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新約聖書はオリジナルのギリシア語テキストがあらわされて以降、多くの人々によって筆写され、無数のテキストが作られたが、写本製作の過程におけるミスや意図的な改変により多くの異読が生まれた。(これについては写本(新約聖書)を参照されたい) 16世紀の初頭、スペインの摂政フランシスコ・ヒメネス・デ・シスネロス枢機卿やオランダの人文学者デジデリウス・エラスムスらが初めてテキストの批判的校訂に取り組んだ。これが現在、テクストゥス・レセプトゥスの初稿として知られる者である。以来、よりオリジナルに近いテキストを目指して校訂が繰り返されてきた。 校訂の方法自体はエラスムスの時代から変わらない。まず、できる限り多くの写本を収集し、一字一句比較検討する。次に異読が見られるものに関してはそれぞれの写本の成立時期や信頼性を考慮したうえでもっともオリジナルに近いと考えられるものを採用し、本文を確定していくというやり方である。 テクストゥス・レセプトゥス(公認底本) ウェストコット・ホート ネストレ・アーラント キリスト教用語・聖書訳:http //www.nishikobe-kyokai.or.jp/bible/bibleindex.htm
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創世記 太陽の創造の前に3日が経過しているのはなぜか。特に、太陽ができる前に植物が生えているのはなぜか。(創世記1章) 福音派:神が造った特別な光によって時間が経過したため。その光で光合成もでき、植物は成長することができた。 リベラル派:天地創造は旧約聖書の逸話の中でも最も後で書かれた部分であり、比喩的物語ないし神話であるから。 創世記の第1章と第2章では天地創造の順番が異なるのはなぜか。(創世記1-2章) 福音派:第2章は、第1章の6日目を詳しく説明したもので、特に矛盾しているわけではない。 リベラル派:第1章はP資料、第2章はJ資料を使っているため、内容が異なるのは当然である。 主なる神が自らのことを「われわれ」と呼称しているのはなぜか。(創世記1 26,3 22) これについてはエロヒム(我々)を参照されたい。 アダムとエバの子であるカインが、ノドの地で妻と出会ったのはおかしいのではないか。(創世記4 17) 福音派:そもそも全ての人はアダムとエバから生まれたのだから、カインの妻もこの二人から生まれたはずである。したがっておかしい部分はない。 リベラル派:エデンの園の神話と、カインとアベルの神話はもともと系列の異なる神話である。これはその2つをまとめたために生じた矛盾点である。 その他:創世記1章で神が創造した男女はアダムとイブではないとすれば矛盾はない。 ノアの洪水で滅びてしまったはずなのに、ヤバルが家畜を飼う者の先祖に、ユバルが演奏者の先祖に、またトバルカインが鍛冶屋の先祖になるのはおかしいのではないか。(創世記4 20-22) 福音派:彼らの技術が今に伝えられている、という意味である。 リベラル派:エデンの園の神話と、カインとアベルの神話はもともと系列の異なる神話である。これはその2つをまとめたために生じた矛盾点である。 暦ができたのは出エジプトの時なのに、ノアの方舟の逸話に日付が書かれているのはおかしいのではないか。(創世記7-10章、出12章) 福音派:? リベラル派:ノアの方舟のほうが出エジプトよりも後で書かれた話だから。 セムの子アルパクサデ(新共同訳:アルパクシャド、新改訳:アルパクシャデ)が生まれた年が「セムが100歳の時で洪水の2年後」というのは矛盾しているのではないか。(創世記5 31, 7:6, 11:10) これについては創世記の年表を参照されたいが、つまりまとめると次のとおりである。 創世記5 32 ノアは五百歳になったとき、セム、ハム、ヤフェトをもうけた。 創世記7 6 ノアが六百歳のとき、洪水が地上に起こり、水が地の上にみなぎった。 創世記11 10 セムの系図は次のとおりである。セムが百歳になったとき、アルパクシャドが生まれた。それは洪水の二年後のことであった。 つまり、創世記5 32および7 6の記述によれば、セムが100歳の時に洪水が起きている。 しかし、創世記11 10によれば、セムが98歳の時に洪水が起きている。 この矛盾はどう説明できるのか、というのがこの質問の趣旨である。 福音派:ヘブライ語のマソラ本文では「500歳になって」という表現が用いられている。つまりノアが500歳以降になって生まれた子供という意味であるから得に矛盾はしない。 リベラル派:旧約聖書編集の際のミス。ただし、ノアが500歳のときでも502歳のときでも、全体に大きな影響を与えるような問題ではない。 創世記10章では「言語、氏族、民族に従って」人々が住んだとあるのに、11章でバベルの塔の逸話が出てきて「世界の言葉が一つだった」というのは矛盾しているのではないか。 福音派:まず全体の概要を述べてから、続けて詳細を述べるという構成であるから。創世記1章と2章の構造と同じである。 リベラル派:高等批評に基づけば、元の創世記の物語に後から挿入された物語と考えられる。すなわち、創世記編集の直前のバビロン捕因の時にバビロンのジックラト建設に駆り出されたユダヤ人が、バビロン王国を批判して書いた物であるため。 モーセ五書 神は「神を見たものはいない」というが何人も見た人がいるのはおかしいのではないか。(出33 20) これについては神を見るを参照されたい。 ノアの洪水で滅びてしまったはずなのに、ネフィリムの出であるアナク人が存在するのはおかしいのではないか。(民数13 33) 福音派:ネフィリムとは巨人の意味である。アナク人は巨人だったが、実際にはアナク人とネフィリムに関係はない。つまり、イスラエル人にとってアナク人は巨人だったのでネフィリムの出だと考えたが、それはイスラエル人の主観に過ぎない。 リベラル派:モーセ五書の編集の際のミスである。つまり、ネフィリムの出であるアナク人の存在をしめすこの記述は、ノアの洪水に疑問を呈するものである。 イスラエル人の旅路について、民数記ではエドムの地を避けたとあるのに、申命記では避けずに通過したような記載がある。これは矛盾しているのではないか。(民数記20章、申命記2章) これについてはエドムの地の通過を参照されたい。 福音派:? リベラル派:高等批評での文書仮説によれば、申命記はJE資料が成立した後、ヨシヤ王の改革の際にD資料を用いて書かれたとされる。そのため、申命記の矛盾は、申命記史家が独自の考えに基づいて執筆したために起こったものである。 歴史書 ヨシュア記ではカナンの先住民を惨殺しているにもかかわらず、士師記ではイスラエル人は何度も先住民によって惑わされている。これは矛盾しているのではないか。 福音派:異教徒を全て滅ぼしたということを必ずしも意味しない。神は敢えてイスラエル人を惑わす存在を残すことで、イスラエル人の神への信仰心を試したのである。 リベラル派:考古学的には当時のイスラエル人は民衆レベルでは先住民に影響された多神教崇拝に陥っていた。したがって実態により近いのは士師記の記述であり、ヨシュア記は後から「あの時先住民を惨殺すべきだったのだ」という理想像を書いたものである。 士師記の年数を合計すると410年になるが、これは歴代記上6章の記述と矛盾するのではないか。 これについては士師記の年表を参照されたいが、つまり、士師記の期間の長さが歴史書間で矛盾しているという問題である。 福音派:士師の活動期間が互いに重なっているのが原因であり、矛盾しているわけではない。 リベラル派:歴史的には士師記の期間は200年程度しかなく、史実とかけ離れてるから。 サウル王とダビデの出会いはサムエル記上16章で書かれてるが、なぜか続く17章ではサウル王はダビデに対して忘れている。これはおかしいのではないか。(サムエル記上16章、17章) サムエル記上16 14-19 主の霊はサウルから離れ、主から来る悪霊が彼をさいなむようになった。 サウルの家臣はサウルに勧めた。「あなたをさいなむのは神からの悪霊でしょう。王様、御前に仕えるこの僕どもにお命じになり、竪琴を上手に奏でる者を探させてください。神からの悪霊が王様を襲うとき、おそばで彼の奏でる竪琴が王様の御気分を良くするでしょう。」 サウルは家臣に命じた。「わたしのために竪琴の名手を見つけ出して、連れて来なさい。」 従者の一人が答えた。「わたしが会ったベツレヘムの人エッサイの息子は竪琴を巧みに奏でるうえに、勇敢な戦士で、戦術の心得もあり、しかも、言葉に分別があって外見も良く、まさに主が共におられる人です。」 サウルは、エッサイに使者を立てて言った。「あなたの息子で、羊の番をするダビデを、わたしのもとによこしなさい。」 サムエル記上17 55-58 サウルは、ダビデがあのペリシテ人に立ち向かうのを見て、軍の司令官アブネルに聞いた。「アブネル、あの少年は誰の息子か。」「王様。誓って申し上げますが、全く存じません」とアブネルが答えると、サウルは命じた。「あの少年が誰の息子か調べてくれ。」 ダビデがあのペリシテ人を討ち取って戻って来ると、アブネルは彼を連れてサウルの前に出た。ダビデはあのペリシテ人の首を手に持っていた。サウルは言った。「少年よ、お前は誰の息子か。」「王様の僕、ベツレヘムのエッサイの息子です」とダビデは答えた。 福音派:サウルはダビデのことを「若者よ」と呼んだだけであり、知らなかったわけではない。父親についても忘れていただけである。 リベラル派:サウルとダビデの出会いに関する2つの伝承があり、その編集がうまくいかなかった結果である。 サウル親子の骨を埋めた木の種類は、サムエル記上31章ではぎょりゅうの木なのに、歴代誌上10章では樫の木なのはなぜか。 福音派:? リベラル派:先に書かれたのはサムエル記の方なので、後から歴代誌の著者が書き換えたため。 サムエル記下24 1で「主」が行ったことが、歴代誌上21 1では「サタン」が行ったとあるのは矛盾ではないのか。 サムエル記下24 1 主の怒りが再びイスラエルに対して燃え上がった。主は、「イスラエルとユダの人口を数えよ」とダビデを誘われた。 歴代誌上21 1 サタンがイスラエルに対して立ち、イスラエルの人口を数えるようにダビデを誘った。 福音派:? リベラル派:サムエル記が書かれた時点では、一元論を信じていたイスラエル人は「神の怒りによりイスラエルに災いが与えられようとしていた」と考えた。しかし、バビロン捕囚を経て善悪二元論を学んだイスラエル人は「神に敵対するサタンがイスラエルに災いをもたらそうとした」と再解釈した。詳しくは悪霊論を参照。 ユダ王国の第10代の王は列王記ではアザルヤなのに、それ以降の記録ではウジヤとなっているのは矛盾しているのではないか?(列王記下14 21,15 1など) アザルヤ(עזריה)からレーシュ(ר)が抜けるとウジヤ(עזיהו)となる。これは、ゼカリヤ(זכריה)の死とかかわっている可能性が有る。 http //meigata-bokushin.secret.jp/index.php?%E3%81%AA%E3%81%9C%E3%82%A6%E3%82%B8%E3%83%A4%E3%81%A8%E5%91%BC%E3%81%B0%E3%82%8C%E3%82%8B%E3%82%88%E3%81%86%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%81%AE%E3%81%8B%E3%80%81%E3%81%9D%E3%81%AE%E8%AC%8E 新約聖書 イエスの家系図がマタイとルカで矛盾するのはなぜか。 両者の家系図は、アブラハムからダビデまでは基本的には同じである。マタイ福音書では、ダビデの子ソロモン王の家系となっており、エコンヤ王の後、シャルティエル、ゼルバベルを経てアビウドの家系からイエスに至る。ルカ福音書では、ダビデの子ナタンの家系となっており、しかしながらシャルティエル、ゼルバベルを経てレサの家系からイエスに至る。 福音派:ルカ福音書の家系図は、ヨセフがその妻マリアの父エリの養子とみなせば、母マリアの家系図としてみなせるので、矛盾ではない。 リベラル派:両方ともシャルティエル・ゼルバベル父子を挟んでいることから考えても明らかに矛盾している。いずれかが偽物か、両方とも偽物である。 総論的に四福音書や使徒言行録の間で記述が異なる部分がたびたびあるが、これはおかしいのではないか。 福音派:「誤り(error)」ではなく、「聖書の現象(phenomena)」と呼ばれるものであり、矛盾には当たらない。 リベラル派:それぞれの記者がそれぞれの情報に基づいて書いたため、部分的に矛盾が生じるのは当然である。 共観福音書とヨハネ福音書では最初の弟子になる経緯が異なっているのはなぜか。 共観福音書ではガリラヤ湖でのペトロとアンデレが最初の弟子だが、ヨハネ福音書ではヨルダン川でのアンデレとペトロとフィリピが最初の弟子である。 福音派:ヨハネ福音書の記述のようにイエスの洗礼の直後にヨルダン川でアンデレ達は一度イエスに会っており、その後ガリラヤ湖で弟子になったのである。 リベラル派:共観福音書はある程度歴史的事実に基づいて書かれているが、ヨハネ福音書は創作的に書かれているためである。 イエスが「アビアタルが大祭司のとき」と言っている(マルコ2 26)のは旧約聖書の記述(サムエル上21)と矛盾するのではないか。 福音派:? リベラル派:矛盾する。マルコの誤記と思われる。 安息日の労働も参照されたい。 イエスが十字架で処刑された日が、共観福音書では過越の日となっているのにヨハネ福音書ではその前日になっている。これは矛盾しているのではないか? 福音派:? リベラル派:本来の伝承では過越の日だったが、ヨハネ福音書ではイエスを「神の子羊」とみなすため過越の前日ということになった。 http //blog.goo.ne.jp/b5550/e/4a21ba4c97856a1ea32ad301bb5bbf4b http //www2.biglobe.ne.jp/remnant/mujun.htm
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『聖書』はユダヤ教とキリスト教の聖典である。ユダヤ教徒はキリスト教徒が『旧約聖書』と呼ぶ部分のみを聖典と認め、『新約聖書』は聖典とは認めていない。キリスト教徒は旧約・新約の双方を認めるが、カトリックだけはユダヤ教徒やプロテスタントが認めていない部分(第二正典。新共同訳の「旧約聖書続編」)を認めているため、『旧約聖書』(ヘブライ語聖書)に含む範囲が異なる。 イスラームにおいても、旧約の律法書(モーセ五書)と詩篇、新約の四福音書は、クルアーン(コーラン)とともに四大啓典として認められている。ただし、その教義上の位置づけは当然異なり、イエス(イーサー)にしても、あくまでも預言者の一人とされている。 【画像】 『聖書(旧約聖書続編付き) 聖書協会共同訳 』 構成 旧約聖書 新約聖書 旧約、新約という分類はキリスト教徒によるものであり、新約を認めないユダヤ教徒にはそのような区分はない。 ノストラダムス関連 かつて信奉者たちは、ノストラダムスと聖書の間に直接的な結びつきを想定することが多かった。 日本人の例だと、五島勉はノストラダムスを聖書預言のアンカーと位置づけていたし、『日本の論点99』でお勧めの関連書として『新約聖書』の『ペトロの手紙二』を挙げていた。 もっとも、五島はノストラダムスの終末観と重なり合うキリスト教徒の終末観の代表例として『ペトロの手紙二』を挙げていたが、その引用自体が意図的な省略によって歪曲されたものに過ぎなかったことは、浅見定雄(東北学院大学名誉教授)によって指摘されていた(*1)。 川尻徹は独自の陰謀説(ノストラダムスの予言は、当たるように歴史の流れをコントロールしている組織がいるから当たっているとするもの)の裏づけとして、聖書からもしばしば題材を取り入れていた。ほか、加治木義博はノストラダムス予言を旧約、新約に続く「第三の聖書」と位置づけていたし、飛鳥昭雄は聖書とノストラダムスはいずれも密接に結びついているとしていた。それ以外にも、泡沫的な論者も含め、ノストラダムスと聖書を関連付けて解釈してきた者は多い。 さらに、志水一夫のような懐疑派寄りの論者にも、ノストラダムス予言と聖書の直接的な関連付けに好意的だった論者はいる。 確かに、ノストラダムス『予言集』の第一序文「セザールへの手紙」には、「豚に真珠」をはじめ、旧約・新約聖書からのいくつもの引用がある。しかし、その引用のほとんどはジロラモ・サヴォナローラやクリニトゥスからの孫引きである (前後の文章を含めて、彼らの著作から引用されている)。残る箇所は孫引きではないが、『ミラビリス・リベル』で同じ箇所が引用されているなどしており、ノストラダムス自身の独自性が発揮されている余地はきわめて小さい。 第二序文「アンリ2世への手紙」には、聖書に基づいて天地創造以来の年代を述べるくだりが2箇所ある。また、ヨハネの黙示録と重なり合うモチーフが多く出てくることも事実である。しかし、中世には偽メトディウスやティブルのシビュラなど、ダニエル書、ヨハネの黙示録、第二テサロニケ書などから派生した予言書が数多く書かれており、ノストラダムスはそれらをまとめた『ミラビリス・リベル』をほぼ確実に読んでいた。 聖書年代にしても、偽メトディウスやティブルのシビュラに顕著なように、未来を語るためにまず過去の年代記を述べるというパターンは、中世の予言書にも見られた様式であり、 それ自体はノストラダムスの独自性を示すものではない。 『旧約聖書』の『詩篇』からの引用もあるが、その引用の不正確なことが指摘されている。これは別人の不正確な引用を転載したか、さもなくば本人のうろ覚えによる誤りの可能性も想定できる。 これらからするならば、(少なくとも間接的なレベルでの影響は認められるだろうし、それ自体を排除することはナンセンスにせよ) しばしば信奉者たちが言い募ってきたほど、聖書に直接的に依拠してきたのかどうかは疑問ではないかと思われる。 あくまでもノストラダムスと『聖書』との間に、分厚い中世の予言的伝統が挟まっていることを忘れてはならないだろう。 ※記事へのお問い合わせ等がある場合、最上部のタブの「ツール」>「管理者に連絡」をご活用ください。
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区分が振られる前 聖書の区分は長い間存在しなかった。もちろん、パウロの活躍した紀元1世紀には旧約聖書の章区分は存在しなかったため、パウロはその書簡の中で次のように述べるにとどまっている。 ローマ3 10 次のように書いてあるとおりです。 ローマ9 29 それはまた、イザヤがあらかじめこう告げていたとおりです。 しかし、これでは参照するのが極めて困難であることから、徐々に区分が行われることになった。 聖書の章区分 章の区分は各地で別々に行われていたが、統一した章区分を作ったのはカンタベリーの大主教スティーブン・ラントン(Stephen Langton)であり、1227年ごろにできたと言われている。その区分が一般に広がった理由は、1382年に出版された「ウィクリフ英語聖書」が、初めてそれを英語訳聖書の中に採用したためである。それ以降、ほとんどの聖書がラントンによる章区分を採用している。 聖書の節区分 最初に旧約聖書、続いて新約聖書の節が区分された。 旧約聖書に節を付けたのは、ユダヤ人ラビのナタン(Nathan)で、1448年に行われた。 新約聖書に節を付けたのは、ロベール・エティエンヌ(Robert Estienne)(別名ステファナス Stephanus)であり、1555年に行われた。 青書入門.com #26 聖書の章と節の区分は、いつごろできたの?
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聖書とクルアーンには矛盾する点がいくつもある。 こうした食い違いについて、ユダヤ教やキリスト教では、イスラム教のクルアーンが誤りであると主張し、イスラム教では、ユダヤ教やキリスト教の聖書が誤りであると主張する。したがって両者が対立してしまうのである。 キリスト教とイスラム教の認識の違い キリスト教に関するムスリムの知識には限界があり、しばしばキリスト教徒(とユダヤ教徒)を啓典の民ズィンミーもしくは異端だと思っている。 キリスト教徒から見ればイスラム教は異端からカルトまで多様で、同じ神を崇拝する宗教仲間とは思えないほどである。 キリスト教とイスラム教はどちらも、イエス=イーサーは神から遣わされたと考えている。 しかしキリスト教徒が通常イエスを神の子と考えるのに対し、ムスリムは三位一体を神の唯一性を分割したもので重大な罪(シルク)だと考えている。また、イエスの死に対する考え方も全く異なる。キリスト教徒はイエスの十字架の上での死を、原罪を背負った人類への神の救済と捉えるが、ムスリムはこの教義を否定し、イエスは処刑されずに身代わりが殺されたと考える。しかしどちらの宗教も、自分たちの宗教は一神教だと受け止めている。 キリスト教とイスラム教は異なる聖典を持ち、イスラムはクルアーン(コーラン)を、キリスト教は聖書を使用している。 どちらの聖典も、イエスの人生と努力を記録したものである。 インジール(イスラームにおけるイーサーの記述)の信仰はイスラム神学において重要な位置を占めている。 ムスリムから見ればキリスト教の福音書は、改造されたものに思える。 キリスト教徒にすれば福音書は信頼に足るものであり、クルアーンは後発であり、捏造された外典に思える。 どちらの宗教もイエスの処女懐胎を信じるが、クルアーンと聖書とでは記述が異なる。 比較 トーラー(モーセ五書)の内容 聖書 クルアーン アダムとエバ 創2 4-4;1 2 30-39, 7 19-27, 20 115 カインとアベル 創4 1-16 5 27-32 ノアの方舟 創6 5-9 29 11 25-48, 7 59-64, 10 71-73, 23 23-28, 26 105-121, 54 9-16, 71 1-28 アブラハムへの子の約束 創18 1-15 11 69-74, 15 51-56, 37 102-109, 51 24-30 アブラハムが捧げた子 創22 2-18 37 102-108 ロトとソドム・ゴモラ 創19 1-26 15 57-77, 11 74-83, 7 80-84, 26 160-174, 27 54-58, 29 28-35, 37 133-138, 51 31-37, 54 36-39 ヨセフの物語 創37-45章 12 4-102 モーセの物語 出1-14章+32章 2 49-61, 7 103-160, 10 75-93, 17 101-104, 20 9-97, 26 10-66, 27 7-14, 28 3-46, 40 23-30, 43 46-55, 44 17-31, 79 15-25 コラの反逆 民16 1-50 28 76-82 歴史書の内容 聖書 クルアーン サウル・ダビデとゴリアテ サム上8-12章+17章 2 246-251 シェバの女王 王上10 1-13,代下9 1-13 27 20-44 ヨナの物語 ヨナ書 37 139-148, 21 87-88, 68 48-50,10 98, 6 86 新約聖書の内容 聖書 クルアーン ゼカリヤとヨハネ ルカ1 5-80, 3 1-22 19 2-15 母マリア 19 16-35 イエス 4福音書 3 35-59,4 156-158,5 109-120, 19 16-35, 23 50, 43 57-65, 61 6+14 矛盾点 3つの時代と場所が混ざり合う クルアーン28 38 「これ長老たち、このわし〔エジプト王ファラオ〕のほかにはお前たちの神はないはず。さ、ハーマーン〔ペルシャ王アハシュエロスの宰相ハマン〕、泥に火をつけてくれい。わしに高殿〔バベルの塔〕を造ってくれい。ムーサー〔モーセ〕の神のところまで昇って見せるわ。どう考えてもあれは嘘つきにきまっておる」 ここでは「バベルの塔」「モーセ」「ハマン」が同じ場面でコーランの中では登場する。しかし旧約聖書では、それぞれの時代と場所は大きく異なる。「バベルの塔」は紀元前2100年頃のメソポタミアのことで、旧約聖書の「創世記」に出てくる。「モーセ」(英語表記ではモーゼスと言う)は紀元前1240年頃にエジプトで生まれた。彼がイスラエルの民を約束の地カナン(現在のパレスチナ)に連れて行くことが旧約聖書の「出エジプト記」に書かれている。そして「ハマン」はペルシアの王に仕えていた、紀元前485 - 465年頃の人物である。旧約聖書の「エステル記」は、ハマンによるユダヤ人滅亡計画から民族を救った人物、すなわちペルシア王妃であったエステルと、彼女の養父であったモルデカイの話である。 ユダヤ人にとって、「モーセ」と「ハマン」の時代を混ぜこぜにすることはありえない。モーセの出エジプトを記念した宗教行事が、ユダヤ最大の祭りである「過越しの祭り」である。またハマンの圧政から救われたことを記念する祭りが「プリム」である。いずれも現在も続く重要な祭りである。 エノクがノアやアブラハムの子孫になっている クルアーン15 56-58 またイドリース(=エノク)のことを,この啓典の中で述べよ。かれは正直な人物であり預言者であった。そしてわれはかれを高い地位に挙げた。これらの者は,アッラーが恩恵を施された預言者たちで,アーダムの子孫で,われがヌーフ(=ノア)と一緒に(方舟で)運んだ者たちの子孫であり,またイブラーヒームとイスラーイール(=ヤアコーブ)の子孫の中,われが選んで導いた者たちである。 ヤコブがアブラハムの子になっている クルアーン19 49 それでかれ(イブラーヒーム(=アブラハム))が,かれらとアッラー以外にかれらが仕えるものから離れ去った時,われはかれにイスハーク(=イサク)とヤアコーブ(=ヤコブ)を授けた。そしてわれはかれらをそれぞれ預言者にした。 ファラオの高い塔 コーランでは、エジプトのファラオがモーセの訪問を受けた際に、神のところまで登ってモーセの主張を確かめようと「レンガを焼いて高い塔を作れ」と臣下に命じたとされている。(28 38)しかしそのような建築方法で作られた塔の遺跡はエジプトでは発見されておらず、これに類似していると思われるピラミッドも、材料は巨石で作られているもので、コーランの記述とは一致しない。 存在しないはずのサマリア人が登場する クルアーン20 87(85) 汝(=モーセ)の去った後、我ら(=アッラー)が汝の民を試練にかけた。例のサマリア人がみなを邪道に迷いこませた。 コーランでは、モーセの死の直後(歴史的には紀元前1120年頃)すでに「サマリア人」の名称が登場している。コーランによれば、モーセの民を不信仰に陥らせ、偶像崇拝の罪を犯させた犯人が「サマリア人」である。だがこれは、年代的に矛盾している。なぜなら、紀元前721年に北イスラエルがアッシリアに滅ぼされたあと、アッシリアからの移民と現地のユダヤ人との間に生まれた人々が「サマリア人」と呼ばれるようになったからである。 サウルとギデオンが入れ替わる クルアーン2 250(249) タールート(=サウル)が軍勢をひきつれて出で立つ時、彼は言った。『いいか、アッラーはお前たちを川でもっておためしになるぞ。その水を飲む者はわしの兵ではない。その水を味わおうとしない者はわしの兵だ。ただし掌で一掬いだけ汲む者は別だが』と。 「ギデオンの戦士」の話が、コーランでは「サウル王の兵士」として語られている。「ギデオン」とは、古代イスラエル王国ができる前の士師と呼ばれる英雄で、士師記に書かれている。(※ホテルや旅館、病院に聖書を置く活動をしている「ギデオン協会」の名前は、これに由来する。)また「サウル王」とは紀元前10世紀の人物であり、古代イスラエル王国の初代の王である。 士師記7 1-8 エルバアル、つまりギデオンと彼の率いるすべての民は朝早く起き、エン・ハロドのほとりに陣を敷いた。ミディアンの陣営はその北側、平野にあるモレの丘のふもとにあった。主はギデオンに言われた。「あなたの率いる民は多すぎるので、ミディアン人をその手に渡すわけにはいかない。渡せば、イスラエルはわたしに向かって心がおごり、自分の手で救いを勝ち取ったと言うであろう。それゆえ今、民にこう呼びかけて聞かせよ。恐れおののいている者は皆帰り、ギレアドの山を去れ、と。」こうして民の中から二万二千人が帰り、一万人が残った。 主はギデオンに言われた。「民はまだ多すぎる。彼らを連れて水辺に下れ。そこで、あなたのために彼らをえり分けることにする。あなたと共に行くべきだとわたしが告げる者はあなたと共に行き、あなたと共に行くべきではないと告げる者は行かせてはならない。」彼は民を連れて水辺に下った。主はギデオンに言われた。「犬のように舌で水をなめる者、すなわち膝をついてかがんで水を飲む者はすべて別にしなさい。」水を手にすくってすすった者の数は三百人であった。他の民は皆膝をついてかがんで水を飲んだ。 主はギデオンに言われた。「手から水をすすった三百人をもって、わたしはあなたたちを救い、ミディアン人をあなたの手に渡そう。他の民はそれぞれ自分の所に帰しなさい。」 このように、旧約聖書士師記におけるギデオンの事績がタールート(サウル)のしたことだとされている。 ソロモン王の死期が異なる クルアーン34 13(14)、ハディースにも引用あり。 いよいよ我ら(=アッラー自称)が彼(=ソロモン)に死の断を下した時も、さすがの彼ら(=精霊たち。ちょうどその時有名なソロモンの神殿の建設中で精霊たちはみな苦役に服していた)も全然その死に気がつかなかった。ただ一匹の土蛆がいて、それが彼の杖(=ソロモンの死体はその杖に寄りかかってあたかも生あるものの如くであった)を喰っていただけのこと。彼がばたりと倒れた時(=一年かかって蛆が杖を喰いつくし、ソロモンの死体は倒れた、がその時、神殿は完成していた)、精霊どもやっと気がついて、ああ、目に見えぬ世界の事情がわかっていたら、なにも屈辱的な苦役をいつまでも続けるのではなかったに、という次第。 死の時期によって全く異なる歴史が展開する人物として、ユダヤの歴史の中ではソロモン王がその代表である。若い頃のソロモンは、熱心なヤーヴェ信仰の信者であり、旧約聖書においても「箴言」「伝道者の書」「雅歌」などがソロモンの手によるとされている。しかし晩年の彼はヤーヴェ崇拝のみならず、他の宗教をも認める宗教的寛容政策を採った。 旧約聖書に述べられたユダヤ教側の主張によれば、神(ヤーヴェ)はその罰として、古代イスラエル王国を南北に分断したとする。旧約聖書の説明するところによれば、主はソロモンに怒りを発せられた。それは彼の心がイスラエルの神、主から移り変わったからである。主は二度も彼に現れ、このことについて、ほかの神々に従って行ってはならないと命じておられたのに、彼は主の命令を守らなかったからである。 列王記上11:9-13 神はソロモンに次のように言った。「あなたがこのようにふるまい、わたしが命じたわたしの契約とおきてを守らなかったので、わたしは王国をあなたから必ず引き裂いて、あなたの家来に与える。しかし、あなたの父ダビデに免じて、あなたの存命中は、そうしないが、あなたの子の手からそれを引き裂こう。ただし、王国全部を引き裂くのではなく、わたしのしもべダビデと、わたしが選んだエルサレムのために、一つの部族だけをあなたの子に与えよう」 対して、クルーアンの記述を正当とした場合、神殿建設のさなか、つまりソロモンが非常にヤーヴェへの信仰に熱心だった時期に彼が死んだならば、イスラエルの南北分裂はなぜおきたのかに関して、ユダヤ教・キリスト教において展開された神学的説明とは相容れない。 エズラは神の子ではない クルアーンは、キリスト教徒がイエスを神の子と称しているのと同様に、ユダヤ教徒がエズラを神の子と呼んでいるとして、どちらとも真理に反していると批判している。 クルアーン9 30 ユダヤ人はウザイル〔エズラ〕を、アッラーの子であるといい、キリスト教徒はマスィーフ〔メシア〕を、アッラーの子であるという。これはかれらが口先で言うところで、昔の不信心な者の言葉を真似たものである。かれらにアッラーの崇りあれ。かれらは(真理から)何と迷い去ったことよ。 しかし、そもそもユダヤ教では人間を神の子と呼ぶことは堅く禁じられており、それが原因でイエスが十字架に架けられた程であるから、ユダヤ教徒がエズラを神の子と呼ぶということは考えられない。 アレクサンダー大王と鉄の防壁 クルアーンには、ズ・ル・カルナインという支配者が登場(クルアーン18 94-98)するが、これは「2つの角を持つもの」という意味で、アレクサンダー大王のことと理解されている。 ここでは、この王が「ゴグとマゴグ」から民を守るため鉄と銅を用いて防壁を建造したという話が出てくる クルアーン18 94-97 かれら〔ムーサーとヒドル?〕は言った。「ズ・ル・カルナインよ、ヤァジュ―ジュ〔ゴグ〕とマァジュージュ〔マゴグ〕が、この国で悪を働いています。それでわたしたちは税を納めますから、防壁を築いて下さいませんか。」 かれ〔ズ・ル・カルナイン〕は(答えて)言った。「主がわたしに授けられた(力)は、(この種族よりも)優れている。それであなたがたが、力技で助けてくれるならば、わたしはあなたがたとかれらとの間に防壁を築こう。鉄の塊りをわたしの所に持って来なさい。」 やがて2つの山の間の空地が満たされた時、かれは言った。「吹け。それが火になるまで。」(また)かれは言った。「溶けた銅を持って来てその上に注げ。」 それでかれら(外敵)は、それに登ることも出来ず、またそれに穴を掘ることも出来なかった。 しかし、その壁は終末の日に粉々にされる、とある。 クルアーン18 98 かれ〔ムーサー?〕は言った。「これは、わたしの主からの御慈悲である。しかし主の約束がやって来る時、かれはそれを粉々にされよう。わたしの主の御約束は真実である。」 もしこの記述が真実なら、アレクサンダー大王の時代から今日までの間崩壊することなく保存されている鉄と銅でできた巨大な壁が世界のどこかになければならないが、そのような建造物は見つかっていない。 イエスの母マリアと、モーセの姉ミリアムが人物が混同されている クルアーン19 27-28 それからマルヤムは、新生児を胸に抱き、彼を自分の民の許に連れて行った。彼らは言った。『マルヤムよ、あなたは本当になんという大変なことをしたのか。ハールーンの姉妹よ、あなたの父は悪い人間ではなかったし、あなたの母もまた、不貞な女性ではなかったのに』 マルヤム(マリア)がハールーン(アロン)の姉とされているが、これは旧約聖書に記述のあるアロンの姉ミリアムと新約聖書のマリアが混同されたものだと考えられている。 また、クルアーンによるとイエスの母マリアの母(アンナ)は「イムラーン(アムラム)」の妻(3 35)とされているが、新約聖書によればマリアの父はヨアキムである。一方で、民数記26 59によれば、アロン、モーセ、マリアムの母は「アムラムの妻」とされていることから、やはりムハンマドがアロンの姉妹マリアムとイエスの母マリアを混同した疑いは非常に高いと言わざるを得ない。 イエスは神の子か 新約聖書では繰り返し、イエスは神の子だと言われる。 マルコ1 1 神の子イエス・キリストの福音の初め。 マルコ3 11 汚れた霊どもは、イエスを見るとひれ伏して、「あなたは神の子だ」と叫んだ。 マルコ15 39 百人隊長がイエスの方を向いて、そばに立っていた。そして、イエスがこのように息を引き取られたのを見て、「本当に、この人は神の子だった」と言った。 しかしクルアーンでは、イエスを神の子と呼ぶことをありえないとしている。 クルアーン19 35 アッラーに子供が出来るなどということはありえない。かれに讃えあれ。かれが一事を決定され,唯「有れ。」と仰せになれば,即ち有るのである。 この点から、クルアーンの記述とキリスト教の信仰は根底から食い違うものである。 「十字架刑」の問題 クルアーンは、イエスは十字架にかからなかったし処刑もされなかったとしており、イエスが殺されたというのは「彼らにそう見えた」のであって、実際は「(イエスはアッラーの)御傍に召された」としている(4 157-158)しかし、福音書記者だけではなく、紀元1-2世紀の人物であり非キリスト教徒であるヨセフスやタキトゥスもまたイエスが処刑されたことを証言しており、紀元2世紀時点ではすでにイエスの処刑は公然の事実となっていた。そのことから、はるか後世の6世紀に生まれたムハンマドが上記全ての証言を覆すことは不可能である。 三位一体論の否定と誤解 クルアーンの中では、イエスと聖霊を神の位格とするキリスト教の思想を否定している。 クルアーン4 171 啓典の民よ,宗教のことに就いて法を越えてはならない。またアッラーに就いて真実以外を語ってはならない。マルヤムの子マスィーフ(メシア/キリスト)・イーサーは,只アッラーの使徒である。マルヤムに授けられたかれの御言葉であり、かれからの霊である。だからアッラーとその使徒たちを信じなさい。「三(位)」などと言ってはならない。やめなさい。それがあなたがたのためになる。誠にアッラーは唯一の神であられる。かれに讃えあれ。かれに、何で子があろう。 クルアーン5 73 「アッラーは三(位)の一つである。」と言う者は,本当に不信心者である。唯一の神の外に神はないのである。もしかれらがその言葉を止めないならば、かれら不信心者には必ず懲罰が下るであろう。 クルアーン5 116 またアッラーがこのように仰せられた時を思え。「マルヤムの子イーサーよ、あなたは『アッラーの外に、わたしとわたしの母とを2柱の神とせよ。』と人びとに告げたか。」彼は申し上げた。「あなたに讃えあれ。わたしに権能のないことを、わたしは言うべきではありません。もしわたしがそれを言ったならば、必ずあなたは知っておられます。あなたは,わたしの心の中を知っておられます。 ここで否定された三位格は,父と子と聖霊ではなく父(アッラー)と母(マルヤム)と子(イーサー)であり、しかも、三位一体論というよりは三神論である。キリスト教徒である堀尾幸司は自著の中で、ムハンマドが聖書やキリスト教に無知なまま非難を行っていたとする見解を持つ。 地球平面説 これは新旧約聖書においても完全に否定されていたわけではないが、クルアーンでは地球平面説に明確に基づく記述がみられる。 クルアーン18 86 かれ(ズ・ル・カルナイン=イスカンダル)が太陽の沈む(国)に来ると,それが泥の泉に没するのを認め,その近くに一種族を見付けた。 救済の対象 ローマ・カトリック教会が公布した公式な教理文書『カトリック教会のカテキズム』は、ムスリムについて次のように記述している。 教会とイスラム教徒との関係 "救済計画には創造主を受け入れた人々も含まれており、ムスリムはその筆頭である。彼らはアブラハムへの信仰を明言しており、我々と同じく、あがめるのは慈悲深いただ一人の神、最後の審判の日に人類を裁く方である。 大部分のプロテスタント神学では、イエスを救世主として信仰することを救済の必須条件として強調している。万人救済主義派の流れで考えればムスリムが救済を受ける可能性もあるが、プロテスタントのほとんどの派は「信仰のみ」のソラに基づいている。 マルティン・ルターは次のように書いている。 重要な規約の筆頭は次である。我が神にして主イエス・キリストは、我々の罪のために死に、我々を導くために復活した(ロマ書 3 24-25)。彼ひとりが世の罪を取り除く神の子羊であり(ヨハネ記 1 29)、神は我々すべての罪を彼ひとりに置いた(イザヤ書 53 6)。罪を犯したすべての人々は、自身の仕事がや功徳がなくとも惜しげもなく許される。それは、キリストたるイエスの、血のあがないによるのである(ロマ書 3 23-25)。信じなくてはならない。さもなければこれは、いかなる仕事、法、功徳によっても習得することはできない。すなわち信仰のみが我々を義とするのであり・・・たとえ天と地のすべてが崩れ落ちようとも、決してこの規約を譲ることはできない(マルコ伝 13 31)。 クルアーンでは、すべての人々の救済をはっきりと約束している。その中には、ムハンマドの出現以前からそこにいた独善的キリスト教徒も含まれる。 クルアーン、スーラ2 (アル・バカラ), アーヤ62 見よ! (汝ムハンマドに示されるように)信じる人々、ユダヤ教徒、キリスト教徒、サービア教徒でアッラーフと最後の審判とを信じて善行にいそしむ者は、主の御許で必ず報われるだろう。彼らは恐れたり悲嘆にくれたりすることもないだろう。" クルアーンはまた、キリスト教徒の愛の在り方がクルアーンに従う人々と最も近いことを明らかにし、キリスト教徒が控えめで賢明であることを称賛している。 クルアーン、スーラ5 (アル・マーイダ), アーヤ82–85 また汝は、その愛で信仰する者に最も近しいのは「見よ!我々はキリスト教徒である」と言う人々であると知るだろう。それは彼らの中に司祭と修道士がいて、彼らは尊大ではないからである。彼らが使徒に示されたものに耳を傾けるとき、汝は彼らの目に溢れる涙を見るだろう。それは彼らが真理を認めたからである。彼らは言う、「主よ、我々は信じます。証人の間に我々を記してください。アッラーフと我々に示された真理とを、どうして信じずにいられましょうか? 廉直な人々とともにおいてくださいと、どうして望まずにいられましょうか? アッラーフは彼らの言葉に報いられた。下に川の流れる庭、そこに彼らを永遠に住まわせた。これが善き人への報いである。 しかし、スンナ派のムスリムがクルアーン同様に重んじているハディースによれば、キリスト教徒やユダヤ教徒は地獄に堕ちるともされている。 サヒーフ・ムスリム, 預言者ムハンマドへの啓示に対する信仰について アブー・フライラによると、アッラーのみ使い(ムハンマド)はこういわれた。 「ムハンマドの生命がその御手に委ねられた御方に誓って。ユダヤ教やキリスト教の社会の者は誰も私の言葉を聞こうとしない。私に啓示された教えを信ずることもなく死を迎える者は地獄の住民となるのみである」 詳細はwikipediaで確認されたい。 Wikipedia クルアーン [Wikpediai [聖書の説話とクルアーンの関係 https //ja.wikipedia.org/wiki/%E8%81%96%E6%9B%B8%E3%81%AE%E8%AA%AC%E8%A9%B1%E3%81%A8%E3%82%AF%E3%83%AB%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%81%AE%E9%96%A2%E4%BF%82]] Wikpediai クルアーンへの批判 Wikpediai キリスト教とイスラム教 http //blogs.yahoo.co.jp/tfjblog/56785509.html http //www2.biglobe.ne.jp/remnant/022islam.htm Wikpediai Biblical and Quranic narratives イスラム教からの典型的なキリスト教批判 Word Frequency Comparison Between the Bible and the Quran
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国際ギデオン教会によると、以下の国々で聖書は禁止されているという。 以下はアルファベット順である。 Afghanistan アフガニスタン Algeria アルジェリア China (People s Republic) 中華人民共和国 Comoros コモロ Djibouti ジブチ Iran イラン Iraq イラク Libya リビア Maldives モルディブ Mauritania モーリタニア Morocco モロッコ North Korea 北朝鮮 Saudi Arabia サウジアラビア Somalia ソマリア Tunisia チュニジア Turkmenistan トルクメニスタン Uzbekistan ウズベキスタン Yemen イエメン 北朝鮮 聖書の所有を完全に禁止しており、単純所有により禁固刑以上となり、場合によっては死刑となる。所有者の三世代に至るまで処刑の対象となりうる。 ウズベキスタン 聖書の所有を完全に禁止しており、単純所有により高い罰則が課せられる。教会の財産の没収することが法律で定められている。 ソマリア 聖書を所有することにより、イスラム過激派やソマリア政府からの迫害がある。 アフガニスタン 法律により、イスラム以外は集会をしてはならないことが定められている。 モルディブ モルディブ国民はイスラム教でなければならないとされ、聖書の輸入は禁止されており、公用語であるディベヒ語による完全な聖書もいまだ存在しない。聖書は外国人が個人的に使用する場合のみ許可されている。 サウジアラビア 聖書について語ると、投獄、国外追放、処刑される恐れがある。 モロッコ モロッコの公用語はアラビア語だが、アラビア語の聖書を輸入することは法律で禁止されている。そのため、聖書はフランス語、英語、スペイン語に限られている。 リビア リビアの公用語はアラビア語だが、アラビア語の聖書を輸入することは法律で禁止されている。また、聖書の配布や福音主義も禁止されている。 トルクメニスタン 聖書の印刷は禁止されているが、登録されている教会では、輸入された聖書を限定的に使用できる。 中華人民共和国 中国政府の設立した三自愛国教会および 中国政府公認である中国基督教協会の活動の一環として教会や講演会で聖書を使用することは許可されており、書店によっては聖書を購入することもできる。しかし、個人や登録外の教会による郵送は禁じられている。 Quora How many countries world wide ban the Bible? CHRISTIAN TODAY 6 countries where owning a Bible is dangerous CHRISTIAN TODAY キリスト教徒の12人に1人が迫害に直面 北朝鮮は16年連続で最悪
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聖書にはいくつかの人種の起源が書かれている。 なお、聖書の概念としては、いかなる人種もノアの子孫であり、それぞれに土地を与えているということになる。しかし、神はそのような強い民族ではなく、後にイスラエル人と呼ばれる、当時最も弱い民族の一人であった太祖アブラハムに語り掛けたのである。ノアの時代から時を隔て、本当の神を忘れてしまった人間たちが本当の神を知るようになるために、神が選んだのがアブラハムであり、またその子孫であるイスラエル人だったのである。 しかしながら、アメリカ大陸の発見により、ネイティブ・アメリカンという、聖書では説明のできない人種が現れた。これにより、ノアの子供たちから人種ができたとする説は揺らいでいくこととなった。詳細は科学における人種の起源を参照。 セム、ハム、ヤフェトの系図 創世記10章には以下のように記されている。 ノアの息子、セム、ハム、ヤフェトの系図は次のとおりである。洪水の後、彼らに息子が生まれた。 ヤフェトの子孫は海沿いの国々の民となった。 ヤフェトの子孫は(略)。海沿いの国々は、彼らから出て、それぞれの地に、その言語、氏族、民族に従って住むようになった。 ハムの子孫はアッシリア、エジプト、カナンの民となった。 ハムの子孫は、クシュ、エジプト、プト、カナンであった。(略)。クシュにはまた、ニムロドが生まれた。ニムロドは地上で最初の勇士となった。彼は、主の御前に勇敢な狩人であり、「主の御前に勇敢な狩人ニムロドのようだ」という言い方がある。彼の王国の主な町は、バベル、ウルク、アッカドであり、それらはすべてシンアルの地にあった。彼はその地方からアッシリアに進み(略)。エジプトには(略)が出た。カナンには(略)が生まれた。その後、カナン人の諸氏族が広がった。(略)。これらが、氏族、言語、地域、民族ごとにまとめたハムの子孫である。 セムの子孫は東の高原地帯の民となった。 セムにもまた子供が生まれた。彼はエベルのすべての子孫の先祖であり、ヤフェトの兄であった。セムの子孫は(略)。彼らはメシャからセファルに至る東の高原地帯に住んでいた。 そして結びの言葉である。 ノアの子孫である諸氏族を、民族ごとの系図にまとめると以上のようになる。地上の諸民族は洪水の後、彼らから分かれ出た。 聖書に登場する重要な民族/部族 ここでは、創世記10章以外からの情報も加えて、聖書に登場する重要な種族についてその由来を説明する。 ペリジ人 出自不明の民族。アブラハムの時代にはすでにカナンに存在している。(創世記13 7) エジプト人 創世期におけるハムの子孫ミツライムは、歴代誌上におけるハムの子エジプト(歴代誌上1 8)に該当するため、ミツライムの系統とみなされる。 ヨセフス『ユダヤ古代史』によると、ミツライムの子パテロス族が起源だという。 ペリシテ人 ハムの子孫ミツライムの子カフトリに由来するカフトリ族から出た民族。(創世記10 14) カナンには住んでいるが、カナン人とは区別されている。 歴史的には「海の民」と同一視されている。 カナン人 ハムの子カナンの子孫。(創世記9 18) カナンの長子シドン、次子ヘテ、その他エブス、アモリ、ギルガシ、ヒビのそれぞれに子孫がいて、それぞれ、シドン人、ヘテ人、エブス人、アモリ人、ギルガシ人、ヒビ人と区別されている。(創世記10 15-17) なお、カナンに住んでる民族はカナンの子孫でなくてもカナン人と呼ぶ場合もある。 モアブ人 セムの子孫テラの子ハランの子ロトの娘(姉)の子モアブの子孫である。(創世記19 37) アンモン人 セムの子孫テラの子ハランの子ロトの娘(妹)の子ベンアンミの子孫「アンモン人」(創世記19 38) イシュマエル人(アラブ人) セムの子孫テラの子アブラハムと奴隷ハガルの子イシマエルの子孫。 イサクが生まれる前、出産をあきらめていたサラは、エジプト人奴隷のハガルによってアブラハムにイシュマエルをもうけさせていた。ところが、ハガルは増長して主人のサラを軽視するようになり、サラの腹から生まれたイサクをイシュマエルがからかっている光景をサラが目にしたことから、サラはアブラハムに母子を追い出すよう迫る。アブラハムは神の「心配せず妻の言う通りにせよ(取意)」とのお告げを受けてこの母子を追い出す。母子は放浪のあげく、泉を見つけて安堵する。この系列はイシュマエル人としてヘブライ人(ユダヤ人)とは別の民族になったとして、旧約にも登場する(ヨセフをエジプトへ連行したのもイシュマエル人の隊商である)。のちに、アラブ人はこのイシュマエルを祖とするイシュマエル人の子孫と称し、アラブ人が開いたイスラム教ではイサクよりもイシュマエルが重視される。 ユダヤ教は、通常イシュマエルのことを、悔いてはいるがよこしまな人物として見ていた。新約聖書では、イシュマエルへの言及をほとんど含んでいない。イシュマエルは、例えば律法としてのユダヤ教の象徴とされてきたが、現在イサクと比肩してみなす伝統は拒絶されているように、キリスト教の新しい伝統の象徴である。 イスラームでは、イシュマエル(イスラム名:イスマイール)に対しての非常に肯定的な見方で、神と神の使いの特別な加護のあった母子は神聖視されていて、イシュマエルを聖書内の比較でより大きな役割、預言者や犠牲の子として見る。例えば大巡礼(ハッジ)におけるザムザムの泉への往復は荒野に追われたハガル・イシュマエル母子を追体験するものとされている。 旧約聖書にはないが、コーランには、アブラハム(イスラム名:イブラヒーム)による子イシュマエル(イスマイール)への祈りが書かれている。それによると、アブラハムは、神の命により、元奴隷ハガルと、まだ乳飲み子の息子イスマイールを、乾いた土地であるメッカに住まわせていたという。(14章「イブラヒーム章」37節) 「神よ、私は子孫の数人を、水も草もない土地の、あなたの神聖なる家の傍らに住まわせた。主よ、[私がこうしたのは]礼拝を行わせるためである。そして、多くの人の心を彼らに惹き付け、彼らに様々な果実から日々の糧を与えたまえ。彼らは恐らく[あなたに]感謝するであろう」 エドム人 セムの子孫テラの子アブラハムと正妻サラの子イサクの長子エサウの子孫。 創世記25 30で赤い物(エドム)を食べさせるようねだったことからエドムと呼ばれるようになった。 アマレク人 セムの子孫テラの子アブラハムと正妻サラの子イサクの長子エサウの長子エリパズの子アマレクの子孫。(創世記36 16) イスラエル人 セムの子孫テラの子アブラハムと正妻サラの子イサクの次子ヤコブの子孫。 イスラエル人は、アブラハムが妻サラとの間に設けた一人息子イサクの次男ヤコブの子孫とされる。創世記32 28で神(天使)と相撲を取って勝ったことからイスラエル(神に勝つ者)と呼ばれるように奈多い。 ヤコブ(イスラエル)の息子たちがイスラエルの十二部族となるのである。 ヤコブの息子は、レアとの子がルベン、シメオン、レビ、ユダ、イッサカル、ゼブルン、ラケルとの子がヨセフ、ベニヤミン、ラケルの女奴隷ビルハとの子がダン、ナフタリ、レアの女奴隷ジルパとの子がガド、アシェルだった。 イスラエルの十二部族は、ここから祭司の部族となったレビ族を抜いた、ルベン族、シメオン族、ユダ族、イッサカル族、ゼブルン族、エフライム族(ヨセフの長子)、マナセ族(ヨセフの次子)、ベニヤミン族、ダン族、ナフタリ族、ガド族、アシェル族である。 ※エフネの子カレブの説明にあるケナズ人(ケニズびと)が何かは不明だが、おそらくユダ部族のうちケナズと呼ばれる未知の人物の子孫と思われる。 ※ナジル人は種族ではない。自ら志願して、あるいは神の任命を受ける[2]ことによって、特別な誓約を神に捧げた者のことである。実名で知られている者としてはサムソンが挙げられるが、他にも大勢のナジル人が存在したことを聖書は示している。 ミディアン人 セムの子孫テラの子アブラハムと後妻ケトラの子ミディアンの子孫。 民数記やヨシュア記では何度もイスラエル人と戦っているが、モーセのしゅうとエトロなどもミディアン人であるため、イスラエル人との関係は状況により変化していたと思われる。 カイン人(ケニびと) モーセのしゅうと、ミディアン人のエトロ(レウエル)にはホバブという息子がいた(民数記10:29)。つまりホバブはモーセの義兄弟である。そのホバブの子孫たちが、ケニ人と呼ばれる人々だった 士師記4:11(口語訳) 時にケニびとヘベルはモーセのしゅうとホバブの子孫であるケニびとから分れて、ケデシに近いザアナイムのかしの木までも遠く行って天幕を張っていた。 {※ただし、新共同訳では解釈が異なるため、併記しておく。 士師記4:11(新共同訳)} カイン人のヘベルがモーセのしゅうとホバブの人々、カインから離れて、ケデシュに近いエロン・ベツァアナニムの辺りに天幕を張っていた。 したがって、ミディアン人のうちホバブの子孫をケニ人と呼ぶ。
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新約聖書における旧約聖書の引用箇所リスト ※このリストは『GREEK NEW TESTAMENT ー4th Rev.Ed.』(UBS4)の資料に基づき作成しています。日本語訳は『口語訳聖書』からの引用です。 マタイ福音書 合計:54箇所 引用書:創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記、詩篇、イザヤ、エレミヤ、ダニエル、ホセア、ヨナ、ゼカリヤ、マラキ 1:23a イザヤ7:14 「見よ、おとめがみごもって男の子を産むであろう。その名はインマヌエルと呼ばれるであろう」。… それゆえ、主はみずから一つのしるしをあなたがたに与えられる。見よ、おとめがみごもって男の子を産む。その名はインマヌエルととなえられる。 1:23b イザヤ8:8,10 …これは、「神われらと共にいます」という意味である。 (イザ8:8)ユダに流れ入り、あふれみなぎって、首にまで及ぶ。インマヌエルよ、その広げた翼はあまねく、あなたの国に満ちわたる」。 (イザ8:10)ともに計れ、しかし、成らない。言葉を出せ、しかし、行われない。神がわれわれと共におられるからである。 2:6 ミカ5:2 『ユダの地、ベツレヘムよ、おまえはユダの君たちの中で、決して最も小さいものではない。おまえの中からひとりの君が出て、わが民イスラエルの牧者となるであろう』」。 しかしベツレヘム・エフラタよ、あなたはユダの氏族のうちで小さい者だが、イスラエルを治める者があなたのうちからわたしのために出る。その出るのは昔から、いにしえの日からである。 2:15 ホセア11:1 ヘロデが死ぬまでそこにとどまっていた。それは、主が預言者によって「エジプトからわが子を呼び出した」と言われたことが、成就するためである。 わたしはイスラエルの幼い時、これを愛した。わたしはわが子をエジプトから呼び出した。 2:18 エレミヤ31:15 「叫び泣く大いなる悲しみの声がラマで聞えた。ラケルはその子らのためになげいた。子らがもはやいないので、慰められることさえ願わなかった」。 主はこう仰せられる、「嘆き悲しみ、いたく泣く声がラマで聞える。ラケルがその子らのために嘆くのである。子らがもはやいないので、彼女はその子らのことで慰められるのを願わない」。 3:3 イザヤ40:3LXX 預言者イザヤによって、「荒野で呼ばわる者の声がする、『主の道を備えよ、その道筋をまっすぐにせよ』」と言われたのは、この人のことである。 呼ばわる者の声がする、「荒野に主の道を備え、さばくに、われわれの神のために、大路をまっすぐにせよ。 4:4 申命記8:3 イエスは答えて言われた、「『人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つの言で生きるものである』と書いてある」。 それで主はあなたを苦しめ、あなたを飢えさせ、あなたも知らず、あなたの先祖たちも知らなかったマナをもって、あなたを養われた。人はパンだけでは生きず、人は主の口から出るすべてのことばによって生きることをあなたに知らせるためであった。 4:6 詩篇91:11-12 言った、「もしあなたが神の子であるなら、下へ飛びおりてごらんなさい。『神はあなたのために御使たちにお命じになると、あなたの足が石に打ちつけられないように、彼らはあなたを手でささえるであろう』と書いてありますから」。 これは主があなたのために天使たちに命じて、あなたの歩むすべての道であなたを守らせられるからである。彼らはその手で、あなたをささえ、石に足を打ちつけることのないようにする。 4:7 申命記6:16 イエスは彼に言われた、「『主なるあなたの神を試みてはならない』とまた書いてある」。 あなたがたがマッサでしたように、あなたがたの神、主を試みてはならない。 4:10 申命記6:13 するとイエスは彼に言われた、「サタンよ、退け。『主なるあなたの神を拝し、ただ神にのみ仕えよ』と書いてある」。 あなたの神、主を恐れてこれに仕え、その名をさして誓わなければならない。 4:15-16 イザヤ9:1-2 「ゼブルンの地、ナフタリの地、海に沿う地方、ヨルダンの向こうの地、異邦人のガリラヤ、暗黒の中に住んでいる民は大いなる光を見、死の地、死の陰に住んでいる人々に、光がのぼった」。 しかし、苦しみにあった地にも、やみがなくなる。さきにはゼブルンの地、ナフタリの地にはずかしめを与えられたが、後には海に至る道、ヨルダンの向こうの地、異邦人のガリラヤに光栄を与えられる。暗やみの中に歩んでいた民は大いなる光を見た。暗黒の地に住んでいた人々の上に光が照った。 5:21 出エジプト20:13,申命記5:17 昔の人々に『殺すな。殺す者は裁判を受けねばならない』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。 (出20:13)あなたは殺してはならない。 (申5:17)あなたは殺してはならない。 5:27 出エジプト20:14,申命記5:18 『姦淫するな』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。 (出20:14)あなたは姦淫してはならない。 (申5:18)あなたは姦淫してはならない。 5:31 申命記24:1 また『妻を出す者は離縁状を渡せ』と言われている。 人が妻をめとって、結婚したのちに、その女に恥ずべきことのあるのを見て、好まなくなったならば、離縁状を書いて彼女の手に渡し、家を去らせなければならない。 5:33 レビ記19:12,民数記30:2 また昔の人々に『いつわり誓うな、誓ったことは、すべて主に対して果せ』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。 (レビ19:12)わたしの名により偽り誓って、あなたがたの神の名を汚してはならない。わたしは主である。 (民30:2)もし人が主に誓願をかけ、またはその身に物断ちをしようと誓いをするならば、その言葉を破ってはならない。口で言ったとおりにすべて行わなければならない。 5:38 出エジプト21:24,レビ記24:20,申命記19:21 『目には目を、歯には歯を』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。 (出21:24)目には目、歯には歯、手には手、足には足、 (レビ24:20)すなわち、骨折には骨折、目には目、歯には歯をもって、人に傷を負わせたように、自分にもされなければならない。 (申19:21)あわれんではならない。命には命、目には目、歯には歯、手には手、足には足をもって償わせなければならない。 5:43 レビ記19:18 『隣り人を愛し、敵を憎め』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。 あなたはあだを返してはならない。あなたの民の人々に恨みをいだいてはならない。あなた自身のようにあなたの隣人を愛さなければならない。わたしは主である。 8:17 イザヤ53:4 これは、預言者イザヤによって「彼は、わたしたちのわずらいを身に受け、わたしたちの病を負うた」と言われた言葉が成就するためである。 まことに彼はわれわれの病を負い、われわれの悲しみをになった。しかるに、われわれは思った、彼は打たれ、神にたたかれ、苦しめられたのだと。 9:13 ホセア6:6 『わたしが好むのは、あわれみであって、いけにえではない』とはどういう意味か、学んできなさい。わたしがきたのは、義人を招くためではなく、罪人を招くためである」。 わたしはいつくしみを喜び、犠牲を喜ばない。燔祭よりもむしろ神を知ることを喜ぶ。 10:35-36 ミカ7:6 わたしがきたのは、人をその父と、娘をその母と、嫁をそのしゅうとめと仲たがいさせるためである。そして家の者が、その人の敵となるであろう。 むすこは父をいやしめ、娘はその母にそむき、嫁はそのしゅうとめにそむく。人の敵はその家の者である。 11:10 マラキ3:1 『見よ、わたしは使をあなたの先につかわし、あなたの前に、道を整えさせるであろう』と書いてあるのは、この人のことである。 「見よ、わたしはわが使者をつかわす。彼はわたしの前に道を備える。またあなたがたが求める所の主は、たちまちその宮に来る。見よ、あなたがたの喜ぶ契約の使者が来ると、万軍の主が言われる。 12:7 ホセア6:6 『わたしが好むのは、あわれみであって、いけにえではない』とはどういう意味か知っていたなら、あなたがたは罪のない者をとがめなかったであろう。 わたしはいつくしみを喜び、犠牲を喜ばない。燔祭よりもむしろ神を知ることを喜ぶ。 12:18-20 イザヤ42:1,3 「見よ、わたしが選んだ僕、わたしの心にかなう、愛する者。わたしは彼にわたしの霊を授け、そして彼は正義を異邦人に宣べ伝えるであろう。彼は争わず、叫ばず、またその声を大路で聞く者はない。彼が正義に勝ちを得させる時まで、いためられた葦を折ることがなく、煙っている燈心を消すこともない。 12:21 イザヤ42:4LXX 異邦人は彼の名に望みを置くであろう」。 彼は衰えず、落胆せず、ついに道を地に確立する。海沿いの国々はその教を待ち望む。 12:40 ヨナ1:17 すなわち、ヨナが三日三晩、大魚の腹の中にいたように、人の子も三日三晩、地の中にいるであろう。 主は大いなる魚を備えて、ヨナをのませられた。ヨナは三日三夜その魚の腹の中にいた。 13:14-15 イザヤ6:9-10LXX こうしてイザヤの言った預言が、彼らの上に成就したのである。『あなたがたは聞くには聞くが、決して悟らない。見るには見るが、決して認めない。この民の心は鈍くなり、その耳は聞えにくく、その目は閉じている。それは、彼らが目で見ず、耳で聞かず、心で悟らず、悔い改めていやされることがないためである』。 主は言われた、「あなたは行って、この民にこう言いなさい、『あなたがたはくりかえし聞くがよい、しかし悟ってはならない。あなたがたはくりかえし見るがよい、しかしわかってはならない』と。あなたはこの民の心を鈍くし、その耳を聞えにくくし、その目を閉ざしなさい。これは彼らがその目で見、その耳で聞き、その心で悟り、悔い改めていやされることのないためである」。 13:35 詩篇78:2 これは預言者によって言われたことが、成就するためである、「わたしは口を開いて譬を語り、世の初めから隠されていることを語り出そう」。 わたしは口を開いて、たとえを語り、いにしえからの、なぞを語ろう。 15:4a 出エジプト記20:12,申命記5:16 神は言われた、『父と母とを敬え』、… (出20:12)あなたの父と母を敬え。これは、あなたの神、主が賜わる地で、あなたが長く生きるためである。 (申5:16)あなたの神、主が命じられたように、あなたの父と母とを敬え。あなたの神、主が賜わる地で、あなたが長く命を保ち、さいわいを得ることのできるためである。 15:4b 出エジプト記21:17 …また『父または母をののしる者は、必ず死に定められる』と。 自分の父または母をのろう者は、必ず殺されなければならない。 15:8-9 イザヤ29:13LXX 『この民は、口さきではわたしを敬うが、その心はわたしから遠く離れている。人間のいましめを教として教え、無意味にわたしを拝んでいる』」。 主は言われた、「この民は口をもってわたしに近づき、くちびるをもってわたしを敬うけれども、その心はわたしから遠く離れ、彼らのわたしをかしこみ恐れるのは、そらで覚えた人の戒めによるのである。 18:16 申命記19:15 もし聞いてくれないなら、ほかにひとりふたりを、一緒に連れて行きなさい。それは、ふたりまたは三人の証人の口によって、すべてのことがらが確かめられるためである。 どんな不正であれ、どんなとがであれ、すべて人の犯す罪は、ただひとりの証人によって定めてはならない。ふたりの証人の証言により、または三人の証人の証言によって、その事を定めなければならない。 19:4 創世記1:27,5:2 イエスは答えて言われた、「あなたがたはまだ読んだことがないのか。『創造者は初めから人を男と女とに造られ、 (創1:27)神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。 (創5:2)彼らを男と女とに創造された。彼らが創造された時、神は彼らを祝福して、その名をアダムと名づけられた。 19:5 創世記2:24 そして言われた、それゆえに、人は父母を離れ、その妻と結ばれ、ふたりの者は一体となるべきである』。 それで人はその父と母を離れて、妻と結び合い、一体となるのである。 19:7 申命記24:1 彼らはイエスに言った、「それでは、なぜモーセは、妻を出す場合には離縁状を渡せ、と定めたのですか」。 人が妻をめとって、結婚したのちに、その女に恥ずべきことのあるのを見て、好まなくなったならば、離縁状を書いて彼女の手に渡し、家を去らせなければならない。 19:18-19 出エジプト20:12-16,申命記5:16-20 彼は言った、「どのいましめですか」。イエスは言われた、「『殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証を立てるな。 父と母とを敬え』。… (出20:12-16)あなたの父と母を敬え。これは、あなたの神、主が賜わる地で、あなたが長く生きるためである。 あなたは殺してはならない。 あなたは姦淫してはならない。 あなたは盗んではならない。 あなたは隣人について、偽証してはならない。 (申5:16-20)あなたの神、主が命じられたように、あなたの父と母とを敬え。あなたの神、主が賜わる地で、あなたが長く命を保ち、さいわいを得ることのできるためである。 あなたは殺してはならない。 あなたは姦淫してはならない。 あなたは盗んではならない。 あなたは隣人について偽証してはならない。 19:19 レビ記19:18 …また『自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ』」。 あなたはあだを返してはならない。あなたの民の人々に恨みをいだいてはならない。あなた自身のようにあなたの隣人を愛さなければならない。わたしは主である。 21:5 イザヤ62:11,ゼカリヤ9:9 すなわち、「シオンの娘に告げよ、見よ、あなたの王がおいでになる、柔和なおかたで、ろばに乗って、くびきを負うろばの子に乗って」。 (イザ62:11)見よ、主は地の果にまで告げて言われた、「シオンの娘に言え、『見よ、あなたの救は来る。見よ、その報いは主と共にあり、その働きの報いは、その前にある』と。 (ゼカ9:9)シオンの娘よ、大いに喜べ、エルサレムの娘よ、呼ばわれ。見よ、あなたの王はあなたの所に来る。彼は義なる者であって勝利を得、柔和であって、ろばに乗る。すなわち、ろばの子である子馬に乗る。 21:9 詩篇118:25-26 そして群衆は、前に行く者も、あとに従う者も、共に叫びつづけた、「ダビデの子に、ホサナ。主の御名によってきたる者に、祝福あれ。いと高き所に、ホサナ」。 主よ、どうぞわれらをお救いください。主よ、どうぞわれらを栄えさせてください。主のみ名によってはいる者はさいわいである。われらは主の家からあなたをたたえます。 21:13 イザヤ56:7 そして彼らに言われた、「『わたしの家は、祈の家ととなえらるべきである』と書いてある。それだのに、あなたがたはそれを強盗の巣にしている」。 わたしはこれをわが聖なる山にこさせ、わが祈の家のうちで楽しませる、彼らの燔祭と犠牲とは、わが祭壇の上に受けいれられる。 わが家はすべての民の祈の家ととなえられるからである」。 21:16 詩篇8:3LXX イエスに言った、「あの子たちが何を言っているのか、お聞きですか」。イエスは彼らに言われた、「そうだ、聞いている。あなたがたは『幼な子、乳のみ子たちの口にさんびを備えられた』とあるのを読んだことがないのか」。 みどりごと、ちのみごとの口によって、ほめたたえられています。あなたは敵と恨みを晴らす者とを静めるため、あだに備えて、とりでを設けられました。 21:42 詩篇118:22,23 イエスは彼らに言われた、「あなたがたは、聖書でまだ読んだことがないのか、『家造りらの捨てた石が隅のかしら石になった。これは主がなされたことで、わたしたちの目には不思議に見える』。 家造りらの捨てた石は隅のかしら石となった。これは主のなされた事でわれらの目には驚くべき事である。 22:24 申命記25:5 「先生、モーセはこう言っています、『もし、ある人が子がなくて死んだなら、その弟は兄の妻をめとって、兄のために子をもうけねばならない』。 兄弟が一緒に住んでいて、そのうちのひとりが死んで子のない時は、その死んだ者の妻は出て、他人にとついではならない。その夫の兄弟が彼女の所にはいり、めとって妻とし、夫の兄弟としての道を彼女につくさなければならない。 22:32 出エジプト3:6,15 『わたしはアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である』と書いてある。神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神である」。 (出3:6)また言われた、「わたしは、あなたの先祖の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である」。モーセは神を見ることを恐れたので顔を隠した。 (出3:15)神はまたモーセに言われた、「イスラエルの人々にこう言いなさい『あなたがたの先祖の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である主が、わたしをあなたがたのところへつかわされました』と。これは永遠にわたしの名、これは世々のわたしの呼び名である。 22:37 申命記6:5 イエスは言われた、「『心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。 あなたは心をつくし、精神をつくし、力をつくして、あなたの神、主を愛さなければならない。 22:39 レビ記19:18 第二もこれと同様である、『自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ』。 あなたはあだを返してはならない。あなたの民の人々に恨みをいだいてはならない。あなた自身のようにあなたの隣人を愛さなければならない。わたしは主である。 22:44 詩篇110:1 すなわち『主はわが主に仰せになった、あなたの敵をあなたの足もとに置くときまでは、わたしの右に座していなさい』。 主はわが主に言われる、「わたしがあなたのもろもろの敵をあなたの足台とするまで、わたしの右に座せよ」と。 23:39 詩篇118:26 わたしは言っておく、『主の御名によってきたる者に、祝福あれ』とおまえたちが言う時までは、今後ふたたび、わたしに会うことはないであろう」。 主のみ名によってはいる者はさいわいである。われらは主の家からあなたをたたえます。 24:30 ダニエル7:13 そのとき、人の子のしるしが天に現れるであろう。またそのとき、地のすべての民族は嘆き、そして力と大いなる栄光とをもって、人の子が天の雲に乗って来るのを、人々は見るであろう。 夜の幻のうちに見ていると、見よ、人の子のような者が、天の雲に乗ってきて、日の老いたる者のもとに来ると、その前に導かれた。 26:31 ゼカリヤ13:7 そのとき、イエスは弟子たちに言われた、「今夜、あなたがたは皆わたしにつまずくであろう。『わたしは羊飼を打つ。そして、羊の群れは散らされるであろう』と、書いてあるからである。 万軍の主は言われる、「つるぎよ、立ち上がってわが牧者を攻めよ。わたしの次に立つ人を攻めよ。牧者を撃て、その羊は散る。わたしは手をかえして、小さい者どもを攻める。 26:64a 詩編110:1 イエスは彼に言われた、「あなたの言うとおりである。しかし、わたしは言っておく。あなたがたは、間もなく、人の子が力ある者の右に座し、天の雲に乗って来るのを見るであろう」。 主はわが主に言われる、「わたしがあなたのもろもろの敵をあなたの足台とするまで、わたしの右に座せよ」と。 26:64b ダニエル7:13 イエスは彼に言われた、「あなたの言うとおりである。しかし、わたしは言っておく。あなたがたは、間もなく、人の子が力ある者の右に座し、天の雲に乗って来るのを見るであろう」。 わたしはまた夜の幻のうちに見ていると、見よ、人の子のような者が、天の雲に乗ってきて、日の老いたる者のもとに来ると、その前に導かれた。 27:9-10 ゼカリヤ11:12-13 こうして預言者エレミヤによって言われた言葉が、成就したのである。すなわち、「彼らは、値をつけられたもの、すなわち、イスラエルの子らが値をつけたものの代価、銀貨三十を取って、主がお命じになったように、陶器師の畑の代価として、その金を与えた」。 わたしは彼らに向かって、「あなたがたがもし、よいと思うならば、わたしに賃銀を払いなさい。もし、いけなければやめなさい」と言ったので、彼らはわたしの賃銀として、銀三十シケルを量った。主はわたしに言われた、「彼らによって、わたしが値積られたその尊い価を、宮のさいせん箱に投げ入れよ」。わたしは銀三十シケルを取って、これを主の宮のさいせん箱に投げ入れた。 27:46 詩篇22:1 そして三時ごろに、イエスは大声で叫んで、「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」と言われた。それは「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。 わが神、わが神、なにゆえわたしを捨てられるのですか。なにゆえ遠く離れてわたしを助けず、わたしの嘆きの言葉を聞かれないのですか。 …執筆中
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聖書が叙述する内容に基づき構成された世界史。天地創造から最後の審判まで、未来も含む有限の時間軸と、空間的には全世界を含んでいる。 過去の計算結果 Jose ben Halafta[2世紀] (3761 BC ユダヤ紀元[Anno Mundi]) Bede[c.673-735] (3952 BC) Joseph Justus Scaliger[1540-1609] (3949 BC) ヨハネス・ケプラー(Johannes Kepler)[1571-1630] (3992 BC) ジェームズ・アッシャー(James Ussher)[1581-1656] (4004 BC, October 23) アイザック・ニュートン(Isaac Newton)[1642-1726/27] (c. 4000 BC) アッシャー(Ussher)の年表 天地創造からアブラハムの移住までは、マソラ本文を用いて2082年と計算する(BC4004-BC1922)。 アブラハムの移住からソロモンの神殿建築までは、アブラハムがハランを出発してからの30年と、イスラエル民族への迫害の400年と、出エジプトからソロモンの治世4年目の神殿建築までは480年である(列王記上6章)であることから計910年と計算する(BC1922-BC1012)。 神殿建築からバビロン捕囚までは、単純に加算すると430年になるが、アッシャーはこれを424年と計算し、かつバビロン捕囚をBC588と同定した(BC1012-BC588)。 以上の計算より、天地創造の年は前4004年である。ところで、天地創造の第1日は日曜日であり、ユダヤ歴は秋に始まる。そのことから、天地創造の第1日は秋分の日に最も近い日曜日であると考えた。ケプラーの『ルドルフ表(tabulae Rudolphinae, 1627)』に基づけば、前4004年の秋分は10月25日火曜日(グレゴリオ暦:9月23日)である。こうして天地創造の日を10月23日日曜日(グレゴリオ暦:9月21日)と定めた。(なお、実際の秋分の日は10月23日当日だったと後の計算で明らかとなっている。) 聖書の年表の作成 このwikiでは、管理人が独自に計算したものを用いることにする。 計算方法 聖書には、出来事がいつ起きたのかを推定するための情報が散在している。こういった具体的な年数を伴った情報は、主にP資料によると考えられている。 以下では、「アダム歴」という概念を用いる。天地創造後X年目をアダム歴X年の定義する。 すなわちアダムが生まれたのをアダム歴0年とする。 なお、ノアの洪水に関する逸話を除き、原則的に暦は出エジプトの時点を1月として始まる。そこまでの暦年はアダムが生まれてから何年たったかという数え方をしているが、出エジプト以降は起点が異なるため、ここではアダム歴出エジプトを2453年を1年と定義して計算していく。 年表作製上の問題点 聖書の年表はいくつかの点で二重の意味にとれる点があり、研究者により年表には誤差ができる。 アルパクサデが生まれた年が「セム100歳の年(-2)」か、「大洪水の年の2年後(+0)」か。 アブラム(アブラハム)が「テラ70歳の年に生まれた(+0)」か、「テラ死亡時に75歳だった(+60)」か。 「出エジプトから主の宮建設まで450年」か「士師時代が410年」か。 分裂王朝時代の年数を「即位した年号で数える(-4?)」か「在位年数で数える」か。 アッシリア捕囚(BC722)からバビロン捕囚(BC587)までの期間は、史実に基づくと135年だが、ヒゼキヤの1年目からゼデキヤの11年目までの在位年数は139年であることから、聖書にあるようにゼデキヤの6年目をアッシリア捕囚とするとその間の期間は134年6ヶ月となり、6ヶ月分足りなくなる。したがってここの計算方法は複雑になる。 このどの条件で計算するかにより、天地創造の年は2^4=16通りに変わる。(さらに、マソラ本文を用いるか、七十人訳聖書を用いるかでも変わるが、今回はマソラ本文を考える) 今回は、「大洪水の年の2年後」、「テラ70歳の年に生まれた」、「出エジプトから主の宮建設まで450年」、「即位した年号で数える」という換算方法で計算した。 聖書の年表 聖書の年表(オリジナル)(Excel) ※以前はネットクラウドサービスに保存していましたが、アクセス権の問題があり、atwikiに直接保存することになりました。 創世記の年表 アダム、ノア、アブラハム、イサク、ヤコブ(イスラエル)、ヨセフなど。 アダム歴0年~2309年に該当する。 天地創造からアブラハムの移住までは、2023年と計算する。 出エジプト記からヨシュア記までの年表 レビ、コハテ、アムラム、ミリアム、アロン、モーセ、ヨシュア、カレブ。 アダム歴2190年頃~2500年代に該当する。 士師時代の年表 オテニエル、エフド、エボラとバラク、ギデオン、アビメレク、エフタ、サムソン、エリ、サムエルなど。 アダム歴2500年代~2800年代に該当する。 王国時代の年表 サウル、ダビデ、ソロモン、ユダ王国、イスラエル王国 アダム歴2933年~3361年(BC587年)に該当する。 神殿建築からバビロン捕囚までは428年と計算する。 アッシリア捕囚後の年表 トビト、トビア BC722年(アダム歴3224年)~BC612年(アダム歴3334年) バビロン捕囚後の年表 ゼルバベル、ネヘミヤ、エズラ、ネヘミヤ BC539年(アダム歴3407年)~ 中間時代の年表 マカバイ記 新約時代の年表 ヨハネ、イエス、パウロ BC5年(アダム歴3944年)~ アウグスティヌスの普遍史 古代的な普遍史は、アウグスティヌス(354-430)の著作『神の国』にて完成された。彼は、歴史とは原罪を背負い死を免れなくなった人類が、神の導きに従いつつ正しい発展を遂げ、改めて永遠の平和が実現した「神の国」に生きるまでの道筋という意味づけを行った。これは「救済史観」と呼ばれる。 この救済史観についてアウグスティヌスは、アベルとその子孫に始まる神の愛に基づく「神の国」と、弟を殺したカインに始まる欲や傲慢などに支配される自己愛に基づく「地上の国」の二つの原理が混在しせめぎ合いながら過去の歴史は刻まれたという論を展開した。そして段階を踏みながら人類は発展し、最終的に救済がもたらされると説明した。この発展段階は、神が6日で天地を創造した聖書記述になぞらえた6期の発展段階が置かれ、7期目が安息の期、そして第8期には永遠なる「神の国」成就を当てた。 区分 期 始まりの出来事 終わりの出来事 天地創造 第1期 幼年期 アダム生誕 - 大洪水 1日目 第2期 少年期 大洪水 - アブラハム 2日目 第3期 成年期 アブラハム - ダビデ 3日目 第4期 ダビデ - バビロン捕囚 4日目 第5期 バビロン捕囚 - キリスト生誕 5日目 第6期 老年期 キリスト生誕 - 最後の審判 6日目 第7期 安息日 7日目 第8期 永遠の第8日 このような時代的骨格を据え、アウグスティヌスは諸民族の歴史を聖書記述の枠組みの中に嵌め込み、普遍史体系を成立させた。その考えはエウセビオスの思想を継承している。大洪水以前は巨人も存在する世界だったが彼らは滅び、その後各民族に連なる歴史が始まった。ギリシア史はシュキオン王から始まり、プロメーテウスやヘーラクレースなど神話上の存在までが実在した人物として描かれている。 アウグスティヌスは、「神の国」の発展と並行する「地上の国」の歴史も叙述し、ふたつの国を相関させることで、普遍史を体系化した。彼は基本的にエウセビオスの四世界帝国論を踏襲しつつ、第一帝国アッシリアと第四帝国ローマをことさら重視する論を展開した。歴史の段階がアブラハムの登場によって成年期に進んだ時と同じく「地上の国」もアッシリアが成立し、キリスト生誕によって老年期に至った時もアウグストゥスによるローマ帝国が建国される。これら出来事の同時発生こそが、神の計画を証明すると主張した。第二・第三帝国についてアウグスティヌスは、それぞれメディアを含めたペルシアと、マケドニアを充てているが、これらは重視するふたつの帝国の仲立ちをした、付加物のようなものと述べている(18章-2)。このようにアウグスティヌスはエウセビオスと同様に聖書の記述内容を読み替えてカルデア(新バビロニア)を無視する解釈を行った。(ダニエル書を参照) リンク Wikipedia 士師記 聖書の年表(エベル-30(※計算忘れ?), 南6アハジヤ-1, 南13ヒゼキヤ-1, 南14マナセ-1, 南15アモン-1, 南16ヨシヤ-1, 南18ヨヤキム-1, 南19ヨヤキン-1, 計-37) http //vananne.com/serpentdove/The%20World%20born%20in%204004%20BC.htm http //huldahministry.blogspot.jp/p/jplan.html http //www.cgsf.org/dbeattie/calendar/