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2 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage] 投稿日:2011/01/12(水) 22 51 42.86 ID KZdJ5BByo [2/20] 容姿端麗、成績優秀、有名なお嬢様学校に通う自慢の妹、それが沙織だ―― だがこいつには、他人には言えない秘密があった。 深夜、突然の平手打ちで起こされた俺は、暗闇の中、馬乗りになっている沙織の姿に驚いた。 「お兄さま、お話があるので沙織の部屋までお越しください」ノシッ 「がっ…はっ…!お前……重い…苦しい!」 妹がふすまを開けると、ツンとシンナーの匂いが鼻につく。 あれ?なにこの匂い。まさかやばいものに手を出してるんじゃないよね? 「さきほどまでエアブラシを使って塗装していたものですから…これは溶剤の匂いです」 エアブラシ?溶剤?なんのこっちゃ? 妹の部屋で見せられたのは、大量のプラモデルとガンダムグッズの山だった。 「お前、ガンヲタだったのかよ」 「そうなのです、キャスバル兄さん」 「……誰がキャスバル兄さんだ」 ぼとっ 「ん?なんか落ちたぞ?」 俺は転がり落ちたDVDケースを手に取った。 「ガンダム……ゼロゼロ?」 「ダブルオーです!」 うお!?いきなり大声だすんじゃない! 「それは一番最近放映されたTVシリーズですね。劇場版ありきのエンディングですが、 戦闘シーンもSEEDに比べてヌルヌル動きますし初心者が初めて見るにはにはおススメです」 なんだ初心者って。おまえはプロか?プロなのか? 「SEEDといえば世間では駄作と言われていますが……モデラー的には、いわゆる種ポーズを生み出した良作なのです。お手軽でかっこいいポーズといえば今まではカトキ立ち等がありましたが、あれでは物足りないと思うような方が……」 だ、誰か通訳を用意してくれ……。 それにしても押し入れの中は見事にガンダムグッズだらけだ。 あのヘルメットと仮面とか何に使うの? 「こっちの……これらは何なんだ?」 「それはDVDボックスですわ。こちらにあるのは全て特製ボックス仕様です」 「DVDボックス?特製ボックス仕様?」 3 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage] 投稿日:2011/01/12(水) 22 52 14.81 ID KZdJ5BByo [3/20] 情けないがオウム返しに問い返すのが精一杯だ。 「そうですわ。本編に修正を加えたり、ボーナスディスク等が付属するんです。ふふふ、すごいでしょう?」 「その、ガンダム00とかも?」 「はい」 沙織のテンションは何故か上昇気味だった。 「こういうのって……結構高いんじゃねえの?」 「ええ、そうですわね。こちらが41,790円、これは55,000円。あ、プラモの方はお安くなってまして、最高でも20,000円くらいですわ」 「たっけえええええええ!」 どっからそんな金が出てくんの!? 中学生だろおまえ!なんで15歳にしてそんなに金もってんだよ!? 「それは……涙なしには語れないのですが……」 「え?」 やべ。この質問、もしかしたら地雷かもしれない。答え聞くのがすげー怖い。 いや、こいつに限ってそれはないだろうけど……。 「完成したガンプラをオクに出品していますの。もちろんお気に入りは手元に残しておきますが、置いておけるスペースがこの押し入れしかありませんので」 「え?あ、あぁ、確かにかさばりそうだもんな……」 押し入れ内のプラモ達は皆それぞれにアクションポーズをとっている。 ……直立させておけばもっとスペースとか稼げるんじゃないの? っていうか、そもそも作った後のプラモとか売れるの? よくわからないけどプラモって自分で作るのが楽しいんじゃないのか? 「完成度の高いものはオクでも盛んに取引されます。住環境から塗装ができない、これだけのものを作る時間や腕前がない方等が買っていかれるんですよ?……できることなら手放したくはないのですけれど」 さりげなく自分の作品の完成度が高いと自慢している……。 沙織ってこんな性格だったっけ? 「だ、だいたいいくらくらいで売れるんだ?」 「そうですね元のキットにもよりますけど、マスターグレードならだいたい数万円くらいでしょうか?」 「嘘だろ!?」 なんでそんな高く売れるんだよ! あれか?それだけこいつの作ったガンプラの完成度がやばいってことなのか? ……まじか。ほとんどプロじゃねえか。 はぁ……。俺は一息ついて気を取り直してから、こう言った。 「ところでさ、なんでおまえこんなにガンプラグッズ集めてんの?」 「……………………………」 お、おい……なぜそこで黙る? 4 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage] 投稿日:2011/01/12(水) 22 52 41.37 ID KZdJ5BByo [4/20] 「……なぜだと思いますか?」 「さ、さぁ……なんでなんだろうな?」 ま、待て待て。なぜそこでうっとり頬を染める!? なぜ四つん這いで這い寄ってくる!? 「なぜお逃げに?」 「に、逃げてねえよ」 「うそ、逃げてるじゃありませんか」 「それはおまえが……あ」 し、しまった。背中が壁にはりついてしまい、これ以上逃げられない。 俺を壁際に追い詰めた沙織は四つん這いで俺に覆いかぶさるようにして―― 俺の鼻先にDVDを押し付けた。 「は?」 「このパッケージを見ていると、こう……胸の奥から何かこみあげてきませんか?」 「な、何言ってんのおまえ?」 「だからですね……すっごくかっこいいと思いませんか?この百式とかガブスレイとか!いえ、サザビーも捨てがたいですけれど!!最近のだとマスラオなんかも!!」 「な、なるほど」 要はあれか。こいつはガンダムが大好きで色んなグッズを集めてるってことか。 いや、集めてるのがガンダムグッズでよかったぜ。 妹もののエロゲを集めてるとかじゃなくてさ。 「わ、私はどうしたらいいのでしょうか?」 いつのまにか沙織はペタンと座り込んでいて目に涙を浮かべている。 「自分の趣味が普通の女の子とかけ離れているのはわかってるんです」 そりゃそうだろうな。まぁ、中にはそんな子もいるかもしれないけどさ。 「や、やっぱりお父様やお母様に話した方がいいのでしょうか?」 「駄目に決まって!……なくはないな。だって別に18禁のとかを持ってるわけじゃないんだろ?」 「はい、同人では18禁の本もあったりしますけど、私はそういうのには興味がありませんから……」 「じゃあ問題ないんじゃねぇかな?」 むしろ今まで何で親にまで隠してたんだ? 「そ、そうですわね。では今度の日曜日、お父様とお母様に話してみます!」 「おう、頑張れよ」 両親の許しが貰えればプラモを部屋の中にも飾れるし、飾れるスペースも増えるってもんだ。 その分沙織の収入は減るのかもしれないがそこまでは面倒見きれない。 俺にできるのは、こいつの友達が遊びに来たとき、 『あれはお兄様の趣味でお兄様の部屋に入り切らない分をここに飾ってるんです』 という言い訳を用意してやるくらいだ。 5 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage] 投稿日:2011/01/12(水) 22 53 14.37 ID KZdJ5BByo [5/20] 「ではお兄様、本日の人生相談の締めとして『この気持ちまさしく愛だ!』と叫んで下さい」 「……おまえ一体何言い出してんの?」 「お気に召しませんか?『今日の私は阿修羅すら凌駕する存在だ!』でも構いませんよ?」 「いや、そういうことじゃなくてね」 結局、この後、俺は沙織のガンダム談義に付き合わされることになった。 それにしても……こんなに夢中になれるものがあるなんて、少し羨ましいよ。 きたる日曜日の夕方、俺が図書館から帰宅すると家の中が異様に静まりかえっていた。 テレビの音も話し声も、物音すらしない。……不自然すぎる。 「……ただ……いま……?」 リビングの中に入ると沙織と親父がテーブルを挟んでソファに座り対峙していた。 親父は超無表情なので何を考えているかまったく分からないが、沙織はガチガチに固くなって、しょんぼり項垂れているようだった。 あれ?何この状況?なんで沙織が怒られてるみたいな状況になってんの? 品行方正、容姿端麗で成績優秀、さらに御近所様にも受けが良い沙織が怒られてるとこなんて初めて見たぞ。 「京介、ちょっと、京介……」 扉を開けた状態で固まっている俺にお袋が声をかけてきた。 振り返ると、袖を掴んで引っ張られる。 「あんたは部屋に戻ってなさい」 「その……なにがあったんだ?」 お袋から帰ってきた返事は意外なものだった。 「私もよくわからないんだけど……なんでもシンナーがどうとか……」 「はぁ?」 シンナー?あいつが? そういえば、最近その匂いをどこかで嗅いだような……。 「あ」 沙織がふすまを開けた時の匂いだ。確かあの時、俺はシンナーみたいな匂いだなと思ったんだっけ。 ここまで分かれば後は想像がつく。 親父に趣味のことを話した沙織。しかしそこにはシンナーの匂いが充満していて…… あとは親父のことだ。問答無用で説教モードだろう。 まぁ、警官の娘がシンナー吸ってるとなっちゃ洒落にもならんし、親父の気持ちもわからんでもないけどな。 「京介、あたしちょっとお酒買ってくるからあんたは部屋に戻ってなさいね」 「へいへい。…………ふぅ、どうなることやら」 6 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage] 投稿日:2011/01/12(水) 22 54 03.51 ID KZdJ5BByo [6/20] 「さ、沙織……?」 「どいてください!」 「ちょ、待てって!」 バタン! 「ぶへっ!」 思いっきり顔面をドアに挟んじまう俺。 ふらつきながら外に出た時にはもう妹の姿は見えなくなっていた。 「くそっ!」 ぶんぶんとかぶりを振って気を取り直し、夕焼けの中、妹を探して当て所もなく駆け出す。 「くそっ、どこ行ったんだあいつは……」 闇雲に街を走り回ってみるがまったく見つからない。 美麗な上にやたらとでかくて目立つ妹の姿は、どこにもない。 「さっきのやたらでかい女の子すごかったな。30連勝だってよ」 「しかも大半パーフェクトだろ?とんでもねえな」 やたら……でかい……だと? 「ちょ、ちょっとその話詳しく教えて下さい!」 教えてもらったゲーセンに辿り着くと、対戦型ゲームの筐体に座った沙織が対戦相手をぼこぼこにしていた。 もちろんゲームでだぞ! まるで相手の行動が全てわかっているような動きだ。おまえは超能力者か何かか? 「こら、何やってるんだ」 「お、お兄様!?」 俺の声に反応し、バッとこちらを振り向く沙織。 しかし、ゲームを操作する腕は止まらず、そのまま相手のロボットを爆散させる。 お、おまえ……エスパーか? 「と、とりあえず場所変えようぜ。おまえ目立ちすぎだろ」 実は俺が到着した時点で既にギャラリーに囲まれていて、声をかけるのも一苦労だったくらいだ。 7 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage] 投稿日:2011/01/12(水) 22 54 45.17 ID KZdJ5BByo [7/20] 俺達は近くのスタバへと場所を変えた。 初夏とはいえそろそろ暗くなってくる時間。 客入りはそこそこで、大学生風のにーちゃんや、仕事帰りのサラリーマンがメインの客層。 そんな中、俺達はどう見えているのだろうか。 沙織は怒りのオーラを纏って、充血した目でずーっと俺を見ている。 やっぱりどう見ても、年上の彼女に浮気がばれて修羅場中のカップルだよな。 「なぁ、沙織。おまえはこれからどうするんだ?」 「……分かりません………………どうしたらいいと思いますか?」 沙織は悲しげな顔をしてコーヒーを一口飲みそう呟いた。 「そうだな……その前におまえに確認しておきたいことがある」 「なんでしょうか?」 「親父になんて言われたんだ?けっこう話し込んでたみたいだったけどよ」 俺の問いを聞いた瞬間。沙織は顔を真っ赤に染めて、全身をぶるぶると震わせ始めた。 片手で胸を押さえ、もう片手はテーブルの上で固く握りしめている。 「…………って言われたんです」 「な、なに?」 あまりにか細い声だったので聴き取ることができず問い返す。 「塗装は駄目だって言われたんです!」 「……………………え?」 沙織の言うことが理解できず、思わず、まばたきを高速で連射する。 え?なにが駄目だって?塗装? 「お、おまえのコレクションを捨てろって話じゃないの?」 「え?違いますけれど……なんて恐ろしい事を言うんですか、お兄様」 え、だっておまえ……今にも泣きそうな顔して飛び出してったじゃねえか。 俺はてっきりシンナー吸ってたと誤解されたとか、コレクション全部廃棄とかそういう話だと思ってたんだけど? それが……なにこれ?モデラーにとって塗装ってそんなに大事なものなの? っていうか親父も塗装くらい許してやれよ。 そもそも、なんでピンポイントに塗装だけが駄目なんだよ。わけわかんねえ。 「おまえ……そんな理由で飛び出したの?」 「そんな理由とはなんですか!?お兄様もモデラーを馬鹿にしてるんですね!?」 「し、してねえよ!落ち着け!!……おまえにとって塗装ってそんなに大事なもんなのか?」 「はい……」 8 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage] 投稿日:2011/01/12(水) 22 56 07.49 ID KZdJ5BByo [8/20] そっか。そうなのか。 相変わらず俺にはよくわからないけどさ、おまえにとってそれは泣いちまうほど大事なもんなんだな? それだけは……俺にもわかったよ。 「沙織――俺に任せろ」 30分後俺はリビングの扉の前に立っていた。 「お、親父……話がある」 「沙織は見つかったのか?」 「ああ……話、してきたよ、あいつと」 「それで?」 俺に一瞥もくれずに、促してくる親父。 怒りが熟成されたせいか、元からの極道ヅラがさらにやばいことになっている。 く……この時点で超怖いがここで引くわけにはいかない。 「沙織の趣味を……認めてやって欲しい。親父は盛大な誤解をしてるんだ」 「誤解だと?……言ってみろ。話だけは聞いてやる」 ひいっ……お、恐ろしい。 威勢のいい口叩いたはいいけど言った本人はマジ泣き入ってるぜ。 「親父はあいつがシンナーでもやってんのかと勘違いしてんだろうが、そうじゃねえんだよ! あれは溶剤の匂いで……確かにシンナーも成分としては入ってるが、あくまでもただの塗料で、親父が想像してるようなもんじゃねえんだ!」 「そんなことか……そんなものはよく知っている」 「え?」 あ、あれ?なんで知ってんの? あ、ひょっとして沙織が説得してる時に話したとかかな? 「おまえは知らんかもしれんがな、あの匂いは本物のシンナーなど比べものにならん中毒性があるのだ。最初は窓を開けるなど換気に注意していても、気づけば自ら閉め切って塗装するようになる。娘をそのような奴にするわけにはいかん」 ……なんでそんなに実感こもってんだよ。 「い、いや、だとしても全部駄目だってのはおかしいだろ!その匂いが発生しないやり方だってあるはずだ!!」 「……確かに方法がないこともない。水性塗料や筆塗りであればその匂いも比較的少ない。だがな、一度エアブラシに手を出したものはそれでは満足できんのだ」 親父超詳しいな!まるで自分のことみたいじゃねえか! 「そんなの窓開けてりゃいいだけだろうが!沙織が心配ってんなら俺が換気してるか責任もって確認するからさ!」 「単に窓を開けていればいいという話ではない。近隣の方たちへの迷惑も考えろ。それがしつけというものだ」 く……埒があかねえ。それに親父の言うこともたしかに正論っぽい。 だがな、俺はここで諦めるわけにはいかない。沙織に言ったんだよ、俺に任せろってな。 9 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage] 投稿日:2011/01/12(水) 22 57 17.61 ID KZdJ5BByo [9/20] そんな道理、俺の無理でこじ開けてやる!! 「よく聞けよ親父!あいつは家を飛び出して泣いてたんだ!……もちろん俺にゃあ、あいつの趣味はサッパリ理解できねえよ。できねえけど!夢中になるのってそんなに悪い事かよ!?そういうのってさ、大事なもんじゃねえのかよ!そんな簡単に捨てていいもんじゃねえだろ!いいか……!これでもあいつの趣味を認めねえってんほざくんなら……!沙織の代わりに俺が親父をぶっ飛ばすぜ!?」 親父は厳然と俺を見据えたまま、ほんのわずかに……目を見開いたようだった。 やがて感情をまじえない声で、こう返事が来た。 「…………おまえの言いたいことはわかった」 「ほ、本当か!?」 「同じことを言わせるな。だが、おまえにも協力してもらうぞ」 「え?」 「こ、これは塗装ブースではありませんか!」 「親父がこれ使えってよ。おまえが自分の部屋で、これ使って作業する分には許してくれるそうだ」 でも、なんでうちの親父はこんなのをすんなり用意できるんだ? 「ありがとうございますお兄様!あぁ、これで匂いを気にせず塗装ができるのですね!」 あまりの嬉しさに小躍りして喜ぶ沙織。 「はは、よかったな。後で親父にもお礼言っとけよ」 「はい!ふふふ、それでは早速塗装を始めるといたしましょう!」 まるで子供みたいだな。あんなに喜んじまって―― いやいや……みたいじゃなくて。沙織はまだ15歳じゃねえか。 あんだけ背が高いとついつい忘れがちになっちまうな。 「でも、この排気口……どこに繋がっているのでしょう?」 「……さあな。とりあえず家の外だろ」 「それもそうですね。あれ?お兄様はおでかけですか?」 「あぁ、近所のホームセンターまで――」 ちょっと消臭力買いに行ってくる。 第一話おわり
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53 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/01/14(金) 19 15 16.59 ID oNsW6jabo [2/5] その日、俺は沙織にメールで呼び出され、秋葉原に来ていた。 なんでも先日のことを謝りたいとのことらしいのだが。 「……ったく、なんだってんだよ。こんなところまで人を呼び出しやがって……」 指定の場所へ向かって電気街を歩きながら不機嫌にぼやく。 こんなの、家で一言謝りゃ十分だろうに。 「……だめだ……どうにも気乗りしねえ……」 気分は依然として悪い。常より少し深い猫背になって、ポケットに両手を突っ込んで、足取り重くよたよた歩く。 なんで俺がこんなザマになっているのかといえば、先日沙織たちが仕掛けた罠によって、幼馴染にセーラー服フェチだと思われた事件が、まだあとを引いているのであった。 さすがに一週間も経てば、俺の心の傷も多少癒えてきてはいる。 だけど、一生ことあるごとに思い返しては、せつない後悔で胸が痛むんだろうな……なんてことを考えるとどうにも吹っ切れない。 「……っと、ここか?」 ふと足をとめ、俺が見上げたのはなんの変哲もないビルだ。 「レンタルルームねぇ……なんのことやら」 エレベーターで三階へ。エレベーターを降りると、すぐ右手に受付窓口があった。 左手には通路が延びており、幾つかの扉が見える。 なるほど、扉一つ一つがレンタルルームってわけね。 カラオケボックスよろしくまずは受付で部屋番を聞くのだろうが、そんなことをしなくても俺の目的地はすぐにわかった。 一番手前の扉のわきに、ちょうど冠婚葬祭の会場のような案内看板が置かれていたからだ。 54 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/01/14(金) 19 16 59.49 ID oNsW6jabo [3/5] 『みんなのお兄ちゃん高坂京介とその妹たちご一行様パーティー会場』 ハッハッハ! 誰だよ高坂京介って~。 みんなのお兄ちゃん? ばっかじゃねーのコイツ? シスコンかよ。こっ恥ずかしいやつだなぁ。 「俺のフルネームだよくっそお~~~!?」 誰だっ! こんな公衆の場で、俺の名を辱めている不届きものは! ――いや、ほんとに誰だよ。確かに俺は沙織の兄貴だが、なんで『みんなの』なんて単語がくっ付いてるんだ。 そのせいで変態っぽさが大幅にレベルアップしちまってるじゃねえか。 「はい、高坂京介さまですね。301番のお部屋になります」 「……ういっす」 俺は受付のお姉さんに力なく頷いて、『みんなのお兄ちゃん高坂京介とその妹たちご一行様パーティー会場』と書かれた看板のわきに立った。 目前の扉には何故か他の扉にはないネームプレートがくっついていた。 明らかに即席で付けたと分かる、不自然な形でだ。 そして、そのネームプレートにはこう書かれていた。 さおり くろねこ きりの 妙な胸騒ぎを覚えつつ扉を開く。 「お帰りなさい! お兄様!」 セーラー服を着た妹たちが、二人並んで俺を出迎えた 俺は見なかったことにして扉を閉めた。 55 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/01/14(金) 19 19 25.97 ID oNsW6jabo [4/5] 「………………な、なんだいまのは……?」 ごくっ……。生唾を飲み込み、額の汗をぬぐう。 すうはあと深呼吸してから、恐る恐る、再び扉を開ける。 「お、お帰り! あ、ああ……あに…………やっぱだめ! なんか恥ずかしいし無理!!」 扉を開けた瞬間、茶髪の妹が俺を出迎えたはいものの、唐突に何かを諦める。 「……お、おまえら……これは……どういう……?」 俺はおまえに兄貴と呼ばれる義理はないぞ? それに、沙織はなんでいつものオタクファッションをしてないんだ? 俺は理解不能の展開に面喰いながらも、辛うじてそれだけ呟いた。 「ふふふ。どうやら、ばっちり驚いて頂けたご様子。私のセーラー服姿、萌えました?」 「いや、たしかに驚きはしたが……萌えてはいない」 「あら? おかしいですわね。お兄様はてっきりセーラー服萌えだと思いましたのに」 「なんの根拠があってそんなことを!?」 おい! これは俺に謝罪するための企画じゃなかったのか!? 俺になんの恨みがあってこんな傷口に塩を塗りこむような真似をする! ……もうこれ以上俺のトラウマを刺激するものはないだろうな。 俺は注意深く周囲を見回した。と――そこで気付く。 沙織と桐乃と――。 一人足りない。 「あれ? 黒猫は? きてねーの?」 表のネームプレートに名前があったし、てっきり三人一緒だと思ったんだが。 「ああ、黒猫さんでしたら――」 沙織はぐるりと背後を振り返り、部屋の隅っこを指さした。 そこには―― 「あ」 「…………」 カーテンの裏に隠れて、セーラー服に身を包んだ黒猫が顔を覗かせていた。 72 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/01/15(土) 21 09 53.69 ID sKl065BRo [3/7] しかしこの状況…………冷静に考えてみれば色々とつっこみどころ多すぎるだろ。 仕方ねえ。一つずつ消化していくか。 「まず、沙織。いつものオタクファッションはどうした」 おまえ、こいつらの前ではあのファッションで行くんじゃなかったの? 「今日はこのコスプレをするにあたってちょっと勇気を出してみたんです。あのぐるぐる眼鏡でセーラー服を着ても萌えませんでしょう?」 「安心しろ。おまえがどんな格好だろうと妹に萌えることはない」 だいたい、そのセーラー服だってどっから調達したんだ? 「あ、これはあたしの中学の制服なの」 沙織の隣にいた桐乃が解説する。 ああ、なるほど。どこかで見たような気がすると思ったら近所の中学の制服だ。 っていうか桐乃って意外と近くに住んでたんだな。 ……いやいや、おかしいだろ。 なんで桐乃の中学の制服が沙織と黒猫の分まで用意されてるんだよ。 黒猫はどうか知らないが、沙織は中学の頃から例のお嬢様学校に通ってたんだから。 沙織の中学の制服はこんなんじゃなかったぞ? 「ふふふ、私と黒猫さんの分は自前ですわ。きりりんさんの制服を参考にして黒猫さんが作って下さいましたの。どうです? そっくりでしょう?」 「そうなのか? これが自前って……すげえなおまえ」 沙織と黒猫が着ている制服は、そう言われてみてようやく違いがわかるくらいの素晴らしい出来だった。 たしかに桐乃が着ている制服とは生地が少し異なっているようで、色合いがほんの少し違っている。 だが、見てわかる違いはそれくらいで、パッと見同じものにしか見えない。 73 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/01/15(土) 21 10 38.42 ID sKl065BRo [4/7] 「おまえ、超器用だったんだな」 「ふん、お世辞は結構よ」 先ほどよりもさらにふいっとそっぽを向く黒猫。もうほとんど後ろを向いてしまっている。 褒められるのが苦手なのか、こいつは褒められるとすぐに照れるな。 しかも照れ隠しがてらに毒を吐いて。そこがかわいいんだけどさ。 さて、まだ俺の突っ込みは終わってないぞ。まだ一番の謎が残っている。 「……セーラー服を着ている理由についてはもういい。あえて聞くまい。だが、表のあれは何だ?」 いったいなに? みんなのお兄ちゃんって? あれのせいで俺が受付のお姉さんにどんな目で見られたことか。 今日は俺に謝罪がしたいんじゃなかったの? 今の所辱めしか受けてないぞ。 「あれは今回の裏テーマといったところです」 「裏テーマ?」 なんじゃそら。俺に謝る以外のテーマが存在するってこと? ……確かに、裏テーマでも無けりゃこんなところを借りてまで俺への謝罪を企てたりはしないか。 それこそ家や電話で一言言えば済む話だからな。 俺が妙に納得していると、いつのまにか黒猫が沙織と桐乃の所へ歩み寄り、三人が俺の前で勢ぞろいしている。 なんだ? 何か始まるのか? と、口に出そうと思った瞬間―― 「「「この前はごめんなさいっ!」」」 「――――」 三人が並んで頭を下げた。 数秒の間があり、俺はようやく起こったことを理解する。 74 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/01/15(土) 21 11 25.81 ID sKl065BRo [5/7] ああ、謝ってくれた……のか。えらく唐突だけど。 ……おまえらの気持ちは伝わったよ。そうだな。もうこの件は水に流そう。 麻奈実に俺がセーラー服フェチだと誤解されたままなのはちょっと気にかかるが、ちゃんと説明すればわかってくれるだろう。 俺秘蔵のエロ本を見られてしまったわけじゃないし、眼鏡フェチだとばれたわけでもない。 俺も過ぎたことをいつまでも引きずって、ちょっと大人気なかったかもな。 「頭あげろよ。俺はもう怒ってないからさ。むしろ俺の方こそ悪かった。あれくらいの悪戯、笑って許してやればよかったな」 三人の顔がパッと明るくなる。 気付けば、体が勝手に沙織の頭を撫でていた。 懐かしいな。いつぶりだろうか、こいつの頭を撫でるのは。 こいつがあんまりでかくなるもんだから、頭を撫でた記憶がちっとも出てこない。 むしろ、撫でられた記憶が存在するから困る。 しかし、相変わらず笑顔のまま俺に撫でられている沙織とは対照的に、桐乃の表情は暗くなっていた。 「ん? どうした?」 「……なんでもない」 なんでもないわけないだろう。そんなもの欲しそうな顔しやがって。 いつぞやの時と同じく、まるで子供が欲しい物を買ってもらえなかったような表情でこちらを睨んでいる。 「ふふふ、きりりんさんも頭を撫でてほしいのでしょう?」 沙織、おまえなに言ってんだ。こいつに限ってそれはねえよ。 こいつ、年上に甘えるとかそんなのとは対極にいるようなやつじゃねえか。 「ちょ、ちょっと沙織!? 何言ってんの!?」 ほらな。そもそも俺に頭を撫でられたがる理由がわかんねえもん。 75 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/01/15(土) 21 12 27.39 ID sKl065BRo [6/7] 「いいではありませんか。お兄様は、今日はみんなのお兄様です。今日の頼まないともう機会はないかもしれませんよ?」 「う…………っ~~!」 沙織の言葉を聞き、意を決したかのようにおずおずと頭を差し出す桐乃。 え? なにこれ? 俺に撫でろってこと? 桐乃の意を図りかね、沙織に目線で助けを求める。 が、沙織は笑顔のままゆっくりと頷くだけだった。 ああ! もう、撫でればいいんだろ!? くそっ、どうなっても知らねえからな! 桐乃の頭にそろりと手を置く。 手を乗せた瞬間、ビクリと桐乃の体が跳ねるのがわかった。緊張しているためか、見てわかるほど肩に力が入っている。 しかし、ゆっくりと頭を撫でてやるにつれて、緊張が解けたのか肩の力も抜けていく。 ひとしきり撫で終わると桐乃は、心臓に手を当て、頬を紅潮させたまま、荒い息を吐いていた。 まるで重大な告白をした直後の女の子みたいな態度を前にして、俺は妙に気恥ずかしくなってしまい、顔が赤くなるのを感じていた。 忘れがちだけど、こいつってすごい美少女なんだよな。 「あ、ありがと……兄貴」 ……………………………おい、ちょっと待て。今何て言った? 「え? ちょっと待て。沙織、一つ確認したいんだけどさ。ひょっとして裏テーマって…………あの看板の……」 「はい! 今日一日は私たちがお兄様の妹になってお兄様を元気づけようというテーマになっています!」 と、言うことは…… 「にひひ、今日一日よろしくね兄貴」 「……っふ、覚悟することね、兄さん?」 ま、待て! 俺にそんな趣味はない! なにこの企画!? なんで妹が増えると俺が元気になることになってるんだ!! お、俺は断じてシスコンなんかじゃないんだああああ!! 第四話おわり
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11 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/01/12(水) 23 00 01.21 ID KZdJ5BByo [11/20] 季節は夏。期末テストを間近に控えた、とある七月の土曜日。 その日の俺は我が家で唯一クーラーのない部屋(つまり俺の部屋のことだ)に朝から引きこもり、必死の――――というより苦悶に近い形相で机に向かっていた。 「く……ぐぬ……」 高校2年生らしく、テスト勉強のため……というわけではもちろんなく。 「ぐぬ……ぬ……」 新作ガンプラ、HGFCノーベルガンダムを組み立てているのだ。 「……くっ!」 パチン!パチン!…………ガリガリ………………パチッ。 パーツを切り出した後、丹念に切断箇所の処理をしてから組み立てる俺。 机の上では頭部以外が完成したガンプラが、残された頭部の完成を今か今かと待っている。 「よし!」 ロボットにあるまじき長い髪の毛のようなパーツを取り付け、ついに頭部が完成した。 「あとは、これをくっつけて――」 先ほどの頭部と胴体とを組み合わせ、ようやく一つのガンプラが完成した。 妙な達成感に支配され、思わずガンプラに見とれてしまう。 それにしても……なんでこんな女の子みたいなデザインなの? 「はっ」 はたと、正気に立ち返る。催眠術から解き放たれたかのような気分で頭を抱える。 ――お、俺はいったい、何をやっとるんだ……。 休日の朝っぱらから、部屋に閉じこもってガンプラ製作に没頭している17歳。 それが俺・高坂京介の現在の姿であった。 いやいや、違うんだって。これにはふかーいわけが……と言い訳しようかとも思ったが、これくらいは普通なんじゃなかろうか。 妹もののエロゲやってるんじゃあるまいし。 だが、俺がプラモをつくるようになるまでに、他人とは違う、ちょっとした事情があったのは確かだ。 なぜか俺は、あれからも、何度か妹に呼び止められ『人生相談』という名目で無理難題を押しつけられるという日々を送っていた。 つい先日も、この『HGFCノーベルガンダム』を手渡され、『まずは速攻で仮組みを終わらせて下さい。絶対ですよ?』みたいなことを言われたのだ。意味がわからない。 それで諾々と従っちまう俺も、情けないっちゃ情けないんだが……。 「ふぅ……やっと完成したな。休憩すっか」 渇いた喉を潤すべくリビングに降りると、件の妹が電話をしているところだった。 12 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/01/12(水) 23 01 31.02 ID KZdJ5BByo [12/20] 「はっはっはっは! そうなのでござるか? いやはや……」 相変わらず、すげえ変貌ぶりだな。 妹には表と裏の顔があって、相手によって使い分けているのだが、表情や喋り方で『どちらの友達』と喋っているか一目瞭然なのだ。 「把握したでござる! ではお待ちしておりますぞ!!」 快活な返事を返す妹を横目に、冷蔵庫から麦茶を取り出す。 グラスに注いで飲み干すと、涼やかなのど越しがたまらない。やっぱ夏はこれにかぎるなあ。 「お兄様?」 タイミングを見計らっていたのか、俺が一息ついたところで妹から声がかかる。 「どうした?」 「終わりました?」 「あー、終わった終わった。ちょうど今組み立て終わったところだ」 「さすがお兄様! で? 表面処理はいつごろ終わりそうですか?」 「は? 組み立てて終わりじゃないの?」 俺がそう答えると、沙織は失望のまなざしでこちらを見つめてくる。 ところで、表面処理ってなんですか? 「お兄様……まさか素組で終えられるつもりではありませんわよね?」 おい、またわからない単語が出てきたぞ。素組? 「…………いいですか?表面処理とは、ゲート処理に始まり、400番、600番、1000番の順にペーパーがけ。次いで、洗剤でパーツを洗浄し削りカスと油分を落とします。その後水洗いで洗剤を落とし、完全乾燥後、塗装に入ります。本来なら合わせ目消しの作業が必要なのですが、このキットは合わせ目が目立たないので今回は無視しちゃいましょう。塗装ですが、お兄様は初心者ですから、まずは筆塗りで各塗料の特性を覚えるといいでしょう。どの塗料ならどの塗料に上塗りできるなど、知っておくべきことは意外とあります。あぁ、言い忘れておりましたわ。塗装の前にサフを吹くべきでした。サフは本当ならエアブラシで吹くといいのですが、今回は筆塗りの勉強ですし、お手入れも大変なので今回はスプレーを使いましょう。塗装時における最大の注意点ですが――」 ……おーけー、誰か通訳を呼んできてくれ。 っていうか、どうして俺がガンプラを作らなければならないんだ、説明しろ説明。 沙織のガンプラ講座をなんとか遮り、そういうようなことを尋ねてみたところ、 「理由ですか? この前も言ったではありませんか」 堂々と胸を張って、こんな答えが返ってきた。 「人生相談です」 うむ、相変わらずおっぱいでけえな。 だけど、これはどう考えても悩みの解決とは違うし、こういうのはオタク友達とやった方が楽しいんじゃないのか? おまえにはもう桐乃と黒猫っていうオタク友達がいるだろうに。 「きりりんさんと黒猫さんはガンダムには興味がないようですから……」 13 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/01/12(水) 23 02 23.06 ID KZdJ5BByo [13/20] あぁ……そうだったな。 桐乃ってやつは、メルルという子供向けアニメの大ファンにして妹もののエロゲ収集家。 黒猫ってやつは、マスケラという厨二アニメの信者にしてちょっと電波入ってる危ない子。 どちらも悪い奴ではないのだが、確かにガンダムとは縁遠そうだ。 補足しておくと、どちらも沙織に負けないくらいの超絶美人でもある。 「そうでした、それで思い出しましたわ」 「あん? まだ何かあんのか?」 「明日、家にきりりんさんと黒猫さんがいらっしゃいますから、お兄様も一緒に遊びませんか?」 翌日の日曜日。 昼食をすませ、リビングでだらだらテレビを眺めていると、ぴんぽーんとインターホンが鳴った。少し間をおいて、再び、ぴんぽーん。 誰も出る様子がない。 ちなみに親父は休日だってのに仕事。お袋は近所のおばさんたちとどっかに行った。 痺れを切らしたのか、訪問者は最終的にインターホンを連打する。ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴんぽーん。 「そんなに連打するんじゃねえ。聞こえてるよ」 仕方なく俺はソファから重い腰をあげようとしたのだが、そこで、どたどたどたっと階段を駆け下りてくる声が聞こえた。でもって、 「お待たせして申し訳ござらん!お待ちしておりました!!」 絶対俺には言わないようなござる口調が聞こえてきた。 今日の沙織の服装は、「オタク」と聞いて思い浮かべるイメージそのもの。 これがあの妹とはなかなか信じがたいものである。 そうか、今日は沙織の友達が遊びにくるんだったな。 沈ませかけた尻を再び持ち上げ、玄関に顔を出す。 「いらっしゃい」 「あ、地味兄貴」 「……っふ……よくぞここまでたどり着いたものね……褒めてあげるわ」 会うなりこれだ。こいつらは遠慮とか思いやりって言葉を知らないの? 黒猫に関してはそれ言いたかっただけだろ。たどり着いた側が何言ってんだ。 「それでは早速拙者の部屋に行きましょう!」 そういうと、桐乃と黒猫を引き連れて階段を上っていく沙織。 俺はがっくりと項垂れながら来客者御一行を見送る。 「もう既に疲れた。……こんなんで半日もつのか?」 14 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/01/12(水) 23 03 15.09 ID KZdJ5BByo [14/20] 俺がお茶とお菓子を持ってあがると、沙織達はなにやら俺の話題で盛り上がっていた。 「だから~、あたしの理想の兄貴像は、優しくて頼りがいがあって……あ、当然超シスコンなのがデフォだから。でもそれをなかなか認めようとしなくて」 「あなたにしてはいい線行ってるわ。だけど少し現実を見なさい。そんな都合のいい兄がいるわけがないでしょう?」 「いやいや、そうとも限らんでござるよ黒猫氏。拙者のお兄様なんかは結構それに近いものが――」 なんつー会話してるんだ。なんだよ、理想の兄貴像って。 他に話すこと一杯あるだろうに。なんでよりにもよって兄貴談義に花を咲かせてるんだ。 「えー? それはないって。だって“あれ”だよ?」 桐乃はそういうと俺を指差した。 まぁ確かに俺は凡庸だし、顔だっておまえらに比べりゃ地味だけど……“あれ”はないんじゃないですかね? 「きりりん氏、拙者のお兄様を舐めてもらっては困りますな」 「「「えっ?」」」 俺達3人の声がハモる。 「ふっふっふ。何を隠そう、先日拙者が家を飛び出してしまった時、お兄様はあちこち走り回って探してくれましたし、拙者の趣味が奪われかけたなら、父上に説教かましてまで守ってくれたと聞きました。そしてそれ以来、人生相談にもたびたび乗っていただいております。お兄様のシスコンっぷりったらそれはもう――」 ぎゃああああああああ! それ以上俺の恥ずかしい過去を暴露するんじゃない! 「ご、誤解だ! お、俺はあくまで沙織の人生相談とやらを最後まで責任もって終わらせたかっただけで、他意はないんだよ!!」 「そして、この反応でござる。いかがかな? きりりん氏」 お願い! もう俺で遊ぶのはやめて! 結局、なんやかんやで時間は過ぎ、今日はお開きとなった。 まぁ、なんだ。楽しかったよ、意外と。時間が経つのを忘れるくらいには。 「……今日は沙織と遊んでくれて、ありがとな」 肩の力を抜いて、口の端を持ち上げる。 すると、黒猫はじっと俺の眼を覗きこみ、 「……いい機会だから聞いておくけれど、あなた、どうしてあんなに妹の世話を焼いているの?」 なんでだろうなぁ……俺にもわからん。 「……シスコン?」 「それだけは違う!」 「じゃあなに?」 15 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/01/12(水) 23 03 47.21 ID KZdJ5BByo [15/20] 首を傾げる黒猫。なんでかしらんが、この話題にえらくご執心らしい。 「…………兄妹だからじゃ、ねえの?」 「…………そう。分かった。……いいお兄さんね。とても羨ましいわ」 こちらの胸にじんわりと染み入るような、優しい口調。 「ふっふっふ。そうでござろう!なにしろ拙者自慢のお兄様ですからな!」 おまえはブラコンを隠そうともしないんだな。 気付けば、桐乃が唇をとがらせ、上目づかいでこちらを睨みつけている。 まるで欲しいものを買ってもらえなかった子供みたいな表情だ。 「ん? どうした?」 「…………」 「きりりん氏、そんなに見つめてもお兄様はあげられませんぞ?」 桐乃は、瞬間目を見開いたかと思うと、一転、眉間に皺を寄せ怒りを露わにする。 「だ、誰もこんなんいらないってば! つかキモいし、こっちの黒いのじゃないんだから!」 「――ハ、下らない勘違いをしないでちょうだい。……私だって、まるで好みじゃないわ。こんな男、こっちから願い下げよ」 ひでえ……なにもそこまで言わんでも……。 桐乃と黒猫は、俺への罵詈雑言をまき散らすや、勢いよく踵を返した。 そのまま早足で去っていく。俺はその背に向かってため息をついた。 「……はぁ」 すらりとした均整のとれた体に、ライトブラウンの流れるような長髪。 超居丈高で傲岸不遜。趣味はアニメにエロゲ。 かたや、真白な肌、日本人形のような黒髪。 無感情無愛想の上、口を開けば毒舌ばかり。 だけどな。 「ま、またね」 「――また来るわ」 たまに可愛いとこもある。 「はいよ」 第二話おわり
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287 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/02/14(月) 21 55 07.90 ID jopcByVxo [1/6] 『お兄さん、人生相談があります。今から会えませんか?』 あやせからこんなメールが届いたのが一時間前。 既に日は暮れかかっていて、辺りは薄暗い。 今、俺は近所の公園にやってきていた。初めてあやせに会った時に連れてこられた公園だ。 ちなみにこの場所を指定したのは俺自身だ。未だに寒さが厳しい季節であるが、背に腹は変えられない。 あれから一週間しか経ってないってのに、また沙織に見つかったらえらいことだからな。こうやってあいつに黙ってこそこそとしてるのがいいこととは思わないが、聞く耳を持たないんだから仕方がない。 ふっ、さすが俺。同じ過ちは二度と繰り返さないぜ。 「くそっ、やっぱりさみぃな……」 あやせはまだ来ていない。あやせに返事をしてすぐに出てきたもんだから、予定の時間よりかなり早く着いてしまった。 これだけでも、いかに俺が浮かれているかわかってもらえるだろう。 ベンチに座って震えていると、あやせが小走りでやってくるのが見えた。 「ハアハア……こんにちは、お兄さん。……お待たせ……しました」 ここまで走ってきたのか、あやせは顔を上気させ肩で息をしている。 あやせのようなかわいい子のこんな表情を見て、邪な妄想が膨らむのを誰が責められるだろうか。 「よう、あやせ。そんなに急がなくてもよかったのに」 「で、でも……ハア……呼び出したのは……ハア……私ですから。急に呼び出してすいません」 息が上がっているのに喋るもんだから、一向に息が整う気配はない。 「とりあえず座れよ。息が整うまで待つからさ」 あやせは無言で頷き、俺のとなりに腰をおろした。 胸に手を当て、ふぅふぅと大きく息をしている。 まるで重大な告白を終えた後の女の子のように見え、どきりとしてしまう。 「ふぅ……お兄さん。早速ですが、相談に乗ってもらいたいことがあるんです」 「えっ!? あ、ああ。そうだったな」 そんなことを考えていたもんだから、急に声をかけられた俺は声が上ずってしまう。 妙な気恥ずかしさからあやせから顔を背け、続きを促した。 288 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/02/14(月) 21 56 17.88 ID jopcByVxo [2/6] 「で、相談ってなんなんだ?」 「はい、実は……あ、これは私の友達の話なんですけど――」 友達の話なんですけど――相談の常套句だな。あまりにも定番すぎて、逆にこの前置きを付ける方が本人のことだと疑われてしまうぐらいだ。 「……その子、気になる人がいるみたいなんです」 訳すと「私、気になる人がいるんです」となる。 ははっ、いかにも思春期らしい悩みじゃないか。 「なにい!? だ、誰なんだそれは!? お、俺も知ってるやつなのか!?」 あやせの方に身を乗り出し、握り拳を作ってわなわなと震わせる。 「ひっ……きゅ、急に大声出さないで下さい! っていうか落ち着いて下さい。眼が血走ってますよ!?」 これが落ち着いてなんぞいられるか! 誰だ! 俺のあやせたんをたぶらかした奴は!? 見つけたらぶっ飛ばしてやる! 「落ち着けっ!」 「へぶしっ!?」 いささか錯乱気味だった俺は、あやせに見事なビンタを頂戴したことでようやく正気に戻ることができた。 「す、すまん」 痛む頬をおさえながらあやせの方を向きなおす。 「もう……真面目に聞いて下さい。相談に乗る気あるんですか?」 あやせは、呆れたように半眼で俺を見ていた。いわゆるジト目ってやつだ。 「すまん、もう大丈夫だ。で、気になる人がいて? 埋めに行くのならいくらでも手伝ってやるぞ?」 「行きませんよ。いや、私としても埋めたいところなんですけどね。どうしてもというなら一人で樹海にでも行ってください」 ばっさり。 なんなの? なんで俺の周りには対応が冷たい子しかいないの? 俺って自分で思ってるより人に嫌われてるのかなあ……。 「話を戻しますよ。その子はですね――」 涙目の俺を尻目に、あやせは淡々と事情を説明していく。 あやせが言うには、その子は自分で自分の気持ちがわからないらしい。 “気になる人”はいるものの、それが好きということなのか、憧れであるのか、あるいはそのどちらもなのか、はたまたその他の感情なのか。 それを理解できていないようだ、とのことだった。 傍から見ている側としては、見ていてとてもやきもきしてしまうらしい。 289 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/02/14(月) 21 57 40.56 ID jopcByVxo [3/6] 「どうしたらいいと思います?」 どうしたらいいと思います? それが、あやせが俺にしたい相談の内容だった。 「……俺、恋愛には疎いし、経験もないけどさ……そういうのって、周りがどうこう言うもんじゃないんじゃねえの?」 当たり障りのない答えを返す。ちくしょう、なんであやせと名も知らぬ野郎の仲を取り持つような真似をせにゃならんのだ。 だが、俺が答えた内容は俺の本心でもある。いくら名も知らぬ野郎が憎いからといって、それであやせの相談をないがしろにするわけにはいかない。 「それは……そうなんですけど」 どうやらあやせは納得がいかないようだ。不満が顔にも表れている。 「で、でもっ! 私の見立てだと、その子、きっと好きなんだと思うんです! 今までそういう経験がなかったから戸惑っているだけで……」 大きな声で訴えてくるあやせ。その表情は真剣そのものだ。 「……お兄さんはそんな曖昧な気持ちで告白されたら迷惑ですか?」 あやせは真っすぐに俺を見つめている。 「迷惑じゃあないさ。誰だって好意を向けられることは嬉しい。それに告白するぐらいってことは、大小の差はあるかもしれないが好きだって気持ちを持ってるってことだろ?」 あやせは、俺の言葉に無言で頷く。 「でも……なんでそれを俺に聞くんだ?」 「そ、それは……お兄さんに聞かないと意味がないから…………」 そう言ってあやせは、ぷいっと顔をそらしてしまった。心なしか頬が赤かったかも知れない。 こ、この言葉にこの反応……まさか…………まさか!? フラグか!? これが所謂フラグというやつなのか!? どきどきと胸の鼓動が早くなっていく。 い、いや、まだ俺の勘違いということもある。落ち着け、落ち着くんだ。 290 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/02/14(月) 21 58 29.51 ID jopcByVxo [4/6] 「……その子素直じゃなくって……あ、いや、もちろん私の前では素直ないい子なんですよ? でも“気になる人”のこととなると途端に素直じゃなくなるんです」 それを聞いて、一つのアイデアが浮かんだ。 「素直になれない……か…………それなら、電話なんかがお勧めだぞ?」 「電話……ですか?」 「そう、電話だ」 電話越しで顔が見えない分、素直になれた奴を俺は知っていた。 あの時の桐乃を思い出して、思わず頬が緩んでしまう。 「これは実体験なんだがな、意外と顔が見えない方が上手く言えることだってある」 あの桐乃が素直に礼を言ったくらいだからな。大概の人間ならばそれでうまくいくはずだ。 「そうなんですか?」 「おう。だから、もしその子の気持ちをどうしても確かめないといけない時がきたら電話で聞き出す方がいいかもしれん」 ま、あやせの言う“その子”というのが本当に存在するならば――だけどな。 「そうだ。それ、俺の妹にも相談してみていいか?」 「えっ? 妹さんですか?」 「ああ。俺の妹はでかいくせに人の心の機微というか、そういうのに敏感でな。きっといいアドバイスをもらえると思うんだ」 相変わらずの他力本願であるが、あいつならきっと素晴らしいアドバイスをくれるはず。 ……そう思ったのだが、あやせはどうも乗り気でないようだ。口に手をあて、なにやら考え込んでいる様子だった。 「あー、やっぱり他の人に聞くのはまずいかな?」 「いえ……そういうわけではないんですけど……あなたの妹さんというのが問題なんです」 「なんだそりゃ」 あやせと沙織の間に接点なんてないはずだけどな。以前俺の家に来た時も、結局顔は合せなかったし。 沙織はあやせのことを存在は知っていても顔も知らない状態だしな。まあ、目の敵にしてる節はあるけれど。 我が妹ながら、大したブラコンっぷりである。 「じゃあ、名前は伏せて相談するってのはどうだ?」 「……ずいぶん妹さんを信用してるんですね」 「まあな。あいつは本当にできた妹だからな」 なにせ、あの桐乃と黒猫にはさまれ緩衝役をこなしても尚こんな顔ωして笑っていられるほどの人間だ。 あいつにとってはこのくらい朝飯前な気がする。 「はあ……聞いた通り、本当に重度のシスコンなんですね。それが一番の問題なのに……。わかりました。じゃあお願いします」 「おう、まかせろ」 ちょっと聞き捨てならないような言葉が聞こえたが、あえてスルーした。正直、否定できないからな。 「結果は後で電話する」 「はい、わかりました」 ふひひ、これで自然にあやせと電話できるぜ。ひょっとすると、これであやせの本音がきけるかもしれんな。 それはさておき、 「すっかり暗くなっちまったな。家まで送ってくよ」 気付けば、辺りはすっかり暗くなっていた。公園内の街灯がすでに灯っている。 291 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/02/14(月) 21 58 59.78 ID jopcByVxo [5/6] 「えっ? そんな、いいですよ」 「気にすんなって。なにかあっても困るからな」 「……じゃ、じゃあお願いします」 少し申し訳なさそうに上目使いでお願いされてしまった。 さすがあやせ。俺が変質者になってしまいかねないかわいさだ。 あやせの家は思ったより遠く、歩いて行くにはいささか離れていた。 「すまん。けっこう遠いって知ってたら、待ち合わせ場所ももっと考えたんだけど」 「いえ、気にしないで下さい。私もあの公園にしようと思ってましたから」 「そうなの? なんでまた?」 「あの公園、すぐ裏手に交番があるでしょう?」 「あー、そういえばあったな。でもそれが何の関係があるんだ?」 誰かに命を狙われているわけじゃあるまいし。 「だって、お兄さんと会うんですよ?」 「いやいや! その理屈はおかしくないっすか!?」 なんで!? 俺、あやせに嫌われるようなことした!? なんで俺が変態みたいな扱いなの!? ……まさか、桐乃か!? あいつが俺のあることないこと、あやせに吹き込んだのか!? あやせは俺のことを桐乃から聞いているみたいだし、恐らくそうだろう。 ちくしょう、桐乃め。あやせたん√へのフラグをへし折りやがって……。 「お兄さん、今日はありがとうございました」 30分ほど歩いてようやくあやせの自宅へと辿り着いた。 「いや、ろくなアドバイスできなかったけどな」 「そんなことないですよ。十分です」 「妹にいいアドバイスもらえたら電話するよ」 「はいっ。お待ちしてます」 じゃあな、と言って我が家へと足を向ける。 手を振るあやせの表情が、迷いを吹っ切ったかのように晴れ晴れとしていたのが印象的だった。 306 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/02/16(水) 19 05 41.04 ID axGrk5OPo [1/5] 第十話後編 俺は、家に帰るとあやせとの約束を果たすべく、早速沙織の部屋へと向かった。 玄関には沙織の靴が置いてあったので、既に帰宅しているはずだ。 とんとん、と二回ノックをしてドア越しに沙織に声をかける。 「沙織~、ちょっといいか?」 すると、すぐに沙織が顔を出した。 「あら、お兄様。どうしたんですか?」 「実は、沙織に相談があってさ」 「まあ! わかりました、少しお待ちいただけます?」 沙織はパッと顔を嬉しそうに輝かせたかと思うと、部屋に引っ込んでしまった。 そして、すぐさま再度顔を出した。 「あ、あの……私の部屋、今ちょっと散らかってて…………お兄様の部屋で窺ってもよろしいですか?」 「おう、当然だ」 こっちとしては相談に乗ってもらうわけだからな。本来ならお茶とお茶請けくらい用意してやりたいくらいだ。 残念ながら、今我が家にお菓子といえば、にぼしくらいしかないので不可能だけどな。 「ん? この匂い……また塗装でもしてたのか?」 俺がそう思ったのは、開かれた沙織の部屋からはシンナー臭が漂ってきたからだ。 ただ、いつもとは少し匂いの具合というか、匂いの系統が違う気がした。 「いえ、今日のは塗装ではなくて……これはパテの匂いですわ」 「パテ?」 なんじゃそりゃ。今まで何度か沙織のガンプラ講座を聞いた俺だったが、その単語は初耳だ。 っていうか、溶剤とはまた別の異臭の原因があることにびっくりだ。 ちゃんと換気してるんだろうな? 「パテは簡単に言えば紙粘土みたいなものです。こねて、成形して、好きな形に作り変えることができるんです」 「紙粘土ねえ……それで一体何ができるんだ?」 好きに作り変えることができるって言っても、売りものみたいな複雑な形ができるもんなの? まさか、0からプラモデルを作り上げるわけじゃないだろうな。 「そうですね……中にはフルスクラッチをされる猛者もいらっしゃいますが、私はやるとしてもセミスクラッチどまりですから、パーツの手直しや延長などがメインの用途になります。最も簡単な用法ですと、肉抜き穴の穴埋めなんかに使われますわ。あ、一口にパテと言ってもエポキシパテやポリエステルパテなど種類があって、それぞれ特徴が――」 おーけー、久しぶりにこいつの言うことがわからないぜ。誰か通訳を呼んでくれ。 プラモって奥がふけえ……。 それにしても、こいつに限らず、オタクってのはどうして自分の分野だと饒舌になるんだろうな。 桐乃にしろ黒猫にしろ、自分の好きなことを話している時は目を爛々と輝かせていて――これがまた微笑ましい事このうえない。 早く終わんねーかなーなんて思っていたのがもったいないとさえ思える。 307 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/02/16(水) 19 07 08.76 ID axGrk5OPo [2/5] ずっと聞いてやっててもいいんだが、残念なことに今の俺には先にやるべきことがある。 「沙織? 悪いんだが、その続きはまた今度でいいかな?」 沙織のプラモトークの間隙を縫って、するりと言葉を割り込ませる。沙織相手ならば、このくらいは楽勝だ。 桐乃や黒猫は、言葉を割り込ませたくらいでは止まりやしないが、沙織は俺の言うことを素直に聞いてくれるからな。本当にできた妹だ。 「あ……ご、ごめんなさい。私ったらまた……」 「いや、微笑ましいくらいだから気にすんな。相談が終わったらまた改めて聞かせてくれよ」 「はいっ」 満面の笑みを浮かべ、元気な返事をする沙織。 沙織が、ささっと、さしあたっての作業を終えるのを見届けて、ともに俺の部屋へ向かう。 沙織はベッドに腰掛け、俺は椅子に腰をおろした。 「実はな……」 ここまで、言って言葉が止まる。 ……どうやって説明しよう。何も考えずに相談持ちかけちまったけど、これ、実はとっても厄介な相談事なんじゃなかろうか。 相談主を隠して相談する→当然、誰のことだと問い詰められる→沙織さんに嘘がつけるわけもなく→あやせとこっそり会っていた罪で有罪 最初から素直に白状して、あやせからの相談だと告げる→有罪 ……逃げ道がねえ。そして、俺には自分のこととして相談するほどの度胸もない。 沙織は、不思議そうに首をかしげ、こちらを見つめている。 くっ……ど、どうすれば……。 冷や汗をたらしながら必死に脳を回転させ、出た答えは―― 「これは友達の話なんだが……」 あやせとまったく同じ文言だった。 相談する側になってわかったけど、この手の話題はこう言うしかねーわ。変に回りくどく言い訳しても余計に怪しいしさ。 そもそも、定番となるほど使い古された言い訳なのだ。使い勝手はいいに決まっている。 それに嘘ってわけじゃないからな。 「はあ……お友達……ですか」 しかし、案の定沙織も俺と同じことを考えているようで、友達のことだと本気で信じてはいないようだ。 かと言って、ここで相談を止めるわけにはいかない。 この体で突き進むしかないよなぁ。 308 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/02/16(水) 19 08 48.98 ID axGrk5OPo [3/5] 「おう。その友達なんだがな――」 それから俺は、 ・友人には気になるやつがいる ・友人は自分の気持ちがわからないみたい。だが、俺に言わせれば、そいつは素直になれないだけで、気になる人とやらが好きなはず ・俺としてはテコ入れをするべきか、否か 完結にこの三点を沙織に話し、 「どうしたらいいと思う?」 こう締めた。 ・そんな曖昧な気持ちで告白された方は迷惑だろうか という点は、あえて相談しなかった。 あの時、あやせは“俺に聞かないと意味がない”と言ったが、あれは、恐らく一般的な男子の意見が聞きたかっただけだろう。 俺の答えが重要だから――と思えるほど自惚れてはいない。 ま、とってもどきどきしちゃったのは事実だけどね。あやせみたいな美少女に、あんなこと言われてどきっとしない方がおかしいよ。 冷静になればありえないってことはわかるんだけども。 この分だと、あやせの言う“その子”も本当に存在するのかもな。どこの誰かは知らねーけどさ。 俺の相談に、しばらく考え込んでいた沙織だったが、やがてゆっくりと口を開いた。 「……その方が告白するならば、その方とお相手の方は、間違いなく上手くいくと思いますわ」 まるでやり手の占い師のように、上手くいくと言い切る沙織。 だが、決して俺を直視しようとはしない。不自然に俺から目を背けている。 「いや、それって何を根拠に……」 いくら人の心の機微に敏感だって言っても、会ったこともないやつのことまでわかるわけがない。 ……まさか、これがニュータイプってやつなのか? 違う、そんなわけがあるか。あまりの驚きに、一瞬、黒猫みたいになっちまってたぜ。 「根拠はありません。私がそう思っただけですから。ただ……」 「ただ?」 「そのお二人が上手くいくことで悲しむ方も、少なからずいると思いますわ」 そりゃあ……そうだろうな。仮にあやせが誰かと付き合うことになったら、少なくとも俺は悲しむもん。 でも、それって当たり前のことじゃないの? わざわざ言うことだろうか。 誰かと誰かがくっ付けば、他の誰かとはくっ付けない。当たり前だ。 なんせ、あやせたんは一人だからな。 なんだろう。なんか、俺と沙織の会話が噛み合ってない気がする。 どうやら、沙織には俺には見えていないものが見えているようだ。オカルト的な意味じゃなくてね。 ……もしくは何か勘違いしているのだろうか。 309 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/02/16(水) 19 09 22.57 ID axGrk5OPo [4/5] うーん、これは困った。沙織に相談すればいいアドバイスをもらえると思ったんだが、今日の沙織は、黒猫よろしくちょっと電波入ってしまっている。 まさか、あやせに「告白すりゃうまくいくよ」なんて言えるわけがねえしな。 片手で頭を掻きながら、どうしたもんかな……と思案していると、ひっくひっくとしゃくりあげる声が聞こえてきた。 何事かと思って顔を上げると、泣いているのは沙織だった。 「沙織!?」 慌てて駆け寄り、床に膝をついて、見上げるようにして沙織の表情を窺う。 「お、おい。どうした? 大丈夫か?」 沙織が泣くときはいつだって、明確な理由があった。 こけて怪我した時、誕生日プレゼントを貰って感極まった時―― だけど、今、沙織が何で泣いているのか俺には皆目見当もつかなかった。 沙織は、昔っから手のかからない素直ないい子だった。親の前ではわがままも言わないし、泣くことだって滅多になかった。 そして、沙織が泣いてしまった時、あやすのはたいてい俺の役目だった。 だってのに、今沙織が泣いている理由が俺にはわからない。ダメな兄貴で申し訳ねえよ。 「す、すまん。俺、何か言ったか?」 沙織は無言で首を振るが、まったく泣きやみそうにない。恐らく、なんで泣いているのかと尋ねても答えてはくれないだろう。 沙織が泣いている理由がわからない以上、俺にできることは限られてくる。 俺は沙織の隣に座り腰をおろし、右手でゆっくりと頭を撫でてやった。 「よしよし」 昔っから、こうするとすぐ泣きやむんだよ、こいつは。これで、落ち着いて話を聞くことができそうだ。 だが、今日に限っては俺の経験もあてにならなかった。 しばらく撫でていても一向に泣き止む気配がない。 終いには、俺の胸元に半ばタックルするようにして俺に抱き着いてきた。そのままベッドに押し倒される。 沙織は顔をうずめながら、相変わらずひっくひっくとしゃくりあげている。そして、両手は俺のシャツをしっかりと握りしめていた。 お互いに一言も発することなく10分ほどが経った。 時間が経つにつれて、沙織の感情も平静をとりもどしつつあり、既に泣き止んではいた。 お互いにどう声をかければいいかわからないまま、時間だけが過ぎていく。 「沙織」 先に声をかけたのは俺だった。 「沙織、俺が悪かったよ」 その言葉を聞いた瞬間、沙織の身体がびくっと震えたのがわかった。 今回、俺は失言らしい失言をしていない。ならば、原因は相談内容そのものにあると考えるのが妥当だ。 「おまえが、何で泣き出したのかはわからない。だけど、俺がした相談はおまえにとってはきっと聞きたくない話だったんだな?」 沙織からの返事はない。そして、身じろぎひとつしない。 多分俺の考えで正解だ。 「悪かった。この相談はなしだ。今さらだけどな。俺はおまえの泣いてるところは見たくねえしさ」 沙織はシャツを握るその手に、ぎゅっと、より一層力を込めた。 第十話おわり
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373 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/02/28(月) 22 02 56.57 ID /rgor//go [1/6] 時は二月末日。 俺は、今までとんでもないことを忘れていた。それを思い出したのは何気なく見ていたテレビがきっかけだったんだ。 「……ろくな番組やってねーな」 リビングのソファに腰掛け、テレビを適当にザッピングしていく。結局、見たい番組も見当たらず適当なニュース番組にチャンネルを合わせる。 アナウンサーやレポーターの声をBGM替わりに、読み飽きた週刊誌を読み返す。 俺が平日の昼間からだらだらと過ごしているのにはわけがあった。つい先日ようやく期末試験が終了し、今は短縮授業となっているのだ。 もはや習慣となった麻奈実との勉強会のおかげもあり、そこそこの結果は残せたと自負している。 『続いて次のニュースです』 テレビでは依然としてアナウンサーが淡々とニュースを伝えている。 「ふあぁ……」 あくびのせいで目尻にたまった涙を手の甲で拭う。 再び視線を週刊誌に落とそうとした瞬間、急激な焦燥感が俺を襲った。財布を落としたことに気付いた瞬間みたいな、あのドキッとする感じだ。 なんだ……今の? ゆっくり周囲に目をやり、様子を窺う。 『本日、○○大学では合格発表が行われており、受験生の皆さんは緊張した表情で掲示板を見つめています』 テレビには、合格したらしい受験生が嬉々としてインタビューを受けている姿が映っていた。 この時期、別に何も珍しくない映像であるのだが、俺は映像から目が離せなくなる。 受験生……合格発表……。なんだ? ……ここまで出かかってるんだけどな。 「…………あっ。あああぁぁぁぁ!!?」 この時俺に電流走る。 比喩ではなく、割とマジでだ。あやせと初めて出会った時とはまた違う種類だけどな。 そのままリビングを飛び出し階段を一段飛ばしで駆け上がる。階段を上り切ると、俺の部屋をスルーし、ノックもせずバンッと沙織の部屋のドアを開く。 「さ、沙織! おまえ受験どうだったんだよ!?」 今まで家の中で受験のじゅの字も出なかったから完全に忘れていたが、俺と二つ違いの妹・沙織は、今年が高校受験の年だった。 しかし、俺の質問に答えが返ってくることはなかった。 今さら思い出した俺に怒っている……わけではなく、単純に沙織がいなかったからだ。 そういえば、あいつはまだ普通授業だったか。 この時点で、いかに俺が慌てていたかわかるだろう。 374 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/02/28(月) 22 04 14.71 ID /rgor//go [2/6] 「…………」 無言で腕を組みながら、せわしなく玄関をうろつく。かれこれ30分はそうしているだろうか。 さっきまで完全に忘れていたというのに、一度思い出してからは他のことがまったく手に着かない。いてもたってもおられず、なんとも落ち着かない気分だった。 チラッと時計を確認したところ、現在の時刻は12時40分。 「……うそ……だろ?」 なんと玄関をうろつき始めてから5分ほどしか経っていない。どこの精神と時の部屋だ。 沙織が帰ってくるのは、いつも18時ごろ。それまでずっとこうしてたら気がおかしくなっちまう。 くそっ、なんでもうちょっと早く気付かなかったんだ。せめて、今朝出掛ける前に気づいていれば……。 いや、そもそもこんな大事なこと忘れなきゃよかったんだけどさ。 言い訳させてもらうと、最近はシスカリの特訓やら麻奈実との勉強会やらで予定が立て込んでて大変だったんだよ。 大人しく両親に聞けばいいじゃねえかと言うやつもいるだろう。だが残念だったな。 親父は仕事、お袋は携帯をテーブルに置き忘れたままどこかへ出掛けた。親父はともかく、お袋はなんでいつもいつもこうも間が悪いのか。 「そうだ! あいつらなら知ってんじゃねえか?」 あいつらとは沙織のオタク友達である桐乃と黒猫のことである。 沙織と同様にまだ学校にいる可能性もあるので電話は避け、メールを作成し送信する。この時間は昼休みだろうから、メールくらいなら大丈夫だろう。 文面は「沙織の受験についてなんだが、なんか知らねえ?」としておいた。なんとも要領を得ない文章だが、今の俺にそんなことを考える余裕はない。 そして、ほんの1分もしないうちに携帯が鳴った。これは体感時間で1分ではなく、実際に1分だ。携帯の時刻表示を食い入るように見つめていたから間違いない。 『そんな~優しくしないで。どんな顔すればいいの?♪』 「きたああああ!」 受信画面には桐乃と表示されている。さっすが桐乃、だてにギャルっぽい恰好してねえな! カチカチと携帯を操作し、受信したメールを表示する。 そこには端的に――非常に簡潔に、こう書かれていた。 『黙れ、シスコン』 ちょ、なにこの本文!? ひどすぎるだろ! 俺が何したって言うんだ!? 心の中で桐乃に対して突っ込みをいれていると、続けざまにメールが届いた。 「おっ、黒猫か?」 しかし、携帯の画面に表示された名前は予想外のものだった。 「えっ? あやせ?」 なぜこのタイミングであやせからメールが届くのか。不思議に思いながらも、届いたメールを開こうとして――そのまま手が固まってしまった。 375 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/02/28(月) 22 06 03.74 ID /rgor//go [3/6] 件名:ぶち殺しますよ ちょ、なにこの件名!? ひどすぎるだろ! 俺が何したって言うんだ!? 思わず桐乃の時と同じ突っ込みを入れてしまう。 「どうしよう……見たくねえ……」 ある意味とってもドキドキする件名だが、これは胸の高鳴りというよりは死の恐怖である。 だが見なかったら見なかったで、かえって命の危険が増すだけだ。 カチッ。意を決してメールを開くと、そこにはこう書かれていた。 『先ほど桐乃にメール送りましたよね? メールが届いた時は、桐乃すっごい嬉しそうだったのに、内容を見たら一転してすっごくがっかりした顔してました。どんなメールを送ったんです? 返答によっては……』 そこで、本文は途切れていた。この続きは言わなくてもわかるでしょう? ということだろう。 って言うか件名に用件全部書いちゃってるもんな。それが最優先で出てきて思わず件名に書いちまったんだろう。あやせはどんだけ俺を殺したいんだよ。 とはいえ、俺のメールに一体何を期待したんだ? 桐乃のやつ。他の誰かからのメールだと思ったら俺からでがっかりした……とかかな? でも、それだとあやせの『内容を見てがっかり』ってところに矛盾が生じる。まあ、メールだから多少の祖語があるのかもしれないが。 ひょっとして、桐乃は俺のことが好きで、意中の人からメールが来て喜んだがその内容は妹関連であり、シスコンっぷりが垣間見えてがっかり……ってことだろうか。 「…………これはねえな」 ないない。自分で考えておいてなんだが、あの桐乃に限ってそれはない。そんないじらしい感じとは無縁そうだしな。 大体、前提条件である“桐乃が俺のことを好き”というところからして無理がある。 どうやら、桐乃にやらされたエロゲによって俺の思考は徐々に侵略されているようだ。 「まったく……そんな簡単にフラグなんて立ってたまるか」 そりゃ、桐乃はさすがにモデルやってるだけあって顔はいいしスタイルも抜群だ。 性格はたしかにきついところもあるが、なかなか素直になれないところなんか可愛いと思うし、見えにくいだけで友達に対する優しさに溢れている。 そんな桐乃と付き合ったらどうなるか――なんて妄想をしたことがないわけじゃない。 「……」 くそっ、あやせのメールのせいでちょっとドキドキしてきちまったじゃねえか。ちなみに、このドキドキは死の恐怖ではなく胸の高鳴りの方な。 まさか、あやせはこうやって俺をからかうためにあんなメールを送ってきたんじゃあるまいな。 だけど……もし、万が一、俺の妄想が事実だとしたら? 『そんな~優しくしないで。どんな顔すればいいの?♪』 突然鳴った携帯が俺の思考を中断させた。 送信者は黒猫。そこにはやはり、端的に――非常に簡潔にこう書かれていた。 『黙りなさい、シスコン』 「…………あいつら息ピッタリすぎるだろ」 376 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/02/28(月) 22 06 58.95 ID /rgor//go [4/6] 結局、沙織が帰宅するまでの5時間近くの大半を玄関で過ごすことになった。 ガチャリ。ドアの模様を完全に暗記できるほど見つめた頃、ついに玄関の扉が開き沙織が帰宅した。 「ただいま帰りま……あら、お兄様。そんなところでどうなさったんですか?」 沙織は少し驚き、不思議そうな顔をして俺を見つめている。 電気もつけずに階段に座り込んでる兄貴を見れば当然の反応と言えるかもしれない。 「……おかえり」 さて、どう切り出したものか……。 しかし、なんと言ったところで俺が沙織の受験を忘れていた事実は変わらない。合否発表どころか試験日程すら知らない始末だ。 ブラコンの沙織のこと、忘れられてたと知ったら怒るだろうなあ。 考える時間だけは大量にあったにも関わらず未だに答えは出なかった。 「そこ、暗くありませんか?」 沙織は俺の前に立つと、俺の顔を覗き込んだ。 「すまなかったあああ!」 額を床にこすりつける勢いで、全力で土下座。 「ひっ! お、お兄様!?」 「すまなかった沙織! 俺はおまえのことをすっかり忘れて――」 「は、話が見えませんわ! あ、頭を上げてください!」 ちょっと大げさにすぎるだろうか。 いや、沙織が受けるショックを考えたらこれぐらいは……。 「俺、実は沙織の受験のこと完全に忘れてて……知らないうちに受験勉強の邪魔とかしてなかったか!? ちゃんと勉強できたのか!? 試験日は? 合否は?」 我ながらとんでもないシスコンっぷりである。ここまでくれば立派に変態のお仲間と言える。 だけど、仕方ねえだろ。俺は妹が――沙織が大好きなんだよ。 こればっかりは誰にも止められない。誰にも譲れない俺のアイデンティティだ。 「どっ……どうなんだ!?」 377 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/02/28(月) 22 07 51.51 ID /rgor//go [5/6] 当然、沙織は怒るだろう。俺はそう思っていた。 頬を膨らませて、また俺を正座させて……その後沙織の部屋に改めて謝りに行って……。 それでまた仲直りできる――そう思っていた。 なのに、 「そんなことですか。受験ならもう終わりましたわ」 しれっと告白する沙織。その言葉に怒気は感じられない。 単純に、呆れているような感じだった。 「えっ?」 「私の学校は中高一貫ですから。受験などあってないようなものです」 そ、そうなのか? で、でもそんなこと一言も聞いてないぞ? お嬢様学校なのは知っていたが、まさか中高一貫校とは。 「それはそうでしょう。言ってませんもの」 一向に怒る気配を見せない沙織。 それが逆に恐ろしく、俺はたまらずこう聞いてしまう。 「お、怒ってないのか?」 「怒るって……なにをです?」 きょとんとした顔をする沙織。まるで本当に俺が何で謝っているのかがわからないというように。 「い、いや……だって、沙織の受験のこと忘れてたんだぜ?」 普段なら説教の一つや二つ飛んできてもおかしくない事態だ。 なのに、沙織は文句ひとつ言わない。 「……お兄様も忙しかったのでしょう? 別に、お兄様は悪くありませんわ。……お話はそれだけですか?」 「え……あ、ああ」 そのまま沙織は俺の横をするりとすり抜け、二階へと上がって行った。 必然的に、俺は階段下に取り残される形になる。 今のこの状況が、何か嫌な未来を予見しているように感じられたのだった。 第十三話おわり
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481 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/03/15(火) 17 16 22.81 ID Lj3urlD7o [1/7] 「皆の物、グラスは持ちましたかな? それでは――かんぱーい!」 「「かんぱーい」」 各々がそれぞれの飲み物を口に運ぶ。使うのはグラスではなくて紙コップだけどな。 ここは秋葉原のレンタルルーム。無事受験を終え、高校に合格した沙織と黒猫のために簡単なお祝いパーティーを開いたというわけだ。 会の進行を務め、乾杯の音頭をとるのは案の定沙織。この4人で集まる時は、もはやそれが習慣となってしまっていた。 こんなときくらい俺が音頭とるべきだったかな。机を挟んで向かい側で黒猫と受験の苦労話を交わす沙織を見つめ、今さらではあるがそんなことを思う。 「ま、ここから頑張ればいいか」 頑張る、といっても何か考えがあるわけじゃない。俺が考えついたのは、このパーティーを開くことと、お祝いの品を渡すというごくありふれたものものだけだったからな。 更に言うなら、プレゼントに関しては俺だけの発案ではない。 実は、今日このパーティーを開くにあたって事前に桐乃と相談したところ、お互いに何かプレゼントをもちよって祝ってやろうということになったんだ。 「ねえねえ」 声をかけられると同時に服の裾をひっぱられ、そちらに向き直る。 声の主は桐乃だった。 「プレゼントいつ渡すの?」 沙織たちに聞こえないようにするためか、小さな声で耳打ちをしてくる。 「そうだな……べたに最後でいいだろ。別に急ぐ必要もないし」 「そっか、そうだよね」 「おふたりとも、いかがなされました?」 ひそひそ話をする俺たちを訝しんだのか、沙織が声をかけてきた。 「な、なんでもないぞ!」 「そ、そうだって! なんも企んでないってば!」 大慌てで返事する俺と桐乃。桐乃なんかは両手をぶんぶん振って否定しているくせに、その口はもはや半分げろってしまっている。 ……サプライズがこんなにも難しいものとは思わなかったぜ。俺と桐乃に詐欺師の才能はねえな。 「ふふっ、左様でござるか」 沙織は口をωこんなふうにしてにやにやとこちらを見つめている。その目は例のぐるぐる眼鏡で見えないが、沙織が何を考えているかはわかる。 そう、あいつは全てわかった上で俺たちを泳がせているんだ。 ともあれ、今の所沙織と黒猫の反応は悪くない。素直にこのパーティーを楽しんでくれているようだ。 482 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/03/15(火) 17 20 40.08 ID Lj3urlD7o [2/7] それから、俺たちはシスカリで対戦をしてみたり、黒猫が「コスプレの心得」と称して即席コスプレ講座を開いてみたり、みんなして沙織のガンプラ講座に聞き入ってみたり――要はいつも通りにすごした。 うーん、我ながらあんまりお祝いって感じじゃねーな。 もうちょっと真面目に企画立案すべきだったか? 真面目に考えたからと言って名案が出るとは限らないけどさ。 「このように、プラ板工作において重要なのは切り出したパーツの精度を確保することです。特に同じパーツを複数製作する場合においては、少しのずれが命取りになる場合が少なくないでござる。もっとも、切り出した直後ならやすりで簡単に調整可能ですからそこまで神経質になる必要はござらん。続いて、筋彫りについて説明させて頂きます。筋彫りとは、デザインナイフ、Pカッター、目立てヤスリ、ガイドテープ等の道具を用いて、プラモにモールドを彫る作業のことでござる。これもデカール同様、情報量を増すことでプラモをよりリアルに見せる手法となります。ちなみに、ディテールダウンしたい、情報量を少なくしたい、なんていう時には逆にパテ等でモールドを埋めてしまったりもします。モールドを彫る場所や形と筋彫りには意外とセンスが要求されるので注意されたい。ネットで同じキットを製作した人の筋彫りを参考にするのもいいでしょう。さて、筋彫りにを行うにあたって是非知っておいてもらいたい注意事項ですが、筋彫りはなにも無暗やたらと彫ればいいわけではありません。適当に彫っても確かに情報量は増えますが、それだけではいけません。何より愛がない。もし、この機体が実在したならば、ここの装甲の分割はこうなってるんじゃないか。逆にこの部分の装甲は一枚で生成されているべきではないかなど想像力を働かせることが重要となります。まあ、これは何も筋彫りに限ったことではありませんが――」 ……な、長い。今日はいつにも増して長い。もはや通訳を用意したとしてもその全容を把握することは難しいだろう。 いつもの口頭での説明と違って今日はホワイトボードを使えるもんだから、沙織の方も熱が入ってやがる。 俺は普段から沙織のガンプラ講座を聞いているから、おぼろげながらではあるが沙織の言いたいことはわかる。 だが、桐乃や黒猫は完全に置いてきぼりだ。そろって目をしぱたかせ、口をこんなふう◇にして、頭の上に?マークを浮かべている。 プラモ初心者にいきなりそんな内容の話をするやつがあるか。まずは基本的な作り方から説明しようぜ。 「さ、沙織? もうちょっとわかりやすい話題の方がいいんじゃないか? 桐乃と黒猫が完全に置いてきぼりくらってるぞ?」 沙織の会話が途切れた瞬間を狙い、なんとか言葉を挟む。 はっと何かに気付いたようなリアクションをとる沙織。 「あ……も、申し訳ありませぬ。拙者、少しばかり浮かれすぎていたみたいでござる」 片手で頭を掻き、申し訳なさそうな表情を浮かべる。 「いいっていいって、なんか楽しそうなのは伝わってきたし。それに今日はお祝いなんだし? 好きなだけ喋ってよね」 「そうね。新たなコスプレグッズ製作のヒントになるかもしれないし、私は構わないわ」 よくできた友達である。沙織の兄としてこいつらには頭が上がらねえよ。 「ありがとうございます。でも、きりもいいですし拙者の話はこれまでといたしましょう」 長かった沙織のガンプラ講座が終わり、沙織は文字がびっしり書き込まれたホワイトボードを綺麗にしていく。 壁に掛けられた時計を見て現在の時刻を確認すると、時計の針は15時30分を示していた。 この部屋のレンタル終了時刻が16時なので、プレゼントを渡すならちょうどいいタイミングだろう。 「沙織、黒猫。実は――いや、ばれてるかもしれねえけどおまえらにプレゼントがあるんだ」 「な、なんですと~」 俺の言葉に、沙織はわざとらしく驚いて見せる。口が依然としてこんなωだったから、わざとなのは間違いないだろう。 目は口ほどに物を言うと言うが、コイツの場合文字通り口が全てを語ってくれる。 特に、バジーナ状態の時はそれが顕著だ。 一方、黒猫はというと無言でこちらを見つめていた。 そして、 「……あなたにプレゼントを貰ういわれが見当たらないのだけれど」 「いわれなんて『俺がそうしたかったから』で十分だ。それに、今日はおまえらの高校合格を祝うためのパーティーなんだぜ?」 プレゼントの一つや二つあったっておかしくないだろ? そして、おまえらをお祝いしたいと思っているのは俺だけじゃない。さっきからエロティックにけつを突き出し、なにやらごそごそと自分の鞄を漁っている桐乃もその一人だった。 483 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/03/15(火) 17 21 46.53 ID Lj3urlD7o [3/7] 「ふぃ~、よかった。入ってた」 どうやらプレゼントを探していたらしい。 俺も桐乃に習い、自分の鞄からプレゼントを取り出す。沙織へのプレゼントは少々かさばるので取り出すのも一苦労だ。そのため、今日俺はやたらでかい鞄を用意する羽目になってしまった。 これじゃあ、何か企んでますよ、と自白しているようなものだ。 自宅ならどこかに隠しておいて――ってのもできたんだろうが、今日はこの後に秋葉めぐりも一緒に行う予定だからな。自宅で集まるのは少々都合が悪い。 沙織のプレゼントに関しては、あげたあとも家に帰るまでは俺が持つつもりでいたし、多少かさばっても許してくれるだろう。 「はいこれ。受験合格おめでとう!」 桐乃が一足先に沙織にプレゼントを渡す。 「ここで開けても?」と沙織が一言断りを入れる。そして、桐乃が頷くと嬉しそうに開封し始めた。 「ほう! HG1/144デスティニーガンダムに……これはクレオスのメッキシルバーではないですか!」 沙織が驚くのも無理はない。このクレオスという会社のメッキシルバーというマーカーペン。 優れた発色と定着性を有しながら原材料の関係ですでに生産中止されており入手が困難となっているのだ。 ただ、これは後で知った話なのだが、近々同じクレオスという会社からメッキシルバーⅡなるものが発売される予定らしい。ただ、その性能がこのメッキシルバーと同等のものかどうかはわからないとのことなので、このプレゼントは無駄にはならないだろう。 桐乃がどうやってこのレアもののプレゼントを手に入れたかは後々説明しよう。 「じゃあ、次は俺な。合格おめでとう。それから、いつもありがとな」 そう言って、沙織にプレゼントを渡してやる。 子供みたいか顔をしてそれを受け取り、開封していく。 「こっ、これは!」 その先は言葉がでないようだった。 俺が選んだプレゼントは、SDガンダム0074黄金神スペリオルカイザー。 こちらも再生産がおこなわれていない所謂レアものだ。ガンプラファンにはたまらないものらしい。 ちなみに、桐乃とプレゼントの方向性が被ってしまったのは偶然ではない。実は、先日桐乃と一緒にプラモ屋巡りをしていたのだ。 こういう珍しいプラモやアイテムを手に入れる手段は、おおまかにわけて三つある。ネットオークションで落とすか、古い模型屋に残っていることを祈ってプラモ屋巡りをするか、またはそういう珍しい玩具を専門に扱う店を訪ねるかだ。 一つ目と三つ目に方法に関してはとにかく金がかかる。特に、俺が選んだ方のプレゼントは、組み立てた後のものですら定価の倍はくだらないという超レアものだ。 読モやってる桐乃はまだしも、一介の高校生である俺には二つ目の選択肢しかなかった。 今にも潰れてしまいそうな模型屋の奥にひっそりと(しかも定価で)置かれているのを見つけたときは、俺ですら小躍りしちまったくらいだ。 事前にレアプラモの知識を詰め込んでいかなかったら、俺も気づかなかっただろう。 「こ、これが夢にまで見た……ごくり」 プレゼントを受け取った沙織はハアハアと息を荒げ、まじまじと箱を見つめている。珍しいな、沙織がこんな状態になるなんて。 そこまで喜んでくれると俺も苦労した甲斐があったというものだ。あの日は、桐乃ともども足が棒のようだったからな。 484 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/03/15(火) 17 25 24.97 ID Lj3urlD7o [4/7] 「次はあんたね。はいこれ」 一人完全に自分の世界に入ってしまっている沙織を尻目にプレゼントの贈呈は進む。 「……開けてもいいのかしら?」 「当然でしょ。ふふーん、実はこのプレゼント、ちょー自信あるんだよね」 言葉の通り、いかにも自信あり気に胸を張る桐乃。 黒猫はがさがさと袋を開け、中身を取り出す。そこから現れたのは真っ白のワンピースだった。 「…………」 「どうどう? ちょーかわいくない? これ、絶対あんたに似合うと思ったんだよね」 普段の黒猫のイメージとは対極にあるような真っ白のワンピース。 それを着ている黒猫を脳内でイメージする。 「ほう……これは…………なかなかに」 悪くない気がする。いや、悪くない所かかなりかわいんじゃないだろうか。 これに麦わら帽子でもあれば完璧だ。……今度、こっそりプレゼントしようかな。 「さ、次は俺だな」 妄想もそこそこに、用意した黒猫へのプレゼントを手に取る。 沙織に関しては渡して喜んでくれそうなものが簡単に想像できたんだが、正直黒猫に関しては何をあげたらいいのかさっぱりだった。 初めは桐乃と相談しようと思ったんだが、「あんたが自分で考えろ。じゃないと意味ないから」と言われ突っぱねられてしまった。 それから昨日までの三日三晩うんうんと悩み続け、ようやく出た結論がこれだ。 「これは……」 俺が黒猫に渡したプレゼント。 それは、 「ネックレス……?」 「それを見た瞬間ビビッと来たんだよ」 このデザイン、黒猫が好きそうだな。これなら喜んでくれそうだって。 黒猫が金属アレルギーでないことは事前に桐乃を通して調べておいてもらったからその点に関しては問題ないはずだ。 ま、プレゼントとしては月並みだけどな。 「……ありがとう」 「おう」 黒猫はネックレスをまじまじと見つめ、掌の上で転がしている。 特別口には出さないが、喜んでくれているのはどうやら間違いないようだ。 口元が今にも緩みそうになっていてプルプルしている。こいつのことだから素直に喜ぶのが悔しいんだろうな。 485 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/03/15(火) 17 28 55.15 ID Lj3urlD7o [5/7] 「む? いつのまにやらプレゼント贈呈が終わっている様子」 先ほどまで夢中で箱の横にある商品写真を眺めたり、説明書を読みふけっていた沙織がようやく現実世界に戻ってきた。 「それでは今度はこちらのターンでござるな」 「は?」 なにそれ? 俺、何も聞いてないよ? 戸惑う俺をよそに、沙織と黒猫そしてなんと桐乃までもが俺と向かい合うようにして集合する。 そして、黒猫が一歩前へと踏み出した。 「……」 「ほら、さっさと言っちゃいなってば」 「拙者は――拙者はお兄様が幸せならそれで構わんでござる。ずばっとやってくだされ!」 黒猫に何かを促す二人。 どうやらこの二人はこれから起こることを知っているようだ。 「……私はこの春から高校生になるわ」 「あ、ああ。そうだな」 絞り出すようにして話し始める黒猫。 「あなたと同じ高校に進学するの」 「えっ? そうなの? なんだよ、それならそうともっと早くいってくれればよかったのに」 「なんでわざわざあなたに知らせなければならないのよ」 「なんでって……そりゃあ、やっぱり嬉しいじゃんか。そもそも、今自分から知らせたばかりのくせに何言ってんだ」 むぐ、と口をつむぐ黒猫。そして、眉間に皺を寄せ再度言葉を紡ぐ。 「だから、その…………」 言いにくそうに視線を彷徨わせてから、 「よろしくね、先輩」 黒猫はそう言った。 「おう!」 「私の話は以上よ」 一時は何事かと思ったが――いや、十分驚くことだったのは間違いないけどさ、沙織が「こちらのターン」とか言うからてっきりもっと大事かと思ったぜ。 だが、これで納得がいかない奴らがいた。 「ちょ、ちょっと! それで終わりって、なにへたれてんの!?」 「そうでござるぞ黒猫氏! 拙者だって断腸の思いで今日を迎えたというのに!」 いきなり黒猫に対して猛抗議を始める沙織と桐乃。 「お、おいおまえら落ち着け。なにキレてんだよ」 「お兄様は静かにしていてください!」 ひい! 沙織がおっかない! なんで俺が怒られてるの!? しかし、当の黒猫は落ち着きはらった様子でこう答えた。 486 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/03/15(火) 17 33 34.41 ID Lj3urlD7o [6/7] 「今は――これでいいのよ。この鈍感は今言ったところでろくに返事もできそうにないから。……もっと時間をかけることにしたの」 なんだろう。黒猫の言っていることの意味はよくわからないが、なんとなく小馬鹿にされてる気がするぞ? 「ちっ。…………でも、それも一理あるかも。仕方ないか。あ、言い忘れてたけど、もしあんたらがうまくいっても兄貴のシャツくんかくんかくらいは許しなさいよね」 「…………あなた、自分が何を言っているかわかっているの?」 「はあ? あんたこそ何言ってんの? これくらい兄妹の間では常識じゃん」 「それはエロゲの世界での常識でしょう!」 「そんなことないって、ねえ沙織」 「そうですぞ黒猫氏。現に拙者だってたまにしておりますし」 「なん……ですって……」 俺を無視して会話を進める女性陣。 くんかくんかって何ですか? それを沙織もしているってどういうことかな? どうやら、この記憶は抹消したほうがいいみたいだ。 目を閉じ、鼻頭を揉み今聞いた言葉が夢幻であることを願う。 すると、直後に「きゃっ」という悲鳴が聞こえ、一体何事かと、すぐさま目を見開く。 開かれた視界には黒猫の姿が映っていた。 「黒猫!」 前につんのめるようにして、俺の方によろけてくる黒猫をしっかりと抱きとめる。 「大丈夫か?」 「え、ええ」 沙織と桐乃が向こうでにやにやしているのが見える。 さてはおまえらの仕業か。ちょっと一言言ってやらなきゃ駄目だな。友達に何するんだ、とな。 そう思って、口を開こうとした瞬間。 俺の腕の中の黒猫がぴくりと反応した。そして、なんと俺の胸元に顔を近づけすんすんと匂いをかぎ始めた。 「……いい匂い。あなたの匂いがする。……私、あなたの匂い好きよ。落ち着くもの」 そう言って黒猫は妖艶な笑みを浮かべる。 直後、自分が何を口にしてしまったのかを自覚したのか途端に顔が真っ赤になった。 それにつられて俺も一緒に顔を赤くする。 「い、いつまでそうしているの、この変態!」 慌てて俺から離れると同時に罵倒を始める黒猫。 俺は何もしてないはずなのに、何で罵倒されなきゃならんのだ。 やれやれ、こいつの相手も楽じゃないな。 春からはこいつが俺の後輩になるわけか。こりゃあ、俺の高校生活も一層楽しくなりそうだ。 こいつが俺と同じ高校に入学してから少し経ったころ。 俺と黒猫に腐女子の友達ができたり、俺が厨二病を患った女の子に告白されたりするわけだがそれはまた別のお話。 俺の妹が身長180cmなわけがない黒猫√ おわり
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353 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/02/24(木) 19 22 36.53 ID 4wpeXllNo [1/8] 2月が過ぎようとしていて、日ごとに暖かくなっていくのを実感する。 来年の今頃は俺も受験で忙しくなっていることだろう。俺としても、残り少ない高校生活ってやつをを有意義に過ごしたい。 沙織たちと一緒にわいわい騒ぐのも決して嫌いじゃないし、むしろ楽しいのだが、やっぱりたまにはのんびり過ごす時間が欲しい。 そんなわけで、俺は休日の朝から幼馴染の家で日向ぼっこと洒落込んでした。 空には雲ひとつなく、気温はほんの少し肌寒いくらい。日向ぼっこには最適だ。 暖かい春の日差しの中の日向ぼっこも悪くないが、こんな季節の日向ぼっこの方が太陽の暖かさを感じることができて俺は好きだ。 「きょうちゃん」 縁側に座り、足を投げ出すような恰好で仰向けに寝転んでいた俺に、幼馴染が声をかけてきた。 ゆるい喋り方が特徴のこいつは田村麻奈実。俺の幼馴染にして、和菓子屋・田村屋の娘である。 「お茶入ったよ」 「さんきゅー。ちょうど喉が渇いてたんだよ」 急須と二つの湯呑が乗ったお盆を持ってきた麻奈実が俺の隣に腰を下ろす。そして、こぽこぽと湯呑にお茶を注いでくれた。 こいつが淹れてくれるお茶って妙に美味いんだよなあ。こいつの腕がいいのか、田村家のお茶葉が良質なのかは知らないけどさ。 身体を起こし、麻奈実から湯呑を受け取り、ずず……と音を立てて茶を飲む。 「……ふう」 本当に落ち着く。こんな時間がいつまでも続けばいいのにと思ってしまう。 と、俺はにこにこと笑う麻奈実に気が付いた。いや、こいつがにこにこしているのはいつものことなんだけど、ただのにやけ面とは違ったんだ。 多分、この違いがわかるのは世界で俺一人だろう。 「どうした?」 「んふふ~。きょうちゃん、おじいちゃんみたいだなあって」 「……悪かったな、爺臭くて」 そういうお前は婆さんみたいなくせに。俺もおまえにだけは言われたくないよ。 今まで何度繰り返したかもわからないやりとり。だけど、だからこそ俺の最も落ち着く場所はここだと断言できる。 湯呑を一旦お盆に戻し、再び仰向けに寝転がる。 今日は昼まで日向ぼっこして、昼からは気温も上がるだろうし公園にでも散歩に出掛けて…… 脳内で今日一日のんびり過ごすための予定を立てる。こんな平穏な休日は久しぶりだ。 『SECRET×2 OF MY HEART I SHOW YOU IT なう。 だ・か・ら 人生相談っ!ちゃんと 責任持って聞いてよね~♪』 唐突に俺の携帯の着信メロディが流れる。 黒猫風に言うならばそれは、俺を平穏な休日から引きはがす悪魔の呼び声だった。 354 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/02/24(木) 19 23 35.46 ID 4wpeXllNo [2/8] 「おまえら……そんなことで俺を呼んだの?」 「はあ? そんなことって何!? せっかくあんたも誘ってあげてんのに」 「まあまあ、きりりん氏。お兄様にも今日はご予定があったみたいですから」 怒り狂う桐乃を鎮める沙織。これはこれで何度繰り返されたかわからないやりとりだ。 だが、こっちは落ち着くといった雰囲気はかけらもない。 先ほどかかってきた電話は沙織からのものだったのだが、すぐさま桐乃が電話を取って代わり「今すぐ帰ってこい!」とだけ俺に告げると、そのまま電話を切ってしまった。 「大方、ベルフェゴールと一緒にうだうだしながら茶でも飲んでいたのでしょう? いいじゃない、暇だったのは間違いないのだから」 「ぐっ……」 ……確かにそうだけどさ。俺には俺なりの休日の楽しみ方ってのがあるんだよ……。 こいつらに説明したところで理解してもらえないだろうから言わねーけど。 「申し訳ありませんお兄様、エントリーの受付が今日までだったもので……」 ぐるぐる眼鏡を装備し、オタクファッションに身を包んだ沙織が頭を下げた。 なんでも、こいつらが俺を呼びだしたのは、近々シスカリの大会があり、それのエントリーを済ませたいからとのことだった。 「なんでその大会に俺が参加する必要があるんだよ。おまえらだけじゃ駄目なのか?」 確かに、アーケード版とはいえあのゲームの大会に女の子だけで参加するってのは勇気がいるのかもしれないけどさ。 俺なんていたところで戦力的には何の役にも立たないぞ? この中で一番弱いのは間違いなく俺だしな。 「実はこの大会、タッグ戦なのでござる」 「タッグ戦だあ?」 どういうこと? タッグ機能なんてついてたっけこのゲーム? 「この大会だけの特別ルールよ。特設の筐体を使うらしいわ。ダメージこそないけれど、味方への当たり判定があるみたいだから、タッグを組む相手とのコンビネーションが重要になるわね」 俺の疑問に対してご丁寧に解説をしてくださる黒猫。 当たり判定――ゲームをしない人にとってはあまり聞き覚えのない言葉だろう。 まあ、おおざっぱに言えば味方にも自分の攻撃が当たるってことだ。攻撃が当たると、攻撃を受けたキャラは吹っ飛んだり、怯んでしまって動きが一瞬止まる。その結果、せっかくのコンボが途切れたりするってわけだ。 最悪の場合、仲間同士で足の引っ張り合いになってしまうってこともありうる。 「で? あんたは誰と組むの?」 「えっ?」 「そう、それこそがお呼びした理由なのです。お兄様」 そう言って、したり顔で俺の鼻っ面にずいっと指を突き出してくる沙織。 「先ほど黒猫氏が申した通り、今回は味方にも当たり判定が存在します。よってパーティー構成こそがこの大会において、最も重要な戦略となるのです! そして上位入賞のあかつきには、豪華賞品が贈られるのでござるよ!」 「……だったら余計俺が呼ばれた理由がわからんのだが」 「はて? どういうことですかな、お兄様」 「その豪華賞品? がなんなのかは知らないけどさ、勝ちに行くんならまずおまえらの中でチーム組んで、その後で俺とあまりで組めばよくねえ? こん中じゃ俺が一番下手くそなんだしさ。チーム構成考えるときに俺がいてもややこしくなるだけだと思うぞ」 355 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/02/24(木) 19 24 53.88 ID 4wpeXllNo [3/8] 別に参加することが嫌なわけじゃない。要は一軍と二軍にわけようってことだ。 ま、黒猫がダントツで上手いのは今さら言うまでもないし、一軍の片翼は黒猫で決まりだろう。そしてもう一人は……沙織か? 以前、ネット対戦で桐乃をカモにしてるってのを聞いたことがあるしな。恐らく腕前的にはこの二人のペアがベストなはずだ。 相性的に桐乃と黒猫はまずそうだが、その点沙織ならばどんな相手がペアでもやっていけるだろう。桐乃と黒猫は仲はいいんだけど、ことゲームやアニメになるとすぐ熱くなっちゃうからなあ。 「ちっ……あんたが下手くそとか、今さら言われなくてもわかってるっての」 「下手くそのあなたを大事なパーティー編成の場に呼んだのは、もっと別の意味があるからよ」 別の意味? なんじゃそりゃ。今回は勝ちに行くのが目的じゃないってこと? 「じゃあ、その別の意味ってなんなんだ?」 「えっ!?……そ、それは」 急にまごつき、おろおろと慌てだす黒猫。これが漫画なら、「あわわ」という書き文字がついていたに違いない。 まあ、黒猫の表情を普段から観察してない人間には、このわずかなリアクションを感知することはできなかっただろうけどな。 しかし……この慌てよう。確かに何か裏があるみたいだな。 「お、お兄様! これには深いわけがありまして!」 沙織が慌てて助け舟を出す。 「じ……実は、拙者たちでも話し合ったのですが……話が平行線のまま一向に決まらなかったのです。ですから、ここはお兄様にパートナーを選んでいただこうということに……。決定後はお互いに文句は言わないという条約も取り決めております」 ここまで言われて俺はようやく気が付いた。 そりゃそうだ。誰も好き好んで下手くそと組みたくないわな。それこそ勝ちに行きたいなら当然の話だ。なんでそこまで頭が回らなかったのか。 「要は、不幸な人身御供を一人選べと。そういうことだな?」 「不幸? よくわかりませんが……まあ、そういうことでござる」 三人を見回してみれば、沙織は自分の指を絡ませながらなにやらもじもじとしている。 桐乃は桐乃でいつものように腕を組み不機嫌そうにそっぽを向いているし、今日は黒猫まで桐乃と同じポーズを取っている。向いてる方向は正反対だけど。 誰かを選べと言われてもな……。正直選びかねるよなあ。 俺が足を引っ張ることになるのが目に見えてて、いたたまれない。せめて俺にそれなりの腕前があれば話は違ったんだろうけどさ。 ……いつまでも悩んでいても仕方ない。ベストな答えがない以上、ベターな答えを探すしかないだろう。 そして、こういうときは消去法にしてしまうのが一番いい。 356 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/02/24(木) 19 26 14.80 ID 4wpeXllNo [4/8] まず、沙織と組むのはない。俺が沙織と組んだ場合、必然的に桐乃と黒猫が組むことになるわけなのだが、それはまずい。 桐乃と黒猫は友達としては相性抜群なんだろうが、ゲーム中においては足の引っ張り合いになってしまうのは想像に難くない。 こいつらが昔モンハンやってたころ桐乃が「黒猫に嫌がらせプレイされた」って愚痴ってたくらいだからな。 そして俺と組んだ沙織も、俺が足を引っ張った結果、二組仲良く共倒れ。そんな未来しか見えない。 では、桐乃or黒猫と組んだ場合はどうか。 黒猫と組んだ場合、二組の力量は確かに釣り合いが取れたものになるだろう。あるいは、俺というハンデがあっても黒猫の方が上手かもしれない。 だが大会と銘打ったものである以上、腕に覚えのある猛者が続々と集まってくるはずだ。生半可な戦力では太刀打ちできないだろう。 黒猫はゲーマーで、なおかつゲームに関して妙なプライドを持っている節がある。なるべくゲーム中で最弱キャラを使って勝つ……だったか? そして、せっかく大会に出る以上、俺と組むよりは沙織と組んで勝ちを狙いたいと思っているはずだ。 桐乃に関しては……なんというか、こいつ自身がプライドの塊みたいなやつだからなあ。 俺と組んで負けるのも嫌だろうし……かといって黒猫と組ませるのもなあ。 ああ、なんて厄介なやつらなんだ。 ……なんで俺が監督業みたいなことをせにゃならんのだ。この中じゃ俺が一番門外漢だろうが。 まあ、オタク知識の薄い俺がいくら悩んでも仕方ない。実際、その大会がどの程度の規模なのかすら知らない有様だからな。 ここは素直に自身のフィーリングとやらを信じることにするか。 「じゃあ、桐乃と組むわ」 俺たち四人を一つのグループとして見て、勝ちにこだわるのならばこの配置以外ありえない。 まあ、理由はそれだけじゃないんだけどね。 ……なんだか見てて危なっかしいんだよな、桐乃って。気を抜いたら自分の親や友人の前でオタクグッズをぶちまけちまいそうな感じがして。……あくまでもイメージだぞ。 沙織と黒猫は妙にしっかりしてるから、そんなこと感じないんだけどさ。沙織と黒猫は俺の二つ下だが、桐乃だけは三つ下ってことも関係しているんだろうか。 ……俺がロリコンだとかそういう意味じゃないぞ、決して。 「えっ!?」 この決定に一番驚いたのは桐乃本人だった。 まあ、貧乏くじひかされたわけだからそういうリアクションとっちまうのもわかるけどさ。もうちょっとオブラートに包もうぜ。泣いちゃうぞ、俺が。 案の定、沙織と黒猫は桐乃を憐れむような目で見ている。 「桐乃、すまない」 桐乃の肩に両手を置き、謝罪する。 手を置いた瞬間びくっと体を震わせたかと思うと、俺の顔を見てぱくぱくと口を動かしている。 だが、言葉が上手くでてこないようで、何かを言うでもなくそのままぷいっと顔を背けてしまった。 言葉も出ないほどとは……恐らく、相当キレているに違いない。 俺は沙織たちの方に向き直り、こう続ける。 「上位入賞への水先案内人はこの高坂京介と桐乃が引き受けた! これは死ではない! 沙織たちが生きるための!」 完全に、いつものスイッチが入っている俺だった。 そんな俺を冷めた目で見つめる黒猫。沙織はぐるぐる眼鏡のせいで目元はよく見えないが、恐らく黒猫と一緒のリアクションをしていることだろう。 ちょ、そんなリアクションされるとこっちが恥ずかしいんだけど。 357 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/02/24(木) 19 27 42.99 ID 4wpeXllNo [5/8] 大会当日。俺たちはシスカリ大会に参加するため、秋葉原に集まっていた。 ふっふっふ、俺だってこの一週間、ただ漫然と過ごしていたわけではない。実は、沙織や桐乃に教えてもらいながらシスカリの特訓をしていたのだ。 劇的に上達したってわけではないが、それでも幾分かはましになっているはずだ。 ちなみに黒猫にも講師をお願いしたのだが、レベルが違いすぎて全く参考にならなかった。 「そういえば、大会ってどこでやんの?」 「会場はso○map内のイベントフロアとなります。すぐそこですな」 沙織たちの後に続き、会場へと移動する。 会場は既にオタクたちで埋め尽くされており、イベントが始まるのを今か今かと待ち構えていた。 「……結構な人数来てんな」 まさか全員が参加者ってわけじゃないだろうが、それでもざっと見回して100人以上はいるように見える。 こいつらとやりあって勝てるんだろうか、黒猫たちはともかくとして。なにせ相手は沙織や桐乃、そして黒猫よろしく本気でこのゲームを愛しているような奴らなのだ。 俺、すっかり自信なくなってきたぜ。 「ちょっとなに冴えない顔してんの?」 俺の不安を見抜いたのか、桐乃が声をかけてきた。 「大丈夫だって、あんだけ練習したんだしさっ」 そして、ぱんっと背中を叩かれた。 「……そうだな。ありがとよ」 まったく、こいつは……。普段は横暴なくせに、たまに見せるこういうところがずるいと思う。 俺が礼を言うと、桐乃は「にひひ」とくすぐったそうに笑ったのだった。 結果から言うと、俺と桐乃は2回戦負けだった。 決してコンビネーションは悪くなく、むしろ良かったくらいなのだが、如何せん、付け焼刃の俺では地の力量に差がありすぎた。 俺が集中攻撃でKOされると、桐乃一人ではどうしようもなくあえなく敗退となった。 ちなみに黒猫と沙織はあれよあれよと勝ち進み、今から決勝戦が行われるところである。 沙織が相手の一人を足止めして、その間に黒猫がもう一人をぼこぼこにし、それから二人でもう一人を片付ける。二人はそんな戦法で順調に勝ち進んでいった。 「あいつらすげえな」 「黒いのもこういうのだけは上手いからね~。人間、なにかしら一つくらいは才能があるってことじゃない?」 友達に向かってひどい言い草である。 これが額面通りの意味ならば一言言ってやらねばならないが、こいつらの関係においてはそうではない。 桐乃も黒猫もお互いに素直じゃねえからな。こいつはこれでも一応黒猫のことを褒めているのだ。 訳すなら、「さすが黒猫。やるじゃん」ってところだろうか。 当初こそ戸惑ったものの、こいつらのやりとりは端から見ていてとても微笑ましい。もっとも、沙織は初めからわかってたみたいだけどな。 「沙織、黒猫! 頑張れよ!」 素直になれない桐乃の分も合わせて、大声で声援を送る。 俺の声を聞いて、沙織はこちらに向かって手を振る。黒猫はちらりとこちらを一瞥して、そのままステージへと向かっていった。 358 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/02/24(木) 19 29 32.23 ID 4wpeXllNo [6/8] 「おしかったな。あとちょっとだったのにさ」 「黒猫氏、申し訳ありません。拙者がもっとしっかりしていれば……」 しょぼーんと、項垂れる沙織。 「あなたのせいではないわ。私が相手を処理するのに手間取ったせいでもあるのだから」 決勝戦も今までの戦法で挑んだ二人だったのだが、さすがに決勝戦だけあって黒猫の相手も中々沈まなかった。 積極的に攻撃してこず、守りに比重を置いた相手を攻め崩すというのは黒猫の腕をもってしても難しいらしい。しかも決勝戦まで残るような腕前のやつが相手だ。 そしてついに沙織がこらえきれずKOされると、さしもの黒猫も2対1では厳しく、そのまま敗北と相成った。 いわば、今まで二人がやってきた戦法でやられたようなものだ。 「ま、賞品は手に入ったんだし。よく頑張ったよおまえらは」 「……そうですな。お目当ての物は手に入りましたし、早速戦利品の分配と行きましょう!」 沙織はそう言って、ごそごそと賞品の入った袋を漁りだす。 事前に確認したところ、3人のお目当ての賞品は被ることはなかった。ただ一つを除いては。 「……さて、問題のこれの処遇ですが…………」 沙織が最後に取り出したのは、3人が3人とも欲しいと言っていた、ゲーム内でキャラに着せることができるコスチュームのデータである。 悲しいことに、このデータを使用できるのは一人だけらしい。タッグ戦の大会のくせに、なんてもんを賞品にしとるんだと突っ込まずにはいられない。 沙織曰く、何人でも使えるようにすると希少価値が下がるとかなんとかって理由かららしい。 こりゃあ、盛大な争奪戦が勃発しちまうな……。そう思っていたのだが、一番意外な人物が真っ先にその争奪戦からドロップアウトした。 「あ、あたしはいいや」 「えっ!?」 真っ先に争奪戦を降りたのは桐乃だった。 「だって、それはあんたらが頑張って勝ち取って来たんだから、何もしてないあたしが貰うのは筋違いでしょ」 き、桐乃が至極まともなことを言っている!? 「いてえ!?」 露骨に“驚愕を禁じ得ない”という表情をしていたせいか、桐乃に脛を蹴られてしまう。 「ふんっ……ま、あたしはもっといいものもらったしね。それについてはあんたらで決めて」 そう言って桐乃はくるっと振り返り、上機嫌に歩いていく。 いいもの? ……他の賞品のことだろうか。 359 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/02/24(木) 19 30 52.28 ID 4wpeXllNo [7/8] 「いてえ!?」 桐乃の言葉の意味を考えていると、黒猫にふくらはぎを蹴られ、沙織に脳天にチョップをかまされた。 「な、なんなのおまえら!? 俺に一体なんの恨みがあるの!?」 黒猫はともかく沙織まで! 両人とも、びきびきとこめかみに力が入っているのがわかる。 「ああ、呪わしい。魔界に送ってやろうかしら」 「今日の正座は20分で許して差し上げますわ」 黒猫は何か変な電波を受信しちゃってるし、沙織はなにやらご立腹なようだ。沙織はなんでそんなに俺を正座させたいんだ。 あまりの怒りのためか、いつものお嬢様口調に戻っている。あるいは、俺を怒る時はその口調と決めているのだろうか。 丁寧な口調で怒られるのって怖いし、俺としてはござる口調で怒ってくれた方がいいんだけどな。 「あんたら何してんの? ほら、さっさと帰るよ!」 少し離れたところで俺たちがついてきていないことに気付いた桐乃が、大きな声で俺たちを呼んだのだった。 第十二話おわり
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326 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/02/20(日) 21 17 50.09 ID FGAkotZNo [1/5] 「ああ……すまない。ちょっと色々あってな、アドバイスは貰えなかったよ」 『そうですか。分かりました』 「……えらくあっさりだな」 あやせの淡泊な返事に、肩すかしをくらったような気分になる。 もしかして、はなから期待してなかったってことだろうか? 『お兄さんに相談した日に、私の中で答えが出ましたから。妹さんの話は参考にこそすれ、絶対に聞きたいというわけではなかったので』 「えっ? そうなの?」 『はい。今電話したのも、お兄さんから一向に電話がかかってこないので、少し気になっただけです』 なんてこった。それならそうと言っといてくれよ。うちの妹は泣き損じゃないですか。 なんてことを思ってしまうのは、俺がもう取り返しのつかないくらいのシスコンだからなんだろうな。 もちろん口には出さないが。 『ところで、お兄さん。一つ伺いたいことがあるんですけど』 「なんだ? 言ってみ」 『なんでさっきから、声が震えてるんです?』 それは、私が凍えているからです。 当たり前のことだが、冬の廊下は寒い。 吐く息は白く、暖かさを持たないフローリングの床は容赦なく俺から体温を奪っていく。目は半分涙目で、足の痺れもそろそろ限界だ。 俺はかれこれ30分ほど廊下で正座していた。それが俺に与えられた量刑である。 「気のせいだ」 『まあ……別にいですけど』 妹に説教くらった挙句、廊下に正座させられているなんて言えるわけがねえ。 あの後――俺の相談のせいで泣き出してしまった沙織がようやく平静を取り戻した後のことだ。 「ごめんなさい、お兄様。……取り乱してしまって」 「気にすんなって。俺が悪かった」 「お、お兄様は悪くありませんっ! だから謝らないで下さい!」 「え……で、でもさ」 沙織の剣幕に押され、うまく言葉が出てこない。 なんでこいつはそんなところでムキになってるんだ? どう見たって悪いのは俺だと思うんだけど。 それとも、この思考そのものが逃れようのないシスコンの宿命だとでも言うのだろうか。 「謝らないで……下さい……」 そう言う沙織の顔は、今にも再び泣き出してしまいそうだった。 しかし、沙織はぶるぶると頭を振って必死に気を取り直そうとする。 それにしても……なんでこいつはそんなに謝られることを嫌うんだ? まあ、思い返せば今までそんな節が全くなかったわけじゃない気もするが、今日のはちょっと度が過ぎている。 「今日だって……お兄様は悪くないのに……泣いてしまって……」 そう言って、沙織はぎゅっと手に力を込める。 327 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/02/20(日) 21 18 42.62 ID FGAkotZNo [2/5] 「もしお兄様に“重い”と思われたら一緒にいられなく……なって……」 最後の方は、もう声がかすれてしてしまっていた。 なんでおまえは、俺の彼女みたいな言い草なんだ。 なんだよ重いって。チャラ男が一途な女の子を振る時の台詞みてえな表現しやがって。 いくらなんでも兄を溺愛しすぎだろ。……これは決して俺の自意識過剰じゃないと思う。 しかし、半べそかいている妹を見てむくむくと邪な気持ちが湧きあがってきた俺の方こそ既に末期なのかもしれない。 「沙織?」 湧きあがる感情を抑え、沙織に声をかける。沙織は俺の声に反応して顔を上げた。 俺は沙織の眼を見つめ、頬を撫で、さながら彼女に向けてそうするかのように囁いた。 「沙織。おまえは俺の妹だ」 こいつのブラコンはもう絶対に治らない。 半ば確信にも似た感情がそこにはあった。 「だから、何も心配しなくてもいい」 沙織がこんなだから、俺もあえてシスコンを治そうとは思わない。……あくまでもあえてだぞ。 「前も言ったろ? 俺は何があってもおまえの兄貴だって。よそはどうか知らねえけど、高坂家の兄妹の縁ってのは切れねえようにできてるんだよ」 我ながら最高にアホな台詞だった。なんで俺は実の妹に向かって口説き文句みたいな台詞を発しているのか。 だけど、 「はいっ」 沙織の頬を撫でる俺の手を両手で捕まえ、嬉しそうに微笑む沙織の姿を見て、「ま、いいか」と思ってしまう。 俺は、妹を諭すのが兄の役割だと思っているが、たまには一緒に莫迦をやるのもいいだろう。シスコンの兄貴とブラコンの妹、相性が悪いはずがない。 328 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/02/20(日) 21 20 18.56 ID FGAkotZNo [3/5] ……ここで話が終わってくれるなら綺麗まとまってくれたのだが、ゲームとは違い現実は非道である。 「…………?」 先ほどまで微笑んでいた沙織が、その表情を曇らせた。 あれ? なんか……雲行きが怪しい。 「お兄様? 先ほどの台詞……」 あっ……ばれたかな? 「先日きりりんさんにおススメされたエロゲの台詞そのままではありませんか?」 「……申し開きもございません」 そんなこんなで、結局俺は説教をくらった挙句冬の廊下で正座をする羽目になったわけだ。 ただ、この程度で済んでいるのは、例の台詞が俺の本心であるとわかってくれているからだろう。 『それではお兄さん、おやすみなさい。また今度』 「……? お、おう。またな」 通話を切り、携帯をポケットに突っ込む。 また今度? またぞろ俺に人生相談でも持ちかける気なのだろうか。 少し疑問に思ったが、電話を切ってしまった以上、掛け直すのもばつが悪い。 と、ここで俺は右手の方から視線を感じそちらに視線を向ける。 「……じー」 そこでは、沙織が自分の部屋の扉を少しだけ開けてこんな感じで (´・ω| こちらを見ていた。 「や、やあ、沙織さん。一体どうされたんです?」 「あと10分追加です」 そう端的に伝え、ぴゃっと自室に引っ込んですまう。 お、俺は掛かってきた電話に出ただけだったのに……あんまりだ。がっくりと項垂れる俺。 329 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/02/20(日) 21 21 06.83 ID FGAkotZNo [4/5] 「……京介。おまえ、そんなところでなにやっとるんだ」 項垂れる俺の前に音もなく突然現れる親父。心臓が飛び出るかと思ったわ! 想像してみるがいい。あの極道面が音もなく忍び寄り、いきなり「そこでなにやってんだ」と声をかけてくるんだぜ。 「い、いやあ! ちょっとだらけた根性をひきしめなおそうかと思ってさ! あははは」 言えねえ! いくら親にでも、「妹に説教されて正座させられてます」なんて言えるわけがねえ! 「……ほどほどにしておけよ」 親父はそれだけ言うと、沙織の部屋に歩いていく。 何かあったのかな? 昔から親父が子供の部屋を訪ねてくるときは、説教くらうときと決まっていたけど……。 親父がノックすると、沙織が顔を出した。 「プラ板が切れた。すまんが貸してくれ。0.8mmくらいをな」 プラモ関係かよ! そういえば、前も塗料とか借りに来てたな! そのとき誤解を招くようなシーンを見られたせいで俺はあらぬ疑いをかけられ、理不尽な理由で殴られたわけだが。ちくしょうなんだか左の頬がいてえ。 ……しかし、沙織のプラモ好きは完全に親父の遺伝だよな。 となると、親父の腕前はいかほどのものなのだろうか。実は熟練の腕を持っていて、とんでもない作品を作り上げたりするのだろうか。 「似合わなさすぎる」 ただでさえ不器用そうだってのに、あんなちまちましたもの作れるのだろうか。 いや、完全にイメージだけどさ。親父の手先の器用さなんて知らねえもん。 沙織から目当ての物を受け取り、階段を下りていく。 今度は、はっきりと親父の足音が聞こえてきた。 第十一話おわり
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388 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/03/02(水) 05 28 52.09 ID rZgOZofOo [1/8] こんこんと手の甲でノックを二回。 「沙織ー、ちょっといいか?」 あれから――沙織の受験のことを忘れていたと白状してから三日が過ぎた。 あれから沙織は、怒るようなこともなくいつも通りに過ごしていた。 本来なら失態を穏便に解消できたと喜ぶべきなのだが、ただ一つ気にかかることがあった。あれ以来、沙織は明らかに俺との会話を避けている。 もちろん、話しかけても無視されるとかそんな露骨に避けられてるわけじゃない。 ただ、沙織から話しかけてくれることがほとんどなくなった。 たった三日で何を言っているんだと思うかもしれないが、俺にとっては非常事態である。 だってあの沙織だぜ? ことあるごとに、お兄様お兄様と騒がしかったあの沙織がだ。 そんなわけで、今俺は兄妹間のわだかまりを解消するため沙織の部屋へとやって来た所ってわけだ。 「なんでしょうか、お兄様」 「今ちょっといいかな、話がしたいんだけど」 「ええ、構いませんわ。私の部屋でよろしいんですか?」 意外とすんなり受け入れてくれる沙織。 あれ? そんなあっさりでいいの? せっかく気合入れてきたってのに、なんだか拍子抜けしちまうな。 沙織の部屋に入ると、そこには辺り一面にプラモが飾られていた。 「すげえな、どんどん増えてくな」 一年程前は押し入れに入る分だけだったってのにな。 「これもお兄様のおかげです」 「俺? 俺はなんもしてねえよ」 「そんなことありませんわ」 そう言うと沙織は俺の手を取り、なんとも幸せそうな笑顔で俺を見つめてくる。 沙織につられてこっちまで笑顔になってしまう。 しかし、同時に妙に気恥ずかしくもなってしまい、すぐに沙織から顔をそらした。 そして別の話題を探そうと辺りを見回してみて、あることに気が付いた。 「あれ? あのプラモ、ガンダムのじゃないよな。あんなガンプラ見たことないし」 389 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/03/02(水) 05 30 38.27 ID rZgOZofOo [2/8] 俺の目に留まったのは、緑の羽が生えた白いプラモデルと赤い羽根が生えた赤いプラモデルだった。 白い方はいかにも主人公が乗ってそうな、ヒロイックな感じが印象的だ。 一方、赤い方は左手に対して右手が異様に大きく、いかにも悪役といった異形さである。 「ああ、これですか。これはコードギアスというアニメにでてくるロボットのプラモデルなんです」 「コードギアス?」 これまた初めて聞く名前だな。 「実はこの間、黒猫さんにお勧めアニメとして教えていただきまして。確かここにお借りしたDVDが……」 ごそごそと押し入れを漁りだす沙織。 「ありましたわ――あうっ!?」 DVDを見つけた拍子に、押し入れの棚板にごちんと頭をぶつけてしまったようだ。 「うう……」 「おいおい、大丈夫か?」 そりゃ、そんな狭いスペースに収納したらおまえのでかさなら頭の一つや二つはぶつけちまうだろ。 妹のドジっぷりに少し呆れながらも、頭をさすってやる。 「も、もうお兄様! 私ももう子供ではないんですよ?」 「はは、すまんすまん」 いつものように会話ができている。いつもの沙織、いつもの俺たちの関係だ。 どういうことだ? 実はわだかまりなんてのは最初から存在してなくて、ずっと俺の独り相撲だったってことか? 「はいっ、これですわ。お兄様」 一人悩む俺に向かって、沙織が一つのDVDを差し出した。 そのパッケージを見て、一目でピンときた。 「ああ……いかにも黒猫が好きそうな感じ」 そこに写っていたのは、細身の、仮面をつけた主人公と思しき人物だった。 合わせて黒いマントも羽織っており、どことなくマスケラの主人公と同じ雰囲気を感じさせる。 390 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/03/02(水) 05 36 22.64 ID rZgOZofOo [3/8] 「これがですね、なんと主人公がお兄様そっくりなんです!」 「はあ?」 し、しまった! 沙織があんまり突拍子もないこと言い出すから、つい冷たい返事をしちまった! 「あ、もちろん外見の話ではありませんわ」 ……そりゃそうでしょうとも。わざわざ言われなくてもわかってるよ。 だが、中身が俺に似た主人公? 自分で言うのもあれだけど、そんなへたれに主人公が務まるのだろうか。すごい不安だ。 このアニメ、アニメとしてちゃんと成立してるの? 「具体的にどんなところが似てるんだ?」 少しでも沙織との会話を弾ませるため、いつも聞かないようなところまで掘り下げる。 俺が感じたわだかまりが、俺の気のせいだと確定したわけじゃないからな。 「重度のシスコンなところです」 「主人公として一番似てはいけないところが似ちゃった!」 一体どんなアニメなんだよ!? 逆に興味が湧いてきたわ! そのオサレっぽい主人公が重度のシスコンなの!? 「ああ、ちなみに先ほどのプラモですが、ガンプラと同じくバンダイが出しているので組み立ての手軽さも安定してますし、大量生産のため値段の方もお求めやすくなっております。ですが、コトブキヤがギアスのプラモを展開していれば今頃はきっとガウェインや蜃気楼のプラモも……。ROBOT魂も悪くはありませんが、やはり自分の手で組み立ててこそっ! 望むだけ無駄とはわかっておりますが……くっ、残念でなりません。そもそも、バンダイとコトブキヤのキットの大きな違いは――」 うんうん、この感じ。やっぱり沙織のプラモ講座はこうでないとな。誰か通訳を寄越してくれ。 プラモについて熱く語る沙織を、俺は終始にこやかな顔で見ていたのだが、突然沙織が自力で我に返った。 「はっ!?」 「あれ? どうした? 用事でも思い出したのか?」 「…………そうですわ……すっかり忘れておりました。ですからお兄様ももうお休みになられては?」 「え……沙織?」 先ほどまでののんびりとした空気が一変する。沙織は何か切羽詰まった表情をしている。 いやむしろ、何かを決意した表情と言った方がしっくりくるかもしれない。 結局俺は大した抵抗もできず、そのままぐいぐいと部屋の外まで押し出されてしまった。 「さ、沙織。ちょっと待てって」 「おやすみなさい、お兄様」 沙織の部屋の扉が閉じられる。 俺たち兄妹の間に存在するわだかまりがはっきりと見えた気がした。 391 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/03/02(水) 05 38 43.84 ID rZgOZofOo [4/8] 「黒猫、実は相談があるんだ」 「……わざわざ言わなくてもだいたい想像がついてしまうわね」 そう言って黒猫は目を細め、はあ、とため息を一つ。 ちなみに、俺たちは近所の公園に来ている。あやせと会ったあの公園だ。 「へえ、それも邪眼の力ってやつか?」 会ってそうそうのため息にちょっとムッとしてしまい、少しからかうような言い方をしてしまう。 しかし黒猫はそんなことを全く意に関せず、 「違うわ」 はっきりとそれを否定。 「わざわざ力を使うまでもないわ。あなたのことだからどうせ沙織がらみでしょう? ねえ、兄さん?」 黒猫は紅い瞳で俺を見据えている。その瞳はいつも以上に紅い。 この瞳を見ていると、全てを見透かされているような錯覚に陥る。まるで本当に闇の力が宿っているかのように。 「……なんでわかる?」 「あなた、この間、意味不明のメール送ってきたでしょう?」 黒猫がいうメールとは、この間俺が送った沙織の受験に関する相談のメールのことだろう。 でも、そんなに意味不明だったか? 「あんなメールの後ではね……。兄さんの性格から考えたら沙織関連しかありえないでしょう?」 「はは……」 それもそうか。 「……あんなメールを送ってきたってことは、大方沙織と喧嘩でもして本人に聞けなくなったってところでしょう?」 「いや、そうじゃない。そうじゃないんだが……」 俺のはっきりしない態度に、黒猫は頭上に?マークを浮かべている。 392 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/03/02(水) 05 39 47.03 ID rZgOZofOo [5/8] 「実はな……」 それから俺は、 ・受験のことを忘れていたのに沙織が全然怒らなかったこと ・プラモ講座を自ら中断し、追い出すように部屋から閉め出したこと を黒猫に告げた。 「おかしいと思わねえか? あの沙織が。……ひょっとしてあいつブラコンじゃなくなったのか? 黒猫、おまえなんか知ら――」 ここまで言って、黒猫の顔を見た瞬間俺は言葉を続けることができなかった。 黒猫は眉間にしわを寄せ、その大きい瞳をを目一杯細め、俺を睨みつけている。 丸みを帯びた頬は若干――いや、かなり引きつっている。 「く、黒猫?」 「……兄さんのシスコンがここまで重症だったなんて。完全に沙織以外見えてないわね」 黒猫は、じり……とそのまま半歩後ろへ下がる。完全にドン引きである。 「おいおい、失礼なこと言うなよ。誰が沙織のことしか見えてないって? 確かにシスコンなのは認めるが――」 「私の年齢を言ってみなさい」 黒猫はぴしゃりと俺の言葉を遮った。 おまえのとし? そんなもん言ってどうするんだ。言えって言うなら言うけどさ。 「そりゃ、沙織と同い年なんだから――」 ここまで言ってようやく気付いた。 続く言葉は一向に出てこない。発することができない。 ゆっくり、本当にゆっくりと黒猫と視線を合わせる。 首の骨がぎぎぎ、と軋む。 「私の年齢を言ってみろ」 黒猫は傲岸不遜な態度で腕を組み、虫を見るような目で俺を見ている。 おまえはどこのジャギ様だ――とはさすがに言えなかった。 もはや今の俺は秘孔を突かれたモヒカンも同然だ。あとは「ひでぶ!」なり、「たわば!」なりの断末魔をあげるだけである。 俺はもう死んでいる。 393 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/03/02(水) 05 41 38.99 ID rZgOZofOo [6/8] 「……すまん」 他にどうすることもできず、ただ謝るしかなかった。俺は確かに沙織しか見えていなかったのだから。 妹のことが心配なあまり、友人の受験の合否は全く無視。気にもかけていない。 あまつさえ、その友人に沙織の受験から派生した問題のことで相談を持ちかける。 我ながら、これはあんまりだ。 「ふん。……別にいいわ。相手が沙織では、私では勝負にならないのはわかっているから。あの女ならまだしもね……こちらももう手遅れかもしれないけれど」 「えっ?」 脈絡のない言葉に、脳がついていかない。 勝負? あの女? 沙織となんか勝負でもしてんのか? なんでいつも含みのある言い方っつうか、遠回しな言い方をするんだこいつは。言いたいことの半分もわからない。 だが、なにはともあれ黒猫は俺を許してくれるらしい。 「で、沙織が怒らなくて? ブラコンじゃなくなってしまったのではないか、嫌われたのではないかと心配だと?」 「お、おう。そういうことだ」 嫌われたってのは少し飛躍しすぎだと思うが、大まかなところは外れていないから問題はない。 すると、黒猫は再び眉間にしわを寄せ、露骨に怪訝そうな顔をする。 あ、あれ? 許してくれたんじゃなかったの? 「あなた、この間は沙織のブラコンをなんとかしたいと相談してきていなかった?」 ………………そうだった。完全に忘れていた。 そもそも俺は、沙織のブラコンをなんとかしなくては――そう思っていたはずだった。 なんでいつのまにか逆の立場になってるんだ? 「シスコンなのもいいけれど、大概にしておきなさいな。沙織はもう自分の考えを持って生きているし、あなたにいつまでも頼っているような子ではないの。あなたこそ早く妹離れしたらどうかしら」 黒猫の怒りをはらんだ強い言葉に、思わず気圧されてしまう。 「でないと……沙織も、あの女も可哀想だわ。そして私は惨めなだけ」 そのまま踵を返し、帰ろうとする黒猫。 「ま、まっ……」 結局、待ってくれという俺の心の声は言葉にはならず、黒猫の後ろ姿をただ見つめることしかできなかった。 第十四話おわり
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461 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/03/11(金) 01 04 55.17 ID TnzDLdHjo [1/6] 「で、どうだったんだ沙織?」 『…………』 待てども待てども電話の向こうの沙織から返事はない。 ま、まさか……そんな、嘘だろ? 「さ、沙織! 気をしっかりもて! い、今からそっちに――」 『てへっ。当然、受かっていましたわ』 「……おい、こんな時にふざけないでくれよ」 既に靴はいちゃっただろうが! だが、なにはともあれこれで俺の一つ目の心配事は無事解決だ。 今の会話の概要を説明すると、受験の合格発表を見に行った沙織が合否を知らせる連絡を入れてきたって場面だ。 最初家の電話にかけたら誰もでなかったらしい。親父は仕事。お袋は家にいたはずだが……便所でも行ってたのかな。 そんな俺は気を紛らわせるため自室でヘッドフォンで音楽聞いてたもんだから電話に全く気がつかなかった。 その後、沙織が俺の携帯に電話してきたところでようやく気付いてやれたんだ。 ちなみに俺の方はもう春休みに突入していて暇だったんだ。決して妹の受験結果が心配で学校休んだわけじゃないからな。 「よかったな。おめでとう」 『ありがとうございます。でも――』 でも? なんか不満でもあるのか? 『お兄様は心配しすぎです。ほぼエスカレーター式だから心配ないって何度も言ったではありませんか』 「ぐっ……そうは言うがな」 兄貴が妹の心配して何が悪い。いいや、悪くないね! そうさ、なんせ俺はシスコンなんだからな! 「おまえだって、俺の受験の時朝からおろおろしてたじゃねえか」 『うっ……そ、それは今関係ありません!』 「懐かしいなあ。お茶ぶちまけたり、目玉焼きにいきなりふりかけをかけはじめたり――」 『ひっ、人の話を聞いて下さい!』 そう。だから俺が朝から目玉焼きに七味ふりかけちまったのも仕方ないことなんだよ。 ちくしょう、なんであんなところに七味がおいてあるんだ。お袋もちゃんと整理しといてくれよ。 「今から帰ってくるのか?」 『いえ、少し友人たちと談笑してから帰りますわ』 「そっか、わかった。お袋にも電話しといてやれよな」 こういうのは沙織から直接報告したほうがいいだろうからな。 『ええ、わかりました』 俺の意図を理解したのか、沙織は素直な返事を返してくれた。 電話を切ってから椅子を回転させ再び机に向き直る。 462 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/03/11(金) 01 08 02.45 ID TnzDLdHjo [2/6] 「やれやれだ」 さて、これで心配事が一つ片付いたわけだが、片付いたら片付いたで今度はもう一方の心配事の首尾が気にかかる。 あいつはあいつで結果がわかったら連絡くれるって言ってたんだけどな。 数日前。 俺たち4人が集まって遊んでいた時のことだ。 「そういえば、おまえも合格発表の日沙織と同じなんだよな」 「そういえば――ね。私はあくまで沙織のおまけというわけかしら」 「いやいや、そういうわけじゃねえよ。結果、わかったら教えてくれよな」 なんで会って早々いきなり不機嫌なんだろ? 俺なんかしたっけ? 「ああ、そういえばあんたも中三だっけ。あんたってちっこいからついつい年上だってこと忘れちゃうんだよね」 「……」 黒猫が何も言わないみたいなので、俺がかわりに突っ込んでやろう。おまえらがでかすぎるんだ。 黒猫だって160cmくらいあるんだぜ? 中三女子の平均身長がどのくらいかは知らないが、どう考えても小さいってことはありえない。 それに、学年が一年違うとはいえおまえも黒猫と大差ないじゃねえか。 しかし、黒猫は桐乃の言葉が相当ショックだったらしく、がっくりと下を向いてしまっている。 仕方ねえな。 「ちょっと言いすぎだ。黒猫、落ち込んじゃってるじゃねえか。そもそも黒猫って別に小さく――」 「誰も落ち込んでなどいないわ。勝手に話を進めないでちょうだい」 「ほらね。大丈夫なんだって……あっ、そうだ! 兄貴は小さい方が好きなの?」 「はあ? いきなりどうした?」 「いいから答えて」 どうしていきなりそんな話になる? ……関係ないけど、未だに兄貴って呼ばれるの慣れねえなあ。 桐乃に言われ、沙織、黒猫、桐乃を順に見回す。 でかい。小さい。中くらい。いや、黒猫が特別小さいってわけでなくて、あくまでこの中でってことね。 「そうだな……俺は特に気にしないけどなあ」 「はあ? 何その腑抜けた回答。そんなんで許すと思ってんの?」 「……そうね。ここまできたからにははっきりさせておくのもいいかも知れないわね」 じりじりと、にじりよってくる桐乃と黒猫。 「な、なんだおまえら。お、落ち着け! 俺をどうする気だ!?」 なんとかしてくれ沙織ぃ! という意味を込めて沙織に視線をやる。 が、先ほどまでいた場所に沙織の姿はなく―― 「はっはー、捕まえましたぞお兄様!」 後ろからいきなりがっしと羽交い絞めにされた。 463 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/03/11(金) 01 10 41.66 ID TnzDLdHjo [3/6] 「沙織! てめえ裏切ったな!」 「すみませんお兄様。でも拙者も気になりますので、お兄様のこ・の・み」 その手を今すぐ離すんだ沙織! さもないと大変なことに―― くっそおおおお! やわらけえなあ、ちくしょう!! 妹なのに妹なのに!! 「さあ、兄さん」 「さっさと白状しなって」 「お兄様、心を解き放って?」 あーあー、何も考えられない。おっぱいおっぱい。 「お、俺はっ!」 こうなりゃもうやけくそだ。もうどうにでもなーれー。 「大きい方が好みだああああああ!!」 ぴたり。 はかったように同時に動きを止める桐乃と黒猫。 た、助かったのか? そう思ったのもつかの間、黒猫は2,3歩よろけるようにして後ずさる。 「そうね。わかってはいたわ。でも夢は見ていたかった。ただあなたも所詮、数多いる雄の一人だったというだけ」 「く、黒猫?」 黒猫は両手をだらんとたれ下げて腰からがっくりと項垂れ、なにやら言葉を紡ぎ始めた。 「この半年いろいろと頑張ってみたけれどまるで駄目。いくら食べても大きくならないんですもの。しょうがないじゃない」 「な、なにを……言っているんだ?」 黒猫の雰囲気に飲まれ、沙織も桐乃も言葉を発せないでいる。 自分の、ごくりと唾を飲む音が聞こえるほど辺りは静まりかえっていた。 こ、こいつそんなに身長のこと気にしてたのか? 「そりゃあ、あなたたちはいいわ。でかいんですもの。でも、大きくなりたくても大きくなれないものはどうしたらいいの? あはははは! いっそ哀れだと笑うがいい!」 「お、落ち着いてくだされ黒猫氏!」 「ちょ、ちょっとなにとち狂っちゃってんの!? あんたのせいだかんね! なんとかしなさいって!」 「俺のせいなの!?」 話がさっぱり見えねえ! けど、黒猫が異常事態ってことは言われなくてもわかる。 こりゃあ、友達としてなんとかしないとな。そして、この状況が俺のせいだと言うならば、原因はあれで間違いないだろう。 「お、落ち着け黒猫! でかい方が好みと言ったが小さい方も嫌いじゃないぞ?」 ぴたり。 黒猫は高笑をやめ、こちらへゆっくりと視線を向ける。 「……ほんとうに?」 「ああ、本当だ」 464 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/03/11(金) 01 12 18.52 ID TnzDLdHjo [4/6] そこには、いつもの大人びた黒猫ではなく、年相応のあどけない少女の顔があった。 「小さいには小さいなりのかわいさがあるって。思わずなでなでしたくなっちゃうくらいだぞ?」 その瞬間、右サイドから耳を引っ張られ、左サイドからは脇腹に拳がめりこんだ。 「お、おまえら……なにしやがる……」 「うっさい、変態! なでなでとか頭おかしいんじゃないの!? セクハラじゃん!!」 「お兄様がそんなセクハラ発言をするなんて……信じていましたのに」 セクハラ!? 俺がいつセクハラしたって言うんだ!? ぎゃあぎゃあとまくしたてる二人をよそに、(こいつらに言わせると)セクハラをされたはずの黒猫はひとりまんざらでもないように笑っていた。 ……苦笑いかもしれないけど。 「じゃあ、またね」 「また来るわ」 いつかと同じ台詞を残し、二人は帰って行った。 今は沙織と二人きりだ。 「それにしてもお兄様につるぺた属性があったとは驚きでござる」 「沙織さん? いったい誰がそんなことを言ってたのかな?」 ぐるぐる眼鏡をかけたままなので、ござる口調が抜けない沙織。 いや、ぐるぐる眼鏡をかけたままでもお嬢様口調になるときもあるから一概に眼鏡がスイッチとは言えないけどさ。 「はて? お兄様自身が仰ったのではありませんか。『小さいには小さいなりのかわいさがあるって。思わずなでなでしたくなっちゃうくらいだぞ?』と」 「はあ? どういうことだ? あれって身長の話だろ?」 「…………お兄様の鈍さを考慮し忘れた我々も悪いのかもしれません。そして運よく、いやこの場合運悪くですか――身長的に大中小が揃ってしまったのも悪かった」 なにがいいたいんだ? 他に大小の好みを比べるものなんてあるか? と、考えている最中に沙織の“大きい”胸に目が行った。別に普段から常習的に見る癖がついてたわけじゃないからな。たまたまだぞ。 あれ? まさか……大きい小さいってそういう意味だったの? 「小さいなりのかわいさがあるはいいにしても、なでなではちょっと……我が兄ながら――ドン引きです」 なんてこった……これじゃあ俺、完全に変態じゃねえか。 なんだよ、なでなでしたいって。 うおあああああああ! 今すぐあの発言を取り消したい! 465 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/03/11(金) 01 14 09.52 ID TnzDLdHjo [5/6] 「まあ、黒猫氏も今度きちんと謝れば許してくださると思います。ところでお兄様、正座は30分ほどでよろしいですかな?」 「……はい」 こんなことがあったせいで、ここ最近黒猫に連絡しづらくなっていたのだ。 もちろん、すぐさま謝罪はした。したのだが、「はいはい、わかったわ」とあっさり流されてしまったのだ。 怒ってるはずの相手に謝罪をして、あっさり流されるってのはなかなかにおっかないぜ? いっそ、怒ってくれた方がすっきりする。 「あいつ、連絡くれっかな?」 そんなことを考えながら、椅子に座ったまま床を蹴り、子供みたいに椅子と自身を一緒にくるくると回転させる。 ひとしきり回転した後、千鳥足になりながらも自分のベッドへとダイブする。 「好みねえ……」 考えたこともなかったな。大きい小さいの話じゃないぞ。女性像の話だ。 今までは、沙織がいて、麻奈実がいて、桐乃や黒猫と馬鹿やって、あやせとも知り合って――そんな中でも特別誰かを好きになるとかってのはついぞなかったしなあ。 そりゃあ、まわりは美少女ばっかりで、確かにかわいいとは思うんだけども、好きとは違う気がする。 ほら、よくあるだろ? 好きとまではいかないまでも、ちょっといいなと思うあの感じ。俺の気持ちはあれに近い。 俺の好みってどんなだっけ? むくりと起き上がり、ごそごそとベッドの下の段ボールを漁る。 そして、そこに収められている我がお宝を見つめ、 「これは好みじゃなくてフェチだからなあ……あてにならん」 再び封をして奥へと押しやった。 自らの好みを聞かれてはっきりと答えられないことが、今までいかに流されて生きてきたかを物語っているかのようで、少し悲しく思えた。 「こればっかりは相談もできないしな」 ちょっぴりブルーな気分にひたっていると、机上の携帯が鳴った。 携帯のフリップを開く。その画面には“黒猫”と表示されていたのだった。 第十四話(黒猫√)おわり