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涼宮ハルヒのリフォーム その5から それでも、この大掛かりで、ひょっとするとものすごくばかばかしいかもしれないミッションに、俺も参加しない訳にはいかないようだった。 おれは開けっぱなしの窓から恐る恐る手鏡を出して下を見た。続いて、今度は首を出してノクト・ビジョンをしたまま真下を見た。 さっきまで影にしか見えなかったやつが、こちらを見上げていた。つまり目があった。 「なにしてるんだ、おまえ?」 いや、わかってる。こっちの方こそ、何してるんだってことはな。 「下見」 相手が答えた。 「下見って、何の?」 「一緒に住むこと」 「キョン、今おまえ、女の子と喋ってるみたいに聞こえるんだが、知り合いか」 「長門です」 親父さんにそう答えて、俺はノクト・ビジョンをひっぺがし、長門に言った。 「銃なんか向けてすまなかった。どこか痛めてたり、すりむいてないか?」 「平気」 平気じゃなくても治してしまいそうだがな。 「トラウマというか、心の傷になったりは?」 「大丈夫。あなたたちの行動は理解できる」 おまえなら鍵なんか無しでも、どんなドアも自由に開閉できるだろうし、さっき見せたような超人的な判断かつ動きも朝飯前だろう。ゴム弾だって平気で跳ね返すかもしれんが、そっちはおれの方がトラウマが残りそうだ。撃たなくて良かった。 窓からの閃光にひるんで出てこないなら、こっちから踏みこむ。即座に反応して、部屋から飛びだすタマなら、相手が逃げる階段の方向とは逆(つまり背中側)から「ホールド・アップ!」を叫べは大抵のやつならビビって足がすくむだろう。まだ逃げ出すなら威嚇射撃、これでほとんど場合は決着する。というのが、親父さんの立てたプランだった。いい加減そうで(たとえば影が凶悪なやつで、後ろから声をかけた俺たちに逆に襲いかかってくる場合だって考えられた)、よく練られていたのか、結果オーライなのか、とにかく事態は収拾された。(長門を窓から飛び降りさせて)。 窓の下を見ると、ハルヒが到着して事態を把握したらしく、涼宮父娘は、植えこみから助けだした長門に、かわるがわるペコペコ頭を下げていた。 「キョン!あんたもさっさと降りてきて、有希にちゃんと謝りなさい!」 言われるまでもない。おれは廊下を抜け階段を駆け降り、玄関から外へ出て、中庭の方へ走った。 さんざん謝り倒し、長門から3度目の赦しが出たところで、俺はヘタな疑問が誰かの頭に浮かぶ前に、こう言った。 「長門、下見の方はまだだろ。よかったら、これから一緒に、部屋を見てまわらないか?」 「(こくん)」 「ま、まあ、有希がそういうんなら」 「ああ、そうしよう」 涼宮父娘にも、当然異論はなかった。 ● ● ● 次の日、俺は長門のマンションを訪れた。 何故か? 引越しの手伝いのためである。 4人での深夜の「下見」の際中、長門はある部屋の中で、こう宣言したのだ。 「ここがいい。明日からここに住む」 それは、あの涼宮ハルヒをも、置き去りにしかねないほど素早い決断であり、さすがのハルヒもこう応じた。 「さすがは有希ね。あたしも、あんたにはこの部屋がぴったりって感じがしてたのよ! 善は急げっていうし、キョン、明日の有希の引越し、手伝いなさい! あ、心配しなくても、あたしたちの部屋の方は万事任せてくれてかまわないわ。家具とか必要なものを順じ運び込んでいくから」 「夕べは悪かったな」 「謝罪は済んでいる。気にしないで」 おれは、昨夜はあの二人、涼宮父娘がいたので聞けなかったことを尋ねた。 ひとつ目は、長門なら、姿を消して、見つからずにすむようにもできただろうし、見つかった後でもどうにでも逃げられただろうに、という疑問だ。 「それではあの二人が満足しない」 「やっぱり、わざわざ付きあってくれたのか。わるいな、長門」 「問題ない。私も楽しんだ」 え? 今、なんと? 「また、やりたい」 マジですか? 「真剣」 そして二つ目の疑問の方が本題だった。 「長門、夕べ、ほんとは何やってたんだ?」 「時空間特異点の消去ないし回収」 「その、なんだ、特異点ってのは?」 ハルヒみたいなやつのことか? 「この建物は、この時代の技術で作られていない。そのため、存在を維持するために、時空平面に多くのギャップを生み出している。それはアインシュタイン-ローゼンブリッジのような位相構造体を生む恐れがある」 「アインシュタイン-ローゼンブリッジって何だ?」 「ワームホールとも呼ばれている」 「それは、自分の部屋だと思ってドアを開けたら、しずかちゃんが入浴中だったりする、あれか?」 「そう考えても、あながち間違いではない」 長門、やっぱり『ドラえもん』、読破したんだな。 「ちょっと待ってくれ。今、『存在を維持するため』と言ったな。ってことは、ワームホールみたいな奴は、あの建物が存在する以上、次々生まれるってことか」 「そう」 「それって住むには、ヤバくないか?」 いや、プライバシーの問題以前に、だぞ。 「時空間特異点を逐次、発生の初期段階で消去・回収していけば問題ない。それには、わたしがあの建物に常駐するのが望ましい」 つまり、まずは長門を、という訳か。この分で行くと、毎週どこか一室でミニ閉鎖空間が発生してスモール神人が暴れまわったり、アフタヌーン・ティーの支店ができたりして、他の団員を呼び寄せてしまうんだろうか。 「それはない。涼宮ハルヒがここに住み、加えて私が常駐することは、他の勢力が彼らを送りこむ十分な理由となる」 やはり古泉と朝比奈さんも来ることになるわけか。 長門の引越し自体は、実に実に、スムーズに行われた。 長門自身の荷物はそもそも少なかったが、部室から引き上げてきた長門の本やSOS団の数少ない資産(?)であるぬいぐるみその他も、長門のところに「一時預かり」になっていたから、総量では結構な量になっていたのだが、それらすべてを長門は事前に、学生カバン程度の大きさへと非常にコンパクトにパッケージングしてくれていた。 「四次元ポケ○ト」 20世紀日本の生んだマンガを、そこまで気に入ってくれて、なんだか嬉しいぞ、長門。 さらに、長門の宇宙パワーなのか、昨夜のうちに時空間特異点と話が付けてあったのか、長門のマンションの部屋を出ると、そこは入浴小学生のいる浴室ではなく、夕べ長門が気に入った、洋館のあの部屋の中だった。あ、待て、長門、言わなくていい! 「ど○でもドア」 その7?へつづく
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「ただの人間には興味がありません。この中に宇宙人、未来人、超能力者、異世界人がい たら、あたしのところに来なさい。以上!」 と、受験勉強のストレスから開放されて無事に高校生となり、その初日の挨拶で涼宮ハ ルヒが、かなり電波ゆんゆん……もとい、個性的な自己紹介をしてクラス全員をドン引き させたその日も、今では遠い昔のこと。 その後に続く宇宙人とのファーストコンタクト、未来人との遭遇、地域限定超能力者と の出会いを経てオレが巻き込まれた事件も──時には死にそうな目にあったが──今では いい思い出さ。 そう、すべては思い出になった。 結局、ハルヒの能力は完全になくなりこそはしなかったが、安定の一途を辿り、よほど のショックを与えない限り発現することはないらしい。だから、何かが終わったわけでも なく、何かが始まったわけでもない。結局、非日常的なことはオレたちSOS団にとって 日常的なこととなり、日々はただ流れた。 それぞれの今の状況を、軽く説明しようか。 長門はハルヒ観測の役目がまだ続いているのか、あいつと同じ大学に入学した。ただ、 一人の人間として生きる道も与えられたのか、将来は国会図書館の司書を目指している風 だ。あいつが公務員になるのは、どうも想像できないね。 朝比奈さんは未来へ戻った。いや、明確な別れの言葉を受け取ったわけではないから、 まだちょくちょくとこの時間帯にやってくることはあるようだ。ただ、その風貌は高校生 時代にオレを助けてくれた朝比奈さん(大)に通じる雰囲気となり、過去のオレたちを助 けるために過去と現在と未来を行き来していることだろう。 古泉は若き学生起業家だ。オレと違って頭のデキがよかったのか、それとも『機関』の 後ろ盾があったからなのか、IT関連でそこそこの業績を残している。無論、ハルヒの能 力が完全に消えたわけではないので、地域限定の超能力は健在。年に1回か2回は《神人》 退治をやってるようだが、昔ほどの重圧ではなくなったと言っていた。 そしてハルヒは、何を思ったのか考古学の道を目指して勉学に励んでいる。曰く「歴史 に埋もれた世界の不思議をすべて解き明かすのよ!」と息巻いていたが、まぁ、昔に比べ ると現実的というか、地に足が着いた意見というか、あいつも大人になったということか。 かくいうオレも大人になり──といっても、何が子供で何が大人なのか、その境界線が はっきりしないまま年齢ばかりが上書きされて──今では一人で暮らしている。残念なが ら、ハルヒと同じ大学ではない。 都内の三流……とまでは言わないが、決して一流とも言えない大学に通い、地元での知 り合いとも離れ、オレはオレで我が道を進んでいる。今ではこっちでも知り合いが出来た。 ただまぁ……艶っぽい話は何もないがね。 決してハルヒたちと一緒の道に進むのがイヤだったわけではない。かといって、是が非 でも一緒に進もうと思っていたわけでもない。なんだかんだと、ハルヒたちと過ごした三 年間は楽しかった。ただ、楽しかったからこそ距離を置いた。何故そうしたのかは、オレ がただ単に天の邪鬼だからかもしれないし、ハルヒがオレと距離を置くことを望んだから、 かもしれない。 その切っ掛けはたぶん……いや、間違いなく高校の卒業式だろう。各々の進路も決まり、 オレとハルヒが離ればなれになることが確定事項となっていたその日のことを、オレは今 でもはっきり覚えている。 ……………… ………… …… 形式通りの卒業式が終わり、女子生徒は別れに涙し、男子生徒は三年間恨み続けた教師 にどうやってお礼参りをしてやろうかと話し合う中、オレは毎日の放課後に通っていた文 芸部部室に向かっていた。誰かに呼ばれたわけでも、何か目的があったわけでもない。た だ、今日がこの道を通る最後の日だと思うと、やや感傷的にもなる。 いつもより遅い足取りで部室へ向かい、扉を開けると「あんたも来たの?」と、ハルヒ 一人だけがそこにいた。 「姿が見えないと思ってたが、ここにいたのか」 「そりゃあね、団長たるあたしが高校生活最後の日に、ここへ来るのはあたりまえじゃない」 「おまえでも感傷的になってるってわけか」 「おまえで『も』は余計ね」 パイプ椅子を引っ張り出し、オレは腰を下ろす。ハルヒはオレと2~3会話を交わした だけで、あとは黙って外を見ていた。耐えようがない沈黙、というわけでもないが、いつ も沈黙を守り続ける長門がそこにいるような、落ち着いた気分にもなれない。 オレの視線は自然とハルヒの後ろ姿に向けられていた。 「ねぇ、キョン」 オレの視線に気づいたのか、それとも沈黙に耐えられなくなったのか、ハルヒの方から 呼びかけてきた。「なんだ?」と返事をするも、こちらに目を向けようとはしない。 「あんた……だけじゃないけど……あたしに隠れて、いつもこそこそ何をしてたの?」 その言葉は、何の話だと惚けられるほど軽いものではなかった。はっきりすべてを知っ ているわけではないが、何かある、と勘の良いこいつは見抜いていたんだろう。 「何って……未来人と一緒に時間旅行をしたり、宇宙人と脅威の謎生物と戦ったり、超能 力者と悪の秘密結社を叩き潰したり……かな」 すべて本当のことだが、オレは努めてふざけ調子でそう言うと、窓の外に顔を向けてい たハルヒは、顔半分を振り向かせてオレを睨んできた。 「……それ、本気で言ってる?」 「本気か冗談か、どっちだと思う?」 「……言いたくないってわけね」 古泉の真似をして、オレは肩をすくめてみせる。出会った当初なら襟首掴まれて締め上 げられるところだが、今ではすっかり丸くなったもんだ。はぁ、っとため息をついて、オ レの方へしっかりと向き直った。 「ま、そういうことにしといてあげる。あたしも……この三年間、楽しかったしね」 どこかメランコリックな表情を見せるハルヒに、オレは気になることを聞いてみた。 「SOS団はこのまま解散か?」 SOS団を作ったのはハルヒだ。だから、解散させるか存続させるかを決定するのは、 ハルヒの役目だ。オレたち団員は……ま、従うだけさ。 「まさか。あんたたちは、あたしの忠実な下僕なの。呼んだらすぐに集まらないと承知し ないわよ。特にあんたは、一番遠くに行っちゃうんだし。遅刻したら、罰金だからね」 ハルヒはオレたちとの繋がりを断ち切ろうと思ってはいないらしい。ただ、それが未来 永劫続くとも思っていなかったんだろう。いつもは語尾にエクスクラメーションマークが 似合うのに、その日に限っては言葉に力がない。 「悪しき慣習のおかげで、罰金に対する免役がついたからな。あまり強制力はないぜ」 「あら、学生レベルと同じと思わないほうがいいわよ?」 「大学生も学生だろ」 「くだらない言い訳なんて、みっともないわ」 「まぁ……努力はするさ」 「そうね、あんたが一番頼りないんだから、努力してよね」 ああ、とオレが返事をすると、再び沈黙が訪れた。 残念ながら、そのときのオレには自分からハルヒに振れるような話題の持ち合わせはな かった。語るべき言葉はこの三年間で散々出尽くしたし、今更言うべき言葉など、何もない。 「んじゃ、オレはそろそろ行くよ」 「……ああ、そうだ。あんたに言うことあったの、忘れてたわ」 腰を上げたオレに向かって独り言のように、本当にたった今思い出したことのように、 ハルヒが口を開いた。その言葉にオレへの呼びかけがなければ、そのまま出て行きそうに なるくらい、本当にどうでもいいような口調だった。 「あたし、あんたのこと好きよ」 はにかむような甘酸っぱさも、照れるような奥ゆかしさもなく、それが世界の常識だか らただ告げただけのような──これと言った感情の機微もなくハルヒはそう言った。 だからオレは、すぐに何か言うことができなかった。驚きもしなかったし、嬉しさも感 じなかった。心の中がざわつく感じもなければ、浮かれることもない。そのことを予め知 っていたかのように、極めて冷静に返事をしていた。 「いつから?」 「ずっと前から。SOS団を作ったときからかしら」 「それを今、言うのか」 「今だからよ。昔、言ったでしょ? 恋愛感情なんて一時の気の迷い、精神病みたいなも んだって。でも三年間、その気持ちは消えなかった。三年経っても消えないなら、それは あたしの純粋な気持ちってことでしょ? ナチュラルなものなの。それを確かめるのに必 要な時間が、あたしには三年必要だっただけ。だから、今」 「オレは……」 「ああ、あんたの気持ちなんていいわ。ただ、あたしがそれを言いたかっただけだから… …三年間、ありがとう」 ──ありがとう、か。こいつの口から感謝の言葉が出てくるとはね、青天の霹靂ってヤツだ。 握手でも求めているかのように、ハルヒが手を突き出してきた。こんなしおらしく、け れどどこかサバサバとした表情は初めて見る。三年間、片時も離れずハルヒを見てきたつ もりだが、オレでもまだ知らない顔があったのかと──そんなことを思う。 オレは握手を求めるハルヒの手を握るべきかどうか、迷った。手を握り合うようなこと は、この三年間で幾度となくあったが、今はどこか照れる。 それでも、心を決めて手を差し伸べようとポケットから取り出すと、ぐいっとハルヒの 方から掴んできて力任せに引っ張られた。 相変わらずの馬鹿力め。不意打ちとは言え、男をぐらつかせる力を出せるのは、おまえ くらいなもんだ。だから……今こうしてオレの唇とおまえの唇が触れ合ってるのは、おま えのせいなんだぞ。 「じゃあね、キョン」 短いキスのあと、ハルヒはこの日初めて、笑顔を浮かべた。何かを吹っ切ったように、 どこか切なそうに。 それが──高校時代にオレが見た、最後のハルヒの姿だった。 …… ………… ……………… そして三年の月日が流れ、今に至る。あれからオレは、ハルヒに会っていない。あの日 の部室であいつは呼び出すようなことを言っていたが、実際にはそんなことはなかった。 かといって、まったく疎遠になってるわけでも……なってるのかな。卒業直後はメール のやりとりを、それこそ毎日のように行っていた。ただ今はそれほど頻繁なわけではない。 週に1~2通。タイミングが悪ければ、月1だっておかしくない。 それは互いにやるべきことが出来たからだし、互いの人生を歩み始めたからだ。人はそ れぞれ歩むべき道があり、オレとハルヒは高校を卒業すると同時に道が分かれた。 ただ、それだけ。それだけだと思っていた。 その日の朝、電話が鳴るまでは。 五月のゴールデンウィーク明け、妹が東京見物と称してオレのアパートを占拠していた 嵐が昨日でようやく通過したその日の朝のことだ。寝不足続きで昏々と眠り続けていたオ レは、間断なく鳴り続ける携帯の着音で無理矢理たたき起こされた。 乱雑に放り投げてある携帯に手を取り、不機嫌極まりない心持ちで通話ボタンを押す。 画面に映っている着信履歴を見なかったのは、一生の不覚と言えるだろう。 「はい、どちらさん?」 『も──し、み──です』 不機嫌極まりない声で電話に出たオレは、相手がすぐに理解できなかった。寝惚けてた ってのもあるだろう。昼夜逆転生活を余儀なくされたため、寝酒をかっくらったせいもあ る。おまけにアパートの立地が悪いので、よく電波が途切れることも原因のひとつに上げ ておこう。 「あ、誰だって?」 寝不足に苛々も相まって、最初より口調がきつくなってたかもしれない。布団から抜け 出して窓際まで移動しつつ、早朝から電話をかけてきた不躾な相手に、オレはつっけんど んに聞き返していた。 『ひゃうっ。あ、あの……朝比奈みくるです。えっと、今大丈夫ですか?』 「え?」 オレは携帯を耳から離し、着信相手の番号と名前を見た。ここしばらくご無沙汰だった 朝比奈さんの番号で間違いない。一気に目が覚めるとともに、思わず青ざめたね。 「あ、ああ、大丈夫です。すいません、電波状態がよくないもので」 『それより、今日って何日ですか?』 なんだそれは? というのが、正直な感想だった。気分を害されたんじゃないかと思っ た、オレのピュアな気持ちをわずかばかりでも返していただきたい。 こうして朝比奈さんと会話をするのも、実に久しぶりだ。過去と未来を行き来している 彼女には、こちらから連絡を取る手段がない。やんごとなき事情があるときは、彼女がこ の時間で借りているマンションにレトロな手紙を送っておくしかない。どうしても朝比奈 さんからの連絡待ちになってしまうんだ。 「なんですか、それ?」 『今、キョンくんって東京のアパートですよね? あたしの勘違いならいいんですけど… …今日、五月のゴールデンウィーク明けですよね?』 「そうですね、それで合ってますよ」 ちらりとカレンダーに目を向けて、妙な確認を取ってくる朝比奈さんの言葉を肯定する。 時間旅行を続けていて曜日感覚がおかしくなった、なんてことは、昔の朝比奈さんなら十 分ありえるんだが……今もそうなんだろうか? 『キョンくん、不躾な質問でゴメンだけど……そこに今、涼宮さんいる?』 「え、ハルヒ……ですか?」 なんでそこでハルヒなんだ? 「いませんよ」 『ええええええっ!』 ガラスさえもぶち破りそうな超音波に、オレは咄嗟に携帯から耳を話した。なんなんだ、 いったい? 「どうしたんですか?」 『あ、あの、キョンくん、今日はどこにも行っちゃだめですよ! すぐに連絡しますから、 そこで待っててください!』 「それはいいですけど、」 ちゃんと説明してください、と言わせて貰えずに通話は切られた。 唐突に電話をしてきたかと思えば、意味不明な切り方。まったくもって朝比奈さんらし くない。高校を卒業してからは、唐突な行動が確かに増えていたが、それもすべて過去に オレが体験したことと合わせてみれば納得できる範囲のもの。 けれど今日の電話だけは、あまりにもらしくない。いや、今の朝比奈さんらしいと言え ば、らしい行動か。オレが高校時代に会っていた朝比奈さん(大)と同じような、秘密を 隠している『らしさ』だ。 ──また何か起きたんだな…… と、オレは朧気ながらに考えた。けれど今はもう、オレがしゃしゃり出るようなことも あるまい。ハルヒ中心のドタバタ騒ぎは幕を下ろし、あまつさえオレとハルヒの道は分か れてしまった。今のオレにできることは、昔話を語るくらいさ。 そんなことを薄ぼんやり考えていると、また携帯が鳴った。今度はちゃんとディスプレ イに目を通す。朝比奈さんだ。 「もしもし?」 『今からそっちに、えっと、たぶん古泉くんが行くと思います。合流したら、すぐこっち に来てください』 まるで高校時代のハルヒからの電話みたいだ。定型文の挨拶すらなく、朝比奈さんは電 話口で一気にまくし立てた。 「古泉ですか? なんだってあいつが、」 『あたしは長門さんと一緒にいますから、詳しくは合流してから。キョンくん、待ってま すから、必ず来てくださいっ』 がちゃり、と切れた。もうちょっと甘い話をしませんか、朝比奈さん。 なんて感傷に浸る間もなく、呼び鈴が鳴らされる。このまま布団の中に潜り込んで夢の 世界に旅立とうかとも思ったが、朝比奈さんたっての願いとあればそうもいくまい。 「ご無沙汰してます」 「早かったな」 久しぶりに見る古泉は、学生時代に散々見せていた笑みを潜めていた。せっかくの再会 だ、作り物でも笑みを見せてくれたっていいだろうに。 「笑っていられる状況ならばそうもしますが、今は緊急事態なもので」 「緊急事態だって?」 こいつが緊急事態ということは、近年希にみる巨大な閉鎖空間でも出来たか? そうだ ったら、ここ最近のことを考えれば緊急事態だな。けれど何故、今になってオレを引っ張 り出すんだ。そもそもオレを巻き込む理由なんてあるのか? 「朝比奈さんから何も聞いていませんか? ともかく、時間が惜しいのですぐに行きますよ」 「寝起きなんだよ、顔くらい洗わせてくれ。つか、いったいどこに行くんだ?」 「里帰りです」 言うや否や、古泉はオレの腕を鷲づかみにすると部屋から引っ張り出し、そのままコイ ツの車の中に押し込められた。さすが社長さん、ン千万クラスの高級スポーツカーとは恐 れ入る……って、そんなことはどうでもいい。何なんだ、この強引な展開は? 「オレの都合も考えろよ! 何なんだ……わかるように説明してくれ」 ここがサーキットだとでも言いたげなドライビングで車をかっ飛ばす古泉に、オレは舌 を噛みそうになりながら問い質す。ハンドルを握る古泉は、ちらりとオレを一瞥した。 「あなたの都合を尊重したいのは山々ですが、これでも僕はあなたの友人の一人であると 考えているもので。友人の未来に関わることであれば、放っておけませんよ」 「オレの未来? なんだそりゃ」 「未来について、僕は専門外です。適任者に詳しい話を聞いてください」 それっきり口を閉ざして、車は高速道路を150キロオーバーで突き進む。途中休憩一 切なしで、オレは懐かしの故郷に足を踏み入れた。 あまりの急展開だが、見慣れた景色を眺めると妙に落ち着く。懐かしさと切なさが鳩尾 あたりでぐるぐる回る。東京に出て三年、一度も戻ってきてなかったから、その思いはひ としおだ。 そんな懐郷の念に浸っているを置き去りにして、古泉が運転する車はさらに懐かしい場 所へオレを運んだ。長門のマンションだ。あいつ、まだここに住んでたのか。 昔はオレの役目だったが、今日に限っては古泉が長門の部屋のキーナンバーを入力して 呼び鈴を鳴らす。がちゃり、と音がして部屋主が通話ボタンを押したことを知らせるが、 声は聞こえない。 「長門さん、僕です。彼も連れてきました」 そう告げると、カチッと音がしてエントランスの鍵が外される。通話を終わらせた古泉 は、そのままマンションの中に入っていった。無論、ここまで連れてこられたオレだ、逃 げるわけもなく後に続いた。 見れば思い出すマンションの廊下は、体がしっかり覚えているもので、七階に上がって 長門の部屋前まで足が勝手に動く。玄関の横にある呼び鈴を鳴らすと、鍵を外して部屋主 が現れた。 「……長門か?」 正直、驚いた。朝比奈さんの成長した姿は高校時代に何度も見ているから、驚きはない。 古泉は昔とそれほど変わってないし、野郎がどう変わろうが興味はない。 けれど長門に関しては別だ。宇宙人という特性があるとは言え、女性であることに変わ りない。女性なんてのは、高校生と大学生ではがらっと印象が変わる。少女から女性にな るとでも言うのか、カワイイから綺麗に変わるもんだ。 今の長門は、まさにそれだ。細かい部分で昔のままだが、ナチュラルメイクに控えめな がらも髪をセットして、さらに身長もオレの肩くらいまで伸びて、おまけに女性らしい体 型になっていれば、そりゃ驚きもするさ。まだ成長期真っ只中だったことに、だけどな。 「……なに?」 オレの不躾な視線に気づいたのか、長門が小首をかしげる。 「いや、綺麗になったなと思ってさ」 こんな恥ずかしいセリフがすらっと出てくるのも、オレが大人になった証拠かね。 長門はその言葉を受けて睨み……いや、照れた視線と自己解釈しておこう。何も言わず に身を引いて、オレと古泉を部屋の中に招き入れた。 部屋の中は、昔に比べて生活感ある風景になっていた。それでもオレのアパートに比ら れば少ないが、生活してるなぁ、と思えるくらいには荷物が増えている。 そんな中に、朝比奈さんはいた。 コタツの前で正座して、握りしめた両手を膝の上に置き、差しだされたお茶に手をつけ た風もなく俯いている。どこかで見たことある格好だな、と思えば、オレがバイトしてい る喫茶店の女の子が店長に怒られて落ち込んでいる、そんな格好にそっくりだ。 「あ……キョンくぅ~ん」 オレと古泉に気づいて、朝比奈さんは顔を上げるや否や泣き顔になった。あまりの懐か しさにうれし泣き……って感じじゃないことは断言できる。 「ご、ごめんね、キョンくん。あ、あたし……ひっく……こ、これでも、い、一生懸命が ん、がんば……うぅ……頑張って勉強し、して……うくっ……き、禁則事項も少なく…… ひっく……な、なったんだけど……」 済みません、朝比奈さん。泣き声が混じっていて要領を得ないんですが。 困り果てたオレは頭をかいて、泣きじゃくる朝比奈さんに触れるか触れないかという力 加減で抱きしめた。あいにく古泉に無理矢理アパートから引きずり出されたもんでね、ハ ンカチの持ち合わせはないんだ。かといって、常日頃から持って歩いてるわけじゃないが。 「朝比奈さん、落ち着いてください」 「あ、あの……」 泣きやんだ朝比奈さんは、オレの腕の中で驚いているようだ。高校時代じゃ、とてもこ んな真似はできなかっただろうな、なんてオレでも思う。けれど泣きじゃくる相手には、 それ以上のショックを与えて泣きやませるのが一番なんだ。妹やイトコ連中を相手に、オ レはそれを学んだね。 「大丈夫ですね。それで、何があったんですか?」 やや名残惜しい気もするが、朝比奈さんを離してその目を見つめる。潤んで赤い瞳が魅 力的だが、次に出てきた言葉はオレの溢れる恋慕を根こそぎ奪い取るに十分な威力を秘め ていた。 「はい……あの、時空改変が行われています」 くらりと来たね。 正直、すぐには理解できなかったさ。久しぶりに聞くトンデモ話だ。平凡な日常生活を 送っていたオレに、おまけに文系のオレに、科学的な匂いが漂う話をすぐに理解できる頭 脳の持ち合わせなんてあるわけがない。 そもそも──時空改変だって? それはあれか、オレが高校1年の時に遭遇した、長門 が引き起こしたあれのことか? 「そう」 今から六年前に事を起こした張本人が、オレの問いかけを肯定する……と、今の言い方 はちょっとひどいな。何がひどいかはわからんが、ひどい気がする。ただ、オレも急な話 で混乱してるんだ。そこはわかってくれ。 長門は頷き、説明してくれた。 「今回の改変は劇的な変化はない。緩やかに、誰にも気づかれず行われた。わたしは現在 もいかなる時間帯における自分の異時間同位体との接続コードを凍結している。そうでな ければ気づいたかもしれないが、手遅れ」 「手遅れって……そもそも、何がどう改変されているんだ? オレには何も変わってない ように思うんだが……」 「そうです。だから、今まであたしも気づかなかったんです。でも今日、あたしが知って いる未来とは決定的に違うことが起きているんです」 落ち着きを取り戻した朝比奈さんが、長門の説明の後に続く。未来のことに関しては、 やはりこの人に聞くしかない。 「その違いって、何ですか?」 「今日は、あたしが知る限りでは、キョンくんと涼宮さんが入籍する日なんです」 …………。 いや、うん。正直、今の瞬間に意識がぶっ飛んでたね。マンガ的表現をするならば、口 から魂が抜け出たイラストがピッタリ当てはまるだろうさ。 なんだって? オレとハルヒが入籍? そんなバカな。 そもそも、それが本当の話だったとして、オレとハルヒの入籍が今日じゃないから時空 改変されてます、って考えるのは短絡的じゃないか? 前に朝比奈さんも言ってただろう。 時間の流れはちょっとした歪みなら修正されると。朝比奈さんが知る未来と微妙にズレて いるからって、そこまで話を飛躍させるのはどうなんだ? 「そうです。ちょっとした時間の歪みなら、確かに修正されます。でも……キョンくんと 涼宮さんの結婚は、そんなちょっとした歪みじゃないんです」 「……どういうことです?」 「えっと……それは今のあたしでも禁則事項です。でも、キョンくんと涼宮さんの結婚は とても重要なことなんです。あたしが知る未来のためにも、この世界のためにも」 未来のため、世界のためか。これは……そうだな、今だからこそ言うべきか。言ってお かなくちゃならないだろうな。 「朝比奈さん、正直なことを言いますが、オレはハルヒと結婚することに文句はありませ ん。ただですね、オレもどうせ結婚するなら、自分が惚れ込んで、相手もオレのことを好 きでいてくれる女性と結婚したいんです。誰でもいいってわけじゃありません。朝比奈さ んは、周りから『こいつと結婚しないと世界がおかしなことになるぞ』って言われて、結 婚できますか?」 「それは……」 「それにですね、もしここでオレが『実は朝比奈さんのことが好きです』とか『長門のこ とが好きなんだ』って告白したら、それでも朝比奈さんはオレに『ハルヒと結婚しろ』っ て言うんですか?」 オレの言葉に、朝比奈さんはまた、泣きそうな顔になった。その表情だけで、オレの言 いたかったことを理解してくれたんだと分かる。そう思う。 つまり、オレは世界のため、未来のためっていう大義名分で動くことは、もうできない。 ほかの連中と違って、オレは凡百な人間だ。正義の味方でもなければ、自己犠牲で得た 平和に感動できる純粋な心根の人間でもない。人並みに欲望もあって、人並みに臆病で、 人並みに安定した生活を望む、ただの人間なんだ。電車の中で目の前に年寄りがいれば席 を譲るが、戦争を止めるために平和維持軍に入隊できるヤツじゃない、ってことさ。 「そんな顔しないでください。困らせるつもりじゃないんです。ただ、分かって欲しかっ ただけなんですよ。もう、未来のためとか世界のためとかで自分を犠牲にできるほど、純 粋じゃないんです」 「確かにその通りですね。あなたの意見はもっともですし、何も間違っていませんよ」 そう言って頷き、古泉がオレの意見に賛同してくれた。こいつがそんな風にオレの肩を 持つとは意外だ。 そう思っていたんだが……。 「今の朝比奈さんの発言も、やや的を外していますしね。他のお二人がどのように考えて おられるのかわかりませんが……僕があなたをここへお連れするときの言葉を覚えていま すか?」 おいおい、人の記憶力を疑うような発現だな。たった数時間前の話を忘れるほど、ボケ ちゃいねぇよ。 「ならば安心です。こう考えてください。あなたと涼宮さんの結婚で世界の安定が得られ るのは、ことのついで……おまけみたいなものです。重要なのは、あなたが本来結ばれる べき人との未来が消失していることです。これはあなた自身にとっては人ごとではありま せんし、一大事ではありませんか?」 前口上が長いのは相変わらずか。何が言いたいんだ、古泉。 「友人のバラ色の未来が失われようとしているのです。それを救うのは当然でしょう?」 この野郎……何がバラ色の未来だ。ハルヒとの結婚が本当にバラ色だとでも思っている のか? あの天上天下唯我独尊の団長さまと四六時中顔を付き合わせることになるんだ ぞ。それのどこが幸せだって言うんだ。 「本当にそのようにお考えで?」 ええい、そのなんでも見透かしたような薄ら笑いはやめろ。 「……あのな、長門も言ったじゃないか。仮に、今の言葉がオレのごまかしだとしよう。 でも、もう手遅れなんだろ? 今回の時空改変を起こした張本人は、話を聞く限りハルヒ のようだが、過去に遡ってアイツに修正プログラムを打ち込んでも、もうダメなんだろ?」 「そう」 長門の言うことはいつも端的だ。余計なことを言わず、事実だけを告げる。こいつがダ メだというのなら、何をどうやってもダメなのさ。 「ほらみろ。どっちにしろ、」 「でも」 息巻くオレの出鼻をくじくように、長門は口を閉ざさなかった。 ……でも、だって? 「時空改変が行われたその時間に、楔を打ち込めば修正することは可能」 長門……それは全然ダメな状況じゃないぞ。まだ修正する可能性が残ってるじゃないか。 「ちょっと待て。何をどうしろって言うんだ?」 「今は正しき未来と謝った未来に道が分かれている状態。その分岐は緩やかだが、三年と いう月日を経て決定的な違いをもたらした。ならば道が分かれたその時間において、歪み をもたらした道に進まないよう正しき道へ楔を打ち込めば、三年の月日を経て正しい時間 軸に戻る可能性は高い。ただ──」 長門はそこで言葉を途切れさせて視線を宙に彷徨わせた。 「──道が分かれた時間がいつなのか、それはわたしにもわからない」 口を閉ざし、長門はオレをじっと見つめた。その視線は「あなたなら分かるはず」と言 わんばかりの目つきだ。 確かに思い当たるときはある。おそらく、間違いない。 ──高校卒業のあの日、ハルヒにキスされたその日…… あの日から、オレとハルヒの道は分かれた。オレはそう確信している。もしその日でな かったとしたら、他に思い当たる日はない。もし過去に遡るなら、その日以外にありえない。 そしてもうひとつ、悩まなければならないことがある。 長門は「楔を打ち込む」と言った。ならばその「楔」とは何を指すんだ? このまま過 去に遡ったとして、何をどうすればいいか分からないままでは、何もできないじゃないか。 「キョンくん、その時間に行きましょう」 と、朝比奈さんが悩むオレに向かってそう言った。 「あれこれ考えてちゃダメですっ! あたしたち、今までみんなで協力して何とかやって きたじゃないですか! 行動しなくちゃ、何も始まらないんですっ!」 そう……だな。ああ、確かにそうだ。昔からそうじゃないか。SOS団絡みの出来事は、 いつも訳も分からないまま巻き込まれて、それでもなんとかやってきた。今更あれこれ考 えるのはオレらしくない。 「今になって、ひとつだけわかったことがある」 はぁ~っ、とこれ見よがしにため息を吐いて、オレは目の前の三人を睨み付ける。出来 る限り、渋面を作ったつもりだ。 「SOS団なんておかしな団体に所属していると、どいつもこいつもお人好しになるんだな」 それなのに、朝比奈さんや古泉は言うに及ばず、長門でさえもわずかに微笑んだように見えた。 どさっと、それこそ尾てい骨が砕けるような勢いで地面にへたり込むのは、男二人の役 目。方や女性二人は慣れたもので、けろりとしている。 ここは、いつの日だったか朝比奈さんと歩いた公園の常緑樹の中。今がいつなのかすぐ にはわからないが、長門のマンションの中からこんなところに移動しているとなれば、時 間遡航に成功したのだろう。これがただの瞬間移動だとしても驚異的だがね。 「いやあ……話には聞いていましたが、これほどの衝撃とは思いませんでしたよ」 どうやら古泉もオレと同じ感想を持ったようだ。 時間旅行の目眩。嘔吐寸前までに世界がぐるぐる周り、目を閉じていても光が瞬く感じ は、極悪な代物と断言しても生ぬるい。どうしてこんなのが平気なのか、朝比奈さんにじ っくり聞いてみたいもんだ。 「というか、なんでおまえや長門まで着いてくるんだ? オレと朝比奈さんだけで十分だろ」 「せっかくの機会ですからね。時間旅行というものをやってみたかったんですよ。あなた の邪魔をするつもりはありませんので」 邪魔するとかしないとか、そういう問題じゃないないだろ。そもそも朝比奈さん、いつ からそんな適当になったんですか。 「朝比奈さんを責めるのは酷というものです。僕と長門さんはその辺りで時間を潰してい ますから、お役目を果たしてきてください。よろしいですね、長門さん」 「……わかった」 何がわかったんだ長門。わかるなよ長門。おまえまで古泉みたいに時間旅行を楽しみた かっただけってのか? おいおい、いろいろ変わったな、おまえら。 「それではまた、後ほど」 敬礼のような挙手で挨拶をすると、古泉と長門は人気が途絶えた頃合いを見計らって、 公園の外に姿を消していった。 「いいんですか、あれ……」 「今日は……えっと、特例です」 特例って……朝比奈さんもいろいろ成長したもんだ。昔は禁則に次ぐ禁則で思ったこと も言えず、訳も分からないまま巻き込まれて泣いていたのにな。高校時代の庇護欲をそそ る愛くるしさが懐かしいぜ。いやまぁ、今もそうと言えばそうなんだが。 「今、いつの時代の何時ですか?」 古泉と長門の奇行や、朝比奈さんの成長を見て感慨にふけっている場合じゃない。オレ が時間を聞くと、朝比奈さんは華奢な腕には似合わないゴツい電波時計に目を向けた。 「今はキョンくんたちが卒業した日の、午後2時を過ぎたころです」 その時間、オレは当時何をしていたかな……ええっと、ああそうか、ハルヒと二人で部 室にいて……キスされた時間か? もうちょっと前の時間かな。あのときは時間感覚が麻 痺していたから、よくわからない。 「朝比奈さん、ちょっと質問なんですが」 「はい、なんですか?」 「今回の時空改変は、どのタイミングで修正すればいいんでしょうかね? 前のときは長 門が変えた直後に戻したじゃないですか。今回もそんな感じですか?」 「えっと……前回のときはキョンくんを除いて、世界すべての記憶がその日を堺に塗り替 えられてましたよね? だからあのときは、改変直後でなければダメだったんです。でも 今回は緩やかな変化ですから……ゆっくりするわけにもいきませんけど、考える時間はあ ると思います」 考える時間か……。 「その時間ってどのくらいです?」 「ん~っと……そうですね、リミットは今日一日と思ってください。そうでなければ、あ たしたちが元時間に戻ったときに年齢がおかしなことになっちゃいますよ」 まだ時間がある、とわかっただけでも有り難いですよ。長門が言う「楔」とやらが何な のか、考える時間があるわけだからな。 とは言うものの、今回ばかりはすでにお手上げ状態だ。何しろ前回の時空改変では、最 初こそオロオロしていたが、後になって長門のヒントが出てきた。そのおかげで、オレは 役目を果たせたようなもんだ。 けれど今回は、そのヒントすらない。長門自身もどうすればいいのか分からないままの ようだ。数学者さえ頭を悩ませる難問に、小学生が挑むようこの状況を嘆かずにいられる か。おまけにその正解を見つけ出さなければ、世界は改変されたままってことになる。 「ごめんなさい、キョンくん……」 どうすべきか悩んでいたオレは、口数が少なくなっていた。そんなオレの態度を見て、 何を思ったか、朝比奈さんが頭を下げてくる。 「あたし、自分でも少しは成長できたかなって思ってたの。でも……やっぱりダメですね。 肝心なときに役立たずで」 おいおい、まったくこの人は、いったい何を言い出すんだ? 「それ、本気で言ってます?」 「……え?」 「今回のことに気づいたのも、この時間まで戻ってこられたのも、朝比奈さんのおかげじ ゃないですか。おまけに今は、過去のオレたちを助けてくれているんでしょう? 言葉じ ゃ言い表せられないくらい感謝してますよ。もっと自信をもってください──なんて、オ レに言われても慰めになりませんよね」 「そ、そんなことないですっ! あたし、ずっとキョンくんに迷惑かけっぱなしだったか ら……だから、そう言ってもらえると、すっごく嬉しいです」 真剣そのものの目で、胸の前で両手を握りしめて朝比奈さんはそう言った。 そうそう、泣き顔よりも真剣な顔、真剣な顔よりも笑顔があなたには一番似合いますよ。 ……そういえば。 ハルヒはいつも、どんな顔で笑っていたかな。出会ったころは怒ってばかりだが、SO S団を作ってからはよく笑うようになった。時にふてぶてしく、あるいは生意気そうに。 それでも最後はマグネシウム反応のような眩しいくらいの笑顔を浮かべていたな。 ……何か違和感があるな。なんだろう、この感覚は。完成したはいいけれど本来の絵と 違うジグゾーパズルが出来上がったような気分だ。 何かしっくり来ない。どこかおかしい。これはいつの時代に感じた違和感だ? 「……ああ、そうか」 我知らず、考えが唇を割いて漏れる。 あのときか。あの日の笑顔か。それが今に繋がってるっていうのか? 「どうしたんですか?」 思案に暮れるオレに向かって、朝比奈さんが不思議そうに声を掛けてくる。それでもす ぐには返事をせず、しばし考えていたオレは……やはりその考えしか思い浮かばない。思 い込みかもしれないし、間違いないと断言できる根拠もない。それでも今のオレに与えら れた情報だけでは、それくらいしか解答を導き出せない。 「朝比奈さん、もうハルヒのトンデモ能力は落ち着いているんですよね? 今のオレがあ いつに会うのはアリですか?」 「え……っと、涼宮さんの能力が減退しているのか、それともただ安定しているだけなの かによりますけど……あ、でも、今日の夜に涼宮さんは誰かと会ってますね」 「それがオレですか」 「たぶん……ごめんなさい、この日の涼宮さんの行動は一通り把握しているけれど、今回 の出来事はあたしも初めて体験することだから、確信めいたことは何も言えないの」 「ハルヒの行動がわかるだけでも有り難いですよ。それで、ハルヒが誰かと会っているっ ていうのは、何時頃の話ですか?」 「夜の……えっと、9時ごろですね」 「夜の9時?」 果て……? なにやら身に覚えのある時間だな。 「場所は公立の中学校……涼宮さんが中学時代を過ごした学校の校庭です」 ああ、なるほど。そういうことか。だからオレはまた、巻き込まれているのかね。 公立中学の校庭で夜の9時といえば、七夕の校庭ラクガキ事件の日と同じ場所、同じ時 間じゃないか。ハルヒにとってもうひとつの思い出の場所で待ち合わせする相手といえば、 一人しかいない。オレのことだが、オレじゃないヤツだ。 まだまだ活躍しなきゃならんらしいぞ、ジョン・スミス。 「その時間、ハルヒは自主的に中学まで行くんですか?」 「どうでしょう? 時間の流れがノーマライズされたものであるのなら、涼宮さんが出か けることは規定事項です。ですが、今は異常な時間なわけですから……」 この状況で、危ない橋を渡る賭け事をするほど、オレはギャンブラー気質じゃない。だ ったら素直に呼び出しておいて、憂いを払っておいたほうが無難か。 「朝比奈さん、この時代で今のオレが買い物するってのは大丈夫なんでしょうか?」 「えっと……この時間の経済を大きく左右するような買い物でなければ問題ないですけど、 何を買うんですか?」 「レターセット……かな?」 「え?」 頭の上にクエスチョンマークがふよふよ浮かんでいる朝比奈さんに、オレは肩をすくめ てみせた。 「未来人が過去とコンタクトを取るのは、手紙がお約束なんでしょう?」 色気のない封筒に、味気ない便せんを使って「あの日の校庭にあの日の時間に来られた し。J・S」と素っ気なく書き記した手紙をハルヒの家に投げ込んだオレは、ぽっかり空 いたこの時間をどうしようかと考えていた。 そもそも9時にハルヒがオレと会うということになっているのなら、その時間帯付近に 時間遡航すればよかったんじゃないか。仮にオレが手紙を出すことも規定事項に含まれて いるのなら、その役目は果たしたんだ。余計な時間をここで過ごすより、約束の時間まで 跳躍できないものだろうか。 そう朝比奈さんに提言したのだが、却下された。 「何故です?」 「まだ、古泉くんや長門さんが戻ってきてませんから……」 そういやあの二人、いったいどこをほっつき歩いてるんだ? 勝手に着いてきて、事が 終われば呼べなん……あれ? 呼べって、どうやって連絡を取れと言うんだ? この時間 じゃ携帯なんて使えないだろうし、家に電話するなんてもってのほかだ。 「朝比奈さん、長門や古泉とどうやって連絡取るんですか?」 「え? え~っと、それは……」 何気ない質問のつもりだったのだが、朝比奈さんは言葉を濁して腕時計に目を落とした。 何をそんなに時間を気にしているんだ? オレとハルヒの約束には、まだ5時間くらいは 余裕がある。それとも長門と古泉の二人と時間で待ち合わせでもしてたのか? あるいは、 時間的に気になることが他にあるとでも? 「朝比奈さん、二人がどこにいるか知ってるんですか?」 「あ、あの、別にそれは気にしなくても」 オレは再度、尋ねた。朝比奈さんは、明らかに動揺している。 ……裏があるのか。 何が特例だ。古泉と長門もこの時間帯でやることがあるから、着いてきたんじゃないか。 「あの二人はどこで何をやっているか、知っているんですね?」 「それは……えっと」 なんで口ごもるんだ、朝比奈さん。オレに言えないようなことを、あの二人はコソコソ やってるのか? だとすれば、長門が、というよりも古泉主導での企みか。あの二人の利 害が一致し、あまつさえ朝比奈さんさえも一枚噛んでいる画策。 それは今回の騒ぎのことか? まさか……今回の時空改変が狂言だとでも言い出すんじ ゃないだろうな? だってそうだろう。 オレは高校を卒業してから今日に至るまでの三年間、何かが変だと感じるようなことは 何もなかった。改変されたのか否か、と問われれば「ありえない」と答えるさ。ただ、未 来人たる朝比奈さんがそう言いだし、万能宇宙人の長門が肯定し、無駄に状況だけは把握 している古泉までも乗ってきている。 こいつらを知っているオレだ、そう言われれば信じるしかないじゃないか。もし三人が そろってオレを騙そうというのなら、オレは疑いもなく騙されるさ。 「だ、騙すなんて、そんなこと、」 わかってる。わかってるさ、朝比奈さん。古泉は……まぁ、おいとくとして、朝比奈さ んや長門がオレを騙す真似をするわけがないさ。だからこそ、なんだ。 「わかっているから、本当のことを話してくれって言ってるんです」 しばしの逡巡のあと、ふぅっ、とため息を吐いて、朝比奈さんはどうやら観念したらしい。 「キョンくんには、涼宮さんのことだけを考えていてもらいたかったんです。実は今、」 意を決して朝比奈さんが口を開くのと、それはほぼ同時に起こった。 瞬き一回分の刹那の瞬間に、周囲の景色ががらりと姿を変える。夕闇迫る朱色の空が、 雲一つない青空に変わり、堅いアスファルトの地面が足を取られそうな砂丘に変わる。 視界を奪うほどではないが黄土色の靄が辺りに漂い、平坦な空間がどこまでも続いている。 「ひゃうっ!」 朝比奈さんがオレに飛びついてきたが、オレだって何かに飛びつきたい気分だ。 なんだこれは? なんなんだ、いったい!? 「きょっ、きょきょ、キョンくん、ああの、あれ何ですかぁっ」 オレに縋り付く朝比奈さんが、オレの左手方向を指さして叫んだ。釣られて見れば、ガ キの頃にテレビでみた巨大ロボットのような巨体の、それでいてのっぺりした巨人が、両 手を鞭のようにしならせて暴れている。 まるで《神人》みたいじゃないか……って、ここは閉鎖空間なのか? なんでこんな所 にオレと朝比奈さんは引きずり込まれているんだ? 「こここ、こっち来てますよぉっ」 そんなこと、見ればわかりますって。 オレは朝比奈さんの手を取って、《神人》っぽい巨人に背を向けて走り出した。どこか に行けるわけでもないが、逃げ出したくもなるさ。とは言え、こっちが50メートル走っ たところで、相手は一歩でチャラにしちまう相手。どだい、逃げられるわけがない。 あっという間に距離を詰められ、降り注ぐ光を遮る影がオレと朝比奈さんを覆った。脳 裏に辞世の句が十個くらい浮かんだが、せめて朝比奈さんだけでも守りたい。 そう考えて、朝比奈さんを守るつもりで覆い被さって床に伏せた。そんなことをしても、 相手の質量を考えれば二人そろってぺちゃんこになることは分かっているさ。それでも、 そうしてしまうのは条件反射以外の何ものでもない。 間近で雷が落ちたように、空気が軋む。オレの体は空中に緩やかに放り投げられ……っ て、なんで放り投げられているんだ? どさり、と背中から地面に叩きつけられる。足下が柔らかい砂で助かった。受け身なん て取れるほど、機敏じゃないんだ。 機敏じゃないと言えば朝比奈さんは……と思って視線を巡らせると、地面に叩きつけら れる前にキャッチされてご無事のようだ。 「古泉……」 憎々しげに、あるいは感謝を込めて、オレは朝比奈さんを抱きかかえている微笑みエス パーを睨み付けた。 「言いたいことや聞きたいことは山のようにあるが、とりあえずは朝比奈さんを無事に守 ってくれてありがとう、と言ってやる」 「その言葉を聞いてホッとしました。てっきり、怒られるものだと思っていたので」 「怒るのはこれからだっ! なんだこれは? いったい過去まで来て、おまえと長門は何 をやってんだ! ここがどこで、なんで《神人》っぽいのが暴れているのか説明しろっ!」 怒鳴り散らすオレに、古泉は抱えていた朝比奈さんを下ろして肩をすくめた。 「残念ですが、あまり説明する時間はありません。ここは特殊空間ですから、本来の時空 間と時間の流れが違っていまして。あまりあなたをここに引き留めるわけにもいかないん ですよ」 「オレは説明しろ、と言ったんだ」 「それはここを脱出してから、長門さんに聞いてください」 古泉の体から赤い光が滲み出たかと思うと、その姿を赤光の球体へと変えて飛んでいく。 オレが初めて古泉に連れられて閉鎖空間に入り込んだときと、まったく同じ姿だ。 ってことはだ、あそこで大暴れしている巨人は、やっぱり《神人》ってことなのか? 「こっち」 ぐいっ、と首が絞まるほどの勢いで襟首を引っ張られ、口から「うげっ」っと声が漏れ た途端に、辺り一面が真っ暗になった。 別に締められてオチたわけではない。あの閉鎖空間らしき場所から、どうやら元の世界 に戻っただけのことだ。ただ……どうも入り込んだときからそれほど時間が経過したとも 思えないのに、空は夜の帳で覆われていた。 「時間がない。急いで」 オレの襟首を力任せに引っ張りながら、長門がそんなことを言った。 「ま、待て。急ぐ前にオレがオチる! 掴むなら手を掴んでくれぇっ」 必死の嘆願を聞き入れてくれたのか、長門はようやくオレの襟首から手を離してくれた。 最初から朝比奈さんの手を握ってるのと、同じようにしてくれ。 「急ぐのはいいが、おまえと古泉が何をやっていたのか説明してくれ。さっきの巨人はな んなんだ? あの空間はハルヒが作り出してたのか?」 「違う。我々に対する敵対勢力の残存兵力が、涼宮ハルヒの情報創造能力を流用して作り 出した疑似位相空間模と局地戦用人型兵器」 「敵対勢力?」 それはあれか、高校1年のころからチラホラ現れた、長門の親玉とは別種の情報生命体 やら朝比奈さんとは別種の未来人やら古泉の『機関』と対立してたヤツらのことか? け れどあいつらは……。 「それはあなたが気にすることではない。事後処理はわたしたちそれぞれが行わなければ ならないこと。先ほどの局地的非浸食性異時空間へあなたと朝比奈みくるが引き込まれた のは、わたしと古泉一樹の落ち度。済まない」 ……じゃあ何か、全部すっかり終わったもんだと思ってたのはオレだけで──朝比奈さ んは過去のオレたちを助けてくれているから別としても──長門や古泉は現在進行形で厄 介事を抱え込んでるのか? 「敵対勢力にとって、時空改変が行われ始めているこの時間帯が最後のチャンス。何かし らの接触があることは予測できる範囲」 「今は過去だろう、この時間のおまえや古泉は何をしてるんだ」 「この時間平面に存在するわたしの異時間同位体もそのことを把握しているが、わたしの 役目はあくまでもあなたと涼宮ハルヒの保全。他時間平面からの干渉に関してこの時間平 面に存在するあなたや涼宮ハルヒに敵対的接触が行われない限り、わたしが干渉すること はない」 ……クールというか、融通が利かないというか、いかにも長門らしい。 「どうして、まだ厄介事が続いていたことをオレに教えてくれなかったんだ」 「宇宙生命体の処理や未来の懸念、反社会的勢力への対処は、各々が所属する組織の問題。 あなたを巻き込むべきではないと判断したのは、わたしや朝比奈みくる、古泉一樹それぞ れの結論。あなたはには」 長門はゆっくりと、けれどしっかりオレを指さした。 「涼宮ハルヒのことだけを想ってほしい。それがわたしの……わたしたちの願い」 おまえは……おまえらはホントに……どうしていつも、人のことばかりを先に考えるん だ。そりゃオレには何もできないかもしれないが、もうちょっと頼ってくれたっていいだ ろうが! 「それは違う」 いつもより機敏に首を横に振って、長門はオレの言葉を否定した。 「今ならわかる。涼宮ハルヒは世界を変える力を持ち、あなたは人を変える力がある。三 年前まで、わたしたちはあなたに頼り続けていた。だから今は──」 長門は視線を彷徨わせ、自分の頭の中にある語録の中からもっとも適した一言を選び出 したようだ。 「──恩返し」 恩……恩ときたか。まったく、何言ってやがる。それこそお互い様じゃないか。 今までオレがどれだけ長門に……長門だけじゃない、朝比奈さんや古泉たちに助けられ たことか。オレに人を変える力がある、だって? それこそバカげている。変えたのはオ レじゃない。おまえたちが自分で変わろうと思ったから、変わったんじゃないか! 「ああああああっ!」 突如、朝比奈さんの場違いな叫び声が木霊した。 「な、なんですか突然!?」 「たっ、大変ですっ! 涼宮さんと約束の時間まで、あと30分もないですよぉ~っ」 おいおいおいおい、マジか。時間に余裕があると思っていたのに、何時の間にそんなに時 間が過ぎたんだ? 「疑似位相空間の中は通常空間と時間の流れが異なる」 先に言ってくれ長門。 「急いで、とわたしは言った」 ……ああ、そうだな。そうだった、悪かったよ。さっきまでのいい話が台無しになるか ら、そんな睨まないでくれ。 「と、とと、とにかく急ぎましょ~っ」 言われるまでもない。オレたちはハルヒが待っているであろう、公立中学校を目指して 走り出した。 なんだっていつもいつも、時間ぎりぎりになるのかね? 高校時代の市内パトロールの 時みたいに驚異的な集合時間前行動を取っていたSOS団としては、嘆かわしいことこの 上ない状況じゃないか。オレだって誰かとの待ち合わせのときは、今でも最低でも10分 前には待ち合わせ場所に着くようにしてるってのに。 「……え? あれ、うそ……なんで?」 急いでいたオレたちだったが、急に朝比奈さんが立ち止まって困惑顔を浮かべた。困惑、 というよりも青ざめている。これ以上、どんな厄介事が降りかかってきたっていうんだ。 「あの……あたしたち4人に、元時間への強制退去コードが発令されちゃいました……」 「はぁ?」 勘弁してくれ……いったいどんな厄介事のドミノ倒しだ? そもそも、いったい何の話 だ? いや、言いたいことはわかる。この時間において、オレたち4人はイレギュラーな 存在だ。だからこれ以上引っかき回さずに元の時間に戻れ、と言いたいんだろう。 だが待ってくれ。そうじゃないだろ。オレたちは改変された世界を元に戻すためにこの 時間に来ているんだ。そうじゃなかったんですか、朝比奈さん!? 「そ、そうです! でも、上の……あたしの組織のもっと上の方から、今回の改変は歴史 変化の許容範囲と見る意見もあって……だから、その」 「つまり、あなたと涼宮さんの結婚がもたらす変化より、結婚しない未来の方を選択した、 ということですか」 おまえ、古泉……何時の間に現れやがった。というか、無事だったか。 「空間の断裂がこの近くだったのは幸いですね。手間取りましたが、なんとか弱体化させ ることはできました。あとはこの時間平面の『機関』の役目です。それよりも、困った事 態ですね」 「何がだ?」 「朝比奈さんも単独で動いているわけではなく、我々の『機関』のような仕組みになって るのでしょう。そこで今回の出来事の意見が分かれており、結果、今回の時空改変は歴史 が持つ多様性のひとつ、許容範囲内の変化だったと結論づけたのではないでしょうか?」 「なんだそれは? ずいぶん勝手な話じゃないか。そもそも今回の時空改変はオレとハル ヒが結婚するかしないか、だろ? それはちょっとした歪みとかじゃなくて、未来におけ る決定的な違いを生み出すんじゃなかったのか?」 これじゃまるで、朝比奈さんが所属する組織の上が、オレらの敵対勢力の肩を持つよう なもんじゃないか。おかしくなってる未来をまともな形にするために、オレたちはこうや って過去までやってきて……まとも? ……なら、本来、朝比奈さんが知っている未来と、今こうしておかしくなっているとい う未来の違いってなんだ? オレとハルヒが結婚するかしないかで、未来が無視できない ほどの決定的な違いってなんだ? 朝比奈さんが「禁則事項」と言った、その答えはなん なんだ? 「あなたと、涼宮ハルヒの子供」 答えを言うことができない朝比奈さんに変わって、神託を下す使徒のように長門は告げた。 「確証はない。けれど考えられる選択肢のひとつ」 「どういうことだ?」 「あなたと涼宮ハルヒが結ばれることによって、涼宮ハルヒが有する情報創造能力がどの ように変化するか、あるいは受け継がれるか、それがわかる」 なんだそれは? 「……その考えは『機関』の中にもありました」 どこか言いにくそうに、古泉が長門の言葉を受け継いで話を続ける。 「涼宮さんは世界を創造するという、神の如き力を持っている。けれど体は生身の人間で す。いずれは老衰で、あるいは突発的な事故や病気で不帰の客となる日が必ず訪れます。 そのとき、世界はどうなるのか。何事もなく続くのか、あるいは消滅するのか、もしくは がらりと様変わりをするのか……それとも、力を受け継ぐ神の子が現れるのか」 「それが……ハルヒとオレの子供だとでも? それを言うなら……」 言っていいのか? それを、オレが。 「……何もオレとの子供じゃなくたっていいだろう。ハルヒが産む子供であれば、別にオ レじゃなくたって」 言うべきじゃなかった。口にして後悔した。オレが何を思ったのかは……まぁ、察してくれ。 「朝比奈さん、強制退去コードが発令されたとおっしゃいましたが、具体的にはどうなる のでしょう?」 オレが今、どんな顔をしているのかはわからない。ただ、古泉はオレの意見を無視して 朝比奈さんに話を戻した。 「朝比奈さんは立場上、元時間に戻らなければならないでしょうが、僕たちにまで強制力 がある命令とは思えません。僕たちが勝手に行動すること──そういうことにして、見逃 してはいただけませんか?」 珍しく古泉が悪巧みめいたことを言うが、朝比奈さんは力なく首を横に振った。 「強制退去コードが発令された以上、あたしに拒否権はありません。仮に拒否できたとし ても、あたしたち4人は強制的に元時間へ時間遡航させられます」 「……長門さん、その場合、あなたの力で時間遡航をキャンセルすることはできますか?」 「できなくはない。が、推奨はしない」 長門にしては珍しく、その表情に諦めの色が浮かんでいた。 「朝比奈みくるの所属する組織と敵対することになる」 「しかし……」 「やめとけ、古泉」 気持ちは嬉しいがな、これ以上、オレとハルヒのことで話をこじらせたって仕方がない。 下手すれば、朝比奈さんの立場がマズイものになる。 これがまぁ、運命ってヤツだ。もともとオレとハルヒの道は、高校卒業と同時に分かれ た。普通なら、もうそれっきりさ。けれどオレの場合、もう一度だけ道が交わるチャンス があっただけめっけもンさ。それでも交わることができなかったというのなら、それを運 命といわず、なんと言おうか。 それだけハルヒがオレ……たちと離れることを望んでいたってことだろう。あいつが一 人で進むべき道を選んだというのなら、追いかけるべきじゃない。 「あなたは……それでいいんですか?」 「いいも悪いも、もう何もできることはないだろ。オレだって……」 そうさ。オレだって出来ることがあるのなら、なんとかしたい。けれど時間がない。で きることは何もないじゃないか。諦めたくはないが、諦めざるを得ないじゃないか。 「…………まだ……」 ポツリ、と朝比奈さんが呟いた。 「まだ、です。まだ出来ることはあります。強制退去コードが執行されるまで、まだもう 少しだけど、時間があるはずです。5分後かもしれないし、次の瞬間かもしれないけど、 まだ諦めちゃだめですっ」 「しかしですね……」 「しかしもカカシもありませんっ! キョンくん、諦めるためにこの時間平面に来たんじ ゃないでしょ? 涼宮さんとまた、会いたいんでしょ? なら、諦めないでください! あたし、イヤなんです。ホントのことがウソになっちゃうなんて、そんなの絶対イヤなん ですっ!」 朝比奈さん……。 あああああーっ、くそっ! 何をやってんだオレは!? 歳とって諦めやすくなっちまっ たか? 朝比奈さんにそんな当たり前のことをいわれなくちゃ行動できないような、マヌ ケな男になっちまってたのか? 情けないにも程がある。 「すいません、朝比奈さん。それに、長門も、古泉も。迷惑かけちまうが、勘弁してくれ!」 オレは走り出していた。普通に考えれば間に合うはずもなく、こんなことしたって無駄 で無意味なのはわかっている。 だからどうした。 無駄で無意味のどこが悪い。オレは感じたままに、感じたことをするだけだ。 立ち止まってたまるか。下を向いてどうする。あいつはいつも、くっだらないことをク ソ真面目に前を向いて、一時も立ち止まらずにやりたいことをやってたじゃないか。 思い出せ。長門が世界を改変させたとき、オレは何を考えた? どういう結論を出した? 忘れるわけがない。身の回りに宇宙人やら未来人、超能力者がふらふらしている世界を 肯定し、受け入れ、傍観者から当事者になることを選んだ。涼宮ハルヒという訳の分から ないヤツを中心に、バカ騒ぎしてやろうと決めたんじゃないか。 それを決めたのはオレだ。もう離さねぇぞ、ハルヒ。おまえが拒んだってな、オレのほ うから食らいついてやる。おまえの我が侭にはイヤってほど付き合ってやったがな、オレ と離れたいなんて我が侭だけは、大却下だっ! 「はっ……がぁっ、くそっ……」 もう汗も噴き出しやしねぇ。口の中はカラカラだ。運動不足がここに来てアダになって やがる。足の筋肉は悲鳴を上げて、目もかすみ、音もよく聞こえない。 見慣れた線路沿いの道までたどり着いた。あとはそこの角を曲がればゴールだ。ここで 立ち止まったら、二度と動けない。そんな気分で角を曲がる。 そこでオレは愕然とした。 道がない。真っ暗な闇が、そこにある。なんだコレは? どういうことだ。 後ろを振り返れば、今まで走ってきていた道が、景色が、光の粒子に姿を変えて消えて いる。角砂糖で作られた町並みが、雨に濡れて溶けていくようだ。 まさかこれが……朝比奈さんの言っていた強制退去コードの発現ってやつか? オレは ……間に合わなかったのか? 「くそっ……」 間に合わなかった。ゲームオーバーだ。コンテニューも復活の呪文もありゃしない。未 来を出し抜こうなんて、オレには過ぎた妄言だったってことか。 「認めるか……認めねぇぞ、こんなこと!」 散々走り回って、喉もカラカラで声なんて出ないと思っていたんだが、それでもオレは 叫んでいた。まだ、オレの体は声を出す気力を残していたらしい。 「ハルヒーっ!」 周囲が闇に包まれる。確かにそこにあるのは、立つことだけを許された儚げな小さい足 場だけ。それすらも、今に消え去ろうとしている。 「待ってろ、必ず会いに行くから!」 違うだろ。そうじゃない。言いたいことは、そんなことじゃない。いい加減にしろよオ レ。二十歳を過ぎて一年も経ついい大人が、言いたいこともわからないのか!? 「ハルヒ、オレは……っ!」 視界が回る。耳鳴りがする。誰かの声が聞こえた……気がする。 誰だ? 誰かそこにいるのか? そこにいるのはおまえか、ハルヒ? 手を伸ばす。その方向で合っているのかどうか、わからなくともオレは手を伸ばした。 目を見開いているはずなのに、何も見えない。闇がこれほど怖いと思ったことはなかった。 伸ばした指先に、何かが触れる。触れたような気がした。必死にそれをたぐり寄せよう ともがくが、感覚がない。自分の体なのに、自分のものじゃないみたいだ。 不安ともどかしさで、気が変になりそうだった。 体全身の感覚がなくなる。上下感覚すら消失する。 そしてオレは──何かを手にしたのか、それとも失ったのか──それを確かめることも なく……意識を暗転させた。 ゴンッ! と、額に携帯電話がダイブしてきた衝撃でオレは目を覚ました。最悪な目覚 めに気分も落ち込むってもんだ。おまけに体全体が筋肉痛で痛むし、どうして自分がアパ ートの自分の部屋で寝ていたのかさえ思い出せない。 ──まいったな…… ご丁寧に、強制的に現代に戻されたかと思ったら、自分のアパートか。旅費が浮いて助 かった、なんて感謝するとでも思ってるんじゃないだろうな? オレはついさっきまであったことを、すべてしっかり覚えている。人を引っ張り回すだ け引っ張り回して、こっちが何もできないのをいいことに、無理矢理元の時間に戻された 恨みを忘れてたまるか。 オレに感謝されたいんだったらな、せめてその記憶もしっかり消してくれ。 「くそっ……」 ここまで自分が無力だと思い知らされた日はなかった。泣くべきか叫ぶべきか、それす らもわからない。眠りを妨げた携帯電話を手にとって、八つ当たり気味に投げ捨てようと 思ったそのとき、ふと画面を見れば、おびただしい量の着信履歴があることに気付く。 履歴は、朝比奈さん6割、古泉3割、長門1割ってとこか。留守電にも、各々コメント が入っていた。いちいち紹介するのも面倒臭い。ざっくばらんに紹介すれば、朝比奈さん は謝罪、古泉は慰め、長門は……相変わらず、何が言いたいのかさっぱりだが、まぁ、慰 めてくれているんだろう。 魂の抜け殻になった体は、各々のコメントをただ適当に聞き流していた。 ため息しか出ない。 どんな慰めや謝罪の言葉をもらったところで、誰に当たり散らせばいいってもんでもな い。この結果になったのはハルヒが望んだからであり、オレの力不足のせいでもある。 遠いな、ハルヒ。 おまえがこんな遠くに感じたのは初めてだ。おまえと離れたこの三年間、そんなことを 微塵も思ったことはないし考えたこともないが、今は無性におまえが遠くに感じる。 「……ん」 三人のメッセージを聞きつつ、頭の中ではハルヒのことを考えていたオレは、おそらく 最後に録音されていたであろうメッセージで、ふと現実に引き戻された。 これまで散々録音されていた三人それぞれの声が、そのメッセージで途切れた。何も喋 ってねぇ。留守録に切り替わると同時に切ってやがる。 イタズラ電話か、間違い電話か。 どっちだっていいさ。用があるヤツなら、メッセージのひとつも入れておくだろう。 携帯を投げ捨て、煙草に手を伸ばし、火を点ける。紫煙を燻らせ、テレビを付けると、 朝のワイドショーがやっていた。丁度朝の八時か。 コメンテイターが「ゴールデンウイークが終わって今日から仕事の人も……」などと、 どうでもいい前振りをしている。 だからどうした。そろそろ将来のことを見据えて仕事選びを始めたオレなんて、毎日が 暇つぶしみたいな……なんだって? 今、なんて言った? オレはテレビにかじり付く。ええい、おっさんのドアップなんぞ映さなくていい。今日 が何日なのか教えろ。って、そうか、携帯を見ればいいのか。 放り投げた携帯を拾い上げて、カレンダーを見る。間違いない、疑念が確信に変わった。 今日は、朝比奈さんの電話でたたき起こされてハルヒが起こした時空改変を修正するた めに過去へ旅立ったその日だ。 それが何を意味するのか? 答えはシンプルだ。けれど、その計算式は複雑極まりない。 答えはわかっているが、その説明ができない。 先に答えを出しておこう。 時間がズレしている。 それしかない。それで間違いないし、それ以外にあり得ない。 本来なら……というか、オレの記憶が正しければ、これから古泉に連れられて田舎に戻 り、長門のマンションから三年前の過去に旅立つはずだ。 しかしそれは、もう過ぎたことになっている。 何故それがわかるのか。 決まっている。朝比奈さんや古泉、長門からの留守録メッセージが、事の終わりを告げ ているからだ。この日、オレの記憶では「今日、過去に行って失敗する」という、その規 定事項はすでにクリアされている。 どういうことだ? 何がどうなっている? すべての出来事が1日ズレていることに… …どんな意味があるんだ? そのことを説明できるのは……あいつしかいない。 オレはすぐに電話をかけた。コールを待つまでもなく、すぐに繋がる。電話の前で待機 してたんじゃないかと思える速さだ。 「すまん長門、オレだ。ちょっと混乱してるんだが……」 『わかっている』 説明が短く済んで助かる。こいつにも、すべてわかっているんだな。それとも、この存 在しない一日をくれたのは、おまえか? 『わたしは何もしていない。今日は、すべての人々にとって当たり前の一日。昨日という 過去が今日という今になった、平穏な日常。あなたにとっても、そう』 当たり前の一日だって? 今のオレにとっちゃ、奇妙で非日常的な一日でしかないぞ。 『違う』 長門はオレの言葉を否定する。 『今日はあなたが知っている平穏な一日。あなたが本来存在する、今の時間。誰にも邪魔 はできない。わたしがさせない。だから──』 長門は同じような言葉を繰り返し、しばし口を閉ざしたかと思うと、最後に一言だけ付 け加えた。 『──待っている』 がちゃり、と通話は切られた。長門から受話器を置いたのだろう。もうそれ以上、話す ことはないと言いたげだ。 ──いや、違うな。話すことがないんじゃない。話せる言葉がないんだ。 あれが長門の精一杯だ。何かしらの制限を受けているのか、それとも適切な言葉が思い 浮かばなかったのか……どちらにしろ、長門はオレに答えを伝えている。 オレが存在する時間。当たり前の日常。そして、存在しないはずの一日。 大丈夫だ、長門。おまえは本当に頼りになるヤツだよ。おまえのメッセージはいつもあ やふやだが、伝えたいことはしっかり伝えてくれることを、オレは知っている。そしてち ょっと考えれば、すぐにわかる答えばかりだったよな。 オレはシャワーを浴びてから身支度を調え、乏しい財布の中身を見てため息を吐いてか ら、外に出る。 今日が昨日から続く当たり前の日常だと言うのなら──行くべき場所は、一カ所しかない。 小春日和の天気とは言え、夜になるとまだまだ寒くなる。筋肉痛プラス新幹線移動のひ どい仕打ちでへばっているオレの体は、ゆるゆると続く路線脇の道を歩くだけでも悲鳴を 上げそうだった。 時折過ぎていく電車は、ドップラー効果を残して消えていく。次第に人気の失せていく 道に、北高のセーラー服姿の似合う朝比奈さんを背負って歩いた思い出が蘇る。 過去を懐かしむことができるのは、大人の特権か。 昔を思い出してため息を吐くなんて、昔は年寄りじみて自分はそうなりたくないと思っ ていたが、逆に今は振り替える思い出があることを誇りに思う。 その誇りも、ただ日々を積み重ねてきただけで培われるものじゃない。自分から前に出 て行動しようと思ったからこそ、作り出すことのできた思い出だ。 「おい」 おまえの思い出だってそうだろ? オレなんかじゃ比べものにならないバイタリティ で、いつもオレの手を引っ張って良くも悪くも行動を起こしてたよな? そこの──鉄格 子をよじ登ろうとしているお姉さん。 「なによっ」 そいつはポニーテールの髪を揺らし、貫くような視線をオレに向けた。 既視感を覚える。 三年か。そういえば前も三年の差があったな。これはあのときの再現なのか……なら、 次に出てくるセリフもわかってる。 「なに、あんた? 変態? 誘拐犯? 怪しいわね」 こういうのも、以心伝心というのかね? 嬉しいと思うべきか、嘆かわしいと感じるべ きか、答えは保留にさせてくれ。 「おまえこそ何をやってるんだ?」 「決まってるじゃない、不法侵入よ」 そう言って、二十歳も超えて立派な成人になったってぇのに、鉄扉の内側に飛び降りて、 閂を固定していた南京錠をはずした。その鍵、まだ持ってたのか。 鉄扉をスライドさせて6年前のように──こいつにしてみれば、もう9年も前の話か──手 招きをして、自分はさっさとグラウンドに歩いていった。 これでオレも不法侵入の共犯者か。 肩をすくめて後に続くと、そいつは満点の星空の下、グラウンドの真ん中で空を見上げ ていた。七夕と違うのは、この空の明るさか。この辺りも都会になったと思っていたが、 東京に比べると星の数が段違いだ。 「ねぇ、宇宙人っていると思う?」 空を見上げたまま、そう聞いてきた。 「いるんじゃねぇの?」 「じゃあ、未来人は?」 「いてもおかしくないな」 「超能力者は?」 「そんなもん、そこいらにゴロゴロしてるさ」 「ふーん」 気のない返事をして、空を見上げていた視線を足下に移す。吹き抜ける風が、束ねた髪 を凪いで駆け抜ける。その表情は、笑顔とはほど遠い。 想起する時間はここまででいいだろ? 「悪かったよ」 オレはその姿に謝罪した。 これでも急いで来たつもりなんだ。あっちこっち寄り道して、長門からヒントをもらって、よ うやく今日のこの日、この瞬間にたどり着くことができた。 オレにとっての日常。当たり前の平穏。それは、宇宙人や未来人、超能力者と訳の分か らん事態に巻き込まれて、その中心にいる唯我独尊の団長さまを心配する一日。 そして、ズレた今日が過去になった今という現実。存在しない一日という奇跡を残して おいてくれたのは──おまえだよな、涼宮ハルヒ。 ようやく、おまえを見つけることができたよ。 「三年も待たせて、悪かった」 「まったくね。ま、あんたの遅刻癖はいつものことだけどさ」 怒るでも呆れるでもなく、ハルヒはそう言った。どこか遠くを見ているような、けれど その目はオレを見ているのではなく、違う何かを見ている。 「この三年間、どうだった?」 「別に。どーってことない毎日だったわ。そこそこ楽しくて、まぁまぁつまんなくて…… そういうあんたはどうなのよ」 「あり得ないことが連続の、非日常だったよ」 それは揶揄でも誇張でもない、事実あり得ない日々の連続だったさ。毎日決まった時間 に目を覚まして大学に通い、その後バイトに行って疲れて帰ってきて寝る。 あり得ないだろ? 高校時代のオレの日常からは、かけ離れた生活じゃないか。近くに 宇宙人も未来人も超能力者も──ハルヒすらいない日々なんだぜ。 そんな世間一般の平凡な生活を送るハメになったのも、おまえがオレを見捨てようとし たからなんだ。分かってるのかよ? 「なんでオレたちから離れようと思ったんだ?」 「……別にそんなこと、思ってない」 はぁ~っ、とオレはため息を吐く。 そうだな、おまえはオレたちから離れようなんて微塵も思っちゃいなかっただろうよ。 ただ、今のはオレの聞き方が悪かっただけだな。訂正しよう。 「なんでオレから離れようと思った」 オレはそこまで鈍感じゃないんだ。おまえは確かに長門や朝比奈さん、古泉と離れたい とは思っていなかっただろうが、オレとはどうだ? 距離を置こうとしてたじゃないか。 そりゃないぜハルヒ。オレを巻き込んだのはおまえの方だってのに、なのに見捨てるな んて酷すぎるじゃないか。 「あたしが……あたしであるために……かな?」 ハルヒは淡々とそう告げた。 意味わかんねぇよ。おまえはいつもおまえで、そのままだったじゃないか。オレが側に いてもいなくても涼宮ハルヒだったじゃないか。だったら、オレが側にいることを許して くれてもいいじゃないか。 「違うわよ。あたしは、あんたがいたから『あたし』だったの」 そう断言した。断言してから、一瞬迷うように視線を泳がせて、言葉を続ける。 「中学の時はずっと一人で好き放題やってて、周りから孤立してた。高校でも、そうだと 思った。けど、あんたがいてくれた。あんたは嫌々だったかもしれないけど、それでも引 っ張るあたしに『やれやれ』って顔しながら、それでも着いてきてくれて……それが嬉し かった。あんたがいたから、あたしは一人じゃないって思えたし、笑っていることもでき た。でも」 ハルヒは、心の中の澱んだものを一緒に吐き出すかのように吐息を漏らした。 「もし、あんたがいなかったらあたしはどうなってたと思う?」 貫くようなハルヒの視線。その視線には、何の感情も込められていなかった。喜びも悲 しみも、怒りも哀れみもない。いや、もしかするとすべての感情がごちゃ混ぜになってい るからこそ、オレにはわからなかっただけかもしれない。 「そして気づいちゃった。あんたがあたしを守ってくれて、笑うことを許してくれて、支 えてくれてたんだって。そんなあんたがいなくなたら……あたしはどうなるの? あたし を生かしてくれていたあんたがいなくなったら……あたしはあたしじゃなくなるの? そ んなことないって思った。思いたかった。だから」 それが、オレから離れた理由? それを本気で言ってるのか、ハルヒ。おまえはそれで いいかもしれないが、ならオレの気持ちはどうなる? 自分勝手も過ぎるってもんじゃないか。 「あたしが何も知らないとでも思ってんの? あんた、いっつも額にしわ寄せてさ、すっ ごく大変で困ったこと抱えてますって顔してたじゃない」 オレ、そんな顔してたのか。確かに毎日そんな気分だったが、自分じゃまったく気づい てなかった。そうだな、ハルヒは勘の鋭いヤツだから、気づかれていてもおかしくはない。 「あたし、あんたの力になりたかった。あたしに何かできることがあるのかわからないけ ど、それでも力になりたかった。なのにあんた、何も話してくれなかったじゃない。手を 差し伸べることさえ許してくれなかった」 「それは……違う。オレは、」 「あんたが抱え込んでた不安って、あたしのことなんでしょ?」 オレは、何も言えなかった。オレが抱え込んでいた懸案事項は、確かにハルヒのこと。 それが間違っていないからこそ、何も言えなかった。 「あたし、あんたの重荷になんてなりたくない」 揺るがない意思。挑むような言葉。こいつの頑固さは今に始まったことじゃないし、思 い込みの激しさも並じゃない。一度口にした言葉が覆ることもない。 それが真実の言葉なら。 「ウソはやめろ」 今の言葉のすべてがウソだとは言わない。ハルヒの偽らざる本心であることもわかって いる。けれど、その土台となる思いがウソなら、それは見かけ倒しの本心だ。根本にある 思いを偽っている限り、オレが簡単に騙されると思うな。 こいつは三年前の高校卒業のときに、オレに本心を見せていた。告白したことや、キス してきたことじゃない。すべて吹っ切ったように見せた笑顔でもない。 最後の言葉だ。 あれが、おまえの偽らざる本心じゃないか。 「覚えているか? おまえ、オレに『じゃあね』って言ったんだ。『さよなら』じゃなく て『じゃあね』って。何もかも吹っ切ったように見せて、告白してキスまでして、それで も最後の最後でおまえは『さよなら』が言えなかったんだ」 だから、今がある。この日、この場所で出会うことができた。 「ハルヒ」 オレはハルヒの手を取って、抱き寄せた。 いつもこいつの方から手を差し伸べていたけれど、オレはいつも振り払っていたのかな。 悪かったよ、そんなつもりはなかったんだ。それでも今日だけは、今だけは、オレの方か ら差し伸べる手を振り払わないでくれ。 「おまえ、卒業のときに『オレの気持ちなんてどうでもいい』とか言ってたな。ひどいじ ゃないか。自分だけ言いたいこと言って、オレには何も言わせてくれないのか」 「……なによ」 「オレは、おまえと離れたいなんて考えたことは一度もない」 「…………」 そうさ。オレはそんなことを本気で考えたことなんて、一度もないんだ。 間違えるな。ハルヒに辛い思いをさせていたのはオレなんだ。意識的にしろ、無意識的 にしろ、傷つけていたのはオレのほうだ。 そして、それを気づかせてくれたのもハルヒだ。 それも忘れるな。ハルヒがオレと出会って変わったって言うのなら、オレもハルヒのお かげで変わることができた。おまえが隣にいることが、オレにとっての日常であたりまえ なんだ。もうこれ以上、無意味でつまらん非日常なんて送りたくはない。 だから、言わせてくれ。 「おまえが好きだ」 「……そんなの……とっくにわかってたわよ、このバカっ!」 絞り出すような声。微かに肩が震える。それでもコイツのことだ、泣いちゃいないだろ う。泣きじゃくるハルヒなんて、想像もできやしない。 「そうか、わかってたか」 今更だが──オレにも三年って時間が必要だったんだよ。そのくらい、察してくれ。 「三年じゃないわ」 ハルヒはそう言うと、ポケットから色あせた便せんを取り出した。ああ、すっかり忘れてた。 「あたしにとっては、中学から今日までの、九年越しの思いよ」 「そりゃまた……気の長い話だな」 「待たせたのはあんたでしょ」 「いや待て。それはジョン・スミスだろ? オレじゃない」 「あんたがジョン・スミスでしょ?」 「いや……まあ」 「それとも、キョンって呼ぶべき?」 こいつの意地の悪さは承知しているが、ここまでとは想定外だ。 「こんな時くらい、ちゃんと本名で呼んでくれ」 「本名……ねぇ」 ハルヒは──本当に久しぶりに──白鳥座α星の輝きのごとき笑顔を浮かべ、底意地が 悪く口元を釣り上げてから「あんたの本名なんて忘れちゃったわ」と言って……オレの反 論なんぞ受け付けないとばかりに唇を重ねてきた。 それは冗談だよな? まさか本当にオレの本名を忘れてるわけじゃないよな? もし忘 れてるってんなら……まぁ、いいか。 それでごまかされるのがオレらしい役どころだろ。 エ ピ ロ ー グ 後日談を語るほど、まだ日は経っていない。語るべきことは何もなく、あとは口を閉ざ すべきかもしれないが、一言だけ付け加えるのが筋というものか。 あの存在しない一日が朝比奈さんが言うところの「オレとハルヒが入籍する日」らしい が、だからと言って勢い余って役所に駆け込むほど、オレもハルヒもテンションは高くな い。いやまぁ、ハルヒはそんな気満々っぽかったが、オレは東京で大学に通い、ハルヒは 地元の大学で考古学の勉強に精を出しているわけだし、距離は相変わらず離れているが、 それも大学を卒業するまでの話だから、ということで引き留めた。卒業したら……さて、 どうなるのかね? 朝比奈さんの真似をして「禁則事項」とでも言っておこうか。 そんな朝比奈さんは、この間の一件のせいもあってか、もっと立場が上の人間になろう と努力しているようだ。あなたなら成りたい人になれますよ。 厄介なのは古泉だな。事の顛末を知ったあいつは、肩をすくめて「まだ僕の副業は続き そうですね」などとほざいた。何がどう続くのか問いつめたいところだが、ま、その笑み が作り物っぽくなかったから許してやるが。 事が終わって一番苦労しているのは長門かもしれない。なにしろあいつはハルヒと同じ 大学だ。この前、電話で報告したときなんぞ「知ってる」とすでに把握済みの上に「涼宮 ハルヒに聞いた」と続け、最後に──これはオレの気のせいかも知れないが──ため息を 吐いたような気がした。 それがオレの気のせいならいいが……ハルヒ、おまえはオレがいないところで長門に何 を吹き込んだんだ。一万五千四百九十八回くらい同じ夏を繰り返してようやく、つまらな さそうにする長門に、ごく普通の日常会話で呆れを感じさせる話をしつこいくらい繰り返 したのか? ……考えるのはやめておこう。むしろこれから考えるのは、東京に遊びにくるハルヒを 迎えに行ったその後だ。今回ばかりは遅刻するわけにもいかない。 携帯を手に取り、メールを確認すると「到着10分前には待ってること。遅れたら罰金 だからね!」と着信があった。 わかってるよ。散々待たせたんだからな、今回ばかりは遅れるわけにはいかない。 遅れるといえば、何故ハルヒが五月のゴールデンウィーク明けまで待っていてくれたの か後になって分かった。 過去においてオレが、というかジョン・スミス名義で投げ込んだ手紙は、高校卒業の三 月のこと。それから二ヶ月も過ぎていたのに、あいつは存在しない一日を作ってまでオレ を待っていたのには、ちゃんと理由があるんだが……その理由が意味不明だな。 ジョン・スミスと会った七夕でも、高校を卒業してオレと決別しようとした日でもなく、 あいつが選んだその日が──オレと普通に会話を始めた日だなんて、わかるわけないだろ。 さて、そろそろハルヒがやってくる。驚いたことに、あいつのほうから宇宙人や未来人、 超能力者についてオレを問い質したりしてこないんだが……話をしてやるべきかな? そ れとも、あいつが持ち込む厄介事に巻き込まれることを懸念するべきか。 ま、どっちでもいいさ。 それが、オレが散々苦労して取り戻したごく当たり前の日常や──ハルヒの笑顔につな がるならね。 〆
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「いやーすっかり遅くなっちゃったわね」 全くだ。現在時刻、午後9時半。部活にしては遅すぎるぜ。 朝比奈さんなんかさっきからあくびをかみ殺してばかりだ。ふぁあ。あくびうつった。 とりあえず、早く帰って休もうぜ。明日休みとは言え疲れをためるのは良くない。 「わかってるわよ!…キョン、古泉くん!」 何だ。 「何です?」 「女子をそれぞれの家に送りなさい!こんな時間に女の子が一人で歩いたら危険よ!」 あのなハルヒ、こんな時間になったのはお前が… 「わかりました。ここから一番近いのは長門さんの家ですね」 「じゃあみんなで有希の家へゴー!スパイダーマン♪スパイダーマン♪」 近所迷惑になるからスパイダーマンのテーマ(エアロスミス)歌うな。 「ぅう…暗いですね…」 すみません朝比奈さん、俺がついてますから…本当だったら真っ先にあなたを… 「…キョン」 何だよ… --------- 何となく喋りながら歩き、ほどなく長門のマンションに着いた。 まだ更に朝比奈さんの家・ハルヒの家へと行かなけりゃならん事を考えると少々気が滅入るがまぁ仕方ない。 じゃあな長門。また学校でな。 「………」 「どうしたの有希?」 マンションの門で立ち止まったままの長門に、ハルヒが問い掛ける。 確かに様子がおかしいな。どうしたんだ? 「…あそこ」 「…ぁあっ!ひぃい…」 長門の視線が指す先を俺が見る前に朝比奈さんの悲鳴が夜の住宅地に響いた。 おいおい…あれは… 「おやおや…これは」 おやおやって…お前な… 「キョ、キョン!何なのあれ!」 俺に聞くな!俺にはアレにしか見えんが… 「…有機生命体の言語で言うなら」 待て待て。俺は認めたくないんだ。何かの間違いだ。特撮だ。 「あれは幽霊」 ……はぁ… 「ふみゅう。。。」 崩れ落ちる朝比奈さんを古泉と支えながら、長門に尋ねる。 マジで言ってるのか?幽霊なんてホントにいるのかよ。 「いるじゃない実際に!あたしだってそりゃ100%信じてたわけじゃないけど、 幽霊なんていないって言うならアレは何よ!」 確かにハルヒが指差す先には、中学生くらいの女の子が… その…何だ。浮いてるんだ。宙に。 それに俺は長門に聞いてるんだ。なぁ長門、本当に幽霊なんか… 「…あなたは誰?」 …は?何故それを俺に向かって言うんだ?聞くならアッチだろ? 「あなたに聞きたい。答えて。」 …何か意図するところがあるみたいだな。 俺は俺だ。これでいいか長門。 「いい。次の質問」 ……… 「なぜあなたはあなただと言い切れる?」 ……解らん。 「降りてきなさーい!あんたに聞きたいことがあるのよ!」 向こうでハルヒが拳を振り上げ何やらきゃいきゃい騒いでいるがとりあえず無視する。 「…自意識という情報があるから」 「自分、という概念」 「その情報はとても大事」 「それが確立していないとヒトは自他の境界線を失う」 「だから自意識の情報には強固なセキュリティがかかっている」 「普通死後は全ての情報が破棄されるが自意識の情報はそのセキュリティのせいで残る事がある」 「それが幽霊」 要するに、自意識情報が魂みたいなもんで死後に残ってしまうといわゆる幽霊になるってわけか? 「そう」 なるほどな… 情報統合思念体なんてものの存在を知った今じゃ、 幽霊が完全削除するのを忘れてゴミ箱フォルダに残ったデータだ、 とかいう突拍子もない話の方が、もっともらしい心霊番組よりよほど信じられる。 「キョン!あんたさっきから人を無視して!」 …あぁ、すまん。 「あいつ捕まえるわよ!」 幽霊をどうやって捕まえるって言うんだ! 「頑張るのよ!」 「そうですよ。努力は時に天才を打ち負かすものです」 …古泉を本気で殺したいと思ったのは初めてだ。いや初めてか…?まぁいい。 あのなお前ら、 「あっ!消えた!」 なにっ? さっきまでヤツがいた所を見ると…確かに消えていた。 あぁ…俺の頭にわずかに残っていた特撮説も、一緒に消えちまった。 一般人よりもちょっとばかり超常現象に耐性がついてる俺は、 幽霊が消えた事に驚くよりもさっきから最高の笑みを崩さずこっちを見ているハルヒが、 次に言うだろうセリフを予測しうんざりしていた。 「探すわよ!」 ってな。…まぁいいが、 探しに行く前に、朝比奈さんを起こさないとダメだろ。 「そうね。みくるちゃん起きなさい。気絶なんかしてる場合じゃないわよ」 「う…ん…」 俺の腕の中でかわいらしい声を出す朝比奈さん。 自制しなければ…ってうわぁ! 「……」 いきなりがばっと立ち上がった朝比奈さんは、黙ったまま俺達に視線を向けた。 「みくるちゃん…?」 「これは少々厄介ですね…」 どういう事だ古泉。 「朝比奈みくるの自意識情報が一時的ブランク状態である事を利用して入り込んだ」 …えっとつまり… 「朝比奈さんが気絶しているスキに幽霊が憑りついたということです」 「みくるちゃんが憑りつかれた!?凄いわみくるちゃん! 日頃から巫女さん衣装とか着せてるから霊媒体質になってたのかも!」 …何でそんなに嬉しそうなんだ。 しかし、ハルヒがいくらつねったり胸をつついたりしても無反応な事を考えるとどうやらマジらしい… 「あなたたち」 朝比奈さん(霊)が突然口を開いた。 「あなたたち、私が怖くないの…?」 朝比奈さん(霊)は、朝比奈さんの声で俺達に問い掛けてくる。 不思議と恐怖感は全くない。奇妙なものに遭遇するのにも慣れてきたしな。 「全然大丈夫!ところで、あんた名前は?」 「…ちひろ」 「ちひろちゃんね!どうしてあたし達の前に出て来たの? あと、憑りつくってどんな感じ? そうそう、どうやったら幽霊になれるの?」 朝比奈さん(霊)、どうやらちひろというらしいが… ハルヒのヤツ…幽霊に質問攻めとは… 「好ましくない状態」 長門が呟く。 「一つのフォルダに二つ自意識情報が入っている」 「このまま朝比奈みくるの自意識情報がブランク状態から復帰したら」 「…重大な人格障害を起こす危険がありますね」 「…そう」 人格障害…?まずいじゃないか。何とかならないのか…? 「入り込んだ自意識情報を削除すればいい」 「しかし、セキュリティはどうするんです?」 「外部操作によってセキュリティを解除する」 「正確には自ら解除させるよう仕向ける」 わかったぞ。つまり俺達が幽霊ちひろの未練みたいなのを取り払ってやれば、 セキュリティは解除されるって事だな? 「飲み込みが早いですね。驚きましたよ」 「私も驚いている。 こうも容易に理解することは予測していなかった」 ただ幽霊モノの基本を言っただけなんだが…なんかムカつくな… 長門まで… 「おーいあんたたち!」 俺達をそっちのけで朝比奈さん(霊)となにやら話していたハルヒが、彼女の手をひいてくる。 「ちひろちゃん、生きてた時に付き合ってたひとと話したいんだって!」 またベタな展開だが…いいのか、長門。 「…」コク 正直こんな時間に見ず知らずの人を訪ねるのはどうかと思うが、 朝比奈さんの事を考えれば仕方ない…か。 で、場所は分かってるのか? 「大丈夫。あの人の事はいつも感じているから」 幽霊ならではの能力ってわけか。 「形のない情報として存在しているから自他の境界線はない」 ふむ。 「だから他人を自分として認知することもできる」 頭が痛くなってきた…とにかく行こう。 「こっちです…」 俺達は朝比奈さん(霊)…ちひろについて歩く。 どうやら彼女の恋人の家は例の公園の方向にあるらしかった。 5分ほど歩いたところでふと、ちひろが足を止める。 「………」 …ここか。 「ここね!じゃあちゃっちゃと済ませましょう」 待て! 何普通にチャイム鳴らそうとしてるんだ。 「だって出て来てくれないと話せないじゃない」 あのな…今何時だと… 「…あの…」 …! 「何かご用ですか…?」 …この人は…まさか? ちひろの方へ視線を向けると、彼女は泣きだしそうな表情で呟いた。 「道弘くん…」 やっぱりそうか… 俺達の後ろからやって来た、不審な顔で問いかけてきたサラリーマン風の男。 この人がちひろの探していた人物らしい。 「…どこかでお会いしましたっけ…?」 「あの…私…」 「わからないむぐっ!まいむんももっ!」 何やらわめこうとしたハルヒの口を抑え、古泉と長門に目で合図を送る。 俺達は邪魔者だ。空気を読もうじゃないか。 しばらく遠巻きに見る事にしようと、場を離れかけた時だ。 「何だかわからないけど、制服姿でこんな時間にうろついてたら捕まるよ? 早く家に帰りなさい」 事情を知る俺達にはとてつもなく非情に響く言葉を残し、彼は玄関に歩いて行ってしまった。 「…無理もないですね…彼は何も知らないわけですから」 「話くらい聞いてもいいと思わない!?ふざけてるわ! これじゃあせっかくちひろちゃんが…」 ガチャン… ドアの音がこんなに冷たいとは知らなかったぜ。 「顔が違うだけでわかんないの!? 死んじゃったら忘れるなんて酷い男だわ!信じられない!」 『パパ…か…りーっ』 「いいちひろちゃん、あんな奴の事忘れなさい! もっとマシな男がきっと…」 しっ!ちょっと静かにしろ!今… 『ただい…ちひ…』 …ちひろが息を飲むのがわかる。 いや、息を飲んだのは俺だったのかもしれない。 『ちひろねぇ、パパがかえってくるのまってたんだよ』 『ありがとう。でも夜更かしはダメだぞ』 「「あ…」」 ちひろとハルヒの声が重なる。 「みなさん、こっちを見てください」 古泉が芝居がかったポーズで指し示しているのは… 表札。 そこにはこうあった。 木下 道弘 早紀 千日旅 「これは、何と読めばいいんでしょうね」 「…ち…ひろ…私と同じ…字で」 「これは珍しいですね。きっと出生届を出すときも一悶着あったでしょう。 わざわざこんな字を当てるなんてよほど思うところがあったんでしょうね」 …ハルヒは、驚きと悲しみが混ざり合ったようなよく解らん表情で表札を凝視している。 かくん、と朝比奈さんの体が崩れ落ちる。何とか支えられたが、こりゃ… 「…長門さん」 「彼女の自意識情報は削除された」 …成仏したってことか? 「そう」 「じゃああなたは涼宮さんをお願いします」 再び長門をマンションに送った後、俺と古泉はそれぞれ二手に別れて二人を送ることにした。 あの後ハルヒが終始無言だった事を懸念してるらしい。 懸念だけじゃなく対処もしてほしいんだがな。 「………」 どうしたんだ。黙ってるなんてらしくないじゃないか。 「死んじゃった後の事考えてたの」 …ふむ。 「そしたら…怖くなって…」 あぁ。誰もが体験する感覚だ。自分が死んだらどうなるのか考えて、勝手に恐怖を感じる。 死んだらもう何も感じないし、何も感じない事も感じない。 feel nothingどころかdon t feel nothing の状態になるって事を考えると確かに怖い。 でもなハルヒ、今日した体験で死んでも自意識情報…魂は残る事もあるって解ったじゃないか。 お前ほど自意識の強い奴なら、絶対に幽霊になれると思うぜ。 「当たり前じゃない。幽霊になる方法もちひろちゃんに聞いたし、 死んだら絶対に幽霊になってやるって思ったわ」 …じゃあ何が怖いんだ? 俺は今日の体験で逆に死への恐怖感が減ったくらいだ。ほんの少しだが。 「ちひろちゃんは結局、道弘くんと話せなかった」 …そうだな。でも彼はちひろの事を忘れてなかったじゃないか。 「すれ違いなのよ」 …何がだ? 「例えるなら車道ね。すれ違う時、限りなく近づくんだけど 交わることはないの。だって正面衝突しちゃうでしょ?」 お前まで分かりづらい例えをするようになったか。 要はちひろは道弘さんと話したいし、道弘さんはちひろの事を忘れていないけれど---- 「もう一度二人が会うことはできないってこと…」 …そうか……… 「その事だけじゃないわ。 …そもそも道弘くんがちひろちゃんの事を死んでしまった後も覚えてて、 娘に同じ名前をつけたのって愛してたからよね」 そうだろうな。 「あたしが死んだ時、誰かが同じ事してくれるのかなって考えたら… また怖くなって。」 ハルヒ… 「…あたし死んだらあんたのとこに化けて出るわ」 ……… えーっとこの脈絡でそういうこと言われると…どう反応していいか… 「何よ。イヤなの?」 いや、そういうわけじゃないんだが… お前より先に俺が死んだらどうするんだ? 「あたしのとこに化けて出ればいいじゃない!」 そうする為には俺も幽霊になる方法を知らなければならないんだが… …何赤くなってんだ? 「…すごく、好きな人がいればいいんだって…! もうここまででいいわ!ありがとう!気をつけて帰りなさい!じゃね!」 …はぁ。 何と言うか… 死ぬ時は一緒に…なんて考えちまった俺が憎いぜ。 一緒に幽霊になっちまえば、同じ車線にいるわけだからな。 …疲れてんのかな。明日も休みだし、帰って寝よう。 To ハルヒ Sub 幽霊の件 Txt どっちかが先に死ぬって考えるから怖いんじゃねーか? 例えばお前が先に死んでも忘れられないとは思うが… まぁちょっとした思い付きだ。俺は寝る。 Fm ハルヒ Sub Re 幽霊の件 Txt バカな事言ってないで早く寝なさい!明日9時集合だからね! To ハルヒ Sub Re Re 幽霊の件 Txt 明日は何もなしじゃなかったのか!? Fm ハルヒ Sub Re Re Re 幽霊の件 Txt 今決めたの! fin.
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オオミヤヒメ(大宮比売命) 日本神話の女神。 関連: オオミヤノメ (大宮売神、同一視) 祭神とする神社: 今宮神社(東京都文京区) 大宮売神社(京都府京都市)
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中国の故事だか何に由来するのかは知らないが、俺は光陰矢のごとしなる言葉がこの世にあることを知っている。 意味は、時間は矢のように早く過ぎるとかそんな感じだったように記憶している。 あいにく俺は古代日本語が苦手であり、ついでに古代中国に何があったのかも知らないものだから、光陰って何だ? とか訊くのはよしてくれ。 長門に訊けば由来から実体験ぐらいさせてもらえるのかもしれんが、今はやりたい気分ではないのでやめておく。そのうち気が向いたら辞書で調べるさ。 それはそうと、今は六月である。 去年の今頃というと、それはおそらく俺が白昼夢以上に夢っぽい空間からハルヒと一緒に生還した一週間後くらいであり、それと同時にまさしく悪夢だった中間試験が終了した頃だろうと思う。 それから我ながら大声で笑いたくなるような試験の結果が告知されるとともにハルヒによって草野球大会への出場が告知されたりして、一生のうちにも稀な忙しさを誇る感じの日々だったように記憶している。 そんでもって草野球大会が終了してからもいろいろ、つまり三年前のハルヒとかカマドウマとか孤島ミステリーツアーとかだな、あったんだが、ここでいちいち思い出に浸っていると時間がなくなっちまうので今詳しく話すのは控えておくとする。 というように、光陰矢のごとしなどという脳みその隅っこに埋まってよほどの衝撃がなければ出てきそうにない単語が都合よく出てきたのは、やはり俺主観の時間の流れの早さに由来するのではないかと最近疑いを持つようになっている。 日常、つまりハルヒが何も言い出さないときは時間というのはやたら遅くたらたら流れているように感じるのだが、ハルヒが一旦何かを言い出すと途端にスピードアップしたように感じる。そんでもって今の俺が、ああ時間の流れるのは早いなあとか思っているってことはつまりハルヒが何か言い出さないときのほうが少ないわけで、それは俺の小賢しい頭に巣くっている無数の非日常的思い出がしっかり示してくれているのさ。 さて話が逸れてしまった。 今は六月である。 佐々木とか橘京子とか未来人野郎――藤原とかいう苗字だったかな――とか、あと周防九曜が一気に出現した騒動でいろいろあった四月五月はやっと過ぎ去ったわけで、まだ俺の脳内からトラウマが消えないのはどうしたことだろうと誰かに愚痴をこぼしたいのだがそれはいいとする。そんなのが終了して嵐の後の静けさというか嵐の前の静けさというか、秩序のようなものがSOS団周辺に戻っていた。 ついでに紹介しておくと、四月に他の部活動がまっとうなやり方で新入生を勧誘している間に我がSOS団が実施した、ハルヒ作の某国立大学入学試験よりも難解かつ理不尽な入団試験に合格した新入生は一人としておらず、まあいてくれても困るので俺としてはほっとしたがな。長門も朝比奈さんも古泉も、ついでに俺とハルヒも普通らしい普段の精神状態に復帰し、長門は読書、朝比奈さんはメイド、古泉はボードゲームといったようにまるでどこかの昔話のごとく平和な感じに平凡で不変な状態を維持し続けている今日この頃である。 世界の物理法則を百八十度くらいねじ曲げてくれたハルヒもようやく静かになったか、と思っていた。適度に暴れる、俺に言わせれば一番安全な状態である。その暴れ方も以前に比べればマシなもので、映画撮影をカオスの極地に追い込んだり時間を逆戻りさせたりということはなく、ハルヒの持つスペシャルパワーを使わない暴れ方になっていた。古泉の言う「普通の女子高生」なるプロフィールがハルヒに定着するのも時間の問題かと思っていたのだが。 どっかの誰かがそれを許さなかったらしい。 そんな最中、起こってくれた。 * 「ねえキョン、そろそろ来る七夕に向けて準備をしないといけないと思わない?」 時は六月半ばのとある木曜日、中間テストが続々と返ってくる悪魔週間のまっただ中、俺には理解不能だがおそらく客観的に見れば古典という授業が終わった直後の休み時間だった。 解放感を味わうために座った状態で背伸びした俺の肩を、二年生になってまで飽きもせず俺の後ろの席を占領し続ける女が何の前兆もなく引っ張った。 やめてくれ。 お前のその強力のせいで脱臼でもしたら治療費はお前が出してくれよ。 「そんなのはあたしのせいじゃないわよ。あんたの肩がひ弱だからいけないの。それにほら、今だってバカみたいにぼーっとした顔してるじゃない。そんなだから身体に力が入らないのよ。しゃきっとしなさい。顔の筋肉に力を入れるの」 こんなひねくれの境地のようなことを本気で言う人間は俺の知り合いに一人しかおらず、また世界中を探してもいろんな意味で世界遺産以上の価値を誇る女であり、その名前を涼宮ハルヒといった。 そんなムチャクチャな。 「ムチャクチャじゃないわよ。あたしは状況を冷静に判断して物を言ってるんだからね。悔しかったらあたしが最初に言った言葉を二秒で反復しなさい。ぼーっとしてなければ解るはずよ。はいスタート」 …………。 「はい不合格」 俺の答えを待たずして不合格の印を押したハルヒは笑いながら怒るという芸当を披露している。 「仕方ないわね。もう一度まったく同じことを言ってあげるから、耳の穴かっぽじって今度は一語たりとも聞き逃さないようにしなさい」 ハルヒは不敵に笑いながら、 「来る七夕に向けて準備するわよ!」 と、そう宣言したのだった。 繰り返しなさい、とハルヒが言っている。最初に言ったやつとはずいぶん変わっているがこれはツッコんでやるべきなのだろうかとか思いながらも、反復しなければこの休み時間を無駄にしてしまいそうなので俺はハルヒが言ったとおりに繰り返した。 「合格。もっとしっかり聞いてなさいよ」 「ああ、できるだけ努力する」 「じゃあ本題だけど、あんた、自分が今言ったことの意味はしっかり理解できてるわよね?」 俺だって人並みの耳と脳は持ってるんだ。耳から情報を取り込んで脳で処理しなきゃ、それは聞いてないのと同じだぜ。俺の場合、古典の授業なんかがその典型的パターンだな。 「解ってるならいいわよ。あたしね、つくづく思ってたの。七夕とかクリスマスとかの大イベントって何で一日しかやらないのかしらって。前後一週間くらい七夕ウィークとかクリスマスウィークとかにするべきよ」 「それじゃありがたみが減るだろ」 「そんなんじゃもったいないわ。せっかく大きなイベントなんだから、それなりの日数は取るべきよね。七夕だってそろそろやってもいい頃よ」 自分勝手もここに極まったような言い分だが、まあそうなれば織り姫と彦星も空の上でさぞかしありがたがることだろうよ。だがキリストの誕生日はどうしようったって一日限りだぜ。キリストがそう何回も生まれ変わってたらそこらじゅう神様で溢れかえるに違いない。 「とにかく、あたしは個人的にでも七夕を長期間楽しむことにするわ。クリスマスツリーだって十二月の第二週には飾るんだから、笹だって六月の半ば頃には飾ってもいいはずよ。そうじゃないと不公平よ。許せないわ」 誰を許さないつもりなのか。いや、それはいい。ハルヒの言う個人的ってのに俺や長門や朝比奈さんが組み入れられてるだろうこともいいとしよう。 「それでお前、七夕には何が必要か知ってるんだろうな。えらそうなこと言って、そんなのも知らなかったらロクでもないぜ」 「知ってるに決まってるじゃないの。あたしはこういうイベント事に関してはね、あんたよりもずっと深く理解してるつもりよ。それに去年だって同じことやったし」 ああ、去年ね。確かにそんな記憶がある。あの時は朝比奈さんに連れられて三年前に行って、そこで中一のハルヒと会ったんだったな。犯罪まがいのことをした末に世界を大いに盛り上げるためのジョン・スミスをよろしくと叫んだ――のは別の時だったか。 回顧録に思考を飛ばす俺をよそに、ハルヒは自慢げに鼻を鳴らした。 「でもねえキョン、あたしだって去年より進歩してるのよ。去年は学校裏の私有地の竹林で笹を取ってきたんだけどね、今年は違うのよ。どこで取ってきたと思う?」 「さあな。私有地の竹林から公有地の竹林に変わったんじゃないのか?」 「違うわよ。今年は鶴屋さんのとこの山から笹をもらってきたの。もうすごかったわよ。あの山、笹から竹まで立派なやつがわんさか生えてるんだもん」 「まさかとは思うが、お前普通の竹を取ってきたんじゃないだろうな。七夕に使うのは笹だし、そうじゃなくても部室は狭いぜ」 「安心しなさい。しっかり部室に収まる程度で適度に立派なやつを選んで持ってきたから。あたしだってそんくらいは考えるわよ」 どっちにしろ鶴屋さんにお礼を述べておく必要があるだろう。あの方にとっては、自分ちの山の笹竹の一本や二本があるかないかなんてのは、俺の自宅にアリがいるかいないかぐらいのもんだろうが。 「じゃあキョン、放課後までに願い事考えとくのよ。善は急げだから」 その用例は少し間違っているのではないかと考える俺に向かってハルヒは「みくるちゃんと有希と古泉くんのところに行ってくる」と言い残して、韋駄天走りで教室を飛び出していった。 願い事ね。 確か十六年後と二十五年後に叶えてもらいたいやつを書かないといけなかったんだっけ。ベガとアルタイルまで光が届く年数だ、とか。ハルヒの考えそうなことだ。 俺は去年俗物を頼んだ覚えがあるが、はたして今年は何と書けばいいのだろうか。今すぐにと言われたら『ハルヒの暴走を止めろ』とか『周防九曜の類の連中とは金輪際顔をつきあわせたくない』とか願うんだろうが、未来の自分の願い事というハルヒ説を重んじるなら今さらそんな願いをしたところで無意味だからな。どうせ十六年後とか二十五年後の俺はその前の年と変わりばえしない日々を送ってるんだろうよ。 もっとも、十六年後や二十五年後にはハルヒやその他の連中は俺の近くにおらず、そんでもってハルヒが暴走していないと仮定しての話だが。 * 放課後はすぐにやって来た。 そういえば部室に向かう途中に鶴屋さんと出くわした。相変わらず快活な挨拶をしてくれて、俺も笹のお礼を述べておくと、 「いいよいいよっ。あの山のなら竹でも笹でもどんどん持ってっておくれっ。あたしはハルにゃんの思いつきをちっと齧らせてくれればいいからさっ」 とまた、こちらが恐縮したくなるような度量の大きさを見せつけてくれた。つくづく感心するお方だ。朝比奈さんと並んで先輩の人気度ランキングナンバーワンだな。 さて、SOS団アジトもとい文芸部室に足を踏み入れた俺を待っていたのは、夏バージョンのメイド服に衣替えした朝比奈みくるさんに長門有希の等身大人形のような読書姿、古泉一樹のハンサムスマイルだった。ハルヒは清掃当番なので俺は先に行って待っていろと指示されている。待ってるだけで短冊を書くのはダメらしい。竹なら部室の隅に準備されてるのに。 なるほど鶴屋家所有の山に生えているだけはあるような、青々と茂る笹の葉を満載したぶっとい笹竹である。このちっちゃい部室には場違いな感が否めないでもないが。 「キョンくん、こんにちは」 扉を開けた俺を一番に出迎えてくれたのは、俺の精神的栄養源かつ目の滋養になってくださっている朝比奈さんだった。相変わらず何も知らないガキに天使だよと紹介したらあっさり信じ込んでしまいそうなくらいに可愛らしい笑顔で、ああ俺も自然と笑顔になっちまいそうだ。 未来から来ているという付加効果なしでも充分SOS団に必要な存在だろう。今さらながら、彼女をスカウトしてきたハルヒの目は確かだったな。いろんな意味で。 「すぐにお茶を淹れますね」 そう言ってパタパタと急須に向かう朝比奈さんの微笑ましい姿を横目で見ながら俺はパイプ椅子に腰を降ろした。 しかし朝比奈さんには悪いですが、いくら夏バージョンとはいえそのメイド姿は暑そうですよ。去年みたいにナース服にしたらどうです。いや、俺の好みとしてはメイドのほうがいいんですけどね。 ただでさえ暑い六月半ばである。人の気も知らずにいつまでも停滞を続けやがる梅雨前線のせいで、この文芸部室は暑いにプラスしてじめじめしていて蒸し風呂状態である。ストーブが冬に来てくれたのは嬉しかったが、どうせならクーラーも欲しいな。オンボロ扇風機程度じゃあ、このだるい部室内空気を引っかき回してるだけだ。 俺は視線をずらし、奥のパイプ椅子にひっそりと鎮座している小柄な読書娘を見る。長門はいつものように完全に固体化しており、はたしてこいつよりも動作の少ない生物が地球上に存在するのか疑わしくなってくるね。 部室が暑いと言ってもこいつは別格である。そもそも暑いとかいう概念がないんじゃなかろうか。あるいは変温動物のように体温調節機能を獲得しているのかもしれん。どっちにしろチートだ。 「いや、もう夏ですねえ」 俺が鞄から取り出した下敷きをうちわにして扇いでいると、本当は暑いくせに暑そうな素振りを一切見せないハンサム男が話しかけてきた。 「まったく驚きです」 これ以上暑苦しくなりたくなかったので無視してもよかったのだが、とりあえず反応してやることにする。 「何にだ」 「四季の過ぎ去るのがこんなにも早い、ということにですよ。同じような話は春にもしたと思いますがね。この一年、細かく言うと涼宮さんに出会ってこの部活に入ってからですが、僕としては多忙を極めたような日々でした。裏方、『機関』のことに加えてSOS団の涼宮さんのことにも気を配らねばなりませんでしたから。たぶん僕の人生のうちでベストスリーにランクインするほどの忙しさだったでしょう。しかし、その割に何故こんなにも早く時間が過ぎ去ってしまうのか、それが不思議でならないんですよ。あなたはそう思いませんか?」 当然のようにオセロを持ち出してきて俺にコマを配布し始める古泉に、俺はまあなと答えた。 「ハルヒが何かやらかす度にこっちの時間も狂っちまうんだから、今ほど時の流れが早くなったり遅くなったりすることもないだろうよ。冬なんか総じてえらい目に遭ったが、そのくせ冬の時間の流れは一番早かった」 「それはなかなか面白い思考ですね。今ほど時の流れが遅くなったり早くなったりするときはない、ですか。それに冬という視点で見るのもなかなか面白いです」 いかん。どうも古泉のご機嫌を取るようなことを言っちまったらしい。俺は朝比奈さんが運んできたほうじ茶を啜りながらこいつの説明地獄からどうやって逃れようかと考えるが、たぶん無理だろうという結論に至ってげんなりした。 「僕はね、時々思うんですよ。春はあんなことがあった、夏はあんなことがあった、秋はあんなことがあった、冬はあんなことがあった、とね。まあ春というのは先日の佐々木さん方面の話ですが」 ああ解った。解ったからその話はもうしないでくれ。当分奴らとは顔を合わせたくないんだ。 「おっと、それは申し訳ありません。あなたに関して言えば彼らは迷惑以外の何者にもならないような人たちでしたからね。実際迷惑をこうむったと思いますが」 「まあな。だが、迷惑ならハルヒが俺をSOS団に引き込んだ瞬間から始まってるぜ。というかそれが一番の原因だろ。SOS団にいなけりゃ俺はまっとうな高校生生活を楽しんでただろうし、橘京子や九曜に迷惑をかけられることもなかった」 古泉は怪訝な顔になりながらもスマイルだけは崩さずに、 「SOS団にいたせいで、ということですか。……ではもう少しつっこんだ訊き方をしますが、あなたはSOS団に引き込まれたことを後悔していますか? 今すぐでも、この団体を去ってしまいたいのですか?」 だから、そんなことを面と向かって訊くな。何にもないときにおいそれと人に――特に古泉に――言いたいことではない。 俺の無言をどう取ったのか、古泉は自嘲気味に小さく笑い、 「すみません。話を元に戻すことにしましょう。あなたが相手だと話が逸れやすくてね。それで僕が言いたいのは、僕の頭の中では春や夏という季節ごとの分類でSOS団の出来事がまとめられているという点なんですよ。SOS団にまつわるさまざまな出来事を思い返す度に、僕の思考には四季が結びついているわけです。野球大会は夏、映画撮影は秋、ラグビーの試合観戦は冬といったふうにね。たとえば、訊きますが夏には何をしましたか? しっかり覚えているでしょうか」 「そりゃお前」 忘れようにもSOS団の活動で俺が死ぬときに忘れ去ってそうな事件なんか一つもあるわけがない。そんなヤツがいたら健忘症を疑ったほうがいいだろう。 夏には無限ループの夏休みをやって、あと野球大会とかカマドウマの一件もあったし、朝比奈さんに連れられて三年前にも行った。そしてお前がやらかした孤島のインチキ殺人事件だ。 「その通りです。ならば秋はどうでしょう?」 「秋は映画撮影に尽きる。コンピ研とネット対戦とかもしたが、まあ秋はハルヒも割と静かだったしな」 「では冬は?」 「……待て、何をしたいんだよお前は」 「そんなに大したことではありませんよ。ちょっとした実験です」 含み笑いのような笑いを浮かべる古泉に不気味さを覚えながらも、俺は冬の記憶を辿る。 冬は本当にいろいろあった。何が一番印象に残ってるかと言われればそれはもちろん長門のエラーだかで世界が変わっちまったことだが、それ以外にも雪山の山荘とか中河のヒトメボレ騒動とかいろいろあるぜ。 「なるほど。つまりあなたは僕が季節を言うだけでその季節にSOS団で何があったかを明確に思い出すことができるんですね。あなたの場合は全部が全部衝撃的だったということもあるわけですが、しかし朝比奈さんや長門さんに訊いても同じ答えが返ってくると思いますよ」 「どういうことだ」 「SOS団の活動は四季と深く結びついている。こういうことです」 古泉の嬉々とした声を聞きながら、俺はああとか思った。 そもそもハルヒが行事的イベントを好んでやり出すからとかいうのもあるんだろうが、それでもSOS団の活動には季節に関係していることが多い。夏には市民プールとか合宿とか夏らしいことを、秋には文化祭関連で一幕あったし、冬は雪山に行っている。知らないうちに季節が一回りしたことも驚きだが、俺の脳内記憶装置に季節ごとのフォルダができているのはそこらへんが関係してるのかもな。 だから何だって話だが。 「僕はそう考えると途方もない想いに駆られますね。このまま同じように高校二年、三年を過ごして卒業したとき、四つの季節フォルダに一年ごとのSOS団の活動録ができあがっているかと思うと、まだやり遂げてもないのに達成感が湧いてきます。朝比奈さんがこのまま行くと今年で卒業してしまわれるのが非常に残念ですが、とにかく今のベストの状態で終わりを迎えたいものです。もちろんそんなのはきれい事に過ぎませんけどね」 俺は古泉の言葉に妙な引っかかりを感じた。 「何だ、今はベストの状態なのか?」 古泉はオセロ盤にコマを置いて俺の白を一枚裏返し、それから自分の手のひらを裏返して、 「さあ。僕は『機関』の一端末でしかありませんから、上の実状がどうなってるのかははっきりとは解りかねますがね」 「お前、知っててわざと伏せてんだろ」 「どうでしょうかね。……まあ僕に言わせるのなら、涼宮さんの面だけで見たら悪くはない状態だと思いますよ。閉鎖空間の出現頻度は今のところかなり少なくなっています。《神人》ともご無沙汰で、いやこんなに会っていないとそろそろ会いたくもなりますよ」 そりゃ病気だ。早めに治療してもらった方がいい。ああ思いついた。閉鎖空間ノスタルジア症候群なんて病名はどうだろう。 「それはそのうち学会に発表することになったら考えさせてもらいますよ。今のところ発表する気はありませんが。それで、確かに涼宮さんの精神は落ち着いています。その面だけで見たらベストと言ってもいいくらいにね。それは我々超能力者にとっては非常にありがたいことなのですが、しかしです。いま問題視されるべき存在は涼宮さんだけではなくなってきているんですよ。あなたもお気づきでしょう。我々の敵と呼ぶべき存在」 けったいな話をしながらも、古泉はオセロのコマを裏返した。 敵と言うべき存在ね。俺の心当たりはなくもない。 そんなのは言うまでもなく周防九曜である。 他にも問題のある連中に持ち合わせはあるのだが、とりあえず誰かを敵視しろと言われたら俺はぶっちぎりでこいつを敵視するね。他の連中ならまだ会話程度は成立するが、九曜の場合はコミュニケーションが成り立たん。会話という意思伝達の概念がないってのがマジな真相さ。 佐々木の一件で現れた広域帯宇宙存在天蓋領域のインターフェース。それが九曜の正体である。 春以前にも雪山の山荘ではずいぶん派手な歓迎会をしてくれやがり、長門を発熱させるようなとんでもないバケモノだ。あんなヤツとは二度と関わりを持ちたくないと思った俺の心情も察して欲しい。 地球外生命の知り合いなら、長門と喜緑さん――と朝倉は微妙なところだが――だけで充分だ。 俺の話を黙って聞いていた古泉は曖昧な表情を作って、 「まあ、確かに周防九曜は敵視すべき存在でしょうね。しかし、です。悔しいことに彼女は僕の手に負える存在ではありませんよ。いいわけめいて聞こえるかもしれませんが、あまりに大きすぎる獲物に狙いを定めても失敗するだけなんです。長門さんには申し訳ありませんが、彼女のような強大な敵は長門さんに任せるまでです。もちろん助力はしますけど。しかし、僕が懸案しているのはその他の人物です」 俺は次なる敵にピントを合わせた。 「佐々木や橘京子や藤原とかいう未来人野郎か」 奴らもまた、出てこなくてもいいのに出てきた連中である。 橘京子は古泉の『機関』の敵対勢力で、藤原は朝比奈さんとは別種の未来人だっけ。 佐々木はともかくとして、橘京子や藤原のような連中に遠慮はいらん。リング外で一万回ぶっとばしてやりたいくらいだ。 「そうですね。彼ら二人に的が絞られます。立場上ということも関係していますが、そのうち僕が気にかけているのは橘京子のほうですよ。長門さんのような強力な存在があと二、三人こちら側について援護してくれれば気にかける必要もなくなるのですが、そんなことはなさそうなのでね。長門さんには周防九曜が、朝比奈さんにはあの未来人がいるのと同じように僕には橘京子がいて、それぞれ自分だけで手一杯なんですよ。この間の一件で一応のことそれぞれ和解していますが、事実上敵対は続いています。証拠に、あちらはまだ佐々木さんを中心として形だけ結束していますからね」 ああアレか。Aに敵対する勢力がどうのとかいうやつだ。あっちが形だけ結束してるのに比べりゃSOS団がはるかにマシなものだってのは、たぶん客観的に見てもそうなんだろうね。涼宮ハルヒという巨大権力の下、宇宙人と未来人と超能力者が団結してるんだからな。俺が何なのかはいまいち解らんが、そんなことはもうどうでもいい。 「つーことは、まだ裏で激戦を繰り広げてたりするのか? 敵対する組織同士で」 「いえ、少なくとも僕のところについて言うならばそんなことはありませんね。今のところ橘京子のほうからの動きは見られませんから。いたって静かですがお互いを観察し合う状態、つまり春以前の冷戦状態に逆戻りです。それだけに何かきっかけがなければお互い攻撃することはないと思いますが、ただし油断はできませんよ」 じゃあ話を変えるが、藤原はどうなんだ。橘京子が黙ってたってあいつがいつまでも黙ってるとは思えないぜ。そして、しかもそうなると朝比奈さんが負けそうな気がしてならないんだよな。不思議なことに。 「そんなことはありません、と僕は思ってるんですけどね。それぞれ実力に見合った相手と敵対しているわけですから。彼も性格がああでも所詮は朝比奈さんと同じ未来人です。そして、未来人がどんなふうかは朝比奈さんを見れば解るでしょう?」 古泉は、パイプ椅子に座って編み物をしている朝比奈さんに目をやった。 可愛さは学園内ナンバーワンだが、こうしている限りではとても未来人とは思えん。いや、素性を隠してるならそれが普通か。 「彼女は何も知らされていない、というのは前にお話しましたね。過去の人間に未来がどうなっているかを予測させないためです。そこの理屈はどの未来にとっても同じはずですから、これはあの未来人にも言えることだと思いますよ。彼もまた未来からはほとんど何も知らされていないのでしょう。ついでに、こちらで何か動きがなければ未来からは干渉してこないところもね。そして今、橘京子の一派はすぐに動き出す様子もないし、天蓋領域は長門さんたちに監視されているため大きな動きがある可能性は少ない。そして未来人も動けないために、涼宮さんの周囲は不気味なほど静まり返っているわけです」 「なるほどな」 俺は息を吐いた。 「とりあえず、今すぐにこれ以上何かが起こるってことはないと思っていいのか?」 「その通りです」 古泉はいつもの微笑を二割り増しにして答えた。 嵐は過ぎ去ったのだ。 危険極まりない周防九曜やその集団は、今や長門のところが見張ってくれている。 橘京子の一派は強行派ではなく、一件を終えて静まっている。 藤原とかいう未来人野郎は事態を動かすだけの力を持っていない。 「このまま静かになってくれるといいんですがね」 古泉がぽろっとこぼした。 「涼宮さんの精神が落ち着くのに始まって、そこからすべての組織が収まってくれれば、それほどいいことはありませんよ」 俺も同感である。 一番最初に大問題だったのはそもそもハルヒなんだ。 四年前に始まり、その変態パワーを使って周囲をさんざん巻き込んでくれたが、高校二年生になった今ハルヒはようやく静かになりつつある。 前みたいな憂鬱と暴走の大きな谷と山の繰り返しがだんだん小さくなって、もう少し経てば平地になってくれるかもしれない。そうなったとしたら俺はきっと妙な寂しさを覚えずにはいられないだろうが、それでも世界が収まってくれるのならそれでいい。 だったら、と思うのだ。 ハルヒが事態のすべてを引き起こした原因だったのだとしたら、その原因が静まればそれを取り巻く周りも静かになってはくれないのか。覆水盆に返らずっていうアレか? そんなことはない。事実そうなりつつあるのだ。二年生の春にあった佐々木の一件を最後にして、ここんとこは事件らしい事件は何も起こってない。だったら、このまま何も起こらずにすべてが収まらないのか――。 「ただしね」 古泉は言って、おもむろに一枚のオセロのコマを手でつまんだ。 「ひっそり静かなのと大荒れなのは表裏一体なんですよ。たとえば、このコマは今は白を表に出しています。しかし、これがちょっとしたことでもあれば裏返るかもしれない。そうすれば、今まであなたの味方だった白は突如として姿を変えて黒になるわけです。しかし、もしかしてちょっとしたことが何もなければ永遠に裏返らないのかもしれません。一方で、すぐに何かがあったらすぐに裏返るのかもしれません。……いえ、我ながらこれは喩えが悪かったですね。とにかく、いつ大荒れになるのかを予測できないのが僕には無念でならないのですが――」 「ごっめーん!」 古泉の言葉はいきなり部室のドアを押し開けた人物の派手な謝罪によってかき消された。古泉は俺に向かってお得意の肩をすくめるポーズを取ると、持っていたコマをパチンと盤に置き、白を一枚裏返してから今までそんな真面目な話などしていなかったかのように挨拶をした。 「おや涼宮さん、どうもこんにちは」
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「・・・・・・・・・・・やっぱりこのままじゃいけないみたいね・・・・・あのときやってさえいれば・・・」 俺たちももう高校二年生になり、桜の花もその役割を終え、新しい季節が 始まりを告げようとしていたとき、SOS団の活動もひと段落ついた学校の帰りの坂道で、ま~たハルヒが妙に気になることを呟いた。 まあ、どうせろくなことじゃないだろうがな。ハルヒのこの無茶な発言にもいいかげん慣れている。 この言い回し・・・・・ろくなもんじゃないってことはわかるぜ。 まあ、もっともこいつがまともなことを言ったことは雀の涙程度しかないがな。 まあ、朝比奈さんの新しいコスプレ衣装に関しては文句なしだがな。 しかし、今回に関してはなにか嫌なー予感ーがするぜ。 少なくとも、いらないのについてくるケータイ電話のストラップくらいろくなもんじゃないな。 で、今度はいったいどんなことを言い出すんだろう・・・・・ 思考をめぐらせてみよう。 ①UMA探索 ②UFOを呼ぶ ③地底人探索 ④GAN○Z部屋に行こう ⑤スタ○ド能力が使えるようになったのよアタシ! ⑥オ○シロ様の正体を探りましょう! ⑦幻○郷に行ってあの貧乏巫女にあいたいわ! ⑧聖○戦争に巻き込まれちまったぜ ⑨直○の魔眼を手に入れた ⑩左手が鬼になっちゃった ・・・ ・・・っと、これくらいかな。あいつが言い出しそうなのは。 しかし、こんな普通に考えるとほぼ100%できないようなことでも、言い出したら最後、飽きるまで暴走し続けるのがこの涼宮ハルヒの得意技だ・・・ ああ、もしかしたら俺、自称ハルヒ心理学者の古泉よりもハルヒの心境がわかるかもしれないぞ。 まあ、もっとも分かりたくもないがな。・・・・・・・おいそこ、嘘だッ!!っとか早くも叫んでるそこのお前、俺は断じて嘘などついておらん。 っていうか、なんで今の俺の考えが嘘と思われるのか知りたいところだ。 てか、俺は誰に向かって話してんだ?俺もそろそろヤバイかな。嘘は谷口の存在だけにして欲しいぜ。 ・・・・・・・・・・なぁんてことを溜息交じりに考えて、俺は手をやれやれだぜといった具合にしながら、ハルヒに問いかけた。 「どうしたんだハルヒ?このままじゃいけないって・・・・・なにがだ?俺はこのままで十分高校生であるべきLifeを堪能しているがな。なにより朝比奈さんが淹れてくれるお茶はそれはもう言葉では言い表し難い程ウマイし、長門は無口、無表情、無感動の3M(?)だし、古泉は古泉だし、何一つとして困ることや不安はないと思うが?」 それにしても、俺たちももう高校二年生か。しっかし色々あったな。 まぁ、色々ありすぎたわけだが。朝比奈さんはもう3年生かあ・・・・・・ 早いものだ・・・・・・・・朝比奈さんは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・3年生・・・・・3年・・・・卒業・・・・・・・・ん?・・・・・・ってちょっと待て! 俺たちよりも早く卒業するとなると、あ、あの極上のお茶・・・別名「天使の涙」(命名俺)が、もう飲めなくなるじゃねえか!! ・・・・・・・・・参ったぜ畜生、思わず声に出しちまったじゃねえか。 ほら、さっき道の角ですれ違った中学生っぽい男の子も、俺のほう見てるよ・・・・・ああ、ハルヒもあきれてモノもいえないみたいだな。 ・・・・・・・で、どの部分から声に出ていたのだろうか? このときの俺には知る由もなかった・・・・・・ ~角川書店 著者キョン『倦怠に満ちた俺の日々』より~ 「・・・・・・あんたもう相当頭が谷口化しちゃったみたいね・・・・・・・・そんなんだからいつまで経っても本名で呼んでもらえないのよっ! 団長の気持ちもわからないようじゃ今後、一生雑用みたいね。 ・・・それはさておき、去年の文化祭のライブ覚えてる?バンド演奏よ。あれ来年の目的とかいって、それからSOS団のライブ活動をちょこっとやっただけじゃない。あの応募して落選したやつ。なんか落選したらさ、もういいや~って思えるようになってね? それっきりやってないじゃない!やっぱり続けるべきなのよ!」 おいおい、バンド演奏ならもういいじゃねえか。それに、俺はもうハルヒの作り出した曲で、あのわけのわからん音符の怪物と戦うのはもういやだぜ? サウンド・ウォーム(命名俺)だっけか? まあ、せっかくベースも弾けるといってもいいレベルまで達したわけだし?俺としても、やりたくないなんていったら嘘になるな。そんな心にもないこといったら針千本を飲まされるぜ。 しかし、俺たちももう高校二年生だ。来年は受験だし、二年の成績はかな~り内申に響くんだぜ? もし、あまりにもできないんで補習!・・・な~んてことになったら、俺はお袋の怒りを買いかねない。 そうなったら最後、バンドはおろかSOS団の活動の参加すら危ういんだぞ。 え~、つまり、大きくまとめると第一に、ハルヒが作った曲にはあのトンデモパワーが宿り、それを聞いたら最後、一生その曲が頭の中で これ以上聴いたらノイローゼになりかねないぞくらいのリピート状態になる。 第二に、俺たちはもう高校二年生だ。わかる?受験だよぉ~・・・ そういうことだからさ、いいかげんそこんとこ学習しようぜ!ハルヒ! ・・・・・という理由である。 まあ、俺的には後者のほうが大きいかな。 理由としては。 しかし、学習してないのは俺も同じだった。 つかさ、俺が本名で呼ばれないのとさ、そこで谷口の名前が出てくる意味がわからねえ。 「なに言ってんの!SOS団の団員である以上は、好成績を残さないとだめだめよ!補習なんてもってのほかだわ!・・・・・・・・・こりゃあま~たあたしが勉強を教えるしかないようねぇ~♪」 はい、俺の話は全然届いていなかったようだ。ようするにやめて欲しかっただけなのにな。ていうか妙にうれしそうだな~、ハルヒよ。 バカに勉強を教えるのは、ペットに芸を教える感覚と類似したものがあるのだろうか?だとしたら、俺には一生無縁な感覚だな。 「バ、バカッ!ぜんっぜんうれしくなんかないわよっ!このうんこっ!」 わかった。もううんこでいいからさ、ネクタイをこれからカツアゲする不良みたいに引っ張らないでくれよ。 でもまたなんで急にそんなことを思いはじめたんだ? 「ハァハァ・・・・・・ふぅ・・・・それはね、昨日部屋のなかを整理してたらね、ビデオが出てきたのよ。結構古かったわね~。それをさ、なんとなく再生してみたら、昔やってた音楽番組だったのよ。でね、あるバンドの演奏してる姿を見たのよ。 それみたらもういても経ってもいられなくなってね! あれがまたすごいのよ! あの哀愁漂うアルペジオのイントロから始まり、終わったかと思いきや、ここから『静』から『動』!ヴォーカルがね、なんていったかしら・・・・・あ、そう!紅だああああああ!!って叫んだのよ! そしたらね、そこからはもう疾走感溢れるアップテンポでね~。 ホント、あれ見て思わず身震いしたほどよ! あのバンドの名前なんていったかしら・・・・・・・・たしか・・・・・アルファベットだったような・・・・? あ、Xなんとかだったわ! 」 こいついったいいくつなんだ? XJAPANだろ?そんでもって曲は紅だ。 なんでそんな古いもん見て興奮するんだよ。Xっていや~・・・・・1989年デビューしたんだっけか。 お袋がファンで、嫌というほど話を聞かされたから覚えてる。 紅はデビュー曲だよな。聴いたことはないけど・・・・・ ああ、そういやこいつ、ロックも聴くんだっけか。いつだったか、『マリリン・マンソン』の曲を口ずさんでたっけ・・・・・・・・・・ 興奮するのも分かる気がする。 「そう!それよ! XJAPAN!懐かしいわね~♪」 だから、お前一世代古いって。 「なにいってんのよ! 彼らの1番の魅力は、『時代を感じさせない音楽』 よ! 『DAHLIA』や、『ART OF LIFE』なんか、90年代の曲だけど、今の邦楽なんかには感じない凄味があるわ! 全然色褪せてないもの! あんたも一回聴いてみなさいよ!絶対ハマルって!」 だ~か~ら~、ハルヒよ、俺はもう勉強でいっぱいいっぱいなの。 そんな音楽聴いてる暇なんかないぞ。 「勉強はアタシが見てあげるっていってんでしょうが!人の話は最後まで聞きなさい! アンタの悪い癖よ! ・・・・・・・・!! 思いついたわ・・・・・・・・!!」 嫌なー予感ーがする。またなんかバンドで俺たちを巻き込むつもりだ・・・・・・・・・・。 まあ、それはいいか! ハルヒが見てくれるって言ってくれてるしな。こちらとしてもそれは大いに助かる。巻き込まれてやろうじゃないか。 なんだかんだいって、俺もバンドをやりたいらしいな。 Xにも興味があるし。・・・・・・で、その思いついたことはなんだ? 「前のときは、容姿が普通すぎたからダメだったのよ! 今度からは、あれよ、あれ。ん~っと・・・・・そう! ヴィジュアル系! これしかないわ~。 邦楽でいいのは、ほとんどヴィジュアル系だしね!PIERROTに、LUNASEA、PENICILLIN、Laputa、Dir en grey、ラファエル、プラスティック・トゥリー、CASCADE、陰陽座、Janne Da Arc、ラルクアンシェル、SHAZNA、上海アリス幻○団・・・・・あげたらきりがないわ!」 わかった、わかったからもう言わなくても、いいぞ? ていうか90年代多いな。ほんとは年ごまかしてんじゃねえのか?・・・・・ていうかさ、ラルクアンシェルをV系呼ばわりしたら、怒って帰っちまうぜ? それに上海アリス幻○団はヴィジュアル系でもないし、バンドでもねえよ。 それに、前に落ちたやつの応募方法は、デモテープを送ることだったろ? 容姿なんて見えないんだから意味ねえじゃねえか。ああ!つっこみどころが多すぎる! 「細かいところは気にしなくていいの! それもあんたの悪い癖よ! それに!アタシがV系っていったら、それはもうV系なの!わかった!? ・・・・・で、これからキョンの家にみんなを呼んで邪魔しようと思うんだけど。 どうせ親はいないでしょ? だったら早くいきましょ!もういても経ってもいられないの!」 どうやらこいつの辞書には遠慮という単語は存在していないようだ。ま、別にかまわんが・・・・・・・・いったいなにをしに来るんだ? 「練習よ練習!みんなだいぶうまくなったようだけど、アタシから見たらまだまだよ。みんなが作詞作曲できるようなレベルにならないとね!」 それはレベルが高すぎだろう。思わず溜息が出ちまったじゃねえか。 気づけば、俺たちがいつも分かれる道まで来ていた。 早いもんだな。 「それじゃあ! 準備が整い次第! あんたの家に行くからねっ!ちゃんと片付けておきなさいよ!」 じゃあねと手を振ったハルヒは、そのまま元気良く走り去って行った。 「やれやれだぜ・・・・・・」 思わずだれかのセリフが出ちまった。 俺はこのあと、ハルヒが去っていった道をただボーっと突っ立って眺めていた。 「そろそろ帰るかな・・・・・」 ハルヒたちが来るので、部屋の片付けを済ませなくちゃならなくなった。やらなかったら死刑っぽいからな、うん。 死刑はやだろ?死刑は。 そして俺は、自分の家に帰るために歩を進め歩き始めた。 これからどんなことになるのかな? なーんてことを考えながらな。 しかし、俺が思っている以上に、大変な出来事に遭遇することは、このときの俺には知る由もなかった・・・・・・・・・・ 続く
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「こんにちはー。あれ?今日はまだ長門さんだけですか?」 「そう。古泉一樹は休み。」 休みってまさかアルバイトかな…? …あれ?長門さん今日はハードカバー読んでない。 「長門さんが文庫本を読んでるなんてちょっと珍しいですね。いつもはすっごく厚いハードカバーだから私には無理そうかな、って思ってたんですけど。どんな本読んでるんですか?」 「・・・読む?」 「え?いいんですか?ならお借りしようかな。恋愛物とかですか?」 「戦闘物。」 戦闘…? これまた長門さんのイメージとは違って驚いた。そういうのも好きなんだ? 「この表紙の女の子が戦うんですか?どことなく涼宮さんと似てるような…。」 「……。」 その後部室に涼宮さんとキョン君が到着し、いつも通りの時間を過ごした。 古泉君が休んでいる事、長門さんが文庫本を読んでいる事以外は、いつも通りの。 今夜私がこの本を読み終えた瞬間、世界は小規模な改変をされる事になる。 ―― 翌日 コンコン 「はーい。大丈夫ですよ。」 「こんちには。ハルヒは少し遅れます。ところで、今日も古泉が休んでるみたいなんですが何か知りませんか? ハルヒの機嫌も悪くはないし、電話しても繋がらないので。ただの風邪とかならいいんですが。」 「徒を追っているのかもしれませんね…。」 「…ともがら?神人の別種かなんかですか?」 「紅是の徒を倒すのがフレイムヘイズの使命なので。」 「ふれいむ、へいず…?なんですかそれ、未来人の敵とかですか?」 「世界のバランスを崩す紅世の徒を狩る者が私達フレイムヘイズ…私は『雁ヶ音の煎れ手』朝比奈みくる。」 「・・・・・・・・。長門、どうなってる。」 「・・・わからない。」 またハルヒの奴がおかしな事始めたか・・・。なんだって…フレイムヘイズ? 長門は知らない、歩くムダ知識古泉は休み、となれば・・・困ったときのgoogle先生。 「40000件…?」 wikipediaへのリンクを開く。 【フレイムヘイズは、高橋弥七郎のライトノベル作品『灼眼のシャナ』及びそれを原作とする同名の漫画・アニメ・コンピュータゲームに登場する架空の異能者の総称である】 「つまり朝比奈さん・・・灼眼のシャナって小説を読んだわけですか?それで影響されたと。」 「炎髪灼眼の討ち手をご存知なんですか?彼女は今どこに?」 ダメだ…すっかりハマっている・・・。 朝比奈さんがまさか高2ではなく厨2だったとは・・・。 遅れてハルヒも到着したが何やら不機嫌な様子。岡部と揉めたか。ご愁傷様、古泉。 ハルヒが到着するまでヒマだった俺はwikipedia、灼眼のシャナの項目を読み漁ったため大筋は把握した。 ハルヒに知られたら厄介な事になりそうだな…この内容は。 ―― 夜 プルルルルルルル 「はい、もしもし。」 「こんばんは。不躾ですが、ここ数日あなたの周りで何か変わった事はありませんでしたか?」 「朝比奈さんが壊れた。いや正確には朝比奈さんに対する俺の夢が壊れた。」 「…よく分かりませんが。無事ならそれでいいんです。ですが、気をつけてください。近々あなたを狙う輩が現れるかもしれません。」 「…勘弁してくれ。機関の方々で何とかできないのか?」 「えぇ、フレイムヘイズは基本的に単独行動なので横の繋がりが薄いんですよ。」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 「…今何つった?」 「え?…あ、いや「薄い」というのは別に頭髪の状態を言っているわけではなくですね・・・」 「そこじゃねーよ!!フレイムヘイズって言ったか今!?お前も…フレイムヘイズとかぬかすのか・・・?」 「言いましたよ。いかにも私はフレイムヘイズ、『赤光の狩り手』古泉一樹です。」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 「分かったもういい・・・全面的にお前らに任せる。」 「お任せを。いざという時携帯電話が命綱になりますので、充電状態には気を配ってください。」 「あぁ心配するな。俺の携帯の充電は午前零時に全回復するか・・・」 俺もかーーーーーっ!!!! ―― 翌日朝 あの2人(俺も?)が同時に影響を受けてるなんて厨2病の一言で済ませられる問題じゃないよな・・・。毎回毎回長門に頼らざる得ない俺が情けない。 でもしょうがないじゃない、一般人だもの。――キョン いや、待てよ。・・・長門に限ってまさかとは思うが、あいつもすでに毒されてるって可能性もあるんじゃないのか? あれこれ考えている内に部室に到着してしまった。 ガラッ 「おはよう、早いな長門。」 「おはよう。」 「朝比奈さんと古泉の様子がおかしいんだが、何か心当たりないか?」 「わからない。」 「そうか。ところで、「灼眼のシャナ」って小説読んだ事あるか?」 「…無い。」 …アイがスイミングしたぞ長門。 「そうか。いや俺も最近知ったんだけどな。ライトノベルって言ったか、ああいう小説にはやっぱりこう無口なキャラが必要不可欠だよなぁ長門。」 「…その意見は正しい。」 「さっき言った「灼眼のシャナ」ってのにもそういうキャラがいてな。俺はそいつが一番好みのタイプなんだ。」 (コクコクッ) 「名前なんて言ったっけなぁー、ヴィ…、ヴィ…」 「ヴィルヘルミナであります。」 「そうそうヴィルヘルミナ。――長門集合。」 「……違う。今のはケロロ軍曹…。」 ―― 「――つまり、まずお前がハマり、古泉に貸したらあいつもハマって学校休んでまで読み漁り、次に朝比奈さんに貸したら案の定、って事だな?」 「…そう。」 「て事はハルヒにはまだなんだな?」 「まだ。しかし、朝比奈みくると古泉一樹、そして私の様子を見る限り、単に小説に影響されただけとは思えない。私が最初に小説を手にした時点ですでに涼宮ハルヒの影響を受けていた可能性も否定は出来ない。」 「…なるほどな。とりあえずハルヒに読んだ事あるか聞いてみる事にするよ。 …で、お前も『なんとかのなに手』とか異名ついてんのか?」 「『万象の繰り手』長門有希。」 …ちょっとかっこいいと思っている自分が、そこにいた。 ―― 昼 「あー、ハルヒよ。ちょっと聞きたい事があるんだが。」 「何よ。団活欠席なら却下よ。」 「違う違う。「灼眼のシャナ」って本読んだ事あるか?」 「なにそれ?知らないわ。」 「フレイムヘイズって単語に心当たりは?」 「はぁ?何なの一体?初耳よそんな言葉。」 「そうか。…で、お前は今何食べてるんだ?」 「メロンパン。」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 待て待て待て。あきらめるのはまだ早い。 単にこいつがメロンパンのおいしさに目覚めただけかも知れないじゃないか。美味いしね。美味いしねメロンパンは。 「時にハルヒよ、もうポニーテールにはしないのか?」 「えっ?…な、何でよ?」 「単純に見たいからだ、お前のポニーテールを。」 「あ・・・う・・・、み、見たいって、どうしてよ?」 「どうしてって、俺がポニーテール好きでお前はポニーテールが似合うからだ。」 「なっ・・・う…うるさいうるさいうるさいっ!!」 ・・・・・・・・確定。 つづく
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それはある晴れた日のことだった。 部室に行ってみると、まるで特撮番組の怪獣のようにわめきまくるハルヒも、 いつもオドオドとしていて守ってあげたくなる小動物系の朝比奈さんも、 樹海の奥にひっそりと生えている花のような気配の長門もおらず、年中スマイルのバーゲンセールをしている「アイツ」しかいなかった。 「やぁどうも。僕が来た時には誰もいなかったのですが…いやぁ、手持ちぶさたでしょうがなかったのです。どうです?一勝負。」 と言ってトランプの入った、いかにも安っぽい四角い箱を持ち出してきた。 いいだろう。完膚無きまでに叩きのめしてやるから光栄に思え。 「ははっお手柔らかにお願いします。」 ふん。そういう事はトランプの神様にでも言うんだな。お前の大好きな神様とやらに。 こうして俺たちはポーカーを始めた。あんな不思議なことが起こるとも知らずに。 ハ「よぉ~し!これで写真集が出せるくらいの写真が集まったわ!」 み「ふぇ~…やっぱりあきらめてなかったんですねぇ…」 長「………」 ハ「有希もレフ板ありがとね!ホントは古泉くんに任せようと思ってたんだけどなかなか来ないし、それにいつまでも待ってるとキョンが来てうるさいし!」 今、SOS団三人娘は校内を歩いている。ちなみに格好はハルヒと長門は制服、みくるはメイド服である。(天の声) ハ「まったく…キョンときたらいっつも「朝比奈さんがかわいそう」だの何だの言って邪魔するんだから!」 そうぼやきながら後ろに長門とみくるを率いて歩いている。(天の(ry そして階段にさしかかろうとした時、 ハ「どう思う!?っと!うわっ!?」 勢いよく振り向いて聞いた瞬間、ハルヒは足を踏み外してしまった。(天(ry み「涼宮さんっ!?」 長「……っ!」 とっさに手を伸ばす二人。だが結局支え切れず、三人は階段をもみくちゃになりながら転げ落ちてしまった。 ?「いたたたた…」 ?「ふえぇ~痛いですぅ~」 ?「……不覚。」 どうやら三人ともたいしたケガもなく、無事だったらしい。でもあれれ~?(C.V.高山みなみ)何か違和感が。 ?「あれ!?あたしがいる!」 ?「ふぇ~!?わたしの胸が小さk…きゅぅ(気絶)」 ?「………」 そこには、まるで特撮番組の怪獣のようにわめきまくるみくると、 いつもオドオドとしていて守ってあげたくなる小動物系の長門と、 樹海の奥にひっそりと生えている花のような気配のハルヒがいた。 ハ→み「これは人格入れかえってヤツね!」 みくる?が大声で強気にしゃべっている。心なしか態度もデカい。 み→長「あの~…それってどういう…?」 長門?はいつもと違ってもじもじしている。そしていつもより饒舌である。 ハ→み「ほら!マンガとかでよくあるでしょ!頭ぶつけたり、強い衝撃で人格が入れ替わっちゃうってやつ。きっとそれよ!あーゆーのはマンガだけかと思ってたけど…実際に起こるのねぇ~」 み→長「へぇ~…そんなのが…(あの~長門さん?ですよね?)」 そう言って長門?はハルヒ?に話しかけた。 長→ハ「(……そう。だが外見は涼宮ハルヒ。)」 ハルヒ?は無表情で口数が少ない。ものすごいギャップである。 み→長「(あの…これはどういう…?」 長→ハ「(涼宮ハルヒが望んだ。彼女が階段を落ちるわずかな間に「こうなれば面白いのに」と望んだ結果。でも問題ない。一時的なもの。)」 み→長「(そうですか…とりあえず一安心ですね…)」 どうやらそんな感じの大変なことになってしまったようです。 ハルヒinみくる。みくるin長門。長門inハルヒ。わかりにくいことこの上ない。 そしてみくる?が声高に叫んだ。 ハ→み「おもしろいわ!みくるちゃん、有希!よね?今日はこのまま過ごしましょう!どうせ一時的なものだから楽しまなきゃ損だわ!こんな体験なかなか出来ないしね!キョン達を驚かせてやるのよ!わかったわね!?」 み→長「確かに…そうかもしれませんね!実は私もちょっとワクワクしてたり…」 長→ハ「……ユニーク。」 どうやらみんなあまりショックではないようだ。それにしてもこの三人娘ノリノリである。 ハ→み「そうと決まれば部室に行くわよ!…ところでみくるちゃん。あんたやっぱり胸デカいわねぇ。重くて肩が疲れそうよ。」 み→長「そうなんですよぉ…あ、でも今は私すごい楽なんでs…ひぃっ!」 長→ハ「……………………………………………………………………………………………」 無表情なハルヒ?の目が鋭く光っていた。 フラッシュだ。残念だったな。 古「ワンペアです。いやぁお強いですね。」 お前が弱いだけだろ。俺は普通だ。休み時間に谷口や国木田とやってる時の戦績は三人ともあんまり変わらないからな。 古「少なくとも僕はうらやましく思いますよ…おや、どうやら姫君たちのお帰りのようですよ。」 ふん。そんなキザな言い回しを考えるくらいなら俺に勝つ方法でも考えるんだな。 そう言いながら朝比奈さんで目の保養をと考えてドアの方を見た。すると朝比奈さん、長門、ハルヒの順で部室に入ってきたSOS団三人娘を見て、俺はふと違和感を覚えた。いやそれが何なのかはわからんけど。 み?「あっ!お茶を入れ…ますね~♪」 はぁ。どうも。やっぱり何かおかしい。こう…なんか快活というかなんというか。まさかハルヒが何かしたのではあるまいな? そう思ってハルヒの方を見た。 ハ?「……………?」 なんか怖い。無表情でここまでテンションの低いハルヒなんて初めて見た。七夕やバレンタインデーの時の比じゃない。 おい、どうしたハルヒ?元気ないじゃないか。 ハ?「別に。あんた…には関係ないこと…よ。」 なんだこれは。マジでおかしい。熱でもあるのか?そう思って偉大なる団長様のおでこに自分のを当てようとした瞬間、 ガシャーン! ん?なんだ今の音は。後ろを振り向くと朝比奈さんが湯飲みを割ってしまっていた。 大丈夫ですか!?お怪我などは!? み?「私は何ともないですよぉ~♪」 こちらもやはり変だ。どう見ても朝比奈さんには似つかわしくない怒りマークが顔に出ている。 これは一体どういうことか。その謎を唯一知っていそうなSOS団の有機製アンドロイドの方を見てみると、こっちもどうしたことか。本を広げてはいるがチラチラとこちらの様子をうかがっている。 いつものような頼りがいのある所は感じられず、変わりにビクビクとしていてなんともかわいらしいオーラが出ている。思わず顔がニヤける。なんかこう守ってあげたk ガッシャーン! またか!?本当に大丈夫なんですか?朝比奈さん。疲れてるなら、俺も名残惜しいがお帰りになられては? み?「ホントに大丈夫ですからぁ~♪」 声は笑っているが顔からはある種の迫力がにじんでいた。 なんか今日の朝比奈さんはこう…ハキハキしてらっしゃいますね。はは… ヤバイ。なんかヤバイ。なんだか情緒不安定になりそうだ。一縷の希望を賭け、超能力者の方を見てみると、なんとも形容しがたい微妙な表情をしていた。ダメだ。役に立ちそうもない。 どうしたことだコレは。俺が何かしたのか?いや授業中のハルヒはいつも通りだったし、放課後になってからはさっき会ったばかりだ。俺は何もしていない。たぶん。 そして。もういっぱいいっぱいだったのだろう。俺は何を血迷ったか、ハルヒの肩に手を置き、顔を近づけた。 そう、あの閉鎖空間の時のようにキスをすれば戻ると考えたのだ。他のSOS団メンバーもいるがそんな事を気にする暇もないほどテンパっていた。そしてキスまであと1cm… ?「こんのバカキョン!!なにしようとしてんのよ!!」 うわぁ!悪かったハルヒ!!…ってアレ?目の前のハルヒは目を閉じてじっとしている。ってことは今の声は?と考えるのもつかの間、急にスゴイ力で引っ張られた。 その先にはものすごく怖い顔をした朝比奈さんが。 あの~朝比奈さん?一体どうされたのでs み?「みくるちゃんじゃない!あたしよ!まだわかんないの!?」 え?でもだって…え? み?「みくるちゃんがあたしで、あたしが有希で、有希がみくるちゃんなの!!」 意味がわからん。でもこの口調、態度、唯我独尊な性格はまさしく… まさか…ハルヒなのか? み?「だからそう言ってるでしょ!!もう!!」 その後、三人から事情を説明され、俺と古泉はやっと納得した。こんな時でもスマイルを崩さないこいつは心底すごいと思う。 ちなみにハルヒ(朝比奈さんの外見をした)はなぜか怒ってとっとと帰ってしまった。 朝比奈さん(長門の外見をした)はひたすらもじもじして俺に謝っていた。なんだか俺が悪いことをしたように思えてくるから不思議だね。 あと、残念そうな顔をしていた長門(ハルヒの外見をした)がなんとも印象的だった。 それにしてもなんでハルヒはあんなに怒っていたんだろう。キスだって自分がされる訳じゃないのに。まぁ体はハルヒだが。 古「本気で言っているんですか?」 古泉が聞いてくる。ちなみに今は不本意ながら一緒に生徒玄関に向けて校内を歩いているところだ。まったくもって不本意だ。 本気かだと?ふん。わかったよ、明日ハルヒに謝ればいいんだろ? 古「わかっているじゃないですか。安心しましたよ。今度はちゃんと本人にキスを…」 などと階段を下りながらバカなことを言ってくる。 あーうるさい!まったくお前は…っと!ぅおあ!? 古「危ない!!」 俺はつい「足下がお留守だぜ!」になってしまい階段を転げ落ちてしまった。俺を支えようとした古泉と一緒に。 ?「っつう…大丈夫でしたか?」 ああ、なんとかお前のおかげでな。一応礼は言っておくぞ 。あれ?古泉?どこだ? ?「目の前にいますけど?驚きですね。」 いや目の前には鏡しか…だってその証拠の俺の顔がある。ほら、俺が右手を挙げると鏡に映った俺も… あれ?目の前の俺は右手を挙げるかわりに手鏡を差し出してきた。 その手鏡の中には………ニヤケハンサムな顔が映っていた。 お い ま さ か 終わり
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平泉は中々遠く、俺達は小さな町に寄ったり野宿をしたりして、漸く目的地に辿り着いた。 平泉に若者は少なく、どちらかと言えば老人たちがひっそりとこの村で暮らしている…そんなイメージが俺の頭の中に生まれた キョン「ここが平泉か」 ハルヒ「なんていうか・・・本当に村ね。でもかなり古くからあるそうね」 古泉「かつては奥州藤原氏が権力を振るった土地でもありますからね」 キョン「とりあえず洞窟とやらは何処にあるんだ?」 ハルヒ「聞き込みでもしてみましょう」 みくる「あ、あのぅ…すみません」 村民「ん・・・?なにかのう?」 みくる「この村の付近に洞窟ってありませんかぁ?」 村民「洞窟じゃと・・?ぬしら盗賊か!?」 長門「違う…私達はただの旅人」 村民「ふん。どうせ盗賊じゃろうがなんじゃろうがあの洞窟に入っては二度と出てこれん」 キョン「何故だ?」 村民「簡単なことじゃ。財宝目当てにあの洞窟に入っていった盗賊どもで、生きて返って来たものは一人もおらん」 古泉「なるほど…確かに腕磨きには丁度良い場所かも知れません」 村民「わしは知らんぞ。入るなら勝手に行くがよい。この村を出て北の森を探せば入口が見つかるじゃろうて」 キョン「…とりあえず大体の場所は分った。今日はこの宿屋で一泊して、明日に備えよう」 ハルヒ「そうね。それにしても全くあのおじいさん、盗賊と私達を一緒にしないで貰いたいわ」 キョン「財宝を取って返って見せつけてやれば良い。とにかく今日は早く寝るぞ」 古泉「了解しました」 長門「・・・いっくんと一緒に寝る(ぎゅう)」 ハルヒ「古泉君が寝れないだろうから今日は我慢してあげなさい」 長門「・・・わかった」 みくる「じゃあ涼宮さんと長門さんと私はこっちの部屋で寝ますね」 キョン「わかりました。俺と古泉は向こうの部屋で寝ます。おやすみなさい」 みくる「はい、おやすみなさい」 ハルヒ「なによキョン・・・あたしにもオヤスミぐらい言いなさいよ」 宿屋の主人「本当に行くのかい?」 キョン「ええ」 主人「あの洞窟に行って帰って来た者はいない…知っているだろう?」 ハルヒ「大丈夫よ!私達は盗賊なんかよりずっと強いんだから!!」 主人「しかし君達は若い・・・もしかしたら命を落とすかもしれないんだよ?」 古泉「危ないと感じたら引き返しますよ。心配は御無用です。」 主人「そうかい・・それなら良いのだけど」 キョン「生きて、帰ってきますから」 主人「・・・よし、わかった!僕が洞窟まで君たちを案内しよう」 俺達五人は宿屋の主人案内の元、義経の財宝が眠っているといわれる洞窟まで辿り着いた 主人「健闘を祈るよ。それじゃあ・・・」 みくる「案内ありがとうございましたぁ」 キョン「さて、行くか・・・」 ハルヒ「面白くなってきたわね!」 洞窟の中自体は普通の洞窟より少し暗く、朝比奈さんは入った瞬間から幾らか気分悪そうにしている。 キョン「しかし薄暗い洞窟だな」 ハルヒ「そうね。そろそろ大ムカデやネズミの一匹ぐらい出てきても良さそうなんだけど」 みくる「どっひゃああああああああああああああああああああ!!!」 天使が叫びをあげたような、あらゆる意味で神々しい声が洞窟中に響きわたる。 一体どうしたんですか朝比奈さん? みくる「は、ははははは白骨ぅ・・・はっこつですぅうううううう」 キョン「それは何処の洞窟でも白骨ぐらいありま・・・・なっ!?」 ハルヒ「なにこれ・・・」 古泉「これは・・・」 長門「・・・・・」 目の前に広がる白骨の山 白骨の一つや二つなら少なからず見かける機会は在るだろうが、この量は・・・ 古泉「異常…ですね。流石は財宝の眠る洞窟です」 みくる「ふ・・・ふええ・・・」 古泉「おっと!大丈夫ですか?」 みくる「ちょ、ちょっとだけダメかもです・・・」 古泉「気をしっかり持ってください。貴方が気絶したら誰が僕達を治療するんですか?」 みくる「は、はいい・・」 長門「・・・わざと気絶したフリをしていっくんに近づいた?」 みくる「ふえ?」 長門「・・・そうなんだ?」 みくる「ち、ちがいますぅ!」 長門「無駄な乳には渡さない」 みくる「む、無駄な乳ってなんですかあ!!」 以外にも長門は嫉妬深いらしく、古泉に支えられている朝比奈さんを敵視している。 おいおい朝比奈さんは敵じゃないぜ。術とか間違っても使うなよ ・・・あれ?朝比奈さん?後ろにある火はなんです? みくる「火・・?」 キョン「・・・っ魂火だ!!」 ハルヒ「魂火ですって!?なんでそんなものが?」 キョン「わからん!だが間違いなく倒すべきだ」 古泉「同感です。魂火は怨念を宿していると言われます」 宙にふわふわと浮いているそれは突如、マイエンジェル朝比奈さんに向って炎を吐いてきた みくる「ひ、ひゃああああ!?」 キョン「この魂火やりやがったな!乱闘だ!乱闘パーティだ!!」 古泉「陰陽道・火鬼」 ゴオオオオオオ 火の鬼はみるみる内に魂火を覆い、そのまま消えてしまった キョン「・・・ォイ古泉」 古泉「なんでしょう?」 キョン「俺があの魂火を斬りたかったんだけどな」 古泉「とりあえず早めに始末をと思いまして、申し訳御座いません」 キョン「・・・・まあいいさ。同じようなのが沢山出てきたからな」 ハルヒ「これはちょっと大変そうね」 目の前には魂火の大群が見える 白骨の次は魂火の大群かよ。勘弁してくれ みくる「お、おおきなムカデやネズミなんて出てこないじゃないですかああああああ」 ハルヒ「うっさいわね!何時もはそれしか出てこないのよ!!」 長門「とりあえず全掃・・・氷術・水竜」 ハルヒ「そうね!久しぶりにアタシの双剣を使う時が来たようね!!どりゃあああああ」 古泉「長門さんに同感です。とりあえず倒してしまいましょう。陰陽道・幽軍」 長門の放った水の竜と、古泉の放ったぽい変な怨気の大群が瞬く間に大量の魂火を消していく。 ハルヒは双剣を駆使して、俺も俺なりに剣を振るってちょこちょこ敵を倒していく もちろん俺は朝比奈さんの前に立って戦っている。当たり前だ キョン「こんなもんか?」 ハルヒ「そのようね」 みくる「お、驚きましたぁ・・・」 キョン「・・・で前に見える青い霧は一体何なんだ?」 古泉「何やら髑髏にも見えますね」 みくる「た、ただの霧・・・ですよねー?」 霧「・・・・・」 みくる「た、ただの霧っぽいです!さ、さささささ先に進みましょう!!」 霧「・・・ォォ」 キョン「今、何か声がしたような・・・」 みくる「き、きのせいであって欲しいですううううう」 霧「ォオオオオオオオオオオオオ!!!」 キョン「ちょ、見るからに霧ドクロだ!!」 古泉「怨霧、ですね。なるほど、これは盗賊等では生きて帰れない訳です」 ハルヒ「そんなこと言ってないで戦うわよ!双剣・覇鬼蛇切り!!」 スカッスカッ 霧「オオオオオオオオオオオオ」 ハルヒ「当たらない!?」 古泉「霧状ですからね。術しか役にたたないでしょう」 長門「・・・・氷術・水突乱舞」 ドシュッドシュツ!! 怨霧「オオオオオオオ!!」 キョン「聞いてるみたいだな!行くぜ!炎術・火走!!」 ゴオオオオオ 怨霧「アオオオオオ・・・・ォォォォ」 キョン「ラスト頼むぜハルヒ!」 ハルヒ「まっかせなさい!この忍具でどう?伝火はっしゃー!!」 キョン「もったいない!」 ハルヒ「いいのよ!」 怨霧「ォォォォ・・・・・・・ォ・・・・」 キョン「まあ、倒せたようだし良しとするか。」 ハルヒ「伝火、切れちゃったから新しいの買っといてね」 キョン「なんですとっ!?」 ???『「盗賊…まだ懲りずに入り込んで来るか…。我が主の財宝を狙いし愚かな輩共よ…与えよう、貴様等に鮮血の死を……与えよう、死しても尚、永遠の苦しみを…」』 俺達がしばらく洞窟を歩くと、まるで下に降りろと言わんばかりに階段が用意されていた。 キョン「誘っているな」 古泉「でしょうね。降りるしかないでしょう」 みくる「なんかこの下、不気味ですぅ・・」 ハルヒ「洞窟入った時も同じようなこと言ってなかった?さっさと行くわよ!!」 長門「・・・確かに何か威圧感はある」 下へ降りると再び白骨の山が御丁寧に俺達を迎えてくれた キョン「白骨の山、再びだな・・・」 ハルヒ「この格好は剣術家ね・・・ここまで来れるなんて結構な使い手だったんだわ」 キョン「って事はこの先にかなりの脅威が待ち受けてるってことか・・・」 みくる「あ、あのうみなさぁん・・・」 ハルヒ「何よみくるちゃん」 みくる「疲れましたぁ・・・」 ハルヒ「だらしないわねえ全く」 古泉「確かにもう何時間か歩きづめですね。少し休みましょう。それにしても広い洞窟です」 確かに広い・・・こんな広い洞窟を歩くのは初めてだな 長門「・・・やっぱり」 キョン「どうした?」 長門「・・・・休息を取ってから説明する」 しばし休息を取った俺達は立ち上がると、長門先頭の元再び歩き出した キョン「それでどうしたんだ?」 少しばかり小走りで何やら赤い印が地面に描いてあるところまで行く長門 もしやあれに何かヒントが隠されているのか? 長門「下を見て・・・」 古泉「・・・これは!?」 キョン「どうしたんだ古泉?」 古泉「これは移動の呪印です。この上に乗ると体ごと別の場所に移動してしまいます」 キョン「じゃあ…」 古泉「この先にとてつもない何かが待ち受けているか…もしくは財宝が在るか、と言ったところでしょう」 長門「さっき見た白骨の山も謎が解けるかも・・・」 ハルヒ「面白いわ!早く五人で乗りましょう!!」 キョン「待て!ハルっ・・・」 ハルヒ「もう乗っちゃったわよ!みんなも早く~」 キョン「あの馬鹿・・・」 古泉「覚悟を決めるしか無いようですね?」 キョン「・・・だな。いくぞ皆!」 俺達五人は一斉に移動の呪印に乗り込んだ 涼宮ハルヒの忍劇7
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■シーン1「虹がまいおりて」 暑くもなくさむくもない季節の、うららかな陽気の午後のひととき。ひなたぼっこをするにはうってつけの日よりです。 ですが、SOS団の団長である涼宮ハルヒは、ひまそうに部室でパソコンとにらめっこしています。 「なんてたいくつなの。せっかく授業が早くおわったっていうのに、なんにも楽しいことがないなんて」 ほおづえをついて、きげん悪そうにしていると、コトリと湯のみが置かれる音がしました。SOS団のマスコットである、みんなと一つ学年が上の朝比奈みくるが、いつものようにおいしいお茶をくんできてくれたのです。 「涼宮さん、そういう時はお茶でもゆっくりのんで、おちついてください。たまにはこういうのもいいと思いますよ」 「ありがと、みくるちゃん」 そう言われてハルヒは、ほどよくあついお茶をずずいと飲みながら、部室をぐるりと見わたしました。 お茶をもってきたみくるちゃんは、いつものふんわりとしたメイド服。動いているだけでも、部室の中があたたかくおだやかになります。 部屋のすみっこでは、同じ学年で、もともと文芸部員として部室にいたユッキーこと長門有希が、ゆったりともの静かに本を読んでいます。 パソコンのモニターのむこうでは、やはり同じ学年で、SOS団の副団長をつとめるキリリとりりしいイケメンの男子、古泉一樹くん。 そしてハルヒと同じクラスで前の席に座り、SOS団の雑用係をさせられているキョンが、公民館のえんがわで、のんびりしているおじいさんたちのように囲碁をしていました。 ハルヒの目の前では、まったり、ゆっくりとした時間が、春の小川のように、たゆたゆとながれているようでした。 けれども、ハルヒにはそれがたいくつでたいくつでしかたがありません。顔をむすりとしてしまうと、自分ひとりだけおいてきぼりにされた気分になりながら、さっきから何度更新しても、全く画面が新しくならないインターネットのニュース画面を見ていました。 (もう、たいくつでたいくつで、今にも干からびてしまいそうだわ!) その時、ぐうぜん目にとまったのは、ニュースの記事にのっていた、大きくてきれいな虹の写真でした。 それを見ていると、むかし絵本で読んだ、虹の下に、宝ものがうまっているというおとぎ話を思いだしました。 「こんなおっきな虹の橋が、どかーんと、今すぐここにあらわれたりしないかしら」 今日は雲も少ないおだやかな日より。雨なんてどこにもふっていないのに、大きな虹が出てくるはずがありません。 いつもなら、そんなことがあるはずがないと、どこかうたがいながら思ってしまうことです。 でも今日のハルヒは、たいくつすぎて、強く、強く、本当におこったらいいなと思ってしまいました。 その時でした。 「ひゃぁ!」 みくるちゃんのかわいらしい、小鳥のような悲鳴が部室にひびきます。 「どうしたの、みくるちゃん?」 「す、涼宮さん。う、うしろ……」 「ハ、ハルヒ、まて!まつんだ!」 キョンがよびとめましたが、ハルヒはすでに後ろをふりむいたあとでした。 「な、なによこれ?!」 それを見てしまったとき、ハルヒの目は、ぎっしりつまった宝石ばこの中身のようにキラキラとかがやきました。 後ろの窓にあらわれていたのは、部室と同じくらいはばのある虹でした。それも、さわれそうなくらいハッキリしたものです。 ハルヒは急いで窓をあけて、身をのりだそうとしました。ですが、だれかがハルヒの体をはがいじめにしてしまいました。 「ちょっとエロキョン!なにしてんのよ!どこさわってんのよ!」 ハルヒは力まかせにあばれます。ですが、キョンはしっかりと組みついて、手をはなそうとしません。 「やめろハルヒ。とびおりる気か?!あぶないだろうが!」 「なに言っているのよバカキョン!ここにしっかりと虹があるのが見えないの?!」 キョンは必死に見えないと言いはっていましたが、ハルヒの目の前にははっきりと虹が見えていました。それにみくるちゃんにも見えているようです。古泉くんとユッキーはだまったままでした。 ハルヒはキョンのうでをふりほどくと、窓から身をのりだして虹に手をふれました。 「すごい、すごいわ!この虹、ほんとうにさわれるのよ!」 ハルヒはみくるちゃんの手をつかんで虹にさわらせます。びくびくとおびえたようすのみくるでしたが、ほんとうにさわれるとわかると、ぱあっとバラのつぼみがほころぶような笑顔を見せたのです。 「ほ、ほんとうにさわれちゃいましたぁ」 みくるの次は古泉くんとユッキーです。二人の手をつかむと、ハルヒは強引にふれさせます。二人とも、その虹がさわれることをみとめると、ハルヒは勝ちほこった顔でキョンを見下ろしました。キョンは顔をおさえたいつものようすで首をふっています。 「キョン、アンタもこれにさわって、この圧倒的な現実をみとめなさい!」 ハルヒは強引にキョンをひっぱりあげると、むりやり虹をさわらせます。 「わかった。もうわかった!」 とうとう、キョンもその現実をみとめてしまったようです。 さっきまでのふきげんを、とおいとおい宇宙のむこうになげすてたハルヒは、つくえの上に立ち上がって、声高らかに言いました。 「この虹の橋のむこうには、きっと見たこともない世界が広がっているのよ。そしてこのSOS団は、そんな世の中のふしぎを、ときあかすために設立された団体なのよ」 「で、どうするんだ?」 もう、どうにでもなれと言いたそうに、キョンはつぶやきます。 「当たり前のことを言わせないで!これからさっそく出発するに決まっているじゃない!」 こうなったハルヒには、世界中、いえ、宇宙中のだれもさからえません。 みくるちゃんは、ハムスターのようにおどおどしながら。 古泉くんはいつものあいそ笑いをうかべて。 ユッキーはいつものポーカーフェイスをくずさずに。 そしてキョンは、やれやれとあきらめた顔をして、虹の橋を先頭に立ってつきすすむハルヒのあとを追っていったのです。 「どうします?これはゆゆしき事態ですよ」 すこし顔をくもらせながら、古泉くんはキョンに耳うちします。 「どうするもこうするもねえよ。こうなったら、やらせるだけやらせて、てきとうなところで言いくるめるしかないだろう」 ほかにどうすることもできないと、キョンはあきらめてしまったようでした。 「さあ行くわよ!これからわたしたちの、大ぼうけんがはじまるのよ!」 ■シーン2「ハルヒの大ぼうけん」 おもいえがいた大きな虹の橋が、本当に現れてしまう。その事をきっかけに、ハルヒは気がついてしまいました。ハルヒが心の底から、なんのうたがいももたずに願ったことは、本当に現実になってしまうことに。 ながれ星が雨のようにふってほしいと願えば、本当に空いっぱいに星がふりそそぎました。 魔法の使える世界に行きたいと願えば、たちまち魔法の世界に行けましたし、SF映画のように宇宙をとびまわるのも思いのまま。 小人のように小さくなったり、怪獣のように大きくなってみたり。 今まで読んできた物語の世界や、自分が思い描いた世界だけではありません。 自分では考えつきもしない、ふしぎな世界を冒険したりもしました。 ハルヒはSOS団のみんなと、時がすぎていくのもわすれて、夢のように楽しい世界を、思うぞんぶん遊びまわったのでした。 「さあ行くわよ。今度のあいては見た目はどうしようもなく弱そうだけど、ずるがしこくて見た目よりずっと強い、異次元大魔王よ!」 まっ白い全身タイツを着たような体に、幼児のらくがきのような顔をした、手ぬきにしか見えないような姿の異次元大魔王が今度の敵です。 見た目とちがって、大魔王は宇宙全部をふるえあがらせるほど強く、その強さの前に、たくさんの勇者たちがたおされてしまっていました。 でもハルヒのSOS団は宇宙最強です。 なんといっても今のハルヒは、ウルトラでスーパーにグレイトな“超”勇者さまです。 みくるちゃんはハルヒが作った映画と同じ、戦うウエイトレスに。 古泉くんもエスパー戦士イツキになり、ユッキーも宇宙人で大魔法使いになっていました。 ただ一人、キョンだけは一般市民の代表としていつもと同じでしたが、とにかくSOS団はぜったいに無敵なのです。負けるはずがありません。 SOS団は、大魔王のずるがしこくて、あくどいワナに苦しめられながらも、あらゆる困なんを、 みんなの知恵と勇気でのりこえて、とうとう大魔王の場所までたどりつきました。 大魔王の強さはウワサ以上で、今まで出会ったことがないような、ものすごい敵でした。 みんなはボロボロになって、今にも負けてしまいそうなくらい追いつめられてしまいました。 「みんなあきらめないで、みんなの力をわたしに全部ちょうだい!それがあのへちゃむくれのちんちくりんを、こてんぱんにやっつける最後の方法よ!」 「わ、わかりましたぁ……」 「私たちの最後の力を、涼宮さんにあずけます」 「……、うけとって」 なんの力ももたない一般市民代表のキョン以外の三人の力が、超勇者ハルヒにあつまります。そして、最後の力をふりしぼってハルヒにあずけた三人は、力なくその場にくずれ落ちてしまいました。 「みんなの力、みんなの想い、たしかに受けとったわ!異次元大魔王、これでもくらいなさい!」 ハルヒはみんなの力を剣の先にあつめて、異次元大魔王につき立てます。 ですが、魔王は固いバリアをはってしまい、剣がなかなかささりません。 「こんのぉ!」 その時です。 ハルヒだけではどんなに力をこめてもやぶれない、固いバリアにヒビが入りました。 だれかがハルヒの背中を後押ししてくれたのです。 「いくぞ、ハルヒ。これで終わらせるぞ」 「うん!」 全宇宙で最強の超勇者ハルヒと、一般市民の代表のキョンが力をあわせれば、たおせない相手はいません。 二人でにぎった剣はバリアをつらぬき、大魔王にせまります。 大魔王は必死にヤリをとばして反撃しますが、二人の勢いをとめることはできません。 グサリ! 「ぐえぇぇ!」 異次元大魔王は、悲鳴をあげてたおれ、ぶくぶくとあわのように消えていきました。 この宇宙に、ついに本当の平和がよみがえったのです。 ■シーン3「大ぼうけんとひきかえに」 「やったわ、キョン!やったわ、みんな!」 うっすらと笑顔をうかべたキョンの顔をみて、ハルヒがうなずいたとき、おどろおどろしい大魔王の部屋は消え去りました。 そして気がつくと、そこはまっ赤な夕陽にてらされた、どこかものさびしい丘の上に変わっていました。 「やれやれ、やっと終わったな」 キョンはその場にすわりこんで、そばにあった大きな岩にもたれかかります。 顔をむすりとふくらませて、ハルヒはキョンにつめたく言い放ちます。 「ちょっとキョン。このくらいでへばってどうすんのよ!?まだまだこれからよ。これからが本気の本番なのよ!」 「そうか。そうだったな。そいつはすまなかった」 ふうと、大きなため息をついてへたりこむキョンにがっかりしたハルヒは、近くにいるはずの三人を探す事にしました。 ハルヒは大魔王をやっつけて手に入れた、七色にかがやく大きなくん章をもっていました。 いつも無口なユッキーはとにかく、みくるちゃんも古泉くんも、きっといっしょによろこんでくれるはず。 足どりも軽く、ハルヒはパタパタと元気よく走り回りながら、三人をさがしました。 「みくるちゃーん!ユッキー!古泉くーん!どこー?!」 やがてハルヒは、丘の中ほどでなかよさそうに寝そべっている二人の姿を見つけました。みくるちゃんと古泉くんです。 「ちょっとちょっと!二人とも、いつのまにそんなになかよくなっていたの?!」 二人をひやかそうと、かけよってきたハルヒでしたが、ようすがおかしい事に気がつきました。 二人とも、返事どころかピクリとも動こうとしないのです。 ハルヒは寝そべっている二人のようすをよく見て、手にしていたくん章を落としてしまいました。 「みくるちゃん?古泉くん?」 あわててかけよったハルヒは、みくるちゃんの体をゆすりました。 でも、何の反応もありません。 同じように古泉くんの体もゆすってみましたが、みくるちゃんと同じように、身動き一つしないのです。 「ちょっと二人とも、冗談でしょう?!」 ハルヒはあわててみくるちゃんのうでをつかみ、脈をとりました。 でも、なにも感じられません。 今度は胸に耳をおしつけてみました。 マシュマロのようにやわらかい胸からは、服ごしからでもまだ、あたたかい温もりは感じられるのですが、心臓が動いている音がしないのです。 そしてそれは、古泉くんも同じでした。 そうです。異次元大魔王をやっつけるためにハルヒにわたした力は、本当に残っていた力の全てだったのです。 そして力を出しつくしたその直後に、みくるちゃんも古泉くんも、こと切れてしまっていたのです。 「いやぁぁ!」 ハルヒの悲鳴が、あたりにひびきました。 ハルヒは必死になって、二人に心臓マッサージをほどこします。 けれども二人は息をふきかえすどころか、体がどんどんつめたくなっていくばかりです。 その時です。ハルヒの前に人影がさしました。 思わずハルヒが見上げると、そこに立っていたのはユッキーでした。 「ユッキー、よかった。無事だったのね!わたしといっしょに、みくるちゃんと古泉くんに、心臓マッサージをするのよ!」 けれども、静かにユッキーは首を横にふりました。 「もう手おくれ。この二人にも、私にも、残されている時間はない」 「ユ、ユッキー?何を言っているの?」 ぼうぜんとおどろいているハルヒに、ユッキーは静かに続けます。 「でも、今ならまだ間に合う。だから、あの人のところに行ってあげて、涼宮ハルヒ」 それを言いおわると、ユッキーはハルヒに人さし指をむけて、何か信号のようなものを頭の中に送ってきました。 そしてその直後、ユッキーは光のこなつぶになって、ゆっくりとふきながされるように消えてしまったのです。 「ユッキー?ユッキー?!ユッキー!」 ハルヒはぶんぶんと手をふり回して消えていくユッキーをつかまえようとしました。 けれども、ユッキーは影さえのこさずに消えてしまったのでした。 たてつづけにおこる、わけのわからないできないできごとで、ハルヒの頭の中は、ぐつぐつとにえたぎるスープのようになってしまいました。 けれども、ユッキーが最後に伝えた言葉は、ぐさりと胸につきささっています。 その時、ハルヒははっとしました。ユッキーが伝えたかった言葉の意味がわかってしまったのです。 ハルヒは必死になって来た道をかけ上がっていきました。 「キョン!ちょっと返事しなさい!キョン!」 ぜいぜいと息をつきながら丘の上にあがると、先ほどと同じような様子で、キョンは岩にもたれかかっていました。 「バカキョン!ちゃんと返事しなさいって言っているでしょう!」 その時、ハルヒはキョンのまわりに、不自然な水たまりができている事に気がつきました。 ついさっきまで、そんなものはどこにもありませんでしたし、雨がふったあともないのに。 「キョン?!キョン!」 水たまりを無視してあわてて駆けよると、パシャパシャと足元ではねたしぶきが体にかかります。 するとハルヒの着ていたまっ白な超勇者のバトルドレスに、まっ赤なはん点もようがえがかれてしまいした。 しずんでいく、まっ赤な夕陽にてらされて、水が赤い色になったのではありません。 それはまちがいなく、キョンの体からながれ出た血でした。 キズ口は右足のふとももの辺りから。 ハルヒをかばって異次元大魔王の攻撃をうけたとき、右の太ももの太い血管をヤリでつらぬかれていたのです。 「バカキョン!何やっているのよ!」 ハルヒはスカートのすそをやぶり取ると、キョンのキズ口をしばります。 けれども、ながれ出てしまった血はあまりにも多く、すでにキョンの体の温もりはほとんど失われてしまっていました。 キョンはハルヒがもどってきた事がようやくわかったようでしたが、そのひとみはぼんやりしてさまよっており、もう何物も見ていないようでした。 キズ口をきつくしばりあげ、必死にキョンの体をゆするハルヒ。 目から涙がぼろぼろとながれ落ち、体もガタガタとふるえています。 そんなハルヒに、キョンは苦しそうにのどを動かしながら、かろうじて一言を、しぼりだすようにつぶやきました。 「ハルヒ……、すまねぇ」 必死にキョンをおこそうとよびかけるハルヒでしたが、それはまったくむだでした。 泣きじゃくるハルヒの目の前で、キョンのまぶたはゆっくりととじられてしまい、か細くあえいでいたのどは、とうとうその動きをとめてしまいました。 一般市民の代表で、SOS団の雑用係のキョンは、その大切なつとめを終えて、ハルヒのうでの中で息を引きとったのです。 「いやあぁぁ―――!」 ハルヒの痛々しいさけび声が、血のようにまっ赤な夕陽にてらされた、だれもいない丘の上にすいこまれていきました。 ハルヒは、SOS団のみんなの死を受け入れることができませんでした。 これはなにかのまちがいだと、かたく信じ、みんなを元にもどそうとしました。 何といっても、ハルヒの力は無限です。かなわない願いなんてあるはずがありません。 いままで何度も、バッドエンドをむかえてしまった物語をハッピーエンドに書きかえてきたように、ハルヒはその力をおしみなく使います。 まばゆく、あたたかい光が世界中にあふれ、さびしい丘はここちよい春のにおいがたちこめる、花いっぱいの場所に変わりました。 キズだらけになって、ボロボロだったみんなも、よごれ一つないきれいな服と、どこにもケガのあとがない、健康な体にもどりました。 「さあ、みんなおきて。また、ぼうけんの続きをしましょう!」 でも、だれも返事をしてくれません。 たしかに、目の前に寝ころんでいるみくるちゃんも、ユッキーも、古泉くんも、そしてキョンも、みんな体は元どおりになっています。 でも、どんなにゆすってみても、耳元でさけんでみても、頭から水をかけてみても、だれも目をさますことはありませんでした。 「みんなひどい!そうやって活動をストライキしようなんて虫がよすぎるわよ!」 怒ったハルヒは、ずぶぬれになって寝ころがっていた、キョンのほおをいきおいよくはたきます。 けれども、それでもキョンは目をさまそうとしません。 ハルヒはおそるおそる、キョンの胸に耳を当ててみました。 そして、キョンの胸から何の音も聞こえてこないことに気がつくと、大きな悲鳴をあげて、もう一度世界を光につつんでしまいました。 ■シーン4「ひとりぼっちにしないで」 それからハルヒは、何度も何度もみんなをめざめさせようとしました。 みんなが好きそうな世界を用意したりもしましたし、見ただけでとろけてしまいそうなくらいおいしそうな料理を、うでによりをかけて用意したりもしました。 ほかにも時間をまきもどしてみたりもしましたし、とにかく思いつく全てのことをためして、ハルヒはみんなを起こそうとがんばりました。 でも、どんなことをしても、どれだけハルヒががんばってみても、みんなが目をさますことはありませんでした。 それでもハルヒはあきらめずに、みんなを起こそうとがんばりつづけたのでした。 ハルヒはほおにつめたい光を感じて、まぶたをあけました。まわりは墨でぬりつぶしたようにまっ暗です。 小高い丘の上、ひゅうひゅうとおだやかな風の音がきこえてきます。 ここがどこであるか、一瞬、ハルヒにもわかりませんでした。 SOS団のみんなといっしょに学校をとびだして、数えきれないくらいドキドキするような大冒険や、夢のように楽しい時間をすごして、最後に悪者をみんなでやっつけて……。 それが終わったあと、どのくらい時間がたったのでしょう。 気がつくとハルヒはここにいました。 まわりには草木もなく、ぽつり、ぽつりとくちてしまった建物のあとがのこっているだけの、つめたい月の光にてらされた、さびしい丘の上です。 ハルヒは歯をくいしばり、おきあがると、かたわらの少年をだきおこしました。 キョンのなきがらです。 何度も、何度も、もう数えきれないくらいハルヒは、みんなをおこそうとがんばりました。 でも、どれだけみんなの体を健康にしてあげても、それはたましいの入っていないぬけがらのままでした。 そして、ぬけがらは、あっという間に、なきがらになってしまいます。 どんなにがんばっても、みんなはなきがらのまま、目をさまそうとはしません。 それでもハルヒは、SOS団のみんなの、一番大好きなキョンの死を、受けとめられずにいました。 キョンはまだ生きていて、いじわるく眠っているだけだと、そう信じているのです。心から。 「こんなにさむいんだから、おきなさいよキョン。こんなところで、いつまで寝ているつもりなのよ。本当にカゼひいちゃうわよ」 返事をしないキョンに話しかけ、たちあがろうとしてよろけて、たおれてしまいました。 一瞬、気を失ってしまいましたが、何とか目をあけます。 空を見あげると、ふりそそぐような満天の星がかがやき、月がきれいにまるく見えました。 ハルヒがみんなでいっしょに見上げるために、星をいっぱいあつめて作った、だれもみたこともないくらいロマンチックな星空です。 ハルヒは寝ころんだまま、キョンにだきよりました。 「キョン見て。とっても星がきれいよ」 ハルヒが話しかけても、キョンはまぶたをとじたままです。 キョンのつめたくかたい体をだきしめながら、ハルヒはふるえていました。歯の根があわず、がちがちと鳴ります。 しかし、しばらくそうしていても、いっこうにキョンの体にぬくもりはもどってきません。 ハルヒのほおに涙が伝い落ちました。 「返事をしてよ。キョン!」 ハルヒは大声でさけびました。 こらえきれなくなったハルヒは、思わずキョンの体にのりかかって、首に両手をかけてしまいます。 けれども、手で直にふれたキョンの体からは、呼吸も、脈も感じられません。 それどころかキョンの体は、ハルヒの手の方がこってしまいそうになるくらい、つめたく、かたくなっていました。 「キョン!みくるちゃんも古泉くんもユッキーも死んじゃったのに、どうして、わたしをひとりぼっちにするのよ!目をあけて―――!」 ハルヒは泣さけびました。 「みくるちゃん、古泉くん、ユッキー!キョンをめざめさせて。わたしを助けて。ひとりぼっちにしないで」 声をしぼりだし、夜空にむかってさけびつづけました。しかし、もちろん返事はありません。 「みくるちゃん、古泉くん……」 ハルヒはあらためてみくるちゃんと古泉くんの最後のすがたを思いだしてつぶやきました。もう、涙もかれはてました。 「ユッキー……」 光のつぶになって消えてしまったユッキーのことを思いだすたび、ふかい穴をのぞくような気持ちにおそわれます。 そのときでした。ユッキーが消えていく前にもらった最後の信号が、はっきりと頭の中に光景になって見えてきたのです。 ハルヒが見た光景。それは、自分以外の四人が話しあっているところでした。そしてそれは、ハルヒにとって、とても信じられないものでした。 「もう、だめです。ぼくはこれ以上たえられない……」 泣きくずれ、うずくまってふるえていたのは、いつもクールな表情を変えない古泉くんでした。 みくるちゃんは、いっしょに半べそになって、背中からだき支えながら、けんめいに小泉くんをはげましています。 「これ以上の……、ニンムのケイゾクハ、困難と判断する……。このインターフェイスはともかく、ワタシの能力はもう、ゲンカイ」 ユッキーはもっと信じられないことになっていました。 声はこわれたラジオのスピーカーのように割れてしまい、体のあちこちから、パチパチと放電の火花をちらせながら、映りの悪いアナログテレビのように、体が何まいにもわかれてブレてしまっていたのです。 「みんな、まだだ!まだこらえてくれ!」 そんな三人に、必死によびかけていたのはキョンでした。 「たしかに、オレたちは体は大丈夫でも、心はもう限界だ」 そうです。ハルヒは楽しかったことの、特に楽しかったことだけをおぼえていましたが、細かいことは、きれいにさっぱりわすれていしまっていました。 でも、ほかのみんなはちがっていたのです。 みんなはハルヒから、そこなしの元気を受けとって、つかれ知らずの体になっていました。 だからハルヒに、気がとおくなるような、とてつもなくながい時間をつれまわされても、なんとかついていくことができたのです。 でも、体は大丈夫でも、心はちがっていました。みんなはそのながい時間の記憶をもったまま、ハルヒの遊びについていっていたのです。 そのつらさは人間はもとより、宇宙人のインターフェイスとしてつくられていた、ユッキーの限界さえこえるものだったのです。 そのつらさにとうとうたえられなくなって、みくるちゃんは泣き出し、古泉くんも、ユッキーも、とうとうこわれてしまったのです。 ですが、それでもキョンだけはがんばっていました。 「これだけハルヒが好きかってに世界をいじくってしまったんだ。ハルヒにオレたちがつらい顔を見せて、きげんを悪くしてしまったら、本当にとりかえしがつかないことになっちまう」 そのキョンの言葉を、だまって三人は聞いていました。 「だから、本当にハルヒがあきてしまうまで、オレたちはいっしょに笑顔で遊んでやらなきゃならないんだ」 それを聞くと、みくるちゃんは、もっとポロポロと涙をこぼしてしまいました。 「それに……、もしかしたらハルヒは、これからずっと永遠に、こんな力を持ったまま生きていかなきゃならないのかもしれない。何となく、そんな気がするんだ」 「たしかに、その可能性は高いと思います」 ようやく、古泉くんも顔をあげました。 「長門はどう思う?朝比奈さんも、どう思いますか?」 ユッキーは返答できないと無言のままでした。みくるちゃんはおずおずとうなずきます。 「だったらオレたちは、あいつを一人ぼっちにさせないようにできるだけいっしょに遊んでやらなきゃならない。あいつをひとりぼっちにしてしまったらどんなことになるのか、考えたくもない」 その言葉を聞いて、三人はキョンのところに集まりました。 「了解した」 「やりましょう。われわれ、SOS団の全員の力がかれはてるまで」 「みんなでいっしょに涼宮さんと遊びましょう!」 「よし、いくぞ!」 ハルヒがしらないところでおこっていた光景が目に、ハルヒが知らなかった、みんなの言葉が耳に焼きつきました。 みんな、むりにむりを重ねて、自分といっしょに遊んでくれていたのです。 そして体ではなく、心の、たましいの力を全て使いはたしてしまったせいで、みくるちゃんも、古泉くんも、ユッキーも、そしてキョンも、二度と目をさますことはないのだと、ハルヒはわかってしまったのでした。 「すまねえ、ハルヒ」 キョンが最後に口にした言葉が、胸のおくからわきあがり、ハルヒは胸をえぐりとられるような痛みにおそわれました。 どんな時でも、どんな場所でも、それが夢の中であったとしても、一度も自分を見すてなかったキョンが、そんな言葉を口にしてしまった事の重さ。 とても受けとめられるものではありません。 「いやぁ―――!」 ハルヒは髪の毛をぐしゃぐしゃにかきみだして泣きさけびながら、みんなにあやまりはじめました。 「みくるちゃん、もうお人形がわりにして遊んだりしません。古泉くん、お金をいっぱい使わせるようなおねがいごとばかりしてごめんなさい」 「ユッキー、文芸部の部室をかってに乗っ取ってしまってごめんなさい。お母さん、お父さん、ほかのみんなにも、ひどいことをいっぱいしてごめんなさい」 もう、いなくなってしまった三人に、今までめいわくをかけてきた人たちに、ハルヒは泣きながらあやまり続けました。 「ごめんね、キョン。今までむちゃくちゃなことや、めんどくさいことを全部おしつけて、いつもこまらせて……。ゆるしてなんて言いません。でも、おねがいだから目をさまして。わたしをひとりにしないで!」 どうしてこんなことになってしまったのでしょうか。 何がいけなかったのでしょうか。 なんでも自分の思うとおりになればいいと、願ってしまったのがいけなかったのでしょうか。 やがて、ながす涙も、さけぶ力もなくなったハルヒは、キョンのつめたくかたい体にすがりつきました。 キョンの体に、自分の体温が全てすい取られていくようでしたが、それでキョンがおきてくれるのならそれでもかまいません。 もしだめなら、このまま自分も凍えて死んでしまってもいいんだと、ハルヒはそのまま、ふかい、ふかい、ねむりの底にしずんでいきました。 ■シーン5「そして、いつものあの場所に」 「……なさい、ごめんなさい。ごめんなさい」 おえつをもらしてうつぶせに机にふせていると、背中のむこうから、小さくとおく、チャイムの音がきこえてきました。思わずハルヒは顔をあげます。 「ふえ?」 ビクリとしておきあがると、ハルヒの目に、電源が落ちてまっ黒になっていた、パソコンの画面が目にとびこみます。 あと少しでしずみきってしまう夕陽にてらされて、まっ黒な画面には、ハルヒの顔がうつっていました。 見れば顔は涙でぐしゃぐしゃ。まくらにしていたうでも、ぐしょぐしょにぬれていました。 「ゆ、夢だったの?!」 ハンカチをとりだして顔をふこうとしたとき、肩にかけられていた男ものの上着が、すとんとすべり落ちました。 だれかがそのままではカゼをひいてしまうだろうと心配して、かけてくれていたのです。 そのだれかは、すぐわかりました。キョンです。 いつものようにうつぶせではなく、パイプいすに、うとうとともたれかかりながら、キョンは気持ちよさそうにねていました。 もちろんいつものシャツに、ゆるくといたネクタイの姿で。上着がだれのものであるのか、ほかに考える必要はありませんでした。 部室を見わたしましたが、ほかにだれかがのこっている様子もありません。 みくるちゃんも、古泉くんも、ユッキーも、みんなほかに用事があって帰ってしまったのでしょう。 そしてキョンは、ハルヒを起こすのもかわいそうだし、一人にしておくのもあんまりだからと、のこって、起きるのをまってくれていたのにちがいありません。 「キョン……」 さっきまで見ていた夢のことが、ありありと目にうかんできます。いえ、もしかしたら、今もまだあの夢の中なのかもしれません。 キョンのおだやかな寝顔を見ていると、ハルヒの心に太陽が、いえ、銀河がうまれたみたいな気持ちがわきあがってきました。このまま思い切りだきしめてしまいたい気持ちで心も体もいっぱいです。 でも、そのときでした。 「……、かわいいぞ」 そのキョンの寝言をきいたとき、ハルヒはカチンと固まってしまいました。キョンの口から、今まできいたことのない女の人の名前がとびだしてきたからです。 じつは、その名前はキョンの妹ちゃんの名前で、キョンは妹ちゃんが七五三のときのことを思い出していただけだったのですが、ハルヒにはそんなことはわかりません。 ハルヒの心に、めらめらと怒りのほのおが、もえあがってきました。 せっかくまっていてくれたのなら、きもちよさそうに寝ているのを、じゃましないでまっている気づかいをしてくれるのなら、どうして自分が悪夢でうなされていたのに、おこしてくれなかったのだろうと。 こうなると、愛しさあまって憎さ百万、いえ一億倍です。 ハルヒはかけてもらっていた上着を、きれいにたたんで机の上におくと、あどけない寝顔をしているキョンの後ろに立ちました。 そして油断どころか無防備そのものの、キョンの背後から、するどいチョークスリーパーを、万力のような力で首すじにガッチリ決めたのです。 「オトメの痛み、思い知れ!」 悲鳴にならない悲鳴をあげて、キョンはくずれ落ちてしまいました。 ハルヒは、ぐしぐしとそでで目元をぬぐうと、泣きはらした顔を見られないよう足早に、部室からたちさってしまいました。 かわいそうなのはキョンです。 自分一人で勝手にふてねしてしまったからといって、このままカゼをひいたらかわいそうだと、 せっかく上着までかけてあげて、おきるまでまってあげていたのに、この仕打ちです。 むりやり夢の世界からひきずりおろされ、げほげほとむせこんで、息もたえだえになってしまったキョン。 苦しさのあまり、部室のゆかの上で、いも虫のように転がり続けていました。 「まったく、下っぱなんだから、おきて、まっておかないキョンが悪いのよ!」 うつむいたまま玄関まで走りぬけ、靴をはきかえながらハルヒはつぶやいていました。 そして校門をはしりさりながら、キョンの首すじに、技を決めた感かくを思い出していました。 それはやわらかくてあたたかく、脈も息もあって、ここちよいにおいのする生きている人の体でした。 「そうよ。やっぱり、あんなのは夢に決まっているわ!」 でも、夢の中のはずの、みんなの体がつめたくてかたかった感じを、はっきりと体はおぼえていました。 「ただいま!」 いつもの言葉づかいで、家のドアを乱ぼうにあけると、ハルヒはお母さんを無視して自分の部屋にまっすぐむかい、制服もきがえずに、ベッドに顔をうずめてしまいました。 (あんなところで寝ちゃったから、あんなひどい夢をみちゃったのよ!ちゃんとしたところで、ちゃんと寝れば、ちゃんといい夢を見られるんだから!) こうしてハルヒは、自分の家に帰っても、学校でのつかれから、そのまま寝てしまいました。やっぱりあれは悪夢だと決めつけて。 でも、あれは本当に、ただの夢だったのでしょうか? 「がはっ!ごほっ!っつ、ハルヒのやつ……、なんてなんてことしやがる」 ようやく息をととのえたキョンは、ようやく現実の世界に帰ってきました。すると、キョンの携帯電話に古泉くんから連絡が入ってきました。 「古泉、てめえ、よくもオレだけおきざりにしやがったな」 どうやら古泉くんたちは、キョンにだまったまま、三人で部室からはなれたようでした。近くのファミリーレストランからかけてきたようです。 「どうした?また閉鎖空間が発生したって言うんじゃないだろうな?それともほかになにかおきたのか?!」 「いえいえ。涼宮さんと、どう進展されたのか気になったので」 「進展もなにも、こっちは寝てただけだったのに、あやうくしめ殺されるところだったんだぞ!」 キョンはかんかんに怒っていましたが、古泉くんはゆるやかにそれをうけながします。 どうやら三人によると、この日は閉鎖空間の発生が少しあったものの、時間をまきもどしたあとも、情報操作がおきたようすもなかったようです。 もう、これ以上のこっていても仕方がないと、キョンは部室の戸じまりをして帰る事にしました。 まどのカギとパソコンの電源が落ちているのかをチェックして……。 「ん?なんだこりゃ」 キョンはハルヒのすわっていた足元に、なにかが落ちているのに気がつきました。 それは、ずいぶんと古ぼけた、大きな金ぞくの円ばんでした。よくみると、おもちゃのくん章のようにも見えますが、キョンにはそれがなんだかわかりません。 「またハルヒのやつ、へんなものもってきてたんだな」 ハルヒがもってきたものでしょうから、それがなんなのかキョンにはわかりません。 しかし、正体がわからない以上、すてるわけにもいきません。ですので小物入れの中に、そのくん章をかたづけてしまいました。 「まあ、こいつがなんなのか、明日にでもきいてみるか」 ですがキョンは、ハルヒにかけられたチョークスリーパーのことで頭がいっぱいになっていて、そのくん章のことは、きれいさっぱりとわすれてしまったのでした。 ☆おわり☆