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貴族派に取り囲まれたニューカッスルにて、結婚式を行おうともちかけたのはワルドである。 ルイズは即座に応じたのだが、こうして式を執り行おうとしたその時になると、突如として杖を振り、ワルドを吹き飛ばしてしまったのだ。 「わたしと本気で契りたいのならば、その杖は不要のはず! 目出度い婚約の儀に武器を持ち込むとは、ワルド、あなたはわたしと結婚するつもりなんてないのね?」 「ち……違う。僕は……決して、そんなことは」 「ルイズにはお見通しよ。さあ皇太子殿下。この不埒者はわたしが成敗いたします」 「ど、どういうことなのかね」 ウェールズも困惑しているが、ルイズだけは並々ならぬ自信の炎を目に宿らせ、続けた。 「先日の夜わたし達を襲撃した白仮面の男、あの男とワルド、あなたはまったく同じ人物だったわ」 「か……顔は見えなかった。僕にはそんなことは……」 「顔などたった一要素に過ぎないわ。かたち、魔法の使い方、筋肉の流れ、におい……全てあなたと白仮面は同じ。 そしてあなたは風のメイジ! 遍在を使えることは間違いないなり!」 「な、なり……?」 ワルドは身の震えを抑えながら、目の前のあの小さなルイズに問いかけた。 段々変貌しているような、そんな気のする相手だが…… 「ルイズ……昔の君はそうじゃなかった。一体何が君を変えてしまったんだ?」 「散さまの燃える口付けを受けて、人ではいられなくなったのよ!」 叫んでルイズは杖を振り上げる。 「不退転戦鬼、ゼロのルイズ! 散さまになりかわり、無礼者ワルドに天誅を下すなり!」 「ハララ……あの使い魔か……」 「ゼロ式魔法防衛術! 爆破!」 なんのことはない、いつもの失敗魔法である。 しかしルイズの精神力がことのほか充実していたためか、ワルドを凄まじい威力が襲う。 「ぐおっ!? ルイズ、残念だよ、君を仕留めなければならないだなんて」 「戯言は不要! 爆破!」 容赦の無い魔法であった。 流石にこれはたまらないと、ワルドはすぐさま詠唱を行う。 ルイズの爆発をかいくぐって、四体の遍在が姿を現した。 「さて、僕の……っく」 「爆破!」 本当に、無駄口を叩いている暇はなさそうだ。 それでも、この爆発。確かに威力も速度もなかなかのものだが、まだまだ戦闘のプロであるワルドには及ばない。 しかも遍在もいるのだから、ルイズの隙をついての魔法など容易いものだ。 (僕の小さなルイズ。君にはそんな杖を振っている姿など、似合わないよ……) いくらかの愛惜を覚えながら、ワルドの、ルイズの死角にいる遍在が詠唱を終える。 ウィンド・ブレイクにて、ルイズを仕留めるのだ。 「さようなら! ルイズ!」 「……うぬ!」 死角からの痛打! 小さなルイズは、その猛烈な風の打撃にたちまち吹き飛ばされた。 礼拝堂の壁に叩きつけられ、ずるりと床に崩れ落ちる。 「使い魔は選ぶべきだったね、ルイズ。……では改めてウェールズ殿下。お命頂戴いたし……」 「爆破!」 倒れたはずのルイズは、そのワルドの思惑を容易く打ち砕いた。 強烈な打撃により、骨のいくつかも砕けたはずである。 事実、ルイズの口元から血が零れ落ちている。しかしルイズはそれをものともせず立ち上がっているのだ。 「ぐ……」 不意を衝かれたワルドだったが、今の爆発も致命の一撃には程遠い。 改めてルイズを見るに、最早ボロボロで戦えるようには見えなかった。 「やめておきたまえ。ルイズ、せっかく助かった命を散らすこともないだろう」 「戯言は不要と言ったはずよ! 爆破!」 「昔から……意固地になると君は聞かなかったね……!」 もう一度、ワルドとその遍在は詠唱を行う。 五方向からのウィンド・ブレイクである。一撃ですら容易に人の命を奪えるというのに、それが五つ重なったとなれば…… 「今度こそ! さらばだ、ルイズ!」 「……! 爆破!」 ルイズを中心に巨大な爆発が起こった。 ウィンド・ブレイクを防ごうとして果たせなかったのだろうか。 風の魔法とこの爆発によって、今度こそルイズは砕け散った……そうワルドは思ったのだが。 「ぬ……微温いわ、ワルド! それでもスクエアのつもりなの!?」 「ル……ルイズ。君は、そこまで……」 なんと。ルイズは、全身に傷を負い、滂沱の如く血を流しながらも、なおも立ち上がっていた。 鑑みるに、五方からのウィンド・ブレイクが自身に命中するその一瞬前、自らに爆発を放ったのであろう。 爆発によってウィンド・ブレイクの威力は相殺され、こうしてルイズは生き残ったのだ。 しかし体内に爆破を行ったのである。ルイズの内蔵も最早ズタズタのはずであった! 「君は、君はそこまでして戦える人ではなかったはずだ! 何故だ! ルイズ、何故こんなにも!」 「全て散さまのお陰!」 そう、ルイズは散に絶対の愛を捧げていた! 使い魔として召喚し口付けを受けた、あの散に! 散の言葉によってルイズは、ゼロの名をおぞましきものから栄光の名へと変えたのである! ――ルイズよ! 零式とは最強の武術の名なり! ならばゼロのルイズとは! ――はい! ゼロのルイズとは最強の魔術師の名にございます! ――その通りだ! 「この身は既に散さまのものなれば、爆破しても死にいたるはずがなし! ワルドごときの魔術恐れるに足りないわ!」 「そう……か。そこまであの使い魔に入れ込むとはね……」 気力のみでここまで戦えるルイズに、ワルドは戦士としての畏敬の念を抱いた! 裏切ったとはいえ魔法衛士隊長である! 武人として一流の血がその念を呼び覚ましたのだ! 「ならばこれで本当に最後にしよう。尊敬を込めて君を仕留める」 遍在もろとも、揃って杖を構える! 刺し貫く魔法、エア・ニードル! 近接戦の必勝形であった! 「僕の手で直接仕留めることが君への手向けになるだろう。いくぞルイズ!」 「来い~!」 血まみれのルイズが吼える! それに呼応するように遍在は揃ってエア・ニードルを構え、突撃した! 瞬間! 「この刹那を待っていたわ!」 「なんだと!?」 全てのエア・ニードルがルイズに突き刺さる! しかし同時に、全てのワルドがルイズを中心として動きを止めていた! 「不退転戦鬼たるもの、実力の及ばぬ相手に抗する技はひとつ! 肉弾幸なり!」 「バカな! ルイズ、君は!」 ルイズ渾身の爆発である! 数瞬後、目を開けたウェールズが見たものは、崩れ落ちるルイズとそれを支えるアンリエッタの姿であった。 「ア、アン!? どうして君がここに……」 「ルイズの莫迦!」 アンリエッタはルイズの頬を張った。 気絶していたルイズがうっすらと目を開ける。 「ひ……姫殿下」 「このような局面で肉弾幸を使い、散さまが喜ぶと思っているの!?」 「アン、散さまって……」 ウェールズの呟きは無視された。 「ルイズ。本懐を遂げるにはまだ早すぎるわ」 「で……でも、ワルドが……」 「ワルドごとき散さまの敵ならず! 狙うは大将首でしょう! 走狗相手に相果てたところで何になるのですか!」 「あ……ああ……!」 ルイズは涙を流していた。 「不甲斐なしやルイズ! 命の使いどころを誤ってはなりません!」 「ああ……姫殿下。わたしは散さまに申し訳のつかないことをするところでした」 「分かればよろしいのです。では! 此度の戦果、ともに散さまにご報告いたしましょう!」 手に手を取って帰ろうとするルイズとアンリエッタ。 流石にウェールズは聞いてみた。 「アンリエッタ……昔の君はそうじゃなかった。一体、何が君を変えたんだい?」 「散さまの燃える口付けを受けて、人ではいられなくなったのよ!」 「あ、やっぱりそっすか」 ルイズはコントラクト・サーヴァントの折に燃える口付けを。 アンリエッタはルイズの部屋に忍んで来た夜、燃える口付けを。 双方受けたため、この有様となったのであった。 「ふふふ……元はと言えばルイズもアンリエッタもこの散を召喚した魔法国の王侯貴族! しかし散の燃える口付けを受けて、人ではいられなくなったのだ!」 美 し さ は 兵 器 ゼロのススメVoltex 完
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や行 作品タイトル 元ネタ 召喚されたキャラ パンくいてえ 焼きたて!!ジャぱん 諏訪原 血風党異聞 前編 後編 闇の土鬼 土鬼 偽伝シャルロット 前編 後編 柳生十兵衛死す(石川漫画版) 邪阿弥 闇ルイズ 遊戯王 千年パズル 虚無の太陽 遊戯王 ラーの翼神竜 消去(ゼロ)のルイズ 遊戯王R キース・ハワードのデッキ(邪神イレイザー) ゼロの万丈目サンダー 遊戯王GX 万丈目準 ゼロの大地 遊戯王GX 三沢大地 使い魔は甦る 遊戯王GX 黄泉ガエル ゼロの青空署 遊撃警艦パトベセル パトベセルと青空署の一同 使い魔カタストロフ!! 勇者カタストロフ!! 究極の妖精【ハチ】 藍色の怪物 酉陽雑俎 藍色の怪物 ぜろにっき ゆめにっき 鳥人間(ロウソク世界) 宵闇の使い魔IF ラスキンVSフーケ 宵闇眩燈草紙 アーノルド・ラスキン 使い魔はきちんとつないでおきましょう 宵闇眩燈草紙 本 ゼロの妖美獣 妖美獣ピエール ピエール ハルケギニアにも奇妙な物語 世にも奇妙な物語 ずんどこべろんちょ My name is…? 余の名はズシオ ズシオ ページ最上部へ
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前ページ次ページゼロの超律 風が変わった。それが、「この世界」に対してマグナが抱いた印象の初めである。 海水と真水が入り混じった湖から吹く、少しだけ潮の匂いがする風はなくなり、草原の上を走る爽やかな風が吹いている。 ざわざわと、周囲から大勢の人間のざわめきが聞こえた。 「どこだ、ここ……?」 正面には召喚師風の格好をした若者が多数。その向こう側には壁に囲まれ、塔を備えた要塞にも見える建築物群。 王都ゼラム……直前までマグナが認識していた、滝と湖が美しい街ではない。 『平民! ゼロのルイズが平民を呼び出したぞ!』 『ぷ、ふふふふ……あははは』 誰かが発したその言葉を引き金に、周囲から哄笑が巻き起こる。その中で屈辱に肩を震わせている、桃色の髪の少女が一人。 言語は理解できないが、マグナにはその理由がなんとなく理解できた。哄笑の種類に覚えがあるのだ。 周囲に響く笑い声は、自分よりも身分が、能力が低いものを見下してあざ笑う、蒼の派閥でもよく聞いたものだった。 『ミスタ・コルベール! やり直しを、サモン・サーヴァントのやり直しをお願いします!』 『ミス・ヴァリエール、それは許可できません。使い魔は、召喚者にとってもっとも必要なものが呼び出される。それを気にいらないと言う理由だけで拒否することは、始祖の意思に反することになるでしょう』 (……怒鳴っても、余計に笑われるだけなのにな) マグナは、怒りを隠せない桃色の髪の少女が額の広い中年男性に詰め寄る様子を、普段の彼とは異なる冷たい思考で眺めていた。 『う、ううっ……』 やがてルイズは、諦めたように肩を落とした。迷うように振り向いて、それから怪獣のような足音を立ててマグナに近付く。 『平民にこんなことをするなんて……うう、屈辱だわ。我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ』 「むぐっ!?」 突然の口付けに、マグナは驚愕する。彼とて年頃の少年だ。年下とは言え、同年代の少女に唇を奪われては冷静ではいられない。 しかしそんな思考は、左手に走った、焼きごてを押し付けられたような痛みの前に沈黙した。 ただの痛みではない。精神力を根こそぎ持っていかれるような激痛だ。 「がっ!? あ、ぐっあ……」 「落ち着きなさい。左手に使い魔のルーンが刻まれているだけよ」 「なっ……痛ぅ」 唐突に言語が理解できるようになったことに、マグナは驚愕した。 召喚術。ようやくそこに行き着く。 マグナの知る召喚術は、召喚した対象にリィンバウムの言語と文字を理解する能力を付加する。絶対服従の誓約とともに。 リィンバウムでは召喚と誓約を同時にする点で異なるが、それでも自分が異世界に召喚されたと理解するには十分だった。 召喚師の自分が召喚獣か。滑稽だなとマグナは自身を嘲ってから、それも良い、と諦める。 どうせ誓約が成されたのなら、反抗は無意味だ。帰還は召喚者の意思によってのみ成される。 自分は逃げてるなと理解しながらも、マグナは示された逃避場所から目を離せない。 「ほう、珍しいルーンだな」 「ルーン?」 「あなたの左手の文字ですよ」 先ほど目の前の少女に詰め寄られていた若干頭部の構造物が寂しい人物が、マグナを覗きこんで彼に刻まれたルーンを紙に書き込む。 書き込みを終わると、コルベールは周囲の若者に解散の指示を出した。 指示を受けた若者達がふわりと空に舞い上がる。 「人が、飛んだ?」 「当然よ、メイジだもの」 「お前は歩いて来いよなゼロのルイズ! 平民とならお似合いだぜ」 「ッ!」 上空から降ってきた、ルイズとマグナを侮辱する言葉に、ルイズは顔を真っ赤にしてうつむいた。 その様子に、マグナは少しだけカチンと来る。彼自身は無能者として嘲られることに慣れている。 だがその不快感を知っているだけに、ルイズが嘲笑されるその姿に、マグナは無性に腹が立った。 一瞬、さほど速くも無い速度で飛ぶ無防備な彼らを、召喚術を使ってまとめて撃墜してやろうかと、黒い思考がよぎる。 幸い、固まって飛んでいる。範囲攻撃ができる召喚獣ならば…… 「不快な思いをさせて申し訳ありませんな」 「あ……」 背後から声をかけられて、マグナはその黒い思考を霧散させた。振り向けば、少々頭髪に目をやり難い中年男性がニコニコと人のいい笑顔を浮かべていた。 「あらためまして私は炎蛇のコルベール。当トリステイン魔法学院で教鞭を執っております。よろしければ、お名前をお教えいただけますかな」 ニコニコと笑うコルベールに、マグナは完全に毒気を抜かれた。これを分かってやっているなら、コルベールは相当な食わせ物だ。 自己紹介を求める彼の言葉に、マグナは少しだけ詰まった。今の自分は果たしてどう名乗るべきかと。 蒼の派閥の召喚師・マグナ。 これが今までの名乗りだ。今でも、間違ってはいないだろう。 しかし……。 「マグナ……マグナ・クレスメントです」 マグナは、あえてその名を名乗った。罪深い自分の名を。 公式に許可されているわけではない、いわば元貴族が家名を名乗ることと変わらない。 自虐的でもある。あえて名乗らなければ、この名前から逃げてしまいそうで怖い。 どちらにせよ異世界だ。目の前の人物には関係ないだろうと思ってのことでもある。 だが、それは思ったよりも変化をもたらした。 「家名がある、もしやミスタ・クレスメントは貴族……なのですかな?」 コルベールが驚いたと言うように目を見開いていた。ルイズもまた驚きに満ちた表情を浮かべている。 それもそうだろう。マグナは貴族の象徴である杖を持っていないからだ。 「平民の成り上がりですよ。家名は……先祖のものです」 「ほう」 コルベールがめずらしい、と言うように息を吐いた。一方、ルイズは安心したような表情を浮かべている。 平民から成り上がることはもちろんだが、一度没落した貴族が復権すると言うのもめずらしい。 周辺国で有能な平民の登用が始まっていることもあり、これからはそういった例も増えてくるのだろうとコルベールは思った。 「ふうん、つまりあなたを私の使い魔にしても問題はないわけね。平民だもの」 「ああ。いまごろ、俺が居なくなって喜んでいるんじゃないかな」 「あまりご自分を貶めるものではありませんよ、ミスタ・クレスメント」 コルベールは、皮肉に笑うマグナをそっとたしなめた。 彼が何らかの組織に属していたとしても、貴族と平民の軋轢を考えれば、それも当然かと納得もする。 マグナは「すみません」と、すなおに頭を下げた。 自分でも卑屈だと分かっているのだが、先祖の罪が詰められたパンドラの箱を覗いてからというもの、どうにもこういった思考しかできないでいる。 兎も角も、その二人を前にして、ルイズは小さな胸を張った。 「私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。あなたのご主人様よ。不満はあるけど、あなたは私の使い魔。……分かった?」 「は、はあ」 偉そうだなと思いながら、同時にマグナは、ああ俺は召喚獣なんだからこの娘の方が偉いのか、と納得してしまった。 貴族に関しても、養父同然の師や、やたらとフランクな先輩二人がイメージとして先行するためにとまどうが、考えてみれば、ルイズの態度の方が、貴族としては「当たり前」だ。 マグナは自分を追放同然の旅に出した貴族、フリップを思い浮かべる。……あの人ほど酷くないよな、とルイズの性格を評価した。 「返事が悪いわね……。まあ、使い魔としての自覚はコレからじっくり教育するとして、とりあえず部屋にもどるわ。付いて来なさい」 颯爽ときびすを返したルイズに、マグナは慌てるように従った。 こうして、召喚されると言う稀有な体験をすることになった調律の召喚師と、ゼロのメイジの物語は始まる。 果たして彼らは、自身に絡みつく因果律の糸を超えることができるのか? その答えを知るものはまだいない。 ゼロの超律・2「召喚・後」了 前ページ次ページゼロの超律
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前ページ次ページゼロな提督 「全く驚きだ。まさか目の前に『生存者』がいたとはな。これぞまさに『大いなる意思』 の導きということだろう」 目の前のエルフはヤンを見て『生存者』と呼ぶ。彼の口から語られた『聖地』の門を無 事に通過出来た二つの存在――30年前にヨハネス・シュトラウスが乗車していた装甲車 と、60年前にハルケギニアへ飛び去った飛行物体――とヤンを同じ世界から来たと気付 いたということ。 対するヤンは何もしゃべらない。目の前のエルフの所属も目的も分からない以上、不用 意に口を開けば更に交渉上のアドバンテージを取られる。いや、それ以前に戦闘となれば この場にいる全員が危険にさらされる。 「まず最初に言っておこう。こちらには争う意思はない。少なくとも、お前達に害を為す 必要は、今のところはない」 そう言ってビダーシャルは、その場の全員を見渡す。 タバサはシルフィードの横で無表情なまま立っている。ルイズはハルケギニアの人間の 宿敵、そして竜と並んで絶対に争いたくない相手であるエルフを前に、緊張を隠せない。 例え一度会った相手だとしても、だ。デルフリンガーは少し鞘から飛び出した状態だ。い ざとなったら使え、という事だろう。 「私が今夜来たのは、『聖地』の門から湧いた『悪魔』の足取りを追うためだ。なんとし ても彼等の正体を知り、大災厄を防ぎたいのだ。そのため、彼等の情報が必要なのだ」 ヤンとしても、彼から聖地に関する更なる情報を得たい。前回は救助を呼べないという 事実に打ちひしがれ、十分に話を聞けなかった。情報交換という点でヤンとビダーシャル の利害は一致する。 だが、果たして彼の目的は情報だけなのだろうか?もし『破壊の壷』と呼ばれたゼッフ ル粒子発生装置のように、同盟や帝国の機械類が存在したら?その技術を手にしたいと望 んでいたら?万一、使用可能な状態の兵器だったら? 「お前に関する情報は予め入手しておいた。この魔法学院における儀式において、瀕死の 重傷をおったまま召喚されたそうだな。まさか『悪魔』と同じ世界から召喚されたとは、 そこの娘に感謝せねばならない」 そこの娘、と言われたルイズは言葉に詰まる。 ヤンも、覚悟を決める時だと認めざるを得なかった。 第十二話 門 「ヤンよ、油断すんなよ」 「大丈夫だよ。彼は本当に話し合いに来ただけだ」 ヤンは、僅かながらエルフへの警戒心を解く。その様子にビダーシャルも僅かに微笑み を浮かべる。 『ルイズがヤンをサモン・サーヴァントで召喚した』ことを知っている。タバサに学院 への案内とヤンへの面会を依頼した。 これはつまり、ビダーシャルがハルケギニアにおいて相応の組織をバックに活動してい る事を示している。その組織はタバサに関係がある組織だろう。また堂々と「客」と言っ てルイズとヤンを連れてきた所を見ると、タバサもビダーシャルも、背後の組織を隠す気 はないようだ。それにまさか、ヤンという重要な情報源を口封じに殺すとも思えない。連 れ去るつもりなら既にやっている。捕らえた後『ギアス(誓約)』等の洗脳魔法でもかけ ればいいのだから。 ならば、ここは目の前のエルフをある程度信用すべきだろう。 ヤンは一歩前に進んだ。 「なら、まずは所属を教えて欲しい。君の出身と、ハルケギニアでの君の所属組織を」 聞かれたビダーシャルは少し驚いたように目を開き、そして自分の名前しか名乗ってい なかった事を思い出した。 切れ長の目が視線をずらしてタバサを見る。タバサは小さく頷いた。 「失礼した。では改めて自己紹介しよう。 私はビダーシャル。エルフの中の「ネフテス」という部族の一員であり、「老評議会」 の議員を務めている。テュリューク統領より、シャタイーンの門の活性化を押さえるべく ハルケギニアへ派遣された。 ハルケギニアでの所属だが、今の段階ではどこにも所属していない。ただ、タバサ殿の 故国であるガリアに協力を申し出ている最中だ」 そう言ってビダーシャルが再びタバサへ視線を送ると、ボソッと小さな声が漏れた。 「案内を命じられた」 それだけ言うと、再び押し黙ってしまった。 タバサがガリアから来ていた事や、ガリア王家と縁ある人物だとは、ルイズもヤンも初 耳だ。だからといって、今はそんな事に気をまわしている場合ではないが。 ただ、ガリア王家の意図はともかく、ビダーシャル個人としては敵対する気も隠し事を する気も無い事を理解出来た。むしろガリア王家が、宿敵のはずのエルフに協力の姿勢を 示している事、ヤンが召喚されたのを知っている事、この二つが分かった事は大きな収穫 だろう。 「ヤン…」 ルイズは不安げにヤンを見上げる。 「大丈夫。安心してよさそうだよ」 ヤンは小さな主に、ちょっとぎこちない笑顔を向ける。 それにしても、『聖地』か・・・ ヤンは改めてハルケギニアにおける『聖地』を思い出してみる。 東にある砂漠の彼方、始祖ブリミルがハルケギニアに初めて降り立ったとされる伝説の 地域。エルフはこの地を「シャイターン(悪魔)の門」と呼び、封じている。以来、聖地 への道は閉ざされたままだ。 この「門」はハルケギニアと異世界、即ちヤンが住んでいた宇宙をつなぐものらしい。 現在でも「門」から色々飛び出していることをビダーシャルから聞いた。 ただし、ヤンの世界の人類は、既に宇宙進出を果たし、生活の場は宇宙に移っている。 そして「門」は星系間を航行している艦船等を召喚することがあるようで、その度にハル ケギニアの大気に減速無しで突っ込んだ被召喚物が生み出す大爆発で半径10リーグほど のクレーターを作っている。 「正直に言おう。『門』の活性化により生み出される嵐が、もはや精霊の力でも押さえき れない程になった。その金属板を有していた物体が現れた時を筆頭に、かつて無いほどの 頻度で『門』が開いている。 連日のように『門』が強力な閃光を天へ放ったり、多数の小爆発を起こしているのだ」 ヤンは、改めてルイズの持つ黒こげの金属板を見る。ルイズは黙ってヤンに金属板を手 渡す。 彼はその板に描かれた同盟の国旗を、そして金属板のサイズや形状をじっくりと見てみ る。そして、一つの事に思い至った。そのタイプの国旗が装着されていたはずの兵器を思 い出したのだ。 「スパルタニアンだ…」 その言葉は、ルイズにもタバサにもデルフリンガーにもビダーシャルにも、聞き覚えの ない物だった。ただ一人、ヤンだけが事の重大さを、絶望的なまでの災厄が近付いている 事を思い知らされた。 スパルタニアンは、同盟の単座式戦闘艇のこと。小型高機動の接近格闘戦用機であり、 雷撃艇に似た機能も持つ。高速で宇宙空間を疾走する母艦から発進した時点で、既に母艦 以上の速度を出している。1秒で140発のウラン238弾を撃ち、中性子弾頭や水爆のミサ イルを搭載している。 そんな物を召喚して、よく原型を留めた部品が残っていたものだと感心してしまう。 そして同時に、背筋に凄まじい悪寒が走る。 一体、『聖地』周辺の土・水・大気の汚染はどれ程の物か。いくら大地の精霊が残骸や 汚染土壌を地の底に封じ、風と水の精霊が放射性物質や劇毒物の拡散を押さえ込んでいる としても、いくらなんでも限度がある。風向き次第で、トリステインで死の灰が降っても 不思議はない。 しかも、単座式戦闘艇ということは、パイロットがいると言う事だ。「門」の被害は、 死者はハルケギニアのみならず、同盟や帝国にも及んでいる。しかもそれが千年に渡り続 いている。 そして最近は、精霊の手に余るほどの頻度、ほぼ連日のように召喚をしているというの だ。いや、頻度の活性化だけなら問題は少ない。聖地の大地がだんだん抉れていくだけの こと。 だが今後、「門のサイズ」が活性化しないと言い切れるだろうか? この金属板が貼られていたのはスパルタニアン、小型戦闘機だ。ヨハネスが乗車してい たのは装甲車だ。では、もしも、全長1kmを超える戦艦や大型輸送船が飛び出してきた ら…。 飛び出せたならまだ良い。爆発もせずに飛び出せたなら、あとは地上に落下するだけ。 運が良ければ、M8クラスの大地震や大津波が一発くるくらいで済むだろう。だがもし、 「門」が開ききる前に突っ込んでしまったらどうなるか?通りきる前に「門」が閉じたと したら? ローゼンリッターの斧は綺麗に切り裂かれた。ならば核融合炉も同じく切り裂かれるだ ろう。 核融合は核分裂反応のような連鎖反応がなく、暴走が原理的に生じない。だが放射能の 危険性は炉心と燃料の三重水素(トリチウム)において依然として無視できない。そして 何より、考えたくないが、炉の内部は恒星と同じ状態なのだ。物質はプラズマ状態の極高 温で荒れ狂っている。 いや、これはサモン・サーヴァントのように『何かが召喚される』時の話だ。万が一、 召喚とは関係なく、ただ漫然と「門」が開いてしまったら・・・。 ヤンの深刻すぎる懸念と恐怖は、彼を見ているビダーシャルにも漂ってくるほどだ。 「どうやら、事態の重大さを理解してもらえたようだな」 ゆっくりと視線をエルフへ戻したヤンは、ぎこちなく頷いた。 「『聖地』について、もっと詳しく教えて欲しい」 「分かった。では代わりに『悪魔』達について教えて欲しい」 ビダーシャルも涼やかに頷いた。 こうして、二人は語り合い続けた。 それを周りで見ているルイズとタバサとシルフィード、ヤンの背のデルフリンガーも二 人の情報交換を邪魔せず、ほとんどじっと話を聞き入っていた。もっとも、口を挟みたく ても挟めなかったろう。二人の話は、特にヤンの話は想像の範囲を超えているのだから。 ビダーシャルが語る聖地、シャタイーン、虚無。 「『四の悪魔揃いし時、真の悪魔の力は目覚めん。真の悪魔の力は、再び大災厄をもたら すであろう』…我らの予言だ。力は持つ者によって光にも闇にも変わる。かつて我らの世 界を滅ぼしかけた力だ」 「四の悪魔…始祖ブリミルが持つという、伝説の『虚無』の系統。その使い手が4人揃う 時…ということかな?」 ヤンの推測にビダーシャルは「うむ」と呟く。 「六千年前の大災厄以来、かつて何度か、悪魔の力は揃いそうになった。その度に我らは 恐怖した。我らは大災厄をもたらした『シャタイーンの門』をそっとしておきたいのだ。 知を持つ者が触れざる場所にしておきたいのだ。それでこそ世界の安全は保たれる」 その言葉に、ようやくルイズとデルフリンガーが口を挟んだ。 「でも、エルフの世界が滅ぶからって、長年敵対してきたハルケギニアの私達に助けてく れだなんて…」 「だよなー、ちょいとムシがよすぎねーか?」 その言葉を聞いたビダーシャルは少し眉をひそめた。そしてヤンも二人をたしなめる。 「いいかい、二人とも。例え敵同士だとしても、『相手の事なんかどうなってもいい』な んて考えてはいけないよ。双方とも同じ人間…この場合は人間とエルフで少し違うかもし れないけど。でも、見ての通り話の分かる存在だって分かったろう?」 注意されたルイズは「え~?でも~だってぇ~」と納得出来ない様子だ。 「それと、彼の話だけど、滅ぶのはエルフだけじゃないよ。間違いなくハルケギニア、い や、東方を含めた全てが、生きとし生けるもの全てが滅ぶ。これは、それだけの危機を含 んだ話なんだ」 ヤンの言葉はルイズには、いや、タバサにもデルフリンガーにも理解を超えた話だ。理 解出来ているのは、『聖地』の惨状を知るビダーシャルだけ。 だが、そのビダーシャルにしても、ヤンが語り始めた宇宙の物語は想像を絶していた。 『聖地』を知っていてすら、なお理解の範疇を大きく外れている。 当然の事だろう。地上で暮らす彼等に、真空とか無重力とか理解出来るはずがない。ヤ ンが異界から召喚された事を知っている一同にとってすら、ヤンの正気を疑いたくなる話 だ。 話を聞き終えたビダーシャルが、ようやくなんとか質問する気になった。 「・・・つまり、ええと、君たちの船は音より遙かに速く飛んでいるというのか?風の精 霊が全く存在しない、『しんくう』とか言う世界を?あの星空の中を?」 切れ長の目は頷くヤンを見ていない。満天の星空を見上げている。 「そのままの速さで大気にぶつかったら、その瞬間に燃え、溶け、砕ける…『聖地』の嵐 はそれが原因だと、そう言うのだね?」 「はい」 ヤンは当然のように答えるが、ビダーシャル含め、その場の全員がポカンとしている。 ヤンも予想していた事だ。音より速く飛ぶ、というより音に速度があるという発想自体が 彼等にはないのだから。エルフの技術水準なら音が波であり速度を持つと知っているかも 知れない。だが大気にぶつかって燃えるなど、さすがに想像も付かない話なのはやむを得 ない。 そしてエルフは、さらに眉をひそめて話を続ける。 「そして、もし万が一、門が直接君の世界と繋がったら、空気が全てしんくうの中に吸い 出されてしまう、と?」 再び頷くヤン。 「そうです。これがサモン・サーヴァントなら、召喚の門に接触した物体のみを、こちら の世界へ喚び寄せます。…そうだよね?二人とも」 ヤンは後ろで話を聞いているメイジの少女二人に確認する。かなり話に置いて行かれて いた二人だが、睡魔と戦いつつも、ともかく頭を上下に振った。 ちなみに青い風竜は、既に熟睡して大イビキをかいている。 「…ということですので、だから気圧差の問題が生じないのです。『真空』とは空気も含 めて『何もない』ことですから、何も召喚の門に触れません。 ですが、もし直接に僕らの世界と繋がったら、そしてそれが宇宙空間だったら…まず門 を開いたメイジ本人が周囲の全てごと宇宙空間に吸い出されて、死にます。 それで門が閉じればいいですが、万一、聖地の門と同じく開きっぱなしになったりした ら…底が抜けた樽と同じです」 真剣に語るヤンとは裏腹に、ビダーシャルは腕組みをして考え込んでしまう。嘘か真か 判断が付かず困っているのは明らかだ。デルフリンガーは既に聞く事自体を放棄してる。 ルイズとタバサは、何とか話についてこようと必死になって二人の会話に耳を澄ましてい た。 ビダーシャルは散々思索を巡らした後にようやく、観念したような口調で考えを口にし た。 「何とも想像を絶するというか…正直、荒唐無稽としか言いようのない話で、今この場で お前の話を信じる事は難しい」 「でしょうね。私も信じてくれとは言いません。ただ、『門』がこれ以上活性化すれば、 本当に世界が滅ぶということだけ分かってくれれば十分です」 ビダーシャルは、どうにか理解出来る結論に落ち着いて、安心したように息を吐いた。 「うむ。その点を同意してもらえたなら、私も遠路はるばる来た甲斐があるというもの。 出来るなら、他の者達にも伝えて欲しい。『虚無に触れてはならない』と」 ここでタバサが、初めて自分から口を開いた。 「門の向こうへ、手紙を送れない?」 その言葉に、ヤンは諦め混じりで首を横に振った。 「だめだよ…。僕は魔法関連の本をいくらか読んだだけなので、魔法には詳しくない。で も、『召喚』のゲートが開くという事は、門の向こうから何かが飛びだしてくる時だ、と いうことなのは分かるよ。 つまり、こっちに向かって飛んでくる物を押し返した上で手紙を突っ込まなきゃならな い、ということだよ。半径10リーグの大穴をあける物体を、ね。 しかも、宇宙のどこに門が繋がってるかも分からない。広大な星の海の中で手紙が届く 可能性なんて、ゼロと言っていいさ」 口にはしなかったが、通信機から信号を送るのも同じく無理、と考えている。宇宙のど こに繋がるかも分からない門へ信号を送ったところで、その信号を拾う人が門へ突っ込も うとしている『被召喚者』以外にいる可能性は低い。例え信号を拾っても、その内容は常 識からかけ離れている。どこかの暇な変人によるイタズラと考えるのがオチだろう。信じ るはずがない。そもそも、そんな通信をしようとしている間に爆風で自分が死ぬから、結 局送れない。 信じたとしても、門は宇宙のどこにいつ開くかなんて分からない。開いた瞬間には回避 不能な状態になっている。警戒のしようがないのだ。 始祖ブリミルが残した遺産は、両世界にとって大いなる災厄の種となっているというこ とだ。 ともかくだ、とビダーシャルは結論を語り出した。 「お前の話…ええと、自由惑星同盟と銀河帝国、イゼルローン要塞に皇帝ラインハルト… だったな?その宇宙に広がりし蛮人達の物語、そしてお前の教えてくれた大災厄の姿。一 旦ネフテスに戻り老評議会で報告しようと思う。 正直、とても信じてはもらえないと思うが、な」 「構いませんよ。参考にくらいはなるでしょう」 ビダーシャルはヤンに一礼する。そして横を向き、暗い森の奥を見つめた。 「そこの者も、今聞いていた話を良く覚えていて欲しい。そして、出来る限り広く語って 欲しい」 とたんに茂みの奥からガサガサガサッ!と音がする。 少々の静けさの後に闇の中から現れたのは、いつものようにロングビル。 ヤンも毎度の事に呆れ顔。 「いやはや、気付かれてたかい…さすがエルフだねぇ」 出てきたロングビルは、ヤンに呆れ顔をされても気にとめた様子はない。既に開き直っ てる。 「やれやれ…また夜の散歩中に見つけたってわけかい?」 「ま、そういうわけさ。なにせ、夜にあんたを見つけると、ほぼ必ず面白い事が起きるん だ。最近じゃ用が無くても、ついつい寮塔の周りをうろついちまうよ」 その言葉に、ルイズとデルフリンガーまで呆れてしまう。 そんな闖入者は気にせず、ビダーシャルとタバサはシルフィードに飛び乗った。 「では、異界からの来訪者よ、また会おう!」 そしてエルフは白み始めた空を貫いて、東へ去っていった。 後には、夜を徹して語り続けたヤンと、その話を聞き続けたルイズとロングビルが残っ た。全員、睡眠不足の大あくびをしてしまう。 そんなわけで、話は後にしてとりあえずは学院に戻って少しでも休もうという事になっ た。 無論、その日の授業中、ルイズは寝てばかり。散々教師に怒られた。 ヤンとロングビルも学院長室で勉強をしようとして、そのまま机に突っ伏して寝てしま う。 それを横で見ているオスマンは、 「おーい、二人とも。起きなされ~」 でも二人とも起きる様子はない。 「ロングビルや~、仕事中じゃぞ~」 緑の長い髪を机の上に広げたまま、すぅすぅと寝息を立てている。 「モートソグニル」 学院長の机の下から、小さなハツカネズミが現れた。ちゅうちゅうと鳴きながら、秘書 の足下へ走っていって、すぐ戻ってくる。そして学院長のローブを器用に登って肩に乗っ た。 「なにっ!?今日は黒のレースじゃと…信じられん。これは、この目で確認せねばなるま いて!」 と呟くや、オスマンは男の本能丸出しなニヤニヤ笑いをしだす。 すすぅ~とロングビルに近寄り、体を屈めて、二人が本を広げている机の下に頭を突っ 込もうと 「ふんぬっ!」ドゴッ!「んぎゃっ!」 どうやら若さを持て余す老人の邪心が強すぎたらしい。本能で身の危険を察知したロン グビルのヒールが白髪の頭にめり込んだ。 こうして3人とも、メイドのカミーユが昼食に呼びに来るまで、机を囲んでグッスリ眠 るのだった。 ヤンは、その日の午後にロングビルと共にオスマンへビダーシャルとの話を、出来る限 り分かりやすく報告した。また、夜はルイズと共にキュルケにも話してみた。 その結果は、言うまでもないが、「想像が付かない」「信じられない」等だった。 ヤンは青息吐息で寝る事にした。 「なんでぇなんでぇ辛気くせぇなぁ。そんなにしょげかえるなよ」 デルフリンガーが励ましてくれるが、ヤンの表情は冴えないままだ。 「はぁ~、困ったもんだよ…こんな重大な話なのに、誰にも信じてもらえないなんて」 上着を脱ぎながらぼやくヤンに、制服を脱ぎながらルイズが声をかける。 「そりゃ、しょうがないわよ。あのシュトラウスって人の手記を知ってる私や学院長です ら、信じられないのよ?『始祖が残した虚無の力が世界を滅ぼす』なんて、このハルケギ ニアでは誰も信じないわ。でも、これは別にあなたのせいじゃないから、気にしてもしょ うがないわよ。 あ、これ、洗っておいてね。毎度毎度シエスタに頼んでないで、たまには自分でやりな さいよ!」 と言ってヤンに投げてよこしたのはルイズのショーツ。 慰めの言葉と鞭打つセリフを同時に投げかけるのが、僕の主の魅力なんだろうか…なん て複雑な心境を抱きつつ、ヤンはクローゼットから取り出した黒のネグリジェをルイズに 着せる。 ついでに、いい加減、僕に服を着させるのはやめてくれないかなぁ…これじゃ執事とい うより保父さんだよ、とも思ったが。口にしたら殺されかねないので黙っておいた。 次の日の朝、未だにヤンはぼんやりしていた。 普段からぼんやりしているヤンだが、今朝はさらに輪をかけてぼんやりしている。 立ったまま寝ているんじゃなかろうか?というくらいの勢いなぼんやりっぷり。 「ちょっと…ぼーっとしてないで、ショーツ出してよ」 「・・・え?あ、ああ、そうだね。・・・うん。そうだよね」 ベッドの上のルイズに声をかけられ、ようやくヤンは我に返った。そして何かを自分に 言い聞かせるように「そうだな…うん、そうだよな」と呟きながら新しいショーツを取り 出す。 「よぉ、ヤンよ。さっきから何をブツブツ言ってンだ?」 デルフリンガーの問に、ヤンは答えるのを躊躇した。 ショーツを手にしたまま天井を見上げ、しばし考え込む。 「あのね、ヤン。とにかく着替えるわよ」 「ん?…うん、そうか、そうだね」 再び我に返って慌ててルイズに駆け寄りネグリジェを脱がせる。脱がせながらもヤンは ぼんやりと考え事をしたままだ。裸のルイズに「ちょっと、シャキッとしなさいよ」と怒 られながら、ノロノロと動く。 ルイズに制服を着せながら、今度は「…だな。そうしよう」と、何か決心のような独り 言を言いだした。 「ねぇ。昨日のエルフの話、ずっと考えてるの?」 マントを纏いながら見上げるルイズに、ヤンはようやくまとまった答えをした。 「まあ、ね。聖地の門の件、やっぱりほっとくわけにはいかないなぁ…と思ってね。僕自 身のためにも、僕がいた宇宙のためにも、このハルケギニアのためにも。放置するには危 険すぎるんだ」 その言葉に、ルイズはどう答えたものか首を傾げてしまう。デルフリンガーがツバをカ チカチ鳴らす。 「まぁ、なんだかわかんねーけど、『門』が危険なものだってことは間違いねーんだろ? んで、お前はどうする気だよ『聖地』まで行くってのか?」 「はは、まさか。『聖地』に行ったってどうする事も出来ないよ。何しろハルケギニアよ り文明の進んだエルフでも押さえ込めないんだ。知識を提供するだけなら、ビダーシャル に伝えればいい。 まぁ…どっちにしても、信じてはもらえないから意味無いし」 「それじゃ、どうするつもりなの?」 ルイズに改めて問われ、ヤンは少し息を吸い、彼の出した結論を吐き出した。 「『虚無』を追う。そして、できれば『門』を塞ぎたい」 デルフリンガーは彼の言葉を、そのままに理解した。 「ほっほー、そいつは大層なこったなぁ。大仕事になるぜぇ」 その言葉の意味、最初ルイズもそのままに理解しようとした。 だが、すぐに気付いた。 『門』を塞ぐ事は、彼が故郷に帰還する手がかりを自分で放棄するということ。 彼女のクリクリの目が、鳶色の瞳が彼を見上げる。透き通るような白い肌の頬に、一筋 の汗が流れる。 細い首からツバを飲み込む音がする。 沈黙の後、ルイズは覚悟を決めて口を開いた。 「・・・いいの?」 「うん」 ヤンは、迷いなく答えた。 「使い魔は主の系統を表し、決して偶然に、適当に選ばれるものじゃない…らしい。 なら、君が僕を召喚したのも、もしかしたら失敗じゃなく、ちゃんとした意味があるん じゃないかな?」 「意味…?」 「うん。…まぁ、こじつけかも知れないけど。 ともかく、『聖地の門』は危険なんだ。このまま放置しても、ハルケギニア、エルフ、 帝国や同盟、『東方』も亞人も全て含めて、誰のためにもならないんだ。そして僕は、こ の事実を知ってしまった。恐らく、ハルケギニアで一番『門』の危険性を理解している存 在だろうね。 なら、ビダーシャルの警告には反するかも知れないけど、『虚無』を調べてみようと思 う。そして出来るなら、『聖地』にある召喚ゲートを封鎖したいんだ。これ以上の被害を 出さないために」 ルイズは、真っ直ぐにヤンを見つめる。 デルフリンガーもヤンの真意にようやく気が付いた。 「なら、おめぇ…帰るのは諦めるってことか?」 「諦めたくはないけど…でも、結果として、そうなるかもね」 彼にとって絶望的なはずの言葉だが、彼の顔に絶望は無い。むしろ、強い決意が浮かん でいる。 ルイズはヤンを見上げた。 自分の使い魔を、冴えない外見に似合わぬ知力と胆力を持つ男を。様々な知識を授けて くれるグータラ執事を。 彼女は、小さな右手を差し出した。 「なら、主として協力するとしましょう!あたしだって、あのエルフの話は気になるし。 後の事は安心なさい。あんたみたいなオッサンの一人や二人、ヴァリエール家で老後の 面倒までみたげるわ」 ヤンも微笑んで右手を差し出す。 「それは嬉しいなぁ。是非お願いするよ。出来ればタルブのワインがあれば最高かな」 「それは自分で買いなさい」 「厳しいご主人様だねぇ」 そんな話をしつつも、二人は固く手を握り合っている。 第十二話 門 END 前ページ次ページゼロな提督
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前ページ虚無の魔術師と黒蟻の使い魔 ルイズは膝を抱えて泣いていた。 ヴァリエール家の庭にある池に小船を浮かべ、その上で。 どうにも陰気な雰囲気の漂うこの場所に好んで近づくものは少なく、それ故、専らルイズが一人で泣くための場所となっていた。 今回はどうして泣いているんだろう? そう考えてルイズは気づいた。これは夢だ。 膝を抱えて泣いているルイズ。ルイズはそれを俯瞰して見ていた。 これが夢でないというのなら、膝を抱えて泣いているように見えるルイズは実は既に死んでいて、肉体を抜け出し魂となって己を見ているのかもしれない。 (案外、そうかもしれない) ルイズは思った。 俯瞰してみるこの感じ。空気に溶けているかのようなこの感覚。 これは『本』を読む感覚に似ている。 自分の『本』があるというのなら、自分はもう死んでいるのだろう。しかしその『本』を読む自分は誰なのか。 (ああ…) 死んだ己の『本』を読む。それは・・・。 彼女はあの時、今のルイズとは比にならない混乱と当惑を感じただろう。 ただ呑気に過去を夢に見ているだけの自分と、彼女の身に起こったことを同列に並べるべきではない。 これは夢だ。ならば早く夢から覚めてしまおう。 とはいえ、夢から覚めるにはどうしたものか。 そんなことを考えるルイズの視界に、一つの影が映った。 そんなことを考えていない小舟の上のルイズもその影に気づく。 ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。ルイズの婚約者。 小舟の上で泣く自分と、それを迎えに来た優しい婚約者。 この夢は自分が思っていたよりもずっと過去の出来事だったらしい。 これは確か……自分が一桁の年齢の時の出来事ではなかったか? そう思って見ていると、小舟の上のルイズがいつの間にか随分と縮んでいた。この夢を見始めた時には、小舟の上で泣くルイズは魔法学院の制服に身を包み、今現在のルイズと変わらない姿であったのに。 成る程、まさしくこれは夢だ。 よく見ればワルドも立派な髭を蓄えた現在の姿と、当時の青年とも少年ともいえるような年頃の姿を行き来している。 夢の不条理さを夢の中で感じながらルイズは彼らのやりとりを眺める。 夢の中の不条理故か、彼らの言葉は確かに耳に届いているはずなのにルイズには聞こえなかった。世界は沈黙で満ちていた。 幾つかの言葉のやりとり。その後、ワルドが小舟の上のルイズに向けて手をさしのべようと一歩踏み出した。 ワルドがルイズに手をさしのべようと一歩踏み出したとき、ルイズの心の中に悲しみと怒りが綯い交ぜになったような名状しがたいものが溢れてきた。 ワルドと幼いルイズのやりとりはまるで聞こえてこないのに、ワルドの足の下からは一匹の小さな蟻が潰れるぐしゃりという音、耳を澄ませても聞こえるはずのない音が大きく響いた。 ――ルイズは夢から覚めた。 「おはようございます」 まだ覚醒しきらぬルイズに声がかけられる。 ルイズはぼんやりとしたまま身を起こし、顔を声のする方へと向けた。 「アンタ誰? 此処はどこ?」 声の主はルイズの知らない顔だった。 ニヤニヤとした笑みを浮かべた青年。いや、その顔だけを見れば少年と言うべきかもしれない。童顔。しかし、高いというより長い言いたくなるようなひょろりとした長身と、その手に持つやたらと武骨な鉄杖が少年と言うには不似合いだ。 ただ、ニヤニヤと笑っているがそこからは下品さを感じさせるものはなく、どちらかと言えば爽やかさすら感じさせるものがある。つまりはいかにも好青年と言った表情だった。 そこそこにもてそうな、貴族の子女の間より平民の娘たちの間でこそもてそうなタイプだなと、ルイズはぼんやりと思った。 「そこは『私は誰? 此処はどこ?』でしょう。勿論『私はどこ? 此処は誰?』でもOKですよ。こういうときはオーソドックスにいきましょう。オーソドックスを楽しめないと人生の半分を損しますよ」 男が言う。 見た目ほどはもてないだろうな、とルイズは評価を改める。言わなくてもいいことを言わずにはいられないタイプだと見える。 「おっと、いらんことを言う男だと思ってますね? いやはや申し訳ない」 その科白こそいらぬことだとルイズは思うが、声には出さない。こういうお喋りな手合いにいちいち反応するのは無駄であるし、どうにも眠気が抜けない。ぼんやりとした倦怠に包まれている。 「ではそろそろあなたのような可憐きわまりない御令嬢に名を名乗る栄誉に預からせていただくとしましょう。僕の名前はグレアム。それ以上でもそれ以下でもありません。 僕があなたと同じ年の頃の時にはそれ以上だかそれ以下だったのですが、まぁ、家名を失ってしまいましてね。今はただのグレアムです。 元は子爵家に生まれましたが、今は気楽な傭兵稼業です。通り名は『泥濘』。そう名乗るとよく土メイジと間違われますが、僕は水系統です。水のトライアングル。 自分で言うのも何ですがそこそこに腕は立つ方ですよ。傭兵ですからね、実戦においてなら頭でっかちなスクエアよりはいけると自負してます。 もう一つ自分で言うのも何ですがといったことですが、あまり傭兵らしくないと言われるのが密かな自慢です。 この稼業は、元貴族でも2、3年もやってればいかにも傭兵と言った風情になってしまうのですけれどね。がさつと言うか粗雑というか……。 まぁ、傭兵らしさに染まってはいないからといって、貴族らしいのかと言えばまた別の話なのでしょうが。 傭兵とはいえ荒っぽいことばかりして生きていけるわけでもないので傭兵仲間の間ではそこそこ重宝されています。今のボスにもそのあたりを買われたところがありますからね。 だからこそ……」 男、グレアムは身振り手振りを交えながら一方的にまくし立てる。 しかしそれは控えめに叩かれたドアの音によって中断された。 グレアムは少し残念そうにしながら「どうぞ」とドアのむこうに応える。 ドアを開けて入ってきたのは一人の大男だった。グレアムとは違い縦だけでなく横にも大きい。大きいという言葉も似合わない。有り体に言えばごつかった。 ルイズは一瞬岩でできたゴーレムが入ってきたのかと思ったほどだ。体だけでなく、顔立ちまでもが岩のようだ。 その岩のような男はグレアムに一瞥をくれると、ルイズに向けて恭しく一礼をし、 「おはようございます。ミス・ヴァリエール」 やはり岩のような声、しかしその物腰はごつごつとした岩ではなく、何か磨かれた岩のような声で言った。 ルイズが磨かれた岩にたとえられるような声がこの世に存在していることに驚いていると、その間に岩男はてきぱきとルイズのベッドの隣に置かれた小さなテーブルへ食事を並べていく。 最後にグラスにワインを注ぐとボトルをテーブルに置き、 「冷めないうちにどうぞ」 と、一言だけ添えて岩男は入ってきた扉から出て行った。 スープから漂ってくる香りがルイズの鼻を刺激する。それはまたルイズのぼんやりとした意識を刺激する。 ぼんやりとした意識の中から疑問が急速にふくれあがる。此処はどこなのか。このグレアムという男は誰なのか。先ほどの岩男は何者か。そもそも何で見知らぬベッドで寝ているのか。 ルイズがその疑問を口にしようとする前に、グレアムがまた喋り始めた。 「今のは僕の同業、つまり傭兵で、今は僕と同じ任務についている仲間です。名前はクラウス。通り名は『鉄波』。 水のメイジに間違われることはないみたいですね。土のラインです。たしか産はゲルマニアの方だといってましたね。性格はあまりあちらの方とは思えない真面目そのものといったところですが。 見た目に似合わず細かいところまでよく気の回る男です。魔法の方も細かい細工物を作ったりというのも得意ですし、とはいえ見た目通りの大味な魔法も得意です。 実戦においてはラインとは思えぬほど気を吐く男ですが、普段は少し無口なところをのぞけばつきあいやすい男です。 愛称は『テッパッパー』これは僕がつけたのですがいまいち流行りません。本人が気に入ってないみたいで、あの強面で否定すると、皆遠慮してしまうみたいですね。僕はいいと思うのですが、『テッパッパー』。 そうそう、あなたのつけているその腕輪。それも彼の作ったものです」 「腕輪?」 ルイズはグレアムの言葉に首を傾げ、そして己の腕を見る。 「なっ! 何よこれ!?」 ルイズは思わず声を上げる。 己の左手首に巻かれた鉄の輪。そしてそこから鎖が伸びベッドのポールへと繋がれている。 「なんなのよ!? これは!?」 ルイズはグレアムを睨みつけもう一度言った。 「その質問には勿論お答えいたしますが、その前に一つ警告をしておきます。くれぐれも蟻は出されぬよう。その場合には手加減は一切するなと言われております。あなたごと『面』で蟻を一度にたたきつぶすように言われております」 そう言ってルイズへと鉄杖をむけるグレアム。その口元は笑っているが、目からは冷たいものしか感じ取れなくなっている。 ルイズは言われるまで蟻を出すことなど忘れていた。グレアムの言葉でそれを思い出したが、しかし彼の目が安易に蟻を出すことを許さなかった。 グレアムの目はルイズの黒蟻をしっかりと驚異と認識した上で、出した瞬間に対応してみせると物語っていた。 微塵の油断もないが、自信に溢れている目。 ルイズはゴクリとつばを飲み込む。 「ご理解頂き有り難うございます」 グレアムは慇懃に言う。 「うちのボスから、あなたの蟻についてはよく伺っております。恐ろしい力だと思いますよ。一手でも対処を間違えるとスクエアだろうと不覚をとるでしょう。 杖を取り上げても無意味だというのがまた恐ろしい。こうして鎖に繋いでいても一瞬たりとも気を抜けないわけですからね」 そう言いながらもグレアムの目が優しいものへと変わっていく。とはいえ警戒は解いていないだろう。 「できればあなたには温和しくしていて頂きたいのですよ。ボスからも丁重に扱うように言われてますし、僕個人の好みからしてもあなたのような可憐な女性を手荒に扱うのは避けたいところです。 ただ、その腕輪だけはご容赦願いたい。あなたがうちのボスと敵する限りは外せません。 ボスはあなたを高く評価していますし、僕個人の好みとしてもあなたを敵にまわしたくありません。テッパッパーの奴なんかもきっと同意見でしょう」 そこまで言うとグレアムは言葉を切る。そしてルイズの様子をうかがう。 ルイズの瞳には敵意と言うよりも当惑に満ちていた。 ルイズは、今、自分が囚われの身であることは理解していたが、そこに至る経緯が思い出せないでいたのだ。 「ではあなたの疑問にお答えいたしましょう。その腕輪はあなたを拘束するためにテッパッパーが作りました。鍵穴はありません。錬金で砂にでもしないと外せません。杖を取り上げられている以上あなたにはどうしようもありません。 また、蟻を使って僕たちを脅しつけても、結局誰かが至近距離で魔法を使わなければそれを外せません。つまりあなたが自由になるには至近距離で他者に魔法を使わせる必要があり、蟻で脅しつけたような場合、素直に錬金を使う者などいないと考えて頂きたい。 ちなみにその腕輪になにやらウサギをもしたキャラクターが刻まれているでしょう。それもテッパッパーの奴がやりました。奴なりの配慮です。女の子の手首に露骨に手錠じみたものをつけるのはいかがなものかと。あいつは女子供には結構甘いんです」 ルイズが腕輪を注視すると、そこには二足歩行するウサギの絵が刻まれていた。なにか、あの館長代行のシャツに縫い付けられたアップリケに似ているなと思った。 「……これが配慮というのなら、私をなめているか女というものをなめているかのどちらかね」 「それには僕も同意ですが、奴はこれで大まじめなんですよ。一度、5歳ぐらいのお嬢ちゃんにそんな感じの陶器の人形を作ってやったら喜んでいたとかいって、それ以来、年齢身分関係なく女はそれで喜ぶと思ってやがるんです。 あとであいつが来たら存分に馬鹿にしてやってかまいませんよ。 ……それから、此処がどこかと言うことですが、ラ・ロシェール上空1500メイル、北に10リーグ程ずれたあたりですね」 「フネ」 「はい、フネです。僕の本職は船乗りではないので船についての詳しい質問はご遠慮ください。しても無駄です。テッパッパーも、フランシスもフネについてはまるで無知です。 あぁ、フランシスというのはもう一人の同僚です。彼女は今は睡眠中ですので後で紹介しますね。この3人であなたの身の回りの世話と、まぁ、監視をしています。あ、ご安心くださいね。 あなたが寝ていた間は勿論、これからも着替えの手伝いなどはフランシスがやりますから。一応僕たちは紳士を気取ってますんで」 グレアムはそう言うとにこりと笑う。 ルイズはそんなグレアムの言葉の一部に引っかかる。 「『寝ていた間』?」 「あぁ、言っていませんでしたね。あなたは、えーっと、13日ですね。まる13日間魔法で眠らされていました」 グレアムの言葉にルイズは驚愕する。 「13日間!?」 「はい。その間、フランシスが毎日お召し物は取り替えていましたし、栄養も僕の魔法で与えていましたので特に問題はないでしょう。着替えのたびにフランシスの奴があなたのことを人形みたいでかわいいって言ってましたよ。 僕も手伝おうと申し出たのですが、断固として役得を譲ってはくれませんでした」 グレアムが軽口を叩くが、ルイズはそれを無視して頭を抱える。 「13日間? 13日前? え?」 「ルイズさん?」 「ねぇ、そもそもあんたの言うボスって誰なの」 グレアムが怪訝な顔をする。そして何かわかったようなわからないような顔になる。 「そうですね。13日間も眠らされていたわけだし、記憶が混濁していても当然でしたね。僕としたことが失念してました。それでルイズさん。どこまで覚えています? どこから記憶がありません?」 ルイズは懸命に頭を捻って記憶を絞り出そうとする。 「姫様に……頼まれて…ギーシュ……アルビオンへ……ワルドが現れて……ワルド……それから……」 ルイズがうんうんと唸る。 「まぁ、時間はまだあります。ゆっくりと思い出せばいいですよ……」 グレアムの言葉が遠くに聞こえる。 私は何かとんでもないことを忘れている。 思い出さなくては。 アンリエッタにアルビオン行きの密命を仰せつかって、ギーシュと行くことになって……。 そしてワルドが現れた。 長らく会っていなかった婚約者。 魔法衛士隊グリフォン隊隊長。 それから。 それから……。 前ページ虚無の魔術師と黒蟻の使い魔
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前ページ次ページ使い魔の達人 ルイズは夢を見ていた。 夢の舞台は、生まれ故郷であるラ・ヴァリエール領地内の、住み慣れた屋敷である。 そして、夢の中の幼いルイズは、屋敷の中庭を逃げ回っていた。植え込みの陰に隠れ、追っ手をやり過ごす。 「ルイズ、ルイズ!どこに行ったの?ルイズ!まだお説教は終わっていませんよ!」 厳しい母の声が響く。夢の中のルイズは、できのいい姉たちと魔法の成績を比べられ、物覚えが悪いと叱られていたのであった。 「ルイズお嬢様は難儀だねえ」 「まったくだ。上の二人のお嬢様は、あんなに魔法がおできになるっていうのに……」 植え込みに隠れていると、自分を探す召使のそんな声がルイズの耳に入った。 ルイズは悲しいやら悔しいやらで歯噛みをしたが、このままでは見つかると、そこから逃げ出した。 そのまま、幼いルイズの足は、彼女自身が『秘密の場所』と呼んでいる、中庭の池に向かう。 そこはルイズが、唯一安心できる場所。あまり人の寄り付かない、うらぶれた中庭の池。 その真ん中には、ぽつんと小さな島があり、白い石で作られた東屋が建てられていた。 島のほとりには、小船が一艘浮いていた。かつてはそこで舟遊びに興じたものだが、姉たちも成長したし、 父母も各々、仕事だなんだと、家族揃ってそうした時間を過ごすことはなくなっていった。 だからこそ、忘れ去られた中庭の池と、そこに浮かぶ小船を気に留めるものは、この屋敷ではルイズのみ。 ルイズは叱られると、決まってこの中庭の池に浮かぶ小船に逃げ込むのだった。 小船の中に忍び込めば、用意してあった毛布に包まって、ほとぼりが冷めるのを待っている。すると…… 中庭の島にかかる霧の中から、一人のマントを羽織った立派な貴族が現れた。 水面に写った自分の姿は、およそ六歳ぐらい。現れた貴族の歳は、そのルイズと、十は離れているように見えた。 「泣いているのかい?ルイズ」 つばの広い羽根突き帽子に隠れて、顔が良く見えない。でも、ルイズには彼が誰だかすぐにわかった。 子爵だ。最近、近所の領地を相続した、年上の貴族。夢の中のルイズは、ほんのりと胸を熱くした。 憧れの子爵。晩餐会をよく共にした。そして、父と彼との間で交わされた約束……。 「子爵さま、いらしてたの?」 ルイズはあわてて顔を隠した。憧れの人に、こんなみっともない様を見られるなんて、恥ずかしいったらない。 「今日はきみのお父様に呼ばれたのさ。あのお話のことでね」 「まあ!」 ルイズは頬を染めて、俯いた。 「いけない人ですわ。子爵さまは……」 「ルイズ。ぼくの小さなルイズ。きみはぼくのことが嫌いかい?」 おどけた調子で言う子爵に、夢の中のルイズは首を振った。 「いえ、そんなことはありませんわ。でも、わたし、まだ小さいし、よくわかりませんわ」 ルイズははにかんで言った。帽子の下の顔が、にっこりと笑った。そして、手をそっと差し伸べてくる。 「子爵さま……」 「ミ・レイディ。手を貸してあげよう。ほら、掴まって。もうじき晩餐会が始まるよ」 「でも……」 「また怒られたんだね?安心しなさい。ぼくからお父上にとりなしてあげよう」 島の岸辺から小船に向かって手が差し伸べられる。大きな手。憧れの手……。 幼いルイズは頷いて立ち上がると、その手を握った。 そして子爵が、一息に引き上げようと腕を引っ張ると―― 「きゃあーっ!?」 なんと、腕が伸びた。ルイズの。 「あ、あわわわわわ」 視界をがくがく震わせて、まるで現実感のない、伸びた自分の腕を見つめる。 服の先から、子爵の手まで、一直線に伸びる自分の白い腕。 子爵は別段取り乱すことなく、落ち着いて手の先を元の位置に戻そうとする。すると、伸びた腕も縮んでいった。 え、戻るのコレ。などとルイズが思っていると、間髪入れずに子爵は再度、ルイズの腕を引っ張った。 伸びた。 「きゃあーっ!?」 縮んだ。 「伸び~る」 伸びた。 「きゃあーっ!?」 「縮~む」 縮んだ。 「伸び~る」 伸びた。 「きゃあーっ!?」 「縮~む」 縮んだ――― 使い魔の達人 第十三話 KNOCK KNOCK ... 「――伸び~る。縮~む。伸び~る……更に伸び~~る」 ここはトリステイン魔法学院。その女子寮の一室。窓からは、朝の日差しが入ってきている。 ベッドの中から、う~んう~んと部屋の主のうなり声が聞こえてくる。悪い夢でも見ているらしい。 その原因は言わずもがな、この部屋の主であるルイズ、眠る彼女のすぐ傍に佇む、使い魔にある。 「何を隠そう、オレは催眠誘導の達人」 誰に言うでもなく、カズキはきりりと宣言した。 「なあ相棒。ひとつ聞きたいんだが、良いかい?」 問いかける声。振り向くが、視線の先に人影はない。今の声は、喋る魔剣、デルフリンガーのものである。 抜き身のまま、壁に立てかけてあるのだった。 「なに?」 「娘っこを起こすんでもなし。夜這いするにゃあ、陽も昇っちまってる。いったい、なにしてんだ?」 そんな問いに、手をひらひら振って返す。 「いや、いや。起こす前にちょっと、良い夢見てもらおうかなって」 しかし、ルイズも一向に、うんうん言っていた。 「うなされてね?」 「ま、ま。見てなって。ここからここから」 「ふうん。そんなもんかね」 「さて次は……」 眠るルイズに向き直れば、その耳に向けて、そっと囁こうとした。 すると何を思ったか、デルフリンガーが突然声を上げた。 「でかくな~る。でかくな~る」 そして、カズキもつられてそう口に出していたのだった。 「でかくな~る。でかくな~る」 はるか遠く、霧の向こうに、憧れの子爵の影が見える。 伸びきった腕の先では、子爵が自分の小さな手を掴んでいるのだろうか。 状況が掴めず混乱するルイズ。気がつくと、ルイズは六歳から十六歳の姿になっていた。 子爵は……やはり霧の向こうでは、姿は伺えなかった。 「ふえっ?」 すると、なんの前触れもなく、ルイズの胸がぼん、と大きくなった。 重量感を感じないが、今そこにあるそれは、目見でも、あの憎きツェルプストーのモノ以上。 こ、これは……! ルイズの顔が驚愕に染まった。次いで沸いてくるのは、もちろん歓喜であった。 「お、おほ。おほほほほほほ」 気持ちの悪い声を挙げ始めるルイズ。端から見たら近寄りたくない光景だった。 しかし、異変はそれだけでは収まらない。 ルイズの肩が、腰が、足が。体の各所が、次第に膨れ上がっていく。 「え、ちょ、ちょっとなに……!?」 そして終いには……ルイズの肉体は、腕が伸びた分に整合するかのように、巨大化してしまった。ご丁寧に服まで。 生まれ育った屋敷を見下ろしながら、ルイズはいよいよ絶叫した。 「きゃぁぁあああああああっ!?」 「うわあおっ!?」 跳ね起きるルイズに、カズキは思わず後ずさった。 「よ、おはよーさん。娘っこ」 覚醒したルイズに声をかける魔剣。ルイズは息を乱しながら辺りを見回すと、すぐ傍のカズキが視界に入る。 わなわなと震えながら、ルイズはカズキに指を突きつけた。 「あ、あ、あああああんたなんかしたでしょ!せっかく良い夢見てたのに!!」 「ち、違う!全てはデルフのグヘッ!!」 あわてて弁解するカズキの顔面に、ルイズの健脚が見舞われた。カズキの意識が一瞬、綺麗に飛んだ。 「そりゃねーぜ、相棒」 呆れたように、デルフリンガー。その間にも、容赦のない蹴りがカズキに浴びせられる。 あっという間にずたぼろになったカズキの頭を踏んづけて、ルイズは息を切らしながら言った。 「……で!朝っぱらからあんた、ご主人様の寝台に乗り込んで、なにしよーとしてたワケ?」 「ご、ごしゅじんさまを起こす前に、夢の中での甘い一時を提供しよーと」 「それで?」 「ちょっと、夢をあやつろーと、枕元で囁いてました」 ルイズは、朝っぱらから頭が痛くなった。何気にすごい特技を披露したような気もするが、結果がこれである。 足をどければ、頭が自由になったカズキにルイズは言った。 「次はないわよ」 「ハイ」 なんとも情けない返事であった。 『フリッグの舞踏会』から十日あまり。カズキは改めて、日毎に使い魔としての生活に順応していた。 朝はルイズを起こすことから始まり、その身嗜みを整えさせる。 「何を隠そう、オレは着付けの達人。今日も完璧だっ!」 「ハイハイ。いい加減、これくらいはできて貰わないとわたしも困るわ。さ、行くわよ」 明後日の方向へポーズを決めるカズキに適当な相槌を返せば、マントを翻して部屋を出ようとするルイズ。 召喚されたばかりの頃や、ヴィクター化で鬱々としていたころとは違い、今では割とすんなり、使い魔としての仕事をこなしていた。 食堂で朝食をとった後は、一人ルイズの部屋に戻り、部屋の掃除をする。 ルイズに頼んで、一緒に授業に出てもいいのだが……、 以前のシュヴルーズの講義はともかく、それ以降、専門的な話となると、どうにも眠くなっていけない。 それに、授業を受けたからといって、別に魔法が使えるようになるわけでもないので、カズキは使い魔の仕事をすることにしたのだ。 窓を開け、部屋の空気を入れ替えながら、床や机、窓の汚れを取り払っていく。 時折吹き込んでくる風は、まだまだ春の空気を含んでいて、吸い込むと胸がうきうきした。 「しっかし、相棒もよくやるねえ」 「うん?」 掃除も一段落すれば、デルフリンガーが声をかけてきた。 「あの貴族の娘っこさ。俺も長いことメイジと使い魔を見てきちゃあいるが、ここまで献身的なのは、そうは居なかったからな」 鍔をカタカタ鳴らしながら、楽しそうにデルフは言った。 「ふーん」 「あんだけ蹴られて踏んづけられて、ここまでできるやつは、なかなかいやしねえ。 それどころか、まさか見てる夢までちょっかいかけよーっていう使い魔は、初めて見たね。いやほんと、相棒はできた使い魔だよ」 「そ、そう?なんか照れるな」 実は散々な言われようだが、カズキは嬉しそうに返した。 「ああ。相棒はできた使い魔だ。そんな相棒に使ってもらえるなんて、俺も鼻が高いってもんよ。剣だから鼻ないけど」 「いやあ、それほどでもないよ」 照れくさそうに頭を掻いていると、魔剣は調子よさげに続ける。話せるのがとにかく楽しいといった様子。 「あの娘っこも、果報者だぁな。こんなに良くされて。そのくせ相変わらず、生意気な態度だけど。相棒はほんと、よくやってら」 「いやいや。ルイズもああ見えて、結構な恥ずかしがりやさんだから。まぁきっと、そこがルイズの良い所なんだと思うけど」 「あれをただの恥ずかしがりやとか。しかも長所とか。相棒も相棒だと俺は思うぜ」 なんてことをぐだぐだ話した後、カズキは水汲み場でルイズの衣類を洗濯をする。 これも意外と大変な作業ではあるが、シエスタに教えてもらったことでできるようになっていた。 共同の物干し場に綺麗に干しては、満足そうに額の汗を拭った。完全に所帯じみている。 「さて、どうしよっか」 先日までは、この後適当に時間をつぶし、学院長室に向かうことにしていた。 その目的はもちろん、カズキの肉体の様子を診てもらうことだ。 流石に事が事なので、学院長自らが、時間を割いて診てくれていたのだった。 しかし、アレから十日あまり。『召喚』されてから、二十日以上が、とうに過ぎている。 ‘ヴィクター化’が続いていれば、流石にもう言い訳の効かない時期である。しかし、カズキは『召喚』時と、なんら変わることはなかった。 外見的な変化がないことと、肉体の経過を毎日診てもらうことを併せて、先日オスマンはひとつの結論をくだした。 それはもちろん、十日前の学院長室で、そこの主が出した、 ‘ヴィクター化の進行状態は、使い魔契約時に固定している’という推論が、正しかったということである。 そんなわけで、カズキはやはり今後も、ルイズの使い魔としてハルケギニアに残ることになったわけであり、 『なにか体に異変を感じたらまた来なさい』とだけ言われ、学院長室をあとにしたのだった。 「……?なんか、慌しいなぁ」 ぶらついていると、どうも先ほどから、あちこち小走りする使用人を見かける。 なにかあったのだろうか? カズキが部屋に戻ったのは、昼前に差し掛かったころだった。 「遅い!あんた、どこで何してたのよ!」 部屋に戻ったら、ルイズが居た。確か今はまだ、授業中のはずだが……。 「あれ、ルイズ」 「あれ、ルイズ、じゃないわよ!ったく、この忙しいときに、どこで油売ってたのかしら?」 ずいぶんとおかんむりのルイズに対し、カズキは落ち着いた様子でひとまず、弁明を試みた。 「うん、ちょっとね。ルイズもアレでしょ?お姫様が来るってやつ」 「そうよ。姫殿下が、ゲルマニアご訪問の帰りに、この魔法学院に行幸なされるの。 で、その準備を……って、知ってるんなら、なんでとっとと戻ってこないのよ!」 「いやあ……」 実はカズキ、洗濯が終わって一息ついたあと、いつもと学院の雰囲気が違う事が気になって、使用人の一人に訊ねてみたのだ。 すると、なんでもお姫様の歓迎の式典に、学院の人間の大半が準備に追われているとの事。 それなら自分も、なにか手伝えないかと申し出て、できる範囲であれやこれやしてきた次第なのだった。 そこまで聞いて、ルイズはこめかみを押さえ、顔をしかめた。 人手が足りないのを進んで手伝ったのは褒めるべきことだし、ここは目を瞑ってあげるべきか。 「……まー、それならそれで仕方ないわ。でもあんた、そこは普通、ご主人様の方を優先するのが、使い魔として正しい姿勢じゃないかしら?」 あんまり瞑ってない気もするが、こういった言い方がルイズその人なので、カズキはごめん、と謝った。 「でも、ルイズ。準備ったって、ルイズなにすんのさ。また着替えでもするの?」 そんな疑問に、ルイズはいいえ、と首をふるふると横に振った。 「わたしたちは制服が正装ですもの。あとは服装に乱れがないか、杖が汚れてないか、気をつけるだけね」 「それじゃあ……?」 カズキは首を捻った。もうすべきことはないのでは? するとルイズは、つかつかと棚へ向かうと、なにか包みを取り出した。 「問題はあんたよ。さ、これ!」 手渡された包みを、神妙に開ける。中を見ると、カズキは思わず感嘆の声をあげた。 「うわぁ。これ、こないだの……」 そう、それは十日以上前に、ルイズと街に出かけた際、服屋で仕立ててもらうよう依頼したカズキの服だった。 カズキの学生服を模して作られたもの。細部は、依頼した店の個性が出ている。 なんというか、ただの学生服とは違う、ずいぶんと上品な仕上がりになっていた。学ランとはいいがたいなにかだ。 「こういうのは、隅々まで準備を怠らないことが重要なの。姫さまの目には入らなくても、誰が何を見てるかわからないもの。 で、目に付かないところでも、粗相のないようにするのよ。だからあんたも、そっちに着替えておきなさい」 どうせ使い魔の自分には関係のないことだと思っていたが、どうやらそうでもないようだ。 それだけ言いつけると、ルイズは椅子に座って、杖をあらためだした。どうやら、部屋を出る気はないらしい。 「えーと。き、着替えてくる」 流石に女の子の居る前で、着替えをするわけにもいかない。じゃあ自分に着替えさせているルイズはどうなるんだ、とも思うが、そちらは既に慣れの領域だった。 女子寮を出て、学院付き使用人の更衣室を借りることにした。 それにしてもまさか、これを着る日がやってくるなんてなあ。 どこか感慨深い眼差しで、手の中のそれを見る。これを頼んだ十日とちょっと前には、着れるなんて微塵も思ってなかったのだから。 きっとそれまでに、化物として始末されるなり、自分で始末をつけるなり、することになるだろうなどと思っていたのだから。 なのに、今こうして、新しい世界で、新しい服を身に着けようとしている。 今までとは違う生き方だけど、普通に生きていくことができる。 それもこれも、ルイズのおかげなのは間違いない。 カズキはかぶりを振ると、気持ちを切り替えて、早速着替えた。 新しい学生服は、そもそも生地が違うのだから、着心地もこれまでとぜんぜん違うのは仕方ない。 だとしても、これはこれで悪くなく、動きの邪魔にもならない。腕章も付け替えれば、パッと見いつもと変わらなかった。 「ふうん、まあまあね。……ひとつ思うんだけど、なんであんた、上着のボタン留めないの?」 部屋に戻ってルイズに見せたら、そんなことを訊かれた。キャラのデザイン上のことを言われても困る話である。 「んー……まぁ、オレなりのオシャレってやつ?」 「あっそ」 軽く流された。ちょっぴり傷ついた。 魔法学院の正門をくぐって、王女の一行が現れると、整列した生徒たちは一斉に杖を掲げた。 しゃん!と小気味良く杖の音が重なった。 正門の先、本塔の玄関にて、学院長、オールド・オスマンが王女一行を迎える。 馬車が止まると、召使たちがそそくさと馬車の扉まで緋毛氈のじゅうたんを敷き詰めた。 それを合図に、呼び出しの衛士が緊張した声で、王女の登場を告げる。 「トリステイン王国王女、アンリエッタ姫殿下のおなーーーーーーりーーーーーーっ!」 しかし、がちゃりと扉が開いて出てきたのは、灰色のローブに身を包んだ四十過ぎの痩せぎすの男。枢機卿のマザリーニである。 風船がしぼむように盛り下がった生徒たちは鼻を鳴らすなどしたが、マザリーニは意に介した風もなく、馬車の横に立つ。そして、降りてくる女性の手を取った。 今度こそ、生徒の間から歓声が上がる。 出てきたのは、年のころは十七の美少女。誰であろう、アンリエッタ王女その人だ。 王女はにっこりと薔薇のような微笑を浮かべると、優雅に手を振った。 「あれがトリステインの王女?ふん、あたしの方が美人じゃないの」 キュルケがつまらなさそうに呟く。 「ねえ、ダーリンはどっちが綺麗だと思う?」 一応めかし込んだのだから、と連れて来られたカズキに、キュルケは尋ねた。 カズキは突然そんなことを言われて、ちょっとどぎまぎした。 手を振るアンリエッタは、この人気ぶりにも納得の、清純な印象を与える美少女だ。しかも見た感じ、年上だ。 そしてすぐ傍の、自分を見つめてくるキュルケも、健康的ながら艶かしい印象を与える美少女だ。しかも年上だ。 カズキが心中で斗貴子にブチ撒けられつつ悩んだ末に、どうにか出した結論は……。 「んー……どっちも、すごく綺麗だと思うけど?」 「そんなんじゃ、ダ~メ。ちゃんと答えて?」 どうやら、曖昧な返答ではお気に召さないらしい。そうは言ってもカズキには、実に難しい問題だった。 どっちも綺麗な、年上のおねーさんである。片や清楚な美人さん。片や情熱的な美人さん。美人の方向性はまるで違う。 どっちがより綺麗かなんて、カズキには、とてもじゃないけど選べない。 どうしたもんかと、いよいよカズキは、額に汗してうんうん唸りだした。 そのうちに、ああそういえばフーケことロングビルさんも途中まではお淑やかな美人さんだったよな、 などと考えが迷走し始めると、隣のルイズの横顔が不意に目に入った。 なにやら真剣な眼差しで見入っているのが、ちょっと気になった。 美人とは言い難いが、ルイズも結構な美少女だ。もう少し大きくなったら、やっぱり美人さんになるのだろうか。 ……なに考えてんだ、オレ。 カズキはぶるんぶるんとかぶりを振った。なんだか、考えちゃいけないことのような気がしたのだ。 すると、ルイズの横顔がはっとしたものに変わって、次第に顔を赤らめた。 いつものルイズとは幾分か様子が違う。なんだろう、とルイズの視線の先を追うと、見事な羽帽子をかぶった、 凛々しい貴族の姿があった。鷲の頭と獅子の胴体を持った幻獣、グリフォンに跨っている。 その貴族をぼんやりと見つめるルイズを見て、ははあ、とカズキは一人頷いた。 なるほど、ルイズはあーゆーのがタイプなのか。 確かに、流れるような長髪に、整った髭はオシャレだし、乗っている幻獣と同じような模様の入った黒いマントは、黒い羽帽子と合わせてカッコ良い。 うんうん、と頷いて、次いでキュルケを見た。彼女もまた頬を染めながら、羽帽子の貴族に熱い眼差しを送っていた。 どうやら、王女とどっちが綺麗かなんて、もはやどうでも良いらしかった。すっかり、あの貴族に夢中になっている。 そんなキュルケに苦笑すると、彼女の隣、タバサに視線を移す。 この歓声の中、一人我関せずと、座って本を読み耽っていた。 「さすがタバサ」 なにが流石かわからないが、思わずそう呟いた。 それから数時間後。あたりはすっかり暗くなって。 ルイズは、端から見てる分には面白いくらい落ち着きがなくなっていた。 枕を抱いたまま、立ち上がったと思ったら、すぐさまベッドに腰掛ける。そしてそのままぼんやりと考え込む。 そんなことを、部屋に戻ってきてからこっち、ずっと繰り返しているのだ。 部屋に戻ってくるまでも、そして夕食を取りに食堂へ行って帰るまでも酷かった。 式典後、解散の運びとなってから、一言も喋ることなく、ふらふらと危なっかしい足取りなのだから。 「なぁ、ルイズ。どしたん?」 尋ねるが、ルイズはやはり考え込んだままで、返事をしてこない。その表情やまさに、心此処に在らず、といったところか。 カズキはカズキで、部屋の隅に敷いた藁の上であぐらをかいて、そんなルイズを眺めていた。 ちなみに藁は、舞踏会の翌日、今後も硬い床の上で寝るのは何気に耐え難いので、シエスタに頼んで都合してもらったものだ。 「んー……デルフ。アレ、どう思う?」 ルイズには話しかけても埒が明かないので、傍らの魔剣に、目の前の少女の状態を指してそんなことを訊いてみた。 「さぁな。いくら長生きしてるからって、俺、剣だし。よくわかんね」 気のない答えが返ってきた。話しかけても、返事がある分剣のほうがまだマシとか。なんか逆だな、と思った。 しかし、それにつけてもルイズである。いったい、どうしたというのだろうか。 あんな風にぼんやり考え込んで、ほぼ日課の勉強もさっぱり始める様子がない。 悩める乙女ってのも構図としては悪くないが……、ああも落ち着きがないのでは、見てるこっちが疲れてしまう。 ひょっとして、あの男の人が気になるのかな? カズキも、ぼんやりとそんなことを考えた。思えば、ルイズの様子がおかしくなり始めたのも、あの時からだった気がする。 「これは、ひょっとしたらひょっとするのかな?」 「なにがだい?相棒」 なんてことをだらだら話していると、ドアがノックされた。 「誰だろ?こんな時間に」 カズキはルイズを見た。どうやら、ノックの音は聞こえたようで、ぼうっとした目をドアのほうへ向けていた。 ドアは規則正しく叩かれた。初めに長く二回。それから短く三回……。 なんだっけな。何かで読んだんだけど……。 カズキは叩かれたドアを見やって、引き続きぼんやり考え出した。 ノック2回は、トイレ。 ノック3回は、親愛。 ノック4回は、礼儀。 ノック5回以上は――。 なんて考えてるうちに、ルイズは慌しい様子でドアへと向かっていた。 開かれたドアの向こうには、真っ黒な頭巾をかぶった少女が佇んでいた。同じ色の黒いマントを羽織っている。 辺りを伺うように首を回すと、そそくさと部屋に入ってきて、後ろ手でドアを閉めてしまう。 カズキは思わず息を呑んだ。シルエットは少女だけど、その、怪しい。怪しさ抜群だ。 「……あ、あなたは?」 ルイズは、驚いたような声を上げたが、少女は静かにしろと言わんばかりに、口元に指をピンと立てる。 そして、マントから杖を取り出せば、ルーンを紡ぎながら振るのだった。 「ディティクトマジック?」 部屋を舞う光の粉に、ルイズが声をあげた。少女は頷くと、口を開いた。 「どこに耳が、目が光っているかわかりませんからね」 壁に耳あり、障子に目ありってやつかな、とカズキはなんとなく思った。つまり今のは、そういうのを調べる魔法なんだろうか。 すると、安心したのか少女は頭巾を取った。そして現れたのは……。 「姫殿下!」 なんと、昼間見たアンリエッタ王女だった。ルイズもそうだが、これにはカズキも目をむいた。 ルイズは慌てて膝をついた。カズキはどうして良いかわからず、藁の上であぐらを組んでいた。 アンリエッタは一息つくと、耳に心地よい声で言った。 「お久しぶりね。ルイズ・フランソワーズ」 前ページ次ページ使い魔の達人
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前ページ次ページTALES OF ZERO 午後からは授業はなく、生徒達はそれぞれ自由に時間を過ごしていた 昼食を終え、ルイズと合流したクラースは彼女に個人授業を行っている 「良いか、落ち着いてやるんだ…魔法を使うのに必要なのは精神力と集中力だからな。」 「解ってるわよ、それくらい。」 解りきった事を言われて、ルイズはクラースに向かって怒鳴る 二人から離れて、才人とタバサが見学していた…最も、タバサは本を読んでいるが 「何であの子まで一緒にいるのよ…先生はさっきまであの子と一体何を…。」 「ほらほら、文句は後で聞いてやるから…まずは、目の前の事に集中するんだ。」 クラースの言葉に話はそこまでにして、ルイズは目の前の標的に目をやった それは、魔法練習の為にクラースが作った藁人形だ 「さあ、ルイズ…ファイアーボールを唱えてみるんだ。」 軽く頷くと、ルイズはルーンを唱えだした…落ち着いて、落ち着いて…と、心の中でも唱えている そして、ルーンを唱え終え、目標に向かって杖を振るった 直後に爆音が響き、目標となっていた藁人形は木っ端微塵に吹き飛んだ 「おお、人形が吹っ飛んだ……で、あれってファイアーボールなのか?」 「違う。」 確かに魔法は発動し、藁人形に命中した…が、あれはファイアーボールではない その名の通り火球を飛ばす魔法なのだから…決して爆発する魔法ではない 「ああ、もう…どうして成功しないのよ!!」 失敗した事に腹を立て、地団駄するルイズ…クラースは爆破された藁人形を見て、口を開いた 「そうだな…まあ、今のは10点といった所だな。」 クラースの評価を聞いて、ルイズは目を丸くさせた まさか、これくらいで得点がもらえると思わなかったからだ 「確かに、ファイアーボールは発動しなかったが、目標には当たったからな…努力点というやつだ。」 今までのルイズの魔法は、目標とは見当違いの場所が爆発を起こしていた 木だったり、壁だったり、噴水だったり…今だって、周辺の土が抉られている 今のは珍しくも目標に当たった…それを評価しての10点である 「そう…ま、まあ、慰めぐらいで受け取っておくわよ。」 初めて魔法の事で褒められたのに、素直に嬉しいと言えないルイズ ふと、ルイズはクラースの召喚術の事で疑問を浮かべた 「ねぇ、クラース先生…先生が使える魔法ってあの妖精みたいなやつだけなの?」 「シルフだ…まあ、前に話したように今はオパールの指輪しかないからな。シルフしか呼び出せん。」 召喚術の話を始めたので、興味を持ったタバサは二人に歩みよった 才人もその後へと続き、クラースは続きを話す 「精霊は多種多様に存在する…地水火風、分子、闇、光、月、そして根源を司るもの、様々だ。」 「そんなに…先生って、それを全部使役してたの!?」 「まあな…しかし、私が精霊達と契約出来たのは仲間達がいたからこそだ。」 クレス達と出会ったからこそ、彼は偉大な召喚士としてその名を残す事が出来たのだ 出会わなければ、その名が知られるどころか、召喚術が完成していたのかどうかさえ危い 「ふーん…ねぇ、私でも先生の召喚術が使えたり出来るの?」 「どうかな。私も数々の手順を踏んで使えるようになったし…簡単に使えるのはエルフぐらいだな。」 実質、前にハーフエルフであるアーチェは自分が契約した精霊を簡単に召喚してみせた しかも三体同時召喚まで…あの時ほど、エルフとの差を実感して涙目になりそうだった事はない 「そう…なら、良いわ。先生みたいにそんな悪趣味な刺青と格好はしたくないし。」 「またそんな事を…良いか、これは私が研究に研究を重ねた末に考案した召喚士の…。」 「失礼するよ。」 そんな時、彼等の耳にキザったらしい声が聞こえてきた 振り返ると、そこにはギーシュの姿があった 「ギーシュ、何であんたが…。」 「僕はミスタ・レスターに呼ばれて来たんだ…君の力を貸して欲しいってね。」 「ああ、もうそんな時間か…じゃあ才人、始めるか。」 突然、自分が名指しされた事に驚く才人…クラースは道具袋に手を伸ばした 一体何を…そう聞く前に、クラースはロングソードを取り出した 「さあ…剣の稽古の時間だ。」 「だ、大丈夫なのかな…俺。」 ロングソードを両手で持ち、才人は目の前の相手を見つめる そこには、ギーシュが作り出したワルキューレが一体佇んでいる 「準備は良いか……よし、始めてくれギーシュ君。」 「解りました…行くよ、才人。」 クラースの言葉に、ギーシュはワルキューレを操りはじめた 剣を構え、ワルキューレは才人に接近する 「わっ、来た!?」 向かってくるワルキューレ…一気に間合いをつめ、剣を振り下ろしてくる 咄嗟に才人は剣を構え、ワルキューレの攻撃を受け止めた 「くっ…このっ!!」 左手のルーンが輝く…受け止めた剣を弾き返し、バックステップで才人は後ろに下がった そして、反射的に決闘の時に見せたあの技を繰り出す 「魔神剣!!!」 剣を振り払うと、剣圧がワルキューレに向かって地面をかけていく その一撃を受けたワルキューレは、ごとんと地面に倒れこんだ 「おおっ、あれだ…あの時、僕のワルキューレを吹き飛ばした…。」 ギーシュはまたあの技を見て驚いていた…それはルイズも同じである 「あれって、一体どういう仕組みで放てるの?魔法?」 「そうだな…解りやすくいえば闘気と言う、人間の中にあるエネルギーを剣に集中させ、剣圧として飛ばしているんだ。」 解るような、解らないような…とりあえず、魔法とは違う事は理解した その間に才人はワルキューレに接近すると、続けて技を繰り出す 「飛燕連脚!!!」 二連撃の蹴りと剣による突き…その攻撃に、ワルキューレは破壊される 「ああ、僕のワルキューレが…。」 「はぁ、はぁ、はぁ…ふぅ。」 落ち込むギーシュに対し、才人は呼吸を整えて剣を振るう 一度、二度…と剣を振り回し、最後はくるりと回して高々と掲げる 「それにしても…まさか、僕のワルキューレを使って剣の稽古とはね。」 そう、ギーシュが此処に呼ばれたのは、才人に剣の稽古をさせる為だった クラースが帰ってきた時に、彼は彼らしい長い謝罪を行った その全てを振り返ると長くなるので省略すると、彼は何でもすると言ったのだ 自分に出来る事でお詫びがしたいと…その結果がこれである 「ほぼ実戦に近い状況で才人を鍛えられるからな…今後の為に鍛錬は必要だ。」 この未知の世界にある脅威…それに備える為に いざという時は、才人は自分自身でその身を守らねばならないから 「さて…ギーシュ、次を出してくれ。」 「解りました…今度は負けないよ、サイト。」 再びギーシュは才人に向かって薔薇の杖を振った 花びらが一枚、地面に落ちて新たなワルキューレを生み出す 「次か…よし、こい!!」 一体倒して自信がついたのか、剣を構えなおして才人は新たなワルキューレに挑む 相手の攻撃をかわし、慣れているかのように剣技を繰り出す 「(あの剣技、やはりアルべイン流…動きも、何処となくクレスに似ているな。)」 そんな才人の動きを見ながら、クラースは考えを巡らせる 今の彼は剣を持った事のない、素人とは思えない動きを見せている 「(まともに剣を振るえなかった彼がああなるとは…伝説のルーンの力とは凄いな。)」 クラースは左手の甲を見る…そこには、才人と同じルーンが刻まれている 同時に、オスマンから聞かされた話を思い出した 『ガンダールヴ?』 『そうじゃ、お主らの手に刻まれしルーンはかつて、伝説の使い魔に刻まれしルーンなのじゃ。』 帰って来た後、クラースはコルベール経由でオスマンに呼び出された そこで、自分と才人に刻まれたルーンが伝説の使い魔のものである事を知らされた 『そのルーンを宿した使い魔は、ありとあらゆる武器を使いこなしたという伝説があるでな。』 『成る程、コルベール教授が言っていたのはそれか…それなら、才人の事もある程度納得出来る。』 決闘の時に見せた才人の力の源を、クラースはようやく理解した が、すぐに新たな疑問が生まれる 『そんな使い魔のルーンが刻まれたのは…ルイズが召喚したからですか?』 『解らん…その辺の事は全く解らんのじゃ。何故ミス・ヴァリエールなのか…』 うーむ、とオスマンが唸る中、クラースはその答えの手掛かりについて考えた 爆発しか起こらない魔法、異世界人である自分達を召喚した… そして、伝説の使い魔のルーン…彼女は他のメイジとは違った、特殊なメイジなのかもしれない 『兎に角、お主だけには伝えておこうと思ってな…じゃが、くれぐれも…。』 『解っています…時がくるまでは誰にも言うな、ですね。』 『うむ、これが公になれば色々と不味い事になるからの…当然君達もじゃ。』 この事は、ルイズと才人にも秘密にしておいた方が良いだろう 話した所で、今はまだその事実を受け止めきれないだろうから 『ところで…ミスタ・レスター、お主等は一体何処から来たのじゃ?』 『何処と言われても…私は貴方達が言うロバ・アル・カリイエから来たのですが…。』 建前上の、本来自分達の出身地ではない東の国の名を口にする 『では、君がグラモン家の息子と決闘した際に見せたあれ…あれは一体何なのじゃ?』 『あれは…東で生み出された新たな魔法のようなものです。事情により詳しい事は言えませんが。』 召喚術の詳細を言えず、そういう事で誤魔化そうとする だが、オスマンはそれで納得したようではなく、鋭い眼差しを向け続けている 『そうなのかのぅ…ワシにはあれは魔法とは思えんのじゃがなぁ。』 『………。』 クラースは思った…この老人に、本当の事を話すかどうかを しかし、彼は学院の最高責任者で国との繋がりもある…迂闊に話さない方がいいのではないか そう思考を巡らせていた時、ノックの音が室内に響いた 『む、誰じゃ?』 『私です、オールド・オスマン。』 ドアが開き、ミス・ロングビルが学院長室に入ってくる 『王宮の勅使、ジュール・ド・モット伯が御出でになられたのでお伝えに来たのですが…。』 『おお、そう言えば今日じゃったな…忘れておったわい。』 そう言うと、改めてオスマンはクラースの方を見る 『すまんな、王宮からの使いが来たようでな…話はこれくらいにしようかの。』 『はい…では、これで…。』 取りあえず話が終わったので、クラースはすぐに退室しようとする その際、ミス・ロングビルがジッと見つめている事に気付いた 『ん、何か?』 『あっ、いえ…素敵な指輪をされていると思ったので…。』 指輪…とは、クラースが嵌めているオパールの指輪の事である 唯一の契約の指輪なのでなくさないよう、クラースは肌身離さず身につけている 『これか…これは、私が魔法を使う上で重要な術具なのでね。』 『そうですか…でしたら、さぞ貴重な品なのでしょうね。』 そう言ったロングビルの目が、一瞬獲物を狙う獣のように見えた 瞬きすると、そこには普段彼女がする美しい表情があった 『ふむ……では、オールド・オスマン、それにミス・ロングビルも…失礼。』 気のせいだと思い、二人に一礼するとクラースは学院長室を退室した しばらくして一息入れると、後ろを振り返る 『(オールド・オスマン…流石この学院の学院長をしているだけあって、鋭いな。)』 それに、普通の人とは違うオーラと言う者を纏っているような気もする 侮れない…そう思った時、扉の向こうから大きな音が響いた 『あだっ、ミス・ロングビル、年寄りをもっといたわらんかい。』 『オールド・オスマン、今回ばかりは我慢の限界です。貴方は何度セクハラすれば……。』 ロングビルの怒声とオスマンの情けない声が聞こえてくる…そこに先程の威厳は微塵も無かった 自分の勘違いだったか…等と考えつつ、クラースはその場を後にするのだった 「…生、クラース先生!!」 ルイズの声が聞こえ、クラースはそこで回想を中断して顔を上げた 「どうしたの?何か考え事してたみたいだけど…。」 「ルイズ…いや、何でもない。さて、才人の方は…。」 彼女の質問をはぐらかして才人の方を見ると、彼の周りにワルキューレの残骸が点在していた クラースが回想している間に、既に6体のワルキューレを倒していたのだ そして、七体目のワルキューレとの模擬戦も終わりを告げようとしていた 「魔神飛燕脚!!!」 魔神剣と飛燕連脚を組み合わせた奥義…それが、最後のワルキューレに炸裂する 前回同様、ワルキューレは奥義を受けて粉々に砕けちった 「ま、負けた……こうまであっさり倒されると、僕は自信をなくしそうだよ。」 今自分が作れる7体全てを倒された事に、ギーシュは軽くショックを受ける 「へへ、楽勝だ…ぜ?」 得意げになる才人だが、突然彼の身体を疲労感が襲ってきた 自身を立たせる事が出来ず、地面に尻餅をつく 「サイト、大丈夫?」 ルイズが心配そうに声を掛けるが、前のように気絶はしなかった 立ち上がろうにも身体が上手く動かせず、地面に座りこんだままになる 「な、何か急に疲労感が…何で?」 「無理をしたな…まだ十分な鍛錬もしていないのに、奥義なんか使うからだ。」 クラースはアップルグミを取り出して、才人に渡した グミを頬張る才人…疲労感もある程度なくなり、立ち上がる 「あ、ありがとうございます……で、それってどういう事ですか?」 「そもそも奥義とは、元となる特技を極限まで鍛えた上で初めて使えるものだ。」 「だから、まだ鍛錬の足りない貴方にはそれを使いこなす事が出来ない…。」 クラースの言葉を理解したタバサが補足する…その補足が正しい事を、クラースは頷いて答える 「極限までって…どれくらい鍛えれば良いんですか?」 「そりゃあ、使用率100%にすれば良いんじゃないかい?」 身も蓋もない言い方をすれば、ギーシュの言うとおりである 「まあ、君に奥義はまだ早い…鍛錬を続けるんだな。」 「はーい…まあ、こうやって剣を使うのも何か楽しいし。」 剣を振るう事に楽しさを覚えた才人は、剣を振り回す 素人に比べれば上なのは確かだが、クレスに比べるとまだまだ動きが雑である 今はまだ見習い剣士…しかし、今後も鍛えればそれなりに上達するだろう 「ああ、此処でしたか。」 そんな時、本塔の方からコルベールが此方に向かってやってきた 「コルベール先生、どうして此処に?」 「いえ、ミスタ・レスターが此処にいると聞きましてね…それにしてもこれは?」 眼鏡を掛けなおしながら、コルベールは散乱するワルキューレの残骸を見る 「ああ、才人の鍛錬にとね…彼のワルキューレを使わせてもらった。」 「結果は、僕のワルキューレが前回同様全部やられましたけどね。」 「ほほう、それはすごい。流石はガンダー…モガッ!?」 危うくガンダールヴの事を話しそうになったコルベールの口を、クラースが止める 「えっ、何?ガンダー…。」 「気にしなくて良い、こっちの話だ。そんな事より…コルベール教授、私に何か用かな?」 「モガモガ…は、はい、今日もミスタ・レスターの話を伺いたいと思いまして…。」 一言一言を強調した言い方に、自分の失態に気付いたコルベールは本題に移った 彼は時折、クラースから色々と故郷の事について話を聞きにやってくる 情報交換の為、故郷の事をはぐらかしながら彼との交流を行っていった 「そうか…皆、今日は此処までだ。私はコルベール教授の所に行ってくる。」 「解ったわ…でも、この前みたいに夜遅くまでにはならないでよ。」 了解…と答えると、クラースはコルベールと一緒に彼の部屋へと向かっていく そしてこの場がお開きになったので、4人もそれぞれの場所に帰っていった 「うーむ……遅くならないようにとは言ったんだがな。」 その日の夜、そろそろ学院の者達が眠りに着く時間…… 女子寮へ向かって歩きながら、クラースは呟く コルベール教授と話しているうちに、すっかり夜が更けてしまった 「色々興味深い話は聞けたが…これでは、またルイズに説教されてしまうな。」 頭の中で自分が説教される姿を浮かべ、苦笑するクラース そろそろ女子寮が見える…そんな時、ドサッという音が聞こえた 「ん、何だ?」 それは女子寮から聞こえ、気になったクラースは足を速める その間にも、小さな悲鳴と共に再び落下音が聞こえてきた 「まただ…一体何が…。」 ようやく女子寮が見え…クラースはジッと暗闇の先を見てみた すると、女子寮の前で男が二人、黒焦げになって倒れていた 服装からして、学院の男子生徒のようである 「これは…まさか、何者かが学院に…。」 一瞬、そう思ったクラースだったが…… 「キュルケ、そいつは誰なんだ!恋人はいないっていってたじゃないか!!」 突然、上空から声が聞こえ…クラースは上を見上げた 女子寮の三階付近…ある一角で三人の男子生徒が浮かんでいる 「なんだ、あれは…一体何をしているんだ?」 まさか、覗き…だとしたら、何て大胆な その間にも押し合い圧し合いしながら何か叫ぶ彼等だが、突如炎が彼らを襲う 炎に飲まれ、魔法を維持できなくなった彼等は地面に落下した 「おおっ、落ちた…大丈夫なのか、彼等は?」 放っておく事も出来ず、取りあえず彼等の元へと駆け寄ってみる 焼かれて三階から落ちたにも関わらず、一応彼等は生きていた ピクピクと動く5つの物体…その一つにクラースは近づく 「おい…大丈夫か?」 「畜生、キュルケの奴…やっぱり俺の事は遊びだったんだな。」 クラースの言葉が聞こえてないのか、生徒は独り言を呟く キュルケの名が彼の口から出たので、他の四人を見てみる 「よく見れば…全員キュルケの取り巻きの男子生徒達だな。」 恋多き女性を自称するキュルケが、何人もの男子生徒をキープしているのを知っている 此処にいるのは、よく授業や食事の時などに彼女とよくいる美青年達だ 「んん…あっ、お前はゼロのルイズの使い魔!?」 その時、倒れていた生徒がようやくクラースの存在を認知した 「ようやく、私に気付いたようだな…大丈夫か?」 「くそぉ…あんたももう一人の使い魔みたいにキュルケとよろしくやるつもりなんだろ?」 「もう一人の使い魔…才人の事か?彼がどうしたんだ?」 「とぼけるなよ、さっきもう一人の使い魔がキュルケと一緒にいるのを見たんだぞ。」 彼の話から察するに、今キュルケの部屋には彼女と才人がいるらしい こんな夜遅くに、歳若い少年少女が一緒とは… 「教育上良くないな…ルイズとの事もあるし、見過ごすわけにはいかんな。」 キュルケとルイズの家の関係を思い出し、女子寮の中へ入ろうとする その前に、此処に倒れた五人を放っておくのは忍びない 「そうだ…君、彼等にこれを食べさせてやってくれ。」 クラースは道具袋からアップルグミを取り出し、五つ分を彼に渡す 「それを食べれば元気になる…君の分もあるからな。」 じゃあな、と後の事をその生徒に任して女子寮の中へと入っていった この少年がギムリである事をクラースが知るのは、まだ先の話である 「さて…此処に才人がいると言われて来てみれば…。」 女子寮に入り、三階に上がってキュルケの部屋の前にクラースはやってきた 中に入ると、際どい下着をつけたキュルケ、その彼女に押し倒されている才人がいる 「あら、ミスタ・レスターじゃありませんか。」 「く、クラースさん…助けて……。」 キュルケの胸に埋もれながら、クラースに助けを求める才人 そんな彼の姿に、クラースはため息を吐いた 「まったく…見損なったぞ、才人。まさか君がそんなに節操がない男だったとは…。」 「ち、違いますよ。俺はただ、帰りが遅いクラースさんを迎えに行こうと思って…そしたら…。」 キュルケのサラマンダーに捕まり、此処に連れ込まれてしまった… そう言おうとした時、キュルケが更に胸を押し付けた 「見ての通り、私達は取り込み中ですの…何でしたら、ミスターも一緒に如何ですか?」 「悪いが遠慮させてもらうよ。それに才人にとっても教育上良くないから連れ帰らせて貰う。」 即答すると、クラースは二人に歩み寄ってあまり乱暴にならないように引き剥がした 「さあ、帰るぞ才人…こんな所ルイズに見つかったらどやされるぞ。」 「は、はい…でも、どやされる前に手と足が出そうですけど。」 彼女が怒ると言葉より先に手と足が出る事は、才人自身が身をもって経験している 違いないな、そう言って二人はキュルケの部屋から立ち去ろうとする 「ちょっと、お待ちになって…ミスタ・レスターは読書がお好きなのですよね。」 帰ろうとする二人を呼び止めると、キュルケは近くにあった箱に手を伸ばした がさごそと中身を探し、その中からあるものを取り出す 「でしたら、これを差し上げますわ…私には不要な物ですので。」 「ん、それは?」 「これは『召喚されし書物』と言って、我が家の家宝ですの。」 そう言って、手に持っている本をクラースに差し出す 気になったクラースはそれを受け取ると、どんなものかと見てみる 「召喚されし書物って…どういう本なんだよ。」 「何でも、魔法の実験中に偶然召喚された物だそうよ…それを、私のおじい様が買い取ったの。」 「……これは鍵が掛かっているな。」 よく見ると、これはケースになっていて問題の本はこの中に入っているようだ だが、クラースの言うとおり鍵が掛かっているのでケースは開かない 「鍵なら此処にありますわよ。」 何時の間に忍ばせていたのか、胸の谷間からケースの鍵を取り出す わざわざ本体と鍵を分けたという事は、単にプレゼントするというわけではないらしい 「成る程、本体はくれると言っても鍵までとは言ってないな…で、交換条件は?」 「察しが良いですわね。今宵私と付き合っていただければこの鍵を差し上げますわ。」 キュルケとしては、クラースを自分の男にしたいとの魂胆である 周囲の男子生徒や教師とは違うその知的な所と魔法、そして大人の雰囲気に惹かれたからだ えっ、俺は…等と呟く才人を他所に、クラースは本をキュルケに突き出す 「そういうのならお断りだ…これは返す。」 キュルケに本を押し付けると、才人を連れて出て行こうとする 断られると思わなかったのか、彼女は目を丸くして驚く 「えっ、ちょっと…ミスターはこの本が欲しくないの?」 「気にはなるが、そうまでして欲しくはないな…それに、後が怖い。」 女の怒りと恨みは恐ろしい事を、クラースは32年の人生から熟知している それでも諦めきれないキュルケは、自身の胸をクラースに押し付ける 「そう仰らずに…私、ミスターに十分すぎるほどの興味を持っておりますの。」 「だから、私は……ん?」 しつこいキュルケを一喝しようと、クラースは振り返る だが、その時初めて彼女が指輪をしている事に気づいた 「キュルケ、その指輪は?」 「これですか?これはこの本と同じく我が家の家宝の一つ、炎のガーネットですわ。」 そう言って、彼女は指に嵌めたガーネットの指輪を二人に見せる 蝋燭の炎に照らされ、宝石は淡い輝きを放っていた 「炎のガーネット?それって唯の指輪じゃないの?」 「ええ、火の魔法の効果を高める作用があるの。普段はおめかし位にしか使ってないけど。」 自分の魔法には自信があるから…ドーピングのような真似はしたくないらしい ふーんと何でもないように見つめる才人に対し、クラースはジッと指輪を見つめている 「それは…そのガーネットの指輪は……すまん、ちょっと見せてくれ。」 急にクラースは態度を一変させ、指輪をよく見ようと近づいた だが、そんなクラースにキュルケは抱きつき、顔を近づける 「ただでは見せられませんわ…ねぇ、ミスター?」 「いや、だからその指輪を……。」 クラースの喰い付きに、ここぞとばかりに色気を振りまくキュルケ 先程のように振りほどこうとせず、クラースは戸惑いを見せている 「クラースさん、どうしたんですか?その指輪が一体……。」 才人が尋ねようとした時、後ろのドアが突然開いた 誰だろう…と、才人が振り返り、それを見て驚いた 「る、ルイズ!?」 入ってきたのは、ルイズだった…しかし、それだけで才人が驚いたわけではない 彼女は今、誰から見ても解る様に、どす黒いオーラを身にまとっている クラースもキュルケも、ルイズが入ってきた事に気づいて振り返る 「ルイズ、丁度良かった。実は彼女が……。」 クラースが何か言おうとしたが、彼女の気を察知して何も言えなくなった その間に、ルイズがずかずかと二人に近づいていく 「クラース先生…この馬鹿犬なら兎も角、まさか貴方がツェルプストーの色香に惑わされるなんて。」 「ま、待てルイズ、私は唯彼女の指輪が……。」 「物につられたってわけ!!!」 更に怒り出すルイズ…普段人の話を聞かない彼女は、怒ると更に話を聞かなくなる 取りあえずキュルケから離れると、才人に話を振った 「才人、キュルケの指輪に見覚えがないか?」 「ええっ、ちょっと…何も俺に話振らなくても。」 「そうじゃない、よく見てみろ。」 そう言われて、才人はジッとキュルケの指にはめられた指輪を見る 蝋燭の火によって淡い輝きを見せるガーネットに、才人も気付いた事があった 「あっ、そう言われると何処かで見た事が………ひょっとして!?」 「ああ、間違いないと思う…まさか、こんな近くにあったとは。」 二人の会話にキュルケは疑問を浮かべるが、相変わらずルイズは怒ったままだ 「ちょっと、サイトも先生も…この期に及んで言い逃れする気?」 「ルイズ、昼間話しただろう。私の召喚術は契約の指輪を使って行うものだと…。」 「それと今の状況が何の関係があるのよ!!」 怒っているルイズには、クラースの言葉を理解する事が出来なかった 仕方なしに、才人がルイズに解りやすく伝える 「だから、今キュルケがしてんのがクラースさんの契約の指輪かもしれないって事だって。」 「それがどうしたって……えっ、ええ~~~~~!!!!!!」 才人の言葉に、ようやくルイズも理解できたらしく、大きな声を上げる 三人の視線がガーネットの指輪に集い、キュルケ自身もそれを見つめる 「これが、ミスタ・レスターの?でも、これって先祖代々から続く品だと聞いていますけど?」 「まあ、似ているだけかもしれんが…ちょっと貸してみてくれないか?」 手を差し出し、クラースはガーネットの指輪を渡すよう頼む だが、キュルケはそんなクラースの手から指輪をはめた手を遠ざける 「構いませんけど…タダで、というのも味気ないですわね。」 「ツェルプストー、あんた…。」 ルイズの反応を見て笑みを浮かべながら、彼女は少し考える しばらくして、「そうだわ」という声と共に、ある考えが彼女の脳裏に閃いた 「私のお願い事を聞いて下されば、この指輪を貸してあげますわ…何、簡単な事ですから。」 「お願い事?」 「そう、明日は虚無の曜日、つまりお休みだから……フフフ。」 三人に向けて、キュルケは微笑む…蝋燭の火に照らされたその微笑は、とても艶美なものだった 前ページ次ページTALES OF ZERO
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前ページ次ページZero ed una bambola ゼロと人形 夜も深け舞踏会もそろそろお開きになろうかとしていたとき、ルイズは一足先に会場を抜け出していた。 部屋に戻る途中に一人のメイドとすれ違う。 「あれ? シエスタ?」 声をかけられたシエスタは足早にその場を去ろうとした。 「ちょっと! まちなさいよ!」 ルイズはその場から立ち去ろうとするシエスタの手を掴み引き止める。手を掴まれてしまい、慌ててしまう。 ―怖い、怖いのだ。だってこの人はあの――の主人。この人の傍にはアレがいつもいるから…… ― シエスタは顔を強張らせ辺りを見回す。 「な、何よ。何か言いたいことがあるのなら言いなさいよね」 そんなシエスタにルイズは苛立ちを感じ、声を荒げた。 だがシエスタはそれには答えず、何かがいないのを確認した。 ―よかった。周りには誰もいない、一人のようですね。― 「あの…はいないみたいですね」 シエスタは小さな声で呟いた。だがルイズの耳はそれを聞き逃さない。 「え? 何、聞こえない」 ルイズはすぐに聞き返す。シエスタは少し驚いたような顔をした。 ―しまった。思わず口に出てしまったみたいです。どうしようか。話をはぐらかそうか、それとも思い切って言ってしまおうか。 忘れられない……あの子が私に笑いかけてくれたあの笑顔。 忘れたい……私を殺そうとしたあの子の血まみれの笑顔。 ああ、ミス・ヴァリエールが睨んでくる。この方はこの苦しみなんて知らないのでしょうね。あの子の主人なのに…。― シエスタは恐る恐る口を開き、言葉を紡ぐ。 「あ、あの…ば、化け物は…い、いないみたいですねと言ったのです」 言ってしまった。もう後戻りはできない。 「今何ていったの。化け物? デルフリンガー…あの喋る剣のことではないわよね?」 ルイズは化け物が誰を指すのかある程度は予想できた。だが認めたくはないのだ。アンジェリカと仲の良かったシエスタの口からそんな言葉が出てくるなんて……。 「いえ……違い…ます」 顔を俯かせながらか細い声でそうではないと言うシエスタ。 「まさかアンジェだって言うの?」 心の奥底でシエスタに首を左右に振って欲しいと願うルイズ。だがシエスタはコクンと頷きルイズの言葉を肯定する。 ああ、やっぱり。ルイズはこの返答を予測していたが到底認められるものではない。 「あ、アンジェが化け物ですって?」 顔を真っ赤にしてルイズはシエスタに詰め寄る。 ―違うの! 私が言いたいのはそんなことじゃない!― 化け物なんて…ほんの少しでもそう思ってしまった自分を恥じるシエスタ。だがもう遅い。彼女の瞳には手を振りかぶるルイズの姿が映った。 それを目にした彼女の顔が見る見るうちに恐怖に染まっていく。そう、まるでいつかの光景を思い出すかのように……。 「あ、いや」 今のシエスタにとって相手が誰であるかは関係がなかった。ただ恐怖に身を震わせ、言葉もまともに発せない。 だがルイズは熱くなっていた。感情に身を任せ、急に泣き出したシエスタを気に留めることなく振りかぶった手をシエスタの頬に打ちつける。 頬を打たれたシエスタは悲鳴と共にその場に倒れこむ。 「あんたに…あんたに何がわかるのよ!」 顔を真っ赤にしたルイズは床に倒れこんだシエスタに怒鳴りつける。 我を忘れたシエスタだったがルイズに頬を打たれ直ぐに正気を取り戻した。 ―この人は何を言っているのでしょうか。あの子の何を知っているというのですか。 もう止められない。悪いのは、何も知らないこの人だ― シエスタの中で沸々と怒りが込み上げてくる。 「あなたこそ何がわかるというのですか!」 身に受けた恐怖と貴族に楯突くという二つの恐怖を押さえ込み、有らんばかりの勇気を振り絞ってルイズに言い返したシエスタ。 「あの子が…アレが何をしたのかご存知なのでしょう?」 ―あなただって何も解らないくせに! 何も知らないくせに!― 「知っていますか。知っていますよね? 私を殺そうとしたことも!」 ―あの現場にいなかったくせに! 自分は何もしていないくせに! いつも威張っているだけの貴族だけの癖に!― もはやシエスタの心には恐怖心しか残っていなかった。アンジェリカやルイズと共に過ごした短いながらも楽しい日々の記憶はその恐怖心に打ち勝つことなどできなかった。 シエスタは恐怖に負けまいと、己の心の平穏の為にはアンジェリカから離れる、いやルイズと決別するという選択肢しか選ぶことができなかったのだ。 「何よ。何言ってるのよ」 シエスタの言葉にルイズの頭は一気に冷え込む。知りたくもない、忘れたいモット伯の屋敷での惨劇での事実。全てはなかったことに……そして事件前の、あの楽しい生活に戻りたいルイズにとってそれは認められないことだった。 「知らない、そんなの知らない! アンジェは何もしてないもん! 全部嘘よ。そう嘘ね! 嘘ばっかりついて…許さない!」 ルイズは真実から目を逸らす。そう、シエスタの言葉は到底受け入れられない。受け入れられないのならどうすればいいのか。捻じ曲げればいい。 己の都合のいいように強引に解釈しようとするルイズ。シエスタは嘘をついていると……。 再び我を忘れたルイズは目に留まった花瓶を両手で掴むと、シエスタに投げつけようと頭の上に持ち上げた。 「ルイズ! 何してるのよ!」 騒ぎを聞きつけたキュルケがルイズを止めようと割って入る。 キュルケに止められ、シエスタにぶつけようとした花瓶は幸いにも誰にも当たることなく床にぶつかり砕け散った。 「うるさい! キュルケには関係ないでしょ!」 キュルケに後ろから抱きしめられじたばたとルイズは暴れる。 「馬鹿! 落ち着きなさいよ」 キュルケはルイズをなだめようとするがルイズは喚き暴れる。仕方なく彼女の目の前にいるシエスタに話しかけた。 「ちょっとそこのあなた。早く行きなさい」 シエスタはその場で固まって動けないでいた。 「早く!」 キュルケが大きな声を出すとようやくシエスタは起き上がり、小走りにその場を去っていく。 それを見届けキュルケが力を緩めるとルイズはようやくキュルケの腕の中から逃れたのだ。 「ルイズ、あなた正気? 自分が何をしていたのかわかって?」 ルイズに怒るのではなく、まるで諭すように話しかけるキュルケ。ルイズはムスッとした表情のまま答える。 「だって…だってシエスタがアンジェのこと悪く言うんだもん」 ルイズの答えにキュルケは呆れ果てる。 「ねぇルイズ。最近あなたアンジェちゃんが絡むとおかしいわよ」 「おかしくないもん! キュルケだってアンジェによくかまうじゃない」 キュルケは首を左右に振りルイズに語りかける。 「確かにアンジェちゃんは可愛いけどね。あのメイドの子は何をいったの?」 「知らない。あいつアンジェが化け物とか言うんだもん」 ルイズは頬を少し膨らませて答える。まるで子供のように……。 「化け物…ねぇ。あたしもあの子のことが少し気味が悪いと思うことだってときどきあるけど…」 キュルケの言葉を聞きルイズは愕然とする。まさかシエスタに続きキュルケまでもが……。 「ルイズ? 勘違いしないでよね。だからと言って別にあの子が嫌いというわけじゃ…」 「うるさい! もう放っておいてよ…」 ルイズはキュルケの手を振り払い自室に戻ろうとする。今頃部屋で横になっているであろうアンジェリカの顔を見るために。 「ちょっとルイズ!」 ルイズの背中に声をかけるも振り向くことはない。 「聞きなさいよ! ねえ! あなたにとってあの子は何なの! 使い魔? それとも…」 ルイズは懸命にキュルケの声が聞こえない振りをした。 自室に戻り部屋の扉を閉める。キュルケは扉越しにまだ何かを言っていた。両手で耳をふさぎ聞こえないように努力する。 「聞こえない。何も聞きたくない!」 ベットにはアンジェリカが寝ている。舞踏会に行く前にベットに寝かせてから変わった様子はない。 「アンジェは…私の大切な…大切な……」 ルイズは自分に言い聞かせるように呟きベッドに倒れこむ。 意識のないアンジェリカをギュッと抱きしめそっと耳元で囁く。 「アンジェ、ずっと…ずっと一緒にいようね?」 Zero ed una bambola ゼロと人形 「ルイズ! ルイズ! 最後まで聞きなさい」 キュルケは部屋に篭ったルイズにしばらく扉越しに声をかけていたが、全く反応がない。 「何よ! 子供みたいにはぶてちゃて…」 声をかけるのを止め、部屋に戻ろうとしたキュルケだったが、何処からかすすり泣く声が聞こえる。 「空耳…ではなさそうね」 どうやら声は近くから聞こえるではないか。どうしたものかと悩むよりに先に体が動いてしまう。 「我ながら損な性格よねー」 つまりキュルケは困っている人間を見ると基本的に放って置けないお人好しなのだ。 声の発生源は意外と近く、廊下を曲がった先から聞こえてきた。 「あら?」 泣いていたのは先ほどルイズに暴行を受けていたあのメイドだった。 「ちょっと、大丈夫?」 ―全くルイズったら……あの子の尻拭いも楽じゃないわ。 ― キュルケはメソメソ泣いているメイドの顔をこちらに向ける。 「頬っぺたが真っ赤になってるわね。少し待ってなさい。氷を持ってくるわ」 手ひどくやったものね。これでは泣いてしまうのも当然だ。 キュルケ自身は彼女が微熱と名乗ることからわかるように魔法で氷など作ることはできない。作れるとしたら友人のタバサだ。 「タバサ! ちょうどいいところに」 運良くタバサは直ぐに見つけられた。 「何?」 「ちょっと氷がいるのよ。魔法で作ってくれない?」 特に理由は説明せずにタバサに頼み込むキュルケ。タバサはコクンと頷き杖を構える。 「どのくらい」 「ほんの少しでいいわ」 杖を振るい氷を作り出すとキュルケの手のひらに載せる。 「ありがとうタバサ」 キュルケはお礼代わりに軽くタバサを抱きしめる。 「別にいい」 抱きつくキュルケを引き離しながら無愛想に答える。 キュルケはタバサと別れ、頬を赤くしたメイドの下へ戻った。 「ほら、これで冷やしてなさい」 キュルケはハンカチに包んだ氷をメイドの頬に優しく宛がう。 「申し訳ありません。ミス・ツェルプストー」 氷を受け取ったメイドはキュルケに頭を下げる。 「いいのよ。ところであなた、名前は何というのかしら?」 名前を聞かないと呼び辛いとばかりに尋ねた。 「あ、すみません。シエスタと申します」 シエスタの名を聞いたキュルケはあることを思い出した。 「そういえば…あなたよくアンジェちゃんと一緒にいなかったかしら?」 最近一緒にいる姿を見ないと、そう聞いてみようとしたキュルケだったが目の前ではポロポロとシエスタが涙をこぼし始めたではないか。 「え!? 何? どうしたの?」 突然泣き出したシエスタにキュルケはオロオロとしてしまう。 「わ、私酷いこと言っちゃたんです。アンジェリカちゃんのこと…化け物だって、ミス・ヴァリエールに…」 シエスタはルイズに殴られた痛みで泣いていたのではない。自らの失言を後悔して泣いていたのだ。 「何が…何があったの? 教えてもらえないかしら…」 あの夜何が起こったのか……その全容を知ることになったキュルケは……。 Episodio 27 Dividendo, ogni pensiero 決別、それぞれの想い Intermissione 「何か勘違いしておらんかのう?」 ロングビルの反応にコルベールは少し慌てるものの、オスマンは余裕を持って彼女の誤解を解こうとする。 「わしらは君を処罰するつもりはないんじゃが…」 オスマンの言葉を聞いたロングビルは唖然とする。まさか自分の正体を知っていながら処罰しないなどありえない。一体何を考えているのか。 「理解できないといった顔じゃな。まぁ逆の立場じゃったらわしも理解できんしのう」 呆然としていたロングビルはゆっくりと口を動かす。 「な、何が目的なの?」 当然の疑問だ。土くれのフーケと知りながら何もしないなんてありえない。 「まさか!?」 思わず声を出してしまう。そう彼女には思い当たる節があるのだ。オスマンの目的、それは……。 「ど、どうしたんじゃ?」 オスマンが声をかけるもロングビルは覚悟を決めようと目を瞑る。 一時の恥辱など命と引き換えならば耐えられる、いや耐えなければならないのだ。生きてティファニアに会うために。 「ミス・ロングビル?」 どこか思いつめた表情を見せるロングビルにコルベールは思わず声をかける。 「どうぞ、お好きになさって下さい」 覚悟を決め、言葉を吐き出す。 「ミス・ロングビル。何を…」 言葉を返すコルベールにロングビルは唇をグッと噛む。 「わたくしの身体が目的なのでしょう? 日頃の言動から容易に想像できますわ。命に…命には代えられませんもの」 コルベールはオスマンを睨み、オスマンは慌ててロングビルに弁明する。 「ミス・ロングビル! 何もしない、何もしないからのう! コルネール君、そんな目でわしを見ないで!」 コルベールは呆れて溜息をつく。 「コルベールです、オールド・オスマン。それと、彼女にちゃんと説明しなければいけませんね」 前ページ次ページZero ed una bambola ゼロと人形
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ルイズは困惑していた 春の進級試験、使い魔召喚の儀式にて 周囲や彼女自身の予想を裏切って、彼女は意外なほどあっさりと召喚を成功させた そしてルイズは困惑していた 目の前の召喚された使い魔となる生物を見て ソレに不満があったわけではない、目の前に居るそれは召喚の成功の証 自分の魔法の初めての成功の証であり、ルイズの心は未だ踊りだしたいくらいの歓喜に震えている しかし・・・ルイズは不満こそ無いものの、不安に支配されかけていた それは小さかった 自分の膝の高さくらいの小さな人型、そしてとても華奢に思える細さだった そしてその顔は一言で言うならば・・・そう、『虚無』だ その眼は空洞だった、覗くと吸い込まれてしまいそうな暗闇を秘めた空洞 一切の光も意思も見られない空洞・・・まさしく『虚無』と言い表すに相応しい眼だった だが何より不安を感じていたのは『コントラクトサーヴァント』の成否だった 契約を成功させる自信はある 自分は召喚を成功させたのだ、今の自分に契約を失敗することなどありえない そう・・・口付けを交わせればの話だが 使い魔候補の生物は小さくて華奢な人型で、虚無と呼ぶ他無い暗闇そのものの眼をして 全身から縦横無尽に針が生えていたのである それから暫くして、教え子の初めての成功に喜び、彼女を賞賛しようか これから待ち受ける試練に向けて激励しようか、悩んで複雑な表情を浮かべた引率教師コルベールに促され ルイズは目を閉じ、ひょっとこのように口を限界まで前に押し出し、意を決して契約に挑んだ 「ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」 青空の下、少女の悲鳴が木霊した 見た目貧弱な使い魔といえ、”ゼロのルイズ”とバカにされ続けた少女が初めて成功させた魔法 陰ながら誰より彼女を認めていたキュルケやコルベールは言うに及ばず 日頃から彼女をバカにしていた級友たちですら、この勇気ある行為に踏み切ったルイズを心の底から賞賛したという その使い魔は小柄な身体から察せられる通り、機敏に動いた 主であるルイズの目を放した隙に、あちこちに出歩いて学院のあちこちで目撃情報が寄せられる 慣れれば可愛らしくもあり、妙に愛嬌のあるそれは密かに学院中で人気を集めていた 「・・・あんた何やってんの」 食堂で足元に現れた食後のデザートを乗せたトレイに向かって話しかける その姿はトレイに隠れてまるで見えないが、ルイズにはすぐ分かった これが自分の使い魔だと 指も無い手だったが、意外と器用だった 針が指代わりになっているのだろうか、などと考えたりするが、観察してもよく分からないので深く考えないことにした 「申し訳ありません、ミス・ヴァリエール、私も止めたのですが・・・」 メイドのシエスタだ、この使い魔に時々水を与えてくれる姿を目にする 使い魔も随分と懐いてるようだし、この使い魔の身体じゃ迂闊に触れて止めようともできなかったろうことを考えると 使い魔がデザートの配膳してるくらい別に構わないと思った、自発的に行っているのも本当だろうし 「いいわよ、別に。 好きにやらせてあげて、でも呼んだらすぐに来なさいよ?」 使い魔はクルリとその場で一回転して返事をして、そのままデザート配膳に戻った それから程なくして、モンモランシーともう一人の少女の怒号と酒瓶の割れるような音が二発響き 何事かと思って見に行けば 逆ギレしたギーシュが使い魔にイチャモン付けていた 要約すると ギーシュがモンモランシーから貰った香水の瓶を落とした→使い魔がそれを拾ってギーシュに返そうとしたがシカトされた →それを見たケティ(下級生)がギーシュの浮気を知りギーシュをワイン瓶で殴打→モンモランシーもまた同じく →「君が香水の瓶なんて拾うからこうなったんだよ」と使い魔に責任転嫁するギーシュ →すっとぼけた様な表情を浮かべ沈黙したままの使い魔になんかムカムカしてきてついに決闘騒ぎに どうやら先に受けたケティとモンモランシーの酒瓶攻撃で酔ったらしい、大人気なくも使い魔相手に決闘を申し込んだギーシュは既に半分正気では無かった そんな奴の相手をすることは無いと思い主として当然使い魔を連れ帰ろうとした 「ほら行くわよ、あんな奴の戯言に付き合うことなんてないわ・・・ってちょっとアンタ」 使い魔はヴェストリの広場に向かうギーシュ(と彼に肩を貸す友人たち)の後を追おうとしていた 「アンタご主人様の言うこと聞いてないの!? あんな酔いどれに一々付き合うことなんて無いんだからとっとと帰るわよ!!」 しかし使い魔は首を縦に振らなかった(見た目からして首が回ったりするようには見えなかったが) 『売られた喧嘩は買うもんだ』と言わんばかりに何やら好戦的なオーラを漂わせていた 本来なら腕ずくでも止めるべきだったが、それは出来なかった、何せ針だらけだったから・・・・・・ 後でシエスタから聞かされたことだが、ギーシュは使い魔に対する八つ当たりの中で”ゼロのルイズ”と何度と無く私を中傷していたらしい (ひょっとして使い魔のあのオーラは、私の為に怒ってくれてたのかな・・・?)と思うと少し嬉しくもあった ヴェストリの広場はギーシュに対するブーイングで割れんばかりだった 二股がバレて逆ギレしたギーシュがルイズの愛くるしい使い魔を虐待して鬱憤晴らしをしようとしていると聞いた女子生徒が押し寄せたのだった そんな中でギーシュはすっかり酔いも覚めて正気に戻り見え張ってポーズ決めているものの 内心では数分前の自分をワルキューレでボコボコにしたい気分だった しかし一度宣言した手前、もう後には退けない、泣き出したいのを堪えてワルキューレを一体呼び出す (少し軽く小突いて適当に切り上げよう、ごめんね使い魔君・・・) 明らかに非力な目の前のルイズの使い魔にギーシュは心の中で懺悔する しかしもう遅い、彼はこの後更に激しく懺悔を繰り返すことになる ギーシュはドットクラスといえゴーレムを作り操る手腕はそれなりにあった 対する相手は”ゼロのルイズ”の使い魔、勝敗は誰の目にも見えて明らかかと思われていたが・・・ ギーシュのワルキューレはルイズの使い魔に全く有効な一撃を与えるに至らなかった ルイズの使い魔は機敏に動き回り、ワルキューレの攻撃をかわしていた そのスピードはあまりに速く、逆に緩慢に動くような残像を見せてギーシュを翻弄した ワルキューレを体当たりさせようとすれば避けられて、徐々にだが精神力を消耗するギーシュは次第にまた苛立ちを募らせていった しかも集まったギャラリー(女子生徒)はルイズの使い魔の思わぬ活躍(避けてるだけだが)に歓声を上げている それが更にギーシュの苛立ちを増してゆき、冷静さを失わせていた (くそっ・・・こうなったら複数のワルキューレで取り囲んでボコボコにしてやる!!) さっきまで懺悔してたものがいつの間にかこうである しかしギーシュを責められたものでもない、確かに散々翻弄されまくって目の前の使い魔のとぼけたような顔はなんかムカつく ギーシュの手にした薔薇の造花・・・彼の杖の花びらが舞い散り、地面に落ちて更に6体のワルキューレが錬製されてルイズの使い魔を取り囲んだ しかしルイズの使い魔は7体のワルキューレの包囲網を小さな身体で掻い潜り、回避し続けていた 一見すると防戦一方のこの戦いだったが、駆けつけた彼の主であるルイズ、屋根の上から観戦していたキュルケとタバサを初めギャラリーの中の何人かも気付いていた 回避行動ばかり続けるルイズの使い魔が、その合間合間に【何かを束ねている】ことに・・・ 「ハァ・・・ハァ・・・くそッ!!」 息切れし、悪態をつくギーシュが攻撃の手を休めた時、ルイズの使い魔の虚無の闇を秘めた様な眼が光ったように錯覚した 次の瞬間、ワルキューレの一体がヒビ割れて崩れ落ちる 誰もが呆然とした、ほとんど何の前触れも無く、否、無数の風を切る音が聞こえた次の瞬間ワルキューレがバラバラに砕け散ったのだ 「え、何?何が起きたの・・・?」 「ギーシュのワルキューレがいきなり砕けたぞ!?」 「ルイズの使い魔がなんかしたのか?」 「まさか・・・」 突然のことにギャラリーも驚きを隠せない 対峙するギーシュは自分の精神力が尽きたのかとさえ思ったが、他の6体は正常 ルイズの使い魔に何が出来るとも思えない、周囲の女子生徒の放った風魔法かと思ったが 風を切る音は確かに目の前で発生したもの、となると信じられないがルイズの使い魔が何かしたものと思っていい ここにきてギーシュは”ゼロのルイズ”の使い魔と侮ることをやめ慎重に距離を取り、周囲に4体のワルキューレで壁を作り 残る2体で攻撃を再開した しかし相変わらずワルキューレによる体当たりは回避されるばかり それでもギーシュは目を凝らしてルイズの使い魔が回避の合間に何をしているのかを見極めようとした そして気付いたのだ (あいつ・・・【何かを束ねている】・・・? 抜いてる・・・? 自分の針を・・・・・・???束ねて・・・・・・!?) ルイズの使い魔は束ねた千本の針を飛ばし、ワルキューレの全身に突き立て粉砕した その恐るべき破壊力の正体を知りながら、妙にギーシュは冷静に疑問を浮かべていた (あんなに抜いて束ねてるのに見た目は変わらないなんて・・・凄いスピードで生えてるのか?) そんなことを考えてるうちに攻撃にまわしたもう1体も破壊された またも自分の身体から針を抜き束ね始めたルイズの使い魔の姿に正気に戻されたギーシュは慌てて命令する 「ワ、ワルキューレッ!奴を止めろッ!!」 2体を再び攻撃に転じさせ、残る一体を自分の護衛に残す しかし相変わらずの回避、回避、回避、回避、回避・・・・・・・・・・・・? (・・・長過ぎるんじゃね?) いくらなんでも長過ぎる、さっきまでのことを考えればもう10回分は撃たれていそうなもの・・・ そう考えた瞬間、攻撃に回したワルキューレが砕け散った、間を置かずにもう一体も砕け散る 残像を残しながらルイズの使い魔が近づいてきて最後のワルキューレの目前に迫った 風を切る音と共に最後のワルキューレが砕け散る 今までと違う攻撃発動のタイミングと回数にギーシュは気付いた (こ、こいつ・・・) ルイズの使い魔が束ねたモノをギーシュに向ける (【仕事量を10倍に】・・・・・・ッ!?) 風を切る音が聞こえる (つまり僕には7回分の・・・・・・ッ?!) 小さくて細い合計七千本の針がギーシュの年若い柔肌に突き立てられる 「ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」 ヴェストリの広場にギーシュの悲鳴が響いた 仰向けに倒れたギーシュの断末魔の表情の判別は困難を極めた 何せルイズの使い魔以上の密度で縦横無尽に針が突き立っていたからだ(それでも眼球など急所は外されていた) ざわざわとどよめきが巻き起こる 「うわ・・・悲惨だ・・・」 「おーい!道を空けろーー!!水の秘薬の準備だーーー!!」 「この決闘はルイズの使い魔の勝ちーーー!!」 誰かのこの叫びにルイズの使い魔のファンになった女子生徒の歓声が巻き起こり ルイズもまた心配をかけた自分の使い魔を叱りつけようと思いながらも 使い魔の無事に安堵し、我を忘れて駆け寄った ルイズの使い魔もまた、本来ひ弱な自分が振り絞った勇気で得た勝利に喜び 愛しいご主人様の姿を見つけて【抱きついた】 「ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁ!!!!!!!!!!!!」 ヴェストリの広場にルイズの悲鳴も轟いた 『使い魔のハリセンボン』 ファイナルファンタジーⅥよりサボテンダー召喚
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ルイズは召喚された『それ』を見ていた。 「なんなんだろこれ?」 周りのギャラリーは『それ』の正体が分からないので反応に困っている。 ルイズもこんなものは見たことも無い。 召喚された『それ』はルイズの前で僅かに上下している。 『それ』をなんと表現したら良いのだろうか。 変で、黒くて、でかくて、ずいぶんと硬そうだ。 「とりあえず触ってみようかしら」 ルイズは恐る恐る『それ』に触ってみた。 ルイズが触ると『それ』はピクっと反応した。 「すごーい・・・生き物みたい・・・それに不思議な感触・・・柔らかいようで固いようで・・・」 それにルイズの目の前に現れた『それ』は微かに熱を帯びている。 「とりあえず、よく分からないけど・・・契約しないとね」 ルイズは小さい声で呪文を唱え『それ』に接吻した。 すると、『それ』は更に熱を帯び動き出した。 モンスターファームよりモノリス召喚