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「ここはカメラ屋……というよりも写真屋ですか」 文芸部部室から半ば強引に連れ出された古泉一樹がたどり着いた場所は、大手のカメラ メーカーが運営を委託しているような店とは違い、建物の造りも古風な個人経営の写真屋 だった。 店先に飾られた人物写真や風景写真は、店主の写真好きが高じて店を開いた……そんな 雰囲気が漂っている。今ではひとつの街に一件あるかないかというその場所に彼を連れて 来たのは──SOS団のメンバーではなかった。 「さっすが古泉くんっ! いやぁ~、物わかりがよくて助かるよっ!」 はっはっはーっと笑いながら、こんなところまで古泉を連れてきた張本人の鶴屋は、い つものハイテンションを維持したまま、「じゃっ、行くよーっ」と宣言して写真屋の中に 突撃していった。 鶴屋がこの店にどんな用事があるのか、いまだに分からない。そもそもどうして自分が ここへ連れてこられたのかさえも、疑問が残る。 一樹は、ここへたどり着く経緯を改めて思い返していた。 事の起こりは放課後の部室だった。 その日はハルヒが厄介事を持ち込むわけでもなく、いつものようにみくるがメイド姿で 給仕をし、有希が部室の傍らで百科事典のような本を読み、一樹とキョンがボードゲーム に興じている……騒がしさよりも、珍しく静寂に包まれた平和な風景が広がっていた。 そこへ、鶴屋がハルヒ顔負けの勢いでやってきたのだ。 「やっほー! みんな元気してるかなっ?」 静寂を打ち破る勢いに、全員の視線がドアに向けられた。何事にも動じない有希の視線 も向いたほどだから、それ以上言及する必要もないだろう。 「ややっ、今日はなんか平和だねぇ~。あ、みくる~、お茶はいいよっ! すぐ出ちゃう からっさ。ところでハルにゃん、ちょっといいにょろ?」 「え、あたし? なになに、どうしたの?」 「ふっふーん、実はさ……」 ハルヒだけへの内緒話なのか、鶴屋は顔を近づけてなにやら耳打ちしている。その様は、 どこかの大国の首脳陣が敵国に攻め込む算段をしているように見えて、キョンはイヤな予 感がした。 「へぇ、それって面白そうね」 ハルヒの顔に、100ワット笑顔が広がる。いや、まだ50ワットくらいか。 「でっしょーっ! でねでね……」 さらに耳打ちをする鶴屋だが、ハルヒの顔から徐々に笑顔が消えていった。変わりに、 赤信号もかくやというほど真っ赤になっている。 「えっ!? だめ、それはダメ! あたしパスするわ!」 「えぇ~っ、どうしてもダメにょろ?」 「鶴屋さんの頼みでも、それだけは勘弁して!」 そこでどうしてオレを見る、とキョンは思ったが、あえて気づかないことにした。触ら ぬ神に祟りなしだ。 「ん~……それじゃ」 ハルヒの傍らで、悪の作戦参謀が誰に指令を言い渡そうかと考えているように室内をぐ るりと見渡してから、鶴屋の指先が1人を指した。 「古泉くん、ちょっと付き合ってくれっかなっ!?」 「え、僕ですか?」 まさか自分が名指しで指名されるとは思っていなかったのか、一樹が笑顔ではなく驚き の表情を浮かべている。それはキョンにしても意外だった。こういうシチュエーションで 貧乏くじを引くのは、どう考えてもキョンの役割だ。 「そそっ! なぁ~に、悪いようにはしないっさー。ハルにゃん、古泉くん借りちゃって いいよねっ?」 「えぇー……」 コンピ研へ有希のレンタルも渋ったように、SOS団の身柄さえも自分の所有物的意識 が少なからずあるハルヒは、最初こそ難色を示したが、鶴屋の「だったらハルにゃん、や っぱやってくれっかいっ?」と笑顔で言われて、渋々首を縦に振った。 「さっ、行こう行こう!」 手を掴まれ、有無を言わさぬ勢いで一樹はSOS団アジトから連れ出された。背後から、 「土曜日の市内パトロールのミーティングするから必ず帰ってきなさいよ!」というハル ヒの声を聞きながら。 やはり、どこをどう思い返しても写真屋へ連れてこられた理由が語られていない。もし かすると鶴屋は、ハルヒに話をした時点で全員に意味が通っていると思いこんでいるので は? とさえ思う。 「やあっ! ご主人、お待たせ様っ!」 客足が途絶えている店内に、鶴屋のハツラツとした声が響く。カウンターでカメラの整 備をしていた店主らしき老紳士が、その姿を見て目尻を下げていた。 「やあ、いらっしゃい。でも、本当にお願いしていいのかい?」 「モチのロンさぁっ! そいじゃ、ちょっくら衣装に着替えてくるよっ!」 鶴屋に連れられて、店内奥の撮影室のさらに奥にある衣装部屋らしきところまで連れて こられたときになってようやく、一樹は口を開くことができた。 「そろそろ説明していただけると有り難いのですが」 「うんっ!? あっ、ごめんごめん。そういやなぁ~んも言ってなかったねっ!」 衣装部屋に押し込められる直前で、鶴屋も説明不足だったことに気づいてくれた。 「実はここ、あっしがちびっ子だったころからお世話になってるとこなんだよねっ! 七 五三や入学式とかに写真取ってもらってるっさ。んでも、最近デジカメや携帯カメラとか の普及で、写真取りに来る人って少ないだろっ? んでんで、せめてもの恩返しに、店頭 ディスプレイの写真モデルをやったるさーっ! ってことになったにょろよ」 それでこの写真屋に来た理由はわかった。けれど、自分が連れてこられた理由が今ひと つ把握できない。 「1人よりも2人のほうが、目を引くってもんさっ! ほんとはハルにゃんとキョンくん に頼もうとも思ったんだけどね、断られちゃったよっ! ささっ、無駄話もなんだから、 ちゃちゃーっと着替えて着替えてっ!」 説明はここまでっ! と言いたげに話を切り上げて、一樹は衣装部屋に押し込まれた。 そして、そこにある純白のタキシードを見て、ハルヒが真っ赤になって断った理由をすぐ に理解した。 「さすがにあの衣装はやり過ぎの感もしますね」 つつがなく店頭ディスプレイ用の写真撮影が終わった帰り道、一樹は苦笑に近い笑顔を 浮かべていた。 よりにもよって、鶴屋がチョイスした衣装はウェディングドレスだったものだから、苦 笑を浮かべるのも仕方がないというもの。けれど鶴屋曰く「人に見てもらうための写真だ からね! インパクトがあったほうがいいっさ!」ということらしい。 確かに、自分の姿は置いておくとして、鶴屋のウェディングドレス姿は筆舌に尽くしが たく、いつもの爛漫な笑顔とは違って自分の隣で慎ましやかに微笑む姿は、心奪われるも のがあった。 それは否定しようもない。 店頭に飾られていれば、それを見た女性が「自分もこう撮ってもらいたい」と思って足 を運びそうでもある。 けれど、鶴屋の本当の狙いはそこではなさそうだ。 「本当は彼と涼宮さんであの衣装を着せたかったのでしょう? けれどさすがに、ウェデ ィングドレスは抵抗があったみたいですね」 「あっはっは! さっすが古泉くん、勘がいいねぇ。いやいや、おねーさん感心しちゃう よっ! 古泉くんもバッチリ似合ってたねっ!」 快活に笑い、隠すつもりはないのか、あっけらかんと白状した。 「恐れ入ります。ですが、次に同じことをするのであれば、衣装についてはサプライズで 仕込む方が妥当でしょう。何せ涼宮さんはああ見えて、こと恋愛に関しては奥手の様子で すので」 「なるほどー。さっすがSOS団の副団長だねっ! ハルにゃんのことをよくわかってる っさ! でも古泉くん、ひとつだけ忘れてないかい?」 一樹よりも背が低い鶴屋は、覗き込むように見つめてくる。その表情にはいつもの笑顔 はなく、どこかしら真面目な雰囲気さえ漂っていた。 「はて、何のことでしょう?」 「わからない?」 「ええ、思い至るアテがありません」 「しょうがないなぁ、ヒントをあげちゃうよっ」 コホン、とひとつ咳払い。 「どうしてキョンくんとハルにゃんのために用意した衣装が、キミとあたしのサイズにピ ッタリだったのかな?」 言われて一樹は言葉を失った。確かにその通りだ。自分とキョン、それに鶴屋とハルヒ は衣装を流用できるほど体格が同じというわけではない。むしろ、あの衣装は自分と鶴屋 のために用意されていたようにさえ、思えてくる。 「それは……どういう……」 「まっ、深く考えなくていいっさ!」 にかっと歯を見せて笑う鶴屋は、そのまま背を向けて歩き出した。 その後ろ姿を前に、一樹は肩をすくめる。今なら、キョンがハルヒの行動に対していつ も呟いている口癖が、自然とこぼれる理由もわかるというもの。 一樹は合宿での殺人劇のシナリオを考えるより難しい命題を前に、頭を抱えた。 ──どうすれば、部室に戻らずに鶴屋をお茶に誘えるか…… キョンから、ハルヒに対する言い訳のひとつでも学んでおけばよかったと、少なからず 後悔した。 〆
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第二話 「あ、涼宮さん。こんにちわー」 あたしが部室に入るとメイド服姿のみくるちゃんがお茶の準備をしようと立ち上がる。 「ヤッホー、みくるちゃん。あれ、有希と古泉くんは?」 「えっと、二人ともクラスの用事で遅れるそうです。さっき部室に来て涼宮さんに伝えておいてくださいって言ってましたよ」 温度計とにらめっこしながらみくるちゃんが答えてくれる。 「そうなの。…ん?」 机の上に置いてあるものに気づく。編みかけの…マフラーかしら。 「みくるちゃん、マフラー編んでるの?あっ、もしかして好きな男の子に?」 冗談めかして言ってみる。 「え?あぁっー、そ、それは…その…」 んー、顔を真っ赤にしたみくるちゃんも可愛いわね! 「実はキョンくんにプレゼントしようと思って…この前新しいお茶の葉をくれたからそのお礼に。このお茶がそうなんですよ」 瞬間的に思考が凍りついた。 嬉しそうな顔したみくるちゃんがあたしの机にお茶を置く。 ちょっと待って…キョンが?みくるちゃんに?いつのまに…? 自分の中で黒い嫉妬が生まれるのがわかる。 「えへへ、マフラー渡す時にキョンくんにわたしの気持ちを伝えようかなって、ふふ、そう思ってるんです」 その言葉を聞いて、さらに黒い嫉妬は叫びをあげる。 「そん……対……許……わよ」 「はい?どうしたんですか?涼宮さん?」 聞き取れなかったのだろう、みくるちゃんが側に来る。 「そんなの絶対に許さないわよっ!なによ!こんなお茶いらないわ!」 机の上に置かれたお茶を思いっきり床へ叩きつけた。 ガシャーーンと陶器が割れる音が狭い部室に響きわたる。 「な、なにするんですか!せっかくいれたお茶なのに…」 泣きそうな顔でみくるちゃんが睨んでくる。 「SOS団は団内恋愛禁止なのよ?それを…あんたは!」 自分の感情を抑えきれなくなりみくるちゃんに掴みかかる。 「しかも…キョンだなんて…絶対に認めないわ!キョンはあたしのものよ?あんたなんかよりあたしの方がずっとキョンにぴったりだわ!諦めなさい!これは団長命令よ!?」 「わ、わたしだってキョンくんのこと大好きなんです!諦めたくありません!それに…わたしの気持ちなんだから涼宮さんには関係ないじゃないですか!」 思ったより強い力で突き飛ばされあたしは尻餅をついた。 なによ…みくるちゃんのくせに! 目の前が怒りで真っ赤にそまる。 そして気がつくとあたしはみくるちゃんを思いっきり突き飛ばしていた。 「あっ…」 みくるちゃんが後ろに倒れると椅子に強く頭をぶつけ、ガンッと鈍い音がした。 しばらく苦しそうにうめいていたがやがて動かなくなる。 ハッと一気に現実に戻った私は目の前の光景を見つめた… 「み、みくるちゃん?…嘘でしょ…?目を…開けてよ…」 震える手でみくるちゃんをゆさぶる… でも…ぴくりとも動かない。 「そ…そんな…い、嫌…嫌あああああああああああああああああああああああ!」 叫び声が響き渡る。 どうして…どうしてこんな事に…どうすればいいの… その時、ノックの音がして、部室のドアが開いた。
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○俺とENOZのZとのラブソング 第二楽譜 『begins to move』 気持ちよく熟睡していた俺だったがいつものように妹に布団の上へ乗られて、さらにベッドから引き離された 起きてから俺はすぐに携帯を確認したがどうやら昨日の出来事は夢ではなかったのでホッとした 身支度と朝飯を済ましてから急いで家を飛び出して待ち合わせ場所を目指した 待ち合わせ場所とは昨日の別れ際に財前さんから登校と下校は一緒にしたいというリクエストがあったので 本日より登校前は昨日の公園で待ち合わせるという運びとなった 公園に着くと先に財前さんが到着していた キョン「すいません、待ちましたか」 財前「ううん、今来たところだよ」 キョン「良かった、そんじゃ行きましょうか」 俺と財前さんは並んでハイキングコースを登っている 彼女と一緒に登校という俺の長年の夢はここに成就された 今まで苦痛でしかなかったこの坂道も彼女と二人ならエスカレーターに乗っているぐらいに足が軽い 財前「そうなんだ、いつも妹さんに起こされるんだ」 キョン「あの財前さん、SOS団は今まで通り続けてもいいですか?」 財前「全然いいよ、私の方こそ軽音楽部や受験なんかで忙しくてごめんね」 キョン「いえ構いませんよ」 財前「後、敬語なんて使わなくていいよ」 キョン「すいません、徐々に直していきますね」 財前「それとこれからは舞って呼んで」 キョン「舞か、なんかまだ慣れてないのでとりあえず舞さんでいい」 財前「しょうがないけど、いいよ」 キョン「で舞さん」 財前「なあにキョン君」 俺達は青春恋愛ドラマのような登校シーンを楽しんで学校に到着した 舞さんとは下駄箱で別れた 舞さんは今日は部活があるので俺も今日はSOS団に参加するとしょうか 放課後、駆け足で文芸部へ向かった 文芸部の扉をノックしたら中から朝比奈さんの返事が返ってきたので扉を開けるとすでに3人とも揃っていた 部室に入るなり朝比奈さんに部屋の隅へと引っ張られた みくる「鶴屋さんから聞いたんですけど、財前さんとお付き合いしているんですか?」 朝比奈さんは他の二人に聞かれないようにヒソヒソ話で問いかけた 舞さんと鶴屋さんは親友だったよな、鶴屋さんに話してても不思議ではないな まー隠してもいつかはばれることだ キョン「はい、昨日からお付き合いしてます」 みくる「えー!本当だったんですか!?」 朝比奈さんは俺の鼓膜を破らんとばかりに大声を出した キョン「朝比奈さん、急に大声で」 みくる「あっ、すいません」 再び、ヒソヒソ声に戻って謝罪をした みくる「びっくりです、キョン君は涼宮さんって思ってたのに」 キョン「ハルヒとは何もないですよ」 みくる「そうですか…財前さんとお幸せに頑張ってくださいね」 朝比奈さんからの癒しの笑みで見送られながら、俺は古泉の前へ座った 古泉は将棋の用意をしながら俺に顔を近づけてきた、きしょくが悪いぞ 古泉「おめでとうございます、何でも彼女ができたそうで」 キョン「どこで知ったか知らんが早いな」 古泉「機関の情報網を甘く見ないでください」 キョン「で、なんかあるか」 古泉「この件についてはまた後日」 キョン「そうかい」 古泉としばらく将棋を指していると長門が立ち上がって俺の方に近づいた 多分、俺の近くの本棚で違う本を選ぶのかと思ったが俺の後ろで立ち止まった そして考えられない音がした…その音とは舌打ちの音だった ゆっくりと後ろを振り向くと長門は自分の定位置へと戻って読書を再開していた 古泉や朝比奈さんに聞こえない音量だったので二人は慌てふためいている俺を不思議そうに見ている Why?長門が舌打ちを俺に? 今のは幻聴かとしばらく考え込んでいるうちに長門の本が閉じられて今日の活動は再開した 長門の舌打ちというありえない行動以外はいたって普通の日だった こうしてファーストコンタクトは終了した 舞さんと待ち合わせ場所の校門に向かう為に下駄箱へ到着した俺は最初のメッセージを受け取った そのメッセージはファンシーなレターセットという形で下駄箱に入っていた 『午後8時に光陽園駅前公園のベンチでまってます。みくる』 みくると書かれているが多分この時間の朝比奈さんではなくて、異時間同位体の方の朝比奈さんだろう とりあえず手紙のことは一旦忘れて校門へと向かった 舞さんはすでに到着しており、俺達は合流してたわいない話をしながら下校をした 家に帰って晩飯を片付けて、シャミセンをこねくり回しているうちに7時半となった 俺は自転車を漕いで指定された場所を目指した 昨日舞さんと座ったベンチへ到着したがまだ姿は見えない とりあえず俺はベンチに腰を落とした ここに座るのも二日連続だなと思っていると後ろの植え込みから人が出てくる音が聞こえた 後ろを振り向くとそこには見覚えのある人が外灯に照らされて立っていた ???「お久しぶり、座ってもいい」 キョン「もちろんです、朝比奈さん」 話しかけた人物は朝比奈さんの異時間同位体、朝比奈みくるさん(大)だった 朝比奈さん(大)は俺の横へと腰掛けた キョン「来られた件は舞さんのことですか?」 みくる(大)「するどいわね」 朝比奈さん(大)は鋭い笑みでこちらを見た 俺はその顔を見て体がギュッと引き締まった みくる(大)「安心してキョン君と財前さんが付き合うことは規定事項よ」 俺は安堵から胸を撫で下ろした 安心した俺の顔を見て朝比奈さん(大)は一つ大きな溜息をついた みくる(大)「キョン君、こっちを向いてくれますか」 キョン「あっ、はい」 振り返るといきなり朝比奈さん(大)にビンタをもらった 長門の舌打ちと同じぐらい頭に?マークが出ている みくる(大)「ごめんね、でもやっとスッとした」 痛みよりもびっくりの方が上回って何も答えられずにいた みくる(大)「幸せそうにニヤついてたそのお返しですよ」 あの朝比奈さんがビンタするほど二ヤついてたのか…自粛しないとな みくる(大)「それとこの後の大変だったことも含めて」 キョン「この後?何か起こるんですか?」 朝比奈さん(大)は静かにうなずき、ゆっくりと話し始めた みくる(大)「何が起こるかは言えませんがあなたとSOS団と財前さん…その他にもたくさんの人が巻き込まれます」 キョン「俺達以外にも巻き込まれるんですか?」 みくる(大)「はい、その際ににキョン君は大切な決断を迫られます…その時は自分の心に正直な気持ちで決めてください」 キョン「正直な気持ち」 みくる(大)「今は解らないと思いますが覚えておいてください」 キョン「…はい」 みくる(大)「さっきは叩いてごめんなさい」 キョン「いえ、俺も二ヤついててすいません」 みくる(大)「気にしないで…ちょっぴりやきもちもあったんで」 キョン「やきもちですか?…もしかして俺のこと」 朝比奈さん(大)は人差し指を唇に当てて みくる(大)「禁則事項です」 その笑顔はビックバンほどの威力があった みくる(大)「それじゃ帰ります」 キョン「あっ、はい」 みくる(大)「頑張ってください、後…お幸せにね」 立ち上がり朝比奈さん(大)にお辞儀をして自転車をおして、その場を離れた 少し離れてから振り返った時にはもう朝比奈さん(大)は消えていた しかし、あの朝比奈さんからビンタをもらうなんてな 二ヤつかないように自重でもしょう 家に戻り、風呂に入ってから床についた 携帯を見たら舞さんからオヤスミのメールが届いていたので返信して部屋の電気を消した しばらくすると携帯が鳴ったので手にとるとディスプレイにはハルヒの名前が表示されていた ハルヒ『寝てた』 キョン「ああ、どうした」 ハルヒ『特に用はないけど、SOS団の活動報告が聞きたくて』 キョン「いつも通りの活動だよ」 ハルヒ『なんか不思議なことや変わったことはなかった』 キョン「何も不思議なことは起こっていないぞ」 ハルヒ『そう…何か変わったことがあればすぐに報告しなさいよ』 ハルヒは一方的に話して電話を切った あいつは何が話したかったんだ? まさか、舞さんと付き合ってることに気づいたのでないのかと思ったが いくらあいつでも遠方の地では情報も届かんだろうし それにあのSOS団の3人がハルヒに連絡までして伝えることはないだろう そんな状況であいつがこんなに早く知るすべはないな 気にせずに寝ようと思ったが…なぜかハルヒの言葉が気になった ハルヒからの謎の電話と朝比奈さん(大)からの言葉を考えてこの日はあまり眠れなかった ハルヒが戻ってくるまで後4日か 第三楽譜へつづく
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第8話「ウィズ ア ガン 1」 アナスイと親父がやって来てから2週間がたった。 あたしはSOS団の部室にいた。ハルヒは椅子に座りパソコンをいじくっている。 古泉はアナスイとチェス、それを横からみくるが見ている。有希は本を読んでいる。 ハルヒは相変わらずだし、古泉はやっぱりいつもニコニコしている。 みくるは何故か最近勝手に入り浸るようになったアナスイの事をよく見ている。 ………まさか………いや、みくるに限ってそんな事はない………と、信じたい。 「にしてもアナスイも物好きだな」 キョン、あいつは変態よ。 「ひでぇ言い方だな」 「ま、アナスイの事はどうでもいい、それよりも………」 そしてあたしが見た方を見てキョンが呟く。 「長門がどうかしたか?」 「なんか………気になるのよね………なんだ?その目?あたしが圧迫祭でもすると思ってんのか?」 「圧迫祭ってなんだよ………」 あんたは知らなくていい。 「だけどお前は長門の何が気になるんだ?」 「なんていうか………そうね………アメリカの学校で似たようなクラスメートがいてね………」 「ふーん」 「だからかな………なんか放っておけないのよ………」 「徐倫………確かにさ、昔のクラスメートに似てりゃ気になるかもな、けど長門だぜ?あいつは万能だよ、大丈夫さ」 「………そういう事じゃあねぇんだけどな………」 だが、まあ、ここは有希本人に聞いた方がいいだろう………って 「あたしって有希とまともに喋った事あったっけ?」 そういえば無い。というか有希とまともに会話ができる奴を見た事が無い。 ハルヒはよく話し掛けているが一方的にハルヒが喋っているだけだし、 みくるや古泉は有希に話し掛けようとしない。 唯一キョンが少しだけ会話をするぐらいだ。 「ますます心配ね………」 「だからなにがだ?徐倫?」 お前みたいな鈍感野郎には話さねーよ。 放課後、あたしは家の方向が同じという有希と、今日欠席した国木田とかいう奴に連絡を届けに行くキョンと一緒に帰っていた。 二人は徒歩だが、あたしだけ自転車を押している。 「……………」 「……………」 「……………」 会話が無い。もう無い。会話の持続力Eだ。会話の成長性もEだ。 おい、キョン、有希となんか話せ。 「なんで俺なんだよ………」 あんたは貧乏くじをひく役なのよ。親父に言わせりゃポルナレフの役目だ。 「誰だよ、それ」 「親父の知り合いでトイレで災難に会う人。今は亀の中にいるってさ」 「なんだそりゃ」 「そういえば………徐倫の親父が来た理由は何なんだ?」 あぁ、それ?あたしはそのことをキョンに話し出した。 日日を2週間程バィツァダストした日の事。あたしは親父に学校にやってきた理由を聞いていた。 「SPW財団から涼宮ハルヒを調査して欲しいと頼まれたんだ」 「あたし一人で充分だろ。それになんで親父があたし達の担任なんだ?」 「まず俺が加わった理由だが………この前の榊雄治や今日の羽黒瞭がいたからだ。涼宮ハルヒを狙うスタンド使いがいるのは明白だ。お前一人では危険すぎる」 「………それは納得した。だけどなんであたしたちの担任なんだ!」 「最初は非常勤の講師としてSPW財団の工作で潜り込むつもりだったんだがな………お前の前の担任が怪我したのは偶然だ」 どうだか。 「まぁ………そういう訳だ。お前も敵には気を付けろ」 と、いう訳よ。 「へぇ………なあ、徐倫の親父もスタンド使いなのか?」 えぇ、そうよ。 「どんな能力なんだ?」 「残念だけど教える訳にはいかないわね」 「ま、そういうもんだろうな」 そういうと会話は終り……… 「……………」 「……………」 「……………」 再び修羅場が始まった。 そんな沈黙を続けて10分程だろうか。 当たりが閑静な住宅街になったあたりで異変は突然やってきた。 「グアッ!」 キョンがいきなり後ろから撃たれた。 「な、なんだ!?新手のスタンド使いかッ!」 自転車を側に倒して周りを見渡す。だが、撃ってきた相手の姿は見当たらない。 有希がキョンの側にかがみ、何事かを呟く。その瞬間、キョンの傷が治る。 「サンキューな、長門。………徐倫、今のは………」 ピストルだな。 「………お前はなんでそんなに平然としてるんだ?」 アメリカではピストル位幾らでも見れる。あたしの家にもあったぞ。 問題は何処から撃ってるかだ。ここは一本道だからな………。 「なあ、徐倫。相手は銃持ってんだろ?どっか家の中から撃ってきたんじゃないのか?」 「ピストルは基本的に近距離で使う武器だ。隠れて撃つのなら普通ライフルを使う」 と、すると何処か物陰にいるのか? 「本体はここよ」 そういう女の声が電柱の陰から聞こえてきた。 結構高いが耳触りな声ではなく透き通った感じの声だ。 背は165cmぐらい、髪は青みがかった黒い髪を胸あたりまでのストレートにしている。前髪は右側に付いた二つのピンで4対6の割合に分けてある。 顔は大人っぽく、落ち着いた雰囲気を漂わせている。美人と言って構わないレベルね。 服は下は青いジーンズ、上は迷彩がらのブラウスだ。 右足のふとももにはホルスターをつけ、左右両足のすねにはカートリッジを入れたポーチが両足合わせて3つ見える。 「自分から出て来るとはいい度胸だな」 「私の名前は山神零。あなた達には恨みは無いわ………けど私達の組織の大いなる目的の為に死んでもらうわ………」 知るかよ。 「クラエッ!ストーンフリー!」 ガァンガァン 銃声が2発響く、が、ピストル程度ストーンフリーの敵ではない。 余裕で叩き落とせる。2発ともあらぬ方向へ飛んで行った。 「そいつは………オートマティックタイプの銃………ベレッタか」 「なあ、どういう銃なんだ?それ」 「正確にはベレッタM92、口径は9mm、作動方式はダブルアクション プロップアップ式ショートリコイル、ライフリングは6条右回り 最大装弾数は15発、全長217mm、重量950g、銃口初速365m/s、有効射程は50m」 「あー、もういい、長門」 「ピストルごときで勝とうなんて余裕だな」 「あら、モチロンこのピストルはスタンド能力を持ってるわよ。ウィズ ア ガン!」 山神がそう叫んだ瞬間、弾いたはずの弾丸が再びあたしに向かってきた。 「な!?」 くっ!マズい! 再びストーンフリーで跳ね返すが弾いたと思うとまた向かってくる。 「くそっ!切りがねぇ!」 そう叫んだ瞬間、有希が飛び出して銃弾を受けた。 「有希………!」 「この程度の傷なら問題はない。私の状態よりも敵にあなたの能力で攻撃をする事を優先するべき」 ………それも………そうね。 「させるか!」 ガァンガァンガァン 今度は3発か。ストーンフリーの糸を体に纏い、弾丸を止める。 「あんたの能力は………多分あたしの体を磁石にでもしたんだろう?親父からそういうスタンドがいると聞いた事がある」 が……… 「ア、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!傑作だわ! ハハハハ………あぁおかしい………私と戦った奴は皆最初にそう言うのよね。 全然違うからおかしくってつい笑っちゃうのよ………」 ………いったいなんなんだ?こいつの能力は……… to be continued・・・
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第5章・デートだよな? 10時20分だ。 まるで、小学生が遠足の日の朝いつもより早く目が覚めちまったので待ちきれずとりあえず集合場所に来ましたって感じだな。俺は朝は超低血圧なのでそんなことは一度もなかったけどね。 そんなことを考えながら、CO-LARGEMAN前のコインロッカーとでかい本屋の入り口との間で、壁にもたれられる場所を確保して朝比奈さんの登場を待った。昨夜から大きな寒波が襲来してかなり冷え込んだ今朝だが、こういう時は寒くても気にならないもんだよな。 待つこと20分…来ない。いつもの朝比奈さんなら遅くとも20分前には待ち合わせ場所に来る几帳面さを持っているのに、いったい今日はどうしたのだろうか。 服を選ぶのに時間がかかってるのか化粧に時間がかかってるのか。女性の外出準備は時間がかかるだろうし、まだ予定の時間でもない。焦んな、じっとしてろ。 更に15分。朝寝坊だろうか? ドジっ娘朝比奈さんならあり得ることだが電話ぐらいは入れたりするだろう。少し心配だ。 気がつくと道行く女性すべてに視線を泳がせている。まだ5分ある。落ち着け。 約束の時間を2分ほど過ぎていろんな可能性が頭の中を駆け巡り、立っている足下の地下街にある噴水のように吹き上がる不安とイライラを押さえきれず朝比奈さんの携帯に電話をかけようと思った頃、危なっかしい歩調で階段を下りてくる人影を見た。 白いダウンの膝丈でちょっともこっとしたコートにピンク色のマフラー。そしていつか転ぶんじゃないかと見る者すべてをはらはらと見守らせる危ういオーラ。俺の朝比奈さんだ。間違いない。 「はぁっ、はぁ・・・あ、あのぉ、遅れてっ・・ごめんなさいっ・・・はぁっ、ふぅ」 息も絶え絶え、胸に手を当てうつむいて呼吸を整えている。電車を降りてから全力疾走してきてくれたのだろう。ヒールのあるブーツも走りにくかったに違いない。 あまりのいじらしさに抱え上げそうになった。しないけどね。 こういうときに言うセリフは一つしかない。たまらなくクサいがいつになっても変わらないお約束だ。 「いえ、さっき来たところですから。でも、朝比奈さんが約束の時間に遅れるなんて珍しいですね?」 「あのぉ…ホームのベンチで考え事してたらぁ…電車乗り過ごしちゃって」 てへっ、と頭を軽くゲンコツで叩き、可愛い舌をぺろっと出された。 「…マジですか? ひょっとして、寝てました? 朝比奈さん通学中の電車とかよく寝てますもんね~」 「い、いえっ、寝てないですよぉ。キョンくんのいじわるぅ~~。うふふ」 ぱっと笑顔の向こうに花畑が広がった。幻覚かもしらんが俺には確かに見えた。 「何か飲みませんか? 少し早いですけど、このままランチしてもいいっすね」 「あっ、はいっ! 走ったので何か飲みたいですぅ。 今日はわたしがお店にご案内しますから。こっちですよっ」 朝比奈さんはくるりとコートの裾を翻して180度ターンを決めるとこちらに振り返り、微笑んで俺が横に並ぶのを待っている。俺はその見た者誰もが考え事などどこかに吹き飛んでしまう慈愛溢れる笑顔を眩しく目を細めて眺めると、横に並んで歩き始めた。肩が触れあうくらいの距離だが、今の彼女との心の距離もきっとこれぐらいなんだろうか。 初めて二人だけで並んで歩いた、未来人だと告白されたときだな、あのときは肩が触れたらはっと離れる。それはそれで萌えなんだけども、あのころはまだ距離を感じたよ。 手が握れる距離になるにはあとどんなフラグを立てればいいのかなあなどと考えながら、朝比奈さんの、こっちですよ、そこまっすぐです、と控えめに鳴る鈴の音のような可愛いナビゲーションボイスに従って歩いていた。 ああ、この時は本当に頭から吹き飛んで忘れちまってたな。彼女が誘ってくれた真意とか鶴屋さんとの電話の内容までな。 朝比奈さんお勧めのお店は、駅コンコースと連結したビルの上方階にあるパスタ専門店で、休日の昼時ともなると行列ができることも珍しくない店らしい。結果的に早く行って混雑を避けられた形になったわけだ。 俺はカルボナーラのランチセット、朝比奈さんはハーフサイズのタラスパのケーキ付きセットをオーダーした。食事がくるのを待つ間、以前から思っていた軽い疑問を少し音量を落としてぶつけてみた。 「あっちの食事って、どうなってるんですか?」 「そうですねぇ、お食事は大きく変わっていません。こっちにはまだないものや、あっちではもうなくなったものもありますけど、メニューもレシピもそんなに変わってないんですよ」 なるほど、食生活にはあまり変化がないのか。 「それならこちらに来てもそんなに困らなかったでしょう?」 「ええ、これぐらいなら禁則にはならないかな? あっちではね、農作物は畑じゃなくて工場で大規模生産になっていたり、魚肉類はほとんどが養殖です。人工品も多いです。今みたいに、人の手をかけて育てたりした物や、天然物ってすごく貴重品なんです。だからね、こっちの食事はすごくおいしいですよ。実はね、こっちに来たときに最初に感動したのはお食事だったんです」 聞いて水産資源減少や森林破壊とか地球温暖化とか、普段ほとんど気にもとめないそんなニュース映像が浮かび上がっては消える。現人類における俺の責任なんて誤差にもならない程度かもしれないが、こちらの人間を代表して頭を下げたくなった。 「一度、そっちのご飯が食べたいな。朝比奈さんの手作りで」 食べたいなまでは普通に、そこから後はあくまでもぽろっとさり気なく小声でだ、言ってみた。 「あっ、はいっ、あのその、あっちにキョンくんを連れて行くことはたぶんできないから…。でもぉ…こっちの食材でなら…作るのは…言ってくれれば……いつでもぉ…」 うつむかれてしまわれた。最後の方は小声で良く聞き取れなかったが。別に悲しいわけではないだろう。だってな、髪からのぞく耳が明太子のように赤くなりましたからね。 「おまたせしましたー。タラコスパゲッティーとカルボナーラのセットです。タラコのほうは…はいこちらですね。ケーキは後ほどお持ちしますね」 下を向いたまま顔を上げない朝比奈さんを、促すかのような絶妙のタイミングで配膳されたパスタ。ほら、やっぱり照れておられました。顔が赤いなあ。作ってもらうのは今度お願いしてみよう。くれぐれもハルヒに見つからないようにな。 朝比奈さんは、目の前に置かれたタラスパにトッピングされてる刻み海苔をお皿の隅によけると、フォークとスプーンを使ってくるくるちまちまとかわいく食べ始められた。俺の倍くらい時間をかけて、キャベツをちびちびと囓るウサギのようにちょこちょこと口に運び、ケーキまで入れると結構な時間となり、食べ終わった頃には店は客で満員で入り口には行列ができており、食後の会話もそこそこに会計を済ませて店を出た。味のほうは確かに美味く、また来られるように店の場所をしっかりと記憶しておいた。 昨日のお詫びに支払いはあたしがとおっしゃったので、ここはお言葉に甘えることにした。それで彼女の精神的負担が軽くなるならと思ってな。 そこ、ケチとか言うな。ちゃんとこんな日のためにと隠しておいた諭吉を5枚ほど持ってきているぞ。ほらっ。 店を出て駅方向に戻りながら、これからどうしましょうか? 聞いてみた。 今日は朝比奈さんにとことん付き合おう。クリスマス直前だけに、キョンくんからクリスマスプレゼントが欲しいのってもアリだ。期待しています、朝比奈さん。儚くもその期待は5秒後には吹き飛ばされたのだが。 「レポート書くのに今は手で書いてるんですけど、ワープロ使ったほうがいいかなって思って。これからゼミに入っていったら、必需品らしいですし。でも、わたし、あんまり機械に詳しくないのでぇ、何を買えばいいのか判らなくって。一緒に選んでくれませんか?」 コンピ研からの戦利品のノートパソコンは、卒業時に3台はコンピ研に返還、残る1台は文芸部用として寄贈した。だので、既に俺たちの手元にはない。 セクハラ捏造写真で巻き上げたデスクトップの方は、ハルヒがちゃっかりと確保し今のSOS団部室に鎮座している。訳の解らないトップページしかないHPだの一歩間違えば妙な空間が発生するエンブレムだの電波な自主制作映画など作らされず、誰かのレポート書きなんかにまっとうに使用される機会も増え絶賛ご活躍中である。コンピューターもさぞ喜んでいるだろう。当時は高スペックだったが、今は並下ぐらいになってしまったが。 「お任せくださいっ。ここからなら大きい量販店も近いですし、品揃えも豊富ですからそちらに行きましょう。こっちです」 「はいっ!」 また肩を並べて歩き始めた。さっきより近づいたか。腕がときどき触れる。どきどきだ。すまん。滑った。俺が悪かった。 そんなこんなでデジカメやら新型携帯やらに時々脱線しながらパソコンを選ぶこと約3時間、さんざん迷われたが最後は俺がリストアップした中から、デザインが決め手となったマシンとプリンター他一式をご購入され、配達手続きも済まされた。 支払いはカード一括払い。結構な大金が必要だがそのお金はどこから支払われているのか…はたしてあの領収書は未来へ経費として申請するのか…そう思うと未来組織も身近に思えるってもんだ。 ああ、セッティングは俺手伝いますから。そう言うと、うんお願いします。と上目遣いでにっこりと笑いかけてくれる。 はい、電話でも出張でも24時間即日無償サポートいたします。 ついでにフロア上がって家電コーナーも物色。お茶用だろう、温度設定が何パターンかできる電気ポットも購入され、これも配達してもらうことにした。 店を出ると外はだいぶ薄暗くなっていたが、夕食にはまだちょっと早い時間。次はどこに行こう? 「あの、キョンくん…。あそこ、行ってみませんか?」 朝比奈さんが指差したのは、JR駅から北西方向の、空中庭園がある特徴的な外観を持った設計のランドマーク的高層ビルだった。ここからだと電気量販店の裏あたりにある貨物駅をくぐるガードを通れば一直線だ。 ええ、いいですよ、と二人並んで歩き始めた。 長い長いほの暗いガード下を歩いていると、少し怖いからと朝比奈さんは俺の腕に自分の腕を絡めてきた。柔らかい感触を二の腕あたりに感じるから夢じゃないな、このまんま死んでも悔いはないはないが、もうちょっと味わってからにさせてくれ。 まず3階まで上って、入場券を購入。二人併せて1400円也。なんでこんな高いのかねー(これは俺が出したぞ)。そこから専用エレベーターで上昇する。ガラス張りで景色が綺麗だが、高所恐怖症なら目を開けてられないだろう。途中でこれまたガラス張りのエスカレーターに乗り換え展望室に降り立った。 展望室から眺める世界は、日はほとんど落ち西の空は地の境を濃いオレンジ色の帯に染め、色々の光の小花が咲いた低木の茂みのように広がる低層の建物の林から、いくつかの高層ビルが串刺すよう空に向かい、暗い宇宙に今にも飛び出しそうだ。 後ろに目を向けると、既に闇となった空から白と赤と青の光を明滅させ、淡い光の点線とトリトンブルーのストライプが側面を横切る、全長73.9mの白い巨鳥が羽ばたく代わりに翼を左右小刻みにユラユラ揺らせながら、グライドスロープという名の滑り台に乗って目の前を右から左へ滑り落ちていく。 これなら700円もしょうがないかと思いながら、南に面した窓際に朝比奈さんを誘って外を見つめ、あれはO阪城ですね、あれは映画のテーマパークですねとかしなくてもいい解説をしながら、きっと朝比奈さんも感動しているに違いないと勝手に考えていた。きらきらとした目でふわぁぁと眺めている、そんな姿を勝手に想像していたのだが…。 違った。 ちらっと横に目を向けたら、上目遣いでこちらを見ていたものの、俺の視線に気づいて慌てて外に顔を向ける。なんだろうと思うこと30秒。今になって鶴屋さんの言葉を思い出した。 男の子の仕事を。 「あーそうだ、少し座りませんか?」 「ふえぇっ? あっはい」 窓から離れている上に柱が陰になって外がよく見えないためか、ポツンと人気のないベンチがあった。俺はそこを指さして先に座る。遅れて朝比奈さんも並んで座った。間の距離は10cmくらい。そうだな、話し易い雰囲気を作ってあげないと。 「…今日は迷惑かけたお詫びだけ、ってわけじゃないですよね」 窓に張り付き、手をつなぎながら夜景を楽しむカップルをしばらくの間なんともなしに眺めながら、聞いた。 「………」 返事はない。 俺は前を向いたまま話してるので朝比奈さんの表情は伺いしれないが、おそらくうつむいて、じっと俺の次の言葉を待っているのだろう。 「俺たち、もうすぐ4年の付き合いです。いつもの朝比奈さんと違うことくらい、見てて判ります」 「………」 「昨日のこともあります。今朝のこともあります。何が朝比奈さんを悩ませてるのか、俺には正直判りません。それも俺のことに関係しているかもしれない」 「そんな…こと…ないです」 ちょっと間を置いて鈴虫の溜息のような小さな声で途切れ途切れに答えた。 「本当に?」 「…はい…」 朝比奈さんの言葉と言葉の間にある『間』を考えれば、何かあることは誰でも判る。だが、このまま聞いても彼女は話してくれないかもしれない。 「…何もないならいいんですよ。ちょっと気になっただけだから」 「ありがとう。なんでもないの。気にしないでください」 俺は首を少し回して朝比奈さんに視線を移した。まだ下を向いたままだ。 「じゃあ、俺のお話を聞いてくれませんかね。実はちょっと困ってることがあって」 「あっ、ははい、なんでしょう?」 逆に、俺から悩みを打ち明けられるなんて思ってもいなかったのだろう。しっぽを触られて不思議そうに振り返る子犬のような顔をして俺を見上げた。 「えっとですね、恥ずかしいんですけど、朝比奈さんを見込んで言いますね」 「は、はいっ」 ギリシア彫刻のように美しい起伏を見せる口をきゅっと引き締めて、俺の目を見つめながら瞬きもせず言葉を待っている。許されるならこのままずっと見ていたい。 「…………妹からお兄ちゃんって呼ばれるようにするにはどうしたらいいですかね?」 俺はさんざん引っ張ってから言い放った。 「………ぷっ、くっ、くすっ……もー、何言ってるんですかぁ。真面目に聞いて損しちゃった。うふふふ」 一瞬だけ目が点になったあと、口を押さえて小さく吹き出した。ウケてくれたらしい。寒くなったらここから飛び降りたくなるところだった。 「ありがとう、キョンくん。うん、やっぱり言います。今日はそれで誘ったんだもの。でも…恥ずかしいから、よく聞いていてくださいね」 はい。一言一句漏らしません。 俺は朝比奈さんに向き直った。彼女も俺に向き合って胸の前で両手を握ると、その吸い込まれそうな大きな瞳に何か決意のようなものを感じながら、ゆっくりと口を開いた。 初めて彼女と会った年に歩いた河川敷、未来から来たと告げた時と同じ目だった。
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汚い古泉を見つけたので虐待することにした。 他人の目に触れるとまずいので家に帰る事にする。 状況を把握していない古泉を風呂場に無理矢理入れ、熱い湯を浴びるように強要。 この時、決して体を洗うのを手伝ってやってやる事などはしない。 少しして風呂場から上がってきた古泉はひどく体力を消耗し、 これから行われる虐待に怯えてか、顔を紅潮させている。 見ると、濡れてボサボサのだらしない髪から水滴が滴っている。 冗談じゃない、このままでは虐待する前に風をひいてしまうではないか。 虐待というのは健康体にするのがいいのだ。 そう思った俺は、その栗色を乾いた布でゴシゴシとこすってやる。 すると古泉は状況を把握していないのか、耳障りな声で笑う。 これから始まる虐待も知らずに・・・俺はククク・・・と喉元を鳴らしたもんだ。 とりあえず空腹のようなので俺はさっきまでグツグツと煮え立たせたグロテスクな赤いスープを飲ませてやる。 その後は裏返したカードから二枚を選ぶことの繰り返しを強要させ、神経を衰弱させる。 疲れた古泉を適当に不自然にやわらかい長椅子に横たえ毛織物を被せ、 古泉が大嫌いな「歌」という非常に耳障りな人の声を眠るまで聞かせ、 耐えられずに意識を失ったのを確認したあとに就寝。
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小人はようよう、識りました。 白雪姫が「或る者」に殺され掛かっていること。 小人は護りを、誓いました。 己が命を賭しても、護るに値するものを望みました。 --------------------------- 古泉は、沈着を旨とする己の本分すら忘れ、ただ止め処ない血の毒々しい赤を目の当たりにしていた。携えていた手紙は緋色の液体を吸って、端はよれ、血に塗れた櫛と同様に落ちてべたりと床に張り付く。 仕込み刃だ。 櫛に、触れたら刃が突き刺さるタイプの仕掛けがしてある。しゃがみ込んだ古泉は、咄嗟に傷口を押さえたために血で汚れた左手で、同じく赤くなった手紙の便箋を床から拾い上げ、中を覗き込んだ。メッセージが記されているような類の紙はないことを確かめ、苦々しさに唇を噛み締める。衝動のまま封筒を握り潰しかけたが、ぎりぎりで思い留まり、震わせながら左腕を降ろした。 傷の痛みもあったが、それより先に怒りが勝った。刃つきの櫛のみの封入。あからさまに、長門を狙っての仕業だ。単純な嫌がらせの度を越した、悪戯では済まされないレベルの凶器。 ――誰が、なぜ。 古泉は脈動のたびに細く血が溢れ出る己の右手の傷口を凝視したが、どれだけ深く刃が刺さっていたかは血塗れた手では判断しがたい。ずきずきと焼けるような、痺れるような痛みは神経を渡って、古泉の濡れた掌を熱する。血止めをしなければと思い立ち、古泉は止血の出来そうなものを捜して立ち上がった。 何かが倒れたような振動が背後で鳴ったのを皮切りに、引き絞るような声が上がったのはそのときだ。 「あ……」 開け放たれたきりのドアの向こう、扉の境界を経た廊下側に、長門有希が立っていた。 古泉が聞き込んだ限り、今日も長門は授業に出てはいなかった。登校してきたばかりなのだろう。古泉に会う為に、放課後の部室を選んで訪ねて来たのかもしれない。 鞄が床上に横倒しになっている。先程の物音は、少女が驚きの余りに鞄を取り落とした音だった。新調したらしいフレーム型に青みを増した厚い眼鏡、その奥に驚愕と恐怖を如実に浮かべた双眸。 手を、腕を、自身の血に拠って悪趣味な赤色にしてしまった古泉を、鏡のように明るく映す瞳孔が、縮む。 「――長門さん――」 しまった、と古泉は顔色を変えた。彼女に晒すには毒々しい場面だ。古泉はデフォルトの微笑を繕い、大した怪我ではないと誤魔化すようにしたが、強張った長門の相貌は青褪めてどんどん血の気を失っていく。 「ああ、」 「お久しぶりです、長門さん。その、すみません、お見苦しいところを……」 「や、ああ……」 「長門さ」 「やぁ、あああああ…!!」 古泉は声を喪った。 両手で顔を挟み、厭々をするように首を振って、長門は悲鳴を上げていた。咄嗟に悟っていたのだろう、古泉の血だらけの姿を招いた要因が己にあること。無表情を常とする少女は泣きそうに目尻を歪ませて、悲痛な声を上げ続けた。これほど我を失った長門に直面したのは初めてで、古泉も対応を測れず、かといって血濡れた手で抱き寄せることもできない。空っぽの腕が虚しく、空を抱く。 「古泉さ、血、が、ああ、あああああ、わたし、わたしの…!」 「長門さん、落ち着いてください!大丈夫です、僕は大丈夫ですから――」 募らせる言葉が掠れる。無力を思い知る。古泉は叫ぶ少女の前で自身の限界を突きつけられたような気がした。 どれほど心力尽くしても、護り切れないのだろうか。その儚い心の造りまでは。 こんなとき、彼なら……。最早確定的なものとなって、それは古泉の心情に上乗るように落ちた。かつて文芸部室に居たのであろう、名も顔も思い出せぬ誰かの存在を。 こんなとき、長門さんが好意を寄せる、『彼』であったなら。 / / / 悲鳴を上げた末に気を失った長門を、保健室に運び込むのは悲鳴に駆け付けた教員の役回りだった。 負傷し、血液跡も黒ずみ始めた右手では、長門を抱き抱えられなかったのだ。 古泉は、包帯で覆われ固定された右手を見遣る。出血量が多く保健室の処置では間に合わず、近場の病院へ寄って治療を受けた跡は白い布がちらちらと眼に映るばかりで、一時にして制服の袖口から何からを染め上げた鮮血の色は、一切ない。そのことに、酷く古泉はほっとしていた。 被った怪我の度合いはともかく、あのまま手紙を長門に委ねていたら。負傷したのは長門であったかもしれない。 それは、考えるだに怖ろしい展開だ。 「長門さんの様子はどうですか」 「今は安静にしていますね。あなたの宥めが効いたのかしら」 保険医は慰めるように古泉に微笑んだ。その視線は恋人を案ずる『彼氏』に向けて労わりと冷やかしすら篭めたものであったが、今の古泉には自嘲の種にしかならなかった。 大っぴらに喧伝されたのと同じ効果を伴った、古泉の負傷と長門の保健室担ぎ込まれ。平穏そのものであった北高で、いきなりニュース報道ものの先日の殺人未遂事件に次いでのことだ。 学校が上へ下への大騒ぎになって生徒全員が強制自宅待機になり得る規模の事件であったことは違いない。にも関わらず、騒ぎは急速に沈静化。教師達も以前とは違い、古泉の怪我に関して、言及すらしては来なかった。 古泉は単身で教室を見回ったが、古泉に手紙を託して去った少女はついぞ発見できなかった。彼女が名乗った八組のクラス写真をざっと眺めても、それらしき姿はない。そうして、思い出そうとすると特徴の少ない女生徒の顔を思い描けない自分に感付き、古泉の不審感は頂点に達していた。 ――此の世界は、どこかおかしい。 長門は簡素なベッドで眠っている。夢のなかでなら恐怖を覚えずに済んでいるのか、赤子のように無垢な寝顔だった。やや乱れたさらりとした髪を左手で撫でつけてやって、古泉は一つ、腹を括った。 「先生、暫く長門さんをお任せしてもいいでしょうか」 「ええ、勿論よ。でも、何処へ?」 「確かめたいことがありまして」 古泉は優等生の振る舞いらしく、腰を低く謝辞を述べてから、保健室から引き上げた。その足で真っ直ぐに、目的とする場所を目指す。 元来古泉はばらばらの事象を繋ぎ合わせた考察、前提条件を下敷きにした推察を得手としている。長門が殺されかけた際に、用いられた『胸紐』と、今回の『櫛』という推理材料が揃った時点で、ある仮説に辿り着いていた。 紐ならば幾らも種類のある中で、胸紐を敢えて取捨選択した犯人。刃を仕込まれたからくり仕掛けの櫛にしたところで、仕掛けを施す物を櫛に限定せずとも好かったはず。では、もし胸紐と櫛でなければならなかった理由があるとしたら? 何時かに長門に勧められて読んだ、一冊の古びた洋書を、古泉は回想する。 物語に主役の座を勝ち得た姫君は、世に類まれなる美貌と夜の如くの黒髪、雪の肌、そして清らかな魂を育んだ娘。故に母に疎まれ、追い込まれ逃げ延びた娘。けれど無知で人を疑うことを知らず、小人の忠言もすぐに忘れてしまう。御妃に命狙われ、三度命を落としかける。一度目は胸紐で、二度目は毒を差した櫛で。 ――この符合が、偶然であるとは思えない。 その本はまだ部室に置いてあったはずだと、古泉は無人の文芸部室に踏み込み、包帯のない左手で手早く本棚を掻き分ける。重量感のある分厚い書は長門の好みだ。出し入れがされていない上部を重点的に捜す。視線を走らせる古泉は、両端を図鑑に挟まれた位置に、薄い『それ』を見出した。 「――『Snow white』」 詰まった棚から、それのみを取り出すのは骨が折れる作業だ。逸る心を抑えて、丁寧に指の先に引っ掛け、力を籠めて抜き出す。 表紙は、古泉の記憶にある通りの姿で残されていた。霞んだ英字体に、大きく林檎のイラスト。古泉は右腕に本を置き、左手で開くと、頁を繰りながら内容を飛ばし読みした。タイプされた英字が並ぶグリム童話英訳版。何か手掛かりがあると思ったのだ。 やがてある一定量を捲ったところで、古泉は紙と紙の間に慎ましやかに存在していたものを、見つけ出した。 何の変哲もない、書店で貰うような柄つきのものより地味な、白い栞。 極小ポイントで印字されていた――否、印刷したかのように端正な明朝体で記された、ごく短い文があった。 †††††††††††††††††††††††† あなたは鍵を見つけ出した。 求められる回答はPC内に記録されている。 最後の選択権を、わたしは、あなたという個体に委ねる。 †††††††††††††††††††††††† ――それが、はたして、古泉一樹の覚醒を促すキーだった。 古泉はフラッシュを焚かれたような衝撃に、本を手から滑り落とした。 虚偽の情報が、書き換えられていた記憶が浮き彫りに、本質を表す。古泉の脳内に決して無表情を崩さぬ、少女の石の様な瞳が蘇る。それから、次々と絶え間なく記憶の切れ端が浮き上がっては、穴だらけであった思考の内に潜り込んで、欠損部を繋ぎ直していく。紛失していたパズルのピースが、機を待っていたかのよう。嵌め直されることを望んで、古泉の記憶へと舞い戻った。 不遜で快気で行動力に溢れた、神様そのものと黙示される少女がいて。少女に振り回されながらも対等に向き合うという誰も出来なかったことを成し遂げた、捻くれた素振りを見せつつも熱い気性を孕んだ少年がいて。愛らしい笑顔で他者を癒すに長けた健気な先輩がいた。 感情を露にする事こそ稀だけれど、叡智に満ちた面差しで、孤独にも弛まぬ物静かな少女が、いた。 「ながと、ゆき」 古泉一樹は、ずるりと床に膝をついて、呆然と少女の名を復唱した。 記憶の塊を海底に抑え付けていた重石が、取り外され、解き放たれる。忘れる筈のないものたちを、決して忘れてはいけなかったものたちを、古泉は思い出した。 「SOS団、神、神様。神人、機関、超能力者、……みらいじん、うちゅうじん、」 震える唇で繰り返す。血を吐くように、叩きつけるように古泉は叫んだ。 「涼宮ハルヒ、朝比奈みくる、長門有希!!」 ――そして、『彼』。 ボードゲームで対戦していた相手に関するもどかしさ、既知感は今やなくなっていた。現実にやっていたことを、古泉が把握したためだった。 胸倉を抑え、古泉は声を絞り出す。己が機関に所属する超能力者紛いの力を与えられた、神人を狩る者であることをも思い出し、自身の失態に目の前を暗くする。 「なんて、ことだ……!」 白雪姫の物語に、世界は、封鎖されていた。 --------------------------- 小人はようよう、識りました。 白雪姫が「或る者」に殺され掛かっていること。 小人は護りを、誓いました。 己が命を賭しても、護るに値するものを望みました。 結末を知らぬ小人は、 「まだ」――白雪姫を、護ることが出来る気で居たのです。 (→6)
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朝起きて、顔を洗って、歯を磨く。 制服を着て、身なりを整えリビングに。 まだ自然に閉じようとする目蓋を擦る。朝は苦手じゃないけど、眠いものは眠いのよ。 そしてなんとなく点けたTV。自分の目を本気で疑った。まだ寝ぼけてる? 流れているのはニュース。そのトップニュースを目にした瞬間、眠気が吹っ飛んだ。 そこには見慣れたあいつの冴えない顔が映っている。 ニュースキャスターが言った言葉を聞いて、今度は耳を疑った。 あいつが行方不明? 手元のカンペをさも心配そうに読み上げている女子アナがそう言っていた。 あたしはすぐに携帯であいつに連絡した。 出ない。昨日も一日中連絡が取れなかった。 何度も発信履歴を開いては通話ボタンを押す。 聞こえるのは、エンドレスな呼び出し音だけ。 あたしは学校へと向かった。 頭の中はたくさんの疑問符で埋め尽くされ、今にもパンクしそうだった。 走って学校への坂道を上っていく。校門の前には黒山の人だかり。 カメラやマイクや中継車。様々な機材が道に広がっている。 あたしを呼び止める声を全て無視して校内へ入った。早く部室に行かなきゃ。 部室にたどり着いたあたしは、勢いよく扉を開いた。 「有希!」 肩で息をしながら親友の名前を呼んだ。 そこには読書はせずにただ静かに座っている有希がいた。 ほとんど夏みたいな気温だけど、有希の周りは何故かひんやりとしている気がする。 あたしの声に反応した有希は、静かにこちらを見た。 「あいつが行方不明って!」 「そう」 有希は短くそう言った。 そっけない返事だけどその一言には色々な意味が込められている。あたしには分かる。 「どうしよう、どうすればいいのよ」 混乱しきっているあたしは何が何なのかよく分かっていなかった。 以前孤島であった疑似殺人事件。あの時にあった冷静さは今のあたしにはない。 こんなこと、あいつがいなくなることなんて、あたしは望んでないから。 それにあの時のお遊びとは違う。普段はウソや誇張に塗れたTVや新聞が、嫌というほどにこのウソのような出来事を真実だと訴えてきた。 「落ち着いて」 有希の静かな声があたしに少しの理性を取り戻させてくれた。 あたしがいくら悩んだところであいつは帰ってこない。 報道の情報を鵜呑みにすれば、まだ行方不明なだけ。 急いで探しに行かなきゃ。 「有希!キョンを探しに行くわよ!」 そうだ、早くしないと最悪の結果だって有り得る。 有希の返事も待たずに踵を返して後ろを向いた。 今まさに駆け出そうとした時に不意に手を掴まれた。 「落ち着いて」 状況が状況だ。たとえ有希の言葉でもそれは無理がある。 「だって!早くしないとあいつが……」 最悪の結果。それが何を指すか分かっている。口に出したくない。 「有希は心配じゃないの!?」 つい強い口調で言ってしまった。 そんなあたしの言葉に有希は小さく首を横に振った。 「落ち着いてほしい」 これで三度目。有希の目から見たあたしは、どれだけ取り乱しているんだろう。 一度だけ大きく深呼吸をする。少しだけ頭が冴えたような気がした。 「……有希はどうすればいいと思う?」 少しの間も置かずに有希は言った。 「今は待機」 「そんな悠長なこと!」 「今は情報が少ない。すぐ動くのは危険」 あたしが有希に言葉を返そうとすると、チャイムが鳴った。 「また放課後にここで」 そう言い残して有希は部室を出て行った。 有希の言葉に納得しているわけじゃない。でも間違っていない。 とりあえず教室に戻ったあたしは、あいつの仲のいい友達を当たることにした。 目星は付いてる。谷口と国木田。この二人がどう考えてもあいつに一番近い。 教室の扉を開けると、活気のあるいつもの雰囲気はなかった。 来る途中にすれ違った、違うクラスの生徒のふざけた雑談とは違う。 ここにいる人達は、実際にクラスメイトが行方不明になったんだ。 室内に入ったあたしに視線が集まる。皆はなんだか気を使うような目でこっちを見てくる。 その視線を無視してあたしは言った。怒っている時間ももったいない。 「谷口と国木田はいないの?」 空席は三つ、谷口と国木田、そしてあいつ。 あたしの席の近くのコがおずおずと口を開いて説明してくれた。 あの二人は校門前で報道陣と乱闘して、今は職員室で説教をされている、とのことだった。 しかも乱闘を起こした中には、我がSOS団が誇る善人の古泉くんまで混ざっていると言う。 さすがのあたしもこれには目を丸くした。あの古泉くんがね。 とにかく、ここにあの二人がいないんなら用はないわ。 有希、ゴメンネ?やっぱりあたしはジッとなんかしてらない。 教室に入ってきた岡部の声を無視して、扉を開いて廊下に飛び出た。 団員がピンチなのよ?団長が動かないで誰が動くのよ! あたしは単身外へと走り出した。 一時間がたち、二時間がたつ。 三時間がたった頃には自分の足で探せる場所はたいてい行ってしまった。 さすがに疲れてきたあたしは、近くのコンビニでペットボトルのお茶とおにぎりを買った。 時刻はお昼。腹が減っては戦は出来ない。 少しの栄養を取りながらあたしは歩き出した。 冷静に考えれば、高校生のあたしが行けそうな範囲にいるとは思えない。 それでも探し回ればその辺からヒョコっと出てきそうな気がしてた。 今は何時だか分からない。疲れててそれどころじゃない。 きっと今は放課後だと思う。あたしが一日走り回って疲れた足を引きずって歩いていると、突然後ろから手を掴まれた。 「有希」 ゆっくりと振り向いた先にはいつもの表情の、訂正、少し怒っている様に見える有希がいた。 そういえば、放課後に一緒にって言ってたわね。 「ゴメンね、先走って。いてもたってもいられなかったのよ」 「そう」 やっぱり怒ってる。声がそう言ってる。もう一度謝り、今日までの成果を言う。 話せるような成果は無いんだけどね。 有希はあたしの言葉に静かに頷く。 「あいつどこにいるのかしら?」 沈んだ声でそう言い、下を向いた。ふと有希の手の鞄が目にはいった。 あたしは今手ぶらだった。記憶を思い返すと、今朝部室で有希を会った時に置き去りにしていた。 「あたしの鞄って持ってきてる?」 「ない」 あたしたちは学校へと続く坂道を上って鞄を取りに戻ることにした。 報道陣も引いた校門の前。有希にここで待っていてもらい、 「すぐ戻ってくるから」 そう言って部室に向かった。さすがに生徒が失踪事件に巻き込まれている影響か、活動をしている部活はいなかった。 そもそも部室の鍵も閉まってる気がする、とはいえ鍵を取りに行くわけにもいかず、試しに部室に真っ直ぐ行くことにした。 教師に会うのはめんどくさそうだったから忍び足で近づく。階段を上がり始めると上から声がした。 「おや?ハルにゃん?」 鶴屋さんだ。階段の途中で偶然会った。この先は部室のはず。 「キョンくんのこと……TVで見たっさ。気落ちしないでね」 心配そうな目であたしを見てくる。この人の目に安っぽい同情はない。本当に性格のいい人ってこういう人のことをいうのね。 「当たり前よ。行方をくらませるにしてもあたしの許可もないなんて許さないわ。見つけ出して死刑にしてやるわ」 支離滅裂だ。それでもあたしは精一杯の強がりを言った。 「あはは、せっかく見つけても殺しちゃまずいって」 そう言って鶴屋さんは笑った。 「そういえば部室に何か用があったの?」 「ちょっとみくるに会いにね」 ということは今部室の鍵が開いてるってことよね?都合がいいわ。 「そうなんだ。じゃああたしもう行くわ。またね」 あたしは鶴屋さんにお別れを言い、部室に向かった。 部室の近くに来ると、中から話し声が聞こえた。 中にいるのはみくるちゃんだけのはず。でもどう聞いても会話している。 まさか、キョン? あたしの思考はそれで一色に染まった。扉を開けるとそこにキョンがいて、実はドッキリだったとか、そんなありもしないことを真剣に信じてしまった。 そして扉に手をかけようとしたその時、中から怒鳴り声が聞こえた。 「いい加減にしてください!あなたの未来では彼がこのまま死んでいるのかどうかは知りません!でも、あなたの情報次第では助かるかもしれないんです!」 声の主は古泉くんだ。突然の怒鳴り声と、その会話の内容に驚いたあたしはその場に固まってしまった。 古泉くんが言う彼とは、キョンのことだ。それは間違いない。そして、あなたとは会話の相手のみくるちゃん。 つまり、みくるちゃんの未来ではキョンがこのまま死んでいる?みくるちゃんの情報次第で助かる? いったい何を言っているの?意味が分からない。 次に聞こえてきたのは、みくるちゃんの悲痛な叫びだ。 「もしそれでわたしの時代に問題が起きたらどうするんですか!」 わたしの時代って何よ?今すぐこのドアノブを捻って中に入り、二人に色々問いただしたかった。 でも体が動かない。この扉を開けると、なんだか取り返しのつかないことになる、そんな気がした。 あたしの耳は律儀にも、部室内の言葉を拾っては伝えてくれた。 有希には前科がある。結論としてはあたしの力。みくるちゃんの仕事はあたしの監視。 「わたしの独断で出来ることじゃないって言ってるじゃないですか!だから!だからわたしはここにいたくなかったのに!友達にさえならなければこんなに辛くないのに……」 古泉くんの言葉に反発したみくるちゃんが言ったこの言葉を最後に、あたしは鞄を諦めて部室の前から逃げ出した。背にした部室からは、みくるちゃんの泣き声だけが聞こえていた。 人間はあまりにも自分の許容出来ないことが起こると、勝手に自分の記憶を改ざんするのだと言う。そうしないと精神が狂うから。 でも、あたしの記憶はさっきのことを鮮明に覚えている。どうやらあたしの頭のリミッターはずば抜けてるみたいね。 一段、また一段とゆっくり階段を降りていく。重い足取りのまま下駄箱で靴を履き校門へ。 そこで待っている有希の姿が見える。あたしは何も告げずにその前を通過した。 そして、たいした距離も空けずに付いてくる有希にあたしは言った。 「……ねぇ、前科って何?」 ゆっくりと歩きながら有希の答えを待った。 「前科とは一般に、罰金刑以上の刑罰が確定した場合の」 「そういう意味じゃない!」 有希がそう答えるだろうとは思った。だけどおもわず立ち止まり、怒鳴ってしまった。 少しの沈黙のあとにあたしは言った。 「そういう意味じゃないのよ……有希の、有希の前科って、何?」 有希は黙った。いつもの無言とは違う。これは沈黙だ。 「さっき部室の前に行ったら、古泉くんとみくるちゃんが話し合ってたわ。キョンが死んでるかもとか、未来がどうとか、有希に前科があるとか、あたしの力がどうとかね」 その話はあたかも全てが繋がっているかのように聞こえた。もし今が非常時でなければ、ただの冗談として受け止められたと思う。だってそれ以外ないじゃない。 黙ったままの有希にあたしは再度尋ねた。 「有希は全部知ってるの?」 「あたしのせいでキョンが消えたの?なんでみくるちゃんはあたしを監視してるの?有希は、みんなは何者なの?」 何を言っているんだろう。あたしはとうとう頭がおかしくなったのかもしれない。 あたしが求めていた非日常の事件が目の前で起きていて、あたしが求めていた非現実的なことがずっと身近にあった。 ずっと思っていた。不思議なことがあってほしい、でも有り得ない、って。 「答えて有希」 有希からの否定の言葉を期待していた。だけど、肯定とも否定とも答えは返ってこない。 「答えてよ……答えなさいよ」 学校を出てきてから一度も有希の目が見れない。 「……あたしたち、親友じゃなかったの?」 涙を堪え、震える声を絞り出すようにして言った。 有希はあたしの問いに俯いたまま、結局何も言わなかった。 どうやら本当に親友だと思っていたのはあたしだけみたい。 あのあとあたしは、何も言わない有希を放って一人帰路についた。 キョンがいなくなって、親友はもいなくなった。 久しぶりにリアルな悪夢ね。と、そんなことさえ思い始めた。寝て起きたら何もかもリセットする。そうでもなきゃあまりに辛すぎる。 だから寝よう。そう思って目を閉じる。とはいえ混乱しきったあたしの頭は簡単に眠らせてはくれなかった。 少しして目を開ける。目を閉じてから三分と経っていないはず。 目を開いたあたしが見たものは、灰色に染まった校舎だった。 気が付くと僕はそこにいた。見覚えがあるなんてもんじゃない。 ここは閉鎖空間。今の僕を形作った原因、いや理由の場所だ。 辺りを見回す。目を覚ました場所は我らがSOS団の部室。 自分以外の人がいないかと確認していると、涼宮さんの机の影に誰かが倒れていた。 朝比奈さんだ。彼女を見て気付いたが、僕らは律儀にも制服を着ていた。 これが涼宮さんが僕たちに対する一番強いイメージだということだろう。 うつ伏せに倒れている朝比奈さんに声をかける。 「朝比奈さん、起きて下さい。非常事態ですよ」 肩に手をかけて揺する。朝比奈さんはゆっくりと体を起こしてこちらを見上げてきた。 「……あれ?古泉くん?」 完全に混乱しているようだ。それはそうだろう。放課後に別れたあとの行動は知らないが、普通に考えれば家にいた時間だ。現に僕はそうだった。 僕は事態をなるべく丁寧に説明する。そして話が終ると、顔を青くした朝比奈さんが呟くように言った。 「そんな、なんでわたしたちが……?」 「分かりません。僕は閉鎖空間に入ることは可能ですが、このような形で呼び出されたのは初めてです」 そう。自惚れでなければこれはつまり、 「僕たちが涼宮さんに必要とされているということだと思います」 何故僕と朝比奈さんだかは分からない。 もしかしたら他にも誰かいるのかもしれないし、いないのかもしれない。 「わたしたちが、ですか?」 「えぇ、そう考えるのが適切かと」 僕はここで一つ質問をした。今日の放課後のことだ。 「今起きている事態が、あなたの言っていた……辛いことですか?」 「……」 朝比奈さんは何も言わない。そういえばこんなことを言っていた。 言わないんじゃなくて言えない、と。おそらく機密を口にすることが出来ないような何かがあるのかもしれない。 あの時には出来なかったこういった冷静な考えが今は出来る。やはりこの空間が僕を特別なものへと変えているのだろうか。 「……どうやら覚悟を決めなくてはいけないようですね」 放課後に朝比奈さんが断片的に語った情報を僕なりに解析すると、そこには僕か長門さんの死という結末がある。 それを知ったのは今日のことで、そして今はその夜だ。 驚くぐらいにやり残したことがある。そして、あの人との約束も。 「……古泉くんはどうするんですか?」 やっと顔を上げた朝比奈さんがそう言った。 僕に出来る事は一つだ。神人を倒す。そして元のありふれた世界へ。 「とりあえずは少しここで待ちましょう。この空間に呼ばれるのは涼宮さんゆかりの人達だけだと思います。だからもしかしたらここに誰かが来るかもしれません」 そうこうしているうちに閉鎖空間は広がり、いずれは世界を包み込むだろう。 しかし、僕の第六感ともいうべき超能力が、ここに神人がいないことを教えてくれる。 ならどうする?仮に僕が彼のような方法でこの世界の脱出を図れば、それは大きな混乱を生むことになる。 ならば待つしかない。 時間にして十分といったところだろうか。突然に扉が開いた。 長門さんだ。流石というべきか、いつも通りの表情だった。 そのまま中に入ってくると、室内をかるく見た。 「おや長門さん、奇遇ですね」 軽口を言ってみる。そんな余裕はないはずなのに。 「まさか僕まで招待されるとは、夢にも思いませんでしたよ」 溜息交じりにそう言うと、朝比奈さんが呟くように言った。 「……こんなことになるなんて」 「事態は誰にとっても想定どおりには進まないという事ですね」 さっきの話の続きをすると、長門さんがこちらをジッと見てきた。 長門さんを蚊帳の外に置いておく意味がない。僕は放課後のことと、今の状況を話した。 そしてその情報の引き換えに長門さんから貰った情報は二つ。 一つは、今この閉鎖空間にいる生命体はここの三人を含めた、計五人。 もう一つは、僕と朝比奈さんの会話が涼宮さんに聞かれていたということ。 よりにもよって一番聞かれてはいけない人にだ。あの時は頭に血がのぼっていて周りが見えていなかったということだ。 朝比奈さんは顔を手で覆ってしゃがみ込んだ。無理もない。この閉鎖空間に呼ばれた理由はこれで分かった。 「なら僕たちはここで待機していた方がいいですね」 「何故?」 「ここに呼ばれた理由はおそらく、僕たちに聞きたいことがあったからじゃないでしょうか。くしくもこの三人はうってつけのメンバー、いや当事者です」 溜息をはさんで言葉を続けた。 「失礼。あと二つの生命反応のうち一つは涼宮さんでしょう。そしてもう一人は、彼に他ならないと思います」 その可能性が一番高い。 「朝比奈さん、覚悟を決めてください。ここで一旦涼宮さんに全てを話しましょう」 朝比奈さんの顔は驚きを浮かべていた。 「そ、そんなの絶対ダメですよ!」 「じゃあそれ以外にここから脱出方法がありますか?幸いこちらには長門さんがいます」 そう言って長門さんを見る。 「全てが終ったあと、涼宮さんの記憶を消すことは可能ですか?」 「……可能。しかし推奨しない」 「今は彼を現実に復活させ、この閉鎖空間から出ることが重要です。なりふり構っている場合ではありません」 僕はこのとき分かっていなかった。 もっと冷静になれば分かるはずだった。涼宮さんの精神を最終的に追い込んでしまった張本人は、彼ではないということ。 もちろん元々の原因は彼が涼宮さんを選ばなかったことにある。しかしそれでも世界は変わらなかった。 それは、今の鍵が彼ではない、つまりそれを証明する結果とも言えた。 目を開くとそこは見覚えのある風景が広がっていた。 ここは学校だ。それも去年見た夢と同じ色褪せた学校。 夢の記憶なんてすぐに忘れてしまうけど、あの時のことはしっかり覚えている。 まるで現実のようだったから。 辺りを見回す。以前と同じならあいつがいる。 あいつが地べたに寝転んでいるはず。 あたしは必死に探した。夢の中なら、またあいつに会える。 「キョン!キョン!どっかにいるんでしょ!?」 校舎の周りを走り回ったけど誰もいない。どこにいるのよ。 しばらく探して、ふと部室を思い出す。あそこなら。 静まりかえった校内を息を切らしながら走っていく。 以前はあいつが一緒だったから平気だったけど、今回はなんだか心細かった。 部室の前に着くと、思いっきり扉を開けた。 ゼーゼーと肩で息をしながら開いたドアの向こうには、見慣れた顔が揃っていた。 「ゆ、有希!それにみくるちゃんと古泉くんも!」 部室にいた三人は三者三様の表情でそこにいた。 いつも通りの表情の有希。落ち着きのない様子のみくるちゃん。いつもの微笑ではなく、眉間にしわを寄せている古泉くん。 「ど、どうしてここに?キョンはいないの?」 呆然としたあたしは三人そう聞いた。 「彼はいません」 小さく首を振りながら古泉くんが答えた。 夢の中ですらあいつに会うことは出来なかった。 落胆して肩を落とすと、古泉くんがこんなことを言ってきた。 「涼宮さん。あなたは寝る前に何を考えていましたか?」 寝る前は混乱いていた。その原因は目の前の三人。 あたしはそのことを言った。夢の中なら問題ないわよね。だってこんなこと現実なら有り得ない。 まぁその現実でも、あいつが消えるなんてわけの分からないことが起きてるんだけどね。 夢の中でもあたしは有希とは目が合わせられなかった。嫌いになったわけじゃない。ただ、何故か怖かった。 あたしが夕方のことを話すと、みくるちゃんはその場に凍り付いていた。 古泉くんは少し考えるそぶりを見せてから、あたしではなく二人に何かを確認していた。 「何?いったいなんなの?」 除け者にされてるみたいで嫌だった。古泉くんはあたしの方に振り返ると、緊張した表情と声ででこう言った。 「せっかくの機会です。全てお話します」 そうして古泉くんは語りだした。 古泉くんは自分を超能力者だと言った。これが証拠とばかりに、その場で赤い球体へと変わる。 唖然とするあたしを尻目に話は続く。 あたしたちがいるこの灰色の世界は閉鎖空間。そしてここに現れる巨人と戦っている。それがバイトの実体。 その巨人はあたしのストレスを実体化したもので、倒さないと世界が大変なことになる。 そして、そんな事実を知る人が数多くいて、その集まりが機関という。さらにあたしを神と崇めている。 あたしが神様?何を言っているの? 次に語りだしたのはみくるちゃん。 みくるちゃんは未来人だった。今よりも遥かに進んだ時代からあたしを監視に来たという。 本来は未来の情報は口に出来ないようになっているらしいけど、この閉鎖空間の影響か、禁則事項が禁則事項でなくなっているらしい。意味が分からないわ。 それでもいつもの舌足らずな喋り方ではなく、毅然と喋り続けた。 自分達の未来を確保するために、特異点であるあたしの監視に来た。でも、本当は遠巻きでの監視なのに、何故かあたしに捕まった。 それが仲良くならなればと泣いていた理由で、古泉くんが問いただしていた理由でもある。 最後は有希。 有希の話は一番信じられないものだった。自分のことを情報統合思念体だと言った。 それはいわゆる宇宙人。自律進化のためにあたしを観察しているらしい。 更に驚いたのは、有希はこの世に生まれてまだ四年ということ。 もうあたしの想像力や理解力は臨界点を突破していてもなんら可笑しくない。 そして有希は今起きている全ての出来事は、紛れもない現実だと言った。 ここまでの三人の話を普段のあたしが聞いたら、きっと目を爛々と輝かせて喜んだわ。 だってそうでしょ?求めてやまなかった未来人、宇宙人、超能力者が実は身近にいて、その真ん中にはあたしがいる。 不思議なことなんてないと思ってた。でもあったんだ。こんなに素敵なことなんてない。 でも今は違う。このときのあたしは、ただでさえ混乱している頭が更におかしくなりそうだった。 気付くと有希がこっちに歩み寄ってきていた。 あたしは咄嗟にこう言った。 「嫌、嫌よ!近づかないで!」 あたしは拒絶し、壁際まで下がった。ただ、怖かった。 訳も分からず怖い夢ってあるじゃない?まさにあれが今起きている。そしてそれは現実だという。 その時の有希の表情は初めて見たものだった。 とても……とても悲しそうな顔。それでもあたしは目をそらした。 そして、一つ疑問が浮かんだ。 「・・・・・・ョン、キョンは?あいつは一体なんなの?今回のこととなんの関係あるの?」 そうだ。ここまであたしが求めてきた人間が揃った。だったらあたしに一番近いところにいたあいつは? 「キョンくんは普通の人なんです」 みくるちゃんがそう言った。 三人の話が本当ならあたしの願いは必ず叶う。 あたしはキョンが好きだった。相思相愛になりたいと思った。 でもそれは叶わなかった。あいつが普通ならこれは矛盾している。 「彼はあくまで一般人です。しかし彼は何故か涼宮さんの力が影響しにくいんです」 あたしの考えを見透かすように古泉くんが言った。 「……キョンはどこにいるの?」 この問いに答えたのは有希だった。 「彼は今どの次元にも存在しない。原因は涼宮ハルヒ、あなただと推測される」 意味が分からない。いや、言っていることは分かる。 でもその説明でいくと、つまり、 「……あたしがキョンにいなくなってほしいと思ったって……こと?」 室内は沈黙に包まれた。 この沈黙はあたしの出した答えが正解であると教えてくれている。 目の前が真っ暗になる。 それでも事態は更に悪化する。 問題が起きている時って何故か問題が重なる。 この悪い状況に拍車をかけるように、突然部室の扉が開いた。 あたしの位置から扉の外は見えない。 見えるのは固まる古泉くんの顔と無表情な有希だけ。 「ここがSOS団の部室?」 聞き覚えのある声。 「な、何故あなたがここに?」 こんなに狼狽えている古泉くんは初めて見た。 その視線の先を追うと、そこにはなるべくならもう会いたくはなかった人がいた。 「どうして?それは僕が知りたいよ」 佐々木さんだ。 ゆっくりと部室に入って中を見回したあと、あたしと視線があった。 何を考えてるかは分からない。それでもその瞳はとても、とても力強いものだった。 「涼宮さん以外は初めまして、かな?とはいえ僕のことは知っているだろうけど。そうだよね、古泉くん?」 そう言われた古泉くんは、苦笑いをしながら肩をすくめた。 二人を見ながら混乱しているあたしに気付いた佐々木さんが、古泉くんに言った。 「おや、この後に及んでまだ説明してないのかい?」 「あなたのこと以外はあらかた説明したつもりですよ」 佐々木さんのこと?一体これ以上なにがあるというの? その疑問に答えるように佐々木さんが口を開いた。 「涼宮さん。私にもあなたとは同じ力があるの」 それはつまり、 「思ったことを現実に?」 「そう。とはいえ涼宮さんに比べれば脆弱なものなんだけどね」 驚くあたしを尻目に佐々木さんが言った。 「何故あたしがここに呼ばれたかは分からない。でも、涼宮さんにどうしても言いたいことがあるの」 言いたいこと? 「場違いなのは分かってる。それでも言わせて。日曜の喫茶店のこと、本当にごめんなさい」 そう言って佐々木さんはあたしに頭を下げた。あたしは黙って見ていた。 許せないわけじゃない。何を言っていいかが思い浮かばなかった。本当ならあたしこそ謝らなきゃいけないのに。 「あのことは私が軽率だった。悪いのは私。だから、だから涼宮さん……お願い。キョンを、キョンを返して」 目に涙を浮かべながらあたしに懇願してくる。 返して。こういう風に面と向かって言われて、自分がキョンを消してしまったというウソのような事実が現実のものように感じられた。 返して。あたしがキョンにいなくなってほしいと思ってしまったんだ。 返して。でも佐々木さんだってあたしからキョンを盗ったじゃない。 返して。返してよ。あたしにキョンを返してよ! 「あたしだって!あたしだってキョンのことが必要なのよ!」 あたしは張り詰めていた線が切れたかのように怒鳴りつけた。 「キョンをあたしが消した?そんなことあるわけないじゃない!」 頭の中を支配していた不安や疑問が一気に溢れ出す。そしてそれに続くようにさっきまでのストレスが上乗せされていく。 「涼宮さん!落ち着いてください!」 「うるさい!古泉くんはあたしのご機嫌取りをしていればいいんでしょ!?そうすれば世界を守れるんでしょ!だったらあたしに味方しなさいよ!ずっと、ずっと信頼してたのに!」 今のあたしにはこれが酷いことを言っているとは思えなかった。 感情が、怒りの感情が次々に涌いてくる。 「あの、涼宮さん、その」 「みくるちゃんもよ!仲良くなりたくなかった?ふざけないで!あたしはそんなこと一度も思ったこと無いわよ!ただの一度もよ!」 ボロボロと大粒の涙を流しながら、皆に暴言を吐いているあたしを誰かが後ろから抱きしめてきた。 嗅ぎなれた匂い。いつも一緒だった手。 「落ち着いて」 「離して!」 「あなたは混乱しているだけ」 有希。大好き『だった』有希。あたしの大切『だった』親友。 「離して!どうせ有希があたしと仲良くなったのも観察するために好都合だったからなんでしょ!?」 「違う。私が望んだ」 「ウソよ!もう嫌!皆してあたしを騙して!古泉君もみくるちゃんも、有希も、大ッ嫌いよ!」 あたしは有希の手を振り解いて部室を飛び出た。 もう……誰の顔も見たくない。 涼宮ハルヒは私の手を振り解き外へ出て行った。 彼女は私の言葉を信じてくれなかった。コミュニケーションを潤滑にするためにジョークを言ったことはある。 それでも私はそれ以外で彼女にウソを言ったことはない。 コミュニケーションに不備があった?それは違う。私にエラーは発生していない。 私が記憶を巡っていると、突如大きな音がした。 その音にいち早く反応したのは古泉一樹だった。 「困ったことになりました。神人が現れました」 顔を青くしてそう言った。 「ど、どうするんですかぁ!?」 「どうするもこうするも、僕は神人を止めなくてはなりません」 そう言って施錠をおろし、窓を開く。 そして先ほど同様に古泉一樹の身体を赤い光が包んでいく。 「……長門さん、やはりあなたでなければ涼宮さんは止められない。申し訳ありませんが後をお願いします」 そして窓の外へと飛んだ。 「朝比奈みくるはここで待機を」 「わ、わたしも行きます!もう傍観者のままでなんていられません!」 珍しく強気に言葉を言ってくる。 それでも、『今』はその出番ではない。 「任せて」 「で、でも」 「大丈夫」 朝比奈みくるはそれでも一緒に来ようとした。 自分の本来の役目とはかけ離れた行動と知りつつ。そしてまた、それは私も同じ。 私は朝比奈みくるの額に手を当てた。途端にその場に崩れ落ちた。 情報操作だ。ただ眠らせただけで悪影響はない。私は朝比奈みくるを壁際に運び、室内にいるもう一人の人物を見た。 彼女はすでに立ち上がって私のことを見ていた。 「長門さん、だっけ?周防さんと同じ宇宙人の」 「同じではない」 「そっか。……私は付いて行ってもいい?」 その言葉に私は小さく頷いた。 今起きていることを沈静化するためには、涼宮ハルヒと同一の能力を持つ彼女が必要だった。 部室を出て、この空間にアクセスする。 閉鎖空間のせいか、人物までは特定できないが、それぞれの位置を把握しているおかげで涼宮ハルヒの居場所はすぐに分かった。 屋上。 私たちは最短のルートを選んで走り出した。 --有希の、有希の前科って、何?-- それは世界を変えたあの出来事。 --有希は全部知ってるの?-- 全てではない。それでも知っている。 しかし、どちらの問いに対する答えも私から伝えていいものではない。 それでも最後の問い、 --あたしたち、親友じゃなかったの?-- これには答えることが出来たはず。 そう、私はあなたの親友。私という個体は涼宮ハルヒの親友でいたいと思っている。 これは情報統合思念体とは違う、私の意志。 では何故答えることが出来なかったのか? その自問自答が頭の中を埋め尽くすが、該当する答えが見つからない。 この状況で私に出来ることは限られている。 それは情報統合思念体の意思とはかけ離れた私の意志に基づく、私の勝手。 最善の方法ではないかもしれない。他にもいい方法があるかもしれない。 しかし迷っている暇はない。この結果が涼宮ハルヒにとって好ましいものとは思わない。 それでもこれが私が導いた最善の方法。 涼宮ハルヒの観測という命を受けて、この地球に存在するようになって四年。いや、あの夏休みを含めれば五百年以上も生きていることになる。 この星では意識のない個体を、場合によっては死と判断する法がある。つまり、意識こそが命。 それなら長い間時間を繰り返し、意識を通わせてきた私は五百年間生きていたという事でも間違ってはいない。 私という個体が過ごしてきたこの一生は一般的に言うところの、有意義だったと言えると思われる。 人生とは素晴らしいもの。しかし、私は生きるのが下手だった。 涼宮ハルヒ。あなたは私を必要としてくれた。 私という一つの個体を必要としてくれた。 そして私もあなたといて、心地よいという気持ちに気付かされた。 あなたは私の話を聞いてくれないかもしれない。 それでももし伝わるなら、私はあなたにこう言いたい。 ありがとう、そして、ごめんなさい、と。 もし、また会えたなら、その時は……。 「って言う話はどう?」 そう言ってハルヒは満面の笑みで新しい台本を俺に手渡した。 どうやら今年の文化祭でまた映画を作るらしい。基本的に才色兼備なはずのやつだが、あの映画のクオリティはそれは酷いもんだった。 まぁあの内容で気をよく出来んのは、ある意味才能だと思うがな。見習いたくない才能というのもあるもんだ。 「なかなかいい内容だったでしょ?」 そうだな。去年に比べりゃ月とすっぽんだよ。 「あんた馬鹿にしてんの?」 「してない、してない。ところでオチはどうなるんだ?これじゃ不十分だろ」 「その物言いがしてるって言ってんのよ。中盤から最後にかけてはなかなか難しいのよ。変に伏線みたいのを作りすぎたわね。ハッピーエンドとバッドエンド、どうしようかしら?」 眉間にしわを寄せたハルヒは、俺に背を向け窓の外を見た。 実際のところ台本の内容は鳥肌ものだった。 この台本は、古泉が超能力者で、朝比奈さんが未来人、そしてハルヒはとんでも能力を身に付けているという設定だ。 これは台本じゃなくて、預言書だろ。改めて涼宮ハルヒという人間の恐ろしさを垣間見た。 俺は明後日の方向を向いたままの預言者に、映画の話の内容を質問した。 「そもそもだ。恋愛は精神病の一種とか言っておきながらこの内容はどうなんだ?」 「うるさいわね。別に否定しているわけじゃなくて、あたしの持論なだけよ。それに映画はフィクションよ」 当たり前だ。この設定が本当なら、お前が俺のことを好きだってことになるからな。 「とんだ自惚れね。有り得ないわ。正直あんたと付き合ってる佐々木さんは理解しがたいもの」 そ、そこまで言うか。 「まだ言ってほしいなら続けてあげるわよ?団長として団員の願いを無下に断るわけにはいかないしね」 勘弁してくれ。 ハルヒの誹謗中傷に耐えた俺はもう一つ質問をした。 「お前の親友役のとこの名前が空欄なんだが、何でだ?」 この台本どおりに行くと、今回はSOS団全員が出演することになっている。 そして、谷口や国木田、そして何故か他校の生徒であるはずの佐々木や橘京子の名前まで。橘なんていつのまに知り合ったんだ? だからこそ、何故か一人だけ空欄があるのが余計に気になっちまう。 「まだ考え中なのよ。配役はちゃんと決めるわ」 じゃあ、この佐々木の名前はなんなんだ? 「あんたの彼女じゃない。ちゃんと連れてくんのよ」 なんてわがままなやつなんだ。それに台本どおりでいくと、 「それにさすがのあんたも佐々木さん以外とのキスシーンは拒むでしょ?」 「当たり前だ!それ以前に映画のなかでも俺はやらんぞ!」 何が悲しくて公衆の面前でそんな恥ずかしいことを!言っておくが佐々木のことが恥ずかしいんじゃなくて、あくまで俺の羞恥心の問題だ。 それにそんなもん公開してるのが教師にばれたら即上映中止だ。 そうこう討論しているうちに部室の扉が開かれた。 「どうも。お二人ともお早いですね」 いつものにやけ面を顔面に貼り付けた古泉がやってきた。 「聞いてくれ古泉。あいつがまた映画を撮るとか言い出したぞ」 「もう少しで台本は完成するのよ。後はキャストだけなのよね」 俺は古泉に言ったんだがな。 「よろしければその台本を読ませてもらっていいですか?」 そう言って古泉はハルヒから台本を受け取った。さぁ、内容に驚愕しろ。俺も大いに驚いた。 まじまじとその台本を読み進めていく古泉は、途中から驚きとも悲しみとも取れない表情をし始めた。 これは予想外の反応だな。少なくともハルヒの前ではそんなオーバーなリアクションを取るとは思わなかった。 執筆者のハルヒも想像以上の古泉の反応に少し困っているようだった。 ひとしきり読み終わった古泉が言った。 「この話はいつ思いついたのですか?」 その声は少し沈んでいるようにも聞こえた。 「分かんないのよ。なんだか思いつくままに書いてたわ」 「そりゃそうだろな。この台本のハルヒはあまりにらしくない」 そう言ってやると、頭に上履きを投げてきやがった。ほら見ろ、これが現物だ。 「それで、この空欄には誰が入るんですか?」 古泉は台本の空欄を指差しながら、さっきの俺と同じことを聞いた。 確かに気になる。他の登場人物は全部決まってるのに、親友という、内容的にどう見ても重要な人物は白紙だ。 「そこなのよね。今いちピンとこなくてね」 台詞も決まってるのにか?少なくとも他の台詞はそれぞれの口調で書かれている。 そしてその親友の台詞は、なんというかコミニケーション能力が著しく欠けている。そんな印象だ。 「そうゆうイメージなんだから仕方ないでしょ?」 別にいいがな。 「だったらいちいち突っ込むのやめなさいよ」 直後に喋ったのは古泉だ。 「何故、そんなイメージを?」 まだその話を続けるのか?どうせいつもの気まぐれだろ。 「すいませんが少し口を閉じてもらえますか?」 と、いつになく真面目な顔の古泉に怒られた。ったくこいつのイエスマンぶりもたまんないな。 「なんていうか潜在的に記憶にあったというか、つい最近まで似たような知り合いがいたというか」 などと曖昧なことを言いだした。いつも突拍子のない奴だが、とうとう脳内友達まで作り出したようだ。 クラスの連中に言ってもう少し構ってやるか、などと思っていると、ハルヒが俺を睨んできた。 ナイフのように尖った視線だ。そんなにギザギザしてると、しまいには触れるもの皆傷つけちまうぞ。 「今度あたしを可哀想なものを見るような目で見てきたら、躊躇なく死刑にするわよ」 俺がハルヒに何度目か数えるのもめんどくさいくらいの死刑宣告をされた直後、部室の扉が開いた。 入ってきた人影は二つ。これでSOS団のメンバーが揃った。 「遅くなりましたぁ」 と、朝比奈さん。 「待たせたねっ!」 と、鶴屋さん。 「二人ともいいとこに来たわ!これ次の映画の台本よ、読んでみて!」 そう言って台本を手渡した。 これでこの映画制作はどんどんと現実味を増していくわけだ。きっと鶴屋さんは、 「これはなかなか面白そうだね!あたしはめがっさ気に入ったよ!」 そう言うと思いましたよ。波長が合うみたいだしな。 しかし、その傍らにいる朝比奈さんはと言うと、さっきの古泉に近い反応を見せていた。 古泉もそうだったが感動というわけではなさそうだった。 二人の顔に共通して浮かんでいたのは、驚きであり、悲しみであり、そしてどこか辛そうな、つまり悲痛な表情だった。これは言い過ぎか? その日の部活は映画の小道具や機材をどこから拝借もといお借りするかの相談で終った。 ハルヒと鶴屋さんはこの台本の内容に似つかわしくない明るい雰囲気で話を進めていく。 反対に古泉と朝比奈さんはさっきの暗い雰囲気を纏ったままだった。 たしかにあいつの台本には、二人の秘密を実は全部知ってるんじゃないかと言いたいぐらい正確に書かれていた。 驚くことだろう。でも俺はここ最近のことを考えるとこう思ってしまう。 古泉的に言えば、もともとハルヒに望まれて出来た存在なんだ。つまり、全てはあいつの妄想で出来たレールの上の存在なんだよな。 もちろんこの二人には個がある。俺が言いたいのは、超能力者であったり、未来人であったり、宇宙人みたいな、いわゆる概念の話だ。 そうこうしているうちにもう下校時刻になった。 五人で下校して別れる。いつもの事だ。だけどその日は違った。 俺の携帯に古泉から連絡が来た。今から会ってほしいと言われた。 呼び出された現場に行ってみると、そこには朝比奈さんもいた。 「突然すいませんでした」 古泉が悲しそうな笑顔で言う。俺はそこまで鋭い方じゃないが、おそらく今日の台本のことだろう。それくらいは分かる。 「あの、キョンくんに聞かなきゃいけないことがあるの」 泣いていたのか、目を赤くした朝比奈さんがそう言った。 「なんですか?」 「キョンくんは……長門さんのこと……覚えてる?」 俺はその質問に首を傾げながら答えた。NO、と。 その瞬間の二人の顔は本当に辛そうだった。一体何なんだ?説明が欲しくてたまらん。 語り出したのは古泉だ。 「僕たちも先ほどの台本を見るまで記憶から抜けていたのですが、以前SOS団には長門有希というもう一人の部員がいました」 「知らん名だな。それに俺はSOS団の創設に立ち会ってる。だからそんな事実はないはずだぞ」 俺がしてしまった提案で、ハルヒが空き部室を確保し、朝比奈さんと古泉、そして鶴屋さんが集まった。他の団員は存在しないはずだ。 「そのようですね。ですがあの台本の内容、あれは全て事実です」 知ってるよ。それは二人が俺に教えてくれただろう。記憶障害でも起こしたか? 「そういう意味ではありません。あなたが涼宮さんの力で消され、それを元に戻すために長門さんが……。この事です」 いよいよ持って意味が分からん。ハルヒのリアルすぎる妄想じゃないのか? 「違います。少なくとも僕と朝比奈さんはしっかりと長門さんのことを覚えています。正確には、思い出した、ですが」 「古泉の言うことだ。頭ごなしに否定したりはしない。でもじゃあ、何で俺は、ハルヒは覚えていないんだ?」 「それは長門さんが情報操作で自分にまつわる全ての情報を改ざんしたからに他なりません」 情報操作、その単語には聞き覚えがある。あれは朝倉だったか? 「思い出してください。去年の映画の内容を」 映画の内容? 朝比奈さんが闘うメイドさんだった奇天烈映画だ。 「その敵役は誰でしたか?」 俺の妹だろ?確かキャスト不足だったんだよな。まったく無理矢理なキャスティングだったよ。 「雪山でのことは?」 みんなで合宿に行っただけだろ? 「繰り返した夏休みは?」 ちょっと待ってくれ。何なんだいったい。 「本当に覚えていないんですか?」 だから何をだ? 俺の言葉に古泉は声を詰まらせて言った。 俺たちの高校生活には長門有希という、もう一人のSOS団員がいたこと。そして、俺を襲った朝倉涼子と同じく宇宙人だったこと。正確にはなんちゃらヒューマノイドというらしいが。 そしてハルヒの親友だったこと。おまけに鶴屋さんは正式な部員ではなく、その長門とやらの空いた枠に収まったということ。 にわかには信じがたい。 「お前の話が真実だとして、長門ってやつはなんでこんなことをしたんだ?」 俺の言葉が悪かったのか、朝比奈さんは涙を堪えることが出来なくなったみたいだった。抑えることもせずにただ泣いている。 「長門さんは自分の本来の役割より涼宮さんを優先しました。本当なら願望実現能力ごと消し去るつもりだったんでしょうが、そう上手くはいきませんでした」 古泉はあたかもその現場を見ていたように語る。 「あなたもご存知の通り、佐々木さんの力は不完全です。それは力が百パーセントではないからです」 続きは朝比奈さんが言った。 「だから、長門さんは、涼宮さんの、うっ、力の何割かを、ぐすっ、佐々木さんに移すことに、したの」 そんなことが可能なんですか? 「それは禁則事項。でもそれが長門さんがあの時した判断。少しでも涼宮さんを普通の女の子に戻してあげようとした、長門さんの考えなの」 つまり、佐々木に力を移すことで二人の力を発揮出来ない状況にしたってことか? 「おそらく、です。近頃閉鎖空間が発生していないのでなんとも言えません」 「しかしそれは長門さんの母体でもある情報統合思念体の意思に背くものでした。その結果長門さんはイレギュラーとされ消去されました」 俺が言葉を挟むより先に古泉が続きを言った。 「そして苦肉の策として涼宮さんの悩みの種である、あなたと長門さんへの記憶を改ざんしました」 消去?何故だ?だってハルヒと仲が良かったならそれは逆効果だろ。 「それは僕には分かりません。しかし長門さんが改ざんしたのは二人だけではありませんでした。この世界は長門有希というデータに他の誰かが上書きされています」 それが鶴屋さんだったり、俺の妹って訳か? 「はい。何故僕たちが思い出したかは知りません。ですがこれで涼宮さんの鍵であったあなたと長門さん、二人が原因となることはこれからはないと思います」 つまりハルヒは俺への興味と、その長門っていう宇宙人への記憶をなくしたってわけか。 「興味ではなく、恋愛感情でしょうね。現にあなたはSOS団の部員のままです。それに以前の彼女はあなたに告白しているくらいですから」 それは驚きだ。いや、マジで。 「そこで朝比奈さんに質問です。今回のことは、未来ではどこまで予測されていましたか?」 俺の驚愕を軽くスルーした古泉は、先刻から泣きっぱなしの朝比奈さんに話をふった。 涙で濡らした顔を上げて朝比奈さんが言った。 「……自分の記憶がなくなるとは、ぐすっ、思っていませんでしたけど、長門さんがいなくなることは……知っていました」 「禁則事項ではないんですか?」 「情報を知っている人に言ってもいいんです」 そういえばそんなこと言ってたな。 「その長門って子は、もうどこにもいないのか?」 「どうでしょう。あの事件からもう二月近く経っていますからね」 遠くを見ている古泉の目元からは一筋の涙が零れている。 それほどの友達だったんだ。SOS団ということはどう考えても俺にも関係がある。 古泉の説明どおりなら俺は最後の最後まで世話になりっぱなしだったみたいだ。 そのことも、その長門ってコも、当人である俺はほんの少しも記憶にない。 酷い話だし、最低な話だ。 「そういえばなんで佐々木は閉鎖空間に呼ばれたんだ?」 話を聞けばその時のハルヒと佐々木の中は険悪だったみたいだから、本来ならハルヒが来てほしい思うわけが無い。 「これは推測でしかないんですが、佐々木さんもそうだったように謝りたかったんじゃないでしょうか?」 あのハルヒが?そんな馬鹿な。 「まぁ今の涼宮さんを見ればそうなるでしょうが、あの時の涼宮さんはきっとそうだったと思います」 これまたにわかには信じがたい話だ。 「あの台本にあった、最善の方法、ってのが今のこの状況なわけか?」 「そうでしょう。おそらく長門さんは僕たちの記憶を改ざんしながらも、僕たちに覚えていてほしかったんじゃないでしょうか?」 古泉はそこまで言って後ろを向いた。きっと泣いてるんだと思う。肩も震えてるしな。 「僕と朝比奈さんの頭には長門さんの最後の記憶や意思といえるような何かが残っています。そして涼宮さんには、その時の全ての状況がまるで自分のアイデアのように残っています」 それがあの映画であるわけだ。あの台本には、その場にいた全ての人物の心情や状況まで事細かに書かれていた。 「っていうことは、あの台本が完成したときに」 「はい。長門さんの最後の言葉や気持ちが分かるという事です」 古泉が喋るのを止めた後、下を向いたままの朝比奈さんが喋りだした。 「あの台本の中には……ちゃんと長門さんがいました」 あの空欄のことだ。 「涼宮さんの中には、ちゃんと長門さんがいて、二人はし、しんゆぅ、だったから、うっ、ぐす、長門、さんはしあわ、せだった、と思ぃ、ます」 後半は泣きながらで聞き取りにくかった。でもその言葉の意味は理解できているつもりだ。 「僕は長門さんを覚えています。これから先も忘れるつもりはありません」 「わ、わたひぃも、ぐす、です」 古泉は朝比奈さんの言葉に微笑みながら頷く。 「そうですね。そしてあなたもこの出来事を覚えておいて下さい」 正直今回の話は、本当に記憶に無いぶんかなり眉唾ものだった。 それでも古泉と朝比奈さんの言葉や態度が、俺に長門というもう一人の仲間が実在したことを教えてくれた。 俺たちはその話の後、一つの約束をした。 それは今回の映画のことだ。作る映画は安っぽい機材と、全くかからない人件費、そして地元で撮るというみたまんまの学生映画だ。 でもこの映画には、見る人全てが気付かないであろう別の意味がある。 今回の映画は涼宮ハルヒと長門有希の本当にあった友情の話だ。けっしてノンフィクションじゃない。 この世界に長門有希という人物がいたという唯一の記録。 だから成功させよう。ハルヒがいつになく驚くくらいに真剣にやって。 それだけが、今の俺たちに出来る長門有希への感謝の形だと思うから。 ~エピローグ~ 何もない休日。 あたしは文化祭に向けての映画で頭がいっぱいだった。 とにかくキャストが決まらない。 今回のテーマは恋愛&友情。我ながらありきたりだとは思うけど、なんか思い付いちゃったんだから仕方ない。 何故自分を主役にしたかって?監督兼脚本兼主演なんて今時そんなに驚くことじゃないわ。そんだけよ。 世間の三流芸人やら三流俳優ですら出来るんだからあたしにだってちょろいわ。 一つ嫌なのは、あたしがあいつに惚れているって設定。自分で書きながら寒気がしたわ。 家でぼーっとしているのも暇だから外に出た。 歩いた場所はほとんど不思議探索で一度見たことがある。そろそろ活動範囲を増やさないとダメね。 あたしは手始めに電車に乗ることにした。行き先はなんとなくだけど四つ隣の駅。 そこにはなんの思いいれも無い。だから本当になんとなく。 初めて来たその街は、思いのほか普通に街だった。こんなありふれた場所じゃなんのインスピレーションも沸かないわね。 しばらく辺りを歩き回る。なんだろう?まるでデジャブのよう。 駅前のバイキングの看板は一度見たことがあった。そしてフラフラ歩いた先にあった古着屋も見たことがあった。 なんで見たこともないはずの映像が頭の中にあるんだろう。世の中の不思議は尽きることがない。だってこんな身近の自分でさえ不思議なことがあるんだから。 あたしは最近同じ夢を見る。知らない女の子と会話する夢を。 相手はぼやけていてよく分からない。でも会話の内容は何故か覚えている。 その子は最初にあたしにこう言う。 「ごめんなさい」 それが分からない私は、何が?、と答える。するとその子は、 「約束が守れないこと」 約束? 「そう。あなたとずっと一緒にいるという約束」 何で守れないの? 「傍にいられない」 あなたとはもう会えないの? 「そう」 なんだか寂しいわね。 「私はあなたにお礼が言いたい」 お礼? 「そう。あなたが望んだおかげで私があった。ありがとう」 どういたしまして。……あなた名前は? 「私は……」 と、夢はいつもここで終る。 そして目が覚めるといつもあたしは泣いている。本当に不思議な夢。 この日もたいした発見も出来ずに駅へと向かった。 空はもう夕暮れ。夏の夕暮れということはなかなか遅い時間だ。こんな時間だし、一人歩いていれば頭の悪そうな男達が声をかけてくる。 慣れっことはいえめんどくさい。適当にあしらって追い払う。これの繰り返し。 すると違う男達があたしとは違う女の子をナンパしていた。 その子はベンチに座って分厚い本を読んでいた。 容姿は痩せてて、頭にはフードを被っている。髪型はよく分からない。そのフードには猫とも犬ともわからない珍妙な耳が付いていた。 その子はまるで男達の言葉に反応しない。ずっと本を読んでいる。しばらくして男連中は飽きたのか、その子から離れていった。 ふーん。なんか面白い子ね。そもそもこんな時間に一人で外で読書ってどうなの?有り得ないじゃない。 なんだか不思議の匂いがするわ。 そう思って、あたしはその子に声をかけた。思ったら行動あるのみよ。 とはいえ人生初ナンパね。あたしのテクを見せてやるわ! 「ねぇ何読んでるの?」 まずは共通の話題をと。あたしが話しかけるとその子は無言で本の表紙を見せてきた。 とりあえず第一歩ね。伊達にナンパされているわけじゃないのよ? 「へぇ、面白いの?」 するとその子は表情を変えないままこう言った。 「ユニーク」 ユニークって。そんな返しは初めてされたわ。ますます面白い子ね。 「どんなところが?」 「全部」 なんてリアクションに困る言葉かしら。 とりあえずあたしはこう言った。 「本が好きなのね」 さぁどう返す? 「わりと」 なんとまぁ味気のない答え。このときあたしの頭には映画の台本が浮かんだ。 薄い反応。少ない言葉。どこか遠くを見ているような眼。 あたしの想像した親友役に驚くくらいにはまっている。 ここからはナンパじゃなくてスカウト。あたしは強引にでもこの子を連れ去ることにした。 「あたし北高の生徒なんだけど、今度文化祭に向けて映画を撮るのよ。それであなたがその映画のキャストにはまり役なのよ」 「そう」 そう!それよ!あたしの台本どおりの反応!いるとこにはいるものね! 「そうなのよ!だから出てくれない?」 その子はしばしあたしの目をジッと見てわずかに、ほんのわずかに頷いた、ような気がした。 もちろんあたしはその、ような気がした、反応を自分勝手に解釈して、快諾、と捉えた。 「ありがとう!」 あたしはその子の手をとってブンブンと勢いよく振った。 とんとん拍子で話が決まってよかったわ。ん?一つ忘れていたことがあったわね。 「そういえば名前聞いてなかったわね?」 普通は逆なんどろうけど、まぁいいわ。 「あたしは涼宮ハルヒ。あなたは?」 その子は読んでいた本を膝に置き、曇りのない綺麗な瞳であたしを見上げるとこう言った。 「私の名前は……」 ~Fin~
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ふん・・・もっふ! もっふもっふ ・・・ ・・ ・ ---------------------------------------------------- 古「涼宮さんもね、もう少し素直になればいいんですよね。」 長「…」 古「彼のことが気になって仕方ないのはもう誰でもわかるほどなんですが、彼がいるといないであまりに態度も行動力も違いすぎますしね。」 長「…そう。」 古「彼本人に対してはいうまでもなく、朝比奈さんや長門さん、あなたに対しての態度も彼がいるかいないかでかなり違うでしょう?」 長「…だいぶ。涼宮ハルヒは私と2人だけのときは有機生命体でいう母親のように接してくる。朝比奈みくるに対しては姉に接する妹のように接していると思われる。3人のときはそう接しているから。」 古「でしょう?」 長「彼が見てる前では敵扱い。朝比奈みくるの場合は特にあの胸に敵意を燃やしている。その点だけは私も同調する。特に先ほどのようなときに。」 古「…それは前にも言いましたが、僕は」 長「私もあのように大きくなりたい。しかし、いくら申請しても却下される。くやしい。」 古「気にしないでくださいよ。僕は今のままがあなたらしいと思います。それに急に大きくなられても違和感ありますしね」 長「…あなたは貧乳萌え?」 古「…いえ…そうですね、有希胸萌え、というのはどうでしょう?」 長「…そう。すこしうれしい。」 古「それにしても、あなたを敵、ですか…涼宮さんはあなたと朝比奈さんと、どちらをより敵視していますか?」 長「……私…だとおもう。…何故?」 古「それは…涼宮さんにとっては、あなたのほうが強力なライバルと見られているから、ということじゃないですか?」 長「…ライバル?何故?。」 古「長門さん、あなた、彼と信頼関係にありますよね?」 長「…そう。」 古「それも、かなり厚い信頼関係ですよね?」 長「…そう?。確かに私は彼を信頼している。彼も私を頼りにしてくれている。」 古「ですよね。ですが、涼宮さんからみると、阿吽の呼吸というか、特に声に出さなくても分かり合ってるように見えるのがうらやましいんだろうと思うんですよ。」 長「…違う。私は一時期、涼宮ハルヒがうらやましかった。彼と涼宮ハルヒの間には他者の入り込む隙間のない濃密な関係がある。私が涼宮ハルヒの立場になりたかった。」 古「過去形なんですね。」 長「…今は。もう、彼と涼宮ハルヒの間に入り込む必要はなくなった。」 古「…それはまたどうして?」 長「…今はあなたがいる。………古泉一樹、あなたは意図的に私に愛をささやいてほしいのか?私がまだ体の自由が利かないほど攻め立てておいて。」 古「いやぁ、そういうつもりでもないのですが。」 長「…そう。少し残念。」 古「おや?愛をささやきたかったのですか?ゆきりん?」 長「……こういうときだけそう呼ぶのは卑怯。……古泉一樹、今後私は二度といっちゃんと呼ばない。どんなときも、古泉一樹と呼ぶことにする。」 古「それは・・少し寂しいですが…」 長「…いつでも本名をフルネームで呼ばれるのだから、本望でしょう?」 古「そうですか…。そうしますと、先ほどのようなときにも、フルネームで呼んでくださるので?」 長「……ど……努力…する。」 古「おや?動揺しましたね?」 長「…してない。」 古「長門有希さんにも、どもるなんてことがあるんですね。」 長「………。」 古「長門有希さんはどんなときでもフルネームで呼ぶんですから、僕も努力しますよ?」 長「……………………………………いっちゃん、ゆきりんと呼んで。」 古「わかりました。ゆきりん、またしますか?そろそろ大丈夫でしょう?」 長「…きて、いっちゃん。」 古「では、行きますよ。…あ、でも、逝きそうなときに「古泉一樹!古泉一樹!古泉一樹!」といわれて見たい気もしますね。」 長「……それは困難。……いっちゃん激しいから、あまり余裕ない。」 古「そうですか。ではいつものように行きましょう。」 長「…そうする。きて。」 ---------------------------------------------------- ふん・・・もっふ! もっふもっふ もっふもっふもっふもっふ・・・ ・・ ・ ---------------------------------------------------- 古「ゆきりんもこういうときは饒舌ですよね。」 長「…私たち、ヒューマノイドインタフェースは、忠実に人間そっくりの構造を再現されている。私本来の性格は無口ではない。」 古「そうですか?してるとき以外はあまり変わらない気もしますが。」 長「…このような性格、口調は私の特性。でも、無口なのは涼宮ハルヒに望まれている特性。」 古「そういえば、最近は2人のときはそんなに無口でもないですね。」 長「…そう。私は情報伝達が少し苦手。発言前に1万回推敲して発言しているため、彼や涼宮ハルヒのペースにはついていけない。」 古「1万回ですか…。」 長「あなたと2人だけのときはあまり推敲しすぎないようにしている。そのため、先ほどのように揚げ足を取られる。」 古「あ、そんなに気にしてましたか。申し訳ありません。」 長「…いい。あなたとなら、そういうじゃれあいも悪くない。」 古「それは光栄です。」 長「こうして、エラーをエラーではなく、感情としてとらえることができるようになったのは彼のおかげ。でも、それをうれしいことと教えてくれたのはあなた。」 古「それはそれは。」 長「…私は感情をあまり表出さないことを前提に作られた。涼宮ハルヒにもそのような特性だと思われ、望まれてもいる。でも、感情がないわけではないから。」 古「そうですね。最近特にそう思います。」 長「…そう。ありがとう。」 古「いえいえ、どういたしまして。」 長「……………特に最近は、言葉のじゃれあいだけでなく、………体のじゃれあいも好きになった。」 古「ほう……それはそれは。………では、次のラウンド行きますか?」 長「…まだ体がおさまりきってない。過剰に反応してしまうかもしれない。でも、きて。」 古「了解しました。では、過剰な反応も見せていただきましょう。」 長「…鬼畜。でも、私も体験してみたい。」 古「では、いきますよ。」 ---------------------------------------------------- ふん・・・もっふもっふ! もっふ ・・ ・・・ ---------------------------------------------------- 古「そういえば…涼宮さんからの敵意は今でも続いてるんですか?」 長「回数は少し減った。あなたを見てるときは敵意はない。」 古「そうですか。では、やはり、そろそろ涼宮さんにも僕たちの関係を教えてしまったほうがいいのかもしれませんね。」 長「…そう。涼宮ハルヒに対しては早いほうがいい。でも、彼の反応が未知数。また、朝比奈みくるを孤立させたくない。」 古「そうですね…。彼に対しては、涼宮さんとはっきり交際すれば問題にはならないでしょうが、そうなると、朝比奈さんがあまった状態になってしまいますね。」 長「…そう。朝比奈みくるはいずれ未来に帰る存在。この時間平面からは気持ちよく送り返したい。」 古「本当にそうですね。でも、むずかしいですね…」 長「あの性格のため、祝福してくれると考える。でも、SOS団は奇数。彼と涼宮ハルヒの関係は崩しようがない。場合によっては居場所がないと感じる可能性がある。しかも、その確率はかなり高い。」 古「そういえば、朝比奈さんは卒業したらもどるんでしょうか?」 長「…わからない。涼宮ハルヒ次第の部分がある。現時点では未知数。」 古「そうですね。涼宮さんと彼が交際を始めるきっかけとしては、僕らの関係を教えるのはいいのかもしれませんが、朝比奈さんが帰る機会を逸する可能性を作ることになりかねませんしね。」 長「その点は問題ない。私たちの関係を涼宮ハルヒに知らせれば、朝比奈みくるも含めて祝福してくれる。この時点で朝比奈みくるに発覚は避けられない。その意味では朝比奈みくるの帰還に影響はない。が、朝比奈みくるが孤立する事態をほぼ避けられない。」 古「そうですか。」 長「…そう。ただ、彼と涼宮ハルヒの交際が始まらない場合、そのことにより、涼宮ハルヒのSOS団に対する依存度が増す可能性が高い。」 古「…読めませんねぇ。彼ならこういうとき的確に読めるのでしょうが。」 長「…彼だけにしらせても、いずれ涼宮ハルヒに伝わる。おなじこと。」 古「…やはり、当分は隠しておくしかありませんか。」 長「…ない。」 古「お3方はそれぞれ鈍いのであまり隠す努力をしなくていいのが救いですが…」 長「我々は涼宮ハルヒによって、ほぼ毎日時間を拘束される。だから」 古「そうですね。こういう時間はあまり多くないですし、濃密にすごしましょう。」 長「それがいい。だから、きて。」 ---------------------------------------------------- ふん・・・もっふもっふ! もっふ ・・ ・・・ ---------------------------------------------------- 古「いっそ、朝比奈さんもお2人から引き離せれば簡単なのかもしれませんね。」 長「その手は危険。マスコットの不在は閉鎖空間が発生する確率が上昇する。あなたと2人きりで会える時間も減る。」 古「そうですか。それにしても光栄です、そんなこといってくださるなんて。」 長「それに引き離す方法も検討の必要がある。」 古「たとえば、どんな方法ですか?」 長「…あなたが考えそうな1つの方法として両手に花をもくろんでると思われる。でも、そうなると、肉体的に私が不利。それは絶対ダメ。」 古「それは少し心外ですね。僕が胸の大きさなどで浮気をするとでも?」 長「…それは実際にしてみないとわからない。でも、朝比奈みくるとだと…どれだけシミュレートしても私に勝ち目はない。それはイヤ。」 古「そうですねぇ・・確かに朝比奈さんは魅力的な女性だと思います。僕の好みとは少し違いますけどね。」 長「…あなたの好み?聞いてみたい。おしえて。」 古「実際これといってポイントはないんですが、あの小動物的な行動における魅力と肉体的な魅力のアンバランスが僕にはあわないなと思うんですよ。」 長「…それはつまり、無難で見た目どおりの人がいいってこと?」 古「そういうわけでもないんですが・・・。あまり得意なタイプではない、といったところでしょうか。」 長「…私は得意なタイプ?」 古「少なくとも苦手なタイプではありませんね。」 長「…あなたは意図的に人を傷つける発言をする人ではない。でも、遠まわしな表現過ぎてわかりにくい。はっきり言って。」 古「わかりました。僕の好みのタイプはあなたみたいな人ですよ。」 長「…そう。うれしい。…………………まだ、いける?」 古「まだまだいけますよ。今日は覚悟してください。」 長「…たのしみ。」 ---------------------------------------------------- ・・もっふもっふ! もっふもっふ ・・ ふんーーーーもっふ!!!! ・・・ ---------------------------------------------------- 古「いっそあのお二人もこの幸福感を知ればいいように思うのですが・・・」 長「…そこにいたるまでも重要。」 古「そうですねぇ…。」 長「それに彼と涼宮ハルヒがうまく交際を始めたとしても、私としては朝比奈みくるを孤立させたくない。」 古「それはそうなんですが…。朝比奈さんにこだわりますね。」 長「…彼女は私を苦手としている。にもかかわらず、彼や涼宮ハルヒと同じように接しようと努力してくれている。その気持ちを無にしたくない。」 古「そういえばそうですね。何か未来であったんでしょうか?」 長「…これは禁則事項なのであなたにもいえない。でも、朝比奈みくると私は未来で接点がある。それによる事象と思われる。」 古「そうですか・・・。あ、とすると、あなたは朝比奈さんと同じ時代にもいるということですか?」 長「……うかつ。禁則事項。」 古「わかりました。この件は忘れますね。」 長「ありがとう。どちらにしろ、苦手としていても努力してくれている朝比奈みくるを悲しませたくない。せめて、彼女が未来に帰るまではそのような状態に置きたくない。」 古「そうですねぇ・・。いっそ・・」 長「ダメ。先ほどの会話を蒸し返したいの?」 古「い、いや、そうじゃないですよ。それはあなたに無理をさせるだけですからね。」 長「…本当?…男性は「据え膳」というものがあればいくらでも対応できると聞いた。信用できない。」 古「確かにそういう話はありますが・・・。僕が信じられませんか?ゆきりん?」 長「………………やっぱりあなたは卑怯者。こういうときだけそう呼ぶなんて。」 古「別にそういうわけでもないですけどね。朝比奈さんを悲しませたくないのは僕もいっしょですしね。あ、ただし、僕はゆきりん一筋ですよ?」 長「…………なにかだまされている気がする。」 古「まぁまぁ。とはいえ、やはり、朝比奈さんのお相手が必要、しかも別れることが前提になっても問題ない人物ですか・・・。」 長「…そういうことになる。でも、そんなことを受け入れられる人物はなかなかいない。仮に彼だったとしても別れを受け入れられるかどうかわからない。」 古「そうですねぇ・・・僕だって」 長「(睨む)」 古「だから、違いますって。僕だって仮に付き合うとしても別れが約束されてるなんて受け入れがたいですねぇ・・」 長「…そう。でも、私は約束されている。私はあなたが死んだあとも一人で行き続けなくてはならない。それは…あまり考えたくない。」 古「そうですね・・僕は人間ですので長生きにも限度がありますしね。」 長「そう。だから、今はそれを忘れさせて。」 古「わかりました。では、行きますよっ」 ---------------------------------------------------- ふん・・・もっふ! もっふもっふ もっふもっふもっふもっふ・・・ ・・ ・ ---------------------------------------------------- 古「結局・・涼宮と彼を交際に追い込むのと朝比奈さんを孤立させないというのは、現時点では相反する問題ということになりますか。」 長「…現時点ではそう。朝比奈みくるが卒業する時点でどうなるかが、一つの分岐点。現時点では想定できない。」 古「やはり、そうなりますか・・・。僕としては「とっととくっついちゃえ!」と思わないでもないのですが・・・」 長「…そうなると、朝比奈みくるの存在が微妙になる。やはり、現状維持が安全。」 古「・・いっそ、鶴屋さんにでも強引に迫ってもらいますかねぇ」 長「…それも一つの手段。でも、朝比奈みくるの将来を考えるとあまり推奨できない。もともと朝比奈みくるは異性交遊が不得手。子孫が心配。」 古「あれだけ魅力的な人がですか?」 長「…そう。朝比奈みくるは無自覚で庇護欲をかきたてるが、恋愛関係には疎い。このまま同性愛に流されていくと、男を手玉に取るような人物に成長していた異時間同位体につながらなくなってしまう危険がある。」 古「僕はお会いしていませんが、朝比奈さんはそのような成長を遂げるのですか。」 長「…少なくとも、そのような印象を受ける存在に成長する。現時点ではそこにいたる要因が思い当たらない。」 古「・・・・・結局、待ちに入ったまま、閉鎖空間での戦いに明け暮れなくてはなりませんか。」 長「…最近はあまり発生していない。だから今日もあなたと過ごせる。」 古「それはそうなのですが・・。」 長「何事も急いては仕損じると聞いた。今は待つのも作戦。あなたはあせりすぎ。」 古「そうですね。もう少し様子を見ますか。」 長「そう。今は待ち。あなたは少し強引なところがある。気をつけて。」 古「あれ?そんなに強引でしたか?」 長「最初のときは、かなり強引だった。私もあなたが気になっていたから受け入れたが、そうでなかったら情報連結解除していたかもしれない。」 古「なっ、僕はかなり時間をかけたつもりですが・・・」 長「…特に初めてのときの勢いはレイプまがいの勢いだった。鬼畜。」 古「そ、そんなこと」 長「…痛かった。」 古「ご、ごめんなさい。で、でも・・今はどうですか?」 長「…今は別の意味で鬼畜。もう私は、腰が立たない状態のまま。でも、こんなにしてくれることはうれしい。」 古「そ、そうですか。あまり無理をさせたくないんですが・・・」 長「無理ではない。一時的な状態でしかない。それにこれは、それだけ愛されている証拠。私はそれがうれしい。」 古「それはありがたい言葉です。僕もどこまで持つかわかりませんが、いけるところまでいかせてもらいますよっ。」 長「…それでいい。来て。」 ---------------------------------------------------- ふん・・・もっふ!もっふ!もっふ!もっふ! もっふもっふ もっふもっふもっふもっふ・・・ ・・ ・ ---------------------------------------------------- 長「…おつかれさま。あなたのおかげで私も感情が豊かになった。感謝する。末永くいっしょに…………」 ・・・ ・・ ・・・・ 長「…着床を確認。…あなた…名前、なんにしますか?
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夏の陽射しがコールタールの地面に吸い込まれ、反射熱で肌が焼かれる中、猫が車にひかれて死んでいた。 頭の柔らかい皮膚がタイヤに剥ぎとられ滅茶苦茶に捩れて、粉砕された頭蓋から離れた場所に飛んでいた。 肝心の頭はどれが目で鼻なのか解らない程に破壊の限りを尽されていて、全てが脳の内容物でヌメり光っている。 蝿の群がる胴体は、集まった鴉の群れについばまれ、肉と呼べる物を殆ど残さずに、鳥のモモ肉の食いカスのような物になっていた。 悲しく佇むながらもその存在感が大きく目を見張らせる赤黒い内臓が、まるで血に染めた巨大な蛆虫の集まりのように見えた。 俺はその骸を充分に眺めてからまた通学路を走った。 後ろから視線を感じる、くだらない授業が六時間続き、また俺にとってくだらない部室に足が向かう。 鈍い音を立てて部室の扉を開くと、部室の中の循環されない空気がムアッと顔にかかり、何気なく苛立たしかった。 まだ紅くない夕暮れを移す窓の光が反射し逆光で見えない先には、確かにアイツがいた。 ―――― 「……なんだよ……朝比奈さんがどうしたって……!? ……死んだ……? 死んだ、って……え……?」 “とにかく僕の家に”携帯電話がそう言った後、機械音と共に直ぐに回線が切れた。 着信履歴の“古泉一樹”を眺めて間もなく、俺はベッドを蹴り飛ばして一心不乱に走り出した。 朝比奈みくるさんと俺が交際するようになったのは二年の春頃だった。 ハルヒの暴虐なイベントの数々が大体治まって平和な頃だったからよく覚えている。 不思議探索中、春風に桜が舞う、なんて俺に似合わないロマンチックな場所で、朝比奈さんに告白された。 それからは学校公認のカップルとなって、色々な男子女子に、釣り合わないだの女ったらしだの悪評をよくつかれた。 鶴屋さんや阪中とてもそうだが、特に涼宮ハルヒとはそれ以来めっきり話をしなくなった。 ハルヒは最初の頃とてつもなく不機嫌だった。 余談だが、その頃古泉は俺のせいで学校に来れない程に、閉鎖空間の処理に明け暮れていたようだ。 例えば俺と朝比奈さんが一緒に登校するとその日は俺か朝比奈さんが、活動と称した精神的拷問をされた。 一緒に下校させない様に俺か朝比奈さんを無駄な用事で学校に残すなんてのもしばしばあった。 しかし、どんなことをしても俺と朝比奈さんが離れないでいると、いつの間にか、ハルヒは嫌がらせを止めた。 そればかりか休日の不思議探索や皆で集まって馬鹿騒ぎをするようなこともハルヒは止めた。 その内にハルヒは、ただ大人しく元気と活力のない人間になっていった。 話をかけても眼も合わせないで、ただ“そう”とか“話しかけないで”とかしか言わない、長門の親戚みたいなものになっていった。 今思えば、俺はいい加減が過ぎたのかもしれない。ハルヒが俺をどう思っているかなんて、実際本心、気づいていた。 しかし俺はハルヒとくっついてSOS団が今までのように活動出来るか心配だった。俺はSOS団を失いたくなかった。 どれだけ右往左往させられても、惨めな役割をやらされても、皆でいるのはやっぱり楽しかったんだ。 そのSOS団を無くすことはできないと言い聞かせて、俺はハルヒの思いに気付かないフリをしていた。 だが今になって俺はそんなことをまるで考えていないかのように朝比奈さんと付き合っている……あまりにも人を馬鹿にしてるよな。 言い訳をするつもりはない。俺は朝比奈さんが好きだったからな。でもまあ、そんなことを考えたり言えるのは、今となっては、なんだけどな。 だがしかし、その頃、俺は本当に幸せだった。目の前の天使はおしとやかに羽を羽ばたかせて俺を癒してくれた。 ケンカすることもなく、不満もなく、毎日寝る前には母が俺を生んでくれたことに感謝の意を捧げた。 それくらい幸せだった。 それが今の瞬間、崩壊しようと……いや、もうしているのだろう。 古泉から午前の二時に来た電話の内容は簡素にして簡潔なものだった。 「よく聞いてください……朝比奈みくるさんが、消えて……いえ、死んでしまいました……とにかく僕の家へ」 それだけだった。それだけでも充分に俺を壊してしまうほどのプレッシャーがある言葉だった。 俺は、願わくばそれが何かの間違いであって、朝比奈さんの声が聴けることだけを望んで古泉の家へ今走っていた。 古泉の家は閑静な住宅街の外れにある。意外にも余り大きくない普通の家だ。静かな街並みによく似合う清潔感がある造りだ。 乳白色の玄関燈が映し照らす低い天然の垣根が、緑と白を混ぜ込む色を出して俺を迎えた。 白く塗られた玄関のドアを今直ぐ蹴り破ってでも入りたい衝動に駈られたが、如何せん今は真夜中だ、それはできない。 俺はチャイムを押して古泉の家族を辟易させることを恐れ、L字の庭の角から裏庭に周り古泉の部屋の窓をノックした。 「玄関で長門さんが待っていたんですが……まあいいです、お入り下さい」 そういって古泉は自分の部屋に俺を促した。その面が決して何時ものように笑ってはいなかったことが何となく俺を焦らせた。 古泉の部屋は窓が南向きと立地条件がよく、北側に廊下に続くドア、西側に生活用品と装飾品、東側にベッドとAV機器がある。 俺は無許可で古泉のベッドに座り込み、古泉が向かいのソファーに座るのと長門が来るのを待った。 聞きたいことは、それはもう本当に山ほどあった。しかしそれを聞いて俺は正常でいられるかが不安だった。口を開くのが恐かった。 暫くの沈黙の後、いつの間にか長門が部屋のドア付近にいた。音もなく気配も立てずに。長門が俺を見て軽く会釈をした。 古泉が長門に椅子に座るように勧めない。という事実が、澄ましたようにしている古泉が内心どれだけ焦っているのかを物語る。 妙に全身が汗ばんできた。唇を噛み締めながら、澄ましたフリをした古泉とも無言で立ち尽くす長門ともなくに、俺は言った。 「……いいか、聞きたくはない。聞きたくはないが、聞かない訳にはいかない……朝比奈さんは……どうなった?」 言ってはならない、聞いてはならないようなことでは無いようにと、本当に祈りながら俺はどちらともなく尋ねた。 「朝比奈さんは……この世界では結果的に、死んでしまいました……」 シンプルと言えばシンプルであり、モダンと言えばモダンにも見える装飾を施した部屋がクール色の蛍光灯に照らされて時間が止まる。 俺の心臓を鷲掴みにして息の根を止めようとしているかのように古泉の言葉は重かった。呼吸が出来ない。 本当に時間が止まるようにすら感じる沈黙が切り開いたのは長門の声だった。 「……正確には、朝比奈みくるはこの世界から消滅した。身体と精神が完全に消え去り生命反応も確認されていない。」 俺は何も考えずに長門の言葉を聞き入った。何か一つでも、救う余地が無いかを見極めるためにだ。 長門に顎を釈って先を促す。 「……この世界から、という言い方は誤解を招く恐れがあるため説明する。 今この世界から消滅し、他の世界に行っていたとしても……朝比奈みくるの生命反応はこの世界で途切れたため生きている確率はほぼ、ない。」 大声を出して泣きたい程に頭が痛くなった。目頭が熱くて、喉が渇いて、俺の世界が暗闇の雲に覆われた。 長門はつぶらな唇を僅かに舌で湿らせた。まだ続くようだ。 「……詳しい事実は私にも解らない、今回の事に涼宮ハルヒが関係しているかどうかすら解らない。 情報統合思念体すら知らない未来の何か……証拠隠滅などと呼ばれる様な物なのかもしれない。 ハッキリ言って情報不足、情報が入手出来ない。それ故に原因が涼宮ハルヒなのか、それ以外なのかすらわからない……」 救えるとか救えないとかの問題じゃなく完全に手が出せない状況だということを、噛み潰すように俺は理解した。 朝比奈さんが消えたとか死んだとかそれそのものがあったこと自体が当たり前になっている話し方の分、信憑性があった。 しかし聞かないわけにはいかない、全てを知る権利が少なくとも俺にはあるはずなんだ。 「な……長門、朝比奈さんは一体どうしてそんな……?」 先程と同じ様な事を言ってみて始めて気が付いた。普段古泉が笑っているのは良いことだと。 こういった状況で、笑いのない部屋は気が狂いそうだ。勿論、今古泉が笑っていたらとうに殴り殺しているのだが。 長門は少し考える仕草、と言っても目が下を向くだけだが、それを暫くしてから問いを問いで答えた。 「知ってもあなたが変な気を起こしたりパンクしないと言うのなら……私も答える」 意外な返事でありながら、長門が今から言うことは俺にとって頭が狂うことが予測される程の事が認識できた。 正直に言えば、聞くのが恐かった。今直ぐダッシュで家帰って何の心配もせずに眠りたかった。それが出来るならば。 「……大丈夫だ、逆に聞かないでいたほうが気が狂ってしまいそうだ……」 白にクリーム色を足したような実に淡い壁紙がクール色の蛍光灯に照らされた部屋の中に、俺の虚勢で塗りたくった返事が響く。 「……そう……それがあなたの返事なら、私はあなたが望むことを全て話す……だから……」 長門が悲しい表情を見せた。そんな気がした。じっくり見ると表情を戻してしまうみたいだ。 「長門さん、彼に本当の事を言うんですか……?」 笑いの無い顔をして今まで会話から外れていた古泉がふと、口をはさんだ。 冷や汗を垂らしながら、俺を変質者でも見るような、少し哀れむ目をして見ている。 俺の頭が狂うとでも思っているのか、と言ってひっぱたきたくなったが……正直なとこ俺も俺を保っていられるのか不安だ…… 「彼には知る権利と知る意思があるから、私は言う。それでは不満……?」 「……それは……そうですが……」 古泉が苦虫を噛み潰した様な顔をして言った。こうなると話の解らない俺は蚊帳の外だ。 少しだけ気が重くなってきた。外からは自動車はおろか虫の声すらも聞こえない。 「……いいですか……? これだけはあなたにちゃんと認識して貰いたいんです……」 古泉が厳しい顔をした。俺は変に背筋が伸びた。 「こんなことをあなたに伝えなければならない事を、僕も長門さんも誰も、望んではいません……!」 またさっきの様に心臓が鳴る。息が苦しくなる。しかし俺は古泉の心中がいかに辛いのかが分かるくらいには頭はハッキリしていた。 「わかってる、古泉。そう気を遣うな。 そして……済まない……」 俺は俺以外に誰も俺の心境など解りはしないような返事を、ありったけの覚悟の上に吐いた。 古泉はそれを聞いて今日初めての微笑みを佇むと、頭をうつむせて動かなかった。 長門が、「もういい……?」的な顔を俺に向けた。俺は顎で促した。 「……これから言うことは全て真実……辛いと思う……でも、聞いて…… ……衛星から送られる涼宮ハルヒの身の回りの人物を監視するデータの映像から察するに…… ……朝比奈みくるに、昨日のPM11:47に、体の外側から細胞が少しずつ液状になる現象が起きた…… まず皮膚がただれたように溶け出して、人体図にあるような筋肉や血管が浮き出た模型のような状態になった…… 頭皮も液体になり溶け出し、髪が液体化した皮膚に流れだし、頭蓋骨が剥き出しになった…… 朝比奈みくるは何が起こったのか解らないまま睡眠状態から悲鳴をあげて起き出し、痛みのショックで筋肉痙攣を起こした…… それから、筋肉、血管に同様の液状化現象が起こると、完全に意識を失った…… 意識の有無に関わらずそのまま朝比奈みくるの身体は液状化現象を続けた…… ……骨が溶け出して、最後に残った内臓が溶け終えるまで僅か二分弱だった…… その後、完全に溶けた身体が少しずつ固体化しはじめた。朝倉の情報連結解除のように砂状になり、消えた…… 情報統合思念体はそれが別の世界にワープしたと考えている、私もそう思う……」 俺の中で何かが音を立てて崩れた。精神崩壊の意識が俺の中で目を醒ました。耳が聞こえない、息が出来ない。 俺が生まれ持った感性の“美”や“可憐”をイメージさせるその象徴が、“腐敗”や“汚物”に換わる気がした。 涙が溢れてくる。喉が渇いた。頭が痛い。目が熱い。吐きそうだ。 頭が真っ白になって何を言ったらいいのかわからない。あの朝比奈さんが…… 死、って言うのは確かに、畳やベッドの上だけに訪れるものじゃない。そんなことはわかってた。でも、そうじゃない。 言葉に出来ない。喉の奥をひっかき回されるような不快感。何を言いたいのか俺自身解らない。 よくわからなかった。長門や古泉がかけよってくるなかで、意識がなくなったのだけは、憶えてる。 「どうし……ですか……!? ……くん……!」 遠い……遥か遠くの場所で俺の名前を呼ぶのは、誰だ…… 俺はもう、そこにはいたくない……俺を呼ばないでくれ…… 生きる希望を無くした俺を……そうまでして生かそうとする理由はなんだ……? 「長……ん……! 水……ってき……………!」 俺のことはもう放っておいてくれないか……? 朝比奈さん……朝比奈……さん……? 暗い暗い空間に俺はいた。地球とか宇宙とかそういう空間じゃない。 誰もが持つ心の闇だ。卑しき者の心の逃げ場所だ。 暗い暗い俺の目の前から、誰かの声と、朝比奈さんの声が響いていた。 俺の心に咲いて散った小さな一輪の花の……記憶なんだろう。 『キョンくん……キョンくん……!』 朝比奈……さん…… 『キョンくん……会いたいよ……!』 ……俺も……会いたいですよ……朝比奈さん……どうすれば会えますか……? ……俺も死ねば、あなたに触れられますか……? 『……でも……こっちに来ちゃダメなの……!』 え……? 違う、コレは……俺の記憶じゃない……! 今ここにいる朝比奈さんは……まさか…… 『……私には何があったのか解らないの……解らないまま死んじゃったから……』 ………… 『でもこれだけは言えるの……! ……キョンくんは生きてるから……』 ……朝比奈さん…… 『だから……長門さんや、古泉くんを守らなきゃダメなの……!』 ……朝比奈さん……!? 『危険が迫ってるの……絶対に目を放しちゃだめ!』 ………… 『キョンくんの……私の……みんなの……SOS団を守って……!!』 ……朝比奈さん……!! 『そして……私のこと……忘れないで……』 「キョンくん!! キョンくん!!」 ――ハッ 目を覚ました場所は、まだ古泉の部屋だった。 明るい照明が照らす部屋のベッドに俺はいた。 目の前には古泉と長門。古泉は息をきらして本当に心配そうな目をしている。 何がなんだか解らないが俺は……とにかく、何かに耐えきれなくて…… 手を広げる長門に抱きついて……泣いた…… 「本当にもう大丈夫なのですか……? もう少し、ゆっくり……」 「いや、いいんだ。」 そう答える俺の声は閑静な家に響く。目の前の仲間達はまだ、俺の身を案じてくれている。 「とにかくだ、朝比奈さんは死んでしまった。どんな力を持ってしてもそれは覆すことはできない」 妙に頭がハッキリして今言わなければならない言葉がスラスラ出てくる。 さっきまで死にそうな面をしていたやつが余りにハキハキと喋るのにギャップがあるのか、長門も古泉もちょっと驚いた顔をしている。 「ならば今から俺達は何をしなければならないのか、それは、自分と仲間の身を守ることだ いつ誰が朝比奈さんのようになるかわかりゃしないんだから、自分の身を守りきって、朝比奈さんが愛したSOS団を守るんだ」 「……それが一番賢明な判断だと思う」 「……僕も、あなたの言っていることに少しも反論はありません」 全員が全員、一致したようだ。そうでなければならない。 これ以上、俺の大事な人を失ってたまるものか。 俺は今この世にいる誰に言うともなく、言った。 「絶対……守ります……絶対……!」 ――第1話 終了――