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前ページ柊蓮司攻略作戦・エリスの場合 柊蓮司攻略作戦・エリスの場合~エピローグ~ ※ 嬉しいことってなんだろう。 楽しいことってなんだろう。 それは私にとって「だけ」じゃ、絶対にダメなことで。 ましてや、柊先輩「だけ」でもダメなことで。 みんな嬉しい。みんな楽しい。 それがなにより、絶対、絶対に大事なこと ――― 私は、そんな風に思うんです ――― ※ キッチンに小気味良く響く、まな板の上を包丁が踊る音。 タン、タン、タン、と一定のリズムを刻む軽やかな音にはひどくご機嫌な鼻歌が乗せられて、周囲を漂い始めた食欲をそそる匂いとともに、居間のほうまでふわりふわりと届いていく。 そして、また。 ことこと、ぐつぐつ、しゅうしゅう、と。 キッチンを賑わす調理の音色。それは音ひとつだけでも、「食欲」という名のオーディエンスを期待させてやまない、食材と食器たちの混声合唱である。 たっぷり買い込んだ食材と。 まるで魔法のように広げられた鍋やらフライパンやら一杯のお皿やら、と。 これらが「食」を題材とした楽曲を奏でる楽団であるとしたならば、炊事場に立つ少女 ――― 志宝エリスは、作曲家であり指揮者でもあるのだろう。 指揮棒の代わりに、味見用の小皿とおたま。 右へ左へと軽やかにステップを踏む彼女はまた、“演奏者”の一人でもあるのだった。 組曲『晩御飯』 ――― エリスのステップと鼻歌、そして調理の賑やかな音を評して、そんな表題をつけてもいいかもしれない。 うきうきと、エリスが踊るキッチンは ――― いや、キッチンというよりいかにも和風の台所は、奥行きのある大きな日本家屋の一角に存在していた。 いまの彼女が住み暮らす、馴染みの台所。 霊験あらたか、家内安全、商売繁盛。 その名も由緒正しき、赤羽神社の人々が暮らす母屋の一角なのであった。 「エリスちゃーん、お野菜の皮むき終わったよー」 「はーい。お疲れ様です、くれはさん。それじゃ、次はそのお野菜を千切りにしておいて貰えますか?」 「……エリス。足りなかった調味料……これでいい……?」 「わ、ご苦労様、灯ちゃん。寒いのにお使い頼んじゃってごめんね。うん、これで全部揃ったよ。ありがとう。居間のほうで休んで? コタツもあるし、先輩も待ってるし」 「……もっと手伝う。なにか、仕事言いつけて……?」 「うーん、それじゃ、頼んじゃおうかな。居間に人数分の食器を用意しておいて貰えるかな? それと、物置に土鍋とガスコンロ、あるはずなんだけど……」 「……了解。取ってくる」 台所に立ち、この後に控える楽しい食卓の準備に余念がないのはエリスだけではない。 くれはと灯も合わせて、三人の少女たちの賑やかな声が赤羽家の居間と台所の間を飛び交っている。エリスは布巾で包丁をひと拭きすると、次の食材を手に取った。 鶏肉である。それをまな板の上で一口サイズに切り分ける作業が開始された。いつの間にか、エリスの細い歌声は、冬の年の瀬の定番「第九」へとスライドしている。 楽しげに調理を続けるエリスの真横へと、くれはが遠慮がちに立った。 わざわざ野菜用のまな板をずりずりと引きずって。 くれはが、いつもの彼女らしからぬ歯切れの悪さで、エリスに呼びかける。 「エリスちゃん、ごめん」 「はい?」 「なんか、気を使わせちゃったのかなって」 くれはが言うのは、地下食品売り場での邂逅を指しての言葉である。 一足どころか二足、三足遅れの柊の卒業祝いということで、エリスと柊二人きりのお夕飯のため、食材の買出しにやってきていた二人と、偶然出会ってしまったくれは。 柊のためになにかをしてあげたい、というエリスの切なる願いに気づいたくれはが、二人から逃げるようにして別れた直後、携帯にエリスからの着信が入ったことで、現在の状況にいたる。 『着信:エリスちゃん』 携帯のディスプレイに表示された文字に息を飲み、わずかに躊躇った後で呼び出しに応じたくれは。 「も、もしもし、エリスちゃん? どうしたの?」 上手く声の震えを隠せただろうか。そんなつまらない危惧に心を砕く。 『あ、くれはさん。いまどちらですか?』 息せき切って、そんな風にエリスが問う。 「は、はわ、いま、帰るとこだよ」 だって二人の邪魔はできないから。せっかく、エリスちゃんが勇気を出して柊を誘ったのに、いつまでも二人を引き止めておくことなんてできないから。 『直接帰るんですよね? 寄り道とか、しませんよね? それじゃ、買い物済ませたら私たちも帰りますから、待っていてくださいね』 「はわ!? か、帰るってウチに? だってエリスちゃん、ひーらぎと……」 『はいっ。柊先輩と一緒に赤羽神社に帰ります。くれはさん、すいませんけど、ほかにもお客さん連れて行っても構いませんか?』 エリスがそんなことを言う。 なんで? どうして? ひーらぎと二人きりのお夕飯なのに、なんでウチに帰ってくるの? しかも、お客さんを連れてなんて、どういう意味? 「う、うん。ウチは全然平気だよ。居間、広いから。だけど ――― 」 『よかったあ。ありがとうございます、くれはさん。それじゃ、期待して待っていてくださいね』 プツッ、ツーツーツーツー。 呆気に取られたくれはが言葉を繋ぐ暇もなく、エリスからの電話は切れてしまった。 疑問符だらけの混乱した頭で、とりあえず帰途についたくれはは、玄関に到着した瞬間、エリスの取った行動にますます不可解な思いに囚われたのである。 「……くれは」 「はわっ!? あかりん!?」 「……エリスに呼ばれて、来た。たくさん、エリスの御飯食べられるって」 お客さんを連れてくる、とは灯のことか。 エリスとの通話からのタイムラグを考えると、きっとあの後すぐに灯にも連絡を入れたのに違いない。くれはの帰宅と同時に到着したということは、きっと箒に乗って飛んできたのだろう。 そして、くれはの驚きはそれだけに収まらなかった。 「今晩は、くれはさん。灯さんも」 「ご無沙汰しております」 神社の境内の宵闇の向こうから、男女の声が呼びかける。 いつの間にやら音もなく(おそらくはどこかの空から灯と同様に飛んできたのであろう)、境内には一台のリムジンが停まっていた。 夜の闇の中でさえ映える黒いドレスに身を包んだ銀髪の少女と、その背後で彼女を守護する騎士のように控えた仮面の青年の姿が視界に飛び込んでくる。 「はわわっ、アンゼロットにコイズミさんまで!?」 “世界の守護者”とその側近が、そこには立っていた。境内の玉砂利を音を立てて踏みながら、アンゼロットが歩み寄る。 「年の瀬の忙しいときに急な呼び出しなんて、随分忙しないことですわね」 そう言いつつも、アンゼロットの声に非難の響きはない。 これは時節柄の挨拶のようなものなのだろう、とくれはは理解した。 「……二人ともどうしたの?」 灯の不審げな問いかけに、一礼をして主の代わりにコイズミが答える。 「は。先ほど柊様から私の0 ― PHONEへご連絡いただきまして」 「ひーらぎが?」 「はい。なんでも、エリスさまが手ずからお料理の腕を振るわれるとのことで。ぜひ我が主を、そして勿体無くもこの私めも晩餐にご招待いただきまして」 ますますエリスちゃんの行動がわからない。 私、あかりん、アンゼロットにコイズミさん。 これだけお邪魔虫が勢揃いしたら、二人きりのディナーどころじゃなくなっちゃうよ? そんなことを、くれはは心配してしまう。 もしかしたらエリスちゃん、私に気を使ったのかな。だから、私も一緒にお夕飯に誘ってくれたのかな。でも、私たち三人だと気まずくて、こんなにたくさん人を呼んだのかな。 そうも思ってしまう。 しかし、不可解な面持ちのまま居間へと来客を通し、数十分後に帰ってきた二人 ――― 言うまでもなくエリスと柊 ――― の姿を見た瞬間。 自分の心配が杞憂だったことにホッとする半面、やはりエリスの考えていることがわからなくなるくれはなのであった。 ※ 「ただいまー。皆さんもうおそろいですかー?」 溢れんばかりの喜色を浮かべたニコニコ顔のエリスと。 「ぐぬぬ……も、もう二度、と……女の買い物には、つき、あわ、ねー、ぞー……」 両手だけでは到底足らず、背中や首にまで買い物袋をぶら下げて、よろよろと境内への長い石段を登ってきたのであろう柊の、息を切らした声。 くれはの見る限り、エリスの表情に暗いものや懊悩の影は微塵も見えない。 居間に勢揃いした面々の顔を見つけて、本当の本当に嬉しそうな顔をしているのであるから、くれはにしてみればますます不可解である。 いったい何人分の食材を買い込んできたのだ、と唖然とするぐらい大量の荷物を、柊が居間の畳に降ろしたとき、すでにエリスは制服の上からエプロンを羽織っていた。 エリスの真意がわからなくて。エリスの真意が知りたくて。その好奇心についつい抗うことができず、だからくれはは台所でエリスに話しかける機会を窺っていたのである。 ※ 「気を使うなんて。私のほうこそ、くれはさんにお礼言わなくちゃ」 「はわ? お、お礼?」 「はい。私、やっぱりまだまだですね……だって、気づきもしなかったんです。柊先輩のためにお料理を作りたいって思っていたのに、私ったら ――― 」 本当に柊先輩にとって一番のご馳走がなんなのか。それに気づいていなかったんです。 エリスは、そのときだけちょっぴり淋しそうな表情をした。 柊と二人で買い物をしていたとき、確かにすごく楽しくて嬉しかった。 だけど、あの場所と時間には、「私たち」だけしか居なかった。 柊先輩の一番喜ぶことをしてあげたい。そう、考えていたはずなのに、一番喜んでいたのは他の誰でもない、自分ひとりだけだったのではないだろうか。 自分のために、くれはがそっと身を引こうとしていることに気がついたとき、エリスはそのことにも気がついたのである。 くれはは、柊が幸せであるのなら、と身を引くことを知っていた。でも、自分はそのことに気がつくまで随分と時間がかかってしまったものだ。 だから、くれはに心から「ありがとう」。 だから、やっぱり私は「まだまだです」、と。 エリスは考えた。柊先輩のために。柊先輩が喜ぶこと。柊先輩にとっての一番。 それは、いつでも誰かのために、みんなのために戦い、傷ついてきた柊が、もっとも望むこと。 みんなが笑って、みんなが一緒で、みんなで平和な時間を共有できること。いつだって彼は、そんな時間や場所を守るために、戦っていたのではなかったか。 だからこそ、みんな。みんなを呼んで、みんなと一緒に御飯を食べて。 それこそが、柊の一番囲みたい食卓なのではないだろうか。 エリスの考えが正鵠を得ていたことは、柊の笑顔と言葉が力強く証明してくれた。 あの時、地下食品売り場で。 「柊先輩! ごめんなさい。やっぱり、二人きり……じゃなくて、柊先輩お一人に、お料理を独り占めさせてあげられなくなっちゃいました!」 エリスが柊の顔を見上げ、そうきっぱり言い切ったときの柊の顔。 「そーだな。そりゃそーだよな」 と、そう言って笑った柊の顔と声の、なんと嬉しそうであったことか。それは、エリスの選択が間違っていなかったことの、なによりも確かな証拠であった。 「だから、いいんです。みんなで楽しく御飯食べたいのは、私も柊先輩も一緒なんです」 エリスは調理の手を休めずに、うふふ、と笑ってそう言った。 包丁を操るその手元を、くれはがじっと見つめている。そのリズムに狂いはなく、エリスの心が平穏そのものであることがよくわかる。 なにごとかが、くれはの胸の中で腑に落ちたのか。その顔に浮かんだ表情は、いつものくれはの太陽のような笑顔であり。 「ぃよぉーし、私もじゃんじゃん手伝うからねー。そんで、今日はじゃんじゃん私も食べちゃうもんねー」 そして、二人が笑い合う。ようやく、いつもの二人が戻ってくる。 エリスの耳に、かすかに柊とアンゼロットの他愛もない言い合いと、たしなめるコイズミのオロオロした声が届いてきた。 「あんまりお待たせすると、みなさんお腹が空きすぎて不機嫌になっちゃいますから。急いで用意しましょうね、くれはさんっ!」 ガッツポーズも凛々しく、エリスは満面の笑顔を浮かべていた。 ※ 「お招きに預かっちゃってー……って、本当に来ても良かったの? 蓮司」 エリスの料理が完成に近づく丁度いいタイミングで。 赤羽家の居間に顔を覗かせたのは、誰あろう蓮司の姉・京子であった。帰宅途中に柊の携帯を借りて、エリスが直接話をつけて呼びつけたのである。 力一杯遠慮する京子を、時たま鎌首をもたげる押しの強さで説き伏せて、エリスが半ば強引に同席を承諾させたのだ。 「エリスがいいっていうんだから断る理由はねーだろ。むしろ、姉貴にはぜひ来てくれって言ってたぜ」 弟の台詞に、一瞬きょとんとした顔をする京子。しばらく思案顔をしていたが、その表情には次第に理解の色となんともいえない微笑が広がっていく。 「な、なんだよ。急に笑い出しやがって」 気味悪そうに一歩引く弟に、軽くゲンコツを入れてやる。 「いてッ!」 「ったく、この幸せモン」 その言葉の意味が分からずに眉をひそめて弟を見て、京子が深い溜息をつく。彼女の思いは、実に複雑なものであった。 (そっか。そういうことね……まったく……思った通り、どころか私の思ってた以上に、やっぱりエリスちゃんスゴクいい娘じゃないのよ) これじゃ、ますますくれはちゃんとどっちを応援してあげたらいいのかわからなくなるわ。 贅沢な悩みといえば贅沢だと言える。問題なのは、当の弟がこの状況を僥倖ともなんとも感じていないところにあった。 「てゆーか、蓮司。随分とこの部屋の女の子率、高いわね」 居並ぶ面々を一瞥して、目ざとく指摘する京子である。 「あ? ああ、まあそうだな。でも油断ならねえぞ。女ばかりだからって食が細いわけじゃねえからな。いかに自分の食う分を確保するかが勝負の別れ目ってばぶらぼげらばっ!?」 「だーれが食いモンの話をしてるかっ!?」 柊の頭頂部に、京子の踵が落ちる。あまりの朴念仁ぶりを発揮した柊の色気のない発言に本日何度目かの体罰行為が発動したのは無理からぬことで。 きっと、京子の造詣が深いのはプロレス技だけではない。 新体操選手でもこうはいくまい、と思わせる柔軟な体躯の開脚から放たれたのは、頭上から垂直に降り落とされた踵 ――― 通称、“ネリチャギ”と呼ばれる足技である。 ド派手な音を立てて畳みの上に沈んだ柊を、アンゼロットが目を丸くして凝視した。 ウィザードである柊をイノセントでありながら叩きのめす京子 ――― 実際に目の当たりにしてみると、新鮮な驚きがあった。 「お見事な体捌きですわね」 溜息とともに漏れた言葉にはまぎれもない感嘆の響きがある。赤羽神社敷地内ということで、一応は遠慮して禁煙パイプをくわえていた京子がたははと笑い、 「いやー、恥ずかしいとこ見られちゃったなー。愚弟を折檻しているうちに自然に身についただけなんだけどね」 そうアンゼロットへ謙遜してみせた。 さすがは柊様の姉君です、と誉めそやすのは数少ない男性のひとり、コイズミである。 京子とアンゼロット、初対面であるはずの二人だが ――― 居間に飛び込んできた京子を見るや否や、アンゼロットはどういうわけか緊張の面持ちで顔を引き締め、そのアンゼロットが視界に入るや否や、京子のほうでは無意識に身構えた。 あわや一触即発か、という不穏な空気が漂い始める中。 どちらからともなく二人はニカッと笑い、 「始めまして。失礼ですが、もしかして柊さんのお姉さまではありませんか?」 「あはは、たしかに不本意ながら“そいつ”の姉ってやつには違いないけどね。で、そういうそちらさんは?」 互いのことがわからぬながらも、互いの中にあるなにごとかを敏感に感じ取ったものか、二人の間に奇妙なシンパシーが芽生えたようだった。 のめりこんだ顔面を畳から引っぺがしながら、柊が起き上がる。 「ちきしょー! やっぱ呼ぶんじゃなかったぜー!」 鼻の頭を抑えながら泣き言を喚く柊であった。 騒々しくも和やかな(?)居間の風景に。 今夜の主役が登場したのはそんなときである。 「そんな風に言ったダメですよ、柊先輩。みんな一緒じゃなきゃ、意味がないんですから」 「うんうん。エリスちゃんの言うとおり。ひーらぎ、ほら運んで運んで」 手に土鍋を持ちながら登場したのはもちろんエリスとくれは。後ろからは運搬係に徹した灯が、食材溢れる何枚ものお皿を乗せた大きなお盆を軽々と運んでくる。 「おっ、到着か」 手もみをしながら柊が声を弾ませる。テーブルの上のガスコンロに土鍋を置きながら、 「お母様も青葉も、寄り合いとか終わったら急いで帰るって言ってたよー」 くれはが柊にそう言った。みんな一緒、ということは、この神社に住み暮らす住人ならば当然同席してもらいたい ――― エリスたっての願いで、くれはが家族に連絡を入れておいたらしい。 ぱかり、と土鍋の蓋を開ける。ゆらゆらと白い湯気が立ち昇り、かぐわしい香りが漂った。 葱、白菜、春菊、人参、椎茸。色とりどりの野菜に囲まれて、その中央には神々しくさえ見えるカニのご本尊。柊の口から「おおー、すげー!」と芸のない感想が飛び出した。 しかし、その鍋の美味しそうなことといったら。 アンゼロットですら思わず身を乗り出し、鍋の中身を覗きこむ。その行為をはしたない、と思ったのか、すぐに姿勢を正して咳払いをするところがご愛嬌であった。 赤羽神社への来訪時、 「エリスさんの手料理というのでなければ、世界の守護者たるものホイホイと出向いたりはしませんわ」 などと言っていたらしいが、要は食べ物に釣られたということである。 しかし、それでもアンゼロットを引っ張り出すという快挙を成し遂げたのは、エリスの料理の腕があって初めて為しえたことであろう。 「早く帰ってくるといいですね」 エリスがそう言いながら、もうひとつのコンロに鍋を置く。 こちらの土鍋は多少趣が違い、鶏肉が主役である。 野菜に囲まれているのは同じにしても、濃い目の醤油で味付けされて、香ばしい香りが食欲をそそる。エリスお手製のつみれが、ころころとたくさん浮いているのもポイントが高い。 土鍋のセッティングが整うと同時に、灯がお盆を畳みの上に置いた。 野菜や鶏肉のおかわり、カニだけでなく白身魚の切り身などの魚介類、その他、箸休めのお漬物やら白い御飯やらが所狭しと並ぶ壮観な眺めのお盆であった。 「ちょ、いくらなんでもこれ多すぎない?」 心配そうに京子が言った。三十人前はありそうな食材の山は、確かに圧倒的な迫力だ。 「大丈夫だって。俺たち全員揃えば十人近くいるんだぜ? それにこいつらだって、こう見えて食い意地が……い、いてててっ、くれは、耳引っ張んなっ!?」 楽しい夕餉の前の、楽しい寸劇に笑いが起こる。 「でも、ちょっと残念です。おばさまたちも入れて私たち全部で九人じゃないですか。あと一人居ればちょうど十人だったんですけど」 先輩、くれはさん、灯ちゃん……と、指を折って数えながら、エリスが言う。 それを聞きとがめたのは柊で。 「そうだ! 思い出した! エリス、気持ちはわかるけどな、誘う相手はちょっと考えたほうがいいぞっ!?」 柊は、二人が神社への帰路を急いでいたときのことを思い出している。 エリスが、「思い込んだら一直線」的なところがあるのは薄々感付いていたが、まさかあの時、エリスがあのような暴挙に出るとは予想だにしていなかった柊なのである。 それは、大量の食材を買い終えて、二人が秋葉原の街中を歩いていたときのこと。 重たい荷物にひーひー言いながら歩く柊の耳に、 「ああっ!」 なにかに驚いたようなエリスの声が聞こえて、思わず顔を上げた。 エリスが呆然と立ち尽くし、街中の一角をじっと見つめていた。なにか驚くようなものでも見つけたのか、といぶかしむ柊も、エリスの視線の先を目で追ってぎくりとする。 柊が注意を喚起する暇もなく ――― エリスは見つけた相手めがけて走り出していたのである。 「お、おいっ、馬鹿 ! 待てよ、エリスっ!」 柊の切羽詰った叫びなど聞こえていないかのようだった。 エリスが駆ける。駆けていく。 そして。 「お、お久しぶりですっ。あの、この後、ちょっとお時間ありますか!?」 不意に声をかけられて振り向いた相手は、自分に声をかけた相手が誰なのかを見て口をあんぐり開け、その後ろから大荷物を抱えて走り寄ってきた柊の姿に、もう一度慌てたように目を見開いた。 エリスと同じ輝明学園の制服 ――― そして、トレードマークのポンチョ。 秋葉原の街を堂々と、裏界の大公 ――― 大魔王ベール=ゼファーが、呑気にぶらぶら歩いていたのである。 「あ、あーら、お久しぶりねエリスちゃん? わざわざこの大魔王ベール=ゼファーを呼び止めるなんて、相変わらず無謀な勇気を持っているじゃない?」 ベルが不敵に笑い、唇の端をきゅっと吊り上げる。美しき蠅の女王、空を舞うもの全てを支配する大魔王としての威厳をたっぷり持たせたつもりなのだろうが ――― 「……おい。お前、歯に青海苔付いてんぞ」 柊のツッコミが全てを台無しにした。 顔を耳まで真っ赤にして、慌てて口元を隠すベル。 きっと、さっきまでたこ焼きを食べていたのだろう。 「う、うるさいわね! 大きなお世話よ!」 金切り声を出して抗議した途端、威厳も威圧感もどこかへ吹き飛んでいた。 ウィザードたちの間でまことしやかに囁かれる噂。 大魔王ベール=ゼファーは、ファー・ジ・アース、特に日本の文化に興味があるらしく、時折裏界からお忍びと称して来訪し、おでんやらたこ焼きやらを買い食いする姿が見られる……。 噂は、どうやら真実であったようだ。 「そんなことよりなによ? まさか、この場で戦いでも始めるつもりじゃないでしょうね? どうみても戦いに向いた格好じゃないと思うけど、柊蓮司?」 それは確かにベルの言葉の通りである。両手や身体中に買い物袋を大量にぶら下げておいて、戦いもウィザードもあったものではないからだ。 「戦いなんて、違いますよっ。私たち、これからお鍋なんですっ」 「……はぁ?」 「お、おい、エリス、まさか!?」 勢い込んでベルに向かって身体を乗り出すエリス。 眉をひそめて理解不能、という顔をするベル。 エリスの意図するところを瞬時に悟ってしまい、青褪めていく柊。 「鍋ってなによ」 毒気を抜かれ、当然の疑問を口にする大魔王。 「だから、お鍋ですっ。今夜のお夕飯は鍋パーティーなんですっ。だから、ベルさんもご一緒しませんかって、そう思いましてっ」 「はあっ!? あ、あによ、それっ!?」 大魔王を鍋パーティーに誘うとは、まったくの予想外。 秘密侯爵の書物でも見なければ、こんな展開考えつきもしないはずである。 「私、ずっと気になってたんです。あのとき、助けてもらったお礼ちゃんとできていなったし」 「あ、あのときってまさか、宝玉戦争のときのこと言ってるんじゃないでしょうね!? わ、私はそもそも、もとはといえばあなたを狙って……」 「はいっ、知ってますっ。でも、最後に助けてもらったのは本当じゃありませんか」 やるな、エリス ――― 柊は内心舌を巻いていた。 あの大魔王が、至近距離に迫るエリスの迫力にたじたじになっている。 「だけど助けてもらったのは……」 「あーーーーーっ、もうっ! あれは結局、そうすることが裏界のためでもあったからそうしただけよっ!? り、利害が一致したから協力しただけなんだからっ!?」 「はいっ、そうですよね! それで、鍋パーティには来て貰えるんですかっ?」 人の話をとことん聞かないエリスである。 そんな彼女に、大魔王ベール=ゼファーは ――― 顔をますます赤らめて、口を酸欠の金魚みたいにパクパクさせながら。 「ば、馬鹿じゃないのっ!? そ、そんな仲良しごっこ、願い下げだわっ!?」 回れ右をして、脱兎のごとく ――― そう。大魔王が、どう反応していいのかわからずに、無様にエリスたちに背中を向けて、なんと逃走してしまったのであった ――― ※ 「……でも、やっぱり残念でした」 ほんの少し、エリスがしょんぼりとした。 「でも、それで正解ですわよ、エリスさん。もし、ベール=ゼファーがここへ来ていたとしたら、十人で囲む食卓が、八人に減るところでしたもの」 つんとそっぽを向いて、アンゼロット。大魔王と同席するくらいなら、エリスの手料理を諦めてでも、コイズミを連れて退散するつもりだ、という意思表示である。 「まったく、エリスは時々怖いもの知らずになるからなぁ」 呑気に鍋の中身を覗きこんでいる柊のそんな言葉に、多少なりともくれはや灯は顔を引きつらせている。彼女たちにしたところで、大魔王と鍋をつつくのは抵抗があるだろう。 「さ、さっそくだけど始めよっか? これだけおかずがあれば、先に始めちゃっても大丈夫だよ」 手をパタパタと振り回しながらくれはが言う。遅れて来る二人に気兼ねをせずとも、これだけの食材をたいらげてしまうことはないだろう。 「待ってました!」 いち早く箸を取り上げた柊が、喜色満面のほくほく顔で叫ぶ。そして、はた、となにかに気づいたように、エリスのほうを振り向いた。 「そういえば、エリス」 「はい?」 「エリスの手料理、どんなメニューかなって俺もいろいろ想像はしてたけど……鍋、ってなんか普通じゃないか?」 朴念仁が朴念仁らしい台詞を吐いた。 「ちょ、ちょっとひーらぎ、なんてこと言うのよ!?」 「……柊蓮司……無神経……」 女性陣から非難の声が次々と上がるのは当然のことであっただろう。 「い、いや、不満があるわけじゃねーって! た、ただなんとなくそう思っただけだってっ」 「蓮司、もう一発お見舞いしとこうか……?」 京子が拳を固めたその瞬間 ――― エリスがくすくすと笑い出す。 「はいっ。“普通”が、今晩のお夕飯のテーマですっ」 満足げに微笑んで、エリスが声を弾ませる。 柊先輩に感じてもらいたい。柊先輩のためにしてあげたい。 それは日常の大切さ。ゆっくり、ゆったりと流れていく優しい時間。 エリスが宝玉の力を失ったいまでも、この世界や、ここだけではないどこかの世界のために戦い続ける柊に捧げたい時間は、なんでもないただの日常。 そんななんでもないことの大切さを、巨大な運命に翻弄されていた自分に教え、また与えてくれた柊に、エリスが本当にお返ししたいのは、そういうものだった。 それに、気づくことができた。 だから、特別なものなどなにもない食事を。 だけど精一杯、お腹一杯になれる献立を。 そんなものを、エリスはご馳走したかったのである。 「それと、もうひとつ……」 ちょっと照れ臭そうにエリスが笑う。 「ん?」 「今晩のお夕飯のコンセプトは……“家族”、です」 だからこそ、みんな一緒。 お姉さんみたいなくれはさん。やさしいおばさま。自分をもうひとりの姉のように慕ってくれる青葉くん。 そして、そんな家族を取り巻く、柊たち、大事な仲間たち。 みんな一緒。みんな含めて大事な、エリスにとっての大事な家族。 だから、たくさんの人が集まる献立を。 それが柊先輩に一番食べてもらいたい料理なんだ、と。 エリスは、そう思い、そう信じている。 しかし、エリスの発言は思わぬ波紋を投げかけてしまったわけで。 「は、はわ……か、家族……?」 「幸せなご家庭を築きたい……そんな願望の現われ、ということですのね……?」 「……柊蓮司……エリスは、あげられない……」 エリスの言葉を必要以上に深読みした女性陣が、皆一様に複雑な表情をし ――― 「え、ええっ!? そ、そんな、そういうのじゃないですっ! ち、違いますってばっ!」 そして、“茹でエリス”の再臨である。 真っ赤になって弁解するエリスの乙女心が再燃したことも、木石たる柊は一切気づくことなく、 「そうだよなー、エリスは俺にしてみればもう妹みたいなもんだしなー」 笑いながら土鍋に箸を突っ込んでは、自分用の小皿にカニの脚を放り込んでいくのであった。 「い、妹……そ、そうですよね……あ、あは、はは……。はあ……」 「エ、エリスちゃん、気を落とさないで。こんなことくらいでへこたれてたら、まともにひーらぎなんかと付き合えないよ……」 「エリスさん……心中、お察しいたしますわ」 「エリス……なにもそんな茨の道を歩くこと、ないのに……」 口々にエリスを慰める言葉が皆から発せられ。 少女たちの心の機微などなにもわかっていない男どもは、まるっきり見当違いの言動をいつでも繰り返すのである。 「おおっ! この私めも家族の端に加えていただけるのですねっ。やはりエリス様は、お心の美しい方だっ!」 「うおおっ、カニ美味えっ! おい、お前らっ! 早くしないと俺が全部食っちまうぞっ!?」 などと ――― 振舞われた晩餐にがっつく柊たちの姿をしばらく見つめていたエリスが、不意に笑顔になった。 (そうか。そうですよね、柊先輩。これも、私たちの大切な日常ですもんね) いまさらだけど、そう気づく。 これでいい。これが二人の仲の進展なのか、それともそうではありえないのか。 そのことはいまのエリスにも分からない。 だけど、確かに言えること。 それはこの一時が、なにものにも代えがたく、光り輝いているということである。 エリスの手がエプロンを外し、自分の分の箸を取る。そしてくれはたちを見回すと ――― 「それじゃ、みなさん。私たちも頂きましょうっ」 一足遅い、晩餐のスタートを号令するのであった。 (家族の一員……これも、一歩前進ですよね、柊先輩?) エリスが、食卓を満たしていく白く温かい湯気の向こう側にいる柊に、そんなメッセージを心の中でだけ呟いた ――― 柊蓮司攻略作戦。 Mission Complete(………?) (了) 前ページ柊蓮司攻略作戦・エリスの場合
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OSセットアップ時にpgSQLがセットアップされていることを知らずに、新しいバー ジョンのpgSQLをインストールし、新旧のpgSQLを混在させたまま使用、大混乱、 という状況に陥りましたのでこれを修正します。 OSセットアップ時にすでにインストールされているpgSQLはyumコマンドを利用して アンインストールできますが、make installでインストールされたpgSQLはおそらく インストールしたときに使用したソースファイルのあるフォルダに移り # gmake uninstall を行います。 以下、前者の場合のやり方の説明をします。 古いpgSQLがインストールされていないか確認 rpmでインストールされているpgSQLがあればrpmコマンドで確認、さらにアンイン ストールが可能です。 # rpm -qa | grep postgresql postgresql-8.1.11-1.el5_1.1 ・・・ 出るわ出るわ古いバージョン。こいつがserviceとして動いていたのか。削除する。 #rpm -qa | grep postgresql | xargs rpm -e エラー 依存性の欠如 libpq.so.4 は (インストール済み)apr-util-1.2.7-6.i386 に必要とされていま こういうメッセージが出た場合はyumを使うと依存するパッケージも削除してくれます。 # yum remove postgresql 結構待ち時間があったけど、アンインストールは完了。 この後再度 # rpm -qa | grep postgresql を実行すると postgresql-libs-8.1.9-1.el5 postgresql-tcl-8.1.11-1.el5_1.1 が残っていた。さらにpostgresのユーザも消えていてログインできない、、。 ユーザまで消すのだろうか、、。その後またログイン可能に。何なんだ。 アンインストールが終了したので、bashrcを書き換える。 その記述内に後でインストールしたpgSQL8.3.1のバイナリファイルがある場所を 指定する。これでinidbやpg_ctlで起動するのはpgSQL8.3.1となる。
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【対セス 共通対策】 目次 通常技→3B→強弓月 双掌昇陽 通常技→3B→強弓月 弓月の前に無敵技で割り込み可能 双掌昇陽 1段目をガードした後、タイミングよく前転すれば硬直中のセスに連続技で反撃可能 前転の他にも無敵技やコマンド投げでもOK
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http //makeadifference.blog.so-net.ne.jp/2011-05-28 589 名前:名無しさん@お腹いっぱい。(神奈川県)[sage] 投稿日:2011/06/15(水) 12 24 54.76 ID YL+LVoK60 [1/3] 暫定基準内MAXの食品ばかり食べた場合,1年で何シーベルト被曝することになるんだろう? 592 名前:名無しさん@お腹いっぱい。(catv?)[] 投稿日:2011/06/15(水) 12 33 27.56 ID U3g0yAom0 [1/2] 589 ICRPモデルで20ミリシーベルトくらい http //makeadifference.blog.so-net.ne.jp/2011-05-28 598 名前:名無しさん@お腹いっぱい。(内モンゴル自治区)[sage] 投稿日:2011/06/15(水) 12 43 29.90 ID VbY3EzzfO [1/3] 592 500ベクレルを毎日1kg摂取一年間? 601 名前:名無しさん@お腹いっぱい。(新潟・東北)[sage] 投稿日:2011/06/15(水) 12 45 08.82 ID FTp66ecUO [2/2] 592 飲料水も含めてですか? 603 名前:名無しさん@お腹いっぱい。(catv?)[] 投稿日:2011/06/15(水) 12 55 12.96 ID U3g0yAom0 [2/2] 592 1日1.4kgで大体そういう計算かな? それにプラスストロンチウム2.5ミリシーベルト、ヨウ素2ミリシーベルト。 ウランとプルトニウムに各5ミリシーベルトが割り振られているから それを除くと年10ミリシーベルトになる。 601 飲料水は入っていません。
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天井近くの壁に設置された窓越しの夜空を眺めていると不意に欠伸が漏れ出した。 起床してから三時間以上もの時が経過しているにも拘わらず、未だ睡魔が身体の奥底に蔓延っているのだろうか。 朦朧となりつつある意識に渇を入れようと両腕に力を込め、緩んだ精神を頬と一緒に引っぱたく。 真夜中のハンガー内に小気味の良い音が広がり、何事かと顔を上げて作業から目線を背けた夜勤の整備兵たちが苦笑いを浮かべてすぐさま仕事に戻っていく。 両頬に帯びる熱が段々と痛みに変わっていく感覚を覚えながら、目元に込み上げてきた涙を拭った。 少し力を強すぎたかと後悔しつつ、赤く腫れているであろう頬をさすっていると足音を伴った自分の名を呼ぶ声が耳元に届く。 定子「どうかしましたか?」 振り向けばストライカーの最終調整を終えた定子がこちらに歩み寄ってくるところだった。 それまで呆けたように夜天を仰ぎ見ていた男が急に自分の頬を叩いた姿はさぞ不可思議に見えただろう。 俺「いや、夜間哨戒自体は何度か出たことがあるから少なくとも足手まといにはならないよ。叩いたのはただ単に寝すぎただけだ」 みっともないところを見せちまったかなと苦笑いを作る俺とは対照的に定子は彼が放った言葉に戸惑いの色を浮かべていた。 世界各地の主戦場を駆け抜け、俗にベテランと呼ばれる類のウィッチである俺からの思いがけない一言に定子はどう返せば良いか見当もつかなかった。 少なくとも皮肉といった類のものでないことは口調から察することができるし、そのようなことをいう人間でないことも判り切っていた。 どちらかといえば、自分は変に出しゃばったりはしない、といったニュアンスのほうが強い。 そこにどのような意図が含まれているかまでは判別できないが。 定子「そんな……足手まといだなんて」 俺「俺には魔眼がないからな。その分頼りにしてるぞ」 定子「……わかりました。私のほうこそよろしくお願いします」 陽性を帯びる口調に含まれていたのは自分に対する確かな信頼。 重ねてきた実戦経験の差は歴然であるというのに決して見下さず、侮らず。 一介の小娘ではなく、戦場を駆ける一人のウィッチとして己の命を預けるという信頼を感じ取った定子は気を引き締め、重々しく頷いた。 定子「では、そろそろ」 俺「あぁ、行くか」 それぞれが互いの愛機を身に着けた瞬間、足元に魔法陣が展開。 円形のそれらから放たれる青白い光輝がハンガーの隅々を照らし出す。次いでストライカーの固定アームが音を立てて外された。 魔導エンジン、正常稼動。携行火器、問題なし。 出撃準備、完了。 定子「下原定子。いきますっ!」 まず初めに定子が滑走路に躍り出て闇夜に向かって上昇、微かに上着のポケットへと手を伸ばして中身を確認した俺も彼女のあとに続いて高度を上げた。 数秒で米粒大のサイズへと姿を変えた基地を尻目に周囲の空域を見回す。 暗夜の所々には灰色の雲が浮かび、お世辞にも良好な視界とは言い難いが作戦に支障をきたすほどでもない。 俺「……にしても朝は晴れていたのに日が沈んでから急に雲が出てきたな」 目を細めながら俺がぼやく。 ややトーンが落ちた口調には、せっかくの星空見物を邪魔されたことへの不満が含まれていた。 普段は地に立って仰ぎ見るだけの星空を夜間哨戒のときに限っては、それこそ手が届きそうなほどの距離で拝むことができるのだ。 重力から解放され、夜風を浴び、ただ無心に天蓋にばら撒かれた星たちを眺め回し、飽きれば眼下の街並みの灯りを眺め下ろす。 星々と人間たちの営みが生み出す二つの輝きが俺にとっての夜間哨戒に数少ない娯楽を与えていた。 しかし、それはあくまである程度の余裕を得ていたときの話であり、激戦区――それも最前線を担当する第502統合戦闘航空団に配属されてからというもの趣味を楽しむ時間はめっきり少なくなっていた。 定子「そうですね。高度を上げましょうか」 増速し先行する定子の後を追いながら意識を切り替え、周辺空域に警戒の眼差しを飛ばす。 彼女のような遠距離視と夜間視の複合魔法視力を宿していない俺はどう足掻いても視界外に位置する敵への反応が一瞬、遅れてしまう。 だからこそ後手を強いられたとしても、すぐさま回避及び防御体勢を整えられるよう常に目を光らせなくてはならない。 特に今の時間帯ではネウロイの黒い装甲は夜の闇に紛れているせいで目視が難しくなっている。故に索敵はどうしても定子の魔眼に頼らざるを得なかった。 夜間戦闘用の固有魔法を持たない自分に出来ることといえば、彼女に対し視界外から攻撃が放たれた場合に盾代わりになることぐらいか。 そんなことを、どこか他人事のように思い浮かべながら夜の帳の中を上昇。 高度が上がるに連れ、雲の切れ間から差し込む幾条もの淡く儚げな光が雲の海の終わりを告げていた。 定子「……わぁ」 海面を抜け、満天の星空に我が物顔で佇む巨大な満月を前に定子の唇から感嘆の言葉が零れ落ちた。 いま自分たちが飛ぶこの夜空の下で、同じように目の前の満月を眺めている人間が、いったいどれだけいるのだろうか。 そして何千、何万もの人間たちが仰ぎ見ているであろうこの満月を、彼と二人で独占しているかのような感覚を覚え、思わず笑みを零したとき。 視界の端に赤い光点が入り込んだ。 弾かれるように月から目線を逸らし、複合魔法視力を発動。 敵機確認。 小型五つに中型二つ。合計七機の異形が遥か前方の空域にて雲の上を這うように泳ぐ姿を捉える。 定子「敵小型級! 来ます!!」 自分たちを補足するや否や速度を上げて攻勢行動に入る小型編隊の迎撃に移ろうと携行火器を構える定子を俺が静止した。 俺「それじゃ……挨拶代わりに一発ぶち込んでやるか」 MG42を左肩に担ぎ、右腕を前方へ。 直後、掌に集束する魔法力。 青白い光輝は次第に鮮烈さを増していき、遂には手首から指先を覆うほどまでに。 一方、視界の中央に存在する五つの点は我先にと矮小な人類を手にかけようと増速を繰り返す。 自分たちを一瞬で滅却する威力を秘めた一撃の存在など気にも留めず、ただひたすらに敵への攻撃を優先するといった実に尖兵らしい単純な行動に俺の唇が微かに吊り上がる。 “寂滅”も“天壌無窮”も使わない。 あれら二つは対軍勢用の隠し玉――特に後者は全世界の制空圏が奪われた際の切り札。 このような羽虫に使っては体力も魔法力も保たない。胸裏で零す俺が深く息を吸い込み、 俺「破ッ!!」 腹腔に溜め込んだ氣を吐き飛ばし、万象一切無に帰す奔流を解き放つ。 限界まで押さえ込まれた破壊獣は自身を拘束する鎖が外された途端、静寂が支配する夜天を駆け抜け、獲物へと牙を剥いた。 一度も攻撃を行うことなく滅相された哀れな小型の存在など気にもかけず、機銃を構え直した俺が隣で見守っていた定子に目線を配る。 俺「悪かったな。出しゃばった真似して」 定子「い、いえ! むしろ助かりました」 俺「そう言ってもらえると助かるよ。それじゃ、潰すか」 月光に照らされる男の引き締まった横顔。 捉えた獲物を迅速に狩る鷹を彷彿とさせる鋭利な眼光を湛えた黒瞳。 狩猟者といった言葉とは彼のために用意されたものではないかと思えるほどに凛とした立ち振る舞い。 夜気に包まれたその全身に言い知れぬ頼もしさを胸の内側に懐いた定子は自分でも知らぬ内に興奮した面持ちを貼り付けたまま隣に佇む狩人とともに、悠然と夜空を泳ぐ異形へと向かっていった。 定子「ふぅ……」 残る一機の撃墜を終え、すぐさま周辺空域に視線を注ぐ。 数分のあいだ夜の闇を凝視していた定子であったが、増援部隊が存在しないと分かるや否や肩の力を抜いて吐息と共に携行火器を下ろした。 小型は先ほど俺が放った衝撃波によって全機撃墜されたため、対峙したのは残された二つの中型。 装甲も小型と比較すれば堅く火力においても雲泥の差があり、決して一筋縄でいくような相手ではない。 にも拘わらず自身の息が然程上がっていないのは傍らの男の存在が大きいのだろうと独り納得する。 俺「お疲れさん。もう他にはいないみたいだな」 後方で支援に徹していた俺の笑みに定子は知らぬ内に口許をほころばせていた。 小型五機を一撃で撃墜しただけに留まらず敵が攻撃に入ろうとすれば即座に妨害し、自分の防御が間に合わなかった場合も衝撃波を駆使して敵の攻撃を掻き消してくれた。 結果、敵からの攻撃を気にすることなく自分は対象の撃墜に専念することができたのだ。 定子「いいえ。俺さんのおかげで戦い易かったです。ありがとうございました」 俺「なぁに。役に立てて何よりだ」 笑みを浮かべて返した俺がふと、思いだしたように右腕を持ち上げる。 上着のポケットに手を潜り込ませて中身の無事を確認。指先に触れる感触から、どうやら壊れてはいないようだ。 貴重なプレゼントを夜間哨戒に持ち込む自分の感性もどうかしているが、元から派手に動いたとしても易々と壊れるものでもない。 だとしても今後また同じようなことを自分が起こさないとも断言できないことを考えるとこういった危険な真似は控えた方が懸命だろう。 そう己を戒めながら、大切な家族から贈られた腕時計に視線を落とす。月の光を受け、仄かな光を帯びる二つの針は午前零時を回っていた。 今の日付は5月7日。すなわち、傍に佇む定子の誕生日である。 俺「定子。いま時間あるか?」 基地に帰還しようと身を翻す定子に一声かける。 呼びかけられた彼女は慣れた動作で急制動をかけ、こちらのほうへと顔を向けた。その瞬間、俺が息を呑み込んだ。 輝く満月の光を浴びる整った容貌。 夜風を受け、不規則に揺れる艶やかな黒髪と使い魔の耳。 あたかも物語から飛び出てきたかのような幻想さを身に纏う彼女の姿を前に一度咳払いをして我を取り戻す。 定子「なんでしょうか?」 俺「ほ、ほら。今日は定子の誕生日だろう?」 腕時計を見せ、日付が変わったことを知らせると定子は微かに目を丸くした。 まさか自分が覚えていたとは思っていなかったらしく、双眸には驚きの色が浮かんでいる。 俺自身も彼女から直接誕生日を教えてもらったわけではない。ペテルブルグ基地へと向かう前にガランドから送られた書類を通して記憶していただけのことだった。 定子「覚えていて……くれたんですか?」 俺「同じ部隊で戦う仲間だからな」 そのことがさも当然だと言いたげな俺の言葉に定子は胸の内側が緩やかに温まっていく感覚を覚えた。 自分の誕生日を当たり前のように記憶していた彼の優しさが春風のように心地良い。 定子「ありがとうございます。嬉しいです」 俺「っ! あー……うん。それでだ。プレゼントなんだけど、受け取って貰えると嬉しい」 上着のポケットから取り出した桃色の紙袋を差し出す。 若干、皺が入っているが中身そのものの無事は先ほど確認済みだ。 定子「そんな、プレゼントだなんて!!」 俺「定子には美味しいご飯作ってもらったり、いつも世話になってるからな。これぐらいのことはさせてくれ」 定子「……本当に良いんですか?」 俺「あぁ。定子のために持ってきたんだからな」 定子「ありがとう……ございます」 差し出された紙袋を落とさないよう両手で受け取り、慎重に中身を取り出すと艶やかな光沢を放つ銀の鎖が姿を見せた。 先端部の円いプレートの中央には満月を思わせるかの如く円状にカットされた琥珀が嵌め込まれ、そのすぐ傍には小さな兎のレリーフが彫られている。 定子「かわいい……」 俺「女の子の趣味とかよく分からなくてね。気に入ってくれたのなら嬉しいんだけど」 定子「でも、こんな高価なもの……本当に良いんですか?」 十五夜の月夜に飛び上がる兎といった扶桑の風物詩を表す意匠のペンダントを両手で握り締めた定子が俺を見上げた。 琥珀が単なるプラスチックやガラスの塊でないことは手触りから容易に判断できる。 つまりこの琥珀は正真正銘の本物であり、相応に高価な品物ということになる。 本当に受け取ってしまっても良いのだろうか。そんな疑問を打ち払うかのように俺が笑みを濃くした。 俺「良いも何もさっき言ったように定子のために用意したものだからな」 気にせずに受け取ってくれと続ける俺の言葉に 定子「ありがとうございます……」 俺「おぅ。それじゃあ、帰るか」 定子「……あのっ!」 俺が基地の方角へと向かって飛行を開始する寸前、片手で彼の腕を掴む。 あまりにも突拍子な行動に自分でも驚きながら、 俺「うん?」 定子「そのっ……つけてもらっても構いませんか?」 俺「今か?」 定子「……はい。今すぐつけてみたいんです……無理でしたら、その」 俺「いや。そういうことなら構わないよ」 込み上げてきた言葉を飲み込まないよう何とか搾り出す。 すると意外にもすんなりとペンダントを受け取った俺が背後へと回った。 まず胸元の辺りに飾りの部分を垂らし、鎖の両端を首の後ろに回して留め具を固定しようと手を動かしたその瞬間。 俺の指先が微かに首筋に触れ、電流にも似た感覚が定子の背筋を駆け抜けた。 定子「んっ……おれ、さんっ」 俺「どうした?」 定子「そのっ。くすぐったい……です。もう少し、優しくしてください……」 俺「ごめんよ。すぐに終わるから我慢してくれ」 定子「ふぁ、はひゃぅっ!?」 時折、うなじをなぞり上げるように接触する異性の指。 女のそれとはまた異なる硬質を秘めた彼の指に柔肌を一撫でされるたび、自分の意思とは無関係に悩ましげな声を洩らしてしまう。 ただペンダントをつけてもらっているだけなのに、どうしてこんなにも艶を帯びた声を出してしまうのだろうか。 そんなことを考えつつくすぐったさに身を捩り、これ以上みっともない声だけは出すまいときつく瞼を閉じ、下唇を噛んで全身を蝕む官能に耐え忍ぶ。 俺「よし。これで終わりだ」 定子「はぁぅ……どう、ですか?」 息を整えながら背後にいる俺のほうへと振り向く。 俺「うん。よく似合ってる」 ペンダントによって飾り付けられた彼女の胸元に視線を注ぐ俺が親指を立てた。 傍から見れば、軍服の下から盛り上がった少女の乳房を見つめる危険人物と思われても何ら可笑しくない光景でもある。 もし、この場が基地内であるならば。もし、この場に他のウィッチがいたのならば。 間違いなく彼は袋叩きにされていただろう。 定子「本当ですか? 変じゃありませんか?」 俺「そんなに心配しなくても大丈夫だ。素材が良いんだからもっと胸を張っても良いんだぞ?」 定子「……」 俺「どうした?」 定子「俺さんは……ずるいです」 どうしてこの人はそんなことを平然と口に出来るのだろうか。 熱を帯びた頬が夜風によって冷やされていく感覚を感じながら、怪訝そうに表情を歪める俺に眼差しを注ぐ。 俺「ずるいって……何か気に障るようなことでも言ったか?」 定子「……なんでもありません。早く帰りましょう」 俺「ん? あぁ、そうするか。眠くなってきたしな」 言うなり期間を開始する俺の真横に並んだ定子が胸元に垂れるペンダントを両手で握り締める。 まるで陽だまりの中に手を伸ばしているかのような温もりが手の平を包み、その温かさが彼の優しさのようだと感じた定子が口許を緩め、隣を飛ぶ男に視線を向けた。 定子「俺さん」 俺「んー?」 定子「これ大切にしますね」 俺「ん。ありがとうな」 互いに小さな笑みを零しあいながら、二人は夜陰のなかを進んでいった。 その後、定子とともに夜間哨戒を終えた俺が基地へと帰還した頃には既にうっすらと顔を覗かせる朝日が東の空を淡く照らしていた。 出撃前に報告は後でも構わないという旨を思い出し、軽くシャワーを浴びて部屋に戻る。 糸が切れた人形のように堅いマットレス製ベッドの上に倒れこんだ俺が次に目を覚ますと時刻は昼過ぎだった。 俺「ん?」 寝ぼけ眼を擦っていると欠伸よりも先に腹の虫が鳴り始めた。 初めの内は黙殺していた俺だったが、あまりにも鳴く上に段々とボリュームも上がってきたため、観念して起き上がりベッドから降りる。 欠伸を噛み殺し、何か腹にでも入れてくるかと霞がかかった頭の中で考えながら着替えていると突然、部屋の扉が乾いた音を立てた。 もしかするとラルかもしれない。 司令としての立場上、早いところ出撃報告を耳に入れておきたいのだろう。 俺「ラルか? 少し待っててくれ」 定子「あのっ! 私です! 下原ですっ!」 俺「定子か? もう起きても大丈夫なのか?」 定子「はい。今、お時間貰えますか?」 俺「あ、あぁ。わかった」 意外にも扉の向こうから聞こえてきたのはラルの声ではなく定子のそれだった。 若干、慌てているようにも聞き取れる声色だと感じたのは自分の気のせいか。 予想外の来客に戸惑いつつも手早く着替えを終えた俺が廊下に繋がる扉を開けば、そこにはたしかに声の主である定子がやや緊張したような面持ちで立っていた。 彼女のすぐ真後ろにはジョゼの姿も。 二人揃って一体何事かと訝しげに首を傾げると、定子が大切そうに抱え持った金属製のトレーが視界に入り込む。 俺「おはようさん。ところで、それは?」 定子「その……俺さんの、昼食です」 所々、途切れさせながらも何とか言葉を紡いでいく定子から再び目線をトレーに戻す。 上には白米がよそられた茶碗に、底の深い皿の中に盛り付けられた彼女の得意料理である肉じゃがに味噌汁が入れられたお椀までもが綺麗に並べられていた。 おそらく彼女らの昼食の残りなのだろうが、ウィッチ用の食堂からこの部屋までそれなりの距離がある。 であるにも拘わらず定子はわざわざ自分の部屋まで食事を運んできてくれたのだ。 俺「……ありがとう。大変だっただろう? この部屋まで運んでくるのは」 定子「い、いえ! それで……その、俺さんさえ良ければ……食べて、もらえますか?」 俺「もちろん。ちょうど腹の虫が鳴っていたところだったんだ。ありがたく食べさせてもらうよ」 そう返した俺はいつまでも彼女に持たせているのも悪いと考え、トレーを受け取ろうと両腕を伸ばす。 すると気恥ずかしそうに周囲を見回したあとで定子が一歩、歩み寄ってきた。 定子「テーブルまで運びますから。椅子に掛けていてください」 俺「いや、でも悪いしさ」 ただでさえ、この部屋まで運ばせてしまったのである。 これ以上の苦労をかけさせるわけにはいかないと考えての申し出だったのだが、 定子「そんなことはありません。最後までやらせてください」 真面目な定子が途中で仕事を手放すはずも無く、俺はあっという間に彼女の入室を許してしまった。 こうなってしまっては無碍に追い出すわけにもいかない。 何か茶か茶菓子でも用意できれば良いのだがと頭を悩ませる。 元々私物といえる私物が常に持ち歩いている鞄の中に納まる程度の量であるためか、部屋自体は片付いている――というより散らかるほどの物が無いだけなのだが――から問題は無い。 見られては不味いものも寝る前に鞄の中にしまったので安心だ。 ジョゼ「俺さん」 そんなことを考えていると目の前に躍り出たジョゼが柔らかな笑みを浮かべてみせた。 部屋に差し込む午後の光を浴びるその笑顔はさながら天使の微笑を連想させ、更には俺の理性に向かって絨毯爆撃を開始した。 はにかんだ際に小さく揺れるおさげ。優しげに細められた目に漂う慈愛の光。 まだ一口も料理に手をつけていないというのに、俺は軽い胸焼けのような感覚を覚えた。 俺「えぇっと。何だ?」 ジョゼ「下原さんの好きにさせてあげてもらえませんか?」 俺「まぁ……ここまで来ると邪魔するつもりはないけど、どうしてだ?」 ジョゼ「どうしてもですっ」 胸の辺りまで持ち上げた両の手をきゅっと握りしめ一歩身を乗り出してくる。 珍しく強気なジョゼの態度に自分でも気付かない内に首を縦に振っていた俺は彼女に促されるまま椅子に腰を下ろした。 視線を眼前の卓上に移せば白い湯気を立ち昇らせる扶桑の伝統的な料理が俺の目を惹きつけた。 運んでくる前にわざわざ温め直して来てくれたのだろうか。食欲を刺激する香りが鼻腔をくすぐり、自然と口の中が唾液で満たされていく。 極上の餌を前に耐え切れなくなった腹の虫が早く食わせろとばかりに催促の声を上げはじめた。 定子「どうぞ。召し上がれ」 定子の気遣いに感謝の念を抱きつつ両の手を合わせ、 俺「それじゃ。いただきます」 手に取った箸の狙いを、まずは肉じゃがに。 程よい大きさに切り揃えられたじゃがいもを摘んで口許に運び、咀嚼。 箸で摘んでも崩れることなく形を維持していた芋が噛んだ瞬間、いとも容易く崩れ落ちた。 おまけに出汁もしっかりと染み込んでおり、口の中に芋の柔らかな食感と出汁の風味が広がっていく。 彼女の肉じゃがはよく口にするが不思議と今日はいつも以上に美味く感じられる。 俺「んっ……すごい。すごく美味しいぞ!」 定子「本当ですかっ!?」 俺「あぁ! んっ……むぐ……うん! 美味い!」 定子「よかったぁ」 瞳を輝かせ、無我夢中で肉じゃがを口の中へとかき込む俺の姿を前にトレーを胸の前で抱き締め、頬を綻ばせる。 年相応の幼さが残る可愛らしい笑みだが、一匹の餓獣と化していた俺がその微笑に気付くことは無かった。 ひたすらに箸を動かし、本能が命じるままに胃の中を膨らませていく。 ジョゼ「ふふっ。わざわざ作った甲斐がありましたね? 下原さん」 定子「ちょっ、ジョゼさん!?」 俺「わざわざ?」 それまで無我夢中で肉じゃがを貪っていた俺がジョゼの言葉に手を止め、顔を上げる。 ジョゼ「今日の食事当番はポクルイーシキン大尉で昼食はオラーシャ料理だったんです」 俺「……ってことは、この肉じゃがはもしかして」 ジョゼ「下原さんが俺さんのために作ってくれたものなんですよ」 定子「ジョゼさん! 内緒にしてくださいって言ったじゃないですかぁ!!」 頬を真っ赤に染め上げた定子が抗議の声を上げた。 宝石にも劣らぬほど透き通った瞳には心なしか潤んだ輝きを怯えているようにも見える。 彼女がこれほど感情的になった姿を俺は初めて目の当たりにしたような気がした。 ジョゼ「でも、帰還してから寝ないで頑張って作っていたのに何も知らずに食べられるというのは悲しいじゃないですか」 定子「そ、それでも……」 俺「そう……なのか? これ、俺のために?」 定子「…………はい。ご迷惑、でしたか?」 観念したように頷く定子に俺は静かに箸を置いた。 この肉じゃが。じゃがいもの絶妙な柔らかさや出汁の風味から判断するに相当な手間暇が掛けられたに違いない。 自分と同じ時間に基地に帰還したというのに。 本当は眠かったはずなのに。 彼女は自分のためにこの料理を作ってきてくれたのだ。 貴重な睡眠時間を削ってまで作ってくれた肉じゃがに、なんて罰当たりなことをしていたのだろうかと俺は自分を叱咤する。 俺「……まさか、すごく嬉しいよ。ありがとう。定子」 定子「いえ……」 俺「これ、味わって食べさせてもらうよ。本当にありがとう」 椅子から立ち上がり、赤らんだ彼女の頬に手を伸ばす。 よく目を凝らせば目の下辺りには薄いくまのようなものが浮かび上がっていた。 定子「はい……」 俺の言葉と手の平の感触にどこか満足げな表情を浮かべた定子が笑みを作る。 陽気な午後の光に照らされたその微笑みは優しさに満ちた彼女らしいものだった。 ~おしまい~
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天井近くの壁に設置された窓越しの夜空を眺めていると不意に欠伸が漏れ出した。 起床してから三時間以上もの時が経過しているにも拘わらず、未だ睡魔が身体の奥底に蔓延っているのだろうか。 朦朧となりつつある意識に渇を入れようと両腕に力を込め、緩んだ精神を頬と一緒に引っぱたく。 真夜中のハンガー内に小気味の良い音が広がり、何事かと顔を上げて作業から目線を背けた夜勤の整備兵たちが苦笑いを浮かべてすぐさま仕事に戻っていく。 両頬に帯びる熱が段々と痛みに変わっていく感覚を覚えながら、目元に込み上げてきた涙を拭った。 少し力を強すぎたかと後悔しつつ、赤く腫れているであろう頬をさすっていると足音を伴った自分の名を呼ぶ声が耳元に届く。 定子「どうかしましたか?」 振り向けばストライカーの最終調整を終えた定子がこちらに歩み寄ってくるところだった。 それまで呆けたように夜天を仰ぎ見ていた男が急に自分の頬を叩いた姿はさぞ不可思議に見えただろう。 俺「いや、夜間哨戒自体は何度か出たことがあるから少なくとも足手まといにはならないよ。叩いたのはただ単に寝すぎただけだ」 みっともないところを見せちまったかなと苦笑いを作る俺とは対照的に定子は彼が放った言葉に戸惑いの色を浮かべていた。 世界各地の主戦場を駆け抜け、俗にベテランと呼ばれる類のウィッチである俺からの思いがけない一言に定子はどう返せば良いか見当もつかなかった。 少なくとも皮肉といった類のものでないことは口調から察することができるし、そのようなことをいう人間でないことも判り切っていた。 どちらかといえば、自分は変に出しゃばったりはしない、といったニュアンスのほうが強い。 そこにどのような意図が含まれているかまでは判別できないが。 定子「そんな……足手まといだなんて」 俺「俺には魔眼がないからな。その分頼りにしてるぞ」 定子「……わかりました。私のほうこそよろしくお願いします」 陽性を帯びる口調に含まれていたのは自分に対する確かな信頼。 重ねてきた実戦経験の差は歴然であるというのに決して見下さず、侮らず。 一介の小娘ではなく、戦場を駆ける一人のウィッチとして己の命を預けるという信頼を感じ取った定子は気を引き締め、重々しく頷いた。 定子「では、そろそろ」 俺「あぁ、行くか」 それぞれが互いの愛機を身に着けた瞬間、足元に魔法陣が展開。 円形のそれらから放たれる青白い光輝がハンガーの隅々を照らし出す。次いでストライカーの固定アームが音を立てて外された。 魔導エンジン、正常稼動。携行火器、問題なし。 出撃準備、完了。 定子「下原定子。いきますっ!」 まず初めに定子が滑走路に躍り出て闇夜に向かって上昇、微かに上着のポケットへと手を伸ばして中身を確認した俺も彼女のあとに続いて高度を上げた。 数秒で米粒大のサイズへと姿を変えた基地を尻目に周囲の空域を見回す。 暗夜の所々には灰色の雲が浮かび、お世辞にも良好な視界とは言い難いが作戦に支障をきたすほどでもない。 俺「……にしても朝は晴れていたのに日が沈んでから急に雲が出てきたな」 目を細めながら俺がぼやく。 ややトーンが落ちた口調には、せっかくの星空見物を邪魔されたことへの不満が含まれていた。 普段は地に立って仰ぎ見るだけの星空を夜間哨戒のときに限っては、それこそ手が届きそうなほどの距離で拝むことができるのだ。 重力から解放され、夜風を浴び、ただ無心に天蓋にばら撒かれた星たちを眺め回し、飽きれば眼下の街並みの灯りを眺め下ろす。 星々と人間たちの営みが生み出す二つの輝きが俺にとっての夜間哨戒に数少ない娯楽を与えていた。 しかし、それはあくまである程度の余裕を得ていたときの話であり、激戦区――それも最前線を担当する第502統合戦闘航空団に配属されてからというもの趣味を楽しむ時間はめっきり少なくなっていた。 定子「そうですね。高度を上げましょうか」 増速し先行する定子の後を追いながら意識を切り替え、周辺空域に警戒の眼差しを飛ばす。 彼女のような遠距離視と夜間視の複合魔法視力を宿していない俺はどう足掻いても視界外に位置する敵への反応が一瞬、遅れてしまう。 だからこそ後手を強いられたとしても、すぐさま回避及び防御体勢を整えられるよう常に目を光らせなくてはならない。 特に今の時間帯ではネウロイの黒い装甲は夜の闇に紛れているせいで目視が難しくなっている。故に索敵はどうしても定子の魔眼に頼らざるを得なかった。 夜間戦闘用の固有魔法を持たない自分に出来ることといえば、彼女に対し視界外から攻撃が放たれた場合に盾代わりになることぐらいか。 そんなことを、どこか他人事のように思い浮かべながら夜の帳の中を上昇。 高度が上がるに連れ、雲の切れ間から差し込む幾条もの淡く儚げな光が雲の海の終わりを告げていた。 定子「……わぁ」 海面を抜け、満天の星空に我が物顔で佇む巨大な満月を前に定子の唇から感嘆の言葉が零れ落ちた。 いま自分たちが飛ぶこの夜空の下で、同じように目の前の満月を眺めている人間が、いったいどれだけいるのだろうか。 そして何千、何万もの人間たちが仰ぎ見ているであろうこの満月を、彼と二人で独占しているかのような感覚を覚え、思わず笑みを零したとき。 視界の端に赤い光点が入り込んだ。 弾かれるように月から目線を逸らし、複合魔法視力を発動。 敵機確認。 小型五つに中型二つ。合計七機の異形が遥か前方の空域にて雲の上を這うように泳ぐ姿を捉える。 定子「敵小型級! 来ます!!」 自分たちを補足するや否や速度を上げて攻勢行動に入る小型編隊の迎撃に移ろうと携行火器を構える定子を俺が静止した。 俺「それじゃ……挨拶代わりに一発ぶち込んでやるか」 MG42を左肩に担ぎ、右腕を前方へ。 直後、掌に集束する魔法力。 青白い光輝は次第に鮮烈さを増していき、遂には手首から指先を覆うほどまでに。 一方、視界の中央に存在する五つの点は我先にと矮小な人類を手にかけようと増速を繰り返す。 自分たちを一瞬で滅却する威力を秘めた一撃の存在など気にも留めず、ただひたすらに敵への攻撃を優先するといった実に尖兵らしい単純な行動に俺の唇が微かに吊り上がる。 “寂滅”も“天壌無窮”も使わない。 あれら二つは対軍勢用の隠し玉――特に後者は全世界の制空圏が奪われた際の切り札。 このような羽虫に使っては体力も魔法力も保たない。胸裏で零す俺が深く息を吸い込み、 俺「破ッ!!」 腹腔に溜め込んだ氣を吐き飛ばし、万象一切無に帰す奔流を解き放つ。 限界まで押さえ込まれた破壊獣は自身を拘束する鎖が外された途端、静寂が支配する夜天を駆け抜け、獲物へと牙を剥いた。 一度も攻撃を行うことなく滅相された哀れな小型の存在など気にもかけず、機銃を構え直した俺が隣で見守っていた定子に目線を配る。 俺「悪かったな。出しゃばった真似して」 定子「い、いえ! むしろ助かりました」 俺「そう言ってもらえると助かるよ。それじゃ、潰すか」 月光に照らされる男の引き締まった横顔。 捉えた獲物を迅速に狩る鷹を彷彿とさせる鋭利な眼光を湛えた黒瞳。 狩猟者といった言葉とは彼のために用意されたものではないかと思えるほどに凛とした立ち振る舞い。 夜気に包まれたその全身に言い知れぬ頼もしさを胸の内側に懐いた定子は自分でも知らぬ内に興奮した面持ちを貼り付けたまま隣に佇む狩人とともに、悠然と夜空を泳ぐ異形へと向かっていった。 定子「ふぅ……」 残る一機の撃墜を終え、すぐさま周辺空域に視線を注ぐ。 数分のあいだ夜の闇を凝視していた定子であったが、増援部隊が存在しないと分かるや否や肩の力を抜いて吐息と共に携行火器を下ろした。 小型は先ほど俺が放った衝撃波によって全機撃墜されたため、対峙したのは残された二つの中型。 装甲も小型と比較すれば堅く火力においても雲泥の差があり、決して一筋縄でいくような相手ではない。 にも拘わらず自身の息が然程上がっていないのは傍らの男の存在が大きいのだろうと独り納得する。 俺「お疲れさん。もう他にはいないみたいだな」 後方で支援に徹していた俺の笑みに定子は知らぬ内に口許をほころばせていた。 小型五機を一撃で撃墜しただけに留まらず敵が攻撃に入ろうとすれば即座に妨害し、自分の防御が間に合わなかった場合も衝撃波を駆使して敵の攻撃を掻き消してくれた。 結果、敵からの攻撃を気にすることなく自分は対象の撃墜に専念することができたのだ。 定子「いいえ。俺さんのおかげで戦い易かったです。ありがとうございました」 俺「なぁに。役に立てて何よりだ」 笑みを浮かべて返した俺がふと、思いだしたように右腕を持ち上げる。 上着のポケットに手を潜り込ませて中身の無事を確認。指先に触れる感触から、どうやら壊れてはいないようだ。 貴重なプレゼントを夜間哨戒に持ち込む自分の感性もどうかしているが、元から派手に動いたとしても易々と壊れるものでもない。 だとしても今後また同じようなことを自分が起こさないとも断言できないことを考えるとこういった危険な真似は控えた方が懸命だろう。 そう己を戒めながら、大切な家族から贈られた腕時計に視線を落とす。月の光を受け、仄かな光を帯びる二つの針は午前零時を回っていた。 今の日付は5月7日。すなわち、傍に佇む定子の誕生日である。 俺「定子。いま時間あるか?」 基地に帰還しようと身を翻す定子に一声かける。 呼びかけられた彼女は慣れた動作で急制動をかけ、こちらのほうへと顔を向けた。その瞬間、俺が息を呑み込んだ。 輝く満月の光を浴びる整った容貌。 夜風を受け、不規則に揺れる艶やかな黒髪と使い魔の耳。 あたかも物語から飛び出てきたかのような幻想さを身に纏う彼女の姿を前に一度咳払いをして我を取り戻す。 定子「なんでしょうか?」 俺「ほ、ほら。今日は定子の誕生日だろう?」 腕時計を見せ、日付が変わったことを知らせると定子は微かに目を丸くした。 まさか自分が覚えていたとは思っていなかったらしく、双眸には驚きの色が浮かんでいる。 俺自身も彼女から直接誕生日を教えてもらったわけではない。ペテルブルグ基地へと向かう前にガランドから送られた書類を通して記憶していただけのことだった。 定子「覚えていて……くれたんですか?」 俺「同じ部隊で戦う仲間だからな」 そのことがさも当然だと言いたげな俺の言葉に定子は胸の内側が緩やかに温まっていく感覚を覚えた。 自分の誕生日を当たり前のように記憶していた彼の優しさが春風のように心地良い。 定子「ありがとうございます。嬉しいです」 俺「っ! あー……うん。それでだ。プレゼントなんだけど、受け取って貰えると嬉しい」 上着のポケットから取り出した桃色の紙袋を差し出す。 若干、皺が入っているが中身そのものの無事は先ほど確認済みだ。 定子「そんな、プレゼントだなんて!!」 俺「定子には美味しいご飯作ってもらったり、いつも世話になってるからな。これぐらいのことはさせてくれ」 定子「……本当に良いんですか?」 俺「あぁ。定子のために持ってきたんだからな」 定子「ありがとう……ございます」 差し出された紙袋を落とさないよう両手で受け取り、慎重に中身を取り出すと艶やかな光沢を放つ銀の鎖が姿を見せた。 先端部の円いプレートの中央には満月を思わせるかの如く円状にカットされた琥珀が嵌め込まれ、そのすぐ傍には小さな兎のレリーフが彫られている。 定子「かわいい……」 俺「女の子の趣味とかよく分からなくてね。気に入ってくれたのなら嬉しいんだけど」 定子「でも、こんな高価なもの……本当に良いんですか?」 十五夜の月夜に飛び上がる兎といった扶桑の風物詩を表す意匠のペンダントを両手で握り締めた定子が俺を見上げた。 琥珀が単なるプラスチックやガラスの塊でないことは手触りから容易に判断できる。 つまりこの琥珀は正真正銘の本物であり、相応に高価な品物ということになる。 本当に受け取ってしまっても良いのだろうか。そんな疑問を打ち払うかのように俺が笑みを濃くした。 俺「良いも何もさっき言ったように定子のために用意したものだからな」 気にせずに受け取ってくれと続ける俺の言葉に 定子「ありがとうございます……」 俺「おぅ。それじゃあ、帰るか」 定子「……あのっ!」 俺が基地の方角へと向かって飛行を開始する寸前、片手で彼の腕を掴む。 あまりにも突拍子な行動に自分でも驚きながら、 俺「うん?」 定子「そのっ……つけてもらっても構いませんか?」 俺「今か?」 定子「……はい。今すぐつけてみたいんです……無理でしたら、その」 俺「いや。そういうことなら構わないよ」 込み上げてきた言葉を飲み込まないよう何とか搾り出す。 すると意外にもすんなりとペンダントを受け取った俺が背後へと回った。 まず胸元の辺りに飾りの部分を垂らし、鎖の両端を首の後ろに回して留め具を固定しようと手を動かしたその瞬間。 俺の指先が微かに首筋に触れ、電流にも似た感覚が定子の背筋を駆け抜けた。 定子「んっ……おれ、さんっ」 俺「どうした?」 定子「そのっ。くすぐったい……です。もう少し、優しくしてください……」 俺「ごめんよ。すぐに終わるから我慢してくれ」 定子「ふぁ、はひゃぅっ!?」 時折、うなじをなぞり上げるように接触する異性の指。 女のそれとはまた異なる硬質を秘めた彼の指に柔肌を一撫でされるたび、自分の意思とは無関係に悩ましげな声を洩らしてしまう。 ただペンダントをつけてもらっているだけなのに、どうしてこんなにも艶を帯びた声を出してしまうのだろうか。 そんなことを考えつつくすぐったさに身を捩り、これ以上みっともない声だけは出すまいときつく瞼を閉じ、下唇を噛んで全身を蝕む官能に耐え忍ぶ。 俺「よし。これで終わりだ」 定子「はぁぅ……どう、ですか?」 息を整えながら背後にいる俺のほうへと振り向く。 俺「うん。よく似合ってる」 ペンダントによって飾り付けられた彼女の胸元に視線を注ぐ俺が親指を立てた。 傍から見れば、軍服の下から盛り上がった少女の乳房を見つめる危険人物と思われても何ら可笑しくない光景でもある。 もし、この場が基地内であるならば。もし、この場に他のウィッチがいたのならば。 間違いなく彼は袋叩きにされていただろう。 定子「本当ですか? 変じゃありませんか?」 俺「そんなに心配しなくても大丈夫だ。素材が良いんだからもっと胸を張っても良いんだぞ?」 定子「……」 俺「どうした?」 定子「俺さんは……ずるいです」 どうしてこの人はそんなことを平然と口に出来るのだろうか。 熱を帯びた頬が夜風によって冷やされていく感覚を感じながら、怪訝そうに表情を歪める俺に眼差しを注ぐ。 俺「ずるいって……何か気に障るようなことでも言ったか?」 定子「……なんでもありません。早く帰りましょう」 俺「ん? あぁ、そうするか。眠くなってきたしな」 言うなり期間を開始する俺の真横に並んだ定子が胸元に垂れるペンダントを両手で握り締める。 まるで陽だまりの中に手を伸ばしているかのような温もりが手の平を包み、その温かさが彼の優しさのようだと感じた定子が口許を緩め、隣を飛ぶ男に視線を向けた。 定子「俺さん」 俺「んー?」 定子「これ大切にしますね」 俺「ん。ありがとうな」 互いに小さな笑みを零しあいながら、二人は夜陰のなかを進んでいった。 その後、定子とともに夜間哨戒を終えた俺が基地へと帰還した頃には既にうっすらと顔を覗かせる朝日が東の空を淡く照らしていた。 出撃前に報告は後でも構わないという旨を思い出し、軽くシャワーを浴びて部屋に戻る。 糸が切れた人形のように堅いマットレス製ベッドの上に倒れこんだ俺が次に目を覚ますと時刻は昼過ぎだった。 俺「ん?」 寝ぼけ眼を擦っていると欠伸よりも先に腹の虫が鳴り始めた。 初めの内は黙殺していた俺だったが、あまりにも鳴く上に段々とボリュームも上がってきたため、観念して起き上がりベッドから降りる。 欠伸を噛み殺し、何か腹にでも入れてくるかと霞がかかった頭の中で考えながら着替えていると突然、部屋の扉が乾いた音を立てた。 もしかするとラルかもしれない。 司令としての立場上、早いところ出撃報告を耳に入れておきたいのだろう。 俺「ラルか? 少し待っててくれ」 定子「あのっ! 私です! 下原ですっ!」 俺「定子か? もう起きても大丈夫なのか?」 定子「はい。今、お時間貰えますか?」 俺「あ、あぁ。わかった」 意外にも扉の向こうから聞こえてきたのはラルの声ではなく定子のそれだった。 若干、慌てているようにも聞き取れる声色だと感じたのは自分の気のせいか。 予想外の来客に戸惑いつつも手早く着替えを終えた俺が廊下に繋がる扉を開けば、そこにはたしかに声の主である定子がやや緊張したような面持ちで立っていた。 彼女のすぐ真後ろにはジョゼの姿も。 二人揃って一体何事かと訝しげに首を傾げると、定子が大切そうに抱え持った金属製のトレーが視界に入り込む。 俺「おはようさん。ところで、それは?」 定子「その……俺さんの、昼食です」 所々、途切れさせながらも何とか言葉を紡いでいく定子から再び目線をトレーに戻す。 上には白米がよそられた茶碗に、底の深い皿の中に盛り付けられた彼女の得意料理である肉じゃがに味噌汁が入れられたお椀までもが綺麗に並べられていた。 おそらく彼女らの昼食の残りなのだろうが、ウィッチ用の食堂からこの部屋までそれなりの距離がある。 であるにも拘わらず定子はわざわざ自分の部屋まで食事を運んできてくれたのだ。 俺「……ありがとう。大変だっただろう? この部屋まで運んでくるのは」 定子「い、いえ! それで……その、俺さんさえ良ければ……食べて、もらえますか?」 俺「もちろん。ちょうど腹の虫が鳴っていたところだったんだ。ありがたく食べさせてもらうよ」 そう返した俺はいつまでも彼女に持たせているのも悪いと考え、トレーを受け取ろうと両腕を伸ばす。 すると気恥ずかしそうに周囲を見回したあとで定子が一歩、歩み寄ってきた。 定子「テーブルまで運びますから。椅子に掛けていてください」 俺「いや、でも悪いしさ」 ただでさえ、この部屋まで運ばせてしまったのである。 これ以上の苦労をかけさせるわけにはいかないと考えての申し出だったのだが、 定子「そんなことはありません。最後までやらせてください」 真面目な定子が途中で仕事を手放すはずも無く、俺はあっという間に彼女の入室を許してしまった。 こうなってしまっては無碍に追い出すわけにもいかない。 何か茶か茶菓子でも用意できれば良いのだがと頭を悩ませる。 元々私物といえる私物が常に持ち歩いている鞄の中に納まる程度の量であるためか、部屋自体は片付いている――というより散らかるほどの物が無いだけなのだが――から問題は無い。 見られては不味いものも寝る前に鞄の中にしまったので安心だ。 ジョゼ「俺さん」 そんなことを考えていると目の前に躍り出たジョゼが柔らかな笑みを浮かべてみせた。 部屋に差し込む午後の光を浴びるその笑顔はさながら天使の微笑を連想させ、更には俺の理性に向かって絨毯爆撃を開始した。 はにかんだ際に小さく揺れるおさげ。優しげに細められた目に漂う慈愛の光。 まだ一口も料理に手をつけていないというのに、俺は軽い胸焼けのような感覚を覚えた。 俺「えぇっと。何だ?」 ジョゼ「下原さんの好きにさせてあげてもらえませんか?」 俺「まぁ……ここまで来ると邪魔するつもりはないけど、どうしてだ?」 ジョゼ「どうしてもですっ」 胸の辺りまで持ち上げた両の手をきゅっと握りしめ一歩身を乗り出してくる。 珍しく強気なジョゼの態度に自分でも気付かない内に首を縦に振っていた俺は彼女に促されるまま椅子に腰を下ろした。 視線を眼前の卓上に移せば白い湯気を立ち昇らせる扶桑の伝統的な料理が俺の目を惹きつけた。 運んでくる前にわざわざ温め直して来てくれたのだろうか。食欲を刺激する香りが鼻腔をくすぐり、自然と口の中が唾液で満たされていく。 極上の餌を前に耐え切れなくなった腹の虫が早く食わせろとばかりに催促の声を上げはじめた。 定子「どうぞ。召し上がれ」 定子の気遣いに感謝の念を抱きつつ両の手を合わせ、 俺「それじゃ。いただきます」 手に取った箸の狙いを、まずは肉じゃがに。 程よい大きさに切り揃えられたじゃがいもを摘んで口許に運び、咀嚼。 箸で摘んでも崩れることなく形を維持していた芋が噛んだ瞬間、いとも容易く崩れ落ちた。 おまけに出汁もしっかりと染み込んでおり、口の中に芋の柔らかな食感と出汁の風味が広がっていく。 彼女の肉じゃがはよく口にするが不思議と今日はいつも以上に美味く感じられる。 俺「んっ……すごい。すごく美味しいぞ!」 定子「本当ですかっ!?」 俺「あぁ! んっ……むぐ……うん! 美味い!」 定子「よかったぁ」 瞳を輝かせ、無我夢中で肉じゃがを口の中へとかき込む俺の姿を前にトレーを胸の前で抱き締め、頬を綻ばせる。 年相応の幼さが残る可愛らしい笑みだが、一匹の餓獣と化していた俺がその微笑に気付くことは無かった。 ひたすらに箸を動かし、本能が命じるままに胃の中を膨らませていく。 ジョゼ「ふふっ。わざわざ作った甲斐がありましたね? 下原さん」 定子「ちょっ、ジョゼさん!?」 俺「わざわざ?」 それまで無我夢中で肉じゃがを貪っていた俺がジョゼの言葉に手を止め、顔を上げる。 ジョゼ「今日の食事当番はポクルイーシキン大尉で昼食はオラーシャ料理だったんです」 俺「……ってことは、この肉じゃがはもしかして」 ジョゼ「下原さんが俺さんのために作ってくれたものなんですよ」 定子「ジョゼさん! 内緒にしてくださいって言ったじゃないですかぁ!!」 頬を真っ赤に染め上げた定子が抗議の声を上げた。 宝石にも劣らぬほど透き通った瞳には心なしか潤んだ輝きを怯えているようにも見える。 彼女がこれほど感情的になった姿を俺は初めて目の当たりにしたような気がした。 ジョゼ「でも、帰還してから寝ないで頑張って作っていたのに何も知らずに食べられるというのは悲しいじゃないですか」 定子「そ、それでも……」 俺「そう……なのか? これ、俺のために?」 定子「…………はい。ご迷惑、でしたか?」 観念したように頷く定子に俺は静かに箸を置いた。 この肉じゃが。じゃがいもの絶妙な柔らかさや出汁の風味から判断するに相当な手間暇が掛けられたに違いない。 自分と同じ時間に基地に帰還したというのに。 本当は眠かったはずなのに。 彼女は自分のためにこの料理を作ってきてくれたのだ。 貴重な睡眠時間を削ってまで作ってくれた肉じゃがに、なんて罰当たりなことをしていたのだろうかと俺は自分を叱咤する。 俺「……まさか、すごく嬉しいよ。ありがとう。定子」 定子「いえ……」 俺「これ、味わって食べさせてもらうよ。本当にありがとう」 椅子から立ち上がり、赤らんだ彼女の頬に手を伸ばす。 よく目を凝らせば目の下辺りには薄いくまのようなものが浮かび上がっていた。 定子「はい……」 俺の言葉と手の平の感触にどこか満足げな表情を浮かべた定子が笑みを作る。 陽気な午後の光に照らされたその微笑みは優しさに満ちた彼女らしいものだった。 ~おしまい~
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Top 【シェア】みんなで世界を創るスレ【クロス】 温泉界・温泉界へご招待 ~千丈髪怜角の場合~ 後編 温泉界へご招待 ~千丈髪怜角の場合~ 後編 ◆ 「な…何、これ!?」 派手な飛沫を立てて怜角が飛び込んだ別世界、そこはなぜか、鮮烈な香気を放ちながらぐらぐらと沸き立つ深い浴槽の中だった。 「い…いたい、痛い!!」 『菖蒲湯』。古来より鬼を祓い、子供の健やかな成長を祈る為、端午の節句に用意される薬湯だ。その爽やかに香り立つ熱湯は、怜角たち鬼にとって致命的な劇薬なのだ。 「うわあ!! し、死ぬ…」 ひりひりと容赦なく全身を襲うその痛みは、魔物の戦意を奪う強い力を持っている。最近少し自信過剰気味の怜角には丁度よい薬なのだが、ぐっしょりと冬制服に染み込む退魔の湯に、彼女は任務も忘れ悲鳴を上げた。 「…たた、助けて…誰か…」 あまりに理不尽な状況下、ひたすらもがき続ける怜角が薄蒼い湯の中でゲホゲホと咳き込み始めたとき、湯煙の彼方から二人の少女が、大きな金盥に乗って軽やかに滑走してきた。 「…桃の節句が終わったら、すぐ菖蒲湯の準備なの。なかなか大変なのよ…」 「で、男湯のほうはショータくんひとりで大丈夫なの? もう一人くらい男手を召喚したら?」 この『温泉界』の主である湯乃香と、先客の長命族アリス=ティリアスだった。菖蒲の束を満載した盥にちょこんと乗った小柄な二人は、湯船で悶え苦しむ黒髪の鬼をすぐに発見した。 「ああっ…無賃入浴!!!…しかも、洋服のまんま…」 にわかに怒りの形相を浮かべ、湯乃香はひらりと盥から飛び降りた。 「…地獄の鬼ね…入浴料と罰金ですっ!! 早く服を脱ぎなさい!!」 眉間に皺を寄せてぺたぺたと湯船に駆け寄った湯乃香は、半死半生の怜角に厳しく詰め寄る。力なく漂ってきたこの可哀想な鬼を、彼女はタイル掃除用のデッキブラシで再び湯船中央に押しやった。 「た、助けて…私は…」 「さ、早く脱ぎなさい!! でないともっと菖蒲を増量するわよ!!」 「…ああ、魔物ね…この薬草に含まれてるイリジンに弱いんだ…」 玄人じみたアリスの呟き。よいしょ、と菖蒲の束を盥から降ろす彼女の傍らで、湯乃香はデッキブラシの柄で容赦なく怜角の頭をぐいぐい湯に沈める。ついに観念した怜角は、溺れつつ重い制服を脱ぎ始めた。 「…げほ…わ、判りまひたっ!! 勘弁して下さいっ…」 「…そのトラ縞も脱ぐのよっ!! パンツ履いてお風呂なんておかしいでしょ!?」 「う…うう…」 湯乃香に次々と衣服を取り上げられた怜角は、最後の一枚に泣きべそをかきながら手をかける。先刻まであれほど憎かった虎縞パンツだったが、別れの今はたまらなく愛しかった… 「…なんか、趣味の悪い下着ね…」 そんなアリスの言葉に重なって、高いタイル壁の彼方から男の声が木霊してきた。怜角には忘れられない『天野翔太』のとぼけた声だった。 「…おおい!! 浅い湯船にも菖蒲放り込んだらいいんだなぁ!?」 「ええ!! 次は岩風呂のほうね!!」 …やはり天野翔太はこの妙な世界に潜伏していた。二人のへんてこりんな小娘たちにも厳しいお仕置きが必要だが、あの男だけは絶対に許しておけない… 「…こ、殺す。絶対にくびり…殺…す…」 しかし霊験あらたかな薬湯の効力には、怨念には自信のある千丈髪怜角もついにかなわかった。黒髪を藻のように漂わせ、虎縞パンツ一丁の彼女はぶくぶくと菖蒲の湯に沈んでいった。 「…あれ? 沈んじゃった…」 「入浴マナー悪い癖にヤワな鬼ね…いいわアリス、引っ張り上げてボイラー室にでも干しときましょう…」 上へ
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何故かジャンケンが弱すぎるピッピ樋口がジャンケンを研究した場合とは、ポケモンカード公式チャンネル第615回のこと。 (第614回 ←← 第615回 →→ 第616回) 概要欄 ポケカのジャンケンは先行後攻を決める重要要素! 生まれてから今まで常にジャンケンが弱い(自称)ピッピ樋口がジャンケンを猛特訓!果たして意味はあるのか!? 登場するキャラクター ポニータ石井 ピッピ樋口 Youtube動画 字幕・台詞 ピッピ樋口「あ〜明日は大切な受験本番の日 誰か誰か僕に力をあっそうだ!あの人を呼べばいいんだ!じゃんけんのカリスマ!」 じゃんけんのカリスマ「パー!パー!パーパーパー!あチョキ!あチョキ!あチョキチョキチョキ グーグーグー君が大好きなのはどれ?」 ピッピ樋口「パーです」 じゃんけんのカリスマ「パーを選んだ君はじゃんけんのカリスマ!せーの…エイーッ!」 ピッピ樋口「……これ、カット?」 ポニータ石井「もう一回やってもいいっすか?」 ピッピ樋口「フフフ…」 関連ツイート
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終わりです
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//Sheet 0; point A=Pt(-1.760,-1.580); point B=Pt(2.490,-1.610); line a=Join(A,B); point C=Pt(0.850,-0.710); point D=Pt(0.110,-0.860); circle C1=Circle(C,D); point E=Pt(0.580,1.420); point F=PtOnLine(A,B,2.110,2.140); line b=Join(E,F); point G=MeetCircleAndLine(C1,b,0.467,0.000,-0.059,0.000); point H=Mid(E,G); curve x1=OrbitOnLine(F,H,color5); これを読み込んで、点Cを動かすとどこかで飛ぶ。飛び方にも何種類かあるような気がする。少なくとも、円が点Eにかかると飛ぶ。まずここから解決すべきだろう。 10と-10の狭間で無限ループになっていた。 とにかく解決!! (12月04日、森)