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第四回『朗読祭』 開催のお知らせ ■募集人員■ シナリオライター、キャスト、編集 各若干名 ■各自役割■ 『シナリオライター』 定められた期間内に、『台本用うpろだ』に3kb以内の朗読シナリオを提出 『キャスト』 定められた期間内に、『専用うpろだ』に朗読祭用シナリオを読み上げた音源を提出 『編集』 定められた期間内に、『専用うpろだ』に提出された音源を編集し、提出 ■応募規格■ 『シナリオ』 募集期間 2/13(土)21 00 ~ 2/14(日)21 00 3kb以内、txt形式で提出。コメント欄に『朗読祭用』と記入すること 『提出音源』 募集期間 2/13(土)21 00 ~ 2/14(日)23 50 モノラル、44.1kHz、128kbpsのmp3で提出。コメント欄に『朗読祭○○(シナリオ名)』と記入すること また、自分でBGMなどをつけ編集した場合には『編集済』と追記すること 『完成品』 提出期限 特になし コメント欄に『レス番 シナリオ名 (あれば)編集者名』と記入し提出すること
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● 周囲に吹雪の空間を拡大させていきながら、≪冬将軍≫は夢子を討ち取る為に砲塔群を操っていた。 放たれる砲弾は≪夢の国≫が用意した戦力を確実に氷の中へと閉じ込め、削っていく。 同時に≪冬将軍≫自身もまたその身体や砲塔、凍死兵達に多種多様な攻撃を喰らっていた。既に砲塔は何度総入れ替えをしたのか憶えていない。 同等に見える潰し合いは、しかし≪冬将軍≫の側に状況を傾かせていた。 ≪夢の国≫の中に巻き起こる吹雪の範囲が少しずつ広がっている事がその証拠であるし、吹雪と兵、そして砲撃を止めようとして動き続けている夢子の顔に疲労が見え始めた事が己の有利を≪冬将軍≫に確信させていた。 「それっ!」 夢子のかけ声に応えて半ば氷の中に埋まっていた≪夢の国≫のパレードの櫓から、縄やワイヤーやネットが放たれて来た。鉤が付いたものや投網のように先に錘が付いているものまである。どうやら≪冬将軍≫を捕らえようとする心算のようだ。 「邪魔だ!」 ≪冬将軍≫は砲塔群でそれらを打ち払う。そのまま櫓も砲撃の底に沈め、夢子のこれまでの攻撃や行動から相手の目的を推し量る。 ……ワタシを削るとは言っていたが、見た限りではワタシを討つ為に有効な武具を持っていないと見える。 夢子の攻撃は次々に≪冬将軍≫が招きだす武器や兵力を削ってはいくが、≪冬将軍≫そのものを穿つような類の攻撃ではなかった。 そもそもが≪冬将軍≫は現象だ。彼を殺そうとするのなら単なる物理的な攻撃は大した意味を為さない。かといって≪冬将軍≫の戦力が枯れるまで相手をするとした場合、夢子は≪冬将軍≫が存在した期間中にその身に呑んだ全ての兵力と争う必要が出て来る。その数は膨大だ。今の戦況のままならば、夢子が≪冬将軍≫の内にある兵力を全て破壊し尽くす前に≪夢の国≫が冬に鎖される事になる。 ……オルコット達が倒されるまでの時間を稼げればそれでいいと思っているのか? たしかにオルコットが倒されれば自分はこの戦いを無理に続ける必要もない。オルコットの目的が果たされないのであれば自分は再び虚無と自然と共に在るだけだ。 しかし敵の目的が時間稼ぎならば一つ合点がいかない事がある。 それは、 「何故君はこの≪夢の国≫の住人達を遣わせるだけにして、自らは隠れて様子を見守るという事をしない? ワタシを足止めしておく事が目的ならばそれだけで事足りるだろうに、どうにも賢くないな」 もちろん何らかの手を相手が隠しているという可能性も高い。しかし≪冬将軍≫は夢子の行動の端々に今の疑問と似たような非効率的なものを感じていた。 ……彼女が彼女であるが故の、≪夢の国≫の王故の不合理さか……? ならばそこにつけこんで滅ぼすまで。そう思う≪冬将軍≫に夢子は言葉を返してきた。 「わたし達は罪を償って生きて行くと決めました。わたしはみんなの王様として、あの罪の実行者として、みんなと一緒に矢面に立ちます」 夢子の真剣な言葉に悪いと思いながら、つい笑いが零れ出る。彼女の言通りだとしたならば、彼女の行動には特に裏というものはないのだろう。 しかしそれは、 「くだらない感傷だと思うがね!」 「王様の矜持です!」 意思の強い敵だ。声に含まれる威厳に、やはり戦いづらいと思いながら≪冬将軍≫は砲塔を夢子の方へと向ける。 「ではその驕りと共に消えるといい」 「償うんです、わたし達の全てで、だから簡単には消えてあげない。冬には屈しない!」 両者が用意した砲がそれぞれの意志を反映するように高らかに吠えた。 ● ≪冬将軍≫に啖呵を切った夢子は、≪冬将軍≫から加えられ続ける猛攻に焦りを浮かべていた。 いくら夢子であろうと≪冬将軍≫が放つ砲弾の直撃を喰らえばどうなるかは分からない。そのまま凍結、睡眠させられる事になれば、≪夢の国≫は王権の所有者を失ってその防衛能力を著しく喪失する事になる。 ……そうなったら≪夢の国≫は≪冬将軍≫に呑みこまれてしまいます。 長い間砲撃戦を続けているせいで夢子も疲労を覚えていた。≪夢の国≫の住人達にも動く事ができなくなった者達が多く存在する。なんとかして早く≪冬将軍≫を沈黙させる必要があった。 しかし、 ……さっきからみんなの攻撃が≪冬将軍≫に当たっている筈なのにダメージを与えているようには見えない。 凍死兵や砲ならば≪夢の国≫の住人達の攻撃で削る事が出来るが、事前にTさんに聞いた≪冬将軍≫の情報を鑑みると、砲や兵を削る事によって≪冬将軍≫の戦力を失わせるにはとんでもなく長い時間がかかりそうだった。 砲や兵が枯れるのを期待するのは現実的ではない。 ……やはり≪冬将軍≫本人を討つしかない。 だが≪冬将軍≫に有効打を浴びせるには物理的な攻撃では難しいだろう。物理的な攻撃で≪冬将軍≫にダメージを与えようとすれば、冬そのものを吹き払う事ができる天災規模の力をぶつけるしかない。しかし夢子にはそれほどの破壊力を持った攻撃はない。 ……それなら、やっぱり…………。 先程から幾度か脳裏に昇り、そのたびに使用を否定しようとする力をはっきりと思い浮かべる。 「うん、そうだよね……過去を受け容れて生きていくんだもん」 自らに言い聞かせるように言い、夢子は≪夢の国≫の住人達に指示を出す。 「みんな……そろそろ土足で踏み込んでくる無遠慮な冬には退場してもらおう」 ● ≪冬将軍≫は≪夢の国≫の住人達が動きのパターンを僅かに変えたのを察知した。 これまでは≪冬将軍≫の正面にあたる位置から櫓を幾重にも連ねて、各櫓ごとに攻撃と防御を割り振っては≪冬将軍≫と凍死兵達に応戦してきた≪夢の国≫の住人達だったが、今は櫓は全方位から≪冬将軍≫を囲むように展開していた。≪冬将軍≫を逃がさないよう、そしてそれ以上に≪冬将軍≫の冬の中で大樹の枝のように無数に展開している砲群を一息に潰そうとでもいうような全方位攻撃の布陣だ。 そして≪冬将軍≫はもう一つ気付く。 ……王が居ない。 つい先ほどまでマスコット達と共に先頭に立って≪冬将軍≫に向かって攻撃をしかけては≪冬将軍≫の砲撃を避け、すぐに冬の範囲外の物陰からひょっこりと姿を現わしては付かず離れずに再び攻撃に移っていた夢の姿が≪冬将軍≫の視界から完全に消えていた。 ……あれほどの啖呵を切っておいて逃げたとも考えづらい……何か仕掛けて来るつもりなのか……。 防御重視の構えから攻撃重視の構えに布陣を変えた≪夢の国≫のパレードと住人達、そして姿を一時的に消した夢子の様子からそう判断し、≪冬将軍≫は砲塔群を包囲陣を敷く敵に向けて展開した。 ……応じようではないか王よ、そろそろ決めよう。 オルコットが徹心の異界へと渡った後に凍死兵以外にも更にいくつかの強力な気配が徹心の異界へと渡っていくのを気取った。気配からしておそらくユーグとTさんだろう。 ……オルコットのもとへと届ける兵力は多い方がいい。これで決着をつけて助力に向かおうではないか。 徹心の契約都市伝説は≪桃源郷≫だと聞く。桃が生い茂る理想郷を冬に沈めた時自分は何か感慨を得るだろうか。そう思いながら全方位に向けた砲塔から≪夢の国≫内部を完膚なきまでに破壊し凍結し尽くすために砲火を放つ。 砲弾の着弾と共に氷柱が生え、崩されていなかった建物内から≪冬将軍≫を狙っていた≪夢の国≫の住人が砲弾に体を引きちぎられて、冷気に体の断片ごと凍結される。 櫓が応戦として砲の類を放って来るが、近代兵器を主に操作している≪冬将軍≫のほうが直接的な砲撃戦では分がある。≪夢の国≫の住人の攻撃によって破壊された砲をすぐさま入れ換え、凍死兵達に地上から櫓の移動機構を破壊するように命じた。 徐々に砕かれ凍りついていく櫓と、一気に勢力範囲を広げる自身の冬に≪冬将軍≫はこのまま畳みかける事ができると思う。 その≪冬将軍≫の真正面、目と鼻の先に夢子が忽然と現れた。 ≪冬将軍≫は懐から拳銃を抜いてすかさず彼女を撃ち抜く。 拳銃が火を噴いた瞬間、わずかな硝煙に紛れて夢子が消え失せた。 ――背後! 思いざま、≪冬将軍≫は軍刀を振るう。硬い手応えが返り、≪冬将軍≫の勘の通りに背後に現れていた夢子が≪冬将軍≫の軍刀を剣で防いでいる姿が映る。 ≪冬将軍≫は力任せに剣を押して軍刀に対抗する夢子に対して、力を抜いた。 「――!?」 ≪冬将軍≫の引きに対応できずにガクンと体勢を崩して前、≪冬将軍≫の方へとつんのめった夢子へと≪冬将軍≫は拳銃の先を向ける。 「技量がまだまだ足らんな」 銃撃はすんでのところで夢子の頭を撃ち抜く事は出来なかった。 「また転移かね、つれない」 そう言いながら、≪冬将軍≫はおかしいと心に思う。 今≪冬将軍≫の周囲には彼を中心にして冬が展開されている。夢子といえども長時間この冬の範囲にとどまる事は賢い選択とはいえなかった。これまでの付かず離れずの戦闘でも彼女は冬の範囲外に一度逃れてから攻撃を仕掛けて来ていたのだ。それなのに今夢子は≪冬将軍≫の手が届く範囲をまとわりつくように立ち回り始めた。 また背後から剣を振り下ろしてくる夢子の気配がして、≪冬将軍≫は地面から生やした砲の一つを指運一つで操作して気配を撃つ。 次の瞬間には夢子は別の場所にある砲身に座って先込め式の銃を向けてきていた。 それを払っても更にすぐ近くに王は転移してくる。まるで踊りを踊らされているようにめまぐるしく対応させられている事に、≪冬将軍≫は何らかの意図が存在するのだろうと予想する。 警戒しなければなるまい。そう思う≪冬将軍≫に夢子の声が届く。 「今だよ!」 言葉と同時に夢子が覆いかぶさるように上空から現れた。剣を突き込んできた夢子に対して≪冬将軍≫は反射的に軍刀を突き刺す。 ≪冬将軍≫の一撃に対して夢子は転移を行わなかった。 手に少女の腹を突き刺す軽い手応えが返る。 どういうことだと疑問するよりも早く、夢子は腹を貫かれた状態で剣を手放し、≪冬将軍≫の顔を抱きしめた。 視界を封じられた。背筋に寒いものを感じて彼女を引きはがそうとすると同時に≪冬将軍≫の吹雪の中に新たな巨大物が侵入してきた。吹雪に閉ざされ、夢子に視界を封じられていようとも、≪冬将軍≫は己の冬の中に侵入してきた巨大物体を冬の主として空間を通して感知する。侵入してきたのは≪夢の国≫の櫓では無い。それは、 「……っ、突貫工事、です、けど……地面の上も走れるようになってるんですよ? あなた方が乗りこんできた、船」 腹を貫かれ、そしてその体に≪冬将軍≫によって冷気を流し込まれている事でとぎれとぎれになる夢子の声に合わせるかのように、吹雪を突き破って≪ベイチモ号≫が現れた。その先端、異界の入り口をこじ開けた衝角が≪冬将軍≫を貫こうと迫って来る。≪ベイチモ号≫の衝角は異界を割り開く。それを喰らえば≪冬将軍≫であろうとダメージを受けるだろう。 「しかし当たりはしない! 視界を封じようと無駄だ、王よ!」 ≪冬将軍≫は視界の不調を意に介さず、砲塔群を全て正確に≪ベイチモ号≫へと向けた。 「放て!」 全ての砲が巨大な≪ベイチモ号≫を止める為に放たれる。 轟音と鋼鉄が砕ける耳障りな音が連鎖し、ものの数秒で≪ベイチモ号≫は氷の棺の中へと埋められた。 防いだ。あとは軍刀の先の王を凍らせて終わりだ。そう思いかけた≪冬将軍≫に対して夢子は更に一つの行動を起こした。 彼女は体の半ば以上を≪冬将軍≫の手によって送り込まれる冷気に侵されながら、苦しげな声で叫ぶ。 「撃って!」 直後、≪ベイチモ号≫に向けてその全ての砲門を向けていた≪冬将軍≫と彼を中心とする要塞のごとき砲塔群、そして夢子へと≪夢の国≫からの砲撃が加えられた。 ● 「……く、自分ごと撃たせるとは……」 全方位からの射撃をまともに受け、展開していた砲が全て破壊された。指揮する凍死兵が向かっているため一応≪冬将軍≫に対する射撃はひと段落をつけたが、油断はできない。 「……だが、ただの砲撃ではワタシは殺せんよ」 ≪ベイチモ号≫の衝角は既に氷の中で封じられている。この場に≪冬将軍≫に対して有効な武器はもう存在しない。 「さぁ、終わりだ」 ≪冬将軍≫は≪夢の国≫の櫓へと攻撃を仕掛けている凍死兵達の援護の為に砲塔を呼び出して砲撃対象を示そうとして、体が動かない事に気付いた。 ――何ッ!? 驚きを心に生み、≪冬将軍≫は咄嗟に自身の状態を確認して原因に見当をつける。≪冬将軍≫が着ている軍用コートや顔、軍刀に至るまでにこびりついている血や肉片がその原因だ。 ……王の血肉――――ッ! それらが意思を持つかのように絡みつき、≪冬将軍≫の動作を縛り付けていた。 ……死なない王、血肉もまたしかりか……これが先程の一連の攻撃の目的! 血も肉片も冬の影響を受けて次々に凍りついていく。≪冬将軍≫を長く縛りつけておく事はできない。夢子の肉体が全て凍りつけば≪冬将軍≫の勝ちだ。 しかし血や肉片が全て凍りつくよりもさらに早く行動するものがあった。 細く白い手だ。 手首から先だけで浮遊するそれは、たおやかな指で一本のナイフを掴んでいた。 手は吸い込まれるようにスルリと≪冬将軍≫の胸にナイフを突き刺す。 「諦めが悪い王だ!」 驚きの残滓を引きながら、しかし≪冬将軍≫は呆けず周囲に喚び出した砲の先を己へと向けた。冬の影響で肉体が凍りつくまで待つまでも無い。砲撃で凍らせてしまえばいいのだ。 「忘れたのかね王よ、ワタシに普通の刃物は何の意味もなしはしないのだよ?」 ――うん、でもね? 背後から声がした。夢子の声だ。 彼女の長い髪がこちらの頭に触れる。いつの間にか胸を刺していたナイフを握っていた手には腕と肘が付き、その先は≪冬将軍≫の背へと回されている。≪冬将軍≫を包んでいた血と肉片は忽然と消え失せていた。 声は≪冬将軍≫の耳元で囁くように冷たく告げる。 「≪夢の国≫には内臓をとっちゃう人がいるんだよ?」 「――なに?」 ≪冬将軍≫は自身を襲い始めた異常事態に瞠目した。 ――ワタシの存在が削り取られている……? 自身を都市伝説として確立し、この世界に存在させている大元、その力が付き刺された胸のナイフを伝うようにして失われていくのだ。内臓を奪うという≪夢の国≫に語られる都市伝説のうちの一つの能力が、内臓という形ある物ではなく、≪冬将軍≫の存在という不定形な代物を削り取るように機能する原因は、 ――拡大解釈……ッ! ≪夢の国≫の王は元は人間、契約者だ。その彼女が≪夢の国≫に呑まれた結果≪夢の国≫の王になったというのなら、拡大解釈は適用されるだろう。 背後から抱きつかれている状態では軍刀を腹越しにまた突き刺したところで引きはがす事は叶わない。 しかし、 「砲群よ! ワタシごと王を撃て! 今度こそ凍らせる!」 声に応じて≪冬将軍≫へと方向を向けていた砲が一斉に弾丸を発射した。 更に≪冬将軍≫は腹越しに軍刀を突き刺し、平行して冬の侵略を全力で侵攻させる。 「凍て付き果てるといい! 一度は凋落した国の主よ!」 「お黙りなさい、将軍」 重い言葉と共に炎が周囲を包んだ。 ≪ベイチモ号≫から抜き取られた燃料がまかれ、≪夢の国≫の住人によって火をつけられたのだ。 火勢は冬の吹雪の前に目に見えて衰えていくが、周囲の温度はつかの間上がる事になる。 王は未だ凍り付かない。軍刀の先で刺された夢子の感触が消失した。 「あなたの目の前に居るのは仮にも≪夢の国≫の王様ですよ?」 彼女は自らの血と放たれた火によって彩りを添えられたワンピースをドレスのようになびかせて≪冬将軍≫の前に現れた夢子は、両の手を広げ、無邪気な笑みで≪冬将軍≫の胸にもたれかかる。 同時に先程まで無手であった筈の手には再びナイフが握られ、≪冬将軍≫を穿った。 「――何故、この力を今まで使わなかった……?」 「先王は病んだ身体の臓器を健康なものと入れ換える為に多くの人を殺し、臓器を奪いました。その悪行の証……わたしが疎んだ力、わたしたちの……わたしの罪の証」 夢子が言葉を重ねる間にも≪冬将軍≫の存在は削られていく。既に凍死兵を喚び出す能力も喚び出している砲を遠隔で操る能力も奪われていた。 でも、と彼女は言葉を続ける。 「どうです? あなたのような現象をこの世に留めている臓器(噂による存在の力)も奪えるでしょう?」 そう言って≪冬将軍≫の顔を胸元から見上げて来る夢子へと≪冬将軍≫は軍刀を突き刺した。 夢子は体を内側から凍らされるより早く転移し≪冬将軍≫から距離を取る。 血を一度吐き出し、湯気を放つ血に身震いする彼女を見ながら、≪冬将軍≫は彼女が一皮剥けたという事かと理解する。 ……成長速度は子供のそれ、ワタシを削る為に力を転用するその発想の着眼は大人の狡猾さか……。 歪で恐ろしい。そう相手の脅威性を再認識して腹に刺さった二本のナイフを抜きとり放り捨て、≪冬将軍≫は夢子に告げる。 「どちらが存在をより長く保っていられるか、確かめ、競い合おうではないか!」 ≪冬将軍≫に残された彼自身の能力、冬の結界が、全てを包みこもうと≪夢の国≫へと雪崩れ込んだ。 ● 時間が経ち、冷気が周囲に濃密に滞っていた。 そんな中、≪冬将軍≫は砕けた石畳の上に佇んでいた。 その魁偉な風貌を飾る軍用のコートは所々ほつれ、軍刀は刃が欠けている。表情には濃い疲労の色があった。 彼は跡かたも無く吹き飛んだ周囲の≪夢の国≫の街並みに視線を沿わせ、やがて目的の姿を見つけられず、深く息を吐いて呼びかけた。 「王よ、存在しているのだろう? 出てきたらどうだね?」 「……はい」 ≪冬将軍≫の呼びかけに応じて姿を現わした夢子もまた≪冬将軍≫と同じようにひどく疲労の色を浮かべていた。 顔は青白く、衣服はもう替える為に力を割くのも面倒なのか、泥や血で汚れ、元の色が何なのか分からなくなってしまっている。 ≪冬将軍≫は夢子の様子に苦笑して、己のボロボロになった軍用コートを新品同様に再構成して夢子へと放り投げた。 「着るといい。その服ではいささか不憫だ」 そう言う≪冬将軍≫の身体からは淡い光が立ち昇っている。都市伝説としての存在が消滅する予兆だった。 「ありがとうございます」 汚れた衣服を脱ぎ捨てて軍用コートを肌の上に直接着込む夢子に≪冬将軍≫は「もう少し羞恥心を持ちたまえ」と小言を言い、ふと呟く。 「国を護る存在として語られてきたワタシが国を滅ぼそうとした時点で勝負は決まっていたのだろうか」 自分の存在が希薄になっていくのを感じる。もう長くはあるまい。そう思い、消滅が自分の末路かと感慨にふける≪冬将軍≫に夢子は「分かりません」と小さく答えた。 「ただ将軍様は進軍の為にお力をかなりお使いになられておられましたし、そも、わたしの≪夢の国≫の中で≪夢の国≫側からの影響を常に受けておられましたから」 「その条件を呑んだ上で君と戦ったのだ。言い訳にもならんよ」 ≪冬将軍≫は苦笑する。 「……敗れはしたが、悪い気はしないものだな」 「…………一つ、お訊ねしてもよろしいでしょうか?」 「何だね?」 「何故、オルコットの手伝いをしようなどと? 失礼ですがあなたは人の世界の在り方に興味を示すような方には見えないのですが」 なかなか正鵠を得ていると思いながら≪冬将軍≫は答える。 「強いて言うのならば、オルコットはただの現象であったワタシに意志をしめしてくれた存在だからだな。あの理想に邁進する姿はワタシには眩しく映ったのだ。人の噂から生まれた存在なればこそ、ワタシも人と関わらずにはいられなかったのかもしれん」 「そうですか……すみません」 「何を謝る? これは戦争だ。殺し、殺されるのが常で当たり前なのだよ。それにワタシという存在は究極的には死にはしない。≪冬将軍≫はその伝承からして多くの個体を生みだす事は無い。また冬が巡れば人々がワタシを再構成するだろう。それがワタシと同じ記憶を保持しているのかは分かりはしないがな」 「では、もしあなたが、あなたの記憶を持つ個体が現れたのならば是非とも≪夢の国≫へとお越しください。その時に今回の顛末をお話しましょう」 夢子の発言に≪冬将軍≫は笑みを浮かべた。夢子の今の発言は自分達が勝ち、生き残る事を宣言しているに他ならない。 「ふふ、自分達が勝つと思い、疑っておらんか」 戦場においてはその自信は戦況を動かす一要素にもなるだろう。≪冬将軍≫を倒した程の者ならばその自信に足元を掬われる事もあるまい。 半ば呆れる≪冬将軍≫に夢子は笑顔で応じた。 「はい。あの人たちが……わたしを悪夢から救ってくださった王子様たちが戦っているのですから、負ける事はぜったいにありません!」 「フ、ク、ハハ――――」 そうきたか、と≪冬将軍≫はこらえきれない笑いを零す。 ……まるで夢見る少女のようだ。 思い、≪冬将軍≫はその思いのまま、不思議そうな顔をしている夢子に最後の言葉をかける。 「では、また縁があったら会おう――お嬢ちゃん」 体が消滅する。 ……オルコットの目的が成っても潰えても、もしワタシがワタシとしてもう一度世界に存在を得る事があるのなら、彼女のような者と友誼を結ぶのもまた一興かもしれんな……。 その時は虚無を抱えて生きる事もないだろう。 それはとても幸せな事に思えた。 ● 消滅した≪冬将軍≫を見送り、夢子は背後に控えている≪夢の国≫の住人達に振り返った。 眉をハの字に、少し困った顔をして、 「最後、お嬢ちゃんって呼ばれちゃったね」 先王の罪の証と言うべき力も扱う事ができた。自分は王としてまた一つ成長できたと思っていたがまだまだ甘いという事だろうか。 王の道は難しい。そう彼女は思うが、しかし、 「でも、きっと悪い意味だけじゃないよね」 笑みを浮かべ、夢子をお嬢ちゃんと言った≪冬将軍≫を思い出す。 何か明るい意味もあの言葉には秘められていたんだろう。そう思い、よし、と顔を上げ、眉に力を入れる。 「まだ、将軍様がのこしていった兵隊さん達がいっぱいいるね」 本当は≪桃源郷≫へとTさん達を助けに生きたいが既に夢子は疲労困憊状態だ。無理はできない。 「まずは≪夢の国≫の中にいる兵隊さん達をやっつけちゃおう。そうすれば≪桃源郷≫に侵入する兵隊さんも減るもんね」 ≪夢の国≫の住人が俄然やる気を出す。Tさんのもとに居た子も、千勢のもとにいた子もそこには居た。彼等も勝利をくれたTさん達に報いたいのだろう。そう思い、がんばれと声をかけ、夢子は号令する。 「さあみんな、お片付けの時間だよ!」 それぞれ移動していく≪夢の国≫の住人達を見送りながら夢子はコートを掻き抱く。 ……がんばってください、皆さん。 冬は去り、陽光がまぶしく輝いていた。 前ページ次ページ連載 - Tさん、エピローグに至るまで
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● 夢子と≪冬将軍≫は互いに動きを止めて道の奥へと意識を向けた。 互いの顔を見合い、共通の見解がとれている事を表情から察して、≪冬将軍≫が口を開く。 「この異界を抜けて行った者がいるな」 「そのようですね……」 空間に強く干渉する能力を持つ二人は、この空間を抜けて別の異界へと抜けて行った存在がある事、そしてそれはかなりの人数である事を正確に感知していた。多くは凍死兵だろうが、その中で一つだけ他を圧して巨大な気配があった。 一体誰が、と呟く夢子に≪冬将軍≫が言う。 「オルコットだろう、≪ジュワユーズ≫を解放した気配がある」 「この強い都市伝説の気配の事ですか?」 「そうだ」 ≪冬将軍≫の肯定に夢子は俯く。その面にはありありと心配げな表情が浮かんで、 「余所を心配するのもいいが、ワタシを忘れてしまうのはよくないな」 ≪冬将軍≫の片手に握った軍刀の一閃が夢子を断ち切った。 しかし、 ――王様は一人しか居ないけどね、世界中のどこにも居るんだよ? 「そして≪夢の国≫では人は死なないのだな?」 ≪冬将軍≫の背後に現れた夢子に≪冬将軍≫はもう一方の手に持った猟銃の銃口を突き付けた。 発砲する。 「……ふむ、やはり王はこの国の中に遍在しているのかな?」 ≪冬将軍≫は呟きながら≪夢の国≫の住人へと対処している凍死兵達に新たな指示を出しながら呟く。確かに夢子を捉えた筈の刃も銃弾もぎりぎりで避けられたのか、夢子を穿つ事はなかった。夢子の姿は、軍勢同士の戦闘が撒き散らした粉塵に包まれた一瞬で視界から消えてしまった。 手ぶりで王に気を付けるように指示し、≪冬将軍≫はひとりごちる。 「彼女らしい瞬間転移だが……さてどうやって捉えたものか……≪夢の国≫か、一つ試すとしよう」 ● 「びっくりしました……」 夢子は≪冬将軍≫からは死角になる建物の陰で胸を撫で下ろしていた。先程の≪冬将軍≫の動きを思い出す。 ……私が移動する位置が悟られていましたね。 軍勢の指揮を執りながらの短い戦闘の間にこちらの動きを見抜いて来たということだろうかと思い、≪冬将軍≫の悟性に感服する。 ……どうしましょう。 夢子としてはとりあえず冬の侵食とこれ以上の凍死兵達の進軍を食い止める事さえできればそれで問題はない。後はTさん達がオルコットの進軍を止める事ができれば≪神智学協会≫の目的を阻止でき、≪冬将軍≫も退くしかなくなるだろう。 ……オルコットの進軍を皆さんが止めてくれるまでの間、この場に彼を釘づけにするためには……。 地の利はこちらにある。いくつか手も存在するだろう。そう考えた時、夢子のもとへ≪冬将軍≫の凍死兵と戦闘を行っていた≪夢の国≫の住人から異常事態を伝える連絡が入った。 「……え?」 その内容に夢子はまずいと思い、事実を確認しようと≪冬将軍≫の方を窺う。≪冬将軍≫の軍刀に貫かれた≪夢の国≫の住人が内側から身体を凍らされている光景を。 腹を貫かれたその≪夢の国≫の住人は、動きを止めていた。 ≪冬将軍≫はその結果に興味深げに頷いて、銃口を彼に襲いかかろうとしていた≪夢の国≫の黒服に向けた。銃弾が黒服の、異常に伸びた奇形の左腕を穿った。首を落とされても動く事が可能な≪夢の国≫の住人にとっては絶命の一撃には大抵成りえない一発。しかし、 「やはり……か」 その黒服は動きを鈍くし、やがて動きを停止した。彼の身体からは冷気が立ち昇っている。 続いて放たれた銃弾によって≪冬将軍≫に撃ち倒された≪夢の国≫の住人達が動きを止めるのを視界に収め、夢子は息を詰めた。 気付かれた。そう悟る夢子の目の先、≪冬将軍≫は周囲一帯に聞こえ渡るように大きな声で悠然と告げる。 「焼いても電気を通してもこたえないが、どうやら冷気には対応しきれないと見えるな、王よ」 ……病める身体を冷凍保存した≪夢の国≫の創始者……! 元々は延命の為の手段だが、それを逆手に取られた。創始者を欠いた現在の≪夢の国≫だが、夢子は元契約者だ。王となった彼女の下にある住人達にも夢子を通して能力は影響を与えている。 ……それでも、普通の冷気では参ってしまう事もないはずなのに……。 どうやら≪冬将軍≫は攻撃を打ち込み、内部から完全に凍らせているらしい。乱暴な、と不満を抱くがここは戦場で≪冬将軍≫は敵だ。どうしようもないと諦めて指示を出す。 「みんな! 凍った子を連れていってあげて! フロートを前面に出して彼と直接戦う事は避けよう!」 そうしながら夢子は≪冬将軍≫の前に現れた。≪冬将軍≫の今の攻撃の成功は≪夢の国≫の住人が保持する、死にづらいという特性を覆してしまう可能性を持っている。見ている限りでは、どうやら今のような攻撃は≪冬将軍≫以外の者はできないようだ。しかし≪冬将軍≫にここから先に進まれては≪夢の国≫の住人を次々行動不能にされ、全体の情勢すら変わる事にもなりかねない。 何としても止める。そう決意する夢子に≪冬将軍≫が言葉をかける。 「あのような攻撃をワタシが行使できると知った上でワタシの前に現れてもいいのかね?」 「ええ、あなたを進ませるわけにはいきませんから」 答える夢子に≪冬将軍≫は薄く笑って見せた。 「王よ、別に凍気で≪夢の国≫の住人を倒しやすくなったとて、ワタシ一人しかそれができないのではあまり意味はないと思わないかね? どちらにせよ大規模攻撃で滅するしかないのだから、敵は結果として砕ける。凍気の存在もそれではあまり意味がなかろう?」 「それでも止めます。異界への道が通じてしまい、オルコットが行ってしまった以上、誰一人後ろに通すわけにはいきません。向こうには大事な友達がいるんですから」 それに、と夢子は言葉を続ける。 「将軍さまは凍気ではなくって、冬で私たちを包もうとしているよね?」 ≪冬将軍≫は、うむ、と頷いた。 「……戦闘を重ねて諒解したことがある」 ≪冬将軍≫の周囲に変化が訪れる。彼の周りに雪がちらつき始めたのだ。 雪はその量を増し、時を置かずに吹雪になる。≪夢の国≫が強引に干渉してくる冬を排除しようと能力を発動させるが、≪冬将軍≫を中心とした球形の小規模な吹雪は≪夢の国≫に呑まれる事なくわだかまった。 「この国に対して冬を招くのは至難の業ではあるが、決して不可能ではないとな」 じわじわと国を侵そうとする吹雪の、そして冬の結界の中心で≪冬将軍≫は更に告げる。 「君達が用意した防衛の構えも抜けられ、オルコットはタカベのもとへと至った。そろそろ斜陽の時だよ、王」 言葉の後を引きとる形で冬の結界の内部から重々しい動作音が聞こえてきた。何事かと目を向ける≪夢の国≫の住人の中、夢子は咄嗟に叫ぶ。 「だめ! みんな早く逃げて! 砲撃が来るよ!」 直後、地面を揺るがす大音と共に砲火の音がこだまし、≪夢の国≫の櫓が複数爆散した。 ● 砲音の残響が微かに空間を震わせている。≪冬将軍≫は砲塔からたち昇る煙を吹雪の冷風で吹き流し、粉砕された≪夢の国≫の街並みに問いかけの言葉を放った。 「さて王よ、どうだね」 ≪冬将軍≫の周囲、吹雪が包む冬の結界からは何重にも重なる砲塔の群れが突き出ていた。地上に設置するための大砲や、戦車や戦艦に付属しているような超大型の砲まである。 石畳から、そして吹雪吹きすさぶ宙空から生え出て来ているそれらの砲塔は鈍く冷たい輝きを秘め、そして、 「ワタシ自身の操作が必要なため進軍には同行させられなかったが、なかなかのものだろう?」 粉砕された≪夢の国≫の街並み、その砲弾が着弾した箇所からは氷柱が生えていた。 氷柱の中に巻き込まれた≪夢の国≫の住人達が氷の中に身体を砕かれた状態で閉じ込められている。 ……あれならば、氷を壊さないかぎり、住人も出ては来られまい……。 砲を躱した夢子が唇を噛んでいる姿を視界に収める。彼女は砲塔の群れを展開する≪冬将軍≫へと訊ねた。 「冷気の砲ですか?」 「ああ、ワタシが呑みこんだ艦船の砲だ。人間が生み出した血の通わぬ冷たいモノ同士、波長が合うらしい」 もはや拡大解釈の域だ。大量の都市伝説を取り込んだが故の能力だろうか。≪冬将軍≫がそう考えを巡らせる間にも砲塔は増え続け、時を置かずに彼を中心に据えた、一個の要塞が完成した。 砲の森が全ての枝の照準を夢子に合わせる。 「穏やかな冬の訪れを受け容れない王には少し厳しく当たるとしよう。蹂躙を始める、盛大にな」 眉を下げた困り顔で夢子は応じた。 「あまり激しい踊りは好まないのですけれど」 「それに付き合うのが社交だ」 ≪冬将軍≫の軍刀の一振りを合図に砲塔が吠えた。 氷壁を築き上げる弾幕の成果を確認しながら、彼は言葉を紡ぐ。 「……そして、隷属を強制して相手の意志を粉砕する事が武力の真髄だ」 この調子で≪夢の国≫を完全に氷に封じてしまえば≪夢の国≫の機能を封じる事が出来るだろう。 ……そうなればワタシの冬でこの異界全てを覆い尽くす事ができる。 ≪夢の国≫を冬に沈めた場合、この国も≪冬将軍≫の一部となるだろう。 「モニカが永遠に眠る事を阻止しようとする君達は、やはりワタシの中で眠りにつく事は望まないかね?」 ――そうですね、皆に夢を与える事が私達の目的ですから、自由も意思も奪われてしまう事は望みません。 ずいぶんと反響が激しく、出所の掴めない声がする。やはり先の一撃では彼女を捉える事は出来なかったようだ。そう思いながら≪冬将軍≫は周囲、特に今の自分からは死角になっている部分に気を配った。彼女は死角から人を驚かすように現れる癖があるようだと≪冬将軍≫は掴んでいた。その様子は悪戯好きの少女のようであり、また恐ろしい暗殺者のようでもある。 幼さと老獪さが相反する事なく混ざった不気味。彼女の戦闘様式をそう評して、≪冬将軍≫は構えた。 すると突如背後に気配を感じた。 やはり、と思い反射的に軍刀を振るう。手応えを得ると共に気配の主が視界に入った。 それは笑みを浮かべたネズミのマスコットだった。両手には彼が穿く赤い釣りズボンよりも赤く揺らめく火が灯った火炎瓶が一杯に握られている。 ≪冬将軍≫の吹雪の中にあっても灯り続ける灯りに照らされながら内側から凍結させられていくネズミのマスコットは、ハハッ、と軽快に笑う。 火炎瓶が落下した。 砲の音と比べたらあまりにもささやかな破裂音と共に火が≪冬将軍≫を包んだ。 炎を吹雪の余波で吹き払って≪冬将軍≫は呆れたように言う。 「まったく、こんなにも砲があるというのに火気を持ちこむとは」 通常の使用法以外の使用方法で使用されるこの砲には火気など意味がない。多少の炎に炙られてもびくともしない砲塔群に少し目を遣っている間にマスコットの姿は軍刀の先から消えていた。どうやら火炎瓶の破裂に紛れて遁走したらしい。 ……素早い。 流石ネズミを模しただけはあると思った瞬間、≪冬将軍≫の背から心臓の位置めがけて刃が突き刺さった。 ――!? 背から胸へと抜ける衝撃に打たれて≪冬将軍≫はわずかに息を詰める。 ……ネズミも火炎瓶も王の転移後の気配を隠す為のおとり……。 今まで≪夢の国≫の住人達を気遣っているような戦い方をしてきた夢子の突然の行動に微かに驚きを覚える。あのネズミはそれをさせられる程に信頼関係があるマスコットなのだろうかと思い、声が聞こえた。 「王様はね? 一人しかいないけど、どこにもいるんだよ?」 背後からの声だ。刃の主はやはり夢子だろう。そう思いながら≪冬将軍≫は笑みを浮かべる。 「驚いたが、しかし残念だね」 そして彼は手にした軍刀を自身の腹越しに背の気配へと突き刺した。 「え――?」 背後からの驚愕の気配を感じながら≪冬将軍≫は冷気を注ぎ込む。 「王よ、ワタシは元来気象という現象なのだ。気象を殺すには刃物一本では荷が重いとは思わないかね?」 オルコットや千勢ですらも、めまぐるしく状況が変わる戦場においては≪冬将軍≫を殺し切る事が出来なかったのだ。到底不可能な事だろうと考えながら≪冬将軍≫は自身の腹から軍刀を引き抜く。軍刀の先には既に王を突き刺した感触は消えていた。 腹から引き抜かれた軍刀には血が凍りきらずに伝っている。血が通わない≪冬将軍≫のものではない。夢子のものだろう。 自分が≪夢の国≫の内部に作成した吹雪の外へと目をやる。≪夢の国≫と冬の境界、互いの干渉で嵐のような様相を呈しているそこで夢子は腹に手を添えて佇んでいた。彼女の周囲を護るようにいくつかの≪夢の国≫の住人が居て、凍死兵の相手をしている。 夢子の白い衣服には血が滲んでおり、傷口の付近は氷りついていた。 一太刀をいれる事には成功した。同時に仕留めそこなったとも思いながら、≪冬将軍≫は今の一瞬の交差で分かった事を確認する。 ……どうやら瞬時に冷凍する、というわけにはいかないようだ。 ≪夢の国≫という大量の都市伝説を取り込んだ王は自分と似た存在だ。その事を念頭に置いておけば下手を打つ事もないだろう。そう思いながら砲塔と、それらが作り上げる要塞を拠点として凍死兵達を展開させる。夢子も櫓や住人達を動かして≪冬将軍≫の砲撃に備えるように陣を築く。彼女が着ている服はいつの間にか真新しい白のワンピースに代わっていた。 油断ができない相手だ。再度心に刻み、≪冬将軍≫は訊ねる。 「さて、どうするのかな? 王」 返答はしっかりとした、どこか決意を秘めたような声で返って来た。 「あなたが存在できなくなるまであなたを削ります。将軍」 そうか、と答えて、よい宣言だ、と思う。 「やってみるといい。だが急がねば君の国は冬に沈むぞ?」 徐々に冬の気配は広がっている。砲撃による氷界の出現がこちらの情勢を有利に運んでいるのだ。 夢子は頷いて指示を出す。 「みんな、お願い!」 「凍兵よ、侵略するぞ!」 単なる殺し合いを越えた、存在の削り合いが始まった。 前ページ次ページ連載 - Tさん、エピローグに至るまで
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曲Data Lv BPM TOTAL NOTES TOTAL値 判定 平均密度 最大瞬間密度 ▼3 Notes/s Notes/s 傾向 譜面URL コメント 名前 コメント
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● オルコット達は兵の数が隊列を組める程にまで膨れ上がり次第、ユーグとその麾下の騎士達を先頭にすぐさま進軍を開始した。 ≪ピリ・レイスの地図≫で最後に確認できた異界への入り口を目指した進軍は戦列を途切れさせる事無く長く続き、その総数は膨大なものになっていた。 全体は騎士200騎を最前に据えた矢尻の形で高速に行われている。それらの勢いが乗った軍勢相手に敵がどんな手を下してくるのか、≪冬将軍≫としては気になるところではあるが、 ……無線機が使いものにならなくなってしまっている以上は連絡のとりようもないか。 先程の落雷の影響か、それとも敵側が他に何らかの手を打って来たのか、無線機が使えなくなっていた。これで≪ピリ・レイスの地図≫によって目的地までの最短コースを調べ上げて弘蔵達で先に徹心の異界へと乗り込むことも、連絡を取り合う事による互いの戦況把握も阻止された形になる。 ……この無線機も、多少の電磁波で壊れる事は無いと以前ウィリアムが言っていたのだが……敵が用意周到であったと言う事か。 弘蔵が言っていた通りにあの雷の主の霊格が高いのならばそう言う事もありうるのだろう。そう思いながら、≪冬将軍≫は大破した≪ベイチモ号≫のすぐ傍で≪神智学協会≫側の殿として構えながら冬と兵達を異界内に侵食させてオルコット達が上手く目的を果たすのを信じるしかないだろうと自身に結論付ける。 周りに配置した凍死兵達と共に空を見上げる。冬の影響を受けた曇天の空を先程まで断続的に光らせていた稲光は今ではすっかり鳴りをひそめている。 「≪雪起こしの雷≫、ワタシの中の冬の一つに気付いたか……察しが良い」 雪が降る直前に雷が煌めく、北部で語られる冬や雪に関する逸話の一つだ。冬に類する都市伝説を取り込んでいる≪冬将軍≫は敵側の落雷に干渉した。空からは雪が降り始め、干渉を受ける落雷はその落下地点を大きく逸らされている状態だ。雪はやがてはこの異界を完全に覆い尽くすであろう吹雪の先兵だった。 ……寒さだけで殺せる程敵も安くはないだろうが、この寒さに耐える為の能力運用はスタミナを削ぐ事には繋がるだろう。 この点では一手先んじた。そう思いながら≪冬将軍≫は虚空に訊ねる。 「遠距離からの雷撃程度が切り札だと言うのなら我々の勝ちだぞ? さて、どうする?」 返答はあった。それも思わぬ形でだ。 「――――ぬ?」 ≪冬将軍≫の顔が怪訝なものになる。何かを確認するように目を閉じ、 「冬の侵食が、止まっている――?」 異界を飲みこもうとしていた冬がいつの間にかその侵食を止めていた。 それだけではない。降り始めていた雪の勢いが弱まり、≪冬将軍≫の周囲の気温もせいぜい人が寒いと不平を言っていられる程度にまで上がっている。 異常な事態だ。≪冬将軍≫が展開する冬とは彼の存在そのものの解放だ。普段は押さえているものを解放した形という事になる。 能力による冷気化のように熱で干渉すれば元に戻るという類のものではない。空間の温度を上げるには≪冬将軍≫の討伐か、気候そのものの操作が必要なはずだ。にもかかわらず≪冬将軍≫が展開している冬は遮られ、いや―― 「冬が食われている……?」 異界全体を覆うように拡げられていた冬が蚕食されていた。 どういう事だと状況を把握しようとした≪冬将軍≫の耳に少女の声が聞こえた。 ――≪夢の国≫はね? いつもその領土を広げているんだよ? ● 声の主たる少女はいつの間にか、というさりげなさで、オルコット達の軍勢が進んで行った道の中央に立っていた。 ≪冬将軍≫はほう、と軽い驚きを表現する。 ≪夢の国≫、かつて狂った王が治め、多くの人と都市伝説を喰らった巨大な都市伝説群だ。 ……たしか、かつて飲みこまれた契約者が先頭に立って革命を起こし、現在では彼の国の王はその元契約者が務めているという話だったか。 現王の名前は夢子だった。そして彼の国は特殊な電波の発生や異界の侵食能力をも保持していた筈だ。そう記憶の中から情報を取り出しながら≪冬将軍≫は少女に声をかける。 「この異界、――いや、異国の主の御登場かね……」 ポツンと一人佇む少女は小さく頷く。口許を歪めて≪冬将軍≫は言葉を繋げた。 「お嬢ちゃんが、ワタシの相手をするのかな?」 「はい、私達≪夢の国≫があなたを征します」 「≪夢の国≫が我々の戦争に介入する、と?」 「いえ、私は友達からのお願いを受けてここに来たんですよ? 『≪太平天国≫の最後の内紛において友人として力を貸してくれ』と。今の私は≪夢の国≫ではなく、夢子です。そのように他組織への声明もなされるのではないでしょうか」 「ほう……」 そう来たか。と思う。詭弁だ、とも。しかし通用するのだろう。彼女の存在は確かに一国ではあるが、同時に一個人でもあるのだ。 ……そこは冬そのものであるワタシと同じか……。 ≪冬将軍≫は友人として一国とその王を扱う敵方の思考に半ば感心しながら≪夢の国≫の王を見る。 黒曜石のように艶やかな長い髪を冬の結界の侵食と≪夢の国≫の領土侵略が互いに食い合うことで発生する風に遊ばせている夢子は、同じように黒い長髪をしている千勢とは違い、その挙措から漂う戦う者としての気配は薄い。線の細さはしなやかな動きを誇る獣のそれではなく、ただの華奢な少女を連想させた。ただ一人道の中央で≪冬将軍≫と問答する彼女の姿を見ても、戦闘にどこまで彼女が対応できるのかは甚だ疑問だ。 「バルト帝国もフランス帝国も第三帝国も寄せ付けなかったこのワタシを征する……お嬢ちゃん達がかね?」 「ええ。あなたも攻略された事が無いわけではないでしょう?」 「モンゴルの侵略者達の事かな?」 なるほど、確かに冬は無敗ではない。しかし、≪冬将軍≫は都市伝説としての存在を得て以降、無敗だ。 「夢物語だなぁ、お嬢ちゃん。そんなかわいい姿と華奢な身体ではワタシは倒せんよ」 夢子は変わらず笑んでいる。――と、突然莫大な気配が現れた。 「――っ!」 ≪冬将軍≫は咄嗟に周囲を確認する。視線の向く先には実体の掴みづらい、しかし妙に賑やかな気配がわだかまっていた。 建物から笑い声が、物陰からは覗かれる感覚が、路地の暗がりからは興味津々な視線が、≪冬将軍≫が何故これほどの気配に気付かなかったのかと疑問に思う程の量が溢れている。 気が付けば、少女を中心としたこの異界全体の気配の質が変容していた。どこか夢想的な狂気の気配。これが―― 「これが、≪夢の国≫(私達)の悪夢です」 少女――夢子の周囲には空気から溶けだすように出現したきぐるみのようモノ、マスコット、そして彼等が牽引するパレードのフロートがある。 「む」 無意識に夢子への警戒レベルを跳ね上げさせられていた≪冬将軍≫の視界の中、賑やかなのに密やかで、歪であるのに整然とした気配と共に、子供達の夢を表象した悪夢の群れを率いた夢子は、王の威厳をもって少女の笑みを浮かべた。 衣服の端をつまんでおどけるように、それでいて優雅に礼を一つ。 「悪夢(わたしたち)と踊っていただけますか? 将軍様?」 ≪夢の国≫の王たる彼女の言葉に、≪冬将軍≫は頷きを作る。 一度を会釈に、二度目を応答として、 「……これは失礼した」 周囲に控えていた凍死兵の軍勢がそれぞれに武器を構える音と共に告げる。 「その御身、美しいままに冬の底に沈めさせてもらうとしよう――王よ」 前ページ次ページ連載 - Tさん、エピローグに至るまで
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開催日 2008年12月27日 GM cielx 舞台 狐の幽界 参加PC 篠宮ホクト 彼方夕月 ベルティルデ・ノーチラス シナリオクラフトによるセッション。テンプレートは「異世界からの脱出」。 ある日、カーゴで過ごすホクトの元にフォックステイルの隠れ里に住まう長老からの念波が届く。何でも“冬将軍”と呼ばれる冬の寒さのまえに命を落とす事になった人々の怨念が集まって生まれた物の怪がフォックステイルの隠れ里である異界に出現し、暴れまわっているとか。修行で一時離れていた夕月や話を聞いて協力を申し出たベルティルデを連れて、一行は一路狐の幽界へ。 辿り着いてみれば、そこでは既に“冬将軍”の生み出した眷族たちとフォックステイルたちの間に激しい争いが起こっていた。眷属に襲われている集落を救いながら、一行は事態を解決するために“橙の”ティファナの知恵を借りる事に。ティファナのアドヴァイスにより“冬将軍”の居場所に向かうための伝説の舟を求め、極寒の世界と化した狐の幽界を進んでいく。 そして舟を手に入れた一行は狐の幽界全体の力が集まっている龍脈の集積点、すなわち“冬将軍”の居場所まで向かう。龍の姿を取る怨念の集合“冬将軍”は各種ドラゴン特技を駆使して襲い掛かってくるが、夕月のカウンターを最大限に生かす作戦を取った一行のコンビネーションの前に切り伏せられる。こうして狐の幽界は“冬将軍”の脅威を免れ、その平穏を取り戻すのだった。 名前 コメント すべてのコメントを見る
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● ≪ベイチモ号≫内部。その奥にあるオルコットの居室へと≪冬将軍≫は訪れていた。 部屋のほとんどを埋める書物の中、書き物机に向かっていたオルコットへと彼は一言、たった今入って来た情報について端的に口にする。 「タカベの手で開戦事由が布告されたそうだな」 「ああ、≪組織≫を通して布告してきた」 ≪冬将軍≫にそう答え、オルコットはしたためていた書類を放り捨てた。 「流石というべきか、徹心は手が早い。こちらよりも早く開戦事由を捏造してきたよ」 そう言ってオルコットは通信機を操作する。天井から部屋内にスクリーンが下りて来て、文章が出力されてくる。 出力されるのは≪ベイチモ号≫の無線に暗号化して入って来た布告だ。都市伝説系組織全体に対して発言されたもので、内容は『高部徹心とその手勢。そして≪神智学協会≫の長、オルコットとその手勢は、かつての大国≪太平天国≫の天帝の座の継承資格の正統性を巡り、高部徹心とその盟友が管理する異界にて戦闘行為を開始する事を宣言するもの也』といったものであった。 「向こうが出してきた布告に乗るのかね?」 「ああ、こちらにとっても都合が良いからな。布告の内容的には外部からは私達の戦いは大した価値の無いものとして扱われる類の内容――≪太平天国≫天帝の座を巡っての争い、ということにしておくのだそうだ」 「≪太平天国≫……≪杞憂≫が元々存在していた国にあった組織の名であったか」 「そうだ。そして私や徹心、エルマーが出会った場でもある。徹心も私もそこの上位構成員だった。たしかにこの大義名分でならば外部が干渉してまで止めたいものとは思うまいよ」 「ふむ……オルコットも似たようなものを作成していたようだが」 「ああ、それだな」 徹心は先程放り捨てた書類を示した。 「結局無駄になってしまった。向こうに先手を打たれた形になってしまったな。ユーグや弘蔵、エレナにも報せておかねば」 そう呟いて計器を操作し、船内の者に連絡を入れ始めたオルコットへと≪冬将軍≫が問いかける。 「この先手を打たれた状態をどう見るかね?」 「そういう見方はお前の方が詳しいだろう、将軍?」 国土を荒らそうとする外部勢力を排除した逸話の具現として将の号を与えられ、長い存在期間を経てその呼び名にふさわしい智恵を持つに至った≪冬将軍≫は、オルコットの反問に数瞬黙り、うむ。と頷く。 「正確な開戦日時の指定はしてこなかったのだろう? その一方で開戦場所は高部徹心とその仲間が管理する異界にて行うという指定が来ていた。――おそらく、こちら側には我等を迎え撃つ準備はあると、そういうことだろう。そして我等の先手を打つことで優位に立とうという事なのかもしれないな。 それに、この戦で負けた場合に世界の理が書き換えられるという被害を考慮に入れた上で、この戦の真の目的を晒す事無くモニカの存在を守ろうとする態度は面白いものとワタシは思う。全てを公表した場合はそれこそ≪聖槍≫や≪杞憂≫、モニカを巡って乱戦になるだろう事を考えると公表する事も良い手とは言えないのだがね……総評するなら――うむ、面白い判断であるとワタシはタカベを評しよう」 「自信溢れることではないか。先の戦闘で千勢もTさんもある程度の傷を負っているという事であったが……虚勢と侮るには徹心は危険な存在ではある、か」 「戦場はタカベの異界という事であったが、まさか入り口を万人に向けて解放するという事もあるまい。異界へと踏み入る為の結界破りは万全かね?」 「万事問題無い」 オルコットは計器を操作する。操作に応えて≪ベイチモ号≫が僅かに鳴動した。 ≪ベイチモ号≫の鳴動が終わると、現代風に手が加えられた元鋼鉄製蒸気貨物船は、その船首水線下に刃のような発光体を現わしていた。 幽霊船≪ベイチモ号≫が保持する異界の海を航行する能力の全てを集中させた、異界を突き進む衝角だ。その出現をスクリーン上で確認して、オルコットは満足げに笑む。 「この通りだ。入口さえ≪ピリ・レイスの地図≫で見つける事ができれば、拓かれていない航路であろうと、研究班が手を加えたこの船ならば進む事が出来よう」 「永取市内に彼等が潜んでいることは分かっている。全てを決する時は近いな、オルコットよ」 「その通りだ将軍。そして、その時には私自らが出向こう」 そう言ってオルコットは壁際に立てかけられていた剣へと目を遣った。彼とその剣を眺めた≪冬将軍≫が訊ねる。 「……目的は、理想は果たせそうかね?」 「全てをかけてやり遂げる。それだけだ」 必要以上に語ろうとしないオルコットに苦笑して≪冬将軍≫は呟く。 「君は変わらないな。ワタシを説き伏せた時もそうだった」 ● 厳しく無慈悲な冬の具現として存在を得た≪冬将軍≫は、己の存在する起源そのままにあらゆる生を凍て付かせ、冬の底へと沈めてきた。 人々を凍て付かせ、文化をその凍土の中へと埋もれさせ、後に残った冷たい虚無の中で、≪冬将軍≫は一人存在していた。 彼自身を生みだした伝承や噂――起源という名の本能の赴くままに在った彼の前にオルコットが現れたのは、人間が世界規模で戦火を広げようとしていた時代の事であった。 初めて冬たる自分を畏れる事無く一振りの剣を向け、更に「話がある」とまで言ってきたオルコットに対して≪冬将軍≫は興味を抱いた。 興味の満たし方は簡単だ。コミュニケーションを取ればいい。 そして≪冬将軍≫にとって一番慣れたコミュニケーション行為とは、戦闘に他ならなかった。 かくして彼は存在を得て以降、初めてその能力を意識して戦闘の為に使用した。 ≪冬将軍≫の冬をこらえ、彼が使役するモノたち斬り伏せていきながら、オルコットは≪冬将軍≫へと誘いを持ちかけた。 「我が全霊を賭した理想の成就を手伝ってはみないか?」 ● 過去の自分は今以上にとても不器用だった。 そう過去の自分に思いを馳せながら、≪冬将軍≫は記憶の中から言葉を引き上げる。 「オルコット。君はワタシにこう言ったね。ただ無為にあるだけでなく、一つの目的を、信念を持って生きることこそが、ワタシが抱いているこの虚無を解消する事にもなるだろうと」 「懐かしい話を持ち出してきたものだ。どうだ? その言葉を信じて私に付いて来て、少しは得るものがあっただろうか?」 「正直な所、今のワタシでは君が言う信念というものはよく分からないな。そこがあのウィリアムを一方で認めていた君とワタシの意見の違いの原因にもなるのだろうか」 「そうだな。ウィリアムは確かに自分の信じるものに――己が抱く好奇心と探求欲に対してどこまでも忠実だった。その一点において私は彼を信じ、結果としてモニカの封印は解かれることになった」 「そのように人を利用する思考はワタシにも理解できる。しかし何がそこまで人を強く衝き動かすのかがワタシにはいまいち理解できない。彼はモニカを材料にいくらでもその身を売る場所があったはずだ。安全な環境下で実験を続けることもできただろう」 「モニカを交渉材料に据えればその利用を目論まれ、ウィリアムの望む自由な実験が妨げられる事になる。彼にとっては自身が行う実験こそが最重要要件。そのためならば自身の命すら厭いはしない。――まあ、あそこまでやる人間は狂っていると称する事も出来るだろうからな。将軍には尚更理解し難いだろう」 「ふむ――人は面白いものだな。ワタシのような存在を作り上げ、信じるモノの為に全てをかける事が出来る」 そう言って≪冬将軍≫は口髭を緩やかにしごいた。威圧感を感じさせるその面に穏やかな笑みを浮かべ、 「ありがとうオルコット。君と共に世界を見聞してきたこの百年程、実に退屈しない生を送る事ができているよ」 「礼には及ばん。その分はしっかりと実働してもらっている」 こちらも笑みを浮かべたオルコットは≪冬将軍≫へと告げる。 「私の宿願も終わりへと近付いている。最後に立ちはだかるのは大きな壁だ。今一度問う。――我が全霊を賭した理想の成就を手伝ってはみないか?」 ≪冬将軍≫は軍用コートから軍刀を引き出した。 床へと打ちつける。 極低温の冬が≪ベイチモ号≫内を刹那の間駆け抜けた。 ≪冬将軍≫は動じた様子の無いオルコットへと厳かに誓約する。 「冬を、そしてその概念が包括する死を御した男が目指す理想の果てだ。――喜んでこの虚無の腕を貸そう」 いつかの冬の出来事の再現の下、冬そのものをかしずかせたオルコットは誓約を受け取った。 「冬よ。我が祖国に語られる宿将よ。我が理想が果てに至るか、その虚無を埋めるものが見つかるまで、その腕、私が預かろう」 前ページ次ページ連載 - Tさん、エピローグに至るまで
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【主要勢力】 国名 滅亡年 滅亡させられた相手 一言 冬将軍帝国 統一 統一国家 海月荘国 247年5月中 冬将軍帝国 平安の国 217年05月中 冬将軍帝国 ぬるぽ皇国 214年09月中 海月荘国 交響詩篇国 208年01月中 【主要武将】 【主な出来事】 【名言・迷言】 名前 コメント 【客観的雑感】 名前 コメント 【主観的雑感】 名前 コメント 年次列伝・各国志 列伝・回想録
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● 一瞬の間に雪と凍気に侵食された公園を見て、Tさんは顔を顰める。 俺自身にも加護を付与していなかったら危なかった……。 千勢を見ると、彼女は彼女で剣から風を吹き出して身を護っている。 『こっちにも加護、ヘイカマン! カマン!』とでも言いたげな視線が来たので加護を付与すると「よし……」と頷いてこの凍気の主であろう初老の男を千勢は睨んだ。 「随分と強攻じゃないか≪冬将軍≫閣下。徹心の話ではモニカは大事な目標ということだったと思うんだが? 殺す気か?」 「君ならばモニカのような子を絶対に守ると信用しているのだよチトセ。そこの青年、彼の力もまた油断ならないようだ」 向けられた視線、その凍て付くような眼光を受け止めながら、Tさんは思考する。 ≪冬将軍≫……。 ロシアに対する諸外国からの侵略行為が行われた時、ロシアは冬の厳しい気候によってこれらの侵略行為から護られて来た歴史がある。いつしかその冬には人格が与えられ、≪冬将軍≫と呼びならわされるようになった。 ……これがその、冬を都市伝説化した存在だったとしたならば、この冬の結界、危険だな。 今こうして加護を纏っていても肌寒さを感じる。加護が無ければ瞬時に凍気によって殺されてしまうだろう。 ……が、これだけならば問題無い。 そう思い、Tさんが掌に光弾を現した時、Tさんの戦意を察した≪冬将軍≫が薄く笑った。 「青年、冬山で息絶えた者達が彷徨う話を聞いたことはないかな?」 ≪冬将軍≫の周囲、公園内を席巻している冬の発生源から、突如湧いて来たかのように人影が現れた。 ≪冬将軍≫を守るような動きを作るそれを見て、千勢が鋭い声で注意を促した。 「気を付けろ! その≪冬将軍≫、自身の冬に囚えた兵を使役してくるぞ!」 言われた直後、≪冬将軍≫の前方に人影の壁が出来上がった。 それは甲冑を着た、白い肌に一種凄烈な美しささえ感じさせる紅い死斑を浮かべた、凍死体達で出来た壁だった。 ――先に言え……! 「破ぁっ!」 内心の文句と共に放った光弾は、≪冬将軍≫の前方に展開された十人からの兵士に阻まれてしまい、≪冬将軍≫までは届かない。 光弾が激突した後も、≪冬将軍≫の姿が分からない程に次々展開されていく兵士の壁に舌打ちしながら、Tさんは何故≪冬将軍≫が兵士を使役するのか考えを巡らせる。 ≪冬将軍≫と他のなんらかの都市伝説の多重契約者かとも思うが、彼は、見た目は人の形をしているが、≪ケサランパサラン≫の加護を借りて視るかぎり都市伝説そのものだ。人間では無い。 と言う事は……。 Tさんは≪冬将軍≫という存在と、先程の彼の言葉を勘案して出した答えを、白光を兵士に撃ち出しがてら叩きつける。 「都市伝説同士の習合かっ!」 「そんな、できるの?!」 ケウの毛に巻かれ、Tさんの幸せの加護を付与されて尚、寒そうに震える由実の声が疑問を放つ。 不可能事では無い……。 極寒の冬への畏れが都市伝説化した≪冬将軍≫と、その冬によって閉ざされた山に囚われた死者達が彷徨い歩くという目撃談。あの≪冬将軍≫はこれらが習合した存在なのだろう。 ≪夢の国≫のように、自身の類話を集合した存在とは趣が異なり、全く違う都市伝説を≪冬将軍≫という圧倒的な都市伝説が力技で習合させたものだ。地面をみるみる凍結させていく≪冬将軍≫の強大な気配から察するに、冬の都市伝説を彼が取り込むことは不可能では無いとTさんは判断する。 多重契約者を相手にしているようなものか……。 Tさんは光弾を次々現れる凍死体の群れに叩き込む。 凍死体は数もさることながら、その種類も実に豊富だ。 甲冑に槍や剣を持って弓を構える兵隊がいる一方で、近代的な装備に身を固めたままギクシャクと体を動かして銃を構える兵士が居るし、黒服や契約者と思しき現代の装いの者達の姿も散見された。銃も矢もそれを構える兵隊も、全て凍りついているにも関わらず、それぞれの弾はそんな事とは無関係に飛び出してくる。 狙いはどうやらTさんと千勢の二人に絞られているようだった。 Tさんは舞達に危害が及ばないように意識して弾を誘導するように立ち回る。 千勢も同様に動きまわりながら、自身を狙う弾を剣で打ち払い、石畳を弾丸その他で抉り取りながら指示を出した。 「ケウ、皆をしっかり冷気から護っておけ! ――馬鹿弟子!」 「なんだ!」 「薙ぐ! ≪冬将軍≫を狙え!」 Tさんの返事を待たず、千勢は腰だめに構えた剣を横薙ぎに振るった。 ● 千勢の剣が振り抜かれた瞬間、周囲一帯の空気が静まり返った。 「え、何……?」 由実が疑問を発した時には、大気をかき乱す斬撃が横一線に宙を薙ぎ払い疾駆していた。 斬撃は周囲の矢や銃弾を、冷気ごと鎮圧しながら兵士の群れへと翔ける。 兵士の群れへと至った斬撃は、広範に渡って彼等を横一線に薙ぎ払った。 首が腕が胴が、一直線の高さで綺麗に切り裂かれ、武装や甲冑の切断音が凄烈に重奏する。 まるで草でも戯れに刈り取ってしまおうかと言わんばかりの圧倒的な攻撃を追うように走りながら、Tさんは呟く。 「草薙、相変わらずだな」 加護を全力で足に付与して風の斬撃に追いすがり、千勢が振り抜いた剣を思う。 飾り気の無い一振りの剣。その名は、 ≪壇ノ浦に没した宝剣≫……。 とある合戦において水中に没してしまったと言われている神器だ。現在〝本物〟とされる物はさる神社にて祀られているという代物だが、千勢は川床からこの剣を拾い上げたと言う。 どれが〝本物〟かは大した問題では無い。高坂千勢という遣い手が扱って剣が砕けないのならばそれでいい。そう以前千勢が言っていたのを思い出して半ば呆れながら思う。 あれも質実剛健とでも言うのだろうか……。 草薙の斬撃はその切断力を≪冬将軍≫へと届かせようとしていた。Tさんは≪冬将軍≫に対する追撃を用意して、 「ユーグ!」 「ああ!」 ≪冬将軍≫の呼号に応えて割りこんできた騎士風の男が構えた盾に、表情を厳しくした。 斬撃が騎士風の男の盾に激突する。 兵士の列を容赦なく薙ぎ払う一閃は騎士風の男が両手で構えた盾に激突し、耳を聾する破砕音とともに砕けてはじけ飛んだ。 顔をしかめて草薙を受け止めた騎士風の男の背後には黒い異形の影がある。 由実と共に恐る恐ると言った体で一連の流れを覗き込んでいた舞は、その異形の姿を見て、以前関わった事件で遭遇した悪魔の名を口にした。 「≪悪魔の囁き≫?!」 いや、違う……。 内心で首を振り、Tさんは砕かれた斬撃の余波が暴風を伴う切断力の嵐となって凍て付いた公園内を切り裂いていくのに目を細めながら、≪ケサランパサラン≫に幸福を祈願。 改めて標的に定めた騎士風の男を見据えた。 いや、騎士〝風〟ではないな……。 男が身につけているのは白の上衣に白外套。背後にあった、今や男の身に溶け加護として黒い靄となっている異形は、カラスの翼に山羊の頭と下半身、そして人間の女性の体をもっている。そんな容姿の異形――悪魔。 その名は、 バフォメット……。 あのような存在と縁の深い騎士など限られている。 加えて、あの装備の各所に配された末広がりの赤十字、あれは―― 「テンプル十字――やはり≪テンプル騎士団≫か!」 吼声を上げるや、Tさんは草薙を受け止めて傷んだ盾へと蹴りをぶち込んだ。 ● 盾は蹴り足を中心に砕かれたが、ユーグは既に盾から手を離していた。 バフォメットの影の中から十字を模った剣を引き抜いて、カウンター気味にTさんへと突き出す。 ――軸足一本で体を跳ね上げられたら幸せだ! Tさんは片足で跳ね飛んで剣の切っ先を回避した。 斬撃の余波で砕かれた噴水から溢れていた水が既に凍りついている。その光景にTさんは彼等は強敵だという感想を抱き、眼下へと光弾を叩き込んだ。 ≪冬将軍≫を狙って放たれたそれは、≪冬将軍≫が携えていたサーベルの一閃によって砕かれる。 同時にサーベルも破砕し、その隙を突いて千勢が宝剣の切っ先を突き刺そうと迫った。 その剣先を、割り込んだユーグの黒い加護を纏った剣が受け止めに入る。 重い金属音が響いた。 「――っ、なかなか上手くは行かんな、ユーグ……っ!」 「そう簡単に私達を倒せると思うな、千勢!」 両者は数秒つばぜり合いをし、弾かれるように距離を取る。 地面へと着地して千勢と合流したTさんは、千勢に労いの言葉をかけつつ内心でため息を吐いた。 ≪冬将軍≫自身も戦闘能力は有る、か……。 簡単にはいかないものだ。そう思いながら横に跳んできた千勢を横目で窺う。彼女は苦笑して、 「なかなかの相手だろう?」 「あまり敵対したくは無い相手だな」 「あの≪テンプル騎士団≫、その核であるユーグは騎士団総長だ。≪冬将軍≫程無制限ではないが、一部隊の騎兵を喚ぶ」 「中世最強とまで謳われた騎兵をか……冗談であって欲しいものだ」 Tさんのぼやきもむなしく、ユーグを包む黒い加護が一瞬膨れ上がった。 彼は剣先を上にして剣を捧げ持ち、告げる。 「……私の麾下一隊200騎、戦うならともかく、我等を相手にして彼女らまで護りきる事はできまい」 言葉と共にユーグの背後に膨大な気配が顕現した。彼と同じような装備に身を固め、顔を覆う兜を被った騎士の群れが現れたのだ。 彼等は一糸乱れぬ動きで剣を掲げる。 あまりに揃った動きのせいで身動きの際に甲冑が擦れる音が一つの音に聞こえた事に目を眇め、次いで一人一人の騎士達の背にバフォメットの姿を認めてTさんは顔を顰めた。 「サバトでも始める気か?」 「バフォメットは力の具現にすぎない。これに意志は無いし、元より我々は都市伝説にあるような悪魔崇拝もしてはいない」 ユーグの言葉を示すかのように、騎兵達の背のバフォメットは彼等の身に黒い影となって溶けた。 騎士たちには意思があるようで、それぞれユーグの言葉に頷いたり無言を貫いていたりしている。 「おい、Tさん。なんだ? そこの騎士のおっちゃん。冬のじいちゃんみたいにいっぱい出してきたけど」 「彼等は≪テンプル騎士団≫。神の名のもとに侵略や略奪、破壊や殺戮を繰り返してはその非道を恥じる事無く、あまつさえ己の戦果を誇った狂信者の群れだ」 「言葉も無いな」 そう苦笑気味に答えるユーグからは噂で悪し様に語られる都市伝説、≪テンプル騎士団≫とは違うものを感じる。 その感想のままにTさんはユーグに訊ねた。 「強硬な手であのような幼い娘を連れて行こうとする理由はなんだ?」 ユーグは答えずに剣で背後の騎士たちに何事か指示を出した。 騎士たちは応え、その戦列の一番外側に居る者達が黒い加護を一つの動物の形に成さしめる。 「え……? 馬?」 舞の言葉通り、騎士達の横には黒い、影そのもののような色をした馬が現れていた。 騎士達はその影の中へと手を入れて槍を引き抜く。武器を持ちかえた彼等はそのまま流れるような動作で騎乗し、矛先をTさんと千勢へと定めた。 続いて内側の一列が、次の一列が、順番に、信じられない早さで影の馬へと騎乗していく。 今や公園の面積はほとんど≪テンプル騎士団≫と≪冬将軍≫の凍死体達で埋められてしまっている。それら物量の威圧を持って、≪冬将軍≫とユーグが迫って来た。 「モニカを渡してもらおうか。いかにチトセとその弟子であろうとも、そこの者達を護りながら戦うのは無謀だと思うが?」 「モニカを引き渡せば少なくともそこの思い切りのいい娘――舞と言ったか。彼女とフィラという女は無傷で返そう」 「藤宮由実よ」 ≪冬将軍≫が頷く。 「フジミヤの身の安全も保障しよう」 「そんな後味の悪ぃ結果お断りだ!」 舞が歯を剥いて断固阻止の構えを見せる。 その様子に小気味よく笑って、千勢が小声でTさんへと言う。 「――落とす。目くらましを。将軍は間に合わないだろうが騎乗した騎士が危険だ。頼む」 「分かった」 久しぶりに会ったというのによくもここまで呼吸が合うものだと思いながら応え、Tさんは光弾を幾つも生みだす。威力よりも閃光弾として、目くらましになるよう≪ケサランパサラン≫に祈祷して敵陣へと放ち、 「破ぁああああっ!」 次々と飛んでいく光弾の光に紛れるように、Tさん自身も騎乗したユーグへと駆けた。 「数も撃てるのか」 「生憎とな!」 Tさんは槍を持ったユーグでは無く、黒い影で模られた馬を殴る。勢いの乗った一撃に、苦悶の呻きじみたいななきが上がって馬が消滅していく。ユーグは馬の不調によってバランスを崩すことなく、手にしていた槍を投擲してTさんへの牽制とすると、消えかかる馬の体の中から槌を取り出した。 その挙措からは光弾で目を潰された様子はうかがえない。 バフォメットの加護か……。 ユーグはバフォメットを力の具現だと言っていた。接近しながら≪ケサランパサラン≫の能力で視た限りでは、彼の発言に嘘は無い。面識があるらしい千勢からも注意が無い事を勘案するに、あれは別個の生き物ではなく、加護の表象なのだろう。 周りの騎士や兵に閃光の光が残る中、更に光弾を振りまきながらTさんはユーグに拳で打ちかかる。 「その武器を振るう理由は神への献身か?」 「お前達も知っているだろう? 神など所詮は人の被造物――我々と同じだ」 だから、と消えかかる馬から地面へと降りたユーグは槌を振りかぶる。 「少なくとも今の私が祈る程の価値は神には無い。私は私の意志で戦っている!」 振り下ろされた槌を避け、Tさんは問いかけた。 「神を捨てたか?」 「たかだか神を理由にする愚を捨てたのだ!」 「そうして信仰の狂気から逃れた末にやる事は幼子の誘拐とはな!」 「モニカは元々私達の許にいた! それを手元に戻そうというだけだ!」 ……なに? 疑問を抱いた時、千勢の合図が聞こえてきた。 昂然と謳われるのは古い詩の一節、 「八雲立つってな!」 「――っ!」 薄く積もった雪の地面を思いっきり蹴立て、Tさんはユーグから離れる。 それを確認するかしないかの際どいタイミングで、白の塊が空から降って来た。 ● 空から降って来たそれは、八岐に分かれた巨大な雲の柱だった。 よくよく見ればその柱の一つ一つの先端からは、竜にも似た造形の顔らしきものが見てとれる。 ≪壇ノ浦に没した宝剣≫。それをその身に収めていたという巨大な蛇の頭上には、常に雲気が有ったという。大蛇の体内から取り出された宝剣自身にもその性質は受け継がれ、宝剣が持ち主と認めた者の意に従って雲気を御し、かつての大蛇を再現する。 その雲竜、≪壇ノ浦に没した宝剣≫へと刻まれた銘に曰く―― 「叢雲ォ!」 顎を大きく開いて落下してきた雲竜は、凍死体達も騎士達も等しく巻き込んで噛み砕き、身体ごと彼等を下敷きにした。 地面に落ちると共に雲は味方を巻き込まぬよう質量を失くして、膨大な水蒸気の塊になる。 その水蒸気を冬の結界の冷気が冷やし、辺り一面に生じた氷晶が雲の落下によって刺し込んできた陽の光を反射させる。 Tさんは絶句して何も言えない舞達を背にしながら千勢に訊いた。 「どれほど削れたと思う?」 「すぐに雲に戻してしまったからな……≪冬将軍≫の喚んでいた兵はほとんど潰せた筈だ。しかし≪テンプル騎士団≫は一割も削れていないとみていい」 千勢の答えに頷いて、Tさんは手に光を宿す。 「この雲の残滓を吹き飛ばす事が出来れば、幸せだ」 そう言って放たれた光弾は中空で破裂して一陣の風を巻き起こす。 雲の残滓が取り払われた先には数が随分と減った凍死体の兵士達と、騎馬こそ消え失せてはいるがほとんど無傷の騎士団がいた。 数秒無言で睨み合い、やがて≪冬将軍≫が嘆息混じりに言う。 「チトセの今の雲でそこの獣が張っていた人避けも我々が使用した隠蔽術も吹き飛ばされた。敏い者はすぐに駆けつけてくるだろう」 「ではどうする? それでも戦いを続けるか?」 千勢の問いに、ユーグが首を振る。 「いや、やめておこう。事を荒立てることはあまりしたくない」 騎士団の姿がユーグの影に溶けるようにして消えていく。 Tさんがその様子を油断なく見守っていると、ユーグが言葉を投げて寄越してきた。 「この場は退こう」 「構わないのか?」 たしか≪テンプル騎士団≫の戒律では敵前逃亡には厳しい条件を満たす必要があったはずだ。そう思ってのTさんの問いかけには苦笑が返って来た。 「適切な状況で撤退を指示できない指揮官程無能な者はいない」 「なるほど、在り方も≪テンプル騎士団≫から乖離しているようだ」 「称賛と受け取っておこう」 ≪冬将軍≫とユーグが背を向ける。 その背に声がかけられた。幼い少女の声だ。 「ユーグおじさん……? ユーグおじさんだよね?!」 モニカだ。この戦闘の間に目覚めたのだろう。彼女は加護とケウの毛の中からユーグに向かって必死に声を投げかけている。 知り合い、なのか……? 先程ユーグも自分達の許にモニカが居たと言っていた。千勢が彼等が現れる直前までしていた話では、彼等は数年前には既にモニカを追い始めていたという。 ……話がいまいち見えんな。 モニカが飛ばす声は届いている筈なのに、ユーグも≪冬将軍≫も振り返らない。 「次は最初から、敵と判断して行動する」 その言葉を最後に、≪冬将軍≫の気配もユーグの気配も遠ざかって行った。千勢とTさんはそれでも数分の間、彼等が去って行った方向を見据え、やがてそろそろと息を吐き出した。 冬の結界が冬の主の不在によって解かれ、舞と、ついさっき目を覚ましたらしいモニカと由実がTさんと千勢の所に走りよって来る。 口々に舞達が何か質問をしようとしているらしい気配を感じ取り、その機先を制する形で千勢が先に口を開いた。 「色々と訊きたい事があるだろうが今ここで、というわけにもいかなくなった。ここに張っていた結界ももう用を為さない。早くここから離脱しよう」 そう言って千勢は舞達にケウに乗るように言う。 「どこに行く気だ?」 Tさんが問いかけると、千勢は≪壇ノ浦に没した宝剣≫にケウから切り取った毛を面倒くさそうに巻いて完全に覆ってしまい、それを長い艶やかな黒髪の邪魔にならないよう、器用に背負いながら答える。 「そうだな……、この街に彼等の手が伸びているのならば、一度距離を離してしまう必要があるだろうな」 千勢は現在の状況に戸惑っているらしいモニカの様子を見て口許を緩め、 「こちらも訊きたい事がある。腰を落ち着ける場所が必要だろう」 Tさんの背を叩いて一先ず落ち着いた。と言うように破顔した。 「案内しよう。T№0の許へ」 数分後、公園には斬撃と射撃と打撃で砕けた石畳の跡と、ようやく溶け始めた雪を纏う氷の風景だけがあった。 前ページ次ページ連載 - Tさん、エピローグに至るまで
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変装:A 変装の技術。 Aランクであれば、外見を自在に変更できる。 技術というよりも魔術、呪いの類である。 変装:C 変装の技術。 Cランクなら、人間であれば親しい者でも騙し通せるレベルで変装できる。 【A+ランク】 【Aランク】冬将軍 【Bランク】 【Cランク】トリスタン アルジュナ 【Dランク】 【Eランク】 変装:A (冬将軍) 変装の技術。 Aランクであれば、外見を自在に変更できる。 技術というよりも魔術、呪いの類である。 様々な姿で語り継がれる冬将軍は、 唯一の姿というものを持たない。 変装:C (トリスタン) 変装の技術。 Cランクなら、人間であれば親しい者でも騙し通せるレベルで変装できる。 生前は物狂いの乞食に化け、 王の前に立つが正体に気がついたのは愛犬ユダンだけであった。 変装:C (アルジュナ) 変装の技術。 Cランクなら、人間であれば親しい者でも騙し通せるレベルで変装できる。 踊り子として女装した故事からこのスキルを得た。