約 124,891 件
https://w.atwiki.jp/desuga_orimayo/pages/53.html
【傷だらけの天山乗り、ガリアを遠く眺めるラフライダー】 軍艦「日向」。後には「伊勢」も参加する第七航空戦隊隷下の戦闘第六六六航空隊は、 変わり種の人材が集うことで、後世にも名前を知られている。 指揮官からして、良くも悪くも有名な出雲財閥の末娘であり、他にも上官へ歯に衣を着せないカールスラント空軍のベテランエース、 戦闘神経症からアルコール依存症になりかかったオラーシャの戦爆屋、陽気なことこの上ないが特異過ぎる趣味を持つロマーニャの若手、 後に戦隊作戦参謀と結ばれた重爆キラーのエースなど、普通の(まともな)人間を捜す方が難しいほどである。 以下に述べる物語も、そんな六六六空に引き寄せられた、色々な意味で変わり種の2人組である。 片や対地攻撃のエキスパート、片や「傭兵」の戦闘脚乗りと、全く分野の異なるウィッチ2人であるが、 ある意味では、彼女達も招かれるべくして、この航空隊へやってきた。 そのように考えるべきかもしれない。以下、拙い記述ではあるが、その経緯をお読みいただければ幸いである。 *一九四四年九月一五日、一三二〇時、ガリア共和国ストラスブール郊外野戦飛行場。第二爆撃航空団指揮所 「司令、先任参謀。入ります」 「どうぞ」 カールスラント空軍第二爆撃航空団。航空機械化歩兵の多くが制空戦闘任務に就くのに対し、 この部隊は対地攻撃のエースが集まる、陸軍部隊の航空支援エキスパート部隊として勇名を馳せている。 近年のウィッチ航空部隊の中では、珍しい部類に入る航空団である。 何しろ指揮官からして「爆撃王」の名前を賜った、エクスウィッチなのだ。 「アーデルハイトか…その顔色では、やはり彼女の様子か?」 「ええ、ハンナ。正直、彼女は後方に回すか、地上勤務への転属を薦めるべきかもしれません」 航空団司令ハンナ・ルーデル大佐。航空団先任航空参謀、アーデルハイト・ガーデルマン中佐。 何れも、嘗てはスオムス方面で対地攻撃任務に勇名を馳せ、その後も戦線を転々としつつ、無数のネウロイを。 幾度となく自らも撃墜されながらも、時には五〇〇ポンド爆弾で、時には三七ミリ機関砲で破砕してきた、 世界各国を見渡しても、対地攻撃任務のスコアで凌駕されたことのない、不屈のエース達であった。 二十歳を境に魔法力減退受け入れざるを得ず、現在は部隊指揮官。あるいは参謀として辣腕を振るっている。 直接の陣頭指揮は、最早為しうることは出来ないが、彼女達の薫陶と教訓を受け継いだ部隊の、技量と士気は高い。 先日、四四年九月初めにガリアが解放されてからは、早速といってよい迅速さでライン川近隣方面へ展開。 カールスラント奪還を目指し、この航空団は陸軍部隊の守護神として活躍している。 だが、そんな彼女達であっても、出来ることと出来ないことは、どうしても存在していた。 「私も久方ぶりに、部下の報告を疑うという行為を思い出しかけました。こちらを御覧ください」 アーデルハイトの持参した一枚の書類は、飛行計画書と報告書であった。 無論、実働ではなく教練戦闘飛行であるが… 正直なところ、航空学校を修了したばかりの若手かと見まごう、精彩を欠いたフライトであった。 そして、これが本当に新米の行ったものであれば、まだ良い。 しかし、このようなフライトを行うほど飛行時間が短いウィッチは、この部隊に存在しないのだ。 「ベルタ・エッカート少尉…正直、惜しい腕前だ。扶桑のストライカーユニットを縦横に活用して、 30mmでネウロイを撃ち抜く腕前は、私の目から見ても有望株と、今でも考えているが」 「やはり戦友を1人、自分のせいで再起不能にしてしまった。 その思いこみが相当に響いているようです。元々が繊細な若手でもありましたから」 「知っているよ。そうでなければ、異国のストライカーユニットをあそこまで、手足のように活用できるはずもない」 彼女達が話している内容は、若手の対地攻撃ウィッチの1人のことであった。 ベルタ・エッカート少尉。 16歳にして空軍少尉と、階級と年齢は至極普通の人材であり、部隊の中でも大人しく、物静かな人物である。 但し、慎重さに裏付けられた飛行技能。特に、恐怖心に狩られやすく、若手には難しいはずの低空追従飛行技能は、目を見張るものがあった。 カールスラント空軍が、自国のJu-87の旧式化に伴い、扶桑皇国より試験的に導入した長島飛行脚製・攻撃機型ストライカーユニット「天山」。 この貴重な、尚かつ低空高速飛行に適正のある新型ユニットを与えられた後、彼女の才能は開花した。 それこそ高度20メートル未満を平然と飛び交い、執拗に三〇ミリ機関砲を陸戦ネウロイに浴びせかけ、かなりのスコアをあげている。 「あれはスツーカより足が速いが、舵等々にかなりの癖を持っている。 それを使いこなして地上のネウロイを、誤射を殆ど起こさずに撃ちぬいてくる。繊細で才能がなければ、難しい所業だ」 「私も一度だけ飛ばしましたが、エンジントルクが凄まじいですからね。それを使って、陸軍から-」 そしてベルタのユニットには陸上部隊からもよく見える、ユニットに太い、白帯が記されている。 友軍からの誤射を避けるための塗装であるが、今は別の意味合いを持っている。 「ネウロイという病巣を的確に摘出する白衣の技師」 そのように親しまれ、たたえられており、ルーデルの目から見ても「今後のエース候補の1人」として、密かに期待を寄せていた。 自分のような、急降下爆撃を主体とした戦闘スタイルとは異なる。 たとえラロスから上空に被られても、巧みな回避機動でやり過ごし、陸軍部隊の正面から、 陸戦ネウロイを叩き出すまで戦い抜くメンタリティは、対地攻撃ウィッチとして必要な、しかし得難い才能であった。 「ですが、自分を庇った戦友が、最早ウィッチとして空を舞うことは出来ない。 その事実までは、容易に受け入れられていません。正直、今の彼女を迂闊に最前線へ出した場合。死にます、確実に」 アーデルハイトの声音は冷たいものであったが、彼女の怜悧な相貌には深い憂慮が浮かんでいた。 激戦地域ではよくある話だが、その日はジグラッドや多脚戦車を中心とした、中大型ネウロイ多数の浸透突破が執拗に繰り返されていた。 当然、第二爆撃航空団も出撃を繰り返し、陸軍部隊の支援を行ったが、精鋭部隊のウィッチも整備兵も人間であることに違いはない。 出撃が続けば疲労も心労も蓄積し、集中力は低下する。エッカート少尉もその例外とはなり得なかった。 普段なら余裕を持ってかわすことの出来る、ラロス改の緩降下攻撃によりユニットに数発被弾。 大きく速度を落とし、不時着か墜落か。何れかしかない状況において、 この方面へ一個航空群を派遣していたロマーニャ空軍のウィッチが、彼女を救ったのだ。 彼女も激戦の中、主要火器のブレダ12.7ミリ機銃を撃ち尽くし、サイドアームとしてやむを得ず装備していた、 M30型機関銃-粗悪品として名高い-を至近距離から撃ち込み、撃墜することに成功した。 しかしながらその際、恐らくは戦闘爆撃タイプであったラロスの大爆発により、脊椎を含む体幹部に重傷を負ったのだ。 この爆発の余波により2人とも結果として不時着。シールド出力の強力な天山に助けられたエッカート少尉は、至極軽い負傷で済んだ。 「正直、私も似たような経験はしたことがある。だが、誰もがそれを乗り越えられるとまでは思っていない。 彼女が若手と言うことを忘れ、能力を過信し出撃命令を出した私の責任だ」 高い運動性能と引き替えに、防御力を些か犠牲にしたMC202型ストライカーユニットを履いた、 ロマーニャの勇敢なウィッチは、救助に来たカールスラント陸軍装甲擲弾兵と衛生兵が、一瞬息を呑むほどの重傷を負っていた。 幸いにして、同道していた治癒魔法を持つ陸戦ウィッチによる応急処置。 試験的に導入されていた救難用ヘリコプターによる野戦病院への後送により、 彼女は一命を取り留め、常人としての生活は送れるであろうと軍医は診断している。 しかしそれは、つまり二度と空を舞うことは出来ないと言うことだ。 当人は「戦場ではよくあることだし、気にしなくて良いよ」とエッカート少尉を気遣ったが、 自らの不注意が1人のウィッチの将来を潰したことは、彼女の軍務に於ける能力と態度から、精彩を大きく奪っている。 「いまは責任問題をどうこうしても、意味はないでしょう。 ハンナ、やはりあの提案を、正式な命令としてしまっては?」 「連合軍の『提案』…か。物の見事にライン以東奪還作戦に失敗した、 阿呆の提案というのは不安だけれど、海軍の軍艦へ載せる。それは一種の治療にはなるかもしれない」 航空戦艦「日向」。 扶桑皇国海軍「伊勢」型戦艦二番艦にして、14インチ級主砲を有する戦艦としては最も有力な存在として、平和な時代には勇名を馳せた戦艦。 そして今は、第五砲塔爆発という大事故の後、船体後部を空母のように作り替えられ、「航空戦艦」という異形のキメラになり果てた大型軍艦。 当然、扶桑海軍航空隊がまともなウィッチや艦載機を回したがるはずもなく、 現在、形振り構わず連合軍などを経由し、搭乗ウィッチを掻き集めているのは、かなり有名な話となっていた。 「肝心の少尉は、今どうしてる?」 「現在は飛行配置、当直配置からも外れて非番です。外出許可の提出も受けています、行き先は…」 ああ、見当は付くよ。 そう言ってハンナ・ルーデル大佐は、スオムス派兵当時に知り合ったブリタニアのウィッチ。 彼女より薦められて以来、自然と馴染んでしまったダンヒルを、アーデルハイトにまず薦め、 各々に勝手にオイルライターで火を付け、紫煙を吐いた。 指揮官や高級参謀、特に元ウィッチという一線部隊にとっては単なる上官ではなく、「姉」「先輩」とも見られる人間は、うかと溜息などつけない。 これが、彼女達なりの溜息の代替手段であった。 無論、身体能力に支障が出るほどのヘビースモーカーには陥っていないが、こう言うときには役に立つ。 「一服やってからでいい、発令書を制式に記す。確か天山は艦上機だったな」 「腹は決まったようですね、ハンナ」 「このままでは『白衣の技師』にまで、医師が必要になってしまう。 それは最後の手段としておきたい、ああ言う真面目な奴は思い詰めると、な」 エッカート少尉、軍隊での命令に伴う責任は、命令を出した人間が負うんだ。 頼むから、私の責任を勝手に奪って、自分を潰さないでくれ。まだ16歳だろう? 自らも未だ、25歳である若いエクスウィッチの大佐は、言葉には出さず、紫煙に乗せて、 指揮官としてこれから行う命令が、幾ばくかでも彼女の将来を拓ければいい。そんな思いを、徐に吐き出した。 *一九四四年九月一五日、一四一〇時、ガリア共和国ストラスブール市内、野戦病院 元はガリア共和国の国営総合病院を借り切った、臨時の前線野戦病院。 数階建ての鉄筋コンクリート造りで、ネウロイの襲撃からも奇跡的に焼け残ったそれは、なかなかに立派なものであった。 一般的な野戦病院のイメージ、天幕の中で苦吟する負傷兵やトリアージを無表情に行っていく軍医、衛生兵という印象からは、大分離れている。 現在の所、欧州西部最前線であるだけに、各国軍は相当に医療施設にも気を遣っていた。 数年前の欧州撤退で失われた精兵は、ウィッチだけではない。 今や、実戦を数度経験している将兵というのは、何処の前線国家でも宝石より貴重なのだ。 ガリア、カールスラントなど、一度は本国を失った国々の国軍は特に、そういった実状を痛感し、知悉していた。 この野戦病院などは当初、扶桑やリベリオンの病院船から一部、スタッフや機材を駆り出してまで作られている。 「その…具合はどうです、まだ、痛みます?」 「いやさあ、正直あんたの顔色の方が心配だよ。真っ青じゃん、ちゃんと寝てる?」 その中庭。主に歩行困難者がリハビリを行う区画で、エッカート少尉は戦友の見舞いに訪れていた。 とはいえ、その戦友のロマーニャのウィッチが指摘するとおり、面長のそばかすが多少目立つ顔立ちは、青白く、やや頬も痩けていた。 元々が小柄で痩身であるが、今はその印象が更に強い。 見舞われた患者であるロマーニャ空軍、エルザ・アントーニ中尉が寧ろ心配になるほどであった。 「私は、特に体におかしなところはないですから…そういえば、これ、頼まれていた奴だけど」 「おー、これこれ。何でもうちの空軍のウィッチが作ってるって噂なんだけど、面白いんだよねえ」 エッカート少尉がアントーニ中尉に手渡したのは、一見地味な装飾の。 しかし中はかなり派手な、というよりは些か刺激の強い内容のカートゥーンであった。 ベルタ本人は何が良いのかよく分からないが、彼女が喜んでくれるのであればと、 戦地後方でも逞しく開業している書店で、よく「お使い」に行っている。 その度に店主がなま暖かい視線を向けてくるのは、最早気にしないことにした。 一通り、些かどうかと思われる内容のカートゥーンを楽しみながら、 エルザは口調も視線の向きも変えないで、エッカートが今一番、懊悩している内容に切り込んできた。 「ベル、あんたはもう飛ばないのかな?」 「…え?」 「私も12の頃から飛んでるし、脱落したり戦死した奴も見てるよ。 あんた、まだ引きずってるでしょ。顔を見れば、誰だって分かるだろうけど」 「それは…」 こう言うことになって、初めて深く話すようになったのだが、エルザは自分より一つ年上であり、 尚かつ飛行時間は1100時間とかなり長い。それだけに、自分よりも随分と色々なものを見ていたようだ。 その、年齢相応以上の経験から、何かを見て取ったエルザは、まあ仕方ないかと本をパタンと畳み、表情も口調も穏やかなまま。 しかし、視線だけはしっかりとベルタに据えて言い放った。 「私はもう一度飛ぶよ。今は魔法繊維のコルセットして、杖をつかないと歩けなくても。 絶対にもう一度空に上がる。軍医や上官が何と言おうと、カールスラントにもそんなエースがいるみたいじゃない」 「まだ、諦めてないんですね…」 「私も不時着したのは初めてじゃないもの、それにね。 一度救助に来てくれた陸戦ウィッチが、こう励ましてくれたことがあるんだ」 どんな顔をすればいいか分からないベルタに対して、エルザは少し浅黒い顔に、衒いのない笑みを浮かべて伝えた。 「不時着しようが、撃墜されようが、生きて帰ってもう一度空に上がってこそ、一人前のウィッチだって。 何か男の子みたいな外見だったけど、本当に男前だった」 「…有り難う、エルザ」 「扶桑からの話、受けちゃったら?」 「え!?」 ベルタは不意を衝かれ、思わず腰を浮かした。ルーデル大佐からの転属提案は、まだ結論を出していない。 些か強引なところのある彼女としては珍しく、暫くは判断は任せると、考える時間をくれたのだ。 何より、一応は軍命というのは、相応の軍機に該当するものであり、 如何に一六歳の少尉といえど、おいそれと部外者に話すことはない。私、一体何処で口を滑らせて-? 「あはははっ、冗談。うちの飛行群と同じ飛行場の、カールスラントのウィッチが、そんな命令を受けてるの耳にしちゃってさ。 ベルのユニットは艦上機だから、もしかしてと思ってカマかけたの」 「酷いよエルザ、バレたら野戦憲兵に連行されちゃいますよ!」 「大丈夫、口はこれでも堅い方。でもさ」 それまでの笑顔を少し引き締め、エルザはやや真剣な口調になって問いかけた。 「私は、その命令を受けた方が良いと思うよ。環境が変われば人間、心も変わる。 何時までも、過去のことに縛られて、そんな真っ青な顔をして。ベルは飛びたくないの?」 「…飛びたいですよ、でもあの時のことを思い出すと、体が固まって、すくんで、動かない」 疲労と恐怖で強張って、普段と違い全く言うことを聞かない体と魔法力。 着々と近づいてくる敵弾と飛翔音、上空からの射撃、そして目もくらむような大爆発。 気づけば、自分は天山の強力な不時着時シールド展開装置、そして樹林の枝に受け止められかすり傷で済んだが、 目の前には背中一面に、ざっくりと深い傷を負い、そこから吹き出すように血を流す、見慣れない顔のウィッチ。 あの日のことが、ストライカーを身につけるたびに、否応なしに思い出されるのだ。 「まあ、無理強いはしないけど…っていうか、命令出すのは、あのスツーカ大佐だろうし」 「中尉、少尉、申し訳ありませんが、そろそろ面会時間の終了時刻です」 ふと気づけば、2人の側に女性従軍看護士が、些か気まずそうに立っていた。 あれやこれやと話し込んでいる間に、時間は夕刻に近づいていた。 帰隊時刻を考えれば、そろそろ帰られねば脱柵扱いになってしまう。 「ごめん、エルザ。かえって余計な心配かけて…でも有り難う、少し、考え直してみます」 「おー、その時はあの本の新刊。またよろしくねー」 「また私が買いに行くんですね…」 男性同士の恋愛の何が良いんだろうと、げんなりした顔をしながら背を向けるベルタをひとしきり笑い、 正門まで見送り、看護士の助けを借りながら病室へ戻る途中、エルザは、ある事柄を起こす決心を固めていた。 (少しショック療法になるかも知れないけれど、やってみるか…) 「看護士さん、すいません。 原隊へ明日、電報か電話で連絡を取ることは出来ますか?」 ベルタ・エッカート少尉がハンナ・ルーデル大佐から、扶桑皇国海軍出向を制式に命じられたのは、その日の晩。 そして、エルザ・アントーニ中尉から「こいつをお守りと思って元気出せ!」と、威勢の良い文体で描かれた張り紙のされた。 粗悪品として悪名高い筈が、まるで新品のMG42のように整備しつくされた、 ブレダM30型機関銃が届けられたのは、その翌日の午後のことであった。 それが全てのきっかけとなったかは分からない。 しかしベルタの苦悩に一区切りをつけ、心に宿した魔導エンジンに火を灯す要素の一つとなったのは確かだったようだ。 「司令、私も迷うだけなのは止めました。理由は聞かないでください、 只、扶桑へ赴く前に、徹底して天山で飛び直しておきたいのです。ご許可願えませんか」 彼女が、何かを思い詰めた。しかし腹の据わった顔立ちで、 ルーデル大佐直々へ実戦訓練飛行再開の許可を取り付けに出頭したのは、その直後のことであった。 未だに完全ではないのかもしれない、何処かに強い恐れも残っているであろう。 しかし、ベルタ・エッカートという少女が、只、怯え続けるのを止めたことだけは、確かであった。 「良い心構えと面構えだ、少尉。宜しい、ならば私が直々に指導しよう」 「ハンナ、止めてください。もう一度私をスツーカドクトルに戻したいんですか!?」 「飛ぶだけならお前もまだ大丈夫だろう?」 「そんな何処かの扶桑のウィッチみたいな暴言を、指揮官自らが口にしてどうするんです!」 *一九四四年一〇月六日、二〇三五時、ガリア共和国ブレスト上空 (妙なことになっちまったなあ・・・) カールスラント空軍JG78第三中隊所属。ジャンヌ・ヴァルツ曹長は、現在自分が置かれている境遇を、しみじみと振り返った。 今年の九月に、あの第五〇一統合戦闘航空団により、ガリアのネウロイハイヴが破壊された。 自分たちの飛行隊もアルザス・ロレーヌ地方。未だにネウロイの勢力圏下にある、カールスラント奪還を目指して、一路大陸に展開した。 そこから順当に行けば、自分たちは作戦の正否は別として、あの戦域で戦い続けていただろうし、ジャンヌ自身もそれが当然と思っていた。 しかし今は、どういうわけか、連合軍直轄輸送航空団が多用するリベリオン製DC-3型輸送機。 その、尻が痛くなりそうな硬い合成樹脂バンドの座席に収まっている。 武装とストライカーユニットは後部貨物区画に預け、目の前には自分よりも一つか二つ、 年下に見える口数の少ない。何かを思い詰めた風情の少尉のウィッチがいる。 (しかも行き先は扶桑の艦上飛行隊と来たもんだ。得体の知れない少尉ドノと一緒に。 傭兵稼業を続けて数年目、まさか欧州だけじゃなく東の果てにまで「輸出」されるとはねえ) 彼女の眼前にいるウィッチの少尉、ベルタ・エッカートとも幾らか言葉を交わしたが、 余り転属理由は語りたがらず、互いに共通の話題である転属先。 扶桑皇国海軍第六六六航空隊についても、少尉はそれほど話に乗ってこなかった。 階級を笠に着るようなタイプではなく、幾らか会話を交わした内容。そして雰囲気から、明らかに修羅場を相当に潜っている。 しかしながら、今はその物静かそうな顔立ちを、強い決心とも、思い詰めすぎているとも見える表情で、強張らせている。 「ま、しゃあないか」 その一言だけを呟き、ジャンヌは軽く目を閉じた。 どのみち、これから一〇日はかかって扶桑とか言う、極東の果てまで赴くのだ。 その間に話す機会も作れるだろうし、それが出来なかったとしても、どうということはない。 そういう状態には、カールスラント空軍航空機械化歩兵に志願し、任官した時から慣れっこでもある。 (故郷を取り戻したと思ったら、故郷はすっかり気まずくなり、相も変わらぬ傭兵稼業… 悲観ばかりしてもしかたない。人間、なるようにしかならないやね) そう。彼女はカールスラント空軍のウィッチではあるが、カールスラント人ではない。 彼女の国籍、血統は紛れもなくガリア共和国の人間であった。それが何故、他国の軍隊にいるのかは… (思い出すのも馬鹿馬鹿しいほど、遠い話だよなあ) *一九四四年九月二八日一三五〇時、アルザス地方上空四五〇〇メートル (ええいクソッ、あのヒヨッ子小隊長め!) 第三中隊第二小隊の二番機を務めるジャンヌ・ヴァルツ曹長は、口には出さずに内心で悪態を付いた。 自分がお守りを任された、ノイエ・カールスラントの空軍士官学校を出たばかりの小隊長は、ようやく飛行三〇〇時間を超える程度の中尉であった。 使っているストライカーユニットは自分と同じ、メッサーシャルフBf109G2だが、 DB605エンジンのパワーに振り回され、飛行の軸線そのものが安定していない。 そして言うまでもなく、そんなカモには等しくネウロイは食いついてくる。 ジャンヌが防寒用に巻いた私物のマフラーと首筋がこすれるほど、周辺を常に見渡し、 何とか回避してきたが-MERDE!!!また、上から被ってきやがった!! 「エルベ32より31、上空よりラロス-bis二個小隊、降下で突っ込んできます!」 「り、了解!小隊はこれから反転上昇-」 (ああもう言わんこっちゃない!) 今から反転上昇などすれば、降下速度で勝る相手とマトモにぶつかり、一方的に叩かれるだけだ。 何のためにメルスが高い降下性能を与えられているのか。航空課程で教わったことを、初陣のパニックで全部忘れていやがる! ジャンヌは三番、四番機を務める、小隊長よりは余程長く飛んでいる少尉、軍曹のロッテに、 ストライカーユニットの飛行灯で合図を行うと、徐に小隊長のメルスに突っ込み- 「少し痛みますけれど、我慢してくださいよぉ!!」 首根っこをひっ掴んで、強引に降下させた。 何かを叫ぼうとしているが、今、降下状態にある中で迂闊に喋れば、舌をかみ切りかねない。 ジャンヌはマフラーを抜いて中尉の口に突っ込み、そのまま女性としては大柄な170cmを越える体躯と、 それに相応しい膂力で小柄な新米小隊長を抱え込んだまま、400マイル以上の速度で急降下。 一気に高度を2000m以上落とす反面、速度と距離を稼ぎ、ラロス六機の射撃をかわしきった。 見れば、三番、四番機も無事に付いてくる。一息つき、小隊長の口からマフラーを引き抜くと、 彼女はげほげほと咳き込み、半分涙目になりながらも、ジャンヌに食ってかかろうとした。 「そ、曹長!一体上官の命令を何だと-」 「小隊長、アンタ死にたいんですか!?」 ジャンヌの精悍な、女性としては些か迫力のある-何しろ彼女は五年間実戦をかいくぐり、既に飛行時間は一六〇〇時間を超えている- 顔立ちと迫力、そして底響きのする怒声を浴びせられ「ひっ」と、新米の、一五歳の中尉殿は黙り込んでしまった。 「小隊長の背後は私が守ります。しかし、あんなところで反転上昇したらどうなるか、 航空学校で習ったでしょう!蜂の巣ですよ、私ら全員が!!」 「曹長、そのあたりにしておきなさい…中尉、ジャンヌには後で言って聞かせます。 しかし、彼女の言うことは間違ってはいません。 今回に限って、私が指揮を執りますから、それを見本にしてください」 三番機を務める少尉は、軽く目配せでジャンヌに謝意を示した。 事前に取り決めてあったのだ、初陣の小隊長がヘマをしでかした場合、 ドスの利いた声と膂力で自分が押さえ込んで離脱させ、一端は叱りとばす。 その上で、比較的温厚な少尉が自分を窘めるふりをして、指揮権を継承する。 ある意味では、ジャンヌにとっては損な役回りであるが、最早今更気にもならない。 (ガリアからの傭兵風情は、こうでもしないと弾かれ者だ。何より元々-) 『エルベ41より近隣小隊、ケファラス一個中隊と交戦中。 奴等、装甲師団のデポを狙ってる。至急援護頼む!』 「中尉、でしたら今回に限って、私とロッテを組んで下さい。ジャンヌ、お前はグロリアと」 「了解、軍曹。頼むよ!」「任されました」「…分かったわよ」 三者三様の返事に軽く嘆息した少尉に同情しつつも、ジャンヌは周辺監視を怠らない-というか、怠れない。 この部隊の技量は、新米小隊長ドノを除くとけして低いものではないが、今日は数が多い。 さっき振りきった連中は、別の中隊と交戦中。エルベ41が援護を要請してきたのは-まずい!先頭機は既に爆撃コースに入ってやがる!! 「少尉、こっからじゃ普通の手段じゃおっつきません。恐縮ですが-」 「行って来い、曹長。こっちは何とかする!」 「Ja!!」 すっと一息吐くと、ジャンヌは徐に体内の魔法力。それが循環するイメージを脳内で描き-それを爆発的に加速させた。 知らず知らずの間に、唇が凶悪な角度につり上がり、新米小隊長の怯える声が聞こえるが、最早知ったことではない。 先ほどの降下で不良装填を起こした愛銃、ブラウニーM2重機関銃 -カールスラント空軍では、国外出身の志願兵にリベリオン製機銃を与えることが多かった-を再装填し、 ジャムッた50口径弾を吐き出すと、凶悪なまでに放出された魔法力をDB605魔導エンジンに叩き込み、 メルスを先ほどの降下とは比較にならない速度で加速させ、ディオミディアの先頭機へ突っ込ませた。 「な…何なのあれ、滅茶苦茶よ…」 「あれが奴の固有魔法です、一時的に魔力を意図的にブーストさせて…暴れ回るんですよ。 中尉、少し奴から距離を取って接敵します」 「少尉の言うとおりですよ、あの状態の曹長の近くにいたら、最悪、殴り殺されます」 あっはっはっはっ…!! 良い、良いじゃないか。やはりこの感覚を実感しないと、戦った気がしない。 自分の眼下にある故郷を焼き払ったネウロイを。 そして自分の生活を木っ端微塵にしてくれた、ネウロイだけではない何かへの怒りを。 何もかもを放り出して、遠慮なく叩き付けてやれる。 今や犬歯さえむき出しにして、獰猛に笑いながら、 450マイル以上で降下接近するジャンヌは、当然ネウロイの防御砲火を浴びる。だが。 「邪魔だぁっ!!」 一時的に強化された魔法力、それに伴い格段に強化されたシールドで押しのけ、 殺すと決めた先頭のケファラスへの突進を止めない。距離八〇〇、七〇〇、六〇〇、五〇〇!砕けちまえ!! 同じく強化された彼女の魔法力を受け取った五〇口径徹甲弾を、 ブラウニー重機関銃が重い銃声と体の芯に響く振動-何れもが寧ろ心地よい-と共に、一気に吐き出し始める。 半ばバーサーク状態にありながらも、長年の実戦経験に基づいた彼女の見越し射撃は、 正確に狙った中型爆撃機型ネウロイを撃ち抜き続け、四散させる。 先頭機を破砕され、編隊が乱れたケファロスにエルベ41-第四小隊が次々と食らいつき、MG42の射撃を浴びせて脱落させ始める。 悪くはない、悪くはないけれど…もう少し、暴れさせて貰うよ! この固有魔法には、もう一つの副作用があった。普段は大ざっぱでありながら、 周辺の目配りを欠かさない慎重なジャンヌを、一転して戦闘的な性格に書き換えてしまうのだ。 こうなってしまった彼女は、戦友達から密かに「バーサーカー」とさえ呼ばれている。 本人も、その危険性は自覚しており、固有魔法発動のタイミングは、上官や周辺部隊の状況次第で慎重に決めるが、 一度発動してしまえば、一〇分以上は止まらないのだ。何もかもが。 降下速度を反転上昇により、一気に上昇力へ転換させ、次々に集ってきた他の小隊、 中隊が叩き切れていない一機のケファラスに狙いを定める。 先ほどと異なり、今度は敵機の頭を下から突き上げる形で狙い、M2重機関銃の引き金を引くが、 銃口は沈黙したままだ。軽く舌打ちし、素早くバレルロールで回避する。 防御射撃をシールドで弾き返しながら愛銃の様子を見れば、どうやら本格的に機関部がイカレたらしい。 M2は信頼性の高い重機関銃であるが、航空機関銃として用いるには些か故障が多いと、 技術将校がこぼしていたのを、頭の片隅に存在する冷静な部分で思い出していた。 「だったらぁ…!」 ジャンヌは血走った目元のまま、重量三八キロはある重機関銃。 ウィッチが用いることを想定し、ライフル型のグリップとトリガー、銃床式に改造されたそれを、 バトンのようにぐるりと回すと、未だ熱を持つ銃身を掴んで、先ほど自分が殺し損なったケファラスへ、再度降下突撃を開始する。 心なしか、ネウロイに感情など存在するはずがないのに、酷くそれが怯えたように見えた。 それが、一時的に高揚しきったジャンヌの嗜虐心を、一層刺激した。 眼前にケファラスの巨体が迫るのと同時に、彼女は、思い切りブローニング重機を振り上げる。 「今、楽に…してやるよ!」 追いついた彼女の所属する第二小隊の面々が見たのは、シールドを限界にまで高めながらケファロスにまとわりつき続き、 巨大な重機をハンマーのように振るい、ケファラスを「撲殺」している、ジャンヌ・ヴァルツ曹長の姿であった。 この日のJG78の戦果、大型2機、中型6機、小型10機撃墜。被弾負傷3名。全て軽傷。 ジャンヌ・ヴァルツ曹長の戦果、不幸なラロス-bis1機、そして重機の射撃と打突により破砕しケファラス2機撃墜。 損害、ブラウニーM2重機関銃全損、メルスBf109G2中破、曹長当人は随所に擦過傷を負うも意気軒昂。 流石に身を案じ、半ば譴責するように問うてきた少尉に対し、固有魔法が解けた彼女は細かい傷が幾つか増えた顔を、 満足げに笑みで歪め、けろりとした顔でこう言ってのけた。 「まあ、全員生きて帰れるんだから、それで良いじゃないですか」 *一九四四年九月二八日一七三〇時、JG78展開航空基地司令部 とはいえ、あれだけと色々しでかし、何の譴責も呼び出しもなく見逃すほど、軍隊という組織は甘くはない。 医務室で簡易応急手当を受け、数時間の休養を軍医が気遣って取らせた後のジャンヌは、 当然のごとく、戦闘航空団司令部へと出頭命令を食らっていた。 最早慣れっこであり、ウィッチ出身の女医である軍医も「まあ、要領よくやんなさい」と苦笑しながら送り出した。 「ヴァルツ曹長、またしても随分と派手にやったな?」 やはりエクスウィッチの、二十代後半の小柄ではあるが、 ジャンヌの迫力に気圧されないベテランの航空団司令は、苦笑交じりに切り出した。 「今週に入ってぶっ壊したM2重機5挺、破損させたメルス3機。 その倍以上のネウロイを撃墜していなかったら、今頃重営倉だぞ?」 「いやまあ、今回は小隊長がちょっと…上官批判は避けたいのですが、ブルーデス中尉。 もう少し後方の部隊で経験を積んだほうが、よくはないですかね?」 「正論だと思うよ。だがなあ、連合軍のJFWに腕利きを引きぬかれ、戦線は拡大する一方。 正直なところ、人手不足もいいところで。お偉いさんも無茶を言ってくれる」 「そりゃまあ、こんなガリアの『裏切り者』を傭兵としてるんですからね、承知はしていますが」 比較的気さくな航空団司令の会話を前に、思わず出てしまった本音に司令は一瞬顔を強張らせ、 当人もしまったという顔をしたが、司令も、横に控えていた副官も怒りを発することはなかった。 寧ろ、互いに顔を合わせ軽く嘆息すると、嘗ては自らもネウロイと銃火を交えた司令は、再度嘆息しながら、 この部隊の中では屈指のベテランの。しかし未だに18歳の大柄な少女を、若干痛ましい目つきで見つめた。 この司令はネウロイ出現当時、中堅以上として非常に苦労した経験を持っており、副官は事故による負傷で地上勤務に転属した経緯がある。 そんな苦労人二人はジャンヌの心境についても、かなり事細かに気にかけていた。 「やはり、ここに来てから色々辛いか?」 「…それは、その…辛くないといえば嘘になります」 日頃は暴言とも取れる発言を、MG42の発射速度並のペースで上官へ叩き付ける彼女だが -そうでなければ、当の昔に中尉程度には昇進している-この、司令の言葉にだけは返答を一瞬詰まらせた。 「大体は憲兵やガリア警察から聞いてるさ。市街地や実家でのお前さんの様子は。 普段と違って借りてきた猫みたいにおとなしいと。全く…あの宣伝相閣下も、余計なことをしてくれた」 上に述べたとおり、ジャンヌ・ヴァルツ曹長はガリア人志願兵である。 武勲の誉れ高い第五〇一統合戦闘航空団の一翼を担い、 今はガリア復興事業団の立ち上げに関わっているペリーヌ・クロステルマン空軍中尉。 あるいはアフリカ戦線、ヒスパニア戦線や、このエルベ川周辺の戦域で、 カールスラント製E-75陸戦ストライカーを駆使し、 戦場の火消しとして活躍し続けているエレオノール・ベネックス竜騎兵中尉。 彼女達のように、ガリア共和国軍へ参戦しなかった理由は只一つ。 「うちの国はまともに本土を奪還する気があるのかしら…」 愛想が尽きたのだ。本国を蹂躙され、失地奪還が急務でありながら、 リベリオンやブリタニアなどに幾つも亡命政権を作り、主導権争いを繰り返す自国の国体や貴族どもに。 故郷や祖国としてのガリアとなれば、また話は別であるが。 無論、各地のガリア共和国軍将兵は、無為徒食を繰り返したわけではない。 アフリカ方面へ脱出に成功した新鋭戦艦複数などを中核とした強力な艦隊。上記のエースウィッチ達。 あるいは、国外へ持ち出せた膨大な金融資産を対価として得られた、リベリオンの支援により再編された、 ドゴール将軍指揮下の機械化師団複数などが大いに奮闘していることは、 ジャンヌも実戦を潜る中で知っている。彼等を同国人として、誇りに思うこともある。 だが、そういった同胞達の奮闘を知っても、ジャンヌはカールスラント空軍という、 未だに強力な組織と国力を有する軍隊に志願する決心は、揺るがなかったであろう。今でもその様に思っている。 幾ら前線将兵が奮闘しても、それを本来支えるべき国体が分裂し、 主導権争いの余録として対ネウロイ戦争を行っていることに、変わりはないのだから。 ならば、カールスラント奪還を志す以上、途中で否応なしにガリアを解放せざるを得ない強力な軍隊に参戦した方が、余程確実に故国奪還へ貢献できる。 そういった彼女なりの計算に基づいた、それなりの祖国愛によって、 ジャンヌはカールスラント空軍のベテランウィッチに、何時しかなり得ていた。しかしながら… 「あれは…一種の事故です。司令が、気に病まれるこっちゃないですよ」 カールスラントという国家は、リベリオンや扶桑とは違った形で宣伝を重視する。 戦時国家らしく、規格化された高性能ラジオを国民に廉価に販売した上で、 国家が国民に見せたいものを巧みに誘導して、ネウロイへの戦意や敵意を駆り立てるのだ。 カールスラント帝国はその点において、ある意味では天才的な才能を持つ宣伝大臣を得ていた。 「あの萎びた宣伝相閣下を、MG42で蜂の巣にしたいと思ってる奴は、1個連隊では足りないだろうな」 「司令、流石にそれは暴言です。せめて1個旅団に留めるべきでしょう」 そして、その才能を発露する対象の一つとなったのが、ジャンヌ・ヴァルツ曹長であった。 ガリア人でありながら、国家という枠にとらわれず、欧州そのものを奪還することを志した高潔なウィッチ。 その様に銘打って、よりにもよって彼女の見栄えのする戦闘記録フィルムを背景に、 ジャンヌ当人にとってはとんでもない戦意高揚映画が作られてしまったのだ。 ウィッチ当人の同意を得ない戦意高揚映画を作った宣伝相は、皇帝から落雷を浴びせられたが、 一度出まわってしまった映像を取り消せるはずもなく- 「あ、ああ…ジャンヌ…だよね?お帰り」 「…まあ、お疲れ様」 「何か色々変わったね、カールスラント人みたい」 その結果が、五〇一ほどではないにしても、失地奪還のためにネウロイを撃墜し続けた彼女へ、 故郷の人間から距離を置かれ、よそよそしくされるという事態を招いた。 修羅場を潜り続けた気丈な彼女にしても、これは余りと言えば余りの衝撃であった。 流石に物事をわかっている年かさの町長が、 ジャンヌを自宅に招いて労うと同時に、このように説得したのも何処かで刺として刺さっていた。 「皆、分かっているんだ。お前さんがここを取り戻すために、一生懸命戦ったことを。 それでも私らはガリア人で、どうして同じ国の軍隊じゃ駄目だったんだ…と。 政府が分裂したのを承知でそう思っちまってる。すまんな、こればかりは時間薬だ。許しは乞わんよ…」 彼女は傷心の内に、一度実家に戻って数時間、 家族をの時間を過ごすと「ごめん、帰隊時刻が近いから」と、早々に父母、弟妹の元を去った。 過去四年間、家族への仕送りとは別に、郷里に戻ったら皆でお祝いをしよう。 年相応の少女らしい願いのために積み立ててきた貯金。 そして能力を見込まれ、階級こそ曹長であるが並の中尉並(つまり通常の将校であれば少将並の)俸給や手当。その過半。 リベリオンの銀行経由でドルに換算したそれが、ぎっしりと詰まったトランクケースを、 玄関の靴入れにそっと隠し、「有り難う、元気で、さようなら」と書き置きを残し。 ジャンヌが普段はぴしりと伸びた長身を、何故か市街地に出るときは猫背にして隠れるように歩きまわり、 反面、戦闘中はひどく手荒い戦をするようになったのは、これがきっかけとなっていた。 「環境を変えてみるのも、ひとつの手段かもしれないな」 「司令、しかし曹長は-」 「ここで腐らせるよりは余程マシじゃないかな、副官」 誰もが重い溜息をついた後、司令は首を横に振ると、君はブリタニア語は出来たなと言いながら、 司令はまだ珍しい、難燃樹脂で出来た書類挟みをジャンヌへ手渡した。 「転属命令だ。唐突で申し訳ないが、君には扶桑皇国海軍へ出向して貰う。 今、本国では新型空母の建造中だ。それに離着艦出来るウィッチが足りない」 「扶桑って極東の…あの島国ですか。え、何です、航空戦艦?何をしたい軍艦なんだか… 随分と短い甲板ですね。これでメルスを使って降りろとは。お払い箱ですか」 「お払い箱なのは、これから私が見せるものを目にしてから、判断して貰おうか」 *一九四四年一〇月六日、二〇四五時、ガリア共和国ブレスト上空 「曹長は」 それまで、不機嫌と困惑を行きつ戻りつしていた、女丈夫なベテラン下士官へどう話しかけて良いか。 内心、自分も混乱しているが故に切り出せなかったベルタは、 彼女が瞼を閉じかけたとき、思い切って今度はこちらから、話しかけてみた。 「かなりの腕利きなんですね、あんな最新機材。 まだ、私も資料でしかお目にかかったことがありませんでした」 「ああ、それは…それと丁寧語は良いですよ、後はジャンヌとでも呼んでください。 それに、堅っ苦しい口調はなしにしましょうよ」 意外とさばけた人物でもあったらしい。 少し緊張がほぐれるのを感じると、ベルタはジャンヌと呼びかけた。 「じゃあジャンヌで。ごめんなさい、口調ばかりは性分で。 フラックウルフのドーラ、ちょっと羨ましいです。私も資料でしか、見たことがなかったんですよ」 「ありゃ曰く付きでね、ベルタ。本当は-」 そう、基地司令が見せたのは、JG78でも半数が装備しているフラックウルフFw190であった。 しかし、この部隊の機材であるA8タイプと比較すると、違和感がある。 魔導エンジンの収まったノーズが格段に長く、 尚かつ、随所にユニット部品を交換。あるいは修理した痕跡が生々しく残っていた。 「司令、これはA8でもドーラでもないですね?」 「以前にHe219を装備したナイトウィッチが不時着したことがあっただろう。 ユニットは全損だが、エンジンは無事だったものでね」 「で、まあ…私も悪乗りしてしまったんだが、整備班と司令と結託し、 ドーラの設計図を取り寄せ、DB603に換装したってわけだ」 「何つー無茶苦茶を…飛ばしては見せますが、仮にも正式装備の盗難になりません?」 ジャンヌの常識に従った疑問に対して、司令と副官はにやりと人の悪い笑みを浮かべた。 うわア、この二人がこういう顔をする時って、大概ろくな事を言わないんだよねえ。 「拾ったものよ、それも『偶然』。 拾い物を再利用しても、皇帝陛下も空軍総監も連合軍も、怒りはしないわよ」 「しかも、帳尻を合わせるにはフラックウルフのエンジンが『使用不能』じゃないと困るって言うから、 ラロスの実体弾に近いM2で、元のBMW801を外してぶっ壊したのよね」 「それ、マトモに飛ぶんですか…」 確かにベルタのいた第二爆撃航空団でも、扶桑の川滝製「彗星」爆撃ストライカーを原型に、 カールスラント製水冷魔導エンジンへ換装した機材も、かなり配備されている。 しかし、それは歴とした正規部品同士を、製造元の支援を得た上で行った改修である。 反して、ジャンヌの「ドーラもどき」は…言っては何であるが、 早い話が故障品同士の健在部品をつなぎ合わせた、廃品再生である。 正直なところ、まともなウィッチであれば搭乗拒否を行っても不思議ではないし、それを口にしたところで上官は咎める権限はない。 が、このジャンヌという曹長は、なかなか剛胆と言うか、何処か世捨て人のような笑みを浮かべた。 「私はガリア人の志願兵だからね、まともな機材が来ないときは… こうやって故障したストライカーから部品をはぎ取って、直したもので飛んだことも何度もある。 それにうちの整備班は腕が良いんだよ。ちゃんと飛んだ、最大速度を出してもきしみもしない」 「うちのスツーカ大佐でも、そこまでしないですよ…余談ですけど、速度はどれくらい?」 「流石はDB603の最新型。最大出力でぶん回したら、高度6500mで680km/hまで行ったよ。 上昇も降下も申し分ない、あの基地司令。相当気ぃ遣ってくれたらしい。少し、態度悪すぎたかなあ」 ま、それだけの戦果は挙げたんだけどね。あのドーラもどきの試験飛行の時も、 キャリバー50で何機か食ったしとカラカラ笑うジャンヌを、ベルタは呆れとも憧憬とも言えない表情で見つめていた。 自分に彼女ほどの勇気や冷静さがあれば、そもそもここにいなかったかもしれない… でも、何か危ういというか、凄く寂しげなものを感じる。 ジャンヌは強いんですねと言って、何故、そんなに悲しそうな顔をするのだろうか。 「ベルタは扶桑の…テンザンだっけ?あれで対地支援攻撃とはね。 寧ろ、戦闘機より度胸がいるのはそっちじゃないの?」 話題を切り替えたかったのだろう、今度はジャンヌがベルタのストライカーユニットについて尋ねてきた。 「意外と頑丈なんです。シールド出力が大きいし、地表スレスレでも安定して450km/hは出せる。 ラロスをオーバーシュートさせたり、マウザーでジグラッドや多脚を撃ち抜くには、最高なんですよ?」 「そっか、大人しそうな割に修羅場潜ってると思ったら、あのSG2(第二爆撃航空団)の腕利きだったとはね」 「仲間を1人、巻き添えにしましたけどね…でも次は、もうやりません。絶対に」 大人しそうな外観に似合わず、自分と同じくらい節くれた、 恐らくマウザー機関砲を長く扱ってきた手指で、拳と掌を形作り、ベルタは軽く打ち付けた。 流石にスツーカ大佐ことハンナ・ルーデル当人直接の訓練はなかったが、 腹を決めた彼女は連日の飛行訓練で、徐々に本来の技量を取り戻していった。 最後の「実戦試験」という名前での阻止攻撃では、嘗て以上の腕の冴え。 スローロールで敵の対空砲火の軸線を、不規則にずらしながら、MK108で多脚戦車をブチ抜きつつ、 エルザより託された、信じがたいほど快調に作動するM30型重機で歩兵型ネウロイを薙ぎ払った。 ガリアやカールスラント陸軍の装甲師団や竜騎兵連隊は、あの白衣の技師のマークに、 オレンジの帯が加わった理由を怪訝に思ったが、守護天使の再来を素直に喜んだと言われている。 「少尉は強いな…私は、ガリア人のカールスラント軍人だ。これだけで、分かるよな? 荒れて、暴れて、逃げてきたようなもんさ」 「次がありますよ、それにジャンヌは弱くない。私にもう一度飛ぶ勇気を与えてくれたのは… 巻き添えになって、それでも守ってくれて、今は入院してるロマーニャのウィッチでした。 でも彼女は言いましたよ。必ずもう一度、空へ戻ってみせるって」 大丈夫とは言わない、気持ちが分かるとも言いません。だけどジャンヌの背中は、今預かった。私が預かりました。 一緒に、扶桑で任務を終えて、またガリアやカールスラントへ帰りましょう、絶対に。 気弱そうにも見える顔立ちに、意外な芯の強さを浮かべ、ベルタは言い切った。 それは、ある意味でジャンヌが郷里で一番聞きたかった言葉であり、一瞬、腹腔から眼底へ熱いものがこみ上げてきた。 しかし、ジャンヌはそれを気合いで押しとどめた。 ここで涙を見せることは、自分の捨て鉢な何かを補おうとしてくれたベルタへ、余りに失礼だ。 「そりゃあ、こっちの台詞さ。地べたのネウロイどもを薙ぎ払うのは任せる。 その代わり、絶対にあんたの上から被ってくるネウロイは、全部叩き落としてやる。それだけは約束するよ」 2人のカールスラント空軍のウィッチ。使うユニットも、任務も、国籍も、年齢も何もかもが好対照な彼女達は、 輸送機のキャビンの中に軽く響くほど、互いの節くれた。 しかし、少女らしさを幾ばくか残している掌で、ハイタッチを決めた。 DC-3の機長やコパイ、ロードマスターは一瞬、そんな2人をしみじみと眺めていたが、 俺は何も見なかったし、これは一夜の夢だと決め込むことにした。 それ以上を考え込めば、自分達より一〇歳近く年下の、幾度も地獄を潜った少女達。 彼女らを、極東の新たな地獄へ送り届ける我々は何なのだと、 永遠に答のでない思考の坩堝と罪悪感に陥ることを、彼らはよく自覚していた。 奇妙な縁から出会い、皇国海軍が数奇な経緯から作り上げた航空戦艦と、それに集う飛行隊。 彼女達がそこへ辿り着くべく乗り込んだ輸送機は、十日後の扶桑皇国到着を目指し、夜空にエンジン音を轟かせてゆく。 二人がそこで、どのように成長し、戦い、役割を果たしてゆくのかは、また、将来の話に譲りたいと思う。 (流石にジャンヌの迫害場面が余りといえばあまりで、誤字脱字も多かったので再校正を。内容は変わってないなあ…)
https://w.atwiki.jp/10chigi/pages/10.html
@wikiにはいくつかの便利なプラグインがあります。 RSS アーカイブ インスタグラム コメント ニュース 人気商品一覧 動画(Youtube) 編集履歴 関連ブログ これ以外のプラグインについては@wikiガイドをご覧ください = http //atwiki.jp/guide/
https://w.atwiki.jp/ankoss/pages/617.html
そのまりさは、幼いころに帽子を痛めた。 具体的には、帽子のつばに切れこみができてしまった。 命のつぎに大切な帽子が傷ものになってしまい、まりさは絶望し、泣きじゃくった。 だが、お家に奥底に縮こまって震えるしかなかったまりさは、やがて自信を快復する。 その契機となったのは、親れいむだった。 「おちびちゃん。ぺーろぺーろしてあげるね!」 そう言って、暗い穴底でせっせと我が子の頬をなめたのだった。 ちびのまりさは、どうしてぺーろぺーろする対象が帽子ではなく自分なのかと、疑問だった。 傷ついているのは、お帽子なのに。 「おちびちゃん。すーりすーりしてあげるんだぜ」 続いてやってきたのは親まりさだった。 自信にあふれた顔つきで、いつまでもいつまでも、頬ずりをしてくれた。 「ゆゆ~。いもーちょに くさしゃんを あげりゅんだじぇっ」 「いもーちょに あまあまとっちぇきったんだじぇ~」 「まりしゃ、ぺーりょぺーりょ しちぇあげりゅねっ」 姉妹たちも群がってくる。 両親も姉妹も、帽子の切れこみについては一言も口にしなかった。 繊細な日常を壊さないように、あるがままにふるまっている。 しだいに、まりさは穴倉に閉じこもっている自分がふしぎに思えてきた。 だから、 「おちびちゃん、おそとに でようっ」 と、家族が言ってきたときも、 「でりゅんだじぇ」 と、素直にうなずくことができた。 ちびまりさは、三日ぶりにお家の洞窟を出た。 陽光のもとに歩みでたとき、まりさは濃厚な春のにおいに包まれた。 やわらかな草が地面を覆っている。木々の黒々とした幹は逞しくかつ美しい。 樹木はことごとく冠を装備する。王冠からしたたる木漏れ日が、草原の上に躍っている。 とりわけ、草むらの中心にたたずんでいる樹木が幼いまりさの目をひいた。 それは、白い樹幹をもっていた。 中空に投げかけられた梢はたっぷりと葉をつけている。 静かな君主が、草むらのただなかにそびえていた。 「……ゆっきゅりぷれいちゅ」 まりさは呆然としながら呟いた。 それらは見慣れたはずの風景、日常の景色にすぎなかった。 だが。 暗い穴の底から這い出てきたまりさの目には、 「きょきょは とっちぇも ゆっきゅり できりゅんだじぇ!」 と、おもわず宣言してしまったほどに、みずみずしいものとして再生されていた。 その快活な声は、一点の濁りもない澄みわたる蒼天に吸いこまれていった。 白濁した空のもとで、ゆっくりたちが草むらにうごめいていた。 その顔には覇気も生気もない。 「むーちゃ、むーちゃ……。ゅげぇ……むーちゃ……。むーちゃ……ゅぐ……」 わきめもふらずに痩せこけた雑草をむさぼっている。 何十頭というゆっくりがいるのに会話もなければ歌声もない。 草と唾液がこねくりまわされる湿った音だけが、無言の生首の這いずりまわる草むらにこだましていた。 草むらの中心には、白い大樹が立ち枯れている。 すでに老樹と化してひさしい。子孫を残す機能などはるかな昔に失われていて、 もはや座して死をまつしかすることがない。しかし樹木であっても死は怖いのか、 まるで救いを求めるように葉のない梢を曇天へと伸ばしている。 その曲がりくねった梢のさき、はるかな高みには、数十もの、はばたかない鴉が悠々と飛んでいた。 それは、戦闘機の編隊だった。 しかしゆっくりたちは空飛ぶ機械などには目もくれない。 空など仰ぐ価値もないと言わんばかりに、ただひたすらに、 あしもとにたむろす痩せこけた雑草を胃の腑にものをつめてゆく。 永遠に続くかとおもわれていた静寂は、しかし突然にひきさかれた。 「ゆぴゃぁぁぁっ!」 悲鳴が草むらにこだまする。 ゆっくりが一斉にふりむく。 広場のすみで、一頭のれいむが野良犬の餌食となっていた。すでに半身を食いちぎられ ていて、中身の餡子はとめどもなく流れだしていた。 「だっ、だずげっ、だずげでねぇっ!」 助けをもとめる濁った悲鳴が空にまう。 混沌が発生した。 ゆっくりできない、こっちこないでね。たすけて。にげるよ。 ゆっくりたちは金切り声をあげながら一目散に逃げだしていゆく。 救援に耳を貸すゆっくりは、ただの一頭もいなかった。 「だずげっ、だずげでっ! ど、どぼじでっ!」 ついにさいごの一頭がれいむの視界から消えた。 すべてのゆっくりが、一度たりとも、ふりむかなかった。 「どぼじでぇ……なんでぇ……ゆぐぅ……ゅぐっ!」 れいむが白目をむいた。 痩せこけた犬がれいむの肌を噛み、そのまま森の暗がりへとひきずりこもうとする。 れいむはあんよを踏ん張ってこれに抵抗した。 ぐるりと眼球が回転し、黒目がもどった。 「やべでぇ……やべ……だずげでっ、だれが、だずげでぇ」 哀訴はとどかない。 ずるずると森のなかへと引きずられてゆき、悲鳴は森の暗やみのなかに吸いこまれた。 こうして、一頭のれいむは仔犬の餌としての運命を歩むことになった。 翌日、草むらのすみには森へと伸びる餡子の道ができていた。 だが、ゆっくりたちはまるで気に留めることなく、草をはみつづけた。 すべては日常の光景だった。 だから驚くにはあたいしない。 猛獣に狩られる同胞も、 曇天に躍る戦闘機の群れも、 ときおり聞こえる爆撃音も、 日常のひとこまにすぎなかった。 星無き夜空の統治がはじまった。 森も山も、まったくの暗がりの満たすところとなる。 白い枯木の広場も例外ではない。 その広場からすこし離れたゆっくりの巣穴では、赤ゆのれいむがさんざんに泣いていた。 「ゆぴぃぃぃーーーー! おにゃきゃ ずいぢゃーーーー! おにゃきゃ ずいぢゃーーー! でいびゅば おにゅぎゃ ずいぢぇりゅにょーーーーーっ! ごばんじゃぁぁーーーんっ!」 この癇癪はいまに始ったことではなかった。それどころか毎晩繰りかえされている。 慟哭がはじまると、家族はいつもおなじ手をつかう。 「おちびちゃん。おかーさんが すーりすーりしてあげるよ。すーりすーり……」 成体のれいむが頬ずりをしてこれをあやす。 「ごはんさんは もうないのぜ。がまんするのぜ。ぺーろぺーろ……」 成体のまりさは舌で頬をなめあげて空腹をまぎらわせようとしていた。 「ゆゅ。れいむがしっかりしないから。すーりすーり……」 成体間近に成長したれいむも、先達にならって頬ずりをする。 しかし赤ゆはいっこうに泣きやむ気配をみせないのだった。 「おなきゃ ずいだのぉぉーーーーっ! でいみゅは おなぎゃ ずいだのぉぉーーーーっ! ゆんやぁぁぁぁーーーーー! ゆんやぁぁぁぁぁーーーーーーっ!」 いくらだだをこねても、食べものは出されない。 あたりまえだ。 巣にはひとかけらの食料も残されていなかったのだから。 だから、赤ゆに供されるものは腹のたしにならない愛情だけであった。 そして、無駄と知りつつ愛情をそそぐ三頭のゆっくりの姿を、 べつの二頭のまりさ種が心配そうな目で見つめている。 このさびれた巣穴には合計六頭のゆっくりが息づいていた。 まず、父まりさと母れいむ。 この二頭には四頭のこどもがいる。 生まれた順かられいむ、まりさ、まりさ、れいむだ。 両親とともに赤ゆをなぐさめているのは、長女たる姉れいむ。 すでにツガイを得ていてもおかしくない年頃だ。 姉まりさはまだ子供といえたが、分別のつかない童でもない。 赤ゆの段階を脱しているもののまだ頼りないのが、妹まりさだ。 そして末っ子れいむ。 けっきょく、赤ゆの嗚咽を止めたのは、 れいむ種の愛情のこもった頬ずりでもまりさ種の温かい舐めあげでもなかった。 泣き疲れと、眠気だった。 子供たちが寝静まると、父まりさはツガイのれいむにつぶやくように告げた。 「……ひっこし、するのぜ」 「ひっこし?」 「もう いやなのぜ」 どれだけ血眼になって探し集めても、土をはんでいるようなまずい草しか食べられない。 森には肉食獣が息づいている。遠雷のような爆音は昼夜をとわず聞こえてくる。 父まりさは限界に達していた。 「ゆぅ……」 母れいむはあいまいな態度をとり、子供たちを横目で見やった。 みんな泣きながら眠っている。涙の理由はよくわかる。子供たちは生まれてこのかた、 一度も満腹をあじわったことがない。寝ても覚めても、空腹がじくじくと痛んでいるにちがいなかった。 「ひっこし するのぜ。あたらしい ゆっくりぷれいすで おちびちゃんたちに おなか いっぱい ごはんさんを たべさせるのぜ」 「……そんなゆっくりぷれいす、あるのかな」 「あるのぜ!」 父まりさが声をあらげた。 母れいむは慌てて子供たちにふりむいたが、起きた子供はいなかった。 「おちびちゃんたちは どーするの?」 桃源郷を探す旅は、長く厳しいものになるだろう。長旅に子供たちが耐えられるかどうか。 姉れいむは問題なくついてこられるはずだ。姉まりさも運動能力にすぐれている、問題はない。 妹まりさにしても、休憩をおおくとるといった工夫しだいでなんとかなる。 問題は、末っ子れいむだ。 「おちびちゃんは まりさが ぼうしのなかに いれて はこぶのぜ」 母れいむは冷たく返答した。 「……まりさのおぼうしには たべものを いれておかなくちゃ」 備蓄はない。 だが、旅に危険はつきものだ。今日食べものが得られてから、 明日も食べられるとは、かぎらない。だからみちみち食べものを集め、余裕をもちながら旅をしなければならない。 このとき運搬具としてまりさの帽子が役に立つ。 逆にいえば、まりさの帽子は食べもの運搬用であり、ここに赤ゆを閉じこめておくわけにはいかなかった。 「ゆぅ……」 父まりさが悲しげにうつむいた。そこにツガイの声がかかる。 「だから。おちびちゃんは れいむがおんぶするよ」 父まりさは顔をあげツガイを見た。母れいむの凛呼とした顔がそこにあった。 「くろうをかけるのぜ……」 翌朝、両親は族長まりさの巣におもむき、旅立ちのむねを伝えた。 族長まりさは特徴的な容姿をもっている。帽子のつばに切れこみがあるのだ。 族長は引っ越しの通告に接して、力なく首を横にふるだけだった。あきらかに反対の意をしめしていた。 だが、明確に反対したわけではなかったので、父まりさは旅立ちを決意した。 こうして、六頭家族は新天地めざして群れを出た。 その日も天空は膿んだ色をたたえていた。 出発してしばらくは、家族は非日常と格闘していた。 引っ越しという初めての経験が、家族にいいしれない不安と緊張と興奮を与えていた。 もっとも末っ子れいむだけは母の頭上で眠りこけていたので、身を切るような緊張とは無関係だった。 しかし、そうした緊張も時間もやがてほぐれていった。 まわりの風景は白の枯木のふるさととあまり変わらず、地獄も天国もそこにはない。 とはいえ、故郷とかわらない景色とは、 痩せさらばえた樹木が呼吸を止めたようにたたずみ、空には濁った雲が渦をつくるばかりの、 生も死も消えてしまったような朽ちかけた光景でせいかなかったのだが。 家族は一列縦隊で行進していた。 先頭をゆくのは父れいむだ。その後ろに補佐役として姉れいむがつづく。 列のまん中をしめるのは妹まりさ。四頭目は姉まりさ。しんがりを担うのは母れいむだ。 いちばん脆弱な赤ゆは、母の頭の乗せられて運ばれていた。 「ゆゆー。しずかなんだじぇー」 妹まりさがぼそりと言った。 その指摘に歯向かうように、末っ子れいむが目をさまし、起きるやいなや泣きだした。 「……ゅ……ゅ……ゆぴゃぁぁぁーーーーーーーーー! おにゃぎゃずいだーーーーーっ! ゆんやぅわぁぁぁーーーーーっ! おにゃが ずいだよぉーーーーーー!」 「ゆぅ……」 行軍がとまり、赤ゆあやしがはじまった。 ただし父まりさは参加しない。 道の行く手に背をむけて、泣きくずれる末っ子れいむとそれをなぐさめる家族たちを見つめるだけだ。 しかし、家族のなかでも一等悲痛な目つきをたたえていたのは、父まりさにほかならなかった。 これからずっと見知らぬ土地を歩くのだ。 どこに危険がひそんでいるか、わかったものではない。 そして、避けられる危険は避けるにこしたことはない。 そのためには息をひそめて、ふかく静かに行軍するのがいちばんだ。 ところが末っ子れいむは親の心配など露知らず、それが赤ゆの本能とはいえ、 ひたすらに自己の欲望を主張するばかりで抑えることをしらない。 こんなことで約束の地に辿りつけるのか。 森に息づき舌なめずりをする危険の網をかいくぐることができるのか。 それを思うと暗澹たる気持ちを抱かざるをえない。 いっそ今からでも戻るべきか……? とさえ、思いはじめていた。 今なら間に合う。今なら……。 「おちびちゃん、しずかにしてね! なけばいーってもんじゃないよ!」 その叱責は、姉れいむのものだった。 家族は水をうったように静まりかえった。 めったに怒りを表明しない姉れいむの怒声は、それだけの効果があった。 「……ゅ……ゅ……!」 末っ子れいむは、母の頭上でふるえた。そして、 「ゆびゃぁぁぁぁーーーーーーーーーっっ! ぼねーぢゃんぎゃ いじばりゅーーーーっ!」 火がついたように泣きだした。 姉れいむの馴れない叱責は、かんぜんに逆効果だった。家族のほうがうろたえてしまう。 ただ父まりさだけは、姉れいむの慌てる姿をみて微笑みをうかべていた。 そのとき、父まりさの背後でかさりと音がした。 家族が音に反応する。 野道のまん中に、猫がいた。 その黒い体毛はひどく薄い。筋肉のもりあがりはすさまじく、ほとんど異形と化している。 爪は曇天からもれる光をふうじて冷たくきらめいている。 その怪物が、琥珀の両眼でゆっくり六頭をしずかに見つめている。 末っ子れいむは狂乱した。 「ゆぎやぁぁぁぁぁーーーーーーー! ぎょばいよぉぉぉぉぉーーーーっ! ねござんば ゆっぎゅり でぎにゃいよぉーーーーー! でいびゅぎょばいぃぃぃーーーーーーーーっ! あっぢ いっでねぇーーーーっ! あっぢ いっでーーーーーっ!」 六頭は立ちすくんでいた。父まりさにいたってはしきりに歯を噛みならしておびえている。 魔物が足を踏みだした。 すると、父まりさの震えがとまった。一家の庇護者たる役割をおもいだした。 一気に頬をふくらまし、 「ぷくぅぅぅーーーーーっっ!」 と、涙ながらに威嚇を展開した。 姉妹たちもそれにつづく。 「ぷ、ぷ、ぷっ……ぷくうぅぅぅっ!」 「ぷきゅーーーーーっ!」 「ぷきゅぅぅぅぅーーーーっ!」 母れいむだけは赤ゆをきづかい、戦闘には参加しなかった。 魔獣とゆっくりによる闘争は、ゆっくりたちの勇気に軍配があがった。 黒猫はしばらくゆっくりを睨みつけていたのち、ぷいと顔をそむけ、草むらに消えた。 家族たちは抱き合っておのれの無事をよろこんだ。 「ぎょばぎゃっだぁぁぁーーーーーーーーーっ! ぎょばがっだぁぁぁーーーーーーーっ!」 しかし末っ子れいむは泣きやまない。 「おちびちゃん、ねこさんは もういないのぜ! かったのぜ!」 父まりさが戦勝を誇ってみせた。 だが赤ゆは、 「おなぎゃずいぢゃぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!」 と、叫びかえした。 その嗚咽を聞き、父まりさはゆるゆるとかぶりをふった。 末っ子れいむの嗚咽をすておいて、行軍の再開を宣言した。 子供らは心配そうな目をしていたが、父まりさは厳しい目つきをするばかりでとりあわなかった。 家族は無言で、背の高い草むらを両脇にしたがえているけものみちを進んだ。 赤ゆはいつしか叫ばなくなっていた。泣きやんだわけではない。 号泣がむせび泣きにかわっただけだ。 「おにゃぎゃ……ゆぐっ……おにゃぎゃっ……ひぐっ」 などと、つぶやいている。 父まりさが口をひらく。 「おちびちゃんたち、おうたを うたって ほしいんだぜ」 すこしでも家族の不安を和らげようとする一家の長の知恵だった。 「おうちゃー、ききちゃーい」 確信があったわけではなかったが、効果があった。末っ子れいむはぴたりと泣きやみ、 母れいむの飾りの上できゃっきゃとさわぐ。 姉れいむが音頭をとった。 「ゆ~は~、ゆっくりの~、ゆぅ~」 ほがらかな歌声がひっそりとした森に広がった。 母と姉妹が声をあわせる。 「ゆ~、ゆ~、ゆ~、ゆっくり~、ゆっくり~、ゆっくりのゆ~」 葬列のような雰囲気は消しとんでいた。上々だと父まりさは胸をなでおろしていた。 赤ゆだけは、 「ゆっくちぃー! ゆっくちぃー!」 と、叫び散らしていたが。本人は歌っているつもりなので、父まりさはよしとした。 ところが、歌声は闖入者によってさえぎられることとなった。 突然、左右に横たわる背のたかい草むらのなかから、ゆっくりが飛びだしてきた。 ありす種だった。 ありすは一列縦隊で進む家族のまんなかを横切ると、そのまま道の反対側に消えた。 「……ゆ?」 先頭をゆく父まりさが振りかえったときには、ありすの姿はすでにない。 「なにかとーったのぜ?」 「ありしゅがいたんだじぇー」 姉まりさが元気よくこたえた。 母れいむも無言でうなずき同意し、しかし直後に悲鳴を上げた。 「おちびちゃんがぁっ! おちびちゃんがいないよぉー!」 一隊のまんなかを歩いていた妹まりさの姿がない。 「まさか……そのありすに……れいむ!」 父まりさが鋭い声を放った。 「ゆゆ?」 「おちびちゃんを みていて ほしいのぜ! さっきのありす なのぜ、おちびちゃんを さらったのぜ! とりかえしてくるのぜ!」 一気呵成にそう言うと、母れいむの了解を待たずして、父まりさは草むらに分けいった。 草むらの向こうで、なにかが逃げてゆく音がする。 あたりの草はおしなべて背がたかく、視界が晴れない。 「はなちぇぇぇーーーー! まりしゃをはなちぇぇーーーー! げしゅぅーーーーーっっ! ゆわぁぁぁーーーーーん! ゆわぁぁーーーーーーーんっっ!」 妹まりさの悲鳴が聞こえてきた。だいぶ遠い。父まりさは殺気立った叫びをあげた。 「おちびちゃんをはなすのぜぇぇぇーーーーー!」 「……ゅ……? ぉ、ぉ、お、おどーじゃぁぁーーーーーーん! だずげでーーーーーっ! ばりざを だずげでぇぇーーーーっ! はなぢぇぇぇーーーーーっ!」 「たすけるのぜぇぇーーっっ」 と、叫びながらも父まりさは焦燥にかられていた。 おもいのほか誘拐犯は足が速かった。 敵には地の利があるらしく、父まりさはなんども石や樹木といった障害物にさえぎられた。 子供の助けをもとめる声も、しだいに小さくなってゆく。 やがて、完全に誘拐犯を見失った。 父まりさはがむしゃらにあたりの草をかきわけた。鋭い葉にあんよが切れる。 石をふみつぶして激痛がはしった。それでも探索の手はやすめなかった。 だが、いくら草むらをかき分けても、痕跡ひとつつかめない。動悸がはやまる。 そのとき、左手方向の遠くから死にいろどられた悲鳴がきこえてきた。 「ゆんやああぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっっ!」 父まりさは目をみひらく。 方向を転じて、跳ぶように走った。 「おちびぢゃぁぁぁーーんっ!」 返答はなかった。 もどかしい。 父まりさは歯ぎしりした。 悲鳴を耳にして身をこがすような不安にかられていたのに、 いまはその返事の不在が不安でたまらず、悲鳴でもいい、妹まりさの声がききたかった。 「ゆんっ!?」 とつぜん、藪のような草むらが途切れ、背のひくい草が繁茂する広場に転がり出た。 「おちびちゃん!」 がばりと起きあがりあたりを見回す。 灰色の葉をつけた大樹の足もとに、ありすがいた。 父まりさを蒼ざめた瞳で見つめている。 「……」 二者は黙して対峙した。 「……おちびちゃんは、どこなのぜ」 ありすの体が、びくついた。その目に涙がたまってゆく。 が、それも一瞬のことでしかない。 一転して獰猛な目つきをたたえると、猛然と飛びかかってきた。 父まりさは横っとびに飛びのいて、奇襲を回避した。 敵は着地に失敗してバランスを崩す。 父親はすかさず背後をとった。 地面に落ちていた小枝をひろいあげ、あかいカチューシャのちかく、脳天にふかぶかと突き刺した。 絹を裂くようなするどい悲鳴が、しずかな森をさわがした。 父まりさはありすの上に飛びのり、全力でこれを押しつぶす。 白いクリームがぶっと吐き出された。もういちど、全力で踏みしだく。 こんどは口のみならず肛門と性器からも白濁液が流出した。 ありすは痙攣をはじめた。 父まりさは誘拐犯からおりて、詰問をはじめた。 「おちびちゃんはどこなのぜ。いうのぜ! いますぐ!」 「ゆ……ぐ……あなだの……ごども……」 瀕死の重傷だった。 「そーなのぜ! どこなのぜ! いうのぜ!」 尋問官の目は血走っている。ありすはクリームの涙をながしながら答えた。 「……ゆ……ゅ……ごべ……ごべんな……ざい…………あがぢゃん……が……おなが…… ずいでだがら……ゅ……だがら……」 「ど……どーでもいーことなのぜ! げすのこどもが おなかすいてたから なんなのぜ! こたえるのぜ! おちびちゃんは どこにいるのぜ!」 「……ごべんなざいぃ……」 さいごに謝罪をくりかえすと、ありすはひときわ大きく痙攣し、 せいだいに中身を吐きもらして事切れた。 父まりさは舌打ちして、あたりを見回した。焦燥が父まりさの胸を騒がしていた。 謝罪とは、過去の行いに対する反省の弁にほかならない。 すなわち、ありすは既に何かを実行してしまったことになる。 「おちびちゃーん!」 叫び声は森林に吸い込まれてゆく。 「……?」 どこからか声が聞こえてくる。 くぐもった、甲高い響きだ。 音源へと歩く。 樹木の根もとに、まりさ種の帽子が置かれていた。その帽子のつばには石が置かれている。 大きさから察するに、もちぬしは成体まりさ種であろう。 そして、ゆっくりがお飾りや帽子をその身からはずすことはありえない。 もちぬしのいない帽子など、不気味なだけだ。 振りかえり、ありすの死骸を見やった。ぴくりとも動かない。完全に死んでいる。 また黒帽子を見つめた。 父まりさは帽子に顔を近づけて耳をそばだててみた。 甲高い声が、帽子のなかに渦巻いていた。 『……みゅーちゃ……みゅーちゃ……みゅーちゃ……みゅーちゃ……おいちぃぃーーーー!』 『……おいちぃーわ……とっちぇも ときゃいひゃな おあじにぇ!』 『……ちあわちぇー……。まりしゃは とっちぇも ゆっきゅりしちぇいりゅんだじぇ……』 吹き飛ばすように、帽子をのけた。 蓋の下には、窪みがあった。 そこに七頭の赤ゆがいた。 窪みの底には藁がしかれている。巣のつもりか。 赤ゆらはいきなり明るくなった空をあおぎ、じぶんたちを睨みつける巨大な顔を見つけた。 かれらは同時に失禁し、蜂の巣をつついたような大騒ぎを呈した。 「ゆぴぃぃぃぃーーーーー! しりゃにゃい ゆっきゅりが いりゅぅぅーーーーーーーー! ゆっぐぢ でぎにゃのじぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーっっ!」 「ぶぎゃぁぁぁっ! ゆっぎゅり でぎにゃいぃぃーー! みゃみゃぁぁぁぁーーーーーー! みゃみゃぁぁぁーーーーーー! どっどど だじゅげりょぉぉぉーーーーーーーーーーーっ!」 「……ま、ま、まままま、まり、まりっ、ま、まりまりまり、まり、まりしゃっ、まりしゃはっ、 ちゅ、ちゅ、ちゅよっ、ちゅちゅちゅちゅ、ちゅよい、ちゅちゅちゅちゅ、ちゅよいっ」 「ゆわぁぁーーーん! ゆわぁぁぁーんっっ! ごっぢごなびでぇぇーーーーーーーっっ!」 曇天のもと、父まりさはひどく澄んだ目つきで、騒然と泣きわめく赤ゆたちを観察した。 まりさ種が三頭と、ありす種が四頭だった。 その口もとは、ことごとく、べったりと黒く汚れていた。 窪みのすみには、もちぬしのいない四つ目の小さな帽子が座っている。 赤ゆのまりさのそれにくらべると、少しばかり大きかった。 草むらのなかから父まりさがその姿を見せると、子供たちはよろこびに沸いた。 母れいむも安堵のため息をもらす。ところが、奪い返しにいったはずの妹まりさの姿が みえず、黒い不安が胸のうちで頭をもたげてきた。 「ね、ねえまりさ」 「おちびちゃんたち。ごめんなのぜ」 父まりさはツガイの呼びかけを無視して、群がってくる子供たちのもとにすすんだ。 そして黒帽子からなにか白い塊をとりだして子供たちの前にさしだした。 それは大量のあまあまだった。カスタードクリームと餡子の混合塊だ。濃厚な甘ったる い匂いが、子供たちの鼻孔を直撃する。 「ゆゆぅぅぅぅーーーーーーーーっっ!」 狂ったような歓声をあげた。 それと同時に。 ぷしっ。 と、いっせいに子供の肛門から尿が吐き出された。唾液はまたたくまによだれとなってあごをつたう。 目は食欲にきらめき、凝然と甘味を見つめている。 父まりさは包容力のある笑みをうかべる。 「すーぱー むーしゃむーしゃ たいむなのぜ。……たべるのぜ」 「ゆ゛ん゛や゛あ゛ぁぁぁぁーーーーーーっ!」 自制心など吹きとんでいた。 三頭のゆっくりは我先にと餡子にむらがって、一心不乱にをむさぼりはじめた。 しかし、母れいむは素直にはよろこべなかった。 妹まりさはどうしたのだ? 父まりさの横顔を見てもよろこんでいるようにはみえない。むしろ悲痛でさえあった。 それに、こんなに大量のあまあまをどこから調達してきたのだろうか。 餡子もクリームも自然界には存在していないのに。 いやちがう。 唯一存在する場所があるが、それは……。 「ねえ、まりさ。これって もしかして」 「れいむ。いうんじゃないのぜ」 おおいかぶせるように言って、ツガイの疑問を遮断した。 「さあ、まりさたちもゆっくりたべるのぜ」 「……これを?」 「おちびちゃんだけに たべさせちゃ だめなのぜ」 母れいむは息を呑んだ。 「わかったよ……」 と、答えたときだった。 「ちあわちぇぇぇぇーーーーっっ!」 末っ子れいむの雄叫びが森にこだました。 「えぐっ……ゆぐっ……ぢあばぢぇぇ……ぢあばじぇだよぉ……」 姉女れいむにいたっては、ふってわいたような幸せかみしめ、むせび泣いている。 その喜悦は想像するにあまりある。 ゆっくりは頭上から茎を生やし、その先に実をつけるように子を成らすことで繁殖する。 その茎型の生殖管は子供が生まれたときにへし折られて食事として子に与えられる。 砂糖水をたっぷりと沁しみこませた茎は極上のあまあまだ。 姉れいむはそのとき以来、一度も甘味をたのしんだことがなかった。 そして、一生涯、二度とあまあまは食べられないものだと悟り、あきらめてさえいた。 忘れかけていた砂糖の味は、陶酔するほどおいしかった。 「おどーじゃん……おいぢーよぉ……ありがどぉ……あり……?」 姉れいむは父を見て声を失った。 父まりさは甘みを一心に見つめるばかりでいっこうに食べようとしていない。 空腹にはちがいないのに。あきらかに挙動が不審だった。 それでも意を決したように甘みを口にふくんだ。その瞬間、目をむいた。苦しんでいる。 甘みと格闘し、死にものぐるいでのみくだした。 どうしてこんなにおいしいのに苦しむのだろう。 姉れいむはクリームと餡子のかたまりを見下ろした。 大量の甘みは、家族にたしかな活力をあたえた。 それから数日間は旅程の消化もはかどった。 さしたる危険を感じずに過ごすことができた。 ときおり上空を戦闘機の轟音が駆けぬけていったが、馴れたものだ、気にしなかった。 唯一の気がかりといえば、 「ゆんやぁぁぁーーーーーーーっ! おねぇぇじゃぁぁーーーーーーーんっ!」 と、ときおり末っ子れいむが思い出したように姉の不在を強調することだけだった。 妹まりさについては、 「しっそう」 ということにされた。追跡したが見失ったと父まりさは言った。 それが嘘だと、すくなくとも母れいむと姉れいむは気づいた。 姉まりさの話題は禁忌となった。しかし、赤ゆに泣きわめかれては家族の努力もむなしくなる。 妹まりさが失踪してから七日目のことだった。 道行く家族の目のまえに、一頭の見知らぬゆっくりが踊り出た。 「ゆゆ!?」 家族はひさしぶりに見たゆっくりに安堵をおぼえた。 ちかくに群れがあるならば迎え入れてもらおう。そんなことさえ思いはじめた。 だが驚きと戸惑いはすぐに恐怖へと転じた。 左右と背後からもゆっくりが飛び出してきて、五頭の家族をすきまなく包囲したためだ。 一家を包囲するゆっくりたちは、一様に瞳を欲望にたぎらせている。 だれもが尖った白い棒で武装していた。それは研磨した動物の骨だった。 「な……なんなのぜ」 父まりさは正面のゆっくりまりさに問いかけた。 「へへ。ひさしぶりの えものなんだぜ」 リーダー格と思わしきゆっくりまりさは、家族を品定めするようにねめつける。 母れいむ、姉れいむ、姉まりさは父まりさの背中によりそった。 末っ子れいむは本能的に事態を察して母の髪の毛のなかにもぐりこむ。 「みちをあけるのぜ……」 乾いた声で、父まりさは言った。 「いやなんだぜ」 リーダーはほくそ笑みながら即答する。 「ぜんいん ここで いただくんだぜ」 「いただくって、なんなのぜ」 リーダーだけではない。襲撃者たちは全員、おびえる家族を見すえてあざ笑っている。 「ふん。どれいにしてやるんだぜ」 「どりぇい!」 その単語に鋭く反応した姉まりさが、父まりさのかたわらに進み出た。 「なにいっちぇるのじぇー!」 「おちびちゃん、さがってるのぜ!」 父まりさは襲撃者をにらみながら大声を張った。ところが姉まりさは下がろうとしない。 「まりしゃは げしゅの どりぇいに なんきゃ ならないんだじぇーっ!」 涙をこらえつつ、姉まりさは朗々と宣言した。 「こいつ……なんなんだぜ?」 山賊頭のまりさは、勇敢なるゆっくりを睥睨した。 「ゆぴっ!」 あらごとに馴れた山賊の敵意はほんものだった。壮絶な敵意をあてられて、 姉まりさは失禁した。それでも引き下がりはしなかった。それどころか対抗した。 「まりしゃは ちゅよいんだじぇ!? しゃっしゃと みちをあけにゃいと……」 「あけないと、なんなんだぜ?」 「せ、せ、せ……」 「おちびちゃん、さがるのぜ、ここはおとーさんに まかせるのぜ!」 「せ?」 姉まりさは目をつむって悲鳴をあげるようにさけんだ。 「せ、せ……『せいっさいっ』しゅるんだじぇーーーっっ!」 「へぇ……やってみてほしいんだぜ、なあ?」 リーダーまりさは仲間を見渡した。七匹の仲間は嗤っていた。侮蔑の笑みだった。 「ま、ま……まりしゃを わりゃうにゃーーーーっ! ゆりゅせにゃいんだじぇーーーっ! もう、あやまっちぇも おしょいんだじぇー! まりしゃの『ぷきゅー』をくりゃえーっ!」 「お、おちびちゃん、おとーしゃんも てつだうのぜ!」 父まりさも同調した。二頭のまりさが息をすいこむ。 「せーの……」 父と子は呼吸をあわせて、 「ぷくぅぅぅぅぅーーーーーーっ!」 「ぷきゅぅぅぅぅーーーーーーっ!」 全身全霊の「ぷくぅ」を見舞った。 はたして勇敢な姿をつきつけられた襲撃者たちは爆笑した。 「ひ……ひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ! うぎゃー。こ、こわいんだぜー! ぷくーはー、 こわいんだぜー。……ってかぁ!? ゆひゃひゃはははひゃはっっ!」 「こわいよ~、くくっ……ぷくーはやめてね~、ぷくーはこわいよー、くくっ。あははっ、 くくっ……こわいよ~、げっひゃひゃひゃっひゃっ!」 『ぷ、ぷ、ぷくくぅぅぅぅーーーーーっっ!』 攻撃意志を表明するたびに哄笑は高まっていった。 「あはははは、まだ、まだやってるんだぜー! けっさくなんだぜー!」 姉れいむの目は涙が落涙した。母れいむも唇をかみしめている。 末っ子れいむは母の髪の毛のなかで震えていた。 そして父まりさと姉まりさは、山賊たちの侮辱など聞こえないとでも言いたげに、 効果のない威嚇を壊れたようにくりかえしていた。 「ひひ……わかったんだぜ。そのぷくーにめんじて……」 威嚇行動が止まった。 父まりさの瞳に希望が差す。 だが、直後に発せられた襲撃者の一言により、一縷の望みはあっけなく断ちきられた。 「……ひとりでゆるしてやるんだぜ」 「ゆ?」 リーダーは父まりさに鋭い眼光を投げつつ、ことばを重ねた。 「ひとりさしだすんだぜ。それでゆるしてやるんだぜ」 「お、おちびちゃんはさしだせないのぜ!」 父まりさは金切り声を発した。 リーダーの笑みが止まった。侮蔑がひっこみんだ。 「なにいってるんだぜ。おちびちゃんが だめなら おまえでもいーんだぜ。おちびちゃ んを さしだすひつようは ないんだぜ。どーして おちびちゃんが ぜんてい なんだ ぜ? けっ……。ぽーずだけ なんだぜ……」 父まりさは言葉に詰まった。ちがうと言いたかった。 じっさい、そんなことは露ほども考えていなかった。 ではなぜおちびちゃんが奪われると思ったのかと問われれば、その理由は思いつかなかった。 「さあ。どいつにするんだぜ?」 「だ、だれも だめなのぜ……」 顔をうつむかせてこたえた。そんな返答で許してもらえるとは思えなかった。 「じゃあ、ぜーいん どれいにして やるだけなんだぜ」 「それは だめなのぜ」 「じゃあ、きめるんだぜ。えらぶんだぜ」 「え、えらべないのぜ……」 「……れいむが!」 姉れいむが凛々と叫んだ。 その場にいたすべてのゆっくりにとり予想外の反応だった。 リーダーはどことなく困惑した顔つきを浮かべつつれいむを見やった。 「れ、れいむが……いくよ」 れいむは震えていた。尿も垂れ流している。涙も浮かべている。 だが口調はしっかりしていた。その毅然とした態度をみて、山賊頭まりさは目をほそめた。 部下に命令をくだす。 「みあげたゆっくりなんだぜ。わかったんだぜ。おい、つれていくんだぜ!」 その命令に従い、部下のゆっくりが姉れいむを家族から引き離した。 襲撃者たちが引き上げてゆく。しかしリーダーは最後まで残っていた。 呆然自失している父まりさを心底から蔑んでいた。 「おやだったら、もっと ていこうするべき なんだぜ。こいつ、あんしんして やがるん だぜ。へどが でるんだぜっ! こどもがさらわれるってのに どうして あんしん で きるんだぜっ! しねっ!」 山賊ゆっくりは力いっぱいぶちかました。 父まりさはかるがると吹き飛ばされ、いくばくかの餡子を吐きもらした。 山賊に前後左右をかためられて、姉れいむは道を歩いている。 おそらくは、もう家族と再会することはない。 「へっ。どーしようもないおやだったんだぜ」 前方を行くリーダーまりさは独りごとのように言った。姉れいむは答えない。 「ほんとうに どーしようもない……」 「あなたも」 姉れいむが静かに口をはさんだ。 「あなたも、いえあなたは、おやにすてられたの?」 リーダーまりさの足が止まった。それにあわせて七匹の仲間も停止した。 姉れいむは金色の後ろ髪を一心にみつめて返答を待った。 「……むかしのことなんて わすれたんだぜ」 そう言って、また歩き出す。 一行は無言で歩きつづけた。 やがて。 前方を行くリーダーまりさが、それを踏みつけた。 人間はそれを、地雷とよんでいる。 爆音が森をおどろかし、爆風が草をなぎ倒す。 火焔があたりの腐った植物をなめ、黒煙が曇天を汚した。 ほどなく、濁った空から砕け散ったゆっくりの残骸が降ってきた。餡子が大地に森にばらまかた。 こうして姉れいむをふくむ九頭のゆっくりは、 悲鳴をあげる権利さえあたえられぬまま、 爆炎にのまれて全滅した。 (下に続く)
https://w.atwiki.jp/sinnisioisinrowa/pages/180.html
帰り道――――100%悪巧みで書かれた小説です―――― ◆xR8DbSLW.w ◎ ◎ ◎ 「普通ってなんだと思う?」 「知らねーさ。不都合の略かなんかじゃねーのか? どいつもこいつもそんなもんを求めて、 右往左往してるばっかりだしよ。よっぽど困ってるんだろ」 「求めてるんじゃなくて拒否してるんじゃないのかな。それで困ってるんだよ。 個性と普遍性とを相反するものだと、みんな思い込んでるみたいだし。いや、思い込みたいのかな?」 「お前はどうなのよ」 「ぼくは普通になりたいよ」 「よく言う」 「きみはどうなんだい?」 「俺は不通だよ。思い通りになることも、期待通りになることも、何もねえ」 「それは通らないだろ。いくらなんでも」 ◎ ◎ ◎ ああ、これはこれは阿良々木さんではありませんか。 ――――ああ、僕の名前は阿良々木だ。 ――――どうしたんだよ、いつもみたいに名前を噛まないのか。 私だって空気ぐらい読みます。 今回はそういうパターンではないでしょうよ。 第一、わたしの噛みは阿良々木さんが不条理に抱きついた時にこそ出すものですよ。 ――――……だな。ていうかやっぱわざとだったんだな。 そりゃそうですよ。 で、今回はいいんですか? ――――やらねえよ。 ――――そもそも僕死んでるし。 ……そうですか。 というよりも、二連続で夢の話を書くなんとも捻りのないことです。 八九寺Pを使ってこれとはなんとも言えない所業なこったです。 わたしの手にかかれば、阿良々木さんは実を言うと生きていてパラレ木さんとなって活躍させましたのにね。 ――――八九寺Pすげえ! だけどその噛み方この間やったばっかだろ! 失礼噛みました。 ――――違う、わざとだ。 間違えました。 ――――ある意味斬新! まったく阿良々木さんは何時まで経ってもアドリブの効かない人ですね。 馬鹿は死んでも治らない、とはよくいうものですが阿良々木さんは……死んでも馬鹿なんですか。 ――――ああ……僕は何時まで経っても馬鹿だよ。お前の知っている、阿良々木暦だ。 何で、こうギャグやってるのにシリアスに入っちゃうんでしょうか。 ダメですよ……。阿良々木さん。ちょっと私が泣いたからって……動揺してちゃ。 わたしは……大丈夫ですから。阿良々木さんがいなくたって、大丈夫ですから。 ――――そうか。まあ死という概念に対しては、僕なんかよりお前の方がよっぽど身近だからな。 ――――お前がそう言うからには、そうなんだろうよ。 そうですよ。 わたしを誰だと思ってるんですか。 迷い牛……属性が幽霊の八九寺真宵。 誰よりも、死については詳しいんですからね。 ――――ああ……じゃあ泣くことぐらいやめようぜ。 ――――お前のそんな顔見ちゃあ、僕も満足に成仏できないよ。 成仏、ですか。 ――――成仏だ。正確に言えばお前みたいに幽霊になってるわけではないから、成仏では無くて消滅って言った方がいいかもしれないけど ――――なんであれ…………。……お別れ、できねえだろうが。 なんででしょうかね。 ――――なにがだ。 なんでわたしみたいなのが、怪異。 幽霊になってまで存在できたのに、阿良々木さんは怪異に憑かれなかったのでしょうか。 いえ、そう言う意味では既に憑いていたんでしょうが、ならどうしてそんな吸血鬼っていう属性を。 不死身と言う特性を無視してまで死んじゃうんでしょうかね! おかしいですよこんなの! わたしは認めきれません。諦めきれません。阿良々木さん、あなたは実を言うと生きてるんですよ。そうですよ! ――――八九寺……。 いつもみたいに、母の日みたいに! 誰もが幸せなハッピーエンドで幕を閉めましょうよ! どうしてこんなどうしようもない時に限ってこうなんですか! 重いエピソード? そんなもの、もう既にやってきたでしょう? もういいでしょう。 そんなの、既にあなたは色々やってのけたんでしょう!? なのになんでまた、いえ……最期にこんな目に遭わなければいけない理由があるんですか? ――――…………ああ。 わたしはまだまだ阿良々木さんとお喋りしたいんです! 一緒にいたいんですよ? 夏休み言いましたよね、阿良々木さん。わたしがどうしようもなく困っていたら助けてくれるって。 あの言葉、わたしとっても嬉しかったんですよ。だから今どうしようもなく困っているわたしを助けてくださいよ! わたしは何処にも行ってません。ここにいます。何時だって、阿良々木さんの傍にいます。だから――――最初の日みたいに、助けて……くださいよ。 ――――………………。 わたしは! わたしは…………ッ! ――――八九寺。 わたしは…………まだ、阿良々木さんに……! ――――八九寺っ! …………。 ――――ごめんな、八九寺。お前がどんなに言おうが、僕は死んだ。 ――――お前みたいに、どの怪異にも憑かれることもなかったし、吸血鬼性が働かなかったのも正直不思議だ。けれど、死んだんだ。 …………。 ――――僕にもなんでこんな冷静に受け入れられてるかわかんねぇよ。 ――――正直、これが逆の立場だったら、僕はきっと大人の片鱗の僅かも感じさせないほど取り乱していただろうよ。 ――――それこそ、お前に説教されるぐらいにはな。 …………。 ――――本当、死っていうのは不条理だよな。 ――――忍レベルに行けば、そりゃあ死にたくもなるだろうよ。 ――――死で一番恐ろしいのは、痛みとか。苦しみとかじゃなく、別れだもんな。 …………。 ――――取り残された人たちの、心の痛みって言うのは計り知れない。 ――――生憎のところ、誰の死にも立ち会えてない、いや正確に言えばあるんだろうけど、実感としてはさほどない僕が言うのも何だけどな。 …………。 ――――きっと僕はもうお前と楽しいおしゃべりをすることも。 ――――お前の危機に立ち向かえることもできなくなった。 ――――もう、僕はお前のいる世界、って言うのも変だけど、現世にはいないんだから。 …………。 ――――けどな、八九寺。 ――――覚えておけ。有り触れた陳腐な言葉だけどお前は決して一人じゃない。 ――――僕がいるし、近くにきっと誰かいる。 …………。 ――――勝手な事言うけどよ、僕はお前に死んでほしくない、消えてほしくない。 ――――僕の死に絶望してくれるのは勿論そこまで僕を思ってたって意味では嬉しいことだけど。 ――――死なないでくれ。消えないでくれ。 ――――僕が、悲しい。 …………。 ――――僕は今から告白するぜ。一度しか言わない。 ――――耳の穴かっぽじってよく聞けよ。八九寺。 ……はい。 ――――八九寺、大好きだったぜ …………はい、わたしも、大好きでしたよ。 ――――そっか。そりゃうれしいな。それじゃあ、僕はもう行くよ。 …………嫌だ、と言ったらどうしますか。 ――――それでも、僕は行くよ。 ――――どのみちお前は目覚めなくちゃいけない。 ――――今時、眠れる美女なんて流行らねーよ。今はプリキュアの時代だ。 …………どうしても、なんですね。 ――――ああ、どうしてもだ。 ――――もうお終いだぜ。八九寺真宵。 …………はい、お別れですね。 ――――お別れの台詞はいらない。 ――――僕は何時だってお前の傍にいる。 ――――だから、死ぬ……いや、消えるんじゃ、ねーぞ。 …………ええ。ですから阿良々木さん。 最期に一言、わたしにエールでも送ってくれませんか。 ――――おう、そのぐらい幾らでもやってやる。 ――――八九寺の為だ。僕は何だってする。 …………ありがたい、お言葉です。 さあ、ドンと来てください! しかとこの身に刻みます! ――――ああ、僕からのありがたい言葉、しっかり覚えとけよ! ――――頑張れ、八九寺真宵。 ◎ ◎ ◎ さて。 膝枕が思いのほか疲れたぞ。 いつまで寝て居やがるんだこの子供。 人の膝を借りて気持ちよさそうに寝ちゃって。 「…………うにゃ……むにゃ……………」 …………。 思えばぼくは何やってんだっけ。 そう、こんな風に膝枕する必要もないじゃん。 そもそもバトルロワイアルという異常事態を前にしてぐっすり眠ってる真宵ちゃんが悪い。 もうとっくに地図に最低限の情報は書き留めた訳だし。 加えて名簿とか、確認できる範囲のことも確認し終えた。 故にぼくには真宵ちゃんの頭を撫でたりセクハラもといスキンシップする以外することがなく、何もすることがない。 …………。 「ていっ」 肩を掴み、乱暴に彼女を起し上げ、 ぼくは立ちあがり適当に服に付いた土を払う。 同時に彼女は勢いよく背後から倒れこみ頭をぶって痛そうに呻いていたかが根性強く眠っている。 ……いい加減起きろよ。 とは思うけれど。 まあ、今ぐらい甘やかしてやっても別に問題ない。 なにがあったかは知らないけれど、彼女が一人でいる相応の理由があったんだろう。 心を落ち着かせるてきな意味でも、今は寝かせたほうがいい。 さて、その間にぼくは状況整理だ。 整頓すべき現在状況がある。 一に、真宵ちゃんがここに一人でいる理由。 まあそれはさっきなんとなく可能性を示したけれど、決定打がないため保留。 二に、あそこで、死んでいる人物。 この制服の持ち主だろう。こんな大男そうはいない……とおもう。 で、結果的には真宵ちゃんを守りながら七実ちゃんに殺されたんだろうことを想像できる位置配置だった。 まあこの人に関しては、それで終わりだろう。それ以上のことを見出すことは難しそうだ。 三に、今現在の安心院さんの行動。 これに関しては予想も予測も立てられない。故に保留。 結論。 分からないことが多すぎました。 頭を抱えるほどのことじゃないけど、一体全体ぼくが寝ている間に何があったんだよ。 状況が理解できない。 思えばぼくこそ、何で寝てたんだっけ。 ……。 ………。 …………。 あれ。 汗が止まらない。 おいおい、今更女子高校生ぐらいに恐怖するなよ。 かの人類最悪を相手取ったこの戯言遣い。 あの程度の存在に後れをとる程落ちぶれてはいない。 そう、そう。 幾ら既に戯言が既に通らなかろうが、うん。大丈夫。 例え暦くんが既に死んでそうな感じでも、うん。大丈夫。 …………。 ………。 ……。 さ、さて、これからの行動だけど。 一先ず、真宵ちゃんが起きるのを待とう。 そして安心院さんの行動を測るのと、安心院さんを知ってる人を探そう。 まあその時に、鳳凰さんはともかく翼ちゃんには気をつけるとしようか。 で、だ。 やはり放送の内容も聞くべきだ。うっかり禁止エリアとか入り込んで首輪爆破とか哀しすぎるし。 なにより――――暦くんの生死。 これによってこれからの行動は多いに変わる。 何時までもこの学習塾に居残る理由はなくなるわけだ。 まあ死なれちゃ色々面倒なのもまた確かではあるんだけどね。 ……はあ。 再度、一度読みとおした名簿を見つめる。 一つの名前を、見つめる。 西東天。 この男は、巻き込まれた方なのか。 てっきり、あわよくば、関わってるとするならば、あちら側と考えていたものだが。 世界の終わりを望んでいた男。望んでいる男。 今頃、どこでなにをやっていることやら。 どちらにしても、碌なことにならなそうだから、早く見つけ次第監視しておきたいところだ。 まあ。 あの人自体に特別力があるわけではないし、いること自体は何ら問題ではないのだが。 西条玉藻。 匂宮出夢。 連なる零崎。 彼女らに限ってはそうはいかないだろう。 死んだはずだ。 玉藻ちゃんは、ぼくの目の前で。嘘や誇張もなくぼくの目の前で首を刎ねられ死んだはずだ。 出夢くんは、あの時。そういやこの子もまた、澄百合学園で死んでいる。どう足掻いても変わらない事実。 最後の塊は確証はないんだけれど、ぼくの鏡の向こう側である零崎人識もそう言ってたし。 嘘と言えば簡単だけれど前者のことを踏まえると中々どうして否定しきれない。 もちろん名簿に嘘偽りがないとは断言できるわけがないけど、それこそ相手側の得はないと思う。 まあ当面は信じる方向でいいや。 疑ったところでどうしようもないしね。 幾ら名簿に偽装が混じっていようとも、そこから発展する自体は少なからずぼくにはなかった。 それまでである。剣呑剣呑。 と、ぼくは適当に名簿をディパックに仕舞いこむ。 ディパックの重さは入れ過ぎなのか相応には重くなっている。 まあけれどもてない重さではないので特別中身を捨てることもなかったけれど。 ぼくはディパックを背負う。 そろそろ動かなければ翼ちゃん辺りも来るだろうし。 暦くんを待つとはいえそもそもの生死自体も定かではないんだ。 そんなかつての戦友との約束を果たすぐらいな必死さは生憎のところぼくにはないのでとっとと退散してしまおう。 まあ行くべき場所って言うのも特別ないんだけど。 骨董アパートは当面のところ行きたくはない。わざわざ来た道戻るってのもなんか癪だし。 そもそものところあの二人組に遭う確率が非常に高いしね。 できれば避けたいのが本音ではある。もっと言うと何故修復されていたかという疑問にもそろそろ真剣に取り扱ってほしいね。 箱庭学園。 見たところでかい施設っぽいのでいくのも吝かではないけれど、目立って目的がないため保留。 まあ本当にどうしようもなくなったら行くことにしよう。 クラッシュクラシック。 名前としては何だ? 「古典的なことを破壊する」……かな。よくわかんないけれど。ていうか何だこの建物は。 他は、斜道卿壱郎とか、不要とか前に置いているけれど、研究施設とか、湖って言うのは伝わってくるが、ここに至っては本当に分からない。 故にここはまあどうでもいいや。誰かから確かな情報もらったところで拝見しよう。 診療所。 無論行ったところで損はない。候補に挙げてもいいところだろう。 豪華客船。 まあ身を隠すならもってこいかな。誰もわざわざ砂浜を通ってまで客船に来ようなどとは思うまい。 それ以上の進展が期待できそうにないのが辛いところではあるんだけど。候補にあげるには十分だ。 ランドセルランド。 聞いたことあるようなない様な。 ランドセル名前からしては小学生向け、そしてランドというぐらいだから遊園地みたいなテーマパークっぽいかな。 ぼくの記憶ではヒットする情報はなかった。さすがぼくの記憶力、といったところ。 さしあたっては遠いし目指す必要性もない。 ネットカフェ、斜道卿壱郎研究施設。 友が行くならこの辺りかな。ネットも満足に使えるとは思えないけれど、まあ行ってはいそうだ。 候補には挙げておく。 マンション。 そこに行くぐらいなら、きっと豪華客船で十分だろう。 展望台。 辺りを見渡せるという点ではおいしいんだけれど、 位置が遠いため断念の方向かな。 西東診療所。 うーん……。さっきから思ってたけど明らかにこれ位置配置がおかしいよね。 京都に在った(まさしく「在った」。今はない)骨董アパートと愛知に在った研究施設。 加えこの西東診療所。わけがわからない。 どんな業を使えばそんな事が可能なんだろう。木の実さんの空間製作辺りに通じるものがあるけれど、 そもそも狐面の男がいる以上彼女が協力している可能性なんてほぼ無に等しいし、 かといって空間製作は他の人たちが易々と使えるものではない、はず。真心はイレギュラーとしてだ。 ……まさかこの施設。一から作られているのか? いやだとすると、それはとんでもない財力と労力が使われているぞ。 ぼくだって、仮にあの骨董アパートが偽物だとすると本物かと思うぐらいに似せてあったし。 それも(まあ元々四畳半で特別物も置いてなかったけれど)中身まで完ぺきだった。 …………。 このバトルロワイアル。一体全体なにが絡んでいるって言うんだよ。 なにか途轍もなく大きななにかを感じる。 友がいる以上、玖渚機関ではないとは思うけれど……。 ……。 まあ、そんな事もさておいて。 とりあえず西東診療所に行くなら、無印診療所でいいだろう。 いや、まあ施設が本物かどうか確かめるって意味では行ってもいいのかもしれないけれど、 そもそも長い間慣れ親しんでいた骨董アパートですら、気付けなかったのだ。 たかだか一ヶ月程度いたぐらいの西東診療所でのわずかな差異を見つけられる自信なんて無いし。 …………真宵ちゃんを連れてあそこにいくのは、なんとなく。 なんとなくなんだけど嫌だし。 なんてことで、ここはない。 喫茶店、病院。 遠いし、急いで行くような場所ではあるまい。 なんてことで候補からは下げよう。 一戸建て。 マンションに同じく。 図書館。 情報を稼ぎたいんであればダメもとでも、一回友がいるかどうか確認も兼ねて ネットカフェや、研究施設に行くのが先決である。 薬局。 西東診療所に同じく。 ていうかなんか医療関係多いな……。 そんなに参加者が心配ならそもそもこんな催し開くなよ……。切に思う。 不要湖。 湖に行ってどうする。 レストラン。 遠い一択。 纏めると、 診療所、豪華客船、ネットカフェ、斜道卿一郎研究施設。 ……ぐらいか。 まあ途中、真宵ちゃんの、そして放送次第ではどうなるか分からないけれど。 目的があった方が、それなりに動きやすいし。 さて、と……だ。 ぼくは、真宵ちゃんを抱きかかえる。 背中に手を回しひざ裏を抱えて、抱きかかえるそれは俗に言うお姫様だっこと言う奴だけど。 まあ別にぼくはロリコンでもないし、友相手にやったと思えば全然恥ずかしさとか、そういう下心は、本当に全くと言うほど、ない。 むしろ傍目から見たら、怪我した少女を勇ましく助けている青年、だろう。 ぼくっていい奴だったんだな。戯言だけど。 背中にディパック、前面に真宵ちゃん。 さあ、主人公としての第一歩だ。 ◎ ◎ ◎ 「異常ってなんだろうね」 『さあね、僕には分からない概念だ。あれじゃないかな、罪状の略語じゃない。 どいつもこいつも異常なものに憧れ、群れるもんだけど。 あっちこっちに右往左往しすぎだよね。異常な奴の言葉次第で全てが変わる。全く以て困った人たちだ』 「好かれてるんじゃなくて嫌われてるんじゃないかな。意外とさ。 異常性と普遍性が相反するものだとみんな思いこんでるみたいだしね。いや、思い込みたいのかな?」 『きみはどうなんだい?』 「ぼくは普通になりたいよ」 『よく言えたもんだね』 「きみはどうなんだい?」 『僕は委譲だよ、良くも悪くも僕の知ったこっちゃない』 「それはさすがに任せられないだろ。ていうかきみより下に人間なんていないでしょ」 ◎ ◎ ◎ ゆらり、ゆらり……。 脳内が揺れている。さながら揺りかごの様な心地よさ――――っていうと大言壮語かもしれませんが。 少々雑な揺れですからね。 「…………むにゅ……うにゃぁ……?」 そんな事を思いながら、 徐々に意識が覚醒し始めて、ゆっくりと、ゆっくりと、わたしの瞼は開いていく。 すると、目の前には、茶髪で死んだ目をもってる中性的な横顔。真っ白のブカブカの制服を着た見知らぬ――――いえ。 戯言さんが、そこにはいました。 はて、戯言さん……。 戯言さんとは、どこで出会ったのでしたっけ……。 そう、あれはなんかボロくさいアパートでしたね。 あれ、わたしはどうしてそんなところにいたのでしょう……。 …………。 ああ、そうでした。 バトルロワイアル。 カッコよく、言ってますけれど――――殺し合い。 …………。 そう、でした。 …………。 阿良々木さんは、もういないんですね……。 …………。 ツナギさんも、傷つけちゃいました。 …………。 わたしは……バカですね。 …………。 一回死んでこれなんですから。 …………。 わたしは性根から、バカ、ってことなんでしょうね。 「――――あ」 おかしいですねえ。 なんで、わたしは。 わたしは、涙を流してるんでしょう。 止めたくても、止まらない。 わたしの感情は、感傷は、止まる気配を、一向に見せません。 もう、どうしようもないのに。 前に進まなければいけないのに。 前を向かなければならないのに。 わたしの所為で。 わたしのバカに巻き込まれた日之影さんの為にも。 わたしは、必死こいて、抗いながらも、挫けながらも、生き抜かなければいけないのに。 阿良々木さんの死を、受け入れてしまったから。 目の前で、わたしを助けて死んで逝った日之影さんの死を見たから。 『死』という概念が、決して遠いものではないと、知ったから。 無色の雫は、わたしの頬を伝い。 重力に従い、下に、下にと落ちていく。 先ほどまで見れていた、戯言さんの顔が、またしても見れなくなっちゃいました。 別に瞼を閉じた訳でも、目にゴミが入った訳でもないのに。 潤んで、溢れて、壊れて、崩れて。 わたしの視界は、何処までも、水の世界に入りこんで。 わたしが嗚咽を漏らした頃。 頭上から、声がした。 「あれ、真宵ちゃん起きてたの」 その声は、紛れもなく、戯言さんのものでした。 声色は、優しいとは少し違うけれど、けれど確かに心配の色を含んだもので、 同時にわたしの嗚咽に戸惑いを含んだもの、とわたしはなんとなく思いました。 「ざれごと……さん」 涙ながらに、わたしも呼び掛けに応じます。 自分でも分かるほど、その姿は醜くて、みすぼらしくて。 けれども、わたしは……わたしは、滞ることのない感情を、戯言さんにぶつけようとして。 「わたし……わたしは……っ」 「……いいよ、真宵ちゃん。もうわかった。君の言いたいことは理解出来た」 「……」 「そういうことなんだろう。つまりは。ぼくの中で二つほど仮定が出来てたんだけれど、 その反応を見る限り、きっとこっちなんだろうね。一から言わなくていい、辛い仕事は、ぼくの仕事だ」 戯言さんは、言葉を紡ぐ。 言葉を選ぶような態度をとり、そして私を抱えたまま、肩をすくめ、 視線を前から外すことなく、下にいるわたしに慎重に、けれども臆することなく――言った。 「暦くんは死んだ。――――つまりは、そういうことなんでしょ」 わたしは、静かに頷き、戯言さんは「やっぱりか」と漏らす様に言う。 …………。 そう、なんですよね。やっぱり。 阿良々木さんは、死んだんですよね。 もう、帰っては、こないんですよね。 抱きついてきたりなんかもないんですよね。 …………。 先ほどまでは、ツナギさんと離れる前には感じなかった、 『哀しい』という感情が、今更ながらに、迸り。 わたしの身体を巡って、巡って、廻って、廻って、奔って、奔って。 生きることからの怠惰感とか、生き抜くことからの倦怠感とか。 発生して、慢性して、完成して。 結果的に、何をする訳でもなく、泣いてばかりで、何もしなくて、何もできなくて。 ツナギさんに会おうって仲直りしようとか、日之影さんの遺志を立派に引き継ごうとか、阿良々木さんの死を否定する訳でも無くて。 本当に。 本当に……。 わたしは、一体全体。 本当に……。 本当に。 「真宵ちゃんさ」 「ふぇ…………は、はい」 ふと。 思い悩んでいると 戯言さんの声が、聞こえてきて、わたしは、間抜けな声を挙げて、返事をする。 そんなわたしをおいて、戯言さんは、言葉を続ける。 「暦くんが死んで、どうするの?」 その質問は唐突で。 理解に困って、挙句には、 「え?」 と。 またしても間抜けた声を出して、戯言さんに復唱させる結果になった。 「暦くんが死んで、真宵ちゃんは、これから、どうしたいの?」 「…………はい?」 もう一度聞いても、やはり戯言さんの意図が読み取れず。 わたしは、疑問を疑問で返す。 「ぼくは、ちょっと守りたい人もいるからさ。色々忙しくなるだろうけれど」 と、一回呼吸を置いて、 そして、前を向いて、されどわたしに向かって、質問を繰り出しました。 「きみは、逃げるの? ――――それとも、立ち向かうの?」 そこで、わたしはようやく聞きたいことが分かりはじめて、 けれどもやはり答えに詰まるのも変わらず、返答も出さず黙りこんでしまいました。 戯言さんは、五歩ぐらい進んだ頃、「みいこさんみたいには、やっぱいかないね」何ていいながら話を再び始めました。 「……やっぱ難しいよね。死っていうものは。やるせないよね。一度こっきりの癖して、 損害は、大きい。――――ぼくも、ちょっと前に真宵ちゃんと似たような、いや明らかに違うものがあるんだけれど、 それでも、仲良しだった子の、理不尽な死っていうものを見てきてね」 「……はあ」 曖昧な返事しか返せませんでしたが、 結局はその通りなんですよね。わたしが本来は――――イレギュラーなのですから。 生とは、一度きり。 例えばこんな悪趣味な趣がなかったところで、 明日には阿良々木さんは――――それこそ自動車にはねられ死んでいたのかもしれません。 ありえないと思う反面、あってもおかしくなかった――――そういうことなのでしょうか。 「そのとき、ぼくはらしくないほど、取り乱して、大好きな人を傷つけて、挙句の果てには、その人に助けられた」 「…………」 「ねえ、真宵ちゃん」 「……はい」 「残念ながら、暦くんは死んだ。――――大好きな人の立場の人ももういない」 言葉が返せず、喉に言の葉をつまらして、硬直しました。 さながら魚の骨が喉に詰まったかのように、もどかしくて、苦しい。 けれど、戯言さんは言葉を、続ける。 「むろん、悲しむことはいいことだ。 悲しめるということは、誰にでも、いつだってやる権利はある。悲しめる時には、悲しんだ方がいいよ」 言葉の真意をわたしは察しきれなかった。 一体全体、『存在している』期間としては、大差ないわたしとは比べきれないなにかどす黒い過去でもあるとでも言うんでしょうか。 それは、とても、悲しいことです。 と、そこで戯言さんは一拍溜めて。 けどね、と最初に言って。 「逃げることは、ダメなんだと思う」 「…………」 拳を強く、握る。 分かっていたんです。そんなこと。 けど、けど――――っ。 「受け入れて、絶望して、立ち直って、はじめてそこで成長できるんだよ」 「…………」 「悪いけど、今きみの起していることは、昔――いや、もしかしたら今もなのかもしれないけれど、 ぼくそっくりで、ただの子供の我儘で、弱さの表れなんだとぼくは思う。実際きみが何を起こしたのかは知らないけれど、 きっと、受け入れなかったんだろう。だから、今頃泣いているんだろう? 痛いほどに、嫌というほど分かるけれど、それはやっぱり、強くない。――――正しくも、無い」 「…………」 正しくも、ない。 そういえば阿良々木さんが、お二人の姉妹に関して、愚痴を零してましたね。 もう、愚痴も聞くことはないんですけれど。 「まあ、本当の子供のきみだ。分からなくたっていい。こんなこと、学ばなくたっていいよ。辛いだけだし、嫌なだけだ。 戯言に違いはないし、箴言なんかじゃ、全然ないからね。 とどのつまり、ぼくが言いたいことは真宵ちゃん。――――現実を、見つめろ」 わたしは、戯言さんの言葉を、今まで静かに、聞いてきました。 確かに、いえ、「確かに」と思わせるほどの隙間もなく。 わたしのやってきたことは、悲しんでいたのではなくて、ただの現実逃避で。 ツナギさんには途轍もなく迷惑をかけたし、わたしのせいで日之影さんは死にました。 戯言さんだって、こんな陰険な空気を吸う義理だって本当はないんですよね。 わたしのやっていることは、ただの、――――ただの、子供の我儘、なんでしょう。 我儘のために傷を負わせ、死に至らせ、現に嫌な空気を吸っている。 自己嫌悪とも足りない、自己嫌悪。 未だ、止まることのない涙を、拭うこともなくわたしはぼんやりと考える。 「別にぼくはきみを助けるつもりはない。 もちろんぼくはきみによりよくいてほしいと望むけれど、それまでだ。 『主人公』と言えども、やっぱりぼくには熱血キャラって言うのは似合わないし、ドライに行くよドライに」 戯言さんは、きっぱりとそう言いました。 とはいったものの、別にわたしを突きはなそうだとか、 そういった思惑はなく、事実を言ったまでであり、変な気遣いは無用と、してくれたんでしょう。 実際これはわたしの問題で。 逆に、わたし以外に解決できる人は、きっといないんでしょう。 わたしの、選択。 わたしの、決断。 つまりは、そういうこと。 わたしは阿良々木暦さんと言う人間を亡くし、どう思い、どう動くのかは、わたし次第。 ここから、今までの贖罪にも似た何かをどうするのかも、わたし次第。 誰の、誰からの。それこそ阿良々木さんもいない中、わたしが選ぶ選択。 わたしがわたしである、その在り方。 …………決めました。 わたしは。 「で、真宵ちゃん。別に弱さを否定する訳でもないし、強く生きろなんて勿論言わない。 これからきみがなにをしていきたいか、教えてくれないかな」 最期に、戯言さんが、そうと問いてくれたので、わたしは、涙で潤む瞳を拭って、 されど溢れかえる涙はもう無視をすると決め込んで、そんな。そんな不安定な心内環境であったけれど。 わたしが下した結論を、言う。 「わたしは、笑って、笑って、過ごしていきたいです」 いつかの楽しい日々を思い描きながら。 阿良々木さんとの楽しかった日々を思い返しながら。 わたしは――――つづける。 「わたしは、わたしは。阿良々木さんが本気で後悔するぐらいっ。 けど、阿良々木さんが天国に行くのになんら心残りがないくらい! わたしは笑って過ごしていきたいです」 笑っていくこと。 それが、わたしたちらしいです。 時には泣いたりもするでしょう。 時には怒ったりもするでしょう。 時には喚いたりもするでしょう。 けれど、暗くなって、誰も得しない展開よりは、わたしは笑っていたい。 「……そう」 「わたしは、阿良々木さんの死が、とても悲しいです」 「そっか」 「わたしは阿良々木さんが死んだのが、すごく嫌です」 「ああ」 「あわよくば、もう一度お話したいのが正直です」 「そう、ぼくも一回ぐらい拝見したかったかな」 戯言さんは、天を仰ぎ、わたしの言葉に肯定の意を示してくれます。 「正直、逢わなければこんな苦しみ、味わうこともなかったのに、って変な責任を押し付けてみたくもなります」 「……」 「それでも、わたしは阿良々木さんに出逢えて後悔してないし、逢えてよかったと思ってます」 あの人にあったから、わたしは。 今のわたしはいます。 迷い続けたわたしに救いの手を差し伸べたのは、間違いなく、あの方でしたから。 あの方といた時間は、他に換算するまでもなく一番楽しかったから。 「わたしは……やることができました」 「…………そう、ぼくもだよ」 「生き抜いて、生き抜いて。今生きているみんなで生き残って。阿良々木さんのお墓に、毎日お墓参りに行くんです」 ささやかな夢です。 ささやかな夢が、できました。 阿良々木さん。 わたしは――――頑張ります。 「そろそろ、降ろしてもらって構いませんよ。戯言さん」 「ん、わかったよ」 言うと、戯言さんはゆっくりと腰をおろし。 わたしの腰回りや背中から手を離し、わたしを、地に立たせる。 ふとして。 目が合った。 …………。 正直言って、この瞳は不気味さがあります。わたしは慣れましたが、 はっきり申し上げますと、初対面の時、「嫌い」といったのは本能的に「この人間とは関わってはいけない」と感じまして。 気だるそうな目、だとか。 死んだ魚の様な目、だとか、そう言う言葉を使うほかないですが、それでも表し切れない、ドロドロとしたなにかを感じて。 そんな眼を有する戯言さんに怒鳴られた時は、本当になにかがどうにかなりそうな気がしましたよ。 「ん?」 「いえ、なんでもありません」 わたしの目元を、ハンカチで拭いながら、 さて。 改めて、落ち着きましょう。 落ち着いて。 深呼吸……。深呼吸……。 「なんか模範的な深呼吸だね」 「へん、毎年毎日ラジオ体操にでていたわたしを舐めないでください」 「幽霊設定は何処いった」 「いやですね。ラジオ体操で一番重要なのはスタンプではございません。体操をすることですよ。そのぐらい幽霊でも出来ます」 「まあ、そうだね」 「スタンプはあくまで本命なのであって、重要なのは体操です」 「おい」 ――――頑張れ。 ですか。阿良々木さん。 そうですね、わたしは、頑張りますよ。 あなたにはなむけできる様に。 わたしは、頑張ります。もう、余計な心配はいりませんよ。 その愛情は、どうか彼女、戦場ヶ原さんだとか、羽川さんにでも授けてやってください。 どのみち、わたしは一回死んでる身なんですから……。 …………阿良々木さん。 あなたは本当に死んでいるのですか? 案外どこかにいるんではないんですか? …………いえ、分かってるんですよ。 ツナギさんが言うように、そんな事を言ったって、全然主催側の方たちに得になることなんて無いし。 そもそも……人の死は、吸血鬼の死は、この場ではなんらおこってもおかしくないことなんでしょうし。 ………………。 ふと、背後を見ると、そこにはコンクリート詰めの建物の頂上に立派な樹が伸びている光景を、ぼんやりと理解できました。 あれは、確か学習塾跡の、建物だったはずです。 もう、用事のない、建物。長い間かけて行った割には、何ら収穫はありませんでしたけれど。 ………………。 いえ、もういいでしょう。 わたしも、いつまでたっても、うつむいてばかりではダメなんですから。 それこそ、あの日之影さんのように、果敢に現実へと立ち向かっていかなければならないんですから。 そう。 わたしは、わたしは――――。 この現実の中で、戦ってゆくんですから。 帰り道――――120%悪巧みで書かれた小説です――――へ
https://w.atwiki.jp/daisei-kaigai/pages/66.html
感想・説明 バックパッカーの聖地。バックパック旅行をしたいけど、どこにいったらいいか迷ってる人にお勧め。 物価も安いし遺跡、寺院など魅力に溢れている。byラポルテ 代表的な観光地 王宮(バンコク) アユタヤ遺跡 チェンマイのトレッキング 食べ物 やっぱりタイといえば屋台。 ラーメン、肉料理など色々ある。 焼きバナナクレープなどもお勧め。by ラポルテ 交通 タクシー…メータータクシーがお勧め。メーターは必ず使ってもらおう。じゃないとぼられます。 バス…非常に乗りにくいが安い。一律7B。ぼられることはないが番号だけで行き先が書いていないので誰かに聞いてみよう。 トュクトュク(3輪バイク)…タイの名物。しかしまずぼられるのでお勧めしない。 バイタク…トュクトュクと同じ。 地下鉄(バンコク)…バスに比べると非常に高い。あまり路線を網羅しておらず使いづらいかも。 長距離移動にはバス、国鉄、飛行機などがある。 飛行機はair asiaなどの格安航空会社があり5千円ぐらいで他国、都市に飛ぶことができる。 by ラポルテ 治安 ぼられることはあっても殺されることはない。ただ最近、日本人の女の人が殺されました。by ラポルテ 物価 ex.ゲストハウス100~200バーツ、屋台ラーメン20バーツbyラポルテ その他 東南アジアを周遊するときに拠点となるため、タイからスタートすることをお勧めする。 バンコクからラオスまで電車で12時間。アンコールワットまでバスで8時間。マレーシアも一晩でつきます。 後、チェンマイに行ったときはトレッキングに参加したら面白い。外国人とも仲良くなれます。by ラポルテ
https://w.atwiki.jp/10chigi/pages/23.html
◆ハーゲンダッツ やらない夫が現在お世話になっている、古明地姉妹の家があるグンマー王国片隅の村 オーガン・アシュリーが住むよろずや【旅立ち】、ジョージが経営している宿屋兼村の憩い場【波紋亭】 そして【願いをなんでも叶える秘宝が眠っている】と言われている【帰らずの穴】 この帰らずの穴で秘宝を見つけることが現在の最終目標である。 村の周辺には【グンマー湖】が存在する、冬は寒いから行きたくない(こいし談)。 ◆グンマー城下町 グンマー王国の中心部、この国の周辺には【レッグテール山脈】【ヌマタ盆地】と隣国トチギーへの【国境】が存在する。 名前不明なアシュリーの従兄弟が経営する武器屋【ヒサゴ】、酒場【ミリオン】や【モッピー族の店】がある。 酒場では回復アイテムや攻撃アイテム、金の種になる【依頼】を受注したり、洞窟に潜るための協力者を雇ったり交流を重ねることなどが出来る。 モッピー族の店では、所持している道具を強力な武具や攻撃アイテムに変えてくれる物々交換を行っている。更に洞窟に行き来可能のワープ装置も存在し、洞窟内でモッピー族のお店を見つけるといつでも行き来できるようになる。 帰らずの洞窟 ハーゲンダッツ近くの森林地帯【セーブオン】に存在する洞窟。 その洞窟の最下層には【願いをなんでも叶える秘宝】が存在するため、元の世界に帰るためやらない夫はこの洞窟に潜ることとなった。 5階層毎にボスが存在し、そのボスを倒さないと次の階層には進めない。 罠も存在するため、場合によっては罠で死んでしまうこともあるので注意深く進まなければならない。 ボス階層の次の階には【モッピー族のお店】が存在する。 現在確認されているモッピー族は【モッピー(6階)】と【セッシー(11階)】の二体。
https://w.atwiki.jp/10chigi/pages/28.html
/i、,,-ーフ,、__ iヽ/i/ /∠_ `>__ | ヽ / /// / > ゝ |ヾ V / ,彡ソハヘ;;;;;  ̄´\ ト γ升/`"ヘL,,___ヘ /`二ニ \ !/≧ `"''i斤┬,r、 く;; ニ_\ > ゞt) ' 、_ヒ;j ′ ミ \ タ u ミ =- ヘ一 〈 ヽ γ´ヾラヘ ', __ ソノ/ / ', ヾニ二二`) ∧≦/ i′ ´ l l | | lヽ __ l l l | L! i _.,、ーl !」ゞ、 __ イt、,,,、、i´ >ー-、_ _ /´ / ̄>ー--、,,、ー'´ .| i丁厂ヘ__;, / !√ヽ ` \ /', i i / ,、/Υソγ⌒ヽヘ/ / ,ヘ \ / . .', l l i ,、ー';;;;(( ノソ´;;;;;;;;));;/ /´ .,、ー'′ ヾヾヽ i . . . .', ! .l |二ニヘノノヘ==≡∨ / ,、ー' ´ ヘ !;. . . . .'., ヘ ∨ ._ ゚/; ; ; ; ヽ__/; ; ; ; ; ; ;i゚。∨ ,、ー' ; ´ ` ' ; '.,━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 隊長、いい加減部下の名前ぐらい覚えてくださいよ……━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 王国の警備兵でグラハムの部下、グラハムに自主鍛錬の為に洞窟に潜るよう命令を下されやらない夫に協力をする。 協力者時の能力は 自分が攻撃した後、同じ相手に武器時攻撃力から-4した数値のダメージを与える。
https://w.atwiki.jp/10chigi/pages/8.html
RSSを取り込んで一覧表示(showrss) #showrss(ここにRSSのURL) もしくは #rss(ここにRSSのURLを入力) と入力することで指定したRSSを取り込んで一覧表示します。 詳しくはこちらをご覧ください。 =>http //www1.atwiki.jp/guide/pages/266.html#id_b6d0b10d たとえば、#showrss(http //iphone.appinfo.jp/rss/pricedown/,target=blank,countrss,lasttime) と入力すると以下のように表示されます。 showrss プラグインエラー RSSが見つからないか、接続エラーです。
https://w.atwiki.jp/10chigi/pages/41.html
__ ,..-.、 ,,.-'' ̄ _ \ _,,..-''"´ / ( ', _,,.-‐''"‐-..,,_ / `¨7 l / . _, -‐' _, r' ̄ ̄`ヽ `ヽ ゝ- ' / Z .__, -‐'´_, -‐'//////////\ \ /\ z ._, -‐'////////////////.\ ヘ __,,..-''" \ z .`''ヽ_\//////////////////ヽ ヘ _`ヽハ z .`ヽ\////////////////ハハ ,.‐'"´ `ノノ .\ \\////////////////)ハ`ヾ,,,/ _,,/ .\ \\///////////,r'´ ,r' ` ̄'/ \ ', ',///////,r'´ ,r'´ / \ ', ',////,r'´ ,r'´ / 毎日見続ける悪夢を原因を突き止め解決するために頑張る主人公。 やらない夫は戦う力を持っていないがハピネスポイントを貯めて、使い魔を強化したり。 現実世界で【指揮】を学習・強化して使い魔をサポートするのがメインの仕事。 幼少時代大河に色々ハードなことをさせられてたことがあり、今も逆らえない(力関係も向こうが上だからどうあがいても逆らえない) 喧嘩はしたくないけど、身体能力は中の上。 ┣指揮 ┃【攻撃指揮・Ⅲ】:物理・魔力の威力+3 ┃【防御指揮・Ⅰ】:防御+1 ┃【突撃指揮・Ⅱ】:後衛専用、最初に行動できる。 体力・精神力-4 ┃【精力指揮・Ⅱ】:味方一体の体力・精神力+2
https://w.atwiki.jp/10chigi/pages/7.html
アーカイブ @wikiのwikiモードでは #archive_log() と入力することで、特定のウェブページを保存しておくことができます。 詳しくはこちらをご覧ください。 =>http //atwiki.jp/guide/25_171_ja.html たとえば、#archive_log()と入力すると以下のように表示されます。 保存したいURLとサイト名を入力して"アーカイブログ"をクリックしてみよう サイト名 URL