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23 :ナイ神父MK-2:2015/08/25(火) 23 00 45 日蘭世界第二次世界大戦 ~英米の苦悩~ アメリカのペンタゴン、現在ここでは来る日蘭同盟との戦争に供えての作戦会議が行われようとしていた。 しかし、海軍将官には暗い表情が目立つ、そんな中で現大統領であるルーズベルトは会議を進めるべく話し始めた。 「現在の民意の状況では、開戦は避けられないが、今の我が国が配備を進めている戦力で日蘭の戦力を打破できるのかね?」 「緒戦の内だけであるなら対抗することは難しくありません。しかし、万が一にも我が軍が敗れる事になればその時は、 そのまま本土に対して砲弾が飛んでくることになります。」 そう硬い表情で答えたのは太平洋艦隊司令チェスター・ニミッツ大将である。 その言葉にルーズベルトは顔を顰めた。 「しかし、オランダはイギリスが引き付け、我々が相手をすることになるのは日本だけのはずだ、 それでも難しいのか?」 そう楽観視する大統領を前にニミッツは眩暈を感じるも、話を続けた。 「現在、日本・オランダ共に友邦に対して戦艦を初めとする艦船を販売し、海軍戦力の増強を図っております。 また、ドイツ・イタリア共に新型戦艦の開発を行っており、イギリスはおそらく自国海路を守ることで精一杯になるでしょう。 イギリスが敗北することになれば我が国は一国でオランダと日本を相手取ることになります。」 「何の為にダニエルプランやビンソン計画に予算を割いたと思っているんだ、なんとしてでも日蘭の艦隊を破り、 アジアにおける我が国の権益を確保できるよう努めてくれ」 「…了解しました」 ニミッツはそう返事を行い退室した。 疲れきった顔で自身の執務室へ戻った彼を待ち受けていたのは、タイ王国海軍と東ロシア帝国海軍が新造艦隊 の編成を完了しいつでも行動が開始できるという情報であった。 気が付けば、ニミッツは祈りたくなるような気持ちでこの情報を持ってきた仕官へと真偽を確かめていた。 「これは確かな情報なのか?」 「はい、我が軍の諜報部だけでなく、イギリスの諜報部からも掴んでいる事から確かなものだと思われます。」 日蘭と協力関係にある2カ国の艦隊再編完了の報はアメリカ海軍へと更なる苦境へと追い込みながら アメリカ軍内を駆け抜けていった。 イギリスではネヴィル・チェンバレンが頭を悩ませていた。 「ビンソン計画だと?これを実行すれば我が国の財政が破綻しかねないぞ」 そう、計画を持ってきたアメリカ外交官に言い放ったが、外交官は表情一つ変えず返答してきた。 「しかし、現状貴国の戦力では日蘭に対抗するは難しいのでは?特に現在はペルシャとトルコにも 戦力が増えてきていると聞きます。それに対抗し、我々が勝利に至る為の最善の手段だと考えています。 また、フランスはすでに了承しイギリスが了承して頂ければより確実なものになるでしょう。」 海軍を増強する余裕の少ないフランスが了承したことには驚いたが、事実現在の帝国海軍では インド洋周辺の防衛が難しくなってきていることも事実であった。 心臓たるインド・スエズ運河と経済的負担や参加しなった場合の戦後の自国の状況を天秤に掛けた結果、 イギリスは計画参加を了承した。 「貴国の賢明な判断に感謝いたします」 感謝を述べると外交官は退室した。 しかし、英国はまだ知らない諜報をアジアやインド周辺に集中させたことによって ドイツやイタリアへの諜報活動が少なくなりその間に両国が日蘭から招いた技術者の協力で 新型戦艦を開発していることに、そしてその事に気が付いたのはすでに開戦後であった。 余談 日本のとある新聞では現在の状況についての二つの風刺画が話題になっていた。 一つは痩せこけたフランスの横で、ビンソン計画と書かれた丸太でチェーンソーを持った撫子からの攻撃を防御しているアメリカと もう一つは胸の位置にインド、首筋の部分にスエズと書かれたイギリス軍人風の男がペルシャ風の男とトルコ風の男から押されて 後ろで剣を構えたドイツとイタリアが待ち構えるというものであった。
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429 :ナイ神父mk-2:2015/10/16(金) 00 01 38 日蘭世界 第二次世界大戦4 ケープ奪還と日蘭の反撃 第二次セイロン沖海戦及び第二次ハワイ沖海戦を凌いだ日蘭は、兵器の修復と補給が終わり次第すぐさま 反撃を開始し、その最初の目標となったのが占領されたケープであった。有力な戦力の殆どを失った 4国同盟に有効な手立ては無く、駐留してた海軍は戦力温存の為に早々に撤退して、制海権と制空権を渡すこととなる。 そうなると後は陸軍の役目になるが、此処で潜伏していた親衛連隊が蜂起して、各地の同盟軍を混乱させ 上陸した日蘭の陸軍が浮き足立った陸軍を各個撃破で確実に仕留めていき、数ヶ月後にはケープから完全に追い出し、奪還を完了するという 運びとなった。アフリカに日蘭の有力な艦隊と陸軍が戻ると今度は日蘭の陸軍が多方面へむけて侵攻を始め クリスマスを迎える頃には既に同盟に対する掃討戦※1の様相を呈することと成っていた。 中国制圧開始と殲滅作戦 日本支援の下臨時で作られた朝鮮連合軍は、中央共産党が進行を停止したことにより旧植民地の奪還を主張する人間も現れたが 中華を良く知る朝鮮王国が出した方策はロシア帝国を巻き込んでの徹底的な掃討戦と大多数の兵力による地道な殲滅戦※2であり、 これは亡命したきた中国共産党の軍も同意してのことであった。 こうして北から地道に始まった殲滅戦と掃討戦の繰り返しは、各地で兵士の疲弊を招き反発の声も生んだが、その後に殲滅が 甘い事で発生した南京での住民を巻き込んでの壮絶な市街戦※3を経験した後は、そうした不満も無くなり黙々と敵戦力を削って 行くことと成る。 イギリスの脱落とゼーレヴェー フランス制圧後のドイツはSSでレジスタンス達に対応しながら、イギリス本土上陸作戦「ゼーレヴェー」へ向けての準備を進めていた。作戦の一つと して行われたのがイギリス本国艦隊の壊滅である。この作戦にはドイツだけではなくオランダ本国艦隊、イタリア艦隊、 オスマン帝国海軍が参戦しての大西洋に於ける総力戦と成っていた。 この動きを察知したイギリスも喜望峰経由の海路※4以外をすべて失う覚悟で散らばっていた残りの小艦隊を集結させ、更に 今まで本土亡命していたフランス海軍も使用してこれに対抗した。イギリスの帝国としてのプライドを賭けた決戦はこうして スタートする。 戦闘はやはり連合艦隊優勢で進むものの、砲撃戦では連合の艦隊連携の拙さを狙い連合艦隊にダメージを与えているが、 それでも地力の差を覆すことは難しく、イギリス海軍は連合に破れついに栄光あるロイヤルネイビーはこの戦いで 一時姿を消すこととなる。更にこの後に行われた航空決戦において防空の傘と港湾を失ったイギリスは抵抗手段を 失い連合側へ降伏、ロンドンには連合国の国旗が掲げられる事となりイギリスは同盟から脱落する。 430 :ナイ神父mk-2:2015/10/16(金) 00 02 08 本土空爆と独立の気配 アメリカでは現在降伏派と抗戦派で大きく分かれていた、東西海岸側は降伏を求めるが、やられっ放しで降伏することは 納得できないとして中央や南部は徹底抗戦を求めて主張し、此処に来て合衆国は徐々に連帯感を失っていく。 議論が長引く中、制海権を完全に喪失した西海岸では遂に日本艦隊による砲撃と空爆がスタートし次々に 港湾や軍港を使用不能な状態へと変えていった。 既に海軍の航空隊の殆どを失っていたアメリカは爆撃だけでも防ぐ為に、陸軍航空隊を出撃させるが、成果は芳しくなく 被害は増える一方だ有った、更に此処にきて備蓄していた天然ゴムの殆どを失い、急いでゴム回収命令を出すこととなる。 そんな中でイギリス降伏の知らせがアメリカへ入り、続いてカナダが中立の姿勢をとったことが明らかと成った、之により アラスカ戦線は補給が不可能となり撤退を余儀なくされアメリカは更なる苦境へと追い込まれていく。 そんな中米財界では徐々に独自のルートを使い日本へ、コンタクトを求める人物※5が増え、先見性のある物は徐々に敗戦後の 復興プランを練る者達が現れていくことと成る。 ソ連の物量と畑の枯渇 ソ連では大規模な徴兵作戦によって形勢を建て直し、戦力を盛り返していたしかし、そんな中イギリスを陥落させたドイツ とオスマン帝国、更にペルシャがソ連へと侵攻を開始する。これから反撃という好機を逃したソ連は慌てて、戦力を各戦線 に振り分け之に対抗する。 ソ連の逸脱した人海戦術は、各国を苦戦させ更に冬が迫ってきた事によってソ連は天候に助けられ、各国の軍を退けることに成功する そんな中でソ連は高齢者や幼い子供も作業できるものは全て兵器生産と食料生産に宛てることによって、兵器や物資の調達を行っていく 事となる。しかし、本来の生産者が消えた影響は大きく、それを憂慮した政府は捕虜に対しても強制労働を課して補給に勤めていくが 確実にソ連の畑は枯れ始めていた。 ※1 一部ジャングルに逃げ込んだ兵が終戦を知らずに潜伏し続けた。都市伝説の中にはサバンナで行進している陸軍を見たや ジャングルを写した写真に銃を向けたイギリス兵の姿が写ったという話しが現代まで続いている。 ※2 脱走されて便衣兵や夜盗に成る事を恐れた。 ※3 南京市に逃れた中央共産党の軍が集まり住民を盾にしての市街戦が勃発部隊の安全を確保する為、市街全体を巻き込んだ 爆撃が敢行される一幕もあった。 ※4 中立国であるアルゼンチンが連合寄りで有る為、他よりも安全に航路が使用できた。 ※5 接触してきた中には、ハーストなどカリフォルニア独立の中心となった人物も見られた。
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149: モントゴメリー :2021/01/29(金) 22 11 07 HOST 116-64-111-22.rev.home.ne.jp 日蘭世界 FFR国力考察①(現実準拠) 追記:エストシナ植民地を含めた想定 まず、FFRエストシナ植民地の構成する省を、以下の通り規定する。 福建(ふっけん) 江西(こうせい) 江蘇(こうそ) 浙江(せっこう) 安徽(あんき) ここに上海が加わる。 各々の人口は以下の通りである(単位:万人)。 福建(ふっけん) 3911 江西(こうせい) 4457 江蘇(こうそ) 8029 浙江(せっこう) 5477 安徽(あんき) 6366 上海 2420 小計が「30,660」万人となる。 FFRヨーロッパ州の人口は約6699万人 アフリカ州が約3億1303万人 ここに、エストシナ植民地の3億659万人が加わる。 合計は「6億8661万人」となる。 これは、史実アメリカの約2.1倍に相当する。 次に、国土面積を求める。エストシナ植民地の面積は以下の通りである(単位:k㎡)。 福建(ふっけん) 121400 江西(こうせい) 166900 江蘇(こうそ) 102658 浙江(せっこう) 101800 安徽(あんき) 139400 上海 6341 小計は「638499」k㎡となる。 FFRヨーロッパ州の面積は約55万1500 k㎡ アフリカ州が約1246万6242 k㎡ ここに、エストシナ植民地の約63万8499 k㎡が加わる。 合計は「約1365万k㎡」となる。 これは、史実アメリカの約1.4倍に相当する。 150: モントゴメリー :2021/01/29(金) 22 12 02 HOST 116-64-111-22.rev.home.ne.jp 日蘭世界 FFR国力考察①(現実準拠)補足:経済力 追記:エストシナ植民地を含めた想定 エストシナ植民地の人口を含めた場合、FFRの総人口は「約6億8661万人」となる。 よって、GDPは「29,492,394」となる(単位:100万ドル)。 これを、史実日本、中国、アメリカと比較すると 史実日本の「約6倍」 史実中国の「約2.2倍」 史実アメリカの「約1.4倍」 となる。 151: モントゴメリー :2021/01/29(金) 22 12 53 HOST 116-64-111-22.rev.home.ne.jp 以上です。 今回のは非常に短いので、以前投稿したやつに追記する形で大丈夫です。 (面倒ならば独立でもいいですが) 前回は面倒なので考慮外としたエストシナ植民地。クー&ミー氏と地図について話しているうちに思い出しましたのでやってみることにしました。 すると、ちゃんと「省」単位になっていたのね……。これなら比較的楽に考察できる。 今回エストシナ植民地を考察してまず思ったことは 「植民地って、いいね!!」 ですねw エストシナ植民地だけでもフランス本土の面積超えているし、人口なんてアフリカ州とほぼ同等! なので、総人口は一気に史実アメリカの1.16倍から2.1倍になっちゃったよ(面積はそれほど変わらないけど)。 約7億人。大陸日本を多分超えます。 で、人口が増えれば経済力も増して(そういう計算方法採用したからね)、史実アメリカの1.4倍になり申した。 いや~、夢が広がるな~。(「FFRの設計図」を描きながら) 大陸スレを創生したひゅうが氏や、その他先駆者たちもこんな想いだったのだろうか。 「BCやCISもやって」と昔言われたことありますが、そっちはもっと適任な人がいるでしょう(全力逃亡)。 特にBCには、P.O.Wのプロデューサーたる霧の咆哮氏がいますし(バトンをカタパルトで撃ちだす)。 152: モントゴメリー :2021/01/29(金) 22 14 41 HOST 116-64-111-22.rev.home.ne.jp 注意 今回の想定は「史実準拠」です。 日蘭世界特有のファクターを加えて計算すると、この値は大きく変動する可能性があります。 議論開始のたたき台としてご使用ください。 ファクターを考慮したやつは、後日作成させていただきます。
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81 :ナイ神父mk-2:2015/10/10(土) 00 07 22 日蘭世界 第二次世界大戦 開戦まで 第一次世界大戦の後、英仏を始めとする欧州の戦勝国はアメリカの資金提供を受けながら、徐々に戦力と 国力を回復させていた、そんな中で日蘭同盟とその親交国は大戦中も国力を順調に強大化させ、さらにはロシア革命に介入して、 レナ川以東に残ったロシア帝国とそれが有するバルチック艦隊を初めとしたロシア帝国軍を自らの同盟に取り込むことに成功していた。 ロシアでの政変に隠れてはいたが、このときヒトラー率いる国家社会主義労働者党が反共産※1と国家再生を掲げて活動しており、 ヒトラーの手腕も相成って支持が集まり始めていた。政権獲得後は同じく強い反共産主義である日蘭同盟に接近し、 更なる援助を引き出して宣言どおり国家を再生させたことでその政治基盤を磐石なものにした。 太平洋では日蘭同盟とアメリカが次々に新型戦艦を就役させ保有限界まで戦力を整えながら、お互いに対立を深めていたが、 一国での艦隊整備の数で不安を覚えたアメリカは同じく日蘭同盟を敵視するイギリスとフランスに共同での艦隊整備計画を持ちかけ、 両国ともに計画を承認して次の戦争の為に着々と戦力を増強していく。 一方中国ではソ連に影響を受けた、中国共産党が拡大していき遂には中国中央部を奪還して祝杯を挙げていた、しかし、此処から中国軍はソ連の思惑を超えて暴走を始め、 各植民地に対する略奪や白人に対する迫害が激化していき、戦後の報復や孤立を恐れた中国共産党指導部※2はこれを止めようとしたが、逆に列強に対して強い不満を持っていた民衆や 軍からの反発を受け中立国であった朝鮮王国へ亡命する結末と成った。そうした中国での混乱から逃げ出してきた人間や持ち出された資産などは朝鮮王国へと集まり、同時に 中国のこれ以上の暴走を恐れた朝鮮王国は、中国と同じ同じ共産党国家であるソ連に仲介を頼みながら交渉を行ったが成果は芳しくなく、日蘭から戦車や固定砲台を初めとした 兵器を購入し始め、中国侵攻に目を向けた国境警備隊の戦力増強を進めていく。 開戦 開戦はハワイ沖で輸送船が沈没した事故※3を、日本海軍の潜水艦による魚雷攻撃だと米国が発表し、それに便乗して英仏が日本の非難を始める。 此処に来て日米両国の関係は急速に悪化し、更に日本へ対してアメリカが布哇を初めとした東南アジア地域を賠償として求め、これを日本が拒否したことから アメリカ艦体整備計画時連合を作り、協力関係にあるイギリスとフランスが宣戦布告を行った。 対して同盟側オランダ、ドイツ、イタリアを初めとした後のOCU連合となる各国が参戦し、此処に第二次世界大戦の幕は切って落とされた。 開戦後アメリカは即座に予め話を通していたカナダを通りアラスカへ侵攻、それと同時にオランダ領スリナムへと航空部隊を派遣した。 英仏はアフリカ植民地軍から陸軍を抽出して、オランダ領ケープへと派遣する。そんな中、ソ連のみは先にドイツと期限付きの不可侵条約を締結してロシア帝国へと戦力を集中させようとしていた。ドイツは欧州へと集中できることからこれを承諾してフランス側へと戦力を集結させていた。 82 :ナイ神父mk-2:2015/10/10(土) 00 07 54 第一次ハワイ沖海戦 戦力的に不利であったアメリカ海軍が、日本に対して行った作戦は皮肉にも史実の大日本帝国がアメリカに行ったものと同じ ハワイ諸島に対する奇襲作戦であった。宣戦布告前に訓練と称して、外洋へと出向させていた米太平洋艦隊を日本の監視を掻い潜る 用に大きく迂回させながら布哇に向けて北上し、情勢悪化にて布哇に向けて出向していた大和型を主力とする第一艦隊到着前に 奇襲を行うことに成功する。 突然の敵艦隊接近に慌てて、迎撃用の航空部隊を展開した布哇航空隊であったが、展開の遅れが命取りになり一部米海軍航空部隊の 進入を許し、その部隊から放たれた雷撃によって駆逐艦曙が座礁し、後続に居た戦艦加賀が港湾に閉じ込められると言うアクシデントに 見舞われる。そんな中でも航空隊と残りの第7艦隊の奮闘により、遅れていた第一艦隊が海域に到着したことにより、戦況は一変する。 中破して先に離脱した1隻を除いたサウスダコタ級は直に応戦を開始するがこの時既に、艦隊の護衛を行っていた艦載機部隊は 予備も含めてほぼ壊滅し、大和及び武蔵から放たれる51cm砲よるアウトレンジ攻撃と布哇航空部隊と第7艦隊所属の水雷戦隊による 袋叩きにあうこととなる。 この海戦によりアメリカは、サウスダコタ、アラバハマ、インディアナを初めとする9隻の戦艦を喪失し、さらには奇襲に参加した 艦載機の約6割が未帰還、残り2割が着陸後、再使用不可能と言う多大なダメージを受け、それと引き換えに日本の布哇海軍基地の 機能低下と戦艦陸奥、土佐に修理不可能な損害を与えることと成る。 アラスカ防衛戦とスリナム防衛戦 戦争初期のアメリカ陸軍のプランは始めに、南北両大陸に常駐する日蘭の部隊を排除し、国内を攻撃されるリスクを減らすことから始まった。 しかし、アラスカの地を越えてアメリカ軍が見たものは想定を遥かに越える性能と錬度を誇る、重戦車部隊であり、これに加えて 始まった航空支援による爆撃でアメリカ側の侵攻は難航し、カナダの国境地帯で膠着する状態となった。 一方、南米オランダ領を狙った空爆は数にものを言わせて強引に対空防網を突破して攻撃に成功し、オランダの軍事拠点に対して ダメージを与えた、しかし、この空戦とその前に起こった第一次布哇沖海戦にて失われたベテラン航空隊の穴は大きく、後々の 戦況に大きな影響を及ぼしていく。 83 :ナイ神父mk-2:2015/10/10(土) 00 08 26 火力の壁とパリ陥落 各地で大きな戦乱が起きている頃、戦争初期にも関わらず早くも脱落しそうな国が出ていた、フランス本国である。フランスは ビンソン計画による、海軍の負担が飛躍的に増大し、史実におけるマジノ線は構築できず、予め駐留していたアメリカの欧州派遣部隊と 各国植民地から強制徴用した植民地部隊を主力にして、オランダへと侵攻※4したが、急増の旧式兵器で武装した士気最低の植民地軍と 史実より性能の低下した兵器しか持たないアメリカ陸軍で、火力と言う言葉を鋳造して作ったようなオランダ陸軍を突破できるわけは無く 土と共に耕されることと成った。 当初より緒戦はフランスに集中する積もりで居たドイツはこれ幸いとばかりにフランスへ侵攻、これになけなしの資産で作ったマジノ線 予定の簡易要塞と主力を失ったフランス軍が対抗する術は無く、開戦後僅か半年でフランスは同盟の手に落ちることと成った。 しかし、軍の抵抗以上に市民の抵抗は激しく、各国共に手を焼いていくそんな中ドイツからラインハルト中将が率いる武装SSがパリへと投入され、そ の苛烈とも言える取締りと卓越した手腕によってこれを鎮圧し※5、フランスの安定化へ大きく貢献していく。 イギリスの賭けとセイロン沖海戦 イギリスでは一刻も早く心臓であるインドを守る為、セイロンへ向けてライオン級(後期サウスダコタ級)を加えて増強したインド洋艦隊を 派遣していた、当然オランダもイギリスの心臓部であるインドを見逃すはずも無くセイロン艦隊を派遣し、こりに対抗した。 セイロン島沖で激突した、両艦隊は終始オランダ有利で進むことと成る。艦載機能力、砲撃能力に劣るイギリス海軍は、船へのダメージも気にせず 攻撃を続け、中には航行不能になったても攻撃を続ける船※6も出たという。 しかし、性能の差は覆すことは出来ず、この戦いでイギリス海軍は多数のベテラン兵と3隻のライオン級を失う羽目と成る。 ※1 同盟国である日蘭に配慮し、反ユダヤやアーリア人人至上主義などの差別的目標は表に出さずに、後年ヒトラーの 書いた日記からそれを示唆する文章が見つかっている。 ※2 亡命した中には本来共産党の重鎮であるはずの周恩来や毛沢東の名前も見られ、当時の中国の暴走振りが見て取れる。 ※3 当時の布哇周辺では悪天候は見られず、輸送船の内部が殻であり、更に引き上げられた船体に雷撃の後が見られることから 一説には旧式輸送船の処分も含めた自作自演ではないかと言う説もある。 ※4当時のフランスではオランダに対する不満と脅威論が蔓延しており、開戦を機にそれが爆発し、本来はドイツに備えるはずだった 戦力がオランダ戦線に回された。 ※5 この取締りは、フランス国民だけでなく、脱走したと思われる中国植民地兵も対象に成っており、本来出るはずだった被害から フランス人を守ったとする声もある。 ※6 一部ライオン級が船体の半分を喪失しても砲撃を続けるという史実神通張りに奮戦している。
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478 :ナイ神父MK-2:2015/09/16(水) 18 42 56 日蘭世界ゲート編 三つの朝鮮 ゲートが各地に開いた際、朝鮮半島には2つのゲートが開いた、一つはソウルに一つは平壌に 接触自体は穏便に済ませ、ゲートで住民同士が交流を始めると少しずつ困惑が広がっていった。 まず、起こったことは史実世界側の過剰なまでの反日※1であった。ゲートでの交流開始後、 日蘭世界の日本が帝国だということが解かるとすぐに反日デモを始め、まるで日蘭世界でも朝鮮を日本が侵略したか のように言い出したのだ、これに驚いた朝鮮王国はすぐにデモを取りやめるよう伝えたが、韓国側は、 国民が自主的に行っていることだと言い聞く耳を持たなかった。 此処で徐々に朝鮮王国に史実世界の韓国に対する不信が広がっていったが、それでも一時的なヒートアップで こちらの日本と交流すれば、徐々に落ち着くだろうと王国上層部は考えていた。 それが一気に不信に変わったのは史実世界の活動家が、日本の竹島※2に無理やり上陸しようとした事件である。 この事件は上陸前に日本の巡視船が船をぶつけて強引に停泊させて活動家の身柄を拘束した後、出発元である 朝鮮王国に連行して朝鮮から韓国に引き渡されるという顛末になったのだが、問題は韓国へと送還 した後だった。何と韓国側はこの活動家を無罪として釈放し、逆に日本が不当に拘束したとして謝罪を 求めてきたのだ、これに驚いた王国は韓国に真意を問いただしたが、韓国側の返答は、 「彼は、朝鮮王国の領土を取り戻そうという正義感から行ったものだと話しており、 むしろ批判されるのは彼を不当に拘束した日本こそ非難されるべきである」 とメディアを通じて両世界全体に発信したのだった。 此処に来てこれ以上この国に関わると、国の中立性すら危うくなると考えた朝鮮王国は 王国首相が直接、大統領の下へ訪れて国交の断絶も考えた、協力関係の見直しを 伝えたのだった。 「貴国との関係は、直させて頂きます。」 「な、なぜですか!日本に正しい歴史認識をさせることはあなた方にとっても 利益となることのはずです!」 SPが居なければそのまま、掴み掛かって来そうな勢いで韓国大統領は興奮しているが、 首相はきわめて冷静に言葉を続けた。 「我が国は中立国であり、特定の国を必要以上に非難することは、国のあり方に大きく 反します。それでなくても貴国の国民の行動のせいで国民が不安になっており、 これ以上そちらと関わっても不利益しか出ない判断されました。よってこれからは ゲート周辺を厳重に警備し、入国にも強い制限を設けさせていただきます。」 「しかし!」 「これは議会による決定事項です。後のことについては後に来る外相に聞いてください。 それでは失礼します。」 そう言って首相は退室して後日、外務大臣が正式に国交断絶を伝え、宣言通り 日蘭世界側では陸軍の精鋭がゲート周辺を封鎖していた。 もう一つのゲートが開いた北朝鮮では驚くほどに静寂が保たれていた。 外務省同士の協議で国民同士の交流は行われているものの、史実世界で 起していたような大きな演出は行わずその動きはなりを潜めていた。 自体が大きく動き出したのは、中国全体が混乱して共産党指導部も各省の統制が 取れなくなった頃それは動いた、北朝鮮軍は突如として国境周辺の省に侵攻し を瞬く間に周辺全てを勢力化に置いたのだった。※3これに驚いた中国指導部は すぐさま非難声明を出したが、すでに執行部自体に力は無く※4中国は更に混乱を深めてく。 ※1 中国は絶賛混乱中のためデモや反日行為では韓国だけが目立っていた。 ※2 日蘭世界では大陸同様巨大化しており、朝鮮王国も認めている正式な日本領土であり 巡視船の停泊地としても使用されている。 ※3 省内の軍や警察・行政組織にすでに根回しをしており侵攻と同時に内応したため犠牲者も 少なく兵器や基地もほぼ無傷で入手した。 ※4 地方の軍は軍閥との争いで疲弊して使用できず首都にも常に難民などが流入して 混乱していた為、各省の軍も徐々に暴走して首都周辺以外はすでに指導部の制御から 離れている。また、周辺の軍などが全て寝返った為、戦力を軽視できず。中国側も 戦力が足りていない。
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955 名前:635[sage] 投稿日:2023/08/11(金) 09 06 18 ID 119-171-217-110.rev.home.ne.jp [8/15] 日蘭支援ネタ ネタ過ぎる日蘭世界におけるソシャゲのアレコレ 202X年、フランス連邦共和国首都パリ・エリゼ宮。 智謀大統領と称される女傑筆頭に敬愛する全てに勝る母の為に日夜精力的に多くの者が政務に励む戦艦リシュリュー狂達の総本山である。 因みにFFR国民にとってリシュリュー狂という称号は蔑称足り得ない。我らが指揮官の為ならば狂うことさえ本望である! まあそんなリシュリュー狂いらの伏魔殿、常ならばパリッと糊の効いた背広を着た役人や警察の清潔な制服着た警備の者らの姿があるのだが今日は些か雰囲気が違う。 受付から始まり警備に出入りする役人やら果ては用事で来た政治家に至るまで着ているのである………軍服を………。 それも正装ではなく歩兵ならば野戦服やら整備兵なら作業用やら各々の職務の実戦仕様である。 無論戦時という訳では無い。寧ろ隣の怨敵と張り合ってる敵本土を望む海峡も常より穏やかなレベルである。 そして国内はと言えば寧ろ殺気に満ちていた。誰も彼もが己が職務に望んでいる。 「マリー様、本日の業務は以上です。」 「あー漸く終わったわね…。」 マリーは部下のオリアーヌの言葉に全身の力を抜くと大統領執務室の自身の机に備え付けられた椅子に座ったまま背伸びをする。 するとその胸に…FFR戦車乗りの戦闘服にお付けられた幾つもの勲章がチラチラと揺れる。 ちなみに現在時刻は正午過ぎ、常の勤務時間から見ると些か早いというレベルではない。 「これで心置き無く…戦場に向かえるわ…。」 「はい…現在彼の国の時刻は1930、間もなく生放送が始まる時間です。」 アデールは手元のFFR陸軍制式採用の腕時計を見て現在の時刻を伝える。 「分かったわ…では繋いで頂戴。」 マリーがそう言うと執務室の窓という窓が閉ざされ暗くなると天井からスクリーンが降りてくるとプロジェクターが映像を映し出す。 そこには星見の天文台情報局とか書かれた静止画が流れそれを睨みつけるとマリーは手元の剣、リシュリュー刀を握りしめる。 「英国女王陛下…残念ですが事前情報を見るに今回の夏の水着先行実装されるのは貴方がたの崇める冬の女王ではなく我らが指揮官が高い…。 この勝負我々FFRが勝たせて頂きますわ…!」 なお、似たような光景はBCにおいても見られ女王陛下以下国民が一丸となり正装で挑んだとか…。。 実情開けると日本発の某英雄ソシャルゲームにおけるイベントにてFFRの我らが指揮官とBCの冬の女王どちらの新衣装が実装されるとかというFFR・BC間の争いである。 初実装の時も我らが指揮官の方が美しいだの、冬の女王の方が神秘が深いだのというFFR・BC間での争いが起きていたりする。 ちなみにこの争いとか実装云々の騒ぎはコレが初ではなく遡れば某艦隊をコレクションするゲームにまで遡れ、 それこそ半世紀以上の歴史を積み重ねてたりする。 我らが指揮官がメイドさん姿になった時などFFRではやはりふつくしいという意見と同時に何やら昏い感情が出る国民も居たとか。 ちなみにBCでは今回の某英雄ソシャゲの妖精円卓で英国本土で昏いの感情が出る国民居たそうな。 故に世界的にも日本発の超人気ソシャゲの影響力は各勢力の国民的にも世界的にも高くそれが各勢力の歴史にも関わるともなれば、 各勢力とも自陣営の英雄やら艦艇やら果てはウマまで推しに余念はない。 制作陣が各種資料収集の際には機密除けば政府どころか国民主導で協力することからも分かる。 故に実装決定時には社会的現象にもなったりするのだが…今回は我らが指揮官と冬の女王というツートップな為にたちが悪い。 FFR、BC双方とも国民の自発的行動から国家上げての縁召喚していたりする…。 FFRではリシュリュー刀やらオセアンやら女神らの聖遺物が用意され、BCでも民族叙事詩の原本やらが持ち出されていたりする。 まあこれは蘭帝やCISでも剣継ぎの大剣の魔女やら某鉄人やら実装の際には関連するもの用意されてたりするのだが…。 そんなことしているとプロジェクターの画面が切り替わる。 「マリー様始まります!」 「来たわね…!!」 期待と不安を胸に食い入るようにプロジェクターを見るマリー達、そんなマリーの手元のリシュリュー刀は煌めく。 (どうしてこうなった…。) (リシュリューがああなった原因はそもそも貴方でしょう?) (提督や私を神格化しようとして失敗した上でな…。) (*1)) …霧の向こうでは誰かの溜息が溢れているのかもしれない。 956 名前:635[sage] 投稿日:2023/08/11(金) 09 08 46 ID 119-171-217-110.rev.home.ne.jp [9/15] 以上になります。転載はご自由にどうぞ。 多分FFRはリシュリューが実装されるゲームは制覇しそうと思う次第。 日蘭グランドオーダーならばリシュリューも絶対に実装されそうだしネ。 なお、マリー様の手元にはFFR最大の我らが指揮官召喚触媒があるとかないとか…。
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23 :ナイ神父MK-2:2016/01/22(金) 00 56 18 日蘭世界 冷戦ゲート 第二次中華動乱 開戦まで ゲートと接続以降、中華人民共和国では日蘭世界に対する敵意が上がる一方であった、愚かにも自国に侵略して無様に負けたはずの 日帝が戦勝国として大国の地位にいるだけではなく、嘗ての清帝国のように中華の地が列強に分割され、有ろう事か朝鮮にまで 草刈場にされていると言うことに同じ中国人として怒りを募らせていた。 その頃、親中姿勢を打ち出していたアメリカでも国民が反OCU感情を高ぶらせ、コレに便乗した国務省が中国との更なる接近を 大統領に勧めていた。そんな中、日本脅威論に対する答えとして中国及び韓国に旧式艦艇や退役が決まっていた一部ミッチャ-級を 売却する案が可決された。そしてこれが結果的に中韓に日蘭中華へと侵攻する切欠を与えることと成る。 海上戦力を充実させた中国海軍は、日蘭側の植民地への挑発や圧力を高める様な行為を開始する。コレに対して英米仏を初めとした旧同盟 諸国は抗議を開始するも、中国は「向こうの警備艇がぶつかって来た」や「旧同盟は此方に対して難癖を付けて此方にも侵略してくるつもりだ」 などと公表し、米韓と一部日本野党も同調した。徐々に圧力を強めていく中韓に対してはOCUも懸念を表明するも中国は内政干渉だとして、コレを 無視して行動を続け、アメリカからは不用意な行動はデタントを崩して世界を危機に陥れるとしてOCUに積極的に行動を行わないように交渉していた。 しかし、余りに露骨なアメリカの中国支持に対して各連合内では史実西側諸国に対して不信感が増大し、更に国務長官が国内で発言した日本帝国脅威論などが 両世界に広まるとこの流れが加速し、西側諸国内でも中国よりなアメリカの発言に対して懸念の声が上がっていた。それでもアメリカ国内ではこの中韓への支援に対する 肯定の声は多くあり、支持勢力の中にはOCU構成国の中にナチスドイツが存在していることに対して反感を強めるユダヤ系の人間や中国に対して市場を広げたい企業家 が存在していた。 そして、1970年代末中国のフリゲート艦が謎の沈没をした事を旧同盟よりの攻撃だとして中華人民共和国は、宣戦布告無しに艦隊を派遣して攻撃を開始する。こうして 後に第二次中華共産動乱と呼ばれる戦争が幕を開けた。 東シナ海海戦 海戦では半ば奇襲に近い攻撃によってゲート付近を警備していた旧同盟、特にアメリカの海上戦力に大きなダメージが入っていた。また、この時のアメリカは以前に起きた テキサス独立に際して海軍が弱体化しており、アジア艦隊にいた新型艦を本土へ回航して旧式艦を配備していたことも災いして、他の海軍よりも大きな被害を受けている。 そして周辺海域の安全を確保するとアメリカ植民地の沿岸へと揚陸艦を使用して上陸を開始する。 その頃、中国を支持していたアメリカでは日蘭各国から入る抗議や意思確認に慌てていた、アメリカの認識では中国が同盟へ攻撃するのは少なく見積もっても1980年代に 入ってからだと推測していた為、余りにも早い戦争の開始は完全に寝耳に水の状態であった。また、OCUでは中国のこの行動に対してアメリカの意思が入っていると推測されており 、大西洋や日本沿岸のゲートでは目に見えて日蘭側の戦力が増え居てきていると言う連絡が上がってきていた。 アメリカは急いで中国に対する非難を開始して、侵略行為や関与を否定するもOCUからの警戒は強く最終的には問題が解決するまで、日蘭側のゲートでは原子力空母や原潜が 徘徊する事となる。一方で唐突なアメリカの中国批判は中国を驚かせた、中国視点ではアメリカは此方を支持してくるものだと期待しており侵攻後はアメリカの軍の派遣を期待していた だけに梯子を外された形となったが、今更中止することも出来ず中国は侵攻を続けることとなる。 24 :ナイ神父MK-2:2016/01/22(金) 00 57 30 韓国参戦 完全に奇襲を受けて浮き足立つことと成った在中アメリカ軍だが、一時的に港湾周辺を放棄して内陸部で陸軍を集結し周辺の中華植民地とOCUに援護を要請して、反撃を計画するが此処で アメリカに更なる情報が飛び込むことと成る。それは韓国の結成した抗日義勇軍の参戦である。また、一時的にでも上陸地点と制海権、制空権が確保できたことによって中韓から多数の 陸軍が輸送船や航空機を使い投入され一説には約6個軍団相当の戦力が初戦にて上陸したと言われている。 しかし、いざ市街戦を開始すると中国は想像以上の苦戦を味わう事となる。海戦では苦戦を強いられたアメリカ軍であったが、陸軍は元々半ば内陸の国家となった合衆国の内情に合わせて 優先的に陸空軍に予算が振られたことによって史実に於けるM60に近い性能の戦車を複数配備することに成功していた。また、空軍もコンベア社が開発した機体が配備されており、OCU側にこそ 劣る物の中国軍機を撃墜する分には十分な性能を持っていた。そして、もう一つ中国軍を苦しめることになったのが陸軍の錬度と住民の抵抗である。アメリカは第二次大戦で多数の航空隊と 海軍戦力こそ失っていたが、戦車隊や歩兵部隊は比較的損耗が少なく敗戦後でもその実力を十分に維持できていた。住民に関しては比較的被害が薄かったとは言え、戦中の中央共産党の 蛮行を覚えている物や、向こうの中国共産党の思想がセクトに近いものだと情報が流れていた為、いち早く非難や抵抗が行われ始め、レジスタンスと化した住民たちに手を焼いていた。 アメリカ植民地侵攻が遅々として進まない中、比較的距離の近いFFRのエストシナ陸軍が援護を始めた為、中韓合同軍は予想を遥かに上回る。被害が発生し始めるが、それでも根拠地の 近い中国から送られてくる陸軍に対して戦線は少しづつ後退、年が明ける頃には朝鮮との国境地帯まで軍を進めていた。そして、この後の行動が中国の明暗を分けることとなる。 切っ掛けはとある抗日義勇兵部隊が朝鮮の国境線へ近づいたことにより朝鮮王国の国境警備隊が警告、それを無視した抗日義勇軍が国境を侵すことによってOCU、朝鮮王国さらにBCが 中国に宣戦を布告した。 アメリカ植民地奪還と第二次東シナ海戦 宣戦布告後直ちにOCUは周辺艦隊を東シナ海へと派遣、中国もアメリカから購入したミサイル駆逐艦や艦艇を使用して対抗しようとするが、艦性能、錬度の全てにおいて劣る中国海軍が OCUに勝利できるはずも無く就役したばかりの新戦力たちはその悉くが、戦艦や原子力空母が出るまでも無く沈められていくことと成る。 その後東シナ海はOCUによって完全に封鎖され、中国は完全に援軍と補給の目処を断たれる事となる。孤立状態に陥った中韓軍は完全に包囲された中で各国陸軍の猛攻に合い、 更に多数脱走兵が都市部に逃げ込んで市街戦に発展南京以来の一大市街戦が行われ多数の元中国陸軍部隊が殲滅されることとなる。この際、中国は再び列強によって南京のような 虐殺が起こされたと主張したが、明確な証拠の元に正統な軍事行動だったと言うことが証明されている。 逆侵攻と中国の敗北 今回の布告なき戦争行為に対しての謝罪や賠償を要求するも中国と韓国は拒否し徹底抗戦の構えを見せる。コレに対して日蘭側は連盟史上2回目となる連合軍を結成、中国に対して攻撃を開始する。 この行動に対して中韓はアメリカや東西側諸国に対して参戦を要求するも両陣営はコレを拒否、中韓は2カ国で連合を相手取ることになる当初中国共産党は上陸してくるであろう連合軍に対して ゲリラ戦も駆使して攻撃を行う積りであったが、連合が選択したの嘗てアメリカのも行った徹底的な戦略爆撃であった。 投入された各国戦艦や日蘭の長距離爆撃機、通常タイプの弾道弾を用いて中国内の生産施設やインフラ設備を完全に破壊し、爆撃を続ける連合に対して尚も徹底抗戦を主張する中国共産党であったが 国民の反乱や蜂起によって統制が聞かなくなってきたことによって軍を維持できずに降伏、第二次中華動乱はこうして幕を閉じることとなる。 25 :ナイ神父MK-2:2016/01/22(金) 00 58 00 敗戦後 敗戦後の中韓に課せられた罰ははかなり厳しい物となり、同盟やOCUの怒り具合を明確に表していた、その内容は 各自治区を連合指定の国への併合 核・弾道弾開発の禁止 一定排水量以上の軍事関係の船舶開発の禁止 今後20年の航空・陸戦兵器の開発の禁止、 弾道弾の開発の禁止、 史実側の日本との領有権問題になっている対馬、竹島、尖閣諸島等の権利主張の禁止 と成っている。 そして、動乱終結後のアメリカでは国民が手のひらを返した様に政府の親中姿勢の批判をはじめ、大統領らは対応に奔走する事なりさらに、今回見られた日蘭との戦力差や中国の新政府の希望によってされに手を広げなければいけない 事態に頭を悩ませることと成る。
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749: トゥ!ヘァ! :2022/02/17(木) 18 36 47 HOST FL1-119-244-228-153.kng.mesh.ad.jp 日蘭世界 各国のパワードスーツ開発事情 日蘭がパワードスーツ(PS)を発表して以降のOCU以外の国々のPS開発情勢を説明していく。 202X年現在では各国の主力歩兵装備として普及している代物であるが、実は出だしの頃ではOCU以外の国々はまともなPSを開発できなかった。 第一世代PSが登場したばかりの1960年代。当時のOCU以外の主要勢力(イギリスのBC、フランスのFFR、アメリカのCIS)はOCU、特に日蘭と比べ非常に技術力が遅れていた。 これは戦前における大軍拡の弊害と戦中、戦後の被害復興や植民地統治に余力を取られたことも影響している。 60年代ごろでは大凡20年。分野によっては30年ほどの技術の隔たりが存在しており、各国は自国の整備と同時に日蘭に追いつくための非常に厳しい開発競争を強いられていた。 そんな中で登場した第一世代PSは世界中に驚愕を与え、これの開発に邁進しだす流れを作りだしたのだが、これには非常に大きな技術差が壁となって立ちふさがった。 1960年代の日蘭世界は日蘭以外の国々も史実の同年代よりは大きく進んでいたが、だからと言って新技術の塊である日蘭のPSへは届かなったのである。 幸いPSに使用されている技術には少なくない数の枯れた技術が存在しており、各国も同様の兵装を研究していた。 こうして各国も挙って実用化したPSというのが、いわゆるパッシブ式PSというもの。 これは動力を組み込まず、操縦者の動作や重力、てこの原理などを使って着用者自体の動きを補助する代物である。 高度な電子制御や動力を必要とせず、重量やコストも必要ない正にアシストスーツというべき代物である。 欠点は非動力、非高度電子技術の代物なので日蘭が送り出したPSには性能が遠く及ばないこと。 日蘭以外の国々が用意したのはあくまで着用者の動きを補助するパッシブPS。 対して日蘭が送り出したのは高度は電子技術によりスーツの動きが補正され、搭載された大容量バッテリーや小型内燃機関などの動力により非常に強力な膂力を生み出すいわゆるアクティブPSという代物である。 歩兵の動きが幾分楽になる程度のパッシブPSに対して、歩兵がフルオートの7.62mmアサルトライフル程度を余裕で反動制御しながら、険しい山々や市街地をぴょんぴょん、ずんずんとパワフルに進んでいくアクティブPSでは大きな性能差が開いていた。 各国はこの性能差をどうにか打開しようとあれこれ努力してみたものの、単純な技術力差と日蘭に先んじて特許を押さえられたことによる抑制により余り上手くいかなかった。 この時期では実物が殆ど手に入らなかったのも大きいとされる。 唯一イギリスが空気圧縮式人工筋肉による空圧式アクティブPSを開発していたが、人工筋肉という名の頑丈なゴム風船が戦場や土木の場による蛮用に耐え切れず度々破損してただの重りになるなど、この時期ではまだまだまともに扱えない代物であった。 フランスなどは自慢のバイオテクノロジーを用いて歩兵そのものを強化し、無理矢理重い装備を持たせて無理矢理重装備付きPSを軽快に動かすなどの逆転現象まで起きていた。 そんな各国が四苦八苦している中で流れを変えたのが1960~1970年代に世界中を襲った大災害である。 地震、津波、台風などが立て続き世界中を直撃。OCUは勿論その他の勢力においても大きな爪痕を残した。 各国はこれに対しては理性的に動き、対応。余力があれば他国の救援にも赴いた。 この際に外国…主にBC領やFFR領などで活躍したのが日本から訪れた救援隊と、彼らが運用していた救助用PSである。 悪路を物ともせずパワフルに動き回り、瓦礫を人の手でどけ、多くの物資を人力で被災者に届けたそれは現地にとって非常に頼もしく見えた。 750: トゥ!ヘァ! :2022/02/17(木) 18 37 40 HOST FL1-119-244-228-153.kng.mesh.ad.jp そのため必然各国がこれまで以上に日蘭製、強いてはOCU製のPSを追い求めたわけだが、勿論駄目!論外!無理!OCUはこれを拒否!! しかし各国も諦めない。大量に実物を手に入れる機会!人道に訴えかけることによるワンチャン!これを掴まなければOCUとのPS技術差は10年20年程度では収まらず更に突き放される! この時ばかりは普段いがみ合っている英仏米などがWW2の時のように一致団結し交渉に当たった。 遂には国際会議の場においてまで議論が発展。あーだこうだ、駄目だ、なんとかかんとかと喧々諤々の会議が繰り広げられ、なんとその議論は発端となった実務者会議から数年にも及んだ。 そして1970年代に入り、ようやくというか呆れたという感じなのか日蘭が折れた。 旧式で尚且つ日蘭以外のOCU加盟国が開発したPS。しかも輸出用の機能限定民間品であるならば各国へ輸出して良しという成果を勝ち取ることに成功する。 また各国へ“輸出したPS自体”の軍事利用は基本禁止という条目も付け加えた。 英仏米はまるで戦争に打ち勝ったかのように各国の関係者が肩を抱き合って万歳と叫んだという。 対して日蘭ことOCUからすれば、既に民間にも普及している代物。OCUの防諜体制は優秀であるが、民間にも凄まじい勢いでパッシブ型PSが広まる昨今では遠からず他国に相応の量が漏れるだろうということは想像に難くなかった。 逆に今輸出を解禁すればOCU諸国にとっての商機になる。日蘭以外の国々が開発したPSという条件を加えたのも、これを契機に各国独自のPS開発を加速させるためであった。 OCU県内ではPSを初期に開発した日蘭のブランド力が強すぎたのか加盟国間のPS開発が思ったよりも進んでいない問題が存在していたという点もある。 日蘭は今回のアクティブ型PS輸出解禁を契機にOCU内のPS開発速度の鈍化という面を改善させることを目論んでいたのである。 なお日蘭国内においては輸出解禁を条件にOCU加盟国以外の国々におけるPSの軍事利用を禁止させてはという声も出ていたが、流石にこれは各国の反発が大きすぎるということで却下された。 PSというのは核と違って歩兵の装備であり、今後必需品になるであろう装備。 日蘭首脳部からすれば小銃開発と運用を禁止させるようなもので、各国は絶対に飲まないであろうという想像をありありと出来た。 何より各国が今回アクティブ型PSを求めたのは表面上あくまで今後の災害に対応するためのというお題目であり、これを出しにして各国のPS運用・開発を大きく制限しようとしては余りにも仁義に反するという考えが存在していた。 無論そんなこと単なるお題目であることは理解していたが、ここで余りにも阿漕な取引を持ちだしては逆に国の信用が損なわれるという日蘭からすれば非常に嫌な線を責められていた。 国の信用は大事である。引いては外国のみならず、OCU加盟国への信用にも直結する。 特にOCU加盟国や、今後加盟してくるであろう追加の国々へ悪印象は残したくなかった。 何より前述の通りどのみち遠からず漏れ出すだろう代物なのだから、ここで突っぱねてもどうせ各国が裏で実物使って本格的なアクティブ型の研究を始めるだろうことは目に見えていた。 とは言えリバースエンジニアリング(Reverse engineering RER)を25年間制限するバーゼル条約の存在もあり、大凡80年代後半までは各国は表立って高性能はアクティブ型PSを出してくることは難しいという予測も存在したし、何より日蘭には各国をあっと驚かす切り札が存在していたのだ。 751: トゥ!ヘァ! :2022/02/17(木) 18 38 35 HOST FL1-119-244-228-153.kng.mesh.ad.jp こうしてOCU諸国からアクティブ型PSの輸出が解禁された各国は挙ってこれを買い漁った。 とは言え買ったPS自体は軍事利用できないので、これを解析して手に入れた技術や知識を用いて自前のパッシブ型PSの強化を行った。 無論バーゼル条約のRER禁止という部分に触れない程度のノウハウ流用に留まった。 下手に条約に引っかかることがバレたら日蘭が焼きに来かねない。奴らは細菌兵器を開発している!(かも)ということでニューヨークを民間人ごと徹底的に焼き払った前例を持つ国である。 やるといった連中はやるということを各国はよーく理解していた。 こうしてOCU以外の国々が「まんまとしてやったぜええ!!」と喜び始めた1970年代。 そんな狂騒を吹き飛ばす爆弾が日本から投下された。 第二世代“重”PS士魂号こと通称ドラム君の登場である。 従来のPSよりも大柄なそれは真正面から小銃弾を弾き返し、正面装甲なら12.7mmすら効かないという歩兵装備として常識外れの頑強さを発揮していた。 そんな重装甲で大柄な見た目に関わらず既存のPSに負けず劣らずな非常にスムーズかつパワフルに動きを可能としており、膂力に見合った大型兵器(12.7mm携行機関銃など)を手にしていたそれ各国からすれば詐欺であった。 日本「お前らは今からこんなの詐欺だろ!という」 各国「こんなの詐欺だろ!…ハッ!」 してやったりと思っていたらしてやられた。各国関係者はそう強く思ったという。 日蘭はこの第二世代重PSという既存のPS事情を覆す切り札があったからこそ、他国への民間PSの輸出を認めたと言っても過言ではなかった。 この常識外れの兵器はOCUPS輸出解禁の後に出てきたもののため、解禁令に触れるものではなく、開発も取りあえずは日本のため当分は市場に流れることがないとされた。 というよりも第一世代PSと比べて同に見ても軍事兵器一直線のため絶対売ってくれない。 そして各国は嫌でもこの超兵器に対抗するための兵器を開発しなければならないというジレンマに陥っていった。 各国のPS開発は惑わされずに既存の第一世代PSの延長線上であるいわゆる軽PSという声と、ドラム君に対抗できる大型PSである重PSを開発すべきという意見に分かれ混沌を極めていた。 各国は図らずとも自国のPS研究・開発事情を日本の発表したドラム君に大きく乱されることとなったのである。 しかしここで改めて立ちふさがる技術力差!バーゼル条約によるRERの禁止!本格的なアクティブ型PS開発を始めたための予算と人員の集中! 改めてドラム君に対抗できる重PS開発は無理!無茶!無謀!各国のPS開発情勢は絶望に叩き落されることとなる。 こうして日蘭は各国へ旧式PSを売り出すことにより外貨を稼ぐことに成功しながらも、OCU内のPS開発状況に切っ掛けを与え開発速度の改善に成功し、ドラム君の発表による軍事的優位の維持と各国のPS開発状況の混乱をもたらすという一石二鳥どころか一石四鳥というべき策謀をやってのけたのであった。 752: トゥ!ヘァ! :2022/02/17(木) 18 39 08 HOST FL1-119-244-228-153.kng.mesh.ad.jp 話を戻してOCU以外の各勢力のPS開発状況。 日蘭にまんまとしてやられた各国であったが、それでもPS開発速度が向上したのは事実であり、戦力や民間の活力向上に成功したのも事実であった。 そんな各国を悩ませたのは勿論世界初の重PSこと士魂号への対抗策である。 制空権を取れていれば、遮蔽物のない広い平原に出ていれば戦車や戦闘ヘリや攻撃機で対応は十分可能であるが、相手は腐っても歩兵が操るパワードスーツ。 基本的にぶつかるであろう状況は市街戦や森林、山岳といった遮蔽物の多く入り組んだ環境。 幾ら自国の歩兵がPSにより強化されているとはいえ真正面から12.7mm弾くような化け物とまともに当たれば粉砕されるだけということは各国は十分理解していた。 では同じ重PSを開発すればいいかというとこれも無理。技術力不足、バーゼル条約により足かせ、特許による壁。幾つもの難題が存在していた。 そんな1970年代半ばの中で一石を投じたのがアメリカである。 「同じサイズの兵器では対抗できない? 逆に考えるんだ。大型化しちゃってもいいさって」 といった脳筋思考により誕生したのがHeavy armored Walker(ヘビーアーマードウォーカー)略してHAW(ハウ)である。 全高は4m越え。下半身は柔軟に動く二足歩行を完成させられなかったので脚部にローラースケートのような車輪くっ付けて走るという大型歩行(しない)兵器である。 12.7mmを弾ける装甲!12.7mm機関銃どころか20mm機関砲すら装備!ロケットやミサイルだって扱える! 正に対ドラム君用決戦兵器!アメリカの生み出したウォーマシンである! …では世界からの評判はどうだったのか。アメリカは勇んでOCU以外で初めて実用化した重PSだと宣伝していたが、どこからどう見ても別物である。 足が車輪などので思ったより早く動くがドラム君ほど柔軟かつ身軽に動けないので小回りが利かない。 装甲も固いし、武装も強いが比較対象はどちらかと言えば装甲車。パワードスーツというよりもロボット兵器。 装甲車とどっちが強いかと言われればちょっと悩むそれが、パワードスーツなど誰も信じなかった。 まあ残当な評価である。 実際の運用に関しても全高4m越えなのでトンネルに入れない。入る場合は横倒しでの輸送に限定されている。 小さな橋は渡れない。デカくて固くて大口径持ちなので勿論クソ重いため。重武装の装甲車や歩兵戦闘車と同じくらい。 小回りが利かないので随伴歩兵必須。単独行動は死あるのみ。物陰からの対戦車ロケットやミサイルに非常に弱いぞ。 脚部といっても人間のような足では全く安定しなかったため、足というより胴体にそのまま小さな土台が二つくっ付き、それぞれに車輪が付いているようなものである。因みにキャタピラ版もある。 小柄で平べったいトラクター二台を足としてくっつけているようなものと言えばわかりやすい。 そんなんだから下半身は左程高くなく、全高4m越えの長身を占めるのは大体上半身である。 そんな感じのこれって戦場に出してもいいの?ってレベルの兵器であったのだが米軍は胸を張っていった。 「出せる。超出せる!」 753: トゥ!ヘァ! :2022/02/17(木) 18 40 22 HOST FL1-119-244-228-153.kng.mesh.ad.jp というのもこのHAW第一号ことHAW01パワフル君。 想定されている運用は米国内である。そう。こいつ防衛兵器扱いなのだ。 米軍の想定は自国に攻め入ってきた敵部隊を都市部において歩兵部隊と連携して叩き出すための兵器といった具合で、敵の重PSとか装甲車が来たらこいつの出番だよ!という感じである。 自国内の都市で戦うから物陰からのRPGやミサイルもあんまり気にしなくていい! 自国内のインフラで戦うからちょっと重くても輸送体制は整っている! ちょっと動きがぎこちないけど、自国内で戦うので歩兵の支援は十分当てにできる! という感じでものすっごく開き直った兵器として開発されたのであった。 実際日蘭側から見れば都市に籠られた場合は非常に面倒な兵器として見られていた。 町中に籠りながら随伴歩兵を伴ったこいつを真正面から倒すのは少々骨が折れると評価しているのだから、パワフル君の目的は果たせたと言えよう。 事実日蘭はこいつの評価を定めた後で重PS開発を加速させており、真正面から20mm対物ライフルや接近戦用大型メイスなどを分回すようになった2・5世代PSや更に火力を向上させた第三世代PSなどを出してくるようになった。 話を戻して各国からの印象。割とボロクソに言われたパワフル君であったがアメリカ以外の国々は内心「そういうのもあるのか」と意外とすんなり受け入れていた。 というわけで各国も挙って似たような重PSモドキを開発しだした。 イギリスのKnight Mare Frame(ナイトメアフレーム)ことKMF。フランスのRobe de dragon(ドラグーン・ドレス)ことRDD これら全高4m以上の大型兵器はOCUの運用する対重PS用ロボット兵器として徐々に広まっていき、いつの間にか世間ではfake suit(フェイクスーツ。略してFS)と称されるようになっていった。 最も当の重PSモドキを運用する国々はこのFSという呼称を嫌っていたが。 日蘭も前述の通り対抗するために重PSの改良を続け、専門家が進み、大型化していった。 軽PSに関してもこれらFSに対抗できるだけの機動力と打撃力を求めていき、装備の専門化が加速。 OCU全体でPSの恐竜的進化が巻き起こっていった。 特に第一世代PSの特許が完全に切れ、第二世代PSに関してもバーゼル条約が無効となり数年が過ぎた1990年代は世界中でPSやそれに対抗するFSの大型化が巻き起こっており、パワードスーツによる恐竜時代と称されるある種の狂気的なお祭り騒ぎが続く時代となっていた。 これが落着するのはオランダが第四世代をお披露目し、第二世代PSに関しても本格的に特許の切れる2000年代半ばとなってからであった。 こうして遅くても2010年に入るまでは各国PSの恐竜的な進化は止まり、歩兵の動きを助け、運用の幅を広げるという原点に立ち返ったパワードスーツが改めて各国のスタンダードとなり、歩兵装備のスタンダードPS(軽・中PS)と重火力と壁役を兼任する大きすぎない重PS(全高は4m前後あたり)という二役に落ち着いていくこととなる。 こうして世界はある程度落ち着き、PS業界にも平穏が訪れたのであった。 2030年日本「そんなに…僕の力が見たいのか!!(電磁バリア持ち第五世代PSを発表)」 各国「お前が勝手に見せびらかしてきたんだろ!バーカ!アーホ!どうすんだよこれ!!」 軍拡競争とは悲しいマラソンである(棒) 754: トゥ!ヘァ! :2022/02/17(木) 18 41 13 HOST FL1-119-244-228-153.kng.mesh.ad.jp 〇解説 OCUパワードスーツ輸出解禁条約 名前が思いつかなかったので誰か良さげなのをください(涙) 1970年代に各国からの懇願に折れたOCUが締結した条約。 OCU製パワードスーツの海外輸出が解禁に関するあれこれをまとめたものである。 OCUから輸出するのは日蘭以外の加盟国が開発したパワードスーツのみである。 輸出するパワードスーツは基本的に民間用。更に機能制限を付けたモンキーモデルとする。 輸出されたパワードスーツを軍用目的に使用してはならない。破った場合は燃やす。 バーゼル条約に基づき25年はリバースエンジニアリング(RER)禁止である。民間用など、ある程度黙認するけど大っぴらに軍用を見せびらかすようなら燃やす。 大体はこんな感じ。輸出PSの軍事利用禁止もあくまで輸出されたPS自体を軍用目的に運用することが禁止されているだけなので、輸出PSから学んで自国で開発したPSならば軍事利用も可である。 最もバーゼル条約によるRER禁止があるため、露骨なコピー機やらは表に出せない。 このため各国は既に配備していた自国製のパッシブ型PSの改良に取り組み、本格的なアクティブ型PSの配備はバーゼル条約の適応外となる25年後と第一世代PSの本格的な特許切れである1990年を待って行うことを想定していた。 まあドラム君の発表で全部想定吹っ飛ぶのだが… フェイクスーツ Fake suit(フェイクスーツ)略称はFS。 日本が送り出した重PS士魂号ことドラム君に対応するために各国が送り出した重PSモドキの大型ロボット兵器群の通称。 ドラム君対抗兵器を開発しようにも技術力不足と特許の壁とバーゼル条約によるRERの制限により、上手くいかなかった各国が苦肉の策で出してきた大型兵器。 最もやはり技術力不足と諸々の制限がたたり、重装甲で火力はあるが、小回りが利かず、重量も嵩むため、正規の重PSと比べ運用に大きな制限が付いて回った。 初期はアメリカのパワフル君のように自国内で運用する前提の防衛兵器として開発されたが、技術力の発展により徐々に重PSの代わりとして各国が前線運用し始めた。 特に空挺戦車や水陸両用戦車や歩兵戦闘車などの代わりとして重宝されており、人型以外にも様々な形のFSが生み出された。 特に世界中でPSの特化、大型化が進んだ1990年代では更に大型化したものが多く、世界的な平均全高は6mを上回っていた。 ドイツの全高8mにもなる大型重PSギガントマキアと、アメリカの全高10mにもなる大型FSレックスは恐竜的進化の象徴と言えよう。 諸々の特許が切れる2000年代からは各国も本来の重PSを開発しだし、第四世代の発表と合わせ従来の歩兵の運用幅を広げるための兵装という本来の目的に立ち返った結果、大型で扱いにくいFSは重PSへ統合され次々と退役し、その姿を戦場から消していくこととなる。 最もこの狂乱的な時期に鍛えられた各種技術が各国の重PS開発に活かされており、それ以外でも支援兵器や極地兵器などの大型化しやすい兵器ではFSの子孫とも言える代物が多少ながら残り続けている。 755: トゥ!ヘァ! :2022/02/17(木) 18 41 50 HOST FL1-119-244-228-153.kng.mesh.ad.jp ギガントマキア ドイツが試作した超大型重PS。 1990年代当時の大型化する各国兵器に対抗…いや圧倒するために開発された。 モデルはフルメタルパニックのアームスレイブ(AS) 全高8mもの大きさながら人間と左程変わらないフォルムを保っており、走って、飛んで、前転や側転だって出来る運動性と柔軟性を見せつけた。 試作機として3機が完成。しかし完成後改めて「こいつどこで何を相手に運用すんだよ」という当たり前の問題にぶち当たり正式化されることはなかった。 幾ら大型化が進んでいるとはいえ各国の大型兵器もここまでデカいのは早々存在しなかったからである。 また運用するのだって、どうやって戦場に運んで、回収して、修理してとするのか頭から抜け落ちていた。 結局維持コストも馬鹿にならないので早々に二機が解体され、一機を目を輝かせた日本が引き取って博物館に飾ってある。 レックス アメリカが開発した超大型HAW。ぶっちゃけ小型化されたメタルギアレックスそのまんま。 流石にレールガンや核は搭載していないが、対人レーザーなどは搭載している。 全高10mを誇る世界最大の二足歩行兵器としてギネスに載っている。 目的は単独行動可能な大火力・報復兵器として開発された機体であり、アメリカ各地に配備、潜伏させ、いざという時には単独で敵地に侵攻。 各種破壊行動から化学兵器や大威力爆薬を用いた報復を行うことを目的としていた。 大型化したのは各国の重PSや大型FSなどを単独で相手することを想定していたためである。 幸いなことに試作機の一機が完成した際に「翌々考えたらここまでデカいのはいらないべ」とアメリカが正気に返り開発を中止。 ここら辺三機も作ったドイツよりはアメリカは理性的であった。 開発中止後は解体するのも勿体ないからとアメリカの威信と技術力を発信するための兵器として世界デビュー。 前述の通り最も巨大二足歩行兵器としてギネスを飾った。 その後はスミソニアン博物館において専用の展示施設をもらい子供や大人の歓声をもらいながら余生を過ごしている。 756: トゥ!ヘァ! :2022/02/17(木) 18 42 49 HOST FL1-119-244-228-153.kng.mesh.ad.jp 士魂号 日本が世界に先駆けて実用化した重PS。通称はドラム君。 着ぶくれした宇宙服の頭がドラム缶になってる感じを想像してもらいたい。 モデルはとある魔術シリーズに登場する学園都市の駆動鎧。 こいつが完成間近だったため、日蘭は第一世代PSをモンキーモデルとは言え各国に売り出すことを決めた。 正面装甲でしか12.7mmを受けられなかった初期型、側面や背面も一応平気になった士魂号改、重量が上がり機動性は落ちたが正面装甲限定で20mを数発なら受けられるようになった第2・5世代の士魂号改二。 その他色々なマイナーチェンジモデルが存在する。 因みに士魂号改二になっても何発も20mm受けると流石に辛いので、防ごうとする際は素直に専用の大型盾を使おう。鈍器にもなる盾だぞ。 なお日本脅威の技術により士魂号改二になっても全高は3m半程度であった。 HAW01パワフル アメリカの開発した重PSモドキでフェイクスーツの先駆けのようなもの。通称はパワフル君やらパワ公やら。 色々説明した通りパワードスーツというよりも変なロボット兵器と言うべき代物。 初期の兵器のため運用するにも色々苦労があったが、なんやかんや言ってリアルメックに憧れる米兵たちからは愛された模様。 型落ち旧式化してかはらアメリカ率いるCIS諸国に輸出され、武装を外されヘンテコ重機として民間で運用される姿が各地で見られている。 イギリス式空気圧型アクティブパワードスーツ 第一世代PSが発表され、OCUからのPS輸出が解禁される前にイギリスが研究、開発を行っていたPSの一種。 圧縮空気を用いてゴム型人工筋肉を膨らませて人体を補助するアクティブ型に分類されるパワードスーツである。 最も初期においては簡単に人工筋肉が破裂、断裂したためまともに運用することは不可能であった。 その後OCU製PSの技術や知識が入ってからも黙々と改善が進み、1990年代には武人の蛮用にも耐えるレベルまで改善に成功した。 しかし、この時期は丁度良く第一世代PSの特許が切れる時期であり、正規軍はそちらに以降。 空気圧式PSは軍には殆ど採用されず、専ら民間で活用されることとなった。 空気圧のおかげで駆動音が低いため、住宅街での警護や介護作業などで主に活躍している。 同様にこの駆動音の低さに目を付けた特殊部隊用が敵地進入用ステルスPSとして採用し、一部で運用されているとかいないとか。 フランス式強化型パッシブ型パワードスーツ イギリスの空気圧式PS同様に第一世代発表以降、OCUパワードスーツ輸出解禁以前にフランスで考案され、実用化されたPS。 PSというが実際には着込む側の人間を投薬などで強化して、無理矢理大重量の防弾プレートや軽機関銃などを運用できるようにした代物。 フランス的には筋力が上がればパッシブ式で重要な体の動きによって生み出されるパワーもより大きくなり、更なる大重量物を保持しての行動も可能になるだろうという割と合理的っぽい思考の下で開発?された。 最も結局人の筋肉という天然物に頼るため、動力を使うアクティブ式と比べ限界があり、あくまで人の力を利用するパッシブ型PSの強化モデルの一つにしかならなかった。 OCU製PSの輸出が解禁された際には素直にそちらの技術を燃やされない範囲で使った強化パッシブ型PSへ主流を移している。 強化パッシブ型PS普及後も旧投薬部隊は精鋭部隊の一つとして数えられるなどなんやかんやで活躍したらしい。 重PSの名称 OCUではドイツやオランダで流行り出したヴァンツァー予備。 BCではイギリスが開発した自国FSで名乗り出したKMF。 FFRでは重PSのことをドラグーン・ドレスことRDDと呼び出す。 アメリカは重装甲歩行機ことHAW(ハウ)と呼んでいる。 OCU以外は重PS対策で開発された大型FSの自国通称から来ている。 OCUのヴァンツァーはヴァンダー・パンツァー。歩き回る戦車という意味。 BCのKMFは夢のような騎士の馬の鎧といった意味合い。 HAW(ハウ)に関してはHeavy armored Walker(ヘビーアーマードウォーカー 重装甲歩行機)の単なる略語。 ドラグーン・ドレスことRDDは竜騎士の装いという感じである。 757: トゥ!ヘァ! :2022/02/17(木) 18 43 30 HOST FL1-119-244-228-153.kng.mesh.ad.jp 投下終了 前に話題に昇った各国のPS開発へのテコ入れ諸々です。 いきなりのことだったから大変だった(小並感)
https://w.atwiki.jp/teitoku_bbs/pages/3341.html
371 :ナイ神父MK-2:2015/09/14(月) 23 41 39 日蘭世界ゲート編 21世紀になって十数年ほど経過した頃、世界数十箇所※1に歪みの様なものが発生、各国が調査に乗り出そうとした所、歪みから所属 不明の軍隊や船が出現した。コンタクトを試みると何と自国の過去の国名を出したという報告が複数の国で確認された。 情報の解析を行っていくとどうやらお互いが平行世界の地球であることが解かり各国は驚愕しながらも 違う歴史の自国と交わっていく。 日本 日本では相手が未だに帝国を名乗っていることに拒否感を覚え、否定的な発言を繰り返す人間も見られ、 特に一部の政党や新聞が悪意があると見られてもおかしくない発言をしてしまった為、首相や外務省が 謝罪に追われるという自体も見られた。 それだけでなく、中国沿岸部同士で繋がった地域から大量の難民に紛れて海賊が流入してきた為、対応に 追われその中で対応が遅れ、自衛隊に多くの殉職者が出てしまい皮肉にも法改正を進ませるという事態※2 が発生した。 中国 中国はある意味で悲惨だったゲートが最も多く開いた中国では同時多発的に複数の中心都市に難民と盗賊かした 軍閥の軍が武器を持って暴れた為混乱が広がり、更に国内の投資家や企業が向こうの中国の手付かずの資源や 土地に目が眩み、中国が中華の泥沼に嵌るという事態になっていた。 オーストラリア オーストラリアでは政府が頭を抱えていた、オーストラリアがオランダの物になっていた事には驚いたが、 問題はそれからだった、一部環境保護団体が帝国やオランダの捕鯨船へ妨害を加え、それに対してオランダ や日本が抗議を行い妨害を行った団体メンバーを引き渡すように求めたが、国民がそれに反発し、一時は オーストラリアが向こうの国でテロ支援国家として認定され艦隊が派遣されそうになるまでの事態に発展 仕掛ると言う事態になった。※3 アメリカ アメリカでは大統領が自国と日蘭連合の戦力比に頭を悩ませていた。日本とオランダどちらかだけなら 自国と同等程度という事が大半の意見であったが問題は国内に進入してくる日蘭世界のアメリカ中央部 の共産党工作員と、向こうの敗戦の歴史を聞いてヒートアップしている国民であった。 もし開戦すれば事実上、向こうの先進国をほぼ全て敵に回してしまう、そんな愚行を避ける為、大統領は 今日も苦心する。 ※1 ゲートの内訳は 太平洋3箇所(ハワイ・オーストラリア・アラスカの各沖合い) 大西洋中心に1箇所 ユーラシア(ロシア3箇所・EU各国に一つ・中国が各省ごとに10箇所・インドと中東に一箇所・朝鮮半島南北に一つ) アメリカ(西海岸・中央北・中央南・東海岸に一つずつ) ※2 一部議員がいつもの不法入国者の感覚で対応してしまい、一部は自衛隊の封鎖を突破して 沖縄本島や対馬・九州などに上陸し、多数の市民も犠牲になっている。 ※3 一部有識者や国民更には議員までが団体を援護し、団体も援護に勢いづいて抗議を反論して更に妨害 を続けると宣言した為、日本やオランダの政府はオーストラリアが支援しているのではないかという 不信が強くなり、止めに船に乗り込んだ団員の一人が乗組員ともみ合いになり海に転落させ事故死 させてしまった為。
https://w.atwiki.jp/teitoku_bbs/pages/3345.html
993 :ナイ神父MK-2:2015/09/23(水) 22 32 25 日蘭世界 宗教条約締結 世界宗教条約、第二次世界大戦後初めて国際連盟で締結された条約はこれであった。 内容は、戦争中に捕虜となった兵士への宗派確認の義務化、宗教上の禁止食品の捕虜への 提供の禁止※1、また、教義上の特定の時間での礼拝の許可など、戦時中における宗教の扱いが 事細かに書き記されている。 この条約が締結に至った背景には第二次世界大戦で発生したあることが原因である。 それは、戦後の軍事裁判であまりにも捕虜虐待で処罰される兵士が仏米※2に多かったことが挙げられる。 また、裁判中に虐待に関わったほとんどの人間からは人種や宗教における差別意識から行ったとする証言が見られ、※3 これはキリスト教系に対する大きなマイナスイメージとなってしまい、特にバチカンを初めとした各宗教団体 に大きなダメージや混乱を与え一時は、賠償が重くなるのでは?と敗戦国に大きな波紋が広がった。 自体を重く見た日蘭同盟は国際連盟再始動後にすぐにこの条約を議題として提出した、 提出当初こそソ連を初めとした一部国家の強い反発により、締結は難航するかと思われたが 、意外なことに本来仮想敵国である英国※4を初めとした一部旧連合国家が賛成に回り 条約締結に成功するに至った。 この条約締結によって大英帝国はインドを繋ぎとめる事に成功し、フランスやソ連は条約締結を 阻止できなかった為、国家の威信を下げる結果となった。 ※1 イスラム教における豚肉やヒンドゥー教における牛肉などが禁止食物として上がっていた。 ※2 英国は余裕も無く食料も不足いていた為、食料を無駄には出来ず捕虜をとり次第すぐにドイツや オランダ本国と交渉を行い捕虜変換していた。逆にアメリカやフランスは食料などに余裕が在る分 戦況不利の不満が捕虜へ向いた面が見られた。 ※3 一部兵士が捕虜に宗教上禁止されている食物以外を与えず餓死に至らせたり、やむ終えず食べた 兵士が多大な精神的負担を受けたという報告が各調査により判明した。 ※4 これは、英国がインドを重要視しているということを国内外にアピールし、自分たちが米仏とは 違うことをアピールする狙いがあったと思われる。