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第一部『ゼロのルイズ』 ■ DIOが使い魔!?-1~10 ├ DIOが使い魔!?-1 ├ DIOが使い魔!?-2 ├ DIOが使い魔!?-3 ├ DIOが使い魔!?-4 ├ DIOが使い魔!?-5 ├ DIOが使い魔!?-6 ├ DIOが使い魔!?-7 ├ DIOが使い魔!?-8 ├ DIOが使い魔!?-9 └ DIOが使い魔!?-10 ■ DIOが使い魔!?-11~20 ├ DIOが使い魔!?-11 ├ DIOが使い魔!?-12 ├ DIOが使い魔!?-13 ├ DIOが使い魔!?-14 ├ DIOが使い魔!?-15 ├ DIOが使い魔!?-16 ├ DIOが使い魔!?-17 ├ DIOが使い魔!?-18 ├ DIOが使い魔!?-19 └ DIOが使い魔!?-20 ■ DIOが使い魔!?-21~30 ├ DIOが使い魔!?-21 ├ DIOが使い魔!?-22 ├ DIOが使い魔!?-23 ├ DIOが使い魔!?-24 ├ DIOが使い魔!?-25 ├ DIOが使い魔!?-26 ├ DIOが使い魔!?-27 ├ DIOが使い魔!?-28 ├ DIOが使い魔!?-29 └ DIOが使い魔!?-30 ■ DIOが使い魔!?-31~40 ├ DIOが使い魔!?-31 ├ DIOが使い魔!?-32 ├ DIOが使い魔!?-33 ├ DIOが使い魔!?-34 ├ DIOが使い魔!?-35 ├ DIOが使い魔!?-36 ├ DIOが使い魔!?-37 ├ DIOが使い魔!?-38 ├ DIOが使い魔!?-39 └ DIOが使い魔!?-40 ■ DIOが使い魔!?-41~48 ├ DIOが使い魔!?-41 ├ DIOが使い魔!?-42 ├ DIOが使い魔!?-43 ├ DIOが使い魔!?-44 ├ DIOが使い魔!?-45 ├ DIOが使い魔!?-46 ├ DIOが使い魔!?-47 └ DIOが使い魔!?-48 第二部『ファントム・アルビオン』 ■ DIOが使い魔!?-49~50 ├ DIOが使い魔!?-49 └ DIOが使い魔!?-50 ■ DIOが使い魔!?-51~60 ├ DIOが使い魔!?-51 ├ DIOが使い魔!?-52 ├ DIOが使い魔!?-53 ├ DIOが使い魔!?-54 ├ DIOが使い魔!?-55 ├ DIOが使い魔!?-56 ├ DIOが使い魔!?-57 ├ DIOが使い魔!?-58 ├ DIOが使い魔!?-59 └ DIOが使い魔!?-60 ■ タバサの安心・キュルケの不安 ├ タバサの安心・キュルケの不安-1 ├ タバサの安心・キュルケの不安-2 ├ タバサの安心・キュルケの不安-3 ├ タバサの安心・キュルケの不安-4 ├ タバサの安心・キュルケの不安-5 └ タバサの安心・キュルケの不安-6 ■ 親友 ├ 親友-1 ├ 親友-2 └ 親友-3 外伝 ~『恋愛貧乏、モンモランシー』~ 外伝~オスマンの過去~-1
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タバサの結界が、キュルケを飲み込む。 氷の矢などという程度ではすまされない攻撃であった。 一本一本が氷槍(ジャベリン)と見紛うほどに大きく、鋭い。 遍在の力を借りて、三人掛かりで呪文を組んだからこその威力だった。 それが三百六十度、ありとあらゆる方向から、雨あられとキュルケに迫る光景は、 磁石に群がる砂鉄のようでもあった。 森の一角、半径二十メイルが白一色で塗り潰される。 その中心に、キュルケはいた。 喉に押し当てられる死神の鎌の冷たさを、痛いほどに感じながら、彼女は耐えた。 耐えるしかなかった。 炎のバリアが球体となって、襲い来る矢から彼女を包み守る。 しかし………… 「アァアアアアアアアアア……!!!」 溶かしきれなかった氷矢の幾つかが、容赦なく炎のバリアを貫通し、 キュルケの全身をくまなく切り刻んだ。 いつ終わるともしれない猛攻撃。 生きたまま穴あきチーズにされかねない勢いだった。 急所を庇う腕がザクザクザクッと削れる音を背景に、キュルケの意識が朦朧とし始める。 『お前が欲しい物は、なんだ?』 DIOの問い掛けが脳裏に響く。 気付けば、キュルケはこれまで起こった悪夢のような出来事を思い返していた。 『別に。新しい本を借りただけ』 そう言って、タバサが自分に背を向けて歩き出す。 喪失感。 『私の友情を、タバサは快く受け入れてくれたよ』 DIOの嘲るような笑みにハラワタが煮えくり返る。 "…………プッ" 『キュルケには関係無い』 タバサにはねのけられた手よりも何よりも、心が痛かった。 "……プッ" "プツン" 『この子はもう、私の物さ』 一瞬何を言われたのか分からなかった。 魂が抜かれたような顔で、DIOにひざまづくタバサ。 心が引き裂かれそうだった。 『私は自分の意思で、DIO様に忠誠を誓った。 DIO様に手を出すつもりなら、キュルケも殺す』 そして、タバサからの一方的な訣別。 DIOが許せない。 "プッ……プツ………………… プッツーン……!" 「DIOォォォオオオオオオオオオッッッ!!!!!」 生命の危機に晒される状況下、キュルケの中で、何かがキレた。 炎のバリアが、空気を入れた風船のように肥大化してゆく。 彼女の精神の高ぶりに応じて炎が渦を巻き始め、 やがて巨大な炎の竜巻が姿を現した。 キュルケを中心に渦を巻く、天を貫かんばかりの火災旋風。 その炎風は地を焼き、森を焼き、水を燃やし、空を焼いた。 トライアングルクラスの手には余る所業に全身が悲鳴を上げるが、 キュルケはむしろその炎の勢いを更に加速させる。 友への万感の思いが、彼女を支えていた。 森の一角ごと結界を燃やし尽くしたキュルケの火災旋風は、唸りを上げてタバサにも迫った。 流石のタバサも、あの魔法が破られるとは思っていなかったのか、 防御に移るのが数瞬遅れた。 "フライ"を使っての回避も不可能であった。 なすすべなく灼熱の業火に身を焼かれ、タバサは地へと墜ちていった。 火災旋風がその勢いを徐々に弱めていく。 炎の嵐が止むと、後に残ったのは、荒廃した大地であった。 木も草も、全てが焼け落ち、キュルケの周りだけドーナッツのように丸裸になっている。 限界ギリギリまで消耗したキュルケはしかし、倒れまいと、フラつく体を持ち直す。 「タバ……サ!!もう終わりよ、おとなしくしなさい!!」 全身に切創と凍傷を受け、疲労困憊な状態の勝利宣言であった。 空気中の水分という水分は残らず蒸発し、乾燥しきっていた。 これでは『水』系統の魔法はもう使えまい。 いや、それ以前に、確かに感じたあの手応え。 辛うじて死には至ってないだろうが、重度の火傷で身動き一つとれないだろう。 早急な手当てが必要かもしれない。 キュルケは、ぐっと踏ん張ると、タバサが墜落した辺りへと歩を進めた。 夥しい数の火傷を受け、タバサは地面に落ちた。 まさか、自分の魔法が破られるとは思わなかった。 キュルケがあそこまでの爆発力を発揮するとは……。 息も絶え絶えな状態で夢と現実の狭間を彷徨いながら、タバサはキュルケの言葉を聞いていた。 辛うじて耳に入った一言は、『もう終わり』。 それを聞いた瞬間、タバサは自分の体の底から再び汚泥のように湧き上がってくるものを感じた。終わってたまるか。 諦めてたまるか。 一体何を諦めろというのか。 母を救い、憎き仇敵であるジョゼフを抹殺するために、 これまで耐え忍んできた辛酸苦渋の日々を。 復讐の機会を窺い、ただひたすら己の牙を磨いてきた日々を。 あの恥知らずな纂奪者どもから受けた、屈辱の日々を。 暗愚な上、魔法も碌に扱えぬような従姉妹に、デク人形のような扱いを受けた日々を。 忘れられるはずがない。 脳裏に浮かぶのは、母が自分を庇う後ろ姿。 そして、母が壊れていく様を、まるで虫けらでも見るような目で眺めていた、ジョゼフの愉悦に歪んだ顔。 その顔を見て、タバサは人の残酷さを骨身に刻んだ。 ジョゼフが憎い。 憎くて憎くてたまらない。 ……殺してやる。 必ず。 そのためには、目の前の障害物を取り除かなければならない。 ―――『あの方』は、きっと今の私を見ていらっしゃる。 私が、本当に自分の目指した道を進む"覚悟"が出来ているかどうか、 遍くその目で確かめていらっしゃる。 遥か遠くにいるはずの『あの方』の存在を、タバサは肌ではっきりと感じた。 無様な姿は見せられない。 ならば、今一度。 タバサの体に力が入る。 『あなたの夫を殺し、あなたをこのようにした者どもの首を、いずれここに並べに戻って参ります。 その日まで、あなたが娘に与えた人形が仇どもを欺けるようお祈りください』 母への誓いを思い出す。 あの方は力を授けてくださった。 行き詰まっていた私に、新たな道を示してくださった。 タバサは確信する。 あの方のために戦うことは、自分の母を救うことにも繋がるのだと。 あの方のために戦う。 あの方のために敵を討つ…………あの方のために……あの方のため、 あの方の。 あの方のためあの方のためあの方のためあの方のためあの方のため あの方のあの方のためあの方のためあの方のためあの方のため あの方のためあの方のためあの方のためあの方のためあの方のため あの方のためあの方のためあの方のためあの方のためあの方 あの方のためあの方のため あの方の…………そして母さまのために!! 恐るべきは天賦の魔法の才能ではなく、その華奢な身の内でどす黒く燃え上がる底無しの執念か。 魔法とは、精神力である。 そして精神力とはすなわち、心の力である。 彼女の魔力が底無しなのは全くもって当たり前だった。 自分の空色の髪が熱で焦げて、嫌な臭いが鼻を突く。 しかし、息苦しさを感じこそすれ、タバサは痛みを感じていなかった。 胸の内から無理矢理にでも湧いてくる『あの方』への忠誠心と、母への狂おしいほどの愛が、 麻薬のように彼女の痛覚を麻痺させていた。 杖を拾う。 そして、考えた。 『風』魔法はダメだ。 既にキュルケに読まれている。 何か……キュルケの意表を突く一手を生み出さなければ。 うつ伏せに地に這い蹲った状態で、タバサは辺りを見回した。 目の前に、自分のメガネが転がっている。 落下の衝撃に耐えきれず、長年使ってきた赤縁のメガネは粉々に割れてしまっていた。 それを見て、タバサは笑う。 顔面の筋肉にすら、もうまともな力が入らず、笑っているように見えたかどうか怪しかったが…… とにかく笑った。 ちょうどいい。 メガネが割れてくれていてちょうどいい。 たまらなくいい。 この割れ具合が最高だ。 タバサは芋虫のように身を捩ってメガネに近づき、ひときわ大きな破片を手に取った。 迷いなんて、『あの方』に仕えてから…… ……いや、幼い頃に、目の前で母が心を壊されてしまってから、とっくに捨ててしまっていた。 タバサは全く躊躇することなく、割れたメガネの破片を自分の手首に振り下ろした。 「……んっ!」 スパッと手首が裂けて、直ぐに大量の血液が吹き出てきた。 ドクドクと血液が零れ落ちる手首を、タバサは自分のマントで覆って隠した。 キュルケの足音は、すぐそこまで迫っていた。 ―――――――――――― キュルケは傷ついた片足を引きずりながら、タバサが墜落した場所へと向かっていた。 勿論、タバサの『風』魔法に備えることを怠ることはない。 ありとあらゆる物が焼け尽き、焦げ付く大地の上を歩む。 と、視線の先に、タバサが横たわっていた。 彼女の姿を見た途端、慎重だったはずのキュルケの足取りが、 自然と慌ただしいものへとなっていく。 駆け寄って、その小さな体を抱き上げる。 「タバサ…………」 触れれば壊れそうな体を、キュルケは優しく膝の上に載せる。 自分を包む温もりに気がついたのか、タバサがゆっくりと、その目を開いてキュルケを見た。 「ごめんね……! ごめんね、タバサ! 私、気づいてあげられなかった……! あなたがここまで思い詰めてたこと、分かってあげられなかった……!」 ボロボロと目尻から涙を流しながら、キュルケはタバサを強く抱き寄せた。 もう離さない。 ありのままのタバサを、受け止めてやるのだ。 いつかこの子の雪風のベールが剥がれると信じて。 ―――しかし、涙を流すキュルケの顔を、タバサはいつもの無表情で見返すだけだった。 「……どうしてとどめをささないの?」 「出来るわけないでしょ!! 私達、親友じゃないの!」 キュルケの憤慨したような声色に、タバサは目を瞑って呟いた。 「…………………そう。 なら、私の勝ち」 そこで初めて、タバサの手首から流れ落ちる赤い液体にキュルケは気がついた。 「…………これは!?」 ここで、キュルケは致命的な間違いを犯した。 いや、彼女にとってはむしろ、ある意味当然の思考回路だった。 キュルケは、タバサの言葉の意味を考えるよりも先に、タバサのことを心配してしまったのだ。 止血をせねばと考え……、しかし自分は『水』魔法が大の苦手だと考え…… とにかく、キュルケはタバサの身を案じてしまった。 それが決定的だった。 「…………………………………・ウィンデ」 掠れた詠唱に応じて、手首から流れ落ちるタバサの血液が凝結し、 人一人は貫ける大きさの氷の刃となった。 それは、彼女の血で出来た、真っ赤なウィンディ・アイシクル。 生命を削った一撃。 突如宙に出現した真紅の氷刃は、キュルケの胸を貫いた。 「……ぁ」 自分の胸に生えた一本の氷刃を、キュルケは惚けたように見下ろした。 次いで、絶望に染まった瞳をタバサに投げかける。 キュルケの全身が強張り、痙攣する。 しかし、タバサは容赦なく、キュルケの胸を貫いた真紅の氷刃を時計回りに回転させた。 複雑にささくれ立った刃が、キュルケの重要な血管や内臓をズタズタに傷つける。 「~~ッ……………!!………ゴポッ!」 たまらず、吐血。 黒に近い色をした血液が、タバサにビシャッと掛かった。 それでも、タバサはまばたき一つしなかった。 タバサを抱きしめる腕の力が、苦痛によって一瞬強まり…………やがて緩まっていった。 キュルケの全身が弛緩してゆき、瞳から光が消えていく。 胸から零れる血が、タバサと、地面をしとどに汚した。 それを確認したタバサは、依然として自分を抱いたままのキュルケの腕を引き剥がす。 大切な物から引き剥がされた両腕は、力無く、だらんと下がった。 ゴロリと転がって、タバサはキュルケから離れる。 ふぅ、と溜め息をついた。 苦痛の果てに掴んだ勝利は、存外味気ないものだった。 「……シルフィード」 自分の使い魔の名を呼ぶ。 すると、キュルケの炎に焼かれなかった、遠く離れた森の影から、一匹の竜が現れた。 隠れて見ていたのだ。 二人の戦いを。 シルフィードは申し訳なさそうな声色で鳴いた。 「きゅい……お姉さま…………ごめんなさい。 シルフィは……」 一体どうしてシルフィードが謝ってくるのか、タバサは不思議に思った。 どうせいつかは戦わなければならない相手だったのだ。 今決着をつけたところで、何の支障があるだろうか。 シルフィードは悪くない。 しかし、今はシルフィードと無駄な会話をしている余裕はない。 「あの方の所へ……あの方の…………」 ぜぇぜぇと、喘息のような呼吸をしながら、タバサは繰り返した。 一刻も早く、『あの方』の元へ向かわねばならないのだ。 シルフィードはチラリと振り返って、血の海に沈んでいるキュルケを見た。 光を宿さぬ目は、もう何物も捉えてはいない。 ただ虚空を彷徨うばかりである。 その身体から、生命の息吹が急速に失われていくのを、シルフィードは感じた。 しかし、シルフィードはタバサの使い魔である。 優先順位を誤る真似など、決して許されない。 後ろ髪を引かれる思いだったが、シルフィードはキュルケから視線を戻した。 あの傷では、どうせもう手遅れだと、自分に言い聞かせながら。 「わかったのね、きゅい………」 主の命令に従って、シルフィードは先住魔法を使って、タバサを自分の背に乗せた。 そして、最後に悲しげな鳴き声をあげて、シルフィードは上空へと舞い上がった。 目指すは、あの恐ろしい悪魔の住処である。 シルフィードの背中の上で、キュルケの言葉を思い返しながら、 タバサの意識は次第に薄れていく。 戦いの爪痕も生々しい更地には、もはや誰もいなくなった。 荒廃した大地の上には、血の海に沈んでいるキュルケの身体が独り、ポツンと取り残されているだけであった。 『私達、親友じゃないの』 キュルケは独りぼっちだった。
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トリステイン魔法学院の屋根の上。 全てを包み込むかのような闇の中、キュルケは無二の親友であるタバサと独り対峙していた。 勿論、世間話をするような緩い空気は流れていない。 タバサの冷気と、キュルケの熱気。 お互いがお互いを飲み込もうと、獰猛に牙を剥いていた。 夜の学院上空に吹く風は、肌を刺すように冷たい。 キュルケの燃えるように真っ赤な髪すら、芯から冷たくなってしまうようであった。 しかし、驚異的なバランス感覚の持ち主であるタバサは、揺らぐことすらなくぬぼーっと棒立ちになっている。 「………誰?」 ふと、沈黙を破ってタバサがキュルケに質問をした。 『一体誰がキュルケをここに連れてきたのか』と聞いているらしい。 それを直ぐに看破したキュルケは、努めて普段通りの調子で答えた。 伊達に付き合いは長くない。 (お願いキュルケ! お姉さまを止めてなのね、 きゅいきゅい……!) そう言って自分に縋り付いてきた、依頼主の顔が目に浮かぶ。 気づけばキュルケの言葉には、抑えきれない悲しみと憤りが含まれていた。 「あんたの使い魔のシルフィードよ。 あんた、使い魔を哀しませるなんて、ご主人様失格じゃなくて? 泣いてたわよ、あの子。 きゅいきゅいって」 「そう」 タバサは普段通り、どうでもよさげに呟いた。 普段通り、その口調には一切抑揚がない。 いつものキュルケなら、そんなタバサの口調の微妙な変化を読み取れたものだが…… ……今は彼女の感情が全く読めない。 完璧なフラット。 つまるところ、タバサは本当に何とも思っていないのだという事実に思い至り、 キュルケはギリッと唇を噛み締めた。 今のタバサはまるで幽霊だ。 皮肉なことに、幽霊はタバサが最も毛嫌いしているものであった。 彼女をこんな復讐鬼に仕立て上げたDIOに、改めて怒りがこみ上げてくる。 キュルケは両腕を広げて、タバサの行く手を遮った。 タバサのマントが、夜風に靡いた。 「邪魔」 「するに決まってるじゃない! あんたを行かせはしないわ!」 タバサは最後の最後、キュルケに警告した。 しかし、キュルケは断固としてその場を動かない。 タバサの顔つきが、徐々に冷たくなっていく。 「どうしても行くと言うのなら………!」 「押し通る」 「掛かって来なさい!」 キュルケは不敵な笑みを浮かべて、タバサを挑発した。 タバサの目が、完全に温度を失う。 人形のような澱んだ目で、タバサは自身の身長よりも大きな杖を構えた。 途端に、膨大な魔力が蒸気のようにぶわっと全身から溢れ出し、オーラとなってタバサを包んだ。 "ドドドドド……!!" 彼女の周りの空気が歪んで見えるような錯覚が、キュルケを襲う。 その圧迫感に息苦しさを感じつつ、キュルケは杖を構えた。 (こ、こりゃあ、ちと骨が折れそうだわ……) 内心ぼやくキュルケに、氷の嵐が吹き付けた。 広範囲に渡って荒れ狂う氷嵐(アイス・ストーム)は、どう動いても避けきれるものではない。 キュルケは杖を構え、呪文を唱えた。 炎のバリアが彼女の目前に現れ、氷の嵐を溶かし防いだ。 荒れ狂う風雪を防ぎきり、キュルケはニヤリと笑って見せた。 無論、これが小手調べに過ぎないことはお互いに分かっていた。 それでも、キュルケの立っている場所以外は、散々に破壊されてしまっている。 その惨状をチラリと横目で見やり、キュルケは"フライ"の魔法を唱えた。 これ以上ここで暴れたら、学院は滅茶苦茶だ。 これは私情丸出しの個人的なケンカなのだから、周囲に迷惑をかけるわけにはいかない。 そう配慮しての、キュルケの行動だった。 フワリと宙を待ったキュルケは、ワザとタバサに追いつけるスピードで学院郊外の森へと飛んでいった。 誘い出して戦う場所を移すつもりであった。 それを見たタバサも、同じく"フライ"の魔法を使って飛翔した。 あっというまに二人の距離が縮まる。 タバサがしっかりと追いかけてきたのを確認し、キュルケは全力で"フライ"を使った。 風圧で目が開けられないほどの高速飛行に、周囲の景色がグングンと後ろに流れてゆき、 タバサの姿も小さくなってしまった。 だが、それでもタバサは余裕……といっても無表情だが…… の表情で加速し、キュルケを追撃してきた。 徐々に、徐々にその距離が再び縮まっていく。 そして、学院郊外の森の上空で、ついに二人は並んだ。 平行に飛行してくるタバサを見て、キュルケは唖然とした。 相変わらずタバサのメイジとしての実力には舌を巻く。 しかし、今は無駄なスピード比べをしている状況ではない。 "フライ"を使いながら別の魔法を使うことは出来ないので、 キュルケはすぐ下の森へと高度を落とそうとした。 ―――そんな無防備なキュルケの背中めがけて、タバサは杖を構え呪文を詠唱し始めた。 空気が震え、パチンと弾ける。 「"ライトニング・クラウド"」 馬鹿な!? と思った瞬間には、キュルケの全身を紫電が駆け巡っていた。 「キャァァアアァアアッッ!!」 焼きゴテを当てられたような熱さが背中を焦がしながら、キュルケは木の葉のように森へと墜ちていった。 電撃で意識がしばらくアッチの世界にトんだキュルケだったが、 地面に激突するギリギリのところで持ち直し、着地した。 地に足がついた途端に、キュルケはたまらず膝をついた。 まだ全身の筋肉がビクビクと痙攣している。 荒い息づかいを必死で整えながら、キュルケは空を仰いだ。 タバサが悠々と、キュルケから少し離れた場所に着地をしているところであった。 "フライ"を使用しながらの他の魔法の詠唱。 不可能ではないと聞いていたが、想像を絶する修業と精神力を要するとも聞いていた。 スクウェアクラスでも、出来る人はそうそう聞かない。 それをタバサは、事も無げにやってのけたのだ。 ふと、タバサと目が合い、キュルケは彼女の視線に戦慄した。 十五歳という幼い身でありながら、一体彼女はどこまで登り詰めたというのか……。 キュルケは急に怖くなった。 果たして自分は、タバサを止められるのだろうか? 早くも挫けそうになってしまう己の心を無理矢理奮い立たせて、 キュルケは"フレイム・ボール"の魔法を唱えた。 直径数メイルにも及ぶ巨大な火球が、唸りを上げてタバサに襲い掛かる。 間髪入れず、タバサの"アイス・ストーム"が火球を迎え撃った。 炎と氷が激突し、目映い光を周囲に放つ。 キュルケはこの時、自分の心に着実に根を張りだした恐怖という名のヤドリギを、 自覚してはいなかった。 しかし、一瞬でも生まれた心の弱さは、己の魔法の威力に確実に反映される。 気が付けば鉄が軋むような音と共に、キュルケの炎が"凍り付いていた"。 それを見たキュルケが、驚愕で目を見開いた。 物理的には有り得ないことだが、キュルケの操る炎は魔法の炎だ。 魔法とは、精神の強さである。 心のイメージが鮮明に映し出されれば、炎も凍りつくだろう。 つまり、精神力の面で、キュルケはタバサに負けてしまっているのだ。 そんなはずはない、と否定する一方、心のどこかで妙に納得している自分が嫌だった。 冷酷な現実が、キュルケの焦りを加速させる。 凍り付いた炎ごと、氷嵐がキュルケを襲い、キュルケは慌てて"ファイヤー・ウォール"の魔法を唱えた。 キュルケの前に出現した巨大な炎の壁が、氷嵐を辛うじて防ぐ。 氷が蒸発し、水蒸気があたりに広がり始め、二人の視界を遮った。 マズいわね……! とキュルケは毒づいた。 水分が空気中に満ち満ちている場所でタバサに勝負を挑むのは、自殺行為と言えた。 どこから氷の刃が飛んでくるか、分かったものではないからだ。 ましてや相手は『風』属性のメイジ。 自分のちょっとした衣擦れの音でも、すぐさまこちらの位置を把握してくるだろう。 キュルケは森の奥へとかけだし、仕切り直すことにした。 それを確認したタバサは、即座に杖を構えた。 「ユビキタス・デル・ウィンデ……」 呪文が完成すると体がぶれ始め、タバサは分身した。 一つ……、二つ……、三つ……、四つ……、五つ……、 本体と合わせて、都合六人のタバサが並び立つ。 自身に限りなく近い分身を生み出す風魔法、風のユビキタス(遍在)であった。 六人のタバサは、お互いの姿を確認しあった。 ふと、一番端にいたタバサAが、その隣にいるタバサBに近づいて、 マントのズレを直した。 「ありがとう」 「……どういたしまして」 どっちもタバサで、どっちも無表情。 これが遍在の力なのだ。 一陣の風が吹いたと思ったら、三人のタバサをその場に残して、 三人のタバサの姿が幻のように消えていた。 残った三人のタバサは、お互いの顔を見合わせて頷くと、調子を合わせて一つの魔法を詠唱し始めた。 三人のタバサの詠唱に従って、透明な細い氷の線が無数に出現し、 キュルケが駆けていった方向の森全体に伸び始めた。 あたかも蜘蛛の巣のように。 to be continued……
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深く暗い森の中を、キュルケは一人疾駆していた。 時折り背中の火傷がズキズキと痛むが、それでも構わず全力で駆け抜ける。 「タバサ……!」 呟くのは、かつて無二の友人だった生徒の名前。 思い出すのは、いつだったか、『土くれ』のフーケの討伐に行った記憶だった。 あの時DIOと一戦交えてから、タバサは確実におかしくなっていった。 それに薄々気づきながらも、ついぞ止められなかった自分を情けなく思う。 もはや彼女は、DIOの操り人形なのだろうか。 ……いや違う、彼女は人間だ、とキュルケは自分を叱りつけた。 諦めそうになっているのをタバサの冷たさのせいにして、 自分で勝手に彼女を見捨てようとしているのだ。 不甲斐ない。自分は此処に何をしに来たのだったか。 大切な大切な……親友を連れ戻すためだ。 キュルケは自分の背中を一撃した。 もう一回"ライトニング・クラウド"を受けたかのような衝撃が走り、 キュルケの精神に喝が入る。 腑抜けていた意識が、徐々に鮮明になっていくのを感じ、キュルケは周囲の状況を見る余裕が出てきた。 聴覚を周りに集中させてみる。 ふと気が付いたら、森を駆ける足音が増えていた。 自分も含めて、合計四つの足音。 聴覚が捉えたその情報を怪訝に思い、キュルケは後ろを振り向いた。 果たして、キュルケの聴覚は正しかった。 今度は耳の代わりに、我が目を疑うことになったが。 一人………、二人………、合計三人のタバサが、全く同じ構え、同じ足取りでキュルケを追いかけてきているのだった。 「んな……ッ!? ちょ、反則……!」 キュルケは走るスピードを上げた。 しかし、タバサは元々暗殺を目的とした戦闘スタイルのメイジである。 育った環境も相まって、持久力と執念深さは筋がね入りであった。 バジリスクに追いかけられているような錯覚を感じ、キュルケは更にスピードを上げた。 囲まれたら、おしまいである。 祖国ゲルマニアで軍人としての教育も受けていたキュルケは、 並々ならぬ脚力の持ち主だ。 流石にこのスピードにはついてこれまいと、勝ち誇った顔で後ろを振り向くキュルケ。 見ると、タバサが二人。 一人消えていた。 どこに消えたのかなんてバカでも分かる。 反射的に空を仰いだキュルケに、上空から氷の刃が降り注いできた。 "フライ"で追いつき、そのまま攻撃してきたのだ。 "チュドドドドド……!" ミサイルのように氷刃が襲い来る。 キュルケはそれをジグザグに走って回避した。 しかし、いくら俊敏に動いて見せても、上空から見てみれば止まっているも同然である。 照準を合わせることなんて容易い。 裂けきれなかった氷刃の一つが、キュルケの足を切り裂いた。 「ぐ、は……ッッ!」 バランスを崩し、キュルケはものの見事に転倒してしまう。 足を押さえてうずくまるキュルケに、すぐさま三人のタバサが追い付いてきた。 出血を止める暇なく、キュルケは"フレイム・ボール"を放った。 迷いを捨てた分、先程より強力な火球がタバサ『達』を襲う。 「「"アイス・ストーム"」」 けれど、二重で掛かってこられちゃ意味がなかった。 倍増というより、二乗されたのではないかと思うほどの威力の氷嵐がキュルケを襲い、 キュルケは数メイル後方に吹っ飛ばされることとなった。 二人のメイジとしての実力の差は、もはや歴然だった。 無様に地面に叩きつけられて、キュルケの肺から酸素が絞り出される。 三人のタバサがじりじりと迫る。 しかし、キュルケは諦めない。 キュルケは自分の足下の土に杖を構えた。 「イル・アース・デル……!」 "錬金"で土を油に変える。 「ウル・カーノ!」 そして"発火"の呪文。 ゴウッと炎が舞い起こり、キュルケの周囲を燃やした。 燃え盛る炎は油に引火し、その勢いを爆発的に増加させた。 自分だけの炎では、タバサの風にはかなわない。 ならば、上乗せすればいい。 「"ファイヤー・ウォール"!!」 周囲の炎を根こそぎ巻き込んで出現した巨大な炎の壁が、タバサ達に迫った。 「「ラグース・ウォータル・イス・イーサ・ハガラース……」」 しかし、恐れず慌てず、二人のタバサは一言一句調子を乱さず魔法を唱える。 「「"ジャベリン(氷槍)"」」 二人がかりで構成された、これまた巨大な氷の槍が射出された。 両者の魔法は正面から激突し、爆ぜた。 しばらくの拮抗の後、若干キュルケの炎が上回ったか、ジャベリンは全て溶けて水蒸気と化した。 ジャベリンによって威力を削がれたものの、炎の壁は持ちこたえ、タバサ達に襲いかかった。 その様子をキュルケは見守る。 轟音。 手応えは……無い。 ちゃっかり残りの一人が、防御の呪文で他のタバサ達を炎壁から守っていたのだった。 「……ウっソ」 引きつった笑みを浮かべるキュルケ目掛けて、数え切れない程のエア・カッターが飛んできた。 キュルケはたまらず横に飛び、森の奥へと再び駆け出す。 木々の間を縫って、キュルケが駆ける。 森の影に隠れて、時折り氷の刃が飛んできた。 それは背後から飛び交ってくる時もあれば、 上空から降り注いでくるときもあった。 キュルケはその度に必死に身をかわし、反撃をした。 数えるのも面倒になるくらいの魔法の応酬の中、キュルケは場の空気がおかしいことに気がついた。 妙だ……、とキュルケは眉をひそめる。 悔しいが、今の自分はタバサにとって死に体だ。 その気になれば、囲みこんであっと言う間に叩き潰せるはずなのに。 何故かそれをしてこない。 せっかく分身しているというのに、攻撃は途切れ途切れだ。 足を負傷しているキュルケでも、それは何とか避けきれるものであった。 分身の利点が活かされていない。 タバサらしくない。 何か嫌な予感を肌で感じながら、キュルケは足を踏み出した。 ―――"カチン"と、軽い音が足下から響いた。 見ると、自分の足が、半透明な紐のようなものを踏んづけていた。 「?…………!!」 その途端に、踏んづけていた縄から数本の氷刃が飛び出してきた。 とっさに後ろにジャンプして氷刃をかわしたキュルケだったが、 今度は背中から"カチン"という乾いた音が聞こえた。 背中に冷たい感触が広がる。 見ると、そこにも氷でできた線状の何かがあった。 氷刃が飛び出す。 体勢を変えることが出来ずに、キュルケはその氷刃をモロに背中で受けた。 「ガッ……!」 肉に刃が食い込む感触に、キュルケは身を捩った。 四つん這いで地面に叩きつけられる。 これまでのダメージの蓄積と、大量の出血で、フラフラする頭を押さえつつ、キュルケは辺りを見回した。 いつの間にか自分の周り、四方八方は、先程みた半透明の縛縄によって埋め尽くされていた。 ちょっとでも触れば、氷刃が飛んでくるだろう。 キュルケはその場に括り付けられてしまった。 先程の三人のタバサは、囮だったのだ。 自分をこの罠へ誘い込むための。 いつのまにか、タバサ達の気配が消えている。 油断せずに周囲の様子を窺っていると、タバサの声が聞こえてきた。 弾かれたように、キュルケは上を見る。 「「触れれば発射される"ウィンディ・アイシクル"の『結界』は……」」 上空に浮かぶタバサAとタバサBが、淡々と説明に入った。 二つ名の通り雪風のような冷たい目で、キュルケを見下ろしている。 細い氷の結界が、キィンと甲高い共鳴音を出した。 いつも無口なタバサが饒舌になっていて、その上ステレオときたもんだ。 その違和感たるや、鳥肌ものである。 「「すでにあなたの周囲、半径二十メイル……。 隙間なく張り巡らされている」」 続いて、タバサCとタバサDによるステレオ。 「「あなたはもう、一歩も動けない」」 ピシャリとはねのけるような、タバサEとタバサFによるステレオ。 果たしてそれは事実だった。 蜘蛛の巣さながら、キュルケの周囲に陣をなす氷の結界は、彼女の行動を完璧に封じ込めてしまった。 一歩でも迂闊に足を踏み出せば、身体のどこかが必ず結界に触れてしまう。 キュルケには、真正面からタバサとぶつかるしか選択肢が残されていなかった。 しかし、物量と破壊力の両面で、キュルケはタバサに圧倒的な差をつけられている。 正面から向かえば、どういう結果になるなんて、それこそ火を見るよりも明らかだ。 はめられたのだ、これ以上ないってほど完璧に。 ……それでもキュルケは折れない。 普段通り、不敵な笑みを浮かべて杖を構える。 背中に突き刺さったままの氷刃が痛々しい。 その姿を見て、反撃の意思ありと六人のタバサは判断した。 五人のタバサが、一番大きな木のてっぺんに佇んでいるタバサに集う。 六人のタバサが重なり、その場には元の一人のタバサが立っていた。 杖を突き出す。 キュルケはこれから我が身に降りかかる事態に備え、 炎のバリアで身を包んだ。 後は野となれ山となれ、渾身の魔力を込めた防御であった。 「半径二十メイル……」 空気が凝縮し、凍り付く。 そして、その冷気は一挙に解放された。 「"ウィンディ・アイシクル"」 節くれだった杖を振り下ろすと、 術者の命令に応じて、氷の刃がキュルケめがけて一斉掃射された。 to be continued……
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ベッドの上で、ルイズ・フランソワーズは夢を見ていた。 舞台は、生まれ故郷であるラ・ヴァリエールの領地にある屋敷。 夢の中の幼い自分は、屋敷の庭を逃げ回っていた。 それは二つの月の片一方、赤の月の満ちる夜のことだった。 真っ赤な真っ赤な…… 血のように真っ赤なお月様が見下ろす夜。 「ルイズ、ルイズ、どこに行ったの!? まだお説教は終わっていませんよ!!」 出来のイイ姉たちと比べて落ちこぼれな自分を、 母は、いつも叱ってきた。 母だけではない。 自分の世話をする召使い達も、影で自分のことを哀れんでいることを、 ルイズは知っていた。 その事が、ますますルイズの自尊心に傷を付ける。 その日もまた母親に叱られた。 それが悔しくて、悲しくて、 思わずルイズは屋敷を飛び出したのだ。 使用人達の目を掻いくぐり、いつもそうしていたように、 中庭の池にある『秘密の場所』へと向かう。 そこは、幼い頃の自分が唯一安心できる場所だった。 あまり人の寄りつかない中庭の池には、小舟が一艘浮かべられている。 昔は家族で舟遊びをして楽しんだものだったが、 時とともに皆離れていった。 この場所に気を留めるものは、もはやルイズしかいないのだった。 夢の中の幼い自分は小舟の中に忍び込み、 用意してあった毛布を纏って、息を潜める。 しばらくそんな風にしていると……霧の中から、 マントを羽織った1人の立派な貴族が現れた 「ルイズ、泣いているのかい?」 つばの広い帽子をかぶっていたので顔はよく見えなかったが、 ルイズはその貴族が誰だかすぐにわかった。 最近、近所の領地を相続したという子爵。 「可哀想に。 また怒られたんだね……」 幼いルイズにとって、憧れの人だった。 近所だったから晩餐会を共にしたこともあったし、 また、父と彼が交わしたある約束も相まって、 ルイズとその子爵は、会う度によく話をしたものだ。 「僕の可愛いルイズ。 ほら、僕の手をお取り。 もうじき晩餐会が始まるよ。 ……安心して。 お父上には、僕からとりなしてあげる」 夢の中の幼い自分は、恥ずかしそうに頷いて立ち上がり、 子爵の手を握ろうとした。 ……が、ルイズがその瞬間、子爵の手がすうっと引っ込められた。 意外な対応に、幼いルイズは当惑する。 それは、夢の中の出来事をぼんやり俯瞰していた現実のルイズも同様だった。 ―――あれ、何だか変だな? この後確か、子爵と共に晩餐会に向かった筈なのに……。 夢と現と、両方のルイズが混乱する中、顔の隠れた子爵が語り掛ける。 「そうだ、ルイズ。 君に見せたいものがあるんだ」 現のルイズが未だに当惑する一方で、 夢のルイズは、子爵を信頼しきった表情で答える。 「まぁ、子爵様。 一体何を見せて下さるの? 楽しみだわ」 子爵は大仰に一礼して、マントを翻した。 「ルイズ、僕のルイズ! とても素晴らしい物だよ。 きっと、我を忘れてしまうほどに! だから、7秒だけ待っててくれるかな?」 は?7秒? ますますもって分からない。 直ぐに持って来たいのは分かるが…… どうしてわざわざ正確な所要時間を言う必要があるのか。 しかもやけに短い。 2人を俯瞰していた現ルイズは、途方もなくいやな予感がし始めた。 そんな現ルイズの不安をよそに、子爵の姿が一瞬で掻き消えた。 『見せたい物』とやらを取りに行ったのだろうか。 そりゃあ、7秒しかないのだ。 急ぐのは尤もだが……素早すぎやしないか? ~1秒経過!~ 「子爵様ったら。 私のために、あんなに一生懸命になられて……」 しかし、夢ルイズは全く疑ってすらいないようだ。 ~2秒経過!~ ……マズい。 これはマズい! 何だかとてもマズい気がする! と、現ルイズ。 ~3秒経過!~ 「子爵様が見せたい物って、一体何かしら?」 と、夢ルイズ。 ~4秒経過!~ 逃げろ。 逃げるのよ、私!! 何やってるの、早く逃げるのよ! と、また現ルイズ。 ~5秒経過!~ 「子爵様のことだから、 本当に我を忘れてしまうほどの物なのだわ……」 ~6秒経過!~ 緩みきってるわね、夢の中の私。 しかし待て夢ルイズッ! 何かただならぬ事がッ! 起こっているのよォオオッ! ~7秒経過!~ 「待たせたね。 上を見てごらん、可愛いルイズ」 夢の中のルイズは、弾かれたように空を仰いだ。 果たして空中には、夢ルイズが乗っている小舟なんかとは比べ物にならないほど大きな物が浮いていた。 馬車のようにも見えるが、 見る者に威圧感を与える凶悪なフォルムをしている。 黄色を基調とした車体の前後には、 ぶっとい石の円柱のようなものが付いていた。 馬車にしてはやけに重そうだ。 馬数頭ぐらいでは、ビクともしなさそうなほど。 その上には子爵が乗っかって、夢の中のルイズを見下ろしている。 その馬車の異様な巨体に、夢と現と、 ルイズは揃って我を忘れた。 無論感動したからではない。 絶望したからだ。 今あれは宙に浮いているが、 やがて重力の法則に従って墜落してくるだろう。 そうなったらどうなるか……。 答えはもうすぐ分かる。 だって、今まさに、あの巨大な馬車が、 夢の中のルイズを乗せた小舟めがけて、落下を始めたからだ。 ふと、落下による風に吹かれて、 子爵の帽子が飛んだ。 「あ」 ルイズは短い声を上げる。 いつの間にか夢と現とが重なり合い 舞台にいるルイズは、6歳から16歳の今の姿になっていた。 そして、帽子の下から現れた顔は憧れの子爵などではなく、 使い魔の……ちょっと髪型だとか、唇の色だとか雰囲気だとか色々変わってるけど…… DIOであった。 ふと目が合う。 DIOは見たこともないほど興奮した笑みを浮かべた。 突如夢の中に乱入してきたDIOは、 奇妙で巨大な馬車に乗って落下しながら、 現実世界ではルイズすら聞いたこともないほどハイテンションな声を上げた。 「ロードローラーだッ!!!」 なんじゃそら、と突っ込む暇など、 もちろん無かった。 DIOが乗っかった馬車が、小舟を直撃したからだ。 ドッバァアアン!という、凄まじい水しぶきと共に、 小舟がバラバラになる。 その小舟ごとペッシャンコになったかと思われたルイズだか、 意外なことに生きていた。 馬車の円柱に、無様な格好でしがみつく。 うまく難を逃れたかに見えたルイズだが、 今度は馬車もろとも、どんどん水中へと沈んでいってしまった。 何とか身を捩って脱出しようとするが、 DIOがそれを許さない。 ガンガンガンガンガンと 車体を殴り付けて沈没を助長する。 ……器用なことに、右は肘、 左はグーと使い分けていた。 「もう遅い! 脱出不可能よッ!」 夢の中なので、水中でも何故か叫び声を上げてくるDIO。 まさしくDIOの言う通りなのだが、 せめてささやかな抵抗くらいさせて欲しい。 だが、 「無駄無駄無駄無駄無駄 無駄無駄無駄無駄無駄ァッ!!」 「無理無理無理無理無理 無理無理無理無理無理ィッ!!」 現実は……夢か?どうでもいいけど…… やはり非情だった。 抵抗むなしく、グングンと湖底が近づいてくる。 このままではペッチャンコだ。 それにしても、夢の中の使い魔はとんでもなくハイだ。 ひょっとしたらこれがアイツの本性なのだろうか。 そう思う間に水圧が体の自由を奪い、ついに身動きすら取れなくなってしまった。 万事休す。 湖底は目と鼻の先だ。 そのことはDIOも承知なのか、 ダメ押しとばかりに渾身の一撃を打ち込んでくる。 「8秒経過! ウリィイイイヤァアアッー! ぶっ潰れよォォッ!!」 今更ながらのタイムカウント。 しかし凄い。 たった1秒の間なのに、こんなたくさんの描写があるなんて。 さすが夢だ、突拍子もない。 なんて考えていたら、ドグシャァア!と着地の音が聞こえて、 砂利が水中に舞い上がる。 こうして夢の中のルイズは、 地面とロードローラーとに挟まれて、哀れにもサンドイッチになってしまった。 「9秒経過……!!」 DIOのタイムカウントを餞に、私は夢から逃走して目を覚ました。 ―――――――――― 巨大な何かに押しつぶされる夢を見て、 ルイズ・フランソワーズは目を開いた。 あまりにも夢見が悪くかったので気晴らしに伸びをしようとしたが、 何故か体が動かない。 ベッドに横たわったまま、一体どういう事かと、寝ぼけ眼を擦って己の体に目をやるルイズ。 なにやら布団の下に、ゴツゴツした感触がいくつもある。 布団をめくってみると、いかにも重そうな魔法関係の本が、 所狭しとルイズを圧迫していた。 先程の夢はこれのせいか。 それを見て、昨日勉強をしていてそのまま寝入ってしまったことを、ルイズは思い出した。 しかし、ルイズには布団をかぶった記憶などなかった。 なら、この布団は一体誰が掛けてくれたのだろうか……? 取り敢えず布団をのけて、身を起こす。 分厚い本が、バサバサと床に落ちていった。 ルイズは嫌な予感と共に、 ゆっくりとソファーの方を向いた。 そこにはDIOがいた。 ルイズより先に起きて、本を読んでいる。 ルイズが起きたことに気づき、DIOは顔を上げた。 「起きたか。 今日は随分と早いな」 確かにまだ部屋は薄暗い。 とは言っても、DIOを召喚してからというものの、 ルイズの部屋はいつも薄暗かった。 どんなに爽やかな朝だろうと、 蝶々がチューリップにキスをするようなきらめく昼下がりだろうと、 日が出ている間はルイズの部屋は、 窓もカーテンもピッチリと閉められている。 ルイズは太陽が大嫌いになっていた。 何というか、慎みの感じられない、ハナにつく明るさなのだ。 今のルイズは、月明かりの方が断然お好みだった。 それはさておき、ルイズはベッドから立ち上がり、 布団を掴んでDIOに見せた。 「ねぇ。 これ、ひょっとして、ひょっとするんだけど……」 認めたくない現実に果敢に立ち向かうルイズに、 DIOはさも当然と頷いた。 「私が掛けた」 ルイズは思わず布団を取り落とした。 布団がパサッと床の本の上に落ちたが、そんな事全然気にならなかった。 感動で震える両手を、自分の頬に添える。 手のひらから伝わる、若干火照った頬の感触。 不覚にもルイズの胸はきゅんとなっていたのだった。 ……ウソ。 なんて事。 いやあね冗談に決まってるわなんでコイツったらいきなりそんな使い魔の鏡みたいな真似を白々しいったらありゃしないわ そういえば近頃私ったら魔力上がってるしもしかしてとうとうコイツ私の軍門に下ったというわけかしら でもでもでもイキナリこんな甲斐甲斐しく接してくるなんておかしいわ不自然よひょっとしてコイツってば あああダメよいくら私が前途有望でプリティな女の子だからってつつ使い魔と御主人様なんだからそんなのダメよ!! …………でもコイツ、本はどけてくれなかったわ。 散々1人でヒートアップしたルイズだったが、 そう考えると今までの興奮が一気に冷めてしまうのだった。 途端に口をへの字に曲げ、白い目でDIOを見る。 「あのね。 布団を掛けてくれたのはスゴ~く有り難かったんだけど…… それならまず最初に本をどけなさいよ」 「てっきり本に埋もれて眠るのが好みなのだと思って、 そのままにした」 ルイズは怒鳴った。 「本まみれで寝るのが好きな奴なんているわけないじゃない!! ……1人心当たりがあるけど。 っとにかく! 潰れちゃうかと思ったわよ、ほんとに!」 ほんとにふんとに。 ギャースカ喚いてみせても、DIOは笑って受け流してしまう。 結局からかわれていただけだったのだ。 一瞬でも胸きゅんしてしまった自分が恥ずかしくて、 ルイズは悶えた。 どうにも近頃、自分の使い魔は陽気だ。 それはおそらく、ようやっとコイツが服を着るようになった頃からだ。 私がせっかく選んでやったレディーメイドは気に食わなかったようで、 勝手に注文していたのいやがったのだ。 コッテリ叱りつけたのだが、馬耳東風、DIOに説教。 素知らぬ顔をされてしまった。 ちぇ、服を着たぐらいでテンション上がるなんて、 まるで子供じゃない。 そう思って、ルイズは先ほどの夢を思い出していた。 あの、異様にハイだったDIOの顔を。 ちらっと奴の顔を見る。 そういえばコイツ、フリッグの舞踏会で私と踊った時も、 いやに紳士然としてたわね。 ……なるほど、そういうことか。 ウシシ……と下品な笑みを浮かべて、 ルイズはDIOの肩を叩いた。 「ねぇ、DIO」 「……?」 「あんたって、実は結構ノりやすいタイプでしょ」 藪から棒なルイズの指摘に、 DIOは驚いたような、困ったような、複雑な顔をした。 【DIOが使い魔!?】 第二部 『ファントム・アルビオン』 to be continued…… 戻る 50へ
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ある虚無の曜日、ルイズは朝からウンウン唸っていた。 その隣のソファーでは、DIOが図書室から新しく借りた(強奪に近いものと思われる)本を、無言で読んでいた。 『僕の私のハルケギニア大陸』というタイトルで、凡その子供が読むような、簡単な地理書だ。 DIOは、コツを掴んだ人間が、自転車をあっと言う間に乗りこなしてしまうように、ドンドンとハルケギニアの知識を得ていた。 そんなDIOを脇目に、暫く唸っていたルイズだったが、突然雷に打たれたようにその顔を上げた。 「…そう、そうよ! 今は考えたってしょうがないわ。 何と言われようが、こいつは私の使い魔。 そうよ! 忘れてたわ、私、どんなことがあろうと乗り越えてみせるって、あの時誓ったじゃない!」 あの時、とは契約の時のことだろうが、とにもかくにも、ルイズは一人でヒートアップしていった。 そして、ベッドから立ち上がって、DIOを指差した。 腰に手まで当てて、随分と興に入った雰囲気である。 「DIO! 本を仕舞いなさい! すぐ街に行くわよ!」 「これまた突然だな。……何をしに?」 DIOはチラッとルイズを見て、ため息をつきつつ本を閉じた。 「ナイフ、買ってあげるわ! あと服も! 何かある度にいちいち厨房からガメられたんじゃ、私たちの食事がまずくなるし、あんただって、いつまでも上半身裸じゃやってられないでしょ?」 どうやら買い物に連れていくようだ。 武器を買うということは、ルイズがDIOを本格的に自分の使い魔であると認めた証拠である。 「珍しいじゃないか、使い魔に贅沢をさせるなんて…」 DIOはしかし、全く何とも思っていないようだ。 言葉とは裏腹に、自分が使い魔であるなどとは全く考えてはいないようにも取れる。 だが、ルイズは別にそれでもよかった。締めるところでビッチリ締めればいいのだと、割り切っていたからだ。 「必要な物は、きちんと買うわ。私は別にケチじゃないのよ」 ルイズは得意げにいい、もう話は決まったばかりに荷物をまとめ始めた。 あれよあれよという間に外出の準備を完了させてしまう。 早業であった。 「わかったら、さっさと行くわよ。今日は虚無の曜日なんだか ら」 DIOはゆっくりと立ち上がって、ドアに手をかけた。 「ところでDIO、その本どうしたの?」 ルイズの質問に、DIOは動きを止めて、ルイズの方に振り返った。 「モンモランシーという子が、選んでくれたのさ」 ―――――――――――――――――――――――――――――――――― キュルケは昼前に目覚めた。 今日は虚無の曜日である。 窓を眺めて、そこから見える太陽の黄色さに目が眩んだ。 まぶしさと眠気に目をつぶりながら、キュルケは昨晩の出来事を思いかえす。 「そうだわ、ふぁ、昨晩はいろいろ大変だったわ…」 ペリッソンに、スティックスに、マニカンにエイジャックスにギムリに……etc. さすがの『微熱』も燃え尽きそうになるほどだった。 これからはブッキングは避けた方が良さそうね…と思いながら、キュルケは起き上がり、化粧を始めた。 夜明けまで起きていた割にはやけにツヤツヤしている彼女の肌には、化粧は必要なさそうだが、女の嗜みというやつだ。 パタパタと化粧をしながら、キュルケはこれまでの出来事を思い出した。 主にルイズの。 途端に、キュルケの顔に影がさした。 最近のルイズは、どうにもおかしい。 いや、いつもおかしいのだが、あの使い魔を召喚してからはそれが顕著になってきている。 キュルケは、ルイズが腹に抱えている黒い爆弾のことを知ってはいた。 プライドの高いルイズは、『ゼロ』とバカにされてもそう軽率に怒りを表すような人間ではない。 ……ないのだが、『ゼロ』と呼ばれる度に、彼女の心にストレスは確実に蓄積されていくということを、キュルケは知っていた。 そして精神の均衡を保つため、そのストレスは定期的に爆発をするということも。 その時、ルイズは世にも恐ろしい悪鬼になる。 シュヴルーズの件が、良い例だ。 あと、ギーシュの時も。 キュルケは、以前あの状態になったルイズに一発かまされたことがあったので、ルイズの恐ろしさは重々承知していた。 その時のことを思い出すだけで、キュルケは震えがくるのだが、そのおかげでルイズのストレスが爆発するギリギリのラインも、ある程度は心得たのだった。 その範囲内でルイズをからかうのが、キュルケの最近の楽しみでもあった。 しかし……キュルケは疑問に思う。 最近のルイズは、どうにもおかしい。 何だか、爆発の頻度が高くなったような気がする。 というより、寧ろ自分からそれを楽しんでいるような印象さえ受ける。 キュルケの脳裏に、ギーシュとの決闘の時、瀕死のギーシュに対して、いとも簡単に処刑宣告をしたルイズの姿が映し出される。 やはり、あの使い魔のせいだろうか。 だとしたら、釘を刺しておく必要がある。 彼女は自分のライバルなのだ。 勝手な手出しは、その使い魔だろうと許さない。 キュルケは化粧を終えて、立ち上がった。 自分の部屋から出て、ルイズの部屋の扉をノックする。 扉が開くまでの間、キュルケはなるべくルイズ本人が出てくることを願った。 無論、使い魔のDIOの方が出てくる可能性の方が高いのだが、キュルケはそう願った。 何と言おうか、DIOを前にすると、言い知れない緊張を感じてしまう。 萎縮してしまう、といってもよかった。 それは、自分の使い魔であるサラマンダーのフレイムも同じであるらしい。 初めてDIOを見たとき、フレイムはひどく怯えていた。 自分の命令なしでも、DIOを攻撃しそうな勢いだった。 火流山脈のサラマンダーが怖がるほどだ。 そのDIOがどれだけの力を持っているのかは、一応は、ギーシュとの決闘でその片鱗を見ることは出来た。 見たというより全く理解を越えていたのだが、決して無駄にはならないだろう、とキュルケは思った。 そこまで考えたところで、キュルケは開かないドアをもう一度ノックした。 しかし、ノックの返事はない。 開けようとしたら、鍵がかかっていた。 キュルケは少し躊躇った後、ドアに『アンロック』の呪文をかけた。 学院内で『アンロック』の呪文を唱えることは、重大な校則違反だ。 これが色事に関わることなら、躊躇いはしなかっただろうが……。 しかし、そうしてドアを開けてみると、部屋はもぬけの殻だった。 二人ともいない。 キュルケは部屋を見回した。 カーテンはしっかりと閉められていて、部屋は薄暗い。 ルイズがいつも使っているベッドの側には、豪華なソファーが横たわっている。 DIOが使っているのだろうか? だとしたら、随分と生意気な使い魔だと思った。 だとしたら、随分と生意気な使い魔だと思った。ルイズが使っているベッドよりも下手したら高そうだ。 キュルケはさらに部屋を見回して、ギョッとした。 そこには、様々な調度品が、所狭しと並べられていたからだ。 棚の上には壷と皿。 壁には、様々な絵画と、そしてプラチナとゴールドで出来た一対の剣が飾られていた。 隅の壁には甲冑が立っている。 その隣には、両腕のない女神を象った彫刻がデンと置いてあった。 どれもこれもが、憎らしいくらいに完璧に配置されていて、一瞬ここが美術館かと思ってしまったほどだ。 ていうかここはホントにルイズの部屋なのだろうか? チラりと棚に目をやると、開いた扉から、いかにもわたくし宝箱ですと言わんばかりの重々しい箱があり、これまたいかにも年代物そうな金貨銀貨が、溢れだしているのが見えた。 天井には大きなシャンデリアが下がっているが、その大きさの割には、放つ光は柔らかで弱い。 香を焚いているのだろうか、部屋にはほのかに靄がかかっていて、エキゾチックな空気が立ちこめている。 ふらふらと目眩がするのは、決して香の匂いに当てられただけではないだろう。 キュルケは我が目を疑った。 つい先日ルイズの部屋を見たときは、いつも通りだった。 色気も何もないが、こざっぱりしていて、いかにもルイズらしい部屋だと思ったものだ。 「ル、ルイズ…趣味変わったわね……」 キュルケはポツリと呟いた。 そして、キュルケは、ルイズの鞄が無いことに気がついた。 虚無の曜日なのに、鞄がないということは、どこかに出かけたということだろうか。 キュルケは窓を開けて、外を見回した。 辛気くさいルイズの部屋に日光が差す。 門から馬に乗って出ていく二人の人影が見えた。 目を凝らす。 果たして、それはDIOとルイズであった。 「なによー、出かけるの?」 キュルケは、つまらなさそうに言った。 それから、ちよっと考えて、ルイズの部屋を飛び出した。 タバサは、寮の自分の部屋で、いつものように本に目を通していた。 しかし、いつもなら流れるようにめくられる本のページは、先ほどからちっとも変わってない。 タバサは、本を開いているだけで、心ここにあらずだった。 タバサは虚無の曜日が好きだった。 誰にも邪魔されずに、自分の世界に没頭出来るからだ。 しかし、タバサは今日、全く別のことを考えていた。 あの使い魔だ。 タバサは、その特殊な家庭環境から様々な危険を冒してきた。 つまり、モンスター関係に対してはある程度免疫があるつもりだったのだ。 しかしその認識は、ルイズが召喚した使い魔によって改められることになった。 あれこそまさに化け物ではないか。 一見穏やかで、紳士的に見えるあの使い魔は、心の底にはマグマのような激情を籠もらせていることは、ギーシュとの決闘でよくわかった。 決闘……。 タバサは本から顔を上げた。 あの時、追い詰められたDIOが本性を垣間見せたとき、DIOの左手のルーンが光ったのをタバサは見ていた。 そう、見ていたのだ。 欠片も漏らさず。 タバサは、自分の身長ほどもある大きな杖を手繰り寄せて、ギュッと握りしめた。 ルーンが光ったと同時にDIOが、高笑いと共に響かせた言葉『ざわーるど』…。 異国の言葉らしく、タバサの耳に覚えはなかったが、とにかくそのDIOの一言の後に全ては終わっていた。 そして、ギーシュは倒れた。 『見えているのか、我が『ザ・ワールド』が…』。 『ざわーるど』…『ざわーるど』……。 タバサはその言葉を自分の口で紡いだ。 DIOはメイジではない。 とすれば、あの幽霊みたいなものの能力だろうか。 例えば、自分の使い魔であるシルフィードが、人語を話し、己の姿を変えられるように…。 ダメだ。手がかりが少なすぎる。 あの決闘のあと、タバサはDIOのことばかり考えていた。 思考を中断して、タバサはため息をついた。 すると、ドアがドンドンドンと叩かれた。 いつもなら軽く無視するところなのだが、気分転換の良い機会とも思い、タバサは杖を振った。 ドアがするりと開いた。 入ってきたのはキュルケだった。 タバサの友人である。 タバサはキュルケを見ると、結局1ページもめくらなかった本を閉じた。 「タバサ。今から出かけるわよ。支度をしてちょうだい」 「虚無の曜日」 タバサは話をするのは良いと思ったが、外出する気にはなれなかった。 タバサは首を振った。 キュルケは感情で動くが、タバサは理屈で動く。対照的な2人だが、何故か仲はよい。 「そうね。あなたは説明しないと動かないのよね。…あのね、タバサ。 ルイズの様子が最近おかしいの。私は多分DIOのせいだと思っているわ。 その2人が今日、どこかへ馬に乗って出かけていったの!2人っきりで! DIOがルイズに何かしないか、監視しないといけないの! わかった?」 ぼんやりと聞いていたタバサだったが、DIOという言葉を聞いた瞬間、ハッと顔を上げた。 しばらく悩んで、タバサは頷いた。 自分もちょうど手詰まりになっていたところだ。 直接相手をお目にかかるのも悪くない、とタバサは思った。 キュルケは、案外あっさりと承諾をしてくれたタバサを一瞬訝しんだが、機嫌が良いのだろうと思って流すことにした。 「ありがとう! 追いかけてくれるのね!」 タバサは再び頷いた。 窓をあけ、指笛を吹いた。 ピューッという甲高い音が、青空に吸い込まれる。 タバサは窓枠によじ登り、外に飛び降りた。 キュルケもそれに続く。 落下する2人を、タバサの使い魔である風竜のシルフィードが受け止めた。 シルフィードは上空へ抜ける気流を器用に捕らえ、空へと駆け上った。 「いつ見ても、あなたのシルフィードは惚れ惚れするわね」 キュルケが感嘆の声を上げた。 タバサはそれを無視して、キュルケに尋ねた。 「どっち?」 キュルケが、あっ、と声にならない声を上げた。 タバサはキュルケが当てにならないことを改めて認識し直して、シルフィードに命じた。 「馬二頭。食べちゃだめ」 風竜は、きゅいきゅいと鳴いて了解の意を伝えると、高空へ上り、その卓越した視力で目標をたやすく捉え、力強く翼を振り始めた。 自分の使い魔が、仕事を開始したことを認めると、風竜の背びれを背もたれにして、再び本を開いた。 しかしやはり、そのページがめくられることはなかった。 to be continued…… 30へ
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ルイズはニヤニヤしながら自分の使い魔の背中を見送った。 ルイズには考えがあった。 どうせ怒りのやり場を失っているギーシュは、DIOに決闘を申し込んで憂さを晴らそうとするに決まっている。 平民が貴族に勝てるわけがないという前提がその根拠だ。 しかし、ルイズにとっては、DIOがギーシュに勝とうが負けようがどうでもよかった。 DIOがギーシュに勝てば……それでいい。 自分は何もする必要がない。 ただ、DIOがギーシュを殺そうとしたなら、それを止めればいいだけだ。 万一DIOが逆らっても、強制執行してしまえばいい。 気絶してでも。 それは別にいい。 DIOがメイジに勝つほどの強さを秘めているのなら、それくらいの覚悟はしよう。 そしてもしDIOが負けたなら、ルイズはDIOを吹き飛ばすつもりだった。 所詮カリスマだけの使い魔なら、ルイズは用はなかった。 ルイズが求めるのは、真に力を持つ使い魔だ。 ギーシュ程度におくれをとるなら、問答無用で吹き飛ばして、改めてサモン・サーヴァントを行えばいい。 『ゼロ』と呼ばれることには変わりないけど、少なくとも安穏とした生活が戻ってくる。 『旧い使い魔を殺せば、新しい使い魔を召喚できる』 これはルールだった。 つまり、どう転ぼうがルイズに損はないのだ。 ルイズは、自分がDIOを吹き飛ばして、粉々の肉片にする様を想像して、ウットリした。 正直に言うと、どちらかというとルイズはDIOに負けてほしかったのだった。 だが、ルイズにとっての目下の問題は、これから起こる決闘の行く末ではなく、目の前に置かれているワインだった。 ルイズはDIOが飲み残した、アルビオン産のワインボトルに手を伸ばした。 一口飲む。 実に旨かった。 ギーシュは、突如後ろからメイドの両肩に手を乗せた男に、鋭い視線を向けた。 メイドが振り向いて一言「DIO様」と呟いた。 DIOはシエスタの肩に手を置いたまま、ギーシュに言った。 「『君が軽率に…香水の瓶なんか落としてくれたおかげで…二人のレディと、私のメイドの名誉が傷ついた。……どうしてくれるんだね?』」 DIOはクックッと笑った。 明らかに先ほどのギーシュの言葉に対する当てつけだった。 ギーシュの取り巻きが、どっと笑った。 「そのとおりだギーシュ!お前が悪い!」 ギーシュの顔が、屈辱で真っ赤に染まった。 「ふん……!お前は確か、平民だったな。あの『ゼロ』が呼び出したっていう」 ギーシュはルイズの方をチラと見た。 ルイズはワインを飲んでいた。 いい具合にほろ酔いなルイズは幸せそうだった。 こちらを全く気にした様子もないことが、ギーシュの癪に障った。 「そろいもそろって、貴族に対する礼儀を知らない奴らだ。 君たちのようなものを野放しにしたら、我々貴族の沽券に関わる!」 自分はともかく、己の主をこき下ろされて、シエスタの目が怒りに染まった。 ギロリと睨みつけてくるシエスタに、ギーシュは思わず気圧された。 「だとしたら、どうするかね…?」 DIOはシエスタを抱き寄せながら言った。 シエスタの顔が嬉しそうにほぅと和らいだ。 ギーシュはそんな二人にますます顔を赤くし、マントを翻して言い放った。 「よかろう。君に礼儀を教えてやろう。ちょうどいい腹ごなしだ」 DIOはギーシュに分からぬようにほくそ笑んだ。 「ヴェストリの広場で待っている。 いつでも来たまえ」 ギーシュの取り巻きが、わくわくした顔で立ち上がり、ギーシュを追った。 ギーシュの姿が見えなくなると、DIOはシエスタを放した。 シエスタはその場に畏まった。 「申し訳ありません、DIO様! 私が至らぬばかりに、DIO様にとんでもないご迷惑を…!」 「シエスタは自分の仕事をしただけだ。 気にするな」 「あぁ、DIO様。御慈悲に感謝いたします……!」 さっきのギーシュに対する謝罪とは全然違うシエスタの態度に、ルイズは笑いを堪えきれなかった。 クスクス笑っているルイズの席の方へ、DIOは戻っていった。 シエスタはしずしずと彼に従った。 ルイズは、決闘になることは分かっていたが、それをDIOの方からけしかけていたことが、不思議だった。 ルイズは笑いながらDIOに聞いた。 「どうしたのよ?自分からふっかけるなんて。 キャラじゃないわよ?」 ルイズの問いに答える前に、DIOは空になったグラスにワインを注ごうとボトルを傾けた。 が、何もでてこない。 DIOははぁ、とため息をつき、ルイズを見た。 ルイズはチシャ猫のような、してやったりの表情を浮かべていた。 「……君の話と、さっきの授業で、この世界の魔法という技術体系は概ね把握したつもりだ。 私はそれを身をもって知る必要がある。 そしてもう一つ……」 ルイズは微笑みながら先を促した。 「私の『スタンド』の回復具合のチェックだ」 聞き慣れない単語に、ルイズは首を捻ったが、ようは自分の実力試しをするつもりなのだろうと結論した。 「まぁ、別にアンタの意図はどうでもいいわ。 でも……」 途端に、ルイズの笑顔がピタリと消えた。 さっきまでの微笑みが嘘のような無表情だ。 ルイズはDIOの目を覗き込んだ。 「でも、さっきアイツは私のことを『ゼロ』と呼んだわ」 DIOは何も言わない。ルイズは続ける。 「もし…アンタがギーシュに勝ったら、構わないわ……そのままギーシュを殺しなさい」 許可でも懇願でもない、冷徹な命令だった。 「だが…色々と問題があるんじゃないか?」 そういうDIOに、ルイズは一転して笑顔になり、杖を取り出した。 「あら、大丈夫よ。粉々に吹っ飛ばすから。 それに、使い魔の責任は、御主人様の責任よ?」ルイズは笑顔で言った。 ルイズの杖が"ミシッ"と音を立てた。 今にもへし折れそうだ。 DIOは一言「おぉ、コワい」と言った。 しかし、言葉とは裏腹に、DIOの顔には笑みが浮かんでいた。 「そう?これでも最初は死人沙汰は避けようと思って『いた』のよ?」 ルイズはDIOからちょろまかしたワインの最後を飲み干した。 どうやら彼女は、まだあの授業の時にからかわれたことを根に持っているようだった。 「で、これからどうするの?すぐにヴェストリ広場まで行く?」 そう聞いてくるルイズに、DIOはかぶりを振った。 「いや、これから少し厨房に寄る。色々と入り用のものがある」 ルイズはそれまで一度も 厨房に入ったことがなかったので、興味をそそられた。 ついて行くと言うルイズを、DIOは無言で承諾した。 「DIO様、ミス・ヴァリエール、どうぞこちらへ」 シエスタの案内で厨房についたルイズは、予想外にごちゃごちゃしている様子に眉をひそめた。 こんな汚い場所に、何の用があるというのだろうか。 すると、奥で鍋をふるっていた男がこちらに気づき、ドスドスと音を立てて近づいてきた。 「おぅ、誰かと思ったら、DIOじゃねぇか!」 そう叫んでDIOを歓迎したのは、料理長のマルトーであった。 DIOにワインを振る舞った人物である。 彼は平民なのだが、魔法学院の料理長ともなれば、その収入は身分の低い貴族なんかは及びもつかなく、羽振りはいい。 そしてマルトーは、そんな裕福な平民の多分に漏れず、貴族と魔法を毛嫌いしていた。 シエスタは二人の邪魔にならないように、少し離れた場所に控えた。 豪快なマルトーの態度だが、意外にもDIOは気にせず答えた。 「やぁマルトー。君のイタズラは、どうやら大成功のようだったな」 マルトーはそれを聞くと、喜びと苛つきが混ざったような矛盾した顔をした。 ルイズはわけがわからず二人の顔を交互に見やった。 「ハンッ、それみたことか! 貴族の連中め、散々っぱら威張り散らすくせに、味の違いもわからねぇときたもんだ。恐れ入るぜぃ!」 そういうと同時に、マルトーがルイズに顔を向けた。 「誰でぇ?貴族様がこんなところに、何か用かい?」 「彼女は、私のご主人様だよ、マルトー。 ルイズ、という」 DIOがそういうと、マルトーはその大きな目をさらに大きく見開いて、ルイズを見た。 そして、大声で笑いだした。 「ブッハハハハ! ご主人様!?この小娘が?お前さんの?冗談きっついぜおい!」 ガハハと笑うマルトーに、DIOは低い声で言った。 「ルイズは、君のイタズラに気付いていたぞ?」 マルトーの笑いがピタリと止まった。 そして、しげしげとルイズを眺め回した。 その視線を不快に感じて、ルイズは一歩退いた。 「何よ、さっぱり話が見えないんだけど!? 説明しなさいよ!」 マルトーは頭にかぶっている大きな帽子をかぶりなおした。 「……俺は貴族が嫌ぇだ。奴らは口を開けばやれ魔法だの、やれ貴族の教養だのとぬかしやがるからな。 だから、俺はチョイと試してみたくなったのさ」 ルイズは未だに話が見えず、首をかしげた。 「俺は今日の生徒の昼食にだすワインを、普通の庶民が飲むような安物にすり替えてやったわけよ。お嬢ちゃんは気づいたみてえだがな」 ルイズはハッとした。 あのワインはそういうことだったのか。 貴族である自分を試されたと言う事実と、一口とはいえ、安物を飲まされたという事実に、ルイズは腹を立てた。 そんなルイズを見て、マルトーは反論した。 「お怒りのようだがよ、お嬢ちゃん。あんたの周りに気づいた奴がいたか?これっぽっちでも、怪しんだ奴がいたか?」 ルイズは言葉に窮した。誰も少しもおかしいと思っていなかったのは事実だ。 「おたくらが豪語する貴族の教養ってのは、所詮そんなもんなんだよ。 その点、DIOは本物だ。こいつは違いが分かる奴だ。こいつに飲まれたあのアルビオンのワインは幸せものってやつよ」 ルイズは何も言い返せなかった。 「だが、あれに気づいたお嬢ちゃんも、てえしたもんだ。 次からは、お嬢ちゃんにも他の奴らよりチョイと良いヤツを出してやるよ」 ルイズは何だか納得がいかなかったが、相手が料理長ということもあり、その場は矛を収めた。 「ところで、マルトー。……頼みがあるんだが」 話の区切りを見たDIOは、自分の用事に入った。 自分には関係ない話だと思い、ルイズはその場を離れた。 ふと横を見ると、シエスタがこちらをじーっと見つめていた。 「……何よ?何か用?」 「いえ、何も、ミス・ヴァリエール」 それっきり、シエスタは視線を逸らした。 そんなシエスタの態度にルイズが居心地の悪さを感じていると、DIOがルイズの方に戻ってきた。 話は終わったようだ。 シエスタがDIOに深くお辞儀した。 「で、一体何の用だったわけ?」 とりあえずルイズは聞いた。 「……ちょっとした借り物だ」 DIOは答をはぐらかしたが、ルイズはそれ以上追及しなかった。 「では、ヴェストリ広場とやらに向かうとするか。 シエスタ、案内しろ」 シエスタはかしこまりましたと言った。 ルイズはマルトーの言葉の意味を深く考えていた。 to be continued…… 22へ
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結果的にルイズの企みはほぼ失敗したといえる。 あのあとDIOが帰ってきてから、ルイズは1も2もなくDIOに魔力を流す訓練をした。 少しずつ少しずつ流してゆくのは実に骨が折れた。 気を抜けば、蛇口を壊したみたいに抜けていってしまう。 2、3時間の試行錯誤の後、ルイズは肌でその調整を覚えた。 そして、DIOの意に反する命令を聞かせるには、相応の魔力を代償にされることを、数回の気絶の後、ルイズは知った。 仮にルイズが一時間に生産できる魔力を10として、DIOに強制命令執行を行うには15必要とすれば、その差額の5が、気絶というかたちでルイズに跳ね返ってくるのだ。 巨大なダンプカーを操縦しているような気分だった。 操作性最悪だ。 燃費も余りに悪すぎる。 取り敢えずルイズはルーンを介してDIOに洗濯を命令してみた。 当たり前のようにルイズは気絶した。 しかし、二時間後に失敗を悟ったルイズが目を覚まして裏庭に向かうと、意外や意外、自分の服が綺麗に洗濯されて整然と干されていた。 ルイズの純白の下着が、ユラユラと風に揺れていた。 怪訝な顔を向けるルイズに、DIOは答えた。 「使い魔になると、約束したじゃあないか、『マスター』。 これくらいのことはするさ」 「せ、洗濯、上手ね」 「……昔とった杵柄だ」 完璧すぎて、嫌みにしか聞こえない。 DIOは表面上は穏やかだが、すねたような、嫌そうな雰囲気がルーンを介してしっかり伝わってきて、実に心地よかった。 しかしなんだ、別に無理やりさせなくても、使い魔としての仕事はやってくれるらしい。 ありがたいといえば、ありがたいが、素直すぎて逆にルイズは不気味だった。 一線を越えるような命令には従わないが、何を考えているのかわからない。 一応警戒するものの、同時にルイズは、化け物のくせに優雅で貴族然としたDIOにこうした汚れ仕事をさせることに、ゾクゾクするような背徳的な喜びを覚えた。 気がしただけだが。 2メイル近い屈強な男が、自分の命令でゴシゴシ洗濯していただろう姿を想像して、ルイズはうっとりした。 (今度から見学してみようかしら……) ルイズは案外ダメな人間だった。 使い魔として働いてくれるDIOにすっかり味を占めたルイズは、段々調子に乗り始めた。 ルイズそれを自覚していたが、こんな楽しいこと、止められそうにもなかった。 掃除をさせて、キレイになった部屋のぐるりを見回して、ルイズは得意になった。 (もっと鍛錬を積んで、魔力を増やしてゆけばゆくゆくは……) 輝かしい未来を妄想して、ルイズはウキウキした。 床につく前、ルイズはDIOに一冊の本を貸した。 彼女が子供の頃、よく姉のカトレアに読んでもらった、思い出の品だった。 ありがたく読むようにと言うルイズに、DIOは何も言わずに本を受け取り、宝物庫からパチってきたソファーに横になった。 (……………………………) ルイズは今度はDIOに床で寝るように命令してみた。 ルイズの意識が急速に遠のいた。 何故だろうか、昨日と違って、DIOには何の変化もなく、ソファーでルイズが貸した本を読み始めていた。 いずれにせよどうやらルイズにはまだ過ぎた命令らしかった。 レベル不足という奴だ。 だが、今度はちゃっかりベッドの上からためしていたので、問題は無かった。 いつか絶対に床に寝かしちゃる……と薄れる意識の中で固く決意しながら、ルイズはポテンとベッドに伏せった。 明日は学級閉鎖が解かれ、召喚を行ったクラスメイト達が初めて顔を合わせる日だ。 そう思うと、ルイズは複雑な気持ちでいっぱいだった。 翌朝、ルイズはやはり部屋に溢れる陽光で目を覚ました。 カーテンは閉められていて薄暗いものの、その光をウザったく思いながら、ルイズはもぞもぞとベッドから起きた。 「服~」 薄闇の向こうから、ポーンと上下が飛んできた。 「下着~」 薄闇の向こうから、ポーンと上下が飛んできた。 「着せて~」 「…………………」 今度は何も反応がなかった。 渋々ルイズは自分でそれらを身につけた。 もう目は覚めていた。 「今日は授業があるわ。あんたにも同伴してもらうから」 DIOは無言でルイズに従った。 ルイズが使い魔と共に部屋を出るのとちょうど同じく、隣のドアが開いて、中から燃えるような赤い髪をしたキュルケが出てきた。 メロンみたいなバストが艶めかしく、身長、肌の色、雰囲気……、全てがルイズと対照的だった。。 彼女はルイズを見ると、にやっと笑った。 「おはよう。ルイズ、もう大丈夫みたいね」 とりあえずは契約に協力してくれた恩人なのだが、ルイズは嫌そうに挨拶を返した。 「おはよ、キュルケ」 挨拶もそこそこに、キュルケはその隣にいる男に鋭い視線を向けた。 「で、これがあなたの使い魔ってわけね」 「そうよ」 「まぁ、契約したあとは、ご主人様と使い魔の間の問題だから、 口出しはしないわ。 でも、サモン・サーヴァントで化け物喚んじゃうなんて、あな たらしいわ。さすが『ゼロ』。 クラスはあんたの噂で持ちきりよ~?」 ルイズの白い頬に、さっと朱がさした。 「どうせ使い魔にするなら、こういうのがいいわよね~。 フレイムー」 キュルケの呼び声に応じて、彼女の部屋からのっそりと、真っ赤で巨大なトカゲが現れた。 廊下の気温がグッとあがった気がする。 それを見たDIOは、実に興味深いといった風に、そのトカゲ…サラマンダーに視線を向けた。 サラマンダーがビクリと震えて、己の主を守ろうとキュルケの前に進み出た。 「平気よ。あたしが命令しない限り、襲ったりしないわ」 しかしサラマンダーは、牙を剥き出しにしてDIOを威嚇している。 今にも炎を口から吐き出しそうだ。 しげしげとサラマンダーを観察しながら、DIOが聞いた。 「こんな生き物が、この世界には当たり前のように存在してるの か」 「えぇ、そうよ。でも、そのセリフ、そっくりあなたに返してあ げるわ。 あんた、何者?」 「…………DIO、だ」 サラマンダーに目を向けたまま、名乗った。 「へぇ、ディオね。名前だけはマトモね」 そこにルイズが割り込んできた。 「DIOよ。ディオじゃなくて、DIO」 「はぁ?どう違うのよ?」 「私に聞かないでよ。あいつがそう言ってしつこいから、先に言 っておいただけよ」 「ふぅ~ん。ま、どうでもいいけど。 じゃあ、お先に失礼」 炎のような赤髪をかきあげ、キュルケは去っていった。 フレイムはこちらに視線を向けたままジリジリと後ずさり、やがて振り返って自分の主を追った。 キュルケがいなくなると、ルイズは拳を握り締めた。 「キーっ!なんなのよあの女!自分が火竜山脈のサラマンダーを 召喚したからって! ……あぁ、もう!」 「何か問題でも?」 「おおアリよ! メイジの実力を計るには、使い魔を見ろって言 われているぐらいよ! なんであのツェルプストーがサラマンダーで、わたしがあんた なのよ! 化け物? わたし化け物なの? 冗談じゃないわ!」 「……もし、本当に使い魔がメイジの写し身なのだとしたら…… ふん、君が私を喚んだとしても不思議ではないね」 思わぬ返答だった。 「どういうことよ。やっぱり私が化け物だって言いたいの? 朝食抜くわよ?」 「…………………」 トリステイン魔法学院の食堂『アルヴィーズ』。 3つのやたらと長いテーブルが並んでおり、百人は優に座れそうだ。 ルイズたち二年生は真ん中のテーブルらしかった。 一階の上に、ロフトの中階があった。 教師たちはそこで食べるようだ。 その中に、コルベールの姿を窺うことは出来なかった。 まだ回復していないらしい。 自分の未熟のせいでケガをしたコルベールを思うと、ルイズの胸は痛んだ 。 ルイズは気を取り直すと、得意気に指を立てて説明にはいった。 「トリステイン魔法学院では、魔法だけでなく、貴族たるべき教 育を存分に受けるの。 だから食堂も、貴族の食卓にふさわし云々……」 ペラペラとまくしたてるルイズだが、DIOは全く聞いていなかった。 サッサと席について、その豪華な食事にありついていた。 突然現れて、勝手に席についた大男に、生徒は眉をひそめたが、男の発する『自分はここにいて当たり前』オーラのせいで口出しが出来ないでいた。 そしてその作法は完璧だった。 誰も、目の前に座っている男が、三日前に見た死体だとは露とも思わなかった。 それに気づかず話し続けるルイズの話はとうとうクライマックスを迎えたようだ。 サッパリした顔をして振り返ったが、そこにはもちろん誰もいなかった。 慌ててテーブルに目をやると、DIOは既に食事を終えていた。 「んな、ななななな、何してるのよ!?」 ドカドカとクラスメイトにぶつかりながら、DIOに詰め寄る。 「食事を終わらせた。外で待っているよ、『マスター』」 去り際の、"まぁまぁだ"というDIOのセリフが、癪に障った。 自分に逆らったらどうなるか、朝食で教えてやろうと思っていた目論見は御破算になり、ルイズはプルプルと震えながらDIOの背中を見送った。 to be continued…… 18へ
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キュルケとタバサは、 ルイズがレビテーションも使わずに見事地表に到達してみせたことに対して、 激しく引いていた。 2人とも何も口にせず、 ただシルフィードがバッサバッサとはばたく音しかしない。 「……………………」 「……………………」 おそらく、考えていることは一緒なのだろうが、 それを口に出すのは、何というか ……とてもルイズに対して失礼な気がして、憚られた。 しかし、その気まずい沈黙をキュルケが破った。 「………………ねぇ」 「…………………?」 「人間って、こんな高い所から飛び降りても、 動けるんだ………」 「………………さぁ」 下ではルイズが、 ゴーレムをあっさりと倒したDIOと何やら話をしていた。 これからフーケを拘束する手順でも確認しているのだろうか。 そう思い至ったら、今まで呆けていたキュルケの心に、 メラメラと自尊心の炎が燃え上がった。 自分達は、ほとんど何もしてない。 ルイズを助けるためにゴーレムと一戦したが、 ほんの3、4合だけ、交えただけだ。 これではまるで、ルイズ…ヴァリエール家とDIOが主役で、 自分たちは引き立て役みたいに見えはしないか。 そんなこと、ツェルプストー家の血を引くキュルケが 許すはずがない。 ゴーレムを失ったとはいえ、 フーケはまだやられてはいないだろう。 イタチの最後っ屁くらいのことはする可能性が十二分にある。 それなら、自分たちがそこをやってしまえばいい。 ルイズよりも先に、フーケを捕らえるのだ。 何だか横取りするみたいだが、 それはツェルプストー家とヴァリエール家では日常茶飯事だから問題ない。 フーケを捕まえれば、美味しいところも取れるし、 フーケに対する意趣返しにもなるし、 何よりルイズはさぞ悔しがるに違いない。 油揚げをさらわれて、 顔を真っ赤にして地団太踏むルイズを想像して、 キュルケはウキウキしてきた。 善は急げと、キュルケはタバサに話しかけた。 「タバサ、私たちも降りるわよ!! ヴァリエールなんかに手柄を独り占めさせてたまりますかってぇの! GOよ、GO!」 バタバタと急かすキュルケに、タバサは普段と変わらない無表情で頷いた。 タバサ自身もそうするつもりだった。 今、あの2人をフリーにしておくのは、危険だと思ったからだった。 タバサの脳裏に、ブルドンネ街での出来事がフラッシュバックした。 (無駄無駄…) あの時のルイズの威圧感に、 珍しくタバサは逃げの一手を打った。 自分たちの知らないところで、 何かとても恐ろしい事が進んでいるのではという不安が、グルグルと渦を巻く。 目の前でやきもきしているキュルケは、 ルイズに対する対抗心や、功名心でフーケと戦おうとしているが、 それに比べて、ルイズはどうだろう。 名誉だとか、貴族としての誇りだとか ……そんなものよりも、もっと俗っぽくて、 大きな野望の為に杖を振るっているような印象を受けた。 その姿勢が微かに自分と重なって、 タバサはルイズに対して、奇妙な親近感も覚えていた。 タバサはシルフィードに、降下の指示を出した。 シルフィードがきゅいと主に応じて、ゆっくりと高度を下げていく。 半分ほど下がったところで、キュルケが疑問の声を上げた。 「……あら、ルイズの使い魔がいないわ。 どこ行ったのかしら? トイレ?」 ……………いない? それを聞いて、ゾワッと身の毛がよだつ感覚が、 タバサを包んだ。 今まで積んだ経験が、やかましく警報を鳴らす。 このまま降下することは、非常にマズいことだと直感で確信し、 タバサは1も2もなく上昇の指示をシルフィードに出した。 シルフィードは忠実に主の命令に従って、下降を止めた。 ――――しかしそれも失策だった。 一時的にだが、シルフィードの体が低空で停止してしまったのだ。 「失礼、お嬢様方」 突如、その場にはいないはずの、 第三者の声がして、2人は弾かれたように後ろを振り向いた。 ルイズがいなくなったことで出来たスペースに、 1人の男が腰を掛けていた。 脚を組んで、綺麗な紅い瞳で2人を見つめているその男は、DIOだった。 いつのまにか、そしてどうやってか、シルフィードに乗り込んでいたのだ。 いきなり積載人数が3人に増えたことに驚いたのか、 シルフィードの体は硬直してしまった。 DIOが瞬間移動らしき技を使える事は、 2人は先ほどのゴーレムを見て重々承知したが、 こうして音もなく背後に迫られると、改めて脅威を感じざるを得ない。 しかし、彼は現在ルイズの使い魔であり、 自分たちサイドであるはずだ。 まさか襲ってくるなんてこと、 あるはずがない………。 DIOに対する恐怖が、そのまま微かな甘えにつながり、 キュルケに間違った行動を取らせた。 キュルケは少々キョドった調子でDIOに話しかけた。 「な………何か用なわけ? あんた、御主人様を1人きりにしちゃ 危ないんじゃないの?」こっそりと距離を取りつつそう言うキュルケに、 DIOは静かに笑って、立ち上がった。 風竜の背中は、凹凸があってバランスが取りにくいにもかかわらず、 身じろぎすることなく、しっかりと両足で立っている。 その腰には、デルフリンガーが下げられているが、 鞘に入れられていて、沈黙を保っている。 ブロンドの髪が、風に吹かれてフワフワ揺れる。 キュルケを見下ろすDIOは、 キュルケから視線を外さずにゆっくりと背中に手を回して……………… "ズジャラァアァア!!" と、どこからともなくナイフの束を取り出した。 まさに魔法のズボンだ。 ジャラジャラと金属の擦れる音を鳴らせながら、 これ見よがしにナイフを握った手を揺らすDIOを見て、 キュルケの顔から、一気に血の気が引いた。 「あ………………まじ?」 その光景に、かつての決闘の折りのギーシュの末路が連想され、 キュルケはゴクッと唾を飲み込んだ。 「突然で不躾だが…私と一曲お願いできるかな、 ミス?」 フフフ…と妖しく微笑む様は、一見冗談めかしたようにも思えるが、 放つ殺気が、これは冗談ではないということを 雄弁に物語っている。 突如牙を剥いたDIOに、 キュルケはすぐさま杖を向けようとしたが……それよりも先にタバサが動いた。 タバサが高速で詠唱を行い、杖を振っていた。 次の瞬間、質量を持った風がキュルケ越しにDIOを襲い、 DIOはシルフィードの上からドカンと吹き飛ばされた。 「エア・ハンマー……!」 空中に投げ出されたDIOが、木の葉のように落下していく。 タバサはそれをじっと眺めていた。 「…ありがと。 助かったわ」 しかしタバサはキュルケに答えなかった。 下の森へと姿を消してゆくDIOを見て、 タバサは周囲に視線を巡らせる。 果たして、森へ墜落したはずのDIOが、2人の目前の宙に浮かんでいた。 瞬間移動だ。 気付いたと同時に2人ともが詠唱を行うが、 DIOはそれを許さなかった。 「視界が効くからな……空にいられては困る。 そら、そんな魔法より、 レビテーションとやらを唱えた方がいいぞ」 からかうように忠告をした後、DIOが軽く手を振った。 DIOの体から『ザ・ワールド』が浮かび上がり、 シルフィードの顎を強打した。 鋼鉄をも粉砕する『ザ・ワールド』の一撃で 脳をシェイクされたシルフィードは、白目を剥いて気絶した。 今度は、キュルケ達の方が木の葉のように落下する番だった。 2人とも大慌てで自らにレビテーションをかけ、 そのあと、タバサがシルフィードにもレビテーションをかけた。 ゆっくりと地面に降り立った2人は互いに背合わせに構え、 隙をなくす。 すると、時間的にはまだ宙にいるはずのDIOが、 木の陰から姿を現した。 不可解な現象を疑問に思う暇もなく、 2人は攻撃魔法を詠唱した。 最初に詠唱が完成したキュルケの『フレイム・ボール』が、 唸りをあげてDIOに飛来した。 しかしDIOは、飛んでくる炎の玉を避ける仕草すら見せず、 パンパンと手を二度打った。 すると、炎の玉がDIOの体をすり抜けた。 DIOが一瞬で2人の方へと移動したからだ。 炎の玉は、虚しく空気を裂きながら、 森の奥へと消えていった。 キュルケはその光景に唖然としたが、 惚けている暇などもちろんない。 「ラグース・ウォータル・イス・イーサ・ ハガラース……」 再び詠唱を始めるキュルケの隣で、 タバサが呪文を完成させて、杖を回転させた。 大蛇のような氷の槍が何本も現れ、 回転を始め、太く、鋭く、青い輝きを増していく。 「"氷槍(ジャベリン)"!!」 タバサの声と共に、トライアングルスペルであるジャベリンが、 DIOに襲いかかった。 それを見て、DIOは手を軽く振る。 『ザ・ワールド』が、DIOの体から浮かび上がり、 両の拳の壮絶なラッシュで、ジャベリンを迎え撃った。 「えぇい、貧弱!貧弱ゥ!」 拳と氷の槍が交差する。 『ザ・ワールド』によって亜音速で繰り出される拳の弾幕は、 ジャベリンを1本も後ろに通すことなく、 その全てをガラスのように粉々に砕いた。 トライアングルスペルが真正面からあっさりと破られ、 流石のタバサも動揺を隠せない。 攻撃の手が緩まったその一瞬の間をとって、 DIOがタバサに話しかけた。 「面白い魔法だ。 お前のような攻撃をする者を、私は1人知っている。 ………死んだがね。 もちろん私が殺した。 お前もあいつのようになりたいかな?」 タバサは聞こえない振りをした。 今や敵となったDIOの言葉など、聞くだけ無駄だと思ったからだった。 すぐに次の魔法を唱え始めるタバサだったが……… 「…やはり君は彼に似ている。 彼もそうだった。 心にぽっかり穴が開いていて、 決して満たされることがない。 心から望むものを、手に入れていないからだ。 ………違うかな?」 DIOの、心の隙間をつく言葉にタバサの詠唱が止まった。 ピンで止められたみたいに、 タバサは微動だにできなかった。 「私はそれを君に与えてやることができる。 …教えてくれ。 お前が欲しい物は……何だ?」 ―――私が、欲しい、物…………。 タバサはDIOの目を見た。 優しげな紅い瞳が、タバサを見返した。 その慈愛に満ちた眼差しに包まれて、 タバサは微かな安心を感じ始めてしまっていた。 まるで、母に抱きしめられているような安らぎを。 この人なら…………… 私の望みを叶えてくれるのではないか…? そう考えてしまうほど、 DIOの言葉は不思議な魅力に溢れていた。 ぱったりと攻撃の手を休めてしまったタバサを、 キュルケが叱責した。 「タバサ!! 何やってるの!!!」 キュルケが再びフレイム・ボールをDIOに放った。 しかし、やはりそれは瞬間移動によってかわされてしまう。 戦場で攻撃を躊躇するなど、 普段のタバサではありえないことなのだが、 キュルケの叱責をうけてもなお、 タバサは詠唱を再開することはなかった。 挙げ句の果てに、ぺたんと座り込んでしまい、 考えごとをするように沈黙している。 攻撃するのがキュルケだけになってしまい、 その結果、攻撃の間の隙が大きくなってしまった。 その隙を縫って、 DIOがゆっくりと近づいてゆく。 やろうと思えば、瞬時に距離をゼロにすることだってできるだろうに、 DIOは何故かそれをしない。 まるで時間稼ぎをしているようだった。 しかし、徐々に徐々に距離が縮まっていく様は、 逆にキュルケの神経に負担を掛ける。 それがさらなる隙につながり、ついに2人はDIOの射程圏に入ってしまった。 約8メイル。 まずい、と思う暇なく、 『ザ・ワールド』が現れた。 まさしく幽霊のような、 軌道を読ませない動き方でキュルケに迫った『ザ・ワールド』は、 その拳でキュルケの杖を弾き飛ばした。 「くっ…!」 杖を握っていた手に、鈍い痛みが走り、 キュルケは苦悶の表情を浮かべた。 「杖が無ければ、メイジはかくも無力だな。 我が『ザ・ワールド』の敵ではなかった」 もはや警戒する必要すらなくなり、 DIOはスタスタとキュルケに歩み寄った。 タバサはその傍で座り込んだままだ。 「なんで、いきなりこんなこと………! わけわかんないわよ!!」 理由もなく、突然襲いかかられたことに対する怒りから、 キュルケは怒声を張り上げた。 「残念ながら、私には答える必要がない。 ……雷に打たれたと思って、諦めるんだな」 キュルケの言葉をそう受け流し、 DIOはとどめをさすべく『ザ・ワールド』ではなく、 自分自身の手を振り上げた。 それを見たキュルケは、 直ぐに襲いかかるだろう痛みに備えて、体を硬直させた。 ―――そのとき、遠くから何かが爆発する音が聞こえた。 すると、DIOの左手のルーンがぼぅっ…と怪しい光を放ち始めた。 その光が輝きを増すにつれて、DIOが苦痛に身を捩る。 「……ッ! 良いところで茶々を入れるか…!! ………わかった。 すぐにそっちに行けばいいのだろう、ルイズ」 忌々しげな口調でブツブツと呟きだしたDIOに、 キュルケはただただ狼狽した。 暫くしたあと、DIOがキュルケに向き直った。 「『マスター』が呼んでいる。 残念ながら、ここまでだ。 もう少しだったが……まぁいい、収穫はあった」 チラリとタバサに視線を向けてそう言ったDIOは、 最後とばかりにナイフの束を取り出して、優雅に一礼した。 「途中でおいとまさせてもらう、私なりのお詫びだ。 遠慮なくとっておいてくれ」 DIOはパチンと指を鳴らした。 すると、DIOの姿が忽然と掻き消えた。 キュルケは、いきなりDIOが姿を消した事にも驚いたが、 目の前に広がる光景には更に驚いた。 何と、幾本もの鋭いナイフが、2人めがけて飛来してきていたのだ。 「ひぃぇ!?」 キュルケは情けない悲鳴を上げた。 "ドバァアー!" と、凄まじい勢いで接近するナイフを見て、いつぞやのギーシュのように、 ハリネズミになってしまう自分の姿が想像される。 しかし、そのナイフは2人に到達することはなかった。 キュルケの隣から発生した風の壁が、 ナイフを弾き飛ばしたのだ。 「ウィンド・ブレイク…」 力のない詠唱は、タバサから発せられたものだった。 魔力は精神力。 今、精神的に沈んでいるタバサでは、 いつものような烈風は起こせなかったが、 それでもナイフを弾き飛ばすには十分であった。 ガチャガチャと音を立てて落下していくナイフを見て、 安堵のため息をついたキュルケは、隣に座り込んでいるタバサを見た。 力の込もっていない瞳が、虚空を見つめていた。 タバサの杖が、コロンと転がった。 「タバサ……?」 キュルケの呼びかけに、タバサは虚ろな目をキュルケに向けた。 「………なさい」 「…え?」 「……ごめんなさい」 キュルケに視線を向けてはいるが、しかし、 キュルケではない誰かを見ているような視線で、 タバサはそう呟いた。 キュルケは一瞬、 あのとき詠唱を止めてしまったことを謝っているのかとも思ったが、 どうも違うようである。キュルケはひとまず、タバサに手を差し出して、 彼女が立ち上がるのを助けた。 しかし、立ち上がってからもタバサはただ、 ごめんなさい…と繰り返すだけだった。 それが誰に向けた謝罪なのか、 キュルケにはようとして分からなかった。 to be continued……
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魔法学院の正門をくぐって、王女の一行が現れた。 整列した生徒達が一斉に杖を掲げて、歓迎の意を表す。 本塔の玄関にはオスマン氏が立ち、王女の一行を出迎えた。 呼び出しの衛士が、緊張した声で王女の登場を告げる。 「トリステイン王国王女、アンリエッタ姫殿下のおなりであるッ!」 枢機卿のマザリーニに続いて現れた姫殿下の姿を見て、 生徒達は歓声を上げた。 アンリエッタはニッコリと微笑を浮かべて、優雅に手を振った。 誰も彼もが、緋毛氈の絨毯を進む一輪の華に釘付けかと思われたが、 いつの時も、例外はある。 「ねぇ、ルイズ。 さっきの授業……少しばかりやりすぎじゃなかった? そりゃあ、胸がスッとしたのは確かだけど」 観衆達より一歩引いた場所にいたルイズ御一行である。 キュルケは、最初こそ異国トリステインの王女を物珍しげに眺めていたが、 あらかた値踏みをすると、瞬く間に興味を失っていた。 「言及無用よツェルプストー。 あのゲス、思い返しただけでムカムカするわ。 あんなのがのさばってたら、貴族の格が落ちるっての。 殺したいほどだわ……!」 物騒なルイズの返答に、キュルケは空恐ろしいものを感じた。 皆王女に夢中なので、今現在話し相手がルイズしかいないキュルケは、 自己憐憫に終始することとなった。 タバサは……まだ帰ってきていない。 心配といえば心配だが、まさか取って食われたりはしないだろう。 そう考えて、この場にいない親友の無事を祈りつつ、 キュルケは再びルイズを見た。 先程まで、キュルケと同じように暇そうな空気を纏っていたルイズが、 途端に真面目な顔つきで一点を見つめている。 何事かと思い、キュルケはルイズの見ている方に目を凝らした。 その先には、見事な羽帽子をかぶり、これまた見事な髭をたくわえた、 凛々しい貴族の姿があった。 特に、髭のもたらすダンディーな雰囲気が、 キュルケにとってストライクであった。 久方ぶりに己の胸に去来する微熱を感じつつ、 キュルケはしたり顔で笑った。 ほほぅヴァリエールめ、近頃妙に豪儀に見えたが やはり色事には弱いと見える――― そう思い、早速からかってやろうとしたが、 ルイズの真面目な表情は、 次第に苦虫を噛み潰したようなそれへと移り変わった。 そして、見ているだけで不安になってくる程真っ青になって、 ブルブル震え始めた。 「ロ、ロードローラーが……」 などとブツブツ独り言を言い出す始末。 少なくとも、好いた惚れたといったような反応ではない。 どう声をかけてやればよいか分からず、その場に立ちすくむキュルケをよそに、 ルイズは踵を返して、寮の方へと帰っていってしまった。 そして、のっしのっしと肩を怒らせて歩み去るルイズと入れ替わるように、 タバサがキュルケの方に歩いてきた。 ミスタ・コルベールによる教育的指導が終わったのだ。 本を片手に俯いているので、どんな顔をしているのかは分からなかったが、 大丈夫なようだ。 「あらタバサ! お勤めご苦労様といったところね。 心配してたわよ!」 そう労って、キュルケはタバサの頭をガシガシと撫でた。 綺麗な空色の髪がボサボサになったが、 いつものことながらタバサは無反応だった。 「ま、これでわかったでしょ? あの先生の前で、頭の話は禁句なの」 キュルケのからかい半分の言葉に、タバサの肩が僅かに揺れ、 ゆっくりと顔を上げた。 顔を上げたタバサの目には、 光が全くなかった。 虚ろな、死んだ魚のように黒く澱んだ瞳が、 ぼんやりと虚空を捉えている。 「彼ノ頭ハ素晴ラシイ」「へ?」 突如口を開いたタバサ。 キュルケはタバサの声を聞いて、ようやく彼女の異変に気づいた。 彼女の形相はまさに、邪教徒が教祖を崇めるそれであったのだ。 「彼ノ頭ハ、コノ黄金ニ輝ク太陽ヨリモ明ルク、 私達ノ道ヲ照ラシ出シテイル……」 まるで無理やり合成して絞り出したかのような無機質な声である。 キュルケの目から、ポロポロと涙が零れた。 ―――あぁ、何ということか。 あまりにも過酷な仕打ちに、このか弱い少女の心は 耐えきれずに押し潰されてしまったのだ。 流れる涙を拭いもせず、キュルケはタバサを抱きしめた。 温かな胸の中で、タバサがもがいたが、 それは余りにも弱々しいものだった。 「彼ノ頭ハ……!」 「えぇ……えぇ! 分かったわ。 分かったから、私達も行きましょう、ね?」 譫言のように繰り返すタバサの手をそっと取って、 キュルケは学生寮へと向かった。 おぼつかない足取りのタバサだが、それでも握った手は離さない。 2人の手は固い何かで結ばれているかのように、 しっかりと繋がれていた。 ……まぁ、一晩したら治るだろう。多分。 その日の夜、ルイズはベッドに腰掛け、 枕を抱いてぼんやりと自分の使い魔を見つめていた。 ソファーに横たわるDIOは、相変わらず本を読んでいる。 もう殆どトリステインの言語体系を身につけたのか、 本のレベルが近頃上がっている気がする。 明けても暮れても本本本なこの使い魔、図書館をコンプリートするつもりだろうか。 ルイズは思う。 これまでの立ち振る舞いで分かったが、 元いた世界では、DIOはかなり身分の高い者だったのだろう。 実際はジャイアニズムの体現みたいなことばかりやってるくせに、 文句一つ言われないのがいい証拠だ。 みんな自覚の有る無しは別として、無意識下で認めてしまっているのだ。常に人を使役する者のみが身に纏うオーラ。 DIOからはそれが痛いほどに伝わってくる。 だからこそ不思議だった。 そこまで唯我独尊な奴が、どうしてホイホイ私の使い魔なんかになってくれているのか。 そしてそれよりも、DIOがこれまで送ってきた人生に強い興味を持っている自分がいた。 「そういえば、アンタってば召喚された時、 バラバラのグッチョグチヨだったのよね……」 何の気なしに声を掛けられて、 DIOは本から顔を上げた。 「何があったのかしら? よければ教えて頂戴。 興味があるの」 DIOは深い苦悩のため息をついた。 およそ自分を帝王と名乗るような男には不釣り合いな行動に、 ルイズは少し眉をひそめた。 DIOは暫く言うべきかどうか悩んだ後、 ようやっと口を開いた。 「……ルイズ、君は『運命』を信じるか?」 何を急にロマンチックな事を言い出すのかと思ったが、 DIOの顔は真剣そのものである。 部屋を支配し始めた緊張に、ルイズは背筋を伸ばした。 「運命……?」 「そうだ。 どれだけ絢爛な路を歩んでいようが、 ふとした瞬間、何の間違いか道端に転がる石に躓いてしまう。 ……神が本当にこの世にいるとして、 そうした采配を司る運命というものの存在を、 君は信じるか?」 言われて、ルイズの脳裏には、仇敵であるツェルプストーの顔が浮かんだ。 何代にもわたって紡がれてきた因縁の歴史。 殺し殺された一族の人数は、双方とももはや数え切れないほどだ。 領地も隣同士で、その上魔術学院では部屋も隣同士。 なるほど、運命と言っても過言ではないかもしれない。 ツェルプストーの胸が豊かなのに比べて、 私の胸が、その、お世辞にも大きいとは言えないのも。 私が魔法を使えない『ゼロ』なのも、 ひょっとすると運命なのだろうか。 「私が若い頃……まだ人間だった頃…… ジョースターという一族の男と争うことになった。 ジョナサンという名でな。 叩けば叩くほど伸びる、爆発力を持った男だった。 奴との争いの日々の中、私は吸血鬼となり、 人間という枠を超えた生物となったが……」 「その、ジョースターって奴に?」 「…うむ、不覚を取った。 私は敗れ、海中に逃れ、百年の眠りにつく羽目になった。 そして目覚めた後も……そう、一度ならず二度も、 私は同じ一族の末裔に敗れたのだ。 まさに運命の巡り合わせによる皮肉と言えるだろう」 ルイズは目を見開いた。 信じられない。 負けたというのだ、このDIOが。 それも二度も。 どんな傷だって治るし、 どんな貴族だってかなわないほどエレガントなこのDIOが。 変な能力だって持ってるし、 目からビームだってだせるのに。 敗れたというのか。 最初こそ何てキモい使い魔かと思ったものだが、 今ではすっかり慣れたものだし、慣れればなかなか役に立つ奴だ。 何を考えているかとんと分からないが、 強いし頼りになる。 俄かには受け入れられない話だった。 「それが、あんたの人生で、 取り除かねばならない汚点……!!」 唇を血が滲むほどに噛み締め、ルイズは震えた。 我が事のように、ルイズは怒りを覚えていたのだ。 見たことも、聞いたこともない一族に対して、 メラメラと黒い炎が燃え上がる。 それは、ルーン越しに伝わってくるDIOの感情なのか、 それともルイズのシンパシーなのかは最後まで分からなかったが。 怒りに打ち震えるルイズの前に、DIOが立ち上がった。 「ルイズ、覚えておけ。 君が覇道を進むにおいて、いつか、何らかの形で障害が現れるだろう。 それは試練のようなものだ。 君はそれを乗り越えねばならない。 あらゆる恐怖を克服しろ…… 帝王にはそれが必要だ」 もちろん、彼の話は他人事として聞き流すことが出来ないものであった。 得体の知れない怒りの中であっても、ルイズの心の冷静な部分が、 DIOの話を一つの教訓として刻んでいた。 「……って、ちょっと待ってよ! それじゃまるで、私が世界征服でも目論んでるみたいじゃない!!」 ルイズの突っ込みに、DIOはさぞ驚いたというような顔をして笑った。 「じ、冗談じゃない!…………………かな? い、いや、私の言いたいことはそういうことじゃなくって!」 否定しきれないところが、ルイズの迷いの現れだった。 モニョモニョと指をいじくりながら、 恥ずかしそうに俯くルイズだが、意を決して顔を上げた。 「……やっぱり私は『運命』なんて受け入れない。 信じるとしても、良い運命しか信じないわ。 例え崖から突き落とされたって私は諦めない。 最後の最後まで、ロープが垂れてくるって信じてる。 悪い運命なんて、それこそ叩き潰してしまえばいいんだわ。 あんただってそうするでしょう、違う?」 DIOはルイズの目を覗き込んで、笑みを深めた。 そして、ルイズの頭をクシャクシャと撫でた。 綺麗な桃色の髪がボサボサになったが、 ルイズは思わず目をつむってされるに任せた。 カトレアに抱き締められるのとはまた違った安心感が、 ルイズを包む。 「ハハハハハ……だからこそ君は私の 『マスター』なのだよ、ルイズ」 DIOの手は冷たくて、死人のように温度を感じなかったけれど、 ルイズは確かな温もりを覚えていた。 「な、何笑ってんのよこのバカ!!」 慌てて頭に置かれた手をはねのけて、 ルイズはDIOの胸をバシバシと叩いた。 本当は頭を叩いてやりたいところだったが、 悲しいかな、ルイズの身長ではどれだけ背伸びをしても、 胸のあたりで精一杯だった。 羞恥心で真っ赤になりながら叩くルイズだが、 DIOはそれでも笑っていた。 子供扱いされている気がして、ルイズの羞恥は頂点に達した。 「ッッ~~~笑うなァ!」 とうとう蹴りを入れはじめたのであった。 そんな風にルイズが一人相撲をしていると、 ドアがノックされた。 初めに長く二回、それから短く三回と……。 規則正しく繰り返されるそのノックの仕方に覚えがあるのか、 ルイズがはっとした顔になった。 いそいそと乱れたブラウスを正してドアへと駆けより、 ルイズはドアを開いた。そこに立っていたのは、 真っ黒な頭巾をすっぽりとかぶった少女だった。 to be continued…… 50へ 戻る 52へ