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メーカー希望小売価格1,900円 (税込) のところ CHITTER特別価格××円(税込) 商品番号 K サイズ 80cm・90cm 色 黄・緑・エンジ・茶・赤・青 生産地 日本 付属 特になし 注意事項 特になし 在庫状態 残り僅か 上へ
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S:Henry Poole、Huntsman、DOMENICO CARACENI、Tindaro De Luca、AUGUSTO CARACENI A:London House(Rubinacci)、ANTONIO PANICO、Felice Visone(Costantino)、Georges de Paris Kilgour、SEMINARA、MARIO PECORA、Franco Prinzivalli、LIVERANO LIVERANO B:SARTORIA ATTOLINI、Edward Sexton、GIEVES HAWKES、ANDERSON SHEPPARD Brioni(Su Misura)、Kiton(Su Misura)、Cifonelli、LANVIN(Tailleur) C:Francesco Smalto、ARNYS、GAETANO ALOISIO、DAL CUORE D:GIORGIO ARMANI(Handmade to Measure)、TOM FORD、Domenico Vacca(Custom made) 金洋服店、壱番館洋服店 E:高橋洋服店、batak、羊屋、MIZUOCHI TAKAHIRO、PECORA GINZA、TAILOR CUTTER、Ermenegildo Zegna Alfred Dunhill、Norton Sons、FALLAN HARVEY、DEGE SKINNER、Davies Son、SPENCER HART Giovanni Celentano、Knize F:OZWALD BOATENG、Richard James、RICHARD ANDERSON、M.Cilento F.llo、TONY LUTWYCHE 英國屋、天神山、銀座テーラー、銀座山形屋
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MS-06F 量産型ザクⅡ 所属 ジオン公国軍 製造 ジオニック社 全高 17.5m 重量 73.3t 出力 976kw 武装 120mmザク・マシンガン 280mmザク・バズーカ ヒートホーク ミサイルランチャー クラッカー 搭乗者 ジオン公国軍一般兵
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imageプラグインエラー ご指定のURLはサポートしていません。png, jpg, gif などの画像URLを指定してください。 RGM-79 ジム 所属 地球連邦軍 製造 地球連邦軍 全高 18m 重量 58.8t 出力 1250kw 武装 60mバルカン砲 ビーム・サーベル ビームスプレーガン ガンダム用ビーム・ライフル シールド ハイパー・バズーカ 搭乗者 シン少尉 スレッガー・ロウ 地球連邦軍一般兵
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(5) 今、二つの熾烈な戦いの内の一つに、終止符が打たれようとしている。 ようやく空を濁らせていた暗雲が消え、青い空が覗く。そんな清々しい青空と、燦然と輝く太陽の元で、二人の男が対峙する。 一人は、手元に握っている拳銃の銃身を変形させ、剣の様な形状にすると共に、銃口からビームによって成形された刃を放出させている白いスーツの男、ハクタカ。 そしてもう一人は、鍛え上げられ、完成された筋肉を赤いスーツ越しに誇示する、己の拳のみを武器とする男、シロガネマッスル。 二人の距離は遠からずも近からず。しかし互いに踏み込めば即座に、戦闘状態となる。なのだがどちらも、自ら踏み込んでこようとはしない、 荒野で相手が振り向くのを待っているガンマン同士の如く。鞘から刀を抜き、隙あらば一刀両断せんとする武士の如く。 先に動いた時点で、勝負が決まる。そう考えている為か、ハクタカもマッスルも、自ら動こうとはしない。 ただ、睨み合う。睨み合い、仇が先に動くのを待つ。――――――――そうして、息が詰まりそうな膠着状態へと陥る、手前。 その空気を切り裂く様に、ハクタカの方が先に動いた。手元の拳銃を逆手に持ち変える。大きく踏み込んで、駆け出す。 『――――――参る』 そう呟きながら、ハクタカは正面からマッスルへと向かってくる。拳銃を持っている右腕を伸ばして、右方へと反らしながら。 マッスルは考える。何をしてくるのかと。一番考えられるのは、持っているあの武器で斬りかかってくる、だろうか。 ならば後ろに避けるか? いや……避けるまでもない。 受け止めてやろう。受け止めてその珍妙な武器を潰す。潰すのは拳銃だけじゃない。プライド、矜持、自己。 ハクタカ、その全てを潰してやる。マッスルはヘルメットの中で心の奥底から楽しそうに口の端々を上げて笑う。 笑いを浮かべながら、荒々しく声を上げて、自らも正面から走り出す。 『来い……ハクタカァ!』 ハクタカとマッスルは互いに真正面から衝突する事も辞さない勢いで疾走する。 有利なのはどちらかと言えば、剣の様に変形させた拳銃を持つハクタカの方だ。 刃は稲妻の様にバチバチと光が踊っており、只ならぬ威力を持っていそうだ。それにリーチも長い。 一方、マッスルにはハクタカの様に武器を持ってはいない。 己のプライド、もとい信念により武器を持たず生身で戦う事を好むマッスルにとって、武器なんて無用の長物に過ぎない。 このままぶつかり合えば、間違いなくあの刃で切断される事になる。さて、どうした物か……上空に跳ぶしかないか? と思っていると。 ハクタカは拳銃を逆手持ちから、瞬時に通常の持ち方へと変える。……自分からリーチを短くしてどうする? そう思いながらも、マッスルは内心ほくそ笑む。ならその油断、突かない理由は無い。 『自ら油断を誘うか……』 両足の筋肉を一時的に増幅させる事で、スーツを突き破る程に筋肉を強化し、地を抉り取りながら一気に距離を詰める。 地面に三日月を彷彿とさせる、曲線の傷跡を作りだしながら、マッスルは急接近した。早い、早、過ぎる。 懐へと強襲を掛けてきたマッスルの迅速さに、ハクタカは反応できない。拳銃を振ろうにも刃が届かない、目と鼻の先にまで近づかれてしまった。 『甘いぞ! 小僧!』 マッスルは左手でハクタカの右手を握って身動きを封じる。抵抗させる間も与えず、決定打を与える為に。 右手を固く握りしめて、右腕全体に今までで一番の威力を叩き込む為、有らん限りの力を込める。抵抗を諦めたのか、銃口の刃が儚く消えてゆく。 ハクタカを引き寄せながら上半身を思いっきり捻って、マッスルはハクタカの腹部へと全力でアッパーをぶち込んだ。 『散れっ!』 ―――――――消える。視界も思考も一瞬、プツリと消える。 無意識に、ハクタカの右手から拳銃が落下する。マッスルはぶち込んだ拳を突き上げて、ハクタカを持ちあげる。 決してやわではなく、常人以上に鍛練を積んでいる筈のハクタカの腹筋を直撃したその拳は、メリメリと食いこんで内臓にまで深々とダメージを与え続ける。 完璧な形で腹部に攻撃を食らい、思わずハクタカ、の中の青年は盛大に吐血する。マスクが赤黒く濁って染まる。気持ちの悪い、独特の鉄臭い匂いが充満する 次に襲ってくるのは、のた打ち回りたくなる痛み。身体から内臓という内蔵が飛び出してきそうな位、痛い。だが、ハクタカは堪える。必死に痛みから、耐える。 左手を離して、恐るべき事に右腕だけでマッスルはハクタカを宙へと持ち上げている。巨木の様な剛腕は伊達では無いようだ。このままでは地面に叩きつけられてしまうが……。 ハクタカの目は死んでいない。寧ろ――――――――このチャンスを待っていたかの様に、鋭い眼光を放っている。 『重力……制御』 ハクタカの中の青年がボソリと呟きながら、瞳孔を紅色へと瞬く間に変化させていく。そして。 『起動!』 紅色の瞳孔を眩く発光させて、青年は叫んだ。 ぶら下がっていた下半身を曲げて、両足を振りハクタカはマッスルの腕へと、最初の戦闘時と同じく絡めようとする。 『まだ生きていたか……だが!』 さっきの一撃で沈まなかった事にマッスルは怒号を上げて、右腕を地へと振り下ろす事で、ハクタカにトドメを刺そうとする。 『今度こそ終いだ! 小僧!』 その瞬間を、待っていた。マッスルはハクタカを地面に叩き付けようと、右腕を振り払い、ハクタカを落とす。 が、ハクタカは全身を大きく反らせると、両足を離すと同時に両手を地面に付いて逆立ちする様に着地する。 世界が逆さまに映ったこの瞬間に、反撃の狼煙を、高らかに上げる。形勢をこの景色の様に、逆転させる。 流れる様な動作で、ハクタカは両腕の力のみで勢い良く飛び跳ねた。重力など存在しないかの様な、非常に俊敏な動きだ。 『何だと?』 あの殴打を浴びても動けるのかと、驚嘆とも感嘆とも言える表情を浮かべているマッスルが目下に見える。 ハクタカは両足を揃えてマッスルに向かって飛び下りてくる。否、ただ、落ちてくる訳ではない。半身を回転させて、右足を突きだして胴体目掛けて飛び蹴りする。 『ぬおっ!』 右足は狙い通りに、マッスルの胴体へと減り込む。予想だにしないハクタカの反撃に、マッスルは思わず後方へとよろけてバランスを崩した。 そのままマッスルを蹴り上げ、くるりと宙返りして着地する。同時に、ハクタカは振り返って前を見据えながら体勢を立て直す。 今までの戦いの中で隙も油断も見出せなかったマッスルに、ようやく隙が出来る。多少なりにでも利いているのか、マッスルの息が荒いでいる。 これで、勝負を決める。ハクタカは迷う事無く、マッスルへと駆け抜けていく。無論、マッスルも只やられるのを待つ訳ではない。 向かってくるハクタカへと左右に踏み込みながら剛腕を振るう。だが、ハクタカは振られてくる剛腕を軽々と踏み台にすると、マッスルの両肩を両足で蹴り飛ばして跳躍する。 派手に宙返りしながら太陽を背に、ハクタカは倒すべき相手を定める。天高く右足を振り上げ、この長き戦いにケリを付ける、最後の攻撃を仕掛ける。 マッスルは両腕を交差させる事で防御態勢を取り、天を見上げるが―――――――既にハクタカの姿が、迫る。 『うおおぉぉぉぉぉぉ!』 天空より落ちてきたハクタカの右足の踵が、マッスルの頭部を守っているヘルメットへと幹竹割りの如く真っ直ぐに叩き込まれた。 有りっ丈の力と共に、全体重を加重して鋭く斬り込む様に放たれたその踵落としに、マッスルは反撃も抵抗も出来ず、だらしなく両腕を下げる。 ヘルメットにヒビが入っているのだろう、軋む音が聞こえてくる。やがて、ヘルメットは粗雑な音を出しながら左右に割れた。 落下音から推測するに、相当な重量でかつ、防御力を持っていただろうヘルメットを、ハクタカは破壊した。まだ原型が残ってはいるが、 華麗に宙を二回転して、ハクタカは地上へと着地する。そして油断する事無く、マッスルを見据える。 これが今のハクタカに出来る最大にして、最後の攻撃だ。これが効かぬなら……勝てる術はもう、無い。 ヘルメットが割られたせいで、中のニックの顔が露わになる。これで倒れるかと思いきや……ニックは堂々と仁王立ちしている。 頭部、いや、額から豪快に血を噴き出しており、顔半分を真っ赤にしているにも関わらず、だ。 「ふっ……ふふ……ふはは……ふははははは!」 ヘルメットどころか、頭までかち割った、とハクタカは思っていた。 比喩でも自惚れでも無く、あの蹴りはそこまで言い切れる威力……だった筈だ。それを直に食らっただろうに、ニックは笑っていた。嬉しそうに、笑っていた。 半端ではない流血をしているにも拘らず、全く意に介さない豪快な笑い声を発しながら、ニックはハクタカへと話しかけてきた。 「やったな……。やられたぞ……ハクタカ!」 闘志は折られていない、それどころか、ニックの闘志は以前にも増して燃え滾っている様だ。その証拠に、ニックは嬉しさを抑えきれない、そんな表情を浮かべている。 ハクタカは運が良い事に、近くに転がっている拳銃を拾い上げて立ち上がる。再び銃口から刃を放出させて剣の様に変形させて、腰元へと構える。 あれでまだ倒せないなら……だが正直不味い、不味いなと、ハクタカは心の中で強く舌を打つ。 数分前に食らったマッスル、もといニックのアッパーは、予想以上に深刻なダメージを身体に与えていた様だ。 少しでも動くと、呼吸が出来なくなる位痛みが身体を抉っている。骨をやられたか。あるいは、内臓をやられたか。 恐らく両方だ。両方やられている。もしも下手に動けば、ニックに抗う以前にこっちが沈む。最悪、再起不能になるかもしれない。 率直に言えば、死だ。これじゃあ、どう足掻いても、死ぬ。しかし、ハクタカは動く事を選択する。それは何故か。 今、目の前のこの男に、トドメをさせるチャンスがあるからだ。 拳銃を両手持ちし、居合抜きの体勢を取りつつ、ハクタカはニックへと一歩踏み出す。 対するニックも、何も言わぬまま、ハクタカへと両手を握り拳にしてファイティングポーズを取る。 次こそ本気で、この二人の男の戦いにケリが付く。 その結末は、神ですら知らない。 ×××××× ゼノブレイカーの胸元に歪な傷痕を刻みながら着地した一条は、枯れている喉を必死に震わして神守に叫ぶ。 弓矢を撃て、と。早く胸を狙い、その弓矢を放てと。しかし神守は弓矢を持ったまま、動く様子が無い。 一条が起こした決死の行動、リヒターが突き刺した銀凰を、力一杯に振り下ろす事で、今まで頭部や右腕を失っても動いていたゼノブレイカーにようやく大きなダメージを与える事が出来た。 動力源である、ブラックキューブを護っていた胸部のガラス部分には、不器用に切り開かれた、縦方向の傷痕が出来ている。 その隙間から見えているのは、朧げに光っているブラックキューブ。そこを撃ち抜ければ、全て終わらせる事が出来る。 だが、そんなチャンスだというのに神守は動けない。恐らく、手が血まみれである一条に驚き戦いているのだろうが、一条は思わず張り詰めた声で叫ぶ。 「神守さん! 惚けていないで! 早く!」 一条のその叫びに、神守は目が覚める。 そうだ、惚けている場合では無い。一条さんはあんな……あんな怪我をしてまで、チャンスを作ってくれたんだ。 しゃがんでいる一条の足元には、目を背けたくなる、何とも痛々しい血の水溜りが浅く広く出来ている。 と、一条の手から銀凰がするりと抜けて、その水溜りに落ちる。一条はふらふらと揺れており、どことなく限界が近い様に思える。 いけない……! 神守はすぐさま、傍らに置かれている三本の弓矢を拾い上げて、一つにする様に手の中で纏める。 そしてゼノブレイカーへと身体を向けつつ、その三本を弦へと引っ掛ける。 すると、一本一本バラバラであった三本の弓矢が重なる様に融合していくと――――――――次の瞬間、一本の弓矢へと変化した。 その弓矢は正に光、で出来ている。思わず息を飲む、美しく光り輝く蒼き光の弓。または、マナの結晶体というべきか。 神守は力強く弦を引いて、ブラックキューブへと狙いを定める。後は、引くだけ。狙いを定めて、この弦を引いて弓矢を撃つ、だけ。 しかし、足元がゆらりゆらりと揺れており、ゼノブレイカーは不規則に動いている為、中々狙いを定める事が出来ない。外したら……全部、おしまい。 全部、おしまい? ふと、神守の中で不吉でネガティブなイメージが、過ぎる。 もし狙いを外したら、あるいは急所を外せば、全てが終わる。終わってしまう。何もかも、終わってしまう。 そういう考えが幾度も頭の中で渦巻き始めて、覚悟を決めた筈の神守の手は次第に震えてきた。それも、激しく。 私が……私がもし失敗したら、私は死ぬ。それどころか、一条さんの命も……一条さんだけじゃない、もしかしたら私の大切な人達も……。 どうして? さっきまで一条さんに、絶対に勝つって啖呵を切ったのに。どうして私の手はこんなに震えているの? 神守は自分の手が異常に震えて、狙いを定めるどころか、弓をまともに持つ事すら出来なくなっている事に気づく。 頭の中に、「もしも」「終わってしまう」という、暗く絶望的な単語が渦巻いては身体の自由を奪う。もしも失敗したら。もしも倒れなかったら、もしも……。 無意識に神守は弓を手放しそうになる。あまりにも、あまりにも私にこの役目は……重荷過ぎる。私何かに……私なんかにあの怪物が……倒せるの? やっぱり、無理だ。私には、私みたいな普通の子には……。 その時、ゼノブレイカーの動きがピタリと止まると、神守の方へとゆっくりと、身体を向けてきた。 消えかけていたブラックキューブが黒々しく光りだす。左腕のイレイザ―ポイズンが起動し、粒子の様に見えるナノマシンが活発に動き出す。 神守を排除すべき対象と判断したゼノブレイカーは、体勢を低く構えて、一気に走りだそうと―――――――。 「行かせる……かよ!」 喉の奥から絞り出す様な低く、しかし迫力に満ちた声で一条はそう言いながら、踏み出そうとした両足へとタックルする。 小さな体からは想像出来ない、凄まじい怪力で、進もうとするゼノブレイカーの両足を一条はタックルしつつがっしりと両腕で抑え込む。 神守の元へと行かせない。絶対に行かせないという確固たる意思と気迫を発しながら。 「一条さん!」 「今だよ……」 驚いて、声を掛けてきた神守へと一条は振り向かずに言う。非常にドスの効いた声だが、不思議な事に威圧感は無く、優しさを感じる。 「私が……コイツを抑えてる隙に……撃って」 神守はハッと、気付く。 一条が抑えてくれている事で、偶然にもゼノブレイカーは、神守から見て真正面に向いており、胸元が非常に狙いやすくなっている。 はっきりと、ブラックキューブが見えている。迷う事無く……これで迷い無く、狙う事が出来る。 「狙い……付けられるから。だから……早く……早く撃って……神守、さん」 狙える。狙えるけど、私……。 両手をじっと見る。凄い汗が滲んでいて、動悸が早くなる。胸が苦しくなる。 出来ると、出来ない、二つの思いがせめぎ合い、弓矢も弓も構えられない。出来ない。出来ないかもしれない。 「迷うな!」 今まで聞いた事の無い険しく厳しい声で、一条が神守にそう叫んだ。 「もう……迷うな! 神守……遥!」 「一条さん……」 「あんたには……あんたにはコイツが倒せる、絶対、倒せるんだ! あんたにはそれが出来るんだよ! 神守、遥!」 一筋の汗が、額から頬を伝う。神守は弓矢を弦に、掛けていた。 出来る。私には、怪物を倒す事が出来る。そうだ……私は、変わるんだ。自分で自分を見限っていた自分を……変えるんだ! 「撃て……遥! あんたが信じる……あんたを信じろ!」 一条が発した、心からの、心の奥底からの、絶叫。 その絶叫に、神守の目が見開く。弓の弦を強く強く、これ以上引けないって位に、引く。 もう何も迷わない。絶対に迷わない。守るんだ。私が好きなこのセカイを……守ってみせるんだ! 私の、力で! 神守の意思に応える様に、弓矢の光の輝きが増大する。溢れ出て、発散されていくマナは、神守を守っている出入り口の壁という壁を、淡い光の粒子へと、昇華していく。 神守の三つ編みを結いでいる、ゴムヘアも昇華されていき、神守の髪型が三つ編みから、一条と同じロングヘアに変わる。 ようやく、神守の手から弓矢が放たれた。そのまま真っ直ぐ、一直線にゼノブレイカーへ、そして、ブラックキューブへと、飛んでゆく。 「「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」」 神守と一条の叫びが完全にシンクロする。 ゼノブレイカーはソーラーキャノンの要領で、イレイザ―ポイズンを胸元へと動かして打ち消そうとする。 しかし弓矢は打ち消される事無く、イレイザ―ポイズンへと突き刺さると、ナノマシンを昇華し、左腕を消失させながら―――――――隙間を突き抜けて、ブラックキューブへと命中した。 弓矢は命中するに留まらず、流星の様な軌跡を描きながら、ゼノブレイカーを連れて空へと急上昇していく。やがて、弓矢も、ゼノブレイカーも見えなくなっていく。 大気圏に入る手前、まだ目視出来る空域まで弓矢は上昇すると、ゼノブレイカーの全身に蒼い光を走らせ―――――――瞬間、昇華させた。 ゼノブレイカーが存在ごと、大気の中へとうっすらと消えていく。弓矢は無へと、輝きながら還っていく。静寂を取り戻す、空。 神守から放たれた、マナの結晶体である弓矢はゼノブレイカーを完全に消滅、もとい昇華させた様だ。 あまりにも込められたマナが強すぎて、神守の周辺には何も残っていない。目の前の壁が全て、光にされてしまった。 神守の手に握られている弓矢が、元の部活動に使う、何時もの姿に戻る。 神守はゼノブレイカーが自分の力……否、一条の手助けもあって、倒せた事が自分自身信じられないのか、肩で息をしながら、呆然と立ち尽くしている。 と、うつ伏せに倒れている一条を見、神守は思わず弓を落として急いで駆け寄る。倒れて動かない一条の近くにしゃがんで声を掛けた。 「一条さん!」 ぐったりとしている上に、掌が……一条の両手は指先まで真っ赤で、深い切傷が見える。 このままじゃ不味い、早く……止血しないと。そう思いながら、神守は渾身の力で穿いているスカートを引き千切り、応急処置的に一条の両手に巻いた。 次に救急車、救急車呼ばなきゃ……と、携帯を探るが何処を探っても全く見つからない。どこかで落としたかもしれない。 どうしよう、どうしよう、このままじゃ一条さんが、一条さんが……! 神守が慌てふためいていた、そんな時。 どこからか、笑い声が聞こえてくる。何の笑い声……と思っていると、その笑い声は紛れもなく、一条の笑い声だった。 神守が一条に目を向けると、一条はまるで……神守と買い物をしていた時の様に、穏やかで、それでいて幸せそうな感じに笑っていた。 物凄く久々に聞くがする。一条さんのそういう、笑い方。神守は唖然としながらも、冷静にそう思う。 ごろりと、一条は仰向けに寝転がる。寝転がって、屈託の無い笑顔で、神守に言った。 「……勝てたね。私達。あいつに」 相当酷いレベルの怪我をしているだろうに、そんな事に全く気付いていない様子で、一条は笑いながらそう言った。 神守は上手いリアクションというか反応が出来ず、惑いながらも、こくんと頷き恐る恐る、聞く。 「う……うん。勝てたね。……ねぇ、一条さん」 「何?」 「手、痛くないの?」 神守から冷静な口調でそう言われて、一条はどれどれと、自分の両手を見てみる。 血で滲んで薄く透けている傷口をじぃっと一条は観察する。すると、一条の顔はみるみると青ざめてくる。 そして左右に激しく転がるというオーバーリアクションで、両手を抑えて痛がる。凄く凄く、痛がる。 「いっ……いててててて! 痛い痛い痛い!」 「今気付いたの!?」 「何で、何で私の手こんなに血がドクドク出てんの!? いやホント、洒落なんないよ!」 「あ、無駄に動くと傷口、開くかも……」 ピタリと動きを止めて、一条は掌にふーふーと息を吹きかける。しかしそれで治る筈も無い。 ゼノブレイカーと戦っていた時はまるで別人な一条に、神守は何故だか無性に、おかしくなって、失礼だとは思うが笑う。 笑ってはいけないと思いながらも、何だか頬が緩んで、自然に笑ってしまう。 「笑ったね、神守さん」 一条が、神守に顔を向けてそう言った。その時の一条の、優しく安心する感じもまた、戦っている時は別人の様だ。 「あ、ごめん……笑っちゃって」 「良いよ良いよ。そうやって笑ってた方が、神守さんらしいから」 それから、一条も神守も、何がおかしいのか分からないけど、笑いあった。二人の笑い声が、空へと吸い込まれていく。 長く、それでいて苦しかった戦いに終止符を打てた。失ったモノは多く、守れなかったモノも多かった。あまりにも、犠牲が多い戦いだった。 だけど、勝てた。あいつに勝つ事が、報いる事が出来た。今はその事実だけが、神守と一条に安堵感を抱かせている。これ以上ない、安堵感を。 神守の両膝がその場にすとん、と力無く突いた。神守はそのままうつ伏せに、一条の傍に倒れた。 「神守さん……? 大丈夫?」 一条が心配そうに聞くと、神守は失笑混じりに答える。 「ごめんね、一条さん……。私も……力、使いきっちゃったみたい。早く救急車呼ばなきゃ……いけないのに」 神守の言葉に、一条は首を大きく横に振り、良いよ、別にと、明るく笑って言う。 「この程度の傷、舐めれば治るよ。私、体だけは頑丈だから」 「舐めればって……」 とことん……この人には敵わないな。と、神守はあっけらかんと笑う一条を見て思う。けどあの根性を見るに、ホントに舐めたら治ってそうで困る。 両足の感覚が遠い。遠いというか、一時的だろうが無くなっている。立ち上がろうにも、立ち上がれない。 仕方ないなと思いながら、神守は一条の近くに寄り添う様に、身体を仰向けへと寝転がらせる。二人して、仰向けになって空を眺めている。 二人の両目に映っているのは、済みきっていて、雲一つ無い真っ青な空。ただ、太陽だけが暖かな存在感を示している、だけだ。 するとポツリ、ポツリと神守と一条の頬に、水滴が落ちてくる。一滴だけでなく、やがてその水滴は小雨となって降り注いできた。 何かと思えば、どうやら天気雨の様だ。太陽の陽が反射でもしているのか、雨は切なげな光を宿しており、キラキラと輝いている様に見える。 まるで空が、長い長い戦いの末の勝利を祝福している様で、神守の涙腺は妙に緩んでいた。両手でごしごしと拭って泣かない様に堪える。 「綺麗だね」 一条がそう言うと、神守は答える。青い空も、降り注ぐ雨も、太陽もどれも、綺麗だ。 「うん、凄く綺麗。空を……空を見て感動するのって、初めてかも」 「私も。こんな……何とも言えない気持ちで空を見るの、初めて」 二人はそれ以上言葉を交わさず、しばらく空を見上げる。言葉が浮かばないんじゃない。 言葉はいらなかった。きっと、思っている事は同じ事だから。今はこうして、二人で寝転がって、空を眺めていたい。 こうして絶望の淵から這いあがり、全力で掴み取った勝利を、二人で分かち合っていたい。今は、このまま。 「神守さん」 ふと、一条が神守の方へと身体を向けつつ、話しかけてきた。神守も一条に身体を向ける。 三つ編みが解かれていてどちらもロングヘアとなっている。何だか三つ編みの時よりもずっと、一条と神守はそっくりに見える。 「神守さん……私に何時か、聞いたよね。私が何で、戦うのかって。どうしてセカイを周ってるのって」 神守は自分がそんな事を聞いたのか、正直に言うと思い出せない。 激しい戦いの中で、日常の記憶が軽くすっ飛んでしまっているのかもしれない。とはいえ、言ったっけ? とは言えないので……。 取りあえず、うん、と神守は頷いてみる。一条は神守の目を見つめながら、にこっと微笑んで、言った。 「これが、私の生きる意味。私が、戦う理由なの」 「……どういう意味?」 「こうやって……」 再び仰向けになって、血が大分乾いてきている両手を、太陽に透かしながら一条は語る。 「こうやって、大事な人を護りたい。大切なセカイを護りたい。そういう事を考えながら、私は何時も戦ってるの。 そういう絶対に無くしちゃいけないモノは、私にとって生きる意味を与えてくれる。私が、私である事を示してくれて、励ましてくれる」 そして、神守へと身体を向け、柔和な表情で、ドキッとする位、大人っぽい表情で一条は言い放った。 「だから私はこうして、戦ってる。私を私でいさせてくれる、そんな存在を悪い奴から護る為に。 どんなセカイにいようと、それは同じ。私にとって守りたいのは私の周りだけじゃなくて――――――――セカイ、その物だから」 「……私も」 神守は自分の言葉に自信がまだ持てないのか、一条に小声で尋ねる。 「私も……一条さんみたいになれるのかな? 大切な人達や……大事なモノを、護れるのかな。私……やっぱり」 「護れるよ」 一条は笑顔で即答する。その笑顔は包容力に溢れており、まるで聖母の様だ。 「だって神守さん、あいつにやられそうになってた私を、助けてくれたじゃない。それに……あいつを倒したのは誰でも無い、神守さんの力だよ。 大丈夫。神守さんなら護れるよ。だから、自信を持って」 「うん……けどどこかまだ……不安というか……」 「……神守さん」 一条は何かを手渡そうと、神守の前に閉じた右手を差し出した。 何だろうと神守が思っていると、一条は閉じている右手を開ける。 「一条さん、これ……」 そこには、一条が使っている、髪の毛を纏め三つ編みにする為のヘアゴムがあった。神守が使っているヘアゴムと同じ色の。 「私のヘアゴム。もし……もし不安になる時や、自分に自信が無くなる時があったら、これを見て思いだして」 神守はそれを受け取って、ぎゅっと抱きしめる。一条は、言った。 「私の事。私は何時だって、神守さんのそばにいるから。神守さんの事を、思ってるから」 ―――――――堰を切った様に、神守の両目から涙が流れる。悲しい訳でも無ければ、悔しくも痛くもない。 けれど神守は、泣いていた。今まで溜めていた物、堪えていた物が一気に溢れてきて、止められなくなる。 目の前が涙で滲んでいて見えない。一条の顔を見なきゃ、見なきゃと思うが、幾ら目を擦って、涙が止まらない。 「ありがとう……一条さん……忘れない、私絶対に、忘れないから。一条さんの、事」 「私の方こそありがとう、神守さん。私も忘れないよ、神守さんの事」 号泣する神守の、ヘアゴムを握り締めている両手を、一条は両手で包む。手を繋ぎ合い、二人は目を閉じる。 何も無いビルの屋上で、二人の少女はしばしの眠りに付く。それは、長き戦いの末の、つかの間の休息。 一つの勝負に、幕が降りる。勇気ある二人の少女、否、勇気ある者達の勝利という、幕が。 ×××××× 神守と一条の寝ている屋上から大分離れた、廃墟となっている巨大なビルの一フロア。 白スーツら、戦いを高みで眺めていた連中の一人であるサングラスは、口をあんぐりと開けて唖然と、双眼鏡を覗いている。 まさかゼノブレイカーが……ゼノブレイカーが本気で倒されるとは思いもしなかった。 リヒターはおろか、シュタムファータァすら倒したアレが、人間に倒されてしまった。訳の分からない攻撃で。その事がサングラスには、到底理解できない。 数多の自動人形、だけでなく、様々なロボットをスクラップに変えてきたゼノクレスが、ゼノブレイカが―……と。 「いやぁ……いやはや……参り、ましたねぇ」 ヒクヒクと、両頬を引き攣らせて無理やり笑いを浮かべながら、サングラスは双眼鏡を外す、 そして白スーツとその仲間へと、弁明を開始する為に振り向く。 「こんな筈では……こんな筈ではなかったのです。あまりにも想定の範囲外な事が起こりすぎて……ねぇ? し、しかし! しかし任せて下さい! まだ手はありますよ! 早急に次の刺客を呼びましょう! 次はオートマタでも」 だがしかし、サングラスの周りには最早誰も、いなくなっていた。 ハクタカを見つけて飛び出したシロガネマッスルはともかく、白スーツも睡眠中も読書中もいつの間にか姿を消している 今、この場にいるのは苦笑いを浮かべているサングラスと、ポツリと放置されたリラックスチェアとその上の乱雑に置かれた女性雑誌だけだ。 どうやらゼノブレイカーが敗れた瞬間、白スーツはサングラスを見限り、自らの手でケリを付けに行った様だ。 サングラスははぁ……と、わざとらしい深い溜息を吐くと、何処かに電話を掛けようと衣装とお揃いの真っ黒な携帯電話を取りだした。 「どこに電話を掛けるつもり?」 聞き覚えの……ある、女性の声が聞こえてきた。 その声の持ち主に、サングラスは顔を向ける。持ち主はサングラスのすぐ横に立っていた。さっきまで気配がまるで無かったが……。 地味目な色調のロングスカートに、やけに大きな胸が目に付く白いシャツ。その上に白衣を羽織った、メガネを掛けた女性が立っている。 女性はサングラスの頭部に、真紅なだけでも派手なのに、黄金色の煌びやかな装飾が施された拳銃を突き付けている。 拳銃を突き付けたまま、女性は平坦なトーンでサングラスを問い詰める。 「この世界にワルサシンジゲートは無いわよ、イッツァミラクルさん。また悪いお仲間と手を組んだのかしら?」 銃口がこちらに向けられているにも拘らず、サングラス――――――――イッツァミラクルは慌てる事無く、むしろニヤニヤとしながら答える。 「これはこれは……お久しぶりですね、マチコ・スネイルさん。この世界には観光でいらしたのですか?」 「質問に質問で返す男、私嫌いなのよね。貴方こそ何の用事でこの世界にいらしたのかしら。聞くまでもないだろうけど」 携帯を仕舞い、ミラクルは両手を上げ抵抗はしない、というポーズを取りつつ、言う。 「えぇ、わざわざ口に出さずとも貴方なら分かりますよね。蛇の道は蛇、悪の思考は悪にしか分かりません」 「私はもう、そっち側で生きる事は辞めたわ。貴方みたいなのと一緒にしないでほしいな。それに……」 スネイルの目付きが静かに、鋭く、冷める。声は平坦なままだが、それ故に冷徹で無感情に感じる。 「あの子達にこれ以上、余計な事をしてみなさい」 「もしも……手を出したら?」 音もなく忍び寄り、スネイルは直接、ミラクルの額に銃口を突き付けた。ミラクルの表情から、笑みが消える。 「殺す。警告で済むレベルじゃない事、分かってる?」 ミラクルはスネイルのその威圧に―――――――ニタリと口元を吊り上げて、不愉快な笑みを浮かべながら、言った。 「申し訳ありませんが、私にはまだ仕事がありますので……おさらばです」 「何?」 途端、ミラクルはスネイルを軽く蹴り飛ばすと、窓へと走りだして、颯爽と飛び降りた スネイルは起き上がって窓へと駆け込み、下を覗きこみながら拳銃を向け、引き金を幾度か引く。 だが既に、ミラクルの姿は影も形も無くなっていた。逃げられた。逃げられて、しまった。 拳銃をカードに戻すと、スネイルは髪を掻きながらポツリと、自嘲気味に呟いた。 「甘くなったなぁ……私。昔なら即座にぶち抜いてたのに」 ×××××× また別の屋上。互いにボロボロの状態となったハクタカとニック。双方とも、呼吸を整えながら、相手が動くのを待つ。 下手に動けば死ぬ可能性がある故、慎重にならざるおえないハクタカに比べ、頭部から流血しているというのに仁王立ちしており追い詰めらている様子が全く無いニック。 しかしニックに、自ら動く気配は無い。認めたくは無い。認めたくは無いが……さっきのは、効いた。 闘志が燃え滾り、尚且つやっと本腰というかやっとやる気が出てきたのだが、ハクタカの踵落としは正直結構効いた、ニックの視界は時折揺らめき、滲んではぼやける。 この状態でもしも、ハクタカがさっきの踵落としの様な攻撃をしてきたら捌ける自信が無い。今度は腕一本、持ってかれるかもしれない。 もう早くは動けない。平衡感覚が大分グラついており、ハクタカが素早く動いてきたら、捉える事が出来ない気がする。 しかし、しかしだ。易々と戦線を離脱する事はしたくない。それはニックのプライドが許さない。 ようやく体が温まってきて、本気で戦いが、血沸き肉躍る、本当の戦いが出来る状況にまでハクタカを追い詰められた事が出来たというのに。 この状況を見逃すのは、ニックの戦士としての血が拒む。しかし……と、ニックが悩んでいる時。 割れているヘルメットから、途切れ途切れにニックへの通信が入ってくる。その声は、リーダーである白スーツの声だ。 <シロガ……マッスル……そこまで……しておけ……> 「……エビルか?」 <ゼノブレイカ―……敗北した……任務を切り替え……排除……> そこでヘルメットはもくもくと煙を出して、ゴロンと転がった。最後の仕事を終えた様だ。 通信を盗み聞きしていたハクタカは、神守と一条がゼノブレイカーに勝利したのだと気付き、ホッとする。ホッとできる状況では無いのだが。 ……しかしすぐに気付く。戦いの果てに力尽きた二人に、ニックに通信を入れた人物―――――――白スーツ達が向かっている事に。 不味い……早く……早く勝負を付けて、二人を守ら……ねば……。 が、ハクタカの意思とは関係なく、ハクタカの片膝は地を付く。 呼吸が追いつかなくなり、少しでも身動きすると、どうしようもない痛みが駆け廻り、やがてもう片方の膝も地に付いてしまう。 もう一歩も動けない。体力がとっくに底を尽く。それどころか、命がそこを尽こうとしている。 「……仕方ない、か」 ニックは踵を返し、戦線を離脱する為、ハクタカに背を向ける。その間際、ハクタカに顔を向けて、最後に言い残す。 「この傷、確かに刻んだぞ、ハクタカ。次こそは……必ず」 『待て……』 「必ず、倒してやる」 拳銃を剣の形態から、本来の形態に変形し、ハクタカはニックの背中に拳銃を向ける。 だが、定まらない。手が小刻みに震える上、視界の半分が薄暗くなっており狙いを付ける所かニックの姿すら見えなくなっている。 撃てない。マッスルが、倒すべき存在が目の前で逃げていくというのに、撃つ事が出来ない。 『待……て……』 ハクタカはぐらり、と前方に倒れた。倒れた拍子に、拳銃が手元から滑る様に離れて、勝手にカードへと戻る。 視界が、目の前が暗くなっていく。腕も足も、何処も動けない。もう、何も、出来ない。 こんな所で、死ぬわけにはいかないと自分を奮わせようとするものの、肉体はハクタカの命令を拒否する。 やがて、視界が完全に閉じて、ハクタカは意識を失う。もしかしたら永久に、目を開ける事は無いかもしれない。 すみません、スネイルさん……ごめん、メルフィー……。それにもう一度……再会……したかっ 変身が強制的に解除され、ハクタカ――――――――の変身前である青年は、深い闇へと堕ちた。堕ちて、しまった。 降り注がれていく光の雨が、青年を冷たく打ち付ける。太陽も空も雨も、青年に手を差し伸べる事は、出来ない。 その時、青年の近くに一つの人影が差す。その人影は歩み寄り――――――――。 小雨が止んできた中、神守と一条が深い眠りに落ちている屋上に、二人の人間が音も出さず静かに着地する。 二人とも、マッスルの様に戦闘用のスーツを着ているが、勿論細部が違う。 一人は、マッスルとはまた違う紅。毒々しいまでに紅く自己主張が激しい、ボディーラインがハッキリと分かるスーツを着た妖艶な女性。 もう一人は、肩から爪先まで純白、そしてアクセントとして腕や足に、鳥の翼を思わせる黒き模様を織り込ませた、スーツを着ている細身の男性。 二人とも、マッスルと同じく、頭部をすっぽりとヘルメットに隠しており、素顔を見る事は出来ない。 『マッスルは来ないの?』 呆れ気味に女性――――――――シロガネブレードこと、斬り裂きのジャンヌが、両腕を組んで男性にそう言った。 ブレードの質問に、先程まで遥達とゼノブレイカーの戦いを眺めていた白スーツの男、そして今は白きスーツの男がブレードに顔を向け、言葉を返す。 『通信は入れておいたが、恐らく彼は来ない』 『何で?』 『通信に出ない事を考えるに、ハクタカとの戦いでヘルメットを破壊されたのだろう。それか倒されたか……まぁ、それは無いな』 『何にせよ支障は無いわね。私達の任務には』 『そういう事だ』 その男――――――――シロガネソニック、カッコマンエビルはそう言い、数メートル先で眠っている遥達を見下ろした。 ソニックが片手を上げると、遠方のビル屋上から、ソニックへと鏡を太陽に照らした小さな光が反射している。何者かがサインを送っている様だ。 その屋上、一見すると猟銃、に見えるデザインが施された特製ライフルを構え、スコープからソニックを覗きこんでいる男が、鏡を下ろした。 男はソニックらと違い、一人だけヘルメットを被っておらず素顔だ。義眼、らしき目を伸縮させてスコープを覗きこんでおり、微動だに動かない。 落ち着いた色調の、黄色のスーツを着た男―――――――シロガネスナイパー、スナイパーガマンは乱入者に備えて見張っている。 一応牽制はしておくが、今屋上にいるのは、神守と一条、それと、ブレードとソニック以外誰も、いない。 このシロガネソニック、ブレード、スナイパー、そしてマッスルといった四人は、シロガネ四天王という、別の世界から来た刺客だ。 この四人は、リヒターの破壊、並びに一条遥の抹殺という任務を何者かから授かり、世界を渡ってきた。 しかし同業者であり、得体の知れぬサングラスことイッツァミラクルが、ソニックにゼノクレスを使っての共同戦線を申し込んできた。 最初こそソニックは、ミラクルの介入を拒もうとした。が、任務を下してきた何者かがミラクルとの共同戦線を認めた為、渋々協力関係となった。 だが、激闘の内にゼノブレイカーが敗れた為、ソニックはブレードとスナイパーと連れてミラクルを見限り、自らトドメを差すべく、屋上に訪れた訳だ。 『にしてもつまらない任務ね。こんな状態で倒しても面白くもなんともないじゃない。ほっといてあげない?』 別に一条遥に同情心や憐れみを持っている訳では無く、直接戦って倒せない事に不満げな様子で、ブレードはそうぼやく。 一方、ソニックは一条の元へと歩んでいきながら、片手の指を真っ直ぐに揃えて手刀にする。 『僕かて不服さ。こんな使いっぱしりみたいな任務。しかし、一条遥の存在は僕達の計画に於いて、必ず重大な障害となる。なら』 手刀を大きく右腕を伸ばして構える。自らを殺めようとしている存在が近づいているが、一条も、神守も起きる様子は無い。 『排除しない道理は、無いよ』 一条の前に立ち止まり、ソニックは右腕を振り上げると、息の根を手刀を突き刺す事で止めようと考える。 『悪いね、一条遥。けれど―――――――力を持ち過ぎた君が、悪いのさ』 振り上げた刀手を、ソニックは振り下ろす―――――――瞬間。 「もう良いだろ」 突如として一人の男が、ソニックの目前に立ち塞がった。 男は反応が遅れて、惚けているソニックに向かって宙を舞い、綺麗な回転蹴りを放つ。 気配を一際感知させず、それでいて元からそこにいたかの様な男の虚を突くその攻撃を、ソニックは両腕で防ぎつつ、後方へと後ずさる。 事態を見守っていたブレードも、何時の間にか乱入してきた男に驚く。まるで瞬間移動でもしてきたかのように、突然現れたからだ。 『……貴様』 すたっ、とスマートに着地し、男は特徴的な赤い髪の毛を強風に靡かせる。 口元に不敵な笑みを浮かべて、挑発的に拳銃に見立てた指を向けながら男、リヒト・エンフィールドは言った。 「悪事の邪魔して悪いな、お前ら。けどな、動けない女の子を殺そうとするのは、趣味が悪すぎるんじゃねえか?」 両腕を離して、ソニックはリヒトを睨み上げながら、聞く。 『何時頃から……潜んでいた?』 「潜むも何も、さっき来たんだぜ。お前らが全く気付かなかっただけで」 ソニックとブレードがすぐさま戦闘態勢を取っているにも拘らず、リヒトは淡々とした口調で、ソニックに言う。 「おぉ、怖い怖い。力んでるとこ悪いが、お前らの仕事は終わりだよ。さっさと帰ってくれ。 この子達を運ばなきゃいけないから、時間が無いんだ」 ……挑発、しているのか? 妙な猜疑心を抱きながらも、ソニックは臆せずリヒトに言い返す。 『大した自信だな、リヒト・エンフィールド。だが状況が理解出来ているのか?』 ソニックの発言は決してハッタリでは無い。実質、今の状況はリヒト一人に対して、ソニック、ブレード、そしてスナイパーと三人。 一対三だ。それにスナイパーの姿はリヒトには見えず、実質スナイパーの指先一つでリヒトの命を狩り取る事が出来る。 スナイパーはスコープ越しに標的であるリヒトを捉える。 『飛んで火に入る夏の虫……か』 一度狙撃状態に入ったスナイパーは、いかなる事態が起きようと標的を狙い撃つまで微動だにしない。 リヒトはスナイパーに狙われている事に気付いておらず、ソニックへと挑発し続けている。後は引き金を引けば、一瞬で事が収まる。 神経を研ぎ澄まして一点、リヒト・エンフィールドへと集中させる。スナイパーは引き鉄へと指を掛ける。後はこの指を、引くだけ。 世とは何と無情なのだろう。今から放たれる弾丸一発で、命の灯火が消える。その瞬間が、スナイパーに取ってこの上なく、至福。 『さよならだ』 スナイパーは標的へと最後の言葉を贈りつつ、引き金を引こうとした――――――――その、瞬間。 自らに向けられた、強烈な殺意を感じ取る。獲物を食らう肉食獣の如き、刺々しい殺意を その殺意に撃ち抜かれる前に、スナイパーは反射的に特製ライフルを担いでその場から駆け出して回避する。 数秒後、スナイパーがさっきまで構えていた場所が爆発し、スナイパーは爆風に吹き飛ばされぬ様に低く身構えた。 コンクリートの粉塵が舞い落ちてくる中、スナイパーは振り向く。そこには、狭く深いクレーターが出来ていた。明らかに殺す気、いや、殺す事を目的にしている。 もし少しでも逃げるのが遅れていたらタダでは済まなかった。スコープを覗いて、殺意、いや、ハッキリと殺しに来た輩を覗きこむ。 「おいリヒト、精度悪いぞ、これ」 スナイパーに当てる事が出来ず、次弾を込めながらヘンヨは耳に掛けたヘッドフォン越しに、リヒトに話しかける。 ヘンヨがスナイパーに向かって撃ち放った武器は、今回の依頼の一つ、神守遥に弓矢を届ける依頼の報酬として、リヒトから受け取った試作型大型汎用ライフルだ。 通常のライフルとして使う事が出来る他、マシンガンやショットガンとして変形させて使う事も出来、拡張機能でグレネードも撃つ事が出来る。 ヘンヨ自身は精度が悪いとぼやくものの、至っていつも使っているスナイパーと同じ感覚で使う事が出来る。狙いはしっかりと、スナイパーに向けられていた。 だが、スナイパーは途中で気付いてしまい、結果、回避されてしまった。その事がヘンヨには悔しく、精度が悪いとぼやいた訳で。 恐らく次は外さないだろうと、思う。しかし撃ってから何だが、グレネードはやめておいた方が良かったと、ヘンヨは思う。 下で通行人とかが何の騒ぎかと騒然しているのを見るに。 耳栓の様なイヤホンからヘンヨの通信を聞き、それに対してリヒトは胸元のマイクから返事する。 「もしかして外したのか?」 「狙いにくいだよ、このライフル。挙句避けられちまったし」 「しっかりしてくれよ。高かっただぞ、それ」 「報酬がこれだけじゃ頑張れないんだよ。もっと弾んでくれ。弾薬とか」 「弾薬費はそっち持ちだろ。甘えんな」 ソニックをスルーするかの様に、リヒトはヘンヨと能天気な会話を交わす。 何秒経っても、スナイパーがリヒトを狙撃しない事に、ソニックは気付く。気付いて恨めしそうにリヒトに、言う。 『……伏兵を仕込んだのか。スナイパーガマンに備えて』 「そういうこった。だから帰ってくれ。さもなきゃお前らが苦しくなるぞ」 『腹立つくらい自信満々ね。……けどニ対三になった所で、状況は何も変わらないわよ』 背後に回っており、お手製のナイフを持ったブレードが、リヒトにそう言う。 前にはソニックがおり、後にはブレードが待ち構えている。リヒトは挟み撃ちにされており、逃げ場が無い。 ヘンヨはスナイパーを抑えており、リヒトの方までは対応できない。もしも同時に攻撃を仕掛けられたら、回避も防御も間に合う可能性は低い。 だが、リヒトに怯む様子も慌てる様子も、ましてや恐怖に陥る様子もない。威風堂々と身構えている。 『ソニック!』 『そういう事だ、リヒト・エンフィールド。苦しむ間もなく、終わらせてあげるよ』 するとリヒトは、ニヤリと笑って見せ――――――――言った。 「誰が、二人しかいないって言った?」 『―――――――推参』 突然、リヒトを守る様に激しい疾風が巻き起こる。その風に、ソニックとブレードは怯んで立ち止まった。 徐々に風が晴れていくと、リヒトの背中に一人の人間が立っている。一瞬で間に入り込み、その人物はリヒトを助太刀する。 ソニックに対する様に全身を黒色に染めた、それでいて身軽ながらも屈強で頑丈な鎧、というべきスーツを着た男が。 被っているマスクのバイザー内に二つの目、鷲の眼の様に鋭いツインアイが光を放つ。 ブレードとソニックは、その男の名を、呼ぶ。 『……田所』 『カッコマン……生きていたのか』 田所カッコマン、と、呼ばれたその男に、リヒトはフランクな口調で声を掛ける。 「よっ。遅いぞカッコマン。何してたんだ?」 カッコマンはリヒトに顔を向ける事無く、低いトーンで、しかし良く通る声で答える。 『……答えるまでもない、小事だ』 「そうかそうか。つーか、偉く良いタイミングで助けに来たな。もしかして狙ってたのか?」 冗談めいた事を言うリヒトに、カッコマンは何も答えない。 しかしその代わりに、黙ってソニックへと身体を向ける。 カッコマンとソニック、否、カッコマンエビル。別の世界での宿敵が、この世界で相見える。 『まさか君もこの世界に来ていたとはね……』 『俺から貴様に言う事は何も無い』 両手を握り締め、カッコマンは倒すべき宿敵に向けて、言い放った。 『田所カッコマンの名において――――貴様を、断罪する』 「こういう訳だ。これで三対三、丁度いい塩梅になった。さぁ」 今までゆるんでいた表情を引き締めて、真剣な面持ちになったリヒトはソニックへと、宣戦布告する。 「やろうぜ、エビル。戦いたかったんだろ。俺達と」 空気が逆転する。限りなく、ソニック達に有利だった状況が、カッコマンの登場で引っ繰り返った。 否、リヒトが言う様に、これで三対三、各々の相手が見つかったは見つかった。 だが、勝機の風はリヒト達へと吹雪いている。今の空気では、どうしようとリヒト達が勝つ。そんな予感をひしひしとソニックは感じて仕方が無い。 戦うべきか、戦わざるべきか――――――――そう考え、ソニックは何故か、苦笑する。 「何がおかしい?」 リヒトの質問に、ソニックは笑うの止めると、自嘲交じりな口振りで言った。 『ここは引かせて貰うよ。君の要望通りに』 「逃げるのか?」 『逃げる? 馬鹿な事は言わないでくれ。今君達と戦っても、こちらに益が無いだけだ。それに、君達と戦うのにあまりにもこの世界は狭すぎる』 ソニック、ブレード、そしてスナイパーは何処からかコードが付いている筒を取り出した。 そして間を置かずコードを引き抜いて、筒を放り投げた。落下した瞬間、筒の両端から凄まじい勢いで白煙が噴出する。 屋上一面を真っ白に隠すほどの白煙の中で、リヒトはどうにかソニック達を捉えようとするが、何も見えない。 「くっ……お前ら!」 『次の舞台で待っているよ。その時こそ』 『君達を、殺す』 次第に白煙が晴れてきて、屋上は元の姿を取り戻した。 激しく咳込みながらも、リヒトは周囲に目を向ける。だが、ソニック達は忽然と姿を消していた。 「ちっ……まんまと逃げられたか」 悔しさを現すリヒトに反して、カッコマンは意外な事に特に反応を示さず、リヒトに背を向けると歩き出した。 「それにしても助かったぜ、カッコマン……って」 リヒトの言葉を待たずして、カッコマンは立ち去ろうとする。 そのまま帰られてはいかんと、リヒトは懐からとある物体を取りだした。 「カッコマン!」 リヒトがそう強く呼び掛けると、カッコマンは歩いている足を止めて、僅かに振り向く。 リヒトはカッコマンに向けてその物体を放り投げた。その何かを、カッコマンは手を上げてしかと、受け止めた。 人懐こい笑顔を浮かべながら、リヒトはカッコマンへと伝える。 「今回の報酬だ。余裕が出来たら聞いてやってくれ」 カッコマンは返事する事無く再び背を向けた。周囲から吹いてくる風を纏わせた途端、カッコマンは姿を消した。 と、ヘンヨが通信を入れてきた。リヒトはそれに応える。 「あいつに掻っ攫われたな。お前の見せ場」 「敢えて譲ってやったんだよ。俺一人でも充分だった」 「まぁそういう事にしといてやるよ。つうかあいつ、何処行ったんだ?」 「俺にも分からん。だがまぁ、やる事があるんだろ。カッコマンにはカッコマンなりに」 「そういうもんかね。あ、この依頼の報酬忘れんなよ。ついでに弾薬費と修理費も」 一方的にヘンヨからの通信を打ちきり、リヒトは眠っている一条の元へと近寄ってしゃがんだ。 目の前である種の戦いが繰り広げられていた事も全く知らず、子供の様な寝顔を浮かべている一条の頬に手を当てて、囁く。 「良く頑張ったな、遥。それに」 神守に顔を向けて、感謝する。 「遥を護ってくれてありがとな。こっちの世界の……いや」 「神守、遥」 そう言えばハクタカとの連絡が付かないが……恐らく大丈夫だろう。多分。 ×××××× ゼノブレイカーが敗れ、シロガネ四天王とイッツァミラクルが撤退し、全てに決着が付いた、その数分前。 シロガネマッスルこと、ニック・W・キムとの死闘に一先ずの決着が付いた。が、ハクタカは性根尽き果てて、倒れた。 変身が強制的に解除されて、ハクタカとなる前の青年の姿に戻っている事が、その事実を物語っている。 起き上がる様子はまるで無い。本気で力尽き、尚且つ死の淵を彷徨っている。しかしそれももう、長くは持たないだろう。 その横に、何者かが立っている。黒色のア―マ―に身を包んだその人物―――――――田所カッコマンは、ハクタカを両腕で、抱き起こした。 『奴に……シロガネマッスルに単身挑んだのか……』 カッコマンはそう、呟いた。首を小さく横に振り、言う。 『……馬鹿な、事を』 その時、別の気配を背後に感じ、カッコマンは青年を抱き抱えて立ち上がり、振り向く。 耳にペンを挟み、髪の毛を掻いているスネイルが、カッコマンに話しかけてきた。 「久しぶり~、田所君。もしかして鈴木君を助けてくれたの?」 『……俺は何もしてない。戦っていたのはハクタカ自身だ』 「そう……けど、貴方が目印になってくれたお陰で早く見つけられたわ。ありがとね」 カッコマンはスネイルへと、青年を引き渡した。 細身に反し、スネイルは普通に青年を、両腕で受け止める。去ろうとするカッコマンに、スネイルは聞く。 「せっかくだから付いてこない? 彼が目を覚ますまで」 『いや、良い。まだ俺には、やらねばやらない事がある』 「そう……鈴木君、貴方に会いたがってたんだけど……」 答えず、カッコマンは歩き続ける。 「それなら、次は何時会えるのかしら」 立ち止まり、カッコマンはスネイルに振り返ると、答えた。 『次は……』 一度、言い留める。しかしすぐに、留めた言葉をカッコマンは、言った。 『次は、互いに素顔のままで会える……そんな平和な、世界で』 ×××××× カッコマンは佇む。ビルの一角に、佇む。 リヒトからの報酬である物体、この世界ではボイスレコーダーと呼ばれている物体を、耳元に当てる。 先端の再生ボタンであろう、そんなスイッチを押すと、録音されたメッセージが再生される。 流れてきたメッセージの声は、ハクタカ……に変身する前の、青年の声だった。 本当なら直接君に伝えたい、寧ろ直接伝えるべきメッセージだと思う。 けれど、俺と君では成すべき戦いも、向かうべき目標も違う。だから多分今後、会える機会は無いかもしれないし、これから二度と会えないかもしれない。 だからこそ、こうしてメッセージを残してリヒトさんに渡しておく。これから俺が話す事を出来るだけ、記憶に留めておいてほしい。 もしも俺が戦いの末に力尽きて倒れたら、君が……俺の代わりに世界を救ってくれ。イルミナス……いや。 イルミナスだけでなく、世界と次元、人の未来その物を脅かす存在を、君の手で倒してくれ。 こんな事を頼むのは至極、無責任だとは思う。けれど、俺は真剣にこの願いを託したい。 君ならそれが出来ると、俺は思っている。それが出来るほどの力と信念を、君は持っているんだ そして……互いに道を違えて、俺が敵になる事があったら、俺を倒してくれ。 俺が出来なかった事、達成出来なかった事。それらを叶えてほしい。 それと、君の後ろには、君を支えてくれる仲間達が居る。 もしも行き詰まったり、窮地に陥っても諦めないでくれ。君は、一人じゃない。 最後に、例え違う世界で戦っていても、俺達は仲間だ。 戦う理由も、向かうべき最終地点が違っても、世界の平和を願う、そんな共通の目的を持った仲間だ。 次に会う時は、互いに仮面を外して素顔で語り合える、そんな平和な世界で会おう。田所カッコマン……いや。 田所、正夫。 メッセージが途切れる。カッコマンは掌の中で、ボイスレコーダーを強く、握りしめた。 そして真正面を見据えて、誰ともなしに、言った。 『……約束しよう』 ビルからカッコマンは飛び降りた。 彼の行方を知る者は、誰も、いない。 ×××××× ……ぼんやりと、青年は目を開けた。……死んでない。死んで、ない? 正方形の蛍光灯が眩しい。鼻をくすぐる、あまり好きじゃない薬品の据えた匂い。両手、両足、その他の感覚が戻っている。 がばっと青年は起き上がるが、途端に腹を殴られた様な、ジンジンとした痛みを感じ、歯を食い縛る ふと、隣に目を向けると顔馴染みである眼鏡……いや、ある種上司であるスネイルが足を組んで座っていた。 「病み上がりだから無理しちゃ駄目よ。どう? だいぶ良くなった?」 リンゴの皮をナイフで途切れさせる事無く、するすると器用に剥き続けながらスネイルが話しかけてきた。 「えぇ、どうにか……ご迷惑をお掛けして、すみません。回収して頂き、有難うございます」 「礼なら私じゃなくて田所君に言いなさい。彼が助けてくれなかったら危なかったから」 「田所が……」 もしマッスルに負けていなかったら会えたかもしれない。そう思うと、青年はどうしようもない思いに駆られ、シーツをグッと握った。 そうだ、リヒトさんはあのボイスレコーダーを彼に渡してくれただろうか。……後で聞いてみよう。渡せてなかったら渡せてなかったで、諦めよう。 「今リンゴ切ってるけど、食べられそう?」 「はい……ありがとうございます。あ、そうだ……遥さんと、神守さん、それに……」 青年が心配そうにそう聞くと、スネイルはリンゴを切りつつ、微笑みを浮かべて青年に答える。 「どっちの遥も治療を終えて休んでるわ。それに、安田君と紫蘇ちゃんも。 四人ともそれなりに怪我が多いけど、大事には至らないから安心して。あー……一条さんの両手がちょっと手を焼いたけど、一日か二日すれば治るとは思う」 「一条さん、どうしたんですか?」 「何をどうしたのかは分からないけど、両手にパックリと切傷が出来ててね……。生命力が異常に高いから、一応塞がれてるけど傷が傷だから油断はできないな。 リヒト君はずっと、ダブル遥に付き添ってる。ヘンヨ君……は、また別の用事でどっか行っちゃった。まぁ、忘れた頃に逢えるでしょ、多分」 「そう……ですか。にしてもパックリって……あの人、また凄い事しますね……」 「とはいえ、そういうトンデモない事を臆する事無く出来る度胸の良さが、一条さんの強みだからね」 色んな意味であの人には敵わないな、と、青年は神守と同じ感想を抱く。 ……神守と言えば一つ、青年には気になる事があった。 「……あの、スネイルさん」 「ん?」 「自分には直接……関係無い話ですけど」 「何でも言ってみなさい。分かっている事しか答えられないけど」 「それじゃあ……神守さんはこれから、どうなるんですか?」 リンゴの皮を全て剥いて二つに切り、片方を青年に手渡しつつ、スネイルはその質問に返答する。 「記憶を消去するわ。一条さんに関わった事、身に降りかかった事、そしてゼノクレスを倒した事、その一切合財をね。ただし」 「ただし……何です?」 「その代わりに、スイッチを仕込んでおいたから。その時が来たら全てを思い出せるスイッチをね。 もしも神守さんが窮地に陥る様な事態になったら、すぐさまそのスイッチが入る様に調節してあるから心配しなくても大丈夫。 それに、そういう記憶が即座に蘇ってきても、あの子の精神力なら耐えられるだろうし」 青年はスネイルの返答に何か言いかける。言っていいのかどうか迷っているだが、意を決したのか、ハッキリとスネイルに、聞く。 「……スネイルさん。その、神守さんの記憶ってどうしても……消さなきゃ、駄目なんですか?」 「今までの「遥」の因子を持つ子達にそうしてきた様に、神守さんも例外じゃないの。 感覚共有は必要な能力だけど、まだ一条さん以外の「遥」には過ぎた能力、強すぎる能力だからね。一段階上のレベルとなった神守さんは特に。 ……彼女達には、一条さんの代わりに各々の平穏な日常を過ごして貰う。感覚共有が必要な時になるまで」 「その必要な時は……いつか来るんでしょうか」 「来なければ良いわね。それが一番幸せだから。一条さんにとっても。その時が来ないように頑張りなさい、鈴木君」 ハクタカ――――――――の中の青年である鈴木は、スネイルに小さく、頷いた。 「一先ず難しい話はここまで。お疲れ様、鈴木君。安田君と紫蘇ちゃんは無事に回収できたし、ついでにシロガネ四天王の一人も退けたし、大活躍だったわ」 「大活躍なんてそんな……ただ、任された任務をこなしただけです。それに……奴には実質惨敗しました」 「そう? だけど貴方が居たおかげで助かった命はあった事は事実だし、必要以上の被害が防げたと思う。胸を張っていいわよ」 「だけど……」 と、スネイルは鈴木に、薄っぺらいカードを指に挟んで差し出してきた。鈴木はそれを受け取ってみる。 そのカードは暗く半透明で、カードというより、非常に薄い液晶モニターの様だ。すると真ん中のモニターらしき部分に数秒程、砂嵐が映り込む。 やがて砂嵐が徐々にクリアになっていくと、何者かが映り込んだ。軍服らしき服を着た女性の上半身だ。 銀色の麗しい髪の毛を肩まで伸ばした、端正な顔付きの女性が鈴木の事をじっと、見つめている。 鈴木はしばし、その女性と見つめ合うと、ポツリと、その女性の名を発した。 「メルフィー……」 鈴木に名前を呼ばれた、メルフィーという女性は、鈴木をじっと見つめていたが何か気に入らないのか深く俯いた。 どうしたのだろうと鈴木が心配していると、メルフィーは俯いたまま、小言で何か呟いている。 「……馬鹿」 鈴木は気付いていないが、メルフィーの目は潤んでおり、少しづつ涙が溜まっている。 「ん? メルフィー、今なんて……」 聞き返すが、メルフィーは俯いたまま小声で呟くだけだ。いや、その声はだんだん大きくなっている。 「馬鹿……」 「すまない、もう一回言ってくれ」 「馬鹿、馬鹿……」 「……ハッキリと言ってくれ。馬鹿って言ってるのか?」 それから、メルフィーは一旦無言になる。鈴木は疑問符を浮かべ、もう一度呼びかける。 「おーい、メルフィー」 「馬鹿! 馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿! 隆昭さんの馬鹿!」 大きく顔を上げて、メルフィーは泣きじゃくりながら大声で隆昭を馬鹿と罵倒した。 驚いて鈴木はベッドから転げ落ちそうになる。これ程、メルフィーが感情を露わにするのも珍しいからだ。 「い、いきなり何だよ! ビックリしただろ!」 整った顔立ちが、涙で豪快に崩れている事も気にせず、メルフィーはひたすら激しく、泣き続ける。 「無茶しちゃ……無茶しちゃ駄目って、あれほど言ったのに……。何で死にかけてるんですか!」 「何か、ごめんな。想像してたよりダメージが深くてさ。俺自身、ここまで響くとは思わなかったんだよ……」 「マチコさんから……話を聞いた時に私、本気で、本気で隆昭さんの事、心配したんですからね……」 その泣き顔を、鈴木は自分を心配してくれている故のモノだと分かっていながらも、凄く可愛いと思う。 悪いとは思いながらも、ひたすら頭を撫でてあげたくなる衝動に襲われる。けれど液晶の前では何も出来ないので、せめて指先でメルフィーの頭を撫でる。 撫で撫でしていると、メルフィーはやっと泣くのを止めた。何だか励まされる筈が逆に励ましている気がする。 「もう良い大人だし泣くな、メルフィー。俺はこの通り元気だからさ。一応」 「ホント……ですか? 無理……してないですか?」 「心配し過ぎだよ、お前は。俺はそう簡単に死なないよ。間違った未来を変えるまで、俺は絶対に死なない。約束する。 だから安心してくれ。今の傷を治して、すぐに君の元に戻るから」 溜まっている涙を手で拭いながら、メルフィーは優しげに笑う。 「約束……ですよ。必ず元気になって、戻ってきて下さいね」 「あぁ。サンドイッチでも作って待っててくれ。腹が空いて仕方ないんだ」 鈴木がそう言うと、メルフィーは明るい笑顔を浮かべて、大きく頷いた。 「美味しいの作って、待ってます」 「頼んだよ。楽しみにしてる」 メルフィーとの通信を切り、鈴木は一息吐く。 ふと、ニヤニヤとしているスネイルと目が合い、何だが鈴木は無性に恥ずかしくなる。 「お熱いわね。これで娘じゃなかったら、ねぇ」 「その事は言わないで下さい……あっ」 ふと、鈴木の目は窓の外へと目を向ける。 七色の美しいアーチを描いた虹が、空に掛かっていた。 見事な曲線をなぞっているその虹は、鮮やかな青空と相まって一つの絵画の様だ。 「綺麗ですね、虹」 「綺麗ね。こんなに綺麗な虹が見えるなんて、何か良い事があるかもしれない」 鈴木は虹を見て、言う。 「色々な世界を周ってますが、見かける虹ってどれも綺麗ですよね」 「えぇ、そうね」 THE STRANGE DREAM (6) 虹を眺めて、スネイルはポツリと、自虐的に呟いた。 「虹だけは、ね」 次回、正真正銘、最終回
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〜月〜 天十也とトキシロウの共闘により神抗者スピノザを退けたあと、トキシロウは一人月に残ることを選択した。 十也がその選択を尊重してくれたことがトキシロウは何よりも嬉しかった。 しばらくは月を散策していたが、自然とトキシロウは白い塔を拠点とすることにした。 しばらくは輝鉱石の研究を淡々としていくつもりだったのだが、この本と出会って意識が変わった。 手に取った一冊の本を眺める。 これは果倉部かもめが残した彼女の軌跡。 プロファイリングでは読み取れなかった彼女の真意が詰まっていた。 〜最初の世界〜 かもめ「私はまだまだいけるよ!」 大きな茶碗がテーブルの上に空になって転がっている。 次々に運ばれてくるのは特盛の天丼、牛丼、カツ丼のオンパレードだ。 傍には腹をパンパンに膨らませた大の大人がうーうーうなって倒れている。 かもめ「がつがつっ!」 その手が止まることはない。 ここはとある繁華街の中心、デカ盛りが売りの店先だ。 多くの挑戦者が倒れては消えていく中、少女時代のかもめはもぐもぐとその手を緩めない。 かもめ「これでこの街も私のもんだ!えっへん!」 彼女は街を渡り歩き、そこで大食い店を制覇して縄張りを徐々に大きくしていったのだ。 からんコローん 「店長、俺にも彼女と同じものを」 突然店に入ってきた男が挑戦的に絡んできたものだから、かもめはより一層その胃袋に力を込める。 かもめ「私に挑もうなんて100年早いよ!喰らえ『ビッグイーター』!」 これこそがかもめの能力。発動後、その胃袋は宇宙とかし、いくらでも食事を摂ることができるのだ。 そして摂取したカロリーは異空間に蓄えられ、その時がきたら解放されるという。 「・・・ギブアップだ」 天丼半分を食べたところで男が根を上げた。 かもめ「え!?なんて手応えのない!」 「それはそうと。かもめさん、俺の一派に加わわってくれないか?」 かもめ「唐突だな!悪いけど、私は一人で大食いの道を極めたからね。お断りするよ」 「いや、大食いチームじゃない」 パンパンのお腹をさすりながらさっと男が立ち上がった。 よく見れば大層な武具を身につけている。まるでその姿は・・・ 「俺たち一緒に世界を救ってくれないか?」 こうして、かもめと勇者メサイアは出会ったのであった。 それからのかもめは、元から姉御気質であったから、頼最後まで責任を持って世界を救うことにした。 元々膂力に自信はあったが、世界を救うとなるとより強さを意識する必要があった。 適度な呼吸と過度な食事を通して彼女なりの戦い方が見えてきた。 メサイア一派にはかもめ以外にも数名の仲間がいた。 魔導士、闘士、武器職人、いずれも名の知れたものたちだ。 彼らの影響もあって、かもめはもっと色々なものを食べるようになった。 ある日、気まぐれから魔導書を食べてみた。(魔導士にはこっぴどく怒られた) 予想以上の美味だったし、今までに感じなかった何かが見えるようになった。マナ感覚の覚醒だ。 魔導を使えるようにはならなかったが、感知機能が研ぎ澄まされたため、敵の隠れ家や弱点の把握に助かった。 そしてさらにある日、強大なマナを含む魔導書を見つけた。 敵の頭が隠し持っていたもので、その状況だと食べる他なかったので、仕方なく、よだれを我慢しながら貪った。 その本が「青い星の魔導書」だったのだ。 こうしてメサイア一派の一人として各地を救いながら、遂に敵の親玉がいる地にたどり着いた。 ピエタ帝国にある巨塔の前で、メサイアは単独乗り込むと切り出したもんだから、仲間をなんだと思ってるんだ!と熱くなってみたのだが、どうやらそれが最善手のようだから、諦めて見送った。 しばらくしてメサイアは涼しい顔をして塔から出てきた。 全てはこれで片付いたそうだ。 それからというもの、かもめは再びフードファイターとして慎ましく生活することになった。 そんなある日、訃報が届いた。メサイアが死んだそうだ。 世界を救った勇者もいつかは死んでしまうのか。悲しみよりも虚しさが大きかった。 そして数年後、さらにその数年後、共に戦ったものたちの報せを受けるたびにその虚しさは膨らんでいった。 だが、友の死を前にして、かもめが死ぬことはなかった。 何もかも失ってもなお、彼女はその身体と意識を失うことはなかった。 元は大食いの能力だった「ビックイーター」は、メサイアたちと行動を共にする中で魔導書を消化・吸収する「ブックイーター」に変容しており、ある時に「青い星の魔導書」を食らったことで「ワールドイーター」に達したのだ。 この力の本質を理解するのには長い時がかかるのだが、最初に理解したのはこの星と一体化した感覚だった。 それから数十億年後、星の寿命が尽きたと同時に、かもめの命がようやく果てた。 〜二つ目の世界〜 目が覚める。最初に見たのは一つの光だった。 天国、のように思われたが、それは星が生まれる瞬間に発生する高密度のエネルギーだった。。 まさかのまさか、かもめは星の誕生に立ち会っていたのだ。 星が死ぬ時、それは次なる世界の始まり。 超新星爆発により飛び散った星の残骸は別の世界に飛び散り、少しずつ形をなし、新たな星が誕生するのだ。 こうして青い星もまた、新たな時を刻み始めたのだ。 ここの世界が消えても、別世界に転生する。終わらない輪廻。 かもめの存在は、もはや一つの世界では収まらなくなっていたのだった。 それから数十億年、かもめは青い星の上から世界を見つめ続けた。 生物が地上に進出し、恐竜が世界を跋扈した後、人の誕生に立ち会った。 人間が誕生したことに喜び、自らも人として生きてみた。 不思議なことに、この世界ではかつて経験したこと同じようなことが起きていた。 時に争い、時に支えあい。 見覚えのある大統領が国を治め、同じ顔の人間が笑う。 どうやら世界というものは、同じことを繰り返すようにできているようだ。 ただ一つ違うこと。かもめが持っているかつての世界の記憶を、他の誰もが持っていないということだ。 新たな世界では、共に過ごした日々は全てリセットされているのだ。 そしてある日。 メサイア「俺たちと一緒に世界を救ってくれないか?」 かもめ「・・・」 半ば冗談のように聞こえた。一緒に救った世界はなんだったのか、虚無感すらあった。 何か思い出してほしい。秘めた思いも虚しく、共に戦い世界を救った後も、かもめの世界は変わらず続いた。誰も何も思い出すことはない。かもめの世界だけ救われなかったのだ。 その後、この世界でもかもめは人として死ぬことはできず、長き時を過ごし、世界の方が先に壊れていった。 〜それからの世界〜 繰り返しが始まった。 数十億年を過ごすたび、青い星は超新星爆発を繰り返し、そして新しい別世界が開始する。 どれほどの時間が経ったとしても、かもめの生涯は幕を閉じようとしない。 かもめはただ時が過ぎるのを待つだけとなった。 〜一筋の光を見つけた世界〜 何度目の世界だろう。数えることも諦めた頃、今までにない出会いがあった。 星が誕生するエネルギーの光と共に現れた存在。 その姿はまるで創造者を思わせた。名をスピノザ。 それはかもめにある取引を持ちかけた。 スピノザ「世界をあまねく行き渡り、あらゆる知識と経験を積めたなら、あなたの望みを叶えてあげましょう」 かもめ「望み。私の人生を・・・終わらせることもできるの?」 スピノザ「それがあなたの望みなら。それまでは生きなさい」 スピノザ(全ての世界を巡ったあなたを糧とすることで、私は至高に至ることができるでしょう。あなたの経験と知識全てを吸収すれば、間違いないく“因子“への道が開かれるはず。それまでは世界の片隅で静かに待つことにしますね) 気がつくとスピノザの姿は消え去った。 かもめは探求を始める。この繰り返しの世界を突破するために。自分の命を摘むためのゴールに向かって。 〜Rのない世界〜 この世界ではかもめは男性の姿をしていた。 世界の果てと、かもめ自身の果てと、どちらが先に来るのか比べてやろうと決意し、かもめは「果倉部」の性を名乗ることにした。 名を新たにしたのに合わせて、この世界の秘めたる“力”に気がついた。召喚術である。 文字と絵が刻まれた手のひら大の紙片を組み合わせ競い合う。その力は軍事兵器を上回る“レベル”すら存在していた。 ちっぽけな人間が世界に立ち向かう可能性が色濃く見えた瞬間だった。 この力の根源が何かはすぐにわかった。 未元エネルギーである。 これこそが繰り返しを突破する鍵であると閃いた。 かもめ「この世界でなら!私の力で繰り返しを突破することができるかも知れない!」 だが残念ながら、この世界でもかもめの願いは叶わなかった。 それは突然現れた暗闇。当たり前に巡っていた毎日が、突如として消え去り暗闇に閉ざされたのだ。 今思うとこれは“力”の暴走だったのかも知れない。 〜能力の溢れる世界〜 次の数十億年はそれまでと何もかもが違って見えた。 未元エネルギーの流れが世界を構築しては崩壊させ、それを繰り返す。それでいてとても安定していた。 かもめ「まるで全ての世界の中心のようだわ。基本世界・・・いや、特異世界だわ!」 世界の行く末を見守っていると、この世界のメサイアと出会った。 メサイア「さぁ討伐に向かおう!“シャカイナ”はそこにいる!」 かもめ「・・・?シャカイナ?初めて聞く名前だ」 特異世界はこれまでの経験にはなかった事象が稀に起きていた。 その後、メサイア一派が世界を救った前後から、この世界の異質さがより明白となっていった。 それまで選ばれしものだけが有していた「能力」を、誰しもが有しているのだ。 (ご推察の通り、神抗者シャカイナの力ゆえだ。) 繰り返しの世界の中でついにたどり着いた、全ての人間が能力を有する世界。すなわち、可能性に満ち溢れた世界! かもめ一人では繰り返しを止めることが不可能でも、能力を有する数人でなら、世界の根幹を狂わせるほど大きな変革を生み出す光明! かもめ「この世界で完遂させる!」 彼女は変革のために必要な人材を探すことにした。 一般的な妄想や空想では足りない、この世界をひっくり返すことができるそんな能力を持つものを。 かもめ「大丈夫。あてはあるから!」 ポルチスター=ヴェルヘルミナ=ニーチェ 、幾羽場イツヤ、そしてクロオ。 彼らはそれぞれが孤独の中で自らの思想を強めたものたち。 かもめの思想に共鳴し、それでいて各々の目的を果たすために行動を共にする打算的なつながり。 それでよかった。皆が世界の変革を望んでいたから。 仲間を集めたのち、かもめは秘密結社を組織した。その名もスピノザ。 この世界の行く末を今までとは別の方向に導くために、いくつかの強大な軍事国家と提携して裏から操ることにしたのだ。 かもめにとって次に何が起きるのか手にとるようにわかるから、評判は上上だった。だって何度も繰り返してきた世界をみてきたんだから。 能力に秀でたものを少しずつ仲間に加えて、実績と信頼を積み上げた先、アンモライシティに「堕月」の実施を提案する。軍事国家としては軍事力の誇示ができるのだからアンモライ側から否定の声はなかった。 しかしこれは最大の嘘。 「堕月」の被害は甚大であり、アンモライシティ側も大きな損失を負ったのだ。秘密結社スピノザを咎めるものを葬るほどに。 大きな代償だった。かつてこれほどの命を奪ったことはない。長き時を生きたかもめといえ、何も感じない、ことはなかった。 それでも必要なことだった。「堕月」の真の目的は、膨大な未元エネルギーを獲得することだったから。 しかしこの世界の技術では未元エネルギーを保管することはできない。未元エネルギーとは流れる川であり、人間はその川から手のひらに掬える分だけ使っているに過ぎないのだ。 だがかもめは知っていた。この世界、ではない別の世界で既に見つけていたのだ。 未元エネルギーの溜まり場「龍脈」に、大きな衝撃を与えることで、未元エネルギーは濃縮され黒球「コズモナウト」が生成される。 黒スーツを着たイツヤ「さーて、これを回収すれば終わりだな」 黒スーツを着たニーチェ「さっさとして。この服は不快じゃ。わたくし様にふさわしいはやはりドレスじゃ。早う着替えたいからの」 白スーツを着たクロオ「慎重に扱うんだぞ。最も簡単には壊れたりしないがな」 なぜかクロオの声は届かない。忍びゆえに存在が忍んでいるためだ。 黒スーツを着たイツヤ「よし完了。ところで転がってる輝鉱石の小石はそのままでいーのか?」 白スーツを着たクロオ「そのままでいいとのお達しだ。微量のエネルギーが含まれてはいるがな」 だがその声は届かない。 黒スーツの女「さっさとして。詩鈔(いくつかの詩の中から、ある目的のもとに抜き出した書物)がまってるわ」 黒スーツを着たイツヤ「かもめのことか。確かにあの人の存在は、一つの詩には収まらないね。なかなか乙だな」 そうして秘密結社スピノザの目的の一つが達成されたのだが、同時に、多くの憎しみを生み出してしまった。 特にアンモライシティの鉱石学者の彼だ。 かもめは彼をそのまま生かすことにした。 いつの日か、彼が復讐者となり、かもめの命を奪いにくることを期待したのだ。 同時に神託の家系であるデルポイの民に接触した。 現在の神託者であるアポロンは、数百年にわたり下らなかった神託を真実と疑う余地なく、かもめの言葉を神の言葉と受け止め行動ようになる。 だが、彼はいささか極端な傾向があったようで、時折かもめは彼の行動を制限することなった。 とはいえ待つだけでは、「コズモナウト」を昇華させることができる能力者が見つかるとは限らない。 そこでかもめは、これまでに経験した戦い方を果倉部流としてまとめ上げた。 多くの門下生に恵まれ、未元エネルギーの扱い方を伝える中で、個々の能力の底上げに成功した。 特筆すべしは、今寄咲ツバメ、トニー・ダイヤモンド、スライ・ダイヤモンド、そしてディック・ピッドの4名だろう。 彼らは果倉部流をその身に宿し、そして個々の能力を次の次元に昇華させたのだ。 だが、その過程で、繰り返しを止める能力の発現には至らなかった。 〜唯一無二の存在〜 それは突然現れた。 ミストラルシティの道場を構えていたその頃、突如としてこの街にある青年が出現したのだ。 彼の名は、天十也。 正確には彼に似たような存在は、他の世界でも出会っていた。 だが、この世界の彼は、ここにいながら別の世界を感じさせるような曖昧さと奥深さを秘めていたのだ。 しばらくの間、彼のことを見守ることにした。 かもめが何もしなくても、ここでは様々な事件が起きてしまう。 天十也がどのように向き合い、解決していくのか。そこに興味が湧いていた。 未来からの使者グローリーとの邂逅。 人でありながら振り切れたNの狂乱。 異世界からの襲撃とダーナらの脅威。 想定外のEGOの暴走と地縛民の激闘。 天十也はそのいずれにおいても介入し、そして正しい力を持って鎮めていった。 驚くべきことである。 かつての英雄メサイアをも凌駕するほどに、天十也の活躍は類を見ないものだったのだ。 共に過ごすことはなかったものの、彼の活躍を見届ける中で、かもめの何かが変わっていった。 かもめ「私が見届けてきた世界。それらはこの世界に到達すまでの準備期間。彼が現れるために必要な時間だったんだ」 かもめが特別だったのではない。彼女はその時が来るまで、待ち続けただけなのだ。 この特異な世界の中で、なおさらに特別な存在である彼の行動に影響されて、かもめはそれまでの計画を全て見直すことにしたのだ。 今この世界に必要なものはすでに揃っている。 不要なのは、異質な存在である「果倉部かもめ」自身だ。 そうして生み出されたのが能力の全てを無効化することで成立する世界、「安寧世界」の構築だった。 想像は容易だが簡単ではない。あらゆる能力がある世界で、能力を全否定することはあらゆる矛盾を生み出すはず。だけどあらゆる世界を経験したかもめだからこそ妄想できる、最大・最強の発想だった。 安寧世界であれば、かもめ自身の能力も無効化されるだろう。 そうすれば、その身に宿った「青い星の魔道書」の力を手放すことになり、即座に死に至るはず。 秘密結社スピノザの最後の計画が始動した。 〜安寧世界のその中で〜 かもめが旗をふり始めたあたらしい世界の構築。 当初は混乱も見られていたが、次第にあたりまえになっていく。 それと同時に能力の差がなくなったことにより、人々は争うことを忘れ、平和な様相を強めていった。 この世界は誰にとっても安寧であっただろう。 だが、その静寂を打ち破るものが現れる。 天十也だ。 それは当然のことだろう。あたりまえの世界を取り戻すことが彼の使命であるから。 だから結末は彼に任せることにして、かもめは一人月に残った。 彼女が費やした時間によりたどり着いたこの世界を守るため。 彼女は一人、能力の残滓が全て消えるまでの間、青い星を眺めていた。 命の灯火がようやく消えようとしていた。 「よくぞここまで辿り着きましたね」 その声はかつてどこかで聞いたことがある。 意識が消えうる狭間でかもめはそいつの目的をようやく理解した。 召喚術。 多くの並行世界を歩み、蓄積された命を対価として、神抗者スピノザはこの世界に降臨したのだ。 スピノザ「長い時間も私の前では塵に同じ。退屈はしていませんでしたよ。そうだ、あなたの願いを叶える約束でしたね」 そうしてついに、本当に、果倉部かもめの生涯は幕引きとなった。 だが、彼女にはどんな後悔も不安もない。 だってこの世界には彼が、天十也がいるのだから。 〜トキシロウの懺悔〜 全てを理解した。だが同情はできない。 それでも彼は願う。果倉部かもめの魂が縛られることなく逝くことを。 その先はきっと、彼女が望む本当の安寧世界のはずだから。 SIDE:B(ビッグイーターかもめ) Fin
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