の橈骨と尺骨が、完全に圧し折れていた。 折れた場所は関節の少し下。腕が二箇所、曲がるのだ。 ヒモで縛ったソーセージのように、肉と肉とが独立して在るみたいに見えた。 川を挟み、中央で合体する橋梁のように骨が「ハ」の字になっている。 叩き割った角材のように薄いプレートのようにさえ見える骨が鋭さを誇示する。 ギザギザの白。ピンクの線。黄ばんだ白身。 そこには、赤い微細な肉と管のような神経が沢山へばり付いていた。 「は…………っ…………」 もちろん指は動かせない。 吹き出した血で服もベッタリと汚れていた。 不思議と、痛みはなかった。だから気付かなかったのだ。 いつの間にか、私は私自身に対する関心がゴッソリと削ぎ取ったようになくなってしまっていた。 大切なのは、今にも潰れてしまいそうな私の心を支えてくれる相手のことだけ。最愛の人の存在だけ。 私自身のことなんてどうだっていいのだ。 「う、で…………わた、しの。あ……は……ぅ……あ……」 この時、ようやく私はいつの間にか自身のバリアジャケットが解除されていることを悟った。 魔力がなければバリアジャケットを維持することは出来ない。 そうだ。私はすべてを出し切ってもう満身創痍だ。残りカスだってないのは当たり前かもしれない。 だけど、 「ヴィラ……ル……さんのところ……へ……」 ――足だけは前へと向かうのだ。 まるで何かを求めるように。 夢遊病者のように。幽鬼の足取りで。 足りない何かを埋め合わせするためなのだろうか。 まるで消えてしまったツガイの相方を探して、飛び回る孤独な鳥だ。 二つで一つ。広くなった止まり木のスペースを埋めてくれる相手を待つことが出来ない。 千切れた片翼だけじゃ絶対に飛べないと端から決め付けてしまっている。 「……っ……ぁ……!」 足元のアスファルトの凹みに足を取られ、私は転びそうになった。 前のめりに蹴躓く私。 思わず前方に腕を差し出す。だが、ソレはもはや支えとしては機能しない"右"だ。 染み付いた感覚は抜けない。 腕がなくなってしまっても当然のように、頭はソレに頼ろうとする。 慣れ切ったモノに縋りついてしまう。 強い衝撃が私の身体を襲った。 「ぐっ…………」 受身を取ることも出来ずに、したたかに下顎を打ち付けた。 擦りむいて剥き出しになった肌がじんわりと血が噴き出す熱い感覚に悲鳴を上げる。 それに当然地面は平らなどではない。 砂利、湿った土、砕けたアスファルト、飛び散ったガラスの破片……危険なモノでいっぱいだ。 「っ…………」 腹這いの体勢で思いっきり、地面に私は倒れ込んでしまった。 強打した顔の下半分がジンジンと痛む。 "支え"になれず、ただ無様に地面を叩くことしか出来なかった左の掌からも血が滲んでいるようだ。 夜露に濡れて少しだけ湿った土肌の感触が頬を汚した。 伝わってくる冷たさは心の中にまで染み込んでいくようだった。 身動ぎする私だが、片手を失ったせいか上手く立ち上がることが出来ない。 今まで考えたこともなかった。かたっぽだけで身体のバランスを取ることはなんて難しかったのだろう。 「うっ、あぅっ……ぁ……」 足掻けば足掻くほど、大地の底を這い回る深淵に今すぐにでも食べられてしまうかのような恐怖に背筋が凍った。 隻腕で握り締めようとしても、掴めるモノはぬかるんだ泥の塊だけ。 弱音と嘆き、そして呻きのために開かれた口蓋へ、杯の水のように砂利や汚泥が流れ込んだ。 当たり前だ。顔を地面に臥せっているのに、口を開けたりするから。 私は舌先に触れた苦い刺激に直接脳を揺さぶられたような衝撃を受けた。 しかも、一緒に小さな蟲を飲み込んでしまったらしい。 口の中で数ミリの物体が幾つも蠢いているおぞましい触覚が、本来味覚を司るべき感覚器から伝わってくる。 「や……ぐ……ゴッ……ホ…ッ……! ゴホッ……ゴホッ……!」 サァッと全身を寒気が走り抜けた。 すぐさま泥や蟲を大きな咳と共に吐き出す。 が、口の中を濯ぎもせずに、この苦味がなくなる訳がなかった。 「グ……ガ……ッ……ゴッ……! っ……ぁ……ゴホッ……!」 そして、その苦味を取り払うために。 「ッ……ぁ……ゴホッ!」 結核患者のように、 「ゴッ……!」 何度も、 「ガハ……ッ」 何度も、 「ぅぁ……っ……ガァッ……!」 何度も――私は咳をした。 「はぁ……っ! はぁ……っ!」 強烈な衝撃に喉の奥がヒリヒリと痛んだ。 あまりに執拗に喉を震わせたためか、肺の辺りにまで妙な違和感を覚える。 涙も溢れてくる。既にまともな機能から大分離れていた眼球が更なる液体に侵される。 「っぁ……い……かなくちゃ」 それでも、私は地面に左手を付き、グッと力を入れた。 ここで立ち止まる訳にはいかないのだ。 ヴィラルさんは絶対に生きている。そうだ、私達はまだ負けていない。 グレンラガンでは足りない。まだだ、まだ力が足りない。 私達は絶対に二人で生きて帰ると誓ったのだから。 だって、ここで折れてしまったら。 敗北を認めてしまったら。前に進むことを諦めてしまったら…… 「はぁっ…………はぁっ……!」 はやてちゃんを――仲間を裏切った醜い私自身と向き合わなければならないから。 ヴィラルさんを愛する気持ちは確かなものだ。 うん、そう。私は『はやてちゃんではなく、ヴィラルさんを選んだ』のだ。 その時、思考がぐにゃりと歪んだ。 ――"右"腕がなくなってしまったとしても、私には"左"がある。 そして、訪れる転換。 ――"×××"がなくなってしまったとしても、私には"×××"がある。 「ヴィ…………ラル……っ……さ…………」 ――"はやてちゃん"が死んでしまっても、私には"ヴィラルさん"がいる。 「…………い……や……っ…………」 私は守護騎士としての役割を放棄して、ヴィラルさんと歩む道を選んだ。 そして、その気持ちを私は"愛"と呼んだのだ。 愛、すべてを包み込む優しい感情をそこに求めた。 弱い私は縋りついていただけだった。 『私にしか出来ないから』 そう呟いた口はどこへ行ってしまったのだろう。 心に思い浮かべた時は気が付けば真っ白な灰になってしまっている。 吐き出した言葉は、今、私の身体を焼き尽くす炎の赤へと姿を変えた。 胸に抱いた理想と想いは、もはや胸を締め付ける錆付いた鎖。 「ヴィラ……ル……さん……はやて、ちゃん……わた、私は……」 握り締めた拳を振るう相手は誰? 身を呈して護るべきは誰の命? この心を捧げるのはいったい誰? 記憶の憧憬の中で燃えていくセピア色の写真が花吹雪を作っていた。 色あせたその四角形の中には私の"全て"が息衝いてた。 うつ伏せだった身体を、仰向けに倒す。 私の身体と同じくらいボロボロになったビルの群れを切り取る夜の闇が見えた。 ここは、どこだろう。 私は、どうしてこんな場所にいるのだろう……どうでもいいか。 スッと――――眼を細める。 霞む景色は白い靄だ。 そこには満開の星空が広がっていたはずなのに、今となっては真冬の雪原に佇んでいるみたいだ。 身体が芯から冷たくて、末端から腐り落ちていきそうで。 ポタリ、ポタリ、と。 緑葉を伝う雨露の雫のように、指が一本一本枯れてしまいそうで。 肩を抱き、奥歯を鳴らしても何もかもがそこで終わってしまう。 ただひたすら震え続ける私。 冷え切った身体を暖めてくれる存在はどこにもいない。 ふわふわの毛布も、暖かいココアも、緋色に燃える暖炉も、何もない。 マッチの篝火の向こうにクリスマスの幻影を見たみすぼらしい少女。 死の瞬間に迎えに来た天使に一握の希望を見据えた少年。 お伽話の出来事に、冷たくなって行く自分自身を重ねる。 降り注ぐ幻想の夢物語は流れ星のように煌びやかな混沌をもたらすだけ。 ゆっくりと、だけど、確実に。 私は堕ちていく。 私は枯れていく。 私は、死んでいく。 「わら、わ……なきゃ……わらって……いない、と」 妄想、する。 てのひらに握り締めた過去を。 てのひらで転がる現在を。 愛する人と、てのひらを重ね合わせる未来を。 きっとソレは、楽しくて思わず笑い出してしまうような瞬間なのだろう。 誰もが皆笑顔で。 美味しい料理を囲んで、暖かい部屋の中でゆったりとした時間を過ごすのだ。 そこには憎しみも悲しみも争いもない。 誰も苦しんだり、涙を流すこともない――殺し合うこともない――そんな理想の世界だ。 「あは……っ、はははははは……っ……あは……はははははっ」 空想でも、妄想でも、ソレが今だけ続くのならば、きっと私は幸せだ。 すぐに消えてしまう妄想で構わない。 永遠の灰色の中で死を待つくらいなら、一瞬の虹色の中に溶けてしまいたい。 「ね……? ヴィラ……ル、さんも……そう、思う……わよね?」 結ぶ手はなく、夜の風は容赦なく壊れかけた身体に突き刺さる。 迷い込んだコンクリートの檻の中で、脈を打っているのは私の身体だけだった。 温もりが欲しかった。 抱き締めてくれる厚い胸板が、 頭を撫でてくれる優しい指先が、 背中合わせに感じる心臓の鼓動が、 ここには、ない―――― 「…………………………や、だ」 ない。 ここには、暖かさは、ない。 何もない。 冷たい空の下、私は一人。 真っ暗なセカイの中で血まみれで、泥まみれで、這い蹲っている。 惨めだ。私は何をしているのだろう。 だって、このままじゃ私は………………! 「……………………い…………や、」 ここには、私達が目指した「明日」はない。 「どう、して…………きて、くれないの、ヴィラル…………さん」 矛盾、している。 だって、私がヴィラルさんを遠くにやってしまったのだ。 負けないために。私達の願いを叶えるために、そうするしかなかったのだから。 いや……でも、違うんだ。 私が思っているのはきっと、多分そうじゃない。 もっと単純で分かりやすい答えが、願いが転がっているはずで。 「ねぇ、どう、して…………? どうして、なんですか、ヴィラルさん……」 縋るように吐き出す言葉は誰にも届かない。 視界に映る真っ白な靄を少しだけ濃くしてあっという間に消えてしまう。 私の血で濡れた衣服が気持ちが悪かった。 グッショリと湿った布地が身体に纏わりつく。吹き荒む風が体温を奪っていく。 「たす、け……助けて……ください……私は…………まだ……生きて、いる……んですから…………」 私は、願っていた。信じていた。 ヴィラルさんは私を助けてくれる。ヴィラルさんは私を見てくれる。ヴィラルさんは私を見捨てない。 何があろうとヴィラルさんは駆けつけてくれる。 私を包み込んでくれる。 私に温もりをくれる。 ――ヴィラルさんは、私を裏切らない。絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に。 「来て…………くれますよね、ヴィラル……さん……ヴィラル……さん、ヴィラルさん……」 それは幸せな愛ではなかったのかもしれない。 はやてちゃん達のことを忘れ去ることも出来なかった。 何もかもがきっと中途半端なままで。 愛に生きることも、死ぬことも出来なくて。 それは、迷いと戸惑いに満ちた愛。 それは、挫折という名の茨に囲まれた愛。 何もないカラッポの私には、もうヴィラルさんしか頼れるモノがなかった。 だから、呼ぶのだ。 ひたすら愛しい人の名前を。 「やだ……死にたく……ぅ……ない。こわ、い……やだ、たすけて……」 二の腕から先が折れ木のようになっている右手を空へ。 ぷらん、と揺れた私の手だったモノが赤い血液を撒き散らした。 「ひっ……! う……で…………痛い、痛い……いた…………ぁ……あアあぁあああアアああっ!」 その時、じわじわと痛みが右肩から這い上がってきたのだ。 麻痺していた感覚が復活したのだろうか。 ミッシングリンクの再度の接続。それは私がヒトとして正常な形に戻りつつある証拠なのかもしれない。 だけど、私は、 「ひぃっあぁっ……う……ぁ……が……ああぁあぁぁぁ!」 そんな覚醒は望んでいなかった。 私がまだ心を保っていられたのは、今まで「痛覚」が完全に麻痺していたからなのだ。 腕が引き千切れてまともな思考や理性なんて維持出来る訳がない。 繕ったパッチワークの精神なんて――簡単に吹き飛んでしまう。 「痛い痛い痛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛!! うひっぃあぁああアあ……し…………は、」 白い霧のような世界に電撃が走った。 私は背中を陸に打ち上げられた魚のように仰け反らせる。 口を思い切り開いて、出るはずのなかった声が壊れたスピーカーのようなノイズとなって空気を震わす。 暴れれば暴れるほど全身を貫く感覚はその勢いを増していく。 「ひっ……ぃ……は……ふひゃ……ヵ……ぁ……ヴィラ、ルさ……ひぅ……たすけ……っ――」 辛い。 痛い。 いやだ。 いやだ。 生き汚い醜悪な感情が噴出した。 まるでヘドロのような腐臭にまみれた裸の想いだ。 精神病棟で身体をベッドに縛り付けられているクランケのように、私は血だらけの腕を振り回した。 「死にたく、な…………い……っぁああぁアア゛ア゛ア゛ア゛!! あぎっ………ひぐっ……ぉ……ぎゃアァあっ!」 振り回していた『腕だったモノ』が、私の顔面に激突した。 最初にその変化を感じ取ったのは口蓋の中だった。 「ぁっぶぃ……いぃがっ――!」 あまりの嫌悪感に思わず叫び声を上げた。 進入する、指。血塗れの指。五本の肉と骨と皮の固まりが口の中を這い回るような感覚を覚えた。 舌先が血だらけの指に触れる。鉄の味、ゾワゾワとした感覚が背筋を駆け上る。 粘膜と触れ合うゴツゴツとした感触。 ツルリ、と唾液に濡れて滑る爪。 唇から腕が生えているような異様で間抜けな光景。 思考はただ一つの言葉に占領される―― 指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指。 ゆびゆびゆびゆびゆびゆびゆびゆびゆびゆびゆびゆびゆびゆびゆびゆびゆびゆびゆび。 「あ、が……づぁ……ぅ……ん!」 私は堪らず更に身体を捩った。 歯と唇に引っ掛かるおぞましい物体をなんとか引き離そうと左手でソレを掴む。 「ひ、あっ、ひ――」 すると、ブチッ!と何かが引き裂かれる音が響いた。 右腕が軽くなった。左手にズッシリとした重量が掛かる。 私は、理解した。 完全に肘から先の消失した右腕。吹き出す血液とブツブツとした隆起の脂質。 どす黒く変色した肉と折れ木のような骨。 私の肘から先が完全に『私の身体から離れて』しまったのは。 「うぃぁあっが……っぶぇええげぁっ!」 それは最後の一押しだった。 腕と腕とを繋いでいた皮膚が衝撃に耐え切れず破れてしまったのだ。 完全な身体からの切断、それは本当の意味で右腕が「私のモノ」ではなくなったことを意味していた。 口内から指を、手を吐き出す。 血と私の残骸を頬張り、皮膚を舐め、肉を味わい、骨を噛み砕く――とはいかない。 すぐさま左手でソレを掴み、どこかへと放り投げる。 「ひゃあああっ……はははは、はははははははは! は、は、はは…………」 呻きと嘆き、叫びの次に飛び出したのは笑い声だった。 どうして自分がこんな気持ちになっているのかまるで分からなかった。 面白い。 面白い。 あはははははははははははははははははははははははははは。 ははははははははははははははははははははは。 はははははははははははははは。 はは…………! 「……ぃ……ひぃぁっ……も゛う”…………い…………や……痛い…………死に、たい…………ごろ…………じて……ぇ………」 ――私が笑ったことには理由がある。 意外と心という奴は頑丈だ。 簡単に壊れたりなんてしない。 どんなに辛い目にあったとしても、ヒトがヒトであることを辞めさせてくれない。 だから、偽りの精神異常者へと転身することを最後の理性が決して許さない。 怖い。痛い。辛い。苦しい――逢いたい。 沢山の感情の塊の存在が、真の崩壊へと至る道を閉ざしてしまう。 「ぢが…………う…………だ……ダメ…………やっぱり、やっばり…………じにだく…………な……ぃ」 そして、すぐさま生への懇願は死への渇望へと変わった。 鬱と躁状態が交互に訪れる。 ああ、そういうことか。 私は死ぬのも生きるのも怖いのだ。痛いのは嫌なんだ。でも死にたくはないんだ。 きっと、またすぐ変わってしまうのだろう。 私はこのままここで、死にたがりと生きたがりを繰り返すのかもしれない。 死ぬまで、ずっと。 痛みと苦しみを味わいながら、だ。 そして、無様を晒し続ける。 壊れることも出来ないまま。 まともなままで。 ボロボロの身体と意識を引き摺りながら死と生の予感に殺されるのだ。 「ヴィ…………ラル、ざ…………ん……はや゛でぢゃ…………ん……」 誰もいない。 私だけが一人で大騒ぎをして、暴れて、そして助けを求めていた。 虚空と冷たい風だけが夜を揺らす。 だけど、誰も振り向いてはくれない。 はやてちゃんも、ヴォルケンリッターの皆も、機動六課の皆も、私を見てはくれない。 片方だけになった手を振り回す。 てのひらに触れた夜の風が冷たかった。 握り締める相手のいない左手が邪魔だった。 ああ、むしろこの手もなくなってしまえばいいのに。 だって、コレは必要ない。 掴むモノはないのだ。手が手の役割をしないのなら、存在する意味もない。 そうだ。 いらないものなら、切り捨てればいい。 そうすれば裏切られることもない。 愛した人全てから見放され廃棄された私のように。 つまらない反逆に心を痛めるくらいなら初めから繋がりなんてない方がいい。 裏切ることも、裏切られることにも耐えられない。 そんな関係なんてなくなってしまうのが一番いいんだ。 そうだ。消えろ。潰れろ。なくなれ。 だから、こんな腕なんて、 壊されて、 千切れて、 圧し折れて、 切り裂かれて、 捻じ切られて、 叩き潰されて、 削ぎ落とされて、 ――グシャグシャに、なってしまえばいいのに。 「あ、ひゃ…………?」 その時、ゴッ、と頭上から大きな音が響いた。 ◇ 「くっ……!」 鉄骨の雨が凄まじい轟音と共に地面を揺らした。 夜に赤色の液体が滲んでいく光景が見えるようだった。 クロスミラージュは視界の先、シャマルの消えた廃ビルの密集地帯が崩落していく音を聞いていた。 助かる訳がない。 半ば、そう結論付けざるを得なかった。 彼はシャマルに抱えられ、先ほどまでグレンへ共に搭乗していた。 そして、ドモン・カッシュとカミナとの死闘に敗れたシャマルは何を思ったのか、ラガンを遥か遠くへと放り投げた。 おそらく突発的な行動だったのだろう。 少なくともそこに理性的な思考が存在したとは考え難い。 妄執か、倒錯的な献身か。上手く「愛」を理解出来ないその理由はクロスミラージュには分からなかった。 「ミス・シャマル。あなたという人は…………」 シャマルも即死してもおかしくないような重傷を負っていた。 圧し折れ、千切れ飛んだ右腕などその最たる例だ。 何もしなくても出血多量で死亡していたであろう傷。ショック死しなかったことが奇跡的なぐらいだ。 だが、彼女はグレンのコクピットから這い出し、夜の中へと死に体を晒した。 彼女は壊れてしまったのだろうか。 大声で笑い、そして叫ぶ声がクロスミラージュのいる場所にまで響いてきた。 (でも、それは…………ある意味幸せだったのかもしれません) 精神に破綻を来たしたのならば、それは逆に良かったのかもしれないと彼は思った。 激痛の中金切り声を上げて泣き叫びながら死ぬよりも、完全にヒトでなくなった方が苦しみは少なくて済む、という考えもあるのだ。 まともなまま全ての痛みを受け止めることは、きっと何よりも辛い結末だ。 「本当に、本当に…………大バカです」 太陽の堕ちた世界、シャマルは最後に何を思ったのか。 彼には想像も付かなかった。まさか、彼女がこのような結末を迎えるとは夢にも思わなかった。 舞台は刻一刻と終焉に向かいつつある。 失われた楽園、それは夢の終わり。 冷たい夜のてのひらに血の赤が熱をもたらす。 そして、蝋燭の灯りのようだった彼女の魔力が、今、完全に世界からその姿を消した。 ――――冷たい夜が訪れ、掌の太陽は死の地平へと堕ちる。 時系列順に読む Back HAPPY END(11) Next HAPPY END(13) 投下順に読む Back HAPPY END(11) Next HAPPY END(13) 285 HAPPY END(11) ヴィラル 285 HAPPY END(13) 285 HAPPY END(11) シャマル 285 HAPPY END(13) 285 HAPPY END(11) スカー(傷の男) 285 HAPPY END(13) 285 HAPPY END(11) ガッシュ・ベル 285 HAPPY END(13) 285 HAPPY END(11) 菫川ねねね 285 HAPPY END(13) 285 HAPPY END(11) スパイク・スピーゲル 285 HAPPY END(13) 285 HAPPY END(11) 鴇羽舞衣 285 HAPPY END(13) 285 HAPPY END(11) 小早川ゆたか 285 HAPPY END(13) 285 HAPPY END(11) ジン 285 HAPPY END(13) 285 HAPPY END(11) ギルガメッシュ 285 HAPPY END(13) 285 HAPPY END(11) カミナ 285 HAPPY END(13) 285 HAPPY END(11) ドモン・カッシュ 285 HAPPY END(13) 285 HAPPY END(11) 東方不敗 285 HAPPY END(13) 285 HAPPY END(11) ニコラス・D・ウルフウッド 285 HAPPY END(13) 285 HAPPY END(11) ルルーシュ・ランペルージ 285 HAPPY END(13) 285 HAPPY END(11) チミルフ 285 HAPPY END(13) 285 HAPPY END(11) 不動のグアーム 285 HAPPY END(13) 285 HAPPY END(11) 流麗のアディーネ 285 HAPPY END(13) 285 HAPPY END(11) 神速のシトマンドラ 285 HAPPY END(13)
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HAPPY END(14)◆ANI2to4ndE ◇ 月が出ていた。 地上では黒い太陽が閃光と爆音を轟かせ大爆発を巻き起こしていた。 焔を撒き散らしながら、大怪球が崩れ落ちながら炎上する。 それを合図として、その異変は始まった。 それは爆風に押し広げられるようにジワジワと広がっていった。 それに触れた街の灯が次々と消えて行き、水面に広がる波紋のように暗闇が広がってゆく。 それは満ちる波のように闇を押し広げる透明な円。 それはアンチシズマフィールド。 それはバシュタール現象を巻き起こしたエネルギーフィールド。 バシュタール現象、またの名をエネルギー中和現象とも呼ばれるその現象。 その名の示すとおり、あらゆるエネルギーを中和し、その機能を停止させる現象である。 それはバシュタールの惨劇と呼ばれる大災害を巻き起こしたそれである。 バシュタールの惨劇。 それはたった2%の不完全が巻き起こした悲劇だった。 98%の成功に、功を焦った研究者たちが2%の未知を無視しシズマドライブの実験を強行した。 結果システムは暴走。 実験炉とともにバシュタール公国は消滅。 副産物として生まれたエネルギーフィールドは世界全体を包み、地球上のあらゆるライフラインを静止させた。 その結果、人類の三分の二を死滅へと追いやる未曾有の惨劇へと発展した。 そして、その失敗を糧としてシズマ・ド・モンタルバンIII世博士を中心とした研究チームはシズマドライブを完成させ。 フランケン・フォン・フォーグラー博士は十年前の歳月をかけて、シズマドライブのみを静止させる『アンチ・シズマドライブ』を完成させたのだ。 あの惨劇を巻き起こした原因は不完全な未知。 小早川ゆたかがシズマ・ドライブを使用しフォーグラーを起動させたおり、バシュタールの惨劇が起こらなかった原因は単純だ。 完成品であるシズマ・ドライブは完璧すぎた。 リサイクルの際の不具合があるが機能事態は非の打ち所のない、まさしく理想のエネルギー資源である。 それは『アンチ・シズマドライブ』も同じこと。 十年という歳月、稀代の天才フランケン・フォン・フォーグラー博士の執念の一作だ、完璧でないはずがない。 ならば、今、大怪球フォーグラーを動かしエネルギーフィルドを生み出している『2/3アンチ・シズマ管』ではどうか。 単純な量を省みればその不完全さは2%どころの騒ぎではない。 材料自体は完璧なアンチシズマであるが、その総量を失い不完全である。 それは完全であり完全でない、アンチ・シズマ管でありアンチ・シズマ管でない曖昧なシズマ。 故に、あの惨劇が繰り返される。 今度は事故ではなく故意を持って。 悲劇ではなく希望を目指して。 押し広がったエネルギーフィールドは天にまで至った。 天上の星々は所詮偽りの天象儀。 天の星々もまた、その機能を止められ光を落とし闇に融けた。 世界を照らし続けた太陽も同じく機能を停止させ世には闇の帳が落ちる。 そして、遂には大怪球を中心とした円はこの小さな箱庭全てを包み。 あらゆるエネルギー現象がその活動を停止し、世界が静止する。 それは螺旋王の用意した舞台装置とて例外ではない。 箱庭に参加者を閉じ込めていた『転移結界』がエネルギーフィールドに触れ消失する。 全てが消える。 時すら止まったような静寂と、塗りつぶしたような底の見えない漆黒の闇がただ天に広がっていた。 夜天には星の煌き一つない。 天に残ったのは闇を穿つような真円が一つ。 煌々と輝く青白い月だけが変わらず天に在り続けていた。 ◇ 「――――――よい開幕だ、王ドロボウ」 終演の開幕を告げる声が響く。 天を奔るウィングロードから英雄王が降り立ったのは、月を真上に構える会場の中心。 遠目に巻き起こる爆発とその結末を見届け何を思うのか。 これまで脱出に向け積極的に動くことをよしとしなかった英雄王が始動する。 「ひとたびの興としては悪くない舞台であった。 せめてもの手向けだ、この我が手ずから相応しい幕を引こう」 闇を斬るように振るわれた剣の軌跡に赤い残光が浮かんだ。 始まりの英雄が終わりを告げるように乖離剣を振りかざす。 英雄王はこの地において衝撃のアルベルトによる敗北を経て油断を封印し、そして今しがた王ドロボウによって慢心を盗まれた。 油断も慢心もない、まさしく今ここに在るのは天下泰平を成し遂げ、この世全てをその手に治めた大英雄に他ならない。 王の奢りを脱ぎ捨てたその心情を表すように金色の鎧を模したバリアジャケットが形状を変える。 全身を包んでいた黄金の鎧は下半身を残し弾けとび、黄金率の均整を整えた完璧なる肉体が露になった。 露になった上半身に刻まれる呪詛のような赤い文様は、全てに破滅を齎す不吉を思わせる。 光なき世界においてなお恒星の如く眩い黄金の魂。 天に光なき今、輝きは地に。 世界の中心に、暗黒を根絶する黄金の殲滅者が降臨する。 「さあ、出番だエア。貴様に相応しい舞台は整った――――!」 主の命に従い、乖離剣が軋みをあげた。 乖離剣に嘗てないほどの膨大な魔力が注ぎ込まれる。 ここにきて初めて見せる英雄王の全力全開。 それに倣い、地殻変動に等しい重さとパワーを軋ませながら互い違いの方向へ三つの円柱が廻る。 胎動を始めた乖離剣を中心に大気が乱れ集い、犇めき合う風たちが地を引き裂く雷鳴のような嘶きを響かせた。 吹き荒れる暴風。 その剣は風を払うのではなく、風を巻き込むことで暴風を創り出す。 乖離剣は辺りの空間ごと大気を巻き込みながら、この地に漂う無念や絶望を、あるいは希望や祈りすらも次々と己が糧としてに飲み込んでゆく。 石臼のような円柱の隙間から滾りあふれる赤い魔力が、巻き起こる暴風に乗って会場全体へと吹き荒れた。 世界を支配していた闇を祓うかのように赤い魔力の渦が世界を染め上げる。 英雄王の放つ重圧に耐え切れず、踏みしめる大地にヒビが入りその周辺が陥没した。 次いで、そのあまりに激しすぎる魔力の流動に耐え切れないのか、箱庭全体がカタカタと震えた。 まるでこれから巻き起こる何かに脅えるように。 地は砕かれ、水は干上がり、風が震える。 大気が大地が大空が、世界がそのものがその存在に畏怖し慄き震え上がる。 螺旋王の作り上げた偽りの世界を殲滅するべく、英雄王の前に圧倒的な真実が渦となり荒れ狂う。 その渦の中心は無風でなく紛れもない暴風。 狂ったように吹き荒れる暴風の中にありながら、君臨する王はなおも不動。 振りかざす乖離剣の躍動は止まる気配を見せない。 それどころか一回転ごとにさらに早く、より速く、なお奔く狂おしいまでにその回転を加速してゆく。 猛り狂う暴風はあらゆるものを吹き飛ばしながら会場の端々まで吹き荒れ。 鬩ぎ合い蠢く空気の渦は、擬似的な空間断層となり世界より隔離された異界を創り上げた。 吹き荒れる疾風は擦り切れるように摩擦を生み、大気が炎上し燃え上がる。 業火に揺れるその世界は灼熱の地獄のよう。 世界に満ちたマナはその剣に供物として捧げられ、大気が枯れ果て凍りつく。 絶対零度の風が吹き荒れるその世界は極寒の地獄のよう。 灼熱と極寒が入り混じるそれは、あらゆる生命活動を許さぬこの惑星原始の姿そのもの。 生命の原初にして死の原点。 地獄と謳われたこの舞台を嘲笑うように、乖離剣は本物の地獄を創り上げる――――――! 「さぁ王ドロボウよ、望みとあらば見せてやろう。 我としても、このような気紛れは一生に一度あるかないかなのだ、出し惜しみはせぬ。 英雄王の真の力を、特とその目に焼き付けるがよい――――!」 地獄の中心で不敵に笑いながら英雄王は宣言する。 その背後の空間が陽炎のように歪む。 同時に生まれた歪みは三点。 各々から取り出されたのは英雄王の輝きを反射する鏡の破片。 それは、使用者の魔力を爆発的に高める魔界の禁断具、王ドロボウより譲り受けた魔鏡の欠片。 人間界に渡るおり、三つに分かれた欠片が今、王の下一同に集い、原型を取り戻した魔鏡が怪しい光を放つ。 魔鏡より溢れ出した膨大な魔力が、ギルガメッシュに注ぎ込まれる。 その魔力は英雄王を触媒に直列で乖離剣へ流れ、限界と思われた乖離剣の回転が爆発的に加速する。 魔鏡によるバックアップを受け、その威力は更に跳ね上がる。 「――――――終わりだ」 終わりを告げる英雄王の声。 乖離剣の躍動はもはや目視不可能な域にまで達していた。 英雄王の執る乖離剣には世界そのものを破壊するほどのエネルギーが内包されている。 一瞬でも油断すれば制御を失い、ともすれば自らを滅ぼしかねないだろう。 なれど、今の英雄王に油断はない。 慢心もなく、全力を持って乖離剣を従える。 これ程の破壊を従えられる者など、このギルガメッシュを置いて他にない。 慢心ではなく、絶対の自信と傲慢さを持って、ギルガメッシュは乖離剣の狙いを天空に定めた。 狙うは遥か高みに鎮座する、あの月だ。 あれこそがこの世界を維持する基点。 あれを潰せばこの世界は崩壊する。 さあ刮目せよ。 見るがいい三千世界より集められし勇者たちよ。 見るがいい儚くもこの地に散り行った兵たちよ。 見るがいいこの舞台を創造せし螺旋王よ。 見るがいいこの舞台を繰る介入者よ。 見るがいい天上の傍観者よ。 そして知れ。 人類最古の英雄王、その真の力を。 「――――――天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)――――――」 ◇ 宇宙の法則すら軋ませるほどの膨大な魔力の束が解き放たれた。 空間を断絶しながら、渦を巻く彗星は昇るように空へ。 誰もがその軌跡を追うように天を見上げ、天地開闢の瞬きを垣間見た。 天が絶叫し、地が震撼する。 その剣が切り裂くのは形ある地ではなく、まして形ない天でもない。 その一撃が切り裂くのはこの世界そのものだ。 古代メソポタミア神話において、混沌であった世界を天と地に分けた神の業。 世界を切り裂くこの一撃こそが、英雄王を超越者たらしめる『対界宝具』の正体である。 世界を覆う障害を裁ち落とすべく、破壊の渦は舞い上がる。 待ち構えるはこの世界を構築する第二の結界。 外界からの断絶、参加者の能力制限を一手に引き受け、この世界の守護する『防護結界』である。 不可視なれど、確かにそこに存在するそれはバシュタール現象の影響下に在らず、英雄王の行く手に障害として立ち塞がっていた。 虚空にて、進化を是とする最新の王が創りし守護と原典を是とする最古の王が創りし破壊が衝突する。 否。それは衝突などという生易しいものではなかった。 触れ合うたびに互いを否定しあう存在の拒絶。 空間が歪み、虚空がひび割れ、空が墜ちる。 世界が崩壊するその様は、まさしく神話に謳われる天地創造の再現だった。 その一刀を揮うより前の有象無象は、何ら意味を成さぬ混沌にすぎず。 その一刀が揮われた後に、新しい理が天と海と大地を分かつ。 その一刀たるや、もはや命中の是非や威力の可否を語るのも馬鹿らしい。 その一刀は形の有無すら問わず森羅万象の存在事項を否定し尽くし、触れる万物を虚無の彼方へと呑み込んでゆく。 そのような規格外を前に、いかな常識が意味を成そうか。 会場を覆い包む『防護結界』が守護という役目を果たすこともなく砕け散った。 舞い散る破片は地に降り注ぐことすら許されず、例外なく虚無の果てへと吹き飛ばされ消えてゆく。 瞬間、この世界を包む周囲の景色が一変した。 仮初の空は掻き消え『防護結界』によって覆い隠されていた『世界の核』が露となる。 現れたのはこの薄い黄金にも似た緋色のドリル。 これこそが世界を構築する円錐の檻である。 何もかも一変した世界で唯一変わらず残ったのは天の中心、ドリルの先端に鎮座する満月のみ。 空を越えて宙へ。 その名残すら消し去るべく、不変を許さぬ破壊と創造の渦が円錐の頂点目掛け突き進む。 その勢いは防護結界を破ってなお衰えを知らない。 瞬きの間にエヌマ・エリシュはこの世界の心臓部である月に達した。 ぶつかり合う二つの究極。 星々が爆発したかのような火花が散る。 闇夜は一転して白夜へ。 極光が世界を包んだ。 光彩陸離に瞬く光はさながら世界を照らす開闢の星のよう。 世界を焼き尽くすような閃光の中、ひび割れ墜ちる、世界崩壊の音が響く。 暴風と極光が徐々にその色味を薄めてゆき、全てを無に帰す破滅が締めくくられる。 全てを覆い潰す白光の中心で、金色の王と赤い剣だけがその存在を示すように燦然と光を放ってた。 ◇ その違和感に初めに気づいたのは、やはり英雄王ギルガメッシュだった。 世界は一面の白。 自らの掌すら確認できないほど、視界は光に潰され何も見えない。 それはいかに英雄王とて同じこと。 何も見えず、聞こえず。 こんな世界の中にあっては、何が起きようとも認識することは不可能だ。 だから、おかしい。 何も起きないのがおかしいのだ。 ギルガメッシュの読みでは、月を破壊すればこの世界は崩れ、中にいた者たちは『外』に放り出されるはずである。 だというのに、踏みしめる大地は未だ健在。崩壊が始まる気配は感じられない。 それが指し示すことはつまり、 僅かに光晴れる空。 英雄王がいち早く天を見上げた。 今だ残る光の残滓に真紅の瞳を細めながらも、朝靄の様な光の晴れた空の先に英雄王は見た。 ――――そこには月が出ていた。 世界を包む結界の頂点からは、イカズチのような亀裂が奔っていた。 その周囲はおよそ無事な場所など存在しないと思える程の損傷と被害が見て取れる。 だが、未だ健在であるのは疑いようもなく。 確固たる形状を保ち、その役割を全うしていることに間違いはない。 会場に張り巡らされた三重の結界。 当然ながらその役割はそれぞれ異なるものである。 『転移結界』が内部の参加者の脱出、反旗を防ぐためのものだとするならば。 『防護結界』はこの舞台の運用、保全を第一とした文字通り、この実験進行自体の防護を行うための結界である。 それに対し『世界の核』が担った役割は、この世界の形成。のみならず外敵に備えた結界としての役割も担っていた。 外敵とは言うまでもなくアンチ=スパイラルのことである。 もちろんアンチ=スパイラルを完全に封じ込めることができる結界など、いかにロージェノムとて用意することは不可能だろう。 螺旋王が外壁である『世界の核』へ求めたオーダーは、アンチ=スパイラルの攻撃に対しても実験データを引継ぎ脱出することができる一定時間を稼げる程度の強度である。 超一流の螺旋の戦士であるロージェノムが、その螺旋力の殆どを使い創造した、螺旋王そのものといっても過言ではないこの世界。 それを、一撃のもと、崩壊寸前まで追い込んだその破壊力は十分に驚愕に値するものだろう。 だが、所詮そこまでだ。 『世界の核』を打ち破ることは叶わなかった。 あるいはギルガメッシュに衝撃のアルベルト戦のダメージがなければ。 あるいはこれまで放った天地乖離す開闢の星分の魔力が失われていなければ。 あるいは、この結界すらも打ち抜けたかもしれない。 それもこれも、所詮全ては可能性の話に過ぎない。 月はなおも煌々と輝いている。 残ったのは英雄王の全力が敗れたという結果だけだ。 だがしかし、その周囲の損傷は誰の目にも明らか。 いかに無事とはいえ、首の皮一枚、風前の灯ともいえる。 ならば、もう一撃『天地乖離す開闢の星』を打ち込めば事足りる。 そう結論付けた英雄王は、激昂した頭のままトドメを刺すべく右腕に乖離剣を、左手に魔鏡を掲げた。 もう一度その魔力を引きずり出さんと魔境に力を込める英雄王。 だが、いかに魔界の宝具とて、常軌を超える英雄王の酷使に耐え切れなかったのか。 掲げた魔鏡が砕け散り、もはや修復不可能な幾千もの欠片と化した。 「ちっ」 一つ舌を打ち、早々に魔鏡に見切りをつけ手に残った破片を振り払う。 そして、自らの魔力を直接乖離剣に注ぎ込んだ、その瞬間、英雄王の身に纏っていた衣服が弾け飛び、裸体が衆愚の目に晒された。 「む。どうした具足」 『無理ですKing! バリアジャケットを構築する魔力が残っていません』 足元からの言葉に英雄王は忌々し気に舌を打つと、エアに篭めた魔力を引き戻し黄金の鎧を再築する。 マッハキャリバーの言う通り、ギルガメッシュは肉体的にも魔力的にも限界であった。 いかにギルガメッシュが受肉しているとはいえ魔力はサーヴァントの生命線である。 魔力は現界に必要不可欠な要素であり、それを完全に枯渇させてしまえば消滅するほか道はない。 最も、そのような弱みを見せるなど英雄王としての自尊心が許さないのだろう。 魔力を枯渇寸前まで失いながらそれを微塵も表に出さず平然としている。 おそらくは直接魔力を頂戴しているマッハキャリバーでなければ、英雄王の限界に気づくことはできなかったであろう。 だがその実、ギルガメッシュには門一つ開く余力すらもありはしない、精々バリアジャケットを維持するのが限界である。 だが、それでも、あと一手が必要だった。 ギルガメッシュの一撃によって、もはや結界は風前の灯。 あと一手差し込めば、必ずこの会場は崩壊するだろう。 英雄王が限界を迎えた今、それを用意する役割を果たすのは生き残った他の参加者以外に存在しない。 だが、その一手があまりにも遠いのだ。 風前の灯とはいえ、その灯はあまりにも強大である。 生半可な風ではビクともしまい。 ギルガメッシュの放った一撃は凄まじ過ぎた。 その光景を見守っていた全てのものに、その事実はいやがうえにも理解させられた。 だからこそ、その一撃が通じなかった絶望もそれに比例して深い。 先の一撃と同等か以上、この火を吹き消すには、最低でも生前明智健吾がそれであると考察した最強戦力が必要となるだろう。 だが、ボルテッカを放つ宇宙の騎士は志半ばに倒れ。 エンジェルアームを放つヴァッシュ・ザ・スタンピードも無念のまま散った。 そしてなにより、最大の問題として時間制限がある。 それは螺旋王の提示した会場崩壊の時間でも、グアームの言うアンチ=スパイラル到達の時間でもない。 最大の問題は、果たしてバシュタール現象がいつまで維持されるのかという一点である。 バシュタール現象を引き起こせる、フォーグラーが完全に機能を停止し消滅した。 今張られているエネルギーフィールドが消えればそれで終わり。同じ策は実行不可能である。 転移結界が復旧してしまえば、それを突破する術はもはや存在しない。 バシュタールの惨劇に習えば七日間という余裕があろうがこれは参考にはならない。 そもそも、エネルギーフィールドを維持するフォーグラーが消滅している時点でいつ消えてもおかしくはないのだ。 つまり外殻を突破するには今しかない。 制限時間が限られている以上、ギルガメッシュの魔力回復を待つことも不可能だ。 世界を照らしていた光が完全に消え再び世界に闇が戻る。 万策は尽きた。 刻一刻と時が過ぎ去る。 今にも落ちてきそうな空。 その中心に、重く圧し掛かる絶望を照らすように、月が出ていた。 時系列順に読む Back HAPPY END(13) Next HAPPY END(15) 投下順に読む Back HAPPY END(13) Next HAPPY END(15) 285 HAPPY END(13) ヴィラル 285 HAPPY END(15) 285 HAPPY END(13) シャマル 285 HAPPY END(15) 285 HAPPY END(13) スカー(傷の男) 285 HAPPY END(15) 285 HAPPY END(13) ガッシュ・ベル 285 HAPPY END(15) 285 HAPPY END(13) 菫川ねねね 285 HAPPY END(15) 285 HAPPY END(13) スパイク・スピーゲル 285 HAPPY END(15) 285 HAPPY END(13) 鴇羽舞衣 285 HAPPY END(15) 285 HAPPY END(13) 小早川ゆたか 285 HAPPY END(15) 285 HAPPY END(13) ジン 285 HAPPY END(15) 285 HAPPY END(13) ギルガメッシュ 285 HAPPY END(15) 285 HAPPY END(13) カミナ 285 HAPPY END(15) 285 HAPPY END(13) ドモン・カッシュ 285 HAPPY END(15) 285 HAPPY END(13) 東方不敗 285 HAPPY END(15) 285 HAPPY END(13) ニコラス・D・ウルフウッド 285 HAPPY END(15) 285 HAPPY END(13) ルルーシュ・ランペルージ 285 HAPPY END(15) 285 HAPPY END(13) チミルフ 285 HAPPY END(15) 285 HAPPY END(13) 不動のグアーム 285 HAPPY END(15) 285 HAPPY END(13) 流麗のアディーネ 285 HAPPY END(15) 285 HAPPY END(13) 神速のシトマンドラ 285 HAPPY END(15)
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HAPPY END(8)◆ANI2to4ndE ◇ チミルフが何かが違う、と思い始めたのは戦いが始まってから数分が経過してからだった。 「グ――!?」 「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」 燐光を放つビームを掻い潜りながら、灼熱の巨龍が炎の弾丸を口蓋から吐き出した。 大きさは直径二メートル程度。 普通の人間ならば、一発でも食らえばすぐさまその身を焼き尽くされてしまうだろう。 ビャコウの強化装甲に関しても過信は出来ない。 一発は大地を駆け抜けることで躱し、一発は十字槍で切り裂く。 そして最後の一発に対して回避運動を―― 「ちぃいいっ!!」 鴇羽舞衣の使役するチャイルド、カグツチの放った大火球がビャコウの左の腕部に直撃したのである。 チミルフは堪らず、コクピットの中で苦悶の表情を浮かべる。 これで、カグツチの攻撃を被弾するのは三回目だった。 左腕、胴体、そして再度左腕。 大して錬度の高い炎ではないため、一発で装甲が融解し爆発するまでとはいかないが、 あと一撃でも直撃した場合は、おそらくこちら側は切り離す必要があるだろう。 「コンデムブレイズッ!」 十字槍からビームを発射し、遥か上空を飛翔するカグツチに向けて発射する。 だが、未だにチミルフの攻撃は一発も命中していなかった。 紅蓮の翼で大空を翔け回るカグツチの機動性が非常に高いという点を考慮しても、これは異常な事態だ。 戦闘開始直後はこちらが握っていたはずの勢いも完全に向こうの手中。 確かに、本来の実力を発揮すればカグツチは単体での大気圏突入を可能とするような図抜けた能力を持つ相手だ。 だが、まさかここまでいいようにやられるとはチミルフ自身は思っていなかったのである。 「ッ……ぐぁあぁっ!!」 レーザー状の熱線にビャコウの左のショルダーアーマーが切断される。 収束度を増した強力な一撃である。運用自体に問題はないが、これでビャコウは相当に情けない風貌になってしまった。 天秤の傾き具合はすっかり変わってしまっていた。 つまりチミルフが苦しくなったということはその逆、舞衣達が楽になったという事実に繋がる訳だ。 火球ではなく、ブレスと呼ぶ方が相応しいだろうか。 牽制の意味合いではなく、確固たる意志を持って敵はチミルフを仕留めに掛かっていた。 ――どうなって、いる? チミルフがビャコウを駆り、この空間で行った戦闘はこれで二戦目である。 一回目はパニッシャーを装備したニコラス・D・ウルフウッドとの戦いだ。 そう、彼が「何故か」ロージェノムを主君であると認識していた時期の出来事である。 しかし、あの時出来たはずの動作が今の彼には出来なくなっていた。 具体的に言うならば、戦士としての直感に起因する槍捌きや身のこなしについてだ。 ビャコウを今の彼は百パーセントの力で操ることが出来ているはずだった。それなのに、である。 そうだ、今こそが完全な姿なのだ。 なぜなら、チミルフはルルーシュという真の〝王〟との再会を果たし、真の忠義を誓った。 「武人」とは仕えるべきたった一人の主君のためならば、容易く己を捨て去ることの出来る気高き闘士なのだから。 では、何だというのだろうか。 まさか、体調が本調子ではないとでも? 機体の整備に不備が? もしくは、慣れない夜間の戦闘が影響しているのだろうか。 操縦桿を握り締めるチミルフの剛毛と分厚い筋肉に覆われた腕が震えた。 身体の奥深く、深遠の淵から押し寄せる衝動にチミルフは焼かれ、己を鼓舞する。 「俺は……絶対に負ける訳にはいかんのだ……!」 空と陸。 大空の覇者と翼を持たぬ者。 両者の間にはどう足掻いたとしても埋めることの出来ない空白が広がっている。 ここは起死回生の一手が必要だ。 このまま、手を拱いてコンデムブレイズによる牽制を続けても全く埒が明かない。 が、手はある――アルカイドグレイヴだ。 ビームを発生させた十字槍を突き刺し攻撃するビャコウの奥の手である。 遠距離からの攻撃が当たらないのならば、接近して仕留めるまで。 だが、問題は大空を舞うカグツチにインファイトを挑むことは非常に困難であるという点だ。 一度、こちらに相手の注意を惹き付ける必要がある。 ルルーシュにヴィラルとシャマル、そしてグレンラガンの回収を命じられたチミルフはこんな場所で躓いている訳にはならない。 ましてや、敗北することなどあってはならないのである。 何か、打開策は―― 「む……ッ!?」 耳触りなノイズがコクピットのレーダーから響いた。 すぐさま反応の原因を調べると、どうやら周囲に他のニンゲンが潜んでいる気配を感知したらしい。 廃ビルを襲撃した時点では、何人生き残りがいるのか定かではなかった。 最大で十人の参加者が周囲でこちら側の戦力と交戦しているとも考えられたのだ。 今回レーダーがその存在を確認したのは三人。 周囲の地図の縮尺を操作すると、紅の光点が三つ、多少離れてはいるが丘陵地帯に燈っている。 廃ビルとの位置関係から察するに、襲撃から逃げ果せた他の参加者と見て間違いないだろう。 その時、チミルフの脳裏にふと一つ妙案とも呼べる作戦が思い浮かんだ。 つまり、これは使えるのではないか、と。 このニンゲン達を先に確保し、人質とすればおそらくカグツチは―― 「な――お、俺は……!?」 ピタリとビャコウを操っていたチミルフの動作が静止した。 瞬間、彼の身体を駆け巡るのは酷い不快感を伴った驚愕の感情だった。 息を呑み、機体が駆動する音だけが彼の中へと浸透していく。 夜の闇と月の光に照らされ、孤独を噛み締める男は大きく眼を見開き、天を仰いだ。 ――それは、訪れるべくして訪れた衝撃だ。 目的を達成するために、人質を取るというプランは確かに非常に効果的かもしれない。 そもそもルルーシュ本人が脅迫や恫喝のカードとして、拉致や拘束を行うことを忌避しない人物である。 故にルルーシュからギアスを掛けられたチミルフが、その流儀や信念に勝手に影響を受けてしまう可能性は十分に考えられた訳だ。 主君の願いを遵守し、意志を叶えるべく行動することこそを武人の誇りと考える彼にとって、 「ルルーシュ・ランペルージ」という人物が好んで用いる戦略こそがある種の理想とも成りえるからだ。 カグツチに勝てないのならば、勝機を見出すために他の要因に縋るのは実に合理的だ。 相手はいかに強大な力を有していたとしても、あくまで少女。 付け入る隙は簡単に見つけられるだろう。闇雲に射撃を行いエネルギーを消耗するよりも余程マシだ。 だが、 「俺は……何を、考え――うがぁああああああああっ!! ッ……ガッ、グゥウウウウウ!!!」 本来の彼は――決して、そのような卑劣な真似に手を染めることなどない高潔な獣人なのだ。 巨龍の吐き出す紅蓮の輝きにも似た色へとチミルフの瞳が染まった。 チミルフの中で二つの意志が鬩ぎ合っていた。 ギアスの力に捉われたものは決してその力に抗うことは出来ない。 むしろ、こうして自身の行動に疑問を持っている――その一点においてでさえ賛美に値するのだ。 「グッ……俺の仕えるべき……主君は……グ――」 頭を抱え、チミルフは激しく身体を捩った。 荒々しく吐き出される息と上下する肩。更に震えを増す豪腕にミシミシと操縦機器が悲鳴を上げる。 何が間違っているのかなど、彼には分からなかった。 彼が目指したものは一体どこに繋がっているのか。 何かが違う。 だが、これは自分が越えてはならぬ一線だ――そんな風に思ったりもする。 「ガァアアアアアアアアアアア!」 そして、チミルフは――吼えた。 彼はケモノであり、そしてニンゲンでもある獣人という曖昧な存在だ。 この一瞬だけは、その雄叫びは「理性」という〝知〟を司る分野から乖離した野生の毛色を帯びていた。 結果として、チミルフは一瞬であったとしても、 武人としての流儀に真っ向から反する考えを浮かべてしまった己に強い羞恥心を覚えた。 そう、ニンゲンを人質に取り、不利な状況を覆そうという発想こそが忌むべきモノだ。 勝利のために誇りをも捨て、恥や外聞を投げ捨てて外道に走るなど、武人として在り得ない行動だ。 そして、湧き上がる自身への失望。 人質などに頼らなくてはならない程、「怒涛」の二つ名を持った戦士はちっぽけな存在だったのか。 そのような形で戦士としての矜持を散らしてもいいのか。 結果として起こるのは二つの意志の衝突だった。 ギアスの力によってルルーシュの傀儡と化した男と、武人として死ぬまで忠義を貫き通す漢。 相反するそれらの二つの理性がチミルフの中には在り、この瞬間――真っ向からぶつかり合った。 「はぁっ…………はぁっ……っ!!」 疲労困憊といった様子で、チミルフはただただ息を吐き出した。 滲み出した汗が身体を濡らし、モニター越しでも光を失わない月が輝きを増す。 必死に、必死に、チミルフは心を落ち着かせようとした。 息を吐いて、吸って、また吐いて。 深呼吸を繰り返し、自分自身という存在をもう一度確認しなおそうとした。 だが――もはやそのような行為を〝戦闘中〟に行った時点で、 彼は戦士として、正しい道から足を踏み外してしまっていたのだ。 「な――――っ!?」 ◇ 「舞衣ちゃんっ!」 ゆたかはキュッ、と舞衣の衣服の端を掴む手に力を込めた。 返ってくるのは暖かい鼓動と、胸の奥からとろけてしまいそうになる不思議な衝動だった。 心に溜まっていた想いを全てぶちまけたおかげだろうか。 二人の間には何も障害なんてないようにゆたかは感じていた。 「分かってるわ、ゆたかっ!」 ゆたかを抱き抱えた舞衣がカグツチの頭を蹴って音もなく、飛翔した。 戦いに関する勘や知識などがゆたかにはまるで存在しない。 故に彼女の側から舞衣へ何かをアドバイスしたりといった具体的な支援は出来ないはずだった。 しかし、今、この瞬間、二人の少女の心は完全に通じ合っていた。 だから、分かるのだ。相手が何を考え、今何を言おうとしているのかも全部! 橙色の鎧のようなバリアジャケットを展開した舞衣が、高度数百メートルの地点から大地を見下ろしているカグツチから少しだけ距離を取った。 舞衣の持つ環状のエレメントには強力な防御能力が存在するが、それも過度の期待は禁物である。 これから発射される最強の砲撃の余波がどの程度のモノか、二人にも予測は出来なかった。 「さぁ行くわよ……カグツチ」 「頑張って、カグツチっ!」 「――GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」 二人の主にその名を呼ばれ、カグツチが猛々しい雄叫びを上げた。 それは明日の未来を掴み取るための輝かしい希望に満ちた咆哮だ。 ゆたかの、舞衣の願いがカグツチの中で揺らめく天壌の劫火へと姿を変える。 炎の色は、龍の放つ光の色は、思わず息を呑んでしまうような黄金だ。 憎しみと絶望の螺旋に囚われ、負の感情を爆発させてしまった時とは違う。 カグツチの肺の奥から強大なエネルギーが紅蓮の煌きとなってゆっくりと食管を通り、上昇していく。 そしてその輝きに伴い、舞衣の身体の周囲に紅の光が満ちる。 帯状の鮮火、飛び散る火の粉、血潮のように噴出すプロミネンス。 「カグツチの身体が……っ!」 ゆたかは感嘆の吐露を漏らした。 特別な力など何も持たないゆたかにさえ、目の前の龍の身体に凄まじい力が集められていることを悟ったのだ。 カグツチが見据える敵は眼下の白い機体。 そう、先ほどまで二人を苦しめていた相手――猛将・チミルフの駆るビャコウ。 しかし、迫り来るビームの嵐は止み、ビャコウは今や完全に立ち止まってしまっている。 ロボットがどこか故障してしまったのだろうか。 だとしたらソレは致命傷だ。 戦っている最中に足を止めてしまうなんて、攻撃して下さいと言っているようなモノなのだから。 ゆたかの胸の奥にはグルグルと渦を巻く激しい感覚が眠っていた。 それは「絶対に負けたくない」という強い強い想いだ。 『螺旋力』という力が、実際どれだけゆたか自身に影響を及ぼしているのかはよく分からない。 それでも、そんな「人間」という種族としての力ではなくて、 〝小早川ゆたか〟という一つの存在としての力が遥か未来へと繋がる萌芽になっているような気がしていた。 「ゆたか、しっかり掴まっていて!」 「う、うん」 集中力を高めた舞衣がゆたかに強い口調で言った。 ゆたかは舞衣の首の後ろに両手を回して、もっともっと身体を密着させる。 薄い布を通して伝わって来る温もりがじんわりと広がっていく。 耳の奥、後頭部の辺りに疼きにも似た不思議な感覚が芽生える。 そして――浸透。 触れ合う舞衣の感触だけがゆたかの中へと流れ込んでくる。 舞衣とゆたかは別の人間なのに、脈打つ鼓動は一つだけ。 二人の心は完全に一緒になっていた。 ……あったかい。 「いくよ、ゆたか」 「……うん」 投げ掛けられる優しい声。 「ね。全部、終わったらさ。どこかに二人で遊びに行かない?」 「あ……それ凄く楽しそうです」 「でしょ」 世界の歯車がゆっくりと回り始める。 「……あ、ま、舞衣ちゃん」 「え?」 「身体、震えてる」 思わず、ゆたかは舞衣の首に回した腕にギュッと力を込めた。 二つの心臓が触れ合う。 トクン、トクンという音のテンポが次第に一つのはっきりとした鼓動へと変わる。 ドクン、ドクン、と。 力強く、だけど優しく。 ゆたかは眼を閉じて舞衣を抱き締めた。 この一撃が、きっと相手の命を奪ってしまう――きっと舞衣はそう考えている。 全て振り切ったように見せていたとしても、それは演技に決まっている。 人を一人殺す度に心も一緒に死んで行くのだ。 綺麗事や正義を振り翳すつもりはない。 全ての罪を意識して生きて行く。 前に進むためには、いくつもの屍を越えて行かなければならない。 だから、二人で戦うと決めた時から、 その苦しみはゆたかと舞衣、二人で背負わなければならないと悟っていた。 「大丈夫だよ」 「……ゆたか」 「大丈夫、だから」 「……うん」 こくり、と舞衣が頷いた。 舞衣の震えがピタリ、と止まった。全ての準備は整った。 そして、スゥッと息を吸い込み、二人の少女は――叫んだ。 「「カグツチィィイイイイイイイイッ!!!」」 終末の色は紅。煌々と燃える紅蓮に、夜空が赤く染まる。 その時、ようやく動きを止めていたビャコウに反応があった。 まるで何かに憑り付かれていたかのように、緩慢な動きで白い機体が天を見上げた。 男の視界に映ったモノは何だったのだろうか。 己の終焉を悟った諦めか、それとも最後まで抗う線香花火のような輝きか。 迫るは太古の龍王の口から吐き出される超高温のレーザーの如き波動。 そして――カグツチの放った〝天壌の劫火〟がビャコウに直撃した。 ◇ 「ギガ……ドォリル……ブレイクウウウウゥゥゥ!!」 右腕を振り上げドリルとなし、その身までも一本の巨大な螺旋となるほどのエネルギーを集めグレンラガンが必殺の突撃を行う。 牽制として放ったのは決まれば絶対の束縛となるグレンブーメランだ。 グレンラガンの胸部にサングラスを思わせる形で収められていたそれが鋭利な刃物となってアルティメットガンダムに迫る。 「ならばこちらも!超級!覇王!電影だぁぁぁぁぁぁぁん!!」 必殺の一撃を座して受けるドモンではない。対とするように同じく全身をフル回転させ竜巻のように膨大な突進力を得る。 生身でさえグレンラガンの猛攻を阻んだ奥義が比べ物にならない程の巨体によって生み出され、巻き起こされた爆風が壁となりブーメランを弾き飛ばした。 輝ける二つの光が相競うよう突撃し――意固地なまでに真正面からぶつかりあった。 「く、ぐおおおおおおおお!!」 「ぬ、がああああああああ!!」 火花散り紫電舞い飛ぶ力比べもほんの数瞬。 僅かにずれた切っ先を決起に両者の激突は交錯に変わり纏っていたエネルギーが霧散する。 互いに傷をつけることは叶わず、一瞬遅れて周囲に無数の爆発だけが巻き起こった。 「埒があかんか……!」 「ならばっ!」 同時に大地を踏み締め、同時に双方の健在を知った二人は全く同じタイミングで確信する。 今こそ、決着のとき。 「一気に決めるぞシャマル!」 「はい!」 「あれで行く……気合いをいれろおおおおおおお!!」 「私達の、全力全開!!」 再び、グレンラガンがドリルを展開する。 だが、その力強さ、雄々しく聳え立つドリルの勇ましい輝きは無効に終わった先の一撃の比ではない。 溢れんばかりの緑青の光を支えるように桃色の光がそっと寄り添い高みへと、遥かな高みへと導いていく。 その力はまさしく天元突破。 恒星の如く悠久の時を越えて煌めく、至高の感情の結晶である。 「見事な力だ……惚れ惚れしそうなくらいにな……だがな!」 創世の光を前に一歩たりとも退かぬのはキングオブハート。 最強の技を迎え撃つべく不敵に笑い、力強く右手を構える。 「俺のこの手が光って唸るのさぁっ!レインが!シュバルツが!師匠が!仲間達が教えてくれた勝利を掴めってなぁっ!!」 数えきれぬ戦いを潜り抜けた黄金の指の裏でシャッフルの紋章が光を放つ。 アルティメットガンダムもまた同じ金の輝きにその身を染め上げ、放たれた裂帛の気合いが砂塵の大地を叩き割った。 勝負は一撃。 「行くぞぉ!!」 「行くぞぉ!!」 「ギガァァァァァァァァァァァアアアア!!」 「流派!東方不敗は王者の風ぇぇぇ……!!」 「ラァァァァァァァアアアアブラブゥゥ!!」 「フゥルパワァァァァァアアアアアアア!!」 「ドリル!!ブレイクゥゥゥウウウッッ!!」 「石破!!天驚けぇぇぇええええんッッ!!」 激突が、宇宙を揺らした。 ◇ 「何だよこいつは……」 崩壊した建物の残骸を更に根底から抉りとる程の衝撃と、直視するだけで視覚を焼き切られる程の極光の中でそれでも踏ん張る男がいた。 カミナである。 「こいつぁ……」 息をすれば肺が焦げる気さえする熱波を吹き付けられようとも、カミナが後退を選ぶことはない。 風に舞い為すすべもなく鉄の壁に叩きつけられようと、這ってずって、また立ち上がる。 「こいつぁよぉ……!」 退けぬ訳があった。 意地と威勢だけで生き延びてきた男を繋ぎ止めるだけの何かがあった。 死んでも最後を見届けたいと思える戦いが、そこにあった。 「すげぇじゃねか!」 見開かれた両目が見るものは、何か。 ◇ 限界をとうに越えた運用にグレンの搭乗席で小規模な爆発が起こった。 「きゃあ!」 「くっ!こらえろシャマル!あと少しだあああああああ!!」 退くことも避けることも知らぬ戦いはいつ果てるとも知れない。 だが、終焉は確実に近づきつつあった。 「ぐぅ……なんというパワーだ!!」 アルティメットガンダムの装甲が捲り上がり、融解していく。再生力を越える痛みにドモンが歯を食い縛る。 勝利は我にありと、ヴィラルが確信を強め尚も力を加えようと喉を裂く。 「当然だ!!これは俺とシャマルの愛の力っ!!例えお前といえども、いいや誰であろうと!! 止めることなどできんのだああああああああああああああああああああああああああああ!!」 更に膨れ上がるグレンラガンの力に、緑の光はまたたく間に金色の巨体を飲み込むかに思われた。 しかし、愛を知るのは獣人の戦士ばかりではない。 「俺の……」 グレンラガンが押し戻される。 「何っ!?」 「俺のこの手が真っ赤に燃えるぅ!『幸せ掴め』と轟き叫ぶぅ!今爆熱するのは、レインとこの俺ぇっ!!」 輝きを取り戻した黄金の力が再び均衡状態を形作った。 獣人の目が驚愕に見開かれ、対するドモンは言葉を放つ。 絶対に曲げられぬ意志を込めて。 「言ったはずだぞヴィラル……俺は、レインが好きだとなあああああああああ!!」 「ほざけえええええええええ!!」 『おおおおおおおおおおおおおおおおおお おおおおおおおおおおおおおおおおおお おおおおおおおおおおおおおおお!!!』 ぶつかり合う意志の中央で一際大きい爆発が起こり、そして勝負が決した。 ◇ 「終わった、のかな」 「多分……そうだと思います」 カグツチから降りた舞衣はずっと抱き抱えたままだったゆたかをそっと地面へと下ろした。 腕に掛かっていた微かな重量と彼女の体温が離れていく感覚が少しだけ寂しかった。 「……舞衣ちゃん? どうかしたの」 「う、ううん! な、なんでもないっ」 首を傾げたゆたかに舞衣は慌ててその場を取り繕った。 そしてああ、そんな気分になるのがおかしいのだ、と上気した頬を掌で軽く扇ぐ。 暗闇と瓦礫の世界の中で、煌々と燃えていく白い機体だけがクッキリとその輪郭を露にしていた。 舞衣はキョロキョロと辺りを見回しながら、ホッと胸を撫で下ろした。 ――確かに、ビャコウにはカグツチのブレスが直撃したはずだ。 地面に降りて確認してみた所、どう見てもビャコウは大破している。 火球で爆破した肩の鎧などだけでなく、二つある顔(ビャコウは胴体にも顔が付いているロボットだった)はどちらも完全にその形を失っていた。 「……あっ……、ま、舞衣ちゃん!」 「どうしたの、ゆた――っ!?」 ゆたかが指差した方向に眼を向けた舞衣は思わず身構えた。 「グゥッ……ッ!」 燃え盛る炎の向こうから現れたのは――未だ健在のチミルフだった。 だが、もちろん無傷という訳ではない。 身体に纏っていたであろう鎧は所々が焼け焦げ、特に肩部から完全に炭化している左腕は「悲惨」の一言である。 肉の焼ける焦げ臭い匂いを漂わせながら幽鬼のような足取りでチミルフはよろめいた。 爆炎を背負い苦悶の表情を浮かべつつも、右手に握り締めた鉄槌が彼の戦意が朽ち果てていないことを示していた。 だが同時に囚人の足鉄球のように引き摺る鉄と地面が擦れ合う音こそが、彼の満身創痍を証明している、と考えることも出来るだろう。 「ゆたか。下がっていて」 「……舞衣ちゃん」 「大丈夫。絶対に……大丈夫だから」 不安げな眼差しで見上げるゆたかの頭を軽く撫でつつ、舞衣は気丈に言い放った。 そして一度消滅させたエレメントを再び具現化させる。 両手首・両手足の周囲に惑星のリングのように展開される金環が音もなく回転を始めた。 ギリィッ、と舞衣は下唇を噛み締めた。 そうだ、相手はわざわざ殺し合いの途中から参戦してくるような人物だ。 こちらが一筋縄で圧倒出来るなんて、あまりに楽観的な見通しだったのだ。 「ッ……」 隣のゆたかがごくり、と息を呑む音が聞こえたような気がした。 その表情に浮かび上がった色は〝驚愕〟と〝怯え〟だ。 舞衣にもその心情は痛いほどよく分かる。そもそも――チミルフは人ではなかったのだから。 螺旋王は確かに部下を途中から舞台に上げると言った。 だが、まさかこのような〝獣〟の姿をしたモノが殺し合いに加わっているとは夢にも思わなかった。 ロボットを操っているから、人語を話すから。 そんな理由で舞衣はてっきり相手はロージェノムと同じ人間だと思っていたのだ。 二メートル近い巨体。隆々とした筋肉と全身を覆う剛毛。 低く豚のような鼻に豪快な足音。 そして――ルビーのように煌々と光る赤い瞳。 「来て、カグツ――」 「……待て。鴇羽……舞衣……」 「え?」 チミルフの口から吐き出された静止の言葉に舞衣は思わず言い淀んだ。 「もう、終わりだ……ッ……」 「お、わり?」 「そうだ、グッ…………!」 言葉と共にチミルフの膝が折れた。ガクッと片膝を付き、息を荒げる。 終わり……もう、限界ということか? 確かに、チミルフの身体には相当なダメージが蓄積しているようだ。 完全に燃え尽きた左腕などその最たる例だろう。 「完敗だ……ッ、だが……貴様らのような子供を前に膝を付くことになろうとは……な」 自嘲気味にチミルフが呟いた。 鉄槌を右手に持ったままなので、戦意が喪失した訳ではないなのだろう。 単純に身体がその意志に付いて行かない、だけなのかもしれない。 「……どうして、ですか」 「な、に?」 その時、舞衣の背後のゆたかが小さな声でチミルフに問い掛けた。 「なんで……戦いの最中に立ち止まったりしたんですか……?」 「ソレは……ッ!」 チミルフの苦虫を噛み潰したような顔付きが更に歪んだ。 触れられたくない部分だったのだろうか。 だが、ゆたかの覚えた疑問は同様に舞衣も感じたモノだ。 戦闘の主導権をこちら側が握った直後、ビャコウが突如動きを停止したのだから。普通では考えられない行動だ。 「わたしには……戦いのことはよく分かりません。 でもチミルフさんは〝武人〟だって……聞きました。だから、その、凄く変だと思ったんです。 本気で戦っていないとか、手を抜いている……とは違った……妙な感じがずっとあって……」 たどたどしい口調でゆたかが続ける。 「チミルフさんは……どうして……戦うんですか? わたし達を襲って来たってことは、ロージェノムさんの命令だと思うんですが……でも」 確かにチミルフの行動には不可解な点が数多く見られた。 それは、言ってしまえばある種の二面性だ。 ある時は強くて、ある時は弱い。 ある時は熱くて、ある時は冷たい。 ある時は心の込められた戦い方をするのに、またある時は極めて無機質で。 彼の中に二人の彼がいて、それが交互に顔を出しているような不思議な感覚だった。 舞衣の中にも〝ソレ〟と似たような記憶があった。 一面の炎と、涙と、怨恨。 もちろん、曖昧で根拠のない想いではあるのだけど。 「くくくくくく……ハハハハハハッハハハ!」 言葉を切ったゆたかを見据えたチミルフが突如、凄まじい大声で嗤った。 舞衣達は飛び上がってしまいたくなる衝動を必死に抑える。 身体が大きいだけあって、その声量も圧倒的だった。 「小娘共よ。最後に、一つだけ……聞こう」 チミルフが小さく、言葉を切った。そして、 「――俺は、手強い相手と言えたか?」 「え……っ!」 「俺は……貴様達を存分に沸き立たせるだけの戦いが出来たか? 貴様達は何を……感じた? 何を思った……? そこに武人としての生き様は……あったか?」 舞衣とゆたかは、チミルフの言葉に思わず顔を見合わせた。 二人とも、胸に過ぎった感想は同じだった。 相手が本気だから、鬼気迫るような迫力が伝わって来るからこそ、辛いのだ。 何かに一生懸命になっている相手を無碍に扱っても、お互いが傷つくだけなのだから。 それが、チミルフにとって残酷な宣告になると確信していた。 悟ってしまっていた。だが、 「言えっ!! 貴様達はどう感じたのだ……ッ!?」 「う……」 そんな甘えを目前の猛将は決して許さなかった。 評価しろ、と。 感じたことを言ってみろ、と。 二人の少女に強要――いや、懇願したのだ。 そこに、戦士としての誇りが在ったかどうかを確かめるために。 ゆっくりと、舞衣が口を開く。 「…………正直、やられちゃう……とは一度も思わなかったわ。少なくとも、負ける気はしなかった」 「……そうか」 チミルフはそう呟くと、膝を付いたまま天を見上げ、遠い眼で空の彼方を見つめた。 でも、どうしていきなり立ち止まったりなんか…… ハッキリ言ってしまえば舞衣はチミルフに負ける訳がない、と感じていた。 そしてソレは単純な慢心や自己の実力の過剰などではなく、半ば感覚的なモノとして嚥下出来る感想だった。 大きな理由の一つとして、ゆたかが「一緒に戦う」と言ってくれたことが大きかった。 舞衣は、自身の〝叫び〟をその胸の内に押し隠してしまう少女だった。 彼女には巧海という、心の底から大事に思っている弟がいた。 彼は少しばかり身体が弱くて、病院に通い詰めだ。 そして舞衣はそんな弟のことをずっとずっと気に掛けていた。 ――私は、お姉ちゃんだから。 そんな意識をずっと抱えていた気がする。 本当は誰かに頼りたくて頼りたくて堪らないのに。 不安で、心配事で潰れてしまいそうなのに、無理ばかりしてしまう。 苦しいことを心の奥底にある棚の中へと押し込んで蓋をして、自分だけの問題にしては外の顔ばかりを取り繕っていた。 だからこそ、ゆたかが「自分を頼ってもいい」と言ってくれた時に、舞衣は本当の気持ちで笑えたのだ。 一人一人ではちっぽけな存在かもしれないけれど、舞衣の側にはゆたかがいてくれた。 二人、だ。 一人じゃない。頼れる相手がいる。 全部心の中に抱え込む必要はないのだ。 だから――無敵だ。 絶対に負けるはずがないと思った。 舞衣もゆたかも胸を張って、全力で目の前の障害に立ち向かうことが出来たのだから。 若干の沈黙に舞衣は心の底から居た堪れない気持ちになった。 望まれてやったことだとしても、相手の感情がこうしてモロに伝わって来るとなると話は別だ。 覚悟を剣に、使命感を刃に、決意を炎に変えて戦っていた数分前とは状況が全く異なってしまっている。 怪物にしか見えなかったチミルフが、 何故かこうしていると本物の人間と変わらないように見えてくるから不思議だった。 星空へと食い入るように視線を寄せるチミルフの眼が輝いて見えた。 いつの間にか――チミルフの瞳から紅色が消えていた。 「ルルーシュの力に取り込まれた時……既に〝怒涛〟と呼ばれた武人は死んでいたのかもしれんな」 「え……今なんて――」 ニィッ、とチミルフが一瞬だけ豪放な笑みを浮かべたような気がした。 棒切れのようにピクリともしなかった彼の右腕が動いた。 大槌を天を突き破らんばかりに持ち上げ、そして、 「螺旋王ッ!! 忠義を失った哀れな部下にせめて獣人らしい最期を!!」 振り下ろした鉄槌を――チミルフ自身の頭蓋へと叩き付けた。 「え…………」 赤色の血潮が辺り一面に噴水のように降り注いだ。 支える力を失った鉄槌が地面へと落下して鈍い音を立てる。 万力によってひしゃげた男の骨は粉々に砕かれ、血流からサラサラと粉末のように流れ落ちる。 黄身を帯びた白いペースト状の物体が道路にぶちまけられた。 そしてドサッ、という小さな音と共に、チミルフの身体がコンクリートの上に倒れ込んだ。 「きゃああああああっ!」 「ゆ、ゆたかっ! 見ちゃダメ……!」 あまりに凄惨な光景にゆたかが悲鳴と共に顔を覆う。 だが、彼女を庇おうとした舞衣の顔面も引き攣り何が起こったのかを理解出来ずにいた。 「な、なんで……」 呻りのような言葉しか出て来なかった。 誇りを否定されたことが、 武人として満足行く戦いが出来なかったことが、それほど彼には苦痛だったのだろうか。 もしくはもっと他の理由が……あったのだろうか。 舞衣は戦いの中に己を全て埋没させている訳ではない。 彼女を構成する要素はいくつもあって、HiMEとしての側面はその中の一部に過ぎないのだ。 誇りも、 忠義も、 武人としての生き様も、 ソレが自身の命を絶つに相応しい理由なのか、舞衣には分からなかった。 ただ一つ、漠然とした結末だけが転がっていて。 それだけが彼女の理解出来るハッキリとした事実で。 パチパチと燃え続ける街。溶けたコンクリートに抉れた大地。 星と月だけが埋め尽くす宇宙の瞬きに包まれて――男は逝った。 ◇ もう一歩意地を通していたら流石に死んでいたかもしれない。 カミナの目の前には巨大なクレーターが広がっていた。円は綺麗にカミナの鼻先から始まっていたが、対岸が見えないためその全貌を窺い知ることはできない。 派手な喧嘩に相応しい置き土産と言ったところか。ともかく戦いは終わったらしい。 「へへっ、あの馬鹿野郎ども見せつけてくれんじゃねぇか」 スポーツで名勝負を観戦した後のようにさっぱりと笑い、体にこびりついた土砂を払う。 さすがに身が持たなかったのか最後の瞬間の記憶はなかった。そのため勝負の行方がどうなったかは分からない。 だがそんなことは些細な問題だ。 カミナはクレーターの中に降り立った。 この先に進み、立っていたものが勝者だという根拠のない確信に突き動かされ足を動かす。グレンラガンやクロスミラージュのこともあったが、不思議とそれほど不安はなかった。 底に近付くにつれて水が溜まっていた。どうやら穴は水辺と繋がってしまっているらしい。 クレーターの中心に居るのは激戦を潜り抜けた一体のロボットである。やはりというか、もう片方は影も形も見えない。 声の届く距離まで一気に駆け寄って、カミナは勝者へと声を張り上げた。 「おう!見せてもらったぜぇ……ドモン!」 「カミナ……か?お前まだこんなところに……」 立っていたのはアルティメットガンダムだった。 生物的だった外観のそこかしこから機械が剥き出しになり、あれ程活発だった再生も殆ど進んでいないが、それでも最後に立っていたのはドモン・カッシュだったのである。 「言われっぱなしで逃げたんじゃあグレン団の名が廃るってもんだ!……おかけで久しぶりに良いケンカを見せてもらったぜ」 「ふ……お前という奴は」 アルティメットガンダムの損傷具合と同様、スピーカーを通して聞こえるドモンの声も限界寸前という様子だったがカミナへの不快感は感じられない。 ただの野次馬とはまた違う表情を見せるカミナに何かを感じたのかも知れなかった。 「ヴィラルの野郎はどうしたぁ?派手にぶっ飛んじまったか?」 「そのようだ……死んではいないだろうが確かに手応えがあった。もう戦闘はできまい」 「クロミラは?」 「無事……のはずだ」 つまりは万々歳という訳だ。敵は倒れ、味方は皆健在である。 もっとも俺もこいつもボロボロだがな、とドモンは笑った。そこに自嘲的な感情はなく、代わりにやり遂げた男だけが持つ誇りが感じられた。 「なら今度こそクロミラを取り返しに行くとしようじゃねぇか。まさか歩く力もねぇなんて言わねぇだろうな?」 「ああ……どのみちこいつはここで眠らせてやった方が良さそうだ」 何かを惜しむような、懐かしむような響きがあった。そう思った理由まではカミナには分からなかったが。 「仲間とも合流しなくてはな……ぐぅお!?」 ハッチが開かれる寸前、上空から降り注いだ何かがアルティメットガンダムの周囲で爆発し、その巨体を揺らした。生じた突風にカミナの体も宙を舞う。 「あでぇ!何だぁ!?」 訳も分からず顎から強かに地面に打ち付けられ、カエルが潰れたときのような妙な音を立てた。 世界が反転していたのも一瞬、持ち前の頑丈さで素早く身を起こすとカミナはきっ、と眼前を睨み付ける。 黒い巨体がそこにあった。一瞬にして現れ、崩壊寸前のアルティメットガンダムに攻撃を加えた新たな敵である。 「てめぇは……!」 漆黒に赤を差した禍々しき機体。ネオホンコン代表マスターガンダム。 それを支える真白きモビルホース。操るは愛馬風雲再起。 「ふん。見事だ。見事であったぞドモンよ」 流派東方不敗開祖。東方不敗マスターアジアその人である。 時系列順に読む Back HAPPY END(7) Next HAPPY END(9) 投下順に読む Back HAPPY END(7) Next HAPPY END(9) 285 HAPPY END(7) ヴィラル 285 HAPPY END(9) 285 HAPPY END(7) シャマル 285 HAPPY END(9) 285 HAPPY END(7) スカー(傷の男) 285 HAPPY END(9) 285 HAPPY END(7) ガッシュ・ベル 285 HAPPY END(9) 285 HAPPY END(7) 菫川ねねね 285 HAPPY END(9) 285 HAPPY END(7) スパイク・スピーゲル 285 HAPPY END(9) 285 HAPPY END(7) 鴇羽舞衣 285 HAPPY END(9) 285 HAPPY END(7) 小早川ゆたか 285 HAPPY END(9) 285 HAPPY END(7) ジン 285 HAPPY END(9) 285 HAPPY END(7) ギルガメッシュ 285 HAPPY END(9) 285 HAPPY END(7) カミナ 285 HAPPY END(9) 285 HAPPY END(7) ドモン・カッシュ 285 HAPPY END(9) 285 HAPPY END(7) 東方不敗 285 HAPPY END(9) 285 HAPPY END(7) チミルフ 285 HAPPY END(9) 285 HAPPY END(7) 不動のグアーム 285 HAPPY END(9)
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HAPPY END(7)◆ANI2to4ndE ◇ 「……あ、危なかった」 「き、ききき……危機一髪でしたね……」 現れたカグツチを前に戦意を滾らせているチミルフとは対照的に、舞衣とゆたかは何とか一命を取り留めた事実に安堵していた。 もう、完全にダメなんじゃないか……あの時、ゆたかは思ったのだ。 だが、舞衣のカグツチとエレメントのバリア能力で瓦礫の雪崩をモロに浴びることだけは回避出来た。 召喚すればビルが倒壊してしまうことは分かっていたため、土壇場まで実行には移せなかったそうだが…… まさに九死に一生を拾うシチュエーションと言える。 先を走っていたスパイク達は上手く脱出出来ているだろうか。 瓦礫の山に押し潰されて死ぬ、という事柄に彼女はトラウマがあった。 大怪球フォーグラー、そして――明智健悟の最期。 ゆたか自身の暴走が引き金となって起こった大惨事も似た状況だった。 「……ゆたか」 「え?」 「皆のことを心配する気持ちは私もよく分かるわ。 でも、今は……目の前のアイツ。あのロボットを何とかしなくちゃ」 ゆたかを両手で抱き抱えた――俗に言う〝お姫様だっこ〟という奴だ――舞衣が強い口調で言った。 舞衣はバリアジャケットを展開しているため、全身の力が上昇している。 元々百三十八センチメートルしか身長のないゆたかをだっこするのは十分に可能だった。 豊満でいて柔らかく、そして暖かい舞衣の胸に抱かれてゆたかはちょっと幸せだった。 「分かって、います」 「……うん、ゴメンね。私、酷いこと言ってるよね。 心配するな……それが、本当に残酷な台詞なのは……分かってる」 舞衣がしゅんとした表情になって顔を伏せた。 ゆたかはその悲痛な面持ちの原因が彼女自身にあることに気付いていた。 舞衣は必死に自分を庇おうとしてくれているのだ。 戦う力を持たない何の変哲もない少女が、この空気で心を見失ってしまわないように。 拭き荒む〝暴〟の雰囲気に飲み込まれてしまわないように。 きっと、舞衣は『自分がしっかりしないといけない』と思っているのだ。 だからこそ、 「そんなことありませんっ! 舞衣ちゃんの言ってることは何も間違っていません!」 「……ゆ、ゆたか?」 ゆたかは今ここで自分の意思を舞衣に伝えなければならないと思った。 そして、それ以上に――不安げな瞳でゆたかを見つめる〝同い年の少女〟を励ましたいと思った。 どうすればいいだろう。 どうすればこの人を元気付けてあげられるだろう。 ゆたかは一生懸命考えた。 必死に必死に、考えた。 明智や清麿のような明晰な頭脳をゆたかは持っていない。 ねねねのような強い心も持っていないし、Dボゥイのように誰かを命を懸けて守る力もない。 奈緒のように奔放な生き方も出来ないし、かがみのように最期に自分で自分の幕を引く度胸もない。 ギルガメッシュのように王道を突き進む意志も自我もないし、舞衣のように相手を包み込む包容力もない。 スパイクのように場を纏める力もないし、ジンのように機転が利く訳でもない。 スカーのように背中で全てを語るカッコよさもなければ、ガッシュのように最後まで諦めない強い心の力がある訳でもない。 じゃあ、わたしにはいったい何が出来るの? 「…………わたしがっ、」 そして――ついに答えは、出た。 「舞衣ちゃんの〝支え〟になりますっ!!」 「なっ……!」 「舞衣ちゃんが負けそうになったら頑張って応援します! 諦めそうになったら立ち直らせます! 落ち込んだらわたしも一緒にその辛さを共有します! それでも元気になれないんなら……ね、ねねね先生みたいにちょっと荒っぽい方法を使ってでも立ち上がらせてみせます! なぜならばっ!」 全ての始まりは、いつだったのだろう。 ゆたかが自分自身を責めて、無力感に苛まれ始めたきっかけは何? それは、きっとこの言葉だ。 大怪球フォーグラーが目覚める少し前、刑務所でねねねに言われた一言―― 『いつまでも出来ないままでいちゃいけないんだ。 あんたも、私もね。こんな私たちにだって、出来ることはある。 今までの自分を振り返ってみな。自分の出来ること、必ずあるはずだ』 あの時のゆたかは、この台詞に押し潰されてしまった。 ぶつけられる真摯な想いを受け取れなかったのだ。 「ねねね先生は凄い人だからそんなことが言えるんだ」って斜に構えてまともに噛み砕くことが出来なかったのだ。 でも、ようやく分かった。 気負う必要がないことも、周りの人と自分を比べて落ち込む必要がないことも全部理解出来たのだ。 ……明智さん。 『何故こんなことをしたのか』と尋ねた明智の顔がふとゆたかの頭を過ぎった。 暴走した自暴自棄と破滅願望は、殺戮にいたる病となって大好きな人を殺めてしまった。 ゆたかの小さな掌に〝殺し〟の感触は染み付いてはいないけれど、 醜悪な澱として心の底辺から「小早川ゆたか」という存在を獄の世界へと引き摺り込もうと手招きをしていた。 ……ごめんなさい、明智さん。でも、本当に……ありがとうございました。 心の中で呟くだけで、少しだけ楽になれるような気がした。 犯してしまった罪を清算することは出来なくても、相手の遺志を背負って罪を償っていくことは出来ると思うのだ。 言い逃れをするつもりも、逃げ隠れするつもりもない。 「明智は心の中に生きている」なんて綺麗事を言うつもりもない。 でも、今だけはゆたかの背中をトンと軽く押して欲しかった。 励まして欲しかった。眼を瞑るな、逃げるんじゃないって叱って欲しかった。 今、こうして……少しだけ頼ってしまうけれど…… 完全にちっぽけな自分を捨て去ることなんて出来ないけれど…… それでも、この想いを言葉にするゆたかを見守って貰いたかった。 大きく、息を吸い込む。 そして、心の底からの叫びをゆたかは肺の奥から吐き出した。 「わたしはっ、舞衣ちゃんが好きだからですっ!! 大好きだからですっ!!」 カーッと舞衣の頬にイチゴのような赤色が差した。 もちろん、ゆたか自身の顔だって真っ赤に染まっているはずだ。 身体の温度が在り得ないくらい上昇しているのが手に取るように分かる。 「は、はぃいい!? え、え、え!?」 舞衣は飛び上がりそうなくらい大声を出して、困惑の表情を浮かべた。 …………覚悟はしていたけれど、やっぱり恥ずかしかった。 そりゃあ、そうだろう。 こんなことを堂々と言ってのけるなんて、あのロボットに乗っている恥ずかしい人達みたいだ。 ……違う。別に少しくらい恥ずかしくたっていいんだ! 今大事なことは舞衣ちゃんにわたしの、小早川ゆたかの決意を伝えることなんだからっ! 「何度でも言いますっ! 舞衣ちゃん、わたしは舞衣ちゃんが大好き!」 一度言ってしまえば、スルリと次の言葉は生まれ出でてくる。 ずっとずっとゆたかは「何かしなければいけない」という強迫観念に捉われていた。 確かにそれは一つの真実なのだと思う。 だって、何もせずに置物でいるのは辛いことなのだ。切なくて、哀しくて、無力で…… でも――だけど同時に「何もしない」ことが正解になる場合もある。 側にいるだけで、隣で笑っていることこそが、何よりも相手のためになる場合だってある。 そして、きっとそれが明智がゆたかに求めた「役割(ロール)」だったんじゃないか、 そんな風に今となっては思えるのだ。 たくさんの出会いを経て、 たくさんの想いを受け取って、 たくさん悩んで、 たくさん落ち込んで、 たくさん足掻いて―― たくさんの大人の暖かい気持ちに触れて、少しだけゆたかは、大人になれた。 守られているだけじゃない。 みんなのために、ゆたかだって頑張れるのだ。 「そうですっ、舞衣ちゃんだけじゃなくて…… Dボゥイさんが、明智さんが、高嶺君が……ねねね先生が……みんながっ、大好きなんですっ! だからみんなが悲しんでいるのを見るのは嫌なんです! わたしはちっぽけで、臆病で、無力で……だけど、そんなわたしでも側にいてみんなを励ますことは出来ますっ! 助けられているだけじゃない! わたし〝が〟みんなを支えてあげられることだってあるはずなんですっ!」 すぅっと更に息を吸い込む。 思考がそのまま動作へと変わっていく。 勝手に口がゆたかの思っていることをぶちまけてしまう。 でもそれは決して嫌な気分じゃなかった。吐き出せ、全部全部全部っ! 「舞衣ちゃんもわたしを頼ってくれていいんです! わたしが頼りないのは分かります。でも、だったらねねね先生やスパイクさんがいます! みんながいるんです! 舞衣ちゃん! わたしも……一緒に戦わせてください。戦い……たいんです!」 こんなに力強く喋り続けたのは初めてかもしれない、とゆたかは思った。 お姫様だっこをされた体勢で、しかも目の前には大きなロボットが武器を向けているのに…… 「……っ」 舞衣の瞳が大きく見開かれる。 ゆたかも少しだけ気恥ずかしい気持ちはあったけど、頑張ってクッと視線を合わせた。 「……危ない、かもしれないよ」 「そんなの、へっちゃらですっ」 困ったことを言ってしまったのではないか、そんな不安が少しだけゆたかの胸の内に顔を覗かせる。 実際、ゆたかがあのロボットを倒せる力がある、という訳ではないのだ。 せいぜい舞衣の邪魔にならないようカグツチにしがみ付いていることが精一杯。 いや、それさえ難しいかもしれない。 そして、 「…………じゃあさ、こうしよう」 何かを決意したような顔付きで、舞衣が言った。 一瞬の空白。ゆたかはごくりと息を呑んだ。 「…………」 ここまで言ってしまったのに、断られてしまったらどうしよう。 でも普通に考えたら、嫌がるに決まっているのだ。 だって、ゆたかと一緒に戦うと負担は確実に増える。 舞衣を支えたいと思うゆたかの気持ちは本物だ。でもコレがわがままな思いであることも理解していた。 だけど、 「ありがとう、ゆたか」 そんな不安は、太陽のような笑顔を舞衣が浮かべた瞬間に吹き飛んでしまった。 「ま、舞衣……ちゃん」 「私が……ううん、私〝も〟ゆたかを守る。だから、ゆたか〝も〟私を守ってくれる?」 全てを包み込む輝きにゆたかの胸の奥は、真夏の陽射しに照らされたように明るくなった。 ゆたかの中で最後まで〝しこり〟となって残っていた『黒い太陽』がパリンッと音を立てて真っ二つに割れた。 全てを割り切ることは出来ないけれど、 罪の意識と一生戦っていかなければならないのは分かっているけれど。 それでも、この想いは紛い物なんかじゃない! ゆたかは――本当のゆたかを見つけることが出来たのだ。 「はいっ!!」 そして、ゆたかも自分に出来る最大の笑顔でその言葉に応えた。 花咲く想いはゆっくりゆっくりと進んで、小さな花を咲かせた。 まだ華爛漫には程遠いちっぽけな蕾ではあるけれど、それでも少女は毎日成長している。 背だって伸びるだろう。 頭も良くなるし、立派になれるはずだ。 胸だってもっと大きくなると思う…………たぶん。 〝みにまむテンポで歩いて つきあってくれる友達がいます みにまむリズムが流れる生活は ほらほらのんびりで 笑われてますか?〟 ふわり、ふわりと……彼女自身のような……みにまむテンポではあるけれど…… それでも、ゆたかは少しずつ大人になっていく。 何でもできる大胆さを持った人に憧れながら、 時々躓いて涙ぐんでしまうことがあったとしても! 「行こう、舞衣ちゃんっ! 戦って……勝って……絶対にみんなで生きて帰ろう!」 この時、ゆたかは、自分の意志でビクビク怯えてた弱虫の自分を――投げ捨てたのだから。 ◇ 自己再生、自己増殖、自己進化。俗にデビルガンダム三大理論などという不名誉な呼び名を与えられた超技術である。 悪魔の象徴としてドモン達シャッフル同盟の前に立ち塞がり様々な悲劇の温床となったが、今は本来の姿を取り戻しドモンのために働いている。 流石に自己増殖や自己進化の機能は抑制されているようだが、それは螺旋王がこの技術を完全に管理下に置いていることを示しているのだろう。 身に余るものとしてドモンもそれらに頼るつもりはなかったが、父と兄の理想にこのような形で再会するとは冷静になってみれば奇妙に思えた。 自然の守護者として与えられた巨大な昆虫を思わせるフォルム。不釣り合いに付け足された人間の胴体部分の中でドモンは郷愁に顔を伏せる。 たとえそれが螺旋王の手による悪趣味な再現だとしても、数々の友と最愛の家族を思い出させてくれるものには違いなかった。 「このあたりで良いだろう……おあつらえ向きの場所だ」 先行していたヴィラルの乗るロボットが立ち止まった。 言葉通りドモンが立っている少し先からまるで超大型の整地機械でも通った後のように建物が根こそぎ消し飛んでいる。リングとしてはうってつけだ。 「良かろう。では……第2ラウンドだ」 素早く呼吸を整える。エネルギーはまだしばらくは大丈夫だ。 ファイトの勝利条件は単純にして明快。どうやら囚われの身にあるらしい、カミナと共にあった機械を奪還し、敵の戦力も奪う。 積み重なった疲労に体が軋む。全身が悲鳴をあげるが敗北の二文字は存在しない。 志を同じくする仲間、拳を高め合った友、支え合う愛する家族。 その全てが、キングオブハートを支えているのだから。 決戦を前に、グレンラガンの中でも一時の語らいの時間が訪れていた。 「ここで決着をつける……だが無理はするんじゃないぞ、シャマル」 「あら、私だってか弱いばかりじゃないんですよ?……存分に戦ってください。悔いのないように」 愛する者の頼もしい言葉にふっとヴィラルの頬が緩む。 戦場において仲間をからかう余裕を見せるのはシャマルが真に優秀な戦士である証拠だ。 負けるつもりは微塵もない。それは二人にしても同じことだった。 (ハダカザルが……全く忌々しい。だが、シャマルの体を休める事ができたのは幸いか) 戦士として最高の舞台を邪魔されたことに腸が煮えたぎる思いが止むことはない。しかし指揮官としての視点に立てば仲間に休息を与えられたのは喜ばしいことだと言えた。 血沸き肉踊るという言葉を体現するかのような戦い。全力を傾ける必要があるが、これで終わりではないのだ。 二人の幸せへの道は依然果てしなく険しい。 「元より後に残すものがあって勝てる相手ではない。サポートは任せたぞ、シャマル」 操縦桿を握り直し、元々鋭かった目がより一層鋭角に吊り上げられる。 「はい……あの、ヴィラルさん」 「ん……?」 「勝てます、よね?私たち」 ここで何を弱気なと怒鳴りつける程ヴィラルは無神経な男ではなかった。 確かに敵は恐ろしく強い。仲間が怯んだのなら掛けるべきは叱咤ではなく激励の言葉だ。 「勝てるさ。勝ってみせる。お前が愛した俺を信じろ」 「……はい」 「俺もお前を信じる。だから今まで通り、背中はお前が支えてくれ」 「わかり、ました……ふふ。ヴィラルさんってば私がいないと無茶ばかりするんですもの」 「おっと……そんなつもりはないんだがな」 すぐに元気を取り戻すシャマルが誇らしく、そして愛しい。 憂うことなどなにもない。 「あはは……勝ちましょう。勝って、私達の幸せを手に入れましょう」 「ああ……!」 「ヴィラルさんに私の料理をおいしいって言ってもらいたいですし」 「あん?」 そのとき微妙にシャマルの声の調子が変わった。 「だって……!だって、食えたものではないって……!それもあんな大勢の前であんなにはっきり言うだなんて……!」 「い、いや……あれはつい勢いでだな。その……シャマル?」 そう言えばどさくさに紛れてそんなことを口走ってしまった気もする。 いや、実はあんまり覚えてないのだが何故だかそれを言うのは余計にまずい気がした。 「だから私決めたんです!お料理を勉強し直して絶対ヴィラルさんを見返してやるんです!」 「あ、ああ……楽しみにしている……む?」 言い知れぬプレッシャーに冷や汗をかくヴィラルを救おうと言うわけでもないだろうが、むやみに張り詰めた空気を一変させる情報が飛び込んできた。 「炎の……化け物」 「まだあんなものを残していると言うのか……!」 ヴィラル達がまさにぶつかり合おうとする廃墟の遥か北、銀白の怪物が空に踊っていた。 相当の距離を隔てているというのにはっきりとその姿を確認できるのは、全身を鮮やかに彩る焦がれる程に赤い炎のためだ。 鳥のようでいてヴィラルの知るどの生物とも似つかないその姿はいっそ神々しささえ感じられた。 しかし、目に映ったのはそれだけではない。 「あれは、ビャコウ……!チミルフ様、あなたも戦っておられるのですね……!」 僅かにしか見えなかったが、空を駆ける化け物へ仕掛けられた攻撃は確かにビャコウの武装だった。 敬愛していた上官が何も言わず手を貸してくれていたことを知り、ヴィラルの心にかすかに残っていたチミルフへの疑心が一気に消滅する。 「ヴィラルさん!」 「ああ!チミルフ様ありがとうございます!シャマル、俺たちも……!」 「ええ!あの、一つだけ良いですか……?」 「ん?」 まだ何かあるのかと勢いづきかけたヴィラルの手が止まる。 だがシャマルの口から続けられたのは後押しのための言葉。 「……ありがとうございます」 一瞬何のことか分からず呆けたようになったヴィラルの表情が、次の瞬間限界まで張り詰められる。 細胞の一個に至るまで溢れんばかりに力が満ちた。 もう負ける可能性など存在しない。 「……ぃ行くぞぉ!!」 ヴィラルは叫んだ。絶対の確信を糧にして。 ◇ 北に舞い踊るは綺羅星の如く美しく夜空を駆ける天の業火。 南に荒れ狂うは愛に溺れし獣達の破壊と破壊による狂気の舞闘。 「そうだ。それで良い。貴様らの死力、とくと我に見せてみよ」 絶大なる暴力の蹂躙、二つの圧倒的規模の戦いを同時に眺め、王の中の王は一人呟く。 ギルガメッシュが立つのはタワー型にそそり立つ搭の先端部。残存する建物の中で最も天に近い場所である。 「どの道そのような者どもに踏みにじられるようでは貴様等に勝機はない」 闇夜にはっきりと存在を誇示する金の王気を振り撒きながら、することと言えばただ腕を組むのみ。 そして、全てを見下すかのように口の端で笑うことのみである。 「敵も味方もあるものか。そんなもの、王の前では等しく道化に過ぎん。良い、足掻くことを許す――」 具足は最早語る言葉を無くしたか、あるいは王の狂気に恐れをなしたのか、ただ武具としての任を果たしている。 王の満足は未だ得ること叶わず。 王の体は未だ玉座に在り続ける。 「――ここが正念場ぞ、雑種ども?」 王は、ただ座して笑う。 ◇ 「コンデムブレイズッ!」 「きゃっ……!」 「カグツチっ!」 地上から迫るビームをカグツチは炎の鱗片を撒き散らしながら回避する。 蛍のように光る燐光の弾丸が夜の闇の中で煌いているようだった。 見方を変えれば美しい光景、なのかもしれない。 しかし、戦いの当事者である舞衣はそんなセンチメンタルに浸っている余裕はなかった。 ――強い。 一発でも当たればそれだけ状況は不利になる。 ある種生物に近いチャイルドと完全な機械であるガンメンでは攻撃に対する耐性に大きな違いがあるのだ。 「――GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」 「頑張って、カグツチ!」 構図は空対陸という極めて基本的な形である。 戦闘開始と同時に、カグツチはビャコウの槍の届かない大空へと高く飛翔した訳だ。 後は山をも削り、岩石をも溶解させる破壊力を秘めたブレスによって敵を焼き尽くせば良かった。 だが、それはビャコウに遠距離戦用の武装が装備されていなければ、の話だ。 コンデムブレイズ――ビャコウの基本装備である十字槍に発生させたビーム刃を切っ先から発射する遠隔武装である。 ビャコウはゴリラの獣人であるチミルフとは対照的なスマートな外見のカスタムガンメンだ。 その名の通り、頭部と胴体部分が一体化したようなフォルムにシャープな手足。 搭載されている武装は十字槍一本だけと、決闘用に特化したかのような機体である。 確かに、ビャコウに飛行能力はないため十字槍を用いた直接攻撃は出来ない。 だが二本の足でもって大地を駆け抜ける高い機動性能を持ったビャコウは明らかにカグツチより小回りが利く。 加えてランスから打ち出す一撃は一発の破壊力こそさほど高くないものの、優秀な連射力を誇っていた。 戦いは始まったばかり。どちらもまだ決定打はなし。 しかし〝流れ〟や〝勢い〟と呼べる要素は明らかに敵側に分があった。 「うっ……何なの、あのスピード!?」 「こっちの攻撃が一発も当たらないなんて……」 ビャコウのビーム攻撃を回避しながらカグツチの頭部にしがみ付いていた舞衣達は思わず舌を巻いた。 こちらも無抵抗にやられている訳ではない。 既にカグツチの口から大火球がビャコウ目掛けて何発も放たれている。 だが、結果として未だに最初の不意打ちの一撃を除いて、一発もビャコウに攻撃を命中させることが出来ずにいた。 「あいつ……多分、凄く戦い慣れてる……!」 舞衣はやるせなさのあまりにギリッと唇を強く噛み締めた。 戦闘開始の際〝チミルフ〟と〝ビャコウ〟とわざわざ名乗った相手は俗に言う武人という奴なのだろうか。 つまり戦いを本業とする熟練者。 HiMEの力に目覚めてからさほどの期間が経過していない舞衣とは噛み合わせが悪い。 カグツチの弱点を挙げるとすれば、それは「あまりにも圧倒的過ぎる力」を持っていることだ。 最強のチャイルドであるカグツチに匹敵する能力を持つチャイルドは控えめに見ても藤乃静留の清姫のみ。 それにしても真っ向から戦ったらカグツチの勝利は揺るがないだろう。 故に舞衣とカグツチは己とほぼ同等の力を持った相手と戦った経験が皆無だった。 爆発的な攻撃力に匹敵するような機動力や耐久性を持ったチャイルド、 舞衣達に比肩し得るチャイルドとHiMEのコンビというものがそもそも存在しないのである。 (唯一、美袋命とそのチャイルド〝スサノオ〟だけがその可能性を秘めるが、 この時点での鴇羽舞衣は彼女とのチャイルドを介した戦闘を経験していない) ビャコウはむしろ、カグツチよりも清姫の方が組し易い相手であると言えるだろう。 一発でも当てればそれが致命傷になる、その意識が舞衣の攻撃に若干の隙を生じさせていた。 結果が、このビームと火球による弾幕合戦だ。 「負けないで舞衣ちゃん!」 紅蓮の翼を羽ばたかせながら、カグツチは夜空を旋回しつつ動き回るビャコウを焼き尽くさんと灼熱の炎を放つ。 カグツチのブレスは大きく分けて二種類。 殆ど〝タメ〟を必要としないファイヤーボール状の炎と、 岩盤や大地を抉り、真の力を発揮すれば数千キロの射程を発揮する高密度の熱光線である。 しかし、どれだけ高い攻撃力を持っていても当たらなければ何の意味もない訳だ。 相手の機動性を削ぐため――両者は牽制の意味合いを強く帯びた撃ち合いに終始しなければならない。 「当たってよっ……!」 次第にカグツチを操る舞衣の心にも焦燥感が芽生え始める。 『押して駄目なら引いてみろ』とはよく言われることだが、それは彼女の能力とは相性の悪い格言だった。 ――――でも、なんだろう。この違和感は。 老獪な相手との戦いは舞衣も殺し合いの中で何度か経験していた。 東方不敗、ラッド・ルッソ、ニコラス・D・ウルフウッドといった「殺し」の熟練者達の顔が彼女の心の中に浮かび上がった。 しかし、彼らが放っていた鬼気迫るような迫力を機体越しとはいえ、まるで感じないのだ。 相手の動きこそは確実に一級一流。 乱れ撃ちするかのようでいて、しっかりと狙い済まされたビームの雨は確実に舞衣達を追い詰めつつある。 「ゆたかちゃん、何か……変じゃない?」 「変、ですか?」 「うん。何だろう、私も詳しくは分からないんだけど……!」 「……何か妙なモノは確かにわたしも感じます。だって、わたし達は殺し合いをしているはずなのに……」 舞衣の問い掛けにゆたかも言葉を濁しつつ答えた。 やはり、似たような疑問をゆたかも感じ取っていたらしい。 この土壇場の状況まで生き残った経験は無駄ではない。 直接的な戦闘能力を持っていないゆかたですら何度も死線を潜り抜けている。 それなのに。 相手は歴戦の戦士の筈なのに。 どうして、こんな……? まるで、人形と戦っているみたいなのだろう。 ◇ 「ビンゴ! ゆたかちゃんも一緒にいる。二人とも無事みたいだ!」 「……はぁ。ヒヤヒヤ……させるなよな、ったく」 その言葉を聞き、表にこそ出さないものの、スパイクもホッと胸を撫で下ろす。 その言葉に傍らのねねねが安堵のため息と共にへたり込んだ。 「ジン。舞衣はゆたかを降ろす素振りを見せていないのか?」 「……どうもそういう感じじゃないけれど。でも一度始まってしまえば後は戦いの波に流されるだけだよ。 時間はあった、と思う。ただ、舞衣ちゃんはソレをしなかった。 あの子達は馬鹿じゃない。もしかして……二人で戦うことに決めたんじゃないかな」 最後に付け加えるように「でも今となっては心変わりしても、敵さんの方が許してくれないだろうけど」と呟く。 三人が陣取っているのは、戦うビャコウとカグツチを一望可能な小高い丘だ。 先ほどと同じ失態を犯さぬように、十分な距離を取っている。 時間はあった、か。 確かにカグツチが出現してから、ビャコウとの戦闘が開始する前に多少の間があったような気がしないでもない。 アレは舞衣とゆたかが互いの意志を確認し合っていたということだろうか。 スパイクは口元に拳を近づけ、難解な表情を浮かべた。 「二人で……ねぇ」 「そうは言ってもスパイク。実際ね、共同作業をすることの出来る相棒がいるってのはいいものだよ。 ケーキの入刀以外にも二人の人間が助け合える機会ってのは案外多いものさ」 双眼鏡を覗きながらの飄々とした背中でジンが呟いた。 「とはいえ、その例えを舞衣とゆたかに当て嵌めても、スッキリしないな」 「別にウェディングドレスが二着あっても問題はないと思うけど?」 「……いや、大有りだろ」 「ハハハ、言われてみればそうかもね」 ジンは時々こう、反応に困ることを言い出す奴だった。 もちろん本気で言っている訳がないことも分かっているとはいえ。 頭の中に浮かんだ純白のドレスを纏いバージンロードを歩く二人の少女の姿をすぐさま消去する。 実際、それは何とも歪な光景だった。 目の前に是非ともブーケでも貰って少し大人しくなった方がいいと思う女はいても、 空を舞う花束が「二つ」もあったら有り難味がなくなってしまうだろう。 「……なんだよ」 「……何でもねぇ」 「ったく、ハッキリしない言い方だな」 スパイクをねねねはギロリと睨みつける。 こちらが余計な想像を巡らせていることを察知したのか、少しだけ機嫌が悪かった。 スパイク、ジン、ねねねの三人はビャコウの襲撃から何とか無事に逃げ果せていた。 だが、その結果に自責の念を抱かないかと言えば嘘になる。 なにしろ本来ならば率先して二人の少女を守らなくてはならない年長者だけが脱出に成功するという体たらく。 もう片方の腕が健在だったならば状況に変化があっただろうか、スパイクはそんなことを考えた。 リュシータ・トエル・ウル・ラピュタの操っていたロボット兵士のレーザー攻撃で焼き切られた左腕。 身体を真っ二つにされたヴァッシュ・ザ・スタンピードの虚ろな生首。 そして、放送でその死亡を告げられた牧師、ニコラス・D・ウルフウッド。 爆炎の中に消えたラピュタの王女――シータ――と胸を張って逝った螺旋の王女――ニア―― 暴走する自身の生み出した別人格と共に死の道を往った柊かがみ。 最後まで戦い、血溜まりの中で冷たくなっていた結城奈緒。 死んでいく人間は子供や考えの合う人間ばかりだった。 気が付けばスパイクはのうのうと生き残っていて、こんな所で軽口を叩いてばかりいる。 「にしても、八方塞か。ギルガメッシュの馬鹿がグアームの野郎を殺しちまったせいで、脱出からまた一歩遠退いた」 「さっき言ってた〝転送装置〟って奴かい。螺旋力で動くワープ装置……ふぅん、大層なお宝だよねぇ」 「まだお前は〝宝〟なんて言ってるのかい」 「そりゃあ、当たり前さ! なにしろ、俺は世界中の財宝を盗み求める王ドロボウですから。 何回か〝転職〟することにはなったけど〝天職〟を忘れた訳じゃあないんだぜ?」 「そうかい。ま、残念ながら俺達は螺旋力には覚醒してないし、そのお宝はガラクタ同然だな」 ジンの冗談に付き合いながらも、スパイクは『ギルガメッシュ』という言葉に幾許かの反応を示した。 もちろん、彼の心の水面に水滴を落としたのは先程のグアームを交えた邂逅である。 ――俺は、あの時何をしようとした? 安全の保証が全く出来ない相手と取引に応じようとした少し前の自分。 ギルガメッシュの手によってスパイク達に螺旋四天王が一人、不動のグアームの死にて幕を閉じた。 この結果は好転に繋がるのか、それとも無為に可能性を潰しただけなのか。 考えても答えは出てこない。 込み上げてくるのは不甲斐なさか、それとも情けなさか。 貶されて罵倒され、結滞な扱いをされるのは賞金稼ぎとしては決して珍しい出来事ではない。 だから、今こうして軋んでいるのは安っぽいプライドなどではなかった。 「そういえば、ジン。お前はヴィラル達の時みたく援護には行かないのか? あのライフルを使えば十分あのサイズの相手なら戦力になるだろう」 「んー、ねねねおねーさん。その意見はごもっともだけど……そうだな、何ていうかさ」 ジンがねねねの質問を聞いて、ポリポリと頬を掻いた。 ヨーコが愛用していた対ガンメン用の電導ライフルの破壊力は抜群だ。 通常のガンメンならば単体での制圧も可能だし、カスタムガンメン相手といえど高い有用性を誇るだろう。 だが、 「――無粋、だと思わない?」 そして、一瞬の間をおいてジンの発した一言。 無粋。 彼女達の戦いを邪魔するべきではない、と言いたいのだろうか。 ねねねは訝しげな表情を浮かべ、自身の眼鏡の位置を直しながらオウム返しで聞き返す。 「……無粋?」 「そう。なんていうかさ、舞衣ちゃんもゆたかちゃんもここから見る限りやる気満々なんだ。 『絶対に自分達だけで目の前の敵を倒してやる!』、『ここで負ける訳にはいかない!』ってね。 それに……ああ、そうだ。スパイクなら分かるだろ?」 口元をニンマリと歪ませてジンが大げさな動作と共に双眼鏡から顔を離し、背後を振り返った。 黄色のコートがばさり、と小さな音を立てる。 二つの強大な力がぶつかり合っているせいか、周囲は音と振動に満ちていた。 舞い散る微細なコンクリート片と、舞衣の火球によって発生した陽炎のような異常な熱。 そして、王ドロボウは既に答えは決まったかのような顔つきで、スパイクに訊いた。 「実際さ、このまま俺が手を出さなかったら――どっちが勝つと思う?」 それは小悪魔、いや仮面を着けた道化師のような一言だった。 ジンとねねね。二人から注がれる視線を気だるげな動作で受け流したスパイクは、 未だにぶつかり合う大空の龍と大地の機兵と向けた。 地上から放たれるビームと、散弾のように降り注ぐ火球が夜の闇を彩っていた。 戦闘の状況は、戦いが始まってから大地から対空射撃を続けるチミルフが明らかに主導権を握っている。 彼の動きに舞衣達は明らかに困窮し、カグツチの持つ圧倒的火力を上手く発揮出来ていないように見える。 だが――両者の動作を比較してみれば、戦況は容易く覆ることをスパイクは知っていた。 「そりゃあ、舞衣達だろうな」 「だろ。つまりね、俺がわざわざ手を出す必要なんてないのさ」 理由はいくつもある。 ねねねだけは二人の答えに対して腑に落ちない顔つきだ。 「ん、ねねねおねーさん、なんか納得いかない感じ?」 「そりゃあな。あたしは戦える人間じゃないから、戦術とかそういうのは分からないけど……舞衣達が不利にしか見えないよ」 ふむ、と小さく呟いたジンが顎に手を当てて考え込むような仕草を見せた。 しかし、すぐさま顔を上げると確信めいた笑顔で、 「だろうね。まぁ色々理由はあるんだけど……一番大きな原因は、」 トントンと自身の心臓の辺りを叩きながら、言った。 「チミルフは――〝一人〟、ってことかな?」 時系列順に読む Back HAPPY END(6) Next HAPPY END(8) 投下順に読む Back HAPPY END(6) Next HAPPY END(8) 285 HAPPY END(6) ヴィラル 285 HAPPY END(8) 285 HAPPY END(6) シャマル 285 HAPPY END(8) 285 HAPPY END(6) スカー(傷の男) 285 HAPPY END(8) 285 HAPPY END(6) ガッシュ・ベル 285 HAPPY END(8) 285 HAPPY END(6) 菫川ねねね 285 HAPPY END(8) 285 HAPPY END(6) スパイク・スピーゲル 285 HAPPY END(8) 285 HAPPY END(6) 鴇羽舞衣 285 HAPPY END(8) 285 HAPPY END(6) 小早川ゆたか 285 HAPPY END(8) 285 HAPPY END(6) ジン 285 HAPPY END(8) 285 HAPPY END(6) ギルガメッシュ 285 HAPPY END(8) 285 HAPPY END(6) カミナ 285 HAPPY END(8) 285 HAPPY END(6) ドモン・カッシュ 285 HAPPY END(8) 285 HAPPY END(6) 東方不敗 285 HAPPY END(8) 285 HAPPY END(6) チミルフ 285 HAPPY END(8) 285 HAPPY END(6) 不動のグアーム 285 HAPPY END(8)
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HAPPY END(6)◆ANI2to4ndE ◇ わたしには、何が出来るだろう。 わたしは、何をしなければいけないのだろう。 わたしは、どうすればいいんだろう。 ずっと、ずっと、ずっと――霞のような不安を少女は完全に拭い去ることは出来ずにいた。 今出来ることをやればいい。 それは分かっている。それが答えだということも分かっている。 じゃあ、それは何? わたしはいったい何をすればいいの? ……分からない。ハッキリとした答えが出て来なかった。 コンコンコンと鳴るコンクリート地の床を靴が叩く音だけが喧しかった。 スパイクも、舞衣も言葉を発そうとはしない。 焦燥感を表すような湿った息遣いだけが角張った振動の世界に絡み付いていた。 小早川ゆたかは顔を上げる気力もなく、半ば作業的に螺旋造りの階段を踏みつける。 その時、 「やぁ、皆。まさかこんなにあっさり再会出来るなんて思ってなかったよ」 「よかったっ……お前らは無事か!」 階下から響いた聞き慣れた声にハッと小早川ゆたかは伏せていた視線を上げた。 「……ジンとねねねか。よく俺達を見つけられたな。ドモンは今表で……ああ、これは言うまでもないか」 現れた二人の人影を捉えて、スパイクが小さく口元を歪ませた。 「すっごいよね、あの戦いは。ああ実はね、ちょっとその辺で〝親切なお兄さん〟に会ったんだ」 「ギルガメッシュの奴を下で見かけたんだ。ただアイツ……私達には何も言わなくて。 顎でこのビルを示しただけだったんだけどね」 「ったく、相変わらず不遜な王様だぜ……」 スパイクが髪の毛をグシャグシャと掻き乱しながら毒づいた。 ツンツン頭に引き摺りそうな黄色のロングコートを棚引かせ、快活な笑顔を浮かべる少年、ジン。 栗色の後ろ髪を大きく飛び跳ねさせ、無骨な男物の眼鏡越しに安堵に満ちた視線を投げ掛ける女、菫川ねねね。 どうやら一足先に廃ビルを後にしたギルガメッシュと会っていたおかげで、ジンとねねねはゆたか達を見つけることが出来たらしい。 大切な人達と再会出来た喜びにゆたかもホッと胸を撫で下ろした。隣の舞衣も笑顔だった。 笑ったのは久しぶりだったかもしれない、とゆたかは思った。 目の前で起こっていることは全てが現実だ。夢では、ないのだ。 状況が変わったことを知らされて、何かが一気に動き出したのは彼女も感じていた。 だからこそ、激しい水流のように氾濫する「流れ」に取り残されてしまうことが恐ろしかった。 「……ん? おい、ジン」 その時、スパイクが一瞬怪訝な眼差しでジンを見た。 「なんだい、スパイク」 「お前とねねねだけか? スカーとガッシュの野郎はどうした」 「……っ!」 「それは、」 ピシリ、と。 コンクリートの壁がその言葉につられて軋んだような気がした。 壊すのは簡単。 だけど、新しいモノを生み出すのはとてつもない労力が必要だ。 湧き上がった朗らかなムードはあっという間に粉塵へと還った。 ねねねがギリッと奥歯を噛み締め、血が出そうなほど強く拳を握り締めていた。 飄々とした雰囲気を崩さなかったジンが一瞬で表情を暗くし、「立て板に水」を体現するような舌が言葉を探していた。 気が付くとゆたかの両手は、勝手に叫びを発してしまいそうになった唇へと押し当てられていた。 笑顔の花が、消えた。 悟ってしまった。 理解してしまった。 人は皆沈黙に取り込まれ、ビルの外から聞こえる唸るような機械の音だけがおしゃべりだった。 ジン達の動作だけで、苦悶の表情だけで―― もう、二人が永遠に帰って来ない人になってしまったという事実を、ゆたかは認識してしまった。 「そ、んな……なんでっ……なんでよっ! 皆で……帰るって、約束したのに!」 最初に口を開いたのは舞衣だった。 「馬鹿、泣くんじゃねぇよ!」 「でも、だって……」 「ガッシュも、スカーも……すげぇカッコよかったんだ。だから、泣かないで、泣かないで……くれっ……!」 ねねねに叱責された舞衣が肩を震わせた。橙の色鮮やかな髪の毛が寂しげに揺れる。 あまりに色々なことがあったせいで、舞衣の心はきっと糸が張り詰めたような状態になってしまっているのだろう。 過去を清算し、割り切ることが出来た今となっても感傷的な部分が非常に大きいという点は否定出来ない。 だが、そんな舞衣の仕草よりもよりゆたかの印象に残ったのは強い口調で二人の名前を呼んだねねねについてだった。 ……泣きたいのは、ねねね先生の方なんだ。 スカーも、ガッシュも、舞衣とゆたかにとってはつい先程顔を合わせたばかりの相手だ。 二日間にも及ぶ殺し合いの中でもほとんど縁はなかった訳だし、言葉を交わした経験も少ない。 だが、ねねねにとって二人は長い時間を一緒に過ごした気の置けない仲間だったはずだ。 ゆたか達よりもずっとずっと、悲しみが大きいことは簡単に分かる。 ゆたかよりも背の低い、金色の髪をした元気のいい男の子――ガッシュ・ベル。 顔に物凄い傷跡のある褐色の肌の大男――スカー。 一緒に居た時間は確かに少ない。 でも、ここまで生き残った〝仲間〟であるという感覚の糸はしっかりと結ばれていたのだと思う。 『一人も欠かさずに、絶対に生きて帰る!』と誰かが口にしたのはいつの事だっただろう。 気が付けば、ゆたかの大好きな人達は一人、また一人と彼女の前から消えて行った。 Dボゥイ、ニア、奈緒、かがみ、スカー、ガッシュ…… ――わたしには、何が出来るのだろう? 考えても、何も出て来ない。 戦うことも他の人を導くこともゆたかには出来ない。 とにかく、邪魔にならないように――って、本当にそれだけでいいのだろうか? もう、ゆたかは無力感に苛まれて涙を流したりはしない。 確かに自分自身の非力さには気が滅入るけれど、それで潰れてしまったりはしない。 少しは強くなれたのだ。ベソっ掻きで臆病な性格も少しはマシになった。 でも、やっぱり、何も出来ないのは……辛いのだ。哀しいのだ。苦しいのだ。 「うっ……」 漏れる、嗚咽。 皆の辛そうな顔を眺めているだけでゆたかも哀しくなってしまう。 「……ゆたかも……泣くなよ……あたしまで……悲しくなんだろ……っ」 ねねねが先ほどよりも、もっとキツそうな顔付きで言った。 でも、その言葉から伝わって来る「苦しさ」がゆたかを更に泣き虫にしてしまう。 わたしは、こんなにも涙脆い女の子だっただろうか。 ぼんやりと現実と理想の距離感がいまいち上手く掴めない頭でゆたかは思った。 「――チッ、あの傷野郎は死んだのか。俺の手でアイツには止めを刺してやりたかったんだがねぇ」 訃報を知らされてから、ずっと無言だったスパイクが憎々しげに呟いた。 「……おい……お前、何言ってんだよ」 顔面を蒼白に染めたねねねが拳をふるふると震わせながら尋ねた。 ゆたかも舞衣も、スパイクの辛辣な台詞に驚いてどちらも顔を上げた。 スパイクが冗談を言っているような口調でもムードでもなかったからだ。 「あん? 何ももクソもねぇ。 あの場は納得した〝振り〟をしたが、そもそも俺はアイツがリードマンを殺したことを許し――」 スパイクの言葉は最後まで紡がれることはなかった。 ゴッ、という大きくて鈍いがビルの中に木霊した。 平手、ですらなかった。 容赦遠慮のないねねねの右ストレートがスパイクの左頬に炸裂したのだ。 「なんで……アイツがどれだけ頑張ったか、分からないんだよっ!」 哀しみと自責の念で潰れそうな表情を浮かべていたねねねが怒気に満ちた眼でスパイクを睨みつける。 少しだけ赤く腫れたねねねの右手はずっと握り締められたままだった。 掌の皮が切れてしまうのではないかと思うほど、その拳は固さを増していく。 「……痛ぇ」 ぼそりと呟いたスパイクが口元を拭った。 そして、その緩慢な動作がねねねの更に逆鱗に触れたようだった。 「何で分からないんだよっ、アイツがどんな覚悟で……どんな想いで自分を犠牲にして……私達を守ってくれたのかっ! 謝れっ、謝れよっ!」 喚くようにねねねが仰け反ったスパイクの襟元を掴んでガクガクと揺さ振る。 相手と自分との身長差をまるで考えない突発的な動作だった。 一触即発とはきっとこういうことを言うのだ。 カッチリと纏まっていたはずの絆も壊れてしまう時は本当にすぐなのかもしれない。 作るのは大変。でも壊すのはとっても簡単なのだ。 「ジンさ――」 ゆたかは助けを求めるようにジンの名前を呼んだ。 彼はスーパーマンのような人だ。 気配り上手で、場の空気が読めて、皆が見落としてしまうようなことにも気付くことが出来る。 喧嘩の仲裁なんて、まさに彼の絶好の得意分野だろう。 「………………」 だが、ジンは腕を組み、静かな瞳で揉み合うスパイクとねねねの姿を眺めているだけだった。 「えっ……」 どうして何もしないの? だって、彼にはこの場を何とかする力があるはずなのに。 ゆたかは彼が何を考えているのかまるで分からなかった。 「……おい、ねねね」 散々頭を揺さ振られたスパイクが苦しげに呻いた。 口元には赤い液体。 どうやらねねねの一撃で口の中が切れていたらしい。 が、小さく口の片端を吊り上げると、消えてしまいそうな声で呟いた。 「元気、出たじゃねぇか」 「……は?」 間の抜けた、声が響いた。 スパイクのワイシャツを掴んでいた手が緩められる。 顔と顔が数センチほどの差がないほど接近していた二人の身体がパッと離れた。 「……にしても、グーはねぇだろグーは。普通、ここはパーだ。 女が手を上げる時は大体そんなもんだと相場が決まってるはずだ……ったく、なんでこうなるかねぇ」 ぶつくさと文句を言いながら乱れた襟元を隻腕で正し、スパイクが上着のポケットをゴソゴソとまさぐった。 が、目的の品は見つからなかったのだろう。 彼は不満そうに口元を「へ」の字に歪める。だが、 「スパイク」 「っと、と……」 「お探しの品は〝ソレ〟だろ?」 暴れるねねねを止めようともスパイクの暴言を戒めようともせずに静観を貫いていた男がいた。 ニィッと盛大な笑みを浮かべたジンが、何かをスパイクの胸元へと放り投げた。 そして、呆然としていたゆたかに向けて無言でウインク。 だがゆたかにはジンが何を言いたいのか、何となくだけど分かったような気がした。 ――何もしないのが最善、って場合もあるってこと。 「……はっ。ま、結局コイツが一番ってこった」 美味そうにスパイクがジンから受け取ったシガレットケースから葉巻を一本取り出し、ライターで火を点けた。 カチッという無機質な音と炎の燈るおぼろげな音が灰色の建物の中に響き渡った。 「スパイク……お前、まさか……」 「……何でもねぇよ。表じゃドモンの奴が必死に戦ってる……泣き喚くのはもうちょい後だ。 それに、よ。考えてもみろよ。 スカーの野郎が自分を犠牲にしたのはお前らに泣いて貰いたかったからじゃねぇ。お前らを生かしたかったからだ」 口から煙を吐き出しながら、スパイクが言った。 灰色で階段の中が一杯になる。ゆたかの鼻にも煙草のツンとした臭いが飛び込んできた。 普段なら顔をしかめてしまうはずなのに、今だけは何故かスパイクの気遣いが伝わってくるようであまり不快ではなかった。 罪滅ぼし、なのだろうか。 スパイクとスカーとねねね、そして焦点となっている人物。 彼らの関係をゆたかはよく知らない。 特にスカーという人に関する記憶は少ない。 無口で、大きくて、怖そうで……そんな印象だけが残っていた。 なんで、どうして、ねねね先生を守るためにスカーさんは犠牲になったんだろう? 居なくなってしまった人はそれ以上の言葉を紡ぐことは出来ない。 だから彼の真意は誰にも分からないはずだ。 でも、この時だけはスパイクの言った台詞が真実だったんじゃないか、そんな風にゆたかは思いたかった。 「そういえば、な」 「……何だよ」 「そっくりだったぜ、ねねね。キレたおっかねぇ顔付きなんて本当に瓜二つだ」 「は?」 再度咥えた葉巻を唇から離しつつ、スパイクが少しだけ遠い眼をした。 それは何かを懐かしむような郷愁に満ちた輝きだった。 「お前と、どっかのセンセーが、だよ」 燻らせた紫煙がコンクリートの匣の中でゆっくり空気に溶け込んでいった。 大きいはずのスパイクの背中が、泣いているように見えたのはゆたかの気のせいだったのだろうか。 誰よりも怒り、悲しみを露にしたかったのは彼だったのではないだろうか。 彼は、きっとゆたか以上に己の無力さに歯痒い思いをしているのではないだろうか。 ――わたしには、何が出来るだろう? もう一度、自分自身に問い掛けてみてもやっぱり答えは出なかった。 だけど、一つだけさっきとは違うことに気付いた。 きっと皆、悩んでいるんだ。だって、悩みのない人なんていないのだから。 誰も彼もが自分の居場所を見つけようと必死になっている。 何が正解で何が間違っているかなんて、全て終わってみなければ分からないんだ。 ――やれることを、小早川ゆたかが精一杯頑張れることをやろう。 そんな風に心へと誓うだけで、ゆたかは少しだけ自分が強くなれるような気がした。 ◇ 何ができるか何を成せるかどんな役割を担うべきか、そんなものカミナにとっては考えるに値しないものだった。 一顧だにする価値すらない。カミナにとって重要なことは分かりやすくもただ一つ。 自分が何をしたいか、それだけである。 本能の如く力強く刻み込まれた理念に突き動かされ、カミナは硝煙弾雨の中を駆け抜ける。 『どうした、動きが鈍くなっているぞ。ファイトの途中で気でも抜いたか』 『こちらの都合だ、気にするな。あまり一方的に攻めるばかりでは悪いと思ったのでな』 『ふ、面白いっ!』 「はぁ、はぁ……へ、全くでけぇ声でぎゃあぎゃあ暴れやがってよ」 降りかかる瓦礫にしかめっ面をして、耳を叩く騒音に対し毒づく。 初めは砂塵のような小さなものが主だった石くれにも無視できない大きさのものも混じりだし、戦場の中心部が近づいてきたことを教えていた。 肌に感じる熱はカミナが走り通しだったことだけが原因ではないだろう。 『ヴィラルさん今です!』 『ああ!うおおおおお!』 『ぐぅ!やるな、だがまだ!』 外部スピーカーから垂れ流される音を頼りに知ることしかできなかった激戦の様子が、この距離になると肉眼ではっきりと見える。 殴り合い、破壊し合っては再生を繰り返しまた殴り合うという狂気じみた戦いに、当然のことながらカミナのことなどまるで無視である。 そう、荒ぶる神の如く相争う二体の巨神にしてみればカミナなど居ないも同じ。 卑小な一人の人間に過ぎない男が血眼になって足を動かしたところで、できることは何もないのである。 東方不敗のような鍛えぬかれた武芸者が見ずともカミナの無力は明白。犬死には必定である。 仮にその道理に従わぬ者がいるとすればそれは次のいずれかであろう。 一つは豪傑。巨大兵器ともまともに渡り合う武勇を秘めし豪の者。 一つは狂人。危険を知りながらそれに魅了され自ら死地に飛び込む愚か者。 あるいは、もう一つ。 馬鹿。 「おうおうおうおうおうっ!!このカミナ様を差し置いて派手にやり合おうたぁ、いい度胸してんじゃねぇかっ!」 天の高きを知らずして天に挑まんとする身の程知らず。 ◇ 激震は唐突にやって来る。 「……な!?」 異変が起こったのは合流した五人が廃ビルを後にしようとした、その時だった。 彼らがいたのはビルを真っ直ぐと貫く螺旋状の階段だ。 エレベーターも中には備わっていたのだが、急に電力の供給がストップする可能性も考えられたため歩いて降りる途中だったのだ。 「……揺れてる?」 ビルが、揺れる? 若干結合の悪い単語の組み合わせに鴇羽舞衣は首を傾げた。 日本人である彼女にとって地震は慣れっこの災害であるが、ここで重要なのは他の要素に関する分析である。 つまり――他にこのような大規模な振動をもたらす要因としてどのようなモノが挙げられるか、ということ。 答えは一瞬で舞衣の脳裏に浮上した。 そしておそらく彼女よりも数秒早くスパイクやジン、ねねねは同じ結論に到達しているはずだ。 「きゃっ!」 「ゆたか、大丈夫!!?」 「は、はい……え、と……こ、これはいったい……?」 だから、唯一気付いていないのはこの子――小早川ゆたか――だけだった。 ゆたかは本来ならば、こんな「殺し合い」なんて舞台に呼ばれるべき人間ではない。 彼女の周りには物騒な能力も、命を懸けた戦いも、運命や宿命といったファンタジーめいた因縁も存在しないのだ。 「……っ! やべぇぞ、こりゃあ……! 急げ、早くこのビルから出るぞ!」 「スパイク駄目だ、足じゃあ間に合わないっ!」 駆け出そうとしたスパイクをジンが大声で呼び止めた。 そう、『階段を駆け下りていては間に合うかどうか分からない』のだ。 振動の原因はおそらく〝アレ〟である。 ならば、強烈な暴風がもうすぐ舞衣達を襲うだろう。そうなってからでは遅いのだ。 「それでもここで突っ立てるよかマシだ!」 「……そりゃそうだね。王ドロボウともあろうものが汗水垂らして身体を動かすことを忘れる所だったよ」 「舞衣、ゆたか、急げっ!」 スパイクの言葉を受けて、ジンとねねねも大股で階段を駆け下りて行く。 戸惑って足を止めてしまうよりも、随分上等な解決案だ。 「分かってますっ、行くわよゆたか!」 「う、うんっ!」 舞衣もゆたかの小さくて柔らかい手を絶対に離さないようにキュッと握り締めて走り出した。 この子だけは……私が守ってみせる。 強い決心と「Dボゥイ」という共通の相手に庇護を受けた縁が彼女達を結んでいた。 いや、今となってはそれだけではないのかもしれない。 ゆたかは小柄な身なりをしているが舞衣と同じ高校一年生だ。 舞衣がゆたかに覚えている感情を一言で表すのはとても難しい。 親愛や友情といった気恥ずかしい単語が大分近い位置にあるとは思うのだが一致する、という訳でもないように思える。 ……何なのだろう、いったい? 先ほどまでコンコンコンと音を鳴らしていた階段を足早に駆け下りる。 コッコッコッ、と革靴とコンクリートが奏でる音が後ろから舞衣に噛み付いて来そうだった。 「あっ――!」 あともう少しで出口――という時、後ろからゆたかの声が響いた。 そして同時に握り締めた掌に掛かる大きな力。これは……まさか! 思わず舞衣は後ろを振り返る。 「ゆたか!」 想像通り、ゆたかが階段に足を取られて転倒しそうになったようだった。 舞衣がしっかりと手を握り締めていたため、大事には至らなかったが大きく体勢を崩してしまったことは確かだ。 しゃがみ込んでしまったゆたかに舞衣は心配そうに声を掛ける。 「大丈夫、ゆたか!」 「す、すいませんっ、大丈夫です。急ぎましょう、舞衣さ――」 その時、二人を包み込んだのは何かが崩れる音だったのだろうか。 突如襲来した〝暴風〟がちっぽけなビルに突き刺さった。 白の瓦礫が方々へと飛び散り、中にいる人間を押し潰そうと迫る。 力の氾濫に生身の人間はあまりに無力で、立ち向かうことなど出来る訳もなかった。 コンクリートの雪崩が舞衣達の頭上に迫っていた。 世界は黒く染まり、言葉を発する隙間もなかった。 逃げ遅れた二人の少女に鉄の雨が無情な煌きを示した。 ◇ まさに狂気の沙汰と言う他なかった。天地鳴動の様相を呈する戦場にいきなりカウボーイ姿の男が割り込みいきなり威勢よく啖呵を切ったのだ。 「カ、カミナ!?一体何をやっているのですかあなたは!?」 驚嘆すべき馬鹿野郎の正体にいち早く気付いたのはグレンの操縦席内、依然シャマルの懐に抱かれたままのクロスミラージュだった。 仲間が次々と蹴散らされる地獄絵図に噛み締める歯も持たず、沈黙をせめてもの抵抗とするしかなかったクロスミラージュが事ここに至ってついに声を荒げる。 「カミナ、だと……な、馬鹿な!?」 グレンラガンのスピーカーから漏れ出た耳慣れぬ合成音声はドモンにもその男の存在に気付かせた。 モビルファイター独特の全方位表示のモニターの一部が四角く切り取られ、場違いに見栄を切る男をクローズアップする。 戦いに全く無関係な方向から突如入った横槍は練り上げられた達人の集中を僅かに乱した。 「ハダカザルめぇ……!なぁにをやっているゥ!!」 ヴィラルはその隙を好機と捉えるような男ではなかった。 むしろ技と技、力と力、意地と意地がぶつかり合い高まり合うこの大一番に水を差されたことへの怒りが勝り、叫びとなって表出する。 全く知らぬ顔ではないために、あの男が策も目算も持たずただ威勢だけによって割り込んできたことがヴィラルには分かる。それが余計に腹立たしい。 シャマルはと言えば、決死の戦いに割って入る無作法とそれをする男の思考を許容できず、言葉を失っていた。 それぞれの思考が混ざり合った帰結として、カミナの一声は地を割り天を裂く大戦をぴたりと静めるという結果をもたらした。 自分がどのように見られているかも知らず、カミナは巨大兵器の分厚い装甲越しに注がれる複数の視線に確かな手応えを両手に感じた。 ニヤリと口を歪ませる。 場の空気を一気にさらったことに気分を良くし、さらに己の存在を誇示しようと指を一本天へと掲げ。 『何をしにきたのですかあなたはっ!!いい加減にしてください!!』 叩きつけるように飛び込んできたクロスミラージュのがなり声に得意の口上を阻止された。 「なんでぇクロミラ!せっかく助けにきてやったってのに随分じゃねぇか!」 『考えなしに突っ込んできて助けにきたも何もありません!!あ、あなたという人は……馬鹿だとは思っていましたがまさかこれほどとは!!』 『クロミラだと……?あいつがあそこに居るのか……』 『コラっ!黙りなさいっ!』 『ぐぅぅぅ……!』 突然の乱入に困惑を示す声、自己主張を始めた合成音声を制御しようと逸る声、戦いの高揚を邪魔された怒りに震える声。 むせかえる程に張り詰められていた戦場の空気は完全に霧散し、代わりに訪れたのは茶番めいた混乱だった。 その元凶となった男にはもちろん自覚など、ない。 「へ、方法なんざ殴って奪う!これ以上に何がいるってんだよ!」 『しょ、正気ですかあなたは!本当にそんな程度の考えしか持たずにここまで来たのですか!』 東方不敗に言い放ったような信念がカミナには確かにあるのだが、言葉足らずに怒鳴るだけでは伝わるはずもない。 ただ軽挙妄動の産物と見られるのみである。 思い通りに行かぬ焦りの上に理屈で押してくるクロスミラージュの弁舌を突き付けられ、元来堪え性のないカミナは理不尽な怒りを覚え始めていた。 「正気も正気よ!このカミナ様がやるって言ってんだ!てめぇもグレン団の一員ならリーダーを信じてどしっとしてやがれぃ!」 『だからこそ、明らかな無謀を見過ごす訳には行きません!』 「無謀かどうかはまだわかんねぇだろうが!この先見てから判断しやがれ!」 『意味が分かりません!一歩間違えば即死ですよ!』 「んなもんどこに行ったって一緒だ!」 『そういう意味ではなく――!』 『いい加減にしろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』 侃々諤々、やいのやいの。子供のように真っ赤になって繰り広げられる口喧嘩を切り裂いたのは声と同じく鋭い歯を剥き出しにする獣人にして武人、ヴィラルだった。 「キサマは……!キサマは!自分が一体何をしたのか……わぁかっているのかあああああ!!」 「ヴィラルか?へ、見てろよ今度こそ……」 「分かってないなら言ってやる!キサマは、神聖な武人同士の戦いを土足で踏みにじったんだよぉ!」 尚も埒のない言葉を並べようとするカミナを遮り、グレンラガンの武者鎧を思わせる無骨な腕を突き付けてヴィラルがさらに吠えた。 腹の底からの憤怒をぶつけられ、さすがのカミナも言葉を途切れさす。 カミナにはとっさにヴィラルの怒りの原因を察することができなかった。それでも、その言葉には一蹴することのできない何かを感じた。 「武人……だぁ?何を言ってやがる」 自然、声からも力が抜ける。 それを吸いとるかのようにヴィラルの叫びは激しさを増して続けられた。 「俺はシャマルを愛している!そしてシャマルからもまた愛されている!だからこそ二人で生き残るためにこうして戦っているぅ!」 民衆を鼓舞するアジテーターのように、グレンラガンがアルティメットガンダムをその鋭いドリルで指し示す。 「この男もそうだ!散っていった仲間のため、まだ生きている友のため、そして故郷に残した愛する者のために立っている!」 口角泡を飛ばすヴィラルの拳に拠らぬ攻撃に、東方不敗にさえ反駁したカミナの口が重く縫い付けられてしまう。 「俺たちの道は決して並び立ち得ない!だからこそここで意地と誇りと信念の全てを懸けて拳を交わしているのだぁ!それをキサマときたら……!」 愛を知った獣人の心からの言葉に――気圧されている。 「自分のおもちゃをとられたのが悔しいから取り返しにきただと……」 ヴィラルの声が震えるのに合わせてグレンラガンが身を縮める。 攻撃準備にも見えるが、そうではない。 「ガキは……」 ヴィラルにとって背負うものを持たぬカミナなど、倒す価値すらないのだ。 「すっこんでいろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオ!!」 グレンラガンは吠えた。あらん限りの、全身全霊の感情を込めて魂の底から吠えた。 「ぐぅ……!」 力を持たぬはずの音波が確かな圧力を以てカミナの肌をビリビリと刺激する。 ちくしょう。分からねぇ。ちくしょう。 クロスミラージュ、あるいは東方不敗相手にあれだけ良く動いた口がなぜこんなに重いのか。 カミナにとって考えるまでもなくそこにあった自らの思考が、分からなかった。 「……悪いがそれに関しては俺も同意見だ」 別方向から静かに続けられた声がカミナに追い討ちをかける。 ドモンカッシュの操るアルティメットガンダムもまた悲しみに彩られていた。 「そいつの言う通り、俺たちはこの戦いに一命を賭している。正々堂々、正面からな。ガンダム同士でこそないが、これは最早ガンダムファイトと何ら変わらん」 ヴィラルのような激しさこそないが、ドモンの言葉もまた同じようにカミナの胸を刺激する。 「そしてそれとは別にこのファイト自体に心踊るものがあったのもまた事実だ。それを邪魔された悲しみも同じく……な」 二人の男からくれられる視線がさっきとは比べ物にならないくらいに重く感じられた。 訳の分からない焦燥感に胸を焼かれ……いや、理由など本当はとっくに分かっている。 分からないなどと吠えるのは、カミナの本能がそれを認めるのを頑なに拒ぶから。 よりにもよって男の喧嘩に水を差すなどという大愚を犯したのだ。 グレン団、不撓不屈の鬼リーダー。 カミナともあろう者が。 『場所を変えるぞ。仕切り直しだ』 『……ああ、いいだろう』 『カミナ……』 『シャマル、そのうるさい板切れは黙らせておけ』 『ええ、ヴィラルさん』 『カミ……!』 カミナの存在を無視するかのように頭上で淡々と言葉が交わされる。 相棒であるクロスミラージュが何かに押し込まれるように言葉を絶っても、意気を挫かれたカミナにはどうすることもできない。 ズシンズシンという地響きが南へと移動し、やがて静寂が戻ってもカミナはその場を動かなかった。 握り締められた拳は、丸められた背中は一体何を語るのか。 悔恨か。恥辱か。諦念か。あるいはぶつけられた信念の重さに耐えきれずにここで潰れてしまうのか。 自らの矮小さを知らしめられ、飛び散った瓦礫と同じく無様に朽ちてしまうのだろうか。 「……たら」 いや。 答えはそのどれでもない。 一度の失敗では学ばぬからこそ、人はその者を馬鹿と呼ぶのだ。 「だったらよぉ……」 カミナはゆっくりと立ち上がる。 何故なら。 「見届けさせてもらおうじゃねぇか。武人同士の戦いってやつをよぉ!」 カミナもまた、折れることを知らない一人の男なのだから。 ◇ 「……ふん」 廃ビルに突き刺さったビャコウの十字槍に絶妙な手応えを感じ、チミルフは小さく嗤った。 「ニンゲン共よ……ヒトと獣人の力の差。そして、ガンメンと無力なヒトの差を思い知ったか?」 スパイク達が控えていた廃ビルを破壊したのは〝怒涛〟の二つ名を持つ烈将であるチミルフだった。 ヴィラルとシャマルの駆るグレンラガンの即時撤退勧告――を断られた彼は、己の方針を変更することを決意したのである。 つまり、ニンゲン狩りの再来である。 ヴィラル達も同様にこの舞台のニンゲンを殲滅することを目的として動いている。 アルティメットガンダムという強大な敵と拳を交えるグレンラガンを援護するべきかとも考えたが、こちらは却下した。 なぜなら、一対一の戦いにヴィラルが拘る理由がチミルフには痛いほど理解出来たからだ。 そして同時に、真っ向勝負の最中に撤退することを命じた自身に多少の恥じらいを覚えた。 彼は自分の部下だったかもしれない男に向けて「敵へと背を向ける」よう命令したのだ。 高い戦力を保持するアルティメットガンダムはチミルフ達の逃亡を認めはしないだろう。 が、天元突破を果たしたグレンラガンが真の力を発揮すれば、あのような木偶の坊に敗北するとは考え難い。 ならばこちらはヴィラルに任せ、戦いに横槍を入れる可能性のある他のニンゲンを殲滅するのが適当ではないか。 そう、チミルフは考えたのだった。 そして、結果は上々。 複数のニンゲンの反応を受信した廃ビルへビャコウで一撃を見舞った。 眼下は粉塵によって現在の状態が確認出来ないが、少なくとも数人は葬れた可能性が高い。 後は逃げ果せた者を殲滅すればいい。 「む――?」 チミルフの片眉がピクリと動作した。 瓦礫の山と化したはずの廃ビルの深部から巨大な熱源反応をビャコウのセンサーが感じ取ったのである。 崩れた建物から火災が発生するのは当たり前の状態だ。 チミルフも最初はそれを見逃す所だった。しかし、 「な……に……? これはっ……!」 油断か、慢心か。もしくはそのどちらとも違う理由か。 もはや、それは単純な爆発や火事などが示す熱量では言い表せないレベルまで増加していた。 明らかな事態だ。 通常では考えられない異変――いや、参加者の中に一人だけ強大な〝炎〟を操る能力者がいたという事実をチミルフは思い出した。 まるで太陽だった。 煌々と輝く炎の塊がすぐ側に控えているかのような膨大な熱が爆発する。 「くっ――!?」 操縦桿を握り締め、すぐさま十字槍を廃ビルから引き抜く。 そして後方への急速な退避運動――ビャコウを戦域から離脱させるのにチミルフは一瞬遅れを取ってしまった。 『自身の上方』に覆い被さっていたであろうコンクリート片を一瞬で融解させながら、 強烈なビーム状の熱波が廃ビルの跡地からビャコウに向けて発射されたのだ。 「グウゥッ――!!」 咄嗟に機体を仰け反らせていなければ確実に『もっていかれて』いただろう。 紅蓮の輝きに満ちた帯状の炎がビャコウの右肩の鎧部分を一瞬で灰塵へと変えた。 密度の高い圧倒的過ぎる火炎だ。 おそらく、温度は軽く数千度――カスタムガンメンの強化装甲といえど直撃を受ければひとたまりもない。 「……なるほど、相手にとって不足はない……ッ!」 チミルフはコンソールを操作し、外部カメラを瓦礫から不死鳥のように現れた「炎の龍」へと合わせた。 同時に、テッペリンで頭に叩き込んできた参加者に関する情報を自身の頭の中から引き出す。 現れたのは森羅万象を司る烈火の化身。 燃えさかる炎の翼は、蝶の鱗片のように火の粉を撒き散らしながら空を翔ける。 白亜の外皮はゴツゴツとした隆起を示し、色鮮やかな巨大な宝石のような部分さえ散見出来る。 金色の輝きを放つカギ爪は武力の象徴として闇夜の中でも煌々と瞬き、 頭部に突き刺さった剣――クサナギ――は紅の柄と月色の刀身でもって、荒ぶる王の口蓋を縦に貫いている。 古事記では〝火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)〟として崇められる神の名を冠す巨大獣。 最強の力を持つ劫火のチャイルド、その名は――カグツチ。 そして、龍の頭部には二人の少女の姿が。 太陽と桜花。 鮮やかな彼女達の色彩はチミルフの脳裏にパッとそんなイメージの花を咲かせた。 龍の頭の上で腕を組む少女が黄昏色のセミロングヘアーを風に棚引かせつつ、口元に不適な笑みを浮かべた。 二本の足は硬角質の皮膚を踏み締め、首元に巻き付けた赤いマフラーが生き物のように空を舞う。 そして、彼女の首には桃色の髪の少女が頬を赤らめ抱き付いていた。 猛き皇龍の王を使役する龍の巫女。 小さな身体に大いなる可能性を秘めた運命の少女。 「鴇羽……舞衣ッ……小早川ゆたか……!」 己の前に立ちはだかる相手の名を噛み締めるようにチミルフは呟いた。 時系列順に読む Back HAPPY END(5) Next HAPPY END(7) 投下順に読む Back HAPPY END(5) Next HAPPY END(7) 285 HAPPY END(5) ヴィラル 285 HAPPY END(7) 285 HAPPY END(5) シャマル 285 HAPPY END(7) 285 HAPPY END(5) スカー(傷の男) 285 HAPPY END(7) 285 HAPPY END(5) ガッシュ・ベル 285 HAPPY END(7) 285 HAPPY END(5) 菫川ねねね 285 HAPPY END(7) 285 HAPPY END(5) スパイク・スピーゲル 285 HAPPY END(7) 285 HAPPY END(5) 鴇羽舞衣 285 HAPPY END(7) 285 HAPPY END(5) 小早川ゆたか 285 HAPPY END(7) 285 HAPPY END(5) ジン 285 HAPPY END(7) 285 HAPPY END(5) ギルガメッシュ 285 HAPPY END(7) 285 HAPPY END(5) カミナ 285 HAPPY END(7) 285 HAPPY END(5) ドモン・カッシュ 285 HAPPY END(7) 285 HAPPY END(5) 東方不敗 285 HAPPY END(7) 285 HAPPY END(5) チミルフ 285 HAPPY END(7) 285 HAPPY END(5) 不動のグアーム 285 HAPPY END(7)
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HAPPY END(4)◆ANI2to4ndE ◇ ドモン・カッシュが逃走し辿った方角は、西だった。 あれだけ豪胆に挑発してきたのだから、単純な逃走ではないのだろう。 おそらくは、仲間を逃がすための時間稼ぎか。 ヴィラルは冷えてきた頭で、次なる対戦者を探し求めた。 「ヴィラルさん……やっぱり、あそこで全員しとめておくべきだったんじゃ?」 「言うなシャマル。おまえを愛するオレだからこそわかる。奴らがどんな想いで、最後の戦いに臨んでいるのかが」 「……彼らもまた、大切なもののために戦っている……」 「だが、淘汰しなければオレたちに明日はない。いいかシャマル。この戦い、勝者はオレたち二人だけだ!」 「ええ! あなたとなら、どこまでだって上っていける!」 泰然と歩を進めるグレンラガン。その操縦者たる男女は、頭部と胸部の各コクピットから愛を確かめ合う。 人としての愛を知ったヴィラル、八神家での自分を重ねたシャマル、二人揃って、スカーやガッシュの奮戦に感銘を受けた。 ねねねの悲痛の姿にも、思うところはあった。だからといって、ヴィラルとシャマルの天を突く愛が歪むことはない。 完全な形での愛の成就。 天元突破した二人だからこそ、目指す舞台は天井を突き抜けた遥か宇宙の果て。 敗北はない。ただ確かな勝利の感触を追い求め、戦う。 それが、愛し合う二人の選び取った道だ。 だが――その愛は、あまりに独り善がりだった。 他を蔑ろにし、愛する者のことだけを考え、愚直に吼える。 そんなものはヒトの愛ではない、獣の生殖本能だ。 幸福な未来を目指すならば、本当の愛を知れ、と――その男は語りかけたかったのだろう。 「いたわヴィラルさん! あの建物の傍に……」 「やはり、待ち構えていたか。あえて誘いに乗ってやったかいがあるというもの」 そう、言葉ではなく態度で示す。 とある施設の門前に仁王立ち、逃げず。 明確な闘争心と敵愾心を肌に表し、空気に流す。 ヴィラルはほくそ笑み、またシャマルに恐れはなかった。 彼となら、彼女となら、どんな強敵にだって負けはしない。 絶対の自信が、闘争意欲を駆り立て――対立する。 ◇ 赤い鉢巻きが風に靡く。 着古したマントを風に流し、眼前の巨躯に視線をやった。 眼光鋭く、射抜くように。臆せず、正面から。 習癖として、固めた拳を開いてはまた固める。 掌に滴る汗は、武者震いの表れとも見えた。 「待っていたぞヴィラル、そしてシャマル。改めて名乗ろう……俺の名前はドモン・カッシュ。キング・オブ・ハート、ドモン・カッシュだ」 馳せ参じた好敵手、グレンラガン駆るヴィラルとシャマルに、自身が真名と称号を告げる。 傷だらけの強張った顔つきは、まっすぐに。格闘家としての本命を自覚しているかのようだった。 「仲間を逃がすための時間稼ぎか? どの道、オレたちの道を阻む者は容赦なく捻じ伏せる。誰であってもだ!」 「フッ……その時間稼ぎに、真正面からつきあってくれたのはどこのどいつだ。そういう奴は嫌いじゃないがな」 一騎打ちの誘いに賛同してくれた敵に、ドモンは微笑みと賛辞を与える。 ヴィラルとシャマルが真に外道ならば、逃げるドモンを捨て置いて、足の遅いねねねとジンを先に葬る手もあった。 だがそれをしなかったのは、罪悪感の名残――ではなく、ヴィラルにわずかながらでも戦士としての性が残っていたからだろう。 (ならば俺は、ガンダムファイターとしてそれに応えるまで!) 強大な力を得た彼らは、虐殺ではなく闘争を選択した。 その時点で、悪魔に魂を売り渡した外道とは違う。 宿敵ではなく、好敵手たりえる存在なのだと――ドモンは身震いした。 「戦う前になんだが……ここで今一度問いたい。おまえたちの唱える愛は、はたして本物か?」 戦意は固まった。体も温まっている。しかし今一度、言葉での確認が欲しかった。 「ふん、今さらなにを言うのやら……まあいい。何度だって言ってやる。オレは! シャマルを愛している!!」 「私も……私だって、ヴィラルさんを愛しているッ!!」 羞恥を超越した想いの猛りが、ドモンへと突き刺さる。 が、 「俺はレインが好きだぁああああああああああああああああああああああああああああッ!!」 一蹴。 ヴィラルとシャマルの愛の言霊を、ドモンは倍ほどの声量でもって掻き消した。 叫びの中心にはレイン・ミカムラという生涯の伴侶への想いを乗せて。 ここにはいない愛する女性、彼女の待つ家、そのための勝利を願って。 「おまえたち同様、俺にもかけがえのない人がいる! その人のためにも、この地で出会った戦友のためにも、負けるわけにはいかん!」 誰かのために戦っているのは、ヴィラルとシャマルだけではない。 スカーも、ガッシュも、決して自己満足のためだけに殉じたのではないのだ。 ねねねやジン、スパイクに舞衣にゆたかとて、ひとつの目標の上に助け合っている。 愛を知る先達として、仲間を重んじる一員として、ドモン・カッシュは改めて告げる。 「ヴィラルとシャマル……おまえたち二人に、ガンダムファイトを申し込むッ!!」 突きつけた人差し指に、グレンラガンの巨躯がわずかたじろいだ。 しかし、すぐに体勢を整える。操縦者は、牙を向き出しにして笑っていた。 「……おもしろいッ!」 ドモンの熱意に感化され、かなぐり捨てたはずの獣性、戦士としての誇りを一時だけ取り戻す。 「……私たちは、勝ってみせる!」 シャマルは戦士でこそないが、ドモンには負けたくない、と心の底から思った。 「……いくぞ!」 その場に、一陣の風が吹く。 吹き荒ぶ嵐は決戦の予兆として、何度もこの地を訪れていた合図。 これで終いとするためにも、全力全開での衝突を―― 「俺のこの手が真っ赤に燃えるゥ! 勝利を掴めと……轟き叫ぶゥ!!」 ドモンの右手の甲が、赤く燃える。 火線が刻むのは、トランプの刻印。 愛情表現の形として多用される印。 格闘家が至高たる王のエンブレム。 ドモンの激情に同調してそれは、赤く、赤く、どこまでも紅く、炎のように輝いた。 塩を摘むような指先が、天蓋を突かん勢いで頭上高く持ち上がる。 「出ろおおおお! アルティメット……ガンダァァァァム!!」 パチンッ、と。 先んじてこの地で進めていた下準備、例のシステムを起動させる。 弾かれた指の奏でる音と、なによりもドモンの叫びが、神の像起動の条件と化す。 ドモンの後方にある博物館が、音を立てて倒壊した。 その中から、元の建物を遥かに凌駕する大きさの物体が一つ、弾かれるように顕現する。 隠し財宝として死蔵されるかと思われた機体の、出番が回ってきたのだ。 悪魔の機体と外観を同じくする、しかし破壊の権化とは正反対の意味を持つそれ。 グレンラガンと同等の体躯を持ち、人型。蠢く脚部がわずかばかり人外を模している。 かつてはこの機体を怨敵と定め、人生を狂わされもしたが、今となっては切り札同然だ。 ヴィラルとシャマルに愛を叩き込み、勝利するためには――『ガンダム』の力を借りなければならない。 「お、音声認識による遠隔操作!? あんなものが隠されていたなんて……!」 「うろたえるなシャマル! 愛の試練には相応しい相手だ。二人で乗り越えるぞ!!」 立ち塞がる強敵を前にして、ヴィラルとシャマルはなおも臨戦。 そうでなくては、とドモンは大地を蹴り、ガンダムのコクピット目掛けて跳んだ。 操縦席に入り、モビルトレースシステムを作動。ガンダムを最強たる武闘家の手足とする。 今ここに、決戦の準備が整った。 一対一、正真正銘のガンダムファイトの条件が適合され、そして。 ガンダムファイターの頂点に君臨する男――キング・オブ・ハート、ドモン・カッシュが宣言する。 「行くぞぉっ! ガンダムファイト、レディィィィィゴォォォォォ!」 操る機体は、愛機ではない。 クライマックスを想定して用意された決戦兵器――人呼んで、究極。 ドモンの父、ライゾウ・カッシュが追い求めた完成形……アルティメットガンダム。 ◇ それは、うらぶれたコンクリートに転がる二つの首輪に起因する。 「どういうこった、こりゃ?」 廃ビルに響いた疑問の声は、スパイク・スピーゲルの口から出たものだった。 だが、その疑問はスパイク・スピーゲルだけのものではなく、すぐ傍にいた小早川ゆたかと鴇羽舞衣も同じ疑問を抱いていた。 つい先刻、本当に唐突に、ゆたかとスパイクの首からカチリという音が聞こえたかと思うと、彼らの首輪が地面に転がり落ちたのだ。 すでに首輪が外れている舞衣はさておき、他の者たちにとって最大の問題だと思われた首輪の解除だったが、あまりにもあっけない幕切れだった。 それは、天元突破覚醒者が出現したことによる影響であるのだが、そんなことは彼らには知る由もない。 だが、何か動いていると、彼らにそう思わせるには、十分な兆候だった。 「ま、いいさ考えたってしょうがねえ。 爆発したってんならともかく外れたってんなら文句はねぇだろ」 スパイクはひとまず素直にこれを受け入れることにした。 原因はどうあれ、首輪が解除されたことは喜ばしいことに違いないのだから。 事態はきっと好転しているのだろう。 「それよりも、だ」 厳しい表情で壁際で外の様子を窺いながら、切り替えるような声でスパイクは言う。 外では未だ激しい戦いが続いている。 果たして今戦っている皆はどうなっているのか。 戦いにの詳細がわからぬ彼らにはそれを知るすべもなく、無事を祈るほかにない。 だが、スパイクの視線はその激戦とはまた別の方向へと向けられていた。 「どうしたんですか、スパイクさん?」 その視線の先に何があるのか、疑問に思ったゆたかは小さな声で問いかけた。 その問いに、スパイクは外へ向けた視線を外さずに答える。 「お客さんが来たみたいだぜ。 ……あんまり歓迎できるお客さんじゃなさそうだけどな」 そう言われ、そっと窓からスパイクの視線の先を追ったゆたかはこちらに迫り来る奇妙な物体を見た。 その身を隠すように木々の間をすり抜けながら、這いずり回る無数の足。 背に描かれた巨大な顔面。そこから伸びる長い触角。 進むその姿は昆虫のようだった。 それは、まるでこちらの居場所を端から知っているかのような迷いのなさで、彼等の潜むビルに向かって接近していた。 「ゆたか、舞衣。下がってろ」 そう言いながら、スパイクは懐のジェリコ941改のグリップを握り締める。 接近するそれが何であるかをスパイクは知らない。 だが、知らないということが知れていれば、判断するには十分だった。 すでに生き残ってる面子は全て把握している。 知らない輩が現れたということはつまり、それは螺旋王の手のモノに他ならない。 「待ってスパイクさん、私も戦うわ」 言って、一歩前へと踏み出た舞衣の両手足に、勾玉を配した宝輪のエレメントが具現化する。 ガンメンのような巨大兵器に対抗するには、片手を失ったスパイクでは荷が重い。 いやむしろ、ああいった手合いを相手取るのは、最強のチャイルド、カグツチを操る舞衣の方が適任だろう。 口にこそしないものの、舞衣はそれを理解していた。 そして同時に、いざとなれば自らが戦う覚悟も完了している。 「……わかった、援護を頼むぞ舞衣。 ただし無理はするなよ、いざとなったらゆたかを連れて逃げろ、わかったな?」 言わずともその覚悟が理解できたのか、スパイクは無茶はしないよう釘を刺しながらも舞衣に背中を預けることを良しとした。 その間にも敵は廃ビルの目前まで迫っていた。 進みくる虫型。 だが、それは森を抜けた先、ビルの入り口付近に差し掛かったところでその移動を止めた。 何事かと様子を窺う三人の前で、動きを止めた虫型が変形する。 虫型から人型へ。 おそらくはそれがその相手の戦闘形態なのだろう。 それを確認したスパイクは身を窓から乗り出し、愛銃を懐から取り出す。 対峙する一名と一機。 一触即発の緊張が走る。 おそらく次にどちらかが動いた瞬間、それが戦闘開始の合図となるだろう。 「ほっほっ、そう慌てるでない。 こちらに戦闘の意思はない」 だが、目の前のヒト型から響いたのは休戦の声。 と同時にコクピットが開かれ、その内部が露になる。 その行動を訝しみながらも、スパイクは黙って開かれたコクピットに銃口を向ける。 照準越しに覗くコクピットから現れたのは、甲羅を背負ったアルマジロ。 現れた獣人はキセルを咥えた口元を吊り上げ、舐めるような目付きで舞衣とゆたかを見つめた。 「誰だ、お前」 その視線を遮るようにスパイクはジェリコ941改の銃口を音を鳴らして突きつける。 対する獣人は慌てるでもなく、飄々とした態度でスパイク視線を受け流す。 「名乗りが遅れたか? こりゃあすまんの。 儂は、螺旋王四天王の一人、不動のグアーム」 「四天王、だと…………!?」 それは間違いなく、スパイクたちとは相成れないモノの名だった。 先に投入された怒涛のチミルフと同じ称号。 螺旋王の側近中の側近の称号である。 その名を聞いて明らかに警戒心を強めたスパイクたちの様子を見て、グアームは大きくため息をつく。 「これこれ、そうあからさまに警戒するでない。 わざわざゲンバーから降りて、姿を現してやったんじゃ話くらいは聞け」 そういってグアームはパチンと指を鳴らす。 それを合図に、スパイクたちのいるビルに向かってゲンバーの触角が伸びた。 攻撃かとスパイクたちは身構えるが、触覚は彼らにではなくビルの壁に突き刺さる。 彼らがあっけにとられている間に、グアームは堂々とした態度でそれを渡り、彼らのいるビルへと移動した。 それを見て、我に返ったスパイクはジェリコ941改をグアームのこめかみに突きつける。 「動くなよ。次に妙な動きしたら撃つぞ」 「なんじゃ、物騒な話じゃのぅ。 先ほども言ったが、儂にはもう貴様らと敵対する意思はない。 いや、それどころかむしろ、儂はお前さんたちを救いにきたんじゃからな」 「……………………ぁん?」 グアームの口から飛び出した、あまりにも予想外なフレーズに、スパイクは思わず間の抜けた声を上げた。 「すくうってのぁ……そらいったいどういう意味だ?」 「どうもこうもありゃせんよ。そのまま意味じゃ。 この儂がお前さんたちを、この会場から救い出し、元の世界に戻してやろうといっておるのじゃよ。 わかったんならその物騒なものを下げてくれんか?」 そう言ってグアームはチョンチョンと短い指でスパイクの突きつけるジェリコ941改を指す。 「何考えてやがる。なにが狙いだ」 だが当然スパイクはその要求にこたえず、更に厳しい表情をグアームに向け事の真意を追求する。 無償の厚意ほど疑わしいものはない。 まして、それがこれまで敵対関係にあったものの言葉であればなおさらだろう。 「疑わしいか? まぁ当然の反応じゃな。 ならば仕方あるまい、信用してもらうためにも、こちらも手の内を明かすとするかの」 そう言って、グアームはキセルを吸い、煙を吐き出した。 もったいぶるようなその態度にイラつきながらも、一先ずスパイクはこちらに近づいた裏を知るためグアームの言葉に耳を傾ける。 「我ら四天王は螺旋王とは手を切った。既に儂らに奴に従う意思はない」 そう告げるグアーム。 正確には手を切ったのは螺旋王の方であるのだが、それはいい。 グアームの意図としては、螺旋王との繋がりが切れたことが提示できればそれでいい。 「それで? それとこれとどう関係があるってんだ?」 確かにそれはスパイクにとってそれは意外な事実であったが、螺旋王に対する裏切りと、参加者を助けることはイコールではない。 裏切りのついでに螺旋王の思惑を滅茶苦茶にしてやろうというのならこの行為は正しいだろうが。 たかが腹いせのためにワザワザ戦場に出向いて自らの身を危険にさらすのはリスクが高すぎる。 彼らの立場からすれば螺旋王と共に参加者たちも見捨てるのが普通だろう。 「まぁそう焦るでない。 あくまでこの実験はロージェノムの悲願であり儂らの悲願ではない。 ロージェノムと手を切った時点でここに執着する理由もないのでな。 儂らは奴とともにこの実験に見切りをつけて、早々にこの会場を脱出することにした」 (…………脱出?) その言い回しに多少ひっかっかるモノを感じながらもスパイクはそれには触れず、言葉の続きに耳を傾ける。 「したんじゃが……一つ問題があってのう」 そこにきてグアームは言葉を濁すように言い澱む。 ワザとらしい態度ではあったが、それゆえに、それがグアームが接触してきた理由なのだろうと、スパイクは直感する。 「それで、その問題ってのは何なんだ?」 「それがの、脱出の手はずは整っているのじゃが。 用意した脱出艦――カテドラル・テラ――の転移装置を動かすための、エネルギーが足りんのじゃよ」 「…………エネルギー?」 エネルギー不足。 相手の目的を口の中で反復して、スパイクは思い至った。 グアームが危険を犯してまでこちらに接触した、その理由に。 「まさか、テメェ。”俺達”を使うつもりだな?」 スパイクの出した回答にグアームは口の端を三日月のように吊り上げ答えた。 「その通りじゃ、まぁ正確にはお前さん以外の螺旋力に覚醒したそこの小娘二人じゃがな」 螺旋界認識転移システムの起動に必要な動力は当然ながら螺旋力である。 だが、アンチ=スパイラルに感知されぬよう螺旋力をもたぬよう創られた獣人にはそれがない。 故に、完全なる逃避のためにはその螺旋力を補えるだけのモノを用意する必要があった。 グアームが目をつけたのは、この地で初めて螺旋力に覚醒した少女、小早川ゆたか及び、愛の進化により真っ先に首輪の呪縛から解き放たれた鴇羽舞衣の二人である。 この二人の螺旋力を利用すれば、十分にシステムの起動は可能であるとグアームは考える。 「心配せずとも何も取って食おうというわけではない、役目を果たせば元の世界に送り届けることを約束しよう。 儂がほしいのはその二人だけなんじゃが。そうじゃの、スパイク・スピーゲルなんなら、お前さんもついでに助けてやってもいいぞ?」 そういいながら、グアームはいやらしい笑みを浮かべる。 スパイクたちは脱出を望んでおり。 グアームの脱出計画に彼女達は必要不可欠な要素だ。 利害は完璧なまでに一致している。 取引において利害の一致ほど信用できるものないだろう。 この手の取引に慣れているがゆえか、スパイクにはそれがわかってしまった。 返す言葉もなくスパイクは押し黙る。 「……それじゃあ、いま戦ってる人たちはどうなるの?」 押し黙るスパイクを継ぐように、後方から問いを投げたのは舞衣だった。 もし仮に自分達がその計画に乗ったとして、今、未来をつかむためにこの地で必死に戦っている彼らはどうなるのかと。 彼女はそう獣人に問いかけた。 その質問を聞いた、グアームはふむと考えるように頷きながらも内心でほくそ笑む。 なぜなら、脱出に伴う不具合を危惧するその問い自体が、彼女達の頭に脱出を示唆する可能性が出てきた証拠なのだから。 「悪いが儂が連れて行けるのはここに居るモノだけじゃ。 向こうで派手に戦ってるやつらはいわば囮じゃな、奴らが目を引き付けてる間に儂らはこの会場を脱出する」 「そんな…………!」 それは舞衣たちにとって受け入れがたい事実だ。 彼女達が望むのは完全無欠のハッピーエンド。 誰かを見捨てて得られる幸福など受け入れられるはずがない。 「なんじゃ、仲間を見捨てては置けぬか? 数千年連れ添った同志を見捨てる奴もおるというのに、なんとも感動的な話じゃのう」 だが、その価値観をあざ笑うように、あるいはどこか羨むようにグアームは呟く。 「じゃがな、考えてもみろ。 仲間といっても、お前等のつながりなど所詮ここで生まれた一時的なモノに過ぎん。 そんなモノにしがみ付いて命を落としてもしかたあるまい? わかっておるのか、死んでしまえば元の日常には帰れぬのだぞ? 元の世界に戻って本当の仲間と再会したくはないのか? 長年連れ添った友人に会いたくはないのか? 帰りを待つ家族の元へ戻りたいとは思わんのか?」 畳み掛けるようにグアームは問いかける。 その問いには誰も答えられない。 当然だろう。帰りたくないはずがない。 会いたいに決まっている。 だけど、 「答えられぬか、まぁよい。 なんにせよ、儂の話に乗ればお前さんたちは助かるし儂も助かる。 どうじゃ、互いにとって悪い話ではなかろう?」 グアームは三人の答えを待たず矢継ぎ早に話を進める。 深く考えさせず、思考を誘導するように。 「……ああ、そうだな悪い話じゃない。 ただし、その話が本当だってんならな」 スパイクの返答に、心外だといわんばかりの態度でグアームは肩をすくめた。 「まだ、信用できぬと?」 「当たり前だろ、その話が罠じゃないって保障は何処にもないしな」 「ほぉ。ならば逆に問うが、このまま放っておけば確実に死ぬお前たちを、なぜワザワザ罠にかける必要があるというんじゃ?」 「死にゃしねえさ。 ドモンたちはあの野郎に勝つし、俺たちも螺旋王なんかに負けはしねえよ」 スパイクの言葉にグアームは呆れたようにかぶりを振った。 根拠のない希望を語ることにではない。 語る内容のあまりの無知さにだ。 「……わかっておらんのぅ」 深い絶望と畏怖を込めて誰にでもなくグアームは呟く。 ロージェノムなど、ましてあのヴィラルなど問題ではない。 この会場を去ったロージェノムを除き、唯一アンチ=スパイラルと対峙したことがあるグアームは知っている。 アンチ=スパイラルが動き出したが最後、そこにはもう希望などもう欠片も残らないことを。 会場は破壊され、参加者たちは皆殺しにされ、それを管理するルルーシュたちも死ぬ。 例外はない。全て滅ぶ。全滅だ。 故に、生き延びたくば奴らが本格的に動き出す前にこの場を脱しなければならない。 「ならばどうする。 ワシを信用できぬというのならこの話は無かったことにするまでじゃが……?」 断れるはずがないと確信しながら意地悪くグアームは嘯く。 なにせ、本当にグアームはカテドラル・テラでの脱出以外にこの実験に関わった者の生き残る道はないと確信しているのだ。 会場の内側で蠢く彼らに、それ以上の脱出方法など用意できるはずもない。 地獄の底で生き延びたくば、例えそれがか細い蜘蛛の糸であろうとも、彼らは縋りつくしかないのだ。 そんなグアームの思惑通り、乗るべきではない取引であるとわかっていても、スパイクはこの提案を簡単に切り捨てることができなかった。 絶望的状況で、それを弱さと断ずるのは酷というものだろう。 たとえそれがどれだけ疑わしくても、乗れば確実に脱出できるグアームの提案が魅力的であることは事実だ。 だが、この地で命を賭して戦う仲間達を残しておくこともできない、それも本当だ。 そして、乗らないにしても、グアームへの対処を考えねばならない。 脱出への足がかりとして奴を利用しない手はないだろう。 ただ、もしも。 もしこの話が本当だとしたならば、せめてゆたかや舞衣だけでも無事帰還してもらいたい、そう思うのがスパイクの本音だ。 (……どうしたもんかね、ホント) スパイクは一人心中で思い悩む。 煙草でも吸いたい気分だった。 それぞれの思惑を抱え対峙する四人。 そこに、ふと足音が響いた。 足音は下階から、彼らのいるフロアへと続く階段から響いていた。 おそらくはヴィラルと対峙し、逃げ帰ってきた誰かだろうとグアームは思い至る。 生き残ったのは菫川ねねねか、ガッシュ・ベルかはたまたスカーか。 いずれにせよ螺旋覚醒者であるならば、脱出計画の後押しになるのは間違いない。 何より仲間の安否を気遣う彼らの説得も容易になるだろう。 誰にしてもグアームにとっては僥倖だった。 足音の主が姿を現す。 だが、そこにあったのは、そこに存在するはずのない金色の輝きだった。 「楽しそうだな雑種ども。何の相談だ?」 放つ輝きは金色。 宝石のような紅蓮の相貌。 絶対的な存在感を身にまとう、彼の王の名は―――― 「――――英雄王、ギルガメッシュ…………なぜ、ここに」 この男の出現はそれほど意外だったのか、グアームは思わず疑問を声に出してしまった。 その呟きにギルガメッシュはグアームの眼前まで歩を進めると、見下すような視線とともに答えた。 「なぜここに? わからぬか下郎。 この下らん実験の”結果”が出たのだ。 捕らえるなり殺すなり結果に対して、なんらかの動きがあると考えるのは当然であろう? そう思い、警戒してみればこの通りよ。貴様らは現れ、我はそれを発見した。それだけの話だ」 さも当然のようにギルガメッシュは言ってのける。 その内容は、奇しくも天元突破覚醒者を餌としてアンチ=スパイラルを釣り上げようとしたルルーシュと同系の策であった。 もっとも、餌は同じでも狙う獲物に大きく差異があるのだが。 釣り人が釣られたのでは笑い話にもならない。 ――――つけられていたのか。 グアームは動揺を悟られぬよう振る舞いながらも、心内で大きく舌を打つ。 彼の言が本当ならば、チミルフ、東方不敗と共に会場に現れたあの時点で彼らはギルガメッシュに発見されていたということになる。 果たして東方不敗とチミルフはその事実に気づいていたのだろうか? 少なくともグアームは気づくことができなかった。 だが、まだ疑問は残る。 「しかし、それなら、なぜ覚醒者の元に向かわなかったのだ?」 あの場に現れた三人は、それぞれ別々の場所に向かったはずだ。 そして、天元突破覚醒者の元へと向かうのならば、グアームではなくチミルフを追うのが道理だろう。 だというのになぜギルガメッシュはここにいるのか。 「ふん。あの程度の些事に、この我が態々足を運ぶ必要はあるまい? あんなものは、他の雑種どもに任せておけばよい」 ギルガメッシュがアンチ=スパイラルともルルーシュたちとも違う点はそこだ。 彼は真の覚醒者になどに、一切の興味がない。 あくまで餌は餌としてしか考えておらず、魚を釣り上げた以上もはやそこに微塵の興味も湧きはなしない。 だが、仮にギルガメッシュの目的が主催側の人間との接触だったとして、あの中の誰でもよかったというのなら、偶然に自分が選ばれたその不運をグアームは嘆かずにはいられない。 そんな、納得できないといった様子のグアームを、ギルガメッシュは鼻で笑った。 「ふん。まだわからぬか? 生き残りが群がっている拠点はそう多くはないが、その中でも、ここは一番重要度が低い。 にもかかわらず、貴様は結果に目もくれず、迷わずここに向かっていった。 この状況でこんなところに向かう理由が、悪巧みのほかに何かあるか?」 つまりはそういうことだった。 ギルガメッシュが求めていたのは主催側の人間との接触ではなく、主催に反旗を翻そうとしている造反者との接触。 それゆえ、グアームがギルガメッシュの眼鏡に適ったのは必然だったといえる。 「…………さすがじゃのぅ英雄王。 よもやこの儂が読みで遅れをとろうとは。 ここまで生き残ったのも頷ける強さじゃ」 行動を読みきられ、最悪に掴まったグアームは開き直ったように語りかける。 はっきり言って、グアームにとって螺旋力に覚醒していないギルガメッシュは、邪魔者以外の何者でもない。 ありえないイレギュラー、完全なる計算外だ。 だが、チミルフならいざ知らず、生身のグアームではこの男を排除するのは不可能だ。 ゲンバーに乗り込むことができれば勝機もあろうが、それを許す相手でもないだろう。 ならばどうするか。 「――――――どうじゃ、お主のような存在こそ、生き残るべきだと思わんかね?」 そう、排除できないのならば、この男を取り込むまでだ。 計画に不要であれ、グアームは英雄王を脱出計画に誘い込むことに決めた。 説得は不可能ではないはずだ。 なぜなら、自ら以外を望まぬ唯我独尊の男であるからこそ、自身の生存を望むのは当然であり、他者を切り捨てることにも躊躇もないはずなのだから。 「ほぅ、それで?」 グアームの言葉に気分を良くしたのか、ギルガメッシュは話の先を促した。 その反応を良しと受け取り、グアームは脱出計画の全貌を語り始める。 「この会場は直に消滅する。施された仕掛けによってではなく外敵によってな。 そうなれば会場におるものは全滅するじゃろう。 じゃが心配はいらん、脱出の手はずはすでに儂が整えておる。 転移装置の起動に多少の問題はあったが、それも直に解決するところじゃ。なんの問題はない。 それどころか転移装置を使えば多次元宇宙の航行も可能となり、お主程の器ならば延いては渡り行く星々を支配するのも夢ではない。 お主はここで消えていい存在ではない。お主の道は儂が作り出そう、儂とともに行こうではないか、英雄王!」 芝居がかったグアームの演説が終わる。 それを黙して聴いていたギルガメッシュはその口元に微笑を浮かべた。 その心中で何を考えているのか、全くといっていいほど推し量れない。 吟味するような沈黙の後、ギルガメッシュは口を開く。 「――――なるほど。 確かに、導き手たるこの我が消えては世が迷うというもの。 その点においては貴様の言い分は十分に正しかろう」 英雄王の口より語られたのはかのような言葉だった。 その言葉を肯定と受け取ったのか、グアームは安堵し歓喜した。 「だがな」 一転。 血のように赤い眼が見開かれ、穏やかなその笑みが、凄惨なモノに変化した。 反応する暇もなかった。 その表情の変化にグアームが気づくよりも早く、金色の甲冑に身を包んだ右腕がグアームの喉に喰らい付いた。 「な、なにぉ…………ぐ、ガ………………ッ!」 首を絞められ体ごと吊り上げられる。 グアームは必死に小さな体をバタつかせ抵抗を試みるが、ロックされた首元はビクともしない。 それどころか、ミシミシと音を立てて指が喉元に食い込んでゆく。 「この我と共に行く? この我が進む道を作るだと? はっ、畜生風情が何を言うか。思い上がりも大概にせよ」 そういって、英雄王は右腕でグアームを持ち上げたまま、左腕を虚空へと向けて突き出した。 突き出された左腕の先端が消える。否。消えたのではない、その左腕は空間を超える門の中に差し入れられている。 そして、空間より引き出された左腕には、ゆっくりと互い違いの方向に回転する円柱の剣――乖離剣エア――が握られていた。 「グッ……ガ……ガァ……アア………ッ!」 その剣を見て、これから起こる事態を察してグアームが絶望と恐怖に目を見開く。 英雄王はその期待に応えるように笑い。 吊り下げたグアームに向けて、手にした乖離剣を突き入れた。 「ァ………ァア…………ガッ………!」 突き出されたエアの先端は、たいした抵抗もなく鱗甲板を突き破った。 突き刺さった刃の回転は、グアームの内腑においてなおも止まらず、捩れた刃が臓腑を侵す。 生きたまま内臓を侵される感覚。 腹の中で臓腑が刻まれ混ざり合う感覚。 刃がミキサーのように臓物をグチャグチャに掻き回してゆく。 それは千を越える人生において、なお味わったことのない未知の激痛だった。 そして、それよりも激しい不快感と嫌悪感。 自らの腹の内をゆっくりとかき回される感覚は発狂しそうなほど怖ましい。 地獄の苦しみに叫びを漏らそうにも、喉元を万力のように締め付けられ喘ぎのような声しか出せない。 気道が完全にふさがれており呼吸はおろか、競り上がる血液を吐き出すことすら叶わなかった。 「我の行く道は我が決める。 身の程を知れ雑種――――ッ!」 ゴキリという何かが外れる鈍い音。 窒息か、頚椎破壊による影響か、はたまた激痛によるショック死か、もはやその死因すら定かではない。 だらんと手足を垂れ下げたグアームはビクビクと痙攣し、そのまま永遠に動かなくなった。 「ふん」 つまらなさ気にギルガメッシュは片手に垂れ下がるグアームの死体をゴミ屑のように投げ捨てた。 投げ出された肉の塊は冷たい地面を転がり、中心に空いた穴からペースト状の臓物を零れ流した。 「…………うっ」 ゆたかと舞衣は思わずその無残な亡骸から思わず目を背けた。 息絶えたグアームの残骸は、口から泡を噴出し、あれほど雄弁だったその様は見る影もない。 「ギルガメッシュ……テメェ」 「どうした、何か不服でもあるのか? まさかこのような畜生の戯言に乗せられたとは言うまいな?」 睨み付けるスパイクの視線を涼風のように受け流しギルガメッシュは言ってのける。 あれは乗るべきではない取引だったことくらいはスパイクだってわかる。 だが、グアームの脱出案が希望の一つであったことに違いはない。 あるいは、奴の脱出方法に従い、生き延びられるモノがいたかもしれない。 あるいは、奴の脱出方法を奪い取って全員で逃げ出せたかもしれない。 だが、それもこれもグアームが消えてしまっては意味がない。 そこにたどり着く糸は完全に断ち切られてしまった。 更に絶望的な状況でまた一つ希望の灯火が消えたことに、スパイクは歯噛みする。 そんな打ちひしがれるスパイクには興味がないのか、ギルガメッシュは一人つまらなさ気に息を漏らす。 「しかし、獅子身中の虫を求めてくれば、現れたのは逃げることしか頭にない羽虫であったとは、とんだ無駄足だったか」 やれやれと言った風に呟いて、ギルガメッシュは踵を返した。 「何処に行くってんだ」 「貴様に告げる必要はない。我は我のやりたいように動くまでだ」 ギルガメシュは傲岸不遜。 散々場をかき乱しておきながら、何一つ省みることをしない。 この期に及んでもその態度に一切の妥協を見せない。 ギルガメッシュは何の憂いもなく出口へ向けて歩き始めた。 「おい、」 スパイクは去り行く背を引きとめようとして、その途中で言葉をとめた。 何処までも自分勝手に振舞うギルガメッシュ。 そんな奴に頼らねばならない自分、同時にあんな取引に一瞬でも傾きかけた自分に腹が立った。 「くそ…………ッ!」 スパイクが苛立ちに地面を蹴る。 乾いた音が廃ビルに響き渡った。 時系列順に読む Back HAPPY END(3) Next HAPPY END(5) 投下順に読む Back HAPPY END(3) Next HAPPY END(5) 285 HAPPY END(3) ヴィラル 285 HAPPY END(5) 285 HAPPY END(3) シャマル 285 HAPPY END(5) 285 HAPPY END(3) スカー(傷の男) 285 HAPPY END(5) 285 HAPPY END(3) ガッシュ・ベル 285 HAPPY END(5) 285 HAPPY END(3) 菫川ねねね 285 HAPPY END(5) 282 愛に時間をⅣ スパイク・スピーゲル 285 HAPPY END(5) 282 愛に時間をⅣ 鴇羽舞衣 285 HAPPY END(5) 282 愛に時間をⅣ 小早川ゆたか 285 HAPPY END(5) 282 愛に時間をⅣ ギルガメッシュ 285 HAPPY END(5) 285 HAPPY END(3) ジン 285 HAPPY END(5) 285 HAPPY END(3) ドモン・カッシュ 285 HAPPY END(5) 285 HAPPY END(3) 東方不敗 285 HAPPY END(5) 285 HAPPY END(3) チミルフ 285 HAPPY END(5) 285 HAPPY END(3) 不動のグアーム 285 HAPPY END(5)
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HAPPY END(17)◆ANI2to4ndE その答えは舞衣の手元から返ってきた。 「やややや、槍がしゃべった!?」 「お前、しゃべれたのかよ……」 あまり支給品については二の次だったためか、ストラーダが喋れるということを知らなかった。 支給品名簿に記載されていた"アームドデバイス"はインテリジェントデバイスとは異質なものかと思っていたのだ。 しかしそんなことはスパイクにとって関係ない。 重要なのは目の前のヤツが何を企んでその格好をしているのか――その理由だ。 「お前は誰だ。何の目的で死人の面を借りて歩き回ってやがる。 それに一体何を背負って――」 だがそこでスパイクの口から言葉が途切れる。 舞衣も、ねねねも、ゆたかも目を見張る。 彼女が何を背負っているかに気づいたのだ。 それは、あまりにもボロボロで、泥まみれで。 手足がありえない方向に曲がっているから、気づかなかったのだ。 だが、この場にいる全員は、それを――いや、彼を知っている。 「ガッシュ……くん……」 少女が背負っていたのは、赤い巨人との戦いで力尽きた少年の躯。 ねねねが邪魔になる、と判断し、苦渋の決断で置いてきた彼の亡骸を。 如何なる惨状に巻き込まれたのか、死体についた傷は酷くなっている。 だが顔――潰れていない顔半分だけは綺麗に拭われ、整えられていた。 呆然とする彼らの前で、少女は優しくガッシュの背中を大きなビルの瓦礫に預けさせる。 そこに込められたのは死者に対する敬意と親愛。 傍から見たその行為は、まるで神聖なる儀式のようであった。 「……何の真似だ」 『ここは――とても見晴らしがいい』 周囲にくぐもった男の声が響き渡る。 まるでスピーカーを通したようなその声が、どこから流れているのか。 たった一人だけ、真正面にいたスパイクは確かに見た。 その声が間違いなく、目の前の少女の口から発せられたところを。 『ここからなら今から起こること全てが見通せるでしょう。 それはきっとガッシュが望むことでしょうから』 小さな口から流れるにはあまりにもアンバランスな声。 まるで下手なアテレコのような、そのちぐはぐな光景に全員は呆気に取られる。 この場で唯一、その声を知るストラーダ以外は。 『……クロス……ミラージュ』 それは、幻の名を持つデバイスの名。 彼のライブラリに記憶された声の持ち主の名前。 少女はその答えを肯定するように、ゆっくりと頷く。 そしてねねねたちの顔を見て、口を開く。 『あなた達は……Mr.明智が、集めた仲間なのですね。 ガッシュと共に戦っていた、貴方たちが……』 「おい、ちょっと待て! あたしが明智から聞いてたクロスミラージュってのはデバイスだぞ! デバイスってこいつやマッハキャリバーと同じなんだろ!? それが何でそんな格好になってんだ?」 ねねねも明智とガッシュから、クロスミラージュについては話を聞いている。 だが、クロスミラージュはデバイスという名のマジックアイテム。 その形状は手のひらサイズのプレートか、もしくは玩具のような銃のはずだ。 決して、人などではない。 だがクロスミラージュはその問いかけには答えず、ただ、寂しそうな笑みを浮かべるだけ。 『クロスミラージュ、お前は今から何が起こるのか知っているのか』 『起こるのではない……起こすのです。"彼"と、私が』 かつての仲間の問いにもそうとだけ答え、元デバイスは再び歩き出す。 その歩みに迷いは無く、目的地に向かって一直線に。 「おい、どこへ行くつもりだ」 『――"彼"のところへ。きっとあそこで、"彼"が……待っている』 その目が見つめるのは、鎮座するグレンの姿。 あの男の愛機の元へ、クロスミラージュはまっすぐに歩き出す。 ◇ 足取りが重い。まるで手足にでかい錘が付いているかのように。 まぶたが重い。まるで何日も寝ていないかのように。 だが、それでも男は進む。 仲間を失いつつも、自らの命の炎を燃やしながら。 「天を、貫くんだ……!」 うわごとのように呟きながら男は行く。 その歩みは一直線。 迂回など知らない。知っていたとしても、選ぶはずが無い。 男だったら一直線に進むだけだ。 そう信じた足取りで、男は1人、荒野を行く。 その歩みは止まることは無い。 「ほう、まだ死にぞこなっていたか」 たとえ、その前に理解すら及ばぬ壁が立ち塞がっても。 「貴様がこうしているということは……あの札遊びの王は死んだか。 我の許可無く死ぬとは恥知らずにも程があろう」 その壁の名は英霊ギルガメッシュ。 天地に聞こえた史上最古の英雄王。 そしてこの実験に参加させられた者たちの中でも、恐らくは最強の一角を担う存在。 王ドロボウに慢心を盗まれ、完全無欠と化した究極にして唯一の王。 だが満を持して放たれた全力全開の一撃は、果たして天を貫けず。 今の彼はその結果に怒りを覚えているようでもあるし、ただ受け入れているようにも見える。 唯一つ言えるのはマッハキャリバーでは、今の王の言動は読みきれないということだけ。 いつも以上にいつ爆発するかわからない……歩く爆弾なのだ。 「どけ、金ぴか……こちとらテメェにかまってる暇はねえんだよ」 だがそんなマッハキャリバーの心配などカミナが知る由も無い。 天上天下にその名を轟かす英雄王に、不躾に言葉を叩きつける。 だが、その言葉に目の前から半歩、金ぴかの姿が横にずれる。 あの金ぴかが道を譲った……珍しいこともあるもんだ。 まぁいいか、何だろうと退いてくれるなら文句はない。さっさと前に進むだけだ。 だが、だというのに何故足が前に進まないのだろう。 それどころか、何故座り込んでいるのだろう? そこでやっとカミナは気づく。 さっきはギルガメッシュが道を譲ったのではなく、自分が勝手に倒れたのだということに。 (くそう……こんな所で……寝てる暇は……ねえのに……よ) だが、流れる血は止まらず、引きずられるように意識は消えていく。 意識を失った体からは力が失われ、その瞳からは光が消えた。 それはあっけない……だが考えれば当然の結末だった。 彼が今まで全身に負った傷は、10や20では収まらない。 そしてその傷のダメージの総量が彼のタフネスを超えてしまった……ただそれだけの話。 そして瓦礫の町の中、黄金の王を前にして。 カミナを動かしていた心臓は、その鼓動を完全に停止した。 「ふん……大馬鹿者は所詮大馬鹿者でしかなかったか」 ギルガメッシュは座り込む屍を一瞥し、心底つまらなそうにため息をつく。 そのまま一切の興味をなくし、踵を返して歩き去ろうとした。 『――カミナ!』 そこに青い髪の女が出現するまでは。 『な……ティ、ティアナ!!? いや、しかしその声は……!?』 「……ほう、人の体を手に入れたか魔具よ」 困惑するマッハキャリバーと対照的にギルガメッシュは落ち着き払っている。 それは首輪から解き放たれた今、彼の全てを見通す真眼―― 『全知なるや全能の星(シャ・ナクパ・イルム)』は目の前の存在の正体を看破しているのだから。 そしてクロスミラージュに続くように現れたねねね達が目撃したのは、 月明かりを照らし輝く王と頭から血を流しながら跪く男の姿だった。 「おい、ギルガメッシュ。お前まさか……」 まさか、この傲慢なる王の逆鱗に触れたのだろうか。 疑いの声を上げたねねねに対し、ギルガメッシュは煩わしげにため息をつく。 「やれやれ……雑種は目も曇っておるのか? そこな愚か者は勝手に近づき、勝手にくたばっただけよ」 真実、英雄王の逆鱗に触れたのなら肉片一つ残るまい。 跪く青年は五体満足、しかしその四肢に力は無い。 まるで神に絶望した聖職者のように、膝を突きながら、 王に愚か者と評されたその男は、全ての生命活動を停止していた。 『カミナ……』 誰もが言葉を失う中、クロミラはそのそばにそっとひざまずく。 傷つき過ぎた彼を気遣うように、その冷たい頬にそっと触れ、そして―― 『――歯ぁ、食いしばれ』 思い切り振りかぶり、容赦の無い一撃を無防備な顔面に叩き込んだ。 腰の入った一撃を受け、カミナの体が紙くずのように中を舞う。 そして数回バウンドした後、大きな音を立て、瓦礫の山に頭から突っ込んだ。 静寂の中、ガラガラと瓦礫の崩れる音がする。 だが、それ以外の音は聞こえない。 誰もが目の前で起きたシュールな光景に言葉を失っていた。 あのギルガメッシュすら驚きに目を見開いている。 『な、何をしているのですかクロスミラージュ!!』 その中で、最初に我に返ったのはマッハキャリバーだった。 彼の知るクロスミラージュは冷静で寡黙で、こんな文字通り死体に鞭打つ真似をするような人物ではない。 きっと理由があるはずだ。全員が納得に足るような―― 『気合が足りないようだから、気合を入れてやったまでです。 何かおかしい所でもありますか、マッハキャリバー?』 ――わからない。彼が何を言っているのか、さっぱりわからない。 しばらく会わないうちに、彼の身に何があったというのだろう。 肉体(ハード)的なだけでなく、精神(ソフト)的にも変わり果ててしまったのだろうか? 心臓マッサージでもあるまいし、あれでは完全に死「何しやがんだテメェ!」 『何ィー!!?』 何事も無かったかのように瓦礫の中からむくりと身を起こすカミナ。 そしてクロスミラージュの姿を見て、驚きに目を見張る。 それも当然か。 今の自分はマスターの、ティアナ・ランスターの姿を借りているのだ。 しかも彼はあの船の中でその死体を確認している。 彼にしてみれば歩き回る死体と思われても仕方がない。 「……随分と変わったじゃねえか、クロミラ」 だが、変わり果てても、彼はわかってくれた。 そのことが「お前はお前だ」と言ってくれているようで嬉しい。 『ええ、直接会うのは実に5時間と36分ぶりですねカミナ』 だがその視線が一部に集中していることに気づく。 じろじろ見られている。特に胸のふくらみを。 『……どこを見ているのですか、どこを』 「いや……お前、女だったのか?」 『……いえ、もともと性別など無い身ですが、 私に登録されていたマスターのパーソナルデータを元に構築したためこの姿になったようです』 「あん? どういうこった」 『偶然にも付近に落下してきた螺旋生命体と波長が合ったようで蛋白質を解析、 魔術回路をフレームとして、サブフレームに血流を模倣した魔術エネルギー・フォトンブラッドを循環させ、 魔術粒子によるアーティフィシャルスキンと擬似マッスルパッケージを実装し――』 「おいクロミラ……さっぱりわかんねぇぞ。もっと分かりやすく言え」 そういえばカミナと出会ったとき、自身のことを説明するのにやたら時間をかかったことを思い出し、クロスミラージュは数秒思案する。 そして出した結論は、 『簡単に言うと……気合、ですね』 「へ……分かってきたじゃねぇか」 カミナの口端が吊り上がり、大きな笑みを作り上げる。 そんなカミナの顔をクロスミラージュは覗き込む。 『それで……貴方は何をしているのです。 ここで倒れるのが大グレン団のリーダー…… いや、カミナという男ですか? "やり遂げた"ガッシュの友ですか?』 そして差し出されたのはボロボロのマントの切れ端。 所々に赤黒い汚れがこびりついたそれは、千の言葉よりも何があったかを物語る。 そしてクロスミラージュの言葉を聞き、彼が何を見てきたのかを悟る。 そっか、あいつも燃え尽きたのか。 それもきっとドモンのように、思いっ切り。 そう考えると不思議と悲しくはなかった。 代わりに沸きあがってきたのは、自分の不甲斐なさへの怒り。 「……そうだな、ああ、そうだ。こんなんは"カミナ"じゃねえよな」 グレン団の団員が男を見せたんだ。 だったら俺が、こんなところでゆっくりしているワケにはいかねぇよな。 そうだ、あいつらの慕ったリーダーもあいつらの友人としての俺もこんなもんじゃねえ。 あいつらの信じた俺も――もちろん俺の信じた俺もこんなもんじゃないはずだ! 『では、カミナ……貴方は今何がしたい』 そしてこの男は訊いてきた。 "何をしなければならない"、でもなく"何をなすべきか"でもなく、カミナが今、やりたいと願うことを。 「……なぁ、クロミラ。お前、空を飛んだことがあるか」 『――いえ』 マスターであるティアナ・ランスターは陸士であったため飛行する機会には恵まれなかった。 正確に言えばウィングロードで敵地に突入したり、ヘリで飛んだり、そこから降下したりという経験はあるが、彼がさすのはそういうものでもないのだろう。 「俺はあるぜ……初めて地上に飛び出したときのことを一生忘れねぇ」 生まれ育ったジーハ村を3人で飛び出したときのあの光景。 眼下には無限に広がる赤い荒野。 素肌を浚うのは吹きすさぶ風。 目を焼くのは沈み行く真っ赤な夕日。 薄紅色に染まる世界は、今でも心に焼き付いている。 「ここは穴倉だったんだな」 見上げる空はひび割れだらけ。 彼の知っている空はこんなガラクタじみてはいない。 亀裂が入るのは、穴倉の天井だと相場が決まっている。 だから、 「だったら……突き破るしかねぇよなぁ……!」 穴倉を掘り続け、開けた先には素晴らしい光景が待っているのだから。 『……まったく、貴方という人は』 単純な答えにクロスミラージュは苦笑する。 だがそれでこそカミナだというかのように、その顔には笑みが浮かんでいる。 「クロミラ、テメェも手伝え。これが終わらねぇとステーキにありつけねえんだ」 『ええ、もちろんですよ。だったらさっさと行きましょう。今は少しでも時間が惜しい』 「ああ……行くと……すっか……!」 そして、再びカミナは2本の足でしっかりと立ち上がった。 もう一度、歩き出すために。 「――まったく、度し難い奴らよ。 まだ天を突くなどという愚か者がいるとはな」 だが再び彼の前に立ち塞がるのは黄金の君臨者。 彼らの行く手を阻むのは、壁と呼ぶにはあまりにも高く堅固なバビロニアの城壁。 『King! 貴方はこの期に及んでまだ……!』 「黙るがいい具足。貴様にはその役目は期待しておらん。 答えるべくはそこの木偶よ」 ルビーのような赤い瞳がクロスミラージュを射抜く。 「答えよ魔具、そこな雑種が我にできなかったことをできるというのか? ――笑えん冗談はそこまでにしておけよ、雑種」 空気が殺意に塗りつぶされる。 全身から放たれる殺気が何よりも如実に王の決定を告げていた。 間違えた答えをすれば、その瞬間、死の審判をくれてやると。 殆どの魔力を失ったとはいえ、その力はいまだ最強。 恐らくはこの場の全員を瞬殺しても余りある。 高まる緊張感にジェリコを握り締めたスパイクの手のひらに汗が滲む。 『……無理、でしょうね』 「クロミラ、テメェ……!」 先ほど自分を叱咤した仲間の思いがけない否定の言葉にカミナは怒りをあらわにする。 だがクロスミラージュは冷静に言葉を重ねた。 『冷静に考えればそうでしょう。 カミナ、貴方はあまりにも――弱すぎる』 そう、カミナは弱い。 生き残り、いや、この会場に集められたものの中でも弱い範疇に入ると断言してもいい。 なるほど、短期間でヴィラルと戦えるようになった戦闘能力、 それに短期間の特訓でガンメンを乗りこなせるようになった適応能力、 それらは特筆すべき事項かもしれない。 だが、それらはあくまで常人の域を出ない。 古今東西の英霊の化身であるサーヴァントや人間兵器と称される国家錬金術師たちに比べればあまりにも些細な力だ。 かといって心も決して強いとは言えない。 いつも強気でポジティブなのは、弱気でネガティブな本質の裏返し。 精神も成熟しているわけではなく、どちらかといえば未熟の一言。 明智健悟のように冷静なわけでも、スカーのように達観しているわけでもない。 いくら明鏡止水を習得したとはいえ付け焼刃。 その心は成熟したとは言いがたいものがある。 そして……頭脳にいたっては言うまでも無い。 字も読めない。理解力も決して高くない。 二言目には気合と根性……もしかしたらぶっちぎりでバカかもしれない。 冷静に考えればこの男のスペックではあの月を破れない。 ――少なくともクロスミラージュの機械の部分はそう告げていた。 だが、 『ですが……私と一緒ならば、話は別だ』 2人ならば決して負けはしない。2人ならば不可能なことなど何も無いのだと、 デバイスは一片の疑いも無く信じていた。 その様子にギルガメッシュは興味を惹かれた。少なくとも即座に殺さない程度には。 「ほう、そこまで貴様は有能というのか? 愚か者1人を遥か天に押し上げるほどに」 『いえ、友を救うことも、仲間の凶行を止めることもできなかった。 私自身にそんな力はありません。ですが――』 彼の人差し指が向けられた先にあるのは青白く輝く月。 いや、その先にある"何か"をクロスミラージュは指している。 『我ら2人が弱点を補い合えば、天も、次元も……いえ、多元世界の全てにおいて貫けないものなどありはしない』 ――ならよ、俺とおめぇで弱点を塞ぎ合っちまえば、もう最強なんじゃねぇか? それはいつの事だったか。記憶回路に焼き付けられた彼の言葉。 理屈ではないその答えを、クロスミラージュは全力で肯定した。 「そうか――それが貴様の答えか」 そして世界を知り尽くしたギルガメッシュは知っている。 世界には、人の身に余る生き方というものがある。 それにそぐわない生き方というのは大きく分けて二つ。 なすべき夢に対し、己があまりにも卑小であるか。 それとも人の身に対し、あまりに壮大な夢を見るか。 前者はただただ愚かしいだけ。 そんな世の中に溢れ変える小石どもは生きている事すら愚かしい。 だが、後者の生き方をギルガメッシュは何よりも尊いと感じる。 あの男が泥から生まれた身で、人を超えようとしたように。 あの女が未熟な小娘の身で、王の隣に立とうとしたように。 それは愚かな生き様。その先に待つのは間違いの無い破滅。 だが、この世すべてを手に入れた王は思う。その破滅すら愛そう、と。 あまりにも身の程を知らぬその生き方は、彼の持つ蔵全ての財にすら匹敵する輝きを持つのだから。 天を越え全てを貫くなど、人の身にはあまりにも大きい生き方。 ましてや道具風情ならばなおのこと。 だが目の前の存在はそれを理解しながらも、そのことに一片の疑いすら持ってはいない。 全てを見通す眼力を持って、英雄王はデバイスの本気を理解した。 だからこそ笑いはせず、厳かに一度だけ頷き、 「――よかろう、ならばその在り方を見せてみよ」 英雄王は悠然と立ち去り、馬鹿2人へと舞台を譲る。 それが、王たる彼の決定だった。 「……はっ、言われなくともそうさせてもらうぜ…… クロミラ……俺のことはいい。お前には、"あいつ"を任せるぜ」 カミナがあごで指した先にポツンと転がるのは小型ガンメン。 フィールド発生の衝撃で吹き飛ばされてきたのか、そこには主のいないラガンが転がっている。 誰よりも信じる仲間に命より大事なものを託して、カミナは再びグレンへと一人、歩き出す。 だがやはり傷だらけのその体はゆっくりと傾き、地面へと倒れかかる。 しかし今度は膝が大地に付くことは無い。 ひょろりと伸びた、だが力強い腕が倒れかけた男の肩を支えたからだ。 「へへっ……悪いな」 「気にすんな、ニアの代わりだと思っとけよ」 肩を支える男の口から飛び出たのは一つの名前。 その名前を聞いた瞬間、まぶたの裏に珊瑚のようなくしゃくしゃの髪が揺れる。 「お前……ニアを知ってるのか?」 「ああ、助けるつもりが最後には助けられたよ。 あいつがいなかったら、俺はこうしてここにいなかっただろうな」 そうか……ニアも生き抜いたのか。 グレン団の一員としてまっすぐに。 「……だったら、反対側を支えるのはあたしの役目だ」 左肩を支えるのは全身泥だらけの女流作家――菫川ねねね。 「あたしはガッシュに助けられた。 だからガッシュの分まで、アンタを助けてやる…… アンタみたいなガキを死なせにいくなんて……ほんとは嫌だけどさぁ……!」 見れば何かに耐えるように歯を食いしばっている。 まるでガッシュみてえな姉ちゃんだ。 頑固で真っ直ぐで、きっと気持ちのいいやつなんだろうな。 「へっ、俺は死にに行くんじゃねえよ……ただ、意地を通しに行くだけさ」 「ガキが、生意気言うんじゃないよ」 ガキ扱いされるのも久しぶりだ。 しかも女からなんざ……本当に記憶の彼方だ。 だがそれも今は――悪くない。 「……じゃあ、私も」 そして背中に細い手が添えられる。 エレメントを使い飛び出した舞衣がカミナの背中を押し上げる。 そして、 「ねぇ、貴方がシモンの"アニキ"、なんでしょ」 その口から一番、懐かしい名前を聞いた。 「シモンを助けられなかった私にそんな資格があるのかわからないけど、 それでも……これぐらいは手助けをさせて」 この場で初めて会った3人の男女。 だが目を閉じればそこにニアが、ガッシュが、シモンがいるようだ。 それが嬉しくて、思わず口元が緩む。 グレン団の遺志を継ぐ3人に支えられ、カミナはグレンへと向かっていく。 そしてその光景を見つめながら、クロスミラージュは1人の少女と向き合っていた。 『クロスミラージュ……』 正確に言えば、彼が向き合っていたのは、ゆたかの手に握られた槍型デバイス。 舞衣が預けた"道"の名を持つ魔槍は男の声でその名を呼ぶ。 『……皮肉ですね。一番饒舌だったあなたが沈黙を守り、一番寡黙と評された私がこうなるとは』 そう呟くクロスミラージュは一見無表情。 だがストラーダもまた知能あるデバイスだ。 だからどうしても気づいてしまう。クロスミラージュの顔に浮かぶその感情に。 『クロスミラージュ……何故だ。何故、お前は……"泣きそうな"顔をしている』 クロスミラージュの顔に浮かぶのは捨てられた子供のような、触れれば砕けてしまいそうな儚い微笑み。 ストラーダにはそれが泣きそうな子供の顔にしか見えなかった。 『そう、ですね……ミス・コバヤカワ。 一つだけ、聞きたいことがあるのですがよろしいですか?』 人を超えた英雄王でなく、ただの人として生まれた少女に。 『――何故、こんなにも寂しくて人は生きていけるのですか?』 自由に動く手足を手に入れた。 それは望んでいたはずなのに、あれだけ願ったはずなのに。 束縛から解き放たれた今、体はとても不安で、足元から崩れ落ちてしまいそうだ。 何故こんな状態で人は立てるのだろう。人は前へと進めるのだろう。 クロスミラージュには、途中から体を与えられた生命にはそれが――分からない。 その問いかけにゆたかは必死に考える。それが今自分にできる最善と信じて。 そしてしばらくの沈黙の後、少女は口を開く。 「きっと……さみしいから、誰かと一緒に生きていくんです。 きっと1人じゃ不安だから……他の人を助けて、他の人に助けられて、やっと寂しさに耐えられるんです」 私が舞衣ちゃんを支えられたみたいに、 ねねね先生に、スパイクさんに、そして"あの人"に助けられたみたいに。 きっとこの寂しさは誰かと触れ合うためのエネルギー。 それは――いろいろな人に助けられてきた少女が出した、優しく小さな一つの答え。 その答えに満足したようにクロスミラージュは目を閉じ、頷く。 『そうですか……だとしたらこの寂しさは素晴らしいものなのですね』 ああ、そうか、だから彼や彼女は歩けたのか。 どんな時だって、2本の足でしっかりと。信頼できる誰かと一緒に。 「フン……雑種らしい、惰弱な生き方よな」 そこにもう一つの声が重なる。 それはその輝きを知るがゆえにあえて孤高を選んだ黄金王。 そしてその足に輝くのは彼も良く知るローラーブレード型デバイス。 『マッハキャリバー……』 そしてそれは、ここに長い時を経て再会した"彼女たち"に縁があるものが集ったのだという事実を指し示していた。 スバル、ティア、エリオ、キャロ…… 彼女たちは全員死んだというのに、自分たちがこうして再会を果たしている。 ああ、これを皮肉と言わずして何と言うのだろう。 ……だが、ここまで破壊されずに生き残ったことに意味があるのだと思いたい。 どうやら三人とも生き残りの中に新たなマスターを見つけたようだ。 ならばきっと自分のように無力に嘆くことも無いだろう。 『……マッハキャリバー、ストラーダ、フリードリヒ…… 機動六課の生き残りとしての役目は貴方たちに任せます。 どうか今のマスターに尽力を』 人を守れ、人を救え。 それはデバイスの持つ基本則。そして――きっと彼女たちが望んでいたこと。 だからせめて残った彼らにはその意志を継いで欲しいとクロスミラージュは思う。 『あなたは……どうするのです』 『……機動六課のデバイス・クロスミラージュはもういない。 ティアナ・ランスターの銃型デバイスは螺旋の彼方に消えたのです。 ここにいるのは……グレン団のクロミラだ』 散っていった彼女たちを思う、中立の時間はもう終わりだ。 ここからはただのクロミラとして行動を始めよう。 ラガンへとその視線を向け、歩き始める。 『クロスミラージュ!』 マッハキャリバーが名前を呼んでも、その歩みは止まらない。 もう自分が機動六課(かこ)に戻ることは無いのだから。 『行って来ます、――私の、かけがえの無い仲間たちよ』 だが、しかし忘れることなく背負っていこう。 機動六課のあの日々を。仲間たちとの思い出を。 今の私を作るものとして。 そしてクロスミラージュは振り返ることなく歩き出す。 その先にある、友に託されたガンメンを目指して。 ◇ 3人の力を借りて、カミナはコックピットシートに深く身を預ける。 「ねねねに舞衣にスパイクつったか……ありがとよ」 「礼なんて言うな。それでも言いたいなら……ガッシュにでも言っといてくれ」 ああ、そうだ……こいつもついでだ、持っていけ」 ねねねはそう言うとカミナの頭の傷口にガッシュのマントを括り付ける。 傷口に触れた瞬間、ピタリと血が止まったような気がした。 実際に止まったかどうかなど関係ない。カミナにとってはそれだけで十分だった。 「へっ、ありがとよ……これで百人……いや万人力だ。 ああ、そうだ……ついでに何か食いもん持ってねえか? 流石にちょっとばかし血が足りねぇ」 「こんなんでよけりゃ持ってけよ、餞別だ」 スパイクがデイバッグから取り出したのはブタモグラのチャーシュー。 願ってもない。今一番足りないのは血と肉だ。 止めるまもなく齧り付き、5人前以上のそれを一気に平らげる。 先ほどまで力尽きていたとは思えないその食いっぷりに驚く3人を尻目にカミナは口を、喉を動かし たった数秒でそれを完食した。 「あ゛ー……ステーキまでの腹ごしらえとしちゃあ上出来だな。 さんざん世話になったお前らにゃ礼の一つでもしてやりてぇが、見てのとおり何も持ち合わせがねぇ」 「だったら一つ聞かせろ……ドモンの奴は……死んだのか」 スパイクのその質問には答えない。 彼の中でドモンは死んだのではなく、燃え尽きただけなのだから。 だから、こう答えよう。 「ドモンは……笑ってたぜ」 「……そうかい」 それだけでスパイクは、3人は悟る。 あの男らしい炎のような最期だったのだろう、と。 3人とも目を伏せ、そっと黙祷をささげる。 そしてその我武者羅な生き方に憧れた青年は思う。 俺もああいう風に生きたいと。決して途中で投げ出さず、全力で貫き通したいと。 「そうだ……貫くんだ。 ガッシュがいなくなろうが、ジジィが螺旋王と手を組んでいようが結局やることはかわらねぇ」 「――おい、そりゃどういう意味」 「あぶねえぞ、離れてろ」 スパイクの疑問をさえぎるように、グレンのコックピットが閉まる。 モニターに映るのはラガンに乗り込んだクロミラの姿。 へっ、悪いな、シモン。今日だけはアイツと俺のグレンラガンだ。 『行きますよ、カミナ!』 「――おお、来い!」 ラガンが天高く飛び上がり、グレンに衝撃が走る。 ドリルがコックピットまで突き刺さり、カミナの眼前に先端が突き出る。 エネルギーが全身に行き渡り、腕が伸びる。足が伸びる。 どこからとも無く兜が現れ、巨大な人型のシルエットが姿を現す。 「天も次元も乗り越えて、出会った魂紅蓮に燃える!!」 だが、その姿は完全とは程遠い。 ラガンの超回復能力をもってしても限界が来ているのだ。 装甲は所々ひび割れ、ラガンを特徴付けていたサングラスブレードは失われている。 この会場で無双を誇っていた武人の姿はそこには無い。まるで矢尽き刀折れた敗残の将だ。 『人と機械の境界越えて、ひたすら進むは螺巌の道を!』 だが、残された2本の足は大地をしっかりと踏みしめ、2本の腕は胸の前で力強く組んでいる。 その勇姿は、希望を捨てぬ人々の祈りが生み出した抗うものたちの守護に相応しい。 そう、その名は―― 『友情合体、グレンラガン!』 「オレを!」 『私たちを!』 「『誰だと思っていやがる!!』」 名乗りを上げるその姿は、まさに威風堂々。 長い時を経て、グレンラガンは本来の姿を取り戻したのだ。 『最適地点まで移動します。少し休んでください』 月明かりの中、赤い巨人は移動を開始する。 ゆらゆらと揺れるコックピットの中でぼんやりと考えるのは、頭上のコックピットに乗り込んだ仲間のことだ。 「まさか、アイツと合体することになるとはな……」 出会いは、奇妙なものだった。 ――少し話をしませんか? 敵だと思ってた女が落とした銀色の板。 最初は無感情な奴だと思っていたが、行動を共にするうち、次第にその中に魂があることがわかってきた。 時に喧嘩し、時に笑い合い、時に共に泣いた。 妙に人間くさい板切れとすごした時間……それはとても楽しいものだった。 だがそれは同時に、もっといたはずの仲間の姿をどうしても思い起こさせる。 あれだけ騒がしかった仲間はいない。 もう自分たちを残してグレン団は誰もいないのだ。 シモンも、ヨーコも、ニアも、ビクトリームも、ガッシュも。 あれだけあった暖かい物は、すべて取りこぼしてしまったのだ。 何の気なしに周囲を見渡せば、あるのはただ瓦礫のみ。 動く物は誰もおらず、シンとした静寂が辺りを包んでいる。 取り残されたのは生き残ったグレン団のリーダーと元板っ切れ。 この地でグレン団を作ると決めたそのときにいた最初の2人だけ。 荒涼とした風景の中、唯一残されたのは鉄塔。 先ほどの戦闘の余波か僅かに傾き、地に影を落としている。 それはまるでグレン団の墓標のようにカミナには感じられた。 「……へっ、2人に戻っちまったな」 『いえカミナ、それは違います』 だが断固たる意志を言葉の裏に滲ませ、クロスミラージュはカミナの言葉を否定する。 『ニアも、ビクトリームも、ガッシュも、Mr.ドモンも……彼らと過ごした時間は短い物です。 ですが、私のこの胸に、この背中に、記憶の最も深いところに刻み付けられている。 絶対に忘れることの無い、大切な思い出として。 だから私たちはあの時と、無力だったあの時と同じではありません。 決して2人だけでは――ありません』 クロスミラージュの口から出てくるのはいつもと変わらない電子音声。 だがカミナはその裏に確かに感じ取った。 友の、クロスミラージュの篤い想いを。 だから、自然と口の端も上がろうというものだ。 「そうだな……違いねぇ。お前に言われるたぁ、俺もヤキが回ったか」 『ええ、カミナらしくもない。 あなたは時に大事なことを忘れる』 「はは、おめえも言うようになったじゃ――」 だが、カミナはそこで言葉を失う。 カミナの視線の先、破砕した映画館の瓦礫の上、子供がうつぶせに倒れている。 爆発に巻き込まれて跳ね上げられでもしたのか、 無残にも後頭部は破壊され、顔はつぶれ、遠目では男か女かも判別がつかないほどに損傷している。 しかしカミナはその亡骸から目を放せない。 ずり落ちて首にかかる状態になったゴーグルと、血で赤黒く染まった青い髪。 そして何よりもその背中に描かれた赤いマーク。 見間違うはずも無い、その背中は自分がずっと見続けたものなのだから。 『どうかしましたか、カミナ』 「なんでもねえ、よ……」 だが、それでも挫けない。 今にも折れそうな心を意地と根性で塗り固め、2本の足で大地を踏みしめる。 たった一つの強がり抱いて、男は不敵にニヤリと笑う。 そうか、シモン。わざわざ見にきてくれたか。 男カミナ、一世一代の大仕事を。 だったらしかとその目に焼き付けとけよ。これが――俺の、晴れ舞台だ。 『カミナ、目標地点に到着しました』 「……おう」 鋼の体と電子の心、肉の体と炎の心。 二対の視線が月を睨む。 こんな時何を言うかは決まっていた。 その言葉は、2人にとって大事な人を思い起こさせる。 カミナはどんな時だって諦めない小さくて大きな背中を。 クロスミラージュはいつだって努力を重ねてきた笑顔を。 それはとても大事な記憶。 だからその言葉はきっと彼らにとって愛より重く、強い。 そして、だからこそ今、口にしよう。 「――行くぜ、相棒」 『――All right, My buddy』 その言葉に、万感の想いを込めて。 ◇ 遥か遠くに見えるのは、月明かりに照らされた赤いシルエット。 それに乗り込むのは"何か"を決意した男たち。 本当にこれでよかったんだろうか、もっと方法があったんじゃないだろうか。 みんなが助かるような、そんな素敵な方法が。 少なくとも、こうやって送り出すのは間違いじゃなかったのか。 小早川ゆたかはそう思ってしまう。 「……死に場所を見つけたんだよ、あいつらは」 スパイクのその言葉にも頷く事はできない。 生きるべき場所はあれど、死ぬべき場所があると考えたくない。 愛と平和(ラブアンドピース)は、そういうものだと彼女は思う。 「……む?」 そんな中、ギルガメッシュが何かに気づく。 『どうしました、King?』 「フン……まだ生きていたか」 「え……」 どういうことか聞く前に異変は起きた。 グレンラガンの前に立ちふさがるようにそれは現れる。 瓦礫を吹き飛ばし、それは異形の姿を月明かりの元へ晒す。 漆黒のシルエットを持って現れたそれの名は―― 時系列順に読む Back HAPPY END(16) Next HAPPY END(18) 投下順に読む Back HAPPY END(16) Next HAPPY END(18) 285 HAPPY END(16) ヴィラル 285 HAPPY END(18) 285 HAPPY END(16) シャマル 285 HAPPY END(18) 285 HAPPY END(16) スカー(傷の男) 285 HAPPY END(18) 285 HAPPY END(16) ガッシュ・ベル 285 HAPPY END(18) 285 HAPPY END(16) 菫川ねねね 285 HAPPY END(18) 285 HAPPY END(16) スパイク・スピーゲル 285 HAPPY END(18) 285 HAPPY END(16) 鴇羽舞衣 285 HAPPY END(18) 285 HAPPY END(16) 小早川ゆたか 285 HAPPY END(18) 285 HAPPY END(16) ジン 285 HAPPY END(18) 285 HAPPY END(16) ギルガメッシュ 285 HAPPY END(18) 285 HAPPY END(16) カミナ 285 HAPPY END(18) 285 HAPPY END(16) ドモン・カッシュ 285 HAPPY END(18) 285 HAPPY END(16) 東方不敗 285 HAPPY END(18) 285 HAPPY END(16) ニコラス・D・ウルフウッド 285 HAPPY END(18) 285 HAPPY END(16) ルルーシュ・ランペルージ 285 HAPPY END(18) 285 HAPPY END(16) チミルフ 285 HAPPY END(18) 285 HAPPY END(16) 不動のグアーム 285 HAPPY END(18) 285 HAPPY END(16) 流麗のアディーネ 285 HAPPY END(18) 285 HAPPY END(16) 神速のシトマンドラ 285 HAPPY END(18)
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HAPPY END(18)◆ANI2to4ndE ◇ 「まだ生きてやがったか……ジジィ!」 そう、瓦礫を押しのけて現れたのは半壊のマスターガンダム。 左腕が千切れ、片目は潰れ、東方不敗の姿が目視出来るほどにボディは損壊していた。 だがその全身から溢れる闘気と殺気は衰えることなく、クロスミラージュの作り物の肌を粟立たせる。 その姿はまさに妄執の化け物と呼ぶに相応しい姿だった。 何故、究極の一撃を受けた東方不敗が生きているのか? その理由は、彼の周囲に散らばる白い破片。 ドモンとカミナの魂の一撃が炸裂する直前、風雲再起の駆るモビルホースがマスターガンダムを庇ったのだ。 放たれた究極の拳は、風雲再起の命を代価として、致命にまで届かなかったのだ。 「ワシはまだ死なん……目的を達するまでは!!」 「テメェの……目的だと!?」 カミナとて目の前の老人が何らかの思惑で動いていることは察している。 だが彼にはその目的が分からない。 最初会った時はこっちを本気で殺そうとし、次に会ってからは手加減して鍛えようとしやがった…… カミナにはその真意が分からない。彼には――さっぱりわからない。 そんな青年に対し、東方不敗はニヤリと笑い、 「ワシの目的は自然を、ひいては美しい地球を救うことにほかならん!」 『それとこれとが、どう繋がる! 人同士を殺し合いに導き、戦わせ、それがどうして自然を守ることと同じ意味を持つ!』 ディスタントクラッシャーを受け止めながら、クロスミラージュは理解できぬものに問いかける。 モニタ越しに問いかけた相手を目視した東方不敗は驚きに目を見張る。 ラガンに乗っていたのは、死亡したはずの女と同じであったからだ。 しかもその口から発せられたのは明らかに作り物の声であった。 「貴様……何者!?」 『私の名はクロスミラージュ……貴方とは何度もお会いしたことがある、ご老人』 名乗りを上げる少女に二重の驚きを重ねる東方不敗。 彼もまたルルーシュから齎された情報によって、クロスミラージュの正体を知っているのだ。 だが、今更そんな事は些事だと思い直す。 人の味方をするのならば、また貴様もこの東方不敗の敵に他ならないのだから。 東方不敗はその顔に感情の色を乗せ、言葉を叩きつける。 その感情の名は――怒り。 「よかろう……ならば貴様にも聞かせてやろう! ワシの目的はなぁ……人類抹殺による自然の救済ぞ!」 『なっ!?』 「んだとぉ! そりゃ、どういう意味だっ!」 「まだ分からんのかこの馬鹿弟子がぁああっ! 貴様の天元を突破させ、この場にアンチ=スパイラルを降臨させる! そしてその力を用いて、全ての世界、全てにおいて人が犯してきた罪を償うのだ!!」 東方不敗は知っている。 さまざまな世界で地球が悲鳴を上げていることを。 多くの世界で環境問題は日々悪化し、ある世界では地球を見捨てて逃げだしさえした事を。 罪深きもの、ああ、汝の名は――人類。 「そしてドモンが死んだ今、ワシ自らの手で貴様らを押し上げるまでよ……! 食らえぃっ!! 十二王方牌大・車・輪!!」 マスターガンダムから発せられた気が、小型の分身となってグレンラガンに襲い掛かる。 『う……おおおおおっ!?』 「ぐ……ああああああああああっ!」 直撃を食らったグレンラガンが吹き飛ばされる。 瓦礫を砕きながら、唯一残った鉄塔へと叩きつけられる。 崩れ去る鉄塔の中で、クロミラは目の前の悪魔を睨みつけ、そして理解する。 最大最強にして最悪の"壁"が現れたという、その事実を。 ◇ 3人のロボット越しの会話はスパイクたちの位置からではほとんど聞き取ることが出来なかった。 だが一瞬だけ聞きとることができたその声は、 「あのお爺さん……!」 舞衣にとって忘れようもない声だった。 あの時、自分にソルテッカマンを渡した老人。 一度敵として向き合ったことがあるが、相手にすらならなかった。 人形のようだったチミルフとは違う。 チャイルドを召喚しても勝てるイメージが一つも浮かばない。 「舞衣ちゃん!」 「ええ、わかってるわ、ゆたか!」 だが、彼らが天を貫けないと全てが終わるのだ。だから命を懸けて足止めをしてみせる。 決意の命ずるまま目を閉じ、脳裏に浮かぶ龍のイメージを現実へと呼び起こす。 「やめよ女。奴らの邪魔をすれば、その瞬間に頭蓋を叩き割るぞ」 だが、ギルガメッシュの怜悧な声がそれを停止させた。 「何で……なんで邪魔するのよ!」 「フン……やつらは愚かにもこの我に向かって、天を突くという大言を吐いたのだ。 あの程度の壁……突き崩せずして天を突き破るなど片腹痛い」 「でも! でもっ!」 『マイ、ユタカ、私からもお願いしたい』 それでも反論しようとするゆたかを止めたその声は足元から。 マッハキャリバーが、明滅を繰り返しながら、おそらくは生まれて初めての我侭を告げる。 『クロスミラージュの……私の友人の生き様を記憶回路に焼き付けさせて欲しい』 『私も同じだ。そして、クロスミラージュは、負けはしない。 機動六課の、我らの仲間は、決して』 「キュイ!」 ストラーダとフリードリヒもそれに同調する。 「ってことは……」 「まぁ、そういうことだ」 葉巻に火をつけながら、スパイクも右に倣う。 その視線の先でグレンラガンの巨体が三度、宙を舞う。 ギルガメッシュも、スパイクも、フリードリヒも、まるで魅入られたようにその光景を見ている。 あの2人なら、どんな絶望の中でも何かをやらかすはずだと信じているかのように。 「あー、揃いも揃って男ってヤツは……馬鹿ばっかか!」 だがそう呟くねねねの口の端は上がっている。 ああ、確かにそうだよな王ドロボウ。 (ここで手を出すのは……"粋"じゃないってことなんだろ……ジン) 今度は衝撃で数キロ吹っ飛ばされるグレンラガン。 バスケットボールのように地面をバウンドする。 その装甲は前にも増して傷だらけ。 状況は不利どころではない。誰が見ても勝利すら難しい。 だが未だ、誰1人として絶望はしていなかった。 ◇ 瞼が、重い。 さっきから瞬きをするたびに気が遠くなる。 足が、冷たい。 鼻に付く鉄の匂いが、それは流れ落ちた血のせいだと教えてくれる。 抗いようの無い睡魔が、カミナの脳に意識を手放すように訴える。 甘美な誘惑に駆られるまま目と瞑り、全ての意識を放り出そうとして、 ――カツン 何かが胸を叩く感触に、目を覚ます。 ぼんやりと見上げたそこにはひび割れた夜空と真白い月。 それでやっと自分が倒れているのだと気づく。 しかもどうやら度重なる攻撃でコックピットを包む装甲がやられたらしい。 そしてその割れた部分から、何かが落ちてきたようだ。 何が胸を叩いたのか……何ともなしに目を下へと向けて 「――!」 それが何であるか認識した時、カミナの意識は覚醒した。 むき出しの胸を叩いたのは、髑髏を模した髪飾り。 カミナはそれに見覚えがある。 いつの間にか自分の胸の辺りに位置していた。 あいつの赤い髪の毛によく似合っていた、それ。 ぼんやりとカミナは呟く。 「……ああ、これで、全員そろったな」 右手はニアが、左手はガッシュが、背中はシモンが、そして前はヨーコが支えてくれる。 あとは俺が立つだけだ。この、2本の足で。 『貴様さえ、貴様さえ唆さねば、あの馬鹿弟子は……!!』 螺旋力のぶつかり合いか、それとも拳のぶつかり合いの成果か。 打撃を受けるたびに東方不敗の悲痛な叫びが聞こえてくる。 その中で聞こえたのは――愛弟子を失った、哀れな師匠の叫び。 「へっ、やっと人間らしい本音が出たじゃねえか。 だがよ……」 手に力が戻る。 そして、力いっぱい右手のレバーを握り締め、 「勝手なこと……抜かしてんじゃねえパーンチ!!」 振りぬかれた右手は防御を捨てていたマスターガンダムにたやすく当たりその巨体を吹き飛ばす。 そしてカミナの意志に答えるように、グレンラガンは何度でも立ち上がる。 「小せえ小せえ! てめぇはどこまで小さくなりゃ気が済むんだ東方のジジィ!!」 「なんだと……!」 「何でもかんでも人のせいにして、いざとなったら何とかスパナとかいう他人頼り! はっ、他人任せで何が出来るってんだ! おまえの弟子のドモンはもっとデカかったぜ!!」 『――ええ、まったく同意だ。 今の貴方は駄々をこねているようにしか見えない』 モニターの向こうでクロスミラージュも頭から血を流しながら、その目に闘志を燃やす。 『……それに、貴方の論理は破綻している。 何故ならば東方不敗、貴方自身も人類だからだ。 人類抹殺で罪を償うなど、楽な方へ逃げているに過ぎない。 ……本当にそう思うのならば本当のバカだ、貴方は!』 「さぁて――決着をつけようぜ、ジジィ! ドモンの代わりに俺たちが目を覚まさせてやる!」 『覚悟してください、私たちの拳は見た目より重い。だから――』 「『――歯ぁ、食いしばれ!!』」 そう宣言し、グレンラガンは指を突きつける。 言葉と共に叩きつけられたその闘気はあまりにも巨大。 そこで東方不敗は初めて気づく。 己が、マスターガンダムが数歩、後退していたことに。 そして腕が、わずかに震えていることに。 (バカな、怯えているだと……!? このワシが、この東方不敗マスターアジアが!?) 腕の震えは広がり、全身を震わせる。 だがしかし、 「なめるなよ小僧どもがぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 されど、東方不敗とて螺旋力に目覚めたもの。 わずかに感じた恐怖を怒りへと転化させ、 更には魂の叫びを通じて緑色の光へと昇華させる。 そしてその身に染み付いた無窮の武練は自然と必殺の拳の型をとらせていた。 そのエネルギーは過去最大。 さきほどドモンとカミナの友情に押し負けたエネルギーとは比べものにならない。 そのことは対峙する彼らは文字通り肌で感じ取っていた。 だがそれだけのエネルギーを前にしても、微塵も恐怖は湧かなかった。 「おい、クロミラ……まだいけるか?」 『無論です。貴方の相棒はタフでないと務まりませんよ』 「へっ、違いねえや。クロミラ、だったらよ……アレを使うぜ」 『アレですね……ええ、いいでしょう!』 以心伝心。 込められた螺旋力により両手のドリルが変化し、一対の武器となる。 その武器にはグリップがあった。トリガーがあった。 白亜の銃身とその中心に位置する紅の×十字。 "それ"の名を知る者がいたらこう呼ぶだろう――クロスミラージュと。 赤い武者鎧に白い銃、その姿から放たれるは東方不敗がかつて敗北を喫した必殺の技。 来たるべき力のぶつかり合いを予感した大気が恐怖に慄き、限界を告げる大地が苦痛に身をよじる。 そして、その時は――きた。 「流派東方不敗が最終奥義ぃ!! ダァァァァァクネス、フィンガァァァァ、石・破・天・驚・拳ッ!!!」 『「必殺!! ギガ、ドリィィル……クロスファイヤァァァッ! シュウトオオオオオオオオッ!!」』 2つの叫びは世界の終焉を告げる天上の喇叭。 光と、轟音と、風を巻き込みながら、2つの螺旋エネルギーは真っ向からぶつかり合った。 ◇ 轟音が耳を劈き、震える空気が肌を叩く。 巻き起こる暴風に吹き飛ばされないよう必死で足を踏ん張る。 彼らの全てを見届けるために。 『――俺達全員が助かるには、この方法しかなかった!』 だがそのとき、風に紛れ、誰かの声がゆたかの耳に届く。 落ち着いたビブラートのかかった声は―― 「ス、スパイクさん、何か言いました?」 「あ? いや、俺は何も――」 「おい、なんだありゃあ!?」 ねねねの言葉に視線を上げれば、そこには異常な光景が繰り広げられていた。 2つのエネルギーがぶつかり合う、丁度中間地点。 そこが罅割れ、映画のスクリーンのごとく明らかに別の風景が映っているのだ。 そこに映るのは男がいた。女がいた。 老人がいた。赤ん坊がいた。 強者がいた。弱者がいた。 ただ、一つだけ共通していたのは彼らが、互いに殺し合っているということだけ。 螺旋の向こう側で、凄惨な光景が繰り広げられていた。 その現象にデバイスも含めた全員が驚愕する中、ギルガメッシュだけがつまらなげに鼻を鳴らす。 「フン……老いぼれの怨念に引き寄せられたか」 『King! あれは一体』 「克目するがよい雑種ども。あれこそが"多元世界"よ」 2つの螺旋のぶつかり合いは時間軸、空間軸それらすべてを含む因果律を歪め、 本来なら触れ合うはずの無い異世界の姿を引き寄せていた。 まるで東方不敗の絶望に引き寄せられるように、悪夢のような光景を。 その中に、彼女たちの知る絶望があったとしても。 ――『ご褒美をちょうだい』! 役に立つ物を! そこには、罪に手を染めた雪の少女がいる。 ――ああ―――裏切るとも そこには、少女を殺した正義の味方の成れの果てがいる。 ――壊すんだ、全部、みんな……! そこには、罪悪感で壊れそうな精神を歪んでしまった正義で守る少女がいる。 「そんな……イリヤ……さん」 「衛宮……!」 『スバル……』 悪意は悪意を呼び、無限の悲劇を引き寄せる。 それはグレンラガンの中にいる2人にしても同じこと。 彼らは聞く。 死の間際、最悪の形で義理の妹との再会を果たした少年の叫びを。 彼らは見る。 無害な羊の皮をかぶり殺戮を繰り返した冥王の姿を。 彼らは感じる。 血まみれのメロンパンを前に慟哭する少女の痛みを。 ……そこには、悪意があった。 優れた智謀によって多くの参加者に悲劇を招いた悪魔のような少女がいた。 弱者であることを武器に集団に紛れ込み、ひっそりと殺人を繰り返す少年の姿があった。 自分の愛する少女にあまりに身勝手な愛を与えるために、誤解と殺戮をばら撒く女の姿があった。 ……そこには悲劇があった。 己の存在意義を真っ向から否定され、絶望にくれる獣の姿があった。 愛する男のために、どれだけ致命傷を受けても相手をただ殺そうとした少女の姿があった。 妹のことを思って行動した少年は、畜生となり数奇な運命を経て解体された。 ……そこには絶望があった。 もう一度歌を歌いたかっただけの少女は、大きな悪意によって凄惨な最後を迎えた。 狂気の果てに、なりきることで娘の生存を信じようとした哀れな母親の姿があった。 神を自称し暴虐を振るった少女が、恋心を踏みにじられ絶望の中で死んでいく光景があった。 それらはすべて、殺し合いによって生まれたものたち。 蟲毒から生まれた怨嗟と絶望のエンドレスリピート。 そして螺旋の中心にいる彼らは誰よりも「この世全ての悪」にも似た「多元世界全ての絶望」に晒される。 ――帰ってきた現実のほうが、よっぽど地獄じゃねえか! 誰かが言ったその言葉が何よりも心を抉る。 まるでそれは散り行くものの怨嗟の声。 それは、どれほどの絶望か。 それは、いかほどの災禍か。 それは人の業、それは人の醜さ、それは人の悪意。 その全てを間近に受けて、 『――それが、どうした』 それでも、彼は膝を突いてはいなかった。 効果が無いわけではない。 今までだってクロスミラージュの心は折れそうになっている。 彼が螺旋の向こうから突きつけられたのは、信じたくない光景の数々だった。 それは、若き日の高町なのはが無慈悲な目で仲間であるはずの少女の傷口を焼く光景であり、 それは、年若いフェイト・T・ハラオウンが怒りのままに少女を肉片一つ残さず消滅させる光景であり、 それは、烈火の将や鉄槌の騎士が主の復活を願うまま、凶行を繰り返す光景であり、 それは、疑心暗鬼におびえ、破壊の力を振るったマスターの親友の姿だった。 どれもクロスミラージュの知る彼女らからは考えられない姿。 人は容易く狂気に飲み込まれるということへの証左とでも言うように。 「何故だ……何故これを見ても人の愚かさがわからん!」 光の向こうから聞こえるのは東方不敗の叫びにも似た声。 もしかしたら彼もかつて自分が突きつけられた絶望を改めて見せられているのかもしれない。 だが、だからこそ思う。 『貴方こそ何故認めようとしないのだ、人の――素晴らしさを』 彼は、忘れない。 機械であるがゆえに、苦しいことも、そして楽しいこともずっと覚えている。 だから聞こえる。彼らのあの声が。 闇に吸い込まれてもなお輝き続けるあの声が。 ――行くわよ、クロスミラージュ! 六課で過ごしてきた輝ける日々。 ――行くぜ、クロミラぁ! そしてグレン団の仲間の笑い声。 深いところに記憶されたそれは、決して忘れることは無いメモリー。 あの日、彼女たちがくれた言葉は今でもこの胸に届いているのだから。 素晴らしい過去はまるで星のよう。 決して手は届かず、だが確かにそこにあり続ける。 そして人は星の光を頼りに、見果てぬ闇を突き進むことが出来る。 努力を重ねながら、間違いつつも、きっと前に進むことが出来る。 迷ったことも、抗ったことも、そのすべてを誰もが持つ螺旋のうちに飲み込んで。 その証拠に、螺旋の向こうに見えるのは絶望だけではない。 ――これが、あたしたちの全力全開!! 異形の右拳に赤い少女の魂が重なる光景がある。 ――私は笑顔でいます。元気です。 親友の喪失という痛みを乗り越えた、運命の名を持つ少女の姿がある。 もっと深くを見通せば、かつて敵対した少女が新しく出来た"弟"を守るため、仮面の魔人相手に立ち向かう姿があった。 先ほど"高町なのは"を殺した少女が、目に確固たる正義の意志を浮かべ、別の女の凶行を止めようとしていた。 剣の丘で嘆く男の吸血鬼に立ち向かう背中が、仲間に見守られながら古びたドアを潜る少年の背中に重なる。 多くの人の人生を踏みにじった罪深い男は、少女を信用させようとついた嘘からついには本物の正義の味方になった。 かつて命を弄んだ男は、反逆を旨とするトリーズナーに出会い、真っ向から弱い自分に反逆した。 闇より生まれたはずの王子は、師を得て、友を得て正義の系譜を継いで行く。 一瞬見えた光景には、マスターとは別の少女の手に握られた自分の姿すらある。 そのすべては確かに多元世界のどこかであったこと。 ぶつかり合う螺旋の先には無限の闇があり、それと同時、無限の光があった。 宇宙という無明の闇に、確かに輝く星々があるように。 そう、天の光はすべて星。 そのどれもがクロスミラージュという存在を惹きつけてやまない、"希望"という名の星々(スターズ)なのだ。 『私は……その光を信じる、そうだとも……人を信じる自分を信じる! それが私の答えだッ! 誰にも文句は言わせるものか!!』 それがクロスミラージュの出した答え。 人と機械の狭間を生きる彼が出した、たった一つの真実。 「へ……へへっ、言うじゃねえかクロミラ」 そして、この男も折れはしない。 「そうだ……俺にゃあ難しいことはわかんねえ。 ジジィの言うことだってあながち間違いだけってわけじゃねえ。 だがよ……ぉっ!」 カミナは曲がらない。 その背中に、何かを背負っている限り。 炎のように燃えるグレン団の魂を背負う限り、折れることも曲がることも無い。 今にも折れそうな心は相棒が支えてくれる。 だから愚直なまでにまっすぐに突き進むことができるのだ。 「そうだ、俺の信じた俺は……俺の信じたダチどもが、グレン団が!! こんなちっぽけであってたまるかよおおおおおおっ!!」 ――墓穴を掘っても掘り抜けて、突き抜けたなら俺の勝ちだ! ……どこからか、とても懐かしい声が聞こえる。 そうだ、間違っててもいい。 間違ってても、信じて貫けばそれはきっと本物になれる。 誰が何と言おうと、それが――俺の宇宙の真実だ。 その時、カミナは右手に感じたのは微かな痛みと燃えるような灼熱。 右手の甲に輝くのは王者の証。太古から連綿と続いてきた人類の守護者の紋章。 今、ここに生まれたのは歴代で最も未熟で、だがしかし、最も真っ直ぐなキング・オブ・ハート! 「バ、ばかなっ!! 貴様などがキング・オブ・ハートに!」 「馬鹿はテメェだ……クソジジイ!」 そう、あいつも味方してくれるのだ。 アイツだけじゃない。声は聞こえない、だがそれでも確かにみんなを感じるのだ。 だったらよ、 「行こうぜ、みんなでよぉっ!」 カミナの叫びに応えるように、グレンラガンの右手が金色に光り輝く。 同時、右手に握られた巨大クロスミラージュが再分解され、構成される。 その姿はドリル。グレンラガンよりも巨大な光の螺旋。 「俺のこの手が唸りを上げるッ!」 ドリル。それはカミナが信じた想いの象徴。 どんな固い岩盤をも貫く男の武器。 『螺旋となって、全てを砕く!』 ドリル。それはクロスミラージュが信じた人の姿。 一回転するたびに、少しずつ前へと進む進化の具現。 「友との絆が天へと響きぃっ!」 光の螺旋の中、二対の目が睨むのは天上に輝く月。 この世界に残された最後の壁。 『無限の地獄を貫き通す!!』 グレンラガンの全身が金色と碧色に染まり、極彩の輝きを放つ。 「それが、俺たちの!」 『私たちの!』 「「「「「「「俺達、グレン団の!!」」」」」」」 その声は一つではない。 螺旋の向こう側、多元世界を貫いて、無限の声がシンクロする。 「「「「「『みんなの! ドリルだぁあああああああああああああああああああっっ!!!』」」」」」」 そして重なり合う声の中で、グレンラガンは光のドリルと一体化する。 極光のドリルは2機の中間で燻っていたエネルギーすら螺旋のうちに取り込みながら天を目指す。 その道は誰にも止められない。 ――例え、その間にどんな障害があろうとも。 「う……おおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!?」 圧倒的な光の嵐の中に、最強の武闘家の姿が消えていく。 クロスミラージュたちから最早その姿は見えず、声も聞こえない。 だからその最後は苦難に満ちたものだったのか、それとも安らかなものであったのか。 それは本人にしかわからない。 ただ一つ確かなのは光の螺旋に巻き込まれ、今度こそ、野望に生きた男はその苦難の生を終えたということだけだ。 『……ぐっ!?』 だが、天を目指し突き進んでいたグレンラガンに異変が起こる。 あまりに強大なその力に、グレンラガン自身が崩壊を始めたのだ。 しかもそのスピードは――あまりにも早い。 『このままでは……月に届く前に……!』 燃え尽きてしまう。 クロスミラージュの冷静な頭脳は残酷な事実を弾き出す。 ここまで来て、届かないのか。 クロスミラージュは悔しさに歯噛みする。 だが、その瞬間、ラガンのコックピットに衝撃が走る。 彼が目を上げれば大きな手のひらに視界が多い尽くされていた。 そう、唯一残ったグレンラガンの手が、グレンラガンの頭部を――ラガンを掴んでいた。 「いっけええええええ、クロミラアアアアアアッ!!」 乾坤一擲。 そしてそのまま天の歪、月に向けて思いきり投げ飛ばした。 青い流星の如く、ラガンは天に向かって舞い上がる。 だがその代償として、グレンはその反動で四肢をばらばらに砕け散らせながら、地上へと落ちていく。 そのコックピットから、カミナは天へと上っていく弾丸を見つめる。 目に映るのは金色の月へと飛び立つラガン。 だが次第にそのシルエットは滲み、輪郭を失っていく。 代わりに見えるのは背中だ。 偉大な父親の、信頼する弟分の、そしてもう一人の相棒の背中が。 ――そう、いつだってオレは背中を見てきた。 親父の背中を追って、シモンの背中を守って、そして今、アイツの背中を押した。 そうだ、今度こそ押すことができたんだ。 親父の時は遅すぎて、シモンの時は遠すぎた。 それでも、今度は間に合った。 あの背中を、俺は……押せたんだ。 最後の最後に取りこぼさずにすんだんだ。 それだけで――満足だ。 『アニキ!』 『カミナ!』 聞き覚えのある声に振り返れば、懐かしい顔が勢揃いしてやがる。 丁度良いところに来てくれたな。 なぁ、お前ら……見えるか。あいつの背中が。 不滅不朽のグレン団の炎のマークが。 『ああ、見えるのだ!』 『ええ、クロミラさんの背中に、しっかりと!』 そっか、じゃあ幻なんかじゃねえよな…… それにあとはアイツらが何とかしてくれるだろ。 『ああ、舞衣も、スパイクも、ねねねも、ゆたかも――あの傲慢な男もきっと負けはせん』 へっ……やっぱお前もそう思うか。 だったら、やるこたやったし……俺はそろそろ行くとすっか。 行く先は光の向こう……だが、その先に何があるか俺は知ってる気がする。 だから不安は無い。だが最後にもう一度振り返り、あいつの背中を目に焼き付ける。 これは多分永遠の別れってやつじゃねぇ。 また、いつか何処かで会えると俺は知っている。 だからその時まで…… 「あばよ……ダチ公」 ◇ スピーカーから僅かに聞こえた声にクロスミラージュは瞼を閉じる。 声が小さすぎて何を言ったのかはわからないが、それが命の消える"音"なのだと理解したからだ。 そもそもここまで持ったことこそ奇跡なのだ。 あの時、カミナは確かに死んでいた。 とっさに『生命力を魔力に変換できるのなら、その逆も可能ではないか』と考えて、 その体に"気合"と称し、叩き込んだのだ。 ――いや、それも後付の理由だ。 カミナはこんなところで終わる男ではないと、そう思った瞬間右手を振り上げていただけのこと。 そして彼は成し遂げた。 期待を背負い、それに確かに応えて。 そして自分はどうだろう。 彼の期待に応えられただろうか。 相棒として、男として、自分の命はそれに応えられただろうか。 そう、命だ。 自分の手元を見れば、まるでガラスのように両手と両足が透けていく。 過剰な螺旋力に急造の肉体では耐え切れなかったのだろう。 それが意味するのは確実な死。 だというのに、 『……なぜ、笑っているのでしょうかね、私は』 口の端が持ち上がっているのがわかる。 死ぬのは、消えるのは怖い。 融合した螺旋生命体の本能もそう告げている。 だが、答えを得た今、それを上回るほどの喜びが全身を満たしているのだ。 人が素晴らしいと思える――その答えを。 ああ……人は素晴らしい存在ですね、ティアナ。 こんな絶望しかない世界でも希望を持って進む強さがあるのだから。 そして今、彼らと同じ存在になれたことが、どうしようもなく嬉しいのです。 大声で泣きたいぐらいに、大声で笑い出したいぐらいに。 だから、もしも生まれ変わったのならば私は人になりたい。 魂を持つ存在になりたい。 Mr.明智のような冷静さと優しさを併せ持つ人間に。 ニアのような優しさを持つ人間に。 ガッシュのような高貴さを持つ人間に。 ビクトリームのような誰かを楽しませる人間に。 ドモンのような誰かを守れる強さを持つ人間に。 貴女のような、弱さを強さに変えることの出来る人間に。 そして――『彼』のような真っ直ぐな人間に。 『彼』は不思議な男だった。 粗暴で、愚直で、決して頭の回る男ではなかった。 だが不思議と、魅力のある男だった。 只の機械である自分に対して、対等に接してきた。 真っ直ぐな視線で、ただ一個の存在として私を扱ってくれた。 自分もまたそれに引きずられるように、彼と対等に接してきた。 それはマスターとの間にあった絆とはまた違う、奇妙な信頼の形。 交わされた言葉、共に歩んだ光景、そして――彼のまっすぐな生き様。 そのどれもが掛け替えのないメモリーとして記録されている。 この記憶は、例え生まれ変わったとしても、きっと忘れることはないだろう。 それにしても『生まれ変わり』、か。 ミッドチルダの科学技術でもいまだ証明されたことの無いそれは何と非科学的な答えだろう。 以前の自分なら、きっと否定していたに違いない。 だが……今なら言える。 『……それが、どうしたというのです』 そう、それがどうした。 存在しなければ存在させればいい。道が無ければ創ればいい。 可能性がないのなら、可能性を作るために足掻くまで。 できるできない、ではなくやるかやらないか――結局はただそれだけのことなのだ。 ねぇ、そうでしょう、カミナ。 無理を通して道理を蹴っ飛ばすのが私たち、グレン団のやり方なのでしょう? 気づけば結界の要石たる月が目の前に迫ってきている。 これならば目を閉じても当たるだろう。 そう確信してゆっくりとまぶたを閉じる。 初めて閉じた瞼の裏に、浮かんでくるのは大切な仲間たちの顔。 みんな、いつかどこかで、またお会いしましょう。 だから、その時まで―― 『――See you again, my friends(またな、ダチ公)』 ◇ 轟音と共に偽りの月が砕かれる。 砕かれた月から生まれたのは閃光、そして衝撃。 振動と共に放たれたそれはまさに世界の終焉。 全ての決着を見守っていた彼らにも、崩壊の序章として暴力のような風が襲い掛かる。 「きゃ……!」 「ゆたか!」 「チッ……もっと固まれ! 手を離すなよ!」 「雑種風情が我に命令するか。身の程を――」 「いいから、お前もこっちに来い!」 「クェ!」 『衝撃波到達まで残り5秒』 『――来ます!』 そして続けざまに来た衝撃波と閃光の中に、 弱くて強い少女が、火の舞姫が、片腕の賞金稼ぎが、最古の英雄王が、物語を綴った小説家が、 デバイスと小さな竜と共に消えていく。 ――何もかもが光の中へと消えていく。 丘の上で全てを見守っていた少年の体も、運命に翻弄された兄弟の亡骸も、 争いに巻き込まれ成す術無く死んでいった儚きものたちも、 殺戮の繰り広げられた船も、英雄豪傑たちの戦いの跡も、一世一代のバカ騒ぎの傷痕も。 愛も、殺意も、友情も、打算も、希望も、絶望も、信頼も、裏切りも、 笑顔も、涙も、協調も、排他も、幸運も、不幸も、信念も、欲望も、 夢も、野望も、快楽も、苦痛も、栄光も、屈辱も、憧憬も、侮蔑も、 正義も、悪も、理性も、狂気も、誤解も、理解も、悲嘆も、憤怒も、 すべては白い闇の中へと溶けていく。 そして――何かがパリンと壊れる音が響き、 実験開始から36時間後……ついに、螺旋王の作り出した箱庭は崩壊した。 ◇ ――そこは、ひどく穏やかな場所だった。 その世界を構成するのは、たったの二色。 天を覆い尽くす蒼穹のブルー、大地を埋め尽くす新緑のグリーン。 二色で塗り分けられた世界は、しかしモノトーンとは違った深さを持って彼の視覚を刺激する。 その光景が刺激するのは視覚だけではない。 触覚が捉えるのは緑の絨毯を撫でる風。 味覚が知るのは舌に残る果物の蜜の味。 聴覚が捕らえるのは草同士が触れ合い響くシャラシャラという鈴のような音。 そして彼の嗅覚を刺激するのは、太陽と、緑の匂いだ。 獣人であるヴィラルは五感のすべてを持って知る。 ここには何も無く、またそしてすべてがあるのだと。 誰かが求めた豊かな自然の中で、彼は飽きることなくその光景を眺めていた。 そしてその視界に僅かな変化が現れる。 地平線の彼方まで続く草原の中を、一房の麦穂が駆けていく。 それは、流れるような金の髪を持った1人の少女だった。 「――パパ!!」 金髪の少女が大声で叫び、満面の笑みをヴィラルに向ける。 「あのね、あっちの方に何か動く物が見えたの! 見に行ってきてもいい!?」 好奇心に目を輝かせる愛娘を目の前にして、ヴィラルはしばし考える。 実を言えばあまりよくない。 お転婆なこの少女は、目を放してしまえば大怪我しかねない危なっかしさがある。 正直に言えば、目の届く範囲でずっと見守っていたいのだが…… 「……あまり遠くには行くなよ」 「うん、わかってる!!」 その言葉も聞こえていないようで、まっすぐに走り出す。 止めたところで無駄なのなら、気持ちよく送り出すしかあるまい。 遠ざかってく小さな背中に、思わずため息をつく。 「ふふ、ヴィラルさんは本当にあの子には弱いんですね」 隣でそう笑うのは少女に何処か似た面影を持つ女。 彼女の母であり、そして――彼が何よりも愛する一人の女だ。 「……まったく、誰に似たのか知らないが、妙に頑固なところがあるからな」 「そうですか? ヴィラルさんに似てるところもけっこうありますよ」 ……あまえんぼさんな所とか」 いたずらっぽく微笑む女に何も言い返せず、無駄と知りつつも沈黙でささやかな抵抗を試みる。 だがそれすらも予想のうちだったようでシャマルの笑みは深くなるばかり。 ……まったく、何時までたっても男は女というものに勝てない気がする。 その時、風が吹いた。 風は大草原を浚い、新たな草の音色と匂いを運ぶ。 そして頭上に輝く太陽はただ静かに俺たちを照らし続けている。 ――穏やかだ。まるで今の俺の心の中のように。 愛しいものと過ごす日々は黄金のよう。 常に新鮮な驚きと暖かな安らぎに満ちていた。 ああ、これ以上、何を望めというのか。 嵐のような戦いは遥か遠く、凪のような日々が過ぎ去っていく。 輝かしい武勲も、血湧き肉踊る戦いの興奮も、この安らぎの前には色褪せてしまう。 ただ生きる――それだけのことが、こんなにも嬉しいだなどと何故知らなかったのだろう。 「ねぇ、ヴィラルさん。何、考えてるんですか?」 そっとこちらの顔を覗き込む愛しい女。 答えの代わりに、そっと肩を抱き寄せる。 「ん……」 シャマルもそれに応える様に体重をこちらに預けてくる。 胸に伝わる温もりと花のような香りを感じ、目を閉じる。 「ヴィラルさん……ずっと、一緒ですよ」 「当然だ。二度と……この手を離しはしない」 そしてしっかりと手を握り締める。 どんな暗闇の中でも離さないように。 二度と離れ離れにならないように。 繋がれた右手を通して、シャマルのぬくもりと鼓動を感じ続ける。 ああ、俺は幸せだ。 世界中で誰よりも。 言葉で、ぬくもりで、全身を使って―― ただ、それだけを愛しい女に伝えたかった。 時系列順に読む Back HAPPY END(17) Next HAPPY END(19) 投下順に読む Back HAPPY END(17) Next HAPPY END(19) 285 HAPPY END(17) ヴィラル 285 HAPPY END(19) 285 HAPPY END(17) シャマル 285 HAPPY END(19) 285 HAPPY END(17) スカー(傷の男) 285 HAPPY END(19) 285 HAPPY END(17) ガッシュ・ベル 285 HAPPY END(19) 285 HAPPY END(17) 菫川ねねね 285 HAPPY END(19) 285 HAPPY END(17) スパイク・スピーゲル 285 HAPPY END(19) 285 HAPPY END(17) 鴇羽舞衣 285 HAPPY END(19) 285 HAPPY END(17) 小早川ゆたか 285 HAPPY END(19) 285 HAPPY END(17) ジン 285 HAPPY END(19) 285 HAPPY END(17) ギルガメッシュ 285 HAPPY END(19) 285 HAPPY END(17) カミナ 285 HAPPY END(19) 285 HAPPY END(17) ドモン・カッシュ 285 HAPPY END(19) 285 HAPPY END(17) 東方不敗 285 HAPPY END(19) 285 HAPPY END(17) ニコラス・D・ウルフウッド 285 HAPPY END(19) 285 HAPPY END(17) ルルーシュ・ランペルージ 285 HAPPY END(19) 285 HAPPY END(17) チミルフ 285 HAPPY END(19) 285 HAPPY END(17) 不動のグアーム 285 HAPPY END(19) 285 HAPPY END(17) 流麗のアディーネ 285 HAPPY END(19) 285 HAPPY END(17) 神速のシトマンドラ 285 HAPPY END(19)
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HAPPY END(5)◆ANI2to4ndE ◇ 睨み合う鉄身の巨人、二体。 顔一つの機械闘士の姿は、ドモンに教えられたガンダムの名を呼び起こす。 顔二つの合体ロボは自身と縁の深いガンメン、搭乗経験もあるグレンラガンだった。 雄々しく木霊するガンダムファイトの宣誓は、先の邪魔者、ギルガメッシュの声とは似て非なるもの。 落としかけた命を顧みない善意で繋ぎ止めて見せた友、ドモン・カッシュのものである。 ヴィラルとシャマルが駆るグレンラガンと、ドモンが駆るガンダム。二体が戦闘を始めようとしていた。 巨人の衝突を生身のまま、遠方から見上げることしかできないグレンラガン本来のオーナーは、歯噛みする。 「ちくしょう……! 俺とシモンのグレンラガンを好き勝手乗り回しやがってッ!!」 疲労困憊の様相で虚空にしかめっ面を浴びせ、カミナは乱暴に吐き捨てた。 如何な罵詈雑言も、地上からでは届きはしない。 兵器と兵器の対立を前にしては、喧嘩殺法しか能のないジーハ村の戦士では力不足だった。 「金ぴかヤローもどっか行っちまいやがったし、ガッシュたちも見当たらねぇ。 グレンラガンとクロミラは奪われっ放し……ふざけんなよ。このままにゃしておけねぇ。 なにがなんでも取り戻してやる。今からそっち行くから首洗って待ってろ、ヴィラルッ!!」 近づくことも困難な死地へと、カミナは単身、機動兵器の助力を受けずに飛び込もうと勇む。 達人級のガンダムファイターならばそれも可能であろうが、明鏡止水を会得しようとカミナはただの人間だ。 ギルガメッシュとの喧嘩でただでさえ疲労が蓄積されている今、彼の行動は愚挙と罵るほかなかった。 ――しかし、心意気は買おう。だからこそ罵倒で一蹴するのではなく、諭す。 そのような意図が見え隠れする〝声〟が、駆け出さんとするカミナに落とされた。 「――ガンダム対ガンメン。なんとも心躍るカードではないか」 ピタリ、とカミナの足が止まる。 無謀の足を場に繋ぐ接合剤として、声はカミナの意識を攫う。 耳に届く不快な音質に、カミナは聞き覚えがあることを否定せず、振り向く。 「片や究極、片や愛の巣。さて、軍配はどちらに挙がるかのう――?」 カミナの背後、紫色際立つ道着を着こなすのは、怨嗟の宿敵にして好敵手。 修行という名目でカミナに流派東方不敗の心得を叩き込み、その成長に一躍買った師。 先の放送で訃報を知らされた――螺旋王も認める脱落者であるはずの老人が、仁王立ちしていた。 「テメェ……東方不敗のジジイ! 死んだはずじゃ……」 「これは異なことを。無理を通して道理を蹴っ飛ばす……はて、これは誰の言葉だったか」 カミナを嘲弄する老人、東方不敗マスターアジアは見た目にも健全だ。 真新しい道着は、過去二度の対決のときよりも小奇麗に思える。 コンテナの爆発やショッピングモールの倒壊から逃れたと仮定しても、螺旋王が死亡確認をしたのは事実。 死んだはずの男がこの場に立っているのは、どういう理屈か――無理を通して道理を蹴っ飛ばす、では納得できないカミナだった。 「なにを黙りこくっておる。貴様という男は、考えるのが得意なほうではあるまい。 事実として、儂は生きておる。その事実のみを受け取り、貴様はなにを為すのだ?」 東方不敗がカミナに向けるのは、詰問の言葉。挑発するような戦意ではなく、ましてや殺気とも程遠い。 死人との対面にカミナは緘口し、すぐには答えを返すことができなかった。 「グレンラガン、そしてアルティメットガンダムとはな。フフフ……正に夢の対決ではないか。 しかし双方が持ちうる武力は、人間を遥かに凌駕する。この儂とて、生身でやり合うのは厳しい。 そんな闘争の渦を前に、貴様はなにを為す? 死んだはずの儂を前にして、目を向けるはどちらの方角だ?」 言霊に促されるようにして、カミナは足を向けんとしていた目的地を再び見やる。 グレンラガンとアルティメットガンダムは互いににじり寄り、掴み合いを始めていた。 その足元、博物館周囲の町は地響きを立てて崩れ、二体の巨人に蹂躙されている。 もし、あの場に人間がいたとして……巻き込まれるのは必至、闘争に加わるなど夢のまた夢だろう。 生唾を飲み込み、目指さんとする地の危険度を再認識する。 再認識して、しかし目は背けない。 体が震えを訴えようとも、カミナは眼差しを固定したまま、シモンとの絆を正面に据えた。 「そうだ、それでよい。貴様は明鏡止水を会得し、儂の期待に応えてみせた……ならば見るべきは一点のみ」 「言われるまでもねぇ。悪いがなジジイ。テメェが甦ろうがなんだろうが、今は構ってる暇なんてねぇのさ」 背後の東方不敗には一瞥もくれず、カミナは再度、足を前に踏み出す。 全てはシモンのラガンと、自身のグレンと、相棒たるクロスミラージュを取り戻すため。 男の意地でここまで突き抜けてきたのだ。それを今さら、ギルガメッシュや東方不敗といった邪魔者に否定されてたまるものか。 確固たる意志が、カミナの追い風となって――直後、後方から身震いするような〝殺し〟の気配を感じた。 「だぁぁぁから貴様は阿呆なのだぁぁぁぁぁ!!」 かつての敵対者でありながら守護霊のような温かさを秘めていた老人が一変、厳格なる格闘家として居直る。 東方不敗は一喝の後、腰に巻いていた帯を鞭のように放った。 容赦なし、明確な殺意に染まったマスタークロスの一撃が、阿呆を穿たんと伸びる。 罵られたカミナは、咄嗟に飛び退いてこれを回避した。 「てん……っめ! おうおうおう! いきなりなにしやがんだこのクソジジイ!?」 「ふん。この地は常在戦場。定石常道に縛られず、不測邪道への対処を磐石にするが、真なる強者というものよ」 獲物を捉え損ねたマスタークロスは、東方不敗の手で宙をうねり、再び腰に巻かれる。 不意の攻撃、咄嗟の回避に体勢を崩されたカミナは、〝殺し〟の気配を潜めた相変わらずの宿敵に、顔を顰めた。 「問うぞカミナよ! 貴様、闘争の渦に勇み駆け込み、なにを為さんとする!?」 「ああ!? 決まってんだろ、オレとシモンのグレンラガン、それにクロミラを取り戻すんだよッ!!」 「馬鹿も休み休み言え! ガンメンとガンダムによる闘争を、貴様ごときが御せるとでも思うかァ!?」 「馬鹿でもやるんだよ! 無理を通して道理を蹴っ飛ばす! それがオレの、オレたち大グレン団のやり方だ!」 「だぁぁぁぁぁから貴様は阿呆だと言っているのだぁあああああ!!」 二度目の一喝。 東方不敗はその場で跳び、右脚を矛としてカミナに放つ。 正面からの飛び蹴りにカミナは両腕を構え、受け止めようと試みた。 しかし、モビルファイターの装甲すら粉砕する東方不敗の蹴りは、カミナの体を防御ごと吹き飛ばす。 「……こ……っの!」 三回半ほど地面を転がり、さらなる怒気を纏って起き上がると、東方不敗は怒りの形相で言い放った。 「貴様の語る『無理を通して道理を蹴っ飛ばす』とは、無為無策で命を投げ出すことを指すのか!? 天元突破……儂はこの地に残った誰よりも貴様が近しいと思っていたが、買い被りすぎていたようだわ!」 恫喝する東方不敗の姿は、弟子に教えを叩き込む師匠の内面を表出していた。 カミナは起き上がり様、駄犬のような目つきで忌々しげに見据え、東方不敗の金言を聞く。 「仲間を思い、己を信じ、命を投げ打ってでも事を成す。リーダーを名乗るに相応しい器よ。 しかしなぜ、己に力がないことを自覚しない!? なぜ力を得ずに、無謀を貫かんとする!? できることとできないことの区別もつけられずただ泣き喚く……今の貴様は、まるで小童よ!」 思うところが、ないわけではない。 カミナが現地に辿り着いたとして、はたしてなにを成せるというのか。 グレンラガンとアルティメットガンダムの戦いを止める、ヴィラルとシャマルを引き摺り下ろす、クロスミラージュを取り戻す――どうやって? せめて同等の力、ガンメンかガンダムかがカミナの手元にもあれば、憂いはなくなるのだろう。 だがカミナにとって――問題の焦点はそこにはないのだ。 「事を優先するあまり、己が見えていない! それで己を信じるなどできようものか! 今の貴様なんぞ、悪運と周りの人間に支えられて生き延びたようなもの……恥を知れッ!」 カミナ自身、それを一番よく理解していた。 そして東方不敗は、それを理解せず師匠気取り。 そう思えば途端に滑稽な様相に見えてきて、カミナは笑う。 ――静かに。 ――ただ、静かに。 ――心の底から、爆笑する。 「…………ハッ、老いぼれジジイがギャーギャー騒がしいこった」 一切、声には出さずして。 したり顔だけで笑みを表現し、東方不敗を嘲弄する。 なにも理解していないボケ老人を、若きリーダーは哀れに思った。 「テメェはまるでわかっちゃいねぇ……いいか。理屈じゃねぇ。気合なんだよ。オレに足りないのは、気合なんだ」 開いた悟りは、決して他人に教授され、与えられた美学ではない。 ジーハ村で燻っていた頃の個が築き上げ、舎弟と共に磨き上げてきた、意地と誇りだ。 昔から、なにひとつ変わってはいなかった。 シモンが死んだ今となっても、 東方不敗に阿呆と罵られる今となっても、 ガンメンとガンダムを前に無謀を覚える今となっても、 カミナは天井を見上げ、いつか岩盤をぶち抜きたいと願っていた。 あの頃から、ずっと。 「結局テメェの言ってることは下手な理屈さ。無理を通して道理を蹴っ飛ばすってのはな、命投げ出すことじゃねぇ。 命投げ出す覚悟で、やってやるって気概を見せつけて、気合全開で吼えて、オレが信じるオレを信じて、それで事を成す! 結果なんざ後からついてくるのさ。無理なもん前にして無理って言っちまうような奴にゃ、絶対に真似できねぇだろうけどなぁ!」 カミナが二の足を踏んでいた理由を、平易に言い換えよう。 話相手の不在、だ。 彼の狂言回しは聞き手を得ることで調子を上げ、行動を促す。 あるときはシモンが。あるときはクロスミラージュが。あるときはガッシュが。あるときはニアが。 そして今は、東方不敗マスターアジアという〝耄碌ジジイ〟相手に、自己の尊厳を主張し、わからせる。 言ってわからぬ輩の耳をかっぽじり、わかるまで訴え続ける、それこそがカミナ流。 音吐朗々とした言辞が、質感を伴い東方不敗を威嚇した。 「ふん、吼えおったな……ならば唱えよ、カミナ! 流派、東方不敗は――」 「――知ったことかぁあああああ!!」 反論を許さず、叫び声でもって東方不敗を逆に一喝する。 「もしとか、たらとか、ればとか、そんなもんに惑わされるか! オレの信じるオレの道が、オレの宇宙の真実だ!!」 人差し指を空に、突き破れない天井などこの世にはないと、挙措で示す。 誰もが注目せざるをえない不思議な存在感が、カミナの全身に纏わりつく。 東方不敗ですら、意識せず視線を奪われ、釘付けとなった。 「ジーハ村に悪名轟くグレン団! 男の魂背中に背負い、不撓不屈の鬼リーダー! カミナ様が、そう簡単に信念曲げてたまるかよぉ!!」 天に向けていた指先を、東方不敗に突きつける。 たじろぐ東方不敗を確認し、次に拳を固めた。 ニヤリ、と口元で笑み、カミナは勝ち誇る。 「ジジイも金ぴかも、ダチ公取り戻した後で好きなだけ相手してやらぁ。だから大人しく待ってな」 それだけを告げ、カミナは振り返る。 視線を傾けるのは、再び闘争の地。 ガンダム対ガンメンの果し合いに、臆せず飛び込むつもりだった。 「今いくぜぇ、ダチ公!!」 誰に邪魔をされようと、カミナは揺るがない。 当初の予定、同意である本能のままに、体を突き動かす。 その破天荒な生き様を、捨て置かれた東方不敗は―― ――したり顔で、見送った。 ◇ カミナの背中が遠く彼方に消え、東方不敗は取り残されたその地で、ある落とし物を眺めていた。 舗装されたアスファルトの上に転がる、銀色の輪。それは開錠され、轡のような形状になっていた。 手に取り確認してみると、そこには『Kamina』の名前が。本人、首の枷が外れたことにまるで気づいていない様子だった。 「磁場を歪める砂嵐とは、よく言ったものよ。グアームの見解は正しかったようだが……さて、となるとルルーシュはどう動くか」 居城に残してきた同志の出方を推測し、しかしすぐに中断する。 ルルーシュがこの事態を想定していたにせよしていなかったにせよ、首輪の有無などもはや瑣末なことだろう。 東方不敗にとっても同じだ。首輪が外れようが、闘争に殉じる者は殉じ、その宿命からは逃れられない。 「天元突破の功労者に、馬鹿弟子二人。そして……奴も舞台に上ったか」 遠方、グレンラガンとアルティメットガンダムがぶつかり合うその場に、重厚な足音を立てて近づく機体があった。 全身を白で統一し、シャープなフォルムを刻みながらも形相は鬼のように険しい、怒涛のガンメン。 チミルフの駆るビャコウが、ヴィラルの駆るグレンラガンに近づこうとしていた。 ガンメン二体、ガンダム一体、そしてカミナ――混戦必至の台上は、はたしてどんな色で彩られるのか。 螺旋力が放つ碧の輝きか、愛の証たる淡いピンクか、キング・オブ・ハートの燃えるような赤か、それとも血の色か。 想像するだけで、心が躍った。全身はぶるぶると震え、上下の歯がかち合って音を出し、眼差しは子供のように無垢に。 恋慕や愛情にも似た、欲求。 自身が熟成へと導いた、強者。 治まるはずのない闘争心が、伝染。 東方不敗は喜悦をその身に宿し、武者震いを続けた。 「もうすぐ……もうすぐだ。もう間もなく、この地に絶対の存在が降臨する。儂やルルーシュの目論見通りにだ……だが!」 試練、もしくは師匠としての役割を担い、実験参加者を天元突破へと至らせる。 当初の任はヴィラルが早々に天元突破したことでお役御免となったが、東方不敗はなおも目論む。 アンチ=スパイラルとの接触――その鍵となるのは、愛に飢えた獣二人ではない。 流派東方不敗の志を継承する愛弟子、ドモン・カッシュ――そして。 この地で見定め、大いに期待を寄せた若者――カミナ。 東方不敗マスターアジアが資格ありと認める男二人、そのどちらかが降臨の儀を推し進める鍵となることを、東方不敗は望んでいた。 ヴィラルとシャマルの愛の力を否定するわけではないが、東方不敗はドモンとカミナの二人に、それ以上のものを期待しているのだ。 それこそ、アンチ=スパイラルが慌て飛び込んでくるほどの螺旋の躍動を、師は弟子二人から引き出そうとしている。 「ヴィラル、そしてシャマルといったか。おぬしら二人、所詮は前座にすぎん。せいぜい好敵手として奮闘してもらおうか」 ルルーシュが考案した神算鬼謀の策に乗じるのが、アンチ=スパイラルとの接触を果たすなによりの近道なのは事実。 だとしても、東方不敗はヴィラルとシャマルではなく、ドモンとカミナに可能性を感じ、試練役を自ら買って出た。 計画の上では不要な干渉となるであろう行為だということも、十分に理解している。 理解しながら、この道を選択したのだ。 武を極めんとする者として――仕上がりつつある決闘場に、自らの闘争本能を委ねたいと願ってしまったがゆえに。 「ふふふ……血湧く、血湧くぞ! こんな熱い衝動は久しぶりよ。ドモン、カミナ、ヴィラル、シャマル、そしてチミルフ――待っておるがいい」 純真無垢でありながら、邪鬼のようなおぞましさを兼ね備える東方不敗の笑みには、底知れぬ愉悦が。 これより先に臨む闘い、勝利の果てに待つ悲願の道しるべ、人類抹殺の終着点までは見えず―― 「喜んで参じようではないか。この儂、東方不敗マスターアジアと愛機マスターガンダム……最終決戦の舞台へとな!」 東方不敗が不気味に呵呵大笑する、その頃。 七人の同志、その尖兵として躍り出たチミルフは―― ◇ 熱い熱い、どうしようもない血の滾りにヴィラルは全身が沸騰するような感覚を覚えていた。 「うおおおおおおおおおおおお!」 「はああああああああああああ!」 真正面からぶつかり合った拳が互いに粉々に砕け散る。 ヴィラルが駆り、愛妻たるシャマルがサポートを担当するグレンラガンの拳に補助武器として備えられた二本のドリル。 強力無比な力であるはずのそれらでさえ、アドバンテージにはなり得ない。 二人の感情に呼応するかのように怒濤の勢いで生み出すことができる必殺のドリルを以てしても、対峙する巨体が相手では相討ちがせいぜいらしい。 そう、巨体である。要塞型や戦艦型には及ばずともヴィラルの操るガンメンのサイズも相当なもの。小山程はあると言って良いだろう。 しかし、グレンラガンを小山と言うならば敵は正に山そのものだ。 ヴィラルとシャマルの道行きをまた別の愛のために阻まんとするあの男、ドモン・カッシュが呼び出した究極の名を持つガンメンは――ドでかいのだ。 『中々良いパンチをするようになったじゃないか。もっとも、ドリルなどという仰々しい武器に頼っているようではまだまだだがな』 しゅるしゅると触手が寄り合わさるような生物的な動きで失った腕を再生させながら、ドモンの挑発とも賞賛ともつかない言葉を飛ばす。 『抜かせ。でかさを頼りに攻めることしかできん木偶の坊が』 一歩も引かず、ヴィラルは鋭い口調で切り捨てた。言いながら、こちらも腕を再生させる。機械的なガキガキという音を立てて再生する様は、アルティメットガンダムとは対照的だ。 機体だけ見ればその能力差は歴然としていた。加えて対するドモン・カッシュはあの東方不敗なる化物に真正面から相対した男だ。操縦者としての腕前も油断はできない。 戦士としての器量は言わずもがなである。 しかし、そのような様々な悪条件を前にしてさえ、ヴィラルは己が負けるとは欠片も思っていなかった。 いや、敗北だけではない。願って止まないはずの勝利の二文字でさえ、今のヴィラルがどれだけ強く意識しているかは分からなかった。 (ヴィラルさん……今のヴィラルさん、とても楽しそう) グレンの操縦席の中、操縦桿を通して流れ込んでくる熱い想いをシャマルは確かに感じていた。 今の彼が望んでいるのはただの勝利ではない。認めるに足る者と正々堂々とぶつかり合い全霊を賭す。願うのはその先の勝利だ。 瞬く間に二人の人間を屠った圧倒的な暴力はやはり今のヴィラルには向かなかったのだろう。 人間はケダモノ同然の生き物などではないということを、確固たる信念を持つ強敵だと言うことを、彼は既に知ってしまっている。 あるいは別の形で相まみえられていれば、と内心で思っていただろうことは想像に難くない。 シャマルの愛したヴィラルとはそういう男だ。 それだけに自分と同じ武人の気質と全力でぶつかることのできる強さを併せ持つドモンとの戦い、相手の言い方に合わせればファイトに自然と喜びを見出だしてしまうのは無理からぬことなのだろう。 男の人って。そう思わないでもない。生死を賭けた、それ以上に二人の未来を賭けた戦いを楽しむ余裕なんて。 シャマルなど、少し手合わせをしただけで異形の巨大兵器のスペックに震えてしまいそうになっているのに。 昆虫を思わせる下半身に人形の上半身を合わせた奇形的な外見がシャマルにプレッシャーを与える。この人外のどこに究極を名乗る資格があるのか。 が、その威圧感さえ男にとっては興奮を煽る材料の一つでしかないのだろう。 『すまんシャマル。俺はやはりどうしようもないバカだったらしい……』 昂りに彩られたヴィラルの声が専用回線を通してシャマルに届く。 『勝てるかどうかも分からなくなったというのに俺はそれを楽しんでいる……理解してもらえるとは思わんがな』 『……いいの、あなたの思う通りに行動して。ヴィラルさん。私はそれについていきます』 『……感謝する』 通信が終わり、仮初めの静寂が戻った。 シャマルの言葉に嘘はない。理解できなくとも、戦いが鬱屈ばかり溜め込んできたヴィラルを満たすというならシャマルに異論のあろうはずがない。 自分が共感できない領域に彼がいることが少しだけ悔しいが、我慢できる。 要は勝てば良いのだ。勝ちさえすれば後に待つのは幸せな未来であると今は願おう。 シャマルは信じた。ヴィラルが後悔しないようにあらゆる面からサポートすることが今自分の為すべきことであると。 『どうした、お前達の愛とやらはそんな程度で終わるものなのか』 『行きましょう、ヴィラルさん!』 『ああ!くぅらええええええ!!』 余裕の呈で重ねられた挑発をゴングに再び両者が激突する。 交わされたのは今度は拳ではない。武士の如く顔を引き締めたグレンラガンの膝から真っ直ぐに突き出されたドリルが無表情に揺れるアルティメットガンダムの顔面を穿たんと迫る。 「甘いっ!」 「ぐわああ!」 「きゃああ!」 だが通じない。軽くいなされるどころかカウンターとして強烈な肘打ちをもらい、軽快にふっ飛ばされたグレンラガンがゴロンゴロンと転がりながらビル街を蹂躙する。 身を引きちぎられんばかりの衝撃にシャマルは必死に耐えた。 まるで子供扱いだと、弱い考えに傾きそうになるときに支えてくれるのはやはりこの声。 「ひるむなシャマル!少しずつだが奴との戦い方が分かってきた……俺を信じてくれ!」 「は、はい!」 機体を勢い良く反転させながらの激励に心が軽くなるのを感じた。 この人ならばなんとかしてくれると、そう信じることができる。 シャマルは操縦桿を握り直した。痛い程に奥歯を噛み締め、改めて自分に渇を入れる。 ところが、再度の攻撃を仕掛けるべくグレンラガンが構えを取ったとき、それに水を差すようにざざ、という雑音が割り込んできた。 「別方向からの通信……?一体誰が?」 いち早くそれに気付いたシャマルは反射的に回線を開いた。音声が繋がり同時に通信相手の画像も届けられた。 「こ、これは……!」 「あなたは……!」 そしてシャマルとヴィラルは同時に驚愕した。 映し出された映像は、二人の世界には存在していないもの。 『苦戦しておるようだな、ヴィラルよ』 死んだはずのヴィラルの上官、怒濤のチミルフの声は生前と同じ厳めしさを持って響いた。 ◇ 『チ、チミルフ様ッ!? な……何故あなたが……戦死なされたはずでは!?』 通信用スピーカーから吐き出されたのは違う世界では部下だったらしい男の驚きに満ちた声だった。 その反応にチミルフは自身の唇がにんまりと不自然な形に引き攣る感覚を覚える。 まさに、想像通りの反応だった。 ヴィラルの中では「チミルフは戦死した」ことになっているのだ。 彼の主である螺旋王ルルーシュ・ランペルージの策略により、六回目の放送には虚偽が混ぜ込まれていた。 故に、ヴィラルはチミルフの死を露とも疑ってはいなかったはずなのだ。 なぜならば彼は八十二人の参加者とほぼ同等の条件であの戦場へと赴き、同等の扱いを受けたのである。 この会場のシステムをヴィラルが正しく認識している以上、放送の内容に疑問を持つとは考え難い。 が、その思考に絡み付いた鎖もチミルフの一言で屑鉄へと変えることが出来る。 「よく聞け、ヴィラルよ。先程行われた六回目の放送だけは、幾つか事実とは異なる内容を含んでおるのだ。 詳しくは話せぬが……俺以外にも、数名〝王〟の意志に賛同するものが我々の側に付いた」 『なっ……!? 螺旋王様の下に他の参加者が……!?』 「そうだ」 王という言葉を殊更強調してチミルフは言った。 が、チミルフとヴィラルが心に描く〝王〟の姿は全く異なったモノだ。 しかし、その構図の中に捩れも歪みも存在しない。 ――ギアス。 永久の時を生きる魔女C.C.との契約によってブリタニアの少年、ルルーシュ・ランペルージが獲得した絶対遵守の力。 特殊な光情報の波長を瞳から放つことにより、視覚細胞を通して対象を従わせることの出来る能力だ。 チミルフに掛けられたのは『お前の主君は螺旋王ではない、この私だ』という、主従書き換えのギアスである。 それはとある未来、コーネリア・リ・ブリタニアの騎士であるギルバート・G・P・ギルフォードに使用されたモノとほぼ同等の性質を帯びていた。 故に二匹、いや二人の獣人にとっての王はまるで別の人物を差すのだ。 ヴィラルにとっての王であるロージェノムと、チミルフにとっての王であるルルーシュ。 この宇宙では部下と上司という関係さえも偽りである彼らを唯一、引き繋いでいたのが崇め奉る王の存在だった。 しかし、そんな硝子の連環さえ既に形は失われた。 もはや両者の袂は完全に分かたれたのである。 たとえ――真実を暗部へと密閉することで、 幻想の関係を継続させようとチミルフが考えていたとしても、だ。 「俺もお前が置かれている状況は理解しているつもりだ。手短に用件だけを伝える。よく耳を澄ませろ、一度しか言わんぞ」 返事は、ない。 ようやく繋がった電波が奏でるノイズとガンメンの駆動音だけが唯一の音波となってチミルフの周囲に在るだけだった。 本当にヴィラルが通信装置に必死に耳をそばだてている光景が目に浮かぶようだ。 馬鹿正直で呆れるほど愚直なこの男にとって、彼の言葉は何よりの特効薬と成り得る。 たとえそれが〝愛〟という感情によって、天元突破を果たした者だとしても―― 「〝真なる螺旋覚醒を果たした戦士ヴィラル、褒美としてその伴侶シャマルと共にこの舞台より脱出する権利を与える〟」 一字一句、主が彼に伝えた通り正確に。 本来、ルルーシュはチミルフが状況に合わせた勧誘の文句を考えることを想像していただろう。 なぜならば、このメッセージはあくまで、彼らを勾わかすためだけのまやかしに過ぎない。 天元突破を果たしたヴィラルを回収する――その目的さえ達成出来れば、手段は問われない。 『ッ――!』 『だ、脱出……でありますか!?』 無線機を通じて返って来る勘繰るような呻き。 そして、ヴィラルと共にグレンラガンを動かしているシャマルの息を呑む声が小さく響いた。 モニターに何かが爆発する音と振動とがない交ぜになった雑音が時々飛び込んでくる。 どうやらヴィラルがチミルフと通信を行っている間のグレンラガンの操縦は彼女が行っているようだった。 が、となると状況は更なる劣勢へと陥る。 単純な実力差ではアルティメットガンダムとそのパイロットの方が断然上を行く。 グレンとラガン。 二つの機体と二人のパイロットが力を合わせない限り、グレンラガンには勝機はないのだ。 「ヴィラルよ、お前の多大なる螺旋力の発揮に王は上機嫌だ。これまでの失態は全て水に流してくださるとのことだ。 加えて、獣人としても我々四天王とほぼ同等に近い地位をお前に授けると仰られていた」 『お、俺が……チミルフ様やアディーネ様と同じ位に……ですか?』 「そうだ。さぁヴィラルよ。これ以上の戦闘は無意味だ。一時戦いを中断し、俺と共に――」 チミルフはヴィラルとの会話によって、明確な手応えを感じていた。 モニター、そしてスピーカーを通じて伝わって来るありとあらゆる情報が、二人の狼狽振りを表していたからだ。 二人は未だ既に「実験」が最終段階に近い地点まで進んでいることに気付いていない。 天元突破を果たした螺旋の中心人物でありながら、未だに「バトルロワイアル」のルールに捉われたままなのだ。 最後の〝二人〟として生き残る――それだけが活路であると、一筋の光明であると信じているのだ。 願ってもない、機会のはずだ。 本来ならば不可能だったはずの「二人でいたい」という望みが現実のモノとなる。 このままドモン・カッシュの操るアルティメットガンダムと拳を交える意味は完全に消滅するのだ。 『ッ……シャマル、俺は、』 『分かっています、ヴィラルさん。あなたの言いたいことは全部。私は……あなたの決定に従います。 ああ、でも……ふふっ、多分もう私、ヴィラルさんが何を言いたいのか分かっちゃってるかもしれません』 『……すまないッ』 「ヴィラル……?」 だから、 『申し訳ありません! チミルフ様、俺は……いや、俺達は、あなたの言葉には従えません……!』 「なに……ッ?」 ――ヴィラルがその命令に背くなどと、チミルフは想像だにしていなかった。 「……馬鹿か、貴様は。既にこの場に留まり、戦いを続ける意味はないのだ。 ニンゲンどもを殲滅する役割は他の者が引き継ぐ。貴様には他にやるべき仕事が……!」 ドクン、と心臓が大きな音で一度鼓動を奏でたような気がした。 チミルフは口早にヴィラルを説得しようと試みた。 だが、彼自身は己がグアームのように弁の立つ獣人であるとは露ほどにも思っていない。 予想外の展開、慣れない役どころ。 歴戦の戦士として〝怒涛〟の二つ名を持つ漢であっても、動揺を完全に押し隠すことは不可能だった。 『チミルフ様、俺はあなたの言うように――バカです。大バカなのです。 獣人としての任務を忘れ、奴と……ドモン・カッシュとの戦いをあろうことか〝楽しい〟とさえ感じている。 それどころか、今のチミルフ様の言葉を聞いて、あなたが本当にチミルフ様なのかどうかを疑ってしまった。 確かにここでチミルフ様の言葉に頷けば、俺達の願いは叶うでしょう。 ですが、それでは、あまりにも…………口惜しいッ!』 そこまで言うと、ヴィラルは悔しげな表情を浮かべ拳を強く握り締めた。 だが、その螺旋の輝きを放つ瞳は口下手な男の意志を舌先以上に雄弁に語っていた。 戦いたい。 武人として、 獣人として、 男として―― それが散々苦渋を舐めさせられてきた雪辱を晴らす、という意味なのか。 もしくはヴィラル自身が導き出した「愛」という理想なのか。 金色の髪の男と女は互いの意志を再度確認し合うかのように、朗らかに笑った。 両者の間に結ばれた想いを、輝きを、チミルフは理解し得ることが出来ない。 『ここで……俺が、チミルフ様に背中を押して貰いたかったと……考えるのは贅沢なのでしょうか。 戦士として、全力で目の前の敵を殲滅せよと――仰って頂きたかったのは俺の我がままなのでしょうか』 真摯な視線と歪のないハッキリとした語調でヴィラルは言った。 画面に小さなノイズが走る。 波のように揺れるモニターの向こうで、ヴィラルの瞳は真っ直ぐにチミルフを見つめていた。 それは戦いの中に自身の居場所を求め、戦場の空気を心の止まり木にする者の言葉だった。 誇り高き戦士といえど、戦場に一度足を踏み入れれば、胸は高鳴る。 単なる命のやり取りや生きるための手段ではない。 そこに矜持を、活路を、愉悦を――綺羅星のような光り輝く栄光を渇望する者の心からの叫びだった。 ヴィラルは、何を、言っているのだろう。 東方不敗・マスターアジアはルルーシュの下僕にされたチミルフを「駄犬」と称した。 もはや今の彼はかつて覚えた戦士としての高揚感など微塵も感じさせない木偶であると、大きな失望を寄せた。 自らの武でもってその信念を誇示しようとした姿は過去のモノ。 背中で語るべき同胞も、部下も、愛する人も既に彼の眼には映らない。 ヴィラルが尊敬して止まない「怒涛のチミルフ」は彼であって彼ではない。 同じ存在でありながら、それは異なった多元宇宙に存在する何十何百何千何万何億何兆という分岐の中の一つの可能性に過ぎないのだ。 だが、彼は本来ならば何の縁もない男の前でも尊厳な戦士として振舞おうと心掛けた。 期待に、応えようとした――しかし、 『もちろん螺旋王の意志に背くつもりはこのヴィラル、毛頭ございません! ですが……今しばらくの猶予を頂きたい。 決着を付けたい相手が……いえ、付けなければならない相手がまだこの場には居るのです! 王の下に参るのは敵を駆逐したあと、必ずッ!』 結局、気が付けば今のチミルフは、ヴィラルの尊敬する「怒涛のチミルフ」の足元にも及ばない存在へと成り果てていた。 感覚的に、ヴィラルも彼へと違和感を覚えていたのだろう。 ルルーシュの「絶対遵守」のギアスは、対象にありとあらゆる命令を遂行させる能力を持つ。 それがたとえどんなに強固な信念を備えた人物であっても、完全な抵抗など不可能だ。 だが、本人は自身の変化に気付く事が出来ない。 主従書き換えのギアスは「武人」や「騎士」といった一人の人物に仕える人間のアイデンティティそのものを崩落させる。 たった一人の相手に己の全てを捧げるからこそ――彼らは尊く、気高い存在を保持出来るからだ。 『ヴィラルさんっ! もう……私ひとりじゃ……!』 『すまないっ、シャマル!! チミルフ様ッ、身勝手をお許しください』 「な、ヴィラ――!!」 ブヅッ、という太い糸が切れるような音と共に通信回線が途切れた。 再度、チミルフが回線を開こうとしてもあちらに応じる気配はない。 俺が、変わった? ぼんやりと、チミルフは何も映さなくなったモニターを眺めた。 「くっ……」 直接、ヴィラル達の戦いに参戦し彼を説得すべきだろうか。 それとも、肩を並べてアルティメットガンダムとの戦いを援護でもすればいいのだろうか。 「……俺は何をすればいい」 煌々と光輝く天は星屑。 物悲しく鳴いている青白い月の光が心に軋轢をもたらす。 チミルフは血のように赤く染まった瞳を見開き、かぶりを振った。 間違ってなど、いない。 螺旋王ルルーシュの意志を叶えること――それが今の彼にとっての全てなのだから。 それでも、いつの間にか道を踏み外してしまったような気がするのはどうしてなのだろう。 答えてくれる相手はどこにもいなかった。 背後に控えた部下も、側で微笑んでくれる愛すべき人も、共に酒を飲み交わすような友も、気が付けば全て失っていた。 残されたものは王への忠義。もっとも大切で、重要な心。 何を、すればいい。何を、何を……! 疑念の鎖が心を縛り付ければ付けるほど――戒めの「絶対遵守」は彼に王への忠信を強制する。 眼球の〝赤〟が更に色合いを増し、チミルフの心は塗り替えられる。 ――――――お前の主君は螺旋王ではない、この私だ―――――― 脳裏を縛り付ける強制の言葉。ラグナレクとの邂逅。 〝C〟という集合意識に囚われた者達と同等の運命の剣がチミルフの喉元には突き付けられていた。 そこに彼の意思が介在する余地はなく。 忠義が転じて、忠犬と成り果てた抜け殻がそこにあるだけ。 「イエス、ユア・マジェスティ(仰せのままに、我が王よ)」 己を確認するように、チミルフは忠誠の言葉を呟く。 頭の奥から囁くようなその声に、抗うことなど出来るはずもなくて。 武人は、いや武人〝だった〟男は心の中で膝を折るのみ。 星と月だけが嗤う世界で、彼は己が失ったものの大きさに気付けずにいた。 時系列順に読む Back HAPPY END(4) Next HAPPY END(6) 投下順に読む Back HAPPY END(4) Next HAPPY END(6) 285 HAPPY END(4) ヴィラル 285 HAPPY END(6) 285 HAPPY END(4) シャマル 285 HAPPY END(6) 285 HAPPY END(4) スカー(傷の男) 285 HAPPY END(6) 285 HAPPY END(4) ガッシュ・ベル 285 HAPPY END(6) 285 HAPPY END(4) 菫川ねねね 285 HAPPY END(6) 285 HAPPY END(4) スパイク・スピーゲル 285 HAPPY END(6) 285 HAPPY END(4) 鴇羽舞衣 285 HAPPY END(6) 285 HAPPY END(4) 小早川ゆたか 285 HAPPY END(6) 285 HAPPY END(4) ジン 285 HAPPY END(6) 285 HAPPY END(4) ギルガメッシュ 285 HAPPY END(6) 282 愛に時間をⅣ カミナ 285 HAPPY END(6) 285 HAPPY END(4) ドモン・カッシュ 285 HAPPY END(6) 285 HAPPY END(4) 東方不敗 285 HAPPY END(6) 285 HAPPY END(4) チミルフ 285 HAPPY END(6) 285 HAPPY END(4) 不動のグアーム 285 HAPPY END(6)
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HAPPY END(20)◆ANI2to4ndE ◇ 愉快だ。 どうしようもなく愉快だった。 まるで、あの山小屋の再現だ。 問題は全てクリアされ、意図した通りに事は動き出す。 笑いが止まらなくなりそうだ。 さぁ。 最後の仕上げを、始めようか。 「では交渉に入らせてもらおう、アンチ=スパイラル――」 ◇ 違和感の正体は分かってみれば簡単だ。髪の色が違う。 「どういうことよ偽者って!」 ルルーシュの髪は間違えようのない黒一色。だがここで寝っ転がる男はそうじゃない。 「どうもこうもあるか。背格好は上手く似せてあるがこいつは別人だ。ルルーシュじゃない」 ねねねが、舞衣が、ゆたかが、それぞれに信じられないという顔をしている。言い様のない不安がそこに共通していた。 「じゃ、じゃあ?」 事実を突き合せてみれば答えは簡単だ。どれだけ不安に駆られようと、続けられるべき言葉は一つしかない。 「どっかで生きてるんだろうよ。ガキがナマやって、こっちまで火傷しなきゃいいんだがな」 ◇ ルルーシュ・ランペルージは制服の襟を直すと、のっぺりと立つ人型の影へと向き直った。 例えば至上の音楽を邪魔する不協和音に人としての意思と形を与えたらこのようなものになるのではないだろうか。 確かに目の前にいるのに、一瞬後には別の場所から現れる妄想を抱かせる不安定な存在感。 人の形を馬鹿にするように一定の振れ幅でぶれる茫漠とした輪郭。 実写映画に混じったアニメキャラクターを見るような強烈な違和感。 口元に走った不細工な切れ込みは、あかんべをする子供にも見える。 (なるほど、文字通り次元が違うという訳か……) ルルーシュは一人思う。 玉座の間ではない。少し離れた所に隠れるように設えられた、名もない殺風景な部屋である。 さっきまで稼動していた転送装置の他には特筆すべきものもない。そもそもが急ごしらえの部屋であるらしかった。 決戦の場として適当かどうかは、まぁそれぞれの判断だろう。 シトマンドラにかけたギアスは有効に機能したようだ。 『ゼロとして振る舞え。貴様が見た、見続けてきたゼロとしてな──』 限界を越えた恐怖の安定剤としてルルーシュへの盲目的な忠誠に走った愚かな畜生だ。隙など、探すまでもない。 最後の瞬間に騙されたことに気づいたような表情を見せた気もするが、知ったことではない。 今はただ、時間を稼ぎこうしてアンチ=スパイラルに接触する機会を与えてくれたことに心から礼を言おう。 (君は餌としては十分に優秀だったようだ。なぁ、ヴィラル) 足元に転がしてある男にルルーシュは心中で笑いかけた。それこそぼろ雑巾のような汚らしい姿に、ルルーシュは愉悦を抑えきれない。 回収に成功したのはフォーグラーの崩落寸前、正に間一髪のタイミングだった。 それ以降であればヴィラルは死に、崩壊する会場に回収装置も機能を失っていただろう。 半開きになった口がだらしない。いやいや、所詮獣に節度を求めるのが酷なのか。 重ねて言おう。親友の仇のどん底に落ちた惨状を見るのがルルーシュには楽しくてたまらない。 ヴィラルは気絶しているのかピクリとも動かない。瀕死の重傷のはずだが、容態は奇妙に安定していた。 死体同然でも天元突破を果たしたという事実は残っている。それがあれば十分だ。 むしろ、ルルーシュにとっては利用価値を保ったまま嗜虐心を満たせる今の状態こそがベストと言えた。 「既にお見通しかも知れないが要求を伝える。使用可能かつ安全に多元世界を移動する術を我々に与えること、以上だ。 見返りとしてこちらからは天元突破者であるこの獣人ヴィラルを差し出そう」 アンチ=スパイラルは音もなく現れた。ふらりと、ルルーシュが具体的な召喚方法に頭を悩ませるより早くだ。 それはつまり、限りなく死者に近い状態の今のヴィラルでも交渉のためのカードになり得ることを示している。 間違いない。アンチ=スパイラルは確かに螺旋力を恐れている。1パーセントの誤差に拘る科学者のように過敏に、鋭敏にだ。 「どうした。悪い条件ではないと思うが?」 脈ありと見てルルーシュは畳み掛ける。 目と思われる器官は確認できるが相手は全身黒一色のぼうっとした存在だ。表情を読むこともままならないのがもどかしい。 相手の出方を見、一つ一つの行動から思考を読み取ろうと具に観察する。 あの目にギアスは通じるのだろうかと、益体もないことを思った。 『無意味だ』 返答は一言だった。機械処理された音声のような多少の違和感はあったが、深みのある低音は予想外に聞き取り易かった。 まさか直球の否定が返ってくるとは思わず、ルルーシュは僅かに鼻白む。 「無意味……?何が無意味だと言うのだ」 焦るには早い。単純な否定のニュアンスに込められた意図を読み取ろうと言葉を重ねる。 返答は尚も淡々としていた。 『そのままの意味だよ。我々はもはや、君の言う天元突破者を脅威とは認識していない』 ゴクリという大きな音はどうやら自分の喉から発せられたもののようだった。 鼓膜の震えを脳が認識し、その内容を理解するまでにしばしの空白が生まれる。 なに、と渇いた音を洩らした。 次の瞬間、ルルーシュの思考を遮るように背後の無個性な扉が荒々しい音を立てて開いた。 「ふむ。いらぬ手間をかけさせおって」 突如現れた英雄王の深紅の瞳は、ひどくつまらなさそうな色をしていた。 蓄積されているはずの疲労など微塵も感じさせぬ王気にルルーシュは苦々しさを隠しきれない。 所詮シトマンドラ程度の小物に足留めが適う相手ではなかったのだ。降って湧いた災厄に虫唾が走る。 しかし、ギルガメッシュはルルーシュなどまるで無視するようにずけずけと歩を進めると、さも当然とばかりに交渉の席上に割って入った。 「答えよ。これが螺旋王の恐れた外敵か?」 ルルーシュの方を見もしない。一方的な質問だった。 声音に感情の色はない。 「……その通りだ。どこまでお見通しかは知らないが目の前にいるこの存在こそがアンチ=スパイラルだよ、ギルガメッシュ」 威圧感が肌を刺し汗を滲ませる。この感覚に、良い思い出などまるでない。 支離滅裂なようでいてギルガメッシュの行動パターンは明快かつ単純。傲岸不遜な振る舞いへの対処は多少の心得もある。 理由はどうあれこちらと直接敵対する気もないようだ。あとは余計な刺激を与えなければ問題ない。 そのはずだ。 ギルガメッシュはふむと一声呟き。 「つまらぬ茶番を考えたものよな」 そう言ったときだけ蔑むような視線をちらりと寄越してきた。 ルルーシュはただ押し黙るしかない。感情に任せて下らぬ口論などをしている場合ではなかった。 『一度は解き放たれた二重螺旋の鎖に再び囚われる古の王か。憐れだな。この世全ての悪とはよく言ったものだよ』 アンチ=スパイラルは気分を害した風もなく速やかに対話を続ける。 言葉通りの憐憫とも、挑発ともとれる言葉にギルガメッシュはただ愉快そうに笑った。 「我を憐れむだと?貴様のような醜悪な存在がか? ククク……滑稽も度を過ぎれば悲劇よな。ならば問おう、貴様は一体何だというのだ?」 さもおかしいと言うように手で顔を覆い、もう片方の指をアンチ=スパイラルに突き付ける。 気紛れな暴君が何をきっかけに爆発するか、ルルーシュは気が気ではなかった。 割って入る、というのも上手くない。 『螺旋の本能に抗えぬ者達を統制しこの宇宙をスパイラル・ネメシスから守るのが我々の役目さ。君が醜悪と言ったこの姿こそ、我々の覚悟の表れだよ』 肉体の成長は螺旋力を増大させる、映像資料の中にも似たような文言はあった。 そのことを頭の隅で思い出しつつ、ルルーシュはアンチ=スパイラルが初めて垣間見せた感情のようなものを脳裏に刻み込んだ。 汗に濡れた手が、力強く握られていた。 「ほう、貴様も守護者を気取るか。スパイラル・ネメシスとは何だ?」 アンチ=スパイラルから感情を引き出したことなど、ギルガメッシュにとってはどうでも良いことのようだった。 ルルーシュの苦慮をよそに、問答は続けられる。 『行き過ぎた螺旋力の果てに待つものがスパイラル・ネメシスだよ。 留まるところを知らぬ欲望は肥大化し、やがて宇宙そのものをも飲み込んでしまう。銀河の終焉だ。 何なら見てみるかね過剰に進化した螺旋力の行き着く先を?』 誘惑するようにアンチ=スパイラルが手を伸ばした。 いらん、とギルガメッシュはにべもなく切り捨てる。 下らぬ、と。 そして言った。 「分からんなぁ。真に『世界』とやらを滅ぼす程の力、なぜ我が手に納めようとせぬ?」 それは、この世の全てを手に入れた王の、心の底からの疑問だった。 「脆きものはより強大な力によって滅ぼされるが世の必定よ。惰弱な世界などに構わず好きに使えば良いではないか。 力こそ、王として君臨する者の象徴なのだぞ?それを振りかざすでもなく誇るでもなく、よりにもよって後生大事に抱え込もうとは。 ハッ!まったく女々しいことよな。 そもそも、そんな程度の力で滅びる世界なら、とっとと滅ぼしてしまえば良いのだ!我が治める世界には無用の長物よ。 疾く滅び行き、せめて一瞬でも輝いて見せるが王に対する礼儀であろう」 晩御飯はハンバーグって言ったのにどうしてスパゲティが出てくるのと怒る子供のような、どうしようもない自分本位の怒りだった。 あまりの身勝手な振る舞いにルルーシュの息が止まる。やめろと叫びたい気持ちを必死になってこらえた。 人類最古の我が儘をぶつけられアンチ=スパイラルは果たしてどうするのか。 ルルーシュの杞憂をよそにアンチ=スパイラルは何も言わなかった。平坦な表情は能面のようにこちらの心象を写しとるだけで、中に潜む感情はもう見えない。 まさか、呆気にとられて何も言えない、という訳でもないだろうが。 「此度の宴、裏を覗けば所詮は負け犬と臆病者の見るにも耐えぬじゃれあいであったか。 なるほどな、底が知れたのと同時に興も失せたわ。小僧、後は好きにして良いぞ」 ギルガメッシュはルルーシュに向けてそれだけ言うとぷいとそっぽを向き、手近な壁にもたれかかると、腕を組み目を閉じた。 それきり、ぴくりとも動かない。本当に、一切の興味を失くしたらしかった。 『最古の王、か。正に螺旋の本能の権化のような存在だよ君は。ギルガメッシュ』 もう耳を貸す価値もないと言うのか、アンチ=スパイラルの正負の感情入り交じった声にもギルガメッシュは眠るように無反応である。 本当に寝ているのかも知れない。 真実は知れないが、数秒程の間を空けてぱちりと開かれた目は、ひどく気だるだった。 「貴様らも寄り道は程ほどにせよ。後の始末が滞っては幕引きもままならぬ」 「あいにくこっちはアンタ程手際が良くないんでな、ギルガメッシュ」 言葉は明らかにルルーシュに対してのものではなく、そのことを認識すると同時に活動を再開した思考が警鐘を鳴らす。 ルルーシュはそのときになって初めて自分が呼吸を忘れていたことに気付いた。 浮かんだ汗を拭う暇もない。 「よぉ、死んだり生きたり忙しいな。お前は本物か?ルルーシュ・ランペルージ」 振り向いた先では、四人分の瞳が思い思いの感情を浮かべてルルーシュを見つめていた。 ◇ (ちぃ……所詮は妄執に囚われた役立たずに過ぎなかったか、ウルフウッド……!) スパイク・スピーゲル。 菫川ねねね。 鴇羽舞衣。 小早川ゆたか。 会場を脱出した者達は誰一人欠けておらず、かと言って試練が成功したようにも見えない。 「さて……こいつはどういう状況だ?」 ルルーシュと、足元で未だ眠りこけるヴィラルと、その奥にゆらゆらと佇むアンチ=スパイラルとを大体順番に見渡しながら、スパイクが言った。 「たわけたことを。事情はあの木偶が語っておったであろうが。宴など、とうの昔に終わっていたのだ」 天元突破に満たない参加者との接触は多元宇宙の移動技術を手に入れてからのつもりだった。 絶対的優位が確立されるか、そうでなければ接触もせずに単身帰還するかだ。既に無意味になったプランだが。 「螺旋王が逃げたってのは……どうやら本当らしいな」 「その通りだ。そして俺は今彼、と言って良いのかは分からんが、アンチ=スパイラルとの交渉中でね。少し静かにしてもらえると助かる」 値踏みするようなスパイクの視線。憎まれようと嫌われようと構わない。 今はとにかく、ルルーシュに対する物理的な危害と、これ以上の交渉への干渉を阻止することが先決だった。 「俺に言いたいことも色々あるだろうが、他の者も同様にして欲しい。 ああ、俺が憎くてたまらないと言うのなら構わない、手に取った銃で俺を撃つが良い。抵抗はしないさ。 但し、その場合は君達だけでこの場を切り抜けてもらう必要があるがな」 最後にスマイルも忘れない。アンチ=スパイラルへの不安げな感情、ルルーシュに対する敵意とも取れる微妙な表情と、他の者も反応は様々だ。 最低だよおまえ、と唸るような憎々しげな声でねねねが言った。 ルルーシュにとって、それはこちらの条件を呑んだということ意外の意味を持たない。 「……もう、騙しはなしで頼む」 スパイクが身を引き、条件は全てクリアされた。 安堵の溜息が出そうになったが何とか押し留める。 複数の聴衆が見つめるなか、ルルーシュは一歩前に進み出た。 「さて、バタバタしてしまってすまない。こちらの事情で時間を取ってしまったことには謝罪しよう」 気を取り直すように首元のホックを外し呼吸を楽にした。 英雄王に掻き乱された頭は既に落ち着きを取り戻している。仕切り直しだった。 依然、問題はない。 舞台の主導権は再びルルーシュの手に戻った。 ◇ 「改めて説明願おう。天元突破者に価値がないとはどういうことだ?」 アンチ=スパイラルは笑った。 いや、真実それが笑みなのかは分からない。ただ、肩をすくめ目を細めたようにも見える形態の変化が、人間が可笑しなときにする動作に似ていたというだけだ。 しかし、少なくともそのときだけは、アンチ=スパイラルがこの会話を楽しんでいるように見えた。 『そもそもの前提が間違っているのだよ。意味を持たない螺旋の戦士たちよ。 お前達は我々が天元突破者を恐れていると考えているようだが、ではその根拠はなんだ?』 聞かれてもとっさに回答が出てこない。 1足す1は何故2なのだと聞かれているようなもので、自明すぎることは反って言葉にし難い。 「根拠だと?自分で言っていただろう。強力過ぎる螺旋力はスパイラル・ネメシスの引き金に成り得ると。お前達はそれを阻止するんじゃなかったのか」 くくく、と。 アンチ=スパイラルは今度こそ確かに声に出して笑った。 『少し回りくどかったかも知れないな。では質問を変えよう。そもそも天元突破者とは一体何だ?』 「それは……表現を変えるなら桁違いに強大な螺旋力とでも言うものだろう。 ロージェノムが渇望し、世界すら創造可能と言われた力だ。もっともどこまで本当かは分からんがな。 それを確かめる意味でもロージェノムは自らが生み出した世界からの脱出を望んでいたんじゃないのか」 現にヴィラルが覚醒を果たした時点で会場内の機能は崩壊を早めた。 その上桃色の光という視覚的にも顕著な違いが見られたためにルルーシュ達は天元突破は成ったと考えたのだ。 天元突破。真なる螺旋力。 ロージェノムの提唱した概念に、新たな名を与えたのはルルーシュだ。 『違うな。間違っているよ』 アンチ=スパイラルが返したのは否定だった。 気のせいか会話の運び方が普段ルルーシュが取っている手法に似ているように思える。 真似をされているようで、少し気分が悪かった。 『螺旋王が求めたものはもう少し条件が限定される。すなわち、我々が干渉不可能な世界を創造可能な螺旋力、だよ。 戦うための力などではない。千年の倦怠に沈んだ男が、そんな前向きな思想を抱くものか。 逃げ、隠れ、息を潜めて生きていくための、かつて名を馳せた螺旋の戦士の発想とも思えぬ卑小な箱庭だ。 そんな都合の良いものなど、ありはしないよ。 いかにあらゆる道理をねじ曲げる螺旋の力と言えど、その根本にあるのはより高みを目指そうとする上昇の力だ。 地に這いつくばり、自ら穴蔵に閉じ籠ろうとするのでは、螺旋力も手を貸しはせんだろうさ』 これだけ言えばもう分かるだろうと、アンチ=スパイラルは最後にそう締め括った。 吐き捨てるような声にほんの僅か含まれていた寂しげな感情さえ、ルルーシュは気付くことができない。 己の手が震えていることを知りながら、対処方を思い出すこともできなくなっていた。 ああ、絶望とはこういうものなのかと今更ながらに思う。 くどくどと説明されるまでもない。ルルーシュにももう分かった。 つまり。 ロージェノムの求めた真なる螺旋力とは。 ルルーシュが目指した天元突破とは。 『考えてみれば実に弱者に都合の良い世界だな。仇敵の脅威に怯えることはなく、それでいて自分達の繁栄は約束されている。 いかにも敗残兵らしい、夢想的で空想に満ちた理想郷だよ』 挫折の海に沈んだ一人の男が抱いた憐れな妄想に過ぎなかったというのか。 (どこまで生き恥をさらすつもりだ、ロージェノムゥゥゥ……!?) 今にして思えばロージェノムの用意した世界は何から何まで滅茶苦茶だ。 パワーバランスを無視して溢れ返る機動兵器、用途などまるで考えちゃいない雑多な至急品の山。 多ければ良かろう、選択肢が増えれば可能性も高まろうという愚かな思考停止が生み出した浅慮の塊だ。 資料に再度あたって気付いたことだが、あの会場はブルーアース号、大怪球フォーグラーといった道具を螺旋力と共に用いれば脱出できるように作られていた。 だが実際はどうだ。規格外の戦力では均衡など生まれるはずもなく、あろうことか会場は力技で崩壊。枷となるべき首輪は自壊する始末だ。 (敢えて言うぞロージェノム、お前の世界は粗悪な模造品に過ぎん……! 貴様は優秀な科学者でも何でもない。妄想にすがり、偶然舞い込んだ『前例』の輝きに目を曇らせた、ただの大馬鹿者だ!) それに踊らされた結果がこれだ。 交渉のためのカードは失効してしまった。そもそもカードですらなかった。 進退窮まったピエロはこうして水際に追い詰められている。 「俺たちは螺旋王の一人相撲に巻き込まれたって訳かよ。冗談にしちゃ気が利きすぎだぜ、まったく」 だらりとした姿勢で腰掛けていたスパイクが誰に言うでもなく呟いた。 虚空に吸い込まれていく言葉にルルーシュも全力で同意したい。 『文句の一つも、とでも言いたげ様子だな。何なら会ってみることもできるが?』 アンチ=スパイラルはそんなことを言った。絶望に沈むルルーシュ達に慈悲でもくれようと言うのか。 今なら何となく表情も読めそう気がした。あれは意地の悪い笑顔、というやつだ。 誰からも答えがなかったにも関わらずアンチ=スパイラルは勝手に話を続けた。どうやら最初から返事など期待していなかったらしい。 『フィナーレに主催が不在では収まりが悪かろう。招いてあるよ。これがかつての螺旋王、ロージェノムの現在の姿だ──』 ◇ 肌を撫ぜる湿っぽい風に生臭さが混じり出したので堪らず口を覆った。 少し吸っただけで背骨の下の方にざわざわとした嫌な感じがする。悪い予感、というようなものではない。単純に衛生環境が悪すぎるのだ。 必要とあらば足を運びもするが、いわゆる貧民窟と呼ばれる悪所の空気はそう簡単に慣れるものではない。 もっともそんな場所に追い込んだのは自分達なのだが、と手でぱたぱたと顔を扇ぎながら遠坂凛は思った。 (……遅いね、凛) (あら、もう待ちくたびれちゃったの?ここは任せてくれって言われたんだもの、邪魔するのは野暮ってものよ) とは言えフェイトが心配するのも分からなくはなかった。今回の追撃の要となった老人が単身ロージェノムの潜む屋根の外れかけた小汚い小屋に入ってからもう大分経つ。 一体一で話がしたいという強固な意志を尊重した形で、二人は二箇所からの見張りに徹しているのだがこうなると最悪の可能性も頭をよぎった。 心身ともに衰弱しきっているだろうロージェノムにどれ程抵抗する気があるかは不明だが、全くの無音というものはそれだけで悪い想像をかき立てる。 あと五分、凛がそう念話を飛ばそうとした瞬間に、見計らったかのようなタイミングで粗末な木の扉が軋みをあげた。 「無事でしたか、良かった……」 「ロージェノムは?」 出てきたのは老人だけだった。落ち着いた足取りに安心しながら凛とフェイトが駆け寄る。 成果を問われた老人は目を細め、小屋の中に目を遣りながら答えた。 「おぉ心配かけちまったか。ロージェノムは……」 老人はそこで言葉を切ると噛み締めるように天を仰いだ。 そうして続けられた声は小屋の中に溶けていくように、あるいはずっと昔に置いてきた何かに語りかけるように聞こえた。 「ロージェノムなんて奴ぁもういなかった。ここにいたのはただの――」 ◇ 見るも無惨な姿だった。それでいて、情けなくなるような貧相さがあった。 「うっ……!」 誰かが嗚咽を洩らした。無理もない。 ルルーシュも一時期より線の細さはましになったとは言え、直視すれば胃のむかつきは抑えらそうになかった。 アンチ=スパイラルが突きだした首だけのロージェノムは、積み重なった絶望を一層一層丁寧に塗り込んだように、醜怪で、陰惨で、そしてとても小さかった。 『もう何度目になるだろうな。己が欲望に溺れる螺旋生命体を、度し難いと感じるのは。 無意味に積み重ねられていく失敗に神経を磨り減らし、少しずつ精神に変調をきたしながら、まるで諦めようとしない。 発見は偶然だったが、思わず目を疑ったよ。かつての隆盛を知るものとしては、尚更ね』 せめて潔く最期を迎えさせてやるのが慈悲と言うものだろう、とアンチ=スパイラルは嘯いた。 どこまで本気か、知れたものではない。逆流しそうになる腹を手で押さえた。 ルルーシュたちの苛立ちと恐怖をよそに、アンチ=スパイラルの弁舌は留まる所を知らない。 次に語られたのは、ルルーシュ達の認識の外で行われ、関与する術もないまま終わってしまった物語だった。 『他にも、どこで嗅ぎ付けたのか我々の手下を標榜する存在もいてね。 それに対抗するような集団まで現れ、果てに両者はここから最も近いあの惑星において全面戦争をするに至った。 場所を提供したのは我々だがね。螺旋生命体の行動サンプルの足しになれば程度の気持ちだったが、結果は両者全滅という酷いものだったよ。 螺旋の輝きなど一切見られなかった。無駄死にだよ。やはり、ロージェノムの実験には何か仕掛けがあったようだな』 それはルルーシュたちとは直接の関わりを持たず、それ故反応のしようもない、アンチ=スパイラルのためだけに語られた少しだけ過去の話である。 言い終えるとアンチ=スパイラルはロージェノムヘッドを無造作にぽいと放り捨てた。 用が済んだのでもういらないと言わんばかりだ。やはり最初から見せるためだけに持ってきたらしい。 首はべしゃりと音を立て、ルルーシュの背後で誰かが震える気配がした。 『戦闘の影響であの星は軸が少々傾いてしまったが、それだけだ。元々住んでいた螺旋生命体にはいささか住みづらくなるだろうがね』 良いだけ喋っていたアンチ=スパイラルはそこでん、とでも言うような仕種で首を傾げた。 どうやら、ようやく自分ばかりが喋っていることに気付いたらしい。 『我々としたことが少しばかり悪趣味が過ぎたようだ。用も済んだことだしそろそろ去るとするよ。 君たちは、まぁ放置しても問題ない程度の無価値な螺旋生命体だ。我々も興味はないので、好きにすると良い。』 今更過ぎる反省の言葉だ。ルルーシュたちのことを歯牙にもかけていないことがありありと伝わってくる。 呻くように言った。沈みきった表情になっているのが自分で分かった。 「……一つだけ聞かせろ。 天元突破者に価値が無いというのなら、何のために俺の前に現れた。 単に絶望を与えるためだけにこんな手の込んだ真似をしたというのなら、お前達は本物の悪趣味だぞ」 こんな、のところでちらりとロージェノムの首に目をやる。かつての威風堂々とした佇まいは、もうそこには見られない。 どれだけの絶望を突きつけられればこんな顔ができるのだろう。 今のような状況でも、まだ足りないと言うのだろうか。 このままでは。帰ることなど。 『もちろんそれだけじゃないさ。そこに眠っている獣人はありがたく頂いていく。 価値は無いと言ったがそれは我々の脅威足り得ないという意味だ。 螺旋力発現の一つのサンプルとして見れば、いくら言葉を尽くしても足りない程に興味深い存在だよ、それは』 ふと見れば足元に転がしてあったヴィラルはいつの間にか居なくなっていた。 視線を上げるとアンチ=スパイラルが肩に担ぐようにしている。そのように人間臭い仕草が必要とも思えないが。 言った通り、本当に持ち帰るつもりらしい。 『実を言えば我々も最初はロージェノムの提唱したような螺旋力が発現したのかと思っていたのだよ。 緑に混じった桃色の輝き、あらゆる多元世界を含めても初めて目にするものでね。発現に至った道程もイレギュラーの塊だ』 去ると言っておきながらアンチ=スパイラルは尚も言葉を重ねた。傍目にも分かる知的興奮に今更ながら人間を感じる。 改造を受けた獣人。 発現するはずのない螺旋力。 人ですらない魔術プログラム。 触媒と思われる『愛』なるおもばゆい感情。 魅力的な素材、ではあるのだろう。 『もっとも我々の仕掛けた多元宇宙迷宮で甘い夢に浸っているようでは、その力も知れているがね。 とは言え穴があっては台無しだ。じっくり観察させてもらうとするよ』 「……多元宇宙迷宮とはなんだ」 『認識すると同時に発生するのが多元宇宙だ。そこに囚われたものにすれば現実と何ら変らない。いや、まさしく現実そのものだよ。 あの金色の魔物も、肉体が先に滅びなければさぞ心地よい世界で暮らせただろうにね』 他にも多元宇宙迷宮とやらを仕掛けた相手がいるような口ぶりだった。 それはともかく、ヴィラルの死にそうで死なない奇妙なしぶとさの理由もこれで分かる。駒は最初から敵の術中にあったのだ。 一方的に弄ばれていたことに今更ながら強烈に実感し、ルルーシュは力なく崩れ落ちる。 言うまでもなく、交渉は失敗だ。相手は遊びにきたような気楽さでしかないのだから、当然だ。 アンチ=スパイラルは嫌味なくらいゆっくりとこの場を立ち去ろうとしている。 肩に担がれた獣人の虚ろな目がルルーシュの視線を空しく照り返していた。 全て仕舞いである。 帰還の目は完全に絶たれた。 「ちょっと待ちなよ、アンタ」 そう思ったルルーシュの背後で、声が上がった。 「さっきから人が黙って聞いてりゃネチネチねちねちと…… 何かに似てると思ったら、あれだ。昔あたしの本に付いた、タチの悪いクレーマー」 ねねねだった。怒りに満ちた表情で、ゆっくりとルルーシュの横を通りすぎる。 ふと見ると、終始我関せずを決め込んでいたギルガメッシュがこの時だけ目を開けていた。 「偉そうに無意味だ無価値だ並べ立てて、アンタがどんだけ凄いかなんて知らないけどさ、何様のつもり?あぁ? ロージェノムとアンタとの関係なんか知らない。やろうとしたことがどれだけ無茶苦茶だったのかも知らない。知りたくもない。でもね」 ギルガメッシュだけではない。スパイク・スピーゲルも鴇羽舞衣も小早川ゆたかも、さっきまで絶望に暮れていた者たちが一様に顔を上げ、ねねねを見ていた。 ルルーシュもまた同じく、握り締められた拳を振り上げる姿に目を奪われる。 「アンタにも、アンタ以外の誰にも、他の連中のやってきたことを否定する権利なんてないっ! あたしたちの話はあたしたちの物なんだから、あいつらの頑張りをなかったことにするなんて許さないっ! あたしがっ、あたしが死んでもそんなこと、絶対にさせない!!」 振り上げられた拳は、眼前まで迫っていたアンチ=スパイラルの顔面目掛けて、泣きたくなる程真っ直ぐに放たれ。 「外野は……とっとと、帰れ!!」 それを巻き込むように姿を消したアンチ=スパイラルによって、虚しく空を切った。 『存外に楽しかったよ。ではな、滅ぼす価値さえ持たない、異形の螺旋の戦士たちよ』 その言葉が、置き土産だった。 ◇ 「うっ……くぅ……!」 空振った拳を痛むように抱えながら、静かにねねねは倒れ込んだ。 必死の抵抗だったのだろう。手を付き、堪えようにも堪えきれない嗚咽を漏らしている。 肩が、小刻みに揺れていた。 「これで終わり、なの……?」 「……そうらしいな」 舞衣の震えた声、スパイクの平坦過ぎる声が聞こえる。 完敗だった。 「私たちって無意味、なんですか……」 価値はない、意味はない、害にしかならない。 あの存在はルルーシュ達をそのように散々に評した。まるで害虫を潰して苦しむのを楽しむように、じわじわと、露悪的にだ。 螺旋王が恐れたのもうなずける。奴らは徹底的で、そして容赦がない。 何より的確に人間を苦しめる方法を知っている。 「そんな訳ないでしょうがよ……」 ねねねの言葉にも、もう力はなかった。形だけの抵抗であるのは明らかだ。 じくじくと湿った針で心臓を刺される思いだった。 親友の早すぎる死も。妹の元に帰るという願いも。 ルルーシュが頼りとしたものは、全て否定された。 (俺のしてきたことが……スザクは無駄死にだと言うのか……!) この戦いにおいてだけではない。ルルーシュの人生全てが否定されたのと、それは同義だ。 帰還は叶わず、ルルーシュたちはこのまま朽ちていくしかないのだろう。あるいは殺戮の続きを演じでもするかだ。 しかし、ルルーシュの為したことに敵意を感じる程に余裕のある者もいない。 環境の激変したであろう惑星に降り立ち細々と暮らすという目もあった。 知り合いの居ない世界で、穴倉に閉じこもった生活。 まさに螺旋王そのものではないか。惨めだ。あまりに惨めで笑えてくる。 そんなものは生きているとは言わない。ブリタニアに人質として売られ、妹と共に日本に渡った頃の生活と一緒ではないか。 助けてくれるものなど誰も居ない。 ならばどうする。あのとき自分は何をした。 (そんなことがあってたまるかっ……!! 俺とスザクの人生を踏みにじっておきながら、それを無価値と断ずるなど! あぁそうだ。あの女の言うことは正しい。言ってくれたなアンチ=スパイラル。よりにもよって俺のやろうとしたことを否定するとは! ナナリーが静かに暮らせる世界を作ることに意味がないと言うとは……!! そんな発言の存在は……断じて許されてはならないッ!!) 妹のために。 そう。 反逆を誓ったのだ。 「違うなぁ!!間違っているぞ、アンチ=スパイラルゥ!!」 絶望が深ければ深いほど、反発しようとする力も大きくなる。 人間とは確かに度しがたい存在だった。 ◇ 気が付くとルルーシュは叫んでいた。全身全霊の限りを振り絞って、聞くものがいるかすら分からない虚空に向けて叫んだ。 「貴様が俺たちを捨て置くというのなら、俺はこの場にいる全員を殺害し、自殺する!!」 まともに相手にされる可能性など無いに等しい。 それでも言わずにはいられなかった。 「貴様はヴィラルが覚醒した能力を観察によって見定めると言ったな!!99%脅威とは成り得ないことを知りながら、敢えてだ! 矛盾じゃないのか?何故俺達に対してはそれをしない!? 何故俺たちに1%の脅威もないと、貴様らは知っているんだ?どこでその情報を得た?また多元宇宙とでも言うつもりか? 違うな。貴様が自ら執り行った実験とやらは失敗したのだろう?つまり貴様らは俺たちのようなサンプルについての知識はないということだ。 ならば俺たちが無価値であることもまた、貴様らはまだ断言することはできんはずだ!!たとえその可能性がどれだけ小さくてもなぁ!! 分からないとは言わせん!!少し話しただけで理解できたぞ、貴様らの神経質なまでの慎重さをなぁ!!」 もしかしたら、言い掛かりに等しいのかも知れない。ルルーシュの認識が見当外れの方向を向いている可能性もあった。 賭けにすら、なっていないのかも知れない。 だが、今は突くしかなかった。 奴が僅かに垣間見せた、頑迷な研究者としての側面を。 「貴様には俺たちを長期的、かつ特殊な刺激の少ない場所に移す義務がある!! もしこのまま俺たちに死なれたら、困るのはお前だ!! それとも、未だに俺たちがどれだけ貴重か理解できんか?ならば教えてやろう。 ……手がかりは貴様の言った言葉の中にある。言っていただろう?『螺旋の輝きを見せるものはいなかった』とな。 そう、あらゆる者にその可能性があると言われる螺旋力と言っても、それに目覚めぬ世界が大多数を占めている。 だが俺たちはどうだ。螺旋王の仕掛けだろうがなんだろうが、ぽんぽんと螺旋力に覚醒した。 『これだけ言えばもう分かる』だろう?この違いはなんだ?知る必要はないのか? 怖いんだろう、螺旋力が? 万が一、俺たちが巨大な螺旋力の温床となっていたらどうする?貴様を滅ぼすものの萌芽が既に生まれていたとしたらどうする? 俺たちが居なくなれば、今後生まれるかも知れんその可能性を摘み取ることもできなくなるぞ? 今お前が見せた怠慢が、めぐり巡ってお前達をまたしても打ち滅ぼすかも知れん。手痛い敗北だな。 だがそれも仕方ないな。何せ、俺たちくらい特殊なサンプルは!滅多に手に入らないんだからなぁ!?」 既に、全員の視線がルルーシュに注がれていた。 戦火の中、激しい意志とともに螺旋力を掴んだ者。 戦いに拠らず、昂る精神からその力に目覚めた者。 幾多の修羅場をくぐり抜け、未だ発現に至らぬ者。 そもそも発現の可能性すら疑わしい者。 それら全てが、ここにいる。 「答えろぉ!!アンチ=スパイラルゥゥ!?」 ルルーシュの左目に宿るギアスの刻印が、眩い光を放って輝いた。 ◇ 男は言った。マタタビを殺したのはお前か、と。 俺は肯定した。ニアという少女にギアスをかけ、間接的にマタタビが死ぬように仕向けた。 女は言った。何故清麿を殺した、と。 言い訳する気はない。生きて帰りたかっただけだ。俺がそう言うと女は辛そうに顔を背けた。 それが、二人から聞いた最後の言葉だ。 俺は一人きりになり、誰もいなくなった場所でただ天を見上げている。 脱出の鍵となった英雄王は無言のままその姿を消した。 誰より早く螺旋の輝きを身に付けた少女は自らその意識を手放し。 あろうことかギアスを自力で打ち破った女もそれに続いた。 俺はほうと深い溜め息を付く。 ひどく、疲れた。 だがまだ最後の仕上げが残っている。 そう言えばまだ自分にギアスをかけたことはなかったなと、俺はふとそんなことを思った。 走馬灯のように、これまでのことが思い返される。 スザク、C.C.、カレン、シャーリー。 顔触れは多い。だが、最後に浮かぶのはたった一人だ。 ナナリー。 俺はとんとんと肩を叩かれた。 「あの、ねねね先生達かんかんです。いつまで休憩してるんだって」 俺の心地良い回想を邪魔したのは、眠り足りないのか目に隈を残し、えらく怖い顔になった鴇羽舞衣だった。 苦笑を洩らし、俺は歩き出す。 「すまない、すぐ戻る……とは言え俺はろくに睡眠もとらせてもらってないんだがな」 やれやれ、人使いの荒いことだ。 ああそうだ。 俺は、アンチ=スパイラルを説き伏せた。 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