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唐書巻一百六十六 列伝第九十一 賈耽 杜佑 子式方 従郁 孫悰 慆 牧 顗 曾孫裔休 令狐楚 子緒 綯 孫滈 渙 渢 弟定 賈耽は、字は敦詩で、滄州南皮県の人である。天宝年間(742-756)、明経科に推挙され、臨清県の尉に補任された。論事を上書して、太平県に移された。河東節度使の王思礼に任命されて度支判官となった。汾州刺史に累進し、治めることおよそ七年、政務で優秀な成績を修めた。召還されて鴻臚卿、兼左右威遠営使となった。にわかに山南西道節度使となった。梁崇義が東道に叛くと、賈耽は屯谷城に進撃して、均州を奪取した。建中三年(782)、山南東道節度使に遷った。徳宗が梁州に移ると、賈耽は行軍司馬の樊沢に奏上を行わせた。樊沢が帰還すると、賈耽は大宴会を開いて諸将と酌み交わした。にわかに突然詔があって、樊沢を賈耽に代らせることとなり、召還されて工部尚書に任命されることとなった。賈耽は詔を懐に入れて、もとのままに飲んでいた。罷免されるとき、樊沢を呼び寄せて「詔によって君に代らせることとなった。私もただちに命令を遵守しよう」と言った。将や吏を集めて樊沢と合わせた。大将の張献甫は、「天子が巡幸されているとき、行軍(樊沢)は公の命によって行在に天子に拝謁に行き、そこで軍を指揮しようとはかって、公の土地を自分の利にかなうようにしました。これは人に仕えて不忠というべきです。軍中は納得しませんから、公のために行軍を殺させてください」と言ったが、賈耽は「何を言っているのか。朝廷の命があったから、節度使となったのだ。私は今から行在に拝謁しに行くが、君と一緒に行こう」と言って、張献甫とともに行ったから、軍中は平穏となった。 しばらくして東都留守となった。慣例では、東都留守となった者は洛陽に居住し、守って城から出ないこととなっていたが、賈耽は弓をよくしたから、特別に詔があって近郊で狩猟することを許された。義成軍節度使に遷った。淄青節度使の李納は偽王号を取り去ったとはいえ、密かに陰謀を含み、怨みを晴らしたいと思っていた。李納の兵数千は行営より帰還するため、滑州を経由したから、賈耽に向かってある者は野外に宿営させるべきだと言った。賈耽は「私と道を隣り合っているのに、どうして疑おうか。野外で野ざらしにでもさせるというのか」と言い、命じて城中に泊まらせ、役所で宴会を開き、李納や士は皆心服した。賈耽は狩猟をするごとに、数百騎を従え、たびたび李納を境内に入れた。李納は大いに喜んだが、しかし賈耽の徳を恐れて、あえて謀をしなかった。 貞元九年(793)、尚書右僕射同中書門下平章事(宰相)となり、魏国公に封ぜられた。常に節度使の将帥となるべきものが不足しており、賈耽は天子に向かって自らを節度使に任じるべきであると言ったが、もし賈耽が軍中から謀れば、下の者は後ろ向きとなってしまうから、人々に不穏な動きが出るとした。帝はそうでと思い、賈耽の案を用いなかった。順宗が即位すると、検校司空・左僕射に昇進した。当時、王叔文らが実権の握り、賈耽はこれを憎み、しばしば病と称して辞職を求めたが、許されなかった。卒し、年七十六歳であった。太傅を贈られ、諡を元靖という。 賈耽は書物を読むのを嗜み、老いてもますます勤勉で、最も地理に詳しかった。四方に使節に行った人や夷狄の使者を見かけると、必ず風俗を尋ね求め、そのため天下の土地・区域・産物・山川・険阻の地は、必ず究明して知ったのである。吐蕃が盛強になると、隴西に侵入してきたが、以前は州県の遠近を役人に伝えられていなかった。賈耽はそこで布に隴右・山南・九州を描き、かつ河が流れを図に描いて載せ、また洮州・湟州・甘州・涼州の屯鎮や人口・道や里の広狭、山の険阻や水源を『別録』六篇、『河西戎之録』四篇として進上した。詔して宝物・馬・珍器を賜った。また『海内華夷』を描き、広さ三丈、縦三丈三尺にもなり、縮尺は一寸を百里とした。あわせて『古今郡国県道四夷述』を撰し、その中国の基本は「禹貢」で、外夷の基本は班固の『漢書』で、古の郡国を墨で題し、今の州県は朱で題し、漏れ落ちたところは、多く改正した。帝はこれをよしとし、下賜物がさらに加えられた。あるいは図を指してその国の人に尋ねると、すべてその通りであった。また『貞元十道録』を著し、貞観年間(623-649)の天下の十道使、景雲年間(710-712)の按察使、開元年間(713-741)の采訪使、設置・廃止や行き来が備わっていた。陰陽・雑数も通じていないものはなかった。 賈耽の度量は広く、思うに長者であったのであろう。人物のよしあしを批判することを喜ばなかった。宰相となること十三年、安全や危険といった緊急の大事に際して対策を披露することはできなかったとはいえ、身を引き締めて決められたことを実行するのは、自ら得意とするところであった。邸宅に帰るごとに、賓客と面会しても少しも倦むところをみせず、家人や近習は、喜怒をみたことはなかった。世間ではいつも道理に従った人だといっていた。 杜佑は、字は君卿で、京兆万年県の人である。父の杜希望は、いったん引き受けたことは、約束を守って必ず実行し、交際があった者は全員僅かな間に英傑となった。安陵県令となり、都督の宋慶礼はその優れた政務能力を上表した。些細な罪のため連座して官を去った。開元年間(713-741)、交河公主が突騎施(テュルギシュ)に嫁ぐことになると、杜希望に詔して和親判官とした。信安郡王李漪が上表して霊州別駕・関内道度支判官に任命した。代州都督に任じられ、召還されて京師に戻り、辺境の問題について奏上し、玄宗はその才能を優れたものとした。吐蕃が勃律(ギルギット)を攻撃し、勃律は帰順を願ったから、右相の李林甫は隴西節度使となっており、そのため杜希望を鄯州都督に任命し、隴西節度留後とした。駅伝で急ぎ隴州に向かい、烏莽部の軍を破り、千人あまりの首級をあげ、進撃して新城を陥落させ、軍を凱旋させて帰還した。鴻臚卿に抜擢された。これより鎮西軍を設置し、杜希望は軍を引き連れて塞下に分置したから、吐蕃は恐れ、書簡を送って講和を求めた。杜希望は「講和を受けるのは臣下があれこれできることではない」と答え、敵はすべて争って講和の地につこうとした。杜希望は大規模・小規模な戦いをすること数十におよび、その大酋を捕虜とし、莫門に到達して、積載された備蓄物を焼き払い、終わって城に帰還した。功績によって二子に官位を授けられた。当時、戦争がしばしば勃発し、府庫はだんだん少なくなっていったが、杜希望は鎮西軍にあること数年、備蓄された穀物や金絹は余剰が出るほどであった。宦官の牛仙童が辺境にやってきて、ある者は杜希望に誼を結ぶことを勧めたが、「金銭によってこの身を節度使のままでいようとは、私には堪えられない」と答え、牛仙童は戻って杜希望が職務を行っていないと奏上したから、恒州刺史に左遷され、西河に遷った。しかし牛仙童が諸将より金銭を受け取っていたことが漏洩し、その罪は死罪に相当し、金を送った者は全員罪となった。杜希望は文学を愛し、門下で引き立てられた者は崔顥らのように全員有名となって当代に重んじられた。 杜佑は父の蔭位のため済南参軍事・剡県の丞に補任された。かつて潤州刺史の韋元甫のもとを通過すると、韋元甫は友人の子であったから厚遇したが、杜佑自身は韋元甫に礼を加えなかった。他日、韋元甫に疑獄の案件を抱えて結審することができず、試しに杜佑に訊問させると、杜佑が述べるところは、要点がつくされていないところはなかった。韋元甫は優れた人物だと思い、司法参軍に任じ、韋元甫が浙西・淮南節度使となると、上表して幕下に任用した。京師に入って工部郎中となり、江淮青苗使に任命され、再び容管経略使に遷った。楊炎が宰相となると、金部郎中を経て水陸転運使となり、度支兼和糴使に改任された。ここに戦争が起こると、補給のことは杜佑が専決した。戸部侍郎の地位によって判度支となった。建中年間(780-783)初頭、河朔の兵は内乱となり、民は困窮して、賦は出されなかった。杜佑は弊害を救うために用途を省くにこしたことはなく、用途を省けば官員も減員するから、そこで上議して次のように述べた。 「漢の光武帝は建武年間に四百県を廃止し、吏は十分の一しか任命されず、魏の太和年間(227-233)には方々に使者を派遣して吏員を削減し、正始年間(240-249)には郡県を併合し、晋の太元年間(376-396)には官七百を廃止し、隋の開皇年間(581-600)には郡五百を廃止し、貞観年間(623-649)初頭には内官六百人を削減しました。官を設置する根本は、百姓を治めるためであって、だから古は人を数えて吏を設置し、無駄に設置することをよしとしなかったのです。漢から唐まで、戦争で困難のため吏員を削減するのは、実に弊害から救うのに合致したことなのです。 昔、咎繇(皋陶)は士となりましたが、これは今の刑部尚書・大理卿にあたるので、つまりは二人の咎繇がいることになるのです。垂は共工となりましたが、これは今の工部尚書・将作監にあたり、つまりは二人の垂がいることになるのです。契は司徒となりましたが、これは今の司徒・戸部尚書にあたるので、つまりは二人の契がいることになるのです。伯夷は秩宗となりましたが、つまりは今の礼部尚書・礼儀使にあたるので、つまりは二人の伯夷がいることになるのです。伯益は虞となりましたが、これは今の虞部郎中・都水使司にあたるので、つまりは二人の伯益がいることにあるのです。伯冏は太僕となりましたが、これは今の太僕卿・駕部郎中・尚輦奉御・閑厩使にあたるので、つまりは四人の伯冏がいることになるのです。昔、天子は六軍あり、漢は前後左右将軍が四人いましたが、今、十二衛・神策八軍で、だいたい将軍は六十人います。旧名を廃止せず、新たに日々加えられているのです。また漢は別駕を設置し、刺史に従って巡察しましたが、これは今の監察使の副官のようなものです。参軍は、その府軍事に従いますが、これは今の節度判官のようなものです。官名職務は、変化にあたっても同じのままであって、どうして名実一体しておりましょうか。本当に余剰について検討しなければなりません。統治しようとするのならまず名実を正すのです。神龍年間(707-710)、任官は気まま勝手で、役人は大いに集められ選ばれましたが、官職は既に欠員がなく、そこで員外官を二千人設置し、これより常態化したのです。開元・天宝年間(713-756)当時は、国の四方に敵はおらず、戸九百万あまりを数え、財庫は豊かで溢れ、余分な費用がかかったとしても、心配するほどではありませんでした。今耕作地は疲弊し、天下の戸は百三十万、陛下が使者に詔してこれを調査させましたが、わずかに三百万がいただけで、天宝年間(742-756)に比べると三分の一、とりわけ浮浪の者が五分の二おりますから、賦税を出すことができる者は段々減っているのに、禄を食む者はもとのままなのです。どうして改めないままでおれましょうか。 議論する者は、天下なお群雄が跳梁跋扈して朝廷に服していないのだから、ただ官吏を削減すれば、罷免された者が皆群雄のもとに行ってしまうとしています。これは一般的な心情を述べたものであって、正確に述べたものではありません。なおかつ才能ある者を推薦して用いるのですから、不才の者はどうして群雄のもとに行っていなくなったとて心配することがありましょうか。ましてや姻戚・財産をかえりみるでしょうか。建武年間(25-56)に公孫述と隗囂はまだ滅ぼせておらず、太和年間(227-232)・正始年間(240-249)・太元年間(376-396)に魏は呉・蜀と鼎立しており、開皇年間(581-600)に陳はまだ南に割拠しておりましたが、皆英才を捕まえ、人を失って敵に利益をもたらすとは心配しておりませんでした。今、田越のような輩は頻繁に刑罰を用いて重税を課し、軍には目をかけるものの、士人への待遇は奴婢のようで、もとより范睢が秦の遺業をならせたり、賈季(狐射姑)が狄を強くしたような恐れはありません。または長年にわたっているものをにわかに改めるべきではありません。かつ仮に別駕・参軍・司馬を削減し、州県で内官を試験し、戸ごとに尉を設置すべきです。ただちに罷めるべきなのは、行義があるとして在所から上奏されたものの、実際にはそうではなかった場合、推薦者を罪としてしまえば、人のために推薦する者がいなくなるので、常調官に任ずべきです。またどうして心配することありましょうか。魏で柱国を設けた時、当時の宿老の功業は柱国の地位にあったので、第一に尊ばれたのです。周・隋の時代には授けられる者が次第に多くなり、国家はこれをただの勲功とし、わずかに地を三十頃得るだけになったのです。また開府儀同三司・光禄大夫もまた官名でありましたが、非常に多くなったので、かえって位階の一つとなりました。時に従って制度を樹立し、弊害にあえばただちに変えるのであれば、どうして必ず順応して改めるのを憚ることがありましょうか。」 議題に上がったものの、採用されなかった。 盧𣏌が宰相となると、盧𣏌に嫌われたため、京師から出されて蘇州刺史となった。前の刺史の母の喪があけると、杜佑の母は健在であったから、辞退して行かず、饒州刺史に改められた。にわかに嶺南節度使に遷った。杜佑は大きな道路をつくり、間隔をあけた街並みとしたから、大火災にならなくなった。朱厓の民は三代にわたって要衝によって節度使に服しなかったから、杜佑は討って平定した。召還されて尚書右丞を拝命した。にわかに京師から出されて淮南節度使となったが、母の喪のため任を解かれるよう願ったが、詔して許されなかった。 徐州節度使の張建封が卒すると、軍が騒動をおこし、その子張愔を立て、承認を朝廷に願ったが、帝は許さず、そこで杜佑に詔して検校尚書左僕射・同中書門下平章事(宰相)、徐泗節度使として討伐させた。杜佑は軍艦を配備し、部下の将の孟準を派遣して淮河を渡河して徐州を攻撃させたが、勝てずに撤退した。杜佑は軍を出兵させて変乱に対応するのを得意とはしていなかったから、そこで境を固めてあえて進撃せず、張愔に徐州節度使を授け、濠州・泗州の二州を割いて淮南に隷属させた。それより以前、杜佑は雷陂を決壊させて大規模灌溉を実施し、海に近い土地を田とし、収穫された米は五十万斛にもおよび、軍営は三十区をならべ、兵士・馬は整然とし、四隣は恐れさせた。しかし部下に寛容であったため、南宮僔・李亜・鄭元均が権力を争って政治を乱したから、帝は全員を追放した。 貞元十九年(803)、検校司空・同中書門下平章事(宰相)に拝命された。徳宗が崩ずると、詔して摂冢宰とした。検校司徒、兼度支塩鉄使に昇進した。ここに王叔文が度支塩鉄副使となったが、杜佑は既に宰相であったから度支塩鉄使は自ら執り行わず、王叔文が遂に専権した。後に王叔文が母の喪によって家に帰ると、杜佑が審査決定することとしたが、郎中の陳諌が王叔文にさせるよう要請したから、杜佑は「専権させないようにするからなのか」と言い、そこで陳諌を京師から出して河中少尹とした。王叔文は東宮を動かそうとし、杜佑に助けを求めたが、杜佑は応じず、そこで謀して追放しようとしたが、まだ決する前に失脚した。杜佑はさらに李巽を推薦して自らの副官とした。憲宗が諒暗に服すると、再び摂冢宰となり、度支塩鉄使を李巽に譲った。それより以前、度支使は職務にあたっては経費を削減してきたが、職務が増加するにつれて経費が多くなっていったから、吏を任命して百司の暫時の代理とし、繁多な上に決まりがなかった。杜佑は営繕署を将作監に、木炭は司農寺に、染色を少府に帰属させ、職務を簡素化した。翌年、司徒を拝命し、岐国公に封ぜられた。 党項(タングート)が密かに吐蕃を導いて乱をおこし、諸将が功績を得ようと、討伐を請願した。杜佑はよくない辺臣が叛乱をおこすことと思い、そこで上疏して次のように述べた。 「昔、周の宣王が中興したとき、異民族の獫狁が害をなし、これを太原に追いましたが、国境に到達してから追跡を止めました。中国の弊害となることを願わず、遠夷を怒らせることになるからです。秦は兵力をたのんで、北は匈奴を防ぎ、西は諸羌を追い払いましたが、怨みをまねいて乱のきっかけとなり、実際には流謫人からなる守り人を生んだだけであった。思うに聖王が天下を治めるのは、ただ多くの人を安撫させようとすることを願うからで、西は流沙まで、東は海まで、北も南も、天子の名声を聞きその教えを被るのですが、どうして内政が疲弊しているのに外征を行おうというのでしょうか。昔、馮奉世は詔を偽って莎車王を斬り、首を京師に伝送し、威は西域に震わせたので、宣帝は爵位・封土を加えるかどうかを議論させました。蕭望之は一人詔を偽り命令を違えたことを述べて、功績があっても通例としてはならないとし、後世に使者となった者が国家のために夷狄に事件を引き起こさせるような事態を恐れたのです。近年では、突厥の黙啜が中国に侵掠し、開元年間(713-741)初頭に郝霊佺が捕えて黙啜を斬り、自らこの功績は二つと匹敵するものはないと言っていましたが、宋璟は辺境にいる臣下がこのようにして功績を得ようとするのを恐れて、ただ郎将を授けただけでした。これより開元の盛が終わるまで、再び辺境に関する議論はおこらず、中国はついに安泰となったのです。このような事情の戒めは手本とするに遠い過去のことではありません。 党項は小蕃で、中国と雑居しており、時折辺境の将が攻撃しては、その良馬や子女を己に利させ、徭役を苛斂誅求し、遂には謀反させるに到り、北狄と西戎とを互いに誘致して辺境に掠奪させたのです。伝(『論語』季氏篇)に「遠方の人が随わないなら、必ず文化力を高め、そうやって招き寄せる」とあり、管仲は「国家は勇猛の者をして辺境にいさせてはならない」と言っていますが、これは本当に聖哲が兆候を見て、その傾向や問題の本質を知覚できるということなのです。今戎どもは強くなり、辺境の防備は備わっておりません。本当に良将を慎重に選び、防備を完備させ、苛斂誅求を禁止し、真心を示し、来れば防いで懲らしめ、去れば備えるべきです。そうすれば彼らは懐柔し、奸悪の謀をするのを改めるでしょう。どうして必ずしばしば軍役をおこし、座して財力・人材を消耗する方を採用するのでしょうか。」 帝は喜んで受け入れた。 一年あまりして、致仕を願い出たが、聴されず、詔して三・五日に一度、中書・平章政事に入らせた。杜佑は進見するごとに、天子は尊んで礼遇し、呼ぶのに官名を呼んで、名前では呼ばなかった。数年後、固く骸骨(辞職)を乞い、帝はやむを得ず許した。そこで光禄大夫・守太保致仕を拝命し、毎月朔日(一日)・望日(十五日)に朝廷に出席し、宦官を派遣して賜い物は非常に厚かった。元和七年(812)卒した。年七十八歳。冊立して太傅を追贈し、諡を安簡という。 杜佑の性格は学問を嗜み、貴い身分になって、それでも夜分に読書した。これより先、劉秩は百家を拾い上げて、周の六官法を揃え、『政典』三十五篇をつくり、房琯は才能は漢の劉向を超越したと称えた。杜佑は『政典』は未だに尽くされていないと思っていたから、そこでその欠落部分を補い、『開元新礼』を参考にし、二百篇をつくって、自ら『通典』と名付けて奏上し、詔してお褒めの言葉を賜り、儒者はその書物が簡約でありながら詳細であることに感服したのである。 人となりは簡素かつ恭順な人物で、物事に背かなかったから、人は皆敬愛して重んじた。名声は漢と胡に広がり、しかも練達の文章は誰もが及ばないのである。朱坡・樊川の地には、すぐれた東屋・高台・林泉の庭園をつくり、山を穿って泉を掘り、賓客とともに酒を酌み交わすのを楽しみとした。子弟は皆朝廷に供奉することを願い、貴く盛んなことは当時の筆頭であった。能力は吏職に精勤し、統治しても苛斂誅求を行わず、しばしば税務を司り、宰相として民の利害によって差配を決めたから、議論する者は杜佑を統治・行ないに欠点はないと称えた。ただ晚年、妾を夫人としていたが、杜佑の業績からは隠れる程度といわれる。子に杜式方がいる。 杜式方は、字は考元で、父の蔭位によって揚州参軍事を授けられた。再び太常寺主簿に移り、音律を考察して定めたから、太常卿の高郢に称えられた。杜佑が宰相になると、京師から出されて昭応県令となり、太僕卿に遷った。子の杜悰は、公主を娶った。杜式方は宗室の姻戚となったから、たちまち病と称して業務を行わなかった。穆宗が即位すると、桂管観察使を授けられた。弟の杜従郁は長らく重い病に罹っており、自ら薬を与えて食事の介助をし、死ぬと泣いたから、世間ではその真心のこもった行ないを称えた。卒すると礼部尚書を追贈された。 杜従郁は、元和年間(806-820)初頭に左補闕となり、崔群らからは宰相の子であったから嫌われ、再び秘書丞に遷された。駕部員外郎で終わった。子に杜牧がいる。 杜悰は、字は永裕で、一門の蔭位のため三遷して太子司議郎となった。権徳輿が宰相となると、その婿で翰林学士の独孤郁は嫌疑を避けて自らその職を辞するよう申し上げた。憲宗は独孤郁が文章をよくするのを見て、「権徳輿に婿ありというのはまさにそなたのことだな」と歎いた。当時、岐陽公主がおり、帝はこの娘を愛していた。昔の制度では、多くは姻戚や将軍の家より選ばれたが、帝は始め宰相李吉甫に詔して大臣の子より選んだが、皆病と称して辞退し、ただ杜悰だけが選抜によって麟徳殿で召見された。婚礼が終わると、殿中少監・駙馬都尉と授けられた。大和年間(827-835)初頭、澧州刺史より召還されて京兆尹となり、鳳翔忠武節度使に遷った。京師に入って工部尚書、判度支となる。たまたま岐陽公主が薨ずると、杜悰は長らく挨拶せず、文宗は不可解に思った。戸部侍郎の李珏は「この頃駙馬都尉は皆公主の服喪は天子・父同様の斬衰三年で、だから杜悰は挨拶できなかったのです」と述べると、帝は驚き、始めて詔して服喪期間を斉衰杖期の一年とし、法令として明記させた。 会昌年間(841-846)初頭、淮南節度使となった。武宗は揚州監軍に詔して俳優の家の娘十七人を禁中に進上させ、監軍は杜悰に同じく選ばせようとし、また良家に姿形がよい者を見せようとしたから、杜悰は「私は詔を奉っていないのにたちまち共に行うのは罪である」と言ったから監軍は怒り、帝に上表した。帝は杜悰に大臣の体裁があるのを見て、そこで詔して俳優を進上させるのを廃止し、その意は杜悰を宰相にすることにあった。翌年(844)、召還されて検校尚書右僕射・同中書門下平章事(宰相)を拝命し、判度支を兼任した。劉稹が平定されると、左僕射・兼門下侍郎となった。しばらくもしないうちに、宰相を罷免され、京師から出されて剣南東川節度使となり、西川節度使に移り、また淮南節度使となった。当時、旱魃となり、道路に流亡する者が溢れ出て、民は運河で運ばれてくる米を濾して自給するようになり、「聖米」と呼び、湖沼のまぐさや蒲の実を採ってすべて尽き果ててしまったにも関わらず、杜悰は上表して吉祥・災異の前触れと報告した。獄囚は数百人を数えたが、酒色におぼれて安逸に過ごしたから裁決できなかった。罷免されて、兼太子太傅、分司東都となった。翌年、起用されて東都留守となり、再び剣南西川節度使となった。召還されて右僕射、判度支、進兼門下侍郎同平章事(宰相)となった。 それより以前、宣宗の在位中、夔王李滋以下の五王を大明宮の内院に住まわせて、鄆王を十六宅に住まわせた。帝が重病となると、枢密使の王帰長・馬公儒らが遺詔によって夔王を擁立しようとしたが、左軍中尉の王宗実らが殿中に入って、以為王帰長らのために詔が偽られたとし、そこえ鄆王を迎えて即位させた。これが懿宗である。しばらくして、枢密使の楊慶を派遣して中書省にやって来たが、ただ杜悰だけが拝礼し、他の宰相の畢諴・杜審権・蒋伸はあえて進み出なかったから、杜悰に説諭して大臣にふさわしくない者を弾劾させて罪にあてようとした。杜悰はにわかに封を使者に授けて復命し、楊慶に向かって、「お上は践祚されてからまだ日が浅い。君達は権力を手中にして愛憎によって大臣を殺せば、役人の禍いは日を待たないだろう」と述べ、楊慶の顔色を失い、帝の怒りもまた解け、大臣は安泰となった。しばらくもしないうちに、司空となり、邠国公に封ぜられ、検校司徒によって鳳翔・荊南節度使となり、加えて太傅を兼任した。たまたま黔南観察使の秦匡謀は蛮を討伐しようとしたが、兵は敗れ、杜悰のもとに逃げたが、杜悰はこれを逮捕し、節義に殉じなかったことを弾劾したが、詔によって斬られてしまった。杜悰は死んでしまうとは思っていなかったから、驚きのあまり病となって卒した。年八十歳。太師を追贈された。葬送の日、宰相百官に詔して参列させた。 杜悰は大いに議論しては往々として時勢に適うところがあったが、しかし才能は適応しなかった。将軍や宰相の地位を行ったり来たりし、厚く自ら父母を孝養したが、いまだかつて在野に隠れた士を推薦したことがなく、杜佑の素風は衰えたのだった。だから当時の人は「禿角犀(角が禿げたサイ)」と呼んだ。 子の杜裔休は、懿宗の時に翰林学士・給事中を歴任したが、事件に罪とされて端州司馬に貶された。弟の杜孺休は、字は休之である。累進して給事中となった。大順年間(890-891)初頭、銭鏐が弟の銭銶を派遣し、兵を率いて徐約を蘇州で攻撃して破り、海昌都将の沈粲が刺史の業務を執行したが、昭宗が杜孺休に命じて蘇州刺史とし、沈粲を制置指揮使とした。銭鏐は喜ばず、密かに沈粲を遣わして殺害してしまった。杜孺休は攻められると、「私を殺さないでくれ。君に金をあげよう」と言ったが、沈粲は「お前を殺せば、金はどこに行くのかね」と答えた。兄の杜述休も同じく死んだ。 杜悰の弟に杜慆がいる 杜慆は、咸通年間(860-874)に泗州刺史となった。龐勛が反乱を起こすと、城を囲まれ、処士の辛讜が広陵よりやって来て杜慆に面会し、家族を城から出して、ただ身を守るよう勧めた。杜慆は「私が一族全員を逃れさせて生を求めたところで、軍心は動揺するだけだ。将兵と生死を共にするのにこしたことはない」と言い、軍は聞いて皆涙を流した。杜慆は籠城の困難を聞いて、堀を浚って城の防備を固め、籠城の器械で備わっていないものはなかった。 賊将の李円は杜慆が組みやすしとみて、勇士百人を馳せて府庫に入らせようとすると、杜慆は甘言によって礼を厚くして迎えて慰労したから、賊は杜慆の謀であると思わなかった。翌日、兵士三百名を伏兵し、球場で宴して賊を全員殲滅した。李円は怒り、曲輪を攻撃したが、杜慆は数百人を殺したから、李円は撤退して城の西に立てこもった。龐勛はそのことを聞いて、兵を増やして、書簡を城中に射て投降を促した。夜になって、杜慆は鼓を打って城壁の上から大声で叫んだから、李円の士気は削がれ、走って徐州に戻った。しばらくもしないうちに、賊は淮口を焦土とし、昼夜戦ってやむことはなく、辛讜はそこで救援を守将の郭厚本に要請し、賊は包囲を解いて去った。浙西節度使の杜審権は将を派遣して兵千人によって救援させたが、かえって李円の軍に包囲され、一軍もろとも全滅した。杜慆は人を間道によって京師に走らせると、戴可師に詔して沙陀・吐渾の援軍二万によって討伐させた。淮南節度使の令狐綯は牙将の李湘を派兵して淮口に駐屯させ、郭厚本と合流したが、李円の攻撃のため敗北し、李湘らは枕を並べて討ち死にし、ここにおいて援軍は途絶えた。賊はそこで鉄の鎖で淮河の流れを途絶えさせ、梯子と衝角で城を攻撃した。兵糧は尽きて、そのため薄い粥を支給していた。懿宗は使者を派遣して杜慆に検校右散騎常侍に任命し、防衛に努めさせた。龐勛は李円を派遣して城内に入って杜慆に面会して投降を約束させようとしたが、杜慆は怒って李円を殺してしまった。龐勛は再び書簡を送ったが、安禄山・朱泚らがついに滅亡してしまったと答書し、ひそかに龐勛の軍にあてつけた。龐勛はしばしば攻撃したが目的を遂げることができず、たまたま招討使の馬挙が兵を率いてやって来たから、遂に包囲を解いて去った。包囲されることおよそ十か月、杜慆は兵士を慰撫し、全員が命を投げ出し、辛讜は包囲を冒して出入し、援軍を集め、ついに一州を全うさせたから、当時の人は艱難さを称えた。賊が平定されると、杜慆は義成軍節度使、検校兵部尚書に遷り、卒した。 杜牧は、字が牧之で、詩文をつくることが上手であった。進士の試験に合格し、さらに賢良方正科の試験にも合格した。当時江西観察使であった沈伝師が朝廷に届けて、江西団練府巡官とした。それからこんどは牛僧孺の淮南節度府の書記の職につき、監察御史に抜擢されたのち、病気を理由にして東都(洛陽)の分司御史となった。弟の杜顗の病気が悪化したので退官し、再び宣州団練判官の職につき、殿中侍御史内供奉をさずかった。 この頃、劉従諌が沢潞節度使として、また何進滔が魏博節度使として、相当にごうまんで国の法律制度に従わなかった。杜牧は、長慶年間(821-824)初頭から朝廷の処置が方法を誤り、そのためにまたしても山東の地を失い、大きい領域をもった重要な藩鎮の処理は、天下の人が唐の政権を重く視るか軽く視るかに関係することだけに、それを世襲のように受けつかせたり、軽々しく授与したりしてはいけないのに朝廷はこれを許したことを、当時にさかのぼってとがめようとした。が、こうしたことは、すべて朝廷のきめる大事だから、自分がその地位にないのに分をこえたことを言うのは、とがめられるおそれがあり、そういうことはよくない、ということで「罪言」を作った。その文にいう、 「人々は常に戦争の惨劇に苦しみ、戦争は山東で始まって、天下に広がっていきました。山東を占領しなければ、戦争をやめることができません。山東の地は、禹が全国九土を分割して冀州(九州)といい、舜がその中でも非常に大きい部分を分割して幽州とし、并州としました。その自然条件を見てみると、河南と匹敵し、常に全国の十分の二の強さがあり、そのため山東の人は勇猛で力が強く、規律を重んじ、苦労を厭わないのです。魏晋の時代より以降、職人と織機の技術は巧妙で、ありとあらゆるものが流出し、習慣は卑俗となり、人々はますます脆弱となっていったのです。ただ山東だけが五種の穀物を種まき、兵は弓矢の道を根本として、他はゆったりしていて揺らぐことはありません。丈夫な馬を生産し、馬の下位のものでも一日に二百里を移動するから、兵は常に天下と対抗することができるのです。冀州は、その強大さをたのんで摂理に従わず、冀州が必ず弱く弱体化することを期待しましたが、敗れたとはいえ、冀州はまた強大となったのです。并州は、力は併呑するのに充分な能力があります。幽州は、幽陰(奥深く)で厳しい土地柄です。聖人はだからこの名をつけたのです。 黄帝の時、蚩尤は戦争をおこない、それより以後は帝王が多くその地にいることになりました。周が衰えて斉が覇者となりましたが、一世代もたたずに晋が強大となり、常に諸侯を使役しました。秦が三晋より強勢となると、六世代の時を経て韓を占領したため、遂に天下の背骨を折り、また趙を占領して、そこで残る諸侯を拾い上げるように征服したのです。韓信が斉を占領しましたが、だから蒯通は漢と楚のどちらが勝利するかは韓信次第であることを知っていたのです。漢の光武帝は上谷で挙兵し、鄗で帝業をなしとげました。魏の武帝は官渡で勝利して、天下三分のうち、その二が手中にあったのです。晋が乱れて胡が侵攻してくると、宋の武帝が英雄となり、蜀を占領して、関中を手中におさめましたが、黄河以南の地の大半を占領し、天下は十分の八まで得られましたが、しかし一人として黄河を渡って胡に攻め入る者はいませんでした。高斉(北斉)の政治が荒れると、宇文(北周の武帝宇文邕)が占領し、隋の文帝が陳を滅ぼし、五百年で天下が一つ家となったのです。隋の文帝は宋の武帝には敵いませんが、これは宋が山東を占領できず、隋が山東を占領したから、そのため隋は王業をなしとげ、宋は霸となるにとどまったのです。この観点からみてみると、山東は、王者が獲得できなければ王業はならず、霸者が獲得できなれば霸道は得られませんが、狡猾な匪賊でも得られれば、天下を不安にすることが十分にできるのです。 天宝年間(742-756)末、燕州の安禄山は反乱をおこし、成皋・函谷関・潼関の間を無人の地を行くかのように出入りしました。郭子儀・李光弼らは兵五十万を率いていましたが、鄴を越えることができませんでした。それより百あまりの城や、天下が力を尽くしても、尺寸の地すら得られず、人々は元は唐土であったこれらの土地をまるで回鶻や吐蕃を望み見るかのように扱い、あえて攻撃しようとする者はいませんでした。国家はそのため畦や河を阻塞とし、街路を封鎖しました。斉・魯・梁・蔡はそのような影響を蒙り、そのため彼らも叛徒となったのです。裏(河北)を表(河南)の後ろ盾とし、水の流れが旋回するかのように混乱状態となり、五年間常に戦っていない者はいない状態となったのです。人々は日に日に貧しくなり、四方の異民族は日に日に勢いが盛んとなり、天子はそのため陜州に逃れ、漢中に逃れ、じりじりとして七十年あまりとなりました。孝武帝のような時運に遭遇し、古着を着て一日一度だけ肉を食べ、狩猟や音楽をせず、身分の低い中から将軍や宰相を抜擢することおよそ十三年、それでもすべての河南・山西の地を征服し、改革を実行に移すことができなかったのです。山東は服属せず、また二度も攻撃しましたが、すべて勝利には到りませんでした。どうして天は人々にまだ安寧な生活をさせないのでしょうか。どうして人の謀がまだできていないのでしょうか。どうしてそんなに難しいのでしょうか。 今日、天子は聖明であらせられ、古を凌駕し、平和に治めようと努力されています。もし全国の人々を無事に過ごさせたいのなら、戦争を終わらせることが重要です。山東を得られなければ、戦争は終わりません。今、上策は自立して治まるのにこしたことはありません。なぜならば、貞元年間(785-805)に山東で燕・趙・魏の叛乱があり、河南で斉・蔡が叛乱しましたが、梁・徐・陳・汝・白馬津・盟津・襄・鄧・安・黄・寿春はすべて大軍で十箇所以上防衛し、わずかに自ら治所を守るのにたる程度で、実は一人として他所にとどまることはできず、遂に我が力はほどけ勢いは緩み、反逆があっても熟視するだけで、どうすることもできなかったのです。この頃、蜀もまた叛乱をおこし、呉もまた叛乱をおこし、その他まだ叛乱をおこしていない者でも、時勢によっては上下し、信頼を保つことはできなくなりました。元和年間(806-820)初頭より今にいたるまでの二十九年間、蜀・呉・蔡・斉を占領し、郡県を回復すること二百城あまりとなり、まだ回復していないのは、ただ山東の百城だけとなりました。土地・人戸・財物・兵士は、往年の時と比べて、余裕綽々ではありませんか。また自分に統治能力があると思わせるのに充分です。しかし法令制度・条文は果たして自立できるといえるでしょうか。賢才や悪人を探し出して選んだり捨て置いたりしますが、果たして自立できるといえるでしょうか。要塞や鎮守、武器や車馬は、果たして自立できるといえるでしょうか。街や村々、穀物や財物は、果たして自立できるといえるでしょうか。もし自立できなければ、これは敵を助けて敵の為に行っているのと同じなのです。土地の周囲は三千里、叛乱が根付いてから七十年、また天下には密かにそれを支持して助ける者がいるのに、どうして回復できるのでしょうか。ですから上策は自立するにこしたことはないのです。中策は魏州の占領です。魏州は山東で最も重要な地で、河南にとっても最も重要な地です。魏州は山東にあって、趙州の障壁となる地です。朝廷はすでに魏州を越えて趙州を奪取することも、もとより趙州を越えて燕州を奪取することもできませんでした。これは燕州・趙州にとって魏州が常に重要地点であることを意味し、魏州は常に燕州・趙州の命運の握っているのです。そのため魏州は山東で最も重要な地なのです。黎陽は白馬津から三十里離れており、新郷は盟津から百五十里離れており、城塞は互いに向かい合っており、朝から晩ばで戦い、この白馬津・盟津の二津のうち、敵が一つでも破ることができれば、数日もしないうちに成皋に突入することができるのです。そのため魏州は河南で最も重要な地なのです。元和年間(806-820)、天下の兵を動員して蔡・斉を誅伐したので、五年ほどは山東からの攻撃の心配はなくなりましたが、魏州を得られたからです。先日、滄を誅伐し三年ほどは山東の攻撃の心配はなくなりましたが、これまた魏州を得られたからです。長慶年間(821-825)初頭に趙州を誅伐しましたが、一日のうちに五諸侯の軍隊は壊滅し、そのため魏州を失いました。先日、趙州を討伐しましたが、長慶の時のように魏州を失ったので失敗しました。そのため河南・山東の勝敗の要は魏州にあるのです。魏が強大なのではなく、地形がそうさせているのです。そのため魏州を奪取するのが中策なのです。最下策は軽率な作戦で、地勢を計算に入れず、攻守を分析しないことがそうです。兵士と兵糧が多く、人々を戦わせることができれば、それは防衛に有利であり、兵士と兵糧が少なく、人を自発的に戦う必要もなく、攻勢が有利となります。そのため我が軍は常に攻勢で失敗することが多く、敵は防御で悩むことが多くなるのです。山東が叛いて五世代にもなり、後世の人々が見たり聞いたりした行動は、叛乱側ではなく、物事の理はまさにそうあるべきだと思い、なじんで骨髄にまで入っており、そういではないと思わなくなっています。包囲が激しく兵糧が尽きると死体を食べてまで戦っています。これはもはや習慣となっていますが、どうして一勝一負を決することができましょうか。十年あまりにおよそ三度趙州を奪還しましたが、兵糧が尽きて撤退しました。郗士美が敗れると、趙州は再び勢力を取り戻し、杜叔良が敗れると、趙州は再び勢力を取り戻し、李聴が敗れると、趙州は再び勢力を取り戻しました。そのため地勢を計算に入れず、攻守を分析せず、軽率な作戦を行うことは、最下策なのです。」 何度か昇進して左補闕兼史館修撰となり、その後膳部員外郎に転じた。宰相の李徳裕は、かねてより杜牧の才能を、とりわけすぐれたものであると高く評価していた。会昌年間(841-846)のことであるが、黠戛斯(キルギス)が回鶻(ウイグル)を破り、回鶻の部族は負けてばらばらになって漠南(内蒙古)にのがれて来た。その時は、次のように李徳裕に説いてすすめた。「この機をのがさずに討ち取ってしまうほうがよろしい。私が考えますのに、前後漢の匈奴討伐は、いつも秋と冬に行われましたが、この季節は、匈奴の強い弓が、膠の折れる冷気のためにより強くなっており、はらんだ馬が子を産んでじゅうぶん働けるようになっております時期で、ちょうどこの時にはりあったものですから、負けることが多く、勝つことがほとんどなかったのです。ですから、今も夏の中頃に、幽州・并州のよりすぐりの騎兵と酒泉の兵を出動させて、匈奴の意表をつきましたら、一度で殲滅できましょう。これこそ上策と存じます」李徳裕はこの策を高く評価した。ちょうどその頃、劉稹が朝廷の命令を拒否したので、天子は諸鎮の軍に詔を下してこれを討伐させた。その時にも李徳裕に意見をのべた。「私が考えますのに、河陽は、西北の方天井関からは百里(56km)あまりありますが、ここに大勢の人を使ってとりでを築いて、軍の進入口をふさぎ、守りを固めてまともに交戦してはいけません。成徳軍節度使は、代々昭義軍節度使と敵対しております。それで成徳軍節度使の王元逵は、一度仇を報いて自軍の士気を高揚したいと考えています。しかしなにぶんにも遠方のことゆえ遠い道のりを駆けてまっすぐに昭義軍の根拠地の上党を攻撃することができません。そこで、当方のぜひとも狙わねばならぬところは、賊の西の方です。今もし忠武・武寧の両軍に、青州の精鋭五千人と宣州・潤州の弩の名手二千人を加えて、絳州を通って東へ攻め入りましたら、数か月もたたぬうちにきっと敵の本拠を滅ぼすことができましょう。昭義軍の食糧は、その全部を山東に頼っておりまして、ふだん節度使はたいてい邢州に留まって生活しています。山西にいる兵は孤立して少数ですから、敵の手うすにつけこんで不意に襲撃して取るのがよいのです。こういうわけで、戦争には、拙速というのはありますが、およそ巧久(うまくて長びく)というのはまだあったためしがないのです」。まもなく沢潞は平定された。戦略は大体において杜牧のたてた方策の通りであった。黄州・池州・睦州三州刺史を歴任したのち、朝廷に入って司勛員外郎となったが、いつも歴史を編輯する官を兼任した。その後、吏部外郎に転じ、かさねて請願して湖県刺史となった。その翌年、考功郎中に進み兼ねて知制詰となり、つぎの年には中書舎人に昇進した。 杜牧は性格が剛直で、なみなみならぬ節義があり、慎重すぎて小事になずむことはせず、大胆に朝廷の大事を論じ、弊害と利益を指し示して述べたがその指摘は、とりわけ適切でゆきとどいていた。若い時から李甘・李中敏・宋邧と仲がよかった。しかし、杜牧が古代と現代の事柄に精通していて、政治やいくさの成功にも失敗にも十分にうまく処する道を知っていたことは、李甘らの及ぶところではなかった。杜牧はまた歯に衣着せぬ率直な態度がわざわいして、当時彼を助ける者がいなかった。従兄の杜悰は、将軍と宰相を歴任したが、杜牧は、官途に苦しみつまずいて調子よくのびてゆけず、相当にくさくさして不満であった。卒した時、五十歳であった。かつては、ある人が「あなたは畢(おわり)という名にすべきだ」と言った夢を見た。さらにまた自分が「曖昧たる白駒」という字を書いているのを夢見た。ある人が「これは、白馬が戸のすきまの向こうをきっと走り過ぎるということだ。死期が近いことの暗示だ」と言った。まもなく穀物を蒸す蒸し器が破裂した。杜牧は「縁起が悪い」と言った。それから自分の墓誌をつくり、今までに作った詩文をすっかり焚いてしまった。杜牧は詩において、その趣が力強くて雄々しく、人々は彼を「小杜」とよんで、杜甫と区別した。 杜顗は、字は勝之で、幼いころに眼病を患い、母は杜顗に学問することを禁じた。進士に推挙され、礼部侍郎の賈餗が人に向かって「杜顗を得られれば数百人に匹敵する」と語り、秘書省正字を授けられた。李徳裕が奏上して浙西府賓佐とした。李徳裕は尊く勢いは盛んで、賓客はあえて逆らう者はいなかったが、ただ杜顗はしばしば諌めて李徳裕を糾した。袁州に流謫されることとなると、「門下が私を愛するのに全員が杜顗のようであったなら、私は今日のようなことはなかったのに」と歎いた。大和年間(827-835)末に、召還されて咸陽県の尉、直史館となった。常に人に語って、「李訓と鄭註は必ず失脚する」と言っていたが、行って都に到着する前に、彼らが殺害されたのを聞き、上疏し病と称して辞任した。杜顗もまた文章をよくし、杜牧と評判はどちらかが上か下かというほどであった。ついに失明して卒した。 令狐楚は、字は殼士で、令狐徳棻の後裔である。生まれて五歲にして、文章をよくした。加冠の年となると、進士に推薦され、京兆尹の推薦によって第一となろうとしていたが、当時、許正倫は軽薄の士で、長安では有名な人物で、蜚語をなしていたから、令狐楚はそのような人物と争うのを嫌って、譲って自らが下とした。及第すると、桂管観察使の王拱がその才能を愛し、令狐楚を任命しようとしたが、恐れて赴くことはなく、そのためまず奏上してから、後で招いたのであった。王拱の所にいても、父が并州で官職についていて孝養できていないから、宴も楽しむことはできなかった。年季が終わって父のもとに帰った。李説・厳綬・鄭儋が相次いで太原を摂領し、いずれも令狐楚の行業を高潔なものとし、幕府に引き止め、そのため掌書記から判官となった。徳宗は文章を好み、太原からの上奏文を見るたびに、必ず令狐楚の書いた文章について語り、しばしば称賛した。鄭儋がにわかに死ぬと、後の事を行うことができる者がおらず、軍は大騒動となり、軍乱が起ころうとしていた。夜に十数騎が刃を引っ提げて令狐楚を連行し、遺奏を書かせたが、諸将が取り囲んで熟視する中、令狐楚の顔色は変わらず、筆をとるとたちまちに出来上がり、全員に示すと、士は皆感泣し、全軍が平穏となった。これによって名はますます重んじられた。親の喪が明けると召還されて右拾遺を授けられた。 憲宗の時、累進して職方員外郎、知制誥に抜擢された。作成した文章は、とくに上奏・制令が最も優れ、一篇ができるごとに、人々は皆伝え合って暗唱した。皇甫鎛は発言が憲宗の寵幸を得ており、令狐楚・蕭俛とともにかなり親しかったから、そのため帝に推薦した。帝もまた自分自身でも彼らの名声を聞いていたから、召還して翰林学士とし、中書舎人に昇進した。蔡州を討伐しようとし、まだ命令が下される前に、議論する者の多くは出兵を取り止めたいと思っていたが、帝と裴度だけは蔡を赦すことをよしとしなかった。元和十二年(817)、裴度は宰相になり、彰義節度使となり、令狐楚に制書を起草させようとしたが、その文章は趣旨とは合わないところがあり、裴度は令狐楚の心の内を知ることになった。当時、宰相の李逢吉は令狐楚と親しく、皆裴度を助けなかったから、帝は李逢吉を罷免し、令狐楚の翰林学士を停職として、ただ中書舎人のみとした。にわかに京師から出されて華州刺史となった。後に他の学士に書かせた宣旨は誰も趣旨に合わなかったから、帝は令狐楚の草稿を見て、令狐楚の才能を思わずにはいれなかった。 皇甫鎛が宰相となると、令狐楚を河陽懐節度使に抜擢して、烏重胤と交替させた。それより以前、烏重胤は滄州に移り、河陽の兵士三千を従えたが、兵士は不満を持ち、道の途中で規律は崩壊して帰り、北城を根拠とし、転進して旁州を掠奪しようとしていた。令狐楚は中潬に到着すると、数騎で自ら行って労った。軍の兵士は出てきたが、令狐楚は疑う素振りをみせず、そのため全員が降伏した。令狐楚は主犯を斬り、軍はついに平定された。裴度が太原に出されると、皇甫鎛は令狐楚を推薦して中書侍郎・同中書門下平章事(宰相)とした。穆宗が即位すると、門下侍郎に進んだ。皇甫鎛が罪を得ると、当時の人は令狐楚が皇甫鎛との縁によって昇進し、またかつて裴度を追い出したと言い、天下は皇甫鎛と令狐楚の両方を憎んでいたが、たまたま蕭俛が宰相となっていたから、あえて表立って言う者はいなかった。景陵を造営すると、令狐楚に詔して山陵使とし、親吏の韋正牧・奉天令の于翬らは造営のための雇い賃十五万緡を捻出できず、令狐楚が献上したのを羨余であるとし、怨んで訴えを道に掲げた。詔して于翬らを捕らえて獄に下して誅殺し、令狐楚を京師から出して宣歙観察使とした。にわかに衡州刺史に貶され、再び移されて、太子賓客の職を以て東都に分司となった。長慶二年(822)、陜虢観察使に抜擢されたが、諌官が議論して置かれず、令狐楚は陜州に到着して一日で再び罷免され、東都に戻った。 たまたま李逢吉が再び宰相となり、令狐楚を起用しようと奔走したが、李紳が翰林にいて令狐楚の昇進を阻んだから、起用はならなかった。敬宗が即位すると、李紳は追い出され、そこで令狐楚を河南尹とした。宣武節度使に遷った。汴軍は傲慢であるため、韓弘兄弟が職務にあたって厳しい法によって糾し治め、兵士は安逸を楽しんで、心を改めることはなかった。令狐楚が到着すると、厳しさや過酷さをとりやめ、真心をつくして勧戒・説諭したから、人々は喜び、ついに世情は好転した。京師に入って戸部尚書となり、にわかに東都留守を拝命し、天平節度使に遷った。それより以前、汴州・鄆州の藩鎮が赴任するごとに、州の銭二百万を藩鎮に私に納めることになっていたが、令狐楚一人が辞退して受け取らなかった。李師古が園地・欄干と僭称した物を破壊した。しばらくして、河東節度使に遷った。召還されて吏部尚書、検校尚書右僕射となった。慣例では、検校尚書右僕射の官は従二品の重職であり、朝儀ではその班位によることとなっていたが、楚は吏部尚書の相当官は三品であるから固辞したから、詔によってお褒めのお言葉を賜った。にわかに太常卿を兼任し、左僕射・彭陽郡公に進んだ。 李訓が乱をおこすと、将軍や宰相は全員神策軍に捕縛された。文宗は夜に令狐楚と鄭覃を呼んで禁中に入れ、令狐楚は、「外には三司・御史がおり、大臣の指示には従わないことになっているので、宦官は宰相を捕縛する権限はありません」と建言したから、帝は頷いた。詔を起草して、王涯・賈餗は冤罪で、その罪を指すのにそぐわないとしたから、仇士良らは恨んだ。それより以前、帝は令狐楚を宰相とするのを許可していたが、そのため果せず、さらに李石を宰相として、令狐楚を塩鉄転運使とした。これより先、鄭註が榷茶使を創設するよう奏上し、王涯もまた官が茶園を運営することを議したが、人々にとって不便であったから、令狐楚は榷茶使を廃止して旧法のままとすることを請願し、令狐楚の意見に従った。元和年間(806-820)、禁軍から武器を出して左右街使に宰相が入朝するのを建福門まで護衛させていたが、今回の乱のため廃止された。令狐楚は「藩鎮の長は初めて任命されると、必ず戎服で仗を持って尚書省に行って挨拶しました。もとより鄭註には実は乱の兆しとなり、そのため王璠・郭行余は将吏を使役して京師を血まみれにしたのです。停止すべきです」と述べ、詔して裁可された。開成元年(836)上巳、群臣に曲江の宴を賜った。令狐楚は新たに大臣が誅殺され、骸が晒されて回収おらず、怨みや禍いがからみあって解けないから、病と称して行かなかった。そこで衣服・棺の材を給付を願ったから、刑死された者の骨をおさめると、喜びの顔をみせた。当時、政治の実権は宦官にあり、しばしば上疏して位を辞することを求め、山南西道節度使を拝命した。卒したとき、年七十二歳であった。司空を追贈され、諡を文という。 令狐楚の表向きは厳重で犯しがたい雰囲気があったが、その内面は度量がひろく、士を待って礼儀をつくした。客で星歩鬼神のような占いを勧める者がいると、一度も会わなかった。政務を行っては慰撫に優れ、治世に実績があり、人は適材適所であった。病が重くなり、子供達は薬を勧めたが、口に入れるのをよしとせず、「士はもとより命に限りがあるのだ。どうしてこんな物に頼ろうか」と言った。自らの力で天子に最期の奏上をしようと、門人の李商隠を呼び寄せて、「我が魂はすでに尽きた。私を助けて完成させてくれ」と言い、その大まかな内容は、甘露の事変で誅殺された者達への怒りを解き、全員の罪を洗い清めることを願った。文章は委細をつくしたが、錯誤するとことはなかった。書き終わると、子供達に「私の一生は時勢には無益であったから、諡を賜うことを願ってはならず、葬礼用の鼓吹も願わず、ただ葬式用の布車一台で葬り、銘を書いてもらうのに高位の人を選んではならない」と言い、この日の夜、大きな星が寝室の上に落ち、その光が庭を照らした。座って家族と別れ、そこで命を終えた。詔があって行幸をやめ、その志を述べさせた。 子の令狐緒・令狐綯は、当時に名声があらわれた。 令狐緒は蔭位によって出仕し、隋州・寿州・汝州の三州刺史となり、善政があった。汝州の人は石に頌徳を刻むことを願ったが、令狐緒は弟の令狐綯が宰相であったから、固辞した。宣宗はその思いをよしとし、そこで沙汰止みとなった。 令狐綯は、字は子直で、進士に推挙され、左補闕・右司郎中に累進した。京師から出されて湖州刺史となった。 大中年間(847-860)初頭、宣宗が宰相の白敏中に、「憲宗の葬儀のとき、道中で風雨に遭って、六宮の百官は全員退避したのに、一人背が高くて髭の者が梓宮で奉って去らなかったのを見たが、一体あれは誰だったのか」と言い、白敏中は「山陵使の令狐楚です」と言い、帝は「子はいるのか」と尋ねたから、「令狐緒は若い頃から関節痛で、用いるのに堪えられません。令狐綯は今湖州を守っています」と答えたから、「その人となりは宰相の器だな」と言い、そこで召還して考功郎中、知制誥とした。翰林学士となった。ある夜、呼び寄せて共に人間の病苦について論じ、帝は「金鏡」の書を取り出して、「太宗が著したものである。卿は私の為にその概要をあげよ」と言い、令狐綯は語を摘要して「治に到っていまだかつて不肖に任せず、乱に至って未だかつて賢を任ぜず。賢を任ずるは、天下の福をうく。不肖を任ずるは、天下の禍に罹る」と言い、帝は「よろしい。朕はこれを読んだのはかつて二・三回だけだった」と言うと、令狐綯は再拝して「陛下は必ず王業を興されようと願っていますが、これを棄ててどうして先んずることがありましょうか。『詩』に「徳があるからこそ、自分に似る人物を推薦できる」とあります」と述べた。中書舎人に昇進し、彭陽県男を襲封した。御史中丞に遷り、再び兵部侍郎に遷った。また翰林学士承旨となった。夜に禁中で話し合い、燭がつきると、帝は乗輿と金蓮華の松明で送り届けてくれたが、院吏が遠くから見て、天子が来ると思っていたのに、令狐綯がやって来るのを見て、全員が驚いた。にわかに同中書門下平章事(宰相)となり、宰相となること十年であった。懿宗が即位すると、尚書左僕射・門下侍郎によって司空を拝命した。しばらくもしないうちに、検校司徒平章事に任じられ、河中節度使となった。宣武軍節度使となり、また淮南節度副大使となった。安南が平定されると、兵糧運搬の功績によって、涼国公に封ぜられた。 龐勛が桂州より戻ると、浙西白沙を通過して濁河に入り、舟を盗んで遡上した。令狐綯は聞いて、使者を派遣して慰撫し、なおかつ兵糧を送った。部下の将の李湘は「徐州の兵は勝手に帰ってきたのですから、なりゆきとして反乱となるでしょう。まだ討伐の詔が下っていないとはいえ、節度使として任にある以上すべての反乱を制するのは、我々が対処しなければなりません。今その兵は二千足らずで、軍船を展開させ、旗や幟をたて、夥しさを人に示せば、非常に我らを恐れるでしょう。高郵は崖が切り立っていて流れは狭いので、もし草を積んだ舟をその前で火を放させ、精兵をその背後から攻撃させれば、一挙に殲滅できるでしょう。そうでなければ、淮河・泗水を渡らせてしまい、徐州の不逞の徒と合流すれば、禍乱はひどいものになるでしょう」と言ったが、令狐綯は臆病でその提案を採用することができず、また詔が出ていないことを理由として、「彼らは乱暴を働いていないのだから、淮河を渡るのと許してやり、あとは私の知ったことではない」と言ったから、龐勛は戻ると、やはり徐州を掠奪し、その衆は六・七万人となった。徐州は食料が乏しく、兵を分けて滁州・和州・楚州・寿州を攻撃して陥落させ、食料が尽きると、人を食べて腹を満たした。令狐綯に詔して徐州南面招討使とした。賊が泗州を攻撃すると、杜慆は固守し、令狐綯は李湘に命じて兵五千を率いて救援に向かわせた。龐勛は令狐綯に挨拶して「何度も赦免を受けましたが、ただちに降伏できなかった理由は、一・二人の将が反対意見を述べただけであって、ここから去りたいと思っています。一身を以て命令を聞きます」と言ったから、令狐綯は喜び、そこで龐勛を節度使に任命するよう願い、そこで李湘に「賊が降伏したら、君は謹んで淮口を守り、戦ってはならない」と命じ、李湘はそこで警戒をやめて備えを解いたから、その日は龐勛の軍とともに喜んで語っていた。後に賊は隙に乗じて李湘の陣地を襲撃し、すべて捕虜として食べてしまい、李湘および監軍の郭厚本を塩漬けとした。その時、浙西節度使の杜審権が勇将の翟行約に千人の兵を率いて李湘と合流させようとしたが、到着以前に李湘は壊滅しており、賊は偽って淮南節度使の旗幟を立てて誘引し、これもまた全滅させた。 令狐綯の軍が敗北すると、そこで左衛大将軍の馬挙を令狐綯と代わらせた。太子太保となり、東都に分司した。僖宗が即位したばかりの頃、鳳翔節度使を拝命した。しばらくして、同平章事を加えられ、趙国公に移封された。卒し、年七十八歳であった。太尉を追贈された。子に令狐滈・令狐渙・令狐渢がいる。 令狐滈は父令狐綯が宰相であったため進士に挙されなかった。父は宰相の職にあって、令狐滈と鄭顥は姻戚であったから、勢力をたのんで驕慢で、賓客を通じて権勢を招き、四方の財貨を集め、皆側目であえて言うものはなかった。懿宗が即位すると、しばしば人にその事を暴かれたから、そのため令狐綯は宰相を去ることとなった。そこで令狐滈を進士たちとともに役人に試験させることを願い出て、詔して裁可され、この年に及第した。諌議大夫の崔瑄が、令狐綯が十二月に宰相の位を去ったのに、有司の解牒は十月のままで、朝廷が進士を採用する法を令狐滈の家の事に屈したと弾劾奏上し、御史に委ねてその罪の実を取り調べることを願ったが、聴されなかった。令狐滈はそこで長安県の尉の任によって集賢校理となった。しばらくして右拾遺・史館修撰に遷った。詔が下って、左拾遺の劉蛻と起居郎の張雲はそれぞれ上疏してその悪行を指弾した。「李琢を登用して安南都護とし、長となって南方を乱し、賄賂のために害となって人々は涙を流し、天下の兵士は租税を給付されませんでした。李琢は最初から賄賂を令狐滈に送り、令狐滈は人の子の立場でありながら、父の令狐綯を悪行に陥らせました。振り返ってみれば令狐滈は諌臣となるべき人物でしょうか」と述べ、また弾劾して「令狐綯は大臣で、まさに国家と調え守る根本たるべき人物でしたが、大中年間(847-860)、諌議大夫の豆盧籍と刑部侍郎の李鄴を引き立てて夔王李滋らの侍読としましたが、これは長幼の序を乱すもので、先帝の後継者についての謀を陛下に及ばさせなかったのです。かつまた令狐滈は当時にあって、「白衣の宰相」と呼ばれていました。令狐滈はまだ進士に推挙されていなかったのに、すでに理解したとも妄言し、天下をして無解の及第と言わせるような事態になったのは、天下を欺かずにすんでいるといえるでしょうか」と述べた。令狐滈はまた恐れ、他の官に換えるよう求め、詹事府司直に改められた。その当時、令狐綯は淮南節度使であって、上奏して自分への嫌疑を雪ぎ、帝はそのため張雲を興元少尹に、劉蛻を華陰令に貶した。令狐滈もまた不幸にして官職が振るわないまま死んだ。 令狐渙・令狐渢はともに進士に推挙され、令狐渙は中書舎人で終わった。 令狐定は、字は履常で、令狐楚の弟である。進士に及第した。大和年間(827-835)末、駕部郎中の職を以て弘文館直学士となった。李訓の甘露の変で、王遐休がまさにこの日に職に就いたから、令狐定は行って祝ったから、神策軍のために捕らえられ、殺されようとする者がしばしばいたが免れた。桂管観察使で終わった。 賛にいわく、賈耽・杜佑・令狐楚は皆誠実な学者で、大官高官で、廟堂に威儀をただし、古今を導き、政務を処理するのに優れていた。立派な忠節であるのに責めることは、思うに玉のような美しい石の中に玉の表面があるようなものであろうか。杜悰・令狐綯が代々宰相となったのもまた誹謗するのに充分な理由ではない。杜牧が天下の兵を論じて「上策は自立するにこしたことはない」と述べたのは何と賢いことであろうか。 前巻 『新唐書』 次巻 巻一百六十五 列伝第九十 『新唐書』巻一百六十六 列伝第九十一 巻一百六十七 列伝第九十二
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唐書巻二百一十六上 列伝第一百四十一上 吐蕃上 吐蕃はもと西羌の系統であり、およそ百五十種あって、黄河・湟水・長江・岷江の間に散らばって住んでいた。その種族には発羌・唐旄などがあるけれど、まだ中国とは交通しておらず、折支水の西にいた。先祖は鶻提勃悉野(オデプゥギェル)といい、強力で智慧があり、だんだん諸羌族を併合してその地に拠った。蕃と発とは音が近いので、その子孫は吐蕃というのである。そして姓は勃率野(プゥギェル)である。ある人はつぎのように言う。「南涼の禿髪利鹿孤の系統に二人の子があり、樊尼と傉檀といった。傉檀が後をついだが、西秦の乞仏熾盤のために滅ぼされた。樊尼は残党をひきつれて、北涼の沮渠蒙遜に臣となり、臨松(甘粛省張掖県の東南)の太守となった。蒙遜が滅んで、樊尼は兵をひきつれて西の方黄河を渡り、積石山を越えてついに多くの羌族を手なずけ支配するようになった」と。 その民族の習慣では、勢力のあるものを賛といい、男を普というので、君長を賛普(ツェンポ)といい、賛普の妻は末蒙という。その官吏には大相があり、論茝(ロンツェ)いい、副将は論茝扈莽(ロンツェゴマン)といって、おのおの一人である。また大論・小論とも号する。都護は一人で悉遍掣逋(チェンチェポ)という。また内大相があり、曩論掣逋(ナンロンチェポ)といい、また論莽熱ともいう。その副相を曩論掣逋(ナンロンチェポ)といい、その小相を曩論覓零逋(ナンロンリンポ)、その小相を曩論充(ナンロンチュン)といい、おのおの一人である。また整事大相があり、喩寒波掣逋(ユルゲンパチェポ)といい、副整事は喩寒覓零逋(ユルゲンリンポ)、小整事は喩寒波充(ユルゲンパチュン)という。これらはみな国事を担当し、総称して尚論掣逋突瞿(シャンロンチェポグウ)という。 その土地は京師(長安)の西八千里にあたり、鄯善からは五百里である。強力な兵士は数十万で、国には雷電、風まじりの雹、積雪が多く、盛夏でも中国の春のようである。山谷はいつも地が凍結し、寒さは厳しく、その気に当てられるとたちまち息切れがして苦しいが、身体を害というほどではない。その賛普は跋布川のほとりにいるが、その川はまた邏娑(ラサ)川ともいう。城郭や住宅はあるが、これにはあえて住まず、毛織のテントを並べてそれに居住する。これを大払廬(プル)と称するが、数百人を容れることができ、そのまもりは厳重で、本陣はひじょうにせまい。部の人たちは小さな払廬に住まう。長生きするものが多く、百余歳になるものがいる。衣服はだいたい毛皮である。赤土を顔に塗ったのを綺麗だとする。婦人は弁髪してまといつけている。その器は木をまげてに皮を張り、あるいは毛織物をもって大皿を作る。麦粉を蒸し固めて腕を作り、羹や酪を満たして、器もろともこれを食う。また手で酒などを受けて飲む。その官吏の章は瑟瑟(宝珠)が最上で、金がこれにつぐ。金塗銀がそのつぎで、銀がこれにつぎ、最下は銅までいって終わる。大小の差があり、臂の前に付けて貴賤の区別をつける。家屋は屋根がみな平らで、高さが数丈にいたるものがある。その穀物には小麦・裸麦・蕎麦・治豆があり、獣類にはヤク・優秀な馬・犬・羊・豚がある。天鼠の皮は裘(かわごろも)とすることができる。独峯駝があるが、これは日に千里を走るという。その宝物は金・銀・錫・銅である。人が死んで葬うときには塚を作り、これを塗りこめる。 その行政には文字を用いず、縄を結び、木に刻みをいれて約束をする。その刑罰は、たとい小罪であってもかならず目を抉り、あるいは足きり・鼻そぎを行なう。また皮で鞭を作って笞うつ。感情のままに喜び怒り、定まった考えというものをもたない。その牢獄は、地を掘って深さ数丈あり、中に二、三年囚えてはじめて出す。その重要な客を迎えてするときには、かならずヤクを駆りたてて客にみずからこれを射させてのち、これを食料として贈る。その風俗としては、死者の魂をおもんじ、巫をすぐれたものとしている。山羊や羊に仕えて大神とし、仏教を喜び、呪詛に習熟している。国の政事はかならず僧侶が相談にあずかり、参加を待って決定する。多くの人々は弓刀を身につけて飲酒するが、乱れることは許されない。婦人は政治に関係することはない。元気のよいのを尊び、弱々しいのを賎しむ。母は子に礼し、子は父に対して傲慢である。出入りするには若いものを前にし、老人は後につづく。戦死することをおもんじ、代々戦死した家をもってすぐれた家柄とする。戦闘に敗けただらしのないものは、狐の尾を首にかけその恥を示し、かれは人中に並ぶことができなくなる。礼をするのには、かならず手を地面につけて犬の鳴くまねをし、二度身をまげて終わる。父母の喪に服するときは、髪を断り、顔をくろずみで塗り、黒い衣を着る。そして埋葬がすめば忌み明けとなる。 その兵を挙げるときは、七寸の金の箭をもってしるしとする。百里ごとに一駅あり、急に兵を動員するときは、駅の人は胸に銀鶻を付加し、それがはなはだ急なときには鶻の数を多くする。敵の侵入を知らせるには狼烽をあげる。その牧畜のやり方は、水や草を逐うてゆき、定まった場所には居つかない。その鎧は精で、これを着て身をつつみ、両眼のところだけ穴があけてある。したがって強力な弓や鋭い刃でも深傷を負わせることはできない。その兵法は厳格で、軍隊には輸送の食糧はなく、ぶんどり品を資材に使う。戦闘には、かならず前隊がぜんぶ死んでから後隊が進撃する。その四季は麦の熟する時をもって年のはじめとする。その遊びごとは棊・六博で、その音楽は螺貝を吹いたり、鼓をたたいたりすることである。その君は、臣下五、六人と友人になり、共命と称し、君が死ねばみな自殺して殉う。身につけたもの、玩弄物・乗馬はみないっしょに埋める。大きな冢を作り、冢の上に多くの木を植えて祭の場所とする。賛普は、その臣下と年に一回小盟をし、羊・犬猿を犠牲に献げる。三年に一回大盟をし、夜、いろいろの壇に供物をおき、人・馬・牛・驢を犠牲に献げる。だいたい犠牲はかならず足を折り腸を裂いて前に並べ、巫をして神に告げさせて、「盟にそむくものあればこの犠牲のようになるであろう」と言う。 さて、そののち君長が出て瘕悉董摩(ギェルトンマ)といい、佗土度(ラトド)を生んだ。佗土生は掲利失若(チニヤ)を生み、掲利生は勃弄若(ロニエン)を生み、勃弄生は詎素若(タグウニヤ)を生み、詎素生は論賛索(ロンツェン)を生み、論賛生は棄宗弄賛(チソンツェン)を生んだが、またの名を棄蘇農(チソン)、とも、また弗夜氏(プゥギェル)とも号した。その人がらは、意気盛んで才能あり、雄健で、つねに野馬や牛を駆り、走ってこれを刺殺するのを楽しみにしていた。西域の諸国はともにこれに臣として仕えた。 貞観八年(635)、吐蕃ははじめて使者を遣わして来朝した。天子は行人の馮徳遐をやって書を与え、いたわった。弄讃は、突厥・吐谷渾がともに唐の公主と婚姻していることを聞き、そこで使いをよこし、物をもたらして婚を求めたのである。しかし帝は許可を与えなかった。使者は、還って賛普にでたらめを言った。「天子は私を厚く待遇し、ほとんど公主を戴きかけたのですが、ちょうど吐谷渾王が入朝したところで、ついに不許可になりました。おそらく反間の策動を行なったからでありましょう」と。弄讃は怒り、羊同をひきつれてともに吐谷渾を攻撃した。吐谷渾は抵抗することができず、青海の北側の方に逃れ、吐蕃はその財産、家畜をぜんぶ取った。また党項・白蘭羌を攻めてこれを破り、兵二十万を統率して松州(四川省松藩県)に入寇した。そして使者に命じて金の鎧を献上させ、かつ公主を迎えたいと言った。また側近に言った。「公主が来なければ、わしは、よりいっそう深く侵入しよう」。都督の韓威は軽装して出城し敵をうかがったが、かえって破られてしまった。唐に服属している羌族は大いに乱れ、みな背いて敵側に応じた。そこで吏部尚書の侯君集を行軍大認管とし、達弥道に出動させ、右領軍大将軍の執失思力を白蘭道に、右武衛大将軍の牛進達を闊水道(四川省松藩県付近)に、右領軍将軍の劉蘭を洮河道に出動させ、ともに行軍管として歩兵騎兵五万をひきつれて討伐に赴かせた。牛進達は、松州からでて夜その屯営をみなごろしにし、首千級を斬った。 吐蕃でははじめ東方に侵入したときは、年々戦がつづいてその動員を解除できなかった。その大臣は帰国することを願ったが聴きいれられず、自殺するものが八人も出た。そこで弄讃ははじめて前途に不安をいだいて退却した。そして使者をよこして謝罪し、熱心に婚姻を願った。天子はようやくこれを許した。弄讃は大論の薛禄東賛(ガルトンツェン)をよこし、黄金五千両を献上し、他にもこれに適当する贈り物をつけ結納とした。 貞観十五年(641)、天子は弄讃に一族の女文成公主を妻した。江夏王李道宗に詔を下し、節を持して護送させ、館を河源王の国に建てさせた。弄讃は兵をひきいて栢海に屯して親迎の礼を行なった。そして李道宗に会い、ひじょうにうやうやしく婿としての礼をとった。また中国の服飾の美しいのを見て、小さくなって恥じいっていた。帰国して、その先祖にいまだ皇帝の女と結婚したものがないのを思い、公主のために一城を築いて後世に誇示しようと考えた。そして宮殿を建ててこれに公主を住まわせた。公主は国人が顔に赤土を塗るのをいやがったので、弄讃は命令を下して国中にこのことをするのを禁止した。またみずから毛織の衣服を脱いで白絹・薄絹を着、中国風にした。そして諸豪族の子弟をよこして国学に入学させ、『詩経』『書経』を習わせた。また、儒者で往復文書を司るものを派遣されんことを願った。 帝が遼東を征伐して帰ったとき、弄識は禄東賛を使いによこし、書を上った。「陛下は四方を平定され、日月の照らすところはみな臣としてこれを治めておられます。高麗は遠方にあるのを恃んで礼に従わず、天子はみずから司令官となって遼河を渡り敵の城を降し、陣を陥れられ、前に定めた期日に凱旋されました。鷹が空を飛ぶのが早いといっても、この速さには及びません。いったいは鵝のようなものであります。臣は謹んで黄金を練って鵝を作りこれを献上いたします」と。その金鵝の高さは七尺で、中に酒三斛を満たしうるものであった。貞観二十二年(648)、右衛率府長史の王玄策は西域に使となってゆき、中天竺のものに掠奪された。弄讃は精兵を出して王玄策に従わせ、これを打ち破り、捕虜を献上してきた。 高宗が即位し弄識を駙馬都尉西海郡王に抜擢した。弄識は書を長孫无忌に送って言った。「天子があらたに即位せられましたが、臣下に不忠なものがあれば、兵を指揮して唐国に赴き、ともにこれを討伐いたしましょう」と。それといっしょに金・琲を十五種献上し、それを昭陵にお供えした。それで賓王に進封せられ、厚く贈り物を賜わった。また蚕種や酒造りの人、碾磑などを作る工人を送られんことを願ったが、詔を下して許可された。 永徽の初め(650)に弄讃は死んだので、使者をやって弔わせた。あとは子がなく、その孫が立ったが、幼年で政治はとれなかったから禄東賛が宰相となった。 顕慶三年(658)に金の盆と金頗羅などを献上し、また婚姻を願った。まもなく吐谷渾が唐に内付したので、禄東賛は怨み怒り、精鋭の軍をひきつれてこれを攻撃した。そして吐谷渾の大臣素和貴は吐蕃に逃走し、その長所短所を教えたので、その国を破ることができた。慕容諾曷鉢は弘化公主と残った部落をひきつれて涼州(甘粛省武城県)に走った。天子は涼州都督の鄭仁泰に詔を下し、青海道行軍大招管とし将軍の独孤卿雲らをひきつれて涼州・鄯州(西寧)の地方に屯させた。また左武候大将軍の蘇定方を安集大使とし、諸将の指揮をさせて、その乱をしずめさせた。そこへ吐蕃の使者論仲琮(ロンチュンサン)が入朝して、吐谷渾の罪を書いて奏上した。帝は使者を吐蕃にやりその行為を責めた。そこで吐蕃から使者が来て吐谷渾と仲なおりをすることを願い、赤水の地で馬を牧することを求めた。しかし朝廷ではこれを許さなかった。 ちょうどそのころ禄東賛が死んだ。東賛は、文字のことはしらなかったが、天性毅く、軍隊を把握してよく統率し、吐蕃はこれに信頼してついに強国となったのである。はじめ入朝したとき応待がりっぱであったので、太宗は抜擢して右衛大将軍に任じ、琅邪公主の外孫を妻せようとした。禄東賛はみずから言った。「臣はすでに妻を娶っておりますので、あえて詔に従うことはいたしません。かつ賛普はまだ公主にお目にかかっていないのですから、陪臣の私は、はっきりご辞退申し上げます」と。天子はその言をすぐれたものだと考えたが、恩をもって懐柔しようとし、その辞退を許さなかった。禄東賛には子があり、欽陵(チンリン)・賛婆(ツェンワ)・悉多于(タダウ)・勃論(ロン)といった。禄東賛が死んでこの兄弟たちはみな国政を担当した。これより年々辺境に侵入し、諸羌族ならびに羈縻の十二州をみな破り支配した。 総章年間(668-669)、朝廷では会議の結果、吐谷渾を涼州の旁の南山に徙すことにした。帝は吐蕃の入寇を鎮めようとし、宰相の姜恪・閻立本、将軍の契苾何力たちと議して、まず吐蕃を討とうとした。閻立本は言った。「民は飢えていますから、まだ軍隊を動かすことはできません」と。契苾何力は言った。「吐蕃は西の果てに小さく存在しております。臣が恐れるのは、軍隊が引きますと獣のようにかくれひそみ、山に伏しかくれ、捕え討っても、なにも得るところがないことです。春になればまた吐谷渾を侵すでありましょうが、臣はこのさい救援しないことをお願いいたします。わが方の力が弱っているのを疑わせ、これを驕りたかぶらせて、いっきょに滅ぼすべきであります」と。姜恪が言った。「そうではありません。吐谷渾はただいま衰弱しており、吐蕃は勝利に気負うております。衰弱した精神で強力な軍隊を拒ぐのです。戦えば、ぜったい対抗できるはずがありません。いま救わなければ吐谷渾は滅びるでしょう。臣は、天子の軍隊が速やかにこれを助けて、吐谷渾をうまく存続させ、あとでおもむろに処置を考えるのがよいと思います」と。論議は決せず、また吐谷渾を徙すこともできなかった。 咸亨元年(670)は入寇して羈縻の十八州に損害を与えた。于闐(コータン)を従え、亀茲撥換(クチャバルカン)城を占領し、ここに安西四鎮はみな存在を失った。そこで右威衛大将軍の薛仁貴を羅裟道行軍大総管とし、左衛員外大将軍の阿史那道真と左衛将軍の郭待封とを副にし、吐蕃の討伐に向かわせ、同時に吐谷渾が国へ帰るのを守護させた。軍隊はおよそ十余万で、大非川にいたったが、吐蕃の欽陵がこれを防ぎ、天子の軍隊は敗戦した。ついに吐蕃は吐谷渾を滅ぼしてその土地をぜんぶ保有した。そこで朝廷では司戎太常伯・同東西台三品の姜恪を涼州道行軍大総管とし討伐に向かわせた。ところがちょうどそのとき姜恪が死んだので、軍隊を還した。 吐蕃は大臣の仲琮を入朝させた。仲琮は若いときに大学に遊学して、よく文字を知っていた。帝は召し出して問うた。「賛普とその先祖は、どちらが賢明であるか」と。答えて言った。「勇敢で果断、すみやかに事を処置するのは、いまの賛普は、ご先祖には及びません。しかし、ねっしんに国政をとり、けっして人民を欺くようなことをされないのが現賛普でいられます。かつ吐蕃は寒冷な曝された野に住み、生産物はわずかで、鳥海の北では真夏でも雪が積もり、暑いときはそまつな毛織を、冬には裘を着て、水や草を求めて遊牧しております。寒冷のころは城郭に住み、テントを張ります。道具は中国の万分の一にも当たりません。ただ上下力を一にし、事を論議するときは、下から意見をのべ、多くの人が利益とするところに従って実行します。これが長い間を経てなお勢い盛んなわけでありましょう」と。帝は言った。「吐谷渾は、吐蕃ともとは舅甥の間がらの国である。素和貴はその君主に背き、吐蕃はこれを用いて吐谷渾の地を奪いとった。薛仁貴たちは出動して吐谷渾王慕容氏を安定させようとしたが、また吐蕃はこれをまちかまえて攻撃し、そしてわが涼州へ入寇したのは、いかなるわけであるか」と。仲琮は頭を下げて言った。「臣は命を奉じて朝貢にまいりましたが、他にはなにも聞いておりません」と。帝はその答をよしとしたが、しかし仲琮は政治に直接あたる臣ではないというので、その礼遇を薄くした。 上元二年(675)、吐蕃は大臣の論吐渾弥をよこして和平を願わせ、かつ吐谷渾と好しみを修めることを求めた。しかし帝は許さなかった。翌年(673)、鄯(青海省西寧市)・廓(青海省貴徳県東)・河(甘粛省臨夏県)・芳(甘粛省臨県南)四州を攻撃し、官吏および馬牛を万をもって数えるほど殺し、あるいは略奪した。そこで周王顕(後の中宗)に詔を下して洮州道行軍元帥とし、工部尚書の劉審礼ら十二の総管をひきつれさせ、相王輪(後の睿宗)を涼州道行軍元帥とし、左衛大将軍の契苾何力、鴻臚卿の蕭嗣業らの軍をひきつれさせ、これを討伐させた。ところが二王は行くことができないでいるうちに、吐蕃は進んで畳州(甘粛省臨潭県南)を攻め、密恭・丹嶺の二県を破った。また扶州(甘粛省文県西北百六十里)を攻撃して守将の乃高選を破った。いっぽう尚書左僕射の劉仁軌は洮河鎮守使となったが、長い間これと戦って戦功はなかった。 そこへ吐蕃が西突厥と連合して安西を攻撃した。そこでまた中書令の李敬玄に命じて洮河道行軍大総管・西河鎮撫大使・鄯州都督として劉仁軌に代らせた。詔を下して勇士を募集し、籍役痕負のものにも制限をつけず採用し、帝はみずから軍の出発に臨席激励した。また益州長史の李孝逸・巂州都督(西康西昌)の拓王奉に勅を下し、剣南・山南の兵を増発して、まず竜支(青海省西寧県東南八十里)に戦い、吐蕃は敗戦した。いっぽう、李敬玄は劉審礼をひきいて吐蕃を青海のほとりに攻撃したが、劉審礼は戦死した。李敬玄は承風嶺に兵をしたが、険しくて思うように行動できず、吐蕃は天子の軍を圧迫した。都左領軍将軍の黒歯常之は、五百人の決死隊をつれて、夜その陣営に斬りこんだ。蛮族は驚いてみずから互いに踏みにじりあい、死ぬものがひじょうに多かった。そして退却し、李敬玄はやっと脱れることができた。 帝はもともと温和で、遠い将来の策などをもたなかったので、諸将がしばしば敗れるのを見、ひろく近臣にはかって、防禦の方法を求めた。帝は言った。「朕はいまだ鎧を着たり、行軍したりしたことはない。さきに高麗・百済を滅ぼすとき、毎年軍隊を動かし、中国は騒然となった。朕は、今にいたるまでこのことを恨んでいる。いま吐蕃は国内に侵入してきている。どのようにわれわれの謀をなすべきであろうか」と。中書舎人の劉禕之たちは、詳しく答えた。「まず、おのおのの家が潤い、人手がたりるようになるのを待ってから討伐すべきであります」。ある人は言った。「敵はわるがしこいですから、講和するべきではありません。ある人は言った。「屯田をして厳重に守るのが、つごうよいと思います」と。ただ中書侍郎の薛元超は言った。「敵を自由にして問題を起こさせ、作戦を充分にしてこれを討伐するにしくはありません」と。帝は、黄門侍郎の来恒をかえりみて言った。「李勣が死んでからは、りっぱな将軍はいなくなってしまった」。来恒はただちに言った。「さきに洮河の軍隊は、敵を制圧するに充分な力あるものでありました。ただ諸将が命令を聞かないので勝利することがなかったのです」と。帝はぜんぜん悟らず、そこで論議するのをやめてしまった。 儀鳳四年(679)、賛普は死に、子の器弩悉弄(チドウソン)が立ち、欽陵はまた国政を思いのままにした。吐蕃では大臣をよこして不幸を唐に告げたので、帝は使いをやって会葬させた。 翌年、賛婆と素和貴は兵三万をひきいて河源を攻め、良非川に屯した。李敬玄は湟川に戦って敗戦した。左武衛将軍の黒歯常之は、精鋭の騎兵三千をもって、夜その陣営を攻撃し、賛婆は懼れて退却した。ついに黒歯常之を抜擢して河源(西寧市西百二十里)経略大使とし、烽火台と巡邏を厳重にし、屯田を開いた。それで蛮族の作戦はすこし停頓した。 はじめ剣南の茂州(四川省茂県)の西を経営しようとし、安戎城を築き、その辺境に迫った。突如として生羌に導かれて蛮族はこれを取ってみずから守り、それによって西江河の諸蛮族を併合し、羊同・党項の諸羌をみな臣下とした。その土地は東は松・茂・巂の諸州と接し、南は婆羅門(インド)にいたり、西は安西四鎮を取り、北は突厥まで及んで、その広さは万里に余るものであり、漢魏いらい西戎諸族の比べもののないところであった。 永隆元年(680)、文成公主が死んだので、使者をやって弔わせた。またわが方の陳行焉の遺骸を帰してよこした。さきに陳行焉は吐蕃に使いにゆき、そのとき論欽陵は自分を拝させようとし、武器をもってせまった。しかしかれは屈しなかったので、十年間吐蕃に止められたままであった。ここに遺骸が帰ったのでかれに陛州刺史が贈られた。賛婆はまた良非川に入寇したか、黒歯常之は攻撃してこれを退けた。武后の時には、吐蕃は他の蛮族たちと同様に入朝し、賀詞をのべた。永昌元年(689)、文昌石相の韋待価に詔を下して安息道大総管とし、安西大都護の閻温古をこれに副として吐蕃を討たせた。軍は止まって動かないので責任を問い、将軍たちを死刑や流刑に処した。翌年(690)、また文昌右相の岑長倩に詔を下して、武威道行軍大総管として吐蕃を討った。途のなかばまで行軍して中止した。 また翌年(691)、吐蕃の大首領の曷蘇は貴川部と党項の種族三十万をひきつれて降服した。武后は右玉鈴衛将軍の張玄遇を安撫使とし、兵二万をひきいてこれを迎え、大度水に屯した。吐蕃は曷蘇をとらえて去った。他の首領の昝插がまた羌蛮八千をつれてみずからやって来て降服した。張玄遇はただちにその部をもって葉州を置き、昝插を刺史にした。そして石碑を大度山に建て、その戦功をきざみこんだ。 この年、また右鷹揚将軍の王孝傑に詔を下して武威道行軍総管とし、西州(高昌)都督の唐休璟と左武衛大将軍の阿史那忠節をひきいて吐蕃を討たせた。そして大いにその衆を破り、ふたたび安西四鎮を奪取した。さらに安西都護府を亀茲に置き、軍隊をもってこれを鎮守した。あるものが論議して、四鎮を廃止して保有しないことをねがった。右史の崔融は献議して言った。「夷狄が中国の悩みとなってから久しいものがあります。これは三皇五帝も臣下としなかったものであります。漢は百万の衆をもって攻めて、かえって平城に苦しめられました。その後武帝はひじょうな憤りをかれらに向け、四夷に復讐して心中満足いたしました。張騫がはじめて西城に交通を開いてから河西四郡を並べ両関(玉門関・陽関)を置いて匈奴の右腕を断ち切りました。それより漸次、黄河・湟水を渡り、令居(西寧市東北)に城を築いて南の羌族と匈奴の連絡を絶ったのであります。ここに、鄣・候・亭・燧は長城より数千里も出たところに設けられ、そのためには朝廷の財政を傾け、兵馬をみな動員し、行人や使者は年々月々絶えることなく、財政は窮迫してついに皮の貨幣を用いるまでになりました。緡法を算したり、舟や車に税をかけたり、酒造りを専売にしたりするのも、どうして長期計画を考えないで、そのようにするものでしょうか。匈奴はここに孤立して、とくに遠くまで逃走し、漢はついに西城に道を開いて、使者もおいて監督するようになりました。後漢の光武帝が漢室を中興してから、みなふたたび内属しましたが、延光時代(122-125)になるまでに、交わりは三たび絶たれ三たび通じるというぐあいになりました。わが太宗文皇帝が漢の旧領土を支配されるようになり、南山にそうてパミールにいたり、府や鎮をずたずたにし、戦火は互いに見え、それゆえ吐蕃もあえて侮ることはありませんでした。高宗のとき、官吏たちは成績悪く、安西四鎮を棄てて、これを保有することができず、吐蕃はついに焉耆(カラシャール)の西に勢力を張り、兵鼓を盛んに打って東方で作戦し、西城を駆けめぐり、高昌(トルファン)を越え、車師(ヤルホト)を経て、常楽州を掠奪し、莫賀延磧の交通を絶って燉煌に臨むようになりました。いま王孝傑はいっきょに四鎮を取り、先帝のもとの領土にかえしました。もしまたこれを棄てるならば、それはみずから成功したものを打ちこわし、完遂された方略を破るものであります。いったい、四鎮が守備がなければ、蛮族の軍はかならず西域に臨み、西域が動揺すれば、南方の羌族を動かし、南方の羌族が東西に連合すれば、河西はかならず危険になります。かつ莫賀延磧はひろびろとして二千里にわたり、水や草はなく、もし南辺が蛮族(吐蕃)に直接すれば、唐兵はこれを渡ることができません。そしてかれらがさらに北方に向かえば、伊西北廷、安西方面の諸蛮族はみな亡びます」と。この論議は中止された。 さて吐蕃の首領の勃論賛(ロンツェン)は、突厥の偽可汗の阿史那俀子と南の方に侵略し、王孝傑と冷泉に戦って敗走し、砕葉鎮守使の韓思忠は泥熟没斯城を破った。 証聖元年(695)、論欽陵と賛婆は臨を攻撃した。王孝傑は粛辺道大総管として素羅江山に戦った。蛮族は敗れて退却したが、また涼州を攻め都督を殺した。そして使者をよこし、講和を願い、安西四鎮の守備をやめることを約束し、西突厥十姓の土地を分割することを求めた。武后は通泉尉の郭元振に詔して使者にゆかせたが、かれは途中で飲陵に出会った。郭元振は言った。「昔、禄東賛は朝廷に仕え、親交を誓ってきわまりなく誠実であったのに、いまはかってにみずから親交を絶って、年々辺境を乱している。父は朝廷に通じ、その子は朝廷と絶つのは、親に孝と言えようか。父は朝廷に仕え、子は朝廷に背くのは、国に忠と言えようか」と。欽陵は言った。「まことに、そのとおりである。天子が和平を許され、二国の防備をやめることができ、西突厥四鎮におのおの君長を立てさせ、その国にみずから守るようにさせたらどうであろう」と。郭元振は言った。「唐が、西突厥と四鎮をもって西方の土地をいたわっているのは、列国への大道となっているからであって、他意はないのである。かつこれらの諸部は吐蕃とちがって、かなり昔から唐の領域に編入せられている」と。欽陵は言った。「使者は、わが方が諸部を犯して唐の辺境に不安を起こすと考えていられるのか。わが方がもし土地や財賦を貪ろうとするならば、かの青海や湟川の地方が近くに存在するのである。いま、それを捨てて争わないのは、何故か。突厥の諸部は、砂漠がひろびろと存在し、中国からはひじょうに遠い。どうして土地を万里のかなたに争うことをしよう。かつ唐は四方の蛮族をみな併せて、これを臣下としている。海の外の地のはてといえども滅ぼされないものはない。吐蕃だけがたまたま残っているのは、ただ兄弟の関係によって心をこまかにくばって、互いに存在を認めあっているからである。西突厥の五咄陸は、安西都護府に近く、吐蕃からは遠い。俟斤はわが方と砂漠一つを隔てるだけである。騎兵がひと走りすれば十日を越えないでここに到達するので、これを憂えるのである。烏海や黄河の地帯は、源が閉ざされ、奥は阻まれており、病毒がひどい。唐はけっして入りこむことはできない。入りこめば、この自然条件があるから劣悪な兵士やよわよわしい将軍でも吐蕃の患をなしやすい。それゆえ、わが方はこれを獲得することを欲しているので、それによって諸部をうかがおうとしているのではない。甘州・涼州は積石道から二千里も隔たり、その広いところで数百里にならず、狭いところはわずか百里である。わが方がもし張掖(甘粛省張掖県)・玉門関(甘粛省敦煌県西方)に出たならば、貴国に春は耕作させず、秋は収穫させず、五、六年たたずにその西方領域を斬り落とすことができよう。それをいま棄てて為さないのであるから、わが方を恐れることは何もない。青海の戦闘には、黄仁素が和平を約束したため、辺境の守備隊は警戒していなかった。崔知弁は俟斤方面を経て、わが方の牛・羊を万をもって数えるほど掠奪した。このゆえにこの要求をなすのである」と。それから使者をよこして、ねっしんにねがった。郭元振は固く許可すべきでないことを言い、武后はこれに従った。 欽陵は国政を思いのままにし、長い間いつも中央にいて、政事を支配していた。その弟たちはみな方面軍を管轄しており、賛婆は東部国境にほとんど三十年の間かかりきりであり、辺境の患をなした。兄弟はみな才略があり、沈雄で、衆人はこれを恐れていた。賛普の器弩悉弄(チドゥソン)はすでに成人し、みずから国政をとろうとして、漸次不満に堪えきれなくなった。そこで大臣の論巌たちと、欽陵たちを退けることを図った。欽陵はちょうど兵をひきいて外にでており、賛普は猟をするといって、兵を指揮して、その親しいものたち二千余人を捕え、これを殺した。そして使者を出し、欽陵と賛婆を召還した。欽陵は命令をきかないので、賛普はみずからこれを討伐したが、まだ戦わないうちに欽陵の軍は崩壊した。そこでかれは自殺し、側近の殉死するものは百余人あった。賛婆は部下と兄の子莽布支(マンポジェ)たちをつれてに塞に来、好しみを通じた。朝廷では羽林飛騎をやって歓迎し、賛婆を抜擢して特進・軸国大将軍・帰徳郡王にし、莽布支は左羽林大将軍・安国公にし、みな鉄券を賜い、はなはだ厚く礼遇し慰労した。賛婆は部下の兵を領有し、河源の地方を守り、死んだときには安西大都護を贈られた。 また左粛政台・御史大夫の魏元忠をやって隴右諸軍大総管とし、隴右諸軍大使の唐休璟をひきつれて討伐に出した。ちょうどそのとき、蛮族は涼州を攻撃したので、唐休璟はこれを討って、首二千級を斬った。そこで論弥薩が来朝し講和を請うた。いっぽう音はみずから万騎をひきいて悉州(四川省松県西南)を攻めたが、都督の陳大慈は四たび戦って、みな勝利を収めた。明くる年(703)、そこで吐蕃は馬や黄金を献上して婚姻を求めてきた。ところが蛮族の南方の諸部族がこのころみな叛いたので、賛普はみずから討伐に赴き、軍中で死んだ。 そして諸子が争い立ったが、国人は棄隷蹜賛(チデツクツェン)を立てて賛普とした。年は七歳であった。使者が来て喪を告げ、かつ会盟することを求めた。また大臣の悉董熱(トンシェル)をよこしてねっしんに婚姻を結ぶことを求めたが、まだ返事は与えなかった。ちょうどそのとき、監察御史の李知古は、姚州蛮を討伐してこの蛮が吐蕃の道案内するのを牽制することを建議した。そこで詔を下して剣南の徴募兵を出してこれを攻撃した。蛮の首領は吐蕃に通じ、李知古を殺し、その屍体をもって天を祭り、蜀漢に進攻した。朝廷では遊武監軍・右台御史の唐九徴に詔を下して姚巂道討撃使とし、兵をひきいてこれを撃たせた。吐蕃は鉄の縄橋を漾水・濞水にかけ、西洱蛮に通じ城を築いてこれを守った。唐九徴は鉄の縄橋を破壊し、城中を誅滅し、鉄柱を滇池に立てて、その功業を刻みこんだ。 中宗の景竜二年(708)、その求婚の使者を還した。あるものが言った。「かれは公主を迎えに来、かつ中国の言葉をよく習い覚えました。帰すべきではないと思います」と。帝は、中国は誠意をもって夷狄と結ぶべきであるとして、その願いは許さなかった。翌年(709)、吐蕃はさらに使いをよこして貢ぎ物を納めた。祖母の可敦はまた宗俄をよこして婚姻をねがった。帝は雍王李守礼の女を金城公主として、これに妻すことにした。吐蕃は、尚賛吐(シャンツェント)・名悉臘(ニェレブ)たちを、公主を迎えるためによこした。帝は公主が幼いのを思い、錦や細をおのおの数万賜い、諸種の芸能人、もろもろの工人たちをみなつけてやり、亀茲楽の楽団を与えた。そして左衛大将軍の楊矩に詔を下し、節を持して送らせた。帝はそのために始平に行幸し、幕を張って宴を開いた。群臣と吐蕃の使者をよんで会場で宴し、帝は悲しみすすり泣いた。そして始平県に大赦を行ない、死罪に決せられたものをみな許し、人民の賦役は一年間免除した。県名を改めて金城とし、郷は鳳池とし、里は愴別とした。 公主は、吐蕃にいたって、みずから城を築いて居住した。朝廷では、楊矩を鄯州都督に任じた。吐蕃は表面はおだやかであったが、内心は怒りを蔵していたので、厚く楊矩に賄賂を贈って、河西九曲の地を金城公主の化粧料として与えられるよう願った。楊矩は表文を奉って許可を得、その地を吐蕃に与えた。九曲は水草ともに良質で、牧畜に適当したところであり、唐にも近接している。これより吐蕃はますます発展して中国に入寇しやすくなったのである。 玄宗の開元二年(714)に吐蕃の大臣坌達延(ポンタギェル)は宰相に書を上って、盟約の文を作り、国境を河源に定めることをねがい、左散騎常侍の解琬が盟約に出席することを乞うた。帝は宰相の姚崇たちに返事を出させ、解琬に命じて神竜の時の誓約書を持ってゆかせた。吐蕃もまた尚欽蔵(シャンチサン)と御史の名悉臘(ニェレブ)をよこして盟約の文を献上させたが、いまだ決定するまでにはいたらなかった。そのとき坌達延の将兵十万は、臨洮(甘粛省臨洮県西南)に入寇し、蘭州・渭州(甘粛省隴西県東南五里)に攻め入って監牧の馬を掠奪した。楊矩は疑獄が起こるのを恐れて自殺した。詔が下されて、薛訥は隴右防禦使となり、王晙らと力を井せて敵を迎え撃った。帝は吐蕃の背信行為を怒って、みずから軍を率いてこれを討とうとした。ちょうど王晙たちは、武階で戦って、一万七千の首を斬り、馬・羊は二十万の大量を鹵獲した。また長子で豊安軍使の王海賓と戦ったが、王海賓は戦死した。しかしこの勢いに乗じ王晙の軍は進撃したので、蛮族は大敗し、その衆は互いに衝突しあって逃げ去ることができず、ともに枕を並べて討ち死にした。洮水はこのために流れがとまったほどである。帝はそこで親征を取り止め、紫微舎人の倪若水に詔を下して軍の実情や戦闘の功績を直接調査させ、同時に戦死した将士たちを弔わせた。また州県に勅を下して、吐蕃の抛棄した死体を埋葬させた。 このとき宰相が建言した。「吐蕃はもとは黄河をもって国境としておりました。金城公主の関係で黄河に橋をかけ、城を築いて独山・九曲の二軍を置きましたが、そこは積石からは二百里の距離であります。いますでに盟約に背いたのでありますから、橋はとりこわし、また、まえまえからの盟約どおり、黄河の線を守ることにするのをお願いします」と。詔が下って許可された。左驍衛郎将の尉遅瓌は、吐蕃に使者となってゆき、金城公主を慰めた。しかし吐蕃が少々国境を犯すのは、毎年のことであった。ことに郭知運と王君㚟は、つぎつぎと隴右・河西の節度使となり、専心敵を防ぐことになった。吐蕃は、宗俄因子を洮水にやって、戦死した将士を弔い、また講和をねがった。しかしみずからの強勢なのをよいことにして、天子と対等であることを求め、その述べるところは傲慢であった。使者は臨洮まで来たが、天子は詔を下して国内に入れなかった。金城公主は書を奉って、和親するのを許されるよう願い、かつ賛普の方では、君臣ともに天子と盟約に署名することを欲していることを述べてきた。吐蕃はまた使者を出して書を上って言った。「孝和皇帝(中宗)は、かつて盟約を許されました。そのとき唐の宰相の盧欽望・魏元忠・李嶠・紀処訥らおよそ二十二人と吐蕃の君臣は、ともに誓約いたしました。孝和皇帝がなくなられ、太上皇が位を嗣がれても、親善はもとのようにつづけられました。しかし唐の宰相で誓約に署名したものは、みな亡くなりました。したがっていまの宰相は前の誓約には関係ないのですから、ここにふたたび盟約していただきたいと思います。ちかごろ論乞力(ロンチリグ)たちと前後して七人ほど使いに出しましたが、まだ許可を与えられておりません。それに張玄表・李知古の将兵は甥(わたし)の国を侵掠しました。ゆえにわたしの方でも盟約にそむいて戦ったのであります。いま舅上(ちちうえ)は、従来のよくない関係を棄てて平和な状態に復帰することを許されました。甥はすでに堅く決心しております。しかし盟をかさねて行なわないため、まだ信をおくことができないでおります。あたらしい盟約の締結を待ち望むしだいであります。甥は、みずから国の政事を統べ、下のものには牽制されないで、人民たちを長く安穏にしようと思っております。舅上は和平のことを考えておられても、気持がそれに集中されていないならば、たとい言葉のうえでそれを言っても、なんの利益がありましょう」と。 またつぎのように述べた。「上は乞力徐(チカウ)が軍を集結したことを責められましたが、これはちょうど新旧の軍隊を交替させたのでありまして、集結したのではありません。昔は、国境は白水より向こうはみな放置された土地でありました。ところがちかごろ、郭知運将軍は兵をして城塞を築いております。それで甥の方でもまた城塞を築いたのであります。それでたとい二国が講和して使者を送り迎えするようになっても、もしそれが通じない時には、国境を守備するのにとどめましょう。また突厥の骨咄禄と親しいのを疑っておられますが、吐蕃と唐とは旧く親善の使者を交換し、互いに舅・甥と呼びあっておりました。それでその関係が初めのとおりになれば、突厥とはともに交わらないでありましょう」と。よって、貴重な瓶と杯を献上した。帝は、「昔、すでに和親して、盟約の成文が存在している。さきの盟約を調べるがよい」と言って、ふたたび盟約するのを許可しなかった。そしてその使者を待遇して送りかえし、かつ賛普にたくさん贈り物を賜わった。吐蕃はこれより年々朝貢して来、国境を犯すことがなくなった。 開元十年(722)に吐蕃は小勃律国を攻撃した。その国の王没謹忙は手紙を北廷節度使の張孝嵩に送って言った。「勃律は唐の西の門であります。これが失われれば、西方の諸国はみな吐蕃の手に落ちます。都護はよく考えて処置していただきたい」と。張孝暠は願いを許して、疏勒副使の張思礼に歩騎四千の兵を率いさせ、昼夜通しで走って没謹忙の兵と吐蕃を挟撃した。吐蕃の死者は数万にのぼり、味方は鎧・武器・馬・羊をたくさん鹵獲し、九城のもとの土地を回復した。さきに勃律の王は、来朝したときは帝に父として事え、帰国しては綏遠軍をおいて吐蕃を拒いでいた。それに、不断に吐蕃と戦っていたが、吐蕃はいつも言った。「わが方は、なんじの国を占領するのを利益としているのではない。わが方は、ただなんじの国に道を借りて、安西四鎮を攻めようとするだけである」と。このころ吐蕃との関係で出兵するということは、数年の間なかった。 そこで隴右節度使の王君㚟は、敵地に深く入って損害を償うことを願い、開元十二年(724)に吐蕃を破ってその捕虜を献上した。のち二年して(726)、悉諾邏(タグラ)の兵が大斗抜谷に入り、ついに甘州(甘粛省張掖県)の火郷聚を攻撃した。王君㚟は軍を整備し、その鋭鋒を避けて出戦しなかった。ちょうど大雪が降り、吐蕃の軍は凍傷にかかり死ぬものが続出したので、かれらは積石軍を越えてその西道によって退却した。王君㚟はあらかじめ間諜をやって、国境を出、原野を焼きはらわせたので、草はみななくなってしまった。それで悉諾邏は大非川に屯したが、馬を牧するところがなく、その大半が死んだ。王君㚟は秦州(甘粛省天水県)都督の張景順をひきい、装備をかんたんにし、苦しい道を通って青海の西方に出た。ちょうど湖面は氷結したので、軍隊はこれによって渡った。そのとき蛮族はすでに大非山を越え、輜重と落伍者を湖岸に留めていた。王君㚟は兵をやってこれらをとりこにして帰ってきた。そのころ、中書令の張説は、吐蕃が国境に出入することはすでに数十年で、勝敗はだいたい同じであり、甘・涼(甘粛省武威県)・河(甘粛省臨夏県)・鄯の諸州の人民は徴発を負担してはなはだ苦しんでいるから、講和を許されるよう願った。しかし帝は王君㚟を寵愛していたから、張説の言は聴かなかった。 まもなく悉諾邏恭禄(タグラコンロェ)と燭竜莽布支(ツォグロマンポジェ)は侵入して瓜州(甘粛省敦煌県の東二百八十里)を陥れ、その城を破壊し、刺史の田元献と王君㚟の父を執えた。そしてついに玉門軍(甘粛省酒泉県の西二百里)を攻撃し、常楽(甘粛省安西県の西)を囲んだが、これは抜くことができず、退いて安西(クチャ)に入寇した。副都護の趙頤貞はこれを撃って退けたが、ちょうどそのとき王君㚟は回紇に殺されて作戦は不成功に終わった。帝はそこで蕭嵩を河西節度使とし、左金吾将軍の張守珪を瓜州刺史とし、城塞を再建した。蕭嵩は反間の工作者をやって悉諾邏恭禄を殺させた。明くる年(728)、吐蕃の大将の悉末朗(ラン)は瓜州を攻撃したが、張守珪はこれを撃退した。鄯州都督の張志亮はまた青海の西に戦い、大莫門城を破り、橐它橋を焼き払った。隴右節度使の杜賓客は、強力な四千で賊を射て、これを祁連城下(甘粛省張掖県西北百九十里)に破り、副将一人を斬り、五千の首を挙げ、敵は敗戦して哭きながら山に逃げかえった。またあくる(729)、張守珪は、伊(ハミ)・沙(甘粛省敦煌県)などの州の兵をひきつれて蛮族の大同軍(甘粛省敦煌県西南)を破った。また信安王李禕は隴西に出撃して石堡城を抜き、ここに振武軍を置いて、捕虜を太廟に献上した。帝は書を将軍の裴旻に賜わって言った。「わざと戦功を隠して賞を与えないことがあった場合には、兵士みずからそのことを述べよ。そのようなことをした将校官吏はみな斬れ。戦いの際に猶予して動かないものは、隊ぜんたいを軍律のとおりに処断せよ。敵の王を捕えたものには、大将軍を授けるであろう」と。ここに将士の気勢は、ますますあがった。 吐蕃の令の曩骨が書を国境の関所に出して言った。「論莽熱(ロンマルシェル)と論泣熱(ロンチシェル)は、みな万人に将たるものであります。賛普の命によって都督・刺史に挨拶をいたします。二国にはもと舅・甥の親交がありました。さきごろ、弥不弄羌・党項が抗争をはじめ、そのため二国は親しみを失い、こちら方からも通ぜず、唐の方もまた通じなくなりました。都督は、なにとぞ腹心の役人を曩骨とともにこちらへよこして、盟約のことを商議させていただきたい」と。曩骨というのは、中国の千牛官(宮中宿衛官)のようなものである。そこで忠王(後の粛宗)の諸王友の皇甫惟明は、「和平を約束するのがつごうがよい」と上奏した。帝は言った。「さきに書を上ったが、内容は傲慢無礼であった。朕はかならずこれを滅ぼすつもりであるから、和平を議することはしないでもらいたい」と。皇甫惟明は言った。「そのころは、賛普は幼かったのですから、これはかならず、辺境の軍人で功績を立てたいと思うものがその書を作って陛下を激怒させたのです。それに、二国が憎しみあうと、かならず戦争が起こり、戦争が起これば、裏では財物を盗んだり、功績の程度を詐ったりして、陛下の過分な賞を望み、もって満足しております。いま河西・隴右の地方は、蓄えがなくなり、力も尽きてております。陛下が、幸いにして、金城公主に詔を下し、賛普からの盟約を許し国境の悩みを緩めてくだされば、それは民を安らかにするすぐれた方策でございます」と。帝はその上言を採用し、皇甫惟明と中人の張元方に勅を下して挨拶に往かせ、書を公主に賜わった。皇甫惟明は賛普に会い、天子の考えを述べたところ、賛普はひじょうに喜んで、貞観いらいの手紙や詔勅をみな出してきて皇甫惟明に見せ、たくさんの献上品を贈って来た。 また使者の名悉臘(ニェレブ)を唐の使者に同伴して入朝させ、表を奉って言った。「甥(わたくし)は先帝舅上の有力な親戚であります。さきに張玄表・李知古のために闘いを交え、ついに大きな戦争となりました。しかし甥は文成・金城公主の関係からして、どうして礼を失することがありましょう。あのときはとくに幼少であったため辺境の軍人の讒言にまどわされたのであります。もし明確な理解をいただけるのでしたら、死しても満足いたします。このたびは千年万年あえてさきに盟約に背くようなことはいたしません」と。かつこれとともにめずらしい宝物を献上した。使者が到着すると、帝は前殿に出御し、羽林杖を列べて使者を内に引き入れた。名悉臘はだいたい中国の語文がわかるので、宴会になると帝はともに談話し、かれをひじょうに厚く礼遇して、紫服・金帯・魚袋を賜わった。悉臘は、服は受け取ったが、魚袋は辞退して言った。「わが国が正しくなかったのですから、このようなものをいただくわけにはまいりません」と。帝は御史大夫の崔琳をやって、吐蕃に返礼させた。 吐蕃はまた馬を赤嶺で交換し、甘松嶺(四川省松潘県西北三百里)で互市することを願った。宰相の裴光庭は言った。「甘松嶺は中国内の険要の地である。赤嶺を許した方がよい」と。そこで赤嶺を境界とすることを許し、大きな碑を立ててそれを表わし、その面に盟約を書くことにした。また五経を賜わることを願ってきたので、秘書に勅を下して写させて与えた。それとともに工部尚書の李暠をやって挨拶させ、万をもって数えるほどの賜わり物を与えた。吐蕃は使いをよこして感謝し、かつ言った。「唐・吐蕃はみな大国であります。いま和平を約束して長い将来の計をなすわけでありますが、辺境の官吏でいかがわしい考えのものが出るのを恐れます。そこで使いの者をよこして互いによく勅令を暁らせ、明瞭にくわしくわからせるようお願いします」と。帝はそこでまた金吾将軍の李佺に赤嶺で碑を立てるのを監督させ、詔を下して張守珪と将軍の李行禕、吐蕃の使者の莽布支(マンポジェ)とに、剣南・河西の州県に分かれて行って諭させた。「こんにちより、二国は和親して、互いに侵略してはならない」と。そこで悉諾勃海を使者として貢ぎ物を納めさせ、それとともに絹と器物をあまねく政治の衝にあたるものに贈った。明くる(730)、吐蕃は宝器数百個を献上した。その意匠や作り方が変わっていたので、詔を下して提象門に置いて多くの臣下に展示した。 そのご吐蕃は西方勃律国を攻撃し、勃律は唐に急を告げてきた。帝は諭して戦争をやめさせようとしたが、吐蕃は聴かず、ついにその国を破った。そのとき、崔希逸は河西節度使となり涼州に鎮した。さきには、国境方面はみな壁を立てて守捉がおかれていたが、崔希逸は蛮族の守備の将軍を乞力徐(チスゥ)に言った。「両国は和親を約束したが、守備をやめないのはいかがなものであろうか。みな守備をやめて、人民に便利なようにすることに願いたい」と。乞力徐は言った。「あなたは誠実な人であるから、ぐあい悪いということはない。しかしおそらく朝廷は、まったく信用するということはないであろう。もしこちらの守備のないところを襲撃すれば、われわれは後悔するであろう」と。崔希逸は固く願ったので、すなわち承認し、いっしょに白犬を犠牲に用いて盟約をした。そのご防備の障壁をぜんぶ取り払ったので、蛮族の家畜は原野一面に拡がるようになった。 明くる年(731)、崔希逸の書記の孫誨が政事を奏上したが、かってに、「蛮族は備えをしておりませんから、取るべきでありましょう」と述べた。帝はこの言を採用して、詔を下してかれを内豎の趙恵琮といっしょにやって状勢を調べさせた。この小人たちは、天子の寵愛を得ようと思い、涼州に行ってから、いっしょに詔勅をかってに曲げ、崔希逸にその詔を与え軍を出して吐蕃を青海のほとりに撃破させた。斬首・鹵獲などはひじょうに多く、乞力徐は逃れ、吐蕃は怒って入朝しなくなった。 開元二十六年(738)、吐蕃は河西に大規模に侵入した。崔希逸はこれを拒いで破り、鄯州都督の杜希望は新城を抜いて威戎軍と名を改めた。崔希逸は、信頼をなくしたのを反省し、遺憾に思って心が晴れない状態であった。召し返されて河南尹に任ぜられたが、まもなく、趙恵琮といっしょに犬が祟りをするのをみて、不安になって死んだ。孫誨もまた他の罪で誅殺せられた。 それより蕭炅を河西節度使とし、留後の杜希望は隴右節度使、留後の王昱は剣南節度使として、方面を分けて経略させた。赤嶺の碑はこのとき砕かれた。杜希望は鄯州の兵を出して、蛮族のかけた黄河の橋を奪取し、河岸に塩泉城を築いて鎮西軍と名づけ、吐蕃の兵三万を破った。王昱は剣南の軍をつれて安戎城(四川省茂県西南の塞外)に攻め入り、二つの小さな要塞を築いた。そしてその左右の兵は蓬婆嶺に駐して、剣南の食糧を運んで軍に送った。吐蕃は精鋭を挙げて救援に来、王昱は大敗して、小要塞はみな敵方の手に陥ち、数万の兵士が死んだ。王昱は、貪欲で将軍の器ではないので、敗戦したのである。かれはのち高要(広東省高要県)に左遷されて死んだ。明くる年(739)、吐蕃は白草・安人などの軍を攻撃した。そこで臨洮朔方の軍に詔を下して方面を分けて救援せしめた。蛮族は臨洮道を絶ったが、白水軍使の高柬于は防戦し、蛮族は退却した。王昱は将をやって追跡させたが、雲が軍隊の上に出、白兎が舞うという瑞祥があり、大いに吐蕃を破った。王昱の敗戦したのちは、張宥を代りとして剣南に節度させ、章仇兼瓊を益州(四川省成都市)司馬とした。張宥は文官で軍事のことは知らなかったので、その方面のことは章仇兼瓊に任せた。章仇兼瓊はそこで宮廷に入って自分の計画を奏上することができた。天子はその議を真実であるとして、章仇兼瓊を抜擢し、張宥に代って剣南を節度させた。章仇兼瓊は間諜をやって吐蕃の安戎城の頭目を誘い、内応させて官軍をひき入れ、ことごとく蛮族の守備兵を殺した。そして監察御史の許遠にこの城を守備させた。吐蕃は安戎城を囲み、水道を絶ったが、ちょうど石が裂け、泉が湧き出したので、驚愕して退却した。またかれらは維州(四川省理蕃県東南の故威州の北三十里)を攻撃したが、目的を達成しなかった。帝は詔を下して安戎城を改めて平戎城となしたといわれている。 この年(739)、金城公主がなくなった。明くる年(740)、そのために喪を発した。吐蕃の使者が来朝し、和平を願ったが帝は許さなかった。そこで蛮族は四十万の衆をみな出して承風堡を攻撃し、河源軍(青海省西寧市西南)にいたり、西方長寧橋・安仁軍の渾崖烽に侵入した。騎兵の将の臧希液は精鋭の士五千を率いてこれを破った。吐蕃はまた廓州を襲撃し、ある県を破って官吏や人民を殺した。また振武軍の石堡城を攻撃したが、守備の将の蓋嘉運はこれを守ることができなかった。 天宝元年(742)、隴右節度使の皇甫惟明は蛮族を大嶺軍に破り、青海のほとりに戦って莽布支を破って、三万の首を斬った。明くる年(743)、敵の洪済城(青海省西寧市西南)を破り、石堡に戦ったが勝たず、副将の諸葛謝はこの戦闘で戦死した。また明くる年(744)、皇甫惟明は夷狄を破って、捕虜を首都に献上した。帝は哥舒翰を隴右に節度させた。哥舒翰は石堡を攻陥し、これを神武軍と名を改め、またその大臣の兀論様郭を捕虜とした。 天宝十載(751)、安西節度使の高仙芝は大酋長を捕虜にして献上した。このとき吐蕃は、蛮(南詔)の閣羅鳳と軍を連合して瀘南を攻撃した。剣南節度使の楊国忠は、そのころ悪がしこいことではこのうえない人物であった。みずから「蛮の衆六万を雲南に破り、洪州など三城を抜いた」と言い、捕虜を献上した。哥舒翰は洪済・大莫門などの諸城を破り、九曲の故の地を回復し、郡県なみの内容のあるものにした。天宝十二載(753)、そこで神策軍を臨洮の西に置き、澆河郡を積石の西に置き、宛秀軍を置いて河曲の地を充実させた。 のち二年(755)、蘇毘(ソチ)の子悉諾邏(タグラ)が降服してきたので、懐義王に封じ、姓を李と賜わった。蘇毘は強力な部族である。この年、賛普の乞黎蘇籠臘賛(チソンデツェン)が死に、子の挲悉籠臘賛(サソンデツェン)がつぎ、使者をよこして親好を求めて来た。そこで、詔を下して京兆少尹の崔光遠に、節を持し、冊文をもって弔いに行かせた。かれが帰って来たときには、安禄山が乱を起こし、哥舒翰は河西・隴右の兵をみな動員して、東の方潼関を守っていた。そして諸将はおのおの鎮守するところの兵をひきいて国難の平定に赴いた。これをはじめて行営と称したのである。しかしこのため辺境の防備は空になったので、吐蕃はその隙に乗じて掠奪暴行ができるようになった。 至徳のはじめ(756)、吐蕃は巂州(四川省西昌県)・威武(四川省茂県西北)などの諸城を取り、侵入して石堡城に駐屯した。その翌年(757)、使者をよこして賊(安禄山など)を討伐し、かつ親交を修めることを願った。粛宗は給事中の南巨川をやって返礼にゆかせた。ところがその年のうちに廓・覇(四川省松潘県西南二百五十里)・岷(甘粛省岷県)などの諸州と河源・莫門などの軍を占領した。そして使者はしばしば来て和平を願った。帝はその偽りなのをよく知っていたが、しばらくの間、できるだけ災いをゆるくしようと思い、宰相の郭子儀・蕭華・裴遵慶らに詔を下して吐蕃と盟約させた。 宝応元年(762)、吐蕃は臨洮を陥れ、秦・成(甘粛省成県)・渭などの州を取った。明くる年(763)、散輪常侍の李之芳と太子左庶子の崔倫を挨拶に行かせた。吐蕃はこれを押えて送らず、いっぽう西山の合水城を破った。明くる年(764)には、吐蕃は大震関(甘粛省清水県東五十里)に侵入し、蘭・河・鄯・洮などの州を取った。ここにおいて、隴右の地はぜんぶ失われた。それから進んで涇州(甘粛省涇川県)を囲んでこれに入城し、刺史の高暉を降服させた。また邠州(陝西省が県)を破り、奉天(陝西省乾県西)に侵入した。副元帥の郭子儀はこれを防いだが、吐蕃は吐谷渾・党項の兵二十万をひきいて、東の方武功(陝西省武功県)を占領した。渭北行営の将の呂日将は、盩厔(陝西省盩厔県)の西に戦って、これを破った。また終南に戦ったが、呂日将は敗走した。代宗は陝州(河南省陝県)に行幸し、郭子儀は商州(陝西省商県)に退却した。高暉は蛮族を長安に導き入れ、広武王李承宏を立てて皇帝とし、改元し、かってに大赦を行ない、官吏を任命した。都の上層階級の人々は、みな南の荊・襄の地方に逃れ去り、あるいは山谷に逃げ込んだ。そこで乱兵は互いに戦闘をしたり、掠奪したりして、交通は途絶してしまった。光禄卿の殷仲卿は、千人を率いて藍田(陝西省藍田県)に防壁を作り、二百騎を選んで滻水を渡河させた。ある人が夷狄を欺いて、「郭子儀公の軍隊が、いま来ようとしている」と言ったので、吐蕃は大いに動揺した。ちょうど、少将の王甫は無頼の少年たちと太鼓を打って御苑のなかで喊声を挙げたので、夷狄は驚いて、夜退却し、郭子儀は長安に入った。高暉は東方に逃げて潼関にいたったが、そこの守備の将の李日越はこれを殺した。吐蕃は首都に留まること十五日で逃げ、天子は都に還ったのである。 吐蕃は退却して鳳翔(陝西省鳳翔県)を囲んだが、節度使の孫志直はこれを防ぎ守った。そこへ鎮西節度使の馬璘は千騎をひきいて戦い、これを退けた。吐蕃は原(甘粛省鎮原県西二里)・会(甘粛省靖遠県)・成・渭などの州の間に屯し、腰を落ち着けて動かなかった。この年、吐蕃は南の方では松・維(四川省理番県東南の故威州北三十里)・保などの州と雲山の新城に侵入した。明くる年(765)、吐蕃は使者の李之芳たちを帰してよこした。剣南の厳武は吐蕃南鄙の兵七万を破り、当狗城(故の威州の西)を抜いた。ちょうどそのころ僕固懐恩が反乱を起こし、霊武(寧夏省寧夏県南)からその将范志誠・任敷をやって、吐蕃・吐谷渾の兵と連合して邠州(甘粛省寧夏県南)を攻撃した。白孝徳・郭晞は城塞を守りとおしたため、敵の軍は奉天の西へ侵入した。郭子儀は奉天に入ったが、軍を抑えて戦闘しなかった。郭晞は精鋭の兵に夜その軍営を攻撃させ、首数千を斬り、五百を奪い、四人の将軍を捕虜にした。そこでは退却した。このとき厳武は塩州を抜き、また西山に戦ってその衆八万を捕虜にした。蛮族は涼州を囲み、河西節度使の楊志烈は守備することができず、逃れて甘州を保持し、涼州は失われてしまった。 永泰元年(765)、吐蕃は和平を願って来た。宰相の元載・杜鴻漸に詔を下して、蛮族の使者と盟約をさせた。僕固懐恩は、思うようにゆかないので、蛮族を導き、回紇・党項・羌渾・奴刺と辺境を犯した。吐蕃の大酋長の尚結息賛摩(シャンギェルシグツェンマ)・尚悉東賛(シャントンツェン)らの衆二十万は、醴泉(陝西省醴泉県)・奉天・邠州にいたった。将の白孝徳は抵抗することができず、任敷は兵をひきいて鳳翔・盩厔をとった。そこで首都は戒厳令下におかれ、朔方兵馬使の渾日進・孫守亮は奉天に屯した。詔を下して、郭子儀に河中(蒲州)の軍をひいて涇陽陽 (陝西省涇陽県)に駐屯させ、李忠臣を東渭橋に、李光進を雲陽(陝西省涇陽県北)に、馬璘・郝廷玉を便橋に、駱奉先・李日越を盩厔に、李抱玉を鳳翔に、周智光を同州(陝西省大茘県)に、杜冕を坊州(陝西省黄陵県)に屯せしめた。そして天子はみずから六軍をひきいて御苑に屯した。吐蕃は奉天に迫ってきた。渾日進は、ひとりでこれに馳せ向かい、兵士二百がこれについて進み、 左右の敵を槍で刺し、弓で射、弓は弦を引くたびにみな当たって斃れた。蛮族は大いに驚愕して退避した。渾日進は蛮族の一将校を捉えて飛び出し、全軍これを見て声をあげた。味方の兵士は引き上げたが、身に一矢も当たっているものはなかった。翌日、蛮族は城にせまった。渾日進は機械仕掛けの大石や強力な弩を発したために、敵兵は多く死んだ。およそ三日して、蛮族は軍を収めて防壁に入った。渾日進は蛮族の実情を詳しく知って、その夜敵の軍営に斬り込み、千余の首を斬り、五百人を捕虜にした。また馬嵬(陝西省興平県の南)で、およそ七日間戦って一万の賊を破り、首五千を斬り、馬・駱駝・幟・武器などひじょうに多くを鹵獲した。帝はみずから軍をひきいて賊を討伐しようと思い、詔を下して盛んに馬を捜させた。またはじめて首都に義勇兵を置いたので、都の人々はひじょうに動揺して、城壁に穴をあけて、十人のうち八人までは逃亡してしまった。中人に詔を下して首都の城門を閉じさせたが、なお止めることはできなかった。吐蕃の遊撃兵四百は武功(陝西省武功県)を占領し、鎮西節度使の馬璘は強力な兵士五十人にこれを攻撃させた。そして敵を殲滅したので、唐側の士気はますますあがった。蛮族は軍営を九ソウ山の北に移し、醴泉を掠奪した。醴泉の住民の数万のものが家屋を焼きはらわれ、田畑はみな赤肌にされてしまった。周智光は蛮族と澄城(陝西省澄城県)に戦ってこれを破り、吐蕃は邠北にいたり、また回紇と連合して還ってきて奉天を攻撃し、馬嵬にやって来た。任敷は兵五千で白水を掠奪し、同州に打撃を与え、それから中渭橋と鄠(陝西省鄂県)に城塞を築いて軍を駐屯した。 ちょうどそのとき僕固懐恩が死んで、蛮族には作戦するのに中心人物がいなくなった。ついに回紇と指導権を争い、回紇は怒って郭子儀のところにゆき、吐蕃を討ってみずから忠誠をいたすことを願った。郭子儀はこれを許し、白元光とともに軍を合わせて吐蕃を霊台(陝西省長安県西四十里)の西に攻撃し、大いにこれを破り、僕固名臣を降服させた。そこで帝は軍をひき上げた。 前巻 『新唐書』 次巻 巻二百一十五下 列伝第一百四十下 『新唐書』巻二百一十六上 列伝第一百四十一上 巻二百一十六下 列伝第一百四十一下
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湖建設予定地だったクレーターにて。 「…どーするかな、これは」 「あのね、土方。こういう時は、ポジティブに考えるの。湖、ちょっと狭かったからね、広くする手間が省けたから良かったって思えばいいんだよー」 「左様でございますねwww」 二人の眼下には、三倍以上の面積になったクレーターが広がっている。 土方が暇を見てちまちまと加工してきたギミックや湖底や盛り土して作った島が、完全にすりつぶされていた。 「仕方ない。七坂が戻る前に特急仕事で片付けるか。お前も手伝えよ?」 土方の呼びかけに、背後に聳え立つ巨大な顔が目を光らせて答えた。 「うんうん、素直な子だね! やっぱり私に似て性格が良いんだよ」 「むやみやたらなパワーもそっくりだなw」 「才色兼備なんだよ!」 土方とルニャ。二人が立っているのは身長50mを越える巨大ゴーレムの胸部だった。 すみれ色の透き通る素材で構成されたボディは、その巨大さもあいまって何処か神々しさ感じさせる。 この巨神の誕生のきっかけは、些細な疑問からだった。 最初のクレーター誕生の数日前。 「ねぇ真吾。そういえば、ボーリングで消えてる質量は何処に行ってるんでちゅかね?」 「ん? 消えてるんじゃないか、普通に」 午後のおやつの時間。 ネズ美は七坂にもらって以来はまっている、スコーンにクロテッドクリームとイチゴジャムをたっぷり塗ったモノを堪能しながら聞いた。 なにげない、暇つぶしの雑談だ。 「そりゃありえないでちゅよ」 「なんでだ?」 「だって、物体を消失させるのは物凄い魔力をつかうはずでちゅよね?」 「ああ、ディスインテグレート(原子分解)な」 「真吾の魔力は中の上ぐらいでちゅよね? いくら凱装でブーストしていたとしても、虎子を焼いた時のボーリングで失われた質量が分解できたとは思えないでちゅ」 「お前、本当に鋭いのなw」 土方は冷めかけたコーヒーをすすり、答えた。 「あれはな、本当は異空間に切り捨ててるんだよ」 「空間を操ってるって事でちゅか?」 「いや、あくまで操作しているのは地系の物体のほうだ。なんていうかな… 意味の操作、でわかるか?」 「…えっと、それって、存在座標を書き換えてるって意味でちゅか?」 「おう、お前本当に賢いな。最初はボーリングじゃなくて、アースオーガ(土喰い鬼)って名前にしようかと思ってたんだw」 「そんなの、魔術じゃなくて魔法でちゅよ。って、そこまで操作できるならなんで戦闘方面の魔術を作らないんでちゅか? 某子供先生の敵役ぐらいのことはお茶の子さいさいのはずでちゅよね?」 「あんなの何番煎じだよw」 「メタ発言は禁止でちゅw」 「蘇芳みたいに金属を生み出して変化させたりは無理だが、土中にある成分を集めて形を作るぐらいは余裕だな」 「そこで、なんで? でちゅよ。真吾の魔術は戦闘用がまったく無いじゃないでちゅか」 「その話はまた今度なw」 土方が笑いながらコーヒーを飲み干すのを見て、ネズ美はそこに地雷があるのを察知する。 後輩たちに見せる優しい先輩の顔、もっと親しい間柄に見せる年相応の少年の顔。 埋まっていた地雷が、土方の本質をさらけ出すもののような予感がして、ネズ美は強引に話題を変える。 「じゃあ、異空間に放り出した質量は、ボーリングの逆転で呼び出せるって事でちゅか?」 「…おう、その手があったか。せっかくだからゴーレムでも造って見るか?」 「れっつプレイ、でちゅ!www」 数日後。 「…ダメだこりゃ」 忘れていたわけではない。 ボーリングが逆転する以上、吸引と逆の現象が起きる。 ただ、顕現した質量が予想を上回っていたのだ。 ゼロ秒で発生した大質量が押しのけた空気は、衝撃波を伴って周囲一帯をなぎ払い、直径127m、最大深度10mのクレーターを生み出した。 「この威力。地上じゃまずいですね。となると、上空で… 真吾は飛べるですか?」 「無理。箒も使えない」 凱装を使ったのが幸いだった。そうでなければ、術式のサポートのため人化していたネズ美ごと吹き飛ばされていたところだ。 さらに、ゴーレムはかろうじて人型になっているものの、土人形同然のありさまで、身動きひとつとることが出来なかった。 それを生み出すための魔力が、シンフォニア形態でさえもまかなえなかったのだ。 「まあ、使い道もないですからしばらくこれは封印ですね」 「もう魔術ですらないもんなぁ…」 土人形の目が、何処か悲しげに瞬いた。 「ごめんな。今のオレじゃ無理だ。だが、いつか何とかしてやるから…」 「時間はかかるかもですけど、約束するですよ」 土方は土人形の存在座標をボーリングで送り込む時のモノとはずらして設定し送還した。 「さて、帰って凱装を聖約に合わせた調整するかぁ」 「そうですねぇ。あ、この穴はどうするですか?」 「流石にこのサイズは面倒で埋めてられんぞ。誰か来るかもしれんし、さっさと移動だ」 「はいです」 ここしばらく、土方はクレーターの整備に掛かりきりだった。 学園としての敷地外ではあるものの、実験を行った場所は学園の所有地のうちだ。 事件の翌日には企画書をでっちあげ、速水を丸め込んで共犯に仕立て上げ、学園側に通した。 意外なほど企画がすんなり通ったのは、理事の一人が強力にプッシュしたかららしい。 難航していた水質問題も、七坂美緒の協力により解決した。 関係省庁への手続きは、何度かアルバイトをした建築会社の現場長に協力をしてもらってクリアした。 あとは、水を引くだけだ。 「そんなに気になるんでちゅか、あのゴーレムのこと」 一通りの加工が終わったある日、ネズ美が問いかけた。 「ん? まあな。失敗したとは言え、意思らしきものを宿したんだ。出来れば、早いうちに完成させたやりたいと思ってな…」 「超獣装もひとまずはデチューン完了でちゅしねぇ」 「ただ、アレでも制御だけで手一杯になりそうなんだよなぁ」 「相変わらずバカチンでちゅねw」 「へ?」 にやにやと楽しそうにネズ美は言葉を続ける。 「手伝ってもらえば良いんでちゅよ。こないだ言ったばっかりじゃないでちゅかwww」 「…そうだなw」 「水を張る前にもう一回あそこでやってみまちゅか?」 「おう。そうと決まれば」 「人選でちゅねw」 二人は魔力と技術を備えた人物をピックアップして行く。 「宮内… は論外だな。向いてないし、あいつとコクピットにこもってもつまらんw」 「うひゃひゃ、ひどい言い様でちゅねw トータルバランスだと真田でちゅかね?」 「魔力も技術もいいレベルだが、特化してるし、キャパシティが残ってなさそうだ。何度か魔術を作り直しているあたりが不安要素だな。変な影響を与えたら申し訳ないし」 「成功すればかなりの出来になりそうなんでちゅけどねぇ。杉崎は私らとタイプが似てるんでちゅけど、その分、相性問題がでそうでちゅね」 「すでにディアボロスでかなり負荷がかかってるみたいだからなぁ。弓月、菅原、矢塩、メディアは最近会わないし…」 「教師陣は責任問題的な意味でダメでちゅよね。そーくんは魔力的に無理でちゅし」 「大野もなんかトラブってるみたいなんだよなぁ…」 「後は、七坂とルニャでちゅねぇ」 「七坂は人形師だし、魔力技術のバランスもいいが、例の人形の製作で、実家へ帰ってるな…」 「ルニャでちゅね」 「ルニャだなぁw」 「なんか、神にも悪魔にもなれるゴーレムになりそうでちゅよwww」 「むしろ、神も悪魔も滅ぼす無垢なる刃でwww」 「うひゃひゃwww」 後日、二人は笑い話になら無かったことを知ることになる。 クリスタル事件の直後、本人に依頼してみると、細かいところは説明しなかったが、ルニャは快く承諾してくれた。 常々思うのだが、何故この子はチャーハンに取り付かれてしまったのだろうかw そして、土方と頭脳派の神獣たちの昼夜を問わぬ術式の洗練作業が続く。 「細かいところはソニックフェザー(凱装の翼)で並列処理でちゅかね? 鳥子、何処まで行けまちゅか?」 「19… 専用の、フェザーを、増やす、べき」 「よし。予備込みで24枚それ用に増やすか。自動化して問題ないところは術式を分割して、マクロを組もう」 「主様、ならば2枚づつ組ませてハイマット形態のさらに先端に配置して、ゴーレムと直接接続してやれば、制御も楽なはずじゃ」 「分かった。凱装の変更をしておくよ。コクピット用の術式のほうは頼む」 「うむ、わらわに任せるがよい」 「だーりん、慣性制御用の術式なんだけどぉ~」 「虎子が頭脳派だったのにはビックリでちゅねwww」 「体の赴くままに振舞っても、いいのよぉ?」 「ゴメンでちゅ」 頭脳派に限らず、神獣たちの様々なアイディアが導入された術式は、実に巨大で壮麗なモノへと進化していった。 そして、運命の日。 「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!」 土方はルニャの箒に #25681;まって、垂直方向に物凄い勢いで上昇していた。 顕現させた際の衝撃波を防ぐため、空中で術式を行うのだ。 「このぐらいでいいかなー♪ どう、土方? あれ、もう降りてるね。気が早いなぁ!」 振り落とされただけである。 「まさか、超獣装で振り落とされるとは思わなかったなぁw ソニックフェザー全展開、ハイマット形態っと」 黒曜石と月長石の羽根が揚力制御のための形態に組み変わり、墜落状態から滑空状態に移行した。 片翼に黒の大きなバインダーが三枚、小ぶりの白いバインダーが三枚の、左右合わせて十二枚の石の翼が、小刻みにひねる様に可変しながら空気の流れを制御する。 「高度は十分。着地までに顕現させて、障壁を張る… キャストバインダー召喚、接続、術式の凍結を解除…」 さらに二十四枚の羽根がバインダーに連結し、羽根の発振する音がバインダーに共鳴して発光を開始、光り輝く十二枚の翼へと変化。 「よし、励起は完全だな。ラ・フォリア ヴィルトゥオーソ、詠唱開始…」 土方の詠唱に答え、詠唱翼(キャストバインダー)が術式を起動。多重かつ立体展開された光の魔法陣が形成される。 「…我が名において、汝を鍛造す。大地の化身、無垢なる力、我が呼び声に、答えよ機神!」 100m近い積層型立体魔法陣が土方の眼前に発現、巨大な土人形をその内部に召喚する。 押しのけられた大気が、大爆発にも似た衝撃波と轟音を発生して土方を激しく揺さぶる。 「くそ、気流を制御し切れんかっ!」 吹き飛ばされる土方を、高空から箒で真逆様に落ちてきたルニャがキャッチ。 慣性と人間一人分の重量をやすやすと片手で受け止める辺りが恐ろしい。 「すまん、助かる!」 「いいよー でも、あれなの?」 「言いたいことは分かるw 今から鍛え直すんだよ。呪文、覚えてきたか?」 「ばっちりだよ! 土方、本当は私のことバカだと思ってない?」 「そんなことは思ってないぞ。欠片も。でも、面倒くさがり屋だろ? 前にも…」 「土方、過去にこだわっちゃだめ。人の目が背中についてないのは、前を見て歩いていくためなんだよ!」 「左様でございますかw」 安定を取り戻し、再度滑空して自由落下中のゴーレムに取り付く。 その目が不安そうに光った。 「任せろ。今、生まれ変わらせてやる…」 「超絶美少女天使、ルニャちゃんにおまかせ、だよっ!」 追いついて着地し、謎のポーズを決めるルニャの台詞に、ゴーレムの目が光る。 涙の光かもしれない。恐怖の。 「よし、やるか。ルニャ、例の呪文たのむ」 「わかった。まかせといてー」 と、いいつつ何処からとも無くカンペを取り出す。 土方は凱装の仮面の下で苦笑いを浮かべながらも、合わせて詠唱を開始。 搭乗術式が起動すると、ゴーレムの胸元が発光して二人をその体内に取り込んだ。 「まっくらだね。幽霊とかでそうー」 「出ん出んw 魔術回路を繋ぐぞ」 「そうかなー 土方のボーリングが埋まっていた死体を取り込んでて、せっかく眠ってたのにーってでてくるかも?」 「術式的に無いよ。化石になってりゃ分からんがなぁw」 役割分担は土方が制御系を、ルニャが操作系と魔力炉の代用だ。 土方の背中の翼が発光を開始。その光に石の玄室のような空間が照らし出される。 翼から伸びた光が壁に突き刺さり、玄室に魔術紋様が張り巡らされていく。 「ルニャ、そこの魔法陣に立ってくれ」 「ここー?」 「違う、五芒星の奴」 「おっけー」 「よし、そっちも繋ぐぞ」 「んっ?」 ルニャが術式に接続された瞬間、玄室内の魔法陣がまるで太陽と見まがうような強烈な発光をした。 その小さな体の内に秘められた、出鱈目なまでの巨大な魔力が、魔術回路を焼き尽くさんばかりの勢いで流れ始める。 土方は暴れ馬にも似たその魔力を、必死で術式を補正しつつゴーレムの全身に流し込み、再構成していく。 ただの土くれに、魔術回路を焼きこむ。 最初に、制御系。 そして、伝達系。 運動系、感覚器、思考系、千を超える術式を、素早く、的確に。 同時に構成物質の再構成。 「土方、コクピットできたよ! 外の景色も見える。魔術ロボなのにけっこうメカメカしいねー」 振り向いたルニャは壁面に半ば取り込まれるようにして、必死に術式を行使している土方に気づく。 「うーん、一生けんめいだね。私も着地にそなえて集中してよー」 膨大な魔力を吸われながらも、ルニャは涼しい顔で映し出される外部映像を眺める。 大地までの距離は一万メートルを切ったようだ。 「だめだったら魔力障壁で土方ごと包めば平気かな? かな? 凱装着てるし平気だよね!」 術式は大詰めを迎える。 成分分析、分子レベルで選別し大理石とアイオライトを結合する。 土の人形に過ぎなかったその体は、素材の再構成により不要分を排除しながら、半透明の、青みを帯びたすみれ色に染まった強固なものへと生まれ変わる。 表面に呪紋が浮かび上がり、十重二十重に魔力障壁が展開されていく。 土の瞳が透き通り、レンズ状の器官としての瞳になり、まぶたが二、三度またたく。 その目は強い意志を持ち、眼下に迫る大地を見据えた。 「いよっしゃあーっ! ルニャ、障壁展開、対ショック防御!」 「おっけー!」 着地。 超重量の機体の生み出した衝撃が、大地をめくり上がらせながら吹き飛ばす。 その巨体を隠していた土煙が、風にあおられて、ゆっくりと薄れていく。 膝をついていたすみれ色の巨神が立ち上がる。 鋭い鋭角のラインで構成されたそのボディは、太陽の光に僅かに透き通り美しいきらめきを放っていた。 そして、仁王立ちをして腕を組み… 「ねぇ、土方。こういう時はロボットの名前を絶叫するのがこの国の風習だって聞いたんだけどー」 ポーズを決めたルニャが問いかける。 機体制御はモーショントレース方式で、ルニャの動きを忠実に再現していた。 「決めてない、まだw」 「そっかー まあ何はともあれ、お誕生日おめでとう、ロボ!」 楽しそうに笑うルニャに、巨神は瞳を光らせて答える。 中からは見えないけれど。 「そうだ! この子って中の人ー」 「ディーヴァ、だよ」 「歌姫? パイロットじゃないの?」 「魔術で動くからなw ここもコクピットじゃなくて奏室って呼ぶ。呪文を唱えるさまを、歌になぞらえて蛇子が命名したんだw」 「ふぅん、こだわりだねー で、中の人の魔術を使えるんだよね?」 「おう、かなりの増幅をしてくれるぞ」 土方の言葉に、ルニャは天使のようににっこり微笑んだ。 そういう趣味の無い土方でも思わず見とれるほどのいい笑顔だった。 「よぉし。それじゃお誕生日のお祝いに、チャーハン作るよ!!」 「へ?」 「いくよロボ! フライパンしょうかーん!」 高々と差し伸べられた巨神の左手に、黒々と輝く中華なべが握られる。 はっきり言って、かなりシュールな光景である。 「ちょwwwおまwww」 「チャーハンは火力がいのちだよ! ロボ、お願い!」 巨神がそれに答えて右手を掲げ、忠実にルニャの術式を実行した。 三十六軍団を率いる序列六十四番の地獄の大公爵フラウロスの、召喚者の敵を全て焼き尽くす力を数倍に増幅して。 __,, ======== ,,__ ...‐ ゙ . ` ´ ´、 ゝ ‐... ..‐´ ゙ `‐.. / \ .................;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;; ´ ヽ. ;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;................. .......;;;;;;;;;;゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙ . ヽ ゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙;;;;;;;;;;...... ;;;;;;゙゙゙゙゙ / ゙ ゙゙゙゙゙;;;;;; ゙゙゙゙゙;;;;;;;;............ ;゙ ゙; .............;;;;;;;;゙゙゙゙゙ ゙゙゙゙゙゙゙゙゙;;;;;;;;;;;;;;;;;.......;............................. ................................;.......;;;;;;;;;;;;;;;;;゙゙゙゙゙゙゙゙゙ ゙゙゙゙i;゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙;l゙゙゙゙゙ ノi|lli; i . .;, 、 .,, ` ; 、 .; ´ ;,il||iγ /゙||lii|li||,;,.il|i;, ; . ., ,li ; .` .; il,.;;. ||i .i| ;il|l||;(゙ `;;i|l|li||lll|||il;i ii,..,.i||l´i,,.;,.. .il `, ,i|;.,l;; `ii||iil||il||il||l||i|lii゙ゝ ゙゙´`´゙-;il||||il|||li||i||iiii;ilii;lili;||i;;;,,|i;, ,i|liil||ill|||ilill|||ii||lli゙/`゙ ´゙`゙⌒ゞ;iill|||lli|llii ;゙i|||||l||ilil||i|llii;|;_゙ι´゚゙´ 【おしまい】
https://w.atwiki.jp/magicschool/pages/190.html
湖建設予定地だったクレーターにて。 「…どーするかな、これは」 「あのね、土方。こういう時は、ポジティブに考えるの。湖、ちょっと狭かったからね、広くする手間が省けたから良かったって思えばいいんだよー」 「左様でございますねwww」 二人の眼下には、三倍以上の面積になったクレーターが広がっている。 土方が暇を見てちまちまと加工してきたギミックや湖底や盛り土して作った島が、完全にすりつぶされていた。 「仕方ない。七坂が戻る前に特急仕事で片付けるか。お前も手伝えよ?」 土方の呼びかけに、背後に聳え立つ巨大な顔が目を光らせて答えた。 「うんうん、素直な子だね! やっぱり私に似て性格が良いんだよ」 「むやみやたらなパワーもそっくりだなw」 「才色兼備なんだよ!」 土方とルニャ。二人が立っているのは身長50mを越える巨大ゴーレムの胸部だった。 すみれ色の透き通る素材で構成されたボディは、その巨大さもあいまって何処か神々しさ感じさせる。 この巨神の誕生のきっかけは、些細な疑問からだった。 最初のクレーター誕生の数日前。 「ねぇ真吾。そういえば、ボーリングで消えてる質量は何処に行ってるんでちゅかね?」 「ん? 消えてるんじゃないか、普通に」 午後のおやつの時間。 ネズ美は七坂にもらって以来はまっている、スコーンにクロテッドクリームとイチゴジャムをたっぷり塗ったモノを堪能しながら聞いた。 なにげない、暇つぶしの雑談だ。 「そりゃありえないでちゅよ」 「なんでだ?」 「だって、物体を消失させるのは物凄い魔力をつかうはずでちゅよね?」 「ああ、ディスインテグレート(原子分解)な」 「真吾の魔力は中の上ぐらいでちゅよね? いくら凱装でブーストしていたとしても、虎子を焼いた時のボーリングで失われた質量が分解できたとは思えないでちゅ」 「お前、本当に鋭いのなw」 土方は冷めかけたコーヒーをすすり、答えた。 「あれはな、本当は異空間に切り捨ててるんだよ」 「空間を操ってるって事でちゅか?」 「いや、あくまで操作しているのは地系の物体のほうだ。なんていうかな… 意味の操作、でわかるか?」 「…えっと、それって、存在座標を書き換えてるって意味でちゅか?」 「おう、お前本当に賢いな。最初はボーリングじゃなくて、アースオーガ(土喰い鬼)って名前にしようかと思ってたんだw」 「そんなの、魔術じゃなくて魔法でちゅよ。って、そこまで操作できるならなんで戦闘方面の魔術を作らないんでちゅか? 某子供先生の敵役ぐらいのことはお茶の子さいさいのはずでちゅよね?」 「あんなの何番煎じだよw」 「メタ発言は禁止でちゅw」 「蘇芳みたいに金属を生み出して変化させたりは無理だが、土中にある成分を集めて形を作るぐらいは余裕だな」 「そこで、なんで? でちゅよ。真吾の魔術は戦闘用がまったく無いじゃないでちゅか」 「その話はまた今度なw」 土方が笑いながらコーヒーを飲み干すのを見て、ネズ美はそこに地雷があるのを察知する。 後輩たちに見せる優しい先輩の顔、もっと親しい間柄に見せる年相応の少年の顔。 埋まっていた地雷が、土方の本質をさらけ出すもののような予感がして、ネズ美は強引に話題を変える。 「じゃあ、異空間に放り出した質量は、ボーリングの逆転で呼び出せるって事でちゅか?」 「…おう、その手があったか。せっかくだからゴーレムでも造って見るか?」 「れっつプレイ、でちゅ!www」 数日後。 「…ダメだこりゃ」 忘れていたわけではない。 ボーリングが逆転する以上、吸引と逆の現象が起きる。 ただ、顕現した質量が予想を上回っていたのだ。 ゼロ秒で発生した大質量が押しのけた空気は、衝撃波を伴って周囲一帯をなぎ払い、直径127m、最大深度10mのクレーターを生み出した。 「この威力。地上じゃまずいですね。となると、上空で… 真吾は飛べるですか?」 「無理。箒も使えない」 凱装を使ったのが幸いだった。そうでなければ、術式のサポートのため人化していたネズ美ごと吹き飛ばされていたところだ。 さらに、ゴーレムはかろうじて人型になっているものの、土人形同然のありさまで、身動きひとつとることが出来なかった。 それを生み出すための魔力が、シンフォニア形態でさえもまかなえなかったのだ。 「まあ、使い道もないですからしばらくこれは封印ですね」 「もう魔術ですらないもんなぁ…」 土人形の目が、何処か悲しげに瞬いた。 「ごめんな。今のオレじゃ無理だ。だが、いつか何とかしてやるから…」 「時間はかかるかもですけど、約束するですよ」 土方は土人形の存在座標をボーリングで送り込む時のモノとはずらして設定し送還した。 「さて、帰って凱装を聖約に合わせた調整するかぁ」 「そうですねぇ。あ、この穴はどうするですか?」 「流石にこのサイズは面倒で埋めてられんぞ。誰か来るかもしれんし、さっさと移動だ」 「はいです」 ここしばらく、土方はクレーターの整備に掛かりきりだった。 学園としての敷地外ではあるものの、実験を行った場所は学園の所有地のうちだ。 事件の翌日には企画書をでっちあげ、速水を丸め込んで共犯に仕立て上げ、学園側に通した。 意外なほど企画がすんなり通ったのは、理事の一人が強力にプッシュしたかららしい。 難航していた水質問題も、七坂美緒の協力により解決した。 関係省庁への手続きは、何度かアルバイトをした建築会社の現場長に協力をしてもらってクリアした。 あとは、水を引くだけだ。 「そんなに気になるんでちゅか、あのゴーレムのこと」 一通りの加工が終わったある日、ネズ美が問いかけた。 「ん? まあな。失敗したとは言え、意思らしきものを宿したんだ。出来れば、早いうちに完成させたやりたいと思ってな…」 「超獣装もひとまずはデチューン完了でちゅしねぇ」 「ただ、アレでも制御だけで手一杯になりそうなんだよなぁ」 「相変わらずバカチンでちゅねw」 「へ?」 にやにやと楽しそうにネズ美は言葉を続ける。 「手伝ってもらえば良いんでちゅよ。こないだ言ったばっかりじゃないでちゅかwww」 「…そうだなw」 「水を張る前にもう一回あそこでやってみまちゅか?」 「おう。そうと決まれば」 「人選でちゅねw」 二人は魔力と技術を備えた人物をピックアップして行く。 「宮内… は論外だな。向いてないし、あいつとコクピットにこもってもつまらんw」 「うひゃひゃ、ひどい言い様でちゅねw トータルバランスだと真田でちゅかね?」 「魔力も技術もいいレベルだが、特化してるし、キャパシティが残ってなさそうだ。何度か魔術を作り直しているあたりが不安要素だな。変な影響を与えたら申し訳ないし」 「成功すればかなりの出来になりそうなんでちゅけどねぇ。杉崎は私らとタイプが似てるんでちゅけど、その分、相性問題がでそうでちゅね」 「すでにディアボロスでかなり負荷がかかってるみたいだからなぁ。弓月、菅原、矢塩、メディアは最近会わないし…」 「教師陣は責任問題的な意味でダメでちゅよね。そーくんは魔力的に無理でちゅし」 「大野もなんかトラブってるみたいなんだよなぁ…」 「後は、七坂とルニャでちゅねぇ」 「七坂は人形師だし、魔力技術のバランスもいいが、例の人形の製作で、実家へ帰ってるな…」 「ルニャでちゅね」 「ルニャだなぁw」 「なんか、神にも悪魔にもなれるゴーレムになりそうでちゅよwww」 「むしろ、神も悪魔も滅ぼす無垢なる刃でwww」 「うひゃひゃwww」 後日、二人は笑い話になら無かったことを知ることになる。 クリスタル事件の直後、本人に依頼してみると、細かいところは説明しなかったが、ルニャは快く承諾してくれた。 常々思うのだが、何故この子はチャーハンに取り付かれてしまったのだろうかw そして、土方と頭脳派の神獣たちの昼夜を問わぬ術式の洗練作業が続く。 「細かいところはソニックフェザー(凱装の翼)で並列処理でちゅかね? 鳥子、何処まで行けまちゅか?」 「19… 専用の、フェザーを、増やす、べき」 「よし。予備込みで24枚それ用に増やすか。自動化して問題ないところは術式を分割して、マクロを組もう」 「主様、ならば2枚づつ組ませてハイマット形態のさらに先端に配置して、ゴーレムと直接接続してやれば、制御も楽なはずじゃ」 「分かった。凱装の変更をしておくよ。コクピット用の術式のほうは頼む」 「うむ、わらわに任せるがよい」 「だーりん、慣性制御用の術式なんだけどぉ~」 「虎子が頭脳派だったのにはビックリでちゅねwww」 「体の赴くままに振舞っても、いいのよぉ?」 「ゴメンでちゅ」 頭脳派に限らず、神獣たちの様々なアイディアが導入された術式は、実に巨大で壮麗なモノへと進化していった。 そして、運命の日。 「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!」 土方はルニャの箒に #25681;まって、垂直方向に物凄い勢いで上昇していた。 顕現させた際の衝撃波を防ぐため、空中で術式を行うのだ。 「このぐらいでいいかなー♪ どう、土方? あれ、もう降りてるね。気が早いなぁ!」 振り落とされただけである。 「まさか、超獣装で振り落とされるとは思わなかったなぁw ソニックフェザー全展開、ハイマット形態っと」 黒曜石と月長石の羽根が揚力制御のための形態に組み変わり、墜落状態から滑空状態に移行した。 片翼に黒の大きなバインダーが三枚、小ぶりの白いバインダーが三枚の、左右合わせて十二枚の石の翼が、小刻みにひねる様に可変しながら空気の流れを制御する。 「高度は十分。着地までに顕現させて、障壁を張る… キャストバインダー召喚、接続、術式の凍結を解除…」 さらに二十四枚の羽根がバインダーに連結し、羽根の発振する音がバインダーに共鳴して発光を開始、光り輝く十二枚の翼へと変化。 「よし、励起は完全だな。ラ・フォリア ヴィルトゥオーソ、詠唱開始…」 土方の詠唱に答え、詠唱翼(キャストバインダー)が術式を起動。多重かつ立体展開された光の魔法陣が形成される。 「…我が名において、汝を鍛造す。大地の化身、無垢なる力、我が呼び声に、答えよ機神!」 100m近い積層型立体魔法陣が土方の眼前に発現、巨大な土人形をその内部に召喚する。 押しのけられた大気が、大爆発にも似た衝撃波と轟音を発生して土方を激しく揺さぶる。 「くそ、気流を制御し切れんかっ!」 吹き飛ばされる土方を、高空から箒で真逆様に落ちてきたルニャがキャッチ。 慣性と人間一人分の重量をやすやすと片手で受け止める辺りが恐ろしい。 「すまん、助かる!」 「いいよー でも、あれなの?」 「言いたいことは分かるw 今から鍛え直すんだよ。呪文、覚えてきたか?」 「ばっちりだよ! 土方、本当は私のことバカだと思ってない?」 「そんなことは思ってないぞ。欠片も。でも、面倒くさがり屋だろ? 前にも…」 「土方、過去にこだわっちゃだめ。人の目が背中についてないのは、前を見て歩いていくためなんだよ!」 「左様でございますかw」 安定を取り戻し、再度滑空して自由落下中のゴーレムに取り付く。 その目が不安そうに光った。 「任せろ。今、生まれ変わらせてやる…」 「超絶美少女天使、ルニャちゃんにおまかせ、だよっ!」 追いついて着地し、謎のポーズを決めるルニャの台詞に、ゴーレムの目が光る。 涙の光かもしれない。恐怖の。 「よし、やるか。ルニャ、例の呪文たのむ」 「わかった。まかせといてー」 と、いいつつ何処からとも無くカンペを取り出す。 土方は凱装の仮面の下で苦笑いを浮かべながらも、合わせて詠唱を開始。 搭乗術式が起動すると、ゴーレムの胸元が発光して二人をその体内に取り込んだ。 「まっくらだね。幽霊とかでそうー」 「出ん出んw 魔術回路を繋ぐぞ」 「そうかなー 土方のボーリングが埋まっていた死体を取り込んでて、せっかく眠ってたのにーってでてくるかも?」 「術式的に無いよ。化石になってりゃ分からんがなぁw」 役割分担は土方が制御系を、ルニャが操作系と魔力炉の代用だ。 土方の背中の翼が発光を開始。その光に石の玄室のような空間が照らし出される。 翼から伸びた光が壁に突き刺さり、玄室に魔術紋様が張り巡らされていく。 「ルニャ、そこの魔法陣に立ってくれ」 「ここー?」 「違う、五芒星の奴」 「おっけー」 「よし、そっちも繋ぐぞ」 「んっ?」 ルニャが術式に接続された瞬間、玄室内の魔法陣がまるで太陽と見まがうような強烈な発光をした。 その小さな体の内に秘められた、出鱈目なまでの巨大な魔力が、魔術回路を焼き尽くさんばかりの勢いで流れ始める。 土方は暴れ馬にも似たその魔力を、必死で術式を補正しつつゴーレムの全身に流し込み、再構成していく。 ただの土くれに、魔術回路を焼きこむ。 最初に、制御系。 そして、伝達系。 運動系、感覚器、思考系、千を超える術式を、素早く、的確に。 同時に構成物質の再構成。 「土方、コクピットできたよ! 外の景色も見える。魔術ロボなのにけっこうメカメカしいねー」 振り向いたルニャは壁面に半ば取り込まれるようにして、必死に術式を行使している土方に気づく。 「うーん、一生けんめいだね。私も着地にそなえて集中してよー」 膨大な魔力を吸われながらも、ルニャは涼しい顔で映し出される外部映像を眺める。 大地までの距離は一万メートルを切ったようだ。 「だめだったら魔力障壁で土方ごと包めば平気かな? かな? 凱装着てるし平気だよね!」 術式は大詰めを迎える。 成分分析、分子レベルで選別し大理石とアイオライトを結合する。 土の人形に過ぎなかったその体は、素材の再構成により不要分を排除しながら、半透明の、青みを帯びたすみれ色に染まった強固なものへと生まれ変わる。 表面に呪紋が浮かび上がり、十重二十重に魔力障壁が展開されていく。 土の瞳が透き通り、レンズ状の器官としての瞳になり、まぶたが二、三度またたく。 その目は強い意志を持ち、眼下に迫る大地を見据えた。 「いよっしゃあーっ! ルニャ、障壁展開、対ショック防御!」 「おっけー!」 着地。 超重量の機体の生み出した衝撃が、大地をめくり上がらせながら吹き飛ばす。 その巨体を隠していた土煙が、風にあおられて、ゆっくりと薄れていく。 膝をついていたすみれ色の巨神が立ち上がる。 鋭い鋭角のラインで構成されたそのボディは、太陽の光に僅かに透き通り美しいきらめきを放っていた。 そして、仁王立ちをして腕を組み… 「ねぇ、土方。こういう時はロボットの名前を絶叫するのがこの国の風習だって聞いたんだけどー」 ポーズを決めたルニャが問いかける。 機体制御はモーショントレース方式で、ルニャの動きを忠実に再現していた。 「決めてない、まだw」 「そっかー まあ何はともあれ、お誕生日おめでとう、ロボ!」 楽しそうに笑うルニャに、巨神は瞳を光らせて答える。 中からは見えないけれど。 「そうだ! この子って中の人ー」 「ディーヴァ、だよ」 「歌姫? パイロットじゃないの?」 「魔術で動くからなw ここもコクピットじゃなくて奏室って呼ぶ。呪文を唱えるさまを、歌になぞらえて蛇子が命名したんだw」 「ふぅん、こだわりだねー で、中の人の魔術を使えるんだよね?」 「おう、かなりの増幅をしてくれるぞ」 土方の言葉に、ルニャは天使のようににっこり微笑んだ。 そういう趣味の無い土方でも思わず見とれるほどのいい笑顔だった。 「よぉし。それじゃお誕生日のお祝いに、チャーハン作るよ!!」 「へ?」 「いくよロボ! フライパンしょうかーん!」 高々と差し伸べられた巨神の左手に、黒々と輝く中華なべが握られる。 はっきり言って、かなりシュールな光景である。 「ちょwwwおまwww」 「チャーハンは火力がいのちだよ! ロボ、お願い!」 巨神がそれに答えて右手を掲げ、忠実にルニャの術式を実行した。 三十六軍団を率いる序列六十四番の地獄の大公爵フラウロスの、召喚者の敵を全て焼き尽くす力を数倍に増幅して。 __,, ======== ,,__ ...‐ ゙ . ` ´ ´、 ゝ ‐... ..‐´ ゙ `‐.. / \ .................;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;; ´ ヽ. ;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;................. .......;;;;;;;;;;゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙ . ヽ ゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙;;;;;;;;;;...... ;;;;;;゙゙゙゙゙ / ゙ ゙゙゙゙゙;;;;;; ゙゙゙゙゙;;;;;;;;............ ;゙ ゙; .............;;;;;;;;゙゙゙゙゙ ゙゙゙゙゙゙゙゙゙;;;;;;;;;;;;;;;;;.......;............................. ................................;.......;;;;;;;;;;;;;;;;;゙゙゙゙゙゙゙゙゙ ゙゙゙゙i;゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙;l゙゙゙゙゙ ノi|lli; i . .;, 、 .,, ` ; 、 .; ´ ;,il||iγ /゙||lii|li||,;,.il|i;, ; . ., ,li ; .` .; il,.;;. ||i .i| ;il|l||;(゙ `;;i|l|li||lll|||il;i ii,..,.i||l´i,,.;,.. .il `, ,i|;.,l;; `ii||iil||il||il||l||i|lii゙ゝ ゙゙´`´゙-;il||||il|||li||i||iiii;ilii;lili;||i;;;,,|i;, ,i|liil||ill|||ilill|||ii||lli゙/`゙ ´゙`゙⌒ゞ;iill|||lli|llii ;゙i|||||l||ilil||i|llii;|;_゙ι´゚゙´ 【おしまい】
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唐書巻一百六十五 列伝第九十 鄭余慶 澣 処誨 従讜 鄭珣瑜 覃 裔綽 朗 高郢 定 鄭絪 顥 権徳輿 璩 崔群 鄭余慶は、字は居業で、鄭州滎陽県の人であり、三代にわたって全員が顕官となった。鄭余慶は若い頃から文章をよくし、進士に及第した。厳震が山南西道節度使となると、奏上して幕府に置いた。貞元年間(785-805)初頭、朝廷に戻り、庫部郎中に抜擢され、翰林学士となり、工部侍郎知吏部選となった。僧侶の法湊が罪科によって民によって朝廷に訴えられ、御史中丞の宇文邈・刑部侍郎の張彧・大理卿の鄭雲逵に詔して三司とし、功徳判官の諸葛述とともに取り調べさせた。諸葛述は、もとは御史であったから、鄭余慶は諸葛述が卑賎の身でありながら、三司とともに職務にあたることはよくないと弾劾し、世間はその発言に同意した。 貞元十四年(798)、中書侍郎・同中書門下平章事(宰相)となった。奏上するたびに、多くは経書の義に付会した。普段から度支使の于䪹と親しく、概ね陳述することがあれば、必ず賛同したが、于䪹は事件によって罪とされて左遷された。またある年飢饉となり、朝廷は禁衛十軍に振給させることを朝議したが、中書省の史のために情報が漏洩した。二つの罪が積み重なったから、郴州司馬に貶された。 順宗は尚書左丞として召還し、憲宗が即位すると、そこで官を復して同中書門下平章事(宰相)を拝命した。当時、主書の滑渙が宦官の劉光琦とともに互いに助け合いながら悪事をしており、宰相が議して劉光琦の意向と異なることがあれば、滑渙が必ず派遣され、これによって四方の財貨が贈られ、弟の滑泳の官は刺史となった。杜佑・鄭絪は宰相であったが、その場しのぎで、杜佑は常に同僚のように行動して名声を落とした。鄭余慶が議すると、滑渙は傲然と諸宰相の前で指さしたから、鄭余慶は叱って去らせた。しばらくもしないうちに、宰相を罷免されて太子賓客となった。後に滑渙が収賄で失脚すると、帝は次第に叱って去らせていた事を聞いて、これをよしとした。国子祭酒に改められ、吏部尚書に遷った。 官医の崔環なる者が、淮南小将から黄州司馬に任命されたが、鄭余慶は執奏「諸道散将で功なく五品の正員を受けるのは、僥幸の道を開くことになり、よくありません」と奏上したから、権力者は喜ばず、太子少傅、兼判太常卿事に改められた。朱泚の乱から、都から天子がたびたび離れたから、太常寺では楽の練習に鼓を用いるのを禁止していた。鄭余慶は当時長らく平和であったから、旧制に戻すよう奏上した。京師から出されて山南西道節度使となった。京師に入って太子少師を拝命し、老年によって辞退を願ったが、許されなかった。 当時しばしば恩赦や叙任があり、官位は多くなっていた。また帝が親郊すると、祭祀に陪従する者に三品・五品を授け、数えられないほどであった。節度使・都督符・諸蕃の役人が、軍功によって朱紫の衣とそれに相当する官位を賜う者は十人のうち八人に及び、近臣が任官された時の謝日や、郎官が使者として派遣される際に、多くの者が賜与された。朝会ごとに、朱紫の者が朝廷に満ち溢れ、緑を着る者は少なかった。官位・服制は非常に乱れ、このような状態だったから人々は官位・服制を貴いものだとは思わず、帝もまた嫌ったから、始めて鄭余慶に詔して改定案を列挙・奏上させた。尚書左僕射に遷った。僕射はその頃は任命される者がおらず、鄭余慶が宿老であるから任命されたが、世間の論調はゆったりとして帰服した。帝は法典が乱れているのを心配し、鄭余慶は昔の事に精通しているからと言い、そこで詔して詳定使となり、参酌・訂正させた。鄭余慶は韓愈・李程を引き立てて詳定副使とし、崔郾・陳佩・楊嗣復・庾敬休を判官とし、概ね礼典の増減を、詳衷と号したのである。 にわかに鳳翔尹を拝命し、鳳翔節度使となった。再び太子少師となり、滎陽郡公に封ぜられ、判国子祭酒事を兼任した。建言して「戦争勃発してから、学校は廃止され、諸生は離散しました。今、天下は泰平です。臣は願わくば、文吏の月俸を百分の一をとって、学校修復の資財にあてたいと思っています」と述べ、詔して裁可された。穆宗が即位すると、検校司徒を加えられた。卒した時、年七十五歳であった。太保を追贈され、諡を貞という。帝は鄭余慶の家が貧しかったから、特に一月分の俸給を給付して香典とした。 鄭余慶は若い頃から勉学に研鑽し、行いは清らかであった。四朝に仕え、俸禄はすべて親しい者に施し、ある時は人の危機を助けて、自らは貧困に甘んじた。官位が昇進しても開けっ広げであり、常に人に「禄が親友に及ばないのに下僕や妾が裕福なのは、私は卑しいと思う」と語った。大抵、内外の者が婚姻するとき、その礼献はすべて自ら見ていた。弟子が謁見を願い出ると、必ず引見し、経義をよくわかるように繰り返し教えさとし、儒学を成就させた。至徳年間(756-758)以後、方鎮に任命された者は、必ず宦官を派遣して幢節を持たせて邸宅に赴かせ、宦官がやって来ると多くの金帛を贈り、それによって天子に媚び、ただ贈り物が厚くないのを恐れ、そのため一使者は数百万緡を納めるに至ったのである。憲宗は鄭余慶に命じるごとに、必ず使者を戒めて「この家は貧しいから、むやみに求め取ってはならんぞ」と言った。議する者は自分の立場を考えず名誉を求めるものであるとしたが、鄭余慶はそうする値打ちがないとした。奏上・議論などの際には古語を用い、「給付を県官に仰ぐ」・「馬万蹄」のようなものは、役人には全く何を言っているのかわからず、人々はその不適切さを避難した。従父の鄭絪とともに家は昭国坊にあり、鄭絪の邸宅はその南にあり、鄭余慶の邸宅は北にあったから、世間では「南鄭相」・「北鄭相」と言ったという。子に鄭澣がいる。 鄭澣は、本名は鄭涵で、文宗の旧名を避けて改名した。進士に及第し、累進して右補闕に遷った。直諌して遠慮がなかったから、憲宗は鄭余慶に向かって「鄭涵は、卿の令息であるが、朕の直臣でもある。さらにめでたいことだな」と言った。起居舎人・考功員外郎に遷った。当時、刺史はあるいは吏下に迫って功愛を記録し、鄭涵は観察使がその詐称を隠蔽していいるのを責めることを願った。鄭余慶が僕射となると、避けるために国子博士・史館修撰に任命された。 文宗が即位すると、翰林に入って侍講学士となった。帝は経史を蒐集させて要録とし、その博学かつ精密であることを愛され、試しに諸条をあげて質問を投げかけると、質問にしたがって直ちに返答し、答えはとどまることなかったから、そこで金紫服を賜った。尚書左丞に累進し、京師から出されて山南西道節度使となった。それより以前、鄭余慶は興元府にあって学校をつくり、鄭澣は継いで完成させ、生徒を教え、風化は大いに行われた。戸部尚書に任命されて召喚されたが、まだ就任する前に卒した。年六十四歳。尚書右僕射を追贈され、諡を宣という。 四子がおり、鄭処誨・鄭従讜が最も名を知られた。 鄭処誨は、字は廷美で、文章に抜きんでて秀でていた。仕えて刑部侍郎・浙東観察使・宣武節度使となって卒した。これより以前、李徳裕が『次柳氏旧聞』を著したたが、鄭処誨は詳しくないと言って、さらに『明皇雑録』を撰述し、そのため当時盛んに伝えられた。 鄭従讜は、字は正求である。進士に及第し、校書郎に補任され、左補闕に遷った。令狐綯・魏扶は皆父鄭澣の門下生で、そのためしばしば引き立てられて昇進し、中書舎人に遷った。咸通年間(860-874)、吏部侍郎となり、官吏の選抜任用は厳正であった。京師から出されて河東節度使となり、宣武軍節度使に遷り、その善政は最も評判がよかった。嶺南東道節度使に改められた。これより以前、林邑蛮が侵入し、天下の兵を召集して援軍を派遣しようとしたが、たまたま龐勛の乱がおき、また援軍が派遣されなかったが、北の兵は寡弱であった。鄭従讜は土豪を募り、その酋を右職に任じ、結束させて互いに防御させたから、交州・広州は安定した。 僖宗が即位すると、召喚されて刑部尚書となった。しばらくして、同中書門下平章事(宰相)に抜擢され、門下侍郎に昇進した。沙陀都督の李国昌が辺境にて多くの災難を引き起こし、侵入して振武・雲朔等の州によって、南は太谷を攻略した。河東節度使の康伝圭は大将の伊釗・張彦球・蘇弘軫を派遣して兵を率いて防御したが、戦いはしばしば負け、康伝圭は蘇弘軫を斬って全軍に布告した。張彦球は部族を率いて背き、康伝圭を攻めて殺し、府庫を掠奪して乱をおこした。朝廷は憂いとし、帝は大臣に職務権限を与え、そこで鄭従讜を検校司徒とし、宰相の秩によって再び河東節度使、兼行営招討使となり、詔して自ら補佐を選ばせた。鄭従讜はそこで上表して長安県令の王調を自身の副官とし、兵部員外郎の劉崇亀・司勲員外郎の趙崇を節度観察府判官とし、前進士の劉崇魯を推官とし、左拾遺の李渥を掌書記とし、長安県の尉の崔沢を支使とし、全員一挙に選ばれた。京師の士人は太原を小朝廷に比して、才能ある人物を多く得たと言っていた。当時、軍乱をうけ、掠奪は日に日に激しくなっていった。鄭従讜が職務にあたると、悪者は隠れようとする思いを失い、そこで反賊を逮捕し、その首謀者を誅殺した。張彦球は普段から善人であり、また才能は任命すべきものがあったから、釈放して罪を問わず、軍を付属させ、明らかに他の疑いはなかったから、そのためその死力を得ることになった。彼の凶族の大悪はあえて暴かず、暴いてもまたたちまち従わせたから、士は皆恐れて平伏した。 たまたま黄巣が京師を占領し、帝は梁・漢に留まり、鄭従讜に詔して配下の軍を北面招討副使の諸葛爽の指揮下として討伐させた。鄭従讜は団士(民兵)五千で、将の論安を派遣して諸葛爽に従わせた。しかし李克用は太原の隙に乗ずるべきだと言って、沙陀の兵を突然その地に入らせ、汾州の東に立て籠もり、賊を討伐すると釈明し、何度も煩わしく催促した。鄭従讜は酒食で軍をねぎらい、李克用は遠くから「自分はまさに南に向かおうとしているが、願わくは貴君に一言申し上げたい」と言うと、鄭従讜は城壁の上に登り、感慨深そうにして、功を立てて天子の厚恩に報いさせようと言うと、李克用は言葉につまり、再拝して去った。しかし密かにその部下を放ってほしいままに掠奪させ、そのため人心は怨みに思った。鄭従讜は論安に追撃させ、将の王蟾・高弁らとともに最後尾を攻撃させ、また振武軍の契苾通が到着して合流し、沙陀と戦い、沙陀は大敗して引き返した。そこで論安らを派遣して北百井鎮に駐屯させたが、論安は勝手に帰還したから、鄭従讜は諸将と合わせて、論安を連れてくるよう命じて、これを鞠場で斬った。中和二年(882)、朝廷は沙陀を赦し、賊を撃たせて自ら贖わせることとなったが、兵はあえて太原を通過せず、嵐州・石州より河に沿って南下し、ただ李克用のみは数百騎を従えて通過し、城下で挨拶し、鄭従讜に名馬・器幣を贈って去った。翌年、賊が平定されると、李克用に詔して鄭従讜に代わって河東節度使を領することとなった。李克用の使者がやって来て「親がいる雁門によってから赴任するから、公はゆっくりと行かれるがよい」と述べたが、鄭従讜は即日、監軍の周従寓を知兵馬留後とし、掌書記の劉崇魯を知観察留後とし、李克用が到着すると、帳簿を確認して実証し、その後鄭従讜は行った。 黄巣軍が兵糧が少なくなって掠奪を行っており、鄭従讜は間道から絳州に走ったが、並走する道は塞がって不通となっており、数か月して、召喚されて司空を拝命し、再び宰相となり、太傅兼侍中に昇進した。帝に従って興元府に到着したが、病によって骸骨(辞職)を乞い、太子太保を拝命したが、邸宅に戻って卒した。諡を文忠という。 鄭従讜はいつも礼法があり、性格は自慢したり傲慢であったりするようなことなく、冷静沈着で策謀に秀でた。汴州にいる時、兄の鄭処誨が在任中に没したが、任期が終わるまで節度使軍中で音楽を演奏しなかった。陸扆を知って弟子とし、しばしば褒め称えたが、陸扆は後に宰相の位についた。張彦球は、誠実でうまく処置し、何度も敵を破って功績があり、奏上して行軍司馬とし、後に金吾将軍に任じられた。それより以前、盗賊が中原に流れ、沙陀は強く剽悍であったが、しかしついに用いるようになったのは、思うに鄭従讜が太原の重鎮となったからであろう。当時、鄭畋は宰相の地位のまま鳳翔節度使となり、檄文を発して賊を討ち、両人の忠義は相並び、賊は最も憚り、「二鄭」と名付けたという。 鄭珣瑜は、字は元伯で、鄭州滎沢県の人である。若くして父を失い、天宝年間(742-756)の安史の乱に遭い、隠れ住んで陸渾山で耕し、母を養い、州の政務に関わらなかった。転運使の劉晏が奏上して寧陵県・宋城県の尉に補任され、山南節度使の張献誠が上表して南鄭県の丞としたが、すべて謝して応じなかった。大暦年間(766-779)、諷諌主文科を優秀な成績で及第し、大理評事を授けられ、陽翟県の丞に任じられ、抜萃科に及第して万年県の尉に任命された。崔祐甫が宰相となると、左補闕に抜擢され、京師から出されて涇原帥府判官となった。京師に入って侍御史・刑部員外郎を拝命したが、母の喪によって解職した。喪があけると、吏部に遷った。貞元年間(785-805)初頭、詔して十省の郎を選んで畿内・赤県を治めさせることとなり、鄭珣瑜は検校の本官で奉先県令を兼任した。翌年、饒州刺史に昇進した。京師に入って諌議大夫となり、四遷して吏部侍郎となった。 河南尹となった。まだ境に入って赴任する以前に、徳宗の降誕日となり、河南尹では馬を献上しようとし、吏は赴任前に河南尹の印を使い、鄭珣瑜に許可を得てから実行し、なおかつ宮廷に献上しようとした。鄭珣瑜はおもむろに「まだその官となる前ににわかに献上するようなことは、礼だといえるだろうか」と言って聴さなかった。性格は厳重で言葉は少なく、今まで私事で他人を利用したことはなく、また他人もまたあえて鄭珣瑜に面会して私事をしようとしなかった。河南に到着すると、安静となって下々への恵みとなり、価格が安いときに暴落を防ぐために買って保存しておき、価格が高くなったときに、高騰しすぎないように保存しておいたものを売ることによって物価の安定を図って民の便とした。まさにこの時、韓全義が兵を率いて蔡州を討伐し、河南は主に兵站を担い、鄭珣瑜は密かに陽翟県に蓄えをし、官軍に給付し、百姓は運送の労役を味わうはめにならなかった。おおむね勅使を送迎するのに、いつも決まった場所があり、吏は密かにその馬が数歩も用いたことがないのを知っていた。韓全義は監軍とともに別に檄文して馬を使おうとしたが、詔ではないから、鄭珣瑜は檄文を壁に掛けて馬を使わせなかった。討伐が中止になるまで、およそ数百にも及んだ。ある者が諌めて、「軍は当然機会は急を要するものであるのに、公は回答すべきではなかったのではないか」と言ったが、鄭珣瑜は、「武士は軍を率いており、多くそのことを恃んで強制してきた。いやしくもこれを罪とするであれば、尹がこれを罪とすべきである。万人をして禍いを産むことをなさないのである」と言い、そのため部下は恨み言を言う事はなかった。当時、河南尹としての治世は張延賞に匹敵すると評され、重厚堅正さについてはそれに勝るとされた。 再び吏部侍郎の職をもって召喚され、門下侍郎・同中書門下平章事(宰相)に昇進した。李実が京兆尹となり、収奪して進奉につとめたから、鄭珣瑜は表立って詰め寄って「留府の緡帛の入りは最初からあるもので、ほかは度支が担当すべきものである。今の進奉というのは、一体どういったところから出てきたものなのか」と言い、詳細にそのように奏上した。李実は当時帝の寵幸を得ていたが、どっちつかずとなり罷免された。 順宗が即位すると、そこで吏部尚書に遷った。王叔文が州吏から翰林学士・塩鉄副使となり、宮中では宦官と交わり、政務を乱した。韋執誼が宰相となり、宮中の外にあって奉行した。王叔文はある日中書省にやって来て韋執誼と面会しようとしたが、担当の吏が「宰相は会食の最中で、百官は面会できない」と言ったから、王叔文は怒り、吏を叱りつけ、吏は走って入って申し上げると、韋執誼は立ち上がり、閣にて王叔文とともに語った。鄭珣瑜と杜佑・高郢は食事を止めて待っていた。しばらくして吏が「二公は一緒に食事している」と言ったから、鄭珣瑜は歎いて「私はまたここにいるべきなのか」と言い、左右に命じて馬で帰り、家の臥って七日間出て来ず、罷免されて吏部尚書となった。またその時病となって、数か月で卒した。年六十八歳。尚書左僕射を贈位された。太常博士の徐復が諡を文献としたが、兵部侍郎の李巽が「文は、天地を治めることである。二字の諡は、『春秋』の正ではない。改めて議論することを願う」と言い、徐復は「二字の諡は、周・漢以来存在する。威烈・慎静は周代のものである。文終・文成は漢代のものである。ましてや鄭珣瑜は名臣で、二字の諡を嫌がることはなかろう」と言った。李巽は「諡は一字なのが正しいので、堯・舜がそれである。二字の諡は古の制度ではなく、法では載せられていない」と言ったが、詔して徐復の議に従った。子に鄭覃がいる。 鄭覃は、父の蔭位によって弘文校書郎に補任され、諌議大夫に抜擢された。憲宗が五人の宦官を和糴使とすると、鄭覃は上奏して罷めさせた。 穆宗は即位すると、国政を心配せずに、しばしば遊興に耽った。吐蕃が強勢となった。鄭覃と崔郾らと朝廷で「陛下が新たに即位されてから、身を入れて政務に勤められるべきですが、しかし宮中では宴に耽って喜ばれており、外では遊戯・狩猟を楽しまれています。今吐蕃が辺境にあって、中国の隙を狙っており、緊急であってもそうでなくても、臣下は陛下の所在を知らず、なにかあって敗れないことがありましょうか。金や絹の出処は、もとより民の血と汗であり、俳優がこれといった功績がないのに、むやみに賜わるようなことをすべきでしょうか。願わくば節度をもって用いられ、余剰分は辺境の防備の資とし、役人に重ねて百姓から取り立てさせるようなことがなければ、天下の幸いなのです」と言ったから、帝は喜ばず、宰相の蕭俛を振り返って、「こいつらは何者か」と尋ねると、蕭俛は「諌官です」と答え、帝は思いを理解し、そこで「朕の欠点を、下の者がよくすべて正すのは、忠である」と言い、鄭覃に勅して「宮中でとくに忠誠がなく、後で私のためであるというような者があれば、ただちに卿と延英殿で引見させよ」と言い、当時宮中での奏上は久しくなくなっていたが、ここに至って士は互いに喜びあった。 王承元が鄭滑節度使に任じられるも、現任の鎮の人たちは固く留めて出さなかった。王承元は朝廷の重臣にその軍を慰労させることを要請し、鄭覃に詔して宣諭使として、起居舎人の王璠を副使とした。それより以前、鎮の人は非常に傲慢であったが、鄭覃が詔を伝えると、大義につとめることに開眼し、軍はついに鎮まり、王承元はそこで去ることができた。 宝暦年間(825-827)初頭、京兆尹に抜擢された。文宗は召喚して翰林侍講学士とし、工部侍郎に昇進した。鄭覃は経術に該博であり、人情があつく篤実で正道を守り、帝は最も重んじた。李宗閔・牛僧孺が宰相となると、鄭覃が李徳裕と親交があり、その親近の者が助力することを嫌い、表向きは工部尚書に昇進させながら、侍講を罷免して、遠ざけようとした。帝は常に向学の人で、大変鄭覃を慕い、再び召寄せて侍講学士とした。李徳裕が宰相となると、鄭覃を御史大夫とした。帝はかつて殷侑がよく経を述べるから、その人となりを鄭覃に匹敵すると述べていた。李宗閔はみだりに「二人は本当に経に通じていますが、その議論はとるに足りません」というと、李徳裕は「鄭覃・殷侑の言うことは、他の人は聞きたいとは思わないでしょうが、ただ陛下は聞くべきなのです」と言った。にわかに李徳裕が罷免されると、李宗閔は再び用いられ、鄭覃を戸部尚書より秘書監に左遷した。李宗閔が罪を得ると、刑部尚書に遷り、尚書右僕射、判国子祭酒に昇進した。李訓が誅されると、帝は鄭覃を召寄せて詔して禁中を視させ、遂に同中書門下平章事(宰相)となり、滎陽郡公に封ぜられた。 文章を好まず、進士の浮ついた虚構を嫌い、進士科の廃止を建言した。「南北朝が収まらなかった理由は、文章の才能というのが人間の質朴さや誠実というのを上回ったからです。士が才能を用いるのに、どうして必ず文章によらなければならないのでしょうか」と述べ、また「文人の多くは軽薄です」と述べた。帝は「純情であったり酷薄であったりするのは、生まれ持った才能によるのであって、どうして進士に限ったことであろうか。またこの進士科を設置してから二百年になるが、どうして改めるべきなのか」と言うと、そこで沙汰止みとなった。帝はかつて百官が一日も怠けるべきではないと言って、そこで香炉机を指さして「これははじめ精美であったが、長らく使っているうちに輝きを失っている。磨かなければ、どうして最初のように戻ろうか」と言ったが、鄭覃は「世の中の弊害を救うにはまず根本を責めることにあります。近頃皆職務にあたらず、王夷甫(西晋の王衍)を慕うようになり、馬鹿にして職務にあたらないのです。これが治世が平和で人々が無事でのんきでいられる理由なのです」と言ったから、帝は「君に法令に慎ませる必要があるだけだな」といい、門下侍郎・弘文館大学士に昇進した。 帝は延英殿に御座して詩の良し悪しを論じ、鄭覃は「孔子が抜粋したのは、三百篇で、それが常に正しくなければ、どうして天子の道となすに足りましょうか。「国風」や「大雅」「小雅」は、すべて下の者が上の変事を風刺するもので、上が下の者を教化するためのものではありません。そのため王者は詩の内容をつかみとり、これによって風俗の得失を考えたのです。陳の後主や隋の煬帝のように、特に詩の章句をよくしましたのに、王者の治術を知らないようなものは、そのためついに反乱がおこることになったのです。詩編を少しばかりできるなどとは、願わくば陛下がご採用されませんように」と述べた。 帝は事あるごとに「順宗の事績は詳細ではないが、史臣の韓愈はどうして当時人に屈していたのだろうか。昔、漢の司馬遷は「任安に与える書」で、文章は多く怨みで答えており、そのため「武帝本紀」に多く実を失ったのだ」と言っていたらが、鄭覃は「武帝の治世中、大いに軍事を辺境でおこし、生ける者は消耗し、府庫は枯渇したので、司馬遷が述べるところは過言ではありません」と言い、李石は「鄭覃が申したところは、武帝に因んで諌めたもので、陛下には終に盛徳を究められますように」と言った。帝は「本当にそうだな。事のし始めは盛大であっても、その勢いを持続して完遂できる人は少ない」と言い、鄭覃は「陛下は書を読むのを楽しまれますが、しかし根本の意義は一・二しか理解されていません。陛下が仰せになったことはこれなのです。寝食にわたってこれを行わなければなりません」と言った。 鄭覃はすでに名儒として知られ、そのため宰相が国子祭酒を兼領した。鄭覃は太学に五経博士を置き、禄は王府の官に準じて給付することを願い出た。再び太子太師に遷った。開成三年(838)、旱魃となり、帝は多くの宮人を宮中から出したから、李珏が祝辞を述べて、「漢の制度では、八月に人を選び、晋の武帝は呉を平定すると、採用者を多くしました。仲尼(孔子)が「いまだ徳を好む(こと色を好むが如くなる)者を見みざるなり」と言いましたように、陛下は益がないものを追放しましたが、これは盛徳です」と言い、鄭覃もまた褒め称えて後押しし「晋は採用の失敗のため、天下をあげて夷狄の習俗に陥るはめになりました。陛下はこれを鑑とすべきです」と言い、帝は美点を助けるのを善とした。病によって宰相の位から去ることを願い出て、詔して太子太師のみ解任され、五日に一度中書省に入ることを聴され、政務に推し量らせた。にわかに宰相を罷免されて尚書左僕射となった。武宗が即位した当初、李徳裕が再び宰相に任用されると、鄭覃の助けを得て共に政務に当たりたいと望まれたが、固辞し、そこで司空を授けられ、致仕し、卒した。 鄭覃は清く正しく、倹約家かつ謙譲な人物であり、人に取り入ったことはなかった。位は宰相となったが、邸宅は加飾せず、内には妾や側室がいなかった。娘孫が崔皋と結婚したが、崔皋の官は九品衛佐程度で、帝は権家と婚姻しなかったことを重んじた。鄭覃が侍講となると、通常の礼節・習慣に厚く、ご機嫌取りを斥けるよう再三天子のために申し上げ、そのためについに宰相となった。しかし悪を憎んで受け入れられないことが多く、世間は大変な欠点だと思って憚った。当初、鄭覃は経籍が損壊して錯簡があるのに、博士の知識や考えが浅く狭くて正しくすることができないから、建言して、「願わくば、学識が該博な人と共に力をあわせて公刊し、漢の旧事に準じて石を削って太学に設置し、万世の法として示したく思います」と述べ、詔して裁可された。鄭覃はそこで周墀・崔球・張次宗・孔温業らと上表してその文を正し、石に刻んだ。子に鄭裔綽がいる。 鄭裔綽は、高くそびえ立っては父の風があり、一門の蔭位によって昇進し、李徳裕の知遇を得て、渭南県の尉に抜擢された。直弘文館となり、諌議大夫に遷った。宣宗の即位当初、劉潼が鄭州刺史から桂管観察使を授けられたが、鄭裔綽は「劉潼は責められてからまだ長いことたっておらず、観察使とすべきではありません」と論陣を張り、帝はすでに使者を派遣して詔を行き渡らせようとしていたが、追って取り止めとした。給事中に遷った。楊漢公は荊南節度使となると、貪欲さを罪とされて秘書監に貶されたが、ついで同州刺史を拝命した、鄭裔綽は鄭公輿とともに制書を封還した。帝は即位してから、諌臣からの規正を納れなかったことはなかった。ここに至って、楊漢公の赴任地は、遂に変えられなかった。たまたま宴を禁中で賜い、天子は撃球して、門下省にやって来たが、二人に向かって、「近ごろ楊漢公の事を論じたのは、朋党に類する者だ」と言うと、鄭裔綽は、「同州は、太宗が王地を興しました。陛下はその人の子孫となって、任命を慎重にしなければなりません。また楊漢公は罪とされて官を貶されたのに、どうして重要な地を私にするのでしょうか」と言うと、帝は顔色が変った。翌日、商州刺史に貶された。当時、衣服は緑色であったが、そこで詔して緋魚を賜った。後に秘書監から浙東観察使に遷り、太子少保で終わった。鄭覃の弟に鄭朗がいる。 鄭朗は、字は有融で、始め柳公綽の山南東道節度使の幕下に任じられ、京師に入って右拾遺に遷った。開成年間(836-840)、起居郎に抜擢された。文宗は宰相と政治を議論しており、その時鄭朗に史臣として議事録をとっていたが、鄭朗に向かって「もしかして議論の内容を記録しているのか。朕に見せてくれ」と言ったが、鄭朗は、「臣が筆をとって書いているものは史です。故事では天子は史を見ないことになっており、昔太宗が見ようとしましたが、朱子奢が、「史は善を隠さず、悪を忌むことはありません。凡庸な君主より下であれば、あるいは非を飾って失敗から自らを守ろうとして見るなら、そうすれば史官は自ら守るすべがないので、またあえて直筆しないでしょう」と言い、褚遂良もまた「史には天子の言動を記録し、非法であっても必ず書くのは、自ら戒めとされることを願うからです」と言っています」と述べたから、帝は喜び、宰相に向かって「鄭朗は故事を援用して、朕に起居註を見させなかったが、よく職を守る者というべきである。しかし人君の行いは、善も悪も必ず記し、朕は平日の言動が治礼にかなっていないために、将来の恥となるのを恐れるのである。一見したいと願うのは、自ら改めることができると思うからである」と述べたから、鄭朗は遂に史を見せた。 諌議大夫に累進し、侍講学士となった。華州刺史によって、京師に入って御史中丞・戸部侍郎を拝命した。鄂岳観察使・浙西観察使となり、義武軍節度使・宣武軍節度使の二節度使に昇進した。工部尚書判度支・御史大夫を経て、再び工部尚書・同中書門下平章事(宰相)となった。宦官の李敬寔が、鄭朗が騎乗していたのを避けずに馳せ去り、鄭朗はその事を上奏した。宣宗が李敬寔を詰問すると、自ら供奉官であるから道を避けなかったと弁明したが、帝は「我が命を伝えるのに道を閉ざして行くのが許されるというのなら、私的に出たときも、宰相を避けないのか」と言い、ただちに李敬寔を追放した。右拾遺の鄭言なる者は、もとは幕府にいたが、鄭朗は鄭言が諌臣であるから宰相らと得失を議論させようとしたが、鄭言は議論しなかったからその職を廃し、奏上して他の官に遷した。しばらくして、病によって自らの免職を願い出て、太子少師となった。卒して、司空を追贈された。 それより以前、鄭朗が進士に推挙されると、人相見が「君は貴くなるだろう。しかし進士科に及第しては駄目だ」と言ったが、にわかに役人が鄭朗を第一位に抜擢したが、再審議が行われて試験資格を失うと、人相見は「これでよし」と祝った。その後果たして宰相となった。 高郢は、字は公楚で、その先祖は渤海より衛州に移り、遂に衛州の人となった。九歳にして『春秋』に通暁し、文章を巧みにし、「語黙賦」を著し、諸儒はこれを称賛した。父の高伯祥は好畤県の尉となり、安禄山が京師を陥落させ、殺されるところであったが、高郢は幼い身で衣を脱いで身代わりとなることを願うと、賊はこれを義とし、二人とも許された。 宝応年間(762-763)初頭、進士に及第した。代宗が太后のために章敬寺を造営すると、高郢は白衣の身でありながら上書して諌めた。以下に述べる。 「陛下の大孝は心によって、天とともに極まることなく、諸々の思いは、これ以上ではありません。臣が思いますに、力を尽くして菩提を弔うことは、本当に有益なことではありますが、時を妨げて人からかすめとることは、損なわせることになってしまうのです。舎人が寺に行ったところで、何の福なぞありましょうか。昔、魯の荘公が桓公の廟を丹塗りして垂木に彫刻を施したのを、『春秋』はこれを書いて非礼としました。漢の孝恵帝・孝景帝・孝宣帝は郡国の諸侯に高祖・文帝・武帝の廟を建立させましたが、元帝の時代になると、博士・議郎とともに古礼を考察して、すべてやめさせました。廟であってもなお礼を越えて建立せず、ましてや寺は宗廟が安んじる場所ではなく、神霊がお住まいになるところでしょうか。万人の力を尽くし、一切の報いを求めても、それはできないことは明白なのです。 近頃、戦乱は非常に盛んで、生ける者をおかし、百姓は恐れおののいて、毎日心配しない日はありません。将軍を派遣して迎え撃たせましたが、尺寸の功績すら潰え、隴外の田地は、悪人どもの手に委ねられたのです。太宗が起された艱難の業は、陛下に伝えられましたが、すべては得られず、尺土は侵され、偉業がなされても、なお欠があることを恐れるのです。ましてや武力が用いられてから十三年、負傷者は救護されず、死者は収容されず、兵を補充して軍に送り込んでいるにも関わらず、今でも終わりがありません。軍をおこすこと十万、毎日の戦費は千金となり、十三年にもなり、百万人を動員しても、資材や糧食、必要消耗品は、人に満足に行き渡って、疲労を回復できるのは、十人中に一人にも満たないのです。父子兄弟は、互いに気が晴れないのを見て、口やかましく渇望して、王命に従うのです。たとえ宮中から出費して寡婦に給付することができないのでしたら、疲弊からようやく休ませて慰撫しなければなりません。敵がまだ平定されておらず、侵略された土地はいまだに回復しておらず、金革の甲冑はいまだにしまい込めず、人を疲れさせているのにいまだ慰撫せず、太倉には一年中の儲えがなく、大農家には榷酤(酒専売)の弊害があるのに、どうしてこの時に寺院造営の力役をおこそうとするのでしょうか。この頃、八月に雨は満足に降らず、豆と麦の収穫の機会を失い、老農夫は気にして、心配で満足に食べられません。もし給付されないようなことがあったならば、どうやって救えましょうか。寺がなくても問題ありませんが、人がいなくなっても問題ないといえましょうか。しかしながら土木の勤めや、役立つための費用は、府庫を消耗させていますが、どうして寺院造営を行うべきでしょうか。府庫はすでに枯渇していますが、そのためまた苛斂誅求した場合、もし人が命に耐えられなければ、盗賊が互いに支援しあって勃興し、戎狄は隙に乗じるので戦乱となりますが、陛下が深く心配せずにおれましょうか。 臣は次のように聞いております。聖人は天命を受けるや、人を主とし、いやしくも天を救う勲功によって、天と人とが協和し、そこで宗廟は福を受け、子孫は恩恵をこうむるのです。『伝(孝経)』に「徳教を民草に施し、則として背くこと無し。これを天子の孝という」とあり、また、「なんじが祖先に思いを馳せ、その徳を修むべし」「上帝の福禄を受けるや、子孫にまで及ぶ」とあり、これによって王者の孝は、天地に遵奉し、父祖を天に配して祀り、徳教に慎み、それによって万民に臨むということを知るのです。四海の内をして、喜んで祭祀に助力させ、王朝の生命を引き伸ばし、永遠にしてつきることがないようにさせるのです。仏寺を崇めて建立し、金や玉を飾り立てるのが孝行者であるとは聞いたことがありません。夏の禹王は宮殿をいやしんで、力を尽くして水利事業に勤しんだから、人々は今に至っても称賛するのです。梁の武帝は土木に尽くして、塔や廟を飾りましたが、人々からの称賛はありませんでした。陛下は費用を節減して人を愛され、夏后(夏)と名声を等しくされるべきであって、どうして必ず人を労して多くの人を動かし、梁の武帝の遺風を継ぐことがありましょうか。また建立したばかりなので、費用はまだ知れており、人々は力を図るのを貴ぶのであって、必しも完成を貴ばず、事は時と相応することを貴び、必ず成し遂げることを貴ぶということはありません。陛下がもし思慮をめぐらせ、人心に従うのなら、聖徳にして孝思ぶりは天地にいたり、千や万の幸福は前後に受けるのです。かつてこれが一寺を建立する功徳と較べられることがあったでしょうか。」 奏上してまだ返答がある前に、再び上言した。 「王者が何かをし、何か行動に出ようとする時は、必ず多くの人々の意見を聞いて人々に従うものですが、そうすれば自然の福は、求めなくてもやって来るもので、未然の禍いは、避けなくても絶えるのです。臣は以下のように聞いております。神人には功績がないというのは、功績があることを功績とはしないからであり、聖人には名誉がないというのは、名誉があるというのを名誉とはしないからです。功績があるのに功績としないのは、そのため功績は大きくはなく、名誉があるのに名誉としないのは、そのため名誉は多くはないのです。古の明王は善行を積んで福を招き、財を費やさずに福を求め、徳を修めて禍を鎮め、人に労役させずに禍を祓うのです。陛下の造営は、臣は密かに戸惑うばかりです。もし功績を以てすれば、天は万物を覆い、地は万物を載せ、陰気が散って陽気が展開し、いまだかつてできたことはありません。もし名誉を以てすれば、この上ない徳行と最も大切な道徳によって、天下を従え、いまだかつてなかったことです。もし福を招くを以てすれば、神明に通じ、四海に輝き、財産を費やすことはありません。もし禍を祓うを以てすれば、まさにその徳につとめ、天災はおこらず、人に労役させることはありません。今、造営事業は催促され、人夫は召集されて、土木事業は並行して進められ、日々一万もの工夫を動員し、食事休憩する暇もなく、笞によって痛みを訴える声が道路に充満しているのです。これによって福を望んでいるというのは、臣には恐れながらそうではないと思うのです。陛下は多難を平定され、政務に励まれ、行いは寬仁に勤められておりますことは、天下にとって幸いであると存じます。今はもとより群衆の心とは異なっており、左右の者の間違った計画にしたがっておられるのが、臣は密かに陛下のために残念に思うことです。」 受け入れられなかった。 茂才異行科に好成績で及第し、咸陽県の尉に任じられた。郭子儀が採用して朔方掌書記となった。郭子儀は判官の張曇に怒り、死にあたると奏上したが、高郢は救命に尽力したから、郭子儀の意にそむき、左遷されて猗氏県の丞に遷された。李懐光は引き立てて邠寧府を補佐させた。李懐光は河中に帰ろうとした際、高郢は乗輿を西に迎えるのにこしたことはないと勧めたが、李懐光は背いていたから怒り、許さなかった。既に李懐光はまた全軍を西に進軍させた。当時、渾瑊が孤立した軍を率いて賊に抵抗していたが、諸将は集まっていなかった。高郢は李懐光に乗じられることを恐れ、李鄘とともに固く止めた。たまたま李懐光の子の李琟に高郢は近侍していたが、高郢はそこで「あなたは天宝年間(742-756)以来、軍事行動をしてきた者を見てきたでしょうが、今誰がまた残っているでしょうか。また国家にはもとより天命があり、人間の力では預かり知れぬものです。今もし軍にたよって事を動せば、自らの行いによって天に見放されることになります。各家々のような小さな単位であっても、必ず忠や信を得られます。どうして三軍が潰走しないとでもいうのでしょうか」と脅すと、李琟は大いに恐れ、汗が流れて話すことができなかった。高郢はそこでその将軍の呂鳴岳・張延英とともに間道から帰国しようと謀ったが、事は発覚し、李懐光はまず二将を斬り、その後高郢を引っ立てて詰問したが、高郢は言われたことに逆らって恥じたり隠れたりすることなかったから、見ていた者は涙を流した。李懐光は恥じて、高郢を許した。孔巣父が殺害されると、高郢は死体を撫でてて泣いた。李懐光が誅されてから、李晟はその忠誠を上表し、馬燧は書記に任ずるよう上奏した。召喚されて主客員外郎を拝命し、中書舎人に遷った。しばらくして、礼部侍郎に昇進した。当時、四方の士は私党を結び、さらに互いに褒めて推薦しあい、これによって役人を動かし、名に従ってその実はなかった。高郢はこれを嫌い、そこで面会を求める者を謝絶し、自らの徳行を専らにした。貢部を司ることおよそ三年、孤独の中に見極め、浮ついたことを抑えたから、流行に流されるような世の中は衰えていった。太常卿に遷った。 貞元年間(785-805)末、中書侍郎・同中書門下平章事(宰相)に抜擢された。順宗が即位したが、病によって政治を行うことができず、王叔文の党派は朝廷を根拠とし、帝は始め皇太子に詔して監国としたが、高郢は刑部尚書に改められ宰相を罷免された。翌年、華州刺史となり、政治は真心があって鎮静した。それより以前、駱元光が華州から軍を引き連れて良原を防衛した。駱元光が卒すると、軍は神策軍に編入されたが、華州は毎年その食料を送付しており、民は輸送に困窮していたが、歴代の刺史は憚って敢えて申上する者がいなかった。高郢は奏上してこれを止めさせた。再び京師に召喚されて太常卿となり、御史大夫に任命された。数か月して兵部尚書に改められたが、固く骸骨を乞うた(辞職を求めた)から、尚書右僕射となって致仕した。卒した時、年七十二歳で、太子太保を追贈され、貞と諡された。 高郢は慎み深く、人とは交わらなかった。常に制誥を司り、家に原稿を留めることはなく、ある人がどうして前任者たちのように起草した制を文集としないのかと勧めると、「王言は私家集に納めるべきではない」と答えた。普段より家産経営を行わず、経営を勧める者がいると、「禄受けて、薄給であったとはいえ私にはあまりあるものだ。田荘をどうして取るのか」と答えた。高郢が宰相となったのは、鄭珣瑜と同時に拝命した。王叔文が専制すると、鄭珣瑜は非常に憂いて、議論したが同意を得ることができず、そこで病と称して出仕しなかったが、高郢は建白することはなく、突然鄭珣瑜とともに罷免され、そのため議論する者は鄭珣瑜が賢者であるとし、高郢を責めた。子に高定がいる。 賛にいわく、王叔文は宮中の内では女官や宦官を連れ立って、外では悪者どもを頼りとし、こうやって天子の権力を奪った。しかし当時太子はすでに成長しており、朝廷で逆らう者はいなかったから、もし鄭珣瑜・高郢と杜佑らが毅然として東宮を引き入れて監国とすれば、王叔文のような輩たちを退かせるのは、その力では難しいことではなかった。安寧を懐かしく思って目の前の安楽のために黙ってしまい、だから世間の人はどうして彼らを宰相として用いたのかと言ったのであった。鄭珣瑜は一度怒ると邸宅で不貞寝し、高郢と杜佑は宰相の位に留まったままで、二人もまた宰相としての程度を論評するほどでもなかったということである。 高定は、聡明で弁舌に優れ、七歳にして『尚書』を読み、「湯誓」の場面に到ると、跪いて高郢に「どうして臣が君を伐つのですか」と尋ね、高郢は「天の命に応じ人の願いにしたがったのだ。どうして伐つなんていうのか」と答えると、「命令に正しく従ったならば、先祖の位牌の前で恩賞を与えよう。命令に従わなければ、土地神の形代の前で死刑に処すだろう(『尚書』夏書甘誓)といいますが、これは人の願いにしたがったというのでしょうか」と言ったから、高郢は優れていると思った。小字を董二といい、世間ではその神童ぶりを重んじられ、字によって世間に通行した。成長すると王弼注『易』に長じ、図をつくって八卦を描き、上は円で、下は方形、合せると重なり、転易を演易とし、七転で六十四卦となり、六甲・八節は備っていた。仕えて京兆府参軍の地位まで到った。 鄭絪は、字は文明で、鄭余慶の従父である。幼くして文章に秀で、文章をよくつくり、交際した人たちは全員、天下の名士であった。進士・博学宏辞科を優秀な成績でk及第した。張延賞が剣南節度使となると、上奏して掌書記に任じられた。京師に入って起居郎・翰林学士となり、累進して中書舎人に遷った。 徳宗が興元府から帰還すると、六軍統軍を置いて六尚書にみさせ、これによって功臣を処遇し、除制用白麻付外。又廢宣武軍、益左右神策、以監軍為中尉。竇文場恃功、陰諷宰相進擬如統軍比。任命の制に白麻の詔書を用いて員外とした。また宣威軍を廃止し、左右神策軍に振り分け、監軍を中尉とした。竇文場は功績をたのんで、密かに宰相にほのめかして統軍と同じようにしようとした。鄭絪は制書を作成しようと奏上して、「天子が封建するときや、また宰相を任用するときに、白麻の制書で任命し、中書省・門下省に付することになっていますが、これによって中尉を任命されるのでしたら、知らずと陛下は特に竇文場を寵遇しているからでしょうか。遂には後々までの法令として著すのでしょうか」と言うと、帝は悟り、竇文場に向かって「武徳・貞観年間(618-649)の時、宦官の任用は内侍・諸衛将軍同正止まりであって、緋服を賜る者はほとんどいなかった。魚朝恩の時からは旧制に復することはなかった。朕が今お前を用いるのは私心がないとはいえないから、もし白麻の制書で宣告すれば、天下はお前が朕を脅してやったとみなすだろう」と言うと、竇文場は叩頭して謝罪した。さらに中書省に命じて詔をつくり、あわせて統軍が白麻の制書で任命することを廃止した。翌日、帝は鄭絪に引見して「宰相は宦官を拒まなかったが、卿の発言のお陰で悟ることができた」と言った。 順宗が病気となって、話すことができず、王叔文は牛美人とともに政務を行い、権力を内外に振ったが、広陵王(後の憲宗)が勇敢で聡明であるのを憚って、危害を加えようとした。帝は鄭絪を召寄せて立太子の詔を起草させたが、鄭絪は内容を聞く前にたちまちに「嫡を立てるに長を以てす」と書き、跪いて申し上げたから、帝は頷いて定まった。 憲宗が即位すると、中書侍郎・同中書門下平章事(宰相)を拝命し、門下侍郎に遷った。それより以前、盧従史は密かに王承宗と親交を持って、詔によって潞州に帰ろうとしたが、盧従史は挨拶するとき、潞州は兵糧が乏しいから軍を山東に留めることを願った。李吉甫は密かに鄭絪が盧従史に漏らしたと誣告したから、帝は怒り、浴堂殿に座して学士の李絳を召寄せてその理由を語り、「どうしたらよいか」と言ったから、李絳は「本当にそうなのでしたら、罪は一族に及ぶでしょう。しかし誰が陛下にそのように言ったのですか」と言うと、「李吉甫が私に言ったのだ」と言い、李絳は「鄭絪は宰相に任じられてから、名節で知られ、犬畜生のように奸臣と一緒に外に通じたりはしないでしょう。恐らくは李吉甫が宰相たちの間で軋轢があって嫌い、悪口を言って陛下を怒らせようと捏造したのです」と言ったから、帝はしばらくして「危うく私は誤るところであった」と言った。 これより以前、杜黄裳は帝のために節度使を削減して王室を強化しようとし、建議して裁可されたが、決定に鄭絪を預からせず、鄭絪に黙々としていた。宰相にあること四年、罷免されて太子賓客となった。しばらくして検校礼部尚書となり、京師から出されて嶺南節度使となり、後に河中節度使に遷った。京師に入って御史大夫、検校尚書左僕射、兼太子少保となった。文宗の大和年間(827-835)、年により骸骨(辞職)を乞い、太子太傅によって致仕した。卒した時、年七十八歳で、司空を追贈され、諡を宣という。 鄭絪はもとより儒学によって昇進し、道を守って寡欲で、宰相にあっても赫々たる功績はなかったが、篤実さによって称えられた。名は学を修めることによってよく知られ、世間からは耆徳によって推された。 孫の鄭顥は、進士に推挙され、起居郎となって万寿公主を娶り、駙馬都尉を拝命した。識者たる器があった。宣宗の時、恩寵は比類する者がなかった。検校礼部尚書・河南尹で終わった。 権徳輿は、字は載之である。父の権皐は「卓行伝」にみえる。権徳輿は七歳にして父を喪い、哭法や作法が成人のようであった。加冠する前から、文章によって諸儒の間で称えられた。韓洄が河南で黜陟使となると、任命されて幕府に置かれた。また江西監察使の李兼の幕府に従って判官となり、杜佑・裴胄も交って任命された。徳宗がその逸材ぶりを聞いて、召喚して太常博士とし、左補闕に改められた。 貞元八年(792)、関東・淮南・浙西の州県で大洪水となり、家屋を破壊し、人々が溺死した。権徳輿は建言して、「江・淮の田は一たびよく実れば、それは数道もの助けになり、だから天下の大計は東南に仰ぐのです。今長雨が二ヶ月におよび、農田は開くことがなく、庸が来ずに京師への運搬が途絶えることは日に日に多くなっています。群臣で博識で通じているものを選び、持節させて慰問させ、人々が苦しんでいるところを尋ね、その租税の入りを明らかにし、軍の指揮官と連携して善後策を追求するべきです。賦税を人々から取るには、人々の根本を固めてからおさめるにこしたことはありません」と述べ、帝はそこで奚陟ら四人を派遣して慰撫に巡査させた。裴延齢は猟官に巧みであったから判度支となったが、権徳輿は上疏して過失を責め、「裴延齢は常の規定の賦税・費用で取り尽くしていないものを羨利とし、これを自分の功績として誇っています。官銭を用いて常平の雑物を売り、またその値を取り、「別貯の羨銭」と号し、そこで天子を欺き、辺境の軍は軍糧に乏しく、兵糧を受けられず、辺境に禍いを招くので、このことは些末なことではありません。陛下が流言のために疑われることがありますが、どうして新たな利益によって裴延齢をお召しになるのに、核心は本末転倒で、朝臣から選んで辺境の兵糧を査察させないのでしょうか。もし言っていることに誤りがないようでしたら、つまり国家の務めは、その人に委ねるのはよろしくありません」と上疏したが、採用されなかった。 起居舎人に遷任した。その年のうちに知制誥を兼任し、中書舎人に昇進した。当時、帝は親ら各種政務を御覧になられ、補任を重ね、だいたい朝廷で命じて、すべて掣肘下におかれた。それより以前、権徳輿は知制誥で、徐岱は給事中、高郢は舎人であった。数年を経て、徐岱は卒し、高郢は礼部をつかさどり、権徳輿は一人両省にあたった。数十日一度家に帰り、そこで上書し、「門下・中書の両省は、天子の誥命をうけたまわり、詳細に議論して調べ上げ、それぞれの所司にあたります。旧制では、両方の定員は十名で、互いに自由に行動させないよう防いでいます。大抵の事は防ぐところがありますが、そこで官吏は非常となるのです。四方で聞く者は、ある者は朝廷では士が乏しいと思うでしょう。重要な役所ですから、しばらく廃止するべきではありません」と述べた。帝は「卿の労を知らなかったわけではない。ただ卿のような者を選ぼうと思っても、いまだにそのような人を得られないだけなのだ」と言い、しばらくして礼部の貢挙の責任者となり、礼部侍郎に任命された。およそ三年して、はっきり詳細に見分けて、採用された人物は相継いで公卿・宰相となった。明経科の定員を撤廃した。 貞元十九年(803)、大旱魃となり、権徳輿はこれによって朝政の手落ちを上陳した。「陛下は昼時には心を配って膳を減らされ、百姓を思い憐れまれ、宗廟に告げて、諸天地をまつり、一つの物事でも祈るべきであれば、必ずその礼を行い、一人の士の願いがあれば、必ずその言葉を聴かれ、憂人の心はすでに至っているというべきです。臣はこのように聞いています。天災を消し去るには政術をおさめ、人心を感じる者は恵沢を流し、和気が広くゆきわたれば、つまりは祥応が至るのだと。畿内ではだいたい禿げあがった土地で望むべきこともなく、流浪の人は道路に倒れ、麦を種蒔く時期に配慮しようにも、種を蒔くことすらできないのです。経用の物の一部を留め、種を民に貸し、今この租税・賦税および税法上の債務を一切免除すべきです。施策を行っても免除しなければ、また納税の道理がなくなるので、まずこの事をはかるのにこしたことはなく、そうすれば恩沢はお上に帰するのです。貞元十四年(798)夏の旱魃では、官吏は常の賦税の通りに徴収しようとし、県令にいたっては民を殴り辱めていましたから、察すべきものがあるでしょう」また次のように述べた。「漕運はもとより関中をたすけ、もしくは東都に転じて西の道沿いの倉庫の物をことごとく京師に入らせ、江・淮から運ばれた物を率いて常数を備え、その後およそ太倉一年分の計上となります。その余りを除籍して民間に売却すれば、穀物相場は跳ね上がらずに備蓄を放出できるのです」また次のように述べた「大暦年間(766-779)、一枚の絹布の値段は銭四千であったが、今八百どまりとなっており、税の入りはもとのようであっても、民が出すものは当初の五倍になってしまっています。全国の献上はすばやく、国のために恨みを招き、軍需品の求めを広くし、兵は実態がなく帳簿上のみの者もおり、多くを剥ぎ取り、計算の才能があって精密に行えたとしても、よく功利を商うから、目先の利益を得ようとしてかえって損をし、人々を等しく困窮させることになるのです。」また次のように述べた。「この頃追放された者は、自ら無期限に拭い消されたといい、連座して匪賊となり、これによって和気を騒がすのです。しかも冬薦の官は三年を超えて任命されなければ、衣食はすでになくなるから忽然として斃れることになり、これはまた人が窮乏する一因なのです。近頃陛下は罷免・追放された者を赦免し、ある者は起用して二千石とし、その徒はさらに励み、同じような者を引き連れてまた望みとなるでしょう。思うにこれによって広めるのでしたら、人々は忠誠を尽くすでしょう」帝は大いにこれを採用した。 憲宗の元和年間(806-820)初頭、兵部侍郎に任じられたが、係累に連座して、太子賓客に遷り、すぐに前官に戻された。当時、沢潞軍(昭義軍)節度使の盧従史が詐称かつ尊大になり、次第に朝廷に従わなくなり、その父盧虔が京師で卒すると、成徳軍節度使の王承宗の父も死んで襲封を求めたが、権徳輿は諌めて、「山東を変えようとするならば、まず昭義軍の総帥を選びます。盧従史が自身の軍の将校を抜擢するのは、傲慢かつ不法で、今その喪によって、守臣を選んでこれに代えるべきです。成徳軍の習俗はすでに長い間のものであり、掣肘化に置くのは漸次すべきであるので、成徳軍の要請はただちに裁可したとしても、昭義軍も許すというのはいけないことです」と上奏したが、帝は聴さなかった。王承宗が叛くと、盧従史も策略によって王師を痛めつけ、兵は老いて功績があがらなかった。権徳輿はまた王承宗の赦免、盧従史の移動を要請した。後はすべてほぼ権徳輿が謀った通りとなった。 当時、裴垍が病となり、権徳輿は太常卿より礼部尚書・同中書門下平章事(宰相)を拝命した。王鍔が河中より入朝し、宰相を兼任することを求めたが、[[李藩]は不可を奏上し、権徳輿もまた「方鎮に並んで宰相を帯びさせるのは、必ず大忠あれば功績があるようになりますが、そうでなければ強者が従わなくなるので、やむを得ず与えてきたのです。今王鍔には功績がなく、また一時逃れをしなければならない時でもないので、一人に宰相に任命するならば、以後の人にその道を開くことになるのです。いけません」と奏上し、帝はそこで中止した。 董渓・于皋謨が運糧使の地位によって軍銭を横領し、嶺南に配流されたが、帝はその刑罰が軽かったことを悔い、中使に詔して道の半ばで殺させた。権徳輿が「董溪らは山東にて兵を用い、庫財を横領したことは、死んでも責任は償いきれません。陛下は配流が刑罰として大変軽いとして、まさに臣らの過ちを責め、詳細にその罪をただし、明らかになれば詔書を下すべきであって、衆とともに同じく棄てるようであれば、それは人々が法を恐れるのです。臣はすんでしまったことは争わないことを知っていますが、しかしながら他の時にあるいはこのようなことがあれば、是非とも役人が罪罰を議論する必要があり、罰が一つごとに勧善を百とすれば、どうしてやむにやまれぬ思いがおこりましょうか」と諌めた。帝は深くそうだと思った。かつて帝は政治の寛容さと猛々しさはどちらを優先すべきか尋ねたことがあり、「唐の王朝は隋の苛政暴虐を受けて、仁厚を優先しました。太宗皇帝は「明堂図」を見て、始めて背中に鞭打つことを禁止し、列聖はこれに従うところで、皆徳教を尊びました。ですから天宝の時に大盗賊(安史の乱)が起こっても、すぐに敵は滅んだのです。思うに本朝の教化が、人心の深きところに感じさせるところがあったからでしょう」と答えた。帝は「本当に公の言う通りだな」と言った。 権徳輿は弁論をよくし、古今の根源を開陳し、天子に悟らせた。宰相となると、寛容で細かいところまで口出しすることはなかった。李吉甫が再び宰相となると、帝はまた自ら李絳を用いて朝廷に参与させた。当時、帝は治世に切実であったから、事は巨細にことごとく宰相を責めた。李吉甫・李絳は議論しても異論を受け入れられず、帝の前で突然弁論をはじめる有様であったから、権徳輿は従容として敢えて良し悪しを言う事はなかったが、これに連座して宰相を罷免されて本官のみとなり、検校吏部尚書、留守東都となり、扶風郡公に進封された。于頔が子が殺人を犯したため、自ら蟄居閉門し、親戚もあえて門を過ぎる者はおらず、朝廷でも弁護する者がいなかった。権徳輿は転任する時に、帝に言上して、「于頔の罪は赦免されることになっておりますのにそうなっておりません。ついでの際に寛大にとりはからう詔勅を賜られますように」と言い、帝は「そうだな。卿は私のために行き過ぎを諭してくれる」と言った。また太常卿を拝命し、刑部尚書に遷任した。 それより以前、許孟容・蒋乂に詔して『元和刪定制勅』を編纂させたが、完成して上梓されたにも関わらず禁中に留め置かれていた。権徳輿はその書を出すことを願い出て、侍郎の劉伯芻とともに再度研究して、三十篇(元和格勅)を定めて奏上した。再び検校吏部尚書となり、京師から出て山南西道節度使となった。二年後、病となって帰還を願い、帰還の途上に卒した。年六十歳。尚書左僕射を贈られ、諡を文という。 権徳輿はわずか三歳にして言葉に四声の変化があることを知り、四歳にして詩を賦するのをよくし、経術に思いを重ね、把握しないものはなかった。学問をはじめてから老年に至るまで、一日たりとも書を見なかったことはなかった。かつて論を著し、漢の滅んだ理由を弁じ、西京は張禹が、東京は胡広が世を補った旨のことを書いた。その文章は雅正かつ繁密で、当時の公卿王侯で突出した者の功績・徳業の銘紀を撰したが、その数は十人中、常に七・八人にも達した。動作や静止があっても外面を飾ることはなく、風雅瀟灑で、自然を慕った。貞元・元和年間(785-820)に高貴な人々の模範となった。 子の権璩は、字は大圭で、元和年間(806-820)初頭、進士に及第した。監察御史を歴て、その美しさを称えられた。宰相の李宗閔は父の門下生で、そのため推薦されて中書舎人となった。当時、李訓が寵遇され、周易博士として翰林におり、権璩と舎人の高元裕・給事中の鄭粛・韓佽らが連名で李訓が険呑かつ覆滅しようとしていると弾劾し、また国を乱しているから、禁中に出入りさせるべきではないとしたが、聴されなかった。李宗閔が左遷されると、権璩はしばしば弁解の上表をしたが、かえって閬州刺史に左遷された。文宗はその母の病を憐れみ、鄭州に移した。李訓が誅殺されると、当時の人の多くは、権璩が禍福の大局に明るく、よくその家を伝えたとした。 崔群は、字は敦詩で、貝州武城県の人である。まだ成人となる前、進士に推挙され、陸贄は貢挙を司り、梁粛は宰相たる才能があると推薦し、甲科に選ばれ、賢良方正科に推挙され、秘書省校書郎を授けられた。累進して右補闕・翰林学士・中書舎人に遷った。しばしば直言を述べ、憲宗は喜んで受け入れ、そこで学士に詔して「概ね奏議する場合は、崔群の署名を得てから進上しなさい」と述べたが、崔群は「禁中で密奏する言を、人々が自ら述べるべきであるのは、すべて故事によっており、後にある者が悪を憎んだ正直者であったなら、他の学士は上言できなくなります」と言い、固辞したため聴された。恵昭太子が薨じると、この時、遂王(後の穆宗)が嫡子であったが、澧王が年長で、宮中の支援が多かった。帝は東宮を立てようと、崔群に詔して澧王に譲らせようとした。崔群は「おおよそ目的を果たそうとして譲らせようとしても、目的を果たすことはできません。どうして譲ることがありましょうか。今遂王は嫡子ですから、太子とすべきです」と奏上したから、帝はその建議にしたがった。魏博の田季安が五千縑を仏寺創建の助財として送ってきたが、崔群は名目のない献上であるから受けるべきではないと上奏した。そのため詔して返却した。戸部侍郎に昇進した。 元和十二年(817)、中書侍郎同中書門下平章事(宰相)となった。李師道が誅殺されると、李師古ら妻子は掖廷に入れられたが、帝は疑っており、そこで崔群に尋ねると、崔群は釈放するよう願ったから、あわせてその奴婢と財産を返還した。塩鉄院官の権長孺が収賄のため罪状は死罪に相当したが、その母が老いて、子に養わせることを願った。帝は怒りながらも赦そうとし、これについて宰相に尋ねた。崔群は「陛下は幸いにもその老人を憐れまれたのですから、ただちに使者を派遣して諭旨すべきで、正式な勅を出すのを待っていては手遅れになります」と答え、ここに死を免れた。崔群が大体奏上するようなことは、平穏で慈悲深いことはこのようであった。帝はかつて宰相に「聞いたり受けたりするのは、また難しいことではないか。この頃、詔学士が前代の世事を集めて、『弁謗略』をつくり、これによって自らの勧戒としている。その内容はどのようなものか」と語ると、崔群は「無情とは、理に合うか合わないかを論ずるのが簡単なことをいい、有情とは、欺きを審らかにすることは難しいことをいいます。そのため孔子は大勢の人が嫌う人や大勢の人が好む人についてや、次第に染み込んでいく告げ口を説いて、それが論ずるのが難しいとしたのです。もし陛下が賢者を選んで任じ、これを待つのに誠心によってし、これを糾すのに法によれば、そうすれば人は自ら正に帰して、敢えて欺むくことはありません」と答えたから、帝はその発言に同意した。 処州刺史の苗積は羨銭七百万を進上したが、崔群はこれを受けることは天下の信を失うことになるとして、返還を願ったから、処州に賜って下戸の賦税の代用とした。この時、皇甫鎛は利益について申し上げて帝の寵遇を得て、密かに左右をたのみにして宰相の地位を求めたが、崔群はしばしばその邪で人に取り入る人物であるから用いるべきではないと申し上げた。宮中に奏上すると、開元・天宝の事に及び、崔群はそこでその極を論じた。「安らかなるも危きになるも法令が出されることにあり、存亡は任命によるところにあります。昔、玄宗は若くして危機にあって、さらに民間の辛苦を味わったので、そのため姚崇・宋璟・盧懐慎の輔政を得て道徳をもってし、蘇頲・李元紘は勤勉に正を守ったので、そこで開元の治となったのです。その後に逸楽に甘んじて、正しき士を遠ざけ、小人と昵懇になり、そのため宇文融が利益によって言上し、李林甫・楊国忠が寵遇をたのんで朋党を組み、そこで天宝の乱となったのです。願わくば陛下、開元を法とし、天宝を戒めとされれば、社稷の福となるでしょう」 また述べた。「世間では安禄山が叛いたことが治乱の時代区分であると言っていますが、臣は張九齢を罷免して李林甫を宰相とした時が、治乱のもとより分岐点であったと思います」 左右の者は感動した。崔群はこれによって帝にほのめかして、そこで皇甫鎛を含意させた。帝はついに自ら皇甫鎛を宰相とした。たまたま群臣が帝号を奉り、皇甫鎛は「孝徳」を兼用して帝号にしようとしたが、崔群は一人上奏して「睿聖」とし、そこで「孝徳」と併称した。帝は聞いて喜ばなかった。当時、度支が辺境の兵士に臨時の賜与を行ったが、物は多くて弊害があり、李光顔は非常に心配して、佩刀を引き寄せて自決をはかったから、内外は皆恐れた。皇甫鎛は奏上して、「辺境は無事ですが、そこで崔群が煽動して、賄賂によって勝訴を得ようとしたから、天子を恨むに到ったのです」と述べたから、ここに宰相を罷免されて湖南観察使となった。 穆宗が即位すると、吏部侍郎によって召喚された。労われて「私が太子となったのは、卿の力だ」と言い、崔群は「これは先帝の意思です。臣に何の力なぞありましょうか。また陛下は淮西節度使となられ、臣が制書の起草し、その文言に「よく南陽の手紙を読めば、本当に東海の貴にかなう」とありますが、先帝はその通りであるとし、そこで伝達されてから久しかったのです」と言い、にわかに御史大夫を拝命した。しばらくもしないうちに検校兵部尚書となり、武寧節度使となった。崔群はその副使の王智興が兵士の心を掴んでおり、仮に節度使とするのにこしたことはないとしたが、返答はなかった。王智興が幽州・鎮州を討伐して帰還すると、兵はそれにかこつけて崔群を追放し、崔群は節度使の地位を失い、秘書監、分司東都に左遷された。華州刺史に改められ、宣歙池観察使を経て、兵部尚書に昇進し、京師から出されて荊南節度使となり、京師に召喚されて吏部尚書を拝命した。卒した時、年六十一歳で、司空を追贈された。 賛にいわく、聖人は多難を恐れず、無難を恐れる。なぜなのか。多難の世は、人々は長く心配して深謀遠慮となり、毎日心の中で恐れて、なお未だしと思うのである。「私は滅亡まで暇がないというのに、またどうして安心していられようか」と言い、そのためよく天下を挙げてこれを興隆させようとし、これを恐れるのである。禍難が平定されてしまうと、上は安らいで下は喜び、いそいそとするのがいつも通りとなり、「賢者は得がたいが、賢者はいなかったとしても、それでも治まるだろう。悪者は去るべきだが、悪者がいたとしても、乱とはならないだろう」と言い、悪者を見逃して賢者を取り逃して、たちまち傾いて支える者がなくても、安らかに自らを慰めて「私は何か失ったのか」と言い、そこでよく天下を挙げてこれを滅亡させようとすることになり、恐れないのである。常人が恐れるところは、聖人は簡単なことだとし、常人が恐れないところは、聖人は難しいとするのである。孝明皇帝をみるに、もとより中主で、変に遭遇して初めて謀をしようとし、業がなると終りを共にしようとした。崔群は李林甫が宰相となったのが治乱の時代区分であると奏上したのは、その言は信にたるのである。これは扁鵲が病を放置した桓侯をそしった理由である。 前巻 『新唐書』 次巻 巻一百六十四 列伝第八十九 『新唐書』巻一百六十五 列伝第九十 巻一百六十六 列伝第九十一
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登録日:2011/04/29(金) 17 54 20 更新日:2023/10/02 Mon 02 38 47NEW! 所要時間:約 7 分で読めます ▽タグ一覧 ジャンプ ダイの大冒険 ドラクエ ドラゴン ハドラー親衛騎団 モンスター 三条陸 不死騎団 六大団長 大魔王バーン 妖魔士団 悪の組織 悪役 新生六大将軍 東映 氷炎魔団 玉石混交 百獣魔団 稲田浩二 豪華声優陣 超竜軍団 軍隊 魔影軍団 魔族 魔王 魔王軍 大魔王バーンこそ我が主君にして全知全能の魔神! その軍勢はかつての魔王軍とは比較にならんほど強大だ!! いかにあがこうとももはや貴様ら人間ではたちうちできん…!! 漫画「ドラゴンクエスト ダイの大冒険」に登場する。 かつて世界を脅かした魔王にして今再び復活した魔軍司令ハドラーと、その上に君臨する大魔王バーン。そして彼らに従う魔族や魔物達。 世界を戦火に包み込んで地上国家に住まう人々を震撼させる、遥か地底の魔界からより現れた侵略者達である。 その暴威はまさに鎧袖一触。 魔王軍にとっては座興のような攻めによって戦線は瞬く間に崩壊し、1ヶ月足らずで壊滅寸前に追い込まれる国家が続出した。 群を抜いて強力な軍事国家は多少善戦出来ても、魔王軍が少々本気を出すとそれらでさえ1週間もあれば同じ運命を辿ってしまう程である。 かつてのハドラーが率いた旧魔王軍の侵攻によって消滅した国もあった(*1)が、本作開始時点で現存していた地上国家はいずれも、勇者不在の苦境にあっても5年もの間陥落せず持ち堪えていた精強な軍を有する国ばかり(*2)。 その実績を鑑みれば、新生魔王軍の桁外れな強大さが窺える。 ●目次 【成り立ち】 【組織構成】◎大魔王バーン 《大魔王直属》○(初代)魔軍司令ハドラー ○死神キルバーン 《六大軍団》■百獣魔団 ■不死騎団 ■氷炎魔団 ■妖魔士団 ■魔影軍団 ■超竜軍団竜騎衆 ■その他戦力 【拠点】鬼岩城 大魔宮バーンパレス 【おまけ】 【成り立ち】 元々は魔界の神とも謳われた大魔王がその遠大な野望を成し遂げるべく潜伏。 真の姿と機能を秘めた居城たる大魔宮の建造する為に数百年を超える歳月を費やしていた。 そうして虎視眈々と計画を進めるうちに、長年に渡り対立した競合勢力が退き、優良な駒になり得るハドラーを手中に収められる好機が訪れ、計画遂行の目途が立った。 勇者に敗れ蘇生したハドラーは休眠を要したが、13年の時を経て復活し、ここから本格的に戦力の編成が始動。 そして大魔王バーンを頂点とし、司令であるハドラーが六つの軍団を統率する組織形態が完成した。 ハドラーを超える実力者のバランや、同じく実力者かつ何千年もの昔からバーンに仕えてきた忠臣ミストバーンをあえてハドラーの下に就かせている等、人事面で疑問符がつく采配もあるが、これはこの新生魔王軍自体が大魔王の余興であることに因る。 そもそも地上を侵略するだけならば、バーンとミストバーンの二人だけでも容易く済む話だったが、我の強い猛者を敢えて一ヶ所に集めて各軍団長を競わせることで、最強の軍団の編成を試みる、という戯れ同然の試み故。 しかし、その軍団長らと切磋琢磨したダイたちが大幅にレベルアップしてしまい、最強の軍団どころか最強の敵を育ててしまうという、戯れが何とも皮肉な結果になる。 後にハドラーが魔王軍を離脱して事実上消滅したかに見えたが、ミストバーンに引き継がれて存続した。とはいえ、六軍団は事実上の解体状態で、主戦力は大魔王に直属する魔界のモンスター達に置き換わっている。 【組織構成】 ※CVは1991年版/2020年版の順。 ◎大魔王バーン (CV 内海賢二/土師孝也) 魔王軍の頂点に立ち、その圧倒的な力から「魔界の神」と呼ばれる魔族の男。 詳細は項目参照。年齢不明。 「天地魔闘の構え」という独自の戦闘スタイルを持つ。 「『1ターン内に強力な攻撃を立て続けに繰り出すボス』というゲーム上の演出を、漫画に落とし込むとどうなるのか」というのが1つのコンセプト。 その結果がどういうものなのかは読者には周知の事実。…そこには絶望が待っている。 なおバーンの本当の目的は、地上の支配ではなく消滅にある。 自身の故郷である魔界は地上にフタをされている状態であり、太陽の恵みが地上にのみもたらされる事実、更にはそのような世界と秩序を創った太古の神々が許せなかったのである。 なお、その目的だけを果たすなら自分1人で戦力は十分で、計画が成った後に後々の世まで魔界を支配するための軍団として魔王軍は結成されていた…というのはミストバーンの言。 《大魔王直属》 ○(初代)魔軍司令ハドラー (CV 青野武/関智一) 配下の六軍団長を引き連れて地上支配を推し進める司令官。357歳。 かつては彼自身の魔王軍を率いて世界を席巻した魔王だったが、勇者に敗れ死の淵にいたところをバーンに救われた。後に彼の部下となって魔軍司令になってからは、どことなく中間管理職的な哀愁を漂わせている。 軍団を持たないが、親衛隊として「ガーゴイル」や「アークデーモン」が部下を務める。 権力に凝り固まって自滅するヘタレであったが、追い詰められた結果、最終的に素晴らしい武人へと変貌。 バーンから離反後は、地上支配などもはや眼中になく、アバンが遺した弟子達の打倒に心魂を捧げる。以降はハドラー親衛騎団に支えられ、彼らともども数々の名場面を演出する。 詳細はそれぞれの項目参照。 《ハドラー親衛騎団》 超魔生物として再起したハドラーの功績を讃えた大魔王バーンによって与えられたオリハルコンでできたチェスの駒に対してフレイザードを作った時の要領で禁呪法を使い、生み出したハドラーの親衛隊。 人数は5名と非常に少ないが、全員が極めて高い実力を持つ精鋭揃い。 ○死神キルバーン (CV 田中秀幸/吉野裕行) 魔王軍の組織系統に属しない人物。年齢不詳。自称死神 使い魔。 道化染みた衣装と言動、さらに顔を覆い隠している仮面のせいで正体が掴めない。 バーンに仇なすものを暗殺するといわれているが…? 《六大軍団》 ハドラーやバーンの指示のもと各地に侵攻している六つの軍団。媒体によっては六大魔軍団などと表記されることもある。 新生魔王軍では特性や系統の近しい魔物に分類して軍団を編成しており、各軍団の統率に適した軍団長が配下を従えて行動を共にする。 軍団長は最低でも一つはハドラーを上回る能力を持つことを条件として厳選された猛者揃い。 クロコダイン・ザボエラ・フレイザードはハドラーに、ヒュンケル・バラン・ミストバーンは大魔王バーンによって軍団長に選ばれている。 編成を効率化した甲斐もあってか、軍団ごとに戦力差はあるものの本腰を入れた時の侵略能力は脅威的である。 クロコダインは忠誠心を、 フレイザードとザボエラは出世欲と智謀を、 ヒュンケルとバランは覇気と人間への憎悪を大魔王に買われて軍団長に迎え入れられた。 ※CVは1991年版/2020年版の順。 ■百獣魔団 魔の森を拠点とする、「リカント」や「ライオンヘッド」といった獣系のモンスターが中心の軍団。 ロモス王国の攻略を担当していた。 しかし、虫や植物、スライム系のモンスターも所属しており、ドラクエシリーズが増えるにつれモンスターが増加したのもあり、他の軍団よりもバリエーションが非常に豊富。 獣系モンスターはその無鉄砲な獰猛さ故に自分より格上の魔物にも襲い掛かるが、例外的に同系統の怪物に対して明敏に実力差を感じ取って従順になる。 この特徴故に軍団長クロコダインは百獣魔団を完璧に統率しているばかりか、軍団が展開するロモス王国傍の魔の森に巣食う獣系モンスターも吸収し、大地を埋め尽くさんばかりの大軍勢に変えることすら容易い。 だが、元々武力に長けた国でも無いロモスは、クロコダインにとって拍子抜けする歯応えの無い相手に過ぎなかった。本気になればロモス王国を一日足らずで飲み込めたが、クロコダインはすっかりやる気を失って、戦いは配下のモンスターに任せきりにしていた。 それでもクロコダインがロモスへの総攻撃を決意した際は、本来の物量と勢いで正面から攻め込んで一気に王都を蹂躙。クロコダイン自身は下記のガルーダに運ばせて上空から王城へ突入して、一気呵成にロモス王国を滅亡寸前に追い込んだ。 そんな百獣魔団だが、名有りとの対戦は芳しくない。 実はメタ的に真っ二つに出来ない動物系のモンスターを最初のうちに配置する意図もあったため、魔物達の強そうな見た目に反して、初期のダイ達が遭遇した限りではどのモンスターも比較的すぐに対処できている。油断やビビリ癖のあったポップが手こずっていたぐらいだった。 とはいえ、作中においても手練れは居り、クロコダインの直接の命令しか聞かないモンスターであるガルーダはその内の1匹である。 軍団長になる前は武者修行と並行して「獣王の笛」を使って仲間を集めていたらしいので、その頃からの古参かもしれない。 ○軍団長 獣王クロコダイン (CV 銀河万丈/前野智昭) 種族はリザードマンで、人間に換算して30歳前後。 姿を簡潔に表すと二足歩行の巨大ワニ。豪快で忠義に厚い、地上と魔界において雷名を轟かせた武人だった。 軍団長の中で最初にダイ達と戦って破れ、死の淵から蘇って以降はダイ達に味方する。 頑丈な巨体を持ち、尋常でないタフさとパワーが長所。その防御力はギガブレイクを二発耐える程。 闘気の渦による破壊を生む「獣王痛恨撃」は、仲間になってから「獣王会心撃」に改名された。 ゲームにおけるドラクエの表現 敵からのクリティカル→痛恨の一撃 味方からのクリティカル→会心の一撃 が元ネタと思われる。 「巨体パワーキャラ」の宿命故か、終盤は息切れ気味になる。 ガルーダ 巨大な鳥のモンスター。15年以上になる長い付き合いのようで、クロコダインの命令以外を聞かない相棒に等しい存在。 クロコダインの巨体を運べるほどの力を誇り、度々運搬役として貢献する。 また口から吐くブレスはサタンパピー数体の呪文を一度に相殺し、キルバーンをも怯ませるほどの威力。 ■不死騎団 「がいこつ」や「がいこつけんし」「ミイラおとこ」といったアンデッド系モンスター達の軍団。 魔王ハドラーの居城だった地底魔城を拠点としている。 優れた賢者や神官を多く抱えるパプニカ王国は、軍団として見れば本来は決して相性の良い国ではなかった。 だが、地底魔城という怨念の篭った人間の死体だらけの立地が優位に働いたか、或いは軍団長のヒュンケルがパプニカ王国にとって絶望的な障害だったか。 たった1ヶ月足らずでパプニカ王国に壊滅的な被害をもたらした。 ダイ達と交戦した限りでは、がいこつ達は粉々に砕かない限り前進をやめないが、クロコダインに勝利したダイの相手をするには力不足だったようで大地斬であっさり倒されている。 魔城内部では入り組んだ迷路にがいこつやミイラおとこが大群で現れダイ達を追いかけるが、その役目は彼らをヒュンケルが待つ闘技場へとおびき寄せることだった。 ヒュンケルの敗北後はフレイザードが引き起こした火山の噴火により城ごと壊滅している。 ○軍団長 魔剣戦士ヒュンケル (CV 堀秀行/梶裕貴) ダイ達と二番目に戦う軍団長である、人間の青年。21歳。 親の敵に復讐する為の力を欲し、アバンに数年間師事し剣術や光の闘気を教わるが、アバンに挑んで返り討ちに。 その後ミストバーンに拾われ鍛え上げられ、不死騎団長にまで登り詰めた。 バーンに授けられた「鎧の魔剣」は、鞘が呪文攻撃を弾く鎧となる。 かつて「1機でパプニカ王国を陥落せしめる」と評されたキラーマシンですら中級呪文を受ければ仰け反る程度の反応は見せるのだが、鎧の魔剣においては極大呪文ですら涼風同然に耐えてしまうという強大な魔法耐性を備える。 そこにヒュンケル自身が修めた超一流の剣腕も加わり、更には魔王軍への加入後に配下のアンデッドを指揮するべく学んだ暗黒闘気の闘法までも使いこなす。 剣士としても強大無比だが、特に賢者や魔法使いにとっては絶望的なまでの難攻不落な将軍である。 また、『不死身のヒュンケル』の異名は伊達ではなく、ただの人間のはずなのにとにかく死なない。 配下の死霊達なんぞ比較にならない程のタフネスを発揮する。 崖から落ちたり、瀕死でマグマに呑まれたり、腹をぶち抜かれメラゾーマを体内に流し込まれ命を削る技を使っても何故か死なない。 モルグ せめてこのモルグが冥土の案内人となりましょう… (CV 増田有宏/園部啓一) ヒュンケルの執事で、おそらく不死騎団の幹部。 「くさったしたい」がおめかしした身なりで、言葉遣いはいかにも執事。 戦闘力は未知数だが、まともな知能を喪失した個体が多いアンデッド系にあって知性ある振る舞いが出来る彼は貴重だったのだろう。 フレイザードの起こした火山の噴火に巻き込まれ、不死騎団と運命を共にした。 ヒュンケルの冥土の案内役を務めるつもりだが、肝心のヒュンケルが冥土へ行く日は果たしてくるのだろうか……。 なお、ヒュンケルの言いつけ通りクロコダインを手厚く手当てしたため、彼の命の恩人である。それが結果として主であるヒュンケルの命を救うことにもなり、ひいてはダイたちの躍進につながる。 ■氷炎魔団 メガンテで恐れられる「ばくだんいわ」や、「フレイム」「ブリザード」「ようがんまじん」「ひょうがまじん」といった炎・冷気を操る化け物で構成された軍団。 侵略を担当した北方の国オーザムは列強カール王国と並んで強力な騎士団を要する国家だったのだが、氷炎魔団はその強力な騎士団をこれまた数週間で殲滅してのけた。 物理主体の騎士達に対して不定形の怪物達は相性が比較的良いのもあったかも知れないが、何より軍団長フレイザードが得意とする必勝の禁呪法「氷炎結界呪法」が圧倒的勝利を支えた模様。 バルジ島での魔王軍総攻撃の際は最初と最後にダイ一行と交戦した。 ただ実はようがんまじんとひょうがまじんは実際の戦闘では出番がないこともあって六大軍団の中ではバリエーションが乏しい。 フレイムはフレイザードの攻撃から逃げるダイ達の気球を追いかけたが、マトリフの呪文で倒されている。 バルジの塔に戻ってきたダイ達を迎撃する際には1匹がばくだんいわに近づいてメガンテを食らってしまうという間抜けな場面も。 自滅したことを棚に上げてダイ達に憤る彼らだが、「よくもフレイムAを!」というリアクションがシュール。 新アニメ版ではばくだんいわの出番が削られたので他の軍団より印象が薄くなってしまったかもしれない。 ○軍団長 氷炎将軍フレイザード (CV 山口健/奈良徹) ハドラーが禁呪法で生み出した岩石生命体。 右半身には冷気、左半身には炎を帯びた岩石が寄り集まって体を形成している。 生まれたばかりの1歳…赤子のように可愛らしいものではないが。 炎の暴力性と、氷の冷徹さが同居した性格。 残虐非道であり、出世欲が強い。 栄光の為には自分の命を削るのもお構い無しで、危険な禁呪を多用するイカレ野郎。 また大魔道士マトリフが後に語るには、そのまま成長を許していればあの呪文に到達していた危険性があったとのこと。 ■妖魔士団 体力は劣るが魔力に長けた魔道士や悪魔系のモンスターで構成された軍団。 ベンガーナ王国攻略を担当しているが、ザボエラが計略にかまけているためか目立った戦果は上げていなかった様子。 そのためか、ベンガーナ王は当初魔王軍を完全に舐め切っていた。何度か超竜軍団にも攻められてるのに 序盤では「きとうし」や「あくましんかん」が主戦力だが、呪文を使う前にパプニカの老剣士バダックにすら倒されモシャスで囮にされたりと悲惨な役回り。 また情報収集や伝令役として「あくまのめだま」が度々登場し、ザボエラをはじめとする魔王軍の面々が戦況を確認するほかマキシマムの脳内にもデータが保存される。 後半では精鋭メンバーとして飛行能力や高位の呪文を備えた「バルログ」や「サタンパピー」を引き連れていた。 大群で挑んでなおクロコダインに圧倒されたが、サタンパピーはメラゾーマを放つことでザボエラの収束呪文マホプラウスに協力し、ダイ達を倒す一歩手前まで追い詰めている。 しかし、ヒムが勝手に出撃したザボエラを連れ戻しに来た際、まとめて蹴散らされてしまった。 ○軍団長 妖魔司教ザボエラ(後に魔軍司令補佐) (CV 龍田直樹/岩田光央) 高い魔法力と智謀を持つ魔族のジジイ。890歳。 体内に多様な毒素を含み、それらを合成して爪から敵に送り込める。 他人に取り入り蜜を吸う、利用できるものは息子でも利用するタイプで、終盤まで生き残るも段々と居場所を失っていく。 常に狡猾で卑劣な悪役であったがクロコダインやハドラーなどの蘇生やら強化など、結果的にはこいつが居なかったら世界が滅びていた可能性が高かったりもする。 要するに魔王軍にとっては戦犯ということだが 妖魔学士ザムザ CV:陶山章央 妖魔士団の幹部にしてザボエラの息子。 自分自身を実験台にして超魔生物を研究しており、彼の研究が後にハドラーを覚醒させる起爆剤となった。一人称は「オレ」。父に似て卑劣かつ高慢な言動をとるが、それでも父と比べれば遥かにまともな面があった。 ■魔影軍団 さまようよろい、ゴースト、ガス生命体など暗黒闘気の影響を受けた魔物で構成された軍団。 2020年代版アニメではうごくせきぞう、ひとくいサーベル、デビルアーマーといった無機物モンスターも魔影軍団所属と判明する。 カール王国攻略を担当するが、ホルキンス率いるカール王国騎士団に苦戦していたらしい。 上述の通りミストバーンは実質的に監督役であり一歩引いた立場故に侵略に本腰を入れていなかったのも一因ではあったろうが、物理耐性がとりわけ高い魔物で編成される魔影軍団に一歩も退かず健闘していた辺り、当代カール王国騎士団の実力は確かだったと見受けられる。 バルジ島の戦いでは「さまようよろい」を主とする軍団でダイとバダックを追い詰めたが、クロコダインには簡単に倒され、それ以降は完全な雑魚扱いに。 ベンガーナ王国でサミットが開催された際はミストバーン自身が鬼眼城を動かす形で侵攻。 さまようよろいに代わる戦力としてフレイザードと同じ魔王軍最強の鎧を得た本作オリジナルモンスターの「デッド・アーマー」が投入された。 魔炎気と化した鎧化フレイザード程ではないにせよ、ポップやクロコダインが警戒するパワーとスピードに絶対的なまでの魔法耐性を備えた難敵……の筈だが、インフレの波に呑み込まれヒュンケルにあっさり一蹴された。 「ガスト」はポップ対策として大群で現れマホトーンを連打したが、フレイザードの技だった「フィンガー・フレア・ボムズ」でまとめて蹴散らされた。 ミストバーンの分身体であるらしい「シャドー」は諜報員として人間側の会議の様子を探ったり、ミストバーンの代わりに鬼岩城を操作する活躍を見せた。 ミストバーンの配下として六大軍団の中では最も長く戦い続けたものの、終盤ではアバンの使徒を除いた地上の人間達を相手するにも力不足となり魔界のモンスター達に取って代わられた。 ○軍団長 魔影参謀ミストバーン (後に2代目魔軍司令) (CV 難波圭一/子安武人) 全身を衣で覆い隠した、常時無口な男。年齢不詳。 ヒュンケルに暗黒闘気の闘法を教えた師であり、自身も相当の実力を持つ。 その正体は魔王軍の中でも知られていない。 シャドー ミ…ミストバーン様ァ~~~~ッ!!!! ミストバーンの部下で、彼が「我が分身」と呼んでいた。 彼のようなガス状物質は本来自我や意志をまともに持ち合わせていないが、資料集によればミストバーンの残滓同然の存在であるが故に、そうした力を持ち合わせたらしい。 サミット会場に潜入しベンガーナ王の影に隠れて居所を探ったり鬼岩城を操って王たちを襲ったが、その鬼岩城もろとも新しい「ダイの剣」の錆(さび)にされた。 ■超竜軍団 飛竜や地竜といったドラゴン系モンスターで構成され、その実力は六大軍団随一。 ただの竜一匹だけでも家屋一軒ほどの巨体を誇り、生半可な呪文や大砲ではビクともしない姿は戦略兵器そのもの。 堅牢な城塞国家リンガイア王国や最高峰の騎士団を擁するカール王国といった強国を一週間以内という短期間で滅ぼし、他の軍団長等やハドラーを驚愕させた。 世界一豊かなベンガーナ王国も例外ではなく、ヒドラとそれが率いる5匹のドラゴンに襲撃された際には、かつて旧魔王軍を寄せ付けなかった沿岸の砦や無数の大砲もまるで意味をなさずに突破されてしまった。6体の竜をポップとダイが仕留めなければベンガーナ王国もまた大損害を被っていたことだろう。 特にヒドラはとりわけ強力で、それまでの軍団長にも劣らないほどダイを苦戦させたが、このヒドラですら超竜軍団にとっては数居る竜の一匹に過ぎない。 なお、強力無比だが知性は無い竜軍団をバランが完璧に統率出来る理由は定かではない。ポップの重圧呪文攻撃が全く効かなかった際に「竜を束ねる将が竜を仕留める呪文程度で止められるとでも思ったか」と言っており、その圧倒的力で無理やり制してる可能性がある。 ○軍団長 竜騎将バラン (CV 石塚運昇/速水奨) 人間の壮年のような風貌の男。詳細は項目参照。 竜の群れを束ねる将だけあって自身の戦闘能力も高く、地上でバーンに逆らいうる唯一の存在とされる。 ハドラーはいつ魔軍司令の座を奪われるかと内心ビクビクしていたが、ダイとのとある共通点を知ってからはますますバランの動向に気を揉んでいた。 侵攻の際は、体そのものが破城槌に等しい竜の群に一任し、竜を退ける程の強敵が現れた時に出撃してこれを捻じ伏せる、といった戦法を採っているようである。 竜騎衆 バランは魔王軍に属さない個人的な戦力として、一人一人が六大軍団長にも匹敵する実力を持つとされる竜騎衆という陸海空に適応する側近を持つ。 いずれも死亡するが蘇生処置を施され、後にラーハルトのみが生還を果たす。 空戦騎ガルダンディー 鳥のような獣人族の魔物。残忍かつ好虐な性格。真価を発揮すれば空の覇者……らしい、かませその1 海戦騎ボラホーン トドのような獣人族の魔物。勝つためには手段を選ばない卑劣漢。恐らく水中戦では「海の覇者」という自称に恥じない実力であろう、かませその2 陸戦騎ラーハルト 魔族と人間の間に生まれたために迫害を受け、幼少よりバランに育てられた青年。22歳。 ヒュンケルの「鎧の魔剣」と同様の防御特性を持つ「鎧の魔槍」を振るう。 全キャラ中ほぼトップのスピードと槍の腕前を誇り、それを利用した衝撃波「ハーケンディストール」が必殺の奥義。 バラン並びにその息子であるディーノに忠誠を誓い、それ以外には冷徹に対処する自分を「戦闘マシン」と自認。 しかしヒュンケルとの間には戦いを通して友情が芽生え、死す時には己の魔槍を託した。 ■その他戦力 今後の侵攻に向けた最強軍団育成の目的で編成された六大軍団と異なり、後述の大魔宮には別個の戦力を配備している。 バーンパレス護衛兵等 地上よりも強力とされる魔界の魔物ばかりで構成されており、強大な戦力と目される。 ただし、ミストバーンが「数千年に渡り一人で大魔王を守ってきた」と述べていたことと、大魔宮の外周以内への立ち入りを禁じられている者ばかりであることから、近衛と呼べる程には期待されていない。バーンパレスの動力機関「魔力炉」管理者のドラムーンのゴロア、オリハルコンのチェスの駒の本来の統率者である金属生命体系怪物のマキシマムは例外的に外周だけでなく中枢に立ち入れる存在だが、それ以外では、ほぼ同様の扱いである(マキシマムにその自覚は無かったようだが)。 詳細は後述を併せて要参照。 ジャミラス まさかのジャミラス。連載当時では、最新作から魔王が出演というサプライズゲストだった。 大魔宮に控える魔界の魔物枠の一匹らしいが、地上破壊計画の全容を伝えられた上で重要施設の防衛と保全を単独で任せられていた辺り、バーンからの信頼された忠臣だったらしい。本人も任務完了=自身の死亡という事を承知したうえで事にあたっていたのが台詞から窺え、そのバーンへの狂信的な忠誠ぶりは魔王軍でも一、二を争うもの。 登場のタイミングが異なれば相応に強力な難敵として君臨したのだろうが、不意打ち即死技で瞬く間に消されたばかりか、ゲスト出演だからか後年発売の「オフィシャルファンブック」からもハブられてしまった。 【拠点】 初めに六大軍団長達が集結したのは鬼岩城と呼ばれる要塞。 軍団長の大半と鬼岩城が失われた終盤に、拠点は『大魔宮(バーンパレス)』へと移る。 鬼岩城 凶相の顔のようなオブジェが特徴的な城。 玉座の後ろに隠れた鍵穴に「バーンの鍵」を使うことで、 人 型 と な り 歩 く。 岩に覆われた鬼のように見えるその内部には堅牢な城壁や砲塔が隠されており、巨大機動兵器としても運用される。 ちなみに全高は145m。浅瀬は無論のこと海底を歩くことも可能でこれで海を踏破も出来る。出力はと言えば、大型帆船を片手で潰し、放り投げてしまうほど。 加えて、頭部の眼にあたる部位からはレーザー砲を放つ上に、胴体部には炸裂弾を放つ砲塔を92門構えている。この圧倒的火力でもってベンガーナ王国の大砲群も瞬く間に殲滅してしまった。 このように強力な移動要塞として機能する鬼岩城だが、実は本体と呼べる部位は頭部と胴体に限られる。 鬼岩城の両肩と両腿の付け根にあたる部分には魔法動力球と呼ばれる装置が埋め込まれており、これが魔力を物理的動力へと変換してただの岩の塊を四肢に変えることで、この城を難攻不落の巨人足らしめている。 耐久性能もずば抜けており、成長したポップのイオラが直撃しても頭部の極一部が欠けるのみで、地上国家においては突出した技術力のベンガーナ王国が誇る最新鋭大砲群の雨霰を浴びても、表面を覆う外皮に等しい岩が存在するだけ。 ミストバーンの言によれば、作中有数の破壊規模を発揮するこの頃のヒュンケルが繰り出すグランドクルスをもってしても、鬼岩城には大したダメージを与えられないという。 更に、肺の間と呼ばれる居室では、暗黒闘気を供給することで魔影軍団を無尽蔵に生産する機能も備えている。 弱点らしい弱点と言えば、暗黒闘気を供給し鬼岩城を操縦する者は頭部に在る玉座に居る必要があり、コクピットにあたる玉座から離れると鬼岩城全体の機能が停止することくらいだろうか。 なお、参考程度の数値ではあるが、鬼岩城のレベルは50。この数値は超魔生物と化したハドラーの初登場時と同等で、ハドラー親衛騎団も初登場時はレベル48しかない。 その規模と質量を加味すると、人類を殲滅するに十分な戦力であることが窺える。 …が悲しいかな、ダイの手に入れた最強剣の引き立て役に終わり、一刀両断されて崩壊した。 大魔宮バーンパレス 世界の北の果てにある、生物が存在しない「死の大地」。 その地下に長年埋まっていた、バーン本来の居城である。 終盤に遂に解き放たれたそれは巨大な鳥のような形をしており、大空に舞い上がる。 城全体が浮遊する岩石で作られており魔力によって一定の高度で滞空している。 バーンの超魔力によって特殊なバリアも張られていて、大陸を崩壊させる黒の核晶による爆破も防ぎ切る上に、ルーラでの行き来ができない(予め専用の処理を施すか大規模な破邪呪文での無力化が必要となる) ……知らなかったのか?大魔王からは逃げられない…!!! 完全防備の大要塞である。 ここが大冒険の終点、最終決戦の舞台となる。 詳細はバーンパレス(ダイの大冒険)参照。 この二つの城をモチーフにしたモンスターが遊戯王で出ている。 鬼岩城はそのまま、バーンパレスは浮鵺城という名前でどちらもレベル9の大型シンクロモンスター。 高いステータスを持つ鬼岩城がやられたら浮鵺城で復活させるという、原作の流れを意識したコンボが強い。 【おまけ】 劇場版第二作「起ちあがれ!!アバンの使徒」に登場したオリジナルキャラ。 ○幻夢魔道ベルドーサ (CV 平野正人) ザボエラ壱の配下を自称する妖魔士団員(幹部)で、卑劣で狡猾な性格。 普段は漆黒の鎧兜に身を包んでいるが、その正体は髪の毛が蛇になった男版メデューサのような魔物。 頭の蛇を分離させて操り、この蛇を通して相手の夢を覗く事が可能。 得意とする魔法は空飛ぶ巨大岩石蛇を生み出す岩石獣化呪文レゴームで、この大蛇は壊されてもすぐに再生する。また魔法使いでありながら、紋章を発動させたダイと互角に戦うほどの剣の使い手でもある。 メドーサボールの群れや、津波を起こしたり、蛇から炎を吐く巨大メドーサボールを配下としている。 ロモスでクロコダインがダイに倒された後、サボエラが六大将軍招集の際に、軍団長達を出し抜くための刺客としてダイ達のもとに送り込んだ。 ダイ達が泊まっている宿屋に髪の毛の蛇を送り込んでポップとマァムが見ていたアバンの夢を覗き、さらにアバンの印を偽物とすり替えた(だがダイはまだ起きていた上に、ゴメちゃんに蛇を発見されたために手を出せなかった)。 次の夜、ポップとマァムの前に鎧兜姿で現れ、夢を参考にした演技でアバンの振りをして彼らを惑わせ、ダイに兜を割られながらも、鎧の中の外見もアバンに化けていた事でダイを動揺させる。 さらに「自分は大魔王バーンの力で復活した。バーンは醜い心を持つ人間のみを滅ぼし、魔物と清き心を持った人間達が共存する平和な社会を作ろうとしている」と騙るも、ダイに拒絶されたために排除に乗り出し、アバンストラッシュ対決をして相打ちになり、偽のアバンの印を利用してポップとマァムを操るも、ゴメちゃんに偽の印を外されて阻止される。 そして正体を現してダイ達と戦った末に、紋章を発動したダイのアバンストラッシュで岩石蛇ごと斬り倒された。 以下、劇場版第三作「ぶちやぶれ!!新生6大将軍」に登場したオリジナルキャラ。 ○豪魔軍師ガルヴァス (CV 柴田秀勝) 「影の魔軍指令」と呼ばれる狡猾で残忍な策士で、ハドラーの影武者の魔族。ダイ一行の戦いの中で半分に減った六大魔将軍と度重なるハドラーの失態に対し表舞台に参上。 お抱えの「新生六大将軍」を率いて勇者ダイ抹殺のために乗り出す。 暗黒魔術でベルナの森を「命奪う決戦の森」へと変貌させ、デスカールの暗黒闘気・瘴気結界魔術で瘴気に包み、デスカールが奪ったマァムの魂を人質として、ダイ達の下に使いの小悪魔を送ってダイに瘴気除けの神魔水(と見せかけた瘴気の効果を倍増させる薬)を飲ませ一人で来るように仕向けた。 普段は六大魔将軍それぞれに『豪魔六芒星の魔宝玉』を授与しており、それによって臣下の強化を優先している。 しかし、これは本来ガルヴァスの持ち物であり、緊急時には回収して体内に取り込むことで、本来の強力な魔力を取り戻す。 本来のガルヴァスは、ヒュンケルのブラッディースクライドをも素手で受け止めていなすという竜騎将バランでも難しいであろう芸当をこともなげに披露し、『豪魔六芒槍』という魔宝玉で形成した光の槍の投擲で、ダイの仲間達を一蹴してのける。ハドラーが冷や汗を垂らすのも納得の実力者である。 しかし、マァムの魂を受け竜の紋章を解放したダイの敵ではなく、アバンストラッシュの前に『豪魔六芒槍』ごと切り裂かれて敗れ去った。 尺の都合でパワーバランスおかしくなってね?とか言ってはいけない。 ○百獣将軍ザングレイ (CV 郷里大輔) 手斧と槍に分離するザンバーアックスを振りかざす甲冑を身に纏った黒いミノタウロス。 種族は違うが、戦闘スタイルも比較的近く、能力的には唯一まともに影武者をこなせそうな人選である。 クロコダインの影武者的存在だけあってその力はクロコダインとほぼ互角。 槍でクロコダインの腹部を突き刺したものの、『肉を切らせて骨を断つ』の文字のごとく、真空の斧で突き刺されて死亡。 ○妖魔将軍メネロ (CV 川浪葉子) 青髪・青肌にナイスバディ、そしてハイレグ衣装という新生六大魔将軍の紅一点。というか魔王軍でほぼ唯一確認できる女の構成員(*3) ザボエラの影武者的存在だが、劇中でザボエラのように呪文を使った描写はない。 「かわいい子を見るといじめたくなる」という女王様的気質の持ち主で、いばらのむちを武器にダイやポップ、そしてレオナを追い詰めていく。 鞭の繰りや非常に巧みで、力自慢のマァムによるハンマースピア投擲等も軽々いなしてのけたが、妖魔司教ザボエラの影武者にしては魔法のまの字も存在しない。 その妖艶な美貌の下に隠れた植物系モンスターの本性が現れると醜悪なメドゥーサのような怪物へと変貌する。 作中では髪を切られて激昂して本性が現れたスキを突かれて、炎の魔法を帯びたパプニカのナイフを投げつけられ死亡。 ○氷炎将軍ブレーガン (CV 緑川光) 炎と氷を操る三節棍を武器とする武闘派の魔族でフレイザードの影武者的存在。 先端部に魔法を込めることで威力が倍増し、かつての不死騎団長ヒュンケルとの決闘に闘志を燃やす。 火炎魔法を込めた三節棍を駆使して接近戦でヒュンケルを圧倒し追い詰めるも、三節棍の力で火炙りにしても苦悶の声を上げつつも動ける相変わらずのゾンビな彼が繰り出したカウンター気味のゼロ距離アバンストラッシュをモロに喰らい、横一文字に肉体を両断されて死亡。 ○魔影将軍ダブルドーラ (CV 江川央生) 魔影軍団の次期魔影参謀として生み出されたリビングアーマー。 身体を二体に分離し、両肩の盾をブーメランとして飛ばし相手を翻弄する攻防一体の戦闘スタイルだが、陸海空のアバン流刀殺法を習得していたダイの二刀流で繰り出した空裂斬の前に敗れる。 ○不死将軍デスカール (CV 田原アルノ) 不死の秘法に手を染め、アンデッドと化した魔導士。ヒュンケルの影武者的存在。 このデスカールはガルヴァスの副官に相当するらしく、コイツだけ異常なまでに強い。 大魔導士マトリフをして究極の呪法と言わしめる脱魂魔法だけでなく、ベルナ森という広域を自分の暗黒闘気によって浸食する暗黒闘気・瘴気結界魔術も同時に発動してのけた。 三賢者の放つメラミも片手で易々弾き返すのみならず、六大軍団長の技すら行使する。 映画本編ではミストバーンの闘魔傀儡掌等を使い、ガルヴァスも使用可能な暗黒衝撃波は、軍団長の必殺技と同等の威力を誇る。あまつさえ、フレイザードのフィンガー・フレア・ボムズを両手で合計10発放つことすら可能。 これらの描写からしても、新生六大魔将軍の中では最強と思われる。 クロコダインの獣王会心撃とヒュンケルのブラッディースクライドをガルヴァスと共に抑えていたが、ガルヴァスがダイに不意打ちを食らった隙を付かれ直撃を受け絶命した。 ○超竜将軍ベグロム (CV 山口健) 見た目はガーゴイルだが飛竜ワイバーンを駆るドラゴンライダーでもある。バランの影武者的存在…なのだが、新生六大魔将軍の中では最弱。映画の公式パンフレットでわざわざ明言される悲惨な扱いである。 パプニカ王国襲撃の一番槍を務めながら撤退するのをよしとせず大地斬でワイバーンを倒され、撤退命令の無視とワイバーンを倒された事でガルヴァスに電撃でお仕置きされ、アジトで一番先に海破斬を受け袈裟斬りに両断される、といいとこなし。 このまま記事が荒らされれば 間違いなく恐るべき項目へと成長してしまう…!! 追記・修正せねばならん!まだヒヨコのうちに…! 偉大なる我がアニヲタとともに!! △メニュー 項目変更 この項目が面白かったなら……\ポチッと/ -アニヲタWiki- ▷ コメント欄 [部分編集] まぁ、ガルヴァスは、うん……お疲れ -- 名無しさん (2014-03-25 16 17 06) ↑「おめーのせいでワイバーン一匹死んじゃったじゃねーか!」ってブチ切れるような人材不足の組織のリーダーだからしょうがないね -- 名無しさん (2014-10-27 02 17 54) ↑一応、新生六大魔将軍についても追記。映画で見て、ベグロム弱っ!デスカール強え!メネロエロいwと思ったのはいい思い出 -- 名無しさん (2014-10-27 14 55 12) デスカール、ザングレイ、ブレーガンの3人はまぁ強いけど他3人は冗談抜きで頑張れば終盤のチウでも倒せるんじゃないかってくらいろくな奴がいない。まともに影武者になり得そうなのがザングレイくらいしかおらんし -- 名無しさん (2014-12-15 00 39 00) 魔界出身ってバーン、キルバーンぐらいで後は地上生まれの魔物なんだろう? -- 名無しさん (2015-02-16 15 16 50) ↑あとミストバーン、ザボエラ親子も。 -- 名無しさん (2015-08-09 00 33 30) 魔王軍の幹部の約半数が裏切者…なんかもう色々と始めから間違っていた根本的にどうしようもない組織、みたいに思えなくもない気がする。 -- 名無しさん (2016-03-27 00 39 33) 同じ作者のデーボス軍もそうだったよね -- 名無しさん (2016-03-27 12 46 44) ↑2決着間際のハドラーの独白通り、ホントは無敵と言っても過言ではない連中なのに、細かい所(主に信頼とか心配りとか)が大失態に繋がっていって崩れていったんだよな。 デーボス軍と共通するのは、「主に管理職が部下を活かしきれなかった」ってトコかな -- 名無しさん (2016-03-27 18 38 19) バーンにとっては暇つぶし程度の軍団だからねぇ -- 名無しさん (2016-05-10 10 31 56) どのキャラも個性や信念があって魅力的で好きだなあ。ハーメルの魔王軍は吐き気を催す邪悪しかいなかったから、嫌悪感しかなかったけど、こっちは悪役も含めてみんな好き。 -- 名無しさん (2016-05-11 12 40 05) ↑ちょっ、妖鳳軍・・・ -- 愛なんかねぇよ (2016-07-16 01 12 46) ミストバーンを除いてリーダーのハドラーも含めて幹部全員が現地採用な辺り、ダイの大冒険に出てきた魔王軍はあくまでも先遣部隊で、魔王軍の主力は魔界でお留守番してるんだろうな -- 名無しさん (2016-11-01 11 01 53) 女性キャラは、アルビナスとメネロだけだったか。 -- 名無しさん (2017-04-02 22 10 34) アニメ談義をするコラやSSはいつ頃から増えてきたのかな -- 名無しさん (2017-10-11 18 34 40) フレイザードの元ネタて妖獣ウエザースか? -- 名無しさん (2018-08-28 14 18 09) 魔族の雑兵は出なかったな。少なくとも妖魔士団には魔族の配下がいたはずなんだが -- 名無しさん (2018-08-28 22 34 41) 十二鬼月からは一人の離反者も出さなかった無惨様って何だかんだ組織づくりはうまかったんだなあ -- 名無しさん (2020-10-07 20 44 26) 新アニメでⅣ以降のモンスターも出ることが決まったけど、それも含めた構成はどうなるんだろうか。 -- 名無しさん (2020-10-08 19 31 59) そら裏切ったら死ぬし 本来なら居場所も察知されるから逃げられない 緑壱とかいうチートのおかげで無惨が弱ってる間に呪縛を切れた珠世さんは例外中の例外 -- 名無しさん (2020-10-20 21 27 49) この軍ってガンダムのジオン軍みたいに“軍人”がいないんだよなぁ。いるのは“武人”かチンピラ、ケダモノだけ。 -- 名無しさん (2020-11-13 15 14 01) あのナリで悪魔の目玉、喋るのか… -- 名無しさん (2020-11-23 00 41 42) もし今の時代に描かれてたらくらやみハーピーが百獣魔団に、ウィッチレディが妖魔士団辺りに配属されそうな気がする -- 名無しさん (2022-04-02 17 39 17) ガルヴァスは勿論、六将軍についても「そりゃこいつらのが優れてるなら、クロコダインやフレイザード押し退けて普通に軍団長になれてるよね」としか -- 名無しさん (2022-04-16 21 46 56) バーン様にとっての本命の軍団は魔界に控えてるから、例え六大軍団を全滅させられても痛くも痒くもない…はずが、それが自分達にとって最強の天敵を育てて地上国家の結束を生んだのは何とも皮肉としか -- 名無しさん (2022-11-04 22 10 16) 地上国家が結束したぐらいでは何にも怖くないが、神々の遺産が厄介だったってところだと思う。ミナカトールでパレスの結界を排除できなければあのまま終わりだった。ダイも倒して完全勝利のはずが、まさかの復活などまあ歴代魔王の理不尽をそのまま体験した結果というか。 -- 名無しさん (2023-07-14 23 29 24) 思えばよりによって「人間への明確な敵対心」なんて一番背きそうにない動機ツートップが揃って離反するとはなんとも因果な -- 名無しさん (2023-08-19 03 08 45) にんげんっていいぞウケる -- 名無しさん (2023-09-29 19 48 04) 初期構想の通りバランがバーン様の前座として六団長編でストーリー畳まれるとしたら、鬼岩城そのものが大魔王バーンだった…みたいな展開になってたのかなと思ったり思わなかったり -- 名無しさん (2023-09-29 19 58 59) にんげんっていいぞ、ハドラー(特にアバンやポップに対して)、バーン(太陽の恩恵受けてる人間っていいな)と歌いだしそうで困る -- 名無しさん (2023-10-02 02 38 47) 名前 コメント
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「なんだあれは……あれが、神だというのか?」 真・大魔王バーンと相対した時以上に、強烈に感じたプレッシャー。 クロコダインはそれを思い出し、身を震わせた。 武人として覚悟はある。それでもなお、震えを押さえるのに時間がかかるほどの異様な力だった。 クロコダインはあの巨大な化け物が言ったルールを反復する。 それは、ひたすら殺し合いをあおるためのものだった。 「だが、そうはいくものか……!」 だが、殺し合えと言われて、他者を殺すほど落ちぶれてはいない。 卑怯な手を使い、無力な相手を殺すようなことは…… ザボエラと手を組んでやったようなことは、もう二度としない。 あの場を見た感触、外見に関してはであるが人間が多くいたように見えた。 人間の力を、クロコダインは信じている。 しかし、実際問題この殺し合いに乗った人間から身を守る意味でも、無手は厳しい。 与えられたディバックを視界の隅に捕らえ、その口を開く。 「む……?」 そこで、クロコダインは気付く。 紙に刻まれた、名前の列挙。そして、不思議な金属で出来た、手甲の機構にある名前。 それを見て隻眼を見開いた。 ダイや、ポップ、アバンがいたことも驚きだが、それを上回る衝撃があった。 名簿に刻まれているのは、死んだはずのハドラー、そしてザボエラ。 さらに、手甲の中に刻まれた名は……またも、死んだはずのフレイザード。 死した魔王軍のツワモノの名が、3つ。 鉄鋼に添えられた紙をクロコダインは開き、一心不乱に読みあさる。 そこに書かれたいたことによると、この手甲は、『こんぷ』といい、中に登録された悪魔を召喚する力があるらしい。 中の悪魔は、手甲をつけ呼び出したものに絶対の服従を誓い、裏切ることはない。 小さな手甲のスイッチを押せば、呼び出した悪魔はすぐにこんぷに戻る。 飛びだす際も、そこまで複雑な手順も、力も必要ないらしい。 MAGなるものは、空間にふんだんにあるので気にしなくていい、とも。 そして、その手甲におさめられた悪魔の名前欄は…… 妖魔 フレイザード と書かれていた。 そんな馬鹿なとクロコダインは首を振る。 肉体の移し替えもあり完全に消滅し、塵も残らなかったフレイザードも、 暗黒闘気で蘇れない超魔生物となり灰になったハドラーも、 自らがとどめを刺し泡となって消えたザボエラも、 もう蘇ることなどできないはずだ。 自分に与えられたもう一つの支給品、『破邪の剣』をその手に掴む。 クロコダインは、緊張でつばを飲み込みながらも、サイズの合わない手甲のベルトを伸ばして無理に装着した。 呼び出した悪魔は絶対服従。ボタン一つでこんぷに戻せる。 しかし……あのフレイザードが人の言うことを素直に聞くなどあるだろうか。 説明書きの言葉を半ば疑い、半ば信じながらも、震える指で操作する。 大地に、黄色の六芒星が刻まれ、光の柱が立ち上る。 そして、消えていく光の中にいたのは――― 「それは……その胸のメダルは!?」 クロコダインの目の前にいるは、右に氷塊を、左に紅蓮を纏った魔物だった。 そして、胸に輝くのは間違いなく暴魔のメダル。 暴魔のメダルは、大魔王バーンが六軍団長の忠誠心を試すため、炎の中に浮かんでいたメダルである。 これを取ったのが、他でもないフレイザードだった。 この暴魔のメダルは、フレイザードにとって命の次に大切なもので、 命が消える覚悟の技を放つ時以外、どんな時も放さず持っていたシロモノなのだ。 それを持つ以上、この魔物は、間違いなくクロコダインもよく知るあの、フレイザードだ。 「フレイザード……なにがあった? 何故、お前が生きている」 しかし、フレイザードは無言。 「フレイザード! 人の話を聞いているのか!?」 フレイザードは、無言。 「フレイザード……!?」 フレイザードは、ひたすら無言。あの烈火のごとき勢いで破棄された言葉と嘲笑はない。 クロコダインは見かねてフレイザードに近づく。 炎も冷気も、近づくだけならばそこまでつらいわけではない。 暗闇で見えなかったフレイザードの表情が、クロコダインにも見えた。 そして、理解した。 「なんと……むごいことを……!」 フレイザードは、どこも見ていない。 ギラギラしていた瞳はひたすら影となり、どこも映すこともない。 口は、開いたまま閉じることがない。 クロコダインは直感的に分かってしまった。 今のフレイザードには、心がない。 心がないのでは、他人の意見に逆らうことなどできるはずがない。 クロコダインは、フレイザードのことを好ましい人物だと思っていたわけでない。 むしろ、勝利のためなら何でもするその下賤な性格を軽蔑していた。 確かに、ゲスだった。誇れるような何かがある男だったわけでない。 だが、それはないのでは、ないか。 ゾンビ系のモンスターですら、なんらかの心を持っているというに。 死者をこの世に呼び戻し、心を奪い、絶対の道具とする。 そして、他人への支給品とするなど、神であろうとも許される所業ではない……! クロコダインは、こんぷを操作し、フレイザードをこんぷに戻す。 到底、こんなものを使って戦おうという気は起らなかった。こんぷを外し、ディバックに戻す。 ザボエラも……あのハドラーも、フレイザードと同じようになってしまっているのだろうか。 「これが……! これが神のやることだというのか! 大魔王といったい何が違う!」 天に向かって、クロコダインは吠える。 絶対に、この神の言うことなど、受け入れない。 その宣誓ともいえる雄叫びが、空に響き渡った。 「うるさいな……死ねよ」 クロコダインのすぐ横が、爆発した。 魔法が飛んできた咆哮へ視界を向ける。 そこにいるは、白髪の青年。真っ赤の瞳で、こちらをねめつけている。 その背には、翼のように広がる6本の短刀。手には、深紅の大剣。 クロコダインは、破邪の剣を構えた。 「お前は……あの神の言葉に乗って殺し合うのか?」 「僕は大切なカオリのために帰らなきゃいけないんだ……さっさと死んじゃえよ!」 暗闇の中、影が交錯する。 ― ― ― フラッシュバックする記憶――― ―――そんなっ! そんな馬鹿な……僕が負けるなんてそんなはずがないっ! 切り裂かれた胸から漏れる金色の輝き。自分の存在が少しずつ消えていく感覚。 負けるはずがない! あんな自分をごまかすことしかできなった厄病神に負けるはずがない! 選ばれた存在である自分のほうがあらゆる面で上なのだ。 頭脳も、身体能力も、永遠神剣の力の引き出し方も、永遠神剣も。カオリのことをどれだけ想っているかも。 負ける理由など、あるはずがない。 そのはずの僕が、なぜあんな独りよがりな偽善者に負ける!? 必死に、カオリを探す。彼女は、自分を切り殺した男の背にいた。 駄目だ。こんな結末、絶対に受け入れられない! 死ねば、最後あの男は永遠にカオリを自分の道具のように縛り続けるだろう。 そんなことは許せるはずがない。 憎い。 憎い。 憎い。 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。 僕を殺そうとしているあの男が。カオリを僕から奪ったあの男が。あの男に力を与える永遠神剣が――― 「『誓い』! 僕から何をもっていってもかまわない! あの男を……ユウトをコロセエエエエエエエエエエエエエエ!!!」 これが、シュンが、この殺し合いに招かれる直前に見た記憶だった。 「フフフフッ……フフフ……ハッハハハハハハハ!!」 シュンは、笑う。 ここに来て最初の確信は、やはり自分は選ばれているということだった。 意識が薄れ、自分が失われることをはっきり自覚していた彼が、今こうして存在している。 しかも、今までになった力を身につけて。自分の身に溢れる、異常なまでの力。 「これなら、あの偽善者にももう負けない!」 体自体が、まるで以前とは違う。 人間という存在をはるかに超越してしまったことを彼は自覚した。 左腕が、竜の鱗のようになったことも、足の指の一本がかかとになったことも、手足のように動かせる六本の短刀も。 それに比べれば些細なことだ。姿形など、大した問題ではない。 カオリは、どんな姿、立場でも自分を受け入れてくれるだろう。――あの日の病室のように。 ディバックにあった、歪な大剣。 自分が使っていた元・第五位永遠神剣『誓い』。 それも自分の進化に合わせ生まれ変わり、第二位『世界』となった。 ユウトの第四位の二段階も上を行く永遠神剣だ。 その手に握る武器も、自分自身も、以前とは比べ物にならない。 「ほらほら剣を向けてみろよ。効くわけないんだからさ。 あははははははは……」 目の前の竜モドキの剣など、何発ぶつけようと、障壁は揺るぎもしない。 ためしに防御を解き、背中の短刀で相手の剣を受け止める練習をしてみるが、簡単すぎて欠伸が出る。 随分と竜モドキの顔には、焦りが出ていた。 剣の一本で簡単に受け止めながら、今度はすこしずつ相手を削る。 あまりの弱さ、力の差に練習にもならない。 突然、竜モドキの腕が膨れ上がる。 何をする気だろうかと思うが……シュンはあえて一切妨害せず、受け止めてみることにした。 「まあ、いい……貴様じゃ役者が不足しているが……受けてやるよ」 傲慢に、シュンは言い放つ。 本来ならここにあるはずの人格は、『世界』の、筈だった。 だが、今の彼の人格は完全に『秋月瞬』。これには、タネがある。 そもそも『統べし聖剣のシュン』とは、『秋月瞬』の精神を半ば上書き同然に融合した永遠神剣『世界』の人格を指す。 肉体こそ『秋月瞬』だが、精神はその手に握られる永遠神剣『世界』なのだ。 しかし、ここでとある事情、いや制限で逆転現象が起こった。 『世界』は、強烈な意志により人の心を塗りつぶすことすら可能な永遠神剣だ。 仮にこの『世界』の意思をそのまま放置した場合、 肉体『秋月瞬』が消滅しても『世界』が存在する限り、『統べし聖剣のシュン』は不滅。 名前こそ多少変化するかもしれないが、『世界』の人格は剣を使う他人の肉体に引き継がれる。 剣という特異な形をし、他人の体を完全に乗っ取る参加者など、殺し合いを崩壊させかねない。 故に、『世界』だけでなく『秩序』も、高位永遠神剣の意思は封印されているのだ。 その結果、エターナル『統べし聖剣のシュン』として超強化された肉体が、そのまま『秋月瞬』の意識に譲渡された。 もっとも、そんな理屈も、自分が体と意思を乗っ取られていたことすらシュンは知らない以上、 自分が意識を失った次の瞬間、ここに来たと勘違いしているわけだ。 竜モドキの二重の竜巻を、オーラフォトンであっさり弾き飛ばすシュン。 歯噛みする竜モドキを、精神的に圧倒的高みから見下ろしている。 「人間とは思えん……いったい、お前はなんだ?」 竜モドキのその質問に、シュンは笑って答える。 名簿は、一度は見た。だからこそ、ここにカオリがいないことも分かったし、あの偽善者がいるのも知っている。 そして、今の自分がなんと記名されているかも。 「僕の名は、秋月瞬……いや、『統べし聖剣のシュン』だッ!」 シュンは、大剣をゆっくりと持ち上げる。 防いで見て、体を動かしてみるテストは終わりだ。 今度は……攻撃のテスト。 「僕の力……貴様に受け切れるか? どのくらいで壊れるか楽しみだな!」 ― ― ― 「グっ……」 強い。あまりにも強すぎる! クロコダインが真っ先に抱いた感想は、それだった。 あまり剣がなれぬ武器とはいえ、全力で振るった一撃が、シュンの背中で飛びまわる一本の短刀に防がれた。 獣王激烈掌も、当たる直前に相手が軽く払った力であっさりと弾かれていた。 どうにか不意を突こうにも、異常なまでのシュンの反応速度がそれを許さない。 今のシュンは、攻撃に力を回し、ほとんど防御に力も回していない。 どうにか、一撃叩き込めれば勝ち目もなくはないはずだ。 だが、その一撃が遠い。 じりじりと、追い詰められていくクロコダイン。 相手が明らかに、慣らすように闘っているおかげでまだ生きてはいる。 しかし、おそらく相手が最初から全力で決めにかかっていたら、自分は速効で落ちていただろう。 長く、一方的な小競り合いが続く。 しかし、それも終わりが来る。 「これで……終わりだぁぁっ!」 殺す気になったのだろう。全速で、切り始めたシュン。 クロコダインの巨体が、簡単に宙に舞う。シュンが、高速でこちらへ突っ込んでくる。 防ぐのもかわすのもできない。 ここまでか……! とクロコダインが考えた時だった。 「その武器を使ってください!」 若い男の声とともに、シュンとクロコダインの間に何かが飛びこむ。 視界を向ければ、白い法衣の男が、投擲した体勢のまま、こちらを見ていた。 風を切り、クロコダインの目の前の木に、巨大な戦斧が突き刺さる。 目の前にある、その斧は間違いなく、つい先ほど自分が使っていた―― 「グレイトアックス!?」 クロコダインは考えるよりも早くその武器を掴む。 「は、そんなガラクタ一つ拾って何になるんだよぉぉぉ!」 「ガラクタかどうか、自分で受けて確かめてみるといい!!」 まったく警戒する様子もなく突っ込んでくるシュン。 クロコダインは大きく体をひねり、斧を振りかぶる。 ―――唸れ! 爆音よ! その声とともに、シュンに戦斧が叩きつけられる。 クロコダインが全力をもって叩きつけた戦斧は、 片手で握られた深紅の剣に完全に受け止められた。 その斬撃はシュンの体には届かない。 しかし、 「斧が、光っ――――?」 斧の起こす爆裂魔法は、剣で到底防げるものではない。 斧の勢いに乗せられて放たれた爆発が、因果応報に容赦なく『世界』……ではなく、シュンを襲った。 痛みで叫びをあげるシュン。 攻撃一辺倒でほとんど防御にオーラフォトンを回していなかったために、 もろに爆風を受け、吹き飛ばされていく。 その隙を見逃すクロコダインではない。 ひとたび、態勢を立て直されれば、先ほどの二の舞だとクロコダインも分かっている。 そのまま地面に転がるシュンに、大上段から振り落とされる戦斧。 目を押さえながらでも、シュンの背中に並ぶ六本の短刀が、斧を受け止め抑え込む。 そのまま力で押し切ろうとするクロコダインだが、びくともしない。 シュンは、相手を引きはがすために横薙ぎに剣を振るう。 クロコダインは、後ろに下がって距離をとる。 ちらりと、先ほど視界の影をよぎった白い男を見るが、もう姿はなかった。 なんのために自分を助けたのか一切不明だが……結果は言うまでもない。 手に入れた得物を手に、クロコダインは構え続ける。 よろよろと、顔を押さえたままたたらを踏むシュン。 うわごとのような呟きが、漏れている。 「この僕が……傷? この僕に……傷!?」 先ほどまでの余裕は完全に消え、憎しみに顔を歪めるシュン。 体を傷つけられたことにより怒気が一気に膨れ上がり、 「殺す……殺してやるッッッ!」 咆哮とともに、圧倒的なマナが暴風となって吹き荒れる。 クロコダインは、小さく汗を流した。 一気で決められなかったため、逆に相手の付け入る隙を潰してしまった。 恐ろしいまでの殺気と闘気と魔力の圧力を受けながらも、 全身に込めた闘気を全開にして、相手の出方を待つ。 防御に全力を回せば、竜魔人バランの攻撃にも一撃なら耐えてみせる。 その自分の体を信じるしかない。 斧を大地に突き刺し、風の中踏ん張りをきかすクロコダインに、シュンは宣告する。 「究極の力を見せてやる! オーラの爆発をその身に食らえッッ!!」 髪が後光を背負うように、シュンの背中から生まれる光の輪が生まれる。 クロコダインは、目を凝らし、光の中を凝視し、それを見た。 それは――六芒星などとは比べ物にならないほど複雑怪奇で、高密度に書き込まれた深紅の魔方陣だった。 高速で回転しながらさらに大きさを増し、さらに複雑さを増し、さらに輝きを増やす。 魔法陣の明滅の繰り返しに合わせ、大地が揺れ動く。 ぞわりと――瞬間クロコダインの全身に悪寒が走った。 「オォォォォラフォトンブレイク!!!」 地図が、一瞬で塗り替えられる。 ― ― ― 「あれは……!」 ロウヒーローは先ほどまで自分がいた場所を見て、感嘆の声をあげた。 森が、光のドームに覆われ、一瞬で焼き尽くされている。 メギドラオンでも、そうそうあれほどの破壊力は出せないだろう。 あの獣人の力か、それとも青年の力かは知らないが、相当のものだ。 ――おそらく、食らったほうは死んだだろう。 小さく、彼は、胸の前で十字を切る。 どちらかは知らないが、今死したもの――いやそれだけでなくこの会場の全員は、神にささげられた魂だ。 それがまた一つ神の御許へ運ばれた。 いずれ、一人を除き、全員が神の御許へ逝く。 おそらく、自分もその中に含まれるだろう。 彼は殺し合いに乗ることを決めていた。 神に仕える――いや、ささげられた身。神が命ずるのであれば、逆らう道理はない。 神の言葉は、至上の言葉。神のために生きてきた彼はすぐにわかった。 あの神が、自分がいままで信奉していた神だと。 言葉ではなく、心でそれを理解できた。 即座にこの殺し合いに乗り、この体朽ちるまで一人でも多くのものと戦い神の御許へ送るのが正しいのだろう。 けれど、彼はそうしなかった。 神の命には従い、命の狩り取りを促進させはするが、直接闘うのは避けよう、と彼は考えた。 だからこそ、負けそうになっていた側に武器だけを渡し、少しでもお互いが傷つけ合うように仕向けたのだ。 神の使徒として神に逆らうわけにはいかない。 「ですが主よ……しばしお待ちください」 だが、一人の人間としてどうしてもやらなければならないことがある。 それまでは死ねない。 ロウヒーローのやらなければならないこと、それは――彼らに会う、ということだった。 名簿に刻まれた二つの名前。 ザ・ヒーロー。そしてカオスヒーロー。 自分の名が、ロウヒーローと書かれている以上、 この呼び名を与えられた二人は、おそらく自分もよく知るあの二人だろう。 きっと、あの心優しい彼は今でも泣いているだろう。 ロウヒーローは、自分に二度目の死を与えた青年の顔を静かに思い浮かべる。 あんな時代だった。世界の覇権を戦うための戦いだった。 なのに、彼は優しすぎた。 きっと、あの不器用な彼は今でも苦しんでるだろう。 ロウヒーローは悪魔と合体した一人の青年をゆっくり思い浮かべる。 弱いことは罪ではない。彼だって、本当は優しい人間なのだ。 なのに力に拘り、弱い自分を責め、破滅まで突き進もうとしていた。 二人とも今もこの空を見て、血と涙を流しているだろう。 だから、ロウヒーローは伝えなくてはならない。 もう、苦しまなくていい。 正しくはなかったかもしれないが、決して間違っていなかった。 だから、自分を責めないでほしい。 伝わらなくてもいい。伝わるとも思ってない。 けれど……それを伝えるまで死んでも死にきれない。 「不思議なものですね……」 もし自分が神に選ばれた魂であると思っていた時期なら、こんなことは思わなかっただろう。 選ばれたものとして、その他の者全てを神に捧げようとする自分の姿は想像に難くない。 疑念なく、神の言うまま冷静に、冷酷に戦っていたと思う。 だが、今の彼は知ってしまった。 自分は神に選ばれた魂ではなく、神に捧げられた魂だと。 つまり、与えられた役目は特別なものではないことを。 それでも、神のために働こうと思ってしまうのは……やはり彼が彼だからだろうか。 【A-Ⅳ平地 1日目 深夜】 【ロウヒーロー@真女神転生Ⅰ Ⅱ】 【状態】:健康 【装備】:なし 【道具】:支給品 不明支給品0~2 【思考・状況】 基本:この殺し合いを完遂する 1.ヒーローたちに会う 2.それまでは直接戦闘は避ける 3.??? 「ふん……すこしやり過ぎたな」 自分が生み出した巨大なクレーターを背に、山を超えて瞬は進む。 遊びが過ぎた――というのもあるし、威力を上げ過ぎたというのもある。 あれなら、オーラフォトンレイで十分だった。 つい、怒りに身を任せて衝動のまま最大クラスの攻撃を撃った。 手に入れたばかりの新たな体。 さすがに、これほどまでの破壊力とは思っていなかったのだ。 だが、逆にこれで確信が持てた。 自分は、間違いなく最高の存在だと。 「あと7人か……待っていてくれ、カオリ。必ず、戻るから」 そう。たった7人殺すだけで帰ることができる。 あの厄病神も、できれば殺しておきたい。 だが、どちらも簡単だろう。 この自分の――神のごとき力を使えば。 シュンは、進む。 ぶれることなく自分の絶対を、自分の『世界』をどこまでも信じながら。 【A-Ⅳ高山 1日目 深夜】 【統べし聖剣のシュン@永遠のアセリア】 【状態】:額が切れて少し血が出ている。 【装備】:第二位永遠神剣『世界』 【道具】:支給品 【思考・状況】 基本:カオリに会うため、元の世界に帰る 1.8人を殺す(場合によっては優勝も目指す) 2.ユウトを殺す 【備考】 精神は『秋月瞬』です。 クロコダインを殺したと思っています 何もかもなくなった大地が盛り上がり、土を吹き飛ばす。 そこから出てきたのは他でもない、獣王クロコダイン。 ギリギリだったが、彼はダイとの戦いで撤退する時のように……光に紛れて大地に潜ったのだ。 光が目くらましとなり、吹き飛ぶ土がカモフラージュとなり、どうにか逃れきった。 荒れ果てた大地を見て、クロコダインは戦慄する。 「なんという威力だ……! ドルオーラと互角……いやそれ以上だ」 あれほどの強さを持つ者なら、これほど恐ろしく強力な力を行使できてもおかしくはない。 生き残れたことは、はっきり言って僥倖だったろう。 痛む体を支え、大地に立つクロコダインはゆっくり歩き出す。 あれほどのものがいるとしたら……最悪、ダイでも武器も何もなく一人きりなら危うい。 一刻も早く合流しなければいけない。 人は、街に集まるはずだ。 地図を確認した、クロコダインは、北上を決める。 目指すは……欲望の町。 【E-Ⅳ 森 1日目 深夜】 【クロコダイン@ダイの大冒険】 【状態】:疲労(大) 全身に切り傷 【装備】:グレイトアックス@ダイの大冒険 【道具】:支給品 不明支給品0~1 COMP@真女神転生Ⅰ Ⅱ 破邪の剣@ダイの大冒険 【思考・状況】 基本:神と魔王に反逆するため呪印を解く 1.ダイたちを探す。そのために欲望の街へ 【備考】 COMPに入っている悪魔は、フレイザードです。性格は虚心(つまり心がない)状態。
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■春香閣下の冷戦期世界統一 原作ゲーム あらすじ 日本 登場人物 ◎日本天海春香(あまみ・はるか) 如月千早(きさらぎ・ちはや) 萩原雪歩(はぎわら・ゆきほ) 高槻やよい(たかつき・やよい) 秋月律子(あきづき・りつこ) 三浦あずさ(みうら・あずさ) 菊地真(きくち・まこと) 水瀬伊織(みなせ・いおり) 双海亜美(ふたみ・あみ) 双海真美(ふたみ・まみ) 星井美希(ほしい・みき) 音無小鳥(おとなし・ことり) 内閣の構成 福○ ○村 史実における冷戦期の陣営構造 冷戦期の欧州の対立構造 作中における諸外国の主な構図 諸外国1(西側:資本主義)アメリカ合衆国(米の国) イギリス(グレートブリテンおよび北部アイルランド連合王国) イタリア共和国(旧ドゥーチェと愉快な仲間たちの集団) フランス共和国 大韓民国(大韓帝国なんて存在してませんよ??) 諸外国2(東側諸国:社会主義)ソビエト連邦(ソビエト社会主義共和国連邦) 中○国 その他ア○カイダ ストーリーネタバレ注意 閣下がアメリカに提案した合意事項の解説①横浜復興費用問題 用語宅配アーミー タグ アニメとアイドルは俺たちのジャスティス タグ ■春香閣下の冷戦期世界統一 原作ゲーム World in Conflict +英語版(非日本語化MOD) +DirectX9.0C環境 +拡張マップ導入済み Hearts of Iron 2 Doomsday Armageddon +英語版非日本語化(MOD導入の為) +MDS1.5(核調整済み) あらすじ 舞台はベルリンの壁崩壊によって終わる筈だった『冷戦』が終えられぬまま続いた世界の『日本』 西と東に別れ反目する世界情勢の中で翻弄され疲弊していく日本 十数名のアイドル達によって運命が変わる…… 日本 れっきとした民主主義国家。西側諸国に属するが首相の意向によって東側諸国との関わりも持つ。 作品中では非核三原則のような宣言は行っていない模様。 そして、アニメ大国の異名を持つ。アニメに関する技術では世界トップクラスである。 クーデター風に見えるが、民主主義における原則である「多数決」によって天海内閣が発足した。 登場人物 ◎日本 天海春香(あまみ・はるか) 概要 - 最近閣僚たちの前で稀にデレる - 無理難題を他のアイドル達に強要(特に律子に)した上、不平不満が然程出ていない様子 - 実家の自室を首相官邸内一角のスタジオセット裏に移築し仮眠スペースとして使用 - 最近では料理をしながら宣戦布告文を考え無ければならないほど公務が忙しい様子 - 『作戦名の酷さ』と『宣戦布告文の理不尽さ』はウルトラC級(某ゲームのネーミング改悪王並とも…) 職業 - 国民的アイドル(オリコンチャート1位を獲得) - 内閣総理大臣 - 作戦司令部【最高司令官】 +現在までの二つ名 現在までの二つ名 【第01話(_)】閣下 【第03話(後)】最上級閣下 【第03話(後)】利根級閣下 【第03話(後)】伊吹級閣下 【第03話(後)】金剛級閣下 【第03話(後)】扶桑級閣下 【第03話(後)】伊勢級閣下 【第03話(後)】長門級閣下 【第03話(後)】大和級閣下 【第03話(後)】Person of the Year受賞 【第04話(_)】敵国のくせになまいきだ or2 【第05話(前)】ピンクリボンの予備が108つ 【第05話(中)】愛用のリボン製造元を国有化 【第05話(後)】新曲がオリコンチャート1位 【第06話(_)】閣下が歩けば世界が動く 【第07話(_)】国会中継の視聴率76.5%の原因 【第08話(_)】春香チャンネル開設、回線パンク中 如月千早(きさらぎ・ちはや) 概要 - 外務大臣として世界中を飛び回り交渉を行っている - 遺憾の意を伝える手段として最近では『電話が繋がらなくなる』という現象が発生する - 最近では「笑顔で黙殺」という手段を会得したようである - 即断即決で相手国を困惑させることも多々あり 職業 - 国民的アイドル - 外務大臣 - 航空自衛隊【第二航空団(部隊長)】運用部隊【F-15J戦闘機】 +現在までの二つ名 現在までの二つ名 【第01話(_)】 【第03話(後)】踊る!!国会議事堂 【第04話(_)】極薄の妻たち~72cm板~ 【第05話(前)】 【第05話(中)】大空の彼方からの外交交渉 【第05話(後)】 【第06話(_)】機内で熱唱、傍受されYoutubeへUp 【第07話(_)】鳴りやまない電話を一撃粉砕 【第08話(_)】 萩原雪歩(はぎわら・ゆきほ) 概要 - 穴掘り(塹壕・土木工事含む)のエキスパート - 塹壕の本を愛読書にしている 職業 - 国民的アイドル - 国土交通大臣 - 環境大臣 - 陸上自衛隊【第二軍団(部隊長)】運用部隊【歩兵7個師団/指揮部隊】 +現在までの二つ名 現在までの二つ名 【第01話(_)】穴掘り免許皆伝 【第03話(後)】勲一等円匙瑞宝章 受勲 【第04話(_)】ミスタードリラー東京地盤沈下編 【第05話(前)】悪戯による破防法適用寸前 【第05話(中)】 【第05話(後)】 【第06話(_)】 【第07話(_)】 【第08話(_)】プロジェクトX最多登場 高槻やよい(たかつき・やよい) 職業 - 国民的アイドル - 農林水産大臣 - 海兵隊【調理・兵站アドバイザー】 +現在までの二つ名 現在までの二つ名 【第01話(_)】貧乏姉妹 【第03話(後)】冬のもやし革命 【第05話(前)】 【第05話(中)】 【第05話(後)】 【第06話(_)】 【第07話(_)】 【第08話(_)】 秋月律子(あきづき・りつこ) 概要 - 財務・経済産業大臣として政府の金融・経済管理を担っている - 重要ポストを兼任しその仕事量は増大の一途を辿り、眠れぬ日々が続く 職業 - 国民的アイドル - 財務大臣 - 経済産業大臣 - 作戦司令部【最高司令官】作戦・計画 主任解説役 +現在までの二つ名 現在までの二つ名 【第01話(_)】カワイイDEATH 【第03話(後)】メガネキラッ☆ 【第04話(_)】難波金融道~国会編~ 【第05話(前)】数字で世界を捕る女 【第05話(中)】ウォール街の大魔王 【第05話(後)】 【第06話(_)】書類を纏めて三千里 【第06話(_)】電卓に血飛沫が舞う 【第07話(_)】 【第08話(_)】夢見心地も本日まで… 三浦あずさ(みうら・あずさ) 職業 - 国民的アイドル - 法務大臣 - 海上自衛隊【第二艦隊(艦隊司令)】運用部隊【護衛艦18隻/潜水艦4隻】 +現在までの二つ名 現在までの二つ名 【第01話(_)】常時捜索願 【第03話(後)】捜索隊も道連れ迷子 【第04話(_)】みんなの地図-全力サポート編 【第05話(前)】 【第05話(中)】 【第05話(後)】 【第06話(_)】 【第07話(_)】 【第08話(_)】この人が迷わない地図を作れば100万円 菊地真(きくち・まこと) 職業 - 国民的アイドル - 防衛大臣 - 陸上自衛隊【第六軍団(部隊長)】運用部隊【4個戦車師団】 +現在までの二つ名 現在までの二つ名 【第01話(_)】 【第03話(後)】天高く舞う真の武 【第04話(_)】防衛の戦女神 【第04話(_)】真(まこと)・三國無双2猛将伝 【第05話(前)】多元世界でも軍人です 【第05話(中)】 【第05話(後)】 【第06話(_)】自衛隊広報用ポスター盗難数No1 【第07話(_)】 【第08話(_)】総火演のチケット入手倍率上昇の原因 水瀬伊織(みなせ・いおり) 職業 - 国民的アイドル - 厚生労働大臣 - 航空自衛隊【第八航空団(部隊長)】運用部隊【F-2B支援戦闘機】 +現在までの二つ名 現在までの二つ名 【第01話(_)】ツンデレ→永遠の輝き 【第03話(後)】デススター 【第05話(前)】ミラーハウスには立ち入り禁止 【第05話(中)】 【第05話(後)】 【第06話(_)】湯煙で曇る曇るその額 【第07話(_)】 【第08話(_)】舞い上がる光源体 双海亜美(ふたみ・あみ) 職業 - 国民的アイドル - 国家公安委員長 - 警視庁長官 - 消防庁長官 - 情報部【潜入・工作アドバイザー】 +現在までの二つ名 現在までの二つ名 【第01話(_)】 【第03話(後)】悪戯のサブプライムショック 【第05話(前)】悪戯による破防法適用寸前 【第05話(中)】 【第05話(後)】 【第06話(_)】 【第07話(_)】 【第08話(_)】雪歩と協同で硫黄島を要塞化 双海真美(ふたみ・まみ) 職業 - 国民的アイドル - 国家公安委員長 - 警視庁長官 - 消防庁長官 - 情報部【潜入・変装アドバイザー】 +現在までの二つ名 現在までの二つ名 【第01話(_)】 【第03話(後)】ものまね永世名人 【第05話(前)】 【第05話(中)】 【第05話(後)】 【第06話(_)】 【第07話(_)】 【第08話(_)】衣装だけで東京ドームが埋まる 星井美希(ほしい・みき) 職業 - 国民的アイドル - 文部科学大臣 - 海上自衛隊【第一艦隊(艦隊司令)】運用部隊【空母1隻/護衛艦14隻/潜水艦6隻】 +現在までの二つ名 現在までの二つ名 【第01話(_)】 【第03話(後)】宇宙の大いなる電波を受信 【第04話(_)】乳々白書 暗黒おにぎり武術会編 【第05話(前)】寝る娘は何処かが育つ 【第05話(中)】 【第05話(後)】 【第06話(_)】 【第07話(_)】 【第08話(_)】ゆとりが羽ばたく頃に… 音無小鳥(おとなし・ことり) 概要 - 総務大臣として、時には同人誌の執筆者として活躍する人 - 時には解説役 職業 - 765プロダクション総務課 - 総務大臣 - 自衛隊【輸送補給部】運用・仕入責任者 +現在までの二つ名 現在までの二つ名 【第01話(_)】 【第05話(前)】関東妄想族14代目総番 【第05話(中)】 【第05話(後)】 【第06話(_)】物資の発注ならKotozon.co.jpまで 【第07話(_)】第二国会図書館建設賛成派 【第08話(_)】今年の目標:秋葉原再開発計画の打倒 +日本2 +現在までの『福口康夫』の二つ名 【第02話】:ジョブチェンジ中 内閣の構成 氏名 役職名 天海春香 内閣総理大臣 如月千早 外務大臣 萩原雪歩 国土交通・環境大臣 高槻やよい 農林水産大臣 秋月律子 財務大臣 〃 経済産業大臣 三浦あずさ 法務大臣 〃 公安審査委員長 水瀬伊織 厚生労働大臣 菊地真 防衛大臣 双海亜美・真美 国家公安委員長 〃 警視庁長官 〃 消防庁長官 星井美希 文部科学大臣 音無小鳥 総務大臣 代行:秋月律子→ウィリアム・パーカー(プロデューサー) 内閣官房長官 金融担当大臣 沖縄及び北方(北海道周辺)担当大臣 下の二つの大臣は法律によって設置することが義務付けられている。 官房長官の件も含めて新アイドルが任命されることも想定される。 福○ 前内閣総理大臣。 「あなたとは違うんです」 自分を客観的に見ることが出来る(らしい)。 転職中で、現在は内閣の雑用係。 ○村 前官房長官。 グ○ンサン派 史実における冷戦期の陣営構造 (Wikipediaより引用) 資本主義陣営(西側)アメリカ大陸:アメリカ合衆国、カナダ、メキシコ、ブラジル、アルゼンチン、 ヨーロッパ:イギリス、フランス、西ドイツ、イタリア、スペイン、ポルトガル、オランダ、ギリシャ、デンマーク、ノルウェー、トルコ アジア・オセアニア:日本、大韓民国、中華民国、南ベトナム、フィリピン、タイ、マレーシア、シンガポール、オーストラリア、ニュージーランド 中東・アフリカ:イスラエル、南アフリカ、北イエメン 共産主義陣営(東側)ヨーロッパ:ソビエト連邦、ポーランド、東ドイツ、ルーマニア、ブルガリア、チェコスロバキア、ハンガリー アメリカ大陸:キューバ アジア:中華人民共和国、北朝鮮、北ベトナム、カンボジア、モンゴル、ラオス 中東・アフリカ:南イエメン、タンザニア、エチオピア、ベナン、シリア 非同盟・中立スイス(永世中立国) オーストリア、スウェーデン(西側寄り) フィンランド(ソ連寄り) ユーゴスラビア、アルバニア(共産主義圏) フィンランドはソ連寄りではあったが政治・経済面では自由主義・資本主義国 ミャンマー(鎖国下で民族社会主義政権を樹立。独特の自立体制を模索した) 資本主義陣営→共産主義陣営イラク、キューバ、エチオピア、ラオス、カンボジア、ベトナム(旧南ベトナム) 共産主義陣営→資本主義陣営インドネシア エジプト 資本主義陣営→イスラム原理主義陣営イラン 冷戦期の欧州の対立構造 冷戦期では欧州の対立も大きく関わるため記載しています。 政治的対立西側=欧州会議、北欧理事会 東側=主流派社会主義による結束 軍事的対立西側=北大西洋条約機構(NATO)、西欧同盟(WEU)、バルカン軍事同盟 東側=ワルシャワ条約機構(WTO) 経済的対立西側=対共産圏輸出統制委員会(COCOM)、欧州共同体(EC)、欧州自由貿易協定(EFTA)、欧州通貨協定(EME)、経済協力開発機構(OECD) 東側=経済相互援助会議(COMECON) 作中における諸外国の主な構図 西側諸国(アメリカを中心とした資本主義国):北大西洋条約機構(NATO) 東側諸国(ソ連を中心とした社会主義国):ワルシャワ条約機構(WTO) イギリス・北欧を除くヨーロッパ諸国:ヨーロッパ連合(EU) その他の国々はそれぞれの勢力の従属国およびどの勢力にも属さない中立国であるという可能性が高い。 ちなみに日本は西側諸国に属しているが、立場的には中立国に近いスタンスではある。 ……編集が思ったことは「これなんてダ○ルオー?」 日本が国家を挙げて機動兵器を作ってしまいそうで怖い……。 諸外国1(西側:資本主義) アメリカ合衆国(米の国) 国概要 - 【首都】ワシントンD.C - 【所属】北大西洋条約機構(NATO) - 【最高権力者】ジョージ・HW・ボッシュ 解説 - 作品の中ではある意味暴走…いや、狂気の沙汰ともいえる国 - 史実の冷戦中にこういう部分も少なからずあったようであり、ある意味史実準拠に近い - 軍内部はアニメ好きが多い(だめだこの軍、早くなんとか…いや、もう遅いか) - 横浜戦役では敵の兵站に損害を与えるため一帯を砲撃(のちに代償を払わされる) 軍事状況 - 【--話】イラク戦争を発端とし米ソ対立、冷戦から第三次世界大戦に - 【03話】イラク戦争後に旧イラク領を併合、米ソ開戦後4ヶ月で旧イラク領の半数を失う - 【06話】中国が日本に併合されたあともソビエト・イラン連合に押し捲られ中東派遣軍は壊滅 - 【09話】北欧の友邦国から部隊を上陸しソビエト首都に侵攻 - 【10話】ソビエト首都数百kmまで迫るも後退を余儀なくされる イギリス(グレートブリテンおよび北部アイルランド連合王国) 国概要 - 【首都】ロンドン - 【所属】北大西洋条約機構(NATO) - 【最高権力者】ゴードン・ブラウン?(作中未紹介) 解説 - 英国紳士に定評のある国 - 料理に関する汚名を返上すべく国家の予算(約1兆円規模)を割くほどにまで力を入れる模様 - 上記計画に68億ユーロを10/13時点のレート(1ユーロ=137円)で計算すると四捨五入で約1兆円規模を投入 - そこまでして返上……したいだろう。自分の汚名は特に(ry 軍事状況 - 【--話】威力偵察代わりか中国に侵攻する日本に対し微力ながら航空支援を実施 - 【--話】北欧の友邦国から部隊を上陸しソビエト首都に侵攻 - 【--話】ソビエト首都数百kmまで迫るも後退を余儀なくされる イタリア共和国(旧ドゥーチェと愉快な仲間たちの集団) 国概要 - 【首都】ローマ - 【所属】解説回2.5話参照 - 【最高権力者】ジョルジョ・ナポリターノ?(作中未紹介/ドゥーチェじゃないですよ?) 解説 - 地中海に面し国土の形が長靴の形に似ているのが特徴的 - 料理が美味く、パスタを主としたイタリア料理抜きにこの国を語ることなど出来ない - ドゥーチェ亡き後の遺志がここに集まり、超大型戦艦「ベニート・ムッソリーニ」が実戦配備となる(戦艦経済) 状況 - 【--話】- - 【--話】- - 【--話】- フランス共和国 国概要 - 【首都】パリ - 【所属】解説回2.5話参照 - 【最高権力者】ニコラ・サルコジ?(作中未紹介) 解説 - トリコロール国旗で、ワインに五月蝿い国 - カフェでカニカマが爆発的大人気、史実では「SURIMI」の名でフランスの食生活に欠かせないものとなっている 状況 - 【--話】- - 【--話】- - 【--話】- 大韓民国(大韓帝国なんて存在してませんよ??) 国概要 - 【首都】ソウル - 【所属】無所属 - 【最高権力者】ノムヒョン(ミョンバクではないとのこと) 解説 - 料理に辛いものが多い、キムチとかキムチとかキムチとか(ry - 日本をテロ組織と同じ危険因子と認定するような発表を行う(一体どの口でそれを言うのか) - 史実?いいえ、この作品の国や出来事は全て「フィクション」です - 日本に完全にスルーされており一切、外交的にも何にも触れられていない 状況 - 【02話】-北朝鮮と『停戦』していた朝鮮戦争が再開、こう着状態が続く - 【05話】-韓国空軍機が大挙して日本領空を侵犯、問題になる - 【08話】-韓国空軍機が大挙して再度日本領空を侵犯し、問題となる 諸外国2(東側諸国:社会主義) ソビエト連邦(ソビエト社会主義共和国連邦) 国概要 - 【首都】モスクワ - 【所属】ワルシャワ条約機構(WTO) - 【最高権力者】ウラジミール・ポーチン 解説 - 社会主義の国家群において最大規模を誇る連邦国家(各国家は独立後もソビエトと緊密な関係) - 軍隊の保有数はおそらく半端ではなく、軍の一部はPMC(民間軍事会社)化し、各国に戦力をデリバリーしている - デリバリーをビジネスにするというのは、なんという商魂逞しい人たちであろうか・・・ - 日本に完全にスルーされており一切、外交的にも何にも触れられていない 状況 - 【--話】イラク戦争を発端とし米ソ対立、冷戦から第三次世界大戦に - 【03話】イラクを併合したアメリカから旧イラク領の半分を奪還する - 【06話】中国が日本に対抗するためされたあともソビエト・イラン連合に押し捲られ中東派遣軍は壊滅 - 【09話】北欧の友邦国から部隊を上陸しソビエト首都に侵攻 - 【10話】ソビエト首都数百kmまで迫るも後退を余儀なくされる 中○国 某東方キャラの通称ではありません。国名です。首都は北京。 史実では戦後に破綻した条約を締結したことにより強力な一角を担っている…はず。 今のところは日本に好意的なコメントをしているようである。 中国料理は様々な種類があり、麻婆豆腐も地域によって辛さが異なるので要注意。 その他 ア○カイダ 史実では飛行機による某タワービル崩壊によって一躍世界にその名を轟かせた組織。 インパクトの点では某私設武装組織の登場場面を史実でやったようなものだろう。ただ、「宗教」に関する点は明らかに違いますが。 作品では米の国に「テロ国家」並みの発言を。まあ、ある意味間違ってはいませんが。 ストーリー [部分編集] ネタバレ注意 +第01話『新内閣発足』 国会による内閣不信任決議案の可決。この前段階としてクーデターがあったと思われる。 天海内閣の誕生。作中では戦後初の女性内閣総理大臣である。 アメ○リカが一方的な大義名分を振りかざし、奪還という名の侵攻作戦を開始。 +第02話『横浜戦役』 ソビエトの民間軍事会社所有の軍隊による電撃作戦により、対応にあたっていたアメ○リカ軍は大打撃を追う。 やむなく無差別砲撃を実行。その行動が大きな反動に…… +第03話『日米交渉』(前編) 秋葉原へと派兵されていた在日米軍は自衛隊に包囲。 日本に点在する在日米軍基地でほぼ全部の基地が一斉に自衛隊への再就職を決行。米軍側から言えば事実上裏切りとも言う。 理由は推測だが「アニメとアイドルが俺たちのジャスティス」を基本理念としている在日米軍の兵士たちは、他のアメ○リカ人よりも日本というカラーに染まっていたためである。哀れな名誉を負った在日米軍司令に対し、「アニメとアイドルほど怖いものはない」という言葉を送りたい。 +第03話『日米交渉』(後編) 参議院の議会場をライブ会場(仮設)に再建設。 アメリカの猛抗議に対して留守電で華麗にスルー。 アメリカとの間でラプターのライセンス生産の許可、日米安全保障条約の破棄、旧在日米軍の反逆行為に対しての不問処分を含めた4項目について同意。 中国に対して宣戦布告。 [部分編集] 閣下がアメリカに提案した合意事項の解説 ※制作者のブログより一部抜粋、ネタバレ注意 ①横浜復興費用問題 - 復興費用は旧在日米軍の装備/物資で相殺 - F/A-22を含む装備のライセンス生産を許可 - ただ冷戦が終結していない『if』の世界なので前後の両国の関係に関しては触れられてないため妥当かどうかは不明 - ライセンス生産の許可は取れた物のメンテナンス性を考えると日本の独自仕様に変更せざる終えなく、HoIで言う所の『青写真』を手に入れた状態になっている - また、08話or09話で技術開発の一覧が公開されたがステルス技術に関しては然程高くなく現存のF-22に到達出来ているかは不明 - 反面日本側も横浜の港が使用不能となり、黒煙などで羽田空港に飛行制限がかかっている事が予想され、日本側の経済的損失も大きい - また、物的損害のみならず情報資産/人的被害等も考えると妥協できる範囲内であると思われる ②日米安全保障条約問題 - 日米双方の負担を軽減のため日米双方の合意に基づき条約を破棄。ただし、戦局を鑑み軍事的共同歩調を継続 - 旧日米安全保障条約第5条に基づき米国領土の台湾に自衛隊駐留を許可を申請 - 日本にとっては条約の破棄は在日米軍に対して払っていた「おもいやり予算」の再編成が可能になることを意味する - ただし、在日米軍を吸収したことで自衛隊の維持費が増えているので財政的負担が増えたか減ったかは分からない - 台湾の自衛隊駐留は南西諸島・尖閣諸島方面における防衛の点から非常に重要で国内への被害を最小限に食い止めることが容易になった - 米軍からすれば負担軽減の案でもあるが、それ以上にラプターのライセンス生産の許可を出させてしまったことと - 在日米軍の戦力の殆どを日本に吸収されたのは大きな痛手であることには変わりない - ただ、F-22の議会での輸出規制がこの世界で適応されているかは不明 ③在日米軍雇用問題 - 再雇用という形で合意、米軍は一切関与しない - これは軍法における「敵前逃亡」および「国家反逆」の罪を過去に遡って問うことはできないことを意味する - 国籍の帰属などに関しては触れられていない ④軍事通行権の継続 - 相互軍事通行権を継続し部隊移動の円滑化を図る - 解釈次第では上空における通行権も許可されたことになるので、日本がアメリカを横断して欧州に行くことも可能である - なお、合意事項の中に旧在日米軍の基地に関することは明記されておらず、返却年数や利用法に関しては別途交渉の場が設けられる予定であるが、 - 向こうが戦略的に必要だったことだとしても明確な理由もなしに横浜市街地への無差別攻撃を行ったことと、 - 日本政府・自衛隊が敵勢力を認知していないにも関わらずそれを好機として日本政府および現内閣を転覆させようと企んだことが明るみに出た場合、 - 日本側が提案するであろう「旧在日米軍基地の土地管理については、旧在日米軍(現自衛隊)基地の兵士の居住地を確保するために最低限必要なものであり、 - 自国の軍隊を管理する日本政府としてはこれらの土地を直ちにすべて日本政府に返却するものとする」という提案を、全面的に呑まざるを得なくなる - また、07話の日ソ会談の際に米国との軍事通行権の相互供与の破棄が盛り込められ破棄に至っている 用語 宅配アーミー タグ - 民間軍事会社『ブラヴィノフ宅配サービス』のこと、ノヴォシビルスクから東京まで3時間で数個師団を派遣、究極のデリバリーサービスを展開 - 購入金額1000万ドルごとにスクラッチカードが貰え、各種サービスを受けられる模様 - 電話での注文だがユニークな商品名で盗聴されても大丈夫 アニメとアイドルは俺たちのジャスティス タグ - -
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. ■ルルニーガ仕官 フェリル党がムクガイヤ魔術師団の支配下となってから、ゴブリン達はその頭数を生かし、その版図拡大に大きく貢献していた。 フェリル島を滞りなく統一できたのもフェリル党の功績が大きいといえる。 しかし、洞主のバルバッタを始め、前衛で戦うゴブリンには粗暴なものが多く、次第に民衆の不満は大きくなっていった……。 ―ルーニック島 代官所 フェリル島を統一してからも、ルーニック島の代官所は拠点として使われていた。 現在、ファルシス騎士団とは同盟を結んでいるが、お互いとって形だけの同盟に過ぎず、隙あらば互いに名分を打ち立て、攻め入るのがわかっていたからである。 ―会議室 サルステーネ「我が君、フェリル党の件ですが、確かに、戦においては戦果はあげておりますが、素行が悪く、民衆から不満が上がっております。民衆にとどまらず、軍の中でも、ゴブリンに差別意識をもつ者は多く、このままでは……」 ムクガイヤ「やはり、こうなったか。所詮はゴブリン、全く知能の低い生き物は……」 サルステーネ「いかがなさいますか? 幸い版図を拡大したことで、我が騎士団に仕官を求めてくるものも増えつつあります」 ムクガイヤ「前衛にゴブリンを使う必要は無くなりつつあるわけか……」 ―執務室 チルク「ニースルー、この前頼まれていた、フェリル島の開拓事業の見積もりだけど」 ムクガイヤ魔術師団では、政務はニースルー一人に押し付けている、しかし、ニースルーは自分の負担を減らすため、同じくフェリル党の政務を押し付けられていたチルクを勧誘し、自分の仕事を手伝わせていた……。 チルクは頼まれて作成した見積書をニースルーに手渡す。 ニースルー「……」 ニースルー(……妥当な期間と予算……。ゴブリンは知能が低いというのが定説だけど、それは間違いね、決して低くはない、問題があるとすれば、教育機関が無い事かしら?) ニースルー「特に問題ありません。これで行きましょう。開拓に関しての現場の指揮はチルクに任せます」 ニースルー(このまま、何人かゴブリンの文官を育成できれば、政務をゴブリンに任して、私は魔道研究に時間が割けそうね……) チルク「わかった、早速、業者を手配するよ」 ニースルー「チルク、他にも政務ができそうなゴブリンの知り合いはいないかしら? もう何人か、文官が増えてくれると助かるし、フェリル島の自治をゴブリンに委ねるようムクガイヤ様に進言しやすくなるんだけど」 チルク(フェリル島の自治か……。それが可能になれば、老師も少しは見なおしてくれるかな? 手伝わせるとすれば、フーリエンとキスナートあたりか……、割と頭良いし、ただどっちもクセあるよな) チルク「いるにはいるけど、協力してくれるかはわからない、人間を嫌うゴブリンは多いから」 ニースルー「そう、まあ、簡単に溝が埋まるわけでもないし、焦らなくていいわ、後、フェリル島に教育機関、早い話、大学を作ろうと思うんだけど」 チルク「大学? って教える所だよね?」 ゴブリン達の文化は、人間より遥かに遅れており、学校の様な教育機関も病院といった医療機関も無かった。 ニースルー「そうよ、チルクに色々と手伝って貰ってわかったけど、決して、人間にひけをとるとは思わないし、人間と同等の教育機関を設立すれば、知能が低いとかそういう非難も無くなると思うの。 まあ流石に、教育機関を設立するのに、私の自己判断で行うわけにもいかないから。ムクガイヤ様に話を通すことにはなるけど」 チルク「……」 チルクは一人で熱くなっていく少女とは対象的にそんなの事が認められるわけがないと思い、特に返事はしなかったが、ゴブリンの事を自分の事の様に考えるニースルーに好感を頂きつつあった。 ―会議室 ムクガイヤ「素行の悪いゴブリンの所業を調査しておき、比較的大きな問題を起したら、それを大義に始末すればよいか」 サルステーネ「ムクガイヤ様、こちらの調査書を……」 ムクガイヤ「既に進めておったか……。後はキッカケだな」 書類には、ゴブリンが飲食店に入った時、女性ウエイトレスが猫耳をつけて応対しなかった事に腹を立て暴れたと書かれていた。 他にも意味もなく、ホアタの民衆を土下座させたり、店頭の物を勝手に食べ、それを注意されて逆ギレした報告などが纏められている。 ムクガイヤ「低俗な……」 コンコン (ドアをノックする音 「ニースルーです」 ムクガイヤ「入れ」 ニースルー「失礼します。」 ムクガイヤ「どうした?」 ニースルー「我が君、実はフェリル島にゴブリンの教育機関を設立したく、相談に参りました。 確かにゴブリンは馬鹿と思われるような行動を取りますが、それは、誰も教えないからであって、人間と同等の教育を行えば、人間と同等の知恵を持ちます」 サルステーネ「ニースルー様」 冷静に、そして少し困ったような顔でサルステーネがニースルーの言葉を遮る。 ニースルー「?」 ムクガイヤ「実はな、ニースルー、ゴブリンに対する民衆の不満が大きくなっておるのだ」 そういってサルステーネから渡された調査書を、ニースルーに手渡す。 ニースルー「こ、これは!?」 ムクガイヤ「それでだな、早い話、サルステーネが暗黒騎士団を創設し、前衛問題も改善されつつある」 ニースルー「ゴブリンはもう用済みというわけですか?」 ムクガイヤ「そういう事だ」 ニースルー「待ってください、今まで我々の盾となって闘ってきた者達にこの仕打ちは……」 ムクガイヤ「しかし、今のままでは確実に民衆の心が離れていく、問題というのは先送りにすればするほど、大きくなるものだ」 ニースルー「……」 ムクガイヤ「ニースルーよ、ゴブリンを配下に引き入れるよう、進言したのはお前だが、この件でお前を咎めるような事は決して無い」 ニースルー「我が君、一ヶ月、いや一週間、時間をください、その間に、ゴブリンの愚行を正して見せます」 ムクガイヤ「……。わかった、一週間だぞ」 ニースルー「ありがとうございます」 ニースルーはお辞儀をし、速足で会議室を去っていった……。 サルステーネ「一週間でゴブリンを正す事など、いくらニースルー様でも……」 ムクガイヤ「だが、あそこで、強引に粛清に踏み切ればニースルーとの間に溝を作る事になる、ひとまず、ニースルーに任せればよい。」 「私とて、可能性は低いと思うが、解決できるならそれに越した事はないと思っている」 バタン 血相を変えたニースルーが執務室に戻ってきた。 チルク「どうだった? ってその顔だとうまくいかなかったんだね」 ニースルーの表情を見て、大学の話は、却下されたものと思い、チルクは平然としつつも内心がっかりしていた。 ニースルー「それどころじゃないわ」 チルク「?」 ……………… チルク「何だって!?」 ニースルー「一週間までに、バルバッタ達の素行を正さないと、ゴブリンは一匹残らず粛清される」 チルク「そんな……、くそ、僕達を騙したんだな」 ニースルー「チルク、怒るのはわかるけど、今は争っている場合じゃないわ、調査書によると、主に被害が多いのはホアタだから、ホアタに行くわよ」 チルク「えっ? っちょ」 ニースルーは怒りかけたチルクを無視し、腕を掴むと強引に引っ張って現地に向かった……。 ―ホアタ 大通り バルバッタ「ヒャッハー、ムクガイヤ魔術師団、最強の戦闘集団フェリル党のお通りだぜ!」 ケニタル「おい、人間どもは頭がたけーぞ」 ツヌモ「俺らが、どなた様かわかってんのか? 人間」 ケニタル「おい、俺の名を言ってみろ」 ゴブリンは大きく分けて、二つの種に分かれる。 魔法に長け、比較的おとなしいブルーゴブリン種と、身体能力に優れ、好戦的なノーマルゴブリン種、バルバッタ、ツヌモ、ケニタルはノーマルゴブリン種であり、チルクはブルーゴブリン種であった。 人間の街で主に威張り散らしているのはノーマルゴブリン種でそれも半数にも満たない程であったが、民衆からすればゴブリン=凶悪な生き物として映っている。 チルク達はホアタに着くと、目撃情報などから、バルバッタ達を捜索、本人達が目立った行動を取っているので見つけるのに時間はかからなかった。 しかし、すぐに話合うとするのではなく、物影に隠れ、まずは調査書の真偽を確認する。 バルバッタ達は、意味もなく人に土下座させたり、店頭の物を勝手に食べるなど、報告書通りのわかりやすい愚行を見せていた。 それを見て、頭を抱えるチルクとニースルー。 チルク「ニースルー、僕が説得してくるよ」 ニースルー「あ、うん」 チルクが三人の元へ向かっていき、ニースルーはその場に留まり、事の成り行きを見守った……。 声は届かないがチルクが、何か必死で訴えるのが見てとれる。 しかし、三人は取り合わず、ケニタルとツヌモがチルクに暴行を加え、バルバッタが止めるように言ったのか、二人は手を止めて、そのまま倒れたチルクに背を向け去っていく…… ニースルー「大丈夫?」 慌てて駆けつけたニースルーが回復魔法を唱えた。 チルク「いてて。人間の犬め、って言われたよ。僕がニースルーの仕事を手伝っているのが、媚びているように見えるんだって……」 ニースルー「……」 ニースルーがチルクに政務を手伝わせるようにしてのは、主に、自分の負担を軽減するためだった。 自分のした事が原因で、溝を作ってしまい、罪悪感を感じてしまう。 しかし、チルクが政務を手伝ったのは、少しでもゴブリンの地位を上げるため、人間に自分を認めさせるためであった。 その努力が返って、義兄弟であるバルバッタとの間に溝を作ってしまう結果となった事に歯がみする。 ニースルー「ねえ、こうなったら、バルバッタ達の頭が上がらないゴブリンっていないの? 例えば父親とか……」 自分とチルクとでは説得は無理と判断して、説得出来そうなゴブリンがいないかを尋ねた。 チルク「いるにはいるけど……」 ニースルー「じゃあ」 チルク「断られると思うけど、当たって見るよ」 ―ルルニーガの住処 ニースルーはチルクに案内されるがまま山道を登っていた……。 ニースルー「そのルルニーガってゴブリンの方、そんなに強いの?」 チルク「うん、負け惜しみに聞こえると思うけど、竜王ルルニーガが陣営に加わってくれれば、あの時負けなかったって今でも思ってる」 確かに負け惜しみに聞こえなくもないが、チルクの言葉には確信めいたものを感じた。 ニースルー「どうして、フェリル党に加わらなかったの? というより、それほど強いなら、将として迎え入れる事も……」 チルク「愚かな将の下について、犬死にしたくないってさ……」 ニースルー(……確かに、バルバッタの挙兵は無謀といえたけど……) チルク「ムクガイヤがフェリル島を統一してからも一度誘ったけど、断られたよ、人間と共闘する気は無いって……」 チルク「ここだよ」 ニースルーがドアをノックしようとしたとき……。 「チルクか?」 中から声がした。 扉を開けて入ると、大柄なゴブリンが一人、その風貌はニースルーが今まで会ったどのゴブリンよりも貫禄があり、威圧感もあった。 ルルニーガ「久しぶりだな」 ルルニーガはチルクに同行したニースルーに目をやるなり…… ルルニーガ「相変わらず人間に従属しているらしいな、よりにもよって、此度の戦乱を引き起こした連中と共闘するとは……。」 「それで、何の用だ?」 チルク「ゴブリンが、戦で活躍したお陰で、少しずつだけど、地位が高くなっている。」 「このままいけばフェリルの自治権を勝ち取れるかもしれない。しかし、バルバッタ達の素行が問題視されている」 ルルニーガ「それで?」 ニースルー「このままでは、素行の悪さを理由にゴブリンを嫌う者達に大義名分を与え、ゴブリンは粛清されてしまいます。そうなるまえにバルバッタ達を説得したいんです」 ルルニーガ「人間を信用するからそういう事になる。利用されるのは始めから見えていただろうに……」 チルク「確かに、そうかもしれない、でもバルバッタが行動を起さなければ、結局、僕らは害獣として一匹残らず駆除されてましたよ。 老師も貴方もバルバッタと違って何もしなかった。 でも、今は少ないけど、ここにいるニースルーを始めとして、僕達に理解を示そうとしてくれる人間はいる。貴方にそういう知り合いがいますか?」 ルルニーガはいつもと違って強い口調で言うチルクに今までとは違うものを感じ取り、ニースルーの方に目をやった……。 ニースルー「本当です。チルクを始めとして、ゴブリンには何度も助けれました。それをこんな形で終わらせたくないんです」 ルルニーガ「……説得するだけだぞ……」 ―ホアタ ルルニーガが要請を受けホアタに着くと、そこでは、ノーマルゴブリン達が複数の人間の女性を囲いの中に入れ、ゴブリンが目隠しを付けて追いかけまわしていた。 ルルニーガは無言で、柵の中へと入っていく……。 ゴブリン「うえっへっへ、何処かな~」 人間女性「いや」 「こないで~」 ゴブリン「捕まえたっと」 ルルニーガに抱きつくゴブリン。、 ゴブリン「ん? えらく固くてがっしりした体つきだな、一体どんな女だ~?」 目隠しを取ると、そこには拳を振り上げたルルニーガがいた。 ゴブリン「ル?」 ドコ、 そのまま拳を振りおろし、ゴブリンは地面にめり込みピクリとも動かない。 ゴブリン「フェルリの竜王ルルニーガ……」 蜘蛛の子を散らす様に逃げて行くゴブリン達、ルルニーガは特に気にする様子もなく、そのままホアタの代官所へと向かう。 ……………… ケニタル「アニキ、何すかね、緊急会議って」 バルバッタ「さあな、チルクとあの女との催しだ、俺が知るか」 ツヌモ「チルクの奴、すっかりあの女にだぶらかされやがって」 バルバッタ達が代官所の会議室に入ると、会議室にはルルニーガが踏ん反り返る用に椅子に座り、ニースルーとチルクは、立って3人を待っていた……。 ルルニーガ「今日からフェリル党は俺が仕切る。お前達は出奔するか、このまま切腹するかどちらか選べ」 思いがけない来客と、いきなり三行半を突き付けられ、いきり立つ3人。 ケニタル「クッ、この野良犬が」 ツヌモ「飢えて狂ったか」 ケニタルやツヌモよりは冷静なバルバッタが口を開いた……。 バルバッタ「ルルニーガのおっさんよぉ、時代ってのは変わるんだぜ? 確かにアンタは強かった、だが常に戦場で修羅場を潜り抜けている俺達とじゃもはや格が違うんだよ」 ルルニーガ「…………」 バルバッタ「まあ、俺らがあまりにもゴブリンの強さを見せつけちまったせーで、船に乗り遅れると思って来たんだろーが、悪いがオッサンの席はねー」 ツヌモ「アニキ、このイカれた野良犬の躾は俺にやらせてくれ」 バルバッタ「そうだな、よし、任したぜ」 ニースルー「チルク、止めなくていいの?」 チルク「黙って見てて」 早速、乱闘になりそうな雰囲気を見てニースルーは不安を覚えた。 対象にチルクは冷静に事の成り行きを見守っている。 ニースルーはルルニーガの事を心配したが、チルクはバルバッタ3人の事を心配していた。 ツヌモ「へへ、そういう事だ、立ちな」 スタンドアップのジェスチャーをして、立つ事を促す。 ルルニーガ「このままでいい」 ツヌモ「な? 何だと、立って戦え」 ルルニーガ「このままでいい」 ツヌモ「舐めやがって」 ツヌモがルルニーガに向かって走り出す! ルルニーガは床に引いてある絨毯を足で引っ張った……。絨毯が引っ張られた事で、ツヌモはバランスを崩し、そのままルルニーガの方へと倒れ込む。 その瞬間、ツヌモの頬にルルニーガの蹴りが入る、器用に足で往復ビンタされてしまい、成すすべもなく地面に伏すこととなった……。 ツヌモ「ぶぷ~~~」 ケニタル「て、てめえ」 あっさりやられたツヌモを見て、ケニタルはナイフを抜き、そして、投げつけた。 しかし、ルルニーガはナイフを人差し指と中指で挟むようにして受け止めると、そのままケニタルに向かって投げ返す。 ナイフの柄がケニタルの額にぶつかり、ケニタルはそのまま大の字になって床に倒れた。 向きを変えて投げ返せば、脳天に突き刺さり、即死だっただろう。 バルバッタ「ケニタル!」 ナイフが額に当たったのを見て焦り、思わずケニタルの安否を確かめようとするバルバッタ……。 そのケニタルの方を見た一瞬の隙にルルニーガは距離をつめて、肩にポンっと手を置いた……。 ルルニーガ「残るはお前だけだぞ?」 バルバッタ「はっ!」 ルルニーガ「遅い」 バルバッタが戦闘態勢に入るよりも速く、平手打ちがバルバッタの頬に決まる。 平手打ちとはいえ、ルルニーガの剛腕で放たれた一撃は、バルバッタの顎を揺らし、脳震盪を起させるには十分であった。 ニースルー(強い! こんなゴブリンがいたなんて) バルバッタ「な、何だよ、いきなり現れて、出奔しろだの、切腹しろだの言い出しやがって」 意識が朦朧するため、頭を軽く振りながら悪態をつく。 ルルニーガ「バルバッタよ、ゴブリンはお前達の素行が問題で、粛清される事が現在、話し合われている」 バルバッタ「な!? チルク、何で今まで黙っていた!?」 チルク「この前、話そうとしたけど、取り合ってくれなかったじゃないか」 バルバッタ「うっ」 ルルニーガ「お前達に、ゴブリンの未来を担う資格は無い」 指の関節を鳴らしながら、淡々と言い放つ。 バルバッタ「はっ、ちょ……待って」 ………………… ツヌモ「あべし」 ケニタル「うわらば」 バルバッタ「ひでぶ」 ………………… チルク「ニースルー早く!」 ニースルー「はっ? は、はい」 圧倒的なルルニーガの強さの前に唖然としていた。 チルクの声で我に返り、慌てて、回復魔法をバルバッタ達にかける。 ルルニーガは何も言わずに部屋を出て行き、暫くしてから、バルバッタが意識を取り戻した……。 バルバッタ「…………。ようするに俺らが邪魔になったんだろ、だからオッサンに俺らの排除を頼んだ。俺らを消せば自分達は粛清を免れるってわけだ……」 チルク「そうじゃない」 バルバッタに対し、珍しく強い口調で言い返す。 チルク「バルバッタ達にはこれからも第一線で活躍して欲しいと思ってる。でも今のままじゃダメだ。 昔は、人間は僕達の島を奪っただけの存在だったけど、共闘を始めた時から協力者でどっちが上とか下じゃない」 バルバッタ「何言ってんだ、人間は相も変わらず俺達を見下しているじゃねーか、だから俺達が見下されないように、逆に見下してやったんだよ」 チルク「それだと、ゴブリンを排除したい連中の思うつぼだよ」 バルバッタ「何!?」 ニースルー「本当です。ゴブリンを嫌う人間からすればゴブリンが悪さをしてくれた方が話が速く進むんです」 バルバッタ「じゃあ、どうすりゃ、人間は俺達を見直すんだ?」 ニースルー「まず、素行を正し、ゴブリンを嫌う人間から非難をさせないようにします。 そして、フェリル島に教育機関を設立するんです」 チルク「ゴブリンだって、人間と同じ様に幼い頃から教育すれば、馬鹿にされなくなるよ。 それにバルバッタが言ったんじゃないか、師匠や竜王はゴブリンは人間より劣っていると思っているけど、そんな事は無い、それを俺が証明してやるって そうやって引っ張ってきたからここまでこれたんじゃないか」 バルバッタ「それはそうだが」 チルク「でも、力だけじゃダメなんだよ」 ニースルー「バルバッタさん、私達を信じてください。必ずゴブリンの社会的地位を人間と同等にします」 ニースルーは頭を下げて頼み込んだ。 バルバッタ「…………。わかったよ。でも俺はどうすりゃいい? ここを去れって事なのか?」 チルク「フェリル党の党首はバルバッタ以外にいないよ。ただ皆に素行を正すようまとめて欲しいんだ。 何と言っても、フェリル党のカリスマなんだし」 バルバッタ「それもそうだったな、よし、俺に任せとけ」 ニースルー(単純、でもこれがバルバッタの魅力なのね……) その後、一通り治療を終え、ニースルーは4人を残して部屋を出る。 廊下では、ルルニーガが壁によっかかりながら待っていた……。 ルルニーガ「終わったのか?」 ニースルー「ええ、これで何とかなりそうです。今日は本当にありがとうございました」 ルルニーガ「そうか……」 ニースルー「4人を待っているんですか?」 ルルニーガ「いや、お前に聞きたい事があってな、何故そこまで?」 ニースルー「ゴブリンを配下に加えたのは、自軍の追い詰められた状況と、ゴブリンに対する生物的な部分での個人的興味からでした」 ニースルー「理由はどうあれ、共に戦っていくなか、ゴブリンは言葉を話し、物事を覚え、仲間を想い、人間と同等という事を知りました」 ニースルー「私は破門された身ですが、元は神官です。救いの教義は種族に留まらないと感じました」 ルルニーガ「そうか……、なら何故」 ルルニーガは魔王召喚の理由を聞こうとしたが、思い止めた。 魔王が召喚されず、戦乱が起きなかったら、フェリル島はレオーム家の支配下になり、ゴブリンは害獣として残らず駆除されていただろう ニースルー「?」 ルルニーガ「それで、今後の事だが……」 ニースルー「わかってます。あくまでバルバッタの説得に協力するという事で、それ以上の事は……」 ルルニーガ「そうではない……。ワシも陣営に加えて貰えないか」 ニースルー「それは、むしろ貴方程の方に加わっていただけるなら、こんなありがたい話はありませんが、でもどうして? ルルニーガ「ワシもゴブリンの為に、共存の為に戦ってみたくなった。それにまた、バルバッタの奴が、調子に乗らないワケでもあるまい」 ニースルーはクスりと笑う。 ニースルー「そうですね、では、よろしくお願いします。竜王ルルニーガ」 その時、ニースルーにはルルニーガがほんの僅かだか、ムッとしたように見えた。 ニースルー「どうしました?」 ルルニーガ「いや、何でもない」 ニースルー「それでは……」 言いかけた時、扉が開き、4人のゴブリンが出てくる。 チルク「まだいたの?」 ルルニーガ「ワシも仕官させて貰える事になってな」 バルバッタを見て、にやりと笑うルルニーガ。 バルバッタ「げっ……」 ルルニーガ「というわけで、今後ともよろしく頼むぞ、洞主殿」 バルバッタ「お、おう、お前も出遅れんなよ」 動揺しつつも、強がって応えるバルバッタの肩にルルニーガは手を置いて去っていく……。 チルク「さ、行こうバルバッタ、やる事が沢山ある」 ■VSローイス水軍 フェリル島を統一してから、ムクガイヤ魔術師団は北上はせずに東を攻めた。 理由としては北に位置するファルシス騎士団は険悪の仲だが、同盟関係にあり互いに何かしらの大義名分が無いと戦えない、一方、東のローイス水軍は海賊であり、名分が立ちやすかったからである。 手始めに、フェリル島に一番近い、シャンタル島に侵攻を開始し制圧した。 サルステーネ「我が君、ローイス水軍が和睦を求めておりますが」 ムクガイヤ「まだ、シャンタル島を制圧しただけなのにか? 随分と張り合いがないな」 サルステーネ「レオーム家と我々との二正面作戦は避けたいのでしょう。既にレオーム家がナース島まで進軍しております。もともと海賊でレオーム家とは相入れませんからな」 ムクガイヤ「レオーム家の敵である我々の方がまだマシという事か、だが、和睦は無い、同盟ではなく従属という形にもっていかなくては、今後が大きく変わってくる……」 サルステーネ「左様でございます」 ムクガイヤ「こちらも少なくてもヒュン島まで軍を進め、それからこちらの有利な条件で降伏勧告しよう」 ゾーマ「逆らえば、そのまま潰すという事だな?」 ムクガイヤ「そうだ、相手は所詮海賊だ。だが、争わず海を支配できるならそれに越したことは無いし、兵站輸送力の強化等、利用価値はある」 サルステーネ「海戦は我々の不得手とするところ、取り込めるなら取り込んだ方が良いのは確かですね」 ムクガイヤ「そういう事だ。レオーム家がナース島まで制圧している以上、海賊に海の主導権を握らせるなど、消極的な事はしていられん。 こちらが主導権を握っていかなくては、勝ち目が無い」 サルステーネ「御意」 ムクガイヤは予定通り、順調にエルタ島と南エルタ島を攻略、ヒュン島までの制圧に成功し、そこでレオーム家と戦線が接することとなった。 サルステーネ「では、予定通り、ローイス水軍に降伏勧告をしましょう。条件はどうなさいますか?」 ムクガイヤ「こちらの傘下に入る代わりに、今後も、この辺一体の制海権は与えると伝えよ……。 ただし、略奪、密輸等の賊軍的行為は認めないがな…… ところで、ニーナナスという海賊のリーダーはどんな女性だ? 早い話美人か?」 ムクガイヤの意外な質問にゾーマとサルステーネは訝しげな顔をする。 サルステーネ「戦場で相見えた事が一度ありますが、海賊とは思えない綺麗な方でしたな……。」 ゾーマ「何だ? 美人だったら妾にでもするつもりなのか? そういう事はあまり興味のない奴だと思っていたが」 ムクガイヤ「勘違いをするな……。 今後の部隊編成を考えてな、美人であるのなら、ローイス水軍の名を残しそのままニーナナスを軍団長として迎え入れたい……」 ゾーマ「海賊をか?」 ムクガイヤ「だから、美人かどうかを聞いたのだよ。ブスならいらん。 男で、髭面、ハゲ、隻眼、刺青といった世間の想像する海賊の外見の持ち主なら軍のイメージが悪くなるから起用などありえんし、 ブレッドや赤髭がだったら周囲の士気を高めるため公開処刑だが、性格が大人しくて、美人なら周囲のウケは良いであろう?」 サルステーネ「成程、そういうことでしたか」 ゾーマ「外見で人を判断するということか?」 ムクガイヤ「違うな、これはそういう事ではない。」 「外見で人を判断するなど愚か者の行いだ、しかし、外見もまた、その者の持った一つの強さなのだよ」 「早い話、美人とぶ男では、交渉事は前者の方が上手くいくものだ……。何なら賭けて見るか? ゾーマ」 持論に絶対の自信があるのか不敵に笑うムクガイヤ……。 ゾーマ「いや結構だ、確かに言われてみればそうかもしれないな……」 クリンク島まで追いやられたローイス水軍は、レオーム家とは交渉の余地が既になかったため、ムクガイヤ魔術師団に従属を受け入れる他なかった……。 ニーナナスとそのローイス水軍はムクガイヤの狙い通り、ムクガイヤ魔術師団 第3軍 ローイス水軍として配下に加えられた。 ■VSラストニ・パクハイト ヒュン島に拠点を築いたムクガイヤ魔術師団はヒュン島とナース島の間の海域でレオーム家と交戦することなる。 しかし、互いに不得手な海戦という事もあり、戦線は膠着していた。 ムクガイヤ「もどかしいな……」 サルステーネ「我が君、こうして戦線が膠着し、睨み合いが続いている間にもレオーム家は王都を中心に直轄領を増やしておりますぞ」 ムクガイヤ「気に入らんな、やつらの腐敗が原因で挙兵したというのに、それを奴らの版図拡大に利用されておるとは……」 「だが、まずい、奴らが直轄領を増やせば増やす程、我々が不利となる。」 「ただでさえ、王都とフェリル島では経済力が違うのだ……」 ゾーマ「もうひとつ、パーサの森で、ラストニパクハイトという死霊術師率いるアンデッドの軍勢が現われ、エルフ共と交戦となった。」 「現在、あの穹廬奴がエルフに協力する形で迎え討っている」 ムクガイヤ「面白い事もあるものだな。まああのトカゲ共は野蛮で色々と敵に回しておったからな、そうせざるを得なかったのだろう」 ゾーマ「アンデッドの軍勢の中に、光弾を放ち、辺り一帯を吹き飛ばす兵器があるとの報告を受けている。 「現在そのせいか、エルフと穹廬奴側が不利の様だな」 ゾーマ「ラストニパクハイトからも、パーサからも、友好を求めてきておるが、どうする? 我々からすれば、こうして睨み合いが続く以上、どっちに味方するにしてもパーサの森をこの際、奪う他ないと思うのだが」 ムクガイヤ「無論、そのつもりだ……。 「戦の名分が立ちやすいのはエルフに加担し、ラストニパクハイトを討つ事だが、それではパーサの森は手に入らん」 ゾーマ「とはいえ、素性の知れない、死霊術師と手を結ぶわけにもいくまい」 ムクガイヤ「一旦エルフに加担し、その兵器とやらの破壊に協力する……。 破壊が終われば、この度の惨事は、エルフが森の管理を怠ったという事にしその責を負わせ、安全管理を理由に支配権を奪うとするか、エルフ達にラストニパクハイトを討伐するに当たって大々的にグリンシャスに向けて派兵するため、パーサの森の中央と西部の支配権をこちらに委譲するように伝えよ。 リザードマンは血の気が多く信用できないとし、穹廬奴とは手を切るようにも伝えておけ、後、その例の死霊術師は生け捕りにせい」 ゾーマ「わかった。それで誰を使者に向かわせ、誰に任せる?」 ムクガイヤ「そうだな、レオーム家は引き続き、我々本軍とローイス水軍で当たり、それは、フェリル党にやらせよ。海に置いておいてもしょうないし、森は獣の方が幾分よいだろう」 ゾーマ「ふっ……」 ゾーマは犠牲が大きいであろう任務はまずゴブリンにやらせてみるというムクガイヤの冷徹な判断に失笑した。 こうして第2軍 バルバッタ率いるフェリル党はパーサの森に派兵された……。 ■アスターゼ仕官 ムクガイヤ魔術師団が海域でレオーム家と交戦する中、ニースルーとヨネアはルーニック島に配備され、ファルシス騎士団の警戒と政務及び、魔術の研究を行っていた。 ―ルーニック島 代官所 執務室 ヨネア「王都に帰れるのは一体いつになるのかしら」 ヨネアは執務室で愚痴をこぼしていた チルク「随分と荒れているね、ヨネア」 ニースルー「まあ、中々、思う通りにいかないしね、現在は、ファルシスを警戒してルーニック島に配備されているけど、何の進展もないし……」 チルク「…………」 ニースルーは王都に戻れない事が、ヨネアの荒れる原因と言ったが、チルクは、親友であるニースルーがヨネアの相手をしない事が原因と思っていた。 ヨネア「ねえ、ニースルー、仕事はいつ終わるの?」 ニースルー「そうね、フェリル島の開拓事業や、教育機関設立に向けてやらなきゃいけない事があるし、今日も深夜まで……」 ヨネア「え~、今日も~? 貴方、政務をあんなに嫌がっていたじゃない」 チルク「そんなに、ニースルーが遅くまで仕事をするのが不満だったら手伝えば?」 チルクは特に仕事をするわけでもなく、執務室にいるヨネアに苛立ちを感じていた。 ヨネア「何よゴブリン、ニースルーに気に入られているからって調子に乗って」 チルク「仕事をしないなら、執務室から出てってくれる? 自分の研究所があるだろ?」 ニースルーはヨネアのために、予算を割いて小さな研究所をルーニック島に作っている。 ただ、設備もろくに用意できない状況では、王都で予算を湯水の如く使って研究していたヨネアを満足させるには至らなかった。 ヨネア「碌に魔術書もない状況で、何を研究しろっていうのよ! 低能なゴブリンにはわからないでしょーけどね」 差別的な発言が親友の口から出てきて、思わずビクっとするニースルー、状況が荒れるのは好ましくない。 しかし、ニースルーの心配とは裏腹に、チルクは失笑していた。 ヨネア「何よ、その笑いは」 チルク「一つ聞きたいけど、魔王を召喚したのってヨネアでしょ?」 ニースルー「そ、それは……」 魔王召喚をしでかしたのは、ムクガイヤ魔術師団の仕業というのは周知の事実だが、しかし、魔術師団としてはその事実は否定してきた。 何を聞かれても、知らぬ存ぜぬ、クーデターを起したのはレオーム家の衰退と魔王降臨がその好機と判断したという事に表向きはしてある。 当然、後から加わったゴブリン勢にも、そういう説明がなされていた。 チルク「いや、何も答えなくていいよ、その顔で十分」 ニースル「うっ……」 ヨネア「だったら、何だっていうのよ」 ニースルーとは対象的に、ふてくされたように答えるヨネア、ニースルーと違ってヨネアは政治には興味が無い。 むしろ、魔王召喚に成功した偉大な魔道師と思ってもらいたいくらいだった。 チルク「召喚魔導論……。を読んだよね?」 ヨネア「あら、ゴブリンから魔法の論文の名前が出てくるなんて以外ね、勿論読んだわよ」 チルク「だろうね、だから、笑ったんだよ」 ヨネア「!? 何でそれで笑われなきゃいけないのよ」 ヨネアはチルクに笑われた意図を読めず、苛立ちを感じ始める。 チルク「それを書いた、アスターゼはゴブリンだからだよ」 ヨネア「なっ!?」 ニースルー「うそ…」 ヨネア「ふん……。騙されないわよ。私を担ごうって気ね、確かに驚かされたわ」 ヨネアは冷静を保とうとしていたが、動揺しているのが見てとれた。 チルクは何も言わず、自分の使っている机に置いてある本を取って、得意げにヨネアに渡す。 チルク「はい」 ヨネア「何よこれ」 チルク「昔アスターゼの弟子をやっていた時に、アスターゼの書いた魔術書の写本、修行の一環としてね僕が書いた」 ヨネア「アンタがアスターゼの弟子? 嘘よ……。素人なら、騙せるでしょうけど、ヨネア様の目はごまかせないわよ、確かにアスターゼは素性の知れない変人で、郵便などを使って誰にも姿を見せないってのは有名だけど。 アンタの汚い字で、こんな適当に書かれた……」 といって、ヨネアは写本のページをパラパラと斜め読みをするが、数行読んだだけで口を閉じ、真剣な眼差しで読み始めた……。 チルク「これで、納得した?」 すっかり夢中になり黙り込んだヨネアに、先ほどの非礼を認めさせようと話しかけたが、ヨネアは読書に集中しており、声は全く届かなかった……。 ニースルー「ちょっと、ヨネア」 ヨネア「ん? ごめん、ニースルー、部屋に戻るわ」 ヨネアはそういうと本を読みながら、自分の部屋に戻っていく……。 チルク「…………、ちゃんと返してよ(ボソッ」 ニースルー「ちょっとチルク、アスターゼが貴方の師だってこと、何で今まで黙っていたの? ムクガイヤ様は優れた魔術師なら、死刑囚だろうが、禁忌の闇の魔法を習得していようが、破門された神官でも登用する方よ?」 チルク「子供の遊びには付き合えないって言われててね、それに僕も破門された身だし」 ニースルー「でも、アスターゼは確かに、王都の魔術アカデミーでも天才としてその実力を認めらているし、ゴブリンに人間を認めさせられるには格好の人物じゃない」 チルク「確かにそうなんだけどね、また話してみるよ」 ニースルー「ねえ、私もついて行っていい?」 チルク「別にいいけど何で?」 ニースルー「そりゃあ、謎の多い大賢人に会ってみたいじゃない」 ………………………… 翌日、チルクとニースルーはフェリル島の山奥にあるアスターゼの住まう庵を訪ねた。 現在庵には住み込みで、修行している弟子が2人いる。 ハウマン「お久しぶりですチルク」 チルク「久しぶり、ハウマン、マタナ」 アスターゼ「チルクか。そろそろ訪ねて来るとは思っておった」 チルク「そうですか、それでは話は早い」 アスターゼ「まさか、ゴブリンと人間が共に戦うとはのう」 チルク「まだ、問題は山積みです。ですから是非、老師のお力を借りたく……」 アスターゼ「わかっておる。マタナ、ハウマン、チルクに協力して上げなさい」 ハウマン「わかりました」 マタナ「喜んで」 チルク「老師にも加わって欲しいんです」 アスターゼ「わかっておる、しかし、折角、お前やバルバッタの力でここまで来たのじゃ、少し名の知れたワシが協力すれば、お前達の努力が水の泡になる」 チルク「何故ですか?」 アスターゼ「ワシが加われば、ゴブリンを快く思わない認めない者からすれば、ワシだけが認められる存在としてゴブリンという種族を否定するだろう、 お前やバルバッタの様な、無名のゴブリンが認められてこそ、ゴブリンという種族が認められるのじゃ」 チルク「そんな……」 チルクは言い返そうとしたが、かつてバルバッタの言った言葉を思い出す。 『ジジイやオッサンはゴブリンが人間よりも下だと思っている。だからジジイやオッサンよりも劣る俺がそんな事は無いって証明する』 確かにルルニーガがフェリル党の全軍の指揮をとり、アスターゼが全面的に知恵をかせば、ムクガイヤ魔術師団の助けになるだろう。 しかし、それは、ルルニーガとアスターゼだけが認められる結果となり、若い世代の芽を摘むことにもなりかねない。 結果として、ゴブリンという種族が認められるわけではないという事だろうか。 ニースルー「それなら、育成では協力していただけませんか?」 アスターゼ「育成?」 ニーズルー「はい、今、私とチルクとで、フェリル島に教育機関の設立に向けて動いております。 「大学ができれば、当然、教える者が必要になります。貴方がチルク達に任せようとするのは、先ほど言った事もありますが。 「真意は、若い世代の可能性を考えての事でしょう? なら育成に携わるのは問題ない筈です」 アスターゼ「そうか、お主がニースルーか……」 ニースルー「申し遅れました。でも何故私を?」 アスターゼ「ルルニーガの奴から聞いた。ゴブリンと人間の共存に奔走している者がいてその者に心を動かされたとな……」 ニースルー「そうでしたか」 アスターゼ「大学といったな、当然、できれば魔術の学科もできるのじゃな?」 ニースルー「勿論です」 アスターゼ「わかった、協力しよう」 アスターゼの庵を後にした帰り道……。 チルク「ありがとう」 ニースルー「どうしたの?」 チルク「いや、僕一人だったら、老師の協力は得られなかったと思ったから」 ニースルー「どういたしまして」 大賢人と呼ばれたアスターゼの仕官は、フェリル島の教育機関の設立の歩に拍車をかける事となった。 ゴブリンに対し、偏見を捨てつつも、積極的に友好を深める気がなかったムクガイヤも一人の魔術士として、アスターゼをリスペクトしていたからである。 ■レドザイト仕官 ―ルーニック島 代官所 ニースルーがアスターゼ、ルルニーガを仕官させてからというもの、 文官にはフーリエンとキスナートが加わり、魔法の研究者としてマタナ、ハウマンが加わり、武官として、ムッテンベル、ポイトライトが加わり、ゴブリンの人材が充実した事で、その成果も数字に表れて始めてきていた。 また、ルーニック島に逃げ込んだ時と比べて、代官所の執務室は賑やかになっている。 ニースルー一人しか政務を行う者がいなかったのが、今ではフーリエン、キスナート、チルクが加わり4人となったからである。 ヨネア「う~~」 (楽しそうね……。でも政務なんてわからないし、私もああやって、自分の研究を手伝ってくれる助手が欲しいわ) となりの芝生が青く見えるのか、ヨネアはゴブリンと執務をこなしているニースルーが楽しそうに見えていた。 ヨネア「そうだ、私って天才、手伝ってくれる者がいないなら、召喚すればいいのよ、なんてたって魔王を召喚したんだから」 独り言を言いながら、ポンっと手を打つ。 早速自分の与えられた研究室に戻り、魔法陣を床に書き始める。 ヨネア「魔界にいる悪魔を呼び出すのは、色々と大変だけど、既に現世に来ている悪魔を召喚する分には少ない魔力で出来る筈……。 魔王召喚してからというもの放浪している悪魔を見たって話も聞くし……」 召喚魔法を唱え終えると、魔法陣からつむじ風が巻き起こり、部屋中が煙で見えなくなる。 ヨネア「成功……よね?」 煙が巻き上がったので、何が起きたのか見えないが、確かに魔法陣から新たな者の魔力の波動を感じた……。 煙が晴れるとそこにはお面をつけた小さな女の子がいる。 レドザイト「えっとね、なんじか? あたしとけいやくしたいのは?」 召喚されるのは初めてなのか、必死に台詞を思い出す様にして喋る小さな悪魔。 ヨネア「ちょ……子供?」 ヨネア「契約? あっそっか」 「物語とかでよく、悪魔って人間と契約交わしているもんね、あれって事実を元にしてたんだ」 (ってことは、何を要求されるのかしら、伝承とかだと人間の魂ってのが多いけど……) ヨネア「その前に、見た所子供の様だけど、何ができんの?」 「それと支払いは現金でいいのかしら? それとも人の魂とか?」 ヨネアに意地の悪い質問攻めにされ、慌てだす小さな悪魔。 ヨネア(魔法の研究を手伝える有能な悪魔が欲しかったけど、無理そうね、まあ、研究補佐は無理でも研究対象になら成り得るかしら) レドザイト「えっと、えっと、冷気の魔法が得意。 後は、猫大好き、ベビーカステラも好きだよ」 ヨネア(本当にガキね、甘いものとかわいいものが好きだなんて。まあ良い買い物かも……) ヨネア「わかったわ……、子猫を一匹と、カステラを一年につき365個、買ってあげる。だから、あたしに仕えるのよ?」 レドザイト「うん、いいよ、よろしくね、おねえちゃん」 無邪気に笑いながら、契約をまるでわかっていないような感じである。 ヨネア「よろしくね、私は偉大な闇の賢者ヨネア様よ、貴方は?」 レドザイト「レドザイト、あたし、頑張るからね」 レドザイトの無邪気な子供の笑顔とは対象的に、ヨネアの笑顔は悪魔の笑顔だった……。 ■ポポイロイト仕官 ニースルー「ねえヨネア、前から気になっていたんだけどその子って……」 ヨネアが買い与えた子猫と戯れるレドザイトを見て、疑問を口にする。 ヨネア「そう、悪魔の子……、召喚して契約したの」 ニースルー「本気? 悪魔と契約を交わすなんて」 ヨネア「大丈夫よ、見た目通りのガキだから、カステラと子猫で取引に応じたわ、子供だけど魔力は高いし、戦いもできる。安い買い物よ」 そういって、腹黒く笑うヨネアを見て、ニースルーの表情はひきつった。 ニースルー「…………」 ヨネア「本当は、私の研究を補佐してくれる悪魔を召喚したかったんだけどね、助手には成り得ないから、また召喚しないといけないんだけど」 ニースルー「ヨネア、悪魔を陣営に加えるなんて、いくらなんでも危険よ。確かに戦力になるとは思うけど」 ヨネア「大丈夫よ、そんなに心配しなくても、やばそうなのが来たら、契約せずに送還すればいいんだし。」 「大体、ニースルーだって、人とかゴブリンとか気にしなかったじゃない。」 「ゴブリンが良くて、悪魔はダメってどっからくるわけ?」 ニースルー「いや、悪魔は流石に……。もともと現世にいる生き物でもないし、少なくても、ムクガイヤ様に了承を得たほうが……」 ヨネア「何でよ? そもそも自分とこの王を始末するのに、魔王を召喚するなんて無茶言い出したのはあいつよ? 「おかけで、王は死なない、レオーム家と 魔王軍の双方から恨みを買うし……、 「その結果、都落ちして、こんなしょぼい研究所で研究する始末」 ニースルー「ごめん、ヨネア」 ヨネア「あっ……。違うのよ、ニースルーが用意してくれたこの研究所に不満があるわけじゃないの。」 「ただ、王都で研究した時に比べてやれることが限られているから……」 ニースルー「そう……よね」 ヨネア「とにかく心配しないで」 ニースルー「ヨネア、これだけは約束して、やばいの召喚して収拾つかなくなったら、必ず私に相談する。約束よ?」 ヨネア「わかったわ、やばい状況に追い込まれたら、必ず相談する」 その言葉を聞いて、少し安心する。 レドザイト「大丈夫だよ、おねえちゃん、あたしがついてるもん」 いつの間にか近くに来ており、会話に交ろうとするレドザイト。 ニースルー「そう? ヨネアの事を頼んだわよ」 ニースルーは思わず人間の子供の様に頭を撫でた。 レドザイト「うん」 ニースルーは、純朴そうなレドザイトを見て少し安心したのか部屋を後にする。 ………………… ヨネア「さて、魔法陣はこれでOKだし、やりますか」 前回と同じように、部屋が煙に包まれ、煙が晴れると、レドザイトと同じような悪魔の子供がいた……。 ヨネア(また、子供か……) ポポイロイト「ねーねーダッコして~」 レドザイトが無邪気にニコニコしているのに対し、新しく現れた悪魔は、何処か邪気を含んだようなニヤニヤとした笑顔であった。 ヨネア(それにレドザイトと違って、クソガキそう。まあ、戦力にはなるかしら?) ヨネア「単刀直入にいうわ、貴女に仕官して共に戦って欲しいんだけど、何で支払えばいいかしら?」 (お菓子だと楽でいいわね、生意気にも魂が欲しいとか言い出したら、ゾーマの魂でも差し出そう、あいつは元死刑囚だし、誰も困らないわよね) ポポイロイト「ポポの遊び相手になって欲しいの~」 ヨネア(遊び相手って、これまた格安、一文もかからないじゃない、いやまて、子供とはいえ悪魔、契約内容をよく確認しないのは危険よね) ヨネア「遊びって何かしら、まさか大人の遊びじゃないわよね?」 ポポイロイト「ポポを抱っこしてくれたり、鬼ごっこして欲し~な~」 ヨネア「そんなのお安い御用よ、契約成立ね」 ポポイロイト「わーい、じゃあ、早速……」 ヨネアは反射的に身を引いた。 何かよくわからないが危険を感じ取ったのである。召喚の時に使った魔法の杖の先が何故か無くなっていた……。 とっさに向かってくるものを杖で防ごうとして、何かが爆発したのだ。 しかし、爆発がわからないのは、爆音を認識する前に、鼓膜が破れてしまい、音が聞こえなくなったためである。 ヨネア(一体何が!?) ポポイロイトの方に目をやると、ポポイロイトが複数になっていた。今も尚分裂するように増えていく……。 ヨネア「なっ!?」 ヨネア(まずい、あの分身に触れると爆発するんだわ) ポポイロイト「100人のポポから逃げてね、おばちゃん」 黒い笑顔を浮かべ、それを見てヨネアはぞっとした。 軽はずみで悪魔を呼び出し契約した事を後悔する ヨネア(ごめんね、ニースルー約束守れなかったみたい……) 分身が一斉に向かってくる。激しい爆発音が鳴り響いた。 ヨネア(生きてる!?) レドザイト「大丈夫? おねえちゃん」 レドザイトが主の危険を察知し、ポポイロイトの分身からヨネアを冷気の魔法で守ったのだ。 ヨネアは自分が守られた事を理解すると、レドザイトの手を掴みそのまま出口に向かって走った。 追ってくる分身はレドザイトが冷気の魔法を唱え続けなんとか凌ぐ、外に出ると、エクスプロージョンを唱え、残った分身を1体残らず吹き飛ばした。 ポポイロイト「てへ、分身つきちゃった、おばちゃんの勝ち~」 ポポイロイトには全く殺意が無い感じで、自分が何をしたのかわかっていないようだった。 ヨネア「こら、いきなり始める奴があるか? それに鬼ごっこはどっちが鬼かどうかをまず決めてからやるものよ」 「それに、あたしはおばさんじゃない!」 ヨネアはポポイロイトにごつんと拳骨を入れる。 ポポイロイト「ぶー、おばちゃんのバカー」 涙目になったポポイロイトはそういって飛び去った。 ヨネア「レドザイト、悪いけど、今度から貴方があの子と遊んであげてね」 レドザイト「うん、いいよ」 面倒な事はレドザイトに押し付けると、強力な特技を持った悪魔を手に入れた事に嬉しさを隠しきれない半面、残骸と化した研究室を見て、ため息を吐くヨネアであった。 ヨネア「ふぅ……。けど、助手には成りそうにないわね、研究室は大破するし……」 その時ヨネアは気付いていなかった……。 レドザイトとポポイロイトを遊ばせる事で、ポポイロイトがレドザイトに悪戯を教える事を……。 ■ラングトス仕官 ヨネア「ぜえ、ぜえ、レドザイトをポポイロイトの遊び相手にしたのは失敗だったわね、レドザイトまで悪ガキになりつつあるわ……」 ヨネアはポポイロイト召喚時に殺されかけたため、次の召喚に二の足を踏んでいた。 しかし、日に日に大きくなる、子守の負担に、次の悪魔を召喚して、そいつにどうにかさせようと考え始めていた。 ヨネア「ニースルーに何かあったら、相談してとは言われているけど、流石に子守してとはいえないし……。危険だけど次の召喚を試みる事にする」 研究日誌をつけながら、記載する内容を口ずさむ。 ヨネア「レド、ポポ、来なさい」 屋内を走り回ってカクレンボをしている2人を呼び、何かあった時のために備えさせる。 ヨネア「いい? クソ生意気な悪魔が現れてあたしに何かしようもんなら、貴方達二人でそいつをボッコボコにするのよ?」 「それこそ、思いっっっきり鬼ごっこしてあげていいから」 レドザイト「うん」 ポポイロイト「楽しみ~」 召喚魔法を唱え終え、いつもの様に煙が噴き出し、あらたな魔力を持った存在がその場に現れる。 「ライブの始まりなんだってヴぁ」 それは、召喚された悪魔の声だろう。ハスキーな声とともに部屋が光に包まれた。 光り輝く精霊が現れたかと思えば、悪魔はそのままギターの演奏を始める。 悪魔たちの音楽なのか、ヨネアにとっては初めて聞くジャンルの曲だった。 ヨネア(今度は物凄いイロモノが来たわね、流石にこれの面倒は見れないわ) 強制送還の魔法の詠唱を始めるヨネアとは対象的に、レドザイトとポポイロイトは楽しそうにノリノリでラングトスの演奏と歌をきいている。 ヨネアが強制送還の魔法を唱えようとした時、ラングトスの演出なのか、周囲の床が爆発した。 ヨネア「これは!?」 それは、ヨネアの使う闇のSSクラスの魔法、エクスプロージョンによく似ていた。 爆発の規模はヨネアの物に比べ、小さいものであったが、演奏中に何度も使われる。 ヨネア(エクスプロージョンではないけど、それと似た魔法を短時間中に何度も使っている!?) エクスプロージョンはその威力のため、術者への負担が大きく、一日に一回が限度である。 それを良く似た魔法を小規模なものとはいえ連発してみせるラングトスは、研究者としてのヨネアの心をくすぐった。 ヨネア(研究し甲斐がありそうね……) ヨネア「中々だったわよ、今の演奏」 とりあえず、適当に誉めながら、ラングトスとの交渉に入ろうとするが、ラングトスは特にヨネアに興味は無い感じで……。 ラングトス「バンド組もうZE」 とだけ言った。 ヨネア「バ……バンド!?」 ヨネア(バンドってあれよね、少人数のメンバーがそれぞれ違う楽器を担当して演奏し、曲を作る連中) (それを組もうって言ったの?) (お金や魂がかからないのはいいけど、難題よね) ヨネア「も……勿論いいわよ。 ここにいるレドザイトとポポイロイトがそれぞれ、カスタネットとタンバリンができるから。これでバンド結成よね」 レドザイト「タンバリンってなあに?」 ラングトス「ふざけるんじゃないんだってヴぁ」 ラングトスは持っているギターぶん回して暴れ出す。 ヨネア「ちょ……ちょっと暴れないで」 ラングトス「ベースとかドラムとかそういうのだってヴぁ」 ヨネア「わかったから、落ち着いて……。現世でバントを組もうと思ったら事務所に所属する必要があるの」 ピタっと、動きを止めて、ヨネアを見る。 ヨネア「私が事務所を作ってあげるわ、何かと便利よ、メンバーも仕事も探して貰えるしね」 ラングトス「…………」 ラングトスは疑うような目つきでじ~っとヨネアを見ている。 ヨネア「というわけで、契約書もってくるからサインお願いね」 ヨネア(何とかなりそうね) ヨネア「これが契約書、さサインして」 ラングトス「………………」 ラングトスは何も読まずにサインすると思ったヨネアの思惑とは違って、ヨネアが契約書にさりげなく盛り込んだ毒素条項に尽く修正を入れていく……。 ヨネア(うっ……こ…こいつ。できる) 一通り、ヨネアに都合のいい内容の修正が終わると、無言で契約書を突き返す。 修正したから、『上記修正に相違ありません ヨネア』と一筆入れろといわんばかりに……。 ヨネア(くそ……。しょうがない、いつまでにメンバーを用意するっていう約束は書いていないからとりあえずサインして、適当な悪魔を召喚してそいつをメンバーにするしかないわ) ヨネアは、渋々ラングトスの修正した契約書に一筆を入れ、それを見届けると、ラングトスもサインした。 ヨネア(ラングトスって言うのね、バンド名はジャンキージャンクか……。ヤクとかやってんのかしら?) ラングトスがヨネアの知らない魔法を唱えだす。 そうすると、契約書が複製され、一枚を自分の懐に入れ、一枚をヨネアに渡した。 ヨネア(イカレた奴かと思ってけど、意外としっかりしているのね……) ヨネア「はあ……。子守問題も解決してないし、メンバー探しか……。まあいいわ次の召喚で逆転してやる」 ■ドラスティーナ仕官 ―ルーニック島 代官所 ヨネアの研究所 ラングトスが仕官してからというもの、連日連夜ギターの演奏をし、文官達から苦情が殺到していた。 ニースルーは代官所の敷地内の母屋から離れたところに、新たにヨネア用の研究所を建てさせると、ヨネアにそこで研究するように言い渡していた。 ヨネア「神様ラザム様、子守のできる悪魔が来ますように、それがダメなら、せめてドラムかベースの演奏ができる悪魔が来ますように……」 神の祈りと願いを終えると5度目の悪魔召喚を試みる。 例の如く、もしものために、3人の悪魔は部屋の外で待機させていた。 いつものように煙に部屋が包まれるが、あからさまに今までとは違う強烈な魔力の波動を感じ取る……。 ヨネア(この力! かなり高位の魔族が来た?) ドラスティーナ「人間如きが私を呼ぶなんて、どんな命知らずかしらね」 ヨネア(ついに……、悪魔らしい悪魔が来た) 思わず努力が報われた事に感動し、拳を握りしめ涙を流すヨネア。 ドラスティーナ「私を呼び出したワケを聞かせていただこうかしら? どこかの国でも焼き払うつもり?」 自身の力に対する、絶対的な自信からか、物騒な事を言い始める……。 ヨネア「現世に来ているから知っているとは思うけど、今は戦乱の世。強い力を持った者が一人でも多く欲しいの(キリッ」 ヨネア(今、本当に欲しいのは子守だけど、私に仕えさせた後、子守を命じるのが得策、ついでにバンドのメンバーもやらしちまえ) ドラスティーナ「そう……要するに私に仕官しろって事ね? それで貴方は私と契約するだけの代償を払えるのかしらね?」 ヨネア「そうね、あたしが貴方の友達になってあげる」 ドラスティーナ「クスッ ふざけているのかしら? タダで働くとでも?」 ヨネア「友情は金でも魂でも買えないわ、悪魔と友達になってあげなきゃいけないなんて、人間にとってこれ以上の屈辱(代償)はないわ」 ドラスティーナ「面白い事をいうのね貴方、私を召喚してコケにしたのは貴方が初めてよ」 ヨネア(流石に無理があるか……) ヨネア「わかったわ、じゃあ百歩譲って、強力な魔導師の魂をあげる」 ドラスティーナ「それじゃダメよ、ゾーマっていうのは貴方にとってどうでもいい存在の魂でしょ? そういうのは悪魔にとって何の価値もないの」 ヨネア(記憶を読まれた? これが高位の悪魔の力!?) 闇の魔法には、メンタルサックやナイトメアといった他人の精神に関わる魔法が数多く存在する。 それが高位の悪魔が使うとなるとこういった事もできるようだ。 ドラスティーナ「そうね……、貴方にとって正に賭け替えの無い魂となると、ニースルーっていうの? 貴方の大切なお友達は……」 ヨネア「あ?」 表情がひきつり、怒りを露わにする。 ドラスティーナ「クスッ。良い顔ね、でもそれが悪魔との契約ってモノよ?」 ヨネア「心を読んだのならわかるでしょ、払えるわけがない」 ドラスティーナ「別にまだ契約したわけじゃないし、引き返す事もできるわよ」 ヨネア「ねえ、悪魔の社会って完全な縦社会よね? 強い者には絶対服従」 ドラスティーナ「まあ、大体そんな感じね。下位の悪魔が高位の悪魔に逆らうなど許されない事よ、それがどうかしたかしら?」 ヨネア「つまり、あたしが貴方をしばけば、貴方に何の代償も払う事無く、貴方を仕官させられるのね?」 ドラスティーナ「本当に面白い子ね、じゃあ、負け方が勝った方に従うって事でいいかしら?」 ヨネア「それでいいわ、契約成立ね」 ドラスティーナ「灰塵になっても恨みっこなしよ」 ドラスティーナがそういうと、空間に炎の渦が出来き、一振りの剣が現れる。 ヨネア「ポポイロイト、この人と思いっきり鬼ごっこしてあげなさい」 ヨネアは待機させていたポポイロイトに向かって叫んだ。 ポポイロイト「ほーい」 研究室の扉が破壊され、ポポイロイトの分身がなだれ込む……。 ドラスティーナ「な!?」 不意と背後を取られ、ドラスティーンはわずかに動揺するが、ドラスティーナの剣が炎に包まれたかと思うと、火炎を放ち、分身を手前で爆破させ凌いでいく……。 レドザイトが素早く接近し、ブリザードブレスを放った。 ドラスティーナ「ちょっと、どういう事よ? 3人がかりなんて卑怯じゃない」 ヨネア「うるさい、うるさい、うるさーい、誰も一対一だなんて言ってない」 ラングドス「それに、俺もいるんだってヴぁ」 ドラスティーナの頭上でギターを振り上げているラングトス。 ライブエクスプロージョンを唱え、建物全体に爆音が鳴り響いた……。 ―執務室 研究所で起こった戦いで、ガタガタと建物全体が揺れている チルク「うるさいなぁ」 ニースルー「はあ、また派手な爆発系の魔法の研究でもしているのかしら?」 チルク「離れにしたのに、ちっとも解決しない、もう、代官所の敷地外にした方がいいんじゃないか」 ニースルー「それだと、流石に予算が……。 ちょっと、見てくるわ、休憩を促して、少し話してみる」 ニースルーは席を立ち、ヨネアのいる離れに向かった……。 ドラスティーナ「やるわね、一対一と思わせ、数人がかり、それに別の悪魔を既に味方につけていた事にも驚いたわ」 ヨネア(強い……) ドラスティーナ「でも、前衛がいないのが致命的。デーモン種を味方につけていなかったのが貴方の敗因よ」 ヨネア「まだ、負けてないわ」 ドラスティーナ「この状況で、逆転できるとでも?」 既に、ラングトスとポポイロイトはリタイヤしており、ドラスティーナの火炎をなんとかレドザイトの冷気で防ぐのが精一杯になっていた。 ヨネア(とんだ泥仕合ね、こうなると身体能力の高い方が有利……。まさか、ポポイロイトの分身を切り抜けるなんて……) ドラスティーナ「潔く負けを認めたらどうかしら? 貴方面白いし、直ぐに殺すなんて真似はしないわよ?」 ヨネア「ここは私の研究所、私は闇の魔法エクスプロージョンの研究しているの……」 ドラスティーナ「だったら、使えばいいじゃない、それで私が倒せるなら……」 ヨネアは研究所の大破を避けるため、広範囲の魔法は使っていなかった。 それはドラスティーナも気づいていたが、仮に使われたとしても、それに耐えうるだけの力は持っていた。 ヨネア「残念ながら、私のエクスプロージョンだけじゃ、アンタは倒せない、でも……」 壁に背を向けたまま手を伸ばし、壁についているレバーを倒す。 ガタンと音がし、何かが作動する。 扉のあった所と窓に鉄格子降りてきて、研究所が全体が封鎖された。 ヨネア「私の研究は禁忌だから、もし何かあった時のためにいつでも証拠を闇に葬れるよう、研究所には自爆装置が仕掛けてあるの」 ドラスティーナ「貴方も死ぬわよ?」 ヨネア「バカね、私はエクスプロージョンが使えるのよ。」 「爆発の瞬間に合わせれば相殺できるわ、でも貴方はどうかしら? 2重の爆発に耐えられる?」 ドラスティーナ「ちっ」 舌打ちをし、魔法の発動を阻止しようヨネアの方へ向って駆けてくる ヨネア「生きていれば、今日からアンタは私の部下よ。」 「エクスプロージョン」 力ある言葉が解き放たれ、研究所が大爆発をおこした……。 ―庭 ニースルー「ヨネア……。やってくれたわね……」 ニースルーは爆発を見ても、身の心配はしていなかった。 爆発の原因はヨネア自身の魔法によるものであろうから、術者が吹き飛ぶ分けはないと。 ニースルー「全く勝手な事ばかりして……」 ぶつぶつ言いながら、爆煙の上がる方へ歩をすすめる。 ドラスティーナ「や……やるじゃない……。流石に今のは死ぬかと思ったわ……」 全身真っ黒になり、それでも尚、膝をつく事無く、その場に佇む悪魔貴族。 ヨネア「ふ……ふん、アンタも、思いのほか頑丈ね……。あの爆発に耐えるなんて」 ヨネアは魔力を使い果たし、立っているのがやっとの状態であり、一方、ドラスティーナはふらふらとした足取りではるが、ヨネアの方へ近づいていく……。 ヨネア(これでも倒せないなんて、万策尽きたって感じね……) ニースルー「ちょっとヨネア、幾らなんでもやりすぎよ」 ヨネア「げっ……。ニースルー」 ヨネア(いや! そうよ! ニースルーに加勢してもらうのよ、あいつもフラフラだしこれで勝てる) ドラスティーナ(新手がまだいたとは……。) ニースルーはそのまま、ドラスティーナの方へ歩いて行き……。 ニースルー「新しく召喚された悪魔の方ですね、いつもヨネアがお世話になっています」 礼儀正しくお辞儀をした。 ドラスティーナ(あの子の親友だというから、どんな電波かと思ったら、うって変わって礼儀正しい子ね) ニースルー「向こうにお茶とお菓子を用意してあります。どうぞこちらへ」 ドラスティーナ(現世のお茶か……。どんなものかしらね?) ドラスティーナ「そうね、いただこうかしら」 ヨネア「ちょっと、アンタ、決着はまだ、ついて……」 その時、ヨネアの服が引っ張られる。 ヨネア「レドザイト?」 泣き出しそうな顔で首を横に振る。 子供なりにこれ以上戦うのは危険と伝えているようだ。 ヨネア「くっ……」 ヨネアはとりあえず、2人の後を追った、ドラスティーナはニースルーに連れられ、紅茶と茶菓子を馳走されていた。 ドラスティーナ「あら、良い香り」 ニースルー「この紅茶はベルガモットといいます。お口に合うかしら?」 2人はその後、紅茶について楽しそうに語りあう、ドラスティーナは淑女として振る舞い、特にニースルーに何かすることは無かった。 ヨネア「何よ、随分と楽しそうね……」 遠目で、楽しそうに紅茶を嗜む2人を見て、複雑な気分になる。 ちょっとしたお茶会が終わり、ドラスティーナはニースルーが視界からいなくなるのを見届けた後、ヨネアの方を向き直る。 ヨネア「まだ、決着はついていないわ」 ドラスティーナ「そうね。続きやる?」 ヨネア「くっ……」 お互い魔力は空に近い、体力も互いに限界、それこそ子供の喧嘩の様に、意地の張り合い、殴り合いになれば、明らかにドラスティーナに分があった。 ドラスティーナ「ねえ、この勝負は引き分けって事にして、普通に雇ってくれてもいいのよ?」 ヨネア「どういう風の吹き回し? 悪魔からそんな言葉が出るなんて」 ドラスティーナ「ちょっと、現世というか貴方達に興味が持てただけよ、貴方と居れば退屈から解放されそうだしね」 ヨネア「…………」 ドラスティーナ「とはいえ、タダ働きなんて私のプライドが許さないから、報酬は貴方達の主、ムクガイヤっていうのね、それの給料と同額、それに月一回のティーパーティーを行う事、これが条件よ」 ヨネア「わかったわよ……。それでいいわ。契約成立ね」 ヨネアはムクガイヤの取り分が幾らなど全く知らなかったがOKした。 ドラスティーナ「では、あらためて私はドラスティーナよ。これからよろしくね」 ヨネア「よろしく……」 握手を交わす2人……。 それを見たのか、復活したポポイロイトがやってきて、ドラスティーナに抱きついていくる。 ドラスティーナ「何よこの子、いきなり抱きついてくるんじゃないわよ、馴れ馴れしいわね」 ポポイロイト「ポポのママになってくれるんでしょ?」 ドラスティーナ「!?」 ヨネア(バカ! まだ早い) ドラスティーナ「どういう事よ!?」 ヨネア「えーっと」 ヨネアは人差し指と人差し指をつけながら困った顔をする。 ドラスティーナ「いいわ、思考を読めば」 ヨネア「あっ、こら、人の記憶を読んだりするのは禁止よ」 ―回想 ポポイロイト「もっと遊んでよ~、つまんなーい」 レドザイト「つまんな~い」 ヨネア「う~、今度来る人が、貴方達のママになってくれるから、思いっきり甘えるといいわ」 ポポイロイト「ほんと?」 ヨネア「ほんとにほんと」 レドザイト「たのしみ~」 ラングトス「それより、俺のメンバーはいつになるんだってヴぁ?」 ヨネア「順序ってモンがあんのよ上手くいけば、それも今度かな」 ラングトス「…………」 ヨネア(チビ共はともかく、この目は疑っているわね早くしないと……) ドラスティーナ「何よそれ! 貴方、私を子守にするどころか、あの、 やかましい、 おかしい、 いたましい、 3拍子揃った奴と、バンドを組ませる腹積もりだったの?」 ヨネア「……(コクリ」 ドラスティーナ「さて、魔王軍にでも仕官してこようかしら」 そう言って、美しい翼をはためかせ、飛び去ろうとするドラスティーナの足をガシっと掴む……。 ヨネア「待ってよ、契約成立しているじゃない、契約反故は高位悪魔の名折れじゃないの?」 ドラスティーナ「うっ……。そ、そうよ、これは夢よ、夢なのだわ」 ヨネア「こらっ! 現実逃避するな!」 ドラスティーナ「何処に、高位悪魔に子守とバンドのメンバーやらせる奴がいるのよ!」 ヨネア「うるさいうるさい、アンタは私に雇われているんだから、子守もメンバーも仕事なんだから黙ってやりなさいよ」 いつまでもいがみ合う二人、ニースルーはその口喧嘩をする2人を遠目で見ていた。 ニースルー「よかったわねヨネア、良い友達ができて……」 ■キオスドール仕官 ヨネア「ホントにいるんでしょうね」 ドラスティーナ「いるわよ、私より遥かに子守に適した悪魔が」 今回、次の召喚を提案をしたのはドラスティーナだった、その悪魔に貧乏くじを引かせるために。 ヨネア「いくら子守が得意でも、伝承とかに出てくる外見がグロい奴とかでっかいハエとか、いらないんだけど」 ドラスティーナ「大丈夫よ、見た目は二十歳前後で女性で美人だし、性格も大人しいわよ。シャルロットっていうんだけど、私が現世に来た時、魔力を感じたから、こちらに来ている筈」 ヨネア「大人しい子なんているの」 ドラスティーナ「いるわよ、気弱で、自分が悪くなくても謝ってしまうタイプ、いわゆるグズな子よ」 ヨネア「確かに、子守とかには向いてそうね」 ドラスティーナ「でしょう? それに潜在能力は決して低くは無い筈よ、悪魔にしてはめずらしく回復魔法も使えるし、 デーモン種だから、ラングトスとかよりも頑丈、ただ性格面の問題でいつまでたっても奴隷階級なんだけど」 ヨネア「ふーん」 喋りながらも魔法陣を書き終え、魔法を唱える。 するとそこには血だらけの女が立っていた。 ドラスティーナ「………………」 ヨネア「………………」 「これ?」 ドラスティーナ「ちがうわよ!」 ヨネア「ちょっと何で血まみれなのよ? それとも血糊? 何かの演出のつもりかしら?」 マビドレ「何で、血がついているかって? それは人を殺しちゃったからだよ」 ヨネアはドラスティーナに視線を送る。それに応え、首を横に振るドラスティーナ。 ヨネア「あのね、男は基本馬鹿でいらないけど、馬鹿な女も平等にいらないの。というわけで強制送還」 召喚とは逆の魔法を使って、マビドレを何処かに飛ばした。 ドラスティーナ「どこに行ったの?」 ヨネア「さあ? 二度と会いたくないし、ここからなるべく遠くに飛ばしたつもりだから、パーサの森の僻地にでもいるんじゃない」 ドラスティーナ「そう、というか、召喚って指定できないの? ルーゼルを召喚したのって貴女なんでしょ?」 ヨネア「魔力の高い低いである程度選ぶ事はできるけどね、完全な指定は無理よ。有名でもなければ、会った事もないんだし……。」 「それより、次いってみよう」 数撃てば当たる方式で、召喚魔法を唱えていく。 ヨネア「何この軽薄そうな男? 死神でも気取ってんのかしら? 女に相手にされなそうなかわいそうな奴ね」 ヨネア「外見が生理的に無理、ドーピングとかどうでもいいから」 ヨネア「筋肉馬鹿は手玉にとられやすいからいらないの」 ヨネア「あのくだらない研究をする奴は一人で十分」 ヨネア「何コレ、ミイラ!?」 片っ端から召喚しては片っ端から送還するヨネア。 ヨネア「ちっ……。碌な悪魔がいないわね」 ドラスティーナ(今まで悪魔に物怖じしない人間は何度か見たけど、悪魔をここまで上から目線で見る人間は初めてね、感嘆とさせられるわ) ヨネア「本当にこっちに来ているの? その悪魔、一向に出てこないんだけど」 ドラスティーナ「来ているのは確かよ、ひょっとしたら、召喚を拒否しているのかも」 ヨネア「拒否?」 ドラスティーナ「悪魔は普通、召喚されれば面白がって、それに応じるんだけど、何か理由があってそこを離れたくないのよ」 ヨネア「へ~」 ドラスティーナ「例えば、すでに魔王軍に仕官している悪魔だったら、召喚に応じようものならルーゼルに処刑されるしね」 ヨネア「魔王軍にとられちゃったって事?」 ドラスティーナ「あんな気弱で奴隷階級の悪魔をルーゼルが登用するとは思えなかったけど、そういう事なのかしらね」 ヨネア「残念、じゃあ、次試みて、ダメだったら諦めるわ。戦場で出会う事があれば生け捕りにすればいいんだし」 ドラスティーナ「それもそうね」 ドラスティーナ(ちっ……。子守から解放されると思ったのに) 気を取り直し、再び召喚を試みる、煙が上がり新たな魔力の波動を感じた……。 ドラスティーナ(シャルロットではないわね……。あーあ) 煙が晴れるとそこには10代半ばくらいの少女が立っていた……。 キオスドール「うふふ、召喚していただき誠にありがとうございますわ」 ヨネア「また子供か……。でもあのチビ達と違ってしっかりしてそうね。この子で召喚自体、最後にしようかしら」 ヨネア(この外見は淫魔って奴よね、まあ、男がどうなろうと知ったこっちゃないし、別にいっか) ヨネアは礼儀正しい態度から、少しだけ期待を寄せている。 ドラスティーナ「ヨネア、あの子はやめた方がいいわ」 ヨネア「何でよ? チビ達みたいに、面倒かけそうには見えないわ、大体魔力の大きさからしても貴方より格下じゃない、何を警戒してんのよ?」 ドラスティーナ(確かに魔力は私より下……。でも何か、こう悪魔とは違った異質な者を目の前にしているかのような……) ドラスティーナ「ふん、別に、警戒なんかしていなわよ」 ヨネア「じゃあ、決まりね」 「知っていると思うけど、今は戦乱で一人でも多く、強い者が欲しいのよ。仕官して貰えないかしら? 物足りないかもしれないけど、契約は人間と同様でお金の報酬となるし、勝手に男を垂らし込んだりしないでね淫魔さん」 キオスドール「ええ、それで構いませんわ、今後はキオスドールとお呼びください」 ヨネア(あら? やけに聞きわけいいじゃない) ヨネア「キオスドール、それで大人の男の相手は得意そうだけど、女の子供の相手はどうかしら?」 キオスドール「うふふ、面白い事をおっしゃいますわね、勿論かまいませんわ」 ヨネア(凄く良い子じゃない) ドラスティーナ(裏があるのは間違いないけど、一体何を企んでいるのかしらね) ヨネア「ポポイロイト、レドザイト」 ポポイロイト「は~い、何~?」 ヨネア「今度から、このお姉さんの言う事を良く聞くのよ? 良い子にすれば色々と遊んでいる貰えるからね」 レドザイト「うん」 ポポイロイト「よろしく~」 キオスドール「うふふ、よろしくね、それではヨネア様、契約成立という事でよろしいですわね?」 ヨネア「ええ、いいわ。所で楽器は得意?」 キオスドール「ピアノが少しだけできますわ、ただ、ラングトスちゃんのお眼鏡に適う程ではありませんの」 ヨネア(色々とこちらの事を知っている様ね……) こうして、キオスドールがヨネアの陣営に加わった。 ■銀の夜明け団結成 ―ルーニック島 ヨネアの研究所 ヨネア「皆揃ったわね(キリッ」 ヨネア(こうして見ると、少し壮観ね、それにどいつもこいつも曲者揃い……) ドラスティーナ「一度に全員集めるなんて珍しいわね、どうしたの? どっかの国でも焼き払う気になった?」 ヨネア「いや、あたし達も人数増えたし、今日はヨネア様率いる悪魔の軍勢の部隊名でも決めようかと思って」 ポポイロイト「しにがみおうこく~」 レドザイト「えっとね、ねこねこていこくがいいな」 ヨネア「却下」 ラングトス「ジャンキージャンク」 ヨネア「却下、それ、アンタのバンド名でしょうが!」 キオスドール「うふふ、夢魔の巣はどうかしら」 ヨネア「風俗じゃないから!」 ドラスティーナ「そうね、薔薇のネ……」 ヨネア「却下! てか、もう決まっているの!」 ドラスティーナ「だったら、先に言いなさいよ」 ヨネア「アンタ達が勝手にアレコレ言いだしたんでしょうが!」 ドラスティーナ「それで、なんてつけたの?」 ヨネア「銀の夜明け団、ヨネア様率いる悪魔の軍勢は今日から銀の夜明け団と名乗りを上げる事にするわ」 ポポイロイト「ぶ~、なにそれ~」 ヨネア「異論は認めない」 キオスドール「うふふ、面白い事になりそうですわね、わたくしゾクゾクしてきましたわ」 ドラスティーナ「これがどうして、面白い事になるのよ?」 キオスドール「あら? ご存じありませんの? 銀の夜明け団と言えば、10年前に壊滅した、闇の魔法を研究する秘密結社……」 「おそらく、そんな組織を壊滅させる事ができるのは、今、魔王軍討伐に動いているラザムの使徒……」 「そんな組織が復活したとあっては、ラザムのとる行動は?」 ドラスティーナ「……。つまり、ラザムを敵に回したって事ね」 キオスドール「戦いは避けられませんわね、きっとヨネア様の首を狙ってきますわ……」 ドラスティーナ「ふん、そんなことは私がさせないわ」 ヨネア「さあ、行くわよ皆の者。」 「いい加減ルーニック島で、ママゴトしているのは飽きたわ。まずはあの生意気なファルシス騎士団をぶっ潰す!」 びしっと指をさし、ポーズ決めてみせるリーダー、それに応えるかのようにラングドスは進軍ラッパの如くギターを演奏する。 レドザイトとポポイロイトは興奮しはしゃぎまわっている。 キオスドールは冷笑しており、ドラスティーナだけが真剣に戦略を練る……。 ドラスティーナ「ねえ」 ヨネア「ん?」 ドラスティーナ「ふと思ったんだけど前衛が私しかいなくない?」 ヨネア「そうね」 ドラスティーナ「いや、『そうね』じゃなくて」 ヨネア「あんた、一人いれば十分じゃない」 ドラスティーナ(こいつ……。ここで私が憤慨すれば、大したことないのねとして丸め込むつもりね) ヨネア「ドラスティーナ、あたしは貴方に期待してるのよ。前衛なんて貴方一人いればいいじゃない」 ドラスティーナ「……。まあ、そういう事にしておくわ……」 ―ムクガイヤ魔術師団 本軍陣営 サルステーネ「我が君」 ムクガイヤ「どうした?」 サルステーネ「ヨネア様が、銀の夜明け団と名乗り、悪魔の部隊を編成されたとの報が届きました」 ムクガイヤ「ほう……。悪魔の軍勢とはヨネアらしいな……。」 「しかし、銀の夜明け団といえば、闇の賢者を排出していた秘密結社、やはり繋がりがあったのか……」 「まあ、ヨネアは常人には少し理解しがたい行動を取るが、決して馬鹿ではない好きにやらせておけ」 サルステーネ「ははっ」 ―ラザムの使徒 陣営 イオナ「銀の夜明け団……、生き残りがいたのね」 「おそらく此度の魔王降臨にも関わっている……。」 「率いるは悪魔の軍勢、ラザムとしては、ムクガイヤ魔術師団も討伐対象にしなくてはならなくなりましたわね」 ―ファルシス騎士団 陣営 ロイタール「悪魔の軍勢とは……。あのクズ共の考えそうな事だ」 ホーニング「どうする? 今は互いに静観を決め込んでいるが、実質あの時結んだ同盟など、もはやどうでもよいもの」 ロイタール「無論、相手が悪魔の軍勢を率いているとなれば、それを討伐するにあたって騎士道に反するという事もあるまい。」 「クックリー卿、宣戦布告だ。悪魔の軍勢を率いる、ムクガイヤ魔術師団の一角、銀の夜明け団を討伐する」 クックリー「わかった」 ―ルーニック島 代官所 ドラスティーナ「貴女が名乗りを上げたせいで、早速ファルシスから宣戦布告が届いたわよ」 ヨネア「望むところよ。それともドラスティーナ、怖気づいたの?」 ドラスティーナ「バカおっしゃい。」 (私の仕事が多そうなのが気になるけど……) ヨネア「さあ、行くわよ、これは銀の夜明け団の初陣なんだから是非とも勝利で飾らなくてはね」 ドラスティーナ「はいはい」 ■ラストニパクハイト陥落 サルステーネ「フェリル党がグリンシャスを制圧したとの報が入りました」 ムクガイヤ「援軍を乞う事なくやるとはゴブリンと言えど侮れぬものよ」 サルステーネ「フェリル党には中々優れた武官がいるようですな」 ムクガイヤ「穹廬奴とエルフの動きは?」 サルステーネ「予想通り、森の返還を求めてきております。穹廬奴はレオーム家との進行を防ぐため、エルフとは袂を分かっておりますが互いに眼前の敵の為、交戦には至っていない模様」 ムクガイヤ「フェリル党に予定通り、エルフに降伏を促し、傘下に入る様に伝えよ。拒否すればそのまま攻め落とせとな」 サルステーネ「御意」 その後、バルバッタ(実質ルルニーガ)率いるフェリル党はエルフ達を降伏させ自軍に取り込み、穹廬奴征伐に乗り出す。 フェリル党はエルフ達に武器を取って戦う事は強要せず、戦場に立たせる場合はあくまで衛生兵として、敵兵を殺させる様な真似はしなかった……。 ■重臣ルルニーガ ルルニーガが、その功が認められバルバッタを凌ぐ重臣として扱われるのに左程時間はかからなかった。 フェリルの竜王ルルニーガの武勇は止まる事をしらず、サルステーネに次ぐ武官として扱われるまでに至る。 しかし、ルルニーガはあくまでフェリル党の洞主はバルバッタとし、軍事面において絶対的権限を持っても、それ以外の事はバルバッタを立てた……。 ―ルーニック島 代官所 執務室 ニースルー「ねえチルク。ルルニーガさんって何で竜王って呼ばれているの?」 チルク「何でって、そりゃ強いからでしょ」 ニースルー「でも、あの外見じゃ、竜王っていうより獣王って感じじゃない?」 「それに前、竜王って呼んだら、嫌な顔されたし、少しひっかかるのよね」 チルク「確かに、あの呼び名にはちょっと事情があるし、正確には『竜王』じゃなくて、『フェリルの竜王』なんだよね」 ニースルー「どういう事?」 チルク「本人が嫌がるから、話したくなかったけど、まあいいか……。」 「あれはまだ、レオーム家が入植する前の話なんだけど」 ―回想 フェリル島、沖 2人のリザードマンが小舟で島に降り立つ……。 ゲルニード「先生、この地は?」 ジェイク「ここはフェリル島といって、ゴブリンの住まう島よ」 ゲルニード「大陸にそのような場所もあったのですね。しかしゴブリンと言えば、弱い事で有名な、いずれは人間に支配されましょう」 ジェイク「ゲルニードよ、どの種族にも寵児という者はおるぞ?」 ゲルニード「しかし、いくら天賦の才に恵まれた蟻がいようと、恐竜に勝つことはできません」 ジェイク(若いな……) 二人はそのまま島を見て回る……。 しばらくすると、ガサッと草の音と共に、茂みの奥から武装したゴブリンの子供達が現れた。 バルバッタ「ヒャッハー。珍しいな……。リザードマンかよ」 ツヌモ「観光する場所を間違えたな、ここは大陸でもっとも危険な所なんだぜ?」 「アニキィ、どうしてやりましょうか? 俺から世の中の厳しさ、いや、フェリル島の過酷さってやつを教えてやってもいいっすかね」 チルク(絡む相手、まずってないかな、リザードマンて凶暴で危険っていうし……) ゲルニード「雑魚共が、絡む相手を間違えたな……」 ゲルニードは剣を抜こうとし、それをジェイクが手で制した……。 ジェイク「ゴブリンの子供よ、我々は旅をしているだけだ、危害を加えるつもりはそこを通してもらえまいか?」 バルバッタ「旅だぁ~? わかってね~な~。ここを通りたきゃ金がいるんだよ~」 そういうと、バルバッタはジェイクに飛びかかり、手にしたショートソードで斬りかかった。 バキンッ その瞬間、バルバッタの手にしたショートソードは半ばからポッキリと折れ、刃は宙に舞っていた……。 ドスッ そのまま、バルバッタの足元に落ち刺さる。 バルバッタ「なっ…なにしやがった……」 ジェイクの左手にはダガーが握られている、そのダガーは普通の刃と櫛状の峰がついており、特異な形状をしていた。 ゲルニード「先生、それはソードブレイカーですか? 人鬼どもの使う?」 ジェイク「そうだ、この前戦った人間が使っていたものだ……。中々面白いものだったので自分でも使ってみる事にしたよ」 世間話でもするかのように、軽い感じで話すジェイクだが、バルバッタは震えて動けなかった……。 ゲルニード(ソードブレイカーはレイピアといった細身の剣を折る武器、しかしショートソードをへし折って見せるとは……) ゲルニードはジェイクのその神技にあらためて驚愕する。 ゲルニード「相手が悪かったな小僧」 バルバッタ「ひ、ひぃ~~~」 バルバッタは逃げようと背を向けたが、恐怖で足が竦んでしまい、その場に転んでしまう。 ジェイク「よせゲルニード、相手はまだ子供だぞ」 ゲルニード「ふん、貴様らなど相手にならんわ、命ある内に消えよ」 バルバッタ「ひぃ」 バルバッタは座ったまま後ずさりし、ガサッと再び、草陰から音がすると、今度は大剣を携えた大柄のゴブリンと、魔道師の風貌をした初老のゴブリンが現れる……。 アスターゼ「珍しいのう、リザードマンの来客とは」 ルルニーガ(あの、竜を象った兜、まさか!?) ジェイク(どちらも並じゃないな……) ジェイク「警戒するのも致し方の無い事だが、我々は旅をしているだけだ、事を荒立てる気はない」 バルバッタ「ルルニーガのアニキ、こいつらがいきなり俺達を襲ってきやがったんだ」 何とか立ち上がり、ルルニーガにすがりつくバルバッタ。 ルルニーガ「バカが、己の力量もわからんのか!」 バルバッタ「ひでぶ」 叱責し平手打ちをバルバッタにかますと、ジェイクの方を向き直り、大剣を抜く……。。 ルルニーガ「穹廬奴の竜王ジェイク殿とお見受けする、私と手合わせ願いたい」 ジェイク「竜王というのは人間共が勝手につけた名だ、私の本意では無い」 ルルニーガ「それは失礼をした。だが貴殿が強い事に変わりない」 ゲルニード「貴様如き、ゴブリン風情が先生と勝負をしようなど、100年早いわ!」 ゲルニードは剣を抜き、ルルニーガと対峙する。 ジェイク「ゲルニードよ、勝負を申し込まれたのはこの私だぞ? 無粋な真似をするでないわ」 ゲルニード「ゴブリン如き、先生が相手をするま……」 ジェイクの鋭い眼光を目にし、ゲルニードは思わず口を閉じる。 全身から汗が吹き出し、蛇に睨まれた蛙の如く身が硬直しいているのがわかった。 ゲルニード「し……失礼しました。」 ゲルニード(先生のあの殺気だった目は! それほどの相手だというのかあのゴブリン) ジェイクは左手にダガーを逆手に持ったまま、右手でサーベルを抜く……。 ルルニーガ「ゆくぞ」 ルルニーガが地を蹴り、大剣がジェイクに向かって振り下ろされた。 ジェイクはそれを左手のダガーで防ぎ、櫛状の部分で刃を掴むと、そのまま右手の剣で斬りつける。 ルルニーガは避けるのは無理と判断し、闘気と筋肉で刃を止め、傷を最小限にした。 ルルニーガは大剣を両手で持ち、攻防一体で戦い、ジェイクは、主にダガーで攻撃を防ぎ、剣で攻撃するといったものだった。 ゲルニード(あのゴブリン、先生と互角だと!?) 一進一退の攻防がつづく、数合打ち合ったのち、様子見を終えたのか、互いに飛び退き距離を取った。 ルルニーガ「……………」 ジェイク「なるほど、強いな……」 ルルニーガ「先ほど、ショートソードをへし折って見せた技は、相当な腕力と正確さが無くては出来ぬ技……」 ジェイク「…………」 ルルニーガ「貴殿の利き腕は左利きか?」 ジェイクの口元がかすかに笑う。 ジェイク「ふっ……気づいておったか……」 「だが、何故それを言う?」 ルルニーガ「全力の貴殿に勝たなくては意味が無い」 ジェイク「そうか……。ならば望み通り……」 一瞬にしてダガーとサーベルを持ちかえる。 ジェイク「ゆくぞ」 その場にいた者達にはジェイクの手が一瞬ブレた様にしか見えなかった。 しかし、激しい金属音が鳴り響き、ルルニーガは大きく後ろに飛び退いた。 ルルニーガ「ぐぅ」 (速い! 太刀筋が見えん!) ルルニーガの体は一瞬にして切り刻まれていた、後ろに飛び退いた事で致命傷こそ避けてはいたが、体中に激痛が走る。 ゲルニード(百裂斬……。目で追う事のできない高速の剣) ジェイク「どうした?」 ルルニーガ「くっ……」 ルルニーガがジェイクの挑発を受け、ジェイクに向かっていく、しかしジェイクは先ほど同様、ルルニーガの攻撃をダガーで難なく去なし、反撃に出る。 数合打ち合い、今度はジェイクの振るう太刀を全て防いだにも関わらず、ルルニーガの体が斬られていた。 ルルニーガ「なっ!?」 ルルニーガ(バカな!? 確かに、攻撃は全て見切った筈だ!? 何故、斬られている?) ゲルニード(旋風剣……。目で視る事のできない真空の剣。 先生の剣技は、第一計 瞞天過海 に準ずる。 高速の剣で相手を攻撃し、相手の目が慣れてきた所で、視えない剣で相手を攻撃する。 多くの人鬼どもが、何に斬られたかもわからず死んでいったわ……) ジェイクがその剣技を見せてからは、ルルニーガは防戦一方となり、みるみる内に血に染まっていった……。 ジェイク(強い……。そして若い……。この者はまだまだ強くなる。) (今は勝てても、次戦えばどうなるかはわからぬ……) (そして、今においてもこの戦いを諦めてはいない……。まだ私に本気で勝つつもりでいる) ジェイクはルルニーガが距離を詰めて戦おうとすれば、刃の短いダガーで攻撃を去なし、時にはダガーの方でも切り返し、ルルニーガが体勢を立て直すため、後ろに大きく飛び退けばダガーを投げ、どの間合いにおいても有利に戦って見せた。 ダガーを投げても、別の新たなダガーを抜いてみせ形勢は変わらない……。 ルルニーガ(くっ……。隙が無い!) ルルニーガは著しく体力を減らしていったが、未だ勝つつもりでいた。 ルルニーガは生命の力、闘気を纏って戦う、闘気は相手の攻撃から身を守り、有利に戦う事ができる。そのため、何処を斬られても致命傷だけは防ぐ事ができていた。 ジェイクの見えない攻撃を、野生的な勘だけで交わしていたルルニーガは、百裂斬と旋風剣ではその予備動作が違う事に気づく。 そして、ひたすら旋風剣をジェイクが放つのを待っていた。 ジェイクが旋風剣の構えに入る…… ルルニーガ(今だ! 全身に纏っていた闘気を両腕に集中させる) ルルニーガの狙いは、百裂斬に比べ、殺傷力の劣る旋風剣に対し、あえて防御を捨て、肉を斬らせて骨を断つ捨て身の反撃に転じたのである。 ルルニーガの全闘気を集中させた一振りは完全にジェイクを間合いに捕えていた。 ルルニーガ(そう……。お前はその特異な形状のダガーでガードする、だがそれが命取りよ……) ソードブレイカーは櫛状の峰で剣を折る事ができる武器である。 逆に言えば、特異な形状であるため、折れやすい武器でもあった。ましてや、ジェイクはダガーを正確さに欠ける利き腕ではない方の手で持っている。 ルルニーガの放った渾身の一撃は、ソードブレイカーをへし折り、そのままジェイクの右腕を斬り飛ばし、鎧ごと、肩から胴にむかって薙いでいた。 ゲルニード「先生!」 ジェイクの方から上がったまさかの血飛沫をみて、ゲルニードが叫んだ。 ルルニーガ「ぬぅ」 ルルニーガの一撃は、ジェイクの体を浅く斬りつけたに過ぎず、致命傷を与えるには至らなかった。 一方、ジェイクの剣はルルニーガの首元に当てられている。 ジェイク「見事だ、だが、惜しかったな……」 ルルニーガ(ダガーも左腕も鎧も斬った……。だが届かなかったか……) ジェイクがその気になれば、首を刎ねられていただろう。 ルルニーガ「参りました」 ジェイクはルルニーガが負けを認めると、剣を鞘におさめ、斬り飛ばされた右腕を拾い、自分の腕にくっつける……。 ゲルニード(リザードマンの再生力は、人間よりも強い、だが、一度斬り落とされてしまえば、握力が完全に元に戻る事は無い) ゲルニード「おのれ」 再び剣を抜き、ルルニーガの方に向かっていく……。 ジェイク「よせ、ゲルニード」 ゲルニード「先生、しかし」 ジェイク「その者は、私と正々堂々と戦い、そして潔く負けを認めたのだ、この決闘を汚す事は私が許さん」 ジェイクに凄まれ、ゲルニードはまたしても剣を納める他なかった。 ゲルニード「出過ぎた真似をしました」 ジェイク「うむ、それでよい」 アスターゼ(互いに種族性には苦労しておるようじゃの) 諫められては頭に血を登らせる、血気盛んなゲルニードを見て、アスターゼはそう思った。 ルルニーガとアスターゼが視線を交わし、ルルニーガが無言で頷く……。 ジェイク「では、さらばだ。フェリルの竜王よ」 ジェイクとゲルニードは背を向け来た方向へと去っていった……。 ………………… ゲルニード「先生、あれでよかったのですか?」 ジェイク「あれでとは?」 ゲルニード「あのゴブリンは危険です。穹廬奴が中原を制し、大陸統一に向けて兵を進めれば、いずれ戦場で会いまみえるかもしれません」 ジェイク「それだけか?」 ゲルニード「いえ、悔しいですが、私に勝てる相手ではありませんでした。ここで倒せるなら倒しておくのが上策かと」 ジェイク「確かに私とて、次戦えば、勝てるかはわからぬ、しかし、あの者の首を刎ねれば、我らは生きてこの島を出る事は叶わなかったぞ?」 ゲルニード「何故ですか? ゴブリンが束になろうとも私一人がいれば、先生を守って島から出る事など容易」 ジェイク「ふぅ……、よいかゲルニード、私があの者と戦っておる時、すでに我らは包囲されておったのだ」 ゲルニード「な!?」 ジェイク「あの老齢のゴブリンは優れた召喚士、すでに我らは50ばかりのフェニックスに包囲されていた」 ゲルニード「…………」 何も言えずに黙り込む、フェニックスはリザードマンの苦手とする炎を使う精霊、もし戦っていれば命は無い……。 ゲルニード「まだ、何もかも遠いですね……」 ジェイク「焦るな……。お前はまだ若い……若いのだ……」 ジェイク(ゲルニードに限らず、リザードマンの種族性は気が短い、ここを何とかできねば、宿願を果たすなど夢のまた夢……) 二人のリザードマンはフェリル島を後にした……。 ………………… チルク「それからというもの、ルルニーガの事を竜王って呼ぶゴブリンが増えてね」 チルク「相手は私が穹廬奴の竜王ならお前はフェリルの竜王、要するにお前も強かったぞ的な意味で言ったんだろうけど、負けたのに竜王って呼ばれるのはルルニーガの本意じゃないわけ」 ニースルー「その呼び名はやめろって言わなかったの?」 チルク「敗軍の将は語らずって事で、甘んじて受け入れたんだよ」 チルク「でもそれからだよ、元々、十分に強かったのに、さらに強くなったのは、次戦う機会があれば、今度は俺が勝つって感じで……」 ニースルー「で、再戦はしたのかしら?」 チルク「してないと思うよ、あれから20年近く立つし、既にその時、いい歳してたっぽいしねそのリザードマン」 ■穹廬奴征伐 ムクガイヤの魔術師団の第二軍団フェリル党はパーサの森を平定するとそのまま北上し、穹廬奴攻略を命じられる。 穹廬奴は既に敵勢力に囲まれた状態にあり、各地で奮戦していたため、既に疲弊しており、フェリル党は順調に穹廬奴領を平らげていった……。 ―決戦前夜 フェリル党 陣営 ムッテンベル「親父様、穹廬奴が兵をウェルン沼に集結させているようです」 ルルニーガ「うむ、そこで雌雄を決する事になるだろう。わが軍が数では圧倒的有利だが、向こうは追い詰められている。 逃げ場の無い敵を決して侮るでないぞ?」 ムッテンベル「窮鼠猫を噛むですね? わかりました気を引き締めて行きます」 ―決戦当日 戦は、数で勝るゴブリン勢が優勢に進める。 犠牲を出しつつも、ゲロゲロ隊、イオード隊、モーゼン隊、ガウエン隊を退け、残すは本陣のみとなった……。 ―穹廬奴 本陣 ジェイクとチョルチョはゲルニード共に本陣にいた。 ジェイクはすでに、老いと病により、先陣を切って戦う事はしなくなっており、チョルチョはリザードマンの苦手とする魔法を警戒しての事だった。 チョルチョ「単于、残るは本陣のみにございます」 ゲルニード「く、もはやここまでか……。ならば最後に一矢報いてくれる。うって出るぞ!」 ゲルニードが剣を取り、席を立とうとした時……。 ジェイク「第三十六計」 ゲルニード「な!? ならん、それだけはならんぞジェイク!」 第三十六計 走為上 勝ち目が無いならば全力で逃げて再起を計るという策である。 しかし、穹廬奴の領地はここが最後であり、ここを逃げるとなると、野に下る事を意味する。 一旦穹廬奴を捨てて生き延びれと……。 ゲルニード「俺が敵に背中を見せる事などありえん、それ……がっ」 ジェイクは一瞬にして、ゲルニードの背後を取り、鞘のついたままの剣でゲルニードの頭部を強打し気絶させる。 チョルチョ「土門何を!?」 ジェイク「よいかチョルチョ、単于を連れて行け、これからはお前が支えるのだ、ここは私が引き受ける。必ず穹廬奴を再興させるのだぞ」 ジェイクは優しく言うと、チョルチョは目に涙を浮かべた……。 チョルチョ「わかりました。」 チョルチョは涙を拭い、ゲルニードを抱え、わずかな兵を連れて、この場を去る。 ジェイクは残った兵達を集めた……。 ジェイク「皆の者、よく聞けい、私は何も捨て石になるつもりはないぞ、単于がいては思う存分、戦えんのでな……。 今日の歴史は奴らの総大将の血で書かれる事になる」 ジェイクは単于を足で纏いといって笑いを取り、敵の総大将の首を取ると途方もない事をさらりと言ってのけ、兵の士気を高めていく……。 リザード兵(土門、こんな時になんていい顔をなさるんだ) リザードマン達はこの時、ジェイクの言葉に痺れたといっていい。 ジェイク「私に続け!」 ―フェリル党 バルバッタ隊 フェリル党の全軍をルルニーガが士気する様になってから、バルバッタは切り込み隊長になっていた……。 本陣に向かって一番乗りで兵を進めて行く……。 バルバッタ「後は、本陣落として終わりだな~、おい、てめえらバルバッタ隊がゲルニードの首を上げるぞ! 出遅れんなよ」 ゴブリン「隊長、何か向かってきますよ」 バルバッタ「ん?」 バルバッタ(りゅ…竜!?) 正に瞬く間に接近したジェイクの部隊は、ゴブリン達を一方的に斬り殺し、バルバッタ隊を300ドットあまりも後退させた……。 この時、バルバッタは竜を見たと後に語る。 ―フェリル党 本陣 ムッテンベル「親父様、バルバッタ隊、ツヌモ隊、ケニタル隊が敗走を始めております。現在、ポイトライト隊が交戦中、私に救援の指示を!」 元帥であるルルニーガの前に膝をつき、伝令をおこなうムッテンベル。 ルルニーガ「ならん、ワシが出る!」 そういって席を立つルルニーガ。 ムッテンベル「元帥自ら、動かなくても」 ルルニーガ「わからんのか!? あの部隊を止められるのはこのワシしかおらんわ!」 ルルニーガの言った言葉は、理屈ではなく直感によるものだった。 だがこの判断が、この戦において、フェリル党の被害を最小限にしたのはいうまでもない。 ―フェリル党 ポイトライト隊 ポイトライト「救援が来るまで、時間を稼ぐんだ!」 焙烙玉を投げ、敵を撹乱し、敵の進軍をなんとか食い止め様とするポイトライト隊……。 しかし、ジェイクの部隊は、時には、沼に潜り、鎧に泥を塗って、草をつけ、茂みと同化し、神出鬼没に戦って見せた。 ポイトライトが壊滅間近で、死を覚悟した時、ルルニーガ率いる部隊が到着する。 ルルニーガはジェイクを見つけると、迷わず横から斬りかかった……。 ジェイクはルルニーガの気配に気づき、剣で受け止める。 ルルニーガ「久しぶりだな! 貴様に付けられた汚名を返しに来たぞ!」 ジェイク「総大将自ら来てくれるとはありがたい、探す手間が省けたわ」 ルルニーガ「ぬかせ」 数合打ち合い、距離を取る。 ジェイク「ゆくぞ!」 年老いたジェイクにとって、今ここでルルニーガと一騎打ちをする事はハイリスクだったが、ルルニーガを討ち果たす事ができれば、総大将の首を取る事になり、フェリル党を大きく弱体化させる事ができる。 ジェイクは老将とは思えないスピードで剣技を繰り出していく……。 ルルニーガ(この男! 老いてなおこの強さか!?) ジェイクは後ろに下がるルルニーガの体勢を立て直させないため、ダガーを投げるが、しかし、ルルニーガは投射されたダガーを掴み取り、投げ返した。 ジェイク(やはり、この者、あの時よりもさらに強くなりおった。だがあの時と違って地の利はこちらにある) 湿地帯はリザードマンの最も得意とする地形、決してルルニーガに楽観視できる状況ではなかった。 ルルニーガとジェイクは200合あまり打ち合っても決着がつかなかったが、老いたジェイクのスタミナに限りが見え始める。 ルルニーガ(……強い、おそらく歴代のリザードマンの中でもここまで強いものはそうおるまい、だが老いと病には勝てぬか……) ジェイク(この者は、1000年に一人の天才) (*1) 1戦目も2戦目も決して対等の条件で戦ったとは言えない状況に、その想いは同じだった。 互いに全盛期で、戦ってみたいと思う程の相手、そして、ジェイクのスタミナは底をつき、次第に防戦一方となり、ついには力尽きた……。 ジェイクが討たれた後も、リザードマンはよく戦ったが、また一人と戦場に倒れて行き、合戦はフェリル党の勝利に終わった……。 ムッテンベル「親父様、ご無事でしたか」 救援に向かったルルニーガを心配し、さらにその救援にきたムッテンベル隊。 本来なら、指示なく持ち場を動くなど、軍令違反だったが、総大将自ら動いたのが原因だったため、不問にされた。 ルルニーガ「ムッテンベルよ、ゲルニードには逃げられた」 ムッテンベル「では、探さなくてはなりませんね、再起を図られては何かと厄介です」 ルルニーガ「いや、敵の本陣は落ちた、今日の所は引き上げる、そして身を隠している以上、難しいが降伏を促す」 ムッテンベル「降伏をですか? 気性の激しい、リザードマンが応じるとは……。いえ、わかりました、そのようにいたします」 ルルニーガの意思が固い事を感じ取り、余計な事は言わないようにする。 ルルニーガ「うむ」 ―陣営から少し離れた所にある湿地帯 夜 ムッテンベル「親父様、どちらへ?」 急に姿を消したルルニーガを探して、ムッテンベルは部隊を率いて捜索に当たっていた。 戦には勝ち、湿地帯を制しても、リザードマンがゲリラ戦を行う可能性は十分にあり、隙あらば総大将の暗殺も考えるだろう。湿地帯を出歩くのは危険と言えた。 ルルニーガ「少しな……」 ムッテンベル「お墓ですか?」 ルルニーガの後ろ、地面に剣が刺さっているのに気付き、疑問を投げかける。 ルルニーガ「そうだ……。竜王が眠っている」 ―フェリル党 陣営 野戦病院 ゲルニードが野に下り、湿地帯はムクガイヤ魔術師団が制圧した……。 ルルニーガは敵、味方を問わず、負傷兵の治療を命じる、治療を終えたリザードマンは危険を承知の上、残らず解放するつもりで……。 負傷兵には、ゲルニードを討つつもりは無い事を伝え、もし会う事があれば出頭し服属するよう言伝を頼む。 エルフィス「ふぅ……」 エルフである彼女は、衛生兵を率いて穹廬奴征伐に参戦していた。 ルルニーガはエルフが戦を嫌う事を理解し、エルフに戦場で戦う様な事は命じず、あくまで衛生兵としての任務しか与えなかった。 負傷したリザードマンの治療に当たる事には、何の抵抗も無く、むしろそうやって異種族を気遣うルルニーガに好感を覚える。 リザードマンは気性が激しいため、常にゴブリンが護衛についていた。 モーゼン「殺せ……」 エルフィス「そんな……、事を言われましても、私は軍医として来ているみたいなものでして……」 エルフィス(面倒臭いのきたわねー) モーゼン「いいから殺せ、エルフ如きに助けられる等……」 エルフィス「負傷兵は残らず帰還させるように言われてますので、生きていればいい事ありますよ?」 エルフィス(しまった! 出るタイミング逃した) モーゼン「帰還だと? 何処に帰る場所がある。帰る場所も無く行き恥さらして生きろというのか?」 エルフィス(こいつ声でかいわねー、知らないわよそんな事) エルフィス「わかりました」 モーゼン「ん?」 エルフィス「死にたいんですね?」 モーゼン「も、勿論だ……」 念を押す様に死を望んでいるのかと聞かれ、たじっとなるモーゼン。 エルフィスはその言葉を受け、医薬品をごそごそと漁りだす……。 エルフィス「あったあった、致死量はこれくらいだったかしら」 まるで楽しそうに液体の薬品を注射器で吸い取っていく……。 モーゼン「…………」 エルフィス「さっ、手を出してください」 モーゼン「注射で殺すのか?」 エルフィス「私はエルフで女性ですので、頑丈なリザードマンの首を刎ねるなんて真似はできません」 モーゼン「…………。苦しいのか?」 エルフィス「知りません。致死量を注射するのは初めてですから」 モーゼンは薬殺という未知の恐怖を感じ、手を出すのをためらう。 エルフィス「どうやら死にたくないみたいですね、では治療を必要としているリザードマンは他にもいますので私はこれで……」 エルフィス(やっと抜け出せる) そういって、モーゼンのいるテントを去ろうとするが……。 モーゼン「待て! もっと他の方法が……」 モーゼンは手を伸ばし背を向けたエルフィスの服を掴んだ。 エルフィス「きゃあ!」 ブスッ モーゼン「えっ?」 エルフィスは反射的に注射器をモーゼンの腕に突き刺した モーゼン「うわああああああ」 刺さった注射器を見ながら、子供の様に思いっきり叫ぶモーゼン。 エルフィス (うっるさ~~、ただの食塩水よ!) その時、モーゼンがバタッと倒れた。 エルフィス「あれ?」 キニー「彼、死んでしまうの~?」 キニーが叫び声を聞いて、ララバイをかけて眠らせたのだ、エルフィスは首を横に振り……。 エルフィス「大丈夫です。命に別状はありません」 キニー「よかったなの~」 モーゼン「Zzzzz~~~~~~」 エルフィス(眠ってもうるさいのね、こいつは!) ―湿地帯 ゲルニードの潜伏場所 治療を受けて解放されたリザードマンからジェイクの悲報と、降伏勧告が伝えられる。 ゲルニード「ふざけるな! ジェイクの敵を今からでも」 ゲルニード(先生……。俺がふがいないばかりに……) ゲルニードは俯き、涙を流す……。 チョルチョ「単于、ここは降伏を」 ゲルニード「チョルチョ!? お前まで何を?」 チョルチョ「土門は、穹廬奴の再起を図れと私に言われました」 チョルチョ「天の時機、地の利、人の和」 チョルチョ「いつまでもここに隠れている事はできません、しかし、ここしか地の利はありません、私達にとって人の和はここでしか得られません」 大陸にリザードマンが最も得意とする湿地帯はここにしか無く、リザードマンは湿地帯にしか住んでいない。 戦ばかりしてきたリザードマンを好む異種族は少なく、支援する者などいないだろう。 ゲルニードがこの地を捨て、何処を放浪しても、再起を図る事ができないのは自明の理と言えた。 ゲルニード「…………」 チョルチョは治療される事で一命を取り留めた兵の中には、ジェイクと共に戦った者もいた。 その者から、ジェイクの武人としての最後や、総大将のルルニーガによって手厚く葬られた事、リザードマンを狩るような事はせず、負傷兵を敵味方問わず治療している事を聞いていた。 ならば降伏して、この地に身を置いた上で再起・独立を図るのが上策と判断したのだ。 ゲルニード「降伏する。ジェイクの死を無駄にしないためにも……」 ゲルニードはその日、降伏を決意した……。 ―ムクガイヤ魔術師団 本軍陣営 ムクガイヤ「穹廬奴が降伏!? あいつらは最後の一兵まで戦うものと思っていたが……」 サルステーネ「フェリル党も侮れませんね」 エルフの従属、リザードマンの降伏と、無理難題をこなしていく、ゴブリンの軍勢に驚きを隠せない。 サルステーネはフェリル党の洞首、バルバッタから届いた書状を渡す。 書状には滞りなく軍を進めるため、リザードマンを刺激しないためにも、ゲルニードの助命嘆願の旨が書かれていた。 エルフと違って、リザードマンはどの種族からも嫌われており、ゲルニードを処刑すれば、民衆の指示をより得られるのは間違いない。 しかし、リザードマンの反感をかえば、テロ行為に走るリザードマンが必ず現れる、湿地帯でそういった事が起こるのを避けたいというのがフェリル党の総意であった。 ムクガイヤ「……。」 「リザードマンなど、皆殺しでも良いと思うが、快進撃を続けているのにあえて水を指す事もあるまい、好きにさせるか」 サルステーネ「ではそのように伝えます。 「それで、いかがなさいますか? 「湿地帯をこちらが制した事で、同盟国オステア、湿地帯のフェリル党、そして我々と王都へ3方向から攻め入る事ができます」 ムクガイヤ「いや、先に北上し、リュッセルを攻めろと伝えよ」 「今レオーム家は魔王軍と戦っている。お互い消耗させてからの方がやりやすかろう」 サルステーネ「御意」 ■王都 第一軍団サステーネ率いる暗黒騎士団と、第三軍団ニーナナス率いるローイス水軍が、レオーム家との海戦を制し、ナース島とチャム島を攻め落とした……。 ムクガイヤ「これでルートガルド港を落とせば、王都に上陸できるな……」 ゾーマ「ムクガイヤ、例のものが届いたぞ……」 ムクガイヤ「そうか……」 2人はあまり周囲の人間には知られたくないのか、悟られない様にその場を去る。 ゾーマ「ここだ」 そこは船にある、奴隷を閉じ込めておく牢だった……。 ムクガイヤ「ラクタイナだったか? おまえの名は?」 ラクタイナ「……」 ラクタイナは何も言わずに、ムクガイヤを見ている。 ムクガイヤ「ふっ……。単刀直入に言うぞ、私の配下となれ、とはいえ、自由にはできんから常に監視をつけるがな、このまま処刑を待つよりは幾分マシだろう?」 ラクタイナ「……。何故私を? 戦力は足りているだろう?」 ムクガイヤ魔術師団は堂々と国家を名乗っても問題ないだけの領土を持っており、既にこの時、どの勢力よりも大きくなっていた。 ムクガイヤ「戦力としてお前が欲しいのではない、一人の魔術師として欲しいのだ」 そういって、ムクガイヤは懐からマクラヌスを取り出して見せる。 ラクタイナ「これは!?」 ラクタイナの表情が変わった……。 ムクガイヤ「何かわかるか?」 ラクタイナ「いや、何かはわからないが、死霊の力を感じる……。古代兵器の類か? いや……」 ムクガイヤ「ふっ……流石、死霊術師だな」 ラクタイナ「いいだろう、その話乗った……」 ムクガイヤ「決まりだな」 牢屋を後にするムクガイヤとゾーマ……。 ラクタイナの生け捕りと雇用に関しては、忠臣であるサルステーネですら反対していた……。 ゾーマ「流石にまずくないか?」 ムクガイヤ「元死刑囚のお前らしくもない」 ゾーマ「あやつがお前に忠誠を誓うわけはあるまい、それにあの所業を考えるとな……」 ラクタイナのやった事は、国家を揺るがしかねない事だった。 大量破壊兵器ともいうべき、アルティマイトを動かし、アンデッドの軍勢を率いたのだ。 パーサの森にいたエルフとエルフに協力した穹廬奴、第二軍団に所属する多くのゴブリンが犠牲となり、死者の数は今まで起きた戦のどれよりも大きかった……。 ムクガイヤ「王都に戻った時、研究は牢の中で行わせる。あいつを外に出す事は無い」 ゾーマ「……」 それでもゾーマの不安は拭えない、ラクタイナの表情には常に余裕があったからである。 何か切り札を隠し持っている様な……。 ■アルナス仕置き ヨネアの興した第五軍団 銀の夜明け団は、ファルシス騎士団を壊滅させ、ブレア手中に納めていた……。 ヨネア「男って馬鹿よね、正義とか騎士道とか言って、突撃しか能がないんだもん」 ロイタール「…………」 ロイタールは死の間際、ハイトロームの言葉を思い出していた……。 ―会議室 銀の夜明け団ではドラスティーナを宿将、キオスドールを軍師の様に扱い、3人で軍議を行う事が多かった。。 他の面子は特に軍議には参加せず、各自自由行動を取っている。 レドザイトとポポイロイトはカクレンボなどの子供の遊びを行い、ラングドスはひたすらギターの練習や作詞作曲に明け暮れた……。 ドラスティーナ「次はどうするの?」 ヨネア「ブレアの守りは薔薇十二字団に任せて、このまま北上、アルナス・ウルフを討つわ。」 「元々、スネアは毒蛇とか言われている様な奴だし、大した大義名分はいらないと思うの」 ヨネアの言葉に意外そうな顔をするドラスティーナ。 薔薇十二字団とはニースルーが率いる第四軍団(実質チルクと共同)、ブルーゴブリンを中心とし、フェリル島の経済活性化、交渉、魔法の研究を行っている。 ドラスティーナ「意外ね、てっきり難癖つけて、同盟破棄に持っていって、オステアを攻めるかと思っていたわ」 ヨネア「オステアには興味ないの」 ドラスティーナ「砂漠に興味あるとでも?」 ヨネア「まさか、あたしが興味あるのはその先にあるものよ」 キオスドール「うふふ、ラザム神殿……。ですわね?」 ヨネア「きっと、あの神殿、裏ではきっと悪どい事をしているわよ~」 ドラスティーナ「復讐?」 ヨネア「違うわよ、私に闇の魔法を伝授した、旧・銀の夜明け団の最後の一人に対して特別な想いはないわ、ただ、正義づらして光の魔法を独占し、気取っている奴らが気に入らないだけ」 キオスドール「面白い事になりそうですわね」 ヨネア「ちがうわキオスドール。面白い事になるんじゃなくて、面白い事をしてやるのよ。」 「あいつらを信じている連中にあいつらの悪事を公開し、目を覚まさせてやるの」 ドラスティーナ「……」 ドラスティーナにとって、ラザムがどうなろうと勿論知った事ではない、ただ、ヨネアの親友であるニースルーはこういった事を望まないと思うと、少しだけ複雑な気分になるのであった。 翌日ヨネアは宣戦布告をアルナス・ウルフに対して行い、進軍を開始する。 ―ムクガイヤ本軍 陣営 ムクガイヤ「ヨネアがアルナスを攻めただと?」 サルステーネ「はっ」 ムクガイヤ「別に、アルナス・ウルフがどうなろうと別に構わぬが……」 砂漠の経済効果は薄く、そして戦線が延びてしまうのは好ましく無い。 アルナス・ウルフとは利害が一致すれば一時的に同盟を結び、ラザムや魔王軍との戦いに利用する事もできるので、ヨネアの取った行動は想定外という他なかった。 ムクガイヤ(少し、自由にさせすぎたか……) サルステーネ「呼び戻しますか?」 ムクガイヤ「いや、もう過ぎた事だ。ニースルーにヨネアの行動に気を配る様に伝えよ」 サルステーネ「御意」 このヨネアの個人的進軍が大きく歴史を動かす事になる。 その頃、魔王軍は北上し、グリーンで、ラザムと激しく交戦。 聖騎士ラファエルと神官戦士ホルスとの戦い、ラザムは悪魔の天敵とも呼べる存在で、苦戦を強いられた。 一時はグリーン古城まで兵を進めていたルーゼルだが、ラザムの総攻撃に合い、クイニックまで兵を引いていた。 この時、リュッセル半島では、リュッセル国がリグナム火山に追い詰められていたのもあって、余裕の出来たリューネ騎士団はラザムに援軍を送り、魔王軍を挟撃する。 レオーム家も、ムクガイヤ魔術師団との戦いは防衛に集中させ、北上し、魔王軍を攻め、魔王包囲網を敷いていた。 ―ラザムの使徒 陣営 グリーン古城を攻略し、レオーム家と、リューネ騎士団の協力もあって、勢いづくラザムの使徒。 しかし、この時、光の賢者イオナに銀の夜明け団が砂漠を進軍しているとの報が届く……。 イオナ(銀の夜明け団の目的は、ラザムの神殿!?) このヨネアの取った行動が、ラザムの闇を知るイオナにとって、苦渋の選択を迫られる事になる……。 イオナ「ラフェエル殿、ホルス様、ラザムの使徒はここを引き上げ、ラザム神殿の奪還に入ります」 ラファエル「何と申されたイオナ殿!? この状況で兵を引くのか?」 ホルス「イオナ、今、僕達は魔王を追い詰めているんだぞ? このままゴート様やアルティナ様と強力すれば魔王を倒せるんだ」 イオナはアルナス汗国にラザムの神殿が制圧されても、魔王討伐を優先し、アルナスウルフに制圧されても魔王討伐を優先した。 それが今になって、魔王討伐よりも神殿奪還を優先すると言い出し、ラフェエルとホルスに動揺が走った。 イオナ「理由は申せません」 ラファエル「しかし、となれば、魔王軍をどうする?」 イオナ「魔王軍に停戦を申し入れます」 ホルス「なっ!?」 ラファエル「正気か?」 「魔王軍がそんなものを受け入れるわけが無い。」 「それに我々が引けば、レオーム家はともかく、グリーン地区や、リューネ騎士団はどうなる?」 魔王討伐に協力しているグリーン・ウルス勢も、リューネ騎士団もぎりぎりの状態で戦っている。ラザムが引けば魔王軍に蹂躙されるだろう。 イオナ「グリーン地区はグリーン・ウルスに返し、リューネ騎士団は身捨てます」 ホルス「そんな!」 イオナ「それが決定事項です」 ―魔王軍 陣営 パルスザン「まさか、人間がここまでやるとは……」 包囲網を敷かれ、予想以上に苦戦を強いられ、確実に魔王軍の中に焦りが生まれつつあった。 何より、ホルスとラファエルの攻撃を受け、グリーン古城を手放す事となり、ルーゼルが初めて退却させられたのだ。 フーリン「完全に人手不足だなー。仕官する武将が少なすぎる」 パルスザン「おかしい……。ゲートが開き多くの悪魔がこの地へ来ている筈だが、何故、ルーゼル様に臣下の礼を取りにこない」 ムナード「…………」 いつもなら、ここでパルスザンを無能と罵倒するところだが、追い詰められた状況に沈黙を貫いた。 ショハード「兄貴、ラザムから書状が届いたぜ!」 その場にいる全員の悪魔が意外な顔をする。 この状況で何を伝えるというのか? ルーゼル「停戦だと?」 ラザムの使徒の書状には、停戦の申し入れが書かれていた。 明らかに今は魔王軍は包囲され、ラザムに分があるというのに……。 ルーゼル「気に入らんな、だが何故だ?」 パルスザン「向こう側にとって何か一大事が起きたのが原因かと」 ルーゼル「一大事? 私よりも優先すべき事があるだと?」 この後回しにされたというのが現世に並ぶもの無しとされるルーゼルにとって、不愉快極まりなかったのはいうまでもない。 パルスザン「おそらく……」 フーリン「で、どうしやす? 当然、突っぱねますよね?」 パルスザンとしては、体勢を立て直すため、正直受けたがったが、悪魔の種族性、ルーゼルの性格を考えて、進言をためらっていた……。 ルーゼル「いや受けろ」 フーリン「へ? 受けるんですか?」 ルーゼル「そうだ、フーリン、奴らの動向を探れ、このルーゼルよりも優先すべき事象があるなら見てみたい」 パルスザン(何はともあれ、これで、立て直しを計る事ができますね……) フーリン「わかりやした」 ―ラザムの使徒 陣営 手を休める事なく、撤退の準備を進めるラザムの武僧達。、 ポートニック「ちょっとどういうことだわさ、この状況で引き上げるとか、グリーンはどうなるだわさ?」 ピヨン「ボク、ピヨンヨロシクネ」(抗議の声) イオナ「誠に申し訳ございませんが、ラザム神殿の危機なのです。お察しください」 淡々というイオナに余計苛立つポートニック。 ポートニック「だから、グリーンはどうなるだわさ?」 イオナ「グリーンは返還致します。ラザムの神殿を奪還すれば、必ず援軍に駆けつけると約束します」 ポートニックは淡々と喋るイオナを見て、交渉の余地が無い事を悟る。 心情的には、援軍などいらんと突っぱねたかったが、後々を考えて、口を閉じた。 カルラ「お願いですぅ。カルラ達を見捨てないでください」 向こうではカルラが必死にホルスに懇願している。 ホルスは悔しさと悲しさで何も言えずに俯いていた。 ホルス「……すまない……カルラ……本当に……」 そういってホルスは、カルラ達に背を向け歩きだした……。 ■ゲルニード ―穹廬奴の湿地帯 ムクガイヤ魔術士団に降伏したリザードマン達は、リュッセル国の要塞、リュッセル城を攻めるに当たって、物資を前線に輸送していた。 チョルチョ「単于、穹廬奴を取り戻すため、私と共にリュッセルを攻めましょう。単于が動けばリュッセルなど敵ではありません」 チョルチョは、ゴブリンが元々、フェリル島を巡って、ムクガイヤ魔術師団とは敵対しており、成り行きで共闘、そして今では第ニ軍団としてその地位を不動のものにしている事に目をつけていた……。 つまり、種族を問わず、ムクガイヤの覇業で、功績を残せば当然、権力を手に出来る。権力を手にすれば、湿地帯の自治も勝ち取れるかもしれない。 湿地帯を抑えれば、穹廬奴を再び興す事もできるのではないかと考えたのだ。 現時点で、ムクガイヤは大陸の半分以上を制圧しており、手柄を立てるチャンスは少ないが、あのルルニーガが戦果を上げられないでいるリュッセルを攻略すれば、大きな戦功を上げられると踏んでいた……。 しかし、女性である自分の指示に従うリザードマンは少ないため、そこで慕うゲルニードに再び穹廬奴を指揮して欲しかったのだ。 ゲルニード「リュッセルを……? 馬鹿を申すな、あそこは以前攻めたが、難攻不落だったではないか、それに人間のために戦うなど……」 ゲルニードにはかつての覇気がない。 自分の尊敬するジェイクを死なせ、穹廬奴は降伏し、国を潰したのである。 チョルチョ(単于は、すっかり自信をなくしておられる……。しかし、皆を纏めるのは単于以外に無い……) チョルチョ「単于、しかしこのまま、リザードマンが何もしなければ無用の種族として粛清を受けるかもしれません」 ゲルニードはチョルチョの方は見ずに黙って聞いている。 チョルチョ「今は、ここを制圧したフェリル党の一存で、何もありませんが、我が種族を嫌う人間は多い」 「ここで結果を出さなくては、たとえ、粛清されなくても、人間の奴隷として扱われます」 ゲルニード「チョルチョよ、おまえの言いたいことはわかった……。」 「しかし、勝たなくては意味が無い……。」 「だが、俺は、兵を上げたがどこと戦ってもまともに勝てなかった……。」 「もはや、魔法も武器も発達し、穹廬奴の様な剣のみで戦って勝つことなどできんのだ……。」 チョルチョ「単于、ならばせめて私に兵を預けてください、私が何とかして単于のためにきっと穹廬奴を再興しますから」 ゲルニード「…………」 ゲルニードは無気力だったが必死に懇願するチョルチョについに折れ、今でも自分を慕うリザードマン達にチョルチョに全面的に協力するよう伝えた……。 チョルチョは人員を確保し、改めて考える。何故自分達が勝てないのか? 確かに、ゲルニードの言う通り、以前、リュッセル城を攻め、何の戦果も上げられず敗退したのである。 しかし、リザードマンは人間とは根本的に筋力が違う、純粋に殴りあったらどの種族にも負けないだろう。戦闘において有利な種族であるのは間違いの無い事実なのである。 今の時代でも、剣や槍といった武器は主流で、決して魔法や弓などの飛び道具だけが戦で活躍しているわけではない。 それに、わずかではあるがリザードマンにも弓を使う部隊は存在する。 チョルチョ「土門がいてくれれば……」 兵法に通じたジェイクがいれば、助言を仰げるだろう。しかし、もういない、そしてこれからは自分が単于に助言をする存在にならなくてはならないのだ。 何としても、リュッセル城を攻略し、リザードマンでもできるという事をゲルニードに証明して見せて、再び立ち上がってもらおうと考えていた。 しかし、こうして必死に知恵を絞ろうとすると、自分が何も知らない事に気付く……。 ふと周りを見渡してみる。 以前はどこを見てもリザードマンしかいなかったが、今では人間、ゴブリン、そしてわずかではあるがエルフもいる。 チョルチョ(知らざるを知らずとなす。これ知るなり……) (人を以て言を廃せず……) 以前、ジェイクに習った偉人の言葉を思い出し、チョルチョは、人間、ゴブリン、エルフになけなしの財産をはたいて、戦に関わる書籍を買った……。 …………………… チョルチョは、多種族から購入した戦に関連する本を読み漁っていた……。 穹廬奴は多種族を見下す傾向があり、積極的に他の文化を取り入れようとはしない、以前ダガーを取り入れた事があったが、基本的には魔法や飛び道具に対して物凄く抵抗があるのである。 そういった、良い物は良いとしない事に敗因があるのではないかと考えたのだ……。 チョルチョ(今は相手がリザードマンと見れば、一斉に距離を取って魔法を唱えたり、こちらの得意とする接近戦は極力避けてくる……) 改めて、敵の出方を考えると、既にリザードマンの種族性というものが相手に理解されており、そこを突かれているようだった。 チョルチョ(リザードマンは魔法に対する抵抗力が弱い……。しかし、今から魔法を学ばせるには時間がかかる……) チョルチョはリザードマンの中では巫女と言う事もあり、魔法が使え、魔法抵抗力も高い、 しかし、個人でどうこうなる問題でもなく、また、リザードマンとしては高くても人間と比較すれば秀でた物をもっているわけではなかった。 チョルチョ(魔法の抵抗を上げる事はできなくても、相手がこっちの苦手とする攻撃をする前に倒せれば……) チョルチョ(となると武器か……) チョルチョ「イオード」 イオード「ん?」 チョルチョは、穹廬奴で唯一弓兵を率いるイオードに声を掛けた……。 ■ラザム神殿 ―銀の夜明け団 陣営 ヨネア率いる銀の夜明け団は、快進撃を続け、アルナス・ウルフをラザム神殿に追い詰めていた。 ヨネア(バカね……。ホラガスに逃げれば良かったのに……) 悪魔の軍勢にとって、アルナス・ウルフなど敵ではなく、毒蛇スネアを捕え、速やかにラザムの神殿を制圧する。 ラザム神殿にいた信者は殆どがスネアの手によって、殺されていたが、人質として使うためなのか、わずかだが閉じ込められている者達がいた。 ドラスティーナ「神殿まで来たけど、どうするの? ここで」 ヨネア「必ず記録が何処かに残されているから、それを頂くのと、後は光の魔法のノウハウが書かれた魔術書ね、これを一般公開してやるのよ」 ドラスティーナ「わかったわ」 率いるデーモンとリッチーに捜索を命じ、色々と内部を調べるが、一向に見つからない。 飽きたのかレドザイトは床に猫の落書きを始め、ポポイロイトはふん縛ったスネアの顔に落書きをしている。 ラングトスは座り込んでギターの練習を始めた……。 ヨネア「全くあいつらは……、あまり時間はかけたくないのよね……」 ドラスティーナ「本当にあるの?」 ヨネア「ある筈よ、無いわけないし……」 「気は進まないけど、キオスドール、ラザムの関係者の精神に入り込んで隠し扉とかが無いか調べてもらえない」 キオスドール「うふ、わかりましたわ」 キオスドールは淫魔という事もあり、人の精神に入り込むのは得意だった。 スネアに捕えられていた適当な、男性信者を見をつけ、あっさりと誘惑し情報を吐かせる。 隠し階段を見つけたヨネア達は、そのまま地下の探索に入った……。 ヨネア「これよこれ」 ヨネアはうれしそうに見つけた光の魔術書を用意したリュックに放り込んでゆく……。 ドラスティーナは年号がタイトルになっている書籍を見つける。 ドラスティーナ「ヨネア、これじゃないかしら、ラザムの記録」 ラザムが、過去に行ってきた事が詳細に書かれている。 そして、確かに、10年前、銀の夜明け団のメンバーを皆殺しにしていたことが書かれており、 中でも酷かったのが、200年以上も前の話ではあるが、魔女狩りと称して、多くの罪の無い女性を殺していたことがわかった……。 ドラスティーナ「これが黒歴史って奴ね、どっちが悪魔かわからないわ」 そういって、その書籍を片っ端から収拾していく……。 ヨネア「これはお持ち帰り、これもお持ち帰り、これはいらない、これはお持ち帰り」 買い物でも楽しむかのように、いるものといらないものを選別して行く……。 ドラスティーナ「小説?」 本棚の中に「屍姫」と銘うたれた書籍を見つけた。 ドラスティーナは個人的好奇心により手に取りパラパラとめくる……。 その時、よく知った気配を感じとった。 ドラスティーナ(この速さこの魔力、間違いなくあいつね……) ドラスティーナ「ヨネア、一回地上に出てくる」 ヨネア「わかったわ」 ドラスティーナは場を離れ、迫って来る魔力の方へと向かった…… ……………… ドラスティーナ「久しぶりね、フーリン」 フーリン「これはこれは姐さん、こんな所で何してるんすか?」 ドラスティーナ「何って、今、私は人間に仕官しているのよ。そっちこそ何しに来たのよ? 魔王軍は今、ラザムと交戦中でしょ?」 フーリン「姐さんが人間に仕官!?」 ドラスティーナ「そうよ、何か文句ある?」 フーリン「いえ、別に何も、しかしルーゼル様が知ったら」 ドラスティーナ「ルーゼルと言えど、指図は受けないわ」 ドラスティーナ「もし、銀の夜明け団と、魔王軍が戦になったら、私はその主の側で剣を抜くつもりよ」 フーリン「マジすか? …………。こりゃ荒れそうだ」 他人事の様に言うフーリン、この悪魔はあまり他人に干渉したり、自分の考えを押し付ける事を好まなかった……。 フーリンとしても、ドラスティーナが敵側として剣を抜けば、魔王側として戦うまでである。 ドラスティーナ「それよりも、シャルロット知らない? あの子、奴隷階級だけど回復魔法使えるし、仲間に引き入れたいのよね」 フーリン「何いってんすか姐さん、シャルロットはパルスザンのコレですよ」 笑いながら小指を立てて見せる。 ドラスティーナ「そうなの!?」 しかし、よく考えてみれば、パルスザンは悪魔にしては珍しく差別意識が無く、他人を否定して見るのではなく、良い所を見つけようと肯定的に見る。 総合的に劣っていても、突出した才能を持った者は積極的に登用し、適材適所を心がけている。 ドラスティーナ「パルスザンならありえるか……。本題だけど、どうしてここに来たの?」 フーリン「敵になるかもしれない、姐さんに言っていいかわかりやせんが、 ラザムからは停戦の申し入れがあってルーゼル様はそれを受諾したんですよ。 それで、停戦に至った理由を調べに、ヤツらの後を追っていたら、姐さんの力を感じたので、奴らがつくよりも先に……」 ドラスティーナ「停戦? ラザムは今こっちに向かっているの」 フーリン「血相変えて向かってきてるっすよ。」 ドラスティーナ「ちっ……」 ドラスティーナは神殿へ引き返した……。 ……………… ヨネア「何かしらこの扉?」 ヨネアはラザム神殿の地下施設の最下層にある大きな扉を見つけた。 派手な装飾がしてあり、強力な呪法で封印してある。 見るからに、一部の人間にしか見せられない秘密が詰まっているのは明らかだった……。 ヨネア「開かないわね」 ヨネア(ラザムの黒い部分が隠されているのかしら? それとも宝物庫って奴? どちらにしてもワクワクするわね) キオスドール「恐らく、一部の人間にしか開けられないようになってますわね」 キオスドール「この扉は、特別な呪法が施されていて、ここの石版に手の平をあて、ここの宝玉を見る事で、その者を判断します。 そしてその者が、定められた呪文を唱える事で、初めて開く事ができます」 ヨネア「手の込んだ作りね」 ヨネアは、魔法で破壊を試みたが、半ば予想通り、ビクともしない。 ヨネア「スネアが捕えたラザム関係者の中に開けられそうな奴いないかしらね」 ヨネアはキオスドールを連れ、アルナスウルフが閉じ込めたラザム関係者のいる部屋に行く。 縛られた信者達に向かって、ヨネアは叫ぶようにして言った ヨネア「ねえ、最深部にある派手な扉をあけたいんだけど、誰か開けられる人いない? 扉を開けてくれればここにいる全員を解放するわ」 信者達がざわつく、そもそも、地下施設がある事すら知らない者も多いようだ……。 だが、キオスドールは信者達の挙動を観察し、明らかに一部の信者達の視線を集め、逆にあえて視線を送られない男が一人いる事を見抜いた。 キオスドール「あの方ですわ……」 キオスドールに指さされたその男は、年輩で格好こそ一般信者と何ら変わりない服を来ていたが、巧妙に自分の高い魔力を隠していた……。 男の名前はステファノといって、教団幹部である。 当然見抜かれた事で、信者達の間で動揺が走る ステファノ「…………」 ヨネア「ちょっと来てもらうわよ、置いといてもしょうがないし、残りは解放してあげて」 見張りを任しているアークデーモンとノーライフキング達に解放の指示を与えた後、縛った状態のステファノを地下施設の扉の前まで連れて来る。 ヨネア「ここを開けて欲しいんだけど」 ステファノは何も答えない。 ヨネア「素直になった方が身のためよ、言う事を聞いてくれれば命まではとらないわ」 ステファノ「お前が銀の夜明け団の生き残りか……。これは復讐のつもりなのか?」 ヨネア「復讐? 私はそこまでバカじゃないわ、ただ単に、アンタ達が気に入らないだけよ」 ステファノ「気に入らないだけで、ここまでやるというのか?」 ヨネア「そうよ、アンタらは大陸各地で治療とか行って正義の団体みたいなツラしているけれど。詐欺という名の奇跡を起して信者と金を集めているだけじゃない」 ステファノ「言ってくれるな……。銀の夜明け団は黒い事をやっていなかったとでも?」 ヨネア「知らないわよそんな事」 「あたしは銀の夜明け団って名称が気に入っただけで、メンバーだったとか生き残りとかじゃないの」 「ただ闇の魔法を教えくれた名も知らない人が、最後の一人だったってだけ」 ステファノ「ふん、魔王を召喚し、大陸を危険に曝した者がラザムを否定するのか」 ヨネア「魔王を召喚したのはムクガイヤの命令、その責任はあいつにあるの、あいつがそれに至ったのは政治の腐敗が原因」 ステファノ「口だけは達者のようだな」 ヨネア「どうでもいいわよ、んで、開けてくれるの開けないの?」 ステファノ「開けると思うか? そこにはお前には想像もできないラザムの闇が詰まっている」 「忠告してやるが、開ければ魔王降臨以上の大惨事が起こる。それでもいいのか?」 ヨネア「キオスドール、精神を支配するってできる?」 面倒くさいと判断したヨネアは強引な手に出る。 キオスドール「うふ、禁欲の厳しい修行を積んだ者なので、誘惑はできませんわ。」 「それに、修行を受けた高位の僧侶の精神を無理に操ろうとすると廃人になりますわよ?」 ヨネア「構いやしないわ、できるならやって」 キオスドール「うふふ……」 ステファノの精神に入り込み強引に、扉を開く魔法を唱えさせる。 ドサッ ステファノは白目を向き、口をパクパクさせていた……。 キオスドール「あらあら、おかわいそう」 ヨネア「ふん、素直に開けてくれれば、ここまでしなかったわよ」 ヨネアはキオスドールの皮肉とも受け取れる言葉には全く動じず、そのまま中へと入っていく……。 しかし、その中は、ヨネアが想像していたものとは違っていた。 ヨネア「何これ、モルグ?」 死体置き場の様な部屋で、包帯の様な布でグルグル巻きにされた死体の様なものが多数、安置されている。 キオスドール「この雰囲気、ゾクゾクしますわね」 ヨネア「聖人のお墓? 死体安置所とかかしら? それにしては何ていうか雑に扱われているし、禍々しい感じよね」 光とは相いれないのは勿論、闇ともまた違った感じである。 ヨネア(この禍々しい感じ何処かで……) ヨネアが感覚を研ぎ澄ませて力の出所を探ると、そこには装飾の施された小さな箱を見つけた。 中には、黒いながらも輝く多面体が入っている。その禍々しさは、マクラヌスと良く似ていた……。 ヨネア「何かしらこれ? まあいいわ持って帰って研究しよう」 一旦、棚に戻し、次は布でぐるぐる巻きにされた死体らしきものを良く見てみる。 ただの布ではなく、魔力を帯びている事がわかる。何かを封印するように……。 ヨネアは直感的に、これは危険な物で、ラザムでは完全に処分できないため、保管に止めていると認識した、しかし、湧き上がる好奇心には勝てなかった……。 ナイフを取り出し、布を斬ろうと刃をたてる。 ヨネア(中々、丈夫な布ね……) そうこうしている内に、ナイフが布を遂に裂き中を見る事ができた。 ヨネア「あれ?」 中身は空だった。繭の様にも見える布の中は何も入っておらず空洞だったのである。 ヨネア(いや……確かに、何かあったわ) ヨネアは最初に触った時の感覚を思い出し、中身があった事に間違いないと結論づける。 キオスドール「ヨネア様!!」 キオスドールが悲鳴の様に叫んだ。 ヨネア「え?」 気が付くと、ヨネアの周りには大鎌を持った水死人のような青白い顔をした者達が何人もいたからである ヨネア「何よこいつら?」 屋内と言う事もあって、物理的な破壊力の無い、相手の精神に働きかける広範囲魔法、イリュージョンを唱えた。 しかし、全く言っていい程、効いていない。 キオスドール「ドロウンバブル」 キオスドールの水の魔法が、わずかに相手の動きを鈍らせる。 キオスドール「ヨネア様、今の内に」 ヨネアは見つけた多面体を回収しようと置いた棚を見るが、しかしそこにあった筈の多面体は無くなっていた。 探している暇は無いと判断し、キオスドールに言われた通り、部屋を出る。 異変はここだけではなかった、地上階からも大きな禍々しい力を感じ取った……。 ヨネア「何が起こったっていうのよ!」 ヨネアは薄々感づいていた、ラザムの最深部では、禍々しい存在を封印しており、それを自分が解いてしまった事を……。 ……………… ドラスティーナ「ポポイロイト、アンタ一体なにやったの!?」 ふん縛った、毒蛇スネアが断末魔の様な悲鳴を上げながら、明らかに人ではない何かに姿を変えようとしていたからである。 ポポイロイト、レドザイト、ラングトスの3人は揃って首を横に振る。 ドラスティーナ(それもそうよね、幾ら悪魔でも此処までの事は! まずい、力がどんどん大きくなっている) 今もなお大きくなるスネアの禍々しい力を感じ取り、いずれ自分の力を超える事に勘づき剣を抜く……。 ドラスティーナ「火炎斬!」 炎の剣で、スネアを攻撃するが、まるで介さない。 ドラスティーナ「ちっ」 スネアを無視して、ヨネアを助けに行くか、倒して行くか、苦渋の決断を迫られる。 ドラスティーナ「ラングトス、2人と兵を連れて先にここを脱出しなさい、私はヨネアを連れて来る」 ラングドスは言われたとおりにレドザイトとポポイロイトを連れ、屋外へと向かう。 ドラスティーナ「やっぱり、無視して通してくれるほど、甘い相手ではないわよね」 スネアに向かって斬りつけるが、スネアの圧倒的力を前に成すすべもなく、防戦一方となる。 フーリン「しょーがねーな姐さん、その姐さんの今の主ってのを俺が連れきてやるよ、だから姐さんはそいつを引きつけておいてくれ」 ドラスティーナ「フーリン! …………。わかったわ、ありがとう」 フーリンに借りを作るのに躊躇いつつも、素直に礼を言う。 一方ヨネアとキオスドールは湧き出た死霊に包囲されていた。 ヨネア「一体、何なのよ」 エクスプロージョンを一か八かで使おうかとも思ったが、地下なので間違いなく瓦礫の下敷きになる。 その時、フーリンが駆けつけ、死霊を蹴散らし、突破口を開いた。 フーリン「こっちだ」 ヨネア「あんた誰よ?」 いきなり現れた、悪魔に戸惑うヨネア。 キオスドール「行きましょう、ヨネア様、考えている暇はありませんわ」 ヨネア「何よ何よ! いきなり現れて」 文句を言いながらも後を追う、地上階に出る事に成功し、ドラスティーナの魔力の方へ向かって走った。 ドラスティーナ「遅いわよ!」 ドラスティーナは巨大な蛇の様な外見となったスネアと交戦し、既に傷だらけになっていた。 ヨネア「ごめん」 ドラスティーナ「逃げるわよ」 そのまま、死霊達を交わしながら、外へ出る。 ヨネア一向は、そのまま砂漠の方へと向かって走った……。 ヨネア「ぜえ、ぜえ、ここまでくれば少し休めるわね」 フーリン「ひゅう……。すげーなこりゃ」 神殿から溢れ返る死霊の軍勢を遠目に、この様を楽しんでいる。 ヨネア「あんた誰よ」 ドラスティーナ「こいつは、魔王の側近よ」 ヨネア「何で、魔王の側近がここにいんのよ」 ドラスティーナ「そうだったヨネア、ここには間もなくラザムの軍が戻ってくるわ、急いで退散しないと」 ヨネア「えっえっ、何でどうして」 フーリン「じゃっ、俺はこれで、姐さん生きていたらまた会いやしょう」 そう言って、フーリンは動揺するヨネアを無視して魔王軍の方へと飛び立った……。 ドラスティーナ「話は後よ、ブレアまで戻るわよ」 ドラスティーナはヨネアを引っ張るようにして先に進む、ここでモタモタすれば、ラザムと死霊に挟まれる事になるからだ。 ………………… ―銀の夜明け団、陣営 何とか迫りくる死霊の軍団を引き離す事ができた銀の夜明け団だったが、アルナス砂漠に出る前に、ラザムの使徒とぶつかる事がわかる。 ドラスティーナ「死霊は私達に特別な感情を持っているわけではないから、進行速度はそこまで速くないけど、このままだと、砂漠に着く前にラザムと激突するわね」 キオスドール「交渉もできませんわね、神殿をめちゃくちゃにしてしまわれたわけですから」 ヨネア「わかっているわよ、こうなったら戦うまでよ」 ヨネアは疲れ切っている悪魔達に号令をかけた…… ―ラザムの使徒 陣営 神殿の方から禍々しい力が湧き出ているのを確認する光の賢者…… イオナ「やってくれましたわね、銀の夜明け団……」 ラザムの深部に封印されていた死霊が解き放たれた事を悟る。 ホルス「イオナ、神殿で何が起こっているんだ?」 イオナ「ホルス様、ラファエル殿、明日は魔王軍より強大な敵と戦う事になるとお考えください」 イオナはホルスの問いには答えず、戦いが近い事を2人に伝えた。 偵察隊「イオナ様、お耳を……」 その時、偵察隊から、ラザム神殿と自軍の間に悪魔の軍勢を確認したとの報が入る。 イオナ「……そのまま、蹴散らしましょう。」 「ホルス様、ラファエル殿、偵察隊が悪魔の軍勢を確認しました。おそらく銀の夜明け団の一党と思われます。」 「今より戦に備えてください」 ホルスもラファエルも、釈然としないまま戦いの準備に入った……。 ―ルートガルド城 トライドの病室 宮廷医管であるデッドライトが窓を開けて、ラザム神殿のある方角を見ていた……。 デッドライト「異界の淵門が開いた。まさか人が自ら開けるとは……」 眠っているトライドに目をやる……。 デッドライト(この際、こっちも開けてしまおうかしら?) (いえ、もう少し待てば、彼が全軍を王都に集結させ、ここに攻めて来る、その時に……) ■VSラザムの使徒 ヨネア率いる銀の夜明け団と、ラファエル率いるラザムの使徒が対峙した……。 イオナ「……」 イオナ(あれが銀の夜明け団のリーダー……、魔王の召喚といい、封印されていた死霊の解放といい、碌な事をしませんわね) ラフェエル「行くぞ皆の者!」 ラファエルが号令をかけ、ラザム使徒が動きを見せるが、馬に乗っているのはラファエルのみなので、後続をどんどん引き離し、実質単騎で向かって来る。 ドラスティーナ「後続が追いついてないじゃない、単騎で向かって来るなんて」 ヨネア「まあいいわ、そんなに死にたいなら、死ねばいいのよ」 ヨネアがラファエルに集中砲火を浴びせるため、号令をかけようとした時……。 ラファエル「光竜剣!」 ラファエルが放った光の刃は、ヨネアのみを狙っていた! ラファエルは総大将が魔術師という、肉体的には並の人間と変わらない事に目をつけ、単騎で向かって油断を誘い、総大将を一気に討ちとってしまおうという大胆な作戦に出たのだ。 その後、後続のホルスが追い付き、ラフェエルの援護に入る。 完全に出鼻を挫かれた、銀の夜明け団は、ラザムの使徒に散々に蹴散らされ合戦はラザムの圧勝に終わる。 銀の夜明け団は散り散りとなって砂漠の方へ逃げたため、イオナは追うような事を命じず、死霊の軍団の戦いに備えさせた……。 …………………… ヨネア「こんな事になるなんて……」 ヨネアは、何とか逃げ延び、砂漠を横断していた。 魔法による飛行の速度は決して遅い物ではなかったが、先の戦いで負傷したドラスティーナを抱えているため、本来の速度で飛行できずにいる。 ドラスティーナは光竜剣からとっさにヨネアを庇い、そのまま肩から胴にかけて深い傷を負っていた……。 光の刃は、ドラスティーナの体を貫通し、翼を斬り飛ばしている。そのためヨネアが抱えて逃げるしかなかったのである。 ドラスティーナ「……ヨネア、私を置いて………行きなさい、流石に無茶よ、この速度で……砂漠を横断するなんて」 ヨネア「うるさい、怪我人は黙ってなさい、それにアンタらしくないわよこんなところで諦めるなんて」 ドラスティーナ「……あら? 私は無理なものは無理と諦めるタイプよ……」 ヨネア「ブレアに戻ったら説教してやるんだから」 ドザッ ヨネアが飛行に使っている魔法の杖から落下する。 何かにぶつかったとか、強風が吹いたわけではない、単純に魔法力が尽きたのである。 砂漠であるため、ここで倒れれば命は無い……。 ヨネア「レドザイトが居ればまだ、なんとかなったのに……」 冷気の魔法を得意とするレドザイトが居れば、灼熱の暑さを凌ぎ水の確保ができただろう。 動きが止まり、急に仲間の無事が気になりだす。 ヨネア「……あの子達は無事……逃げれたかしらね? ねえドラスティーナ?」 返事は無かった……。 ドラスティーナは既に意識を失っており、生死はわからない……。 ヨネア「ごめんね、バカなリーダーで……」 ドラスティーナに一言謝るとヨネアは目を閉じた……。 ―クイニック 魔王軍 陣営 最速の悪魔であるフーリンが、ラザムの真意を確認し、戻ってくるのに左程時間は掛からなかった。 ルーゼル「死霊の軍団か……。奴らは私と知の無い死霊如きを天秤に掛け、死霊を選んだという事か」 フーリン「そうなりやすね」 ルーゼル「わかった、もういい。停戦など破棄だ、不快な生き物どもは皆殺しにしろ」 ショハード「ひゃはっ! 虐殺最高」 フーリン「後、ルーゼル様、ドラスティーナ様を敵陣営てか、あのムクガイヤの陣営に加わっているのを確認しやした」 ルーゼル「何!? ドラスティーナが!?」 フーリン「まあ、あの野郎に仕えているというよりも、人間の魔術師の娘を面白がってあれこれ手を貸しているって感じでしたけどね」 ゼオン「おい、その娘は、闇の魔法を使う生意気な小娘じゃなかったか?」 フーリン「そうそう」 拳を握りしめ、バキバキと間接を鳴らす……。 ゼオン「あのガキ! 捻り殺してくれる」 ゼオンはヨネアに召喚され、そのまま強制送還された屈辱を思い出していた……。 ルーゼル「ドラスティーナは放っておけ」 「私は、グウェン、リリックと共に、ラザムと決着をつける。」 「パルスザンとフーリンは、リュッセル半島の竜騎士共を討伐、ムナード、お前は残りを率いて雪原を攻めよ。」 ムナード「仰せのままに」 パルスザン「かしこまりました」 魔王軍は3手に分かれ、再び侵攻を開始する……。 ―ムクガイヤ魔術師団 本軍 魔王軍を追い詰めていたラザムの使徒が、急に兵を引いたとの報が、ムクガイヤの元へ届いた。 ムクガイヤ「ラザムが引いただと?」 サルステーネ「はっ、その様でございます」 ムクガイヤ「追い詰めていたのに兵を引くとは……。魔王を倒させてから王都に進行するつもりでいたが予定が狂ったな……」 ラザムの使徒は魔王軍に対してアドバンテージを持っていた。 ならば、魔王軍と自軍で雌雄を決するよりも、魔王軍をラザムの使徒に討伐させてから一掃すればよいとムクガイヤは考えていた。 サルステーネ「ラザムの使徒は、ラザム神殿の奪還に向かったようですな」 ムクガイヤ「しかし、何故今更、神殿よりも魔王の討伐を優先していたというのに」 サルステーネ「一説によりますと、ヨネア様のアルナス砂漠への侵攻によるものと」 ムクガイヤ「闇の魔法を、この世から消すためにか?」 「しかし魔王討伐より優先順位が高いとは思えんな、まあいい、リュッセルはどうなっている」 サルステーネ「ラザムの使徒が撤退したため、リューネ騎士団は魔王軍の猛攻を防げず多くの兵力を失った所、息を吹き返したリュッセル国に滅ぼされた模様ですね。アルティナの生死は不明です。」 ムクガイヤ「目の前の敵国を無視して、大義のため魔王討伐に参戦した者の末路などこんなものか……」 サルステーネ「現在、グリーン・ウルスと魔王軍が交戦中ですが、魔王軍がグリーンのほぼ全てを制圧しているようですね。」 ムクガイヤ「こうなると悠長に構えてもいられんな、フェリル党にリュッセル国を早急に落とさせ、薔薇十二字団にオステアを服属させるように伝えよ」 サルステーネ「はは」 ■VSリュッセル国 ムクガイヤの命を受け、リュッセル半島に侵攻を開始したフェリル党であったが、空を制する竜騎士相手に、戦果を上げられずにいた……。 難攻不落のリュッセル城を包囲し、兵糧攻めにしようとしても、竜騎士を率いたセレンに蹴散らされる始末、また、軍師スーフェンがフェリル党に反感を持ち潜伏するリザードマン達に激を飛ばし、破壊工作を行われたため、前線に物資の供給もままならいこともあった。 ルルニーガは多大な犠牲を覚悟のうえで、全軍あげてリュッセル城を攻める事も考えたが、決断には踏み切れずにいる。 ルルニーガ「………………、竜騎士の部隊、難攻不落の城、どちらかだったら何とかなるだろうが、両方を相手取るとなると……」 ムッテンベル「親父様、チョルチョと名乗る、リザードマンの巫女が軍議の参加を望んでおりますがいかが致しますか?」 ルルニーガ「チョルチョ……。あの娘か……」 聞き覚えのある名前……。 チョルチョは巫女といってもゲルニードのお気に入りで、軍師の様な役目を負っている。潜伏していたゲルニードが出頭してきた時も、同行していたので良く覚えていた。 ルルニーガ「して、何ゆえ?」 ムッテンベル「何でも、リュッセル城の攻略できると息巻いておりますが……」 ルルニーガ「ふむ……、まあ、良いだろう」 現状、特にこれといった、策があるわけではないので、ルルニーガは軍議の参加を許可したのだった……。 ―フェリル党 陣営 軍議 今回の軍議はいつもと違っていた。 リザードマンであるチョルチョとイオードが参加していたからである。 リュッセルにはリザードマンの軍師スーフェンがおり、その同族を参加させるなどと、不満を持つものもいたが、ルルニーガは解さなかった。 チョルチョ「軍議に参加させていただき光栄にございます」 ルルニーガ「うむ、何でも、リュッセル城を攻略できると言ったそうだが、その真意を聞きたくてな……」 ざわつく一同……。しかし、チョルチョは落ちつき全く動じなかった……。 チョルチョ「はっ。こちらを」 そういって、チョルチョは弓によく似た物を差し出す……。 バルバッタ「なんだこりゃ?」 ムッテンベル「これは?」 ルルニーガ「クロスボウか」 ルルニーガは一時期、人間の文化を色々と調べており、その時、武器について書かれた文献でその存在を知っていた。 チョルチョ「御名答にございます。これは人間の作ったクロスボウを元に、私達穹廬奴で作った弩という新しい武器です」 ルルニーガ「ふむ」 チョルチョ「イオード」 矢は既にセットしてあり、イオードはクロスボウを手に取り矢を放つ、イオードの放った矢は、軽く700ドットは飛んでいた……。 弓よりも遥かに長い射程距離である。 ルルニーガ「大した威力だな……」 チョルチョ「はい、ではこれを」 そういって、バルバッタに弩を渡す。 バルバッタ「意外とでけーなこれ……」 バルバッタはチョルチョから説明を受け、弦を引く。 しかし、弦は固く、どんなに力を入れても引くことができなかった。 バルバッタ「なんだこりゃ、固くて引けねーじゃねーか」 チョルチョ「クロスボウが普及せずに廃れたのは、弦が固くて滑車を使って引かなくてはならず、そのため速射性に欠けました。」 「使う矢も短いものを使わなくてはならず、安定性が弓よりも悪い物でした……。」 バルバッタ「それじゃ使えねーだろ、何しに来たんだてめーわ、そうか、弦を引かせて、俺の指を切断しようって腹だな?」 チョルチョはバルバッタの罵倒など全く気にせず、説明を続ける。 チョルチョ「しかし、使えないのは要するに人間の腕力、筋力の問題です。」 「そしてこのクロスボウではなくこの弩は、クロスボウよりも大型に作り、より長い矢をセットすることができ、安定性の問題も解決しています。」 ルルニーガ「なるほど、そういう事か……」 ルルニーガはにいっと笑い、わざと説明を端折って勿体つけたチョルチョの真意を読み取った……。 チョルチョ「イオード」 イオードが今度は弦を引く、リザードマンの剛腕は、バルバッタではビクともしなかった弦を引き、矢をセットして見せた。 チョルチョは今度はクロスヘルムを用意し、それをイオードに射ぬかせる。 矢は肉厚の鉄で作られたクロスヘルムを容易に貫通していた。 バルバッタ「いっ!?」 ルルニーガ「つまり、この武器で竜騎士を撃ち落とせという事か……」 改めて弩を手に取り思考する。 実践に投入するとなると、この試作品だけではなく、大量に作らなくてはならない。 しかし、この弩が扱えるのは、リザードマンだけである。 ついこないだまで敵だった者達に、その者達にしか使えない武器を大量に与えてよいものかどうか? 弩の部隊を編成すれば、竜騎士達に大きな打撃を与える事ができるだろう。 まだ、使われていない武器なので、対処ができないのである。 対抗策を講じられれば、有利にはなりつつも相手も手強くなってくる。 中途半端な投入は、戦を長くするだけなので、それそうおうのリザードマンの部隊を編成しなくてはならない……。 ルルニーガ「チョルチョよ、ついこないだまで敵だった者達に、強力な武器を与えて部隊を編成するというのは、決して簡単な事ではない……。 「もし、お前達が裏切れば我々の損失は計り知れず、お前達が結果を出せなければ、それ相応の責任が待っている」 「お前にその覚悟があるのか?」 ルルニーガは剣を抜き、切っ先を突き付ける……。 チョルチョは動じる事無く、まっ直ぐルルニーガを見据え……。 チョルチョ「あります。 「元帥がリザードマンの裏切りを懸念されるのはごもっとも、ならば私を人質としてお使いください」 つまり、リザードマン達が裏切る様な事があれば、自分を斬れと……。 チョルチョ「この弩の部隊に用意する兵は、私が単于ゲルニードより直接預かりし信用のおける兵達です。 「兵達の女房・子供は既に人質になる決意をしております。 「この者達を人質にすれば、穹廬奴には誇りがあります、決して裏切りは致しません」 ルルニーガ「ふむ」 嘘を言っている様には見えない……。 しかし、女子供を人質に取れば、流石に人聞きが悪く、ルルニーガ個人としても当然したくない、そのルルニーガの心理を見越しての主張かもしれなかった。 ルルニーガ(良い眼をしているな……) ルルニーガ「女子供を人質とする必要は無い……。これから早速、開発・生産に当たってもらうが、お主は悪いが、ワシの近くにおれ、監視は常につけさせる」 チョルチョ「光栄にございます」 チョルチョは頭を深く下げる。 軍議はそこで終り、早速、材料となる樹木の手配をエルフィスに指示し、イオードの指示でバルバッタ達、ゴブリンに組み立てを命じた……。 ……………………… ルルニーガは、確実にリュッセル城を落とすため、全軍を集結させていた。 わざと、ゴブリン達をリュッセル城から見える位置に配置し、その一方で、新しく編成されたリザードマンによる弩の部隊は、鎧も弩も、緑色に着色し、茂みや森林に布陣させ、リュッセル城からは見えないように配置する。 リジャースド「フェリル党の総軍のようだな……」 セレン「今回で決着をつけたいようですね。」 スーフェン「竜王ルルニーガは、あの阿斗(ゲルニード)と違って、無駄な力攻めをするとは思えぬ、しかし、このリュッセル城をどう攻める?」 スーフェンは何か策がある事は見抜きつつも、真意までは掴めない、ゴブリン達が、ルルニーガの号令に従い、リュッセル城に向かって前進を始める。 スーフェンはセレンやリジャースドに打って出るように指示は出さなかった。真意の読めない、ルルニーガの策を警戒しての事である。 ルルニーガはゴブリンの頭数を生かして、城を包囲するように号令をかけていた。 リジャースド「軍師、うって出るか?」 スーフェン「いや、待たれよ……。この城はそう簡単には落とせはせん。まだ様子をみるべきだ、相手の狙いがわからん」 とはいえ、城を包囲され、力攻めをしてこられる中、城内の兵達は焦り始めた……。 兵力は相手の方が倍近い、今まではルルニーガが犠牲を出さないため、直ぐに兵を引いていたが、今回は、いつもと違って一向に兵を引かないうえに、リジャースドやセレンといった竜騎士の部隊がいつまで立ってもうって出ない、これが城壁を守る者達にとって重圧になっていた……。 一方、フェリル党も、リュッセル城を強引に攻めていたため、多大な犠牲を支払う……。 ムッテンベル「親父様、このままでは犠牲が……」 ルルニーガ「わかっておる、だが竜騎士を引っ張り出さなくてはこの城は落とせない」 籠城戦は我慢比べの様な状況になっていった。 セレン「リジャースド様、このままでは兵の士気が持ちません、私が行きます。軍師殿、ご指示を……」 スーフェン「うむ……。やむをえまい。だがセレン殿、気をつけられよ、ルルニーガは何かを企んでいる。」 セレン「わかりました。深追いはしません」 リジャースドの部隊は城に残したまま、セレンは城の屋上から打って出た。 竜騎士が他の部隊よりも優れている点として、城門を開けずに出陣できるという利点がある。 ルルニーガ「きおったか、待ちくたびれたぞ」 しかし、竜騎士の部隊はいつもの半分くらいで、まだ警戒されているのが見てとれた。 ルルニーガ「リジャースドは未だ城というわけか……」 とはいえ、いつまでも城に張り付いていても犠牲が大きくなるため、兵を引くように指示をだす。 セレンは城に張り付くゴブリン勢を遠くからドラゴンのブレスで蹴散らしていった……。 撤退を始めたゴブリンを追撃し、できるだけ討ち取るか、深追いはせずに一旦城に戻るか? 判断を迷っていると、遠方に、総大将ルルニーガの姿が見えた。 セレン「ルルニーガ!」 セレンは追撃の号令をかけた。ルルニーガの姿を確認し、討ちとってフェリル党の弱体化を狙ったのである。 ルルニーガ「やっと来たか」 警戒され中々うって出てこようとしないリュッセル軍に業を煮やしたルルニーガはわざと自分をエサにして挑発したのだ。 ルルニーガはゴブリンを退却を促しつつ、セレンを引きつける。 イオード「随分待ったな……」 伏兵となった弩の部隊は、ようやっと戻ってきたゴブリンの部隊とそれを追う竜騎士の部隊を見て、弩を狙い定めていく。 弩の利点として、矢をセットすれば、後は力を使うことなく待機できた。 これが弓だとずっと引っ張ってなくてはならないため、狙い定めるという事は難しい。 イオード「まだだ、まだ射るなよ」 イオードはドラゴンのブレスの射程距離、そして、弩の射程距離を考え、セレン部隊の攻撃が届く直前まで引きつけさせた。 イオード「今だ! 放て!」 イオードは一斉射撃の号令をかけた! 一斉に放たれた矢の雨を受けセレンは落竜する。 セレン(矢!? 伏兵? どうして?) セレンは何がどうなったかわからないまま、地面に落ちていった……。 ドラゴンのブレスを警戒し、遠方から撃っているため、当然威力は落ちている。しかし、矢が刺さる事で竜の飛行を狂わせ、騎士が竜から落ちてしまえば、落馬よりも大きなダメージを負う事はいうまでもない。 次々に、矢の餌食になる竜騎士達。 ルルニーガは後退したゴブリンと伏兵だったリザードマンの兵を素早く合流させ、再度、リュッセル城を攻めに向かう。 今度は、弩に焙烙玉をセットし、ゴブリンの投石よりも遥か遠方から城を爆撃する。 セレンの撃退と、先ほどとは明らかに厄介な攻撃を受け、城内は大混乱に陥いった……。 ルルニーガは今度は城を包囲はしなかった。 包囲してしまうと、より城攻めに伴う大きい犠牲を負うからである、ならば、あえて退却路を残し、リュッセル城から追い出してしまえば犠牲を少なくして勝利できる、 もちろん相手を取り逃がすわけなので、リュッセル軍とは再び戦う事になるが、自分達がこの難攻不落の城に入城すれば、相手がおいそれとは攻められない事はわかりきっていた。 スーフェンはルルニーガが退却路をわざと残している事はわかっていたが、かといって籠城を続けていても、全滅は時間の問題なので撤退を促した……。 ルルニーガ「チョルチョよ」 今回の戦でずっと人質として傍らにいるチョルチョに声をかける。 チョルチョ「はっ」 ルルニーガ「見事だ」 チョルチョ「身に余る光栄にございます」 相手に警戒され、籠城戦が長引き、犠牲は予測よりも大きい物となったが、ルルニーガの大勝利と言えた……。 ………………… セレンが意識を取り戻したのは、リュッセル城に運ばれた後の事だった。 矢を受け落竜し、一命を取り留めたのは奇跡に近い事だったが、後続の衛生部隊の治療が速かったのも上げられる。 エルフィス「気がつきました? 確か貴方はアルティナ様の」 セレンはリューネ騎士団に在籍していた時、アルティナに連れられ、パーサの森を訪れた事がある。 そこで、エルフィスとも面識があった。 セレン「…………」 セレンは何も言わなかった……。 エルフィス「しばらくは安静しないといけませんが、命に別状はありません」 セレン「私はどうなるの?」 エルフィス「リュッセル国との交渉に人質として扱われるかもしれません」 セレン「リュッセル国は?」 エルフイス「今はリグナム火山に追い詰められているようですね」 セレン「そう……」 尊敬するアルティナ、親友のルオンナル、そして現在の主リジャースドの安否が気になりだす。 しかし、動けない自分に出来る事がないため、泣くしかなかった……。 ………………… それからしばらくして、リジャースドはムクガイヤ魔術師団に降伏した……。 降伏を決意したのは、セレンもリュッセル城を失った今、どうあがいても勝ち目が無い事が勿論あげられるが、それとは別に、まだアルティナが消息不明だった事があげられる。 アルティナが既にムクガイヤに対し、臣下の礼をとっていれば、リューネ騎士団の再興の話をつけ、以前と同様に直参と郷士の確執にうんざりさせられるところだが、アルティナや直参の騎士がムクガイヤに振っていない今ならば、降伏を条件に、郷士や直参の差別化を廃止し、対等に扱えと言う事ができた。 ムクガイヤからすれば、入植した者達を特別待遇で扱うつもりも、入植以前からいる者達を奴隷にするつもりも全くなかったので、すんなり受け入れた……。 ―セレンの病室 セレン「リジャースド様、降伏されたんですね」 リジャースド「すまねえな、勝てなくて……」 セレン「私の力が……。あの時、ルルニーガを討とうと追撃しなければ……」 セレンが俯いて答える。 確かに、あそこで判断を誤ったが、誤らなくても戦が長引いただけで負ける事に変わりはなかっただろう。 リジャースド「おまえのせいじゃねえよ……。でもな、降伏の条件に郷士と直参の騎士の扱いを対等にしろってつけといたぜ」 リジャースドの方を見るセレン リジャースド「だからもう、悩まなくていいんだ……」 セレン「はい……」 ■ ―アルナス砂漠 アルナス城 ヨネア「うっ……」 ヨネアが目を覚ましたのは、砂漠で倒れてから3日後の事だった……。 砂漠で倒れたヨネアは、援軍に向かっていたニースルーの率いる薔薇十二字団に救助されていたのだ。 ニースルー「起きたのね、よかった……」 ヨネア「ニースルー」 ベッドで寝かされており、ニースルーに看護されていたようだ。 ヨネア「…………」 何がどうなったのかよくわかないが、記憶を辿り、自分達がラザムの使徒に敗北し散り散りになった事を思い出す。 ヨネア「ドラスティーナは?」 ニースルー「無事よ」 ヨネア「ポポイロイトはレドザイトは、あとそれから……」 ニースルー「皆無事よ……」 取り乱すヨネアを落ちつかせる。 ヨネア「そう……。よかった……」 ニースルー「全く、無茶しすぎよ。それから、砂漠を救助のために捜索したチルクを始めとするブルーゴブリン達にお礼を言っておくのよ」 ヨネア「うっ……。わかったわ」 ニースルーに案内され、銀の夜明け団が休んでいる場所に向かう。 そこでは、残りのメンバーがそろってトランプをしていた……。 ヨネア「アンタ達、思いのほか楽しそうね……。心配してたのに……」 レドザイトはヨネアを確認するや否や、飛びついて来た……。 一番最初に召喚され、一番懐いていたといっていい。 ヨネア「ごめん、レドザイト心配かけて……」 心配をかけていたのは自分の方だったと思い知らされる。 ドラスティーナ「ま……。アンタも気がついてよかったわ」 ヨネア「ふん……。死んでたまるもんですか……」 ポポイロイト「ヨネアも入ろーよ」 皆で遊んでいるトランプに誘われる。 いつものヨネアなら、忙しくなくても忙しいと言って断る所だが、今日は付き合う事にした……。 ヨネア「しかし、折角奪ったのに、これで水の泡ね……。」 ラザムから奪った黒歴史の記録や光の魔術書、それと興味を引いた文献などを思い出す。 キオスドール「うふ、ヨネア様、確かに水の泡でしたわ」 キオスドールはそう言って、トランプを水泡に包んで、宙に浮かばせて見せる。 ヨネア「まさか!?」 キオスドール「これと同じ要領で、残らず運んでますわよ」 ヨネア「でかした」 興奮しキオスドールの肩を掴んで前後に振るヨネア。 キオスドール「ヨネア様、落ち着いてください」 ニースルー「ラザムから奪った物って何?」 その時、興奮するヨネアとは対象に、冷やかな質問が投げかけられる。 明らかに、ニースルーは怒っていた……。 ヨネア「い、いや……、ラザムの地下にあったあいつらの行った所業について書かれた記録よ」 ニースルーに圧倒され、たじっとなりつつも、開き直る様にして答えた。 ニースルー「それでヨネア、それをどうするつもり?」 ヨネア「どうって、それを一般公開し」 ニースルー「それはダメ!」 大きな声ではっきり言う。 ヨネア「ちょっとニースルー何を怒っているのよ。別に有らぬ事を言いふらすとかじゃなくてあいつらが実際に行った事を……」 ニースルー「それでもダメ」 ヨネア「どうしてよ」 ニースルー「ラザムを信じている人はこの大陸に大勢いるのよ? その信仰を傷つけるなんて……」 ヨネア「でも、それはラザムの自業自得でしょ」 ニースルー「それは違うわ……。確かに何処の組織にも汚職に手を染める者はいる。」 「ラザムの中にも、信仰を利用している者はいる。」 「でもね、ラザムの教えを信じて、貧しい人の為に、奔走している人もいるの。」 「そういう人を傷つける事は、いくらヨネアでも許さない!」 親友にかつてない程、凄まれ今にも泣き出しそうな顔になるヨネアであった。 ドラスティーナ(やっぱりこうなったわね……) ヨネア「……何よ。あいつら、闇の魔法を研究してた一団を皆殺しにしてたのよ。」 「もし同じことをラザムがもう一度行えばあたしはヤツらに殺されるのよ。」 「それでも平気なの?」 ニースルー「ヨネア、せめて、ムクガイヤ様の大陸統一が終わってから、ラザムを裁判に掛けましょう」 ヨネア「ふん、何よ裁判って知らないわよ」 ヨネアはそういうと、手に持ったトランプを叩きつけ、走り去った……。 ドラスティーナ「困ったリーダーだこと……」 そのまま感情に任せて、砂漠の方へと飛び出していく ドラスティーナは溜め息をつきつつも後を追った……。 ……・……・……・……・……・ ヨネア「ただいまー」 砂漠に飛び出し危険を感じたのか、ストレス発散できたのか暫くしてヨネアは何事もなかったのように戻ってきた……。 ポポイロイト「ねーねーうしちちのおねーちゃんは?」 ヨネア「え? 知らないけど」 レドザイト「おねーちゃんの事をおっていったよ?」 ヨネア「えっ? すれ違ったのかしら」 一方ドラスティーナはヨネアを探して砂漠の上空を飛びまわる。 ドラスティーナ「もう、何処に行ったのよ、あいつは……。一回城に戻ろうかしら……」 一旦、捜索を打ち切って、城に戻ってないか確認しようと戻った時、遠目に倒れている人影を見つけた。 ドラスティーナ「ヨネア!?」 近くまで行くと、少女の様だが、来ている服が違う。 ドラスティーナ「紛らわしい」 そういいつつも、倒れている少女を摘みあげると、その少女には動物の耳が生えていた。 ローニトーク「はわわわわわ」 その少女は摘み上げられた事で意識を取り戻す。 ドラスティーナ「何よこの子? ゴブリンじゃない」 ドラスティーナはローニトークを頭からつま先まで品定めするかのように見ている。 ローニトーク(悪魔。ど、どうしよう) 頭に生えた角を見て、ドラスティーナが悪魔と言う事に気づくが、下手に抵抗して殺されるのではないかと思いじっとしていた。 ドラスティーナ「ふぅ……。しょうがないわね、ゴブリンがどうなろうと知らないけど、あの子が私達を救助するために派遣した子だろうし。 それにしてもグズねえ、救助にきて救助する相手に救助されるなんて」 ローニトーク(な、何か勘違いされている) ドラスティーナはローニトークをニースルーが派遣した自分達の救助隊と勘違いしていた。 アルナス城まで連れていると、チルク達が使っている執務室まで向かう。 ドラスティーナ「チルクと言ったわね、アンタ達、自分達の人員ぐらいちゃんと管理しなさいよ。この子、遭難していたわよ」 そう言って、ローニトークをチルクの前に突き出した。 チルク(誰だこの子? 見覚えがないけど……。まあ全員の顔を覚えているわけじゃないし……) チルク「今度から気をつけるよ、君だめじゃないか、勝手な行動とって」 とりあえず、適当にローニトークを叱る。 ドラスティーナ「ふん……」 ドラスティーナが背を向けた時、怖くて口を閉じていたローニトークが精一杯叫んだ。 ローニトーク「私、ゴブリンじゃありませんエルフです!」 静まり返る部屋……。そしてしばらくしてその場にいる全員が爆笑しだした。 ローニトーク「? ? ?」 何故笑われているのかわからない。怖いけど精一杯の勇気を振り絞ってまた叫ぶ。 ローニトーク「な、なにがおかしいんですか?」 ドラスティーナ「アンタねえ、エルフの耳を見たことないの?」 ローニトーク「え?」 ドラスティーナ「そんな、耳していないでしょうが! それに見なさいよ」 ドラスティーナは執務室にいるフーリエンやキスナートを指差す……。 ローニトーク「…………」 ドラスティーナ「ね? 同じ耳しているでしょ。まあ、冗談としては中々笑えたわ」 そういって、唖然とするローニトークを残してドラスティーナは執務室から出て行った……。 チルク「んで、君は何処の隊の所属かな、隊長に連絡するから」 ローニトーク「わ、わたし……。その……」 あたふたするローニトーク、 チルク「じゃあ、名前は?」 ローニトーク「ローニトークです。」 チルク「わかった、それじゃフーリエン悪いけど、この子を医務室に連れてってあげて……かなり錯乱しているし」 フーリエンに指示を出して部屋から出した後、このアルナス城に派遣されて者の名簿を確認する。 チルク「ローニトークなんて名前はないなあ」 チルクはローニトークがエルフというのは欠片も信じていなかったが、フェリルに属するものではない事は感づいていた……。 ■蛇王VSラザム ラザムの使徒は、ラザム神殿から溢れ出した死霊軍と交戦していた。 魔王軍と結んでいた停戦は破棄され、挟まれた事になる。 後続はホルスに任せて、ラファエルとイオナは神殿の奪還に向かう……。 何とか、死霊軍を一掃し、リッチースネアを倒す事に成功したが、ラファエルを失う事となった……。 ■VSオステア オステアはムクガイヤ魔術師団と同盟を結び魔王軍と交戦していた。 ムクガイヤ魔術師団は、難民の受け入れ、食糧、医療品などの物資の供給は惜しまなかったが、肝心の援軍は雀の涙であった。 これは、遠まわしに服属を求めていたからである。 しかし、オステアは、ムクガイヤ魔術師団の一部になる事を拒み、実質、自軍だけで魔王軍と戦い続けた……。 ラザムの使徒が撤退したため、よりいっそう魔王軍の猛攻が激しくなり、ピコックは討ち死に、後継者のアルジュナはムクガイヤ魔術師団の領地であるブレアに逃げ延びるしか無く、オステアは実質消滅した……。 ■第六軍団 リュッセルオーダーVS魔王軍 リュッセル国が服属し、リジャースドは新たな第六軍リュッセルオーダーとして、軍団を任される事になった。 リュッセル半島から、フェリル党と共にグリーン地区への侵攻を任される。 リュッセル国の軍師スーフェンは、既に穹廬奴がフェリル党に服属していたため出奔、フェリル党は、グリーンへの侵攻だけでなく、湿地帯よりネルザーン砦の攻略を命じられた。 これを受けルルニーガは、支配下にあった穹廬奴のチョルチョとイオードをリュッセルオーダーに協力させ、自身はゴブリン勢を率いて、ネルザーン砦の攻略に向かった。 リュッセルオーダーは、魔王軍と海を挟んで対峙する事になる。 魔王軍は、宿将であるパルスザンが指揮をとっていた……。 チョルチョとイオードは海峡沿いに部隊を配置、その後ろにリジャースド、セレン率いる竜騎士が控える。 パルスザン「敵の布陣が終わったようですね」 フーリン「ありゃ? 見た事ない奴らだな……」 フーリンの目に映ったのは、リザードマンの軍勢だった……。 この時、まだ魔王軍とリザードマンは一度も交戦したことが無い。 パルスザン「あれはリザードマンという種族です」 フーリン「流石、よく知ってんな」 パルスザン「情報では、気性が激しく戦闘を好み、剣を得意とし、飛び道具は短剣を投げる程度、武一辺倒の種族の様ですね……」 「武勇は侮れませんが、魔法抵抗力が非常に弱く、魔法による攻撃には対処できないようです。」 「リザードマンによる穹廬奴という勢力がありましたが、大した結果も出せずムクガイヤ魔術師団に服属したようですね。」 収集した情報をフーリンに伝えて行く……。 パルスザンの情報通り、リザードマンは魔法に弱く、精神に働きかける闇の魔法を使う悪魔は天敵とも呼べる存在だった……。 フーリン「要するに、俺らと相性が悪く敵じゃねーってことだな。気性が激しい奴は混乱に弱いしな」 パルスザン「情報ではそうなります。しかし、油断は禁物ですよ接近戦に持ち込まれれば我らより有利です。」 「それに後方に控えているのは竜騎士セレン」 フーリン「有名なのか?」 パルスザン「情報では最強の竜騎士の様ですね、貴方が戦った、スヴェステンやアルティナよりもその実力は上の様です。」 フーリン「そいつは楽しめそうだな、つーわけで、行ってくるぜ、出遅れんなよパルスザン」 パルスザン「やれやれ、こちらの被害は最小限でお願いしますよ。」 パルスザンの戦術は、まずノーライフキングにティアマットを召喚させ、ティアマットを盾にしながら、 相手に近づき、コンフュージョンで相手の部隊を混乱させて同士討ちをさせていくというもので、常に被害を少なく相手の被害を大きくを考えての事である。 一方、最速の悪魔と呼ばれるフーリンの戦術は、それこそ単騎で先陣を切り、速い物順に一列で突っ込んで、敵と接触したら散開し、相手を蹴散らしていくというもの……。 全く異なる戦術だが、パルスザンはフーリンに絶対の信頼を置いているため、自分の戦い方を押し付ける様な真似はしなかった……。 イオードとチョルチョは闇の魔法の射程距離を考え、ぎりぎりまでフーリンを接近させる。 チョルチョ「放て!」 号令をかけ、セレンの時と同様、一斉射撃を行う。 新兵器ともいうべき弩による一斉射撃は、最速の悪魔フーリンを見事に撃ち落とした。 フーリン「俺は……どこまでもいけるはず……」 一瞬にして全身に矢が刺さり、何が起きたのか分かっていない感じだった。セレンは自分に起きた客観的光景を見て、弩の威力に改めてぞっとした……。 そのまま海へと落ちて行く……。 パルスザン「フーリン!」 堕ちて行く親友を見て、血相を変えて救援に向かう。 既に生死はわかなかったかが、まだ、息があればシャルロットの魔法で回復させる事ができるからだ。 しかし、その望みも、竜騎士を率いて出撃したセレンとリジャースドに阻まれる。 パルスザン「邪魔だ!」 パルスザンは闇の魔法による攻撃をノーライフキングの部隊に命じるが、セレンは広範囲に及ぶ必殺技、青竜剣を放ち、後方にいるノーライフキング達を一掃する。 最初は、リュッセルオーダーが優勢に進めたが、気持ちを切り替えたパルスザンの巧みな戦術により、次第に劣勢になっていく。 リザードマンの弩の部隊に接近し、混乱の魔法を使い同士討ちを狙い、弩の部隊は統制が取れなくなっていった……。 結局の所、双方の被害が甚大なものへとなり、両軍引き上げる形となった……。 パルスザン(まさか、あの様な兵器を開発しているとは……) 「くそっ!」 いつも冷静沈着であったが、この時ばかりはフーリンの死なせてしまった事に、自身に対する苛立ちを抑えきれなかった……。 シャルロット「パルスザン様……」 一方リュッセルでは……。 リジャースド「くそ、あの厄介な奴を撃ち落とせた時はいけると思ったんだがな……」 セレンは何も言わない。 ここに集まった陣営は、敵同士だったという事もあり、今一つ噛みあっていなかった……。 とくに何か話し合われる事なく軍議が終了する。 この後も、海峡を挟んで幾度も交戦したが、パルスザンの巧みな戦術により、大きく戦力を減らしていったのはリュッセル・オーダー側であった。 ………………………… 滅亡してから隠遁に近い生活をしていたゲルニードだったが、 チョルチョとイオードの活躍により、自身も落とせず難攻不落だったリュッセル城を見事落とした事で、行いを改めていた……。 ゲルニードが向かった先は……。 ゲルニード「頼むスーフェンこの通りだ……」 スーフェン「ふん……。よくここがわかったな……」 穹廬奴と関わりを再びを持つかも知れない事を快く思わず、リュッセルオーダーを出奔したスーフェン……。 その予想通り、現在、リュッセルオーダーは穹廬奴の残党と協力し、魔王軍と対峙している。 ゲルニードは、武だけではダメだという事を言葉ではなく心で理解したが、とはいえどうしていいものかわからず、単于だったという見栄を捨て、自ら処刑しようとした軍師であるスーフェンに頭を下げたのだった。 ゲルニード「このままでは終われん、俺は何としてでも穹廬奴の地を取り戻させねばならぬ」 スーフェン「唯、自分の知を使う者に仕えるのみだ。お前はこの知を使う気があるのか?」 ゲルニード「ある……。俺にお前の知を使わせてくれ」 スーフェン「ふん……。」 スーフェンはゲルニードに背を向け歩きだした…… ゲルニード(ダメか……) スーフェン「何している速くしろ。ここまで言わなくてならぬのか?」 スーフェンは振り向き、ゲルニードに命令した……。 ………………………… ―軍議 セレン「既に、相手とこちらでは戦力差が、既にリュッセル北部を守る防衛力はありません」 リジャースド「リュッセル城に籠城して戦うと言う事か……」 戦線は維持できなくなってきている。しかし、魔王軍にリュッセル半島の上陸を許せば、さらなる猛攻にさらされるだろう。 その時、会議室の扉が開き、二人のリザードマンが入ってきた……。 チョルチョ「単于」 リジャースド「軍師」 ゲルニード「チョルチョを心配掛けたな」 リジャースド「軍師、来てくれたか……。お前が入れば心強い」 チョルチョ「何故、スーフェンが?」 ゲルニード「俺が、お願いしたのだ……」 チョルチョ「単于……」 スーフェン「ふん」 リジャースド「早速で悪いが、何か策はあるか? 軍師」 スーフェン「うむ……。無い事は無い、その前に皆に聞きたい、特にアト、お前にな」 アトとは馬鹿な君主をさした穹廬奴特有の言葉である。 チョルチョ「貴様ーー」 慕う者を貶され、ゲルニードに掴みかかるチョルチョ、しかしそれを制したのはゲルニード当人だった……。 ゲルニード「止せチョルチョ……。それよりもスーフェン聞きたいこととは……」 スーフェン「魔王軍で最も恐ろしいのは誰だ?」 一瞬静まり返った後……。 ゲルニード「そんなもの、ルーゼルに決まっておるだろう……」 ゲルニードが真っ先に答える。周りの者もルーゼルが答えだとは思いつつも、そんな簡単な答えなわけが無いと思考を巡らせていた……。 スーフェン「だから、おまえはアトだというのだ……」 チョルチョ「!!」 また、チョルチョがスーフェンの言葉に過剰に反応し、拳を握りしめる。しかしゲルニードはチョルチョを手で制した。 ゲルニード「そうだな……。知が無い俺にはわからない。教えてくれ」 以前のゲルニードなら、スーフェンを2~3発殴った後、裸にして木に縛り付け晒しものにしていただろう。 スーフェン(少しは成長したようだな……) セレン「おそらく、流れと状況からして答えはパルスザンだと思いますが、何故ですか軍師殿、魔王ルーゼルは本人が絶対的力を持ち、戦略、戦術も確かなものです」 スーフェン「うむ……。確かにルーゼルは魔王軍の誰よりも強い……。」 「だが、悪魔を絶対的なものとし、多種族を見下している」 「一方、パルズザンはどうだ? 人間に関心を示し、決して油断しない男。」 「人間を見下し、圧倒的力を基に前進しかしないルーゼルが、ここまでやれるのは人間を決して侮らない軍師が仕えての事……」 チョルチョ「なるほど」 スーフェンの解説に、快く思わないチョルチョまでもが関心を示す。 ゲルニード「それで、何が言いたいのだ?」 スーフェン「わからんのか、魔王軍など、パルスザンを倒せば後は自滅するという事だ……」 周囲がざわつく……。 リジャースド「軍師よ、そういうなら当然、パルスザンを出し抜く策があるのだろうな」 スーフェン「残念ながら、それは無い、魔王はパルスザンを絶対的に信頼し、パルスザンは魔王に絶対の忠誠を誓っている」 ゲルニード「随分、敵の事情に詳しいのだな」 スーフェン「第十三計……」 ゲルニード「打草驚蛇」 スーフェン「ジェイクから習ってはいるようだな……。知が無いのは馬鹿だが、知があっても使わないのを愚かという」 セレン(うわっ……) リジャースド(軍師は一言多いのはいつも事だが、明らかに悪意があるなこれは……) ゲルニード「そうだ、俺は愚かだった……。ジェイクを死なせたのだからな……」 チョルチョ「単于……」 素直に認め、スーフェンはこれ以上馬鹿にしずらくなった……。 スーフェン「……話を続ける。現状、我らが圧倒的劣勢、なのでここは 連環計を仕掛ける……」 セレン「話が戻りますが、軍師殿、先ほどパルスザンを倒す策は無いと」 スーフェン「うむ……。あの男は隙が無い、馬鹿の振りをしても本当の馬鹿を差し出しても見破られる……」 ゲルニード「では、どうしようというのだ」 スーフェン「策を仕掛けるのはパルスザンではない……」 リジャースド「仲違いを仕掛けるという事か?」 スーフェン「左様……。確かにパルスザンは人間の文化に関心すら示すような悪魔だ。」 「偏見を持たないあの者は情報収集に長け、こちらを侮らない、しかし周りの者はどうだ?」 「自分達を絶対的な者とし、多種族を家畜以下に見ている。」 「そういった偏見を持つ者から見れば、パルスザンの文化に関心を示す一面など、見るに堪えないのではないか?」 セレン「つまり、パルスザンを魔王軍の誰かに討たせるんですね」 リジャースド「悪くないと思うが、そんな事が可能なのか?」 スーフェン「うむ……。絶対は無いが、うってつけの人物がいる。今雪原を支配しているムナードという者だ。グリーンに流言飛語を行う」 ゲルニード「ムナードと言えば、魔王軍一の切れ者、下手な流言に引っかかるとは思えんが……」 スーフェン「お前はまるでわかっていないようだな……。騙される騙されないと頭の良し悪しは関係ない、さらに言えば、騙すのが上手いからと言って、騙されにくいわけでもない」 スーフェン「信じたい事実を流言にして流せば、それが嘘だと分かっていても行動するもの」 意外な事を堂々と言う スーフェン「ようするにだな……、ムナードは誰よりもパルスザンの死を望んでおる。」 「パルスザンに謀反の疑いがあると情報が来れば、信じる信じないではなく、それを信じたいのだ奴は」 一同「なっ!?」 スーフェン「驚くには当たるまい……」 「状況を考えて見れば、パルスザンはまだリュッセルに侵攻できていない、逆にムナードは雪原をほぼ制圧している。」 「グリーン地区の戦力と我々の戦力を考えれば、これだけでどっちが上とかは判断できないが、当人はそう思っていないだろう。」 「パルスザンを無能と思っているだろうな……。」 「そしてムナードは我らを、突っ込んで来るしか能が無いと思っているだろう。まさが自分を騙してくるとは思ってない」 ゲルニード「上手くいくのだろうな?」 スーフェン「絶対は無いと言った筈だ……。ムナードが流言を受けて、魔王に報告するに止めてしまえば、魔王が諫めて終わりだろう。 だが、パルスザンを快く思わない他の悪魔が魔王に報告するまえに討ちとれという事を助言すればムナードは動く」 リジャースド「成程な、まあ、上手くいかないにしてもこちらは流言するだけだからな……。戦力もこの状況だ、やるだけやってみるか」 ゲルニード「連環計といったな? 続きがあるのか?」 スーフェン「当然ある……。が、この策が上手くいかない事には次の策はない、まずはグリーンに流言を行う」 「流言内容は、パルスザンに謀反の疑い有、フーリンは背中を射られて死んだという事にしろ」 流言は、ムナードの支配するグリーンにすぐさま広められた。 この時、グリーン・ウルスはミッドウェイに立て籠もり決死の抵抗を続けていた……。 ショハード「兄貴、面白い噂が流れているぜ……」 ムナード「パルスザンが謀反を考えているというのだろう? 馬鹿馬鹿しい、確かにあの男は愚鈍だが、魔王様を裏切るなどと……」 ショハード「でもよ、フーリンは背中を射られて死んだって話だぜ」 ムナード「パルスザンが背後から殺したという事か?」 「ますます、わけがわからんな、あいつにとってフーリンは親友の筈、謀反を起こすなら共謀した方がよいであろう」 ショハード「反対されたんじゃねーの? それを口封じとか……」 ゼオン「パルスザンは平気で背後から矢を射る汚ねえ野郎だろからな……」 かつて一騎討ちで倒したかった相手をパルスザンが背中から射殺した過去があるゼオンはパルスザンが殺したと決め付けた……。。 ムナード「所詮は噂だろう?」 ショハード「ああ、所詮は噂だ……。だけどそれでいいんじゃねーか?」 この時、ショハードが相手にされてもいないのになおも食い下がってくる真意を知る……。 ムナード「しかし、それならば、魔王様に謀反の疑い有りと報告し……」 ショハード「魔王様に報告した所で、兄貴が諫められるだけじゃねーの。証拠があるわけでもねーんだし」 ムナード「確かに証拠が無いからな……。やはり寝も葉もない噂に過ぎんのだろう。それに奴らの流言という事もある」 ショハード「なあ、証拠ってのは作るもんじゃねーのか?」 ムナード「……ショハード、お前……」 ショハード「俺らがグリーンをここまで制圧したのに、あいつはまだリュッセル半島に侵攻できてねーんだぜ、フーリンは討ち死にしたしよ……。」 「こんな無能が、いつまでもNo.2にいても魔王様の為にならねーよな?」 ムナード「…………」 改めて、状況を考える。現在、グリーンはほぼ平定しており、力は低いものの配下の者は多い……。 パルスザンがリュッセルを再び攻めた時に、背後をつけば討ちとる事は可能だろう。 ショハード「俺らが雪原を完全に支配したら、魔王様からパルスザンの援軍に行けと言われるだろうな、でもって手柄は全部あいつが持っていく……」 ムナード「…………流石は俺の弟だな……」 ショハードは素直に誉め言葉として受け取ったが、この言葉は皮肉を込めたものだった……。 ムナードは演説などで、その気の無い相手を言葉巧みにその気にさせる事を得意としている。 勝ち目が無い戦いに兵を言葉巧みに誘導し特攻させるなど何度も行ってきた。 そして、それを今日は弟にされたのだ……。 パルスザンが謀反等するわけがない、ここで同士討ちをすれば魔王軍は大きく戦力を失い、窮地に立たされる。 それは、わかっていた。 しかしムナードは自分の野心を既に抑える事ができなくなっていた……。 ………………… ―軍議 パルスザンが再び、リュッセルに向かって侵攻を開始したとの方が届く……。 それから程なくして、ムナードが兵を上げたとも リジャースド「上手くいったな……」 スーフェン「うむ……。では、次の策の説明する」 スーフェンは連環計といっていた、最初の策が上手くいったので、それに続く策の解説を始めた スーフェン「今、魔王はゴイザムの入り口の当たりで、ラザムの使徒と交戦中だ……。」 「その魔王の近辺に、ムナードが謀反を起こしたと流言を流す」 セレン(えげつな……) リジャースド「ふははは、軍師よ、容赦ないな……」 スーフェン「これで魔王がムナードを粛清してくれれば御の字だ。まあ流さなくてもお気に入りのパルスザンが討たれれば十分粛清はありえる。 「だが、噂を流した方が話が速くなるからな」 ゲルニード「…………」 チョルチョ「…………」 スーフェン「アト……。どうした? 斬った貼ったがないからつまらんのか?」 全く反応を示さないゲルニードが気になり、嫌味を言う。 ゲルニード「いや、改めて知の大切さと恐ろしさを知ったのでな……」 関心するように言い返した。以前のゲルニードからは決して出てこない言葉だった……。 スーフェンは少し気をよくしたのか、この後、ゲルニードを馬鹿にする発言を一切しなかった……。 チョルチョ「ですが、それも向かってくるパルスザンを撃退できればの話ですよね」 ここで、パルスザンを押しとどめ、撤退させないと挟撃にならない、下手をすればパルスザンを取り逃がす事になる。 取り逃がせば、確実に魔王軍を立て直すだろう。 それに、この手の策は一度失敗すれば、2度は使えない、確実にムナードにパルスザンを始末させる必要がある。 スーフェン「その通りだ……。ここが正念場となる各々油断めされるな……」 ………………… ゲルニード「いつもよりも敵の数が多いな……。」 セレン「今回でリュッセル北部を制圧するつもりなんでしょう」 チョルチョ「負けないもん」 ゲルニードは弩を構えた……。 チョルチョ「単于?」 ゲルニード「使い方はイオードに習った……。良い武器だ……」 穹廬奴では弓の様な飛び道具は邪道とされている。 ましてや、弩は弓と違い、弦さえ引いてしまえば、狙い定めやすくそこまでの鍛錬を必要としなかった。 こういった仕様は穹廬奴の価値観にそぐわない……。 しかし、見栄を捨てたゲルニードは、成果を上げたチョルチョの開発した武器を素直に誉めた……。 チョルチョはそれが何よりもうれしかった……。 いつもは遠方から、弩で射かけても召喚されたティアマットを盾にされ思うように戦果が上がらない。 スーフェン「セレン殿……。弩で射る前にまずはティアマットを蹴散らし、そしてなるべく敵を引きつけるのだ」 スーフェンは弩の力を最大限に発揮できるようにティアマットの撃退を優先させた。 セレン「わかりました」 セレンは青竜ライムに乗って、ティアマットの撃退に向かう パルスザン「いつもと戦法を変えて来ましたか……」 パルスザンはティアマットの防壁を簡単にくずさせないため、冷静にデーモンとリッチーに援護の指示を出していく。 その時、放たれた矢がパルスザンの肩を貫いた。 パルスザン「ぐっ……」 シャルロット「パルスザン様!?」 傍らにいるシャルロットがパルスザンに回復魔法をかける イオード「流石に、竜に乗りながらでは脳天は狙いにくい」 リジャースド「……だが、これで迂闊、前には出られないだろう、このまま引いてくれねーかな」 イオードはリジャースドの竜に乗り、弩で直接パルスザンを狙ったのだった しかし、2人乗りで飛行しながらではかなりの力を使って引かなくてはならない弦を引くことはできないため、一時後方に下がる。 二人乗りをした竜騎士はイオードとリジャースドのみだったが、パルスザンは狙い撃ちを警戒し、部隊を下げた。 ノーライフキングとアークデーモンの援護を失ったティアマット達はセレンの竜騎士部隊に蹴散らされた。 パルスザン「敵もやりますね」 一旦さがり、ティアマットが撃退されたのを見て、歯がみする。 矢の傷は治療され、戦うに当たって、何の問題も無かったが、防護壁ともいうべきティアマットが一掃された事がパルスザンを迷わせていた。 兵力は倍近いので、このまま力攻めでも勝つことはできる。 しかし、無理に突っ込めば多くの兵を失うだろう。 そして、何より今までとは違って明らかに優れた軍師が向こうの陣営にいることは見てとれた……。 パルスザン「一時撤退する」 慎重な性格の為、相手方の情報が無い時は、無理な戦いはしない、パルスザンは兵を引いた……。 リジャースド「ふう……。なんとか追い返したな」 スーフェン「だが、多くの戦力を残したまま兵を引いた……。ムナードが勝ってくれると良いのだが」 パルスザンがクイニックまで戻ると、クイニックに向かって来る一軍を見つけた……。 パルスザン「あれは?」 シャルロット「旗からしてムナード様の率いている部隊のようですね、行って参ります。」 戦で疲労したパルスザンに無理はさせまいと、率先して行動するシャルロット シャルロット「これはムナード様、どういった用件でございますか?」 ムナード「ふん、奴隷が……。魔王様より援軍に向かうようお達しを受けた。門を開けられよ」 シャルロット「しばし、お待ちください」 ムナード「何故、待たなくてはならん。通せ!」 シャルロット「そんな困ります!」 強引にクイニックへ入ろうとするムナードに対し、慌てるシャルロット、しかし見かねたパルスザンもこの場にやってきた……。 パルスザン「ムナード、何の用ですか? 魔王様に援軍の要請などしていませんが……」 ムナード「お前がしていなくても、魔王様が自ら私に命令を下されたのだ」 パルスザン「…………。わかりました」 ムナード「ふん」 パルスザンは当然これが面白くなかった。確かにリュッセルオーダーとは一見、一進一退の互角の勝負を繰り広げているように見えるが、戦果はまるで違う。 パルスザンは自軍を殆ど消耗させておらず、既に兵力は倍の差がついている。 一方、ムナードは無理な攻めをしているため、確かにグリーンをほぼ制圧してはいるが、戦力の消耗は激しかった……。 長期的に見れば、必ずムナードのやり方では戦いを維持できなくなるとパルスザンは読んでいる そしてそれが、ルーゼルがムナードではなくパルスザンを軍師にしている理由だった。 ムナードの軍勢をすべてクイニックに入れた時、ムナードは剣を抜き、切っ先をパルスザンに突き付ける。 パルスザン「何の真似です?」 ムナード「パルスザン、貴様、魔王様を裏切る気だな?」 パルスザン「何を馬鹿な事を……」 (こいつ何を言っているんだ?) ムナード「フーリンは背中を射られて死んだとの報告もある、それに……」 そういって、ムナードは懐から書状を投げる そこには、リュッセルオーダーのリジャースドから内応勧誘の旨が書かれているものだった。 無論、パルスザンには身に覚えが無い。 パルスザン「馬鹿馬鹿しい、こんな物、敵の仕掛けた謀略に決まっているだろう。 こんな手に引っかかるとは……」 書状の内容を否定し、理にかなった弁明を始めるパルスザン、しかし、ムナード側の悪魔達は薄ら笑いを浮かべており全く動じなかった……。 パルスザン(まさか? こいつら……) パルスザンはムナードの真意を読み取った。裏切りが事実かどうかはムナードにとってどうでもいい。 そもそも、渡された書状も、敵方が用意したものではなく、ムナードが用意したものであった。 パルスザンは説得は無理と見て、目くらましを放ち、この場から逃げる。 ムナード「追え、殺せ……。魔王様がこの事実を知る前にパルスザンの首を取るのだ」 自身の配下に号令をかける。 クイニックでは、悪魔同士による醜い戦いが行われた……。 パルスザンは、シャルロットを連れ、僅かな手勢とともに、クイニック北部にある山地に逃れていった……。 …………………… 逃げ場は無かった。ムナード達悪魔に包囲されどう逃げようとも見つかるのは時間の問題…… パルスザンはクイニックから脱出するために交戦し、体はゼオンの攻撃を受け負傷、魔力も空に近かった…… それでも健気に、残り少ない魔力で治療を続けるシャルロット……。 シャルロット「パルスザン様、必ず生きて魔王様と合流しましょう。そこで疑いを晴らすのです」 パルスザン(この子は気が弱い、魔王様の元へ行っても、私が死ねば再び奴隷階級に落とされるだろうな……) パルスザン「シャルロット、私が死んだら、お前はドラスティーナ様の元へと行きなさい……」 「フーリンから聞いた話ですが、お前を仲間に引き入れたがっているそうです」 シャルロット「!? パルスザン様、嫌です死ぬと言われるなら私も共に……」 パルスザン「悪魔らしくありませんね」 シャルロット「パルスザン様こそ」 パルスザン「ふっ……。それもそうですね、わかりました」 そう言いつつも、パルスザンはシャルロットに送還魔法を掛ける。 シャルロット「パルスザン様!?」 パルスザン「どうやら、人間に毒されていたようですね、美学とは逆の行動を取るとは……」 パルスザンはシャルロットをムナード達の敷いた包囲網の外側に飛ばした……。 ムナード「つくづく、愚かな奴だ、奴隷を逃がすために魔力を使い切るとは……」 パルスザン(愚かと言うのは、私利私欲に走ったお前を言うのだ……) パルスザンがその死を覚悟した時、ムナードの元に弟のショハードが血相を変えてやってくる……。 ムナード「どうした」 ショハード「兄貴、大変だ……。魔王様が俺達の粛清の兵を上げ、こっちに向かっている」 ムナード「何だと?」 パルスザン(こんな事も読めなかったのかこの男は……。これで魔界一の切れ者と自称するのだから笑わせる) ムナード(魔王様の動きが速い、これでは……。いやまだパルスザンは死んでいない、ここはパルスザンに私の便宜を計らせて……) パルスザン(と、考えているのだろうな…… 確かに、魔王軍の事を考えればそれが最良……) この時、既にムクガイヤ魔術師団は大陸3分の2を制圧している。 ラザムと魔王軍が交戦している間に、レオームを攻め、ゴート3世はルートガルド城に撤退し籠城した、ムクガイヤは無理に城攻めはせず、その間に経済力が豊富な王都を次々に攻略している。 ラザムも死霊軍との戦いで戦力を減らし、すでに領有しているのはラザム神殿のみとなっていた。 ここで、魔王がムナード一派を粛清してしまえば、大きく戦力を失う事になる。 そうなってしまえば、総合的に見て勝つことは難しい、いくらルーゼルが個々で強くてもどうにもならない。 パルスザンにはそれがわかっていた。 しかし、パルスザンは自分を殺そうとした者の便宜を図るなど、その高位悪魔としてのプライドが許さなかった……。 パルスザン(ルーゼル様、お許しを……) パルスザンは剣を抜き、自ら首を掻き切った……。 ムナード「なっ……!?」 ショハード「兄貴、どうする?」 ムナード「ええい、仕方あるまい、こうなれば魔王と戦うまでだ……」 ムナードは自軍をムナード党と称し、反旗を翻した……。 ………………… 魔王軍で内乱が起きという報は、すぐさまリュッセルオーダーの元へと届いた……。 スーフェン「うまくいったようだな……」 リジャースド「軍師、流石だな」 リュッセルオーダーはこれを機に、グリーンへの侵攻を開始した……。 ■ムナード党壊滅 ムナード党と魔王本軍との戦いはまるで勝負にならなかった……。 ビッテトールとダレスダラムは魔王軍を前にいずこかへ消え、ゼオン、ショハード、ナームは討ちとられた……。 リリック「魔王様、首謀者であるムナードの奴を捕えました……。」 十字架の様な形をした枷に魔法で強化した鎖で縛られて運ばれてくるムナード ルーゼル「うむ……」 ルーゼルは膝まずくムナードを見下ろしながら前に立った。 ルーゼル「ムナードよ、お前は軍師になりたかったのか? 魔王の座が欲しかったのか?」 ムナード「貴方がいなければ、私が魔王になっていました……」 ルーゼル「そうか……」 その瞬間、ムナードの頭部が弾け飛んだ……。 リリック(ムナードの奴は嵌められておったか……) この後、雪原はリュッセルオーダーが制圧し支配下に入れ、グリーンウルスもそれに服属した……。 ラザムは神殿のみの領有となったまま、その辺一帯の攻略を銀の夜明け団に変わって行っていた薔薇十二字団は特に兵を上げる事はせず、交渉による解決を行っていた。 王都はすでにムクガイヤ魔術師団に制圧され、残すはルートガルド城のみとなっている。 ガルガンダのドワーフ達は、ムクガイヤが優勢と見ると、決起しガルガンダ山を攻め、服属を条件に支援を求めた……。 魔王軍の領地は、ガルガンダの山地の一部と廃都ハルトのみとなっており、大局は決していた……。 ルーゼル「リリック、グウェン」 リリック「は」 グウェン「は」 ルーゼル「わかっていると思うが、魔界に帰るつもりはない、防衛は考えなくてもいい、一兵残らず、全軍をハルトに集結させよ」 「あの野郎を殺してくる」 リリック「仰せのままに」 グウェン「現世の果てまでお供します」 ■VS魔王軍 魔王軍が兵をハルトに集結させているとの報がムクガイヤに入る ムクガイヤはこの時、ルートガルドを城以外を全て制圧しており、城の周り大軍で固め、それ以外は王都で毎日大規模なパレードを行っていた。 必死に篭城しているゴート三世に対する嫌がらせである。 城にいるダイナイムから、こっちに寝返りたいとの書状が届けばそれをゴート三世に送り返し、城内を疑心暗鬼にさせていた……。 ムクガイヤ「ククク……。王子自ら、私に忠誠を誓わせてやるわ」 ムクガイヤは徹底的にゴート3世の心を折るつもりである。 サルステーネ「我が君、魔王軍が全軍をハルトに終結させているようです。」 ムクガイヤ「全軍を? 山の守りはどうしているのだ?」 サルステーネ「放棄した模様です」 ムクガイヤ「おそらく、南下し王都に進軍する気だな……」 ムクガイヤ(もはや大局は決している、大方一矢報いてやるといった玉砕覚悟の最後の進軍だろう) サルステーネ「いかがなさいますか? フェリル党に相手をさせますか?」 ムクガイヤ「いや、よく考え見れば私は魔王の顔すら知らん、それではあまりにルーゼルが哀れではないか、お前の暗黒騎士団と私の近衛魔術師団で決着をつけよう」 サルステーネ「御意」 ムクガイヤとサルステーネの軍は、王都をフェリル党に任せてイオナ平原へと出陣した……。 イオナ平原で対峙する事になった両軍。 ムクガイヤの兵力はすでに魔王軍の4倍近いものがあった……。 ルーゼル「お前が俺を召喚したムクガイヤか……、召喚してから今日まで姿をくらましているとはとんだチキンだったな……」 ムクガイヤ「これはこれは魔王ルーゼル、今日は魔王様にお礼が言いたくて一言、言いに参った」 ルーゼル「礼だと?」 ムクガイヤ「天下を取らせてくれてありがとう。 お前が、自称最強の魔王で、トライドと引き分けた時は心底落胆したが、こうして無事役割をはたしてくれて余も感激しておる」 ルーゼル「随分と気が早いな、まだ貴様は天下を取っていないであろう? それにお前はもう詰んでる」 ムクガイヤ「ククク、もはや哀れなピエロにはご退場願いたいのだが、慈悲深い私はお前に選択肢をやる」 ルーゼル「選択肢だと?」 ムクガイヤ「私の配下となれ、さすれば大陸の半分の領地を与えてやろう」 これは、よく物語などで魔王が勇者に言う台詞であった……。 ルーゼル「全部だ」 ムクガイヤ「何!?」 ルーゼル「この大陸は全て私のものだ……。チキンな貴様は南エルタに自治区を与えるからそこに引き篭もってろ!」 ムクガイヤ「ククク……。サルステーネ!」 ムクガイヤが叫ぶようにしてサルステーネの名を呼んだ、号令をかけろの意であった。 サルステーネ「はっ、全軍出撃!」 暗黒騎士団に号令がかかる。馬に乗った部隊がルーゼルの悪魔の軍勢に向かっていった……。 激しい戦いが続いた……。兵力で劣る魔王軍は何度も暗黒騎士団を押し戻す奮闘振りを見せる。 しかし、グウェンが戦死し、それに続きリリックも戦死する。 暗黒騎士団の兵を半分以下まで減らしたが、ついに一兵残らず討ち取られた……。 ルーゼルは魔力も体力も底をつき、近衛魔術師団の精製したゴーレムにうつ伏せにされた状態で押さえつけられる。 ムクガイヤ「流石は魔王ルーゼルよ……。精強な暗黒騎士団をこうもやられるとは……」 ルーゼル「お前の戦での働きはただ喋るだけか? 喋るだけなら誰でもできるぞ?」 ムクガイヤはルーゼルの頭を踏みつけた。 ムクガイヤ「うるさいぞ。貴様は負けたのだ……。最後ぐらい潔く負けを認めろ」 そして、そのまま座り込み、ルーゼルの髪の毛を掴んで強引に持ち上げた……。 ルーゼル「ムクガイヤ、お前の敗因はな、最後までチキンを貫かなかった事だ……」 ムクガイヤ「敗因だと?」 ルーゼルの表情は笑っていた、絶望的状況なのにもかかわらず余裕があった……。 逆にムクガイヤは自分に鳥肌立っているのを感じる。 ルーザル「お前が、私の相手をせずに、配下の者を差し向けていたら勝てたのにな……」 ルーゼルの体に光輝く文字が浮かび上がる。 何かしらの呪法をすでに自分の体に施していたのだ……。 ルーゼル「言っただろう? お前はもはや詰んでいるとな!」 ルーゼルは自爆した……。その爆発はその場にいた者全てを巻き込んだ……。 当然この戦いの生存者はいない……。 ■VSルートガルド ルーゼルの自爆によって発生した爆風による衝撃波は大陸全土に及んだ……。 イオナやハルトでは大地震が起き、イオナ平原に近いルートガルド城の窓ガラスは全て割れた、窓辺に立っていた者にはガラスの破片を浴び、重症を負う……。 ゴート3世「父上!」 ゴート3世は、城を襲った衝撃波を受け、寝たきりのトライド容態が気になったのは当然といえた、血相を変えて病室に向かう。 そして病室で見たものは、想像を絶するものだった。 宮廷医官のデッドライトは窓の近くに立っていたのか、ガラスの破片を全身に浴びていた……。 これだけなら、おかしい事は何もない、ゴート3世が目を疑ったのは、デッドライトが全身にガラスを浴びながらも平然と立っており。 そして、傷口からは全く出血していなかったからである。 人間と同じ姿をしているが、中身は全く異なるものというのが嫌でもわかった……。 ゴート3世「おまえ……。人間か?」 デッドライト「どうも、思った通りに事が運びませんでしたわね」 ゴート3世にではなくつぶやくように喋る……。 ゴートは警戒をしつつも、ベッドで眠っているはずの父親に目をやった。 しかし、ベッドに父の姿は無く、ワームホールの様な物が出来ていた……。 ゴート「貴様! 父上に何をしたあ?」 恐怖に震えつつも、怒り叫ぶゴート、デッドライトは意に介さない デッドライト「貴方の後ろにいらっしゃいますわ」 ゴート「はっ!?」 確かに、ゴートの後ろにトライドは立っていた……。骸の状態で……。 背丈や体格、わずかに残った特徴でそれが父だったものである事はわかった。そして生きてはいない事も……。 ゴート「貴様!」 しかし、デッドライトに何をするよりも早く、死霊と化したトライドに剣を振るわれる。 ゴートは何とかそれを交わし、体制を立て直そうとしたその時、デッドライトの放ったダークレイに肩を貫かれた! ゴートが死を覚悟した時 「地裂斬!」 フィーザレスが救援に駆けつけ、その技によって、床をブチ抜き、トライドとデッドライトを下の階に落とした。 フィーザレス「若! ご無事ですか?」 イオナ「ゴート様」 肩の傷にすぐさま回復魔法をかけて治療する。 ゴート「助かったフィーザレス」 フィーザレス「ここは危険です。一点に兵を集めて包囲を突破するのです、先ほどの衝撃波で敵は浮き足だっております。若なら必ずや突破できるでしょう。」 ゴート「わかった。」 その時、強大な死の波動がフィーザレスの開けた穴より噴出した。 ゴートとイオナ、フィーザレスをそれをかわすが、立ち位置は分断される。 下の階には、六枚の翼を持った人型の化け物がいた……。 フィーザレス「若、先に行ってください、必ず後から追いつきます。」 フィーザレスは既にここを死地と決めていているようだった……。 イオナ「行きましょうゴート様」 ゴート「フィーザレスよ、生きて必ずレオームを再興するのだ、これはお前の天命だ」 フィーザレス「はっ、必ず」」 フィーザレスはそのまま下の階に飛び降り化け物に飛び掛った……。 セトトンネルと呼ばれるその波動を放つ化け物は一体ではなかった……。 すでに、ルートガルド城の上空を何体も飛び回っている……。 ムッテンベル「親父様、城に異変が……」 ルルニーガ「うむ……。わかっておるわ」 苦々しい顔で上空にいる化け物を見つめる。 ムクガイヤと暗黒騎士団が向かったイオナの方で起こった爆音と衝撃波、そして、それに呼応するかのように現れた空を飛ぶ異形の化け物。 関係は不明だが、ルルニーガにはもはやムクガイヤは生きていないだろうという事は分かっていた……。 ルルニーガ「全軍退却」 この様な混乱している状況で、城から現れた化け物を攻めても、勝ち目が無いと踏んだルルニーガは全軍に退却を促した……。 その号令を受け、海路を封鎖していた第3軍、ローイス水軍も撤退を始める。 その時、軍団長であるニーナナスは、レオームの船を見かけたが、もはやそれどころではないとしてこれを見逃した……。 ■代表会議 王都から噴出した死霊の軍勢は止まる事を知らなかった。魔王軍と違って人を奴隷としてすら使うことはせず、逃げ遅れた人間はすべて魂ごと喰われていった……。 ムクガイヤがイオナ平原にて戦死したとの報を聞いたニースルーは、すぐさま軍団長や地方を治めている有権者達に書状を送って召集をかける。 後継者を特に決めていなかったムクガイヤを後を誰が継ぐのか? これをはっきりさせないと、各軍団や有権者達が独自に動き、再び戦乱になる事を懸念したのである。 王都を見渡す事のできるガルガンダ山で、会議は行われた。 集まったのは 第ニ軍 フェリル党 代表 バルバッタ 補佐 ルルニーガ 第三軍 ローイス水軍 代表 ニーナナス 補佐 ナシュカ 第四軍 薔薇十二字団 代表 ニースルー 補佐 チルク 第五軍 銀の夜明け団 代表 ヨネア 補佐 ドラスティーナ 第六軍 リュッセル・オーダー 代表 リジャースド 補佐 アーシャ オステア 代表 アルジュナ 補佐 キュラサイト パーサ 代表 キニー 補佐 エルフィス 穹廬奴 代表 ゲルニード 補佐 チョルチョ グリーン 代表 カルラ 補佐 ポートニック ガルガンダ 代表 ジャンク 補佐 オートム ラザム 代表 イオナ 補佐 ホルス の22名と、ムクガイヤ魔術師団の初期から在籍しているゾーマも呼ばれていた。 ラザムの使徒はムクガイヤの支配下になったわけではなかったが、王都に現れた死霊に対抗するには必要であり、また、この状況で戦うのは好ましくないためニースルーが書状を送っていた。 ニースルー「わかっていることと思いますが、大陸は今死霊が溢れ、未曾有の危機を迎えております。これを速やかに解決するため」 「まず、ムクガイヤ様の後継者というより、皆の代表を選びたいと思います。」 ニースルーが集めた趣旨を諸侯に説明していく……。 ソーマ「後継者に関して、ニースルー殿を私は推挙したいと思う。 「ムクガイヤ魔術師団の結成時からおり、フェリル島での政治活動、人格を考えて妥当な人選かと」 バルバッタ「俺も、ニースルーがいいと思うな」 ルルニーガにつねられて、ニースルーを押すバルバッタ。 ルルニーガ「ムクガイヤ魔術師団がここまで勢力を拡大したのは一重にニースルー殿の種族を差別しな人柄あってのこと」 ルルニーガの発言は大きかった、大陸制覇に多大な貢献をしており、武勇に優れ、多種族の信頼も厚いものがあった。 全員から賛成を得られることはなかったが、反対意見は少ない。 チルク「本人の意志も重要でしょう。ニースルーはその気があるの?」 ニースルー「…………。皆様に異論が無いなら、私が代表をやらせていただきます。」 沈黙を貫いているものはいたが、多くの賛同者を獲得し、ニースルーが代表に選ばれた……。 ニースルー「早速で申し訳ないのですが、私、ニースルーは代表を辞退したいと思います」 一同がざわつく、代表になっておいて、いきなり辞めたいと言い出したのだ。 ふざけるなと声を荒げるものもいたが、ルルニーガの静粛にという言葉で静まり返った……。 ルルニーガ「ニースルー殿、お考えを聞こうか」 ニースルー「私は、死霊の軍勢を討伐するに当たって、代表は武官の方が勤めるべきと思うからです」 至極、真っ当な主張に異論はおきない ニースルー「しかし、ながら、死霊が討伐されれば復興が次の課題となり、そして大陸の安寧と発展が私たちに課せられることになります。」 「我が君、ムクガイヤはレオーム王朝の腐敗を嘆き、よりよい世を作るため、賢人による統治を理想とし立ち上がりました。 故人を悪くいうわけではありませんが、しかし、彼は領土を拡大すればするほど、傲慢になり、かつて彼が嫌っていた者達となんら変わりない人物になっていました。」 仮に私が代表を務めても、腐敗していくでしょう。誰がなっても遅かれ速かれそうなります。 ならば、民衆一人一人に投票を行う権利を与え、代表を決めるべきです。 皆で代表を選び、代表には任期を定め、例え、政治が間違った方向に行っても、速やかに政権交代が行われるようにするべきなのです。 今するべき事は、ここにいる皆で投票を行い、一刻も速く大陸の平和を取り戻すため、死霊の軍勢に立ち向かう勇者を決めたいと思います。」 突然の提案に再びざわつきだす。代表を投票で決めるというのは今まで行われていなかったからである。 反論は出なかった、まずニースルーが一人の参加者としてではなく、一旦代表になってからの発言というのが大きい、つまり既に代表の言葉として絶対的なものがあるからである。 さらに言えば、この中で一番発言力を持っているのはルルニーガになる。そのルルニーガがニースルーを推す伏しがあるため、反対意見を言いづらい空気があった。 また、異種族が多く参加しているのも大きい。 この場に参加している異種族は、自分たちの種族が今後どう扱われていくのか? そこに関心がある。 大陸でもっとも繁栄している種族は人間であり、当然、極度の差別意識を持つものが代表になる事は好ましくない、ニースルーの主張は、最悪を回避しやすく、最悪の者が代表になっても任期が過ぎれば希望を得られるからである。 ニースルーの意向が通り、投票が行われた……。 大陸の代表となって死霊の軍勢に立ち向かうのはルルニーガが選ばれる……。 そして、代表となったルルニーガは、リッチートライドを滅ぼし、見事死霊の軍勢を打ち破ったのだった……。 ■ラザム裁判 戦乱が終わり、復興が大陸全土で行われ始めた頃、ニースルーは、ラザムを裁判にかけた……。 告訴内容は、 旧・銀の夜明け団の虐殺 闇の魔法を禁忌と定め、闇の魔法を覚えた者に対する迫害行為 光の魔法の独占行為 の3つである。 ラザム側の言い分として、闇の賢者が魔王を召喚し、戦乱を起こす事を予知した結果、それを阻止するため平和を維持する為に行った行為という主張がなされた。 しかし、ニースルーは、その予知をして行動をとった事が、当時の闇の賢者がヨネアに闇の魔法を教える事となり、魔王召喚の流れとなったため、戦乱の責任はヨネアではなくラザムにあるとした。 司法省長官に選出されたサーザイトはこれを認め、ラザムに戦乱の損害賠償を行う事を命じると共に、未来を予知する類の魔法を使用することを禁じた……。 これにより、ラザムの溜めこんだ資金は戦乱の復興の財源にされる事となる。 また、闇の魔法を禁忌としている事も、闇の魔法を覚えたからと言って、その者の人権が無くなるわけではないとし、ましてや迫害の理由にはならないとして敗訴となった。 光の魔法の独占に関しても、ラザムが独占することで、多額の医療費を要求する聖職者を増やす行為とし、敗訴となり独占を禁じた。 以上により、ラザムは深刻なまでの資金難となり組織を維持できなくなったため解散となる。 光の魔法は一般の魔法と同様となり、学校でも教わる事が容易となり、医療の発展を一助となった。 闇の魔法は、禁忌ではなくなったが、悪用される事が多いため、習うには資格が必要と定めれた。 信仰の自由は認められ、ラザムという組織が無くなっても、ラザムの教えを信じる人は無くならなかった……。 イオナ国とかアナザーと同じ系統の、読み応えのある熱い話。面白かった。 -- 名無しさん (2023-10-24 18 38 00) いいねえ -- 名無しさん (2023-12-16 19 20 14) 名前 コメント
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時間軸は序章、フェリル島、統一のその後から。 ■ルルニーガ仕官 フェリル党がムクガイヤ魔術師団の支配下となってから、ゴブリン達はその頭数を生かし、その版図拡大に大きく貢献していた。 フェリル島を滞りなく統一できたのもフェリル党の功績が大きいといえる。 しかし、洞主のバルバッタを始め、前衛で戦うゴブリンには粗暴なものが多く、次第に民衆の不満は大きくなっていった……。 ―ルーニック島 代官所 フェリル島を統一してからも、ルーニック島の代官所は拠点として使われていた。 現在、ファルシス騎士団とは同盟を結んでいるが、お互いとって形だけの同盟に過ぎず、隙あらば互いに名分を打ち立て、攻め入るのがわかっていたからである。 ―会議室 サルステーネ「我が君、フェリル党の件ですが、確かに、戦においては戦果はあげておりますが、素行が悪く、民衆から不満が上がっております。民衆にとどまらず、軍の中でも、ゴブリンに差別意識をもつ者は多く、このままでは……」 ムクガイヤ「やはり、こうなったか。所詮はゴブリン、全く知能の低い生き物は……」 サルステーネ「いかがなさいますか? 幸い版図を拡大したことで、我が騎士団に仕官を求めてくるものも増えつつあります」 ムクガイヤ「前衛にゴブリンを使う必要は無くなりつつあるわけか……」 ―執務室 チルク「ニースルー、この前頼まれていた、フェリル島の開拓事業の見積もりだけど」 ムクガイヤ魔術師団では、政務はニースルー一人に押し付けている、しかし、ニースルーは自分の負担を減らすため、同じくフェリル党の政務を押し付けられていたチルクを勧誘し、自分の仕事を手伝わせていた……。 チルクは頼まれて作成した見積書をニースルーに手渡す。 ニースルー「……」 ニースルー(……妥当な期間と予算……。ゴブリンは知能が低いというのが定説だけど、それは間違いね、決して低くはない、問題があるとすれば、教育機関が無い事かしら?) ニースルー「特に問題ありません。これで行きましょう。開拓に関しての現場の指揮はチルクに任せます」 ニースルー(このまま、何人かゴブリンの文官を育成できれば、政務をゴブリンに任して、私は魔道研究に時間が割けそうね……) チルク「わかった、早速、業者を手配するよ」 ニースルー「チルク、他にも政務ができそうなゴブリンの知り合いはいないかしら? もう何人か、文官が増えてくれると助かるし、フェリル島の自治をゴブリンに委ねるようムクガイヤ様に進言しやすくなるんだけど」 チルク(フェリル島の自治か……。それが可能になれば、老師も少しは見なおしてくれるかな? 手伝わせるとすれば、フーリエンとキスナートあたりか……、割と頭良いし、ただどっちもクセあるよな) チルク「いるにはいるけど、協力してくれるかはわからない、人間を嫌うゴブリンは多いから」 ニースルー「そう、まあ、簡単に溝が埋まるわけでもないし、焦らなくていいわ、後、フェリル島に教育機関、早い話、大学を作ろうと思うんだけど」 チルク「大学? って教える所だよね?」 ゴブリン達の文化は、人間より遥かに遅れており、学校の様な教育機関も病院といった医療機関も無かった。 ニースルー「そうよ、チルクに色々と手伝って貰ってわかったけど、決して、人間にひけをとるとは思わないし、人間と同等の教育機関を設立すれば、知能が低いとかそういう非難も無くなると思うの。 まあ流石に、教育機関を設立するのに、私の自己判断で行うわけにもいかないから。ムクガイヤ様に話を通すことにはなるけど」 チルク「……」 チルクは一人で熱くなっていく少女とは対象的にそんなの事が認められるわけがないと思い、特に返事はしなかったが、ゴブリンの事を自分の事の様に考えるニースルーに好感を頂きつつあった。 ―会議室 ムクガイヤ「素行の悪いゴブリンの所業を調査しておき、比較的大きな問題を起したら、それを大義に始末すればよいか」 サルステーネ「ムクガイヤ様、こちらの調査書を……」 ムクガイヤ「既に進めておったか……。後はキッカケだな」 書類には、ゴブリンが飲食店に入った時、女性ウエイトレスが猫耳をつけて応対しなかった事に腹を立て暴れたと書かれていた。 他にも意味もなく、ホアタの民衆を土下座させたり、店頭の物を勝手に食べ、それを注意されて逆ギレした報告などが纏められている。 ムクガイヤ「低俗な……」 コンコン (ドアをノックする音 「ニースルーです」 ムクガイヤ「入れ」 ニースルー「失礼します。」 ムクガイヤ「どうした?」 ニースルー「我が君、実はフェリル島にゴブリンの教育機関を設立したく、相談に参りました。 確かにゴブリンは馬鹿と思われるような行動を取りますが、それは、誰も教えないからであって、人間と同等の教育を行えば、人間と同等の知恵を持ちます」 サルステーネ「ニースルー様」 冷静に、そして少し困ったような顔でサルステーネがニースルーの言葉を遮る。 ニースルー「?」 ムクガイヤ「実はな、ニースルー、ゴブリンに対する民衆の不満が大きくなっておるのだ」 そういってサルステーネから渡された調査書を、ニースルーに手渡す。 ニースルー「こ、これは!?」 ムクガイヤ「それでだな、早い話、サルステーネが暗黒騎士団を創設し、前衛問題も改善されつつある」 ニースルー「ゴブリンはもう用済みというわけですか?」 ムクガイヤ「そういう事だ」 ニースルー「待ってください、今まで我々の盾となって闘ってきた者達にこの仕打ちは……」 ムクガイヤ「しかし、今のままでは確実に民衆の心が離れていく、問題というのは先送りにすればするほど、大きくなるものだ」 ニースルー「……」 ムクガイヤ「ニースルーよ、ゴブリンを配下に引き入れるよう、進言したのはお前だが、この件でお前を咎めるような事は決して無い」 ニースルー「我が君、一ヶ月、いや一週間、時間をください、その間に、ゴブリンの愚行を正して見せます」 ムクガイヤ「……。わかった、一週間だぞ」 ニースルー「ありがとうございます」 ニースルーはお辞儀をし、速足で会議室を去っていった……。 サルステーネ「一週間でゴブリンを正す事など、いくらニースルー様でも……」 ムクガイヤ「だが、あそこで、強引に粛清に踏み切ればニースルーとの間に溝を作る事になる、ひとまず、ニースルーに任せればよい。」 「私とて、可能性は低いと思うが、解決できるならそれに越した事はないと思っている」 バタン 血相を変えたニースルーが執務室に戻ってきた。 チルク「どうだった? ってその顔だとうまくいかなかったんだね」 ニースルーの表情を見て、大学の話は、却下されたものと思い、チルクは平然としつつも内心がっかりしていた。 ニースルー「それどころじゃないわ」 チルク「?」 ……………… チルク「何だって!?」 ニースルー「一週間までに、バルバッタ達の素行を正さないと、ゴブリンは一匹残らず粛清される」 チルク「そんな……、くそ、僕達を騙したんだな」 ニースルー「チルク、怒るのはわかるけど、今は争っている場合じゃないわ、調査書によると、主に被害が多いのはホアタだから、ホアタに行くわよ」 チルク「えっ? っちょ」 ニースルーは怒りかけたチルクを無視し、腕を掴むと強引に引っ張って現地に向かった……。 ―ホアタ 大通り バルバッタ「ヒャッハー、ムクガイヤ魔術師団、最強の戦闘集団フェリル党のお通りだぜ!」 ケニタル「おい、人間どもは頭がたけーぞ」 ツヌモ「俺らが、どなた様かわかってんのか? 人間」 ケニタル「おい、俺の名を言ってみろ」 ゴブリンは大きく分けて、二つの種に分かれる。 魔法に長け、比較的おとなしいブルーゴブリン種と、身体能力に優れ、好戦的なノーマルゴブリン種、バルバッタ、ツヌモ、ケニタルはノーマルゴブリン種であり、チルクはブルーゴブリン種であった。 人間の街で主に威張り散らしているのはノーマルゴブリン種でそれも半数にも満たない程であったが、民衆からすればゴブリン=凶悪な生き物として映っている。 チルク達はホアタに着くと、目撃情報などから、バルバッタ達を捜索、本人達が目立った行動を取っているので見つけるのに時間はかからなかった。 しかし、すぐに話合うとするのではなく、物影に隠れ、まずは調査書の真偽を確認する。 バルバッタ達は、意味もなく人に土下座させたり、店頭の物を勝手に食べるなど、報告書通りのわかりやすい愚行を見せていた。 それを見て、頭を抱えるチルクとニースルー。 チルク「ニースルー、僕が説得してくるよ」 ニースルー「あ、うん」 チルクが三人の元へ向かっていき、ニースルーはその場に留まり、事の成り行きを見守った……。 声は届かないがチルクが、何か必死で訴えるのが見てとれる。 しかし、三人は取り合わず、ケニタルとツヌモがチルクに暴行を加え、バルバッタが止めるように言ったのか、二人は手を止めて、そのまま倒れたチルクに背を向け去っていく…… ニースルー「大丈夫?」 慌てて駆けつけたニースルーが回復魔法を唱えた。 チルク「いてて。人間の犬め、って言われたよ。僕がニースルーの仕事を手伝っているのが、媚びているように見えるんだって……」 ニースルー「……」 ニースルーがチルクに政務を手伝わせるようにしてのは、主に、自分の負担を軽減するためだった。 自分のした事が原因で、溝を作ってしまい、罪悪感を感じてしまう。 しかし、チルクが政務を手伝ったのは、少しでもゴブリンの地位を上げるため、人間に自分を認めさせるためであった。 その努力が返って、義兄弟であるバルバッタとの間に溝を作ってしまう結果となった事に歯がみする。 ニースルー「ねえ、こうなったら、バルバッタ達の頭が上がらないゴブリンっていないの? 例えば父親とか……」 自分とチルクとでは説得は無理と判断して、説得出来そうなゴブリンがいないかを尋ねた。 チルク「いるにはいるけど……」 ニースルー「じゃあ」 チルク「断られると思うけど、当たって見るよ」 ―ルルニーガの住処 ニースルーはチルクに案内されるがまま山道を登っていた……。 ニースルー「そのルルニーガってゴブリンの方、そんなに強いの?」 チルク「うん、負け惜しみに聞こえると思うけど、竜王ルルニーガが陣営に加わってくれれば、あの時負けなかったって今でも思ってる」 確かに負け惜しみに聞こえなくもないが、チルクの言葉には確信めいたものを感じた。 ニースルー「どうして、フェリル党に加わらなかったの? というより、それほど強いなら、将として迎え入れる事も……」 チルク「愚かな将の下について、犬死にしたくないってさ……」 ニースルー(……確かに、バルバッタの挙兵は無謀といえたけど……) チルク「ムクガイヤがフェリル島を統一してからも一度誘ったけど、断られたよ、人間と共闘する気は無いって……」 チルク「ここだよ」 ニースルーがドアをノックしようとしたとき……。 「チルクか?」 中から声がした。 扉を開けて入ると、大柄なゴブリンが一人、その風貌はニースルーが今まで会ったどのゴブリンよりも貫禄があり、威圧感もあった。 ルルニーガ「久しぶりだな」 ルルニーガはチルクに同行したニースルーに目をやるなり…… ルルニーガ「相変わらず人間に従属しているらしいな、よりにもよって、此度の戦乱を引き起こした連中と共闘するとは……。」 「それで、何の用だ?」 チルク「ゴブリンが、戦で活躍したお陰で、少しずつだけど、地位が高くなっている。」 「このままいけばフェリルの自治権を勝ち取れるかもしれない。しかし、バルバッタ達の素行が問題視されている」 ルルニーガ「それで?」 ニースルー「このままでは、素行の悪さを理由にゴブリンを嫌う者達に大義名分を与え、ゴブリンは粛清されてしまいます。そうなるまえにバルバッタ達を説得したいんです」 ルルニーガ「人間を信用するからそういう事になる。利用されるのは始めから見えていただろうに……」 チルク「確かに、そうかもしれない、でもバルバッタが行動を起さなければ、結局、僕らは害獣として一匹残らず駆除されてましたよ。 老師も貴方もバルバッタと違って何もしなかった。 でも、今は少ないけど、ここにいるニースルーを始めとして、僕達に理解を示そうとしてくれる人間はいる。貴方にそういう知り合いがいますか?」 ルルニーガはいつもと違って強い口調で言うチルクに今までとは違うものを感じ取り、ニースルーの方に目をやった……。 ニースルー「本当です。チルクを始めとして、ゴブリンには何度も助けれました。それをこんな形で終わらせたくないんです」 ルルニーガ「……説得するだけだぞ……」 ―ホアタ ルルニーガが要請を受けホアタに着くと、そこでは、ノーマルゴブリン達が複数の人間の女性を囲いの中に入れ、ゴブリンが目隠しを付けて追いかけまわしていた。 ルルニーガは無言で、柵の中へと入っていく……。 ゴブリン「うえっへっへ、何処かな~」 人間女性「いや」 「こないで~」 ゴブリン「捕まえたっと」 ルルニーガに抱きつくゴブリン。、 ゴブリン「ん? えらく固くてがっしりした体つきだな、一体どんな女だ~?」 目隠しを取ると、そこには拳を振り上げたルルニーガがいた。 ゴブリン「ル?」 ドコ、 そのまま拳を振りおろし、ゴブリンは地面にめり込みピクリとも動かない。 ゴブリン「フェルリの竜王ルルニーガ……」 蜘蛛の子を散らす様に逃げて行くゴブリン達、ルルニーガは特に気にする様子もなく、そのままホアタの代官所へと向かう。 ……………… ケニタル「アニキ、何すかね、緊急会議って」 バルバッタ「さあな、チルクとあの女との催しだ、俺が知るか」 ツヌモ「チルクの奴、すっかりあの女にだぶらかされやがって」 バルバッタ達が代官所の会議室に入ると、会議室にはルルニーガが踏ん反り返る用に椅子に座り、ニースルーとチルクは、立って3人を待っていた……。 ルルニーガ「今日からフェリル党は俺が仕切る。お前達は出奔するか、このまま切腹するかどちらか選べ」 思いがけない来客と、いきなり三行半を突き付けられ、いきり立つ3人。 ケニタル「クッ、この野良犬が」 ツヌモ「飢えて狂ったか」 ケニタルやツヌモよりは冷静なバルバッタが口を開いた……。 バルバッタ「ルルニーガのおっさんよぉ、時代ってのは変わるんだぜ? 確かにアンタは強かった、だが常に戦場で修羅場を潜り抜けている俺達とじゃもはや格が違うんだよ」 ルルニーガ「…………」 バルバッタ「まあ、俺らがあまりにもゴブリンの強さを見せつけちまったせーで、船に乗り遅れると思って来たんだろーが、悪いがオッサンの席はねー」 ツヌモ「アニキ、このイカれた野良犬の躾は俺にやらせてくれ」 バルバッタ「そうだな、よし、任したぜ」 ニースルー「チルク、止めなくていいの?」 チルク「黙って見てて」 早速、乱闘になりそうな雰囲気を見てニースルーは不安を覚えた。 対象にチルクは冷静に事の成り行きを見守っている。 ニースルーはルルニーガの事を心配したが、チルクはバルバッタ3人の事を心配していた。 ツヌモ「へへ、そういう事だ、立ちな」 スタンドアップのジェスチャーをして、立つ事を促す。 ルルニーガ「このままでいい」 ツヌモ「な? 何だと、立って戦え」 ルルニーガ「このままでいい」 ツヌモ「舐めやがって」 ツヌモがルルニーガに向かって走り出す! ルルニーガは床に引いてある絨毯を足で引っ張った……。絨毯が引っ張られた事で、ツヌモはバランスを崩し、そのままルルニーガの方へと倒れ込む。 その瞬間、ツヌモの頬にルルニーガの蹴りが入る、器用に足で往復ビンタされてしまい、成すすべもなく地面に伏すこととなった……。 ツヌモ「ぶぷ~~~」 ケニタル「て、てめえ」 あっさりやられたツヌモを見て、ケニタルはナイフを抜き、そして、投げつけた。 しかし、ルルニーガはナイフを人差し指と中指で挟むようにして受け止めると、そのままケニタルに向かって投げ返す。 ナイフの柄がケニタルの額にぶつかり、ケニタルはそのまま大の字になって床に倒れた。 向きを変えて投げ返せば、脳天に突き刺さり、即死だっただろう。 バルバッタ「ケニタル!」 ナイフが額に当たったのを見て焦り、思わずケニタルの安否を確かめようとするバルバッタ……。 そのケニタルの方を見た一瞬の隙にルルニーガは距離をつめて、肩にポンっと手を置いた……。 ルルニーガ「残るはお前だけだぞ?」 バルバッタ「はっ!」 ルルニーガ「遅い」 バルバッタが戦闘態勢に入るよりも速く、平手打ちがバルバッタの頬に決まる。 平手打ちとはいえ、ルルニーガの剛腕で放たれた一撃は、バルバッタの顎を揺らし、脳震盪を起させるには十分であった。 ニースルー(強い! こんなゴブリンがいたなんて) バルバッタ「な、何だよ、いきなり現れて、出奔しろだの、切腹しろだの言い出しやがって」 意識が朦朧するため、頭を軽く振りながら悪態をつく。 ルルニーガ「バルバッタよ、ゴブリンはお前達の素行が問題で、粛清される事が現在、話し合われている」 バルバッタ「な!? チルク、何で今まで黙っていた!?」 チルク「この前、話そうとしたけど、取り合ってくれなかったじゃないか」 バルバッタ「うっ」 ルルニーガ「お前達に、ゴブリンの未来を担う資格は無い」 指の関節を鳴らしながら、淡々と言い放つ。 バルバッタ「はっ、ちょ……待って」 ………………… ツヌモ「あべし」 ケニタル「うわらば」 バルバッタ「ひでぶ」 ………………… チルク「ニースルー早く!」 ニースルー「はっ? は、はい」 圧倒的なルルニーガの強さの前に唖然としていた。 チルクの声で我に返り、慌てて、回復魔法をバルバッタ達にかける。 ルルニーガは何も言わずに部屋を出て行き、暫くしてから、バルバッタが意識を取り戻した……。 バルバッタ「…………。ようするに俺らが邪魔になったんだろ、だからオッサンに俺らの排除を頼んだ。俺らを消せば自分達は粛清を免れるってわけだ……」 チルク「そうじゃない」 バルバッタに対し、珍しく強い口調で言い返す。 チルク「バルバッタ達にはこれからも第一線で活躍して欲しいと思ってる。でも今のままじゃダメだ。 昔は、人間は僕達の島を奪っただけの存在だったけど、共闘を始めた時から協力者でどっちが上とか下じゃない」 バルバッタ「何言ってんだ、人間は相も変わらず俺達を見下しているじゃねーか、だから俺達が見下されないように、逆に見下してやったんだよ」 チルク「それだと、ゴブリンを排除したい連中の思うつぼだよ」 バルバッタ「何!?」 ニースルー「本当です。ゴブリンを嫌う人間からすればゴブリンが悪さをしてくれた方が話が速く進むんです」 バルバッタ「じゃあ、どうすりゃ、人間は俺達を見直すんだ?」 ニースルー「まず、素行を正し、ゴブリンを嫌う人間から非難をさせないようにします。 そして、フェリル島に教育機関を設立するんです」 チルク「ゴブリンだって、人間と同じ様に幼い頃から教育すれば、馬鹿にされなくなるよ。 それにバルバッタが言ったんじゃないか、師匠や竜王はゴブリンは人間より劣っていると思っているけど、そんな事は無い、それを俺が証明してやるって そうやって引っ張ってきたからここまでこれたんじゃないか」 バルバッタ「それはそうだが」 チルク「でも、力だけじゃダメなんだよ」 ニースルー「バルバッタさん、私達を信じてください。必ずゴブリンの社会的地位を人間と同等にします」 ニースルーは頭を下げて頼み込んだ。 バルバッタ「…………。わかったよ。でも俺はどうすりゃいい? ここを去れって事なのか?」 チルク「フェリル党の党首はバルバッタ以外にいないよ。ただ皆に素行を正すようまとめて欲しいんだ。 何と言っても、フェリル党のカリスマなんだし」 バルバッタ「それもそうだったな、よし、俺に任せとけ」 ニースルー(単純、でもこれがバルバッタの魅力なのね……) その後、一通り治療を終え、ニースルーは4人を残して部屋を出る。 廊下では、ルルニーガが壁によっかかりながら待っていた……。 ルルニーガ「終わったのか?」 ニースルー「ええ、これで何とかなりそうです。今日は本当にありがとうございました」 ルルニーガ「そうか……」 ニースルー「4人を待っているんですか?」 ルルニーガ「いや、お前に聞きたい事があってな、何故そこまで?」 ニースルー「ゴブリンを配下に加えたのは、自軍の追い詰められた状況と、ゴブリンに対する生物的な部分での個人的興味からでした」 ニースルー「理由はどうあれ、共に戦っていくなか、ゴブリンは言葉を話し、物事を覚え、仲間を想い、人間と同等という事を知りました」 ニースルー「私は破門された身ですが、元は神官です。救いの教義は種族に留まらないと感じました」 ルルニーガ「そうか……、なら何故」 ルルニーガは魔王召喚の理由を聞こうとしたが、思い止めた。 魔王が召喚されず、戦乱が起きなかったら、フェリル島はレオーム家の支配下になり、ゴブリンは害獣として残らず駆除されていただろう ニースルー「?」 ルルニーガ「それで、今後の事だが……」 ニースルー「わかってます。あくまでバルバッタの説得に協力するという事で、それ以上の事は……」 ルルニーガ「そうではない……。ワシも陣営に加えて貰えないか」 ニースルー「それは、むしろ貴方程の方に加わっていただけるなら、こんなありがたい話はありませんが、でもどうして? ルルニーガ「ワシもゴブリンの為に、共存の為に戦ってみたくなった。それにまた、バルバッタの奴が、調子に乗らないワケでもあるまい」 ニースルーはクスりと笑う。 ニースルー「そうですね、では、よろしくお願いします。竜王ルルニーガ」 その時、ニースルーにはルルニーガがほんの僅かだか、ムッとしたように見えた。 ニースルー「どうしました?」 ルルニーガ「いや、何でもない」 ニースルー「それでは……」 言いかけた時、扉が開き、4人のゴブリンが出てくる。 チルク「まだいたの?」 ルルニーガ「ワシも仕官させて貰える事になってな」 バルバッタを見て、にやりと笑うルルニーガ。 バルバッタ「げっ……」 ルルニーガ「というわけで、今後ともよろしく頼むぞ、洞主殿」 バルバッタ「お、おう、お前も出遅れんなよ」 動揺しつつも、強がって応えるバルバッタの肩にルルニーガは手を置いて去っていく……。 チルク「さ、行こうバルバッタ、やる事が沢山ある」 ■VSローイス水軍 フェリル島を統一してから、ムクガイヤ魔術師団は北上はせずに東を攻めた。 理由としては北に位置するファルシス騎士団は険悪の仲だが、同盟関係にあり互いに何かしらの大義名分が無いと戦えない、一方、東のローイス水軍は海賊であり、名分が立ちやすかったからである。 手始めに、フェリル島に一番近い、シャンタル島に侵攻を開始し制圧した。 サルステーネ「我が君、ローイス水軍が和睦を求めておりますが」 ムクガイヤ「まだ、シャンタル島を制圧しただけなのにか? 随分と張り合いがないな」 サルステーネ「レオーム家と我々との二正面作戦は避けたいのでしょう。既にレオーム家がナース島まで進軍しております。もともと海賊でレオーム家とは相入れませんからな」 ムクガイヤ「レオーム家の敵である我々の方がまだマシという事か、だが、和睦は無い、同盟ではなく従属という形にもっていかなくては、今後が大きく変わってくる……」 サルステーネ「左様でございます」 ムクガイヤ「こちらも少なくてもヒュン島まで軍を進め、それからこちらの有利な条件で降伏勧告しよう」 ゾーマ「逆らえば、そのまま潰すという事だな?」 ムクガイヤ「そうだ、相手は所詮海賊だ。だが、争わず海を支配できるならそれに越したことは無いし、兵站輸送力の強化等、利用価値はある」 サルステーネ「海戦は我々の不得手とするところ、取り込めるなら取り込んだ方が良いのは確かですね」 ムクガイヤ「そういう事だ。レオーム家がナース島まで制圧している以上、海賊に海の主導権を握らせるなど、消極的な事はしていられん。 こちらが主導権を握っていかなくては、勝ち目が無い」 サルステーネ「御意」 ムクガイヤは予定通り、順調にエルタ島と南エルタ島を攻略、ヒュン島までの制圧に成功し、そこでレオーム家と戦線が接することとなった。 サルステーネ「では、予定通り、ローイス水軍に降伏勧告をしましょう。条件はどうなさいますか?」 ムクガイヤ「こちらの傘下に入る代わりに、今後も、この辺一体の制海権は与えると伝えよ……。 ただし、略奪、密輸等の賊軍的行為は認めないがな…… ところで、ニーナナスという海賊のリーダーはどんな女性だ? 早い話美人か?」 ムクガイヤの意外な質問にゾーマとサルステーネは訝しげな顔をする。 サルステーネ「戦場で相見えた事が一度ありますが、海賊とは思えない綺麗な方でしたな……。」 ゾーマ「何だ? 美人だったら妾にでもするつもりなのか? そういう事はあまり興味のない奴だと思っていたが」 ムクガイヤ「勘違いをするな……。 今後の部隊編成を考えてな、美人であるのなら、ローイス水軍の名を残しそのままニーナナスを軍団長として迎え入れたい……」 ゾーマ「海賊をか?」 ムクガイヤ「だから、美人かどうかを聞いたのだよ。ブスならいらん。 男で、髭面、ハゲ、隻眼、刺青といった世間の想像する海賊の外見の持ち主なら軍のイメージが悪くなるから起用などありえんし、 ブレッドや赤髭がだったら周囲の士気を高めるため公開処刑だが、性格が大人しくて、美人なら周囲のウケは良いであろう?」 サルステーネ「成程、そういうことでしたか」 ゾーマ「外見で人を判断するということか?」 ムクガイヤ「違うな、これはそういう事ではない。」 「外見で人を判断するなど愚か者の行いだ、しかし、外見もまた、その者の持った一つの強さなのだよ」 「早い話、美人とぶ男では、交渉事は前者の方が上手くいくものだ……。何なら賭けて見るか? ゾーマ」 持論に絶対の自信があるのか不敵に笑うムクガイヤ……。 ゾーマ「いや結構だ、確かに言われてみればそうかもしれないな……」 クリンク島まで追いやられたローイス水軍は、レオーム家とは交渉の余地が既になかったため、ムクガイヤ魔術師団に従属を受け入れる他なかった……。 ニーナナスとそのローイス水軍はムクガイヤの狙い通り、ムクガイヤ魔術師団 第3軍 ローイス水軍として配下に加えられた。 ■VSラストニ・パクハイト ヒュン島に拠点を築いたムクガイヤ魔術師団はヒュン島とナース島の間の海域でレオーム家と交戦することなる。 しかし、互いに不得手な海戦という事もあり、戦線は膠着していた。 ムクガイヤ「もどかしいな……」 サルステーネ「我が君、こうして戦線が膠着し、睨み合いが続いている間にもレオーム家は王都を中心に直轄領を増やしておりますぞ」 ムクガイヤ「気に入らんな、やつらの腐敗が原因で挙兵したというのに、それを奴らの版図拡大に利用されておるとは……」 「だが、まずい、奴らが直轄領を増やせば増やす程、我々が不利となる。」 「ただでさえ、王都とフェリル島では経済力が違うのだ……」 ゾーマ「もうひとつ、パーサの森で、ラストニパクハイトという死霊術師率いるアンデッドの軍勢が現われ、エルフ共と交戦となった。」 「現在、あの穹廬奴がエルフに協力する形で迎え討っている」 ムクガイヤ「面白い事もあるものだな。まああのトカゲ共は野蛮で色々と敵に回しておったからな、そうせざるを得なかったのだろう」 ゾーマ「アンデッドの軍勢の中に、光弾を放ち、辺り一帯を吹き飛ばす兵器があるとの報告を受けている。 「現在そのせいか、エルフと穹廬奴側が不利の様だな」 ゾーマ「ラストニパクハイトからも、パーサからも、友好を求めてきておるが、どうする? 我々からすれば、こうして睨み合いが続く以上、どっちに味方するにしてもパーサの森をこの際、奪う他ないと思うのだが」 ムクガイヤ「無論、そのつもりだ……。 「戦の名分が立ちやすいのはエルフに加担し、ラストニパクハイトを討つ事だが、それではパーサの森は手に入らん」 ゾーマ「とはいえ、素性の知れない、死霊術師と手を結ぶわけにもいくまい」 ムクガイヤ「一旦エルフに加担し、その兵器とやらの破壊に協力する……。 破壊が終われば、この度の惨事は、エルフが森の管理を怠ったという事にしその責を負わせ、安全管理を理由に支配権を奪うとするか、エルフ達にラストニパクハイトを討伐するに当たって大々的にグリンシャスに向けて派兵するため、パーサの森の中央と西部の支配権をこちらに委譲するように伝えよ。 リザードマンは血の気が多く信用できないとし、穹廬奴とは手を切るようにも伝えておけ、後、その例の死霊術師は生け捕りにせい」 ゾーマ「わかった。それで誰を使者に向かわせ、誰に任せる?」 ムクガイヤ「そうだな、レオーム家は引き続き、我々本軍とローイス水軍で当たり、それは、フェリル党にやらせよ。海に置いておいてもしょうないし、森は獣の方が幾分よいだろう」 ゾーマ「ふっ……」 ゾーマは犠牲が大きいであろう任務はまずゴブリンにやらせてみるというムクガイヤの冷徹な判断に失笑した。 こうして第2軍 バルバッタ率いるフェリル党はパーサの森に派兵された……。 ■アスターゼ仕官 ムクガイヤ魔術師団が海域でレオーム家と交戦する中、ニースルーとヨネアはルーニック島に配備され、ファルシス騎士団の警戒と政務及び、魔術の研究を行っていた。 ―ルーニック島 代官所 執務室 ヨネア「王都に帰れるのは一体いつになるのかしら」 ヨネアは執務室で愚痴をこぼしていた チルク「随分と荒れているね、ヨネア」 ニースルー「まあ、中々、思う通りにいかないしね、現在は、ファルシスを警戒してルーニック島に配備されているけど、何の進展もないし……」 チルク「…………」 ニースルーは王都に戻れない事が、ヨネアの荒れる原因と言ったが、チルクは、親友であるニースルーがヨネアの相手をしない事が原因と思っていた。 ヨネア「ねえ、ニースルー、仕事はいつ終わるの?」 ニースルー「そうね、フェリル島の開拓事業や、教育機関設立に向けてやらなきゃいけない事があるし、今日も深夜まで……」 ヨネア「え~、今日も~? 貴方、政務をあんなに嫌がっていたじゃない」 チルク「そんなに、ニースルーが遅くまで仕事をするのが不満だったら手伝えば?」 チルクは特に仕事をするわけでもなく、執務室にいるヨネアに苛立ちを感じていた。 ヨネア「何よゴブリン、ニースルーに気に入られているからって調子に乗って」 チルク「仕事をしないなら、執務室から出てってくれる? 自分の研究所があるだろ?」 ニースルーはヨネアのために、予算を割いて小さな研究所をルーニック島に作っている。 ただ、設備もろくに用意できない状況では、王都で予算を湯水の如く使って研究していたヨネアを満足させるには至らなかった。 ヨネア「碌に魔術書もない状況で、何を研究しろっていうのよ! 低能なゴブリンにはわからないでしょーけどね」 差別的な発言が親友の口から出てきて、思わずビクっとするニースルー、状況が荒れるのは好ましくない。 しかし、ニースルーの心配とは裏腹に、チルクは失笑していた。 ヨネア「何よ、その笑いは」 チルク「一つ聞きたいけど、魔王を召喚したのってヨネアでしょ?」 ニースルー「そ、それは……」 魔王召喚をしでかしたのは、ムクガイヤ魔術師団の仕業というのは周知の事実だが、しかし、魔術師団としてはその事実は否定してきた。 何を聞かれても、知らぬ存ぜぬ、クーデターを起したのはレオーム家の衰退と魔王降臨がその好機と判断したという事に表向きはしてある。 当然、後から加わったゴブリン勢にも、そういう説明がなされていた。 チルク「いや、何も答えなくていいよ、その顔で十分」 ニースル「うっ……」 ヨネア「だったら、何だっていうのよ」 ニースルーとは対象的に、ふてくされたように答えるヨネア、ニースルーと違ってヨネアは政治には興味が無い。 むしろ、魔王召喚に成功した偉大な魔道師と思ってもらいたいくらいだった。 チルク「召喚魔導論……。を読んだよね?」 ヨネア「あら、ゴブリンから魔法の論文の名前が出てくるなんて以外ね、勿論読んだわよ」 チルク「だろうね、だから、笑ったんだよ」 ヨネア「!? 何でそれで笑われなきゃいけないのよ」 ヨネアはチルクに笑われた意図を読めず、苛立ちを感じ始める。 チルク「それを書いた、アスターゼはゴブリンだからだよ」 ヨネア「なっ!?」 ニースルー「うそ…」 ヨネア「ふん……。騙されないわよ。私を担ごうって気ね、確かに驚かされたわ」 ヨネアは冷静を保とうとしていたが、動揺しているのが見てとれた。 チルクは何も言わず、自分の使っている机に置いてある本を取って、得意げにヨネアに渡す。 チルク「はい」 ヨネア「何よこれ」 チルク「昔アスターゼの弟子をやっていた時に、アスターゼの書いた魔術書の写本、修行の一環としてね僕が書いた」 ヨネア「アンタがアスターゼの弟子? 嘘よ……。素人なら、騙せるでしょうけど、ヨネア様の目はごまかせないわよ、確かにアスターゼは素性の知れない変人で、郵便などを使って誰にも姿を見せないってのは有名だけど。 アンタの汚い字で、こんな適当に書かれた……」 といって、ヨネアは写本のページをパラパラと斜め読みをするが、数行読んだだけで口を閉じ、真剣な眼差しで読み始めた……。 チルク「これで、納得した?」 すっかり夢中になり黙り込んだヨネアに、先ほどの非礼を認めさせようと話しかけたが、ヨネアは読書に集中しており、声は全く届かなかった……。 ニースルー「ちょっと、ヨネア」 ヨネア「ん? ごめん、ニースルー、部屋に戻るわ」 ヨネアはそういうと本を読みながら、自分の部屋に戻っていく……。 チルク「…………、ちゃんと返してよ(ボソッ」 ニースルー「ちょっとチルク、アスターゼが貴方の師だってこと、何で今まで黙っていたの? ムクガイヤ様は優れた魔術師なら、死刑囚だろうが、禁忌の闇の魔法を習得していようが、破門された神官でも登用する方よ?」 チルク「子供の遊びには付き合えないって言われててね、それに僕も破門された身だし」 ニースルー「でも、アスターゼは確かに、王都の魔術アカデミーでも天才としてその実力を認めらているし、ゴブリンに人間を認めさせられるには格好の人物じゃない」 チルク「確かにそうなんだけどね、また話してみるよ」 ニースルー「ねえ、私もついて行っていい?」 チルク「別にいいけど何で?」 ニースルー「そりゃあ、謎の多い大賢人に会ってみたいじゃない」 ………………………… 翌日、チルクとニースルーはフェリル島の山奥にあるアスターゼの住まう庵を訪ねた。 現在庵には住み込みで、修行している弟子が2人いる。 ハウマン「お久しぶりですチルク」 チルク「久しぶり、ハウマン、マタナ」 アスターゼ「チルクか。そろそろ訪ねて来るとは思っておった」 チルク「そうですか、それでは話は早い」 アスターゼ「まさか、ゴブリンと人間が共に戦うとはのう」 チルク「まだ、問題は山積みです。ですから是非、老師のお力を借りたく……」 アスターゼ「わかっておる。マタナ、ハウマン、チルクに協力して上げなさい」 ハウマン「わかりました」 マタナ「喜んで」 チルク「老師にも加わって欲しいんです」 アスターゼ「わかっておる、しかし、折角、お前やバルバッタの力でここまで来たのじゃ、少し名の知れたワシが協力すれば、お前達の努力が水の泡になる」 チルク「何故ですか?」 アスターゼ「ワシが加われば、ゴブリンを快く思わない認めない者からすれば、ワシだけが認められる存在としてゴブリンという種族を否定するだろう、 お前やバルバッタの様な、無名のゴブリンが認められてこそ、ゴブリンという種族が認められるのじゃ」 チルク「そんな……」 チルクは言い返そうとしたが、かつてバルバッタの言った言葉を思い出す。 『ジジイやオッサンはゴブリンが人間よりも下だと思っている。だからジジイやオッサンよりも劣る俺がそんな事は無いって証明する』 確かにルルニーガがフェリル党の全軍の指揮をとり、アスターゼが全面的に知恵をかせば、ムクガイヤ魔術師団の助けになるだろう。 しかし、それは、ルルニーガとアスターゼだけが認められる結果となり、若い世代の芽を摘むことにもなりかねない。 結果として、ゴブリンという種族が認められるわけではないという事だろうか。 ニースルー「それなら、育成では協力していただけませんか?」 アスターゼ「育成?」 ニーズルー「はい、今、私とチルクとで、フェリル島に教育機関の設立に向けて動いております。 「大学ができれば、当然、教える者が必要になります。貴方がチルク達に任せようとするのは、先ほど言った事もありますが。 「真意は、若い世代の可能性を考えての事でしょう? なら育成に携わるのは問題ない筈です」 アスターゼ「そうか、お主がニースルーか……」 ニースルー「申し遅れました。でも何故私を?」 アスターゼ「ルルニーガの奴から聞いた。ゴブリンと人間の共存に奔走している者がいてその者に心を動かされたとな……」 ニースルー「そうでしたか」 アスターゼ「大学といったな、当然、できれば魔術の学科もできるのじゃな?」 ニースルー「勿論です」 アスターゼ「わかった、協力しよう」 アスターゼの庵を後にした帰り道……。 チルク「ありがとう」 ニースルー「どうしたの?」 チルク「いや、僕一人だったら、老師の協力は得られなかったと思ったから」 ニースルー「どういたしまして」 大賢人と呼ばれたアスターゼの仕官は、フェリル島の教育機関の設立の歩に拍車をかける事となった。 ゴブリンに対し、偏見を捨てつつも、積極的に友好を深める気がなかったムクガイヤも一人の魔術士として、アスターゼをリスペクトしていたからである。 ■レドザイト仕官 ―ルーニック島 代官所 ニースルーがアスターゼ、ルルニーガを仕官させてからというもの、 文官にはフーリエンとキスナートが加わり、魔法の研究者としてマタナ、ハウマンが加わり、武官として、ムッテンベル、ポイトライトが加わり、ゴブリンの人材が充実した事で、その成果も数字に表れて始めてきていた。 また、ルーニック島に逃げ込んだ時と比べて、代官所の執務室は賑やかになっている。 ニースルー一人しか政務を行う者がいなかったのが、今ではフーリエン、キスナート、チルクが加わり4人となったからである。 ヨネア「う~~」 (楽しそうね……。でも政務なんてわからないし、私もああやって、自分の研究を手伝ってくれる助手が欲しいわ) となりの芝生が青く見えるのか、ヨネアはゴブリンと執務をこなしているニースルーが楽しそうに見えていた。 ヨネア「そうだ、私って天才、手伝ってくれる者がいないなら、召喚すればいいのよ、なんてたって魔王を召喚したんだから」 独り言を言いながら、ポンっと手を打つ。 早速自分の与えられた研究室に戻り、魔法陣を床に書き始める。 ヨネア「魔界にいる悪魔を呼び出すのは、色々と大変だけど、既に現世に来ている悪魔を召喚する分には少ない魔力で出来る筈……。 魔王召喚してからというもの放浪している悪魔を見たって話も聞くし……」 召喚魔法を唱え終えると、魔法陣からつむじ風が巻き起こり、部屋中が煙で見えなくなる。 ヨネア「成功……よね?」 煙が巻き上がったので、何が起きたのか見えないが、確かに魔法陣から新たな者の魔力の波動を感じた……。 煙が晴れるとそこにはお面をつけた小さな女の子がいる。 レドザイト「えっとね、なんじか? あたしとけいやくしたいのは?」 召喚されるのは初めてなのか、必死に台詞を思い出す様にして喋る小さな悪魔。 ヨネア「ちょ……子供?」 ヨネア「契約? あっそっか」 「物語とかでよく、悪魔って人間と契約交わしているもんね、あれって事実を元にしてたんだ」 (ってことは、何を要求されるのかしら、伝承とかだと人間の魂ってのが多いけど……) ヨネア「その前に、見た所子供の様だけど、何ができんの?」 「それと支払いは現金でいいのかしら? それとも人の魂とか?」 ヨネアに意地の悪い質問攻めにされ、慌てだす小さな悪魔。 ヨネア(魔法の研究を手伝える有能な悪魔が欲しかったけど、無理そうね、まあ、研究補佐は無理でも研究対象になら成り得るかしら) レドザイト「えっと、えっと、冷気の魔法が得意。 後は、猫大好き、ベビーカステラも好きだよ」 ヨネア(本当にガキね、甘いものとかわいいものが好きだなんて。まあ良い買い物かも……) ヨネア「わかったわ……、子猫を一匹と、カステラを一年につき365個、買ってあげる。だから、あたしに仕えるのよ?」 レドザイト「うん、いいよ、よろしくね、おねえちゃん」 無邪気に笑いながら、契約をまるでわかっていないような感じである。 ヨネア「よろしくね、私は偉大な闇の賢者ヨネア様よ、貴方は?」 レドザイト「レドザイト、あたし、頑張るからね」 レドザイトの無邪気な子供の笑顔とは対象的に、ヨネアの笑顔は悪魔の笑顔だった……。 ■ポポイロイト仕官 ニースルー「ねえヨネア、前から気になっていたんだけどその子って……」 ヨネアが買い与えた子猫と戯れるレドザイトを見て、疑問を口にする。 ヨネア「そう、悪魔の子……、召喚して契約したの」 ニースルー「本気? 悪魔と契約を交わすなんて」 ヨネア「大丈夫よ、見た目通りのガキだから、カステラと子猫で取引に応じたわ、子供だけど魔力は高いし、戦いもできる。安い買い物よ」 そういって、腹黒く笑うヨネアを見て、ニースルーの表情はひきつった。 ニースルー「…………」 ヨネア「本当は、私の研究を補佐してくれる悪魔を召喚したかったんだけどね、助手には成り得ないから、また召喚しないといけないんだけど」 ニースルー「ヨネア、悪魔を陣営に加えるなんて、いくらなんでも危険よ。確かに戦力になるとは思うけど」 ヨネア「大丈夫よ、そんなに心配しなくても、やばそうなのが来たら、契約せずに送還すればいいんだし。」 「大体、ニースルーだって、人とかゴブリンとか気にしなかったじゃない。」 「ゴブリンが良くて、悪魔はダメってどっからくるわけ?」 ニースルー「いや、悪魔は流石に……。もともと現世にいる生き物でもないし、少なくても、ムクガイヤ様に了承を得たほうが……」 ヨネア「何でよ? そもそも自分とこの王を始末するのに、魔王を召喚するなんて無茶言い出したのはあいつよ? 「おかけで、王は死なない、レオーム家と 魔王軍の双方から恨みを買うし……、 「その結果、都落ちして、こんなしょぼい研究所で研究する始末」 ニースルー「ごめん、ヨネア」 ヨネア「あっ……。違うのよ、ニースルーが用意してくれたこの研究所に不満があるわけじゃないの。」 「ただ、王都で研究した時に比べてやれることが限られているから……」 ニースルー「そう……よね」 ヨネア「とにかく心配しないで」 ニースルー「ヨネア、これだけは約束して、やばいの召喚して収拾つかなくなったら、必ず私に相談する。約束よ?」 ヨネア「わかったわ、やばい状況に追い込まれたら、必ず相談する」 その言葉を聞いて、少し安心する。 レドザイト「大丈夫だよ、おねえちゃん、あたしがついてるもん」 いつの間にか近くに来ており、会話に交ろうとするレドザイト。 ニースルー「そう? ヨネアの事を頼んだわよ」 ニースルーは思わず人間の子供の様に頭を撫でた。 レドザイト「うん」 ニースルーは、純朴そうなレドザイトを見て少し安心したのか部屋を後にする。 ………………… ヨネア「さて、魔法陣はこれでOKだし、やりますか」 前回と同じように、部屋が煙に包まれ、煙が晴れると、レドザイトと同じような悪魔の子供がいた……。 ヨネア(また、子供か……) ポポイロイト「ねーねーダッコして~」 レドザイトが無邪気にニコニコしているのに対し、新しく現れた悪魔は、何処か邪気を含んだようなニヤニヤとした笑顔であった。 ヨネア(それにレドザイトと違って、クソガキそう。まあ、戦力にはなるかしら?) ヨネア「単刀直入にいうわ、貴女に仕官して共に戦って欲しいんだけど、何で支払えばいいかしら?」 (お菓子だと楽でいいわね、生意気にも魂が欲しいとか言い出したら、ゾーマの魂でも差し出そう、あいつは元死刑囚だし、誰も困らないわよね) ポポイロイト「ポポの遊び相手になって欲しいの~」 ヨネア(遊び相手って、これまた格安、一文もかからないじゃない、いやまて、子供とはいえ悪魔、契約内容をよく確認しないのは危険よね) ヨネア「遊びって何かしら、まさか大人の遊びじゃないわよね?」 ポポイロイト「ポポを抱っこしてくれたり、鬼ごっこして欲し~な~」 ヨネア「そんなのお安い御用よ、契約成立ね」 ポポイロイト「わーい、じゃあ、早速……」 ヨネアは反射的に身を引いた。 何かよくわからないが危険を感じ取ったのである。召喚の時に使った魔法の杖の先が何故か無くなっていた……。 とっさに向かってくるものを杖で防ごうとして、何かが爆発したのだ。 しかし、爆発がわからないのは、爆音を認識する前に、鼓膜が破れてしまい、音が聞こえなくなったためである。 ヨネア(一体何が!?) ポポイロイトの方に目をやると、ポポイロイトが複数になっていた。今も尚分裂するように増えていく……。 ヨネア「なっ!?」 ヨネア(まずい、あの分身に触れると爆発するんだわ) ポポイロイト「100人のポポから逃げてね、おばちゃん」 黒い笑顔を浮かべ、それを見てヨネアはぞっとした。 軽はずみで悪魔を呼び出し契約した事を後悔する ヨネア(ごめんね、ニースルー約束守れなかったみたい……) 分身が一斉に向かってくる。激しい爆発音が鳴り響いた。 ヨネア(生きてる!?) レドザイト「大丈夫? おねえちゃん」 レドザイトが主の危険を察知し、ポポイロイトの分身からヨネアを冷気の魔法で守ったのだ。 ヨネアは自分が守られた事を理解すると、レドザイトの手を掴みそのまま出口に向かって走った。 追ってくる分身はレドザイトが冷気の魔法を唱え続けなんとか凌ぐ、外に出ると、エクスプロージョンを唱え、残った分身を1体残らず吹き飛ばした。 ポポイロイト「てへ、分身つきちゃった、おばちゃんの勝ち~」 ポポイロイトには全く殺意が無い感じで、自分が何をしたのかわかっていないようだった。 ヨネア「こら、いきなり始める奴があるか? それに鬼ごっこはどっちが鬼かどうかをまず決めてからやるものよ」 「それに、あたしはおばさんじゃない!」 ヨネアはポポイロイトにごつんと拳骨を入れる。 ポポイロイト「ぶー、おばちゃんのバカー」 涙目になったポポイロイトはそういって飛び去った。 ヨネア「レドザイト、悪いけど、今度から貴方があの子と遊んであげてね」 レドザイト「うん、いいよ」 面倒な事はレドザイトに押し付けると、強力な特技を持った悪魔を手に入れた事に嬉しさを隠しきれない半面、残骸と化した研究室を見て、ため息を吐くヨネアであった。 ヨネア「ふぅ……。けど、助手には成りそうにないわね、研究室は大破するし……」 その時ヨネアは気付いていなかった……。 レドザイトとポポイロイトを遊ばせる事で、ポポイロイトがレドザイトに悪戯を教える事を……。 ■ラングトス仕官 ヨネア「ぜえ、ぜえ、レドザイトをポポイロイトの遊び相手にしたのは失敗だったわね、レドザイトまで悪ガキになりつつあるわ……」 ヨネアはポポイロイト召喚時に殺されかけたため、次の召喚に二の足を踏んでいた。 しかし、日に日に大きくなる、子守の負担に、次の悪魔を召喚して、そいつにどうにかさせようと考え始めていた。 ヨネア「ニースルーに何かあったら、相談してとは言われているけど、流石に子守してとはいえないし……。危険だけど次の召喚を試みる事にする」 研究日誌をつけながら、記載する内容を口ずさむ。 ヨネア「レド、ポポ、来なさい」 屋内を走り回ってカクレンボをしている2人を呼び、何かあった時のために備えさせる。 ヨネア「いい? クソ生意気な悪魔が現れてあたしに何かしようもんなら、貴方達二人でそいつをボッコボコにするのよ?」 「それこそ、思いっっっきり鬼ごっこしてあげていいから」 レドザイト「うん」 ポポイロイト「楽しみ~」 召喚魔法を唱え終え、いつもの様に煙が噴き出し、あらたな魔力を持った存在がその場に現れる。 「ライブの始まりなんだってヴぁ」 それは、召喚された悪魔の声だろう。ハスキーな声とともに部屋が光に包まれた。 光り輝く精霊が現れたかと思えば、悪魔はそのままギターの演奏を始める。 悪魔たちの音楽なのか、ヨネアにとっては初めて聞くジャンルの曲だった。 ヨネア(今度は物凄いイロモノが来たわね、流石にこれの面倒は見れないわ) 強制送還の魔法の詠唱を始めるヨネアとは対象的に、レドザイトとポポイロイトは楽しそうにノリノリでラングトスの演奏と歌をきいている。 ヨネアが強制送還の魔法を唱えようとした時、ラングトスの演出なのか、周囲の床が爆発した。 ヨネア「これは!?」 それは、ヨネアの使う闇のSSクラスの魔法、エクスプロージョンによく似ていた。 爆発の規模はヨネアの物に比べ、小さいものであったが、演奏中に何度も使われる。 ヨネア(エクスプロージョンではないけど、それと似た魔法を短時間中に何度も使っている!?) エクスプロージョンはその威力のため、術者への負担が大きく、一日に一回が限度である。 それを良く似た魔法を小規模なものとはいえ連発してみせるラングトスは、研究者としてのヨネアの心をくすぐった。 ヨネア(研究し甲斐がありそうね……) ヨネア「中々だったわよ、今の演奏」 とりあえず、適当に誉めながら、ラングトスとの交渉に入ろうとするが、ラングトスは特にヨネアに興味は無い感じで……。 ラングトス「バンド組もうZE」 とだけ言った。 ヨネア「バ……バンド!?」 ヨネア(バンドってあれよね、少人数のメンバーがそれぞれ違う楽器を担当して演奏し、曲を作る連中) (それを組もうって言ったの?) (お金や魂がかからないのはいいけど、難題よね) ヨネア「も……勿論いいわよ。 ここにいるレドザイトとポポイロイトがそれぞれ、カスタネットとタンバリンができるから。これでバンド結成よね」 レドザイト「タンバリンってなあに?」 ラングトス「ふざけるんじゃないんだってヴぁ」 ラングトスは持っているギターぶん回して暴れ出す。 ヨネア「ちょ……ちょっと暴れないで」 ラングトス「ベースとかドラムとかそういうのだってヴぁ」 ヨネア「わかったから、落ち着いて……。現世でバントを組もうと思ったら事務所に所属する必要があるの」 ピタっと、動きを止めて、ヨネアを見る。 ヨネア「私が事務所を作ってあげるわ、何かと便利よ、メンバーも仕事も探して貰えるしね」 ラングトス「…………」 ラングトスは疑うような目つきでじ~っとヨネアを見ている。 ヨネア「というわけで、契約書もってくるからサインお願いね」 ヨネア(何とかなりそうね) ヨネア「これが契約書、さサインして」 ラングトス「………………」 ラングトスは何も読まずにサインすると思ったヨネアの思惑とは違って、ヨネアが契約書にさりげなく盛り込んだ毒素条項に尽く修正を入れていく……。 ヨネア(うっ……こ…こいつ。できる) 一通り、ヨネアに都合のいい内容の修正が終わると、無言で契約書を突き返す。 修正したから、『上記修正に相違ありません ヨネア』と一筆入れろといわんばかりに……。 ヨネア(くそ……。しょうがない、いつまでにメンバーを用意するっていう約束は書いていないからとりあえずサインして、適当な悪魔を召喚してそいつをメンバーにするしかないわ) ヨネアは、渋々ラングトスの修正した契約書に一筆を入れ、それを見届けると、ラングトスもサインした。 ヨネア(ラングトスって言うのね、バンド名はジャンキージャンクか……。ヤクとかやってんのかしら?) ラングトスがヨネアの知らない魔法を唱えだす。 そうすると、契約書が複製され、一枚を自分の懐に入れ、一枚をヨネアに渡した。 ヨネア(イカレた奴かと思ってけど、意外としっかりしているのね……) ヨネア「はあ……。子守問題も解決してないし、メンバー探しか……。まあいいわ次の召喚で逆転してやる」 ■ドラスティーナ仕官 ―ルーニック島 代官所 ヨネアの研究所 ラングトスが仕官してからというもの、連日連夜ギターの演奏をし、文官達から苦情が殺到していた。 ニースルーは代官所の敷地内の母屋から離れたところに、新たにヨネア用の研究所を建てさせると、ヨネアにそこで研究するように言い渡していた。 ヨネア「神様ラザム様、子守のできる悪魔が来ますように、それがダメなら、せめてドラムかベースの演奏ができる悪魔が来ますように……」 神の祈りと願いを終えると5度目の悪魔召喚を試みる。 例の如く、もしものために、3人の悪魔は部屋の外で待機させていた。 いつものように煙に部屋が包まれるが、あからさまに今までとは違う強烈な魔力の波動を感じ取る……。 ヨネア(この力! かなり高位の魔族が来た?) ドラスティーナ「人間如きが私を呼ぶなんて、どんな命知らずかしらね」 ヨネア(ついに……、悪魔らしい悪魔が来た) 思わず努力が報われた事に感動し、拳を握りしめ涙を流すヨネア。 ドラスティーナ「私を呼び出したワケを聞かせていただこうかしら? どこかの国でも焼き払うつもり?」 自身の力に対する、絶対的な自信からか、物騒な事を言い始める……。 ヨネア「現世に来ているから知っているとは思うけど、今は戦乱の世。強い力を持った者が一人でも多く欲しいの(キリッ」 ヨネア(今、本当に欲しいのは子守だけど、私に仕えさせた後、子守を命じるのが得策、ついでにバンドのメンバーもやらしちまえ) ドラスティーナ「そう……要するに私に仕官しろって事ね? それで貴方は私と契約するだけの代償を払えるのかしらね?」 ヨネア「そうね、あたしが貴方の友達になってあげる」 ドラスティーナ「クスッ ふざけているのかしら? タダで働くとでも?」 ヨネア「友情は金でも魂でも買えないわ、悪魔と友達になってあげなきゃいけないなんて、人間にとってこれ以上の屈辱(代償)はないわ」 ドラスティーナ「面白い事をいうのね貴方、私を召喚してコケにしたのは貴方が初めてよ」 ヨネア(流石に無理があるか……) ヨネア「わかったわ、じゃあ百歩譲って、強力な魔導師の魂をあげる」 ドラスティーナ「それじゃダメよ、ゾーマっていうのは貴方にとってどうでもいい存在の魂でしょ? そういうのは悪魔にとって何の価値もないの」 ヨネア(記憶を読まれた? これが高位の悪魔の力!?) 闇の魔法には、メンタルサックやナイトメアといった他人の精神に関わる魔法が数多く存在する。 それが高位の悪魔が使うとなるとこういった事もできるようだ。 ドラスティーナ「そうね……、貴方にとって正に賭け替えの無い魂となると、ニースルーっていうの? 貴方の大切なお友達は……」 ヨネア「あ?」 表情がひきつり、怒りを露わにする。 ドラスティーナ「クスッ。良い顔ね、でもそれが悪魔との契約ってモノよ?」 ヨネア「心を読んだのならわかるでしょ、払えるわけがない」 ドラスティーナ「別にまだ契約したわけじゃないし、引き返す事もできるわよ」 ヨネア「ねえ、悪魔の社会って完全な縦社会よね? 強い者には絶対服従」 ドラスティーナ「まあ、大体そんな感じね。下位の悪魔が高位の悪魔に逆らうなど許されない事よ、それがどうかしたかしら?」 ヨネア「つまり、あたしが貴方をしばけば、貴方に何の代償も払う事無く、貴方を仕官させられるのね?」 ドラスティーナ「本当に面白い子ね、じゃあ、負け方が勝った方に従うって事でいいかしら?」 ヨネア「それでいいわ、契約成立ね」 ドラスティーナ「灰塵になっても恨みっこなしよ」 ドラスティーナがそういうと、空間に炎の渦が出来き、一振りの剣が現れる。 ヨネア「ポポイロイト、この人と思いっきり鬼ごっこしてあげなさい」 ヨネアは待機させていたポポイロイトに向かって叫んだ。 ポポイロイト「ほーい」 研究室の扉が破壊され、ポポイロイトの分身がなだれ込む……。 ドラスティーナ「な!?」 不意と背後を取られ、ドラスティーンはわずかに動揺するが、ドラスティーナの剣が炎に包まれたかと思うと、火炎を放ち、分身を手前で爆破させ凌いでいく……。 レドザイトが素早く接近し、ブリザードブレスを放った。 ドラスティーナ「ちょっと、どういう事よ? 3人がかりなんて卑怯じゃない」 ヨネア「うるさい、うるさい、うるさーい、誰も一対一だなんて言ってない」 ラングドス「それに、俺もいるんだってヴぁ」 ドラスティーナの頭上でギターを振り上げているラングトス。 ライブエクスプロージョンを唱え、建物全体に爆音が鳴り響いた……。 ―執務室 研究所で起こった戦いで、ガタガタと建物全体が揺れている チルク「うるさいなぁ」 ニースルー「はあ、また派手な爆発系の魔法の研究でもしているのかしら?」 チルク「離れにしたのに、ちっとも解決しない、もう、代官所の敷地外にした方がいいんじゃないか」 ニースルー「それだと、流石に予算が……。 ちょっと、見てくるわ、休憩を促して、少し話してみる」 ニースルーは席を立ち、ヨネアのいる離れに向かった……。 ドラスティーナ「やるわね、一対一と思わせ、数人がかり、それに別の悪魔を既に味方につけていた事にも驚いたわ」 ヨネア(強い……) ドラスティーナ「でも、前衛がいないのが致命的。デーモン種を味方につけていなかったのが貴方の敗因よ」 ヨネア「まだ、負けてないわ」 ドラスティーナ「この状況で、逆転できるとでも?」 既に、ラングトスとポポイロイトはリタイヤしており、ドラスティーナの火炎をなんとかレドザイトの冷気で防ぐのが精一杯になっていた。 ヨネア(とんだ泥仕合ね、こうなると身体能力の高い方が有利……。まさか、ポポイロイトの分身を切り抜けるなんて……) ドラスティーナ「潔く負けを認めたらどうかしら? 貴方面白いし、直ぐに殺すなんて真似はしないわよ?」 ヨネア「ここは私の研究所、私は闇の魔法エクスプロージョンの研究しているの……」 ドラスティーナ「だったら、使えばいいじゃない、それで私が倒せるなら……」 ヨネアは研究所の大破を避けるため、広範囲の魔法は使っていなかった。 それはドラスティーナも気づいていたが、仮に使われたとしても、それに耐えうるだけの力は持っていた。 ヨネア「残念ながら、私のエクスプロージョンだけじゃ、アンタは倒せない、でも……」 壁に背を向けたまま手を伸ばし、壁についているレバーを倒す。 ガタンと音がし、何かが作動する。 扉のあった所と窓に鉄格子降りてきて、研究所が全体が封鎖された。 ヨネア「私の研究は禁忌だから、もし何かあった時のためにいつでも証拠を闇に葬れるよう、研究所には自爆装置が仕掛けてあるの」 ドラスティーナ「貴方も死ぬわよ?」 ヨネア「バカね、私はエクスプロージョンが使えるのよ。」 「爆発の瞬間に合わせれば相殺できるわ、でも貴方はどうかしら? 2重の爆発に耐えられる?」 ドラスティーナ「ちっ」 舌打ちをし、魔法の発動を阻止しようヨネアの方へ向って駆けてくる ヨネア「生きていれば、今日からアンタは私の部下よ。」 「エクスプロージョン」 力ある言葉が解き放たれ、研究所が大爆発をおこした……。 ―庭 ニースルー「ヨネア……。やってくれたわね……」 ニースルーは爆発を見ても、身の心配はしていなかった。 爆発の原因はヨネア自身の魔法によるものであろうから、術者が吹き飛ぶ分けはないと。 ニースルー「全く勝手な事ばかりして……」 ぶつぶつ言いながら、爆煙の上がる方へ歩をすすめる。 ドラスティーナ「や……やるじゃない……。流石に今のは死ぬかと思ったわ……」 全身真っ黒になり、それでも尚、膝をつく事無く、その場に佇む悪魔貴族。 ヨネア「ふ……ふん、アンタも、思いのほか頑丈ね……。あの爆発に耐えるなんて」 ヨネアは魔力を使い果たし、立っているのがやっとの状態であり、一方、ドラスティーナはふらふらとした足取りではるが、ヨネアの方へ近づいていく……。 ヨネア(これでも倒せないなんて、万策尽きたって感じね……) ニースルー「ちょっとヨネア、幾らなんでもやりすぎよ」 ヨネア「げっ……。ニースルー」 ヨネア(いや! そうよ! ニースルーに加勢してもらうのよ、あいつもフラフラだしこれで勝てる) ドラスティーナ(新手がまだいたとは……。) ニースルーはそのまま、ドラスティーナの方へ歩いて行き……。 ニースルー「新しく召喚された悪魔の方ですね、いつもヨネアがお世話になっています」 礼儀正しくお辞儀をした。 ドラスティーナ(あの子の親友だというから、どんな電波かと思ったら、うって変わって礼儀正しい子ね) ニースルー「向こうにお茶とお菓子を用意してあります。どうぞこちらへ」 ドラスティーナ(現世のお茶か……。どんなものかしらね?) ドラスティーナ「そうね、いただこうかしら」 ヨネア「ちょっと、アンタ、決着はまだ、ついて……」 その時、ヨネアの服が引っ張られる。 ヨネア「レドザイト?」 泣き出しそうな顔で首を横に振る。 子供なりにこれ以上戦うのは危険と伝えているようだ。 ヨネア「くっ……」 ヨネアはとりあえず、2人の後を追った、ドラスティーナはニースルーに連れられ、紅茶と茶菓子を馳走されていた。 ドラスティーナ「あら、良い香り」 ニースルー「この紅茶はベルガモットといいます。お口に合うかしら?」 2人はその後、紅茶について楽しそうに語りあう、ドラスティーナは淑女として振る舞い、特にニースルーに何かすることは無かった。 ヨネア「何よ、随分と楽しそうね……」 遠目で、楽しそうに紅茶を嗜む2人を見て、複雑な気分になる。 ちょっとしたお茶会が終わり、ドラスティーナはニースルーが視界からいなくなるのを見届けた後、ヨネアの方を向き直る。 ヨネア「まだ、決着はついていないわ」 ドラスティーナ「そうね。続きやる?」 ヨネア「くっ……」 お互い魔力は空に近い、体力も互いに限界、それこそ子供の喧嘩の様に、意地の張り合い、殴り合いになれば、明らかにドラスティーナに分があった。 ドラスティーナ「ねえ、この勝負は引き分けって事にして、普通に雇ってくれてもいいのよ?」 ヨネア「どういう風の吹き回し? 悪魔からそんな言葉が出るなんて」 ドラスティーナ「ちょっと、現世というか貴方達に興味が持てただけよ、貴方と居れば退屈から解放されそうだしね」 ヨネア「…………」 ドラスティーナ「とはいえ、タダ働きなんて私のプライドが許さないから、報酬は貴方達の主、ムクガイヤっていうのね、それの給料と同額、それに月一回のティーパーティーを行う事、これが条件よ」 ヨネア「わかったわよ……。それでいいわ。契約成立ね」 ヨネアはムクガイヤの取り分が幾らなど全く知らなかったがOKした。 ドラスティーナ「では、あらためて私はドラスティーナよ。これからよろしくね」 ヨネア「よろしく……」 握手を交わす2人……。 それを見たのか、復活したポポイロイトがやってきて、ドラスティーナに抱きついていくる。 ドラスティーナ「何よこの子、いきなり抱きついてくるんじゃないわよ、馴れ馴れしいわね」 ポポイロイト「ポポのママになってくれるんでしょ?」 ドラスティーナ「!?」 ヨネア(バカ! まだ早い) ドラスティーナ「どういう事よ!?」 ヨネア「えーっと」 ヨネアは人差し指と人差し指をつけながら困った顔をする。 ドラスティーナ「いいわ、思考を読めば」 ヨネア「あっ、こら、人の記憶を読んだりするのは禁止よ」 ―回想 ポポイロイト「もっと遊んでよ~、つまんなーい」 レドザイト「つまんな~い」 ヨネア「う~、今度来る人が、貴方達のママになってくれるから、思いっきり甘えるといいわ」 ポポイロイト「ほんと?」 ヨネア「ほんとにほんと」 レドザイト「たのしみ~」 ラングトス「それより、俺のメンバーはいつになるんだってヴぁ?」 ヨネア「順序ってモンがあんのよ上手くいけば、それも今度かな」 ラングトス「…………」 ヨネア(チビ共はともかく、この目は疑っているわね早くしないと……) ドラスティーナ「何よそれ! 貴方、私を子守にするどころか、あの、 やかましい、 おかしい、 いたましい、 3拍子揃った奴と、バンドを組ませる腹積もりだったの?」 ヨネア「……(コクリ」 ドラスティーナ「さて、魔王軍にでも仕官してこようかしら」 そう言って、美しい翼をはためかせ、飛び去ろうとするドラスティーナの足をガシっと掴む……。 ヨネア「待ってよ、契約成立しているじゃない、契約反故は高位悪魔の名折れじゃないの?」 ドラスティーナ「うっ……。そ、そうよ、これは夢よ、夢なのだわ」 ヨネア「こらっ! 現実逃避するな!」 ドラスティーナ「何処に、高位悪魔に子守とバンドのメンバーやらせる奴がいるのよ!」 ヨネア「うるさいうるさい、アンタは私に雇われているんだから、子守もメンバーも仕事なんだから黙ってやりなさいよ」 いつまでもいがみ合う二人、ニースルーはその口喧嘩をする2人を遠目で見ていた。 ニースルー「よかったわねヨネア、良い友達ができて……」 ■キオスドール仕官 ヨネア「ホントにいるんでしょうね」 ドラスティーナ「いるわよ、私より遥かに子守に適した悪魔が」 今回、次の召喚を提案をしたのはドラスティーナだった、その悪魔に貧乏くじを引かせるために。 ヨネア「いくら子守が得意でも、伝承とかに出てくる外見がグロい奴とかでっかいハエとか、いらないんだけど」 ドラスティーナ「大丈夫よ、見た目は二十歳前後で女性で美人だし、性格も大人しいわよ。シャルロットっていうんだけど、私が現世に来た時、魔力を感じたから、こちらに来ている筈」 ヨネア「大人しい子なんているの」 ドラスティーナ「いるわよ、気弱で、自分が悪くなくても謝ってしまうタイプ、いわゆるグズな子よ」 ヨネア「確かに、子守とかには向いてそうね」 ドラスティーナ「でしょう? それに潜在能力は決して低くは無い筈よ、悪魔にしてはめずらしく回復魔法も使えるし、 デーモン種だから、ラングトスとかよりも頑丈、ただ性格面の問題でいつまでたっても奴隷階級なんだけど」 ヨネア「ふーん」 喋りながらも魔法陣を書き終え、魔法を唱える。 するとそこには血だらけの女が立っていた。 ドラスティーナ「………………」 ヨネア「………………」 「これ?」 ドラスティーナ「ちがうわよ!」 ヨネア「ちょっと何で血まみれなのよ? それとも血糊? 何かの演出のつもりかしら?」 マビドレ「何で、血がついているかって? それは人を殺しちゃったからだよ」 ヨネアはドラスティーナに視線を送る。それに応え、首を横に振るドラスティーナ。 ヨネア「あのね、男は基本馬鹿でいらないけど、馬鹿な女も平等にいらないの。というわけで強制送還」 召喚とは逆の魔法を使って、マビドレを何処かに飛ばした。 ドラスティーナ「どこに行ったの?」 ヨネア「さあ? 二度と会いたくないし、ここからなるべく遠くに飛ばしたつもりだから、パーサの森の僻地にでもいるんじゃない」 ドラスティーナ「そう、というか、召喚って指定できないの? ルーゼルを召喚したのって貴女なんでしょ?」 ヨネア「魔力の高い低いである程度選ぶ事はできるけどね、完全な指定は無理よ。有名でもなければ、会った事もないんだし……。」 「それより、次いってみよう」 数撃てば当たる方式で、召喚魔法を唱えていく。 ヨネア「何この軽薄そうな男? 死神でも気取ってんのかしら? 女に相手にされなそうなかわいそうな奴ね」 ヨネア「外見が生理的に無理、ドーピングとかどうでもいいから」 ヨネア「筋肉馬鹿は手玉にとられやすいからいらないの」 ヨネア「あのくだらない研究をする奴は一人で十分」 ヨネア「何コレ、ミイラ!?」 片っ端から召喚しては片っ端から送還するヨネア。 ヨネア「ちっ……。碌な悪魔がいないわね」 ドラスティーナ(今まで悪魔に物怖じしない人間は何度か見たけど、悪魔をここまで上から目線で見る人間は初めてね、感嘆とさせられるわ) ヨネア「本当にこっちに来ているの? その悪魔、一向に出てこないんだけど」 ドラスティーナ「来ているのは確かよ、ひょっとしたら、召喚を拒否しているのかも」 ヨネア「拒否?」 ドラスティーナ「悪魔は普通、召喚されれば面白がって、それに応じるんだけど、何か理由があってそこを離れたくないのよ」 ヨネア「へ~」 ドラスティーナ「例えば、すでに魔王軍に仕官している悪魔だったら、召喚に応じようものならルーゼルに処刑されるしね」 ヨネア「魔王軍にとられちゃったって事?」 ドラスティーナ「あんな気弱で奴隷階級の悪魔をルーゼルが登用するとは思えなかったけど、そういう事なのかしらね」 ヨネア「残念、じゃあ、次試みて、ダメだったら諦めるわ。戦場で出会う事があれば生け捕りにすればいいんだし」 ドラスティーナ「それもそうね」 ドラスティーナ(ちっ……。子守から解放されると思ったのに) 気を取り直し、再び召喚を試みる、煙が上がり新たな魔力の波動を感じた……。 ドラスティーナ(シャルロットではないわね……。あーあ) 煙が晴れるとそこには10代半ばくらいの少女が立っていた……。 キオスドール「うふふ、召喚していただき誠にありがとうございますわ」 ヨネア「また子供か……。でもあのチビ達と違ってしっかりしてそうね。この子で召喚自体、最後にしようかしら」 ヨネア(この外見は淫魔って奴よね、まあ、男がどうなろうと知ったこっちゃないし、別にいっか) ヨネアは礼儀正しい態度から、少しだけ期待を寄せている。 ドラスティーナ「ヨネア、あの子はやめた方がいいわ」 ヨネア「何でよ? チビ達みたいに、面倒かけそうには見えないわ、大体魔力の大きさからしても貴方より格下じゃない、何を警戒してんのよ?」 ドラスティーナ(確かに魔力は私より下……。でも何か、こう悪魔とは違った異質な者を目の前にしているかのような……) ドラスティーナ「ふん、別に、警戒なんかしていなわよ」 ヨネア「じゃあ、決まりね」 「知っていると思うけど、今は戦乱で一人でも多く、強い者が欲しいのよ。仕官して貰えないかしら? 物足りないかもしれないけど、契約は人間と同様でお金の報酬となるし、勝手に男を垂らし込んだりしないでね淫魔さん」 キオスドール「ええ、それで構いませんわ、今後はキオスドールとお呼びください」 ヨネア(あら? やけに聞きわけいいじゃない) ヨネア「キオスドール、それで大人の男の相手は得意そうだけど、女の子供の相手はどうかしら?」 キオスドール「うふふ、面白い事をおっしゃいますわね、勿論かまいませんわ」 ヨネア(凄く良い子じゃない) ドラスティーナ(裏があるのは間違いないけど、一体何を企んでいるのかしらね) ヨネア「ポポイロイト、レドザイト」 ポポイロイト「は~い、何~?」 ヨネア「今度から、このお姉さんの言う事を良く聞くのよ? 良い子にすれば色々と遊んでいる貰えるからね」 レドザイト「うん」 ポポイロイト「よろしく~」 キオスドール「うふふ、よろしくね、それではヨネア様、契約成立という事でよろしいですわね?」 ヨネア「ええ、いいわ。所で楽器は得意?」 キオスドール「ピアノが少しだけできますわ、ただ、ラングトスちゃんのお眼鏡に適う程ではありませんの」 ヨネア(色々とこちらの事を知っている様ね……) こうして、キオスドールがヨネアの陣営に加わった。 ■銀の夜明け団結成 ―ルーニック島 ヨネアの研究所 ヨネア「皆揃ったわね(キリッ」 ヨネア(こうして見ると、少し壮観ね、それにどいつもこいつも曲者揃い……) ドラスティーナ「一度に全員集めるなんて珍しいわね、どうしたの? どっかの国でも焼き払う気になった?」 ヨネア「いや、あたし達も人数増えたし、今日はヨネア様率いる悪魔の軍勢の部隊名でも決めようかと思って」 ポポイロイト「しにがみおうこく~」 レドザイト「えっとね、ねこねこていこくがいいな」 ヨネア「却下」 ラングトス「ジャンキージャンク」 ヨネア「却下、それ、アンタのバンド名でしょうが!」 キオスドール「うふふ、夢魔の巣はどうかしら」 ヨネア「風俗じゃないから!」 ドラスティーナ「そうね、薔薇のネ……」 ヨネア「却下! てか、もう決まっているの!」 ドラスティーナ「だったら、先に言いなさいよ」 ヨネア「アンタ達が勝手にアレコレ言いだしたんでしょうが!」 ドラスティーナ「それで、なんてつけたの?」 ヨネア「銀の夜明け団、ヨネア様率いる悪魔の軍勢は今日から銀の夜明け団と名乗りを上げる事にするわ」 ポポイロイト「ぶ~、なにそれ~」 ヨネア「異論は認めない」 キオスドール「うふふ、面白い事になりそうですわね、わたくしゾクゾクしてきましたわ」 ドラスティーナ「これがどうして、面白い事になるのよ?」 キオスドール「あら? ご存じありませんの? 銀の夜明け団と言えば、10年前に壊滅した、闇の魔法を研究する秘密結社……」 「おそらく、そんな組織を壊滅させる事ができるのは、今、魔王軍討伐に動いているラザムの使徒……」 「そんな組織が復活したとあっては、ラザムのとる行動は?」 ドラスティーナ「……。つまり、ラザムを敵に回したって事ね」 キオスドール「戦いは避けられませんわね、きっとヨネア様の首を狙ってきますわ……」 ドラスティーナ「ふん、そんなことは私がさせないわ」 ヨネア「さあ、行くわよ皆の者。」 「いい加減ルーニック島で、ママゴトしているのは飽きたわ。まずはあの生意気なファルシス騎士団をぶっ潰す!」 びしっと指をさし、ポーズ決めてみせるリーダー、それに応えるかのようにラングドスは進軍ラッパの如くギターを演奏する。 レドザイトとポポイロイトは興奮しはしゃぎまわっている。 キオスドールは冷笑しており、ドラスティーナだけが真剣に戦略を練る……。 ドラスティーナ「ねえ」 ヨネア「ん?」 ドラスティーナ「ふと思ったんだけど前衛が私しかいなくない?」 ヨネア「そうね」 ドラスティーナ「いや、『そうね』じゃなくて」 ヨネア「あんた、一人いれば十分じゃない」 ドラスティーナ(こいつ……。ここで私が憤慨すれば、大したことないのねとして丸め込むつもりね) ヨネア「ドラスティーナ、あたしは貴方に期待してるのよ。前衛なんて貴方一人いればいいじゃない」 ドラスティーナ「……。まあ、そういう事にしておくわ……」 ―ムクガイヤ魔術師団 本軍陣営 サルステーネ「我が君」 ムクガイヤ「どうした?」 サルステーネ「ヨネア様が、銀の夜明け団と名乗り、悪魔の部隊を編成されたとの報が届きました」 ムクガイヤ「ほう……。悪魔の軍勢とはヨネアらしいな……。」 「しかし、銀の夜明け団といえば、闇の賢者を排出していた秘密結社、やはり繋がりがあったのか……」 「まあ、ヨネアは常人には少し理解しがたい行動を取るが、決して馬鹿ではない好きにやらせておけ」 サルステーネ「ははっ」 ―ラザムの使徒 陣営 イオナ「銀の夜明け団……、生き残りがいたのね」 「おそらく此度の魔王降臨にも関わっている……。」 「率いるは悪魔の軍勢、ラザムとしては、ムクガイヤ魔術師団も討伐対象にしなくてはならなくなりましたわね」 ―ファルシス騎士団 陣営 ロイタール「悪魔の軍勢とは……。あのクズ共の考えそうな事だ」 ホーニング「どうする? 今は互いに静観を決め込んでいるが、実質あの時結んだ同盟など、もはやどうでもよいもの」 ロイタール「無論、相手が悪魔の軍勢を率いているとなれば、それを討伐するにあたって騎士道に反するという事もあるまい。」 「クックリー卿、宣戦布告だ。悪魔の軍勢を率いる、ムクガイヤ魔術師団の一角、銀の夜明け団を討伐する」 クックリー「わかった」 ―ルーニック島 代官所 ドラスティーナ「貴女が名乗りを上げたせいで、早速ファルシスから宣戦布告が届いたわよ」 ヨネア「望むところよ。それともドラスティーナ、怖気づいたの?」 ドラスティーナ「バカおっしゃい。」 (私の仕事が多そうなのが気になるけど……) ヨネア「さあ、行くわよ、これは銀の夜明け団の初陣なんだから是非とも勝利で飾らなくてはね」 ドラスティーナ「はいはい」 ■ラストニパクハイト陥落 サルステーネ「フェリル党がグリンシャスを制圧したとの報が入りました」 ムクガイヤ「援軍を乞う事なくやるとはゴブリンと言えど侮れぬものよ」 サルステーネ「フェリル党には中々優れた武官がいるようですな」 ムクガイヤ「穹廬奴とエルフの動きは?」 サルステーネ「予想通り、森の返還を求めてきております。穹廬奴はレオーム家との進行を防ぐため、エルフとは袂を分かっておりますが互いに眼前の敵の為、交戦には至っていない模様」 ムクガイヤ「フェリル党に予定通り、エルフに降伏を促し、傘下に入る様に伝えよ。拒否すればそのまま攻め落とせとな」 サルステーネ「御意」 その後、バルバッタ(実質ルルニーガ)率いるフェリル党はエルフ達を降伏させ自軍に取り込み、穹廬奴征伐に乗り出す。 フェリル党はエルフ達に武器を取って戦う事は強要せず、戦場に立たせる場合はあくまで衛生兵として、敵兵を殺させる様な真似はしなかった……。 ■重臣ルルニーガ ルルニーガが、その功が認められバルバッタを凌ぐ重臣として扱われるのに左程時間はかからなかった。 フェリルの竜王ルルニーガの武勇は止まる事をしらず、サルステーネに次ぐ武官として扱われるまでに至る。 しかし、ルルニーガはあくまでフェリル党の洞主はバルバッタとし、軍事面において絶対的権限を持っても、それ以外の事はバルバッタを立てた……。 ―ルーニック島 代官所 執務室 ニースルー「ねえチルク。ルルニーガさんって何で竜王って呼ばれているの?」 チルク「何でって、そりゃ強いからでしょ」 ニースルー「でも、あの外見じゃ、竜王っていうより獣王って感じじゃない?」 「それに前、竜王って呼んだら、嫌な顔されたし、少しひっかかるのよね」 チルク「確かに、あの呼び名にはちょっと事情があるし、正確には『竜王』じゃなくて、『フェリルの竜王』なんだよね」 ニースルー「どういう事?」 チルク「本人が嫌がるから、話したくなかったけど、まあいいか……。」 「あれはまだ、レオーム家が入植する前の話なんだけど」 ―回想 フェリル島、沖 2人のリザードマンが小舟で島に降り立つ……。 ゲルニード「先生、この地は?」 ジェイク「ここはフェリル島といって、ゴブリンの住まう島よ」 ゲルニード「大陸にそのような場所もあったのですね。しかしゴブリンと言えば、弱い事で有名な、いずれは人間に支配されましょう」 ジェイク「ゲルニードよ、どの種族にも寵児という者はおるぞ?」 ゲルニード「しかし、いくら天賦の才に恵まれた蟻がいようと、恐竜に勝つことはできません」 ジェイク(若いな……) 二人はそのまま島を見て回る……。 しばらくすると、ガサッと草の音と共に、茂みの奥から武装したゴブリンの子供達が現れた。 バルバッタ「ヒャッハー。珍しいな……。リザードマンかよ」 ツヌモ「観光する場所を間違えたな、ここは大陸でもっとも危険な所なんだぜ?」 「アニキィ、どうしてやりましょうか? 俺から世の中の厳しさ、いや、フェリル島の過酷さってやつを教えてやってもいいっすかね」 チルク(絡む相手、まずってないかな、リザードマンて凶暴で危険っていうし……) ゲルニード「雑魚共が、絡む相手を間違えたな……」 ゲルニードは剣を抜こうとし、それをジェイクが手で制した……。 ジェイク「ゴブリンの子供よ、我々は旅をしているだけだ、危害を加えるつもりはそこを通してもらえまいか?」 バルバッタ「旅だぁ~? わかってね~な~。ここを通りたきゃ金がいるんだよ~」 そういうと、バルバッタはジェイクに飛びかかり、手にしたショートソードで斬りかかった。 バキンッ その瞬間、バルバッタの手にしたショートソードは半ばからポッキリと折れ、刃は宙に舞っていた……。 ドスッ そのまま、バルバッタの足元に落ち刺さる。 バルバッタ「なっ…なにしやがった……」 ジェイクの左手にはダガーが握られている、そのダガーは普通の刃と櫛状の峰がついており、特異な形状をしていた。 ゲルニード「先生、それはソードブレイカーですか? 人鬼どもの使う?」 ジェイク「そうだ、この前戦った人間が使っていたものだ……。中々面白いものだったので自分でも使ってみる事にしたよ」 世間話でもするかのように、軽い感じで話すジェイクだが、バルバッタは震えて動けなかった……。 ゲルニード(ソードブレイカーはレイピアといった細身の剣を折る武器、しかしショートソードをへし折って見せるとは……) ゲルニードはジェイクのその神技にあらためて驚愕する。 ゲルニード「相手が悪かったな小僧」 バルバッタ「ひ、ひぃ~~~」 バルバッタは逃げようと背を向けたが、恐怖で足が竦んでしまい、その場に転んでしまう。 ジェイク「よせゲルニード、相手はまだ子供だぞ」 ゲルニード「ふん、貴様らなど相手にならんわ、命ある内に消えよ」 バルバッタ「ひぃ」 バルバッタは座ったまま後ずさりし、ガサッと再び、草陰から音がすると、今度は大剣を携えた大柄のゴブリンと、魔道師の風貌をした初老のゴブリンが現れる……。 アスターゼ「珍しいのう、リザードマンの来客とは」 ルルニーガ(あの、竜を象った兜、まさか!?) ジェイク(どちらも並じゃないな……) ジェイク「警戒するのも致し方の無い事だが、我々は旅をしているだけだ、事を荒立てる気はない」 バルバッタ「ルルニーガのアニキ、こいつらがいきなり俺達を襲ってきやがったんだ」 何とか立ち上がり、ルルニーガにすがりつくバルバッタ。 ルルニーガ「バカが、己の力量もわからんのか!」 バルバッタ「ひでぶ」 叱責し平手打ちをバルバッタにかますと、ジェイクの方を向き直り、大剣を抜く……。。 ルルニーガ「穹廬奴の竜王ジェイク殿とお見受けする、私と手合わせ願いたい」 ジェイク「竜王というのは人間共が勝手につけた名だ、私の本意では無い」 ルルニーガ「それは失礼をした。だが貴殿が強い事に変わりない」 ゲルニード「貴様如き、ゴブリン風情が先生と勝負をしようなど、100年早いわ!」 ゲルニードは剣を抜き、ルルニーガと対峙する。 ジェイク「ゲルニードよ、勝負を申し込まれたのはこの私だぞ? 無粋な真似をするでないわ」 ゲルニード「ゴブリン如き、先生が相手をするま……」 ジェイクの鋭い眼光を目にし、ゲルニードは思わず口を閉じる。 全身から汗が吹き出し、蛇に睨まれた蛙の如く身が硬直しいているのがわかった。 ゲルニード「し……失礼しました。」 ゲルニード(先生のあの殺気だった目は! それほどの相手だというのかあのゴブリン) ジェイクは左手にダガーを逆手に持ったまま、右手でサーベルを抜く……。 ルルニーガ「ゆくぞ」 ルルニーガが地を蹴り、大剣がジェイクに向かって振り下ろされた。 ジェイクはそれを左手のダガーで防ぎ、櫛状の部分で刃を掴むと、そのまま右手の剣で斬りつける。 ルルニーガは避けるのは無理と判断し、闘気と筋肉で刃を止め、傷を最小限にした。 ルルニーガは大剣を両手で持ち、攻防一体で戦い、ジェイクは、主にダガーで攻撃を防ぎ、剣で攻撃するといったものだった。 ゲルニード(あのゴブリン、先生と互角だと!?) 一進一退の攻防がつづく、数合打ち合ったのち、様子見を終えたのか、互いに飛び退き距離を取った。 ルルニーガ「……………」 ジェイク「なるほど、強いな……」 ルルニーガ「先ほど、ショートソードをへし折って見せた技は、相当な腕力と正確さが無くては出来ぬ技……」 ジェイク「…………」 ルルニーガ「貴殿の利き腕は左利きか?」 ジェイクの口元がかすかに笑う。 ジェイク「ふっ……気づいておったか……」 「だが、何故それを言う?」 ルルニーガ「全力の貴殿に勝たなくては意味が無い」 ジェイク「そうか……。ならば望み通り……」 一瞬にしてダガーとサーベルを持ちかえる。 ジェイク「ゆくぞ」 その場にいた者達にはジェイクの手が一瞬ブレた様にしか見えなかった。 しかし、激しい金属音が鳴り響き、ルルニーガは大きく後ろに飛び退いた。 ルルニーガ「ぐぅ」 (速い! 太刀筋が見えん!) ルルニーガの体は一瞬にして切り刻まれていた、後ろに飛び退いた事で致命傷こそ避けてはいたが、体中に激痛が走る。 ゲルニード(百裂斬……。目で追う事のできない高速の剣) ジェイク「どうした?」 ルルニーガ「くっ……」 ルルニーガがジェイクの挑発を受け、ジェイクに向かっていく、しかしジェイクは先ほど同様、ルルニーガの攻撃をダガーで難なく去なし、反撃に出る。 数合打ち合い、今度はジェイクの振るう太刀を全て防いだにも関わらず、ルルニーガの体が斬られていた。 ルルニーガ「なっ!?」 ルルニーガ(バカな!? 確かに、攻撃は全て見切った筈だ!? 何故、斬られている?) ゲルニード(旋風剣……。目で視る事のできない真空の剣。 先生の剣技は、第一計 瞞天過海 に準ずる。 高速の剣で相手を攻撃し、相手の目が慣れてきた所で、視えない剣で相手を攻撃する。 多くの人鬼どもが、何に斬られたかもわからず死んでいったわ……) ジェイクがその剣技を見せてからは、ルルニーガは防戦一方となり、みるみる内に血に染まっていった……。 ジェイク(強い……。そして若い……。この者はまだまだ強くなる。) (今は勝てても、次戦えばどうなるかはわからぬ……) (そして、今においてもこの戦いを諦めてはいない……。まだ私に本気で勝つつもりでいる) ジェイクはルルニーガが距離を詰めて戦おうとすれば、刃の短いダガーで攻撃を去なし、時にはダガーの方でも切り返し、ルルニーガが体勢を立て直すため、後ろに大きく飛び退けばダガーを投げ、どの間合いにおいても有利に戦って見せた。 ダガーを投げても、別の新たなダガーを抜いてみせ形勢は変わらない……。 ルルニーガ(くっ……。隙が無い!) ルルニーガは著しく体力を減らしていったが、未だ勝つつもりでいた。 ルルニーガは生命の力、闘気を纏って戦う、闘気は相手の攻撃から身を守り、有利に戦う事ができる。そのため、何処を斬られても致命傷だけは防ぐ事ができていた。 ジェイクの見えない攻撃を、野生的な勘だけで交わしていたルルニーガは、百裂斬と旋風剣ではその予備動作が違う事に気づく。 そして、ひたすら旋風剣をジェイクが放つのを待っていた。 ジェイクが旋風剣の構えに入る…… ルルニーガ(今だ! 全身に纏っていた闘気を両腕に集中させる) ルルニーガの狙いは、百裂斬に比べ、殺傷力の劣る旋風剣に対し、あえて防御を捨て、肉を斬らせて骨を断つ捨て身の反撃に転じたのである。 ルルニーガの全闘気を集中させた一振りは完全にジェイクを間合いに捕えていた。 ルルニーガ(そう……。お前はその特異な形状のダガーでガードする、だがそれが命取りよ……) ソードブレイカーは櫛状の峰で剣を折る事ができる武器である。 逆に言えば、特異な形状であるため、折れやすい武器でもあった。ましてや、ジェイクはダガーを正確さに欠ける利き腕ではない方の手で持っている。 ルルニーガの放った渾身の一撃は、ソードブレイカーをへし折り、そのままジェイクの右腕を斬り飛ばし、鎧ごと、肩から胴にむかって薙いでいた。 ゲルニード「先生!」 ジェイクの方から上がったまさかの血飛沫をみて、ゲルニードが叫んだ。 ルルニーガ「ぬぅ」 ルルニーガの一撃は、ジェイクの体を浅く斬りつけたに過ぎず、致命傷を与えるには至らなかった。 一方、ジェイクの剣はルルニーガの首元に当てられている。 ジェイク「見事だ、だが、惜しかったな……」 ルルニーガ(ダガーも左腕も鎧も斬った……。だが届かなかったか……) ジェイクがその気になれば、首を刎ねられていただろう。 ルルニーガ「参りました」 ジェイクはルルニーガが負けを認めると、剣を鞘におさめ、斬り飛ばされた右腕を拾い、自分の腕にくっつける……。 ゲルニード(リザードマンの再生力は、人間よりも強い、だが、一度斬り落とされてしまえば、握力が完全に元に戻る事は無い) ゲルニード「おのれ」 再び剣を抜き、ルルニーガの方に向かっていく……。 ジェイク「よせ、ゲルニード」 ゲルニード「先生、しかし」 ジェイク「その者は、私と正々堂々と戦い、そして潔く負けを認めたのだ、この決闘を汚す事は私が許さん」 ジェイクに凄まれ、ゲルニードはまたしても剣を納める他なかった。 ゲルニード「出過ぎた真似をしました」 ジェイク「うむ、それでよい」 アスターゼ(互いに種族性には苦労しておるようじゃの) 諫められては頭に血を登らせる、血気盛んなゲルニードを見て、アスターゼはそう思った。 ルルニーガとアスターゼが視線を交わし、ルルニーガが無言で頷く……。 ジェイク「では、さらばだ。フェリルの竜王よ」 ジェイクとゲルニードは背を向け来た方向へと去っていった……。 ………………… ゲルニード「先生、あれでよかったのですか?」 ジェイク「あれでとは?」 ゲルニード「あのゴブリンは危険です。穹廬奴が中原を制し、大陸統一に向けて兵を進めれば、いずれ戦場で会いまみえるかもしれません」 ジェイク「それだけか?」 ゲルニード「いえ、悔しいですが、私に勝てる相手ではありませんでした。ここで倒せるなら倒しておくのが上策かと」 ジェイク「確かに私とて、次戦えば、勝てるかはわからぬ、しかし、あの者の首を刎ねれば、我らは生きてこの島を出る事は叶わなかったぞ?」 ゲルニード「何故ですか? ゴブリンが束になろうとも私一人がいれば、先生を守って島から出る事など容易」 ジェイク「ふぅ……、よいかゲルニード、私があの者と戦っておる時、すでに我らは包囲されておったのだ」 ゲルニード「な!?」 ジェイク「あの老齢のゴブリンは優れた召喚士、すでに我らは50ばかりのフェニックスに包囲されていた」 ゲルニード「…………」 何も言えずに黙り込む、フェニックスはリザードマンの苦手とする炎を使う精霊、もし戦っていれば命は無い……。 ゲルニード「まだ、何もかも遠いですね……」 ジェイク「焦るな……。お前はまだ若い……若いのだ……」 ジェイク(ゲルニードに限らず、リザードマンの種族性は気が短い、ここを何とかできねば、宿願を果たすなど夢のまた夢……) 二人のリザードマンはフェリル島を後にした……。 ………………… チルク「それからというもの、ルルニーガの事を竜王って呼ぶゴブリンが増えてね」 チルク「相手は私が穹廬奴の竜王ならお前はフェリルの竜王、要するにお前も強かったぞ的な意味で言ったんだろうけど、負けたのに竜王って呼ばれるのはルルニーガの本意じゃないわけ」 ニースルー「その呼び名はやめろって言わなかったの?」 チルク「敗軍の将は語らずって事で、甘んじて受け入れたんだよ」 チルク「でもそれからだよ、元々、十分に強かったのに、さらに強くなったのは、次戦う機会があれば、今度は俺が勝つって感じで……」 ニースルー「で、再戦はしたのかしら?」 チルク「してないと思うよ、あれから20年近く立つし、既にその時、いい歳してたっぽいしねそのリザードマン」 ■穹廬奴征伐 ムクガイヤの魔術師団の第二軍団フェリル党はパーサの森を平定するとそのまま北上し、穹廬奴攻略を命じられる。 穹廬奴は既に敵勢力に囲まれた状態にあり、各地で奮戦していたため、既に疲弊しており、フェリル党は順調に穹廬奴領を平らげていった……。 ―決戦前夜 フェリル党 陣営 ムッテンベル「親父様、穹廬奴が兵をウェルン沼に集結させているようです」 ルルニーガ「うむ、そこで雌雄を決する事になるだろう。わが軍が数では圧倒的有利だが、向こうは追い詰められている。 逃げ場の無い敵を決して侮るでないぞ?」 ムッテンベル「窮鼠猫を噛むですね? わかりました気を引き締めて行きます」 ―決戦当日 戦は、数で勝るゴブリン勢が優勢に進める。 犠牲を出しつつも、ゲロゲロ隊、イオード隊、モーゼン隊、ガウエン隊を退け、残すは本陣のみとなった……。 ―穹廬奴 本陣 ジェイクとチョルチョはゲルニード共に本陣にいた。 ジェイクはすでに、老いと病により、先陣を切って戦う事はしなくなっており、チョルチョはリザードマンの苦手とする魔法を警戒しての事だった。 チョルチョ「単于、残るは本陣のみにございます」 ゲルニード「く、もはやここまでか……。ならば最後に一矢報いてくれる。うって出るぞ!」 ゲルニードが剣を取り、席を立とうとした時……。 ジェイク「第三十六計」 ゲルニード「な!? ならん、それだけはならんぞジェイク!」 第三十六計 走為上 勝ち目が無いならば全力で逃げて再起を計るという策である。 しかし、穹廬奴の領地はここが最後であり、ここを逃げるとなると、野に下る事を意味する。 一旦穹廬奴を捨てて生き延びれと……。 ゲルニード「俺が敵に背中を見せる事などありえん、それ……がっ」 ジェイクは一瞬にして、ゲルニードの背後を取り、鞘のついたままの剣でゲルニードの頭部を強打し気絶させる。 チョルチョ「土門何を!?」 ジェイク「よいかチョルチョ、単于を連れて行け、これからはお前が支えるのだ、ここは私が引き受ける。必ず穹廬奴を再興させるのだぞ」 ジェイクは優しく言うと、チョルチョは目に涙を浮かべた……。 チョルチョ「わかりました。」 チョルチョは涙を拭い、ゲルニードを抱え、わずかな兵を連れて、この場を去る。 ジェイクは残った兵達を集めた……。 ジェイク「皆の者、よく聞けい、私は何も捨て石になるつもりはないぞ、単于がいては思う存分、戦えんのでな……。 今日の歴史は奴らの総大将の血で書かれる事になる」 ジェイクは単于を足で纏いといって笑いを取り、敵の総大将の首を取ると途方もない事をさらりと言ってのけ、兵の士気を高めていく……。 リザード兵(土門、こんな時になんていい顔をなさるんだ) リザードマン達はこの時、ジェイクの言葉に痺れたといっていい。 ジェイク「私に続け!」 ―フェリル党 バルバッタ隊 フェリル党の全軍をルルニーガが士気する様になってから、バルバッタは切り込み隊長になっていた……。 本陣に向かって一番乗りで兵を進めて行く……。 バルバッタ「後は、本陣落として終わりだな~、おい、てめえらバルバッタ隊がゲルニードの首を上げるぞ! 出遅れんなよ」 ゴブリン「隊長、何か向かってきますよ」 バルバッタ「ん?」 バルバッタ(りゅ…竜!?) 正に瞬く間に接近したジェイクの部隊は、ゴブリン達を一方的に斬り殺し、バルバッタ隊を300ドットあまりも後退させた……。 この時、バルバッタは竜を見たと後に語る。 ―フェリル党 本陣 ムッテンベル「親父様、バルバッタ隊、ツヌモ隊、ケニタル隊が敗走を始めております。現在、ポイトライト隊が交戦中、私に救援の指示を!」 元帥であるルルニーガの前に膝をつき、伝令をおこなうムッテンベル。 ルルニーガ「ならん、ワシが出る!」 そういって席を立つルルニーガ。 ムッテンベル「元帥自ら、動かなくても」 ルルニーガ「わからんのか!? あの部隊を止められるのはこのワシしかおらんわ!」 ルルニーガの言った言葉は、理屈ではなく直感によるものだった。 だがこの判断が、この戦において、フェリル党の被害を最小限にしたのはいうまでもない。 ―フェリル党 ポイトライト隊 ポイトライト「救援が来るまで、時間を稼ぐんだ!」 焙烙玉を投げ、敵を撹乱し、敵の進軍をなんとか食い止め様とするポイトライト隊……。 しかし、ジェイクの部隊は、時には、沼に潜り、鎧に泥を塗って、草をつけ、茂みと同化し、神出鬼没に戦って見せた。 ポイトライトが壊滅間近で、死を覚悟した時、ルルニーガ率いる部隊が到着する。 ルルニーガはジェイクを見つけると、迷わず横から斬りかかった……。 ジェイクはルルニーガの気配に気づき、剣で受け止める。 ルルニーガ「久しぶりだな! 貴様に付けられた汚名を返しに来たぞ!」 ジェイク「総大将自ら来てくれるとはありがたい、探す手間が省けたわ」 ルルニーガ「ぬかせ」 数合打ち合い、距離を取る。 ジェイク「ゆくぞ!」 年老いたジェイクにとって、今ここでルルニーガと一騎打ちをする事はハイリスクだったが、ルルニーガを討ち果たす事ができれば、総大将の首を取る事になり、フェリル党を大きく弱体化させる事ができる。 ジェイクは老将とは思えないスピードで剣技を繰り出していく……。 ルルニーガ(この男! 老いてなおこの強さか!?) ジェイクは後ろに下がるルルニーガの体勢を立て直させないため、ダガーを投げるが、しかし、ルルニーガは投射されたダガーを掴み取り、投げ返した。 ジェイク(やはり、この者、あの時よりもさらに強くなりおった。だがあの時と違って地の利はこちらにある) 湿地帯はリザードマンの最も得意とする地形、決してルルニーガに楽観視できる状況ではなかった。 ルルニーガとジェイクは200合あまり打ち合っても決着がつかなかったが、老いたジェイクのスタミナに限りが見え始める。 ルルニーガ(……強い、おそらく歴代のリザードマンの中でもここまで強いものはそうおるまい、だが老いと病には勝てぬか……) ジェイク(この者は、1000年に一人の天才) (*1) 1戦目も2戦目も決して対等の条件で戦ったとは言えない状況に、その想いは同じだった。 互いに全盛期で、戦ってみたいと思う程の相手、そして、ジェイクのスタミナは底をつき、次第に防戦一方となり、ついには力尽きた……。 ジェイクが討たれた後も、リザードマンはよく戦ったが、また一人と戦場に倒れて行き、合戦はフェリル党の勝利に終わった……。 ムッテンベル「親父様、ご無事でしたか」 救援に向かったルルニーガを心配し、さらにその救援にきたムッテンベル隊。 本来なら、指示なく持ち場を動くなど、軍令違反だったが、総大将自ら動いたのが原因だったため、不問にされた。 ルルニーガ「ムッテンベルよ、ゲルニードには逃げられた」 ムッテンベル「では、探さなくてはなりませんね、再起を図られては何かと厄介です」 ルルニーガ「いや、敵の本陣は落ちた、今日の所は引き上げる、そして身を隠している以上、難しいが降伏を促す」 ムッテンベル「降伏をですか? 気性の激しい、リザードマンが応じるとは……。いえ、わかりました、そのようにいたします」 ルルニーガの意思が固い事を感じ取り、余計な事は言わないようにする。 ルルニーガ「うむ」 ―陣営から少し離れた所にある湿地帯 夜 ムッテンベル「親父様、どちらへ?」 急に姿を消したルルニーガを探して、ムッテンベルは部隊を率いて捜索に当たっていた。 戦には勝ち、湿地帯を制しても、リザードマンがゲリラ戦を行う可能性は十分にあり、隙あらば総大将の暗殺も考えるだろう。湿地帯を出歩くのは危険と言えた。 ルルニーガ「少しな……」 ムッテンベル「お墓ですか?」 ルルニーガの後ろ、地面に剣が刺さっているのに気付き、疑問を投げかける。 ルルニーガ「そうだ……。竜王が眠っている」 ―フェリル党 陣営 野戦病院 ゲルニードが野に下り、湿地帯はムクガイヤ魔術師団が制圧した……。 ルルニーガは敵、味方を問わず、負傷兵の治療を命じる、治療を終えたリザードマンは危険を承知の上、残らず解放するつもりで……。 負傷兵には、ゲルニードを討つつもりは無い事を伝え、もし会う事があれば出頭し服属するよう言伝を頼む。 エルフィス「ふぅ……」 エルフである彼女は、衛生兵を率いて穹廬奴征伐に参戦していた。 ルルニーガはエルフが戦を嫌う事を理解し、エルフに戦場で戦う様な事は命じず、あくまで衛生兵としての任務しか与えなかった。 負傷したリザードマンの治療に当たる事には、何の抵抗も無く、むしろそうやって異種族を気遣うルルニーガに好感を覚える。 リザードマンは気性が激しいため、常にゴブリンが護衛についていた。 モーゼン「殺せ……」 エルフィス「そんな……、事を言われましても、私は軍医として来ているみたいなものでして……」 エルフィス(面倒臭いのきたわねー) モーゼン「いいから殺せ、エルフ如きに助けられる等……」 エルフィス「負傷兵は残らず帰還させるように言われてますので、生きていればいい事ありますよ?」 エルフィス(しまった! 出るタイミング逃した) モーゼン「帰還だと? 何処に帰る場所がある。帰る場所も無く行き恥さらして生きろというのか?」 エルフィス(こいつ声でかいわねー、知らないわよそんな事) エルフィス「わかりました」 モーゼン「ん?」 エルフィス「死にたいんですね?」 モーゼン「も、勿論だ……」 念を押す様に死を望んでいるのかと聞かれ、たじっとなるモーゼン。 エルフィスはその言葉を受け、医薬品をごそごそと漁りだす……。 エルフィス「あったあった、致死量はこれくらいだったかしら」 まるで楽しそうに液体の薬品を注射器で吸い取っていく……。 モーゼン「…………」 エルフィス「さっ、手を出してください」 モーゼン「注射で殺すのか?」 エルフィス「私はエルフで女性ですので、頑丈なリザードマンの首を刎ねるなんて真似はできません」 モーゼン「…………。苦しいのか?」 エルフィス「知りません。致死量を注射するのは初めてですから」 モーゼンは薬殺という未知の恐怖を感じ、手を出すのをためらう。 エルフィス「どうやら死にたくないみたいですね、では治療を必要としているリザードマンは他にもいますので私はこれで……」 エルフィス(やっと抜け出せる) そういって、モーゼンのいるテントを去ろうとするが……。 モーゼン「待て! もっと他の方法が……」 モーゼンは手を伸ばし背を向けたエルフィスの服を掴んだ。 エルフィス「きゃあ!」 ブスッ モーゼン「えっ?」 エルフィスは反射的に注射器をモーゼンの腕に突き刺した モーゼン「うわああああああ」 刺さった注射器を見ながら、子供の様に思いっきり叫ぶモーゼン。 エルフィス (うっるさ~~、ただの食塩水よ!) その時、モーゼンがバタッと倒れた。 エルフィス「あれ?」 キニー「彼、死んでしまうの~?」 キニーが叫び声を聞いて、ララバイをかけて眠らせたのだ、エルフィスは首を横に振り……。 エルフィス「大丈夫です。命に別状はありません」 キニー「よかったなの~」 モーゼン「Zzzzz~~~~~~」 エルフィス(眠ってもうるさいのね、こいつは!) ―湿地帯 ゲルニードの潜伏場所 治療を受けて解放されたリザードマンからジェイクの悲報と、降伏勧告が伝えられる。 ゲルニード「ふざけるな! ジェイクの敵を今からでも」 ゲルニード(先生……。俺がふがいないばかりに……) ゲルニードは俯き、涙を流す……。 チョルチョ「単于、ここは降伏を」 ゲルニード「チョルチョ!? お前まで何を?」 チョルチョ「土門は、穹廬奴の再起を図れと私に言われました」 チョルチョ「天の時機、地の利、人の和」 チョルチョ「いつまでもここに隠れている事はできません、しかし、ここしか地の利はありません、私達にとって人の和はここでしか得られません」 大陸にリザードマンが最も得意とする湿地帯はここにしか無く、リザードマンは湿地帯にしか住んでいない。 戦ばかりしてきたリザードマンを好む異種族は少なく、支援する者などいないだろう。 ゲルニードがこの地を捨て、何処を放浪しても、再起を図る事ができないのは自明の理と言えた。 ゲルニード「…………」 チョルチョは治療される事で一命を取り留めた兵の中には、ジェイクと共に戦った者もいた。 その者から、ジェイクの武人としての最後や、総大将のルルニーガによって手厚く葬られた事、リザードマンを狩るような事はせず、負傷兵を敵味方問わず治療している事を聞いていた。 ならば降伏して、この地に身を置いた上で再起・独立を図るのが上策と判断したのだ。 ゲルニード「降伏する。ジェイクの死を無駄にしないためにも……」 ゲルニードはその日、降伏を決意した……。 ―ムクガイヤ魔術師団 本軍陣営 ムクガイヤ「穹廬奴が降伏!? あいつらは最後の一兵まで戦うものと思っていたが……」 サルステーネ「フェリル党も侮れませんね」 エルフの従属、リザードマンの降伏と、無理難題をこなしていく、ゴブリンの軍勢に驚きを隠せない。 サルステーネはフェリル党の洞首、バルバッタから届いた書状を渡す。 書状には滞りなく軍を進めるため、リザードマンを刺激しないためにも、ゲルニードの助命嘆願の旨が書かれていた。 エルフと違って、リザードマンはどの種族からも嫌われており、ゲルニードを処刑すれば、民衆の指示をより得られるのは間違いない。 しかし、リザードマンの反感をかえば、テロ行為に走るリザードマンが必ず現れる、湿地帯でそういった事が起こるのを避けたいというのがフェリル党の総意であった。 ムクガイヤ「……。」 「リザードマンなど、皆殺しでも良いと思うが、快進撃を続けているのにあえて水を指す事もあるまい、好きにさせるか」 サルステーネ「ではそのように伝えます。 「それで、いかがなさいますか? 「湿地帯をこちらが制した事で、同盟国オステア、湿地帯のフェリル党、そして我々と王都へ3方向から攻め入る事ができます」 ムクガイヤ「いや、先に北上し、リュッセルを攻めろと伝えよ」 「今レオーム家は魔王軍と戦っている。お互い消耗させてからの方がやりやすかろう」 サルステーネ「御意」 ■王都 第一軍団サステーネ率いる暗黒騎士団と、第三軍団ニーナナス率いるローイス水軍が、レオーム家との海戦を制し、ナース島とチャム島を攻め落とした……。 ムクガイヤ「これでルートガルド港を落とせば、王都に上陸できるな……」 ゾーマ「ムクガイヤ、例のものが届いたぞ……」 ムクガイヤ「そうか……」 2人はあまり周囲の人間には知られたくないのか、悟られない様にその場を去る。 ゾーマ「ここだ」 そこは船にある、奴隷を閉じ込めておく牢だった……。 ムクガイヤ「ラクタイナだったか? おまえの名は?」 ラクタイナ「……」 ラクタイナは何も言わずに、ムクガイヤを見ている。 ムクガイヤ「ふっ……。単刀直入に言うぞ、私の配下となれ、とはいえ、自由にはできんから常に監視をつけるがな、このまま処刑を待つよりは幾分マシだろう?」 ラクタイナ「……。何故私を? 戦力は足りているだろう?」 ムクガイヤ魔術師団は堂々と国家を名乗っても問題ないだけの領土を持っており、既にこの時、どの勢力よりも大きくなっていた。 ムクガイヤ「戦力としてお前が欲しいのではない、一人の魔術師として欲しいのだ」 そういって、ムクガイヤは懐からマクラヌスを取り出して見せる。 ラクタイナ「これは!?」 ラクタイナの表情が変わった……。 ムクガイヤ「何かわかるか?」 ラクタイナ「いや、何かはわからないが、死霊の力を感じる……。古代兵器の類か? いや……」 ムクガイヤ「ふっ……流石、死霊術師だな」 ラクタイナ「いいだろう、その話乗った……」 ムクガイヤ「決まりだな」 牢屋を後にするムクガイヤとゾーマ……。 ラクタイナの生け捕りと雇用に関しては、忠臣であるサルステーネですら反対していた……。 ゾーマ「流石にまずくないか?」 ムクガイヤ「元死刑囚のお前らしくもない」 ゾーマ「あやつがお前に忠誠を誓うわけはあるまい、それにあの所業を考えるとな……」 ラクタイナのやった事は、国家を揺るがしかねない事だった。 大量破壊兵器ともいうべき、アルティマイトを動かし、アンデッドの軍勢を率いたのだ。 パーサの森にいたエルフとエルフに協力した穹廬奴、第二軍団に所属する多くのゴブリンが犠牲となり、死者の数は今まで起きた戦のどれよりも大きかった……。 ムクガイヤ「王都に戻った時、研究は牢の中で行わせる。あいつを外に出す事は無い」 ゾーマ「……」 それでもゾーマの不安は拭えない、ラクタイナの表情には常に余裕があったからである。 何か切り札を隠し持っている様な……。 ■アルナス仕置き ヨネアの興した第五軍団 銀の夜明け団は、ファルシス騎士団を壊滅させ、ブレア手中に納めていた……。 ヨネア「男って馬鹿よね、正義とか騎士道とか言って、突撃しか能がないんだもん」 ロイタール「…………」 ロイタールは死の間際、ハイトロームの言葉を思い出していた……。 ―会議室 銀の夜明け団ではドラスティーナを宿将、キオスドールを軍師の様に扱い、3人で軍議を行う事が多かった。。 他の面子は特に軍議には参加せず、各自自由行動を取っている。 レドザイトとポポイロイトはカクレンボなどの子供の遊びを行い、ラングドスはひたすらギターの練習や作詞作曲に明け暮れた……。 ドラスティーナ「次はどうするの?」 ヨネア「ブレアの守りは薔薇十二字団に任せて、このまま北上、アルナス・ウルフを討つわ。」 「元々、スネアは毒蛇とか言われている様な奴だし、大した大義名分はいらないと思うの」 ヨネアの言葉に意外そうな顔をするドラスティーナ。 薔薇十二字団とはニースルーが率いる第四軍団(実質チルクと共同)、ブルーゴブリンを中心とし、フェリル島の経済活性化、交渉、魔法の研究を行っている。 ドラスティーナ「意外ね、てっきり難癖つけて、同盟破棄に持っていって、オステアを攻めるかと思っていたわ」 ヨネア「オステアには興味ないの」 ドラスティーナ「砂漠に興味あるとでも?」 ヨネア「まさか、あたしが興味あるのはその先にあるものよ」 キオスドール「うふふ、ラザム神殿……。ですわね?」 ヨネア「きっと、あの神殿、裏ではきっと悪どい事をしているわよ~」 ドラスティーナ「復讐?」 ヨネア「違うわよ、私に闇の魔法を伝授した、旧・銀の夜明け団の最後の一人に対して特別な想いはないわ、ただ、正義づらして光の魔法を独占し、気取っている奴らが気に入らないだけ」 キオスドール「面白い事になりそうですわね」 ヨネア「ちがうわキオスドール。面白い事になるんじゃなくて、面白い事をしてやるのよ。」 「あいつらを信じている連中にあいつらの悪事を公開し、目を覚まさせてやるの」 ドラスティーナ「……」 ドラスティーナにとって、ラザムがどうなろうと勿論知った事ではない、ただ、ヨネアの親友であるニースルーはこういった事を望まないと思うと、少しだけ複雑な気分になるのであった。 翌日ヨネアは宣戦布告をアルナス・ウルフに対して行い、進軍を開始する。 ―ムクガイヤ本軍 陣営 ムクガイヤ「ヨネアがアルナスを攻めただと?」 サルステーネ「はっ」 ムクガイヤ「別に、アルナス・ウルフがどうなろうと別に構わぬが……」 砂漠の経済効果は薄く、そして戦線が延びてしまうのは好ましく無い。 アルナス・ウルフとは利害が一致すれば一時的に同盟を結び、ラザムや魔王軍との戦いに利用する事もできるので、ヨネアの取った行動は想定外という他なかった。 ムクガイヤ(少し、自由にさせすぎたか……) サルステーネ「呼び戻しますか?」 ムクガイヤ「いや、もう過ぎた事だ。ニースルーにヨネアの行動に気を配る様に伝えよ」 サルステーネ「御意」 このヨネアの個人的進軍が大きく歴史を動かす事になる。 その頃、魔王軍は北上し、グリーンで、ラザムと激しく交戦。 聖騎士ラファエルと神官戦士ホルスとの戦い、ラザムは悪魔の天敵とも呼べる存在で、苦戦を強いられた。 一時はグリーン古城まで兵を進めていたルーゼルだが、ラザムの総攻撃に合い、クイニックまで兵を引いていた。 この時、リュッセル半島では、リュッセル国がリグナム火山に追い詰められていたのもあって、余裕の出来たリューネ騎士団はラザムに援軍を送り、魔王軍を挟撃する。 レオーム家も、ムクガイヤ魔術師団との戦いは防衛に集中させ、北上し、魔王軍を攻め、魔王包囲網を敷いていた。 ―ラザムの使徒 陣営 グリーン古城を攻略し、レオーム家と、リューネ騎士団の協力もあって、勢いづくラザムの使徒。 しかし、この時、光の賢者イオナに銀の夜明け団が砂漠を進軍しているとの報が届く……。 イオナ(銀の夜明け団の目的は、ラザムの神殿!?) このヨネアの取った行動が、ラザムの闇を知るイオナにとって、苦渋の選択を迫られる事になる……。 イオナ「ラフェエル殿、ホルス様、ラザムの使徒はここを引き上げ、ラザム神殿の奪還に入ります」 ラファエル「何と申されたイオナ殿!? この状況で兵を引くのか?」 ホルス「イオナ、今、僕達は魔王を追い詰めているんだぞ? このままゴート様やアルティナ様と強力すれば魔王を倒せるんだ」 イオナはアルナス汗国にラザムの神殿が制圧されても、魔王討伐を優先し、アルナスウルフに制圧されても魔王討伐を優先した。 それが今になって、魔王討伐よりも神殿奪還を優先すると言い出し、ラフェエルとホルスに動揺が走った。 イオナ「理由は申せません」 ラファエル「しかし、となれば、魔王軍をどうする?」 イオナ「魔王軍に停戦を申し入れます」 ホルス「なっ!?」 ラファエル「正気か?」 「魔王軍がそんなものを受け入れるわけが無い。」 「それに我々が引けば、レオーム家はともかく、グリーン地区や、リューネ騎士団はどうなる?」 魔王討伐に協力しているグリーン・ウルス勢も、リューネ騎士団もぎりぎりの状態で戦っている。ラザムが引けば魔王軍に蹂躙されるだろう。 イオナ「グリーン地区はグリーン・ウルスに返し、リューネ騎士団は身捨てます」 ホルス「そんな!」 イオナ「それが決定事項です」 ―魔王軍 陣営 パルスザン「まさか、人間がここまでやるとは……」 包囲網を敷かれ、予想以上に苦戦を強いられ、確実に魔王軍の中に焦りが生まれつつあった。 何より、ホルスとラファエルの攻撃を受け、グリーン古城を手放す事となり、ルーゼルが初めて退却させられたのだ。 フーリン「完全に人手不足だなー。仕官する武将が少なすぎる」 パルスザン「おかしい……。ゲートが開き多くの悪魔がこの地へ来ている筈だが、何故、ルーゼル様に臣下の礼を取りにこない」 ムナード「…………」 いつもなら、ここでパルスザンを無能と罵倒するところだが、追い詰められた状況に沈黙を貫いた。 ショハード「兄貴、ラザムから書状が届いたぜ!」 その場にいる全員の悪魔が意外な顔をする。 この状況で何を伝えるというのか? ルーゼル「停戦だと?」 ラザムの使徒の書状には、停戦の申し入れが書かれていた。 明らかに今は魔王軍は包囲され、ラザムに分があるというのに……。 ルーゼル「気に入らんな、だが何故だ?」 パルスザン「向こう側にとって何か一大事が起きたのが原因かと」 ルーゼル「一大事? 私よりも優先すべき事があるだと?」 この後回しにされたというのが現世に並ぶもの無しとされるルーゼルにとって、不愉快極まりなかったのはいうまでもない。 パルスザン「おそらく……」 フーリン「で、どうしやす? 当然、突っぱねますよね?」 パルスザンとしては、体勢を立て直すため、正直受けたがったが、悪魔の種族性、ルーゼルの性格を考えて、進言をためらっていた……。 ルーゼル「いや受けろ」 フーリン「へ? 受けるんですか?」 ルーゼル「そうだ、フーリン、奴らの動向を探れ、このルーゼルよりも優先すべき事象があるなら見てみたい」 パルスザン(何はともあれ、これで、立て直しを計る事ができますね……) フーリン「わかりやした」 ―ラザムの使徒 陣営 手を休める事なく、撤退の準備を進めるラザムの武僧達。、 ポートニック「ちょっとどういうことだわさ、この状況で引き上げるとか、グリーンはどうなるだわさ?」 ピヨン「ボク、ピヨンヨロシクネ」(抗議の声) イオナ「誠に申し訳ございませんが、ラザム神殿の危機なのです。お察しください」 淡々というイオナに余計苛立つポートニック。 ポートニック「だから、グリーンはどうなるだわさ?」 イオナ「グリーンは返還致します。ラザムの神殿を奪還すれば、必ず援軍に駆けつけると約束します」 ポートニックは淡々と喋るイオナを見て、交渉の余地が無い事を悟る。 心情的には、援軍などいらんと突っぱねたかったが、後々を考えて、口を閉じた。 カルラ「お願いですぅ。カルラ達を見捨てないでください」 向こうではカルラが必死にホルスに懇願している。 ホルスは悔しさと悲しさで何も言えずに俯いていた。 ホルス「……すまない……カルラ……本当に……」 そういってホルスは、カルラ達に背を向け歩きだした……。 ■ゲルニード ―穹廬奴の湿地帯 ムクガイヤ魔術士団に降伏したリザードマン達は、リュッセル国の要塞、リュッセル城を攻めるに当たって、物資を前線に輸送していた。 チョルチョ「単于、穹廬奴を取り戻すため、私と共にリュッセルを攻めましょう。単于が動けばリュッセルなど敵ではありません」 チョルチョは、ゴブリンが元々、フェリル島を巡って、ムクガイヤ魔術師団とは敵対しており、成り行きで共闘、そして今では第ニ軍団としてその地位を不動のものにしている事に目をつけていた……。 つまり、種族を問わず、ムクガイヤの覇業で、功績を残せば当然、権力を手に出来る。権力を手にすれば、湿地帯の自治も勝ち取れるかもしれない。 湿地帯を抑えれば、穹廬奴を再び興す事もできるのではないかと考えたのだ。 現時点で、ムクガイヤは大陸の半分以上を制圧しており、手柄を立てるチャンスは少ないが、あのルルニーガが戦果を上げられないでいるリュッセルを攻略すれば、大きな戦功を上げられると踏んでいた……。 しかし、女性である自分の指示に従うリザードマンは少ないため、そこで慕うゲルニードに再び穹廬奴を指揮して欲しかったのだ。 ゲルニード「リュッセルを……? 馬鹿を申すな、あそこは以前攻めたが、難攻不落だったではないか、それに人間のために戦うなど……」 ゲルニードにはかつての覇気がない。 自分の尊敬するジェイクを死なせ、穹廬奴は降伏し、国を潰したのである。 チョルチョ(単于は、すっかり自信をなくしておられる……。しかし、皆を纏めるのは単于以外に無い……) チョルチョ「単于、しかしこのまま、リザードマンが何もしなければ無用の種族として粛清を受けるかもしれません」 ゲルニードはチョルチョの方は見ずに黙って聞いている。 チョルチョ「今は、ここを制圧したフェリル党の一存で、何もありませんが、我が種族を嫌う人間は多い」 「ここで結果を出さなくては、たとえ、粛清されなくても、人間の奴隷として扱われます」 ゲルニード「チョルチョよ、おまえの言いたいことはわかった……。」 「しかし、勝たなくては意味が無い……。」 「だが、俺は、兵を上げたがどこと戦ってもまともに勝てなかった……。」 「もはや、魔法も武器も発達し、穹廬奴の様な剣のみで戦って勝つことなどできんのだ……。」 チョルチョ「単于、ならばせめて私に兵を預けてください、私が何とかして単于のためにきっと穹廬奴を再興しますから」 ゲルニード「…………」 ゲルニードは無気力だったが必死に懇願するチョルチョについに折れ、今でも自分を慕うリザードマン達にチョルチョに全面的に協力するよう伝えた……。 チョルチョは人員を確保し、改めて考える。何故自分達が勝てないのか? 確かに、ゲルニードの言う通り、以前、リュッセル城を攻め、何の戦果も上げられず敗退したのである。 しかし、リザードマンは人間とは根本的に筋力が違う、純粋に殴りあったらどの種族にも負けないだろう。戦闘において有利な種族であるのは間違いの無い事実なのである。 今の時代でも、剣や槍といった武器は主流で、決して魔法や弓などの飛び道具だけが戦で活躍しているわけではない。 それに、わずかではあるがリザードマンにも弓を使う部隊は存在する。 チョルチョ「土門がいてくれれば……」 兵法に通じたジェイクがいれば、助言を仰げるだろう。しかし、もういない、そしてこれからは自分が単于に助言をする存在にならなくてはならないのだ。 何としても、リュッセル城を攻略し、リザードマンでもできるという事をゲルニードに証明して見せて、再び立ち上がってもらおうと考えていた。 しかし、こうして必死に知恵を絞ろうとすると、自分が何も知らない事に気付く……。 ふと周りを見渡してみる。 以前はどこを見てもリザードマンしかいなかったが、今では人間、ゴブリン、そしてわずかではあるがエルフもいる。 チョルチョ(知らざるを知らずとなす。これ知るなり……) (人を以て言を廃せず……) 以前、ジェイクに習った偉人の言葉を思い出し、チョルチョは、人間、ゴブリン、エルフになけなしの財産をはたいて、戦に関わる書籍を買った……。 …………………… チョルチョは、多種族から購入した戦に関連する本を読み漁っていた……。 穹廬奴は多種族を見下す傾向があり、積極的に他の文化を取り入れようとはしない、以前ダガーを取り入れた事があったが、基本的には魔法や飛び道具に対して物凄く抵抗があるのである。 そういった、良い物は良いとしない事に敗因があるのではないかと考えたのだ……。 チョルチョ(今は相手がリザードマンと見れば、一斉に距離を取って魔法を唱えたり、こちらの得意とする接近戦は極力避けてくる……) 改めて、敵の出方を考えると、既にリザードマンの種族性というものが相手に理解されており、そこを突かれているようだった。 チョルチョ(リザードマンは魔法に対する抵抗力が弱い……。しかし、今から魔法を学ばせるには時間がかかる……) チョルチョはリザードマンの中では巫女と言う事もあり、魔法が使え、魔法抵抗力も高い、 しかし、個人でどうこうなる問題でもなく、また、リザードマンとしては高くても人間と比較すれば秀でた物をもっているわけではなかった。 チョルチョ(魔法の抵抗を上げる事はできなくても、相手がこっちの苦手とする攻撃をする前に倒せれば……) チョルチョ(となると武器か……) チョルチョ「イオード」 イオード「ん?」 チョルチョは、穹廬奴で唯一弓兵を率いるイオードに声を掛けた……。 ■ラザム神殿 ―銀の夜明け団 陣営 ヨネア率いる銀の夜明け団は、快進撃を続け、アルナス・ウルフをラザム神殿に追い詰めていた。 ヨネア(バカね……。ホラガスに逃げれば良かったのに……) 悪魔の軍勢にとって、アルナス・ウルフなど敵ではなく、毒蛇スネアを捕え、速やかにラザムの神殿を制圧する。 ラザム神殿にいた信者は殆どがスネアの手によって、殺されていたが、人質として使うためなのか、わずかだが閉じ込められている者達がいた。 ドラスティーナ「神殿まで来たけど、どうするの? ここで」 ヨネア「必ず記録が何処かに残されているから、それを頂くのと、後は光の魔法のノウハウが書かれた魔術書ね、これを一般公開してやるのよ」 ドラスティーナ「わかったわ」 率いるデーモンとリッチーに捜索を命じ、色々と内部を調べるが、一向に見つからない。 飽きたのかレドザイトは床に猫の落書きを始め、ポポイロイトはふん縛ったスネアの顔に落書きをしている。 ラングトスは座り込んでギターの練習を始めた……。 ヨネア「全くあいつらは……、あまり時間はかけたくないのよね……」 ドラスティーナ「本当にあるの?」 ヨネア「ある筈よ、無いわけないし……」 「気は進まないけど、キオスドール、ラザムの関係者の精神に入り込んで隠し扉とかが無いか調べてもらえない」 キオスドール「うふ、わかりましたわ」 キオスドールは淫魔という事もあり、人の精神に入り込むのは得意だった。 スネアに捕えられていた適当な、男性信者を見をつけ、あっさりと誘惑し情報を吐かせる。 隠し階段を見つけたヨネア達は、そのまま地下の探索に入った……。 ヨネア「これよこれ」 ヨネアはうれしそうに見つけた光の魔術書を用意したリュックに放り込んでゆく……。 ドラスティーナは年号がタイトルになっている書籍を見つける。 ドラスティーナ「ヨネア、これじゃないかしら、ラザムの記録」 ラザムが、過去に行ってきた事が詳細に書かれている。 そして、確かに、10年前、銀の夜明け団のメンバーを皆殺しにしていたことが書かれており、 中でも酷かったのが、200年以上も前の話ではあるが、魔女狩りと称して、多くの罪の無い女性を殺していたことがわかった……。 ドラスティーナ「これが黒歴史って奴ね、どっちが悪魔かわからないわ」 そういって、その書籍を片っ端から収拾していく……。 ヨネア「これはお持ち帰り、これもお持ち帰り、これはいらない、これはお持ち帰り」 買い物でも楽しむかのように、いるものといらないものを選別して行く……。 ドラスティーナ「小説?」 本棚の中に「屍姫」と銘うたれた書籍を見つけた。 ドラスティーナは個人的好奇心により手に取りパラパラとめくる……。 その時、よく知った気配を感じとった。 ドラスティーナ(この速さこの魔力、間違いなくあいつね……) ドラスティーナ「ヨネア、一回地上に出てくる」 ヨネア「わかったわ」 ドラスティーナは場を離れ、迫って来る魔力の方へと向かった…… ……………… ドラスティーナ「久しぶりね、フーリン」 フーリン「これはこれは姐さん、こんな所で何してるんすか?」 ドラスティーナ「何って、今、私は人間に仕官しているのよ。そっちこそ何しに来たのよ? 魔王軍は今、ラザムと交戦中でしょ?」 フーリン「姐さんが人間に仕官!?」 ドラスティーナ「そうよ、何か文句ある?」 フーリン「いえ、別に何も、しかしルーゼル様が知ったら」 ドラスティーナ「ルーゼルと言えど、指図は受けないわ」 ドラスティーナ「もし、銀の夜明け団と、魔王軍が戦になったら、私はその主の側で剣を抜くつもりよ」 フーリン「マジすか? …………。こりゃ荒れそうだ」 他人事の様に言うフーリン、この悪魔はあまり他人に干渉したり、自分の考えを押し付ける事を好まなかった……。 フーリンとしても、ドラスティーナが敵側として剣を抜けば、魔王側として戦うまでである。 ドラスティーナ「それよりも、シャルロット知らない? あの子、奴隷階級だけど回復魔法使えるし、仲間に引き入れたいのよね」 フーリン「何いってんすか姐さん、シャルロットはパルスザンのコレですよ」 笑いながら小指を立てて見せる。 ドラスティーナ「そうなの!?」 しかし、よく考えてみれば、パルスザンは悪魔にしては珍しく差別意識が無く、他人を否定して見るのではなく、良い所を見つけようと肯定的に見る。 総合的に劣っていても、突出した才能を持った者は積極的に登用し、適材適所を心がけている。 ドラスティーナ「パルスザンならありえるか……。本題だけど、どうしてここに来たの?」 フーリン「敵になるかもしれない、姐さんに言っていいかわかりやせんが、 ラザムからは停戦の申し入れがあってルーゼル様はそれを受諾したんですよ。 それで、停戦に至った理由を調べに、ヤツらの後を追っていたら、姐さんの力を感じたので、奴らがつくよりも先に……」 ドラスティーナ「停戦? ラザムは今こっちに向かっているの」 フーリン「血相変えて向かってきてるっすよ。」 ドラスティーナ「ちっ……」 ドラスティーナは神殿へ引き返した……。 ……………… ヨネア「何かしらこの扉?」 ヨネアはラザム神殿の地下施設の最下層にある大きな扉を見つけた。 派手な装飾がしてあり、強力な呪法で封印してある。 見るからに、一部の人間にしか見せられない秘密が詰まっているのは明らかだった……。 ヨネア「開かないわね」 ヨネア(ラザムの黒い部分が隠されているのかしら? それとも宝物庫って奴? どちらにしてもワクワクするわね) キオスドール「恐らく、一部の人間にしか開けられないようになってますわね」 キオスドール「この扉は、特別な呪法が施されていて、ここの石版に手の平をあて、ここの宝玉を見る事で、その者を判断します。 そしてその者が、定められた呪文を唱える事で、初めて開く事ができます」 ヨネア「手の込んだ作りね」 ヨネアは、魔法で破壊を試みたが、半ば予想通り、ビクともしない。 ヨネア「スネアが捕えたラザム関係者の中に開けられそうな奴いないかしらね」 ヨネアはキオスドールを連れ、アルナスウルフが閉じ込めたラザム関係者のいる部屋に行く。 縛られた信者達に向かって、ヨネアは叫ぶようにして言った ヨネア「ねえ、最深部にある派手な扉をあけたいんだけど、誰か開けられる人いない? 扉を開けてくれればここにいる全員を解放するわ」 信者達がざわつく、そもそも、地下施設がある事すら知らない者も多いようだ……。 だが、キオスドールは信者達の挙動を観察し、明らかに一部の信者達の視線を集め、逆にあえて視線を送られない男が一人いる事を見抜いた。 キオスドール「あの方ですわ……」 キオスドールに指さされたその男は、年輩で格好こそ一般信者と何ら変わりない服を来ていたが、巧妙に自分の高い魔力を隠していた……。 男の名前はステファノといって、教団幹部である。 当然見抜かれた事で、信者達の間で動揺が走る ステファノ「…………」 ヨネア「ちょっと来てもらうわよ、置いといてもしょうがないし、残りは解放してあげて」 見張りを任しているアークデーモンとノーライフキング達に解放の指示を与えた後、縛った状態のステファノを地下施設の扉の前まで連れて来る。 ヨネア「ここを開けて欲しいんだけど」 ステファノは何も答えない。 ヨネア「素直になった方が身のためよ、言う事を聞いてくれれば命まではとらないわ」 ステファノ「お前が銀の夜明け団の生き残りか……。これは復讐のつもりなのか?」 ヨネア「復讐? 私はそこまでバカじゃないわ、ただ単に、アンタ達が気に入らないだけよ」 ステファノ「気に入らないだけで、ここまでやるというのか?」 ヨネア「そうよ、アンタらは大陸各地で治療とか行って正義の団体みたいなツラしているけれど。詐欺という名の奇跡を起して信者と金を集めているだけじゃない」 ステファノ「言ってくれるな……。銀の夜明け団は黒い事をやっていなかったとでも?」 ヨネア「知らないわよそんな事」 「あたしは銀の夜明け団って名称が気に入っただけで、メンバーだったとか生き残りとかじゃないの」 「ただ闇の魔法を教えくれた名も知らない人が、最後の一人だったってだけ」 ステファノ「ふん、魔王を召喚し、大陸を危険に曝した者がラザムを否定するのか」 ヨネア「魔王を召喚したのはムクガイヤの命令、その責任はあいつにあるの、あいつがそれに至ったのは政治の腐敗が原因」 ステファノ「口だけは達者のようだな」 ヨネア「どうでもいいわよ、んで、開けてくれるの開けないの?」 ステファノ「開けると思うか? そこにはお前には想像もできないラザムの闇が詰まっている」 「忠告してやるが、開ければ魔王降臨以上の大惨事が起こる。それでもいいのか?」 ヨネア「キオスドール、精神を支配するってできる?」 面倒くさいと判断したヨネアは強引な手に出る。 キオスドール「うふ、禁欲の厳しい修行を積んだ者なので、誘惑はできませんわ。」 「それに、修行を受けた高位の僧侶の精神を無理に操ろうとすると廃人になりますわよ?」 ヨネア「構いやしないわ、できるならやって」 キオスドール「うふふ……」 ステファノの精神に入り込み強引に、扉を開く魔法を唱えさせる。 ドサッ ステファノは白目を向き、口をパクパクさせていた……。 キオスドール「あらあら、おかわいそう」 ヨネア「ふん、素直に開けてくれれば、ここまでしなかったわよ」 ヨネアはキオスドールの皮肉とも受け取れる言葉には全く動じず、そのまま中へと入っていく……。 しかし、その中は、ヨネアが想像していたものとは違っていた。 ヨネア「何これ、モルグ?」 死体置き場の様な部屋で、包帯の様な布でグルグル巻きにされた死体の様なものが多数、安置されている。 キオスドール「この雰囲気、ゾクゾクしますわね」 ヨネア「聖人のお墓? 死体安置所とかかしら? それにしては何ていうか雑に扱われているし、禍々しい感じよね」 光とは相いれないのは勿論、闇ともまた違った感じである。 ヨネア(この禍々しい感じ何処かで……) ヨネアが感覚を研ぎ澄ませて力の出所を探ると、そこには装飾の施された小さな箱を見つけた。 中には、黒いながらも輝く多面体が入っている。その禍々しさは、マクラヌスと良く似ていた……。 ヨネア「何かしらこれ? まあいいわ持って帰って研究しよう」 一旦、棚に戻し、次は布でぐるぐる巻きにされた死体らしきものを良く見てみる。 ただの布ではなく、魔力を帯びている事がわかる。何かを封印するように……。 ヨネアは直感的に、これは危険な物で、ラザムでは完全に処分できないため、保管に止めていると認識した、しかし、湧き上がる好奇心には勝てなかった……。 ナイフを取り出し、布を斬ろうと刃をたてる。 ヨネア(中々、丈夫な布ね……) そうこうしている内に、ナイフが布を遂に裂き中を見る事ができた。 ヨネア「あれ?」 中身は空だった。繭の様にも見える布の中は何も入っておらず空洞だったのである。 ヨネア(いや……確かに、何かあったわ) ヨネアは最初に触った時の感覚を思い出し、中身があった事に間違いないと結論づける。 キオスドール「ヨネア様!!」 キオスドールが悲鳴の様に叫んだ。 ヨネア「え?」 気が付くと、ヨネアの周りには大鎌を持った水死人のような青白い顔をした者達が何人もいたからである ヨネア「何よこいつら?」 屋内と言う事もあって、物理的な破壊力の無い、相手の精神に働きかける広範囲魔法、イリュージョンを唱えた。 しかし、全く言っていい程、効いていない。 キオスドール「ドロウンバブル」 キオスドールの水の魔法が、わずかに相手の動きを鈍らせる。 キオスドール「ヨネア様、今の内に」 ヨネアは見つけた多面体を回収しようと置いた棚を見るが、しかしそこにあった筈の多面体は無くなっていた。 探している暇は無いと判断し、キオスドールに言われた通り、部屋を出る。 異変はここだけではなかった、地上階からも大きな禍々しい力を感じ取った……。 ヨネア「何が起こったっていうのよ!」 ヨネアは薄々感づいていた、ラザムの最深部では、禍々しい存在を封印しており、それを自分が解いてしまった事を……。 ……………… ドラスティーナ「ポポイロイト、アンタ一体なにやったの!?」 ふん縛った、毒蛇スネアが断末魔の様な悲鳴を上げながら、明らかに人ではない何かに姿を変えようとしていたからである。 ポポイロイト、レドザイト、ラングトスの3人は揃って首を横に振る。 ドラスティーナ(それもそうよね、幾ら悪魔でも此処までの事は! まずい、力がどんどん大きくなっている) 今もなお大きくなるスネアの禍々しい力を感じ取り、いずれ自分の力を超える事に勘づき剣を抜く……。 ドラスティーナ「火炎斬!」 炎の剣で、スネアを攻撃するが、まるで介さない。 ドラスティーナ「ちっ」 スネアを無視して、ヨネアを助けに行くか、倒して行くか、苦渋の決断を迫られる。 ドラスティーナ「ラングトス、2人と兵を連れて先にここを脱出しなさい、私はヨネアを連れて来る」 ラングドスは言われたとおりにレドザイトとポポイロイトを連れ、屋外へと向かう。 ドラスティーナ「やっぱり、無視して通してくれるほど、甘い相手ではないわよね」 スネアに向かって斬りつけるが、スネアの圧倒的力を前に成すすべもなく、防戦一方となる。 フーリン「しょーがねーな姐さん、その姐さんの今の主ってのを俺が連れきてやるよ、だから姐さんはそいつを引きつけておいてくれ」 ドラスティーナ「フーリン! …………。わかったわ、ありがとう」 フーリンに借りを作るのに躊躇いつつも、素直に礼を言う。 一方ヨネアとキオスドールは湧き出た死霊に包囲されていた。 ヨネア「一体、何なのよ」 エクスプロージョンを一か八かで使おうかとも思ったが、地下なので間違いなく瓦礫の下敷きになる。 その時、フーリンが駆けつけ、死霊を蹴散らし、突破口を開いた。 フーリン「こっちだ」 ヨネア「あんた誰よ?」 いきなり現れた、悪魔に戸惑うヨネア。 キオスドール「行きましょう、ヨネア様、考えている暇はありませんわ」 ヨネア「何よ何よ! いきなり現れて」 文句を言いながらも後を追う、地上階に出る事に成功し、ドラスティーナの魔力の方へ向かって走った。 ドラスティーナ「遅いわよ!」 ドラスティーナは巨大な蛇の様な外見となったスネアと交戦し、既に傷だらけになっていた。 ヨネア「ごめん」 ドラスティーナ「逃げるわよ」 そのまま、死霊達を交わしながら、外へ出る。 ヨネア一向は、そのまま砂漠の方へと向かって走った……。 ヨネア「ぜえ、ぜえ、ここまでくれば少し休めるわね」 フーリン「ひゅう……。すげーなこりゃ」 神殿から溢れ返る死霊の軍勢を遠目に、この様を楽しんでいる。 ヨネア「あんた誰よ」 ドラスティーナ「こいつは、魔王の側近よ」 ヨネア「何で、魔王の側近がここにいんのよ」 ドラスティーナ「そうだったヨネア、ここには間もなくラザムの軍が戻ってくるわ、急いで退散しないと」 ヨネア「えっえっ、何でどうして」 フーリン「じゃっ、俺はこれで、姐さん生きていたらまた会いやしょう」 そう言って、フーリンは動揺するヨネアを無視して魔王軍の方へと飛び立った……。 ドラスティーナ「話は後よ、ブレアまで戻るわよ」 ドラスティーナはヨネアを引っ張るようにして先に進む、ここでモタモタすれば、ラザムと死霊に挟まれる事になるからだ。 ………………… ―銀の夜明け団、陣営 何とか迫りくる死霊の軍団を引き離す事ができた銀の夜明け団だったが、アルナス砂漠に出る前に、ラザムの使徒とぶつかる事がわかる。 ドラスティーナ「死霊は私達に特別な感情を持っているわけではないから、進行速度はそこまで速くないけど、このままだと、砂漠に着く前にラザムと激突するわね」 キオスドール「交渉もできませんわね、神殿をめちゃくちゃにしてしまわれたわけですから」 ヨネア「わかっているわよ、こうなったら戦うまでよ」 ヨネアは疲れ切っている悪魔達に号令をかけた…… ―ラザムの使徒 陣営 神殿の方から禍々しい力が湧き出ているのを確認する光の賢者…… イオナ「やってくれましたわね、銀の夜明け団……」 ラザムの深部に封印されていた死霊が解き放たれた事を悟る。 ホルス「イオナ、神殿で何が起こっているんだ?」 イオナ「ホルス様、ラファエル殿、明日は魔王軍より強大な敵と戦う事になるとお考えください」 イオナはホルスの問いには答えず、戦いが近い事を2人に伝えた。 偵察隊「イオナ様、お耳を……」 その時、偵察隊から、ラザム神殿と自軍の間に悪魔の軍勢を確認したとの報が入る。 イオナ「……そのまま、蹴散らしましょう。」 「ホルス様、ラファエル殿、偵察隊が悪魔の軍勢を確認しました。おそらく銀の夜明け団の一党と思われます。」 「今より戦に備えてください」 ホルスもラファエルも、釈然としないまま戦いの準備に入った……。 ―ルートガルド城 トライドの病室 宮廷医管であるデッドライトが窓を開けて、ラザム神殿のある方角を見ていた……。 デッドライト「異界の淵門が開いた。まさか人が自ら開けるとは……」 眠っているトライドに目をやる……。 デッドライト(この際、こっちも開けてしまおうかしら?) (いえ、もう少し待てば、彼が全軍を王都に集結させ、ここに攻めて来る、その時に……) ■VSラザムの使徒 ヨネア率いる銀の夜明け団と、ラファエル率いるラザムの使徒が対峙した……。 イオナ「……」 イオナ(あれが銀の夜明け団のリーダー……、魔王の召喚といい、封印されていた死霊の解放といい、碌な事をしませんわね) ラフェエル「行くぞ皆の者!」 ラファエルが号令をかけ、ラザム使徒が動きを見せるが、馬に乗っているのはラファエルのみなので、後続をどんどん引き離し、実質単騎で向かって来る。 ドラスティーナ「後続が追いついてないじゃない、単騎で向かって来るなんて」 ヨネア「まあいいわ、そんなに死にたいなら、死ねばいいのよ」 ヨネアがラファエルに集中砲火を浴びせるため、号令をかけようとした時……。 ラファエル「光竜剣!」 ラファエルが放った光の刃は、ヨネアのみを狙っていた! ラファエルは総大将が魔術師という、肉体的には並の人間と変わらない事に目をつけ、単騎で向かって油断を誘い、総大将を一気に討ちとってしまおうという大胆な作戦に出たのだ。 その後、後続のホルスが追い付き、ラフェエルの援護に入る。 完全に出鼻を挫かれた、銀の夜明け団は、ラザムの使徒に散々に蹴散らされ合戦はラザムの圧勝に終わる。 銀の夜明け団は散り散りとなって砂漠の方へ逃げたため、イオナは追うような事を命じず、死霊の軍団の戦いに備えさせた……。 …………………… ヨネア「こんな事になるなんて……」 ヨネアは、何とか逃げ延び、砂漠を横断していた。 魔法による飛行の速度は決して遅い物ではなかったが、先の戦いで負傷したドラスティーナを抱えているため、本来の速度で飛行できずにいる。 ドラスティーナは光竜剣からとっさにヨネアを庇い、そのまま肩から胴にかけて深い傷を負っていた……。 光の刃は、ドラスティーナの体を貫通し、翼を斬り飛ばしている。そのためヨネアが抱えて逃げるしかなかったのである。 ドラスティーナ「……ヨネア、私を置いて………行きなさい、流石に無茶よ、この速度で……砂漠を横断するなんて」 ヨネア「うるさい、怪我人は黙ってなさい、それにアンタらしくないわよこんなところで諦めるなんて」 ドラスティーナ「……あら? 私は無理なものは無理と諦めるタイプよ……」 ヨネア「ブレアに戻ったら説教してやるんだから」 ドザッ ヨネアが飛行に使っている魔法の杖から落下する。 何かにぶつかったとか、強風が吹いたわけではない、単純に魔法力が尽きたのである。 砂漠であるため、ここで倒れれば命は無い……。 ヨネア「レドザイトが居ればまだ、なんとかなったのに……」 冷気の魔法を得意とするレドザイトが居れば、灼熱の暑さを凌ぎ水の確保ができただろう。 動きが止まり、急に仲間の無事が気になりだす。 ヨネア「……あの子達は無事……逃げれたかしらね? ねえドラスティーナ?」 返事は無かった……。 ドラスティーナは既に意識を失っており、生死はわからない……。 ヨネア「ごめんね、バカなリーダーで……」 ドラスティーナに一言謝るとヨネアは目を閉じた……。 ―クイニック 魔王軍 陣営 最速の悪魔であるフーリンが、ラザムの真意を確認し、戻ってくるのに左程時間は掛からなかった。 ルーゼル「死霊の軍団か……。奴らは私と知の無い死霊如きを天秤に掛け、死霊を選んだという事か」 フーリン「そうなりやすね」 ルーゼル「わかった、もういい。停戦など破棄だ、不快な生き物どもは皆殺しにしろ」 ショハード「ひゃはっ! 虐殺最高」 フーリン「後、ルーゼル様、ドラスティーナ様を敵陣営てか、あのムクガイヤの陣営に加わっているのを確認しやした」 ルーゼル「何!? ドラスティーナが!?」 フーリン「まあ、あの野郎に仕えているというよりも、人間の魔術師の娘を面白がってあれこれ手を貸しているって感じでしたけどね」 ゼオン「おい、その娘は、闇の魔法を使う生意気な小娘じゃなかったか?」 フーリン「そうそう」 拳を握りしめ、バキバキと間接を鳴らす……。 ゼオン「あのガキ! 捻り殺してくれる」 ゼオンはヨネアに召喚され、そのまま強制送還された屈辱を思い出していた……。 ルーゼル「ドラスティーナは放っておけ」 「私は、グウェン、リリックと共に、ラザムと決着をつける。」 「パルスザンとフーリンは、リュッセル半島の竜騎士共を討伐、ムナード、お前は残りを率いて雪原を攻めよ。」 ムナード「仰せのままに」 パルスザン「かしこまりました」 魔王軍は3手に分かれ、再び侵攻を開始する……。 ―ムクガイヤ魔術師団 本軍 魔王軍を追い詰めていたラザムの使徒が、急に兵を引いたとの報が、ムクガイヤの元へ届いた。 ムクガイヤ「ラザムが引いただと?」 サルステーネ「はっ、その様でございます」 ムクガイヤ「追い詰めていたのに兵を引くとは……。魔王を倒させてから王都に進行するつもりでいたが予定が狂ったな……」 ラザムの使徒は魔王軍に対してアドバンテージを持っていた。 ならば、魔王軍と自軍で雌雄を決するよりも、魔王軍をラザムの使徒に討伐させてから一掃すればよいとムクガイヤは考えていた。 サルステーネ「ラザムの使徒は、ラザム神殿の奪還に向かったようですな」 ムクガイヤ「しかし、何故今更、神殿よりも魔王の討伐を優先していたというのに」 サルステーネ「一説によりますと、ヨネア様のアルナス砂漠への侵攻によるものと」 ムクガイヤ「闇の魔法を、この世から消すためにか?」 「しかし魔王討伐より優先順位が高いとは思えんな、まあいい、リュッセルはどうなっている」 サルステーネ「ラザムの使徒が撤退したため、リューネ騎士団は魔王軍の猛攻を防げず多くの兵力を失った所、息を吹き返したリュッセル国に滅ぼされた模様ですね。アルティナの生死は不明です。」 ムクガイヤ「目の前の敵国を無視して、大義のため魔王討伐に参戦した者の末路などこんなものか……」 サルステーネ「現在、グリーン・ウルスと魔王軍が交戦中ですが、魔王軍がグリーンのほぼ全てを制圧しているようですね。」 ムクガイヤ「こうなると悠長に構えてもいられんな、フェリル党にリュッセル国を早急に落とさせ、薔薇十二字団にオステアを服属させるように伝えよ」 サルステーネ「はは」 ■VSリュッセル国 ムクガイヤの命を受け、リュッセル半島に侵攻を開始したフェリル党であったが、空を制する竜騎士相手に、戦果を上げられずにいた……。 難攻不落のリュッセル城を包囲し、兵糧攻めにしようとしても、竜騎士を率いたセレンに蹴散らされる始末、また、軍師スーフェンがフェリル党に反感を持ち潜伏するリザードマン達に激を飛ばし、破壊工作を行われたため、前線に物資の供給もままならいこともあった。 ルルニーガは多大な犠牲を覚悟のうえで、全軍あげてリュッセル城を攻める事も考えたが、決断には踏み切れずにいる。 ルルニーガ「………………、竜騎士の部隊、難攻不落の城、どちらかだったら何とかなるだろうが、両方を相手取るとなると……」 ムッテンベル「親父様、チョルチョと名乗る、リザードマンの巫女が軍議の参加を望んでおりますがいかが致しますか?」 ルルニーガ「チョルチョ……。あの娘か……」 聞き覚えのある名前……。 チョルチョは巫女といってもゲルニードのお気に入りで、軍師の様な役目を負っている。潜伏していたゲルニードが出頭してきた時も、同行していたので良く覚えていた。 ルルニーガ「して、何ゆえ?」 ムッテンベル「何でも、リュッセル城の攻略できると息巻いておりますが……」 ルルニーガ「ふむ……、まあ、良いだろう」 現状、特にこれといった、策があるわけではないので、ルルニーガは軍議の参加を許可したのだった……。 ―フェリル党 陣営 軍議 今回の軍議はいつもと違っていた。 リザードマンであるチョルチョとイオードが参加していたからである。 リュッセルにはリザードマンの軍師スーフェンがおり、その同族を参加させるなどと、不満を持つものもいたが、ルルニーガは解さなかった。 チョルチョ「軍議に参加させていただき光栄にございます」 ルルニーガ「うむ、何でも、リュッセル城を攻略できると言ったそうだが、その真意を聞きたくてな……」 ざわつく一同……。しかし、チョルチョは落ちつき全く動じなかった……。 チョルチョ「はっ。こちらを」 そういって、チョルチョは弓によく似た物を差し出す……。 バルバッタ「なんだこりゃ?」 ムッテンベル「これは?」 ルルニーガ「クロスボウか」 ルルニーガは一時期、人間の文化を色々と調べており、その時、武器について書かれた文献でその存在を知っていた。 チョルチョ「御名答にございます。これは人間の作ったクロスボウを元に、私達穹廬奴で作った弩という新しい武器です」 ルルニーガ「ふむ」 チョルチョ「イオード」 矢は既にセットしてあり、イオードはクロスボウを手に取り矢を放つ、イオードの放った矢は、軽く700ドットは飛んでいた……。 弓よりも遥かに長い射程距離である。 ルルニーガ「大した威力だな……」 チョルチョ「はい、ではこれを」 そういって、バルバッタに弩を渡す。 バルバッタ「意外とでけーなこれ……」 バルバッタはチョルチョから説明を受け、弦を引く。 しかし、弦は固く、どんなに力を入れても引くことができなかった。 バルバッタ「なんだこりゃ、固くて引けねーじゃねーか」 チョルチョ「クロスボウが普及せずに廃れたのは、弦が固くて滑車を使って引かなくてはならず、そのため速射性に欠けました。」 「使う矢も短いものを使わなくてはならず、安定性が弓よりも悪い物でした……。」 バルバッタ「それじゃ使えねーだろ、何しに来たんだてめーわ、そうか、弦を引かせて、俺の指を切断しようって腹だな?」 チョルチョはバルバッタの罵倒など全く気にせず、説明を続ける。 チョルチョ「しかし、使えないのは要するに人間の腕力、筋力の問題です。」 「そしてこのクロスボウではなくこの弩は、クロスボウよりも大型に作り、より長い矢をセットすることができ、安定性の問題も解決しています。」 ルルニーガ「なるほど、そういう事か……」 ルルニーガはにいっと笑い、わざと説明を端折って勿体つけたチョルチョの真意を読み取った……。 チョルチョ「イオード」 イオードが今度は弦を引く、リザードマンの剛腕は、バルバッタではビクともしなかった弦を引き、矢をセットして見せた。 チョルチョは今度はクロスヘルムを用意し、それをイオードに射ぬかせる。 矢は肉厚の鉄で作られたクロスヘルムを容易に貫通していた。 バルバッタ「いっ!?」 ルルニーガ「つまり、この武器で竜騎士を撃ち落とせという事か……」 改めて弩を手に取り思考する。 実践に投入するとなると、この試作品だけではなく、大量に作らなくてはならない。 しかし、この弩が扱えるのは、リザードマンだけである。 ついこないだまで敵だった者達に、その者達にしか使えない武器を大量に与えてよいものかどうか? 弩の部隊を編成すれば、竜騎士達に大きな打撃を与える事ができるだろう。 まだ、使われていない武器なので、対処ができないのである。 対抗策を講じられれば、有利にはなりつつも相手も手強くなってくる。 中途半端な投入は、戦を長くするだけなので、それそうおうのリザードマンの部隊を編成しなくてはならない……。 ルルニーガ「チョルチョよ、ついこないだまで敵だった者達に、強力な武器を与えて部隊を編成するというのは、決して簡単な事ではない……。 「もし、お前達が裏切れば我々の損失は計り知れず、お前達が結果を出せなければ、それ相応の責任が待っている」 「お前にその覚悟があるのか?」 ルルニーガは剣を抜き、切っ先を突き付ける……。 チョルチョは動じる事無く、まっ直ぐルルニーガを見据え……。 チョルチョ「あります。 「元帥がリザードマンの裏切りを懸念されるのはごもっとも、ならば私を人質としてお使いください」 つまり、リザードマン達が裏切る様な事があれば、自分を斬れと……。 チョルチョ「この弩の部隊に用意する兵は、私が単于ゲルニードより直接預かりし信用のおける兵達です。 「兵達の女房・子供は既に人質になる決意をしております。 「この者達を人質にすれば、穹廬奴には誇りがあります、決して裏切りは致しません」 ルルニーガ「ふむ」 嘘を言っている様には見えない……。 しかし、女子供を人質に取れば、流石に人聞きが悪く、ルルニーガ個人としても当然したくない、そのルルニーガの心理を見越しての主張かもしれなかった。 ルルニーガ(良い眼をしているな……) ルルニーガ「女子供を人質とする必要は無い……。これから早速、開発・生産に当たってもらうが、お主は悪いが、ワシの近くにおれ、監視は常につけさせる」 チョルチョ「光栄にございます」 チョルチョは頭を深く下げる。 軍議はそこで終り、早速、材料となる樹木の手配をエルフィスに指示し、イオードの指示でバルバッタ達、ゴブリンに組み立てを命じた……。 ……………………… ルルニーガは、確実にリュッセル城を落とすため、全軍を集結させていた。 わざと、ゴブリン達をリュッセル城から見える位置に配置し、その一方で、新しく編成されたリザードマンによる弩の部隊は、鎧も弩も、緑色に着色し、茂みや森林に布陣させ、リュッセル城からは見えないように配置する。 リジャースド「フェリル党の総軍のようだな……」 セレン「今回で決着をつけたいようですね。」 スーフェン「竜王ルルニーガは、あの阿斗(ゲルニード)と違って、無駄な力攻めをするとは思えぬ、しかし、このリュッセル城をどう攻める?」 スーフェンは何か策がある事は見抜きつつも、真意までは掴めない、ゴブリン達が、ルルニーガの号令に従い、リュッセル城に向かって前進を始める。 スーフェンはセレンやリジャースドに打って出るように指示は出さなかった。真意の読めない、ルルニーガの策を警戒しての事である。 ルルニーガはゴブリンの頭数を生かして、城を包囲するように号令をかけていた。 リジャースド「軍師、うって出るか?」 スーフェン「いや、待たれよ……。この城はそう簡単には落とせはせん。まだ様子をみるべきだ、相手の狙いがわからん」 とはいえ、城を包囲され、力攻めをしてこられる中、城内の兵達は焦り始めた……。 兵力は相手の方が倍近い、今まではルルニーガが犠牲を出さないため、直ぐに兵を引いていたが、今回は、いつもと違って一向に兵を引かないうえに、リジャースドやセレンといった竜騎士の部隊がいつまで立ってもうって出ない、これが城壁を守る者達にとって重圧になっていた……。 一方、フェリル党も、リュッセル城を強引に攻めていたため、多大な犠牲を支払う……。 ムッテンベル「親父様、このままでは犠牲が……」 ルルニーガ「わかっておる、だが竜騎士を引っ張り出さなくてはこの城は落とせない」 籠城戦は我慢比べの様な状況になっていった。 セレン「リジャースド様、このままでは兵の士気が持ちません、私が行きます。軍師殿、ご指示を……」 スーフェン「うむ……。やむをえまい。だがセレン殿、気をつけられよ、ルルニーガは何かを企んでいる。」 セレン「わかりました。深追いはしません」 リジャースドの部隊は城に残したまま、セレンは城の屋上から打って出た。 竜騎士が他の部隊よりも優れている点として、城門を開けずに出陣できるという利点がある。 ルルニーガ「きおったか、待ちくたびれたぞ」 しかし、竜騎士の部隊はいつもの半分くらいで、まだ警戒されているのが見てとれた。 ルルニーガ「リジャースドは未だ城というわけか……」 とはいえ、いつまでも城に張り付いていても犠牲が大きくなるため、兵を引くように指示をだす。 セレンは城に張り付くゴブリン勢を遠くからドラゴンのブレスで蹴散らしていった……。 撤退を始めたゴブリンを追撃し、できるだけ討ち取るか、深追いはせずに一旦城に戻るか? 判断を迷っていると、遠方に、総大将ルルニーガの姿が見えた。 セレン「ルルニーガ!」 セレンは追撃の号令をかけた。ルルニーガの姿を確認し、討ちとってフェリル党の弱体化を狙ったのである。 ルルニーガ「やっと来たか」 警戒され中々うって出てこようとしないリュッセル軍に業を煮やしたルルニーガはわざと自分をエサにして挑発したのだ。 ルルニーガはゴブリンを退却を促しつつ、セレンを引きつける。 イオード「随分待ったな……」 伏兵となった弩の部隊は、ようやっと戻ってきたゴブリンの部隊とそれを追う竜騎士の部隊を見て、弩を狙い定めていく。 弩の利点として、矢をセットすれば、後は力を使うことなく待機できた。 これが弓だとずっと引っ張ってなくてはならないため、狙い定めるという事は難しい。 イオード「まだだ、まだ射るなよ」 イオードはドラゴンのブレスの射程距離、そして、弩の射程距離を考え、セレン部隊の攻撃が届く直前まで引きつけさせた。 イオード「今だ! 放て!」 イオードは一斉射撃の号令をかけた! 一斉に放たれた矢の雨を受けセレンは落竜する。 セレン(矢!? 伏兵? どうして?) セレンは何がどうなったかわからないまま、地面に落ちていった……。 ドラゴンのブレスを警戒し、遠方から撃っているため、当然威力は落ちている。しかし、矢が刺さる事で竜の飛行を狂わせ、騎士が竜から落ちてしまえば、落馬よりも大きなダメージを負う事はいうまでもない。 次々に、矢の餌食になる竜騎士達。 ルルニーガは後退したゴブリンと伏兵だったリザードマンの兵を素早く合流させ、再度、リュッセル城を攻めに向かう。 今度は、弩に焙烙玉をセットし、ゴブリンの投石よりも遥か遠方から城を爆撃する。 セレンの撃退と、先ほどとは明らかに厄介な攻撃を受け、城内は大混乱に陥いった……。 ルルニーガは今度は城を包囲はしなかった。 包囲してしまうと、より城攻めに伴う大きい犠牲を負うからである、ならば、あえて退却路を残し、リュッセル城から追い出してしまえば犠牲を少なくして勝利できる、 もちろん相手を取り逃がすわけなので、リュッセル軍とは再び戦う事になるが、自分達がこの難攻不落の城に入城すれば、相手がおいそれとは攻められない事はわかりきっていた。 スーフェンはルルニーガが退却路をわざと残している事はわかっていたが、かといって籠城を続けていても、全滅は時間の問題なので撤退を促した……。 ルルニーガ「チョルチョよ」 今回の戦でずっと人質として傍らにいるチョルチョに声をかける。 チョルチョ「はっ」 ルルニーガ「見事だ」 チョルチョ「身に余る光栄にございます」 相手に警戒され、籠城戦が長引き、犠牲は予測よりも大きい物となったが、ルルニーガの大勝利と言えた……。 ………………… セレンが意識を取り戻したのは、リュッセル城に運ばれた後の事だった。 矢を受け落竜し、一命を取り留めたのは奇跡に近い事だったが、後続の衛生部隊の治療が速かったのも上げられる。 エルフィス「気がつきました? 確か貴方はアルティナ様の」 セレンはリューネ騎士団に在籍していた時、アルティナに連れられ、パーサの森を訪れた事がある。 そこで、エルフィスとも面識があった。 セレン「…………」 セレンは何も言わなかった……。 エルフィス「しばらくは安静しないといけませんが、命に別状はありません」 セレン「私はどうなるの?」 エルフィス「リュッセル国との交渉に人質として扱われるかもしれません」 セレン「リュッセル国は?」 エルフイス「今はリグナム火山に追い詰められているようですね」 セレン「そう……」 尊敬するアルティナ、親友のルオンナル、そして現在の主リジャースドの安否が気になりだす。 しかし、動けない自分に出来る事がないため、泣くしかなかった……。 ………………… それからしばらくして、リジャースドはムクガイヤ魔術師団に降伏した……。 降伏を決意したのは、セレンもリュッセル城を失った今、どうあがいても勝ち目が無い事が勿論あげられるが、それとは別に、まだアルティナが消息不明だった事があげられる。 アルティナが既にムクガイヤに対し、臣下の礼をとっていれば、リューネ騎士団の再興の話をつけ、以前と同様に直参と郷士の確執にうんざりさせられるところだが、アルティナや直参の騎士がムクガイヤに振っていない今ならば、降伏を条件に、郷士や直参の差別化を廃止し、対等に扱えと言う事ができた。 ムクガイヤからすれば、入植した者達を特別待遇で扱うつもりも、入植以前からいる者達を奴隷にするつもりも全くなかったので、すんなり受け入れた……。 ―セレンの病室 セレン「リジャースド様、降伏されたんですね」 リジャースド「すまねえな、勝てなくて……」 セレン「私の力が……。あの時、ルルニーガを討とうと追撃しなければ……」 セレンが俯いて答える。 確かに、あそこで判断を誤ったが、誤らなくても戦が長引いただけで負ける事に変わりはなかっただろう。 リジャースド「おまえのせいじゃねえよ……。でもな、降伏の条件に郷士と直参の騎士の扱いを対等にしろってつけといたぜ」 リジャースドの方を見るセレン リジャースド「だからもう、悩まなくていいんだ……」 セレン「はい……」 ■ ―アルナス砂漠 アルナス城 ヨネア「うっ……」 ヨネアが目を覚ましたのは、砂漠で倒れてから3日後の事だった……。 砂漠で倒れたヨネアは、援軍に向かっていたニースルーの率いる薔薇十二字団に救助されていたのだ。 ニースルー「起きたのね、よかった……」 ヨネア「ニースルー」 ベッドで寝かされており、ニースルーに看護されていたようだ。 ヨネア「…………」 何がどうなったのかよくわかないが、記憶を辿り、自分達がラザムの使徒に敗北し散り散りになった事を思い出す。 ヨネア「ドラスティーナは?」 ニースルー「無事よ」 ヨネア「ポポイロイトはレドザイトは、あとそれから……」 ニースルー「皆無事よ……」 取り乱すヨネアを落ちつかせる。 ヨネア「そう……。よかった……」 ニースルー「全く、無茶しすぎよ。それから、砂漠を救助のために捜索したチルクを始めとするブルーゴブリン達にお礼を言っておくのよ」 ヨネア「うっ……。わかったわ」 ニースルーに案内され、銀の夜明け団が休んでいる場所に向かう。 そこでは、残りのメンバーがそろってトランプをしていた……。 ヨネア「アンタ達、思いのほか楽しそうね……。心配してたのに……」 レドザイトはヨネアを確認するや否や、飛びついて来た……。 一番最初に召喚され、一番懐いていたといっていい。 ヨネア「ごめん、レドザイト心配かけて……」 心配をかけていたのは自分の方だったと思い知らされる。 ドラスティーナ「ま……。アンタも気がついてよかったわ」 ヨネア「ふん……。死んでたまるもんですか……」 ポポイロイト「ヨネアも入ろーよ」 皆で遊んでいるトランプに誘われる。 いつものヨネアなら、忙しくなくても忙しいと言って断る所だが、今日は付き合う事にした……。 ヨネア「しかし、折角奪ったのに、これで水の泡ね……。」 ラザムから奪った黒歴史の記録や光の魔術書、それと興味を引いた文献などを思い出す。 キオスドール「うふ、ヨネア様、確かに水の泡でしたわ」 キオスドールはそう言って、トランプを水泡に包んで、宙に浮かばせて見せる。 ヨネア「まさか!?」 キオスドール「これと同じ要領で、残らず運んでますわよ」 ヨネア「でかした」 興奮しキオスドールの肩を掴んで前後に振るヨネア。 キオスドール「ヨネア様、落ち着いてください」 ニースルー「ラザムから奪った物って何?」 その時、興奮するヨネアとは対象に、冷やかな質問が投げかけられる。 明らかに、ニースルーは怒っていた……。 ヨネア「い、いや……、ラザムの地下にあったあいつらの行った所業について書かれた記録よ」 ニースルーに圧倒され、たじっとなりつつも、開き直る様にして答えた。 ニースルー「それでヨネア、それをどうするつもり?」 ヨネア「どうって、それを一般公開し」 ニースルー「それはダメ!」 大きな声ではっきり言う。 ヨネア「ちょっとニースルー何を怒っているのよ。別に有らぬ事を言いふらすとかじゃなくてあいつらが実際に行った事を……」 ニースルー「それでもダメ」 ヨネア「どうしてよ」 ニースルー「ラザムを信じている人はこの大陸に大勢いるのよ? その信仰を傷つけるなんて……」 ヨネア「でも、それはラザムの自業自得でしょ」 ニースルー「それは違うわ……。確かに何処の組織にも汚職に手を染める者はいる。」 「ラザムの中にも、信仰を利用している者はいる。」 「でもね、ラザムの教えを信じて、貧しい人の為に、奔走している人もいるの。」 「そういう人を傷つける事は、いくらヨネアでも許さない!」 親友にかつてない程、凄まれ今にも泣き出しそうな顔になるヨネアであった。 ドラスティーナ(やっぱりこうなったわね……) ヨネア「……何よ。あいつら、闇の魔法を研究してた一団を皆殺しにしてたのよ。」 「もし同じことをラザムがもう一度行えばあたしはヤツらに殺されるのよ。」 「それでも平気なの?」 ニースルー「ヨネア、せめて、ムクガイヤ様の大陸統一が終わってから、ラザムを裁判に掛けましょう」 ヨネア「ふん、何よ裁判って知らないわよ」 ヨネアはそういうと、手に持ったトランプを叩きつけ、走り去った……。 ドラスティーナ「困ったリーダーだこと……」 そのまま感情に任せて、砂漠の方へと飛び出していく ドラスティーナは溜め息をつきつつも後を追った……。 ……・……・……・……・……・ ヨネア「ただいまー」 砂漠に飛び出し危険を感じたのか、ストレス発散できたのか暫くしてヨネアは何事もなかったのように戻ってきた……。 ポポイロイト「ねーねーうしちちのおねーちゃんは?」 ヨネア「え? 知らないけど」 レドザイト「おねーちゃんの事をおっていったよ?」 ヨネア「えっ? すれ違ったのかしら」 一方ドラスティーナはヨネアを探して砂漠の上空を飛びまわる。 ドラスティーナ「もう、何処に行ったのよ、あいつは……。一回城に戻ろうかしら……」 一旦、捜索を打ち切って、城に戻ってないか確認しようと戻った時、遠目に倒れている人影を見つけた。 ドラスティーナ「ヨネア!?」 近くまで行くと、少女の様だが、来ている服が違う。 ドラスティーナ「紛らわしい」 そういいつつも、倒れている少女を摘みあげると、その少女には動物の耳が生えていた。 ローニトーク「はわわわわわ」 その少女は摘み上げられた事で意識を取り戻す。 ドラスティーナ「何よこの子? ゴブリンじゃない」 ドラスティーナはローニトークを頭からつま先まで品定めするかのように見ている。 ローニトーク(悪魔。ど、どうしよう) 頭に生えた角を見て、ドラスティーナが悪魔と言う事に気づくが、下手に抵抗して殺されるのではないかと思いじっとしていた。 ドラスティーナ「ふぅ……。しょうがないわね、ゴブリンがどうなろうと知らないけど、あの子が私達を救助するために派遣した子だろうし。 それにしてもグズねえ、救助にきて救助する相手に救助されるなんて」 ローニトーク(な、何か勘違いされている) ドラスティーナはローニトークをニースルーが派遣した自分達の救助隊と勘違いしていた。 アルナス城まで連れていると、チルク達が使っている執務室まで向かう。 ドラスティーナ「チルクと言ったわね、アンタ達、自分達の人員ぐらいちゃんと管理しなさいよ。この子、遭難していたわよ」 そう言って、ローニトークをチルクの前に突き出した。 チルク(誰だこの子? 見覚えがないけど……。まあ全員の顔を覚えているわけじゃないし……) チルク「今度から気をつけるよ、君だめじゃないか、勝手な行動とって」 とりあえず、適当にローニトークを叱る。 ドラスティーナ「ふん……」 ドラスティーナが背を向けた時、怖くて口を閉じていたローニトークが精一杯叫んだ。 ローニトーク「私、ゴブリンじゃありませんエルフです!」 静まり返る部屋……。そしてしばらくしてその場にいる全員が爆笑しだした。 ローニトーク「? ? ?」 何故笑われているのかわからない。怖いけど精一杯の勇気を振り絞ってまた叫ぶ。 ローニトーク「な、なにがおかしいんですか?」 ドラスティーナ「アンタねえ、エルフの耳を見たことないの?」 ローニトーク「え?」 ドラスティーナ「そんな、耳していないでしょうが! それに見なさいよ」 ドラスティーナは執務室にいるフーリエンやキスナートを指差す……。 ローニトーク「…………」 ドラスティーナ「ね? 同じ耳しているでしょ。まあ、冗談としては中々笑えたわ」 そういって、唖然とするローニトークを残してドラスティーナは執務室から出て行った……。 チルク「んで、君は何処の隊の所属かな、隊長に連絡するから」 ローニトーク「わ、わたし……。その……」 あたふたするローニトーク、 チルク「じゃあ、名前は?」 ローニトーク「ローニトークです。」 チルク「わかった、それじゃフーリエン悪いけど、この子を医務室に連れてってあげて……かなり錯乱しているし」 フーリエンに指示を出して部屋から出した後、このアルナス城に派遣されて者の名簿を確認する。 チルク「ローニトークなんて名前はないなあ」 チルクはローニトークがエルフというのは欠片も信じていなかったが、フェリルに属するものではない事は感づいていた……。 ■蛇王VSラザム ラザムの使徒は、ラザム神殿から溢れ出した死霊軍と交戦していた。 魔王軍と結んでいた停戦は破棄され、挟まれた事になる。 後続はホルスに任せて、ラファエルとイオナは神殿の奪還に向かう……。 何とか、死霊軍を一掃し、リッチースネアを倒す事に成功したが、ラファエルを失う事となった……。 ■VSオステア オステアはムクガイヤ魔術師団と同盟を結び魔王軍と交戦していた。 ムクガイヤ魔術師団は、難民の受け入れ、食糧、医療品などの物資の供給は惜しまなかったが、肝心の援軍は雀の涙であった。 これは、遠まわしに服属を求めていたからである。 しかし、オステアは、ムクガイヤ魔術師団の一部になる事を拒み、実質、自軍だけで魔王軍と戦い続けた……。 ラザムの使徒が撤退したため、よりいっそう魔王軍の猛攻が激しくなり、ピコックは討ち死に、後継者のアルジュナはムクガイヤ魔術師団の領地であるブレアに逃げ延びるしか無く、オステアは実質消滅した……。 ■第六軍団 リュッセルオーダーVS魔王軍 リュッセル国が服属し、リジャースドは新たな第六軍リュッセルオーダーとして、軍団を任される事になった。 リュッセル半島から、フェリル党と共にグリーン地区への侵攻を任される。 リュッセル国の軍師スーフェンは、既に穹廬奴がフェリル党に服属していたため出奔、フェリル党は、グリーンへの侵攻だけでなく、湿地帯よりネルザーン砦の攻略を命じられた。 これを受けルルニーガは、支配下にあった穹廬奴のチョルチョとイオードをリュッセルオーダーに協力させ、自身はゴブリン勢を率いて、ネルザーン砦の攻略に向かった。 リュッセルオーダーは、魔王軍と海を挟んで対峙する事になる。 魔王軍は、宿将であるパルスザンが指揮をとっていた……。 チョルチョとイオードは海峡沿いに部隊を配置、その後ろにリジャースド、セレン率いる竜騎士が控える。 パルスザン「敵の布陣が終わったようですね」 フーリン「ありゃ? 見た事ない奴らだな……」 フーリンの目に映ったのは、リザードマンの軍勢だった……。 この時、まだ魔王軍とリザードマンは一度も交戦したことが無い。 パルスザン「あれはリザードマンという種族です」 フーリン「流石、よく知ってんな」 パルスザン「情報では、気性が激しく戦闘を好み、剣を得意とし、飛び道具は短剣を投げる程度、武一辺倒の種族の様ですね……」 「武勇は侮れませんが、魔法抵抗力が非常に弱く、魔法による攻撃には対処できないようです。」 「リザードマンによる穹廬奴という勢力がありましたが、大した結果も出せずムクガイヤ魔術師団に服属したようですね。」 収集した情報をフーリンに伝えて行く……。 パルスザンの情報通り、リザードマンは魔法に弱く、精神に働きかける闇の魔法を使う悪魔は天敵とも呼べる存在だった……。 フーリン「要するに、俺らと相性が悪く敵じゃねーってことだな。気性が激しい奴は混乱に弱いしな」 パルスザン「情報ではそうなります。しかし、油断は禁物ですよ接近戦に持ち込まれれば我らより有利です。」 「それに後方に控えているのは竜騎士セレン」 フーリン「有名なのか?」 パルスザン「情報では最強の竜騎士の様ですね、貴方が戦った、スヴェステンやアルティナよりもその実力は上の様です。」 フーリン「そいつは楽しめそうだな、つーわけで、行ってくるぜ、出遅れんなよパルスザン」 パルスザン「やれやれ、こちらの被害は最小限でお願いしますよ。」 パルスザンの戦術は、まずノーライフキングにティアマットを召喚させ、ティアマットを盾にしながら、 相手に近づき、コンフュージョンで相手の部隊を混乱させて同士討ちをさせていくというもので、常に被害を少なく相手の被害を大きくを考えての事である。 一方、最速の悪魔と呼ばれるフーリンの戦術は、それこそ単騎で先陣を切り、速い物順に一列で突っ込んで、敵と接触したら散開し、相手を蹴散らしていくというもの……。 全く異なる戦術だが、パルスザンはフーリンに絶対の信頼を置いているため、自分の戦い方を押し付ける様な真似はしなかった……。 イオードとチョルチョは闇の魔法の射程距離を考え、ぎりぎりまでフーリンを接近させる。 チョルチョ「放て!」 号令をかけ、セレンの時と同様、一斉射撃を行う。 新兵器ともいうべき弩による一斉射撃は、最速の悪魔フーリンを見事に撃ち落とした。 フーリン「俺は……どこまでもいけるはず……」 一瞬にして全身に矢が刺さり、何が起きたのか分かっていない感じだった。セレンは自分に起きた客観的光景を見て、弩の威力に改めてぞっとした……。 そのまま海へと落ちて行く……。 パルスザン「フーリン!」 堕ちて行く親友を見て、血相を変えて救援に向かう。 既に生死はわかなかったかが、まだ、息があればシャルロットの魔法で回復させる事ができるからだ。 しかし、その望みも、竜騎士を率いて出撃したセレンとリジャースドに阻まれる。 パルスザン「邪魔だ!」 パルスザンは闇の魔法による攻撃をノーライフキングの部隊に命じるが、セレンは広範囲に及ぶ必殺技、青竜剣を放ち、後方にいるノーライフキング達を一掃する。 最初は、リュッセルオーダーが優勢に進めたが、気持ちを切り替えたパルスザンの巧みな戦術により、次第に劣勢になっていく。 リザードマンの弩の部隊に接近し、混乱の魔法を使い同士討ちを狙い、弩の部隊は統制が取れなくなっていった……。 結局の所、双方の被害が甚大なものへとなり、両軍引き上げる形となった……。 パルスザン(まさか、あの様な兵器を開発しているとは……) 「くそっ!」 いつも冷静沈着であったが、この時ばかりはフーリンの死なせてしまった事に、自身に対する苛立ちを抑えきれなかった……。 シャルロット「パルスザン様……」 一方リュッセルでは……。 リジャースド「くそ、あの厄介な奴を撃ち落とせた時はいけると思ったんだがな……」 セレンは何も言わない。 ここに集まった陣営は、敵同士だったという事もあり、今一つ噛みあっていなかった……。 とくに何か話し合われる事なく軍議が終了する。 この後も、海峡を挟んで幾度も交戦したが、パルスザンの巧みな戦術により、大きく戦力を減らしていったのはリュッセル・オーダー側であった。 ………………………… 滅亡してから隠遁に近い生活をしていたゲルニードだったが、 チョルチョとイオードの活躍により、自身も落とせず難攻不落だったリュッセル城を見事落とした事で、行いを改めていた……。 ゲルニードが向かった先は……。 ゲルニード「頼むスーフェンこの通りだ……」 スーフェン「ふん……。よくここがわかったな……」 穹廬奴と関わりを再びを持つかも知れない事を快く思わず、リュッセルオーダーを出奔したスーフェン……。 その予想通り、現在、リュッセルオーダーは穹廬奴の残党と協力し、魔王軍と対峙している。 ゲルニードは、武だけではダメだという事を言葉ではなく心で理解したが、とはいえどうしていいものかわからず、単于だったという見栄を捨て、自ら処刑しようとした軍師であるスーフェンに頭を下げたのだった。 ゲルニード「このままでは終われん、俺は何としてでも穹廬奴の地を取り戻させねばならぬ」 スーフェン「唯、自分の知を使う者に仕えるのみだ。お前はこの知を使う気があるのか?」 ゲルニード「ある……。俺にお前の知を使わせてくれ」 スーフェン「ふん……。」 スーフェンはゲルニードに背を向け歩きだした…… ゲルニード(ダメか……) スーフェン「何している速くしろ。ここまで言わなくてならぬのか?」 スーフェンは振り向き、ゲルニードに命令した……。 ………………………… ―軍議 セレン「既に、相手とこちらでは戦力差が、既にリュッセル北部を守る防衛力はありません」 リジャースド「リュッセル城に籠城して戦うと言う事か……」 戦線は維持できなくなってきている。しかし、魔王軍にリュッセル半島の上陸を許せば、さらなる猛攻にさらされるだろう。 その時、会議室の扉が開き、二人のリザードマンが入ってきた……。 チョルチョ「単于」 リジャースド「軍師」 ゲルニード「チョルチョを心配掛けたな」 リジャースド「軍師、来てくれたか……。お前が入れば心強い」 チョルチョ「何故、スーフェンが?」 ゲルニード「俺が、お願いしたのだ……」 チョルチョ「単于……」 スーフェン「ふん」 リジャースド「早速で悪いが、何か策はあるか? 軍師」 スーフェン「うむ……。無い事は無い、その前に皆に聞きたい、特にアト、お前にな」 アトとは馬鹿な君主をさした穹廬奴特有の言葉である。 チョルチョ「貴様ーー」 慕う者を貶され、ゲルニードに掴みかかるチョルチョ、しかしそれを制したのはゲルニード当人だった……。 ゲルニード「止せチョルチョ……。それよりもスーフェン聞きたいこととは……」 スーフェン「魔王軍で最も恐ろしいのは誰だ?」 一瞬静まり返った後……。 ゲルニード「そんなもの、ルーゼルに決まっておるだろう……」 ゲルニードが真っ先に答える。周りの者もルーゼルが答えだとは思いつつも、そんな簡単な答えなわけが無いと思考を巡らせていた……。 スーフェン「だから、おまえはアトだというのだ……」 チョルチョ「!!」 また、チョルチョがスーフェンの言葉に過剰に反応し、拳を握りしめる。しかしゲルニードはチョルチョを手で制した。 ゲルニード「そうだな……。知が無い俺にはわからない。教えてくれ」 以前のゲルニードなら、スーフェンを2~3発殴った後、裸にして木に縛り付け晒しものにしていただろう。 スーフェン(少しは成長したようだな……) セレン「おそらく、流れと状況からして答えはパルスザンだと思いますが、何故ですか軍師殿、魔王ルーゼルは本人が絶対的力を持ち、戦略、戦術も確かなものです」 スーフェン「うむ……。確かにルーゼルは魔王軍の誰よりも強い……。」 「だが、悪魔を絶対的なものとし、多種族を見下している」 「一方、パルズザンはどうだ? 人間に関心を示し、決して油断しない男。」 「人間を見下し、圧倒的力を基に前進しかしないルーゼルが、ここまでやれるのは人間を決して侮らない軍師が仕えての事……」 チョルチョ「なるほど」 スーフェンの解説に、快く思わないチョルチョまでもが関心を示す。 ゲルニード「それで、何が言いたいのだ?」 スーフェン「わからんのか、魔王軍など、パルスザンを倒せば後は自滅するという事だ……」 周囲がざわつく……。 リジャースド「軍師よ、そういうなら当然、パルスザンを出し抜く策があるのだろうな」 スーフェン「残念ながら、それは無い、魔王はパルスザンを絶対的に信頼し、パルスザンは魔王に絶対の忠誠を誓っている」 ゲルニード「随分、敵の事情に詳しいのだな」 スーフェン「第十三計……」 ゲルニード「打草驚蛇」 スーフェン「ジェイクから習ってはいるようだな……。知が無いのは馬鹿だが、知があっても使わないのを愚かという」 セレン(うわっ……) リジャースド(軍師は一言多いのはいつも事だが、明らかに悪意があるなこれは……) ゲルニード「そうだ、俺は愚かだった……。ジェイクを死なせたのだからな……」 チョルチョ「単于……」 素直に認め、スーフェンはこれ以上馬鹿にしずらくなった……。 スーフェン「……話を続ける。現状、我らが圧倒的劣勢、なのでここは 連環計を仕掛ける……」 セレン「話が戻りますが、軍師殿、先ほどパルスザンを倒す策は無いと」 スーフェン「うむ……。あの男は隙が無い、馬鹿の振りをしても本当の馬鹿を差し出しても見破られる……」 ゲルニード「では、どうしようというのだ」 スーフェン「策を仕掛けるのはパルスザンではない……」 リジャースド「仲違いを仕掛けるという事か?」 スーフェン「左様……。確かにパルスザンは人間の文化に関心すら示すような悪魔だ。」 「偏見を持たないあの者は情報収集に長け、こちらを侮らない、しかし周りの者はどうだ?」 「自分達を絶対的な者とし、多種族を家畜以下に見ている。」 「そういった偏見を持つ者から見れば、パルスザンの文化に関心を示す一面など、見るに堪えないのではないか?」 セレン「つまり、パルスザンを魔王軍の誰かに討たせるんですね」 リジャースド「悪くないと思うが、そんな事が可能なのか?」 スーフェン「うむ……。絶対は無いが、うってつけの人物がいる。今雪原を支配しているムナードという者だ。グリーンに流言飛語を行う」 ゲルニード「ムナードと言えば、魔王軍一の切れ者、下手な流言に引っかかるとは思えんが……」 スーフェン「お前はまるでわかっていないようだな……。騙される騙されないと頭の良し悪しは関係ない、さらに言えば、騙すのが上手いからと言って、騙されにくいわけでもない」 スーフェン「信じたい事実を流言にして流せば、それが嘘だと分かっていても行動するもの」 意外な事を堂々と言う スーフェン「ようするにだな……、ムナードは誰よりもパルスザンの死を望んでおる。」 「パルスザンに謀反の疑いがあると情報が来れば、信じる信じないではなく、それを信じたいのだ奴は」 一同「なっ!?」 スーフェン「驚くには当たるまい……」 「状況を考えて見れば、パルスザンはまだリュッセルに侵攻できていない、逆にムナードは雪原をほぼ制圧している。」 「グリーン地区の戦力と我々の戦力を考えれば、これだけでどっちが上とかは判断できないが、当人はそう思っていないだろう。」 「パルスザンを無能と思っているだろうな……。」 「そしてムナードは我らを、突っ込んで来るしか能が無いと思っているだろう。まさが自分を騙してくるとは思ってない」 ゲルニード「上手くいくのだろうな?」 スーフェン「絶対は無いと言った筈だ……。ムナードが流言を受けて、魔王に報告するに止めてしまえば、魔王が諫めて終わりだろう。 だが、パルスザンを快く思わない他の悪魔が魔王に報告するまえに討ちとれという事を助言すればムナードは動く」 リジャースド「成程な、まあ、上手くいかないにしてもこちらは流言するだけだからな……。戦力もこの状況だ、やるだけやってみるか」 ゲルニード「連環計といったな? 続きがあるのか?」 スーフェン「当然ある……。が、この策が上手くいかない事には次の策はない、まずはグリーンに流言を行う」 「流言内容は、パルスザンに謀反の疑い有、フーリンは背中を射られて死んだという事にしろ」 流言は、ムナードの支配するグリーンにすぐさま広められた。 この時、グリーン・ウルスはミッドウェイに立て籠もり決死の抵抗を続けていた……。 ショハード「兄貴、面白い噂が流れているぜ……」 ムナード「パルスザンが謀反を考えているというのだろう? 馬鹿馬鹿しい、確かにあの男は愚鈍だが、魔王様を裏切るなどと……」 ショハード「でもよ、フーリンは背中を射られて死んだって話だぜ」 ムナード「パルスザンが背後から殺したという事か?」 「ますます、わけがわからんな、あいつにとってフーリンは親友の筈、謀反を起こすなら共謀した方がよいであろう」 ショハード「反対されたんじゃねーの? それを口封じとか……」 ゼオン「パルスザンは平気で背後から矢を射る汚ねえ野郎だろからな……」 かつて一騎討ちで倒したかった相手をパルスザンが背中から射殺した過去があるゼオンはパルスザンが殺したと決め付けた……。。 ムナード「所詮は噂だろう?」 ショハード「ああ、所詮は噂だ……。だけどそれでいいんじゃねーか?」 この時、ショハードが相手にされてもいないのになおも食い下がってくる真意を知る……。 ムナード「しかし、それならば、魔王様に謀反の疑い有りと報告し……」 ショハード「魔王様に報告した所で、兄貴が諫められるだけじゃねーの。証拠があるわけでもねーんだし」 ムナード「確かに証拠が無いからな……。やはり寝も葉もない噂に過ぎんのだろう。それに奴らの流言という事もある」 ショハード「なあ、証拠ってのは作るもんじゃねーのか?」 ムナード「……ショハード、お前……」 ショハード「俺らがグリーンをここまで制圧したのに、あいつはまだリュッセル半島に侵攻できてねーんだぜ、フーリンは討ち死にしたしよ……。」 「こんな無能が、いつまでもNo.2にいても魔王様の為にならねーよな?」 ムナード「…………」 改めて、状況を考える。現在、グリーンはほぼ平定しており、力は低いものの配下の者は多い……。 パルスザンがリュッセルを再び攻めた時に、背後をつけば討ちとる事は可能だろう。 ショハード「俺らが雪原を完全に支配したら、魔王様からパルスザンの援軍に行けと言われるだろうな、でもって手柄は全部あいつが持っていく……」 ムナード「…………流石は俺の弟だな……」 ショハードは素直に誉め言葉として受け取ったが、この言葉は皮肉を込めたものだった……。 ムナードは演説などで、その気の無い相手を言葉巧みにその気にさせる事を得意としている。 勝ち目が無い戦いに兵を言葉巧みに誘導し特攻させるなど何度も行ってきた。 そして、それを今日は弟にされたのだ……。 パルスザンが謀反等するわけがない、ここで同士討ちをすれば魔王軍は大きく戦力を失い、窮地に立たされる。 それは、わかっていた。 しかしムナードは自分の野心を既に抑える事ができなくなっていた……。 ………………… ―軍議 パルスザンが再び、リュッセルに向かって侵攻を開始したとの方が届く……。 それから程なくして、ムナードが兵を上げたとも リジャースド「上手くいったな……」 スーフェン「うむ……。では、次の策の説明する」 スーフェンは連環計といっていた、最初の策が上手くいったので、それに続く策の解説を始めた スーフェン「今、魔王はゴイザムの入り口の当たりで、ラザムの使徒と交戦中だ……。」 「その魔王の近辺に、ムナードが謀反を起こしたと流言を流す」 セレン(えげつな……) リジャースド「ふははは、軍師よ、容赦ないな……」 スーフェン「これで魔王がムナードを粛清してくれれば御の字だ。まあ流さなくてもお気に入りのパルスザンが討たれれば十分粛清はありえる。 「だが、噂を流した方が話が速くなるからな」 ゲルニード「…………」 チョルチョ「…………」 スーフェン「アト……。どうした? 斬った貼ったがないからつまらんのか?」 全く反応を示さないゲルニードが気になり、嫌味を言う。 ゲルニード「いや、改めて知の大切さと恐ろしさを知ったのでな……」 関心するように言い返した。以前のゲルニードからは決して出てこない言葉だった……。 スーフェンは少し気をよくしたのか、この後、ゲルニードを馬鹿にする発言を一切しなかった……。 チョルチョ「ですが、それも向かってくるパルスザンを撃退できればの話ですよね」 ここで、パルスザンを押しとどめ、撤退させないと挟撃にならない、下手をすればパルスザンを取り逃がす事になる。 取り逃がせば、確実に魔王軍を立て直すだろう。 それに、この手の策は一度失敗すれば、2度は使えない、確実にムナードにパルスザンを始末させる必要がある。 スーフェン「その通りだ……。ここが正念場となる各々油断めされるな……」 ………………… ゲルニード「いつもよりも敵の数が多いな……。」 セレン「今回でリュッセル北部を制圧するつもりなんでしょう」 チョルチョ「負けないもん」 ゲルニードは弩を構えた……。 チョルチョ「単于?」 ゲルニード「使い方はイオードに習った……。良い武器だ……」 穹廬奴では弓の様な飛び道具は邪道とされている。 ましてや、弩は弓と違い、弦さえ引いてしまえば、狙い定めやすくそこまでの鍛錬を必要としなかった。 こういった仕様は穹廬奴の価値観にそぐわない……。 しかし、見栄を捨てたゲルニードは、成果を上げたチョルチョの開発した武器を素直に誉めた……。 チョルチョはそれが何よりもうれしかった……。 いつもは遠方から、弩で射かけても召喚されたティアマットを盾にされ思うように戦果が上がらない。 スーフェン「セレン殿……。弩で射る前にまずはティアマットを蹴散らし、そしてなるべく敵を引きつけるのだ」 スーフェンは弩の力を最大限に発揮できるようにティアマットの撃退を優先させた。 セレン「わかりました」 セレンは青竜ライムに乗って、ティアマットの撃退に向かう パルスザン「いつもと戦法を変えて来ましたか……」 パルスザンはティアマットの防壁を簡単にくずさせないため、冷静にデーモンとリッチーに援護の指示を出していく。 その時、放たれた矢がパルスザンの肩を貫いた。 パルスザン「ぐっ……」 シャルロット「パルスザン様!?」 傍らにいるシャルロットがパルスザンに回復魔法をかける イオード「流石に、竜に乗りながらでは脳天は狙いにくい」 リジャースド「……だが、これで迂闊、前には出られないだろう、このまま引いてくれねーかな」 イオードはリジャースドの竜に乗り、弩で直接パルスザンを狙ったのだった しかし、2人乗りで飛行しながらではかなりの力を使って引かなくてはならない弦を引くことはできないため、一時後方に下がる。 二人乗りをした竜騎士はイオードとリジャースドのみだったが、パルスザンは狙い撃ちを警戒し、部隊を下げた。 ノーライフキングとアークデーモンの援護を失ったティアマット達はセレンの竜騎士部隊に蹴散らされた。 パルスザン「敵もやりますね」 一旦さがり、ティアマットが撃退されたのを見て、歯がみする。 矢の傷は治療され、戦うに当たって、何の問題も無かったが、防護壁ともいうべきティアマットが一掃された事がパルスザンを迷わせていた。 兵力は倍近いので、このまま力攻めでも勝つことはできる。 しかし、無理に突っ込めば多くの兵を失うだろう。 そして、何より今までとは違って明らかに優れた軍師が向こうの陣営にいることは見てとれた……。 パルスザン「一時撤退する」 慎重な性格の為、相手方の情報が無い時は、無理な戦いはしない、パルスザンは兵を引いた……。 リジャースド「ふう……。なんとか追い返したな」 スーフェン「だが、多くの戦力を残したまま兵を引いた……。ムナードが勝ってくれると良いのだが」 パルスザンがクイニックまで戻ると、クイニックに向かって来る一軍を見つけた……。 パルスザン「あれは?」 シャルロット「旗からしてムナード様の率いている部隊のようですね、行って参ります。」 戦で疲労したパルスザンに無理はさせまいと、率先して行動するシャルロット シャルロット「これはムナード様、どういった用件でございますか?」 ムナード「ふん、奴隷が……。魔王様より援軍に向かうようお達しを受けた。門を開けられよ」 シャルロット「しばし、お待ちください」 ムナード「何故、待たなくてはならん。通せ!」 シャルロット「そんな困ります!」 強引にクイニックへ入ろうとするムナードに対し、慌てるシャルロット、しかし見かねたパルスザンもこの場にやってきた……。 パルスザン「ムナード、何の用ですか? 魔王様に援軍の要請などしていませんが……」 ムナード「お前がしていなくても、魔王様が自ら私に命令を下されたのだ」 パルスザン「…………。わかりました」 ムナード「ふん」 パルスザンは当然これが面白くなかった。確かにリュッセルオーダーとは一見、一進一退の互角の勝負を繰り広げているように見えるが、戦果はまるで違う。 パルスザンは自軍を殆ど消耗させておらず、既に兵力は倍の差がついている。 一方、ムナードは無理な攻めをしているため、確かにグリーンをほぼ制圧してはいるが、戦力の消耗は激しかった……。 長期的に見れば、必ずムナードのやり方では戦いを維持できなくなるとパルスザンは読んでいる そしてそれが、ルーゼルがムナードではなくパルスザンを軍師にしている理由だった。 ムナードの軍勢をすべてクイニックに入れた時、ムナードは剣を抜き、切っ先をパルスザンに突き付ける。 パルスザン「何の真似です?」 ムナード「パルスザン、貴様、魔王様を裏切る気だな?」 パルスザン「何を馬鹿な事を……」 (こいつ何を言っているんだ?) ムナード「フーリンは背中を射られて死んだとの報告もある、それに……」 そういって、ムナードは懐から書状を投げる そこには、リュッセルオーダーのリジャースドから内応勧誘の旨が書かれているものだった。 無論、パルスザンには身に覚えが無い。 パルスザン「馬鹿馬鹿しい、こんな物、敵の仕掛けた謀略に決まっているだろう。 こんな手に引っかかるとは……」 書状の内容を否定し、理にかなった弁明を始めるパルスザン、しかし、ムナード側の悪魔達は薄ら笑いを浮かべており全く動じなかった……。 パルスザン(まさか? こいつら……) パルスザンはムナードの真意を読み取った。裏切りが事実かどうかはムナードにとってどうでもいい。 そもそも、渡された書状も、敵方が用意したものではなく、ムナードが用意したものであった。 パルスザンは説得は無理と見て、目くらましを放ち、この場から逃げる。 ムナード「追え、殺せ……。魔王様がこの事実を知る前にパルスザンの首を取るのだ」 自身の配下に号令をかける。 クイニックでは、悪魔同士による醜い戦いが行われた……。 パルスザンは、シャルロットを連れ、僅かな手勢とともに、クイニック北部にある山地に逃れていった……。 …………………… 逃げ場は無かった。ムナード達悪魔に包囲されどう逃げようとも見つかるのは時間の問題…… パルスザンはクイニックから脱出するために交戦し、体はゼオンの攻撃を受け負傷、魔力も空に近かった…… それでも健気に、残り少ない魔力で治療を続けるシャルロット……。 シャルロット「パルスザン様、必ず生きて魔王様と合流しましょう。そこで疑いを晴らすのです」 パルスザン(この子は気が弱い、魔王様の元へ行っても、私が死ねば再び奴隷階級に落とされるだろうな……) パルスザン「シャルロット、私が死んだら、お前はドラスティーナ様の元へと行きなさい……」 「フーリンから聞いた話ですが、お前を仲間に引き入れたがっているそうです」 シャルロット「!? パルスザン様、嫌です死ぬと言われるなら私も共に……」 パルスザン「悪魔らしくありませんね」 シャルロット「パルスザン様こそ」 パルスザン「ふっ……。それもそうですね、わかりました」 そう言いつつも、パルスザンはシャルロットに送還魔法を掛ける。 シャルロット「パルスザン様!?」 パルスザン「どうやら、人間に毒されていたようですね、美学とは逆の行動を取るとは……」 パルスザンはシャルロットをムナード達の敷いた包囲網の外側に飛ばした……。 ムナード「つくづく、愚かな奴だ、奴隷を逃がすために魔力を使い切るとは……」 パルスザン(愚かと言うのは、私利私欲に走ったお前を言うのだ……) パルスザンがその死を覚悟した時、ムナードの元に弟のショハードが血相を変えてやってくる……。 ムナード「どうした」 ショハード「兄貴、大変だ……。魔王様が俺達の粛清の兵を上げ、こっちに向かっている」 ムナード「何だと?」 パルスザン(こんな事も読めなかったのかこの男は……。これで魔界一の切れ者と自称するのだから笑わせる) ムナード(魔王様の動きが速い、これでは……。いやまだパルスザンは死んでいない、ここはパルスザンに私の便宜を計らせて……) パルスザン(と、考えているのだろうな…… 確かに、魔王軍の事を考えればそれが最良……) この時、既にムクガイヤ魔術師団は大陸3分の2を制圧している。 ラザムと魔王軍が交戦している間に、レオームを攻め、ゴート3世はルートガルド城に撤退し籠城した、ムクガイヤは無理に城攻めはせず、その間に経済力が豊富な王都を次々に攻略している。 ラザムも死霊軍との戦いで戦力を減らし、すでに領有しているのはラザム神殿のみとなっていた。 ここで、魔王がムナード一派を粛清してしまえば、大きく戦力を失う事になる。 そうなってしまえば、総合的に見て勝つことは難しい、いくらルーゼルが個々で強くてもどうにもならない。 パルスザンにはそれがわかっていた。 しかし、パルスザンは自分を殺そうとした者の便宜を図るなど、その高位悪魔としてのプライドが許さなかった……。 パルスザン(ルーゼル様、お許しを……) パルスザンは剣を抜き、自ら首を掻き切った……。 ムナード「なっ……!?」 ショハード「兄貴、どうする?」 ムナード「ええい、仕方あるまい、こうなれば魔王と戦うまでだ……」 ムナードは自軍をムナード党と称し、反旗を翻した……。 ………………… 魔王軍で内乱が起きという報は、すぐさまリュッセルオーダーの元へと届いた……。 スーフェン「うまくいったようだな……」 リジャースド「軍師、流石だな」 リュッセルオーダーはこれを機に、グリーンへの侵攻を開始した……。 ■ムナード党壊滅 ムナード党と魔王本軍との戦いはまるで勝負にならなかった……。 ビッテトールとダレスダラムは魔王軍を前にいずこかへ消え、ゼオン、ショハード、ナームは討ちとられた……。 リリック「魔王様、首謀者であるムナードの奴を捕えました……。」 十字架の様な形をした枷に魔法で強化した鎖で縛られて運ばれてくるムナード ルーゼル「うむ……」 ルーゼルは膝まずくムナードを見下ろしながら前に立った。 ルーゼル「ムナードよ、お前は軍師になりたかったのか? 魔王の座が欲しかったのか?」 ムナード「貴方がいなければ、私が魔王になっていました……」 ルーゼル「そうか……」 その瞬間、ムナードの頭部が弾け飛んだ……。 リリック(ムナードの奴は嵌められておったか……) この後、雪原はリュッセルオーダーが制圧し支配下に入れ、グリーンウルスもそれに服属した……。 ラザムは神殿のみの領有となったまま、その辺一帯の攻略を銀の夜明け団に変わって行っていた薔薇十二字団は特に兵を上げる事はせず、交渉による解決を行っていた。 王都はすでにムクガイヤ魔術師団に制圧され、残すはルートガルド城のみとなっている。 ガルガンダのドワーフ達は、ムクガイヤが優勢と見ると、決起しガルガンダ山を攻め、服属を条件に支援を求めた……。 魔王軍の領地は、ガルガンダの山地の一部と廃都ハルトのみとなっており、大局は決していた……。 ルーゼル「リリック、グウェン」 リリック「は」 グウェン「は」 ルーゼル「わかっていると思うが、魔界に帰るつもりはない、防衛は考えなくてもいい、一兵残らず、全軍をハルトに集結させよ」 「あの野郎を殺してくる」 リリック「仰せのままに」 グウェン「現世の果てまでお供します」 ■VS魔王軍 魔王軍が兵をハルトに集結させているとの報がムクガイヤに入る ムクガイヤはこの時、ルートガルドを城以外を全て制圧しており、城の周り大軍で固め、それ以外は王都で毎日大規模なパレードを行っていた。 必死に篭城しているゴート三世に対する嫌がらせである。 城にいるダイナイムから、こっちに寝返りたいとの書状が届けばそれをゴート三世に送り返し、城内を疑心暗鬼にさせていた……。 ムクガイヤ「ククク……。王子自ら、私に忠誠を誓わせてやるわ」 ムクガイヤは徹底的にゴート3世の心を折るつもりである。 サルステーネ「我が君、魔王軍が全軍をハルトに終結させているようです。」 ムクガイヤ「全軍を? 山の守りはどうしているのだ?」 サルステーネ「放棄した模様です」 ムクガイヤ「おそらく、南下し王都に進軍する気だな……」 ムクガイヤ(もはや大局は決している、大方一矢報いてやるといった玉砕覚悟の最後の進軍だろう) サルステーネ「いかがなさいますか? フェリル党に相手をさせますか?」 ムクガイヤ「いや、よく考え見れば私は魔王の顔すら知らん、それではあまりにルーゼルが哀れではないか、お前の暗黒騎士団と私の近衛魔術師団で決着をつけよう」 サルステーネ「御意」 ムクガイヤとサルステーネの軍は、王都をフェリル党に任せてイオナ平原へと出陣した……。 イオナ平原で対峙する事になった両軍。 ムクガイヤの兵力はすでに魔王軍の4倍近いものがあった……。 ルーゼル「お前が俺を召喚したムクガイヤか……、召喚してから今日まで姿をくらましているとはとんだチキンだったな……」 ムクガイヤ「これはこれは魔王ルーゼル、今日は魔王様にお礼が言いたくて一言、言いに参った」 ルーゼル「礼だと?」 ムクガイヤ「天下を取らせてくれてありがとう。 お前が、自称最強の魔王で、トライドと引き分けた時は心底落胆したが、こうして無事役割をはたしてくれて余も感激しておる」 ルーゼル「随分と気が早いな、まだ貴様は天下を取っていないであろう? それにお前はもう詰んでる」 ムクガイヤ「ククク、もはや哀れなピエロにはご退場願いたいのだが、慈悲深い私はお前に選択肢をやる」 ルーゼル「選択肢だと?」 ムクガイヤ「私の配下となれ、さすれば大陸の半分の領地を与えてやろう」 これは、よく物語などで魔王が勇者に言う台詞であった……。 ルーゼル「全部だ」 ムクガイヤ「何!?」 ルーゼル「この大陸は全て私のものだ……。チキンな貴様は南エルタに自治区を与えるからそこに引き篭もってろ!」 ムクガイヤ「ククク……。サルステーネ!」 ムクガイヤが叫ぶようにしてサルステーネの名を呼んだ、号令をかけろの意であった。 サルステーネ「はっ、全軍出撃!」 暗黒騎士団に号令がかかる。馬に乗った部隊がルーゼルの悪魔の軍勢に向かっていった……。 激しい戦いが続いた……。兵力で劣る魔王軍は何度も暗黒騎士団を押し戻す奮闘振りを見せる。 しかし、グウェンが戦死し、それに続きリリックも戦死する。 暗黒騎士団の兵を半分以下まで減らしたが、ついに一兵残らず討ち取られた……。 ルーゼルは魔力も体力も底をつき、近衛魔術師団の精製したゴーレムにうつ伏せにされた状態で押さえつけられる。 ムクガイヤ「流石は魔王ルーゼルよ……。精強な暗黒騎士団をこうもやられるとは……」 ルーゼル「お前の戦での働きはただ喋るだけか? 喋るだけなら誰でもできるぞ?」 ムクガイヤはルーゼルの頭を踏みつけた。 ムクガイヤ「うるさいぞ。貴様は負けたのだ……。最後ぐらい潔く負けを認めろ」 そして、そのまま座り込み、ルーゼルの髪の毛を掴んで強引に持ち上げた……。 ルーゼル「ムクガイヤ、お前の敗因はな、最後までチキンを貫かなかった事だ……」 ムクガイヤ「敗因だと?」 ルーゼルの表情は笑っていた、絶望的状況なのにもかかわらず余裕があった……。 逆にムクガイヤは自分に鳥肌立っているのを感じる。 ルーザル「お前が、私の相手をせずに、配下の者を差し向けていたら勝てたのにな……」 ルーゼルの体に光輝く文字が浮かび上がる。 何かしらの呪法をすでに自分の体に施していたのだ……。 ルーゼル「言っただろう? お前はもはや詰んでいるとな!」 ルーゼルは自爆した……。その爆発はその場にいた者全てを巻き込んだ……。 当然この戦いの生存者はいない……。 ■VSルートガルド ルーゼルの自爆によって発生した爆風による衝撃波は大陸全土に及んだ……。 イオナやハルトでは大地震が起き、イオナ平原に近いルートガルド城の窓ガラスは全て割れた、窓辺に立っていた者にはガラスの破片を浴び、重症を負う……。 ゴート3世「父上!」 ゴート3世は、城を襲った衝撃波を受け、寝たきりのトライド容態が気になったのは当然といえた、血相を変えて病室に向かう。 そして病室で見たものは、想像を絶するものだった。 宮廷医官のデッドライトは窓の近くに立っていたのか、ガラスの破片を全身に浴びていた……。 これだけなら、おかしい事は何もない、ゴート3世が目を疑ったのは、デッドライトが全身にガラスを浴びながらも平然と立っており。 そして、傷口からは全く出血していなかったからである。 人間と同じ姿をしているが、中身は全く異なるものというのが嫌でもわかった……。 ゴート3世「おまえ……。人間か?」 デッドライト「どうも、思った通りに事が運びませんでしたわね」 ゴート3世にではなくつぶやくように喋る……。 ゴートは警戒をしつつも、ベッドで眠っているはずの父親に目をやった。 しかし、ベッドに父の姿は無く、ワームホールの様な物が出来ていた……。 ゴート「貴様! 父上に何をしたあ?」 恐怖に震えつつも、怒り叫ぶゴート、デッドライトは意に介さない デッドライト「貴方の後ろにいらっしゃいますわ」 ゴート「はっ!?」 確かに、ゴートの後ろにトライドは立っていた……。骸の状態で……。 背丈や体格、わずかに残った特徴でそれが父だったものである事はわかった。そして生きてはいない事も……。 ゴート「貴様!」 しかし、デッドライトに何をするよりも早く、死霊と化したトライドに剣を振るわれる。 ゴートは何とかそれを交わし、体制を立て直そうとしたその時、デッドライトの放ったダークレイに肩を貫かれた! ゴートが死を覚悟した時 「地裂斬!」 フィーザレスが救援に駆けつけ、その技によって、床をブチ抜き、トライドとデッドライトを下の階に落とした。 フィーザレス「若! ご無事ですか?」 イオナ「ゴート様」 肩の傷にすぐさま回復魔法をかけて治療する。 ゴート「助かったフィーザレス」 フィーザレス「ここは危険です。一点に兵を集めて包囲を突破するのです、先ほどの衝撃波で敵は浮き足だっております。若なら必ずや突破できるでしょう。」 ゴート「わかった。」 その時、強大な死の波動がフィーザレスの開けた穴より噴出した。 ゴートとイオナ、フィーザレスをそれをかわすが、立ち位置は分断される。 下の階には、六枚の翼を持った人型の化け物がいた……。 フィーザレス「若、先に行ってください、必ず後から追いつきます。」 フィーザレスは既にここを死地と決めていているようだった……。 イオナ「行きましょうゴート様」 ゴート「フィーザレスよ、生きて必ずレオームを再興するのだ、これはお前の天命だ」 フィーザレス「はっ、必ず」」 フィーザレスはそのまま下の階に飛び降り化け物に飛び掛った……。 セトトンネルと呼ばれるその波動を放つ化け物は一体ではなかった……。 すでに、ルートガルド城の上空を何体も飛び回っている……。 ムッテンベル「親父様、城に異変が……」 ルルニーガ「うむ……。わかっておるわ」 苦々しい顔で上空にいる化け物を見つめる。 ムクガイヤと暗黒騎士団が向かったイオナの方で起こった爆音と衝撃波、そして、それに呼応するかのように現れた空を飛ぶ異形の化け物。 関係は不明だが、ルルニーガにはもはやムクガイヤは生きていないだろうという事は分かっていた……。 ルルニーガ「全軍退却」 この様な混乱している状況で、城から現れた化け物を攻めても、勝ち目が無いと踏んだルルニーガは全軍に退却を促した……。 その号令を受け、海路を封鎖していた第3軍、ローイス水軍も撤退を始める。 その時、軍団長であるニーナナスは、レオームの船を見かけたが、もはやそれどころではないとしてこれを見逃した……。 ■代表会議 王都から噴出した死霊の軍勢は止まる事を知らなかった。魔王軍と違って人を奴隷としてすら使うことはせず、逃げ遅れた人間はすべて魂ごと喰われていった……。 ムクガイヤがイオナ平原にて戦死したとの報を聞いたニースルーは、すぐさま軍団長や地方を治めている有権者達に書状を送って召集をかける。 後継者を特に決めていなかったムクガイヤを後を誰が継ぐのか? これをはっきりさせないと、各軍団や有権者達が独自に動き、再び戦乱になる事を懸念したのである。 王都を見渡す事のできるガルガンダ山で、会議は行われた。 集まったのは 第ニ軍 フェリル党 代表 バルバッタ 補佐 ルルニーガ 第三軍 ローイス水軍 代表 ニーナナス 補佐 ナシュカ 第四軍 薔薇十二字団 代表 ニースルー 補佐 チルク 第五軍 銀の夜明け団 代表 ヨネア 補佐 ドラスティーナ 第六軍 リュッセル・オーダー 代表 リジャースド 補佐 アーシャ オステア 代表 アルジュナ 補佐 キュラサイト パーサ 代表 キニー 補佐 エルフィス 穹廬奴 代表 ゲルニード 補佐 チョルチョ グリーン 代表 カルラ 補佐 ポートニック ガルガンダ 代表 ジャンク 補佐 オートム ラザム 代表 イオナ 補佐 ホルス の22名と、ムクガイヤ魔術師団の初期から在籍しているゾーマも呼ばれていた。 ラザムの使徒はムクガイヤの支配下になったわけではなかったが、王都に現れた死霊に対抗するには必要であり、また、この状況で戦うのは好ましくないためニースルーが書状を送っていた。 ニースルー「わかっていることと思いますが、大陸は今死霊が溢れ、未曾有の危機を迎えております。これを速やかに解決するため」 「まず、ムクガイヤ様の後継者というより、皆の代表を選びたいと思います。」 ニースルーが集めた趣旨を諸侯に説明していく……。 ソーマ「後継者に関して、ニースルー殿を私は推挙したいと思う。 「ムクガイヤ魔術師団の結成時からおり、フェリル島での政治活動、人格を考えて妥当な人選かと」 バルバッタ「俺も、ニースルーがいいと思うな」 ルルニーガにつねられて、ニースルーを押すバルバッタ。 ルルニーガ「ムクガイヤ魔術師団がここまで勢力を拡大したのは一重にニースルー殿の種族を差別しな人柄あってのこと」 ルルニーガの発言は大きかった、大陸制覇に多大な貢献をしており、武勇に優れ、多種族の信頼も厚いものがあった。 全員から賛成を得られることはなかったが、反対意見は少ない。 チルク「本人の意志も重要でしょう。ニースルーはその気があるの?」 ニースルー「…………。皆様に異論が無いなら、私が代表をやらせていただきます。」 沈黙を貫いているものはいたが、多くの賛同者を獲得し、ニースルーが代表に選ばれた……。 ニースルー「早速で申し訳ないのですが、私、ニースルーは代表を辞退したいと思います」 一同がざわつく、代表になっておいて、いきなり辞めたいと言い出したのだ。 ふざけるなと声を荒げるものもいたが、ルルニーガの静粛にという言葉で静まり返った……。 ルルニーガ「ニースルー殿、お考えを聞こうか」 ニースルー「私は、死霊の軍勢を討伐するに当たって、代表は武官の方が勤めるべきと思うからです」 至極、真っ当な主張に異論はおきない ニースルー「しかし、ながら、死霊が討伐されれば復興が次の課題となり、そして大陸の安寧と発展が私たちに課せられることになります。」 「我が君、ムクガイヤはレオーム王朝の腐敗を嘆き、よりよい世を作るため、賢人による統治を理想とし立ち上がりました。 故人を悪くいうわけではありませんが、しかし、彼は領土を拡大すればするほど、傲慢になり、かつて彼が嫌っていた者達となんら変わりない人物になっていました。」 仮に私が代表を務めても、腐敗していくでしょう。誰がなっても遅かれ速かれそうなります。 ならば、民衆一人一人に投票を行う権利を与え、代表を決めるべきです。 皆で代表を選び、代表には任期を定め、例え、政治が間違った方向に行っても、速やかに政権交代が行われるようにするべきなのです。 今するべき事は、ここにいる皆で投票を行い、一刻も速く大陸の平和を取り戻すため、死霊の軍勢に立ち向かう勇者を決めたいと思います。」 突然の提案に再びざわつきだす。代表を投票で決めるというのは今まで行われていなかったからである。 反論は出なかった、まずニースルーが一人の参加者としてではなく、一旦代表になってからの発言というのが大きい、つまり既に代表の言葉として絶対的なものがあるからである。 さらに言えば、この中で一番発言力を持っているのはルルニーガになる。そのルルニーガがニースルーを推す伏しがあるため、反対意見を言いづらい空気があった。 また、異種族が多く参加しているのも大きい。 この場に参加している異種族は、自分たちの種族が今後どう扱われていくのか? そこに関心がある。 大陸でもっとも繁栄している種族は人間であり、当然、極度の差別意識を持つものが代表になる事は好ましくない、ニースルーの主張は、最悪を回避しやすく、最悪の者が代表になっても任期が過ぎれば希望を得られるからである。 ニースルーの意向が通り、投票が行われた……。 大陸の代表となって死霊の軍勢に立ち向かうのはルルニーガが選ばれる……。 そして、代表となったルルニーガは、リッチートライドを滅ぼし、見事死霊の軍勢を打ち破ったのだった……。 ■ラザム裁判 戦乱が終わり、復興が大陸全土で行われ始めた頃、ニースルーは、ラザムを裁判にかけた……。 告訴内容は、 旧・銀の夜明け団の虐殺 闇の魔法を禁忌と定め、闇の魔法を覚えた者に対する迫害行為 光の魔法の独占行為 の3つである。 ラザム側の言い分として、闇の賢者が魔王を召喚し、戦乱を起こす事を予知した結果、それを阻止するため平和を維持する為に行った行為という主張がなされた。 しかし、ニースルーは、その予知をして行動をとった事が、当時の闇の賢者がヨネアに闇の魔法を教える事となり、魔王召喚の流れとなったため、戦乱の責任はヨネアではなくラザムにあるとした。 司法省長官に選出されたサーザイトはこれを認め、ラザムに戦乱の損害賠償を行う事を命じると共に、未来を予知する類の魔法を使用することを禁じた……。 これにより、ラザムの溜めこんだ資金は戦乱の復興の財源にされる事となる。 また、闇の魔法を禁忌としている事も、闇の魔法を覚えたからと言って、その者の人権が無くなるわけではないとし、ましてや迫害の理由にはならないとして敗訴となった。 光の魔法の独占に関しても、ラザムが独占することで、多額の医療費を要求する聖職者を増やす行為とし、敗訴となり独占を禁じた。 以上により、ラザムは深刻なまでの資金難となり組織を維持できなくなったため解散となる。 光の魔法は一般の魔法と同様となり、学校でも教わる事が容易となり、医療の発展を一助となった。 闇の魔法は、禁忌ではなくなったが、悪用される事が多いため、習うには資格が必要と定めれた。 信仰の自由は認められ、ラザムという組織が無くなっても、ラザムの教えを信じる人は無くならなかった……。 名前 コメント