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あいかわらず暑い。それもただ気温が高いだけでなく、湿度も高く蒸しているからたちが悪い。時期にして九月、季節は夏から秋に変わり始めているはずなんだが、近年の夏の張り切り方は少々異常だ。おかげで「秋らしい」気候を感じられるようになるのはまだまだ先になりそうだ。 九月といえば、夏休みも終わり、授業が再開して再び勉学に励まざるをえなくなる月だ。そして受験界においては「命」ともいわれるこの夏休みを終えた全国の受験生たちが、過去問を解くなどの本格的な受験勉強に本腰を入れ始める頃でもある。 夏はとりあえず知識を蓄え、秋から志望校にあわせた勉強をするのが基本だからな。 もちろんこれがすべての人にあった正しい受験勉強のやり方ってわけではないけどな。 さて、受験生が勉強をする、これはまったく不自然なことではない。しかしこの俺、実はまだ受験生ではないのである。極みを論ずれば学生の本分は勉強であることに違いいのだが、まだ別に頑張らなくてもいいだろう・・・というのが正直なところだ。まあ高校に入って勉強を頑張ったことなどあまりないが。ちなみにさっきの受験勉強云々の話は、学校で配られた受験に関する小冊子に書いてあったことだ。学校側の、そろそろ生徒達に受験を視野にいれてもらいたいという意図がひしひしと伝わってきたが、受験なんてまだまだ先のことさ。 だから、いつものように扉を雷のような音をたてて開いて部室に入ってきたハルヒが、こんなことを言い出したときには、さすがに勘弁してくれと思ってしまったわけだ。 「みんな!模試を受けるわよ!それもただの模試じゃないわ!全国模試よ!」 ただの模試がどのようなものかそもそも定義できないし、それが全国模試になったところでいまいち俺にとってはサプライズ要素にはならなかったのだが、模試という言葉はいただけない。「模試=テスト、テスト=悲惨」だからである。俺はそのときおそらく呆れ顔とも困り顔ともとれる顔をしていただろうが、ハルヒはそれを驚嘆の意の表れととらえたらしく、満足気に話を続ける。 「ほら見て。大手塾主催の全国模試よ」 ハルヒがさしだしたチラシには、どちらかといえば勉強に興味のない俺でも聞いたことのある塾の名前と、日程等の模試の詳細が書いてあった。朝比奈さんや古泉が内容を確かめようと覗き込む。長門は読書をやめない。俺はチラシをざっと見て、ハルヒに問うことにした。 「なんでまた急に模試なんだ」 「決まってるでしょ。わがSOS団の学力向上のためよ」 なんだと?模試ってのはテストだろ?自分の力を試すだけのもんじゃないのか? 「模試をうけることが学力向上に直結するとは思えないんだが」 「こーのアホキョン!いい?勉強ってのはね、めざすものがあったほうがやりやすいもんなの。ただやみくもに勉強するよりも何か目標があったほうが燃えるでしょ?」 いかなる状況においても俺が勉強に燃えるようになるとは思えんがな・・・。 「模試でいい点をとるために勉強するから学力があがるってか?それだけなら別にわざわざ金払って受けなくても・・・」 「だからあんたはアホキョンなのよ!あんたまさか模試をうけたら結果だけ見てポイするつもりなの?」 つもりどころか今までずっとそうだったよ。 「ハァ・・・。あのねー、模試っていうのは答えあわせはもちろんのこと、返ってきた結果を見て、自分の苦手なところがどこなのか、自分に足りないのはどこなのかを確認して今後の勉強に活かすために受けるものなの。あんた模試のこと全然わかってないわね」 さっきから言われたい放題だな。しかし事実をついているだけに反論できないのが苦しいところだ。 「朝比奈さんはもちろんのこと、僕たちも来年には受験生ですからね。今のうちから意識を高めておくのはとてもいいことだと思いますよ」 古泉がチラシから顔を上げて言う。まあお前は模試なんて余裕だろうからな。なんとでもいえるんだろう。 「そうですね・・・。私も最近模試を受け始めましたけど、やっぱり早いうちに体験しておくにこしたことはないと思います」 なんと!・・・朝比奈さん・・・あなたまで何を?・・・いや、朝比奈さんも受験生だ。模試をうけるなんていたって普通のことか・・・。 「じゃ、そういうことでみんなで申し込むわよ。もちろん一番出来が悪かった人は罰ゲームだからね!」 ん?最後によろしくない言葉が聞こえた気がする。 「一番出来が悪かった人は・・・スマン、なんだって?」 「だ~から罰ゲームよ罰ゲーム。そのほうが燃えるでしょ?」 「いやしかしだな・・・」 あまりにも見え透いた結果にめまいを覚えつつも、俺は必死でこの危機を回避する方法を模索する。 「・・・そうだ。朝比奈さんはどうなるんだ?違う学年なんだし同じ基準じゃ計れないないだろ?」 「関係ないわそんなこと。満点に対する得点率で競えばいい話でしょ?」 なにがいい話なのかはよくわからなかったが、どうやらもう何をいっても無駄なようだ。 その後、俺たちはチラシで模試の詳細を確認した。日程は一ヶ月ほど先で、申し込みの締め切りはあさってだそうだ。本当に急な話だな。試験範囲の指定は特になく、同じ日に三年生の模試もあるらしい。 俺たちと違って受験生である朝比奈さんを巻き込むのはそろそろやめさせようと思っていたが、模試の受験はためになることだろうし、ほかならぬ朝比奈さん本人が受けたいといっているのだからしかたない。ハルヒの提案というか命令により、俺たちは明日中に各自申し込みを済ませることになった。受験料はコンビニ振込みだそうだ。 その後はいつもの団活だった。長門が本を閉じ、俺たちは家路につく。団員と別れ、家に帰り着いた俺は、部屋で自分の置かれた状況を分析した。このままではまず間違いなく俺はビリだ。そして当然ハルヒの容赦ない罰ゲームを受けることになる。そもそもフェアじゃねーぜこの勝負は。なにせ周りにいる同学年は万能少女と完璧宇宙人、そして特進クラスの超能力者だ。同学年ではない朝比奈さんの成績は知らないが、俺より悪いということはないだろう。普通に考えて、周りのメンバーの実力が落ちるというのは期待できない。となれば・・・俺が伸びるしかないか・・・、とそこまで考えたところで、携帯が震えた。 ・・・古泉か。とりあえず出ておいてやるか。 「どうも。こんばんは」 「なんだ。罰ゲームを受けずに済む方法なら喜んで聞くが」 「それはあなたしだいです」 そんなこと・・・か。いってくれる。俺にとっては死活問題なんだぞ。毎度の罰ゲームで俺の財布はやせ細ってるんだ。今回の罰ゲームが金がらみかはまだわからんが、これ以上財布にダイエットをさせたくはない。 「それよりもあなたが今回の涼宮さんの提案の意図を汲み取れていないのではないかと不安になりまして」 「ハルヒの意図・・・ね」 思えば自分のことで精一杯で、ハルヒの思うところなど気にしている余裕はなかった。 「ま、大方俺を困らせたいんだろ。長門やお前の頭がいいのはあいつも知ってる。罰ゲームに関してはありゃどう考えても出来レースだぜ」 「なるほど。電話をさしあげたのは間違いではなかったようです」 どういう意味だよ。それ以上深い意味があるってのか? 「・・・涼宮さんはあなたの学力を心配しているんですよ。このままだらだらと今の成績のまま三年生になれば、受験に苦労するに決まっているとね」 あいつが心配か・・・。いまひとつ想像できないな。 「それが本当だとしても大きなお世話だよ。俺はお前らと違って超人じゃないんだ。そんなにすぐにいい点数がとれるようになるわけないだろ」 「・・・今回の模試はあくまできっかけです。これを機にあなたが少しは勉強をするようになればいい、そう考えているのだと僕は思いますよ。まあ涼宮さんの考えに関してこれ以上僕からいうことはありません。一応いっておきますが、あなたがそれなりの成果を見せてくれないと我々も困ります。なぜかはわかりますね?」 ハルヒが閉鎖空間を発生させるってのか?自分で勝負を持ちかけておいて俺が負けたら閉鎖空間とはまったく勘弁して欲しいぜ。 「・・・とにかく時間はあと一ヶ月と少ししかありません。僕がお手伝いできればいいんですが、最近涼宮さんの精神が不安定でしてね。バイトが多いもので残念ながら時間がありません」 「誰もお前には頼んでない。それよりなぜあいつの精神は不安定なんだ?」 「まあ・・・至極単純なんですが、暑いからです」 ・・・は? 「まったくもって簡単な理由です。温暖化で年々上昇する夏の気温に、涼宮さんは毎年辟易しています。特に今年は暑いですからね」 俺はあいつが暑さにイライラしていたところを何回か見かけたことを思い出した。 だがそんなことで・・・ある意味でわかってはいたがあいつもつくづく単純だな・・・。 「自然の営みはどうしようもありませんからね。ところで話は戻りますが、模試の件、よろしければ機関から家庭教師を派遣しますが?」 「お断わりだ」 俺は即座にそう答えた。機関の人間とのマンツーマン講義なんてスパルタしか想像できない。 「そうですか・・・。こちらも出来る限りあなたの意見は尊重しますが、 それではなんとかする当てはあるんですか?失礼ですが誰かの力を借りたほうが・・・」 「わかってるよ。俺だって自分の実力くらい理解してるさ」 「・・・ではお願いします。健闘を祈っていますよ」 携帯を机の上に置いた俺はベッドの上に寝転がり、どうしたもんかと思案した。 機関には頼りたくない。朝比奈さんは一応受験で忙しいだろうしなぁ。長門は・・・いや、そもそも一応SOS団のメンバーはライバルなんだ。そんな相手に教えを乞うというのは、かなりかっこ悪いことじゃないか?ここにきてうすっぺらいプライドが俺の前にたちはだかるとは思わなかったが、男として、敵に頭をたれるのはやはりはばかられる。 ならば・・・そうだ。こんなに身近に適任者がいるじゃないか。国木田に教えてもらおう。 あいつなら頭もいいし、確か塾にもかよってないから教える時間はあるはずだ。もっともあいつにも都合ってもんがあるからな。OKをもらえるかはわからないが、とりあえずあいつに聞いてみよう。 成功するかはわからないがとりあえず一つ策がうかんだことに俺は安堵し、その日はぐっすりと眠ることが出来た。翌日、俺の計画は予期していなかった形でいきなり狂うことになる。 朝、坂道をゆっくりと登る。まったくふざけた暑さだ。ハルヒがイライラするのもわかる気がするな。学校に着き、教室に入って席に座る。あとは国木田が来るのを待つだけ・・・のはずだった。しかし谷口の持ってきた情報が、少しばかり俺の興味を引く。 「今日、うちのクラスに転校生が来るらしいぜ」 転校生か・・・。夏休みがあけたばかりであることを考えれば不自然なタイミングではないな。もっとも不自然さがなかったところで我らが団長の目にとまらずに済むとは思えない。ご愁傷様だ。そんなことを考えているうちにチャイムが鳴り、俺は国木田に特別授業を頼む機を逸した。まあHR後に言えばいいさ。 「あー急なことだが、今日うちのクラスに転校生が来ることになった」 まだ情報を得ていなかったクラスの連中が、岡部の言葉を聞いて少しざわつく。 俺は前情報のおかげで大して驚かずにすんだが、次の岡部の言葉が俺を戦慄させた。 「まあでもな、実はお前らの中にも知ってる奴がいるはずなんだ。一年の頃、五組で委員長をやっていたからな」 言葉の意味を理解するのに三秒ほど時間を要した。得られた理解が、俺の背筋に寒いものを走らせる。青い髪を優雅になびかせて教室に入ってきたのは、俺の中で消えないトラウマとして残る女、朝倉涼子だった。 朝倉が発した儀礼的な挨拶など俺の耳には入ってなかった。ただ目は朝倉に釘付けになり、それ以外の視覚情報を受け付けない。HR終了のチャイムで我に返った俺は、席につこうとする朝倉を尻目に教室を飛び出した。いろいろ聞きたいことがある。あの灰色髪の宇宙人に。 教室で読書をしていた長門のもとにつかつかと歩み寄り、そのまま一緒に出て行った俺は、長門のクラスの連中の目にはさぞ奇妙な人間に映ったことだろう。もうすぐ授業が始まるというのに、俺は部室まで長門を連れていって状況説明を求めた。 結論からいうと、朝倉は長門のバックアップのためにまた再構成されたらしい。最近はハルヒの精神状態が不安定なので、観察する側にもそれなりのキャパシティが求められるということだが、・・・お前だけじゃだめなのか? 「現状では私だけでも問題はない。しかし最近見られるよう涼宮ハルヒの精神の不安定性が今後さらに進行すれば、 それだけ観察すべき事項も増える。再構成はすぐに通るものではない。だから先に申請しておいた」 いやしかし・・・たかが暑いってだけだろ?それによりによってあいつとは・・・。俺は一体どう接すればいいんだ? 「大丈夫、彼女は今情報制御能力を対象の観察に支障が出ない範囲で極端に制限されている。またあなたを襲うことはありえない」 そう願うよ。俺はまだまだ生きたいんでな。 長門は律儀にも今から一時間目にでるつもりらしく、スタスタと自分の教室に戻っていった。時間が中途半端だったので、俺はそのまま部室に残って一時間目はサボることにした。 一時間目の終了を告げるチャイムが鳴り、俺は教室に戻った。朝倉は休み時間をクラスのやつらの質問を受ける形で無難に過ごしているらしい。谷口や国木田も積極的に話しかけているようだ。コミュニケーション能力には事欠かないやつだからな。クラスにもすぐ溶け込むことだろう。 ハルヒは朝倉の取り巻きがある程度いなくなった放課後に行動を開始した。カナダはどうだったのか、なぜ突然いなくなったのか、など、すでにクラスの他の連中がさんざんしたであろう質問を朝倉に浴びせかける。それに嫌な顔一つせず答えるあたり、さすがは朝倉といったところか。俺は特に興味がなかったので、ハルヒをおいて先に部室に向かった。 団活はいつもどおりに進み、いつもどおりに終わった。ハルヒは転校生という属性だけで朝倉をSOS団に入れるつもりはないらしい。まあそれが普通か。もともと知ってるやつだったし、転校する前に仲がよかったわけでもないからな。 帰りの時間になり、俺は重大なことを忘れていたことに気づく。国木田への頼みだ。まあ別に急ぐことではないんだが、一応はやめに聞いておきたい。用があるから先に帰ってくれと他のメンバーにつげ、俺は一人、部室を出る。 なぜかはわからない。特に意味はなかったと思う。もしかしたら、まだ国木田が残っているとでも思っていたのかもしれない。時間的に考えてそんなことはないということくらわかったはずなんだが、なぜか俺は自分の教室に向かっていた。 夕日が窓から差し込んでいる。オレンジ色に照らされた教室の一席に、誰かが座っている。どうやら腕を枕に机に頭を預けているようだ。近づいてみて、その人物が朝倉だとわかったとき、俺は少し緊張した。なんせ殺されかけた経験のある奴だからな。朝倉は眠っているようだが、さすがに気が引き締まってしまう。たとえ、能力を抑えられているとしても。 それにしても相変わらず端正な顔立ちをしているな。おとなしくしていればかわいいって点ではある意味ハルヒと似ているかもしれん。と、そこまで考えたとき、俺の緊張が空気を張り詰めさせてしまったのだろうか、朝倉がゆっくりと目を開ける。 「ん・・・キョン・・・君・・・?」 ねむたそうに目をこすりつつも、俺のことはすぐに認識できたらしい。 ここで、俺は本来もっと早くに抱いてもおかしくはなかった疑問にたどり着く。 「・・・朝倉・・・お前・・・なんでこんなところで寝てるんだ?」 普通に考えて、放課後下校もせずに、生徒が誰もいなくなった教室で一人眠っているのは不自然だろう。しかしその答えはいたって単純なものだった。 「ちょっと疲れちゃって」 「疲れた?・・・あのあともクラスの連中とずっと喋ってたのか?」 「うん・・・みんなはもう帰っちゃったけどね」 しかしいくら質問攻めにあっていたとはいえ、クラスメートと話していただけでそこまで疲れるものだろうか? 「長門に聞いたよ。またバックアップだってな」 一応、朝倉に確認をとる。それ以外に仕事がないことを祈りつつ。俺を殺しかけた女だというのに、このときの朝倉は不思議と接しやすかった。 「そうね・・・でもバックアップだけなら再構成されるのは私でなくてもよかった。長門さんの申請があったときに私が自分の再構成を情報統合思念体に頼んだのは、あなたに・・・謝りたかったから」 再構成ってのは自分で申請できるもんなのか、と疑問には思ったが、そのあとの朝倉の表情が俺に考えることを忘れさせた。 朝倉は目に涙を浮かべ、何度も謝ってくれた。その言葉の中に、言い訳は一つもない。俺はただ、その姿が見るに耐えなくて、なんとか安心させてやりたくて、言葉を選ぶ。 「別に気にしちゃいないさ」 やっと出てきた言葉がこれだった。 朝倉はそれでも泣くのを、謝るのを、やめようとはしない。 気にしていないってのは厳密には嘘だ。さっきも俺は、警戒心を抱いて朝倉に接していた。そう、さっきまでは。しかし今の朝倉は儚くて、まるで、今にも壊れてしまいそうだった。俺は朝倉の肩に手を置き、声をかける。 「大丈夫だ。大丈夫だぞ」 何が大丈夫なのか俺もわからなかったが、真摯に声をかけてやること自体が効果的だったのか、朝倉は泣き止んでくれた。 「・・・うん、ごめんね・・・」 手段はどうあれ目標は達成できたらしい。それにしてもこれは俺の錯覚だろうか。どうも朝倉は本当に弱っているようである。 「お前どうしたんだ?病弱って設定はなかったはずだが」 「これは・・・罰・・・かな」 窓の外の夕焼けを見ながら、朝倉は答える。 「私には涼宮さんの『鍵』であるあなたを・・・その・・・殺しかけた過去があるでしょ? だから情報統合思念体は私の能力を著しく制限してるの」 「そのことは長門に聞いたが・・・実生活に支障が出るほどのものなのか?」 「そうね・・・情報操作、情報制御の能力がなくても、誰かを手にかけることは出来る。 それは人間だってできることでしょう?だから、情報統合思念体はその可能性も排除しようとした。例えば私がナイフを持って、あなたに襲い掛かることもできないくらいに私の体を薄弱にすることでね」 ・・・そんな事情があったのか。でも弱々しく微笑む朝倉を見ると、いまさらこいつにそんな考えがあるとは思えない。 ・・・思いたくない。 「私の弱さは自分の責任。それでも涼宮さんの観察は出来るしね。それにさっそく情報を手に入れたわ。あなたたち、模試を受けるんですってね」 「あ、ああ・・・誰から聞いたんだ?」 「涼宮さんがさっき教えてくれたのよ。しかもカナダ帰りの実力を知りたいから私も受けたらどうかって。 それでほら、チラシまでもらっちゃった」 なんとも強引なやつである。それにこいつが受けてもあまり意味はないような気がするな。まあ模試のレベルを引き上げてくれるだろうから主催する側にとっては嬉しいかもしれんが。 「ねえ・・・私どうすればいいのかな」 「いきなりなんだ?」 「どうすればあなたに許してもらえるのかな?どうすれば償いになるのかな?わからないよ・・・わからない・・・」 朝倉は頭を抱えて再び涙ぐみ始めた。今までは落ち着いていたのにいきなりまた後悔の念にかられちまうとは・・・。まれに見る不安定さだ。お前、体だけじゃなく精神まで薄弱になっちまったのか? 「処理できない情報が私の中にたまってく・・・。これが・・・エラーなの・・・?・・・もういや!どうしたらいいの!?」 見たこともないほど弱りきった朝倉。そして・・・。 「・・・!キョン・・・君?」 そして気づけば、俺は朝倉を抱きしめていた。 自分でもなぜこのような行動に出たのかはわからない。知り合いとはいえ、転校してきた女子生徒に転校初日に抱きつくとは正気か俺? 「わ、悪い・・・」 俺は急いで朝倉を放した。 「・・・ふふ、随分積極的ね」 いつのまにか朝倉は笑みを浮かべていた。委員長だった頃を思い出させる微笑を。 「ふう・・・なんか・・・安心した」 「あ・・・、ああ・・・よかった。落ち着けよ。俺はお前をうらんでなんかいない」 「ありがとう・・・でも・・・私が何か償いをしたいというのは本当よ。 そうじゃないと・・・私に、あなたと面と向かって離す資格なんてないと思うから」 そこまで極端な考えをもたなくてもいいと、俺は思った。さっきまで俺を支配していた朝倉への恐怖心、警戒心は、沈みつつある夕日とともにゆるやかに消えていっていた。 そして時を同じくして、俺の頭に名案が思い浮かぶ。 「朝倉。俺はお前をうらんじゃいなしいし償ってほしいとも思ってないんだが・・・、 それでももし俺に何かをしてくれるなら・・・頼みたいことがあるんだ」 「ん、何?」 「俺に・・・勉強を教えてくれないか」 朝倉はきょとんとした目で俺を見る。 「いいけど・・・どうしてかしら?ひょっとして模試対策?」 「まあな・・・実は・・・」 俺は今度の全国模試の結果如何で罰ゲームを食らってしまうことを朝倉に説明した。 「そう・・・。涼宮さんらしいわね」 「全く、細かいところでいちいち『らしさ』を発揮されてちゃこっちの身がもたねーよ。 ま、とにかくそういうことなんだ。どうだ?もちろん無理にとはいわないが・・・」 朝倉は少し考えこむように俺から視線をはずす。 「そうね。それで償いになるとは思わないけど、キョン君がそういうならいいわよ。 どうせなら、いい機会だし私も受けてみようかな」 「本当か?悪いな、助かるよ。だけどお前まで無理して受ける必要はないんだぞ?」 「ううん。私も一緒に受けるつもりになったほうが教えやすいと思うし、結果も一緒に見られるでしょ?」 もう朝倉に、さっきのような弱気な影は見られない。勉強を教えてもらえることよりも、朝倉が少し元気になってくれたことのほうが、俺には嬉しかった。 その日は朝倉を送って帰った。精神的には少し落ち着いたとはいえ、体が薄弱なのはやはり本当らしく、俺は朝倉の歩みに合わせるためにペースを落として歩いた。夕方になって気温は少々落ち、朝や昼の容赦ない日差しの下に比べれば幾分か過ごしやすくなったことを実感しながら、俺たちは今後のことを話し合った。 あいつの家は以前と変わらず長門と同じマンションで、やはり一人暮らしのようだ。マンションの下で「ここまででいいよ。ありがとう」と言った朝倉の声に弱々しい雰囲気が戻っていないことを確認した俺は、少し安堵しつつ、まだほのかに空をオレンジ色に照らしている夕日を見ながら帰路についた。 朝倉教授の特別講義はその翌日から始まった。他人に勉強を教えてもらっていることは、ハルヒには知られたくなかったため、学校で教えてもらうわけにはいかず、さらに部活を不自然に休むわけにもいかなかった。勉強したいからといって部活を休むことを許してくれるハルヒじゃないしな。 朝倉の提案で、俺は部活後に朝倉の部屋にお邪魔させてもらうことになった。もちろん最初はおどろいたさ。それは朝倉への恐怖心からではなく、純粋に一人暮らしの女性の部屋に日の暮れたあとお邪魔するのははばかられるという理由からだ。しかし朝倉はそれが一番いいという。学校では場所がないし、図書館では誰かに見られる恐れがある。まあこの部屋にいることは長門にはばれてそうだが、あいつならハルヒにこのことを教えるようなことはないだろう。 「ここは仮定法過去完了だから・・・」 朝倉の授業は文句のつけようのないものだった。「どうしてこうなるのか」という理由をわかりやすく示してくれるので、文系、理系科目にかかわらず理解が深まる。 そうして、試験当日までの一ヶ月と少しはあっという間に過ぎていった。 あいかわらず暑い。雲はあれど、太陽はそこそこに強い。迎えた模試の日は、いつぞやよりも湿度は下がったとはいえ、外を歩けば汗をかくのは免れない程度の暑さであり、家を出る前に見た天気予報の予想気温を見る限りでは、今が十月とは思えないほどだ。 模試では、受験本番の雰囲気を味わうことも重要なことだ。 本番で緊張しないためにも、広い会場に大勢の人が集まる独特の雰囲気を味わっておく必要がある。・・・ま、というのは朝倉の受け売りなんだがな。 SOS団の団員はこの日、いつもの駅前に集合することになっていた。模試の会場は、全国規模の物だからなのかは知らんが少々遠く、向かうには電車を利用する必要があったからだ。といっても二駅ほどだが。 そして俺は、せっかく朝倉との勉強で模試の結果での罰ゲームを食らわないで済むかもしれないというのに、遅刻でない遅刻によって別のペナルティを課されては敵わないと考え、今こうして、集合時間の一時間前に来ているわけだ。 ところが、いざ集合時間の二十分前くらいになってくると、ああ、なんということだろう、 明らかに雨を伴うだろうとわかる黒さを携えて、大きな雲が西の空から近づいてくるではないか。二分後には、あたりはまさにバケツをひっくり返したような大雨に見舞われた。 俺は急いで駅の中に移動した。天気予報はあてにならないと久々に実感したところで、携帯が震える。 「あ、キョン!模試の話は聞いた?」 相手はハルヒだった。通話ボタンを押したとたんに、雨がコンクリートをたたく音にも負けない大声で話し始める。 「なんのことだ?」 「今日の模試は中止だって。さっき電話して聞いたわ。今は雨だけだけど、もうすぐ雷もくるみたいだしね」 そんなばかな!なんのために早起きしてわざわざ集合時間の一時間前に来たと思ってるんだ・・・。しかし雨が降りはじめたとたんに中止とは、塾側もお早い決断をしたもんだな。 「天気がちょっとやばいから途中で駅に向かう途中に電話して聞いたんだけど、あんたはどうせまだ家でしょ?先に連絡しておこうと思って」 どうした。珍しく気が利くじゃないか。だが残念ながら今日に限って俺はすでに家にはいないわけだが。・・・まあいいさ。家にいることにしておこう。 「ああ、わざわざありがとな」 「あ・・・うん、こんなの団長として当然よ!他のメンバーにも私が連絡しておくから。じゃあね」 最後は少し小さな声だった。なんでだろうな。だが今はそんなことはどうでもいい。 見事に予報に欺かれた俺は、今、傘を持っていない。やっぱり人間が未来のことを知るなんて荷が重過ぎるな。いや、朝比奈さんならわかるのか? そのあとすぐ、古泉から電話がかかってきた。なるほどな、そういうことだったのか。 この駅を行く人は、みな傘を忘れていないだろうか。くだらない考えが降っては消え、消えてはまた降る。なにせやることがないからな。こういうどしゃぶりは大抵長続きしないもんだが、少なくともあと二十分ほどは足止めか。下を向き、そんな悲観的な考えに浸っている俺の前で、誰かが足を止めた。 「おはよう」 俺は顔を上げる。青い髪は傘に隠れてしまうことはなく、雨の中でもその優雅さを失わないでいる。朝倉は傘を持ち、少しばかりの微笑をその顔に携えて、俺の前に立っていた。 「朝倉か」 そういえば朝倉も模試を受けるんだったな。 「今日は中止だってね。模試。まあこんな雨じゃしょうがないか」 「・・・ああ、さっきハルヒから聞いたよ。下手すりゃ電車も止まる雨だ」 「・・・傘、持ってこなかったの?」 いきなり痛いところをついてくる。 「天気予報にだまされてな。お前こそ、よく傘をもってこれたな」 「・・・大雨になるってことはね、わかってたの。私はインターフェースだから。 模試も中止になるんじゃないかなって思ってた」 ああそうか。そういや朝倉は普通の人間じゃなかったな。いやしかし・・・。 「じゃ、どうして駅まで来たんだ?」 「う~ん、なんとなくじゃだめかな?」 なんとなく、そんな理由でここまで?それでいいのかだめなのか、返事をする前に、強烈な光と、轟音があたりにはしる。 「あ、もう来ちゃったみたいね、雷」 俺でさえ少し驚いた雷の音にも、朝倉はまったく驚く様子はない。 感心はしたが、少し怖がってくれればそれはそれでかわいいんだがな。 そしてそれは、唐突な提案だった。 「ねえ、せっかく暇になったんだし、映画でも見に行かない?」 再び、光。 俺はまた、朝倉を見る。 その後の会話はよく覚えていない。少し、浮かれていたんだろうか。いずれにしろ、朝倉とどこかへ行こうなんて俺からはとても言い出せなかっただろう。例え心の奥で、どんなに望んでいたとしても。 傘を買うためによった売店、雨のおかげですいていた映画館、上映前にとった昼飯、そのあとによったショッピングモール、そして、今しがた終えた夕食。どれも、ただ幸せだったという以外の印象はない。朝倉はどう思っていたのだろう。飯のときも、買い物のときも、朝倉はただ、綺麗に笑っているだけだった。 帰り際の公園。予想に反して、雨はやまず、雷も鳴りやまない。もっとも雨はもう大分弱まった。雷も遠くで光り、時折ゴロゴロという音を響かせるだけである。しかしこんなに長く続くことがあるんだな。やはり未来のことはわからない。 俺は、息を切らさぬようゆっくり歩く朝倉に歩調を合わせる。気温は、雨のおかげで大分下がったように感じる。秋風が運ぶ、雨で冷えた空気が心地よい。模試を受けに来たことが遥か昔のように思える。あたりにはすでに夜の帳がおり、さす光は公園の街灯と、時折、雲に映る遠雷ばかり。 長く雨音を聞いて、少し情緒的になったのか、朝倉はふと、俺にこんなことを聞く。 「あなたは、雨が好き?」 しとしとと降る雨の中、朝倉は立ち止まって俺を見る。いつしか見せた、儚げな、思わず守ってあげたくなるような、そんな表情を浮かべて。 「・・・急に降られると少し困るな。でも・・・この音は、好きだ」 「それじゃあ雷は?」 おかしなことを聞くやつだな。 「まあ・・・好きではないな・・・。嫌いっていうよりも・・・そうだな、ただうるさいっていう感じだ」 「そう・・・」 いい終わって、俺は雷にそもそもあまり深い印象を持ったことがないことに気づく。雷が好きかなんて、聞かれたのは初めてだしな。 しばらく歩いて、朝倉が再び口を開く。 「私はね、雷が好きなんだ。なんでだと思う?」 「・・・わからないな」 朝倉はいたずらっぽく笑う。 「生まれるときはあっという間、そして死ぬときはもっとあっという間。私たちってそういうものなの。すべては思念体の意のまま。私が消えちゃうところ、見たことあるでしょ?」 忘れるはずもない。しかし、俺は言葉を返さない。 「雷ってさ、パッて光ってすぐ消えちゃうでしょ?そんな、一瞬の瞬きが好きなの。まるで、私たちみたいだから」 「だけど、雨は嫌い。傘をさしてると、前が見えないし、それに一瞬の美しさってものがないでしょ?」 俺は朝倉の話を聞いているのだろうか。その内容をはっきりと理解したわけでもないのに、そうかもな、と、俺はただ、相槌を打つ。 「でもね、今日からは好きになれるかも」 ここで朝倉は俺のほうを向いて微笑む。 「雨の降る今日が、楽しかったから」 青い髪が夜風になびく。朝倉は黙って、俺のほうを見続けている。 「・・・そうか。・・・それなら俺も、今日から雷を好きになれるかもしれないな」 お前が「今日」を楽しんでくれたから。楽しかったその日に、雷が鳴っていたから。 光、雨音、秋の風。 それは、雷の夜のこと。 終
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オリキャラ(二人の子、柚と愛)注意 柚…唯似、6歳 愛…梓似、5歳 できたばかりの夕食をテーブルの上に並べているとき…… やけに奥の部屋が騒がしいことに、私は気がついた。 何かが壁にぶつかっているような音が繰り返し響いていて、 それにあわせて柚や愛の声も聞こえてくる。 ご近所の迷惑になるほどうるさくはなかったけれど、 それでも日が落ちたこの時間に騒ぐのはちょっと問題だ。 まったくもうっと思いつつ、 私は二人を注意するために奥の部屋へと足を向けた。 (それにしても……いったい何を騒いでいるんだろう?) いつも元気いっぱいな柚だけでなく、 愛も一緒になってというのは珍しかった。 珍しいといえば、お夕飯の準備をしていたのに、 二人が台所に来ないというのも珍しいことだった。 いつもだったら、柚がおかずの味見をしたがって、 それを愛が注意して、 それから二人でお手伝いをしてくれたりするのだけど…… 今日は二人とも、奥の部屋から出てこようともしていない。 いったいどうしたんだろう……そう思いながら首を傾げて、 私は部屋の扉を開けて、 「柚、愛、もう夜なんだから……」 「「あ、あずさおかあさ~ん!」」 言おうとした注意の言葉は、柚と愛、二人の声に遮られていた。 私の方を見ると同時に、二人はそろって駆け寄ってきて、 勢いはそのままに抱きついてくる。 「あずさおかあさん、あのね、あのねっ」 「てんとうむしさんがかわいそうですっ」 私のエプロンを掴んでそう言ってくる柚と愛。 こちらを見上げる二人の表情はとても悲しそうで、 少しばかり涙ぐんでいるようにも見えた。 予想外のことに私は驚いてしまい、 柚と愛を抱き寄せて、「どうしたの?」と聞く。 私の問いに二人が、 「あのねっ」 「てんとうむしさんがっ」 と言った矢先……バシンッという大きな音が響いて聞こえた。 反射的に私は音が聞こえてきた天井の方に視線を向け、 同時に柚と愛も上を向いていた。 私たち三人が見上げた先、天井の照明カバーの表面にいたのは、 「……テントウムシ?」 赤い体に黒い星の、小さなテントウムシだった。 「そうだったの……」 柚と愛の話を聞き終えた私は、改めて顔を上に向けた。 天井の照明カバーの表面にとまっている、 小さなテントウムシの姿が見えた。 いつの間にか部屋の中に迷い込んでいたというテントウムシ。 それだけなら問題はないのだけれど……二人の話によると、 テントウムシは照明の光にひかれてか、 部屋の中を飛んでは照明カバーにぶつかっていくということを 繰り返しているらしい。 先ほどから響いていた、何かが壁にぶつかっているような音は、 テントウムシが照明カバーにぶつかる音だったのだ。 その音の大きさが痛さを連想させるようで…… 柚と愛の悲しそうな表情は、それが原因だった。 「てんとうむしさん、かわいそう……」 「おそとににがしてあげたいです」 そう言って、柚と愛も天井をまた見上げた。 実際二人は、テントウムシを何とか外に逃がそうとして、 いろいろやっていたらしい。 照明を消して窓を開けたり、大きな声で呼んでみたり、 届かないとわかっていてもぴょんぴょんと跳んで テントウムシを捕まえようとしたり……でもやっぱりうまくいかなくて、 テントウムシはまだ部屋の中にいるのだった。 と……私たちが見つめる先で、 テントウムシが照明カバーから飛び立った。 そのままカバーの周りをぐるぐると飛んで、 「あー!」 「だめです!」 柚と愛が叫んで止めようとするのも構わず、 テントウムシがまた照明カバーにぶつかっていった。 思いの外大きな音が響いて、私もつい表情を歪めてしまう。 それはテントウムシの小さな体からは想像できないほど大きな音で、 自分が何かにぶつかったときのこと、 そのときの痛みまでつい想像してしまうような音だった。 私たちが見つめている先で、 テントウムシは二度三度と衝突を繰り返し…… それから疲れた体を休めようとするかのように、 照明カバーの上にとまった。そして、 出口を求めているかのようにカバーの上を這っていく。 その動きが弱々しく見えるのは、 気のせいばかりではないような気がした。 「てんとうむしさ~ん……」 「……いたそうです」 そんなテントウムシを見つめながら悲しそうに呟く柚と愛。 二人の頭を撫でてあげながら…… 私も、なんとかテントウムシを外に逃がしてあげたい、 と思うようになっていた。 さて……そういうわけで、台所からイスを持ってきた私。 照明の下にそれを置いて、 柚と愛の「あずさおかあさんがんばって!」 という声を聞きながらイスの上に乗ったのだけれど…… 「う……」 伸ばした手は、指先が照明カバーにギリギリ届くかどうか、 という感じだった。 高い天井で広々とした空間を、が売り文句だった我が家。 その宣伝文句の通り、 高い天井は部屋が広く感じられて気持ちがいいのだけれど…… こういうときは、背が低めの私には困りものだった。 (……照明の交換とか、いつも唯に頼んでいたものね……) 胸中でそう呟きながら、爪先立ちになって手を伸ばす。そうすれば、 どうにか指先で照明カバーの表面を撫でられるぐらいには なってくれた。余裕のある状態ではないけれど、 それでもこれなら、テントウムシを摘まむことぐらいはできるだろう。 「あずさおかあさん、だいじょうぶ?」 「きをつけてくださいです」 やはり私の姿勢は危なかっしく見えるのだろう、 柚と愛がそう心配そうな声を出す。 そんな二人に、私は「大丈夫よ」と笑みを浮かべてみせた。 それからテントウムシに視線を戻す。 照明カバーの表面をゆっくりと動いているテントウムシ。 その動く先とは反対側から、そっと指を近づけていき…… 私の指が触れそうになったところで…… 「あっ」 「「あ~っ」」 ……私の気配を察したのか、テントウムシが飛び立ってしまった。 一度照明の周りをぐるりと飛んで、 それから少し離れた天井にとまってしまう。 ここからでは当然手は届かないし、 仮にその真下にイスを持っていったとしても、 私の身長では指先も触れられないだろう。 「てんとうむしさ~んっ、にげちゃだめだよぉ」 「こっちきてくださいですっ」 柚と愛がテントウムシの真下に行き、そう声をかける。 だがもちろん、柚と愛の言葉をテントウムシが聞いてくれるわけもない。 テントウムシは迷うように天井を這うばかりだった。 そんなテントウムシを見ながら、私はどうしたものかと迷った。 天井にテントウムシがいる以上、私たちでは捕まえることはできない。 また照明の方に飛んでくるのを待ったとしても…… 多分同じことの繰り返しになってしまうだけのような気がした。 小さな虫を指先で摘まむのは難しいだろう。 虫取り網みたいなものがあれば一番いいのだけど、 もちろん都合良くそんなものを持っているわけもなかった。 (窓を開けて、自然と逃げるのを待つしかないかなぁ……) 胸中で呟き……結局それしかないだろうと思った。 照明を消しておけば、 外の明かりに惹かれてそのうち飛んでいくかもしれない。 そんな自分の考えを、柚と愛の二人に言おうとしたところで、 「ただいまぁ~……ってあれ? どうしたの、みんなで?」 そんなのんきな声と一緒に、唯が部屋の中に入ってきた。 イスの上に立っている私と、 二人そろって天井を見上げている柚と愛を見て、 目をぱちくりとさせている。 「あ、唯っ」 「ゆいおかあさ~んっ、あのねっ」 「てんとうむしさんがかわいそうなんですっ」 唯の姿を見て、「おかえりなさい」の挨拶よりも先に、 口々に説明を始める私たち。 それにまた目をぱちくりとさせながら、 唯は私たちが指さす天井を見上げて、 「あ、テントウムシだねぇ」 やはりのんきな口調で、そんなことを言った。 そしてその手を伸ばして、 「えへへ……こっちおいでぇ~」 そう言いながら、ほにゃっとした笑みを浮かべる唯。 すると、まるでその笑顔に惹かれたかのように、 「あっ」 「わっ」 「てんとうむしさんがっ」 テントウムシは、まっすぐ唯の方へと飛んでいったのだった。 「てんとうむしさん、だいじょうぶ?」 「うん、大丈夫だよぉ。ほら、元気に歩いてるでしょ?」 「てんとうむしさん、よかったです」 「うん、もう安心だね」 唯の手の平の上を歩いているテントウムシを、 私たちはそろって見つめた。赤い体に黒い星のテントウムシ。 小さな体でちょこちょこと動くその様子に、 さっき感じたような弱々しさはもうないように思われた。 柚と愛も安心して笑顔を浮かべ、私もほっと息をついた。 それにしても……唯が呼んだ途端、 テントウムシがまっすぐ唯の方に飛んでいったのには驚いてしまった。 昔から誰とでもすぐ仲良くなれて、動物にも好かれる唯だけど…… 虫相手にも有効なんだと、ちょっと感心してしまう。 それでもあまり不思議に思わないのは…… まぁそれが唯だからなのだろう。 「それじゃ、お外に逃がしてあげようねぇ」 「そうね」 「うん!」 「はいです!」 唯の言葉に、元気に頷く柚と愛。私も笑って窓を開ける。 唯が手の平を外に出して、「ほらっ、お行きー」と言うと…… テントウムシはその手の平から飛び立った。 それから、少し迷うように唯の近くをくるくると回って…… やがて、側の街路樹の方へと飛んでいった。 この辺は緑が多いし、きっと仲間もすぐ見つかるだろう。 これでもう心配はないように思えた。 「フフ……唯、ありがとうね」 「えへへ……あずにゃんも、お疲れ様っ」 テントウムシを見送る唯に私がそう言うと、 唯も笑顔を浮かべてそう言ってくれる。 そんな私たちの間で柚と愛がぴょんとジャンプして、 「ゆいおかあさん、わたしもがんばったんだよっ」 「わたしもですっ」 「そうだね、柚と愛もテントウムシさんのためにがんばってたよね」 「そうなんだぁ。柚も愛もありがとうね。 きっとテントウムシさんも喜んでくれてるよ」 私と唯がそう言って、柚と愛の頭を撫でてあげると…… 二人とも、くすぐったそうな笑みを浮かべた。 でもほんと、二人ともテントウムシのために がんばってくれていたと思う。 小さな虫のために一生懸命で、 照明カバーにぶつかるその様に悲しそうな表情を浮かべていた柚と愛。 そして今は、テントウムシが無事に外に出られたことを、 本当に喜んでいる……二人とも優しい子に育ってくれていて、 それがとても嬉しく思えた。 きっとだからだろう、 「あ、そうだっ。次の日曜日、みんなで公園にピクニックに行かない?」 珍しくも私から、遊びに行く提案をしたのは。 「ぴくにっく!? いきたい!」 「いきたいです!」 私の言葉に、柚と愛はすぐに両手を挙げて賛成してくれた。 もちろん唯も、反対なんてするわけがなくて、 「あ、いいねっ、それっ!」 満面の笑みを浮かべて、すぐにそう言ってくれた。 私の提案に、笑顔で賛成してくれた三人。 そんな三人に、私も微笑んでみせる。 久しぶりのピクニック。お弁当を持って、 自然がいっぱいの公園にみんなで行って…… お外なら何の心配なく、小さな虫とも遊べるだろう。 テントウムシだってきっとそこにはいて、 柚と愛もずっといっぱい笑えるはずだった。 「みんなでぴくにっく♪ ぴくにっく♪」 「えへへ……楽しみだねぇ」 「にちようび、はれてほしいです」 「そうだね……それじゃ、あとでみんなで照る照る坊主作ろうね」 静かになった部屋の照明を消して、 私たちはみんなでリビングに向かった。 賑やかに楽しく、日曜日の予定を話しながら。 END 久しぶりの子供ネタだ~ ほっこりするね -- (鯖猫) 2012-06-22 09 29 53 結婚ネタに家族ネタはいいわ〜。 -- (あずにゃんラブ) 2013-01-04 01 10 46 ほんわかだねぇ -- (名無しさん) 2014-04-25 04 54 16 名前 感想/コメント: すべてのコメントを見る
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注意:このページにはPatch6.0メインクエストのネタバレが含まれます。 概要 メインクエスト「寒夜のこと」が、(一部のプレイヤーには)クリアが困難なバランスになっていた事件。 このクエストのインスタンスバトルでは、主人公ではなく帝国兵を操作して進行する。 この帝国兵が弱い上にバトルの構成がFF14のお約束から外れており、ストーリー展開も(一部のプレイヤーにとっては)不快なものとなっていることも相まって、大不評となった。 この不評を受け、運営は難易度の緩和対応を行うことになった。 6.01パッチノート公開! 6.x メインクエスト「寒夜のこと」のクエストインスタンスバトルにおいて、以下の変更が行われます。 ※攻略失敗時に難易度Easy/Very Easyを選択した場合のみ影響があり、難易度Normalには変更ありません。 プレイヤーに付与されるバフ「不屈の闘志」の効果量が引き上げられます。 コンテンツアクションの初期使用回数が引き上げられます。 クエスト進行に必要な一部の探索物が見つけやすくなるよう、配置数が引き上げられます。 https //jp.finalfantasyxiv.com/lodestone/topics/detail/f93f0ebc07dd8279ffced0d170f7da49c902ae5e 問題点 操作キャラクターが弱い これまでのNPCを操作するインスタンスバトルでは、「暁の血盟」メンバー等の戦闘力が高く、また普段操作するジョブに近い性能のキャラクターであったが、このクエストで操作する帝国兵はそれとは比較にならないほど弱い。 雑魚モンスター1体を倒すまでにHPが半分失われる程度である。 しかもHPの自然回復もなく、スタートの時点では持っているポーションの数も限られている……という厳しい状態。 ポーションはある程度余裕を持った数が配置されており、HP自然回復はエリアを探索してアイテムを入手することで解放されるが……。 目標物の位置が不明 FF14では、クエストの目的である会話すべきNPC、調べるべきオブジェクトの位置がミニマップに示される。探索の必要がある場合でも、探索すべき範囲が橙の円で表示される。 しかし、このクエストにはそういった表示がなく、探索に応じて徐々に開かれていくマップを頼りに自力で目標物を探すことになる。 前述した「HP自然回復を解放するアイテム」も、当然ながら位置は表示されない。 目的地と進行方向 「南西にあるキャンプ・ブロークングラスに向かえ」という指示はあるのだが、多くのプレイヤーはテルティウム駅がある東側から市街地に入ることになる。 そのため東から回り込むのだと考えるプレイヤーもいるのだが、そちらへ向かうと侵入禁止のラインが引かれており途方にくれる……という事態が発生する。 魔導リーパーと認証鍵、燃料 スタート地点から南西に向かうと壊れた魔導リーパーがあり、これを動かすとクエストが進行する。 動かすには認証鍵と燃料が必要だが、これらは魔導リーパーを調べないと出現しない。 出現位置は決まっているが、それ故に「さっき通った時には何もなかった場所に出現しており、通ってきた場所にはないと思い込んでいると見つけられない」という事態が発生する。 視界不良 ガレマルド市街のエリアは薄暗く、黒い地面には黒い瓦礫が散乱している。 徘徊する帝国兵や魔導兵器は黒が基調となっており、視認性が良くない。 曲がり角や通路を見逃す、敵に気付かないといったミスを招くエリア構成であり、エリアが明るいだけでもある程度ミスは減っていたことだろう。 スニーキングミッションの罠 FF14のメインクエストに於けるインスタンスバトルは、多くの場合敵の撃破が目標となっている。 「敵との戦闘を避けつつ、限られたリソースをやりくりし、場所が不明であるオブジェクトを探索する」という形式に役立つ経験をもたらすクエストは限られていると言えるだろう。 そのような環境で(少し前にサンクレッドを操作して帝国軍の基地に忍び込むクエストがあるものの)突然出てくるスニーキングミッションは、不馴れなプレイヤーの障害となった。 「不屈の闘志」が機能しにくい 「不屈の闘志」は、クエストに失敗するとリトライの際にステータスを上昇させてくれる救済策である。 しかし、元が弱いキャラクターであること、クエストのメインが探索であることで、これが救済策として決定的な効果を発揮にするに至らなかった。 6.0時点ではリトライの際の難易度選択でクエスト自体の難易度が緩和されなかったため、「不屈の闘志」だけでは不十分な場合は進行不能に陥ってしまっていた。 プレイヤーの民度 このような「寒夜のこと」インスタンスバトルであるが、他のゲームで鍛えられたプレイヤーにとってはさしたる難易度ではないこともまた事実であった。 そのため、「難しい」「クリアできない」と嘆くプレイヤーに向けて「簡単だった」「そんなものもクリアできないのか」「緩和の必要はない」といった心ない言葉が投げ掛けられる現場も確認されている。 最終的に難易度が緩和されていることから当初の難易度は適正ではなかったことが証明されているが、ストーリー展開とクエストの難易度に加えて他のプレイヤーの追い討ちで心折れるプレイヤーも出た。 メインクエストである これがサブクエストであれば毛色が違うクエストで済ませられたかも知れないが、「寒夜のこと」はメインクエストに含まれている。 詰まってしまうとメインクエストが進められなくなることが、このクエストの最大の問題であったと言える。
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ほしふるよるのこと【登録タグ CD CDほ GUMI VOCALOID ひなのすけ ほ バルP バルPCD 全国配信 曲】 作詞:バルP 作曲:バルP 編曲:バルP 唄:GUMI 曲紹介 乙女座系男子が書いた、死ぬほど遠距離恋愛歌。 楽曲についての制作後記は作者ブログにて。 PVは ひなのすけ氏 が手掛ける。 KarenTレーベルよりダウンロード販売が行われている。メグッポイド2周年記念企画で配信された作品の1つ。 KarenT配信 前作 今作 次作 真実の鼓動 -The 3rd Anniversary Dreamer- 星降る夜のこと あしあとふたつ 流通:配信 発売:2011年6月24日 価格:¥300 / 1曲¥150 レーベル:KarenT ジャケットイラスト:ひなのすけ iTunes Storeで購入 曲目 星降る夜のこと (feat. GUMI) 星降る夜のこと (Instrumental) 歌詞 通り過ぎた過去形 取りだして 並べて 数えている 静かな部屋 少しだけ冷たい 心の形を なんとなく 言葉に してみる 揺らいでる気持ちを 見透かされてるみたい 乾いた風 冷えた窓辺 何も知らないよ そう言って ひたすら 刻み続けてる 懐中時計 そこは 何もかも くすんだ 色に染まる 時代 一人じゃ寂しい 誰もが皆 溶けて 消える 欠片たち 星降る夜のこと 君が恋しくて 目を閉じて 傍に感じていたよ 触れられない距離が あまりにも遠く 灯り消しても 眠れないよ どんな形でも 心の居場所が 当たり前のように あるのが幸せ かけがえのない物 失って初めて 気づいてしまうのが 不幸せ 君が そばにいてくれること 笑いあうこと 愛すること こんなに 長い夜には 心がほら あの日のように 疼きだす 二人手をつないで 歩いた月日は 幾億の 砂の記憶みたいで 小さな掌に 私はどれだけ 確かな物を すくえるだろう 今も 始まりの場所から 終わりまで続く 君と見た 星空を覚えてる あの日君がくれた 約束の意味が こんなにもまだ 消せないんだ 暮れゆく空も 繰り返す朝も夜も 君のとなりで見ていたい 星降る夜のこと 君が恋しくて 目を閉じて 傍に感じていたよ 何度でも願うよ 君に会いたいよ 祈りが 届くように 星降る夜のこと 君が恋しくて 目を閉じて 傍に感じていたよ 触れられない距離が あまりにも遠く 灯り消しても 眠れないよ そして また足を運んだ 真夜中の公園 この場所は 今日も星が綺麗で こらえきれなかった 涙が零れて あの星空に 溶けていく 夢を見させてよ流れ星 向こう岸まで連れてってよ箒星 こんなにも広い 世界の真ん中 廻ってる 今日も輝く星の海は 遠くで眠る君のとこまで 続いてるかな・・・ 届いているかな・・・ コメント 切ない -- あかね (2011-08-02 16 37 31) 死ぬほど遠距離恋愛…でも凄くいい曲。 -- 名無しさん (2011-08-02 18 10 09) 最初からサビから最後までもうキュンキュンしっぱなしです(≧∀≦)もっと再生数伸びないかな〜 -- 名無しさん (2012-06-08 18 36 45) 私も遠距離中なのですごく泣けました・・・ -- 名無しさん (2013-04-22 08 05 46) もっと評価されるべき -- A (2013-04-28 22 26 40) 名前 コメント
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お風呂からでて髪の毛を乾かしていたら、いきなり雷が鳴った。 私はびっくりして、生乾きの髪のままお兄ちゃんの部屋に飛び込んだ。 「お兄ちゃん雷ーーー!!」 そう叫ぶだけ叫んで、私はお兄ちゃんの近くに座り込む。 お兄ちゃんはソファに座って、何か書いてたみたいだった。 私が突然入ってきて驚いた拍子に、それは床に落ちた。 ……また『月刊 俺の妹』か……。 「大丈夫かヒトミ!?いきなり入ってくるから、兄ちゃんびっくりしたぞ!」 「お、お兄ちゃん……雷こわいよお…!」 涙声で訴える。 そんな私を見て、お兄ちゃんは私の頭を撫でてくれる。 「よしよし。兄ちゃんがついてるから、大丈夫だぞ」 「……お、落ちたらどうしよう?」 「うーん、ここからは結構遠いところで鳴ってるみたいだから、落ちるって事はないと思うぞ?」 お兄ちゃんの言葉に、私は一瞬安心した。 けどその直後、窓からまた激しい光が入ってきた。 とっさに私は耳を塞ぐ。 「ぎゃあああああああ」 こ、怖い!すごく怖いわ! なんでお兄ちゃんはそんな平気でいられるの!? 「お前は本当に怖がりだな」 本気で怖がってる私の頭を撫でながらほのぼのと言う。 こ、こんなときになんてお気楽な…。 「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!もう…怖くて寝れないよ~」 髪の毛もちゃんと乾かしてないし、と付け加える。 走ってぐちゃぐちゃになった髪を、お兄ちゃんはそっと手で梳かしてくれた。 「そういえばお前、髪乾いてないな」 「だって怖かったんだもん」 「兄ちゃんが乾かしてやろうか?」 ここで、と人差し指で下の方を指差す。 ホント!?と私が言うと、お兄ちゃんはうなずいてドライヤーを持ってきてくれた。 「じゃ、後ろ向いて」 「うん」 お兄ちゃんに背中を向けて、乾かしてもらう。 温風が湿った髪に心地よかった。 ふわ~っと和んでいたら、また雷が光った。 「きゃー!」 反射的に耳を塞ぐ。 ああ…今夜この行動を何回しなくちゃならないのかしら…。 「(ううっ…ドライヤーの音より雷の音のほうが大きいよ…)」 ゴロゴロとくぐもった音が塞いだ耳に響く。 最後まで雷の音が鳴ったことを確認してから、手を耳から離した。 それと同時に、お兄ちゃんの手の感触。 「お、お兄ちゃん?」 「ヒトミは前を向いてて、兄ちゃんが見えないから怖いんじゃないか?」 「え?……うん、そう……かも」 「それじゃ、こうしてれば怖くないだろ?」 お兄ちゃんは私の左手をぎゅっと握ってくれていた。 ……恋人繋ぎで……。 「(な、なんか照れるわ……)」 ドライヤーの音と自分の心臓の音のせいで、雷の音なんて全然気にならなかった。 左手が熱い。 「……ヒトミ、乾いたぞ」 「う、うん」 ドライヤーのスイッチを切ると、妙に部屋の中が静かになる。 ……心臓の音が聞こえちゃいそう! 「ありがとう、お兄ちゃ……」 手を離そうとした瞬間、今までで一番大きな雷が鳴った。 確かにさっき、壁の色が明るくなるくらい強烈に光ったような…。 「きゃああああああっ!!!」 あまりに驚いて、お兄ちゃんに抱きつく。 ……って私、何してんの! 左手は離れたけど、体はぴったりくっついちゃったわけで。 「ご、ごめんお兄ちゃん!」 私は急いで離れようとする。 けど、間を空けず再び窓から雷光が入ってきた。 「きゃっ……」 これじゃあ離れるに離れられないわ! 「ヒトミは怖がりだなあ」 「だってー……」 「よしよし。お兄ちゃんがついてるからな」 そう言って、もう一度頭を撫でてくれる。 ……なんか、すごく安心するな……。 「明日も学校だろう?寝なくていいのか?」 「はっ!い、今何時…?」 「もう夜中の1時を過ぎてるぞ?」 「……寝る」 「1人で大丈夫か?兄ちゃんが一緒に寝てやってもいいぞ?」 「そ、それは大丈夫だよ!ありがとうお兄ちゃん!おやすみ!」 次の雷が鳴らないうちに、私は一目散に自分の部屋へ走った。 そのまま布団にもぐりこむ。 「(早く鳴り止んでったらもう…!)」 しかしさすがに一晩中布団の中に頭をもぐり込ませていることはできない。 雷に一人耐えるか、布団の中で呼吸困難になるか……。 どっちも嫌だった。 「……………………」 鷹士はベッドの中で雑誌を読んでいた。それも、ファッション雑誌。 というのも、この前ヒトミに『そのわけわかんないシャツやめなよ。ダサい』 と、かなり辛口なコメントをもらったからだった。 鷹士は相当ショックを受けたらしく、買い出しのついでにそれを買ってきたのだった。 「(これもヒトミにとって自慢の兄になるため……がんばれ、俺!)」 一人自分を励ます。 そういえばシノブもこんな感じの格好してたなあなんて考えながら読んでいると、 「お、お兄ちゃん……?」 「……ヒトミ?」 カチャ、と部屋のドアが開いて、パジャマ姿の妹が顔を覗かせた。 鷹士はベッドから抜け出してヒトミの方へ向かう。 「ごめんね。もしかして寝ちゃってた?」 「お前はそんなの気にしなくていいよ。どうしたんだ?やっぱり雷怖いのか?」 心配そうな鷹士の質問に、恥ずかしそうにうなずく。 外では相変わらず雷が吠えていた。 「……ちょっとだけ、一緒にいてほしいなって」 うつむきながらボソボソと言う。 鷹士の心配そうな表情はたちまち笑顔になる。 「ああ、もちろん!ちょっとと言わず、朝までずーっと一緒にいてやるからな!」 「え!?い、いやそこまでは……」 とは言っても、一度寝てしまったら間違いなく朝まで寝てしまうだろう。 ヒトミは少し話でもして落ち着いたら早々と去ろうと決めていたが、 鷹士の顔を見ていたら、朝まで一緒にいてもいいかなという気持ちになった。 「……じゃあ、雷も怖いし……一緒にい」 「ああ!兄ちゃんが添い寝してやるからな!」 「うん……って、え!?ちょ、お兄ちゃん!?」 ヒトミの言葉を遮り、鷹士がヒトミを抱き上げる。 あまりに驚いて、暴れることもできなかった。 「相変わらずヒトミは軽いなあ。ダイエットしてからは本当、羽根みたいな軽さだ」 「お、お兄ちゃん……」 ひょいと自分を抱き上げてそんな台詞を言ってのける兄に思わず照れてしまう。 顔が熱くなっていくのがわかった。 「……ヒトミ、覚えてるか?」 「え?何?」 ベッドにそっと下ろされながら、鷹士が言った。 ヒトミは横になりながら首を傾げる。 「小さいころ、こんな風にお前が兄ちゃんの部屋に来て……」 「え!?そ、そんなこと昔にもあったの?」 鷹士はうなずきながらヒトミの隣に寝そべる。 相手が兄とはいえ、ヒトミは心臓が破裂しそうな思いだった。 「ヒトミ、その日の夜にホラー映画見てな…… 『こわいから一緒に寝てもいい?』って俺に言ってきたんだぞ~」 「……そんなことあったっけ」 「ああ。……兄ちゃん、しっかり覚えてるぞ」 『お前は昔から変わってないなあ』と付け加えて、鷹士はそっとヒトミを抱きしめた。 そんなことをされては、もちろんヒトミは真っ赤になるわけで。 「お、お兄ちゃ……」 「安心しろ、ヒトミ。兄ちゃんが……ついてる、から、な……」 それだけ言って、鷹士は夢の世界へ旅立ってしまった。 もちろん、ヒトミを抱きしめたまま。 「(お兄ちゃん……)」 最初は照れくさかったけど、次第に安心感のようなものが湧いてきて。 「ありがと、お兄ちゃん……大好き」 ヒトミは鷹士の胸に顔を埋め、心地のいい眠りにおちた。 「……お、お兄ちゃ~ん!起きて!起きてってば!」 「……ん~?」 朝になり。 昨日の雷雨は嘘だったかのように、空は晴れていた。 しかし、夜寝るのが遅かったためだろうか。 ヒトミはいつもより1時間も寝坊してしまった。 「どうしよう!?もう絶対遅刻しちゃうよ~!」 「……………………ん~」 「お兄ちゃん起きてる!?」 「……うーん……うん」 目が半分も開いてない兄に、ヒトミは必死で助けを求める。 「やっぱ遅刻するしかない……?」 「遅刻……イヤなのか?」 「そりゃもちろん!」 「……じゃあ今日は学校休んで……兄ちゃんと2人で……昼寝しよう」 「ええー!?なにそれ!?冗談やめ……きゃあ!」 鷹士は起きようとするヒトミをベッドに引き戻し、強く抱きしめた。 「お兄ちゃん!私学校……!」 「1日くらい大丈夫……」 「何言って……ってもう2度寝してるし!」 すやすやと自分を抱きしめたまま眠る兄。 その気持ちよさそうな寝顔を見ていると、なんだかどうでもよくなってきた。 私もなんだか眠くなってきちゃったし。 「しょうがないなあ。じゃ、今日は私がお兄ちゃんに添い寝してあげる番だからね!」 そう言って、ヒトミも2度目の眠りにおちた。
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寝心地の良い気候の夜。 俺は眠いまぶたをかろうじて開けながらテント裏の天井を見ていた。 ここ数日の間に色々なことがあった。 もみじ学園から出られたことも、「おかえり」を言ってくれる家に住めたことも、あいつら3人のおかげなのだった。 毎日慌ただしくて落ち着く暇なんて無いけれど、これはきっと楽しいって言うんだろうなと、他人事のようにうとうと考えた。 最近は部屋の中にテントを張り、その中で寝るという奇特行為にも慣れてきていた。 子供たちのいびきもある程度遮断できるし、寝顔を見られる心配も無い。 だが一番避けたかったものは避けられないのであった‥ ゴソゴソゴソ‥ (‥来た!) すぐに体を緊張状態にして、どんな攻撃にも対応できるように準備する。 テントの扉は勢いよく開けられた。 「ポピィ君ちゅ~」 「いい加減その寝ぼけ方やめろ!」 行為寸前で迫りくるしいねちゃんの顔面を押さえて、いつも通りふとんに投げ飛ばす体制を取る。 だが今日はそう簡単にはしいねちゃんは動かせなかった。 くそっこんなに細身なのにどこに力を隠しているんだ。 「嫌です!絶対ちゅーするんです!さっき扉を開けようとしたらまったく開きませんでした! せめてポピィ君たちだけでもちゅーしなくちゃ気がすみません~」 半泣きで必死で訴えてくるしいねちゃん。 こんな喧噪の中でもしいねちゃんの背中に背負われたリーヤは心地良さそうにすやすや寝ている。 その幸せそうな寝顔は俺の苛立ちを呼ぶには充分すぎるだろう。 そういえば昨日セラヴィーがしいねちゃんの夜の外出が最近多すぎると扉に朝にならなくちゃ開かない魔法をかけたんだ。 (そのしわ寄せがこっちに来るなんて‥!!) 頭を押さえて自分の不運に嘆いていると、しいねちゃんが胸に飛び込んできた。 「ポピィ君は僕のことが嫌いなんですか!?僕はポピィ君を友達だと思ってるのにポピィ君はなんとも思ってないんだ!うわ~ん!」 しいねちゃんがとうとう本気で泣き始めてしまった。これで寝てるというのだから凄い。 でも自分の目の前で泣かれるとこっちも気分は良くないし、このままではしいねちゃんの悪癖は治らない。 俺がなんとかしてしいねちゃんを更生させて、安眠を手に入れなくては。 たぶんこれも友達の役割というやつなのだろう。嫌だけど。 (要するにキス行為をやってはいけないことだと思わせればいいんだよな。さてどうすれば良いんだ・・) そんなとき、もみじ学園の園長の言葉を思い出した。 『やったらやり返せ!相手に己のしでかしたことを後悔させてやるのだ!いいか倍返しでなければ意味は無いぞ!』 あのヒステリックな声と顔を思い出して気分が悪くなる。 抜け出したとは言え、やはり出身校の教えは身に染みているということか、嫌だ嫌だ。 しかし良い案が他に思いつかない。サイコキネスは肝心なときには役に立たない。 もうこの手しかないのか・・! 「んあ~もっとおやつ食いたいじょ~むにゃむにゃ」 「あれ~リーヤこんなとこにいたんだ~ちゅー」 リーヤの頬にキスをして満足したのかポイッとテントの外に投げる。投げられたリーヤは「やったーケーキだーモグモグ」と 投げつけられた先にあった枕に食いついている。その脳天気さが今は少し羨ましい。 またしいねちゃんの視線がこっちを向いた。あれは完全に獲物を見る目だ。怖い。 (くそっこうなったらヤケだ!) 「しいねちゃん」 「はい!」 元気よく片手を上げて答えるしいねちゃんの体をこちらに寄せる。 そして、俺は目を閉じて、勢いに任せたようにしいねちゃんの唇にキスをした。 真っ暗な中にしいねちゃんの体温が手と唇だけから感じる。それだけがこの世界の全てのようだった。 心に決めたはずなのに顔が赤くなってくる。それを自分で理解すると次は手が震えてくるような錯覚に陥って、また勢いよくしいねちゃんを引き離した。 一瞬だけの間だったのに、その一瞬の時が止まってしまったような感覚。体力なんて使ってないのに息が乱れている。 さっきまで過ごしやすい気温だったのに何でこんなに熱いんだ。 少したってからゆっくりとしいねちゃんを見た。座ったままの体勢で俺を見て呆然としている。 ・・・効果があったかもしれない。 「どっどうだしいねちゃん。人からいきなりキスされたら嫌だろ。こういうのを人間同士でやるにはお互いの同意が必要なんだ。 分かったら今度からは・・・」 「あの、このキスの意味はなんですか?」 「・・・は?」 すごくまじめな顔で俺の目を見ながら聞いてくる。 またさっきの光景を思い出してしまって、顔が赤くなってきてしまう。 おのずと視線はしいねちゃんの唇を避けていた。 さっきの行為を目覚めたしいねちゃんが覚えていませんように、それだけを願ってしまう。 「好きな人にはほっぺにちゅーをするんです。唇には知りません。どんな意味があるんでしょうか。」 「えっと・・それは愛してる人にするんじゃないのか」 言ってから「しまった!」と思った。 今のしいねちゃんへの行為はそんな意味からじゃないし、しいねちゃんの悪癖を治すために俺は・・!と弁解をしようと顔を上げた。 だが、そこには満面の笑みで俺を見ているしいねちゃんがいた。 本当に嬉しそうで・・そんなしいねちゃんは可愛かった。 「ありがとうございます。ポピィ君」 タイミングを逃した俺を残して、しいねちゃんはさっさとテントを出ていく。 少し肩すかしを感じたが、弁解をするのも忘れて、とりあえずこれで安眠できると俺は安堵した。 横になろうとしたが、なんとなく様子をうかがうために透視能力で向こう側を見る。 そこにはリーヤの唇にキスをしようとするしいねちゃんがいた。 「ちょっと待てーーーーー!!!!!!」 バーンっと勢いよくテントを飛び出し、しいねちゃんの口に手をやりキスを止めにかかる。何を考えているんだコイツは! しいねちゃんは「うーうー」と声にならない抗議をして、不満そうだ。 「なんでリーヤにキスしようとするんだ!」 「なんでって、せっかくポピィ君に愛のキスの仕方を教わったので、みんなにもしようと・・もちろんチャチャさんにもします。」 「やめろ!!」 俺は凄い剣幕でしいねちゃんを怒った。とにかくみんなにそのキスをしてはいけないと強く教える。 もしかして俺のやり方は地雷を踏んでしまったのか? やはりもみじ学園園長の考えることはろくなことじゃなかったのだ。 ショックで頭が重くなった俺は、「今度うらら園長に相談しようかな・・」とふと適当に考えたが、あの目玉を思い出して身も毛もよだった。 そんな中、しいねちゃんは何か思いついたのか俺に提案してきた。 「じゃあポピィ君だけにならいいんですか?」 「は?」 「これはポピィ君がしてくれたキスだから、ポピィ君にならしていいんですよね?」 にっこり笑うと、俺の了解も得ないで、押し倒すように俺ごとテントの中のふとんに飛び込んだ。 あまりに急なことに脳が追いつかない。視点がひっくり返るとそこには笑顔のしいねちゃんの顔が見えた。 「みんな大好きですけど、これから愛する人はポピィ君だけにします」 そう言うとチュと俺にキスをした。 いままでのやり足りない分を補うように、チュっチュっと小鳥のようにつっつくキスを何度もする。 しいねちゃんの前髪が顔にかかってくすぐったい。けどキスには違和感を感じなかった。 みんなにされたら迷惑がかかるからと考えながらも違う意味で安心している自分がいる気がする。 「ちょっやめろしいねちゃん、多いっ」 「嫌です。やめません。大好きですポピィ君」 こんな風に人の愛情を全身に受けるのは初めてで、どうしたらいいか分からない。 しばらくすると、疲れたのかしいねちゃんはそのまま俺の上で眠ってしまった。 もうしいねちゃんをどかす気力もないし、掛けぶとんはどこかに行ってしまった。夜も深い。 いくつも言い訳を考えながら暖かいしいねちゃんをギュッと抱いて黒い髪に頬を埋める。 (この感覚はたぶん、気持ちいいんだろうな・・) 明日は早く起きてしいねちゃんをふとんに戻さないと・・・そんなことを考えながら俺は久しぶりに熟睡した。 愛する人へのキスが他にもあることを俺としいねちゃんはまだ知らない。
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目が覚めて最初に気づいたのは、 自分の体が動かなくなっていることだった。 (え!? うそ、なに!?) 胸中で叫びながら、私は自分の手足を動かそうとした。 でも、頭は完全に起きているのに、体はぴくりとも反応せず、 声を出すことすらできなかった。 視線も動かせず、目に映るのは、夜の薄暗い部屋、その天井だけだった。 ……そしてその天井は、自分の部屋のものとは違っていた。 (な、なんなの……?) 今いるのが自分の部屋でないことに気づいて、私は恐怖を覚えた。 夜、確かに自分の部屋で寝たはずなのに…… 目が覚めたら別の部屋にいて、体も動かせなくなっている。 声すら出せず、私の心中が恐怖でいっぱいになりかけたとき、 (……え?) 温かい感触が、私の体を包み込んだ。 覚えのある、人の肌の温もり。 すぐにある人の名前が頭の中に浮かんだ。 (……唯先輩) それに答えるように、 「むにゃ……わぁ……アイス、いっぱぃ……」 唯先輩の声がすぐ側で聞こえた。 いつも以上に間延びし、はっきりしない調子から、 それが寝言であることにすぐに気づいた。 私のすぐ横に唯先輩が寝ていて、そして私に抱きついてきている。 唯先輩の温もりが私の体を温めてくれて、 のんきな寝言にくすりと笑ってしまい…… 気がつけば、さっきまでの恐怖はもう消えていた。 (唯先輩……) その名前を胸中で呟いて…… 落ち着きを取り戻した私は、 改めてなにがどうなっているのかを考え始めた。 隣で寝ている唯先輩、そして見える範囲での部屋の様子から…… どうやら、ここは唯先輩の部屋であるようだ。 でもなんで、私はここで寝ているのだろう? 確かに自分の部屋で寝たはずなのに。 夢遊病という単語が思い浮かんだけれど、 いくらなんでも唯先輩の家にまで来てしまうとは思えなかった。 第一、鍵のかかった家に入り込めるはずもない。 体が動かせないのも謎だった。 金縛りにしては意識がはっきりしすぎていた。 ……考え始めたはいいけれど、 結局なにがどうなっているのかはまるでわからなかった。 (なんなんだろう、ほんとに……) あきらめにため息をつきかけた私の体を、 「ぅん~、ギー太ぁ……」 (……え!?) そんな寝言とともに、唯先輩が強く抱きしめてきた。 腕が私の体の表面を撫で、くすぐったさに悲鳴を上げかけ…… 鳴り響いた弦の音に、私は息をのんだ。 唯先輩の動きにあわせて鳴った音…… それは私の体から鳴ったように聞こえたのだ。 (え……うそ……まさか……) あり得ない考えが私の胸中に浮かぶ。 思い浮かんだ先ですぐ否定する。 あり得ない。いくらなんでも非現実的すぎる。でも…… そんな私の想像を後押しするように、 「ギー太ぁ……愛してるぅ……」 唯先輩の寝言が、また聞こえた。 私を抱きしめる腕がまた強まり、 そしてまた弦の鳴る音が聞こえる…… 私の体から、その音は確かに聞こえた。 間違いなかった。私は今……ギー太になっていた。 自分の状態に気づいてから、どれぐらいの時間がたったのだろう…… 変わらない天井を見つめながら、 私はもう何度目になるかわからないため息をついた。 もちろん今はギー太なので、ため息はあくまで胸中で。 唯先輩は深く寝入ってしまったのか、今聞こえるのは寝息だけだった。 抱きついた姿勢はそのままで、吐息が私の肌をくすぐっていた。 (……私のじゃなくて、ギー太の、だよね……) 吐息が撫でるのは私じゃなくてギー太の表面。 唯先輩が抱きしめているのも私じゃなくてギー太。 そう、唯先輩の横で、唯先輩の温もりに包まれているのは、 私じゃなくてギー太だった。 私の体ごとギー太になってしまったのか、私の心がギー太に宿ったのか、 どちらかはわからないけれど……どちらにしても、 私自身が唯先輩に抱きしめられているわけではないことだけは確かだった。 (ほんとに、いつもいっつもギー太ギー太って…… いくら大切にしているっていっても、これはやりすぎです!) 学校でもギー太ギー太って言って、抱きしめたり話しかけたりして、 その上家ではほんとに一緒に寝ているなんて…… なぜか胸がムカムカして、私は胸中で文句を言っていた。 『あずにゃん、ひょっとしてヤキモチ?』 と、いつか唯先輩に言われたことが思い出されて…… かーっと頬が熱くなったような感覚を覚えた。 もし今自分の体だったら、私の顔はきっと真っ赤になっていたことだろう。 (ヤ、ヤキモチなんかじゃないもん!) 胸の中でそう怒鳴る。 でも、今抱かれているのが私自身でなく、 ギー太であることを面白く思っていないのは事実だった。 胸はムカムカしたままで、イライラまで募ってきて…… (……ち、違うんだから……) 続けた呟きは、自分でもわかるほど力のないものだった。 (……いつまで私、ギー太なんだろう……) 早くもとに戻りたいと思った。 こうしてギー太として抱かれているのがひどく嫌だった。 ムカムカとイライラを発散したくても、体も動かせず声も出せない。 ムカムカとイライラは体の中にたまっていく一方で、 今にも破裂しそうで……なぜだか泣きそうにまでなってきてしまう。 もし朝までこのままだったら……朝になってももとに戻れなかったら、 きっと自分は耐えられない…… 「んぅ……あず、にゃん……」 (え……唯先輩……?) 暗く沈みかけた私の耳に、唯先輩の声が聞こえてきた。 唯先輩の寝言が、私の名前が聞こえてきた。 「あずにゃん……だ~い好き、だから……あずにゃ……」 緩んでいた唯先輩の腕が、また強くなった。 寝言と一緒に、ぎゅっと私を抱きしめてくれた。 寝言で呟いたのは私の名前。 そして抱きしめてくれたのは……私だった。 体はギー太になっているけれど、その中にいる私を、 確かに唯先輩は抱きしめてくれた。 私にはそう思えた。 「あず……にゃぁん……」 声と一緒に、吐息が私の肌を撫でた。 くすぐったい感触に笑いをこらえ…… 気がつけば、もうムカムカもイライラも消えていた。 (もうっ……ほんとに唯先輩はしょうがないんですから……) ギー太ギー太って言ったかと思ったら、 今度はあずにゃんあずにゃんって…… 唯先輩の「好き」は多すぎる。 だからいつも私は、私は…… (……して、……やいちゃうんですからね……) 気持ちが落ち着いたせいか、 いつの間にか私の意識は寝入り端のようにぼやけていて…… (ほんと……しちゃうんですから……) そう呟きながら、私の意識は闇に沈んでいった……。 目を開けると、自分の部屋の天井が見えた。 カーテンの隙間から入り込む朝日に照らされて、 自分の部屋がはっきりと見えた。 無言で体を起こす。 なんの抵抗もなく、当たり前のように私の体は動いていた。 顔を下に向ければ、昨夜着た寝間着に包まれた、見慣れた私の体が見えた。 「……夢?」 声に出して呟いた。そう考えるのが自然だった。 ギー太になって唯先輩に抱きしめられる夢を見ただけ。 間違っても、ギー太への……が募ったあまり、 昨夜自分がギー太になってしまったなんてことはあるはずがなかった。 そんな非現実的なことが、実際に起こるわけがない。 「でも……」 体に残る、微かな温もり…… 布団によるものとは違う、 私を安心させてくれるような温かさがまだ残っているように思えて、 それは…… 「にゃ!?」 と、突然携帯電話のベルが鳴って、私は驚きに声を上げていた。 乱れる心臓の鼓動を押さえながら、携帯電話を手に取ると、 「……唯先輩?」 携帯を鳴らしたのは、唯先輩からのメールだった。 メールを開くと、短くこう書かれていた。 『昨日、あずにゃんの夢見たよぉ♪ なんか朝からしあわせぇ(ハート×3)』 メールの文面に、私はくすりと笑った。 なんとなく、私負けてないと思った。 なににかは、まぁともかくとして…… 「もうっ、ほんとに唯先輩は……」 苦笑しながら、私もメールの返事を打った。 「私も、唯先輩の夢を見ましたよ……」 そう呟きながら、でも送ったメールの文章は…… 『朝から変なメールよこさないでください!!』 ……だった。 END あずにゃんのツンデレ加減がよかった!ハァハァするゼ -- (とある学生の百合信者) 2011-03-08 16 38 41 鈍感! -- (あずにゃんラブ) 2012-12-29 23 55 42 名前 感想/コメント: すべてのコメントを見る
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ほんわかだねぇ -- (名無しさん) 2014-04-25 04 54 16
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結婚ネタに家族ネタはいいわ〜。 -- (あずにゃんラブ) 2013-01-04 01 10 46