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前ページ次ページ暗の使い魔 「さ、西海……!」 「よう、豊臣の。随分久しいじゃねえか」 長曾我部元親が、碇槍をクルリと扱い地面に突き立てる。バキリと床板が砕け、大穴が開く。 いまだうろたえたままの黒田官兵衛を前にして、彼は突き立てた槍に片足を乗せて凄んだ。 「四国征伐以来か?あんときはてめぇにしてやられたぜ」 「な、なんのことだったかね?小生、もう豊臣は抜けたんでね。古い思い出はしまい込んだんだよ」 官兵衛は、冷や汗を流しながら言葉をひねり出した。しかし長曾我部は不満そうに鼻を鳴らす。 「まあ今は昔の事はいい。てめえがここにいるのも今は関係ねえ。それより……」 長曾我部は視線をずらし、部屋の最奥に控えたウェールズをじろりと見やった。 「フーケの奴が言ってたのは本当だったみてぇだな。てめえが『王党派』とやらのアタマかい」 その言葉に、船室内がざわついた。ウェールズは真顔になると、懐から水晶のついた杖を取り出して長曾我部に突き付けた。 その様に、長曾我部は笑い出した。 「おいおい!俺と張ろうってのかい?」 長曾我部は勢い良く槍を引き抜き肩に担ぐ。それと同時だった。 ウェールズの左右を守るメイジの杖から、火炎と風刃がはじけたのは。 官兵衛の左右をすり抜けて、二つの魔法が長曾我部に襲い掛かる。彼の眼前数メイルにそれが迫る、しかし。 「しゃらくせえっ!」 碇槍から炎が吹き出る。担がれた槍がうなりを上げて、目前の空間をなぎ払う。 「うらあっ!」 振り下ろした一撃が火炎を吸収する。そして第二撃の横薙ぎがかまいたちを弾き飛ばした。 右手のみで振るわれたにも関わらず、それは脅威の槍技。 『三覇鬼《さばき》』と恐れられる炎の二段撃。その強靭な攻撃の前には生半可な術など無意味だ、そして。 「くらいなっ!」 さらに恐るべき攻撃に、周囲にどよめきが走った。長曾我部が縦に振り下ろした穂先が、あろうことか――伸びた。 「なにっ!?」 突風を撒き散らし、巨大な碇が飛ぶ。 刹那の出来事に近衛のメイジは対応する間もなかった。 メイジの胴体に鉄槌に等しきものが激突する。碇をくらったメイジは背後の木壁を巻き込んで、壁の向こう側へと吹き飛んでいった。 「なっ!なんだと!?」 己の隣に到達した碇を横目で確認しながら、もう一人の近衛メイジはうめいた。 伸びた穂先がさらにうなる、次の瞬間。 「そらよ。いただくぜ」 かきんかきん、とウェールズと残った近衛メイジの杖が宙に舞った。 大蛇がのたうつが如く碇に繋がれた鎖が蠢き、二人の杖を弾き飛ばしたのだ。 「ぬぅっ!杖が……」 「殿下!」 弾かれた杖を尻目に、近衛メイジがウェールズを庇う。 左手をポケットに突っ込んだまま、長曾我部は右手のみでくるくると槍を取り回す。 そしてカシリと碇が納まった槍を肩に担いでみせた。 その瞬間、長曾我部の目前に、水晶の杖と軍杖が落ちてきて転がった。 二本の杖を踏みしめると、長曾我部は言った。 「いくら妙な術が使えてもよ、こいつがなきゃあ話にならねえ。だよな!」 「くっ!」 メイジとウェールズは歯噛みした。まさかこうもたやすく杖を奪われるとは。 船室内には、ほかに戦えるメイジはいない。ルイズとワルドは杖が無いし、他のメイジは外に出払っていて何故か戻ってこない。 万事休すだ。 「なにが望みだ?」 「殿下!」 近衛メイジの制止を振り切り、ウェールズが言う。長曾我部は一歩歩み出ると、静かに一言こう言った。 「足がかりよ」 「そうか」 ウェールズは短く呟いた。長曾我部が続ける。 「俺達はこのまま戦場のド真ん中に連れてかれるわけにはいかねぇのよ。そんで、見つかった以上手ぶらってわけにもいかねえ」 「つまりは、資金と港への立ち寄りか」 ウェールズの問いに、長曾我部は唇を笑ませた。 「まあ手っ取り早いのは、船ごといただく事だ。ちょいとアンタを人質に取れば軽いもんよ」 「あくまで力づくという訳だね」 殿下お下がりを、と近衛がウェールズの目前を遮る。しかし杖を持たないメイジは無力だ。長曾我部は気にした風も無く歩み出る。 「殿下!」 部屋の隅に避難していたルイズが声を上げた。このままではウェールズが危険に晒されてしまう。 ルイズは何か手立ては無いか、と周囲を見回す。しかし武器になりそうなものも、長曾我部を止める手立ても存在しない。 どうしたものかと、再び迫る男に目をやったその時であった。 「そいつは困る」 「カンベエ!」 長曾我部の行く手を遮るように、ルイズの使い魔・黒田官兵衛が立ちはだかった。 暗の使い魔 第二十話 『激震』 「邪魔すんじゃねぇよ」 「生憎だがそれはこっちの台詞なんだよ」 何?と長曾我部は官兵衛を睨みつける。それに臆した様子も無く、官兵衛は言葉を続けた。 「小生らは、その『戦場のド真ん中』に大事な用があってね。そうそう寄り道はしてられないんだよ」 「大事な用?暗の官兵衛さんよ、とうとう女子供連れてお遣いか?」 大口開けて笑い飛ばす長曾我部に、むっとしたルイズが声を上げようとする。しかし隣のワルドに制せられ押し黙った。 「そうさ、大事な大事なお遣いさ」 官兵衛が言う。 「そうかい。じゃあ仕方無え」 長曾我部がそう返す。 ゴキン! 言い終わるや否や、耳が裂けんばかりの金属音が室内に響き渡った。 見れば振りかぶられた碇槍と、官兵衛のうち振るった鉄球が衝突し、火花を散らす。 ギリギリと歯を噛み締めながら、両者がにらみ合っていた。 「西海!どうあってもお前さんを退けなきゃならんらしいな。気絶で済まなくても後悔すんなよ?」 「いいぜ!四国でのケリ!ここで落とし前つけさせてやらあ!」 うおおおお!と咆哮を撒き散らしながら、二人の武将は激しく激突した。 官兵衛と長曾我部の邂逅よりやや前に遡る。 狭い軍艦通路を、細身の人物が駆け巡っていた。リスのように軽い足取りで、走るその影。 それと対照的に、どたどた騒がしく追いすがる無数の男達。 彼らは海賊の船員の風貌だったが、その手には一人残らず軍杖を握り締めていた。 先頭を走る男が、通路の彼方を走る素早い影に魔法を飛ばす。 水の蛇が纏わり付こうと伸びた。しかしその人物は、ひょいと杖を後ろでに振るってみせる。 するとどうであろう、天井が大量の土砂へと変じて魔法を遮ったではないか。 それを見て、男たちは強かに舌を打った。 「メイジか!小癪なっ!」 崩れ落ちてきた土砂を押しのけ、再び追跡を開始する船員達。 それをあざ笑うかのように、軽やかに逃走する影。 それが、ここ数十分の騒ぎの後延々と繰り返されていた。 「おい!貴様止まれ!くそっ、なんてすばしっこい奴だ!」 船員たちが次々と魔法を放つも、それらの一つも掠りはしない。 ある時は土砂に遮られ、またある時は壁に穴を空けて逃げられる。 「慌てるな。出来る限り応援をよこすんだ。ここは空だ、逃げられん!」 追いかける船員の中で、一際位の高そうなメイジが命令を下す。 それに呼応し、何人かが伝令となって元来た道を駆け出す。 その一連の騒ぎを見て、逃走する影、フーケはほくそ笑んだ。 「(いいね。もっと人を集めさせるかい)」 騒ぎは大きければ大きいほうがいい。今頃は元親もウェールズに近づいてる頃だろう。 自分の仕事は、彼らの元に増援を寄せ付け無い事。ここで乗組員らを引っ掻き回して注意をひきつけること。 早い話が陽動だ。 「(手早く片付けておくれよっ)」 フーケは心の内で願った。かつてトリステイン中を混乱させた盗賊であるフーケ。 当然追っ手からの逃走などお手の物、しかしここは船の上だ。 逃げ場には当然限りがあるし、長引けば捕まるのにそう時間はかからない。 この果てしない逃走劇が終わる時。それは元親がウェールズを人質にとり王軍の命運を握るか、フーケもしくは元親が捕縛された時のみであった。 元親がウェールズの身柄を拘束してしまえば、港までの航行くらいまではどうにかなる。作戦は成功だ。 しかし、しくじってどちらか片方でも捕まれば相方は投降せざるをえない。計画は頓挫し、お先真っ暗である。 だからこそ彼女は、元親の襲撃成功までひたすらに陽動に徹し、捕まるわけにはいかないのだ。 幾度目になるか、細い通路の角を曲がりながらフーケは思う。 「(しかし、まさか本当にこんな所で王軍の扮した船に出くわすとはね……)」 数時間前、賊の正体を見極めるべく空賊船へと侵入し、今はかく乱の為の逃走劇。 彼女も修羅場に慣れている。単独で貴族の重警備を掻い潜り、お宝を掻っ攫ってきたのだから。とはいえ。 「(王党派……ね)」 今回ばかりはフーケも、少々気持ちが追いついていないようだった。 それは、彼女の相対している王軍いや、王政に対しての想いから来ている。 「(ジェームズ……)」 心の内で、彼女はある人物の名前を浮かべる。 やつ、やつはこの船にいるのか、いや、あの老体は恐らくこの船に居るまい。 軍を率いてるのはおそらく若き皇太子ウェールズ。 やつの子息だ。 ギリリ―― 知らず知らずの内に、彼女の眉間に力が篭る。 自分でも気がついたが、あえてそれは止めはしない。 胸の奥底に、静かに、だが確実に黒いうずが巻き起こる。 この仕事、やり遂げた暁には―― 「(どう料理してやるかねェ……)」 火薬の香りが漂う。それは彼女の胸の闇を象徴するにおいであろうか、いや。 『武器・火薬庫』そう記された一室の前で、彼女は静かに立ち止まると、砂埃が空へと舞うように中へと消えた。 「陛下!お逃げ下さい!」 凛とした叫びがその場にこだまする。長く美しい髪や、顔が、煤で汚れるも、彼女は片時もその場から目を背けない。 目の前の惨状から。 「カンベエ!何とかして!」 「言われんでも!」 ルイズの言葉に短く答えながら、官兵衛は部屋の中央で長曾我部と奮戦していた。 ウェールズ達が居た広い船室は、ひどい有様であった。 長曾我部の炎でそこら中焼け焦げ、壁には穴が開いている。 椅子は散乱し、中央の大机は足が一本折れている。 そしてその周囲には、倒れこんだ王軍のメイジ達。 皆ウェールズを守ろうと果敢に長曾我部に挑んだが、圧倒的なリーチの武器を振るう長曾我部には皆成すすべが無かったのだ。 彼の自慢の得物『碇槍』は、時に鳥のように素早く、時に大蛇のようにうねり、変幻自在の攻撃で相手を苦しめる。 この武器に対抗するには、この場では一人しか居ない。同じく長いリーチと強靭な威力を誇る鉄球の持ち主、官兵衛である。 「なんということだ……」 長曾我部と対峙する官兵衛の後方にて、ウェールズはただただ立ち尽くしていた。 護衛の兵は全滅。自身も杖を奪われ丸腰。 この場の頼みの綱はそう、ルイズの使い魔である官兵衛ただ一人であった。 「くぅぅぅらぁぁのオッ!官兵衛エェェェェェッ!!」 「ま、待てッ!マテマテ!落ち着け西海の!」 噴火の如く噴出した怒りの一撃が、官兵衛の脳天に振り下ろされた。 それを、なんとも間抜けなバンザイポーズで、どうにも情けない声を上げながら、官兵衛は受ける。 右手のみしか使わないにもかかわらず、その一撃の重さは官兵衛の鉄球にも負けてない。 ぐ!と苦しそうなうめきを上げる官兵衛。枷に伝わる振動と重さが、彼の腕を振るわせた。 「そらそら!どうしたどうした!?」 ぐぐぐっ!と長曾我部が渾身の力で負荷をかける。 その上いまだ左手を使わない長曾我部を見て、官兵衛はちいと短く舌を打った。 「小生相手に随分とお怒りだなっ。目的を忘れちゃあいないか?」 精一杯の挑発で、長曾我部の隙を作れないかと画策する。 しかし押し込まれる槍の重さは変わらない。 どうしたものか、改めて官兵衛は周囲の様子を探った。 現在、官兵衛の後ろでは、丸腰のウェールズがどうにか杖を奪い返せないか機をうかがっている。 しかし今、ウェールズの杖は、官兵衛と相対する長曾我部の背後、部屋の片隅に転がっている。 ウェールズが取りに行くのはリスクが高かった。 とすれば、残りは官兵衛を真横から見守っているルイズとワルドだが。 「ルイズ、今は下手に動かないほうがいい」 しきりに、ウェールズの杖と長曾我部を見比べていたルイズを、ワルドが制した。 「でも、このままじゃ!」 ルイズが必死の形相でワルドに言う。だが、ワルドは冷静に告げる。 「あの眼帯の男はまだ余裕を隠している。使い魔君がかろうじて抑えていてくれてるが、それも大した意味は無い。 押されているようだしね」 先程より苦しそうにしている官兵衛を、ワルドは指す。 「あの妙な槍は恐らく、何人も同時に仕留める事が可能だろう。 ここで下手に皇太子殿下を連れ出そうとしたり、杖を回収しようものなら、あの男はこちらにも同時に危害を加えてくる」 険しい表情で、ワルドは淡々と告げる。 「ここで下手な行動は取れない。ルイズ、わかってくれ」 「そんな……」 ワルドの冷静な分析に、ルイズはそれしか言えなかった。下手に動けば自分が餌食になる。 自分は何も出来ないのか。ようやく出会えたウェールズ様が危機にさらされているというのに。 「(どうすれば。姫様から賜った大切な任務が……)」 悔しそうに唇を噛むルイズ。 しかし、ワルドはそんなルイズの肩を叩くと、頼もしげに言った。 「心配しないでくれルイズ。僕がついてる」 その言葉にルイズはワルドを見やる。昔と同じ、優しく頼もしい笑顔がそこにあった。 「ワルド……」 「少々時間を取らせるが、ここで待っていてくれたまえ」 そういうと、ワルドは背後の扉から風のように駆けだしていった。 「ワルド!どこへ?」 颯爽と部屋を飛び出して言ったワルドに、ルイズは声をかける。しかし、すでにそこにはワルドはいなかった。 「あんのヒゲ。どこ行きやがった」 官兵衛がワルドが消えたのをみて、いらついた声を出す。 「はっ。怖気づいたか?まあどこに行こうが関係ねえがな」 そして、不意に飛び出して言ったワルドを、どうでもよさげに笑う長曾我部。 「そうらどうした?後が無いぜ官兵衛さんよ」 長曾我部の言葉に、官兵衛は歯軋りした。 「(硬直状態に持ち込めりゃあいいんだが……)」 その時不意に、穂先から灼熱の炎が噴出した。 「んなっ!あっつ!」 赤い炎が穂先に広がり、赤熱させる。まさに長曾我部の心情を表したような温度だ。 それが、官兵衛の手のひらを焦がし始めた。 「あつい!あつい!!――って、聞くわけないか!」 そんな軽口を叩きながら、官兵衛はとうとう反撃に移った。 「おおおおりゃああああっ!」 バギン!と金属音が鳴り響く。 渾身の気合を籠めて、その超重量の碇槍を、官兵衛は跳ね除けた。 長曾我部が剛槍を跳ね返され、一歩、二歩と下がる。 「やられっぱなしだと思うなよ!そりゃあっ!」 咆哮とともに振るわれる鉄球。官兵衛は鎖の根元を引っつかみ、体勢を崩した鬼へと突撃する。そして。 「ぶっちまけろおおおおっ!!」 強烈な鉄球の乱舞が、長曾我部目掛けて襲い掛かった。 『滅多矢多』。官兵衛が唯一手数で勝負できる、鉄球の連打である。 リーチは短いが、直接鉄球を振るう威力は、巨大ゴーレムの足すら粉砕する。 しかし。 「おせぇ」 バキリ!と甲板を踏み抜き、鬼が飛翔した。 虚しく鉄球が空を横切る。 飛び越えた鉄球を尻目に、鬼は空中で身体をしならせると。 「甘いねェ!!」 官兵衛目掛けて、空中から強靭な蹴りを放った。 官兵衛は慌てて乱打を止めるが遅い。 「なあっ!?ちょっとま――ブ!!」 言い切らないうちに官兵衛の顔面に足裏がめり込む。 全体重を乗せた一撃。 それが、官兵衛の巨体を浮かし、遥か後方へと吹き飛ばした。 「ぶげえっ!」 がらがらがっしゃん!と、巨体が船室中央の椅子、大机を巻き込んで激突する。 「カンベエっ!」 ルイズが叫ぶ。 脚折れ真っ二つになった大机の上で、官兵衛がうずくまった。 そのやや後ろで一部始終を見ていたウェールズが息をのむ。 しん、とあたりが静まり返った。ルイズが、ウェールズが、倒れこんだ官兵衛を見守る。 しかし、いつまでたっても官兵衛は起き上がらない。ピクリとも動かなかった。 「ちょっと、カンベエ?――!!」 真横で見ていたルイズが、ズタボロになった官兵衛に駆け寄ろうとしてハッとした。 ぎしり、ぎしりと足音が響く。 木椅子の残骸をふみしめながら、長曾我部が悠々と歩み出た。 倒れた官兵衛、立ちすくむウェールズを油断なく見据え、肩に担いだ碇状の槍からは、火竜のブレスのごとく炎が踊る。 何より、長曾我部の爛々と輝く怒りの眼を見て、ルイズは身じろぎした。 怒りとともに暗さを秘めた、その瞳に。 怒っている?いいや違う、そんな生易しいものではない。 少なくとも、ルイズにはそう感じられた。 目の前の官兵衛に向けられる、強い感情。その一端を垣間見た気がしたのだ。果たしてそれは―― 「……ハッ!ざまあねえな官兵衛さんよ!」 だがその時、長曾我部の唐突な一言にルイズはハッとした。 見ると長曾我部はしゃがみ込み、官兵衛をじっくり眺めている。 その顔には小ばかにしたような表情が現れ、先程の感情はどこへやら。 身体のこわばりが緩むのを感じ、彼女は即座に叫んだ。 「ちょっと!それ以上は皇太子殿下にも使い魔にも近づけさせないわよ!」 意志の強い声が響く。その小生意気な声に、長曾我部は立ち上がった。 「ああん?なんだテメーは!」 ギロリと片目が睨む。 その視線に、やはり一瞬ルイズは硬直した。 (怖い……!) 長曾我部の威圧感は、体格と眼帯の風貌も手伝って半端ではない。だが。 「ッ!賊に名乗る名前なんて、無いわッ!」 ルイズも負けじと声を張る。震える手を隠しながら、彼女は一歩一歩と前へ出た。 「ヴァリエール嬢!危険だ!」 ウェールズが慌てて静止を呼びかけるが、もう引き下がってはいられない。 官兵衛はやられてしまった。ワルドも戻ってくる気配は無い。 たとえ自分が危険であろうと、どんなに恐ろしかろうと―― 「おい、この俺様を誰だと思ってんだ?西海の覇者、長曾我部元親よ」 「知らないわ!下がりなさい!」 自分だけ手をこまねいて見ているなんて出来ない。たとえ杖が無くたって、貴族の意地を見せてやる。 ルイズは強く、そう思った。 長曾我部がルイズに向き合う。 「よせ!」 慌ててウェールズが声を強めるが、彼女は言う。 「西海?バカいわないで、いつから海がアンタのものになったの?もういちど言うわ!下がりなさい!」 「んだと!」 ルイズの言葉に長曾我部が凄む。だがルイズもにらみ返す。 「俺様に名乗る名前が無ぇとは……いい度胸してんじゃねえか」 ドスン!と床板に碇槍が突き立てられる。ミシミシと床が軋む。 「ッ!!」 ビクリと肩が震える。 この巨大な槍が、いつ自分に向けられるか。いや、槍ではなく、この燃え盛る炎が自分を焼くかもしれない。 しかし、ルイズは、屈する事も無く言葉を言い放つ。 「いっ!いいこと!ウェールズ皇太子殿下は!いいえハルケギニアの貴族たちは!アンタみたいな賊の指図なんか受けない! 船の乗っ取りなんか出来っこないんだから!騒ぎでみんなすぐに駆けつけるわ!大人しく投降しなさい!この下郎!」 「ああ?言わせておきゃ好き放題いいやがって、っとお!」 その時、不意に長曾我部が槍を引き抜いて、ウェールズに向ける。 「下手に動くんじゃねえ。痛い目見るだけだぜ」 見ると、ウェールズが丸腰にも関わらず、長曾我部に相対している。 「殿下!」 ルイズが叫ぶ。 しかしウェールズは言う。 「よせ、君の目的は私の身柄だろう。彼女は大切な客人なのだ。見逃してくれ」 「まあそうだがよ……!」 長曾我部は肩をすくめる。 しかし、ルイズは恐慌姿勢を崩さない。 彼女は即座にウェールズと長曾我部の間に割り込むと、両手を広げて見せた。 「チッ!」 長曾我部は舌打ちしながら、彼女をみやった。 ふと、視界に震えるルイズの手が見える。 「震えてるじゃねえか。ガキが無理すんじゃねえぜ」 「震えるですって?バカいってんじゃないわ!あんたみたいな力だけの賊になんて負けるモンですか!私は貴族よ!一歩も退かない!」 ルイズは精一杯胸をそらす。 しかし長曾我部にとっては、そんなものはつまらない虚勢である。そして彼はとうとう。 「はーっはっはっは!」 豪快に大声で笑うと、ルイズの前にしゃがみこんである言葉を言い放った。 「てめーみてーな『うすっぺらい』ガキが俺様と張り合おうなんて百年はええ。大人しく母ちゃんとこに帰りやがれ!」 その瞬間、場の空気が一変した。 『うすっぺらい』それは長曾我部としては、虚勢を張ったルイズを嘲って言った言葉であった。それ以上も以下でもない。 だが。 「なんですって?」 恐ろしく静かな声色で、ルイズが喋りだした。 あん?と妙な問いに、長曾我部は先程言った言葉を復唱する。 「はっ!『うすっぺらい』肩書きで『胸』張るガキにゃ、俺様と張り合うなんざ百年――」 その瞬間、ルイズの中の何かが切れた。 ゆらりと広げていた腕を下ろし、彼女はすうと息を吸う。 その刹那、未だ言葉を言い終わらないままの長曾我部に異変が起こった。 メキッ 目の前で二人のやり取りを聞いていたウェールズはその瞬間、そんな骨が軋むような音を聞いたという。 そしてルイズの目前にしゃがんでいた長曾我部が、もんどりうって後ろにぶっ倒れたのは、全く同じタイミングだった。 「ぶえっ!!」 ずでんっ!と海賊が豪快にずっこける。長曾我部は後方で伸びている官兵衛の上に、折り重なるように倒れた。 彼の下から、ぐえっ、と蛙を潰したような声が聞こえたのは気のせいだろうか。 それはともかく、長曾我部は顔面にくらった衝撃の正体を確認しようと、目を開いた。そこには。 「う、うすっぺら……!うっううっううすっ……!誰の、むっむむ胸!」 テコンドーの如く片足を掲げ、その靴裏から煙を立ち上らせた。 「だれの胸がうすっぺらいですってぇぇぇぇぇぇっ!!」 本物の鬼がいた。 「おっおい。何だぁ!?というか、何しやがる!何しやがった!?」 顔面に靴裏の判子をつけながら、長曾我部は後ずさった。 ルイズの怒りを買い、どこぞの使い魔のごとく顔に蹴りを喰らった長曾我部。 だが、怒りで加速されたその蹴りは、彼の理解を超えたスピードだったようだ。 ルイズが髪を逆立てながら激昂する。 「この半裸男!よくもこの私の、むむ、むねをうすすっぺら……!くぉの変態ぃ!!」 ルイズの先程とは打って変わった、形相。 そして暴言による、追撃。 西海の鬼のガラス製ハートにヒビが入った。 「は、半……!へんたいィ!?そりゃあんまりじゃねえか!大体いきなり何しやがる!この田舎モン!」 海賊と少女。二人の声が交差する。 「田舎者は!あんたじゃない!なにその上着!どっから風吹かしてんのよ!」 「なっ!」 なんとなく誰もが気になるが、触れてはいけなそうな部分に触れてきたルイズ。 怒りの少女に主導権を握られながら、西海の鬼は立ち上がる。 「う、うるせえ!おめえに海の男の何がわかりやがる!」 ぎゃいのぎゃいのと喧しい戦いが始まる。 しかし、先程の戦いとは打って変わって、なんとも位の下がった争いである。 「海の男?そんな色白でどこが海よ!普段引きこもってるんじゃないの!?」 「な、な、んなわけねえだろうが!け、見当違いも甚だしいぜ……」 過去の傷を抉られそうになった長曾我部だったが、平静を装う。 がしゃり!とごまかすように槍を担ごうと、ふいとそっぽを向く。 だがその時、彼は居変に気がついた。 なんと、彼が肩に担ごうと手を伸ばした位置に、碇槍が無かった。 「………………あん?」 伸ばした手が空中をまさぐる。おい?と辺りを見回すが、槍は見つからない。 そして、彼はようやく深刻な事態に気がついた。 「碇槍がねえ!!」 「探してるのは、こいつだろう?」 バッと声の方向を振り返る。 そして長曾我部はそれを見て、自分が窮地に立たされた事を知った。 見ると長曾我部の目前に、先程まで倒れていた官兵衛が屹立している。 「使い魔殿!」 「カンベエ!」 ルイズとウェールズがそれぞれ声を上げる。 官兵衛の顔には蹴りを食らい青あざが出来ているが、それ以外特に外傷はない。 そして官兵衛の腕に抱えられてるのは、先程まで長曾我部が得意げに振り回していた彼の武器。 碇槍が、官兵衛の手に渡っていた。 「てめえ!俺の自慢の得物を!」 「油断大敵!まんまと奪わせてもらったぞ西海!」 くくく、とわざとらしい笑みを浮かべ、官兵衛は槍を放り投げた。 槍は、彼の遥か後方へと飛ぶと、ドスンと木床につきたてられる。 それを見て、長曾我部の目がカッと見開かれた。 わなわなと怒りを拳で表しながら、長曾我部は向き合う。 「成程、ガキを囮に武器を掠め取るたぁ。相も変わらず、薄汚ねぇ。」 「心外だな。のびて、起きたら、好機だっただけだ。あの娘っ子を囮にしたつもりはないがね」 長曾我部の罵倒をひょうひょうとかわしながら、官兵衛は言う。 「ご主人!最悪の目覚めだったぞ!」 そして長曾我部の後ろで佇むルイズにそう言いながら、官兵衛は笑った。 「まったく。ご主人様を危険に晒すなんて使い魔失格ね」 官兵衛の言葉にほほを膨らませながら、ルイズは腕を組んだ。 そんなルイズを見たのち、官兵衛は改めて長曾我部を見据える。 そして観念しろ、とばかりに不敵な笑みを浮かべて鉄球を構えた。 だがしかし、そんな官兵衛の様子に、ますます長曾我部は怒りを増す。 「言い訳はそれで終いか?どの道てめえが小賢しいのは変わらねえ。今も昔もな」 静か、だが明らかに怒気を含んだ声色で、彼は言い放つ。 そしてその次の瞬間であった。 彼の懐から、一閃の刃が放たれたのは。 がしゅっ! 肉を裂く音が響き、官兵衛は苦痛に表情を歪める。 彼の右頬を切り裂き、矢のように短剣がかすめていった。 それと同時である。官兵衛の視界に銀髪の鬼が迫ってきたのは。 「なにっ!?」 それは一瞬。 官兵衛が、飛来する短剣に怯んだ隙を逃さず、猫のように身をかがませた長曾我部が、懐に潜り込む。 距離にして数メイルはあった間合いを瞬時に詰める長曾我部。そして。 「おらああっ!」 ミシリ、と握りこぶしが官兵衛の顔面につき立てられた。 「ぐあっ!?」 顔左側に、鉄槌で撃たれたかのように火花が舞った。官兵衛の巨体がぐらりと揺らめく。 ルイズが、アッと声を上げる。 ギリギリと捻られた腕が、官兵衛の顔の表面をひしゃげさせようとする。 だが。 「こなくそ!」 がしりと、顔に刺さった拳が掴まれる。 ミシミシ、と握りつぶさんばかりに、官兵衛は長曾我部の手首を掴むと、ぐいと顔から引き剥がす。 「まだ暴れ足りないってか?懲りないねえお前さんはッ!」 長曾我部の腕をあさっての方向へともっていきながら、官兵衛は息を切らす。 互いの懐に飛び込んだままの体勢で、長曾我部と官兵衛が対峙する。 鼻と口から血を垂らしながら、歯をむき出しにして官兵衛は目前の男を睨みつけた。 長曾我部も、振り上げた腕を封じられつつ、至近距離で睨みあう、そして。 「そらよ!お星様でもくらえッ!」 官兵衛が首を捻りながら、一撃をかます。 ゴキン!と長曾我部の鼻っ面に、頭突きが叩き込まれた。 「ぐあっ……!……ッ!上等だらあっ!」 鼻から一筋の血を垂らすも、長曾我部はヒートアップ。 即座に、うなる石頭が官兵衛の顔にお見舞いされる。 「ぶべっ……!がッ!我慢比べか!小生の得意分野だッ!」 ズドンと反撃の頭突きが炸裂。 ふらり、と体勢を崩しつつも長曾我部も咆哮をあげる。 「どらあああっ!」 互いの額と額がぶつかり合った。 ガキイン!ゴキイン! 石頭と石頭のぶつかり合い。 鉄のように激しく火花を散らすそれは、徐々に激しく、また衝撃を生み、そして―― 「だぁぁぁぁぁぁらぁぁぁぁぁぁっっ!!」 「おぉぉぉぉぉぉりゃあぁぁぁぁっっ!!」 武将同士の剣劇に等しき、熱を生み出した。 互いの頭突きがぶつかる度に、そこから爆発が巻き起こる。 どおんどおん、と椅子やテーブルが吹き飛び始めた。 「な、なんだ一体これは!?」 「殿下!いま二人に近づいてはいけませぬ!」 爆心地で額をぶつけあう二人を、驚愕に目を見開きながら、ウェールズは立ち尽くした。 ルイズも、幾度か出会った光景とはいえ、やはりこの異常な光景には驚きを隠せない。 なんびとたりとも介入できないその打ち合い、周囲の全てを吹き飛ばす真剣勝負に。 ガツンガツン、と幾度目の衝突になろうか。 不意に、何故か官兵衛が口を開いた。 「お前さんの気持ち……!わからんでも、ないがね!そおら!」 言うや否や、頭の一撃を叩き込む官兵衛。 そして頭突きをくらった額を庇おうともせず、長曾我部が言い放つ。 「てめぇ……!てめえにっ!何がっ!わかりやがるっ!」 官兵衛の言葉を受け、怒りのまま、続けざまに頭突き返す。 「てめえら豊臣のせいで!俺の四国はっ!俺はぁっ!」 ゴス!ゴス!と幾つもの打撃が官兵衛の顔面に入る。 強烈な連打に耐え切れず、鼻血を盛大に噴出す。 しかし、官兵衛はカッ!と目を見開くと。 「だがっ!詫びる気はないっっ!」 大きく、派手に、首を仰け反らせ、渾身の一発を長曾我部の顔面にお見舞いした。 重い一撃が鼻っ面に叩き込まれ、ふらりと頭が歪む。そんな中、長曾我部は官兵衛の言葉を耳にする。 「この乱世はなぁ!運が悪けりゃあ!いくらでも奪われちまうんだよ!領土も!野望も!」 再び官兵衛が頭を振りかぶる。そして叫ぶ。 「小生や、お前さんみたいにな!」 野太い怒声がその場に響いた。 ゴオン!と再び重い一撃が、火花を散らした。 グラリ――と、長曾我部の長身が揺れた。 額から血がしたたるのを感じながら、ゲホッと咳き込む長曾我部。 渾身の精神力で踏みとどまりながら、彼は官兵衛を睨む。 見ると官兵衛も頭を真っ赤に染めて、肩で息をしている。 だがその瞳は、真っ直ぐで、何かを訴えかけるようであり。 「……ゲホッ!暗の、官兵衛ェ……」 長曾我部に、しばしの静寂を与えた。 わずかな時、ただ互いの息遣いのみが、静かに空間を支配していた。 (カンベエ……?) ルイズは、官兵衛の放った渾身の叫びを耳にして、ただその場で佇んでいた。 シコク、野望、一体何の話なのだろう。官兵衛とこの賊の間に何があったのだろう。 彼女は困惑していた。血まみれで叫ぶ二人の男に。 はじめてみる使い魔の表情に。 「……そらよ西海!そろそろ――」 「……はっ!暗ぁ!あの時ごと!まとめて決着つけてやるぜ!」 二人の掛け合いに、ルイズがはっとする。 うおおっ!と二人の男が、額を血に染めながら、再びぶつかりあう。 静寂の空間に、再び爆発と衝撃が巻き起こった。 と、その時であった。 「そこまでだ!」 勇敢な声がその場に響いた。衝突が中断し、衝撃波も止む。 ルイズ、ウェールズ皇太子、そして二人の武将が、そちらに視線を向けると、そこには。 「この女が船内を駆け回り、兵達をかく乱していた。貴様の共犯で間違いないな?」 ワルドと無数のメイジが、縛り上げられたフーケを囲むように、部屋の入り口を埋め尽くしていた。 「ワルド!それに、土くれのフーケ!?」 「ルイズ、待たせてすまなかったね。この通り賊の片割れを捕らえた」 ルイズの声にニコリと笑いかけ、ワルドが歩み出てきた。 手には、先程まで押収されていた軍杖を握り締めている。 ワルドはウェールズとルイズを一瞥し、次に長曾我部の様子を確認すると、彼にスッと杖を向けた。 「相方が抑えられてはどうしようもあるまい。それにその傷ではこれ以上の抵抗は無理だろう?」 何をされたか、ぐったりと意識をなくしたまま縛られたフーケを、目で指すワルド。 そして額からドクドクと血を流し、ゼェゼェと息を切らす彼の様子を指摘する。 「……フーケ」 いまだ官兵衛とつかみ合った姿勢のまま、長曾我部は小さく呟いた。 状況を見てか、長曾我部の変化を感じ取ったか、官兵衛が押さえつけていた長曾我部の手首を開放する。 すると、ふらつく頭を抑え、長曾我部が官兵衛から離れた。 それを見て、チャキチャキリ、と後ろのメイジ達が素早く杖を引き抜く。 だが、それを気にした風もなく、長曾我部は静かに周囲を見渡した。 ウェールズ、そしてルイズの元には、すでに駆けつけたメイジが数人、取り囲むように構えている。 船室の入り口はワルドとメイジにより封鎖。 そして彼の碇槍は、彼と同じように額から血を流しながら佇む官兵衛の、遥か背後。 「西海」 ふと、目の前の官兵衛が言葉を投げかける。 乱れた前髪から僅かに視線が覗くが、表情はうかがい知れない。 だがどこか、なだめるような、同情するような感情が伝わってくる。 無様にも船の略奪に失敗した自分の様を見てのことか。 「チッ」 長曾我部は、思わず舌を打った。 先程まで激しくぶつかり合ったにも関わらず、なんだその態度は。そう、心の内で呟く。 「はっ!鬼はやられる。そいつがお約束かい。はっはっは……!」 思わず喉から、乾いた笑いが漏れる。そうせずには、居られなかった。 ワルドが、ふっと嘲笑のこもった笑みを漏らす。 一瞬のこと。長曾我部の動向を見張るルイズやウェールズ達は気付くこともない。 だが官兵衛だけは、その嘲りを見逃さなかった。 やがて長曾我部は、ウェールズやワルドらを無視するかのように、ふと歩き出す。 ふらふらとおぼつかない足取りである。 そして、今にも倒れそうな官兵衛の目前に立つと。 「……邪魔だぜ」 ドン、と官兵衛を腕で払いのけた。瞬間、ドスン、とその場で力尽き倒れる。 そして、それと同時だった。 官兵衛が意識を手放し、その場に崩れ落ちたのも。 「賊を――えろ!」 「誰か――ぐに手――てを――!」 「――っかり――!カン――!」 真っ暗な視界。 薄れゆく意識。 その狭い世界の中で、官兵衛はどこか遠くから、自分を呼ぶ声を聞いた気がした。 前ページ次ページ暗の使い魔
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前ページ次ページゼロの使い魔-闇の七人 トリステイン魔法学院。メイジ達が集う、世界随一の学び舎。 故に多くのメイジが、この学院で一生の伴侶となる使い魔を得る事になる。 俗に「春の使い魔召還」と称されるこの儀式は、そのまま昇給試験でもあり、 皆が皆、優れた使い魔を得るべく、自然と力をいれるのが常であった。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールも、その一人。 貴族=メイジの家柄でありながら、およそ一般的な魔法の悉くが不得手であるという少女だ。 “ゼロの”ルイズなる不名誉な渾名を返上する為にも、より一層の力を入れ、彼女は召還呪文を唱える。 爆発。 爆発。 爆発。 幾度と無く繰り返される爆発。そして空白。 呪文を唱える度、色とりどりの火花が散り、空間が炸裂するが、 しかし煙が晴れた後、其処には彼女の望む使い魔の姿は無い。 周囲の人々も「さもありなん」と言った顔で頷いていた。 所詮、彼女は“ゼロ”だ。 何でもない。何もできない。故に“ゼロ”。 使い魔すら、召還できないのだ。 彼らの反応を知るが故に、ルイズは必死になる。 使い魔が欲しい。 使い魔が欲しい。 使い魔が欲しい! 悔しくて、悔しくて。 涙が出るほど悔しくて。 次第に周囲には夜の帳がおりはじめたというのに、彼女は諦めない。 諦めず、必死に、もう何度目かもわからない召還呪文を、高らかに唱えた。 「全宇宙のどこかにいる私の使い魔よ! この世で最も強く、賢く、美しい存在よ! わが呼び声に答え我が元に来たれ!」 あまりにも必死だったせいだろう。 そして今、この時が“夜”だったからだろう。 その声は、ある存在に聞き届けられた。 ――爆裂。 現れた使い魔の姿に、飽きずに様子を見守っていた皆が驚いた。 其処にいたのは獣人であり、人間であり、そしてエルフであったからだ。 その数、七人。 獣人が召還される。これは有りうるだろう。 人間も、生き物である以上、まったく無いとは言い切れまい。 エルフも――恐るべき種族ではあるが、同様だ。 だが、七人である。 “ゼロ”だからと言っても、およそ信じられない現象だ。 この光景を見て、召還した本人のルイズも、どう反応してかわからないまま、 「春の使い魔召還」儀式は、一応、これをもって完了となった。 ――大方の予想に反し、彼ら七人は、極めて魔法学院に適応した。 皆が皆、魔法を使えるという(メイジであるとは言わなかったが)驚くべき事実もあったのだろう。 生徒達も彼らを見下すことはなく、また貴族ではないが故に学院で労働に従事する人々も彼らを受け入れた。 もっとも率先して学院に関わったのは、二人の蜥蜴人である。 オチーヴァ、テイチーヴァと名乗った彼らは、双子の姉弟なのだという。 元来、読書を好んでいた二人は、学院の膨大な蔵書を読み耽り、 そして時折、授業に顔を出しては、水を吸う樹木のように新たな知識を汲み上げていった。 特に彼らと親しくなったのは教師、コルベール。 未知の世界の、未知の知識。それらに夢中になったのは彼も同じだった。 三人の間での交流が深められていくのは自然の成り行きである。 ヴィンセンテという吸血鬼は、オールド・オスマンが好んで自室に誘っていた。 当初こそ、やはりヴァンパイアという怪物を警戒しているのかと思ったが、そうではない。 単に茶飲み相手が欲しいという、それだけの理由だった。 何せこの吸血鬼、300年を生き延びてきたというのだから驚きだ。 無論肉体は若々しいのだが、精神的にはオスマンに近い。話も弾むというものだ。 つまり好々爺が一人増えたことになり、ミス・ロングベルの苦労が二倍になったのは言うまでも無い。 学院の職員たちに気に入られたのはエルフのテレンドル、人間のマリーという女性陣二人。 そして驚くべきことに、オーグのゴグロンであった。 とはいえ、この恐るべき顔つきの大男が、そう簡単に受け入れられるわけもない。 だが、その一方で彼はとてつもなく良い奴だった。 職員の仕事を良く手伝ったし、貴族たちの無理難題を笑い飛ばすような人物である。 そして傍らに寄り添うテレンドル。エルフであっても(あるが故に)美しい彼女だ。 何かにつけて言葉の足りないゴグロンを補って、二人して認められていた。 マリーはマリーで厨房に入り浸り、マルトーとの間で熱心に料理のレシピを交換している。 彼女の「異国的な」料理は、中々に料理長を苦しめているようではあったが。 一方、生徒達に気に入られたのは誰であろう、猫人のムラージ・ダールだ。 口が悪く、人間種の事を「薄汚いサルめ」と公言して憚らない男だが、面倒見が良いことは直ぐに知れた。 たとえば生徒達がインクを切らしたとき、授業用に使う魔法道具が足りなくなったとき。 何処からか、そういった品々を調達し、困っている人々に配っていったのが彼だ。 今ではすっかり気に入られ、皆に取り囲まれる日々を送っている。 本人は実に迷惑そうだが。 そして最後の一人。 一行の代表としてルイズの使い魔となったのが、蜥蜴人の彼だった。 リザード――異国の言葉で蜥蜴という意味だ――と名乗った彼は、自分はそれ以上でも以下でもないという。 短剣、長剣、弓矢、それに幾つかの魔術に精通し、滅法強い。 容姿は蜥蜴人である為いたしかたないとしても、ルイズにとっては素晴らしい使い魔に思えたろう。 何より、魔法の使えぬ自分を馬鹿にすることがない。 ただ気に入らないのは、その寡黙で愚直、謎めいた雰囲気が――彼女の隣室の女性を虜にしたことだ。 まあ、幾ら“微熱の”キュルケといえども蜥蜴に思慕の念を抱くことはあるまい。 そう高を括っていたのだが、どうやら「種族の壁は恋を燃え上がらせるのよ!」とのことだ。 悔しいかな、ルイズ自身も、この蜥蜴人に対して思うところがないでもない。 だからと言っても鬱憤をぶつけても、リザードはそれを素直に受け止めてしまう。 まったく、この想いを何処にぶつけて良いものやら、と彼女は日々悶々としているらしい。 だが、誰もがこの奇妙な集団に疑問を抱かなかったわけではない。 “雪風の”タバサは違った。あるいはコルベールもそうであったかもしれない。 およそ尋常なる者どもではないことは、即座に見て取れた。 相当な手練れだ。若年ながら、数々の修羅場を潜り抜けた彼女には、嫌と言うほどにわかる。 気配を感じない。足音が聞こえない。 自分も気付かぬうちに背後を取られている。 そして、あの男――リザード。 一体如何なる経験を積めば、アレほどまでに各種の武具に精通できるのだろうか。 タバサには、想像もつかなかった。 その疑問が解消されるのは、それからしばらく後のこと。 とある貴族によって、学院のメイドが連れ去られた日の夜に――……。 前ページ次ページゼロの使い魔-闇の七人
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一晩眠って、ふっきれたわけではなかったけど、少し開き直っていた。 ゼロだろうとエロだろうと馬鹿にされているという点では変わらないし、事実であるという点も変わらない。 評価が上下しようと事実が動くわけでもなし、あんた達好きに言ってなさいよってこと。 単純で苦しいとは思うけど、自分を鼓舞する……というよりどうでもよくなっていた。 グェスは朝になったら隣で寝ていた。何この女。 「ねールイチュ、今日の朝ごはん何出ると思う? チーズ味のペンネ出ないかな」 「……さあね」 昨晩あれだけやりあったというか一方的に蹴ったり殴ったり罵倒もしたのに、グェスは全然頓着していなくて、何も無かったかのように振舞っている。 ひどいこと言っちゃったな、とか、いきなり暴力はなかったかな、とか、ご主人様の威厳を保ちつつ仲直りするにはどうしようかな、なんてことで悩んでたわたしが馬鹿みたい。 これは彼女なりの優しさなのか、それとも脳みその代わりに別の物が詰まってるくらい底抜けにタフだからなのか。たぶん後者。 「おはよーミッキー、老師。なんか昨日大変だったみたいね」 「そちらも色々あったようじゃが」 「お二人とも元気そうですね」 「元気元気、あたしとルイチュは元気で仲良しなのォ」 グェスは屈託無く笑ってた。命をかけた戦いの末、顔面どころか全身が変形するくらいボッコボコにぶん殴られた翌日だとしても、「はーい元気?」なんて言って胡散臭い笑顔で話しかけてくるんだろう。 驚くというより呆れるけど、今朝はこの無神経さがありがたかった。 「そうそう、ミキタカ。あんたキュルケやタバサと何やってたの。ぺティだけじゃなくギーシュやモンモランシーまでいたみたいだけど」 「それはタバサ会ですよ、ルイズさん」 タバサ会? タバサのファンクラブ? おっぱいは小さい方がいい派? それならわたしだって……。 「タバサ会とはタバサさんを中心にした勉強会です。使い魔たちにこの世界のことや文字などを教えているんです」 「なんだ、やっぱり勉強会なんだ」 「なんだと思っていたんですか?」 「……そりゃもちろん勉強会よ」 タバサが中心ってのは意外だけどね。あの子ってそういうの嫌がりそうじゃない。 「はじめはタバサさんとキュルケさん、ドラゴンズ・ドリームさんだけの勉強会だったのですが、私と老師も混ぜてもらいました」 ドラゴンズ・ドリーム? あのドラゴンか。変な名前。 「老師からギーシュとモンモランシーさんにも伝わって、人数が増えたのでシエスタさんがお茶を用意してくれたりもした、というわけです」 シエスタか。どうせミキタカにひっついてきたんだろうな。 「なぜ中庭でやってるの?」 「図書館でやっていたそうですが、ドラゴンズ・ドリームさんが騒ぐので追い出されてしまったとか」 「ふうん」 「タバサさんの教え方は大変ためになります。とても分かりやすいです」 なるほどぉ。対人スキルは最低ってタイプかと思ってたけど、案外あの子もやるようね。 「グェスさんも参加するといいですよ。文字が分かれば何かと便利ですから」 「だそうよ。どうする、グェス?」 「そうねェ」 フォークとナイフを置き、腕を組んだ。 「正直勉強ってやつは好きじゃないんだよね」 うん、知ってた。あんたってそういうタイプよね。 「でも今回は参加してみようかな」 むっ。これは予想外。 「ちょっと思うところあってね。あたし今燃えてるんだ」 だらしがない、やる気がない、仕える気もない、ないない尽くしのグェスがいつになく燃えている。 ただし、本人がそう言ってるというだけの話。 タバサ会――誰のネーミング?――でのグェスは、学習意欲があったとは到底思えない。 ただ、他との比較でいうなら多少はあったと言えるかもしれない。 なぜなら会はわたしが考えていたものとは少し違っていて、婉曲的表現を使うとすれば、自由かつ奔放なものだった。 「えッ!? あんたらも水族館にいたの? あたし以外にも『心の力』を使うヤツがいたのね……無茶しなくてよかった」 「水族館はオレの生まれ故郷ダぜ。何十年もアソコで暮らしてきたンだッツーの!」 「わたしは懲罰房くらいしか存じておりませんが。ゲロッ」 訥々と文字の読み方について教えるタバサを他所に、教師役以外の全員が雑談に精を出していた。 や、わたしは真面目に聞いてるんだけどね。タバサかわいそうだから。 「ロッコバロッコっていたよねー、あのイカレ腹話術士」 「キュイキュイッ! いたいた、クソ所長ナ。シャーロットはなかなかセクシィーだったよナァー」 「ヨーヨーマッ! のっかりてェー……セクシーさでございましたねェ」 今、タバサが微妙に反応したような……気のせいかな? 「あとさ、七不思議女」 「あの黒人ナ。男子監の方でも有名だったゼェー」 「あの方もまたのっかりてェェェェェお美しさでした」 「自分の小便飲むジジイは知ってる? 頭おかしいって有名だったらしいけど」 「……聞いたことねェナ。ゼンッゼン覚えがネェーぜ」 「ノストラダムス信じて人殺しまくった間抜けポリ公のこと知らない?」 「……全く、少しも、ビックリするほど初耳でございます」 機械的に相槌を打つヨーヨーマッとドラゴンズ・ドリーム……の腹話術をしているタバサで「水族館」とかいう場所の話をして盛り上がっている。 ていうかこれ腹話術でもなんでもないよね。わたしタバサにまでタバカられてた? いや駄洒落じゃなくて。 「地獄へ行け、だなんて念を押されたんだ、ねっ、ねっ」 「酷い事をするヤツもいるもんだなあ。そのロハンってヤツは間違いなく悪魔だ」 「いじめられたよ、つらかったよ……ねっ」 「安心したまえチープ・トリック。ぼくは君をそんな目に合わせたりしないからね」 こっちはこっちで聞いてないし。 声が漏れてくるだけで大釜の中で何をしているのか分かったもんじゃない。 まさか自分の使い魔と……ちょっと新しいわね。文字通り釜を掘る……ふふっ、上手いこと言っちゃった。 「老師、ギーシュは大丈夫なんですよね」 「心配することはあるまいよ」 ぺティとモンモランシーは何かボソボソ話してる。 ギーシュのことで相談しているみたいね。 「べつに、わたしはアレの恋人でも何でもありませんけど……」 嘘つけ馬鹿。あれだけ見せつけてよく言うわね。 「でも、目の前で死なれでもしたら目覚めが悪いし」 「死にはせんじゃろう」 「老師がおっしゃったことは本当なんですよね? ギーシュは大地っていう」 「でまかせというわけではないが……こうなればいいと思ったことを口に出しただけじゃ」 ぺティも大概いい加減ね。 「そ、そんな。それじゃギーシュは……」 「こうなればいい、ということを信じれば理想に近づく。今必要なのは生きる気力。目的じゃ」 「でも……」 「心配しなさるな。あの若者、ああ見えて強かに生きておる。少々の悪条件はものともせんよ」 なんていうかこの爺さん、無理矢理いい話っぽく締めるの得意じゃない? モンモランシーも感じ入った顔してるし。忘れちゃだめですよー、この人は『あの』ミキタカの使い魔ですよー。 「ミキタカさん、サンドイッチ美味しいですか?」 「ええ。ティッシュペーパーよりも美味しいです」 出たなァァァ……またいちゃついてからに。 不順異性交遊を脇から眺めるのは嫌いじゃありませんけどね、あんた達に限っては別。大いに別。 後からのこのこ出てきたくせにシエスタの彼氏面してる変人メイジに災いあれ。 義務としてルイズヒップアタックを敢行し、二人の間に割り込もうとしたけど押し戻された。 ミキタカではなくシエスタの手で。意外な展開に目を見張る。 「ちょ、ちょっとシエスタ。あなた勘違いしてるんじゃない?」 「……」 「あのね。えっとね。わたしは場も弁えずにべたつくあなた達を注意しようと……」 「へぇ……ほんとにそれだけなのかなぁ……?」 え? ええ? な、なに? シエスタが言ったのよね? シエスタなのよね? 「あの……どういう意味?」 「べ、べーつーにー?」 「言ってごらんなさいよ」 「最近、ミス・ヴァリエールの目、ちょっと怪しいなと。そんな風に思っただけです」 シ、シエスタ……ちょっと見ない間に強い子になって……。 でもそんなあなたを……そんなあなたを見たくはなかった……! 「ほんと……今日は暑いですわね。夜だというのに汗が止まりません」 おおっ……胸元をはだけて、かきもしない汗をハンカチで! え、シャツのボタンまで!? な、なんてサービス精神……ゴクリ。やはりわたしが睨んだ通りの隠れ巨乳! 抑えられない色気が立ち上る……うう、その向かう先がわたしだったらよかったのに。 シエスタ。その美しい胸じゃなく机の上の二十日鼠に目をやるような男のために……ああ……。 「ぷっ」 え? 今シエスタ笑った? わたしの胸見て笑ったよね? そんな……はにかみ屋さんで頑張り屋さんで隠れ巨乳だったシエスタが……。 優しげな兎の瞳が狡猾な狐の眼に変わってる。恋は女の子を女に成長させるのね。なんて残酷なの。 わたしにできることといえば、ミキタカのために為されたサービスを横から覗き見ることだけ。 惨めね。シエスタと仲良くなりたい、そんなささやかな願いさえぶち壊された。 ミキタカはシエスタの作ったサンドイッチを残さず食べ切り、バスケットケースにかじりついた。 にこやかにそれを押しとめる様はまるで世話女房みたい。 チラッとわたしを見て、勝利の微笑み。なんてかわいい笑顔。それだけに皮肉。 ああ、嘆息。わたしは完全な敗北を喫した……二人から離れることしか許されない。 さよならシエスタ。わたしはあなたとお友達になりたかった。 二人を置いてすごすごと元いた席に戻る。ただただ悲しい。 「ルイズ、そっちも大変みたいだね」 「うるさい! 何慰めてくれてるのよ、マリコルヌのくせに!」 このデブちんはまったく空気を読めないんだから。 だいたいこいつがここにいること自体がおかしいのよね。蛙に勉強させてどうしようっていうのかしら。 マリコルヌ曰く、 「ぼくがこいつと心を通わせられないのは言葉が分からないからかもしれないって思ってさ」 ってその発想自体が現実逃避してるっていうのよ! いい加減で現実見なさい! あなたの蛙は妙なナリってだけでただの蛙でしかないの! 言葉教えたって分からないし、心が通じないのは単なる実力不足! 隅っこでろくに動きもしない使い魔相手にぶつぶつお喋りする姿が気色悪いのよ! わたしとグェスを見習いなさい。力が無いという現実を見つめながらも向上心は忘れずに…… 「ギャッハハハー! マジかよ! 教戒師の神父、あのヘアスタイル受け狙いじゃなかったのかよ!」 「しッかもあのデンパヤロー、実はホワイトスネイクなんダッツーの。コレ秘密なんだけどヨォー」 ……忘れてないわよね? 「情けない。本当に情けないわ」 くっ、やっぱりこいつが出張ってきたか。 「何が情けないのよ」 「横合いから殿方をかっさらわれるのがヴァリエールの伝統なんでしょうけどね」 何勘違いしてるんだか色狂い。シエスタのどこが殿方だっていうのよ。 ……え、まさかとは思うけどわたしが知らないだけでシエスタが男だったりしないわよね。 あれだけ存在感のあるおっぱいを有していて、かつ、下にも一本ぶら下げている……人類の夜明けね。アリだわ。 「出し抜かれて悔しくないの?」 「うるさい」 「アピールが足りないんじゃない? 胸が足りない分そっちで頑張らなきゃダメよ」 「うるさいって言ってるのが聞こえないのお熱のキュルケ。あんたは向こうで熱湯作ってなさい」 わたしに憎まれ口を叩かれようと、キュルケの余裕は崩れない。風邪っぴきと罵られてどもるマリコルヌなんかとは大違い。 こういうところに憧れちゃうのよね。冷静に考えてみると、こいつってわたしのコンプレックスを象徴するような存在かもしれない。 「あたしは微熱。お熱はあんたの頭でしょ。胸や魔法だけじゃなく頭までゼロだったのかしら」 やっぱり嫌な女。顔真っ赤にして涙目でうつむいてやる。少しは気まずくなるがいいわ。 「えっと……ほら、見ろよ。今日もミス・ロングビルが壁歩きしてる」 なぜかその空気に耐えられないマリコルヌ。あんた関係ないでしょう。 「あら、本当。ここのところ毎晩出てるみたいね」 「そうなの? わたしは昨日初めて見たけど……やっぱり院長のセクハラでストレス溜まってるんでしょうね」 「更年期障害ってやつなんじゃない?」 「君たち本人がいないと無茶苦茶言うなぁ。案外宝物庫を調べてるんじゃないか」 「なんでそんなことするのよ」 「今話題の盗賊がいたろ。貴族相手にしか盗まないっていう」 「ああ、土くれのフーケとか……ミス・ロングビルが土くれのフーケっていうの? それ、無理あるでしょ」 マリコルヌってば真面目な顔でとんでもないこと言うわね。 「呼びかけてみれば分かるんじゃない? フーケって呼んで返事をすればフーケなんでしょ」 キュルケも笑いながらひどいこと言ってるし。 「フーケさーん!」 ……え? 「フーケさーん! 聞こえていますかー!」 ……は? 「フーケさーん!」 ちょ、ちょっとミキタカ! あんた何やってるの! うわ、みんなこっち見てる。ミス・ロングビルまでこっち見てるじゃない。 「呼べばいいんですよね。フーケさーん!」 誰もそんなこと言ってないって! 慌てて口を押さえたけど、ミス・ロングビルはどこかに消えていた。 あーあ、一人で壁歩き楽しんでたんでしょうに。悪いことしちゃったわね。 「あんたは軽口と本気の区別もつかないの!」 そりゃキュルケじゃなくても怒るわ。 「だからグラモンの人間は困るっていうんだ」 いいぞマリコルヌ、もっと言ってやれ。 「待て待て。聞き捨てならないぞ。ド・グラモン家の人間が全員ほら吹きであるかのような言い方じゃないか」 「当たってると言えば当たってると思うけど」 「モンモランシー! 悲しませないでおくれ美しい人。ぼくは君のためなら全てを投げ打ち……」
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前ページ次ページ滅殺の使い魔 ――森の一角。 「ティファ、薪割りが終わったが」 金髪の壮齢の男が少女に話しかける。 赤いタキシードを着こなす所にダンディズムが感じられる。 「あ、ありがとうルガールさん。 もういいですよ、休んでいて下さい」 ティファと呼ばれた少女は、料理をしながらルガールに言う。 「そういうわけにもいかんだろう、君のような少女が一人で働いていると言うのに」 ルガールは困り顔で肩を竦める。 そんなルガールに、ティファはクスッと笑うと、遊んでいる子供達を見る。 「なら、子供達の相手をしていて下さい」 「ふむ、わかったよ」 ルガールはそう言うと、子供達の中へ向かった。 「あー! ルガールおじちゃん!」 「ああ、何をしているのかな? 私も混ぜてもらいたいんだが」 そういって子供達に混ざっていく。 ルガールは考える。 何故、自分はこんなにも穏やかに日々を送っている? いや、それ以前に、何故自分は生きているのか? あの時、自分は死んだ……、いや『オロチの力』に体を乗っ取られた筈だ。 豪鬼との死闘の末、その殺意の波動を奪い、しかし、その力を使いこなせずに……。 その他にも疑問はあった。 果たして自分は、こんなにも穏やかな性格だっただろうか? 否。 断じて否だ。 『悪』こそが自分の全てだ。 では、なんの影響だ? オロチ? 否。 殺意の波動? これも違うだろう。 二つの力の反応? 否定は出来ないが、可能性は薄い。 ではやはり……。 このルーンの仕業か。 朝―― 朝早くに豪鬼は目覚める。 ルイズを起こす為では無い。 修行の為だ。 まだ日は昇りきっては居ない。 修行しよう、と考えた後に豪鬼は気付いた。 道知らねぇ。 つまり、洗濯にはかなりの時間がかかる。 道に迷うことも視野に入れなければならないのではないか。 結局、豪鬼は今日のところは何もしないことにした。 と、言うわけで、もう少しボーッとしていた訳だが。 しばらくして、日がかなり昇ってきたので、豪鬼はルイズを起こすことにした。 「ルイズ、朝だ」 ……反応を示さない。 「ルイズ、朝だぞ」 ……反応を示さない。 ルイズがあまりに起きないので、豪鬼は毛布を引っぺがした。 「な、何!? 何事!?」 「朝だ、ルイズ」 「はえ? そ、そう……。 って、誰よあんた!」 「豪鬼」 「あ、そうだ、昨日召喚したんだ」 ルイズは起き上がり、部屋を見渡す。 豪鬼は何も用意していないようだ。 そして豪鬼に命じた。 「服」 そう言うと、いつの間にか椅子にかかっていた服が豪鬼の手に握られていた。 「ま、魔法!?」 「いや、普通に取ってきただけだ」 いつもならかなり気にするところだが、そこは寝起きの頭である。 「下着」 「どこだ」 「そこのクローゼットの一番下」 場所を言うと、またいつの間にか豪鬼の手に 下着が握られていた。 豪鬼には基本恥じらいなど無い。 「服」 「渡したぞ」 「着せて」 豪鬼は、なるべく力加減を覚えるように着せた。 問題は無かった。 ルイズとともに部屋を出る。 すると、すでに一人の女子生徒が廊下に出ていた。 豊満な胸に、それを強調するような服の着方をしている。 普通の男であれば、否応無しに胸に目が行く所だが、そこは豪鬼である。 巨乳の女は他に見たこともあるし、全員鍛えぬいた体をしていた。 そんな訳で、豪鬼には目の前の少女の胸はただ肥え太った不摂生の賜物にしか見えなかった 彼女はルイズににやりと笑いかける。 「おはよう、ルイズ」 それに対して、ルイズはあからさまに嫌そうな表情になった。 「おはよう、キュルケ」 「あなたの使い魔って、それ?」 「そうよ」 「あっはっは! ほんとに人間なのね! すごいじゃない!」 豪鬼は密かに、それには感謝している、と心の中で呟いた。 「『サモン・サーヴァント』で、平民を呼んじゃうなんて、さすがはゼロのルイズね」 ルイズは頬を染めながら、キュルケを睨む。 「五月蝿いわね」 「あたしも昨日、使い魔を召喚したのよ。 勿論、一発で成功したわ」 「知ってるわよ」 「どうせ使い魔にするなら、こういうのが良いわよね~。 フレイムー」 キュルケが勝ち誇ったような声で使い魔の名前を呼ぶ。 すると、キュルケの部屋から虎ほどの大きさの赤いトカゲが現れた。 辺りを熱気が包み込む。 ルイズは息苦しそうな表情になる。 豪鬼は動じない。 「あら? 怖がらないの? 度胸あるのね」 豪鬼がそのトカゲを見る。 よく見ると、その尻尾には炎がついているではないか。 豪鬼は少し驚き、兄の弟子の金髪を思い出した。 更に、学生服の男も思い出した。 インド人も思い出した。 「これってサラマンダー?」 ルイズはかなり悔しそうだ。 「そうよー。 火トカゲよー。 見て? この尻尾。 ここまで鮮やかで大きい炎の尻尾は、間違いなく火竜山脈のサラマンダーよ? ブランド物よー。 好事家に見せたら値段なんてつかないわよ? あたしの二つ名は『微熱』。 相応しいと思わない?」 未だに二人は何やら競っているが、それを尻目に豪鬼はフレイムを見つめていた。 こいつと死合いたい。 かなり好奇心が刺激されていた。 そうして豪鬼が必死で自分と死合っていると、キュルケが豪鬼に話しかけてきた。 「あなた、お名前は?」 「……豪鬼」 「ゴウキ? 変な名前」 「……ふん」 すると、キュルケは豪鬼の体をまじまじと見つめながら言った。 「うーん、でも、かなりいい体してるじゃない。 逞しい殿方は好きよ?」 キュルケは豪鬼を誘惑した。 豪鬼はそれでも揺るがなかった。 「それじゃあ、お先に失礼」 キュルケは、フレイムと共に去っていった。 キュルケが居なくなると、ルイズは悔しそうに拳を握り締め、呟いた。 「くやしー! 何であんなのがサラマンダーを召喚できて、わたしはこんななのよ! メイジの実力をはかるには使い魔を見ろって言われてるぐらいなのに~!」 そう言いながら拳を豪鬼に向かって振った。 勿論そんなものが豪鬼に当たるはずも無く。 「かわすな!」 「当てて見せい」 そんなやり取りをしながら、豪鬼はふと思った。 そういえば、まだルイズの魔法を見たことが無い。 あの火トカゲと『微熱』という二つ名を見る限り、あのキュルケとか言う女は火を使うのだろう。 モグラを召喚している小僧も居たが、あれは土か? では、ルイズは? まさか『殺意』などと言う属性は無いだろうが、では何だ? 自分が使う属性に似たものは……。 『灼熱波動拳』しかない。 とすると『火』か? では『ゼロ』とはなんだ? まさか、あの光の剣を使う者という意味ではあるまい。 少し気になるが、まあ良い。 力を振りかざすのは弱者のみ。 あのキュルケとか言うのは弱者だろう。 「ほら、わたし達も行くわよ」 落ち着いたらしいルイズは、すでに前方を歩いていた。 「うむ」 豪鬼達が食堂に着くと、既に多くの生徒達が集まっていた。 ルイズによると、朝昼晩全てここで食事を取るらしい。 全てのテーブルには、豪華な飾りつけがなされていた。 「愚かな……」 無駄に権力を振りかざしているのがありありと分かり、豪鬼は少し失望していた。 これが人の上に立つ者として正しいとでも言うつもりか。 見たところ、相応しそうな人物など数人ではないか。 そんな豪鬼の態度を見て、ルイズは何を勘違いしたのか、得意げに豪鬼に説明した。 「トリステイン魔法学院で教えるのは、魔法だけではないのよ」 「……ほう」 「メイジはほぼ全員がメイジなの。 『貴族は魔法をもってしてその精神となす』のモットーのもと、貴族足るべき教育を、存分に受けるのよ。 だから食堂も、貴族の食卓に相応しいものでなければならないのよ」 豪鬼は、心の中で舌打ちをした。 貴族足るべき教育? これがか? これでは傲慢な人間が増え、格差が広まる一方ではないか。 相応しい食卓? 下らん。 何故こんな贅沢の限りを尽くすものなのだ? 貴様はこの食事に相応しい人間か? 否、断じて否。 色々と腹は立ったものの、腐った人間などそれこそはいて捨てる程見てきた(強者ではあったが)ため、それくらいで済んだ。 「わかった? ほんとならあんたみたいな平民は『アルヴィーズの食堂』には一生は入れないのよ。 感謝してよね」 「……ふん」 「もっと感謝しなさいよ! ……まあいいわ、いいから椅子をひいてちょうだい。 気が利かないわね」 「ああ」 虫唾が走る思いで椅子を引く。 「じゃあ、あんたはそれね」 ルイズが床を指差す。 「特別に、ここで食べさせてあげる。 床だけどね」 皿を見てみる。パンが二切れ、肉が申し訳程度に浮かんだスープが一皿。 格闘家は体が資本である。 故に豪鬼は、断食したことなど無いし、一日として食事を抜いたことは無い。 瞑想や修行で知らないうちに食事を忘れていたことならあるが。 朝はこの程度で十分だろう。 そうおもった豪鬼は、少々野菜が少ないことを不服に思いながら平らげる。 パンを食べ終え、スープに手を付けようとした時、ルイズが鳥の皮を入れてきた。 「ほら、肉は癖になるからだめよ」 「要らん」 豪鬼の言葉を無視し、ルイズは自分の食事に戻った。 鳥皮などという油の固まりは、豪鬼にとって毒でしかない。 入れられてしまったものは仕方が無いと、豪鬼はスープを丸々残した。 豪鬼とルイズは教室の掃除をしていた。 ルイズが魔法を失敗し、教室を滅茶苦茶にしたからである。 事の成り行きはこうだ。 豪鬼とルイズが教室に入ると、一斉に生徒達が二人の方を向き、クスクスと笑った。 キュルケも男子達の中に居た。 多くの男をはべらせている様だ。 下衆が。 豪鬼はそう思ったが、やはり下衆の相手をする気はなく、ルイズの隣に座った。 教室内を見回すと、珍妙不可思議な生物がたくさんいた。 見回す中でルイズに視線を向けると、ルイズが不機嫌そうに豪鬼を見ていた。 豪鬼はそれに構わずに再び教室を見回し始める。 ルイズももう諦めたようで、何も言ってはこなかった。 授業中、ルイズが口論を始めたりはしたが、豪鬼は構わず、時間を瞑想に使っていた。 しかし、興味があるものが耳に入ると、それをやめ、授業に耳を傾けた。 「では、この練金を……、ミス・ヴァリエール、やって御覧なさい」 「え? わたし?」 「先生! やめた方がいいと思います! 危険です!」 キュルケが立ち上がり、叫ぶ。 教室の中の殆どの生徒が頷く。 「やります」 それに反応したのか、ルイズは何か決意したように言う。 つかつかと黒板の前に向かっていくルイズ。 すると、殆どのの生徒が机の中に隠れる。 その中でも、キュルケだけは隠れずにルイズを見つめていた。 さっきまで必死にルイズを止めていたのに、いざとなるとちゃんと向き合うとは、実は少しはやれるのではないか、と豪鬼は思った。 少なくとも、このときキュルケは豪鬼の中での『下衆その一』という位置づけからは脱していた。 ルイズが呪文を唱え、杖を振り下ろす。 刹那、爆発。 目の前の机を吹き飛ばし、破片を飛ばす。 豪鬼はそれに反応した。 丁度いい。 「ぬぅん!」 飛び散る破片や机を全て叩き落す。 「あ……」 キュルケだけがそれを目撃した。 豪鬼のお陰で大きな被害は出なかったものの、生徒達はルイズを睨む。 ルイズは全く悪びれる様子も無く、こう言った。 「ちょっと失敗しちゃったみたいね」 「ちょっとじゃないだろ!ゼロのルイズ!」 「いつも成功の確率、ゼロじゃないか!」 豪鬼は、ルイズが何故『ゼロ』と呼ばれているのか理解した。 今日の「滅殺!」必殺技講座 灼熱波動拳 波動拳に炎を付加(?)し、放つ技。 この波動拳は、多段ヒットする上、威力も高いものとなっている。 その代わり、発射前に大きな隙がある為、使いどころが難しい技となっている。 コマンド「(右向きの時)逆半回転+パンチボタン」 「んんん、ぬぅん!」 「どうやって火付けてるのよ」 「知らん」 「はぁ!?」 前ページ次ページ滅殺の使い魔
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前ページ次ページ暗の使い魔 夜空に煌々と双月が輝く頃。ルイズは自室のベッドで夢を見ていた。 それは、幼い自分が懐かしきヴァリエールの領地にいる夢。 「ルイズ、ルイズ、どこに行ったの?まだお説教は終わっていませんよ!」 ルイズの母が、そんな事を言いながら彼女を探し回る。姉たちと比べて出来の悪い自分を叱る為だ。 夢の中でルイズは、そんな自分を叱る母から逃げまわっていた。 召使達が、ルイズの事をひそひそと噂しながら通り過ぎる。 「ルイズお嬢様は難儀だねぇ。上のお姉さま方はあんなに魔法がおできになるっていうのに」 庭園の中庭で茂みに隠れながら、ルイズはそんな噂話を悲しい思いで聞いていた。 だれも自分の事を分かってくれない。そう思うと居ても立ってもいられなくなって、ルイズは彼女が『秘密の場所』と呼ぶある場所へと行くのだ。 そこは、ルイズが唯一安心できる場所。人の寄り付かない、うらぶれた中庭の池。 季節の花々が咲き乱れ、池のほとりには小さな白い石で作られたあずまやが建っている。 見るものが息をつくようなのどかな風景である。そして池には小さなボートが一艘。 ルイズは何かあると、決まってそのボートの中に逃げ込むのだ。 ルイズは用意していた毛布に包まりながら、ぐすぐすと泣き出した。 と、そんな時、霧の中からマントを羽織った立派な貴族が現れるのをルイズは見た。 年の程は十六歳ほどであろう。つばの広い羽根突きの帽子をかぶり、その顔は窺えない。 しかし、ルイズにはそれが誰であるかわかった。 幼い夢の中のルイズは、その白い小さな頬を染める。 そして、身を起こしその立派な貴族を恥ずかしそうに見つめるのだ。 「ルイズ、泣いているのかい?」 「子爵さま……。いらしてたの?」 ルイズは泣き顔を見られまいとふと顔を背ける。しかし、彼女の胸の高ぶりはおさまらない。 憧れの人に、自分の恥ずかしいところを見られた。それにも関わらず、彼女の顔は熱をもったままだった。 「今日は君のお父上に呼ばれたのさ。あのお話のことでね」 ルイズはさらに頬を染めて俯いた。 「いけない人ですわ。子爵さまは……」 「ルイズ。僕の小さなルイズ。君は僕の事が嫌いかい?」 子爵がおどけた調子で言う。それに対してルイズは一生懸命首を横に振りながら言う。 「いえ、そんなことはありませんわ。でも……わたし、まだ小さいし、よくわかりませんわ」 ルイズははにかんで言った。帽子の下で、優しげな顔がにっこりと微笑み。 「ミ・レィディ。手を貸してあげよう。ほら、つかまって。もうじき晩餐会が始まるよ」 そういって手が差し伸べられた。 「子爵さま……」 ルイズは小さく頷くと、立ち上がりその大きな手をとろうとした。しかしその時、彼女はあることに気がついた。 「あれ?何これ」 みるとそれは子爵の手ではなかった。煤に汚れた逞しい腕に、枷が嵌っている。その手が伸びる腕は筋骨隆々である。 バッと見上げるとそこにあったのは。 「さっさと行くぞお前さん」 使い魔の官兵衛の顔であった。 「な、なによあんた!」 官兵衛がぐいとルイズの腕を掴む。 「ちょ、ちょっと何するのよ!」 見ると夢の中のルイズは十六歳の彼女に戻っている。官兵衛の強引な態度にルイズは思わず声をあげる。 「何って、これから晩餐会だろう?エスコートしてやるからさっさと来い」 「な、なによその言い方。レディに対して!」 あまりの言い草にルイズは抗議した。しかしそんなルイズの態度に官兵衛は。 「ああもう、まどろっこしい!」 そういってルイズを軽々と抱き上げた。 「きゃっ!ちょ、ちょっと!」 いきなりの事にルイズは顔を赤らめた、そして。 「ルイズ。お前さんは小生のものだ。一緒に天下を取ろう」 「なっ!」 ルイズの顔から火が出そうな台詞を、官兵衛は平然と口にした。 いつになく真剣な表情の官兵衛。精悍な顔立ちが、その雰囲気をより一層際立たせる。 そんな官兵衛に、魚のように口をぱくぱくさせながらルイズは。 「い、いいいやよ……。ばっかじゃない?なんであんたなんかと」 声を震わせ、顔を俯かせながらそう呟いた。 「ルイズ」 官兵衛が今度は優しげにルイズに言う。「なによ」とルイズが顔を上げると。 息の掛かりそうな程近くに、官兵衛の顔があった。知的な瞳にルイズの表情が写る。その中のルイズの顔は―― 「やや、やだそんな……」 まるで幼子のようにしおらしい表情をしていた。そのまま官兵衛の瞳が閉じられ、顔が近づいてくる。 ルイズはハッと息をのみ、固く目を閉じた。ルイズの唇に官兵衛のそれが重なろうとした、その瞬間。 「なあぁぁぁぁぁぜじゃあああああっ!!」 「きゃあ!」 ルイズは現実にたたき起こされた。夜中にも関わらず、響き渡るみっともない叫び声に。 暗の使い魔 第十三話 『異国の男』 「よう相棒!随分と騒がしい目覚めだなっ」 壁に立てかけられたデルフリンガーが、カチャカチャと喧しく喋る。 「ハッ!ゆ、夢か……!ちくしょう刑部め!」 官兵衛は、藁のベッドから飛び起きるなり、そう呟いた。 忌々しそうに枷を振りかざしながら、官兵衛は悔しげに歯を食いしばった。 「一体全体どうしたってんだ?ニワトリだってもう少し遅起きだぜ」 「ああ、不快な夢を見た」 いつもに比べ落ち着かない様子で、官兵衛はその場に足を投げ出した。 しばしの間、沈黙していた官兵衛も、やがて落ち着くと。ゆっくり口を開いた。 「……もう大丈夫だ。気にするな」 「気にするな、じゃあないでしょうが!」 その時、ポカンと、官兵衛の頭に調度品が飛んできた。 見事にクリーンヒットしたそれがガランガランと床に転がり、官兵衛は頭を抑えた。 「毎回毎回、よくも人が気持ちよく寝ている所を起こしてくれたわね!」 見ると腰に両手を当て、ルイズが険しい形相でそこに立っていた。 ルイズ自身まだ眠いらしく、眼を時折手で擦りながらも官兵衛を睨みつける。 「いてて!何しやがる!」 ぶつけた箇所を擦りながら官兵衛が言う。それに対してルイズは。 「だって何度目かしら?こうして起こされるのは。この前は地震のオマケ付きだったわね!」 ルイズが近くにあった乗馬用の鞭を手に持った。そして官兵衛にツカツカと近づくと。 「ばかばか!ばか!」 頬を真っ赤にしながら彼を叩きだした。 「痛っ!何だ急に?」 「うるさい!いつでもどこでも!ご主人様を何だと思ってるの!」 ルイズの止まらない癇癪を身に受けながら、官兵衛はげんなりした。 起こしてしまっただけで、なぜこうも怒られにゃあならんのか。年頃の娘の扱い、というのはどうにも苦手な官兵衛だ。 まったく自分なんて久々に目覚めの悪い夢を見たというのに、この娘っ子は。 そこまで考えた時、官兵衛はピーンと閃いた。 「(ははあん。さてはこの娘っ子!)」 官兵衛は、真っ赤な顔で怒るルイズを見て何かに気がついたようだ。 「おい……」 「あによ!」 官兵衛が、嵐の如く唸るルイズの腕を、ガシッと掴む。鞭が彼の顔寸前で止まった。 そのまま壁際に押しやる官兵衛。 「はなして!はなしなさい!この大型犬!」 「もういいルイズ。安心しろ」 官兵衛が珍しく、静かな声色でルイズに語りかける。その普段ない官兵衛の様に、おもわずルイズはドキッとした。 「(な、なによコイツ……)」 先程夢で見た官兵衛の様子と、目の前の彼が不意に重なる。それを感じて、ルイズはさらに頬を赤らめた。 官兵衛は満足げに頷くと、こういった。 「見たんだろう?(怖い)夢を……」 「は、はあ!?」 ルイズは、先程自分が見た内容の夢を反芻する。 そうだ、自分は夢を見た。自分の使い魔が生意気にも私に想いを告げ、あろうことか口付けを。くくく口付けを……。 そこまで考えて、羞恥で顔が沸騰しそうになる。 「な、なによ!私がどんな夢をみようと勝手でしょう!?」 そんな様子を見て官兵衛は、ルイズが悪夢にうなされ、それを看破されて恥ずかしがっている、と踏んだ。 口調を変えず官兵衛が言う。 「小生も見たんだ、夢を……。いまだに鼓動がおさまらん(恐ろしくて)」 「はえ!?」 思わず口が開きっぱなしになるルイズ。 「(官兵衛も見ていた?同じような夢を?そそそそれに、ドキドキしている!?)」 その言葉に、甘ったるいものを感じ、脳内が麻痺する。 官兵衛の足りない言葉が誤解を生んでいるのだが、そんなことは露知らず。 「小生だってそうなる事くらいあるんだぞ?恥ずかしいが、仕方無い」 官兵衛はポリポリと頭を掻きながら、笑みを浮かべた。満更でもなさそうな表情であった。 ルイズの胸が早鐘のように鳴る。 「(ななな何ときめいてるのよ、こんな大男に!だいたいコイツは使い魔じゃない! なによ!ご主人さまの夢見てドキドキするなんて!身の程知らず!生意気!ばかうつけ!)」 心の中で、そんな言葉を繰り返しながらも、ルイズは官兵衛と目をあわせられなかった。 官兵衛が顔を覗き込んでくる。まるでこちらの感情を窺うかのように。 「ルイズ」 夢の中と同じように、官兵衛が真剣な声色で名前を呼んだ。 その言葉に俯いていた顔を上げ、彼の瞳を見やるとそこには。 「(やだ……!)」 夢の中とまるっきり同じ、幼子のようなしおらしい表情のルイズが写りこんだ。 ぎゅうっと目を瞑る。きっとこれから夢の中と同じように……。そう思うと身構えずにはいられなかった。 「(なによ、舞踏会で踊っただけじゃない。 そりゃあ私も少し、すこ~しだけ!頼もしいとか思ったり、守られて嬉しいとか思ったりしたわ! でもそれだけでこんな、ああこんな!どうしよう!こんな使い魔に!)」 ルイズは熱く熱せられた頭で、その瞬間をいまかいまかと待った。 時間にして数秒にも数分にも感じられた。長いのか短いのかわからない。 その時間が、沈黙が、何よりも心地よかった。ある一言でブチ壊されるまでは。 「漏らしてないな?」 「………………は?」 ピキーンと空気が固まる。 甘ったるかったルイズの桃色の空気が、風に吹かれてすっ飛んだ。 場違いな、肌寒い風に。 「……なんですって?」 「だから漏らしてないか聞いたんだ。怖い夢を見たんだろう?」 その言葉が耳から入り、神経に伝わり、大脳に入って情報に変換され、理解に至るのに、ルイズは果てしなく長い時間を費やした。 理解した途端、彼女の幸せな想像が、繊細なガラス細工の様な心情が、無造作に打ち砕かれたのだ。 ルイズの全身が小刻みに震えだす。 そんな様子を気にもとめず、官兵衛は続けた。 「小生もな。ガキの頃は悪夢でよく漏らしたもんだ。その度に父上に呆れられたもんだが――」 得意げに言いながら、官兵衛はルイズの震える肩をポンポンと叩いた。ルイズの拳が固く握られる。 そして官兵衛は、まずは深呼吸!気を落ち着けるのが一番だ!などとのたまいながら胸を張ったのだった。 それを聞いてか聞かずか、ルイズは深呼吸を始める。すうはあと、目を瞑り呼吸を整えた。 そして次の瞬間であった。ルイズの怒りのオーラを纏った鋼の拳が、官兵衛の鼻っ面に叩き込まれたのは。 「ぶべらっ!!」 圧倒的運動量を秘めた物体が、顔面に激突する。 情けない声とともに、官兵衛の巨体が部屋の端から端まで吹き飛んだ。 そのまま、反対の壁際に置かれた高価なアンティークの机に頭を叩きつける。 衝撃で机上に飾られた花瓶が落ちてきて、官兵衛の頭にヒットしかち割れた。 三連コンボを喰らった官兵衛は、鼻から一筋の血を垂らし、ふらつく頭を押さえながら目前を見やった。 見るとそこにいたのは、桃色の頭髪を逆立たせながら屹立する一匹のオーク鬼。 それが、手にした杖先から赤黒いオーラをたぎらせ、徐々にこちらに近づいてくる。 「……ゲホッ!ちょ、ちょっと、待て、お前さん。」 そのあまりの圧力に咳き込みながら、官兵衛は口を開いた。 近づいたルイズがこちらを見下ろす。 「ねえ?デカ犬?」 「デ、刑事?」 官兵衛は、花瓶から降りかかった水を払うように首を振る。視界が良好になり彼女の表情が窺える。 その顔は無表情だったが、目は伝説のオロチのように血走り、爛々と輝いていた。マグマのような怒りをたたえて。 「な、なんでそんなに怒るんだ?一応、いちおう、小生は心配して――」 「黙れい」 ルイズが低い声色でうなる。 「今度と言う今度は許さないわ。ご主人さまを前にして、始祖ブリミルをも恐れぬ不敬の数々……」 ルイズが杖を掲げる。 その先端に光が収束していく。 その失敗爆発の前兆に顔を照らされ、ルイズは言い放った。 「死をもって償うがいいわ……!」 杖が振り下ろされた。 目前に集中するエネルギーを感じながら、官兵衛は思った。また眠れない日々がやってきた、と。 そんな頃、トリステイン城下町の一角に聳え立つ、チェルノボーグの監獄内。 その人物は静かに、鉄格子入りの窓から覗く双月を眺めていた。 「全く、とんだ災難だったよ」 土くれのフーケは杖を取り上げられ、ここチェルノボーグの狭い独房内に身柄を拘束されていた。 逃亡の際、天海からつけられた傷は、水のメイジの手によって綺麗に元通りになっている。 しかし傷はなくなったが、フーケはあの長髪の男を未だ苦々しく思っていた。 自分が杖を持たない人間に遅れを取った事、容易く裏切られ捕まってしまった事。 彼女のプライドを傷つけるには十分であった。 だがそれに加えて、自分を捕まえたあの黒田官兵衛という男。 「大したもんじゃないの!あいつらは!」 彼女は、彼らには素直に賞賛の意を示していた。 あの時彼らが破壊の杖に細工をしていなかったら。あそこに駆けつけていなかったら。 自分はあの天海に始末されていただろう。 結果として捕まってしまったが、自分の命を救ってくれた彼らには感謝していた。 「クロダカンベエ……。妙な名前だけど中々面白い奴だったね」 フーケは独房の天井を見上げながら、向かいの独房の男に向かってそんな話をしていた。 「そうかい……」 男は少し考える素振りを見せた後、静かにそう呟いた。歳若い男の声だった。 「と、こんな所かね。私を捕まえた連中の話は」 「おお、ありがとうよ。」 語り終えたフーケに静かに礼を述べる男。そしてしばらくの後に、そっと呟いた。 「こっちに来てる奴が、俺以外にもいやがるとはな」 男の言葉にフーケは首を傾げた。フーケが思わず聞き返す。 「……?どういうことだい」 「いいや、こっちの話だ」 フーケは男の答えに興味を惹かれた。「へぇ」と短く呟きながら、彼女は男に言った。 「じゃあさ、あんたのことを教えておくれよ」 「何?」 今度は男が怪訝な様子でフーケに聞き返す。フーケは構わずに続けた。 「いいだろう?私はあんたの聞きたいことを話したんだ。あんたも色々と教えてくれても罰は当たらないんじゃない?」 「そりゃそうか?まあいいぜ、ここで会ったのも何かの縁だしな」 男の答えに表情を明るくしながら、フーケは鉄格子越しに身を乗り出した。と、その時であった。 「待ちな。だれか来る」 男が低い声でフーケを制した。聞けば、拍車の音の混じった足音が、コツコツと階段を下りてくるのが聞こえた。 看守ではない。看守であれば足音に拍車の音が混じろう筈はなかった。 「気いつけな」 「ああ」 男の言葉にフーケが身構える。すると、鉄格子の向こうに白い仮面をつけたマントの男が姿を現した。 マントの影から長い杖が覗いている。どうやらメイジであるらしかった。 「おや!こんな夜更けにお客さんなんて珍しいわね」 フーケはおどけた調子で目の前の男に言う。仮面の男は答えず、さっと杖を引き抜いた。フーケは思わず後ずさる。 しかし、仮面の男はくるりと反対側の独房に杖を向けると、杖を中の男に向けた。そして短く呪文を呟き杖を振るった、瞬間。 ばちんと周囲の空気が弾けて、仮面の周囲から、電流が牢の男に一直線に伸びた。 「ぐあっ!」 電流が胴体に命中し、男は力なく床に崩れ落ちる。バチバチと男の体中を強力な電気がほとばしった。 「野郎ッ……!」 男は力を振り絞り立ち上がろうとしたが、ガクリと倒れ伏す。 ぴくりとも動かなくなる男を、フーケは青ざめた顔でじっと見ていた。 牢の男を邪魔そうに見やった仮面の男は、くるりとフーケに向き直り、口を開いた。 「そう怯えるな土くれ。話をしに来ただけだ」 「話?」 牢の奥でフーケは油断無く身構えながら、仮面を睨みつけた。 「随分と物騒な挨拶だけど、私にどんな話があるっていうんだい?」 「まあ聞け土くれ。それともこちらで呼んだほうがいいか?マチルダ・オブ・サウスゴータ」 フーケの顔が強張る。それは自分が捨てる事を強いられた過去の名前だった。なぜそれをこの男は知っているのか。 ますます警戒を強めるフーケ。 「あんた、一体何者?」 震える声を隠す事もできずに、フーケは男に問うた。しかしそれに答える素振りも見せず、男は笑いながら言う。 「単刀直入に言おう。我々と一緒に来い。マチルダ」 「何だって?」 「我々は一人でも優秀なメイジが必要だ。聖地奪還の為にな。」 男の言葉にフーケは、フンと鼻を鳴らした。男は静かな口調で続ける。 「まずはアルビオンだ。アルビオンの王朝は近いうちに倒れる。我々貴族派の手によってな。 そして無能な王族に代わり我々が政を行った暁には、ハルケギニア全土を統一する。 我らの手で聖地を奪還するのだ。」 「ちょっと待ちな、聖地を取り戻すだって?あの屈強なエルフ共から?夢幻もいいところだよ」 フーケが呆れたように男の言葉を遮った。かつてハルケギニア中の王達が幾度と無く兵を送り、失敗してきた聖地奪還。 強力な先住魔法を扱うエルフの恐ろしさは彼らも良く知っているはずだ。それをあろう事か目的の一つとして掲げているのだ。 馬鹿馬鹿しい。フーケは心底そう思った。 「生憎だけど、そんな絵空事に付き合うつもりはさらさら無いね。」 「ほう、たとえ死んでもか?」 杖の切っ先が静かに、しかし無駄の無い動きでフーケを捉える。 それを見て、フーケは観念したかのように構えていた腕を下ろした。仮面の男が続ける。 「お前は選択する事が出来る。我々『レコン・キスタ』の同志となるか、或いは――」 「ここで死ぬか。でしょ?」 「そういう事だ。先程の男のようになりたくなければな」 男は満足げに頷いた。と、その時であった。仮面の男のマントが突如としてごう!と燃え上がった。 「何!?」 フーケも仮面も目を疑った。見ると仮面の足元に、赤々と燃え盛る一本のナイフが突き立てられているではないか。 咄嗟にマントを脱ぎさる仮面の男。そして目を向けた先には。 「あ、あんた!」 フーケは向かいの独房をみて叫んだ。 「やってくれるじゃねぇか」 燃え盛る炎に照らされ、その男は何事も無かったかのようにそこに佇んでいた。 男の鍛え上げられた上半身が、赤々と輝く。仮面の男が短く舌打ちし、再び杖を構えた。 「仕損じたか」 再び呪文を唱えようとする仮面。しかしその詠唱は、檻の中から投下された一本のナイフで遮られた。 まるで矢のような速度で迫る飛来物を、サーベルのような杖で叩き落す仮面。 しかしどこに仕込んでいたのか、無数のナイフが檻の中から次々と飛んでくる。 そして次の瞬間、何とそれら全ての物が赤熱し炎を発したではないか。 「ぐおおっ!」 その内の一本を捌ききれずに、再び仮面の衣服に火が燃え移った。 狭い通路内で逃げ場も無く、仮面の男は炎に包まれる。そして次の瞬間、男は燃え盛るマントを残して霞のように姿を消した。 チャリンと、金属音が廊下に響き渡る。みるとそれは独房の鍵の束であった。 仮面が消え去るのを見ると、独房の男はフゥと息を吐いた。 そして向かいの独房で唖然と一部始終を見ていたフーケを見ると。 「大丈夫かよ?」 そういって歯を覗かせ笑った。フーケがハッと我に帰り、手を伸ばし鍵を拾う。 そしてガチャリと独房の扉を開け外にでると、鉄格子越しに男に近寄った。 「あんた、なんで生きてるんだい?」 「あぁ?随分じゃあねぇか」 男が眉をひそめながら言う。 「さっき喰らったやつならよ、この通りだ」 男が自分の胸を指差す。そこには先程の電撃で出来たであろう火傷の跡が出来ていた。しかし程度は見た目程に酷くはない。 あれほどの魔法を受けておいて、軽い火傷で済むとはどんな身体だろう。フーケは呆れてため息をついた。 「全く、でもありがとう。助かったよ」 フーケは廊下に残されたマントの燃えカスを見ながら、男に言った。 「いいってことよ。俺もいきなり訳分からんもん喰らって、頭にきた所だしよ。それよりも――」 「ああ」 フーケは男の独房に鍵を差し込んだ。ガチャリと鍵が開き、重い音と共に鍵が開かれる。 中から長身の男が、背負った上着をたなびかせながら悠々と歩き出てきた。 「いいのかい?そんな簡単に逃がしちまって。俺が極悪人だったらどうするつもりだい」 「極悪人は見ず知らずの私を助けたりしないだろう?それに――」 フーケはニヤリと笑い、男の目を見据えた。 「目を見ればあんたがどんな人間かわかるよ。長年盗賊やってないからね」 フーケの言葉に一瞬戸惑いの表情を見せた男だったが、すぐに口を空けると。 「ハハッ!アンタおもしれえな!気に入ったぜ」 そういって、声をあげて笑い出した。 トリスタニアで最も堅牢な筈のチェルノボーグの最下層に、豪快な笑い声が響き渡る。 そして、騒がしく牢獄を駆け抜けるのは二人の賊。 一人は、貴族の金銀財宝を根こそぎ奪い、トリステイン中を掻き乱した世紀の大盗賊、土くれのフーケ。 そしてもう一人―― 「あったぜ!やっぱりこいつがなきゃあ締まらねえ!」 囚人の持ち物を保管する倉庫から出てきた男は、手にした得物を得意げに振り回した。 風を払い、地面に突き立て、鋼の音を響かせる。その豪快な様におお、とフーケは感嘆の声を漏らす。 それは長さ三メイル以上はあろう豪槍。荒々しく鎖が巻かれたそれの穂先には、さらに巨大な白銀の碇。 それを男は、軽々と片手で取り回して見せた。 「いくぜぇ!こんなしみったれた場所からはおさらばだぜ!ハッハ!」 瞬間、男の手にした豪槍が赤熱して炎を吹き出した。 炎の槍が、男の頭上で旋回する。 振りかぶられた槍が男の手を離れ、吸い込まれるように塀に激突した。 どおん!と地響きが鳴り響く。 その瞬間、生じたのは閃光と爆音。 厚さ数メイルにも及ぶ石壁が弾け飛び、さらに業火に焼き尽くされて消滅した。 それを見て、彼女は声ひとつ出なかった。あらゆる砲撃もかなわぬ堅牢の防壁を、いとも容易く砕いた目の前の男に。 フーケは目を見張って、男を見つめた。 そこに立つのは異国の男。 逆立つ銀髪、紫色《しいろ》の眼帯。 同じ紫色の衣を纏い、大海制すは七の海。 男がいた乱世では、彼を指してこう呼ぶ。 四国の主。 海賊の長。 西海の鬼神。その名は―― 天衣無縫 長曾我部元親 進撃 暗の使い魔 第二章 『繚乱!乱世より吹き荒れる風』 前ページ次ページ暗の使い魔
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前ページ次ページ絶望の使い魔 夢を見た。 最初に暗闇にいるのは昨日と同じ。 前に闇の塊があり、やはりなにかを喋っているが聞き取れない。 だが自分がしなければいけないことはわかる・・・・ 眠りからゆっくりと自分が覚醒していくのがわかる。 寝返りを打つと顔に直接朝日が差し込み、目蓋の裏を赤く染める。 頭が活性化してくると昨日のことを思い出し、シーツを蹴飛ばして起き上がり仁王立ちする。 このルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールはついにメイジとして生まれ変わった。 心の中で宣言したルイズは一度出たベッドに戻りうつ伏せに寝て、枕で頭を押さえながら足をぱたぱたさせる。 さらにシーツも巻き込みぐねぐねと動いていたが唐突に夢だったのではないかと不安になる。 時計に目をやり朝食までまだかなり時間があることを確認すると、魔法の練習をすることにした。 さすがに自分が先住魔法を使うことを、他の者に知られるわけにはいかないので学院ではできない。 起きて着替えるといつものようにデルフリンガーを背負い、メイドに洗濯を頼みに行く。 最近、懐いてきたメイドがいる。名前は知らないが何かと世話をしようとしてくる。 そのメイドがちょうどこちらに向かってきていた。 「おはようございます。ミスヴァリエール」 笑顔で挨拶してくるメイドに、にっこり微笑みおはようと返す。 「じゃあ、これお願いね」 「かしこまりました。では終わりましたら後ほどお部屋の方へお届けします」 別れてから厩舎に向かう。さっきのメイドの笑顔をいつか自分が恐怖に染める様を想像し悦に浸る。 今の内に好感度を上げておけば、それは一転裏切られた時の絶望を増加させてくれる。 抱く希望は大きい方がよいと夢で使い魔も言っていた・・・・ 馬に乗り近くの森に着く。馬を手近な木に結び、森に入っていく。 木々が倒され、少し凍っている所が残っている小さな広場に出る。間違いなく昨日魔法を使った場所だ。 まだ私はつかえるのだろうか。手のひらを木の根元に向けて呪文を唱える。 「ヒャド」 木に30サントほどの円錐形の氷柱が5本突き立つ。 そしてそのまま突き立った場所から半径1メイル程を軽く凍らせた。 使えた。夢ではなかったと実感しながら、身体が飛び跳ねようとするのを抑える。 精神力を外に噴出し、身体を宙に浮かす。バランスが難しいが飛べている。 早く飛ぶよりこうやって同じところに留まる方が難しいというのは、 系統魔法におけるレビテーションとフライの難しさが逆になっているようで苦笑する。 魔法が使えることも確認でき帰ろうとしたとき、 槍を持ったオークがこちらを見ていることにやっと気がついた。 普通のオークよりも大きい。それでいて、こそっとも音を立てることなく、 ルイズにあと10メイルほどの距離まで近づいていた。 警戒心が湧き上がり一気に黒い靄を身に纏う。間違いなく相手は強い。 デルフリンガーの柄に手をやり相手の出方を待つ。 オークはこちらが警戒したことに驚いたように目を見開いたが、頭をかきながら森の奥に姿を消した。 オークが去った後周囲を警戒しながら戻る。呆気なく森の外まで出れてしまい首を傾げる。 学院でオークを使い魔にしたという生徒はいなかったはず。間違いなく野生だ。 あのオークは何がしたかったのだろうか。考えても答えが出ない。 学園に戻り朝食を取り、授業に行く。 風の偏愛者ギトーの授業の時、授業の内容を聞かず、ルイズはこれからのことを考えいた。 これまで漠然としていたが魔法が使える様になったルイズはかなり強くなったと言っていい。 しかし国家に対抗できるわけがない。どのような力が必要なのだろう。 やはりモンスターの大群か。しかし昨日引き連れた魔物は討伐されてしまったようである。 下手に魔物を暴れさせると警戒されてしまう。遺跡に軍が駐留するようになったのがよい例だ。 いや、別に魔物を使う必要はないのではないか。 国という枠組みに対抗するなら国をぶつければいい。ちょうど内乱を起こしている国があるではないか。 あの内乱が成功すれば反乱軍はどうするのだろう。確か聖地の奪還を掲げていたはずだが、 まちがいなく余勢を駆ってトリステインに攻めてくる。 そうなれば遺跡など二の次になる。そこでモンスターを引きつれ治安を悪化させる。 ただでさえ戦争状態であるのに魔物まで暴れてはトリステインは地獄になるだろう。 内乱の起こっている国、アルビオンに行き、いや行かなくとも反乱軍に支援すればよい。 いまのアルビオンに行くのはどう考えてもおかしく、目立ってしまう。 支援だけでもかなり難しくなる。アルビオンとトリステインは朋友。 反乱軍に支援しているのがばれれば死罪は免れない。やはり他人に任せることはできない。 だからと言って自分は行けないし、行ったところでトリステイン貴族が反乱軍に接触できないだろう。 ルイズは自分が何もできそうにないのがもどかしく唸った。 案の定教師に指摘されたが完璧に無視し通し、ギトーの頭の血管をピクピクいわせた。 昼食の後メイドから紅茶をもらっていると視線を感じた。 あれはたしかモット伯だったか。平民で遊ぶというあまりよいとは言えない趣味を持つ嫌われ者だった。 しかし立ち回りはうまく、宮廷に置いてかなりの地位を持つ。 前の自分なら毛嫌いしていたが今では特に思うことはない。 しかし視線はルイズではなく隣に立っているメイドを見ているように思える。 モットが消えてからメイドが呼ばれて連れられていった。 ……嫌な予感がする。 夕食の時間、メイドが来なかった。眉間に皺がよるのを止められない。 食事が終わるとすぐに厨房に向かう。ちょうどコック長のマルトーが出てきたようだ。 「コック長、少し聞きたいんだけど」 「ミスヴァリエール?どうしました?」 「メイドのことよ」 自分の名前を貴族嫌いのマルトーが知っていることに疑問を持つがほうっておいてメイドの事を尋ねる。 マルトーは悔しそうに顔を歪める。 「ミスヴァリエール、シエスタから直接聞かなかったのですか?」 そのときルイズは自分に懐いていたメイドの名前がシエスタだと初めて知った。 「聞いてないわね。ただモット伯が見てたから嫌な予感がしたのよね」 ますます歪めて怒っているのか悲しいのかどちらか分からない顔をマルトーは取っている。 「シエスタが貴方のことを話しているときはそれはもう楽しそうでした。 言わなかったのは貴方に迷惑をかけないためでしょう。アイツはモット伯に連れてかれちまいました。 相手は貴族なんですから我々はどうすることもできません。・・・ちくしょう!」 マルトーの様子は観ていて気分がいいが、それよりもモット伯の行動が許せなかった。 トンビに油揚げを掻っ攫われる・・・まさにそれだ。 口の端を無理やり引きつり上げ笑顔を作る。その顔を見たマルトーは先ほどまでしわくちゃにしていた顔を 引きつらせ青くしていた。 ルイズはゆっくり厩舎に向かう。途中で風竜を見つけた。となりに小柄な者がいる。 タバサであった。どうやらルイズを見ていて話はだいたいわかっているみたいだ。 「馬よりこの子のほうが速い」 すばやく打算する。ガリア出身のトライアングルの風のメイジ。 使い魔は風竜―シルフィードである。 彼女とはそんなに親しくはないから友情からの手伝いではない。 メイドを助けようという正義感の持ち主であったか?答えはNO。 つまりなにかルイズに求めていることになる。 「あなた、私がこれから何をするかわかっているのかしら?」 そこで初めてタバサがルイズの表情を判別できる距離になる。 タバサはそれを見て杖を構えそうになる。そして自分の思い違いに気付いた。 モット伯に交渉をしに行くと思っていたがとんでもない。あれは殺すつもりだ。 それをタバサは知ってしまった。もう逃げられない。もし自分が協力しなければ躊躇なく殺しにくるだろう。 協力すれば自分も同罪。喋ることはなくなる。ガリア出身とはいえ罪を犯すのはダメージが大きい。 しかもタバサの場合、犯罪者となると、タバサを始末する格好の口実を叔父に与えることになる。 そうなると、このルイズを止めることが一番よいのだろう。しかし相対してそれが不可能だとわかる。 これまでいろんな任務で亜人と戦ってきたが、このルイズは桁違いだ。 生き残れるかわからない。私は目的も果たさず死ぬわけには行かない。 「モット伯の殺害。私はあなたの使い魔に興味がある。 可能性でしかないが私の問題を解決できるかもしれない」 できるだけ簡潔に答え、助ける理由も入れる ルイズの視線にタバサは唇が乾いてくるのを自覚する。 むしろ使い魔のことを出した瞬間に強くなった気がする。 すべてを説明すれば納得してくれるかもしれない。どうする。背中の汗がゆっくり落ちる。 つばを飲むと喉が鳴る音が響く。逃げるにも逃げられる気がしない。 「わかったわ。じゃあお願いね」 一気に場の空気が弛緩した。額に汗を掻いてしまう。 よく考えればここは魔法学院の中だ。戦えば人が集まってくるだろう。 それは自分もルイズも本意ではない。 「タバサ。モット伯の館まであなたの問題って奴の詳しい説明をお願いするわ」 それにタバサは頷く以外なかった。 シルフィードに乗り、ルイズの視線に晒されながらタバサは語った。 自分がガリアの王族であること。父が伯父に殺されたであろうこと。 母が心を壊す薬をタバサの代わりに飲んだこと。母の心を戻す、そして伯父に復讐するためなら なんでもする気がある。シュバリエの爵位は自分を合法的に殺すために伯父が任務という名の死地に送って、 それらの任務を達成していたら勝手に付いていたこと。これまでいろんな薬で母を治そうとしたができず、 先住魔法の薬ではないかと思っていたところに、ルイズが系統魔法と思えない黒い靄を使いフーケのゴーレムと 戦っていた。キュルケはルイズの性格が使い魔召喚から少し変わったと言っていたから、 使い魔は先住魔法を使えるのではないか?そして母の心も治せるのではないかと希望を持ったこと。 その話を聞き、ルイズはすばらしい人材だと感じた。 フーケ戦で有能なのはわかっていたが、これほど闇を抱えていたとは。 話が終わると同時にモット伯の館に着く。 シルフィードで斥候したところ、門番が正門に二人裏門に一人。館周りを巡回しているのが四人、 二人づつに別れ犬を連れているらしい。正面からルイズが派手に乗り込み、巡回を引き付け、裏口の一人はタバサが始末する。 ルイズはそのまま館に突入、タバサは他に逃げようとするものを上空から監視することに決まった。 抜かれるデルフリンガー。 「おいおい、今日もやる気満々なのね・・・ 嬢ちゃんに付き合っていると倫理観がおかしくなりそうで怖いなぁ」 全身に闇を纏い疾走する。雑談している門番の頭を一振りで2つ飛ばす。門を蹴り飛ばし中に入る。 ずいぶん派手に音が出てしまった。犬が吠えている。 番犬が来たか。どんどん近づいてくる。飛びかかってきた犬が2匹、片方を剣で開きにし他方の喉を握り潰す。 走ってきた巡回の四人も後を追わせる。館の扉を切り開く。 ぼけっとこちらを見ている兵士が四人いた。奥のほうに二人と手近に二人。 「ヒャド!ヒャド!」 魔法を奥にいる二人に唱えながら近くの一人を切り捨てる。奥の二人が頭と身体から氷を生やしたところで、 四人目がやっと状況を悟る。笛を鳴らそうと口に入れると同時にデルフリンガーも一緒に入れてやる。 兵士が詰めていると思われる場所に行くとカードゲームの最中のようで何人かがカードを持っている。 テーブルの上には掛け金と思われる小銭がおいてあり、 盛り上がっているのか他の者は立ち上がって勝負の行方を見ている。 こちらを見ている者は一人もいない。 「ヒャダルコ」 カード勝負を見るために固まっていて狙いやすい。 50サントほどの氷の塊が飛び交い、脳漿や内臓をぶちまけて殺した後、部屋を凍りつかせる。 館を練り歩くがなかなか人と出会わない。 門を蹴り飛ばした音、そして先ほどの魔法の音が大きかったせいか、 何か起こっていると思った平民の使用人は部屋に逃げているようだ。 時折出会う者はすべて殺していく。 今日仕入れたメイドと寝室に行こうとしたところでやっと館での異常に気付いたモット伯は、 メイドを寝室に入れてから雇っているメイジと腕の立つ親衛隊5人といっしょに階段を降りていく。 これからお楽しみの時間であったのにそれを邪魔されたのだ。この代償高く払ってもらおう。 降りた先には桃色の髪の少女がいた。着ているのは魔法学院の制服ではないだろうか。 なんということだ。これはおもしろいことになりそうだ。平民での遊びはそろそろ飽きてきていたところだ。 「おい!君!私が誰か知っておるのかね?」 「血袋に名前がいるの?」 「そう!私は血ぶくrっじゃない!私は・・・」 名乗ろうとしたところで親衛隊の一人が前に出て制してくる。 何をやってるんだと睨むが他の護衛も同様な判断を下したのか真剣な様子で娘を見ている。 「モット伯、すぐに逃げてください。奴は普通ではありません」 何を馬鹿なとよく見てみると娘は全身に黒い靄を纏い、持っている剣からは血が滴り落ちている。 そしてはっきりとした殺意が見える笑顔。一気に寒気が襲ってくる。 モット伯は護衛に任せたと言うとすぐに最上階にある隠し階段に向かう。 メイジと親衛隊二人が残り3人がモット伯についていく。 モット伯は自分の執務室に戻り本棚を動かす。裏にあった扉に護衛といっしょに入っていく。 残った剣士二人はかなり剣の腕が良さそうだ。二人はメイジが詠唱する時間を稼ごうとしている。 唱え終えるのを待つ気はない。ルイズは左手で持った杖を振り上げる。 唱えておいたファイアーボールを天井に向けて放つ。護衛たちはファイヤーボールに備えていたが、 天井がいきなり爆発するのには備えられなかった。護衛はメイジも合わせて床に叩きつけられる。 倒れているうちに後衛のメイジ以外の首を狩る。 メイジを見ると倒れながらもすでに詠唱を終えていたようで笑みを浮かべていた。 「ライトニングクラウド!」 目の前で稲妻が走りルイズに向かう。まともに受けると一撃で人を殺せる威力を持つ。 食らったルイズは微動だにせず、笑みを貼り付けた顔だけを護衛のメイジに向けている。 自分の放った魔法が効いていないことにメイジが気付き飛び退きながら詠唱する。 さっきまでメイジがいた場所を剣が抉る。 メイジはルイズには勝てないと悟っていた。これはもう護衛のためでなく自分が逃げるために 距離をとらねばならない。そして彼は気付けなかった。 ルイズが剣を振り上げたところでメイジは呪文を解き放つ。 「エアハンマー」 ルイズは意に介さずそのまま頭蓋骨を潰した。 隠し階段は最上階から一階まで抜けられる。 抜けた先には地下通路につながる入り口が取り付けられている。 モット伯が一階まで着いた時隠し階段の上層の入り口が吹き飛ばされた音がした。 螺旋階段になっていて、空いていた中央から本棚ごと隠し扉が落ちてくる。 地下通路の入り口を開けようとするが空かない。 いくら引いても空くことがないのでモット伯は固定化の掛かっていないはずの扉に錬金を使った。 錬金できない。水の魔法で無理やり破ろうとしても全く効果がない。 いったい誰が固定化の魔法を掛けたのかとモット伯が怒鳴る。 頭に水をかけられた。落ち着くことができたが同時に怒りも湧く。 護衛を睨み付けようとすると護衛の顔から剣が出ていた。水のかかった髪を触ると手が赤くなる。 他の護衛は皆頭から氷柱を出している。顔から剣を生やした護衛が倒れると笑みを浮かべる少女がいた。 「つ ぅ か ま ぁ え た」 タバサは上空から監視していたが館からは誰も出てこない。 壊れた入り口を見ると外に出ようとしている兵士と使用人が何人かいた。 しかし何かにぶつかっているようで外に出られないようだ。異様な光景だった。 必死に何もないところで立ち往生するその様は鬼気迫るものがある。 館に近づきディテクトマジックを使うが特に反応を示さない。 相手を逃がさないようにする先住魔法だろうか。 シルフィードが話しかけてくる。前から同じことばかり言う。 曰くルイズとその使い魔に近寄ってはいけない。 しかしもう引き下がれないところまできてしまった。 「闇を身体に着てる人間なんてもう人間じゃないのね。あれはいけないものなのね。 きっとなにか企んでるのね。きゅいきゅい」 闇を着る・・・なるほどとタバサは感じた。 そのうち入り口にたまっていた者を皆殺しにしルイズが出てきた。 タバサは血まみれになっているマントを脱ぐようにルイズに言う。 魔法で水を作り出しその場で洗濯する。そして風を起こし乾燥させる。 返されたマントをルイズが着ると何がしたかったのか悟る。 湿って重いが血の匂いがかなり薄れていた。血まみれのマントの処理は簡単ではないことを 町のゴロツキを始末した時の経験からルイズは知っていたのでタバサに感謝した。 ルイズが黒い靄を消し、シルフィードに乗る。タバサはそれを見て呟く。 「闇の衣服か」 「・・・うまいこと言うわね」 ルイズはそれに反応する。 「そういえば名前なんて考えもしなかったわね。 ん~、闇の衣服・・闇の服・・・闇の羽衣・・・闇の衣・・・」 最後に言った名前にひどくしっくりくるものを感じる。 これからはこの力を闇の衣と呼ぶようにしよう。 シルフィードに乗って帰りながらルイズはタバサを抱き込むために話す。 「タバサ、私は貴方のお母様を治す方法は知らないわ。 でも私の使い魔ならわからない。あいつは私に夢の中で先住魔法の使い方を教えてくれたわ。 人間である私に先住魔法を使わせる事ができるほど魔法について詳しい。 そして私の使い魔は物を食べる必要はないわ。 だから今のまま寝ていてもやせ衰えることはない。なぜだがわかる? あいつはね、生き物の感情を糧にするらしいのよ。 つまり人が生きている限り飢えることはない。 嘘みたいだけど本当のことなの。まるで精霊のような存在。 つまり言ってみれば人の内面に対してなら何でもできるかもしれない。 そう、それが薬により壊されたものだとしてもね」 タバサはその話に耳を傾け、拳を握り締めている。 ルイズはその様子を見ながら楽しむ。どうやらタバサは大きな希望を抱いたようだ。 これで使い魔が目覚めるまでは一人使える配下ができた。 タバサに嘘はついてはいない。ただ感情と言っても我が使い魔が糧とするのは負の感情のみだ。 そして魔道については恐ろしく見識がありそうだからタバサの母を治せるかもしれない。 ただし治すかどうかは知らないが・・・・ ・・・・抱かせる希望は大きければ大きいほどよい。そう使い魔も言っていた・・・・・・・・ シルフィードは背中で為される会話でタバサが食われていくような錯覚を受けた。 タバサに念話で呼びかけるが反応はなく、深く考え込んでいるようだ。 このピンクは危ない。その使い魔はもっと危ない。 そう理解しているが、感覚的な物でしかなく、それではタバサを説得できない。 このピンクは何をするつもりだろうか。絶対に気を許してはいけない。 翌日モット伯亭の事件は、同館で部屋に篭っていた使用人たちが トリステイン城下に逃げ込んだことで発覚した。 犯行現場にはところどころに氷塊や氷付けの人間が発見されたことから 犯行グループには水のトライアングル以上のメイジが一人以上いたとされ、捜査されることになる。 ちなみにシエスタは無事に学院に戻ってくることができた。 マルトーはシエスタのことをルイズに話したときの反応から、ルイズが仲間を集めてやったのではないかと 勘ぐるが、平民のために動いてくれた貴族になにかするつもりはなく自分の胸に秘めることにした。 ただシエスタにだけは伝えておいたことでシエスタはルイズの更なる信奉者となってしまう。 前ページ次ページ絶望の使い魔
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前ページ次ページお前の使い魔 決闘の日の翌日、わたしは暇な時間を使って図書館に来ていた。 「お前、こんな所で何をするんですか?」 ダネットが露骨に嫌そうな顔をして尋ねる。 どうやら本という物事態に拒絶反応を示しているようだ。 「あんたの住んでた場所を調べに来たのよ。もしかしたら、セプー族っていう種族が住んでる場所の載ってる本があるかもしれないでしょ。」 それを聞いたダネットは嬉しそうな顔をして、その後に寂しそうな顔をした。 「どうしたのよ?住んでた場所が判れば、あんただって帰ったりできるでしょ?」 「それはそうですが……そうなったら、こことも、お前ともお別れだと思って。」 全く、こいつは何を言ってるんだ。 使い魔の契約とは、一生を共に生きるということ。 第一、わたしはダネットの住む場所がわかったとしても、素直に帰すつもりはない。 わたしだってダネットの住んでた場所を見てみたいし、ダネットの知り合いに事情を話して、今後も使い魔として一緒に過ごす許可ぐらい取りたい。 別に寂しいからとかじゃないよの? 単に使い魔に逃げられたとあっては、ヴァリエール家の名折れというか、ほら、まあアレだ。うん。 「言っとくけど、住んでた場所がわかったって、あんたとの使い魔の契約は一生消えないのよ? たまーに帰ることを許すっていうだけよ?」 「え!? 一生って言いましたか今!? わ、私聞いてません!!」 あ、そう言えば言ってなかったっけ。 「諦めなさい。何なら、あんたの友達とかこっちに呼んで暮らせばいいじゃない。土地は……うん、わたしがどうにかするわよ。」 「むー……、でもこっちはホタポタありませんし……」 「そのホタポタって何なのよ? あんたが言うには食べ物みたいだけど?」 「えっとですね、ホタポタっていうのは……」 そこから、ホタポタについての講釈が始まった。 話をまとめると、どうやら、ダネットが住んでる土地特有の果物らしく、凄く美味しいとの事だ。 うーむ。ここまで力説されると一度食べてみたいわねホタポタ。 一通りの説明が終わった後、ダネットはポンと手を叩いて、さも名案が閃いた様に言った。 「そうだ!! お前も私の住んでる所にくればいいのです!! そうすればお前とも一緒だし、私もホタポタが食べられます!!」 「うーん……確かに食べてはみたいけど、わたしはその……」 言いよどむわたしを見て、ダネットは何かに気が付いたかのようにハッとなる。 「そう言えばお前には家族がいましたね……。すいません。」 「べ、別に謝る事じゃないわよ。うん。あ、でも一度は行ってみたいわね。その時は案内してよねダネット?」 「はい!! 案内は任せとくのです。きっとお前も何度も行きたくなるのです。」 満足したのか、ダネットはふらふらと図書館を回り始め、わたしも土地の事が書かれた書物を中心に調べ始めた。 わたしが、適当に目星を付けて何冊かの本を机に持っていった頃、図書室のドアがガラリと開く。 「あら、あんた」 「あー!! お前はちび女!!」 図書室に入ってきたのはタバサだった。 タバサはちらりとわたしとダネットを見ると、興味が無さそうに移動し、自分の持ってきた本を机に置いた後読み始めた。 うーむ……こいつ、何を考えてるかよくわかんないから苦手なのよね。 ダネットはそんなタバサの所にずんずん突き進み、机をバンと叩いた。 「ちび女!! あの時はよくもやってくれましたね!!」 あの時とは決闘の時かしら? 確かダネットの頭を杖でぶん殴ったのよねタバサ。 わたしが止めようと席を立つと、タバサはダネットを見て、眼鏡をくいっと持ち上げ行った。 「タバサ。」 「きゅ、急になんですかちび女!!」 「タバサ。」 「う……」 「タバサ。」 「た…たばさ?」 満足したのか、タバサは頷いた後に目を本に戻し、また読み始める。 わたしはそれを見て驚いていた。 あのダネットに名前をちゃんと呼ばせるつわものがいたなんて……なんか負けた気がする。 ちょっとわたしも実戦してみよう。 「ダネット、ちょっといい?」 「何ですかお前。今は忙しいのです。」 「いいから。ちょっといらっしゃい。」 しぶしぶわたしの所に来たダネットに、すぅっと息を吸い込んで言う。 「ルイズ様。」 「急に何ですかお前。お腹でも痛いんですか?」 「ルイズ様。」 「お前、熱でもあるんですか?」 「る、ルイズ様!」 「大丈夫ですかお前?」 「ルイズ様って言ってんでしょこのダメット!!」 「何で急に怒るんですか!! お前は訳がわかりません!!」 「何!? わたしが悪いの!? ほら言いなさいよ!! ルイズ様!!」 「嫌です!!」 そんな感じで喧嘩を始めだしたわたし達を見て、タバサが笑った気がするのは気のせいだきっと。うん。 結局、その日はろくに調べ物が出来ず、そのまま一日を終えた。 そして虚無の曜日、わたしとダネットは学院の前から動くことが出来なかった。 「あんた、馬に乗ったことが無いならまだしも、馬を見たことが無いってどこの田舎物よ?」 「ば、馬鹿にしないで下さい!! こんな動物ぐらいあっさり乗りこなしてみせます!!」 ダネットは馬に乗れなかったのだ。 そんな訳で、わたし達は予定を少しずらし、乗馬の訓練をしていた。 「お、お前!! こいつ今、私を噛もうとしました!!」 「あんたが顔を触ろうとするからでしょ!!」 結果は、今のところ芳しくない。 わたしが今日の予定を乗馬の訓練で終えてしまうかもしれないと考え始めた頃、学院から見知った顔の二人が出てきた。 「何やってんのあんた達?」 「あ!!乳でかとタバサ!!」 ダネットの言葉を聞いて、目を丸くするキュルケ。 そしてタバサの方を見て、興味深そうに聞く。 「タバサ、どんな魔法使ったのよ?」 「ち、乳でか!! お前は私を馬鹿に……うわあ!! お前!! こいつまた私を噛もうとしました!!」 溜め息をついたわたしを見て、キュルケがニヤリと笑いながら言った。 「もしかして出かけるつもりだったのルイズ?」 「そうよ。でも、今日は一日これかもね。」 キュルケのニヤケ顔にむっとしつつ、後ろで四苦八苦しているダネットを見てまた溜め息をつく。 するとキュルケが、更に顔をニヤつかせて言った。 「だったらさ」 「お前!! 気持ちいいですね!!」 「そうね。だからじっとしてなさいダネット。」 わたし達は今、タバサの風竜に乗ってトリスタニアを目指している。 ダネットは子供のようにはしゃぎ、目を離すと落ちてしまうんじゃないかと気が気ではない。 まあ……竜に乗って空を飛ぶのは気持ちいいから、その気持ちもわからないでもない。 わたしだってちょっと羨まし……いや、何でもない。 気分を変えるために、風竜を始めて見たダネットの反応を思い出す。 「凄く食いでがありそうです!!」 うん。思い出すんじゃなかった。 いつかこいつは、他のメイジの使い魔を食べつくすんじゃないかしら。 美味しそうにバグベアーを食べるダネットを想像し、溜め息を付いた後、心に引っかかっていた事をキュルケに尋ねる。 「それでキュルケ、交換条件は何?」 この風竜はタバサの使い魔ではあるのだが、キュルケが許可を貰ってわたしとダネットが乗せてもらっている。 どうも二人もトリスタニアまで行く用事があったらしいから、ついでと言えばついでなのだけれど、交換条件も無しに、あのキュルケがわざわざわたし達まで乗せるようにとタバサに頼むわけが無い。 だからこそのあのニヤケ顔だ。 「あら失礼ねルイズ。あたしは親切心からタバサに頼んだのよー? 別に、最近美味しいって評判のクックベリーパイのお店がトリスタニアに出来たとか全くこれっぽっちも関係ないのよ?」 「あーそーですか。」 そういう事かコノヤロウ。 でもまあ、クックベリーパイぐらいなら別にいいか。わたしも好きだから一緒に食べようかしら。 「美味しい!? 私もそのクックなんとか食べたいです!!」 「わかった!! わかったから暴れないで!! お、落ちる!! 落ちちゃう!!」 「ちょっとルイズ!! 危ないわよ!!」 そんな、空の上でまで騒がしいわたし達をチラっと見て、タバサが一言呟いたのが聞こえた。 「騒々しい。」 風竜のお陰で予想以上に早くトリスタニアに到着したわたし達一行は、別に行くところがあるというキュルケとタバサに集合場所を言った後、別行動となった。 取り合えず、わたしとダネットは、最初の目的である服屋へと行くことにする。 「本当は財布を持たせようかと思ったけど、ダネットに持たせるのは自殺行為よね……」 「ん? お前、何か言いましたか?」 「何でもないわよ。それより早く行きましょう。寝具も注文しないといけないんだから。」 てくてく歩いている間、ダネットはキョロキョロと周りを見ていた。 危なっかしいことこの上ない。 いい加減わたしが注意しようと後ろを振り向くと。 「ダネット!! あまり余所見してると……っていないし!!」 ちょっと目を離した隙に、ダネットはどこかに消えていた。 あのダメット、一回痛い目見ないとわからないらしいわね。 わたしがそんな事を考えていると、わたしを呼ぶダネットの声が聞こえた。 「お前、はいこれ。」 「あんたどこに……って、これ何?」 「これ美味しいです。さっき食べた私が言うんだから保証付きです。」 手渡されたのは、平民が好みそうな串焼きだった。 いい香りがして、確かに美味しそうだ。しかし。しかしだ。 「あんた……これ、どこから持ってきたのよ?」 「あそこのオッサンからですよ? 『お嬢ちゃん、食ってきな!!』って言って渡してくれました。」 「それは売りつけられたって言うのよこの馬鹿!! ダメット!!」 串焼き代を店主に払い、本日何度目かの溜め息を付く。 今更だけど、ダネットは大きな子供みたいなものだ。 興味を引けば、それが何であろうと手にとってみたり、騒いだりする。 貴族に対しての恐れすらなく、誰彼構わず感情だけで物を言う。 学院だから許されるようなものの、本来なら貴族に対して『お前』なんて言おうものなら、場合によっては侮辱したと罪にすら取られる。 でも不思議なことに、わたしはダネットから『お前』と呼ばれる事に、最初よりも不快感を抱いていなかった。 今更『ルイズ様』何て呼ばれたら、逆にむず痒くなりそうだ。 今はとても楽しい。それでいいじゃないか。 そんな事を考え、何となくダネットに声を掛けてみる。 「ねえ、ダネット。あんたって本当に……って、またいないし!!」 「お前ー!! これ!! これ美味しいです!!」 前言撤回。 あのダメットには、一回きっちり常識っていうものを教えなきゃいけない。と、わたしは誓うのだった。 「やっと付いた……何かいつもの数倍疲れた気がするわ。」 「お前、運動不足ですね。」 「誰のせいよ!!」 ようやく服屋に着いたわたし達は、早速選び始める。 とは言っても、ダネットは服に無頓着なのか、どれが良くてどれが変というのがわからないらしい。 「お前、これ!! これがいいです!!」 「それ男物でしょうが!! いいから適当に見てなさい。わたしが選ぶから。」 手に持っていたタキシードをしぶしぶ戻し、またふらふらと店内を見回り始めるダネット。 「うん。これなんかどうかしら。ダネット、試着してみなさいよ。」 「これですか……? ヒラヒラしてて動きづらそうです。」 「試しよ試し。ほら、着てみなさい。」 「わかりました……うー。」 ぶつくさ文句を言いながらも、ダネットはわたしが選んだワンピースを持ち、試着室で着替えた後、ひょこっと顔だけ出して恥ずかしそうにわたしに聞いてきた。 「お前、これはやっぱりやめましょう。スースーします。」 「いいから出てきなさい。」 「うー……」 「あら、結構いいじゃない。」 ダネットに派手な物は似合わないだろうと考え、薄い桃色のワンピースを渡したのだが、なかなかどうして似合っている。 まあ、長い耳や角や、足の毛や蹄があるので、よーく見ると亜人だとわかってしまうのだが、パッと見では年頃の女性に見える。 「じゃあ今度はこっち着てみなさい。」 「またヒラヒラ……お前、なんか楽しんでませんか?」 「気のせいよ。ほら、早くしなさい。」 「うー……」 その後も何着か試着してみたのだが、結局ダネットが選んだのは、シンプルな藍色のシャツとズボンだった。 本人曰く、スカートは動きづらいから嫌だそうな。 他にも、何着か下着を買って店を出た後、寝具の発注をしに行く。 こちらはあっさりと決まり(最初、ダネットは寝袋を選ぼうとしたのだが、わたしが止めた。)集合場所の広場へと向かう。 「遅いわよルイズ。」 「文句ならダネットに言ってよね。」 「わ、私が悪いって言うんですか!? お前の足が遅いのが悪いんです!」 「どう考えてもあんたが原因でしょうが!」 そのまま四人でクックベリーパイを食べに、新しく出来たお店とやらに向かった。 「これがクックなんとかですか!! 気に入りました!!」 「はいはい。わかったから、もっとゆっくり食べなさい。クックベリーパイは逃げないわよ……って、あんた!! それわたしのパイよ!」 「賑やかねえ。」 「騒々しい。」 その後、パイを平らげ、紅茶をすすりながら今後の予定を話し合う。 「それで、この後は何か予定あるのルイズ?」 「特に無いわね。あんた達はどうなのよキュルケ?」 「あたし達も欲しかった物は買ったし、パイも食べられたから、特に予定は無いわよ。」 どうしたものかと考えるわたしとキュルケに、タバサが割って入ってきた。 「これを読みたい。」 「お前、本ばかり読んでますね。いつか本になっちゃいますよ?」 タバサの言葉に、ダネットが反応する。 ん?どこかで笑い声が聞こえたような……気のせいか。 「じゃあ、ちょっと早いけど帰りましょうか。キュルケもそれでいい?」 「そうね。じゃあタバサ、お願いできる?」 キュルケの問いにタバサは頷き、わたし達はトリスタニアを後にしたのだった。 そして、その日から一週間が過ぎた時、事件は起きた。 わたしとダネットにとって、とても大きな事件が。 前ページ次ページお前の使い魔
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前ページ次ページ絶望の使い魔 トリステイン魔法学院の本塔の最上階、学院長室では鏡に向かっている老人がいた。 オールドオスマンと呼ばれ、生きた年は200や300とも言われている怪老である。 普段は飄々としており深刻さを出さない人物だが今は眉をしかめていた。 視線の先の鏡には何処かの屋敷の様子が高い場所から俯瞰しているように映し出されている。 風竜に乗った人物が裏門の警備員を殺している場面であった。 表の門に二人、庭にも二人と羽の生えた犬が2匹。すべて死んでいると分かる。 それを行った人物は館の中に入ってしまい、外にいるのは先ほど裏門で殺人を行った風竜に乗った者だけ。 屋敷にはなんらかの力が働いているのか遠見の鏡の視点を中に移すことが出来なかった。 オスマンは鏡でその屋敷の外観の様子を見ることしかできなかった。 最初はどんなことをするのか楽しみであった。あまり感心できない趣味をもっているとはいえ、 宮廷ではかなりの権勢を誇るモット伯からメイドを救おうという心意気に、 オスマンも心躍らせたものである。 風竜を使い魔とした少女を伴いどのような活躍を見せてくれるのか。 ところが蓋を開けてみればいきなりの殺戮。 始祖の属性である虚無を発現させるであろうメイジが行った凶行に言葉も出せない。 これは問題どころではない。とんでもないことをヴァリエールはやらかしてくれた。 これが公になればヴァリエール公爵家と言えどもその家名は地に落ちるであろう。 それどころかルイズを預かっていた学院もまた責任を取らされるであろうことは間違いない。 オスマンからこの話をすれば知っていたのに止めなかったのかという問題にもなる。 そして、オスマンが一番危惧するのがルイズが虚無の属性であろうことが宮廷に発覚することであった。 ガンダールヴと共に大規模な争いの火種になる可能性がある。 そうオスマンが考える一方、ルイズ自身は争いを求めているのに関わらず、 自身の能力の発覚を恐れているのはなんとも滑稽であった。 事が事だけにすぐに事件事態は広まる事を覚悟しながらも、オスマンは真相を闇に葬ることにする。 何か決め手となるような証拠があってはいけない。自身の遍在を作り出しモットの館に送った。 オスマンの遍在が館に着いた時にはすでにルイズとタバサは帰った後であった。 風の魔法で姿を消しながら内部に足を踏み入れる。玄関ホールには死体が折り重なっていた。 兵士と思われる死体は剣や魔法で素早く殺されたらしく間抜けな顔を残している者もいる。 使用人などは逃げ回っているところを狙われた様で顔の表情は酷く歪んでいた。 館を探索しているとまだ生きている住人に気がつく。自身の使用人室に閉じこもっていた者がいるようだ。 ルイズが皆殺しではなく、自分の姿を見た者だけを始末したことを知り少しだけ安堵する。 すでに館の騒ぎが収まってそれなりに時間が経っている。 部屋に篭っている者もそろそろ様子を見ようと外に出てくるだろう。 一通り見回り証拠らしい証拠を残していないことに驚きながらも金庫があった部屋に行く。 錬金の魔法を掛け金庫の扉を崩し、中の金塊や秘薬、証文を取り出す。 それらをさらに錬金の魔法で塵にし、風で窓から吹き飛ばした。 これで強盗のために入ったように見えるだろう。オスマンはそこで遍在を消した。 学院の方ではすでにルイズ、タバサの両名は学院に帰ってきており自室に入っている。 オスマンはルイズが就寝したことを確認し溜息をついた。 ルイズの凶行は使い魔の影響を受けてのものである事は間違いない。彼女の使い魔は危険すぎる。 始祖の使い魔であるガンダールヴの課した力にルイズは飲まれている。 魔法が使えないルイズでは御せないのか、それとも力への時間的な馴れが解決してくれるのかわからないが どちらにしてもルイズにはまだ早すぎることには違いない。ルイズ自身が元に戻るかはわからないが、 かの使い魔を始末すれば、虚無が宮廷に漏れることはないだろう。 これは慎重に行う必要がある。 使い魔は眠っているとしてもルイズが黙っているわけがない。 彼女は毎日一度は使い魔のいる医務室に顔を出している。 なにか異変を感じ取れば学院内ならすぐに駆けつけることもできる。 館での惨劇を見たオスマンは、ルイズが尋常ならざる力を手に入れていることをよく理解していた。 ルイズが暴れた結果で生徒に死者が出れば、それこそ問題になり、虚無が漏れることになるだろう。 ルイズが何か、首都へ買い物にでも・・・いや、それなりの準備を行うなら、もっと時間が欲しい。例えば実家である公爵領に帰る、これは使い魔を伴う可能性が高いので無理かもしれんが。 一番は国外に行くような事があればよい・・・ オスマンは顰めた顔を揉み解しながら背もたれに身体をあずけた。 そんなオスマンが悩んでいた頃、 ある部屋で青い髪の小さな少女がベッドにもたれかかりながら床に座っていた。 タバサはこの夜に自分が行ったことを思い返えす。 自分の目的は第一に母を助けること、第二にジョゼフに対する復讐。 心を水の秘薬で壊されたであろう母を助けるため、 先住魔法を行使しているように思われるルイズに力を貸してもらうことも選択の一つだと考えていた。 そして折りよく、ルイズが目を掛けていたメイドがモット伯に連れて行かれたことで貸しを 作るチャンスも得た。そして助ける手伝いを申し出る。ここまではいい。 だがあれはなんだ?あれは断じて人が放つ気配ではない。相対するだけで死を予感した。 心臓を握られたかのような感覚の中で問いただされ、自分のことを話してしまった。 母を治せそうならともかく館へ行く段階で話してしまうという愚を犯してしまった自分。 そして、トリステイン王宮勅使であるモット伯の暗殺の片棒を担がされてはもう逃げ場はなかった。 ・・・だが手応えはあった。ルイズは確かに自分の使い魔なら母を助ける事ができるだろうと言った。 彼女の使い魔、あの亜人は人では行使できない先住魔法を系統魔法さえ使えなかったルイズに伝えるほどだ。 亜人が感情を糧にする云々は話半分としても、確かに母を治すことには期待が持てそうだ。 タバサは自分にそう言い聞かせながら目をつぶった。 シルフィードは自分の主人に取り付いた闇のピンクを恐れていた。 あれは本能の奥から自分達を揺さぶる者、自分達を支配する者だと感じる。 ピンクから遠くにいれば大丈夫だが、近くに寄ると酷く怖くて乱暴な気持ちになる。 ピンクを乗せている間はそれに耐えるのに必死だった。そして、お姉さまはピンクの言葉に篭絡された。 お姉さまからピンクを引き離すのは自分しかいない。シルフィードは人知れず決意していた。 夢を見た。 ルイズの目の前ではモット伯を片付けたこの夜が再現されている。 ルイズは自分が行っている凶行に満足していた。 モットの館の使用人たちが恐怖に引きつらせた顔をして逃げ惑うのを狩るのは楽しかった。 きっと使い魔も満足してくれる。 すべてが終わった後、目の前が闇に満ちる。凝り固まった闇が近づいてくるのがわかった。 その闇に包まれるとゆっくりと知らないはずの知識が入ってくる。 闇に抱かれながらルイズは安寧を感じていた。 翌日、ルイズは問題に直面していた。 いや、最初から気付いていた問題だったのだが先送りにしていただけだ。 もう着れる学院の制服が1着しかなかった。 衣装ケースには赤く汚れた制服が1着、同じく目立たないが赤く汚れたマントが2着、 制服とマントを2着づつしか用意していなかった。 これらは血で汚れたものを持っておくのはまずいと思いながらも始末できずに隠していたのだ。 とりあえず血の付いていない制服を着てから昨日タバサに洗ってもらった汚れがましなマントを羽織る。 白い制服に付いた血は取れないだろう。首都の仕立て屋注文しよう。 間接的に注文するには学院側になぜ制服が使えなくなったかを報告しなければいけない。 もちろん理由を言えるわけがないし、誤魔化して人を遣るにしても勘ぐられるのもあまり歓迎できない。 自分が直接トリステインの城下町まで行ったほうがよいように思う。 思い立ったが吉日、今日は授業をさぼろう。 使い魔の服を調べていた先生に話を通せば外出許可は簡単にとれるだろう。 首都に着いてから大剣を背負っている魔法学院の生徒というのが珍しいのか、注目を浴びていた。 むしろ前回のスリの件が効いているかも知れない。 大通りに面した贔屓にしている店に入る。 微笑みながら応対してくれる売り子は直接注文に来たことを不思議そうにしていたが 制服のマントで隠れる目立たない所を少し改造してほしいと言うと喜んで受けてくれた。 改造制服はこうやって作られているのだろうことが窺い知れる。 できてから学院のほうに小包として送るかと訊かれたがちょうど虚無の曜日に出来るとの事なのでその日に取りに行くと返事をする。 店から出ると複数の視線が感じた。そのまま大通りからはずれ、人気のない路地裏に入っていく。 ちょうど空き地があったのでその中央まで入り振り返ると背の低いぼろを纏った浮浪者がこちらを見ていた。 しかし浮浪者とは思えないほど眼に力がある。ゆっくり近づいてきたが5歩の距離を残して立ち止まる。 「こんにちは。先日は貴方を攫うために馬車まで用意したというのに皆殺しにされてしまいました」 その言葉で理解したこいつは浮浪者ではないことを理解する。以前町で潰したスリ、 そしてその後学院の帰り道で皆殺しにしたゴロツキ共の仲間・・・・ 「まあ、我々としてもあれだけの人数、しかもかなり使える奴らを失ったのは痛手でした。 そして、今回はその穴埋めをしようと思いまして」 ここまでくるとこの男が何を言いたいのかルイズも理解していた。 「金?私をどうしようと言うのかしら?」 「はい、今回の人員の損失でトリステインに置ける我々の立場が大変危うくなっております。 いままで押さえつけられていた者たちが我々に牙を向けようしていて眠れない夜が続いているのです。 ですのでここらで見切りをつけて最後に多額の金銭を稼いで逃げようと考えました。 つまり身代金目的の誘拐をしようと思っております」 「貴族にそんなことして逃げ切れると思っているのかしら。あなた、縛り首じゃ済まないわよ」 「もちろん大丈夫ですよ。我々は成功と同時にさっさとこの国から逃げる算段を付けております。 貴族様は体面を気にしますからね。金銭で解決するなら魔法を使えない自分の娘が誘拐された等と 貴方のお父様は外にはもらさないでしょう」 ルイズが魔法を使えなかったことをしっかり調べられていることに目を剥くと、 それに気を好くしたか浮浪者はさらに続ける。 「情報収集に抜かりはありません。貴方についてはしっかりと調べましたよ。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、かのヴァリエール公爵家の3女。 学院での二つ名は『ゼロ』、これは魔法が使えないからだそうですね。 しかしこの春の使い魔召喚の儀式で大物を呼んだとか。 確かに貴方の使い魔は我々の仲間を皆殺しにするほどすごいようですが今は連れては居ないでしょう? 貴方が何も連れずにここまで来たことはわかっています。 魔法も使えない子娘一人くらい簡単に攫って見せますよ」 使い魔・・・その単語が出た瞬間心臓が大きく波打ったが、 よくよく考えるとルイズの使い魔は眠ったままだ。 こいつらは仲間を私の使い魔が殺したと勘違いをしている? そうだ女一人であれだけの人数を殺せるとは普通は思わないし、 まして私は魔法が使えないことになっている。 そこで使い魔が出てくるのか・・・ 背中のデルフリンガーの柄に手を掛ける。 浮浪者の格好をした者は特に緊張した様子も見せずこちらを見ているだけだ。 いざ闇の衣を纏おうとしたとき、視界が歪み、猛烈な眠気に襲われた。 眠りの魔法、スリーピングクラウドだと頭に思い浮かべながらルイズは膝から落ちるように地面に突っ伏した。 ルイズの位置からは死角になっていた路地から町人風の服を着た杖をもった者が2人出てくる。 ルイズの杖と剣を取り上げた後しっかり縛り、ちょうど人一人入れられそうなズタ袋にルイズを詰め込む。 「我々としてもあれだけの被害を負っては貴方を侮ることなどできません。 剣で殺された連中もいましたし、町の武器屋でのあなたの行いも調べました。 あなた自身かなり使えるのでしょうね。 しかしスリーピングクラウドを二重に食らえば何もする暇はないでしょう。 使い魔も連れていないのは感心できませんが、そのおかげで貴方を攫うことができます」 すでに意識のないルイズに言い聞かせるように話す浮浪者は満面の笑みであった。 男達はルイズを入れた袋を担いでそのまま馬車を使って町を出て行った。 王都から荷馬車が飛び出したのを観察していたモノがいた。 それは自身の主が荷馬車に乗っていると感じ取っており、何時も通りそれの後を追う。 不幸にも馬車に乗っている者達はそのモノに全く気付かなかった。 __________ ・・・頭が痛い。 眠気を無理やり押さえつけて起きたような痛みでゆっくりと覚醒したルイズが瞼を上げると 木目が並んだ天井があった。 呆けて居るうちに自分が眠る前にあったことを思い出し眠気が飛ぶ。 ズキリと痛む頭に手を遣ると瘤ができているのが確認できた。落ち着いてくると自分の現状を確認する。 自分の四肢は縄で縛られ背中のデルフリンガーも無ければ杖もない。 周りを見たところ木で造られた建物の一室であることがわかる。 家具は椅子と机しかなく、部屋の隅には埃が貯まっておりあまり使われていないようだ。 しかし、誘拐した者たちの気配もない。物音一つせず静まり返っているのはどういうことだろうか。 闇の衣を纏い即座に縄を引きちぎると扉に向かう。 その途中で窓から外を見るが森しか見えない。場所の判断はできそうになかった。 日もずいぶん高くなっている。下手をすればすでに午後どころか日付をまたいでいるかもしれない。 さっさとチンピラ共を片付けねばなるまいが血を制服に付けて学院に帰ると怪しまれる。 血が出ないように殺さなければと考えながらゆっくり扉に隙間をつくると 最近になって嗅ぎ慣れてしまった鉄の匂いが漂ってきた。 扉の隙間から外を伺うと一人の人間が足を投げ出し壁にもたれかかっているのが見える。 服装から例の浮浪者の姿をした者だと判断できたが、その粗末な服が赤黒く染まっていた。 何時もの夢遊病のように自分が寝ている間に殺ったのだろうか? しかしさっきまで縛られていたのだから出来るはずもない。 そのまま慎重に外を伺いながら部屋を出ると、先ほどの部屋より大きなリビングのような場所であった。 今入ってきた扉の他に2箇所ドアがある。一方は上がり小口があるので外に通じているのだろう。 3つの部屋だけで構成される小さな小屋といったところか。 こちらの部屋はよく掃除が行き届いているのか塵もほとんどない。 その代わりとでも言うように六体の死体が転がっていた。 生きている者が居ないことを確かめてからすべての死体をじっくり観察する。 六人の内、四人は喉に杭で穿たれたような穴がある。残り二人は頭蓋骨が凹んでいるのと 首が曲がってはいけない方向に曲がっている事がそれぞれの死因であろう。 さらに部屋を見ていると、先程は気付かなかったが微妙に床が濡れていたり、 壁に鋭い傷が付いていたりと魔法で戦闘を行ったであろうことが見えてくる。 もう一度死体を見ると喉に穴の開いた死体の近くに杖が落ちていることに気付くことが出来た。 ここで何があったのだろうか。6人の内少なくとも4人ものメイジが揃っているというのに殺されている。 これ以上は時間の無駄と判断したルイズはさらに探索を続ける。 残った最後の部屋に入るとデルフリンガーが机の上に何枚かの紙といっしょに置かれているのを発見できた。 机の引き出しにはルイズの杖が入れられており、すべての武器を取り戻すことができた。 机の紙はどうやらルイズを誘拐した旨を綴ろうとしている痕跡が見られる。 チンピラ達はこれをヴァリエール領の本邸に届けようと考えていたのだろう。 デルフを鞘から抜いて何があったのか聞けばいいことに今更ながら気付いてしまった。 「ぷはぁー!やっとしゃべれるぜ」 がちゃがちゃと口に当たるのであろう部分を動かしながらデルフがしゃべる。 それを無視して死体のある部屋に行く。 「さっき目が覚めたところだから情報が足りないわ。どのくらい時間が流れた? あとここで何があったの?」 「って、娘っこが殺ったんじゃねぇのか?・・・ええっと何処から話せばいいのかね。 まず時間はおまえさんが眠らされてから4時間ほど経ってる。 おまえさんが眠らされた後小屋まで運ばれたんだが、この部屋で離れ離れ。 俺にできた事はさっきの部屋に置かれてから陰気な奴が手紙書いてるところを見る事だけだったよ。 一時間ほど経った頃に少し騒がしくなったからてっきりお前さんが暴れたとばっかり思ってたんだが。 さっき起きたって言うしな」 「こいつらを始末したのは私じゃないわよ」 「わかってるよ。よく見ればこの死体の喉に空いた穴。ぶっとい槍で串刺しにされたんだろうぜ。 そんなの娘っこは持ってねぇしな」 「この傷、エアーニードルか何かじゃないの?」 「違うね。それならもっときれいな穴が開いてるだろうぜ。魔法なしで 六人相手に立ち回って速攻で勝負を決めたんだ。メイジでなくとも恐ろしい使い手だぜ」 そうこうしていると外から馬の蹄の音が聞こえてくる。 窓から外を伺うと町人風の服を着ている男が馬を下りているところだった。 その後に続くように3台の馬車が止まる。デルフによると最初の男は見たことあるとのこと。 どうやら死んだチンピラ共の仲間らしい。 馬車からは武装した人間がどんどん降りてきて周囲を警戒し始めた 全員で19人ほどか・・・しっかり杖を持っている者もいるようだ。 杖剣と見られるものを装備した3人がゆっくりとこちらにに向かってくる。 「まずいぞ。あの三人、めちゃくちゃ強い。娘っこじゃかなり苦戦するぞ」 デルフがそう警告するのなら本当にそうなのだろう。 そして油断のないこの人数を相手にするなら間違いなく怪我を負い、制服が血に染まる。 ルイズはまずいと感じながらも詠唱の無い魔法の先制攻撃以外思いつけない。 悲鳴が上がった。小屋と逆方向の森の陰から巨大なオークが武装した者たちに襲い掛かってきたのだ。 そのオークは流れるような動きで最も手前に居たメイジに接近するとその手に持った槍で喉を見事に突く。 続く蹴りでその横に立っていた男が地面と平行に10メイルほど飛んだ。 こちらに向かっていた3人も身を翻してオークに向かっていく。 中途半端な魔法はその体毛で跳ね返し、詠唱の長い魔法では素早い動きに付いていけない。 範囲魔法を放とうともすぐにその範囲から抜け出してしまう。 「ありゃあ娘っこが遺跡から連れ出したオークの親玉だな」 デルフリンガーがとんでもない事を言っている。それ以外にもルイズはこのオークに覚えがある。 確か魔法の練習を行ったときに出会った奴だ。間違いない。あの巨体を見間違えるはずがない。 8人目が殺されたところで先程こちらに向かっていた3人がオークを取り囲む。 3人とも風のメイジなのかエアニードルを剣に纏いかなりの連携でオークを苦しめ始めた。 オークはその囲いから抜け出せず攻撃を防御することに手が一杯になってしまっている。 そうなると他の者も落ち着きを取り戻し始める。 まだ生きているメイジ全員が改めてラインやトライアングルのスペルを唱え始める。 3人が抑えているうちに土メイジの魔法がオークの足に纏わりつく。 続いて詠唱していた魔法が一斉に放たれた。 オークは避けることもできずにすべてをまともに受けてしまったようだ。 膝を付き、槍を杖のように寄りかかることで何とか膝立ちの体勢を保っている。 その身体は焦げや深く入った切れ込みなどがあり正に死に体であった。 様子を見ようと考えていたルイズもかなりの槍さばきを魅せたオークが 連携の取れた3人に翻弄されていたことで一人で彼らを相手にするのは苦しいと考える。 オークに注目が集まっている内に一人を殺しておこうと、 デルフを完全に抜いて外への扉を開けた正にその時、声が響いた。 「ザラキ」 瀕死でありながらしっかりと力の込められたその声を聞いた瞬間、 ルイズは背筋が凍ったかのような錯覚を受けた。全身から汗が吹き出る。 しかし全く体に異常がないことに安堵したところでオークを囲んでいた3人の内2人が糸の切れた人形のように突然倒れた。他にも3人ほどが倒れている。 残った6人は何が起こったのかわからず呆然としている。 「ベホマラー」 さらに声が響いた後、瀕死であったオークが立ち上がった。 何時死んでもおかしくなかった怪我が一瞬で動けるまでに治っていることにルイズは目を剥く。 このオークの先住魔法!なんと強力なのだろうか! オークを囲んでいた3人組みの一人が倒れている2人にふざけている場合かと声を掛けている内にオークが近寄り心臓を一突きにする。連携が取れていなければ呆気ないものであった。 そこでやっと事態を悟った残りの5人が悲鳴を上げて逃げ出した。 恐怖に駆られた人間はその恐怖の根源であるオークから一番遠い方向、 つまり小屋のあるルイズがいる方向に向けて走り出す。 5人はルイズを見ると血走った目で走り寄ってきながら詠唱し始める。 「貴様さえ殺せば使い魔の契約は解ける!」 すでに彼らの中ではオークはルイズの使い魔であるようだった。あの三人がいないならどうとでもなる。 訂正することはせずにちょうど綺麗にまとまってくる連中を冥土に送ってやることにする。 「ヒャダルコ」 詠唱も無く突然出現した氷の嵐に抵抗もできずに凍ったひき肉になる。たまたま2メイルほどのゴーレムを出した土メイジだけがそれを壁として生き残った。 運よく生き残ったというのに全くうれしそうでないその男にルイズは微笑みかける。 天使のような微笑に男も釣られたかのように引きつった笑みを浮かべ、杖を放り出し命乞いをし始める。 オークを見れば傷の大半を先住魔法で癒し終わったらしく、 ルイズから少し距離を置き、座って槍の手入れをし始めている。 どうやらこちらに敵意はなさそうだ。小屋の中を片付けたのもあのオークで間違いないだろう。 一応オークにも注意を向けながら男に向き直る。 チンピラ達のことについて質問すると、よほど恐ろしいのかオークをちらちら見ながら 能弁に話し始める。小鳥のように囀るというのはこのことだと感心したものだ。 ルイズを前にして男はとにかく喋った。死にたくなかったから・・・ 身持ちを崩した貴族たちが集まって起こした庸兵集団。その名は血管針団。それがチンピラ達だった。 名前の由来は昔リーダーが魔の遺跡で盗掘に励んでいた時、仲間であった冒険者たちと使っていた技らしい。 名前の由来を聞いたときビビンと興奮気味に話すリーダーにちょっと引いたのは内緒だ。 他の経験豊富なメイジや庸兵も納得していたことからその名前に決まってしまった。 すでに守るべき名誉もない20人近いメイジを核とした集団はどんなことでもやった。 今では庸兵というよりもトリステインの掃き溜めと呼ばれるまでに成長し、すっかり裏側を仕切っていた。 依頼による任務はもちろん、生活が苦しくなると盗賊の真似事までした。 そんなある日仲間の一人が魔法学院の女生徒にスリを働こうとして失敗した挙句、血祭りに上げられた。 その女生徒こそルイズである。 その出来事は裏に素早く広まり、裏の顔としての実力や信用がひどく損なわれることになりそうだった。 さすがに貴族相手はかなり危ない橋を渡ることになる。しかし、これまでのクライアントや他の悪党、庸兵たちへの信用を回復するためにもやらなくてはならない。 貴族の娘はどこかの奴隷市で出品すればいい値が付くかもしれないから楽しみでもあった。 ここで想定外の事態が起こる。攫いにいった仲間がなかなか帰ってこないのだ。 そして明け方に皆殺しにされたという報が届く。向かった奴の中には手練のメイジもいた。 失敗するはずがなかったというのに。 もちろん信用の回復どころではなかった。そして、これに伴う戦力の低下が周りの動きを活性化させた。 いつの間にか庸兵団への包囲網が出来上がっており、これまで下についていた者たちが追い落としにくる。 手配されていた仲間の幾人かが役人に垂れ込まれて捕まるに至り、 このままトリステインにいたら全員が不味い飯どころか縛り首になるかもしれなかった。 そこで最後に大きいことをして金を稼いで逃げようと皆が考えていた時、ルイズの調査報告が入ってくる。 調べた結果思ったよりも大物貴族であった事に皆浮き足立ったがリーダーはがっぽり稼げるとほくそ笑む。 ルイズの誘拐身代金計画が始まった瞬間であり、俺達の運命が決まった瞬間だ。 「すでに逃げる先は決めている。アルビオンだ。すでにトリステインと仲のいい王党派は風前の灯。 間違いなくレコンキスタが政権を取るだろう。 レコンキスタに庸兵として紛れ込むことこそ生存への活路」 そう断言されると消極的だった者たちにも自信が湧いて来たのだ。 そして決行した。 「で、見事に皆殺しになったわけね」 「そ、そうです。小屋が貴方の使い魔に襲われたと聞いて戦闘要員は全員馬車に乗って来ましたので 残っていません」 必死になって取り繕っているのがわかるが墓穴を掘っている。 ルイズは必死な男の頭を万力のような力で固定し目を合わせる。 「あなたで最後ってわけね」 「命だけはご勘弁ください!どうか!どうか!」 「仲間の仇を取ろうと言う気概もないのかしら」 「仲間って言っても皆から俺は馬鹿されてきたんだ!要領が悪いってラインなのにドットからも笑われた。 団を抜けるなんて怖くて言えねぇし・・・」 その言葉から男が本当に冷遇されてきたことが感じ取れた。 目と鼻から水を垂れ流しているのを見て満足気に頷くとルイズは宣告した。 「あなた、私に雇われなさい」 何を聞いたのか分からないといったような顔でこちらを見る男。 「あなたの組織、戦闘要員は残っていないと言ったわね。なら他の人員は何のためにいるのかしら? 一応庸兵団名乗るなら貴方達も情報に気を使ってたんじゃない? 私が欲しいのはその情報を得るための人員よ」 男が何度も頷く。確かに残っている者の中には目端が利く情報を集める奴もいる。 もちろん今回の誘拐計画以前にさっさと団を見限った奴も多いがまだまだ残っている。 「あなたのやることは庸兵団でそういう諜報に使える奴を勧誘して新たに組織を作ること。 けっして損はさせないわ。私の実家がどこかはよく知っているでしょう?」 「組織を立ち上げるなんて・・・お、俺じゃリーダーみたいにはできねぇよ・・・」 普段からあまり褒められたり、頼られたりしていないのだろう。 聞けばリーダーは小屋の中で死んでいた浮浪者風の男らしい。 しかし雇うのはしっかりしている者ではいけない。 ルイズが支配できる精神的に不安定であり、古巣に愛着がない者こそ使うのだ。 戸惑っている男にルイズは殊更にやさしく諭していく。 「あなたはさっきの死地を生き残ったのよ。きっとそれには意味があるわ。 幸運はいまあなたに味方してる。そしてこの提案も貴方を見込んでのことよ。 これまでどんな苦労を背負ってきたのか私は見てきたわけじゃないから知らない。 けれど自信を持ちなさい。その苦労があなたを生かしたの。あなたを馬鹿にしていた連中は死んだわ。 いまここからあなたの本当の人生が始まるのよ」 死にたくない一心で追い詰められているところで突如掌を返したかのような優しさで包む。 ルイズの言葉はこれまで冷遇されていた男の脳を侵すように響いてくる。 しかし、それ以上に奇怪なことが起こっていた。それを見ているのはオークだけだっただろう。 男の顔を固定しているルイズの手から闇の衣と呼ばれた黒い靄がゆっくりと男の耳、鼻、口から 体内に入っていた。 「あなたならどんなことでもできるわ」 一応現在の予算と報告方法を決めた後、しばらく放心したような焦点のない目をしていたが 突然目に力が戻り男は直ちに町に帰って行った。 男がしっかり仕事をするかはわからないが、こんな方法で情報源が手に入るならいくらでもやってやろう。 とにかく自分の目がほしい。アルビオンの戦況を知りたいのだ。 ここで残ったもう一つの問題に視線を向ける。 巨大なオークが仲間になりたそうにこちらを見ている。 デルフリンガーが言っていた遺跡からルイズが連れ出したとの発言、そしてこれまでの行動。 すべてルイズに危害を及ぼすことはせずに今回など助けられた。 下手をすると起きた目が覚めたときにはすべてが終わっていた後だった可能性も否定できない。 そしてなによりも気になったのはあの先住魔法だ。 一言で発現する様子といい。今ルイズが使っているものに似ている。 オークが魔法を使うなど聞いたことも無い。体の大きさといい、こいつは別の種族ではないか? 竜と韻竜が違うように特別な存在ではないか? 話しかけてみるが人語を解しているが話すことはできないようだ。 使っていた魔法について質問するとブヒブヒと地面に絵を描き出す。 それはオークが描いたとも思えないような遠近法まで使った無駄に綺麗な絵であり、 それは間違いなく本に見える。 オークにその魔道書を貸してくれないかというと胡坐を止めて跪き、 まるで臣下の礼を取るような仕草の後、走って行ってしまった。 まだ聞きたいこともあったが喋れないなら仕方がないかと諦める。 しかしあのオークは自分には従うだろう。 モンスターを従える力もすでに持っており、そう遠くない内に自分の中に見つけられる。 そんな確信がルイズに芽生えていた。 それよりも外出許可は取ったが外泊許可は取っていない。そろそろ帰らなければ。 「・・・どこよ、ここ・・・」 この日、魔の遺跡に駐留していた軍を外からの奇襲で通り抜け、 遺跡に入ってしまった巨大なオークがいたことは別の話であり、 さらにその後、遺跡からモンスターがあふれ出し、それに紛れてオークが包囲を突破したことも 語られることも無い話である。 前ページ次ページ絶望の使い魔
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男達の使い魔 第八話 「うぉーーー!」 虎丸が雄たけびをあげながら馬を走らせる。 一部の塾生を除いて、一号生に乗馬経験者はいなかった。 ほとんどみな、この世界に来てはじめて馬に乗っているのだ。 そのような中で虎丸の上達具合は頭一つ抜けていた。 馬と気を合わすのが上手いのだ。 もともと誰とでもすぐに友人になれる男だったが、ハルケギニアに来てからさらにその才能が増した。 そんな虎丸だからこそ滅び行く国への使者にふさわしい。 少なくともJはそう考えている。 それに、 チラリとJは横を見る。桃は、いかにも仕方ないヤツ、という風をよそおっているが、 その目は温かく笑っていた。どうやら同じ気持ちのようだ。 さて、ルイズ達に追いつかないとな。 桃とJはさらに馬を飛ばすことにした。 虎丸もそれについてくる。 意外にも見事な乗馬術を披露するギーシュもまだまだ余裕だ。 シエスタにいたっては、時々馬の横を併走している。 どうやら大豪院流の鍛錬の一端らしい。 ルイズとワルドは、グリフォンに乗って先に行っているのだ。 少しはとばさないと追いつけなくなりそうだ。 そうして一同は、二日かかる道のりをわずか半日で駆け抜けた。 『金の酒樽亭』 港町ラ・ロシェールにある寂れた酒場だ。 この酒場には有名な看板がある。それには 『人を殴るときはせめて椅子をおつかいください』 と書いてある。 喧嘩が絶えないこの酒場で、せめて武器の使用を抑えさせたいという、店主の愛に満ちた看板だ。 そう、表向きはだ。真実を知るものはほとんどいないが。 キィ そんな酒場をくぐる男がいた。 長身で痩せ型。それだけならなめられそうな者だが、男は杖を手にしていた。 どうやらメイジのようだ。 さらに白い仮面にマント。異様な風体に思わず酒場の住人達は口を閉ざす。 そんな酒場の空気をいっさい気にすることなく男は歩いていく。 そうして、一人の男の前に立った。 その男もまた異様な男であった。 2メイル以上はある大柄な体格を、窮屈そうに虎の毛皮で飾っていた。 頭の髪の毛は、全て綺麗にそりあげてある。 何よりも、その眼が異常だった。 睨んだだけで気が弱い者なら死んでもおかしくないその目は、まさしく凶眼であった。 そんな男の前に立った仮面の男は、机の上にどさりと金貨の入った袋を投げおいた。 そして言った。貴様達を雇おう、と。 「ほう。貴族様が俺達のことを知って雇おうというのか。」 その言葉に仮面の男は薄く、そしてひどく酷薄に笑ってこういった。 「知っているさ。メイジをも上回るという傭兵集団、巌陀亜留武(がんだあるぶ)三十二天だろ。」 聞き届けた男は、素手の方が武器を持っているよりも凶悪な、三十二天の頂点に立つ男も酷薄な笑みを浮かべた。 その巧みな馬術によって、ルイズたち一行は、無事日が暮れる前に港町ラ・ロシェールにたどり着いた。 スクウェアクラスの地の魔法使いたちが競い合って作ったというその町は、まさしく芸術であった。 その町並みに思わず驚きの表情を浮かべる、桃たちにルイズとギーシュは誇らしげに解説している。 その後ろには、シエスタが密やかにたたずんでいた。 そうして騒いでいるところにワルドが戻ってきた。 無事宿を取ることができたらしい。一行は『女神の杵』亭に向かった。 「は~い!」 そこにはキュルケがいた。タバサも椅子に座って本を読んでいた。 その様子に思わずルイズは足を滑らせる。 なんでこんなところにいるのかと尋ねるルイズに、キュルケは悪びれる様子もなく返す。 朝こそこそと学院を出て行くルイズを見たキュルケは、タバサのシルフィードで追いかけたのだ。 面白そうなことを独り占めするなんてゆるせない、そう考えたキュルケは、 行き先をラ・ロシェールと勘で決め、ルイズの泊まりそうなホテルに先回りしていた。 貴族が泊まりそうなホテルなんて一軒しかなかったから楽だったわ、と帰すキュルケ。 まことに恐ろしきは、女の直感である。 そんなキュルケとルイズは言い争っている。 いつもの光景に、思わず桃たちはほほが緩むのを感じた。 そんな中でシエスタとワルドが睨みあっていた。 どちらがルイズと一緒の部屋になるかを競っている。 ついにワルドが折れたようだ。虎丸と相部屋になることになったようだ。 あの男達と私を一緒の部屋にするおつもりですか、というのが決め台詞だったようだ。 本心ではぜんぜん危険を感じてなどいないはずなのに、平気でそういうことを言うシエスタに、 虎丸はひそかに戦慄を感じていた。 そうして一日目の夜がふけていった。 二日目の朝がやってきた。 みな疲れも取れたようでさっぱりとした表情をしている中、ワルドだけがなぜか疲労していた。 「そんな顔してどうしたんだ?」 同室だった虎丸が不思議そうな顔をして聞く。そこにワルドが恨めしそうな視線を向ける。 どうやら虎丸の鼾と歯軋りで眠れなかったようだ。 同じ経験をしたことのある桃とJは憐憫の視線をワルドに向ける。 どうやら二人は結託して虎丸との相部屋を避けていたようだ。 そんなワルドであるが、口には出さないあたりは、さすがグリフォン隊隊長といったところか。 そうしてワルドは、もう少し休んでいくと言うと、部屋に戻っていった。 そんなワルドを見送ったルイズたちは、町へと繰り出すことした。 なんだかんだで、見知らぬ土地は、旅心を刺激するのだ。 初めて見るハルケギニアの町は、印象的だった。桃たちは、今まで学院から出たことがなかったのだ。 そんな光景に浮かれた虎丸とギーシュは、出店を冷やかしては店主と話し込んでいる。 Jは一人壁に寄りかかって景色を眺めていた。 キュルケとタバサは、かつての決闘場を見学に行っていた。何でも「殺シアム」というらしい。 そんな中、桃とルイズは、通りに面した店で飲み物を飲んでいた。 ふと桃が話を切り出した。一度デルフリンガーをじっくりと見たい、と。 いつも剣を背負っていることから、桃を剣士あろうと考えていたルイズはOKを出した。 その代わりあんたの腕前を見せなさい、という交換条件を出して。 桃がゆっくりとデルフリンガーを引き抜く。 「おでれーた。兄ちゃん相当の腕だな!兄ちゃんほどの腕なら喜んで使われてやるぜ! ん?しかしなんか変な感じだなー。使い手のようで使い手でないような……。」 デルフリンガーの台詞にルイズが突っ込む。 「使い手って?」 「忘れた!」 即答するデルフリンガーに、使えないわねぇとつぶやいたルイズは、桃に期待するような視線を向けた。 あたりを見回した桃は、適当な大きさの岩を見つけた。 ついて来い、そうルイズに行った桃は、岩の前に立って静かに大上段にデルフリンガーを構えた。 デルフリンガーは何も言わない。 その姿に思わずルイズは息をのむ。構えたまま微動だにしない桃には一種の威厳があったのだ。 閃 次の瞬間には真っ二つに切り裂かれた岩だけが残っていた。 風のメイジでもここまで簡単には切り裂けないだろうに。ルイズの感想である。 感嘆したルイズは、桃にしばらくデルフリンガーを預けることにした。 デルフリンガーも驚いていた。使い手以外で、これ程の腕前を持っている男はいなかったのだ。 そうして夜になった。 いよいよ明日はアルビオンだ。 酒場では、虎丸とギーシュが騒いでいる。キュルケやタバサも楽しんでいるようだ。 その風景を桃とJが楽しそうに見つめていた。 ルイズは二階でワルドと少し話している。 昔を掘り返そうとするワルドと、アンの親友としてあることを誓ったルイズでは話がかみ合わないようだ。 その時、酒場に男達がなだれ込み襲い掛かってきた。 反射的に、虎丸がどう少なく見積もっても200キロは下らないだろうテーブルをひっくり返して盾にする。 その音がゴングになった。 巨大なテーブルをいとも簡単にひっくり返した男に、傭兵達に戦慄がはしる。 とても人間の力とは思えないのだ。 しかし、自分たちとてプロである。矢を射掛けるのをやめると接近戦を仕掛けるべく突撃を開始した。 虎丸がテーブルを盾にするのとほぼ同時に、全員が合流した。 裏口まで完全に囲まれたことをワルドが知らせる。 そうして言った。血路を切り開く必要がある、と。 その言葉にJが答える。 「俺がやろう。全員合図とともに一斉に飛び出せ!」 「あら。あたしも参加させてもらうわよ。」 キュルケが不敵に笑って付け加えて化粧を始める。 いわく、この炎の舞台で主演女優がすっぴんじゃあしまらないじゃない。 タバサも、いつの間にか手に杖を持っている。どうやら残るつもりのようだ。 その風景にルイズは、思わず目に熱いものを感じた。 作戦は決まった。 傭兵達がテーブルの盾に近づいた瞬間、真っ二つにテーブルが切り裂かれる。 桃の抜刀術である。 その速度に、一瞬ワルドの眼が細まるが、気づいたものはいなかった。 「スパイラル・ハリケーン・パンチ!」 渾身の気合とともにJが拳を繰り出すと、巨大な竜巻が発生した。 タバサがそれに氷の呪文を合わせる。 氷の槍と竜巻で、傭兵達が蹴散らされる中、六人は竜巻の中心を駆け抜けた。 裏口の敵を倒してくる、そう告げたタバサを見送ったキュルケは、ようやく化粧の終わった顔を上げる。 「さて。後はあいつらを片付けるだけね。」 「ぐわはははは!やりおるわ。」 巌陀亜留武三十二天の将、棒陀亜留武(ぼうだあるぶ)百五十二世はそういて笑った。 「貴様らはわしら巌陀亜留武三十二天が直々に相手をしてくれるわ!全員下がれ!」 そうして舞台は決闘の様子をていしてきた。 二対三十二の不平等な決闘を。 Jが前に進みでようとするのをキュルケが止める。 「知らなかったミスタ?ヒーローは最後に登場するものよ。」 そう嫣然と笑って、キュルケが前に進み出る。 その様子に傭兵達が歓声をあげる。キュルケの姿に下卑た想像をしているのだろう。 まったく気にすることなくキュルケが声をあげる。 「さて、紳士の皆様!おあついのはお・好・き?」 一人目は足を燃やされた。二人目は足は庇ったが顔を燃やされた。 三人目は体を燃やされた。全身を盾に身を包んだ四人目はその自慢の盾ごと燃やされた。 ことここにいたって、相手がただのメイジではないことを悟った巌陀亜留武三十二天達の顔色が変わる。 いかに巌陀亜留武三十二天の中ではヒヨッコ同然の者達とはいえ、四人も倒されたのだ。 しかし、と棒陀亜留武は思う。これでメイジの手の内は見た!と。 そうして煙草を吸う振りをして、男達に目配せをする。一人の男が矢を放った。 完全に決闘と思い込んでいたキュルケにそれを避ける余裕はない。 ズドン! 矢が刺さる音がした。 その音に思わずキュルケは振り返る。Jの胸に矢が刺さっていた。 卑劣な相手への怒りがキュルケの胸を焼く。 そうして全員を燃やし尽くそうとしたキュルケをJが止めた。 胸筋は人間の体の中でもっとも瞬発力がある。ゆえに大丈夫だ。 そしてあいつらは俺がやる、と。その目に、主演女優は主演男優に場を譲ることにした。 メイジをやり損ねた棒陀亜留武は、不機嫌そうに鼻を鳴らす。 しかし、この人数ならば、いかに凄腕の炎のメイジとて造作もないだろう。 そう思い直した棒陀亜留武は、手下達に指示を出した。 連携戦闘に長けた五人が襲い掛かった。 Jの顔は怒りに燃えていた。 しかし、それを声に出すことはしない。ただ、行動で示すことにした。 襲い掛かろうとした五人が急に立ち止まる。 その光景に不審を感じた周りが囃し立てる。 (今のがわからないなんて、長生きできそうにない男達ね。) そうキュルケは心の中で呟いたとき、五人の鎧が砕け散り、地面に倒れふした。 周りが雑然となる中、残りの三十二天は戦慄を覚えていた。 Jのマッハパンチが炸裂したのだ。 「面倒だ。全員まとめてかかって来い!」 その台詞に、棒陀亜留武を除く三十二天全員が構え、副将各らしき男が応える。 「まさか、本当にわしら全員でかからねばならんとはな! 数多くのメイジ達をも瞬殺してきた巌陀亜留武三十二天集団奥義を見るがいい!」 「「「奥義!巌陀亜留武三十二天凶天動地!!」」」 そういって上から下から前後左右から男達が襲い掛かる。 天地を押さえ、四方を押さえた男達の攻撃に死角はない! たとえメイジといえども、これだけの同時攻撃を避けられる道理はないのだ! しかし、無理を押し通せば道理が引っ込む。 Jは己の拳を構えると、絶対の自信を持つ必殺ブローを放った。 「フラッシュ・ピストン・マッハ・パンチ!」 音速という名にふさわしい拳の連打が終わったとき、そこに立っているものはなかった。 「次はお前の番だ。」 棒陀亜留武の顔が凍りついた。 そういって棒陀亜留武へと歩き出したJの体がぐらりと揺れる。 その様子に、ようやく棒陀亜留武の顔に色が戻る。 「ふはははは!先ほど貴様が受けた矢には毒が盛ってあったのだ。 しかし、竜であろうとも10秒で倒れるほどの毒を受けてここまでもつとはな。 正直驚いたぞ!」 そう言って、棒陀亜留武がゆっくりとJに歩み寄ると蹴りを加えた。 その様子にキュルケと、いつの間にか戻ってきたタバサは唇をかみ締める。 しかし、手は出さない。Jの眼が言っているのだ。まだ自分は終わっていないと。 動かない体に次々と攻撃が加えられる。Jはなんとか動く口を動かした。 「この下種野郎が!」 「うわはははは!この世は勝てばよいのだ! お前が死んだ後も、あのお嬢ちゃん達は俺達で面倒を見てやるから安心して死ぬがいい!!」 そう言って、下卑た表情を浮かべる男にJの血が煮え滾る。 なおも男は攻撃を加え続ける。 骨が折れた!それがどうした。 体が動かない!それがどうした。 Jは問答を続ける。怒りが彼の体から命が消えるのをゆるさない。 彼の両眼からは、怒りのあまり血の涙が滴っている。 そして…… 「充填完了だ!」 そう言ってJは男を跳ね除けた。 「まだそれほどの力があるとは見上げたヤツよのう。 最後に言い残すことがあれば聞いておこうか。」 「フィスト・オブ・フュアリー。これが貴様を地獄に送る拳の名だ。」 そう返すJに男は不快感を感じた。 そうして止めを刺すべく男は奥義を繰り出した。 「食らえ!巌陀亜留武三十二天秘奥義!」 しかし、それよりも早く 「マッハ・パンチ!」 Jの拳が男に突き刺さっていた。 男は大きく弧を描いて空を飛んでいた。 Jはゆっくりと崩れ落ちた。全てが限界だったのだ。 そこにキュルケとタバサが駆け寄ってくる。 それを視界におさめつつ、Jの意識は暗転した。 そのころ桃は苦戦を強いられていた。 無事敵陣を突破した桃達に、白い仮面の男が襲い掛かってきたのだ。 それを食い止めるべく、桃が躍り出たのだ。 白い仮面の男は恐るべき使い手であった。 桃は思う。このデルフリンガーがなければ、自分は初手で敗れていただろうと。 じりじりと時間がたつ。 初撃のライトニングクラウドをデルフリンガーで吸収することに成功した桃であるが、 以降はこうして対峙したまま膠着していたのだ。 下手に踏み込めば、あの閃光の餌食になってしまうだろう。 しかし、 (相手が間合いを取ろうとしたところを逆にしとめる!) 桃には勝算があったのだ。 そうして時間が経過する。 ふとキュルケの声が聞こえた。向こうを片付けたようだ。 その声に仮面の男の気配がゆれる。 好機! そう判断した桃は、ついに男を一刀両断した。 二つに分かれた男が風となって消えいく光景に、桃は戦慄を覚えた。 あの男は実体ではなかったのだ。 まさか!桃の脳裏に根拠のない考えが浮かぶ。 キュルケ達が追いついた後も、桃はじっと空の方を見上げていた。 それはアルビオンの方であった。 男達の使い魔 第八話 完 NGシーン 雷電「あ、あやつらはまさか!」 虎丸「知っているのか雷電!」 雷電「うむ。あいつらこそまさしく、古代中国において恐れられた暗殺拳の使い手である巌陀亜留武三十二天!」 巌陀亜留武三十二天、ハルケギニアにおいて有名な傭兵集団であるが、その出自を知るものは少ない。 もともと彼らは、古代中国で迫害されていた暗殺拳の使い手であったのだ。 そのあまりの腕前に恐れを抱いた煬帝が、王虎寺に命じて征伐させたのはあまりにも有名な話である。 しかし、実は彼らは滅んではいなかったのだ。 間一髪表れた不思議な光に吸い込まれた三十二人は、不思議な人物に命を救われた。 彼こそ、後の始祖ブリミルの使い魔、ガンダールヴである。 命を救われた三十二人は、ガンダールヴにその命の借りを返そうと、数多くの戦いを共に闘ったという。 しかし、運命は無情にも、彼らよりもガンダールヴを先に死なせてしまった。 死因はわからない。ただ、そういう事実だけは伝わっている。 恩人に先を越された彼ら達は、それでも借りを返すべく闘い続けた。 そんな彼らを、民衆たちは敬意を込めて巌陀亜留武三十二天と読んだという。 なお、最近巷をにぎわしている傭兵集団にそう名乗る者達がいるが、 その因果関係はまったくもって不明である。 民明書房刊 「港町羅炉死獲流(ら・ろしえる)」(平賀才人著)
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_,ヘr-_r-、_ ,、-- ⌒ヽ| } ヽH l L ,、 '´ _〈 ̄ ., 、‐====‐ 、V/ /⌒ / ノ / `' ‐-、/'―i / ` ' / i i \) /. /.l ./. /l . . .l . . .l. \ ,'. . . . |. l . . .l. 7 ̄l ̄ フ'ト.l. . . . .| ヽ |. . . . . . | ハ . . ィム--式ス、.l.|ヽ. . ,/ / l. l |. . . . . . . . .l| ヽ. .Kr'f' ;;;オ'`` ! .|. ./癶 . |. | |. . l. . . . . .i. . `ト マ__フ レ=く. |. . /ィ. .l |. . l. . . . . .l .l | /;;(,リイ. ノ/|. / |. . l. . . . . .|. . .l. .l ,. 'ミ' .ハレイ レ L_|. . . . . |. . . . ',.l r- ,. /. l . l | /⌒ヽ `‐-、 |;; . . . .|'ヽ `´ /. . j l |. / ヽ、\ __i>、 |.__\.、__ ィ升. . . . ,'./lj r'´ /⌒ヽヽ、 ∨ `┘ `7Lri \. . .// ,リ ノ /. . . . . . . . ..l l `rr―――〈i V | `y/ (__/. . . . . . . . . . . | | ヽl ` l_L -‐、___ ,、-‐|. . . . . . . /マノ__ ノヽ、 ` =-|l;;; .l__ ヽ \\ {  ̄|. . . . . .\7_\、 / ___ヾ,_ノ¨ / ヽ.ヽ ) ノ. . . . . . . ..\. . .)ヽー‐ァ-イ'7 ス¨\| | .|. `‐(. . . . . . . . . ノノi } / ./ .i |/ | 「T´ -r-r‐'´ ―――――― ノノ ノ\ ./ i|l ヽ \  ̄「\ 名前:シエスタ 性別:女 原作:ゼロの使い魔 AA:ゼロの使い魔/シエスタ.mlt ヒロインの一人。トリステイン魔法学院で働くメイド。 曾祖父が日本人のため、トリステインでは珍しい黒髪黒瞳をしている。 とある事件を切っ掛けに才人に好意を寄せるようになり、かなり積極的にアプローチを仕掛ける。 そのため、ルイズとは何かにつけて対立するが、同時に身分を越えた友情関係を築く。 AAはほとんどメイド服のため、メイド役で起用されることが多い。 キャラ紹介 やる夫Wiki Wikipedia アニヲタWiki ニコ百 ピクペ 登場作品リスト タイトル 原作 役柄 頻度 リンク 備考 ゼロの使い魔最終巻発売決定記念にせっかくだからゼロの使い魔のループものをAAでやってみる ゼロの使い魔 本人役。逆行組の一人私服姿のAAは萩原雪歩で代用されている 常 まとめ 予備 あんこ時々安価でクトゥルフ神話TRPG クトゥルフ神話TRPG シナリオ「延命病棟」に登場する病院に勤める看護師 脇 登場回 wiki R-18G 安価あんこ 異世界に転生したカズマは悪徳領主になるようです オリジナル 雪代伯爵家のメイド。巴についてサトウ家にやって来る 脇 まとめ 予備 完結 誠はバッツのようです ファイナルファンタジーV サーゲイトのメイド 脇 まとめ やる夫Wiki エター 短編 タイトル 原作 役柄 リンク 備考