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厚い雲の垂れ込める、アルビオン空軍工廠、ロサイス。 先日の戦闘によって多大な被害を被ったこの町は、未だその衝撃から立ち直ってはいない。 町は蹂躙の傷痕もそのままに、喪に服す人々の嘆きの声に満ちている。 しかし一方で、奇跡の様に原形を留めていた2本の巨大な煙突からは、連日の様に灰色の煙が立ち上っていた。 そして――――― 熱で折れ曲がり、桟橋としての機能を失いつつある建造物の根元には、満身創痍としか言い様の無い、巨大な空中帆走戦艦の姿。 吹き飛ばされたマスト、折り取られた左翼、抉られ消し飛んだ後部甲板。 未だ修繕の済まぬそれらの箇所には足場が構築され、その上では無数の作業員により修復作業が行われている。 そして艦体の傍らには、それを見上げる1人の男性の姿。 サー・ヘンリ・ボーウッド。 彼の眼前に座する巨艦『レキシントン』の艤装主任であり、次期艦長である。 「此処に居たか、ミスタ・ボーウッド」 背後から響く済んだ声に振り返れば、其処には緑のローブを纏った金髪の男性。 『レコン・キスタ』総司令官、オリヴァー・クロムウェルの姿が在った。 「経過はどうかね、主任」 供の者を背後に引き連れ、ボーウッドの横に並んで艤装中の『レキシントン』を見上げるクロムウェル。 彼の問い掛けに対し、ボーウッドは素っ気無く答えを返す。 「新型砲の搭載は完了しました。運が良かった。襲撃の2日前には全基完成していた」 「ふむ、保管庫も奇跡的に無事だった事だしな。始祖は我々に微笑んでいるぞ、主任」 そう言って微笑むクロムウェルを、ボーウッドは姿勢を戻す際にちらりと横目に見遣り、再び視線を『レキシントン』へと移す。 「しかし、左舷砲甲板が使い物になりません。右舷の損傷は軽微ですが、此方に砲を集中させれば主軸が傾いてしまう」 「その為に、君がこの案を出したのではないかね? 尤も、どの様な意図在っての事か、私にはさっぱりだが」 その言葉に答える事無く、ボーウッドは艦首を見遣る。 クロムウェルもそれに倣った。 艦首に増設された、計8門の砲座。 破壊された部位を改修、半ば強引に設置されたそれらは、通常の単縦陣戦法から考えても異常な配置だった。 このハルケギニアの砲戦形態に於いて、艦首及び艦尾の火力を強化する事により得られる利などほぼ皆無であるにも拘らず、未だ見ぬ敵を打ち砕かんとばかりに艦首に突き出した、8門の新型カノン砲。 優雅な曲線を描く輪郭から歪に飛び出したそれらの影は、見る者に薄ら寒いものを感じさせる。 「……搭載が可能なのは計16門。余剰の122門は『ミルウォーキー』及び『チャールストン』に搭載する事となります」 「成程。それで君は、この僅か16門の砲で『何』を相手にするつもりなのかね?」 沈黙。 ボーウッドは答えず、クロムウェルもまた、しつこく問い質そうとはしなかった。 彼等の背後、其処に控えた黒髪の女性が、訝しげに2人を見遣る。 しかしクロムウェルは咳払いをひとつ、ボーウッドへと向き直ると、表情を引き締めて告げた。 「君も知っての通り、『あの敵』には『ウインザー』の『積荷』を充てる。当初の予定とは少々異なるが、それが最も妥当だ。『毒を以って毒を制す』だよ」 そう告げると身を翻し、軽く手を振ってその場を後にする。 返答など期待していない、ボーウッドの行動を読んでの行動だった。 供の者達もそれに続き、黒髪の女性も戸惑いながら追従する。 ボーウッドはそれらを見送る事もなく、只々、奇妙な艤装を施されつつある巨艦の艦体を見上げていた。 「閣下、あの男は何を考えているのです?」 クロムウェルに付き従う従者の1人、黒髪の女性は仮初めの主従関係を演じつつ、そう問うた。 彼女にとって、目前の男は自身の駒であり、また彼女本来の主にとっても暇潰しの玩具に過ぎなかった。 気弱で、権威に弱く、俗物的で、聖職者という化けの皮の下には惨めなまでにみすぼらしい、ごくつまらない人間性が潜んでいる事を知っている。 しかし先程、何を考えているのか窺い知れないあの軍人と話しているその瞬間、彼は気弱な独裁者でも、聖人の仮面を貼り付けた盗人でもなく、ある事柄を確信した1人の人間であった。 彼女には、其処が解らない。 あの男は『積荷』が何かを知っていながら、ニューカッスルとこの町を襲ったあの『化け物』を、自らの手で仕留めるつもりなのだ。 それは間違い無い。 しかし、この男が何故それを容認するのか、其処が解らない。 正直なところ、主の関心を根こそぎ奪って行った、あの『ゴーレムもどき』は憎くて仕方が無い。 だが、その力は認めざるを得ない事も事実。 『あれ』一体で、一国を制圧する事すら出来よう。 然るべき地へと解き放った後、ただ敵が滅び行く様を眺めていれば良い。 否、敵の戦意を挫く為にも、そうすべきだ。 だというのに――――― 「ミス・シェフィールド」 暫しの後、クロムウェルは足を止め、背後を振り返らぬままに口を開いた。 偽りの主従、偽りの口調。 しかし続く言葉には、紛う事無き確信が込められていた。 「アルビオン空軍将兵は、他者の手を以って敵を屠るを良しとしない」 そう言い放ち、再び歩を進めるクロムウェル。 その言葉が意識に浸透するや否や、彼女―――――シェフィールドは背後へと振り返り、あの男の姿を見遣る。 そして、凍り付いた。 何故だろう。 実に恐ろしきはあの『化け物ども』だろうに、自分は別の存在を警戒している。 あの男は危険だと、意識の深淵、本能の何処かが警告している。 否、あの男だけではない。 あの船に乗り組む全ての将兵、頭上を舞う幾隻もの艦の乗組員達。 彼等が自身とは異質の存在であると、全身全霊が声高に叫んでいる。 彼等の本質を見誤ってはならないと。 私達は、この国を理解したつもりだった。 その上で計画を練り、実行した。 しかし、例え国家としての在り方を理解した所で、其処に暮らす者、その全てを理解した事にはならない。 その考えは、正しく今の状況に当て嵌まる。 そう。 私達は『アルビオン空軍』という組織の本質を、完全に理解してはいなかった――――― 『レキシントン』より外され、何時の間にかシェフィールドを捉えていた、一対の眼。 彼女の意識に映り込んだボーウッドの視線は、獲物を狙う猛禽の目、氷よりなお凍て付く鋼の目だった。 「『竜の羽衣』……ですか?」 恐る恐る返された言葉に、ルイズは頷く。 厨房の片隅で交わされるその会話を、他のメイド達や料理人達が首を傾げつつ見守っていた。 「貴女がタルブの出身だと、オールド・オスマンから聞いたのだけれど。『竜の羽衣』がどんなものか、知っている範囲で教えてくれないかしら?」 事の起こりはキュルケが提案した、トリステイン国内に散在する『地球』製異物の捜索―――――と銘打った、要するに『宝探し』だった。 何処から手に入れてきたのか、大量の『宝の地図』と称された紙切れを基に、虱潰しに各地を視て回ろうと言い出したのだ。 真っ先に難色を示したのはギーシュ。 彼は、そんな何時まで掛かるか解らない事には付き合えない、アルビオンへの数日間だけでもモンモランシーの機嫌を損ねるには十分だったのに、と突っぱねた。 キュルケは不機嫌になった。 次にルイズ。 そう何日も授業を休める訳が無い、大体そう何日も姿が無ければ更に怪しまれる、只でさえアルビオンの件で色々と勘繰る者が居るというのに等々、否定的。 キュルケは涙目になった。 続いてタバサ。 面倒くさい、と一刀両断。 キュルケは幼児退行を起こした。 最後にデルフ。 全て回るというのは非効率的であり時間的損失の点からも容認出来ないが、情報を収集した上で調査地点を絞るのであれば良い提案だ、と比較的好意的。 キュルケはデルフに抱き付き口付けの雨を降らせ、自室へと持ち帰ろうとした所で気絶させられた。 そんな経緯を踏みオスマンに話を通したところ、彼は数枚の地図を見た後、学院に勤める者の中からその地の出身者をリストアップし、ルイズ達へと伝えたのである。 その情報を基にルイズ達は学院各所を巡り、『宝』に関する情報を現地出身者の口から収集し始めた。 そして彼女―――――何時だったかギーシュに絡まれ、上級生2人によって決して軽からぬ傷を負わされたメイドの少女もまた、その情報源の1人だった。 「『竜の羽衣』なんて言っても、大したものじゃありません。鉄で出来た、大きな何かの模型みたいなものなんです。それを身に纏った者は空を飛べる、って言われてたけど……」 其処でメイドの少女―――――シエスタは口を噤み、続いてはっとした様にルイズを見詰め、何事か呟き始めた。 「でも……ミス・ヴァリエールの……そんな……」 「何? どうしたの?」 そんな彼女の様子を訝しく思い、ルイズはその顔を間近から覗き込む。 すると、シエスタは慌てたのか、両の掌を振りながら早口で捲くし立てた。 「い、いえ! あの、ミス・ヴァリエールの使い魔も空を飛んでますよね? しかも鉄で出来てるし……なんか『竜の羽衣』と似てるなぁ、って……」 「シエスタ」 唐突に割り込んだルイズの声に、シエスタは身を竦ませる。 嗚呼、やはり気に障ってしまった。 貴族の使い魔と『竜の羽衣』を比べるなんて、どうしてそんな事をしてしまったのか。 己の失態を恨み、襲い来るであろう叱責の言葉に身構えるシエスタ。 しかしその直後、彼女は突如その手を包んだ温もりに目を瞬かせる。 見ればルイズが、彼女の両の掌を握り締め、真剣な表情でその目を見詰めていた。 そして、熱意の篭った言葉が発せられる。 「その話、もっと詳しく聞かせて貰えるかしら?」 「何で俺達まで……」 『まだ言ってるのか、サイト』 ルイズらによる情報収集の翌日、才人とテファは車上の人となっていた。 フロントガラスから覗く空は快晴の青、雲ひとつ無い。 これが『地球』であれば絶好のドライブ日和であったろうが、今の才人の機嫌は正しく最悪だった。 「当ったり前だ。何で俺らがあいつらの宝探しに付き合わなきゃならねーんだ」 『仕方無いだろう、それが交換条件なんだから。俺としては、学院に残るよりは安全だと思うが』 「解ってるよ。でもやっぱり気に入らねーんだッ」 そう言って、苛立たしげに拳を握る才人。 衝動のままにそれを振り上げ――――― 『プレーヤーを壊したら、俺は怒るぞ』 止めた。 ゆっくりと手を開き、膝の上に置く。 「ははは、当然じゃないか。誰もムシャクシャしてプレーヤーに八つ当たりしようなんて考えてないですよ? ギャングじゃあるまいし」 『ギャングかどうかは知らないが、折角のお気に入りなんだから丁重に扱ってくれよ』 乾いた笑いを零す才人と、何処か冷たさを含んだ音声を返すジャズ。 そんな2人の遣り取りを前に沈黙を保っていたテファだったが、意を決したかの様にジャズへと問い掛けた。 「ねぇ、ジャズ」 『何だ?』 「本当に何も、何ひとつ思い出せないの?」 その問いに、ジャズは黙り込んだ。 才人もまた、表情を引き締めてジャズの返答を待つ。 「あの剣の言った事が本当だとすればだけど……ジャズには目的が在ったんじゃないの? それに仲間も」 『……駄目だな、思い出せない』 漸く返された答えは、苦渋に満ちたものだった。 「あいつ、ジャズは『オートボッツ』だって言ってたな。『ディセプティコンズ』……だっけ。あのヘリの敵だって」 沈黙。 ジャズは答えを返さず、才人とテファもまた口を閉ざした。 ふと前方の空を見遣れば、其処には蒼穹を往く青い風竜の姿。 悠々と飛ぶその背には5つの人影。 「……まさか『竜の羽衣』ってのも『ディセプティコンズ』じゃないよな?」 またもや、車内に沈黙が降りる。 先程よりも更に重い、不安と緊張に満ちた沈黙。 しかしそれは、突如としてスピーカーから響き出したロックによって打ち破られた。 驚き、ステアリング・ホイールを見詰める才人、テファ。 そして、ジャズの陽気な音声が響いた。 『考えても仕方の無い事は考えるな。これ、俺の持論。もう少し気楽にいこうぜ』 続く笑い声に車内の2人は互いの顔を見合わせ、次いで溜息を吐いた。 「はぁ……」 「何だかなぁ……」 『何だ、その失礼な反応は』 不満げなジャズ。 それに対し、才人は頭痛を堪えるかの様に眉を寄せつつ、呆れを滲ませて呟く。 「慎重になるに越した事は無いだろ」 『俺こそは慎重さの王様ですよ?』 ウソこけ、本当だって、と言い争う2人。 助手席からその様を眺めながら、テファは物憂げだった顔に優しい笑みを浮かべた。 ハーフエルフの少女の抗議によってソルスティス車内にリラクゼーション・ミュージックが流れ始めた頃、空を往く風竜の背では1人を除く女性陣一同が盛り上がっていた。 ブラックアウトは速いが乗っていて疲れる、との事で採用されたタバサの使い魔、シルフィード。 シエスタを含め、すっかり意気投合した彼女らが盛り上がる一方で、デルフとギーシュの男性陣は、その背面前方の隅へと追い遣られていた。 吹き付ける風に髪を靡かせながら、ギーシュはぽつりと呟く。 「僕は何故此処に居るんだろう」 「突っ込まねーぞ、俺は」 きゅい、と続いた鳴き声に、ギーシュは己の目に熱い水分が浮かぶのを自覚した。 自分に味方は居ないのか、どうして地表数十メイル上空を飛ぶ風竜の背で孤独を味わわねばならんのだ等々、恨み言が脳裏を過ぎる。 背後から笑い声。 『地球』のとある国家限定の格言だが、正しく『女三人寄れば姦しい』、である。 「孤独だ……」 「だったらあの娘っ子も連れてくりゃ良かったじゃねーか。恋人なんだろ?」 「馬鹿を言わないでくれ。こんな危険な事に彼女を巻き込める訳無いじゃないか」 デルフの言葉に、ギーシュは目を剥いて食って掛かる。 彼女、とはモンモランシーの事であろうが、ギーシュに彼女をこの事態に巻き込む気は更々無かった。 しかしデルフは冷徹に、そんなギーシュの希望を打ち砕く。 「何時までも誤魔化す事は出来ないぜ。どっちみちバレるなら、まだ修正の効く内が良いと思うがね」 「修正?」 首を傾げるギーシュ。 デルフは剣の状態から片方のマニピュレーターを展開、立てた1本の指で鍔の辺りを横になぞる、高速で。 「別れ話になる前に、って事だ」 「帰ったら彼女に全てを打ち明けようと思う。どうかな?」 「了承した」 再び、きゅいぃ、とシルフィードが鳴く。 それは男同士の馬鹿話に対し、着いていけないとばかりに上げられた、乙女の嘆きだった。 一方で、ルイズ達の会話内容は『竜の羽衣』についてへと移り変わっていた。 一応の確認として始められた会話だったが、しかし当初の予想に反し、その内容は徐々に深刻なものとなってゆく。 切っ掛けは、ルイズが確認の為に発した言葉だった。 「『竜の羽衣』が安置されてる寺院は、立ち入りが禁じられているのよね。理由は何なの?」 その言葉に、キュルケとタバサが目を瞠った。 2人の反応に驚いたのか、ルイズが僅かにたじろぐ。 次の瞬間、彼女は2人の拳によって頭を小突かれていた。 「いったぁーいっ!」 「このお馬鹿! 普通そういう事は前日の内に訊いておくべきでしょ!」 「常識」 叱責の言葉を吐く2人に対し、頭を押さえて涙目になっていたルイズが、猛然と食って掛かる。 「大した事無いと思ってたのよ! それに、こっちにはデルフが居るんだし、下の2人も居るんだから十分じゃない! ブラックアウトだって、呼べば1時間以内に来るわ!」 「それでも軽率な事には変わり無いでしょ! ああもう、しっかりした様で何処か抜けてるんだから、この娘は!」 喧々諤々と、言い争いを始めるルイズとキュルケ。 その様を呆然と見詰めていたシエスタであったが、その服の裾を引く手に意識を引き寄せられる。 見ればタバサが、質問の答えを促す様に彼女を見上げていた。 「それで、どうして?」 改めて紡がれる、問い掛けの言葉。 シエスタは一度、深く息を吸い込み、答えた。 「……殺されたんです、人が」 瞬間、喧騒が止む。 ルイズらは驚いた様にシエスタを見詰め、ギーシュまでもが背後へと振り返っていた。 そんな中、タバサだけが冷静に質問を重ねる。 「いつ?」 「8年前の、夏の中頃です。夕暮れ時に寺院の方から、雷みたいな音が聴こえてきたんです。村の人が見に行ったら、一帯の地面が焼け焦げていて……寺院の扉が壊されていたんです」 風切り音の中、誰かが唾を飲み込む音が一同の耳に届く。 言葉を発する者は無く、誰もがシエスタの話に聞き入っていた。 「メイジ崩れの盗賊かも、って皆は家に篭って……その、夜中です。夕暮れの時とは違う、重い音が響いて……次の朝、トム爺さんが居ないって分かって……」 「トム爺さん?」 キュルケが問う。 シエスタが頷き、答えた。 「皆、そう呼んでました。私のひいおじいちゃんと仲が良かったんです。いろんな事を知ってて、ひいおじいちゃんと一緒に村の人達に色々教えてくれたって」 「殺されたのは、その人なのかい?」 ギーシュの問い。 シエスタは躊躇う様に一拍の間を置き、頷く。 「……はい。寺院から少し離れた草原で……『流れ星』の近くで、遺体が見つかりました。といっても、多分トム爺さんだ、としか解らなかったらしいです」 「……多分?」 一同の脳裏に、嫌な予感が走る。 そして続くシエスタの言葉は、その予感の的中を裏付けるものだった。 「バラバラだったって……胴体の一部と、右の足首しか見つからなかったって、父は言ってました。火傷の痕が在るから、多分トム爺さんだって」 誰も口を開かない。 皆、予想外の事態に凍り付いている。 そんな中、デルフだけが平然と言葉を紡いだ。 「よう娘っ子、『流れ星』ってのは何だ?」 突然割り込んだ声。 その発生源近くに居たギーシュは身を竦ませたが、既にデルフがインテリジェンスソードと聞かされていたシエスタは、驚く事も無く的確に答えを返す。 「40年くらい前に、タルブの草原に落ちてきたんです。大きな火の玉で、落ちた瞬間には物凄い音と振動が起こったそうですよ。 当時はゲルマニアとの小競り合いが起こっていたし、特に被害も無いという事で、領主の貴族様からは無視されました。トム爺さんは、その時に助け出されたんです」 「助け出された……って」 シエスタは頷き、続ける。 「多分『流れ星』が落ちた辺りに居たんだと思います。頭と腕の一部以外の全身に火傷を負っていて、殆ど瀕死の状態だったそうです。ひいおじいちゃんが先頭に立って、皆で助け出して介抱したって聞きました。記憶が混乱してて、そのままタルブに住む事になったって」 其処でシエスタは言葉を区切り、何処か悲しげな笑みを浮かべる。 そして、何かを思い出すかの様に、ゆっくりと話を再開した。 「小さい頃、色んな御伽噺を聞かされました。竜より大きい鉄の鳥が居るとか、馬よりずっと速く走る鉄の乗り物が在るとか。他にも、空のずっと上には不思議な場所が在って、其処では上も下も無いとか」 段々と熱が篭り、声が大きくなる。 悲しげな表情はそのままに、しかし口調は楽しげなものとなっていた。 「ひいおじいちゃん以外ではただ1人、『竜の羽衣』が飛ぶって信じてる人でした。自分も、似た様なものを飛ばしてたって。木で作った模型を飛ばして、どうやって飛ぶのか説明してくれた事も在ります。でも、鉄で出来たものが飛ぶなんて、誰も信じなかったけど……」 其処でシエスタは、爆音と共に地表を走るソルスティスへと目を落とす。 釣られて、他の4人もジャズへと視線を向けた。 そして何処か嬉しそうに、シエスタが声を発する。 「でも、本当だったんですね。ミス・ヴァリエールの使い魔や、あの鉄の乗り物が在るんですから。トム爺さんや、ひいおじいちゃんの言ってた事は、きっと本当だったんですね」 薄らと涙さえ浮かべ、本当に嬉しそうに言葉を紡ぐシエスタ。 その様子に胸が詰まる様な感覚を覚えた4人だったが、其処に無粋な横槍が入る。 デルフだ。 「娘っ子、そのトム爺さんとやらの本名は分かるか?」 その瞬間、4対の視線が非難するかの様にデルフへと向けられる。 しかし、彼に堪える様子は無い シエスタは数度、目を瞬かせていたが、やがて頷き、答えた。 「『ジェイコブ・トンプソン』です」 「爺さんは『流れ星』について、何か言ってなかったか」 シエスタは小首を傾げ、暫し思案した後―――――小さく手を叩き、その名を口にした。 歴史の陰に葬られた、呪われし名を。 「『亡霊』―――――トム爺さんは、そう呼んでいました。『ゴースト1号』、と」 アルビオン空軍工廠の町、ロサイス。 その宿の一室で、フーケと男は酒を酌み交わしていた。 しかし、2人の間には張り詰めた空気が漂い、その様子は逢瀬からは程遠い。 やがて、フーケが痺れを切らした様に口を開いた。 「わざわざ戦場くんだりまで行って、どうしようってんだい。あの化け物が仕留められる様を見学しようとでも?」 「そのつもりだ」 「はん、御苦労なこったね。それで、何の用が在って此処に? 言っとくけどね、私は―――――」 「共に来い、マチルダ」 フーケの声を遮り、男の言葉が部屋に響く。 瞬間、フーケは予備の杖を抜き、男へと向けた。 男は反応しない。 「……」 「ふざけんじゃないよ……私はあの娘等を取り戻しに行く。邪魔するのなら……」 「邪魔などしない」 つと、男は重力を感じさせない動きで立ち上がり、フーケの杖を押さえ込む。 流れる様な動き。 フーケは反応出来ない。 思わず舌打ちするが、杖を抑え込む力は驚くほど緩やかだった。 男は言葉を続ける。 「お前は気にならないのか? あの化け物が何なのか。あれだけの存在を従えるルイズは何者なのか」 「そんな事が私に何の―――――」 「ウエストウッドを護っていたゴーレムは、間違い無くその同類だ」 「―――――!」 杖が放される。 フーケの手に杖の重みが戻るが、その先端が男へと向けられる事は無かった。 「……」 「共に来い。あれらが何なのか、見極める必要が在る……違うな。俺は、知りたい。あれが何なのか、何故ルイズの使い魔なのか。それを知りたい」 その言葉に、フーケはまじまじと相手の顔を見遣る。 男は真剣な表情でフーケを見詰め、返答を待っていた。 「何で? 何であんたは、そんな事を?」 フーケから男への問い。 男は軽く目を伏せ、首を振った。 「あれは、二万もの兵を殺めた。民間人さえ巻き込んで。躊躇無く、いとも容易くだ。彼女が、そんな命令を下す筈が無い。あれは自身の意思で、あの殺戮を行ったのだ」 そして窓の外、発令所の先に在る、船着場へと視線を向ける。 其処には『レキシントン』には及ばないものの、巨大な船が停泊していた。 クロムウェル直属の兵が乗り組んだ、1隻の空中帆船。 輸送艦『ウインザー』号。 「……クロムウェルも、同じ力を手にしている」 「……!」 今度こそ、驚愕を露にするフーケ。 そんな彼女を見遣り、男は更に続ける。 「あの船が何処から来たのか? 知る者は居ない。『積荷』を何処で手に入れたのかについても同様だ。クロムウェルが召喚した? それも違う。恐らく、他国が絡んでいる」 「他国?」 「ガリアか、ロマリア」 沈黙。 フーケには、男が言った事を理解する為に、時間が必要だった。 余りにも危険な力を秘めた使い魔。 暴走。 同じ力を用いようとするクロムウェル。 ガリア、若しくはロマリアの介入。 其処で、フーケは気付いた。 余りにも単純な事実に。 そして若干の呆れを声に滲ませ、それを言葉に乗せた。 「要するにあんた、あの娘の事が心配なんじゃないか」 後にフーケは、笑いと共に語る。 己の言葉を聞いた、その瞬間の男の顔を忘れる事は、生涯無いだろう、と。 男―――――ワルドは一瞬にして赤面し、椅子に掛けられていた羽帽子を被るや否や、鍔を深く下ろして顔を隠したのだった。 捻れ潰れた鉄塊の前で、ルイズ達は呆然と佇んでいた。 大地に刻まれた、長大な爪跡。 巨大な質量を持つ物体の落着痕の中、微かに原形を留めるだけのその物体は、それでもなおその威容を失う事は無かった。 その側でシエスタが、自ら知り得る限りの情報を並べ立ててゆく。 「これ、鉄のようですけど、どんな事をしても表面を削るのがやっとなんです。よっぽど強力な固定化が掛けられているんでしょうか」 次いで、少し離れた落着痕の一画を指し、言葉を繋げる。 「あそこに建っているのは、トム爺さんが立てたお墓です。一緒に巻き込まれた人達のものらしいですけど、見た事も無い字で、誰も読めないんです」 その言葉が終わるや否や、ギーシュがデルフを持って歩み寄り、墓の前に翳す。 シエスタは訝しげにその様子を見詰めていたが、直後にデルフから発せられた声に驚愕した。 「『サム・ウォーカー、ゴースト1号船長』」 ギーシュが、次の墓へと歩み寄る。 すぐさま、新たな名が読み上げられた。 「『マリア・ゴンザレス、通信士』」 その後、残る2つの墓の名も、同様にして読み上げられる。 どちらもやはり、このハルケギニアでは馴染みの無い響きだった。 「『マイケル・エイヴリー、科学主任』、『クレイグ・クラークソン、システム・エンジニア』」 そして最後に、4つの墓標の下、半ば地面に埋もれる様にして据えられた石碑に刻まれた文面を前に、デルフは僅かな昂りさえ滲ませて音声を発する。 「『我がクルー、我が戦友達の魂の安らぎの為。卑劣なる敵と戦い、誇りと共に死した英雄達、その故郷に遺されし家族の為。我、此処に友の名を記し、その偉業を讃えん。合衆国特務機関《セクター7》アルファ基地所属ゴースト1号副操縦士、ジェイコブ・トンプソン』」 読み上げるや否や、デルフは亜人型へと変形。 突然の事に驚き、唖然とするシエスタを余所に、ジャズまでもが変形する。 彼等は『流れ星』へと歩み寄り、その全体をスキャン。 次の瞬間、今度こそ昂りを隠そうともせず、デルフは叫んだ。 「おでれーた! こいつは『宇宙船』だぜ! 『セイバートロン』の技術を流用した、『地球』製の船だ!」 その叫びに、一同の思考が目まぐるしく動き出す。 懸命に状況の把握を行おうとする彼等を尻目に、デルフはシエスタへと呼び掛けた。 「娘っ子、寺院ってのに案内してくれ。ほれ、急げ! 『竜の羽衣』が何なのか、見てみようじゃねぇか!」 『それ』は落胆の内に在った。 僅か8年の歳月で、宇宙を彷徨った数千年と同程度の忍耐を要求され、しかし現状の打開には時間の経過を待つ以外の手段が存在しないと知り、酷く憔悴―――――比喩的な意味で―――――していた。 恒星系の探索は無為に終わり、解った事といえば、かつてこの惑星には『地球』とほぼ同程度の機械文明が存在していた事、それらが既に何らかの要因で滅び、現在では一部地域を除いてエレクトロニクスが存在しない事、その程度。 復讐の完遂に対する感慨は既に薄れ、今や如何に時間を潰し、この惑星の各所で僅かに稼動する電子システムの成熟を待つか、それだけが感心事となっていた。 いっその事、短絡回路に切り替えて状況の変化を待つか? いや、それでは詳細な判断が要求される局面に対応出来ない。 では積極的に知性体郡とコンタクトを取り、エレクトロニクスの発達を促すか? 其処まで思考し、憤りと共にその案を却下する。 思考中枢を過ぎるのは、7年前の忌々しい記憶。 各種センサーを妨害しようと間断無く放たれる、出所不明のジャミング波を調査する為に赴いた砂漠地帯。 そのほぼ中央で『それ』は、巧妙にカモフラージュされた対空迎撃システムにより損害を被った。 科学技術文明の崩壊したこの惑星に於いて、高度な機械的迎撃システムを有する存在が在った事には驚かされたが、それに対する学術的好奇心よりも、コンタクトの試みひとつ無く迎撃手段を行使した知性体に対する警戒心が上回り、即座に撤退を選択したのだ。 『それ』は自身の能力の絶対性を確信してはいたが、同時に慎重さをも持ち合わせており、何より現実を捉えていた。 あれだけ厳重に構築された迎撃エリアに踏み込んで、五体満足で生還出来ると考えるほど、自惚れている訳ではない。 例え原始的な兵器であろうとも、それよりも遥かに進化した機械生命体を打倒出来るという事実は、8年前に確認済みだ。 正確には、更にその三十数年前に一度、その事実を嫌と言う程この身体に刻み込まれているのだが。 兎も角、あの危険な連中を相手取るには、単独では心許無い。 かといって、戦力として用いる事の出来る機械知性体がこの地域に発生するまで、どれ程の時間を要する事か。 『魔法』という未知の技術体系が科学技術の発達を阻害している以上、1世紀や2世紀では済むまい。 八方塞とはこの事か――――― そんな事を延々と思考していた、その時。 『それ』は己の根城としている建造物に歩み寄る、複数の有機生命体の存在を探知した。 即座にマスターアーム・コントロール・システムを起動し、破壊された入り口の隙間から覗く、外部の空間を探る。 ―――――8年前のあの日からというものの、此処への来訪の足は途絶えた筈だが。 有機生命体の幼生が、遊戯の延長として踏み入ったのか? それともオークとかいう、あの醜悪にして下等な知性体が迷い込んだのか? まあ、良い。 どちらにせよ、やるべき事は一緒だ。 推進装置を少々稼動させて脅かし、追い払う。 それでも立ち去らないのなら、面倒だが数発ばかり、20mmを撃ち込んでやれば良い。 すぐに静かになるだろう。 そうして、透過スキャンを開始し――――― 『……!』 ―――――次いで『それ』は驚愕し、その発達したシステムからは考えられない程の間を置いた後―――――歓喜した。 有機体の側を歩く、自身と同じく高度に発達した機械知性体、その姿。 それを擬似視界に収め、理解した。 『機』は訪れた。 行動の時がきたのだ。 ゆっくりと抉じ開けられる壊れた扉を見遣りつつ、『それ』は閉鎖されたシステム内で電子の嗤いを上げる。 『オールスパーク』よ、これは天啓か? 俺にこの世界を支配せよと、新たなる段階への進化を促せと、そういう事なのか? 良いだろう。 俺がこの『ハルケギニア』の支配者となってやる。 時間など、幾ら掛かろうと関係無い。 当て所無く宇宙を彷徨った数千年に比べれば、積極的且つ建設的な行動を伴った数万年など、取るに足らない労苦なのだから。 そして遂に、開かれた扉を潜り、5つの有機生命体と1つの機械生命体が建造物内へと踏み入った。 『それ』は直ちに、過去幾度と無く用いた手法を選択。 実に四十数年振りに、他知性体との欺瞞に満ちたコンタクトを開始する。 楽しかった。 実に楽しかった。 この世界に来て、初めてともいえる享楽的な感覚だった。 そして、自身が常に意識しておくべき事柄を確認しつつ、『それ』は最初のフェイズへと移行する。 無知と恐怖こそは、他者を操る為の最適な餌である。 情報は自身のみが秘めるべきものである。 そして、最も肝心な事。 『この宇宙は望みを捨てぬ者を助ける』―――――否。 『それ』は嘲笑と共に、その認識を修正する。 四十数年前、名も無き宇宙の片隅でそうしたように。 憐れな遭難者達を、下等な有機生命体郡を貶めた時のように。 『この宇宙は自らの為に捻じ曲げんと慎重に配慮する者をこそ助ける』、だったな。 嘗て『欺瞞の民』を率いた存在は、陰謀に彩られたその銃口を覆い隠すべく、擬装の言葉を紡ぎ出した。 『始めまして―――――君達はトムの友人かな? 紳士淑女諸君』
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秘密港は今、喧騒の最中に在った。 ウェールズを含め王党派のメイジ、兵士達が呆然と見据える先に黒く勇壮な巡洋艦の姿は無く、黒々とした闇だけが拡がっている。 至る所に飛び散った血痕、そして転がる死体。 無残に歪み、今は吹き飛ばされて彼等の足元に在る扉。 それらが示すものは、何者かがこの港を襲い、『イーグル』号を沈めたという事実だ。 「『イーグル』号が……何という事だ……」 「これでは……女子供の避難が……」 愕然と呟くウェールズ、そしてパリー。 周囲の惨状を見渡していた2人の目に、物言わぬ巨大な鉄塊が映り込む。 その瞬間ウェールズの脳裏に、桃色の髪を持つ少女の姿が浮かんだ。 自身に、トリステインへの亡命を懇願した少女。 本心からの言葉で、王党派の最後を憂いた心優しきメイジ。 そして―――――目前の鉄塊、その主。 「ラ・ヴァリエール嬢……」 「は?」 「メイジとその使い魔は視覚を共有出来る……そうだったな、パリー? ならば彼女が何か知っているやも知れぬ」 言うや否や、ウェールズはメイジを2名引き連れ、ルイズの部屋へと向かうべく港を後にする。 通路の奥へと消えてゆくウェールズの背後、物言わぬ鉄塊は主を守るべく、静かに胎動を始めていた。 「……どうして?」 ルイズは呆然と、その言葉を口にした。 疑問、混乱、恐怖、諦観。 それら全てを何とか言葉へと変えたそれは、簡潔ながらも直接的な質問となって対象へと投げ掛けられる。 しかしそれを受けた当の者は、一切の答えを返さない。 「……どうして?」 もう一度、同じ言葉を繰り返す。 その声は先程とは違い、僅かな震えを含んでいた。 ルイズの頬には鮮血が細かな点を打ち、純白の服には赤い斑点が滲んでいる。 傍らのベッドにも血の染みが拡がり、それは未だに拡大を続けていた。 彼女の手が頬へと触れ、赤々とした血の筋を指でなぞり、次いで目の前へと翳される。 「……答えて」 震える手、震える声。 それらを打ち払う余裕すら無く、ルイズは搾り出す様に絶叫した。 「答えなさい……デルフッ!」 彼女の目前には、刃の付いた腕を振り切った体勢で床に手を着く、亜人型のデルフ。 そして右手と首の『在った』箇所から血を噴き出す、ワルドだったものが佇んでいた。 床に転がるワルドの右手は杖を握り、落ちた首は信じられぬとばかりに目を見開いている。 「……」 「デルフッ! これは……これはどういう……きゃ!」 無言のデルフを問い詰めようとルイズが一歩を踏み出した瞬間、デルフは彼女の腕を掴みそのままベッドの上へと放り投げた。 そしてルイズが血塗れのシーツに沈んだ瞬間、室外より扉を切り裂いて飛来した無数の風の刃が、デルフへと殺到する。 しかし、それらは悠然と佇むデルフに触れた瞬間、微風の如く霧散して失せた。 デルフは床に転がる死体の胸倉を掴むと、それを大きく切り裂かれた扉へと人間離れした膂力を以って投げ付ける。 その暴挙にルイズが目を瞠った、その瞬間――――― 「デルフ!?」 残る扉の残骸と宙を舞う死体を微塵に打ち砕きつつ、暴風を纏った杖がデルフを吹き飛ばす。 ―――――ワルドだった。 その姿を捉えたルイズは、瞬間的に全てを理解する。 「『遍在』……!」 見れば部屋全体を朱に染めた鮮血も、たった今微塵と化した死体の破片も、その全てが幻の様に消え失せていた。 それは紛う事無く、彼女が身を以って味わった『風の遍在』の特徴。 死した遍在は、風となって空へと還る。 「貴方……まさか」 ルイズが言葉を紡ぐより早く、ワルドは彼女へと杖を振る。 しかしその杖は半ばから断ち切られ、柄より離れた先端は金属の腕によってワルドの胸、肋骨の隙間を縫って刺し込まれた。 ルイズがひっと悲鳴を洩らすが、デルフは構わずワルドの喉を貫くべく腕を振り上げる。 だがワルドは、心臓を貫かれながらもデルフへと密着、抱え込む様にしてその動きを封じた。 デルフはワルドを振り払おうともがくが、残された力の全てを注ぎ込んで押さえ付けるそれを引き剥がす事は叶わない。 その時、既に扉の吹き飛んだ出入り口より、新たに2人のワルドが飛び込んだ。 1人は遍在に押さえ込まれるデルフへ、もう1人はベッドにへたり込むルイズへと踊り掛かる。 しかし、状況を理解したルイズは既に杖を構え、ワルドの杖が届く直前に詠唱を完了させた。 「……『錬金』ッ!」 ルイズが知る限り、自身の魔法で最も威力と発動までの時間が優れたそれを、ワルドの手袋へと掛ける。 瞬間、爆発が起こり、遍在は跡形も無く消失した。 しかし対象との距離が近かった事も在り、ルイズ自身も爆風の余波を受ける。 服が切り裂かれ、杖を手放し、ベッドへと叩き付けられるルイズ。 その破れた着衣の間から、一通の封筒が零れ落ちる。 この旅の目的である、アンリエッタがウェールズへと宛てた手紙。 咄嗟に手を伸ばしたルイズの視界に、部屋に飛び込んでくる人影が映り込んだ。 「……! ワルドッ!」 ルイズ達には知る由も無いが、正真正銘のワルド本体。 彼は『閃光』の二つ名に恥じぬ速度でルイズとの距離を詰め、その胸を貫くべく杖を握る腕に力を込めた。 ルイズの手に杖は無く、デルフは死に掛けの遍在に抱え込まれたまま、もう一体の遍在と死闘を繰り広げている。 最早、打つ手は無い。 ワルド、そしてルイズまでもが決着を予感する中、機械仕掛けの魔剣が電子音の叫びを上げた。 『……!』 人間には決して理解出来ぬ、耳障りな電子の雄叫び。 それと共にデルフは腕部のトーチを展開し、3000℃を超える高温の炎を斬り掛かる遍在の顔面へと浴びせ掛けた。 瞬時に瞼と眼球を炙られ、鼻の肉を気化され、上唇を焼き切られた遍在は、聴くに堪えない絶叫と共に床へと転がる。 その瞬間、デルフは反対の腕を半ばから放射状に展開。 其処から覗く銃口を、今まさにルイズの心臓を貫かんとするワルドへと向けた。 そして、銃声。 「ッ!?」 瞬間的に発射された数発の銃弾がワルドの肩を貫き、彼が突き出した杖はルイズの頭の横、石壁を抉るに留まった。 デルフは更に発砲、ワルドを射殺せんとする。 しかし彼は驚くべき速さで窓へと奔り、空中へとその身を躍らせた。 しがみ付く遍在の首を切り飛ばし窓へと飛び付いたデルフは、置き土産とばかりに放たれた『エア・ハンマー』を文字通り斬り裂き、トーチを収納した側の腕までをも展開して、墜ち行くワルドへと向かって銃弾を連射する。 その数発がワルドへと命中したが、彼が超低空飛行で城へと接近した風竜の一団に回収されたのを見るや、デルフは銃口を収納して拳を石壁へと叩き付けた。 「ひうっ……!」 『……! ……、……!』 砕け散る壁の破片に思わず声を洩らすルイズにも構わず、デルフは電子音にて何事かを呟く。 それは主の命を狙ったワルド、そしてその敵をみすみす逃した自身に対する悪態であったが、ルイズにそれを理解する術は無く、またデルフにも自身がこのハルケギニアのものとは異なる言語を口にしているという自覚は無かった。 暫くして落ち着いたのか、デルフはルイズへと声を掛ける。 「……娘っ子、無事か?」 「え、ええ……」 ルイズは恐る恐る声を返すと、部屋の惨状へと目を向けた。 既に遍在の死体や血は消え失せているものの、扉は粉砕され、壁は抉られ、ベッドにはワルド本体の血が飛び散り、ルイズの着衣は至る所が裂けている。 正に散々たる有様であった。 ルイズは深呼吸をひとつ、落ち着いた声でデルフへと問い掛ける。 「ワルドは……レコン・キスタだったのね」 「そういうこったな。大方、口封じでもするつもりだったんだろう」 「そんな……」 はっきりとそう告げられ、ルイズは力無く視線を落とす。 そしてルイズは、視界に入ったベッド上の光景に顔色を変えた。 「無い……」 「あ?」 デルフが訊き返すと同時、ルイズは絶望の叫びを上げる。 「手紙が……姫さまの手紙が無いッ!」 ウェールズ、そして騒ぎを聞き付けたキュルケ達が部屋へと駆け付けたのは、その直後だった。 「子爵殿、傷の具合は……」 「大事無い、気遣い感謝する」 そう言葉を返せば、竜騎兵は視線をワルドから前へと戻した。 真昼とはいえ、高度3000メイルに位置するアルビオンの気温は低い。 その上高速で飛ぶ風竜の背に居るのだから、吹き付ける冷たい空気が身に沁みる。 ワルドは血を流す肩口を押さえながら、小さく身震いした。 そして自身に手傷を負わせた、あの奇妙な亜人の姿を脳裏に浮かべる。 一体あの亜人は、何処から現れたのだろう。 遍在の杖がルイズを貫く直前、一瞬にしてその右手と首を落とし、更に扉の外に控えていた此方に気付いた。 それだけならまだしも、あの『剣技』。 あの鋭さは、並の達人どころではない。 歴史に名を残すメイジ殺しと呼ばれた剣士達の中にも、果たしてあれ程の剣の使い手が居たかどうか。 あの流れる様な、それでいて計り知れぬ力を秘めた動き。 まるで、自身が剣そのものであるかの様な――――― その時ワルドの脳裏に浮かんだのは、ルイズの部屋に置かれていた一振りの長剣。 しかし彼は、自嘲気味に首を振る。 余りにも馬鹿げた妄想に、自身の事ながら呆れ果てたと言わんばかりに。 剣が亜人になり、3体の遍在を手玉に取った? 子供だって、もう少しましな想像をする。 そもそもあれが亜人であったのか、ゴーレムだったのか、はたまたガーゴイルだったのか、それすらも不明なのだ。 今はあれやこれやと考えたところで無駄だろう。 やがて彼等の眼前に、旗艦『レキシントン』号の黒々とした巨体が姿を現す。 竜騎士達は見事な腕でその甲板へと降り立ち、回収した手紙を艦長へと手渡す為、ワルドは後甲板へと向かった。 彼は精一杯の威厳を取り繕う『仮』の艦長へと手紙を渡し、心にも無い賛辞を二つ三つ告げると、治療を受ける為に船内へと消える。 その遥か下方、原形を留めぬ人間の破片が散乱する、貴族派陣地の一画。 巨艦へと降り立つ風竜の一団を見上げる、地中から覗く4つの眼が在った事に、彼等が気付く事はなかった。 ニューカッスル城内、簡易的な玉座の間と化したホール。 その空間は今、重い空気に満たされていた。 「まさかワルド子爵が、レコン・キスタに組していたとは……」 「我等は『イーグル』号を失い……アンリエッタ姫殿下からの手紙も奪われたという訳か」 それらの言葉に、再び場に沈黙が下りる。 ウェールズも、ジェームズ1世も、同席を許されたルイズ達も。 誰もが口を噤み、絶望を滲ませた表情を浮かべていた。 しかし数分後、幾分明るい声でウェールズが声を発する。 「ヴァリエール嬢。君は今すぐにでも、ご学友と共にトリステインへと戻るべきだ。貴国に我等の不始末を押し付けるのは心苦しいが、此処に残って我等の最後に付き合う道理は無い」 「殿下……!」 「ただ出来れば、可能な限り女子供を乗せてはくれまいか。たとえ全ては無理であろうとも、出来得る限りの者達は助けたい」 ウェールズの言葉に反対する者は居ない。 誰もが彼と同じ、真摯な瞳でルイズを見詰めている。 それに戸惑い、友人達へと視線を送るルイズ。 ギーシュは神妙な顔で頷きを返し、キュルケは肩を竦め、タバサは無表情。 結局はウェールズへと視線を戻し、了承の言葉を口にしようとした、その時。 「ちょっといいか、王子サマ」 キュルケの傍らに在ったデルフが、唐突に声を発した。 ホール中の視線が一振りの剣に注がれる中、デルフは一瞬で変形を終えてルイズの隣へと歩み寄る。 「……何かね、デルフリンガー君」 ウェールズは驚く事も無く、デルフへと声を返した。 彼は既に、ルイズの部屋にて変形した彼の姿を目にし、このインテリジェンスソードがどういった存在なのか説明も受けている。 そしてこの場に居る全員が、デルフがワルドの凶刃からルイズを守り抜いた事を耳にしていた。 しかしウェールズとルイズ達以外の者達が亜人型のデルフを目にするのは初めてであり、流石に驚きを隠せない様子である。 デルフはそれらの反応を無視し、ウェールズへと言葉を紡いだ。 「お前さん方はそれで良いかもしれんがね、こっちはそうもいかねーんだ」 「デ、デルフ! アンタってばまた!」 慌てて彼を抑えようとするルイズだったが、意外にもそれを押し留めたのはウェールズだった。 「ヴァリエール嬢」 「で、殿下……」 「続けたまえ」 デルフはルイズを指差すと、王族に対するものとは思えぬぞんざいな口調で言葉を続ける。 「姫さんはよォ、『ゲルマニアとの同盟締結の為、何としてでも手紙を回収してこい』って言ったんだぜ? 失敗したとあっちゃあ、この娘っ子の命がアブねーのよ」 「ア、アンタ何を……ッ!?」 デルフの言葉にそんな事は無い、と抗議し掛けたルイズだったが、背中を抓られて押し黙った。 ウェールズはそんな彼女を訝しげに見遣ったが、すぐにデルフへと視線を戻して言葉を返す。 「……それで、君は何が言いたいんだね」 「簡単な事さね。代わりになる成果が欲しいのさ。後々王宮からヘンな言い掛かりを付けられねぇようにな」 「……それは、どういったものかな」 硬い声で先を促したウェールズに、デルフはさらりとその言葉を口にした。 「アンタらを生きてトリステインへと亡命させる。無論、女子供も含めてな」 「なっ……!?」 「構わねーだろ? どうせゲルマニアとの同盟は決裂なんだ。いずれトリステインとレコン・キスタは一戦おっ始めるぜ」 「ふざけるなッ!」 次の瞬間、ホールに詰めた貴族達が口々に怒声を放った。 彼等の声は怒りに満ち、その視線には侮蔑の光が入り混じる。 ウェールズすらも憤怒の視線をデルフへと送り、今にも爆発しそうな怒りを寸でのところで抑えていた。 「此処まで……此処まできてッ……恥知らずどもに背を見せろと申すかァッ!」 「此処で逃げたとあっては、先に逝った勇者達に合わせる顔が無いわッ!」 「我等は此処に! 王家の誇り、そして名誉を示しつつ! 栄光と共に死を」 「もうよい!」 一喝。 あれ程までに騒がしかったホールが静まり返り、貴族達が呆然とした表情で玉座へと視線を向ける。 彼等の視線の先に座する年老いた王は、何処か疲れた様な雰囲気を纏いつつも、威厳ある声を張った。 「陛下……」 「諸君。諸君はこれまで、この無能な王に良く仕えてくれた。厚く礼を述べる。しかし、もうよい。諸君がこの忌まわしき大陸で、滅び行く王家に最後まで付き従う必要は無い。彼等と共に、トリステインへと逃れるがよい」 「陛下! 何を仰る!」 「そうです! 我らも此処に、陛下と共に栄光在る敗北を……」 「敵は! 叛徒どもはこの大陸を統一した後、トリステインへと攻め入るだろう。その時、精強なるアルビオンの艦、そして竜に相対する彼の国の軍、その導き手となるのは誰だ? トリステインの将軍か? ロマリアの神官か? 始祖ブリミルの導きか? 否! 諸君だ! 諸君こそが、叛徒どもを打ち破る最後の希望だ!」 その叫びを終えるや否や、ジェームズ1世は激しく咳き込む。 ウェールズが咄嗟に駆け寄り、その身体を支えた。 それでも王は何とか顔を上げると、穏やかな笑みを浮かべて言葉を続ける。 「……その為にも、何としても生き延びるのだ。彼の国の王女はまだ若い。この老いぼれへの忠誠心、我が姪の為に使ってやってはくれぬか」 その言葉に、ホールの至る所からすすり泣く声が洩れる。 ルイズ、そしてギーシュも歪む視界に上を向き、キュルケは飄々とした態度が鳴りを潜め、タバサは何時も通りの無表情。 そしてウェールズが何事か言葉を発そうとした矢先、またもやデルフの声が場の空気を打ち砕いた。 「話は最後まで聞けよ、ジイさん。誰がアンタを置いていくって言ったよ? 全員だ。文句の付け所も無く、全員連れてトリステインに亡命するんだぜ」 「な……!」 その無礼どころではない言葉に、貴族達が再び色めき立つ。 しかし更に続く言葉に、ホール中の人間が絶句した。 「大体な、誰も尻尾巻いて逃げろだなんて言ってねぇだろうが。真正面から堂々と、連中を足腰立たなくなるまでブチのめして悠々と去るのさ」 目を丸くする一同に構わず、デルフはホールの中空に簡易的なアルビオンの地図を投写する。 驚きの声を無視しつつ、彼は誰へともなく問い掛けた。 「この城には何人居る? 貴族、平民、戦える奴、戦えない奴、全部含めてだ」 「947名だが……」 「それだけ乗り込める船ってのは?」 「……そうなるとやはり、戦列艦クラスだな。しかしそんな船は……」 「ロサイスには?」 「確かにロサイスならば、戦列艦は山ほど在る。しかしあそこは貴族派の本拠地だ」 「そんな事はいい。ロサイスなら戦列艦が在るんだな?」 「う、うむ」 「動かすには、最低で何人必要だ?」 「魔法の補助が在れば、30名程で……」 デルフの問いに、貴族達が代わる代わる答えてゆく。 その様を呆然と見ていたルイズ達であったが、デルフが張り上げた声に我へと返った。 「決まりだ。護衛も含めて50人、相棒でロサイスに飛んで戦列艦を分捕る。大陸の下を通って城へと戻りゃ、後はそのままオサラバだ」 それは、余りに無謀な作戦だった。 たった50人で敵の本拠地に攻め入り、戦列艦1隻を盗み出すという、成功する見込みなど皆無の作戦。 少なくともルイズはそう考え、それは他の者達も同様だった。 「ま、待て! たった50名でロサイスに!?」 「おう」 「馬鹿な! あの地はレコン・キスタの総本陣なのだぞ!? 50名ばかりの戦力で何が出来る!」 「誰もアンタ方だけでやれなんて言ってねぇさね。敵本隊を引き付けるのは相棒、船上の敵を始末するのはアンタ方と俺だ」 今度はその言葉に、ルイズが目を瞠る。 同時に、タバサの視線が僅かに動いた。 「相棒って……ブラックアウト? それともスコルポノック?」 「蠍の方は残さにゃならんだろ。あいつが守りの要だ」 「なら……」 「そういうこった」 その時、伝令の兵がホールへと駆け込んできた。 報告の内容は、『レキシントン』が接近、砲撃の構えを見せているとの事。 一同に緊張が走る中、デルフはブラックアウト、スコルポノック双方からの通信を受け、ウェールズへと問いを発した。 「なあ、王子サマ」 「何かね」 「お前さんなら、重要な書類ってのは船の何処に仕舞う?」 その問いにウェールズは、その意図が読み取れないながらも『艦長室』と答える。 更に『レキシントン』の艦長室、その正確な位置を聞き出したデルフは、画像を消し去りつつルイズへと振り返った。 映像がぶれて消える際、何者かの頭部を模したらしき紋章が映り込んだが、余りに一瞬の事に気付いた者は居ない。 彼はルイズへと、何処か楽しげに語り掛ける。 「『お披露目』だぜ、娘っ子」 「え?」 「ずっと疑問だったんだろ? 相棒が一体何なのか。それを今から見せてやる」 言いつつ扉へと歩み寄り、それを開け放った。 その先に続く通路の奥から響くのは、ルイズ達にとって聴き慣れた重々しいローター音。 思わずデルフへと視線を集中させる面々に、彼は打って変わって低く、昏い怒りに満ちた声で言葉を吐く。 「誰に喧嘩を売ったのか……そいつを思い知らせてやらねーとな」 赤く染まる擬似視界の中、顔の紋章と変形を始めたルーンが、互いを喰らい合うかの様に侵食を始めた。 「砲撃位置に付きました。艦長、ご命令を」 「ふむ……では、王家の最後を華々しく飾り立ててやろうではないか。なあ子爵」 無駄口を叩いている暇が在るのなら、さっさと下命しろ。 口には出さず、ワルドは内心で侮蔑の言葉を紡いだ。 一時的なお飾りの艦長だが、それにしても無能に過ぎる。 まともに言葉を交わすのも苦痛な為、ワルドは適当に言葉を返して会話を切り上げ、下方の陣を見遣った。 何故か蠍のゴーレムが姿を眩ました結果、貴族派の陣は昨夜より1リーグ程前進している。 未だに兵達は警戒しているとの事だが、上層部は『数で押せば問題は無い』と判断していた。 よって、捨て駒として傭兵どもが先行させられていたのだが、如何なる理由か迎撃を受ける様子は無い。 城に引き上げたのか、と訝しむワルドの視界に『それ』が映り込んだのは、視線を城へと移す途中の事だった。 「あれは……」 それは自身がこの大陸を訪れた際に乗っていた、ルイズの使い魔だった。 何時の間に現れたのか、それは貴族派の前線から僅か5,60メイル程の位置に着地し、その翼を回転させたままその場に鎮座している。 周囲が騒然とする中、ワルドはその状況を好機と捉えた。 ルイズは始末し損ねたが、此処であの使い魔を片付ければ彼女達は帰還の術を失い、事がトリステインに洩れる事は無くなる。 何故この場に現れたかは知らないが、このまま砲撃してしまえば――――― その時ワルドの視線の先で、回転していた使い魔の羽が唐突に停止した。 慣性を無視し、基部を破損させかねない強烈な制動。 何事か、と細められたワルドの目は、続く変化に限界まで見開かれた。 周囲の兵達が何事かを口々に喚き、地上では銃弾と魔法が変貌を始めた異形へと放たれる。 しかし異形の変化は止まらない。 貴族、平民の区別無く、地上の人間達が本能からの警鐘に従い、必死の攻撃を加える中――――― 鋼鉄の悪夢は、遂にその本性を曝け出した。 ルイズ達がバルコニーへと辿り着いたその時には、既にブラックアウトは貴族派の前線近くに着陸していた。 無防備にも敵の眼前に鎮座するブラックアウトにルイズ達は心底から驚愕し、今すぐ逃げるよう伝えろと、デルフへと食って掛かる。 しかし沈黙を保ったままにデルフがブラックアウトを指したその瞬間、一同の脳裏からその様な言葉は跡形も無く消え去った。 鋼を打ち合わせた様な音と共にローターの回転が止まり、基部が一段上昇。 6枚のローターブレードが尾部方向へと折り畳まれ、其処で一旦全ての動きが止まる。 そして数秒後、ローター基部が更に一段上昇。 それが引き金だったかの様に、無数の金属音と共に壮絶な変貌が始まる。 吸気口カバーが90度回転すると同時、惰性で回転していたテールローターが停止。 垂直尾翼が縦に割れ、内側に折り畳まれる様にして収納。 装甲という装甲がジグソーパズルの如く分割、コックピットまでが左右に二分され、覆い被さる様に展開した内部機構に呑み込まれて下方を向く。 最早原形を留めぬ尾部は半ばから左右に分かれ、分割された装甲が内部機構を覆いプロテクターを形成。 コックピットの左右からは一対の機構が分離、巨大な5本の指が展開される。 ローター基部が後方へと90度回転し、その下から歪な『狂戦士』を思わせる鋼鉄の頭部が出現し――――― 高圧のエアと共に、双方の腕から瞬時に展開した多連装砲身が、20mmの弾雨を敵に浴びせ掛けた。 重々しい雷鳴の様な音が轟き、最前線から十数メイル後方まで、百数十名の貴族派兵士が一瞬にして細切れの肉片と化す。 その瞬間的な殺戮に、時間にすれば僅か1,2秒だが、魔法と銃撃の嵐が途切れた。 信じられない光景にスペルを唱える口が、引き金を引き絞る指が、持ち主の意思を離れ硬直したのだ。 そして彼等が我に返るより先に、ブラックアウトは次の攻勢を繰り出した。 上空より接近するも、20mm弾幕による虐殺を目にした竜騎士達が思わず降下の勢いを緩めたその瞬間、ブラックアウトを中心に青い衝撃波が爆発。 100メイル以内の人間が軒並み電磁波に焼かれ襲い来る灼熱感にのた打ち回り、竜達は方向感覚機能を破壊されて互いに衝突、或いは狂った感覚に任せ突き進んだ結果、騎手を振り落とし20mmの弾幕に絡め取られ四散する。 此処で漸く後方の兵、そして指揮官達は状況を理解した。 余りの惨事に、レコン・キスタ陣営全体が後退を始める。 しかし、ブラックアウトの攻勢は衰えるどころか、更に苛烈さを増した。 次いでブラックアウトの腕、内蔵された砲身より放たれたのは、直径2メイル程度の青く光る球体。 多少鍛えていれば十分に眼で追える速度。 地面へと突き刺さる見当違いの射出角度。 数多の戦場を潜り抜けてきた傭兵達の目に、迫る魔法を叩き落してきたメイジ達の感覚に、それは脅威度の低いものと認識された。 そして、光の球体が地面へと接触した瞬間――――― 青い光を放つ巨大な壁が、直線上に存在する全てを薙ぎ払った。 「……何なのだ、『あれ』は」 それは、誰の言葉だったか。 城のバルコニーより戦場を見詰めるルイズ達、そして王党派一同の視線の先では、鋼鉄の死神による一方的な殺戮劇が繰り広げられていた。 雷鳴の様に轟く砲声。 絶叫。 『壁』が大気を穿つ音。 悲鳴。 爆発音。 ハルケギニア全土が悲鳴を上げているのではと錯覚する程の声が、無数に折り重なってはアルビオンの大地に轟く。 それは圧倒的な力に蹂躙される弱者の叫び。 抵抗を試み、その勇気さえも踏み躙られる力無き者達の断末魔。 ニューカッスル城のテラスというテラス、窓という窓からその光景を見詰める、900人超の王党派陣営。 彼等は歓声を上げる事も無く、ただただ目前の惨劇に戦慄していた。 そしてルイズは、先程の誰かと同じ言葉を紡いだ。 「……何よ……何なのよ、『あれ』……」 返されるのは、無機質な魔剣の言葉。 「使い魔さ」 ルイズはゆっくりと、傍らのデルフへと視線を落とす。 ギーシュ、キュルケ、タバサまでもが呆然と戦場の光景を見詰める中、四肢持つ魔剣は無感情に言葉を繋げた。 「『あれ』がお前の使い魔だ、『ルイズ』」 惨劇は、続く。 秒速1000メイル超の弾速を持つ20mm弾が、回転する6連装砲身より毎分6000発という発射速度で戦場へとばら撒かれる。 砲弾が死体の山を量産する傍ら、20メイルを優に超える鋼鉄の巨人からは更に、幅50メイル、高さ25メイル程の、半球状の青い光の壁―――――『プラズマ』が放たれる。 更に足元を動き回る者達に対しては、展開し高速にて回転するメインローター及びテールローターによる『斬撃』が繰り出される。 肉片が残っている者はまだ幸運だ。 殆どの者はプラズマに呑まれ蒸発し、縦しんばそれを避けたとしても、プラズマの通過痕より一拍遅れて起こる爆発に巻き込まれるか、20mmによって跡形も無く消し飛ばされる。 生きてブラックアウトの足元まで距離を詰めたとしても、攻撃に移るより先に回転する巨大なローターブレードの斬撃により、挽肉どころか血煙となって掻き消える。 しかも遠方よりその様を見る後方の陣は、撤退を試みる端からスコルポノックによる強襲を受けていた。 狙いも付けずに放たれる無数の砲弾と、地中より襲い掛かる、回転する爪と尾による刺突。 土のメイジが生み出すゴーレムは瞬く間に砲撃に削られ、周囲の人間ごと地中へと引き摺り込まれる。 退路すらも塞がれ、レコン・キスタ勢は今や、絞首台上の死刑囚も同様だった。 そう、正しく死刑囚。 ブラックアウトは誰1人として、敵をこの戦場から生かして返すつもりは無かった。 プラズマが連続して放たれ、その通過痕が凄まじい爆発を起こす。 約6リーグに渡る業火の線が幾重にも引かれ、数千の命が断末魔を上げる事すら許されずに消し飛ばされた。 しかしブラックアウトは満足しない。 20mmを広域にばら撒きつつ、戦場を練り歩く。 時折、背面にローターを展開しては数リーグを飛び、地点を変えて更なる破壊を撒き散らす。 それらを繰り返し、戦場の3分の1が業火に埋め尽くされた頃――――― プラズマを放ち続けるブラックアウトの周囲に、50発を超える砲弾が落着した。 「撃て!」 その声と共に、地上を徘徊する化け物へと無数の砲弾が降り注ぐ。 十数発が命中、化け物は背面から地面へと叩き付けられた。 「砲撃の手を緩めるな! 撃ち続けろ!」 『レキシントン』―――――否、『ロイヤル・ソヴリン』が誇る優秀な砲術長は、実に的確な指示を下す。 そして、それに従う砲手達もまた優秀な部下であり、発射の間隔をずらして間断無く放たれる砲弾は、化け物を土柱の中へと封じ込めた。 更には随伴する2隻の戦列艦からも、猛烈な砲撃が地表へと叩き込まれる。 お飾りが何事かを叫んでいる様だが、それを気に留める者は1人として存在しない。 ワルドもまた、砲撃の正確さに舌を巻いてはいたものの、背後で喚く置物の言葉など欠片も聞いてはいなかった。 そろそろ死んだか。 弾着が200を超える頃、ワルドは改めて後甲板より地上を見下ろした。 着弾点は土煙に覆われ、化け物の姿は視認出来ない。 しかし、あれ程の砲撃を受けたのだ。 最早、欠片も残っては――――― その瞬間、土煙の中に光が瞬き、大気を切り裂いて飛来した数百発の砲弾が、『レキシントン』左舷を蹂躙した。 巨大な左翼が布切れの様に引き裂かれ、大砲が小枝の様に吹き飛び砕け、人間がグレナデンの実の如く弾け飛ぶ。 更にはミズンマストが半ばから吹き飛ばされ、他のマストとの間に張られたロープにより、メインマスト、ジガーマストを巻き込んで甲板へと落下を始めた。 このままでは、全てのマストが崩壊を始めるだろう。 しかし甲板上からそれを見た風系統のメイジ達が、咄嗟の判断で『エア・カッター』を放ち瞬時にロープを切断。 ミズンマストのみが落下し、全体の崩落は免れた。 落下した部位は右舷を直撃、舷側の一部を破壊して地上へと落下する。 見れば随伴艦までもが弾幕に呑み込まれ、未だ浮いているのが奇跡とすら言える有様へと成り果てていた。 「ぐ、ぬッ……化け物め……ッ!」 「し、子爵! こ、此処は、此処は任せるッ! わわ私は手紙を守らねばならんッ!」 払い切れなかった破片を受け呻くワルドの背後から、置物の喚く声が響く。 ワルドが振り返った時には既に、後甲板にその姿は無かった。 恐らくは艦長室に逃げ込んだのだろう。 先程の台詞が、それを物語っている。 舌打ちをひとつ、地上へと視線を移したワルドの目に、またしても信じられない光景が飛び込んだ。 化け物の肩部横に突き出した小さな翼の下、太く長い棒状の物体。 ワルドには知る由も無いが、『スポンソン』と呼ばれる、本来は燃料タンクの役割を持つそれ。 その側面が上下に開き、内部より2本、棒状の物体が化け物の横へと射出される。 射出後の一瞬、それらは重力に従い落下を始めたが、直後に尾部から噴出した炎により、重力を振り切って『レキシントン』へと突撃を開始した。 燃焼音、そして大気を切り裂く飛翔音。 白い尾を引き『レキシントン』へと迫る、2本の鋼鉄の矢。 それらを目にしたワルドは雄叫びを上げ、反射的に後甲板より飛び退いた。 2本の矢は艦体後部側面を貫き――――― 爆発。 後甲板が根こそぎ吹き飛ぶ。 爆発は、艦体内部から。 ワルドは中甲板に叩き付けられ、苦痛に呻く。 他にも数名が、間一髪で後甲板より飛び退いた様だが、彼等もまた中甲板へと打ち付けられ、苦痛の声を上げている。 その時、ワルドは爆発の起こった部位に気付き、思わず声を荒げた。 「……『艦長室』ッ!」 艦長室は跡形も無く吹き飛び、残る部位には業火が燃え盛る。 其処に置かれていたアンリエッタの手紙もまた、炎に呑まれて塵と消えた。 炎上し、高度を落とす『レキシントン』を捕捉しつつも、ブラックアウトは更にミサイルを発射、随伴艦を撃沈せんとする。 其々1発ずつミサイルを受けた2隻の戦列艦は殆どのマスト、そして翼を失いながらも、その砲撃の手を緩める事は無かった。 今だにブラックアウトの周囲には数十発の砲弾が降り注ぎ、時折数発がその胴へと直撃する。 防御フィールドを貫く程ではないものの、重力による加速を受けた砲弾の衝撃は相当なものだ。 警戒し、移動しつつ攻撃を繰り返すが、敵の錬度は異常なまでに高く、足を止めれば間髪入れずに集中砲火が襲い、移動を始めれば面制圧砲撃へと移行する。 各艦がコンタクトを取る時間的余裕は無い事から推測するに、砲手達が各々状況に合わせて砲撃を行っているのだ。 最早、優秀などという言葉で表し尽くせるものではない。 砲撃精度に関しても、エレクトロニクスの存在しない世界としては考えられない程の精密さである。 彼等が放つ砲撃の苛烈さに、ブラックアウトはプラズマによる対地攻撃を断念し、20mmとミサイルによる対空戦闘に専念せざるを得なかった。 だがその時、激しい砲声が唐突に鳴りを潜める。 見れば『レキシントン』が大陸の端へと到達しており、そのまま眼下の雲海へと逃走を図る最中であった。 その光景にブラックアウトは腕を翳し、プラズマの発射体勢を取る。 あと数秒で、『レキシントン』は地面と同高度となる。 其処に、プラズマを撃ち込もうというのだ。 そして、『レキシントン』の底部が地面に重なる寸前――――― 『レキシントン』、そして随伴艦からの一斉射がブラックアウトを襲った。 『レキシントン』が舷側を晒し、今まさに大陸下へと消えようとするその瞬間に合わせ、3艦の全砲門が同時に火を噴いたのだ。 『レキシントン』による側面からの砲弾幕と、随伴艦による頭上からの砲弾幕。 ブラックアウトの行動を読み、互いに意思の交換を行う事無く同じ戦法を採った、『レキシントン』を除く2艦の指揮官、そして3艦全ての乗組員による、芸術的ともいえる砲撃であった。 90発を超える砲弾の雨。 内、30発前後がブラックアウトへと直撃し、その巨体を半回転させ地面へと叩き付ける。 そして、ブラックアウトが身を起こすまでの僅かな時間の内に、『レキシントン』は焔を吹き上げつつ雲海へと姿を消した。 手負いの敵を逃がした。 その事実はブラックアウトの思考中枢に、極めて重要な問題として記録される。 技術的、文明的、共に格下の相手に不覚を取ったのは、これで『3度目』だ。 それは敵に対する、認識の修正が十分でない事を意味する。 それだけではない。 敵旗艦を逃した事によって、戦果によるトリステイン王宮への牽制が失敗し、主に害が及ぶ可能性すら在る。 それを避ける為には、現状に於いて得られる最大の戦果が必要。 今後のシミュレーションを終えたブラックアウトの擬似視界に、炎を上げつつ不時着した随伴艦の姿が目に入る。 頭上では消化に成功したらしきもう1艦が、今尚ブラックアウトへと砲撃を続けていた。 どうやら『レキシントン』の撤退を確認した後、僚艦を援護する為に留まったらしい。 左右のスポンソンが開き、計4発のミサイルが空中の随伴艦へと向け飛翔する。 発射を阻止しようと、不時着した艦が砲撃を開始するが、もう遅い。 デルフを通し、攻撃中止の命令を下すルイズの絶叫が届いたのは、ミサイルの着弾とほぼ同時の事だった。 轟音と共に空を埋め尽くす爆発を背に、6枚羽の死神が城へと振り返る。 その胸部、彼等自身の頭部を模ったディセプティコンのマークを取り囲む様に、細かく長大なルーンが光を放っていた。
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止めてくれ、と悲痛な声が上がったのは、2隻の戦列艦へとミサイルが撃ち込まれた直後だった。 既に地表は焔に覆われ、『レキシントン』及び随伴艦の周囲は、艦体から立ち上る黒煙と3艦の砲煙に覆い尽くされている。 だが風のメイジによるものか、砲撃を行っている舷側の煙は瞬く間に晴れ、次の砲撃までの僅かな時間、20mmとミサイルによって蹂躙された無残な姿を晒していた。 もう一度、止めてくれ、と声が上がる。 それが自身に向かって放たれたものであるとルイズが気付いたのは、ブラックアウトが一斉射を受け転倒した直後だった。 「ヴァリエール嬢! もう良い! もう沢山だ! 止めてくれ!」 「あ……で、殿下?」 自身の肩を掴み揺さぶる、ウェールズの鬼気迫る形相に、ルイズは我に返ると同時に顔色を変えた。 彼は悲哀、焦燥、憤怒の感情が入り混じった表情を浮かべ、必死にルイズへと訴え続ける。 「これ以上……これ以上、アルビオンの民を殺めないでくれ!」 「……!」 その言葉に、ルイズは彼の言わんとするところを理解した。 ウェールズは、目前で繰り広げられる戦闘―――――否、『殺戮』を望んではいない。 彼が望んだのは、誇り在る『戦い』。 例え叛徒に与する者達であろうと、彼等の大多数はこのアルビオンに暮らす民である。 その中には少なからず、心ならずもレコン・キスタに与する兵達も居るに違いない。 彼等の為にも、ウェールズ達は戦いの果てに死す事を選んだのだ。 しかし――――― ブラックアウトが、それを気に掛ける事は無い。 彼の目的は主を守る事。 その為に目前の敵、その全てを狩り尽くそうとしているのだ。 ……只の一兵も残さず。 その瞬間、ルイズは悲鳴の様な声を上げた。 「止めなさい、ブラックアウト!」 間違いなくブラックアウトには、デルフを通して此方の声が聞こえている。 そう考えての行動だったが、どうやら的を射ていた様だ。 ブラックアウトは攻撃行動を中断し、城へと振り返る。 ―――――しかしそれは、既に4本の矢が放たれた後の事であった。 空中に巨大な、想像を絶する程に巨大な火球が、轟音と共に出現する。 吹き飛ぶ戦列艦。 炎を纏い降り注ぐ木片。 死体すら残さず消し飛んだ、勇敢な乗員達。 彼方に不時着した艦より無数に轟く、怨嗟の声と砲声の二重奏。 それらを気に留める素振りすら見せず、悠然と戦場に背を向ける金属の巨人。 そして――――― その胸部、縦に割れたコックピット。 中央に刻まれた紋章を取り囲む、細かな文字列―――――使い魔のルーン。 通常のルーンとは明らかに異なるそれはガラスの下を通り、鎖が囚人を拘束するかの様に四肢の一部にまで延びている。 否、それは正しく『拘束』の為に刻まれたものだった。 轟沈した戦列艦、焔に埋め尽くされた戦場、余りにも異様なルーン。 様々な理由で硬直する面々の中、デルフはただ1人、異なる理由から全身を硬直させていた。 彼の視界に映り込むのは、ブラックアウトの胸部に刻まれたルーンと、擬似視界の隅で変形を終えた同じ形のそれ。 瞬間、彼の思考中枢に遥か過去の記憶がフラッシュバックする。 「畜生……よりにもよって……」 その呟きは誰の耳にも届く事無く、中空へと掻き消えた。 デルフはゆっくりと、自身の主へと視線を移す。 相棒のルーンが、あの忌まわしい4人目―――――『4体目』と同じという事は。 予想はしていたが、やはりこの娘は。 そして――――― 記憶の奥底から拾い上げた場景。 そこからデルフ自身が忘れ去っていた……否、『忘れ去ろうとしていた』記憶達が津波の様に押し寄せる。 神の左手『ガンダールヴ』 神の右手『ヴィンダールヴ』 神の頭脳『ミョズニトニルン』 記す事すらはばかれる『4体目』 エルフと人間 先住魔法と系統魔法 機械文明と魔法文明 暴走する機械 自らの意志で動き出す『電子機器』 『聖地』 地の底に息衝く巨大な『遺跡』 舞い踊る『剣』 人を狩る『銃』 猛り狂う『車』 街を薙ぐ『船』 淘汰される『有機生命体』 反撃するエルフと人間 灰燼と化す『聖地』 先住魔法 系統魔法 科学技術 三者によって生み出された滅びの場景 逆流する記憶の波は更に勢いを増し、物理的とも認識されかねない衝撃となって思考を侵す。 追い詰められた『4体目』 鋼鉄の鞭 巨砲 撃ち出される凝縮された『破壊』そのもの 焔を吐き空を切り裂く機械の翼 赤く光る双眸 傷付いたブリミル 腕を失ったガンダールヴ 聴力を潰されたヴィンダールヴ 光と声を奪われたミョズニトニルン 開かれた『ゲート』 自らの命と引き換えに『4体目』を放逐したブリミル ゲートの先に拡がる暗黒の空間 其処に浮かぶ青い星 機械文明の再生を拒むエルフ 代を重ね惨劇の記憶を忘れた人間 科学技術の奪取を巡る戦い 忘れ去られた侵攻の目的 摩り替えられた目的『聖地奪還』 『4体目』の身体に刻まれた紋章 『彼等』の名称 死と破壊を司る者 ―――――『ディセプティコン』 「クソが……」 悪態を吐きつつ、デルフは戦場を眺める。 視線の先にはヘリへとその姿を変え、秘密港へと帰還するべく戦場を後にするブラックアウトの姿。 その装甲の一部、露出したルーンの端が、意味を成さない模様を描いている。 「ブリミル……お前さんの命、無駄になるやも知れんぜ……」 遅れて上がる悲鳴と絶叫の中、デルフは嘗ての同士へと言葉を紡ぐ。 そしてウェールズへと歩み寄ると、惨劇を前に放心する彼の様子を無視し、決断を迫った。 「ホレ、王子サマ。さっさと兵を集めな。ロサイスまでは1時間だ」 「……どう?」 「爆発音はもう止んだって……戦闘は終わったみたいだ」 「そう……」 厚い灰色の雲が垂れ込め始めたウエストウッドの午後。 自身の膝を枕に眠る子供の頭を撫ぜながら、テファは暗い表情で返事を返す。 今は昼寝の時間。 子供達は安らかな寝息を立て、夢の世界へと旅立っている。 しかし幾人か、年長の子供達は不安げに窓から空を眺めており、時たまテファと言葉を交わす才人へと視線を投げ掛けていた。 事の起こりは数時間前。 日課である見回りへと出掛けていた才人が、血相を変えて村へと戻ってきた事から始まった。 何事かと慌てるテファに、彼は一言。 「北から……爆発音が……」 その言葉にテファは、何が起こっているのかをおぼろげながら理解した。 遂に―――――遂に始まったのだ。 貴族派による、王党派への総攻撃が。 「おねえちゃん……」 「大丈夫よ、何でもないの」 不安がる子供達に微笑み掛け、テファは才人へと視線を戻して問うた。 「……聴いたのは、『彼』?」 「ああ」 頷く才人に、テファはその表情に憂いを浮かべる。 爆発音を聴いたというのが才人なのだとすれば、気の所為という事も在り得た。 事実、人間に比べれば幾分優れているテファの耳にさえ、そんな音は届いていなかったのだから。 しかし、音を捉えたのが『彼』なのだとすれば、それが間違いであるという事はまず無い。 『彼』の五感は―――――果たして自分達と同じく、五感と呼べるものかはともかく―――――脆弱な自分達のそれとは、比べ物にならない精密さを誇っているのだから。 「取り敢えず、こっちに飛び火する事は無いだろうけど……」 何とか不安を表に出さずに呟く才人に、テファも曖昧な笑みで応える。 恐らく、戦いは貴族派の圧勝を以って幕を下ろす事になるだろう。 それは良い。 初めから解りきっていた事だ。 問題はその後―――――彼等に、この地の調査に余力を注ぎ込む余裕が出来る事。 幾ら才人と『彼』が常軌を逸した戦闘能力を秘めているとはいえ、万を超える敵に立ち向かう事など出来る筈も無い。 かといって自身には、他に行く当てなど在りはしないのだ。 せめて子供達だけでも避難出来れば…… 「テファ?」 先程の遣り取りを思い返していたテファの視界に、才人の顔が大映しとなる。 どうやら反応の無いテファを心配し、様子を伺うべく顔を近付けてきたらしい。 我に返ったテファは突然の接近によって瞬時に赤面し、わたわたと慌てふためく。 その様子を怪訝に思いつつも、才人は彼女を安心させるべく優しく言葉を紡いだ。 「あんまり心配するなよ。前にも言ったろ? 俺達が居れば大丈夫だって」 「で、でも……」 「あんなオンボロ船が何隻来たって結果は同じさ。『アイツ』なら瞬きする間に片付けちまうよ」 そう言ってからからと笑う才人ではあったが、その手が僅かに震えている事をテファは見逃さなかった。 彼は自分が何を言っているのか、それを理解している。 貴族派の本隊が攻めて来れば、後は力尽きるまで戦うしかない。 自身が死ぬかもしれないという事は元より、その手が多くの命を奪う事になる―――――彼はそれを恐れている。 この世界に召喚されるまで平穏の内に暮らしてきたであろう彼にとって、人を殺すという事は重大な決断を要するものだ。 しかもその理由は彼自身の安全の為ではなく、自分と子供達を守る為。 そして、その重責を押し付けているのは、他ならぬ自分――――― 「……サイト、あのね」 テファが何事かを口にしかけた、その時――――― 「……ッ!?」 「な……」 窓の外、重い地響きと共に、南西の空が紅く染まった。 「ッ撃ぇーッ!」 降り出した雨の中、轟音と共に発射された砲弾が、1隻の戦列艦へと降り注ぐ。 停泊中のその艦は特に反撃する事も無く、甲板では着々と出帆の準備が整えられつつあった。 しかし良く見れば―――――甲板を走り回る者達の足元には、幾つかの死体が転がっている。 一刀の下に斬り伏せられたもの、魔法に引き裂かれたもの、全身を穿たれたもの。 各々異なる傷を晒すそれらの間を、複数の人影が行き交っているのだ。 その彼等目掛け、十数発の砲弾が襲い掛かる。 しかしそれらは、突如として戦列艦との間に割り込んだ、灰色の巨人が構える武器によって弾かれた。 一帯を覆う煙、粉塵、木片。 その全てを捲き込み高速で回転する、巨大な鋼鉄の6枚羽。 周囲に響き渡る不気味な風切り音は、時折吸い込まれる何らかの破片、もしくは有機体の弾ける音に彩られ、宛らパレードの様な賑やかさを演出している。 尤もそれを更に彩るものは歓声や笑い声などではなく、逃げ惑う住民と兵士達の上げる阿鼻叫喚の悲鳴であったが。 「敵、上昇ーッ!」 「退避ーッ!」 そして巨人―――――ブラックアウトは一瞬にして飛行形態を取ると、砲撃を続ける敵艦の頭上へと舞い上がる。 それを目にし、直ちに退避命令を下す仕官。 彼の下した命令は非常に的確であり、この状況に於いては最善の選択であったろう。 しかし―――――この事で彼を責めるのは酷であろうが―――――その命令を発した時期は、ブラックアウトの動きに対応するには些か遅過ぎた。 敵艦直上50メイル。 ブラックアウトはローターを畳み、一瞬にして鋼鉄の巨人へと変貌を遂げる。 再びローター基部を手に取り、折り畳まれた6枚の羽もそのままに、重力に任せ敵艦へと落下。 そして敵艦の舷側を掠める際、手にした折り畳まれたままのローターを『剣』の様に敵艦へと振り下ろす。 呻りを上げ、大気を切り裂いて振り下ろされる剛剣。 甲板からそれを見上げていた貴族派兵士達には逃げる間も、それ以外の何かを行動に移す間も無かった。 鼓膜を破らんばかりの凄まじい音と共に、木製の艦体が半ばから両断される。 破片、砲弾、食料、人間。 引き裂かれた艦体からはありとあらゆるものが零れ落ち、それらの一部が上げる耳障りな悲鳴が雨天の空に空しく響く。 ブラックアウト、ローター展開。 落下速度を緩めると同時、反動で回りだす身体もそのままに20mmを連射。 擬似視界内を流れ行く場景の中、複数の敵艦へと正確に弾雨を浴びせ掛ける。 緩やかに降下、一瞬だけローターを畳み、更に下方に位置する敵艦甲板へと強行着艦。 複数の乗組員を踏み潰し、マストと甲板の一部を破壊して停止。 浴びせられる魔法と銃弾すら無視して、展開したローターを回転させつつ甲板上の構造物全てを薙ぎ払う。 中甲板が抉れ飛び、マストが根元から吹き飛ばされ、逃げ惑う兵達が次々に紅い華と化す。 更にブラックアウトはローターを前面に構え、後甲板の段差をカタパルトに艦体前方へと向かって突進。 艦体の半分以上をローターで解体しつつ、更に周囲の敵艦へと向かってミサイルを発射、その戦闘能力を奪うと共に敵総戦力の低下を狙う。 そして爆発音。 その一連の戦闘を、奪い取った戦列艦『ビクトリー』号の後甲板より眺めつつ、ウェールズ・テューダーは心底より湧き上がる恐怖と嫌悪、そして敵愾心を抑える事に腐心していた。 しかし新たに3隻の敵艦が火を噴いた時、その努力もかなぐり捨てて喚きだしたいという衝動に駆られる。 『アレ』は味方だ。 ヴァリエール嬢の使い魔。 我等の退路を確保するべく、敵戦力の減衰に力を注いでいるのだ。 そう、強く己に言い聞かせる。 でなければ今にも、己の横で死神の狂宴を見詰める亜人へと掴み掛かってしまいそうだった。 『……、……』 人のものではない言語にて、何事かを呟いている異形の亜人―――――デルフリンガー。 その目に映るのは炎上する敵艦か、倒れ行く製鉄所の煙突か、それとも絶望と怨嗟の声を上げて息絶えてゆく人間達か――――― 「おい」 突然の呼び掛け。 ウェールズは瞬時に我へと返り、それまでの内心での葛藤を微塵も滲ませずにデルフへと言葉を返した。 「何かね」 「出帆まではまだ掛かるのか? 残る目標っつーと、後は市街しか無ぇんだが」 「……!」 デルフが言葉を吐き終えると同時、ウェールズは射殺す様な視線を傍らの亜人へと向ける。 しかし、視線を向けられたデルフはそんな事など気にも留めず、ただただ燃え逝く造船施設を眺めていた。 ウェールズは何とか心を落ち着けると、押し殺した声で状況を伝える。 「……あと5分も掛かるまい。風石も弾薬も、十分に積み込まれている」 「そりゃ良かった」 それだけの遣り取りの後、沈黙する2人。 暫しの後、口を開いたのはウェールズだった。 「民間人に……」 「あん?」 突然の言葉に怪訝そうな声を上げるデルフ。 ウェールズはそれを無視し、呟く様に言葉を繋げる。 「民間人に、被害は?」 それこそが、ウェールズにとって目下最大の関心事だった。 何せ戦場となっているのは、軍港とはいえ町なのだ。 当然の事ながら、其処には多くの民間人が犇いている。 事実、ウェールズの視線の先、造船所を越えた先の市街では、無数の人々が焔から逃げ惑っていた。 彼等を戦闘に巻き込む事は、極力避けねばならないのだが。 「今んトコ大した数じゃねぇな。3,40人ってトコか」 「……」 「そう睨むなよ。墜ちた船や敵の流れ弾まで責任持てねーっての」 ウェールズから発せられた殺気を飄々と受け流し、デルフは小さく声を洩らして笑う。 その様子を目にしたウェールズは自身の中で、何かが在るべき場所へと落ち着くのを自覚した。 嗚呼、そうか。 自分は何を憤っていたのだろう。 この奇怪な姿をした亜人に、一体何を求めていたのか。 彼の本質は『剣』なのだ。 人を殺す為に創造された、純然たる『武器』なのだ。 周りを見ろ、ウェールズ・テューダー。 お前の足元に転がっているものは何だ? 肩口から腰に掛けて、一刀の下に両断された死体。 心臓、喉、額と、3箇所を見事なまでに規則正しく、銃弾によって撃ち抜かれた死体。 構えた杖ごと、顔面を左右に断たれた死体。 お前はそれらが、この亜人によって作り出される瞬間を目の当たりにしたではないか。 一欠けらの躊躇も慈悲も無く、ものの数秒で6人のメイジを惨殺する瞬間を。 そんな存在が自らの意志を持ち、自らの思想のままに闊歩する。 そんな存在が矮小な人間を遥かに超える実戦経験を基に、敵を打ち破るべく行動しているのだ。 そんな存在が―――――人の道徳など解するものか。 ウェールズの目が、冷然とした光を帯びる。 聴き慣れた砲声と共に、数十発の砲弾がブラックアウトへと降り注いだのは、その時だった。 黒く焼け焦げた中甲板、薄汚れた羽帽子で身体に付いた煤を掃おうとしたその人物は、既にそれが雨によって服へとこびり付いている事に気付き、諦めの吐息と共に帽子を被り直した。 そして眼下の光景―――――燃え盛る業火の熱に傾いた桟橋の根元、停泊していた戦列艦の残骸上に立ち此方を見上げる巨人へと目を遣る。 「効かないか」 「ええ」 独り言の様な呟きに、隣に立つ砲術長が声を返す。 数時間前に地獄の様な戦闘を潜り抜けてきたばかりにも拘らず、彼等の表情には恐れも怒りも無く、眼下の怪物を如何にして仕留めるか、ただそれだけに思考を傾けていた。 周囲を見渡せば、甲板上には無数の兵士達が臨戦態勢にて待機している。 彼等の目もまた、恐怖など微塵も浮かべては居なかった。 そして、それは階下の砲兵達も同様だろう。 彼等の目に浮かぶのは、純粋な闘志と殺意。 今、この艦―――――『レキシントン』―――――に乗り組んだ兵達の心を占めるものは、ただひとつ。 ―――――報復を。 「砲は一時的に動きを封じるのが精々、魔法は言わずもがな。さて、どうする」 無感情に言葉を繋げる羽帽子の男―――――ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。 そちらに目を向ける事すらせずに、実質上『レキシントン』最高指揮官となった砲術長は、此方も感情の伺えない声でもって答えを返した。 「友軍艦の砲撃にて敵の行動を制限、後は……」 続く声は砲声に遮られ、周囲の兵達には届かない。 しかしワルドはその言葉を正確に受け取り、砲術長へと視線を移した。 「正気か?」 「他に手は在りますまい」 大気を切り裂き、手負いのレキシントンへと数百発の砲弾が襲い掛かる。 弾け飛ぶ舷側、折れ落ちるフォアマスト。 しかし悲鳴は上がらず、誰もが持ち場から5メイル程離れ、冷静に状況の推移を観察している。 如何なる状況にも即座に対応し、冷静な観察眼で以って状況を見極め、尤も効率的な戦法で戦況を有利に運ぶ。 嘗てのアルビオン王立空軍に於いて、末端の兵士に至るまで叩き込まれていた戦闘理念である。 この艦の乗組員達は、その理念を骨の髄まで染み渡らせた猛者達だった。 上官が反乱に加担する事さえなければ、最後までアルビオン王家に殉じたであろう、誇り高き兵士達。 王国より託されたこの艦に乗り組んだ事を、何よりも誇りとする空の男。 それを理解しているからこそ、ワルドはこう問うた。 「艦を失う事になるぞ」 返されるは、決然とした声。 「敵を撃ち滅ぼせぬ軍艦など、それこそ無用の長物」 暫しの沈黙。 何故か砲弾の嵐は鳴りを潜め、鉄の巨人は『レキシントン』を見上げたまま動きを停止している。 数秒後、ワルドは視線を逸らし、やはり感情の感じられない声で呟いた。 「私は艦隊戦に関しては門外漢だ。君に任せよう」 「言われずとも―――――」 巨人を見据えつつ、答えを返す。 その時、再び砲術長の言葉が途切れ――――― 「……化け物め、やってくれる!」 ややあって、彼は忌々しげに吐き捨てる。 そして隣に佇むワルドの内心もまた、彼と同じ様なものだった。 ……どうやら、決着はお預けの様だ。 周囲が閃光に埋め尽くされ、次いで鼓膜が破けんばかりの轟音が響き渡る。 彼等の視線の先には紅く染まるロサイス郊外の森と、青く光る砲身を町へと翳し微動だにしないブラックアウトの姿が在った。 ロサイスを離れ東へと向かう『ビクトリー』号の甲板で、ウェールズはデルフと向かい合っていた。 その目には最早隠しようも無い程の怒りと嫌悪が浮かんでおり、語気も荒く目の前の亜人へと食って掛かる。 「……ヴァリエール嬢は『あの兵器』の使用を禁じていた筈だ! 何故撃った!」 「脅しだ。次は町に撃ち込むってな。お蔭で1発も撃たれずにロサイスを出られただろ」 「惚けるな! 見えなかったとは言わせん! あそこには避難する住民の一団が居たのだぞ!」 「知ってるよ」 掴み掛かるウェールズの腕を払い除け、デルフは心底から褪め切った声を返す。 興醒めと言わんばかりのその様子はまるで、劇の趣向を理解しない観衆を見下す評論家にも似た空気を纏っていた。 「ならどうしろっていうんだ? 幾ら相棒でも全方位から撃ち掛けられる砲弾から、何時までもアンタらを守り切れるほど万能じゃねぇ。かといって敵艦の撃沈も娘っ子から禁じられている。八方塞だ。牽制の1発くらい大目に見て欲しいもんだな」 「その為に……その為に無辜の民を殺めてもか」 「たかが16人だろ?」 その言葉に、思わず収めた杖を抜き掛けたウェールズだったが、何とかその衝動を押さえ込む。 「大体な、他の方向に撃ったらあんなもんじゃ済まなかったぞ? あとはどっちを向いても住人だらけだ」 デルフの声を耳にしつつ、ウェールズは必死に暴れ出しそうな己が心と闘っていた。 彼の言っている事は正しい。 あの状況下で、しかもニューカッスルより撤退した『レキシントン』までが敵艦隊に加われば、通常の方法での脱出は困難を極めたであろう。 ヴァリエール嬢の使い魔が、『あの兵器』―――――青い光の壁を生み出す砲―――――の威力を見せ付けた上で恫喝を行ったからこそ、『ビクトリー』は砲撃を受ける事も無く、ロサイスを飛び立つ事が出来たのだ。 しかし、だからといってその行動が許容出来るかと問われれば―――――答えは否。 認められる訳が無い。 無関係の住民達を死体も残さず消し去り、更にその事を欠片も気に留めていない、この亜人。 彼等が己とは異なる概念を持つ存在とは理解しつつも、抑え切れない嫌悪感が心身を埋め尽くしてゆく。 全身全霊が目の前の存在を否定しろと、声高に叫んでいる。 これは、『敵』だ。 人間の―――――否、命在るもの、その全ての。 決して共存など出来ない、同じ世界に存在してはならない『何か』。 消さねばならない。 何れの事となるかは解らないが―――――確実に、必ず。 不穏な空気に包まれたまま、『ビクトリー』号は雲海へとその姿を沈め行く。 数分後にその場を通り過ぎ、直線航路でニューカッスルへと向かうブラックアウトの擬似視界内には、ロサイス郊外50リーグ地点にて観測されたエネルギーについての分析結果が表示されていた。 アルビオンへと向かう『アケロン』号の船上で、フーケは沸き起こる嫌な予感を捻じ伏せる事に苦労していた。 宛がわれた船室内を落ち着き無く歩き回り、苛々と頭を掻き毟る。 凡そ淑女とは言い難い振る舞いだったが、当の本人はそんな事に構っていられる心境ではなかった。 何も無いのならいい。 先の不安こそ在れど、ともかく今は無事でさえいてくれれば。 だが――――― フーケは無意識に、己の喉へと手を遣る。 其処には、白い肌に薄く浮かび上がる、横一文字に引かれた細い線の痕。 何者かによって引き裂かれた、喉の傷。 ―――――この傷痕が疼いて仕方が無いのだ。 何か異常な事が―――――自身には計り知れない異常な何かが、あの子を襲う予感。 それが思考に付き纏って離れない。 今のウエストウッドは、異常な状況に置かれている。 否、ウエストウッドだけではなく、アルビオン全土が。 奇妙な確信と共に、フーケは無理やりベッドへと潜り込むとローブで顔までを覆い尽くす。 その姿はまるで、嵐の音に怯える幼子の様であった。 そして翌日の早朝―――――『アケロン』号はスカボローへと入港する。 王党派の全てを乗せた『ビクトリー』号が縦穴へと消えてゆくのを見送り、ルイズ達はローターを回転させたまま待機していたブラックアウトの機内へと乗り込む。 しかし一同の動きは幾分ぎこちなく、まるで巨大な怪物の腹にでも入り込むかの様な緊張に包まれていた。 機内には既に乗り込んでいたギーシュの姿と、その傍らに置かれた2つの銃。 ルイズはコックピットへと乗り込む事を躊躇し、他の3人と同じく兵員輸送室へと腰を下ろした。 スコルポノックの回収は、既に終えている。 そして、離陸。 「……」 誰も、何ひとつ言葉を口にしない。 口にすべき事など無い。 ただ1体、床へと転がるインテリジェンスソードを除いては。 「相棒が恐ぇか、娘っ子」 「……」 デルフの声に、言葉が返される事は無い。 誰もが沈黙し、金属音を鳴らす剣を瞬きすらせずに見詰めている。 「他に方法は無かった。迎撃の件も、ロサイスでの件もな。それでも相棒のやり方が気に入らないってんなら―――――」 「デルフ」 酷く冷たい声で語り掛けるインテリジェンスソードの声を遮り、ルイズは穏やかにその名を呼んだ。 続けて発せられたのは、デルフが予想だにしなかった言葉。 「見縊らないで。私はアンタ達の御主人様なんだから。ただちょっと……驚いただけよ」 「……」 沈黙するデルフ。 ルイズは軽く息を吐き、中空を見詰めながら言葉を繋げる。 「アンタは剣だし……ブラックアウトも異世界の兵器だって事は解ってた……いえ、解っていたつもりだったのよ。アンタ達にとっての敵って、打ち破るべきものでしかないって……その事を理解してなかったのね」 「ルイズ……」 キュルケが、痛ましげにルイズの名を呼ぶ。 しかしルイズは、彼女へと安心させる様な笑みを返すと、力強く声を発した。 「でもね、だから何だっていうの? アンタもブラックアウトも、私を守る為に全力を尽くしてくれた。感謝こそすれ、恐がる理由なんて無いわ。他の誰が何と言おうと、アンタ達は私にとって最高の使い魔よ。他の人間の評価なんて『知ったこっちゃない』わ」 その言葉にデルフは一度だけ鍔を鳴らし、沈黙を保った。 人間に例えれば、予想外の言葉を聞き、口をあんぐりと開けている様子にも見える。 そしてルイズのその言葉に、追従する様に声を放つ者が在った。 「同感だね」 ギーシュである。 「僕はアルビオンの人間じゃないからね……正直、皇太子達の気持ちは理解出来るけど、かといって君達を敵視する理由が無い」 彼はにやりと笑みを浮かべ、悪戯小僧の様な口調で言葉を続けた。 「……何より、君達とつるむのは楽しいしね。身勝手だけど、彼等が君達の事を幾ら敵視しようと、そんな事は『知ったこっちゃない』」 更に、タバサまでもがそれに続く。 「……別に、アルビオンがどうなろうと『知ったこっちゃない』」 そんな彼等を呆然と眺めていたキュルケだったが、大きく溜息をひとつ、彼女もまたそれに続いた。 「ま、言われてみればそうよね。この子はルイズを、延いては私達を守ってくれただけだし。確かにイイ男だけど、皇太子の心境なんか『知ったこっちゃない』わね」 一同が言いたい事を言い終えると、機内は沈黙とローター音に埋め尽くされる。 皆、この空飛ぶ鋼鉄の巨人と、一振りのインテリジェンスソードの反応を、ただ静かに待っていた。 やがて――――― 「ふ、ふふふ……」 小さな吐息に続き、盛大な笑い声が上がった。 かちゃかちゃと五月蝿く鍔を鳴らし、デルフは可笑しくて堪らないと言わんばかりに笑い続ける。 それを見遣る4人の顔にも、薄い笑みが浮かんでいた。 「ははは……バ、バカだぜオメェら! 底抜けのバカだ!」 「何よ、失礼ねー。本心を言っただけじゃない」 「全くだ。失敬にも程が在る」 「バカって言う方がバカ」 「この『微熱』を掴まえてバカとは言ってくれるじゃない」 「ああ悪ィ、俺もオメェらも大バカだ!」 くすくすと笑いながら、彼等もまた笑みを深くする。 やがてそれは声高な笑い声となり、ローター音を掻き消した。 ブラックアウトは雲を突き破り、アルビオンの上層へと躍り出る。 そして昨日の戦闘からどうにか持ち直した貴族派が、ニューカッスル城へと向かい決死の突撃を行う頭上を悠々と飛び抜け、そのまま南へと進路を変更した。 途端に恐慌に陥る貴族派陣営を無視し、ブラックアウトは最高速度にまで加速する。 やがて、大陸の端に沿って飛んでいる事に気付いたキュルケが、デルフへと疑問の声を投げ掛けた。 「ねえ、何処に向かってるの? こっちは南よ?」 「嘘!?」 その言葉に、慌ててコックピットへと駆け込もうとするルイズ。 しかし、デルフはそれを制す。 「まあ待て、娘っ子。今、説明してやる……この大陸に来た時な、相棒の感覚におかしな反応が在ったんだ。んで、昨日ロサイスから戻る時も、ほぼ同じ地点に反応が在った。しかもそいつの波長はな、相棒の発するエネルギーの波長にそっくりだったんだ」 「それって……」 デルフの言わんとする事を察したのか、ルイズ達は驚愕に目を見開く。 その反応に満足したのか、デルフは楽しそうに続けた。 「ひょっとすると、相棒の『お友達』かもしれんぜ」 今朝方までの雨に濡れた森の中、テファと才人は彼方の空を見詰め、無言のままに佇んでいた。 昨日の午後にロサイス近郊で発生した突発的な戦闘は収束したらしく、雲に覆われた空を照らしていた紅い光も深夜に消え、今は不気味な静寂のみが周囲に垂れ込めている。 幼い子供達は怯えて部屋から出ようとせず、年長の子供達が何とか宥めている有様だ。 無理も無い。 戦闘の際、ロサイスから響いてきた振動と轟音は、テファと才人ですら一度たりとも経験した事が無い程のものだった。 一度、青い光が瞬いた瞬間など、余りの振動にガラスが砕け散った程だ。 一時は戦域が拡大しているのかと危惧したが、程なくして振動が止んだ為、子供達を寝かし付けて2人はそのまま様子を窺い続けた。 爆発音などが止んだ後も地鳴りの様な音は響き続け、彼方の空は紅く染まったまま。 子供達の前でこそ不安など微塵も無いかの様に振舞ってはいたが、内心では2人とも先の展望に暗い影が浮かぶのを抑えられず、眠りに就く事も出来ずに時間が過ぎるのを待っていたのだ。 しかし、そんな2人を勇気付けてくれる者が居た。 才人とテファが腰を下ろす銀のボディ。 力強い響きと共に伝わる、高出力エンジンの駆動音。 地を駆ける鋼の騎馬。 ポンティアック・ソルスティス。 その真の名を――――― 「様子はどうなんだ、『ジャズ』?」 ―――――『ジャズ』。 『……』 返事は無い。 普段は陽気で楽天家な彼が、まるで途轍もない危機的状況下にでも在るかの様に、何処か張り詰めた沈黙を保ったままエンジンの音だけを響かせている。 流石に才人とテファも異常を感じ取ったのか、訝しげな表情で問い掛けた。 「なあ、ホントにどうしたんだよ」 「ジャズさん?」 次の瞬間、ポンティアックの車体が跳ね上がり、一瞬にして人型へと変形すると、宙返りをして地面へと降り立った。 余りに瞬間的な出来事に、才人達は呆気に取られてジャズを見上げる。 そんな2人に向かって、機械音声の警告が飛ぶ。 『ここから離れろ! 急げ!』 その言葉に2人が反応する間も無く、ジャズはその右腕より、彼の全高の半分程も在る砲身を伸ばし、肩膝を突いて彼方へと狙いを定める。 擬似視界内に映り込むのは、此方へと一直線に向かい来る飛行物体の姿。 自らと同じく、この世界に存在する筈の無い、科学によって構築された鋼鉄の鳥。 それだけならば、まだ良い。 不幸にもこのハルケギニアに迷い込んだ、憐れな遭難者という可能性も在る。 ……しかし。 この視界の端に映る、頭部を模した紋章が。 失われた記憶の片隅に巣食う『何か』が。 目標の傍らに表示された、己のものとは異なる禍々しい紋章が。 こう、囁くのだ。 『滅ぼせ』、と。 「ジャズ!?」 「ぅあッ!?」 閃光の様な砲火と共に、高エネルギー体の銃弾が放たれる。 大気を揺るがす砲声、そして木々が薙ぎ倒される音の後、遥か彼方の空に紅蓮の華が咲き――――― ウエストウッドの空を、轟音が埋め尽くした。
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そんな中、敢えて戦場へと侵入する炭素生命体の一団が在った。 彼等の手には、杖、剣、そして銃。 ブラックアウトの主、ルイズ達の一行だった。 「っ……何だってのよ! 何が起こってるの!?」 「戦闘に決まってるじゃない! さっきのが聴こえなかったの!?」 「誰と!?」 「だから『お友達』とでしょ、銀色の! 人間相手にしちゃ派手過ぎるわよ!」 轟音に掻き消されぬよう声を張り上げつつ、ブラックアウトが戦闘を行っているであろう地点へと向かうルイズ達。 デルフは止めたものの、おとなしくブラックアウトの帰還を待つつもりなど、彼等には欠片も無かった。 そして、意図的に避けているとしか思えない―――――事実、ブラックアウトによって、その様に誘導されていた―――――20mm、プラズマ、エネルギー弾幕の間隙を縫って戦域へと辿り付いた、その時。 彼等の目に飛び込んできたのは――――― ブラックアウトに馬乗りとなり、凄まじい勢いでその胸部を殴り付ける銀の巨人、その姿だった。 「ギーシュッ!」 ルイズが叫ぶより先に2体のワルキューレが錬成され、巨人へと向かい走り出す。 ブラックアウトに気を取られていたのか、ジャズは跳躍したワルキューレに組み付かれるまで、その存在に気付かなかった。 右腕の砲身を再度ブラックアウトへと突き立てようとしたその時、左側面の脚部、腕部、そして頭部に人型を模した魔法制御兵器が組み付いた事によって漸く、敵の増援としてメイジ達がやってきた事を認識。 次の瞬間、それら3体の人型が轟音と共に爆発した。 脚部アクチュエータ、損傷。 左腕部、損傷軽微。 光学センサー、ダウン。 1秒と経たずに視覚装置が再起動した瞬間、強烈な焔が光学センサーを遮る。 同時に、四肢の関節を狙い氷の矢が飛来、着弾。 砕け散った氷の破片が機構間隙に侵入し、内部で氷塊として成長、稼動を阻害する。 ジャズ、思わぬ攻撃に堪らず離脱。 メイジ。 まさかこの自分が、魔法如きに遅れを取るとは。 貴族派にこんな手練が居たのか? この攻撃は明らかに、此方の構造的弱点を突いてきている……! 20mm砲弾飛来、回避。 回復した光学センサーを左前方の森へと向ける。 メイジを確認、総数4。 先程の攻撃から予測するに、敵の系統は其々、火、土、水、不明。 特に水は、稼動を制限される恐れが在る為、優先的に排除する必要性在り。 ジャズはその右腕を翳し、砲口を向ける―――――ブラックアウトへと。 彼等を狙う必要は無い。 彼等には、彼等に相応しい相手が居る。 自分の敵は、この忌々しいデカブツだ。 ワルキューレの爆発により、皹の入ったバイザー。 その視覚装置の片隅に、彼がこの世界で最も信頼する2人の片割れ、重武装にて敵集団へと向かい駆ける『相棒』の姿が映り込む。 その走りが敵集団を完全に射程へと捉えた事を確認し、ジャズはブラックアウトへと突撃した。 逸早く『それ』気付いたのは、デルフだった。 ルイズ達の注意がブラックアウトと銀の巨人との戦いに向けられている中、急速に接近する人影を認めたのだ。 その手には、一振りの剣。 「敵だ!」 叫ぶと同時、亜人型へと変形、跳躍。 銃口を展開し―――――しかし間に合わない。 一閃。 人間離れした神速の横薙ぎがデルフに直撃、その身体がボールの様に吹き飛ばされる。 漸くルイズ達が事態に気付いた時には、デルフは巨人達の戦いの真っ只中へと放り込まれ、銀の巨人に蹴り飛ばされて、破片を散らしながら木々の間へと消えていったところだった。 「デル……!?」 その名を、最後まで呼ぶ事は出来なかった。 彼女の目に飛び込んだものは、折れた剣を降り抜いた体勢のまま、殺意の滲んだ目で此方を見据える、1人の少年。 どうやらその手に持つ剣は、デルフを殴打した際に砕け散ったらしい。 しかし剣が折れているにも関わらず、目前の少年から発せられる鬼気は微塵も薄れはしない。 なんだ、この男は? 剣を持っているという事は『平民』か。 正面から覗き込んだ彼の目が湛える冷たさに、ルイズは背筋が凍り付くのを自覚した。 『平民』だと? メイジに向かって、隠し様も無い殺意を向けるこの少年が? あのデルフを、不意を突いたとはいえ一撃で排除した人間が、『平民』? 考える暇など無かった。 少年がナイフを抜いたのだ。 その時、ルイズを庇う様にして青髪の少女が、『ウィンディ・アイシクル』を唱えながらその前に躍り出る。 攻撃などさせない、一瞬でけりを着ける。 明らかにそれを意図した、迷いの無い行動だった。 余程手練のメイジでなければ、この距離から放たれる無数の氷の矢を躱す事など不可能だろう――――― その予想は裏切られた。 ルイズも、キュルケも、ギーシュも、魔法を放ったタバサさえも。 『平民』が至近距離から放たれた魔法を回避するなど、考えもしなかったのだ。 少年はもう一本、小振りのナイフを抜き、それを投擲したのだ―――――タバサが、鍛えられたその動体視力を以ってしても追えない速度で。 ナイフは見事にタバサの手首を貫き、彼女は杖を取り落とす。 ―――――『回避』ではない。 『発動させなかった』のだ。 驚愕に目を見開く一同を無視し、少年は驚くべき跳躍力でタバサへと飛び掛る。 タバサも咄嗟に身を躱そうとしたものの、少年の速度に反応し切れるものではなかった。 一撃。 一欠片の容赦も無く、少年の膝がタバサの鳩尾へと突き刺さる。 身体をくの字に折り曲げ、僅かな呻きと共に、タバサの意識は闇へと墜ちた。 不運な事に、角度の問題からキュルケには、少年がタバサをナイフで突き殺した様に見えたらしい。 ほんの数瞬、呆けた様にタバサと少年を見遣った後――――― 「……ッ! フレイムボールッ!」 鬼気迫る形相にて、それこそ通常の6倍、否、8倍は在ろうかという『フレイムボール』を、タバサから離れ、此方へと駆ける少年へと放った。 今度こそ、躱せる筈が無い。 既に魔法は放たれているのだ。 しかも、少年の背後からは何時の間にか、2体のワルキューレが槍を手に迫っている。 例え火球を躱したとしても、その瞬間にワルキューレによって突き殺されるだろう。 少年が腰に手を回し、それを引き抜く。 分厚い革に包まれた何か。 そしてそれを庇う様にして、正面から火球へと突っ込み――――― その下方右側をすり抜けた。 「なっ!?」 キュルケは信じられなかった。 まさかこの火球を前にして、自ら突っ込んでくる者など居はしないと思っていたのだ。 事実、今までにもそんな話は聞いた事が無い。 少年は足先から地面に倒れ込み、泥の上を滑る様にして、火球の斜め下、地面との僅かな隙間を潜り抜けたのだ。 火球はそのまま背後のワルキューレ1体に直撃、四散。 そして少年はその手に抱えた革の袋から、それを抜き出した。 『フリントロック・ピストル』 地面を滑りつつ、自身へと銃口を向ける少年の姿を捉えながら、キュルケは現実感に乏しい思考を働かせる。 何なのだ、こいつは。 この身のこなしといい、武器の扱いといい、まるで御伽噺の登場人物―――――『イーヴァルディ』ではないか。 槍は無いが、代わりにナイフと銃―――――如何にも現実らしい。 そして今更、今更だが、心臓を鷲掴みにされる様な恐怖が全身を走る。 自分達は、何を相手にしているのか。 『平民』な訳が無い。 こいつは『平民』なんかじゃない。 こいつは……こいつは――――― 『メイジ殺し』 乾いた音と共に、キュルケの腹に灼熱の衝撃が走る。 ―――――撃たれた。 少年がキュルケへと銃を投げ付ける。 グリップが額に当たり、鈍い音と衝撃が頭を揺さぶった。 視界に赤いものが映り込み、顔全体に温い液体の感触。 次いで再び、腹に衝撃が走った。 逆手に持ち替えたナイフの柄による突き。 キュルケの意識が沈む。 「キュルケッ!」 叫び声。 突如、傍らの枝が爆発する。 突然の事に反応が遅れ、木片に全身を切り刻まれる少年。 足元のキュルケに被害はなし。 木片の散弾に切り刻まれ、血塗れとなった少年が振り返る。 その視界には、無数の花弁―――――薔薇。 吹雪の様に舞うそれらは、格闘戦を繰り広げる巨人達をも覆わんばかり。 「何だ……これ」 呆然と呟いた瞬間、背筋を走った悪寒に従い身を捻る。 その空間を突き抜ける、青銅の槍。 その凄まじい刺突に目を見開き、躱せた事に安堵したのも束の間。 剛腕から繰り出される槍の横薙ぎに、彼は10メイル近くも弾き飛ばされた。 「グゥッ!?」 木の幹に叩き付けられ、激痛に呻く少年。 視線を落とせば、右腕が在り得ない方向へと捻じ曲がっている。 「ちっ……くしょ」 その言葉も終わらぬ内に、彼はその場から飛び退く。 一瞬前まで背を預けていた箇所を見遣れば、太いとはいえない木の幹を貫いて、青銅の槍が生えていた。 己の顔から血が引くのを感じつつも木の裏に回り、槍を放棄して徒手にて迎撃の構えを取るゴーレムの首を、左手に持ち替えたナイフで刎ね飛ばす。 その時、少々離れた位置で杖を構える、桃髪の少女が目に入った。 彼女は何かをその視界に捉え、小声で何かを呟いている。 その視線を辿った先には――――― 「クソッ!」 自身が刎ねた、ゴーレムの首。 彼は咄嗟に、それを蹴り飛ばす―――――ルイズへと。 「え?」 自身へと向かって飛んでくる『爆発物』に、ルイズが戸惑った様な声を上げる。 しかし、既に杖は振られていた。 爆発。 視界が煙に閉ざされる。 状況を判断し切れず、軽い恐慌状態に陥るルイズ。 その側にギーシュと、2体のワルキューレが駆け付ける。 「ルイズ、しっかり!」 「あいつは? あいつは何処!?」 「いいから早く! 此処を離れるん……」 ギーシュの背後、ワルキューレの首が飛ぶ。 その音に振り返ったギーシュが、煙の中から突き出された脚によって蹴り飛ばされ、数メイルも吹き飛んだ。 ルイズは咄嗟に杖を構え直し、それまでの位置から飛び退く。 直後、煙を突き破って少年が追い縋る。 ルイズは杖を向け――――― 「錬金ッ!」 彼の腰元、ナイフの鞘を爆破した。 「うあぁッッ!?」 叫び声。 やった、と喜色を浮かべるルイズの前方で、少年が無事な左脚を使い跳躍。 ルイズへと飛び掛る。 目を見開き、驚愕の表情を浮かべるルイズ。 その目前の空中で、彼はナイフを捨て拳を握り、大きく左腕を振り被ると――――― 「ッがああぁッッ!」 渾身の力で、ルイズの右頬目掛け振り抜いた。 鈍い音。 ルイズの小柄な身体が吹き飛ばされ、もんどりうって地面へと叩き付けられバウンド、其処で漸くその動きを止める。 数秒しても、その身体が動き出す気配は無い。 「やっ……たの、か?」 荒い息と共に、呆然と呟く少年。 声を返す者は居ないが、己以外に動く人間が存在しないという現状こそが、その答えだった。 「……ザマ見ろ、貴族が」 そう呟くと、彼は相棒の戦いへと目を遣る。 目を離してから2分程しか経っていない。 もう暫く決着は着かなそうだ。 「サイト!」 と、轟音の中、聴こえるはずの無い声が耳に届いた。 慌てて其方へ目を遣ると、帽子を被った金髪の少女―――――テファの姿。 「テファ! 危ないだろ、どうして来たんだ!?」 「だ、だって凄い音がしたし……サイト、その腕……!」 テファは少年―――――才人に走り寄るとその腕を見遣り、青褪める。 「ん、ああ……折れちまった。それよりテファ! 早く此処から離れろって! まだジャズが……ぎぁッ!?」 「サイトッ!?」 突然だった。 全く突然に才人が吹き飛ばされ、木へと打ち付けられる。 見れば、才人の立っていた地点に、青銅製のゴーレムの姿が在った。 ―――――ワルキューレ。 「やって……くれたじゃないか……」 その背後、口に当てた指の隙間から血を溢しながらも、金髪の少年が立ち上がる。 「レディに向かって物を投げ付けるに留まらず……顔を殴るとはね……」 震える膝を叱責しつつも確りと立ち上がると、血を拭って杖を構えるギーシュ。 恐怖を滲ませた目で此方を見るテファへと視線を固定すると、彼は凄惨な笑みを浮かべた。 「……ま、僕も他人の事は言えないか」 「ぐっ!?」 軽く杖を振ると、ワルキューレがテファの首を掴む。 そのまま力を込める事無く、ただし逃げ出す事も出来ぬ様に押さえ付ける青銅の像。 それを見届けると、ギーシュは軽く咳き込みつつ声を張り上げた。 「もう起きてるんだろう、タバサ! キュルケとルイズの傷を見てくれ!」 その声に、伏していたタバサがのろのろと起き上がる。 顔色は、お世辞にも良いとは言えない。 「大丈夫かい?」 「……あまり」 此方も咳き込みながら答え、キュルケへと歩み寄る。 程無くして、彼女も目を覚ました様だ。 血の滲む腹部を押さえつつも、何とか立ち上がる。 ルイズは、まだ暫く掛かりそうだ。 「さて」 其処でギーシュは、ワルキューレに押さえ込まれたテファへと歩み寄ると、杖を見せ付ける様にして語り掛ける。 才人が心配なのか、テファの目には涙が滲んでいたが、それを見るギーシュの心は不思議な程に冷め切っていた。 「テファ、だったかな? 今のところ、君に頼みたい事はひとつだ。君はあの巨人と知り合いなんだろう? 彼を止めるのに協力して欲しい」 テファ、涙を零しながら首を振る。 ギーシュは溜息をひとつ。 「だろうね。だから、こうさせてもらう」 突如、ワルキューレがテファを抱えたまま、ジャズの方へと向き直る。 急な動きに思わず目を閉じた彼女が再び瞼を上げた時、その視界には一振りの剣が映り込んでいた。 自分の首筋に添えられた、それが。 ジャズ、戦闘中断。 剛腕の一撃をまともに受け、20メイルほど吹き飛ぶ。 身を起こすと同時、眼前に20mmを突き出され、静止。 「解って貰えた様だね」 満足げに頷き、テファの帽子を杖で弾く。 その行為自体は、軽い脅しのつもりだった。 しかし。 「っ!」 「なッ!?」 「うそ……!」 「……!?」 その下から覗いたものは、ギーシュ達に予想もしなかった衝撃を与えた。 長く、尖った耳――――― 『エルフッ!?』 一様に叫び、咄嗟に杖を構え直す。 エルフ。 その存在はこのハルケギニアの住人達にとって、恐怖以外の何物でもない。 強力な先住魔法を操り、数十人規模のメイジですら歯が立たない怪物。 そして同時に、始祖ブリミルを信仰する者達にとっては忌むべき存在。 ―――――今なら、或いは。 「タバ……サ……ッ! このまま……やるわよッ!」 「……!」 キュルケが『フレイムボール』の詠唱に入り、その隣ではタバサが『ジャベリン』を放つべくテファへと杖を向ける。 激しく首を振り、必死にワルキューレの拘束より逃れようとするテファ。 ジャズが飛び出そうと試みるものの、至近距離からの20mmを受け、更にはブラックアウトに圧し掛かられて動きを封じられた。 必死に抵抗するテファに向け、詠唱を終えたキュルケは荒い息と共に語り掛ける。 「おとなしく……してなさいッ……すぐに、終わるわ……ッ」 杖が、ゆっくりと振り上げられた。 『テファッ!』 ジャズが叫び、その声が20mmの砲声に掻き消される。 テファがくぐもった叫びを洩らし、涙を流しながらジャズの方へと手を伸ばすが、それすらもワルキューレに押さえ込まれた。 そして、遂に詠唱が完了し、キュルケとタバサが一歩を踏み出す。 悲痛な電子音。 20mmの発砲音。 その様子を見たギーシュは、少しだけ、ほんの少しだけ居た堪れない心境となり、ふと目を逸らし――――― ―――――無い。 姿を消した『それ』に気付き、硬直した。 そんな馬鹿な。 さっきまで、さっきまで其処に在ったのに。 確かに『2つ』あったそれが、今は『1つ』になっている―――――! 「……まさかッ!」 最悪の予想に至り、振り返ったその時。 連続した重々しい銃声と共に、キュルケ、そしてタバサが血を噴き出し、倒れた。 「……ぅぁあぁぁぁッ!」 雄叫び。 ワルキューレは間に合わない。 足元のそれ―――――デルフが『ヒトラーの電動鋸』と呼んだ、『地球』製の銃―――――『MG42』を拾い上げる。 一通り、扱い方は聞いておいた。 安全装置を押し込み、構える。 こんな物を立ちながらに撃てばどうなるか、凡その予想は付いていた。 しかし、他の手段など考えている暇は無い。 今すぐにやらねば、皆、殺されるのだ。 背後に、物音。 ギーシュは咄嗟に振り返り、『それ』を構えた人影を捉えるや否や――――― 「……う……んぅっ」 目を覚ましたルイズは、頬から首筋に掛けて走る電流の様な痛みに呻きを洩らした。 口の中に違和感を覚え、それを舌で弄ると硬い物に触れる。 吐き出してみれば、それは血塗れの奥歯だった。 そうだ。 自分はあの少年に、頬を張られ―――――違う。 殴られたのだ―――――拳で、全力で。 頬に触れる。 熱い。 腫れている。 それも尋常ではない大きさに。 頬骨が砕けているのかも――――― その時、ごり、と音を立てて頭に何かが押し付けられる。 恐る恐る―――――ゆっくりと。 視線を、上げる。 其処に佇んでいたのは、あの少年。 頭から、口端から、全身から。 至る所から血を溢しつつ、それでも憎悪の滲んだ闘志はそのままに―――――否、より一層密度を増し、見覚えの在る銃をルイズの頭へと突き付けている。 と、其処でルイズは、仲間達はどうなったのかと周囲を見渡し――――― 「……! キュルケ! タバサ! ギーシュ!」 「動くんじゃねぇッ!」 「ひ、ぎッ」 血塗れで転がる級友達を目にしたルイズは反射的に走り出そうとし、銃床による一撃を受けて地面へと転がる。 更に腹部へと爪先が突き刺さり、有りっ丈の空気を吐き出すと共に血の味が口内に拡がった。 余りの苦しさに涙を浮かべ、鳩尾を押さえて地面に蹲るものの、更に脇腹を蹴られて転がる。 そして再び銃口を突き付けられたその時、またも少年が叫んだ。 「くそったれが……良く解ったよ。テメエらにとっちゃ、ハーフエルフだってだけで殺す理由になるんだな」 何を言って、と言い掛けたルイズの脇腹に、再度爪先が減り込む。 今度こそ悲痛な声を上げて転げ回るルイズを冷たい目で見据え、少年は声を張り上げた。 「テファはな……何時だって、誰も死なない様に気を配ってきたんだ。下衆な傭兵だろうと、むかつく貴族サマだろうと、子供達を狙ったクソ盗賊どもだろうとな! なのに!」 全体重を掛け、白い手を踏み潰す。 悲痛な、聴くに堪えない悲鳴が森に響き渡る。 少年―――――才人の叫びは止まらない。 「テメエらは何様のつもりだ!? テファの家族を奪っただけじゃ気が済まないってのか!? 命まで差し出せってのか!? ただ静かに暮らす事も許されねぇってのかよッ!」 手を押さえて啜り泣くルイズの頬を、才人は容赦なく蹴り上げる。 もう、悲鳴すら上がらない。 ただ、ルイズの目からは涙だけが止め処無く流れ続けている。 手よりも、頬よりも、目の前の少年の叫びが痛かった。 詳しい事は解らないが、ただ必死である事は痛い程に伝わったのだ。 そして恐らくは自分達が、彼が命を賭して護ろうとしていたものを踏み躙ろうとしていた事も。 彼はテファ、と言った。 その人物が恐らくはハーフエルフであり、誰からも存在を許されなかった生涯を歩んでいる事を窺わせる事も。 似ている、と思った。 ただ生きたいだけなのに、許されない。 頑張ったのに、認めてもらえない。 汚らわしいハーフエルフ。 出来損ないのメイジ。 似ていると、自分にそっくりだと、そう思った。 「……今更、そんな顔すれば許されると思ってんのかよ」 そのルイズの表情が気に入らなかったのか。 才人は『地球』製の銃―――――『StG44』の銃口をルイズへと向けたまま、吐き捨てる様に言った。 そして動きを止めたブラックアウト、ジャズの方へと顔を向けると、心底凍り付く様な声を発する。 「おい、其処のデカブツ。ジャズに向けてるそれを引っ込めろ……引っ込めろっつってんだよッ! こいつぶち殺されても良いのかッ!」 ―――――ブラックアウト、20mm収納。 その瞬間、ジャズがブラックアウトの顔面を殴り飛ばし、更に胴部を蹴って地面へと倒し、その胸部へと砲弾を2発、連続して同じ箇所に撃ち込む。 ブラックアウト、胴部予備格納砲破損。 ジャズ、砲身をスパーク防御壁周辺へと突き付け、静止。 「ジャズ、そいつ任せた」 『了解。中々上手くやったな、サイト』 「止せよ」 そんな言葉を交わした、次の瞬間。 テファの悲鳴が上がった。 「……テファ!?」 『くそ!』 その方向へと振り返った才人とジャズの視界に映ったのは、木に寄りかかって眠っていた筈のテファと――――― 「……テメェ」 「銃を捨てな。この娘っ子の内臓の色なんか、見たくねーだろ?」 半ばから折れ曲がった右腕でテファの首を押さえ付け、左腕の刃を喉下に突き付ける、小さなメカノイドの姿だった。 「それとも脳ミソの方が好みか?」 微かな金属音と共に、その左腕から銃口が覗く。 テファが怯えと絶望を滲ませた視線をそれへと向け、小さく首を振りながら逃れようと試みるものの――――― 「動くと為にならねーぜ」 「……!」 ぷつり、と音を立てて、刃先がテファの喉下、白い柔肌に突き刺さる。 そのままじわじわと深く突き刺さってゆく刃を、彼女は恐怖に揺らぐ瞳で呆然と眺めていた。 痛みすら感じられないのかもしれない。 その時――――― 『其処までだ』 ジャズが、砲身を向けていた。 ―――――意識の無い、ギーシュ、キュルケ、タバサへと。 「こいつ、どうなっても良いってのか?」 そしてサイトもまた、再度『StG44』の銃口をルイズへと突き付けていた。 その目に迷いは無い。 デルフが妙な真似をすれば、即座に引き金を引くだろう。 デルフが、忌々しそうに電子音を鳴らす。 その時、ブラックアウトが在らぬ方向へと右腕を翳した。 「相棒……?」 そしてデルフを含め、皆が訝しげな表情を浮かべる中――――― 『止めろッ!』 ジャズの叫びと同時、プラズマが森の一画を薙ぎ払った。 『……!』 その方角に何が在るかを知る才人、テファの表情が青褪める。 ウエストウッド村。 微妙に異なる方角ではあるが、村に被害が全く無いとも言い切れない。 才人は反射的に、憎悪の叫びを上げようとした。 「テメ……」 「お、おにいちゃん……」 その時、微かに耳へと飛び込んだ幼い声に、才人はその方向を向いた。 それはテファ、ジャズも同様で、その先に在った子供の姿に、呆然とした声を洩らす。 「メアリ……どうして……」 「だって……だって、テファおねえちゃんも、サイトおにいちゃんもいないし……フィルが、大きな音して、こわいって……」 その言葉通り、メアリと呼ばれた少女の背後から、更に幼い男の子が恐る恐る姿を現す。 更に背後の暗がりに目を凝らせば、少なくとも4人の子供達が居る事を確認出来た。 「ごめんなさい……ごめんなさい、おにいちゃん……」 「メアリ……ッ!」 金属の擦れ合う音。 咄嗟に金属の怪物へと視線を移せば、それは子供達へと、その殺戮を為す為の兵器を内蔵した右腕を向けていた。 20mm、再展開。 凍り付く才人。 その視界の端に、金属の亜人がテファから離れ、彼へと向かってくるのが映り込んだ。 抵抗はしない―――――出来ない。 『StG44』を弾き飛ばされ、喉元を押さえられ地面へと倒される。 「……もしや、とは思ったが……まさか『大当たり』とはな」 亜人が何かを言っている。 しかし才人には、それに注意を払う余力など無かった。 意識が、急速に薄れてゆく。 見れば、すぐ側に桃髪の少女の姿。 どうやらまたも意識を失ったらしい。 だが、どうでも良い事だ。 亜人の嗤いが轟く。 狂嗤だ。 「……おでれーた! 皮肉なモンだ! こんな所で、こんな形で『使い手』に出会うたぁな! おでれーた!」 嗤う。 狂った様に嗤う。 心底楽しそうに、狂った様に嗤う。 「一緒に来てもらうぜ、『ガンダールヴ』! オメーはこんな所でくたばっていい人間じゃねえ! イヤだと言おうが何と言おうが、無理矢理にでも連れてくからな!」 疲れた。 眠りたい。 でも…… 「おい! ジャズとかいったな。村とやらには何人居るんだ……そうか。 相棒、直ったらすぐに出発だ。 ガキどもも、そいつも連れてくぜ。吊り下げれば大丈夫だろ? おい、少しは喋れよ相棒……」 テファは。 テファはどうなった? 子供達は? 「……マジかよ。弱ったな……まあ良いや、喋れなくても問題は無ぇしな。おい、エルフの娘っ子。荷物を纏めな。猶予は5時間しか無ぇぞ、急げ!」 駄目だ、もう睡魔に逆らえない。 でも、テファも子供達も無事な様だ。 後は任せればいい。 相棒に―――――ジャズに。 今はもう―――――眠りたい。 業火に紅く照らされ、巨人の影が揺らめく森の中。 闇に墜ちる才人の意識に、これまでで最高の狂嗤が飛び込んだ。 「ははははは! 楽しいったらないぜ! こんな楽しいのは6000年振りだ! ええ、おい、6000年だぜ! これでこそ退屈に耐えてきた甲斐が在るってもんだ! そう思うだろ? 相棒!」 この日、レコン・キスタは王党派を打倒し、アルビオン全土を統治下に置いた。 王党派の篭城するニューカッスル城を『陥落』させた彼等は、新国家の樹立を宣言する。 即ち―――――『神聖アルビオン共和国』の樹立を。 無数の屍の上に築かれた新国家は、着々と他国への侵略計画を整え始めた。 彼等の起こした戦乱については、ハルケギニアの後世に於いて永く語られる事となる。 しかし。 一般に知られる彼等の勝利の陰に、ニューカッスルにて散った21,000名もの将兵、ロサイスにて焔の中へと消えた1,600名の将兵と85名の民間人の存在が在った事は、歴史上からほぼ完全に抹消されている。 これがレコン・キスタの情報操作によるものか、それとも他の要因によるものかは定かではない。 そして――――― 浮遊大陸アルビオンの一地方、サウスゴーダに点在する小さな村々のひとつ、ウエストウッド。 この村の住人達が一夜にして忽然と消え失せた事、そしてその周囲が、まるで『悪魔』が降臨したかの様に徹底的に破壊されていた事、ロサイスに轟いた爆音と空を照らした青い閃光もまた、歴史の陰に葬られ、日の目を見る事は無かった。 『虚無の鋼鉄の使い魔』と『鋼鉄の蠍』が、表の歴史上でアルビオンの土を踏むのは、暫く後の事である。 ブラックアウト、トリステインへの帰還経路に就く。 意識の無い主達と同胞、そして敵を乗せて。 消える事の無い怨嗟と、想像を絶する数の死をアルビオンの大地へと齎して。 誇るでもなく、恥じるでもなく。 目的の為、ただ目的の為に、『勝利』の為に。 ブラックアウトは帰路に就く。 ただひとつ、たったひとつの野望を秘めて。 ディセプティコンに、栄光あれ。
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ブレードの1枚を吹き飛ばされたテールローターに噛り付いていたデルフは、応急的な修復を終えるや否やトーチを収納して垂直尾翼より飛び降りた。 その音を聴き付けたギーシュは、言われた通りに火花から逸らしていた視線を尾翼方向へと向け、複雑に腕を変形させながら歩み寄るデルフに声を掛ける。 「直ったのかい?」 「折れたブレードを繋ぎ合わせただけだ。後は相棒が自分で何とかするさ」 続いてデルフはつとギーシュを指差すと、呆れた様な声で言葉を発する。 「つーか相棒よりお前さんの方が重傷だと思うがね。何であの青い娘っ子に治して貰わなかったんだ?」 デルフの言葉通り、ギーシュは40mmグレネード弾の破片による負傷もそのままに、同じくぼろぼろとなったスコルポノックの装甲に腰掛けていた。 服は其処彼処に血が滲み、マントは見るも無残に裂け、肌が剥き出しとなっている顔や手には無数の傷が刻まれている。 しかしギーシュは、痛みを堪えながらも笑みを浮かべてみせた。 「ミス・タバサは精神力を使い果たしているからね。ミス・ツェルプストーにミス・ヴァリエール、ついでにフーケ。この上僕にまで治癒を施したら、彼女が倒れてしまうよ」 「別に死ぬ訳でもねーし、良いんじゃねーか?」 「どうせ掠り傷なんだ。そこまで急いで治癒する程のものでもないさ」 そう言って鼻の頭を掻いては傷に触れて小さく呻くギーシュに、デルフは爽快な笑い声を上げる。 ギーシュもまた、からからと嫌味さを全く感じさせない笑い声で返した。 「とはいえどうしたものか……このままでは折角の美しい薔薇に傷が残ってしまう。トリステイン、いや、ハルケギニア全ての女性にとって大きな損失だよ」 「そーか? 寧ろ前より男っぷりが上がったと思うぜ? 傷は男の勲章、ってな」 「そ、そうかな?」 「おーよ! 俺が女だったら『キャー! 抱いてー!』くらいは言うね。目ぇ合っただけで妊娠しちまわぁ」 「気持ち悪いな! ってそれ以前に君、剣じゃないか!」 「ちげぇねぇ!」 今度は2人、声を合わせて馬鹿笑い。 デルフは腹を抱える様な仕草でゲラゲラと地面を笑い転げ、ギーシュは笑う度に痛む傷を押さえつつスコルポノックの装甲を手で叩いている。 そんな2人の姿を少し離れた場所から眺めつつ、女性陣は何処か疲れた様に溜息を吐いた。 「……楽しそうねぇ」 「……ホントねぇ」 「……能天気」 ルイズは戦いの緊張から開放された反動から。 キュルケは比較的大量の血を流した事による虚脱感と、仲間の足を引っ張ったという無力感から。 タバサは3人の重傷者に対する応急処置の疲れから。 其々の理由から彼女達の疲れは頂点に達しつつあり、最早意識を保つのも精一杯という状態であった。 対して、ギーシュは初めて―――――決闘を含めるのなら2度目―――――の実戦後、しかも全身の負傷と少なからぬ出血があったにも拘らず、ああしてデルフと一緒になって笑い転げている。 普段の様子からは想像も付かないが、やはり軍人家系の男らしく戦向きの素質が在るのかもしれない。 「……何時になったら帰れるのかしら?」 「デルフに訊いてみたら? 修理も済んだみたいだし」 「んあ? 呼んだか?」 ルイズの呟きに応えを返したのは、今の今まで転げ回っていたデルフだった。 どうやら彼の聴覚は人間離れしたものらしい。 「ねえ、ブラックアウトは直ったの?」 「ある程度はな。後は相棒の自己修復力次第だ」 「自己修復って……生き物じゃあるまいし」 呆れた様に口を挟むキュルケ。 タバサも同感なのか、訝しげにデルフへと視線を向けている。 それに対しデルフは、良く見てみろとブラックアウトを指差した。 損傷した垂直尾翼へと歩み寄り、それを見上げる3人とギーシュ。 其処では、驚くべき現象が起こっていた。 「……嘘」 「亀裂が……塞がっていく……?」 「……」 「これは……ゴーレムと同じ? い、いや、でも錬金を使っている様子は……」 呆然と佇む4人の目前で、『破壊の槍』によって撃ち抜かれた装甲の亀裂が、ゆっくりとではあるが着実に塞がってゆく。 デルフによって溶接されたブレードの傷に至っては、今や継ぎ目が見えないまでに修復されていた。 これが『錬金』によって為されている現象であれば、彼等もここまで驚きはしない。 しかし今、彼等の視線の先で起こっている現象には、四系統いずれの魔法を使用している形跡も無かった。 それ以前にコルベールの解析によって、ブラックアウトを構築している金属はこのハルケギニアに於いて、完全に未知の物質である事が判明している。 未知の物質を錬金するなど、例えスクウェアクラスのメイジであっても不可能。 ならば即ち、魔法以外の何かによって金属体の損傷が修復されていると考える他無い。 混乱により動きを止めた4人に、デルフからの助け舟が入る。 「あー…簡単に説明するとだな、相棒達は生物の身体を構築する『細胞』ってのに似た金属で出来てんだよ。傷を治したり、必要に応じて増殖したり」 「……何それ!? もう完全に生き物じゃない!?」 「何処のメイジがそんな技術を?」 「……先住魔法」 各々が更なる混乱を来す中、タバサが呟いた一言に全員が再び動きを止める。 先住魔法。 今となっては砂漠に住むエルフのみが操る、四系統とは根本から異なる強大な魔法体系。 たしかにそれならば、メイジの常識から外れたこの物質を生み出せるかもしれない。 しかしデルフは、そんな彼等の予想を一言で切り捨てた。 「違う。相棒にゃ魔法なんざ欠片も使われてねぇよ」 4人の視線が、『4500X』と刻まれたナンバーとその隣に浮かぶ使い魔のルーンを見上げるデルフへと集中する。 説明しろ、との催促を込めた視線だったのだが、デルフはあっさりとそれを受け流した。 「ま、詳しい話は学院に戻ってからにしようぜ……ほれ」 その時、メインローターと修復されたばかりのテールローターが、呻りと共に回転を始める。 思わず頭上を見上げる4人に、デルフは可笑しそうに言葉を続けた。 「相棒も準備万端だとさ」 こうして5人と意識の無いフーケ、満身創痍のスコルポノック、そして2つの兵器を回収したブラックアウトは、追跡開始から僅か3時間足らずで学院への帰路へと着く。 しかしその機内で、デルフが回収した『破壊の槍』と『火竜の息吹』を身動ぎもせずに眺めていた事に気付いた者は、1人として居なかった。 ブラックアウトの到着早々、夜半にも拘らず学院は喧騒に包まれた。 ブラックアウトの立てる騒音も然る事ながら、応急処置こそ済ませてあるものの重傷者2名を含む負傷者4名、内1名は意識不明という討伐隊の壮絶な有様。 その話を聞き付けた学院中の人間が中庭へと押し掛け、未だローターの回転止まぬブラックアウトへと殺到する。 結果、学院中庭に戦場さながらの光景が拡がる事態となってしまった。 そんな中、討伐隊の面々は人込みを掻き分けながら学院長室へと向かう。 ルイズの手には剣の姿に戻ったデルフ、キュルケの手には『火竜の息吹』、タバサの手には『火竜の息吹』の弾薬を詰め込んだ袋、ギーシュの手には『破壊の槍』。 各々の荷物を手に、4人は学院長室の扉を開いた。 それが30分前。 そして、現在――――― 「明日はフリッグの舞踏会じゃ。今夜はゆっくり休んで―――――」 「待ちな、じじい」 ミス・ロングビル雇用の真相、そして4人への褒章に関する事項を語り終え、退室を促そうとしたオスマンの言葉は、デルフの声によって遮られた。 コルベールを含めた6人の視線が、ルイズの携える剣へと注がれる。 「……インテリジェンスソード?」 「デルフリンガー様だ。ま、そんな事はどーでも良いんだ。それよりじじい、あの『破壊の杖』と『火竜の息吹』を何処で手に入れたのか、聞かせて貰おうじゃねーか」 「こ、こらバカ剣!」 「娘っ子は黙ってな」 デルフの慇懃無礼な言葉に慌てるルイズ及び他2名。 タバサだけは無表情のまま。 対するオスマンはその目に鋭さを宿し、傍らに立つコルベールへと視線を向ける。 果たして『炎蛇』の眼は、獲物を見定めるかの様に細められていた。 デルフリンガーは黙らせようとするルイズを制し、更に言葉を続ける。 「相棒の寄越した情報で知ったんだがよ、ありゃ相棒と同じ世界からきた武器……いや、兵器だ」 「……? アンタ、何言って……」 「あれはこの世界の技術や魔法で作れる代物じゃねえ。相棒が来た世界……『地球』で作られたモンだ」 「『地球』じゃと?」 と、オスマンがデルフの放った単語に反応を返した。 その目は驚愕に見開かれ、机へと手を付いて身を乗り出している。 「やっぱ知ってんだな、あの銃が何処から来たのか」 「なあデルフ、さっきから君は何を……って、おい!」 「ちょっと、きゃっ!」 そして止める間も有らばこそ、ルイズの手を振り払う様にしてデルフが亜人形態へと変化する。 驚きに目を瞠るオスマンとコルベールを余所に、デルフは机へと歩み寄るとその細い腕を叩き付けた。 耳を覆いたくなる様な音と共に木の破片が散り、机の表面に皹が走る。 「おかしいとは思ったぜ。フーケはいやに自然な動作であの兵器を扱ってたからな。オメーら、あれが何なのか知ってやがったな?」 「……」 「オメーらが警戒すんのは解る。あんなモンが平民や欲の皮が突っ張った貴族どもに渡ったらどうなるか、考えただけでぞっとすらぁな」 振り下ろした手を机の表面へとめり込ませたまま、デルフは落ち着き払った声で言葉を紡ぐ。 オスマン、そしてコルベールは沈黙を保ったまま、そんなデルフを値踏みするかの様な目で見つめていた。 しかしそんな平静を装った表情も、続くデルフの言葉によって打ち砕かれる。 「だがな……お前さん方が情報の出し惜しみをしたお蔭で、この4人は文字通り挽肉にされかかったんだぜ?」 「……!」 「おめーらが『破壊の槍』についての情報を寄越してれば、相棒も不用意にゴーレムへと近付いたりはしなかった」 フーケとの戦闘時の危機的状況を語るデルフ。 オスマンらは、やはり一言も発する事無くそれを受け止める。 「相棒の片割れが爪と背中を吹っ飛ばされる事も無かったろうさ」 「……」 「おまけに娘っ子と其処の坊……ギーシュは『火竜の息吹』で撃たれた挙句、ゴーレムに踏み潰される一歩手前までいった」 「……デルフ」 「おい、解ってんのか先生方よ。テメエらは『俺達』の『主』とその『友人』を死地に追い遣ったも同然なんだぜ?」 「デルフ」 「シュヴァリエ? 精霊勲章? ふざけてんのか? お目当てのモンを取り返したら後はお払い箱ってか?」 「デルフ!」 「ざけんじゃねぇぞ。いいか、俺の……『俺達』の最優先事項はこの娘っ子と、その『友人』達の保護だ。他の連中だの貴族の優位性だのがどうなろうと知ったこっちゃねえ」 「デルフ、止めなさい!」 「黙ってろ娘っ子! 『次』はどうなるか解らねぇんだ! 解るか? 情報が必要なんだよ! 解ったらテメエらの知ってる事を洗い浚い吐きやがれ! 此処に居る全員にだ!」 その壮絶な叫びに、ルイズ達は言葉を無くす。 自分達を守るという、確固たる意思を其処に感じ取ったからだ。 彼等はある種の感動にも似た心境を、デルフに対して抱くに至っていた。 一方で当のデルフは、何故自身は此処まで熱くなっているのかと自問を繰り返す。 人間との関係など、長い時を渡ってきた彼にとっては一瞬の繋がりに過ぎない。 死ぬ時は死ぬし、少し運が良ければ生き延びる。 その程度の存在であった筈だ。 しかし、目の前の連中がルイズ達に対し情報を出し渋ったと確信したその瞬間、凄まじい怒りと殺意がデルフの中に湧き起こった。 こいつ等は主とその友人、そして相棒を危機に晒した。 自身等が何よりも優先して守るべき対象を、機密管理の名目で避けられた筈の危険に晒したのだ。 改めてそう認識した瞬間、デルフの擬似視界が赤く染め上がる。 無数の数字、そして見た事も無い言語が擬似視界を埋め尽くすも、デルフはそれらが示す意味を仔細洩らさず理解出来た。 これは、『標的』の情報だ。 赤く染まった擬似視界全体に、徐々に、徐々に何らかの文様が浮かび上がる。 それは、果たして文字なのか模様なのかすら判別が付かない、ブラックアウトに刻まれたものと同じ、奇妙なルーン。 その各所が擬似視界の背景で激しく組み変わり始め、凄まじい速度で変形―――――『トランスフォーム』してゆく。 そして、それが遂に完成するかという、その直前――――― 「良いじゃろ」 オスマンの返答が聞こえた瞬間、擬似視界は青を基調とした通常のものへと戻り、浮かび上がっていたルーンは跡形も無く消え失せていた。 我に返ると同時、デルフの意識からはルーンの全体像も跡形無く消え去ってしまう。 今のは一体なんだったのかと当惑するデルフに気付かず、オスマンは『破壊の槍』及び『火竜の息吹』の出所について語り始めた。 「30年前……わしは王都の東に位置する森で、消息を絶ったメイジの小隊を捜索中にワイバーンに教われてのう」 「……」 「如何なる変種か魔法が殆ど効かぬそれに追い詰められ、最早これまでと観念した時じゃ。ワイバーンの面が突如、火を噴いて砕け散ったのじゃよ」 何処か遠くに目を遣りつつ、オスマンは昔語りを続ける。 「面の左側面を吹き飛ばされたワイバーンは狂った様に転げ回ってのう……呆然とするわしの前でワイバーンは、続けて胸を吹き飛ばされて絶命しおった。そして」 オスマンは言葉を区切り、何かを思い出そうとするかの様に目を細めた。 「森の奥から出てきたのは、見た事も無い物体……『火竜の息吹』を手にした、奇妙な服に身を包んだ男じゃった」 「……」 「彼は酷い怪我を負っていてのう……耳は落ち、鼻は焼け、腹の肉は抉られておった。それ程の怪我にも拘らず、彼はワイバーンに襲われるわしを放っておけずに助けに入ってくれたのじゃよ」 呟く様にそう語るオスマンの目は、何処か潤んで見える。 何時の間にか声は呟き程に小さくなっていたが、それを咎める者は居なかった。 「直ぐに保護し、水のメイジによる治療を受けさせたが……最早、手遅れじゃった。彼はうわ言の様に呟いておったよ。『アイスマンは、《キューブ》はどうなった』、とな」 「くあッ!?」 オスマンの言葉も終わらぬ内、唐突にデルフが奇声を上げて頭を押さえた。 室内の全員がぎょっとした様に彼へと視線を送る中、ゆっくりと腕を解いたデルフは困惑した様に床を見詰める。 「ど、どうしたの……?」 「……解らねえ。何か突然、相棒の様子がおかしくなって……目の前にルーンが浮かんだ瞬間に収まりやがった」 そう言って自身の腕へと目を移すデルフの視界の端に、小さなルーンが点滅を繰り返している。 相変わらず文字なのか否かも判別不能な模様だが、それからは奇妙な圧迫感すら感じられた。 オスマンはそんなデルフを静かに見詰めていたが、そろそろ頃合かと判断すると、咳払いをして話へと戻る。 「……そろそろ良いかの?」 「あ、はい」 「何処まで話したか……おお、彼を保護した後じゃったな。彼が息を引き取るまでの2日間……此処は何処かと問う彼に、わし等はトリステイン、ハルケギニアに位置する一国だと伝えた。しかし彼は『そんな国は知らない』と答えたのじゃ」 「まあ、そうだろうな」 デルフの相槌に目の鋭さを増しつつも、オスマンは語りを止める事はしなかった。 そして彼の口から、デルフが放ったものと同じ単語が吐き出される。 「そして彼はこう言った。『冗談は止せ。此処は地球、ステイツの筈だ』……終始、その言葉を繰り返しておったよ」 其処まで語り終えると、オスマンは腕を組み、祈る様な体勢をとった。 深い後悔と悲しみを秘めた、生徒の前では何時も冗談じみた態度を貫く彼らしからぬ様子に、他の者達は内心で驚きを覚える。 「息を引き取る間際、彼は此処ではない何処かを見ながらうわ言を口にしておった……尤もわし等は、死の恐怖に錯乱しているのだろうと、その意味についてまともに考えもせんかったが」 「うわ言ってのは?」 「……『キャプテン、キャプテン・レノックス、化け物はどうなりました? ラプターの編隊に敵が紛れ込んでるんです。サージに、サージェント・エプスに確認するよう言って下さい。サージに……』……それが最後じゃった……」 それきり、オスマンは黙り込んだ。 恩人の言葉を今の今まで疑っていた自身を恥じているのか、薄く開かれた目は瞬きする事も無く皹の入った机を見詰めている。 そんなオスマンに声を掛ける者は居らず、ルイズ達は只々無言の懺悔を続ける彼を前に静かに佇んでいた。 そして、数分が過ぎた頃。 「……『破壊の槍』は、11年前にゲルマニアで手に入れたものじゃ。用途不明という事で安く売り捌かれた物を、わしが2倍の金額で買い取った。刻まれていた文字が『火竜の息吹』と同じ形状だったのでな。恐らく同じ系統のマジックアイテムではないかと思ったのじゃよ」 残る一方の出所について語ったオスマンは、挑む様な視線をデルフへと投げ掛ける。 「今度は此方の番じゃな。デルフリンガー君……といったか。何故『火竜の息吹』と『破壊の槍』が何処から持ち込まれたものかを知っているのかね? そして……」 オスマンは振り返らずに、親指で背後の階下を指差した。 「……ミス・ヴァリエールの使い魔の正体とは、一体何なのか? 答えて貰えないかね、デルフリンガー君」 全員の視線が、デルフへと集中する。 疑惑と好奇を含んだそれらに対し、デルフは自身の眼を指す事で応えた。 「……?」 「口で言っても理解出来ねーだろうからな……直接『見て』貰うぜ」 「なっ……!?」 次の瞬間、学院長室はコンクリートとガラスに埋め尽くされた異世界へと変貌を遂げた。 見た事もない服を着た人間達が広大な通りの端を歩き、中央を無数の鉄の塊が呻りを上げつつ駆け抜ける。 見上げれば、周囲の建物は想像を絶する遥かな高みまでその威容を伸ばし、その更に遥か上を奇怪な音を立てつつ光を反射する何かが横切っていた。 ルイズ達は何が起こっているのか理解出来ず、只々呆然と周囲の場景を眺めている。 コルベールは反射的に杖を抜いたものの周囲の変わり様に絶句し、今は魅入られた様に辺りの光景を見回していた。 オスマンは何も無い空間に手を着き、其処に机が存在する事を確かめると、苦虫を噛み潰した様な表情で呻く。 「幻影か……!」 「少し違うな。こいつは『映像』だ。相棒から送られた情報を、立体化した映像としてこの部屋に投射しているのさ」 オスマンの呟きに応えたのは、6つ在る眼の内の1つから幾筋もの光線を放つデルフだった。 そして皆がデルフへと視線を移した瞬間、唐突に場面が切り替わる。 彼等の眼下に拡がるのは、海に面した広大な敷地に走る幾本もの黒く長い直線。 その上を翼の着いた巨大な金属の塊が凄まじい速さで奔り、長い線の端に近付くとふわりとそれが浮き上がる。 そしてその鉄塊は更に速度を上げ、ゆっくりと旋回しつつ彼等の視界から消え去った。 その間にも無数の鉄塊が離着陸を繰り返しており、眼下の施設の稼働率が如何に高いかを物語っている。 「これは……!」 「『空港』さ。こっちで言やあ船着場さね。周りを飛んでんのは『飛行機』っつう、まぁ……こっちの『船』みたいなモンだ」 「……速い」 「そらそーだ。帆に風受けて奔ってる訳じゃねーからな。アレは自分の力で飛んでんだ」 そこでデルフは室内の全員を見渡し、言葉を紡いだ。 「これが相棒達の世界……『地球』だ。此処には魔法も、精霊みてえな神秘の生命も存在しねえ。この世界の人間達はこっちの平民と同じ……何の力も持たねえ無力な存在だ。だが、何より恐ろしい存在でもある」 その言葉に幾人かが怪訝な顔をし、代表としてキュルケが疑問を口にする。 「どういう事? 魔法が存在しないなら、何も私達が恐れる事は無いんじゃない?」 「そうよね……『火竜の息吹』みたいなマジックアイテムがそうそう在る訳無いし……」 キュルケに続きルイズの呟きが洩れた瞬間、またも場面が切り替わった。 突然の場面の変化、そして轟音に反応し切れなかった周囲の面々だが、それが何を映し出したものかを理解すると、一様に凍り付く。 そんな彼等を見ながら、デルフは褪め切った声を発した。 「これを見てもそんな事が言えるか? 娘っ子」 奇妙な形の銃らしき何かを持った人間達が何事かを叫びながら引き金を引き、雷鳴の様な銃声と共に無数の銃弾が連続して銃口から吐き出される。 連続して放たれる弾丸も然る事ながら、その威力も凄まじい。 一瞬で前方の鉄の箱が無残な鉄屑と化し、その裏に潜んでいた人間達までもが挽肉となった。 しかし向こうも同じく射撃を開始すると、今度は此方の人間が頭を吹き飛ばされて地面へと転がる。 その様を直視したルイズはひっと声を洩らし、キュルケとギーシュは凍り付いたまま動かず、残る3人はその顔に驚愕を浮かべて映像に見入っていた。 映像は更に切り替わり、纏まって前進していた人間達が一瞬で微塵となる場面が映し出される。 周囲には銃声が響き渡り、時折甲高い音と共に何かが宙を翔けると、続いて爆発音が轟いた。 見れば、『破壊の槍』に似た何かを携えた者達が其処彼処に潜んでおり、彼等がその引き金を引くと、やはり『破壊の槍』と同様に先端部が発射される。 それらの光景を呆然と眺める彼等に、再度デルフの声が飛んだ。 「これが『地球』の戦闘だ。尤も小競り合い程度のモンだが。これが大規模なモンとなると、こうなる」 横一列に並んだ細く長大な砲から凄まじい発砲炎が噴き出し、遥か前方で攻城魔法もかくやという爆発が連続して起こる。 巨大な鉄塊が往く手を塞ぐ全てを圧し潰し、立ちはだかる壁を突き破り、砲声と共に彼方の敵を消し飛ばす。 海上には巨大な鉄の船が艦隊を形成し、轟音と共に無数の白煙が天へと昇って往く。 一際巨大な船からは鉄の鳥達が空へと舞い上がり、更に甲板の端にはブラックアウトと同形の鉄塊が複数、その翼を休めている。 色も形も大きさも異なる奇怪な矢が想像を絶する速度で白煙を引きつつ意思が在るかの様に飛翔し、人を、建物を、鋼鉄の獣を、鳥を、船を貫き、爆発と共に全てを微塵と化す。 黒く巨大な鳥達から無数の鉄塊が宙へと投げ出され、破滅的な炎と爆風が地を覆う。 水中では鯨と見紛うばかりの巨体から何かが発射され、それが消えた先の深海からは鈍い光が瞬き、続いてくぐもった轟音が水中に響く。 地中から、そして水中から巨大な矢が放たれ、雲を抜け、空を突き破り、遂には暗黒の空間へと抜けたそれは分解、先端部は業火を纏いながら落下するそれは都市上空にて光を発し――――― 彼等の眼前に、終焉が現出した。 「これで解ったろ? 奴等は何の力も、導いてくれる存在も持たずに生まれ落ちた、謂わば『持たざる者』だ。だからこそ全てを欲した」 「……」 「空も飛べない。火も自在に起こせない。氷を生み出す事も出来ねーし、土を操って道具を生み出す事も出来ない。何処を探そうと、此処まで無力な存在ってのはそうそう無ぇだろうさ」 周囲の光景は何処かの施設内部へと移り、次々と生み出される鋼鉄の怪物達を映し出していた。 映像の施設が切り替わる度、生み出される怪物の造形も切り替わる。 今は怪物ではなく、量産される『火竜の息吹』を映し出していた。 「それでも奴等は考えた。『空を飛びたい』、『遠くに行きたい』、『もっと生きたい』、『もっと知りたい』……此方では叶うだろうそれらを現実のものとするだけの力も存在も、奴等の世界には無かった」 「……」 「だから考えた。持たないのなら、奪えばいい。解らないのなら、理解してしまえばいい。存在しないのなら、創ってしまえばいい」 「そんな……事が……」 「それしかなかったんだよ。だがそれ故に、『持つ者』には辿り着けない高みまで奴等は辿り着いた……それが良い事かどうかは別としてな」 そしてデルフの眼が発光を止めると同時、周囲の光景は元の学院長室へと戻る。 完全に『呑まれた』周囲の面々を見回したデルフは、オスマンへと語り掛けた。 「じじい。アンタの恩人はな、間違いなく『地球』から来た人間だよ。多分『アメリカ』って国の軍人だ」 「……そうか」 それを聞いたオスマンは、何処か晴れ晴れとした表情で頷きを返す。 長年の疑問が氷解した事によって、恩人への想いにひとつの区切りが付いたのかもしれない。 そんな彼に、デルフから思いも寄らない言葉が掛けられた。 「それでだ……そいつや『破壊の槍』がこの世界に迷い込んだって事はだ。他にも紛れ込んだ『モノ』が在るかもしれねえ。そいつが只の兵器でも十分にヤバいが……」 「何じゃ?」 怪訝な表情で訊き返すオスマンに、デルフはその言葉を解き放つ。 「厄介なんだよ。相棒みてえな『規格外』が他にも居ると、な」 あの様な存在が他にも在るかもしれないと告げる言葉への戦慄に、オスマンだけでなく全員が凍り付いた。。 しかし、それを聞いたルイズの内心には戦慄ではなく、とある疑問が渦巻く。 規格外? ブラックアウトや、スコルポノックの様な? でも、ブラックアウトはさっきの映像にも映っていたし……スコルポノックの事なんだろうか? それともブラックアウトには、まだ自分の知らない何かが隠されているのだろうか? 皆が戦慄する中、ルイズは1人思考に沈む。 一方でデルフは、オスマンへと協力を持ち掛けていた。 「何でもいい。使い道の解らねえ道具やおかしな物が在るとか、そういう情報が無えか調べてくれ。余所の連中がその力に気付く前に回収するんだ。さもねえと……」 「とち狂った連中が何を始めるか解らん、といった所じゃな」 「そんなトコだ」 それだけ言葉を交わすと、デルフは剣へとその姿を戻す。 その音に気付いたルイズが床へと横たわるデルフを拾い上げ、オスマンへと視線を移した。 「あの……」 「ミス・ヴァリエール」 オスマンが発した有無を言わさぬ声に、ルイズは背筋を伸ばして硬直した。 その両隣に佇む3人も、同様に姿勢を正す。 「はい」 「此処で見聞きした事は他言無用。其方の3人も同様じゃ……良いな?」 『杖に掛けて!』 4人が唱和し、同時にオスマンは表情を緩める。 「デルフリンガー君の言う通り、『地球』から紛れ込んだと思しきものについての情報は、ミス・ヴァリエール、優先的に君へと伝えよう。君の友人達にそれを伝えるか否かは、君自身の判断に任せる」 「……はっ!」 オスマンが退室を促し、4人は扉へと向かう。 その背にコルベールからの声が掛かった。 「デルフリンガー君」 その声に、ルイズ達は足を止める。 コルベールはルイズが携える剣へと視線を固定したまま、何処となく硬い声で問いを投げ掛けた。 「……何でえ」 「もし学院長が、『火竜の息吹』の入手経路について話す事を拒否した時は……如何にするつもりだったのですかな」 その問いにデルフは暫し沈黙し、やがてぽつりと呟いた。 「さあ? だが相棒は黙っちゃいなかっただろうぜ」 学院長室に唯一設置された窓、その直ぐ外。 轟音と共にホバリングするブラックアウトの巨体が、月明かりを浴びて浮かび上がった。 「相棒、おめーは何者だ?」 デルフは中庭へと着陸したブラックアウトの側面、使い魔のルーンを窓から眺めつつ呟く。 主たるルイズは既に床に着き、静かな寝息を立てていた。 一時は『使い手』かとも思ったが……違う。 擬似視界の端に表示されたルーンを拡大、その全体像を眺める。 しかし、それが示す意味を読み取る事は、6000年の時を渡ったデルフリンガーにも出来なかった。 ……だが自分は、あの感じを知っている。 遥かな昔、確かに『あれ』と同じ波動を感じ取った事が在るのだ。 だがそれが何なのか、どうしても思い出せない。 新たな機能で自身の記憶を探るが、『何か』がプログラムを阻害している。 そして、その『何か』の正体すら判然としない。 そんな疑問を抱えたまま、双月の夜は更けていった。 時の彼方に埋没した記憶を掘り起こそうと、デルフは無限の星空を見上げる。 そんな彼の不安を嘲笑うかの様に流星が1つ、ハルケギニアの空を横切った。
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「……どういうこった」 デルフはブラックアウトの側面、使い魔のルーンをスキャンしつつ呟く。 ここ数日、このルーンの正体が何なのかを突き止めようと試みていた彼であったが、その結果は芳しいものではなかった。 データ中に存在する如何なる言語とも合致せず、また紋様としても余りに規則性に欠けるそれは、単なる油汚れに見えない事もない。 しかしデルフには、奇妙な確信が在った。 自分は、これを知っている。 過去にこのルーンと、密接に関わった事が在るのだ。 だが何時、何処で? 幾ら考えても、システムの大部分を自己解析に回しても、その答えが得られる事は無かった。 しかし、解析を続ける中で解った事も在る。 デルフは腕を伸ばして装甲に触れつつ、視界に映るルーンの端を拡大。 更にスキャン結果と照らし合わせ、ある結論に達した。 「内側に……続いてやがる……」 解析の結果、装甲表面に刻まれているのはルーンの極一部であり、その殆どは装甲の『内部』に刻まれている事が判明したのだ。 通常、こんな事は在り得ない。 ルーンとは使い魔を識別する為のものであり、遵って必ず表皮へと刻まれる。 しかし目前のそれは、その法則から完全に逸脱していた。 ブラックアウトの外観を考えれば問題は無いかもしれないが、ルーン本来の役割から考えるならば異常に過ぎる。 だが異常とはいえルーンが刻まれた以上、その全体像を確認する方法がある筈。 そしてデルフには、その方法の見当が付いていた。 ……しかし。 「その為に正体を現せってのもなぁ……」 確認の為には、その真の姿を晒す必要が在る。 しかし当のブラックアウトが主たるルイズにその姿を見せていない以上、ルーン確認の為だけに正体を現す事は在り得ない。 ブラックアウトが正体を現すとすれば、それは目撃者を確実に消去できる状況か、或いは大規模な戦闘に関与する場面のどちらかだろう。 一度人目に付いたのならばともかく、特に緊急時という訳でもない現状にてその様な行動に出る事は考えられない。 因って今の所、ルーンの正体についての真相究明はお預けという状態である。 だが――――― 「……まぁ、いいさ」 装甲から手を離し、ブラックアウトに背を向けたデルフは、確信を込めて呟く。 「『使い手』じゃねぇ事はハッキリしてるしな……」 そう、たった1つだけ、デルフは確信していた。 ルーンが刻まれているのは、左手ではない。 それだけがこの使い魔のルーンについて、現時点でデルフが理解し得る全てであった。 部屋へと戻る彼の上空で、青い双眸が光った事に気付く者は居ない。 否、唯一ブラックアウトだけは気付いていたかもしれないが、しかしながら警告が発せられる事は無く。 彼が悲劇を避けるには、全てが余りに遅すぎた。 あの決闘からというもの、ルイズの日常は今までに無いほど充実していた。 トライアングルメイジ2人を打倒し、更にその使い魔は正しく強力無比。 彼女を『ゼロ』たらしめている失敗魔法も、見方を変えれば短時間の詠唱で対象との距離を無視した遠隔爆破を可能とする強力な攻撃魔法と捉える事が出来る。 そして何と言っても、実力的に格上の相手にも臆する事無く向かって行く、その誰よりも貴族たらんとする精神。 それらの事柄から、彼女は学院で一目置かれる存在となっていた。 彼女に付き纏っていた『ゼロのルイズ』という蔑称も消え去りこそしなかったものの、今ではある種の畏敬の念を以って呼称されるまでになっている。 そして何より級友達が、気絶した自身とギーシュを守ってくれたという事実、今では自身を1人のメイジとして扱ってくれるという現状が、ルイズに確かな充足感と自信を齎していた。 加えて、『土くれのフーケ』捕獲という大手柄。 今やこの学院に於いて、ルイズを真の意味で『ゼロ』と蔑む者は殆ど居ない。 彼女は初めてメイジとして、真に他者と対等の立場を手に入れたのだ。 しかしルイズが無意識の内に何よりも望み、何より得難く、そして漸く手に入れたもの。 それは立場などではなく――――― 「あらルイズ、今朝は寝坊しなかったのね」 「うるひゃいわねー、きゅるけぇー」 『友人』だった。 「何よルイズ、昨日も徹夜したの?」 「そーなのよ。この娘ったら近頃毎晩毎晩……」 「ま、毎晩……?」 「そう、夜な夜な部屋で……」 「『部屋で』? 『毎晩』ッ? 何よ、何してるのよ!?」 「そりゃあ貴女、年頃の娘が、ねぇ」 「……あぁ」 「んー…」 以前から宿敵同士という間柄であったキュルケ。 ギーシュとの交友を通じて親しくなったモンモランシー。 更に――――― 「……『ハッピータイム』」 「うわ! 何時の間に!」 「あらタバサ、おはよう」 「おはよう」 キュルケの親友にして、決闘以降というもの妙にルイズ達を気に掛けるタバサ。 そして――――― 「き、君達……何というか、もう少し慎みを持ってだね……」 「あらギーシュ、居たの?」 「おはよう、ギーシュ。でも貴方にだけは言われたくないわね」 「二股男」 「……酷い」 同じく決闘からの友人関係であり、同時にデルフの悪友でもあるギーシュ。 彼等4人とルイズは各々自覚こそ無いものの、今や親友と言って差し支えない程の親密さを持っていた。 更に言えば、モンモランシーを除く4人には共通の秘密が在る。 異世界である『地球』の技術による産物が、このハルケギニアに点在する可能性を知る者達。 その危険性、異質性を知り、今も暇さえ在ればいずれかの部屋にて、デルフの講義を受ける日々を送る彼等。 同じ秘密を共有するという奇妙な連帯感が、結果として彼等の交友関係をより強固なものとする事に一役買っていた。 特にルイズはデルフの主という事も在って、毎夜遅くまで己の護衛たるインテリジェンスソードによる講義を受けている。 「……ところで『ハッピータイム』って何よ」 「……大きな声では言えない」 「ああ、それはデルフがってええぇぇッ!?」 「このバカッ、何でアンタはそう口が軽いの!」 「だ、だからって燃やすかね!? アフロになるところだったじゃないか!」 「……? アフロって何?」 「ぅるしゃーいっ! ねれにゃいんらきゃらひじゅかにひらはいひょーっ!」 尤も講義内容が脱線する事も多く、余計な知識と誤解が多々生じているとの問題点が在るが。 因みに当のデルフは、今この場―――――教室には居ない。 護衛の任を放り出して今、彼が何処で何をしているのかというと――――― 「きゅいきゅいきゅいきゅい!」 「どああああああ放しやがれバカ竜ごあああああああッ!」 「きゅきゅきゅいきゅいぃきゅい!」 「それは俺の所為じゃねーだろーがああああぁぁぁぁッ!?」 「きゅいい! きゅきゅきゅいぃぃぃっ!」 「分かる! その気持ちは分かるから放せってうわなにをするやめ」 「きゅきゅい! きゅいぃきゅい! きゅいぃぃっ!」 「あ、相棒ーッ! 助けてくれッ、あいぼーッッ! ってぎぃぃやあああぁぁぁぁぁッ!?」 早朝にルーンの解析を終えルイズの部屋へと戻ろうとしたところでシルフィードに見付かり、言葉を話せない事への鬱憤を自由に話せるデルフへの八つ当たりという形でぶち撒けられ、ついでに話し相手兼玩具として銜えられた状態で振り回されていた。 傍から見れば、風竜に銜えられたインテリジェンスソードが悲鳴を上げながら振り回されるという、奇怪極まりない光景である。 なまじ人目が在る為に剣型をとっている事も在り、抵抗すら出来ないデルフはシルフィードの為すがまま。 当人にとっては悲劇、周囲にすれば喜劇。 結局この騒ぎはブラックアウトが、ローターブレードを展開した際の一撃をシルフィードに見舞うまで続いた。 心身共に充実した、ルイズにとっての素晴らしき日々。 しかしこの日、今は亡き国王の忘れ形見であるアンリエッタ姫殿下がトリステイン魔法学院を訪れた事によって、平穏な日常は終わりを告げた。 深夜、アンリエッタが退出したルイズの部屋に、デルフの声が響く。 「んで、タバサとキュルケの嬢ちゃんにも声掛けるんだろ?」 「はぁ? アンタ何言ってんの?」 その言葉に眉を吊り上げ、声を荒げるルイズ。 アンリエッタを尾けていた事がばれ、ルイズの回し蹴りを受け床へと倒れ伏していたギーシュも、何とか持ち上げた顔に怪訝そうな表情を浮かべている。 「話、聞いてたでしょ? お忍びなのよ、お・し・の・び! 『これ』はもうしょうがないとして、キュルケ達を連れて行ける筈無いじゃない」 「『これ』って……」 「惚けた事言ってんじゃねえ、娘っ子。アルビオンだぜ? 内紛真っ最中だ。王党派が負けりゃあ、宝物庫の中身も貴族派のもんになっちまう」 「……そりゃあ……そうでしょうね」 「デルフ、君は何が言いたいんだい?」 心底解らないとでも言いたげに首を傾げる2人に、デルフは溜息を吐いて語り始めた。 「此処の宝物庫には何が在った?」 「……あ!」 「へ? 何よ?」 ルイズは未だに解らないという顔をしているが、ギーシュは気付いたらしい。 ルイズの方へと顔を向け、捲し立てた。 「『火竜の息吹』だよ! 『火竜の息吹』と『破壊の槍』! 況してや王家の宝物庫なら……!」 「……あ、あぁ! そっか!」 「ま、そういうこった。これについちゃ隠し事無し、って約束だったろ」 「うー…でも……」 「別に任務の内容まで明かせとは言ってねえ。アルビオンに行って王党派の宝物庫から火事場泥棒するって言やぁ良いじゃねーか」 「かかか火事場泥棒って何よ!」 むくれるルイズに、デルフは言い聞かせる様に語り掛ける。 その様子は兄妹、もしくは親子にも似て、ギーシュはおかしくなって小さく噴き出した。 そして、翌朝――――― 「嗚呼……ごめんよヴェルダンデ……不甲斐無い僕を許しておくれ……」 つぶらな双眸が哀しげにギーシュを見上げ、置いていかないでと懇願していた。 ギーシュはその目に涙さえ浮かべ、離れたくないとばかりにジャイアントモールを抱き締める。 「こんな……こんな事って!」 「さっきまでそれに押し倒されてた私は無視か、こら!」 背後から股間を蹴り上げられ、ぬふぅとの呻きを残し崩れ落ちるギーシュ。 この暴挙を為したルイズの着衣は乱れに乱れ、その息は荒く、肌には汗が滲んでいる。 一部幼女趣味の諸兄に於いては前屈みになる事請け合いの様相であったが、実際にはアンリエッタから受け取った『水のルビー』に反応したヴェルダンデに押し倒されたという、色気もへったくれも無い経過の結果だった。 しかし、知らぬ者からすれば情事の後にしか見えぬ事は請け合い、完璧に誤解されるだろう。 事実、そうなった。 「ル、ルイズ……それは、一体?」 「え?」 懐かしい声に振り返れば、其処に居たのは昨日目にした己の婚約者。 彼は震える指でルイズを指し、次いでギーシュとヴェルダンデを指す。 ルイズが再起動を果たし、漸く弁明を始めようとした矢先。 「決闘だッ!」 「ぅえええぇぇぇぇッ!?」 「落ち着いてワルドォォォォッ!?」 結局、彼等が学院を発ったのはそれから30分後の事だった。 学院長室の窓からルイズ達を見送るアンリエッタは、始祖ブリミルに一行の無事を祈る。 しかし隣から響いた小さな悲鳴に、彼女は視線を尖らせて老メイジを睨んだ。 「見送らないのですか? オールド・オスマン」 「ふ、ぐ……ほ、ほほ……み、見ての通り、この老いぼれはそれどころではないのでしてな……」 手で鼻を覆い、涙目で応えるオスマン。 右手の小さなピンセットには1本の鼻毛、声は微妙に震えている。 余程キツい衝撃だったらしい。 アンリエッタが呆れて首を振ったその時、血相を変えたコルベールが学院長室へと飛び込んでくる。 「一大事ですぞ! オールド・オスマン!」 「何じゃね、騒がしい」 「フーケが脱獄しました!」 彼の齎した情報は、チェルノボーグの牢獄に収監されていたフーケが、貴族の手引きによって脱獄したとのものだった。 即ち、城下に裏切り者が居る事になる。 青褪めるアンリエッタ。 しかしオスマンは特に気にした素振りも無く、手を振ってコルベールに退室を促した。 何故かコルベールもあっさりとそれに従い、学院長室には静寂が戻る。 アンリエッタは苛立たしげに、オスマンへと噛み付いた。 「これは間違い無くアルビオン貴族の暗躍です! 何故そうも落ち着いていられるんですの!?」 「これこれ、姫。この国の頂点に立つ貴女がそう感情を露にしては、色々と不都合ですぞ」 オスマンの言葉にぐ、と詰まるアンリエッタ。 その顔に浮かぶ苦々しい表情を微笑ましく思いながら、オスマンはひとつ、彼女を勇気付ける為の言葉を紡ぐ。 「何、ミス・ヴァリエールの使い魔が居れば、何も心配する事は在りませぬ。あれに太刀打ち出来るのはエルフくらいのものですじゃ」 「……ルイズの?」 その言葉が意外だったのか目を丸くするアンリエッタに、オスマンはおや、と首を傾げる。 「殿下は彼女の使い魔を御覧になっていないので?」 「ええ……部屋には何も居ませんでしたし……」 心底残念とでも言いたげに、アンリエッタは肩を落とす。 その様子を見たオスマンは、この程度なら話しても良いかと、予め脳裏で組み立てた文章を読み上げた。 「彼女の使い魔は特殊でしてな。このハルケギニアに存在するものではないのですじゃ」 「それは……どういう事です?」 「つまり、異世界から来たものという事ですじゃよ」 今度こそ驚きに目を瞠るアンリエッタ。 オスマンは、尚も言葉を続ける。 「この世界の常識には当て嵌まらない存在でしてな……あれならば、どの様な危機が襲ってこようと乗り越えられるでしょうな」 「異世界……」 小さく呟き、アンリエッタは再び窓の外を見遣る。 ルイズ達を乗せたグリフォンと馬は、既に豆粒ほどの大きさになっていた。 「その様な世界が在るのですか……」 確かめる様にその言葉を声に乗せ、彼女は目を閉じた。 「ならば祈りましょう。異世界から吹く風に」 「そよ風程度で済めば宜しいのですが、な」 祈りが届く様な相手ではない。 オスマンのその呟きが、アンリエッタの耳に入る事は無かった。 「そろそろね」 何かを探す様に首を動かすルイズにワルドは内心、何をしているのかと訝しんだ。 学院を出立してまだ1時間、ラ・ロシェールまでの行程、その10分の1にも達してはいない。 一体何を探しているのか? 「ルイズ、さっきから一体何を……」 「居た!」 突然、視界の端に映る森を指差し、ルイズは叫んだ。 それが余りにも唐突だった為に面食らったワルドは、続くルイズの言葉を素直に受け入れてしまう。 「降下して! あの森、あの空き地よ!」 「わ、解った」 ルイズは地上を行くギーシュに合図を送り、徐々に大きくなる灰色の鉄塊と、その側に佇む赤と青の人物を見遣る。 そして20分後、静かな森にターボシャフト・エンジンの立てる轟音が響き渡った。 ラ・ロシェールの裏通りに店を構える『金の酒樽亭』。 其処でフーケは1人、舐める様に酒を飲んでいた。 背後では傭兵達が、文字通りの泡銭で宴会を繰り広げている。 気持ちは解らないでもない。 大金を積まれて雇われたにも拘らず、当の雇い主は中止を伝えると金はそのままにさっさと退場してしまったのだ。 降って湧いた幸運に、傭兵どもは歓声を上げて飲み会を始める。 フーケはそれに参加する事もなく、酒を飲みつつ思考を廻らせた。 ……他に選択肢が無かったから着いて来たが、いきなり中止とはどういう事だ。 当の仮面野朗も姿を消しちまうし、これからどうすべきか。 それだけを考えると、彼女は大きく溜息を吐く。 その音は宴会の喧騒に紛れ、誰の耳にも入る事は無い。 とにかく、再びあの化け物に相対する事は避けられた訳だ。 仮面野朗は此方を仲間に引き込んだつもりだろうが、生憎こっちは妄想に付き合うほど酔狂ではない。 このまま何処かへと…… そう考えたその時、背後の傭兵達の中から無視出来ない名称が飛び出した。 「ウエストウッド? 何だそりゃ」 「知らないのか? 貴族派も王党派も、あそこを巡って何度も戦り合ってるんだ。何か目的が在るんだろうが、それが何かは……」 「はぁ?」 「俺ぁ知ってるぜ。あすこにゃバカみてぇに強ぇガキとバケモンが居やがんだ。貴族派に付いてた奴から聞いたが、向こうの調査隊がほうほうの体で逃げ帰ってきたとよ」 「ガキはともかく……バケモン?」 「ああ、何でも―――――」 「銀色のやたら速いゴーレムらしいぜ」 フーケの行き先が、決まった。 ブラックアウトの機内は、タバサの『サイレンス』によって静寂が保たれていた。 こうなる事を見越していたキュルケとギーシュは、タバサに倣って持ち込んだ本へと目を落とし、ルイズはコックピットでモニターを睨んでいる。 ワルドはというと、予想だにしていなかった展開に若干呆然としており、周囲を埋め尽くす金属の構造物を食い入る様に観察していた。 そう、ルイズ達は初めからラ・ロシェールに向かうつもりなど無く、ブラックアウトで一息にアルビオンへと飛ぶつもりであった。 早朝からローターの騒音を響かせては怪しまれるどころの騒ぎではない為、多少無理は在るが深夜の内にブラックアウトを学院近郊の森へと移動させる 翌朝、シルフィードに乗ってキュルケとタバサが先行、ルイズとギーシュは後から馬で合流する計画だったのだ。 これは学院の何処かから見ているであろうアンリエッタの目を掻い潜る為とのデルフのアドバイスであったが、結果としてワルドの合流を助ける事となった。 そしてグリフォンを置いて行く事を渋るワルドを4人掛かりで説き伏せ、漸く離陸と相成った。 それから、約7時間後――――― 機内に、赤いランプが点った。 タバサが『サイレンス』を解除すると同時、ローターの騒音が機内を満たす。 一瞬、顔を顰めた4人だったが、ルイズの叫びに銃座の小さな窓へと噛り付いた。 「見えたわ! アルビオンよ!」 彼等の眼前に、戦火に覆われる『白の国』が浮かび上がる。 ブラックアウトは上昇し、大陸の上側へと向かった。 「スカボローは……無いな」 銃座から地上を見下ろし、ワルドは呟く。 流石に都合良く位置を特定する事は出来なかったようで、本来船が着くスカボローの港からは随分と南に着いてしまったらしい。 「ロサイスの近く……か? 不味いな、あそこは貴族派の拠点だ」 「そ、それはかなり不味いのでは?」 「近くに竜騎兵は居ない様だ。このまま北上すれば問題は無い」 ワルドはコックピットへと向かい、ルイズの耳元で方角を告げる。 ルイズは頷きをひとつ返すと、ブラックアウトへと命令を下した。 「このまま北上よ。町が見えたら東へ迂回して」 その命令に従い、ブラックアウトは速度を上げる。 そのセンサーに一瞬、強大な反応が掛かったが、命令を優先したブラックアウトはそれに対する調査を保留にした。 そしてルイズもまた、モニターに映る光点に気付く事は無く。 やがて眼下にスカボローの町が映り込み、ブラックアウトは緩く東へと旋回した。 貴族派に雇われた傭兵達が虚ろな表情で背を向け、街道を退却してゆく。 その身体には無数の傷が刻まれ、中には腕や脚が折れたまま去ってゆく者も居る。 その異様な姿を見やりつつ、少年は傍らで沈痛な表情を浮かべる少女へと声を掛けた。 「仕方ないさ。あいつらにまで治療を施してたら、指輪の魔力なんかあっという間に無くなっちまう」 「うん……」 それでも表情の晴れない彼女に、少年は話題を強引に変える事で場の空気を打ち破ろうとする。 「それにしてもしつこい連中だな。毎度毎度、無駄だって解らないのか」 「……」 「記憶を消し損なった奴を逃がしたのが不運だったかなぁ」 「……」 どうやら失敗したらしい。 少女は更に沈痛な表情を浮かべ、完全に押し黙ってしまった。 少年は慌てて彼女の擁護に回る。 「だ、大丈夫だって! 『俺達』が居れば傭兵だろうが貴族だろうが」 「サイト」 少女は少年―――――サイトの言葉を遮り、唐突に頭を垂れた。 「ごめんなさい……私が……私が、勝手な都合で貴方を喚んだから……」 「ストップ」 謝罪を続ける少女の言葉を、今度はサイトが遮る。 きょとんとする彼女に、サイトは薄く笑みを浮かべて優しく言葉を紡いだ。 「それは気にしてないって言ったろ? 元はといえば此処に攻めてきた連中が悪いんだし。それに『俺達』が居なかったら、テファ達がどうなったか解らないだろ」 「それは……そうだけど」 尚も罪悪感に苛まれる少女―――――ティファニア。 彼女が被る帽子の上へと軽く左手を置き、サイトは続ける。 その手の甲には、奇妙なルーンが刻まれていた。 「それに……その、この状況を招いたのは、間違い無く『俺達』だと思うんだよね。いや、その、やり過ぎたと言うか、暴れ過ぎたと言うか」 「……」 しどろもどろのその口調に、ティファニアは初めてくすり、と口元を綻ばせる。 それを見て安心したのか、サイトもまた表情を緩めた。 その時2人の背後から、このハルケギニアには存在しない筈の音が響く。 甲高く、力強い2.4L直列4気筒DOHCエンジンの音。 そしてクラクション。 それらの音に、サイトは子供の様に表情を輝かせ、弾んだ声でティファニアへと語り掛けた。 「それにさ! ずっと夢だったんだ! こういうスゲェ車に乗るのがさ!」 その妙に子供っぽく、しかし嘘偽り無い本心からの言葉に、ティファニアは今度こそ声を上げて笑う。 暫くの後、ドアの閉まる音が2つ響き、エンジン音は余韻を残して森の奥へと走り去った。 浮遊大陸アルビオンの一地方、サウスゴータに点在する小さな村々のひとつ、ウエストウッド。 その村の占拠を図った者達が王党派、貴族派を問わず壊滅に近い損害を受けて敗走するという事態が起こり始めてから約2ヵ月。 両陣営の注目がニューカッスルへと移った今尚、村を守る凄腕の若き傭兵と銀のゴーレムの噂は、ロサイスの街を賑わせていた。 曰く、少年は剣を、槍を、弓を、あらゆる武器を使いこなす。 曰く、ゴーレムは信じられない程の速さで動き、強力な砲と剣を持っている。 曰く、300人の傭兵も、20人のメイジも、果ては小型艦すらも、その化け物達には通用しなかった。 人々は噂を交わす。 横暴な貴族派が、そしてメイジ達が手玉に取られているという、痛快な笑い話として。 たとえ作り話であろうと、こんな愉快な話は無いと。 それが真実であったと人々が知るのは2日後、ニューカッスルでの決戦が始まってからの事であった。
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浮遊大陸アルビオンの北東部に位置する港町、スカボロー。 其処より更に200リーグ北東、大陸から突き出した岬の先端に聳え立つは、名城と謳われしニューカッスル城。 5万の敵に幾重にも取り囲まれ、度重なる戦艦からの砲撃を受け傷付いて尚、その威容は損なわれる事が無い。 その姿は正しく、この地にて最後を迎えんとする王党派の誇りを代弁するものであり、同時に彼等の墓標としてはこれ以上無く相応しいものであった。 そして、その巨大な墓標を包囲する5万の貴族派兵士の中、傭兵達は迫る突入の時へと思いを馳せ、損得勘定に精を出す。 「……どうせあの戦艦が1発ブチかました後だろ? 生き残りなんか居るもんか」 「解らねぇぞ、風の魔法で砲弾を凌いでいるかもしれねぇ」 「俺達を先頭にして突っ込ませるって聞いたが、ありゃガセか?」 「さあな……ま、上手くやりゃ生きて城内に入れるさ。そしたら後はお宝だ。連中が持ち込んだ財宝がどれだけ在るか……」 「馬鹿、財宝なんざロンディニウムの連中が粗方かっぱらっちまったじゃねぇか。こんな場末の城に目ぼしいお宝なんか在るもんか」 「いや。連中、結構な荷物抱えて此処に入ったからな。もしかしたら……おい、何だこの音?」 突如、何処からか轟きだした律動音に、彼等は揃って周囲を見渡す。 見れば他の兵達や指揮官の貴族すらも、この不気味な重低音の発生源を探して忙しなく首を動かしていた。 やがて兵の1人が、南東の方角より接近する奇妙な物体をその視界に捉える。 「見ろ、あれだ!」 その声に、彼等は一斉に彼の指す方角へと向き直った。 物体はその間にも驚くべき速度で距離を詰め、瞬く間に彼等の頭上へと差し掛かる。 そしてその巨体が、更に上空に浮かぶレコン・キスタ旗艦『レキシントン』の影に重なった瞬間――――― 白い尾を引く無数の火球と共に、鋼鉄の異形が地へと放たれた。 「話には聞いてたけど……凄いな」 地上の混乱を銃座から見下ろしつつ、身震いするかの様にギーシュは呟く。 その声はローターの轟音に遮られて誰の耳にも届く事はなかったが、ブラックアウトの機内に居る一同、多少の差異は在れど似た様な心境だった。 「……あれはゴーレムなのかい?」 ワルドが爆炎と土煙に覆われる地上を呆然と眺めつつ、傍らのルイズへと問い掛ける。 ルイズは曖昧な笑みを浮かべると、困った様に答えを返した。 「まあ……そんなところです」 次いで頭上を見上げ、轟然と空に浮かぶ巨大な戦艦を睨む。 釣られてワルドも頭上を見遣ると、その顔に険しい表情を浮かべて呟いた。 「アルビオン空軍旗艦『ロイヤル・ソヴリン』号だ……貴族派に乗っ取られたらしいな」 その名前ならルイズも聞いた事が在る。 ハルケギニア最強と謳われるアルビオン空軍、その艦隊中枢である巨艦『ロイヤル・ソヴリン』号。 その巨体に見合わぬ高速性を持ち、百を超える砲門と無数の竜騎兵を積んだ、空中の動く要塞。 聞き齧っただけの話だが、トリステイン空軍はあの怪物との戦闘を想定した際、実に6隻の戦列艦が必要との結論に達したという。 しかも確実に勝てるという訳ではなく、少なくとも同等に戦うにはそれだけの戦力が必要との事だ。 正しく、空軍大国であるアルビオンを象徴する艦といえる。 しかしそんな化け物が頭上に浮かんでいるにも拘らず、不思議とルイズは恐れる気にはならなかった。 それは根拠の無い自信などではなく、ブラックアウトに対する絶対の信頼から来るもの。 傍らのワルドへと目を遣れば、彼もまた確信に満ちた笑みを浮かべていた。 「大丈夫だ。この状態で砲撃すれば、味方を巻き込んでしまう。代わりに連中が寄越すのは……」 その時、コックピットのすぐ外側を、紅蓮の火球が掠め飛んだ。 反射的に横を見れば、其処には十を超える竜騎兵の姿。 アルビオンが誇る火竜騎兵だ。 「来たぞ!」 「ブラックアウト!」 ルイズが叫ぶより早く、ブラックアウトは戦闘機動を開始した。 速度を上げつつ、左にスライドして火球を遣り過ごす。 出し得る最高速度で『ロイヤル・ソヴリン』号の影から飛び出し、敵兵の頭上を飛び越えると同時に、砲声と共に降り注ぐ散弾を振り切ってニューカッスル城へと直進。 速度を落とし、挑発するかの様にテールを振る。 果たして、竜騎兵達は激昂したのか、一様にブラックアウトとの距離を詰めてきた。 味方が射線に入る為に『ロイヤル・ソヴリン』号は砲撃を中止し、ブラックアウトは低速を保ったまま悠々と低空を飛び抜ける。 やがて竜騎兵達はブラックアウトをブレスの射程に捉え、一斉に火球を発射しようと愛騎に指示を下す、その直前。 突如としてブラックアウトが進路を変え、急減速と共に彼等の眼前で急激な右旋回を行う。 そして追従が間に合わず、ブラックアウトを追い抜いた彼等の目と鼻の先には、悠然と佇むニューカッスル城の姿。 次の瞬間、彼等は城の至る所から打ち上げられた魔法の弾幕に飛び込み、原形を留めぬ肉片となってニューカッスルの空へと散った。 「どうやら味方だと判断したみたいだ」 「そうね」 機内で壁へと身体を固定しつつ言葉を交わす、ギーシュとキュルケ。 口調こそ普段と変わらぬものの、双方とも顔色は悪い。 急激な戦闘機動で気分を悪くしたらしい。 タバサは何時の間にか、壁際のベルトを使って確りと身体を固定していた。 銃座から覗く狭い空を見詰めていた彼女の目に、粗い岩肌が映り込む。 「……大陸の下に入った」 「あら、ホント」 やがて白い雲が視界に移り込んだ頃、ギーシュが慌てて銃座の窓を閉める。 同時にコックピットに居るルイズとワルドの視界が雲に閉ざされ、忽ちブラックアウトの周囲は白い闇、続いて大陸の陰に入った事による漆黒の闇に覆われた。 「……この使い魔は、周りが見えているのかな?」 「ええ……ほら」 ふと洩れたワルドの呟きに、ルイズはモニターを指差す。 其処には『城塞直下に船影探知』と表示されていた。 更に、詳細な情報が次から次へと表示されては消えてゆく。 「この情報によると、不明船舶はニューカッスル城直下から降下してきたとありますわ。恐らくは王党派の船でしょう。大陸下方に秘密の港でも在るのでは」 凄まじい早さで表示されては消えてゆく情報の量とその詳細さ、そしてそれを正確に読み取るルイズ。 その両者に対しワルドは内心、驚嘆の念を抱かずにはいられなかった。 久し振りに会った婚約者は、昔からは考えられぬ程に成長している。 強力な使い魔を従え、大量の情報を苦も無く処理するその姿に、心無い侮蔑の言葉に傷付いていた少女の面影は見受けられない。 彼女は、本当に成長した。 自分はどうか? 自分がこれから為そうとしている事は、果たして成長の結果と胸を張って言えるものだろうか? そんな自嘲の念を抱くワルドを余所に、ルイズは内心で冷や汗を拭っていた。 この情報の読み取りは普段からデルフによって叩き込まれていた技能だったが、デルフのサポート無しでの読み取りはこれが初めてである。 しくじった時の事を考え内心では戦々恐々としていたのだが、何とかそれを面に出す事無く情報の内容を伝えたのだ。 思わず軽く息を吐くルイズ。 その時ブラックアウトが減速し、前方の暗闇に淡い光が浮かび上がった。 「何だ……?」 「あれは……船の舷側?」 やがてはっきりと暗闇に浮かび上がったそれは、紛う事無き船だった。 甲板には複数の人影が動き回り、此方を指差しながら何事か怒鳴っている。 ブラックアウトはその喧騒を無視し、船首近くで静止するとそのまま上昇を開始した。 「成る程、この港から出航して貴族派の物資輸送船を襲っていたのか」 感心した様に呟くワルド。 直後、眼前に大勢の人間が犇く広場が姿を現した。 やはり彼等も、突然の侵入者に慌てふためいている。 ブラックアウトはゆっくりと広場の上に移動すると、ギアを出して極力静かに着地した。 そしてローターの騒音が幾分和らいだ頃、先ほどの船が後を追う様に彼等の昇ってきた縦穴から現れる。 舷側を此方に向け、全ての砲門を開いたそれは、妙な真似をすれば即座に撃つとの意思を如実に表していた。 やがてその舷側に金髪の精悍な青年が現れ、完全にローターの停止したブラックアウトへと叫ぶ。 「杖と剣を捨て投降せよ! ここは我等アルビオン王家と英雄達の墓! 汚す事罷りならぬ!」 砲と、矢と、剣と、杖と。 ありとあらゆる武器、そして魔法に囲まれる中、巨大な機体から人影が歩み出る。 黒い羽根付き帽に、グリフォンの刺繍の入った黒いマント。 髭を生やした端整な容姿の男。 続いて歩み出たのは、桃色の髪も目に鮮やかな少女。 この思わぬ2人の来訪者に、周囲の王党派兵士達は一瞬だが呆気に取られる。 其処に、港へと走り込んできた伝令の兵が声高に叫んだ。 「ほ、報告! 叛徒どもは巨大な蠍のゴーレムによって混乱状態! 敵戦線が崩壊を始めています! 蠍を投下した竜の行方は……う、うわッ!?」 報告の途中でその兵は、行方を眩ませた『竜』が目の前に居る事に気付き、盛大に声を上げる。 そんな中、ルイズは1歩前へと踏み出し、毅然と声を張った。 「トリステイン王女、アンリエッタ姫殿下より大使の任を受けて参りました、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します。不躾ですが、ウェールズ皇太子にお取り次ぎ願います」 ルイズ達がウェールズと共に彼の居室へと向かった後、キュルケ、タバサ、ギーシュの3人はデルフを携え、ニューカッスル城の宝物庫へと向かっていた。 デルフが今までに見た数々の城の構造から大まかに当たりを付け、その案内に従っての宝物庫探索という妙に信頼性に欠けるものだったが。 しかし意外や意外、彼等は見事に宝物庫へと辿り着いてしまった。 既に敗北を目前に控えた為か、見張りすら立たない其処はそれなりの鍵と固定化が掛けられてはいたが、デルフのトーチによって呆気無く口を開く。 そして侵入した宝物庫は眩く輝く金銀財宝ではなく、朽ち掛けた木製あるいは鉄製の箱が所狭しと並んでいた。 つい最近運び込まれたらしきものから埃を被ったものまで様々な箱が置かれる中、亜人型へと変形したデルフがそれらを纏めてスキャンする。 数秒ほどして、彼は部屋の一角を指差した。 「ギーシュ、壁際の赤い箱の下、鉄製の蓋」 「解った」 「んでキュルケの嬢ちゃん、あのチェストん中を適当にひっくり返してみてくれ」 「何でアタシは嬢ちゃんって付けるのよ……」 「私は?」 「俺とタバサの嬢ちゃんは見張り」 「楽」 そして数分後、彼等の前には2つの物体が鎮座していた。 「……銃ね」 「……銃だな」 「……銃」 「……銃だね」 それはデルフが見せた映像と然程変わらぬ型を持つ銃と、側面に幾つもの穴が開けられた漆黒の銃だった。 ギーシュがそれを持ち上げようと試み、予想以上の重さによろめく。 「お、重ッ」 「馬鹿、落とすなよ」 「む、向こうの兵隊は皆、こんな物を持っているのかい? 随分と精強なんだな」 何とか2つの銃を担ぎ上げた彼等は、こそこそと宝物庫から顔を出した。 人気の無い通路を宛がわれた部屋目指し、忍び足で歩く彼等の姿は成る程、火事場泥棒と呼ぶに相応しい。 やがて何とかキュルケとタバサの部屋へと辿り着いた彼等は、荷物を降ろすと同時に深い溜息を吐いた。 「何とかなったわね……うん、なかなか……クセになりそう」 「僕はもう御免だ……」 「なかなか楽しい」 3人が各々好き勝手に感想を述べる中、デルフは其々の銃を手に取り状態を確かめる。 キュルケ達も興味が湧いたのか、近寄ってきては物珍しげに2つの銃を覗き込んだ。 「……しかし見れば見るほど薄気味悪い銃ね。何と言うか……『骨』みたい」 「そうかな。僕には随分と頑丈な造りに見えるけど」 「構造とか、そういう問題じゃないのよ。その、上手く言えないんだけど」 「……不気味」 「そう、そうなのよ。良く解らないんだけど、不気味としか……」 そう言って、心底気味が悪いといった様子で後ずさるキュルケ。 タバサも同意なのか、キュルケ曰く『骨』を思わせる銃を身動ぎもせずに見詰めていた。 デルフは銃に目を落としたまま、そんな2人へと語り掛ける。 「強ち外れでもねーぞ。コイツは十分に曰く付きだ」 「へえ」 「そうなの?」 興味深げに訊き返す2人と無言のまま銃を見詰めるタバサに、デルフはその銃の異名を告げた。 「コイツの渾名はな、『ヒトラーの電動鋸』ってぇのさ」 ルイズは宛がわれた部屋の窓から、月明かりに照らされる敵の布陣を眺めていた。 既にスコルポノックによる攻撃は鳴りを潜め、敵の前線は2リーグほど後退した所で踏み止まっている。 地中からの奇襲を警戒しているのか、地面の一部を鉄に錬金する程の念の入れ様だ。 この強力な援軍に王党派は歓喜の声を上げ、貴族達は次々とルイズに賞賛を浴びせたが、彼女の心は重く沈んだままである。 「何で……何で死のうとするのよ……」 ルイズには恋人の哀願さえも振り切り、自ら死に赴こうとするウェールズの、その姿が理解出来なかった。 何故、最愛の女性の許へと向かおうとしないのか、その理由が理解出来なかった。 否、理解はしていたが、それを認める事が出来なかった。 「おかしいわ……こんなの絶対におかしい……」 何故、愛し合う者同士が引き裂かれなければならないのか。 何故、あんな恥知らずどもが我が物顔でのさばっているのか。 何故、これ程までに誇り高き者達が死ななければならないのか。 「絶対におかしいわよ……ねえ、そう思うでしょ」 ルイズは、今は地下の港で羽を休めるブラックアウトを思い浮かべ、小さく呟く。 何故か脳裏に浮かんだのは、婚約者であるワルドではなく、強大な己の使い魔の姿だった。 「時間は在る……」 ルイズはウェールズとの会話を思い出す。 3日後の朝、非戦闘員を乗せた船が退避する際に於いて、彼女達はその護衛の役を託されていた。 現在、王党派が有する船は地下で見掛けた『イーグル』号、只1隻のみ。 とても非戦闘員全てが乗れる大きさではないものの、ともかく乗れるだけの人員を乗せてラ・ロシェールへと向け出航するとの事。 その航海中の安全を確保する為、ルイズ達は今暫くこのニューカッスル城に滞在する事となったのだ。 「説得しなくちゃ……」 そう呟くルイズの耳に、遠雷の様な爆発音が届く。 ふと顔を上げれば、敵陣から少々離れた位置に爆炎が上がっているではないか。 どうやら敵の斥候がスコルポノックに発見され、砲撃を受けたらしい。 その揺らめく炎を眺めていたルイズは、背後で音も無く閉じられる扉に気付く事はなかった。 僅かなランプに照らされるだけの暗い通路を、彼は夢遊病者の様な足取りで歩んでいた。 その顔はまるで仮面を被ったかの様に無表情であり、深く思慮に沈む内面を表に晒さぬ様、分厚い壁を外皮に貼り付けている。 全てが予想外だ。 予定では、アルビオンへと到達するのは2日後の昼前だったのだが。 まさかルイズの使い魔が、半日足らずで学院からアルビオンまで飛べるだけの速度と持久力を持っていたとは。 ふと彼は足を止め、窓から覗く遠方の焔を見詰めた。 あの焔の根元ではどの様な惨劇が繰り広げられているのかと思考しつつ、彼は視線をずらして月を見上げた。 ……しかし、お蔭で時間は出来た。 総攻撃が始まるのは3日後、その間に頃合を見計らってウェールズを…… 其処まで考えた時、彼は舌打ちと共に表情を歪める。 何て事だ。 肝心な事を忘れていた。 自分は『イーグル』号の出航と共に、アルビオンを離れる事になっていたではないか。 これでは残って、彼等を誘き出す事が出来ない。 思わず拳を握り締め、それでも何とか思考を落ち着かせて計略を練る。 ……かといって、暗殺の事実を他国に洩らす事だけは避けねばならない。 即ち、『イーグル』号出帆以前に暗殺を実行するのは不可能。 だが。 脳裏に浮かんだ案に、彼は拳に込める力を更に増した。 それは良心の呵責と、覚悟の足らぬ己に対する憤りから来る力。 ……だがそもそも、それは『イーグル』号が出帆すればの話だ。 脱出すら出来ず、この城に存在する全ての者達が『戦死』してしまえば…… 敵陣の外れから再び、轟音と共に土煙が噴き上がる。 その様を見詰めながら、彼は自らの主君たる少女の姿を思い浮かべた。 ……他に頼る者が居なかったのだろうが、だからといって自らの親友を戦地に送り込むとは。 貴女が余計な真似さえしなければ、彼女は―――――ルイズは死なずに済んだものを。 幾ら強力な使い魔を従えているとはいえ、彼女は魔法の使えないメイジだ。 自身の目的からすれば、彼女の価値は只の平民と変わりが無い。 しかしそれでも、思い出の中の彼女は幼く、謂わば妹の様な存在なのだ。 甘い考えとは自覚しているが、出来る事ならば殺したくなどない。 しかしそれも、最早叶わぬ願いだ。 月に照らされたその顔に、悲壮な決意が浮かび上がる。 そして一瞬にして無表情の仮面を被った彼―――――ワルドはマントを翻し、通路の先の暗闇へと消え去った。 「出航は明後日の朝だ。それより早く出る船なんざ……いや、待てよ」 そう言うと無骨ななりをした船員は、別の枝に停泊している船を指す。 「あすこの『アケロン』号なら明日の昼過ぎには出るぜ。明後日の早朝にはスカボローに着く」 それを聞いたフーケは男に銀貨を3枚握らせると、話を付けるべく『アケロン』号へと向かった。 他よりも幾分若い『アケロン』号船長が言うには、アルビオンが最接近する頃合を見計らって到着する様に出航するという。 明日の昼にもう一度顔を出す事を伝え、2枚ほど金貨を置いて宿へと戻るフーケ。 その顔には明らかな焦燥が浮かんでいた。 こんな事なら、もっと頻繁に顔を出しておくんだった。 『銀のゴーレム』と『異常な強さの子供』も気掛りだが、何よりも現状で貴族派の調査対象になっているというのが不味い。 仮面野朗の話ではウエストウッドの事には触れなかったが、連中の手が及べば同じ事だ。 その前に彼女達を、あの地から遠ざけなければならない。 だが、何処へ? 彼女は足を止め、宙に浮かぶ月を眺める。 アルビオンはすぐ其処だというのに、待つ事しか出来ない自身がもどかしく、唇を噛み締めた。 ……もし、あの子に何かあってみろ。 あの仮面野朗、生かしてはおかない。 あらゆる手段を用いて、レコン・キスタとやらの重鎮どもを殺し尽くしてやる。 視線を月から離し、フーケは足早に宿を目指す。 今は休まねばならない。 明日はアルビオンへと向かうのだ。 そして一刻も早く、ウエストウッドへと向かわねば。 そう考える彼女の顔は、盗賊『土くれのフーケ』のものではなく、元アルビオン貴族『マチルダ・オブ・サウスゴータ』のものだった。 広大な地下空洞に、人が倒れる鈍い音が響く。 ある者は全身を切り刻まれ、ある者は心の臓を一突きにされ、またある者は意識を失ったまま縦穴へと消え。 最初の1人が絶命してから然程間を置かず、秘密港の番をしていた数名の兵と『イーグル』号船内に残っていた十名程の乗組員達は、その全てが物言わぬ骸と成り果てていた。 やがて『イーグル』号の甲板に、写し取ったかの様に似通った風貌の人影が4つ、円陣を組む様に集まる。 白い仮面に隠され表情は伺えないが、その足運び、周囲への警戒を絶やさぬ様子は、彼等が鍛え抜かれた軍人である事を伺わせた。 一同は見事なまでに揃った足並みで、船内へと消えてゆく。 そして数分後。 轟音と共に船体が震え、『イーグル』号は重力に引かれるまま、音も無く眼下の闇へと墜ちていった。 更に数秒後、上へと繋がる扉が暴力的な音と共に歪み、次いで港が静寂に包まれる。 何処からか吹き込んだ風が明かりを吹き消し、地下空洞は完全な闇へと沈んだ。 「娘っ子、そりゃお前さんの我侭ってもんだ。あの王族の兄ちゃんにも命を掛けるだけの理由が在るのさ」 「何よ、それ……そんなの解んないわよ……」 ルイズは夜間の内にキュルケが持ち帰ったデルフに、ウェールズを説得する為の助言を求めていた。 しかしルイズにとっては予想外な事に、デルフはウェールズを説得する事に消極的。 問い詰めた結果、デルフが吐いたのが先程の台詞である。 どうやら彼は、ウェールズの考えに肯定的であるらしい。 「亡命したって、今度はあの王女サマに火の粉が降り掛かる。それなら此処で、火種諸共消えちまった方が利口だ。王女サマは無事ゲルマニアの王サマと結婚、同盟締結。めでたしめでたし」 「何処がめでたいのよ! 好きでもない奴と結婚するのよ!」 「それが王族の義務って奴だろーに」 その言葉にルイズが反論しようとしたその時、デルフが鋭くそれを制した。 「待て、お客さんだ」 そう言ってデルフは口を噤み、只の剣として振舞い始める。 同時に扉がノックされ、ルイズが誰かと問えばワルドとの答えが返ってきた。 入室を促し扉が開いた瞬間、その向こうから喧騒が届いた気がするが、それも扉が閉じた瞬間に消え失せる。 「やあ、ルイズ……どうしたんだい、何か不安でも?」 「ワルド……」 優しく微笑むワルドに、ルイズは視界に滲むものを自覚しながら、叫ぶ様に言い放った。 「ワルド、貴方も……貴方も、ウェールズ皇太子の言ってる事が理解出来るの? 何で、あの人達は自分から死のうとするの?」 「……そうだね」 ワルドは一瞬たじろいだが、直ぐに平静を取り戻すと真顔になって答えを返す。 「……皇太子はアンリエッタ姫殿下を心から愛しているんだろう。だからこそ、姫殿下に危害が及ぶ様な真似は出来ない。此処で王族としての誇りを示しつつ、名誉在る死を遂げる事を望んだんだ」 「……貴方も同じ事を言うのね」 ルイズは哀しげに首を振り、ワルドから視線を逸らして窓の外を眺める。 その瞬間、ワルドの表情から一切の感情が消え失せた。 「皇太子も、他の人達も、貴方も……皆、解っていない。残される人の気持ちなんか、欠片も考えてないんだわ」 ゆっくりと、音を立てずにレイピアを模した杖を引き抜き、小さくスペルを唱える。 「王族としての誇り? 名誉在る死? それは恋人より大切なものなの?」 風の渦を纏った杖を、静かに肩の高さまで持ち上げ、其処から僅かに腕を引く。 「……そんなのおかしい。最愛の人より大切なものなんて、在る訳が無いわ」 足に込めた力を解放し、ルイズとの距離を一瞬で詰め――――― 「ねえ、ワルド―――――」 その心の臓目掛け、杖を突き出した。
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何処だ、此処は? 『それ』は眼下に拡がる青い惑星の大気組成を分析しつつ、見慣れない形の大陸を凝視していた。 『それ』が僅か数分前まで見下ろしていたものとは、明らかに異なる形状の大陸。 そして頭上には、在る筈の無い『2つ目』の衛星。 有機生命体とは根本から異なるにも拘らず奇妙な類似を示す思考は、在り得ない状況の説明に理論的な根拠を求め、即刻調査を開始すべしとの結論を下す。 そして未知の推進機関を始動させ、想像を絶する推力によって惑星外周を回り―――――導かれた結論は、信じ難いものだった。 この惑星は、『地球』に非ず。 呆然と―――――ただ呆然と、眼下の青い惑星を視界に収め――――― 次に沸き起こったのは、歓喜。 予期せぬ時、予期せぬ形で転がり込んだ、予期せぬ幸運。 最大の障害と共に、目的を、配下を、全てを失った矢先に開けた、新たなる道。 これが歓喜せずにいられるものか。 やがて『それ』は紅蓮の火球となり、青い惑星の大気へと降下を開始した。 その擬似視界に、またしても―――――在り得ない、在り得る筈の無いものが映り込む。 遥か彼方の地平。 夕焼けに照らされた、紅い草原。 そのほぼ中央に刻まれた、深く長い溝。 『何か』が高速で衝突した事によって抉られた事を示す、巨大な爪跡。 既に相当の年月が経過しているのか、溝の内外は青々とした草に覆われている。 そして―――――その先に鎮座する、捻れ、潰れ、黒く焼け焦げた、歪な鉄塊。 知っている―――――『あれ』を知っているぞ。 覚えている―――――忘れるものか。 あの屈辱を―――――その滑稽さを。 知っているぞ―――――『地球人』! 嗤い声。 人には決してそうとは解らぬその声は、耳障りな電子音として中空に鳴り響く。 そして轟音と共に鉄塊の上空を横切った『それ』の視界に、非常に原始的な建築物が寄り集まった集落が移り込んだ。 更に―――――その外れに位置する、明らかに異常な文化的差異が見て取れる建築物内に安置された、またも異常な構造物の存在も。 『それ』は嗤い、呟く。 正しく『この宇宙は望みを捨てぬ者を助ける』、だ。 それは、ルイズがブラックアウトを召喚する8年前の出来事。 季節外れの冷たい風が吹く、夕暮れの紅い草原に面した小さな村での事だった。 未だ微かに白煙の燻る、サウスゴーダ、ウエストウッドの森。 一昼夜にも亘る消火活動を終えた水系統のメイジ達が、その表情に疲れを色濃く滲ませて、ロサイスへの帰路に就く。 周囲には無数の兵士達が其処彼処と騒がしく駆け回り、大地に刻まれた巨大な暴力の爪痕に対する検分に追われていた。 そんな中、1人の女性が焼き払われた森の中へと歩を進める。 彼女は森の奥深く―――――破壊が最も集中している地点へと辿り着くと地面へと屈み込み、散乱する黒く炭化した木片を手に取った。 自然には存在し得ないその造形は、何かしらの家具の破片だろうか。 元がどの様な意図を持って創造されたものかを窺い知るには、この場は余りにも閑散とし過ぎていた。 黒く焼かれた木々。 抉られた消し飛んだ大地。 鼻を突く異臭。 嘗ては子供達の笑い声と優しい旋律に満ちていたウエストウッドの森の一画は、あらゆる生命の存在を拒絶する死に支配された領域と化していた。 「此処に居たか」 彼女の背後、掛けられる声は若い男性のもの。 しかし彼女はその声に振り返る事無く、手の中の木片を見詰めている。 男もそれを気に留める様子は無く、淡々と言葉を続けた。 「此処に来たという事は、既に聞いているな?」 彼女は答えない。 「想定外だった。まさか彼女の使い魔があの様な……『化け物』だったとはな」 ふらり、と彼女は立ち上がり、男へと向き直る。 歩み寄るその姿を感情の窺えない瞳で見詰めていた男は、同じく無感動な声で言葉を紡いだ。 「これも、その使い魔の仕業らしい」 「……!」 その言葉と同時、彼女は男の襟首に掴み掛かる。 男はそれを払い除けるでもなく―――――ただ静かに、劇場に身を震わせる彼女を見据えていた。 「あいつらは……」 ここで初めて、彼女が声を発した。 絶望と、憤怒と、悲観と、憎悪が入り混じった、低く、暗い声。 そして―――――その感情は抑えられる事無く、爆発した。 「あいつらは―――――ヴァリエール達は何処だッ!」 アルビオンより帰還してからというもの、ルイズとっての日常とは現実感に乏しいものだった。 アルビオン、ロサイス近郊―――――あの森の中で、己の使い魔と銀のゴーレムが繰り広げた、想像を絶する闘い。 吹き飛ぶ木々、微動だにしないスコルポノック、血溜りに沈む友。 そして―――――彼女を殴り、昏倒せしめた、平民の少年。 暴行を受け意識を失った彼女が次に目覚めた時、其処は既に見慣れた学院の自室だった。 現状を把握出来ずに戸惑う彼女の前に現れたのは、何時だったかギーシュが絡んでいたメイドの少女。 意識が戻ったのか、身体に違和感は、記憶ははっきりしているか、と詰め寄る彼女を宥めて、ミスタ・コルベールを呼んできてくれないかと頼めば、数分後にはその人物が室内に佇んでいた。 同じ様にルイズの身体を気遣う質問の後、彼は事の仔細を語り始めた。 彼が言うには、フーケ討伐の際を再現するかの様にブラックアウトが中庭へと飛来。 その機体下部に吊り下げられた物体が『地球』のものであると看破したコルベールが、直々に彼女等を出迎えたのだという。 しかし、機体から恐る恐る降りてきたのは10を超える人数の子供、そして見慣れぬ少年少女。 少年は明らかに右腕を骨折しており、更に全身が血に染まっている。 少女は見慣れぬ服装だったが、その胸部もまた喉下からの出血により朱が滲んでいた。 更に、デルフの声に従い機内へと踏み入れば、其処にはルイズを含め、意識の無い4人の生徒達の姿。 またもや学院は上を下への大騒ぎとなり、4人は水のメイジによる集中治療を経て自室へと移されたのだという。 それが3日前。 ルイズはこうして目覚めたが、残る3人は未だに意識が戻らないのだという。 コルベールが言うには、3人は身体の各所を高威力の、恐らくは『地球製』の銃弾によって射抜かれており、一時は生死の境を彷徨った程の重傷を負っていたとの事。 それでも今は持ち直し、後は意識の回復を待つばかりだという。 その言葉に安堵し、ルイズはあの2人―――――平民の少年と、ハーフエルフの少女について訊ねた。 彼等はどうなった、此処に居るのか、安全は保障されているのか? コルベールは最後の言葉に意外そうな表情を浮かべたが、心配は要らない、2人とも学院が保護していると返答。 後は自分達に任せ、もう少し休みなさいとだけ言って、部屋を辞した。 そうなれば、ルイズも再び襲い来る睡魔に負け――――― そういえば、デルフの声を聴かないな。 そんな疑問を脳裏に浮かべながら、安らかな眠りへと墜ちていった。 「よう」 再び目覚めた時、彼女は枕元に立った小柄なメカノイドに見下ろされていた。 常人ならば驚き、肝を潰す光景であろうが、ルイズにとっては何よりも安心を齎す存在。 安堵こそすれ驚愕などする筈も無い。 「……おはよう、デルフ」 「おはよう、っつーにはちょいと遅いな。今は夜中だ」 その言葉に意識を覚醒させれば、成る程、窓からは月明かり。 これだけ明るければ十分だろうと、ルイズはランプを灯す事も無くベッドの上でデルフへと向き直る。 蒼い月明かりに照らされた少女とメカノイドの姿は何処か幻想的ですらあり、同時に鋼の様な冷たさをも併せ持っていた。 しかし2人―――――1人と1体の間に流れる空気は、穏やか且つ緩やかなもの。 暫し静謐のままに時は過ぎる。 「……状況は?」 不意に紡がれた二言目に、デルフが低く笑いを洩らす。 むっ、と眉を寄せるルイズに、デルフはひらひらと手を振り、答えた。 「段々と『らしく』なってきたな、ルイズ。それでこそ俺達の主だ。順応してきた、ってとこかな」 「何の事よ」 ふん、と鼻を鳴らしてデルフを睨むルイズ。 対してデルフは、打って変わって何処か真剣な声で彼女を諭す。 「此処で余計な会話から始める様じゃ、まだまだだって事だ。お喋りは状況確認の後でも出来るんだからな」 そう言ってまた、くく、と笑いを洩らすデルフに、ルイズは照れ隠しの様に咳払いをすると報告を求めた。 「私が寝ている間に何が在ったのか、報告しなさい」 「了解」 デルフの報告は簡潔で、且つ驚くべきものだった。 王党派の乗り込んだ『ビクトリー』号は無事にラ・ロシェールへと入港。 予め待機していたアンリエッタ王女からの使いの者により、王宮への取り次ぎに成功したという。 亡命という扱いになるとの事だが、その辺りは王宮の問題なので省略。 本来の目的であった『手紙』がレコン・キスタの手に渡ったか否かは不明だが、恐らくはブラックアウトの攻撃によって焼失した可能性が高いとの事で一時保留。 王女はウェールズの生存を喜び、同時に意識の戻らぬルイズを心底案じている様子だったとの事。 と、此処で、ルイズが報告を続けるデルフの声に割り入った。 「何でそんなに詳しいのよ」 「俺も話の席に居たからだ」 聞けば先日、デルフはオスマンに掛け合い、共に王宮を訪ねて報告を行ったのだという。 変形する事を王女に明かしたのかと問えば、既に彼女はウェールズから直々にデルフ、ブラックアウトについて聞かされていたとの事だった。 どうにもウェールズは、デルフやブラックアウトを危険視しているらしい。 王女に余計な事を吹き込まなければ良いのだが。 「覚悟しとけよ。下手すりゃお前さん、あの姫さんの都合の良い『兵器』扱いされるぜ」 「そんな事……無いとは言い切れないわね」 溜息を吐くルイズ。 感情や過去の記憶に惑わされる事無く冷静に判断するその姿に、デルフのプロセッサに満足感を表す信号が走る。 無論、そんな事は露知らず、ルイズは続きを促した。 「続けなさい」 「はいよ」 デルフはその言葉に従い、報告を再開する。 王女、そしてウェールズ、ジェームズ1世は、最早レコン・キスタとの開戦は避けられぬと判断。 手紙が焼失したのならば、予定通りゲルマニア皇帝との婚儀を執り行うとの結論に達した。 無論、其処には苦悩と葛藤が渦巻いていただろうが、其処はデルフにとって感心事足り得ない。 ルイズにしても、納得のいかない事ではあるが、取り立てて今口にするべき事ではないとの認識が在った。 「で、此処からが本題だ」 「……あの2人の事ね」 「それとあの『お友達』の事だ」 此処からの報告は、更なる驚愕と混乱をルイズへと齎した。 先ず、あの戦闘だが……仕掛けたのは、此方からだったとの事。 ブラックアウトが『ミサイル』とやらを発射、それをあの銀のゴーレムが撃ち落としたのだそうだ。 あの爆発は敵の攻撃ではなく、射出されたミサイルが迎撃された際に起こった爆発だという。 何故、勝手に攻撃したのかと問えば、それについては後ほど話す、とはぐらかされた。 驚いたのは、あの平民の少年についての報告だった。 彼は何と『地球』の住人であり、あのハーフエルフの少女に使い魔として召喚された存在だというのだ。 これにはルイズも心底から驚愕し、しかし同時に納得した。 あの少年の振る舞いと言動―――――デルフから聞かされた『地球』の体制からすれば、ハーフエルフを迫害する者も、暴虐に映る貴族の振る舞いも、両者共に嫌悪の対象だろう。 聞けばあの少女、アルビオン王家の関係者らしい。 父親がエルフの妾を囲っている事が発覚し、家族、従者諸共に皆殺しにされたのだという。 怨んで当然だ。 それを守護する使い魔なら尚の事、貴族というだけで十分に排除の対象となり得る――――― 「……随分冷静だな、ルイズ」 「……まぁ、ね。仕方無いわよ、非はこっちに在るんだし……それに『地球』にはもう、貴族なんて特権階級は無いに等しいんでしょう? なら、軽蔑されるのも仕方な―――――」 と、ルイズはある事に気付き、デルフへと疑問を投げ掛けた。 「ねぇ、デルフ。アンタ、私の事、名前で―――――」 「んで、だ。2人は学院の方で……」 唐突に、デルフは報告を再開。 ルイズは質問を遮られた事にむくれたものの、直にそれがデルフなりの照れ隠しなのだと悟り、悪戯っぽい笑みを浮かべる。 デルフは相変わらず報告を続けていたが、もしその顔に表情というものが在れば赤面していたのかもしれない。 楽しげに先を促すルイズを前に殊更、無機質さを心掛けて音声を紡ぐ。 2人は学院側が保護する事で決まった。 ジェームズ1世は、即刻処刑すべし、と主張したが、デルフの『説得』により学院にて監視するとの名目で保護が決定したと言う。 「『説得』って、何言ったのよ」 「事実を言っただけだ。『今あの2人を殺せば、あの銀のゴーレムが黙っちゃいない。相棒も損傷が激しく、それを撃退出来る可能性は低い。運良く撃破出来たとして、その頃にはトリスタニアの人口は半分以下になってるだろう』ってな」 「……それは脅迫っていうのよ」 2人は教員棟の一室に住む事となり、彼等と共に暮らしていた孤児達に関しては、王都の孤児院に預けられる事となった。 ジェームズ1世はいずれ、その子供達を人質に2人を処刑するつもりだったのだろうが、それは叶わないとデルフは言う。 この件に関しては、ウェールズに入れ込んでいる為に王女は当てにならないが、先ずオスマンが黙ってはいないだろうとの事。 彼の手は長い。 王都の子供達に何か在れば、それは即座にあの2人とゴーレムに知れ渡る。 その際に何が起ころうとも、こっちは責任を持たない……という様な事を暗に仄めかすと、ジェームズ1世は口を閉じたという。 そのジェームズ1世の頭の固さ、思想に若干の嫌悪を抱きつつ、ルイズは内心、良い気味だ、とほくそ笑んだ。 一方、デルフはといえば何処までも現実的で、折角の手駒を失う訳にはいかないと、彼の王を嘲笑うかの様に言い捨てる。 「手駒?」 「ああ」 「どうして? ブラックアウトにとっては敵なんでしょう?」 「味方になれとは言ってない。交換条件だ。俺達はあいつらを護り、更にその為に必要な『手段』を与える。あいつらはお前と、お前のダチを護る。悪くない話だろ」 「『手段』?」 首を傾げれば、デルフは何でもない事の様に返した。 「『銃』だ。同郷のモンだし、問題は無ぇだろ」 驚愕し、然る後に納得した。 成程、あれだけの力を持つ兵器だ。 それを使えるとなれば、例えメイジであっても敵ではないだろう。 詠唱を行っている間に仕留められる。 だが…… 「それって、弾切れになるまでの関係じゃないの?」 「お前、相棒がどうやって弾薬を補給してるか忘れたのか」 「あ……」 そうだった。 ブラックアウトやスコルポノックは、消費した弾薬を自己生成しているのだ。 ならばあれらの銃の弾薬を生成する事も不可能ではあるまい。 「でも、それならあのゴーレムにも出来るんじゃ……」 「だとしても逃げられはしねぇさ。王都のガキどもが居る。ジェームズは人質としての活用を諦めた様だが、こっちは精々利用させて貰うさ」 「……ホンっと悪どいわね」 「要領が良いと言ってくれ……で、あの『お友達』だがな」 デルフの話では、あのゴーレムはブラックアウトの同類らしい。 同じ要因、同じ過程で誕生した存在でありながら、その起源を異にする永遠の敵対的存在、その一員。 名は『ジャズ』。 幾度も映像で見た、『地球』の主要な乗り物である『自動車』に変形するとの事。 「一度に乗れるのは2人までだが、速度はなかなかのモンだ。少なくとも、陸上を走るモンでアレに追い付ける奴ぁ居ねえ。流石―――――」 「デルフ」 唐突に、ルイズがデルフの言葉を遮る。 彼女はその目に殊更真剣な色を浮かべ、目前のメカノイドを見据えていた。 「……何だ」 「教えて頂戴。ブラックアウトは……スコルポノックは、あのゴーレムは……一体何者なの?」 部屋に沈黙が降りる。 真っ直ぐに自身を見据えるルイズを見返し、次にデルフは窓の外へと視線を向けた。 其処に座するは、月明かりに蒼く照らされた巨大なペイヴ・ロウと、シルバーの塗装が輝くソルスティス。 正面から向かい合い、互いに軸をずらして最大限に距離を置いた位置に着いている。 決して『敵』から注意を離さず、互いを監視し合うポジション。 しかし間違い無く、彼等はルイズとデルフの会話をモニタしている事だろう。 それでも、何ら通信が入らないという事は――――― 「良いだろ―――――」 「もう寝るわ、デルフ」 またもや唐突に―――――そして一方的に、ルイズは会話を切り上げた。 心底驚いているのか、はたまた呆れているのか、デルフは呆然とルイズを見詰めたまま、シーツに包まる彼女を止めようともしない。 それでも、何とか言葉を発しようと試み――――― 「デルフ」 ―――――しかし、それは先手を打たれる事によって頓挫した。 ぴたり、と伸ばし掛けた腕を止め、シーツに包まり背を向けて横になったルイズを凝視する。 「キュルケ達は、目覚めた?」 その会話の切り替えを訝しく思いながらも、デルフは答えを返した。 「……ギーシュと青い髪の嬢ちゃんは起きたが、あの嬢ちゃんはまだだ。出血が酷かったからな。一時は本当に危なかった」 それだけ聞くとルイズは寝返りを打ち、デルフへと向き直る。 そして、言った。 「なら、今はまだいいわ。貴方がそれを語るのは、全員が揃ってから。その時こそ、全部話して貰うわよ」 おやすみ、と言い残し、ルイズはすぐさま寝息を立て始める。 デルフは暫く、その寝顔を呆然と見詰め――――― 「……おやすみ」 やがて一度、優しくその髪を撫ぜると、瞬時に剣へと変形し部屋を飾る置物と化した。 そして、更に3日後―――――即ち、現在。 「……」 「……」 ルイズ、キュルケ、タバサ、ギーシュの4人とデルフは教員棟の一室、1人の『地球人』と1人のハーフエルフに割り当てられた部屋に居た。 室内には張り詰めた空気が漂い、ルイズを除く3人の手には杖が、ハーフエルフ―――――テファに寄り添う『地球人』―――――才人の手にはStG44が握られている。 正に一触即発の空気の中、部屋の中央に置かれたテーブルの上に、デルフが1冊の古惚けた本と2つの指輪を置いた。 「自己紹介は―――――必要無ぇか。ま、いいや。聞こえてるよな、相棒、ジャズ?」 6人の耳には何も聞こえなかったが、確かに返答が在ったらしい。 デルフは何処かに向けていた視線を本へと戻し、語り始める。 「先ず、確認だが……ジャズはお前さんの召喚の際に、付近に現れた。本人が言うには記憶が無い―――――これは間違い無いよな?」 才人とテファは無言のままに頷き、ルイズ達は首を傾げた。 「ヘリも車も『地球』のもの、しかし人型になるモン何ぞ存在しない―――――少なくとも現時点では。そうだな?」 その言葉に、弾かれる様に皆がデルフ、そして才人を注視する。 そして5対の視線に晒される中、才人はゆっくりと、だがはっきりと頷いた。 「……どういう事?」 「彼等は……『地球』の兵器ではないのかい?」 俄かに色めき立つギーシュ、キュルケ。 ルイズは口に手を添えて思案に沈み、タバサは無言。 テファは驚きを隠そうともせず、隣の席に腰掛ける才人を見遣っていた。 そんな中、才人が口を開く。 「逆にこっちが訊きたいぜ。お前等は何なんだ? ジャズはともかく、いきなり攻撃してきたあのヘリといいテメェといい、一体何者なんだ」 「宇宙人」 即座に返された答えに、才人は音を立てて立ち上がる。 はっとした様に杖を握り直すキュルケらを制止し、デルフは静かに語り掛けた。 「落ち着け、『使い手』」 「こないだといい今日といい……『使い手』ってのは何の事だ。大体『宇宙人』だと? ふざけるのも大概に―――――」 「ふざけてなんかいない」 才人の言葉は、デルフの硬質な音声に遮られる。 思わず小柄なメカノイドを見遣れば、それは卓上の本に手を置いたまま、才人を真っ直ぐに見据えていた。 「……」 「お前さん方は炭素原子を基本骨格とする有機生命体、俺達は異なる原子からなる無機生命体。お前さんは『地球』で、嬢ちゃん達はこのハルケギニアで発生した。そして、相棒達は―――――」 デルフは一旦間を置き、答えた。 「『セイバートロン』で」 誰もが顔を上げ、呆然とデルフを見詰める。 その視線の先で、メカノイドは始まりの惑星、その記憶を語り始めた。 「『セイバートロン』には、起源を異にする2つの勢力が在った―――――」 1時間後―――――疲れた様な表情を浮かべる面々を前に、デルフは古惚けた本を掲げてみせた。 「『始祖の祈祷書』」 その言葉に、弾かれる様にして視線を集中させる面々を無視し、デルフは卓上の2つの指輪を指す。 そして指輪の正体に気付いたのか、ルイズが声を洩らした。 同時にテファもまた、その一方を見て口元に手を遣る。 「あ……」 「『風のルビー』、『水のルビー』」 一心にそれらの国宝を見詰めだす6人。 デルフは続いて、ルイズとテファに指輪を嵌めるように指示した。 「いいの?」 「元々その為に借りてきたんだ。いいから嵌めろ」 そして2人が指輪を嵌めた事を確認し、デルフは『始祖の祈祷書』を捲り、2人の眼前に翳す。 あ、という小さな声が2つ、洩れた。 「読めるか?」 何が何だか解らず、訝しげに互いと視線を交わす面々。 それにも構わず、只々一心に『始祖の祈祷書』を覗き込んでいた2人の口から、ほぼ同時に同じ句が零れた。 『序文。これより我が知りし真理をこの書に記す―――――』 全員が動きを止め、2人へと視線を向ける。 しかし当の2人はそれにも気付かないのか、淡々と言葉を紡ぎ続けた。 『―――――神が我に与えしその系統は、四の何れにも属せず。我が系統はさらなる小さき粒に干渉し―――――』 どうしたのか、何を言っているのかと口にしようと試みるが、そのどれもが声にならない。 得体の知れぬ重圧が部屋に満ち満ち、誰もが口を開けないのだ。 『―――――四にあらざれば零。零すなわちこれ《虚無》。我は神が我に与えし零を《虚無の系統》と名づけん―――――』 『《虚無》!?』 聞き捨てならない名称に、サイトを除く周囲の3人が立ち上がると同時、音を立てて『始祖の祈祷書』が閉じられる。 それと同時、ルイズとテファが我に返った。 「あ……私……?」 「『虚無』……伝説の?」 戸惑う2人。 デルフはそんな2人へと歩み寄ると、その指から『風のルビー』、『水のルビー』を抜き取る。 そして、再び『始祖の祈祷書』を開いて翳した。 「読めるか?」 その問いに、全員が開かれた頁の正面へと移動する。 しかし――――― 「……何、これ」 「白紙じゃないか……」 誰もが首を傾げ、ルイズとテファを見遣る。 2人もまた混乱し、目に手を遣ったり、額に掌を当てたりしている。 「お前ら、誰でもいい。この指輪を嵌めて、これを見てみろ」 その言葉に、才人を除く全員が代わる代わる指輪を嵌め、『始祖の祈祷書』を覗き込む。 しかし、其処に文章を見出す事が出来たのは、ルイズとテファの2人だけだった。 「どういう事……?」 ふとタバサが洩らしたその呟きに答えたのは、デルフだった。 「その書を読む事が出来るのは、『虚無』を受け継ぐ者だけだ。ルイズ―――――」 再び指輪を嵌めたルイズに、デルフは先を読み進めるように促す。 ルイズはそれに従い、何処か興奮気味に声を紡いだ。 「―――――たとえ資格なきものが指輪を嵌めても、この書は開かれぬ。選ばれし読み手は『四の系統』の指輪を嵌めよ。されば、この書は開かれん―――――」 そこで再び、書は閉じられる。 もう、誰も言葉を発しようとはしなかった。 「もう解ったろ? お前さん達は『虚無の担い手』なんだ。系統魔法が使えねぇのも、爆発が起こるのも、『虚無』が原因だ。お前さん達は『ブリミル』の意思を継ぐ者なんだよ」 呆然と―――――只管、呆然とする面々を余所に、デルフは才人へと向き直る。 「お前さんの力……あらゆる武器、兵器を使いこなす能力はな。即ち『使い手』―――――『神の左手』、『ガンダールヴ』。『神の盾』。色々呼び名は在るが―――――」 「『ガンダールヴ』だって!?」 唐突に、才人が叫ぶ。 それに対し、意外とばかりにデルフが返す。 「何だ、知ってたのか」 「テファ。確か、あの歌……」 「歌?」 聞き返すデルフに、今度はテファが恐る恐る頷く。 「……この指輪を嵌めて、王家の秘宝であるオルゴールを回した時に聴こえてきたの。随分と昔の事だけど……はっきり覚えているわ」 「そりゃ『始祖のオルゴール』だな。成程、それを聴いて忘却の魔法が使えるようになったって事か。歌の内容は?」 デルフが、その歌詞を述べるよう促す。 テファは頷き、しかし、ふと才人を、続いて他の面々とを見遣ると、歌にする事なくただ歌詞を詠み上げた。 「『神の左手』『ガンダールヴ』。勇猛果敢な『神の盾』。左に握った大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる」 テファを除く全員の視線が、才人の左手に刻まれたルーンへと注がれる。 才人は右手でそれを抑え、信じられぬとばかりに目を見開いていた。 歌詞は、さらに続く。 「『神の右手』が『ヴィンダールヴ』。心優しき『神の笛』。あらゆる獣を操りて、導きし我を運ぶは陸海空」 誰もがブラックアウトを思い浮かべ、しかし直に否定する。 確かにあらゆる場所へと主を運ぶが、あらゆる獣を操る能力など持ち合わせてはいない。 そもそも、『ガンダールヴ』のルーンが歌詞の通りに左手に刻まれている事から推測するに、『ヴィンダールヴ』のルーンは右手に刻まれている筈だ。 「『神の頭脳』は『ミョズニトニルン』。知恵のかたまり『神の本』。あらゆる知恵を溜め込みて、導きし我に助言を呈す」 これも違う。 デルフを通じて齎される知識は膨大だが、ハルケギニアについては殆ど何も知らない。 これでは『ミョズニトニルン』とはまるで逆である。 そして遂に、その一節が詠み上げられる。 「そして最後にもう一体―――――記すことさえはばかれる―――――」 窓の外、快晴の空。 重々しい風切り音と共に、巨大な影が蒼穹を横切った。 ティファニアが最後の一節を詠み上げる頃。 ブラックアウトは自身の思考中枢より溢れ出る膨大なデータを処理せんと、プロセッサへの負荷を無視して状況確認を開始した。 此処は何処だ? 自分は何故此処に居る? 『オールスパーク』はどうなった? 連絡の取れなかった『スコルポノック』が何故此処に? 何故システムが起動している? 自分はカタールの生存者である『地球人』にスパークを射抜かれ、活動を停止したのではなかったか? 『バリケード』は? 『フレンジー』は? 『デバステーター』は? 『ボーンクラッシャー』は? あの忌々しい副参謀は? 『メガトロン』卿は、どうなったのだ? 気付けば、空を飛んでいた。 何処へ行くべきか、何をするべきかも解らない。 ただ、空へと舞い上がる。 その時、ブラックアウトは己のシステムに介入する、未知のプログラムの存在に気が付いた。 この惑星の原生生物によって構築されたらしき、原始的で粗悪なプログラム。 しかし如何なる原理か、それは着実に防壁を突破し、徐々に、徐々にブラックアウトの思考中枢を侵してゆく。 電子の咆哮。 巨大な金属音が、周囲の大気を揺さぶる。 怒り狂うペイヴ・ロウは気流をかき乱して転進、巨大な石造りの建造物に向かって突進を開始した。 距離60リーグ、目標『1』。 原生生物、有機生物学上分類結果『ヒト』。 未知のエネルギーを保有。 現在侵攻中の攻性プログラム発信源と断定、早急な排除が必要と判断される。 最適武装システム、多目的ミサイル。 武装選択、ロック。 発――――― 絶叫。 擬似視界の片隅、突如現れたルーンの切れ端が、視界全体を覆い尽くしてゆく。 ブラックアウトは自身のシステムが乗っ取られてゆく異常な感覚に、堪らず狂気の雄叫びを上げる。 ジャズによって破壊された正規の発声モジュールを介したものではなく、各部制御系が上げる、システムの電子的絶叫。 有機的生命体の耳には決して届く事無く、しかし確かに発せられるスパークの悲鳴。 その絶叫は徐々に小さくなり、やがて消える。 高速で学院へと突進していたペイヴ・ロウはその速度を落とし、程無くしてギアダウン、学院中庭へと着地した。 もし、普段からこの使い魔を目にしている者がこの場に居たとして、果たして『それ』に気付いただろうか。 蛇の様に蠢き、装甲の隙間へと消えてゆく、古代文字のルーン。 情報媒体という仮初めの形を取った鎖はその役目を果たし、在るべき姿へと戻る。 誰にも、自身の主にもその役目を悟られる事無く。 主の命を繋ぎ止める、唯一にして絶対の『命綱』は、ただ静かに、己が繋ぐべき『獣』の身体に捲き付いた。 ルイズ達が解散したのは、それから更に2時間ほど後の事だった。 デルフは、今はまだ『虚無』の目覚めるべき時ではない、とだけ告げ指輪を没収。 部屋へと戻るや否や、白紙の『始祖の祈祷書』をルイズに押し付け、王女の言葉を伝えた。 「ゲルマニア皇帝との婚儀で巫女を務めて欲しいそうだ。まあ、コイツを貸し出す為の大義名分なんだが。式の詔を考えておきな。そいつを持って、それを詠み上げるんだと」 未だ思考が追い付かず、曖昧に頷くルイズ。 既に限界に近い思考を持て余し、ベッドへと倒れ込もうとした、その時――――― 「ルイズ」 デルフが、剣の形態のまま、無機質に声を発した。 「……なに?」 「1つだけ言っておくぜ。よぉく考えるんだ。お前さんが、その力を振るうべき時は何時か」 そして、とデルフは一端の間を置き――――― 「最初に『消す』ものは何か。よく考えておけ」 それは、アルビオンからの帰還より7日後。 キュルケの提案により、トリステイン国内の『異物』探索が開始される4日前の事だった。
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【ディセプティオ帝国】 建国から500余年の新興国。 大陸全土が終戦、和平へと転がり始めた前戦争末期ごろに建国された。 当初は現首都である「シャオ」(当時は現在ほどの大都市でなく、小規模な町であった)を中心とした幾つかの部族による首長制国家であり、 主に部族間の無闇な衝突を避け、戦乱に乗じて同地域の豊富な資源を狙ってやってくる大陸中央などからの侵略を防ぐための機関といった役割の強いものであった。 しかし戦乱の終幕が近づき大規模な会戦が減り始めると、中心勢力である「シャオ」を治めていた男「ドラ・ゲ・ナイ=セプティオ」は各部族の首長たちに「散発的戦闘に速やかに対処するための自警団」の設立を呼び掛ける。 戦争の終焉にしたがって増えていた野盗等の被害に悩んでいた首長らはそれを快諾。ドラはそれを受け各部族の戦士たちをシャオの中心にある広場に集めると、彼ら全員を広場の周囲にあった建物に控えさせていた弓兵部隊によって皆殺しにしてしまった。 そしてその報せが各部族へ届くよりも早く、事を起こすのに先駆けて送っていたシャオの戦士たちが到着。歴戦の戦士たちをすべて送り出してしまっていた彼らに抵抗する術などなく、ろくな抵抗も出来ぬまま彼らが治めていた肥沃な土地や技術を奪われることとなった。 この事をドラは「戦争の終結により生き場を失った聖騎士たちによる簒奪」であり「シャオは各部族へ持ちうる限りの支援を行ったが間に合わなかった」と教会へ報告。報告をうのみにした協会は彼に「同地域の平和維持活動の許可」という免罪符を与えてしまった。 その後、ドラは簒奪した地域の人々を同化政策のもとに教育しつつ、シャオの民でない者たちが出世できないよう巧みに法を整備。 敢えて巨大な貧富の差を作りつつ、同時に「義士試験」なる制度を制定する。これは「合格さえすれば社会的に低い地位にある者であっても、政治に関われるようになる」という趣旨のものであり、ありていに言えば良い毒抜きであった。 そしてドラの死後、2代目連邦首長ファイ・ア・バド=セプティオの発案と議会の承認によって国号は「ディセプティオ帝国」と改められ、彼はその初代皇帝となった。 その後、ドラとファイが築いた国家の基盤は、時代の変遷とともに少しずつ形を変えながらも、500年の長きにわたって維持され続けている。 こうした国家の成立・統治という背景からか、ディセプティオの国民気質には度を越えた利己主義的と、自身の目標のためにはいかなる努力をも惜しまないハングリーが見られる。 シャオ 【カフェ・テンシン】 シャオの中心街にあるカフェ、豊富な軽食メニューと健康に良いハーブ茶が売りで、連日シャオの内外から客が訪れる 最近はその人気から、他国にチェーン店を出す計画も立っている。 テーブル席が普通の店より多めにあり、多くの客を入れることができ、休憩所として最適 2階にはVIPが会談するための個室があるという話 実は店長は召喚士で、お菓子の世界から格安でお菓子の材料を卸しているという噂もある、信じるか信じないかは(ry 【山背負公園】(ヤマセオイコウエン) 最大級の鼻行類の名を冠する、シャオの北部に存在する、広大な敷地を持つ公園 若者に人気の散歩道や、巨大な池、美しい花畑などが有名 また、茂みの中には低所得者達のキャンプ地などがあったり 公園中央部の噴水広場にはパフォーマーがいたり、フリーマーケットが開催されていたりする トラブルも起きやすいが、何はともあれとても賑やかな場所 【シャオ中央公園】 シャオの中心部にある公園なのだが、山背負公園に比べると人がいない 何故ならばここはかつて周辺国の兵士がシャオの初代皇帝・ドラによって謀殺された地であるからである しかしディセプティオ内ではこの事実について名言するのは半ばタブーとなっており、それに伴いこの場所に立ち入るものも少なくなっている 更にはこの地には戦後直後は「何故かわからないが(シャオ公式発表)」大量のアンデッドが発生し、シャオの発展を妨害したという話もある 三百年前に完全に除霊が完了したとされるが、やはりこの地には悪いイメージが付きまとう 現在でも殺人事件が度々発生したりと、曰くは風化するどころか追加されていってしまっている 主に事情のある人間が集まってることが多い
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登録日:2023/01/01 (日曜日) 17 43 07 更新日:2024/01/26 Fri 02 52 18NEW! 所要時間:約 4 分で読めます ▽タグ一覧 TF アニメイテッド コンストラクティコン スクラッパー ダートボス ディセプティコン デバステーター トランスフォーマー ビルドロン ホーム・アローン ミックスマスター 中村大樹 後藤哲夫 玩具未発売 遠藤雅 この項目では、『トランスフォーマー アニメイテッド』に登場する「コンストラクティコン」について解説する。 概要 本作に登場するディセプティコンのチームの一つ。G1でいうところのビルドロン枠で、恒例通り全員建設作業用の重機に変形、更に合体して巨大ロボ『デバステーター』になる。 …が、本編ではメンバーが全員揃わず、全員登場するはずだった第4シーズンが没になってしまったため、下記の三名以外のメンバーとデバステーターがお蔵入りとなってしまった。 更に日本語版の地上波放送ではミックスマスターとスクラッパーの関連エピソードが2話も削られており、初登場が唐突になってしまうとかなり不遇なチームである(*1)。全員玩具も発売されていない。 合体はできたが活躍がいまいちだった実写版とどちらがマシと思うかはあなた次第。 メンバーは全員地球生まれであり、なおかつアイアンハイドと浅からぬ縁があるという特徴がある。 メンバー ミックスマスター CV:中村大樹 オールスパークの欠片によってトランスフォーマーとなったブルドーザーみたいなミキサー車。武器は腕から発射するセメントで、相手を固めるのが基本戦法。溶解液で壁を溶かしたりもする。日本語版ではその際に「まあ、なんということでしょう」と『大改造!!劇的ビフォーアフター』のパロディをぶっこんだ。 その他、建設機械だけあって単純なパワーもなかなかのもの。 ロボットモードの顔がどう見てもサークルヒゲの中年であるため、日本語版ではバンブルビーから「おっちゃん」呼ばわりされてしまう。 ミックスマスター「おっちゃん言うな!」 バンブルビー「おっちゃんの執念…」(セメントで固められて一言) 下記のスクラッパーと同じく基本的には気のいい人物なのだが、二人揃ってどんちゃん騒ぎが大好きな大酒飲みならぬ大オイル飲みで、アイアンハイド以外のチーム・オプティマスのメンバーとはそりが合わず、流されやすく誘惑に弱いため「より高級なオイルをくれるから」という理由でディセプティコン入りを選ぶ(*2)。 更にメガトロンの指示でチーム・オプティマスが所持していたオールスパークの欠片を強奪しようとしたので、これに対してアイアンハイドは二人に「別れの1杯」と称して毒を盛って爆破。そのショックで記憶を喪失させ自分に出会う前の状態にすることで一時的にしのいだが、二人は結局ディセプティコンになってしまった。 といってもあくまでオイル欲しさに雇われたようなものなので、メガトロン個人への忠誠心や敬意があるかはだいぶ怪しいところ。一応「ディセプティコンの一員」という自覚はある様子だが。 その後、スクラッパーと共にスペースブリッジの建造に尽力するが、メガトロンがスタースクリームの頭ごとオールスパークの欠片をスペースブリッジの燃料にした結果、スペースブリッジがエネルギー過多で暴走。メガトロンはスペースブリッジに吸い込まれ行方不明になってしまい、他のディセプティコン共々逃亡生活を余儀無くされる。 アイアンハイドからまたスペースブリッジを造ってほしいと頼まれた際は「俺たちはディセプティコンだぞ!」と一度は拒否するも、言いくるめられて協力。しかし今度は現場で誕生したダートボスのパワハラに耐えかねて彼の指揮下に入り、最後はダートボスが集めたエネルギーが爆発してそのまま行方不明となってしまった。 スクラッパー CV:遠藤雅 オールスパークの欠片によってトランスフォーマーとなったショベルカー。戦闘では腕からドリルを展開し、腕力も強いが正直地味。 相方のミックスマスターとはほぼ同じ性格・経歴の持ち主だが、彼に比べると若干臆病で控えめな言動が目立つ。 ダートボスの一件の後、チーム・ダイノボットが住んでいる無人島に漂着。ミックスマスターとの再会を願いながら隠居生活を送っていた。その時に本来ロボット嫌いであるはずのダイノボット、その一体であるスナールをペットにすることに成功しており、日本語版では「スナちゃん」と呼んでいる。 スクラッパー「ロボットでもヒゲって生えるんだな」 サリ「若干濃いよね」 その後サリに頼まれ、サウンドウェーブに洗脳されたチーム・オプティマスを助けるべくレックガー、スナールと共に「オートボット助け隊」に参加。同じディセプティコンであるはずのサウンドウェーブと交戦することになった。 サウンドウェーブがオプティマスに敗れてラジカセ状態にされ、レーザービークに回収されて撤退した後、先に帰ったスナールを追いかけて無人島へと去っていった。 ダートボス CV:後藤哲夫 オールスパークの欠片によってトランスフォーマーとなったフォークリフト……とヘッドマスターユニットとスペースブリッジの残骸からなる合成品。 まさかの一頭身キャラで(*3)、バンブルビーよりも小柄。しかし体のサイズに反して態度は尊大で自己中心的な性格。 特殊なネジ「セレブロシェル」を相手に打ち込むことで相手を操作できる能力を持ち、これでミックスマスターを自傷させミックスマスターとスクラッパーを無理矢理従えた。 町を造った自分たち建設作業機こそが一番偉いとも考えており、エネルギー、特にオイルを独占することで町の支配を目論んだが、アイアンハイドらの妨害により失敗。最後はエネルギーの爆発によって行方不明となった。 『トランスフォーマー リベンジ』の玩具限定キャラクターとして、同名で同じフォークリフトに変形するキャラクターが登場している。おそらく彼が元ネタであろう(*4)。ただし、あちらは一頭身ではない。 余談 上記の通り全員地球生まれのトランスフォーマーなのだが、本作のトランスフォーマー(オートボット含む)の特徴の一つである「有機生命体への偏見」はしっかり持っており、ミックスマスターとスクラッパーは初見でサムダック父娘をぺットだと判断している。 同じく地球生まれのダイノボットが化石燃料を求める存在を嫌い、サウンドウェーブが機械至上主義なのはどちらもメガトロンの教育が原因だから仕方ないが、そういった教育を一切受けていない、しかもそこまで悪人でもないこの二人ですらこの有り様。 もしかしたら『アニメイテッド』のトランスフォーマーは、誕生した時点で「有機生命体への偏見」を持ってしまっているのかもしれない。 何故タグにホーム・アローンとあるのかというと、ミックスマスターとスクラッパーがそんな感じでサリに撃退されるエピソードが存在するからである。 没になった第4シーズンでは、全員メガトロンたちと合流するものの、エネルギーを巡って一時的に対立する予定だったという。メガトロンが部下への報酬をケチるとは思えないので、おそらくダートボスが原因だろう。 だから、うまい追記・修正をくれる方につくことにした。つまり、ディセプティコンに。 △メニュー 項目変更 この項目が面白かったなら……\ポチッと/ -アニヲタWiki- ▷ コメント欄 [部分編集] 異様に敵墜ちが多いアニメイテッド -- 名無しさん (2023-01-01 18 02 29) 「労災下りるかな」「トランスフォーム、松方弘樹モード!」ってアドリブが印象に残ってる -- 名無しさん (2023-01-01 21 48 45) G1風のいかにも合体しそうなデザインなのにしなかったなーと今まで思ってたが、予定変更の被害者だったか…… -- 名無しさん (2023-01-01 22 01 56) 第4シーズン(シーズン4)では合体して巨大ロボのデバステーター(デバスター)になる予定だったのに本当に残念 -- 名無しさん (2023-01-04 12 12 36) 合体にアイアンハイド(バルクヘッドの方)が組み込まれる公式っぽいイラストを見た事があるが、本物だったのか画風を真似た二次創作だったのかが気になるところ -- 名無しさん (2023-01-04 12 33 27) 初登場話がカットされたのは、オイルかっくらう描写が飲酒っぽくて朝から流すにはアウトだったからかな。他にもオイル絡みの発言ことごとく改変されてるし -- 名無しさん (2023-11-23 20 59 07) 名前 コメント