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参考外部リンク 「ゆかいな仏教」への批判 - Togetter 当ページでは、橋爪大三郎と大澤真幸による『ふしぎなキリスト教}』(講談社現代新書)に記述されている、単純な事実に関する膨大な量の間違い・誤りを扱う。間違いだらけの「ふしぎなキリスト教」が容量オーバーになったため、他宗教篇を分割して作成。 2012年7月18日現在、130個以上の誤りが挙げられているが、まだ未完成。なおこの誤りの数は明らかな誤りのみをカウントしたものであり、疑問符が山ほどつく「ふしぎなキリスト教」に挙げられている項目数は含まれていない。まだまだ対応出来て居ない間違いがあるため、今後さらにページを分割することも有り得る。 当ページで指摘されている、仏教・神道・イスラムについての無知・無理解は、キリスト教についての無知・無理解と同程度の酷さがある。この惨状でキリスト教と他宗教を比較する事が可能なのか疑問。結論に合わせてそれぞれの宗教で教えられている内容、および単純な歴史的事実を捻じ曲げてしまっている場面があることも問題である。 ※ 当ページ編集者は、「少しくらい間違っててもいいじゃないか」という価値観・感想には拠らない。 間違いの量が桁違いに多い(当ページにまとめている通り)。「少しくらい」のレベルを遥かに超えて居る。 理系ではそんな事は許されないが、文系でも同じ。真面目な文系研究者に失礼。 関連する研究をしている人々の努力と業績を一切無視して講釈するのは、学者も、金を払っている一般読者も愚弄している。 p254 大澤「「西洋」を理解するというぼくらの目標」と言ってながら、実際には西洋で一般的な解釈を説明する内容ではなく「橋爪独自解釈」がだらだらと書かれているというのでは、宣伝文句に偽りがある。 ※ 本ページにおける「参考文献」は、学術論文に使用出来るレベルのものとは限らない。一般向けにアクセスし易い便によって選定されることもある。 間違いだらけの「ふしぎなキリスト教」 歴史篇(上記ページが容量オーバーになったため分割されたもの、以下同様) 聖書篇(総合・旧約) 聖書篇(新約その1) ・ (新約その2) 神学篇 疑問符が山ほどつく「ふしぎなキリスト教」 「ふしぎなキリスト教」以外の良い入門書(あるんです!)紹介 (誠実な著者による良書からこそ学びましょう^^) キリスト教以外の宗教についての誤り(仏教、神道、イスラームについての無理解) 頁数 誤りのある記述の引用 正しくは 参考文献 p63 「仏教は、言ってみれば、唯物論です。」 この台詞の後、「因果律」(死体のアミノ酸への分解、微生物に食われ、別の生命になるという、食物連鎖、生命循環)、「自然法則」があるだけで、誰かの意志があるわけではない、それが仏教の考え方であり、そうした法則を徹底的に認識することが仏教の理想であると、橋爪氏は述べる。「唯物論」の定義にもよるが、基本的に仏教では「唯物論」として自分の見方を説明したりはしない(むしろ大概の場面で否定される)。仏教における「因果律」を「アミノ酸」など物質的な面だけに限定した上でのこの語り方は「仏教の見方」では有り得ないし、国語辞典レベルの誤り。こんな説明では、「唯物論」と「仏教」の区別が全く判らなくなる。そもそも橋爪氏も大澤氏も、仏教において「唯識」の用語があるということすら知らないのではないかと疑われる。また、因果律を「食物連鎖」「生命循環」と同列に並べている辺りは、一般常識レベルの誤り。つまり橋爪氏は、仏教も初歩的なレベルから碌に知らない。ふしぎな仏教理解とふしぎなキリスト教理解を並べて、二人でふしぎがっているのが本書である。 これからの寺のあり方と仏教のあるべき姿仏教の世界観 -真言宗のお経- 真言宗泉涌寺派大本山 法楽寺 道元の『学道用心集』を読む 【徹底研究】唯物論 p63-65 「神々は、それぞれ勝手なことを考えていますから、彼ら全員のまとまった意思などというものはない。これが、多神教。これでは、神との対話などできない相談だ。(中略)「ひるがえって一神教の場合、Godとの対話が成り立つのです。それは、Godが人格的な存在だから」「Godとの不断のコミュニケーションを、祈りといいます。」 言うまでもないが神道、仏教、儒教にも祈りは存在する。橋爪氏は独自の(キリスト教に限定して考えても、祈祷文を持つ教派に当て嵌めるには一部正しいものでしかない)勝手定義により、「この種の祈りは、一神教に特有のものなんですね。」と論じるが、この定義を認めたとしても問題がある。多神教についてたった二行で済ませて居るが、神道と言えば絶対に外せない言霊概念に一言も言及すらせずに「言葉によるコミュニケーションは不可能」としてしまうのは、「宗教社会学者」としていかがなものか?橋爪氏による勝手定義自体にも無理があり、日本語「いのる」(語義:神仏に請い願う)の語源には諸説(「斎宣」「忌宣」「接頭語イ+ノリ(宣)」「息宣」)あるが、いずれも「Godとの不断のコミュニケーション」のみを意味する言葉として使われてきた歴史は確認出来ない。 神社本庁 祝詞について 韓国の宗教の歴史(KBS WORLD) 前田 富祺 (編集)『日本語源大辞典』p141 小学館 (2005/2/26) p273 大澤「イスラム教は、誰がムハンマドの後継者かがかなりはっきりしている。だんだん時間が経過すると、真の後継者が誰なのか、意見が分かれてしまうわけですが、少なくとも最初のうちは一義的に決まっていて、この点でもイスラム教はあいまいさがない。」 第4代正統ハリーファ(カリフ)アリーが暗殺されたのが661年。アリー系のイマーム:フサイン・イブン・アリーが殺されたのが680年(カルバラーの戦い)。この時代の抗争が、今に至るまでイスラームにおけるスンナ派とシーア派という二大潮流の原因になっている。いずれの前提も高校世界史レベル。大澤氏は「だんだん時間が経過すると」意見が分かれたというが、ウマイヤ家とアリー系の間で後継者の地位を巡る血で血を洗う抗争があったこの年間は、ムハンマドの死(632年)から50年と経っていない。50年と経たずに後継者を主張する者同士が殺し合う状態を、「後継者がかなりはっきりしている」と表現するのは妥当ではないだろう。大澤氏は「キリスト教には明確な後継者が居ない」とし、キリスト教よりもイスラムの方が後継者がはっきりしているという文脈で引用部を述べているのだが、キリスト教は少なくともイエスの死から50年足らずのうちに後継者争いで殺し合うような事はしていない。ここの問題点は二つ。まず「イスラムの方がキリスト教より合理的で解り易い」という結論ありきであり、その為には前提となる歴史的事実を一切無視する(もしくは知らない・調べない)こと。二点目は、本書の他の部分でも言えることだが、年数・年代を碌に確認せずに「しばらく」や「だんだん時が経って」といった曖昧な表現を平気で使ってしまっていること。こうして読者は、スンナ派とシーア派に分かれているイスラムの対立の原因を理解することなく、イラン、イラク情勢も誤解させられることとなる。※「カルバラーの戦い」については「基本中の基本用語」とまでは言えない、との指摘がされたので補足しておくと、確かに山川の世界史B教科書にも世界史B用語集にも載っておらず、「カルバラーの戦い」は用語として「基本レベル」ではない。ただし2005年度センター試験問題には「カルバラー」の地名がフサインの死んだ場所としてシーア派住民の聖地となっている文脈に登場しており、「シーア派」の正答を要求する出題がなされている。シーア派が預言者の後継者を巡ってスンナ派と争った人々であることは、このセンター試験問題に簡潔にまとめられている。「イスラームでは後継者がはっきりしている」などといった認識が一体どのような前提から導き出されるのか「ふしぎ」である。 Battle of Karbalāʾ2005年度センター試験【世界史B】問題 p276 「イスラム教徒が考えることは、まず、これはクルアーンに書いてあるか、スンナに書いてあるか、イスラム法的に正しいか」 「スンナ」という文書は無い。スンナとは、アラビア語では「慣行」「実践」といった意味の普通名詞であるが、イスラムにおいては特にハディース(預言者の言行の言い伝え)から導き出されるムハンマドの慣行を指すことがある(但しハディースとスンナの関係については、厳密にはイスラム内で議論百出する)。日本語で「慣行にこう書いてある」という言い方は出来ないのと同じ位奇妙な文章。右に挙げた参考文献の一つは同じ講談社現代新書だが、橋爪氏も大澤氏も同じ現代新書から出た同書は読んでいない模様。 Hadith and Sunnah - Two Different ConceptsThe Meaning of “Sunna” in the Qur’an小杉泰『イスラームとは何か』(講談社現代新書)122頁、163頁、ほか p312 「日本では工事をするのに必ず地鎮祭をするけれど、昔だったらそんなことをするぐらいなら、工事はしなかったんじゃないか。」 最古の地鎮祭の記述は日本書紀にある。地鎮祭後に工事という流れには、相当長い歴史がある。百歩譲って(橋爪氏はそのようなことをここで述べていないが)仮に地鎮祭が一般に普及したのは江戸時代とされることを意識した台詞だとしても、「工事はしなかったんじゃないか。」は完全に意味不明。開墾、都の造営が古くから広く日本でも行われている歴史的事実を思い起こせば十分だろう。なお、日本書紀にある最古の地鎮祭(とこしずめのまつり)の記述とは、藤原京造営時のものであり、当然大規模な工事のものである。つまり地鎮祭も工事も両方古くから日本で行われている。「~じゃないか。」といった憶測で出鱈目な入門書を書くのは学者としての責任が問われる。なお橋爪氏は同じ頁で、捕鯨と鯨油の照明利用をキリスト教徒限定のものと述べているが、日本でも鯨油は行灯や農薬に使われていた。橋爪氏は自説に都合よく宗教・歴史を捻じ曲げているが、その対象はキリスト教に限らず、日本史・神道にも及んでいる。こうして橋爪氏の著作はキリスト教に対する誤解のみならず、(細かい問題でではなく大局的に)神道への誤解も招くのである。 地鎮祭の歴史 - 西野神社 社務日誌地鎮祭のご案内 相模原市の神社 亀ヶ池八幡宮 外部リンク 間違いだらけの『ふしぎなキリスト教』とそれを評価する傾向につき 誤りと誤解と偏見に満ちている本, 2011/7/13 映画瓦版の読書日誌 ふしぎなキリスト教 橋爪大三郎×大澤真幸『ふしぎなキリスト教』に対する批判まとめ一覧 - Togetter 橋爪大三郎×大澤真幸『ふしぎなキリスト教』に対する批判100- Togetter 最新 橋爪大三郎×大澤真幸『ふしぎなキリスト教』に対する批判1 - Togetter(2以降と別のまとめ製作者によるもの) 橋爪大三郎×大澤真幸『ふしぎなキリスト教』に対する批判2 - Togetter(2以降のまとめの始まり)
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当ページでは、橋爪大三郎と大澤真幸による『ふしぎなキリスト教』(講談社現代新書)に記述されている、単純な事実に関する膨大な量の間違い・誤りを扱う。間違いだらけの「ふしぎなキリスト教」が容量オーバーになったため、歴史篇を分割して作成。 2012年6月2日現在、2012年7月18日現在、130個以上の誤りが挙げられているが、まだ未完成。なおこの誤りの数は明らかな誤りのみをカウントしたものであり、疑問符が山ほどつく「ふしぎなキリスト教」に挙げられている項目数は含まれていない。まだまだ対応出来て居ない間違いがあるため、今後さらにページを分割することも有り得る。 ※ 当ページ編集者は、「少しくらい間違っててもいいじゃないか」という価値観・感想には拠らない。 間違いの量が桁違いに多い(当ページにまとめている通り)。「少しくらい」のレベルを遥かに超えて居る。 理系ではそんな事は許されないが、文系でも同じ。真面目な文系研究者に失礼。 関連する研究をしている人々の努力と業績を一切無視して講釈するのは、学者も、金を払っている一般読者も愚弄している。 p254 大澤「「西洋」を理解するというぼくらの目標」と言ってながら、実際には西洋で一般的な解釈を説明する内容ではなく「橋爪独自解釈」がだらだらと書かれているというのでは、宣伝文句に偽りがある。 ※ 本ページにおける「参考文献」は、学術論文に使用出来るレベルのものとは限らない。一般向けにアクセスし易い便によって選定されることもある。 間違いだらけの「ふしぎなキリスト教」 聖書篇(総合・旧約) 聖書篇(新約その1) ・ (新約その2) 神学篇 他宗教篇(仏教・神道・イスラーム)(間違いだらけの惨状は他宗教の記述でも同様。これで比較が可能なのでしょうか?) 疑問符が山ほどつく「ふしぎなキリスト教」 「ふしぎなキリスト教」以外の良い入門書(あるんです!)紹介 (誠実な著者による良書からこそ学びましょう^^) 歴史についての間違い 歴史 頁数 誤りのある記述の引用 正しくは 参考文献 p26 「ローマ軍の手でエルサレムの神殿が壊されて、ユダヤ民族は世界中に散らされてしまったんですね」 (東京工業大学で行われた2004年度の宗教社会学のレジュメから窺われるように)橋爪氏が、ユダヤ民族が世界中に散らされたのはローマ軍によってエルサレムが破壊された70年以降だ、と考えているのであれば、明確に誤りである。紀元前から既にディアスポラのユダヤ人がいたことは確かである(たとえば、ディアスポラのユダヤ人の一人として、本書で何度も取り上げられているパウロが挙げられる)。しかし、70年以前にディアスポラのユダヤ人が既にいたことを承知しつつ、しかし大雑把にユダヤ教の流れを語るためにこのように述べているのかもしれない。大澤氏が102頁で「バビロン捕囚の後に、ディアスポラ(離散の民)ということが言われるようになります」と語っていて、それを橋爪氏は訂正していないから、こちらであるかもしれない(このような橋爪氏の説明は、前提とする読者のことを考えれば大雑把に過ぎると思われるが、この点については議論が分かれるところであろう)。なお、大澤氏がこの「ディアスポラ」が何を意味するのか分かった上で語っているのか、かなり怪しいことも指摘しておこう(102-103頁で大澤氏は、ディアスポラのユダヤ人を寄留者と同じように理解しているようだし、「特定の土地に定住しきらない移動する」人々とも考えているようだが、ディアスポラのユダヤ人はユダヤの地以外に寄留ではなく定住している人々のことも当然指す)。 Catholic Encyclopedia Diaspora p33p34 「イエス・キリストの時代には、神殿で儀式を行う人びとはサドカイ派、律法を守る人びとはパリサイ派、と呼ばれていた」「神殿で儀式を行ない、ヤハウェに犠牲を献げるのが、祭司たちです。サドカイ派は、こういうグループだった」 神殿で儀式を行う人びとは、祭司であり、その中にはサドカイ派の者もいたが、全てがそうであるわけではなかった。サドカイ派は当時のセクトの一つであって、モーセ5書のみを権威あるものと認め、口伝律法、霊魂不滅、復活思想を認めない点に特徴があるが、しかし当然律法を守っていた。この点から、「律法を守る人びとはパリサイ派」とは珍妙な説明であることが分かろう。そもそも程度の差こそあれ、ユダヤ人であれば誰でも律法を守っていたのだから。パリサイ派は律法をただ守っていただけではなく、より厳格に守ろうとしたセクトであり、且つ成文律法(モーセ五書)のみならず口伝律法にも権威を与えていたセクトである。 A.J. Saldarini, Pharisees, Scribes, and Sadducees in Palestinian Society p34 「バビロン捕囚から戻ってからは、預言者が現れなくなる。実際には現れたのでしょうが、見つけ次第、弾圧されるようになった。」 典拠不明。橋爪氏は捕囚後の預言者であるハガイもゼカリヤも居なかったと主張したいのだろうか。「聖書には書かれているが実在しなかったと思う」というのであれば、典拠をつけてそう主張するべきだ。橋爪氏がハガイもゼカリヤも知らないだけではないかと疑われる事を避けるためにも。 預言者ハガイが、ユダの総督シュアルティエルの子ゼルバベルと、大祭司ヨツァダクの子ヨシュアに対して預言した際、ハガイは「弾圧される」どころか、ゼルバベルとヨシュア、および民はハガイに耳を傾け(ハガイ書1章12節)、ハガイの預言通りに神殿再建に取り掛かっている(ハガイ書1章14節)。 HAGGAI - Online Information article about HAGGAIZECHARIAH - Online Information article about ZECHARIAHハガイ書1章12節ハガイ書1章14節 p34p112 「イエスが処刑されたあと、エルサレムの神殿が破壊され、神殿を拠点にしていた祭司がいなくなった。預言者もとっくにいない。律法学者だけ残った。これが、いま私たちが知っているユダヤ教です。」「律法学者(イエスの時代には、パリサイ派と呼ばれた)」 エルサレム神殿崩壊後に残った集団が「いま私たちが知っているユダヤ教」を作った、と言いたいのであれば、ファリサイ派が残った、と言うべきであろう。律法学者は読み書きに関する能力を持った人びとを指すのであって、従って神殿崩壊後に主流となったファリサイ派以外のセクト、つまり神殿崩壊と同時あるいはその後に歴史から姿を消してしまったサドカイ派、エッセネ派にも律法学者がいたのである。従って、律法学者が「イエスの時代には、パリサイ派と呼ばれた」とは明確な誤りである。 A.J. Saldarini, Pharisees, Scribes, and Sadducees in Palestinian Society p41 「イスラエルの民には、ヤコブの十二人の息子をそれぞれ先祖だと信じている、十二の部族がある」「ヤコブの十二人の息子の子孫が、イスラエル十二部族となり、めいめい土地を割り当てられて、カナンの地に定着します」 ヨセフ族がマナセ族とエフライム族に分かれ(マナセとエフライムはヨセフの息子であり、従ってヤコブの孫である)、ユダ族、イッサカル族、ゼブルン族、ルベン族、シメオン族、ガド族、ベニヤミン族、ダン族、アシェル族、ナフタリ族、レビ族、マナセ族、エフライム族、の十三部族とする伝承が一般的。土地の割り当てについて述べるならば、この伝承に基づく区分を採用すべきである。何故なら、橋爪氏の言葉に従えば、レビ族も土地を取得したことになってしまうからである! Catholic Encyclopedia:Jewish Tribe p41 「南側のユダ族が広い範囲を占めていて、北側に残りの部族がいる」 南北王朝時代の南ユダ王国とユダ族の土地の混同。時代も違う上、ユダ王国はユダ族だけの土地ではない。ベニヤミン族の土地もユダ王国に属する。また、仮にユダ族の土地だとしても、民数記26章とヨシュア記19章などを参照すると分かるように、別に広い土地だったわけではない。 Tribe of Judah, Territory of Judah. Jewish Enyclopedia Old Testament Map 4 - The Tribes of Israel p133-4 「イエスについては、文書記録があります。でもそれは、福音書に限られる。キリスト教の初期教会が伝える福音書がすべてだと言っていい」「別の記録、たとえば、ユダヤ教側の文書とか、イエスを十字架で処刑したローマ側の文書とか」は「見つからなかった」 イエスと同時代のユダヤ人フラヴィウス・ヨセフス(37年頃から100年頃)が93年か94年に著した『ユダヤ古代誌』18・63以下にイエスについての証言がある。尤も、この個所がヨセフスの真筆であるかについては議論があるが。 『ユダヤ古代誌』18・63以下 p139 「いつキリスト教が成立したかというと、それは、パウロの書簡によってである」。 聖書学の分野では一般に、パウロはユダヤ教に属すると考えられている。イエスをキリストと信じる人びとが、自分たちはユダヤ教徒であるかどうかというアイデンティティに関わる問題を自覚し始めたのは、パウロの死後であり、第一次ユダヤ戦争が終わってから、つまり70年以降である。 佐藤研『聖書時代史―新約篇』岩波現代文庫、2003年、144頁以下]上村静『旧約聖書と新約聖書』新教出版社、2011年、259頁以下。 p150p207 「当時、『義の教師』という人びとがいて」「歴史的実在としてのイエスは」「義の教師」 「義の教師」は死海文書に現れ、クムラン教団を作った人物あるいはこの教団の指導者を指していると考えられている。橋爪氏が「義の教師」という言葉でどのような人びとあるいは集団を指しているか不明であるが、「義の教師」はテクニカルタームであるから、この名称を用いては誤解を招く。従って、訂正が必要。 死海文書入門講座Ⅵ 和田 幹男 VI 正義の教師-クムラン教団の起源を求めて p161 ヘロデ大王の死後、四人の息子が国土を分割した 歴史的事実としてヘロデ大王の息子のうち、存命したのはアルケラオス、ヘロデ・アンティパス、フィリッポスの3人だけである(他は処刑された)。アルケラオスは「民族統治者 ethnarches」としてユダヤとサマリアを、ヘロデ・アンティパス及びフィリッポスは「四分領守 tetrarches」として、前者がガリラヤとペレアを、後者が北トランス・ヨルダンを支配した。「民族統治者」も「四分領主」も「王」ではない。ローマの皇帝の承認なしで「王」を名乗ればローマに対する反逆罪となる(なお、ヘロデ大王は遺言でアルケラオスを王としたが、これはアウグストゥスに許されず、従ってアルケラオスは「民族統治者」になったのである)。これを押さえずにイエスの時代を語れない。なお、第14版では「三人」と正しく訂正されていることを付言しておこう。 Herod the Great BiographyHerod Encyclopædia Britannica山我 哲雄 (著), 佐藤 研 (著) 『旧約新約聖書時代史』p169 - p170, 教文館 (1992/02) ISBN 4764279037 p161 「さらに、ローマの総督がいて」 同頁の文脈から見ると、当時のユダヤにはヘロデ王家(ヘロデ大王の息子アルケラオスのことであろう)、サンヘドリン、そして総督が同時期にいたように書かれているが、ヘロデ大王の後でユダヤとサマリアの支配者となったヘロデ・アルケラオスが失脚し(6年)、その後、ユダヤとサマリアはローマの属州となり、その結果ローマ総督が派遣されたのであって、アルケラオスと総督が同時期にいたわけではない。 佐藤研『聖書時代史―新約篇』岩波現代文庫、2003年、24頁。 p164 「イエスは、モーセの律法に違反する重大刑事犯なので、議会が逮捕して裁判にかけた。王もいたけれど、宗教法に関することなので、関与しなかったと思う」 上に挙げたように、当時のあの時代のユダヤ属州はローマ統治下なので王は持てない。「ユダヤの王」を名乗ったらローマに対する反逆罪で国ごとつぶされる恐れがあった。だからユダヤ属州には王はいなかったし、イエスがユダヤの王だと思われたらローマににらまれる可能性があった。大勢を守るために一人を殺そうと大祭司カイアファが判断した、というのは福音書にもある記述。ヘロデ大王が死んで領土が分割され、ヘロデ・アグリッパ一世がまたローマに認めてもらうまで、その間の期間にユダヤ属州に王はいない。そもそも、「金の冠」のかわりに「イバラの冠」、「王笏」のかわりに「葦の棒」、「紫の衣」のかわりに「裸に兵士の赤いマント」というのは、「王になれない偽者の王だ」っていう見せしめ、精神的な拷問の意味もあった。そして十字架にINRI、「ナザレのイエス ユダヤの王」が罪状書きとされた。ローマ帝国の総督ピラトは「イバラの冠」などでイエスを王になれない偽者の王として飾り立て、ユダヤ人たちに「見よ、あなたたちの王だ」と見せ付けてさらしものにする。それに対してユダヤ人は「わたしたちには、皇帝のほかには王はありません」と答える(ヨハネ19:14-15)。イエス裁判のシーンでピラトがイエスに真っ先に聞くのは「お前はユダヤの王なのか」ということなどは、すべての福音書に共通している。当時のユダヤ属州に「王」がいてはいけなかった、ということが前提でないと、イエス裁判のシーンは成立しない Jesus Christ The Political Situation Encyclopædia Britannica Judaea Encyclopædia BritannicaPontius-Pilate Encyclopædia Britannica p167 「パウロは」神の子を「どう考えていたか。……神の子とは、どういうアイデアかというと、まず、あちこちの国王がそのように主張していた。成り上がりの王が、自分の血筋を誇れない場合、「自分は太陽の子だ」とか「神の子だ」とか主張したんです。それは、パウロも知っていたと思う。だから、当時、神の子という考え方がまったくなかったわけではない」 パウロはローマ帝国の中で生きていたのだから、「あちこちの国王」の話をするのではなく、ローマ皇帝崇拝を語るべきであろう。というのも、初代皇帝アウグストゥス(在位前27-後14年)がまさに「神の子 divi filius」の称号を得ているからである。左記の指摘に対し、divi filiusであってDei filiusではない、との指摘が寄せられたので、当時のコインや碑文で、ローマ皇帝がギリシャ語で「神の子(theou hyios)」と呼ばれているものが幾つもある、ということを指摘しておきたい。更に、現在のトルコにある小アジアの都市プリエネから出土した、紀元前9年に発令された暦の勅令に関する碑文『プリエネ碑文』では、アウグストゥスが端的に「神 theos」と呼ばれていることも、ついでながらここで指摘しておこう。だから、イエスが「神の子」であると語ることは、ローマ帝国に対する抵抗の意味もあるかもしれない。以上から、パウロは「神の子」という概念があることを「知っていたと思う」と曖昧に語るのは困難であろう。彼は、ローマ帝国反逆者の処刑法である十字架刑に処せられたイエスを自覚的に「神の子」と呼んでいるのであり、それがローマ皇帝に対する或はローマ皇帝をそのように呼ぶ人々に対する批判をも意味することを自覚していた、と考えるのが妥当である。 Richard Niswonger, New Testament HistoryRichard A. Horsley, Paul and Empire Religion and Power in Roman Imperial Societyプリエネ碑文 p172 「当時のユダヤ教のグループには、パリサイ派とサドカイ派のほかいに、エッセネ派というのがあって、…。エッセネ派は、裁きの日は近いと考えて、人里離れた山の中にこもり、独身主義で祈りの生活を送る、みたいな人びとなんですね。独身主義で祈りの生活を送っていたら、五十年もすればその集団は消滅してしまうわけで、だからいなくなってしまったグループなんです」 イエスと同時代のヨセフス(37年頃から100年頃)の『ユダヤ戦記』II・8・4には、エッセネ派は山の中に出はなく「一つの町に住んでいるわけではなく、各町ごとに(共同住宅に)定住している」と書かれている。更にヨセフスは、エッセネ派にも様々なグループがあり、あるエッセネ派のグループでは、結婚を認めている、と報告している(『戦記』II・8・13)。つまり、橋爪氏はエッセネ派の多様性を考えていないのである。橋爪氏はエッセネ派の中のクムラン宗団を念頭において発言されたと思われる。この集団は紀元前2-1世紀には出来上がったと考えられるが、滅びたのは結婚しなかったからではなく、ローマ軍に占拠されたからである。70年頃と考えられているから、50年以上は消滅せずに残っていたのであった。エッセネ派はエルサレムの神殿がなくとも信仰は守れると主張した。そのため、一部の研究者は、このセクトが洗礼者ヨハネやイエスにも近い存在だった考える。エッセネ派が歴史の表舞台から消えていった理由は様々考えられているが、そののひとつとして、紀元70年のエルサレム神殿の破壊が挙げられるかもしれない。ローマによる弾圧に加え、神殿を失ったため、神殿に対抗する勢力として自らを規定していたグループであったため、存在意義が薄れてしまったのである。そのため、律法学者のファリサイ派の一部と合流していったと考えられている。また、これは橋爪大三郎の『性愛論』などにもみられる彼の独自の考え方であるが、独身主義をとった集団は滅びる、というものがあるらしい。その根拠は不明である。そもそも、独身主義や禁欲主義の団体は新人の入会を拒むとは限らない。カトリックの聖職者は独身が原則であり、正教の修道士聖職者は独身者であり、両教会にも修道制があるが、極めて長い期間存続しているのをどう説明するのだろうか? 死海文書入門講座II 和田 幹男 Ⅲ Ⅱ キルベト・クムランの発掘調査死海文書入門講座Ⅲ 和田 幹男 Ⅲ キルベト・クムランにいた住民は誰かEssenes - Jewish Encyclopedia Essene - Encyclopedia Britanica p173 大澤「イエスのグループを、エッセネ派と違うというので、『ナザレ派』と呼ぶ人びともいる」 典拠不明。誰がこのように言っているか、明言して欲しい。もちろん、イエスのグループを「ナザレ派」と呼ぶ研究者はいるが、それはイエスのグループをユダヤ教内部の一派と捉え、エッセネ派のみならずファリサイ派やサドカイ派からも区別するためである(例えば、出村彰『キリスト教入門2歴史』日本基督教団出版局、1981年(4版)、8頁など)。エッセネ派とだけ区別するだけの名称では、情報として不十分である。 出村彰『キリスト教入門2歴史』日本基督教団出版局、1981年(4版) p216 「(ユダの福音書が英訳されたことは)日本では一行もニュースにならなかった」 たとえば日経新聞が2006年4月7日に伝えている。日経新聞を始めとした諸新聞はニュースを伝えていない、と橋爪氏は言いたいのか。 歴史を覆す大発見! 「ユダの福音書」が明かす、イエス・キリストの最後の言葉 p236 「そもそも、教会というものができたことが、パウロの最大の貢献ですね」 パウロ以前に教会は(その形態がどのようなものであれ)各地にあった、と考えるのが自然。そもそも、パウロは『ガラテヤの信徒への手紙』1章13節で、召命を受ける/回心する前に「わたしは、徹底的に神の教会を迫害し、滅ぼそうとしていました」と述べている。もし教会がパウロによって成立したのであれば、パウロがキリスト者になる前には教会が無かったことになる。しかし、パウロはキリスト者になる前に教会を迫害し、滅ぼそうとしていた。矛盾である。 ガラテヤの信徒への手紙1章 p237 「ユダヤ教」はローマ世界の神々を礼拝しなかったが、「ユダヤ人コミュニティに閉じていたので」、そのようには「見えにくかった」。だから「キリスト教は、初めて公然と現れた一神教として、人びとに深い印象を残した。キリスト教は無神論だから、神を拝まないのだろうと言われていたほどです」 事実と異なる。キリスト教以前にユダヤ教の人々がローマの神々を礼拝しなかったので、既に人々の注目を集めていた。例えば、前1世紀の修辞学者アポロニオス・モロン(キケロやカエサルの師匠)は、ユダヤ人を「無神論者」と罵っているが、これはユダヤ人が自分たちの主以外を礼拝しなかったからである。そもそもこのようにユダヤ人が侮蔑されたのも、彼らがヘレニズム世界に広く、しかもかなりの人数が住んでいたからである。ユダヤ人がいない土地を探すのは困難である、と当時言われていたほどであり、更に、ユダヤ人の中には上層階級に属し、政治的に活躍した人物も居た(たとえば、アレクサンドリアのフィロンの甥であるティベリウス・ユリウス・アレクサンデルは、ユダヤ総督やエジプト領事にもなった)。 野町啓『学術都市アレクサンドリア』 p238 (「19 初期の教会」の項目内で)「ユダヤ教のシナゴーグは、男女別々に着席する。イスラム教のモスクもそう。キリスト教の教会は、男女いっしょに座る。」 現代では確かに大半の教会が、教会堂内で祈る位置につき、男女の区別をしていない。しかしこの個所では橋爪氏は初期教会について語っているので誤り。初期教会においては男女の位置は区別されており、これは最近まで守られていた習慣である。4世紀のエルサレムの聖キュリロス(イエルサリムの聖キリル)も、教会堂内では男女それぞれ祈るよう教えている。またギリシャ正教会、コプト教会など、男女を教会堂内の位置で(教会堂の左右などで)分けるという習慣を守っているものが今でも一部存在する(正教会の全てで守られているわけではないが、守っている者・地域も少なくないということ)。なお、「座る」というのも一面的に過ぎる。正教会は立って祈るのが基本的姿勢である。現代の一部教会を見ただけで、初期教会や世界中の教会につき、勝手に想像して断定するべきではない。 Separate Church Seating ArrangementWhy do men and women sit on different sides in the church?Greek Orthodox Funeral for a Priest_Choir of Saint Sophia Greek Cathedral London(ギリシャ正教会聖ソフィア大聖堂での埋葬式の動画、ロンドン) p251 「180頃 『新約聖書成立』」 新約聖書が成立とは何を指しているのか不明である。新約聖書に収められている全ての文書が出揃ったのが180年頃と言うならば、遅すぎる(一般に、新約聖書諸文書の中で最も新しいのは『ペテロの手紙二』であり、これが150年より後に執筆されたと考える研究者はほぼいない)。テルトゥリアヌスが初めて「新約聖書」という名称を用いたことを誤って「新約聖書成立」と書いているのだろうか。しかし、テルトゥリアヌスがキリスト者となったのは180年より後であるから、早すぎる。正典としての『新約聖書』が成立した、という意味であるのか。しかしこれも、全くの間違い。そもそも西方教会において現行の新約聖書に含まれるのと同じ27書が正典とされたのは393年のヒッポーの宗教会議においてであり、397年の第3回カルタゴ宗教会議にて正典目録が発布されたのである(東方教会はもっと遅い)。 Catholic Encyclopedia Canon of the New Testament p255 「(五大総主教座エルサレム、アンティオキア、アレクサンドリア、コンスタンティノープル、ローマのうち)最初の三つはまもなく開店休業になって」 開店休業どころか、どの総主教庁も正教会のものも非カルケドン派のものも、全て現代まで存続している。この論法だとこの前永眠したコプトのシェヌーダ3世も「開店休業の主」だった事になるのだから、橋爪氏はコプトに対して非常に失礼なことを語っているのではないだろうか。また、トゥルーリ公会議では「ローマ、コンスタンティノポリ、アレクサンドリア、アンティオキア、イェルサリム」という序列が定められているが、何でこんな並べ方をしたのかは不明。 The Quinsext Council (or the Council in Trullo), 692 , CANON XXXVI.参照 コプト正教会の教皇シェヌーダ3世が死去、エジプト (AFPBB 2012年03月19日 09 54) p256 「全部で六回開かれた公会議の内容をすべて承認している(正教とカトリック)」 正しくは7回。これは「細かい間違い」ではない(「幾つの公会議を承認しているのか」がカルケドン公会議を認める側と認めない側を分ける分水嶺になっているため)。なお、14刷では正しく7回と訂正されていることも付言しておこう。 OCA - The Orthodox Faith - Volume I - DoctrineSources of Christian Doctrine - The Councils(アメリカ正教会) p256 「東方教会と西方教会が分裂したのは、スポンサーであるローマ帝国が、テオドシウス帝の死後、東西に分裂したからです(395年)。分裂してしばらくすると、両教会合同の公会議が開けなくなった。道中の警護や経費の負担ができないからです。」 高校の受験世界史通りに「1054年」を目安にせよとは言わないが、395年に起点を求めるとは幾らなんでも早過ぎる。正教とカトリック双方から有効性が認められている全地公会(第三:431年、第四:451年、第五:553年、第六:681年、第七:787年)は8世紀まで開かれているのであり、「ローマ帝国が分裂したから共同の公会議が開かれなくなった」というのは、もはや「解釈の違い」ではなく「事実に反する」。加えて、「帝国の分裂」=「教会の分裂」と簡単に言えるような事態だったら、イリュリクム統治領の教会管轄権の問題は起きよう筈も無い(イリュリクム統治領は東ローマ帝国治下だったが、教会管轄はローマ司教に帰属していた)。 久松英二『ギリシア正教 東方の智 (講談社選書メチエ)』28頁 - 29頁 OCA - The Orthodox Faith - Volume I - DoctrineSources of Christian Doctrine - The Councils(アメリカ正教会) p258 大澤「そもそもなんでローマ教会がラテン語を使ったのかよく解らない」橋爪「本来なら、ギリシア語であるべきですね」 「ローマ教会がなぜラテン語のみを使うようになったのかよく解らない」というのなら解るが、4世紀のシリアの聖エフレムだってシリア語使っていたのだから、ローマ教会が現地のラテン語を使ったことまでは、別段不思議がることではない。そもそもシリア語で膨大な著作を残した聖エフレムの存在を、橋爪氏も大澤氏も全く知らないと思われる。 St. Ephrem (Ephraem, Ephraim) the Syrian, (A.D. 373)(シリア正教会 アメリカ合衆国西部大主教区) p275 「初期教会は、ローマ帝国のただの任意団体で」 キリスト教が宗教法を作れない(間違い)、というところに現れた意味不明な記述である。初期教会がローマの国教となっていなかったことの表現のつもりかもしれないが、「任意団体」と言う限りは「公認」されていた(少なくとも適法と看做されていた)組織を意味するが、そのような歴史的事実は無い。ローマにおけるキリスト教の公認は4世紀である。そもそも「任意団体」という概念をあてはめること自体何が言いたいのか不明。任意団体は「法人」に対置される概念であって、団体の適法性・違法性は法人化の有無には拠らない。「公認」されたら「法人」と言いたいのか?「橋爪は宗教学者ではなく宗教社会学者だ」と擁護する向きもあるが、仮にも「社会学者」であれば、「法人」と「任意団体」の概念の違いを押さえてから発言するべき。 任意団体とNPO法人の違い | 京都市市民活動総合センター(流山市のウェブサイト内ページが消滅したため、参考リンクを変更) p312 「クジラに脂身がたくさんあって油が採れるとなれば、クジラを獲ってロウソクをつくってもいいし、(中略)こんなことは、キリスト教徒しかやらないんです。」 鯨油は江戸時代の日本でも照明・農薬など多目的に利用されていた。本書を読むと、キリスト教のみならず、日本の宗教・日本の歴史も誤解する。これも瑣末な間違いではない。間違いそのものも問題だが、橋爪氏による勝手な結論(キリスト教徒の特殊性強調)に合わせて、前提となる基本的な歴史的事実(日本人も同じことをしていた)が捻じ曲げられてしまっているという構造が、本質的問題である。 平戸市生月町博物館鯨の利用 外部リンク 間違いだらけの『ふしぎなキリスト教』とそれを評価する傾向につき 誤りと誤解と偏見に満ちている本, 2011/7/13 映画瓦版の読書日誌 ふしぎなキリスト教 橋爪大三郎×大澤真幸『ふしぎなキリスト教』に対する批判まとめ一覧 - Togetter 橋爪大三郎×大澤真幸『ふしぎなキリスト教』に対する批判100- Togetter 最新 橋爪大三郎×大澤真幸『ふしぎなキリスト教』に対する批判1 - Togetter(2以降と別のまとめ製作者によるもの) 橋爪大三郎×大澤真幸『ふしぎなキリスト教』に対する批判2 - Togetter(2以降のまとめの始まり)
https://w.atwiki.jp/fushiginakirisutokyo/pages/19.html
当ページでは、橋爪大三郎と大澤真幸による『ふしぎなキリスト教』(講談社現代新書)に記述されている、聖書に関して発言された部分での膨大な量の間違い・誤りを扱う。間違いだらけの「ふしぎなキリスト教」が容量オーバーになったため、聖書篇を分割して作成。 2012年7月18日現在、130個以上の誤りが挙げられているが、まだ未完成。なおこの誤りの数は明らかな誤りのみをカウントしたものであり、疑問符が山ほどつく「ふしぎなキリスト教」に挙げられている項目数は含まれていない。まだまだ対応出来て居ない間違いがあるため、今後さらにページを分割することも有り得る。 ※ 当ページ編集者は、「少しくらい間違っててもいいじゃないか」という価値観・感想には拠らない。 間違いの量が桁違いに多い(当ページにまとめている通り)。「少しくらい」のレベルを遥かに超えて居る。 理系ではそんな事は許されないが、文系でも同じ。真面目な文系研究者や読者に失礼。 関連する研究をしている人々の努力と業績を一切無視して講釈するのは、学者も、金を払っている一般読者も愚弄している。 p254 大澤「「西洋」を理解するというぼくらの目標」と言ってながら、実際には西洋で一般的な解釈を説明する内容ではなく「橋爪独自解釈」がだらだらと書かれているというのでは、宣伝文句に偽りがある。 ※ 本ページにおける「参考文献」は、学術論文に使用出来るレベルのものとは限らない。一般向けにアクセスし易い便によって選定されることもある。 間違いだらけの「ふしぎなキリスト教」 歴史篇(上記ページが容量オーバーになったため分割されたもの、以下同様) 聖書篇(総合・旧約) (新約その2) 神学篇 他宗教篇(仏教・神道・イスラーム)(間違いだらけの惨状は他宗教の記述でも同様。これで比較が可能なのでしょうか?) 疑問符が山ほどつく「ふしぎなキリスト教」 「ふしぎなキリスト教」以外の良い入門書(あるんです!)紹介 (誠実な著者による良書からこそ学びましょう^^) 聖書についての間違い 目次 1 総論 2 旧約 3 新約その1 新約その2 新約その1 (その2はこちら) 頁数 誤りのある記述の引用 正しくは 参考文献 p134 「マルコによる福音書が一番古く、後からの福音書は先のものを参照して書いている。つまり、ひとつの系統の文書なんです」 ヨハネによる福音書がマルコによる福音書を始めとした共観福音書を参照して書いているか、つまり同じ一つの系統に属す文書であるかは不明である。なるほど、この点は間違いではない、と反論されるかもしれない。しかし、137頁にある「福音書の系譜関係」においては、ヨハネによる福音書と他の福音書との関係がないように、つまり別系統の文書(というか、独立した文書)として示しているのだから、本書内で矛盾した主張をしていることになる。従って、論理的に橋爪氏は誤っているのである。 荒井献他『総説 新約聖書』日本キリスト教団出版局、1981年、175頁以下 p137 大澤「(共観福音書は)相互に比較対照しながら一緒に読む福音書という意味でしょう」(橋爪氏、これを訂正せず) マタイ、マルコ、ルカ福音書が「共観福音書」と呼ばれるのは、これら3つの福音書で多くの記事が重複しており並べて共に観ることができるから、あるいはこれらが共通した視線を有しているからである。研究者でもない限り、相互に比較対照しながら一緒に読まなくてもいっこうに構わない。 Catholic Encyclopedia Synoptics p139 「イエスは、自分で書物を書かなかった。最後は十字架で死んでしまうという話ですから、本人がそれを記録するわけにはいかない。」 どの福音書も「イエス・キリストの復活」で話が終わっている(マルコ福音書においても、現代残されている最後の部分は後代の加筆だとする説に則るとしても、十字架による刑死が最後ではなく、「空の墓」が最後の記述であって、十字架が最後の場面ではない)。橋爪氏は「復活の話は後代に付け加えられたもの」という説を唱えているためこのような話し方をしているのかもしれないが、少なくともそれは全キリスト教に適用出来る見解ではない(むしろ全体からみれば少数派)。むしろ「復活したイエス・キリスト自身が、自身の復活について書いた福音書」の方が説得力があるであろうに、そうされてはいないという実際の状況が、橋爪氏の説では全く説明がつかない。 マタイによる福音書 28章マルコによる福音書 16章ルカによる福音書 24章ヨハネによる福音書 20章・21章 p141 大澤:福音書には「いちおう著者の固有名詞が各テキストにはついていますが、ルカとかマルコといった名前は、象徴的なものにすぎなくて、じつは共作のようなものかもしれない」。 「象徴的なもの」が何を意味するのか不明である。そもそも、マタイ福音書およびマルコ福音書の著者がマタイ及びマルコであるとは2世紀前半のパピアスの言葉(エウセビオス『教会史』3巻39・15以下に収められている)に、ルカ福音書の著者がルカであるとはエイレナイオスの言葉(エウセビオス『教会史』5巻8・3に収められている)に遡るが、そこでこれら3つの福音書の著者がマタイ、マルコ、ルカであると言われているのは、この著者名が象徴的なものとして考えられてではなく、福音書の由来を使徒にできるだけ遡らせようとしたためである。この点では、139頁で橋爪氏が、福音書の「作者は、マルコ、マタイ、ルカ、ヨハネ。ほんとうに彼らが著者なのか、議論があります」と語っているのが、正しい。大澤氏の左記の言葉は、橋爪氏のこの言葉を無視してしまっている。 荒井献他『総説 新約聖書』日本キリスト教団出版局、1981年、127、146、162頁 p145 「いちばん古いマルコ福音書は、復活の記述がなく、墓がからっぽだったというところで、唐突に終わっている」 確かにマルコ福音書の終わりは唐突である。しかし、イエスの顕現物語は語られないにせよ、16章6節で、天使と思われる若者によってイエスの復活が女性たちに語られて、その後で唐突に終わっているのであって、墓がからっぽだったというところで終わっているわけではない。なお、マルコ福音書のイエスは自身が復活すると何度も語っていることも指摘しておこう(8 31; 9 31; 10 33; 14 28)。 マルコ福音書16章1-8節参照(なお、9節以下は後代の加筆であり、元来のものではない) p152-3 「福音書のなかに、復活をめぐって、それを信じるパリサイ派と、信じないサドカイ派が論争する場面が出てきます」 正しくは、使徒言行録である(23章6節以下) 使徒言行録23:6-8 p153p244 「イエスはガリラヤで、弟子たちのもとに現れ、そのあと天に昇った、と信じられるようになります」「復活したイエスに、ガリラヤ地方に行ったら会えるというので、そちらに行くと、弟子たちのところにイエスが現れた。それから、天に昇って行った」 復活したイエスのガリラヤでの顕現について語っているのはマタイ福音書であるが、この福音書では「そのあと天に昇った」、とは書かれていない(マタイ28 16以下)。復活顕現のあとで「天に昇った」と書かれているのはルカ福音書と使徒行伝であるが(ルカ福音書と使徒行伝は同じ著者によって著された)、これらにおいてはイエスが弟子たちに現れたのは、ガリラヤではなく、エルサレムである(ルカ24 36以下、使徒1 3以下)。何故橋爪氏が、復活したイエスは天に昇ったと語っているにもかかわらず、イエスが現れた場所をルカ福音書に従ってエルサレムとはせず、マタイ福音書に従ってガリラヤとしたのかは、不明である。 マタイによる福音書28 16ルカによる福音書24 36以下使徒行伝1 3以下 p153p165p167 橋爪氏:「イエス・キリストは『神の子』だとする考え方を、確立したのはパウロです」大澤氏:「最終的には、パウロによる解釈が定着して、イエスは『神の子』だということになったわけですが」「イエス・キリストが神の子だと決めたのは、パウロです」 典拠不明。一般に、イエスが神の子であるとパウロがはじめて主張したとは考えられていない。と言うのも、パウロが会ったこともないローマの教会の人びとに宛てた手紙の冒頭で、イエスが神の子であることを共通の前提として語っているからである(ロマ1 4)。これは、イエスが神の子であるとは、パウロが受け取った教えであることを示しているだろう。 ローマの信徒への手紙 1 4 p154 大澤「イエス・キリストだったら救世主という意味ですよね。神の子だったら、一段神に近づいていますよね。」「おっしゃるように、イエス・キリストを神というか、神の子というふうに見たことで…」 大澤氏も橋爪氏も「神の子」を神と同じ存在だと考えているが、「神の子」とは「義人」の意味で、つまり決して神ではない人間に対して用いられる呼称である場合もある(知恵の書2章12節以下参照)。だからパウロはキリスト者を「神の子ら」と呼べるのである(ガラテア3 26、4 5 etc)。この点を理解せずに、「神の子」という文字面だけから、神の子が神と同じような存在だと判断している橋爪氏及び大澤氏の判断は、誤りである。 知恵の書2章12節ガラテア3 26、4 5 etc p154 「それから、処女懐胎の話は、もう少し、古い層に属する、ありがちな奇蹟の話だと思う」 ここで橋爪氏は、パウロがイエス・キリストを「神の子」とした(注。これが誤りであることは上記参照)時期よりも古くに「処女懐胎の話」が成立したと述べているのだが、パウロのどの書簡にも、更に70年頃に成立したと考えられているマルコによる福音書にも処女懐胎の話が語られていないのだから、こんなことは言えないはずである。なるほど、「思う」と語尾につけているのだから留保がある、だから間違えとは言えない、と反論する方がいるかもしれないが、大澤氏が続けて「そうですね」と肯定しているのに対して橋爪氏が何も言ってはいないのだから、誤りと指摘できよう。そもそも留保すれば何でも勝手なことを言っても良いわけではないと思う。 p155 橋爪「福音書をよく読むと、イエスを『神の子』と明言していないんです。…福音書は…イエスが『神の子』であるかどうかに関して、及び腰である。」大澤「唯一『神の子』を明言しているヨハネ福音書は…」 例えば、マルコ福音書では1章1、11節、9章7節、14章61-62節、15章39節という決定的な個所でイエスが(しかも、場合によっては神自身によって)「神の子」であると明言されているし、マタイ福音書では16章16節、ルカ福音書では1章35節という決定的な個所でイエスが神の子であると語られている。 新共同訳聖書「神の子」検索結果 p156 大澤「共観福音書ではごくわずかしか『神の子』という語は用いられていませんし、それらにしても、他人がそれほど深い思想的な意味も込めずに、思わずイエスをそう呼ぶ場面で出てくるだけです(百人隊長が十字架のイエスをそう呼んだり、悪魔がイエスを挑発したりする場面)。」 新共同訳聖書でイエスが「神の子」と語られている個所を検索すれば、マタイによる福音書で9カ所、マルコによる福音書で4カ所、ルカによる福音書で6か所であるが、これが「ごくわずか」と言えるのだろうか。何故なら、「『神の子』の概念を明言している」と橋爪氏が語るヨハネ福音書では8カ所だからである。従って、マルコ福音書が少ない、とは単純な検索結果としては言えるが、「共観福音書ではごくわずかしか『神の子』という語は用いられていません」とは言えない。なお、上でも触れたが、共観福音書では神がイエスを「愛する子」「わたしの子」と言っている場面が記されており(マルコ1 11、9 7、マタイ3 17、17 5、ルカ3 22、9 35)、神がイエスをそのように呼んだ箇所まで含めれば、イエスを「神の子」と呼ぶ個所はさらに増える。従って、「共観福音書ではごくわずかしか『神の子』という語は用いられていません」とは言えない、と考えるのが適当である。百人隊長や悪魔がイエスを神の子と呼ぶのも深い意味があるとキリスト教では考えられているが、同箇所に深い思想的な意味もない、と大澤氏が述べた根拠は不明。特にマタイによる福音書16 16におけるシモン・ペテロがイエスを「神の子」とした箇所は、直後の箇所と合わせて、ペテロに連なるローマ教皇権の根拠としてローマカトリック教会では非常に重要視されており、同箇所につき教皇権の根拠としての解釈を否定する正教会およびプロテスタントとの間で今も議論になる箇所である。ペテロの「信仰告白」が「他人」による「深い意味も無い」ものとして判断した大澤氏の根拠は不明。なお、マタイによる福音書27章42- 43節では、イエスを十字架につけた側である祭司長、律法学者、長老らが、十字架にかけられたイエスを「今救ってもらうがよい。自分は神の子だと言っていたのだから。」と嘲弄しており、イエスが神の子とされていたことは敵対者にも認知されていたことが記されている。 新共同訳聖書「神の子」検索結果The Church Fathers' Interpretation of the Rock of Matthew 16 18 by William WebsterEKK新約聖書註解 p157 大澤「弟子たちに『お前たちは俺のことをどう思うか』と尋ねたら、ペテロが『あなたはメシア、生ける神の子』と答える。これに対してイエスは、否定も肯定もしていないんです。強いて言えば消極的な肯定という感じで、『そのことはお前の胸にしまっておけ」と告げている。…」橋爪「はい。それはマタイ福音書(16章16節)に書いてありますね」 マタイ福音書16章17節でイエスはペテロの答えに対して、「シモン・バルヨナ、あなたは幸いだ。あなたにこのことを現したのは、人間ではなく、わたしの天の父なのだ」(Μακάριος εἶ, Σίμων Βαριωνᾶ, ὅτι σὰρξ καὶ αἷμα οὐκ ἀπεκάλυψέ σοι, ἀλλ’ ὁ πατήρ μου ὁ ἐν τοῖς οὐρανοῖς.)と賞賛している。この「幸いだ」に当たるギリシア語(Μακάριος)の意味は全くの賞賛であることは、マタイ福音書5章3節以下「真福九端(八端)」に繰り返し登場する「幸いである」と同じ単語であることにも示されている。イエスがペテロの答えに「否定も肯定もしていない」のは、挙げられているマタイ福音書ではなく、マルコ福音書である(8章29-30節、ただしこちらには「神の子」は言われていない)。 Matthew 16 17 Greek Texts and Analysis (ΚΑΤΑ ΜΑΤΘΑΙΟΝ 16 17 Greek NT Greek Orthodox Churchからギリシャ語部分は引用) p158 「メシアはまず、軍事的リーダー、軍司令官なんです。もっと端的に言えば、どこかの国の王が、解放者としてやって来る」 確かに軍事的リーダーであるメシアもいる。しかし、レビ記4章5、16節等では祭司が「メシア/キリスト」と呼ばれている。そもそも、歴代誌上16章22節に現れる「メシアたち/キリストたち」(ヘブライ語及びギリシア語で複数形!)はイスラエルの民一般を指すと考えられている。また、イエスの同時代のクムラン教団では、王的メシアと並び祭司的メシアも言及されている。従って、「メシアはまず、軍事的リーダー、軍司令官なんです」とは、言えない。メシア/キリストとは神によって選ばれた人物のことであって、その役割が固定しているわけではないし、どこかの国の王だと決まっているわけでもない。 死海文書入門講座Ⅴ 和田 幹男 V 死海文書概観 2 p160 大澤「誰でも知っているように、イエスは…三日後に復活しました」 確かにマルコ福音書ではイエスが「三日の後に」復活すると語られているが(8:31、9:31、10:34)、しかしそのマルコ福音書にしてもイエスが復活したのは三日目である(十字架につけられた金曜日が一日目、土曜日が二日目、復活した日曜日が三日目。なお、マタイとルカはマルコのこの表現をきちんと訂正して「三日目」としている)。この点では橋爪氏が207頁で「三日目に復活する」と語っているのが正しい。 聖書に現れる「三日」 p168-9 橋爪氏:(パウロがイエスを「神の子」と考えたことに関連して)イエスは「生まれた最初から」神の子であることが「計画されていた。そうすると、処女懐胎で生まれたりすると、都合がいい」。「初めから、神の計画によって生まれた特別な存在、と考えられる」。 イエスが「処女懐胎で生まれた」とはパウロは全く語っていないのだから、パウロが処女懐胎を知っていたと論証することは不可能である(パウロが処女懐胎を知ったとしたら信じるかどうか、ということとは別問題である点に注意!)。更に、橋爪氏の主張はローマ書1章4節「聖なる霊によれば、死者の中からの復活によって力ある神の子と定められたのです」(新共同訳)と矛盾している。 ロマ書1章(口語訳) p170 「イエスが、ヤハウェを父と呼んでいたから、イエスが神の子と考えられるようになったのではないか」 トビト記(前200年頃成立?)13章4節でトビトは神を賛美した祈りの中で「神は私たちの主であり、私たちの父」と述べている。更に、シラ書23章1、4節、知恵の書14章3節などでも神を父と呼んでいる。つまり、神を父と呼んでいたユダヤ人は、イエスだけではない。つまり、「イエスが、ヤハウェを父と呼んでいたから、イエスが神の子と考えられるようになった」わけではない。 A Critical and Exegetical Commentary according to St. Matthew, p44参照 p175 「イエスの一行が食事をしていると、女性が入ってきて、高価な香油を瓶から髪にかけたり」 マルコ福音書14章3節及びマタイ福音書26章7節に従えば、「髪」ではなく「頭」である。「髪にかけた」は、ルカ福音書7章38節及びヨハネ福音書12章1節以下でイエスの足を女性が自分の髪で拭ったことと混同しているためか。しかし、こちらの場合、女性が高価な香油をかけたのはイエスの頭ではなく、足である。 マルコ福音書14章3節マタイ福音書26章7節ルカ福音書7章38節ヨハネ福音書12章3節 p178 「イエスのいう『神の国』は、これ(注。ユダヤ教的な「神の国」)を裏返したものです。…『ヨハネの黙示録』によると…」 イエスの「神の国」理解を語っているはずなのに、『ヨハネの黙示録』に話が飛んでいるのは、不明。たしかに『ヨハネの黙示録』には、この書物にあることはイエス・キリストによって伝えられたことだ、書かれているが(1章1節等)、橋爪氏は歴史上のイエスの神の国理解を説明していたはずなのだから、ここで『ヨハネの黙示録』を持ち出すのは、おかしい。 p176以下 「9キリスト教の終末論」で「神の国」を「場所」とのみ捉えている点について。 「神の国 η βασιλεια του θεου/των ουρανων」は、神の「領土」「土地」を意味するというよりはむしろ、神の「支配」を意味する。大澤氏は神の国が「イメージしにくいです」(179頁)と語っているが、「神の国」が「神の支配」をも意味することを知らなければ、当然であろう。これは「解釈」のレベルではなく、語義レベルの問題。βασιλειαは新約のギリシャ語でも古典ギリシャ語でも「王国」「領土」のほかに「支配」「主権」を示す語彙である。むしろ岩隈は「王たる事」「王位権」「支配」「統治」を第一義とし、ルカ福音1 33、19 12を挙げている。つまり辞書を引けばあっさり氷解する疑問である。 Catholic Encyclopedia Kingdom of God岩隈直『新約ギリシヤ語辞典』p83, 2006年5月11日"Greek - English Lexicon, Liddell Scott" p128, 1974 p183 橋爪「福音書の中に、一ヵ所だけ呪いの言葉があって、いちじくの樹の話なんですけど、エルサレムでお腹が空いたのでイエスがいちじくの樹のところに行ったら実がなっていなかった。そこで、『枯れてしまえ』と言った。そうしたら、『すぐに枯れた』というのと『しばらくして枯れた』というのと、ふたつのヴァージョンがあるのですが、枯れてしまった。枯れて、火にくべられるだろうというわけです。これはふつう、イエスの言葉を聞かないでパリサイ派に従っている人々のたとえだと解釈することになっています。とにかく呪われたグループがあって、滅びの道に入り、焼かれるということですね、裁きの日に」大澤「もちろん聖書に書いてあることだから、いちじく=パリサイ派だと解釈されているんでしょうけれど」 ここで語られている奇跡物語は、マルコによる福音書11章12-14、20-24節並行マタイによる福音書21章18-22節である。まず、細かいことではあるが、イエスは「枯れてしまえ」とは言っていない。イエスの言葉は、マルコによる福音書では「今から後いつまでも、お前から実を食べる者がないように」と、マタイによる福音書では「今から後いつまでも、お前には実がならないように」である(訳はいずれも新共同訳に従った)。更に、場所はエルサレムではなく、ベタニアとエルサレムの途中においてである(マルコ11章12節、マタイ21章18節)。実のならないいちじくが象徴しているのは不信仰な人々でありその中にはパリサイ派も含まれる、と解釈する人はいるだろうが、「いちじく=パリサイ派」と解釈することになっているわけではない。そもそもマタイによる福音書では、信仰が強ければ不可能と思われることもできるのだ、という話に編集されているので、イエスの言葉を聞かない敵対者を想定する必要はないかもしれない。マルコによる福音書では、サンドイッチ構造から、神殿体制(に関わる人々)が滅びるとは言っているかもしれないが、しかしパリサイ派はここには全く登場しない。祭司長や律法学者が滅びるのだ、と言うのならば、納得できるのであるが、枯れたいちじくは「火にくべられるだろう」とは語られていない。 p194-5 大澤「イエスは、律法を廃棄して、それを愛に置き換えた。ただ、律法を単純に否定し、排除したかというより、むしろ、愛こそが律法の成就だということになっています。弁証法でいう『止揚』という感じです」(橋爪氏、反論なし) イエスが律法を「廃棄」したとは福音書には書かれていない。むしろ、「わたしが来たのは律法や預言者を廃止するためだ、と思ってはならない。廃止するためではなく、完成するためである」とイエスは語っている(マタ5章17節)。もしこれをイエスに帰せず、福音書記者の思想とするならば、その根拠を明らかとしなければならない。因みに、愛こそが律法の成就とは、イエスではなくパウロの言葉であろう(『ガラテヤの信徒への手紙』5章14節、『ローマの信徒への手紙』13章8-10節)。 マタ5章17節ガラ5章14節ロマ13章10節 p197 「イエスは答えて…『…律法はこの二つに尽きている」と述べた。たくさんあった律法が、たった二条になってしまった」 橋爪氏が念頭においていたのは、マルコ福音書12章29-31節か、それともマタイ福音書22章37-40節か不明であるが、イエスの言葉は前者では「この二つにまさる掟はない」だし、後者では「律法全体と預言者はこの二つの掟に基づいている」なのだから、「尽きている」とは言っていない。なるほど、これらは新共同訳からの引用だから、橋爪氏の見ている日本語聖書にはそう書いてあるから間違いではない、と言う方がいるかもしれないが、マルコ福音書のギリシャ語もマタイ福音書のギリシャ語もどう考えても「尽きている」とは訳せない。自説のために聖書の文面を変えてはいけない。そもそもどちらの福音書であっても、すべての掟が大切であることが前提であり、その上でどの掟がより重要であるか、根本的であるかが問題となっているのだ。従って、「たった二条になってしまった」わけではない。 マルコ福音書12章マルコ福音書12章31節ギリシャ語マタイ福音書22章マタイ福音書22章40節 p198 イエスは「それから、呼びかけに応えるのに、割礼やほかの、どんな具体的な行動も必要ないことにした」 異邦人がイエスをキリストと信じる人々の群れに加わる際に、割礼が不必要であることが決まったのは、50年頃に行われた所謂「使徒会議」(使徒言行録15章1節以下、ガラテヤの信徒への手紙2章1節以下)の決議以降であり、それまでは割礼を必要と考える人々と不必要であると考える人が教会内に混在していた。これは明らかに史的イエスが割礼の不要を語らなかった、あるいは(ユダヤ人の間でのみ活動していために)語る必要がなかったためだと考えられよう。 使徒15章1節以下、ガラ2章1節以下 p199 「12 贖罪の論理」で、橋爪氏が贖罪死を同害報復説の観点から説明している点について。 誰が同害報復説を唱えているのか不明。そもそもマタイ福音書5章38-42節でイエスは同害報復という行いを否定しているが、これとイエスの死の同害報復説とをどのように調和させるつもりなのだろうか。 マタイ福音書5章 (その2に続く) 外部リンク 間違いだらけの『ふしぎなキリスト教』とそれを評価する傾向につき 誤りと誤解と偏見に満ちている本, 2011/7/13 映画瓦版の読書日誌 ふしぎなキリスト教 橋爪大三郎×大澤真幸『ふしぎなキリスト教』に対する批判まとめ一覧 - Togetter 橋爪大三郎×大澤真幸『ふしぎなキリスト教』に対する批判100- Togetter 最新 橋爪大三郎×大澤真幸『ふしぎなキリスト教』に対する批判1 - Togetter(2以降と別のまとめ製作者によるもの) 橋爪大三郎×大澤真幸『ふしぎなキリスト教』に対する批判2 - Togetter(2以降のまとめの始まり)
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アイテム一覧(新3章) ショートカット 一覧 赤い膜 赤色の羽根 天叢雲剣 ヴァジュラ 大ネジ オボツカグラの土 風しずくの祭壇 風しずくの種 カナイの珠 カナイの宝珠 神の羽衣 カルラの篳篥 カルラの横笛 金竜のウロコ 金竜玉 金竜のヒゲ 草薙剣 朽ちた木片 グリーンソウル 黒竜騎装 月氏霊魂 金剛杵 漆黒の魔石 疾風魂 邪悪なシルク 小竜根 白い膜 神界の念土 神界の木片 真黒竜騎装 神獣の鬣 神鳥の羽根 セキトのツノ ダークエッジ 大樹竜根 大念動波剣 祟神の御札 鉄くず 毒草 毒の根 ニライカナイの水 ニライの珠 ニライの宝珠 波動剣 波動ユニット 蛮族の弓 秘伝のリボン 秘伝の鱗粉 風隠の仮面 風隠の祭壇 風塊 フォックスファー ふしぎな笹葉 ふしぎな羽衣 舞将の具足 ブラックシールド ブラックスピア ブラックヘルム 魔界吟醸 魔界大吟醸 魔公爵のマント マジカルソード マジカルソードΩ マジカルソードΣ 魔性のレザー 魔米 メドゥーサの涙 猛毒の根 ユタの弓 ユニホーン 竜根 竜帝の肝 竜の肝 アイテム一覧(新3章) 注:レアかどうか不明なアイテムは、原則ノーマルとして記述しています レアの場合の報告は新規情報報告のログを確認して報告して下さい ノーマル→対戦時確実に入手可能なアイテム レア→対戦時に入手可能だが、確実ではないアイテム その他入手に特定条件が必要な場合はアイテム毎に記述しています 注意! 第4章稼働時より、「ミラー」という観点がなくなりました それにより、(ミラー)と表示されているものはすべてノーマルドロップになったので注意してください ショートカット あ|か|さ|た|な は|ま|や|ら|わ 一覧 赤い膜 入手元:クドラク 進化素材:カーミラ(赤い膜を所持)+ドラキュラ→クドラク 赤色の羽根 入手元:セキト 合成素材:+ユニホーン→セキトのツノ 天叢雲剣 入手元(レア):ヤマタノオロチ 入手元:スサノヲ 合成方法:草薙剣+聖水 進化素材:+オオオロチ(Lv10)→ヤマタノオロチ 変化:ヤマタノオロチ(Lv10)の姿を変化 ヴァジュラ 入手元(レア):雷神インドラ 進化素材:+雨神ミトラ→雷神インドラ 変化:雷神インドラ(Lv10)の姿を変化 大ネジ 入手元:ロボ四式要塞型 合成素材:+波動剣→波動ユニット オボツカグラの土 入手元(レア):鬼神ニラーハラー 合成素材:+ニライカナイの水→神界の念土 合成素材:+ニライの宝珠→ニライ 合成素材:+カナイの宝珠→カナイ 進化素材:+神人ニラーハラー(Lv10)→鬼神ニラーハラー 風しずくの祭壇 入手元(レア):風隠の支配者オロシ 合成素材:+風しずくの種→風隠の祭壇 変化:風隠の支配者オロシ(Lv10)の姿を変化 風しずくの種 入手元(レア):風隠の族長オロシ 合成素材:+風しずくの祭壇→風隠の祭壇 進化素材:+風の戦士ハヤテ(Lv10)→疾風の騎士ハヤテ 変化:風隠の族長オロシ(Lv10)の姿を変化 カナイの珠 入手元:カナイ 合成素材:+神界の念土→カナイ カナイの宝珠 入手元(レア):カナイ 合成素材:+オボツカグラの土→カナイ 神の羽衣 合成方法:ふしぎな笹葉+ふしぎな羽衣 進化素材:+アメノウズメ→女神アメノウズメ カルラの篳篥 入手元(レア):飛天カルラ 進化素材:+カルラ→飛天カルラ カルラの横笛 入手元:カルラ 進化素材:+カラステング(Lv10)→カルラ 金竜のウロコ 合成方法:金竜のヒゲ+赤竜のウロコ 合成素材:+竜帝の肝→金竜玉 金竜玉 入手元(レア):竜帝ファンロン 合成方法:金竜のウロコ+竜帝の肝 進化素材:+ファンロー(Lv10)→竜帝ファンロン 金竜のヒゲ 入手元:ファンロー 合成素材:+赤竜のウロコ→金竜のウロコ 草薙剣 入手元:ヤマト 合成素材:+聖水→天叢雲剣 朽ちた木片 入手元:ナンクルマル グリーンソウル 入手元(レア):龍神ククルカン 進化素材:+タマゴン(Lv10)→ケロゴン(緑) 進化素材:+ケツアルカトル(Lv10)→龍神ククルカン 変化:龍神ククルカン(Lv10)の姿を変化 黒竜騎装 合成方法:ブラックスピア+ブラックシールド 合成素材:+ブラックヘルム→真黒竜騎装 月氏霊魂 入手元(レア):波動剣士風魔 合成素材:+波動剣→大念動波剣 金剛杵 入手元:雨神ミトラ 進化素材:+アシユラ(Lv10)→雨神ミトラ 漆黒の魔石 入手元(レア):ダークネスマジカ 入手元(レア):魔導騎士カオスマジカ 合成素材:+マジカルソード→マジカルソードΩ 疾風魂 入手元:疾風の騎士ハヤテ 進化素材:+風隠の戦士ハヤテ(Lv10)→疾風の騎士ハヤテ 邪悪なシルク 入手元:魔公爵アスタロト 合成素材:+魔性のレザー→魔公爵のマント 変化:魔公爵アスタロト(Lv10)の姿を変化 小竜根 入手元:ルートドラン 合成素材:+竜根→大樹竜根 白い膜 入手元:クルースニク 進化素材:魔法騎士マジカ(白い膜を所持)+シモン→クルースニク 神界の念土 合成方法: ニライカナイの水 + オボツカグラの土 進化素材:+神人ニラーハラー→鬼神ニラーハラー 合成素材:+ ニライの珠 →ニライ 合成素材:+ カナイの珠 →カナイ 神界の木片 入手元(レア):ナンクルマル 合成素材:+ ニライカナイの水 →ナンクルマル 変化:ナンクルマル(Lv10)の姿を変化 真黒竜騎装 入手方法:ブラックヘルム+黒竜騎装 進化素材:+暗黒竜騎士レオン→漆黒の竜騎士レオン 神獣の鬣 入手元(レア):神獣シーサー 進化素材:+シーサー(Lv10)→神獣シーサー 変化:神獣シーサー(Lv10)の姿を変化 神鳥の羽根 入手元(レア):神鳥ガルーダ 進化素材:+カラステング→神鳥ガルーダ セキトのツノ 合成方法: ユニホーン + 赤色の羽根 進化素材:+天馬ユニコーン→セキト ダークエッジ 入手元:闇のジーク 入手元:暗黒騎士エッジ 進化素材:風のジーク(ダークエッジを所持)+竜騎兵レオンまたはカルラまたは月風魔→闇のジーク 合成素材:+邪煉瓦→ダークネスエッジ 大樹竜根 入手元(レア):大樹竜ルートドラゴン 合成方法: 竜根 + 小竜根 進化素材:+ルートドラン→大樹竜ルートドラゴン 変化:大樹竜ルートドラゴン(Lv10)の姿を変化 大念動波剣 合成方法: 波動剣 + 月氏霊魂 進化素材:+月風魔→波動剣士風魔 祟神の御札 入手元(レア):祟神スサノヲ 進化素材:スサノヲ+シロッチ(どちらかが祟神の御札を所持)→祟神スサノヲ 鉄くず 入手元:ヤマタノオロチ 新序章のページ参照 毒草 入手元:デスプラント 合成素材:+ 毒の根 →猛毒の根 毒の根 入手元:デスフィアープラント 合成素材:+ 毒草 →猛毒の根 ニライカナイの水 入手元:神人ニラーハラー 合成素材:+オボツカグラの土→神界の念土 合成素材:+神界の木片→ナンクルマル 変化:神人ニラーハラー(Lv10)の姿を変化 ニライの珠 入手元:ニライ 合成素材:+神界の念土→ニライ ニライの宝珠 入手元(レア):ニライ 合成素材:+オボツカグラの土→ニライ 波動剣 入手元(レア):月風魔 合成素材:+大ネジ→波動ユニット 合成素材:+月氏霊魂→大念動波剣 波動ユニット 合成方法:波動剣+大ネジ 進化素材:+ロボ四式→ロボ四式要塞型 蛮族の弓 入手元:弓使いユタ 進化素材:+ユタ(Lv10)→弓使いユタ 秘伝のリボン 入手元(レア):舞将アゲハ 合成素材:+秘伝の鱗粉→舞将の具足 秘伝の鱗粉 入手元:舞将アゲハ 合成素材:+秘伝のリボン→舞将の具足 風隠の仮面 入手元:風隠の戦士ハヤテ 進化素材:風の戦士ハヤテ風隠の仮面を所持させLv10でクラスチェンジ→風隠の戦士ハヤテ 風隠の祭壇 合成方法:風しずくの種+風しずくの祭壇 進化素材:+風隠の族長オロシ→風隠の支配者オロシ 風塊 入手元(レア):風鬼フウハク 入手元(レア):雷獣ヌエ 進化素材:+シーサー(Lv10)→雷獣ヌエ フォックスファー 入手元:ダッキ 進化素材:+ヤコ(Lv10)→ダッキ ふしぎな笹葉 入手元(レア):アメノウズメ 合成素材:+ふしぎな羽衣→神の羽衣 ふしぎな羽衣 入手元(レア):女神アメノウズメ 合成素材:+ふしぎな笹葉→神の羽衣 進化素材:+アメノウズメ(Lv10)→女神アメノウズメ 舞将の具足 合成方法:秘伝のリボン+秘伝の鱗粉 進化素材:+アゲハ→舞将アゲハ ブラックシールド 入手元(レア):暗黒竜騎士レオン 合成素材:+ブラックスピア→黒竜騎装 進化素材:+黒竜騎兵レオン(Lv10)→暗黒竜騎士レオン ブラックスピア 入手元:暗黒竜騎士レオン 合成素材:+ブラックシールド→黒竜騎装 進化素材:+竜騎兵レオン→黒竜騎兵レオン ブラックヘルム 入手元:漆黒の竜騎士レオン 合成素材:+黒竜騎装→真黒竜騎装 変化:漆黒の竜騎士レオン(Lv10)の姿を変化 魔界吟醸 入手元(レア):魔王ナナワライ 合成素材:+魔米→魔界大吟醸 変化:魔王ナナワライ(Lv10)の姿を変化 魔界大吟醸 合成方法:魔界吟醸+魔米 進化素材:+魔王ナナワライ(Lv10)→邪神ナナワライ 魔公爵のマント 合成方法:邪悪なシルク+魔性のレザー 進化素材:+悪魔アスタロ→魔公爵アスタロト マジカルソード 入手元:魔導騎士マジカ 入手元:魔導騎士カオスマジカ 合成素材:+真紅の魔石→マジカルソードΣ 合成素材:+漆黒の魔石→マジカルソードΩ マジカルソードΩ 合成方法:マジカルソード+漆黒の魔石 進化素材:+魔法騎士マジカ→ダークマジカ マジカルソードΣ 合成方法:マジカルソード+真紅の魔石 進化素材:+魔法騎士マジカ(Lv10)→魔導騎士マジカ 魔性のレザー 入手元:悪魔アスタロ 合成素材:+邪悪なシルク→魔公爵のマント 魔米 入手元:邪神ナナワライ 合成素材:+魔界吟醸→魔界大吟醸 変化:邪神ナナワライ(Lv10)の姿を変化 メドゥーサの涙 入手元(レア):女帝メドゥーサ 進化素材:+メドゥシアナ→女帝メドゥーサ 変化:女帝メドゥーサ(Lv10)の姿を変化 猛毒の根 入手元(レア):デスフィアープラント 合成方法:毒草+毒の根 進化素材:+ルートン(LV10)→デスプラント 変化:デスフィアープラント(Lv10)の姿を変化 ユタの弓 入手元(レア):弓使いユタ 進化素材:+ユタ→弓使いユタ ユニホーン 入手元(レア):天馬ユニコーン 合成素材:+赤色の羽根→セキトのツノ 竜根 入手元:大樹竜ルートドラゴン 合成素材:+小竜根→大樹竜根 竜帝の肝 入手元:竜帝ファンロン 合成素材:+金竜のウロコ→金竜玉 変化:竜帝ファンロン(Lv10)の姿を変化 竜の肝 入手元(レア):オオオロチ 新序章のページ参照
https://w.atwiki.jp/oreca2012/pages/76.html
アイテム一覧(新3章) ショートカット 一覧 赤い膜 赤色の羽根 天叢雲剣 ヴァジュラ 大ネジ オボツカグラの土 風しずくの祭壇 風しずくの種 カナイの珠 カナイの宝珠 神の羽衣 カルラの篳篥 カルラの横笛 金竜のウロコ 金竜玉 金竜のヒゲ 草薙剣 朽ちた木片 グリーンソウル 黒竜騎装 月氏霊魂 金剛杵 漆黒の魔石 疾風魂 邪悪なシルク 小竜根 白い膜 神界の念土 神界の木片 真黒竜騎装 神獣の鬣 神鳥の羽根 セキトのツノ ダークエッジ 大樹竜根 大念動波剣 祟神の御札 鉄くず 毒草 毒の根 ニライカナイの水 ニライの珠 ニライの宝珠 波動剣 波動ユニット 蛮族の弓 秘伝のリボン 秘伝の鱗粉 風隠の仮面 風隠の祭壇 風塊 フォックスファー ふしぎな笹葉 ふしぎな羽衣 舞将の具足 ブラックシールド ブラックスピア ブラックヘルム 魔界吟醸 魔界大吟醸 魔公爵のマント マジカルソード マジカルソードΩ マジカルソードΣ 魔性のレザー 魔米 メドゥーサの涙 猛毒の根 ユタの弓 ユニホーン 竜根 竜帝の肝 竜の肝 アイテム一覧(新3章) 注:レアかどうか不明なアイテムは、原則ノーマルとして記述しています レアの場合の報告は新規情報報告のログを確認して報告して下さい ノーマル→対戦時確実に入手可能なアイテム レア→対戦時に入手可能だが、確実ではないアイテム その他入手に特定条件が必要な場合はアイテム毎に記述しています 注意! 第4章稼働時より、「ミラー」という観点がなくなりました それにより、(ミラー)と表示されているものはすべてノーマルドロップになったので注意してください ショートカット あ|か|さ|た|な は|ま|や|ら|わ 一覧 赤い膜 入手元:クドラク 進化素材:カーミラ(赤い膜を所持)+ドラキュラ→クドラク 赤色の羽根 入手元:セキト 合成素材:+ユニホーン→セキトのツノ 天叢雲剣 入手元(レア):ヤマタノオロチ 入手元:スサノヲ 合成方法:草薙剣+聖水 進化素材:+オオオロチ(Lv10)→ヤマタノオロチ 変化:ヤマタノオロチ(Lv10)の姿を変化 ヴァジュラ 入手元(レア):雷神インドラ 進化素材:+雨神ミトラ→雷神インドラ 変化:雷神インドラ(Lv10)の姿を変化 大ネジ 入手元:ロボ四式要塞型 合成素材:+波動剣→波動ユニット オボツカグラの土 入手元(レア):鬼神ニラーハラー 合成素材:+ニライカナイの水→神界の念土 合成素材:+ニライの宝珠→ニライ 合成素材:+カナイの宝珠→カナイ 進化素材:+神人ニラーハラー(Lv10)→鬼神ニラーハラー 風しずくの祭壇 入手元(レア):風隠の支配者オロシ 合成素材:+風しずくの種→風隠の祭壇 変化:風隠の支配者オロシ(Lv10)の姿を変化 風しずくの種 入手元(レア):風隠の族長オロシ 合成素材:+風しずくの祭壇→風隠の祭壇 進化素材:+風の戦士ハヤテ(Lv10)→疾風の騎士ハヤテ 変化:風隠の族長オロシ(Lv10)の姿を変化 カナイの珠 入手元:カナイ 合成素材:+神界の念土→カナイ カナイの宝珠 入手元(レア):カナイ 合成素材:+オボツカグラの土→カナイ 神の羽衣 合成方法:ふしぎな笹葉+ふしぎな羽衣 進化素材:+アメノウズメ→女神アメノウズメ カルラの篳篥 入手元(レア):飛天カルラ 進化素材:+カルラ→飛天カルラ カルラの横笛 入手元:カルラ 進化素材:+カラステング(Lv10)→カルラ 金竜のウロコ 合成方法:金竜のヒゲ+赤竜のウロコ 合成素材:+竜帝の肝→金竜玉 金竜玉 入手元(レア):竜帝ファンロン 合成方法:金竜のウロコ+竜帝の肝 進化素材:+ファンロー(Lv10)→竜帝ファンロン 金竜のヒゲ 入手元:ファンロー 合成素材:+赤竜のウロコ→金竜のウロコ 草薙剣 入手元:ヤマト 合成素材:+聖水→天叢雲剣 朽ちた木片 入手元:ナンクルマル グリーンソウル 入手元(レア):龍神ククルカン 進化素材:+タマゴン(Lv10)→ケロゴン(緑) 進化素材:+ケツアルカトル(Lv10)→龍神ククルカン 変化:龍神ククルカン(Lv10)の姿を変化 黒竜騎装 合成方法:ブラックスピア+ブラックシールド 合成素材:+ブラックヘルム→真黒竜騎装 月氏霊魂 入手元(レア):波動剣士風魔 合成素材:+波動剣→大念動波剣 金剛杵 入手元:雨神ミトラ 進化素材:+アシユラ(Lv10)→雨神ミトラ 漆黒の魔石 入手元(レア):ダークネスマジカ 入手元(レア):魔導騎士カオスマジカ 合成素材:+マジカルソード→マジカルソードΩ 疾風魂 入手元:疾風の騎士ハヤテ 進化素材:+風隠の戦士ハヤテ(Lv10)→疾風の騎士ハヤテ 邪悪なシルク 入手元:魔公爵アスタロト 合成素材:+魔性のレザー→魔公爵のマント 変化:魔公爵アスタロト(Lv10)の姿を変化 小竜根 入手元:ルートドラン 合成素材:+竜根→大樹竜根 白い膜 入手元:クルースニク 進化素材:魔法騎士マジカ(白い膜を所持)+シモン→クルースニク 神界の念土 合成方法: ニライカナイの水 + オボツカグラの土 進化素材:+神人ニラーハラー→鬼神ニラーハラー 合成素材:+ ニライの珠 →ニライ 合成素材:+ カナイの珠 →カナイ 神界の木片 入手元(レア):ナンクルマル 合成素材:+ ニライカナイの水 →ナンクルマル 変化:ナンクルマル(Lv10)の姿を変化 真黒竜騎装 入手方法:ブラックヘルム+黒竜騎装 進化素材:+暗黒竜騎士レオン→漆黒の竜騎士レオン 神獣の鬣 入手元(レア):神獣シーサー 進化素材:+シーサー(Lv10)→神獣シーサー 変化:神獣シーサー(Lv10)の姿を変化 神鳥の羽根 入手元(レア):神鳥ガルーダ 進化素材:+カラステング→神鳥ガルーダ セキトのツノ 合成方法: ユニホーン + 赤色の羽根 進化素材:+天馬ユニコーン→セキト ダークエッジ 入手元:闇のジーク 入手元:暗黒騎士エッジ 進化素材:風のジーク(ダークエッジを所持)+竜騎兵レオンまたはカルラまたは月風魔→闇のジーク 合成素材:+邪煉瓦→ダークネスエッジ 大樹竜根 入手元(レア):大樹竜ルートドラゴン 合成方法: 竜根 + 小竜根 進化素材:+ルートドラン→大樹竜ルートドラゴン 変化:大樹竜ルートドラゴン(Lv10)の姿を変化 大念動波剣 合成方法: 波動剣 + 月氏霊魂 進化素材:+月風魔→波動剣士風魔 祟神の御札 入手元(レア):祟神スサノヲ 進化素材:スサノヲ+シロッチ(どちらかが祟神の御札を所持)→祟神スサノヲ 鉄くず 入手元:ヤマタノオロチ 新序章のページ参照 毒草 入手元:デスプラント 合成素材:+ 毒の根 →猛毒の根 毒の根 入手元:デスフィアープラント 合成素材:+ 毒草 →猛毒の根 ニライカナイの水 入手元:神人ニラーハラー 合成素材:+オボツカグラの土→神界の念土 合成素材:+神界の木片→ナンクルマル 変化:神人ニラーハラー(Lv10)の姿を変化 ニライの珠 入手元:ニライ 合成素材:+神界の念土→ニライ ニライの宝珠 入手元(レア):ニライ 合成素材:+オボツカグラの土→ニライ 波動剣 入手元(レア):月風魔 合成素材:+大ネジ→波動ユニット 合成素材:+月氏霊魂→大念動波剣 波動ユニット 合成方法:波動剣+大ネジ 進化素材:+ロボ四式→ロボ四式要塞型 蛮族の弓 入手元:弓使いユタ 進化素材:+ユタ(Lv10)→弓使いユタ 秘伝のリボン 入手元(レア):舞将アゲハ 合成素材:+秘伝の鱗粉→舞将の具足 秘伝の鱗粉 入手元:舞将アゲハ 合成素材:+秘伝のリボン→舞将の具足 風隠の仮面 入手元:風隠の戦士ハヤテ 進化素材:風の戦士ハヤテ風隠の仮面を所持させLv10でクラスチェンジ→風隠の戦士ハヤテ 風隠の祭壇 合成方法:風しずくの種+風しずくの祭壇 進化素材:+風隠の族長オロシ→風隠の支配者オロシ 風塊 入手元(レア):風鬼フウハク 入手元(レア):雷獣ヌエ 進化素材:+シーサー(Lv10)→雷獣ヌエ フォックスファー 入手元:ダッキ 進化素材:+ヤコ(Lv10)→ダッキ ふしぎな笹葉 入手元(レア):アメノウズメ 合成素材:+ふしぎな羽衣→神の羽衣 ふしぎな羽衣 入手元(レア):女神アメノウズメ 合成素材:+ふしぎな笹葉→神の羽衣 進化素材:+アメノウズメ(Lv10)→女神アメノウズメ 舞将の具足 合成方法:秘伝のリボン+秘伝の鱗粉 進化素材:+アゲハ→舞将アゲハ ブラックシールド 入手元(レア):暗黒竜騎士レオン 合成素材:+ブラックスピア→黒竜騎装 進化素材:+黒竜騎兵レオン(Lv10)→暗黒竜騎士レオン ブラックスピア 入手元:暗黒竜騎士レオン 合成素材:+ブラックシールド→黒竜騎装 進化素材:+竜騎兵レオン→黒竜騎兵レオン ブラックヘルム 入手元:漆黒の竜騎士レオン 合成素材:+黒竜騎装→真黒竜騎装 変化:漆黒の竜騎士レオン(Lv10)の姿を変化 魔界吟醸 入手元(レア):魔王ナナワライ 合成素材:+魔米→魔界大吟醸 変化:魔王ナナワライ(Lv10)の姿を変化 魔界大吟醸 合成方法:魔界吟醸+魔米 進化素材:+魔王ナナワライ(Lv10)→邪神ナナワライ 魔公爵のマント 合成方法:邪悪なシルク+魔性のレザー 進化素材:+悪魔アスタロ→魔公爵アスタロト マジカルソード 入手元:魔導騎士マジカ 入手元:魔導騎士カオスマジカ 合成素材:+真紅の魔石→マジカルソードΣ 合成素材:+漆黒の魔石→マジカルソードΩ マジカルソードΩ 合成方法:マジカルソード+漆黒の魔石 進化素材:+魔法騎士マジカ→ダークマジカ マジカルソードΣ 合成方法:マジカルソード+真紅の魔石 進化素材:+魔法騎士マジカ(Lv10)→魔導騎士マジカ 魔性のレザー 入手元:悪魔アスタロ 合成素材:+邪悪なシルク→魔公爵のマント 魔米 入手元:邪神ナナワライ 合成素材:+魔界吟醸→魔界大吟醸 変化:邪神ナナワライ(Lv10)の姿を変化 メドゥーサの涙 入手元(レア):女帝メドゥーサ 進化素材:+メドゥシアナ→女帝メドゥーサ 変化:女帝メドゥーサ(Lv10)の姿を変化 猛毒の根 入手元(レア):デスフィアープラント 合成方法:毒草+毒の根 進化素材:+ルートン(LV10)→デスプラント 変化:デスフィアープラント(Lv10)の姿を変化 ユタの弓 入手元(レア):弓使いユタ 進化素材:+ユタ→弓使いユタ ユニホーン 入手元(レア):天馬ユニコーン 合成素材:+赤色の羽根→セキトのツノ 竜根 入手元:大樹竜ルートドラゴン 合成素材:+小竜根→大樹竜根 竜帝の肝 入手元:竜帝ファンロン 合成素材:+金竜のウロコ→金竜玉 変化:竜帝ファンロン(Lv10)の姿を変化 竜の肝 入手元(レア):オオオロチ 新序章のページ参照
https://w.atwiki.jp/ringomaki/pages/79.html
ふしぎなアメ グッズ illus.Noriko Hotta 自分のたねポケモン1匹から進化する1進化ポケモン、またはその上の2進化ポケモンを、手札から1枚選び、そのポケモンにのせて進化させる。[2進化ポケモンを選んだ場合、1進化ポケモンをとばして進化させる。] グッズは、自分の番に何枚でも使える。 その他の情報 レアリティ:無し 効果などの解説 2進化ポケモンを採用するデッキでは、ほぼ必須カードであるほど重要なカード。たねポケモンから一気に1進化を飛ばして2進化に進化できるため、非常に便利。場に出したばかりのターンでも進化させられる。 「○○の化石」でも、その1進化、2進化に進化させられる。 ベイビィしんかをもっていようがいまいが、ベイビィポケモンからその進化であるたねポケモン、1進化ポケモンには進化できない。 この効果でたねポケモンから進化した2進化ポケモンが退化すると、1進化ではなくたねポケモンに戻る。 ポケモンカードゲームLEGEND以前のふしぎなアメには、[2進化ポケモンを選んだ場合、1進化ポケモンをとばして進化させる。]という文がないが、あるものとして扱う。 収録弾 拡張パック「夜明けの疾走」 拡張パック「月光の追跡」? メタグロスデッキ?
https://w.atwiki.jp/yugiohpocketmonsters/pages/204.html
ふしぎなアメ 【魔法カード】 自分フィールド上のモンスター1体のレベルを1上げる
https://w.atwiki.jp/mercury_dq9/pages/97.html
このページを編集 最速入手場所 セントシュタイン 販売場所 「sellふしぎなきのみ」をタグに含むページは1つもありません。 拾得場所 「getふしぎなきのみ」をタグに含むページは1つもありません。 落とす敵 「dropふしぎなきのみ」をタグに含むページは1つもありません。 このページを編集
https://w.atwiki.jp/seiyu-coversong/pages/1515.html
原曲・出原千花子,ヤング・フレッシュ 作詞・岩谷時子、作曲・宇野誠一郎、編曲・加藤和彦,清水信之 TVアニメ「ふしぎなメルモ」OP曲。 【登録タグ 1971年の楽曲 J-POP ふしぎなメルモ アニソン ヤング・フレッシュ 出原千花子】 カバーした声優 かないみか 桃井はるこ
https://w.atwiki.jp/kazu392h/pages/423.html
autolinkTOP>【ふ】>ふしぎなメルモ ふしぎなメルモ (ふしぎなめるも) 分類5【題名】 ジャンル5【その他・作品・番組】 1971~72年、全26話放送、手塚治虫原作。 赤いキャンディーと青いキャンディーで小さくなったり大きくなったり出来るすっごい不思議な話で、再放送で観た記憶では動物にもなれた様な…。 是非このキャンディーを江戸川コナンに!と切に思う。 命の尊さや家族の愛、果ては子供に向けての性知識をも解説した結構教育的な内容だった。 登録日 2004/04/27 【ふ】一覧 ファイズアクセル ファイブハンド ファミコンウォーズDS ファミリースタジアム V3 Vネックジャケット 風俗 夫婦 風魔鬼組 風魔の小次郎 風来坊 プール フェイドアウト 富嶽百景殺し旅 深田恭子 福原忍 袋とじ 富豪刑事 藤岡弘、 藤川球児 ふしぎなメルモ 藤崎奈々子は豚骨ラーメン 藤田平 藤田まこと 藤峰有希子 藤本敦士 豚マン 踏み切り ブラスターフォーム ブラチラ ブラックエンジェルズ ブラックジャック ブルースペイダー 古畑任三郎 フレームページ プレゼント 付録 PROJECT G4 プロパンガス プロ野球チップス ■ トップページへ移動 ▲ このページ上段に移動