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みずぐるま 山本周五郎 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)国許《くにもと》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)者|袴《ばかま》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#6字下げ] ------------------------------------------------------- [#6字下げ]一[#「一」は中見出し] 明和五年の春二月。――三河のくに岡崎城下の西のはずれにある光円寺の境内で、「岩本新之丞一座」というのが掛け小屋の興行をした。弘田和次郎は友人の谷口修理にさそわれて、或る日それを見物にいった。弘田家は六百五十石の老職で、家柄は国許《くにもと》の交代次席家老であるが、二年まえに姉の自殺したことが祟《たた》って、父の平右衛門は職を辞して隠居し、和次郎は十八歳で家督を継いだが、現在まだ無役のままであった。谷口修理は三百石の中老の子で、和次郎より二歳年長であり、和次郎にとっては母方の従兄に当っていた。 興行の掛け小屋は、丸太で組み蓆《むしろ》と幕で囲ったもので、楽屋と舞台は床があげてあり、客席の半分も桟敷になっているが、大半は立ったまま見物するようになっていた。番組は数種の舞踊と、唄、犬や猿の芸当、手品、曲芸などで、十二人いる座員は男より若い女のほうが多かった。ほぼ満員の客にまじって、座がしら岩本新之丞の槍踊りと、犬と猿の芸当、それに岩本操太夫という娘の手品まで見ると、和次郎は退屈になって「出よう」と云った。 「まあ待てよ、あそこに書いてある美若太夫というのを見せたいんだ」と修理はひきとめて云った、「もう二番くらいだから、もう少し辛抱してくれ」 和次郎は、やむなく承知した。 まもなくその美若太夫の「みずぐるま落花返し」という芸が始まった。太夫は十五六の少女であった、五尺二寸ばかりある躯《からだ》はよくひき緊って、胸なども娘らしく発達しているが、しもぶくれの、どちらかというとまるっとい顔だちは、まだほんの少女のようにあどけなく、ものに驚いたような大きな眼や、うけくちのおちょぼ口などは、乳の匂いがするような感じであった。――派手な色柄の武者|袴《ばかま》に水浅黄の小袖を着、襷《たすき》、鉢巻をして、赤樫《あかがし》の稽古|薙刀《なぎなた》を持っている。口上が済むと、舞台の一方に三人の男があらわれ、紅白の毬《まり》を取って美若太夫に投げる。太夫は薙刀を巧みに使って、それをみごとに打ち返すのであるが、三人が続けざまに投げるのを、一つも誤たず打ち返す技は、ちょっと水際立ったものであった。 「――外山のこずえ風立ちて、瀬に舞い狂うさくら花、打っては返すみずぐるま……」 口上がそんな囃《はや》し言葉を入れると、小屋いっぱいに破れるような拍手と歓声があがった。 「どうだ、――」と修理が云った、「よく似ているだろう」 「うまいね」和次郎が頷《うなず》いた、「旅芸人の芸じゃない、筋のとおった稽古をしている」 「なんだって」 「筋のとおった腕だ、旅芸人には惜しいよ」 「そうじゃない」修理が云った、「おれが云うのは、深江さんに似ているだろうというんだ」 和次郎は振返って修理を見た。痛む傷にでも触られたような、どきっとした表情であったが、修理は気がつかないようであった。和次郎はすぐに舞台へ眼を戻した、そうして、眉をひそめながら首を振った。 「いや、そうは思わないね」と和次郎は云った、「姉はもっと細かった、もっと沈んだ、憂い顔をしていたよ」 そして彼は、さらに強く眉をひそめた。 [#6字下げ]二[#「二」は中見出し] 若尾が舞台からさがって来ると、葛籠番《つづらばん》の久助爺さんが手招きをした。若尾は鉢巻と襷をとり、額の汗を拭きながら、刀架へ薙刀を架けてそっちへいった。 「若ぼうにお客さんだよ」と久助が楽屋のほうへ顎《あご》を振った、「ここの御家中のお武家らしい、さっきから親方と話してるが、どうやらおめえに好い運が向いて来たらしいよ」 「また、いやらしい話でしょ」若尾は鼻の頭へ皺《しわ》をよせた、「この頃っていえば、どこの町へいってもいやらしい話ばかりよ、さすがの美若太夫も、うんざりだわ」 「好い運が向いて来たらしいよ」と久助は云った、「おらあ、ちょっと小耳にはさんだばかりだが、なんでも若ぼうを養女に貰いてえような口ぶりだった」 「そんなこと云って本当はお妾《めかけ》よ、定《きま》ってるんだから」 「若ぼう、――」久助は眼をぱちぱちさせた、「おめえも、そんなことがわかるようになったのか」 「あたしだって、もうまる十四よ」 若尾は楽屋のほうへはゆかず、そこから一段下ったところの席をあげて、梯子《はしご》づたいに外へおりていった。 「どこへゆくんだ」爺さんが云った、「もうすぐ親方に呼ばれるぜ」 「いないと云っといてよ、そんな話、まっぴらだわ」と若尾が答えた。 「あたし庄太夫を見にいってるけど、誰にも教えないでね」 梯子をおりたすぐ裏に、やはり席で囲った掛け小屋がある。幾台かの荷車や、馬や、道具類の置場であるが、若尾が席の垂をあげて中へ入ると、その薄暗い一隅に、小菊太夫という女が(跼《かが》んで)なにかしていた。 「どう、小菊さんのねえさん、産れた」 若尾はとう云いながら、そっと近よっていって覗《のぞ》いた。 「まだなのよ」と小菊太夫が答えた、「初めてのお産だから骨が折れるらしいわ」 藁を敷いた箱の中に犬が横になっていた。二歳になる雌犬で「庄太夫」といい、小菊太夫の使う芸犬の一|疋《ぴき》である。小菊太夫に腹を撫《な》でてもらいながら、「庄太夫」は苦しそうに舌を垂らし、激しく喘《あえ》ぎながら若尾を見あげて、くんくんと悲しげに啼《な》いた。 「しっかりするのよ庄ちゃん」と若尾は云った、「あんた赤ちゃんを産むんでしょ、そんなあまったれ声を出してるような場合じゃないじゃないの、うんと力みなさい、うんと」 小屋のほうからひときわ高く、調子の早い囃しの音が聞え、観客の喝采《かっさい》する声がどよみあがった。 「常盤さんの曲芸だわね」 「そうよ」と若尾が云った、「こんど、ねえさんの出番でしょ、あたしが庄ちゃんをみているわ」 「頼むわ、終ったらすぐ来るから」 小菊太夫は立ちあがって若尾と代った。若尾は跼んで、左手を犬の首の下へ入れ、右手で静かに腹を撫でた。小菊太夫は、暫くその手もとを見ていたが、やがて出てゆきながら云った。 「あまり強くしないでね、若ぼう、――袴の裾がひきずってるよ」 若尾は、さっと袴の裾をたくしあげ、ひどくいきごんだ顔つきで犬の介抱を続けた。 「お産のときは青竹をつかみ割るくらい力むんだってよ、庄ちゃん」若尾は休みなしに話しかけた、「まだまだそんなことじゃだめ、いざっていうときは障子の桟が見えなくなるんですってさ、此処《ここ》には障子はないけれど、蓆の目だって同じことよ、蓆の目をしっかり見ているといいわ、さ、うんと力んで」 しかし、まもなく権之丞という若者が来た。二十歳になる背の低い男で、綱渡りを芸にしている。男ぶりもぱっとしないし、ひどい吃《ども》りで、身ぶり手まねなしには話ができなかった。 「だめよ来ちゃあ」若尾が振返って云った、「男なんかの見るもんじゃないわ」 「親方が呼んでるよ」吃りながら権之丞が云った、「客が来たんだ、楽屋で、若ぼうを呉《く》れってさ、お侍だぜ」 「たくさんだわ、いないって云ってよ」 「すぐに来いってさ」権之丞は顔を赤くし、唇を筒にして吃った、「お侍は帰った、三日も若ぼうの舞台を、続けて見に来たんだってよ、三日も続けてよ、それから養女に貰てえって来たんだってよ、おめえゆくのかい」 「知るもんですか、そんなこと」 「ゆかねえでくれよ」権之丞は手を振り、唾をとばしながら云った、「若ぼうがいっちまうと、おれたちが淋しくなる、ほんとだぜ、おめえは、みんなの大事な若ぼうだからな、頼むからどこへもゆかねえでくれよ」 「ごしょうだから黙っててよ、庄ちゃんの気が散って産めやしないじゃないの」若尾は、もっと前へ跼んだ、「――さ、もうひと辛抱よ、おなかの中で赤ちゃんが動いてるでしょ、もうすぐだからがまんして」 「親方が呼んでるよ」と権之丞が云った、「いかねえと怒られるよ」 若尾は振返った。うるさいわね、そうどなろうとしたのだが、そこへ手品の操太夫が入って来た。舞台へ出る姿のままで、飴玉《あめだま》をしゃぶっていた。 「若ぼう、親方が呼んでるよ」と操太夫は近よりながら云った、「そんなもの、うっちゃっといて早くいきなさい、怒られるよ」 「だって、もうすぐ産れそうなのよ」 「いいからいきなさいってば、そんなことしなくったって犬は独りで産むわよ」 「あたし小菊さんのねえさんに」 そう云いかけたとき、また二人、丹前舞の仙之丞と、操太夫の後見をする縫之助とがとびこんで来た。 「ほんとか、若ぼう」と仙之丞がとびこんで来るなり云った、「おめえ、お侍の家へ貰われていくんだって、本当の話か」 「親方はそう返辞をしてたよ」と縫之助がまだるっこい調子で云った、「あとからすぐに伴《つ》れてまいりますってさ、当人の出世のためですからって、ちゃんと約束していたよ」 若尾は立ちあがった。立ちあがって振返って、そこにいる四人の顔を順に見た。 「ほんとだよ」と縫之助が云った。 「でたらめよ、そんなこと」と若尾が屹《きっ》とした声で云った、「みんなだって知ってるじゃないの、酒の相手に出せとか、お妾に欲しいとかって、いやらしいことばかり云って来るじゃないの、わかってるよ、もう」 「そんな話なら親方が断わる筈だぜ」と仙之丞が云った、「親方が承知したところをみると、そんなんじゃねえと思う」 「そうだとも」縫之助が大きく頷《うなず》いた、「本人の出世のためですからって、親方がちゃんと云ったんだから」 「ゆかねえでくれよ、若ぼう」権之丞が吃りながら云った、「親方だっておめえを手放すのは辛いんだ、本当の娘のように可愛がってるんだからな、おれたちみんなが、みんな自分の本当の妹のように大事に思ってるんだから」 「あたし、ゆきゃあしないわ」 若尾は胸を張って云った。 「大丈夫、どこへもゆきゃあしないから、あたし岩本一座の美若太夫よ、その話が、もしか本当だとしたってゆくもんですか、誰がくそだわ」 そのとき入口の垂をあげて、親方の孫右衛門が入って来た。白髪の六十ばかりの老人で、固肥りの逞《たくま》しい躯に布子と胴着を重ね、片手をふところへ入れたまま、そこに立って、静かな細い眼で、じっと若尾を見まもった。――他の四人は固唾《かたず》をのみながら脇へどいた、親方は少し、しゃがれた低い声で云った。 「おいで、若尾、でかけるんだ」 四人は若尾を見た。若尾は黙って、箱の中の庄太夫のほうへ眼をやった。犬は彼女を見あげ、悲しげに鼻でくんくんと啼いた。 [#6字下げ]三[#「三」は中見出し] 若尾は弘田家に養女分として引取られた。 弘田の屋敷は黒門外といって、城の外濠《そとぼり》に面していた。門の外の濠端道に立つと、左のほうに菅生|曲輪《くるわ》、右に備前曲輪、そして菅生曲輪の向うに本丸の天守閣が眺められた。天守閣は屋敷の庭からも見えるし、若尾の部屋からも見ることができる。引取られて来て五日ばかりのあいだ、若尾は自分に与えられたその部屋で、天守閣を眺めては独りでよく泣いてばかりいた。 若尾を弘田家へ伴れて来た日、平右衛門夫妻のいる前で、親方が初めて彼女の身の上を語った。 ――若尾は侍の子だ。と親方は云った。ちょうど十二年まえ、東海道の清水でなが雨にみまわれ、一座は木賃|旅籠《はたご》でとや[#「とや」に傍点]についた。そのとき赤児を抱えた浪人者が同宿していたが、三月以上も病み続け、もう恢復《かいふく》の望みはなかった。浪人は河内伊十郎といい、どういうわけか孫右衛門をひどく信頼したようすで、この赤児を引取って育ててくれと云いだした。当時、孫右衛門はまだ妻が生きていたし、浪人の信頼するようすがしんけんなので、慥《たし》かに引受けたと云って承知し、赤児といっしょに臍緒書《ほぞのおがき》や系図なども受取って、雨が晴れると同時に宿を立った。そのときは東へ下る途中だったが、小田原城下で興行しているところへ、頼んでおいた宿からの手紙で、河内伊十郎の死んだことを知らせて来た。 ――その赤児が若尾なのだ。と親方は云った。これまで詳しい話をしなかったのは、もし旅芸人のまま終るとすれば、侍の子などということは知らせないほうがいいと思ったからであるが、幸い弘田家へ引取られることになったので話す。これからは生れ変ったつもりで、弘田家の名を辱しめないように、りっぱな娘にならなければいけない。 臍緒書や系図は弘田家へ預けた。岩本一座とは、これで絶縁したと思え、そう云って孫右衛門は帰っていった。 ――せめていちど、みんなに別れを告げさせてくれ。 若尾はそういって頼んだ、庄太夫のお産を見てからにしたい、とも云ったが、孫右衛門はこわい眼で睨《にら》みつけ「侍のお子が、そんなみれんなことでどうしますか」と叱りつけたまま、振向きもしないで帰っていった。 それから殆んど部屋にこもりきりで、食事も満足にとらず、若尾は独りで泣いてばかりいたが、七日めの朝、妻女の豊が来て、自分といっしょに朝餉《あさげ》を喰《た》べようと云った。 「もう泣くのはたくさんでしょ」と豊は云った、「あちらにいるときは冗談がうまくって、みんなをよく笑わせたというではないの、さあ、機嫌を直していっしょにゆきましょう」 豊は四十一になる、痩《や》せた小柄な躯つきで、顔色が悪く、眼にも力がなく、いかにも弱そうにみえた。 ――お弱そうな方だわ。 若尾はいま初めて発見したような気持で、そう思いながら頬笑みかけた。 ――お世話をやかせては悪いわ。 そして元気に頷いて立ちあがった。 「はい、御心配をかけて済みません、もう泣きませんから堪忍して下さい」 「それで結構よ、さあ、まいりましょう」 豊は眼を細めながら、やさしくなんども頷いた。若尾は少し尻下りの眼で笑いかけ、豊のそばへ寄りながら云った。 「奥さま、あたし負っていって差上げましょうか」 「え――」豊は眼をみはった。 「あたし力があるんですよ」と若尾は自慢そうに云った、「葛籠番の久助爺さんは足が悪いでしょ、ですからはばかり[#「はばかり」に傍点]へゆくときはあたしが負ってあげるんです、奥さまは久助爺さんよりかも軽そうだから楽に負えますわ」 「まさかねえ」豊は笑いだした、「――でも有難う、わたしは大丈夫よ」そうして若尾をやさしく見て云った、「それから奥さまなんて云わないのよ、あなたは弘田の娘分になったんですからね、旦那さまのことは父上、わたしのことはお母さまと呼んでいいのよ」 「はい、お、お――」 若尾はそう云いかけたとたん、豊をみつめたまま急にベそをかき、ぽろぽろと手放しで涙をこぼした。豊は驚いて若尾の顔を覗いた。 「どうなすったの若さん」 「なんでもありません」涙をこぼしながら若尾は首を振った、「なんでもないんです、済みません、ただ――お母さまって呼ぶのは生れてから初めてだもんで、うまく口から出てこないんです」 「いいのよ」豊は眼をそらしながら云った、「もうすぐに馴れますよ、さあ、まいりましょう」 豊は、そっと若尾の手を握ってやった。若尾は元気になり、家人と馴れていった。着物や帯が出来て来、髪も武家ふうに結うと、自分から努めて言葉を改め、行儀作法も習うようになった。もちろん長い習慣がそうすぐに直る筈はない、うっかりすると廊下を走ったり、乱暴な口をきいたり、庭で樹登りをしたりした。平右衛門も豊もあまり小言は云わなかった。和次郎もそんな若尾が好ましいようすで、いつも笑いながら見ているだけであった。 弘田家には家扶《かふ》の渡辺五郎兵衛と、ほかに家士が七人と、下僕と下婢とで五人、馬を三頭飼っていた。若尾は侍長屋のほうへは近よるなと云われ、内庭の仕切からそっちへは決してゆかなかった。それは彼女が岩本一座にいたことを知られたくないためらしく、もし誰かに訊《き》かれたら、「江戸から来た親類の者だ」と答えるように云われていた。 二月下旬になった或る日。――和次郎が精明館の稽古から帰って来ると、若尾が眼を輝かせながら部屋まで追って来た。 「わたくしうかがいましたわ」若尾は昂奮《こうふん》した声で云った、「お母さまから、すっかりうかがいましたわ、若尾はみんな知っていますわ」 「ばかに力むね、なにを聞いたんだ」 「若尾をみつけて下すったのが誰かっていうことですわ、お兄さまですってね」若尾はきらきらするような眼で和次郎を見た、「――お兄さまがわたくしを見にいらしって、それからお父さまを伴れて来て、そうして若尾をぜひ貰うようにって、熱心におせがみなすったんですってね」 「つまり私を恨むっていうわけか」 「恨むですって、若尾がですか」 「だって、あんなに泣き続けるほどいやだったんだろう」 「あらいやだ」若尾は足踏みをし、すぐに気がついて云い直した、「あらいやですわ、わたくし泣いたりなんかしはしませんわ、もしか泣いたとすれば、いやだからじゃなく、ただ泣いただけですわ」 「へえ、ただ泣いただけですかね」 「ねえお兄さま、聞かせて、――」 若尾は、ちょっと声をひそめた。 [#6字下げ]四[#「四」は中見出し] 「お母さまが仰《おっ》しゃるんだと、若尾は亡くなったお姉さまに似ているんですって」こう云って彼女は和次郎の眼を見た、「――お姉さまがいらしったってことも、二年まえにお亡くなりになったということも、初めて今日うかがったんですけれど、若尾がその方に似ているからお貰いになったんですって、本当でございますか」 和次郎は強く眉をひそめた。 「それは母が自分から話したのか」 「ええ、――」と若尾は頷いた、「なぜ若尾を貰って下すったのかと、うかがったら、そう仰しゃっていらっしゃいました」 「断わっておくが、これからは姉の話は決してしてはいけないよ」と和次郎が云った、「母はひどく弱ってみえるだろう、もとは、あんなではなかった、姉の死んだことが、あんなにひどくこたえたんだ、この家ではその話はしないことになっているんだからね」 「はい、――わかりました」 「それから」と和次郎は続けた、「若尾は姉には似ていないんだ、谷口修理という私の友達がひどく似ていると云うし、父もよく似ていると云った、それで、母にもよかろうというので貰うことになったんだが、私には、ほかに考えることがあったんだよ」 若尾は、じっと和次郎の口もとを見つめ、緊張した表情で、こくっと唾をのんだ。 「それはね」と和次郎が云った、「若尾の薙刀の腕にみこみをつけたんだ」 「まあ、いやですわ」 「本当なんだ、もちろん客に見せる芸だから、これまでのようではいけないが、生れつきの才分というか、若尾の薙刀には本筋のものがある、あとで武家の血をひいていると聞いて、みっちり稽古をすれば相当な腕になると思った」 「お兄さまも薙刀をなさいますの」 「私はやらないが姉が上手だった」和次郎の眉が、またしかめられた。が、こんどはそうきつくではなかった、「この家中には磯野萬という女史がいて、正木流の薙刀では江戸にも聞えた達者なんだ、姉も女史の教えを受けたのだが、若尾もそのうちに入門させよう、免許でも取るようになれば河内の家名が立つからね」 「わたくし云いませんわ」若尾が思いいったように唇をひき結んだ、「わたくし、できるでしょうかなんて申しませんわ、きっとやりとげますって云いますわ、きっとですわ」 「いまからそういきまくことはないよ、入門は、もっとさきのことだ、そのまえによく行儀作法を覚えなければね」 若尾は唇をひき結んだまま、黙って、こっくりと大きく頷いてみせた。 若尾は弘田家の生活に慣れていった。元気すぎるほど元気で、賑《にぎ》やかな性分だから、母の心持もまぎれるらしい、その部屋からよく笑い声が聞えて来るし、顔色もよくなるようであった。これは平右衛門にとってかなり意外だったようで、あるとき彼は和次郎に云った。 「おまえの云うとおりだったな、私はまた深江に似ているので、却《かえ》って悲しがりはしないかと思ったのだが」 「母親というものは娘を欲しがるそうですから」 「あの娘もいい気性だ」と平右衛門が云った、「ことによると儲《もう》けものかもしれないね」 和次郎はそのとき父に質問しようとして、口まで出かかったのだが、ついに云いだす勇気はなかった。 ――姉さんは、どうして自殺したのですか。 彼はそう訊きたかったのである。 姉の自殺した理由は不明であった。ふだんからおとなしく、無口で、ひっそりとした人であった。そんな性質に似あわず、芸ごとは不得手で、学問と武芸が好きであった。ことに磯野門の薙刀では、三人の一人に数えられていた。それが二年まえの五月、十九歳で遺書も残さずに自殺したのである。――そのちょっとまえに縁談があった。相手は中老の伊原要之助という者で、老職の松平主膳を仲介に申込んで来た。深江はもう年も十九歳になっていたし、良縁なので父も母も乗り気だったが、いやなものを無理にというのではなかった。 ――伊原さまにはお断わり下さい。 自殺する前の日に、深江は母にそう云ったという。とすれば縁談のためではないだろうが、ほかには思い当ることは(少なくとも和次郎には)なにもなかったのである。彼がひそかにみるところでは、母はなにか知っているようであった。それは、姉が死んだあとのまいりかたも尋常ではなかったし、死躰をみつけたときに殆んど狂乱して、 ――なぜ母さんに相談してくれなかったのか。 と、かきくどいていた。 そんなことはそのとき限りで、あとは病気になるほどまいってしまい、深江という名を聞いても顔色が変るくらいであった。彼は慥かに母がなにか知っていると思い、母が知っているとすれば、父も知っているのではないかと想像した。それで、いちどは訊いてみたいと思っているのだが、いざとなると、つい気が挫《くじ》けてしまう。理由がわかったところで、死んだものが生き返るわけでもなし、古傷に触ることもあるまい、と思い直してしまうのであった。 秋八月になって、若尾は磯野の道場へ入門した。 弘田一家でなにより案じたのは、若尾が岩本一座にいたということであった。世間には江戸の親族から養女に貰ったといい、藩へもそう届け出てある。本当のことを知っているのは弘田の家族三人と、交渉に当った家扶の渡辺五郎兵衛だけであった。もう一人、彼女を舞台でみつけて、和次郎を見物にさそった谷口修理も、若尾を見ればそれとわかるだろうが、運の好いことに彼は江戸詰になって岡崎から去った。若尾が、弘田家へ引取られてからまもなくのことで、弘田へも別れの挨拶に来たが、もちろん若尾には会わせなかった。任期は三年ということだから、そのうちには若尾のようすも変るであろうし、帰藩するじぶんにはもう美若太夫とはわからなくなるに違いない。よほど偶然なことが起こらない限り、彼女の前身は知れずに済むといってよかった。 若尾は元気に道場へかよった。 「わたくし今日は怒られてしまいました」かよい初めて半月ほどすると、若尾は和次郎の部屋へ来てそう云った、「お師匠さまってお婆さんのくせをして、ずいぶん大きな声が出るんですよ、わたくし耳が、があんとなってしまいましたわ」 「なにか悪戯《いたずら》でもしたんだろう」 「あらいやだ、――あらいやですわ、もうわたくし、まさか子供じゃあるまいし、悪戯なんか致しませんことよ」 「それじゃあ、なんで怒られたんだ」 「お稽古がまどろっこしかったんです」と若尾は云った、「もう半月も経つのに薙刀の持ちかたばかりやかましくって、あとは型しか教えてくれないんですの、わたくし、いいかげんうんざりしてしまったから、もうそろそろお稽古を始めて下さいって云ったんです」 「あのかみなり婆さんにか」と和次郎は笑いだした、「それは驚いた、それは大した度胸だよ」 [#6字下げ]五[#「五」は中見出し] 「そうしたらいきなり、わんわんわんって、こんな眼をしてどなるんです、およそ武の道に基礎ほど大事なものはない、基礎は精神のかためである、おまえのような者は型ばかりで三年かかると思え、わんわんわんって、わたくし耳が裂けちゃったかと思いましたわ」 「基礎は大切だよ」和次郎は笑いやめて云った、「ことに若尾は癖のある技を覚えてるんだから、それをすっかり毀《こわ》して、かからなければならない、本当に三年かけるつもりで、基礎をしっかりやるんだよ」 若尾は少し考えてから大きく頷いた。 「はいわかりました、悪ぃ癖をすっかり毀すようにやります、大丈夫きっとやります」 そして、ぺこっとおじぎをした。 その年末のことであるが、和次郎が(束脩《そくしゅう》を持って)磯野へ挨拶にいったところ、萬女史はよろこんで座敷へあげ、案じていたのとは反対に、若尾のことをしきりに褒めた。――ほかの門人にひいきがあると思われては悪いから、これまでなにも云わなかったのであるが、じつは良い門人ができたので、弘田家へ礼にゆきたかったのだ、などと云った。 「あの人はものになります、これまでずいぶん門人も育てましたけれど、あんなに恵まれた素質を持った者はありません、もしできるなら、わたしが養女に貰いたいくらいです、しかし」と女史は意味ありげな眼をした、「――あれはこなたさまが嫁になさるのでしょう」 和次郎はどぎまぎした。思いもよらない不意打ちで、まごついたうえにちょっと赤くなった。 「私がですか、いや、とんでもない」 「よろしい、よろしい」女史は心得顔に手を振った、「あれは道場へ来ると、こなたさまのことばかり饒舌《しゃべ》ります、誰彼なしにつかまえては、こなたさまの自慢ばなしです、わたくしにまでですよ、――あれは惚気《のろけ》というものです」 こんどこそ和次郎は赤くなった。女史は男のようにからかい笑いをして云った。 「だがよく躾《しつ》けないといけませんね、まだ若いからでしょうが、おそろしいくらい乱暴な悪戯者です、どんな家庭に育ったか見当がつかない、真実ですよ」と女史は眼を光らせた、「――秋のうちは専門に隣り屋敷の柿を取って同門人に配っていました、高塀《たかべい》の上を渡って柿の木へとび移って取るのです、この頃は柿がなくなったものだから、屋根へあがって雀を追いまわしています、まるであなた、猿か猫の生れ変りみたようなものです」 「それはなんとも申し訳がありません」和次郎は驚くと同時に恐縮した、「そんな悪戯をするとは、まったく気がつきませんでした、これからよく申しつけますから」 「そうして下さい、わたくしも折檻《せっかん》します」と女史は頷いて、そしてふと声をひそめた、「――なにしろ困るのはですね、あなた、隣り屋敷の柿は、また、ばかに美味いのですよ」 和次郎が黒門外の家へ帰ると、若尾は巧みに隠れて彼の近よるのを避けた。磯野でなにか聞いて来て、叱られるものと勘づいたらしい。和次郎は苦笑しながら知らん顔をしていた。すると案の定、夜になって若尾のほうから彼の部屋へやって来た。 「お師匠さまが、なにか仰しゃったでしょ」 さぐるように彼を見、囁《ささや》き声でこう訊いた。和次郎はむっとした顔で頷いた。 「ああ仰しゃった、すっかり聞いたよ」 「嘘なんです、大袈裟《おおげさ》なんです」と若尾はせかせかと云った、「お師匠さまはとても大袈裟で、これっぽっちの事をこんなに凄《すご》いように仰しゃるんです、ほんとですのよお兄さま」 「すっかり聞いたよ」と和次郎は云った、「なにを聞いたかは云わないがね、私は恥ずかしくて顔が赤くなったよ」 若尾はじっと和次郎を見た。彼が本気かどうかを慥かめるように、――和次郎は硬い表情で黙っていた、彼は本気のようであった。すると若尾の(大きくみはった)眼から、大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。 「ごめんなさい、お兄さま」と若尾は涙のこぼれる眼で、和次郎をまともに見つめながら云った、「わたくしが悪うございました、もうこれから悪戯は致しません、堪忍して下さい」 いっぱいにみひらいた眼から、ぽろぽろ涙をこぼしながら、真正面に和次郎を見つめたまま、少しも視線を動かさないのである。姿勢も正しく、手を膝《ひざ》に置いて、上躰をしゃんと立てたなりであった。いかにもはっきりとした悪びれない態度だし、そう真正面から見つめられるので、和次郎のほうが眼をそらさずにいられなくなった。 「それでいいよ」と彼は頷いた、「――悪戯をするのもいいが、度を越えないようにね」 「はい、お兄さま」 「それから、私のことなんぞ、あまり話すんじゃないよ」 若尾は不審そうに和次郎を見返したが、すぐにぼっと赤くなり、(こんどは)袂《たもと》でいきなり顔を押えると、すばらしい早さで立ちあがって、障子や襖《ふすま》にぶっつかりながら、自分の部屋のほうへ逃げていった。 ――あれは惚気というものです。 和次郎はそっといった。逃げてゆく若尾を見送りながら、磯野女史の言葉が鮮やかに耳の中で聞えた。あれは惚気というものです。そして、もう一つの言葉も思いだされた。 ――こなたさまが嫁になさるのでしょう。 和次郎は、すばやくあたりを見まわした。その言葉が現実のように高く聞えたかに思われ、誰かに聞かれはしないかという気がしたからである。 「ばかなことを云う人だ」彼は苦笑しながら、とう呟《つぶや》いた、「どういうつもりだろう」 そして和次郎は口をへの字なりにした。 年が明け、年が暮れて、明和七年になった。まる十六年の春を迎えた若尾は、磯野女史の秘蔵弟子として、門人中五席という上位にのぼり、新しい入門者に初歩を教える役についた。背丈はさして伸びず、稽古を続けているので脂肪も付かないが、ぜんたいに柔軟なまるみを帯びてきて、躯つきが娘らしくなった。――道場では相変らずで、活溌にはねまわったり、思いもつかないような悪戯をして、みんなを仰天させたり笑わせたりするらしい。しかも門人全部に好かれているし、先輩たちにまで頼りにされているようであった。ただ一人、中老の娘で緒方せい[#「せい」に傍点]というのがおり、門中の首席で代師範も勤めていたのが、若尾のにんきのよいのに反感をもったとみえ、ひと頃ひどく意地の悪いことをした。若尾は辛抱づよく(まったく辛抱づよく)気づかないようすで、うけながしていた。そのため、ついには緒方せい[#「せい」に傍点]のほうが居た堪らなくなり、やがて自分から磯野門を去ってしまった。 道場ではそんなふうであったが、弘田家における彼女はかなり変っていた。 明るい顔つきや、はきはきした挙措は元のとおりであるが、身だしなみに気を使うし、言葉少なになり、特に、和次郎に対してひどく臆病になった。まえにはよく彼の部屋へやって来たし、すすんで話しかけもしたものであるが、いつかしら、そんなこともなくなり、たまに和次郎が話しかけたりすると、顔を赤くし、身を縮めて、眼をあげることもできないといったようすをみせる。 ――おかしなやつだ。こう思いながら、しかし和次郎のほうでも、なにやら眩《まぶ》しいような気持になるのであった。 [#6字下げ]六[#「六」は中見出し] その年(明和七年)の五月、藩主の松平周防守康福は所替えになり、石見のくに浜田へ移封された。もともと石州は松平家にとっては本領の土地で、康福の曽祖父に当る周防守康映は浜田五万石余の領主であったし、その後も津和野の亀井氏と交代で、ながく同地を治めていたことがある。そしてこんどの移封も、周防守自身が、かねてから希望していたのを、かなえられたものであった。 移封の事が公表されるのと殆んど同時に、若尾が江戸邸へ召し出されることになった。これは磯野女史の推薦で、姫君の薙刀の手直し役に選ばれたのである。――初め若尾は頑としてきかなかった、病気だといって部屋にこもり、三日ばかり断食もしたが、和次郎がよくよく話して聞かせたうえ、ようやく承知させた。 「これは若尾のためばかりではない」と和次郎は云った、「――亡くなった若尾のお父さんや、河内という家名のためでもあるんだ、こんどのお役を無事にはたすことができれば、河内の家も再興できるかもしれないんだよ」それからまた云った、「これは私にとっても、また父や母にとっても、のがしたくない絶好の機会なんだ」 若尾は納得した。弘田の人たちを失望させたくないために承知した、ということが明らかにわかるような納得のしかたであった。 「浜田という処は遠いのでしょうか」 若尾は承知したあとで、和次郎の顔を見あげながら訊いた。 「ああ遠いね」と和次郎が頷いた、「この岡崎が江戸から七十七里、石州浜田は二百五十里ばかりある」 「二百五十里、……」若尾の大きくみひらいた眼から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。その涙のこぼれ落ちる眼で、くいいるように和次郎をみつめながら、若尾は云った、「――そんなに遠くでは、もし若尾が急病で死にそうになっても、お兄さまに来て頂くことはできませんわね」 「若尾が急病で、ああ」和次郎は首を振った、「ばかな、なにをつまらないことを云いだすんだ」 「お兄さまが急病になったときも若尾はお側へゆけませんわ、ねえ」若尾は指ですばやく両方の眼を拭いた、「ねえお兄さま、もしそんなことがあったら、どうしたらいいでしょうか」 和次郎は微笑した。若尾の心配がつまらないものだということを証明しようとするかのように。だが、――そのとき彼の胸にも二百五十里という距離の大きさが、まざまざと感じられた。そして、若尾の心配が決してつまらないものではなく、もしどちらかがそんなふうになるとすると、もう生きて逢う方法はないということが、まるで病気の発作のように激しく彼を緊めつけた。 「そうだ、若尾の云うとおりだ」と和次郎は、自分の感情を隠して云った、「しかしそんなことを考えたらきりがない、病気の性質によっては、同じ土地にいても死に目に逢えないことだってある、そうじゃないか、――急病になることなど考えるよりも、病気にならないように注意することが肝心だ」 若尾はおとなしく頷いたが、眼にはまだ、あとからあとから涙が溢《あふ》れて来た。 「大丈夫、私たちは必ずまた逢えるよ」和次郎は穏やかに話を変えた、「――江戸へいったら気をつけて、仮にも岩本一座にいたなどということを悟られないようにするんだよ、今日までは幸い無事にやって来たし、ほかに知っている者はないんだから、若尾の性分だと、どんなとき自分から云いだすかもしれないからね、わかるだろう」 「若尾だって、もう子供じゃあございませんわ、そんなこと決して申したりしませんわ」 「それを忘れないように頼むよ」 和次郎は、なお何か云いたそうであった。云わなければならない大事なことがあって、それが口に出せないというふうであった。若尾にはそれがよくわかった。彼女にも云うべきことがあった、ひと言だけ訊《たず》ねて、和次郎の気持を慥かめておきたいことが、――しかし、彼女にもそれを口に出すことはできなかった。 若尾は五月二十七日に江戸へ着いた。 初め大名小路の上邸へ入り、まもなく木挽町五丁目の中邸へ移った。そこは二の橋の袂にある角地で、一方に広い堀があり、庭の中へその堀から水を引いた池があった。邸内はさして広くはないが、すぐ裏が加納備中守の本邸で、どちらも庭境に樹が多く、市中とは思えないほど閑静であった。――若尾の住居は新しく建てたもので、小さいながら道場が付いていた。姫の手直しには御殿へあがるのであるが、その道場で家中の娘たちにも稽古をつけるのであった。そして、若尾のために弥兵衛という老僕夫妻と、滝乃という侍女が付けられた。 若尾は三日に一度ずつ上邸へあがる。手直しをするのは周防守の四女で、十五歳になる菊姫であった。 周防守には男子がなく、姫ばかり四人いた。長女には前田家から婿(左京亮康定)を迎え、二女は田沼大和守へ嫁し、三女は松平河内守乗保へ嫁していた。菊姫もすでに石川家と婚約ができていたが、婚約者の吟次郎総純(下野守総英の嫡男)が病弱なため、当分延期されるだろうということであった。 姫への教授は一回に半刻《はんとき》と定っていた。磯野女史によく注意されたが、ほんの型を教えるだけで、それもごく控えめにやらなければならない。その場には、いつも奥家老や老女たちが七、八人、ものものしく眼を光らせていて、ちょっとでも教えかたが厳しいとみると、あとでやかましく文句をつけるのであった。 ――姫君は御生来ひよわであらっしゃる。 ――姫君は御気性がやさしくあらっしゃるから、荒あらしい御教授はあいならぬ。 ――姫君は昨夜御不眠であらっしゃった。 ――姫君は今日は御|倦怠《けんたい》であらっしゃる。 そんなふうに文句だの故障だのが多い。したがって御殿へあがるのは面白くなかったが、中邸ではかなり気を吐くことができた。 中邸の道場には、十七人の弟子がかよって来た。年は十二歳から十八歳までが多く、なかに二十歳と二十二歳になるのが二人いた。彼女たちはみな中以上の家柄の娘で、みんな気位が高く、田舎者の若尾を軽蔑《けいべつ》していた。彼女たちはそれぞれ薙刀の使いかたぐらいは知っていたし、若尾が田舎育ちでありそんなにも若いので、軽蔑のしかたもかなり露骨であった。初めのうち若尾はその扱いかたに迷った。いつか緒方せい[#「せい」に傍点]にやったように、徹底的にそ知らぬふうでうけながすか、それとも実力で降参させるか、どちらがいいか見当がつかなかった。そうしてやがて第二の手段をとることにきめ、それを遠慮なく実行した。本当のところはその手段よりも若尾の人柄のためのようだったが、弟子たちは、しだいに軽蔑的な態度をやめ、しだいにおとなしく服従するようになった。そして、その年の冬が来るまえに、若尾は自分の位地を慥かなものにした。 [#6字下げ]七[#「七」は中見出し] 和次郎からは六月と八月と十月に手紙が来た。六月のは浜田への到着と、殿町という処に住居の定ったこと、八月のは父の平右衛門が病気になったこと、十月の手紙には松原という海辺に、父の養生所を賜わったが、その家は座敷から松原湾の美しい海が眺められる、などということが書いてあった。 若尾もむろん手紙を出した。彼女は仮名文字しか知らなかったし、思っていることをうまく表現する方法も知らなかったが、それでも、できるだけ正直にしっかりと、自分の暮しぶりや、周囲の出来事や、今なにを考えているかということなどを書いた。その幾通かのなかで「正直に」と思ったあまり若尾はつい筆が走り、自分ではまったく気づかずに大胆極まることを書いてしまったらしい。年が明けて、明和八年になった二月のことであるが、和次郎から来た四度めの手紙に、そのことがたしなめてあった。 ――若尾のいうとおり、河内の家名は若尾に子供が生れたら継がせればよい、それはそのとおりであるが、いまからそんなことを考える必要もないし、また若尾の考えることでもない、「そのとき」が来たら私がいいようにやるから、若尾はただ自分のことに出精すべきである。 文面はそういう意味であったが、「若尾がこんなことをいって来ようとは予想もしなかった、私はすっかり驚かされてしまった」と書き添えてあり、若尾は恥ずかしさのあまり躯じゅうが火のように熱くなった。 「あたし、そんな手紙を書いたかしら」彼女は自分に云った、「――そうだわ、書いたような気がするわ、きっと書いてしまったんだわ、いつも書くときには夢中になってしまうから、心にあることが、つい筆に出たんだわ、どうしましょう」 書いたという意識はまったくなかった。むろんそのことは考えていた。弘田の人たちは河内の家名再興ということを心配している。そして和次郎は一人息子だから、自分が彼と結婚する場合には河内家の跡継ぎということが必ず問題になる。それが若尾の頭にいつもひっかかっていた。ふしぎなことには、和次郎と結婚できるかどうかという点は疑ぐってもみなかった。それは若尾のなかで、もう既定の事実になっているようであった。 「でも書いたのだとしたら、却ってそのほうが、よかったかもしれないわ」若尾は肚をきめたようにそう呟いた、「こういう事は早くはっきりさせるに越したことはないんだもの、そうよ、そうですとも」 若尾はすぐに筆を取って、――手紙の趣はよく了解した。仰しゃるとおりすべてをあなたにお任せし、自分は安心して勤めに出精する。そういう返事を書き、和次郎に送った。その返事を出したあとで、若尾は自分のやりかたを反省し、首を振りながら呟いた。 「あたしって、かなり狡《ずる》いらしいわね」 だが、それからまもなく、若尾は思いもかけない人物と、好ましからぬかかわりができた。 三月にはいってすぐのことであるが、上邸へあがって姫の手直しを済ませ、昼食(それは初めからのことであるが)を頂だいして御殿をさがると、中の口のところで一人の侍に呼びとめられた。年は二十四、五歳、背が高く色が白く、いやにやさしい声を出すにやけた男であった。ちょうど昼食刻のことで、あたりには誰もいなかったが、それでも彼は神経質に眼をきょろきょろさせながら口早に云った。 「貴女が姫のお手直しにあがる河内若尾さんですね」 若尾は黙って頷いた。 「弘田の家から来たんでしょう」彼はこう云ってにやりとした、「私は貴女を知っていますよ」 若尾は不審そうに相手を見た。 「私は貴女を知っている」と彼はうちとけた口ぶりで云った、「弘田よりもまえからね、弘田を貴女のところへ伴れていったのは私なんだ、まさかと思ったが、弘田から来た、というし、薙刀を教えるというのでそれとなく気をつけていたんですよ、たいした出世で、弘田もよろこんでいるでしょう」 若尾は警戒の眼で彼を見た。 「仰しゃることがよくわかりませんけれど」と若尾は云った、「いったいあなたはどなたですか」 「いや心配しなくともいい、私は誰にも云やあしない、こんなことを誰に云うもんですか」と彼は言葉を強めて云った、「もし心配なら弘田に手紙をやってごらんなさい、私は彼の古くからの友達で谷口修理という者です、弘田や貴女のためになら、よろこんでお役に立つ人間ですよ、本当に問合せてごらんなさい、そうすれば私という者がよくわかりますから」彼は別れるまえに、なにか困ることがあったら相談してくれ、と繰り返し云った。 若尾は数日のあいだ気が重かった。谷口修理は口に出しては云わなかったが、若尾が岩本一座にいたのを知っているらしい。自分が弘田を伴れていった、――というのは、若尾の舞台をみせにという意味であろう。和次郎はどうしてそのことを注意してくれなかったのか、谷口修理という人間が江戸にいること、その人間はかつて若尾の舞台を見ているということを、和次郎は忘れたのであろうか。 「手紙で訊いてみよう」若尾は自分に云った、「どういうふうに応対したらいいか、教えてもらうほうがいいかもしれないわ」 けれども手紙は出さなかった。二百五十里も離れているのに、なにも和次郎に心配させることはない、と思ったからである。谷口修理は和次郎の古い友人だといったし、見たところはへんににやけているが、そう悪い人間でもないらしい。とにかく気をつけて、なりゆきをみてからにしよう。若尾はそう思った。 十日ばかりすると修理から呼び出しの手紙がきた。若尾はでかけていった。中邸からはほんのひと跨《また》ぎの、木挽町五丁目の河岸に森田座がある。修理はそとの茶屋で待っていた。若尾はその芝居茶屋の混雑する店先へ修理を呼んでもらった。 「よく来られましたね」修理は女性的なあいそ笑いをした、「使いをあげたが、どうかと思っていたんです、いちどゆっくり話したかったのでね、さあ、あがって下さい」 「なにか御用なんですか」若尾は云った、「わたくし稽古がありますから、御用をうかがったら帰らなければなりませんの」 「ああそうか、貴女は中邸で道場を預かっているんでしたね」修理は恐縮したように、自分の額を指で突いた、「そう聞いていたのに、つい忘れてしまいましたよ、しかしどうですか、ひと幕ぐらいつきあえるんじゃないんですか」 「いいえ、そんな時間はございませんの、どうぞ御用を仰しゃって下さい」 「では改めてお逢いすることにしましょう、べつに用があるんではないので、よければ市中も見物させてあげたいし、ときどき逢って貴女のようすを弘田に知らせてやりたいと思うのです」とう云って修理はまた微笑した、「――私は弘田の親友なんだから、そのくらいのことをする義務があると思うんですよ」 [#6字下げ]八[#「八」は中見出し] 修理の口ぶりがあまり自信たっぷりなので、若尾はその申し出を拒むことができなかった。そうして、月のうち「七」の付く日が稽古休みであることを告げて、その芝居茶屋を出た。 すぐにも逢いたいように云いながら、約ひと月のあいだ、彼からなにも云って来なかった。そして、こちらが忘れかけていると、四月の二十七日に、また森田座の茶屋から使いが来た。若尾はでかけてゆき、いっしょに芝居をひと幕だけ見たあと、食事の馳走になって帰った。次には五月十七日と二十七日、六月は十七日に一度、――そんなふうに逢っているうちに、若尾は修理に対する警戒をすっかり解いてしまった。 「ただの己惚《うぬぼ》れ屋じゃないの、つまらない」 そうして二度ばかり続けて、修理の呼び出しを断わったりした。 たぶん修理が書いてやったのだろう、九月になって和次郎から手紙が来た。修理は友人ではあるし悪い男ではないが、いかに江戸が繁華だといっても、やはり人目というものがあるだろうし、修理もまだ独身のことだから、あまりしげしげ逢うことはよくない。ということが書いてあった。 若尾はすぐに承知したという返事を出し、それからは、なるべく修理と逢わないようにした。 すると明くる年(明和九年)の二月に大火があった。目黒の行人坂と本郷丸山との二カ所から出た火が、西南の烈風に煽《あお》られてひろがり、長さ六里、幅一里にわたって江戸の市街を焼いた。江戸城も虎ノ門はじめ、日比谷、馬場先、桜田、和田倉、常盤橋、神田橋、などの諸門が焼け、その各門内にある諸侯の藩邸は灰燼《かいじん》となった。 松平家でも木挽町の中邸は残ったが、それは風上に堀があったからで、邸内の者はひと晩じゅう堀から水を汲みあげては、ふりかかる火の粉を防ぎとおした。大名小路の本邸も焼け、浜町の下邸も焼けたので、藩侯の家族と側近の人々が中邸へ移って来た。若尾の道場もむろんその人たちの宿所に当てられ、稽古は中止されて、若尾自身も災害のあと始末のための、雑多な用事に駆け廻らなければならなかった。こうしているうちに、或る日、――谷口修理と侍長屋の脇で出会った。彼は顔と頭の半分を晒《さらし》木綿で巻き、右手もやはり晒木綿で巻いて、頸《くび》から吊《つ》っていた。 「逢いたかった、ずいぶん心配しましたよ」と修理は云った、「無事だということは、こっちへ来るとすぐ人に聞いたけれど、自分の眼で見るまでは安心できなかった、けが[#「けが」に傍点]もなにもしなかったんですね」 「ええ、髪を少し火の粉で焦がしただけですわ」若尾はまともに修理を見た、「あなたはどうなさいましたの、火傷ですか」 「なに、たいしたことはないんですよ、それより」と彼はすばやく左右へ眼をやった、「ぜひ貴女に話したいことがあるんです。一刻も早いほうがいいんですが、あの築山の裏まで来てくれませんか」 「さあ、――夜にでもならないと暇がございませんけれど」 「結構です、あの築山のうしろの林の中で待ってますから」 「でも、――御用はなんでしょうか」 「そのとき話します」修理はもう歩きだしていた、「待っていますからね、今夜でなければあすの晩、八時ごろから待っていますよ」 そして彼は侍長屋のほうへ去っていった。 若尾はちょっと迷ったが、すべてものごとは、はっきりさせるに越したことはない、こう思ってその夜でかけていった。築山というのは、堀から水を引いた泉池の奥にあり、そのうしろは隣りの加納家へ続く林になっている。隣り屋敷も庭境には樹立があるので、そこは昼でも暗いほど樹が繁っていた。――少し時刻には早いと思ったが、修理はもう来て待っていた。築山をまわってゆくと、まっ暗な林の入口のところに、彼の巻き木綿が白くぼんやりと浮いて見え、それが、若尾が近づいてゆくと、林の中へと静かに入っていった。若尾はすぐに追いついた。すっかり曇った暖たかい晩で、林の中はつよく土の香が匂った。 「雨になりそうですね」修理はそう云って振返った、「降られると焼け出された連中は困りますね」そして急に荒い息をした、「簡単に云います、もう貴女もお察しのことだろうから単刀直入に云います、若尾さん、どうか私と結婚して下さい」 若尾は半歩うしろへさがった。 ――やっぱりそんなことか。 彼女はそう思った。これまで逢うたびに、彼がなにも云わないのに拘らず、いつかそれが話に出そうだという予感があった。それも自分から云いだすのではなく、若尾のほうから云いだすのを待っているような、――なんと己惚れの強い人だろう。若尾はそう思って、おそれるよりはむしろ幾らか軽侮していた。 ――この人は辛抱をきらしたのだ。 若尾の気持がいつまでも動かないので、彼はついにがまんできなくなったのだろう、しかもいま、彼は火傷をして晒木綿を巻いている。そういう申込みをするには、究竟《くっきょう》の条件だと思っているようでもあった。 「突然こんなことを云いだして、貴女はぶしつけだと怒るかもしれませんが」 「いいえ」と若尾は首を振った、「そういうふうに、はっきり仰しゃって下さるほうが気持がようございますわ」 「有難う、では返事を聞かせてもらえますね」 「わたくしも飾らずに申上げますわ、せっかくですけれど、お受けできませんの」 「待って下さい、そう云わないで下さい」修理は自由なほうの手を振った、「いきなりそう云い切ってしまわないで下さい、私はながいあいだ貴女を想っていた、貴女はむろん気がつかなかったかもしれない、また本来なら、火傷をしてこんな醜い躯になったのだから、結婚のことなど云いだしてはいけなかったかもしれないが、私はどうしても黙っていることができなくなった、黙っていることが苦しくって耐えられなくなったんです」 「火傷なんかなんでもありませんわ」若尾は反抗するように云った。修理のそういう云いかたは女の情に脆《もろ》いところを衝いている。それは卑怯《ひきょう》だと若尾は思った、「――たとえ不具になったとしても、良人として恥ずかしくない方なら、女はよろこんで一生を捧《ささ》げますわ、それで、はっきり申上げますけれど、わたくしには、もう約束をした方がございますの」 「貴女に、――」修理はどきっとしたような声で反問した、「約束した者があるんですって、貴女に」 「はい、それもずっとまえからですわ」 「ちょっと待って下さい」彼はせきこんで云ったが、その調子には、かなりわざとらしいところがあった、「遠慮なしに訊きますが、それはまさか、まさか、――弘田じゃあないでしょうね」 「どうしてですの」 「だって彼は、――いや、それはだめです」 修理は激しく首を振った。 [#6字下げ]九[#「九」は中見出し] 「貴女も知っているだろうが」と修理は続けた、「弘田の家は交代家老で、彼もやがては家老職になる筈です、いや、やがてではない、噂《うわさ》によるとまもなくそうなるらしい、それなのに貴女が彼と結婚するというのは、またしても弘田を醜聞に巻きこむことになりますよ」 「それは、わたくしの素性のことを仰しゃるのですか」 「いまは誰も知らないかもしれない」修理は云った、「だが弘田の人たちが知っているし、貴女自身が知っている、私はべつですよ、私はどんなことがあったって口外するような人間ではないが、弘田の家人が知り貴女自身が知っている以上、完全に隠しきるということは不可能だと思う、ただそれだけならいい、貴女だけの問題ならまだいいが、弘田ではまえにも、いちど躓《つまず》きがあったのです」 若尾はかたく顔をひき緊めた。 「貴女も聞いているだろうと思うが、弘田の姉に深江という人がい、いまから六、七年まえに自殺しました、聞いたことがあるでしょう」 若尾は暗がりの中で息を詰めた。 「これは貴女だから云うのだが、あの人は、こともあろうに懐妊して、懐妊三月の躯を恥じて自害したんです」 「懐妊ですって、――」 「三月だったんです」修理はいたましげに云った、「弘田さんはすぐに職を辞されたが、他の問題とは違って、これはそう簡単に忘れられてしまうものではない、現に弘田はまる二期ちかくも次席家老の職から除外されていたのですからね」 「それは本当のことですの」と若尾はふるえながら云った、「あの方のお姉さまが身ごもっていらしったというのは」 「云わないほうがよかったかもしれない、しかしなぜ云ったかという意味はわかるでしょう」 若尾は下唇をぎゅっと噛んだ。弘田家では深江という人の話は禁制のようになっていた。和次郎までが、その話に触れることを固く避けていた。 ――そんな事実があったのか。 若尾は眼をつむった。もの思わしげな、沈んだ和次郎の顔が見えた。自分が引取られた頃の、陰気でひっそりとした家の中、平右衛門夫妻の侘《わび》しげな、疲れたような姿などが、現実のようにありありとおもい返された。 「これでもし若尾さんのことがわかったらどうだろう」と修理は云った、「――まえにそんな事のあったあとで、またしても、妻の前身がじつは軽業一座の女太夫だった、などということがわかったとしたら」 若尾はぞっと身ぶるいをした。 「そこをよく考えて下さい」と修理は続けた、「これが私の場合なら問題ではない。私くらいの身分なら、人はそんなことにまで関心はもたない。だが次席家老となるとべつです、まして深江という人の事があるから、周囲の眼はいっそう厳しいでしょう、――若尾さん、私の云うことが間違っていると思いますか」 「わたくしにはわかりません、考えてみますわ」若尾はみるえながら云った、「あなたの仰しゃるとおりかもしれませんけれど、でもわたくし、よく考えてみますわ」 修理は喉《のど》の詰ったような声で、なにか云いかけながら、ふと若尾の肩へ手をまわそうとした。きわめて自然な、こだわりのない動作であったが、若尾は傷にでもふれられたようにびくりとし、すばやくその手を避けて脇へどいた。 「わたくし帰ります」と若尾は云った、「――失礼いたします」 修理は呼びとめた。けれども若尾はもう走りだし、闇の中で幾たびか躓きながら、自分の住居のほうへ駆け去った。 その夜半から降りだした雨が、明くる日いっぱい降り続けた。霧のようにこまかい静かな降りかたで、気温も高く、いかにも春雨という感じであった。若尾はその雨の中を歩いていた。朝早く、ふらふらと中邸から出て、そのままずっと歩いていたのである。――まえの夜は殆んど眠れなかった。修理には「よく考えてみる」と云ったが、考えてみる余地はなかった。考える余地などは少しもないように思えた。 ――あの人はみんなに話すわ、あの人はみんなに触れまわるに違いないわ。 頭の中で絶えずそういう声がした。自分の声ではなく、誰かがそこにいて、そっと呼びかけているようであった。それは慥かなことであった。谷口修理は若尾の素性を話すに相違ない、「私はそんな人間ではない」という言葉がそれを証明している。修理は必ず饒舌るだろう、必ず。 ――出てゆくんだ、あたしがいてはあの方が不幸になる、邸にいてはならない、出てゆくんだ、誰の眼にもつかないところへ。 雨がさっと顔にかかった。若尾は立停って傘を傾けた。風が出たかと思ったが、いますれちがった人に呼びとめられたのであった。それは若い男の二人伴れで、揃《そろ》いの双子唐桟の袷《あわせ》に角帯をしめ、蛇の目傘をさしている二人は、すれちがった処で足を停め、若尾のほうへ振返っていた。 「ああ、――」若尾は眼をみはった、「あんたは、あんたは仙之丞のにいさんじゃないの」 「若ぼう、――やっぱりおめえだったか」 「あんたは権之丞のにいさんね」 若尾は殆んど叫んだ。それは岩本一座で綱渡りをする権之丞と、笠踊りの仙之丞であった。二人もなつかしそうに、微笑しながら若尾の姿を眺めたが、寄って来ようとはしなかった。 「無事にやってるらしいな」と権之丞が云った、「仕合せかい」 「ああよかった、江戸へ来て打ってたのね」若尾は二人のほうへ近よりながら云った、「どこなの、両国の広小路、それとも浅草の奥山、さあ、いっしょにゆきましょう、伴れてってちょうだい」 「いやいけねえ、それはだめだ」 「それはだめなんだ、若ぼう」と仙之丞も云った、「そんなことをしたら親方にどやされる。途中で見かけても声もかけちゃあならねえって云いわたされているんだ」 「あたしが薄情に出ていったからなの」 「若ぼうの身のためだからさ」と権之丞が云った、「おめえは薄情で出てったんじゃねえ、おめえが泣いていやがったことは、みんなが知ってるよ」 「そんなら伴れてって」若尾は云った、「あたしはお邸を出て来たの、ゆくところもないしお邸へ帰れもしないのよ」 「冗談じゃねえ、いきなり、なにを云うんだ」 「本当なのよ、蛙の子は蛙、あたしはやっぱり岩本一座の人間だわ、詳しいことは親方に会って話してよ、さあ伴れてって」若尾は涙のあふれている眼で笑った、「あたし宿無しになるところだったのよ」 [#6字下げ]十[#「十」は中見出し] 岩本一座は両国広小路で興行していた。若尾は五日のあいだ一座にいて、弘田和次郎のために伴れ戻された。 一座には殆んど変化がなかった。雌犬の庄太夫が死んで、あのとき庄太夫の産んだ仔犬が母の名を継ぎ、やはり芸を仕込まれて小菊太夫に使われていた。手品の操太夫がいなくなり、代りに美千太夫という若い太夫が入っていた。――一座の人たちは若尾を迎えて歓声をあげた。みんな親身の妹が帰りでもしたようによろこんだが、親方はひどく怒り、若尾が事情をすっかり話すまではこっちを見ようともしなかった。そしてなにもかも(深江という人のことまで)うちあけ、和次郎のために邸にはいられないのだ、ということを知ると、ようやく「そんなら此処にいろ」と云った。若尾のほうは見ないで、火のついている煙管《きせる》をみつめたままそう云って、ながいことなにか考えているようであった。 「あたし、また舞台へ出るわ」若尾は元気に会った、「薙刀の腕が違ったから、新しい水車の手を編みだすの、あしかけ五年修業して来たんですもの、あっといわせるような手を考えてみせるわ」 だが五日めに和次郎が迎えに来た。 あとでわかったのだが、彼は若尾の出奔した日に江戸へ着いたのであった。災害の急報に続いて出府の命令が届き、馬を乗り継いで来た。命令はとつぜんのものではなく、一月中旬に非公式の予告があり、三月じゅうには出府の命があるだろうといわれていた。したがってその準備をするかたわら、谷口修理にその旨を知らせておいた。(その知らせのなかで、和次郎は近く自分が若尾と結婚する予定だということを書いた)それで修理は、和次郎の出府するまえに若尾をくどきおとそうと決心したのであろう。江戸邸へ着いた和次郎に、若尾が出奔したということを告げたのは修理であった。 ――自分のような者が和次郎の妻になっては、和次郎の将来のためにならない。 そう云って出奔した、というふうに告げたそうである。和次郎は人を頼んで岩本一座を捜させた、そのほかに身を寄せるところはない筈である。どこかで一座が興行していはしまいか、こう思ったのであった。 若尾は彼が来たのを知らなかった。そのとき彼女は小屋の裏で、稽古薙刀を持って新しい手法のくふうをしていた。このあいだに和次郎は親方と会い、親方の口から詳しい事情を聞いたのであるが、話の済むまで若尾には知らせず、すっかり終ってから、親方と二人で小屋の裏へやって来た。 彼の姿を見ると、若尾は赤樫の薙刀を頭上にふりあげたまま、あっと口をあけて立竦んだ。躯が石にでもなったようで、表情も消え、すっと額から白くなった。 「迎えに来たよ」と和次郎は云った、「――おいで、いっしょに帰るんだ」 若尾の(薙刀をふりあげていた)手が、ゆっくりと下におり、その眼はなにかを訴えるように、親方のほうを見た。 「お帰り」と親方が云った、「弘田の旦那にすっかり話した、旦那の話もうかがった、若尾は河内伊十郎という武士の娘で、りっぱに家の系図も持っている、不幸なまわりあわせでこの一座にいたが、武士の娘という歴とした素性は消えはしない、誰に恥じることもないし、誰にだって若尾を辱しめることはできないんだ」 「私もひと言だけ云っておく」と和次郎が云った、「おまえは私のために自分を犠牲にするつもりだったそうだが、もしも逆に、私がおまえのためにそうしたとしたらどうだ、おまえはそれを嬉しいと思うか、私の犠牲をよろこんで受取ることができるかね」 若尾は頭を垂れた。和次郎は続けた。 「まして私は男だ、仮に妻の素性のことが問題になったとしても、その処理をするくらいの力は私にだってあるよ、そう思わないかね、若尾」 「悪うございました」と若尾がうなだれたまま云った、「わたしが悪うございました、堪忍して下さい」 そして薙刀をそこへ置き、端折っていた着物の裾をおろした。力のぬけたような動作で、鉢巻をとり襷《たすき》をとりながら、若尾はぽろぽろと涙をこぼした。 「では、ゆこう」和次郎が云った、「駕籠《かご》が待たせてあるから、泣くなら駕籠の中でお泣き」 若尾は涙を拭きながら親方を見た。 「そのままおいで」と親方はその眼に答えて云った、「みんなに会うことはない、みんな知っているよ」それから首を振ってこう云った、「もう二度と軽はずみなことをするんじゃあないよ」 若尾は泣きだしながら頷いた。和次郎は寄っていって、その肩へ手をまわし、抱えるようにして小屋の表のほうへと伴れだした。小屋の中では賑やかな鳴物の音と、喝采する客のどよめきが聞え、木戸口では呼び込みが景気のいい叫び声をあげていた。 若尾は駕籠の中で泣いていた。 「ひどいことを仰しゃるわ、あの方」と泣きながら口の中で呟いた、「――あたし犠牲になるなんて考えたことはないのに、犠牲になるなんて、そんなおもいあがったことはこれっぽっちも考えやしない。ただ、そうせずにいられないからしただけだわ。あたし、いつかそう云ってあげるからいい」 でもそんなこと云ってもむだかもしれない。と若尾は思った。こういう女の気持は男にはわからないかもしれない。男なんて女のこまかい感情なんか理解できやしないんだから。――若尾は自分が怒っているものと思おうとした。しかし実際にはそんなことはどっちでもよかった。彼女はよろこびと幸福に包まれていた。彼がこんなにも自分を大事に思ってくれること、また彼といっしょにいる以上、もはや、なにも怖れるものはない、という大きな安堵感《あんどかん》のなかで。――若尾は涙を拭き、独りでべそをかきながら、またそっと口の中で呟いた。 「あんな谷口なんていう人のことを、どうして怖れたりしたのかしら、あんないやらしい己惚れ屋のことなんぞを」それからふと眉を寄せて、しかつめらしく自分に云った、「でも気をつけなければいけないわ、ああいう人ほど狡猾《こうかつ》なんだから、自分が困ってくると、どんな悪企みをするかもしれないわ。そうよ、決して油断はできないわ」 [#6字下げ]十一[#「十一」は中見出し] その夜十時少しまえ、――中邸の侍長屋にある谷口修理の住居で、修理と和次郎が対座していた。そこは焼け出された人たちの合宿で、ほかに同居者が二人いるのだが、話をするために、よそへいってもらったのであった。 修理は半面を晒し木綿で巻いた顔を伏せ、片手で膝を掴んでいた。肩から吊っている腕と、半面を巻いた木綿の白さが、行燈の光りを吸ってさもいたましげにみえた。和次郎は眉をしかめ、怒りよりもむしろ深い悲しみのために硬ばった表情で、俯向《うつむ》いた修理の(蒼白く乾いた)額を強くにらんでいた。 「むろん遠慮することはない、若尾の素性を饒舌りたければいくらでも饒舌るさ。だが、うかつに饒舌っては悪いこともあるんだぜ」と和次郎は云い続けた、「――谷口、おまえはまた若尾に、おれの姉のことも話したそうだな、姉が懐妊して、それを恥じて自害したということを」 「おれは」と修理は慌てて云った、「それは弘田の将来ということを案じたから」 「わかった、それはもうわかった、問題は姉のことだ」と和次郎は云った、「――姉が懐妊していたこと、懐妊して三月めだったということを、おまえ、どうして知っているんだ」 「それは、だって、――」修理は不安そうに眼をあげた、「それは、おれはそう聞いたように思ったもんだから」 「誰に、誰に聞いたんだ」 「誰にって、それは、人の名は云えないが」 「そうだろう、云えないだろう」と和次郎はゆっくり云った、「――姉がなぜ自害したか、その理由を知っている者は一人しかなかった、その一人というのは母だ、母は父にも云わなかった、こんど初めて、七年忌に当ってうちあけてくれたんだ、それまでは父もおれも、もちろん親族や姉の友達も知らなかった、こんどの七年忌で、初めて母から父とおれだけが聞いたんだ、しかも姉は、母にもなにも云わなかった。母のほうで姉のからだの変調に気づいて、どうするつもりかと案じているうちに、姉は黙って死んでしまったんだ、……谷口、おまえはこのことを知っていた、母のほかにおまえだけが知っていた、なぜだ、どうして知っていたんだ、谷口、おれから説明してやろうか」 修理は折れるほど低く首を垂れ、黙ったまま肩で息をしていた。居竦んだようなその姿勢と、はっはっという激しい呼吸とは、絶体絶命という感じをそのまま表わしているようにみえた。和次郎の呼吸も荒かった。膝の上にある彼の拳《こぶし》は震えていた。 「おれはきさまを斬ろうと思った」と和次郎は云った、「しかし、――おれは考えた、きさまは憎いやつだが、いちどは姉が愛した人間だ、どんな事情があったかおれは知らない、たぶん、その愛があやまちであったと気づいて姉は死んだのだろう、だが、ともかくも、いちどは愛したんだ、だからおれは斬ることを断念した、わかるか谷口」 語尾はするどく、刺すようであった。修理はぴくりと身を縮め、膝を掴んでいた片手を畳へすべらせた。その不自然に傾いた修理のみじめな姿から、和次郎は眼をそらしながら、刀を取って立ちあがった。 「自分の罪は自分でつぐなえ、おまえも武士なら、このつぐないくらいはする筈だ、谷口修理、――見ているぞ」 そして彼はそこを去った。 外へ出ると雨が降っていた。暖たかい静かな夜の闇をこめて、殆んど音もなく、霧のようにけぶる雨であった。昂奮した頬にその雨をこころよく打たれながら、侍長屋を通りぬけてゆくと、うしろから人が追って来た。和次郎が振返ると若尾であった。 「どうしたんだ、こんな処へ」 「心配だったんです」若尾はなにやらうしろへ隠しながら、追いついて来て云った、「――谷口さんてあんな人でしょ、なにをするかわからないと思って、それでようすをみに来たんです」 「薙刀まで持ち出してか」 和次郎は苦笑した。若尾は慌てて、うしろに隠していた薙刀をもっと隠そうとしながら赤くなった。 「いいえ、これは、これはいま、ちょっと稽古をしようと思って、それで」 「新しい手の稽古か」と和次郎は笑いながら云った、「おまえ新しい水車の手を編みだすと云って、たいそう張切っていたそうじゃないか」 「親方は、そんなことまで申上げましたの」 「編みださないまえでよかったと思うね」と和次郎は云った、「若尾はどうかすると、姫君にまでそれを教えかねないからな」 「まあそんな、いくらわたくしだって、そんな、――まさかと思いますわ」 若尾はつんとして薙刀を肩へかついだ。和次郎は振向いて見ながら静かに笑った。二人は並んで、雨の中を住居のほうへ去っていった。 底本:「山本周五郎全集第二十五巻 三十ふり袖・みずぐるま」新潮社 1983(昭和58)年1月25日 発行 底本の親本:「面白倶楽部」 1954(昭和29)年5月号 初出:「面白倶楽部」 1954(昭和29)年5月号 入力:特定非営利活動法人はるかぜ
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ぐるぐるナインティナイン ぐるぐるナインティナイン 2020年7月~20年9月 共通事項 放送時間…木曜19 56~20 54 ネットセールス + ... 固定スポンサー ニトリ SUNTORY ノーベル製菓 P G マイナビバイト ロート製薬 SUZUKI SoftBank 2020年7月9日 0’30”…ニトリ、SUNTORY、ノーベル製菓、P G、マイナビバイト、ロート製薬、SUZUKI、SoftBank(PT)
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きぐるみピエロをお気に入りに追加 きぐるみピエロとは きぐるみピエロの74%は白い何かで出来ています。きぐるみピエロの7%は柳の樹皮で出来ています。きぐるみピエロの7%は気の迷いで出来ています。きぐるみピエロの5%は夢で出来ています。きぐるみピエロの3%は回路で出来ています。きぐるみピエロの3%はカルシウムで出来ています。きぐるみピエロの1%は赤い何かで出来ています。 きぐるみピエロの報道 葛飾区都議選がカオス! ピエロメークにナスの着ぐるみ、当選したらすぐ辞め?... - まいじつ きぐるみピエロのウィキペディア きぐるみピエロ Amazon.co.jp ウィジェット きぐるみピエロの掲示板 名前(HN) カキコミ すべてのコメントを見る きぐるみピエロのリンク #blogsearch2 ページ先頭へ きぐるみピエロ このページについて このページはきぐるみピエロ のインターネット上の情報を時系列に網羅したリンク集のようなものです。ブックマークしておけば、日々更新されるきぐるみピエロ に関連する最新情報にアクセスすることができます。 情報収集はプログラムで行っているため、名前が同じであるが異なるカテゴリーの情報が掲載される場合があります。ご了承ください。 リンク先の内容を保証するものではありません。ご自身の責任でクリックしてください。
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このページはこちらに移転しました うるぐるぁせんとぉ 作詞/600スレ41 あらーいしたりふぐらむしとぅ ありーいしたらふむりありとぉ ※いーありゆてーるー うらいてはるとやーもー いーありゆてーらー やむらそこれてーくー りあそまれのはーむーとー こらいれていたー さくやまのに いくらせたす とりきたひさひーよー ※繰り返し はりとみはのふーさーにー らいとらへるふー ゆいはのとれ かりあのはて ゆくはさてりせー りあそまれのはーむーとー こらいれていたー さくやまのに いくらせたす とりきたひさひーよー
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食の問題 食料自給〜国産品を食べる 食料自給率を上げるために、力のない一般消費者である者にできることは、国産品を選んで食べること、それも出来るだけそれを食べる地域で生産されたものを選ぶこと。その為にいくらかの出費の増加を覚悟すること、そして出費の増加が限度を越えたら食べる量を減らすこと、であろう。 それ以外に何ができるだろう。せめてその程度のことで、日本の農家の暮らしと国家の安全保障に寄与することが力のない一般消費者できることであろう。 安価な外食食品が安価な輸入作物の消費を支えているのであれば、それを控えることも力のない一般消費者が出来るわずかなことのひとつだろう。材料の産地が明記されている店だけで食べる、そうした店が高価なメニューしか提示していなければ食べない。外食に変えてお弁当、時間をかける必要はない、おにぎり2つ程度とお茶で一食は十分だ、あるいは弁当箱にご飯をつめて、保存食品を適当におかずの箱に詰めていけばいい。保存用の食品は仕事の休みの日にまとめて作る。あるいは、素材と調味料を大切にし産地を明示した商品を購入しても良い。出来るだけ、食べる外食店は選ぶこと、でなければ手弁当で、とりあえず食べられるものがなければなければ食べないことも選択肢に入れる、それが力のない一般消費者にできることであろう。 遺伝子組み換え〜遺伝子組み換え食品に手を出さない 遺伝子組み換え食品にせめて手を出さない、これが最低限、力のない一般消費者である者に可能なことであろう。「遺伝子組み換え作物でない」という表記には5%未満の遺伝子組み換え作物の混入が認められているとしても、それがEU等と比較して非常に甘い基準であるにしても、一つひとつを丁寧に調べることの出来ない者にとっては、せめてその表記を気にするしかない。「遺伝子組み換え」は食べない、自然であるもの・有機であるものなどはプレミアで高価であるから庶民には手が出なくなるかもしれない、そうしたら「遺伝子組み換え」に手を出すのではなく、食べない、という態度をとること、それが最低限できることであろう。 公正な社会 問題企業の商品・サービスを利用しない (ただ、本気でそんなことを始めたら、どんな商品もサービスも利用できなくなるかもしれないが)
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大きい黒熊のぬいぐるみ(おおきいくろくまのぬいぐるみ) 2010年のクリスマスプレゼント 高原鋼一郎より高原オレンジへと贈られた。 リボンを首に捲いた熊のぬいぐるみです。 保有国一覧 藩国名 入手履歴 保有者 使用履歴 現在所持数 ACE 10/12/25:高原鋼一郎より譲渡 高原オレンジ 1 参考資料 作業用BBS No.8120 上へ 戻る 編集履歴 龍樹・翡鹿・ボーランドウッド@土場藩国 (2011/01/22)
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ちくわ - 名無しさん 2013-12-30 12 19 53
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autolink KW/W11-080 カード名:『すき』のはぐるま クド カテゴリ:キャラクター 色:青 レベル:1 コスト:0 トリガー:0 パワー:4500 ソウル:1 特徴:《動物》?・《科学》? 【永】記憶 相手のターン中、あなたの思い出が2枚以上なら、このカードのパワーを+2000。 【自】[① 手札のキャラを1枚思い出にする]このカードがアタックした時、クライマックス置場に「えきぞちっくな誓い」があるなら、あなたはコストを払ってよい。そうしたら、あなたは1枚引き、そのターン中、このカードのパワーを+2000。 R:・・・どきどきしますか? SR:私は、ちいさな『すき』のねじとはぐるまたちで 動いているロケットみたいなものです レアリティ:R SR illust.- 10/09/10 今日のカード。 1つ目の効果は記憶による相手ターン中のパンプ。発動すれば相手ターン中は6500となり、0コストで出せることを考えるとなかなか良い壁になる。 ただ、自ターンは4500とやや物足りない。パワーの低さはCX連動で7500(CX効果込み)になるので、そこで補っていこう。 2つ目の効果は、初期にあったLv1CX連動1コスト1ドローの亜種。 コストで手札を1枚思い出にしているので手札枚数は増えないが、代わりにパンプが付いてきた。 また、思い出を増やすことにより自身の記憶も発動させやすくなる。 自己完結していて使いやすい効果だろう。 クドわふ単で組む場合は有力なカードに化けるかも知れない。 ・対応クライマックス カード名 トリガー えきぞちっくな誓い 本 ・関連ページ 「クド」?
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王子ぬいぐるみ(おうじぬいぐるみ) 概要 グレイセスに登場した貴重品系のアイテム。 登場作品 + 目次 グレイセス依頼 関連リンク関連品グレイセス ネタ グレイセス 王子のぬいぐるみ。寂しい時、心の支えになってくれる。 貴重品の一種。ぬいぐるみ+奇妙な塊のデュアライズで作成できる。 トラベルNo.60:病気の少女で必要になる。 No. 048(wii)047(f) 分類 貴重品 効果 トラベルNo.60:病気の少女で必要 入手方法 デュ ぬいぐるみ+奇妙な塊(4723ガルド) 依頼 場所 個数 報酬 SP グレルサイド 1 レッドサフラン:アイテム 938 ▲ 関連リンク 関連品 グレイセス ねこぐるみ エステルぬいぐるみ バウルぬいぐるみ ブッシュベイビー インプぬいぐるみ のこぐるみ もじくんぬいぐるみ みずいろぐるみ ネタ モチーフは「塊魂」の登場人物「王子」。
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登場人物 魂魄妖夢 苦労人の庭師。悩むくらいならたたっ斬るタイプ。 西行寺幽々子 亡霊のお嬢様。今回はお留守番。 ○○ 侍の居候。悩みとかなさそうだけど、気はそこそこ遣う。 先日は、とてもひどい目にあいました。 いえ、なにがどう起こったとかは特にないんですけど。 そう、湯当たりしてしまった事が一番の不覚でした。 結果としてひどい目にあったと言う事です。 はあ…… 「店先でそんなため息をつかないでくれるかな?」 そうおっしゃるのは香霖堂の店主、森近霖之助さんです。 「ため息もつきたくなります。こんな品揃えではお客さんを満足させられませんよ」 「そんなため息じゃなかったように見えたけどね。 それと、品揃えについては僕個人の趣味だから、期待に沿えるかどうかは別の話だよ」 この方は趣味で商いをしているようです。おかげで売り上げは芳しくないそうです。 「今日は何か入用なのかな?」 「特にはありませんけど。霊具の一つでもあればと思って見に来たのですが」 「なるほど。専門外だね。いや、有れば有って、無ければ無いのがうちの店だよ」 「役には立ちませんね」 「道楽だからね」 開き直られても困る。とはいえ、道楽が故に、ここにはときに面白いものがおいている事もある。 そういったものがあれば、と、思ってきたのですけど。 「その霊具でもあれば、○○くんにでも上げるつもりだったのかい?」 「ええ。少しは何か護身用になるものでもあればよかったのですけど……。 って、○○さんのことを知ってるんですか」 実に自然に名前が出てきたのでそのまま答えていました。 「それは知ってるよ。あの迷惑新聞に載っていたからね」 「ああ、そういえばそうでした」 ○○さんが来た当初、居合わせたのか駆けつけたのか、鴉天狗がいて取材をしていた事があった。 その後、余計に投函された新聞の処理を○○さんに任せたのでした。 「まあ、情報源はそこだけじゃないよ。うちには霊夢も来るからね」 「それもそうでしたね。あの暇な紅白巫女は何か行ってましたか?」 「特には。なんというか、異変とは関係ないところで異変な感じのする頭の平凡な侍だとか」 「あの巫女は頭に何かこだわりがあるんですか?」 「さあ? まあ、そのつてかな……。いろいろと話を聞いているよ」 「どんな話をしてるんですか?」 少しは興味がある。 彼が周りからどんな評価を受けているのか。 それは白玉楼の名誉とも直結しかねない事でもありますし。 「温泉でのぼせて介抱したのにボッコボコ」 「な!? 何で知ってるんですか!?」 あの事を知ってるのは少ししかいないはず。 そのメンバーは……。 あ、ダメだ。 「うちには霊夢が来るっていたよね。その霊夢のところに来たらしいよ」 「迂闊でした……。いえ、あの方なら口止めをしても無駄ですね。他に、知ってる人はいませんか?」 この先に余計な広がり方をする前に、ここで口止めしておかないと。 私の醜態です。白玉楼の沽券に関わります。 「そうだね。まず、そのときここにいた人物かな。魔理沙とか」 「また厄介な人に……。それだけですか?」 「あとは、そうだね。鴉天狗のお嬢さんが一人」 「何でそっちを先に言わないんですか!」 とても厄介な人に、よりのもよって……。 「そうそう。魔理沙といえば、さっきここから彼を連れて行ったよ」 「彼?」 「渦中の人物さ。君のところの居候の○○くん」 「なんでですか!?」 話の順序がメチャクチャだ。 整理しよう。 まず、○○さんはここにきた。 それで、魔理沙に連れ去られた。 飛んで、私の話は鴉天狗に伝わってしまってる。 「なんというか、お手上げなんじゃないかな? 大人しく彼を連れて帰った方がいいんじゃないかな?」 「それは分かってます! ……○○さんは以前からここに?」 そもそも、なんであの人はここに来てるのか。 まだ外に出ていいなんていってないんですけど。いえ、ダメとも言ってない。 「本人曰く、『ろーどわーく』らしいよ。紫氏から聞いたそうだ」 「あの人の差し金ですか。発音がおかしなところがあの人らしいですけど」 「それと、西行寺のからお使いを頼まれて来たりもする」 「いつもなら私に頼むのに。何で誰も彼も私に何も言わないでそういうことをするんでしょう……」 先日の件といい、私はのけ者にされているんでしょうか? 「別に君に伝えてないんじゃなくて、君に伝えない方が彼で面白く遊べるからじゃないかな」 「ああ……、それはあるかもしれません」 「何故そんな節があるかは知らないけどね。君は彼が嫌いなのかい?」 「そんなことはありません。なんでそんなことを?」 「いや、言ったとおりの意味さ。君に断りが入らないのだから、周りが遠慮しているのかと思ってね」 「遠慮なんかする人たちじゃありませんよ」 むしろ、面白がったからこそ、先日の件があるはず。 「それは良かったよ。一方的に嫌われていたら彼がかわいそうだからね」 「一方的? あの人が私のことを嫌ってるんですか?」 「おっと、違うよ。むしろ逆さ。恩人だの師匠だのと言って、崇めてしまいそうな勢いさ。一体何かしたのかい?」 「何もしてませんよ。少し命の恩人になって、剣術の稽古を付けてるだけです」 「なるほど。十分すぎるね。そうだ、彼にこれを渡してくれるかな?」 そう言って霖之助さんが私に見せたのは、清潔感のある折りたたまれた布。 「なんですか、これ?」 「聞かない方がいいよ」 あっさりと言い切られるので、ちょっと気になった私はその布を開いた。 なんとも縦に長い布。上の方には紐のようなものがついてる。 「これは、なんですか?」 「君の祖父がいたら聞くといい。と言っても、まあ、見れば分かると思うけど」 「褌……、ですか?」 「そうだよ」 「ひい!」 つい手放してしまいそうになりました。 「やめてくれよ。それは新品なんだから」 「こ、このために、○○さんは、ここに?」 「そうだね。彼はそういう下着を好むようだし。まあ、風体を見れば納得できるけどね」 「なんだかよく分からない理解が深まってるんですけど」 「そもそも、褌というだけで毛嫌いされる事はないと思う。 君らがドロワーズを愛用しているのといささかも違いはないと思うんだけどね」 「なんで私が悪いみたいに言うんですか。別に何も言ってないじゃないですか」 「今、『ひい!』って言っただろうに」 言ったことは言いました。 そりゃ、そんなもの手渡しにされたら驚きますよ。 「まあ、そうかもしれないね。僕だって逆の立場なら驚く」 「そう思うなら言わないでください」 「まあ、それはいいさ。とにかく渡しておいてくれよ。彼をボコボコにしたお詫びだと思って」 「う……。ここには関係ないのに……」 「そうは言うけど、別に君に対して失礼な事をしたわけでもないだろうに。 聞けば、八雲の狐が君を引き上げた後に彼が介抱したそうじゃないか」 「え、そ、そうなんですか……?」 聞いてなかった、それは。 それが本当なら、私は本当に悪い事をしたんじゃ……。 「その日は結局、彼は温泉に浸からずに帰ったみたいだし、 ある意味、君よりもひどい扱いになってるんじゃないかな」 「そうなんですか……」 「そうなんですか、って、それは君が考える事であって、 僕は僕で思ってることを言ってるだけだよ」 なんだか、私が悪い事をしたんじゃないか。そんな気がしてきました。 「まあ、僕に言えることなんか特にないよ。君の態度次第じゃないのかな」 「そういうものですか」 「それ、渡しておいてくれるかい?」 「あ、はい」 諭されているその手に褌。 なんというか、閉まらない話です。 「御免」 「おや」 と、いきなり香霖堂の戸を開いたのは○○さんでした。 どうやら魔理沙から開放されたみたいですね。 「霖之助殿。ただいまでござる」 「おかえり、というか、ここは君の家じゃないんだけどね」 「どうしたんですか、その格好は?」 「おや、妖夢殿。こちらにはどのようにして?」 「それよりも、何であちこち焦げてるんですか?」 「む。これは深い事情があるのでござる」 「魔理沙に連れて行かれたのですから、ある程度分かります」 すすけてるというか、ぼろぼろです。 「どうせ変な実験につき合わされたのでしょう」 「否。弾幕ごっこなるものをご教授たまわった次第にござる」 「なにをしてるんですか!」 どうも予想の斜め上に、この人は飛んでいく。 だからでしょうか? あまり何事においても可哀想と思えないのは。 「ああ、○○くん。君に渡す予定だった褌は彼女に渡してあるよ」 「おお、かたじけない。妖夢殿もかたじけないでござる」 「べ、別に私は……」 受け取り拒否寸前で固まってたなんていえません。 いえ、承諾はしていたのですから後ろめたいことなんかありません。これ以上。 「魔理沙が失礼な事をしたみたいだね」 「否、こちらから申し出たようなものでござるよ。 しかし、『ますたーすぱーく』なる光を浴びたときには生きた心地がしなかったでござるよ」 「命がけでなにをしてるんですか……本当に……」 「人生これ修行にござる。時には命がけのこともあるでござろう」 「修行に命をかけないでください」 それでは、何のために助けたのかよく分かりません。 放っておいたら、とんでもない事になりそうですし。 「あまり勝手な事をしないでくださいね。 ここまで一人で来ているのも、人間の○○さんにして見たら危険な事なんですから」 「そういえば、○○くんは人間だったか。だったら気をつけないとね」 「まるで他人事ですね。いえ、確かに他人事ですか」 「ふむ。気をつけるでござるよ。ところで妖夢殿」 「なんですか?」 「先ほど、実に面妖な漆黒の玉が浮遊してござったが、アレは何でござろう?」 この人は、放って置いたら、死んでしまうんじゃないのでしょうか? 妖夢殿が香霖堂におられたのは些か虚を突かれたでござる。 とはいえ、拙者に含むところはありもせず。 ただ、弾幕ごっこなるものを言及された事にのみ、後ろめたさがあるところ。 「○○さん」 「なんでござろう、妖夢殿?」 「今の待遇に不満はありますか?」 香霖堂よりの帰路、妖夢殿が突然おっしゃるが、何ゆえ? 「不満などござらん。仕事もあり、剣術の稽古もあり、衣食住のあるところで何を不満に思えようものか」 「そういうことじゃないんですけどね……」 「どういうことでござるか?」 なにやらしおれた雰囲気でござるな。 「いかがなされたでござるか、妖夢殿。しおらしくされるなど、妖夢殿らしくないでござるぞ」 「私だって思うところはありますよ。貴方も一人の使用人として、待遇面もちゃんと考えないといけないんです」 「左様でござるか。さすがは妖夢殿、ありがたき心遣いでござるよ。しかし、拙者には不満の類といったものはござらんのだが」 「そうですか」 何があったのでござろうか。 拙者、何か心配になるような事でもしでかしたでござろうか? 考えてみても思いもつかぬ。 「あの、○○さん」 「なんでござろうか?」 「先日は、すみませんでした」 「何のことでござるか?」 「その、温泉に言ったときの事です。あの時、開放してくれたのに暴力を振るってしまいました」 「そのことでござるか」 確かにあの時、明らかに気の動転した妖夢殿にひどい目に合わされたでござるよ。 「御気になさるな。誰であれ、動揺するものでござろう。打たれることも修行と思えばなんともござらん」 「マゾなんですか?」 「それはなんでござろう?」 「なんでもありません。以後、気をつけますから」 「何も大したことではござらんよ」 とはいえ、何もないというままでは納得されぬでござろう。 今の妖夢殿はそういう雰囲気をお持ちでござる。 さすれば、拙者にも一つだけ思うところがあるでござる。 「妖夢殿。では、一つだけよろしいでござろうか?」 「なんでしょう?」 「妖夢殿。妖夢殿は妖夢殿らしくあってほしいでござる」 拙者の知る妖夢殿。 所詮は片鱗でしかないのでござろうが、それを妖夢殿としてとらえるに間違いはなかろう。 生真面目で真っ直ぐな妖夢殿。 それが、拙者の知る、妖夢殿らしい妖夢殿でござる。 「私らしく、ですか……。らしくなかったですか?」 「然り。後ろ向きに悩むことはござらん。真っ直ぐにしていて欲しいというのが、拙者のわずかばかりの願いにござる。 聞き届けていただけるでござろうか?」 元気のない者に元気を出せと言うだけならば、酷なことでござろう。 しかし、相手は妖夢殿でござる。 力無きことを指摘されて、 力無きままである事を是とするはずもなし。 「……ふぅ」 「妖夢殿?」 「そういうことは願い事とは言いません。なんなんですか、それは?」 「なに、と、申されても……」 「口ごもるのは、らしくありませんよ?」 「な! そう申されまするか!?」 まるで揚げ足を取られたかの如し。 これも、らしいとは言いがたきことではござるが、さきほどよりも、『らしい』でござる。 「あまり甘やかす事は良くないですね。分かりました。 これから白玉楼まで走って帰りましょう。私より遅れたら素振りでもしてもらいましょうか」 「なんと! 否、否、望むところでござる。勝負でござる妖夢殿」 「私に勝負とは、いい度胸です。では、参りますよ!」 実に踏ん切りの良い足で駆け出される。 その足踏みたるや、なんと快活であろうか。 これぞ、妖夢殿にござる。 「どうしたんですか! 遅れてますよ!」 「は! 甘く見ぬことでござる! 『ろーどわーく』の成果、とくとごらんあれ!」 拙者もその足に続く。 その勢いに勝るものなし。拙者をしてもまた然り。 快活に走る様を、拙者は後ろから見守る事で、心に安住を得る事に相成った。 見守るなどの言っては、妖夢殿に怒られるでござるな。 ちなみに、約定の如く、拙者は素振りを千本行ったでござる。 もっとも、一人ではなく、妖夢殿も一緒だったでござる。 「なんていうか、青春してるみたいでなによりだよ」 「なんだよ香霖。遠い目をしてよ。こっちは疲れたって言うのに」 「単に弾幕ごっこをしてただけだろう」 「それだけじゃないぜ」 「ふぅん。誰の差し金だか知らないけど、余計な事をしない方がいいと思うよ」 「なんだよそいつは? 私は少しばかりの親切心からやった事だぜ?」 「西行寺のお嬢様からかい?」 「いいや、違うね」 「そうなのかい。まあ、大方予想はつくけどね」 「なんだよ、つまんないな」 「面白がる要素は無いと思うけどね」 「そうかい。まあいいさ。必要になるかどうかなんて、わかりゃしないんだからな」 「なんのことだい?」 「弾幕ごっこだよ。○○のやつに、いつか必ず必要になるって紫がな」 「……そうなのかい……」 「どうしたんだよ、香霖。難しい顔をしてよ」 「……いや、もう僕たちの出る幕は無いんだけどね」 「分からないな。何の事だよ」 「なるようにしかならない……。そういうことらしい」 「香霖が悪いことを考えると実現しそうだな」 「言わないで欲しいね」 <幻想郷の白岩さん> Q.香霖堂はどこにあるの?(藍様の式) A.魔法の森、だったかしら? とにかく森の中ね。 だいたい、幻想郷に森といったら一つしかないから名前なんて必要も無いわね。 森の中のどこかは知らないわよ。 Q.あたまぶつけたー(泣)(るーみあ) A.前を向いて飛びなさい。 Q.一度でいいからここに何か書いてみたかったんだけど、何を書けばいいのかしら?(西行寺幽々子) A.聞きたい事を決めてから書いて欲しいわね。 それと、本編に出てるくせに実名で書かないでよ。 それと、また春を集めてくれないかしら。冬を長引かせるために。 Q.温泉では藍が引き上げた事になってるけど、実は○○が引き上げたのよ。内緒よ?(スキマ妖怪 YU☆KA★RI) A.貴方も隠す気無いわね。 しかも、内緒も何も、ここに書いた時点でみんなに知れ渡ってるわよ。 そうね、それならそのときのことを詳しく教えてくれると助かるわ。 それと、センスがダサいって言うか、古くないかしら? Q.この間はありがとうございました。(匿名希望) A.本当に冬の山に来るなんて命知らずね。 つい、遊び心で助けちゃったじゃない。妖怪失格よ。 どうしてくれるの? ▲あとがき ようやくこのスレらしくなってきた気がします。 伏線をばら撒き始めましたが回収の見込みは、今の段階ではついてません。 この物語の結末が幸か不幸か、どちらで終わるかも……。 うpろだ679 ─────────────────────────────────────────────────────────── 魂魄妖夢 半霊の庭師。いろいろと気にかけるようにはなってる。 西行寺幽々子 亡霊のお嬢様。おちょくるのが好きそう。 ○○ 侍の居候。意外と手先が器用。 白玉楼ならずとも、幻想郷において宴会は日常茶飯事だそうな。 幽々子殿も、妖夢殿をお供につれて出かけられることもしばしばあるでござる。 なにかにつけ、宴会はあるでござるが、本日は行事があるそうな。なんでも、西洋の風習に習うものの様でござる。 「『苦しみます』、でござるか?」 「なんというか、ベタなボケですね。予想はしていましたけど」 「そうなのよ。今日は大昔にイエスっていうひとが磔にされた記念の日なのよ」 「違いますよ!」 「まことでござるか!?」 「信じないで下さい」 なんでも、「いえす」なる御仁の誕生日を祝う日の様でござる。 「潅仏会の様なものでござるか」 「まあ、言ってしまえばそういうものですね。何かの開祖というものは祭り上げられてしまうものですから」 「左様でござるか。しかし、伴天連の風習に関しては疎いものでござる」 「また古風な言い方ですね。まあ、宴会に理由は要りませんし、今日はそれにたまたま大義名分があっただけですよ」 宴会は日常茶飯事につき。 されど、大義名分さえあればより盛り上がることが出来ると言うことでござろう。 「それでは、お留守番をお願いしますね」 「心得たでござる」 されど、拙者は留守番でござる。 これも拙者の務め。後ろめたいことなどござらん。 「ねえ、妖夢」 「なんでしょう?」 「なんで○○ちゃんを連れて行かないの?」 幽々子様はおっしゃるけど、それには理由がある。 「今の○○さんをいきなり幻想郷の、『あの人』たちに引き合わせたら食べられてしまうかもしれません」 ○○さんは人間だ。それも生きてる人間。 妖怪ばかりが集まる宴会に連れて行こうものなら、襲われてしまうことでしょう。 「そうかしら? 紫とも顔合わせが済んでるわけだし、結構大丈夫なんじゃないかしら?」 「そうとも限りません。あの方は気まぐれですから、いつ気が変わるかも分かりません。 まあ、白玉楼にいる間には変なことをしないとは思いますけど」 そう思えば、○○さんがいつの間にか遠出をしていることも何とかしないといけない。 あの人は抜けてますから、そんなことで大変な目にあったら気分が悪いと言うもの。 「博麗神社には霊夢もいるじゃない。そんなことにはならないでしょう。 魔理沙も来るでしょうし、メイドもくるでしょう。他にも人間はいるわ」 「その人たちと比較しないで下さい。規格外じゃないですか。そもそも、神社でクリスマスって、節操がないですよ」 「そんなもの、あそこには神様なんて祭ってるとは思えないもの。山の上に来た新参の神に信仰を迫られるくらいだし」 「まあ、そうですね」 「ところで妖夢。妖夢は何かプレゼントを贈ったりしないのかしら?」 「幽々子様にですか? 別に、欲しいといって働くことはいつものことじゃないですか」 「そういうことを本人の前で言うものかしら? ○○ちゃんにもないのかしら?」 「そうですね……。ああ、……考えてませんでした」 あの人の世話焼きを考えるばかりで、そういったことを全く考えていませんでした。 そうですね。少し気が利かなかったかもしれません。 「あらあら、妖夢ったら。○○ちゃんには気を使ってあげるのに、私には気を使ってくれないのね。悲しいわ、しくしく」 「嘘泣きはやめてください。どうせ、何かにつけて何かを要求するじゃないですか。一応、聞いておきますよ」 「もう、そんなんじゃ気持ちがこもってないわ。もう少し気持ちがこもってないと。○○ちゃんなら、どんなものをくれるのかしら?」 「なんですかそれは?」 そもそも、クリスマスがどういう日なのかも知らないのにプレゼントなどを用意しているとは思えません。 「屋敷を出る前に教えておいたのよ。プレゼントを用意しておきなさいって」 「そうなんですか」 「妖夢の分は頼んでないわよ?」 「……」 「あら、妖夢。今、むっとしたかしら? ダメよ、そういうことは自分で伝えないとダメなのよ。妖夢も言ったじゃない」 「そういう意味じゃないんですけど」 ともあれ、もとよりあるとは思ってなかったこと。期待なんかしていません。 「ちなみに、私は○○ちゃんにプレゼントを用意してるのよ」 「え!? なんですかそれは!」 「それは教えられないわよ。○○ちゃんにも、上げるまでは秘密なんだから」 「そうではなくて、なんでそのプレゼント交換の話で私が仲間はずれになってるんですか!?」 「だって、妖夢が意地悪なことばっかり言うんだもん。○○ちゃんがきたらもうちょっとやわらかくなると思ってたのに、くすん」 「泣き真似は……、ああもう、手の込んだ泣き真似しないで下さい。目薬見えてますから。 それに、普段、意地悪なことを言うのは幽々子様のほうじゃないですか」 本当に、幽々子様は何をたくらんでるのか良く分からない。 いま、ポロリと漏らした言葉を聴く限り、どうやら私が縛ることを言わないようにしようと思っての行動みたいだけど。 別に、○○さんがいたからって私が丸くなる理由にはならないんですけど……。 「このままじゃ、妖夢は何ももらえないわね♪」 「何でそんなに楽しそうなんですか。別にいいですよ、私なんか仲間ハズレにしてください」 「あらあらいじけちゃって、可愛いんだから」 「ちょっと、幽々子様! 抱きつかないで下さい!」 いつものようにからかわれてしまって、本当に大変です。 毎年の事なのに、飽きない事です。 まあ、もらえないくらいは当然としても、何かしら用意するくらいはいいでしょうね。 「さて、仕掛かるでござるかな」 『くりすます』なる行事にて、贈り物をする風習を伺いしこと、つい先刻。 とはいえ、拙者、実はそれ以前から少し知っていたのでござる。 「ああ、○○さん、順調ですか?」 気配すら察せずに神風のように現れしは、拙者に事の次第を教えてくれたお方。射命丸どのにござる。 「おお、射命丸殿。次第順調にござるよ」 「それは何よりです」 贈答の風習について教えていただいたのは、一週間ほど前のことでござろうか。 此度の如く風のように現れた射命丸殿は、事の次第を伝えた後にまた風のように去ったものでござった。 「それで、○○さんはどなたにプレゼントを贈るんですか?」 「ふむ、そうでござるな……」 幽々子殿。先にお話をただいた次第ゆえ、贈らぬわけには行かぬでござる。 他にも、幽々子殿らがお世話になっている博麗神社の霊夢殿。 香霖堂の霖之助殿に魔理沙殿。 紫殿に、その従者である藍殿もでござろう。 当然、妖夢殿もでござる。 そうして指折り数えているところに、射命丸殿は「え?」と、奇怪な声を上げられた。 「そんなにあげるんですか?」 「然り」 射命丸殿に教えていただいたことにある。 なんでも、好きな者に贈り物をするとのこと。 故に、 「日ごろ世話になりお慕い申し上げる方々全てに贈るのが筋でござろう」 「あ、はは……。そうなっちゃうんですね……」 なんだか射命丸殿は力なく笑われるでござる。 「いかがなされ申した、射命丸殿?」 「なんでもありませんよ。ちょっとやそっとのテコ入れじゃ変化がないと思っただけです」 「テコ入れでござるか?」 「そうです。まあ、あまりに気にしないでください」 そうは申される。気にするなと言われてしまえばそれまででござるが。 「そうでござるな。しからば……」 拙者は用意していたものを、射命丸殿に差し出したでござる。 「どうぞ、射命丸殿」 「え、なんですか?」 「普段世話になっているのは射命丸殿も相違ござらん。故に」 「そ、そうなんですか!? それは考えていませんでした」 そういって、射命丸殿に贈り物をする。 「木彫りの……、紅葉ですか。置物ですね。ずいぶんと器用じゃないですか」 「季節を逸してはござるが、射命丸殿には良くお似合いと思ったのでござるが、いかがでござろう?」 「いえ、嬉しいですよ。ありがとうございます」 射命丸殿は顔をほころばせ申した。 そう笑っていただけただけで何よりでござる。 「ということは、他の方々もそれ相応のデザインを模した物を作られたのすか?」 「『でざいん』でござるか?」 「あー、なんと言いましょうか。皆さんにお似合いのものを作られているんですね」 「む、うむ。そうでござるな」 各々方には相応の物をお贈りして然り。 その姿見は贈られる方のために考えて作っているでござる。 「しかし、○○さんに意外な特技があったものですね」 「ふむ、そのようでござるな」 「そのよう、って……。なんだか他人事みたいな言い方ですね」 「記憶がなかればそういうものでござろう?」 手先の器用さは、なんとなくわかっていたことでござる。 しかし、その因果関係。何故、得意なのかは知る由もなし。 「そういえばそうでしたね。もしかして、その腰の刀で掘ったのですか?」 「良く気付かれたでござるな。その通りでござるよ」 「本当に器用な人ですね」 刀で気を彫るのは堀師にしてみれば邪道に思われることでござろう。 されど、拙者に今用意できる刃物と言えばこれしかないのでござる。 「たいした業物ではござらん、はず」 「そうなんですか。けっこう適当ですね」 「拙者のみを省みるに、記憶があった頃に大した碌のある職を持っていたとは思えぬでござるからな」 「なんだか自嘲気味なことを平気で言いますね。まあ、でも。後ろ向きよりはずいぶんいいですよ」 「うむ。それに、業物如何は、間近で妖夢殿の刀を目の当たりにしてござる。拙者もあれだけ物を手に入れたいものでござるな」 「あれは、確か家宝じゃなかったでしたかね」 妖夢殿に少し伺った事でもござる。 一振りで幽霊数十匹を断つという楼観剣。 そして、人の迷いを断つ白楼剣の二刀。 妖夢殿に相応しい大業物でござる。 「幽霊を数十匹斬る刀といっても、幽霊って触れないんじゃなかったですかね?」 射命丸殿、それは身も蓋もないというものでござるよ。 「おお。そういえば射命丸殿、これをお願いできるでござるか」 「なんですか、この紙束は……、ああ!」 「左様。年賀状というものでござる」 これは霊夢殿よりお教えいただいたこと。 新年を迎えるに当たり、その挨拶を書状により行うとのことでござる。 年始回りを簡易にしたようなものでござるが、これも風習でござろう。 「なんだか、これも知らなかったような口ぶりですね。それも記憶喪失ですか?」 「それは拙者に判ぜぬところでござるよ」 「そうですか。まあ、これは確かに承りました」 「お願いするでござるよ」 「いえいえ。私、こんな素敵なものをもらえるとは思ってませんでしたから」 そういって、拙者が渡した木彫りの紅葉を見せるでござる。 「これくらいはお安い御用です。では、また新年にお会いしましょう」 「良いお年を、でござる」 「クリスマスなのに気が早いですけどね。メリークリスマス」 そういうや否や、やはり射命丸殿。風のごとく去って行かれたでござる。 「ふむ。天狗なるもの。なんとも軽快なものでござるな」 その足速く。 実に快活なもの。 「さて、これからが肝心な仕事にござるな」 拙者にはまだやる事がござる。 妖夢殿の分を、これから誠心誠意、彫り上げるでござる。 帰ってきたのは、もう夜半過ぎでしょうか。 「さすがに、もう寝てますよね」 ○○さんは寝つきがいいほうです。 酔っ払って寝付いてしまった幽々子様を部屋に返して、少し様子を見てみましょうかね。 一応、相応のものは用意しておきましたし。 通例に倣い、枕元にでも置いておきましょうか。 「何やつ!」 「って、まだ起きてたんですか!」 ていうか、部屋に入るなりその反応はないと思います。 「これは妖夢殿。お帰りになったでござるか。静かなもので、出迎えをし損なった出ござる」 「いえ、それはいいんですけど。なんでまだ起きてるんですか? また素振りとかしてたんじゃないですか?」 「否、そうではござらんよ。これでも帰りを待っていたのでござるが」 「ああ、幽々子様のことですか。それなら部屋に寝かしつけてきましたよ」 そういえば、この二人はプレゼント交換の約束をしていたのでした。 「む、そうでござろうな。それならすでに、枕元に」 「え、そうなんですか。いつのまに……」 侮れないものです。 「ていうか、それならもう用はないでしょうに。寝ていても良かったんですよ」 「だから、妖夢殿にもあるのでござるが」 「え?」 私の分が、ある? 「どういうことですか?」 「どういうことも何も、今日と言う日はそういう日なのでござろう」 「……そう、ですか」 意外です。 いえ、予想外です。まさか私にプレゼントがあるなんて。 ああ、でも、私からありましたし、渡せば何か返す性格ではありますし。 いずれにしても、何かいただいていたのでしょう。 でも、先方から自発的にもらえるのなら、それは嬉しい事でしょう。 「それで、一体何を……」 聞いて、はたと思います。 少々気持ちが逸ってる事に。 だって、まあ、嬉しいじゃないですか。 「それはこれにござる」 そう言って、差し出されたものは……。 「えっと、これは……?」 思わず、言葉に詰まってしまいました。 「熊でござる」 よくお土産物屋で置いてあるようなものでしょうか。香霖堂にもあったような、幻想入りしそうな産物です。 なんでしょう……、このがっかり感。 「ずいぶんと、荒削りのようですが」 「申し訳ござらん。さすがに拙者も苦労したのでござるが。本物を模す事は難しかったでござる」 「○○さんが作ったのですか!?」 だとしたら驚きです。 荒削りとは言いましたけど、それは工芸品としてのこと。それが手作りだと言うのなら、話は別です。 「これは、……ありがとうございます」 「気に入っていただけたでござろうか?」 「ええ、もちろんです」 手作りと言うものは嬉しいです。 それだけの心遣いがあるということですから。 「ああ、それと、妖夢殿。これを」 「なんでしょう?」 そういって取り出したのは、木彫りの花。 「妖夢殿の刀の鞘にある花を模したのでござる。一本添えようと思うのでござるが、いかがでござろう?」 「そう、なんですか?」 木彫りなのに、活ける様な花。 本当に、見事なものでした。 それを見るに、多分、本当はこちらから彫ったのではないかと思います。 「本当に、ありがとうございます」 「喜んでいただいて何よりでござる」 「では、私からも」 「いただけるのでござるか!?」 ずいぶんと驚いています。 ああ、そうか。お互いに、期待していなかったのでしょうね。 それもなんだか悲しいですね。 まだ、親交が甘いですね。反省しないと。 「これです」 「おお、なんと!」 ずいぶんと目を丸くされています。それほど驚くほどのものでもないのですけど。 「お守りです。クリスマスに贈るには少々おかしいですけど」 厄除けです。 この人には、これから何に巻き込まれるか分かったものではないです。 まあ、気休めでしかありませんけど。 「ありがたく頂戴するでござるよ、妖夢殿」 「いえいえ、これからも気をつけてくださいね」 「どういう意味でござるか?」 「言葉どおりの意味ですよ」 なんというか、もうすぐ年も明けるというのに。 いろいろ起こる気がしてならないです。 それもないように、私もしっかりしないといけないですね。これからも。 ○○さんも、白玉楼のためになるようになって来てますし。 頑張っていきましょう。 「まあ、しっかり精進する頃ですよ。サンタは良いこのもとにしか来ないのですから」 「む? もしやそれは朱色の服に身を包んだ白髪の老人のことでござるか?」 「クリスマスを知らないのによくご存知ですね」 「さきほど、不法侵入者だと思って追い出したのでござるが」 「何をやってるんですか!?」 すごいものが幻想入りしたものです。 なんだか、今からでも大変な気がしてきました。 「妖夢―! 私のところにサンタが来たわよ! 木彫りの蝶! 可愛いでしょう!」 「そうですね。良かったですね」 「あら妖夢。何か言い事があった顔をしてるわね。何かあったのかしら?」 「え、いえ。特には何も」 「あらそうなの」 「ところで幽々子様。幽々子様は○○さんに何を贈られたんですか?」 「あら、気になるの? うふふ、秘密よ」 「そ、そうですか……」 「気になるなら○○ちゃんに聞いてしまえばいいのに」 「別に、そこまで気になるわけではありません」 「意地張っちゃって、もう。……妖夢」 「なんですか?」 「あんまり、ゆっくりはしられないかもしれないわよ?」 「なんですかそれ?」 「私にも分からないわ」 「なにか、異変でも?」 「さあ?」 「さあ、って……」 「それよりもお腹がすいたわ。何か食べましょう」 「はいはい、分かりました。ああ、○○さんも呼んできますね」 「……そうね。そうしなさい」 <幻想郷の白岩さん> Q.今頃クリスマスって、もう遅くないかしら?(紅魔館の主) A.察してあげなさい。 Q.年賀状の起源っとはどのようなものですか?(犬走椛) A.元は年始周りといって、直接回っていたみたい。 それでは挨拶する側も迎える側も手間だったみたい。 簡素化し始めて、手紙の普及に伴って広がったのね。 Q.春ですよー(春妖精) A.まだよ Q.春です(黒春妖精) A.まだだって言ってるでしょ Q.白岩さん、あなたのことを愛しているのですが 結婚を前提としたお付き合いをしていただけませんか?(匿名希望) A.えっと、あなたとはついこの間あったばかりなんだけど。 それがいきなり何なのかしら? まずは匿名で名前を隠す事をどうにかする事ね。 それと人間と妖怪よ。問題が多すぎるは。 それに私は冬の間にしか人前に姿を現さない。 それだけ分かっての事かしら? ……どうしてもっていうなら、友達からなら始めてもいいわよ。 登場人物 魂魄妖夢 白玉楼の弄られ役。質実剛健なタイプ。 西行寺幽々子 白玉楼の弄り役。自由奔放な感じ。 ○○ 白玉楼の問題児。晴耕雨読を地で行く馬鹿。 白岩さん お便りに答える人。ちょっと予期せぬお便りがあったりする今日この頃。 「あけましておめでとうございまする」 「はい、あけましておめでとうございます」 「あけましておめでとうね、二人とも」 年始にて、新年の挨拶となり候 主従の交わす言葉にしては気安きものなれど、それが白玉楼らしさというものでござろう。 否、その主たる幽々子殿の器でござろうな。 「して、年始回りなどされるのでござろうか?」 「いつの時代の風習ですか、それは。今は、その、○○さんがされたように年賀状で十分です」 「まあ、新年会の予定もあるみたいだし、いいんじゃないかしら」 またも宴会の予定が入っている模様。 幻想郷の方々は、つくづく酒豪な方々にござるな。 「左様でござろうか」 「それよりも、○○さん。同じ屋敷に住んでいる者に年賀状を出すのはおかしくないですか?」 「そうなのでござるか。確かに、年始回りの代用として行われる風習にあると聞き及んでいるのでござるが」 「まあ、間違いじゃないですけど。それは外に対してですよ」 「そうなのでござるか」 年始の挨拶を書状にして行うというのも、伝え聞いただけの話にござる。 間違いがあったのは、全てを把握し損じた拙者の不手際にござる。 「申し訳ござらなんだ」 「年の始めから謝るのはやめてください」 「そうよ、○○ちゃん。まずはおめでとう、そして、良い年でありますように。なのよ」 「なるほど。出銭は縁起が悪いというのと似たようなものでござるか」 「合ってますけど、何だか変ですね」 新年にして、その始めから頭を下げ通しでは門に福も来やせぬでござろう。 「して、今日のご予定にござるが」 「ええ、本当に珍しい事に、お誘いがありました」 なんでも、急なお誘いだとか。 妖夢殿は少々訝った様子でござるが、幽々子殿のあっけらかんとした態度に押される形で誘いを承諾したようでござる。 その場所というのは、 「それでは、紅魔館に行きましょうか」 「あけましておめでとうございまする。美鈴殿」 「あけましておめでとうございます、○○さん」 「って、なんでいきなり顔見知りなんですか!」 紅魔館についた折、門番の美鈴殿に年始の挨拶を交わしていきなり怒鳴られたでござる。 「これは年始の挨拶にござる」 「そんな事は分かってます!」 「あの、妖夢さん? 別に私たちが知り合いで何も問題ないと思うんですけど……」 「いつの間にか勝手にこんなところまで一人で歩いてるところを叱ってるんです!」 「え、あの、ごめんなさい」 なぜか美鈴殿まで叱られる事に。 「妖夢殿、少し落ち着いてくだされ」 「だったら釈明してください!」 「『ろーどわーく』でここまで来た折に、知り合ったでござる」 「それだけですか!」 それだけもなにも、それ以上の事は何もござらん。 「妖夢ったら。新年早々、怒ってばかりでは福が逃げちゃうわよ」 「う……、まあ、そうなんですけど」 出かける前の掛け合いもあり、妖夢殿の怒りはすぐに収まられた。 「はあ、全く……。○○さん。自分が人間だって言う事を忘れてませんか?」 「否。拙者、身の程を十分に承知してござるよ」 「ほんとうですか?」 胡散臭げに妖夢殿はお尋ね申す。 「然り。なにせ、拙者は目の前に広がる湖にいた童女にすらやられかけたでござる」 「大威張りで馬鹿なこといわないでください」 「まあ、それが紅魔館までやってきた縁なんですけどね」 「その節はお世話になり申した」 深々と頭を下げると、これまた美鈴殿は頭を下げられる。 「いえいえ、大したことじゃありませんよ」 この方は本当に腰が低いでござるな。 ……門番として、どうなのでござろうか? 否、これほど器の大きなお方なれば立派に勤め上げられている事にござろう。 「美鈴、いつまでそこでお客様を足止めしてるのよ。侵入者でもない相手ばかり引き止めないで欲しいわね」 美鈴殿の背より、辛らつな声があり。 「おお、咲夜殿。あけましておめでとうございまする」 「あけましておめでとう」 紅魔館の冥土長なる人物、十六夜咲夜殿のご登場にござる。 「本当に、なんでこんなに色々と親しくなってるんですか」 なぜか妖夢殿は呆れ調子。 「あけましておめでとうございます。それと、別に親しくしているわけではありません」 「あけましておめでとうございます。そういうものですか。そもそも、顔見知りになってる事が疑問なんですけど」 「あけましておめでとう。というか、よく生きてるわね、○○ちゃんって」 幽々子殿の感心したような声。 それほどのことでござろうか? 「お誘いに○○ちゃんの名前もあったから、まさかとは思ったけど。○○ちゃんったらけっこう社交的なのね」 「それほどでもござらん」 普段に挨拶を交わしていれば、顔見知る事ぐらい容易でござろう。 妖夢殿はひたすらに首をかしげている様子でござるが。 「それでは皆さん、お嬢様がお待ちです」 咲夜殿の先導に続き、拙者らは館の中へと入っていったでござる。 「あけましておめでとう、○○」 「あけましておめでとうございまする、れみりあ殿」 「発音がまだおかしいわね。レミリア、レミリア・スカーレット」 「本当に、どうなってるんですかこの人は」 年始の挨拶に館の主、れみりあ殿と交わす折に妖夢殿が固く呟いてござる。 「レミリアったら、どういう風の吹き回しかしら。私たちを年始の挨拶に呼ぶなんて」 「本当ならこちらから出向くのが筋だと言いたいんでしょうけど、生憎と日中は出かけるのに余り向かないのよ」 「そのあたりの事情は知ってるわ。私が聞きたいのは、そんなことじゃないわよ」 幽々子殿とれみりあ殿が互いに含みのある会話をされているでござる。 双方、主足りえる威厳をかもし出すかのようでござる。 「それで、食べ物はたくさんあるんでしょうね?」 「咲夜に抜かりないわ。呼ぶ客人の事は考えてあるもの」 にして、会話の内容はするりと宴会のことに移り変わっていたでござる。 「ならいいわ。妖夢、○○ちゃん。今日は年始の宴よ。無礼講という事でいいわ」 「そういうことは、館の主である私に言わせてもらいたいんだけど」 なんと、無礼講のお達し。 それにして、なんと、拙者、初めての宴会参加にござる。 「あんまり無茶な事はしないでくださいね」 なにやら先読みを聞かせたかのごとく、妖夢殿は呟かれたでござる。 「心配御無用」 「本当ですか? ○○さん、お酒とか大丈夫なんですか?」 「記憶になき事ゆえ、分かりかねるでござる」 「……本当に無茶をしないでくださいね」 心底心配そうに、妖夢殿は堅く堅く呟かれたでござる。 とても意外なことでした。 いえ、○○さんの性格なら、可能性はあり得た話です。 けっこう、誰とでも仲良くなれるみたいです。 社交的、というか、精神年齢が低くて誰にでも合わせられる感じでしょうか。 「ていうか、無茶しないでって言ったのに」 言ってるそばから、お酒を飲まされてます。 飲ませているのは、なんとパチュリーさん。 学術的興味なのか知りませんけど、どうせ人間の限界がどうとか言って飲ませているのでしょう。 どうなっても知りませんよ。 これで酔いつぶれられたら、私が連れて帰るんでしょうか。 それはそれで、嫌な感じです。 まあ、○○さんには以前、同じ事をされていますし。そう考えれば、貸し借り無しともいえるでしょうね。 もっとも、酔いつぶれなければその手間もないんですけど。 「あら、妖夢。貴女は輪の中に入らないの?」 「パチュリーさん。なんですか? 貴女らしくもない。喘息はいいんですか?」 「私らしさって何かしら? それよりも、貴女のところの使用人、とんでもない事になりそうよ」 「なんですか、それは」 見れば、○○さんの目の前には咲夜さんが立っている。 その手には、なにやら洋服のようなものがありますね。 なんだか、フリフリの……。 「悪い冗談か何かですか?」 「そうね。冗談よ。お正月ならではの冗談ね」 「お正月関係ないと思います。ていうか、止めてください」 「いやよ、めんどうだもの」 「貴女は○○さんのメイド服姿が見たいんですか?」 「目に毒かもしれないわね。もしかしたら可愛いかもしれないけど」 「ありえませんよ、それは」 ○○さんは、けっこう体格が良いです。 体つきがしっかりしすぎているのに、女物のメイド服姿はひどいものになりそうな気が―― 「妖夢殿―!、似合うでござるかー?」 「って! もう着てる!?」 何て気持ちの悪いメイド。 まさに思ったとおり。 細身に締まった体に、細分の隆々とした肉付き。 それに合わさるフリルの気持ちの悪さ。 「すごく似合ってません……」 「そ、そうなのでござるかぁ!?」 「なんでそんなに驚いてるんですか!」 「幽々子殿が、これを着れば妖夢殿が喜ばれるとおっしゃったのでござるが」 「そんなわけないです!」 というか、私以外はノリノリで○○さんを玩具にしてます。 「しからば、妖夢殿ならば似合うのではござらぬか?」 「え? まさか!?」 私には、そんなフリフリの服が似合うはずもありません。 庭師兼剣術指南役。そんなものが似合う生活を送ってません。 「そうは思わぬのでござるが……。しからば、咲夜殿!」 「すでに用意しています」 「なんで貴女がノリノリなんですか!?」 よく見れば、顔に朱が刺してるんですけど……。 ……酔ってますね。酔ってるんですね!? 「それでは、不肖、紅魔館メイド長、十六夜咲夜。手品をご披露させていただきます」 「ちょ、ちょっと! 貴女の手品って!」 私の非難の声も届かず、紅魔館の皆さんは大喜び。 勘弁してください。 ○○さんも、そんなに異様に期待した目で見ないでください。 「それでは、3!」 「ちょっと、本当にやめてください!」 「4!」 「数字が増えた!?」 「5!!!」 このメイド長のあり得ないボケに、対処が遅れ、 「はい!」 手品師の、『さあ、どうですか!?』といわんばかりのポーズに。 私は、己の身に起こった事を悟った……。 「「「「おおーーーー!!!」」」」 種が割れてるんですから、そんなに驚かなくても言いじゃないですか。 それと、幽々子様。おなかを抱えて笑わないでください。 「妖夢殿」 「な、なんですか?」 「実によくお似合いでござるよ」 「嘘吐かないでください!!!」 「嘘にござらん! これが虚偽ならば、拙者はここで腹を掻っ捌く!」 「だったら! 冗談にしてください! …よぉ……」 こんなフリフリの服。 私のメイド服姿、というか。 なんでしょう。 女の子らしすぎる姿というのは、なんとも違和感があるもの。 似合ってるといわれても、あんまり実感もありません。 でも、○○さんは、嘘吐かないんですよね……。 困った事に。 「そんなに浮かない顔でいかがなされたでござるか?」 「なんでもありませんよ」 「されど、お似合いでござるの。実に、美しきものでござるよ」 「あんまりそういうことは言わないでください」 そういう褒められ方は、された事がありません。 「あら、殿方の褒め言葉はしっかり聞いておいたらどうかしら?」 「普段からこういう服を着てる人が何を言うんですか……」 「普段から着ていると、そういう褒め言葉はもらえないものなのよ」 確かに、そうなのかもしれませんけど。 「つまりは、ギャップで殺すということね」 「パチュリー様。流石です」 「絶対楽しんでますね……」 迷惑な話です。 咲夜さんはともかく、パチュリーさんは自分で着ればいいのに。 ……まあ、それほどの活動感もないでしょうけど。 とはいえ、まあ、正直な話。 そんなに悪くは無いんですよね……。多分。 「ところで、私の服はどこへやったんですか?」 「妹様に預かってもらいました」 「さりげにわけの分からない事をしないでください!」 「おお、ふらん殿でござるか! 今日は何処に?」 「妹様なら――」 どっごーん!!! 「○○――! あけましておめでとうー!」 「ふらん殿! あけましおめでとごばああぁ!!!」 「○○さん!」 扉を破壊しながら乱入してきたフランさんに、○○さんはぶっ飛ばされてしまいました。 「○○さん、大丈夫ですか!?」 「あれ? ○○、壊れちゃった?」 「不吉な事を言わないでください! それよりも、何で預かった私の服を勝手に着てるんですか!?」 「その変な恰好どうしたの?」 「私のことですか!?」 「ううん。○○のこと」 「ああ、これは……。あれ? そういえば、○○さんの服は?」 「それは小悪魔が洗濯しています」 「何でですか!?」 宴会という名の混沌の中。 何もかもが分からないまま、色々と潰れていきました。 「もしかして私は、この恰好のまま帰らないといけないんですか……」 「よくお似合いでござるよ」 「起きてたんですか!?」 まあ、似合ってるらしいから良いんですけど……。 「それで、○○ちゃんをどうしようというのかしら?」 「別に。ただ、このままじゃ面白くないと思っただけよ」 「何かしたのね」 「ひどい言い草ね。感謝して欲しいくらいなのに」 「どういうことかしら?」 「別に、あなたの思いのままにするにしても、このまま生ぬるいだけで終わらせるのが不愉快だっただけ」 「それのどこに感謝しろというのかしら?」 「ぬるま湯ならいいわね。でもそれは、不幸にならない代わりに幸福にもならない」 「貴女には先読みの能力なんてあったかしら?」 「現状からそう判断しただけ。でも、一石を投じようとする姿勢は評価して欲しいわ」 「私の評価なんかいらないくせに」 「そうね」 「まあ、私としても、なるようになれって感じではあったのだけけども。ゆっくりしてられない、というか、不穏当な感じはあったわね」 「まあ、どうなのかしらね。どこの誰かが『どこ』から連れてきた人間かは知らないけど」 「それで、これ以上介入してくる気かしら?」 「そんなつもりは無いわ。そんなこと、あの人間次第でしょう」 「それもそうね。……いえ、少し違うわね」 「あら、誰の介入があるのかしら?」 「西行寺家の庭師兼剣術指南役よ」 「そう……。まあ、せいぜい楽しい結末にして欲しいわね」 「あら、応援してくれるのかしら?」 「そうね。暇を潰せる座興なら何でも歓迎よ」 <幻想郷の白岩さん> Q.紅魔館って?(大妖精) A.霧の湖の近くにある洋館ね。 吸血鬼や妖怪の住む、人間にはとても危険な場所。 そこにいる門番はしょぼいのだけど、人間相手に負けることはないわ。 Q.メイド服って男が着ても良いの?(七色の人形遣い) A.良い訳ないわ。 気持ち悪いったらないもの。 体格の良い男が着てたりしたら、それはもう悪夢ね。 Q.お酒は二十歳を過ぎてから(鬼) A.二十歳を過ぎてないのは殆どいないわ。 紅白巫女や白黒魔法使いはどうか知らないけど。 ……紅魔館のメイドは幾つなのかしらね? というか、貴女は少しお酒を控えなさい。 Q.人形の地位向上に向けて!(コンパロ) A.人形の地位ってどの辺り? 人間と妖怪ってどっちが上なのかしらね? Q.白岩さん、いえ、レティさん。 先ずは匿名を希望した無礼から謝罪させていただきます。私は●●、しがない一人間です。 確かに今回の告白は早計でした…。しかし、あなたを想うにつけ募りに募るこの思いは、伝えずにはいられませんでした。 妖怪? だから何だと言うのです、誰に否定されようと糾弾されようと、どんな問題が起ころうと、私は貴方を愛し通します。 冬の間だけ? 私は、貴方を目にする度に恋に落ちてしまうのです。三ヶ月の幸福の為ならば、九ヶ月など何でもありません。 ですからどうしても、お願いです。友達でも良い、貴方の傍に居させてください(匿名希望改め、●●) A.まあ……友達でいいなら、それでいいわ。 でも、あくまでも友達よ? その、あんまり過剰な表現は慎んで欲しいわ。 友達は友達なんだから。それが出来ないなら友達になれないわ。 *編集注釈 告白が早計だと言っているわりには愛を語る口調が収まってません。 まずは、本人のご要望の通りに、ちゃんと友達をしてあげてください。 本人は戸惑っています。もう少し、時間を置いてあげてください。 ひたむきな態度は、いつか報われる事でしょうから。がんばってください。 (文責:文々。新聞編集・射命丸文) 登場人物 魂魄妖夢 白玉楼の庭師。最近は○○の動向を訝っている様子。 西行寺幽々子 妖夢の主。何かしら暗躍している様子。 ○○ 白玉楼の居候。どこか自由な人。 白岩さん 最近暖かくなってきているようで、ちょっと心配。 ○○さんは、実に自由な人です。 気付けばどこかへふらふらと出歩き、 そして、私の見知らぬうちに交友関係を広げてきます。 別に、悪いことじゃありません。 妖怪が人間にとって危険な存在といっては聞かせても、その妖怪自体と仲良くなってくるようなら問題がありません。 少し、気が気でないところもありますけど。 そんな今日この頃。 「何用でござるか、妖夢殿?」 「いえ、特に何というわけではありませんけど」 「では、何ゆえ拙者の後を付いて来られるのでござるか?」 「なんとなくです」 この自由な人が、普段、一体どこをほっつき歩いているのか、少し気になりました。 わざわざ隠れて後追うのも変な話なので、堂々と後を追います。 「もしかして、妖夢殿。怒っているのでござるか?」 「怒る事は無いと思いますけど。それとも、私が怒るような事に心当たりがあるんですか?」 「滅相もござらん」 ぶんぶんと、精一杯に○○さんは否定します。 必死な態度は、どういう意味なんでしょうね? 何かやましい事があるのか、ただ何事にも精一杯なだけなのか……。 「それで、どこへ行かれるんですか?」 「ふむ。考えてもござらん」 「なんですか、それ?」 ○○さんらしいといえば、らしいですけど。 そんな行き当たりばったりな事をしてたら、危ないんじゃないでしょうか? 「『ろーどわーく』でもあるでござるからな。それ相応の距離を歩きたく思うところでござるよ」 「走らないんですか?」 「それも修行にはなるでござるよ。しかし……」 ○○さんは、周囲を見渡しました。 冬の季節柄、木に葉もなく、寂しく寒々しい景色が映ります。 ぱらりぱらりと、雪のちらつくその景観を、○○さんは、 「春夏秋冬の偽り無きこの風光。ただ過ぎ去るには、余りにも、惜しい」 そう言って、笑いました。 「そういう、ものですか」 「そういうものでござるよ。見る目には同じ景色なれど、同じ風情ではありもせぬ」 「何が違うんですか?」 「心にござる」 歌人が詠うように、○○さんは言葉を紡ぎます。 一歩一歩踏み入り、落ちてくる雪の一欠けらを肩に落としながら、 「景色は思い出と共にあり。故に……」 そして、今度は私を見ながら、 「傍らに妖夢殿がおられるなら、また違う、美しき展望になりましょう」 実に柔らかく、笑いました。 「思い出、ですか……」 「左様にござるよ」 「まるで悟ったように言いますね。○○さんは何かを修められた人なのですか?」 「それは無いでござろう。修行中の身である故、これは拙者なりの解釈でござる」 「そうですか」 「左様にござる」 「悪くは無いですね」 「恐悦至極」 多分、私のほうが長く生きています。 でも、私はこれほどゆっくりと、何かを見てきた事があったでしょうか? 寒々しいと評した景色が、まるで、これから芽吹きを待つ鼓動を発するように見えました。 この人がいなければ、気付きもしなかったこと。 隣にいる人によって、景色は変わる。 「なるほど、そういうものなんですね」 「そういうものでござるよ、妖夢殿」 人間が、短い生の中でこれだけの発見をするのは、その短い時間の中に全てを凝縮しているから。 いえ、私も半分人間ですから、分からなくもありません。 逆に、長い生だから気付く事もあったりします。 本当なら、この景観に風情を見出すのは我々の様な存在の方でしょうに。 この自由な人は、常にそれらを見ながら歩いているのでしょうか。 「む、そこにおられるは……」 ○○さんが、何かに気付いたようです。 いえ、私も気付いていましたけど、それほど危険もありませんでしたし気にしていませんでした。 「おお、りぐる殿」 「あ、○○さん。っえくし!」 「大丈夫でござるか? りぐる殿」 「うーん。蟲にこの季節はきついかも」 そこにいたのは、リグル・ナイトバグ。蟲の妖怪でした。 「それで、寒さに弱いはずの貴女が何をしているんですか?」 「えっと……、なにしてるんだろう?」 あまり頭の良い方ではないと思ってましたけど……。 「なるほど。では、りぐる殿も景色を眺めておられたのでござるか?」 「そうじゃないと思うけどな。もう、それでもいいかな」 「ところで、なんで二人とも知り合いなんですか?」 この間の紅魔館の時もそうでしたけど、この人は交友関係を広げすぎだと思います。 危険だと思ったんですけど。 「貴女も、相手は人間ですよ?」 「あれ? そうだっけ?」 「……そんなんでいいんですか?」 「そういうものなのでござるよ。なるようになる。これは道理でござる」 「それとこれとは違うと思いますけど……」 誰とでも仲良くなる能力は、天賦の才なのでしょうか。 神社の巫女も、妖怪と親しくされているような気がしますけど、あれとは違う気もするにはします。 「あー! ○○!」 「おお、ちるの殿もおられたか」 「またあたいにやられにきたの?」 「否、此度は妖夢殿と冬景色を眺め行脚の出に候」 「あんぎゃー? なにそれ?」 「簡単に、散歩って言ったらどうですか?」 また五月蝿いのが出てきました。 これでは、先に○○さんが言った様な、景色を見ながら散歩というにはいかないでしょう。 「もしや、みすてぃあ殿とるーみあ殿もご一緒でござるか?」 「うん? そうだよ?」 「なるほど。ではりぐる殿はもしや、そこからはぐれたと?」 「あー、そうかもしれない」 「まるで他人事ですね」 頭が弱いと、なんとも間の抜けた会話になりますね。 その中に合って、理性的で且つ、ついていけている○○さんって、 ……もしかしたら、すごいんじゃないでしょうか? 「ああ、そうだ。なんでこっちに来たのか思い出した」 「ほう、いかにしてそうなされたのでござるか、りぐる殿?」 「これだよ」 蟲の妖怪は指先を、○○さんに見せる。その先には、小さな虫がいました。 「これは?」 「蛍だよ」 「はて、蛍は夏の季語、風物詩ゆえ夏の虫なのではないでござるか?」 「別に、蛍は夏だけの虫じゃないよ。真冬にいる蛍だっている。ただ、雪の中にいるのは珍しいかも」 蟲を操る妖怪らしく、見識のある物言いです。 「もしかしたらって、思って」 「リグルー。それがどうしたのー?」 「ちょっと待ってて」 氷精の声を聞いて、蟲の妖怪は、仰ぐように手を開いた。 冬景色。 深々と慎ましく雪の中、ぽつりぽつりと淡い燐光が灯る。 「おお、これは……」 感嘆をもらす○○さんの声。それは、私も同じだった。 そして、その光に誘われたかのように、雲の間から日の光が一筋、顔を出しました。 雪に照らされて眩しく、強い光。 その中にあって、雲の陰に健気に光る蛍。 蛍雪あわさり、芽吹きの鼓動がよりいっそう強くなったように、感じました。 「すごい、ですね……」 「まさしく、絶景」 「すっごーい! 綺麗――!」 氷精の無邪気な声が、無粋な評価を物ともしない純然たる総意に聞こえる。 理屈もなく、ただ本当に単純に突き詰めた、美しさというもの。 私は、初めて見た気がします。 「○○さんは、いつもああいうものを見てるんですか?」 ひとしきり、景色を眺め、その後に解散した後の帰路で、私は尋ねてみました。 「まさか。あれほどの絶景、拙者も初めて見たでござるよ」 「そうなんですか」 「そうでござるよ。しかし、妖夢殿がご一緒でよかったでござる」 「何故ですか?」 「景色は、思い出。ゆえに、共に思い出せるお方がいて、よりいっそうに、心に残るものでござる」 「……そう、ですね」 ついて来て、良かったと思います。 しかし、同時に残念でもあります。 「次は、……」 「そうでござるな。幽々子殿も、ご一緒に」 私の言葉の先を、○○さんは先読みしてくれます。 とても、気のつく人です。 幻想郷に、白玉楼に来て幾星霜。 いえ、大した時間が過ぎているわけではありませんけど、短くもありません。 庭師の仕事を、いまや二人で行い。私の負担も半分になったというところ。 幽々子様とは一緒にからかわれて、私は呆れつつ、この人は笑っていました。 気のつかない、ボケ倒されることもしばしば。 それも、多分、この人の愛嬌で済まされること。私の頭が固いところもあるんでしょうけど。 でも、この人は、ちゃんと真面目に、一生懸命ですから。 「景色は、思い出と共に、ですか……」 「うむ」 「その、昔はどうなんですか?」 「昔、とは?」 「失った記憶の事です」 この人は、全く気にする風でもありませんけど。記憶喪失なのです。 その無くした思い出の中にも、この日のような雅やかな風景があったのかも知れません。美しい、景色があったのかもしれません。 「無くしたままで、いいものなのですか?」 「拙者にも、図りかねることでござるよ」 「そう、ですよね。思い出したいですか?」 「それこそ、図りかねるでざるよ」 その言って、天を仰ぎ、 「なに、拙者の事ゆえ、重みのある事態にはござりますまい。思い出したところで消えるものも無きゆえ、必死になることもなし」 「それも、そうです、か……」 いつもより小さい声で言った○○さんが、いつもより、儚く思えた。 この自由な人は、 いつか、多分、 どこかへ行ってしまうのだろう……。 「○○さんは、白玉楼の使用人です」 「む? 妖夢殿?」 「あなたは未熟なんですから、まだまだ修行を積まねばいけません」 「妖夢殿……」 「いいですか?」 そう返事した、○○さんは。 苦笑したようでした。 「承知仕る」 拙者の、失くした景色。 いったい、なにが映っていたのでござろうか……。 知る由も無し。 されど、 この景色は、失くしたくないでござる。 「あら、二人とも、どこへ出かけたいたのかしら?」 白玉楼に戻った際、幽々子殿が出迎えられた。 主に出迎えさせるとは、恐悦至極。 「おお、幽々子殿。散歩にござるよ」 「あらあら、それは楽しそうね。次は誘ってもらえるかしら?」 「もちろんでござるよ」 「それは良かったわ。……どうしたの、妖夢?」 「え? いえ、なんでもありません」 「……そう?」 「む、妖夢殿」 妖夢殿の頭に、淡き燐光の一片があった。 それを、手ですくう。 「え?」 「蛍にござる。妖夢殿に惹かれてついてきたのござろうな」 「え、いえ、そんな……」 「あらあら、風流ね。随分と、良いものを見たようね」 「幽々子殿に見せられずに、残念至極にござるよ」 「いいのよ。思いがけずに見る風景にこそ、風情があるというものよ」 「さすがは幽々子殿でござる」 ふと、妖夢殿を見る。 少しばかり俯き加減。頬に朱の差している模様。 「妖夢殿、寒かったでござるか?」 「あ、いえ、そういうわけではないです」 「顔が赤いでござるよ」 「なんでもありません」 「あらあら」 幽々子殿は、とても可笑しそうにお笑いになる。 大した事では無いのでござろうか。 拙者には皆目見当のつかぬこと。 寒さでないなら、なんでござろうな……。 まあ、なれば、 そうでござるな……。 次は暖かな季節に出るが吉でござるな。 <幻想郷の白岩さん> Q.蛍って冬にもいるの? A.その答えは蟲の妖怪に聞くことね。 まあ、雪の中はともかく、冬にも発行する種はいるみたい。 Q.蛍雪の功って? A.夏は蛍の光で、冬は雪の反射光で光を集めて暗い部屋の中で勉強をしたという四字熟語ね。 『蛍雪』で勉学に励む事を表し、『功』はその成果を表すそうよ。 今にしてみたら、けっこう目に悪いんじゃないかしら? Q.ルーミアとミスティアは何をしてたの? A.かくれんぼ。 もしくは鬼ごっこ。 まあ、かまくらでも作って暖を取っていたって言うのが妥当かも Q.妖夢の様子が変なの。(西行寺幽々子) A.私には分からない事ね。 というか、貴女の方が黒幕じゃないかしら? そもそも、目論見どおりじゃなくて? Q.それでは、友達としてどこかへ遊びに行きませんか? ( ●● ) A.そうね。それなら構わないわ。 あ、でも。どこへ行くかはそっちで決めて。 その、友達とどこへ遊びに行けばいいのか、ちょっと分からないから。 ───────────────────────────────────────────────────────────