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南カダインの戦いを終えたセーナは久しぶりに長男アルド率いるヴェスティア本軍と合流していた。見送りにいったハイライン以来の再会となるこの母子だが、一連の戦いを経たことでアルドは更に大きく成長しているように見えた。 「よく頑張ったわね、アルド。」 目を細めながらセーナは優しく息子の頑張りを労った。言われたアルドも満更ではないようで、わずかながら照れているようにも見えた。だがそういうところを見せるあたり、まだまだアルドも子供なのかもしれない。 一通りの再会を喜んだ一同に、南カダインの戦場にセーナ軍の先鋒として残してきたアルフレッドたちが合流してきた。結局、セーナもカイも離脱したことで、あの戦場はそれぞれの傭兵団のみが戦い合うという珍しい形になったのだが、アルフレッド率いる傭兵団が数の劣勢を覆して見事に戦いを制していた。その姿を認めてセーナは彼らも労った。 「お疲れ様、アルフレッド。」 だがアルフレッドは眉間に皺を寄せたまま、軽く叩頭する程度に留まった。心情を察したセーナは少し表情を暗くしながらも明るい口調で言う。 「あなたにとって今が試練の時のようね。そこで提案があるんだけど、乗ってみない?」 「?」 怪訝な表情をして顔をあげるアルフレッドに、セーナは続けた。 「あなたにどうしても会わせてみたい人がいるのよ。今は大陸東部にいるけど、決してあなたにとって会って損はないはず。もちろんその間もあなた方を傭兵として契約させてもらうしね。ご希望なら延長料も払うわよ。」 会わせたい人、それが気になったアルは興味本位でセーナの申し出を受け取ることにした。 「そういえばリュートはどこにいるの?」 アルフレッドたちを休ませて、軍の再構築を行うセーナだが、ふとリュートとミリアがいないことに気付いた。それにはルゼルが回答する。 「リュート様はこの戦いの前にカダインに戻られ、手勢を率いて合流する手筈になっています。もうそろそろ到着されてもいい頃ですが。」 そう言って、カリンを呼び出して今の場所を尋ねる。 「リュート様はカダイン軍10万を率いて前方のグラ軍と合流なされるようです。噂によれば、リュート様はロイト様に降伏勧告をなさるそうです。」 それを聞いたセーナは一瞬だけ顔を曇らせたが、すぐに素の表情に戻り、 「とりあえず場所がわかっているのならいいけどね。」 今、リュートを失うと、セーナ軍は大義名分のない侵略軍と同じである。もっともセーナはリュートの裏切りなど微塵も感じていないのだが、別のところに懸念があった。ともかくセーナはその後はマケドニア王女アイリとフレディと会見し、互いの協力態勢を確認し合った。 そしてリュートはカリンの報告どおりに西上中のグラ軍と合流していた。そしてジャンヌを引き連れて、睨みあっていたロイト軍に乗り込んでロイトとの会見に臨んでいる。 「リュート、久しぶりだな。どうやらまたカダインに戻っていたのか。あの砂の都が好きだな、お前は。」 負け戦での撤退中なのだが、ロイトの表情は妙にさばさばしている。なにやら吹っ切れた感すら見える。リュートから見てもここ20年は見たことのない表情であり、彼もジャンヌも心底驚いていた。 「そういうロイトこそもう帰るところがないのに、どこに行くと言うんだ。」 いきなり核心に触れる質問に、ロイトも一転して表情を引き締める。 「降伏しろということか?」 「そうさ、もうアリティアもセーナの手に落ちている。お前についた貴族たちもセーナによって追放されており、カーティスは聞いての通りだ。こんな状態でお前は何を求めて戦うんだ?」 リュートは改めてロイトの状況悪化を説くことで、自分から降ってもらいたいと願っていた。だがロイトの思わぬ言葉に流れが変わる。 「なぁ、リュート、お前はこのままならアリティアの盟主に就くだろう。だがその後はどうするのだ?どんな国を作るのだ?」 少し考える風を装ったが、リュートの腹は決まっていた。 「セーナの受け売りにはなるが、戦争のない世界をつくるんだ。そのためにアリティアも貢献したい。」 「なるほどな。では世界が平和になったとて、国民は果たして幸せなのか?」 「・・・・・。」 「確かにかつてのセーナは平和な世界を目指していたが、今ではその方針は変わり、誰もが笑い合える世界を作ると言っている。セーナはおそらく長い戦いの中で悟っていたのだ。平和だからといって万民が幸せになるとは限らないとはな。今のアカネイアを見ているとそれがよく分かる。」 アカネイアは国王の下に四名臣がいることはすでに触れているが、今この四名臣が2つに割れている。【蒼天騎】、【紅翔姫】、【黒硝鬼】、【白衝貴】の異名を持つ四人の騎士によって構成されているのであるが、【紅翔姫】フレイが【黒硝鬼】レギンと結託して国政を好きなままにやっているのだ。しかし二人だけならまだ残りの二人が止めればいいものの、フレイは巧みに国王に取り入ったことで残りの二人は時と共に遠ざけられ、もはや歯止めが利かなくなっていた。国民は重税に喘ぎ、逃亡が相次いでおり、すでに国としてはギリギリの状態だったのだ。 「ロイト、君はまさか・・・。」 聡明なリュートとジャンヌは急にアカネイアの名を持ち出した意図を察しつつある。 「そうだ、アカネイアを滅ぼす。」 「これ以上、要らない戦火を招くつもりか。」 「要らない戦火というが、ならばアカネイアの民がどうなってもいいのか?!」 きつい口調で言うロイトにリュートは何もいえない。 「これから俺はアカネイアを頼って、落ち延びる。そしてセーナと戦わせれば、奴らは勝手に潰れていくだろう。」 「だが、なぜだ、なぜ君がそんな汚れ役をやるのだ?落とさずとも良い命を落としかねないぞ。」 するとシミジミとした口調でロイトが言う。 「あいつに俺の願いを叶えてもらったからな・・・。だから俺もあいつの願いを叶えたい。」 「あいつ?」 「セーナ十勇者の一人カイだ。あいつは病の身にありながら、俺のアリティアの意地を見せたいという我侭に最期まで付き合ってくれた。だからこそ俺はあいつの願いを叶えてやりたい。」 そう言いながらひとつの書状を差し出した。カイがロイトに宛てた遺言であり、これからの方針を記したものである。そこには簡潔には次のようなことが書かれている。 【もはや勝機はないゆえ、降伏なさりませ。アカネイアを頼っても十中八九勝ち目はありません。しかし民は救われます。後はロイト様の覚悟と心意気のみ。】 直接には言ってないが、カイもアカネイアの惨状を憂いており、それをロイトに暗に託しているのだ。これにロイトは応えようというのだ。 「すまないな、リュート。お前の気持ちはわからないわけではないが、このまま悪を炙り出す聖火を消すわけにはいかないのだ。」 ロイトは今までの一連の戦火を聖火とたとえた。それだけこの戦役は必要悪と捉えているのだ。もはやリュートに返す言葉はなかった。 結局、グラ・カダイン軍はロイト軍を素通りさせた。しかしロイトは死地に向かうにあたって、将来有望なプラウドの手勢をリュートに託していった。残ったロイト軍20万は粛々と東の地平線に消えていった。 「リュート様、これから辛い戦いになりそうです。」 アカネイアの保有兵力は100万を超える。未だに降伏の気概を示していないオレルアンを含めれば150万に迫る、巨大な勢力である。内政で国内部は腐りつつあるが、1000年を超えて根付いてきた大樹はそうそう倒れるものではない。 「セーナ、君はリーベリアの暗黒竜を退治して、ユグドラルのしがらみを焼き払い、今またアカネイアという巨大な樹を切り倒さねばならないのか。」 リュートはただ嘆くしかなかった。 その後、ロイト軍はオレルアンを避けるように行軍し、アカネイア軍に投降した。しかしその処遇は意外にもあっさりと決まった。ここにはフレイとレギンしかおらず、もともとアカネイア軍の北上にすら反対していた慎重派の【蒼天騎】アイバーと【白衝貴】アディルスが、国王の勘気に触れて謹慎になっていたこともあって、浅い考えのまま彼らを受け入れたことに決した。そして彼らを先鋒にして、アカネイア軍はついに睨み合っているヴェスティア軍に攻撃をしかけた。そして圧倒的多数を持ってアーサー、サーシャ率いるヴェスティア軍をデビルマウンテンまで退かせ、アカネイア軍は休むことなくオレルアンの救出に向かった。サーシャから連絡を受けたエレナは仕方なくオレルアンの包囲を解放して、母との合流を目指してグラまで撤退、これにより自由となったオレルアン軍は王国西部を取り戻すことで体勢を立て直し、アカネイア軍と合流した。その後は全軍を中央公路まで引き返して、また沈黙の時を過ごし始めることになる。 一方のセーナ軍も各所に別れた軍勢の合流を図る。グルニアに留まるリュナン軍は冬越えのためにシレジア軍のほとんどを帰国させたが、残る軍勢はセーナが仕立てた軍船によってアリティアに上陸、そしてセーナ・アルド軍もまたリュート・ジャンヌ軍と合流してアリティアへ。ただし南カダインの戦いで決め手になったレクサスと共にアカネイア大陸に来ているはずのトラキア皇子デーヴィドはその後も行方は知れず、どこにいるのかはわからないままとなっている。 マルスの故郷アリティア、そのマルスが終生敬ったアカネイア、このニ大国が長いこと大陸を牽引してきたが、アリティアは事実上セーナの傘下となり、ロイトを引き入れたアカネイアは彼らとの対決姿勢を鮮明にした。アカネイアの戦乱は最終局面にして、重大な転換期を迎えようとしている。アカネイアの底力に、セーナは果たしてどう立ち向かうのか。