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静嵐(赤3) 珍しいデザイン 牌データ 牌 背面の色:黄 材質:ユリア樹脂 サイズ:縦26×横19×厚さ16mm 容積: 重さ:約15g 比重: フォント: 噛みあわせ:鍵型 予備牌:花×4, 赤×4(3萬×1, 3筒×2, 3索×1) ケース サッシB サイズ: 材質:木製ハードケース 色:赤 点箱:赤ベッチン 付属品 画像 リビジョン1 参考
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静嵐(赤5) ユリア樹脂製高級牌。静嵐には赤5入りの本製品の他に、赤3入りの別製品もある。 穂高、蔵王と同一牌の可能性高い。 牌データ 牌 背面の色:黄 材質:ユリア樹脂 サイズ:縦25.8×横19.2(1皿分約173*103mm) 容積: 重さ:15.8g(1皿分約570g) 比重: フォント: 噛みあわせ:長方形 予備牌://花・赤5など ケース サイズ: 材質: 色: 点箱:赤ベッチン 付属品 画像 参考 http //ebisuya.kir.jp/pai2.htm
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せいらんのえとらんせ【登録タグ Ebot KAITO VOCALOID ZOLA PROJECT KYO ZOLA PROJECT WIL ZOLA PROJECT YUU せ 曲 曲さ】 作詞:Ebot 作曲:Ebot 編曲:Ebot 絵:Unin(オリジナル)、翠雲(セルフカバー) 映像:Unin 唄:ZOLA PROJECT(オリジナル)、KAITO V1(セルフカバー) 曲紹介 曲名『静嵐のエトランゼ』(せいらんのえとらんぜ) エトランゼ三部作の2曲目にあたる曲。 のちにKAITOによるセルフカバーを発表。 歌詞 "涙の彩(いろ)に 染まるのなら 黒く羽撃(はばた)く 星になろう" 祷(いの)りを胸に 絡めあうささめき 蒼い痛みに滲む 夢の輝き 秘めた煌めき 咎められた恋の 落とす瞬き 教えてください 貴方の希(ねが)いを 繰り返す愁いを 教えてください 止まない雨に 足を取られて 渇く事無く 螺旋に流れる 何も見ないで 愛を聞かせて 瞬間の随に 儚く漂流(ただよ)う 流離いの徒花(あだばな) エトランゼの宙夢(そらゆめ) "羽袖の彩(いろ)が褪せるのなら 黒く擲(なげう)つ 夜になろう" 荊の疵(きず)に 求めあいの奇跡 紅い痛みに縋る 触れる溜息 弄(いろ)う騒めき 微睡に移ろい 泅(およ)ぐ指先 教えてください 貴方の孤独を 語られぬ自由を 教えてください 止まない雨に 足を取られて 廻る事無く 螺旋に流れる 何も見ないで 愛を委ねて 瞬間の随に 儚く漂流う 流離いの風花(かざばな) エトランゼの宙夢 手繰る絹絲 紡ぐ律(りつ)の音 躊躇いに震えて 切れる謌(ことのは) 教えてください 貴方の宿命(さだめ)を 独り行く旅路を 教えてください 止まない雨に 足を取られて 嵌る事無く 螺旋に流れる 何も見ないで 愛に溺れて 瞬間の随に 儚く漂流う 流離いの散花(ちりばな) エトランゼの宙夢 コメント 好きです -- 名無しさん (2014-09-29 00 11 44) 名前 コメント
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ここへMH3ソロを載せるのもおかしいかと移転しました。 MH2ソロだけ残させてもらいます。 ドスの状況は全くわかりませんがみなさん頑張ってください。 【MH2】 大 刀 片 双 槍 鑓 槌 笛 軽 重 弓 ─────────────────────── 【双猿】 ○ ○ ○ ○ ▲ × × × × × × 【獅子】 ○ ○ ○ × × × × ■ ○ ○ ○ 【四鎌】 ○ × ○ × ○ × ○ × × × × 【大漁】 ○ ○ × × ○ × × × × × ○ 【紅白】 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ × ○ ○ ■ 【双壁】 ■ ○ ○ ○ × × × × × × × 【四本】 × × × × × × × × × × × 【竜塒】 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ × ○ ○ ○ 【金桜】 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ■ 【銀蒼】 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 【黒龍】 ○ ○ ○ ○ ○ ■ ○ × × ○ ○ 【紅龍】 ○ ○ ○ ○ × ○ ○ × × ○ ○ 【祖龍】 ○ × ○ ○ × ○ ○ × × ○ ○ 【演習】 ○ - - - - ○ ○ - - ○ - ─────────────────────── 【MH2】 大 刀 片 双 槍 鑓 槌 笛 軽 重 弓 ○:討伐 ▲:捕獲含む成功もしくは撃退 ■:失敗 達成率 84/143=58% 近接 64/104=61% 遠距離 20/39=51% ※演習は除く 記事がある武器についてはリンクしてます。 まぁ勘違いが多々あるようですが・・・ 【双猿】 煌剣リオレウス 斬老刀【スサノオ】 豪剣アグニ 双雷剣キリン ブループロミネンス捕獲 【獅子】 ダオラ=デグニダル フロストリーパー捕獲・鎌威太刀 ハイガノススパイク マジナイランプLB ヴォルキャノンSD ソニックボウⅢ 【四鎌】 煌剣リオレウス 雷神剣インドラ 雷槍【タケミカヅチ】 グレートノヴァ 【大漁】 エピタフプレート 鬼神斬破刀 漆黒槍グラビモス 龍弓【日輪】 【紅白】 クロームデスレイザー 鎌威太刀 オデッセイブレイド ゲキリュウノツガイ ホワイトディザスター・ダーク ナナ=フレア ウォーバッシュ 火竜弩LB 老山龍砲・覇SD 【双璧】 龍刀【朧火】 オデッセイブレイド ギルドナイトセイバー 【竜塒】 ブラックミラブレイド 鬼神斬破刀 黒滅龍剣 双龍剣【天地】 封龍槍【刹那】 ナナ=フレア グレートノヴァ マジナイランプLB 老山龍砲・覇SD 勝利と栄光の勇弓 【金桜】 召雷剣【麒麟王】 ダイミョウカッター 雷神宝剣キリン 双剣オオナズチ 雷槍【タケミカヅチ】 龍木ノ槍【金剛】 ウォーバッシュ捕獲・エンシェントブロウ ブラッドフルート マジナイランプLB マジナイランプLB失敗 老山龍砲・覇SD 【銀蒼】 召雷剣【麒麟王】 鬼人斬破刀 雷神宝剣キリン 改良型機械鋸 雷槍【タケミカヅチ】・ブラックテンペスト ブラックゴアキャノン 鬼鉄丸・エンシェントレリック ブラッドフルート マジナイランプLB 老山龍砲・覇SD 勝利と栄光の勇弓 【老龍】 撃龍槍【吽】撃退 【蟹街】 ウォーバッシュ 【蟹砦】 ブラッシュディム 【黒龍】 ブラッシュディム 龍刀【朧火】 黒滅龍剣 封龍剣【超絶一門】 黒滅龍槍 龍壊棍 老山龍砲・覇PB 勝利と栄光の勇弓 【紅龍】 封龍剣【超滅一門】 龍刀【朧火】 黒滅龍剣 双剣オオナズチ・紅蓮双刃失敗 封龍剣【超絶一門】 ガンチャリオット 龍壊棍 ディスティハーダPB 勝利と栄光の勇弓 【祖龍】 封龍剣【超滅一門】 封龍剣【絶一門】 封龍剣【超絶一門】 ガンチャリオット・龍木ノ槍【金剛】 龍壊棍 ディスティハーダPB 勝利と栄光の勇弓 【演習】 クロームレイザー 溶解槌 溶解槌、ホワイトキャノン タンクメイジ ? 【番外】 裸レウス閃光罠穴無し 30試験砦蟹 50試験鋼龍
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商品名 定価 価格帯 別名 縦[mm] 横[mm] 厚さ[mm] 重さ[g] 備考 槐(えんじゅ) 5,350円 4,000円前後 みさき 25.6 18.6 16.5 11 ローズ 9,000円 9,000円前後 あかね 25.6 18.7 16.5 15 まつ 7,500円 24.8 18.3 16.7 1980年頃の牌 KING牌 6,000円前後 28.0 20.6 16.0 15.2 アモス牌(新)と同品質 ジャンクル専用牌 6,000円前後 26 19.0 16.0 15 全自動用と同品質 なにわ 4,000前後~6,000円 ファミリー牌S 25.5 18.5 15.5 15 錘入り実用牌、赤ウーピンにダイヤ無し、マルシン製なにわとの混同注意 やまと 7,200~10,500円 26.0 19.5 16.5 15.7 嚙合せは凸 万里牌 5,800円前後 26 19.5 16.5 アルミケース 蔵王 6,000円前後 北京 26 19 17 16 1皿分重量575g,噛合せは凸 穂高 7,000円前後 上海 26 19 17 16 静嵐(赤5) 8,400円 般若 7,500円前後 28.0 20.5 16.5 15.2 KING牌の後継、アルミケース セレブ 6,200円前後 26 19 15 15.0 R-PET牌、牌背は紫、アルミケース 麻雀牌白牌 約6,000円 26.5 19.5 16 17.9 自作用の全てが無地の牌、竹柄、1皿分重量645g、重量感強い、噛合せは凸 ローズ(大洋化学) 9,000円 星 9,000円前後 星印、光 26 19 15 14 R牌、デカ文字、牌重量に注意 ブラック牌 9,000円前後 オーロラダイヤ、北斗 26 20 16 12.5 オールブラック、R牌、デカ文字、牌重量に注意 パルぱる 6,000円前後 デカ文字 パステル 8,000円前後 デカ文字 菊 25,000円 6,500円 26 19 16 槐(マルシン) 約5,000円 水仙 22,000円 6,600円 27 20 16 蘭 26,000円 7,900円 30 22 16.5 静嵐(赤3) 8,400円 26 19 16 15 赤5の代わりに赤3で珍しいデザイン、噛合せは鍵 金龍 5,000円~ ケース付き麻雀牌(大) 8,400円、9,450円、10,500円 27 20 16 14.5 ささきにて販売している全自動麻雀卓「雀豪DOME」仕様の牌、ケースが3種類用意されている
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奪われた宝物を取替えさんとす ルイズと静嵐刀はいかにして 『土くれのフーケ』 操るゴーレムと渡り合ったか? そして戦いの後 ルイズの胸に去来するものやいかに? 「困ったことになったのお。まさかあれが奪われてしまうとは」 老人――魔法学院学院長であるオスマンが困ったように言う。 静嵐とタバサとの戦いの後、巨大なゴーレムを使って宝物庫の壁を破壊し、 禁断の宝物『魔封の札』を奪い去っていった怪盗『土くれのフーケ』 そのフーケが事件を起こすところを目撃したルイズ、静嵐、タバサ、キュルケはフーケ追跡の任に志願したのだった。 その一環として、まずは事件の顛末をオスマンに報告するべく学院長室に集まったのである。 「申し訳ありません……。私たちの目の前で宝物を奪われてしまうなんて」 悔しげにルイズは言う。フーケを止められる位置にありながら、みすみす奴を見逃してしまったことを悔いているのだ。 そんなルイズに、オスマンは笑いかける。 「いやいや、仕方無いよ。相手はかなりの手だれのメイジじゃ。手を出せばただでは済まなかったじゃろう。 君たちに怪我が無くてよかったと思うべきじゃ。奪われたのは『魔封の札』だけというのも不幸中の幸いだったことであるし」 「その、奪われた『魔封の札』とはいかなる宝物なのですか?」 興味深そうに、事情聴取に同席していた教師のコルベールが訪ねる。 オスマンは髭を撫でながら説明する。 「形は一冊の、変わった装丁をした冊子での。 数枚のページ一枚一枚が、とても強力な魔法を封じ込めたマジックアイテムになっておる。 それ故に『魔封の札』と名づけたのじゃ」 「名づけたとはどういうことです?」 ルイズたちの供述を筆記していたオスマンの秘書、ロングビルが問う。 彼女はオスマン自らがスカウトしてきたという才媛で、 今回の事件においてもいち早くフーケを捜索し、その居所の目星をつけているという。 そのためルイズたちの引率兼案内役として同行することになっていた。 「あれは本来そういう名前ではないのだ。ワシが手に入れたときには、きちんと別の名前があっての。 何と言ったかのお? もう何年も昔のことじゃから、はっきりとはせんが、 とにかく覚えにくい名前だったから保管する際にワシが名づけなおしたのじゃ」 再びコルベールが質問する。 「どういう経緯でそれを入手したんですか?」 「三十年前のことになる。ワシは森を散策中にワイバーンの群れに襲われたのじゃ。 幸い群れは小型のものばかりで、一匹一匹はたいしたことがなかったんじゃが何せ数が多かった。 必死に応戦するワシの精神力も切れて、もはやここまでかと思ったその時。『魔封の札』を携えた男がワシを助けてくれた」 「マジックアイテムを持った男? どんな人物だったんですか?」 三度目のコルベールの質問に、オスマンは何かを懐かしむように目を細める。 「見たことも無いような服装……ちょうどそこの、ミス・ヴァリエールの使い魔のような服装をしていての。 手には一本の長い棒と大きな槍を持っていた、それ以外はどうにも掴みどころの無い凡庸な姿の男じゃった。 ただ、物腰はしっかりとしていたことから、軍人か何かだったのではないかとワシは考えておる」 「……それで、その人はどうやって札を使ったんですか?」 真剣な面持ちで、ロングビルは問う。 「男はワシに駆け寄り、冊子から破り取った札の一枚を、ワシの口に札をねじ込んで食べさせた。 すると不思議なことにワシの精神力は見る間に回復し、間一髪でワイバーンを倒すことができたんじゃよ。 その後男は、『魔封の札』をワシに託し、いずこかに姿を消した。 ワシは窮地を救ってくれたその男を友と思い、託された『魔封の札』を保管し続けてきたのじゃ」 そう言ってオスマンは遠くを見るような目をする。 ほんのわずかな邂逅、しかし人生を左右する一瞬の中で自分を救ってくれた友。 その友の思い出の品が無惨にもフーケに奪われた。オスマンとてさぞかし無念であろう。 ルイズは決意する。そんな大事なものを奪うような輩を許すことはできない。 「大事なものなんですね。――わかりました、必ず取り戻してみせます」 ルイズの言葉に、オスマンは嬉しさと心配さの入り混じったまなざしを向ける。 その性癖……というか趣味ゆえに誤解されやすい男であるが、これでも生徒たちには人気のある学院長なのだ。 オスマンは重々しく頷き、ルイズたちに同行するロングビルに向き直る。 「……うむ。くれぐれも気をつけてな。ミス・ロングビルも、この娘たちを頼む」 「はい。しっかりと、彼女たちをエスコートしますわ。『土くれのフーケ』のところまで、ね……」 そう言ってロングビルは嫣然と微笑んだ。 * ロングビルに案内されてやってきたのは林の中の一軒の小屋だった。 元は樵の小屋か何かだったのだろう、打ち捨てられた小屋の中には家具が残っている。 ロングビルの話では、どうやらここにフーケは潜伏しているという。 なるほど、それらしいと言えばそれらしい。このすえた廃屋の雰囲気は、いかにも盗賊の根城と言った風体である。 小屋の中を、タバサ、ルイズ、そして静嵐が探索する。 ロングビルは林の中の見回り、キュルケは小屋の外での警戒である。 小柄な二人と頑丈さが取り柄の使い魔である静嵐は、小屋の内部で『魔封の札』の捜索するのが仕事だった。 どたんばたん、と家具を適当にひっくり返し、それらしいものを探す。 ロングビルの情報が確かならば、この部屋の何処かに『魔封の札』が隠されているはずである。 そのまま『魔封の札』を回収し脱出、あわよくばフーケを待ち伏せて捕縛しようというのがルイズたちの作戦だった。 ここまでは順調。シルフィードに乗って近づいたり、無闇に魔法を使ったりしていない以上、フーケに感づかれている様子は無い。 だが、 なんとなく静嵐は思った。 「もしかして、フーケが全て仕組んだ罠かもね」 「!」 静嵐の言葉にタバサはぎょっとした表情で静嵐を見つめる。 声を落し、ただでさえ小さな声を押し殺し、囁くような声で問う。 「何故、何故そう思ったの?」 何故か、と問われて静嵐は考える。 考えてふと気づく。何故自分はその結論に至ったのだろう? それがさっぱりわからないことに気がついた。 静嵐は状況を分析する。 この状況下で、フーケが『魔封の札』を餌に罠を仕掛けるという可能性はたしかにある。 だが、学生であるとはいえメイジ三人を相手に、盗賊がそんな危険な橋を渡るであろうか? わからない。情報が足りない。静嵐がフーケを見たのは、ほんの数秒であったのだ。 フーケがどんな人物かなどわかりようもない。だから静嵐は素直に自分がそう思った理由を言う。 「いや、なんとなく。根拠は無いよ」 静嵐の言葉に、タバサは全身の緊張を解く。 静嵐はそれが、自分の答えのあまりのいい加減さに、脱力したのだとは気づいていない。 脱力したタバサは、その無表情を崩して恨みがましい視線を静嵐に向ける。 それはまるで「こいつの言葉に一瞬でも驚いてしまった自分が情けない」と言わんばかりである。 「……」 自分よりも遥かに年下の、小柄な少女に睨まれて、静嵐はうろたえる。 「な、なんだいタバサ。そんな怖い顔して」 「……別に」 そう言ってタバサはついとそっぽを向き、またしてもごそごそと部屋の探索を再開する。 ベッドをひっくり返し、敷物を引っぺがす。その手つきは妙に乱暴であった。 何か悪いことを言っちゃったかな、と静嵐が思っていると。 二人のやり取りに気づかずチェストを探っていたルイズが歓声をあげる。 「あったわ! これがそうじゃない?」 その声に、タバサと静嵐は駆け寄る。 「へえ? どれどれ――これは!」 なるほど、ルイズの開いたチェストの一段の中に、それらしき冊子が収められていた。 だが静嵐が驚いたのは、それがそこにあったことではない。 「どうしたの、セイラン?」 静嵐は珍しく真面目な顔をして、おそるおそる書物を手に取り、内容をあらためる。 表紙に踊る、荒々しい文字は見たことがある。 この独特の紙の手触りを指は覚えている。 そして何より、この、『同属』の感覚を静嵐は知っている。 つまり、これは 「……これは宝貝だよ、ルイズ」 そう。紛れも無い。これは自分と同じ宝貝だ。 静嵐の言葉に、ルイズは驚きの声を挙げる。 「パオペイ? あんたと同じ?」 そう言って、静嵐の手から『魔封の札』――いや、宝貝をひったくって確かめる。 宝貝に触れた瞬間、ルイズは表情を変える。 静嵐のような確固たる人格を持たない宝貝には、己の名や能力を所有者に伝える機能がある。 その機能が、ルイズに教えているのだ。自分が宝貝であることを。 「わかる、わかるわ。このパオペイ、名前はフホウロク、センジュツを封じたフを封印するためのパオペイ。 製作者は……リュウカですって?」 そう。その宝貝の名は『符方録』 仙人の使う魔法にも良く似た技、『仙術』を『符』という形にして保存したものを封印するための宝貝だ。 仙術を封じた『符』は扱いが難しい。むき出しになった仙術的力は、ふとしたことで勝手に解放されかねない。 そのため『符』はそのまま状態で保管しておくことができず、ひょうたんなどの保管宝貝か、 符を封じる為の宝貝つまりは『符方録』のようなもので保存するしかない。 そしてこの符方録の製作者は龍華。静嵐刀と同じ製作者の仙人である。 「そう、僕と同じなんだよ。つまりこれは」 かつて、とある道士が誤って封印を解いてしまい、散逸してしまった七百を超える宝貝たち。 「あんたと一緒にバラ撒かれたっていう、欠陥パオペイの一つ? でも、なんでそれがここにあるの!」 ルイズの疑問はもっともだった。 このハルキゲニアという世界と、自分たちの元いた世界は遠く離れている。 自分のように『召喚』されたわけでもない宝貝が、この世界に存在しているのは不自然だ。 そう思った時、小屋の外からキュルケの叫び声が聞こえた。その瞬間、 「タバサ! ルイズ! 早くそこから出なさい!」 タバサと静嵐は行動を起こす。 ――タバサは一瞬だけ静嵐に瞳を向け、静嵐はルイズに向き直り、タバサすぐに視線を戻し、 静嵐はルイズを見て、ルイズは符方録をつかんだまま、タバサは窓から外に向かって飛び出す、 静嵐はルイズの腕をひっつかみ、ルイズは「え?」と声を漏らす、静嵐はルイズを抱きかかえ、 ルイズがキュルケの言葉の意味を脳で理解しようとした時、静嵐はルイズを抱えて小屋の外に飛び出す、 小屋は轟音を立てて崩れ落ちる。 戦いに慣れた少女であるタバサと、武器の宝貝である静嵐であったからこそできた芸当であった。 小屋の外で静嵐とタバサが体を起こした時、ほんの一瞬前まで自分たちが居た小屋が押しつぶされているのを見る。 そこに居たのは、忘れもしないあの巨大な土人形。土くれのフーケのゴーレムであった。 「またこいつ!?」 ようやく状況を察したルイズが、ゴーレムを見て叫ぶ。 そしてゴーレムは、自分の攻撃が無意味だったと気づいた風も無く、再び静嵐たちに向かって拳を振り上げる。 どうやらこの辺りに潜んでいたフーケが、自分たちを攻撃しようとしているのだ 「待ち伏せされていたみたいだね。気配を隠していたのかな? でも、この辺りには僕たちの気配しかなかったのに」 この小屋に入る前あたりの気配を探った静嵐は、このあたりには自分たち、 つまりはルイズ、タバサ、キュルケ、ロングビル、そして静嵐の五つの気配しかないことを確かめている。 無論、凄腕の武人であるならば静嵐の気配探知を誤魔化すことは可能であるし、 罠の宝貝の類を使えば武器の宝貝を欺くことなど容易い。 だが、それらの『ごまかし』に対する違和感すら感じなかったというのはどうにも変である。 「こっちに来る!」 窓と入り口。それぞれ別方向に逃げた静嵐たちとタバサ、どうやらゴーレムは静嵐たちに狙いを定めたようだ。 「ルイズ! 早く逃げなさい。」 上空に待機していたであろう、タバサの操るシルフィードに拾われたキュルケが叫ぶ。 空中に逃げれば、ゴーレムとて手は出せない。だが、 「くっ!」 再びルイズを抱え、静嵐は跳躍する。一瞬遅れて、二人のいた場所にゴーレムの拳がめり込む。 シルフィードはそんな二人を拾いあげようとするが、風竜の巨体が災いしてなかなか近づくことができない。 静嵐一人であるならば、鈍重なゴーレムの攻撃を回避することなど容易いが、腕に抱えたルイズが邪魔でそれもできない。 「静嵐、私のことはいいからあんたはさっさと逃げなさい!」 悔しさのあまりか、ルイズの瞳に涙が浮かぶ。 ルイズは自尊心が高く、またその自尊心にに見合うだけの人間であらんと努力する少女だ。 そんな自分が、己の使い魔の足を引っ張っている。それがどうにも許せないのだ。 「そんなわけに……、いかないよ!」 ゴーレムの拳が、静嵐たちをかすめる。間一髪回避し、静嵐はなんとか距離をとる。 ルイズの体が震えている。怖いのだ。一撃で自分を殺しうる存在に狙われる。 そのような恐怖を、ただの少女が耐えられるわけがない。 ルイズは悔しげに歯噛みする。怖がっている自分が悔しいのだ。悔しいと思っても何もできない自分が情けないのだ。 そんなルイズを見て、静嵐の心がわずかに震える。 このどうしようもなく弱い、だが並ぶものがないほど気高い、ご主人様を助けねば、と心の底から感じた。 ルイズは自分自身に筋を通そうとしている。それは、彼の創造主たる龍華にもよく似た態度だ。 ルイズが龍華と違うのは、彼女は圧倒的に無力だということだ。 だが、今のルイズは一つだけ力を持っている。宝貝、すなわち自分だ。 なればこそ、自分がやることは一つしかない。 「……デルフ、今回はごめん」 静嵐は背中の剣、デルフリンガーに一言謝る。 デルフリンガーは少しだけ不満げにそれを受け入れる。 『ま、しょうがねえな。気をつけろよ、相棒。相棒の刃は俺より鋭いが、なにせ相手がデカすぎる』 「わかってるさ」 静嵐は背中の剣を上空に放り投げた。シルフィードに乗ったタバサがそれを器用に受け止める。 「何をする気なの?」 自ら武器を捨てた静嵐に、ルイズは問う。 静嵐は、自分の腕の中のルイズを見つめて言う。 「ルイズ、僕を使って戦うんだ。このままじゃ逃げ切ることもできない」 「!」 その言葉に、ルイズは息を呑む。 静嵐は己の真の姿、刀の形態に戻った時。使用者の体を操ることができる。 ならば、ルイズの体を操ればそれだけ逃走もしやすくなる。 しかしそれは、彼女自身が生身で敵と向かい合うということでもある。 果たしてそれに彼女が耐えられるか? いや、耐えられる。そういう芯の強さを持った少女なのだ。自分の主人とは。 ルイズは意を決し、うなずく。そしてさらに、ルイズは静嵐の言葉の一部を否定する。それは違う、と。 「逃げるんじゃないわ、あいつと戦うのよ、私たち二人で。いいわよね?」 「……了解さ!」 逃げるのではなく、戦う。そう答えるだけの強さを持った主人がとても誇らしい。 ルイズを下ろし、静嵐の体は爆煙に包まれる。 煙が晴れた時、そこには刀を片手に持ち、柔和な笑みをわずかに細め、敵を見据えて構えを取るルイズの姿があった。 ルイズは無造作にゴーレムに向かってわずかに歩を進め、そしてすぐに駆け出す。 すらり、と刀を抜き放ち、鞘を撫でる。鞘はそのまま、静嵐の外套へと姿を変える。 鎧代わりにもなる長い外套をマントの上に羽織り、そのまま流れる風にはためかせ、ルイズは跳ぶ。 「まずは……!」 『一太刀!』 鈍重なゴーレムの体を駆け上り、高く上空に跳躍する。 刀宝貝の十八番。素早さを生かし、重量の無さを補うことのできる常套手段。高空落下攻撃だ。 ルイズの動きのあまりの速さに対応できないゴーレムは、その頭部に一閃を受ける。 頭部に一撃を見舞ったルイズは、落下の反動をそのまま利用して後ろに跳び、再びゴーレムに向き直る。 ゼロの使い魔、静嵐刀。そしてそれ手にする、ゼロのルイズの一太刀。 これから先、二人の経験することになる、幾度のもの長い戦いの連続の中で振るわれた、最初の一太刀であった。 * 「タバサ! なんとか二人を拾えないの!?」 「無理」 タバサはわずかに表情を悔しげに歪ませて否定する。 静嵐たちの近くで拳を滅茶苦茶に振り回すゴーレム。無理に近づけばシルフィードとて無事では済まない。 「見ていることしかできないなんて!」 悔しいのはキュルケとて同じであった。 上空から何度か火魔法を放ってはみたが、まるで効果は無い。 それはけして、キュルケの魔法が貧弱だというわけではない。 フーケのゴーレムが規格外に大きいため、少しの攻撃に意味がないだけだ。 あれを倒しきるのなら、もっと大きな火力。トライアングルクラスのメイジ数人がかりの大規模な爆発が必要だ。 そんなものを、今ここでどうやって用意できるだろう。このまま二人を見捨てるしかないのか? キュルケの心がわずかに諦めに傾きそうになった時、異変が起きる。 何を思ったのか剣を捨て、ルイズを地面に下ろす静嵐。 まさか捨て身の囮にでもなるつもりか? もしそうならば、ルイズだけでもなんとか回収しなければ。 だが、実際に起こったのはもっと驚くことだった。静嵐の体が爆煙に包まれる。 ルイズが何か魔法でも使ったのかと思ったが、彼女は杖を抜いてすらいない。 爆煙が収まったとき、そこに静嵐の姿は無く。かわりにルイズが一本の剣を握っている。 どう考えても、静嵐の体が変化したとしか思えない。 「何あれ! セイランが剣になったわよ!」 「あれが彼の正体。パオペイと呼ばれる異世界のマジックアイテム」 タバサは既に知っていたのであろう。冷静な声でそう言う。 そうか、と納得する。静嵐の正体がそのような特殊な存在であるが故に、タバサはあれほど彼のことを気にしていたのだろう。 視界の中のルイズは抜き放った剣を片手に、ゴーレムへと突進する。 「でも、どうする気なの? まさか、剣一本であの巨大なゴーレムと戦うつもり?」 「わからない。でも、彼がパオペイなら」 ルイズの動きはあきらかにいつものものとは違う、滑らかで淀みの無い洗練された動きだ。 それが一流の武人がとる動きであるとはキュルケは知らなかったが、先ほどまでの静嵐の動きに通じるものがあると見て取る。 あのような動きができるのならば、鈍重なゴーレムの攻撃にも対処できるかもしれない。 「たしかにあの動きは普通じゃないけれど……」 だが、剣一本で何ができる? いや、そのようなことを考えてる場合ではない。 ままよ、とキュルケは逡巡し、杖を抜く。 すでにキュルケの精神力はかなり消耗していたが、やはりそれでも何もせず見ているだけなどは御免だ。 「とにかく、二人を支援するわよ。タバサ!」 タバサも頷き、二人は同時に杖を振るった。 前頁 目次 次頁
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ひろがっていく 『小さな亀裂』 「そうら! この前の威勢はどうしたんだい?」 虹色のまだら模様の髪を振り、フーケはゴーレムを操る。 叩きつけられる岩塊。ゴーレムの拳が地を揺らす。 間一髪、それをかわしたキュルケは苦々しく呟く。 「オバサンが調子に乗ってくれちゃって……!」 「誰がオバサンだ! 私はまだ二十三よ!」 それを聞きつけたフーケは激怒し、再びキュルケを狙い拳を振りかざす。 ギーシュのワルキューレの一撃が、タバサの風の魔法が、そしてキュルケの火球がゴーレムに炸裂する。 だが純粋な岩の塊であるゴーレムにそれらは通用しない。 ならばこそ、と。せめて意気だけでは負けぬとキュルケは言い返す。 「年齢のことを言われてムキになるのがオバサンの証拠だっていうのよ!」 「こ、小娘が! もう勘弁ならないね、潰されちまいな!」 ゴーレムの拳をかわし、キュルケは岩陰に隠れたギーシュに問う。 「ギーシュ! あんたも土のメイジでしょ! ゴーレムの弱点とかないわけ?」 そんなものは無いだろうということは承知していたが、それでも聞いてみずにはいられない。 それほどのキュルケは追い込まれていた。 ギーシュはあたふたと言い訳する。 「そ、そんなことを言われてもだね! 僕のワルキューレとはそもそも規模が違うからして……」 ギーシュはドットクラスのメイジ、対するフーケは軽く見積もってもトライアングルクラス。 同じ系統であるとはいえ、その魔法の威力は天地ほどの差がある。 「もう、役に立たないわね! タバサ、一か八か全力で攻撃してみる?」 まだるっこしいのは嫌いなキュルケは、ちまちまと当てにならない攻撃を繰り返して消耗するよりは、 いっそ攻勢に転じてみるべきだと提案する。だが、タバサは首を振り、ギーシュに問う。 「……ゴーレムの」 「え? なんだい」 「ゴーレムの破壊条件は?」 ゴーレムについての基本的な知識は無論タバサとて承知しているであろう。 だが、実際に知識として知っていることと、それらを操ることとはまた別だ。 その系統のメイジであれば本能的にわかること、タバサならばある程度風の動きを読み、 キュルケが普通よりも敏感に温度の変化を肌で感じるように、土系統のものでしかわからないことがある。 ことゴーレムに関して言うならば、ギーシュはタバサよりも専門家なのである。 「い、いろいろあるけど。ゴーレムがゴーレムの形を維持できなくなればそれは破壊されたことになるよ」 ゴーレムは少しくらい破壊されてもそのまま修復することができる。 それゆえに、純粋にゴーレムを破壊するには以前静嵐がやったように完全に粉々にするしかない。 「そう……」 タバサは杖を構え、ゴーレムの前に敢然と立つ。 「なら、試してみる」 * 静嵐と仮面の男の戦いもまた続いていた。 街道沿いの崖の上に戦場を移し、静嵐と仮面の男は切り結ぶ。 男は剣状の杖に風の刃を纏わせながら静嵐に斬りかかって来る。 男の杖から発生するカマイタチのような真空の刃は鋭い、触れればあっさりと物を切断するだろう。 しかもその太刀筋は見事なもので、一般的な意味での達人の域に達しているといえる。 とは言え、流石に正面からの斬り合いで人間相手に後れを取る静嵐ではない。 風の刃とて鎧の役目を果たす静嵐の外套には通じない。 静嵐は冷静にデルフリンガーを振るい、男の攻撃を捌いていく。 「さすが、なかなかやるな。ではこれでどうだ?」 形勢不利と見た男は、風の魔法を使い大きく間合いを外し、胸元から血の色をした赤い指輪を取り出す。 「それは鬼神環!」 「ご明察、だ。効果は知っているな?」 「己の身体能力を限界以上に引き出すことができるんだろ。でもそれの欠陥を知らないのかい?」 鬼神環。装着した使用者の身体能力を飛躍的に向上させ、文字通り鬼神の動きをできるようにする宝貝だ。 宝貝の中には同じように使用者の身体能力を向上させるものがあるが、それは宝貝の力を人間に分け与えているものだ。 しかし鬼神環は違う。使用者の体力を引き換えにして力を引き出すのだ。 「肉体の急激な老化だな。センニンが使えばただの疲労で済むが、人間が使えばただでは済まない」 もしも仙人になる以前の存在、道士が使えば人間同様ただでは済まない。それ故に鬼神環は封印されたのである。 静嵐は呻くように言う。 「そこまで知っていて使うとはね」 「貴様を倒す間くらいであれば問題は無い。それに、力を増しているのはお互い様だ」 ぎくりとし、静嵐は己の手の中の剣に力を込める。その左手は刻印が光を放っている。 どういう仕組みかはわからないが、静嵐は武器を握ればいつも以上の力や早さが出る。 それは以前にギーシュと戦った時に証明済みだ。 おそらくはこれがエレオノールの言っていた、『ガンダールヴ』とかいう、伝説の使い魔の証なのだろう。 今も男の攻撃を難なく捌けていたのも、このルーンというやつのおかげだ。 だがその静嵐の優位も、敵が鬼神環を使ったことで無くなってしまう。 鬼神環による身体能力向上がどれほどのものかはわからないが、このガンダールヴの力より遥かに少ないということはないだろう。 ならば今の自分たちは互角、いや敵はそれ以上だと見るべきか。 「では、行くぞ……!」 再び男が、先ほどとは比べ物にならない速度で迫る。 * 『へえ? この世界の魔法ってやつは四つの系統にわかれているんだ』 『風、火、水、土の四つ。貴方の世界は違うの?』 『違うよ。まぁ、四つに分類することもあるにはあるけど、あんまり一般的じゃないかな』 『どう違うの?』 『基本的には物事の捉え方が異なっているんだけど。これは仙術の基本中の基本にあたる部分で、その名を――』 「……」 タバサはじっとゴーレムを見据える。以前よりもなお強固な、硬く重い岩の体。 あれに対抗するには、『試して』みるしかない。 この程度の敵に勝てなくて、どうしてあの『将軍』に勝つことができるか。 必要なのは覚悟。自分がどこまで自分を信じられるか、だ。 フーケはタバサを見下ろし、笑う。 「どうしたいんだい、お嬢ちゃん? 逃げなくていいの? そんなところにいると踏まれちゃうわよ」 タバサは取り合わず。フーケに、そして自分自身に確かめるように問う。 「岩を」 「ん?」 「岩を破壊するのに最も適切な力は何?」 岩、すなわち目前のゴーレム。 この強大な存在に、一人で立ち向かおうとするタバサに興味を覚えたのか、フーケは嘲るように言う。 「私のゴーレムを壊そうって言うのかい? 無駄だよ! 戦艦の大砲の火力でもこのゴーレムは――」 これから自分が試すことは、これまで誰かがやったこと、しかし誰も『考えて』はいないこと。 自分たちの持つ知識の枠を外れた、非常識の方法。 「この前はあのスットコドッコイにしてやられたけど、今度ばかりは」 何やら喚き続けているフーケを無視し、答えを口にする。 「答えは『水』」 タバサは杖を構え、意識を集中させる。 「水に耐えられる岩は存在しない。そう、――オンミョウゴギョウの法則において」 「な、何を」 タバサの気配に、ただならぬものを感じたフーケは呻く。 「セイラン……彼は私にとても興味深いことを教えてくれた。 この世界のありとあらゆるものを、二つの種別と五つの属性に分けて考える、私たちの扱う四大系統とは異なるルール。 それを応用すれば、あなたのゴーレムを壊すことは容易い。――こんな風に」 杖を振り、タバサは自分の眼前に『水の球』を発生させる。 タバサの頭より少し大きいくらい。大人が一抱えする程度の大きさでしかない。 それは、見た目だけならば、水の魔法の初歩の初歩である『ただ水を出す』というだけの魔法に見えるだろう。 「そんな水溜りで何をしようってんだい? しかも、それを出しただけで息も絶え絶えの未熟なメイジに」 タバサの足元はふらつき、目元が霞む。 この魔法は、思ったよりもタバサの体に負担をかけている。 それほどの力がこの『水』に蓄えられている。何故ならば、 「私が作り出した水の量はあなたのゴーレムの体積の約三倍」 「……え?」 ゴーレム。軽く三十メイルはあるその巨体。体積にするならばそれこそ小山一つ分は優にある。 それのさらに三倍ともなれば、ちょっとした池よりもさらに大量の水だ。 水を発生させること自体は非常に初歩的であっても、量が桁違いである。さらに、 「それを風でここまで小さく圧縮した」 風の魔法は上手く使えば、水中ででも自在に行動できる空気の膜を作り出すことができる。 それは水中にあって水圧に抵抗する空気の流れを操る魔法であるが、今タバサが行っているこれはそれの真逆。 風によって水を弾くのではなく、水を押さえつける。ここまでの小ささに。そして、 「もし、それを貴女に向けて解放すれば?」 タバサの脳裏に様々な単語が浮かぶ。 幼い時に遊んだ水鉄砲のおもちゃ。紙風船を針でつついてみたこと。雨どいの下に置かれた古い庭石のくぼみ。 公園の噴水。限界までよく振ったシャンパンの蓋を開けたこと。 同じようなことを考えたのか、フーケが手を挙げて悲鳴をあげる。 「ま、待ちなさい!」 制止の声。だがタバサは聞き入れない。杖を小さく、フーケに向けて振る。 「待たない。――発射」 水の球を押さえつける、空気の膜のごく一部のみをフーケのゴーレムに解放する。 高まった圧力は一気に水を噴出させ。サッ、と小さな音を立てて水はゴーレムを直撃する。 水の射線はゴーレムの表面を袈裟懸けになぞるようにして移動し、そして。 一瞬遅れて、ゴーレムの体が真っ二つになり、バラバラに崩れ落ちる。 「きゃ、きゃあああああああああああ!?」 フーケが悲鳴を上げ、自らのゴーレムの破片から逃げ惑う。 崩壊が収まった時、そこには少しだけ水に濡れた岩の塊があるだけだった。 「す、すごい威力ね……なんて名前の魔法?」 湿り気を含んだ土ぼこりに塗れ、キュルケは唖然として呟く。 タバサは地面にへたり込む。それほどにあの魔法は消耗が大きかった。 「名前はまだない。彼、セイランにいろいろと教わって思いついた」 以前、『魔封の札』を巡るフーケとの戦いの後。 タバサは静嵐から彼の世界について、とりわけ仙人と仙界、そして仙術について聞いてみた。 静嵐は宝貝ではあるが仙人ではない。宝貝の中には仙術の一部を使うことのできるものがいるが、静嵐にはその機能は無い。 しかし、ちょっとした仙術の基本的概念や根本となる事柄については知識として承知している。 本来の宝貝の使用者は仙人であるからだ。仙人の道具たる宝貝が、仙術を理解していなければ話にならない。 静嵐は請われるままタバサに仙術について、とりわけ陰陽五行について語った。 その知識は、ここハルキゲニアの常識である四大系統の考え方にとらわれていたタバサに大きな示唆を与えた。 五行相剋、五行相生、あるいはその真逆を応用しての攻撃。 つまり、系統魔法と陰陽五行の融合。それこそがタバサの思いついたものであった。 今使った魔法も、仕組みこそ系統魔法のそれを利用したものの、『土』に対して『水』で攻撃するという考え方は仙術のものであった。 「ふうん……ならそうね……」 名前が無い、と聞いてキュルケは何かを思案し、そしてポンと手を打つ。 「針のように細い水の流れ、名づけて『アクア・ニードル』ってところかしら?」 タバサはポツリと呟く。 「……そのままな名前」 「い、いいでしょ! わかりやすい名前のほうが!」 友人の思わぬツッコミにキュルケは頬を染め、赤くなる。 たしかに無駄に大仰な名前をつけても意味は無いが、しかし『アクア・ニードル』とはあまりにもストレートな名前である。 「……?」 ふと気づけば、辺りからは自分達以外の気配は消えている。どうやら敵兵士――おそらく傭兵であろう――たちも、フーケも撤退したのだろう。 フーケを取り逃してしまったことは痛手であるが、どの道今の自分の消耗具合では追撃は無理だ。 そして、別のメイジに足止めをされているであろう彼。 「セイランは?」 キュルケもまた辺りを見回す。 「崖の上だからわからないわ。でも、まだ戦っているみたい」 その言葉を裏付けるように、崖の上から剣戟音が響いていた。 * 仮面の男の一太刀をデルフリンガーで受け、打ち払う。 男はそれ以上の剣閃を繰り出そうとはせず、再び大きく間合いを外す。 静嵐の隙を窺うようにしてあたりを舞うように走り回る。 「速いな、武器の宝貝にも勝るとも劣らない」 事実、ただでさえ身軽な風の魔法使いは、鬼神環を使うことでその素早さを大きく増し、そこいらの武器の宝貝よりはよほど速い攻撃をしてくる。 左手のデルフリンガーが、自らを鼓舞するように言う。 『なぁに、相棒ほどじゃねえよ』 その言葉に励まされ、静嵐は左手に力を込める。ガンダールヴの印がよりいっそう力を増す。 「まぁね。速さだったら、僕も少しは……自信があるよ!」 静嵐もまた、男に追いつこうとするかのように走り回り、斬撃をしかける。 他のことならいざ知らず、こと速さという面においては刀の宝貝は他者を大きく引き離す。 そしてそれに加え、ガンダールヴの証があるのだ。生半可な動きでは静嵐に太刀打ちできはすまい。 だが、男には静嵐にはないものがある。男はメイジ、つまり魔法が使えるということだ。 「――っ!」 何事か、小声で囁くように呪文を呟き、男が杖を振るうと紫電が一筋静嵐に向かって伸びる。 その速さは文字通りの電光石火で、静嵐も慌てて身を捻りかわすのがやっとだ。 そしてその態勢を崩した静嵐に、男の一刀が浴びせられる。 なんとかそれを受けたが、静嵐の反撃が出る前に男は再び間合いを外す。 どうやら魔法でこちらの動きを封じ、その隙を突いて確実にこちらを仕留めるつもりの様だ。 手堅く確実な方法。なんとも厄介な相手だった。 (あいつなら、こんな雷撃食らったりしないんだろうけど) 自分と同じ、とある刀の宝貝。雷気を操るあの刀ならばこの程度の雷、避けるまでもない。 しかし静嵐にはその能力はない。静嵐にできること言えば―― 『ライトニング・クラウドだ。並の人間なら一発でお陀仏だぜ』 思考はデルフリンガーの言葉で中断される。 「ってことは僕でも食らうと冗談では済まないかもね」 人間よりもかなり頑丈にできているとは言え、人の形を取っている時の静嵐にさほどの防御力は無い。 静嵐自慢の鞘が転じた外套も、雷撃が相手ではどれほどの効果があるかわからない。 ならば、これ以上攻撃を受ける前にけりをつけてしまうに限る。 そう判断し、相変わらず飛び回る男に間合いを詰めようと静嵐が踏み込んだ時、異変が起きる。 グシャ、と何かが潰れる音がして、静嵐の視界がずれる。 (しまった!) 静嵐が立っているのは崖の上、足場は当然岩場であった。その岩場が少し崩れたのだ。 それは、崖の下で戦っているタバサたちの戦闘の影響であったが、静嵐はそれを知る由はない。 崩壊はほんの少し、踏み込もうとした片足が少し取られただけ。 だが、それは一瞬の隙も許さぬ仮面の男との戦いにおいては致命的な隙だ。 「もらったぞ!」 体勢を崩す静嵐。無論、その隙を逃す男ではない。 先ほどと同じように、男の杖の先端に光がともりジャッっと何かが弾けるような音がして紫電が静嵐に向かい伸びる。 「!」 静嵐は反射的に左手のデルフリンガーで自分をかばうように掲げる。 デルフリンガーには悪いと思ったが、今の自分の耐久力とこの剣の耐久力ならば比べるまでも無く自分のほうが弱い。 しかしそれでも耐えれるかどうか。 人の姿をとる宝貝は、己が破壊されそうなほどの損傷を受けると、己の元の姿に強制的に変化してしまう。 それは、少しでも防御力の高い原型に戻って破壊を免れようとする宝貝の本能であるが、それは人間でいうところの気絶と同じだ。 この状況下でもし意識を失い、己の原型である刀の姿を晒してしまえば、自分は手も足も出ない。 半ば祈るような気持ちになりがら静嵐は己の左手に衝撃を感じた。だが、 「……あれ? 無事だ」 「何!?」 静嵐は驚き、魔法を放った男もまた驚く。 今の一撃はかなり危ないと思ったのに、何故自分はそれを耐えられたのだ? 術の威力はデルフリンガーの言葉通りのものであることは間違いない。それは男の驚きが証明している。 普通に食らえば並の人間ならば絶命、宝貝であっても損傷は免れえないほどの衝撃。 だがしかし、自分はわずかな痺れを感じたのみで全くの無傷だ。 これは一体どういうことだろう? 疑問が静嵐の中で渦巻くが、しかし今は戦闘中。 驚きから我に帰るのは、必殺の一撃を敵に耐えられた男よりも、それを耐えた静嵐のほうが先だった。 神速の踏み込みにガンダールヴの力を乗せて敵を斬りつけようとする。 だがそれは、意外なところから遮られる。 「セイランくん、危ない!」 上空のグリフォンの上からワルドの放った魔法が、仮面の男を吹き飛ばす。 吹き飛ばされた男は「くっ」と呻き、空中で器用に受身をとってそのまま姿を消す。多勢に無勢は不利と見て撤退したようだ。 「大丈夫かね、セイランくん」 「ええ……大丈夫です」 男が退いたのを見届け、グリフォンを操ってワルドとルイズが静嵐のもとへ降りてくる。 結果的に、敵への攻撃を邪魔する形となったワルドには余計なことをしてくれた、と思わなくもなかったが。 心配そうにこちらを見ているルイズに気づき静嵐は微笑む。 「怪我は無いかい? ルイズ」 「馬鹿! それはこっちの台詞よ! あ、あんた大丈夫なの? ライトニング・クラウドを食らったみたいなのに」 半ば涙目になりながらルイズは叫ぶ。静嵐を心配しているらしい。 どうやら事の成り行きを上空から見ていたらしい。 見ていたなら、最初から助けて欲しいと思うが、ワルドは自分の代わりにルイズを守っていてくれていたので文句も言えない。 静嵐はおどけるように肩を竦めて言う。 「僕も無事さ。……でも危なかったよ。あの魔法を食らった時は駄目かと思ったけど、自分でもびっくりだよ」 あの時、あの攻撃を耐えられなければ自分は負けていただろう。 そんな静嵐の言葉に、左手に握っていたままのデルフリンガーが反応する。 『相棒。そりゃあ俺の、俺の……何だっけ?』 「何って、何が?」 『いや……すまん。忘れちまった』 そう言ったきり、デルフリンガーは黙り込んでしまった。 * さて、とワルドは切り出す。 ラ・ロシェールへ向かうルイズたちを襲った者たちとの戦闘は終わり、一同は再び街道の上に集まった。 「思わぬ足止めを食ったが、ラ・ロシェールまではあと少しか」 いいことを思いついた、とキュルケは言う。 「なら、タバサのシルフィードで行けばすぐね」 たしかにタバサのシルフィードならば全員乗ることができるし、普通に馬で進むよりも遥かに速いペースで進むことができる。でも、 「あんたたち、ついてくる気なの?」 呆れたようにルイズは言う。最初から旅に同行する予定であったギーシュはともかく、 自分たちが何の目的でアルビオンへ向かうのかもわかっていないキュルケやタバサがついてくる理由は無い。 「だって面白そうじゃない? それに、素敵な殿方も一緒なんだし!」 素敵な殿方。間違っても静嵐やギーシュではない。ワルドのことだ。 一段落ついてすぐ、キュルケはワルドに色目を使っていたのだが、ワルドはルイズが居るからとそれを頑なに拒んだ。 それを見て、『微熱』の琴線に何やら触れるものがあったらしい。 ワルドは思案し、タバサに問う。 「ふむ。乗せてくれるのなら助かるが……かまわないのかね、タバサくん?」 かまわない、とタバサはコクリとうなずく。 「よし。それなら今日の最後の便には間に合うかもしれないな」 「ええ!? 休むんじゃないんですか!」 強行軍を続けようというワルドに、ギーシュは悲鳴を上げる。 ワルドの操るグリフォンに乗って進み、戦闘には参加していないルイズですら少し疲れがあるのだ。 一日中馬で走り回っていて、それに加えて先ほどのあの戦闘だ。疲れないというほうがおかしい。 同じように戦っていた静嵐は疲れた顔一つ見せていない。それは彼が武器の宝貝であるからだろう。 「休んでいる暇はない。一刻も早くアルビオンに向かわねば。――とは言え、君やタバサくんの消耗も激しいな」 そう言ってワルドはギーシュとタバサを見る。見た目にもボロボロなギーシュはともかく、タバサはいつも以上の無表情だ。 魔法を使えばたしかに精神力を消費するが、それを差し引いてもあまり疲れているようにも見えない。 「平気」 案の定。タバサはワルドの言葉を否定する。 だが、それに対してさらに異議を挟むものがいた。 「ホントに? その割には足元がふらついているよ」 普段はあまり使われることのない、無駄な観察力を発揮して静嵐は言った。 言われてみなければわからない程度であるが、たしかによく見ればタバサの足元はおぼつかない様子である。 いつも以上の無表情さも、疲れを隠す為のものかもしれない。 「……余計なことを言わないで」 無理をしていたことを見抜かれたタバサは、無表情を崩して少しだけ不満そうに言う。どうやら静嵐の言葉は図星であった。 (私だって疲れているのに……) それに気づかない静嵐にほんの少し苛立ちの念が沸き、――すぐにルイズは自己嫌悪に陥る。 自分はタバサに比べて何をしたというのだ? ただグリフォンの上で戦いを見物していただけではないか? そんな自分が疲れたのなんだのということはおこがましい。だが、それでも自分を気遣わない静嵐への不満はある。 そしてまた、自己嫌悪を繰り返す。静嵐もまた命がけで強敵と戦っていたというのに、自分は誉め言葉の一つも言っていない。 (嫌な性格! 何もしていないくせに、自分のことしか考えていない!) そしてルイズは押し黙る。この場にいるのが少し辛い。自分がただの足手まといであるように思えるからだ。 疲れた顔を見せるタバサを、気遣うようにキュルケは言う。 「タバサ、無理しちゃ駄目よ。あの魔法、見た目の割りに消耗が大きいんでしょう?」 「……」 タバサは答えない。キュルケに嘘はつきたくないのか、それは肯定の沈黙であることは間違いない。 フーケのゴーレムを単独で倒したあの魔法の消耗はそれほどに大きいのだ。 「よし。ではこうしよう。当初の予定通り、私とルイズ。そしてセイランくんの三人でアルビオンに向かう。 ギーシュくんとタバサくん、そして付き添いのキュルケくんはラ・ロシェールで休み、そのまま学院に帰りたまえ」 ワルドの言葉に、キュルケは驚く。 「三人で行く気? 大丈夫なの?」 「このままアルビオンに行けば、我々は敵の中心に飛び込むことになる。そうなれば、人数は少ないほうがいい」 「それはまぁ、そうかもしれないけど……」 アルビオンの何処の港に行けるかはわからないが、少なくともそこは王軍の勢力範囲内ではないことは確かだろう。 当初の予定では隠密裏にアルビオンに上陸し、戦争に参加する傭兵たちに紛れながら皇太子に接触する手はずだった。 だというのに、ぞろぞろと何人もの学生メイジをひきつれて歩き回るわけにはいかない。 故に、ワルドの言葉は道理であった。だが、またしても異議を口にするものがいる。静嵐だ。 「……僕は反対かな」 「セイラン?」 静嵐は武器の宝貝である。武器の宝貝には高度な状況判断能力がある……と、本人は言っている。 彼の性格上、その判断に全幅の信頼を寄せる気にはなれなかったが、それでも間違ったことを口にすることはない。 静嵐が何かを考えた上での反対だというのなら、その言葉には聞く価値がある。 「たしかに急いで行くべきかもしれないし、潜入には人数が少ないほうがいいよ。でもここまで敵にこちらの動きを察知されてる以上、 戦力を削って急ぐよりも、ここはギーシュたちの回復を待って戦力を整えるべきなんじゃないかな?」 消極的ではあるが、確実な意見だ。あの逃げた仮面の男やフーケがアルビオンで待ち伏せている可能性はある。 ワルドは持論を譲るつもりはないようで、静嵐に反論する。 「彼らが我々を襲ったのは、我々がラ・ロシェールに近づいたからではないかね? ラ・ロシェールには貴族派に味方する傭兵が多数集まっている。そこから情報が漏れたのであれば、 まだアルビオン本国の軍に情報は届いていないかもしれない。グズグズしていればそれこそ後手に回ることになるぞ」 「そりゃそうかもしれないけどさ。いざ乗り込んでみれば敵に囲まれてました、なんていうのは洒落にならないよ」 あくまでも急ぐべきだというワルドの意見、急がずじっくりとことを進めるべきだという静嵐の意見。 どちらにも相応の理屈があり、相応の欠点のある意見だ。 そんな二人を面白がるように見渡し、キュルケは言う。 「平行線、ね。でもこのまま進むにしても、態勢を整えるにしても、ここで突っ立っていても埒は開かないわよ。お二人さん?」 キュルケの言葉は正論である。どちらにしろラ・ロシェールに向かわねばならないのであるから、ここで論議を重ねる意味はない。 ワルドもそう思ったのか、ルイズのほうを向いて苦々しく口を開く。 「……ルイズ、君が決めてくれ」 「え?」 ルイズは自分の耳を疑う。魔法衛士隊の隊長であるワルド、武器の宝貝である静嵐。 この二人ですら意見が割れるようなことを、どうして自分のような戦闘の素人が決められるだろうか。 「な、なんで私にそんなことを」 「王女殿下に依頼されたのは君だ。つまり、君がこの一団のリーダーだ。 君が判断を下すんだ。僕とセイラン君、どっちの意見を採用する?」 その理屈で行けばたしかにそうではあるが、ずっと自分はワルドについていくだけのつもりだったのだ。 今さらそんなことを言われても困るしかない。 「わ、私は」 ルイズは助けを求めるように全員を見る。 ギーシュは「どっちでもいいからさっさと決めてくれ」と疲れた顔でラ・ロシェールのほうを見ている。 キュルケはあえて口は挟むまいといった表情で、ルイズの判断を待っている。こんな時に限って不干渉のつもりなのだ。 タバサは無表情の中に疲れの色を見せている。本音を言うならば彼女とてしばらくは休みたいだろう。 ワルドはこちらをじっと見据え、自分の意見が正しいのだということを目で訴える。 そして静嵐は、笑みを浮かべているのみだ。 ルイズは迷う。だが、 『――どうかルイズ、この手紙を、そしてあの手紙をよろしくお願いします』 アンリエッタの悲痛な願いの声が、心の中に浮かび上がる。 ならばいっそ、判断がつかないのであれば一刻も早く…… 「――ワルドの意見に賛成する」 ほっと息をつき、ワルドは笑いながら言う。 「と、いうことだ。異存はないね? セイラン君。君の意見ももっともだが、ここはやはり拙速を心がけるべきだ」 「ルイズがそういうなら仕方ないかな」 静嵐はのん気に言う。自分が静嵐ではなくワルドの意見を採用したことについては気にした風も無い。 いや、実際少しも気にしていないのだろう。静嵐はそういう男なのだ。気にしているとすればそれはむしろ―― 「話はまとまった? それじゃ、とりあえずラ・ロシェールに向かいましょう」 キュルケはそう言い、タバサに促す。タバサはコクリとうなずき、口笛を吹く。 大きな羽音を響かせてシルフィードが舞い降りてくる。 ギーシュたちは次々にシルフィードの背中に乗り移っていく。 シルフィードの背中に手をかけたとき、ルイズの背後に控える静嵐に口を開く。 「セイラン、私……」 「何だい? ルイズ」 自分は何を言おうというのだ? 貴方の意見を聞いてあげなくてごめんなさい、とでも言うのか。 迷うルイズが何か言葉を続けようとした時。ルイズの手をワルドが掴む。上に引っ張り挙げてくれようというのだ。 「……」 ワルドはこちらを無言で見つめている。ルイズの言葉を遮ろうとしているように。 強引な力に引き寄せられ、ルイズは静嵐に背を向けたまま登る。 「……なんでもないわ」 不思議そうな顔をする静嵐をそのままに、ルイズはシルフィードに跨った。 ルイズの胸中で、言葉にならなかった一つの思いが渦巻く。 自分を使い魔を裏切ってしまったのではないか? と。 (続く)
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トリステインの都にて入手した剣 『デルフリンガー』 を背負った静嵐刀 彼とともに歩く 『ヴァリエールの女』 とはいかに? 「武器が欲しい?」 ギーシュとの決闘から数日後のある日。 静嵐は思うところがあり、ルイズに願い出た。 「この前の一件もあって思ったんだけどさ、やっぱり何か手持ちの武器がないとこの姿じゃ戦い辛いんだよ」 「あんた自分自身が剣なんでしょ。それでも武器が必要なの?」 ルイズの疑問はもっともだろうと静嵐は思った。 人間の姿に変身できるとは言え、剣自身が武器を欲しがるとはおかしな話だった。 ただ、それはあくまで自分を「武器」として使う場合の話だ。 「そりゃあね。あるのと無いのでは大違いだよ。武器があればそれだけ攻撃の幅も広がるし。 まぁ、何かあった時ルイズが刀に戻った僕を使って戦ってくれるって言うなら話は別だけどさ」 もしこの間のときのように、ルイズが静嵐を扱うことのできない状況で、 彼女自身を守らねばならない時がきたら、武器がないというのはいかにも心細い。 「それじゃ使い魔の意味が無いじゃない」 そうなのだ。使い魔というのはあくまでも主人の『魔法』を支援する存在であり、 その仕事には柔軟さが求められ、単純な護衛などとはまた違うのである。 静嵐の、「武器の宝貝」という特性を最も生かせる仕事は『戦闘』であるが、 使い魔はただ敵を倒せばいいというわけではないのだ。あくまでもルイズの補佐が仕事なのである。 ルイズはしばし思案するような顔を見せたが、決心したように顔を上げる。 「……ま、この間のことであんたもちょっとは使えそうだってわかったし。 今回だけは特別におねだりを聞いてあげるわ。そうね、明日はちょうど虚無の曜日だし、買い物に行きましょ」 * キュルケはセイランという青年のことを考えてみた。 魔法の使えない、ゼロのルイズが召喚した使い魔。 最初はただの変わった格好をした凡夫だと思ったが、ギーシュとの決闘という大事件においては、 青銅製のゴーレム七体相手に堂々の立ち回りを見せ、平民でありながら見事貴族に勝利をしている。 キュルケにとって男の評価といえば「好意に値するか否か」であり、貴族か平民かなどは関係ない。 好きになってしまえば相手の身分など関係ないのである。 その点で言えばセイランは『平民でありながら貴族に勝利するほどの力の持ち主』 であり、『それでいて偉ぶった生意気なところのない好青年』と言えるだろう。 十分キュルケの『好み』に当てはまる。 だというのに。 「なーんか興味が沸かないのよねえ……」 それはキュルケにしては不思議であった。 これほどの好条件が揃った相手に「恋」をしないなど、キュルケならばありえないことであり。 彼女の二つ名「微熱」にはなんとも似つかわしくないことだ。 そんなキュルケの疑問を、彼女の友人である雪風のタバサはあっさりと切って捨てる。 「それが普通」 キュルケはいつものように、日がな一日本を読んでいるタバサのもとに押しかけ、 大声で自分自身に対する疑問を並べ立てていたのである。 それは本来、本を読む際の静寂と安寧を何よりも重視するタバサにとっては雑音以外の何物でもないが、 これさえなければ気のいい無二の親友を追い出すわけにもいかず、こうして適当に返事をしているのであった。 「それはそうだけどさぁ! おかしいわね、今度もまたいけそうと思ったのに……?」 やはり納得した様子はなく、キュルケは相変わらず首をひねっている。 タバサは少しだけ本から目を離し、何かを思い出すようにしながらポツリと漏らす。 「彼は……やめておいたほうがいいと思う」 「……どういうこと?」 キュルケがどんな相手と付き合おうと、何か問題が起きない限り基本的に放置するタバサにしては珍しく、 恋の相手に対するアドバイスめいたことを口にする。 キュルケとて、今までつきあってきた相手にはどうしようもない駄目男も存在する。 今になってみればなんであんなに熱をあげていたのかわからないという男がいるにはいたが、 たとえそんな男に対する恋心を吐露したときですら、タバサは何も言わなかった。 ――無論、後腐れなく『力ずくで』別れる際に手伝うことは多々あるが。 「……」 問い返すキュルケに、タバサは答えない。 (根拠は言えないけれど、何か疑惑があるってところ?) 「まぁいいけど。貴女がそんなこと言うなんて珍しいし――あら?」 廊下から声が聞こえる、誰かが話ながら歩いているのだろう。 耳をすませば、「はやくしなさいよ」「待っておくれよ」とやや甲高い少女の声と、気の抜けた青年の声が聞こえる。 それが誰のものかはすぐにわかった。話題に上がっていた件の青年セイランと、彼の主人であるルイズだ。 「あの子たち何処かに出かけるみたいね。ま、今日は虚無の曜日だし、買い物にでも行くんだろうけど」 「……」 タバサは無言で本を閉じて立ち上がり、愛用の大きな杖を手にとってマントをつける。 今日は虚無の曜日。タバサが最も好む静かな休日に、自ら外出しようとするのは非常に珍しいことだ。 「出かけるの?」 「追う」 「追うって! ルイズたちを?」 驚いて問いかけるキュルケに、タバサはあっさりと答える。 「この間の助太刀に続いて妙な『雪風』の吹き回しねえ? なんだってあの平民くんをそんなに気にするの?」 「……」 タバサは押し黙る。 キュルケには、それは自分に言う必要が無いという沈黙ではなく、 言うことによってキュルケを厄介ごとに巻き込まないようにするための配慮の沈黙であることはわかった。 そんな友人の気遣いは水臭いと思わなくも無いが、 それを指摘することでわざわざ友人の思いやりを無為にすることもない。 いざというときに、自分が何も言わず手を貸せばいいだけの話だ。 そう考え、キュルケはわざと調子付いたようにふざけた言葉を吐く。 「あ、ひょっとしてああいうのが貴女のタイプだとか?」 「違う」 そこだけははっきりと否定して、タバサは部屋から出て行った。 友人の背中を見送って、キュルケは届かない声をかける。 「……あんまり危ないことしちゃ駄目よ、タバサ?」 * 「あんたも物好きね。よりにもよってそんなボロ剣にするなんて」 武器屋から出て、開口一番にルイズは呆れたように言った。 ルイズにボロ剣呼ばわりされたそれ――静嵐の背に背負われている錆びた剣はカタカタと鍔を鳴らしながら文句を言う。 『うるせえぞ娘っ子。今はこんなナリをしちゃいるが、このデルフリンガー様ほど役に立つ剣なんてこの世にありゃしねえんだ』 剣から聞こえるのは男の声だ。 デルフリンガーと名乗るこの剣は、魔法により人格を与えられた『インテリジェンスソード』なのである。 「おまけに五月蝿いったらありゃしない。剣が喋ってんじゃないわよ」 「酷いこと言うなぁ」 静嵐は苦笑いを浮かべる。彼もまた、デルフリンガーと同じように意思を持った武器だ。 今は青年の姿をしているが、その本性は刀なのである。 もっとも彼の場合は、魔法の力ではなく異世界の『仙術』と呼ばれる力によって作られた道具、『宝貝』であるのだが。 「そんな錆び錆びでどう役に立つっていうのよ。包丁のほうがマシじゃない」 『なんだと! 俺が如何に役立つというとだな! それは――』 ルイズの失礼な物言いに、デルフリンガーは勢い込んで反論しようとするが、 途中で自分がどう役に立つのか忘れてしまったことに気づく。 『……忘れた』 肩をすくめ、呆れたようにルイズは笑う。 「やっぱりただのボロ剣じゃない」 『~~っ』 悔しそうに歯噛みする――ような雰囲気を発するデルフリンガー。 しかし意外なところから反撃が飛んでくる。 「あのね、そういうルイズも人のこと言えないじゃないか。聞いたよ? 魔法が苦手で苦手で、上手く使えないから『ゼロのルイズ』っていう仇名がついてるそうじゃないか」 「!」 痛いところを突かれ、ルイズは立ち止まる。 「僕のことも欠陥欠陥っていうけどね。そんなご主人様に言われたくないなぁ、ねえ、ゼロのルイズ様」 「……」 調子に乗った静嵐の物言いに、ルイズは無言で杖を取り出す。 『おい、やべえぞ』 「え?」 「こここ、このバカ剣は。ごごごご主人様になんて口の聞き方するのかしら! 反省が、は、反省が必要ね」 ようやく静嵐は自分が“また”地雷を踏んだことに気がついた。 どうやら『ゼロのルイズ』は彼女にとっては禁句らしいということを今さらながら静嵐は知った。 杖を振り上げたメイジを見て、街のものたちは慌ててその場から逃げていく。 あっという間に武器屋の前の裏路地からは、彼ら以外の人影はそこから消えてしまう。 「ごめんなさい」 こうなればひたすら平謝りするしかない。だが、ルイズは 「却下」 無慈悲にそう言い放ち、ファイヤーボールの呪文を唱えようとして――失敗した。 どかんと小規模ではあるが強力な爆発が静嵐を襲い、静嵐を吹っ飛ばす。 「……先に門の外に行ってるから。あんたは頭を冷やしてから来なさい。いいわね!」 失敗の影響か、ルイズ自身も服や髪に焼け焦げを作った状態だ。 しかしそんなことは意に介そうとはせず「魔法は失敗していない!」というオーラを全身から発しながら、 ルイズは一人裏路地をずんずんと歩いていく。 『まぁ、なんだ。これからよろしくな、相棒――それで相棒、俺からの最初のお願いだ。 俺を背負ってる時は口の利き方ってやつをちょっとは考えてくれ』 「……うん」 ボロボロになった静嵐はかろうじてうなずくことだけができた。 * 「ああもう!なんだって私がこんなことしなくちゃならないのよ!」 そう悪態をつきながら、通りを一人の女性が歩いている。 彼女が歩いているのはブルドンネ通り。先ほどまで静嵐たちがいた裏路地とは違う、トリスタニア一の大通りだ。 小脇に本を抱え、怒りに満ちた様子で肩をいからせて歩いている彼女は驚くほどの美人であった。 豪奢な金髪を背中に揺らし、質素ではあるが非常に質と品がいい服に身を包む。 年のころは二十代後半。顔立ちは整っていて、百人中百人が美女だと言うだろう。 その目は少々釣り長な上に眼鏡をかけているせいで、ややキツい印象を与えるが、 全体に漂う高貴な雰囲気には逆にマッチしている。 それなりの見る目がある者ならば、一目で彼女は只者ではないとわかるだろう。 「資料なら学院にだってあるでしょうに。なんだってわざわざ王宮まで取りに行かなきゃならないんだか!」 苛立つその口ぶりに淀みは無く、言葉の端々から知性の輝きを感じる。 それもそのはず、彼女はトリステインの魔法研究所「アカデミー」の研究員であるのだ。 先日、彼女が勤めるアカデミーに、魔法学院から一つの研究依頼が届いた。 それは魔法学院の学院長直々の依頼で、内容は 「ワシんとこの教師の一人が変なルーンの使い魔を見たって言うんだけどさ、ちょっと調べてくんない?」 という非常にふざけたものであった。 しかしどういう手管を使ったのか、その学院長の依頼は正式なもののとして処理されることになり、 研究員の一人である彼女はその仕事に回されたのだった。 仕事を任された以上、生真面目な彼女はその仕事を完璧にこなそうとし、資料を捜し求めた。 そしてある一冊の書物が必要になったのだが、その書物は王宮の書庫にしかないという。 王宮の書庫ともなれば小者を遣わして「ちょいとお借りしますよ」というわけにもいかず、 研究員の一人であり、それなりに地位の高いとある貴族の出自である彼女の出番となったのだ。 内容のわりにやたらと手間のかかる煩雑な王宮での手続きを済ませ、やっと書物を借り受けたのだが、 そこで少々「不快な出来事」が起こり、彼女はこうして肩をいからせながらブルドンネ通りを歩いているのだった。 「きゃっ!?」 歩いていた彼女に、通行人の一人がぶつかる。 ぶつかった勢いで彼女は地面に倒れこんでしまう。 帽子を目深に被った汚らしい格好の一人の平民の男である 「……」 男はぶつかった彼女に一瞥をくれ、何も言わずに駆け出す。 「待ちなさい!」 無礼以前に公衆道徳が出来ていないその男を呼び止めようとするが。 男は人ごみでごった返すブルドンネ通りを慣れた様子ですいすいと走り去っていく。 「まったく! 最近の男は……あら?」 立ち上がった彼女は、自分が持っていたはずの本が手元に無いことに気づく。 落したのかと辺りを見回すが、それらしき物は無い。 ふと走り去る男の後姿を見れば、その手に本らしきものを持っていることがわかる。 となれば、答えは簡単だ。 「泥棒!」 * 「参ったなぁ。ここはどこだろう?」 ルイズと別れて小一時間ほど経った頃、静嵐たちは未だに町を彷徨っていた。 ルイズは先に門へと行っていると言ったが、初めて来た街の裏路地に放置されてはそうそうたどり着けるものではない。 背中のデルフリンガーが呆れたような声を挙げる。 『やれやれ。新しい相棒との初仕事が人探しとはな。おっと相棒、そっちじゃないぜ』 「え。そう?」 別の通りに抜けようとしていた静嵐をデルフリンガーは呼びとめる。 『相棒たちは東門から入ってきたんだろ? じゃあ逆方向じゃねえか』 「ああ、そうか。よくわかるね。デルフ」 来る時通った道もわかっていない静嵐は素直に感心する。 『……なんでわかんないのかが俺には不思議だぜ、相棒……ん?』 背中のデルフリンガーが何かに気づく。 通りの向こうから急いで走ってくる男が見える。男はろくに前も見ず、 ただひたすら何かから逃げるように走りこんでいる。このままでは静嵐とぶつかるだろう。 『相棒! 右に避けろ!』 「え? こっち?」 流石武器の宝貝、急な指示に対しても即座に反応する。だが、 『馬鹿! 俺から見て右だ!』 剣に右も左もないが、感覚としては後ろを向いて背中合わせになっているつもりだったデルフリンガーと、 前を見ている静嵐とでは当然左右が逆になる。 静嵐は男を避けようとして反対にその男の進路に割り込んでしまった。 「!」 「うわっ」 男が静嵐の無闇に長い足にひっかかり転倒し、静嵐はそんな男の下敷きとなってしまう。 「くっ……」 男は急いで起き上がり、自分の手荷物を探そうとするが見当たらない。 遠くからは「泥棒!」という声が聞こえる。 男は一瞬悔しげな顔をしてから、何も持たず先ほど以上の速さで走り去っていく。 「ああ痛いなぁ、もう。ん、何これ?」 男が立ち去り、静嵐もようやく膝立ちに起き上がる。 起き上がった静嵐の腹の下に、何かがある。一冊の分厚い紙の束だ。 『本みてーだな』 「みたいだね。さっきの人のかな?」 「私のよ」 突然聞こえた声に振り向けば、息を切らせた一人の女が立っていた。 メガネをかけた金髪の美女だった。 「えっと、この本は貴方のですか?」 本の埃を払う。この世界の言語を知らない静嵐には、その本に何と書いてあるかはわからない。 「ええ、あの盗人に奪われたのよ。あなたがぶつかってくれたおかげで取り戻せたようね」 盗人。さきほどの男はこの女性からこの本を盗んだのだろう。 なるほど、それであんなにも急いでいたのか、と静嵐は納得する。 「はぁ。そりゃ何よりで。僕もぶつかった甲斐がありましたよ。ではこれで――」 何はともあれ問題は解決した、と静嵐はその場を立ち去ろうとする。 だが女性はそんな静嵐の襟首を掴み引き止める。 「待ちなさい」 武器の宝貝とは思えないほどの無抵抗さで、 母猫に首を咥えられた猫のような格好になりながら静嵐は問う。 「何か用ですか? 僕はこれからちょっと人を探さないといけないんですが」 早くルイズを探さなければ、待たせてしまうと彼女を怒らせることとなる。 だが女はこともなげに言う。 「折れたのよ」 「折れた?」 何が折れたのかわからない静嵐は、女の全身を頭の先からつま先まで見渡す。 刀の宝貝としての観察眼を無駄に発揮して、『折れた』ものを探す。 骨ではない、メガネの蔓でもない……奇妙な意匠の靴、左右で踵の形が違う。これか。 「ああ、靴の踵ですか。それで?」 それが折れたと言われても、だからどうしろというのだろう。自分に修理できるものでもない。 「肩を貸しなさい」 「僕が?」 「他に誰がいるの」 肩を貸せ、というのはわかる。あのままでは歩きにくいであろうし、 だからといって靴を脱いで歩くわけにもいかない。 ただ、何故自分がそうしなければならないのかわからない。 「いえあの、さっきも言いましたが僕は人を探さないといけないんですがね」 「後にしなさい」 ピシャリと反論を許さず、ただ自分の要求だけを告げる。 その、横柄でありながらそれを当然であると言わんばかりの態度に、 ああ、この人も貴族なんだな。と静嵐は推測。 「平民の分際でこの私の言うことが聞けないの? 西門まででいいわ。そこに馬車を待たせてあるから」 案の定、こちらを平民扱いしての物言いだった。 平民どころか人間ですらない静嵐には、的外れなものでしかないのだが。 それをいちいち説明するのも面倒であるし、説明したところでわからないだろう。 静嵐はあきらめて、彼女を送り届けることにする。こうして話していても埒は明かない。 ならばさっさと用事を済ませるに限ると判断したのだ。 そこで断固として断るという選択肢が存在しないのもまた静嵐らしいことであった。 「ねえデルフ、西門ってさ」 『まぁ普通に考えて東門の逆だな。娘っ子が待ってるとしたらそっちじゃないだろうよ』 「だよね……。はぁ、最近こういうの多いなぁ、僕」 貴族に呼び出され、貴族に決闘を申し込まれと、最近どうにも貴族づいている。 ぼやく静嵐に対し、イライラと女性は怒鳴りつける。 「何ぶつくさ言っているの! いいから早くしなさい!」 「はいはい。わかりましたよ」 「安心なさい。後でちゃんとお礼はするわ。貴方、名前は?」 命令しておいて後でお礼というのも変な話だと思うが、さすがに静嵐であってもそれを指摘するのは躊躇われた。 そんなことをすれば彼女は烈火のごとく怒るであろうことは想像に難くない。 「静嵐刀、まぁ静嵐と呼んで下さい。――それで、ええと、貴女のお名前は?」 静嵐が問うと、彼女は貴族らしい優美な姿勢で名乗る。 「エレオノール、エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールよ」 そう言って女性、エレオノールはどこかの誰かによく似た強気な笑みを浮かべた * エレオノールに肩を貸し、静嵐たちは並んでトリスタニアの通りを歩いていく。 エレオノールの身長は女性にしてはやや高いほうであるが、 静嵐はそれよりもさらに長身であるため並んで歩いていてもなんら見劣りすることはなかった。 しかしその静嵐の表情は無意味にニコニコとしていて、屈託の無さを通り越した無防備さがある。 それが苛立ちを隠せないエレオノールの表情とはなんとも不釣合いであった。 静嵐に会ってから、正確には静嵐に会う前からエレオノールは何かに怒っているようで、どうにも話しかけづらい雰囲気がある。 巻き込まれては御免とばかりに、デルフリンガーは口を噤んで『ただの剣』のふりをしている。 その険悪な空気に耐え切れず、静嵐はなんとか口を開く。 「あのー、なんだかすごくご機嫌が悪いようですが何かおありで?」 エレオノールは立ち止まり、じろり、と静嵐を睨む。 「いえ、ほら、話せば気がまぎれるということもあるんじゃないかと」 静嵐の弁明に、エレオノール数秒間そうして睨み続けたが、「はぁ」と溜息をついて再び歩きだす。 「……王妃殿下に会ったのよ」 そう切り出したエレオノールは怒り交じりの暗い表情である。 どこともわからない男相手にだが、話せば少しは気がまぎれるというのには納得できたのだろう。 しかし、王妃殿下とは。 静嵐にこの国の事情はよくわからないが、王妃ともなればそれなりの地位の人物のはずで、 たとえ貴族であってもそうおいそれとは会えはしないのではないかと思ったのだ。 静嵐がそう指摘するでもなく、エレオノールは言葉を続ける。 「我が家――ヴァリエール家は王家とも縁があって、そのおかげで親しくさせていただいているの。 ……それで今日たまたま王宮に用事が会って出かけたら、偶然王妃殿下にお会いしてこう言われたのよ」 「……なんとおっしゃったんですか?」 なんとなく聞くべきではないという気はするのだが、静嵐はつい聞いてしまう。 「『あらエレオノールではなくて! まあまあまあ久しぶり! お母様は元気? 妹のカトレアのお体の具合は平気かしら? 末のあの子に会えなくてアンリエッタも寂しそうですわ』」 拍子抜けする。どんなドロドロとした会話をしたのかと思えば、 普通の、親しい人間に久しぶりに出会った時にするような会話ではないかと静嵐は思った。 だがエレオノールはこう付け加える。 「『それで貴女は……ご結婚はまだなのかしら?』」 「……」 結婚。人間世界とは隔絶された場所である仙界で造られ、 封印のつづらの中で数百年以上の時を過ごしてきた静嵐であるが、 その『結婚』という言葉が女性にとってどれだけ大きな比重を占めているかは知っていた。 これは不味いことになったぞ。 静嵐は焦る。普段は言わなくてもいいことを言ってしまう性分であるが、 さすがにこの話題に触れることはよろしくない事態を招くということは容易に予想できた。 しかし、そもそもそこに至るまでが不用意と不注意の連続であったことには気づいていない。 エレオノールは言葉を続ける。 その肩は何かを我慢するように小刻みに震え、顔は表情が伺えないほど俯く。 「『アンリエッタもね、詳しくは言えないのだけれど近々縁談の予定があってね。 やはり結婚というのは女性の幸せと言えるものですわ。オホホホホ』」 たぶんそれは、一字一句間違えていないだろう。 幸か不幸かそんなことまでも記憶してしまうだけの知力が彼女には備わっているのだ。 「なーにが女の幸せよ! 結婚してない女が不幸せだとでも言うんかーい!」 「! く、苦しい!」 そう叫び、エレオノールは静嵐の首を掴みギリギリと締め上げる。 げに恐ろしきは怒れる女。武器の宝貝に致命傷を与えかねない力の入りようである。 たぶんその王妃殿下というのには悪気はなかったのだろう。 ただ、知り合いの女性がいつまでも独身であることを疑問に思っただけなのだ ふっと力が抜け、静嵐の戒めは解かれる。だがその手は未だ静嵐の首にかかったままだ。 いつまた首が絞められるものかわからない静嵐はたまったものではない。 「私だってねえ、婚約もしてたのよ……」 それまでとは打って変わって、か細い声でエレオノールは言う。 この機を逃す静嵐ではない。神速の斬撃にも似た速さで言い繕う。 「婚約ですって? そ、それはけっこうなことじゃないですか!」 「解消されたのよ」 「……」 なんとも気まずい。エレオノールは陰鬱な表情で笑う。 「笑ってしまうわよ、結婚目前にして突然の婚約破棄。その理由ときたら『君のそのキツい性格にはもう耐えられない』ですって? そうね、そうよね。どうせ私はキツい女よ。女だてらにアカデミーの研究員なんぞやってればキツくもなるわよ!」 「はぁ」 だがそう言っても正直言ってピンと来ない。 静嵐にとって「キツい性格の女」と言えば、 たとえば「なんとなくムシャクシャしてたから」とか言って理不尽に自分を殴りつけてくる刀の宝貝や、 笑いながら普通では考えられもしないような無茶をやらかす静嵐の創造主などであるのだ。 それに比べればエレオノールなど、怒る理由に筋が通っているだけまだましであると言える。 (つまり彼女はどうってことのない自分の性格に問題があると思い込んでる、いうことだな) だから静嵐は、素直にそれを否定してやる事にした。 「僕は別にそうは思いませんけどねえ」 「え?」 静嵐の意外な言葉に驚くエレオノール。 「だから、エレオノールさんは特別に「キツい性格」をしているとは思わないな、と」 「そ、そうかしら?」 にわかには信じられない、という様子でエレオノールは問い返す。 静嵐は深く考えることもなく、自分の感想を言う。 「まぁ、他の人はどうか知りませんけど。少なくとも僕は別に気にならないかな。 むしろ、どちらかと言えば『可愛い』もんだと思いますよ」 「!」 静嵐の言葉に、何故かエレオノールはきょろきょろと辺りを見回したり、髪を手で撫で付けたり、 意味も無くメガネの位置を直したりと落ち着きの無い挙動不審な行動を取り出す。 静嵐はその様子に、ひょっとして自分は何か失礼を働いたのではないかと考える。 「あ、貴族様に可愛いなんて言っちゃ失礼かな?」 「そ、そうよ。失礼だわ、ええ、とてつもなくし、失礼だわ!」 「申し訳ないです。気に障ったんなら謝ります」 「べ、別にあ、謝るほどのことでもな、ないわ」 「はぁ。そうですか」 「そ、そうよ!」 * エレオノールは内心かなり動揺している。 まさか否定されるとも思わなかったのだ。 認めたくは無いが自分は「キツい女」であり、それは男にとって喜ばれる性格ではない。 その程度には、彼女は自分自身のことを把握している。 しているのだが……何か苛立つことがあったとき、自分でも感情を制御できないのだ。 それは明らかに自分の欠点であると言えるだろう。 にも関らず、この目の前の男、静嵐はそれを否定した。 それがエレオノールには信じられなかったのである。 しかも、否定するだけならばともかく、それに加えてそれを「可愛い」などと評すのは、 まったくもってエレオノールの想像の埒外であったのだ。 (何を気にしているのかしら私は……。ただの平民の世辞にすぎないのに) そう思っても、何故かこの鈍臭そうな平民のことが気にかかるのだ。 それもそのはず、エレオノールは美人だ有能だと世辞を言われたことはあっても、 ただただ素直に「可愛い」などと言われたことなどありはしなかったのだ。 「と、ところで貴方、ちょっと見ない格好だけど。どこから来たのかしら?」 内心の動揺を隠す為、当たり障りの無い話題を振る。 このセイランという男、どうにも見たことの無い格好をしている。 ただの袖つきの濃紺の外套、といえばそれまでだが、どことなく軍人の訓練着のようにも見える。 しかもそれは、セイランにとってはとても着慣れたもののようで、一種普段着のような気軽さが感じられる。 エレオノールの問い、セイランは困ったような顔をして鼻をかく。 「ええと、どう言えばいいのかな? すごく遠くからなんですが」 遠くとはまた曖昧な答えだ。自分の住んでる場所もわからないような辺境からきたのだろうか。 そうであれば、この奇妙な格好もうなずける。 そして、これほどまでに文化形態の異なる場所といって思いつく場所と言えば。 「……ひょっとしてロバ・アル・カリイエかしら?」 「驢馬……なんですか?」 「驢馬じゃなくて、ロバ・アル・カリイエ。ここトリステインよりずっと東、エルフの治める地よりもさらに向こうにある場所よ」 東、という言葉にセイランは微妙に反応する。 「そこかも知れませんねえ。ちょっとわかんないですけど」 人間と対立している種族であるエルフの地を越えた先にある、 ロバ・アル・カリイエからどうやって来たのかはわからないが、 この男の何処か浮世離れしたところはトリステイン人などのそれではない。 どうやらそれで正解かもしれない、とエレオノールは納得した。 「ロバ・アル・カリイエね……あら?」 エレオノールはセイランの左手に見慣れない刻印があることに気づく。 使い魔のルーンに見えなくも無いが、まさか平民を使い魔にするような『常識知らず』なメイジがいるはずもない。 「これが何か?」 「どこかで見かけたような気がして……なんだったかしら?」 「?」 無論のことセイランがそれをわかるわけもなく、エレオノール自身もどうしてもそれを思い出すことができずに諦める。 ただ妙に、どこかでそれを見かけたような気がして、何故か気にかかり続けていた。 * そしてようやくのことで静嵐たちは西門にたどり着いた。 夕刻。すでに日も暮れようとしている。 門の外に出たとき、静嵐たちの前に、一匹の青き竜が降り立つ。 タバサの使い魔の竜であった。 竜の上からタバサは問う。その顔は何故か不機嫌そうである。 まるで探し物をしていたが見つからず、そうかと思えば突飛なところからいきなり出てきたかのように。 「何してるの」 「あ、タバサ。ちょうどよかった、ルイズを見かけなかったかい?」 「東門。貴方を待ってた」 『ほれみろ、やっぱりあっちだったじゃねえか』 「あっちだったねえ。ま、しょうがないよ、エレオノールさんを送ってたんだし」 突如現れた竜に少々面食らいながらも、エレオノールは静嵐に聞く。 「知り合いなの? セイラン」 「ええ、僕の主人の学友とでもいいましょうか。ま、知り合いです」 静嵐自身もどう言えばいいのかわからないため、かなり曖昧な説明であるが、 エレオノールも納得はしたようである。 エレオノールはタバサに向き直り、しげしげと彼女を観察し、その服装が魔法学院のものであることに気づく。 「貴女、その格好は魔法学院の生徒ね。私の妹の……いえ、いいわ」 「?」 何かを聞こうとして止める。まるで何か恥ずかしいものを聞いてしまいそうになったかのように。 問われかけたタバサはわけもわからず首をかしげる。 と、静嵐は遠くに止まっている馬車に気づく。 「おや? あれがエレオノールさんの家の馬車ですか?」 「え? ……ああ、そうみたいね」 使用人らしき男がエレオノールの姿を認め、走りよってくる。 「それじゃあここでお別れですね」 「そう、なるわね……」 何故か妙に名残惜しそうにエレオノールはちらちらと静嵐のほうを気にする。 「お礼のほうは後日魔法学院にでも貴方宛で届けさせるわ」 「いえそんな、お構いなく」 ルイズを探している途中で邪魔をされ、迷惑をこうむったといえばそれまでだが、 礼をされるほどのことをしたかというとそうでもない。 「そういうわけにはいかないわ。借りを作ればきちんと返す。それが貴族の義務よ」 「気にしないでいいですよ。僕とエレオノールさんの仲ではないですか」 肩を貸したくらいで仲も何もあったものではないが、何故かその言葉にエレオノールはうろたえる。 「な、仲だなんて! ばば、馬鹿なことを言わないで頂戴!」 どもりつつも、そう怒鳴り。エレオノールはずんずんと馬車のほうに歩いていく。 その後姿に誰かに通じるものを感じつつ、静嵐はのん気に手を振る。 さてまた東門まで行かなければならない、と思ったが。 タバサが親切にも「東門まで送る」といい、竜の上に乗せてくれた。 静嵐とタバサを乗せた竜――タバサはシルフィードと呼んでいる――は大きくはばたき、宙に浮かび上がる。 馬車のほうに向かって歩くエレオノールの姿が小さくなっていく。 と、やおらエレオノールは立ち止まり。振り返って静嵐を仰ぎ見る。 「セイラン!」 「はいー!?」 もうかなり距離が開きつつある。大声で彼を呼ぶエレオノールに対し、静嵐もまた大声で返事をする。 エレオノールは小さく手を振り、まるで「可愛い女の子」のように微笑んで言う。 「今日はありがとう! また、機会があったら会いましょう!」 一瞬その笑みの理由がわからなかったが、とにかくそのように好意的に別れの挨拶をしてくれるのだ。 きちんと挨拶を返さなければならない。 「? ……ええ、縁があればまた!」 それは静嵐にしてみればまったくの社交辞令的挨拶であったが、 何故かエレオノールは満足げに笑った。 怒り顔が多かった彼女にしては珍しい、花のような笑みであった。 * トリスタニア上空に飛び上がったシルフィードの上で、静嵐は呟く。 「それにしても」 「?」 タバサが首をかしげる。 「ヴァリエールって名前の人は多いんだね、この国には」 最後まで彼女がルイズの関係者だということに気づくことはなかった。 * 西門から折り返すようにして東門の前に降り立った時、そこには一頭の馬に傍らに立つルイズの姿があった。 その表情は先ほどのエレオノールのように苛立ちに染まっていた。 「セーイーラーン!」 「わ、ルイズ!」 「ご主人様を待たせるなんて、あんたそれでも使い魔なの!?」 「ご、ごめんよ。ちょっと人助けをしていたものだから」 人助け。という単語に訝しげな表情を浮かべるルイズ。 どうやら静嵐が人助けをするような――正確に言うなら、人助けをできるような人物には見えていないようだ。 ヘラヘラと笑って平謝りする静嵐に気勢をそがれたのか、 はぁ、と溜息を一つついて、ルイズは言う。 「……まぁいいわ。さっさと帰るわよ」 「うん。――ええと、あの。僕の馬は?」 今朝方静嵐が乗ってきたはずの馬がいない。居るのはルイズが乗ってきた一頭だけだ。 静嵐は無論のこと馬術も得意であるように造られている。馬術は武術にも通じる。 ただ、本人の気質のせいか静嵐は馬に舐められやすく、よく振り落とされるのであるが。 「無いわよ。先に学園に返したわ。使いの者がやってきて、急に馬が必要になったからって」 「ええ!? じゃあ僕はどうやって帰ればいいのさ!」 「ボロ剣は馬にくくりつけて、あんた自身は剣の姿に戻りなさいよ。私自らが運んであげるわ」 ルイズの意外な言葉に驚く。 「え? でも、いいのかい? 帯剣するのは嫌なんじゃないの?」 「あんた一人にしとくと危なっかしいのよ! いいからさっさとやりなさい」 どうやら道に迷って、人助けをして待ち合わせに遅れたことを怒っているようだった。 知らない街に置き去りにされた以上、遅れたのは不可抗力だと反論したかったが、 それはそれでまた彼女の怒りを買うであろうことは目に見えている。 とにかく、これ以上雷が落ちないうちに帰るのが得策だと静嵐は判断した。 「わかったよ。それじゃあ帰ろうか」 爆煙を上げ、静嵐は己の本性、刀の姿へと変わる。 * そんな彼らを、はるか上空から観察している者が居た。 シルフィードに乗ったタバサである。 タバサは目を凝らし、静嵐とルイズの口の動きを読む。 (「あんたは剣の姿に戻りなさい」「え? でも、いいのかい?」……剣の姿?) 不可解な単語が出る。『剣の姿』に『戻る』とはどういう意味だろう? 首をかしげるタバサに、彼女の使い魔が語りかける。 「きゅいきゅい! お姉さま! もう御用事はお済みになったの?」 「まだ」 「ならさっさと終わらせて帰りましょう。お腹空いたの!」 「もうちょっと待って」 流暢に人語を操るシルフィード。 風竜だと思われたそれは、喪われたと言われている伝説の幻獣、『韻竜』なのである。 幼子のように喚きたてる彼女の使い魔を適当にあしらい、タバサはじっと静嵐たちを見つめる。 何やら言い合っていたようであるが、どうやら話は済んだようである。 静嵐は背中の剣を馬にくくりつけ、ルイズは馬にまたがる。そして静嵐自身は―― 「……!」 「あの平民の男の子、剣になっちゃった!」 これには流石のタバサもシルフィードも驚く。ただの青年が、一振りの剣に変化したのだ。 馬上のルイズはその剣をひっつかみ、そのまま馬で学院のほうへと走り去っていく。 「すごいわ! どんな魔法を使ったのかしら!」 インテリジェンスソードのように知能を持った武器というのはたしかに存在するし、 一部の魔導具の中には人間に擬態する機能を持ったものもある。 だが、あのように『生きた人間』が『剣』に変身するなど、タバサは聞いたことも無い。 そんなことが並の魔法や魔導具で可能だろうか? しかし、これで確信が持てた。 無言で、タバサは杖を握り締める。 「やはり、彼は、彼こそは……」 自分が探していた存在。自分の目的を達成する為の『鍵』なのだろうか? だとすれば、自分は…… その瞳には悲壮な決意の色が浮かぶ。 「『あれ』をなんとしてでも手に入れなければ……」 (続く) 前頁 目次 次頁
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戦火渦巻くアルビオンにて 『閃光のワルド』 の凶刃が振るわれる中 悲劇の王子 『ウェールズ・テューダー』 その死に様に少女は何を思うか? 遠くから喧騒が聞こえる。底抜けに明るい、だがどことなく悲痛なものを含んだ笑い声だ。 ここはニュー・カッスル城。アルビオン王党派最後の砦であり、明日にも喪われようとしている王国の最後に残った国土だ。 先ほどから聞こえてくる喧騒は酒席のもの。明日にもここは戦場となり、彼らは死地へと赴く。 つまりあれは、最後の晩餐というわけだった。 騒ぎの場から少し離れ、ウェールズは酒瓶を一本抱え込んで一人で酒を飲もうとしていた。 静かな場所、それも月が見えるところがいいとバルコニーに出たのだが、そこには先客が居た。 「やあ、使い魔くん」 藍色の外套を羽織った長身の青年。あまり見覚えの無い顔だが、誰であるかはすぐに思い当たる。 トリステイン大使の少女、ミス・ヴァリエールの使い魔。セイランだ。 気安い笑みを浮かべ、静嵐はいきなり現れた自分――皇太子ウェールズに挨拶をしようとするが、 「あ、どうも。ええと、ウェールズ様……でしたっけ?」 どうにも自分の名前はうろ覚えだったらしく、自信なさげだ。 「たしかに私はウェールズだが……名前を覚えられなかったのは初めてだな」 「いや、その、なんというか……すいません」 仮にも一国の王子の名前を忘れるという失態に、申し訳無さそうにする静嵐。 下手ではあっても卑屈ではなく、間抜けであっても愛嬌のある態度だ。そんな静嵐に好感を覚え、ウェールズは笑って言う。 「かまわんさ。明日にも潰える王朝の皇太子の名前など、覚えていようがいまいがどうでもいいことだ。 ――と、そんなことよりミス・ヴァリエールはどうしたのかね? 姿が見えないようだが」 先ほどまで、家臣たちにいろいろと過剰なまでの歓待を受けていたことは覚えている。 年若い少女には鬱陶しくもあるだろうと思い、絡むのもほどほどにしておけと釘を刺しておいたが。 どうにも最後の酒席で気分が高揚しているらしく、あれやこれやと酒や料理を勧めていた。 「今は一人にしてくれと言って今は部屋で休んでます。何かいろいろと考え込んでるみたいだけど、どうかしたのかなあ?」 「ふむ……。先ほどの話、ミス・ヴァリエールには少々ショックが大きかったようだな」 彼女が考え込むであろうこと。それはおそらく自分の話が原因だろう。 「先ほどの話とは?」 「明日にも私は討ち死にする、という話さ」 不思議そうに問う静嵐に、自嘲気味になりながらウェールズは答える。 「……はあ、そりゃルイズにはちょいとばかし衝撃的かもしれませんね」 目の前の男が明日にも死ぬ、という言葉にどう答えたものかと静嵐は戸惑っているようにも見える。 彼ですらそうなのだから、あの感受性の強そうな少女がどれほどショックを受けただろうか。 それでも語らずにはいられなかった。そうしておくことが彼の義務であったからだ。 彼女には悪いことをした、と思いながらウェールズは言う。 「仕方あるまい。男の生き様、王族の責務……どちらにせよ彼女には理解し難いだろう」 「そんなもんですかねえ」 「そんなものさ。君も男ならばわかるだろう?」 たとえ立場は違えども同じ男。『生き様』というものにこだわることに違いはないだろう。 「え? ええ、まぁ、わかります。はい。すごく」 静嵐はぶんぶんと大きく首を振り、大げさに同意する。――だがどうも怪しい。 「……本当に、かね?」 「え、ええと……」 目が泳いでいる。それだけでもう彼が何か嘘をついていることはわかる。 少し半目になって睨んで見ると、観念したのか彼は肩を落として言う。 「…………実を言うとあんまり」 その言葉にウェールズは吹き出す。 「ぷっ、くくく……あはははは!」 思わず腹を抱え、笑い転げてしまう。彼は何とこちらの期待を裏切ってくれる男であろうか! これでは、王子として精一杯格好をつけていた自分が馬鹿みたいに思えてくるではないか! だがしかしそれが、何処か捨て鉢になっていた己を冷静に見つめさせる。 そうだ。おまえの覚悟なぞ、結局はその程度のものだ。何も、特別なものではない。 そうだ。何も無理をして格好つけなくてもいい。彼のように思うまま、気楽にしていればいいのだ。 悲劇の主人公ぶるのはなんとも格好悪いことである。 「……君は不思議な男だなぁ。なんというかな? 私の心の中にある『風』に触れるものがあるようだ」 「『風』ですか?」 「そう、『風』さ。我が心に吹く一筋の風。アルビオンの男ならば誰でも持っている風。何ものにも囚われない、自由を愛する心!」 皮肉な話だ。死に囚われ、愛する者のところへも行けない男が自由を語るなど。 だが語ってみてわかる。自分が久しく『自由』などというものを意識していなかったこと。 そしてそれは彼の中の、封じ込めていた一つの思いを爆発させる。 ああ、そうさ。認めるよ。俺は自由になりたい。 俺は今すぐにでも、こんなくだらない争いを放りだして、アンリエッタのところへ行きたい! 彼女への思い。それが今何よりも強い感情だ。 それを募らせることがいかに無為か。それはわかっている。どんなに理屈をつけても、気持ちが高まっても。 己はアルビオン王国のウェールズ・テューダーであることは変わらない。それが動かしようの無い事実だ。 自分がやらねばならないこと。やってはいけないこと。そんなものはわかりきっている。 だが、ひどくすっきりした。王子だ男だと誤魔化さない。自分の本音を認めた。それだけでいい。 「自分は愛する女を『嫌々』諦めて、『渋々』死ににいく」 それでいいではないか。どうせやらなければいけないことが同じなら、気持ちだけは素直でいたい。 ウェールズは静嵐に感謝する。本人は全くそんなつもりはなかったであろうが、 彼の一言がなければ自分は後悔を重ねたまま死んでいったことだろう。それはただ死ぬよりもなお辛いことだ。 彼が自分の心に『風』を思い出させてくれたのだ。 「自由、か。ひょっとしたらそれは、僕が人間じゃないからかも知れませんけどね」 「人間じゃない? ……そうか、君も『パオペイ』なのだな」 浮世離れした言動。見たことも無い風体の格好。聞きなれない響きの名前。彼が宝貝であることの証拠だ。 「はい。静嵐刀といいます。すいません、隠すつもりはなかったんですが。 欠陥宝貝が使い魔をやってるメイジの大使だなんていうと失礼かな? と思いまして」 「いや、かまわんさ。君がパオペイであろうとそうでなかろうと、君が君であることには変わりはない。 それに私は、パオペイというものが嫌いではない。命を救ってもらったこともある。むしろ宝貝には、感謝してもしきれないほどさ」 嘘ではない。パオペイというマジックアイテムが多々問題を抱えた存在であることは承知しているが、 それでもなおウェールズが所持していた天呼筆や――静嵐には感謝している。 認められたことが意外だったのか、少し照れたように静嵐はぽりぽりと頭をかく。 「そりゃあ……同属としては嬉しい話です」 ウェールズは微笑む。 「……もっと早く出会えていたらと思うよ。私には愛しあった女性も、命を惜しまず身を投げ出してくれる臣下もいる。 だが、友と呼べるようなものにめぐり会う機会は今まで数えるほども無かった。王族とは、孤独なものだ」 それを不幸だと思ったことは無い。だが、友を望むことは贅沢ではないはずだ。 ウェールズはグラスを取り出し、酒を注ぐ。グラスの数は二つ。自分と、彼の分だ。 「最期に飲む酒が、君と飲める酒でよかったよ。ありがとう、セイラン君。――我が友よ」 * 翌日。ニュー・カッスル城内にある礼拝堂にて、ウェールズが立ち会う中ルイズとワルドの結婚式が執り行われようとしていた。 ルイズはウェールズより貸し与えられたアルビオン王家伝来の花嫁衣裳を身に纏っていた。 魔法によって枯れることなき花を飾られた新婦の冠と、新婦しか見につけることを許されぬ乙女のマントである。 華やかにして由緒正しきその衣装は、魔法学院の制服の上であっても十分に少女の魅力を引き立たせるものであった。 しかしそれを纏うルイズの表情は晴れない。暗く、沈んだままだ。 (本当なら、この花嫁衣裳はアンリエッタ様が纏うべきなのに) 自分はワルドに言われるままこれを着せられ、人形のように立ち尽くすのみだ。 礼拝堂の中には自分達のほかに静嵐がいるのみで、城の者は誰も参列していない。 目前にまで迫ったレコン・キスタ軍を対応するため、戦えるものは戦いの準備を、戦えぬものはすでに城から避難している。 自分達はそのどちらでもない。お遊びのような結婚式に興じているだけだ。 そしてルイズは――未だ迷っていた。 「新婦ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール……」 立会人であるウェールズは朗々と詔の言葉を唱える。ルイズはそれを聞くともなしに聞いていた。 このまま自分は迷いを抱えたままワルドと結婚するのか? ……いや、それはできない。そんなことをすれば一生の後悔を抱えることとなるだろう。 ならば、とルイズは決心する。 「さあ、ミス・ヴァリエール。誓いの言葉を」 誓いの言葉。だがそれには答えず、ルイズはワルドに向き直る。 「ねえ、ワルド。誓いの言葉の前に、一つだけ教えて欲しいことがあるの」 「……何かな? ルイズ」 「何故あなたは今、私との結婚を望むの?」 それが今最大の疑問だ。 自分はヴァリエール公爵家の娘ではあっても、未だ権力も財力も無い。 容姿にしても、顔はまだしも体つきは痩せて貧相。とても魅力的であるとは思えない。 そして何よりも自分は『ゼロ』のルイズ。魔法も使えぬ落ちこぼれのメイジでしかない。 そんな自分が何故こうも、地位も力もある男ワルドに求婚されるのか。それが不思議でならないのだ。 ルイズの質問に、ワルドは困ったような顔をする。……その裏側に、小娘の気まぐれに辟易する男の表情が見えた気がする。 「私との結婚は嫌なのかい?」 「そうじゃないわ。私はただ知りたいだけ。……だからワルド、正直に答えて」 ワルドの顔から表情が消える。真剣な面持ちとは似ているようで違う。どこか派虫類めいた表情の無い表情。 自分が何か、聞いてはいけないことを聞いてしまったのかと思い。ルイズは言い知れぬ恐怖にかられる。 ワルドは平坦な口調で言う。 「それは、君には才能があるからだよ」 「才能? そんなもの私には……」 自分の才能だって? それは何の才能だというのか。 ルイズには何も思い浮かばない。まさか、魔法の才能だとでも言うのか。 「いや、君が気づいていないだけだ。君にはとても強い力、この世界全てを手にすることができるほどの力がある! 私はずっと昔からそれに気づいていた。私だけだ、私だけが君の力を上手く使うことができる」 先ほどとは打って変わった様子で、熱っぽく語り始めるワルド。しかしそれに反してルイズの心は冷えていく。 「そんな……そんなのって」 たしかにルイズは、自分が何の利も無く愛されるほど魅力的な女ではないことは承知している。 しかしこうもストレートにそれを口に出されるショックは隠せない。 あまりにも無粋である上、少女の心を一欠片も考えない発言。それに対し、ウェールズは気色ばむ。 「子爵、その言い様は余りにも……!」 「殿下には黙っていただきたい。亡国の王子に何がわかるというのです」 「……貴様!」 ふん、と息を吐き、小ばかにしたような言い方をするワルド。あまりの侮辱にウェールズは怒りで顔を赤くする。 ルイズは戸惑う。何故彼はこうもいきなり態度が豹変してしまったのか。 「ワルド、どうしたの? あなた、おかしいわ。昔はそんなことを言う人じゃなかったのに」 「ルイズ。私はもう昔の私とは違うんだ。君もいずれわかる。さぁ、私と――」 「嫌っ!」 ルイズは肩に伸ばされたワルドの手を振り払う。 「ルイズ!」 ワルドが怒鳴り声をあげるが、ルイズは聞きたくないとばかりに耳を塞ぎいやいやをするように強く首を振る。 「嫌よ、そんな理由で結婚なんてできるわけない! 世界を手にする力なんて知らない! そんな在りもしないような力が目当てだなんて、そんな馬鹿な話あるわけがないわ!」 悲しかった。ルイズはただ、誤魔化しでもいいから優しい言葉をかけてほしかっただけなのに、言われた言葉は『力』だ。 自分の無力さ、宝貝の意味、悲劇の王子、そして結婚。 アルビオンへの旅で様々なことを思い、落ち込んでいたルイズにはワルドの無慈悲な言葉はまさにトドメとなったのだ。 そしてもはやルイズの気持ちはワルドに傾くことは無くなっていた。 それを悟ったワルドは数秒押し黙り、重々しく口を開く。 「……ならば仕方無い。君が私のところに来てくれないというのなら、他の用事の一つを果たすとしよう」 そう言ってワルドは、ゆっくりとした動作で腰にさした杖を引き抜く。 「!? セイラン、ミス・ヴァリエールを!」 ワルドの動きに気づいたウェールズはいち早く杖を振るい、呪文を唱える。 同時に、それまで客席で事の成り行きを見守っていた静嵐が、ウェールズの言葉に促されルイズの前に割って入る。 詠唱が完了し、ウェールズの杖から放たれた一筋の風がワルドの杖を叩き落す。 「子爵っ、そこに直れ! 貴様は私が成敗する!」 言われたワルドはウェールズの言葉など聞こうともせず、大仰に肩を竦めて見せる。貴様ごとき眼中に無い、とばかりに。 だが今のワルドは無手。杖が無ければいかに魔法衛士隊隊長であるワルドといえど、満足に実力を発揮することはできないはず。 ゆえにワルドからの反撃の無いに等しい。あとはウェールズが一方的にワルドへ攻撃を加える――はずであった。 ウェールズが再び詠唱を完了し、呪文を放とうとしたまさにその時。 「――っ!?」 ウェールズの顔が驚きに染まる。馬鹿な、と。ウェールズが震える瞳で下を向けば、彼の胸にはポッカリと穴が空いている。 比喩ではなく、己の左の肺腑を貫く位置にまさに空洞があるのだ。穴の中からは、己の血肉が覗いている。 ウェールズがそのことに気づいたとき、思い出したかのように大量の血が流れ出す。 ワルドの魔法が彼を刺したのか? しかし彼が取り落とした杖は床に転がったままだ。ならば何が彼の胸を貫いたのか? 相変わらずワルドは無手のまま。――いや、その手は何かを握るような形となっている。 正確に言うならばウェールズの胸に空洞が空いているわけではない。 いかに鋭い風の魔法であっても、こうも綺麗に人体に穴が空くわけがない。 傷口を押し開くように、何か透明なものが突き刺さっているのだ。 それは鋭く、硬い、槍のようなもの。それがウェールズを刺したのだ。 「これが用事の一つだ」 ワルドはそう言って、握っていた手を開く。 支えを失ったようにウェールズの体は崩れ落ちていった。 * 「み、見抜けなかった……?」 驚愕の表情のまま、静嵐は呟いた。 仰向けに倒れ、血を流すウェールズ。 いかなる手段を用いたとしても、それが人間の為しえる技であれば武器の宝貝である静嵐に見抜けないはずがない。 何もウェールズは静嵐が守護する対象ではないが、それでもただ殺されるのを黙って見過ごすほど浅い関係ではない。 だが現実に致命傷を受けたウェールズがそこにいる。静嵐がわからない方法で攻撃されたのだ。 傷は胸部への鋭い一突き。肺腑を貫かれ、失血はひどい。 もはや彼が助かる見込みはないだろう。たとえメイジの治癒魔法を駆使したとしても、だ。 そこで静嵐は一つの可能性に思い当たる。 武器の宝貝の洞察力を持ってしても見抜けない攻撃手段。 「もしかしてそれは……!」 静嵐の叫びにワルドは嗤う。 「ご明察。これは暗器の宝貝、シンエイソウだ。何、勿体つけて晒してみたはいいが、実態は大したことが無い、 ただの『見えない槍』というだけさ」 暗器とは大まかに分類するならば武器の宝貝に入る。しかし暗器が通常の武器と違うのは、それが隠し武器であるということだ。 剣や刀のように、通常目に見えるところに持ち歩き使用するのとは違い、暗器は普段懐の内などに隠されている。 敵は当然こちらが武装しているとは気づかないから油断してしまう。暗器の宝貝とはその油断を突く宝貝なのである。 卑怯だと言えば卑怯な武器ではあるが、暗器とはその存在が暴露されてしまうと途端に脆くなってしまう性質がある。 隠すという部分に重きを置くが故に、武器としての攻撃力は二の次三の次となってしまうからだ。 弱いが故に鋭いという矛盾を併せ持った存在。暗器とは相手の駆け引きという一瞬のせめぎ合いに輝くものなのだ。 だがこの、シンエイソウ――『震影槍』は違う。 たしかに言葉にしてみれば『見えない槍』というだけである。それ自体は驚くに値しない仕掛けだ。 だが、その内実が単純であるがゆえに、それが洒落にならないほど強力であることがわかる。 相手に存在を気づかせないという暗器の特性と、槍という高い攻撃力。 静嵐はこの宝貝の欠陥に思い当たる。これは卑怯すぎるのだ。 暗器という『非道』の理よりもさらに外れた『外道』の武器。おそらくは試しに作ってみたはいいが強力すぎたのだろう。 正々堂々を旨とするあの龍華仙人がこのような武器の存在を許すわけが無い。 故にこの震影槍は欠陥宝貝として封印されたのだろう。 さしもの武器の宝貝も、発動する前の暗器までは見抜くことができない。 「くっ」 呻く静嵐を他所に。ワルドは悠然と自身の杖を拾い上げ、言葉を続ける。 「そして貴様にはもう一つ都合の悪い事実をプレゼントしよう」 言って、詠唱を始める。静嵐はそれを遮るため斬りかかるべきかと判断する。だが、 「……」 背後のルイズは呆然と立ち尽くしたままだ。下手に動いて彼女を危険に晒すわけにはいかない。 結局静嵐は黙ってワルドが詠唱を完了するのを待つしかなかった。 静嵐はワルドの攻撃魔法、エア・カッターやウインド・ブレイクとかいうものを警戒する。 だが、完成したワルドの魔法は予想外の物だった。 「ぶ、分身した!?」 ワルドの体はいきなり五つに分身する。ぱっと見ても、どれが本物かはわからない。全員が全く同じに見える。 気配もまた五つとも同じもので、これが幻術やまやかしの類でないことは確実だ。 そして五人のワルドの一人が、懐から白い仮面を取り出して顔につける。その姿には見覚えがあった。 「仮面の男!」 ラ・ロシェールにて静嵐と切り結んだあの男。鬼神環という宝貝を所持していたあの男。 つまりヤツこそがワルド自身であったのだ。 「分身の……魔法ってやつかい?」 静嵐の問いに、五人のワルドたちは口々に言う。 「そういうことだ」「これぞ我が『風』の魔法」「『風』は何処にもありて」「『風』は何処にも吹く」「すなわちこれこそが」 『遍在だ』 五人のワルドを前に、静嵐は後ずさる。 あれほどの強敵であった白い仮面の男、その正体が強力なメイジであるワルドだというのならば納得できる。 その敵が今まさに静嵐たちを襲おうとしている。それも五倍の人数で。 「不味いな……。ルイズ! ここは一端引いて――ルイズ?」 ルイズは、白仮面の男の正体を見てもなお、未だ立ち尽くしたままだった。その表情は静嵐からは見えない。 ポツリと呟く。 「……何故なの?」 それは心の奥底から搾り出すような声だった。 「殺す必要なんて無いじゃない……。何故そんなに……殺したり殺されたりする必要があるの?」 ルイズはじっと、もはや魂魄が体から離れようとしているウェールズを見つめる。 青白い、を通り越して土気色となった美貌の王子。それを見つめる花嫁姿の少女。 それは、何か性質の悪い冗談のような光景だ。 ワルドは、ワルドたちは言う。 「……」「それが『力』の本質だからだ」「殺し壊す」「それこそが『力』の存在意義」 ワルドたちの表情は無機質なままで、しかし少しだけ哀愁を含ませたものだった。 「そして私には『力』を求める理由がある。故に私は……王子を殺した!」 ルイズは首を振る。 「『力』……『力』ですって? 私の中にもあるという『力』? それが理由だというの? ――くだらない、くだらないわ!」 あらん限りの力で、吐き捨てるようにして叫ぶ。 「ワルド、あなたは間違っている。世界を手にする『力』? そんなものがあって何になるというの!」 ルイズの握り締めた拳の中には一本の筆、天呼筆がある。 一度はウェールズの命を救い、だがその命を最後まで救いきるには足りぬ『力』しかなかった宝貝。 「たとえ街一つを壊すような力だって、愛し合うもの同士が離れ離れになるのを止めることすらできないのよ?」 かぶりを振る。そしてぐっと顔を上げて、涙を拭う。 毅然とした態度でワルドを真正面から見据え、その眼差しに爆ぜる炎のような激情を見せながら、 燃えるような瞳をしたルイズは言う。 「そんな『力』に何の意味もありはしない。――だから私は、力を追い求めるだけのあなたを止める!」 「……!」 一瞬、その迫力に気圧されるワルド。だがすぐに立ち直り、 「しかし、どうするというんだい、ルイズ?」「今の君には何の『力』もない」「ただの少女の君に何ができると言うんだ!」 ワルドは嗤い、ワルドは冷静に判じ、ワルドは激情に叫ぶ。 ルイズもまた彼を恐れない。すっと右手を挙げ、彼女の前に立つ『使い魔』へ手を伸ばす。 「今の私にも――『力』なら、ある。あなたを止めるに足る『力』が!」 そして彼女は、己が『力』の名を呼ぶ。 「静嵐刀!」 呼ばれたモノ、そう、彼。静嵐はルイズの言葉に頷き。手に持ったデルフリンガーを地に突き立てて空中へ跳ぶ。 瞬間。彼の体が爆煙に包まれ、その直後、一本の剣――いや、一振りの刀がルイズの手に納まる。 「!」「その剣!」「やはり彼は」「パオペイか!」 鞘から刀を引き抜き、ルイズは頭に被った冠を投げ捨てる。 「王子様を殺してまで得ようというのが私の本当の力だと言うのなら、あなたの言う力なんて要らない」 鞘を一撫ですると、ぶるりと震えた鞘は再び静嵐の外套へと姿を戻す。 ルイズは肩から真っ白な乙女のマントを外し、その代わりに静嵐の藍色をした外套を羽織る。 その背中には荒々しい雄牛の刺繍が躍り、巻き起こる風が外套をはためかせる。 「この手の中の一本の刀。それが今の私の力なら、私はそれだけでいい! それだけで十分よ!」 ルイズが示すのは『意思』だ。『力』は彼が、静嵐が担ってくれる。 ならば、あとは告げるだけだ。 「ワルド、あなたを――斬る!」 * それはルイズが静嵐刀を手にした瞬間の刹那、光よりも速い言葉で交わされた意思疎通。 『――やるわよ、セイラン。私とあんたで、王子様の仇を討つ。ワルドを倒す』 『いいのかい? 敵はワルドだよ』 かつての思い人を敵にする。その重圧に彼女の心は耐えられるのか? 『……彼が何を思って、あんなことを言ったのかはわからない。昔はとても優しい人だったのに。 だから何か、事情があるのかもしれない。優しかった彼にああ言わせるだけの何かが。でも』 『でも?』 『彼は取り返しのつかないことをしてしまった。もう戻れないところまで行ってしまった。 なら、私が、彼のことを好き――好きだった私が、彼を止めるしかない!』 『ルイズ……』 ルイズの覚悟は本気だった。一時の激情や戸惑いで出た言葉ではない。 人を斬るという重さ、それに対する責任を持つ言葉だ。 『力を貸して、静嵐刀。私の『意思』を通す為、私の『力』になって!』 『……ああ! わかったよ! この静嵐刀、全てを尽くして君の『力』になろうじゃないか!』 静嵐の心は震える。静嵐の内側から力が沸いてくる。 そしてその力を、自らの主人に使用者のために振るえるという喜び! それがまた、新たな力となっていくことを感じながら―― * ルイズの体を操り、静嵐は敵に向かって駆ける。 彼を、彼女を迎撃せんとしてワルドたちは次々と呪文を放つ。 あまりの魔法の弾幕に、静嵐たちは回避行動の連続を余儀なくされる。 「くっ、近づけない……!」 一発一発の呪文はさほど強力なものではない。おそらく、ドットかラインクラスに値する魔法だろう。 だがそれとて、五体という数が完璧な連携において放たれるものであれば、数字以上の威力を見せるのは当然のことだろう。 それがワルドの戦い方。大威力の魔法で『圧倒』するのではなく、小威力の魔法で『制圧』するのだ。 余裕の表情を見せながらワルドは言う。 「君はいけない娘だな、ルイズ」「黙って私について来ればいいものを」「これでは君を殺さねばいけないではないか!」 言いつつも、ワルドは一分の隙も見せない。一人が喋っていれば、他の四人はすべて攻撃に回るのだ。 「ふざけないで! 誰があなたなんかに!」 せめて意気だけは負けぬよう、ルイズは叫び言い返す。その間も静嵐はルイズの体を操り回避行動を取り続ける。 「君も所詮は力無き愚か者か」「であれば私の言うことが理解できないのもわかる」「私の期待に背いたことを後悔させてやろう」 「何を勝手な! 己の目的のために、国を売ろうとする男の言うことじゃないわ!」 かろうじて一閃、ワルドに斬撃を加える。だが浅い。 一人に気を取られている間に、他のワルドは飛び退り距離を開ける。 ルイズを囲むような配置。それは彼女に向けて呪文の十字砲火を加える陣形だ。 「しかし!」「その男に!」「追い詰められているのが!」「今の君だ!」 四人のワルドは詠唱を開始する。それは確実にルイズたちを殺傷しうる必殺の魔法。 「――現実を理解することだな」 ぐ、と歯を食いしばり。包囲網からなんとか隙を見出そうとする静嵐。だが、予想外の場所から声がかかる。 『娘っ子、相棒! 俺を使え!』 「デルフ!?」 いつの間にかルイズたちは、静嵐がデルフリンガーを突き立てた場所まで後退していた。 熱に浮かされたように、何かを思い出そうとするかのようにデルフリンガーは声を発する。 『だんだんと思い出してきたぞ、そうだ、俺は――』 言葉は途中で途切れる。ルイズと静嵐、そしてデルフリンガーに向けてワルドたちが魔法を放ったのだ。 風の刃が、雷光が、空気の槌が、風圧の槍が、ルイズたちを襲う。 「!」 静嵐は左手でとっさにルイズの左手で引き抜いたデルフリンガーを、盾のようにして目前にかざす。 論理的な行動ではない。たかが剣一本であれだけの魔法に耐え切れるはずはない。 だが、静嵐の操るルイズの左手はそれをごく自然な動きとして行わせた。まるでそれが、当然のことであるように。 そしてそれは、相応の結果をもってルイズたちに応える。 「! 魔法を……吸収した!?」 ワルドの驚きの叫びが聞こえる。 殺到する魔法の威力が霧散する。ルイズの体を切り、焼き、潰し、貫くはずだった威力は全て無くなっている。 到達点には、右手に静嵐刀を構え、左手にデルフリンガーを握るルイズの姿があった。 デルフリンガー――その姿は変化し、錆びついていた刀身は抜き身の刃が持つ白銀へと変わっている――は叫ぶ。 『そうだよ、それこそが俺の力なんだ! ガンダールヴはこの能力で……この俺の力でブリミルを守ったんだ!』 「ブリミルを!? なら、あんたは……」 ルイズは己の手の中の長剣を見つめる。長い年月を戦いとともに駆け抜けてきた刃が光る。 『そうさ! 俺はデルフリンガー……神の盾、ガンダールヴの剣だ!』 * ルイズは驚く。ただの古びたインテリジェンスソードだと思っていたデルフリンガーが、あのガンダールヴの剣であったとは。 始祖ブリミルがこの地、アルビオンに降り立ったのは六千年前。普通に考えて、その頃の刀剣が現存しているとは考えにくい。 『どうだ、娘っ子! 見直したか!』 「ホント……掘り出したモノだったみたいね!」 なるほど、この光り輝く刀身は伊達ではない。そして何より、デルフリンガーの魔法吸収能力は確かだ。しかし、 ワルドは苦々しく言う。 「なるほど」「厄介な剣だな」「しかし受け切れなければ同じこと」「貴様の敵は一人ではないのだ!」 そう、ワルドは遍在の魔法を使っている。一対一であれば、魔法を封じた時点で圧倒的有利に立てるであろうが、 ワルド『たち』は連携して攻撃魔法を使ってくる。先ほどはちょうど十字砲火の形となっていた為射線が把握しやすかったが、 今度は真横や背後、あるいは上空と、次々に死角から魔法を放ってくる。一人の方を向けばもう一人が、という具合である。 武術の達人の技を持つ静嵐のこと、それらを的確に捌いていくが、やはり反撃には至らない。 反撃の糸口を見つけなければならない。そして、それができるとすれば自分なのだ。 今静嵐が追い詰められているのは、静嵐が魔法に対する知識を持たぬがゆえである。 ならば答えは簡単だ。ルイズの持つ魔法の知識を利用するのだ。 ルイズは静嵐の力で強化された視力を持って周囲を見渡す。 周囲には様々な光、ルイズがルイズ自身の力だけで見ているときは違った光が見える。 静嵐が言うには、それは目に見えない空気の流れなどを視覚化したものであるらしい。 無論、その一つ一つの意味や利用法などルイズにはわからない。 しかし、強化された視力は利用できる。 ルイズはワルドの一人、その口の動きを見る。杖を構え、一言一言を刻むように呪文を唱えている。 それは通常時であれば、とても追いきれる速さの動きではない。 だが今の、静嵐刀を手にしている状態のルイズであればその口の動きを読むことは容易い。 ルイズは心を通じて直接静嵐に訴えかける。 『左、ライトニングクラウドが来るわよ!』 『なんだって?』 『ライトニングクラウドよライトニングクラウド! あの電撃! あんた一回食らったんだからわかるでしょ!?』 『あ、ああ!』 言われるがまま、左のワルドが放った電撃を静嵐はデルフリンガーで受ける。 静嵐刀を握ることで一心同体と化し、光よりも速く会話できるが故にできた芸当だった。 『次、右からエアカッター!』 『あの風の刃か、なら!』 静嵐はライトニングクラウドを受けた紫電の光を背後に置き、右のワルドへと向き直る。 同時にワルドは風の刃を静嵐に向けて放つ。だが静嵐はそれを、防ぐのではなく紙一重で回避する。 風の刃、という鋭くはあるが攻撃範囲の狭い攻撃であったから、そしてそれを事前に察知できたが故の芸当だ。 防いでいては隙が大きくなり、反撃は覚束ない。しかし回避したのなら、あとは斬るだけ。 「ぐぅっ!」 袈裟懸けに静嵐刀でワルドを斬る。斬られたワルド、その遍在は魔法の力を散らされて掻き消えるように姿を消す。 これで一人。だがルイズは気を抜かない。 『続けて前から二人、杖にはエア・ニードル!』 斬られたワルドの背中から、同時に二人のワルドが飛び出し、それぞれの杖を以って斬撃を繰り出してくる。 ルイズはそれをデルフリンガーと静嵐刀で受け、一瞬の鍔迫り合いの後、弾け跳ぶように後方へと下がる。 「何故、こうも先を読むことができる」「私の二つ名は『閃光』」「私の高速詠唱を見切ることなどできるはずがない!」 完全に相手の動きを読んでの対応に、ワルドは吠える。 ルイズはお返しとばかりにさきほどのワルドに似た嗤いで言う。 「たしかに普通の私じゃ詠唱を見切ることなんてできないわ。だけど、セイランを手に持っている今ならば話は別よ」 静嵐刀は使用者の力を増幅させることはできない。だが、人間が本来持っているだけ能力を引き出すことはできる。 野生に近い環境で育つ人間の中には、地平線にある獣の姿を見ることができるものもいるという。 それにも匹敵するだけの能力。この場合ならば視力をルイズは得ていた。 だがそれは見えるというだけの話。詠唱の見切りには繋がらない。 詠唱を見切るだけの知識、それは…… 「そして私の二つ名は『ゼロ』。落ちこぼれの二つ名。――だけどその分、勉強だけは怠ってこなかったのよね」 あまりに魔法が上手く使えないがため、『ゼロのルイズ』という不名誉な二つ名で呼ばれたルイズ。 彼女が常に自分に対して課してきたこと、それは「自分に出来ることと出来ないことを見極める」ことであった。 魔法が使えないというのならば、自分が何の系統の魔法を使えないのか? 自分が何の系統のどの魔法を使えないのか? それを全て見極めていくには、全ての魔法に対する知識が必要だった。 「四大系統の主だった魔法の詠唱と効果くらい。丸暗記済み。 さすがにスクウェアクラスのまでは承知していないけど、トライアングルくらいまでなら余裕だわ」 「……!」 ワルドは絶句する。それが言うほど容易いことではないからだ。 普通のメイジであるならば、自分の得意系統の魔法のみを勉強するだろう。 しかし彼女は『ゼロ』だ。得意の系統など無い。なればこそ、全ての系統の魔法に通じることができたのだ。 たとえ自分の使えないものであっても学んでいく。その『努力』、それこそがルイズのもっとも得意なことと言える。 静嵐は感心したように言う。 『そっか。魔法の実技で軒並み落第点なら、せめて筆記での成績は上位で居なくてはならないよなぁ』 『うっさいわね! そういう目的も…まぁ…ちょっとはあるけど』 そしてルイズは微笑む。少し意地の悪い笑みで。 「でもホント、人生何が幸いするかわからないわよね?」 *
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異世界ハルケギニアに召喚された 静嵐刀はいかにして 『ゼロの使い魔』 となったか? 煙の中から現れたのは一人の男だった。 背はルイズより頭二つほど高い。大柄なほうだと言えるだろう。 だが長身の割には細身で、高いというよりは長いと表現するべきだとルイズは思った。 顔立ちはまぁまぁ整っていて少なくとも不細工ではない。 だがどうにも締りの無い笑顔をへらへらと浮かべているため、それらが全て台無しとなっている。 服装は動きやすそうな袖つきの外套を羽織っている。藍色をしたその外套には精緻な雄牛の刺繍が施されている。 だが雄牛の刺繍が放つ荒々しい雰囲気にこの男は全くといっていいほど似合っていなかった。 ようやく煙が晴れ、男は口を開く。 「あーあー、酷い目にあったよ。 人間界に降りてくる途中に何か変な光にひっかかったと思ったらいきなり体が痺れるし。 僕が宝貝でなかったら気絶していただろうなぁ。それくらい痺れたし。雷かなんかかな? まぁ何はともあれ無事に逃げおおせてよかったよ。 他のみんなが逃げ出すんでなんとなく逃げてみたはいいけど行くあてもなかったし、 無事に人間界に降りられるかどうかもわからなかったからなぁ。 うん、そうだ。途中で『虚無』の空間にでも引っかかっていたら大変だったよ。 そう考えるとこうして無事に地面に立てるのも幸せというものかな。 ねえ、君もそう思うでしょう? ――あれ? 君はどちら様?」 男は長々と独り言を続け、そしてようやくルイズの存在に気づいたのか、にこやかにルイズに問いかける。 問いかけられたルイズは。 「それはこっちの台詞よ!」 激怒して怒鳴り返した。 サモン・サーヴァント。それは一人前の『メイジ』が己の『使い魔』を得る儀式のことだ。 使い魔は己を呼び出したメイジと契約し、己の主人に全てをかけて尽くす。 メイジもまたそんな使い魔に報いるために己の力を磨いていく。 サモン・サーヴァントとはそんな使い魔とメイジの関係を決める神聖なものである。 故にその儀式はメイジにとって一生を決めるほどの重要なものであり、呼び出した使い魔は一生の伴侶となる。 メイジは使い魔を選べない。使い魔もまた主人を選ぶことはできない。つまり主人と使い魔は運命で繋がっているとも言える。 だが時として運命はメイジに、そして使い魔に数奇なる出会いをもたらすこととなる。 男は困ったようにポリポリと頭をかく。 「何だと仰られても困るんですがね。ああ、とりあえず名前を名乗りましょうか。僕の名前は静嵐(せいらん)と言います」 「名前なんて聞いちゃいないわよ。なんでアンタが、アンタみたいな平民が出てくるのよ!」 「平民? はぁ、そりゃあ僕は皇族でも無けりゃ仙人でもないですが。 でもですね、僕はこんなナリをしてますがこう見えても――」 何かを言いかける男、静嵐刀を制してルイズは怒鳴る。 「アンタが何かなんてどうでもいいわ! ――ミスタ・コルベール!」 「何かねミス・ヴァリエール?」 「儀式のやり直しをお願いします。平民を使い魔になんてできません」 「……それは無理だ、ミス・ヴァリエール。この儀式はメイジの一生を決める神聖なもの、やり直すことなど許可できない。 それでも嫌だというのであれば退学処分となるがよろしいかね?」 「う……」 コルベールの言うことは正論であった。 儀式の神聖さ、使い魔の重要性、それはメイジ(落ちこぼれであるが)であるルイズが誰よりも自覚していることである。 「わかり、ました……」 覚悟を決め、ルイズは厳かに呪文を唱え始める 静嵐は「何をぶつぶつと言ってるんだろう?」と思いながらルイズに話しかける。 「お話は済みました? さっきは言いそびれましたけど、僕は何を隠そう――え? 何ですか? しゃがめ?」 呪文を唱え終えたルイズがちょいちょいと手招きをする。背中を曲げた静嵐がルイズに顔を寄せる。 ルイズはそんな静嵐の頭を両手でがしっと掴み、固定する。 「え? あれ、何を」 驚いた静嵐は逃れようとするが、ルイズの手はがっちりと静嵐の頭を抱え込んでいる。 無論、本気で抵抗すれば非力な少女のアイアンクローごとき逃れられないことはない。 だがそんな抵抗は、ルイズは気迫――怒りとも言うが――で許さない。 そして、身動きできない静嵐にキスをする。 「むぐ!?」 いきなり口を塞がれ、静嵐は危うく舌を噛みそうになる。 数秒間のキスの後、ルイズは静嵐を解放する。静嵐は後ろにひっくり返った。 「び、びっくりするなぁもう。会ったばかりの男にいきなり口付けなんてお嬢さんのすることじゃ―― ――あれ? 何コレ? 熱い! 熱くて痛い!」 まるで体の内側から熱い釘を打ち込まれたような痛みを感じ、静嵐は左手をおさえてうずくまる。 「契約の証よ。我慢しなさい」 憮然としてルイズは言い放つ。さきほどの契約のキスは当人にとってもやはりショックなことなのだ。 涙目になり、だんだん痛みの収まってきた左手をさすりながら静嵐は聞き返す。 「契約? 何と何との契約ですか?」 「…不本意ではあるけれど、アンタと私の契約よ」 「その契約内容とは?」 「……アンタが私の使い魔になって一生私の言うことを聞くこと」 「はぁ。なんでまたよりにもよって僕なんですか?」 「召喚したのがよりにもよってアンタだったからよ!」 静嵐は冷静に、彼女の言い分を整理する。 一つ、自分は彼女に召喚されてここにやってきた。 一つ、自分は彼女と契約というのを結んだ(しかも一方的に)。 一つ、自分は彼女の使い魔というやつになり、彼女のために働かなくてはいけない。 静嵐は驚き、叫んだ。 「ええーっ!? じゃあ僕は貴方に呼び出されて貴方と契約を結び使い魔というのになってしまっていて、 さらにこれから一生貴方の言うことを聞かなくてはいけないんですか!?」 「さっきからそうだって言ってるでしょうがー!」 ルイズの契約が済んだことによって全員の契約の儀式は終了した。 コルベールが解散を告げると、フライやレビテーションの魔法を使い、あるいは契約したての使い魔に乗って生徒たちは皆帰っていく。 生徒たちが飛んでいるのを見て、「あれは飛行術かな?」と思いながら静嵐はルイズに話しかける。 「みんな行っちゃいましたねえ。じゃあ僕らも行きましょうか。ええと――」 「ルイズ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ」 「じゃあルイズ。行きましょうか」 そう言って静嵐はどちらに行けばいいのか知りもしないのにさっさと歩いていこうとする。 使い魔らしくルイズの前に立ち、彼女を守るように歩くその姿にルイズは違和感を覚える。 紆余曲折はあったものの、使い魔の契約はあっけなく完了した。 ――いろいろと文句が無いでは無いが、それはいい。強く拒否されたりしても困るのはルイズ自身なのだから。 問題は、人間を使い魔にするという前代未聞の出来事にも関らず、当の静嵐本人はさしたる抵抗もなくそれを受け入れたことだ。 「……アンタ意外に素直ね。てっきりもっと反発してくるかと思った。今さらこんなこと言うのもなんだけど、嫌じゃないの?」 静嵐は「本当に今さらですねぇ」と言おうとするがルイズに睨まれる。 真面目に答えろ、と。 「え、ええとですねぇ。確かにいきなりこんなところに召喚されたのはさすがに面食らいましたけど。 でも別に、貴方に限らず『人間』に仕えるのにさしたる抵抗は無いですよ、僕は」 「何それ? 平民だからってちょっと卑屈すぎじゃない?」 呆れたようにルイズは言う。 平民とて人間だ。いきなり貴族から自分に仕えろと言われても、ハイわかりましたとなることはまず無い。 普通はいくらかの金銭を支払うことによって雇い入れるか、そうでなければ貴族としての力を示して従わせるしかない ところが静嵐はそんな常識を知ってか知らずか、あっさりとルイズとの使い魔関係を受け入れた。 使い魔には給料も無ければ休日も無い。メイジにとってはただの下僕だ。 無論、それなりの働きをすればメイジとて彼らに褒美(一般的な使い魔の場合、良質なエサなど)を与えるが、 それは必須のものではない。ご主人様の匙加減一つである。これはどう考えても割りに合わない。 知性のない獣たちであるならばいざ知らず、まともな人間ならばそんな契約には断固として反対するだろう。 そうルイズは思ったのだが、静嵐は相変わらずの笑みを崩さず答える。 「僕にだって『道具』の業がありますからね。使用者もいないまま世界を彷徨うよりは誰かに使ってもらいたいんですよ」 「道具の……業?」 またしても卑屈な発言かと思ったが、何かがひっかかる。 そう、さきほど静嵐は『人間』に仕えるのに抵抗はないと言った。『ルイズ』にではなく『人間』にだ。 まるで自分が人間ではないかのような言い草ではないか? 「ああ、そう言えば言いそびれてましたね。さっきから僕のことを平民平民とおっしゃってますが、それは間違いです」 「どういうこと? 自分が貴族だとでもいうの?」 「いえ。もっともっと根本的に、僕は人間じゃありませんから」 あっさりと静嵐は言う。 「天地の理を知り、存在としての高みに至らんとする者、『仙人』。 そしてその仙人が作る尋常ならざる力を持った道具、『宝貝』。 僕は、僕の名は静嵐刀。宝貝製作において右に出るものはいないと言われる仙人、 龍華仙人が手ずから鍛え上げた武器の宝貝の一つ。――刀の宝貝なんですよ」 そう言って再び静嵐は、間抜けで気の抜けた……だが何処か底の見えない笑みを浮かべた。 目次 次頁