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ハッピーエンド パイロット版 挑戦者 コメント TBS系列で放送していた内村光良司会の番組。 パイロット版 ダイノーズ♂:内村光良(ウッチャンナンチャン) 挑戦者 カイリキー♂:小島よしお コメント 名前 コメント すべてのコメントを見る
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ハッピーエンドを目指して 風が涼しいからちょっと寒いに変わる頃、私は夕日が綺麗に見える通学路を歩く。影は私の背から私よりも大きくなって、場所によっては車、通行人に踏まれていく。いや、踏まれるより影が一部に侵入する。 隣には誰も居ない。親友に友達、大事な後輩。そして彼女も・・・。 だから帰りに買い食いや楽器店に寄り道する事なんて無くなった。誰も誘ってくれる人が居ないから。 でも、別に構わない。こうして独りぼっちで帰るのも悲しくなんてない。独りで帰るのに、慣れてしまったのだから。 「・・・・・」 『・・・・バイバイ』 これが最後に彼女と話した言葉だ。 あれからもう1年になる。私と彼女は未だに会話すらしない。話すと言っても1ヶ月に一言二言あるかないか。 「消しゴム貸して」「いいよ、はい」ここ3ヶ月の彼女との会話回数だ。覚えてる私も嫌な気分になった。 そもそも発端は私でありそれも些細な出来事でも、言い争いでもない。 あれは私でも思い出したくない黒歴史だ。いや、私の中の最大の過ちである。 何故彼女の話を出したかと言うと、1年前は彼女と私ははお互いを愛していた。 恋人同士と言っても可笑しくない。いや、恋人だった。 私の要望で表では仲良しを演じ裏ではべったりとそんな仲だった。 「・・・・綺麗だな」 余りにも夕日が沈む様が綺麗だったから。美しかったから・・・パシャっとカメラに納める。 そしてデータのチェックをして再びカメラを構える。たまにデータを見てるとやっぱり昔のよりも最近撮った写真の方が上手く撮れている。思い出は新しい方が好き。 だから過去の写真は新しいのよりも綺麗に撮れてなかったらどんどん消している。でも昔の撮った方の景色が好きだったりした場合は撮っておく。 ここ最近のメモリーカードは夕日に夜空、海等の自然の思い出が増えている。 何時からだろう。部員の思い出から季節の思い出に刷り替わった日は。 『澪、まだ許して貰えないのかよ』 『・・・ゴメン』 『謝るのは唯だろ』 親友にそう言われた。それは2ヶ月前の話。 親友は私に言いたいことを告げて学校に戻って行った。HTTの練習をするために・・。そういう私はそのまま帰路に着く。軽音部なのにいけない私だ。 私が最後に音楽室を訪れたのが、3年目の新入生歓迎会の時。一応軽音部の一員だからしょうがなく参加した。違う。親友に無理矢理参加させられた。もちろん彼女も連れてこさせられていた。 音楽室の空気は絶対零度。私と彼女の冷めた空気が全てを壊していたからだ。 私と彼女がボーカルで引っ張っていたがあの時から私と彼女に代わり後輩がボーカルとMCをするようになった。 親友達が異変に気付いた時にはもう遅かったのだ。私と彼女の亀裂はとても深くにまで入り込んでいたのだ。 でもちょっと驚いたのはその異変に気づいた親友達の方だった。私と彼女は完璧に仲良しを演じきっていたのに・・・・。 ボロが出てバれた瞬間から私達はただの同級生になっていた。 親友と友達は私に説得を、大事な後輩と彼女の妹が彼女の説得をした。もちろん私と彼女は結構な意固地でダメな訳だからこうして今に至る。 親友が言っていた。私と彼女は同じ事を言っていた。彼女を説得する後輩もまた彼女に言ったのかも知れない。 『『これは私達の問題だから』』 「・・・・今日は星を見に行こう」 きっと良い星が見えるから・・・。 最近の趣味の一貫になっていた。嫌な事なんか忘れたい。流れ星に持っていって貰いたい。 そう。これは私にとって現実逃避だ。隣に居てくれた彼女を失った現実逃避だ。 でも現実逃避でもいい。何をしようが私の勝手だろ。だから現在進行形の状態で私達は会話をしなければ挨拶も・・・顔さえ会わせたりしないんだ。 『おい澪。何で昨日来なかったんだよ。唯も来てないけどよ』 今日は付いてない。何で嫌な思い出が蘇って来るんだ? もっと楽しいイメージを浮かべないといけないのに・・・。そっかもう楽しい事なんて無かったな。彼女が居た時・・・一緒だった時がピークだったのだ。 ラッキー程度ならテストで満点取った。夕飯にビーフシチューが出た。誰もが嬉しい。そんなラッキーが多かった。 ある1つだけの星を捕まえた。それは私の中で一番のラッキーだった。アンラッキーは彼女と出逢ってしまった私の存在がアンラッキーだった。そしてまた、捕まえた星を逃がしてしまったのもアンラッキーだった。 トンボが空を飛んでいる。数は判らない。だって動くから。一匹のトンボがあちこちに動きもう一匹のトンボが振り回されながらも付いていっていた。そのまま私の視界から見えなくなる。 だからトンボがどうなったかわからない。突然、蜘蛛の巣に引っ掛かるかも知れない。子供に虫取り網によって捕まえらるかもしれない。 過去の私達みたいに突然何があるのかわからない。 『どうだ?』 『凄く美味しい。憂と同じくらい!』 夢を見ていた。私達が幸せだった頃の過去の記憶。 テストが近いから一緒に勉強して一緒にご飯食べて一緒に一緒にお風呂に入って、一緒に寝た。新婚生活みたいな夢の様な思い出。今となってはどうでもいい過去の遺産なのに・・・涙が溢れてはハンカチで拭う。 後悔なんてしたって遅い。歯車は一度回りだしたら止まる事は普通は有り得ないからだ。 「・・・・」 どれが一番星何だろう?あれ?いやそっち?星はたくさんでわからない。私の思い出以上にあり、輝いている。 ベンチに座って温かい缶の飲み物をゆっくり味わいながら星を眺める。 この時期にこんな時代に星を眺めようなんて思う女子高生人は天文学部の女の子以外はそうはいない。いや、私がいたか。 やっぱり真夜中に1人で見るのには良い景色だ。たくさんの星を眺める私と反対に星は私に私以外の人・物・海など全てを眺めているのかもしれない。そう考えると少し恥ずかしくなった。夜の行動を全て星に見られてるからだ。 誰にも教えてない。誰にも知られてない。それにここ数ヶ月、誰にも見られた記憶がないし見た記憶がない。 別にそれが親友や友達、ただの通りかかりの人。なら別に良い物だった。 ちょうど私の座ってるベンチの反対側に座った。特に離す事はない。私はまだ信じている。反対に座っている人は私の知らない人である事を・・・。知り合いでも私は無視すればいい。相手の存在をなくせばいいのか、私の存在を消せばいいのか。別にそんな事、私にはは関係なかった。関わらなければいい話だから。 帰ろう。楽しみがちょっと幻滅した。1人で見るのが楽しいのに・・・がっかりだ。 「待って!」 最悪だ。声をかけられた。でも別に私じゃない。そう。演義なのだろう。演義なら迷惑はかからないがここでやらないで欲しかった。星を観賞してたのに・・・。私の楽しみを奪って・・・・。 でも、演劇の練習だ。そう。少なくとも私に向けて発したのではない。仮にそうだとしても私は無視する。無視してみせる。 だってそっくりだったから・・・・似ていたから・・・・・妹じゃない。彼女の声が聞こえたから。 私は声の主に振り向かずに歩く。 「澪ちゃん!」 ぎゅっ。擬音に例えたらこんな音だろう。背後から抱き締められた。しっかりお腹の部分で自分の手を握っている。 それよりも声はやっぱり彼女だった。それに私の名前まで呼ばれてしまった。 日本中に『澪』と言う名前の人は私以外にいる。でも、この場では?真夜中の2人っきりしかいないこの公園では?数ヶ月から私以外人を見た事ないこの公園に澪と言う名前の人は? 答えは居る。ただし、それは秋山澪。つまり私。彼女は私に向けて発した言葉だったのだ。 「・・・・ごめんなさい」 彼女は謝った。別に私は怒って居なかった。むしろ謝らないといけないのは私である。なのに何故?関係ない。私はもう関係ない。 風が吹いた。私の正面に向かって・・・。髪が鬱陶しい。 早く帰りたい。帰って寝たい。ふかふかの柔らかいベッドに挟まれて眠りたい。 もう最悪だ。今日は星を観に行かなきゃ良かった。最悪だ。最悪なのに・・・最悪なのに・・・・涙を流している私がいるからもっと最悪だ。 「・・・・もう、やだよ」 「辛いよ・・・辛くて死んじゃいたいよ・・・・」 「もう・・・我慢・・出来・・・ない・・よ」 「どうして?・・・・・どうしてこうなっちゃったの?」 彼女の涙混じりの声が私の心にも伝わる。 久しぶりに泣いている彼女の声を聞いた。変わってない。何も変わってない。軽い感じな泣き声。 でも、今の彼女は違う。テストの追試で焦ってるとか、発表で遅刻したとか、そんなんじゃない。 大切な何かを失った。大切な誰かを失った。だから泣く。悔しい?違う。恐怖?後悔?全然違う。 悲泣そのものだ。本当に大切な何か、誰かを失った。 いや、彼女は私を失った。私も彼女を失った。 「・・・・りっちゃんから聞いたよ・・・・あんな事があったなんて・・・・・それを知らずに私は・・・」 「・・・・なあ」 「何?」 「・・・・・」 言いたい言葉が見付からない。必死に頭を回転させるがキーワードが浮かんでこない。 彼女が何しに此処に来たか?そんな事仲直りしに来たって解りきってる。 仲直りしよっか。うん。なんて能天気な雰囲気な気持ちで仲直りなんて出来るわけない。 むしろ怖い。私は彼女が怖い。だって今の彼女の事を全然知らない。桜ヶ丘高校3年で妹に憂ちゃんが居て、軽音楽部所属で私の昔の恋人だった平沢唯しか・・・・私は知らない。 「・・・1年前の私はどうしてたんだ?」 「・・・・此処にいる私はどうすれば良いかわからないよ」 「・・・・・ごめんね。私バカだから・・・わからないよ・・・・・でもね。これだけは言えるよ」 私は今でも・・・・貴女の事を愛してる 帰りたかった。帰りたかったさっきまでの私の足は命令しても言うこと聞かない。身体が私の命令を聞かない。涙はどんどん流れるし、身体だって震えだしてる。 もう何すれば良いのかわからない。どうしたら良いの?誰か教えて?私はどうしたら良いの?何て言ったら良いの? ハッピーエンドを目指すには私はどうすれば良いの? 答え・・・・彼女に・・・今の気持ちを伝えれば良い。 「・・・・・ん」 「?」 「・・・・めん」 「えっ?」 「ごめん!」 「・・・私こそごめんなさい」 「良いよ」 「・・・・ありがとう。また恋人同士に戻ったね」 「・・・私を恋人として良いの?」 「うん」 振り向いて恋人の唯を思いっきり抱き締める。顔は見ない。私の顔は酷いだろうから。唯も抱き締めてきた。 公園の灯りと夜空の星が私達を見ている。料金を請求したいが別に良い。 一度捕まえた星。それを逃がしてしまった。 でももう一度捕まえた。今度は離さない。離すと本当に消えてしまいそうだから。 「そのまま聞いて。今度は誓うよ」 「もう、澪ちゃんを離さない。何があっても・・・澪ちゃんの事を愛します。私はハッピーエンドが大好きだから」 「・・・・ばか」 「えっ?」 「・・・嬉しいんだよばか」 「澪ちゃんも誓ってくれるかな?」 「恥ずかしくて言えないよ」 「えー」 「・・・だから」 ちょっと身体を離す。そこで初めて唯の顔を見た。目から涙を流してて腫れぼったい。それでも私の世界で一番大切で愛してる人の顔には代わりなかった。 自然と唯の瞳が閉じる。私も閉じる。視界が闇になる。関係ない。 私は言葉で表すのは苦手だ。だから行動で表した。私の唇を唯の唇にそっと重ねる。昔と変わらない柔らかくてゆるい唯の感触がする。きっと唯は私の感触を味わっているのだろう。 どのくらいか分からないが私から離れる。ゆっくり瞳を開ける。 そこにはちょっと涙目でもっとキスしていたいと上目遣いで訴える唯がいた。 そして今度は・・・唯から求められた。 二度目なのに嫌な気分にならない。寧ろ嬉しかった。唯からキスしてくれたから・・・・唯から私を求めてくれたから・・・。 今度は唯からゆっくり身体を離す。その顔は真っ赤。私も真っ赤だったに違いない。 もう一度ベンチに腰をかける。今度は唯と共に・・・。手は握ったまま、星を見つめた。 さっきよりも輝きが強くなっていた。まるで仲直りを祝ってくれるかのように・・・。 それでも私と唯はこれから頑張らないといけない。 この物語をハッピーエンドにするために・・・。 まずは、みんなに謝る。そこからだ。本当のハッピーエンドはまだ先にあるから。 でも・・・・今だけは、唯と2人っきりで夜空の星を見ていたい。それは唯も望んでいる事だから。 終わり。 題材はこれhttp //www.youtube.com/watch?v=Y9mFoMaYaEcなんだけど 全く関係なくなった。 初出:3- 637 …理由が気になる……憂がやたら出てきたし憂関連か…? -- (名無しさん) 2011-03-19 12 53 22 確かに理由がすごい気になった -- (名無しさん) 2011-08-09 23 54 35 何だ、ただの痴話喧嘩か -- (KYな俺) 2012-03-23 08 28 21 名前 コメント すべてのコメントを見る 戻る TOP
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807 名前:NPCさん[sage] 投稿日:2008/10/15(水) 14 52 16 ID ??? もしかしたら事故の領域かもしれないけとプチ報告。 特定のクラスのブレイクスルー技がないとハッピーエンドいけないシナリオ構成なのにGMから「○○いれてね」という指示がなかった。 おかげで解決法わかっているのにバッドエンドしか行けなかった。 ついでにボスの相性的にあるクラスは特技がほとんど役にたたない事も示唆がなかった。 おかげで一人、最終バトルが観戦席だった。 808 名前:NPCさん[sage] 投稿日:2008/10/15(水) 14 57 58 ID ??? どうみても事故だ 809 名前:NPCさん[sage] 投稿日:2008/10/15(水) 14 58 05 ID ??? ご都合主義が嫌いなんだろう 事故だ スレ203
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【ミケナイトの大冒険!】 第2話『VSハッピーエンドメーカー』 ミケナイトは散歩が大好き。 今日も独りでお散歩するの。 独りじゃ寂しくないかって? 大丈夫。タマ太はいつでも一緒だから。 「うぅー、まだ気持ち悪い……今日はお花畑に行って一日中お昼寝しよう……」 昨日のマタタビ酔いがまだ抜けてなくて、ミケナイトはふらふらです。 頭がぐらぐらします。 斬子さんに斬られた胸と腹の傷も、ハスナイト先輩に処置してもらったけどズキズキ痛みます。 それでも散歩は怠らないのは、猫としての矜持でしょうか。 ミケナイトはふらつく足で、丘の上のひまわり畑にナントカ辿り着きました。 眩しい太陽を見上げながら、大輪のひまわり達が見渡す限りに咲き誇っています。 そんなひまわり達に囲まれて、ひまわりにも負けないぐらいの笑顔で佇んでいる女の子がいました。 「こんにちは。私、馬術部のミケナイトです」 「あらこんにちは。私は時空の旅人、ハッピーエンドメーカーです。気持ちのいい天気ですね」 なんと彼女は普通の人間ではなく、時空を越えてあらゆる世界に幸福をもたらす天使なのだそうです。 そのように自分自身を『認識』している魔人ということかもしれませんが。 「あなた、怪我をしていますね」 ハッピーエンドメーカーは傷のあたりに手をかざし、ハッピーエネルギーを放出しました。 すると傷の痛みはやわらいでゆき、マタタビ宿酔いまで治まってきました。 「ありがとうございます。何か御礼を……」 ミケナイトは鞄の中から豆乳を取り出して、ハッピーエンドメーカーに一本あげました。 元気なひまわり達に囲まれて、仲良く飲む豆乳は格別においしいものです! 空には太陽が笑っています。 豆乳パックに描かれた太陽も笑っています。 「えっ……! 番長グループの一員なんですか!?」 「どうやら貴方とは敵同士だったみたいですね……」 しばらく話をしてから、ようやく二人はそのことに気付きました。 「どうして番長グループなんかに加担するんですか!?」 「そのほうがハッピーエンドに近付くからです。……その辺のイベント管理はA級フラグ建築士さんに任せてるので詳細は把握してませんけど」 (敵……! ここで討つべきだろうか……) ミケナイトは腰のスコップに手を掛けながらも、戦うべき相手かどうかまだ判断がつかず逡巡しました。 「ところで貴方の猫耳、生まれついてのものではないようですね」 緊迫した空気を和らげようと、ハッピーエンドメーカーは話を逸らした。 「でも、とても可愛いらしいですよ」 「えへへ……この耳は、一番の友達から貰った大切なものなんです」 自慢の猫耳を褒められたのでミケナイトは緊張を解き、嬉しそうに、そしてほんの少しだけ寂しそうに笑いました。 ……ハッピーエンドメーカーは、その僅かな表情の陰りを見逃しませんでした。 「なるほど……貴方の鬼雄戯大会はバッドエンドだったのですね……」 「……そんなこと、ないです。馬術部は守れたし、正騎士にもなれたし……」 歯切れの悪いミケナイトの応答に、ハッピーエンドメーカーは更に斬り込みます。 「それでは、貴方の『一番の友達』はどうなったのですか?」 「タマ太は……タマ太は願いを果たしました。だから……だから私の鬼雄戯大会はハッピーエンド……なん……です」 「認めません。ハッピーエンドとは解釈の余地なく、一点の曇りもないものでなければなりません」 「今の言葉を取り消しなさい!」 ミケナイトは腰のスコップを抜いた。 「私とタマ太が辿り着いたエンディングを……50年分のタマ太の想いを愚弄するなら、神様だって許さない! 狩るにゃんイクイップメント!」 スコップから閃光が放たれ、ミケナイトに額当てとガントレットが装着される。 そしてスコップが巨大化! 斬馬大円匙! 「いいえ、認めません。それがハッピーエンドだとしたら、なぜ貴方は泣いているのですか?」 ハッピーエンドメーカーが手を翳すと空間にブロックノイズが生じ、別世界から長剣が召喚される! 多幸剣バッドエンドブレイカー! 「だったら討ちます! っりゃあああーっ!」 ミケナイトの狩るにゃんヴォルテックス! 回避困難な旋回三連続攻撃! 金属同士の衝突音が響く! 敵は一歩も動かず多幸剣で大円匙を受け止めた! 「この技は……下手に避けようとするより、初段を防御したほうが被害が少ない……」 ハッピーエンドメーカーがミケナイトの必殺技仕様を完全に把握しているのには、理由がある。 彼女はメタ次元存在であり……その認識力は、有り体に言えばホーリーランドクラブのWikiを閲覧できるに等しいのだ! ハッピーエンドメーカーは多幸剣で天を指した。 「さあ、あなたにハッピーエンドを与えましょう。『アイアムハッピーエンド……」 掲げた剣の刀身に光り輝く球体が生じ、その球体はみるみる半径を増してゆきます! だが、光球が放たれようとする寸前! 「そんなのいらないっ!」 ミケナイトが叫んだ! その全身は赤熱し、皮膚から蒸気が立ち上る! 内なる獣性を解放して爆発的な身体能力を得る! これがミケナイトの…… ザンッ! 斬馬大円匙が猛スピードで振るわれハッピーエンドメーカーの胴体を両断! 速い! 腰から上下真っ二つに斬りはなされた上体が崩れ落ちる! これがミケナイトの奥の手! 狩るにゃんベスティアリ! 簡単に言うとギア2みたいなものです! 輪切りにされたハッピーエンドメーカーの肉体はブロックノイズと共に消失! 少し離れた場所に出現する無傷のハッピーエンドメーカー! 幻術か? ……いや、ミケナイトの特大スコップは確かに敵を斬り裂いていた。 ハッピーエンドメーカーは破壊された肉体を再生成したのだ。不死身! だがミケナイトは止まらない! 殺人ゴマのように回転しながら再生ハッピーエンドメーカーに迫る! ザンッ! 斬馬大円匙が猛スピードで振るわれ再生ハッピーエンドメーカーの胴体を両断! 速い! 腰から上下真っ二つに斬りはなされた上体が崩れ落ちブロックノイズと共に消失! 少し離れた場所に再々出現するハッピーエンドメーカー! ザンッ! 斬馬大円匙が猛スピードで振るわれ再々生ハッピーエンドメーカーの胴体を両断! 速い! (くうっ……多幸剣を再召喚する隙がない……! このままではハッピーエネルギーが尽きてしまう……!) ハッピーエンドメーカーは人間態を保ち続けることは不可能だと判断し、やむを得ず本来の姿に戻った。 爆発的な光の渦が弾ける! 光り輝く十二枚の翼に包まれた絡み合う二十五個のリング、そして瑠璃色の正八面体コア。 それがハッピーエンドメーカー本来の天使としての姿だ。 光の渦がミケナイトを弾き飛ばす! 天使は空へと高く舞い上がり、ブロックノイズを生じて……消えた。 ミケナイトは荒い息を吐きながらひまわり畑の中に倒れた。 狩るにゃんベスティアリは肉体負荷の高い両刃の剣なのだ。 そして、気付けのマタタビ薬を吸引しながら、タマ太との楽しい日々を思い浮かべ、泣いた。 第2話おわり。
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ハッピーエンドを目指して ◆5ddd1Yaifw 深緑の森に一人の少年が存在する。オレンジ色の髪に、ブレザーの制服とスラックス。 少年、音無結弦はぼーっとただその場に立っていた。 「今度は何だよ? 殺し合い? どうして?」 自分が現在進行形で巻き込まれている事態に頭が適応しない。 「巻き込まれる覚えなんてないぞ……」 それに、どうやって連れてこられたなど知る由もない。ただ夢ではないということは音無は理解はできた。 (これもまたゆりのミッション絡み……リアリティ重視のやつか?) ついさっきみた名簿には死んだ世界戦線の主要メンバーがほぼ揃っていた。 ならこれはいつものミッションと同じなのではないか? あの解説の天使の男と最初に死んだ女の子はゆりが用意したNPCであろう。 音無はひとまずそう仮の判断をした。 (だけど最後に残るのは一人だけか……いくら生き返るとはいえ感じが悪いな。仲間を殺すなんて……) このミッションのクリア条件は最後のひとりになること唯一つ。 イコール、此処に呼ばれている他のメンバーとも争わないといけないわけだ。 それ以外にも名簿にはたくさんの名前があった。死んだ世界戦線はここまで大規模だっただろうか? 加えて、自分達のリーダーであるゆりがこんな仲間割れしそうなことをするのか? メリットよりデメリットの方が多いと音無は感じた。 そこに一握りの疑問が残る。だが、考えてもわからないのは仕方がない。一旦その思考を止めた。 「幸いのことに俺にはちゃんとした武器が配られたようだな……さすがに悪ふざけでハリセンとかだったら困る」 音無が手に持つのはずっしりとした重さを感じさせる黒光りのする金属の物体。 コルトパイソンというリボルバーだ。 (コルトパイソンか……欲を言えばアサルトライフルとかサブマシンガンの方が良かったんだが。まあ仕方が無いか) はぁとため息を吐きながら付属で付いてきたホルダーを腰につけてコルトパイソンをそこに差す。 いつまでも此処にとどまってはいられない、何にしろ人を探さないと始まらない、そう思い森の中を音無は歩き始めた。 (誰もいないな、120っていう大人数なんだからそろそろ人とあってもおかしくはないと思うんだが) 歩いても歩いても人が見つからない。あるのは頭上から照る太陽の光と延々とそびえ立つ木々のみ。 これはやっぱり夢なんじゃないのかと再び考えはしたが、地面を踏みしめる感触も草木の匂いも本物だ。 頬をつねってみても普通に痛い。頭の思考もクリアだ。 「本当にこれは現実……なんだよな……」 いくらたっても何も起こらない現状に疑問を覚える。周りを見ても人の影は見られず、辺りは静寂を保っている。 (もうしばらく歩いてみるか……) そして歩いて数分後、音無はやっと人を見つけた。 「っ……やっぱり夢じゃねえのか」 人は人でも死人であったのだが。音無が見たのは黄色のセーラー服の少女――藤林椋が生を終えていた姿だった。 仰向けに倒れているその様からは顔など見れないが、ポッカリと真ん中に空いた傷から即死と判斷。 胸から流れ出していた血は固まっているが、血のむせ返るような鉄臭い匂いはまだこの辺りに残っていた。 周りにあるおせちは血飛沫が飛び散っていてとてもじゃないが食べる気が起きない。 「最も、死人の近くで食欲なんてわかないけどな」 直に復活すると音無は思い、そのままにしておこうと―― 「おい……ちょっと待てよ……!」 足を止めた。 おかしい。何かがおかしい。引っかかることが音無にはあった。 (血が固まっているってことはそれなりに時間が過ぎたって事だよな? そしたらもう復活してもおかしくないはずだ) そして音無は確認として椋の身体を触ることでますますその疑問を深くする。 (死後硬直が始まっている、嘘だろ……こいつ本当に“死んでる”じゃねえか!) 生気が感じられない顔、傷口の痕の部分の変色、血の乾き、死後硬直、死後の世界で見たことがない制服、名簿の人の多さ。 頭の中でピースが組み合わさっていく。 (これは……ミッションじゃない!? この子は“生きていた”?) 音無は先程のこの殺し合いがミッションだという仮説を破棄し、これが本当の殺し合いだという仮説に変更する。 (じゃあ俺らはどうなる? もしかして!?) この子が“生きていた”とするなら自分達も“生きている”。まだ仮説ではあるが信じる価値は十分ある。 音無は思わず顔が綻んでしまう。もう一度やり直せるかもしれないという希望を考えてしまったから。 (だけどそのためには――) ここに居る自分以外の人間を皆殺しにしなければならない。それも“生きた”人間を殺すのだ。 「出来るわけねえだろうがっ!!」 自分の根幹たる意志が許さない。無論、生きて帰りたいとは音無は思った。それでも駄目だったのだ。 妹である初音の死をきっかけにこの身体は他人のためにと誓いを立てたから。 どうしても破れなかった。 ――――あの■■い■■での■のように―――― それは一種の“呪い”としてこびりついている。 自分の幸せのために他人を犠牲にするな。お前に幸せになる権利はない。 ある種の強迫観念じみたものだ。だけど、空っぽだった音無がやっと見つけた生きるための“呪い”――人を救うこと。 今更この“呪い”を消すことなんてできない。 「俺は、救わないと。一人でも多くの参加者を」 人を救う過程では当然この殺し合いに乗った人物との戦闘もある。 音無はもう殺し合いを楽観視していない。 乗る参加者の方が多いこともあると最悪の仮定はしている。 「だけど人を救うためには殺すのも覚悟しないといけない、か。矛盾しているな、人を救うために人を殺すなんて」 そして音無は歩き始めた。ここからは行動有るのみ、振り返る必要はない。ただ前を向いて走るだけ。 「俺の一回だけの命……この使い方でいいんだ」 目指すは多くの人がここから生きて脱出をするハッピーエンド。 そこにあるのは多くの笑顔。 しかしそのヴィジョンに―― 「例え、最後は孤独の中で死んだとしても」 ――音無の姿はない。 【時間:1日目午後3時00分ごろ】 【場所:F-7】 音無結弦 【持ち物:コルトパイソン(6/6)、予備弾90、水・食料一日分】 【状況:健康】 053 神の摂理に挑む者達 時系列順 052 ACROSS THE SEVEN SEAS 031 さみしげなさざなみ 投下順 033 「All right let s go!」 GAME START 音無結弦 073 Dead of Alive?
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目指せ!ハッピーエンド ◆gry038wOvE さて、時刻は十時過ぎである。 昼飯の目安とされる時間まであと一、二時間というところだが、連戦していた一文字とラブのお腹はあまり満たされていなかった。 特に一文字だ。ラブもそれなりに空腹ではあるが、食欲はなぜか失せている。一文字は、朝飯も食べていないし、自由行動のできる時間のうちに、少し腹を満たしておきたいと考えていたのだ。 第一、十二時といえば、また放送が行われる。するとまた人の死を聞かされる。 その中に知り合いもいるかもしれないというのに、ご飯を食べるどころではない。 そのため、一文字とラブは少し早めに食事を摂ろうとしていた。 (ここに来てから食事を摂るのは……二回目か……) ラブはそう思いながら、デイパックの中身を漁っていた。 そう、彼女がここに来てから食事を摂るのは二回目になる。 巴マミ。 彼女との出会いを、ラブは忘れないだろう。しかし、彼女という友達ができてから、楽しい思い出と言えるのは、あのティータイムだけだった。 もう彼女とお茶を飲むことも、ドーナツを食べることも、楽しく話すこともできない。 そう思うと涙が出そうになったが、やはり物を食べる時くらいは楽しくやりたかった。ラブが急に涙を流したら、一文字もきっと困惑するだろう。 これから、カオルちゃんのドーナツを食べに行くたびに、マミのことを思い出すのだろうか。 せめて、マミの写真が欲しかった。彼女の姿を忘れない為に。 時間が経つと、人の顔は記憶の中で色あせてしまう。それがどんなに大事な人で、どんなに一緒にいた人のものでも、だ。 ただ、写真さえあれば、マミはずっとそのままの形で残り続けることができる。 しかし、ラブは今、もっと別の形で彼女を思い出すことができることに気づいた。 カオルちゃんのドーナツを見たときだ。 こうしてドーナツを眺めたとき、初めて彼女の姿を完全に思い出すことができる。それは、マミとお茶をしたときの表情であり、マミの死に際の微笑みでもあった。 だから思う。また、元の世界に戻っても、ラブはマミを思い出すのだろうと。 「……はぁ」 ラブは溜息を吐いた。 溜息を一つ吐けば、幸せも一つ逃げてしまうかもしれない。けれど、吐かずにはいられなかった。これは、幸せが一つ逃げたぶん、溜息を一つ吐いたのだ。 なんだか、食欲がなくなってしまう。 またしばらくしたら、戦いに借り出されるのだ。 思えば、ここに来てから幸せな時間なんて、そうそうあるものではない。ほとんどが戦いの記憶。それも、命をかけた戦いだ。 戦争と何ら変わりはない。 大砲のような威力を持つ力が、この場には幾らでもある。自分もその大砲の一つなのだ。 「一文字さんは、いつから仮面ライダーなんですか?」 ラブは少し訊いた。 この男性のことを、ラブはまだ全然知らない。 彼が仮面ライダー2号で、一文字隼人であること。それ以上の何も、彼女は知らない。 最初に出た質問がこんなものであるのは、少しおかしいかもしれないが、こんな場所にいるとおかしくもなる。 「ん? 随分前」 「随分前って、そんなアバウトな……」 「もう何年も、仮面ライダーのままだな……マトモな人間の体って、どんなものなのか忘れそうになるくらいだ。まあ、バケモノ呼ばわりされるのも、日常生活で力を加減するのも、悪の組織に狙われるのも、もう慣れたしな。……こうして飯を食うのも不自由しねえし」 一文字はそう言いながら、パンを咥える。 もはや哀愁も何もない。自然と、ただの会話の中で口から出て行くような言葉だった。 しかし、マトモな人間の体だとか、バケモノ呼ばわりだとか、一文字の口から出てくる言葉は少し自嘲気味でもある。 「ああ、そういや言い忘れてたけど、俺は改造人間とかいうヤツで、体がほとんど機械なんだ。そのお陰であんな姿に変身できる」 「改造人間!?」 「カメラマンやってたんだけどな……ちょっと危ない橋渡りすぎた。ショッカーとかいう秘密結社に捕まって、組織に忠実な改造人間にされるところだった。脳までイジらされてな。そんで、それを助けてくれたのが仮面ライダー1号、本郷猛だった。まあ、俺はそん時、既に俺の体は改造されちまってたから、あいつは俺を助けちまったことを後悔したらしいけどな」 「本郷猛さん、ですか……」 本郷猛。その名前は聞き覚えがあった。 あの広間で一文字と共に呼ばれた男で、放送で死者として呼ばれた名前である。 一文字隼人の命の恩人にあたるはずが、既に死んでしまったらしい。 「……コラ、あんまり悲しそうな顔すんなよ。本郷はきっと、誰かのために死んだんだ。あいつも本望さ。改造人間になったら、生きることは死ぬことより遥かに苦痛だって言ってたしな。……ま、あいつに未練があるってなら、BADANや加頭を叩き潰せないうちに死んじまったことだろう」 生を苦痛と感じながらも、誰かを護るために生きる。それが、本郷猛の生き方だった。 改造人間になる者がこれからも増えるのなら、それを防ぐために。自らと同じ苦しみを誰にも味合わせないために。 「……一文字さんは?」 「あ?」 「一文字さんは、生きることがそんなに苦痛なんですか?」 ラブは、まだ悲しげだった。 返答によっては、泣き出して、一文字に小言を言いかねない。 大人らしく、素敵な答え方を考えるが、そう考えるとやはり自分の内面について深く考える必要が出てきた。 こんな質問をする人間は、極稀にいるが、こんな若い少女だったことはない。 「……ま、楽しくはねえな。辛いことの方がずっと多い。俺たちにとっちゃ、毎日がこのバトルロワイアルみたいなもんだ。でも、だからこそたまーに少しでも楽しいことがあると、それがたまらなく嬉しいんだよな。どんな些細なことでも、そのために生きられるっていうくらいって感じる……まあ、そんなとこかな」 「……」 「そうだな、たとえば、飯食ってるときとかも、結構楽しい時間だ」 一文字は表情も変えずにパンを食べている。 一食分は軽く食べるつもりだろう。ラブはまだ、何も口に入れていなかった。 「しかし、これはあんまり美味くねえな。……ま、飯にも嫌な思い出ってのが一つあるんだよ。ネオショッカーとかいう連中のせいで」 「い、一体何が……」 「飯屋で勘定が10万円とかわけのわからないこと言われて、無銭飲食で捕まった」 「じゅ、10万円!? どれだけ食べたんですか!?」 「テンプラ定食ひとつ」 ラブは冗談だと思って、思わず噴出してしまう。一文字という男は、こういう男だった。 たとえ辛い話題でも、すぐに笑い話に変えてしまう。 本当の意味で、誰よりも感情が「顔に出てしまう」男だったので、辛さは極力隠して生きてきた。たとえ悲しいと思っていても、それを顔に出しても、誰かの笑顔は生まれない。 「で、飯は食わないのかい? 俺が食っちまうぞ」 「いえ、……でも、食べ物を前にすると、少し思い出すんです」 「なんかあったのか?」 「数時間前です。私と一緒にお茶をした巴マミっていう女の子が……」 「巴、マミ……」 聞き覚えがあるので、一文字は一度その名前を復唱する。そして、口を開いたことを後悔した。 巴マミ。その名前は死者の名前であった。 一文字の知り合いにも真美という女性がいたので、その名前ははっきりと覚えている。 ラブと知り合いだったのか、と思うと一文字も少し暗い表情をする。 「さっき、一文字さんは本郷さんの事を教えてくれましたよね。私は本郷さんのことをよく知らなかったけど、その話を聞いたらどんな人なのか……っていうのがよくわかりました」 「……」 「人は死ぬのも辛いけど、忘れられてしまうことも辛いんじゃないかって思うんです。私、マミさんの事、色んな人に知って欲しい。マミさんの知り合いも、二人死んでしまったから……だから、マミさんについての話、聞いてくれますか?」 「……ああ、そうだな。でも、一つだけ条件出していいか?」 「なんですか?」 「飯は食っとけ」 ★ ★ ★ ★ ★ 一文字は巴マミという女性について、あらゆる情報を得た。 彼女の知り合いの名前や、彼女の様子・外見、彼女とドーナツを食べたことや、彼女の死に様に至るまで、はっきりと告げた。 ラブはそれを伝える中で、自分がマミについて知っていることなんて、ほんの少ししかないのだと気づいた。自分が思っている以上に、一文字に伝えられる情報は少なかった。 忘れていることなんて、一つもないはずなのに、ラブは全てを話すことはなかった。 パンは少しだけ減っている。 一応朝食を食べていたことや、気分が優れない状態であることもあり、一食分は減っていない。 それでも、もう彼女は「ごちそうさま」と言っていた。 一文字は、摂取量については何も言わない。むしろ、彼女の話の方に気が向いていた。 「良い友達に出会えたんだな」 「……はい」 ラブの言葉は、少しだけくぐもっていた。 一文字は、ラブにどういう言葉をかけるか迷った。 良い友達に会えたのはいい。しかし、その友達を失ってしまったのが、問題なのだ。 「それに、テッカマンとかいう奴等が殺し合いに乗ってるのもわかった……そいつら、絶対許せねえ」 マミについての話に、必然的に登場する「テッカマン」というワードもかなり重要だった。 このテッカマンは、マミやラブを襲撃した相手である。プリキュアを撃退するということは、なかなかの強敵だろう。 そのうえ、相手が少女であっても容赦なく襲撃し、人を蟻共と呼ぶ歪んだ人間性の持主である。 実際、テッカマンが誰もそうであるとは思えない。 「俺も会いたかったよ、そのマミって奴に……良い奴が、何故かいっぱい巻き込まれてるんだよな、この殺し合い……」 正義感の強い者、人を思い遣る者、人を守る者……この殺し合いにはそんな人間がたくさんいた。仮面ライダーはもちろん、ナイトレイダーやプリキュア、魔法少女など、暗黒騎士など、何人もいる。 というより、善人と悪人に極端に二分されているのだ。 魔法少女にしろ、テッカマンにしろ、仮面ライダーにしろ、プリキュアにしろ、変身能力の持主という点で共通しており、例外であるナイトレイダーも特殊部隊。 まあ、善や悪が必然的に関わってくる立場の人間であるのが特徴だ。一般人がいるのかどうかも怪しいところだ。 「……でもな、ラブ。その子を死なせちまったせいで、さっきから暗い顔してるが、それって全然良いことじゃないと思うぜ」 「え?」 「罪悪感を感じるのは、君が良い奴っていうことの証でもある。けど、それを顔に出し続けるのは、自分がそれだけ良い奴だって言って回ってるだけだ、それ以外の何にもならねえ。……お前がマミって奴との約束を果たしたい反面で、マミを死なせた罪悪感を感じてるのは、俺にもよくわかるよ」 「……はい」 「けどな、罪悪感を感じていても、それに潰されそうでも、笑顔でいれば、もっと周りのためになることがある。他人の笑顔を作れるし、他人に幸せを分けられるだろ? まあ、明るくやるのも暗くやるのもラブの自由だけどな。で、ラブはどっちがいい?」 それは、幾つもの罪悪感を、幾つもの悲しみを、幾つもの殺人を、幾つもの痛みを笑顔の裏に抱えてきた男の言葉だった。 明るい笑顔でいるか、暗く俯いた顔でいるか、ラブはどちらを選ぶか、一文字は聞きたかった。 この選択は、実は生易しいものではない。 己の痛みを隠して生きていくというのは、修羅の道である。 しかし、一文字はラブにはその修羅の道を行き続けてほしいと思ったのだ。 それは────一文字自身が、その修羅の道を進んだ結果に見られる他人の笑顔を、案外楽しんでるからに違いない。 「私は、」 「待った。答えを言う必要はねえ。ここでどう答えたって、実際どうなるかはわからねえしな。だから、答えを見つけたら態度で示せ。その方が、意味がある」 「はい!」 一文字は、ラブの表情を見て笑った。 それは、ラブが一文字の言葉を納得し、「他人の笑顔を作る」ことを決めたゆえの笑顔だった。 また、ラブと人との約束が増えた。 ★ ★ ★ ★ ★ 「で、飯のついでだから支給品を出してみたが……」 「なんでそんなに説明口調なんですか」 一文字とラブの前に、支給品がざっと出されている。 姫矢准による戦場写真や、ドーナツ、毛布、紅茶のほかに少しだけ、他の支給品が残っていた。 それらの支給品をお互い見せ合うのは、やはりその支給品の本来の持主を探る為だろう。 しかし、お互いに心当たりの所持品は一切なかった。 「ほんと、何に使うのかもわからねえガラクタばっかりだな」 毛布やドーナツはある意味役に立つが、写真などは役立たず。 それと同じように、役に立つものと役に立たないものを分類する。 まずは戦闘に使えそうなものに分類される支給品。 これは一つしかない。一文字の支給品だ。 「モロトフ火炎手榴弾……」 モロトフ火炎手榴弾、三つ。そういえば、モロトフとかいう参加者もいたが、この際それはどうでもいい。 これはなかなか強力な武器で、扱いを充分注意しなければならない支給品だ。 そもそも、手榴弾や重火器自体、かなり扱いを注意しなければならない代物なのは言うまでもない。しかし、そのリスクの割には、この場での実際の効用が低いのが問題だ。 先ほど、強力な武器とは言ったが、この場では別だ。何せ、誰もが仮面ライダーのような力の持主なのだから。 次に生活を便利にするものに分類される支給品。 これは毛布やドーナツ以外にも、一つあった。これはラブが受け取ったマミの支給品である。 「うわあ……何だかわからないものがいっぱい……」 工具箱だ。これについては色々と考えることがある。 首輪という存在があることを踏まえて考えると、主催者の意図が見え隠れしてくる。 ドライバーやスパナなどの工具が入っているということは、首輪の解除にも使用できる可能性が高い。ドライバーも何種類もあるため、もはや何を使えば良いのかさっぱりだ。 これで首輪を解除してみろ、ということなのだろうか? ──この首輪がこんなものでは外れないから、無駄な努力をする人間を笑おうということなのだろうか。 それとも、これを解除してしまうこともゲームの一部と考えているのだろうか。 とりあえず、しばらくはこれを使うわけにはいかない。 マミの首輪はあるが、サイズは一文字たちのものに比べると小さく、このドライバーで解除を実験できるかはわからないし、第一、貴重な首輪を一文字の手で迂闊に使ってしまうのも問題だ。 こういう事は、結城や沖など、科学知識が一文字よりも遥かに高い人間に任せた方がよさそうだ。 一文字も、機械について、ある程度の知識はあるが、より専門的な人間に任せた方が得策だ。 少なくとも、彼らが放送で呼ばれていない現状ではその方がずっといい。 そして、何にも使えそうにない支給品がふたつ。 「……まずは俺の支給品だな。タカラガイの貝殻だ」 これはガラクタ以上の何者でもないだろう。 使い道もないだろうし、実際このゲーム内での用途はない。 実質、一文字の支給品の中で戦闘に使えそうなものはモロトフ・カクテルのみだろう。 残りはタカラガイと写真だけだ。人によっては、こんな支給のされ方もあるということだ。 「それと、絵本ですね」 マミの支給品は、「黒い炎と黄金の風」という絵本である。 最後のページが真っ白な、不思議な絵本だった。画力は高いし、話は単純ながらも勧善懲悪とヒーローの悲哀を感じ、どことなく一文字やラブも共感しやすい内容だった。 無論、何の効力もないガラクタには違いないのだが、しかし、何かを感じる。 この絵本に描かれた、「黄金の戦士」という希望。それは、まるでラブや一文字のような存在のことであるような。そういえば、マミも黄色系の色であった。 とにかく、殺し合いの場に借り出されるような邪気のある本ではないと思う。この作品は、何か希望を信じている人が書いた作品であるような気がするのだ。 「……まあ、支給品がガラクタだろうが、俺たちには俺たちの力があるから、別に問題はないだろ」 「そうですね。でも、何の意図があって、貝殻や絵本を……? 工具箱は、加頭っていう人やサラマンダー男爵にとっても不利になるものだし、この絵本なんかは、まるで──」 「ああ、これを読んだら、まあ……よっぽど感受性の高い奴に限るが、逆に俺たち対主催組の士気が上がるんじゃねえか? って感じだな」 「そうですね! この絵本の騎士みたいに、私たちが黒い炎を振り払わないと!」 (その感受性高い奴はここにいたよ……) ラブの目は、この絵本を読んで無駄に輝いている。 はっと、ラブはこの絵本の最後のページが気になった。 「一文字さん、この白いページの先はどうなるんでしょう……?」 「ん? そりゃ、流石に作者しかわからねえだろ。…………と思ったが、いや、やっぱり違うなコレ」 「え?」 「真っ当な出版物には乱丁・落丁なんて滅多にないし……それも最後のページがないってのは、出来すぎだ。これは、作者の意図で、わざと最後のページが真っ白になってるみたいだな。この先のストーリーは読者で決めろ、っていうことだろう」 仮にも出版物と関わる職業だった一文字は、その本を見て言った。 おそらく、余韻を残す意味と、最後のページを自由に書かせる意味があったのだろう。 子供の想像力を作るにも良し。最後のページまでに、もうこのストーリーは作者の手を離れているのだ。 ラブの考えるエンディングは一つだ。 「……じゃあ、やっぱりハッピーエンドがいいですね」 「そうだな。ま、この絵本もマミから受け継いだものだろ。最後一ページ、自由に描いてくれや」 「一文字さんも一緒に、ですよ」 ラブに言われて、一文字は彼女がこの絵本を現実に当てはめて考えていることに気がついた。 なるほど……この殺し合いにハッピーエンドを作れ、ということか。一文字は苦笑する。 面白いことを言う子だ。 「……そうかい。まあ、少しは協力するぜ」 二人は休息を終えて立ち上がる。 ラブが知り合った女の子に、星空みゆきという子がいた。 そして、その子は物語にハッピーエンドを作ることを目指していた。 そう、ラブも同感だ。 更に言うなら、一文字も同じである。 「で、それはともかくこの貝殻はなんか意味があるのか……」 「その貝殻は……って、なんで余計な話するんですか! 折角、話も綺麗に纏まったところなのにー!」 「いや、オチも必要かなって思って」 「いりませんよ!」 ──ちなみに、このタカラガイは千樹憐という男が、ある施設から脱出した際に海辺で得たものである。 絶対に脱出できないとされた施設から、ただ広い世界を見に行く為に憐は脱走し、友達に渡した貝である。 運命に抗う希望、その象徴ともいえる貝殻だった。 まあ、そんなバックグラウンドは、憐がここにいない以上、誰も知る由もないが。 【1日目/昼】 【F-2】 【桃園ラブ@フレッシュプリキュア!】 [状態]:疲労(中)、ダメージ(中)、精神的疲労(中)、罪悪感と自己嫌悪と悲しみ、決意 [装備]:リンクルン@フレッシュプリキュア! [道具]:支給品一式×2(食料少消費)、カオルちゃん特製のドーナツ(少し減っている)@フレッシュプリキュア!、毛布×2@現実、ペットボトルに入った紅茶@現実、巴マミの首輪、工具箱、黒い炎と黄金の風@牙狼─GARO─ 基本:誰も犠牲にしたりしない、みんなの幸せを守る。 1:今は一文字さんを守りながら休む。 2:マミさんの遺志を継いで、みんなの明日を守るために戦う。 3:プリキュアのみんなと出来るだけ早く再会したい。 4:マミさんの知り合いを助けたい。もしも会えたらマミさんの事を伝えて謝る。 5:犠牲にされた人達(堂本剛三、フリッツ、クモジャキー、巴マミ、放送で呼ばれた参加者達)への罪悪感。 6:ダークプリキュアとテッカマンランス(本名は知らない)と暗黒騎士キバ(本名は知らない)には気をつける。 7:どうして、サラマンダー男爵が……? 8:石堀さん達、大丈夫かな……? [備考] ※本編終了後からの参戦です。 ※花咲つぼみ、来海えりか、明堂院いつき、月影ゆりの存在を知っています。 ※クモジャキーとダークプリキュアに関しては詳しい所までは知りません。 ※加頭順の背後にフュージョン、ボトム、ブラックホールのような存在がいると考えています。 ※放送で現れたサラマンダー男爵は偽者だと考えています。 【一文字隼人@仮面ライダーSPIRITS】 [状態]:疲労(中)、ダメージ(中)、胸部に斬痕、左腕が全体的に麻痺 [装備]:モロトフ火炎手榴弾×3 [道具]:支給品一式(食料一食分消費)、姫矢の戦場写真@ウルトラマンネクサス、タカラガイの貝殻@ウルトラマンネクサス [思考] 基本:仮面ライダーとして正義を果たす 0:今は身体を休める。 1:ラブと一緒に石堀達を探しながら市街地を目指す 2:他の仮面ライダーを捜す 3:暗黒騎士キバを倒す(但しキバは永くないと推測) 4:もしも村雨が記憶を求めてゲームに乗ってるなら止める 5:元の世界に帰ったらバダンを叩き潰す 6:この場において仮面ライダーの力は通用するのか……? [備考] ※参戦時期は第3部以降。 ※この場に参加している人物の多くが特殊な能力な持主だと推測しています。 ※加頭やドーパントに新たな悪の組織の予感を感じています(今のところ、バダンとは別と考えている)。 ※参加者の時間軸が異なる可能性があることに気付きました ※18時までに市街地エリアに向かう予定です。 ※村エリアから南の道を進む予定です。(途中、どのルートを進むかは後続の書き手さんにお任せします) ※つぼみからプリキュア、砂漠の使徒、サラマンダー男爵について聞きました フレプリ勢、ハトプリ勢の参加者の話も聞いています ※石堀の世界について、ウルトラマンやビーストも含めある程度聞きました(ザギとして知っている情報は一切聞いていません) 【支給品解説】 【モロトフ火炎手榴弾@現実】 一文字隼人に支給。 旧ソ連で開発された焼夷手投げ弾。形状は棒状の柄の先に燃料 (焼夷剤) が詰まった陶磁器製の容器が装着されたもので、燃料にはガソリン・ベンジン・硫黄、そのほかにも高オクタン燃料やピクリン酸や硫酸の混合液など、さまざまな可燃物が使用されていた。 使用方法は炸薬部に付属する安全ピンを抜き信管部分を摩擦発火、その後投擲を行う。遅延時間は0秒から10秒まで設定することができたため中の燃料を十分気化させてからの爆発も可能であった。着火すると陶磁器製の弾頭部分が破裂し飛散、その後十分気化した可燃性燃料が引火し周囲を巻き込み爆発を起こす。そのため使用方法を誤ると大変危険な武器でもあった。 参加者のモロトフとは関係ない。 【タカラガイの貝殻@ウルトラマンネクサス】 一文字隼人に支給。 千樹憐が、プロメテの子の施設を抜け出して海へ行ったとき、拾ってきて吉良沢優に渡した貝殻。 タカラガイは非常に綺麗な貝殻を持つことで有名。 吉良沢はこの貝殻を現在も大事にしている。 【工具箱@現実】 巴マミに支給。 ドライバー、スパナ、ペンチ、ニッパ、ハンマー等等がそれぞれ多種類ずつ入れられた工具箱。 持ち運びやすい手持ちタイプで、もしかしたら首輪の解除に使えるかもしれない。 【黒い炎と黄金の風@牙狼】 巴マミに支給。 御月カオルの父が描いた絵本であり、黄金騎士(鋼牙の父・大河)とホラーの戦いについて描かれている。 最後の1ページは意図的に空白になっており、見た人それぞれが黄金騎士の未来を描くようになっている。 最終回にて、カオルが描いた最後の1ページを読んだ鋼牙は号泣する。 時系列順で読む Back 果てしなき望みNext あざ笑う闇 投下順で読む Back Nのステージ/英雄─ヒーロー─Next あざ笑う闇 Back ピーチと二号! 生まれる救世の光!!(後編) 桃園ラブ Next 悲しみの放送! 想いを忘れないで!! Back ピーチと二号! 生まれる救世の光!!(後編) 一文字隼人 Next 悲しみの放送! 想いを忘れないで!!
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【検索用 はっひーえんとにてきたなら 登録タグ 2015年 IA VOCALOID は 曲 曲は 森本ヒロシート】 + 目次 目次 曲紹介 歌詞 コメント 作詞:森本ヒロシート 作曲:森本ヒロシート 編曲:森本ヒロシート 唄:IA 曲紹介 曲名:『ハッピーエンドにできたなら』 遠い場所に居る友人宛に書いた曲です。これからもよろしくね。(投コメより) 歌詞 (piaproより転載) 終わりはいつか来てしまうから夢だけ見ていたいと思う そんなわがままばかり言って前を見ようとしないばかりで ねぇ 今を不自由もなく満足に生きられるとしたら 次はそれに不満を感じろくに幸せも感じれないよ 永遠なんてどこにもなくていつかの別れにそっと近づく それでも永遠になるそう信じていたいと思う 消えないでいいの 誰も明日いなくなるなんて聞いてない筈なのに もうさよならもおやすみも言えなくなる 君は今も夢を見たままだ ねぇ いつか終わりが来ると知っていたのならこれまで以上に もっと今を愛せるようにどうか大切にできたのかな 近道なんてどこにもなくて遷化への出口へそっと近づく それでも生きている瞬間は何よりもかけがえないのに いかないでほしいの だけどお別れはしなきゃいけないから もう 枯れちまうように涙を流せ 夢でまた会えるように 止まないでいいの雨よ こぼれる血と涙をすべて流して忘れさせておくれ さぁ 掻き鳴らせ君が残したメロディ これからもみんなに愛されるように コメント 名前 コメント
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ツンデレ(で、お嬢な感じ希望) ヤンデレに追い込まれる 精神的屈辱をあたえる ツンデレ精神崩壊状態 まとめ役ツンデレ救う かろうじてツンデレいきてる そのことを不満に思いながらもヤンデレは主人公カップルを潰しにいこうとする 主人公、対抗 ちゃんと今までおもってたこと全部話す 友達のこととか交えながら ヤンデレはとてもしあわせってことを教えてあげる ヤンデレきくみみもたず 近づいて刺そうとするがそれをミステリアスがよんできた弟がとめる 弟「ねーさん!ねーさんやめて、もうやりすぎだよ!」 弟、ヤンデレに告白 ヤンデレ信じられない (ry
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アーティスト:back number レベル:7 登場回数:4(レギュラー版第24回、第28回、第32回、第34回) 挑戦結果 挑戦者なし
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読者の皆様へ。 本作はハッピーさんの作者が執筆しております。 しかし、この作品は、全キャラのプロローグ設定に準拠しております。 数多のキャラクター達の世界と完全に地続きの物語としてお楽しみください。 + つまりどういう状態? ハッピーさん:ファイの守っていた山乃端一人を護衛に向かい、典礼を撃破(第一話)。山乃端一人が複数存在することを知り調査を始める。山乃端万魔と協力をして憑坐操を撃破。(第二話) 山乃端一人の能力が分割されていること、まもなく転校生が攻めてくることを知る。 逢合死星:【海中に囚われている】山乃端一人を守護している。 柳煎餅:【平々凡々な少女である】山乃端一人を守護している。 すーぱーブルマニアンさん十七歳:【変態から守ってあげた少女】が山乃端一人であった。 瑞浪星羅:【シャーロキアンの常連である】山乃端一人の友人である。 端間一画:【ひとりぼっちである】山乃端一人を守護している。 望月餅子:【幼馴染であり《獄魔》の使い手である】山乃端一人を守護している。 宵空あかね:【自分に手を差し伸べてくれた】山乃端一人に恩義を感じている。 空渡丈太郎:【「信頼のおけない語り手」の使い手である】山乃端一人とプラトニックな関係を築いている。 山乃端万魔:【万魔とそっくりな】山乃端一人の友人である。ハッピーさんと協力して憑坐操を撃破している。今回の事件の概要は理解している。 ジョン・ドゥ:【シスター服姿の】山乃端一人の花婿を自称している。ハッピーさんと協力して典礼と憑坐操を撃破している。 多田野精子:【全ての】山乃端一人を孕ませたい。 ウスッペラード:【山乃端一族の責を背負わされた】山乃端一人を守護している。 浅葱和泉:【後輩の】山乃端一人を憎からず思っている。 徳田愛莉:【同学年の親友】山乃端一人を守護している。 鍵掛錠:【クラスメイトの】山乃端一人を守護している。この日常を続けたい。 ファイ:『大体何でも屋レムナント』として、【アグレッシブな】山乃端一人を護衛中。 アヴァ・シャルラッハロート:【漫研入部希望の少女である】山乃端一人を守護している。 有間真陽:【百億を借り受けた爆弾魔である】山乃端一人から取り立てをしようとしている。 山居ジャック:【家族同然で看護師の】山乃端一人を守護している。 キーラ・カラス:【親友でクラスメイトの】山乃端一人を守護している。 諏訪梨絵:【主人である】山乃端一人に仕えている。 ルルハリル:【拳銃を手にしてしまった】山乃端一人の障害を皆殺しにしている。 鬼姫殺人:【命じられた護衛対象】である山乃端一人を守護している。 クリープ:【自らを使役する】山乃端一人に仕えている。 月光・S・ピエロ:【殺しのターゲットである】山乃端一人を老衰まで見守るつもりだ。 ◆◆◆ ハッピーさんと ハッピーエンド ◆◆◆ むかしむかしの物語 全ての物語は「むかしむかしあるところに」から始まると述べたのは、エルンスト・ゴンブリッチであったか。 偉大な美術史家の言葉の通り、その物語も「むかしむかしあるところに」で幕を開ける。 むかしむかしあるところに、炎の剣を操る偉大で勇敢な女王がおりましたとさ。 ――『エスカルゴ王列史』 『アーサー王物語』、『ベーオウルフ』、『指輪物語』、『西遊記』…。数多の少年少女を夢中にさせる伝説と並び称されるあまりにも有名な創作上の(・ ・ ・ ・)物語。 伝説の女王にして英雄、クイーン・エウロペア1世によるエスカルゴ王国の建国史。 猛る炎の聖剣を用いて蛮族を蹴散らし、邪竜を打ち払い、民を愛し愛されたと言われる女傑の物語。 その物語は、並行世界であっても変わらず輝き続ける。 幾重にも分散した数々の並行世界であっても、キリスト教が変わらず存在するように、『エスカルゴ王列史』は人々の心に在り続けた。 勿論、可能性の数だけ広がりを見せる並行世界において『エスカルゴ王列史』も数多の姿を見せた。 そこまで人気がなくひっそりと古本屋で埃をかぶっていた世界があったかもしれない。 『エスカルゴ王列史』が様々な国で同時に生まれていた世界があったかもしれない。 『エスカルゴ王列史』が唾棄すべき悪の物語と語られている世界があったかもしれない。 いつかの古都のように物語の人物であるはずの女王が顕現し、どこかの誰かに救いをもたらす世界があったかもしれない。 ――そして、そして。嗚呼――そして。 顕現したにもかかわらず、一人の少女を救う事が出来なかった世界があったかもしれない。 「助けて」 と。 手を強く伸ばした幼いただ一人の少女を、伝説の女王にもかかわらず救いきれなかった世界があったかもしれない。そうして、数多の臣民を失った戦でも流さなかった涙を滂沱と流し、絶望にくれた世界があったかもしれない。 勿論、そんな世界はまず(・ ・)ないだろう。 それは強き伝説の女王としては在ってはならない姿。 諸人を照らし、希望の道しるべとなるべき女王が、一人のちっぽけな少女の死に傷ついたなど! どうしようもなく、心という器にひびが入ってしまったなど! 在ってはならない。 …だからこそその(・ ・)彼女は、もうクイーン・エウロペア1世ではないのだろう。 クイーン・エウロペア1世であっては、ただの少女のためだけに戦うことなどできない。 彼女は名を捨て、臣民を捨て、世界を捨てた。 【山乃端一人を殺す】 そうすれば自分の世界の少女を救えると信じて。 猛き炎の聖剣は反転し、人々の負の感情を吸い取り、霏々と降り注ぐ氷剣と化した。 少女を救うためにこそ、少女を殺そうとする矛盾した存在。 その哀れな女王の名は、エウロペア・オルタナティブ。 狂った氷の女王が、間もなく東京に舞い降りる。 (――むかしむかしあるところに) 馬鹿どもの円卓 魔人警察会議室。 威圧感のある部屋は、何とも言えない緊張感に包まれていた。 巨大な丸テーブルに集まった者たちは一様に難しい顔をしていた。 ハッピーさん。 ジョン・ドゥ。 ファイ。 山乃端万魔。 山居 ジャック。 ハッピーさん以外は、それぞれの(・ ・ ・ ・ ・)山乃端一人とともに。 ただでさえ厳めしい顔をさらに険しくしてハッピーさんが口を開いた。 「…そこの坊主が、山居 ジャック…でいいんだよな?」 「エエ、ソウデス。ボクは、そちらの万魔サンと池袋でご縁がアリました。彼女にヨバレテきたのですが」 「要請に応じてくれて感謝だ。早速だが…ウスッペラードの野郎がぶちまけた話は聞いたな?」 ハルマゲドン能力を持った山乃端一人は複数いる。 どの山乃端一人が死んでもハルマゲドンは起きる。 春になればハルマゲドン能力は消失する。 春を前に転校生が攻めてくる。 ウスッペラードが生放送で全国に流した山乃端一人の情報は、当然関係者は把握している。 「ここまで情報が流れていたら、出し惜しみする必要なんてないだろ?…というわけでこいつに(・ ・ ・ ・)ご足労願ったってわけだ。」 そう言うとハッピーさんは鏡を一枚立てかけた。 そこにはスーツ姿の生真面目そうな男が映っていた。 名は鏡助。鏡の世界を創り渡り歩く能力の持ち主。 今回の騒動をいち早く予見し、山乃端一人の関係者たちに彼女を守るよう依頼してまわった男だ。 「あんたは全てを知っていた…それでも全部を教えなかったのは、『転校生』が攻めてくるという絶望的条件を聞かされてなお、協力してくれるか自信が無かったからだろう?」 鏡助は鏡の奥で、観念したかのようにため息を一つついた。 「その通りですよ。『転校生』が攻めてくる…そんな情報を安易に流してパニックが起きても困りますからね…」 「だが、その情報はもう割れたんだ。知っていること、全部喋ってもらおう。おそらくだがあんたは、未来予知に限りなく近い能力を持っている。それで各所の山乃端一人に警告を出したはずだ。」 鏡助は、何の抵抗もせず、自身に限定的予知能力があることを明かした上で、 今回の騒動における山乃端一人とハルマゲドンの関係性について語った。 いわく。 山乃端一人のハルマゲドンを生み出す能力は【複数の】山乃端一人に分散されている どの山乃端一人が死んだとしてもハルマゲドンは起きる ハルマゲドンの複数発生はない 4月1日になればハルマゲドン能力は消失する 3月31日の段階で山乃端一人が誰も死んでいない場合、転校生が顕現する。一日だけの顕現だがそれでも山乃端一人を殺すのに十二分な戦力を有している 顕現場所は国会議事堂である 転校生の顕現場所が特定できるのは、全ての山乃端一人が東京にいるからである。東京から逃げた山乃端一人がいた場合、転校生はそちらの方に召喚される可能性もある 鏡助の言葉を、集められた面々は噛み締める。 沈黙が続く空間で、最初に口を開いたのは山居ジャックだった。 「3月31日…!ソレまでにジュンビしませんと!テンコウセイがコッカイギジドウに…!ハッピーサン、国は、警察はドノくらい動いテくれるのデスか…?」 「正直、そこまで多大な戦力は望めないだろうな。国としては、山乃端一人が犠牲となれば去ることが分かっている転校生相手に戦力をぶつけて被害を拡大することは望まないだろう」 「デモ!ハルマゲドンが!」 そこがまた問題なのだ、とハッピーさんは語った。 過去の事例を調べ上げた結果、確かに山乃端一人と名乗る少女が亡くなった後に、大規模な事件が起きるケースが確認された。 殺人鬼同士の殺し合いが発生し、渋谷、池袋、秋葉原において致命的な大災害が起きたことがある。 願いを叶えるカードの奪い合いが発生し、姫代学園、スカイツリーで苛烈極まる戦闘が起きたことがある。 一方で、大金の手に入る闘技大会が開かれただけというケースもあった。 そのような揺らぎのある事象に対して、予算と人員を割くべきであろうか。 魔人警察に属しているハッピーさんだからこそ答えは出ていた。 「民間人を出来るだけ退避させ、転校生の相手は山乃端一人関係者のみ。転校生を討てればよし、山乃端一人が討たれたらハルマゲドンを警戒、そのくらいが限界だろう」 「デモ、ソレジャア…!」 なお続けるジャックの言葉を、ハッピーさんが遮る。 「今考えるべきは、そこじゃないんだよ」 「?」 転校生対策以外に何を考えるべきだというのか? 困惑するジャックは会議室を見回す。 ファイ、ジョン・ドゥ、万魔はハッピーさんの言葉を理解しているのだろう。 何も言わず、険しい顔で考え込んでいる。 「なるほど…分からないか。万魔、だからジャックに声をかけたんだな」 「…まあね。そういうところあると思って。」 「一体!ナンダトいうノデスか!ミナサン何をナヤンデ!」 困惑を続けるジャックに、ファイが溜息と共に言葉を投げた。 「坊や、鏡の坊主の話をよく思い出しな。 【3月31日の段階で山乃端一人が誰も死んでいない場合、転校生が顕現する】 それは逆に言えば、それまでに山乃端一人が死んでさえいれば、転校生はこないってことさ。 そして、【ハルマゲドンは複数回起きない】 つまり、どこかの山乃端一人が死んでハルマゲドンが一度でも起きれば、 他の山乃端一人のハルマゲドン能力は消えるんだよ。」 「…ソレはタシカニそうデスガ…」 「やれやれ、まだ分からないかい?坊やのその優しさは美徳だけどねぇ。簡単な話さ。」 他の山乃端一人を殺せば、自分の山乃端一人は助かるのさ その残酷ながらもシンプルな言葉に、山居ジャックは青ざめる。 「ソンナ…ソンナやり方!間違っていまス!誰かをコロして!助けるなんテ!」 「…坊や、あんたは本当に優しい。だけどね、アタシやここに集まった連中は、真っ先にその間違ったやり方を思いついたはずさ。」 だろう?とファイは周囲を見渡す。 山乃端万魔とジョン・ドゥは沈黙によって肯定する。 「坊やは優しい。あんたの大切な人を守るためとはいえ、誰かを傷つけるなんてしたくないんだろうさ。でもねえ、みんながみんな、そう(・ ・)だと信じられるかい?大切な山乃端一人を生かすために、覚悟を決めて他の山乃端一人を殺そうとするやつなんていない、そう断言できるかい?」 「ソレは…」 ジャックは黙ってしまった。 そういった悲壮な覚悟を持つ者はいるだろう。 そしてジャックに、その覚悟を否定する資格はないのだ。 痛いほどの沈黙を無視して、ハッピーさんは鏡助に問いを重ねる。 「で、だ。鏡助さん、あんたこの情報、他の関係者にも話してるだろ?」 「当然です。貴方に要求されてここに来て話したように。話しましたし、これからも呼ばれれば話しますとも。」 鏡助は心底困った顔で続ける。 「正直に言いますと、私には何が正解かもう分からない。誰に味方すればいいか、どの山乃端一人に手を貸せばいいのか分からないのです。…だから、山乃端一人の関係者の要望にはすべて応えます。ただし、他の山乃端一人の害になりうることはしません」 鏡助は山乃端一人に生きて欲しいと本気で思っている。 ただ、それがどの山乃端一人かは問わないのだ。 なるべく全員の山乃端一人に生きていてほしいと思ってはいるが、転校生に挑むくらいならと他の山乃端一人を害するものが出たとしてもその想いは尊重する。 「つまり、だ。転校生が国会議事堂に顕現するまでの期間、山乃端一人に関わる者たちは…狩る者と守る者に分かれるだろう、ってことだ…」 ハッピーさんの言葉に、ファイはフン!と一つ鼻息を荒げてみせた。 「くだらないねえ。他の奴らの思惑なんて、アタシゃ知ったこっちゃないよ。」 ファイに護衛されている山乃端一人はブルブルと震えていた。 無理もない。自分を狙って誰かが襲ってくるかもしれない。転校生が顕現するかもしれない。 その震える肩をグイと抱き寄せると、『悪食』を発動し、いつもの面子を召喚し叫んだ。 「……この状況は理解した!このままだとこのクソガキが死ぬかもしれないのも理解した!けどそんな結末はぁ!! このアタシが!! 海賊団レムナントの最期の1人であるこのアタシ、ファイが!!」 「色男ジャックが」 「世界一の美人クイーンが」 「ダイヤちゃんが☆」 「稀代の天才犬である吾輩が」 「『大体何でも屋レムナント』がぁ!! ……許しはしないよ。分かったかい、クソガキ」 ファイはニンマリと笑うと、いつの間にか震えが止まっていた山乃端一人を連れて嵐のように会議室を去っていった。 ファイ:守る者 「ったく、うるさい婆さんだこと。ありゃまだまだ死にそうにないぞ」 呆れたような溜息をついた後、ハッピーさんのは円卓に集まった面々に声をかける。 「で、お前さんたちはどうする?相手は転校生。誰かを犠牲にして一抜けが正しい選択かもしれないぞ?」 ハッピーさんの挑発めいた言葉を、山乃端万魔は笑い飛ばした。 「俺がさ、そういう(・ ・ ・ ・)奴だったら、ハッピーさん、そもそも呼んでないでしょ?」 合わせ鏡のごとくそっくりな顔立ちをした山乃端一人を抱き寄せ、高らかに宣言する。 「友達は死なせない。誰かを殺しもしない。甘いかもしれないけど、それが俺の選択。数年しか生きていない俺の、作り出された命である俺の、後悔しない選択なんだよ。」 山乃端万魔:守る者 「…ボクも、コタエは決まっていまス…」 山居ジャックは、彼がヒットリサンと呼び慕う女性の手をそっと取る。 それは愛情などという苛烈な感情ではなかった。 ごく自然に、彼は彼女を守ると誓った。 たとえ自分の魔人能力が、誰一人傷つけることの出来ない会話能力だとしても、相手が無限の攻撃力と防御力を持つ転校生だとしても、それは退く理由にはならなかった。 「ボクは、貴方をマモリマス」 山居ジャック:守る者 「…だとよ。どうする?色男は?」 仏頂面で足を組むジョン・ドゥにハッピーさんは笑いかける。 「…相変わらず食えぬ男よ。この俺とて、転校生の相手は身に余る。我が花嫁を守るならば、この場で他の山乃端一人を狩れば終わる話よ…だが…」 ジョン・ドゥのスーツの端を、シスター服姿の山乃端一人がギュッと握った。 震える手は、「それはやめて」と雄弁に語っていた。 自らの命を守るためであっても、彼女はこの大悪魔が人を害することを望まなかった。 「我が花嫁がこれではな!貴様、聞かせるために俺たちを呼んだな?」 ジョン・ドゥの指摘を、ハッピーさんは口笛で誤魔化す。 その道化た姿に、ジョン・ドゥは凶悪な笑顔で咆える。 「そしてなにより!あのように脆弱な者共が立ち向かおうとしている中で、誰かを殺して一抜けなど…悪魔として以前に男としてできるわけが無かろうが!!」 バッという音と共に立ち上がると、ジョン・ドゥは自らの花嫁を抱えて会議室を後にした。 ジョン・ドゥ:守る者 「ありがとうよ…みんな…」 ハッピーさんの体に喜びが満ちるが、爆発させるのは今ではないと噛み締める。 「俺は、国会議事堂に顕現する転校生の対策を取る。周辺住民への周知、避難誘導、やるべきことは山のようにある。…だから、俺は他の山乃端一人たちを守る余裕がない。他の警察も出来る限り動いてもらうが…結局は山乃端一人に関わる連中を信じるしかない…」 ハッピーさんはニッと宙に笑うと、誰にともなく咆えた。 「転校生に挑むのは馬鹿の所業かもしれない!頼むぜ!他にも馬鹿がいてくれ!山乃端一人を!山乃端一人たちを!守ってくれ!!」 ハッピーさん:守る者 狩る者 守る者 冬の湯河原海岸に、一人の女性が佇んでいる。月星は雲の中。 しかし彼女の輪郭は闇夜より遥かに黒い。彼女の名は逢合死星。 全身は海水に濡れており、まさに、海中からふと現れたとしか思えない。 彼女の足元に少女が伏している。 少女の名は山乃端一人。 どことなく幸薄い貌をしている。 死星は山乃端一人を、慈しむように髪を整えてのち、潮の上にゆっくりと横たえた。 死星と山乃端一人の間にどのような関係があったかは誰も知らない。 死星は山乃端一人との交流を誰にも話すつもりもなかった。 ただ、ただ、自分の胸の内にしまっておきたかった。 死星は世界などどうでもよかった。 ただ、こうして自ら海で眠ることを選んだただ一人の友人を静かな眠りを邪魔させたくなかった。 それだけだ。 ただそれだけのために、死星は他の山乃端一人を殺すことにした。 『赦サレム巡礼』『赦サレム巡礼』『赦サレム巡礼』 『赦サレム巡礼』『赦サレム巡礼』『赦サレム巡礼』 『赦サレム巡礼』『赦サレム巡礼』『赦サレム巡礼』 果たして本当に赦されぬ者は誰だ? ただ一つ言えるのは、死星は最初から赦しなど求めていないという事だ。 逢合死星:狩る者 「ヤギュー!!」 「ヤギュ!ヤギュ!」 「ヤギュギュヤギュー!?」 高度に発達した柳生は、言葉によるコミュニケーションを行うという。 その噂を肯定するかのように、柳生チンピラたちは流暢な会話で意志を確認し合い、獲物を追い込んでいた。 (嗚呼、クソ!まただ!) 自動生成される追手たちに内心悪態をつきながら、柳煎餅は柳生チンピラを斬り捨てる。 鮮血が彼女の、ぽやんとした童顔と言っていい顔を濡らす。 彼女はもはやその程度で心が揺れたりしない。 柳生は人ではないのだから、斬り捨てたとて罪悪感など覚える必要はない。 ましてや自分を殺そうとする十把一絡げの追手など、皆殺しが正解である。 (柳生は人ではない…か) 自らの思考に暗い気持ちになりながら、柳煎餅は東京を駆ける。 (どうせ人でなし、人斬りの柳生に堕ちた身ならば、今さら取り繕う必要なんてないのでは?) 心をもやもやと闇が支配する。 その闇を、柳は首を一つ振り、霧散させる。 (だからこそだ(・ ・ ・ ・ ・ ・)) だからこそ、柳煎餅は山乃端一人を守らなくてはならない。守ろうとしなくてはならない。 自分が人間であろうとするために。 まだ大丈夫と自覚するために。 そんな柳の思考など知らず、山乃端一人は彼女を信じて付いてくる。 自分を助けてくれた頼りになる恩人と、信頼しきっている。 その眼を見るたびに柳は心がずきりと痛む。 自分が山乃端一人を助けているのはタダのエゴだ。 そんなキラキラした目で見られる資格なんてない。 嗚呼、でも、そんな風に傷つく心があることにまた安堵してしまうのだ。 この一欠けらの罪悪感を失うとき、柳煎餅は柳生千兵衛と化すのだろう。 柳煎餅:守る者 ひーちゃんへ 置手紙なんかして消えるあたしを許してください。 ひーちゃんが側にいたら、決意が鈍ってしまいそうだから。 この手紙を読んだら、しばらく外に出ないで《獄魔》で身を守ることだけを考えてください。 ひーちゃんはわたしほどじゃないけど強いから、身を守ることだけなら大抵の相手に出来るでしょう。 …あたしにできるのは、守ることじゃなかった。 結局わたしに出来ることは殺すことだったんです。 ひーちゃん…もう多分、あたしの正体には気が付いているよね…? だけど、それを口にしないでこれまで過ごしてくれてありがとう。 だからこれでいいんです。 あたしは、あたしの使命を果たします。 他の山乃端一人を殺す。 ひーちゃんが笑って生きていけるならば、それだけであたしはいいんです。 たった一人殺して、あたしが手を汚して、それでひーちゃんのハルマゲドン能力が消えて平穏に過ごせるならば、それ以上のことは無いと思うのです。 ほんの少しの間お別れです。 必ず無事に戻ってきます。 戻ったわたしを許さなくてもいい。 とにかく自分の身を守り続けてください。 言いたいことが沢山あってめちゃくちゃですが、これがひーちゃんの幸せになる選択だとあたしは信じています。 ひーちゃんの最強 望月餅子 望月餅子:狩る者 「ペーラペラペラ!」 ウスッペラードの薄っぺらい笑い声が響く。 「ウスッペラードさん…!?どうして…どうして!?」 ウスッペラードは山乃端一人を拘束していた。 山乃端一族に事情を話し、協力を取り付け、彼女が外に出ることが出来ないようにしていた。 山乃端一人には分かった。ウスッペラードは自分のために他の山乃端一人を殺そうとしていると。 「やめて…!そんなの…そんなのウスッペラードさんらしくない!いつものように薄っぺらにいきましょうよ!気楽に過ごしましょうよ!」 山乃端一人は、異次元異星人であるウスッペラードを理解しきれていなかった。 結局のところウスッペラードにとって地球人の命など薄っぺらいのだ。 自分の思惑に邪魔ならば、容易に切り捨てることが出来る希薄な関係性だったのだ。 彼の思惑。それは山乃端一人を死なせないこと。 母星から見放された孤独な異次元異星人である自分の、自分なんかのファンだと言ってくれた少女を。 「山乃端一人」を背負わされた少女を。 辛い境遇のはずにもかかわらず「じゃあ……悪だくみでもしましょうか」と笑ったあの日の少女を。 平穏に過ごさせてやるためなら、他の地球人の命なんてどうだってよかった。 他の山乃端一人が何人死のうがハルマゲドンが起きようがどうだってよかった。 ウスッペラードは薄っぺらではあったが、少女に対して薄情ではなかった。 「ペーラペラペラ!ペーラペラペラ!!」 高らかに笑い続けるウスッペラードは、半月を背に夜の街に消えていった。 ウスッペラード:狩る者 決戦前夜の決戦 3月29日 国会議事堂付近の人払い、警備の増強をハッピーさんは続ける。 傍らには、ビル街で縁の出来た山乃端万魔。 「どうした?山乃端一人の護衛はいいのか?」 「銀時計を一人には持たせているから…いつでも飛んでいけるよ。それに、まだ誰も動こうとはしないでしょ」 万魔の言うとおり、山乃端一人を巡る攻防は凪に入ったかのように穏やかで落ち着いていた。 「狩る側に立つと決めた連中がいたとしても…ギリギリまで動くことはしない、って話だ。」 「真っ先に動いたら、守る側に一斉に狙われちゃうしねー。それに、自分が動かないで他の誰かが、どこかの山乃端一人を仕留めてくれるならばそれが一番だし。」 「ああそうだ。だからこそ、明日は忙しくなるだろうな。31日には転校生が顕現する。その前に終わらせようと狩る者たちは思うだろう。様子見も終わり、ってわけだ」 まもなく東京中で山乃端一人を巡る攻防が始まる。 その戦いで山乃端一人がだれ一人死ななかったとしても、今度は転校生が攻めてくる。 前途は多難であり、明るい予想なんて出来っこない。 それでも、この男なら何とかなるという風格がハッピーさんには備わっていた。 「…じゃあね、ハッピーさん。明日は忙しくなるだろうから、俺はこっちに来れない。転校生のバトルにも参加できるか…というか生きていられるかも分からない。だから、挨拶はしときたくてさ」 「なんだよ、急に改まって」 「茶化すなよ。…勝とうぜ…ハッピーさん」 真っすぐな応援をむず痒そうにしながらもハッピーさんは笑った。 まもなく、東京が決戦に包まれる。 3月30日 望月餅子が街を歩く。 ギリギリまで自らの手を汚したくはなかったが、明日には転校生が来るという状況ではそうも言ってられない。 他の山乃端一人を殺す ひーちゃんを助ける 悲壮な覚悟を胸に進む。 餅子には、その出生故に山乃端一人の場所がなんとなく分かる。 匂い、とでも言えばよいのだろうか。 山乃端一人の存在を感じることが出来る。 その匂いがひときわ強い方に向かって歩き続ける。 すると道路の向こうから、同じように真っすぐ歩いてくる女性がいた。 すぐに分かった。あれは山乃端一人であると。 対面する山乃端一人の目には、殺気がギラギラと燃えている。 「貴方…分かる、分かるわ…別の山乃端一人の仲間…というより同族ね?」 答えない餅子に、殺気に満ちた山乃端一人は自嘲気味の笑いを溢す。 「山乃端一人!山乃端一人!山乃端一人!嗚呼!何人いるってのかしら!私は!山乃端を支えるために!自らを犠牲にしてやってきたっていうのに!山乃端一人が複数いる?じゃあ私がやってきたことは何なのよ!!」 餅子もそれは思っていた。 今回の騒動を生み出した、ハルマゲドン能力を分割した上位存在がどのように帳尻を合わせたか知らないが、餅子もこの世界に山乃端一人は一人であると最近まで認識していた。 他に山乃端一人がいたら気が付かないはずがないのだ。 しかし、どうやらこの世界はそのように(・ ・ ・ ・ ・)調整をされたようだ。 多数の山乃端一人があたかも初めからいたかのように、つじつまを合わされた世界。 「許せない…許せない…父を殺され、母を殺された、私の労苦も知らず、山乃端を名乗る奴らを!!私は!他の山乃端一人を皆殺しにしてやる!!」 その山乃端一人は高らかに叫んだ。 「来て!!クリープ! こいつに、貴女の与える尊厳なき死を!」 はい。よろこんで、お嬢様。 クリープ:狩る者 【クリープVS望月餅子】 『赦サレム巡礼』『赦サレム巡礼』『赦サレム巡礼』 『赦サレム巡礼』『赦サレム巡礼』『赦サレム巡礼』 『赦サレム巡礼』『赦サレム巡礼』『赦サレム巡礼』 逢合死星は街を行く。 特に深いことは考えていない。 ただ自らの想いの赴くままに。 傍目には少し不気味な痩せぎすのシスターにしか見えないだろう。 しかし“分かる者”からすれば、拭いきれない潮の香りと死臭に満ちていた。 そんな死星の前に、“分かる者”が立ちふさがった。 身の丈に合わない学ラン、ダボっとしたシルエット。 有無を言わせぬ凛とした眼光。 「…どう考えても、殺る気満々じゃのお。…たいぎぃが、あんたみたいなやつを野放しには出来んのよ」 空渡丈太郎:守る者 【逢合死星VS空渡丈太郎】 「ペーラペラペラ!どこだー!?山乃端一人はどこだー!?」 それなりにカッコつけて山乃端一人狩りを始めたはいいが、ウスッペラードは特に計画を立てていなかった。 薄っぺらだから。 「剣禅一如…」 そんな軽薄なウスッペラードに、哲学的エネルギーによって生み出されたビームが襲い掛かる。 「ペラァ!?」 文字通りの紙一重で奇襲を躱す。 「チッ…」 剣閃の主は当然柳煎餅。 一撃で仕留めるつもりだったのにと言わんばかりの、不機嫌さを隠そうともしない舌打ちをする。 「ペーラペラペラ!あぶねえなあぁ~!いきなり不意打ちで殺しにかかるなんて、あんた、悪党の才能あるぜ!」 「…黙れ」 「ペーラペラ!ペララララ!よく見たら、お仲間(・ ・ ・)じゃん!人でなし同士、仲良くしようぜぇ!?」 「黙れって言ってるだろがぁぁ!!」 【柳煎餅VSウスッペラード】 瑞浪星羅 端間一画 キーラ・カラス 諏訪梨絵 鬼姫殺人 浅葱和泉 彼女らは善人というわけではなかった。 正直なことを言うと、自らと関わりのある山乃端一人のことなんてどうでもよかった。 ただ、「だからといって他の山乃端一人を殺すほどでもないな」という常識を持ち合わせていただけだった。 その常識を持てば、ゆくゆくは転校生と戦うことになる。 そうと分かっていても、 瑞浪星羅は、血濡れた体でシャーロキアンに通うつもりはなかった。 端間一画は、自分は探偵であり殺し屋ではないと思っていた。 キーラ・カラスは、友人と古書店巡りをするのに血の匂いは無粋と思っていた。 諏訪梨絵は、主人の高潔さを自らの殺意で汚すつもりはなかった。 鬼姫殺人は、今度こそ人を殺さないで済む生き方がしたかった。 浅葱和泉は、純朴な後輩とたわいもない会話をする資格を失いたくなかった。 そんな些細なことのために、彼女らは転校生に挑むことを決めた。 山乃端一人を守ることを決めた。 瑞浪星羅:守る者 端間一画:守る者 キーラ・カラス:守る者 諏訪梨絵:守る者 鬼姫殺人:守る者 浅葱和泉:守る者 そんな思いを、無謀だったと断じてしまうことは誰にもできない。 そんな優しさを、弱者の高望みと笑う事は誰にもできない。 誰かを切り捨てる方が利口だったなどと、あとから語ることは誰にもできない。 ――しかし、結果として。 彼女らは全身を赤黒い血に染め上げて東京のアスファルトに転がっていた。 勝負にすらならなかった。風の前の木の葉のごとく、容易に散らされた。 命と意識が保たれているのが不思議なほど、無残に痛めつけられていた。 彼女らの美しい白い肌が、血と埃と吐瀉物で穢される。 その惨劇を引き起こした存在は、酷く中性的な、天使か悪魔を思わせる顔で佇んでいた。 ルルハリル:狩る者 終末時計が、守る者たちを蹴散らした。 「やめて…もうやめて…」 中空に吊るされた山乃端一人が涙ながらに訴える。 別次元の物理法則を用いて一方的に攻撃することが可能な、『終末時計』の使い手でありこの世ならざる殺戮機構ルルハリル。 無敵と言っていい超神話的存在であるが、この世界に干渉するには観測者が必要だ。 無理矢理に山乃端一人を観測者にすることでその問題を解決していた。 「…優しいね、一人は。でも僕は、最初に言った筈だよ?君を殺す奴らを殺しにきたって」 「まだ…その人たちが敵と決まったわけじゃ…」 ▆▇▅▇▃▇▇▅▆▆▇▅▇▃▇▇▅ ルルハリルはひときわ強く山乃端一人を締め上げた。 「大丈夫。すぐに終わるから…」 ルルハリルは、ある時代では黄泉に巣くう邪神として奉られ、ある時代では殺害目的の指向性を持たされた怨霊である。魔人能力を持った人間程度で、立ち向かうことの出来る相手ではない。 カツ カツ よく磨かれた革靴特有の、乾いた足音が響き渡る。 下手をしたら、転校生以上に強大な力を持っているルルハリル。 そのような強者に挑む愚か者が、風と共に現れた。 人間離れした端正な顔立ち。 ホストのような華美なスーツ。 地獄(・ ・)が顕現したかのような凄惨な現場に、慣れている(・ ・ ・ ・ ・)と言わんばかりに無造作に足を踏み入れる。 その名は、ジョン・ドゥ。地獄より呼ばれし大悪魔也。 「これはこれは…随分と無粋なやつがいたものよ。遊ぶなら俺にしておけ」 「…悪魔か。この子たちよりはやるみたいだけど…僕には及ばない。分かるだろう?それなのになぜ挑むんだい?」 カカカ!と乾いた笑いとともにジョン・ドゥは答えた。 親指をビシッと後方に突き立てる。 そこにはシスター服姿の山乃端一人が、心配そうな顔つきで見守っている。 「我が花嫁の前で格好をつけたいだけよ。お前は…超常の存在のようだが、もう少し男の意気地というやつを学んで行け。」 【ルルハリルVSジョン・ドゥ】 「やれやれ、どうなっちまうのかねえ」 ポツリと呟いたファイの胸ポケットから、明るい笑い声が響く。 「かんらからから!ファイよ!お主ほどの達人が、何を曇っておるか!」 声の主は超越者アヴァ・シャルラッハロート。通称“きんとと”である。 アヴァは小学生の山乃端一人を配下たちに守らせた状態で家にこもらせた。 絶対に出ないように厳命し、自身は転校生対策に名乗り出ていたのだ。 アヴァ・シャルラッハロート:守る者 彼女らは国会議事堂を周回し、アヴァの配下を配置、転校生対策に勤しむ。 「ははは!同族は同族相手には目が曇るものなのか?超越者たる我が保証しよう…人間は強い。強いぞ!山乃端一人は誰も死なぬよ!」 それは、勝負ですらなかった。 あっという間の決着。 クリープを操る山乃端一人は、望月餅子に打ちのめされ、組み伏せられていた。 クリープの能力は、“同族”である餅子には効果がほとんどない。 そもそも、クリープを用いた戦術は、魅了により手駒を増やした人海戦術が基本。 雑魚に労力を割いているうちに浸透する美姫(クリーピングビューティー)で廃人化を狙うというのが鉄板。 怒りに錯乱し、生身を晒し勝負に挑んだ時点で、趨勢は決まっていたのだ。 餅子は山乃端一人にとどめを刺そうとする。それがひーちゃんのためであると信じて。 「早く…殺しなさいよ…」 クリープの山乃端一人は疲れ果てた涙目を見せる。 戦闘に夢中で気が付けなかったが、山乃端一人の手足はボロボロだった。 どれだけのものを背負いここまで来たのか。何を想い、他の山乃端一人を殺すと叫んだのか。 何故、他の者を巻き込まなかったのか。 そんなことに想いを馳せるな。 ひーちゃんのために、この山乃端一人を殺すんだ。 餅子は自らの迷いを振り切るため、ひーちゃんとの思い出を頭に浮かべた。 しかし、思い浮かんだひーちゃんは、どれも悲しそうな眼をしていた。 気が付いたら、餅子は眼前の山乃端一人を抱きしめていた。 その山乃端一人がひーちゃんとは似ても似つかぬ女性であると知りながらも、殺すことは結局できなかった。 「ごめん…ごめんよ…ひーちゃん…」 この選択の結果、転校生が襲来し、ひーちゃんが傷つくかもしれない。 それでも、餅子には抱きしめることしかできなかった。 餅子の中のひーちゃんは、今度は笑ってくれた。 望月餅子:狩る者 望月餅子:守る者 空渡丈太郎の拳に、 逢合死星が地に伏す。 死星の『赦サレム巡礼』は、死星か相手が死ぬことにより発動する。 早い話が、死星を殺すつもりのない、戦闘能力が上の相手には成す術もなく倒されてしまうのだ。 しかし本来であればもっと丈太郎は苦戦しただろう。 「うまくいったな…」 傍らで息を上げるは山乃端万魔。 『崖っぷちの漢気(タイトロープ・ダンディ) 』で銀時計をチェーンごと召喚してからの、万魔召喚という奇策が綺麗に決まったのだ。 「…」 丈太郎は万魔の言葉に沈黙で返す。 彼誰時(クライベイビーファーストクライ)により、銀時計から万魔が召喚された瞬間、死星が奇妙に硬直したことが気になったが、特に気にすることも無いだろうと思った。 そしてそれは正解であった。 「万魔が、死星の知る山乃端一人に瓜二つであったために動揺した」など。 逢合死星ただひとりの胸に収めるべき些末事なのだから。 「ペラ…ペラ…」 ウスッペラードが燃えている。 ウスッペラードを打倒したのは宵空あかね:守る者。 炎を操る彼女は、ウスッペラードの天敵であった。 「ペララララ…もう一人いたとは…ペラペラ!しかしオレが敗れたとしても第二第三のオレが…」 「そういうの良いから」 柳煎餅はごく普通に、ウスッペラードに水をぶっかけた。 「ペラァ!?え、ここまで来て殺さないの?」 「…そういう気分じゃなくなったから」 「うわぁ~…半端もん~小悪党ペラァ~…」 「そういうあんただって、あからさまに途中でやる気なくしてたじゃん」 「…そういう気分じゃなくなったペラから…」 互いに互いを「薄っぺらいな!」と罵倒し笑った。 その上空で、完全に忘れられた宵空あかねはフワフワと浮遊していた。 (私、影が薄いのかしら?) ガツンガツンと殴打する音が響く。 ルルハリルの伸縮自在に変化する躯は亜空の瘴気を閉ざす縛鎖。 しなる一撃は鞭のようにジョン・ドゥを打ち据える。 観測者たる山乃端一人を利用し、こちらの世界に干渉出来るようになったルルハリルの猛攻は、大悪魔であるジョン・ドゥですらも一方的に蹂躙していた。 しかし、ジョン・ドゥは立ち上がる。 何でもないことのように、無造作に、ペッと一つ奥歯と共に血反吐を吐き捨てながら立ち上がる。 「どうした?その程度か?ならば次は俺の番であるな!」 『大侯爵』発動。 肉体強化。思考超加速。 一足飛びにルルハリルの懐に飛び込み、並の戦闘魔人であれば三回死んで御釣りがくるほどの猛撃を見舞う。 「無駄だって言っているでしょう?」 猛撃を意に介さず、ルルハリルはまたジョン・ドゥを吹き飛ばす。 ぐしゃりと嫌な音が響き、肘があらぬ方向に曲がった。 それでも再び、ジョン・ドゥは真っすぐに立ってみせた。 実のところ、ジョン・ドゥがこうして立てるのは地面に伏している 瑞浪星羅、端間一画、キーラ・カラス、諏訪梨絵、鬼姫殺人、浅葱和泉が、残された能力を振り絞りルルハリルの妨害とジョン・ドゥのバフに努めているからである。 しかしそれを差し引いてもジョン・ドゥのタフネスは異常と言えた。 勝算もないのに立ち上がり続ける。 その愚直さに少し苛立ちながらルルハリルは告げた。 「やれやれ…どうしてそう何度も立ち上がるのですか?僕としては、他の山乃端一人を殺せればそれでいい。貴方を相手にする必要などないのですが。」 心底理解できないという風にかぶりを振るルルハリルを、ジョン・ドゥが笑う。 「言ったであろう?我が花嫁の前で格好をつける男の意気地を見せてやる…と。お前もそうではないのか?女の前で力を見せつけたいのではないのか?」 ルルハリルにはジョン・ドゥの言葉の意味が分からない。 確かに自らの契約する山乃端一人とは良好な関係を築いた方が有益であるが、 自分が山乃端一人の前で格好をつけているなどと思われるのは非常に癪だ。 イライラする。 ―――イライラする? それはルルハリルにはありえない感情。 こう考えること自体イレギュラーなのだ。 「…まさか!」 ルルハリルは中空で観察者として宙釣りにしていた山乃端一人を見る。 彼女の観測を通じて顕現しこちらの世界に干渉出来ているわけだが、その観測者である山乃端一人が抵抗をしている。 山乃端一人を通じて世界に干渉するということは、山乃端一人に強い思考があった場合ルルハリルもそれに影響されるという事。 山乃端一人の想いはシンプルだった。 【もう少し人間っぽいルルハリルとお話ししたいなあ】 「…バ…バカな!!」 黄泉に巣くう邪神として奉られた自分と、人間らしく会話? ルルハリルには山乃端一人の思考が理解できなかった。 長く一緒に過ごすと、異形相手であっても仲良くしたいと情が湧いてしまう人間の甘さを舐めていた。 (こうして焦るなどと言う感情が生まれていること自体…不味い!山乃端一人の干渉で人間に近づいている??!) ここで生じた人間らしさが、「男の意気地」などという唾棄すべき評価軸によるジョン・ドゥの挑発を受け止めてしまったからこそ、ルルハリルは執拗にジョン・ドゥだけを狙ってしまったのだ。 早々にシスター服姿の山乃端一人を狙えば既に狩りは終わっていたであろうに。 (しかし何故…何故急に僕の契約者である山乃端一人はそんなことを?) 一つ思い当たることがあり、ルルハリルは周辺の気配を探る。 すると、隠れるように移動する男がいた。 その名は、山居ジャック。 能力は『ハナサナイカラハナサナイカ』。 10m以内であれば誰とでも会話できる、ただそれだけの能力。 しかしその能力が、最強であるルルハリルには覿面に働いた。 ジョン・ドゥが打ち据えられている間、必死に契約者の山乃端一人に話しかけ、意識を覚醒させ、今回の事象に結びつかせたのだ。 ルルハリルの頭に一気に血が上る。 人間に近づいているからこそ生じた、初めての憤怒に、ルルハリルは身を任せた。 そう言う行動をとること自体が、自らの弱体化の証明であると自覚しつつも、動かずにはいられなかった。 (大丈夫…怒りとやらが僕を支配しているけど、まだ冷静だ…あの男を殺した後、いったんこの場を離れて契約者との接続を外せばいい…ジョン・ドゥも、他の奴らも満身創痍。元の僕に戻れば何も問題は…) ▆▇▅▇▃▇▇▅▆▆▇▅▇▃▇▇▅ ▆▇▅▇▃▇▇▅▆▆▇▅▇▃▇▇▅ 瞬間、一陣の風が吹いた。 ルルハリルの下顎に、時速200キロの右ストレートが叩き込まれ、意識が一瞬にして刈り取られた。 「…不意打ち、許してほしいっす。ジャック君と能力で連携とって、タイミング見てたんすよ…このくらいしないと、勝てない相手っすから」 有間 真陽:守る者 「うちの顧客、殺させるわけにはいかないっす」 ルルハリルが意識を取り戻した時、彼は既にほとんど人間と化していた。 契約者の山乃端一人に干渉を受け続けた結果だ。 どうしてこうなったやら、ルルハリルは契約者の山乃端一人に膝枕をされていた。 「お…意識を戻したか…存外早いお帰りだな」 シスター服姿の山乃端一人に膝枕をしてもらいながら、ボロボロの笑顔でジョン・ドゥが笑う。 ルルハリルは、すぐにでもジョン・ドゥに飛びかかり殺してやりたかったが、有間 真陽の一撃がまだ響いており、立ち上がることが出来なかった。 そして何より、契約者の膝枕が存外に気持ちよく、すぐに離れる気にはなれなかった。 これが人間の弱さと引き換えの快楽なら、まぁ悪くはないかな、と思い安らかな寝顔を晒した。 こうして、山乃端一人は誰も死なないままに3月30日は終わりを迎えた。 転校生、顕現 3月31日 日付が変わった瞬間、 国会議事堂の上空に、不気味な雲が渦巻いていた。 “何か”が襲来する。それは誰の目にも明らかであった。 間もなく襲い来る転校生を前に、準備を済ませたハッピーさんは感慨深げに笑った。 「…ハッピーだなあ、おい」 災厄をもたらす超常の存在が間もなく現れるというにもかかわらず、軽くそんなことを言う。 「坊主、相変わらずお気楽だねえ」 「かんらからから!見事じゃ、見事じゃ!この土壇場で吹いてみせるとはのう!」 その様を呆れたようにファイは見つめる。 酷く楽しそうにアヴァは笑う。 「…だってそうだろ?転校生が来る。…ってことは、まだ誰も山乃端一人は死んでいないってことだ。殺すのに失敗したか、殺すのをやめたのか、俺にそれは分からん。ただ、結局誰も他の山乃端一人を害さなかった。それが俺はたまらなく嬉しい」 ゆっくりと喜びに浸るハッピーさんをせかすように、上空の暗雲は勢いを増した。 ぐるぐると渦巻きながら奇妙に集まると、暗雲は一つの塊となった。 瞬間、空気がピシリと軋んだような気配がした。 間もなく春が来るというのに、鳥肌が立つほどの寒気が国会議事堂周辺に満ちる。 エウロペア・オルタナティブ 顕現 その瞬間、『他人の能力を知る魔人能力者』が能力を発動させた。 その名は贋真。物事の真贋を見抜く者。 万魔の父親、クリスプ博士が山乃端一人のハルマゲドン能力を知るのに使った能力者である。 贋真は早口でハッピーさんに能力を告げる。 「きゃつの能力は限定的不死能力!意志か目標を挫かぬと解除不能!また、きゃつの持つ剣は人の負の感情で強大化する!」 「よっしゃ!それだけ分かれば十分!アンタは離れな!ここはもうあぶねえぞ!」 「言われなくても拙僧は逃げる!報酬は伝えた口座に!」 生臭坊主丸出しの仕草で贋真は去っていった。 「にしても…転校生…まさかクイーン・エウロペア1世とはなあ!遠くでも分かる!『エスカルゴ王列史』は好きな本で読みこんだもんよ。ハッピーエンドなのがいいんだ」 だからこそ、とハッピーさんは続ける。 「俺は、炎の聖剣で悪党を蹴散らし、邪竜を打ち払い、民を愛し愛されたあんたに憧れていたんだぜ…?今は…ちょっと変になってしまってるみたいだな…悪いが、よりにもよってあんたに山乃端一人を殺させるわけにはいかん」 スウ、と一つ大きく息を吸い、ハッピーさんは叫んだ。 「いくぞ!気合入れろ!!」 「は!誰に物言ってんだい坊主!『大体何でも屋レムナント』!出陣だ!!」 「かんらからから!迎え撃ってやろうではないか!」 最終決戦が、幕を開けた。 国会議事堂の頂上に颯爽と降り立つエウロペア。 その姿を目掛け、四方八方から儀礼済みの狙撃が行われた。 「解除!」 ハッピーさんは『時よ止まれ、君は。(ファウスト)』を解除。 発射された状態で時が止まっていた銃弾が再稼働し、エウロペアに降り注ぐ。 しかし、凍れる女王は意に介さない。 転校生に備わる無限の防御力に加えて『この身朽ちるまで(before my body is dry)』の限定的不死能力。先手必勝と言わんばかりに叩き込まれた必殺の一撃が不発に終わり、ハッピーさんは舌打ちをする。 「分かっちゃいたが…あれでノーダメージとなると、倒すのは無理だぞ!!」 ハッピーさん、ファイ、アヴァは、初めから転校生の殺害を目標としていない。 転校生は一日のみの顕現という鏡助の言葉を信じ、時間稼ぎに徹するつもりだった。 大量の兵隊を使役することの出来るファイとアヴァは持久戦には最適と言える。 「連絡が取れる山乃端一人には、転校生が顕現次第東京から少しでも離れるように言ってるが…全ての山乃端一人を把握できているわけじゃない!極力ここに縛り付けるぞ!」 現代日本最強の怪異殺し 50年一線で戦い続けた『大体何でも屋レムナント』 並行世界の超越者 間違いのない実力者三人が徹底的に準備、対策をしただけあり、エウロペア・オルタナティブが霊剣・悲鳴号哭を振るっても、的確に躱し、時間を消費させ続けた。 (俺たちだけで24時間は厳しいが…しばらくすればジョン・ドゥや万魔も回復して合流できるはず…それまで耐えてみせる!!) ここまでは順調。 その流れを、一つの報道ヘリがぶち壊した。 「皆様!御覧ください!!国会議事堂に!転校生!国会議事堂に転校生が襲来しております!」 出来る限りの報道規制をしたつもりであったが、 この時代に、国会議事堂が襲来されて人々に広がらぬはずがない。 それは織り込み済みであったし、ハッピーさんもそこまで問題にはならないと思っていた。 エウロペアの持つ剣が、人々の負の感情を吸い取る霊剣・悲鳴号哭でなければ。 「うわ…マジで国会議事堂襲撃されてるよ」 「氷?水?で溢れてんじゃん」 「警察は何をやってんだよ!自衛隊は動かないのかよ!」 周辺住民、そして日本中の人々から負の感情があふれ出す。 霊剣・悲鳴号哭はそれを強烈に吸い上げ、そのまま力と変えた。 「小賢しいぞ、人間。霊剣・悲鳴号哭!!」 出力が跳ね上がった冷気が、アヴァの眷属、ファイの動物ゾンビを粉々にした。 パワーバランスが崩れようとしている。 このままでは一気に全滅してしまう。皆がそう思った瞬間。 ギュンギュンという風切り音と共に、何かがハッピーさんの目の前に飛び込んできた。 飛び込んできた者の正体は、巨大な段ボール。バリ!っと乾いた音を立てて段ボールから手足が飛び出す。 それと同時に、国会議事堂周辺に何も考えていなそうな、それでいて妙に楽しくなる声が響いた。 「誰が呼んだかブルマニアン、仲間の危機に颯爽参上!私が来たからには今日も現場はセーフティー!」 すーぱーブルマニアンさん十七歳:守る者 力任せに段ボールをズタズタにすると、ブルマ姿の妙齢の女性(ということにしてくれ)がぬらりと立ち上がった。そして、高らかに名乗りを上げる。相手が伝説の英雄だろうが、転校生だろうが、そんなものは知らぬと言わんばかりの、朗々たる名乗りであった。 突然の段ボールからの名乗りに一瞬戸惑ったエウロペアに、ビシィ!!とブルマニアンは指を突き付ける。 「いくわよ!貴方の罪を数えるわ!住居侵入!脅迫!傷害!殺人未遂!器物損壊!建造物等損壊!」 あっという間に六本のアホ毛がブルマニアンの頭上にそびえ立つ。 「ハッピーさんへの公務執行妨害!水と氷で国会議事堂運営を妨げた非現住建造物等浸害!国会の書類破壊は公用文書等毀棄!」 更に三本。計九本のアホ毛がキラキラと揺れる。 「そして!刑法学において【最も犯罪らしき犯罪】と称される、内乱罪!」 さらに追加で十本!『日本国憲法拳法』の効果により、ブルマニアンは十倍の膂力を手に入れた。 「何よりも!山乃端一人という少女を害そうとしたこと!罪の重さを知りなさい!」 戦闘型魔人の身体能力が十倍。 驚異的な加速度をもってブルマニアンはエウロペアの懐に飛び込む。 「おん!どうりゃ~!!」 そうして、冷気に肌に凍傷を負いながらも、無理矢理にエウロペアを天高く放り投げた。 エウロペアは転校生であり、無限の攻撃力と防御力を持つ。 しかし当たり前だが、無限の体重を持ち合わせているわけではない。 力任せにぶん投げるという原始的な技はしっかりと効果を発揮する。 勿論ダメージはまったく入らないが、飛行能力の無いエウロペアが無防備で何もできない時間を生むことが出来る。山乃端一人から遠く離すことが出来る。 「ハハハ!こうやって!ぶん投げ続けて!4月1日まで時間を稼げば!客人(まれびと)である転校生は強制退去ですとも!!正義執行(ジャスティス)!」 気に入ったのか、再度上司の決め台詞をパクるブルマニアン。 ややから元気が混じった声であったが、消耗していたハッピーさんたちにはその空元気が心地よかった。 「戦いはまだまだだ!倒せなくてもいい!凌げ!そして、ブルマニアンのやり方をパクっていい!とにかく山乃端一人に近づかないようぶっ飛ばせ!」 ハッピーさんの鼓舞が響く。 ――現在 午前4時。転校生退去まであと20時間。 ハッピーさんたちは善戦した。 無限の攻撃力と防御力を持ち、氷剣を振るう狂化された伝説の女王相手に食い下がった。 時間も上手く使い、攻めさせなかった。 ハッピーさんも、ファイも、アヴァも、ブルマニアンも、能力を振り絞り、苛烈極まる攻撃の嵐を前に致命傷を受けないまま、しのいだ。 そうして耐えること3時間。時刻は午前7時。 空はとうに明るくなっていた。 ここからまだ17時間も耐えなくてはならない。 考えたくはなかったが、全員が薄々感じていた。 4月1日まで耐えきるのは無理だ と。 それをエウロペアも理解しているからこそ、大技を使わず、的確にハッピーさんたちの体力を削りにかかる。 まだまだ慌てるような時間ではないとばかりに、淡々と消耗させにかかる。 このままでは一人一人じわじわと殺されて終わる。 「あ…!」 ファイが、ガス欠を起こしたかの如く躓いて倒れた。 普段であれば決してしないような転倒。 「まずは一人…!」 その隙を見逃すエウロペアではない。 淡々と、とどめを刺すために霊剣・悲鳴号哭を突き刺そうとした。 その瞬間。空に巨大な亀裂が入った。 まるでガラスを砕くかのように、空が大きく避け、別の世界から何かが殺到してきた。 誰もが目を疑う突然の襲来。 その襲来者の正体は、信じがたいことに【精子】であった。 それは、一人の淫魔人の死に際の願いと共に出された一握のただの精子。 それは、いつかの時代のどこかの世界の山之端一人と、恋仲にあることを願ったものの欲の残滓。 数多の世界の、山乃端一人を想って放出された精子が集まり、概念的欲望体となり果てたもの。 ただ【山之端一人を着床させる】それだけを考えて世界を渡り歩く哀しき破壊兵器。 彼ら精子には、愛がある。紛れもない愛があるのだ。 ただ、それを上回る欲望がある。彼らが精子ゆえに。 愛している。山乃端一人を愛している。それは本当なのに、欲が先に来てしまう。 男子高校生が、初めての彼女を、優しく抱きしめたいにもかかわらず勃起が先んじてしまうように。 AVのインタビュー場面を無視して本番から視聴を始めようとするように。 精子の行動は愛情よりも情愛よりも本能に支配される。 故にこそ【哀しき破壊兵器】。 山乃端一人は精子たちにとって、さながら唯一の卵子。 我先にと精子の群れは山乃端一人に殺到する。 山乃端一人がその突撃で死んでしまったのならば世界を破壊して次の世界の山乃端一人へ。 また次の山乃端一人へ。 そうして世界を破壊しながら精子たちは進撃を繰り返してきた。 そんな破壊兵器となり果てた精子の群れが、ついにこの世界にあらわれたのだ。 空間を突き破り、山乃端一人を妊娠せしめんと、猛烈な勢いで飛行してくる。 ――その精子たちが、はたと動きを止めた。 それは、精子たちにとっては完全なる奇跡。 この世界の山乃端一人は、一人ではない。 今まで山乃端一人を孕ませる唯一の存在となるべく猛進していた精子たちは、20名を超える山乃端一人がいる世界、という初めての事態に思考が停止した。 まるで、童貞が大勢の魅力的な女性に囲まれたかのような。 どこに向かえばいいか皆目見当がつかない。 発生以来、ただただ進軍のみを繰り返してきた精子たちは、初めて制止(セイシ)し、思考(シコウ)した。 数多の山乃端一人が、天空を埋め尽くす精子の群れを、何事かと見上げる。 エウロペアの脅威にさらされ、命を狙われ、精神をすり減らし涙目で震える山乃端一人たち。 その涙に、精子たちは原初の気持ちを思い出した。 山乃端一人を孕ませたい。それは紛れもない想いだ。 だが、原初に在った感情は、彼らに在った想いはーーー 「し、あわせに、オナり――――」 無い筈の口で、多田野精子は山乃端一人の幸せを歌う。 無い筈の頭で、多田野精子は山乃端一人の幸せを願う。 無い筈の体で、多田野精子は山乃端一人の幸せのために駆ける。 もしかしたらそれはただの賢者モードかもしれない。 狂い果てた哀しき破壊兵器が、たまさか正常に働いただけかもしれない。 しかしこの瞬間、多田野精子の全身を駆け巡る、山乃端一人を守りたいという想いは紛れもなく本物だった。 膨大な量の精子たちが、天空を背景に駆け巡り、凍れる女王たるエウロペアに殺到する。 それは、一筋のミルキーウェイ。山乃端一人を孕ませること能わぬ無駄撃ちと知りつつも、彼らは駆けた。 多田野精子:守る者 生死をかけた戦場 多数の並行世界を破壊してきた多田野精子。 その進軍力、破壊力は紛れもない超一級。 転校生の無限の防御力など知らぬとばかりに強烈な突貫を浴びせ続ける。 「…な…なんだこれは!!?」 百戦錬磨の凍れる女王が困惑の声を漏らす。 この事態に困惑の声を漏らすなという方が酷というものだろう。 無限の防御力と攻撃力を持つはずの転校生、エウロペアの鎧が砕け、血が吹き出る。 これこそが多田野精子の能力、生死戦線(ダンゲロスオンライン)の真骨頂。 彼らの能力は『別世界の山之端一人の元に向かうために今いる世界を破壊し、満ち溢れて溢れ出して進撃する』という特性を持つ、世界破壊能力。転校生は破壊できない。だが世界を破壊は出来る。 ――ならば、転校生を世界の一部と組み替えてしまえばいい。暴論に暴論を積み重ねる荒業。 しかしこの暴論で、多田野精子は数多の並行世界を破壊し、『楽園』の転校生たちを半壊させてきたのだ。 転校生と言えど、一度傷が付き血が出てしまえば、普通に死ぬ。 このまま攻め立てれば、エウロペアを狩ることは可能だった。 しかし、なんたることか。 精子たちが攻め立てるそのさなか、エウロペアの冷気は出力を増していった。 ハッピーさんたちとの攻防が冗談だったと思えるほどの、凶悪で有無を言わさぬ極寒。 多田野精子は、確かに転校生であるエウロペア・オルタナティブを打破しうる超存在であった。 しかし、エウロペアの持つ霊剣・悲鳴号哭は、周囲の人間の不安や恐怖や悲鳴など、負の感情を吸収し、冷気として放出する特性がある。 「うわ…何あれ…」 「もしかして…精子じゃない」 「終わりだ!世の中はどうにかなってしまった!」 多田野精子は、その強大な威容と異様により、日本中の人々を困惑させ、不安を与えてしまった。 その恐怖をエウロペアは吸収し、猛烈な寒波に変える。 そして、精子にとって強烈な冷気は天敵である。 精子の凍結保存を例に出すまでもなく、精子は冷気で容易に動きを止める。 仮に凍結を解除できたとしても、精子尾部に断裂が起き、運動能力が8割程度落ちるという。 「この女王を…舐めるな!!霊剣・悲鳴号哭…氷剣乱舞!!」 国会議事堂に溢れる大寒波。 精子は力を振り絞って周囲の山乃端一人たちの関係者を守るべく身を差し出して防いだ。 そうして、全身を凍り付かせて完全に動きを制止させた。 解凍されればまた動くことは可能かもしれないが、少なくともこの戦闘中の復帰は無理だろう。 さしもの女王も、難敵の撃破に全身で息をする。 その息の音だけが国会議事堂に響く。 突如現れた、猛烈なエネルギーを持った精子軍団でさえ、この女王は制してしまった。 その事実に皆震え、動くことが出来ない。 この様子を見守る国中の人々も、テレビ画面に映る惨事に恐怖を極めた。 そうして、その恐怖は女王の贄となり、煌々と輝く。 恐怖が力を生み、力が恐怖を生む。 皆が食い入るように見つめる画面に絶望が広がる限り、そのサイクルは途切れない。 画面に絶望が広がる限り? 突如、転校生の襲撃を伝える画面の映像にノイズが走ったかと思うと、 トラバサミを模したヘッドホンにゲーミングカラーのウルフヘアと派手派手な外見のアバターが現れた。 「みなさーん!トラトラトラップ~!トラップ系Vtuber『棺極ロック』の生配信!女王討伐やってみた!はーじめーるよー!」 (うおおお!?本当に、本当にやっちまったぁ!これ、ちゃんとアバターで映ってる?ジャック出来てんの??!) (天才のあたしを疑うってのかー!?ジャックは完璧!アンタの姿も、リアルタイムで変換済み!やっちまうよ!) それは鏡助つながりで関係を持った二人の理系高校生。 いつのまにやら現れた研究所内部から、見た目幼女の天災マッドサイエンティストがジャックをしかけつつ高笑いをする。 (ニヒヒ!国会に色々盗聴機仕掛けてたからな!あのライオンみたいなおっさんの言葉盗み聞きで、女王様の能力は把握済み!みんなを愉快にして冷気弱めちゃえー!) 「はい!ということで女王討伐やっていきましょう!!といっても俺一人じゃきついですね!ですから本日は豪華ゲスト!伝説の殺し屋!スカイツリーの化け物ぶち殺し動画がバズりまくった、月ピさんにお越しいただいておりまーす!」 絶望的な景色に突然現れたアバターと、全国生放送に堂々と姿をさらすサングラス姿の伝説の殺し屋。 あまりにも緊張感に欠けたツーショット。 「ふふ」 朝のお茶の間に、少しの笑いが零れた。 鍵掛 錠:守る者 徳田愛莉:守る者 月光・S・ピエロ:守る者 「じゃあいきますか!トラトラトラップ~!!」 ――鍵掛は、ワナとは原則的に弱者が強者に対して使う物であると認識している。 それは強者がワナを使わないという意味ではない。 ワナという物自体に対してそのような認識を持っているというだけだ。 だからだろうか。鍵掛は「明らかに過剰なワナを仕掛けることができない」という心理的な制限を持っている。 しかし、相手が強大極まる存在であるならば。 空を埋め尽くす大量の精子軍団ですら制して見せる伝説の女王が相手であるならば。 「初めから!全開でいけるってもんだよな!」 「Au clair de la lune,Mon ami Pierrot(月の光と、我が友ピエロ来れり)」 月ピが生み出すピエロが、女王の前で倒れる面々を続々と退避させる。 「女王から逃げられるとでも?」 手傷を負いながらも、エウロペアの気迫は薄まらない。 猛然とピエロを追いにかかった女王の足元で、カチリと音がした。 発動したのは、単純な跳ね床。 その罠は女王を傷つけることを目的とはしていない。 次の罠へとつなぐための始動に過ぎない。 跳ね床に飛ばされたエウロペアは、椅子に座らされた。 その椅子こそは神代の罠。 ギリシア神話の大女神、ヘラを拘束し、天に宙づりにしたとされる伝説の椅子。 「鍛冶神ヘパイトスの罠椅子!!俺が繰り出せる最強の拘束罠!いかに女王と言えど、すぐに振り払うなんて出来ないよなあ!月ピの旦那!やっちまえ!!」 神代の魔力で拘束され、もがく女王に猛然と伝説の殺し屋、【絶黒龍殺し】の月ピが迫る。 あの殺し屋なら何とかするかもしれない。皆がそう思う中、月ピは堂々と告げた。 「女王よ。このタロットを引きたまえ。」 おそらくは、月ピ以外の日本中の存在が固まったであろう。 当のエウロペアですら、目前の男が何を言っているか理解できなかった。 「私は、あそこにいる『棺極ロック』の依頼を受けて殺しにきたが…まだ殺し方を決めていない」 酷くまじめに月ピこと月光・S・ピエロは述べた。 「さあ選べ。それがどんな方法だろうと、私は完遂する」 「…舐めるな!」 拘束を一部解いたエウロペアの剣から氷が放たれる。 月ピはひょいとその攻撃を躱す。氷撃の余波が、タロットを一枚吹き飛ばす。 「ほう…これを選んだか」 空中に弾かれたカードを、月ピがつかみ取る。 エウロペアが選んだカード以外が地に落ちる。 『撲殺』『圧死』『感電死』『爆殺』『毒殺』 『落下死』『餓死』『縊死』『刺殺』 などのワードが散らばるなか、月ピは高々とカードを掲げた。 そこにはハッキリとこう書かれていた。 『老衰』 「ふむ。しばらく待っていただこう」 「何やってんのあんたーーー!!!!???」 『棺極ロック』ではなく、鍵掛錠そのものの素の叫びが響き渡る。 「私のやり口は知っているだろう?女王には老衰で死んでいただく。60年ほど待ってくれ」 「あほんだらー!!」 天災マッドサイエンティストも研究室から叫ぶ。 国会議事堂に集結した守る者たちは、月ピの奇行に呆れかえった。 アヴァなどは呆れを通り越して既に笑い始めている。 当然、それは全国のテレビ視聴者も同じだった。 狂化した氷の女王を前に、老衰まで待つと本気で言い放つイケメンの殺し屋。 ツッコミに回るVtuberとマッドサイエンティスト。 その奇妙な画面に、国中が笑いに包まれる。 月ピがこれを初めから狙っていたかどうかは誰にも分からない。 ただ、人々の負の感情を吸い上げて力とする霊剣・悲鳴号哭は、どんどんと出力を落としていった。 多田野精子の襲来による出血は、神代の罠を身に受けたことにより悪化していった。 さらに霊剣・悲鳴号哭の出力の低下。 (これは…よくないな) ここでエウロペアは初めて危機感を覚えた。 大技を使わず、堅実を心掛けたとはいえ、決して手を抜いたわけではないエウロペアの攻撃を都合7時間も防いでみせた達人集団。果して出血が続く状態で、彼らを仕留めることが出来るか? (無理矢理でも、負傷を覚悟してでも、包囲網を突破し、山乃端一人を仕留めてくれよう。) エウロペアは狂ったとは言え英雄。 的確な戦術を選択し実行する。 傷を負うのも厭わず、一番距離が近い山乃端一人に対し直進。 何故か向こうから近づいてくる存在があったので、迷わずそちらに向かう。 アヴァの配下の小動物、ファイの召喚するゾンビ生物、鍵掛の罠、徳田愛莉の兵器、ハッピーさんの箱解除攻撃、それらを受け止め、それでも強引に突破する。 「まずい!包囲を抜けられるぞ!!」 ハッピーさんの悲鳴を後ろ背に、エウロペアは直進する。 エウロペアは強引に包囲網を突破した。山乃端一人まで、あとわずか。 猛烈な加速を見せ、全てを振り切り山乃端一人を殺しに行く。 夢のエンドはいつも 女王は、かつての自分の世界で幼い山乃端一人を眼前で失った。 物語の世界から顕現した女王を、心から信頼していた優しい幼子だった。 周囲の大人たちは分かったような風で口々に言った。 「英雄でも救えぬ者はある」 「あのエウロペアであれば、すぐに切り替えて威風堂々と戦ってくれるだろう」 その言葉は本来であれば正しい。 クイーン・エウロペア1世は、幼子の死に心揺らしたりしない。 決して忘れてはならぬ者として胸に刻めど、その刻んだ傷で動けなくなることなどありえない。 しかし、この(・ ・)エウロペアは違ったのだ。 たった一人の幼子を顧みることが出来ずに何が英雄かと、全てを捨てて山乃端一人生存のために奔走した。 そうして、別世界の山乃端一人の死体を用いて反魂の術を行うという結論に至ったのだ。 狂化した頭脳は、山乃端一人を助けるために山乃端一人を殺すという事に矛盾を覚えない。 違う世界の住人など、何人殺したところで問題ないと思っている。 故に、エウロペアは、包囲網を突き破ると、即座にこちらの世界の山乃端一人に狂刃を振り下ろした。 振り下ろした。そのつもりだった。 無慈悲に、残酷に振るわれるはずの刃は、山乃端一人の目前でピタリと動きを止めていた。 エウロペアが刃を振るおうとした相手は、アヴァの山乃端一人。 まだ12歳の幼子である。漫画家を目指し、お絵かきに興じるような、どこにでもいるいたいけな少女。 彼女はアヴァの言いつけを守って家にこもっていたが…テレビに映った、家族であるアヴァの危機に、眠気を我慢して飛び出してしまったのだ。 胸にはスケッチブック。漫画家を目指すだけあって、12歳としては十分な画力でアヴァが描かれていた。 「頑張ってきんとと!」のメッセージが明るい字体で踊る。 ――幼子の死に、いちいち傷ついていてはクイーン・エウロペア1世ではない。 だから彼女はエウロペア・オルタナティブと化した。 しかし、しかし、しかし… ここで幼子を無残に切り殺した場合、彼女はエウロペア・オルタナティブですらない何かになってしまう。 それは、仮にもエウロペアである彼女には出来なかったのだ。 山乃端一人を殺すために別世界にまで招かれながら、いざ幼子を前にすれば刃が鈍る脆弱。 (私は…何をしに来たのだ?) 溢れる血が女王の思考を奪う。 ドバドバと血がさらに溢れ出る。 ハッピーさんたちは気が付く由もなかったが、エウロペア・オルタナティブの限定不死能力である 『この身朽ちるまで(before my body is dry)』は 自身に課せられた命令や使命の無視、誓約の不履行を自覚した時解除される。 『山乃端一人の死体を手に入れる』という当初心に掲げていた目的が薄らいだ今、『この身朽ちるまで(before my body is dry)』は霧散し、消失する。 血が溢れる。 どうにもとまらない。 「アインス!アインス!家にいろといったではないか!!」 ようやく、ハッピーさんと、アヴァが追い付いてきたようだ。 目的も何もなくなり、何をしていいか分からなくなった女王は、このままずるずると野垂れ死にする姿を敵に見せるのは恥と思った。 エウロペアは、にこりと笑うと、霊剣・悲鳴号哭を自らの胸に突き立てた。 血がさらに溢れ出る。 (これでいい…何も為せない戦であったが…これでエウロペアの名を穢さずに済む…) 客人(まれびと)であるエウロペアの四肢が光の粒子となり、朝露に消えゆく。 (これでいい…これでいいのだ…) そう自分に言い聞かせ、安寧のうちに死を夢むエウロペアの微睡を、獅子のような咆哮がぶち壊しにする。 「何してんだてめぇーーー!!!諦めてんじゃねえぞ!」 ハッピーさんの叫びが轟く。 「あんたは、仮にもクイーン・エウロペア1世だろうが!全世界の子供の憧れであったクイーン・エウロペア1世だろうが!何を諦めて、それっぽく消えようとしてやがる!!」 先ほどまで殺し合っていた間柄だというのに、ハッピーさんは本気で憤っていた。 エウロペア・オルタナティブが、自身の夢と目標を捨て、無念のうちに消えることに憤っていた。 「そんなの…そんなの!ハッピーじゃねえだろ!俺の目前で!『これでいいのだ』みたいな半端な納得で死なせてたまるか!」 その無茶苦茶な理屈に、死に際のエウロペアも呆れる。 「…我儘な男よな…お前が『ハッピーじゃない』と叫んだところで、私は納得しているのだ。お前流に言えば、『そこそこハッピー』というやつよ…口を出さないで…」 「違うわあ!」 またしてもエウロペアの言葉をぶった切る。 「あんたの理屈なんてどうだっていい!【俺が】ハッピーじゃねえんだ!!何かを諦めて…妥協して…あんたほどの英雄が、そんな死に方するなんて、【俺が】ハッピーじゃねえんだよ!!」 それは傲慢極まる思考。 他人の無念の死を見ると、【自分が】ハッピーでないから諦めさせない。 俺が嫌だから嫌、という子供のような理屈。 誰もが諦める「皆を幸せにすることが俺の幸せ」という夢物語を振り回し、実現させてしまう大男に、今度こそ女王はあきれ果てた。 そんな問答をしているうちに、限界が来たようだ。 エウロペアの体がどんどんと消え失せていく。 「クソ!何か!まだ何かあるはずだろ!」 敵対していた相手の死に様に、ハッピーさんは本気で憤慨している。 (まあ、私を打破した相手の悔しがる顔を最期に見るというのも味なものか…) 「待て!まだだ!諦めるな!消えるな!まだ…まだ!!」 仲間の制止を振りほどきエウロペアに駆けるハッピーさんを最期に見ながら、エウロペアの視界は暗転した。 エピローグ 「解除」 小さな呟きが空間に響いた。 そこは素人であっても一見して分かる儀式的空間。 様々な陣が描かれ、様々な呪具が転がる。 その空間の中央には、人が一人すっぽりとはいるほどの箱が一つ。 その箱がほどけるように消えていった。 そうして現れたのは、女王エウロペア。 エウロペアは長き眠りより目を覚ました。 そうはいっても、当人は長いなどとは感じていなかった。 何故ならば彼女の時間は止まっていたのだから。 彼女が消える間際、ハッピーさんの妖刀武骨による一太刀は届いていたのだ。 数多の魔人の攻勢により無限の防御力が綻んだからこそつけることが出来たほんの少しの傷。 そして、エウロペアは物語人物の顕現であり人間ではない。 命があるか無いか問われれば、無いと言えよう。 魔人能力『時よ止まれ、君は。(ファウスト)』の対象である。 あとはハッピーさんの認識の問題であったが、彼は成し遂げた。 消滅寸前のエウロペアを箱化することに成功していたのだ。 (…私は、消滅するはずだったのでは??) 困惑したエウロペアは周囲を見渡す。 幾重にも練られた特殊な魔方陣。 一目で超常の品と見て取れる、特級の呪具や神器。 この空間が、女王エウロペアを生存させるために用意された空間であることはすぐに理解できた。 そして気が付く。あれほど自分を蝕んでいた氷のような狂気が消え失せていることに。 今そこに在るのはエウロペア・オルタナティブではなく、正しくエスカルゴ王列史に名を連ねるクイーン・エウロペア1世なり。 (消滅の回避だけではなく、狂化の解除まで?どれだけの神器を集め、リソースを注いだのだ?) その疑問の答えはすぐに明らかとなった。 「よう、女王様…ハッピーかい?」 エウロペアにとっては、つい先ほどまで対峙していた魔人能力者の声が届く。 声の方を振り向くと、そこには思った通りの人物、ハッピーさんがいた。 ――しかし、顔が違う、立ち姿が違う。過ごした年月が違う。 獅子を思わせる眼光はそのままながら、顔中には深い皺が刻まれ、鮮やかな金色の髪は白に変貌していた。妖刀武骨を杖のようにしながら真っすぐ立ってはいるが、かつての筋骨隆々と言った面影はなくなっている。それはまさに老いた獅子。 「プ…アハハハハハ!ハーハッハッハッハ!ハハハハハ!」 儀式的空間に、爆発的な笑い声が響く。 国を背負う高潔なる女王が、ここまであけすけな笑いを飛ばしたのはこれが初めてかもしれない。 「ハハハハ!貴様!貴様…何年奔走したのだ?ほんの一瞬縁が出来た私を、救うためだけにどれだけ駆けてきたのだ!?」 「何年?この姿見りゃ大体分かるだろ。言った筈だ。俺は諦めない。必ずハッピーにしてやるってな。」 老いてなお言葉ぶりはそのままにハッピーさんが笑う。 (嗚呼!私の負けだ!今、完全に負けた!) “世界一諦めの悪い男”の異名は伊達ではなかった。 ハッピーさんは、綺麗に消滅しようとするエウロペアを無理やり現世に引きずり出すことに成功したのだ。 笑って、笑って、涙まで溢したエウロペアに、ハッピーさんが続ける。 「いやいや、まだ話は終わってないぞ。ここからだ」 ハッピーさんは懐から特に強烈に霊気を放つ一振りの刀を取り出すと、空間を斬りつけた。 空間がぐにゃりと歪み、扉が開いた。並行世界を渡る時越えの剣。 扉の奥から、ふわりと春風が届く。 冬はとっくに終わっていた。 その春風を女王は酷く懐かしいものとして受け取る。 「…信じられない…」 それは、あの日少女を失った世界。 哀しくも懐かしい痛みに満ちた、以前の世界。 「やり直してきなよ。女王様」 あの日の悔恨を。 少女を失った痛苦の日々をやり直して来いと何でもないことのように告げた。 「まぁ、なんだ、正直、元の世界につなぐのが限界でそこから先何ができるかは女王様次第だが…やれるだろ。俺が憧れた女王様ならさ。」 並行世界間の移動、元の世界の特定。 「これだけの…これだけの魔術行使、貴様だけでは何十年かけたとしてもリソースを集められるはずが…」 「Au clair de la lune,Mon ami Pierrot(月の光と、我が友ピエロ来れり)」 いつのまにやら、サングラスをピシリと身につけたロマンスグレーの男が立っていた。 「言った筈だ、『老衰』で死ねと…貴様は消滅すべきではなかった。」 「…こんな馬鹿に付き合う協力者までいた、か…」 穏やかに、噛み締めるような、優しい笑みをエウロペアは浮かべて扉の向こうに歩みを踏み出す。 そうして、扉が消える間際に振り返り、朗々とした声で告げた。 「諸君ら。大儀であった…私は…私は!ハッピーである!!!」 ラスト・メッセージ 「むかしむかしあるところに」 物語は全てそのように始まるらしい。 本当に長い、昔から続く物語だった。でも、楽しかっただろう? …物語の始まりは全て一緒…というのなら、物語の終わりはどうなのだろうな。 物語は全てそのように終わる そんな言葉はあるのだろうか。 まぁ、色んな終わり方があるものだから、全てこうだ、なんて定義付けはできないのだろう。 人魚姫のように美しい終わり ごんぎつねのように儚い終わり マッチ売りの少女のように切ない終わり 物語の終わりは本当に千差万別だ。 ――だが、俺が語る物語は、すべて同じ言葉で終わる。 すべて同じ言葉で終えるためにこそ、俺は駆けている。駆けてきた。 そうするために全力を尽くしてきた。その言葉で締めるために諦めない。 ん?どんな言葉か分からない?冗談だろ?みんな知っているあの言葉さ。 当然この物語も、あの言葉で締めたいと思う。 いつか、この物語を思い出すときにハッピーでいられることを祈って。 じゃあな。 「そうしてみんなは、いつまでも、いつまでも、幸せに暮らしましたとさ」 HAPPY END