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「きゃああああ!!エッチ馬鹿スケベ変態信じられないわよ!」 「待った誤解!」 夢の中でもう一度ティアナさんに殴られたような気がして、俺ことシン・アスカは 見慣れた部屋の中で目を覚ました。 もう痛んではいないはずの頬が、つい先刻叩かれたばかりように赤く腫れ駕っている。 手で触れる叩かれた頬の痛みと柔らかい胸の感触に、妙な背徳感を覚えながら、俺は覚束ない足取りで風呂場に向かった。 途中やかましく鳴り響く携帯のアラームを布団の中に押し込み強引に黙らせる。 寝汗で臭うシャツを洗濯機の中に乱暴に投げ入れ、シャワーのコックを捻る。 残念ながら、熱いシャワーも俺の鬱屈した精神状態までは洗い流してはくれず、モヤモヤとした感覚だけが全身にへばりついている。 俺は、まるで悲喜劇の主人公になった気分だと嘯き、鏡に写った自分自身を見つめた。 「最悪だ」 鏡に写った顔は酷い物で、普段に比べ十分な睡眠時間を取っているに関わらず、 腫れぼったい目に、あろう事か目の下に隈まで出来ている。 「はは…今日商談があったら間違いなく失敗だったな」 最高の気分で終わるはずの夜は最低な気分で終わりを告げ、一夜明けた今もこれま た最低な気分で朝を迎えてしまった。 俺は自嘲気味にそれこそヤケクソ気味に微笑んでみるが、鏡の中の俺はピクリとも笑い返してはくれなかった。 「別にあそこまで怒らなくても」 自己弁護するように嘯くが、どう考えても俺が悪い。 幾ら事故とは言え、見ず知らずの人間に胸を揉まれ慣れている女性など居ないだろう。 羞恥や怒りよりも嫌悪感の方が勝っているはずだ。 特に彼女は未成年で、恐らく妹のマユと同じ位の年齢だから、余計に気難しい年代だ。 (あの年頃の女の子から見れば、俺のような年齢でも十分オジさんの見えるんだろうな) 「立ち直れないかも…」 キモイとか言われなかっただけでも、奇跡かも知れない。 「あぁでも変態って言われたかも」 俺は、可愛がっている妹から「キモイ!変態!」と言われる場面を想像すると、自 然と胃が重くなって行くのは感じる。 幸いながら妹との関係は良好そのもので、今迄表立ってキモイなどと罵倒された事 は無いが、今日の事を知られるとどう転ぶか分からない。 アスランは、人の悪口は言わないが、どうにも口が堅いようで軽い。 後でさり気無く口止めしようかと考えてたが、仮にも上司にあれ程の迷惑をかけたのだ。 やはり率先して謝ると言うのが筋だろうか。 俺は暗い気分のまま、風呂場から上がり、クローゼット中から着替えを取り出した所で、 そう言えばとふと思い出した事があった。 「俺…一週間休みだっけ」 すっかり忘れていたが、やり過ぎた俺は上層部の目に止まり、一週間の強制有給の刑に処されていたのだ。 「どうしようか」 背広に袖を通し、冷蔵庫の中からミネラルウォターを取り出し一気に飲み込む。 昨日の内に冷やしていたトマトを丸齧りにしヨーグルトで流し込む。 サラリーマンの悲しい性かな、一度染み付いた生活習慣は変える事は出来ず、頭の 中で別の事を考えているに関わらず、俺は自動的に出社の準備を整えていた。 まぁ今のままグダグダ考えていても埒があかないと考えた俺は、まずは、出社して上司に謝ろうと思い立った。 「おはようございます」 「おはよう」 いつのも受付係に挨拶し、俺は自分のオフィスへと足を速める。 総合商社"オーブ" 名前こそシンプルだが、ご飯のお供の佃煮に始まり、MSまでとオーブが取り扱う商品は多種多用だ。 ここまで多角経営に手を伸ばしたら、社が傾きそうな物だが、オーブ代表ウズミ・ユラ・アスハの"他社の利益に介入しない"と 良く分からない経営理念が功を奏したのかしないのか。 企業から三十年と少し。 兎に角良く分からない内にオーブはあれよあれと言う間に日本経済の中枢にまで食い込んでいった。 エレベーターに乗り、絨毯敷きの廊下を通り、欧州課のあるオフィスへと向かう。 欧州課資源調達班。 手短に言えば、欧州各国のレアメタルなどの希少金属の買い付けが俺の仕事だった。 一応社のエース級の人材が集められ、言って見ればオーブの最前線と言う奴だ。 オフィスにもう少しと言う所で、俺は見知った顔に出会った。 喫煙室の隣にある自販機で、腰に手を当てデカビタCを一気飲みしている見た目麗しき女性。 肩口まで伸びた金色の髪に、地中海の海を彷彿させるサファイヤブルーの瞳。 街を歩けば十人が十人振り返る程の美人だ。 だが、その派手な外見に関わらず着ている服は、グレーのパンツスーツと実に地味な物で折角の美貌が霞んでしまっている。 だが、その容姿に騙されてはいけない。一度騙されたが最後、そいつは、未来永劫心に消えない傷を負うことになるからだ。 「レイまたそんな格好して」 これが『本当の女なら』本当に勿体無い事だと思いながら、俺は朝何度目かの溜息を付いた。 「シンか」 金髪碧眼の女性が振り返る。 大体予想は付いていると思うが、こいつの名前はレイ・ザ・バレル。 俺の幼馴染で正真正銘の『男』だ。 イギリスのやんごとなき御方の血筋に名を連ねる身分らしいが、本人にそれを聞こうとすると口をへの字に曲げ、三日は口を聞いてくれ無くなるのでレイの前で絶対のタブーだったりする。 「俺も色々と面が割れてるからな。敵情視察も苦労する」 レイは嘆息しやれやれとばかり両腕を組み苦笑いする。 「でも、女装する意味無いだろ」 「余計なヤッカミを買う必要も無いだろう」 「バレたって堂々と乗り込んで実力でねじ伏せれば良いだけの気が…」 レイは溜息を付き、次いで俺を見て微笑む。 「それはお前の領分だ、シン。俺は凡人だからな。凡人は凡人らしく知略姦計張り巡らせて貰うさ」 女装の何処に知略姦計の要素があるのだろうか。 俺は頭痛を覚えるが、レイは飄々とした態度で笑みを崩さない。 「何偶に俺の事を本当に女と間違えた馬鹿がディナーを奢ってくれたりしてな。夕食代が浮いて助かる」 「殆ど趣味じゃないか」 「気にするな。俺は気にしない」 「俺が気にするよ」 俺は溜息を付きながら、自販機から缶コーヒーを買い飲み始める。 「で、そんなにめかし込んで何処行ってたんだよ?」 「デトロイトだ。アクタイオン社の新作発表会があったんでな。こっちには今朝着いたばかりだ」 「ご苦労様。アクタイオン社の新作ってウチのGATシリーズのパクリ商品って噂の」 「裏コードはGAT再編計画だそうだ。」 「物は言い様だよな。で、結果は?」 レイは微笑みながら、俺の肩に手を置く。 「所詮は二番煎じだ。十年以上前からコツコツとMS開発のノウハウを溜めてきた俺 達相手では無い…と言いたい所だが、侮って良い相手では無いな。勿論負けるつもりも無いが」 ニヤリと不適に笑うが、女装された格好で言われてもどうにも迫力が無い。 むしろ不気味さが際立っているだけのような気がする。 大体レイはその外見に似合わず案外筋肉質なんだ。無駄な筋肉が無いと言うか、腹筋だって割れてるし、 触って見れば分かるけど鉄かって思う程硬い。 確かに毛深いって程じゃ無いけど、肩何か触られると一発でバレるような気がするんだけど。 「なぁレイ…つかぬ事をお聞きしますが…前々から気になってたんだけど…無駄毛の処理とかどうなさってるんですか? 具体的に言うと脛毛とか」 「当然剃ってるが…何か問題でも」 「見えないのに?」 「仕事に必要なのは丁寧さと正確さだ」 「あぁそう…」 もうそれ絶対趣味だろ。 意味不明のはぐらかされ方をされたが、俺はレイが変な道、主に歌舞伎町方面に永久就職しない事を微力ながら願った。 「それで、今日はどうしたんだシン。確か有給だったはずだが」 「ああ…えっと」 特に考えも無しいつも通り会社に来てしまっただけなので、本当に何も考えて無い 自分に気がつき、俺は困惑を通り越し呆れてしまう。 「いや、その、ちょっと気になる事があって。確認だけしようかなって」 しどろもどろになりながらも何とか答えて見たけど、果たして誤魔化せただろうか。 「お前も十分仕事中毒だな」 レイは相変わらずポーカーフェイスを崩さず、一度だけニヤリと笑う。 「気にするな。俺は気にしない」 俺がレイのお決まりの台詞を取るとレイはムッとし表情を作る。 その様子が可笑しくて、俺はレイにばれないように忍び笑いを漏らした。 「また連絡するよ」 「了解した」 俺は少しだけ気が紛れた事を自覚し、挨拶もそこそこにその場を後にする。 「ワーカーホリック…か」 『シンは私を見てないもの…見てるのは仕事だけ』 長い廊下を歩く最中、いつかの誰かの台詞を思い出しながら、俺は胸に残った僅か な淀みをその手で握りつぶすように、記憶の奥底に閉じ込めた。 「すみませんでした!」 「ん…あぁ」 デスクに腰掛たアスランが困惑したような表情を作り、大量の書類から顔を上げた。 「そんな事を言いにわざわざ休みの日に会社まで来たのか」 「そんな事って…」 俺にとっては大問題何だ。元々物事を走りながら考える俺で、謝るのは苦手だけど、恥も外聞も無い訳じゃないんだ。 自分が間違っていると思えば素直に謝りもする。 大体俺は、アスランに貸しを作る事が死ぬ程嫌何だ。 「気にしなくていいぞシン。確かにお前の責任がゼロと言う訳じゃないが、お前が全面的に悪いってわけじゃない。あれは事故だ」 「でも…上司の顔を潰したかと思いまして」 「思っても無い事を口に出すな気持ち悪い」 (こいつ、人が謝ってるのにこの態度は無いだろ) 俺は思わず大声を出しそうになったが、寸での所で堪える事に成功した。 俺は、思わず掛けた方が集中力が出るとご自慢の伊達眼鏡を、鼻眼鏡に内緒で交換してやろうかと思う。 「それだけならもう行けシン。お前は今休暇中だ。他の人間に邪魔になる。用事を済ませたら帰れよ」 全くタマに殊勝な心がけを出してみればこの様だ。 アスランは、もう用は終わりだとばかりに、俺をオフィスから追い出しにかかる。 「それでは!失礼致しました!」 「あぁそうだ。失礼された!」 慣れない事はするもんじゃ無いと、俺は思いながら精一杯の悪態を付きながら課長室を後にした。 「あの野郎…」 俺の様子を傍から見れば怒り心頭と言った感じだっただろう。 普通大の大人が顔を真っ赤にして怒り狂えば、何事かと西へ東の大騒ぎになるが、 同僚達は、またいつのも事だと割り切り、苦笑しながら俺に労いの言葉を投げかけてくる。 上司に横柄な態度を取る部下も問題だが、大人げ無く部下に張り合う上司もどうだろうかと、 半ば物見遊山のような対応を取られるのも何か釈然としない。 裏では俺対アスランの言い争いが賭けの対象になっているそうだ。 因みオッズは七対三。俺が三でアスランが七と非常に不名誉な掛け率となっている。 俺個人には納得は行かないが、俺が言い争いで且つ勝率はそんな物で変に正確で嫌になる。 それ程までに俺対アスラン・ザラのいざこざは、欧州課資源調達班の日常行事と化していた。 俺は乱暴に自分の席に付き、オフィスの様子を見渡してみる。 自慢では無いが俺達の部署は忙しい。 特に午前中のこの時間は、取引先や現地エージェント達との電話連絡で目も回るような忙しさだ。 誰も自分の席について仕事しておらず、携帯を肩と首の間に挟み歩きながら仕事をしている。 皆目や手で挨拶はしてくれるが、自分の仕事に集中している。 確かに暇を持て余した人間は邪魔になるだけだ。 その点に言えばアスランの言った事は正しいが、もう少し言い方を選んでくれても良いと思う。 俺はパソコンを立ち上げ、今後のスケジュールとメールを確認し、ヤフーのニューストピックだけを見てパソコンの電源を早々に落とした。 オフィスは宛ら戦場のように喧々囂々と人の声が飛び交っている。 俺は自分だけが取り残されたような寂しさを覚えながら、やっぱり帰ろうと鞄を持ち席を立とうとした瞬間だった。 ピリリと間抜けな音を立て、電話が鳴る。皆手一杯の様子な為、俺が渋々に内心嬉々としながら電話を取った。 もし、俺の休暇が潰れるようなトラブルでも出れば儲け物。 鬱屈した気分で一週間を過ごすよりは、仕事に忙殺された方が幾万倍もマシだった。 「はい。欧州課資財調達班」 「受付の田中ですけど。資財班のアスカさん居ます?」 「俺ですけど」 「ああ、アスカさん。良かった、まだいらっしゃったんですね」 朝挨拶した受付嬢の顔を思い出す。 外来と言う時点で俺の淡い希望は消え去った。 考えて見れば、本当に対処不能のトラブルが起きたのなら、交換を通さず俺の携帯 に直接電話が掛かって来るはずだ。 残念な事に俺の電話は頑なに沈黙と守り続けている。 「なんですか?」 「えっとですね。お客様が来てるんですけど。 舌打ちしたい気分で一杯だったが、気分を取り直して一体誰だ来たのかと、先週ま でのスケジュールを総ざらいするが心当たりが無い。 「名前何て言いました」 「八神さんって方なんですけど…どうしますか?」 「えっ…」 その名前を聞いた瞬間、昨日の出来事が鮮明に蘇り、俺は思わず受話器を取り落としていた。 -01へ戻る -03へ進む 一覧へ
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バンドの説明 なんで、こんな名前になっちゃったんだろう・・・ ネタとして爆走しすぎじゃね?もはや笑うしかないww 一応説明するとつるぺたはAAAのルビです。そこ大事です。 黒子でさえAAなのにAAAとか・・・陥没してるんじゃねww 略称はAAAとでもつるぺたとでも呼ぶがいいのですよ ただ、メンバー全員が貧乳好きとかそういうことではないですw 俺は小さい方が(ry バンドの雰囲気?名前から察してくれ(切実) 東方でもボカロでもアニソンでも なんでもやるバンドの予定だよ~。 曲目 No logic 孤独の果て リライト GO!!! Help me, ERINNNNNN!! 残りはライブの時まで秘密だよ ☆チン ☆チン\_/\\( ・∀・)ライブマダー? メンバー Vocal:BENI どうも~、ただのリン廃で~す。 リンちゃんは胸のこと気にしてるけど、それは外見であって本質じゃない。 大事なのはリンちゃんがリンちゃんであることだろ! 胸の大きさなんて関係ないだろ! ___ (ヽ /<ニ ニ> ヽ|//シヾル ロ ノwLリ゚ヮ゚ノリ `_」|_∪__∪¶__ / |,-|EE|77二[二ニ] |/ ̄ヽヽノ」γ"ヽ ̄~丶 [=O==[;;]ニ[=O==[;;;] ゞ__ノ[ニニニゞ_ノ_ノくとも俺は小さくても Guitar:タカサキ 僕はおっきいほうがいいです。 Free ナカジマ ちっぱい好きではない。好きになった娘がちっぱいだっただけだ。 Guitar:keisuke おっぱいマウスパッドよこせ。 Bass:ヒグラシ 中間が至高だろ、
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「すいません。急にお呼び立てして」 「いえ、別に」 俺は会社の傍にある喫茶店で、バツが悪そうに身を屈め、二人と対面していた。 二人共着物姿では無く私服に着替え、初めて見る二人の素顔だが、白粉や花簪 が無くとも一目見て彼女達だと分かった。 それ程まで二人の印象が俺の中に焼きついている事だろうか。 八神さんはニコニコと微笑みを絶やす事無く俺を見つめているが、ティアナさんの 方は捨てられた子犬のようにシュンとしたまま項垂れている。 俺は運ばれて来たアイスコーヒーをかき混ぜながら、一体何の用だろうと内心戦々恐々していた。 (あーやっぱり、ウチの娘を傷物にとかあっちかな) 殆ど他人事のように考えていた俺だが、事故とは言え確かに無礼を働いたの俺の方で正当性は向こうにある。 だから何か言われても「ごめんなさい」と謝り倒す覚悟は出来ているが、ビンタの二、三発は覚悟していたんだけど、 ティアナさんの様子を見る限り、どうやらその心配は杞憂に終わりそうだった。 だが、二人の必要以上に神妙な顔が逆に俺の不安をかき立てる。 目の前には美人と美少女が二人、いい方向に考えれば見合い、だが、俺と当事者であるティアナさんとの年齢差を考えれば、 良い所高校生に手を出したロリコン野郎に保護者が怒り狂っている図式しか思い浮かばない。 いや、八神さんも、もしかしたら俺より歳下かも知れないし、考えれば考える程ドツボに入りそうで困ってしまった。 三人共無言のまま飲み物が運ばれてきたもう三十分も経過してしている。 周囲の空気が重いのも決して気のせいでは無いだろう。 さっきから八神さんが、ティアナさんの方を視線で何かを促しているが、ティアナさんは俯いたまま身動き一つしない。 「…昨日は私のとこのティアナが失礼をしまして」 沈黙も限界とばかりに嘆息した八神さんが口を開いた。 「…いえ、その、俺の方こそ失礼をしまして」 「いいんです。変な言い方ですけど、困ったお客さんは、星の数ほどいますから」 「はぁ…」 「はやてさん…でも、私」 「デモもストライキも無いよ、ティアナ。あれは事故そうやろ。でないと、机に何処かブツけてたのはティアナやったんやよ。 大体この業界は信用第一なのに、口喧嘩ならまだしもお得意様の殴りつける娘が何処におるんよ」 どうやら、八神さんは随分とご立腹のようで、微笑みの裏に静かを隠して怒り心頭と言った様子だった。 「私は…」 ティアナさんは、膝の腕手を力一杯握り締め悔しそうに顔を歪める。 そりゃ胸揉まれて相手に謝らさせられたら悔しいだろう。 特に自分の正当性を信じている娘なら当然だ。 「ごめ…」 ティアナさんは観念したのだろうか。キツク結んだ口を解き、擦れた声で絞り出す ように謝罪の言葉を口にしようとする。 「あの、です…ね!八神さん!」 「はい?」 何か考えがあったわけでは無い。 俺は慌てて席を立ち上がり、ティアナさんが謝罪の言葉を話そうとした瞬間、 何か言おうと八神さんを遮り自分でも驚くような提案を打ち出していた。 「ティアナさん少し借りてもいいですか?」 只俺はこの勝気な少女に俺に謝らせてはいけない。 漠然だがそう思っただけだった。 八神さんの許可を得てティアナさんを連れ出した俺は、駅へと続く大通りを無言のまま歩き続けていた。 ティアナさんは俺の後を足音一つ立てず、俺の後を黙々と付いて来る。 時折感じる不機嫌なオーラと背中に突き刺さるような視線が酷く痛い。 辺りは、大学生や道行くサラリーマンで賑わっていると言うのに、俺とティアナさんの周りだけまるでお通夜のように湿っぽい。 俺は、率先して何かを話す方では無いけど、流石にこの沈黙に耐え切れる物じゃ無い。 針のむしろとはこの事を言うんだろう。 アスファルトを踏みしめる足音が、まるで、断頭台に送られる死刑囚のそれに聞こえそうな雰囲気だ。 「何のつもりよ」 業を煮やしたのか我慢が効かなくなったのか。 果たしてそのどちらでも無いのか。沈黙に耐えかねたティアナさんが静かに声を上げた。 「別に…」 「何よそれ!」 俺の答えが気に食わなかったのだろうか。ティアナさんは、怒りの混じった不機嫌そうな声を出し 剣呑な雰囲気だけが膨れ上がった気がする。 俺にだって元々考えがあった分けじゃない。 分けを尋ねられたってどう答えて良いのか分からない。 俺は勘弁したように、ゆっくりとティアナさんに振り返り、今日初めて彼女の顔を真正面から見る事となった。 国際化が進んだ日本で今時外人の姿は珍しく無いが、やはり、何度見ても文句無しの美少女だと思う。 肩口まで伸びた橙色の髪は、初夏の太陽に反射し 途中金髪碧眼の幼馴染の顔が浮かんだが、あれは例外だとバッサリと切って捨てる。 記憶の中のレイが怒り出した気がしたが気のせいだと決め付けた。 ティアナさんの格好は、昨日見た着物姿では無く当然私服だ。 暑いのだろうか。 ローファーにジーンズ。黄色のキャミソールと肌の露出が随分と多い。 温暖化の影響でほぼ亜熱帯化した日本は、まだ五月だと言うのに日中の気温は三十度を超える日も少なく無い。 その癖梅雨に似た蒸し暑い長雨は残りるのだから始末に終えない。 因みに俺の背中にかいた汗は、気まずさ半分蒸し暑さ半分といったところだ。 「まぁ立ち話もなんだから…何か飲むか食べる?丁度色々あるし」 見回すとホットドックからアイスクリームまで色取り取りの屋台が並んでいる。 考えは無いけど、俺だって無闇やたらに歩いてたわけじゃなく、駅前広場の屋台が 集中する公園を目指して歩いてたんだ。 まぁ食べ物で釣るつもりじゃ無いけど、会話の糸口位にはと淡い期待を込めての行動だ。 さっき喫茶店でケーキセットを注文したけど、結局ティアナさんは一口も口を付けなかった。 時計を見ればもう十一時を超えている。年頃の女の子ならそろそろお腹が空いてくる頃合だ。 これは妹のマユから学んだ経験則だからそこそこ信用出来るデータだと思う。 それが証拠に学校をサボった女子高生や自堕落こそが本懐と言い張ってやまない女子大生がクレープやアイスに舌鼓をうっている。 「お金…払わないわよ…」 「いらない…これでも社会人なんだ…俺が奢る。何がいい?」 「アイス。ミントとレモンとチョコチップのトリプル」 女は基本的に甘い物が好き。 食べてる間は静かな物。 どうやら、ティアナさんも例外に漏れる事は無かったらしい。 本日初めての会話らしい会話に、俺は嬉々として行列の出来たアイス屋に向け大股 で歩き出していた。 「ほら。お望みのペパーミントとレモンとチョコチップのトリプル」 「…ありがと」 公園のベンチに座ったティアナさんに、やたらとかさ張る三段重ねのアイスを渡す。 てっきり無言でもぎ取られると思ったが、一応お礼の言葉を言って貰えた。 ティアナさんが小さな口でアイスを頬張り始めたの見届けると、俺は自販機で買っ た缶コーヒーの飲み始める。 砂糖の塊のような缶コーヒーは一日に何本も飲むような代物じゃ無い。 そして、その缶コーヒーよりも数段甘いアイスクリームを三段重ねで食べる女の子 に俺はある種尊敬の念を抱かざる得ない。 甘い物は別腹と言うが、舌が馬鹿にならないのだろうか。 俺は、まぁ食べてる内は会話出来るだろうとたかを括っていたが、三段重ねの先鋒 チョコチップの山がいつの間にか消えている。 いつの間にと思うが、このペースで食べられると、アイスはあっという間に無くな ってしまいそうだった。 「アイス…好きなんだ?」 「友達がね。偶に無性に食べたくなるけど、あんな仕事やってるとそんなに食べられる物でも無いから。 だから今日は特別。人の好意を無駄には出来ないでしょ」 「そりゃどうも」 やっぱり舞妓何て職に就いてると甘い物も自由に食べられないのだろうか。考えて見れば芸能人のようなものだ。 体調管理の他にスタイルを維持する為に厳しい食事制限でもあるのかも知れない。 (マユなんか食べまくってるのになぁ) 俺は、夏が終わる頃に決まって体重計の上で絶叫する妹を思い出し忍び笑いを漏らした。 太るのが嫌なら食べなければ良いのにと思うが、乙女心は色々と複雑らしい。 「何よ…急に笑いだしたりして」 「あぁ…ごめん。妹も甘い物好きでさ。ちょっとそれ思い出してた」 「妹…さんが居るの?」 「あぁ…大体ティアナさんと同い年くらいかな。もう高校生なのにギャアギャア煩いよ」 「そう…」 「な、なんだよ急に」 「帰る…」 俺は何処でティアナさんの地雷を踏んづけたのだろうか。 ティアナさんは無言で席を立ち、アイスも途中に元来た道を歩き始める。 俺はティアナさんの後を慌てて追いかける。 「お、俺、何か気に障るような事したか」 「別にしてないわ。帰りたくなったから帰るだけ」 取り付くしまも無いとはこの事か。ティアナさんは俺の腕を振りほどき歩みを速めて行く。 俺はその様子に益々混乱し、何とか会話の糸口とでも、普段言いなれていないおべっかを言い始める。 「昨日の踊り…その良かった」 「そっ…ありがとう。でも、無理にご機嫌取らなくていいわよ」 唐突でご機嫌取りは否定しないけど、踊りの事はお世辞で何でも無いのに。 (こいつ可愛く無いな) 流石にここまでツッケンドンな態度を取られると、俺だってムッと来る。 よくよく考えて見れば、俺はなんでこんな子供のご機嫌取りをしなくちゃいけないんだ。 俺は、段々自分のしている事が良く分からなくなって来る。 歩道橋を渡る途中で、俺はもう勝手にしろと踵を返しかけたその瞬間、ティアナさんは、 俺の目の前で突然立ち止まりバツが悪そうな表情で俺を見つめて来た。 「ごめん…この不機嫌はアンタの性じゃないの。私の個人的な問題…悪かったわ」 「あっ・・・あぁ」 (なんなんだ一体) 上機嫌でアイスを食べていたと思ったら突然怒り出したりするし、一体何なんだとばかり、 俺はやや釈然としない気持ちでゆっくりとと歩き出したティアナさんの隣に並んだ。 暫し無言の時間が俺とティアナさんを包む。 歩道橋下の道路では、トラックや営業車が渋滞に掴まり、クラクションを忙しなく 鳴らし立てる中で、俺とティアナさんの周りだけが別世界のように静まり返っている。 都会の喧騒の中で置き去りにされた二人。 恋人同士ならば、甘いシュチュエーションに酔えるだろうが、生憎俺と彼女は殆ど初対面と言っても問題レベルだ。 照りつける太陽が陽炎を作り駅前広場が遠く霞ん見え、陰鬱な気分も霞んで消えて 欲しいと俺は密かに神様に祈った。 「私…アンタに謝らないからね」 「ん?…ああ別に良いけど」 一体どれ程の時間が流れただろうか。正確に言えば五分か十分か。それ程長い時間 では無かったはずだが、俺には二人して丸一日そこに立ち尽くしていたような錯覚を覚えた。 「何よ…随分殊勝な態度じゃ無い」 「俺がティアナさんに失礼を働いたのは事実だろ。だったら俺が謝るのは当然だろ」 「…分かってればいいのよ」 二人して歩道橋にもたれ掛かり、途中で買った缶コーヒーを飲む。 精も根も尽き果てたとはまさにこの事だろうか。俺は手摺にもたれ掛かり、グッタリとしながら俺は 静かにティアナさんの横顔を覗き見ていた。 (可愛いよな…確かに) ティアナさんは美少女と言ってもお釣りが来る容姿だが、未成年、どう考えても高校生のティアナさんには俺の食指は動かない。 同僚から童顔童顔ってからかわれるけど、俺だってもう二十四歳なんだ。 子供に手を出す程、無茶な性格はしていない。 舞妓の格好してれば別だけどと、妙な考えが頭の中を過ぎる辺り俺も頂けない。 俺は自分が怒っているのか、戸惑っているのか どうにもこの娘と八神さんに出会ってからペースが狂いっぱなしだ。 黒星スタートで連戦連敗のシーズンをどうにかしないといけないだろう。 「あのさぁ。さっきは確かに悪かったって謝ったけど。俺もう謝らないからな」 その時のティアナさんの表情は何と言ったら良いのだろうか。 盆と正月がいっぺんに来た絶妙な表情を見せていた。 「グズグズするのは好きじゃないんだ。俺の過失は一度きだ。その一度きりを俺は誠心誠意謝った。 勿論許してくれるかどうかは、ティアナさん次第だけど、何度も謝るような事…かも知れないけどそうじゃ無い。 何ていうのかな。俺の方がティアナさんより年上だけど、この件に関しては公平でいたいんだ。だから俺が謝るのもこれが最後だ。 ごめんなさい」 俺は、断じて『故意』では無かった事を改めて強調しながら目一杯頭を下げる。 胸元程度しか無い小さな少女に謝る俺は周りから一体どう思われているだろう これで許して貰えなければ仕方無い。 後は罵詈雑言でも気の済むようにして貰うだけだ。 でも、さっきも言った通り俺がこの件で彼女に謝るのもこれが最後だと考えていた。 (俺身勝手だよなあ) 身勝手だけど、俺が妥協、頭を下げる事の出来る最低ラインだった。 「アンタ…色々最低ね」 「良く言われる…」 「…でしょうね」 やっぱり駄目かと頭を上げた俺の目に飛び込んできたのは、以外にもティアナさんの笑顔だった。 ティアナさんは、キツイ口調とは裏腹に上機嫌でクスクスと忍び笑いを漏らし微笑んでいる。 てっきり般若のような待ち構えているとばかり思っていただけに、俺は拍子抜けする思いで ティアナさんを見つめていた。 「いいわよ。私もちょっと意地になり過ぎてた。はやてさんに注意されてたから余計にね」 「八神さんに?」 「そう。もっと困ったお客さんを見慣れてるのに、何でアンタにだけあんな失礼な態度をとったのって」 「ちょっと待った。俺はティアナさんの胸を揉んだんだぞ。それより困ったお客様ってどんなだよ。 あそこはキャバクラとかじゃないだろ。何ていうかもこうもっと社会的に地位がある人が社交的に遊ぶ場所って感じの」 俺は「例えばアスラン見たいな」と言いかけて慌てて口を告ぐんだ。 今はあの腹が立つ上司は関係無い。 「そう言う人の方が…困った人が多いのよ。お尻触られるとか良くあるし」 「そう…なのか」 「そうよ」 段々目の前の少女の方が俺より大人なような気がしてきた。 「普通はやんわりとお断りするのだ」とティアナさんは言ったが、じゃあ何で俺はああも軽快に殴られたんだよと思う。 今更蒸し返すことも無いけど。 俺は苦笑しながら嘆息し、ティアナさんのアイスに目が行く。 「それもう溶けてるな」 「そうね。結構時間経っちゃったし」 「新しいの奢るよ」 「別にいいわよ…悪いし」 「俺も食べたくなって来たからしついでだよ」 俺はティアナさん持ったアイスを素早く奪い取り僅かに残ったアイスとスコーンを 口に放り込む。 「ちょっとアンタ!何してるのよ!」 「なんだよ別にいいだろ。少し残ってるんだし、捨てるの勿体無いだろ」 実際外は今日は茹だるような暑さだ。こんな日でもない限りアイス何かを口にする 事はまず無いだろう。 (偶にはアイスも悪くないな) 俺の口の中にミントの味とスコーンの香ばしい臭いが広がる中、何故かティアナさんは、 顔を若干赤くし肩をワナワナと震わせている。 「なんだよ…スコーンも食べたかったのかよ」 「違うわよ!」 「そ、そんなに怒らなくてもいいだろ!」 「はぁ……何か私…段々アンタがどんな奴か分かって気がするわ」 ティアナさんは深い溜息を付きながら、頭を振るい何かを諦めたようにガックリと 肩を落としてしまう。 俺は心の中で、そんなにそんなにアイスが好きなのかと 「…ねぇアンタ」 「何だよ」 「…今度お座敷に来たらサービスしたげるわ。アイスのお礼よ」 アイス一つで大げさなとは思うけど、厚意は貰っておこうと思う。 もうあそこに行く機会は殆ど無いだろうけど、折角言ってくれているんだし、偶に は顔を出しても良いだろうと思う。 「分かった。期待しとく」 「オッケイ。なら、待ってるわ」 彼女の態度は素っ気無かったが、笑った顔はやはり可愛いと素直に思った。 -02へ戻る -04へ進む 一覧へ
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「おかわりは?」 「ん…貰う」 ティアナさんは慣れた手付きでお櫃からご飯をすくい茶碗によそって行く。 「はい」 「ん…サンキュ」 「残さないでよ」 「分かってる」 親の躾か俺自身の性格なのか、基本的に俺は食事時あまり喋らない。 肉じゃが、里芋の煮っ転がし、ホウレン草の御浸し、若布の酢の物、京風味噌汁、高そうな梅干。 俺は目の前に出された食事を無言で口に放り込んでいく。 基本的に料理は嫌いじゃないけど、仕事で帰りが遅くなる上に手間を考えると、どうしても外食に頼りがちになる。 家庭料理が恋しくなれば実家に帰って夕食を集ればいいんだけど、運が悪いと妹のマユが作った、 お世辞にも料理とは言えない物体を食わされる事になる羽目になる。 正直言って妹の作る食事は、食べ物、むしろ有機物とすら言い難い物質だ。 食べられる物を使って食べられない物を作るのは、最早一種の才能としか言い様が無い。 最後に残った里芋を口の中に放り込む。 口の中に甘い香りが広がり、味が良く染み込んだ里芋は絶品だった。 暫く外食が続いていたから、こんな昔ながらの和食が胃に染みて食が進む事この上無い。 「はぁ~」 その様子を見ていた八神さんが、呆れとも驚きとも言えない表情で俺を見つめ てくる。 「八神さん…どうかしました?」 「何て言うん?こんなとこまで来て普通に夕食を食べるアスカさんに素直に呆れてるだけや」 「はぁ…そんな物ですか」 「そんな物やよ」 八神さんが、あかぺらで歌を口ずさむ中、沢庵を口の中に放り込みながら、俺は 「そんな物なのか」とまるで他人事のように今の状況を考えていた。 俺がお座敷に通うようになって二週間余り。 彼女達と出会ってから月日は流れ、季節は梅雨へと移り変わっていた。 「シン…ここに呼ばれた理由が分かっているな」 「いえ…正直に言えばあまり分かっていません」 課長室に呼ばれ出向いた俺を待ち構えていたのは、目を吊上げしかめっ面で息 巻くアスランだった。 只でさえ馬鹿広い課長室が、アスランの怒気で持たされ激しく撓み淀んでいる ような気分になる。 肌がピリピリと痛み全身の毛が総毛立つ雰囲気さえある。 (不味い…本気で怒っている) 個人的には否定したいが、アスランと俺の付き合いは長い。 長いが故にアスランが本気で怒っているとそうでない区別は容易に付く。 今回は我を忘れる程で無いにしろ、かなり不味い部類に入る程の怒りだ。 それが証拠にアスランの額には怒りの四つ角が二つ、三つ浮かび上がっている。 こうなると、生半可な事では納得しない。こちらも覚悟を決めて相打ちになる 覚悟で望まないといけないだろう。 俺は、何か失敗したのだろうかと記憶を必死に検索するが特に思い当たる事が無い。 難癖を付けられるチョンボもしていないし、新しい案件も無く仕事は落ち着いている。 通常業務をしてれば問題があるとは思わないけど、俺何かしたっけと真剣に考える。 「分からないのかシン」 「えっと…まぁ…はは」 不味い本気で怒ってる。 アスランは、俺個人が気に食わないから等とそんな馬鹿見たいな理由では怒ったりはしない。 そこに何か理由があるからこそ、ここまで怒り心頭と言った様子なのだ。贔屓 目に見なくても俺の上司は仕事に大して公平だった。 「これが…何か分かるか?」 「はい?」 アスランは眼鏡を外し、眉間を押さえながら領収書の束らしき物を投げて寄越す。 一枚、また一枚と領収書の束を捲っていくと、最初は血色の良かった俺の顔が、 頁を捲る度に青白くなっていく。 ちょっと待て。 ああ言うのってこんなにお金がかかるのか。 領収書には、ちょっと八神さんのお座敷の名前と俺の給料的には洒落にならない金額が明記されいる。 これ全部払えって言われたちょっと本気で不味い。 給料日前に加えて、先月大きな買い物をして懐具合が非常に寂しいのだ。 「あのなシン…一つ言っておきたいんだけどな」 「はい」 俺はゴクリと生唾を飲み込む。 アスランの顔は何かを言いたくて 「ああ行った場所は基本的に紹介した人間に"請求書"が回ってくるのが普通だ」 俺だって当然只では無いと思ってたけど、こんなに高い何か思っても見なかった。 メニューだって料金書いて無かったし、こう言うのが食べたいて言えば持って 来てくれたから尚更だ。 てっきり月末払いかと何か思っていたが、そうか、この場合俺が払うんじゃ無くてアスランが払うのが『普通』なのか 「は…はぁ」 「それにお座敷遊びは、頑張った自分へのご褒美で行くもので、二週間も定食屋 感覚で通うものじゃ断じて無いぞ!この馬鹿野郎!」 アスランは目じりに涙を浮かべながら、机の上の領収書を広い俺に投げつけて くる。 「カガリ、じゃ無くて代表に説明するの大変だったんだぞ。浮気じゃ無いって何度も言ったのに 花瓶とかバールのような物で襲い掛かって来るし」 ああ、そう言えばアスランって代表と婚約してたっけ。 右目の痣は何だと思ったらその時の怪我か。 竹を割ったような正確の代表だけど、あれで結構嫉妬深い一面もあるらしい。 「代金…分割でもいいですか?」 俺は払おうと思ったのだが、アスランは仏頂面のまま、俺の申し出をやんわりと断る。 「別に構わない。俺がお前にちゃんと説明しなかったのが悪いんだ。それに良い 勉強になったから…別にいい。痛てて」 傷に触るのだろうか。 しかめっ面のまま、痣を撫でるアスランは少し気の毒に思えたと言うか、完全に俺の性だった。 あの調子では体中に青痣を拵えているのだろう。 アスランの怪我は俺の責任でもあるわけだし、流石に罪悪感を覚える。 「無事ですか?」 「俺の事は良い。紹介した手前行くなとは言わない。でも、節度ある遊び方をしてくれ。 具体的に言うと月一回程度に抑えてくれれば俺の面子と懐が痛まない。後カガリにボテクリ回されないで済む」 そりゃこの金額を毎日使われたら高給取りのアスランでも泣きが入るだろう。 二人と折角仲良くなったのにと思うが、俺の金ならまだしも上司の金で遊ぶの は気が引ける。 「すいません課長。俺二人と約束しちゃってて。今日の分は俺が払いますから、行っても良いですか?」 「約束って…お前なぁ」 アスランは諦めとも驚き共言えない、こう何とも言えない表情で俺を見つめ 最後に深い溜息をつく。 「頼むから…今月は今日で最後にしてくれよ」 「あの…流石にすいませんでした」 「…もう行け」 アスランは嘆息しながらボールペンを振りながら俺に退室を促す。革張りの 椅子に深く腰掛けていたアスランが、顔を引き攣らせながらずり落ちたのは見なかった事にした。 「失礼しました」 「待てシン!」 課長室のドアを開け様とした瞬間、俺は今迄聞いた事の無いようなドスの効いた声を聞く。 目の前にアスランが居なければ、何処かに誰かが隠れて居るか、二人羽折でもしてるのかと思った程だ。 「…シン。本当にツマラナイ事を聞くが…お前青少年保護条例は知ってるな?」 「え?ええまぁ。それが何か」 未成年を健全に育てましょうかとか、有害図書の云々とか確かそんな話だ。 最近自分の教え子に手を出す教師や子供相手に如何わしい行為を行い、御用になる割と駄目な人が増えている。 売る方も売る方だが、買う方も買う方だと思う。 「なら…いい。兎に角節度ある付き合いを頼むぞ」 「…?はぁ…では、失礼します」 俺が誰と付き合うと言うんだろうか。 俺は頭のてっぺんに疑問符を撒き散らしながら課長室を静かに後にした。 「さて、どうするか」 自販コーナーでで缶コーヒーを飲みながら、俺は欠伸混じりでそんな事を考えていた。 今月は最後にすると言った手前そうしなければ流石に不味いだろう。 社内に上司の金で遊びまくる馬鹿と妙な噂を流されてくは無い。 (これから、自炊かぁ) 二週間の間お座敷の料理に慣らされた俺に取っては中々厳しい現実が待って いる。 料理は嫌いじゃ無いけど、毎日作るとなると話は別だ。 一人暮らしをやってみて分かるが、幾ら家事が嫌いでは無いと言っても、一 人の生活に慣れてしまえば段々を手を抜く癖が付いてしまう物なのだ。 (ルナは料理下手だったしなぁ) 同棲して居た頃は、元恋人に腕を振るう機会があったが、見せる相手が居な くなり、一人になると直ぐに怠け癖が出てしまう。 昔は気になって仕方無かった事が、まぁ良いか思うようになり、物事の阻止 限界点がドンドン後退して行くのだ。 そんな訳で俺の部屋は、現在進行形で荒れ放題だった。 (そんなに酷くないよな) 俺は部屋の様子を思い浮かべて見るが、昔と比べるとあまりに荒れ果てた我 が家の惨状に耐え切れなくなり、頭を大げさに振るい想像をお空へ振り払った。 (考えるのはよそう。心臓に悪い) キッチンだけは未だに綺麗にしてるのは、料理好きとして最低限のプライドだった。 「えっ…あぁそうなんだ」 「まぁ…流石に通い過ぎかなって」 俺はティアナさん茶碗を受け取ると、鯵の開きを白いご飯の上に乗せる。 ご飯の熱い湯気が鯵の香ばしい臭いと醤油の塩っ気が混ざりあい食欲をそそる。 この瞬間は日本人に生まれて良かったと俺は素直に思う。 「一流企業の課長さんだから、太っ腹って思ってたんだけど」 「…やっぱりキツそうだった。半分泣きながら懇願されたよ」 「…やだ、もう」 ティアナさんは、袖で口元を隠しクスクスと笑う。俺もつられて口元を綻ばした。 「まぁお座敷定食屋代わりに使う何てアンタくらいな物よね」 「流石に…値段に見て血の気が引いたよ。高すぎる定食屋だったよ。サービスは最高だったけど」 「口が巧いのねえ」 「ほんと、お上手やね」 お世辞だと分かっていても満更では無いのだろう。 二人共悪くないとばかり微笑んでいる。 「なら、残念ねんやね。これから暫く会えなくなるんやから」 八神さんが、お茶を湯のみに入れてくれる。今迄考える事は無かったが、お座敷 のお茶は香りも妙に味も良い。 (これってお茶一つとっても高級なのかな) 多分そうなのだろう。きっと、グラム千円オーバーとか目が飛び出る位の値段で 俺は、そりゃ値段も張るよなと一人心の中で呟いた。。 「もうここに舌が慣らされちゃってますからね。これから自炊かと思うと気が重いですよ」 「アンタ、本当にここにご飯食べに来てただけなのね」 「いいやないのティアナ。ここの使い道はお客さん次第なんやし」 俺の答えがツボに入ったのか、八神さんは我慢こそしているが、あれは多分爆笑 しているのだろう。お腹を抱え、小刻み背中が揺れている。 対してティアナさんは、心底呆れた風に俺を見つめ、やがて、いつかの微笑みを 見せてくれた。 「でも以外ね。アンタ料理作れるんだ」 「面倒だけどな。やっぱり作らない結構金はかかるし。栄養偏るし」 「三食作ってるの?」 「晩だけ。本当は朝も作った方が良いと思うけど、時間が中々取れないから。朝は ギリギリまで寝てたいし」 「それじゃあ、いつも遅刻の危機とか?」 「そ、それは無いですって。ちゃんと時間通りに起きてますし。そのギリギリじゃ なくて、ギリ程度で済んでますし」 ルナと生活してた時は、そんな事は無かった俺だけど、考えて見れば随分と自堕 落な生活をするようになってしまった。 最近は目覚まし一つじゃ起きなくなってるもんなぁ俺。 仕事で疲れてるからとか言い訳にならないし、そんなつまらない事でレイやアス ランに小言言われたくないし。 ははと誤魔化すように笑う俺に続いて八神さんも笑う。 だが、その隣でティアナさんだけが、まるで、失ってしまった何かを懐かしむように、悲しむように、一人寂しそうに微笑んでいる。 『ティアナ、もう五分寝かせてよ』 『駄目よ。いい加減もう起きてよ"兄さん"』 俺は不覚にもその悲しい微笑に気が付かない。 いつのも通り、呆れが混じった微笑みと区別が付かない。 この時はまだ、俺は、何も気づかない図体ばかり大きくなった子供だった。 その事に気が付くのは、もっとずっとの後の事だった。 「…さん」 「…ん?」 ふと、ティアナさんに呼ばれたような気がした。小鳥の囀りよりも小さくか細い声 で、一縷の希望に縋る子供のような淡く儚い声にも聞こえる。 名前を呼んだ気がしたが、小さ過ぎて語尾しか聞こえない。 そこ何が秘められ、何が思うのか、俺には分からない。 そんな、悲しい声が、何故かティアナさんから聞こえたような気がした。 「どうかしたのかよ?」 「ううん…何でも無い」 俺の疑問も 只八神さんだけが、辛そうな顔でティアナさんを見つめていた。 「じゃあ、失礼します」 「おおきにアスカさん」 「偶には顔出しなさいよ」 「あんまり出すと上司に怒られるから、その内な」 外はいつの間にか雨が降り出し、シトシトと石田畳みを濡らしている。普段あまり 当てにならない都知事の息子の天気予報が珍しく的中したようだ。 俺は鞄の中から折り畳み傘を取り出し、なるべく雨に濡れないように傘を開いた。 傘越しに聞こえる蛙の声は風情があって良いと思う。 だが、のんびりしてはいられない。都知事の息子の予報が正しいなら、雨は夜半に かけて本降りになるはずだ。 折角の満腹の良い気分が雨に濡れてしまえば台無しだ。 俺は二人に別れを告げ、雨が強くなる前に自宅への道を急ぐ。 途中一度だけ振り返ると、もう雨脚が強くなって来たと言うのに、二人は玄関前で 立ったまま俺の方を見つめている。 その事に気が付いた俺は、微苦笑しながら手を振ってみる。 もう結構な距離が開いていると言うのに、二人は手を振り返してくれた。 「また、来ます」 聞こえていないだろうが、その時は何故か二人が「はい。お待ちしてます」と返し てくれたような気がした。 「ねぇ…はやてさん」 「どうしたん?」 「似てるわ…あいつ」 「…そうかぁ」 「私変かな…あんな奴が兄さんに見える何て」 「私はティアナの姐さんやからね。好きにしたら良いと思うけど。ティアナはどうしたいん?」 雨は降り続け、いつの間にか月明かりも消えて、辺りは外灯の明かりしか無くなっていました。 無言のまま座敷に戻る妹分を見つめながら、私は一度深い溜息を付く。 私の吐いた息は、雨音に静かに溶け後には何も残らなかった。 眠い。 凄く眠い。 だって言うのに、誰かが俺を呼ぶ声が引っ切り無しに聞こえてきて、眠りの邪魔をする。 「……!」 誰かが俺の名前を呼んでいるのは分かるけど、今は理性よりも眠気の方が勝っている状態だ。 眠たくて朦朧とした意識の外で、幾らやかましく叫ばれても、暖かい布団の誘惑に勝てるはずも無い。 「……!」 だと言うのに、誰かは相も変わらず俺を呼び続けている。 (うるさいな。もっと寝かせてくれよ) もうこうなると意地の張り合いだ。 俺はまだ目覚まし時計が鳴っていない事を理由に、意地でも起きるものかと、大きめ タオルケットの中に潜り込み、耳を塞ぐ体制に入る。 俺の目論見通り、誰かの声は小さくなる。 これで俺の睡眠を妨げる物は何も無い。俺はしめしめとほくそ笑み、再び睡魔に身を任せ、 夢の世界に舞い戻って行こうとする。 「とっとと起きなさい馬鹿!」 「うわっ」 と、行きたかったのが、そうは問屋を卸してはくれなかったようだ。 誰だか知らないが信じられない。声だけじゃ飽き足らず実力行使に出やがった。 今時布団を引っぺがす何て古典的な手段なら尚更だ。 俺が誰か一括され、布団を引っぺがされたのだと感じた時に既に時遅し。 暖かい空気が一瞬の内に消えうせ、変わりに朝の冷たい外気が俺を包み、くしゃみ一つで俺の目は完全に覚めてしまった。 「漸くお目覚めね」 「何…で。君が…」 「何言ってるのよ。私よティアナ・ランスターよ。忘れたの?」 「それは…分かってるけど」 何と言うか面食らったのは俺の方だ。 俺が知りたいのは、何故彼女がここに居るのかと言う事だ。 もう一つ言えば、彼女が制服に着替えているのも驚きの原因の一つだったりする。 確か府内有数の進学校の制服だ。 ティアナさんは、薄手のセーラー服に身を包み、髪型も普段見慣れたロングヘヤーでは無く、 黄色いリボンで髪を結いツインテールに纏め、腰に両手を当て俺を見下ろすように仁王立ちしている。 俺は、ティアナさんの妙な迫力に押され、何故かベットの上で後ずさる。 「だから、な、なんでティアナさんが俺の部屋に」 「…はやてさんから頼まれたのよ」 「頼まれたって…何を」 「アンタ、独り身っぽいから。身の回りの世話で不自由してるでしょうから、暇見つけて手伝ってやれって」 「はい?」 「だから、感謝しなさいよ。今日からアンタの世話したげるから」 「お、おい。そんな勝手に決められてもこっちだって」 「何よ不満なの?」 「ふ、不満は無いけど」 騙されるな俺。 不満じゃ無くて不安だらけだろうが。 明らかに未成年の女の子が常時部屋に出入りして見ろ、ご近所さんは何を感くぐっ るか分かったもんじゃ無いぞ。 俺の理性の天使が必死に働きかけるが、状況に俺自身が状況に付いていけてない為 に全くの意味が無い。 因みに悪魔の方は、未だ夢の中だ。 両方と共役にたたない事この上無い。 「それに…お、お得意様逃がす訳には行かないでしょう。何ていうの…経営的に?」 「あ、ああ…そうか」 なら疑問符を付けるなと思う。 だけど、ティアナさんがあんまりくそ真面目な顔をして無理難題を言ってのけるも んだから、間違っているのは俺の方かと考え始めてしまう。 そう言う物かと一人考えるが、パニックになった頭では反論のすら思い浮かべる事 が出来ず、流されるままに推移して行く状況を止められない。 「そ、そう言えば鍵は、ここオートロック」 「空いてたわよ?鍵」 「そんな馬鹿な…」 せめてもう少し考える時間をと、極有り触れた質問で返すも、俺の混乱を余計に煽っただけだった。 (何で空いてるんだよ。二十四時間警備PS装甲完備でミサイルの直撃も二十七発まで耐えれますが、売り文句じゃ無かったのかよ) 悪態を付くが、実際問題入って来てしまった物は仕方無い。 半ば自棄になった俺の思考は、こんがらがり要点をまるで得ない。 多分セキュリティのバグか何かだろう。むしろそう信じさせて欲しい心境だった。 「…まだこんな時間じゃ無いか」 時計はまだ午前六時。 俺が普段起きる時間の一時間半も前だ。 流石に日はもう昇っていたけど、こんな時間に起きる何て何年ぶるだろうか。 「シャワー浴びて朝ごはん作ったら、もう良い時間よ」 ティアナさんは、布団代わりのタオルケットを畳みながら、俺の部屋を見回している。 2DKの小さなマンションだが、府内しかも駅に近い事もありそれなりに値が張ったマンションだ。 ルナと同棲していた時は狭く感じたが、一人になってからはやたらと広く感じる。 俺の寝室として使っている部屋以外は、殆ど誇りを被っている状況だ。 「しかし、アンタの部屋汚いわねぇ。男の人に部屋って大体こんななの?うわぁ…冷蔵庫の中に ゼリーとヨーグルトしか入って無い。アンタ、これでどうやって生活してるのよ」 「か、カロリーは一日分ちゃんと取ってるさ」 「そう言う問題じゃないわよ、アンタ。もう部屋から材料持ってきて正解ねこれは」 ティアナさんは、トートバックから、野菜やら肉やら食材を取り出し、冷蔵庫の中 に詰めていく。確かに社食とファミレスが無くなると、俺は生きていけないかも知れない。 「ちょっと料理する前に片付けるわよ。掃除機と雑巾どこ?」 「な、納戸の中」 「借りるわよ」 言うな否やティアナさんは、納戸の方へすっ飛んで行き、手早く準備を整え。俺の 部屋に掃除機を掛けていく。 服が床に出しっぱなしだったが、ティアナさんは、慣れた手付きで仕分けていく。 クリーニングが必要なYシャツは俺に投げて寄越し、汚れ物は洗濯籠の中へと放り込んでいる。 「せ、せめて下着は自分でやってよね」 「わ、分かってるよ!」 俺はシャツの隙間から出てきたトランクスを引ったくり洗濯機の中へ放り投げる。 そこで、ふと気が付くと事がある。 「学校行ってたんだ」 偏見かも知れないが、あの手の商売に付く人は学校よりも仕事の方が大事だと思っていたのだ。 「そうよ昼は学生、夜は舞妓の二重生活よ」 ティアナさんは何気無しに言ってのけるが、それは俺が思っている以上に大変な生 活なのでは無いだろうか。 舞妓。 芸によって生計を立てる彼女達は、同然覚える事が山のようにあるはずだ。 化粧、踊り、接客マナー。 勝手な想像でしか無いが、学生生活と両立出来る物なのだろうか。 「ちょっと…アンタ」 「な、なんだよ」 「せ、せめて下は隠してよ」 「わ、分かっているよ」 俺は、リビングへ逃げるように走り出し手早くジャージーに足を通す。 「全く…もうちょっとデリカシーって物を身に着けなさいよね」 「よ、余計なお世話だ!」 勝手に入って来て何言ってやがる。 顔赤くされても、俺の性じゃ無いからな。 「はいはい。朝食作るからキッチン借りるわよ」 「お、おい」 「あら、キッチンは綺麗ななのね」 「一応料理趣味だし」 「冗談じゃ無かったんだ…男の人の癖にって言わないけど、感心感心」 「あ、ああ。ありがとう」 我ながら単純だと思うが、趣味を褒められて悪い顔をする奴は居ない。 俺もご他聞に漏れず、少し得意げに胸を張る。その様子を見たティアナさんは、何故か微苦笑し、 自前のエプロンだろうか。髪の色と同じ黄色と橙色のチェックのエプロンをかけ、ティアナさんは鼻歌交じりで朝食の準備かかった。 「朝ごはん今から作るから、ちょっと待ってなさい」 「あ、ああ」 「和食でいいのよね?」 「う、ああ」 「そっ。なら、ちょっと待っててね」 「あ、ああ」 俺はさっきから「ああ」としか言ってないなとか、何で流されてるんだとか、まるで他人事のように 思いながら、キッチンでご飯を洗い始めたティアナさんを唖然とした表情で見つめていた。 -03へ戻る -05へ進む 一覧へ
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「で、何の用だよレイ」 「見てわからないかシン。すき焼きだ」 「えっいや、そうなんだけど」 俺の目の前には、すき焼き鍋に盛られた肉が、グツグツと音を立てて煮えている。 野菜の類が一切入っていないのは、偏食家のレイらしくて、思わず苦笑いが漏れる。 友人のレイが突然俺の部屋を訪ねて来たのは深夜遅くの事だった。 元々レイも俺の住むマンションの七階に住んでいる事も有り、暇を見つけては直々遊びに来ていたのも事実だ。 だが、レイは来るなら来るで事前に連絡は欠かさない奴だったし、幾ら明日が休みと は言え、レイの几帳面な性格を考えるとちょっと意外だった。 不謹慎と思わないのは、俺とレイが小さい頃から何をするのも一緒でツーカーの仲だからだ。 テレビの上の置時計を見ると、午前一時を回っている。 (…太りそうだな) そう思うが、レイの持ってきた肉は随分高級な肉らしく、割したの匂いを相まって食欲をそそるのも確かだ。 深夜クーラーがガンガンに効いた部屋で、男二人ですき焼きを突く妙なシュチュエーションだとも思わなくも無いが、 漂ってくる肉の匂いは、そんな事は些細な事だと思わせるだけ十分な物だった。 「レイ、これ高かったんじゃないのか?」 「気にするな…俺は気にしない」 レイの口癖だと思ってる奴も多いかも知れないが、俺は騙されない。 レイがこの台詞を言い出す時は、考える時が面倒になった時か何か都合が悪い事を聞 かれたりと、基本的に"自分にとって都合が悪い"時に乱発する台詞なのだ。 素人から見れば分からないが、俺位のレイ使いになると、レイが話す時の微妙なアク セントの違いで状況を判断出来るのだ。 「また議長じゃ無くて、部長に買わせただろ」 「失礼な…買わせたのはラウの方だ」 「どっちだって同じだよ」 俺は溜息を付きながら、御椀に卵を落とす。 ラウ・ル・クルーゼ。 レイの親戚らしく、昔からレイの事を可愛がっていた人で、レイにとっては兄のような物だ。 性格は苛烈で陰湿。 常に何か腹黒い事を考えてる人だけど、直ぐ顔に出るから案外読まれやすい人だ。 自他共に求める性格破綻者なんだけど、何故か身内には異常に甘い性格をしている。 俺も小さい頃アイスを奢って貰ったりしてたっけ。 因みに議長議長ことギルバード・デュランダルは、総合商社オーブの西日本統括部長 にてレイの日本での身元引受人。 普段何を考えているのか良く分からない人で、常に飄々をした雰囲気で会社を纏め上げている。 役職は部長なんだけど、皆何故か議長と親しみを込めて呼んでいる。 本人が否定しない所を見ると結構気に入っているのかも知れない。 クルーゼとは違い、議長は性格も温和で温厚そのもの。 ハリウッド俳優顔負けの美形なんだけど、身内に異常に甘いのが玉に傷だったりする。 結局どっちも身内に甘いのは同じか。 「食べないのか?」 「食べるよ…」 俺は考えても仕方ないと、鍋から箸で肉の束をゴッソリと自分の御椀によそう。 レイも俺に負けじと限界ギリギリまで肉を鍋から強奪して行く。お陰でたった一回よ そっただけで、鍋から肉が消えうせてしまった。 二人見つめあい暫し無言のまま、御椀の中の肉と格闘する。 結構生な部分があったのに、舌の部分で蕩け柔らかく美味しい。 これは相当良い肉だなと思いながらも、俺は箸を止める事はしない。クルーゼさんに 悪いと思いながらも、俺は肉に舌鼓を打っていた。 「さて…早速だがシン」 「何、レイ?」 すき焼きと食べ終わって半時間程。後片付けを買って出た俺は、マイエプロンを装着し鼻歌を口ずさみながら、洗物に精を出していた。 向こうからは、レイが付けたのだろうか、テレビと"衣擦れ"の音が聞こえて来る。 「ティアナ・ランスターはお前の何だ?」 「ブフォ!」 今牛乳を飲んでなくて心底良かったと俺は思う。 牛乳に拘る事は無いが、何か口に含んでいたら確実に大惨事だった。 乾いた牛乳って臭いんだよな。 「何って言われても。知り合いだよ知り合い」 「只の知り合いが毎朝起こしに来たり、デートしたりするのか」 「そ、それは」 俺は背中に冷や汗が流れ顔が引き攣るを自覚する。 おかしい。 レイはティアナさんと初対面どころか存在すら知らないはずなのに。 何でそんな細かい事まで知ってるんだ。 「な、何で知ってるんだよ」 「この間、お前とその子が二人で歩いているのを"偶然"見てな。気になったから、アスランに問いただした簡単に白状したぞ」 分かってる。この場合見つかった俺が馬鹿者であって、アスランに何の落ち度も無い。 でも簡単に白状するなよと言いたい。 そもそも後ろめたい事等何も無いはずなのに、このどうしようも無い背徳感はなんだろうか。 別にティアナさんとはヤマシイ関係で無いとはっきりと断言出来るが、歳の差から見 ても世間的に宜しく無い事くらいは分かってる。 (レイめ一体何処まで知ってるんだ) 別に隠す事じゃ無いけど、彼女との関係を知られるのは、むず痒いが半分、後ろめたいが 半分とどうにも煮え切らない。 俺は振り返らずに極力平静を保とうと努力する、さっきから食器を洗うリズムが乱れまくっている。 確かにレイの言うとおり、俺にとってティアナさんは一体何なんだろう。 知り合いにしては距離が近すぎる気がするし、何より只の知り合いが毎朝部屋に来て 炊事洗濯と身の回りの世話を焼くはずがない。 では、恋人だと言われれば、それは無いと断言出来る。 確かに舞を踊る彼女は綺麗だと思ったが、それは絵や美術品を見た時に思う美しさだ し、彼女は文句無しの美少女だと思うけど恋人とかそんな艶っぽい関係でも無い。 俺自身ティアナさんとの関係を図りかねていた。 「妹か…なあ」 口に出して言って見ると、その関係が一番近い気がした。俺とティアナさんの歳の差 は、彼女が高校二年生だと言っていたから、大体八歳位になるだろうか。 歳の離れた兄と妹のような物。 それならば、妹の買い物に付き合う兄が居ても可笑しく無いし、兄の世話を焼く妹が 居ても変では無いはずだ。 何故こんな関係になったかは、この際考えない事にしよう。 俺はレイにティアナさんは、妹みたいな物だと突っぱねようと、勢い込んで振り返った。 だが、俺の瞳に飛び込んで来たモノは、何と言うか頭少し冷やそうかと言った代物で出来る事なら無視していたかったが、 網膜に強制的に焼きついたレイの"艶姿"は俺の脳味噌を悪い方向に存分に揺さぶってくれた。 「レイ…またそんな格好して」 「気にするな。俺は気にしない」 「いや、気にしてくれよ…頼むから」 俺は嘆息し顔を引き攣らせながらレイの姿を見つめる。 「何で俺のYシャツを着てるんだよ」 「さっきタレを零してしまってな。変わりに借りた」 「じゃあ何でズボンを脱いでるんだよ」 「タレが付いてしまってな。それに暑いから脱いだ」 「パンツは?」 「見たいのか?」 「遠慮しとく…」 確かに今のレイは美女の艶姿と言っても十分通用する程色気がある。元々レイは女の 人が嫉妬する程の美形なのだ。 長く伸びた髪を後ろで括り、俺のYシャツからスラリと伸びた足が妙になめまかしい。 白く透き通る肌は、女性から見るとどう写るのだろうか。 大体小さい頃から一緒に風呂に入ってる仲なんだから、どれだけレイが美女に見えよ うがレイは列記とした男であり、股間には立派なパオーン印が装着されているのだ。 正直仕事で使うのも簡便して欲しいのに、プライベートでもそんな格好をされると本 当に勘弁して欲しいと思う。 俺とレイは幼馴染だからなお更だ。 「俺たまにレイの事が良く分からなくなるよ」 「気にするな…俺は望む所だ」 俺はレイの言葉に更に嘆息し、ゲンナリとした表情でレイを見つめる。 「ふむ、似合ってないか」 「似合ってるけど…そこ問題じゃ無いから」 さっきから何をゴソゴソやっているのかと思えば、これに着替えてたのか。 「シン」 「なんだよ」 「すまんな」 「うわっ!」 一瞬体が空に浮かび上がったと思ったら、次の瞬間に俺はレイの腕に抱きとめられ、 キッチンの床に仰向けされ優しく下ろされる。 俺は、最初投げ飛ばされた事に全く気が付かず、レイの行動の真意を測りかね、目 を白黒されたままレイを見つめていた。 慌てて立ち上がろうとしたが、レイに肩を抑えられ立ち上がるに立ち上がれない。 こんな也をしているが、レイは結構力が強いのだ。 「シン…俺の目を見ろ!」 「あ…ああ」 馬乗りになったレイのサファイヤブルーの瞳が俺を覗き込んでいる。 レイの顔は真剣その物で、俺は自分が悪戯をして両親に咎められる子供のように感じていた。 「シン…俺はお前の何だ」 「え…友達」 「それだけか?」 「それだけって」 レイは、酷く悲しそうな顔の後、まるでこの世の終わりが来たような絶望に満ちた視 線を俺に送りつけてくる。 他に何があるって言うんだよ。レイとは小学校からの会社までずっと一緒で、遊ぶのも 勉強するのもずっと同じだった。 レイだって分かってるはずなのにと不思議に思う。 (ああそういう事か) 「…親友」 「……」 「俺とレイは親友だよ」 その言葉に反応するように、パァッとレイの顔が明るくなる。 「そうだシン。俺とシンは親友で言うなればピュアフレンド。真実の愛を探求する友だ」 「何か話が急に変な方向に捻じ曲がったような気がするんだけど。って言うかいい加減どいてくれよレイ」 「それは無理だな…シン」 「なんでだよ?」 「俺はシンの親友だからな。親友は親友に隠し事をしてはいけない。つまりシンは俺の質問に答える義務があるはずだ」 「壮絶な職権乱用っぽいんだけど」 「昔から乱用されるのは誘導兵器の演出と職権だと相場が決まっている」 何か親友親友連呼されるとむず痒い以前に、文脈が良く分からなくなってきた。 「シン。もう一度聞く。ティアナ・ランスターはお前にとって何だ。ちゃんと答える事が出来ればご褒美を考えても良い」 「い、妹みたいなもんだよ」 「妹だと?」 「そうだよ。妹みたいな物だ。兄貴なら妹の買い物に付き合うのは普通だろ」 誤魔化せたとは到底思えない。でも、この気持ちが今の俺の偽らざる気持ちなのだか ら、レイに嘘はついていないと思う。 「そうか…」 「納得してくれたのかレイ?」 「いや…だが、今日はこの位にして置く…男は引き際が肝心だ」 「サンキュー…レイ」 レイは納得してくれたのだろう。いや、納得はしてくれなくても、きっと俺の気持ちを キチンと汲み取って引いてくれたんだと思う。 ティアナさんの事を聞いて来たのは、きっと俺を心配してくれたんだと思う。 さり気無い気遣いと言い、親身になってくれる態度と言い、やっぱりレイは俺の親友だ と思う。 「で…何してるんだよレイ?」 「何…ちゃんと答えれたからご褒美だ」 「うぇ?」 レイは、誰に対してだよと俺のツッコミをあからさまに無視し俺に顔を近づけてくる。 レイが変なのはいつもの事だけど、心なしか鼻息も荒い気がするし、妙に顔が赤いような気もする。 背中に感じる冷や汗とこれから訪れるであろう悪夢が錯覚だと信じたい気分だった。 「ごめん、レイ。俺こんな時どんな顔すればいいのか分からないんだ」 「笑えば良いと思うぞシン」 「レエエエエエエエイ!近い近い近い!顔近い!凄い近い!」 「気にするな!俺は気にしない!」 「それご褒美じゃ無くて誤褒美!絶対間違ってる!後荒い!鼻息凄い荒いレイ!」 「ええい!初心なネンネではあるまいし!」 「うああああ!」 まるで万力のような力で俺の顔を押さえつけ、俺の唇を狙い撃たんと顔を近づけて来る。 俺の脳裏に椿の花が茎ごとバッサリ崩れ落ちるイメージが浮かび、あまりの異常事態 に脳内テレビのヒューズが飛びかける。 「ちょっとレイ!ストップ!それ以上は駄目よ!」 乾坤一擲。 我が家のドアが「ドカン!」とアグニでも炸裂したような音を立てバラバラに弾け飛んだ。 俺は動かない体を何とか駆使し、恐る恐ると首だけ漸くドアの方に向けて見る。 「ルナ…?」 「シン!無事?」 「もう少しで次のステージに進めたものを…」 そこには深夜だと言うのに、拡声器片手に正拳突の構えを解かず、戦意満々の殺る気 満々のルナの姿があった。 トレードマークのミニスカート姿でそんな格好したら、パンツが捲くれ上がりそうな 物だが、何故かルナマリアのスカートピクリとも動かず、アルカトラズのような鉄壁の防護力を見せ付けている。 思いがけない元恋人の乱入で俺の思考は余計にこんがらがり、幸いな事に頭の上で不吉な事を嘯くレイの言葉は聞こえて来なかった。 「前に言ったでしょ!三次元のヤヲイは汚いの!」 「邪魔をするなルナマリア!今日俺とシンは本当の意味で親友になるのだ!邪魔するならお前と言えど叩きのめす!初めては俺のモノだ」 「何ほざいてんのよこの変態!シンの唇は私の物なんだから。そもそもシンがキスした事ある相手なんか私だけだもん! 二人の初めてはむせ返るようなアスファルトの匂いが充満する梅雨時。部活帰りのバス停で私の方からって相場が決まってんのよ!」 「ルナマリア貴様嘘を付いているな…不覚にも貴様がシンの唇を強奪したのは、確かテスト週間の放課後の体育館のはずだ!」 「あっ、それはセカンドキス。因みにシンからよ」 「なん…だと」 まるでドコゾの死神のような表情で驚愕するレイ。 そして、ウインクしながらハートマークを大盤振る舞いするルナ。 本当に勘弁して欲しい。 レイはお空に浮かぶまっピンクのハートを忌々しそうに引っつかみゴミ箱に投げ捨てて行く。 「うわああああああ!何しれっと言ってんだよルナ!って言うか何処から出てきたんだよ!」 俺は自分の恥ずかしい過去が暴かれるのを阻止しようと、全力で暴れるがレイの束縛 を外す事は出来ない って言うか何必死に聞き耳立ててるんだよレイ。 「何って玄関からじゃない」 「それは分かってるよ。何でどいつもこいつも普通に入って来れないんだよ!」 「良いじゃない貞操のピンチだったんだから!あそこで私が割って入らないとシン、色々大事な物無くしてわよ」 「文字通り玄関割ってるじゃないか!ああもう!相変わらず口が減らないな!」 「全くだ…君は相変わらず配慮に欠ける存在だな」 俺のとの逢瀬、個人的には最高に否定したかったが、邪魔され幽鬼の如くゆらりと立ち上がるレイ。 俺はここぞとばかりにレイの束縛から逃れその場にゆっくりと立ち上がる。 キッチンの床には、バラバラになったドアの破片が飛散し、さながら戦場のような様相を見せている。 確かドアの素材もVPS製品のはずだけど、ルナって本当に人間なんだろうか。 「確かに人間離れした怪力だな」 何故か勝ち誇ったような表情で、俺の首に手を回し枝垂れかかってくる。 いい加減やめて欲しいと思う俺だったけど、慣れと諦めとは恐ろしい物で、直接的な 行為でもされない限り、レイの奇行は全てスキンシップと言う事で脳内で処理出来てしのだ。 その様子を見たルナが瞬間湯沸かし機のように一瞬で顔を赤くし、隙あらばレイに襲い掛かろうと息も荒く戦闘態勢に入る。 「ルナマリアいい加減にしろ。シンは俺のモノだと昔からクライマックス的に決まっているのだ」 「趣旨変わってる上にキモイ事言わないでよ!。アンタの脳みその方がクライマックスなんじゃ無いの!つまり終わってる」 「巧い事いったつもりか赤チン!」 「ムカつくわ!物凄い腹たって来たわ」 互いにぎゃあぎゃあと罵り合いを始める二人。 昔からそうだけど、どうにもこの二人は反りが合わない。こうなると二、三時間は放っておかないと収集がつかない。 レイとルナは、自身の持てるだけのボキャブラリーを総動員し、罵詈雑言を繰り返し 果ては放送禁止用語を連発している。 近所迷惑だとは分かっていても、二人の間に割って入る気力は俺には無く、只自らの無力をかみ締めるだけだ。 ボキャ貧の俺が間に割って入れば確実に負けると思うし。 それ以前にルナとレイは一体何の用があって俺の部屋に来たのだろうか。 状況から言って二人で申し合わせてのは間違いないけど、まさか、本当に俺とティアナさんの関係を聞きたいだけとか。 「そんなわけ無いよな」 大体聞かれても俺自身分かって無いし。 俺は溜息を付きながら、ルナによって破壊され、飛び散ったドアの破片を片付け始める。 今が夏の初めで本当に良かったと思う。 もし、これが真冬の事なら隙間風が寂しいとかそんな次元の問題じゃ無かった。 「あの…何か取り込み中でしょうか」 「や、八神さん!」 聞きなれた声に反応するように、俺が頭を上げると、俺の目の前には、無地のTシャツにジーンズにサンダルと 随分なラフな格好の八神さんが立っていた。 「その…仕事で近くまで通りかかったんから…電気がついてたから…普段ティアナがお 世話になってるから夜食でもどうかなって…あの…お邪魔やったかな?」 八神さんは、頬をかきながら、バツが悪そうに手に持ったスーパーの袋を持ち上げる。 焼きそばでも作ってくれるつもりだったのだろうか。 キャベツや人参の他に三人前の焼きそばの袋が見えた。 「いや、その、何て言いますか…お邪魔なんて…ははは」 深夜に男の部屋に来る八神さんの無防備さにも呆れたが、何故、どうしてと思うがそ れ以前にタイミングが悪すぎる。 俺の後ろでは、Yシャツ姿のレイとミニスカ魔人のルナが、多分俺の事で取っ組み合いの 喧嘩をしている始末だ。 どう控えめに見ても、痴情の縺れとしか思えないだろう。 「あの…これは…」 昔からそうだが、こんな状況はどちらとも言わず男が悪い事になってしまうものだ。 どう状況を説明すればいいものか。 何を言ってもドツボに嵌りそうで、俺の途方に暮れてしまった。 「サイテー」 思考停止した俺を不覚にも正気に戻してくれたのは、ティアナさんの辛辣な一言だった。 動揺していた為か全く気が付いて無かったけど、八神さんの後ろに隠れるように珍しくスカートをはいた ティアナさんが、羅刹のような顔つきで立っているのだ。 底冷えのする声とはこの事を言うのだろうか。 ティアナさんは小さく呟いただけだけど、あまりに冷徹な響きに心臓が止まるかと思ったし、部屋の温度が 一瞬で氷点下まで下がり体中の分子運動が鈍った気がする程だ。 「ティアナさん…」 「……」 俺は必死に弁解しようと声を絞り出し、無い頭をフル回転させたが無い袖は触れず、 妙案の一つも浮かんで来ないのが現実だった。 それでも、誠意だけでも伝えようと奮闘したけど、美女二人に取り合いされているの は幻覚でしか無いし、そもそも片方は男でもう片方は数ヶ月前に振られた元恋人だ。 どう言い繕ってもどうにもならない気がした。 「最低!」 今度ははっきりと、だけど、明確な拒絶な意思を込めて言葉を紡ぐティアナさん。 そして、俺の返答を聞く事も無く、脇目も振らずその場を走り去っていく。 鋭く尖った言葉の槍は、俺の心臓を今度こそ串刺しに、俺のグダグダな心は木っ端微 塵に砕け散った。 茫然自失とはこの事を言うんだろうか。 数分後我に返った俺を待っていたのは、呆然としたまま立ち尽くす八神さんと、お互 い取っ組み合いの果てにいい具合にクロスカウンターが決まり悶絶しているレイとルナ。 そして、玄関が砕け瓦礫の山となった我が家。 色々言いたい事もあるけど、ティアナさんには誤解だと大声で弁解したい気分だった。 砕けた玄関から入ってくる生ぬるい風が、問答無用でむなしかった。 -05へ戻る -07へ進む 一覧へ
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「さて、本日お忙しい中に皆様にお集まりになって貰ったのは他ではありません。欧州課資財調達班のシン・アスカの素行調査結果を ご報告させて頂きたいと思った次第であります。では、まずお手元の資料をご覧下さい」 薄暗い会議室の中、これまた薄暗い雰囲気で何やら妙な会議が始められようとしていた。 参加者は素性を隠す為か、皆一様に黒頭巾を被り、あまつさえボイスチェンジャー によって声色すら変える徹底っぷりだ。 「僭越ながら、議事進行は私伝説が努めさせて頂きます。宜しいですか?正義、赤チン」 「構わない。続けてくれ伝説」 「承知しました正義」 「って何で私が赤チンなのよ!レイ!」 黒頭巾を脱ぐと中から現れたのは、赤い髪とスーツになってもミニスカートが心情 のルナマリア・ホークが顔を出した。 「五月蝿いぞルナマリア。お前はこの会議の秘匿性について重々理解しているのか」 「うっさいわね!アスランじゃなくて、ザラ課長が正義でレイが運命。その方向性で 何で私が"赤チン"なのよ。傷薬?私消毒薬なの?もうちょっと考えなさいよ!」 「所詮便宜上の名前だ。気にするな。俺は気にしない。これっぽちも」 「うわっ何かスッゴイムカツクんだけど」 「いいから席に戻れ、赤チン。文句は伝説の報告を聞いてからでも遅くは無いだろう」 「イラっ来た。今私すっごく苛っと来たわ」 「赤チンに構っていると進行が遅れますので、正義こちらをごらん下さい」 伝説がパソコンを操作すると、プロジェクターから伸びる光が暗闇に走り、パワー ポイントが起動する。 トップページには、運命観察日記第三次中間報告書と大業かつデカデカと明記されて いる。 「六月九日土曜日午前十一時二十三分。JR第二京都駅で運命の様子です」 プロジェクターには、普段着に着替え、駅前のモニュメントで誰かを待つシンの映像 が映し出されている。 頻繁に腕時計を確認したり、髪を何度も触ったりと、本人は無意識だろうが、何処と 無く落ち着かない様子が見て取れる。 「もう、ややこしいからシンでいいじゃない」 「しっ!黙ってろ赤チン」 「はぁ~い」 『もしかして待たせた?』 『いいや、今来たとこだ。ティアナさんこそ、そんなに急がなくても良かったのに』 急ぎ早に走ってきたティアナを、頭を振るいながらやんわりと制すシン。 まるで、ドラマのシーンを切り出してきたかのようなベタな展開にルナマリアの限界 値は一瞬で振り切れ雲海の彼方へと飛び立っていく。 「痒い。痒いわ!もう全身かゆかゆよ!それに嘘付きなさいよシン。アンタ、報告書通 りなら一時間も前から待ってるでしょ!って言うか年下に"さん"付けなのかアンタは!」 ルナマリアは、バンバンと報告書を打ち鳴らし、腹を減らした虎のように「がああ」 と唸り続けている。 映像には件の人物をシンが挨拶する場面が映し出され、報告書によれば、シンが駅前 に到着した時間は午前十時半。 ティアナとの待ち合わせの時間が十一時半だから、シンは、キッカリ一時間前に駅前 に立ちソワソワしていた事になる。本当にお約束を外さない男である。 「赤チン。少し静かにするんだ」 「うぅ、私の時は平気で一時間は遅刻してきた癖にぃ。シンのあほぅ」 ルナマリアはグッタリと机に突っ伏し、モゾモゾと芋虫のような動きをしながら、なにやらブツブツを嘯いている。 はっきり言って不気味以外何者でも無い。 「赤チンと運命は距離が近すぎただけだ。互いに異性を認識する前に深い仲になった弊害だな。 友達付き合いの延長線上だったのか、そうでないか。当事者の赤チンが一番良く分かっているだろう。後、気持ち悪いからその動きは止めろ」 「いきなりマジトークしないでよレイ…って言うか人の恋愛を勝手に推測するな」 「それはすまなかったな。で、続けていいか、ルナマリア?」 「あぅ…お願い」 ルナマリアはさめざめと涙を流しながら、プロジェクターに視線を向ける。 映像がズームされ、シンとティアナの様子が鮮明に表示される。 『今からどうする?』 『まず飯でも。ティアナさん、何か食べたい物ある?』 『そうね。何でもいいけど』 『なら、大通りの方行こう。この間美味い店見つけたんだ』 『そうね。ならそうしましょうか』 シンの態度はぶっきら棒に見えて、何処と無く柔らかい物があり、相手を気遣っているのがバレバレだった。 連れだって歩く二人だが、肩が触れあうか触れ合わないかのギリギリの距離を保ち、 二人の今の互いを思う距離感を如実に現している。 二人共見ようによっては、仲の良い兄妹に見えるが、歳の離れた男女が逢引をしている ように見える。 「一応シン本人に聞いた所、買い物に付き合った"だけ"だそうですが、この様子を見る と何処まで信用して良いのか分かったものではありません」 「そうね…」 ルナマリアの額には怒りの四つ角が既にダース単位で発生し血管が浮き出ている。 二人はやがてオープンカフェに入り、簡単な昼食を取るようだった。 シンは、運ばれてきたランチを黙々と口に運び、何故かティアナは、その様子を上機嫌 に見つめている。 『ちょっと、アンタ。食べかす頬っぺたについてるわよ、見っとも無いわね』 『あ…あぁ、悪い』 本当に何気無い仕草で気を付けていないと見落としそうになってしまう。 ひょいとティアナは、シンの頬っぺたについたベーコンを取り、自分の口へと運ぶ。 シンは、特に何とも思っていないのか、皿に残ったパスタをフォークで集め口に運び続けている。 傍から見れば途轍もなく恥ずかしい情景が繰り広げられているのだが、恐らく今は全 ての感情が食欲に向いているのだろう。 そんな、シンを見たティアナは、頬を指でかき「まぁいいか」と言った具合にで自分の 皿へと意識を移している。 プチっと、本当に些細な音が聞こえる。 だが、確実にルナマリアこと赤チンの血管が切れる音を隣に座るアスランは聞いていた。 (怖えええ) 「落ち着け私。落ち着きなさいルナマリア・ホーク。そうよ今の私はルナマリア・ホークでなく、只の赤チン。 消毒液よ消毒液なのよ。だから、あんな小娘がシンに粉掛けようと対した事じゃないの。ねえ、私」 ポーチからコンパクトを取り出し、青筋を立てながら、鏡越しに自分に語りかけながら うっとりとするルナマリア。 アスランは「どんなセルフコントロールだ」とゲンナリとした様子でルナマリアを見つ め、視線を再びプロジェクターへと戻す。 場面はいつの間にかカフェから駅前屋台広場へ映っている。休日だけあって、広場は人混みでごった返し、 案の定と言うべきか、殆どの客が家族連れかカップルばかりで、皆甘い物を楽しみながら休日に彩りを加えている。 「私だって、駅前広場ならシンと良く行ったもんね!」 果たして誰に張り合っていると言うのだろうか。 ルナマリアは、机から体を乗り出し、映像の仲の二人に噛み付かんばかりに呻き声をあげている。 シンとティアナは、極有り触れたアイスクリームの屋台に並び、これまたベンチに腰掛け何気無い会話を交わす。 『チョコばっかりだな』 『良いじゃ無い好きなんだし。こんなとこで気を使っても仕方ないでしょう』 『あんまり食べ過ぎると太るぞ』 『…こ、これ位問題ないわよ、ちょっと!』 『勿体無いだろ。それにこれ以上食べるとやっぱり太るぞ』 『…ア、アンタねぇ』 と、シンはこれまた何気無い仕草でティアナの頬についたアイスを拭い、自らの口に運ぶ。 「ああ!」 ルナマリアが突然立ち上がり、プロジェクターに若干本気めの殺意をぶつける。 『なんだよ、手はちゃんと洗ってるぞ』 『分かってるわよ』 シン本人は全く意識していないようだが、ティアナの方は耳朶を赤く染め、口をパクパ クさせている。 「あの小娘。私でもそんな事された事無いのにいいい!」 ついに怒りが我慢の限界を超えたのか、バキリと言う音と共に硬スチール製のデスクが罅割れる。 「正義。私は赤チンの限界点が今一よく分かりません」 「奇遇だな伝説。俺も良く分からない。多分、自分がされた事が無い事をされると、速攻でメーター振り切るんじゃ無いか?」 「なる程…」 ルナマリアは二人が止める間も無く「クケケケケ」と奇声を発しながら、椅子でプロジェクターの破壊に元気に精出していた。 纏っている空気が鬼気迫り過ぎて、二人はルナマリアに近寄る事すら出来ない。 ドッカン、ドッカンと剣呑な音が会議室に響き、プロジェクターとレイのパソコンが粉々になった所。 「あぁいい汗かいた!」 すっきり爽やかと言った様子で、軽やかに席に着いた。 「気が済んだか…赤チン」 「ええ…少し落ち着いたわ」 (これだけやっても少しなのか) 女は恐ろしいとアスランの背中に大粒の冷たい汗が流れる。。 アスランはルナマリアの蛮行を見てみぬふり決め込み、これが母校のナンバーワンアイドルの成れの果てだと自戒を込め、 アメフトの試合で華麗なチアガール姿を綺麗な思い出としそっと封印した。 「だが、不味い…これは不味いだろシン」 今はまだ清い交際?を保っているかも知れないが今後どうなるか分からない。 あまり言いたくない話題だが、自分を含め男は基本的に狼なのだ。どれだけ自制心が強 かろうと、一度プッツンいってしまえば止まる事を知らない生き物なのだ。 「そうだ、ホテルに入る写真をフライデーか何処かに撮られて、それをネタにザフトかアクタイオン社に持ち込まれたら… スキャンダル…株価大暴落…代表が泣く。カガリは今泣いているんだぞ!シン!もとい紹介した俺の面目が丸つぶれだ!」 アスランは幅跳びの世界選手権で優勝出来程の論理を飛躍を見せつけ、もう完全に目元 が黒くなり妄想と現実の区別が付かなくなってしまっている。 「まぁ…あそこで何故か唸ってるアスランは放って置いて…実際ルナマリア。お前はどう思う?」 「どうって…何がよ」 「お前はシンの恋人だろう。今のシンがティアナ・ランスターに向ける感情が恋愛感情かどうか分からないか?」 「"元"恋人"よ。アンタ、わざと言ってるでしょう…今の私にシンの何かを言う資格なんてないもの」 「だとしても、俺を除いて最近までシンの一番近くに居たのはお前だ。何か感じる事くらいあっただろう」」 「分かんないわよ。彼女だったからって、私、シンの全部知ってるわけじゃ無いもの」 「情けないな」 「あんですって?」 その時アスランが正気ならば、薄暗い会議室の中で稲光が交錯したのを確かに見ただろう。 室内の気温が下がり、二人の怒気に呼応するように気圧が極端に低下していく。 「ちょっと今の聞き捨てならないわね…私よりレイの方がシンの事詳しいですって?」 「俺はシンの親友だからな。親友とは最も親しい友とか書く。つまりは、シンと生涯を共にする存在と言う事だ。 俺はシンの婿だしな。知らない事は無い。無くても聞けば教えてくれるはずだ」 「ホモは黙ってなさい」 「腐女子も黙っているがいい。シンは気が付いて無いかも知れんが、ベットの下に男×男の如何わしい本を持っているなど 全くもって汚らわしい。そんな君が俺と同じくシンの幼馴染で元恋人だと!全く厄介な存在だよ君は!」 テンションが上がったて来たのか、異母兄弟のクルーゼそっくりの言い回しになるレイ。 こうなると彼を止める事が出来るのはオーブ統括西日本部長のギルバード・デュランダ ルかシンのデコチョップしかない。 真に残念な事に両人ともこの場にはおらず、つまり、二人を止める物は何も無く、口喧嘩はヒートアップして行くだけだ。 「残念でしたあ、シンはその事知ってたもんねぇ。知った上でスルーしてくれた優しい奴だったもんねえ。 って言うかアレはファンタジーよファンタジーなの。空想の世界の産物を現実世界に持ち込んでくる方がナンセンスよ! 大体現実世界のヤヲイは汚いのよ、あっシンは全然別ね!」 「馬脚を現すとはこの事だなルナマリア。お前の穢れた妄想の産物にシンを利用するなど 言語道断。元恋人として勿論、幼馴染としても異を唱えさせて貰おう!」 「ホ○パワー全開の女装野郎に言われたくないわよ。頭ん中ぶっ飛び過ぎて終わってるじゃないの!」 「勘違いするなルナマリア。俺は最初から最後までクライマックスだ!主にシン方面で」 「黙れや変態…」 因みに本来突っ込み役のアスランだが、その後の人生をどんな風にシミレートしたか知らないが、 真っ白に燃え尽きたボクサーのように机にガックリとうな垂れて絶望している。 一体何をどう考えれば、そんな精も根も尽き果てた状態になるのか、甚だ疑問だが、今 のルナマリアとレイには些細な事だった。 むしろ邪魔?とさ言える雰囲気だ。 「さっきから聞いてれば!未だに未練タラタラでは無いか!」 「ったりまえでしょ。アンタは分かって無いかも知れないけど、シンって超優良物件なのよ。 オーブの最前線でエース張ってるし、仕事方面だって将来有望だし、スポーツ万能だし、あれで結構頭も良いし、 炊事洗濯も一通り出来るでしょ、我侭言っても基本的に聞いてくれるし、コスプレしてくれるし、夏と冬のイベントに 連れてっても顔引き攣らせるだけで文句の一つも言わず付いてきてくれるし、何よりマユちゃんが可愛いしぃ、それから、それから」 シンの良い所を上げる度に、ルナマリアの語尾がドンドンか細くなって行く。 今のルナマリアは、まるで、親と逸れ不安意脅える幼子のようにも見えた。 「じゃあ、何故別れたと言うんだ全く…」 「…私は別れたく無かったわよ…」 「…すまない。俺が無遠慮だった」 「いいわよ…別に」 地雷を踏んでしまったのか。 急に生気を失くし、ドンヨリと塞ぎこんでしまうルナマリア。 レイは、シンとルナマリアが別れた原因を直接は知らない。 シンからは「ルナが俺の事嫌いになった」と聞かされただけだ。 だが、ルナマリアの様子を見る限り、どうにもシンとの別離を後悔しているように見えた。 「俺は…便利屋では無いんだがな」 「何よ急に」 「兎に角二人共。シンの対処は"親友"の私に任せて頂きたい。バッチリ事の仔細、シンの気持ちを聞いて来ようと思っている」 「…まぁそんなに…言うならレイに任せるわよ」 自分で聞ければ一番良いのだろうが、今のルナマリアにそんな度胸は無かった。 ムカツク事実だが、シンとレイは親友同士だ。男にならば言える事もあるだろう。 寄りを戻すと言うより、もう一度お互いちゃんと話したい。 別にあの娘の事が好きならそれでいい。 でも、せめて、シンの言葉で直接今の気持ちを聞きたい思うのだが、あれこれ考える内に 、随分時間が経ってしまっていた。 ならば、とっとと電話の一つでもして約束すればいいのだろうが、二十代も半ばに差し掛 かるとと一度突き出した槍は中々引っ込める事が出来ないのだ。 繊細な乙女心はそんな事を思いながら、レイに一縷の望みを託したのだ。 「頼むぞレイ。俺の命運はお前にかかってる。このままじゃ俺は終身刑だ」 「アスランは、いい加減こちら側に戻って来てください。午後の仕事に差し支えます」 生ける屍と化したアスランは、生気の抜けた顔でレイに懇願するように抱きついてくる。 レイは、面倒くさそうにアスランを引っぺがし、総務のメイリンに引き取りに来るように連絡する。 「本当に任せていいのね」 「ああ…勿論だ。俺が望んでいるのはシンの幸せだけだ」 「アンタは本当に敵か味方か分からない奴よね」 「気にするな。俺は気にしない」 黒頭巾を脱いだレイの笑顔は、女性のルナマリアが見ても美しいと感じる程慈愛に満ちていた。 「って言うか何で黒頭巾被らないといけないのよ、レイ」 「こんな事に会議室を使ってる事がバレたらギルに怒られる」 「…そりゃそうだわ…ね」 やってる事が無茶な割にはレイ・ザ・バレルはそことなく常識人だった。 -04へ戻る -06へ進む 一覧へ
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身長:156cm 体重:47kg 誕生日:4月26日 血液型:A 趣味、特技:神楽舞 AAA看板娘の赤の子。 敷島製パンのメロンパンはAAA信者にとっては聖体に等しい。 かも。 78 :メンバー募集中@各務柊子推奨連盟:2007/06/21(木) 20 56 13 ID 9Dccz1nW0 この流れなら言える!! パスコが敷島パンだった事に今さっき知った 83 :ゲームセンター名無し:2007/06/21(木) 21 17 36 ID R9vCpzIc0 78 俺も検索するまで知らなかった
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imageプラグインエラー ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (sample.png) 概要 “黒王子” 本拠地 広島県 登録店舗 フタバ図書アルティランド Twitter @cojlike ブログ等 [[]] 逸話など え、得することしか考えてない人とはトレードしません」 Twitterを拠点とした詐欺トレーダー 名前 コメント
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遠い夢を見た。 もう儚く微かな記憶でしか無いけれど、私が一番幸せだった頃の夢。 父も母も早くに亡くしてしまい、顔も覚えていない私だけど、兄さんの事だけは 今でもしっかりと覚えている。 要領が悪くて、顔は良いのに何処か垢抜けず女の子が大の苦手。クリスマスパーティーでは引く手数多の癖に、 私と踊りたいからといつも私の手を引いてくれた兄。 寝ぼすけでズボラで偏食で、私が居ないと何も出来ない兄だと思っていたけど、 それはきっと間違いで、私の方が兄が居ないと何も出来ない子供だったのだろう。 子供ながら兄妹が必死で生きて行く為に、泥を啜った事もあるだろう。 だけど、兄はその事を億尾に出さず、心配しなくて良いと私の前では只微笑んでくれていた。 私の前ではいつも微笑んでいたたった一人の兄。 仕事が忙しくて中々家に帰って来なくて寂しい日々が続いたけど、私は泣かずに 我慢した。 誰も居ない部屋は冷たく寂しいもので、絵本で読んだ悪魔が私をさらっていこうと 手ぐすね引いて待っているような気がしたけど、兄が直ぐに帰って来てくれる事を信じ、布団を被り孤独に耐えて来た。 たった一人の兄だから。 たった一人の家族が私の傍に居てくれるから。 だから、私は孤独に耐える事が出来たし、どんなことでも我慢出来た。 兄は帰宅すると、どんなに疲れていても、申し訳無さそうに微笑んだ後その暖かい手で私を抱き上げてくれる。 そして、お決まりの台詞を優しく語りかけてくれた。 『どんなに辛くても、どんなに悲しくても、僕はティアナの傍にずっと居るよ』 その言葉が嬉しくて、私は放っておかれた事なんか直ぐに吹き飛んでしまうのだ。 微笑む兄と温かく大きな手と優しい声。 それが私の一番古い記憶だ。 だから、兄が遥か東の国"日本"で行方不明になったと聞いた時「嘘つき…」と 記憶の中の私は一人静かに呟いていた。 「どうしたあ?ランスター。お前が居眠りとは珍しいな」 私が意識を取り戻した時、瞳に飛び込んできたのは物珍しそうに私を見つめる世 界史の教師の顔だった。 「えっ…あっ」 「実家の手伝いが忙しいのかも知れんが、飽く迄学生の本分は勉強だからな。そこの所を間違えるなよ」 記憶の中の自分と現在の自分があまりに違った物だったせいか、私は自分が今何 処に居るのか本当に分からなくなっていた。 呆けたように周囲を見渡している。 きっと、世界史の教師は、私が寝ぼけているのと勘違いしたのだろう。幸いにも 小さく溜息を付き小言を一つ落としただけで見逃してくれた。 「…す、すいません」 「気をつけろよ…つまらん事で内申点を落としたくないだろう。良しなら次岡田。教科書三十二ページから読んでくれ」 私は教師に平謝りし教科書を静かに眺め始めた。 昔の夢を見たのは久しぶりの事だった。 来日してから三年。 目まぐるしく変わった生活環境に翻弄されるように、私は昼は学生、夜は舞妓と 非常識極まる生活に身を置いていた。 常識的に考えれば、舞妓一本に絞るべきなのだろうが、雇い主のはやてさんの意向で 私は昼間は高校に通うことになってしまった。 「選択肢は多い方がええやろ」とは、はやてさんの弁だが、高校生活と舞妓の二つ を両立させるのは、正直に言えば中々大変だ。 だが、凹んでいる場合では無い。 私には目的が有り、その為ならどんな努力も惜しまないし、血反吐を吐こうがや り遂げなければならない事がある。 その為の手がかりを手に入れたと言うのに、最近の私は少し変だった。 「はぁ…」 知らず溜息が漏れる。 黒板に書かれた内容がゴシップ記事の一文に見えるし、クラスメイトが教科書を 読む声が何処か遠くの国の言葉のように聞こえている。 教科書を見ていても、内容がまるで入ってこない。 (重症ね…私) 原因は分かっている。 どう考えてあの馬鹿の事だ。 三日前私は、はやてさんとあの馬鹿のマンションを訪れた。 理由は暇だったとか、そんな些細な理由だ。深夜一人暮らしの男の部屋に女二人が尋ねて行くのは不謹慎だとは 思ったけど、まぁ害は無いだろうと嵩を括っていた私が迂闊だとも言える。 急に行って驚かせてやろうと子供のように二人で微笑みあっていたのだ。 確かに前々から一人暮らしにしては広い部屋だとは思っていた。 あいつもいい年齢だ。彼女の一人も居ても可笑しくないし、いや、むしろ居る方 が普通なのだ。 だけど、あいつの部屋には何と言うべきか、異性の匂いと言うか痕跡と言う物が 一切無く、だらしない大学生のような印象しか受けなかった。 私は、あいつの事を油断していた、いや、侮っていたのは確かだった。 だからと言って、痴話喧嘩の最中に出くわす私とはやてさんは一体何なのだろうか。 もしかしたら、相当男運が悪いのかも知れないと思う。 Yシャツ姿の金髪美人と赤い髪のショートカットの女の人が、あいつを取り合っているのを見て、 私は頭に血が昇っていくを自覚した。 それは、私の中である一つの事を結論付けていて、その事実が私に取っては意外で、 簡単に言えば到底認められる物では無く、気が付けば私はあいつの前から逃げ出していた。 あれから一週間。 何を考えているのか知らないが、あの馬鹿はずっと校門の前で私を待ち続けていた。 「……」 俺は、周囲から浴びせられる奇異の視線を瞳を閉じ無言のままで耐え続けていた。 あれから一週間。 俺はティアナさんが通う高校の前で、ひたすら彼女を待ち続けていた。 ティアナさんが通う学校は、最近共学化したそうで未だ男女比率は圧倒的に女子 に傾いている。 つまり、生徒の殆どは年頃の女の子ばかりで、男の数なぞ雀の涙程しか居ない。 終礼となると、正門から駅まで一直線に伸びる通学路は、女子高生で溢れマニア の人から見れば天国かも知れないけど、男の俺にとっては地獄その物だ。 明らかに社会人な俺が、学生の群れに混じっているだけで十分目立つのに、女だ らけの園に一人ポツンと一週間通いつめているのだ。 そろそろ顔も覚えられる頃だろうし、今の所は大丈夫だけど、本当に警察を呼ば れかねない状態が続いている。 それが証拠に最近警備員の顔が妙に生々しい。 こう、何と言えば良いのだろうか。 ニヤニヤと笑いながら妙に生暖かい視線を送って来ているのだ。 (俺なんか…してるよな) 良い大人が殆ど女子高の前で一週間待ちぼうけ。これだけで十分通報物。俺は彼から 何と思われているのか想像すると気が気じゃ無かった。 なら電話の一つでもすればと思うが、俺はティアナさんに一応メールを何回か送 ったけど「気にしてないから」と素っ気無い返事しか帰って来なかった。 お座敷に足を運んだが、八神さんが困った顔をして溜息を付くだけで梨の飛礫とはこの事だ。 何度か二年生らしい女の子にティアナさんの事を聞いてみるが、皆一様に顔を見 合わせ忍び笑いを漏らすだけだ。 俺は何かしただろうか。 せめて、話を聞いて欲しいと思った俺は、恥も外聞も掻き捨てここにいる。 腕時計を見るとそろそろ授業が終わる頃だ。 もう二十分もすればここは女子高生で溢れ返り、喧々囂々、右へ左へ甲高い声の大嵐となる 俺は今度こそ雰囲気に飲まれまいと、両手で頬を叩き気合を入れる。 その行動を見た警備員がさらに生暖かい視線を俺に向けてくる。 「何でだよ!」と日が暮れかけた空に俺は叫びたい気分だった。 「あいつ…何してんのよ」 「何ってティア待ってるんでしょ。良いの?放っておいて」 「…良いわよ別に…あんな奴ほっといても」 親友のスバルが、箒で廊下を掃きながら、私に御注進を申し上げてくる。 私は何故か妙に苛々しながら、世界史教師の汚い字をまるで親の敵のように懇切 丁寧に一文字残らず消していく。 チョークの粉が制服の裾に付き、落ちない汚れに私の苛々は余計に募っていくばかりだ。 私は黒板を消しながら、窓の外に腕を組み仁王立ちのまま正門を睨み付けるあいつを見つめる。 (何やってんだか…) 私は、そろそろ本当に警察呼ばれても知らないわよと思いながらも、原因を作っ ているのは自分自身である事に今更ながら気が付いて、何とも言えない気分になった。 「ふぅん…でも、いいの?あの人最近色々話題になってるよ」 「普段着ならまだしも、スーツ着た大人が高校の前でしかめっ面で仁王立ちしてれば…そりゃなるわよ」 「あっ…ティアには、アレしかめっ面に見えるんだ」 「アンタにはアレが何に見えるのよ」 「えっとね…お預けくらって尻尾垂れた犬」 「……何よそれ」 嫌味のつもりで言ってみた私だけど、スバルの余りの言葉に思わず絶句する。 なるほど私には、あいつがしかめっ面をしているように見えるけど、スバルには 不貞腐れた犬に見えるのか。 ちょっと興味深いと言うか驚愕の事実っぽい。 と、言うことはあいつもしかして他の教師とか警備員から見てもそんな感じなの だろうか。 あいつが通報されない原因が分かった気がする。 お預けくらって尻尾垂れた犬ならば確かに人畜無害だろう。 「あいつ…他に何て言われてるのよ」 私は、あいつの評価が気になり、スバルにこっそりをお伺いを立てて見る。 明け透けな性格なスバルは、誰とでもすぐに仲良くなり、学校内に交友関係は広い。 学校の事はスバルに聞けば大体把握出来る便利キャラだった。 「ちょっと変だけど格好良いって」 「ああ…そう」 私は、クラスメイト達のあいつに対する評価にゲンナリとする。 何がどう転べばあいつが格好良く映るのだろうか。全員纏めて眼科検診を受ける 事をお奨めしたい。 確かにあいつの見てくれは悪くない。もう二十四歳だと言うのに、かなりの童顔 で高校生くらいにしか見えないし、背も高く足も長い。 しかし、見てくれに騙されてはいけない。 髪型も無造作ヘヤーで自然さを演出していると思われがちだけど、本当は大半は 寝癖で髪型を整える事も億劫な面倒臭がり屋なのだ。 寝起き十分は枕を抱えて呆けているし、あまりの情けなさに見るに見かねた私が 櫛で髪を整えてやる程だ。 着ているスーツも、一着一万円込み込みの安物だし、放っておいたらネクタイも Yシャツも平気で同じものを着ていくくらい邪魔臭がりだ。 性格も勝気とは聞こえは良いが、結局の所子供っぽいだけだし、その癖妙に臆病な所もある。 きっと、その辺りの大学生の方が余程落ち着いて見える事だろう。 「あぁ…そっか」 「どうしたの?」 「なんでも無い。何ていうか私も皆と同じかと思っただけ」 もしかしたら、何と言うか、あいつは母性本能を擽るタイプの人間なのかも知れ ないと私は思う。 怪訝な顔をして私を見つめてくるスバルに、私は今日何度目かも分からない溜息 を漏らした。 「…勘弁してくれ」 俺は、この状況だけはどうにも慣れる事が出来そうに無かった。 授業終了の鐘と同時に、まるで大陸を大移動するヌエの如く女子高生が群れを成 して正門から溢れだして来る。 彼女達の声は、小鳥の囀りと言えば聞こえが良いが、小鳥も数が集まれば脅威以外何物でも無く、 十代特有の甲高い声と思わずむせ返りそうになる独特の香りに俺は思わず仰け反ってしまう。 匂いフェチの人間なら、涙流して喜びような状況だけど、普通人の俺には気恥ずかしいだけだ。 しかし、一体今まで何処に潜んでいたのか。 校舎から蟻のように吹き出た女子高生達は、我先にと駅目指して行軍を開始する。 クラブ活動に勤しむ学生も多いようで、いち早くグランドに躍り出た元気の良い子が整備を始めている。 さっきまで静かだった学校前の大通りは月末のオフィスのようにごった返していた。 これだ。 この異様な熱気と女子高生の大群に俺は一週間苦戦に苦戦を強いられたのだ。 女子高生の群れが納まるまで約三十分。 その間にティアナさんを見つけなければ、また連敗記録を更新する事になる。 いや、どんな手を使ってでも、今日こそ見つけなければ本当に通報されるかも知れない。 俺は、ティアナさんを見つける為に、眼を皿のようにして、人知れず静かに闘志 を燃やしていた。 「ランスターさん?」 「はい」 年齢の割りに妙に甲高い声に呼び止められ、私はその場で渋々ながら振り返った。 正門から出るとあいつと鉢合わせする為、最近は専ら裏口から帰って居たのだ。 振り返るとそこには、教師以前に一体貴方は何時代を生きているんだと言いたく なるような、ボディコンスーツに身を包んだ我が担任が立っていた。 多分この人の中ではバブルかジュリアナが今でも続いているんだろう。 五メートル先からでも匂って来そうな強烈な香水の香りは、相変わらず健在ぶり を発揮している。 これのお陰で声を聞く前から、担任がそこに居ると知らせてくれる。 化粧っ気もきつ過ぎる上に、トレードマークの濃すぎる口紅は、毒蜘蛛を思い出す。 本当は気が付かないフリをして逃げたかったが、一応担任だし、男の人が大好き な性格を除けば本当は良い人なのだ。 「いい加減あの"彼氏"何とか出来ないの?」 「彼氏じゃありません」 「あらそうなのぉ」 喋り方や纏う空気が水商売の人としか思えないが、残念な事に彼女は列記とした 英語の教師だ。 昔は相当破天荒な性格だったらしく、授業中若い頃の武勇伝を英語で聞かせてくれたりする。 その話の大半は、猥談や下ネタなど男関係ばかりだったするのは教育者的にはどうなのだろう。 お陰で私達のクラスは、他の同年代に比べて偏った知識が非常に多い。 はっきり言って全員耳年魔だ。 「私、セッ○スくらい若いんだからさせてあげても良いと思うんだけど」 「ちょっと!な、何言ってるんですか先生!」 この色ボケ魔人言う事に事欠いて、いきなり何をホザキ倒したか。 勘違いに程がある。 「いえねぇ。ランスターさん位の年齢で彼氏と喧嘩するのって、大抵は睦み事って相場が決まってるから」 「言い方変えれば良いってもんじゃ無いわよ!」 「特にランスターさんの彼氏って年上でしょう。身を任せるのは良いけど、直前になって怖くなっちゃって 逃げて気まずくなる何て話良く聞くしねえ?大丈夫よ。所詮出したり入れたりだけの話だから男が満足した終わるんだから。終わるまでの時 間は個人差があるけどね…遅すぎるのもダルいけど、早すぎるのも物足りないのよねぇ」 はぁと深い溜息を付くが、表情はとても爽やかな物だ。 なんというか、サンタの存在を信じている子を「現実の泥で汚してやったぜ!」 的な邪なオーラを感じる。 だが、逃げたて気まずくなっただけは、当たっているのでそこだけは素直に認めたいと思う私だ。 「先生人の話聞いてます?」 「ううん。全然」 あっけらかんと言い放つ担任に、私は過去類を見ない強烈な頭痛に襲われる。 「でも、ランスターさん。あの子との関係は否定しなかったでしょ」 「…知り合いは認めますけど…彼氏じゃありません」 「授業中…ずっと見てるのに」 「み、見てません」 嘘だった。 慌てて否定した見たけど、やっぱりバレバレなのだろう。 毎日決まった時間。丁度六限が終わる頃にあいつは現れ、しかめっ面では無くお預けを くらった犬面をして私を待っているのだ。 座敷にも何回か来てくれたのも知ってる。 でも、私はあいつに会うのが何故か気まずくて、いつも居留守を使ってしまう。 メールや留守番の件もそうだ。 もやもやした気持ちをケリを付けたければ直接聞けば良いのだ。 別にあいつがあの美人とどんな関係でも構わない。 私にとって、あいつは目的を達成する為の手段に過ぎないのだから何でも無いはずだ。 身の回りの世話をしているのもその為だ。 だと言うのに、あいつの情けない顔をして立っている姿を見ると私の心はかき乱 され、まるで、こっちが悪い事をしている風に思えてくる。 「会うのが怖くて正門じゃ無くて裏門から出てるのに」 「こ、怖いんじゃありません。ただ、何となく顔が会わせずらくって…なんで知ってるんですか」 「さて、何ででしょう?」 この人は何処まで知っているんだろうか。これ見よがしに浮かべた微笑が非常に腹立たしい。。 「兎に角あの子可愛いんだけど、一週間は待たせすぎね。餌をあげるのも飼い主の勤めなんだからね。 減るもんじゃ無いんだし、寝かせすぎても駄目だし安売りしても駄目なのよねぇ。難しいわ…ああ最初の一回は絶対減るかしら」 「さっきから何の話をしてるんですか!」 「ん?さぁ…結論だけ言えば邪魔だからさっさと引き取りなさいかしら」 「前後の話全く繋がってませんよね」 「ん…さぁ。知らないわ私」 私この人に一生勝てないんじゃ無いだろうか。 私は深い溜息を付きながら、考えて見ればこっちも限界なのだと今更ながら自覚する。 きっと打ち明けてしまえば楽になれる気がする。 でも、それを言ってしまう事は、この微温湯のような関係が終わってしまうと言う事だ。 それを捨ててしまう事に私は、少しだけ躊躇した。 だが、そろそろ潮時なの事実だろう。 本当はもっと早く打ち明けるつもりだった。だた、今の関係が私にとって本当に 心地よい物だったから、つい怠けてしまったのだ。 (いいティアナ・ランスター。目的を忘れちゃ駄目。私はその為に日本に来て舞妓 になったの) 私は、決意を新たに正門に向かい走り始める。 でも、足取りは重く軽やかで、私はあいつに会うのが楽しみなのか辛かったのか 分からなくなっていた。 「げ、限界だ」 白状してしまいば、俺はあまり女性が得意じゃ無い。 今まで付き合った女性もルナ一人だけだし、それも幼馴染の延長線のような関係だ。 学生の時もクラブに勉強とアスランに追いつく事ばかり考えていたせいか、コン パや合コンと言ったイベント事には滅法疎かった。 男友達を遊んで居た方が楽しかったし、女は彼女のルナだけで十分だったのだ。 簡潔に言えば俺は女性に対して全く免疫が無かった。 恥ずかしながら、同年代でもあたふたして口ごもる事が多いのに、年下、それも テンションが馬鹿高い女の子が大挙して押し寄せてくる現状は、何かの悪夢としか思えなかった。 俺の自意識過剰かも知れないが、皆俺の横を通り過ぎる時、奇異の視線を向け、 忍び笑いを漏らしているような気がする。 最初は警戒心も露にしていた彼女達が、最近では物珍しい動物を見るような視線を送ってくるのだ。 一体全体なんなんだと無性に叫びたくなって来る。 「アンタ、一体何してんのよ」 「え…あっ」 それはあまりに呆気ない幕切れだった。 頭を抱え蹲る俺の上から、聞きなれた声が聞こえて来たのだ。俺は弾かれたよう に顔を上げると、そこには待ち望んだ顔があった。 「ティアナさん?」 「他に何に見えるのよ」 俺は、一週間会ってないだけなのに、もう何年も会っていないような感慨を受けていた。 「きゃあああ。さん付け?さん付けなのね。年上にさんづけで呼ばせてるのね!」 「犬と飼い主が漸く再会?もしかして、もう完璧に調教してるんじゃないの?」 「やだ、何か私ドキドキして来た。これが恋」 「や、それ絶対違うから…」 今の会話の何処に黄色い声援が飛ぶ場所があったんだろうか。 俺は困惑しながら周囲を見回すと一体何処から沸いてきたのか。いや、沸くほど 居たのは最初からだが、何故か俺とティアナさんの周りには人山がこんもりと出来上がっていた。 「これ、アンタの車?」 「ああ、あぁ」 ティアナさんは、その光景を見てゲンナリとした後、何を思ったか助手席のドア を開け車に乗り込んでいく。 「ティアナさん?」 「いいから乗りなさいよ。アンタの車でしょ」 「あ…あぁ」 俺はティアナさんに促されるように運転席に乗り込んでいく。サイドミラーを覗くと、瞳を好奇心で 光らせ"デバガメ"と書かれた御用提灯が車の周りを十重二十重と取り囲んでいた。 「出して」 「ど、何処にだよ」 「二人っきりで"ゆっくり"落ち着ける場が良いわ」 「「「きゃあああああああ!大胆!ホ○ルねホ○ルね!」」」 車越しだと言うのに、耳を劈く黄色い感性がまだ聞こえてくる。 あまりの振動に何ヘルツ出ているのだと思う。これだけ大きいと何かの商品に代 用出来そうな気がしてきた。 それより、何で車に乗っただけで「大胆!」だの「ホテル」だのと色めき立って いるんだろうか。 俺は何のこっちゃと思うが、ティアナさんは意味が分かっているのだろう。 僅かに頬を赤く染め「早く車を出しなさい」と無言で急かして来る。 「分かった…」 俺は、ティアナさんにも周りを囲む女子高生にも、何処か釈然としない気持ちを 抱きながら、道路にせり出している女子高生をクラクションで退かせ車を発車させた。 -06へ戻る -08へ進む 一覧へ