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マクロスなのは 第2話「襲撃」その1←この前の話 『マクロスなのは』第2話その2 (*) 30分後 アルトはガウォーク形態のVF-25を、超低空で飛行させながら郊外へと向かわせていた。 管理局の広報担当者曰く、 「例えあなた達の物でも、質量兵器を管理局本部ビルの前に置くのは体面もあり困ります。だから受け入れ先が見つかるまで、郊外の施設中隊のヘリ格納庫に移動してください」 との事であった。 また、今後VF-25は機体自体がシール(封印)されるか、武装が全て撤去されてしまうそうである。 「しかし、魔法の世界とはなぁ・・・・・・」 簡易的な検査によると、俺とランカにもクラスオーバーA相当のリンカーコアが存在することが確認されていて、この世界でも十分やっていけることがわかっていた。 (EXギアなしで空を飛べるのか・・・・・・) この青い空を風を切って飛ぶ自分の姿を想像して内心ほくそえんでいると、レーダーに映る多数の小さな機影を発見した。 そちらの方向をみると、人間ほどの大きさの全翼機、魚でいうエイのような形をした航空機がいた。数は60機ほど。それらは綺麗な編隊を組んで飛んでいた。 (管理局のゴースト(無人機)か?) そんなことを考えるうちにそれらは急降下し、レーザー様のものを撃ち始めた。 (なに・・・・・・?) 驚愕しつつもモニターで彼らの行方を追う。着弾地点はどうやら学校だ。どう見てもそこは軍事基地には見えないし、下で逃げ惑う子供は小学生程度にしか見えなかった。 そこでは警備の者が散発的な対空射撃を行っているが、当たらないのかそれらはびくともしない。 そのゴーストは後に『ガジェットⅡ型』と呼ばれる機体で、速い上にAMFとシールドを展開しているので全く歯が立たないのだ。 防衛側は徐々にそのレーザーに倒れていく。建物に当たってもなんともないところを見ると非殺傷設定のようだが、それは子供に当たれば後遺症を残すに十分だろう。なぜなら彼らはバリアジャケットと呼ばれる装甲服を着ていないからだ。その程度のことははやてやなのは達からこの世界のこととして説明されていた。 いますぐ反転して救援しに行きたい衝動にかられるが、はやて達から厳重に質量兵器(VF-25)の使用禁止命令を受けていたため、あと1歩を踏み出せずにいた。 その時、視点がそのある一点に止まった。運動場の端の小屋からみんなのいる校舎に逃げ込もうとしたのだろう。子供が1人、運動場の真ん中を走りながら横切っていた。 (バ、バカ野郎!小屋にいれば安全なのに!) もちろん思いは届かない。 また、更に悪い事に彼は転んでしまった。それに興味を持ったのか、数機のゴースト(ガジェット)達が子供へと向かい、撃ち始める。 そこに1人の警備員が校舎から駆けつけた。彼は全方位バリア(魔力障壁)を張って子供を庇う。 しかし、ゴースト達は執拗だった。何発も何発もレーザーを撃ち込む。それは無人機が行うのに殺意すら感じられる。 その猛攻は遂にバリアを破り、レーザーが子供に覆い被さった彼の身を焦がす。 その光景はかつてフロンティアを襲った第2形態のバジュラの大群が、そこを蹂躙する光景をまざまざと蘇らせた。それと同時に、恋人を守って宇宙に吸い出されていった親友であり戦友であった者の姿が、その警備員と重なった。 瞬間、彼の中で何かが切れた。 45度傾いていた左手のスラストレバー(エンジン出力調整レバー)をさらに倒して真横に。 するとガウォーク形態だったVF-25は即座にファイター形態に可変した。続いて空力特性を悪くする翼下のフォールドスピーカーをパージ、スラストレバーを押し出しA/B(アフターバーナー)を点火。後ろから蹴られたかのように一気に増速する。しかしその手はコックピット前面の多目的ディスプレイを操作し続け、全ての兵装のプロテクトを解除していく。 多目的ディスプレイに映る兵装モニターが緑色の〝SAFETY(セーフティ)〟の文字から赤い〝ARM(アクティブ)〟という文字に変化する。 そして現場への到着と同時にさっきの2人とゴーストの間をわざと飛び、フレア(赤外線誘導型ミサイル回避用の高熱源体)を数発撒き散らした。 すると、予想通り危険度の優先順位を再設定したゴースト達は、こちらを追ってきた。その数は総数の半分程度にすぎないが、2人が逃げ込むには十分な隙を与えたはずだ。バックミラーで2人の退避を横目で確認すると、一路、海を目指す。 (こんなとこに墜とせるかよ) 下は住宅地。ゴーストが墜ちたらその被害は計り知れない。また、VF-25の装備するFASTパックの追加武装であるマイクロミサイル型HMM(ハイ・マニューバ・ミサイル)は、対バジュラ用のMDE(マイクロ・ディメンション・イーター)弾頭を搭載している。 バジュラの反乱に備えて改良と生産の続くこの弾頭は1発、1発が超小型のブラックホール爆弾のようなものだ。そんなものが万が一外れて民家に当たったら・・・・・・と思うと背筋が寒くなる。 幸い海までは10キロなく、すぐに眼下は青く染まった。 「ここなら・・・・・・!」 呟くと、押し出していたスラストレバーをフルリバースして簡易ガウォーク形態(噴射ノズルのついた足を展開するだけで、腕を省略した形態)に可変して足を前に振り出し、強烈な逆噴射を行う。それによって、従来の戦闘機のエアブレーキとは比較にならない加速度で減速、さらにバックした。 対してVF-25を全力で追っていたゴースト達は当然そんな機構などなく、勢い余って通り過ぎていった。 その航跡を目で追いながらミサイルのスイッチに指をかけると、ゴースト達を流し見る。するとそれに連れてコンピューターが敵にマルチロックオンを掛けていった。そして数にして10強の敵をロックオンレティクルに収めたのを確認した。 「アタァークッ!!」 掛け声と同時に、VF-25のエア・インテーク(吸気口)上に装備されたミサイルランチャーの装甲カバーが〝ガパッ〟と開く。 それと同時に内部のHMMが飛翔していった。 音速を遥かに超える戦闘機やバジュラに対抗する為に作られたこのミサイルは、内蔵するAI(人工知能)によって回避行動をしつつ1機につき3発ずつ、着実に命中した。 炸裂と同時に30もの紫色の異空間が出現し、空間をえぐりとっていく・・・・・・ あっという間に10数機の友軍を失ったゴーストだが、学校からやってきた分隊との合流を果たすと再び向かってきた。 これにはさすがに焦った。 VF-25は単体としてミサイルを搭載していないが、ブースター以外パージしていなかったFASTパックの追加武装によって肩部に38発のマイクロミサイルを搭載している。こちらの圧倒的な力を見せて撤退に追い込もうと思って、その数の4分の3強にも上るミサイルを一斉に使う大盤振る舞いをしたのだが、相手は損害をまったく恐れていなかったようだ。 また、MDE弾頭はお世辞にも安全とは言い難い。大気圏内で空間を抉り取れば、そこにあった大気は当然消滅する。すると気流がめちゃくちゃになり飛行を妨害する。 炸裂と同時に放射される大量のフォールド波の奔流も人体に悪影響を及ぼさないという保障はない。 それらを勘案して残ったミサイルの斉射を見送ると、兵装をチェックする。 「ガンポッドとビーム機銃、あと格闘でしのぐしかないか・・・・・・」 VF-25は再加速して敵に対峙した。 (*) 5分後 残る敵の4分の1を撃破したが、ガンポッドの残弾はすずめの涙となっていた。 撃破した敵に比べて弾の消費が多いのは、ここが大気圏であるせいだった。普段無重力で、ほぼ真空である宇宙での戦闘に慣れているためその修正に多くの弾を割(さ)いてしまったのだ。 また、敵もこちらが完全無欠の質量兵器だとわかったのだろう。エネルギーを防御力に転換するアドバンスド・エネルギー転換装甲(ASWAG)にかかる負荷が先ほどから大きくなっていて、構造維持のキャパシティ確保を脅かしている。これは相手の攻撃が殺傷(物理破壊)設定になったという事だろう。 そして転換装甲にエネルギーを回したため、両エア・インテークの隣(バトロイド時は腰)に装備された2基の『マウラーROVー25改 25mm荷電粒子ビーム機銃』、2門の頭部対空レーザー砲『マウラーROVー127C 12.7mmビーム機銃』も打ち止めだ。 脚部の装甲兼用のコンフォーマルタンクに入った推進剤もこの戦闘機動を続けるには残り少ない。通常飛行なら無尽蔵に存在する空気を圧縮膨張させて推進剤にすれば十分だが、通常の推進剤を使えば推進力は空気に比べて約6割アップする。またVF-25の各所に装備された高機動スラスターを作動させるにも推進剤は必要だ。自らを数倍する敵にあたるには推進剤に頼る他に選択肢はない。 しかし、ガンポッドに残る弾同様、推進剤はほとんどなくなってしまっていた。 「おっと!」 敵の激突覚悟の特攻攻撃に、ファイター形態のまま可変ノズル基部に装備されたスラストリバーサを吹かして急減速。そのままバトロイドに可変して肩すかしを食らったゴーストに射角を調整すると、『ハワード GU-17V ガンポッド』を一斉射。装填されていた対バジュラ用58mmMDE弾で大穴を空けて撃墜した。 しかしその機動でほとんど空中に止まってしまったことにより、ゴースト達は集中砲火を浴びせようと反転してくる。だがそれを甘んじて受け入れるほど馬鹿ではない。 即座にガウォークへと可変していたVF-25はその場から滑るように急速に離れ、こちらの動きについて来れなかったらしい1機のゴーストをバトロイドに可変してマニュピレーターで鷲掴みにする。 そして真後ろからこちらを追尾してきた3機のゴーストに向き直ると、フリスビーのように投げてやった。 金属同士がぶつかり合う鈍い激突音。 3機は密集していたため即席フリスビーは見事ゴースト達の追尾を阻止していた。続いて止まったそれらをガンポッドで照準、スリーショットバースト(3点射。3発だけ連続で撃つ事)を行う。しかし58mmMDE弾の狭い炸裂範囲に4機全機を見事に巻き込んでこれを海の藻屑とした。 だがその戦果に満足することなくすぐにファイターへ可変し、位置を変えた。次の瞬間にはその場所を敵の集中砲火が覆った 周囲を警戒しつつガンポッドに残る残弾を確認。 (もう持たないな・・・・・・) さきほどのフリスビー戦法も拳やコンバットナイフを用いた肉弾戦も加速や制動の多いせいで推進剤を大量に消費する。かといってガンポッドは残り1秒ぐらい全力で斉射すれば無くなるほど弾が欠乏していた。 (残った推進剤を全部注ぎ込んで一気に戦線離脱するしかないか・・・・・・) と思い始めた時、陸の方から飛んでくるものがあった。目を凝らすと、人が音符のような杖を持ち、編隊を組んで空を飛んでいる。ようやく管理局の空戦魔導士のご登場らしい。 「ほんとに新・統合軍みたいに遅いやつらだ」 フロンティアのそれを思い出して呟く。そしてそれゆえに内心気が気でなかった。空戦魔導士部隊を擁する地上部隊は新・統合軍とは似た苦境であるという。そして統合軍はバジュラに手も足も出なかった。だからどうしても彼らが統合軍と重なって見えて、 「あいつらにゴーストが落とせるのか?」 と心配になった。 その結果はすぐ出た。 ゴーストに対して魔力ビーム(砲撃)による攻撃が行われるが、AMFによって出力を下げられ決定打にならない。そこで魔導士達は2人1組になって1機に同時に着弾させる事によって初めて撃墜することに成功した。なるほど、その技量はなかなかのものだ。しかし、いかんせん数が足りなかった。 速度もゴーストの方が速く、5~6機撃墜したあとその機動力で連携を崩され、逃げ惑うばかりになった。 「・・・・・・やっぱりか」 仕方なく虎の子のミサイル8発を、彼らの後退を援護するように全弾発射。必要なくなったミサイルランチャーをパージする。 この援護によって魔導士のほとんどが敵の追尾を逃れたが、1人だけ孤立してしまった魔導士の少女がいた。 彼女は他の魔導士のように飛ばず、足元に道を展開しつつその上を走るように移動する方法をとっていた。 また、敵を撃破するときも魔力弾や魔力ビームでなく、直接殴って撃破するという珍しい戦い方をしていた。それゆえ1人でも撃破率は高かったが、移動方法は効率が悪く、MDE弾頭の起こした気流の激変に煽られて逃げ遅れたらしい。 周囲は彼女を助けようと援護するが、彼女は周囲の敵の数に翻弄されて動けなかった。 (*) 彼女の名はスバル・ナカジマといい、今回の出撃は有志だった。なぜなら通常スクランブルするはずだった空戦魔導士達はさっきまで労働争議をやっていて、疲労のため使い物にならなかったからだ。 彼女は『ミッドチルダ防衛アカデミー』と呼ばれる管理局員を養成する学校の3年生である。 防衛アカデミーの推薦を獲得した彼女は、最後の実習地として『本局第1試験中隊』と仮称で呼ばれているはやての部隊を彼女の親友と共に志願していた。と言っても教官からは難しいかもしれない。期待しないでくれ。と言われていたが・・・・・・ まだ実績もない、難しいと言われる部隊であることに級友たちが敬遠する中、彼女がそこを強く志望した理由は簡単だった。それはガイドブックの教官の欄に、彼女の尊敬する「高町なのは」の名があったからだ。 (最後にもう1度、なのはさんに会いたかったなぁ・・・・・・) 時折ベルカ式魔力障壁を越えてくるレーザーに身体を焼かれる痛み。それは徐々に彼女の気力を奪っていき、観念しかけていた。 しかしその時、ノイズ混じりの念話が入った。 『(させるか!)』 どこだと思い発信源を辿ると、こちらを援護してくれていた質量兵器からだった。それは機関砲を乱射しながらこちらに突撃してくる。そして自分のすぐ隣を擦過していった。 よく見れば、質量兵器はその間にいた航空型魔導兵器を全て蹴散らしていて、そこにはぽっかりと切り開かれた道があった。 (チャンス!) 即座に自身の移動魔法『ウィングロード』を開けてもらったその包囲の穴に高速展開し、その上をインラインスケート型の簡易ストレージデバイスで駆け抜けていく。 しかし、そこに1機の航空型魔導兵器が体勢を立て直し、立ち塞がる。 (ここで止められてたまるか!!) カートリッジを2発ロード。その間もレーザーが身を焼いたが、かまわず最高速で走りながら篭手型のデバイスを着けた右腕を振りかぶる。 「一撃、必倒!ディバイィン、バスタァァーーーーー!!」 右腕から発射されたゼロ距離の魔力砲撃は、粗いながらも強靭な破壊力を見せ、シールドを貫通。それを粉砕した。 その後抜け出るまでの包囲の穴の保持は友軍と、いつの間にかロボットに変形した質量兵器がやってくれたらしい。 それ以上詳しい事は分からなかった。なぜなら抜け出すと同時にさっきとは違う念話が入ったからだ。 『(総員直ちに射軸上から退避してください)』 それは聞き覚えのある声だった。同時に出現したホロディスプレイの射軸線を頼りに発信源を辿ると、地上の海岸線だった。果たしてそこには巨大な魔力球が集束されつつある。それはオーバーSランクレベルの魔力砲撃を示唆していた。瞬間、誰もが射軸上から逃げ出す。 自身も友軍に肩を貸されて退避しつつ、あの魔力球に不思議な懐かしさを覚えていた。桜色の魔力光。あの声。そしてSランクの魔導士。それらは1本につながった。 「(あれは、)なのはさんだ!」 その名を叫ぶのと、なのはが発砲するのは同時だった。 空を切り裂く一条の桜色の光は、あやまたずガジェット達に突き刺ささった。そしてそれらの展開するシールドを易々と貫き、その3分の1を一瞬で叩き落とした。 スバルはそれを神を見るかのように見つめ、次の瞬間にはやってきた傷の痛みと安心感で意識を喪失した。 (*) 少し離れたところで、ガウォークに可変してそれを眺めていたアルトは驚愕した。 ガンポッドに残る全弾を注ぎ込んで管理局の魔導士を助け、機体の通信システムのプロテクトをスルーして出現したホロディスプレイの退避要請に従って退避してみればこのビーム砲撃だ。 VF-25のセンサーによると、VF-27『ルシファー』の重量子ビーム砲と比べても、見劣りしない数値を叩き出していた。 (いったいどんな兵器だ?) そう思い、モニターで発砲地点の倍率をあげる。するとそこには、自身の特徴的な杖から大量の煙を出し、構えを解いた高町なのは一等空尉の姿があった。しかし彼女の顔は先ほどまでランカと談笑していた少女の顔ではなく、歴戦の戦士の顔がそこにあった。 (*) その後残るゴーストの掃討は彼女の参加で拍子抜けするほどあっけなく終わった。 (*) 気づくと私は寝かされていた。全身が痛みに悶えるが、なんとか目を開けてみる。はたして視界には青い空。どうやらまだ外らしい。しかし素手で触った寝床の感触は布だった。 そして見回してみると、ここは海岸で自分は救急車に乗るために担架に乗せられていたようだ。というような状況把握がどうでもよくなるような光景があった。 「なのはさん・・・?」 おもわず救助隊員に簡単に負傷場所と理由を説明していたらしい彼女の名を呼んでしまった。 「ん? 大丈夫だった?」 なのははこちらの意識が戻ったことに気づいて、こちらへやってきた。それだけで全身の痛みを忘れてしまうほどパニックに陥ってしまった。 私がなのはを尊敬し、憧れる理由。それは6年前の事故がきっかけだった。 その日デパートに家族と出かけていたが、運悪くはぐれ、これまた運悪く火災にまかれてしまったのだ。 この時まだ幼かった私を救助に来たのが、当時出世街道を順調に登っていたエース。高町なのは二等空尉だった。 記憶に残る彼女の姿は凛々しく、カッコよくて、それ以来なのはに憧れ続けた。 私はクラスAのリンカーコアを持っており、成績も主席、次席クラスと、極めて優秀だったため、再三再四 「次元宇宙で働かないか?」 と本局の誘いが来た。しかしそれを全て断り、わざわざミッドチルダを守る道を選んでいた。それは陸士部隊の部隊長である父や、同じく陸士部隊に籍を置く姉の影響もあったが、同じぐらいに大きくなのはの存在があった。 それほど自分の人生を大きく左右した憧れの人が目の前にいる。 パニックに陥るには十分な理由だった。 『は、はい!いえ、あの、高町教導官・・・・・・一等空尉!』 痛みを忘れたといってもやはり無理に動けば痛いもので、上体を起すことが精一杯。しかもその痛みとパニックでなのはに関する知識がこんがらがり、状況に合わない「教導官」という役職が出てしまった。 しかし彼女はそんな小さなことを関しないかのように答える。 「なのはさんでいいよ。みんなそう呼ぶから。・・・・・・6年ぶりかな?大きくなったね。スバル」 「!! えっと・・・あの、あの・・・」 「うん。また会えて嬉しいよ」 その笑顔を伴ったセリフと、頭に置いてくれた手は反則的なまでのスピードで私の心に深く染み渡った。おかげで涙腺が瞬時に決壊。止まらなくなってしまった。 そんな私をなのはは、救急車に担架と共に搬入し、担架の横にある席に座りながらながら根気よく落ち着くのを待ってくれていた。 (*) 海岸にはなのはの要請した救急車が待機している。そこには先ほどの傷の酷かった魔導士の少女が担架に乗せられて救急車に搬入された。 しかしなかなか搬送されない。様子を見に行こうにもガウォーク形態で着陸するVF-25の周りには先ほどの空戦魔導士部隊が質量兵器使用でこちらを警戒するように配備されているため動けない。それでも理由を知りたくなったアルトは、高感度指向性マイクを照準した。 すると少女の声に混じり、なのはの声が聞こえてきた。 ―――――――――― 『私のこと、覚えててくれたんだ』 『あの・・・覚えてるって言うか・・・・・・あたし、ずっと、なのはさんに憧れてて・・・・・・』 『嬉しいなぁ。バスター見て、ちょっとびっくりしたんだよ』 『んあっ!』 〝ガタッ〟という、その救急車を大きく揺らすほどの彼女の驚きは、 「なんだ元気そうじゃないか」 と、彼女を心配していたらしい周囲の魔導士達に笑顔をよんだ。 『す、すみません。勝手に・・・・・・』 『うふふ。いいよ、そんなの』 『え、でも、その・・・・・・』 『まぁ、確かに独学で使うには少し危ないかな。これから〝私が見ていてあげられる〟から、一緒に頑張っていこうね』 『はい!・・・・・・え!?』 『ふふ。隊員さん、この子の搬送、よろしくお願いします』 『了解しました』 ―――――――――― なのはを降ろした救急車は一路、病院へと走っていった。 (*) その後、VF-25に関する事情がなのはの口からその場の空戦魔導士部隊の隊長に説明された。 そしてなのはが責任を持ってVF-25を格納庫までエスコート・・・・・・と言えば聞こえがいい。しかしそれは見かけだけだが、機体をバインドする強制連行になった。 これは 「『質量兵器は禁止』という主張を堅持するための体面的なものだろう」 と、たかをくくっていたアルトはその後質量兵器、とくにD(ディメンション・次元)兵器の使用について(「次元震が起こったらどうするんや!」とかで)はやてから恐ろしいお叱りを受ける事になるが、それはまた別の話である。 (*) 現場から少し離れたビルの屋上には、事件のすべてを見ていた1人の人影があった。 「またあの子達?まったく恐ろしい程の悪運ね」 彼女は普段のキャリアウーマン風の緑色のスーツに身を包み、呟く。 いつもならここで遠いい所から見ている〝彼ら〟が茶々を入れる所だが、今彼女は時空どころか次元おも通り越してしまっている。そのため、いかがフォールドクォーツを使用した精神リンクと言えど繋がらなかった。 「まぁ、その方が面白いわ。健闘を祈るわね。フロンティアと、ミッドチルダの皆さん」 転送魔法が行使される。そして彼女、グレイス・オコナーのいた痕跡を何一つ残す事なく、いずこかへ消え去った。 次回予告 踏み出した歩み。 彼らを待つものとは――――― 次回マクロスなのは、第3話『設立、機動六課』 ミッドの空に、彼らは何を描くのだろうか? シレンヤ氏 第3話へ
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マクロスなのは 第17話『大宴会 後編』←この前の話 『マクロスなのは』第18話「ホテルアグスタ攻防戦 前編」 「みんな、今日の任務はホテル『アグスタ』の防衛任務です。まず─────」 なのはがフォワード4人組を前に説明する。 今なのは、フォワード4人組、シャマル、リィン、ザフィーラにフェイト、そしてはやてを乗せたヴァイスの大型ヘリは、そのホテルに向かっている最中だった。 1週間前にレジアスの公表したこの防衛任務は地上部隊初の陸士、空戦魔導士そしてバルキリー隊の正式な三位一体の合同作戦となるようセッティングされていた。 編成表によれば陸上戦力は何かと因縁が深い第256陸士部隊1個中隊(150人)。航空戦力は首都防空隊に名を連ねる第16、第78空戦魔導士部隊のAランク引き抜き(50人)部隊が展開する。 また特別戦力として機動六課(12人)、フロンティア基地からはスカル、サジタリウス両小隊(7人7機)が投入された。 ことに、陸上と航空戦力合わせて200人以上という、まさに壮観と言っていい防衛体制になっていた。 「─────このように私達は建物の警備の方に回るから、前線は昨日から守りについている副隊長達の指示に従ってね。あと地上には陸士部隊が1個中隊展開しているけど、気を抜かないように」 「「はい」」 前線の4人は応えるが、キャロは何か質問があったようだ。 「あのぅ・・・」 と手を挙げている。 「どうしたの?」 「はい。あの、さっきから気になってたんですけど、シャマル先生の持ってきた箱って何ですか?」 突然話を振られたシャマルは、足元に置かれた3つの箱に視線を送り 「ああ、これ?」 と確認すると、笑顔で言う。 「隊長達のお仕事着♪」 その口調はどこか楽しげであった。 (*) 11人を乗せた汎用大型輸送ヘリ『JF-704式』はそれから60分後、普段はこの空域の民間機を担当するアグスタ側の管制エリアに入った。 『こちら管制塔。貴機の所属を述べてください』 その通信にヴァイスが応じる。 「こちら時空管理局本局所属、機動六課のスターズ、ライトニング分隊です。AWACSとの認識番号は3128T(さんいちにいはちチャーリー)」 『・・・・・・確認しました。駐機はホテル側の駐機場が満員なので、臨時に作られたE-5エリアの駐機場にお願いします』 「了解。管制に感謝する。オーバー」 ヴァイスは通信を終えると、手元のパネルを操作して周辺のマップを確認する。 ホテル周囲は利便性から今日だけ管理局が東西南北3、5キロメートルに渡って500×500メートルで区切っている。それは 北から南に向かってアルファベット順に。西から東に向かって数字順になっていて、管制官の言っていたE-5エリアとは中央のDー4エリアにあるホテルから、南東に100メートルほど離れた所にある空き地のことだった。 「どう?ヴァイスくん、あとどれくらいで着くかな?」 後ろからなのはの声がする。 やはりとび職(少し違うか?)。閉鎖空間に1時間というのは苦痛なのだろう。 「あと5分ぐらいで着陸しますよ。もうちょい待ってくださいね」 後ろから 「「は~い!」」 という元気な声が聞こえる。なのはの声だけではない。乗客全員の声だ。 よほど自由を心待ちにしているらしい。 (まったく。まるで幼稚園の先生にでもなったみたいだぜ) 元気あふるる返事に肩が軽くなった思いのヴァイスは、レーダーに視線を落とした。 周囲には民間機、管理局の機体が入り乱れている。その内の1機がこちらに近づいてきた。このIFFは───── 『こちらフロンティア基地航空隊、サジタリウス小隊の早乙女アルト一尉だ。3128T、貴機の護衛に来た』 (*) 隣にヴァイスのヘリが見える。 ガウォーク形態なので、ヘリと同じ速度になることもお手のものだ。 (少し無理してヘリの護衛を志願した甲斐があるってもんだ) アルトは久しぶりに六課の面々に会えそうだ。と思い、笑みを溢した。 『こちら3128T、護衛に感謝する。あ、それとアルト、今度バックヤードの連中と飲み会があるんだがお前もどうだ?』 ヴァイスの軽口も聞いて久しいアルトはコックピット内で破顔して答える。 「バカ言うな。何度も言ったろ?俺はまだ未成年だって」 『ハハハ、そうだったな。ん・・・・・・あー、ちょっと待ってくれ』 どうやら向こうで何か受け答えしているようだ。モニターで拡大されたヘリのコックピットに、人影が現れた。 『─────なんかなのはさんがおまえに話があるんだってよ。今切り替える。・・・・・・上手くやれよ』 ヴァイスが小さな声で言った最後の一言が気になるが、応答する余地もなく『ブッ』という耳障りな音と共に相手の無線端末が切り替わった。 『あー、アルトくん?』 「あぁ、俺だ。どうかしたのか?」 なのははこちらのいつもの調子に安心したようだ。〝ふぅ〟という吐息が聞こえる。 『うん、ちょっとこの前のことでお礼を言いたくて・・・・・・』 「この前の?」 『その・・・・・・宴会の時の・・・・・・』 (ああ、それか) 宴会の騒動以降、まともな状態のなのはには会っていない。最後に見たのは基地に帰る際、休憩所に見舞いに行った時だ。 ちなみにその時のなのはは、気持ち良さそうにすやすや寝息をたてていた。 『あの、わたし、この前はとんでもない事を─────』 赤面するなのはの顔が浮かぶようだ。だが、残念ながら光の関係上、ヘリのコックピット内は見えなかった。 「確かにあれは凄かったな・・・・・・だが安心しろ、なのは」 『へ?』 「あの時メサイアに録画されてたガンカメラの映像は、一晩〝使った〟だけだから」 『え!?ちょっ、ちょっ、アルトくん!〝使った〟って・・・・・・あの、その、えっと・・・・・・なに言ってるの!!』 声がうわずっている。よほど動揺しているらしい。ひとしきりその反応を楽しんだアルトは『このぐらいにしておいてやるか』と切り上げる。 「すまん、ウソだ。安心しろ。そんなことに使ってない。メサイアのガンカメラの記録はすぐに消したよ」 そのセリフに落ち着いたなのはは 『そ、そうだよね。はぁ、びっくりした・・・・・・』 とため息をついた。しかしそれはなぜかほんの少し落胆して聞こえた。 『・・・・・・でもアルトくん、以外と下世話なんだね』 「あら、妖精は下世話なものよ・・・・・・ってこのセリフは役者が違ったな。まぁ気にするな」 アルトは笑うと、なのはもつられて笑った。 『─────ふふ、まぁ、とりあえず1つ言っとかなきゃね。ありがとう』 「ああ。お前を助けるために、こっちは命を張ったんだ。身体は無理せず大事に使えよ。お前に何かあった時、悲しむのはお前1人じゃないんだ。はやてやフェイト、もちろん俺だって。それをよく覚えておいてくれ」 『うん、りょうかい』 なのはの砕けた感じの声と共に無線は切られた。 (*) 「なんの話をしたの?」 キャビン(客室)に戻ってきたなのはにフェイトが問う。 「うん。ちょっと、宴会の時のお礼をね」 なのははそう言って微笑んだ。 (*) 「なのは~準備できた~?」 更衣室と化したJF-704式に向かってフェイトが呼びかける。 すでにフォワード陣や守護騎士陣はそれぞれ任務のために防衛部隊とホテルの警備員達への顔出しに散っている。 すでにここには護衛の一環と称してEXギアのままバルキリーから降りた自分。そしてヘリからの強制退去を命ぜられたヴァイスと、軽い化粧とドレスに身を包んで絶世の美女と化したはやてとフェイトだけだ。 しかし着替え始めて5分。早々に出てきた2人と違い、なのははまだヘリにひきこもったままだった。 『ほんとにこれを着なきゃダメなの~!』 「どうしたんや?サイズ合わんかったんか?」 「だから昨日『試着しておいた方がいいんじゃないかな?』って聞いたのに」 『そういう問題じゃないんだよ~!』 要領を得ない謎の応答に首をかしげる2人。 「様子見に行った方がいいんじゃないか?」 「そうだね。はやて、行ってみよっか」 「うん」 はやては頷くと、フェイトと共にヘリの中に消える。・・・・・・と内側から声が漏れてきた。 『あれ?準備できとるやんか』 『だってドレス着るなんて聞いてないもん~!』 『昨日あまり目立たない服で警備するって話したやんか』 『そうだよね・・・・・・こんな場所で普段着なわけなかったよね・・・・・・でもこんな服着たことないし―――――』 『大丈夫だよ。なのは、よく似合ってるから』 『ホントに!?』 『うん、よう似合っとる。でも改めて見るとフェイトちゃんもなのはちゃんもけしからん胸しとるの~』 『ちょ、ちょっとはやてちゃん!』 『ひひひ~揉ませや~!』 はやての奇声につづいて2人の悲鳴と、暴れたことによりヘリがガタガタ揺れる。 (ヤバい・・・・・・) 自分の中に潜むものが、意思とは関係なしに心臓を高ぶらせる。 もし自分を見るものがあれば顔を赤くしていることが丸見え――――― 「あ・・・・・・」 目の焦点が近くの木に背中を預ける人物に収束する。 「ふ、若いな・・・・・・」 「お前も顔赤くしてんじゃねぇか!」 そう年が離れていないヘリパイロットに言ってやると、いつの間にかヘリ中での騒動は終結したようで 「大丈夫、大丈夫。すごく似合ってるから」 などと説得されつつ2人に引きずられる形でなのはが出てきた。 「ア、アルトくん!?」 「俺がいるのがそんなに不思議か?さっきからいたぞ」 「ヴァイスくんの声だと思ったから・・・・・・」 「そうか。しかしお前、初舞台の時より色気があるんじゃないか?」 「初舞台?ってもう!その話題から離れてよ~!アルトくんの意地悪!」 本当に怒ってしまったのか、なのはは〝プイッ〟とそっぽを向いてしまった。 「意地悪は俺の性分らしくてな。・・・・・・そろそろ上空警戒に戻らないとミシェルに嫌味を言われそうだ。またな」 「アルトくんもがんばってな~」 「サンキューはやて。それとだな、なのは」 「うん?」 ヘルメットのバイザーを下して振り返ると、どうしても言っておきたかったセリフを具現化した。 「月並みだがよく似合ってるぞ。俺が保障してやる」 捨て台詞のように告げてバルキリーに搭乗すると、エンジンを起動する。 ちなみに顔が赤いのを隠すためにバイザーを下したというのは内緒だ。 多目的ディスプレイに「READY」の文字を確認すると、スラストレバーを押し出してガウォーク形態の機体を浮き上がらせる。 地上に吹き荒れる推進排気をものともせず手を振るはやて達にコックピットから敬礼して返事をすると、高度2000メートルの高みへと機体を飛翔させた。 (*) ホテル入り口では長蛇の列が出来ていた。 ガジェットにより治安の危機が叫ばれるこのご時世。便乗する次元海賊などのテロリストのテロ行為防止のため、ボディチェックや身元確認の作業は空港のそれとほぼ同等のレベルにまで引き上げられていた。 そしてその最初の関門たる身分証明書を確認する係の前に身分証のICカードが示された。 「こんにちは、機動六課です」 担当者は証明写真と目前に佇む実在を見比べて一瞬驚いた表情を見せるが、自らの本分を思い出したらしく咳払い一つで向き直る。 「いらっしゃいませ、遠いところありがとうございます。検査は4番ゲートでお願いします」 「わかりました。ありがとうございます」 着いてみると4番ゲートは一般客のものとは仕様が違った。 変身魔法対策のDNA検査、透視型スキャナーなど同じものも多いが、デバイスの認識と魔力周波数などを検査する機械も置かれていた。 といってもこれは端末機で個人を特定するのに必要な個別データは記録されていない。 実はそれら軍事機密の漏えいを防ぐために時空管理局のデータバンクに直接リンクして必要な情報を出力するようになっていた。 ブラックボックス化された貸出端末機は瞬時に3人とデバイスを本物と認め、他の検査共々彼女たちがそれであることを証明した。 (*) 入ってすぐなのはとはやてはフェイトと別行動をとることになった。 「じゃあ、わたしたちはまず会場に行ってみるね」 「うん。わたしは昨日から張ってくれてるシグナムさん達に会ってくる」 フェイトと別れた2人は、未だ客を入れていない会場に入場した。会場は500人程の収容力のある映画館のような階段状の客席だった。 「入り口はああしてチェックが徹底してるみたいやし、テロは大丈夫やな」 「外には陸士部隊に空戦魔導士部隊、そしてバルキリー隊。それにホテル内には防火用シャッターがあるし、まずガジェット達が入って来るのは無理そうだね」 2人の出した結論は、ホテル内はほぼ安全であるということだ。 もともと今回の投入戦力の量が異常なのだ。 今回の布陣は〝みんな仲良く一致団結〟という管理局の姿勢をアピールするために行われたと思われるが、少し政治が絡み過ぎている。レジアス中将も少し事を焦ったらしい。 だが少な過ぎるよりはましなので誰も批判はしないし 「安全を確保してくれるなら」 と、肯定的に捉える者が多かった。 ちなみに2人も肯定派だった。確かにあの演習レベルの数が奇襲してきた場合、これぐらいいたほうが安全だ。出現率の最も高いクラナガンも、残存するフロンティア基地航空隊とロングアーチスタッフ、そしてAWACS『ホークアイ』が目を光らせてくれている。 「とりあえずは、安心だね」 「でも気は抜かんようにせなあかんな」 2人は油断なく周りに気を配った。 (*) シグナムに会って彼女から地下駐車場に向かう旨を聞いたフェイトは、今度はヴィータの元へと歩を進めていた。 「バルディシュ、オークションまでの時間は?」 その問いにポーチに付けられたバルディシュが答える。 『1 hours and 7 minute.』 「ありがとう」 フェイトが礼を言った直後、彼女の後ろから何かが転がってきた。 それは拳大の丸い水晶だった。しかしただのガラス玉ではないようだ。不透明で紫っぽい。 どこかで見た気がしたが、その思考は後ろからの声にかき消される。 「誰かあの水晶を止めてくださぁぁい!」 その声に彼女はすぐに反応する。おかげでその水晶は間一髪、階段から落ちるすぐ手前でキャッチされた。 「あぁ、ごめんなさい。わざわざ拾っていただいて─────ってあれ? フェイト?」 フェイトが背後からの声に振り返ると、そこには懐かしい顔があった。 シレンヤ氏 第18話後半へ
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マクロスなのは 第5話『よみがえる翼』←この前の話 『マクロスなのは』第5話その2 (*) アルトがライブ終了と同時に時計を見るとすでに3時を回っていた。 周囲の研究員達は終了と同時に各自の通常業務に戻っていく。しかしその時誰の顔も、疲れを感じさせないほど生き生きしていた。 「じゃあ私も戻るね」 そう告げたフェイトと別れてすぐ、後ろから呼ばれる。 「待たせたね、アルト君」 さっきの所長・・・・・・のようだった。彼の顔も、20歳は若返ったように見える。 「いやはや、昔を思い出してつい『サタデー・ナイト・フィーバー』してしまったよ。はっはっは・・・・・・」 (今日は木曜のはずだが・・・・・・?) と思ったアルトにはなんの事かわからなかったが、ともかくフィーバーの英単語そのままの意味だと理解する事にした。 「・・・・・・さて、これから検査を始めるがいいかな?皆やる気なのでね」 彼の見た先には、研究員の一団が陽気にランカのポップスを歌っている。 「それじゃあ、お願いします」 そう応えると、田所はすぐに研究員を集めて先ほどの格納庫へと戻った。 (*) そうしてアルトと所員達は指揮所に戻ると、すぐに検査の準備を始めた。 VF-25は荷台に乗せられたまま作業員の運転する牽引車で移動し、先ほどの洗車機の前に駐車された。田所の話によるとあの洗車機はこの格納庫の新設した時導入した最新鋭スキャナーで、一度に様々な検査が出来るそうだ。 スキャナーが動き出し、VF-25の上を一往復すると静かに止まった。 洗車してくれないし外見それだけなのだが、田所の操るデスクトップコンピューターのディスプレイには正確なVF-25の3次元図面が出来上がってゆく。なるほど確かに優れ物らしい。 それは一昔前の医療用CTスキャナーのような断面図もあり、田所と研究員達は分担して次々に解析していった。 その情報は中央に投影された全体図とリンクしており、故障と思われる場所に赤い光が灯る仕組みだ。しかし、場所はエンジンファンやベクタード(可変)ノズルだけに留まらず、次々に赤く灯っていった。 「問題はベクタードノズルとエンジンファンだけじゃなさそうだぞ」 コンソールパネルに灯ったキーボードを叩きながら田所が呟く。 (どうやら本格的なオーバーホールになりそうだ・・・・・・) アルトは魂ごと抜けそうなため息と共に、肩を落とした。 (*) 3時間に渡る解析によって合計256箇所の問題点が挙げられたが、アルトが再確認すると半数以上が仕様だった。しかし、確かに気づかなかったヒビや故障は大量に見つかった。変形機構を動かすリニアアクチュエーターの断線、機体フレームの大きな歪みやヒビなどが見つからなかった典型例だ。もしあの時補修材で妥協していたら危なかっただろう。 「それで、修理にはどれぐらいかかりそうなんだ?」 田所所長は修理リストを斜め読みすると答える。 「ヒビと歪みは物質操作魔法で生成、矯正したりして修理ができそうだね。ベクタードノズルとエンジンファンも部品交換と電子機器の移植で済みそうだし・・・・・・うーん、明日にはなんとかなるだろうと思う」 アルトはそのあまりの短さに驚き入ってしまった。 VF-25の交換パーツの揃っているSMSですらこの損傷では自前の修理を諦めてメーカー(L.A.I)に投げるだろう。そして帰ってくるまで丸4日ほどかかるだろうに。 このスピードを実現させるのに物を言ったのはやはり魔法だった。特にこの世界に来て一番驚いた、この『物質操作魔法』だ。 これは大気中の元素に干渉して材質変換したそれを固定。そうして任意の場所に任意の材質の物体を作ることができた。 これはOT・OTMを解析した第25未確認世界にもない技術だった。 これは扱うには適性が必要だが、デバイスはこの原理が限定的に使われている。 デバイスは普段は携帯時の形態である小さな各種アクセサリーに変型するが、使用する際は杖や銃に変型する。 これは『(デバイス内にある)構成情報を元に、空気中の元素を固定。それを生成する』という物質操作魔法とほぼ同様の手順を踏んでいる。 だがこの構成情報がデバイスの容量を大量に食べるので、なのはのような上級者以外は一段階変型が基本となる。 ちなみになのはは不要な支援プログラム、例えば「リリカル・マジカル」というパスワード認識機能やリンカーコア出力が低い者が使う魔力コンプレッサーなどを削除。プログラム言語も特殊なものを使用して極限までカスタムしてあるため容量が半分近く空く。これによりレイジングハートは多段階変型を実現していた。しかしシャーリーなど一流のデバイスマスターでなければカスタムされた各種プログラムの意味がもはや理解する事ができず、整備士を選ぶのが欠点と言えよう。 このようにデバイスは擬似的な物質操作魔法を使えるが、元素固定は現在ミッドチルダの科学力でも魔法以外には不可能で、機械的なものではデバイスのみ行える。 『なぜデバイスだけか?』と言うと、数は多いがデバイスはすでにロストロギア―――――いや、ロストテクノロジーなのだ。 デバイスの心臓部であるフレーム自体の設計・生産技術は100年前の戦争で焼失しており、今も第1管理世界各地で稼働する自動生産工場に100%依存しているのが現状だった。 自力で作ろうにも第25未確認世界ではフォールドクォーツと呼ばれている物質の生成がまずできないし、リバースエンジニアリング(既に存在する実物からその技術を習得すること)にも限界があり、下手に手を出して壊れてもいけないのでその生産工場に手が出せていなかった。 余談だが、六課メンバーで実戦的な物質操作魔法が使えるのは、ヴィータだけだ。 閑話休題 「それじゃあお願いします」 「承知した。・・・・・・ところで『アドバンスド・エネルギー転換装甲』というのは、検査によるとチタンとカーボンの合金のようだが本当にこれだけか?それと、なぜ動くんだ?」 彼がいぶかしむのも仕方ない事だ。OT・OTMに理論も知らずに触れた人間は最初はこうなる。 「あぁ、それはだな―――――」 アルトは軍事機密という言葉を全て頭から叩き出すと、彼の知りうる全てを公表した。 エネルギー転換装甲とは、反応エンジンで発生する莫大な電力で無理やり分子間の結合力を増やし、分子構造を強化するものであること。 しかし結合力を強くした結果ほとんどの場合で分子構造が激変し、性質が変化(例えば鉄が常温で液体になったりする)してしまうため、いままで発見された合金は少ないことなどを説明する。 「―――――つまりOT・OTMは、機械同士が密接にリンク。例えるなら生命のような美しい相互作用を作ることで初めて機能する。そのためこの技術を学ぶ者は上空から下界を俯瞰する鳥のような気持ちで望むことが、OT・OTM理解の最短ルートだ」 先生のごとく田所達研究員に説明する。実は最後は美星学園の機械工学科教授の受け売りだったが、この場にはぴったりだった。 そこで質問があったのか、1人の研究員が手を挙げる。 「なんだ?」 「VF-0のエネルギー〝変換〟装甲も同じですか?」 「あぁ。まったく同じだ」 統合戦争の初代バルキリー『VF-0』や『SV(スホーイ・ヴァリアブル)シリーズ』に使われた第1世代型『エネルギー〝変換〟装甲』。 無重力空間で合成しなくてもいいため合金自体の製作が容易だが、強度もなく、重く加工しにくいので今ではほとんど使われない。 そして時代は統合戦争が終わり、マクロス(SDF-01)が冥王星へフォールドした時に飛ぶ。 そこでマクロスの乗員達は変換装甲より頑丈で軽い合金、反面合成時に無重力空間で分子構成を均一にしなければならないという技術的な欠点を抱えていた第2世代型『エネルギー〝転換〟装甲(ESA。エネルギー・スイッチ・アーマー)』に手を出した。 資源自体は周囲の小惑星から多量に採取できて、天然の無重力空間のおかげでコストパフォーマンスが極めて優秀だったのだ。 その優秀さゆえ、AVF型(アドバンス・ヴァリアブル・ファイター。VF-19やVF-22など)までこの合金は採用されていた。 そして新開発の試作戦闘機YF-24『エボリューション』(VF-25の原型)で部分的に採用された第3世代型『アドバンスド・エネルギー転換装甲(ASWAG)』。これは第2世代型と比べて軽く、加工しやすく、エネルギー効率が4割も向上して更に強度が上がった驚異の合金だった。 しかし製作コストが2~3倍と高いことが唯一の難点となっていおり、フロンティア船団のVF-25も、バジュラとの抗争時はシールドやアーマードパック、FASTパックの追加装甲のみに使われていた。なお、アルトの3代目VF-25は贅沢にもこの装甲に全換装。おかげで全重量が1割ほど軽く、ファイター形態でも常時転換装甲が起動できるなど防御力もさらに向上している。 そしてアルトは現在この3つを超える強度を示す合金は見つかっていないことなどを含めて説明した。 しかしアルトは説明に夢中で、なぜ研究員が公表していないはずのエネルギー変換装甲や統合戦争。VF-25以外のバルキリーについて知っているのか?という素朴な疑問が浮かばなかった。 (*) その後もいろいろ質問が挙がったが、技術的なことばかりでつまらないだろうから、ここは割愛させていただこう。 (*) 2時間ほどかけてOT・OTMの講義をし終わると、早速修理が始まった。 最初は比較的単純なベクタードノズルづくりだ。ASWAG合金の方は、自前でOT・OTMを解析したシャーリーという先駆者のおかげで、魔法を併用した〝コストのかからない〟簡単な作り方が確立されていた。 「あのお嬢さんは元気にやっとるかね?」 合金の合成中シャーリーの話がでて、田所はそう問うて来た。 彼によればシャーリーことシャリオ・フェニーノは、田所がミッドチルダ防衛アカデミーの臨時教授だった頃の教え子だという。 「まったくいつも『田所教授、田所教授』と研究室に来ては、自分の研究の評価とアドバイスをせがむ忙しいお嬢さんだったよ」 どうやらシャーリーは昔から人に迷惑をかけることもいとわないタイプらしい。アルトも自身のEXギア解体事件などを話す。 「ハッハッハ、そうか。彼女は5年前の事故でリンカーコアが8割も小さくなってなぁ。優秀な子だったから、路頭に迷うのは可哀想だと思って、コネで本局の技術部に放り込んだんだが・・・・・・上手くやってるみたいだな」 彼の口元が微笑む。アルトにはそれが孫を心配する祖父のように見えて微笑ましく思った。 その後出来た合金を型に流し込み、鋳造されたベクタードノズルは特殊な熱処理をされて、続く応力検査や耐熱検査を経てVF-25に取り付けられた。そして接地圧計やカメラなどの電子機器を移植。微調整をしているところでアナウンスが鳴った。 『機動六課からお越しの早乙女アルト准尉。フェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官がメインゲートでお待ちです。〝至急〟来てください』 なぜ至急と強調したかわからなかったが、時計を見ると既に午後10時を超えていた。 しかしアルトはこの数時間で田所に親近感を抱くに至っていた。彼は自分の身の上話にも真摯に応えてくれ、いまだに勘当中の父親の姿を彼に重ねていた。 「田所所長、今日は泊まり込みでもいいか?」 「ああ、もちろん構わないぞ。この機体を最後に検査するのは操縦者の君だ。それに、君の身の上話も面白い。ぜひゆっくり話したい」 「じゃあ、よろしく頼む」 走り出すが早いかそう言い残すと、エレベーターへと向かう。制御所から下へと続くエレベーターはタイミングよく登ってきていた。 扉が開き、そこにいた研究員と入れ違いにエレベーターへと入る。しかしその研究員は奥に行くでもなく、こちらへ向き直った。 「アルト准尉、ありがとうございます。おかげで予想より早くできました!」 「は?」 何が?と聞く前に、エレベーターの扉が空間を隔てた。 だがアルトはフェイトがどうしたのか気になったし、VF-25の修理関連のことだろうと深く気にも留めなかったため、再び扉が開いたときには水の泡のように疑問はすぐに消えた。 (*) 田所はアルトに礼を言ったその研究員から資料を受け取ると、興奮の様子が見て取れる彼の報告に耳傾けた。 「アルト准尉のおかげで我々も〝彼ら〟を手伝えたのでB棟の試作1号機がようやく完成しました!あと、試作2号機も准尉のおかげでどうしてもできなかった部分の設計の解析が完了。試作を開始しました!」 渡された資料に目を通しながら、エンジンテストや航法システムのテストなど彼に当面の指示を与え、送り出す。 「はぁ・・・・・・」 彼を見送って制御所に1人になった途端、自然にため息が漏れる。 その自分のため息に気づいてすぐに罪悪感がこみ上げてきて、資料を頭にあてがってうつむいた。 「アルト君。君は管理局を信用してOT・OTMを話してくれたのだと思う。しかし・・・・・・私が今やってることを君は支持してくれるだろうか・・・・・・」 彼は資料を机に放り、窓の外の星空を仰ぎ見る。富嶽山付近は地上に光源が少ないせいか、ここの夜空は瞬きに満ちていた。 そして机に放られた資料からは1枚の写真がファイルから飛び出し、顔を覗かせている。そこには不死鳥の名を冠された戦乙女(ワルキューレ)の姿があった。 (*) 次の日 昨日、ゲート前で記念写真とサイン攻めを受けていたフェイトの救出。そしてVF-25の修理。続く田所との談笑などでHP(ヒットポイント)のなくなったアルトが、貸し出された技研の宿舎のベッドで意識を失うのに数秒と掛からなかった。 そんな彼を起こしたのは朝9時に設定されたメサイアのアラームではなく、全域に鳴り響いたけたたましい警報だった。 SMSで早朝、希に行われる『総員起こし』という伝統行事をどんなに疲れていようと日々乗り切っていたアルトは、そのサイレンに瞬時に意識を覚醒させた。 「何事だ!?」 腕時計を見ると、まだ8時を回ったばかりだった。 すぐに六課の部隊ワッペンを付けた管理局のフライトジャケットを羽織ると、田所のいるであろう制御所に向かった。 建物が隣であるため1分もかからない。そこに着くとすぐに田所から状況が説明された。 ここから50キロほど離れた山間部を走っていた輸送用リニアレール(リニアモーターカー)が、40分前突然出現したガジェットに急襲を受けたらしい。 結果、そのリニアレールで輸送中のロストロギアを守っていた陸士部隊一個分隊と交戦。 陸士部隊はロストロギアを守りつつ後退している。しかし列車の運転室を相手に譲る形になってしまい、今もなお高速で走行しているため地上から増援が送れないらしい。 そのため30分前要請を受けた六課のスターズ、ライトニング両分隊を乗せたヘリが急行しており、もう到着するであろうことなどが説明された。 「んだがそんな前ならもっと早く警報鳴らせよ!」 「新設したばかりの警戒システムだからエラーがあったらしい。ここへの襲撃がなかったことを幸運に思おう。・・・・・・リニアレールの陸士部隊との通信はどうなっている?」 「依然不通!おそらく列車の中継アンテナをやられたものと思われます。しかし敵の『ボール型』の解析情報は途絶前に送ったので、役に立っているはずです!」 通信システムを操作する通信士がそう田所に報告した。 技研は装備の開発だけでなく未確認兵器の解析も仕事の内であり、どうやら警報が鳴る前から田所達はその業務を遂行していたらしかった。 そこで傍受していた無線に声が入った。 『スターズ1、』 『ライトニング1、』 『『エンゲージ(交戦)!』』 『こちらヴァイス。スターズ3,4、ライトニング3,4は無事降下。これより本機は戦闘空域を離脱する』 『こちらスターズ4。陸士部隊と合流。これより車内のガジェットの掃討に入ります!』 ヴァイスのヘリを中継して送られる通信が六課の奮闘を克明に伝える。 しかし、ガジェットⅡ型をあらかた掃討したスターズ1とライトニング1―――――なのはとフェイトはこの世ならざる物を目にすることになった。 『ん?こちらスターズ1、敵新型ガジェットとおぼしき黒い機体を確認。数5。画像データ送ります』 六課のロングアーチと、解析のためこの技研に送られた新型ガジェットの画像はⅡ型のエイのような形ではなく、前進翼と1基の三次元推力偏向ノズルを有した小型機(約10メートルほど)だった。 アルトはその画像を見るなり目の前のマイクにかじりついた。 「逃げろ!なのは、フェイト!」 『え?アルト君?』 なのはが応じる。 「いいか、そいつらは―――――」 必死にその恐怖を教えようとしたが、その前に彼女達はそれを実体験することになった。 『え?ちょっ、マイクロミサイル!?』 『迎撃します!』 通信に混じる連続した爆発音。 『ミサイルの魔力爆発を確認!目標を魔導兵器と断定!』 『ディバイン、バスタァーッ! っ!? 当たらない! なんて機動力なの!』 『・・・・・・なのは、援護を。こちらライトニング1。これよりドッグファイトに持ち込む!』 その後2人の通信には要領がなくなった。よほどの混戦なのだろう。 「畜生!田所所長、バルキリーは!?」 「機体の修理は終わった。しかし午後搬入する予定だったガンポッドの弾丸の搭載をしていない。戦闘は完全な魔法だけになるが・・・・・・」 「それだけあればいい。俺は行く!」 アルトはそう宣言し、エレベーターに飛び乗った。下降する間にEXギアとしてのバリアジャケットを身に纏う。 そして扉が開くと同時に飛翔した。果たしてそこには白銀の翼を広げたVF-25の巨体があった。 コックピットに飛び込んでみると既にエンジンは稼動状態にあり、EXギア固定と同時に多目的ディスプレイの全面に〝READY〟の文字が躍る。 どうやらエンジンは田所が遠隔操作で起動していたらしい。エンジンファンが空気を切り裂く〝キーン〟という心地よい音を響かせる。どうやら相棒は全快したようだ。 多目的ディスプレイを擦って 「行くぞ」 と呼びかけた。 制御所では田所をはじめとする研究員達が慣れない敬礼をしていた。それに短く答礼すると、スラストレバーを45度起こしてガウォーク形態に可変する。 目前には大空へと導くように開いた扉へと続く誘導灯。それに従って開いた扉から滑るように外に出た。 「機動六課所属、フロンティア1、出撃します!」 そう通信で言い残し離陸。推進ノズルからアフターバーナーの青白いきらめく粒子を残して先を急いだ。 (*) アルト出撃の1分後。B棟と呼ばれる格納庫から紺碧色に塗装された戦乙女が1機、彼を追うように飛び立ったことをまだアルトは知らなかった。 ―――――――――― 次回予告 戦場と化したリニアレール。 機動六課に新型ガジェットの脅威が迫る! 果たして彼らはロストロギアを守りきり、生き残ることができるのか!? 次回マクロスなのは、第6話『蒼天の魔弾』 VF-25に放たれる青白い砲弾。それは彼らに、何をもたらすのか ―――――――――― シレンヤ氏 第6話へ
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マクロスなのは 第18話『ホテルアグスタ攻防戦 前編』←この前の話 『マクロスなのは』第19話「ホテルアグスタ攻防戦 後編」 シグナムが敵を発見した頃、地上の戦線に変化が起こっていた。 突然北西5キロの位置に巨大な魔力反応があったかと思えば魔法が行使され(この時の魔法はキャロの報告により召喚魔法と判明している)、同時にガジェット達の動きが変わった。 いままで陸空でガジェットが展開していても共同で組織的に何かをすることはなかったのだが、彼らは突然連携を始めたのだ。 陸戦型の進攻を阻止している陸士にⅡ型が上空からレーザーによって空襲。たまらず塹壕から飛び出した陸士に陸戦型がレーザーを集中射する。 結果、戦線は一気に総崩れになった。 「後退!六課のラインまで後退するんだ!!」 森の中に命令という名の怒声が響き渡る。しかしその声は敵の攻撃と友軍の砲火の前にすぐかき消される。もちろん各人を無線という通信回線で繋いでおりその意図は全体にすぐに伝わるが、激しい空襲と陸戦型の追撃を前になかなかうまくいかなかった。 MINIMI(軽機関銃)が放つフルオートの発砲音を轟かせながら陸士部隊の1個分隊が後退していく。 後退の援護は2人1組で構成され、片方が後退する時はもう片方が敵へと援護射撃して頭を押さえる。MINIMIに代表される分隊支援火器の登場で分隊でも容易になったこの戦術機動だが、今回の敵は手強すぎた。 後退を援護していた片方が、被弾を恐れず突入してきたⅢ型のレーザー攻撃を足に受けて転んでしまったのだ。援護射撃が止み、後退中の相方が無防備となる。 「この野郎!」 一部始終を目撃していたロバートは振り返りざまにそのガジェットⅢ型を照準すると、装填されていたカートリッジ弾を撃ち込む。だがその1発はすんでのところで〝回避〟された。 「チッ!」 ロバートは銃のセレクタレバーをフルオートにすると、トリガーを引き絞った。 レールガン方式を採用したため、この銃に薬莢はない(廃莢口は適正によってベルカ式カートリッジシステムを着けることができるよう、残されている)。そのためマガジンは純正89式小銃の約2倍の装弾数(66+1発)を誇り、まだ半分程残っているはずだ。 最初の5、6発が敵の滑るような機動で回避されたが、後退中だったあの相方が援護して十字砲火を形成。その後は命中し、途中で完全に沈黙した。 「くそ!動きまで良くなりやがった!」 吐き捨てると足を撃たれた部下に肩を貸し、すぐに後退する。 だがあることに気づいた。 その部下は足に命中弾を浴びたはずなのに外傷がなかったのだ。 「負傷者の搬送はお任せください」 「頼む!」 駆け寄ってきた隊員の左腕に赤十字の腕章を認めると、彼を託して後退援護の射撃を後方に放つ。 相方の退避を確認。即座に銃撃を止めて遮蔽物から出て後退する。その間は阿吽の呼吸で相方の援護射撃が放たれた。 しかし小隊長である自分がいつまでもこうしてはいれない。後退しながらHMD(ヘッド・マウント・ディスプレイ)を一瞥して増援として近くにいた1人を呼び寄せた。 その間に頭に引っ掛かっていた事象を確認するためJTIDS(統合戦術情報分配システム)に届く負傷者情報を呼び寄せてみると、やはり誰1人出血を伴った負傷者が出ていなかった。このやられ具合だと軽く10人以上の重傷者が出ても不思議ではないはずだ。 その時、後方監視していた自身の89式小銃『エイトナイン』が音声とHMDで警告を発する。 『Get down!(伏せろ!)』 愛機の情報を疑いなく信じると、考える間もなく伏せる。 数瞬後、立っていたら腰あたりを薙ぐはずだったレーザーは射軸上にいたすべてを焼いていく。 それに構わず伏せたままランチャーにカートリッジ弾を装填し発砲。弾体はⅢ型のシールドを対シールド機構とその物理的な推進力を盾に突き破ると、そこで内包されていた魔力を爆発的に炎熱変換して自爆した。 目標の沈黙を確認すると後方に振り返る。薙いだレーザーは射角的に先ほどの衛生兵と負傷者を巻き込んだはずだった。しかしそこには問題なく搬送していく彼の姿があった。 「なに?」 だが攻撃が幻覚でなかった証拠に増援として来た1人の陸士が腰辺りを抱えてうずくまっていた。 「おい、大丈夫か!?」 「は、はい・・・・・・」 苦しそうに応える彼に駆け寄ってみるが、抱えていたその患部に外傷は見られなかった。これには彼も驚いたようだ。 これではっきりした。どうやら敵は非殺傷設定で攻撃しているらしかった。しかも非戦闘員を巻き込まないよう選択的に。 とにかく彼に訓練に使う魔力火傷用の簡易的な麻酔魔法をかけると、肩を貸しつつ戦線に復帰させた。 「どうやら今までの奴よりは、理性ある奴が操作してるらしいな・・・・・・」 その後ロバートの小隊は第2次防衛ラインまで後退すると、六課の4人を加えて迎撃を始めた。 (*) 上空でも突然動きの良くなった敵に翻弄されかけていた。 「まとめて、ぶち抜けぇー!」 ヴィータが鉄球を10発生成するとアイゼンで加速、向かってくるガジェットⅡ型に当てようとした。しかし───── 「なに!10機中3機だけだと!?」 驚くのも無理はない。いままで奴等が自分の攻撃の回避に成功した記憶はない。それが突然、自らの攻撃が避けられるほど動きが良くなったのだ。 しかしヴィータにはあまり関係ない。 「めんどくせぇ!アイゼン!」 「Raketen form.(ラケーテンフォルム)!」 アイゼンは1発ロードするとクラスターエンジンを展開する。 「ラケーテン、ハンマー!!」 雄たけびも高らかにそのまま敵に突貫し直接叩き潰してしまった。 (*) 『どうやら有人操作に切り替わったようだ。各員、注意して敵に当たれ』 ホークアイの指示が飛ぶ。その指示に戦術が一新された。 いままでの数に物を言わせた戦いから、いつもの戦いに。 バルキリーは空を舞い、景気良くミサイルをお見舞いする。そして魔導士部隊も砲撃を惜し気もなく撃ち込む。 外したミサイルや砲撃、ガジェットの破片は六課のザフィーラとシャマルの展開した広域バリアによってすべてがホテルとの衝突を免れた。 (*) そして六課のラインでは、すでに第256陸士部隊の全部隊が防御の正面であるホテル前のC-3エリア付近に集結。迎撃が行われていた。 『第3小隊損耗率30%!後退します』 「安心しろ、ラインは支える。後ろで休んでろ」 『了解。感謝します』 『こちらスターズ3。C-2エリアに孤立していた第4小隊第2分隊と合流。本隊と合流するため、支援願います』 「第5小隊了解。10秒後20秒間全力射撃する。その隙にこっちに走って来い!」 『スターズ3、了解』 『第2分隊、了解』 ロバートは無線から手を離すと、隊に呼びかける。 「俺の合図で〝あっち〟に20秒間全力射撃。向かってくるスターズのお嬢ちゃんと第2分隊の連中に当てるな!・・・・・・3、2、1、今だ!」 その合図に第5小隊の保有する合計25の火器が一斉に弾幕を形成した。 頭のよくなったガジェットたちはそれに当たるまいと遮蔽物に隠れる。 その隙に遅滞行動(撃っては後退、撃っては後退という戦闘機動を交互に行い、敵の進攻を遅らせる戦術的後退術)をしていていつの間にか包囲されてしまった第2分隊はスターズ3、スバル・ナカジマを先頭に走って来た。彼女は猛烈な突破力を武器に敵の群れを突貫していく。 既定の20秒が経ったときには隣にいた。 そしてさらに上空のあの赤く幼い魔導士からの空爆とオレンジ色の髪をツインテールにした二丁拳銃使いの誘導弾が、動きの止まったガジェット達を撃破していった。 (やっぱり六課は心強い!) ロバートは彼女達がいる限り、管理局は無敵だ。と実感した。 (*) ホテル東部 高度4000メートル 元々動きの良かったゴーストはバルキリー隊が対応に当たったが、更に頭の良くなったゴーストは危険な存在になっていた。 高空より侵入してきたゴースト6機は連携とりつつ接近してくる。 ホテル東部を担当することになったサジタリウス小隊はさくらの狙撃に援護されながらそれに応じた。 しかし狙撃は当たらず、天城の放ったマイクロハイマニューバミサイルの弾幕も絶妙な連携プレーで突破してきた。 これまで4カ月という訓練期間の短さをハード(機体性能)によって補ってきた感のあるバルキリー隊は苦戦を強いられることになった。 (*) ドッグファイトに持ち込まれたサジタリウス小隊の2機は徐々に分断。距離を離されていく。 『離されるな天城!』 アルト隊長の声が耳朶(じだ)をうつ。 「しかし・・・・・・くそ・・・・・・」 ゴースト3機に囲まれた自分は、さくらの支援狙撃もむなしく隊長のVF-25と完全に分断されていた。 最高速度で優越しているため、ファイターに可変して振り切ることも選択肢だろう。しかしそれでは防衛ラインに穴を開けることになり、隊長や下界の陸士達、つまり友軍を見捨てる事となる。 隊長も3機のゴースト相手では分が悪い。それが増えたら尚更だ。 天城は持ちうる技術を結集して何とかさばこうと努力するが、ゴーストの機動性、バルキリーの火力、賢い頭脳を与えられたそれは徐々に彼を追い詰めていった。 (転換装甲のキャパシティがやべぇ・・・・・・) 空戦では余剰エネルギーが最大限利用できるガウォークで戦闘しているにもかかわらず、構造維持エネルギーが限界に到達しようとしていた。それは限界を超えたとき、自機の損壊を意味する。 (そろそろ潮時かな・・・・・・) 度重なる被弾の衝撃で精神の参っていた天城は自暴自棄になっていた。 彼は左手に握るスラストレバーを45度倒してファイターに可変する。そして目前で丁度旋回してきたゴーストに狙いを定めると突撃した。余剰エネルギーの関係でPPBSは作動しない。 しかし彼は躊躇わなかった。 こちらの乱心に気づいたのか通信機ががなりたてているが、彼には聞こえない。そして目前のゴーストが視界いっぱいに広がり───── (*) 「天城ィィィーッ!!」 『天城さん!!』 アルトとさくらの声が空にこだまする。 爆発したその場所からは大量の金属片が下に力無く落ちていき、これまた大量の黒煙がその場を包んでいた。 イジェクト(緊急脱出)は・・・・・・・確認できない。 ゴーストが撤退していく。いや、ガジェット達も同じく撤退するらしい。 『そんな・・・・・・天城さん・・・・・・!』 さくらの茫然とした声が聞こえる。 「畜生!」 自らの担当した3機のうち2機を叩き落としていたアルトは、あと少しだったのに!とコックピットの内壁を叩く。 (また俺は失ったのか!?スミスやマルヤマ、ジュンのように!!) 暴発しそうな激しい感情と共に、バジュラ本星突入作戦で散って行った部下2人の顔が脳裏を過る。 しかし視線を落としたアルトは、ディスプレイの表示に息を呑んだ。 天城のVF-1BとのJTIDS(相互データリンク)が接続されたままだ。 (これは、ひょっとして・・・・・・) 顔を上げたアルトの目に飛び込んできたのは、ガウォークでホバリングしたVF-1Bだった。 『・・・・・・あれ?』 モニターに拡大された天城のアホ面(づら)が印象的だった。 (*) 「逃がしたか・・・・・・」 こちらは地下駐車場。謎の人型甲虫と遭遇したシグナムだが、取り逃がしてしまっていた。しかし〝それ〟が抱えていた箱は斬撃によって吹き飛ばされ、床に四散していた。 シグナムはそんなこと全く関しなかったが、敵は違ったようだ。身軽になった体で意外に小さな〝箱の中身〟を拾い上げ、光学迷彩を再起動して闇に消えていった。 「大丈夫ですか!?」 さっきの警備員だ。派手に戦闘をやらかしたので様子を見に来たのだろう。 「ああ。犯人はとり逃してしまったが」 「そう、ですか・・・・・・」 彼は周囲を見渡す。 めくれ上がったコンクリートの床。 深い切り傷の残る柱や壁。 最早廃車であろう高級車。etc、etc・・・ その場は破壊の限りを尽くしたような光景が広がっていた。 (*) 「ぶつかる前に相手が自爆しただとぉ?」 天城に生還の理由を聞いていたアルトが驚きの声を上げた。 彼によるとその時は気にしなかったが、特攻の瞬間なぜか相手は銃撃を止めて回避に専念したらしい。 『何か無人機のくせに端々の挙動が人間ぽかったんですよね・・・・・・まるで事故を回避しようと急ハンドルした感じでした』 天城は元々突っ込むつもりのため当然追う。VFは可変という特殊機構を持つため小回りでは負けない。 結局天城は衝突を免れないコースをとり、今まさにぶつかる!という時に自爆したらしい。 「う~ん・・・・・・」 アルトは理解出来ずに頭を捻る。 無人機なのだから戦術・戦略上必要なら自爆や特攻することはよくある。しかし突っ込む天城を撃墜して止めようとせず、全力で回避し、なおかつ回避不能とわかると自爆してくれるとは・・・・・・ 「有人操作だから術者に良心が働いたのか・・・・・・?まぁいい、とりあえず天城、もう二度とあんなことするなよ!」 『すいません・・・・・・』 天城に釘を刺すと、被害報告を待つホークアイに回線を繋ごうとした。しかし今度はさくらから通信が入った。 「どうした?」 『お願いがあります』 (おいおいなんだ、このデジャブは) アルトは一瞬躊躇うが、先を促す。 『はい。実は─────』 その願いはまたしてもアルトを驚かせた。 (*) 「まぁ箱はしかたないよ。邪魔者が強すぎただけだから。・・・・・・うん、お疲れ様。あとは中身をそのままドクターに届けてあげて」 ルーテシアはデバイスを通した通信を終えると魔法陣を解除する。 すると自らが操作していたガジェットとゴースト達の縛りが解かれた。しかし完全にではない。彼女が最後に発した命令は〝速やかな撤退〟だった。 インゼクト・ズークによってプログラムを根こそぎ書き換えられた機械達はこれに従って撤退を始めた。 「・・・・・・結局、品物の中身は何だったんだ?」 ゼストがローブを片手に聞いてくる。 「よくわかんないけど記録媒体だって。オークションに出す品物じゃなくて密輸品みたいだけど・・・・・・」 「・・・・・・そうか」 彼はそう言ってローブを手渡し、自身は交戦地帯だった所に視線を投げた。 そこでは突然攻撃を止め、撤退していくガジェット達を見送る管理局員達の姿があった。 「管理局も強くなったものだ。以前のままなら突破されていただろうに・・・・・・」 彼は上空を警戒飛行する空戦魔導士部隊とバルキリー隊を一瞥する。その時少女の手が彼のローブを弱く摘まんだ。 「・・・・・・さて、お前の探し物に戻るとしよう」 ルーテシアは頷くと、転送魔法を行使。魔力反応を感知したバルキリー隊が駆けつけた時にはすでにもぬけの殻であった。 (*) 「甘いな」 変装したグレイスが呟く。 「やはり子供だ。それほどまでに人を傷つけたくないか」 「なァに、目的が遂行されるなら良心を通してもいいさ」 スカリエッティはそう言うと、先ほど転送されてきた『ガリュー』という人型甲虫から受け取った記録媒体を自らの端末に繋いだ。 立ち上がるウインドウ群。その一番上のタイトルには〝ユダ・システム〟とあった。 「なるほど、有機ネットワーク構造による人工生命か・・・・・・」 彼の顔に徐々に笑みがこぼれてきた。 コンピューターに意識を持たせるという命題には誰一人として成功していない。 しかし例外を言えば製作元でも解析不能なデバイスの基本フレーム、特にインテリジェントデバイスだ。現在その製作技術は戦争で完全に失われており、戦前から稼動していたオートメーション工場にその生産を100%依存している。 だがその意識を持たせる方法が目の前に転がっているのだ。学者として興奮しないはずがなかった。 「どうだ?品物は」 「あぁ、実に素晴らしい。・・・・・・だがこのシステムのプログラムは・・・・・・変だな?この矛盾したサブルーチンはなんだ?これではこのシステムの良いところである自己保存本能が働かない」 実はそこはシャロン・アップルの事件をきっかけにこのシステムに追加されたところだ。 2040年に試作されたゴーストX-9のメインコンピュータはマージ・グルドアの手によって完成を見た。 彼は伝説のバーチャル・アイドル「シャロン・アップル」のシステムエンジニアであり、彼の構築したシステムは仮想空間の中で生物の自我、無意識レベルの感情をもエミュレートする恐るべきものだった。 事実自我を持ったシャロンはマクロスシティにおいて暴走している。理由について統合軍は、機密事項としてそれ(暴走の事実すら)をひた隠しにしているが、彼らも詳しいことは知らないらしい。 ともかく、それでもブラックボックス化したマージの基礎システムはゴーストの中に生き続けていた。なぜなら誰も彼の基礎理論を理解できず、これを分離してしまうとシステムが完全に崩壊してしまうからであった。 そこで封印サブルーチンをL.A.I社が幾重にも掛け、自我を、自己保存本能を完全にオーバーライドしていた。 お陰で最新のゴーストは、ユダ・システムを解放してもまず安心になったのだ。 更によいことに、自らを守ろうとする考えがなければ戦術・戦略及び効果面でしか物を考えないので、彼ら無人機は必要ならば平気でその身を捧げる事ができる。 ユダ・システムを解放したゴーストが、優秀で重要な有人機を守るために、自ら敵弾に当たりに行った例が少なくないのはこのためだ。 ちなみにユダ・システムを自我レベルまで完全解放できるのは、オリジナルを押さえているフロンティアのL.A.I社だけだ。 しかしスカリエッティはプログラムを斜め読みしただけでその機能が封印されていることを言い当ててしまった。これはまさに生身の人間では最高峰の天才と言えた。 「まあ、好きにしろ。こちらとしてはどんなものが完成するのか楽しみだ」 「ご期待に沿えるよう、頑張ってみよう」 彼はほの暗い不気味な笑みを浮かべると、改良のため前時代的なキーボードに手を伸ばした。 グレイスの扮装する男はそれを見届けると、手の内にあったトラックのキーを握り折った。 (*) ホテル内部では予定通りオークションが開始されていた。 しかしその茶髪でドレスを着た美女は会場には入らず、身内からの報告に耳を傾けていた。 『─────という顛末(てんまつ)でガジェットは撃退できたんだけど、召還士は追えませんでした』 『でも近隣の部隊に要請はしましたから、転移座標ぐらいならわかるかも知れないです』 その身内─────シャマルと彼女を手伝うリィンフォースⅡの報告にはやては、六課には負傷者もいないし目立った被害もなく、自らの任務も順調なため良しとした。 『それじゃ、任務を続行するわね』 「ああ、お願いな」 映像通信を切ったはやては、暫し思考の海に浸る。今回の襲撃は不可解な点が多かった。 ガジェット達の襲撃はわずか25分で終わりを告げ、即座に撤退してしまった。 最初の15分はいつも通りだが、後が違った。突然召還士が現れてガジェット達の動きが良くなったかと思えば、まるでこちらを気遣ってくれたかのように非殺傷の攻撃に終始した。 どうやらいままでガジェットを使っていた敵と、今回ガジェットを操った召喚士は別の考えを持っているらしい。 少なくとも召喚士の方は、目的のためなら人殺しもためらわない〝彼〟のような人物とは思えなかった。 (人間がやることには必ず意味がある。これほどの良心がありながら、その召還士がやろうとしたことはなんやろうか?) まずガジェットが主でないのは確かだ。彼らは防衛部隊をかき回しただけで本質的にはなにもしていない。 (となると本命があるはずやけど、まだ何の報告も上がって来て─────) 「主、はやて」 振り返ると、バリアジャケット姿のシグナムがいた。しかし彼女の頬には一筋の切り傷があり、血がにじんでいる。 「なんや?階段でも転げ落ちたんか?」 はやてのジョークに彼女は 「いえ」 と、無愛想に応対する。 (職務に徹するのもいいけど、もうちょい愛想よくしても良いと思うんやけどなぁ・・・・・・) はやては生真面目な身内に、胸の内で場違いな評価を下すと先を促した。 「はい。私は地下駐車場の警備に付いていたのですが、巡回中妙な車上あらしに遭遇しました」 「どんな風に妙なんや?」 「それが人間ではなくて、人型の甲虫のようなフォルムをしていました。残念ながら追いきれませんでしたが・・・・・・」 「そうか・・・・・・」 使い魔や他の次元世界の多様な生態系があるためそのような生物がいること自体は不思議ではない。しかし管理局が遭遇してきた使い魔以外は、生命体であってもほとんどが知性体ではなかった。つまり、牛や魚などと同じだ。 また、生態系の問題から次元世界間の移動はほとんど禁止されていた。 例外として召還魔法により古来から使役され、安全性の確認されている種については召還魔法による呼び出しなど一時的に連れ出すことは認められている。 となると召還士という共通点から今回の事件との関わりがある可能性は高い。 「・・・・・・それで、何を荒らしてったん?」 「はい、密輸品を運んでいたトラックの荷台らしいのですが、何を盗んだのかなど、それ以外は不明です。目下のところトラックの持ち主を捜させています」 「了解や。その生物について管理局のデータベースで調べといて。他にも何か分かったら知らせてな」 「は!」 シグナムは敬礼すると一階に続く階段を降りていった。 (*) その頃なのはとフェイトは会場内で警備に着いていた。 しかしフェイトが合流したのは1分程前からだ。 フェイトは出動しようとシャマル達と合流して準備していたが、敵が本気になってからたった10分で撤退したため出鼻を挫かれていた。 彼女は 「外のガジェットは撤退したから、出動待機は解除。私達は警戒任務に集中してだって」 と、シャマルからの要請をなのはに伝える。 ずっと会場内で警備に着いていたなのははフォワード4人組を含め防衛部隊に目立った被害がないことを聞いて肩をなでおろした。 「あともう1ついいニュース。懐かしい人に会ったよ」 「え?だれ?」 「それは・・・・・・あっ、来たみたい」 フェイトの視線はオークション開催寸前の舞台に向けられている。仕方ないのでなのはも彼女にならった。 『─────ではここで、品物の鑑定と解説を行って戴けます、若き考古学者をご紹介したいと思います』 拍手のなか現れた青年はなのはにとってとても馴染深い人物だった。 そう、彼女を普通の少女からこの世界に引き込んだのは他でもない彼であった。 『ミッドチルダ考古学士会の学士であり、かの無限書庫の司書長、ユーノ・スクライア先生です』 『あ・・・・・・どうも、こんにちは』 彼はマイクの前で少し緊張した様子で挨拶した。 ―――――――――― 次回予告 なのはの過去とさくらの出生秘められたものとは? そしてさくらの願いとは? 次回マクロスなのは第20話「過去」 追憶の歌、銀河に響け! ―――――――――― シレンヤ氏 第20話へ
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マクロスなのは 第4話『模擬戦』←この前の話 『マクロスなのは』第5話「よみがえる翼」 午前の模擬戦を終え、食堂で一息いれていたアルトに凶報が届く。 あらかた食べ終わっていた焼き魚定食と自分との前に現れたのは無機質な金槌だった。 「午後はあたしと戦え!」 そう殴り込みに来たのは隊舎内なのに、未だ赤いバリアジャケットに身を包んだ小さな少女。しかし、アルトは彼女が外見で計れないことは知っていた。 かつて六課設立記念パーティーがあったとき、食堂で珍騒動が起こった。あの時その身の丈の数十倍は巨大化した、そして今、目の前に突き出されたハンマーはなんといったか。そう、確か『グラーフアイゼン』だった。 そしてバルキリーの改修完了時、なのはの砲撃でも一撃では簡単に破れないであろうバトロイド形態の時のPPBを盛大にぶち抜いたのもコイツだった。 そんな事を思い出していると、彼女の後ろにいたもう1人が声を上げた。 「その後、私もお願いするわ」 と言う女性は茶色い地上部隊の制服を着用し、腰すら超える金髪の長髪をストレートにした女性だった。 しかし、その温和な物腰に隠しきれない戦闘意欲が垣間見える。これは彼女がこの六課で、シグナムと並んで〝バトルマニア〟と呼ばれる所以だろう。 「しかしまだ整備が―――――」 「んなん大丈夫だろ? とっとと来い!」 アルトの微々たる抵抗は有無を言わさず却下された。彼はこれを断れない自らの准尉という階級を恨んだ。 目の前の、頭に〝のろいうさぎ〟のぬいぐるみを載せた外見年齢12、3歳(実年齢はどういう訳か特秘となっていた)のヴィータが二等空尉。そして隣のフェイトは1歳違うだけなのに一等海尉(執務官は称号)・・・・・・ 「わかった!わかったからせめて飯を食わせろ」 「・・・・・よし、食ったらすぐ来いよ」 食卓との間を遠く隔てていたハンマーが退けられ、ヴィータとフェイトの2人は食堂から出て行く。 そして自身の食事に視線を戻すと、あと2口ぐらいで完食してしまうだろう定食が目に入った。 (この程度の抵抗しかできないのかオレは・・・・・・) そんなことを考えながらすずめの涙のように残った味噌汁を飲み干してやる。そしてお椀を盆に戻すとき、骨身になってしまったさばの焼き魚と目があった。それは 「次はお前だ」 と言っているような気がした。 (*) 今度の模擬戦は全てのハンデが解消され、可変にPPBに空中戦にと存分に戦えた。しかし、たまった疲労は確実に彼と機体を蝕んでいた。 エンジン出力の不安定な変動などが原因でヴィータとの模擬戦は相討ちに終わり、続くフェイトとの模擬戦は、アルトの撃墜に終わった。 (*) 格納庫へとアルトが機首向けた時、日は傾きかけていた。 VF-25は整備なしで酷使されて機嫌を損ねたのか、ガウォークの右足からは異音がする。そして遂に――――― アルトは突然の浮遊感を感じて驚いた。 警報ががなりたてている。多目的ディスプレイには大きく〝エンジントラブル〟の文字。どうやら先ほどから不調を訴えていた右舷エンジンが止まったらしい。 右舷だけだが、2基の足で空中をホバリングするガウォーク形態だったからたまらない。たちまち姿勢を崩し、キリモミ落下を始めようとする。すぐにスラストレバーを倒し、推進モーメントのバランスがとれるためエンジンが片方だけでも飛べるファイターに可変しようとするが、変形機構も言うことを聞かなかった。 ここは高度2000メートル。下界はすでに陸地のため墜落すれば大破では済まないだろう。 「イジェクト(緊急脱出)しかないのか・・・・・・!」 機体を振り返って確認する。 キリモミ落下の始まった機体を立て直すには高機動スラスターだけでは荷が重いだろう。 しかしアルトはそこで天命を受けた。翼が白い尾を引いていたのだ。それは彼にここが大気のある天体である事を思い出させた。 「そうか、空気に乗れば!」 普段から風を読むことに関して冴えた才覚の持ち主である彼は第六感とも思えるその能力で、見えないはずの上昇気流を地形、日照等から瞬時に割り出す。そして生き残った左舷エンジン(左足)と両翼を駆使してその気流へと突入して落下速度を減殺し、錐揉み方向と逆の方向のラダーを一杯に踏み込み、スティックを錐揉み方向へ目一杯倒す。また、可変ノズルと高機動スラスターもエマージェンシーモードのコンピューター制御で機体を水平にしようと青白いきらめく粒子(現在VF-25は魔力を推進剤代わりに使っているため)を噴き出す。 パイロットを含めた機体の全てのシステムが一体になって墜落を防ごうとその能力をフル活用する。そうした結果、対地距離が100メートルほどになったときにはなんとか機体は水平を維持し、高速で螺旋回転をしながら降下していた。下界の地面が迫る。 アルトは次の瞬間にはやってくるであろう衝撃に備えて呼吸を止め、身を固めた。 (着地!) まずガウォークの足が地面に触れる。もちろんいつもの垂直着陸ではないのでその足はこの形態で出しうる限界の速度で走っており、螺旋回転のエネルギーを地面とその足のサスペンションで受け止めていく。 おかげでカクテルシェイカーのように上下振動するコックピット。 ISC(イナーシャ・ストア・コンバータ。慣性エネルギーをチャージすることでその慣性を一定時間抑制する)によってなんとか〝ケチャップ〟にならず命を繋ぐアルトは意識を失いそうになりながらでも機体を保全するため可能な限りのエネルギーをエネルギー転換装甲へと回し、その生き地獄を耐える。 途中で何かに蹴躓いたら最後、高速道路の車並みのスピードでVF-25とそのパイロットの命は硬い地面に投げ出されることになるだろう。 そのパイロットが誰なのか?と考えると彼は生きた心地がしなかった。 その時、地面にある〝もの〟がその驚異的な視覚によって捉えられた。 (なんであんなとこにブロックが!?) 六課の海岸線に花壇を作ろうと大量のレンガを一時的に置いていた場所、そこへ向かってガウォーク形態のVF-25は邁進していた。 その集積所は見る見る近づいていき――――― (*) 「止まった・・・・・・のか・・・・・・?」 振動が収まり周囲を見渡す。海辺では波が揺れ、植えられた草木は風に気持ちよくそよいでいる。レンガ集積所も無事だ。そして何より、地面が動いてなかった。 トラブル発生からの時間は1分に満たなかったかもしれないが、アルトにとってそれは永遠にも思える時だった。 (*) こうしてアルトはなんとか着地に成功した。 しかしJAF(レッカー車)などないため、ヴァイスの輸送ヘリを要請。格納庫へと空輸した。 こうして搬入されたVF-25に即座に点検が行われる。整備員達が一昔前の医療用の内視鏡のようなものと、超音波スキャナーでエンジン部を点検していく。 2時間後、原因の一端が判明した。 右舷エンジンのファンが破断してズタズタになっていたのだ。これは左舷エンジンも同様で、それでも最後まで動いてくれたことにアルトはVF-25を撫でてやりたくなった。 「見たところ小石が原因ですね。午前の模擬戦で空いた穴を午後で悪化させたみたいです」 とは整備員の言だ。 どうやらそもそもの原因は、午前の模擬戦の時、転換装甲なしのバトロイドで戦闘したことにあるらしい。 推進力アップのためバトロイドでは普段シャッターで閉じられているはずのエアインテーク(給気口)を開けていたのだ。その時入り込んだ大量の小石にファンが耐えられなかったようだ。 整備員は同様の材料を使った補修材で直すことを提案したが、アルトは待ったをかける。 レンガ集積所を反射的にジャンプしてかわしたが、その無茶な運用と、ガウォーク形態で走りながら着地するという前代未聞の不時着方法によって半壊してしまった一体形成型のベクタードノズル(足)は補修材では強度に不安が残るからだ。しかし、そんな規模・設備は技研の方にしかないらしい。 そこでアルトはその許可を求めるために部隊隊長室に向かうことにした。 (*) アルトが廊下を歩いていると、途中でバッタリと、ヴィータとフェイトに出くわした。 (どう文句を言ってやろうか・・・・・・) とずっと考えていたアルトだが、予想に反して2人はすぐに頭を下げ 「ごめんなさい!ごめんなさい!」 と、ペコペコ謝った。 (・・・・・・なんだ。案外素直な奴らなんだな) フェイトはともかくヴィータは階級パワーを使って 「あれくらいで壊れる飛行機の方が悪い」 とか言って逃げると思っていたため、本気で謝っている2人の様子に毒気を抜かれてしまったアルトは、文句を言うのを忘れ、さらりと2人を許して部隊長室への歩を進めた。 (*) 着いた部屋の表札には『機動六課 部隊隊長室』とある。 (そういえばはやてに会うのは2日ぶりになるのか。確か食堂で昼食を食いながら「来週までの書類処理が大変!」とか何とか言ってたな・・・・・・) そんなことを思い出しながらノックしようとした時、ドアの向こうから声が聞こえた。 『わぁ、リイン、綺麗な朝日だねぇ~』 どことなく上の空に聞こえる声。これははやての声だ。 リインとは、正式名称を『リインフォースⅡ(ツヴァイ)』といい、はやてのユニゾンデバイス(術者と融合することで、その者の魔法のパフォーマンスを向上させるデバイス。しかし彼女自身もクラスA相当のリンカーコアを持ち、単独の魔法行使も可能)で、妖精のような小人だ。 アルトは自分の認識が間違っているのか不安になって腕時計を見る。 (間違いない。今は〝午後〟6時だ) つまり、窓の外に見えている太陽が朝日であるはずがない。 『はい~、また仕事が始まるですぅ~』 今度はリインの声だ。彼女の声もどこか浮いている。しかしここで考えていても仕方ない。怪訝に思いつつも扉をノックした。 『はぁ~い、誰ですかぁ~?』 リインの声だ。彼女は普段はやての秘書をしているため、こういう返事は原則的にリインが行うことになっていた。 「早乙女アルト准尉です。八神はやて部隊長にお話があります」 『んがっ!ア、アルト君!? ちょ、ちょっとごめんな。少し待っといてや!』 答えたのはリインでなく、はやてだった。直後内側からは何かが倒れる音や、2人の悲鳴などが聞こえた。 しばし待つと、入室の許可が降りた。 「失礼します」 アルトは注意深く中に入る。そこはまさに異世界だった。 空気は完全にコーヒーの匂いに占拠され、床には所々書類の山がある。 「おはようアルト君。朝、早いんやな」 床から目を離してはやての声のする方を見ると、そこには彼女に見える人がいた。 制服はしっかり着こなしているが、気づかなかったのかサラサラであるはずの茶髪の髪がボサボサで酷く荒れている。また、役者である自分から見ても涙ぐましいほど必死に笑顔を作っているが、目の下の隈が不気味さすら漂わせていた。 (まさかコイツ・・・・・・) 「・・・・・・なぁはやて、今日が何曜日かわかるか?」 はやては突然の問いに思案顔になる。 「うん? 確か書類の処理を始めたのが月曜日の昼で、今は日付が変わったから・・・・・・火曜日やな」 「今は水曜日の午後6時だ!」 どうやら自分が食堂で彼女を最後に見てから今までの2日間を貫徹をしていたようだ。 窓には分厚い雨戸のようなカーテンがあり、それで外光を完全にシャットアウトしていたのだろう。 食事もゴミ箱に放り込まれたプラスチック包装の量から推察できた。たくさんの備蓄が消費されたようだ。 (人間のリズムが太陽の光を浴びないと狂うとはガッコ(学校)で習ってはいたが、まさかここまでとは・・・・・・) のべ48時間を越える彼女の集中力には畏敬の念すら覚えるが、おかげで頭も回らないようで、こちらの突きつけた真実に 「え!? ウチ、タイムスリップしてもうたん?」 と言っているあたり末期だ。 しかし、ここで彼女を追い詰めてもこれもまた仕方ないので早々に本題に入ることにした。 「バルキリーの本格的な修理をするために、管理局の技研に運び込みたいんだ。許可をくれないか?」 「え?まぁ、ウチはかまへんけど、どうして壊れたん?・・・・・・うちの整備員が何か粗相をしてもうたんか?」 「いや、アイツら(整備員達)は知らない技術相手に十分頑張ってるよ。それで壊れた理由なんだが実は―――――」 これまでの経緯を説明すると、彼女はすぐに頭を下げた。 「うちのヴィータがご迷惑をおかけしました」 「いや、さっき本人達から謝られたからそれはもういい。それで修理するとき機密面から俺もバルキリーに同行したいんだ」 そう言うと、はやては気の毒そうな顔をして言う。 「透視魔法に転送魔法。素粒子スキャナーにMRI(磁気共鳴映像装置)・・・・・・ウチは魔法以外のことはよく知らんから他にも色々あると思うんやけど、たぶんランカちゃんのAMFでも守りきれんで」 「じゃあ、この世界は覗き放題か。機密もあったものじゃないな」 と言うと、そこはそれ。 個人情報や機密事項を守るための守秘プログラムがあり、それは主に施設そのものやデバイスの管轄で、個人情報はデバイス、機密は施設とデバイスの双方で守るらしい。 「でも今回は、施設の所有権が向こうにあるから支援は期待出来ん。それにデバイスの守秘プログラムではバルキリーは大きすぎて現状では守りきれんのや」 そう諭すように続けるはやてだったが、あのVF-25はSMSから預かった大切な機体。このまま引き下がることはできない。 「それでもいい。同行させてくれ!」 食い下がると、彼女はあっさりと許可を降ろした。やってみればわかるということなのだろう。 ともかく同行できるだけでもよしとしよう。と思いなおすと、簡単な輸送の手続きを済ませ、部屋を出た。 (*) その後彼女たちは鏡を見たのだろう。結果として、六課の隊舎全てに響く悲鳴が発生したことは、言うまでもない。 (*) 次の日 はやての手配した大型トレーラーに載せられたVF-25は技研へ向かう。しかしそのトレーラーにはアルトの姿はなかった。 「昨日は本当にごめんね」 そう謝りながら自身の愛車を運転するのはフェイトだ。 「あぁ。なんてことはないから安心しろ」 アルトは答えると前方のトレーラーに視線を注ぐ。幸い、トレーラーにはビニールシートが掛けてあり、それをVF-25と思う人間はいないだろう。 ちなみに、フェイトは純粋にアルトを送るために乗せているのではない。もちろん償いの意味もあっただろうが、彼女のデバイスの改良は今度、大規模なOT・OTM取り入れだった。そこで、設備の大きい技研で改良及び調整をするためらしかった。 こうして2人でそれぞれ自分の世界の事などを話ながら2時間ほど車に揺られていると、ミッドチルダ一(いち)の高さを誇る『富嶽(ふがく)山』の麓まで来た。そして大した時も置かずトレーラーが門の前に到着した。 表札には『時空管理局 地上部隊 技術開発研究所』の文字があった。どうやらここらしい。 検問で簡単な確認を済ますとゲートが開き、中に入った。 入ってすぐの建物は鉄筋コンクリート製の六課よりも小さいビルで、所々ヒビが入っていた。しかし企業団の出資によって達成された予算拡大の影響か、補修と拡張工事が急ピッチで進んでいた。 VF-25を載せたトレーラーは新設されたらしい真新しい格納庫へ入っていき、自分達を乗せた車もそれに続く。 格納庫内には人間が1人もいない様だった。代わりに誘導は滑走路の誘導灯ように地面に光の道が浮かび上がり、それに沿って進むよう指示されるようだ。 トレーラーはやがて巨大な自動洗車機のような所で停まった。そしてトレーラー本体と荷台とを切り離してVF-25の乗った荷台を置いていくと、トレーラーはそのまま格納庫から出でいく。だが自分達は誘導によって格納庫内を一望出来そうな制御所の下に停車させられた。 「じゃあ帰りも送って行くから、その時は呼んでね」 フェイトは車を降りたアルトにそう告げると車を発進させ、格納庫から出ていった。 それを見送ると、トレーラーに載せられている愛機VF―25を一瞥して制御所の方を見上げた。 その制御所はそれほど大きくなく、壁にくっついた箱のように設置されていた。 そして足元にはまっすぐ伸びる光の道。どうやら地面には簡易的なホログラムテクノロジーが使われているようだ。 「・・・・・・あれに乗ればいいんだな」 光の道の終着点である制御所すぐ下のエレベーターを見つけて呟く。だがこの広さに比してのあまりの静けさに 「誰もいない格納庫は気味が悪いもんだな・・・・・・」 とSMSの整備員が整備、点検、修理と24時間体制で作業をしていたマクロスクォーターを懐かしく思いながらそこへ向かった。 (*) エレベーターはゆっくり6メートルほど登って止まる。そしてドアが開くと、白衣を着た研究者が1人、アルトを迎えた。しかし――――― (お、親父!?) その顔は自らの父、早乙女嵐蔵にそっくりだったのだ。 「こんにちは、早乙女アルト君。私はこの技研の所長をしている田所だ」 だが他人の空似のようだった。嵐蔵の巌(いわお)のような雰囲気と違って人の良さそうなそれを放っていた。 「・・・・・・よろしくお願いします」 握手を交わす。田所所長は生粋の技術屋らしい。シワの多い手には無数の傷があった。 「君の境遇は八神部隊長から聞いている。早く君の世界が見つけられる事を祈っているよ」 「はい、どうも」 しかしその静かな中、外から場違いな歓声が聞こえた。 『デカルチャー! デカルチャー!』と。 こちらの怪訝な顔に気づいたのだろう。田所が窓越しに1軒の建物を指し示す。 「今所員のほとんどが休憩の許可を受けていて、あそこに集まっているんだ。どうだ?あいつらが戻ってくるまで検査は始められないし、君も行くか?」 「・・・・・・ん、あぁ。わかった。」 1人残されても仕方ない。と、所長の後を追った。 (*) 臨時の休憩所となっている大型食堂は歓声と熱気に包まれていた。 皆一様に展開された大型のホロディスプレイの映像を見ながら声援を送っている。画面の中には自分がよく知る、緑色の髪をした少女がステージ上で歌っていた。 (そうか、ランカのセカンドライブは今日だったな・・・・・・) アルトは2日前に彼女から送られて来たメールの内容を思い出す。 ランカは六課の一員だが、現在次元世界各国でチャリティーライブを続けていた。 ちなみに、管理局の企業団の出資を含めた全予算の25%に上るライブで集まったお金は、9割近くが貧困に喘ぐ次元世界の救援物資に化けている。 「しかしなんて華(はな)だ・・・・・・」 思わず生唾を飲み込む。 容姿が、ではない。もちろんそれを否定するわけではないが、もっと、その立ち居振る舞いのほうだ。 ただ舞台に立つだけで、全ての人間の耳目を集めてしまう〝華〟。 彼女の笑顔が光の矢となって放たれる度に血が熱くなるのを感じる。 第25未確認世界を席巻していた彼女の人気は、この世界でも健在だった。 ランカの歌声は既に全次元世界を駆け巡り、超時空シンデレラの名に恥じぬ人気を叩き出している。 また、彼女によって終結した戦争、紛争も少なくない。 学者達はこの現象を『フォールド波が人の聴覚に直接作用して、理性に直接的な感動を与えている』と言う。 だがそれならフォールドスピーカーを使った全ての歌に普遍的に作用されてしまうはずだ。しかしそんな調査結果は出ていない。つまり科学的にはなかなか説明は難しいのだ。 だがアルトの様な人間には、彼女の歌がなぜこんなにも聴衆を引き付けるかわかる。 彼女の歌には、彼女を支え、愛してくれている世界に対しての無償の愛がありありと感じられるのだ。 それは人々の心の奥で忘れかけている母親の愛を連想させる。そのことが、特に戦場で荒んだ兵士達の心に響くのだ。 上からの命令で日々人を殺めたり、傷つけたりしている内に彼らは、人間より生体兵器に近くなる。そんな彼らに母の愛を思い出させるとどうなるか。 母の愛とは無論、無償の愛であり、よほど偏屈した家庭でない限りそれは自らの存在を許し、生かしてくれるものだ。それが双方敵味方を越えて存在することを思い出した彼らは、もう戦争などという愚かな事はしないのだと。 (*) 熱狂の中曲が2~3曲終わると、休憩タイムに入る。この局は国営放送だがCMを流すようだった。 人混みの中、田所とはぐれたアルトは彼を探していると、視界の端に研究員の白衣や作業員の灰色のジャンプスーツ(つなぎ)とは意が異なる茶色の服を着た女性(ひと)が写った。 「あれ、アルト君も?」 「どうやらそっちもランカ・アタックのようだな」 「うん。着いて誰もいないから、警備の人に理由を聞いたの。そしたらみんなここだって」 フェイトは苦笑を浮かべつつ言う。 『ランカ・アタック』は、第25未確認世界の『ミンメイ・アタック』に相当する。これは彼女らの歌が戦闘を止め、ほぼ精神攻撃とも取れる事からこの名がついている。 また『デカルチャー』も、第25未確認世界の言葉だ。これは元々ゼントラーディ(巨人族)の言語で、『感動』や『驚愕』を意味する。元の世界では陳腐化していたが、ここではランカが時々口にすることから彼女が持ち込んだ新しい文化として大ブレイクしていた。 「まったく・・・・・・」 ため息をつきながらテレビに向き直ると、丁度CMが変わった。 ―――――――――― 大写しになるVF-25のキャノピー。そしてどこからか流れてきた『星間飛行』と共にそれが開く。 「みんな、抱きしめて。銀河の、果てまでー!」 副操縦席で立ち上がったランカのその常套句が、労働争議中の時空管理局本部ビルに響き渡った。 直後曲をBGMに、画面が切り替わる。 「テレビの前の皆さんこんにちは。ランカ・リーです!」 ステージ衣装を身に纏ったランカが挨拶した。バックには、時空管理局のエンブレムが躍る。 「時空管理局は平和を守るっていう、すっごい大切な仕事をしています!だけど・・・・・・」 声と緑の髪が落ち込むようにシュンとなる。そこでランカの肩に手が置かれた。 手を置いた彼女は今、隣でその人が着ているような地上部隊の制服ではなく、本局の真っ黒な執務官の服を着ている。 「でも今、管理局の地上部隊は人材不足に陥っています」 そこに今度は陸士部隊の礼服を着て、画面右側から出てきたはやてがフェイトの後を継ぐ。 「地上部隊はランカちゃんのおかげでだいぶ待遇も改善されたで。それに今なら重要なポストもけっこう空いとるよ!」 「来たれ勇士達。私達は、あなた達を待っている!」 最後にバリアジャケット姿のなのはが画面上からやってきて、アップと共にレイジングハートを〝ズバッ〟とこちらに向けて大見得を切った。 「「みんなのミッド、みんなで守ろう!・・・・・・キラッ☆」」 最後に4人の声が唱和し、同時にやってきたBGMに合わせ〝なぜか〟決めポーズ。 画面がまた切り替わる。そこにはまた大きく時空管理局のエンブレムが描かれていた。 そこにランカの声が重なる。 「こちらは時空管理局広報です」 ―――――――――― 冒頭の労働争議の映像はその時撮られたものではない。1週間前に時空管理局広報部から正式に依頼されてホログラム場で再現したものだ。そのためこのCM撮影は、六課も全面的にバックアップしていた。 しかし完成版のCMを初めて見たアルトは苦笑した。 ランカは台詞を頭で演じているようだ。多分台本通りに読んでいるのだろう。これではあまり聴衆の深層心理には訴えられない。 しかし、他3人の訴えには心がこもっていた。やはりまだ来てから1ヶ月では、日々実感するであろうはやて達3人にかなうものでもなかった。 「思わざれば花なり、思えば花ならざりき・・・・・・か」 だが、これらの考察はアルトレベルの同業者にしかできるまい。 事実、周囲の人々は、 「いいぞ!ランカちゃん!」 「フェイトさん最高!」 「「デカルチャーッ、デカルチャーッ!」」 等々やんや、やんやの大騒ぎだ。 (いや?待てよ・・・・・・「フェイトさん最高!」って言ったか!?) しかし、気づいた時には遅かった。もっと早く気づくべきだったのだろう。ランカが来る前、管理局の『3大美少女オーバーSランク魔導士』として名を馳せていた『はやて』、『なのは』と並んで『フェイト』がいたことに。 振り返るとそこに麗しき金髪の魔導士の姿はなく、奥の方で席に座らせられ、困った顔でペンをサラサラと動かしていた。また、時折シャッターの閃光が彼女を白く包む。 フェイトはこちらと目が合うと、助けて欲しそうな魅惑的な視線を送ってくる。しかしアルトは、胸の前で十字を切って合掌すると、さっと身をひるがえして離脱した。 不利な体勢になったら推力を生かして戦線離脱!混戦から抜ければなんとでもなる! それが空戦のセオリーだ。 そんなアルトの戦線離脱に、フェイトは色紙に次々自分の名を書き込んでいく作業と、記念撮影をせがんでくる所員たちの要望に応えながら、小さな声で呟いたという。 「アルト君の意地悪・・・・・・」 (*) フェイトの臨時サイン会が中断したのはCMタイムが終了したためだった。所員たちは再びテレビの前に集い、ライブ会場に画面が戻ったテレビがそこの人々の熱気を放射する。 現在セカンドライブは、首都クラナガンの中央にあるクラナガンドームで開かれている。そこは普段公式野球に使われるため十二分に広いはずだったが、グランドから客席まで人で埋め尽くされていた。 絶えることのないランカを呼ぶ声。そして彼女が舞台袖から出てくると、それは一気に歓声に変わった。 ランカはその歓声を手を上げるだけで制すると、そのままマイクを〝空中〟から掴み出し歌い始めた。 <ここは『What ’bout my star? @Formo』をBGMにすることを推進します> 〝Baby どうしたい 操縦? ハンドル キュッと握っても―――――〟 彼女のクリアなア・カペラが世界を静寂に引き戻した。しかし、観客は次第にリズムに乗って体を揺らす。 少女はスポットライトに照らされながら、歌い続ける。 緑の髪が別の生物の様に躍って、汗の粒がきらきらと宝石のようにきらめく。 そしてそのメロディがサビになる頃には観客は総立ちで跳び跳ねていた。その動きは、クラナガンの地震計に記録されるほどだったという。 また、待機していた空戦魔導士達がサビ突入と同時にスタントを開始した。 魔導士達は2サビ突入寸前の歌のカウントに合わせて技を披露し、ゼロと同時に全方位にパッと散って美しい軌跡で花を添えた。 ・・・・・・しかし、聡明な読者ならもうお気づきだろう。 『なぜランカの歌という超強力AMFのなかで飛べるんだ?』と。 その秘密は、彼女が空中から取り出したマイクにある。 実はこのマイクはシャーリーの作ったデバイスなのだ。このデバイスは、待機中はブレスレット状態なので、空中から取り出したように見える。 また、攻撃的な装備はないがその他の装備は充実している。 ステージ衣装は言わずもがな、バリアジャケットであるし、バルキリーと同種のフォールドアンプやフロンティア移民船団の装備していたのと同じオーバーテクノロジー系列の全方位バリア『リパーシブ・シールド』。そしてインテリジェントデバイスのため、術者であるランカが歌に集中していても防衛機構は全自動運転できる。 中でも特筆すべきなのは『SAMFC(スーパー・アンチ・マギリンク・フィールド・キャンセラー)』と呼ばれる機構だ。これは不規則に変化するランカのサウンドウェーブの周波数を、体内を流れる電気信号から推測。推測した周波数を周囲の友軍のデバイスにデータリンクを通して伝え、そのAMFをキャンセルするという画期的な装備だった。 これにより六課をはじめとする管理局は、対魔法、対魔導兵器戦では強力なアドバンテージがあった。 その後彼女のセカンドライブは1時間以上続いたが、誰もが時間を忘れて聞き惚れていた。 シレンヤ氏 第5話 その2へ
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マクロスなのは 第29話『アイくん』←この前の話 『マクロスなのは』第30話「アースラ」 『誰かいませんか!?』 数台のエンジン音と共に、拡声器を介したティアナの声が耳に届く。 彼女の後ろにはEMPで立ち往生してしまった自動車を路肩に除けて、後方の輸送隊に道を作っていくバトロイド形態の消防隊所属VF-1C。 ここは先の防空戦闘によってめちゃくちゃになってしまった、三浦半島の南端に位置する町だ。 ―――――いや、だったと言った方が正確か。 ティアナの声に続いて上空からは消防隊のヘリとガウォークのVF-1Cの爆音が轟き、抱えていた水をぶちまけていく。救助活動が開始されてから今までの数時間に、数千トン以上の水を投下したと聞く。しかし完全に焼け石に水。周囲どこを見ても炎の壁が家だったものを包んでいた。 その中の一軒に大量の水が降り注ぎ、その延焼の度合いを弱める。そこでスバルは気づいた。 (あの家、ビーコンが発信されてない!) そこには救助隊が突入して、生存者の有無の確認を行ったというビーコンの発信がなかった。どうも周囲の火災の度合いが強すぎて、先遣の救助隊が近寄れなかったようだ。 『(ティアナ、ちょっとそこの家の中を確認してくる!)』 『(わかった。5分以内に戻ってきなさい。ここにそう長く留まれそうにないから)』 ヴァイスのバイクに跨りながら小回りを武器に、バルキリーを含む輸送隊の先の方で誘導するティアナは、少しだけ速度を緩めながら念話で返してきた。 『(了解!)』 輸送隊から離れたスバルは、その民家の玄関を拳撃で吹き飛ばし、内部に突入する。 周囲の温度は極めて高く、バリアジャケットなしではとても入れなかっただろう。そして同じように、この家の住人が簡単な魔導士であってくれたなら、対煙、対熱のシールドを張って未だに救助を待ってくれている可能性があるのだ。魔力反応はまったく感知できなかったが、あのEMP(電磁波ショック)の後では機器は信用できない。 もっとも、だれもいないことに越したことはないのだが――――― 「誰かいませんかぁ!?」 返事はない。 それに肉が焦げるような嫌な臭いが鼻につく。 (でも!!) 踏み抜きそうな脆くなったフローリングの廊下をさらに奥へ。 倒れた家具が道を塞ぐ。・・・・・・家具?いや、家の支柱だ。どうやらそれを隠していた壁は崩れたか、燃え尽きたかしたようだ。 本来壁だったのだろうその場所を、さらに奥に進んだ彼女が見たのは、1人の焼死体だった。全身炭化し、もはや性別もわからないその遺体に思わず歯がみする。 しかしその時、パチパチと家が焼ける音以外の〝声〟がした。その声は幼いを通り越して赤ん坊の声だった。それはどうやら遺体近くの金庫から出ているようだ。ドアの前には入っていたのだろう貴金属の姿。代わりに中に何か入っているのは明白だ。しかし開けるためのダイヤルの数字など知ったものでない。 (壊すか・・・・・・でももし中身が生き物なら、衝撃が危険すぎる) 加えて、天井から聞こえる建材が折れる音はまだ断続的なものだが、だんだんとその間隔は連続的なものになってきている。この家がその重量に耐えられない時が来ようとしているのだ。 猶予はない。ダメもとでノブに触れる。 「熱っち!」 素肌の部分が焼けるような痛みを訴えるが、この皮膚は人間のような脆弱なタンパク質ではない。戦闘機人の強靭な人工皮膚なのだ。 熱さに耐えてノブを捻ると、その強力な筋力を―――――使うまでもなかったようだ。それは何の抵抗もなくするりと開き、同時に泣き声のボリュームが上がる。 「よ~しよしよし・・・・・・」 スバルは水でぐっしょり濡れたタオルに包まれたその子を抱き上げると、対熱シールドで包み、自分のバリアジャケットの生命維持システムに組み込んだ。 「もう、持たないか!」 崩壊の音はすでに爆音に近い轟音を放っている。これに崩れられたらさすがに助からない。かといって来た道を戻って脱出するには遅すぎる。 こんな時どうするか? スバルは1つしか回答を持ち合わせていなかった。 「最短を一直線に、抜く!」 右腕のリボルバーナックルのカートリッジが数発ロードされ、そのフライホイールが高速回転する。 「ディバイィン、バスタァー!」 よく制御された魔力砲撃は六課に入る前のそれとは違い、ムラなく直線的に進路上のものを吹き飛ばした。 元から崩れそうなものをさらに壊したのだ。モタモタできない。砲撃を放った次の瞬間にはウィングロードを展開し、自ら切り開いた道を進む。その間も雪崩の如く建材が頭上に降り注ぎ、その進路を妨害する。 それらを撥ね退け、すすむ! ――――― ススム! ――――― 進む! しかし、あと5メートルというところで再びその道は瓦礫によって埋め戻されてしまった。 (畜生!) この崩壊の度合いでは退ける暇も、砲撃をする暇もない! やはり軽率だったと思わずにはいられない。一人ならともかく、救助した者の命も預かっているこの身なのだ。 あの時砲撃で壊さず、来た道を戻っていればあるいは――――― 後悔の念に押しつぶされそうになったその時、行く手の道に巨大な〝手〟が差し込まれた。そしてその一掻きは瞬時に脱出ルートから障害物を消し去ってくれた。 「脱出!」 煙と粉塵を払いのけて屋外へ。そのままウィングロードは上空まで伸びていく。 助けてくれたバルキリーは消防隊のVF-1Cではなく、フロンティア基地のVF-11のようだ。バトロイドの機首には獰猛なサソリを思わせるノーズアートが見えた。 すれ違いざまコックピットのパイロットに片腕を上げて礼を言う。 ここまで来ると助かったと油断するのが人の性。だがまだ終わってない。 「か、瓦!?」 向き直った目前には降り注ぐ無数の瓦。一時期ブームになった建材だが、今は勘弁してくれ。それにその後ろには倒れ掛かってくる家本体。 バトロイドの人はコックピットでコンソールを叩いている。どうも武装が動かずに悪態をついているようだ。 反射で頭と、抱いている形で確保されている赤ん坊をそれぞれ両腕で庇う。そして魔力障壁を展開。PPBSを最大出力! 数十を超える無駄に重い瓦で叩かれ、息つく暇もなく、倒れ掛かってくる家の屋根という物理的な圧迫力を前に、どこまで耐えられるか自信はない。しかし、それが己にできる精いっぱいの対策だった。 (どうかこの子だけでも!) ・・・・・・衝撃! 自身の上昇速度と、瓦の自由落下とで弾丸並みに重い衝撃が魔力障壁に降りかかり、フィードバックが体力と魔力を、そしてカートリッジを削っていく。しかし屋根はこんなものではないはずだ。瓦が割れていく轟音の中、覚悟を決める。 (あと屋根1つくらい・・・・・・このまま押し返す!) 根拠ゼロの覚悟の中、目標である屋根を見据えようと頭上に振り返ると一転 「あれ?」 そこには瓦とともに倒れてくる屋根など存在せず、大きく抉られた屋根だけが存在していた。 (あの抉り方は砲撃・・・・・・?) 角度から砲撃ポイントと思しき公道付近を見ようとすると――――― 『(スバル遅い!もう10分以上経ってるわよ!)』 バイクのアイドリング音と共に付近の公道から放たれた相棒の念話は、スバルに今度こそ、助かったのだという事を実感させた。 (*) 「まったく、フロンティア基地の人に気づいてもらえなかったら、どうする気だったのよ!」 「いやはや、面目ない」 2人乗りするバイクの前部で運転する、相棒の叱責すら心地よい。 あのフロンティア基地航空隊の人は防空戦からそのまま救助活動に参加していたそうで、今回は魔力砲撃の魔力を探知して、単体だった事から応援に来てくれたそうだった。 消防隊は魔力を探知する事はともかく、どのような魔法なのか、場所及び個数など、そんな分解能のいい装置なんて持ってない。そのためまさに幸運と呼ぶにふさわしい生還劇だったようだった。 「・・・・・・もっとも、スバルが1人で行くなんて言い出した時に、念話で周囲に展開してた部隊へちょっと口添えはしといたけどね」 前言撤回。 幸運なんかじゃない!やっぱりこの相棒は最高だ! 「やっぱりティアは凄い!大好き~!」 「こ、こら!いくら私でも事故る!お腹を必要以上に押さえるのはやめなさい!私達2人だけじゃないのよ!」 「そ、そうだね」 今背中には、あの火事場から救出した小さな命がある。この命を救えたことこそ、自分達がここに来た甲斐があったというものだった。 「・・・・・・それにしてもアルト先輩大丈夫かな?」 「そうねぇ。ライアンさんも他の同僚の人から撃墜されたとしか聞いてなかったみたいだし・・・・・・やっぱり通信網が回復しないとなんとも言えないわね」 「・・・・・・うん。でも今回の攻撃、何かおかしい。通信が遠隔地のどこにも繋がらないなんて・・・・・・」 今回の通信途絶問題、EMPによる通信機器破壊だけがその原因とは考えられなかった。事実、EMP範囲外で故障していないはずの自分達の機器も、1キロを超える電磁波無線通信を完全に断たれていた。 ミッドチルダ全域に有線網を持つMTT(ミッドチルダ電信電話株式会社)による調査では、自分達が知る限りでもこの現象は関東全域に及んでいるらしく、未確認だがそれ以上の範囲に及んでいる可能性があるそうだった。 おかげで現状使えるのは念話、半径1キロ未満の電磁波通信、あまり広まっていないためほぼ管理局のJTIDS(戦術統合分配システム)に限定されるフォールド通信。そしてMTTの有線通信網だけという、新暦100年とは何だったのかと突っ込みたくなるようなお粗末なことになっていた。 それに問題は通信だけではない。 「追いついたわね」 先ほど誘導していた輸送隊のトラックが見えてくる。大部分がコンテナ設備を積んだ大型トラックだ。 後方の中型トラックには道すがら回収した避難民が乗りこんでいるが、それはバスのようなものではなく、〝ディーゼル駆動〟の中型コンテナトラックだ。別にバスなどの車が徴用できなかったわけではない。 先のEMP攻撃は、この町を含めた半径10キロメートルにわたって軍用でないすべての電子機器を破壊しつくした。しかし、被害はそれにとどまらない。通常EMPはマイクロ秒単位で発生して瞬時に消えてしまうが、今回はそれの後、継続して被害を与えていた。先ほどの電磁波による通信と、次世代型大出力大容量バッテリーだ。 このバッテリーは従来の物と違って化学反応を用いないことで、一つで最大数百ボルトの電圧を得たり、充電することができる。 最近では原料から、どこかの世界の呼び方を踏襲して「フォールドカーボンバッテリー」と呼ぶそうだが、このバッテリーはクラナガンではシェア70%に及ぶ電気自動車に搭載されてる。具体的には民衆車、バス、通常2輪などの馬力を要求されない車だ。 ここで本題だが、今回、このフォールドカーボンバッテリーがこのEMP範囲内に入ると、たった数分で使い物にならなくなる現象が起こっていた。 おかげで災害出動した陸士部隊の輸送隊は軒並み立往生を喰らい、代わりに水素・石油など化石燃料車に依存する民間輸送業者が各地からかき集められていた。そのため目前を列を組んで走るトラックには「クール特急便」やらド派手な電飾を施した族仕様のトラックなど、シュールな光景が広がっている。自分達が乗るこのロータリーエンジン式バイクも現在水素で稼働しており、ヴァイスの趣味が功を奏した結果となっていた。 「前の方が騒がしいわね・・・・・・」 ティアナが言う通り輸送隊の前の方で人と救助ヘリの行き来が激しく起こっている。どうやら目的地だった小学校に到着し、先遣隊との合流を果たしたらしかった。 先遣隊は消防隊の大部分のVF-1Cとともに本職の消防救助隊が初動で動いたもので、本格的な病院設備は自分達がこのトラック達のコンテナ設備として持ってきた。 「先遣隊には転送でシャマル先生達も先に来ているはずだし、行ってみましょう!」 「うん。この子も預けなきゃいけないし!」 「そうと決まれば!」 アクセルを吹かして小学校への道をひた走る。そこに地獄が待っているとも知らずに――――― (*) 5時間後 三浦半島緊急避難指定小学校 楽しい休日になるはずだったこの日は、スバルにとって忘れられない地獄となった。 最初に言おう。はっきり言って自分の無力さを痛感させられた。 意気揚々と小学校に踏み入れてみれば、当然だが校舎が野戦病院と化していた。普段子供たちが学友達とともに学ぶ教室は集中治療室になり、「ろうかは走らない!」と書かれた廊下は、患者達の病室と避難民の収容設備となった。そして体育館は遺体安置所としてその機能を果たしていた。 空調がEMPでやられていたため形容しがたい悪臭がそこかしこから漂い、阿鼻叫喚の悲鳴がどこからともなく聞こえた。それでも合流したシャマルさん曰く、自分達が麻酔を始めとする様々な医療物資を補給して、改善された結果だというから二の句がつげない。 私達が来る前は一体どうだったというのか・・・・・・ 自分はその身体能力を買われて救助隊の手伝いをしたが、その仕事はなのはさんがデパートでの火災の時、自分を助けてくれたように、劇的で感動を呼ぶような憧れていた物では到底なく、ひたすら、ただひたすらに泥臭い仕事だった。名目こそ生存者の捜索と救助だが、実質遺体の捜索と鎮火への協力だった。 時間が経ち過ぎている。 それは痛いほどわかってる。だが、もっと他に、何か、こうならない方法がなかったものなのか? そう自問せずにはいられない。 『ガジェットは用がなければ家の中まで入ってくる可能性は極めて低いので、家の中で待機するようお願いします』 これは管理局が民間人に向けて行った行動指針だ。まぁ、その理屈はわかる。事実最前線で戦ってガジェットが理由なく故意に民間人の家を襲撃したりしたことはない。 今日自分達が少女を助けるために陸戦型ガジェットと召還魔導士と交戦したのは、ここから十数キロの地点。 次善の策として民間人が家の中に閉じこもるだろうこともわかる。 だが、その結果がこれだ。 防空ラインが少しずつ後退して、ついにはこの上空が戦闘空域となり、ガジェットとゴースト、バルキリーの墜落で発生した火災は、当たり前だが局所集中していないため鎮火には膨大な人手を要した。職務を離れる前に見た集計表によれば、他の避難所も足すと死者200人超、重軽傷者6000人弱、焼け出された避難民は約10万人らしい。 それにEMPによって通信網がマヒしていることが悔やまれる。あれがなければ発覚が速まって初動から大規模転送で救助隊を緊急投入できたはずだし、火災で有線通信網がズタズタになったここでも、リアルタイムで情報を共有することができたはずだ。バッテリーにしても陸士部隊などの災害出動した部隊が立ち往生せずに来てくれたらなど、ifは尽きない。 頭がこんがらがり、フラッシュバックする救助活動時の凄惨な現場のイメージを頭を振って振り払う。しかし簡単には離れてはくれない。助け出した人は十人以上。だけど――――― 「結局、命まで助けられたのは最初の1人だけだったな~」 思い出すは金庫に入っていた赤ん坊のこと。 今思えば金庫の前にあったあの焼死体は、あの子の母親だったのだろう。おそらく火災にまかれて進退極まった彼女は、子供だけでも助けようと思い、あの中に入れたに違いない。 赤ん坊が酸欠にならなかったのは奇跡に近いが、状況が状況だけに最善の策だっただろう。 救えたのはたったの1人だったけど、その存在はスバルにとって大きな救いとなった。 「なのはさんも、こんなこと思ったのかな・・・・・・?」 以前自分が被災した火災について調べたことがある。確か店側の避難指示が功を奏して死者はなく、避難時の混乱で骨折などのケガ人を数十人出す程度だったと記憶している。だが彼女のキャリアの中には、他の次元世界での時空震に対する災害派遣など、今回の都市災害を凌駕するような経歴が存在する。自分と同じとは言わないまでも、同じような経験をしているのは間違いなさそうだった。 「それでもなのはさんは、あんなに笑顔でいられるんだ・・・・・・やっぱり敵わないよ・・・・・・」 思わずため息が口をついて出る。 自らが憧れる人物の器の大きさに改めて感嘆し、自らが志望していたレスキューという仕事をこの心境で改めて六課を卒業した時、志望できるか不安になった。それどころかこの管理局という仕事に関しても、だ。 そう考えると意図せず頭が真っ白になり、その視線が外に向く。 小学校の屋上というロケーションは、残暑の暑さを感じさせぬ涼しげな風で額をなで、意識をその視界に集中させる。周囲は未だ所々で火災の跡がまだくすぶっており、先ほど交代した陸士部隊と、消防団のVF-1C。4時間前にやってきたフロンティア基地航空隊のバルキリー隊が生存者の救助、もしくは焼失・倒壊した民家からヒトを探していた。 ここから見るとバトロイド形態のバルキリーしかその姿を確認できず、暗い中をサーチライトで照らしながら作業する姿は孤独に思えた。 そこで、背後の扉を開く音に振り返る。 「ティア・・・・・・」 この最高の相棒は、今は珍しい化石燃料式バイクという小回りのきく乗り物を持ちこんでいたことから、伝令を行わされ、それぞれの避難所と救助活動の最前線、そして管理局地上本部のあるクラナガンとを繋いでいた。 「伝令はもういいの?」 「うん。治安隊の白バイと交代してきた。でもバイクは傷だらけにしちゃったし、燃料はすっからかん。ヴァイス先輩怒るだろうな~」 そう笑いながら隣に座る。 「・・・・・・それでさ、あんた、なんでこんなとこにいるの?何とかと煙は~って―――――!」 〝煙〟と聞いた瞬間、こちらの表情が曇るのがわかったのだろう。冗談は通じないと努めて明るく接してくれていた相棒はその表情を深刻にして、正面から両肩を掴む。 「ねぇスバル?まさかとは思うけど、バカな真似は―――――」 「大丈夫だよ。なのはさんが、ティアが、みんなが生かしてくれた命なんだ。粗末になんかできないよ。でもね・・・・・・でも、これからどうしたらいいのかわからないんだ。ねぇ・・・・・・わたし、何になりたかったんだっけ?」 「そんなの、私にはわかんないわよ」 「・・・・・・え?」 「私が知ってるのは人を助けよう、守ろうって努力するあなたの後ろ姿だけ。そりゃ今まで一緒にいてレスキューに携わりたいとか、なのはさんみたいになりたいとか、いろいろ聞いたわよ。でもね、それって私がちっちゃい時に『お兄ちゃんのお嫁さんになる!』って言ってたのと大して変わらないのよ。何になるのか、そういうことを考えるために、憧れのなのはさんがいる六課という研修所を選んだ。違う?」 「そう・・・・・・なのかな?」 「うん!まだ私達は何にでもなれるんだから!」 「そうだね・・・・・・これから、考えていけばいいんだ」 そう考えると、少し心が軽くなった気がした。 「・・・・・・そう言えばティアって昔の夢、お嫁さんだったの?」 「う、うっさいわね!そうよ!悪い!?」 「ううん。全然」 やってしまったという顔になって頬を赤らめるティアの姿に、いつの間にか笑顔にさせられていた。 救助活動を終えてからようやく笑えた気がする。本当にありがとう、ティア。 (*) 「そう言えばね、伝令やっている間に分かったことなんだけど、アルト先輩、やっぱり見つからなかったんですって」 あれからすぐ打ち明けられた真実に、スバルは思ったより冷静でいられた。 「そっか・・・・・・結局、あの時の恩返しできなくなっちゃったか」 「―――――意外ね、あんまり驚かないの?あんな殺しても死にそうになかった人なのに」 「まぁね。今回痛いぐらいわかったけど、人間って簡単に死んじゃうんだよ。「奇跡の生還」なんてのはアニメやドラマみたいなもんだけ。大抵はよほど準備してた結果であって、奇跡なんかじゃないよ」 「なんだ、醒めてんのね。弄りようがない」 ティアの肩をすくめる様子に一気に頭が過熱する。 (まさか死んだアルト先輩をダシにしようと?いくらなんでもそれは!!) 「ティア、いくらなんでもそれは酷いと思う。アルト先輩はそんな悪い人じゃなかったし、私達、何度も助けてもらって―――――」 言い終わらないうちにティアの右手が優しく左頬に添えられる。しかし肌に感じたのは相棒のぬくもりではなく、冷たい金属的な何か。 「ごめんなさい。そういう意味で言った訳じゃないの」 気付いてみればティアの顔には、自分に付けたのと同じであろう耳に掛ける方式のインカムがあった。 「ティア、これ・・・・・・?」 「JTIDSの端末機よ。陸士部隊の備品から貰ってきたの。これがないと、電磁波通信できない今の状態じゃ私達の座標を掴めないからね」 「??・・・・・・それって?」 どうも状況を上手く理解できない自分がもどかしい。頭を冷やさないと・・・・・・ 「まぁ、ちょっと待ってなさい。―――――はい、私です。―――――はい、もう見つけました。JTIDSの端末をつけさせたので、座標はえっと・・・・・・JMG00658の端末で固定してください。―――――はい、それでは転送2名、お願いします」 そうしてティアは、私の耳に掛けたインカムの番号を再確認しながらインカムの通話ボタンから手を離すと、面白そうに言う。 「スバル、じっとしてなさいよ。じゃないと〝何か置いてきちゃう〟かもしれないから」 「へ?」 (ただの転送魔法にどんな危険があるの?) 回転が遅い頭で疑問に思ったが、すぐに理由を知ることとなった。 突然体を包むように展開される円筒状のシールド。それに反応する間もなく、自らの体が青い粒子となって分解していく。 (え、えぇ!?) もはや喋る口もない。数瞬後には視界と意識は閉ざされていた。 (*) スバルとティアナ〝だった〟光の粒子達はシールドの内部で徐々に不可視の波へと変換され、シールド展開から1.5秒後、この世界から消滅した。 2人がいた場所は何事もなかったかのように、静けさに包まれていた。 (*) あれからどれぐらい時がたったのだろう? スバルは気づくと、光の粒子になった体は再生され、しっかり光るパネルの上に立っていた。 (パネルの上!?) 周りを見回す。そこは辺りが見渡せる開放的な小学校の屋上ではなく、無骨な隔壁が覆う、少なくとも室内だった。 「どうやらちゃんと揃ってるみたいね」 ティアナが後ろから肩を叩いて言う。 「え、ティア、これは─────」 「見ての通り〝転送機〟よ」 狼狽する自分を見て面白がるティアナは、足元の床と天井に付く丸い小さなパネルを指差して言った。 ただの転送魔法ならスバルはこれほど狼狽しなかっただろう。転送魔法は科学的には空間歪曲による〝空間の置き換え〟がその原理であり、最初から最後まで意識と実体を保ったまま転送座標の空間と自分の空間が置き換えられる。そのためほとんど自覚することなく転送は終始する。 エレベーターを想像してもらえばわかりやすいだろう。我々は階数を映すディスプレイと重力加速度の変化によって移動を自覚するが、それらが全くない場合、完全に自覚することなく移動を果たすだろう。つまり、エレベーターの高さ(Z軸)移動だけでなく、平面(X,Y軸)移動を可能にしたものが転送魔法だ。 しかしこの「転送機」は第6管理外世界が発案、製作したものだ。彼らは魔法が使えないため、まったく別の方法を編み出した。それにはフォールド技術である次元航行技術が用いられた。 転送シークエンスとしてまず、気流による物質欠損をなくすため円筒状の気密シールドを展開。次に分子レベルにまで転送物を分解する。そして構成情報をフォールド波に変換し、それを再物質化点に送る。再物質化時にはフォールド波の次元干渉する特性を使って、無から元素を生み出し再構成するという方法を採っている。 つまり転送魔法のように実体が行き来するのではなく、構成情報が行き来するためエネルギー量は圧倒的に少なくてすむ。 これは当に革新的な技術であった。 この技術があったからこそ第6管理外世界の住民、ブリリアントは恒星間戦争を有利に戦えたと言えよう。 しかし管理局では特定の次元航行船しか採用していない。なぜなら魔法が使える彼らには、どこでもある程度手軽に使える転送魔法の方が使い勝手がよかったためだ。 この転送機の真価は3つ。1つは情報の行き来のため転送可能距離が次元空間を介してさえ数千キロ単位であること、2つ目は魔法でないためAMF下にも対応できること、そして最後に、最大一括転送可能人数が20人を誇るため、部隊の高速展開ができることと言えよう。 「それで、ここはどこなの?」 その質問に答えたのはティアではなかった。 「L級巡察艦の56番艦、『アースラ』や」 「や、八神部隊長!?」 部屋の外から突然現れた上官に、ティアとともにあわてて敬礼した。 「うん、なおれ」 はやての許可に腕を降ろした。するとティアは物珍しそうに周りを見渡す。 「しかしL級巡察艦なんてまだ運用されていたんですね」 自分が知る限り、L級巡察艦は40年以上前に設計された次元航行船だ。 当時警察としての側面が強かった次元パトロール部隊(時空管理局・本局の前身)は、乗員が20人程のパトロール挺しか配備していなかった。しかしロストロギアを狙う次元海賊の勢力は強大になっていき、人数も艦自体に武装がない事も問題になってきた。 そんな背景から作られたL級巡察艦は、150メートルを越える当時としては大船だった。この艦は初めて常時2個小隊(50人)の武装隊と乗員を1年間無補給で養える空間が設けられており、当時輸送船に任していた武装隊の輸送と展開を円滑に行えるようになった。 そのため当時初めて採用された転送機と相俟って〝事実上の強襲揚陸艦〟と呼ばれ、海賊達の恐怖を誘った。 またこの艦には様々な魔導兵器が搭載されている。特に有名なのは『アルカンシェル』と呼ばれる魔導砲だ。この殲滅兵器は現在も管理局で最も高い威力を誇り、最新鋭のXV級戦艦でもこの砲は踏襲されている。 また、このL級巡察艦は全部で56隻が造られたが、ロストロギアに侵食・汚染されて自沈処理された1隻以外は対外攻撃によって撃沈された事はなく、生存性の高さは折り紙付きだった。 確か20年前より老朽化から、順次退役していったはずだった。 「違うんよ。本当ならアースラは、1カ月前に廃艦になる予定だったんや」 「じゃあどうして?」 この問いにはやては微笑むと、 「その辺の事は食堂に行ってから話そうか」 と告げ、廊下を歩いていった。 (*) はやてに連れられ来た食堂は、艦内とは思えぬほど広い空間に作られていた。 すでに席には、どんな理由か知らないが、今回の救助活動に前半しか参加していなかったなのはを初めとする隊長、副隊長陣にヴァイスや〝ふくれている〟ランカ、そして〝早乙女アルト〟がいた。 「アルト先輩!?」 「・・・・・・いよぅ」 どうやらすでに、ここにいる者の誰かから〝手厚い歓迎〟を受けたらしい。彼の左頬には真っ赤になった平手打ちの後があった。 「大丈夫ですか?」 「ああ、撃墜寸前にはやてに転送されたんだ。それで『死後の世界って案外に俗っぽい所だったんだ』って無駄に感心したりして─────」 「いえいえ、そうじゃなくて、〝ここ〟の事です。」 自分の左頬を指差す。 アルトは左頬を抑えて押し黙ると、ふくれている緑の髪した少女を見る。しかし彼女は 「アルトくんなんか、大っキライ!」 とそっぽを向いてしまった。 (*) 幾何学模様に変化する空。 次元空間内に設けられた巨大な空間には、中規模の次元航行船用停泊ドックが浮いていた。 以前は本局の前身である次元パトロール部隊が母港としていたが、組織の格上げと船体の大型化に伴い、20年前から管理局は使っていなかった。 今では第1管理世界に2番目に近い大型次元航行船の受け入れ港(1番目はミッドチルダ国際空港)のため民間船の多く停泊するこの港には、久しぶりに管理局の艦船が入って来ていた。 胴体に2本の腕を着けたような意匠のこの艦は、20年前まで造船されていたL級巡察艦という型だ。1番艦からの運用期間が40年以上という非常に息の長いこの型は、ここにある改修用ドックで運用できる170メートルにギリギリ収まっており、往年は軽快艦として活躍した。 そして今、このドックに停泊しているのは、この型の最後の船、56番艦『アースラ』だった。 (*) 「・・・・・・それで、なんでここに集めたんだ?」 アルトが少し不機嫌に、はやてに問う。 スバル達が来てからも、まだフロンティア基地航空隊のヴィラン二佐やミシェルなどの上級士官が、このアースラの食堂に集められていた。 アルトとしては戦死騒ぎで、来る人来る人の悪い意味での〝手厚い歓迎〟に辟易していた。 「うん、まずはレジアス中将の話を聞いてくれるか?」 はやてはそう告げると席に着いた。 レジアスは食堂に併設されている小さな舞台に上がるとスピーチを始める。 「あー、諸君。こんな大変な時になぜ突然、こんな所に呼び出されたか疑問に思っていると思う。だがそれだけ重要なことであると考えてくれ」 レジアスは公聴者達を見渡すと続ける。 「知っての通り、我が地上部隊はミッドチルダを守護するために設立された組織だ。しかし最近の情勢は良くなく、六課と、フロンティア基地航空隊のおかげで地上の治安は維持されている。だが諸君、あと〝たった半年〟で双璧の1つである六課は解体されてしまうのだ!残念ながら地上部隊には、今まで通り、現在の戦力をクラナガンに〝釘付け〟にし、維持させることはできない」 現在六課戦力はクラナガンに釘付けになっているが、他の方面部隊も強力な戦力である彼女らを必要としており、一点集中には限界であった。 「そこで、我々地上部隊は半年後をめどに、地上部隊の保有する六課戦力を合わせ、〝本艦〟をベースに特別部隊を編成する!」 レジアスの宣言に動揺が走る。これまで地上部隊は艦艇を採用したことはなかった。しかし問題はそれだけにとどまらない。六課と合わせる特別戦力。ここにフロンティア航空基地の面々がそろっているといことは───── 「特別戦力にはバルキリー隊を使う。そのためアースラは今から1カ月の改修をもって、バルキリー隊の〝移動航空母艦〟として運用する!」 ─────もはや誰も止められないところまで事態は進行していた。 (*) 「しかし、よくこんなお誂え向きの船を見つけられたな・・・・・・」 アルトの呟きに、隣りに座るランカが耳打ちする。 「この船はね、出張中私の艦隊の旗艦だったの」 かいつまむとこういうことらしい。 第6管理外世界へのランカの貸し出しを決定した本局は、ランカ座乗艦はいざ危険になった時に、安全に戦線離脱できる次元航行船がよいと考えた。しかし大型フォールドスピーカーやフォールドアンプ、ステージの設置などを行うサウンド仕様への新鋭艦の改装は元に戻す時に困難を極めるため、解体寸前のこの艦に白羽の矢がたったのだ。 そうして何事もなく戦争が終結し、最後にランカをミッドチルダまで輸送する任務を達成した後、このドックで解体される予定だった。しかしレジアスがランカを招待した会食の折りに、彼女が 「古くなったからって、解体されてしまうのはやっぱり寂しいですね。機関長さんが『まだ十分動けるんだ!』って座り込みをやってました」 という話題を提供したという。するとレジアスは食い付き、本局からアースラに残りたいという乗員込みで破格の値段で買い落とし、今に至るという。 (なんて大胆な男なんだ・・・・・・) アルトはある意味感心した。 彼が視線を舞台に戻すと、今度は技術士官が改装の概要を説明しているところだった。 「─────アースラにはディストーション・シールド(次元歪曲場)、サウンドシステム、航法システムなどがすでに完備されており、この辺りの改装は行いません。主な改装部はバルキリー用の格納庫の増設で、現在10~14機程度の運用を想定しています。また既存の対空魔力レーザーCIWSに加え、自己完結のブロック型ミサイルランチャーを─────」 そんな中、ミシェルが話しかけてきた。 「おまえ、これからどうする?俺としてはおまえには3期生の教導に回ってほしいと思ってる。そうすりゃあのヒヨコどもでも2~3週間ぐらいで─────」 ミシェルはそこまで言ってアルトの放った鋭い眼光に、言葉を発せなくなった。 「・・・いや、ミシェル。俺は前線を退くつもりはない。確か格納庫には予備の〝ワルQ(きゅー)〟(この世界でのVF-1の愛称)があったはずだ。あれを貰う」 アルトの視線が、隣に座る少女に注がれる。 彼女は壇上で、復活に涙するアースラ機関長の話に夢中らしい。まったく気づかない。 「俺はコイツを─────ランカを守ってやらなきゃいけないんだ。今日の事でよくわかった。俺はできる範囲でもいいからコイツを他人任せにしたくない。この手で守ってやりたいんだ。も─────」 〝もちろん、なのはやさくら達だって同じだ。〟と言おうとしたアルトだが、ミシェルの手が肩に置かれ、言えなかった。ミシェルはかつてないほどの笑顔を作る。 「そうか、やっとお前も〝心を決めた〟ようだな。あのプレイボーイが、うん、うん」 なんだかわからないが、ミシェルはしきり感心する。アルトにとっては、ただ自らの手で大切な人〝達 〟を守る事を、新ためて決意しただけなのに。しかしミシェルは、両方が勘違いしていることに気づかないうちに話を続けた。 「よし、お前の一世一代の決断に俺は乗ったぞ。今日、基地に帰ったらすぐ、技研の田所所長に連絡を入れろ。『例の計画の件で、ミシェルから推薦されました』って」 「そうするとどうなるんだ?」 「まぁ、見てからのお楽しみだ。とりあえず、(ランカちゃんを)しっかり守ってやれよ」 「なに言ってるんだ。当たり前だろ。(みんなを守っていくなんて)」 色恋に関して天然バカの早乙女アルトと、勘違いしてしまったミシェル。まったくもってお似合いの相棒だった。 (*) その後、今後の計画についていろいろと話し合われ、地上時間2200時をもって終了。 各自部隊へと帰還していった。 (*) 2314時 聖王教会中央病院 そこにはなのはとランカの姿があった。 2人の目的の1つは突然幼生化したアイくんの精密検査。そしてもう1つは保護された少女に関するものだった。 この時間の病院は消灯後であり、通常静かなもののはずだ。しかし三浦半島の市街地で出た重篤患者がここに集められて治療が行われていたため、今も忙しく人が行き交っていた。 「こんなに怪我人が出たんだ・・・・・・」 ランカは病院のロビーで全身に包帯を巻かれた人や、虚ろな目でベンチに寝かされながら点滴を打たれている人、etc、etc・・・・・・を見て呟く。 皆顔は暗く、項垂れていた。 「ランカちゃんがいなかったらもっと被害が出てた。だからランカちゃんのせいじゃないよ」 だがなのはのフォローもあまり効果ない。 確かにアルトが生きていたことは言葉に表せないほど嬉しかった。しかし今回の事件で200人以上の死者が出たことには変わりなかった。 ランカは俯こうとして自らの抱く緑の物体と目が合った。 それは愛らしく 「キュー?」 と鳴く。 「アイくん、励ましてくれるの?」 「キューッ」 アイくんは喜色をあらわに、肩に飛び乗ると、頬をすりつけた。 「にゃはは、かわいいね」 なのははアイくんだけではない。そんな緑色の1人と1匹を見てそう言った。 (*) アイくんは精密検査では異常は何も発見されず、ランカの持つバジュラの幼生に関する科学的データと比べても同じだった。唯一わかっているのは、縮んだのは元素分解による質量欠損であること。これは体表面にエネルギー転換装甲を物質操作魔法した時と同様の特殊な反応があったためだ。しかし『魔法を介さない元素操作は不可能』なはずだが、ランカには物質操作魔法の素養もなく、デバイスもシャーリーによると対応していないそうだった。 謎を呼ぶアイくんだが、〝動く生物(質量)兵器〟が無害化したのと同意のため、周囲は無条件で受け入れていた。 (*) 清潔な白一色の部屋。 俗に病室と呼ばれるその場所は、通常ベッド数が4の広い病室だったが、今ベッドは中央に1つしかなかった。 そしてそのベッドにも、不釣り合いなほど小さな女の子が1人、眠っているだけだった。 その部屋の唯一の扉が開かれ、2人の人影が部屋に入る。しかしそれでも少女は目を覚ます様子はなかった。 「・・・この子がそう?」 ランカはなのはの問いに頷くと、アイくんを伴って少女をのぞき込む。 医師によれば衰弱の度合いは低く、今日、明日にでも意識を回復するという。 まだ精密検査は行われていないが、この子が通常とは違う人の手によって作られたという可能性が第108陸士部隊のギンガ・ナカジマ陸曹からもたらされていた。現場から1キロ離れていないところで輸送業者の事故があり、そこで密輸されていた生体ポットの主が、あの少女だと言うのだ。 ギンガはベルカのボストンで唯一生体ポットと関係のある「メディカル・プライム」が〝何らかの事情〟を知っていると見て調査しようとしたが、それはなのはによって止められていた。なのはにはメディカル・プライムとの独自のパイプがあり、「公式の調査で相手を硬化させるより、そこから聞いたほうがよい」との判断であった。 まだ向こうとは通信していないが、なのは自身は〝恩人〟であるあの企業を疑いたくなく、少女が人造であるとはっきりするまでは聞かないつもりだった。 閑話休題。 アイくんは寝ている少女が心配なのか「キューッ」と鳴きながら張りついた。 そんなアイくんのぬくもりを感じたのだろうか?少女が口を開いた。 「ママ・・・」 だが意識が戻ったわけではなく、目を閉じたまま手が宙をさまよっている。なのははそんな少女の手を握り、 「大丈夫、ここにいるよ」 と呼び掛ける。 すると少女の腕の力は抜け、また眠りの底に沈んでいった。しかしその少女の顔は、なのは達が入ってくる前よりいくぶんか微笑んで見えた。 ―――――――――― 次回予告 VF-25という翼を失ったアルト しかしそれは新たに手にする力への序章に過ぎなかった! 次回マクロスなのは第31話「聖剣」 その翼、約束された勝利の剣につき――――― ―――――――――― シレンヤ氏 31話
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マクロスなのは 第24話『教導』 前半←この前の話 『マクロスなのは』第24話 後半 (*) 10分後 「え~!? ダメだよシャーリー、人の過去勝手にばらしちゃあ!」 六課に帰還してすぐ伝えられた事実に思わずその言葉が口をついて出た。 なんでもティアナ達に教導の意味を教えるために自分の撃墜の話をしてしまったのだと言う。 「ダメだぜ、口の軽い女はよぅ」 バルキリーから降りて何事かと見に来ていたアルトが愚痴る。普段の彼のセリフとは思えなかったが、なぜだが違和感はなかった。 「あの・・・・・・その・・・・・・見てられなくて・・・」 シャーリーは頭を下げるが事態はそんな簡単ではない。自分の撃墜に関わる情報は管理局内では未だに『TOP SECERT(最高機密)』であり、違反すれば問答無用で軍法会議になりかねない。 それも機密に関わることなので完全非公開で行われ、どうなるか全くわからない。 だがなのはは、この中に告発するような者はいない事を知っていた。 なぜならこれが機密である事を知っているのはフェイトとヴィータ、そして自分だけだったからだ。 アルトやさくらも─────いや、教導の卒業者には〝教訓〟として話していたし、完全無欠に無関係な天城君は 「(ドラマの)続きはどうなった!」 と叫んで既に宿舎に飛び込んでいた。 (もう・・・・・・) ため息をつくと、頭を下げて両手を合わす困りものの友人に再び目をやった。 (仕方ない。言うのが少し早くなっちゃっただけかな) 思いなおした彼女はシャーリーからティアナの居場所を聞き出すと、義務付けられている報告を済ましてそこに向かった。 (*) 機動六課敷地内 桟橋 ティアナはこの場所が好きだった。 夜風に吹かれながら明るい月と対称的な暗い海とを眺め、この真夏に涼しげな波音を聞けるこの場所が。 普段は訓練が終了して2,3分ほどゆっくりしていく場所だったが、ここへ来てもう20分。まるで不思議な魔法がかかったようにその場を動けずにいた。 早く強くなりたいと思っていた。だけど、間違ってるって叱られて、隣を走る相棒にも迷惑かけて悲しい思いをさせた。 これらの出来事は彼女を深く落ち込ませた。 (それに、私は結局・・・・・・) (*) 「ティア・・・・・・」 彼女から『独りにして』と言われていたスバルだが、遠く離れた茂みに隠れてエリオ、キャロと共に彼女を見守っていた。 そこに数人の闖入者が現れた。 「アルト先輩?」 スバルの疑問形の呼び掛けに、彼は無声音とジェスチャーで 「よ!」 と挨拶する。その後ろでもさくら、そしてシャーリーが 「こんばんは」 と会釈した。 どうしたのか聞こうとしたスバルだが、ティアナの声が聞こえてきたため中断された。 『なのは・・・・・・さん?』 振り向いたティアナの視線の先を追うと、軽く手を後に組んだなのはの後ろ姿があった。 (*) なのははそのまま自らの隣に座り込み、涼しむように、明るい月が暗い海に沈んでいく幻想的な風景を眺める。 そんな沈黙が10分ほど・・・いや20秒ぐらいの事だったかもしれない。ともかく、その沈黙に堪えられなくなって口を開く。 「・・・あの、シャーリーさんやシグナム副隊長にいろいろ聞きました。」 「〝なのはさん〟の失敗の記録?」 「え・・・・・・」 てっきり「なんの話?」と聞かれると思っていたティアナは少し狼狽する。 「あ、いえ、そうじゃなくて─────」 ティアナは自らの思考力が上手く回っていない事を改めて実感した。なのは達が帰投してからそれなりに時間が経過しているのだから、シャーリーでもシグナムでも聞く機会があったはずだ。 そんな簡単なことすら失念していたことにティアナはすこし可笑しくなった。 「無茶すると危ないんだよって話だよね」 なのはの確認に、ティアナの頭ではさっきの話がフラッシュバックする。 普通の、魔法すら知らなかった9歳の女の子が、魔法をその手にしてすぐに死闘を繰り返した。 少女はその後も自分の信念と守りたいもののために「早く強くなろう」として命懸けの無茶をし続け、遂には撃墜され、瀕死の重傷を負ったという話。 その少女が目の前にいるなのはであると聞かされたティアナの解答は、1つしかなかった。 「すみませんでした・・・・・・」 なのははそんなティアナに頷き1つを返した。 (*) 「じゃあわかってくれたところで聞くけど、ティアナは自分の射撃魔法をどうして信じないの?」 「それは・・・・・・兄を最後の最後で守りきれなかった魔法だから・・・・・・」 ティアナと彼女の兄ディーダ・ランスターの射撃魔法は少し特殊で、通常の半分以下の大きさの魔力球(魔力弾)を使用する。これは誰も使えないから特殊というわけではなく、練る魔力量が少ないため6~8歳の子供が普通の魔力球の練習のために使う。 つまり、リンカーコアがあるものなら誰でもできるという事だ。 しかしほとんどの場合で真っ直ぐにしか飛ばず、誘導性能や機動力など汎用性に優れた通常の魔力球には到底及ばないため使われないのだ。 しかしディーダはこれを究めることによってそれを練習用から実戦レベルにまで引き上げた。 練る魔力量が少ないということはそれだけ早く生成でき、小さいということは空気による減殺が少なくなり、より遠距離に届く。 また、真っ直ぐにしか飛ばないというのは最高クラスの信頼性の象徴であり、なのはの砲撃ですら反動で多少のブレが出る。つまり戦場の原則である『敵より早く、敵より遠くから、敵より正確に狙い撃つことができる』そんな技だった。 事実彼の技術は陸士部隊の目に止まり、装備改編前に負担の大きい魔力砲撃に代わる主力攻撃方法となっていた。 閑話休題 「そっか・・・・・・でも模擬戦でさ、自分で受けてみて気づかなかった?」 なのはの問いかけの意味が分からず首を捻る。 「ティアナの射撃魔法って、ちゃんと使えばあんなに早く撃てて、当たると危な いんだよ」 「あ・・・・・・」 「私は今まで一度もティアナとは撃ち合ったことはないでしょ?だって正面から早打ち勝負したら絶対ティアナの方が早くて正確に当たるから。だから、そんな一番いいところをないがしろにしてほしくなかったんだ。・・・・・・まぁ、でもティアナの考えたこと、間違ってはいないんだよね」 なのはは言うと、隣に置かれていたティアナのデバイス『クロスミラージュ』を手に取る。 「システムリミッター、テストモードリリース。高町なのは一等空尉。承認コード、NCC-1701A」 『OK,release time 60 seconds.(承認。解除時間60秒。)』 解除を見届けたなのははデバイスを起動状態にし、ティアナに渡す。 「命令してみて。〝モード2〟って」 ティアナはそれを受け取ると、おそるおそる指示を出す。 「モード・・・・・・2」 直後銃全体がオレンジ色に瞬いたと思うと 『Set up.dagger mode.』 という復唱と共に変形していく。 フロント・サイト(照星)の付いたマガジンを兼ねるグリップと、ピストルグリップ辺りで折れ・・・いや、折れていた物を引き起こしたというほうが正しい。 ともかく、引き起こされて真っ直ぐになった銃身は、ピストルグリップの下から魔力刃で覆うようにして銃口までつながる。 そして最後に銃口から、自らが作戦時無理やり作った魔力刃より大きなそれが、まるで短剣のように伸びた。 「これ・・・・・・」 自らの相棒の変貌に目を白黒させるティアナになのはは説明する。 「ティアナは執務官志望だもんね。ここを出て、執務官を目指すようになったらどうしても個人戦が多くなるだろうし、将来を考えて用意はしてたんだ」 ティアナは規定の60秒が経ったのか元に戻ったクロスミラージュを握りながら涙する。そんな彼女になのはは続けた。 「クロス(近距離)はもう少ししたら教えようと思ってた。でも出撃は今すぐにでもあるかも知れないでしょう?だからもう使いこなせてる武器と魔法をもっと確実なものにしてあげたかった。だから1つの技術を身につける事が目的のさくらちゃんとは違ってゆっくりやってたんだけど・・・・・・ゆっくりって地味だから、あんまり成果が出てないように感じて、苦しかったんだよね。・・・ごめんね。」 「ごめん・・・・・・なさい・・・・・・こんなに私のために準備してくれてたのに・・・・・・私、なのはさんの期待に応えられなかったみたいで・・・・・・」 「・・・・・・え?どうしてその結論!?」 「だって2発目の砲撃、なのはさん、結構本気で私を落としにかかったじゃないですか!」 「ああ、それは・・・・・・」 なのはにとって触れたくなかった、できれば触れずに行きたかったこの事柄。しかし残念なことにティアナはその事実に気付いていたのだ。 もし彼女が事前に彼と接触せずにこの場面に遭遇してしまっていたら、バレまいと思って彼にしたときとまったく同じ嘘をついて煙に巻こうとしただろう。 (なんてバカだったんだろ・・・・・・私・・・・・・) この分では自分の教える優秀な生徒達の前では、彼にしたような嘘を見破るなど児戯にも等しきものだったようだ。 だからなのははそれを教えてくれ、さらには受け止めてくれた彼に改めて感謝した。 「ごめん!実は・・・・・・あれは私のせいなの!」 なのははすべてを話した。 彼女自身から湧きあがった黒い考え、そしてそれに至った理由を。 ティアナはこの告知を少し驚いた様子だったが静かに聞き入り、最後にはどこか嬉しそうな表情へと変わっていた。 こうなると納得出来ないのはなのはの方だ。自分は最悪の場合ティアナ自身の魔導士生命に終止符すら打ちかねない行為を教官の身の上で行ったのだ。批難される事こそあっても、その様な表情を浮かべられる場面では無いはずだっだ。 「落ち着いてるんだね」 「はい。だって、私の前にそれを怒ってくれた人がいるみたいでしたから」 「それってーーーーー!?」 「私、宿舎の屋上から見たんです。なのはさんとアルト先輩が言い争ってるのを。・・・・・・先輩すごいですよね、あんなに離れてたのにちょくちょく何を言ってるのか聞こえるって」 「・・・・・・」 「その時は断片的過ぎて先輩がどうしてあんなに怒ってたのかよくわからなかったんですけど、やっとわかりました。たぶんですけど、アルト先輩に嘘をついたんですよね?」 ティアナにどこまで聞かれていたかわからない以上、嘘を重ねても仕方ない。なのはは正直に頷く。 「でも、今話してくれた話は本当の方だった。だからちょっとびっくりしましたけど、なのはさんがちゃんと私と向き合ってくれてるってわかったらうれしくって」 その顔にウソはない。その事実になのはは安堵したが、彼女のセリフはまだ終わっていなかった。 「・・・・・・でも、やっぱりちょっと強引だと思います。不発だったからよかったですが、もし撃ってたら私、ここにいられませんでした」 こちらの心情は察してくれたが、さすがにティアナもあの砲撃を無条件に看過することはできなかったようだ。 そこでなのははひそかに温めていたできれば切りたくなかった打開策のカードを使うことにした。 「ごめんね・・・・・・・それで考えたんだけど、ティアナ言ってたよね?さくらちゃんみたいな教導をしてほしいって。もしティアナが望むなら明日からでもできるけど、どうする?でも私は・・・・・・あー、もちろんティアナ達全員をどこに出しても恥ずかしくないエース級のAランク魔導士にしてみせるよ!だけど私ね、あなた達には―――――!」 「いいですよ、このままの教導で」 ティアナは言うと、座り込んでいたポートから立ちあがって清々しそうな表情で大きく伸びをする。 「本当言うと私、なのはさんに煙たがられてる、手を抜かれてるって思ってたんです。でも、全然そんなことなくて・・・・・・。だからもう、そのことはいいんです。それに今の様子だと、この教導には普通とは違う秘密があるみたいですし」 「にははは・・・・・・」 危うく言いそうになったが、立場上はにかみ笑いで応える。しかし内心切り札のカードの無力化に焦っていた。 「(これ以上私がティアナにしてあげられることなんて・・・・・・)」 「そこで私から一つだけお願い、聞いてもらっていいですか?」 「なに・・・・・・かな?」 脳裏を最悪の可能性が過る。 小さきは自らの職権の乱用、果ては犯罪まで。ティアナがそんなこと願うわけないと思ってはいても、彼女の魔導士生命を奪うかもしれなかった対価としてはそれも止むをえぬとも思えてしまっていた。 だからティアナの次の言葉を聞いた時、なのはは心底安心したという。 「もう一度、模擬戦を受けさせてください!」 なのはは自らの生徒の純真さと安心感に万感の思いをもって頷き、それに応えた。地平線の先に見えていた月は軌道の影響で沈まず、新たに登ったもう1つの月とともにクラナガン湾を照らしていた。 (*) スバルには2人の会話は聞こえなかったが、どうやら和解できたようなのでそっと胸を撫で下ろした。 そんな彼女の肩が〝とん〟と叩かれる。振り返るとさくらが〝昨日と同じジェスチャー〟をしていた。 その意味を即座に理解したスバルは頷くと、ここにいたギャラリーと共にその場から撤退した。 (*) なのは達が戻ってきたのは10分後だ。2人はロビーに入るなり驚く。 「よぅ、遅かったじゃねぇか」 婉曲語法で2人を迎えたヴィータの手には数枚のトランプが握られている。 また彼女だけでなく、シグナムやシャーリー、アルト、さくらにフォワードの3人と総勢8人が1つの机を囲んで同じようにトランプを握っていた。 「・・・みんなどうしたの?」 しかしなのはの問いはアルトの宣言でかき消された。 「いざ、革命!」 放られる1枚のジョーカーに3枚のファイブ。しかし上には上・・・・・・いや、下には下がいた。勝ち誇った顔をするアルトの前に4枚のスリーが放られたのだ。 驚愕するアルトに放った主が厳かに告げる。 「勝ちを急ぎすぎたな大富豪よ」 シグナムは微笑を浮かべると8切りして4を投げると1抜けした。 盛者必衰。アルトは一気に都を追われることになった。 悔しげに項垂れるアルトと大富豪に興じる人々。なのはとティアナは石像を続けていると、背後の入り口の扉が開いた。 「お、やっとるやっとる~」 現れたのは何か箱を持ったはやてとフェイトだった。箱には〝ビンゴ抽選機〟とある。 「いったい何事なの?」 なのはのその問いに、はやては笑顔で答える。 「さくらちゃん発案のビンゴ大会や。・・・・・・おーい!みんなこっから1枚とってな」 はやての呼び掛けに大富豪に興じていた人々がわらわら集まって来て、ビンゴカードの束から1枚ずつ引き抜いていく。 「さぁ、ティアナさんもなのはさんもどうぞ」 空気から取り残されていた2人もさくらに招き入れられ、和やかな、そして楽しげな人々の輪の中に入っていった。 (*) そのビンゴ大会はひどく白熱した。賞品として先着3名にゲームに参加した者なら一度だけ言うことを聞かせられる〝王様カード〟なるはやて特製の手作りテレカが手に入るためであろう。 途中ロビーに来た天城が司会進行を申し出たり、ヴィータがビンゴ抽選機(取っ手を回して番号のついたボールを出す機械)を盛大回して誤ってぶちまけるハプニングがあったりと波乱を巻き起こした。 しかし誰の顔からも笑顔は片時も消えず、階級などない学校のレクレーションのように和気あいあいと進行した。 そしていろいろあって何度か振り出しに戻り、3枚目になってしまったビンゴカード。おかげでまだ勝利条件であるトリプルビンゴに到達した者はいなかった。 「─────54番!さぁ、誰かいませんかぁ!」 天城がハイテンションで転がり出た球の番号を読み上げる。それに1人の少女がニヤリと微笑んだ。 「ふ、みんな済まねぇな。トリプルビンゴだぜぇ!」 ヴィータが雄叫びと共にカードを持った右手を突き上げた。 そして天城から王様カードを受け取ると、〝ビシッ〟とアルトを指差した。 アルトは自らの一列も埋まっていないカードを見て覚悟を決める。 そしてヴィータは王様カードをどこぞの長者番組の紋所のように彼にかざすと、高らかに宣言した。 「早乙女アルト!私と明日勝負しろ!」 極めてヴィータらしい命令にアルトはため息をつく。今や彼の方が上官なので拒否権がないことはなかったが、余程と言える断る理由が思いつかなかったようだ。 「仰せのままに・・・・・・」 体の演技こそ王妃に従えるナイトのようであったが、不服そうに答えたという。 (*) その後また振り出しに戻るなど激闘が20分ほど続いてようやく残りの2枚の行き先が決定した。 それはどういう因果かティアナとアルトであったが、2人ともすぐには権利を行使せず、夜も遅かったのでそのまま解散する事になった。 (*) 次の日 スターズ分隊の再模擬戦は、引き分けに終わったライトニング分隊の後に行われた。 2人の機動は訓練通りだが、クロスシフトAからBや、BからAの変更の流れは滑らかで、なのはをずいぶん手こずらせたという。 そして───── (*) スバルの連続攻撃とティアナの間断ない誘導弾の攻撃を受け、白いワルキューレは遂に地上に引きずり下ろされた。 しかし地に足を着いた彼女の砲撃力はそれでも強力であり、高度の優位に立ったスバルでも近づけなかった。 だがそんな彼女の前に虚空からティアナが現れた。 この間合い、シールド展開は間に合わない。まさに一騎打ちの早撃ちの距離だ。 どうやら早撃ちなら勝てるという助言に忠実に従ったらしい。 だが───── (甘い!) なのはは魔法の起動の邪魔になるレイジングハートを右手に持ちかえると、利き手である左手の人差し指をティアナに向ける。 「クロスファイヤー、シュート!」 放たれる小型魔力弾。確かにティアナの射撃魔法は優秀だが、その魔法を模倣できないわけではない。 なのはとの勝負においては単純な魔法の起動時間の勝負ではないのだ。 (惜しかったけど残念だったね) なのはは勝利を確信した。しかしここは地上。つまりティアナのフィールドだった。 魔力弾はティアナを貫通して、そのまま彼女ごと消えた。 「フェイク(幻影)!?」 続いてレイジングハートが右から飛翔してきた魔力弾によって弾かれ、地面に転がった。 「え!?」 そちらを見ると、砲撃用魔法陣を展開したティアナがいた。 そう、何もかも罠だったのだ。 わざと目の前に出現して助言に従った一騎打ちが狙いであるようにアピールして見せたのも、なのはが砲撃を行わずいつもの癖でレイジングハートを持ちかえる(デバイスにプログラムされていない魔法を本体経由で使おうとすると、無駄に処理しようとして発動が少し遅れるため)のも、全てティアナの狙い通りだったのだ。 あたかも助言に従った演技をすることによって、本来レイジングハートによって飛行魔法などの面において優越するがゆえに、選択肢が多いはずのなのはの選択肢を完全に奪い取る老獪な罠。 なのはは急いでレイジングハートに駆け寄るが間に合わない! 結果として右手のビルの2階から放たれたオレンジ色した魔力砲撃が、無防備の彼女を直撃した。 (*) 「やったぁ!」 ティアナがビルから出てくると、彼女を迎えたスバルにハイタッチした。 なのはは晴れていく煙の中から姿を現すと、そんな2人に笑いかけた。 「うん。文句のつけようがないくらいいい戦いぶりだったよ。それに一撃どころか撃墜されちゃうとはね」 教官の面目丸つぶれだよ~と彼女は嬉しそうに苦笑すると、遠くで観戦するライトニングの2人に集合の合図を放った。 (*) 「みんなお疲れ様。今日は午前までで訓練は終わりだけど、定期模擬戦のレポートを書いて今日の18時までに提出してね」 「「はい!」」 4人は今回引き分けか勝ちだったので気分は良さそうだ。いつもの訓練終了時と違って覇気があった。 「あと、解散前に私から渡すものがあります」 『何だろう?』という顔をする4人の前に、昨日渡すはずだった4冊の冊子を取り出した。 「今日は訓練開始から6カ月の節目の月だからね。これまでやってきた訓練の要点とかアドバイスとかをまとめてあります。暇な時でいいから目を通してね」 「「はーい!」」 4人はそれを受け取ると、互いに目配せしながら指示もないのに整列した。 「え?・・・・・・みんなどうしたの?」 ティアナが代表するように応える。 「実は私達、昨日話し合って、なのはさんに伝えたいと思ってた事があるんです」 なのはからすると全く意表をついたものであり、何を言われるか少し心配したが、先を促す。 すると4人は声を揃えて合唱した。 「「半年間ありがとうございました。これからもよろしくお願いします!」」 それはまるで小学生のようなお礼の言葉だったが、心がこもっているためノー・プロブレム。 なのはは最上級の笑顔で 「こちらこそ」 と応えた。 この時、なのはは照れ笑いする自らの教え子達を見て誓ったという。 『この子たちは絶対私の手でどんな状況でもあきらめずに打破できるような一流のストライカーにして見せる。他の生徒のように短期ではできなかったけど、この子たちなら絶対大丈夫。だから何があっても、誰が来ても、この子達は落とさせない。私の目が届く間はもちろん、いつか一人で、それぞれの空を飛ぶようになっても』と。 (*) さて、昼頃から始まったアルトvsヴィータの模擬戦だが、一進一退の攻防をみせた。 そのため我慢出来なくなったさくらとフェイトが、続いて天城とシグナムが参戦する大演習となった。 勝敗についてはまた機会があれば記述したいと思う。 その2週間後、サジタリウス小隊の出張任務は解かれ、別れを惜しみつつフロンティア航空基地に帰投した。 ―――――――――― 次回予告 アルト達が第一管理世界に来てからここまでで半年が経っていた こんなにも長い間、第25未確認世界は指をくわえて一体なにをやっていたのか!? 次回マクロスなのは第25話「先遣隊」 想い人を奪われた少女の思いが炸裂する―――――! ―――――――――― シレンヤ氏
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マクロスなのは 第3話『設立、機動六課』←この前の話 『マクロスなのは』第3話その2 (*) その後ヴァイスのフランクな性格が功を奏し3人で仲良く話し込んでいたが、クラエッタの方は彼女の友人でありロングアーチ分隊の通信士を務めるというルキノ・リリエ二等陸士と共に他の所へ行ってしまった。 そこでヴァイスと話を弾ませていると、こんな話題が登った。 「―――――おまえのバルキリーだったか? あれには敵わんが、俺にも遂に新鋭機が回って来たんだ」 「ほう・・・・・・どんな?」 「いままで乗ってたちゃっちい小型ヘリじゃねえ。輸送ヘリでな、デバイスとのリンクで飛躍的に機動力があがるんだ。 これならランカちゃんやなのはさん達を運ぶのに安心だ。それになんでもPP・・・・・・何とかってバリアが張れるらしい」 「なに?」 一瞬OTM(オーバー・テクノロジー・オブ・マクロス)のPPBS(ピン・ポイント・バリア・システム)だろうか?と危惧したが、それを問う前に人が来た。 「早乙女先輩!」 そう呼びながら近づいてくる2人組。こちらを呼んだ青い髪をした少女には見覚えがある。あの襲撃のとき敵に囲まれて進退極まっていたスバルという管理局の少女だ。 それを見たヴァイスは、 「じゃあ、また」 と言い残し、サッと姿を消す。 「お、おい!ったく・・・・・・」 気がまわるのも、時たま罪だ。 「早乙女先輩、あの時はありがとうございました!」 深々と頭をさげる青髪の少女。それを隣のオレンジ色の髪をツインテールにした少女は、そのあまりの元気のよさにあきれたのか微笑を浮かべながら見守っている。 「あたし、スバル・ナカジマっていいます!コールサインはスターズ3です!」 「あぁ、よろしく。あと、早乙女はやめてくれ。アルトでいいぞ」 「はい!」 (ほんと元気なヤツだな・・・・・・) ランカとはまた少し違う彼女の元気のよさに、少々感心しながら挨拶を返す。その時、スバルの同僚がじっとこちらを凝視していることに気づいた。 どうやら彼女が見ているのは、上着の内側に掛けられた拳銃らしい。これはSMSが護身用に配給した5.45ミリ『SIG-2000』というもので、バイナリー(二液混合)火薬式の質量兵器だ。しかし今はアルトの魔力で電磁気を作り出し、それによってゴム弾を高速で打ち出すレールガンのような非致死性の魔導兵器に改良されている。 ちなみにVF-25のガンポッドも現在この方式に改良されている。 「・・・・・・スターズ4のティアナ・ランスター二等陸士です」 明らかに不満のあるように名乗り、敬礼すると、答えも聞かずスバルを引っ張って行く。 「え?ちょっとティア、今のはマズイよぅ~!」 というスバルの悲鳴が聞こえるが、ティアことティアナは我関せずとばかりに立ち去る。 スバルは申し訳なさそうにこちらに頭を下げると、彼女を追っていった。 (お、俺が何をした!?) 百戦錬磨のアルトの頭の中は、ゴーストV9に狙われた新人バルキリー乗りのような恐慌状態に入っていた。 (最初から機嫌が悪かったのか?いや、スバルを見守るティアナは確かに笑ってたよな・・・) そしていくつかの可能性が脳内会議で上がるが1つ1つ消えていき、やがてそれは堂々巡りになる。 その思考から抜け出せたのは誰かが彼の肩に触れたからだ。 振り返るとそこには心配そうにこちらを覗き込むなのはの姿があった。 (*) 「そっか・・・・・・ごめんね。ティアナは、こういう質量兵器が嫌いなの」 事情を聞いたなのはの手が、アルトの懐に鎮座する拳銃に当てられた。 「昔彼女には、地上部隊の空戦魔導士・首都防空隊にいたお兄さんがいてね。両親を早くに亡くしたから、ずっとそのお兄さんと2人暮らしだったの。でもある時お兄さんが質量兵器を扱う商人の大捕物をして、お兄さんをその時に・・・・・・。でもね、根はいい子だから、ゆっくりでもわかってあげて」 なのははそれだけ言うと、 「ね!」 とウィンクして立ち去った。 しばらく立ち尽くしていたアルトだったが、一通り挨拶してまわると、自らの愛機の待つ格納庫へ向かった。 (*) 外は既に日が暮れ、空はあかね色に染まっていた。そして風に乗ってやってくる心地よい潮の香り。しかしそんな美しい空も香りも、この胸のうちを快晴にすることはできなかった。 アルトは胸に焼き付く悶々とした気持ちを飛ぶことで解消したいと思ったが、それは無理だった。EXギアがあの襲撃事件からすぐ、地上部隊の技研(技術開発研究所)に送られてしまっているからだ。 VF-25は格納庫で眠っているが、EXギアなしで操縦するのは不可能だった。 フロンティア船団の新・統合軍が装備するVF-17をデチューンした現主力人型可変戦闘機VF-171『ナイトメアプラス』であれば、EXギアなしでも何とかなるが、マニュアルのVF-25では真っ直ぐ飛ばす事すら難しいだろう。VF-25はそれほどのじゃじゃ馬だった。 ちなみに先の設立式では、実はアルトは民間機よろしくあらかじめプログラムしたオートパイロットの見張り役とミサイル(花火)発射のボタンを押しただけで〝自由に飛ばした〟わけではなかった。ヴァイスへの返事がおざなりになったのもそのせいだ。 空を1週間も飛べていない事と、さっきのティアナの事が重なり、更に彼の胸の内を悶々とさせた。 「アルトくん!?」 そんな時に声をかけてきたのは、シャーリーの愛称を持つ、六課の管制及び技術主任だった。 彼女とは、バルキリーの改修でよく相談するため、比較的顔を合わすことが多かった。ちなみに、先のレールガン型の発射方式を考案したのも彼女だった。 どうも予想外の遭遇だったのか落ち着かない様子で、目を逸らしてもじもじしている。しかし何かを決意したように口を開く。 「あのね、EXギアのことなんだけど・・・・・・」 アルトの長年の役者のカンが、一斉に非常事態宣言を発した。『彼女はこれからそのEXギアに関して物凄く嫌なことを言うであろう』と。しかし次の問いを出さずにはいられなかった。 「・・・・・・どうしたんだ?」 「実は・・・・・・」 彼女の視線が、VF-25の入った格納庫とは違う格納庫で止まる。確かあそこはヴァイスの新型ヘリが入ることになっているはずだが・・・・・・ 彼女に促されるまま格納庫のドアを開ける。 なんにも見えないぞ」 外の明るさに慣れた目は格納庫内部の弱い光を感知しなかった。 「ごめん。今電気点けてくるから・・・・・・」 外に設置されている配電盤のところへ行こうとしたシャーリーだが、一瞬立ち止まると、 何があっても、絶対に驚かないでね!」 と言い残し、今度こそ出ていった。 (おいおい、何があるってんだよ・・・・・・) 不安と暗闇の中待っていると、突然辺りが閃光に包まれた。 アルトは目が慣れるのを待つと、目の前に鎮座する多数の用途不明の部品類を見渡す。それらは床に敷かれた防水シートの上に綺麗に並べられており、丁寧に分解されたらしく壊された形跡はない。しかし1つだけ、原型がわかるものがあった。あれは――――― 「熱核反応エンジン・・・・・・?」 しかもそれはEXギア用に開発された小型のものだった。 原子炉にOTMの重力制御技術を組み込んだ反応炉(核融合炉。反応弾と違い物質・反物質対消滅機関ではない)というエンジンには複雑すぎて手が出なかったらしい。 しかし近づいて見ると、しっかり炉心は止まっている。残留熱もないようで、止められたのが1日以上前であることがわかる。 「本当にごめんなさい!」 戻ってきたシャーリーがドアの前で両手を合わせ、深々と頭を下げている。 「本当はもう3日前にはEXギアは返って来てたの。その時はこう・・・・・・じゃなくてまともな状態だったんだけども、ちょっと魔がさして・・・・・・気づいたらバラしてて・・・・・・直そうにも上手くいかなくて・・・・・・」 彼女の声がどんどん小さくなっていく。どうやらEXギアを解体した張本人は技研でなく彼女らしい。 「はぁ・・・・・・部品が全部あるみたいだから元には戻せるとは思うがな、この炉の火を完全に消すと、また点けるのにどれだけ苦労すると思ってるんだ?」 「・・・・・・」 「ここの設備じゃ1ヶ月はかかるだろうな。どうしてくれるんだ?」 うつむくシャーリーを責め立てるアルト。 しかし実は大嘘も良いところ。 確かにこの世界で最もポピュラーな発電方法である核分裂炉を1基を貸してくれるなら別だが、それ以外の方法では数十万度という必要な熱がなかなか手に入らない。 そして、これを組み直すのには1週間ぐらいかかるかも知れない。しかしVF-25の熱核反応炉を繋げてスターターにすれば10秒かからず炉は再稼働するはずだった。 もしここにランカがいれば、それぐらいの知識は常識としてあるため 「やっぱりアルトくん、意地悪だよぅ~!」 と、言った事だろう。しかしシャーリーには代案があったようだ。 「だから、これを作ったんです!」 彼女がポケットから〝何か〟を出す。アルトは手を伸ばし、シャーリーの出した物を受け取った。それは技研にフォールドクォーツのサンプルとして差し押さえられたシェリルのイヤリングだった。 やがてそれは光り始めるが、すぐに収まった。 「これはインテリジェントデバイスです。今ので登録が終わったわ」 「お、おい、ちょっと待てよ。これってデバイスだったのか!?」 「・・・・・・?ええ、技研の解析結果にはその石はデバイスのフレームと同素材ってなってたわよ。確かに中には解析不能なすごく小さなデータと基本的な人格サブルーチンが入ってたけど、容量がほとんど空いてたから新品のインテリジェントデバイスだと思ってたんだけど、違ったの?」 (そうか、コイツ俺が次元漂流者って知らなかったんだったな・・・・・・) しかしこれはバジュラしか生成できないフォールドクォーツだったはずだ。シェリル自身は母の形見と言っていたが・・・・・・ ともかく詳しい入手経路をシェリルに会った時に聞こうと決意していると、 それが青白い光を点滅させた。それと同時に聞こえてくる声。 『Nice to meet you. sir.(よろしくお願いします。サー)』 アルトは物が話しかけてくるという現象にすこしたじろぎながらも、イアリング型デバイスに 「・・・・・・あ、あぁ、よろしく」 と返すと、シャーリーに向き直る。すると彼女は不敵な笑みを浮かべて言った。 「それじゃあバリアジャケットに着替えてみて。もうイメージデータは入れてあるから」 「わかった・・・・・・セットアップ!」 皆がそうするようにデバイスを掲げてこう宣言した。 (なんかオールドムービーで見た光の国から来た巨人みたいだな) そんなことを一瞬考えるがデバイスは再び光り始め、 「Yes sir.」 といって四散する。そしてその青白い光が一瞬で視界を塞いだ。数瞬後、光が収まった時最初に感じたこと、それは身体の一部であるかのような着心地だった。 「これは・・・・・・EXギア・・・・・・!」 それは分解された軍用EXギアと寸分変わらぬ形状をしており、パワーアシスト機能も健在だ。 「そう。さすがに反応エンジンは無理だったけど、あなたの魔力でそれを代替して空を飛べるし、ミッド式の魔力障壁も展開できるわ。もちろん、元の機能は全く同じよ」 シャーリーは自らの端末を操作してマニュアルを呼び出す。 「武装は、あなたのバルキリーに搭載されてたリニアライフルをモデルに作ったけど・・・・・・はい!」 そういって彼女は紙飛行機のように視覚化した光子データストリーム(ホログラム内にデータを内蔵して送信する短距離可視通信方式)を端末で放るようにこちらに飛ばす。それをEXギアでキャッチすると、自動的に消失して中身のデータを読み込んだ。 そのデータに入っていたマニュアルからリニアライフルの記述を探す。どうやらそういう追加装備は「~装備」と言うだけでいいらしい。早速 「リニアライフル装備」 とデバイスに命令を発する。すると青白い光の粒子が右手に集まり、瞬時にそれを生成した。 「おっと・・・・・」 突然かかったリニアライフルの質量にすこしよろけるがすぐ持ち直す。元素から再固定して作られたとは思えない本物のような重さだ。 「発射するのは普通の魔力弾だけど、弾頭の生成の時に色々な弾種を選択できるわ」 マニュアルによると、通常の魔力弾や魔力砲撃、対AMFシールド貫通弾と多彩だ。 「あと、あたしの自信作がこれ!」 そういって示されたのはマニュアルの項目。タイトルは『PPBS』とあった。 「ピンポイントバリアシステム・・・・・・」 「そう!EXギアのデータベースを解析したら、その基礎理論と実用化例があって、作っちゃった♪」 どうやらこれの犯人もコイツだったらしい。ヴァイスのヘリに付けられるバリアはおそらくピンポイントバリアシステムだ。 EXギアのデータベースにはパスワードをかけたSMSの機密情報と美星学園の卒業試験突破のために教科書が一通りアップロードされていた。 確かその教科書のなかには最新のOT(オーバー・テクノロジー)とOTMの基礎理論と実用化した例の写真があった。だがこのOT・OTMという技術自体人類全体の機密だ。 (しかし・・・・・・) もし基礎理論だけで彼女がこれを作ってしまったのなら冗談抜きで天才だ。あれら超科学には理論だけでは解析不能なところがあったためだ。 「これで許してもらえる・・・・・・かな?」 そう上目遣いで聞いてくるシャーリーを見ていると、機密などどうでもよくなった。 (どうせ同じ人類で、しかも敵意はなさそうなんだし・・・・・・) そう思い礼を言うに止めた。 それを許してもらったと解釈したシャーリーは、 「ありがとう。じゃあ、また明日ね~」 と言い残し、宿舎に退散していく。おそらくこの3日間不眠不休だったのだろう。今思うと彼女の目の下には隈があった。 「・・・・・・そう言えば、おまえの名前は?」 リニアライフルに付いた青い宝石に問う。 『I don t have name. Please regiter.(名前はありません。登録してください。)』 「名前か・・・・・・そうだな・・・・・」 しばし黙考すると、VF-25のペットネームを思い出す。 「・・・・・・じゃあ『メサイア』でいいか?」 『No problem.(問題ありません。)』 心なしか嬉しそうに見えた。そして、未だにあかね色に染まる空を見上げると、当初の予定を思い出す。 「メサイア、いけるか?」 新しい相棒にはそれだけでわかったようだ。主翼を広げ、スバルと同じような魔法による道ができる。しかし、それはひたすら真っ直ぐで取っ手がついている。まるでどこかにあるカタパルトのように。 『All the time.(いつでも。)』 メサイアの歯切れの良い返事とともに、取っ手を握る。 「よし!」 掛け声とともにEXギアは急激な加速に入り、その青年の体は暮れかけの空を舞った。 次回予告 遂に始まるフォワード4人組に対する熾烈な訓練。 そしてその訓練の一環として模擬戦が行われることに。 しかしその相手は─────! 次回マクロスなのは、第4話『模擬戦』にご期待ください! シレンヤ氏 第4話へ
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マクロスなのは 第26話『メディカル・プライム』←この前の話 『マクロスなのは』第27話「大防空戦」 1502時 クラナガン上空2000メートル そこではアルト率いるサジタリウス小隊がCAP任務に従事していた。 既にクラナガン上空で任務を開始してから2時間を超えている。 普段ならあと2時間足らずでこの任務を終え、引き継ぎに交代する。しかし今日は航空隊のオーバーホールのため、あと4時間は缶詰の予定だった。 こうなると普段禁止されている私語が多くなる。天城はその軽い性格からか、いつもおしゃべりが過ぎる。しかしこの日、真面目なさくらまでもその岩戸が軽石になってしまっていた。 『─────それでさ、基地のパン屋のお姉さん、ほら、あの・・・』 『・・・ああ、いつも基地にパンを持って来てくださっている事務員のお姉さんですね。』 『そう、それ!でさ、昨日パン屋さん午前中休みだったろ?』 『そう言えばそうですね・・・・・・何かあったんでしょうか?』 『うん、それがさ、そのお姉さんが朝の7時ぐらいにミシェル中隊長の部屋から出ていくのを見たやつがいるんだよ!』 『え!?ということは朝帰りぃ!?』 (・・・・・・おいおいミシェル、もう噂になってるぞ・・・・・・) アルトは昨日、彼の部屋に入ろうとしてドアにハンカチが挟んであったことを思い出し、「やっぱりそういうことだったのか」と、全く変わらない戦友であり友人である男に頭を抱えた。 『その公算は大だな。・・・・・・ああ、俺も一度でいいから、女を抱いてみてぇ~!』 『・・・・・・天城さん、私の前でそんなこといっていいんですか?私も一応女なんですけど』 『あっごめん!さくらちゃんだとあんまりにも気兼ねなく話せちゃうからつい・・・』 『もう知りません!』 『あぁ、さくらちゃぁ~ん!』 この会話を聞いたアルトは「ざまぁみろ」と思ったそうだが、定かではない。 『もう・・・・・・あ、ところでアルト隊長、』 突然の天城の転進に「な、なんだ?」と生返事を返す。 『噂で聞いた話なんですが、アルト隊長が〝ランカちゃん〟と付き合ってるってのは本当なんですか?』 その予想外だった問いにアルトは制御を誤り、機体は機位を崩して5メートルほど落下させる。VF-25がピーキーな機動性能を誇るゆえに可能とした機動だが、今は彼の動揺を証明する役目しか果たしてくれなかった。 増速によって編隊まで高度を持ち直す。 「い、いきなりなにを─────」 『あっ、それ私も聞きました!本当なんですか、アルト隊長?』 さくらは左を飛んでいるため、左耳から聞こえる無線に、アルトは嫌気がさす。 「おいおい、さくらまで・・・・・・お前らバルキリー隊の隊長を色恋で話題にすると、突然撃墜されるってジンクスを知ら─────」 2人を説き伏せようと説明していると、天城の〝叫び〟がそれを遮った。 (え!? マジ?) 右後方のバックミラーに天城の機体が飛んでいるのを確認する。 流れる動作でレーダーを警戒するが、敵機なし。 変わったことと言えば、少し離れたところにヘリが飛んでいるだけだ。 (ん、待てよ・・・・・・ヘリだと?) アルトはヘリに視線で照準すると、モニターでズームをかける。 すると予想は的中。ヘリは六課のヘリだった。 そのヘリの窓にはどういうわけか、出張中なはずのランカの姿がある。 そして間の悪いことに、こちらを見つけたのか手を振っており、彼女の唇を読めば自分の名を呼んでいることはバレバレであろう。 「うぉぉぉ!アルト隊長!ランカちゃんのサインを3枚お願いします!うちの家族がランカちゃんの大ファンなんです!」 どうやら天城は完全に恋人認定してしまったようだ。 アルトは溜め息をつくと、ヘリに繋ぐのは嫌なため、上空のAWACS(空中警戒管制システム)『ホークアイ』に回線を繋いだ。 無論なぜこんなところを六課のヘリが飛んでいるのか聞くためだ。すると、 15分ほど前にクラナガン外辺部で休暇中だったライトニング分隊の2人がマンホールから出てきた5~6歳ほどの少女を発見したこと。 その少女はガジェットが狙っているロストロギア「レリック」を1個引きずっており、大変衰弱していること。 六課のヘリが保護のため急行しているが、なのは達はデバイスの調整のため出撃できず、準備の出来ていたランカが代わりに緊急時に備えて乗せられていたこと。 などの情報が提供された。 「レリック絡みか。わかった。サンキュー、ホークアイ」 『いやなに、君たちの会話の方が楽しかったよ』 「なぬ!?」 『私にも5枚、サインをよろしく頼むよ。うちの甥っ子もえらくご執心でね。交信終了』 アルトは無線に 「ちょっと待てぇぇぇーい!!」 と怒鳴るが時すでに遅し、回線は切られていた。 『・・・・・・アルト隊長』 「・・・・・・なんだ?」 『認知しましょう』 「いや、だ・か・ら、俺とランカは別にそんな関係じゃないんだぁ!」 アルトの叫びが澄んだ青空に響き渡った。 (*) その後ガウォーク形態で3機はヘリの護衛に入った。 来るかわからない航空型の警戒より、周囲に敵がいる公算の高い場所へ赴く、ヘリの警護が優先されたのだ。 その間にアルトはランカに対し念話を試みる。 『(おーい、ランカ?)』 『(あ、アルトくん久しぶりぃ~)』 『(・・・大丈夫なのか?)』 『(うん。向こうの人達にはすっごいよくしてもらったし、戦争だって終わったんだもん!)』 念話は言葉を介した意志疎通とは少し違う。これには言葉以外に言語では表現不能な概念・思考すら載せる事ができるのだ。 こう表現すると「そんな役立つものがあるのに、なぜまだ不完全な言葉など使っている?」という話になるが、実は念話は慣れていない相手だと稀に、相手に与えるのには好ましくない思考を載せてしまう事があるのだ。 つまりごく稀に本音が丸見えになるという事だ。 本音と建前の人間の世界、話す時に稀にでも相手の本音が見えたら決して成立しないだろう。 だから念話で話すにはそれ相応の勇気が要り、よっぽどの親友や仕事でない限り用いられなかった。 しかしランカから流れ込んだ思考には本当に嬉しいという思いだけが伝わってくる。 自分自身彼女に対する本音がわからない分、どう伝わっているか不安が残るが、彼女の無事が確認できただけでもよかった。 それから1分も経たない内にヘリは現場に到着。少女のヘリへの搬送が開始された。 しかし───── 「こちら機動六課、ロングアーチ。地下にガジェット反応多数!搬送を急いでください!」 ロングアーチの警告とともにガジェットが地上に出てきた。 幸い付近は既に交通規制で人はいない。ガジェットは用さえなければ家の中まで入ってこないので民間人は大丈夫だ。しかし道路でアイドリングするヘリに敵が迫る。 シャマルとランカが、担架(たんか)に乗せた少女を急ぎヘリに搬送しているが、まだ遠くとても間に合わない。 休日返上で集まっていたフォワードの4人も搬送する2人を守るので精一杯で、ヘリまで手が回らないようだ。 「ヘリを死守する!行くぞ!」 『了解!』 アルトの命令に呼応してガウォークからバトロイドに流れるように可変すると、3機でヘリを囲み、地下からワラワラと出てきて全方位から迫るガジェットに相対した。 『やっとなまった体が動かせるぜ』 天城のVFー1Bが凝りをほぐすように腕と肩をぐるぐる回した。そんな天城にさくらが釘を刺す。 『天城さん、抜かれないでくださいよ』 『へいへい』 市街地なので発砲は厳禁。しかしヘリを1機、1分ほど守るだけなら、彼らにはそれで十分だった。 「サジタリウス小隊、交戦!」 アルトは宣言と共に先頭にいたⅠ型をぶっ潰した。 (*) 一度途切れた意識が五感と共に帰ってくる。 頭の中が霧がかかったかのようにぼやけているが、1つだけわかる事がある。ここは戦場だ。 何かと何かがぶつかり、轟音と共にどちらかが、もしくは両方が壊れてしまう。 大人達は自分を縛りつけ、自らに眠る〝ちから〟を使ってヒトや物を壊すことをいつも強要した。 ぼやけた視界に映る、必死の形相をして自分を運ぶ金髪と緑の髪したお姉ちゃん達も、自分に戦いを強要するのだろうか? 彼女は自らの運命を呪うと、意識と共に記憶を閉じた。 (*) 『ヘリの離陸を確認!』 VFー25の外部マイクがティアナの声を拾う。 アルトが見たときにはヘリは(バトロイド形態の)目線の位置まで来ていた。ヘリはそのまま急速に上昇していき、安全高度まで行くと病院へと直行した。 「よし、長居は無用だ!さくら、先に飛べねぇ3人を連れて上に上がれ」 『了解!』 さくらは頭部対空レーザー砲で牽制しつつ後退。バトロイドからガウォークに可変すると、さっきまでヘリが駐機していた位置に移動する。 現在サジタリウス小隊とフォワード4人組は、ヘリのいた位置を中心に円陣を組んで全周位から迫るガジェットに対抗している。そのためヘリが居なくなろうと、その場所が一番安全だった。 『皆さん、聞いた通りです。早く手に乗ってください!』 さくらがVF-11Gの手(マニピュレーター)を地面に広げ、外部スピーカーで呼び掛ける。 しかし円陣の内郭を構成するティアナやキャロはともかく、自分達と共に外郭で戦うエリオはおいそれと戦線から後退することは出来なかった。アルトはハイマニューバ誘導弾による援護を準備しようとした矢先、その宣言が聞こえた。 「クロスファイアー・・・シュート!!」 一斉に放たれたオレンジ色の誘導弾は、数を優先したためかガジェットのシールドを抜くことはできなかった。しかしその進攻を遅らせ、エリオが後退する時間とアルト達が穴を埋める時間をひねり出した。 「いいぞティアナ。ナイス判断!」 アルトの掛け声にティアナは 『どうも!』 と応じると、後退してきたエリオ共々ガウォークの手のひらに収まった。 『じゃあしっかり掴まっていてくださいね!』 さくらは警告すると、時を置かずエンジンを吹かして離床。急速に高度を稼いでいった。 「おっし、天城にスバル、次は俺達だ」 『了解!』 上空から再び放たれたティアナの誘導弾に援護されながら、アルトと天城はガウォークで、スバルはウィングロードを展開して上空に退避した。 こうして目標を失ったガジェット達は撤退して・・・・・・いや、新たな目標を見つけたらしい。戦闘機動レベルのスピードで次々マンホールに入っていく。理由はすぐに知れた。 『こちらロングアーチ。今までジャミングにより探知できなかったレリック反応を地下から2つ確認!回収に向かってください!』 「・・・・・・っておい、ロングアーチ!あの大軍の中に4人を突入させる気か!?」 なに1つ反論せずバカ正直にも 『了解』 と応答しそうな4人の代わりに異議を訴える。 軍隊では捨て駒にされるなど日常茶飯事だ。 例えばフロンティア船団でも中期の対バジュラ戦に投入された新・統合軍がその典型例だ。 バジュラの進化によって彼らの保有する武装が何1つ効かなくなった状況で、出撃を命令され無駄に命を散らしていった。 軍隊とはそういうところだ。だから生き残るために常に最善の努力を必要とする。反論など大した努力は必要ない。それで作戦の穴が見つかり、手直しされて生存率が上がるなら、それに越したことはないのだ。 しかし六課は〝軍隊〟ではあっても無策のバカではなかった。 『そのことなんですが、おそらく問題ありません。現在ガジェットの優先命令はレリックの確保と思われ、積極的な攻撃はないと推測されます。また、事態を聞きつけた第108陸士部隊の陸戦Aランク魔導士が1人、5分で支援に駆けつけてくれるそうです』 「・・・・・・なるほど」 とアルトは呟くと、やる気満々という目をした4人に視線を投げる。 「・・・だそうだ。お前らの力を存分に発揮してこい!」 『『了解!』』 4人は敬礼すると地面に降ろされ、マンホールへと突入していった。 「・・・・・・全く、お人好し揃いだな。管理局は」 アルトの呟きにさくらが割り込む。 『それを隊長が言います?』 「・・・・・・そうだな」 俺もいつの間にかお人好しになってしまったらしい。 しかし敵はそんな感慨を抱く平和な一時(ひととき)すら許さなかった。 『こちら『ホークアイ』、クラナガン近海の相模湾に敵の大編隊が多数出現!機種はおそらく改修前のガジェットⅡ型とゴーストだ。目標はヘリでなくクラナガンの模様。サジタリウス小隊は即座に迎撃行動に移れ!』 嫌な現実が耳に入った。しかし過去を振り返るにはもう遅い。今はやれることをやるしかないのだから。 「サジタリウスリーダー了解!これより迎撃行動に入ります!」 ファイターに可変したVFー25を始めとする3機は最加速。目標空域海上に急いだ。 (*) 『『ホークアイ』よりサジタリウス小隊。いま増援を要請した。5分で六課のスターズ1とライトニング1が。その20分後に緊急出動するバルキリー隊が合流する。それまで何とか持ちこたえてくれ』 「了解」 VFー25率いるサジタリウス小隊は中距離ミサイルの射程に入ると、中HMM(中距離ハイマニューバミサイル)を一斉に放つ。 今度のミサイルは今までの2系統の誘導方式のシステムに改良を加えたもので、通常の回避手段にもある程度対応できるようになっていた。とは言え、今まで敵が回避手段を講じたことがないため、効率面から誘導システムがセンサーを全面的に信用するようセットしていた。今回はそれを通常の設定に戻しただけだったりしたが。 サジタリウス小隊の保有する全中HMM、都合20近い光跡を残してマッハ5で飛翔するそれは、30秒程度で着弾した。しかし全てではなかった。 「なんだと?」 半数以上が目標を見失ったかのように迷走していた。 しかしフレアに代表されるような妨害装置の使用は見られない。強いて言えば当たったのに当たらなかったというか───── 『こちら『ホークアイ』。命中しなかった理由が判明した!敵は幻影魔法を展開している!現在術者を走査中だ。十分注意して迎撃せよ。実機はおそらくレーダーに映っている半数以下だ!』 どうやらガジェットを使役する者達が本格的に動き始めたらしい。アルトは猛る血を抑えると、僚機に指示を出す。 「各機、陣形〝トライアングラー〟!行くぞ!」 『『了解!』』 さくらはバトロイドに可変すると三浦半島の海岸線に着陸し、アンカーでしっかり片膝撃ち姿勢を取る機体を固定。己の長大なライフルを敵の迫る南へと向けた。 続いて天城がガウォークに可変すると、さくらの直掩に入った。 この陣形は『アルトが突入して敵をかき乱し、さくらが援護狙撃を行い、天城が撃ち漏らしを排除する』という時間稼ぎと敵の一地域の釘付けに主眼を置いた陣形だった。 ちなみにこのネーミングセンスだが・・・アルトの前隊長によるものが大きいと予想される。 ともかくアルトは、天城のマイクロハイマニューバミサイル。さくらの狙撃、そして自身のハイマニューバ誘導弾と共に敵に突入していった。 (*) サジタリウス小隊が交戦に入ってから5分後の横浜上空。 そこでは今、2人のワルキューレが天を駆けていた。 「スターズ1よりホークアイ、現状は?」 『こちら『ホークアイ』。先行したサジタリウス小隊が敵大編隊を迎撃中。現在おかげで戦闘空域は相模(さがみ)湾上空に限定されている。船もないので安心して撃墜して構わない。また、幻影はロングアーチの協力で実機との区別がつきつつある。これはデバイスに直接IFFとして送信する。また、混戦なため誤射に注意せよ』 「了解」 なのはは答えると、『Sound only』と表示された通信ディスプレイを閉じた。 そして今や10キロメートルを切った戦闘空域を睥睨する。 そこでは真っ青なキャンバスをバックに、自分達魔導士には無縁な白い飛行機雲が、幾筋も複雑な螺旋模様を描いている。 「綺麗・・・・・・」 思わず素の感想が口に出る。 しかしその作品を作っているのがアルトのVF-25と、ガジェット・ゴースト連合であることを思い出し、あわてて頭を振ってその考えを吹き飛ばした。 「フェイトちゃん、行くよ!」 頷く10年来の親友。 「スターズ1、」 「ライトニング1、」 「「交戦(エンゲージ)!」」 2人は文字通り光の矢となって、空域に突入した。 (*) ガーッ、ガーッ、ガーッ───── 鳴りやまないミサイルアラート。多目的ディスプレイは真紅の警告色に染め上げられている。 VF-25は魔力のアフターバーナーを焚きながら上昇を続ける。 アフターバーナーを焚いたVF-25は、推進剤である魔力が機体の推進ノズルや大気との摩擦で発熱するため、赤外線カメラを通して見れば太陽のように光輝いて見えることだろう。 周囲を飛翔する全ての敵ミサイルが、そんなVF-25に打撃を与えんと、回避運動すらせずに追いすがる。 それを確認したアルトはスラストレバーを下げ、フレアを撒くと足を60度機体下方に展開する。 こうすることによって推進モーメントが突然変わったバルキリーはクルリと前転、機首を下に向ける。 そして再び足を戻して下降するVF-25を尻目に、高熱源体となったフレアにミサイルが引き付けられ、そのすべてが誘爆した。 「ふぅ・・・」 アルトは前方を塞ぐ実機のガジェット達を徹甲弾を装填したガンポッドで次々葬っていく。 しかし敵は全天を覆っていた。 彼は顔をしかめて敵を俯瞰していると〝衝突コース!〟という警告がディスプレイに表示された。 しかしレーダーに映る敵機はIFFには反応なし。 つまり目視できるしレーダー反射もあるが、六課のスーパーコンピューターが『あれは幻影だ』と、結論を出したという事だ。 正直幻影だろうと実機だろうと撃墜か回避したいが、おそらく敵の罠だ。 確かに発砲してあれが実機でないと証明するのは簡単だ。 しかし敵が作戦を変更してしまうので、こちらが『あれが実機でない』ことに勘づいたことを知らせる訳にはいかない。また、機動を操作されるわけにはいかないため、回避もできない。となればそのまま突入するしかなかった。 迫る敵機。もし実機なら正面衝突で大破は免れない。 (南無三!) アルトは一瞬で全ての神仏に祈る。 次の瞬間には敵機はVF-25を通り抜けていた。 後方を振り返ると、やはり罠があったようだ。ガジェット数十機がホバリングして袋を形成している。回避していればあの袋に飛び込んで集中砲火という結末だったらしい。 (最近は罠を作るぐらいの頭ができたんだな・・・) アルトが感心する内もガジェットは半ばホバリングしているためさくらの狙撃が面白いほどよく当たる。 しかしゴーストが対応を開始した。 彼らは三次元推力偏向ノズルで機首を無理やりこちらに向けると向かってきた。 いつの間にか囲まれている。 このままでは包囲、殲滅される!と危惧したアルトは遂に奥の手を出した。 「メサイア、〝トルネード〟パック装備!」 「roger.」 VF-25の胴体全体を一瞬青白い光が包み、背面に2門の大口径ビーム砲を、そして両翼には旋回式追加ブースターと装甲を装備した。 機動重視の装備として開発されたこれは、FAST(スーパー)パックを数倍する機動性能を発揮する。バジュラとの抗争では開発未了であったが、これさえあれば被害は4割は減らせたと言われている悲願の追加装備だ。 さくらの速射狙撃が包囲するゴーストの一角に穴を開ける。 アルトはスラストレバーを一杯まで押し上げると、その穴から一気に突破、包囲から脱出を図る。 しかし援護にも限界がある。上方より数機のゴーストと火線。 アルトは両翼に装備されたブースターを左右逆に旋回して急激に90度ロール機動をおこなうと、間髪いれずに主機、旋回ブースター、スラスター・・・すべての機構を駆使して上昇をかける。その瞬間的なG(重力加速度)は『ISC』、『イナーシャ・ストアコンバータ』、デバイス由来の重力制御装置の限界を越え、アルトの体に生のGを掛ける。しかしいままで反吐が出るような訓練に鍛えられた彼にはどうということはない。 機体はゴーストでも真似できないような角ばった急旋回を行って敵の火線を回避すると、ガウォークで急制動。擦れ違おうとしたゴースト数機に背面のビーム砲を照準すると立て続けに見舞った。 魔力出力にしてSランククラスの砲撃を受けたそれらは、瞬時に己の体を空中分解させて海の藻屑へと帰した。 『こちらサジタリウス2(さくら)。弾が切れました。これより魔力砲撃に切り替えます』 遂に持ってきた砲弾を撃ち尽くしたらしい。魔力砲撃ではこの空域全体に作用したAMFにより威力が格段に低下するが、致し方ない。 アルトとてガンポッドに残る残弾など雀の涙だ。 熱核反応エンジンは戦闘機に無限の航続能力を与えたが、積める弾薬量が決まっている以上、まともな戦闘可能時間は旧式の戦闘機と変わらないのだ。 (荷電粒子ビーム機銃さえ使えれば・・・・・・) 現在も封印(シール)状態でVF-25の両翼に装備されているこのビーム機銃は、最初からバジュラには効かなかったが、AMFが作用しないためゴーストやガジェットなら苦もなく落とせるはずだった。 だが局員となった今、そんな物を使えば暖かい寝床から一転、鉄格子の部屋で寝ることになる。 アルトは無駄なことを考えるのをやめると、戦術に集中する。 トルネードパックで機動力の上がったVF-25に対し、ゴーストとガジェットはその機動性と数で対抗してくる。 更にゴーストの撃ち出す実体弾は、バルキリーの転換装甲のキャパシティをすごい勢いで消耗させていく。 (というかこれはマジ物の対(アンチ)ESA(エネルギー・スイッチ・アーマー。エネルギー転換装甲)弾じゃないのか・・・・・・?) 通常の実体弾はこれほどの消耗を強いるものではないはずだった。 とにかく、客観的に見てこれ以上の進攻阻止は無理だった。 しかしすでに1キロ程先に三浦半島の海岸線があった。 (現行戦力でこれ以上の足止めは無理だ。しかし半島上空を戦場にするわけには・・・・・・) そこに見える民家が、彼に後退を躊躇わせた。 その時、待ちに待ったものが来た。ディスプレイに表示される〝空域マップを貫く太く赤い線〟と〝退避要請〟という文字。 敵は大量に後ろに引きつけている。ここで撃てば最も多くの敵を巻き込めるだろうが、時空管理局、特に彼女がそれをするはずがない。かといって一度意図を図られてしまってはその効果は急速に薄まる。 ならば自分にできることは何が何でも急いでこの位置から退避するしかなかった。 アルトは操縦桿を倒すと左ロール、続いて主観的な上昇をかける(つまり左旋回)。もちろんその間スラストレバーは限界まで前へと押し上げられている。 機体が転換装甲の使用を前提とした設計限界である25Gの荷重によって悲痛な悲鳴をあげる。VF-25のF型(高機動型)としてスペシャルチューンされた『新星/P W/RR ステージ II 熱核バースト反応タービン FF-3001A改』が己の力を示すように、そして左右エンジンでハーモニーを奏でるかのようにその雷のような轟音によって圧縮した空気と魔力を後方へと吐き出す。両翼のブースターも主翼の空力だけでは成し得ない無理な上ベクトルの力を捻り出す。 アルトもまた、転換装甲維持のため機載のISCが止まった事により、襲いくる津波のような力に必死に抗う。 そして赤い線の示す射軸線をVF-25が越えると同時に、海岸線から桜色をした魔力砲撃が伸び、射軸上にいたゴーストとガジェットに突き刺さる。それは幻影含めて50機近くを瞬時に撃墜した。 『アルトくん、大丈夫!?』 天使の声が聞こえる。 「ああ、なのは。助かった」 しかし安心したアルトの機動は少しだが単調になっていた。 ゴーストはその機を逃さず肉薄してきた。 そのゴーストから横になぎ払うように機銃弾が放たれ、VF-25に迫る。 (緊急回避は・・・・・・間に合わない!) アルトはトルネードパックの装甲パージによる囮回避に備える。しかし機銃掃射はバルキリーまで来ない内に止まった。 不思議に思ったアルトはゴーストを仰ぎ見る。 そこには金色の矢に貫かれ、海に力なく落ちていくゴーストの姿があった。 外部マイクが女性の声を拾う。 『・・・・・・もう、私の事も忘れないで欲しいな』 彼女は大鎌形態のそのデバイスを、その華奢な肩に担ぐと大見得を切った。 同時に周囲に展開する他のガジェット、ゴーストにもランサーの雨が襲い、その多くを撃墜、爆炎が花を添えた。 「フェイト!」 外部スピーカーを通して放たれたアルトの声に、彼女はニッコリ微笑みを返した。 (*) 六課の合流後、すぐに役割に応じて部隊を再編する。 高機動型であるアルトとフェイトの2人は、引き続き敵を掻き乱す前衛部隊。 2人に構わず進む編隊には、さくらとなのはの火力部隊が当たり、天城は機動部隊として2人の直掩と撃ち漏らしの掃討を続行。 この後の戦いは比較的スムーズに進んだ。 そして10分後、更なる援軍が到着した。 『こちら機動六課フロンティア2。これより、支援します!』 聞こえた声はランカのものだった。レーダーを見るとヴァイスのヘリが戻って来ていた。 どうやら保護した少女を、この近くの聖王教会中央病院に置いて、とんぼ返りしたようだった。 『みんな!抱きしめて!銀河の、果てまでぇ!』 フォールド波に載ったランカの常套句が、半径10キロに渡って響き渡った。 続いて流れてくる歌声。 アルトはそれを聞いて、先ほどの念話以上の安心感を抱いた。 彼女の歌声は、いつかのような迷いある歌声ではない。 誰に向けてのものかはわからない────きっと、生きとし生きるもの全てにだろう────が、晴れ晴れとした澄み渡った空のように、暖かい歌声が沁み渡っていった。 (*) ランカの参入は戦闘の趨勢を激変させた。 魔導兵器であるガジェットⅡ型はレーザー攻撃を封じられボロボロ落とされる。 ゴーストには魔導技術がほとんど導入されていないらしく相変わらず元気だったが、ガジェットが脅威でなくなった分、楽になった。 しかし、ランカの超AMF範囲内にありながら、幻影魔法が解除されることはなかった・・・・・・ To be continue・・・・・・ ―――――――――― 次回予告 ランカ「ずっとそばにいたかった。でも、もうあなたまで届かない・・・・・・」 マクロスなのは第27話「撃墜」 追悼の歌、銀河に響け! ―――――――――― シレンヤ氏
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マクロスなのは 第24話『教導』←この前の話 『マクロスなのは』第25話「先遣隊」 SMSはアクティブ・ソナー作戦が行われたその日の内に、フォールド空間の座標に向けて無人戦闘機(AIF-7F『ゴースト』)部隊を派遣した。 しかしその結果は残念なものだった。 そこには土台から外れたフォールドブースターが浮いていただけだったのだ。 その事実は関係者を大いに失望させたが、ゴーストの持ち帰ったフォールドブースターは驚くべきことを記録していた。 ブースターが外れる寸前に記録したのであろう、アルト達の緊急デフォールドした座標だ。 その知らせに一番狂喜したのはルカだった。 「やった!これでランカさん達を迎えに行けますよ!」 単体でフォールド空間に取り残された場合、生存は絶望的だった。なぜならそんなことをすれば最後、三次元の物体は時空エネルギーの圧力に耐えられず機体が即座に圧壊、自爆するからだ。 しかしデフォールドしているなら話は別だ。 大気圏の離脱及び突入。そして星間航行能力のあるVF-25の生存性(サバイバビリティ)があれば大抵何とかなるはずだった。 しかしその座標はフォールド断層内のサブ・スペースと呼ばれる使わない・・・・・・いや、使ってはいけないゲート位置だった。 この空間に開いたゲートは普段使うゲートとは違って、通常空間との相対位置に必ずしも一致しない。 つまり入って10秒でデフォールドしても隣の銀河だった。という事が起こり得る。そのため救助はフォールド空間を経由せねばならなそうだった。 ―――――しかし救助の準備に取り掛かったSMSに横やりが入った。 『ここから先は我々が行おう。ご苦労』 突然の通達。差出人は新・統合軍だった。 最近風当たりの悪い新・統合軍としては、目に見える成果が欲しかったのだろう。 〝救出〟という美味しいところだけ持っていく理不尽で一方的な申し出だったが、悔しいことにSMSは民間企業であり新・統合軍は大切なスポンサーだった。 そうして今度はその座標に救援の先遣隊として統合軍のゴーストが一機送られることになった。 そのゴーストはフォールドクォーツを応用した通信機が装備されており、これを中継器として向こう側とのリンクが確立できるはずだった。 (*) 新・統合軍 ステルスクルーザー艦内 統合指揮管制所 そこでは一人のオペレーターがフォールド空間に突入したゴーストのオペレートを行っていた。 (なんてことはない。いつもの飛行をすればいいんだ) そう彼は自分に言い聞かせるもののふと手元を見ると、いつも扱うタッチパネル式のコンソールパネルの上に額から垂れたのであろう汗が一滴滴っていた。 この空調の利く艦内で汗を滴らせていたとなると、よほど緊張しているらしいことを再認識せざるを得なかった。今自分のやっていることは全銀河に名を轟かす超時空シンデレラ、ランカ・リーの救出作戦に他ならないのだ。 この作戦を見事成功させた日には、昇進させてもらえるかもしれない。それに何よりの名誉だ。そうすればフロンティアで役立たずの烙印を押されている統合軍軍人の妻や子供として肩身の狭い思いをしてるだろう家族に大手を振って歩いてもらえる。 はっきり言って何度も軍には失望させられた。 (だがフロンティアを守るのも、そこに生きる人を救うのも我らが新統合軍だ!目先の金が目当ての民間軍事プロバイダなんかに任せておけるか!) ハイスクール時代の新・統合軍のパレードを見て、この道を自信を持って進んだあの頃の自分に間違いはないはずだ。 そうでなくとも変えて見せる。そのための力は今手許にある。世界最高峰の技術の粋を結集した「ゴースト」という力が。彼は今それを何不自由なく操作できる自分に感謝した。 事実、その技量は客観的に見ても称賛に値すべきものであった。彼のゴーストはフォールド空間の磁気嵐の中を有線で航行しているが、ある時は自身がスティックを握って誘導し、またある時は巧みな判断で磁気嵐を先読みしてゴーストの自律航法装置に指示を出した。 そうして長い航路の末、目的の座標へとたどり着いた。 ちらりとのぞいたステータス表はオールグリーン。ゴーストは無傷で辿りつけたようだ。 しかし安堵のため息など吐いている暇はない。まだ彼も、そして相棒(ゴースト)も仕事を終えていないのだ。 手元のパネルからゴーストに積んだスーパーフォールドブースターを活性化。フォールドゲートが開いた。 フォールド中継器作動確認。周囲にレーダー反応・・・・・・なし。エンジンリスタート。スーパーフォールドブースター最大出力。 「まもなくデフォールドします。3、2、1」 画面いっぱいにゲートが近づいて――――― 「どうした?」 突然砂嵐になった画面に何が起こったかわからない上官が詰め寄ってきた。 何が起こったのか分からないのは彼も同じだった。予定ではゲートをそのまま突破。後に中継器を介してあちら側とコンタクトするはずだったのだ。 ゴーストのステータス表はリンク途絶を表示し、緊急ビーコンの応答もなかった。 (ウソだろ?全部うまくいってたはずだろ!?) 操作ミス・・・・・・いや、無かったはずだ。 整備不良は・・・・・・三日前オーバーホールしたのにそれはないよな。 磁気嵐にやられた・・・・・・記録を見る限りそんな様子はない。 可能性は潰れていき、ついにはなくなってしまった。つまり、何もわからないのだ。だから彼にはありのままを伝えるしかなかった。 「それが・・・・・・リンクが切れました。原因不明です」 「なに!?」 その上官はともかく状況を確認するとゴーストの回収を最優先して、ゴーストまで伸びているはずのフォールドクォーツの粒子入りのワイヤーを手繰り寄せる。 しかしその先には何もなくて・・・・・・ 彼は改めて自分が失敗したのだということを思い知らされた。 (*) その頃マクロス・クォーターのバーでは一番美味しいところを持っていかれたため、調査隊の隊員達がクサっていた。 特に悔しいのはルカだ。 「酷すぎますよ統合軍は!後少しってところで良いだけところだけ持っていって─────!」 「まぁまぁ、ナナセちゃんには私が伝えるわ。『あなたの彼がランカちゃんを見つけた』って」 シェリルがグロッキーな彼をなだめる。ハタチ前なのに周囲に合わせてお酒を頼んだ彼だが、あれから三時間。まだ一度も口を着けていなかった。 (まったく、まだ子供なんだから) 口には出さなかった。 そこにオズマ少佐が血相変えてバーに飛び込んできた。 「隊長? どうしました?」 「統合軍の先遣隊のゴーストが消息を断ったらしい」 「「え!?」」 その場の一同が唖然とした。 (*) 先のバジュラとの闘争においてあまり目立たなかったゴーストだが、そのサバイバビリティと戦闘力は世界最高峰だ。 そう簡単に落とされぬよう戦略・戦術システムと対ハッキングプログラムは毎週のように更新され、各種探知機から武装まで毎年アップデートされている。 それが消息不明となると事態は深刻だった。 即座に合同捜査という運びとなり、再びSMSが表舞台に立つことになった。 (*) フォールド空間 そこには精密な調査をするためSMSから派遣されたルカ率いる調査隊と護衛のピクシー小隊が展開を始めようとしていた。 母艦となっているのは新・統合軍のノーザンプトン級ステルスフリゲートだ。 今回ゴーストの行方不明の理由もわからず、まだ表向き新・統合軍の管轄として扱われているため船だけ回したらしい。 (僕達の命の重さはこの船一隻分ってことか) ルカは艦長席に座って指揮を取るコンピューター頼りのお飾りペーパーエリートに視線を投げると、ため息をつく。 しかし彼は容姿はともかく大人だった。すぐに (僕達だけで行かせなかったことを評価すべきか) と思いなおすと、自らが座る艦のセンサー類が統合制御監視できる部所である科学・調査ステーションのコンソールパネルを弾いた。 艦に搭載された各種長距離センサーではゴーストが入ろうとしたフォールドゲートの座標に異常は見られない。また、レーダーにも反応はないようだった。 しかしゴーストが行方不明になったことは厳然とした事実であり、宙域に吹き荒れる磁気嵐がセンサーを妨害し、敵機が隠れている可能性も否定できない。 ルカは最新の観測データをこの船の格納庫で翼を休める己が愛機『RVF-25』に転送。その席を統合軍ではない、SMSから連れてきた調査隊の一人に任せると、格納庫に向かった。 (*) ノーザンプトン級ステルスフリゲートは〝フリゲート〟の名に違わず配備数が多く、基本設計は30年以上変わっていない。しかし高速性とステルス性に長け、現在もマイナーチェンジしながら継続して量産が続けられて、各移民船団の主力護衛艦艇として活躍する優秀な艦種である。 それを証明する例としては、過去にバロータ戦役において第37次超長距離移民船団(マクロス7船団)が行なった突入作戦『オペレーション・スターゲイザー』の際、この重要な作戦に母艦『スターゲイザー』として同型艦が使用されていることなどが挙げられる。 さて、この艦はひし形の艦体構造と直線的なフォルムによってパッシブ・ステルス性を向上させている。また、フリゲートと言えど全長は252.5メートルと第二次世界大戦の大和型(全長263メートル、基準排水量64000トン)に匹敵し、兵装は粒子加速(ビーム)砲や反応弾を含めた各種ミサイルなので火力では比較にならない。 しかし運用重量約1200トン(質量)とまさに駆逐艦クラスであり、その差から生み出される内部空間はバルキリー隊などの機動部隊を運用するに十分な広さを提供していた。 SMSのピクシー小隊を率いるクラン・クラン大尉も愛機クァドラン・レアと一緒に格納庫にいた。 彼女の傍らにはバジュラとの抗争時からピクシーの二番機を務めるネネ・ローラが同じようにクアドラン内で出撃待機に入っている。 クランはその首に掛かるペンダントを愛しい物のように〝ギュッ〟とその手に握った。 そのペンダントの先には彼女の愛した人の遺品がある。 その彼が〝見えすぎる目〟の矯正のために掛けていたそれはアルトにとってのVF-25Fというように、今となっては彼女に掛かった呪い(カース)だった。 彼は無防備だった自分を守るために何のためらいもなくその身を盾にして死んだ。 愛のため殉じる。 『そんな陳腐な言葉』と鼻で笑われるかもしれない。しかし彼は自らや大切な友人達を守りきれたことに安堵して散った。 そのためクランはこのペンダントから彼の分まで〝生きる〟という呪いにも似た使命を背負っていた。 (ミシェル、お前は私が戦うことを望んでいないかもしれない。だが、私はゼントランなんだ。お前の守った人達は私が守り続けてみせる!) クランは決意を新たにしながらRVF-25に搭乗を始めたルカを見やった。 (*) 『クラン大尉、僕の『アルゲス』の探知範囲から出ないでくださいよ』 「わかっている」 クランは応えると、ノイズの激しい自機搭載のレーダーから目を離した。 彼女らは今、例のデフォールド座標に向かっている。 SMSのクァドランに搭載された各種レーダーシステムは、新・統合軍より高性能のものを装備しているが、この磁気嵐の中では役に立たなかった。 一方ルカの搭乗するRVF-25の装備するイージスパックはレーダードーム『アルゲス』に代表される強力なレーダーシステムと大容量・超高速コンピューターを搭載。その索敵能力と管制能力はルカの技量も相まって本式のレーダー特化型護衛艦一隻分に匹敵し、航空隊の〝目〟として機能する。 現在ルカはその強力なレーダーシステムとコンピューターを駆使して磁気嵐を寸分の隙なく解析、ノイズを補正し、三機の中で唯一正確なレーダー情報を入手していた。 しかしデータリンク電波も撹乱されてしまうので、ルカから届く音声通信と自身の目だけが頼りだった。 『まもなくデフォールド座標です。ローラ少尉、ワープバブルの位相範囲を最大にしてください』 『・・・・・・はい』 ルカの指示に編隊の最後尾に位置するネネのスーパーフォールドブースターが全力稼働。時空エネルギーの圧力に対抗するために展開されるワープバブル徐々に大きくなり、デフォールド座標までをバブルで包んだ。 ネネはそのまま定点となり、ルカとクランは周囲を警戒しつつ前進。デフォールド座標の調査を開始する。 『─────走査完了。付近に機影なし。フォールドゲートを開きます』 ルカの声が届き、RVF-25の主翼にくくりつけられたフォールドブースターが光を発する。 目前の空間に亀裂が入り、フォールドゲートを形成した。 クランは油断なくゲートに向かってクァドランのガトリング砲を照準するが、ゲートは我関せずとばかりにそこにあるだけだ。 『・・・・・・大丈夫みたいですね』 「ああ」 どうやら取り越し苦労だったようだ。おそらくゴーストも統合軍のバカが操作を間違えて故障させてしまったのだろう。 (これだからデブラン(ちっこいの)の作る機械は─────) と自らの搭乗するゼネラル・ギャラクシー社再設計のクァドラン・レアを棚に置いてため息を着いた。 『それじゃこのままデフォールドします。クラン大尉は先導願います』 「わかった」 彼女は応え機体を前進させようとするが、寸前で左端の方で視界を遮る〝もの〟の存在に気づいた。 胸元に入れていたペンダントが飛び出し、漂っていたようだ。 クランは危ない、危ない。とペンダントトップについた眼鏡の入った容器を掴み胸元に戻す。だがその先にあった左舷を映すディスプレイに光を捉える。 クランの手は即座に動き、ルカのRVF-25を突き飛ばした。 『うわっ!』 ルカの悲鳴と共に、さっきまでバルキリーがいた場所を5メートルほどの光弾が貫いていった。 「ルカ!今のはなんだ!?」 通信を送りながらその物体に腕部のガトリング砲をぶち込む。しかしそれらの弾幕は空しく空を切った。 『現在走査中!─────ダメだ!レーダー反応なし!目標はステルス、もしくは何らかのエネルギー体です!引き続き解析します!』 「チィ!」 クランは機体を横滑りさせて迫る黄色い光球を回避する。ルカもバトロイドに可変してガンポッドを照準、掃射するが、レーダーに映らないので普段コンピューター補正頼りの彼には荷が重い。 そうしているうちに蛇行していた光球は突然180度速度ベクトルを変えると、ルカに突入を始めた。 「おのれ!ミシェル、私に力を!」 クランはその胸に鎮座するペンダントに願掛けすると、機体の出力リミッターと『キメリコラ特殊イナーシャ・ベクトルコントロールシステム』のリミッターをオーバーライド。 機体の主機が瞬間的な200%の稼働によって悲鳴のような高周波の唸りをあげ、まるでゴーストのように設計の限界性能を引き出して加速する。 華奢な彼女の体に人間には到底耐えられない数十Gという莫大な力が働くが、メルトランディである彼女は遺伝的にハイGに耐えられる。それに"守る"と決め、そのための翼を与えられている彼女にとってそれは些末な問題にすぎなかった。 その速度そのままにルカと光球の間に割って入った。設計限界からの瞬間停止によって限界を迎えた慣性制御システムが煙をあげて吹き飛ぶが、クランの瞳はまっすぐに迫ってくる光球から離れなかった。 「ハァァァ!」 腕部にフルドライブのPPBを展開、雄叫びと共にその光球に正拳の一撃を放った。 激突した両者から発生した莫大な時空エネルギーの余波が電流として発現。クァドランの巨体を流れる。 その過電流によって機載の電子機器が次々システムダウンを起こし、沈黙していく。 しかしクァドランはいい意味でシンプルな機体だった。 その基本設計は何千何万周期もこの広い宇宙で戦い続けた『クァドラン・ロー』という機体だ。 『クァドラン・レア』はそれをゼネラル・ギャラクシー社が再設計、現代戦に対応するため多数の電子機器を装備し、武装を改装したものだ。 ゼントラーディの兵器群はプロトカルチャー設計のもので、その耐久年数は人間製のものとは比較にならない。 さる筋の調べによるとピコメートル単位の誤差すらないらしい品質の高さも挙げられるが、その設計のシンプルさが物を言っていたのだ。 その基本設計を受け継いだクァドラン・レアは元々各種電子機器などなくても操縦者さえいれば戦闘稼働が可能なほどのタフな機体だった。 『お姉様!』 遠方でワープバブルを維持するネネの悲鳴が耳を打つが、通信機はそれを最後に沈黙する。 絶縁破壊を起こした電気配線がスパークして目の前にあった前部モニターを吹き飛ばす。 腕部のガトリング砲に異常事態。それを警告するモニターがなかったが、彼女の髪の光ファイバーを利用したインターフェースによってそれを知り得たクランは緊急システムでそれをパージする。直後電子機器のスパークで弾薬に引火したそれは大爆発した。 次々機能が死んでいくクァドランの中でクランは必死に機体を操り、光球を押し留める。 おそらくVF-25やVF-27ではすでに機体は操縦者を見捨てて機能停止していただろう。 しかし各部分ごとに独立したブロック(ユニット)型という名の構造。そして正副二重(つまり四重)に確保された操縦用回線はこの状態でも操縦者を見捨てまいとなけなしの力を振り絞る。それはもはや奇跡に近い稼働だった。 その甲斐あってようやく光球は転進、左舷方向に流れていく。 「嘗めるなぁ!」 気合い一発。クランは機体前部を相手に向けると、前部を向いたまま旋回能力が死んでいた『対艦用インパクト・キャノン』をカンで照準。引き金を引いた。 元のビーム砲から対バジュラ用のMDE重量子ビーム砲に換装されたこの火器はあやまたず光球を貫き、爆散させた。 「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」 荒い息づかいがヘルメットの中を反響する。 クランは機体を動かそうと操作するが、ピクリとも動かなかった。気づけば主機である背後の『キメリコラ/ゼネラル・ギャラクシー熱核コンバータFC-2055µ』も停止している。 どうやら愛機は本当におシャカになってしまったようだった。 (お疲れ様だ。良く頑張ってくれた) クランは敵を倒すという役目を果たして息絶えた愛機に告げると、非常用の爆裂ボルトに点火。コックピットハッチである前部装甲をパージすると、手を差し出すネネのクァドランに掴まってルカ共々母艦に帰還した。 (*) 「有人調査で判明したのは以下の通りです」 集めた調査隊員を前に、ルカは調査結果をスクリーンに投影しながら説明する。 調査隊を襲撃した光球は莫大な時空エネルギーの塊で、調査隊が磁気特性を持ち、レーダー波を発していたため自然と寄ってきたものであること。 レーダー波を吸収、結果アクティブ・レーダーで探知できないことからゴーストもおそらくこれに撃墜されたと思われることなどだ。 「─────しかし問題はこれだけではありません」 ルカはそう告げると、スクリーンに違う画像を展開する。 「これは・・・・・・次元断層シールド?」 調査隊の1人が驚愕に目を見開く。これは現代ではバジュラクイーンしか発生させたことがなく、次元断層によって位相空間内を外部の次元と隔てることで物理的な攻撃を完全に防ぐ現状では最強のシールドだ。 「はい。あの光球のエネルギー源を様々な調査結果をつき合わせて検討した結果〝フォールドゲートを自然発生の強力な次元断層シールド〟が塞いでいるという結論に達しました」 彼の説明によれば、光球がフォールドゲートを開いた時に初めて出現したことから関連性を調べてみると、開いたフォールドゲートの数値異常に気づいたという。 最初はサブスペースのゲートだからと気にしなかったが、どう考えてもエネルギーが莫大過ぎる。 そこでゲートを解析すると、どうやらアルト達が無理やりデフォールドした結果、次元連続体が寸断され莫大なエネルギーが流出。そこに溜まり、シールドを形成したらしい。 「またこれにより時空までも捻じ曲げられているらしく、波動的に変動して時間の進行速度が変化しているようです。計算上では現時点で、あちら側ではゆうに3カ月以上が経っているものと考えられます」 「それじゃランカはもう―――――!」 部下であるアルトはともかく、溺愛する妹の安否を第一に置いているらしいスカル小隊隊長は顔面を蒼白にして拳を握る。 20日やそこらならVF-25は問題なく稼働して星間航行できる程度の移動手段になるだろう。コールドスリープを使えば酸素も食料も何とかなる。しかしそれ以上となると機体はパイロットの整備だけでは維持できない。三カ月ともなれば宇宙はまず飛べまい。そうなると搭乗者達の生存率は飛躍的に低くなる。なぜなら全くわからない未開の場所で、人間にあった生存可能惑星が見つかる可能性は限りなくゼロに近い。 その事実は宇宙開拓者であった自分達がよく知っていた。 「いえ、オズマ隊長、その点は大丈夫です。あちら側には一定以上の生存可能惑星があるみたいなんです。時間の変動の正確な係数も接近した時収集したデータからランカさんのフォールドウェーブを解析してわかったものですし・・・・・・彼らはまだ、僕たちが迎えにくるのを待ってくれています」 自分達にとっては一週間も経っていない事柄だが、あちらにとっては三カ月以上。これだけ長いと捜索は打ち切られたと判断するはずだが、まだ生きて待っていてくれているという事実はオズマを含め調査隊隊員達を今まで以上に奮い立せた。 しかし――――― 「しかし現時点で二つの障害があります。ゲートを開くと溜まったエネルギーがフォールド空間に溢れ出して光球という形に発現、これが今回のように第一の障害となります。もっともこちらに関してはクラン大尉のようにバルキリーレベルの重量子ビームの直撃か金属性実体弾で消滅させたり反らすことができるでしょう。しかし第二の障害である断層シールドは現用の戦術反応弾頭、DE(ディメンション・イーター)弾頭を含めても突破は不可能です」 「ちょっと待て、それじゃアイツらを助けに行けないってのか!?」 希望が出てきたと思った矢先、絶望に落とされたことで調査隊の一人が感情も露に机を叩く。 「安心してくだい。手はあります」 「なん・・・・・・だと?」 ルカは不敵な笑みを浮かべるとそれを告げた。 「僕らには断層シールドを〝素〟で突破できるバジュラ達がいるじゃないですか」 調査隊員達は 「「その手があったか!」」 と喜ぶと、上げたり下げたりしてもったいぶったルカにオズマを筆頭とした者共からスリーパーホールドなどの〝手厚い歓迎〟が施された。 「・・・・・・バカどもが」 「そうですよね。これだから殿方は―――――ってお姉様!?」 「私も混ぜろぉ~!」 楽しそうに両腕を振り回しながら闘争の渦の中に突貫して行った大学の先輩で小隊長である青髪の少女にネネは (これはこれでありかも・・・・・・) と思ったそうな。 (*) 新・統合軍とバジュラクイーンを交えた協議の結果、先遣隊として個体番号1024号。通称「アイくん」、そしてブレラ中尉搭乗のVF-27『ルシファー』が選定された。 アイくんが選ばれた主な理由としては第一に赤色をした大きなバジュラ、つまり成虫バジュラであること。 そして第二に幼生の時にランカに育てられたため、個体としての知能が高く、クイーンからの誘導を切られても完全な自立行動が可能だったことなどが挙げられる。 またVF-27が行けるカラクリについては、これもまたルカの隠し球である。 実は例の断層シールドには通常兵器の単体による攻撃は通用しないが、強力な歌エネルギーのサウンドウェーブと強力な重量子ビームか、重量子反応砲の相乗効果で突破可能という結論が出ていたのだ。 そこで特定のサブスペースを探し出せる高性能センサーと重量子反応砲によって唯一あちらから能動的に帰還できるマクロス・クォーターを送り込むことを考えたのだが、ここで問題となったのは向こうとこちら側との時差であった。 最も近い時の時差でも10倍強。つまり仮にマクロス・クォーターが突入までに10秒かかってしまうと、先に突入した先端部分と後部との時差は100秒となって船体自体が引き裂かれる。 そこでSMS技術班は、フォールド空間内で外界と次元的位相を持って断絶させるフォールドのワープバブルをヒントに時差から内部空間を守る時空シールド(ディストーション・シールド)を考案した。 しかしそのための改修は数時間かかることが予想され、あちら側の時間軸で三~四カ月ほど掛かってしまう。 かと言って先遣隊であるアイくんには行った先での生活支援などできないことが多い。また、何かを随伴させようにも彼の突入方法はクォーターのようなシールドに守られた物でなく、重量子ビームで空いた穴に爪を掛けて無理やり広げ、飛び込むという荒い方法だ。 そこでその荒業時に耐え、かつアルト達の支援に対応できるであろうVF-27に白羽の矢が立ったのだった。 そして先のブリーフィングの六時間後には先遣隊の突入が真近に迫っていた。 (*) 惑星『フロンティア』の宙域ではアイくんを見送る艦艇が集っていた。 みなアイくんの所属部隊である民間軍事プロバイダ「惑星フロンティア防衛隊」の異種属混成艦隊だ。 嫌気から統合軍を飛び出した人間とゼントラーディの艦艇に加え、バジュラの空母級が実験的に一隻配備されている。規模は小さいが、半年前にさらに広域を担当する新・統合軍艦隊を突破したはぐれゼントラーディの五個艦隊を水際で一日以上足止めするという輝かしい戦歴を誇っており、その有用性を高く知らしめた現在SMS最大のライバル会社だ。 なお余談であるが、この事件は統合軍艦隊到着前にシェリルとランカを数万光年先からスーパーフォールドして輸送したSMSの介入で収束しており、新・統合軍の威厳をさらに貶め、彼らのいいとこなしの代名詞のような事件となっていた。 防衛隊主力バルキリーであるVF-171の編隊がアイくんをフォールドゲート前で待つSMSのマクロスクォーターまで送り届けると、その深緑の翼を翻しながら惑星軌道上の母艦へと戻っていく。 『帰ってこいよ!戦友!』 フォールド通信波に乗ってやってきたそのうちの一機のバルキリーパイロットの声に、最近覚えた片腕の指を一本だけ立てるという行為を返した。人間流に言うとサムズアップと言うそうで、パイロット達がやっていたのを真似てみたのだ。初めてこれをやった時にはフォールド翻訳機以外の意思疎通ができたと喜んでくれた。 それ以来険悪だった自分達と仲良くしてくれたように思う。おかげで人間とは自分の真似をされると嬉しいらしいことは〝我々全体で〟学習済みだ。 彼は今回の見送りなど破格の待遇は努力が認められて自分達、バジュラという生物もまた、人間やゼントラーディ逹にとっても戦友であり友人であると認められたからだと思っていた。 『これより未知の空間に旅立つ、アイ君に敬礼!』 アイくんにはまだ階級というものがよくわからなかったが〝この部隊のバジュラ・クイーン〟と認識する声がフォールド通信波で放たれる。 元フロンティア新・統合軍防衛艦隊司令、今の防衛隊の艦隊司令であるバックフライトの声だったそれは光を凌駕するスピードで各艦に波及して、一斉に敬礼を放たせた。もちろんバジュラ空母級の仲間達も学習を生かして敬礼の真似事をしていた。 アイくんは一度礼を言うように宙返りしてフォールドゲートへと突入していき、シェリル座乗のクォーターも続いていった。 (*) フォールド空間内サブスペース 予定座標 今も補強などの改装作業の進むクォーターのブリッジのステージでは、シェリルがステージ衣装に身を包み、たたずんでいた。 また飛行甲板には出現するだろう光球に対して射撃を行うマイクローン化したクラン大尉の搭乗するVF-25Gや多数の人型陸戦兵器(デストロイド)がずらりと配置され、壮観な光景を出現させていた。 そして───── 「全艦、準備完了」 ディスプレイに浮かび上がった合図にキャシーの声が花を添える。その知らせに艦の長たるワイルダーは凛と号令を発した。 「野郎ども!我らの姫君に必ず〝希望〟を送り届けるぞ!作戦開始!!」 ワイルダーの号令一下アイくんの体内フォールド機関を活性化。予定座標にフォールドゲートを開いた。 同時に飛行甲板の部隊が一斉に射撃を開始し、出現した光球の撹乱を開始した。 それに呼応するようにシェリルはマイクを握りしめると歌い始めた。 〈ここからは『射手座午後9時Don t be late』をBGMにすることを推奨します〉 吹き荒れる磁気嵐に対抗するため重力制御装置が全力稼働でクォーターの姿勢を制御する。 その人工重力によって重力が歪められるが、撃ち出される弾体は距離に反比例して直進していく。 そして甲板が一瞬火山みたいに光ったかと思えば、巨大な砲弾とミサイルが飛翔して行った。 VB-6『ケーニッヒ・モンスター』の32センチレールカノンから撃ち出されたDE(ディメンション・イーター)弾四発と、両腕に装備された六門の重対艦ミサイルだ。 四発の砲弾はフォールドゲートに熱いキス。真っ黒な異空間を作り出して、シールドを削った。 一方ミサイルに釣られた腹ペコ光球は反応弾頭に匹敵する爆発に呑まれ霧消した。 「第2ステージ開始!」 キャシーの指令にアイくんは背中に背負う甲羅から伸びた巨大な針にエネルギーを集束し始め、無防備になった彼に迫る光球をVF-27自慢の高機動で動き回り、展開した弾幕がその行く手を阻む。しかしそれのみではとても間に合わない。 「持ってけぇぇぇ!」 クランは叫びと共にVF-25Gの装備するSSL-9B ドラグノフ・アンチ・マテリアル・ライフルから55ミリ超高初速MDE弾を撃ち出し、流星のようにアイくんに迫った光球のことごとくを散らし、撃墜する。 また同時に砲弾とサウンドウエーブによって不安定になった次元断層シールドにアイくんの、ゼントラーディの2000メートル級戦艦をも一撃で沈める重量子ビームが放たれた。 着弾、そして大爆発。 だがそれを持ってしても穿たれた穴は1メートルに満たなかった。 しかもそれすら徐々に閉じていく。 「飛んでけぇ!」 クランの叫びが聞こえたのかアイくんは尾を振って突進。その穴に自らの針と手を突き入れ、力任せにこじ開けようとする。 シェリルは渾身の歌で、クラン達は弾幕でアイくんを援護する。 全員思いが届いたのかシールドのヒビが広がっていく。そしてガラスの割れるような音と共にシールドを無力化。VFー27がその間隙を縫ってゲートに突入。アイくんは一度こちらを返り見るようにして突入していった。 「ゲート消失!ブレラ中尉からの通信リンク待機中・・・・・・」 クォーターのブリッジにて通信・火器管制を務めるラム・ホアが耳にインカムを押し当てながら待つ。 VF-27に積んだ特殊なフォールド通信機ですぐさま通信リンクを確立、向こうの状況を送ってもらう手筈になっていたのだ。しかしその視線の先の時差修正タイムラインが一時間、ついには一日を超えても通信リンクが確立されることはなかった・・・・・・ to be continue ・・・・・・ ―――――――――― 次回予告 新人たちに与えられた久しぶりの休日 しかしそれは嵐の前触れに過ぎなかった・・・・・・ そして動き出す敵の正体とは? 次回マクロスなのは第26話「メディカル・プライム」 偉大なるベルカに、栄光あれ! ―――――――――― シレンヤ氏