約 2,999 件
https://w.atwiki.jp/aa-ranritsu/pages/69.html
阿求_20070807 阿求_20070824 阿求_20070913-1/2 阿求_20070913-2/2 阿求_20070918-1/2 阿求_20070918-2/2
https://w.atwiki.jp/toho_yandere/pages/360.html
阿求 ロダ up0233 up0704 up0013 子守唄 リンク切れ 子守唄 スレネタ ■9スレ目 阿求/9スレ/103 130 247 630-632 ■10スレ目 阿求/10スレ/323 ■13スレ目 阿求/13スレ/211 裏求聞史紀 ■14スレ目 阿求/14スレ/177-180 阿求/14スレ/267-270 阿求/14スレ/813-817 阿求/14スレ/474-475 ■17スレ目 阿求/17スレ/260-265 ■18スレ目 阿求/18スレ/46-55 / 阿求/18スレ/375-379 / 阿求/18スレ/380-389 / 阿求/18スレ/389-393 阿求/18スレ/74 ■19スレ目 阿求/19スレ/743-751 ■20スレ目 阿求/20スレ/763-769 ■21スレ目 阿求/21スレ/405-416 阿求/21スレ/438-444 阿求/21スレ/637-639 阿求/21スレ/740-742 ■22スレ目 阿求/22スレ/919 ■23スレ目 阿求/23スレ/80 阿求/23スレ/773 売り渡せば 阿求/23スレ/943 短編 ■24スレ目 買いとりて 死の間際 死の間際2 阿求/24スレ/387 悠久輪廻阿求ちゃん 阿求/24スレ/635 阿求/24スレ/717 ■25スレ目 懐の中身に対する疑念 2 3 4 5 6 7 8 9 10 懐の中身に対する疑念11 12 13 14(終) 阿求/25スレ/288 阿求/25スレ/601-602 ■26スレ目 作為的な怪奇現象 2 3 4 5 6 7 8 9 10
https://w.atwiki.jp/th_sinkoutaisen/pages/316.html
no +信仰 コスト 戦闘力 HP df 労働 知識 探索 特殊能力 069u 000 000000 002000 080 10 4 9 7 転生(阿礼乙女),求聞史紀,ドロー+1 魅魔に次ぐ転生能力持ちユニット。ただしこちらは戦闘力は上がらない。 阿求の持つ最大の能力は求聞史紀の能力。なんと相手ユニットをコピーする事が出来る。 このおかげでさよなら人類があるのに霊夢と魔理沙などの人気キャラを召喚出来たり 相手の神綺や魅魔といった貴重なユニットを手に入れる事が出来る。 あたりまえだが、最大限に能力を活かすためには積極的に襲撃をする必要がある。 しかし、元の能力が弱いためコピーする前に倒されてしまう事も多々ある。 お供をつけるか、阿求自身を強化するか、そこは悩むところ。 1ゲーム中に全ユニットコピーして求聞史紀完成!なんて夢みたいなことはない。 ちなみに人間ではあるがさよなら人類は使用可能である。 攻撃 阿求はがんばって記録している…。* 全体 敵ユニットコピー 1回 特殊 稗田転生「阿礼乙女」 自分 転生(阿礼乙女) *手札に追加 関連霊撃 なし 関連サポートカード 252S さよなら人類 独立宣言:脱霊魔咲早妖 キャラ制限ボーナスLv1 250S 忘れ去られた百鬼夜行 独立宣言:脱人気キャラ キャラ制限ボーナスLv2 特別な入手方法 なし
https://w.atwiki.jp/th_lotuscraft/pages/81.html
稗田 阿求 移動方法 ボーナス レベル HP 攻撃力 防御力 移動速度 射程 攻撃間隔 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 スペル1 求聞史紀 アイコン タイプ Passive 阿求の視界が長時間持続するようになる。 レベル クールダウン 射程 範囲 効果時間 対象 効果 1 - - 20秒 自身 2 - - 30秒 自身 3 - - 40秒 自身 スペル2 御阿礼の子 アイコン タイプ Passive 範囲内の敵ユニットにより多くのダメージを与える。この効果は阿求以外によるダメージも増強させる。 レベル クールダウン 射程 範囲 効果時間 対象 効果 1 - - 永続 味方 ダメージ+5%、防御力-25% 2 - - 永続 味方 ダメージ+10%、防御力-50% 3 - - 永続 味方 ダメージ+15%、防御力-100% スペル3 幻想郷縁起 アイコン タイプ Passive 研究に必要な時間が減少する。 レベル クールダウン 射程 範囲 効果時間 対象 効果 1 - - 永続 研究 下級ユニットの生産時間90%、研究所での研究時間90% 2 - - 永続 研究 下級ユニットの生産時間85%、研究所での研究時間80% 3 - - 永続 研究 下級ユニットの生産時間80%、研究所での研究時間70% ラストスペル 幻想郷の記憶 アイコン タイプ Passive マップ全体の視界を得る。 レベル クールダウン 射程 範囲 効果時間 対象 効果 1 ? ? ? 20秒 チーム? 20秒間、マップ全体公開マップ全体の視界を得る。 スキル紹介 求聞史紀 御阿礼の子 幻想郷縁起 幻想郷の記憶 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/propoichathre/pages/1124.html
阿求6 新ろだ190 「外の世界には、毎年十二月二十四日、二十五日に聖誕祭があります」 「せいたんさい? 誰かの誕生日を祝うのかしら」 流石に頭の回転が速い。 「イエス・キリストなる人物ですね。 彼は人を愛するべきという教えを説いて回りました。 結果、今でも教えは宗教として残っています。 かなりかけ離れてしまっているかもしれませんが。 後は――国によれば唯一神と同じ扱いをされていたりしますね」 そもそも、日本と幻想郷には唯一の神など存在しないからいまいち結び付かないだろうが。 「ただの人間よね?」 「まあ基本的には。 奇跡を起こしたとも言われてますが、確かめる術もないですし」 まあキリスト云々はこのあたりで切り上げておくとして。 「外の世界――幻想郷があるのは日本ですか――は多神教なんですけどね」 「どうしてか、祝っている、と」 確かに不思議なものですね、と阿求は微笑む。 「まあ、基本的にお祭り好きなのでしょう。 呑んで食べて騒ぐ為の口実ですね」 それに、大多数のお楽しみは別のところにあるのだろうし。 「ちなみに子供は二十四日の夜にプレゼントがもらえるので、それを楽しみにしています」 「それも不思議な話ですね。 渡す方じゃないんですか」 それもそうではあるが。 気持ちだけ供えるのが日本式というか。 「プレゼントを渡すのはサンタクロースなる赤服の人物ですから」 トナカイに乗って、子供達にプレゼントを配る老人。 もっとも、最近の子供は夢離れが進んでいるので、こっちに来ていそうだが。 「それも何か謂れのあるもので?」 「ええ、元々このサンタクロース、聖ニコラウスなる実在の人物でして」 前述したキリスト教徒の一人だ。 結婚できない娘達の居る家を不憫に思い、煙突から金貨を投げ入れた。 そのとき、暖炉にかかっていた靴下の中に入り、そこから―― 「二十四日の夜、靴下の中にプレゼントが、という話になった訳ですね」 「素敵な話ですね」 その表情を見て、実際には親が子供の欲しいものを買ってきているのだという事は伏せておいた。 ここは幻想郷だ。 夢そのものともいえる場所で夢を壊すのは無粋というもの。 「最も、日本でのクリスマスは名ばかりで――プレゼントこそありますが キリストの聖誕祭というよりは、主に大切な異性と過ごす一日としての側面が強いです」 「それでも素敵な話じゃないですか」 そう言って微笑むが、しかし、 「相手が居る人はそうでしょうけど、独り身の人は地獄ですよ」 何せ、出かける先で幸せそうなカップルに出会うのだから。 独りでいる自分が惨めに思えてきてしまうのも無理はない。 「それこそ人を愛せ、の精神ですよ」 「それができれば戦争も幻想郷に入ってこれますよ。 個人的には遠慮願いたいですが」 それならば、争いは無くならない方が良い、というのは悪人の考えか。 「外の人間は、見ず知らずの他人の為に幸福を祈れる方が珍しいですから」 もちろん、自分も含めてですが、と付け加えてお茶を啜る。 「祈って、願うだけならタダなのにですか?」 「生憎タダより高い物はない、という言葉もありまして」 またそうやって返す、と苦笑いされてしまった。 でも事実だ。 「つまり、○○は祈れない側だった、と」 「ははは、万年独り寂しくですよ。 こっちに来ても、風習が無いだけで変わ――」 言いかけて、けれど言えなかった。 「○○」 阿求の声に応えてそちらを向けば、唇に温もり。 「違いますよね」 微笑みを浮かべて、確認を取るように問い返されてしまえば、こちらとしてはもう何も言うことなどなく。 「そうでしたねえ」 顔が熱を帯びていることを自覚にしながら、笑って見せて。 今年は幸せを祈れそうだな、などと考えてしまったりして。 「来年の日の出を見れるよう、願でも掛けましょう」 「それならこちらは、貴女が再来年も日の出を見れるように願でも掛けましょうか」 今年のクリスマスは、一風変わった、けれど楽しいものになりそうだと、そう感じた。 必ず別れが訪れようと、その時まではせめて―― 互いにとって、幸いな時間が多くあれ、と―― 新ろだ195 外の世界では、あまり雪が降らない。 だからなのだろうか、冬の幻想郷は、良く雪が降る。 「いやあ、今日も降ってますね」 昨晩から降り続けて、すっかり分厚く積もっている庭は、朝日を反射して煌く。 まさしく幻想。 現実の中にも、わずかながら幻想は存在する。 夕日と雲が空に描く、美しい風景画を見ていた日々が蘇るようで。 年甲斐も無く気分が昂揚して、新雪に足跡を残しまくる。 「朝から元気ですね」 「外じゃこんなに積もる事も稀ですからねえ。 雪を見ること事態、随分と久しぶりですし」 だから自然に顔が緩んでも仕方の無いこと。 しかし、そんな感じで舞い上がる自分とは対照的で。 「寒くないんですか? そんな薄着で」 火鉢が温まるまで布団から出ないつもりなのだろう。 彼女は顔だけを出して布団に包まっている。 「いやあ寒いですよ。 寒いですけど、嬉しいんですよ」 震えながら吐き出す息は白い。 しかしまあ、いくら嬉しいとは言え限度はあるもので。 「あ、そろそろ無理だ」 さくさくと雪の音を残して、そそくさと部屋へ駆け込む。 そうしてすっかり冷めた布団に潜り込んで縮こまり、思い出すのは、 「そういえば私が来たときに着用していた防寒具は何処へ?」 愛用していた黒いコートのことだ。 「そういえば何処かに仕舞ってあった筈ですけど。 でも洗い方わかりませんから、においが……」 確かにそれは不安ではあるけれども。 「まあでも、その分暖かいですし。 少し重ね着した上から羽織るだけで割と行動できるかと」 こちらの防寒具もなかなか暖かいけれども。 というか、冬の厳しさはこちらの方が上なのだろうが。 「じゃあ探してくださいよ。 私は動きませんから」 「本当に寒いの嫌なんですね貴女。 折角差し上げようかと思っていたのに」 そういう事ならば話は別です、と。 火鉢が温まった頃合を見計らって布団から抜け出た。 自分もその後に続いて抜け出して、手伝い始める。 コートはほどなくして見つかった。 気になっていたにおいもさほど問題はない。 むしろ甘くかぐわしい果実臭が漂っている。 「何かしましたか」 「まあ、ちょっと知り合いの妖怪から聞いた保存方法を」 どんな保存方法なのだろうか。 気になるがちょっと怖い気がしたので聞かないでおく。 「ともあれこれで阿求も外を駆け回れますね」 「駆け回ること前提で話を進めないで下さい」 部屋が暖まってきたことで、彼女も本来の調子に戻ったようだ。 こうでなくては面白くない、というもの。 「そもそもどうしてそんなに雪が好きなんです」 「冬の生まれでして。 だから無意識にテンションがアチョー入るのかもしれませんねえ」 もうギアが三段くらい一気に入ってる今の自分。 ステイ私ステイ。 ほら現に阿求が不思議そうな顔で小首をかしげて――たまらなく可愛いですねああもう! 「ごめん○○、言っている事が少しわからない」 「いやあすみません、自分テンション高くなると一部にしか通じない俗称とかだだ漏れでして」 簡単に言うと、嬉しくて楽しくてたまらないということです。 そう伝えると、納得した表情を浮かべて、 「なるほどそういう意味でしたか」 などと笑ってくれるのだからもう。 もう……。 「ああ、今すごく可愛いですよ阿求。 自分には勿体無いくらいに素敵だと、心からそう思いますよ」 柄にもなく本音を冬の空気にさらしてみれば、顔と身体は余計に熱く。 「さらっとそういう事を言わないでください。 その、嬉しいのと恥ずかしいのがいっぺんに来てしまって」 ――勢いに任せたくなってしまいますから。 消え入りそうな、ともすれば聞き逃してしまいそうなほどか細い声。 見れば顔は耳まで紅い。 「あ、熱いですよねこの部屋。 ちょっと外の風に当たりましょうか」 恥ずかしさをごまかすためか、そう言って彼女は庭へと出て行く。 朝日は姿を潜め、再び雪が降り始めていた。 「どこかの雪女がはしゃいでるのかもしれませんね」 阿求の表情は苦く、どこか暗い。 不思議に思っていれば、 「私、雪は嫌いなんですよ」 唐突に呟きが。 「触れればすぐに溶けて消えてしまうでしょう? なんだか、自分を見ているようで――」 温もりに触れれば水となって消える雪。 ああ、確かにそうかもしれない。 温もりに触れれば、その分涙が増えるから。 悲しくないように、辛くないように、寂しくないようにと。 触れるか触れないか、そのぎりぎりの線を手探りで探しながら。 薄氷の壁で己を律して。 「私は好きですよ。 自分よりも暖かい存在に触れればすぐ溶けてしまう、その儚さも」 それに、と言葉を続ける。 「消えはしませんよ。 土なら土に、人肌なら人肌に。 水として溶け合うのですから」 「それでも、風が吹けば乾きます」 「それでも、少しくらいは吸われます」 付け加えるならば、 「こうして固めてしまえば、そう易々と溶けて消えるものではありませんし。 日陰に積もったならば、尚更長く残りますよ」 そう言うと、 「敵いませんね、どうも」 力を抜いた笑みが咲く。 「私だって敵いませんとも」 同じように咲かせて。 「後悔しても知りませんよ? たくさん降らせて大雪にしてしまいますから」 「望むところですとも。 風や太陽では太刀打ちできないくらいに固めますから」 この雪と同じように―― ふれふれ、つもれ、おもいゆき―― 新ろだ248 大晦日に自室の火燵に入りながら元日になるのを待っていると、どこからか鐘のなる音が聞こえてきた。 はてこのあたりに寺なんぞあったかいなと思いながら酒を呑んでいると、阿求が目をこすりながら火燵の中に入ってくる。 卓の上に置いた腕時計を見ると年が変わるまであと幾らも無いと言う時間になっていた。 阿求は自分の対面に陣取ると卓の上に出していた肴を奪い、眠気覚まし代わりにと噛み始める。 「こんな時間にどした。眠ったんじゃなかったんか」 酒の入った杯を隠しながら尋ねる。別段酒に弱いというわけでは無さそうだが、子供に飲ませるのは気が引ける為だ。 「ええ、ちょっと新年を一緒に迎えたかったもので」 半纏の袖で頬を隠しながら、嬉しい事を阿求が言ってくる。自分は笑いそうになるのを留めながら、杯の中の酒を呷った。 「それともう一つ用事がありまして」 「ほう、なんね?」 阿求が身を乗り出して来、それに釣られて一緒に火燵の上に身を乗り出す。 二人の額が引っ付きそうになる距離まで近づくと、阿求は言った。 「お年玉下さい」 「無いよ」 即座に返事をすると抗議の声を阿求が上げる。 「まだ早いし、そもそも食客に強請らんでおくれ」 「食客ならお酒なんて呑まないで下さい」 阿求はなおも抗議して来るが自分はそれを無視し、徳利から酒を杯に注ぐ。 その様を阿求は睨むような視線で見ているが気付いていない振りをし、杯を少し上に掲げて言う。 「何、こいつらは自分の稼ぎで買ったもんだよ」 阿求はまだ不満そうだったが、一瞬何かを思いついたような顔をすると、笑みを浮かべながら火燵を出、此方に近寄って来た。 その不可解な様に多少警戒を強めていると、阿求が自分のすぐ横に座りながら言う。 「無いなら別の玉でもいいんですよ」 「うん? ギョクの類なんざ持っちゃおらんぞ」 「いえいえ、そんなものじゃありません」 阿求はそう言うと自分に横から抱きつき、肩の上に顎を乗せながら言った。 「子供が欲しいですね。玉のような」 危うく咽そうになるのを押さえて阿求の顔を見るが、冗談を言っているような顔には見えない。 「そいつは十月十日待たにゃならんからお年玉にはならんだろう」 苦笑しながら言うと、阿求は少し怒ったような顔をして自分と火燵の間に滑り込み胡坐の上に陣取った。 空いた腕を腰に回してずり落ちないようにしてやると、阿求は自分に凭れかかり、肩に後ろ頭を乗せる。 幾らかの時間そのままの姿勢で過ごすと、不意に阿求がもうすぐと言う。 何がかと思って阿求の方を見ると、何時の間にやら頭を起こし、卓上の時計を見ていた。 「もうすぐ年が変わりますよ」 「そうやね。あと数分か」 言いながら酒を呑む。阿求は黙り込んでどうやら何かを考え込んでいるらしい。 頭でも撫でてみようかと腰に回した腕を解くと、股座の上に座った阿求はもぞもぞと動いて対面に座りなおした。 「あと二分です」 耳元で阿求が言う。どこで時間を見ているのかと思ったが、向き直る際に腕時計を奪っていたらしい。 杯を一旦卓に置きその手で阿求の頭を撫で付けると、阿求は此方の頬に擦り寄ってきた。 首筋に掛かる鼻息の多少のくすぐったさを堪えていると、後ろ向きに加重が掛かり阿求に押し倒される形になる。 阿求は始めはしてやったりといった表情で自分を見下ろしていたが、居場所を腹の上に伸し掛かるようなものにし、また顔を近づけてきた。 鼻先が触れ合うくらいの距離まで阿求は顔を近づけるとそこで止まり、またちらりと時計を見る。 横目に見たそれはあと凡そ三十秒ほどで針が一並びになるような時刻だった。 しばし、と言っても十秒程度のものだが、の間二人見詰め合った姿勢で固まる。 始めに動いたのは自分であった。このままで居ても意味が無いと思い、体を起こそうとしたのだ。 しかし阿求はそれを遮るように体重を掛けて、なおも寝かせたままにする。 体を起こす事を諦めると阿求は三度顔を近づけて来、二人の唇が触れ合った。 どの程度の時間経ったか、短くもないが長いとも言えない時間の後、阿求がゆっくりと顔を遠ざけて行く。 「二年越しですね」 その言で先程のは時間を計っていたものと悟る。 よくやるものだと思いながら後頭をぽんぽんと叩いてやると、それを合図にしたように阿求は体を横に移し、一緒に自分も体を起こす。 阿求は自分が体を起こしきったのを確認すると、またまたの間に座り込み胸に凭れ掛った。 「明けまして、今年もよろしくお願いするよ」 頭を撫でながら阿求に言うと、阿求も自分の頬に手をやりながら応えた。 「はい。それではお世話しますので、よろしくお願いします」 言って二人顔を近づけ、また口付けをした。 新ろだ251 「はぁ……」 茶を啜り吐息を一つ。 阿求は、掘り炬燵でまったりしていた。とにかくまったりしていた。目の前には玉露と温州。これ以上の贅沢はない。 対面に座る青年はさっきからもくもくと蜜柑を胃に収めている。元来無口無表情な彼であるが、よく見るといつもより眉根が緩んでいる。 「ん~」 まるで時間がゆっくり流れているかのよう。この上なく幸福だと、阿求は思う。 はふぅ、と息を吐いて、炬燵の上に頭を寝かせる。そのまま首を回し、最近一緒に住むようになった青年をもう一度見た。 すると、視線に気づいてちらりと阿求を見たものの、すぐにまた蜜柑を食べ始める。 む、と短く唸る。その反応は気に入らない。 そう思ったので、阿求は炬燵から身体を引く抜くと、いそいそと彼の側に回りこんで、 「よっこいせ」 「────」 強引に、彼の脚の間を空けさせ、そこにちょこんと収まった。 青年は何も言わなかったが、蜜柑を食べる手は止まっていた。 それをいいことに、阿求は青年の手を取り、自分の腹を抱くように持ってくる。 青年の胸に体重を預け、眠たい猫のように、彼の肩に頬を擦り付ける。そのまましばらく、背中から伝わってくる熱を感じていた。 「ん……」 ぐ、と不意に青年の腕に力が篭もる。肉の薄い腹にかかる圧迫を、心地よいと阿求は感じた。 腕は腹だけでなく、阿求を囲うように、閉じ込めるように、強く抱き締めてくる。 両腕の上から抱かれているので、もう阿求は自分の意思では身動き一つとることはできない。 逃げられない。 押し付けられた青年の鼻先が、阿求の髪を掻き分けて赤い柔肉を見つける。既に、阿求の身体は熱に浮かされたように震え、耳は真赤に染まっていた。 青年の乾いた唇が、それを食んだ。 「は、ん……」 がっつくような真似はせず、じわじわと、湿り気が耳を浸食していく。 つ、と舌先が耳の外縁をなぞっていく。常人より少し高い温度の水が触れるたびに、阿求は熱い吐息を洩らした。 水の音が、皮膚を通して直接鼓膜を震えさせる。 「あ、ん、ふぁ……」 自由を奪われた阿求は、つたない声でしかその感覚の表現を赦されない。 抱き締める腕の力はますます強まり、痛みさえ伴うのに、しかしその全てが阿求の中で熱に変換されていく。 密着した全身から伝わってくる鼓動は、青年もまたこの行いに昂ぶっていることを教えてくれる。 固い感触。青年の歯が、何度も何度も確かめるように、耳の肉を噛む。電信のようにリズム良く跳ねる柔らかな痛みに、阿求の喉から細い声が洩れた。 愛撫は止まらない。彼の口は阿求の右耳のほとんどをその内に収め、甘噛みを繰り返しながら、舌で容赦なく、執拗にねぶっていく。 耳朶をなぞる舌先は、とうとう敏感な内側にまで辿り着き、ぐりぐりと無理にその充血した先端を捻じ込もうとする。 その度に圧縮された空気と唾液の触れ合いが淫靡に歌い、阿求の幼い肢体から、力を奪い去っていく。 「ひゃ、ぁ、やぁ……!」 直接、脳を陵辱されているかのよう。漏れ出る喘ぎは悲鳴じみていて、けれど目尻に浮かぶ涙は、悲哀からでは決してない。 抱き締められ、耳を弄ばれているという、それだけの行為なのに、何か途轍もなく悪いことをしているような背徳感に身を焦がし。 そしてそれから逃れられない、逃れようともしない自分を受け入れる。 されるがままに身を預けるという快楽に、彼女は浸っていた。 だから、彼の唇が耳から離れたとき、喉から切なげな呻きが漏れた。 「は……」 彼の腕の拘束が緩み、茫とした頭のまま振り返ると、彼と視線がかち合った。 どちらからともなく顔を寄せ合う。青年の唇が阿求のそれと触れ合った。 横抱きにするように位置を変え、右手は阿求の身体を、左手は頭を支える。唇の啄ばみは、細かくお互いの頭の位置を動かしながら、余すところなく行われた。 けれども決してそれ以上は、青年は踏み込もうとしなかった。阿求の呼気を奪い、言葉を封じ、唾液の混交を赦さなかった。 それが阿求にはじれったい。まるで襦袢の上から受ける愛撫のようなもどかしさに、我知らず、瞳が潤みを帯びていく。 もっと、と、堪らず視線で催促しようとして、──それより一瞬早く、彼の舌が唇の裏側に滑り込んだ。 「ふむ、ぅん……!」 不意打ち。 ぬち、という音。青年の舌が、歯と歯茎の段差をぞろりとなぞった。 舌先で歯をこじ開けると、容赦なく青年は阿求の口腔に侵入する。反射的に反らした首は、けれど大きな手に押さえ込まれ、逆により強く接合した。 一瞬、息が詰まる。だがそれだけに青年の動きを感じられた。 「んんっ、ちゅ、はぷっ、ちゅ……」 唇の端から、言葉にならない息がこぼれる。 口の中にじわじわと唾液が滲み出てくる。異物感に反応してか、それとも、極上の味を思い出したからか。 青年はそれすら味わおうとするように、遠慮なく、阿求の唇を、歯を、舌を犯していく。 代わりに流れ込んでくる彼の味に、阿求の意識が蒸発していく。もう何度繰り返したか分からないこの行いは、その度に、劣化しえぬ焦熱をもたらし続ける。 「ぷ、は、んん……ちゅ、ちゅる、んん……」 ともすれば力が抜けてしまいそうな身体を、彼の服を握り締めて必死に支えようとし、けどそれも、結局長くは続かない。 「はちゅっ、じゅっ、ぁっ、んちゅ、ん──!」 じゅるるるるるるるるぅ……! 正気を喪わせるような、卑猥な音色をわざとらしく立てながら、青年が阿求の口を吸い上げる。 たっぷり十秒間は続く音の中、阿求の身体はびくびくと痙攣し続けていた。 「は、ぁ……」 泡立ち、白濁した唾液の橋が引かれ、そして自身の重みで落ちた。 服が乱れ、露になった阿求の鎖骨を唾液が汚す。口の端からは溢れた液体が零れ、頬に線を引き、首筋にまで伝っていた。 瞳はどこか茫っとしていて焦点を結びきれておらず、浅く長い息が半開きの口から漏れ出している。 それでも、青年の腕は阿求を解放していない。 「……、ぁ……」 差し出される赤い肉。彼が何を求めているか分かったので、阿求は何も考えることなくそれに応える。 瞼を閉じ、小さな口を大きく開き、ぬらぬらと光る舌を精一杯に差し伸べた。 「ン……」 先端が触れ合い、そして徐々に貼り合わされていく感覚。 かと思えばずるりと彼の舌が蠢き、刺激に慣れていない裏側の柔らかな肉をつついてくる。 「ァ、んぷちゅ……」 躊躇いなく、再び侵入する舌。先程と違うのは阿求のそれも、彼を求めて蠢いていることだ。 まるで潤滑液のように唾液はとめどなく溢れ、顎を伝い二人の間に落ちていく。混ざり合って、どちらのものかなど分かりはしない。 阿求はやや顎を上に持ち上げ、懸命に舌先の彼を感じようとし、彼もまたそれに応え、より苛烈に、直接的に絡んでいく。 舌尖が味蕾をなぞるたび、電気の味が阿求の脳裏に弾ける。口だけの触れ合いだというのに、指先まで痺れが伝播して、身体から力が抜けていく。 「ンンッ、っふ、あ、んじゅうぅ……!」 双方の舌は別の生き物のように、まだ足りぬと蠢動しつづける。 口の端から泡立った粘液が吐き出されてなお、自分を満たしてくれる何かを求めて這いまわる。 「お、ぼォ……!」 ずぶりと、これまでより一際深く青年の舌が阿求の口腔に突っ込まれた。 反射運動として喉がえずき、胃の腑から苦い物が込み上げてくるが、その味すら楽しむが如く、彼は存分に少女の口を犯していく。 奥歯の歯茎や、舌の付け根、上顎に至るまで満遍なく彼の長い舌にねぶられていく。 通常ならありえない場所への接触に、満足に呼吸することすら許されず、胃から肺からじわじわと吐き気が込み上げてくる。 (ああ、ああ……!) だがそれすらも、今の阿求にとっては快感を助長するものでしかない。 食べるための器官が、逆に内側から貪られている――その異常な悦楽に酔い痴れている。 (わたし、この人に、食べられてる――) いっそのこと、と思う。唇と舌だけでなく、全てを。 指先から爪先から、自分のおとめの全てに至るまで、この人に食べてもらえたら、それはどれほどの幸せなことだろう。 阿求はそれをいつも渇望しているし、恐らくは青年も同じ心であっただろうが――それでも、今は駄目なのだ。 「あ……ン、っは、だ、めぇ……!」 だから、必死に身をよじって快楽の束縛から逃れ、声を上げた。 着物の襟から滑り込もうとしていた彼の手を、そっと押し留める。 「それ以上は、まだ、駄目ですよ……?」 告げる声は、けれど阿求自身辛そうだ。本当ならこんなことしたくはないと。全てを為すがままに任せてしまいたいのだ――と。 しかしそうはできない事情が、阿求にはあった。 仮にも、屋敷持ちの旧家の娘である。御阿礼の子としての役目は幻想郷縁起の完成を以て終わってるとはいえ、まだ嫁入り前の少女であることに変わりはない。 後々、この青年と一緒になることは既に認められているとはいえ、守らなければならない節度というものは存在した。 「…………」 潤み、熱を孕んだ瞳で阿求は青年を見上げる。そこにどのような意志が含まれるのか、阿求自身にも分からない。 これまでと同じように堪えて欲しいのか、しきたりなど無視して犯して欲しいのか。 だがそのどちらであるにしろ、阿求が答えを見出す前に――彼は阿求を押し倒していた。 あ、という声を上げる暇もあらばこそ、彼は三度唇を重ね合わせる。 「ァ、んん、っぶ、は」 そのまま赤い穂先を強引に捻じ込み、乱暴な抽送を繰り返した。 性交の代わりとするように、その動きは乱暴で執拗で、ただ強く阿求を求めていた。 「おッ、ぼ、ぉ、じゅ、んんっ!」 じゅぷじゅぷと、水と空気が混ざり弾ける音が、狭い室内に響いている。 二人の身体は既に炬燵から出てしまっていた。転がり落ちた食べかけの蜜柑の行方を気にするものは誰もいな。 彼は右腕を阿求の腋下をくぐらせて頭を抱き、左手は阿求の右手に絡めた。 「はっ、ばぁ、ぷぢゅ、ん、んぶぅ……!」 阿求もまた、空いた手で彼の服をしっかと握り、着物の裾からはしたなく伸びた脚で彼の身体にしがみついている。 傍目から見れば少女が男に犯されているようにしか見えない。だが二人の行為は、あくまで首から上だけに限定されていた。 小さな身体は押し潰されるように抱かれながら、それでも、間に存在する布地の数だけもどかしさと情欲を募らせた。 (ああ、好き、好きです、好きぃ……!!) 「んぁっ、ァ、っぷぁ、はぢゅ、ぅぅンっ!」 言葉として発することのできない想いを、行為に全て込めるように、二人は首から上だけの交わりに没頭した。 衣服の下で蠢いている熱も淫欲も、今許されていることだけで、全て伝えてしまいたいと。 「ぢゅ、は、んじゅぅ、ぅぁ、っああ、はぶッ、ン、ちゅく、んん、っぱぁ、んん――――ッ!!」 二人の行為は、これより十分後、訪れた上白沢慧音が黄色い悲鳴を上げながら青年の尻を全力で蹴り上げるまで続いた。 新ろだ295 その日はとても寒い朝だった。 不用意に彼女が布団から出した手先はすぐに凝り、瞼を開ければ涙も凍るのではないかというほどだ。 部屋には火鉢があったが火は無く、隣に敷かれた布団には誰も居らずで、つまりは暖を取れるものは布団しかない。 彼は、隣の布団を使っていた人間は起きたかを見に来るかしらん、と阿求は期待するが一向に来る気配は無く、仕方無しに彼女は枕元の半纏を布団の中に引き摺りこんだ。 火鉢に火ぐらい入れて行ってくれてもいいのに、と八つ当たり気味に考えながら阿求は暖めた半纏に袖を通すと、障子を顔一つ分開けて庭の様子を窺い、寒い訳を思い知った。 なにせ眼前の庭には雪が高く積もり、誰が造ったのかは知らないが二三人は入れそうなかまくらまであったのだ。 寝る前には降っていなかったし、深夜から明け方辺りまで降っていたのか、しかし見逃したのは残念だ、と阿求は思う。 阿求も大量の記憶を抱え、本の編集まで出来るとは言え、流石にまだまだ子供な性質もあり、雪ともなれば喜色満面であるのだ。 この分なら池にも川にも氷が張っているでしょうと、阿求は半纏に続き着物も布団の中で暖め、着替えると朝食を食べに居間に向かった。 居間には座布団が二つと火鉢が一つ、それと男が一人いた。 男は阿求が障子を開けた音に気付いたのか、そちらに顔を向けると挨拶をし、少し火鉢の前から移動する。 阿求もそれに返事をすると、背中からその男に抱きつき一緒に火鉢に当たった。 こんなところに居るのなら布団の中に居ればいいのに、と阿求は男の肩に顎を乗せながら思うが、そうもいかないかと内心溜息を吐く。 何せ彼はただの居候なのだから、いつまでも眠りこけていると言う訳にはいくるまい。 まあ寝ているのと火鉢に当っているだけなのとでは大した違いが無いとも言えるのだが、それは体面の問題だ。 やがて食事が運ばれてきたので阿求は背中から離れ、一人で膳の前に正座した。 朝食を食べ終え、熱い茶を飲みながら阿求は新聞を読んでいる。 その内新聞も読み終えると、阿求は男に今日は何か予定はあるかと訊いた。 男は何も無いと首を横に振ると、それはいいと阿求は手を叩き、なら後で一緒に善哉を食べに行こうと男を誘った。 美味しいお店が通りに出来たらしいですよと阿求は言う。男はそういう情報は何処で仕入れるのかと苦笑しながら承諾した。 ざぐりざぐりと里の大通りを転ばないように二人は小股で歩いて行く。 男は外から流れてきた登山靴を、阿求は革の靴を履き、両者とも黒色の外套を羽織っている。 懐には鷹の爪数個と火鉢で温めた小石を懐炉代わりに入れ、暖を取っていた。 昼も過ぎて大分雪も緩んでいるとは言え、日陰では踏み固められた部分が氷になっていて滑らないとは言えない。 阿求は転ばないようにと男の腕に掴まり、男はその所為でよろけそうになりながら、しかし阿求を突き放すことなく慎重に動く。 腕を離して歩いた方が安全じゃなかろうかと男は思っていたが、必死の形相でしがみつく阿求にそのようなことを言えるわけも無く、言う気に成る訳も無い。 結局二人して二度三度と転びながら目的の甘味屋に着いたのだった。 甘味屋はお八つには少し早い時間にも関わらず存外に盛況で、店の椅子は八割方埋まっていた。 そのうちに奥まった所の二人掛けの卓に案内されると、阿求は善哉を、男は阿求の勧めで大汁粉を頼む。 届くまで少し時間が掛かりそうだったので、熱いほうじ茶で手先を温めつつ、無駄話に花を咲かせた。 曰く、少し背が伸びただの庭の冬牡丹に花がついただの、或いは寺小屋の試験問題を難しく作ったら怒られただのだ。 もっぱら阿求が話し、男はそれを笑いながら聞いていたが、時折、例えば、全体何故こんな天気の日に外出なんざしたのか、というような問いをした。 その随分適当な問いに、阿求はこんな天気だからしたんですと言うような、やはり適当そうな意味の深そうな返事をする。 男はその答えに多少考え込むような表情を作るが、やがてどうでもいいかと言うように阿求に向き直り、阿求とのお喋りを再開した。 さて品物が来ると男は顔に疑問符を浮かべ、それを疑問に思った阿求が何故渋面を作るのかと問い質した。 すると汁粉なのに何故に漉し餡なのだろうか、と割と切実そうな声で男は言う。 阿求は漉し餡は嫌いですか、と問いかけると、男はそんな事は無いと答えた。 ならいいじゃないですかと阿求はそこで切り上げようとするが、しかし男は渋面を崩さない。 このときの渋面の意味は未知との遭遇のそれであったが、当然だろう、丼一杯の汁粉など普通ありはしないのだから。 蓮華と箸を両手に持ち、男は意を決して食べ始める。阿求はそれを笑いながら見ていた。 六割程度を食べた所で男は嫌になって汁粉を食べるのを止め、大分先に普通の大きさの善哉を食べ切っていた阿求は、その残りを貰うと嬉々として食べ始めた。 男は些か謀られた感もしたが、阿求は善哉とお汁粉の両方が食べられると喜んでいたのでとりあえずは良しとする。 だけれどもまあ、頼むなら善哉ではなく豆かんなり葛きりなりの汁粉とは似ていないものにすれば良かったのに、と男は溜息を吐く。 しかしまあどうでもいいことか、と餡蜜を追加注文する阿求に茶を喉に詰まらせながら男は思った。 余談だが、大汁粉はその店の人気商品らしい。 なんでも一つの杯を恋人同士で分け合うのが流行っているとか言う話だ。 新ろだ308 目の前で繰り広げられるどんちゃん騒ぎ。 そこには人妖の区別はこれといってなく、皆思い思いに楽しんでいる。 「ほんと、あいつらはいつも元気だなー」 「○○さんだっていつもならあの中に飛び込んでるじゃないですか」 そう言ってくすくすと笑う阿求。 確かに普段ならあの輪に入って腹踊りやら一気やらをやったりしている。 祭り好きの人間として、どんちゃん騒ぎが嫌いなんてことは まったくもってないのである。 「いいんですか?行かなくて」 「いいよ。たまにはこうしてのんびりと酒を飲むのも」 杯をくいっと一杯。 「……オツなもんだ」 置いた杯に、とくとくと澄んだ液体が注がれる。 徳利を持つ細い手の先には、愛しい妻の姿があった。 「そういうものですか」 「そういうもんだよ」 僅かばかりの間の後、ほぼ同時に相好を崩す。 「それに」 注がれた一杯をぐいと飲み干し、ごろんと横になる。 頭は彼女の膝の上。ここ最近の定位置である。 「こうしてお前と二人で過ごせる時間もまた、いいもんだ」 まあ、と少し驚いている阿求の顔ごしに天井を眺める。 「あらあら……嬉しい事をいってくれるじゃありませんか」 そろりと手が伸び、俺の顔を優しく抱く。 針金のようだ、と揶揄された髪に、細い指が絡みつく。 一向に静まる気配のない外の騒ぎを見ていると、 不意に彼女が口を開いた。 「ねぇ、あなた」 「なんだ」 「そろそろ子供が欲しいとは思いません?」 「っ……ごほっ、ごほごほっ!」 あまりにもな内容に、飲み込みかけた唾が気管へと入ってしまった。 「だ、大丈夫ですか?」 膝枕の状態から起き上がり、地面を見つめながらしばし咳き込む。 いつか母親にされたように背中をさすられ、落ち着くまで数分。 再び先の膝枕体勢に落ち着き、話を再開する。 「"子供が欲しい"とかお前な……そういう事はもっとこう」 「?」 「……いや、何でもない。気にしないでくれ」 「はい」 終始ニコニコとしてはいるものの、どこか真剣味を帯びた目。 茶化して流そうと思ったが、そうもいかないらしい。 真面目な話なのだから起き上がって話を、と思ったのだが、 "どうかそのままで"とやんわりと押さえられてしまった。 後頭部に感じる、枕とはまた違った柔らかさを堪能しつつ、話をすることにした。 「で、子供の話だったか」 「はい」 ニコニコしていた顔からはいつの間にか笑みが抜け、真剣さだけが残っていた。 「どうしてまた突然……まだ俺たちには先があるじゃないか」 形式上俺こと○○と阿求は夫婦である。これには間違いも相違も何一つないのだが、 いかんせん二人してまだ成人には遠かったりする。 というのも、親同士が勝手に、宴会の席で取り決めてしまいやがった縁談だからなのだが、 俺たち二人はというと割とすんなりと受け入れていた。 小さい頃からちょこちょこと交友があったからというのもあるのだが、 実のところはとてもシンプル、俺は阿求に、阿求は俺に惚れていただけのことであった。 ただ一つ不満があるとすれば、告白しようと思ったその日に縁談を決めてしまったおかげで、 やり場のない決意と勇気と恥ずかしさの塊を発散するのに、少々日数を要しただけである。 失礼、話が逸れた。 夫婦である以上はいつかは子を為すのが自然、いや、必然。 かといって若いのだから、まだまだ楽しみたいお年頃なのである。 "阿求は違うのか?"という意味合いの視線を送ってみると、 無事に通じたようで、彼女は真面目な顔をしたまま、それでいて僅かに頬を朱に染めつつ、口を開いた。 「その、あなたの仰りたいことも重々承知で――私も思わないでも――こほん、分かっているつもりです。 ただ、私たちの一族、とりわけ御阿礼の子として生まれた者は、一般的に短命と言われています」 そういえば婚姻の儀をする際に、色々言われた事を思い出した。 それが何だ、と阿求の親族相手に啖呵を切ったのは、ついぞ先月のこと。 先程のびっくり発言も、背景を鑑みればすぐに分かりそうなことだった。 「だからこそ、か」 「ええ」 「でもなー……お前、それでいいのか?」 頭の上に「?」が見えんばかりの顔をする阿求。 「子供が二人に増えてしまうぞー?」 膝に頭を置いたまま体を反転――うつ伏せに――させ、彼女の細い体を抱き締めた。 「ちょ、ちょっとあなた!?」 「うはは、よいではないか」 もぞもぞ、となんとか引き剥がそうと服の裾を捕まれたり、頭をぽかぽかと叩かれたりしたが、 ここは男と女である。しばらくして彼女も諦めたのか、同じように横になる。 「もう一度聞く。お前は本当にそれで"良い"のか?」 しばらく間が空く。ほんの十数m先で繰り広げられる宴会の音が、えらく遠くに感じた。 「……さっきの短命云々、というのは実は、本音半分の建前で、その……」 ごにょごにょ、と肝心の部分が小さくて聞き取れない。 「聞こえないぞー」 「……との……を、……しょに……」 「もう一度頼む」 ずるずる、と床を僅かに這い、阿求の口元まで頭を寄せる。 「貴方との子を、一緒に育ててみたくて」 阿求の顔は、炬燵で燃え上がる炭火よりも赤くなっていた。 胸にこみ上げてきた愛おしさそのままに、妻を抱き寄せる。 「なあ、阿求」 「……はい」 「俺は幸せもんだよ」 「はい。でも、私も負けないくらい幸せですよ」 ふふ、と僅かに笑う声。吐息が前髪にかかる。 「それじゃあ、俺達の子供はもっと幸せにしてやらないとな」 「そうですね」 二人して、くすくすと笑いあった。 後日、いつのまにか撮られていた写真を新聞にされ、 酒の肴として色々囃されることになるのだが、それはまた別の話。 新ろだ432 自分が彼女の私室に入ったとき、彼女はこちらに背を向けて書き物をしていた。 「阿求」 呼びかけると、阿求は筆を止めてこちらを向きなおる。 何の用かと小首を傾げる彼女の横に座ると、懐から小さな箱を取り出し言った。 「結婚しよう」 箱の中には前から、本当に前から用意していた小さな指輪がひとつ。 阿求はそれを見ると数瞬固まり、そして首を振って言った。 「だめですよ……」 自分の言に、悲しげに阿求は顔を俯かせる。 「前に言ったじゃないですか。私は先が短いって」 泣いているのかもしれない、阿求は肩を震わせながら言った。 「それでも……!」 しかし自分の話す前に、阿求はそれを遮る様にして顔を上げ言った。 「エイプリルフールと言う奴でしょう。あなただって納得してくれたじゃありませんか」 真っ赤な目で精一杯に睨み付け、阿求はこちらを威嚇している。 自分は、膝の上で血の出そうなくらいに強く握り締められた彼女の手を取り上げ、自分の膝に置いた。 「それでも構いやしないだろう。俺がお前を欲しいだけなんだ」 両の手で尚震える阿求の手を包みながら言う。 「それともお前は俺と一緒になるのは嫌なのかい」 また俯いてしまった阿求の頭を見ながらそう尋ねると、阿求の動きは全く固まってしまった。 どうしたことかと思っていると、少しして段々と阿求の体が自分に向かって落ちてくる。 それを抱きとめると、阿求は自分の胸の内で肩を震わせ、声を殺して泣き始めた。 そのまま抱き締めていると、泣き声に混じって何事かを小さな声で呟いているのに気づく。 しかし耳を澄ませて聞き取ろうとしても聞き取れず、やがて多少は落ち着いたのか、阿求は顔を上げると泣き声交じりに言ってきた。 「そん…なことを言われっ……たら、私だって我慢が……」 ぐずぐず泣く阿求の頭を撫で擦りながら、ただ落ち着くのを待つ。 返事を貰うのはまた後ででもいいだろう。机に置かれた箱を見てそう思った。 「そういえば、ひとつ話しておくことがあるんでした」 阿求は自分の膝の上に頭を置くと、頬をぺちぺちと叩きながら言ってくる。 自分がなんだ、と促すと、阿求は咳払いをひとつして続けた。 「私、赤ちゃんが出来たみたいです」 満面の笑みで腹を擦りながら阿求は言う。 それを信じられない、といったような面持ちで自分は見ていた。 「嘘…だろ…」 ついつい口を出てしまった言葉に阿求は笑いながら返した。 「エイプリルフールって言うのは、悪い嘘は吐いちゃいけないんですよ」
https://w.atwiki.jp/orz1414/pages/374.html
夏の暑い最中、俺は長い石段を登っていた。 登っても果ての見えない、いつまでも続くかのように思えた石段。 とはいえ本当に終わりのないと言うことはなく、その頂上が見え始めていた。 やがて目の前が灰一色の景色から、青と緑の世界に変わる。 「やっと着いたか……」 誰に言うでも無しに呟いていた。 石段脇に手水場を見つけ、歩み寄る。 柄杓の一つを取り、左手、右手、口とゆすぎ、水を頭に何度かかける。 頭の粗熱が取れる頃合に後ろから声が掛けられた。 「あら珍しい、参拝者? 素敵なお賽銭箱はあっちよ」 振り返ると腋の開いた珍奇な装束を着た巫女がいる。 親指で指し示した先は参道で、その終わりに社殿があった。 とりあえず賽銭箱に手持ちの幾らかを放り込み、鈴を鳴らすと巫女は満足そうに頷いた。 手招きをされ、促されるままに付いていく。行き着く場所は縁側だった。 簾の下で冷えた茶を一杯貰い一服する。 「それで、用件は?」 適当に世間話をした後に切り出される。 「ここから向こうに帰してもらえるんなら帰してもらおうと思って」 「ああ、外からの人なの。それじゃ渡し賃十円五十銭ね」 金を取るとは。しかも存外高価だ。 「それじゃあ1弗あげよ……」 言った端から手を払われた。金に兌換すれば結構いい値になると思うんだが。 「まあ冗談よ。それじゃ準備するからちょっと待ってて頂戴」 巫女はそのまま奥の部屋に引っ込んで行き、縁側には自分一人になった。 茶と一緒に出された漬物を食いながら、幾らか待っていると巫女が戻ってきた。 もう暫くすれば準備が整うので、それまで待っていて欲しいとの由である。 どういった手順で帰るのかと聞いていると、不意に横から声が掛けられた。 「そうですか、やっぱり外に行ってしまうんですか……」 「!」 聞き覚えのある声。振り向くとそこにはやはり見知った顔がいた。 「なッ……阿求!」 「この間神社の場所を聞かれたときから、そんな予感はしていたんですが……」 彼女はゆっくりとした足取りで近づいてきた。 どうしたのかと巫女が尋ねてくるが、自分にも把握できていないのでどうとも言えない。 「何でここに…?」 「今日大荷物を持って出かけるのが見えたので、急いで後をつけてきまして」 大荷物というのは迷い込んだ時に持っていた鞄のことだろうか、確かに教科書などが入っていてそれなりに大きい。 知り合いだったの? と見れば判ることを巫女が訊いて来るが無視する。 「いや、そうじゃなく」 「どうやってかですか? もちろん歩いてです」 これでも結構体は強いんですよ、と続けてくる。体は弱いと聞いていたのだが。 巫女がどういう関係か、と肩を揺すりながら訊いてくるがそれどころではない。 「いや、何でここに来たんです?」 「恋人が旅に出ようって言うのに、引止めに来ちゃいけませんか?」 後ろでほほうと面白い物を見つけたかのような表情で巫女が頷く。 正直鬱陶しいがそんなものに構っている暇はなく、問いかける。 「恋人って……誰と誰がで?」 周りを見回しても人はいない。この場にいるのは三人だけである。 「もちろん、私とあなたです」 俺は眉根を寄せながらまた問いかける。 「いつそんな関係になりましたっけ?」 「酷い! 腕枕だってしてくれたじゃありませんか」 「あれ、そんなことしましたっけ」 「一昨昨日の夕立の日にもやってもらいました。まあ私が潜り込んだんですけど」 「起きた時に左腕が妙に痺れていたのはその所為か……」 阿求は素っ恍けるようなはぐらかすような、そんな調子で受け答えていた。 「あー、痴話喧嘩は余所でやってくれる?」 唐突に後ろから声がかかる。今まではさんざ無視していたが、これは無視できない声量だ。 巫女はそのままこちらに向き、言葉を続ける。 「あんたも、喧嘩したからって一々帰ろうとしないで話し合いなさい」 「そういう理由で帰りたいって訳じゃないんだが……」 しかしその有無を言わさぬ物言いは、こちらの意見など物ともしない。 「阿求ももっとちゃんと繋いでおかないと」 「はあ、すみません」 これには予想外といった面持ちで阿求が謝る。 「ほら、分かったら向こうでやって頂戴。ただでさえ暑いっていうのに」 巫女が明らかに邪魔そうに、手を追いやるように振った。 渋々といった表情で両者手水場の傍の木陰に移動する、途中で論点がずれているのに気づいた。 「で、向こうに帰るって言うのはどうなったの?」 「え? まだ帰るつもりなの?」 巫女がきょとんとした顔で聞き返してくる。まさか本当に痴話喧嘩とでも思っていたのだろうか。 「仲直りして、里で仲良く暮らしてなさいよ」 どうやらそのまさかだったらしい。巫女は呆れたとでも言いたげな様子である。 「そんな、夫婦だなんて」 阿求は阿求で盛大に真ん中をすっ飛ばしている。 頬を赤く染める阿求を見て巫女が笑い、俺は頭を抱えていた。 どうやらというかやはりというか、巫女は同じ女の味方のようで、これは自分の分が悪い。 「仲直りも何も、端から仲違いなんざしてやいないんだが」 「喧嘩してないんなら、帰って家で遊んでなさいよ」 七面倒臭そうに巫女が言う。俺は続けて言う。 「だから喧嘩したからとかじゃなくって、帰りたいから家に帰せって言ってるんだが」 巫女は溜息をつきながらそれを聞き、溜息をつきながら言う。 「しょうがないわねえ。じゃあ右腕に掴まりなさい。阿求は背中ね」 よくは判らないが、言われたとおりに右腕に掴まる。 こんなに簡単な方法で戻れるのなら準備など要らなかったのではないか。 外に出るにしては阿求もいるのが気にかかるが。 「ところで阿求の家って里のどの辺り?」 「真ん中くらいの一等地を占拠してます」 「待て待て、何で稗田の屋敷に行くんだ」 「何でって、家に帰してあげようとしてるんじゃない」 当然でしょ、とでも言いたげな表情で巫女が言う。 「何よ、あの階段下りたくないでしょう?」 「そりゃあ下りたくは無いが」 「じゃあいいじゃない」 「稗田の屋敷に戻るつもりも無いんだが」 「……あの家は嫌ですか?」 巫女の背中に乗っかっていた阿求が言う。 肩越しにかろうじて見える目元は些か悲しげに見える。 「まあ場違いなんで、肩身が狭いって言うのはありますわな」 右腕から離れ、木陰に移り言う。阿求も背中から下りて近づいてきた。 「場違いってなんで?」 やはり近づいてきた巫女が問うてくる。 「外の者だし、家人でも無いから」 俺は肩をすくめてそれに答えた。 「でも誰も何も言ってはいませんよ。寧ろ男手が増えて喜んでいます」 「男手って言ったって役にゃ立たんでしょう」 「それでも嬉しかったんですよ、私は。雇われたのではない人が来るのは」 すぐ傍までやってきた阿求に見上げられ、俺は思わず目を背けた。 「ねえ、あそこが嫌いだと仰るならどこか他のところに移りますか?」 唐突に阿求が言い、それに巫女が応じて言う。 「なら結婚しちゃったほうがいいでしょ」 それは内の者になってしまえと言う意味なのだろう、実際そういう者も多いと聞く。 つまりはこちらの人間、一部の好き者は妖怪、と恋に落ちてそのまま結婚する人間だ。 そのような例もあるのだし、結婚するのには問題ないのかもしれない。だが自分にその気は無い。 「結婚だのというわけにはいかんでしょう」 盛り上がりかけた彼女らに水をさすような形で割り込む。 「まだ幾らの付き合いというわけでも無いんだし、それに若いんだから」 「付き合いが浅いと言うなら、もうちょっとここに居れば良いじゃないですか」 発言は藪蛇だったかと後悔する。これは要らぬ手札を与えてしまった。 「それが良いわね、それじゃあお茶でも飲んでいきなさい。後で送っていくわ」 巫女が話を〆にかかる。全く自分の首を絞めるとはこの事か。 また簾の下で冷茶を飲んでいる。違うのは左で阿求が寄りかかっているということだ。 巫女は後ろでうんざり半分微笑み半分といった塩梅で眺めている。 やがて茶を入れた椀に水滴も付かなくなるような頃、阿求が完全に肩にもたれかかってきた。 長い間歩いた所為で疲れていたのだろう、どうやら寝入ってしまったらしい。 頭をゆっくり下ろしてやり、膝の上に乗せて頭を撫でてやる。 それを見ていた巫女が声をかけてきた。 「満更でもなさそうじゃないの、阿求のこと」 「好かれるのは構わないさね。そりゃあ」 冷やかすようでも無い、大分真面目な口調であったので相応に応じてやる。 「だからと言ってそれとこれとは話が別さな、結婚とは」 膝上の阿求が動いた、様な気がした。 「……つまりは遊び、とは違うか」 目元を険しくして巫女が尋ねる。それに首を横に振って答える。 「いや、なんだろうか。仲の良い友達というか、そういう関係かね」 そこで話を区切り、ぐいと一息に茶を流し込む。 「まあ生来適当な性分だもんでその手のことも億劫になってしまっているのさ」 空になった椀を置きながら続けた。巫女は思案顔で茶を飲み、やがて口を開く。 「別に何とかなるでしょ、そのくらい」 その口振りは或いは呆れたといったものあった。 「今までもよくやっていたんでしょう。それなら何とかなるわよ。まあ恋人も居ない私が言っても詮無い事かもしれないけど」 そう言ってまた茶を啜る。どうやら温茶であるらしい。 「かも知れない、し、そうじゃないかもしれない」 俺もまた飲み止しの阿求の茶を奪って飲み、言った。 「それでも結婚は御免なのさ。特に婿入りは」 奪った茶もまた一息に飲み干し、椀を置く。その時阿求がむくりと起き上がった。 「そんなに私と一緒にいるのが嫌ですか?」 阿求は起き上がるや否やそのようなことを口走った。どうやら寝ぼけ眼に会話の端々を聞いていたらしい。 「枕も共にした仲だというのに」 と言って阿求はさめざめと泣くように、目元を着物の袖で隠した。 それを聞いた巫女が音もなく近づいてきて耳元で囁いてくる。 「ちょっと、ちゃんと責任取りなさいよ」 その声色は明らかに怒気を孕んでいて、何もしていないにも関らずとても怖い。 「なんの責任だよ」 俺が言うと、それを聞いてか巫女が更に怒りの表情を帯びていった。 「女の子に恥かかせて、なにもしないっていうの?」 「誰も同衾なんざしちゃおらんがな」 怒っているのは、一緒に寝た、と言う意味合いの言葉だろう。 しかし記憶にある限りそのようなことは一度も無い。 「酔っ払って忘れてるんじゃないの」 「酒なんか滅多に呑まないんだがね」 妙に突っかかってくるのは同じ少女だからだろうか。幾分自分の旗色が悪い気がする。 「大体ブラフの可能性だってあるだろうが」 「はったりでもあんなこと口走ったりしないわよ」 成る程確かにそうかもしれない。だがブラフだからこそともいえよう。 「腕枕みたいに潜り込んだとかじゃないのかね」 自慢じゃないが、俺の夜は遅く朝はとても遅い。 夜中に潜り込んでしまえば、気づかれずに抜け出すのは容易だ。 「既成事実作るだけなら見せないと意味ないじゃない」 巫女の言うことは尤もなことだ。しかしやけに詳しいところが、将来どうなるか気にかかる。 「いいからここまできたらいい加減腹を括りなさい」 握り潰さんばかりの力で肩を引き掴み、巫女が言う。俺はそれに反する。 「えい、無い腹など括れんぞなもし」 掴んだ手を振り解こうとするが、一向に緩む気配すら見えなった。 「霊夢」 その時何処とも無しに声がすると突然青空に亀裂が入り、そこから誰かが飛び出してくる。 それは白い服に前垂れのような物をかけた金髪の女性で、日傘を差していた。 「紫、あんたいつから見てたの?」 巫女はそれが出てくる方向が予め判っていたかのようにそちらに目をやり言った。 阿求も既に泣き止んだか、或いは最初から嘘泣きだったのか、目元を隠すのを止めて新たな闖入者のほうを見ている。 「霊夢、彼を帰しちゃダメよ。彼の思い通りにさせては」 「判ってるわよ、それぐらい」 霊夢、紫と呼び合った彼女らはしかし自分には非常に都合の悪いことを話し合った。 紫と呼ばれた日傘妖怪は巫女の言葉を受けて満足そうに頷いていたが、こちらは到底納得できるものではない。 「ちょっと待て、なんで帰れんのだ」 言うが両者はとても冷ややかな目を向けるだけで、特に何も言っては来なかった。 「女の子を弄んでおいて逃げられると思って?」 溜息を吐きつつ先に口を開いたのは日傘妖怪だった。いつの間にか阿求のすぐ傍まで移動している。 「観念して、里の一員になってしまいなさい」 巫女も巫女でそのような無理難題を吹っかけてくる。阿求は乗り遅れたようにうろたえている。 「何もやってないっての、俺は潔白じゃ、裏を取れ」 「裏ねえ……」 日傘妖怪が目を横に、阿求のほうに向けけ、尋ねた。 「本当に一緒に寝たのかしら?」 「はい」 間髪入れず阿求が答える。 「いや、他の人に訊くもんだろそれは」 「さて、落とし前はきっちりつけてもらわなきゃね」 俺の発言は無視され、力の政治が始まりかける。 「他の人が知っている訳は無いでしょう」 「俺はやってないって言っているんだが」 「しらばっくれているだけじゃないの?」 全く男と女で酷い扱いの違いだ。出来試合とはこのことか。 「大丈夫よ」 日傘妖怪が突然に口を開く。 「稗田の家はお舅さんもお姑さんも優しいわ、たぶん」 「それは何に対してかかってくるので?」 意図することが全くわからず困惑する。しかも言ってることは憶測だ。 「良かったじゃない、婿と舅の争いは怖いんでしょう?」 こちらも意味不明なことをのたまう。 「いや、なんでまた結婚するって話になってるの?」 「そう共寝して……それでも尚結婚を拒むというの」 虚空から巨大な牛刀が現れる。彼女はそれを持ち大仰に構える。 「なら、私が責任もってあなたを食べて差し上げましょう」 突きつけられた牛刀の切っ先は鋭く尖り、歯もよく研がれているらしく光っている。 「最近はあまり食べてないとはいえ、私とて妖怪。人間くらいは嗜みますわ。まあ……」 じろじろと自分の体を上から下まで嘗め回すように日傘妖怪が見ている。 俺はその視線から逃れるように半身をよじる。 「まあ、あなたは痩せぎすで随分喰い出がなさそうですが」 「あの、紫様……」 阿求が横からおずおずと口を挟んでくる。 「紫様、苛めるのもそのくらいにしておいてもらえませんか」 「あなたがそう言うなら、そうしましょう」 途端に牛刀がしまわれ、代わりにその手には扇子が握られていた。 「有り難い。助かった」 「いえ、どういたしまして」 一息つき礼を言う。喉の渇きを覚え茶碗に手を伸ばすも中身は何も無い。 そういえば先程すべて飲み干したのであった。 話も区切れたからと、巫女が代わりの茶を用意しに台所へ向かっていった。 しかし、一番いなくなって欲しい日傘妖怪はそのまま縁側に居座り続けている。 「大体阿求はどう思っているんだ?」 俺が聞くと、阿求は何が? という表情を返してきた。 「結婚云々の事。特にどうとも言ってなかったけど」 ここまで話して得心がいったのか、阿求は手を叩いて理解の旨を示す。 そしてこちらに向き直り、居住まいを正してこう言ってきた 「不束者ですが、どうぞ宜しくお願いします」 横で日傘妖怪が囃し立て、巫女に早く来いと呼び寄せている。 巫女は急いで、茶碗の三つ乗った盆を運んできた。 日傘妖怪は文句を言っていた。なんで自分の分の茶が無いのかと。 巫女は、あんたが早く来いって言うからでしょ、と一蹴したので仕方なく自分で取りに行ったらしい。 「後はあんたのほうだけね」 巫女が言う。正直、茶飲みすぎだろ俺と考えていた俺は聞き取れずに聞き返す。 「だから、あんたさえ腹を決めてしまえば結婚が決まるのよ」 未だに続くその話。将来仲人小母さんにでもなるつもりなのだろうか。 「結婚はせんよ。なんにしろまだ若すぎる」 苦笑しながら言い返す。巫女がまた言ってくる。 「若すぎるって、別にあんたくらいの歳ならとっくに結婚してるわよ。阿求くらいでもいるわね」 「外だと、三十路超えてから結婚するのが多いのよ」 日傘妖怪が補足する。俺はそれに頷いて肯定する。 「外は随分遅く結婚するんですねえ」 阿求も巫女も驚いたようで目を丸くしていた。 「でもここは幻想郷だし、もっと若いうちに結婚しても良いのよ」 巫女が言う。日傘妖怪もそうねと頷く。 「まあ、重要なのはあなたの気持ちね」 日傘妖怪が言ってくる。その右手には何処から持って来たのか酒瓶が握られていた。 手早く蓋を開けると茶を飲み干した椀に注ぐ日傘妖怪。巫女も自分のにも入れろと茶碗を差し出している。 注ぎ終わり、酒瓶を勢いよく置くと巫女が訊いてきた。、 「どうなの? 阿求のこと好きなの?」 「そりゃあ、まあ嫌いではないが」 「嫌いでは、無い?」 何か詰問するような調子で茶碗と御幣が寄せられる。 「随分歯切れの悪い返答じゃないの」 御幣が額に刺さる。 「何なら好悪の境界をきっちり引いてあげましょうか?」 日傘妖怪が茶碗を頬に押し付けながら言う。 「ほら、はっきりしなさい」 どちらとも無しに言ってくる。もう半ば脅されているといっても良いのかもしれない。 そんな二人の方を見たくなく、自然に顔は阿求を見るように動く。 「阿求のことどう思ってるの?」 阿求は頬を赤く染め俯き加減になって、それでもこちらをしかと見つめていた。 それを見て自分も小っ恥ずかしくなってしまう。 「ちゃっちゃと吐いて故郷のお母さんを安心させてあげなさい」 阿求は目があった所為か、更に頬を赤くして不安げな顔を横に背けてしまった。 その時自分は、そんなに不安そうにしないでもいいのに、と考えていた。 嫌いでは無いといって言ること、何より態度から好意を持っている事は判るだろうに。 「ほら、どうなの」 巫女が尚も詰問する。阿求とは対照的にこの二人は期待で顔が満ち溢れていた。 俺は一つ嘆息してから言った。 「言えるわけ無いでしょう、こんな雰囲気で」 それで場は一気に崩れた。 それもそうだ、や意気地無しめといった諸々の雰囲気の残滓が表出し、そしてすぐに消えていく。 巫女は呆れたような素振りを見せると、酒の肴を作りに台所に引っ込んでいった。 日傘妖怪は別の酒をもってくると言って、目を放した隙に何処かへと去っていった。 阿求も気の抜けたように畳の上に座っている。それを手招きして呼びつける。。 なんでしょうという風に、嬉しそうに近寄ってくる阿求を抱き寄せ、耳元で只一言好きだと言う。 そうして阿求を開放すると、阿求も自分の耳に顔を近付け、私もですと囁いた。 そのまま彼女は自分の胸に傾いてきたので、それをゆっくり抱きとめた。 /* 巫女が戻ってきた時に見たものは大分予想外なものだったかもしれない。 なにせ先程まで離れていた阿求が膝の上に乗って体を揺すって遊んでいるのだ、まあ魂消よう。 ただ巫女の反応もそれだけで、結局痴話喧嘩だったんじゃない、と言うと椀に注がれた酒を呑みそれぎり黙ってしまった。 もう少しすると日傘妖怪が戻ってきた、こちらは酒瓶を幾らも抱えて持って来ている。 自分にもたれかかる阿求を見ると大層驚いたような好々爺然とした顔をしていた。 「それで、なんて求婚したのかしら?」 数杯酒を呑んだ後、日傘妖怪が訊いてくる。 「まだそこまでは言ってないが」 適当に肴を摘みながら答える。これから屋敷に戻らないといけないので茶椀の中身は茶のままだ。 「結局帰るのは辞めたのね」 巫女が言ってくる。 「ああ、世話かけてすまないが、今は帰るのを辞めとくよ」 「別にいいわよ、おかげでいいお酒が呑めるんだもの」 「あら、今はって? まだ帰るつもりなのかしら?」 言うと酒を呷る巫女と茶々を入れてくる日傘妖怪。 「おや、実家に帰ることもできんので?」 それに軽口で返してやると言い返された。 「今からそんなことじゃ先が心配ね。尻に轢かれるんじゃないかしら」 「大丈夫ですよ」 膝上に座っていた阿求が言う。 「あの家にはいろいろな物や部屋がありますから、きっと帰せなくするでしょう」 なにやら含みのある物言いとその表情は、随分と歳不相応なものに見えた。 「まあ帰る帰らないはそこまでにして、一つ固めの盃といこうじゃないか」 「それは親御さんに挨拶してからでしょう」 割り込んできた軽い声に応答し、茶を喉に流し込む。 声の主はいつの間にか隣にいた角の生えた童女だった。 「……なんだこれ?」 「鬼でしょう」 巫女は事も無げに言ってくれる。 「……この神社に普通の人はいないのか」 「いないわ」 それを即答してくれるな、巫女よ。 「ほら、辛気臭い顔してないで呑め、今夜は無礼講だ」 そう言って酒を茶碗に注ぐ鬼と、あんたはいつもそうでしょうと突っ込む巫女。 どうやら今日中に屋敷に帰るのは諦めたほうが良さそうだ。 うpろだ1285 ─────────────────────────────────────────────────────────── 今日も今日とて阿求を膝の上に乗せて縁側に座っていた。 阿求は幻想郷縁起を書き終えて時間があるようで、日がな一日のんびりと何かをしている。 今は黄色に熟した富有を手に、どうすれば口の周りが気持ち悪くならずに食べられるかを悩んでいた。 四つか八つに切ってしまえば楽なのにそれは嫌いらしく、蔕を持って回しながらどこに齧り付こうか逡巡している。 その可愛らしい様を眺めていると玄関の開く音がして、程なくして女中が阿求を呼びに来た。 それに応じて阿求が柿を皿に置き、ゆっくり立ち上がると玄関に歩いていく。 さて折角の寛いだ時間を邪魔したのはどういう輩なのかしらんと思っていると、阿求と朱色の誰かがやって来た。 大きな籠と小さな箱を持ってやってきた彼女らは、手を上げて挨拶をすると自分の横に荷物を置いた。 自分もそれに手を上げて応じると、近くの部屋から座布団を持ってきて手渡した。 「いつぞやの神様。どれくらいぶりですかね」 座布団を荷物の横に置いて、上掛けを取ろうとしている二柱に話しかける。 彼女らは脱げば寒いと思ったのか、袖まで外したところでまた着込んでボタンを留めながら言う。 「大体一月ぶりくらいかしら。あの柿どうだった?」 目線で庭に植わっている一本の柿の木を示す。 それは前回やってきた時に、甘くなると言われたものだった。 「残念ながら甘いのと渋いのが半々でしたよ」 それを聞くと、さもありなんといった表情で帽子を取りながら穣子が言った。 「でしょうね。もう生っていたらあんまり良くはならないもの」 そしてけらけらと笑う。 しかし甘いのと渋いのが入り混じったものを食わされる方としては余り面白くはない。 甘柿は干し柿にするのには適さないし、甘柿と思って食ったら渋かったなど落胆と言ったものではない。。 「まあそんな顔しないの。お詫びにこれを持ってきたわ」 自分の渋面を見たのか、脇の箱を差し出しながら言ってくる。 それを阿求が受け取ると蓋を空け、中身を取り出す。中に入っていたのは鍋であった。 「アルマイトの鍋? こっちでは珍しいっちゃ珍しい」 アルマイトはアルミ表面に酸化皮膜を作ったものだ。 基本的にボーキサイトも電気もない幻想郷では供給は外から流れてくるのを待つことになる。 「違う、その中」 苦笑しながら言われる。蓋を取ると中には茶色の塊が入っていた。 一つ手に取ると汁が指についてべとつく。 半欠け口に入れた感触は柔らかく、甘く、齧った断面は薄い茶色だった。 「渋皮煮か」 言いながら残りを口に放り込む。 阿求に行儀が悪いと窘められるが、気にすることでもないだろう。 「これだけ作るのは大変だったでしょう」 二個目をまた文句をつけてきた阿求の口に放り込んで言う。 渋皮煮を作るのは時間と手間が大分掛かる、面倒な作業だ。 鍋一杯にあるが、自分の分なども含めれば相当数作っているだろうし、相当の時間が掛かっているだろう。 「収穫祭が終われば時間があるからいいのよ。煮ている最中は暇だし」 そう言いながらまた脇に置いてある籠を差し出してくる。 またそれの中を見てみると、米や栗の他に南瓜やら胡麻やらが入っていた。 阿求が怪訝な表情で見つめると、また穣子が言う。 「そっちはもう一つのお土産。みんなで食べて」 それを聞くと、阿求はびっくりした様な声で言った。 「こんなに沢山頂けませんよ」 それに穣子は手を振って構わないという表現をして答える。 「この間のお礼だし、いいのよ」 「でも……」 言い淀む阿求を静葉は手招きして、籠の近くに寄させる。 上げてみてと籠を持たせて力を入れさせるが、籠は端が少し浮くばかりでちっとも持ち上がらない。 やがて観念したのか阿求は籠を下ろし、痛そうに手を振っている。 それを仁王立ちして見ながら、二柱は言う。 「重くて持って帰りたくないし、受け取ってちょうだい」 阿求はゆっくりと首を縦に振った。 女中が茶と茶菓子を持ってくる頃合には、銘々適当に座布団を敷いて座っていた。 例えば自分は縁側から足を放り出し、阿求はその膝の上に座り、神様達は柱にもたれたり肩にもたれている。 彼女らはその姿勢のまま、好き勝手姦しく喋り、自分はそれを熱い緑茶を胃に流し込みながら黙ってみていた。 「それにしたって、何でまたこんなに持ってきたんです?」 縁側で話す話題が途切れた瞬間を見計らって切り出す。 二柱は何がと言う顔をしている。それは阿求も同様だ。 「いや、この間の礼にしては随分多いから」 補うように言うと、静葉も同調した。 「確かにちょっと多すぎる気もするわねえ」 籠の中を覗き込みながら言う。 中身は女中らが手分けして持っていったが、それでも依然として四半分程度は残っている。 「いいじゃない余ってたんだし。腐らせるよりは良いでしょ」 そう言って穣子が口を尖らせ、阿求も同意する様に頷いている。 「去年も畑に撒いたり鳥にやったり、潰したりして処分したじゃない」 「そういえば、豊作だったものねえ」 豊穣の神がいるのに豊作じゃない年があるのかという疑念は置いておくにしても、その処理方法はあんまりだろう。 神社にもって言ってやるなり、氏子にやるなりすればいいものを、何故捨ててしまうのか。 「それ酒にすればよかったんじゃ」 大体ほとんどのものは備蓄なり酒に加工できるんだから、野菜みたいに捨ててしまわなくても良いだろう。 そう言ってやると二柱は驚いた表情をした後、多少の間慌てふためき協議のようなことをすると、露骨に沈んだような顔をして言った。 「その手があったか……」 どうにも加工すると言うのを全く念頭においていなかったようである。 それを静葉が突っつくと穣子は泣きそうな顔になった。 これは拙いと思っているうちにも、どんどん目の端には涙がたまっていく。 「だって私豊穣の神だもん。お酒の神じゃないんだもん」 果ては子供のように癇癪を起こしてしまった。これには他のふたりも困っている。 こんなものどうやって収めればいいのか、皆目見当も付きやしない。 宥め賺して泣かせ止ませると辺りはもうすっかり薄暗くなっていた。 「だんだん冷えてきましたね」 阿求が身を震わせながら言う。 暦の上では未だ秋とはいえ冬も近づいており、日も沈みかければ気温は大分下がっていた。 部屋から火鉢を持ってきてはいるが、それだけではもう暖まりきれない程度の温度になっている。 「そうね、そろそろお暇しましょうか」 どちらともなしにそう言うと、それを阿求が引き止めた。 「なら中で温かいものでも飲んで暖まっていって下さいな」 「いや、そこまで甘えるわけには」 そう言いながら穣子は引張られる袖を振り解こうとするが、その実あまり力は入れていない。 単にお約束として遠慮する振りをしているだけで、最終的には折れて中に入る予定である。 「いやいや」 「いやいやいや」 「いやいやい「長い」」 とはいえ何処で区切るかのタイミングはつかめず、突っ込まれるまでは続いてしまうのだが。 冬の代名詞である炬燵というものは幻想郷にもある。当然電気炬燵ではないのだが。 掘り炬燵なら熱源は囲炉裏であり、置き炬燵なら火鉢を布団で覆った櫓の中に入れることになる。 部屋にあるのは大抵は簡便な置き炬燵であり、その性質上足は伸ばしづらい。 だのでこういうことも発生する。 「穣子ちゃん、足乗ってるんだけど」 「乗ってるんじゃないの。乗せてるのよ」 コンフリクトが発生した時、それが致命的でない場合に無視するのは精神衛生上の最善手の一つである。 今の場合炬燵を放り捨てるのは悪手であり、神様を放り捨てても帰ってくるだけなのでやはり無視は善手であった。 茶を啜りながら遣り取りを眺めていると、阿求が制止するように声を上げた。 「穣子様」 二柱は喧嘩をやめて阿求の方を見る。 「ちょっと話したいことがありますのでこっちに」 言って阿求は立ち上がり手招きをする。穣子は促されるままに付いていく。 自分はこれこの間も見たなあと思いながら、それを見送った。 「あの二人はなにを話しているんでしょうね」 「さあ? 家に帰っても何も話してくれなかったし」 言って静葉は茶を啜る。 少し考え込む。前の時も阿求は何を話していたのかを教えてくれなかった。 別段秘密の一つ二つあったところで構わないだろう、自分にもあるのだから。 ただ、これはそういうのとは少し性質の違うものではないかと言う考えもある。 それで無性に気になった。だから動いた。 慎重に、聞き耳を立てながら摺足で廊下を進む。 稗田の屋敷は古く、廊下は鴬張りというわけでもないのにギシギシと音が鳴る。 普段なら一分と掛からない道程をたっぷり五分は掛け、それでもあまり近づくことは出来ない。 部屋から出ようという気配になったとき、速やかに逃げられる距離より数歩引いたところが精々だ。 その所為で話す内容のうちで聞こえる事は断片的なものになってしまう。 集音器があれば聞きやすいだろうにと思いながら聞き耳を立てると、気に掛かる単語が聞こえてきた。 (…一月……山の上の…) (…精……貰って…) なにを話し合っているのだろうか、山の上という単語で思い当たるのは神社二つだけだ。 後は天狗やら河童の住処という話だが、こいつらはどう考えても絡んでは来ないだろう。 帰る帰らないで博麗神社には数度行ったことがあるが、あの巫女が何もないのに動くとは考えづらい。 ならば守矢神社の誰かなのだろうが、祭神がどういった神なのかも碌に判っていないので、やはり何をしたいのか判らない。 (…夜……) やはり何なのか判らない。 幸魂だろうし、害になることは無いだろうから良いのだが判別付かないのは気持ちが悪い。 とはいえもう盗聴も潮時だろう、話はだんだん少なくなってきている。 もうじき部屋から出てくるだろうから、早々に退散しなければ見つかりかねない。 足音を立てない程度に急いでその場から撤退した。 「何話してた?」 盗聴から戻るなり聞かれた。こちらも妹が何も話さないものだから、存外詰まらなかったのかもしれない。 「いや、遠くからでさっぱり要領がつかめなくて」 正直に満足に情報を得られなかった事を話すと、静葉は明らかに落胆したような表情を見せた。 「山の上の神様がどうのといってましたが、どんな神様だったか」 「守屋神社の神様は農業の神様でしょう。あとは山とか軍事ね」 多少は知り得たことを話すと、静葉もそれに応えた。 「どれもうちとは余り関連のないご神徳ですな」 「そうね。もう片方はなんだったか、いまいち判らないのよね」 「あれ、守屋神社は神様は二柱いるんですか」 そこまで話していると、別部屋に行っていた二人が戻ってきた。 「守屋神社がどうしました?」 「いや、阿求あの神社神様二柱いるんね」 「結構ありますよ、そういう神社」 「うん、大抵の神社が一杯いる。減るものでもないし」 特別なんでもないという風に返されるとどうにも困る。 確かに減りはしないが、それで良いものなのかどうか。 「所でこれからどうなさいます? お酒の用意も出来ますけど」 そういう間にも、廊下から隣室に女中らが料理を運ぶ音が聞こえている。 「それならご馳走になって行こうかしら」 その音を聞いて苦笑しながら穣子は言った。 結局夕食は酒宴になり、二柱が酔い潰れた所で上がりとなった。 帰るには遅くまた酔っており危ないため、一晩泊まっていく。 部屋は客間の中でも存外広い物が宛がわれ、風呂にも入らずに寝入っているらしい。 「阿求、夕方はなにを話していたんだ?」 行灯の火を消しながら尋ねる。 「気になりますか?」 「そりゃあね。気にならないなら聞かないよ」 行灯の火を吹き消し、部屋は月の光もない暗闇に変わる。 阿求が枕を叩き、それを目当てに布団に戻った。 「まあ、気にしないでもいい内容ですよ」 「それなら話してもいい内容じゃないのかね」 相対しているのだろう、阿求が言いそれに返す。 「そうかもしれませんねえ」 阿求は言いながら、膝に尻を乗せ、肩に顎を乗せてきた。 「でも言わなくて問題ないことでもあるんですよ」 「なら俺にも関係のないことかい」 そう言うと阿求は埋めていた顔を上げ、こちらに向き直る。 息の掛かるような近い距離でお互いじつと見詰め合う。 「いえ、大いに関係ありますが……」 阿求は一つ小さなため息を漏らすとそう言って、ゆっくりと唇を重ねてきた。 幾らかの間そうしていると、阿求から離れてまた言う。 「話さないでも伝わることってあるでしょう」 言われて今度はこちらから阿求の唇に近づいた。 … …… ……… 障子の外から太陽の光がさしてくる。どうやらもう朝らしい。 隣に阿求はおらず、ただ放られた夜着と脱ぎ捨てられた寝巻きだけが残っていた。 痛む腰を擦りながら起き上がり、自分も着物を着替える。 「結局教えてくれんのやもんなあ、阿求も」 帯を結びながらぼやくが、誰も聞く者はいない。 井戸水で顔を二三度濯ぐと早々に炉辺に避難する。 すでに炉辺には阿求も神様達もいて、どうやら自分が最後だったらしい。 朝の寒さで皆黙って火に当たっているのかと思ったが、どうにも阿求の胸元を覗き込んでいる。 なんだろうと思って自分も覗き込もうとすると言われた。 「ほら、お父さんですよ」 「だから阿求早い、って言うか誰の子ぉ?」 よく出来た人形でした。 新ろだ92 ─────────────────────────────────────────────────────────── 昼過ぎに大通りを歩いていたら見慣れぬ変人がいた。 別段里人全員を覚えているわけではないのだから見慣れない人間がいるのは当然だし、変人というのもよくいる。 とはいえ巨大な注連縄に柱を指して担いでいる女というのは、今までで一二を争う位に変だ。 一緒に大きな目玉のついたシルクハットのような帽子を被った童女が歩いているが、全くこれが普通に思えてくる。 あまり目を合わせたくなかったのですれ違いざま目で追う程度にとどめ、道を急いだ。 どうやらその奇人は自分の来たのと同じ通り、稗田の屋敷に続く道を歩いて行ったらしい。 それがつい一刻前のことである。 そして小用を済ませて屋敷に帰ってみれば、門の屋根に真新しい傷があった。 これはまさかと思いながら戸を開けると、玄関を入ってすぐの所に先ほど見た巨大な注連縄が置いてある。 嗚呼やっぱりかと少し嫌になりながら阿求に帰った旨を告げると、例の二人も同席していた。 軽く挨拶をしてから荷物を置きに部屋へ戻り、類は友を呼ぶというやつだろうかと考えていると阿求からこっちへ来いと声が掛かる。 すわ考え事がばれたのかと戦々恐々としていれば何のことはない、単にもう一人交えて話がしたかっただけということだ。 自己紹介をして座布団に座ると阿求に向こうさんを紹介され、その話によるとどうやら神様ということらしい。 なんでも幻想郷縁起に自分たちも書いてほしいとの由でやってきたそうで、どうにも目立ちたがりのようだ。 とは言えすでに縁起は書き終わったようなのでどうするのだろうか。まあ後ろに紙でも貼り付けて追補するのだろう。 さて件の神様らは話してみると意外とまともな様子だった。見てくれだけで判断してはいけないということか。 両者とも存外に気さくな性格ですぐに打ち解け、直に酒盛りでも始まろうかという勢いだ。 とはいえ実際に宴会が始まるわけではなく、片方がしきりに玄関の方を気にしている。 何か待っているのかを聞くと、もう一人巫女のようなもの遅れてが来るはずだったのに遅いと言う。 ようなとは何だという疑問はさておき、場所が分からないのではないか言うとこんなに大きな屋敷は間違えようが無いと言われた。 まあ確かにその通りなもので、稗田ほど大きな屋敷というのはこの近辺には存在しない。 それでは少し探しに行ってこようかと言い掛けたところで、丁度よく戸の開く音と呼び声がした。 やってきたのはこれまた珍奇な格好をした女子で、男一人では居心地が悪いことこの上ない。 奴さんは促されるままに二柱のうち大きいほうの隣に座り、自己紹介をするとすぐに阿求と打ち解けたようである。 そのまま女四人で姦しくやるものだから、どうにも居た堪れなくなり部屋を出ると自室で今日仕入れてきたものの品定めなどをしていた。 しばらくすると廊下が騒がしくなり、嗚呼これは酒盛りでもするのだろうなと灯火の下で思っていると、程なくしてまた阿求に呼ばれる。 用事はやはり酒盛りの誘いで、阿求は一人で居ないで此方に来て皆と一緒に居て飯を食えと言う。 ついでに神様や巫女のようなものから外の話を聞く横で、判らない事に解説を加えて欲しいとも言われる。 それは構わないのだが、今まで外の事を聞いていなかったのなら二刻以上も何を話していたのか甚だ疑問だ。 しかしそれを問うても阿求はただ笑ってはぐらかすだけであった。 酒と肴が持ってこられると瞬く間に徳利三本が空けられ、更に数本の壜の蓋が呑み比べするように開けられる。 こちらが一口呑む間にもう一杯呑んでいるといった具合なので、向こうの調子に飲まれればこちらが酒に呑まれているという羽目になりかねない。 現代暮らしの長かった所為か無理矢理酒を勧めてくるという事は無いのだが、それでも杯を空けろという無言の圧力が圧し掛かってくる。 その圧をのらりくらりと交わしつつ、ちびちびと酒の味比べなんぞをしていると巫女のようなものが襖を開けて出て行った。 なにやら思いつめたような表情をして悩んでいる様子だったので声をかけてやると、何故に阿求はあんなに酒を飲めるのかと訊かれた。 やはり体質で若い時から多く呑めるのだろうかと溜息なんぞ吐きながら言うが、二人で呑んでいる時は存外直ぐに真赤になるのでそうではないだろう。 いやあれは誤魔化し誤魔化し呑んでいるからで、本当はそう呑めはしないと教えてやると得心したらしく首を縦に振っていた。 実際酒豪と呑むときには、阿求は股の間に盆を隠して、ちょくちょくその中に杯の中の酒を放って呑んだ振りをしている。 盆の中の酒は後で料理に使うとか女中が飲んでいるとか、或いは捨てているとか諸説あるが、真実どうなっているのかは知らない。 しかしなぜにそんなことを聞くのかと尋ねると、自分は下戸なのであんなに小さい子が呑んでいるのが信じられないと言う。 確かに上役が蟒蛇な上にあんな子供までよく呑むのでは、下戸の人間の居場所なんぞ無いだろう。 特にアルハラなどという言葉の存在しそうにないこの幻想郷で、それでどうやって生き抜いていく心算なのかと茶化し半分に言ってみると泣かれてしまった。 このままでは余所聞きが悪いし、どうやって宥めようか思案していると、何事かをうわ言の様に呟いている。 何かと思って耳を澄ませて聞いてみると、やれサイダーが飲みたいだのアイスが食いたいだのと言っていた。 食い物の話かと思うがやはり懐かしいものなのか、その点自分は食事にはまるで興味の沸かない人間だったから特に思い出したりはしなかったが。 しかしまあアイスなんざ氷に塩を入れた寒剤を作ってやればアイスキャンディーくらいなら作れるだろうと言うとその氷が無いという。 そんなもの真冬に凍った池なり湖から切り出して氷室に入れるなりすればいいだろうがと思うが、引っ越して一年ではそこまで頭の回りようが無い。 これは手詰まりかと思ったが、どこにいるのか知らないとはいえ氷精なんぞという御誂え向きの代物がいるのを思い出し教えてやる。 それに米軍は飛行機に改造した増槽を装備させて飛ばしてアイスを作っていたらしいと教えると、少し驚いてから後で作ってみると言ってメモをしていた。 なかなかに逞しいというか、どうにもこれも変人のようであるがとりあえずやるなら暖かくしてやらないと風邪どころではすむまい。 何を目的としているのか皆目見当がつかないが、なにせ腋の辺りが全く露出しているのだから高空が寒くないはず無いだろう。 全体なんだってそんな物理的におかしな服を着ているのかと疑問をぶつけようとした矢先に、阿求が襖を開けてやってきた。 阿求は自分の首根っこを掴むと、こんなところで何をやっているのかと強い語調で問い詰めてきた。 灯火も無く、暗い部屋の中なので良くは判別できないが阿求の顔は大分赤くなっていて、幾分酔っていることが判る。 早く休んでいないで神様らの言っている事を解説しろと、部屋へ引き摺ろうとしながら阿求が言う。 とは言うものの数年離れていた所為ですっかり外の知識には疎くなってしまい、解説しろといわれてもそうできるものではない。 というよりは経済学なんぞこれっぽちもやっていなかった人間に世界経済なんざ訊かれたところで、答えられるはずも無いだろう。 しかしそう言っても逃れられるわけも無いもので、仕方なしにまたもといた部屋へと戻ろうと動く。 戻るときに後ろを振り返ってみると、阿求が動かず、ただじっと向こうの巫女のような者のいる方を豪く剣呑な雰囲気で見ていた。 向こうも向こうでどうにも阿求を睨み付けていた様に見えたが、暗い中の事であるし多分に目の錯覚だろう。 また宴会の輪に戻り卓の前に胡坐をかくと、阿求がどっかりと膝の上に腰を下ろし酒の入った杯を渡してくる。。 正対していた神様らもこれには驚いたようであったが、仏頂面をする阿求を見ると何も言うことが出来ずそのまま置いておくことにした。 それに気を良くしたのか阿求の機嫌も幾分は直ったようで、自分の胸にもたれかかって肴の漬物を食っている。 さてそれを笑って見ていた神様達であったが、一杯酒を呷るとところで早苗は何処に行ったのかと大きい方に尋ねられた。 聞いた覚えの無い名前だったので、はてそれは誰ぞやと訊き返すとさっき出て行った巫女のような者だと言う。 それなら酔っ払ったようで隣の部屋で横になって休んでいると言うと、二柱共立ち上がって様子を見に行った。 まあ随分大切にされているようでと阿求に言うと、二柱は彼女のことを妹のように思っているようだと阿求が言う。 幾らか思うところはあるがそれは心の内にしまっておいたほうがいいのだろう。表へ出せば危険に過ぎる。 阿求が股座の間に座り、足に痺れが出てくる頃に酒の残りが心許なくなった。 神様達が衰え無しに呑み続けるのに加え、阿求もいやに酒を自分の杯に注いだり、それを呑んだりするものだから林立していた壜ももうほとんどが切り倒されている。 とは言えまだお開きという雰囲気では無く、だがちょうど良く女中が居ることも無く、仕方無しに自分が台所まで酒を取りに行くことにした。 出るついでに隣で寝ている奴の様子でも見て行ってやろうと襖を開けると、ちょうど起きたような顔をしてこちらを見ている。 起こしてしまったかと訊くと、少し前から起きていたが体を起こす気になれず、ずっと横になっていたと言う。 何処に行くのかと問うてくるから、台所まで酒を取りに行く途中だと答えてやると付いてくると言ってきた。 運ぶのに人の多い分には構わないが、酒の抜けきっていなさそうな顔をしているものだからどうにも大丈夫なのかと不安になる。 しかし自分が何かを言う前に、彼女はそれじゃあ早く行きましょうと畳に手を付いて立ち上がろうとし、立ちくらみでも起こしたかぐらりと大きく体を傾けた。 それを抱きとめてから座らせ、このままここで寝ていろと言ったが、強情に付いて行くと言って聞かない。 根負けして連れて行くことにしたが、ふらふらと廊下の右左を行き来する様を見、これも自分が運ぶ羽目になるのではないかと内心恐々としていた。 早苗は時折障子に体をぶつけたり庭に転げ落ちそうになりながら、やっとのこと台所にたどり着いた。 これでは荷物運びは出来ないだろうなと思いながら、棚から肴になりそうなものを選んで取り出していく。 酒は何処にも置いていなかったので、蔵に酒樽があればそれから、無ければ酒屋まで行って徳利に移してくる必要があるだろう。 蔵も蔵の鍵も近いところにあるので問題はないが、さて酔っ払いを一人で残していいのかと少し考える。 彼女は今床に座ってこっちを見ながら笑っているが、まあ放っておいても変な悪さはするまい。 急いで鍵を取ってきて蔵に行き酒樽にまだ酒があることを確認すると、三升ほどを徳利に移しまたすぐに戻った。 彼女はその間もおとなしくしていた様で、床板に片膝を立てその上に顎を乗せて目を閉じている。 それを軽く肩を叩いて起こし何か飲みたいものは無いかと訊くと、迷い無くサイダーと答えてきた。 嗚呼そう言えばさっきもそんなことを言っていたなと思うが、さてどうしたものか炭酸飲料などここには置いていない。 思案しても無い物は無いので、自分で適当な物をでっち上げてしまえばいいという結論に至った。 サイダーというのは要は砂糖の入った炭酸水なのだし、二酸化炭素が出てきてくれればいいのだろう。 昔は檸檬水に重曹を加えて炭酸を発生させていたそうで、無駄知識がこんなところで役立つとは思いもよらなんだ。 しかし檸檬も甘橙も蜜柑すらない上に、重曹などというものも無い為八方手詰まりの形になる。 いや要は炭酸が出きればいいだけなのだと思い直し、砂糖水に酢と貝殻を混ぜたものを飲ませたら吐かれた。 やはり黒酢五割は暴挙ともいえる沙汰であったようで、全く申し訳ないことをしたと反省すること頻りである。 口を真水で濯がせると多少静まったようであったが、水を口に含むのでもまた幾らかの葛藤はあったように見えた。 どうにもまた酢が入っているのではないかと警戒したようで、トラウマを残さないかと少し心配になる。 数分したら口を押さえてはいるものの落ち着いたようで、涙目でこちらを見上げていて、何か言おうとしているらしい。 促すと、責任とって今度ちゃんとした物を作ってくださいと言われ、それに首肯してから立ち上がりもと居た部屋へと一緒に歩き始めた。 途中ふらふらと危なっかしい足取りをしている早苗を肩に掴まらせ、両手に酒と肴を持って部屋に戻る。 掴まると言うよりはむしろ抱きつくと言ったほうが良い体勢なので、非常に歩き難くあまり早くは歩けない。 暗さも相まって、ともすればこちらが転んでしまいそうになりながら、ゆっくりと進んでいった。 部屋へ後もう半分と言うところで、微かな月明かりに照らされた小さな輪郭が目に入る。 あれは誰だろうと目を凝らしているとその輪郭は早足で近づいて来、やがてそれが阿求だと十二分に判る近さで止まった。 阿求は一つ指をこちらに突きつけ、こんなに遅くまでかけて何をしていたのかと尋ねてきたので、酒が無く汲みに行っていたと返し同意する声が背中から上がる。 声の主は今自分の首にぐるりと大きく両腕を回し、背に伸し掛かるようにして立っていた。 阿求はそれを見咎めるも早苗は何処吹く風と言った体で、けらけら笑いながら依然肩に顎など乗せて遊んだりしている。 それに気を悪くしたのか阿求は首に絡まる腕を解こうと背伸びをするが、そこは阿求も酔っている事も有って一向に解くことが出来ないでいた。 いい加減両腕も肩も重い事も有り、早いところ部屋に行って荷物を降ろしてしまいたかったが阿求に前を塞がれ動くにも動けない。 仕方が無いので一旦両手に持っていた酒を床に降ろし、背中の厄介者を阿求に渡してまた荷物を持ちあげる。 阿求は面食らった様な顔をしていたが、あまり待たせると拙いと急かしたてると彼女を支えながら後に続いて歩き始めた。 障子を肘で開け放ち中に入ると、小さい方の神様が大きい方のかいた胡坐の上に座っている。 これには阿求も少し驚いたようで、肩に担いで居るものも忘れてしばし何かを考え込んでいた。 何故そんなところに座っているのかと問いかけると、真似をしてみたが存外に気分がいいので続けていると答えられた。 まあ背もたれの付いた椅子と思えば存外に座りやすい物ではあるが、立場的に如何なものかと思う。 唖然としていると、ところで抱えている物を置いたらどうかと声がかかり、それでやっとまともに戻った。 自分は持ち物を卓の上に置き、阿求は幾分放り投げるようにしてもう半分寝入っている客人を座布団の上におく。 それを見て、先程の神様が膝の上から降り座布団を折り曲げたのを彼女の頭の下に潜り込ませ、そこらに置いてあった座布団を掛布団代わりに掛けていた。 しかし座布団ではあんまりなのでよその部屋から夜着でも持ってきてやろうと思ったが、放って置かれる酔っ払いというのも宴会の華かと思いやめる。 代わりに乗っていた座布団を一つ取り、自分の居た場所に投げて胡坐をかくと、また阿求はその上に座り酒の注がれた杯を持たせてきた。 自分はそれを受け取ると一息に飲み干し、阿求の腹に腕を回して更に抱き寄せた。 宴会は夜の遅くにようやっとお開きになった。 阿求は遅いのだから泊まっていけばいいと引き止めたが神様達はそれを固辞し、眠りこける巫女を背負って神社へと文字通り飛び去って行く。 飛び立つ間際に背中で寝ていた早苗が起き、約束は守ってくださいねと手招きをして言い、またすぐに眠った。 約束とは何かと阿求やら神様達やらに訊かれるも、自分にも心当たりが無いのでどうにも答えられない。 背中の早苗に訊こうにももうすっかり寝入っているため訊くに訊けず、明日訊くと言って神様は帰っていった。 二柱と一人の帰った後、暫く門前に立って後姿を見送っているとまた阿求に何の約束なのかと訊かれた。 とはいえ誰に秘密にするような話でもなく、真実覚えの無いものだからどうしようもない。 阿求は大分不満そうだったが、問い詰めても意味が無いと悟ったのか、それ以上の追求はせずに屋敷に戻った。 自分もその後を追って中に入り、何も言わずに阿求の後を付いて歩く。 その日は夜も遅く面倒なので、風呂に入らず着替えもせずに阿求と共に布団に入った。 次の日は終日阿求が不機嫌であった。菓子をやっても何をやっても一向に治る気配が無い。 二日酔いにでもなったのか、それともその他に何か嫌な事でもあったのかと思うがさして思い当たる節も無い。 ただ放っておけば何日も臍を曲げたままになるのも目に見えているので機嫌でも取ろうと考えていると客が来た。 呼ばれて誰だろうかと出て見れば、小包を抱えた早苗が所在無さげに立っている。 早足に近づき挨拶してから何の用かと訊いてみると、昨夜のお礼と一つ約束を果たして貰いたいと言ってきた。 やはり約束が判らず、渋面を作って何の約束かと尋ねてみようとした矢先に後ろから来ていた阿求に先に尋ねられた。 阿求の声色は先に増して不機嫌そうで明らかに怒気を孕んでおり、客に対して使う声音ではない。 早苗はそれを受けて尚にっこり笑うと、昨夜酷いことをされた責任を取ってくれると言っていたのでと言う。 自分は嗚呼それかと納得するが、阿求は経緯を知らず理由を知らず、説明を求める問い詰めの矛先はこちらに向く。 しかし仔細を語ろうとする前に、早苗が自分の手を取り早く外に出ろと引っ張ってきた。 片方では阿求が怖い顔をして睨み付け、他方では早苗が笑顔で自分を迫っついてくる 嗚呼両手に花とは言うが、これは面倒な修羅場だと骨身に沁みて思う昼であった。 新ろだ156 ─────────────────────────────────────────────────────────── 幻想郷縁起、という本がある。 この本は、一人の少女によって書き綴られている書物だ。 たった一人で、何千年にも渡って。 少女は妖怪ではない。純粋な人間である。 ではどうして人間がそれほどのもの間、膨大とも呼べる数の書物を書き続けていられるのか。 それは少女の能力と性質のためである。 阿礼乙女――あるいは阿礼男と呼ばれる存在。 求聞持の――つまりは一度見聞きしたことを忘れない程度の能力を持ち、転生によって能力と記憶を受け継ぐ人間。 しかし、それも完全ではない。 その能力のためなのか、それとも転生の術を用いる事の代償なのか、三十まで生きることが無い。 加えて、転生の術を準備するには年単位での時間がかかる。 故に、普通の人間としての生活は殆ど期待できない。 その上、すぐに転生できるものでもない。 生きて、死んで、次の命へと繋ぐ。 人の、人間の摂理。 人の身のままでそれに背くという事は、大きな罪なのだろう。 故に新しい身体を用意してもらう為の対価として、地獄で数百年ほど働くのだという。 果たして、対価として軽いのか、それとも重いのかは判らない。 けれども、真っ当な人間は、次に少女が転生する頃には生きていない。 だから少女は恐怖する。 少女は孤独を感じる。 周囲に居る、近しい存在は全て、居ないのだから。 記憶の中にしか存在しない人を思うのは、どれほどつらい事なのだろうか。 最近は妖怪の知り合いが出来た為に、以前よりも和らいでいるとは聞くが。 やはり、親しい存在が傍に居ない辛さに変わりはなく。 屋敷に住んでいる者にでさえ、一線を引いて接しているのかもしれない。 悲しみが大きくならないように。 そうして思うのは、自分のことだ。 最早答えは出ているようなものなのに。 どうして、どうしてこの気持ちを諦めきれないのだろうか。 見込みなど無いに等しいのに。 こんなにも彼女に焦がれている。 ――湖面の月は掴めない。 そんな当たり前の事すら忘れる程に。 「失礼します」 「どうしたんですか、○○」 「もうお昼だと言うのに、一向に姿を見せないので」 もしやと思って足を運べば案の定。 彼女――阿求は幻想郷縁起の執筆作業に没頭していた。 時間が限られているから仕方の無いことだとはいえ、食事を抜くのは身体に悪い。 だから、という訳ではないけれども、運んできたのだ。 「ああ、もうそんな時間ですか」 「調子が良いのは喜ばしい事ですが、身体を疎かにしては元も子もないですよ?」 苦笑しながら紡いだ言葉に、阿求は拗ねたような顔を見せる。 「わかってますよう。 ただちょっと、ちょーっとばかり忘れてしまっただけじゃないですか」 「通算八回はちょっと、とは言えない気もしますがねえ」 また○○が意地悪をー、と言って目元を袖で隠す阿求。 その行動を見ても、特に悪いことをしたとは思えない。 むしろ可愛らしく、微笑ましいとすら思える。 「何度目ですかねえその泣き真似。 しかし、すごく可愛いですよ、うん」 「ああ、酷く狼狽していた頃の純粋な○○は何処へ行ったのかしら」 「今にも消えてしまいそうなくらいに儚い、雪のような印象の阿求は何処へ溶けたのでしょうねえ」 言葉を言葉で返せば、今度は座布団が返ってきた。 寸分違わず顔に直撃するが、流石は座布団、何とも無い。 「こらこら、近くに御飯があるというのに」 「余計な事を言う貴方が――ああ、止めましょうかこんな不毛な話」 「口では私に勝てたことがありませんからねえ」 「悔しいけれども事実だから、聞かなかったことにしてあげる」 言いながら、阿求はてきぱきと卓上の墨やら筆やらを片付けている。 意識したら、お腹が酷く訴えてきちゃって―― 顔には、はにかんだような笑み。 何気ない仕草の一つ一つが、どうしてか心を強くとらえて。 焦がれれば焦がれるほどに衝動ばかりが強くなる。 いっそ、今この場で押し倒してしまいたいとも思えるほどに。 「どうしたの」 「……まあ、少しばかり物思いを。 では、失礼致しました」 だが、本能的な衝動には従えない。 外来人である自分の面倒を見てくれた恩というのも、多分にある。 しかしそれ以上に、見知った屋敷の者ではなく、どこの者とも知れぬ自分に用事をよく頼んでくれている。 信頼を裏切る訳にはいかない。 最も、最近自分のことをよく使うのは、見知らぬ存在だからだというのも関係しているのかもしれないが。 屋敷に来てから半月が経つが、逆に言ってしまえば半月なのだ。 情も移りにくいだろう。 つまりは、そういうことだ。 加えて、外来人であるという事も大きい。 外の世界の話を何度かせがまれた事だってある。 今でも時間があれば、外の話をねだってはくるけれども。 (結局、それまでなのでしょうかね……。 確かに私のような存在であるならば、用いやすいでしょうし) 見聞きしたことを覚える程度の能力とはいえ、そうして知りえたことに意味を見出すかどうかはまた別の話。 少しばかり胸が痛むが、思い上がりも甚だしい。 そんな風に強がって、無理矢理にでも自分を騙すしかなかった。 それから一時間ほど経過して。 流石にもう食べ終えているだろうから、再び阿求の部屋へと足を運ぶ。 が、その途中でありえないものを見た。 屋敷の庭には、それは立派な桜が植えてある。 今は季節も外れている為、葉が生い茂るばかりではあるが。 重要なのはそこではない。 その桜の、最も太くて丈夫そうな枝の上。 そこに何故か、食事を行っていたはずの人物がいる。 錯覚や幻覚、といった思い違いで処理して、流そうかとも思った。 思ったが、しかし。 目の前の出来事が事実だったとして、スルーした後に何かが起こらないとも限りません―― その場合、責任は誰持ちなのかと問われれば、見過ごした自分だろう。 何事も無かったかのように流したくもなるが、やはり双方にとってよろしくない。 「仕方ありません、か」 軽く溜息を吐いて、桜の樹へと歩いていく。 「ああ、○○」 「ああ、○○。 じゃあないでしょう、一体何をしているのですか」 「木登り」 見れば判る。 いや、そうではなくて。 「聞き方が悪かったですね。 どういった経緯で木を登ったのか、という事です」 「高いところからの景色を見たかったんですよ。 そのついでに食後の運動をと思いまして」 聞く分には随分とアグレッシブな運動だ。 しかし、無茶をしないで欲しい。 最も、仕方の無いことなのかもしれないが。 あまりにも短いから。 その分、精一杯輝こうとする。 桜の枝に腰掛け、心地よさそうに風と日光を浴びる姿に、思わず眼を細める。 ……ああ、眩しいな。 「それで、気分はどうですか」 聞くまでもないだろうな、と思いながらも尋ねられずにはいられない。 「とても良い気分よ。 風も、お日様も、今までに無いくらいに心地よいの」 例えるならば、些か安直ではあるが――ひまわりだろうか。 日の光に、よく映える花だ。 今の彼女と、同じように。 けれども、和やかな雰囲気はそこまでだった。 「心地よさに浸っている所を申し訳ないのですが、そろそろ降りてきてもらませんか」 「もう少し居ては駄目?」 「駄目です。 誰も居ないときに足を滑らせでもしたら、大変ですからね」 いくらなんでもそんなヘマは――そう言って、降りる為に立ち上がった瞬間、 「ぁ?」 足を、滑らせた。 「阿求っ!」 身体を枝に打ちつけはしなかったものの、危険であることに変わりは無い。 阿求の近くで話していたのが幸いした。 距離的には充分間に合う。 だが、問題は上手く受け止められるかどうか。 けれども迷っている時間など無い。 落下してくる地点を予測し、あらかじめ先回り。 そうして腕を大きく広げ、胸や体全体で受け止めるように体勢を整える。 直後に衝撃がきた。 それなりに高さのある桜から落ちただけあって、中々に堪える。 堪えるが、絶対に落とす訳にはいかない。 だから、阿求が腕に落ちてきた勢いに逆らわず。 勢いに任せて、自分から体勢を崩し、背中から落ちる――! 勿論腕の中の阿求はしっかりと抱きとめたまま。 (怪我はさせない) 背中に強い衝撃。 同時に胸にも衝撃。 庭には玉石を敷き詰めてあるのだが、今回ばかりはそれを恨む。 (息が……) 強い衝撃を背と胸に、それもほぼ同時に受けたことで息が詰まる。 だが、それだけ。 それだけだ。 しかし、予想以上にダメージが大きい。 阿求単体ならば問題は無かったかもしれない。 重力を甘く見ていたのが敗因か。 腕の中の阿求を確認すれば、どこにも怪我は無い様子。 勝った――第三部完、と続けたいところだが、そうもいくまい。 「大丈夫、ですか?」 何とか声を絞り出せば、阿求は最初こそ一体何がどうなったのか理解できなかった様子で。 呆けたような視線でこちらを見つめていたが、 「○○!?」 がばっ、と擬音が付きそうな勢いで胸から飛び起き、現状を理解する。 「いた、イタタタた……。 すみませんが中々に痛いので、もう少しこう、ゆっくりと」 軽口ではなく、実際に響く。 本音としては乗られているだけでもじわじわ痛いのだが、ここは痩せ我慢。 「ご、ごめんなさい……じゃなくて! 誰か、誰か医者を――!」 耳に阿求の叫びが届き、それを切欠として意識が遠のく。 それでも、それでも彼女が怪我一つなく、無事で居ることに安堵しながら。 視界が徐々に墨で染められていった。 次に眼を覚ましてみた物は、三途の川。 ではなく、見慣れた天井。 そのことに安心しながらも、あれから自分は一体どうなったのかと考えを巡らせる。 覚えているのは阿求が叫んだところまでだが、果たしてどれだけの時間が経過しているのか。 思考の海に沈みかけた矢先に、襖の開く音。 首だけを動かしてそちらを見やれば、赤青二色の特徴的な服をまとった人物――八意 永琳が。 「全治二週間って所かしらね。 まあ死ぬとまではいかない怪我でよかったけれども」 無茶をしすぎだと叱られた。 そもそも体格的に云々だとか、長かったのでよく覚えてはいないが。 兎も角、一段落してから話を聞けば、あれから四時間ほど経過していたらしい。 念の為に阿求も観たが、特に問題はないこと等を伝え、薬を置いて永琳は去っていった。 最後に、 「あまり無理をしては駄目よ。 貴方を心配する人も、いるのだから」 という言葉を残して。 それから少し眠ったような気がする。 まだ痛む身体を起こしてみれば、視界に飛び込んできたのは小さな背中。 「阿求?」 「やっと起きてきたんですね。 もうすっかり日も暮れてしまいましたけど」 どうして阿求が自分の部屋に、しかも日が暮れてからも居るのか。 蝋燭の灯に照らされた室内を軽く見回して、そこで初めて違和感に気付く。 「ここ、私の部屋ではないですよね」 「今更気付きましたか。 まあ、私の部屋が近かったので、運んでもらったのですよ」 「……男と女ですよ?」 「今は介護される男と介護する女です」 そういうわけですので、と前置きして、 「こうなってしまったのも私が原因ですから、回復するまでしっかり面倒見させて頂きます」 真っ直ぐな視線に射貫かれるような気がした。 何を言っても無駄だろう。 彼女の意思は梃子でも動きそうにない。 「せめて自分の部屋に戻してくれませんかねえ」 けれども、流石に阿求の部屋で世話になる訳にもいかない。 それだけは譲れない一線なのだが、しかし。 「個人的に嫌です。 何かあった時に誰かが傍に居ないと」 別に阿求でなくても良いのではないだろうか。 手伝いの方なら他にも居るのだし。 そう言いかけて、結局止めた。 多分、彼女なりの感謝と謝罪なのだ、これは。 自分が木に登って、落っこちてしまって。 それで結果として怪我をした人がいる。 それが誰であっても、きっと阿求は自分で世話をすると言うだろう。 怪我をさせてしまって申し訳ない気持ちと、助けてくれてありがとう、という気持ち。 その気持ちを彼女なりに形にすれば、こういった行動になるのかもしれない。 それならば、細かいことを気にするのは失礼であり無粋というもの。 「わかりました。 阿求の言う事は最もですし」 「そうですそうです。 ○○は大人しく私の世話になっていればいいのです」 言い終わるか終わらないかのうちに、阿求は行動に移る。 具体的には、私の為に用意してあったであろう食事――食べやすいように粥だ――を掬って、 「さ、口を開けてください」 私の口元へと持っていく。 「いや、食べることくらいは自分でできますよ?」 というより、体が痛むだけで普段の行動に支障は無いのだけれども。 「駄目です。 少しでも早く治って貰わないといけませんので」 頑として聞かない。 言い分は最もだが。 外の世界に居た頃は、こんな事とは無縁だと思っていた。 それだけに余計恥ずかしい。 恥ずかしいが、悪い気分ではない。 それどころか、嬉しいとさえ思う。 雛鳥が餌をねだるように、差し出されるままに口を開けて粥を食べる。 果たして、自分は今現在どんな顔なのだろうか。 頬にじんわりと熱を感じながら、そんなことを考えた。 それ以降、阿求との仲が深まったような気がしていた。 私の思い違いなのかもしれないのだが。 それでも、よく一緒に行動するようになっていた。 一歩踏み込んだ話を聞きたいと言われることもあった。 自分の中の想いが、どんどん募って大きくなっていく事も、自覚していた。 けれど、それは表に出してはいけない感情だから。 ぐっと押し殺して、彼女の傍に経ち続けた。 もしかすると、彼女は私の気持ちを察していたのかもしれないけど。 そうして進展もなく時間は過ぎて。 とうとう、その日が訪れたのだ。 このところ暫く、阿求は伏せっていた。 見るからに体調が悪そうで、起き上がるのも億劫。 それでも、私と一緒に居たがった。 だからなのか、周囲の手伝いさん達は私が行うべき仕事も引き受けて行ってくれた。 まるで、阿求の傍に居るのが仕事だとでも言うかのように。 そのお陰で時間だけはあったので、望みの通りに居ることは出来た。 「○○、今までありがとう」 突然にそんなことを呟かれて、 「どうしたのですか、今にも死んでしまいそうですよ?」 内心では動揺しつつ、いつも通りに返してみれば、 「だって……そろそろ、死ぬもの」 心を直接殴られたような気がした。 何もいえない、言うことができない。 私だって薄々とは感付いていた。 いたけれども、それだけ。 認めることができなかった。 認めたくは、なかった。 「ねえ○○、どうして私が死にそうなのに、父も母も姿を見せないと思う?」 ずっと疑問に思っていたこと。 そうだ、この屋敷に来てから長い時間を過ごしたが、一度も阿求の両親を見たことが無い。 けれども、考えないようにしていた。 己の推測が正しければ、それはあまりにも残酷なのだから。 けれども今、目の前で伏せる阿求は。 その事を告げようとしている。 「子供だと、思われていないのよ。 私達は」 阿礼乙女、ないし阿礼男は――短命だ。 加えて以前の記憶を引き継いで生まれてくる。 それを親は知っているから。 初めから死ぬと判っている子に、愛情など注げるのか。 判っているからこそ、注ぐものなのかもしれないが。 阿求の、いや、阿礼の子の親となった者は。 それをしていない。 自らの子ではなく、阿礼の子としか見ていない。 だから、この屋敷も。 稗田家の家であると同時に、阿礼の子の家でもある。 つまりは、そういうこと。 大きな屋敷だとは思っていたけれども、それがわかってしまうと逆に薄ら寒い。 「だからね、私はここで生きているの。 稗田家でありながら、稗田家ではない所で」 この屋敷の一角は、文字通り阿求に、阿礼の子達に与えられたものなのだ。 阿礼の子という存在を、切り離して置く為に。 「手伝いの人たちは、私の事を慕ってくれている。 けれど、それが辛いの」 別れる時に、とてもね―― 「だから、少しだけ距離を置いて接してた」 もちろん、貴方にも―― 「けれどね、どうしてなのかな。 何時の間にか、距離感が狂っちゃったみたい」 微笑んで、こちらを見た。 「本当はお墓にまで持っていこうと思ってたの。 でも、駄目」 それが貴方を苦しめるとわかっているのだけれども、と前置きして告げられる。 「私は、貴方が大好き」 「私も、貴女が大好きでしたよ。 阿求」 その言葉が、彼女を苦しめると判っていながら。 どうしても、告げずには居られなかった。 「なんだ、両想いだったのね」 くすくすと笑うが、その笑顔にも蔭りがあるように感じる。 「もっと早く告げていれば、色々でたかもしれないのに。 勿体無い事しちゃった」 「でも、これでいいのだと思いますよ、私は」 結果として、軽く済んだのだと思う。 「良くありません。 未練ばかりが残ります」 「それでも――」 次の言葉は継げなかった。 「せめてもっと早く言ってくれたなら、良い思い出だけを胸に抱いて逝けたのに」 「――――」 「貴方は私の事を想ってくれていた」 だから私が次に生まれる時、孤独感に苛まれないように案じてくれていた。 けれども、 「思い出全てが、悲しく残る訳じゃないわ」 暖かい記憶だって、思い出せるのだから。 孤独を感じたときに、それを思い出して。 いない人を想うことも、できるのだから。 そこから更に孤独を感じるのか、一人ではないと感じるのかは、自分次第。 「まあ、過ぎてしまったことは悔やんでも遅いから――」 もう少し、近づいて欲しい。 「最後にお願い、聞いてくれる?」 「喜んで」 ――抱きしめて。 彼女の望み通りに、その細い身体を抱きしめる。 今にも何処かへ消えてしまいそうで、怖くて。 「暖かいね。 不思議と気持ちが落ち着いて、すごく安心できるよ」 自分の腕に収まる彼女の声は、少しだけ震えていた。 「もう少し早く、こうできればよかったのでしょうね」 「そうかもしれないし、そうでないかもしれない」 なんとも曖昧な言葉だ。 その曖昧な言葉の後に、でも、と続けて、 「今、幸せだよ。 こんなに満ち足りた気分なんて、初めてかもしれない位に」 あの頃と同じ笑顔を見せてくれた。 「ああ、やはり貴女の笑顔は素敵だ。 私はその笑顔に惹かれたんですよ」 「変なものよね、命が尽きる間際になって気持ちが通うというのも」 でも、悪くはないかな―― そんな呟きが聞こえて。 「阿求。 私が人でなくなっても、変わらず好きでいてくれますか?」 思わず、ずっと考えていた事を打ち明けた。 「どういう意味?」 「言葉のとおりですよ。 具体的には、妖怪ですかね」 ずっと考えていたことだ。 時の流れが違う彼女と共に歩む為には、どうすればいいのかと。 もっとも、自分の想いが成就するとは想像も出来なかったが。 「いいの?」 「何がですか」 「私よりも素敵な人、沢山いると思うのだけど」 「忘れることなんて出来ない性分でして」 きっと妖怪になるなら蛇ですね、と笑ってみせる。 「ずっと女で生まれてくるとは限りませんよ」 「些細なことです。 男だろうが女だろうが、貴女は貴女でしょう?」 「男の私にその気がなかったら?」 その時は良い友人で居ましょう―― 「ばか」 「ええ、馬鹿も馬鹿、大馬鹿ですとも」 何せ寿命の違う人を好きになったのですからね、といつも通りに返せば、 「それじゃあ私も馬鹿ですね。 寿命の違う人を好きになったのですから」 そう返されて、二人で笑った。 「転生には数百年かかりますよ?」 「それでも待てます。 待ってみせますとも」 焦がれるのが恋ならば。 「それじゃあ待ちます。 待たせてもらいます」 焦がれられるのが恋ならば。 「だから、約束して下さい。 必ず私の傍に居てくれると」 悪い女ですよね、と笑みを見せて。 「約束しましょう。 必ず貴女の傍に居ると」 愚かな男ですよ、と笑みを見せて。 それから間も無く、腕の中で阿求は逝った。 とても満ち足りた、安らかな顔で。 葬儀が終わって暫くしてから、長い暇を貰う事、何時になるか判らないが、必ず戻ることを告げた。 そうして屋敷を出て、護衛を雇って紅魔館へと足を運んだ。 館の主は私がここに来ることと、その目的をあらかじめ理解していたようで、すんなりと図書館へ入れた。 そうして人が妖怪へと転じる方法を読み漁り、幾つかを頭に叩き込む。 その後で主に礼を述べ、私は人里を離ることにした。 ――あれから数百年が経過し、私は再び稗田の屋敷へ戻ってきていた。 阿礼の子が誕生したとの話を聞いたからだ。 見知った顔は殆どいなかったが、私をいぶかしむ者はいなかった。 どうやら手紙が残されていたらしい。 補修などはされているが、間取りは昔のまま。 阿求の部屋は、今でも阿礼の子の部屋として使われているらしい。 「失礼します」 部屋に入れば、彼女はこちらを待っていたようで、 「女性を待たせるのは感心しませんね」 太陽の似合う笑顔で、出迎えてくれた。 変わらない。 けれど、二人の関係は変えていこう。 そう思いながら、謝罪の言葉を述べる。 新ろだ183 ─────────────────────────────────────────────────────────── 「外の世界には、毎年十二月二十四日、二十五日に聖誕祭があります」 「せいたんさい? 誰かの誕生日を祝うのかしら」 流石に頭の回転が速い。 「イエス・キリストなる人物ですね。 彼は人を愛するべきという教えを説いて回りました。 結果、今でも教えは宗教として残っています。 かなりかけ離れてしまっているかもしれませんが。 後は――国によれば唯一神と同じ扱いをされていたりしますね」 そもそも、日本と幻想郷には唯一の神など存在しないからいまいち結び付かないだろうが。 「ただの人間よね?」 「まあ基本的には。 奇跡を起こしたとも言われてますが、確かめる術もないですし」 まあキリスト云々はこのあたりで切り上げておくとして。 「外の世界――幻想郷があるのは日本ですか――は多神教なんですけどね」 「どうしてか、祝っている、と」 確かに不思議なものですね、と阿求は微笑む。 「まあ、基本的にお祭り好きなのでしょう。 呑んで食べて騒ぐ為の口実ですね」 それに、大多数のお楽しみは別のところにあるのだろうし。 「ちなみに子供は二十四日の夜にプレゼントがもらえるので、それを楽しみにしています」 「それも不思議な話ですね。 渡す方じゃないんですか」 それもそうではあるが。 気持ちだけ供えるのが日本式というか。 「プレゼントを渡すのはサンタクロースなる赤服の人物ですから」 トナカイに乗って、子供達にプレゼントを配る老人。 もっとも、最近の子供は夢離れが進んでいるので、こっちに来ていそうだが。 「それも何か謂れのあるもので?」 「ええ、元々このサンタクロース、聖ニコラウスなる実在の人物でして」 前述したキリスト教徒の一人だ。 結婚できない娘達の居る家を不憫に思い、煙突から金貨を投げ入れた。 そのとき、暖炉にかかっていた靴下の中に入り、そこから―― 「二十四日の夜、靴下の中にプレゼントが、という話になった訳ですね」 「素敵な話ですね」 その表情を見て、実際には親が子供の欲しいものを買ってきているのだという事は伏せておいた。 ここは幻想郷だ。 夢そのものともいえる場所で夢を壊すのは無粋というもの。 「最も、日本でのクリスマスは名ばかりで――プレゼントこそありますが キリストの聖誕祭というよりは、主に大切な異性と過ごす一日としての側面が強いです」 「それでも素敵な話じゃないですか」 そう言って微笑むが、しかし、 「相手が居る人はそうでしょうけど、独り身の人は地獄ですよ」 何せ、出かける先で幸せそうなカップルに出会うのだから。 独りでいる自分が惨めに思えてきてしまうのも無理はない。 「それこそ人を愛せ、の精神ですよ」 「それができれば戦争も幻想郷に入ってこれますよ。 個人的には遠慮願いたいですが」 それならば、争いは無くならない方が良い、というのは悪人の考えか。 「外の人間は、見ず知らずの他人の為に幸福を祈れる方が珍しいですから」 もちろん、自分も含めてですが、と付け加えてお茶を啜る。 「祈って、願うだけならタダなのにですか?」 「生憎タダより高い物はない、という言葉もありまして」 またそうやって返す、と苦笑いされてしまった。 でも事実だ。 「つまり、○○は祈れない側だった、と」 「ははは、万年独り寂しくですよ。 こっちに来ても、風習が無いだけで変わ――」 言いかけて、けれど言えなかった。 「○○」 阿求の声に応えてそちらを向けば、唇に温もり。 「違いますよね」 微笑みを浮かべて、確認を取るように問い返されてしまえば、こちらとしてはもう何も言うことなどなく。 「そうでしたねえ」 顔が熱を帯びていることを自覚にしながら、笑って見せて。 今年は幸せを祈れそうだな、などと考えてしまったりして。 「来年の日の出を見れるよう、願でも掛けましょう」 「それならこちらは、貴女が再来年も日の出を見れるように願でも掛けましょうか」 今年のクリスマスは、一風変わった、けれど楽しいものになりそうだと、そう感じた。 必ず別れが訪れようと、その時まではせめて―― 互いにとって、幸いな時間が多くあれ、と―― 新ろだ190 ─────────────────────────────────────────────────────────── 外の世界では、あまり雪が降らない。 だからなのだろうか、冬の幻想郷は、良く雪が降る。 「いやあ、今日も降ってますね」 昨晩から降り続けて、すっかり分厚く積もっている庭は、朝日を反射して煌く。 まさしく幻想。 現実の中にも、わずかながら幻想は存在する。 夕日と雲が空に描く、美しい風景画を見ていた日々が蘇るようで。 年甲斐も無く気分が昂揚して、新雪に足跡を残しまくる。 「朝から元気ですね」 「外じゃこんなに積もる事も稀ですからねえ。 雪を見ること事態、随分と久しぶりですし」 だから自然に顔が緩んでも仕方の無いこと。 しかし、そんな感じで舞い上がる自分とは対照的で。 「寒くないんですか? そんな薄着で」 火鉢が温まるまで布団から出ないつもりなのだろう。 彼女は顔だけを出して布団に包まっている。 「いやあ寒いですよ。 寒いですけど、嬉しいんですよ」 震えながら吐き出す息は白い。 しかしまあ、いくら嬉しいとは言え限度はあるもので。 「あ、そろそろ無理だ」 さくさくと雪の音を残して、そそくさと部屋へ駆け込む。 そうしてすっかり冷めた布団に潜り込んで縮こまり、思い出すのは、 「そういえば私が来たときに着用していた防寒具は何処へ?」 愛用していた黒いコートのことだ。 「そういえば何処かに仕舞ってあった筈ですけど。 でも洗い方わかりませんから、においが……」 確かにそれは不安ではあるけれども。 「まあでも、その分暖かいですし。 少し重ね着した上から羽織るだけで割と行動できるかと」 こちらの防寒具もなかなか暖かいけれども。 というか、冬の厳しさはこちらの方が上なのだろうが。 「じゃあ探してくださいよ。 私は動きませんから」 「本当に寒いの嫌なんですね貴女。 折角差し上げようかと思っていたのに」 そういう事ならば話は別です、と。 火鉢が温まった頃合を見計らって布団から抜け出た。 自分もその後に続いて抜け出して、手伝い始める。 コートはほどなくして見つかった。 気になっていたにおいもさほど問題はない。 むしろ甘くかぐわしい果実臭が漂っている。 「何かしましたか」 「まあ、ちょっと知り合いの妖怪から聞いた保存方法を」 どんな保存方法なのだろうか。 気になるがちょっと怖い気がしたので聞かないでおく。 「ともあれこれで阿求も外を駆け回れますね」 「駆け回ること前提で話を進めないで下さい」 部屋が暖まってきたことで、彼女も本来の調子に戻ったようだ。 こうでなくては面白くない、というもの。 「そもそもどうしてそんなに雪が好きなんです」 「冬の生まれでして。 だから無意識にテンションがアチョー入るのかもしれませんねえ」 もうギアが三段くらい一気に入ってる今の自分。 ステイ私ステイ。 ほら現に阿求が不思議そうな顔で小首をかしげて――たまらなく可愛いですねああもう! 「ごめん○○、言っている事が少しわからない」 「いやあすみません、自分テンション高くなると一部にしか通じない俗称とかだだ漏れでして」 簡単に言うと、嬉しくて楽しくてたまらないということです。 そう伝えると、納得した表情を浮かべて、 「なるほどそういう意味でしたか」 などと笑ってくれるのだからもう。 もう……。 「ああ、今すごく可愛いですよ阿求。 自分には勿体無いくらいに素敵だと、心からそう思いますよ」 柄にもなく本音を冬の空気にさらしてみれば、顔と身体は余計に熱く。 「さらっとそういう事を言わないでください。 その、嬉しいのと恥ずかしいのがいっぺんに来てしまって」 ――勢いに任せたくなってしまいますから。 消え入りそうな、ともすれば聞き逃してしまいそうなほどか細い声。 見れば顔は耳まで紅い。 「あ、熱いですよねこの部屋。 ちょっと外の風に当たりましょうか」 恥ずかしさをごまかすためか、そう言って彼女は庭へと出て行く。 朝日は姿を潜め、再び雪が降り始めていた。 「どこかの雪女がはしゃいでるのかもしれませんね」 阿求の表情は苦く、どこか暗い。 不思議に思っていれば、 「私、雪は嫌いなんですよ」 唐突に呟きが。 「触れればすぐに溶けて消えてしまうでしょう? なんだか、自分を見ているようで――」 温もりに触れれば水となって消える雪。 ああ、確かにそうかもしれない。 温もりに触れれば、その分涙が増えるから。 悲しくないように、辛くないように、寂しくないようにと。 触れるか触れないか、そのぎりぎりの線を手探りで探しながら。 薄氷の壁で己を律して。 「私は好きですよ。 自分よりも暖かい存在に触れればすぐ溶けてしまう、その儚さも」 それに、と言葉を続ける。 「消えはしませんよ。 土なら土に、人肌なら人肌に。 水として溶け合うのですから」 「それでも、風が吹けば乾きます」 「それでも、少しくらいは吸われます」 付け加えるならば、 「こうして固めてしまえば、そう易々と溶けて消えるものではありませんし。 日陰に積もったならば、尚更長く残りますよ」 そう言うと、 「敵いませんね、どうも」 力を抜いた笑みが咲く。 「私だって敵いませんとも」 同じように咲かせて。 「後悔しても知りませんよ? たくさん降らせて大雪にしてしまいますから」 「望むところですとも。 風や太陽では太刀打ちできないくらいに固めますから」 この雪と同じように―― ふれふれ、つもれ、おもいゆき―― 新ろだ195 ─────────────────────────────────────────────────────────── 大晦日に自室の火燵に入りながら元日になるのを待っていると、どこからか鐘のなる音が聞こえてきた。 はてこのあたりに寺なんぞあったかいなと思いながら酒を呑んでいると、阿求が目をこすりながら火燵の中に入ってくる。 卓の上に置いた腕時計を見ると年が変わるまであと幾らも無いと言う時間になっていた。 阿求は自分の対面に陣取ると卓の上に出していた肴を奪い、眠気覚まし代わりにと噛み始める。 「こんな時間にどした。眠ったんじゃなかったんか」 酒の入った杯を隠しながら尋ねる。別段酒に弱いというわけでは無さそうだが、子供に飲ませるのは気が引ける為だ。 「ええ、ちょっと新年を一緒に迎えたかったもので」 半纏の袖で頬を隠しながら、嬉しい事を阿求が言ってくる。自分は笑いそうになるのを留めながら、杯の中の酒を呷った。 「それともう一つ用事がありまして」 「ほう、なんね?」 阿求が身を乗り出して来、それに釣られて一緒に火燵の上に身を乗り出す。 二人の額が引っ付きそうになる距離まで近づくと、阿求は言った。 「お年玉下さい」 「無いよ」 即座に返事をすると抗議の声を阿求が上げる。 「まだ早いし、そもそも食客に強請らんでおくれ」 「食客ならお酒なんて呑まないで下さい」 阿求はなおも抗議して来るが自分はそれを無視し、徳利から酒を杯に注ぐ。 その様を阿求は睨むような視線で見ているが気付いていない振りをし、杯を少し上に掲げて言う。 「何、こいつらは自分の稼ぎで買ったもんだよ」 阿求はまだ不満そうだったが、一瞬何かを思いついたような顔をすると、笑みを浮かべながら火燵を出、此方に近寄って来た。 その不可解な様に多少警戒を強めていると、阿求が自分のすぐ横に座りながら言う。 「無いなら別の玉でもいいんですよ」 「うん? ギョクの類なんざ持っちゃおらんぞ」 「いえいえ、そんなものじゃありません」 阿求はそう言うと自分に横から抱きつき、肩の上に顎を乗せながら言った。 「子供が欲しいですね。玉のような」 危うく咽そうになるのを押さえて阿求の顔を見るが、冗談を言っているような顔には見えない。 「そいつは十月十日待たにゃならんからお年玉にはならんだろう」 苦笑しながら言うと、阿求は少し怒ったような顔をして自分と火燵の間に滑り込み胡坐の上に陣取った。 空いた腕を腰に回してずり落ちないようにしてやると、阿求は自分に凭れかかり、肩に後ろ頭を乗せる。 幾らかの時間そのままの姿勢で過ごすと、不意に阿求がもうすぐと言う。 何がかと思って阿求の方を見ると、何時の間にやら頭を起こし、卓上の時計を見ていた。 「もうすぐ年が変わりますよ」 「そうやね。あと数分か」 言いながら酒を呑む。阿求は黙り込んでどうやら何かを考え込んでいるらしい。 頭でも撫でてみようかと腰に回した腕を解くと、股座の上に座った阿求はもぞもぞと動いて対面に座りなおした。 「あと二分です」 耳元で阿求が言う。どこで時間を見ているのかと思ったが、向き直る際に腕時計を奪っていたらしい。 杯を一旦卓に置きその手で阿求の頭を撫で付けると、阿求は此方の頬に擦り寄ってきた。 首筋に掛かる鼻息の多少のくすぐったさを堪えていると、後ろ向きに加重が掛かり阿求に押し倒される形になる。 阿求は始めはしてやったりといった表情で自分を見下ろしていたが、居場所を腹の上に伸し掛かるようなものにし、また顔を近づけてきた。 鼻先が触れ合うくらいの距離まで阿求は顔を近づけるとそこで止まり、またちらりと時計を見る。 横目に見たそれはあと凡そ三十秒ほどで針が一並びになるような時刻だった。 しばし、と言っても十秒程度のものだが、の間二人見詰め合った姿勢で固まる。 始めに動いたのは自分であった。このままで居ても意味が無いと思い、体を起こそうとしたのだ。 しかし阿求はそれを遮るように体重を掛けて、なおも寝かせたままにする。 体を起こす事を諦めると阿求は三度顔を近づけて来、二人の唇が触れ合った。 どの程度の時間経ったか、短くもないが長いとも言えない時間の後、阿求がゆっくりと顔を遠ざけて行く。 「二年越しですね」 その言で先程のは時間を計っていたものと悟る。 よくやるものだと思いながら後頭をぽんぽんと叩いてやると、それを合図にしたように阿求は体を横に移し、一緒に自分も体を起こす。 阿求は自分が体を起こしきったのを確認すると、またまたの間に座り込み胸に凭れ掛った。 「明けまして、今年もよろしくお願いするよ」 頭を撫でながら阿求に言うと、阿求も自分の頬に手をやりながら応えた。 「はい。それではお世話しますので、よろしくお願いします」 言って二人顔を近づけ、また口付けをした。 新ろだ248 ─────────────────────────────────────────────────────────── 「はぁ……」 茶を啜り吐息を一つ。 阿求は、掘り炬燵でまったりしていた。とにかくまったりしていた。目の前には玉露と温州。これ以上の贅沢はない。 対面に座る青年はさっきからもくもくと蜜柑を胃に収めている。元来無口無表情な彼であるが、よく見るといつもより眉根が緩んでいる。 「ん~」 まるで時間がゆっくり流れているかのよう。この上なく幸福だと、阿求は思う。 はふぅ、と息を吐いて、炬燵の上に頭を寝かせる。そのまま首を回し、最近一緒に住むようになった青年をもう一度見た。 すると、視線に気づいてちらりと阿求を見たものの、すぐにまた蜜柑を食べ始める。 む、と短く唸る。その反応は気に入らない。 そう思ったので、阿求は炬燵から身体を引く抜くと、いそいそと彼の側に回りこんで、 「よっこいせ」 「────」 強引に、彼の脚の間を空けさせ、そこにちょこんと収まった。 青年は何も言わなかったが、蜜柑を食べる手は止まっていた。 それをいいことに、阿求は青年の手を取り、自分の腹を抱くように持ってくる。 青年の胸に体重を預け、眠たい猫のように、彼の肩に頬を擦り付ける。そのまましばらく、背中から伝わってくる熱を感じていた。 「ん……」 ぐ、と不意に青年の腕に力が篭もる。肉の薄い腹にかかる圧迫を、心地よいと阿求は感じた。 腕は腹だけでなく、阿求を囲うように、閉じ込めるように、強く抱き締めてくる。 両腕の上から抱かれているので、もう阿求は自分の意思では身動き一つとることはできない。 逃げられない。 押し付けられた青年の鼻先が、阿求の髪を掻き分けて赤い柔肉を見つける。既に、阿求の身体は熱に浮かされたように震え、耳は真赤に染まっていた。 青年の乾いた唇が、それを食んだ。 「は、ん……」 がっつくような真似はせず、じわじわと、湿り気が耳を浸食していく。 つ、と舌先が耳の外縁をなぞっていく。常人より少し高い温度の水が触れるたびに、阿求は熱い吐息を洩らした。 水の音が、皮膚を通して直接鼓膜を震えさせる。 「あ、ん、ふぁ……」 自由を奪われた阿求は、つたない声でしかその感覚の表現を赦されない。 抱き締める腕の力はますます強まり、痛みさえ伴うのに、しかしその全てが阿求の中で熱に変換されていく。 密着した全身から伝わってくる鼓動は、青年もまたこの行いに昂ぶっていることを教えてくれる。 固い感触。青年の歯が、何度も何度も確かめるように、耳の肉を噛む。電信のようにリズム良く跳ねる柔らかな痛みに、阿求の喉から細い声が洩れた。 愛撫は止まらない。彼の口は阿求の右耳のほとんどをその内に収め、甘噛みを繰り返しながら、舌で容赦なく、執拗にねぶっていく。 耳朶をなぞる舌先は、とうとう敏感な内側にまで辿り着き、ぐりぐりと無理にその充血した先端を捻じ込もうとする。 その度に圧縮された空気と唾液の触れ合いが淫靡に歌い、阿求の幼い肢体から、力を奪い去っていく。 「ひゃ、ぁ、やぁ……!」 直接、脳を陵辱されているかのよう。漏れ出る喘ぎは悲鳴じみていて、けれど目尻に浮かぶ涙は、悲哀からでは決してない。 抱き締められ、耳を弄ばれているという、それだけの行為なのに、何か途轍もなく悪いことをしているような背徳感に身を焦がし。 そしてそれから逃れられない、逃れようともしない自分を受け入れる。 されるがままに身を預けるという快楽に、彼女は浸っていた。 だから、彼の唇が耳から離れたとき、喉から切なげな呻きが漏れた。 「は……」 彼の腕の拘束が緩み、茫とした頭のまま振り返ると、彼と視線がかち合った。 どちらからともなく顔を寄せ合う。青年の唇が阿求のそれと触れ合った。 横抱きにするように位置を変え、右手は阿求の身体を、左手は頭を支える。唇の啄ばみは、細かくお互いの頭の位置を動かしながら、余すところなく行われた。 けれども決してそれ以上は、青年は踏み込もうとしなかった。阿求の呼気を奪い、言葉を封じ、唾液の混交を赦さなかった。 それが阿求にはじれったい。まるで襦袢の上から受ける愛撫のようなもどかしさに、我知らず、瞳が潤みを帯びていく。 もっと、と、堪らず視線で催促しようとして、──それより一瞬早く、彼の舌が唇の裏側に滑り込んだ。 「ふむ、ぅん……!」 不意打ち。 ぬち、という音。青年の舌が、歯と歯茎の段差をぞろりとなぞった。 舌先で歯をこじ開けると、容赦なく青年は阿求の口腔に侵入する。反射的に反らした首は、けれど大きな手に押さえ込まれ、逆により強く接合した。 一瞬、息が詰まる。だがそれだけに青年の動きを感じられた。 「んんっ、ちゅ、はぷっ、ちゅ……」 唇の端から、言葉にならない息がこぼれる。 口の中にじわじわと唾液が滲み出てくる。異物感に反応してか、それとも、極上の味を思い出したからか。 青年はそれすら味わおうとするように、遠慮なく、阿求の唇を、歯を、舌を犯していく。 代わりに流れ込んでくる彼の味に、阿求の意識が蒸発していく。もう何度繰り返したか分からないこの行いは、その度に、劣化しえぬ焦熱をもたらし続ける。 「ぷ、は、んん……ちゅ、ちゅる、んん……」 ともすれば力が抜けてしまいそうな身体を、彼の服を握り締めて必死に支えようとし、けどそれも、結局長くは続かない。 「はちゅっ、じゅっ、ぁっ、んちゅ、ん──!」 じゅるるるるるるるるぅ……! 正気を喪わせるような、卑猥な音色をわざとらしく立てながら、青年が阿求の口を吸い上げる。 たっぷり十秒間は続く音の中、阿求の身体はびくびくと痙攣し続けていた。 「は、ぁ……」 泡立ち、白濁した唾液の橋が引かれ、そして自身の重みで落ちた。 服が乱れ、露になった阿求の鎖骨を唾液が汚す。口の端からは溢れた液体が零れ、頬に線を引き、首筋にまで伝っていた。 瞳はどこか茫っとしていて焦点を結びきれておらず、浅く長い息が半開きの口から漏れ出している。 それでも、青年の腕は阿求を解放していない。 「……、ぁ……」 差し出される赤い肉。彼が何を求めているか分かったので、阿求は何も考えることなくそれに応える。 瞼を閉じ、小さな口を大きく開き、ぬらぬらと光る舌を精一杯に差し伸べた。 「ン……」 先端が触れ合い、そして徐々に貼り合わされていく感覚。 かと思えばずるりと彼の舌が蠢き、刺激に慣れていない裏側の柔らかな肉をつついてくる。 「ァ、んぷちゅ……」 躊躇いなく、再び侵入する舌。先程と違うのは阿求のそれも、彼を求めて蠢いていることだ。 まるで潤滑液のように唾液はとめどなく溢れ、顎を伝い二人の間に落ちていく。混ざり合って、どちらのものかなど分かりはしない。 阿求はやや顎を上に持ち上げ、懸命に舌先の彼を感じようとし、彼もまたそれに応え、より苛烈に、直接的に絡んでいく。 舌尖が味蕾をなぞるたび、電気の味が阿求の脳裏に弾ける。口だけの触れ合いだというのに、指先まで痺れが伝播して、身体から力が抜けていく。 「ンンッ、っふ、あ、んじゅうぅ……!」 双方の舌は別の生き物のように、まだ足りぬと蠢動しつづける。 口の端から泡立った粘液が吐き出されてなお、自分を満たしてくれる何かを求めて這いまわる。 「お、ぼォ……!」 ずぶりと、これまでより一際深く青年の舌が阿求の口腔に突っ込まれた。 反射運動として喉がえずき、胃の腑から苦い物が込み上げてくるが、その味すら楽しむが如く、彼は存分に少女の口を犯していく。 奥歯の歯茎や、舌の付け根、上顎に至るまで満遍なく彼の長い舌にねぶられていく。 通常ならありえない場所への接触に、満足に呼吸することすら許されず、胃から肺からじわじわと吐き気が込み上げてくる。 (ああ、ああ……!) だがそれすらも、今の阿求にとっては快感を助長するものでしかない。 食べるための器官が、逆に内側から貪られている――その異常な悦楽に酔い痴れている。 (わたし、この人に、食べられてる――) いっそのこと、と思う。唇と舌だけでなく、全てを。 指先から爪先から、自分のおとめの全てに至るまで、この人に食べてもらえたら、それはどれほどの幸せなことだろう。 阿求はそれをいつも渇望しているし、恐らくは青年も同じ心であっただろうが――それでも、今は駄目なのだ。 「あ……ン、っは、だ、めぇ……!」 だから、必死に身をよじって快楽の束縛から逃れ、声を上げた。 着物の襟から滑り込もうとしていた彼の手を、そっと押し留める。 「それ以上は、まだ、駄目ですよ……?」 告げる声は、けれど阿求自身辛そうだ。本当ならこんなことしたくはないと。全てを為すがままに任せてしまいたいのだ――と。 しかしそうはできない事情が、阿求にはあった。 仮にも、屋敷持ちの旧家の娘である。御阿礼の子としての役目は幻想郷縁起の完成を以て終わってるとはいえ、まだ嫁入り前の少女であることに変わりはない。 後々、この青年と一緒になることは既に認められているとはいえ、守らなければならない節度というものは存在した。 「…………」 潤み、熱を孕んだ瞳で阿求は青年を見上げる。そこにどのような意志が含まれるのか、阿求自身にも分からない。 これまでと同じように堪えて欲しいのか、しきたりなど無視して犯して欲しいのか。 だがそのどちらであるにしろ、阿求が答えを見出す前に――彼は阿求を押し倒していた。 あ、という声を上げる暇もあらばこそ、彼は三度唇を重ね合わせる。 「ァ、んん、っぶ、は」 そのまま赤い穂先を強引に捻じ込み、乱暴な抽送を繰り返した。 性交の代わりとするように、その動きは乱暴で執拗で、ただ強く阿求を求めていた。 「おッ、ぼ、ぉ、じゅ、んんっ!」 じゅぷじゅぷと、水と空気が混ざり弾ける音が、狭い室内に響いている。 二人の身体は既に炬燵から出てしまっていた。転がり落ちた食べかけの蜜柑の行方を気にするものは誰もいな。 彼は右腕を阿求の腋下をくぐらせて頭を抱き、左手は阿求の右手に絡めた。 「はっ、ばぁ、ぷぢゅ、ん、んぶぅ……!」 阿求もまた、空いた手で彼の服をしっかと握り、着物の裾からはしたなく伸びた脚で彼の身体にしがみついている。 傍目から見れば少女が男に犯されているようにしか見えない。だが二人の行為は、あくまで首から上だけに限定されていた。 小さな身体は押し潰されるように抱かれながら、それでも、間に存在する布地の数だけもどかしさと情欲を募らせた。 (ああ、好き、好きです、好きぃ……!!) 「んぁっ、ァ、っぷぁ、はぢゅ、ぅぅンっ!」 言葉として発することのできない想いを、行為に全て込めるように、二人は首から上だけの交わりに没頭した。 衣服の下で蠢いている熱も淫欲も、今許されていることだけで、全て伝えてしまいたいと。 「ぢゅ、は、んじゅぅ、ぅぁ、っああ、はぶッ、ン、ちゅく、んん、っぱぁ、んん――――ッ!!」 二人の行為は、これより十分後、訪れた上白沢慧音が黄色い悲鳴を上げながら成年の尻を全力で蹴り上げるまで続いた。 新ろだ251 ─────────────────────────────────────────────────────────── その日はとても寒い朝だった。 不用意に彼女が布団から出した手先はすぐに凝り、瞼を開ければ涙も凍るのではないかというほどだ。 部屋には火鉢があったが火は無く、隣に敷かれた布団には誰も居らずで、つまりは暖を取れるものは布団しかない。 彼は、隣の布団を使っていた人間は起きたかを見に来るかしらん、と阿求は期待するが一向に来る気配は無く、仕方無しに彼女は枕元の半纏を布団の中に引き摺りこんだ。 火鉢に火ぐらい入れて行ってくれてもいいのに、と八つ当たり気味に考えながら阿求は暖めた半纏に袖を通すと、障子を顔一つ分開けて庭の様子を窺い、寒い訳を思い知った。 なにせ眼前の庭には雪が高く積もり、誰が造ったのかは知らないが二三人は入れそうなかまくらまであったのだ。 寝る前には降っていなかったし、深夜から明け方辺りまで降っていたのか、しかし見逃したのは残念だ、と阿求は思う。 阿求も大量の記憶を抱え、本の編集まで出来るとは言え、流石にまだまだ子供な性質もあり、雪ともなれば喜色満面であるのだ。 この分なら池にも川にも氷が張っているでしょうと、阿求は半纏に続き着物も布団の中で暖め、着替えると朝食を食べに居間に向かった。 居間には座布団が二つと火鉢が一つ、それと男が一人いた。 男は阿求が障子を開けた音に気付いたのか、そちらに顔を向けると挨拶をし、少し火鉢の前から移動する。 阿求もそれに返事をすると、背中からその男に抱きつき一緒に火鉢に当たった。 こんなところに居るのなら布団の中に居ればいいのに、と阿求は男の肩に顎を乗せながら思うが、そうもいかないかと内心溜息を吐く。 何せ彼はただの居候なのだから、いつまでも眠りこけていると言う訳にはいくるまい。 まあ寝ているのと火鉢に当っているだけなのとでは大した違いが無いとも言えるのだが、それは体面の問題だ。 やがて食事が運ばれてきたので阿求は背中から離れ、一人で膳の前に正座した。 朝食を食べ終え、熱い茶を飲みながら阿求は新聞を読んでいる。 その内新聞も読み終えると、阿求は男に今日は何か予定はあるかと訊いた。 男は何も無いと首を横に振ると、それはいいと阿求は手を叩き、なら後で一緒に善哉を食べに行こうと男を誘った。 美味しいお店が通りに出来たらしいですよと阿求は言う。男はそういう情報は何処で仕入れるのかと苦笑しながら承諾した。 ざぐりざぐりと里の大通りを転ばないように二人は小股で歩いて行く。 男は外から流れてきた登山靴を、阿求は革の靴を履き、両者とも黒色の外套を羽織っている。 懐には鷹の爪数個と火鉢で温めた小石を懐炉代わりに入れ、暖を取っていた。 昼も過ぎて大分雪も緩んでいるとは言え、日陰では踏み固められた部分が氷になっていて滑らないとは言えない。 阿求は転ばないようにと男の腕に掴まり、男はその所為でよろけそうになりながら、しかし阿求を突き放すことなく慎重に動く。 腕を離して歩いた方が安全じゃなかろうかと男は思っていたが、必死の形相でしがみつく阿求にそのようなことを言えるわけも無く、言う気に成る訳も無い。 結局二人して二度三度と転びながら目的の甘味屋に着いたのだった。 甘味屋はお八つには少し早い時間にも関わらず存外に盛況で、店の椅子は八割方埋まっていた。 そのうちに奥まった所の二人掛けの卓に案内されると、阿求は善哉を、男は阿求の勧めで大汁粉を頼む。 届くまで少し時間が掛かりそうだったので、熱いほうじ茶で手先を温めつつ、無駄話に花を咲かせた。 曰く、少し背が伸びただの庭の冬牡丹に花がついただの、或いは寺小屋の試験問題を難しく作ったら怒られただのだ。 もっぱら阿求が話し、男はそれを笑いながら聞いていたが、時折、例えば、全体何故こんな天気の日に外出なんざしたのか、というような問いをした。 その随分適当な問いに、阿求はこんな天気だからしたんですと言うような、やはり適当そうな意味の深そうな返事をする。 男はその答えに多少考え込むような表情を作るが、やがてどうでもいいかと言うように阿求に向き直り、阿求とのお喋りを再開した。 さて品物が来ると男は顔に疑問符を浮かべ、それを疑問に思った阿求が何故渋面を作るのかと問い質した。 すると汁粉なのに何故に漉し餡なのだろうか、と割と切実そうな声で男は言う。 阿求は漉し餡は嫌いですか、と問いかけると、男はそんな事は無いと答えた。 ならいいじゃないですかと阿求はそこで切り上げようとするが、しかし男は渋面を崩さない。 このときの渋面の意味は未知との遭遇のそれであったが、当然だろう、丼一杯の汁粉など普通ありはしないのだから。 蓮華と箸を両手に持ち、男は意を決して食べ始める。阿求はそれを笑いながら見ていた。 六割程度を食べた所で男は嫌になって汁粉を食べるのを止め、大分先に普通の大きさの善哉を食べ切っていた阿求は、その残りを貰うと嬉々として食べ始めた。 男は些か謀られた感もしたが、阿求は善哉とお汁粉の両方が食べられると喜んでいたのでとりあえずは良しとする。 だけれどもまあ、頼むなら善哉ではなく豆かんなり葛きりなりの汁粉とは似ていないものにすれば良かったのに、と男は溜息を吐く。 しかしまあどうでもいいことか、と餡蜜を追加注文する阿求に茶を喉に詰まらせながら男は思った。 予断だが、大汁粉はその店の人気商品らしい。 なんでも一つの杯を恋人同士で分け合うのが流行っているとか言う話だ。 新ろだ295 ─────────────────────────────────────────────────────────── 目の前で繰り広げられるどんちゃん騒ぎ。 そこには人妖の区別はこれといってなく、皆思い思いに楽しんでいる。 「ほんと、あいつらはいつも元気だなー」 「○○さんだっていつもならあの中に飛び込んでるじゃないですか」 そう言ってくすくすと笑う阿求。 確かに普段ならあの輪に入って腹踊りやら一気やらをやったりしている。 祭り好きの人間として、どんちゃん騒ぎが嫌いなんてことは まったくもってないのである。 「いいんですか?行かなくて」 「いいよ。たまにはこうしてのんびりと酒を飲むのも」 杯をくいっと一杯。 「……オツなもんだ」 置いた杯に、とくとくと澄んだ液体が注がれる。 徳利を持つ細い手の先には、愛しい妻の姿があった。 「そういうものですか」 「そういうもんだよ」 僅かばかりの間の後、ほぼ同時に相好を崩す。 「それに」 注がれた一杯をぐいと飲み干し、ごろんと横になる。 頭は彼女の膝の上。ここ最近の定位置である。 「こうしてお前と二人で過ごせる時間もまた、いいもんだ」 まあ、と少し驚いている阿求の顔ごしに天井を眺める。 「あらあら……嬉しい事をいってくれるじゃありませんか」 そろりと手が伸び、俺の顔を優しく抱く。 針金のようだ、と揶揄された髪に、細い指が絡みつく。 一向に静まる気配のない外の騒ぎを見ていると、 不意に彼女が口を開いた。 「ねぇ、あなた」 「なんだ」 「そろそろ子供が欲しいとは思いません?」 「っ……ごほっ、ごほごほっ!」 あまりにもな内容に、飲み込みかけた唾が気管へと入ってしまった。 「だ、大丈夫ですか?」 膝枕の状態から起き上がり、地面を見つめながらしばし咳き込む。 いつか母親にされたように背中をさすられ、落ち着くまで数分。 再び先の膝枕体勢に落ち着き、話を再開する。 「"子供が欲しい"とかお前な……そういう事はもっとこう」 「?」 「……いや、何でもない。気にしないでくれ」 「はい」 終始ニコニコとしてはいるものの、どこか真剣味を帯びた目。 茶化して流そうと思ったが、そうもいかないらしい。 真面目な話なのだから起き上がって話を、と思ったのだが、 "どうかそのままで"とやんわりと押さえられてしまった。 後頭部に感じる、枕とはまた違った柔らかさを堪能しつつ、話をすることにした。 「で、子供の話だったか」 「はい」 ニコニコしていた顔からはいつの間にか笑みが抜け、真剣さだけが残っていた。 「どうしてまた突然……まだ俺たちには先があるじゃないか」 形式上俺こと○○と阿求は夫婦である。これには間違いも相違も何一つないのだが、 いかんせん二人してまだ成人には遠かったりする。 というのも、親同士が勝手に、宴会の席で取り決めてしまいやがった縁談だからなのだが、 俺たち二人はというと割とすんなりと受け入れていた。 小さい頃からちょこちょこと交友があったからというのもあるのだが、 実のところはとてもシンプル、俺は阿求に、阿求は俺に惚れていただけのことであった。 ただ一つ不満があるとすれば、告白しようと思ったその日に縁談を決めてしまったおかげで、 やり場のない決意と勇気と恥ずかしさの塊を発散するのに、少々日数を要しただけである。 失礼、話が逸れた。 夫婦である以上はいつかは子を為すのが自然、いや、必然。 かといって若いのだから、まだまだ楽しみたいお年頃なのである。 "阿求は違うのか?"という意味合いの視線を送ってみると、 無事に通じたようで、彼女は真面目な顔をしたまま、それでいて僅かに頬を朱に染めつつ、口を開いた。 「その、あなたの仰りたいことも重々承知で――私も思わないでも――こほん、分かっているつもりです。 ただ、私たちの一族、とりわけ御阿礼の子として生まれた者は、一般的に短命と言われています」 そういえば婚姻の儀をする際に、色々言われた事を思い出した。 それが何だ、と阿求の親族相手に啖呵を切ったのは、ついぞ先月のこと。 先程のびっくり発言も、背景を鑑みればすぐに分かりそうなことだった。 「だからこそ、か」 「ええ」 「でもなー……お前、それでいいのか?」 頭の上に「?」が見えんばかりの顔をする阿求。 「子供が二人に増えてしまうぞー?」 膝に頭を置いたまま体を反転――うつ伏せに――させ、彼女の細い体を抱き締めた。 「ちょ、ちょっとあなた!?」 「うはは、よいではないか」 もぞもぞ、となんとか引き剥がそうと服の裾を捕まれたり、頭をぽかぽかと叩かれたりしたが、 ここは男と女である。しばらくして彼女も諦めたのか、同じように横になる。 「もう一度聞く。お前は本当にそれで"良い"のか?」 しばらく間が空く。ほんの十数m先で繰り広げられる宴会の音が、えらく遠くに感じた。 「……さっきの短命云々、というのは実は、本音半分の建前で、その……」 ごにょごにょ、と肝心の部分が小さくて聞き取れない。 「聞こえないぞー」 「……との……を、……しょに……」 「もう一度頼む」 ずるずる、と床を僅かに這い、阿求の口元まで頭を寄せる。 「貴方との子を、一緒に育ててみたくて」 阿求の顔は、炬燵で燃え上がる炭火よりも赤くなっていた。 胸にこみ上げてきた愛おしさそのままに、妻を抱き寄せる。 「なあ、阿求」 「……はい」 「俺は幸せもんだよ」 「はい。でも、私も負けないくらい幸せですよ」 ふふ、と僅かに笑う声。吐息が前髪にかかる。 「それじゃあ、俺達の子供はもっと幸せにしてやらないとな」 「そうですね」 二人して、くすくすと笑いあった。 後日、いつのまにか撮られていた写真を新聞にされ、 酒の肴として色々囃されることになるのだが、それはまた別の話。 新ろだ308 ─────────────────────────────────────────────────────────── 自分が彼女の私室に入ったとき、彼女はこちらに背を向けて書き物をしていた。 「阿求」 呼びかけると、阿求は筆を止めてこちらを向きなおる。 何の用かと小首を傾げる彼女の横に座ると、懐から小さな箱を取り出し言った。 「結婚しよう」 箱の中には前から、本当に前から用意していた小さな指輪がひとつ。 阿求はそれを見ると数瞬固まり、そして首を振って言った。 「だめですよ……」 自分の言に、悲しげに阿求は顔を俯かせる。 「前に言ったじゃないですか。私は先が短いって」 泣いているのかもしれない、阿求は肩を震わせながら言った。 「それでも……!」 しかし自分の話す前に、阿求はそれを遮る様にして顔を上げ言った。 「エイプリルフールと言う奴でしょう。あなただって納得してくれたじゃありませんか」 真っ赤な目で精一杯に睨み付け、阿求はこちらを威嚇している。 自分は、膝の上で血の出そうなくらいに強く握り締められた彼女の手を取り上げ、自分の膝に置いた。 「それでも構いやしないだろう。俺がお前を欲しいだけなんだ」 両の手で尚震える阿求の手を包みながら言う。 「それともお前は俺と一緒になるのは嫌なのかい」 また俯いてしまった阿求の頭を見ながらそう尋ねると、阿求の動きは全く固まってしまった。 どうしたことかと思っていると、少しして段々と阿求の体が自分に向かって落ちてくる。 それを抱きとめると、阿求は自分の胸の内で肩を震わせ、声を殺して泣き始めた。 そのまま抱き締めていると、泣き声に混じって何事かを小さな声で呟いているのに気づく。 しかし耳を澄ませて聞き取ろうとしても聞き取れず、やがて多少は落ち着いたのか、阿求は顔を上げると泣き声交じりに言ってきた。 「そん…なことを言われっ……たら、私だって我慢が……」 ぐずぐず泣く阿求の頭を撫で擦りながら、ただ落ち着くのを待つ。 返事を貰うのはまた後ででもいいだろう。机に置かれた箱を見てそう思った。 「そういえば、ひとつ話しておくことがあるんでした」 阿求は自分の膝の上に頭を置くと、頬をぺちぺちと叩きながら言ってくる。 自分がなんだ、と促すと、阿求は咳払いをひとつして続けた。 「私、赤ちゃんが出来たみたいです」 満面の笑みで腹を擦りながら阿求は言う。 それを信じられない、といったような面持ちで自分は見ていた。 「嘘…だろ…」 ついつい口を出てしまった言葉に阿求は笑いながら返した。 「エイプリルフールって言うのは、悪い嘘は吐いちゃいけないんですよ」 新ろだ432 ───────────────────────────────────────────────────────────
https://w.atwiki.jp/propoichathre/pages/1121.html
阿求3 13スレ目 164 うpろだ953 【幻想郷縁起 第九版:補遺 妖恋譚】 その一行目には、題名としてそのように書かれていた。 ◆ それはおよそ半月前のこと。 「ん……」 不意に沸き起こった違和感に、少女は眉を寄せた。続いて、内臓を直接掴まれたような不快感が身体 を支配し、彼女は書き物を中断して右手を腹部に当てざるを得なかった。 「あー……○○さん」 「うん?」 名を呼ばれたことに反応し、部屋の片隅で紙の束に埋もれていた青年が顔を上げる。このところすっ かり部屋の一部と化していたその青年は、連日の机仕事により随分と眼精疲労がたまっているように見 えた。 少女は青年に不安を与えないよう作り笑いを浮かべ、まったくたいしたことではないのだけれど、と いう風に言った。 「すいませんが、誰でもいいので……まあ、暇そうな女中さんを一人呼んで来てもらえませんか? あ と、一刻ほど席を外してくれると。のんびり休んでてください」 「うん……? まあ、わかったよ」 青年にとってそれはよく分からない要求であったに違いないが、それでも素直に腰を上げたのは、休 みという単語の占めるところが大きかったのだろう。細長い体躯を窮屈そうに折り曲げながらも、のそ のそと出て行く彼を、少女は小さなため息とともに見送った。 「ゆっくり考える時間もありませんか……」 それは少女にとっては当然初めての出来事だったのだが、少女「達」にとっては、もう何度目かの 「初めて」だった。 ◆ ――人間と妖怪の恋と聞いて、読者が最初に想起するものはなんだろうか。寝物語に聞いた鶴の恩返 しだろうか、それとも雪女だろうか、あるいは…… とにかく、人間と妖怪の恋物語というものは、古来より数多く存在した。しかし、その多くに共通す るのは、妖怪はその身分を隠し、そして最後にはそれが発覚して二人が別れざるを得なくなることだ。 それにはさまざまな事情があったのだろうが、まず大前提として、それほどまでに人間と妖怪は相容れ ないものだった、ということがある。たとえどれほどお互いのことを愛していても越えられない壁が、 そこにはあったのだ。 さて、近年の幻想郷における見過ごせない変化として、人間と妖怪の恋人・夫婦の増加が挙げられる。 正確な統計は無いので、どの程度の増加なのかは不明だが、つい先日もある二人が大恋愛の末、盛大に 挙式を執り行ったし、誰もがそれを当然のこととして受け止めた。 もちろん、そこにまったく壁がないというわけではない。人間と妖怪は生活様式が大きく異なるし、 寿命も違う。ただそれでも、互いが互いのことをよく知った上で、周囲もそれを認めて祝福するという 図式は、以前からはとても考えられないことだ。 私の見たところ、その大きな原因は、妖怪の脅威の低下ということもあるが、それ以上に外来人の増 加にあるのではないかと考えられる。事実、恋人同士の多くに、人間側が外来人であるという件が見ら れる。彼らは妖怪を知らず、人間と妖怪の間にある壁も知らない。そのためよく食料となるが、そうな らなかった幸運な彼らは何の屈託も無く妖怪たちに接し、そしてどちらかが恋に落ちる。人間と妖怪が 他のどこよりも友好的に共存する幻想郷で、最も妖怪と親しくなるのが外の人間とはなんとも皮肉な話 だ。 時に、先日より我が稗田家にもひとり外来人がやってきた。ひょっとしたら彼もどこぞの妖怪と恋に 落ちるかもしれない。そう考えると中々に (ここで書き損じたように墨が垂れており、この紙はくしゃくしゃに丸められている) ◆ 随分と手間取った仕事に区切りがつき、ようやく眠れるかと思っていた彼のもとへ女中が訪れたのは、 中天に至った月のよく見える、静かな晩のことだった。一応は客人であるところの彼は相部屋ではなく 個室を許されていたが、急遽間に合わせで用意された部屋であるためか、家人の寝起きする場所からは やや離れている。染み込むような冷気に鳥肌を立てながらも、彼は女中に促されるまま廊下へと出た。 「なんです? こんな夜中に」 「さあ。私は存じませんね。阿求様にうかがってください」 知らないといいながらも、女中の口調には明らかに棘が含まれており、その視線の冷たさは外気にも 匹敵するように思われた。はて彼女に嫌われるようなことを何かしただろうかと思いながら、実に寒々 とした廊下を進む。それは実際の寒さ以上に、もはや誰も起きている人がいないという活気のなさがそ う感じさせるのかもしれない。女中の持つ頼りないランプの明かりだけが、この場に存在する暖気だっ た。 彼がここ、稗田邸に住むことになった理由にはさしたる深いものは無い。あえて言うならば、短期で 人手が必要だったという阿求の需要と、冬の間だけここにいる彼の住む場所が必要だという需要が合致 したに過ぎない。 彼は外の世界の人間だった。 運よく神社にたどりつけたものの、そこで彼の運が尽きたのだろうか。神社周辺の結界にほつれが見 られ、無事に潜り抜けられるか保証が出来ないという状態と、結界の管理者の冬眠が重なり、彼女の目 覚める春季まで、彼は幻想郷に逗留することを余儀なくされた。そこで人里に掛け合った結果、里の若 者たちよりは書籍に関する造詣が深そうということで、阿求の助手のような形でここに住んでいるわけ である。 さて女中女中と記憶をめぐらせていると、そういえば半月前に阿求に頼まれて人を呼びに行った際、 見つけたのが彼女なのだった。彼女ら使用人とは特に親密というわけでもないが、かといって嫌われて いるわけでもないだろうと彼は思っていたので、何かあるとするならばその一件だろうか。だがそれに しても、実際に何があったのか彼は知らないので、結局なんなのか分からないことには変わりがない。 「○○さん」 ふと、無言で足を進めていた女中が口を開いた。 「なに」 足を止めて、彼に向き直る。 「あなた、阿求様のことは好きですか?」 「ん……ああ、感謝してるよ。ここに置いてくれて」 質問の意図が分からず、あえて少しずれた回答をする。仕事を減らしてくれればもっといいという本 音は、さすがに口にするほど彼は間抜けでなかった。 「……まあいいでしょう」 じろじろと遠慮なく彼をねめまわした後、女中はまた歩き始め、彼も半瞬遅れて続く。やがて視界の 先にほのかな明かりがもれ出てきているのが見えてきた。もちろんそこは、彼を呼びつけた阿求の部屋 であるのに相違なかった。 「一言だけ言っておきますと」 こちらを向かぬまま女中が言う。 「私たち女中は皆阿求様のことが大好きなのです。それはけして忘れないでください」 二言じゃないかと彼は思ったが、その言葉に含まれる真剣な色合いが、彼をして口をつぐませしめた。 なんと言ったものかわからず、唸るように肯定とも否定ともつかないあいづちを返す。女中は返事はど うでもいいのか、ふすまの前に立つと一言、「お連れしました」と言った。 「ありがとうございました。○○さん、入ってきてくれますか」 身じろぎしたような気配の後、ふすま越しにくぐもった声が届く。彼は女中を見たが、彼女は既に背 を向け、彼に向けて礼の一つもせずに暗闇へ溶けていった。彼はまた少し逡巡したが、もう考えてもし ょうがないと開き直り、お邪魔しますの一言とともに、音を出さないよう注意しながらそっと縁を滑ら せた。当然のことながら阿求はそのこぢんまりとした部屋におり、中ほどに座布団をしいて座っていた。 今まで読書をしていたのだろう、前にはちゃぶ台のような小さな机があり、ぼうっとしたろうそくの揺 らめきの向こうに何かの草子が見える。明かりはそれのみで、小さな部屋でもその全容は判然としなか ったが、ただ阿求の横には大きな火鉢が置かれて居、石炭がじんわりとその身を灰に変えていた。 「ええと……何かな」 後ろ手でふすまを閉めながら、彼が聞く。こんな夜中にわざわざ呼び出すとは尋常のこととも思えな かった。阿求はそれに対して微笑を浮かべると、軽い口調で言った。 「まあ、とりあえず座ってください。あなた背が高いんですから、見上げていると首が疲れてしょうが ない」 「……座布団は?」 「ありません」 「ああそう……」 阿求の向かいに腰を下ろす。彼女は袷の寝巻き姿で、やはり少し寒いのか、頬や袖からのぞく指先は 頼りない光の中でも赤らんでいるように思えた。無防備な姿に、彼の血流が多少早まる。そういえば日 々の作業は書斎で行っていたため、彼女の寝室に入るのはこれが初めてだったと思い至る。そう考える と、阿求の背後に意味ありげに敷かれている布団がいやおう無く目に入り、彼は落ち着きなく視線を迷 わせた。 「もう一月も終わりですね」 彼の様子に気づいているのかいないのか、脈絡無く阿求が口を開く。 「ん、あ、ああ」 「○○さんが来たのが十一月の初めですから、そろそろ丸三ヶ月ですか。早いものです」 「……そうだね、あっという間だったよ」 阿求は目を閉じて、その間の出来事を思い出しているかのように一つ息をついた。 「例年通りですと、あの方が目覚めるのは桜が咲く頃ですから、あと二月ほどでしょうね。そう考える と、もう半分が過ぎたわけですか」 「……」 「私は……まあそうですね、一人でやるよりは、そこそこ楽しかったですよ」 阿求の意図が読めず、彼は沈黙を返す。思い返すに、この三ヶ月の間は、彼にとってまったく急流下 りのような日々だった。今までの常識がまったく通じない世界で、飛んだり跳ねたり、文字通り飛んだ り。阿求の調査につき合わされた挙句死にかけたことも一度ではない。 ただ、どうだったかというと……結構楽しかったような気もする。阿求と毒舌の応酬をしながら紙束 に埋もれたり、山林を歩き回ったり……それはやはり、まあ楽しかったのだろうと、彼はそう思った。 「ところで○○さん、私の事好きですか?」 唐突に女中と同じことを聞く阿求に、彼は飲むものもないのにむせかけた。意識して深呼吸をし、無 理やり呼吸を整える。 「……まあ、好きか嫌いかって言われれば、好きだね」 「そうですか、それは好都合です」 何が、と聞き返す前に、ろうそくの炎が吹き消される。暗闇の中に、燃える石炭の赤だけが見えた。 「何のつもりだ」 「大したことじゃ、無いんですけどね」 その声にはわずかに硬いものが含まれているように、彼には思えた。戸惑っていると、闇の中を阿求 が彼のほうに向かってくる気配が伝わって来、やがて彼の頬に軽く指が添えられた。 「冷たいんだけど」 「我慢してください」 その言葉が終わるや否や、ほとんど体当たりのような勢いで阿求が圧し掛かって来た。不意を突かれ て、大人と子供ほど体格の違う阿求に彼は押し倒される。足が机に当たり、ガタンと大きな音を立てた。 まずい、みんな起きちゃわないかなと、見当はずれの心配が脳裏をよぎる。 「……何のつもりだ」 「まああの、あれですよ。ちょっとした、アレ。楽しかったときの事とか思い出しながら、畳の目の数 でも数えていればすぐ終わりますから」 へへへ、と軽薄な口調で阿求は言う。 「数えられるわけないだろ、こんな暗いのに」 「それはすいません。じゃあ目をつぶって羊でも」 そこからは、先ほど少し感じられた硬さは見られず、これはまったくの阿求の自由意志であるように 思われた。指はあれほどに冷たかったというのに、衣服を通して感じられる阿求の体温がとても熱いと 彼は思った。空気の流れに乗って、ふわりと甘い臭いが感じられ、ぼうっとしかけた彼は慌てて意識を 戻す。 「何のつもりだって聞いてるんだけど」 「……黙って据え膳食ってればいいんですよ」 「……」 三度の問いかけに、沈黙が降りる。体感的にはとても長く感じられたその沈黙の中、互いの呼吸音だ けがこだました。やがて彼の服の裾が強く握られ、根負けしたように阿求が口を開いた。 「覚えてますか? 半月前に、人を呼んできてくださいって頼んだ日。あの日……始まったんですよ」 「……何が?」 「月経です」 「げっ……」 男の身からすると妙に気恥ずかしいその単語は、一方で確かに納得できるものだった。阿求の年齢を 考えてもそれは十分にありえることだったし、誰か女中を呼んできて、男はどこかに行ってろ、という のも当然だろう。ただ問題は、それとこれとがどう結びつくのかということなのだが。 その疑問は声に出さずとも向こうも分かっているのか、阿求は彼が言わないうちから語りだした。 「私の……まあなんです、特異体質のことは知っているでしょう」 「そりゃあ、まあ」 「子孫が必要なんです、私『たち』には。記憶を継いでいくために。記録を残していくために」 「だからってこんな」 「時間がありません」 抗議をしかけた彼を、阿求の言がぴしゃりとさえぎる。そこには有無を言わせぬ力があった。 「私には時間がないんです。そんなのんびり待ってられません」 それはただどうしようもない事実の重みであり、そうであるだけに彼は何も言うことができなかった。 「それに、待ったとしてそれでどうなるって言うんです。どの道私は早く死にます。残されることが分 かりきっていて、それでも私を貰ってくれる人がいるとでも言うんですか?」 「それは……」 「ほら、何も言えないでしょう? だから黙っていればいいって言ったんです」 そして彼は、同時になぜ今晩呼ばれたのが自分なのかも理解した。もし幻想郷の住人、例えば里の若 者をこの役につかせたなら。その人物には望もうと望むまいと責任が発生するだろう。死別も経験しな ければならないだろう。そのときまだまだ若いだろう誰かにとって、それはあまりにも重い。その点、 彼は春には幻想郷から消える。周囲が何が起きたのか気づく頃には、責任を負うべき彼はもういないの だ。お互いにあの人は今どうしているのかと思いつつ、元気でやっている幻想にひたることができるだ ろう。 「知ったって何もいいこと無いでしょう、こんな事実。あなたが欲望に素直じゃないからこういうこと になるんです」 「いや欲望に素直になるにはもうちょっと性的魅力が――痛っ、痛い痛いすいませんでした」 「……ふん、メリハリの無い体で悪かったですね」 脇腹を思い切りつねっていた手を離し、阿求は彼に覆いかぶさっていた体勢から身を起こす。何を、 と問う前に衣擦れの音が、次いで、まるで衣服が床に落ちたような音が聞こえてきた。 「安心してください。こう見えて男だったこともありますから、扱いには慣れてますんで」 「何のだよ……くそ」 いつの間にか闇に順応していたのか、目を向けるとぼうっと白い塊のようなものが視界に入る。それ が何であるのか、意識して彼は脳から閉め出そうとしたが、できるはずもなかった。それはただ冬の霊 峰のような、どこか慄然とさせるような触れてはいけない白であり、同時に最高級の絹糸のような、こ の手で感触を確かめずにはいられないような白だった。彼は危うくその白に圧倒されかけたが、ただ一 点においての納得のいかなさのみが、彼の意思をつなぎとめていた。 彼は納得がいかなかった。彼は自分のことを適当な性格だと思ってはいたが、それでも無責任な男で はなかった。阿求がいて、その子がいて、しかし自分はいないというのは、どうしても幸福な結末であ るようには思えなかった。なので、どうしてもここで流されるわけにはいかないと彼は思った。大体使 命感で抱かれるというのが気に入らない。なので、彼はもそもそと手探りで彼の帯を解こうとする阿求 の手首を掴み、身を起こす。間近に見える阿求の顔、その表情には、特に何も浮かんでいないように思 われた。 「……理由がなければ何もできませんか」 幼い顔つきに怜悧な目をたたえ、挑発するように阿求は言う。その言葉は無視し、彼は考えた。どう するのが一番いいのだろうか。勝ちと負けという表現を使うのならば、このまま流されるのは容易だが、 間違いなく負けだろう。阿求を振りほどいて自室に戻るのも容易だが、これもやはり負けだろう。だと すると、勝ちとは何か。 彼は壊れ物を扱うようにそっと、阿求の頬に触れた。阿求はそれに対してわずかに目を細めたが、そ れだけだった。そして彼は理解した……きっとこの無表情を崩すことができれば、これがきっと、唯一 の勝利なのだ。その後の結果はどうあれ。 そう思いついた瞬間、何か考える前にするりとその言葉は彼の口から出てきた。 「阿求は僕の事好きなの?」 阿求の顔が強張る。見た目上、表情の違いは分からなかったが、しかし頬に添えた指からはその表情 筋の動きが伝わってきた。 「……ど、どうでもいいじゃないですか、この際」 「よくはないな。さっき僕に聞いただろ。じゃあ僕だって聞いてもいいはずだ」 「……だからって」 声色にためらうようなものが混じり、伏せた視線の、長い睫毛越しに見える目には動揺の色がある。 そして、それによって彼の中で一つの結論が導かれつつあった。観測者として代を重ねてきた阿求にと って、自らの好悪を口に出すことには抵抗があるのかもしれない。しかし今に限っては、どうしてもそ れを出してもらわないといけない、出してもらわなければ困ると彼は思った。だから自分から口を開い た。 「僕は、好きか嫌いかと聞かれれば好きだ……そして、好きか普通かと聞かれても、やっぱり好きだ」 目を疑ったように大きく見開き、阿求は伏せていた視線を上げた。その意味が十分に浸透するのを待 ってから、彼は続ける。 「……ついでながら、大好きか好きかと聞かれれば、自信を持って大好きだ、と言える」 火鉢の炭、そのひとつの角が燃え尽きて形を失った。この部屋に入ってから実に長い時間が過ぎたよ うな気がするが、実際は十分と経っていないだろう。依然として周囲からは他に何も無いかのごとく物 音一つせず、凍りついたように動かない阿求から視線をそらさないまま、彼はまるで時間が止まったよ うだと思った。 「阿求の横で作業をしてたとき……なんてことなしにふと顔を上げたら、どうしてか、そのまま文章を 書いている阿求から目が離せなくなった。よく分からないけど、そのままずっと、その横顔を見ていた い気分になった。阿求が書き終えて、んーって伸びをするまで、ずっとそのままだった」 「……へたくそです。その口説き文句は。もう少し技巧を凝らしてください」 「うん、ごめん。即興なもんで」 「なんで……なんでそんなこと言うんですか、今……そんなこと言われたら、私……」 大きく顔をゆがめ、搾り出すように阿求は言った。彼は再び頭を下げ、しかしすぐに上げなおして真 っ直ぐに言う。 「ごめん。でも、今言わないといけないと思ったんだ」 「……○○さん、あなたあと二ヶ月したらここからいなくなるんですよ。分かってるんですか?」 「うん」 「よしんばいなくならないとしても、十何年かしたら私がいなくなりますよ。分かってるんですか?」 「うん」 彼の告白に、阿求は虚脱したように肩を落とす。そのまま言葉を探しているようなそぶりを見せ、や がてぼそぼそと語りだした。 「気づいてたんですよ」 「うん?」 「じっと見られてるって」 「ああ」 「どうしてか、嫌じゃなかったです」 寂しそうに笑う。 それで十分だった。 「○○さん」 阿求はその小さな両の手で、彼の手のひらを包み込み、 「私は」 そのまま、胸にかき抱くようにして持ち上げる。 「恋をしても、いいんでしょうか」 当然のように老いて死んでゆくことのけしてできない少女は、千年の長きに渡って転生を繰り返し、 記憶と記録を続けてきた少女は、しかしそれでいてこのときただの少女だった。彼は阿求の震える肩に 空いている腕を回し、そっと引き寄せる。しばらくして彼の胸に湿り気が感じられたが、彼は何も言わ ずに、阿求の小さな背を優しくさすった。 「……○○さん」 「ん?」 「……寒いです」 「……着れば、いいんじゃないかな。服」 「離れたくありません」 そんな無茶なと彼は言おうとして、体を密着させた阿求と目が合う。目端に涙をためながら、眉を寄 せて見上げてくる様を見てしまい、彼はもはや何も言えずに頭を撫でた。 「めでたしめでたしになるわけないじゃないですか。それなのに……」 「もう僕は自分の常識は信じないことにしたんだ、この幻想郷では」 「じゃあ、何を信じるんです」 彼は阿求の耳元で何かをささやくと、そのおとがいに手を添えた。 暗中に影が重なる。 ◆ 結局よく眠れぬまま女中は朝を迎え、ぼんやりと頭にかかっているような気がするもやを振り払って 阿求の寝室へと向かった。どういうことになったにせよ、それはちゃんと確認しておかなければならな いと思えた。 阿求の初潮に立ち会った彼女は、そのまま今回の唯一の共犯となったのだが、それについてもちろん 思うところがないわけではない。しかし彼女はそれについて何も言うことができなかった。それが彼女 と阿求の間にある壁だった。 しかし、あの男ならどうだっただろうか、と女中は思う。もし彼が自分のような立場だったなら…… きっと、彼は自分の思うところを言っただろう。思えば彼は最初からそうだった。家中の者……いや、 里の者は誰もが阿求を愛していたが、同時に壁を感じていた。自分とは違うという壁だ。しかし彼だけ はそんなものをまるで感じていないようだった。それは彼が外来人であるからかもしれなかったし、あ るいは彼個人の特質なのかもしれなかった。どちらなのかは女中には分からなかったが、いずれにせよ、 こうなるとするならば彼が一番適任だったのだろうと思えた。 ただそれはそれとして、もし阿求様に恥をかかせているようなことがあったなら刺し殺してくれよう とも思っていたが。 部屋の前で呼びかけたが返事はなく、やむを得ず失礼しますとふすまを開ける。そこにあったのは、 なんとも判断のつきかねる光景だった。まず阿求の衣服が散らばって居、布団の端から肩をのぞかせて いることから、おそらく一糸もまとっていないと思われるのに、男のほうの衣服は乱れていない。掛け 布団をまるで寝袋のようにしてくるまっており、敷布団のほうは使われた様子がない。 そして二人ともがしっかりと抱き合っていた。 一体どういうやり取りがあったのか女中は想像しようとしたが、それは彼女には少々荷が重かった。 ただ二人の様子を見るに、おそらくうまくいったのだろうことは容易に分かることだった。彼女はひと まずそれで良しとし、安心しきったような顔で眠る主人に一礼すると、音を立てないよう注意しながら ふすまを閉めた。ひょっとすると近いうち、阿求の寝室をもっと広い部屋にする必要があるかもしれな いと思いながら。 部屋の火鉢が、最後の灰を落とした。 ◆ ――人間と妖怪が他のどこよりも友好的に共存する幻想郷で、最も妖怪と親しくなるのが外の人間と はなんとも皮肉な話だ。 かくいう我が稗田家にも、先日ひとり外来人がやってきた。彼もまた、ある人物に極めて大きな影響 を与え、幻想郷に新たな風をもたらすこととなった。このような流れを、秩序が乱れると批判する向き もある。だが、本来は大きく異なるはずの存在でも、真摯に向き合えばきっと分かり合えるということ を示す好例として捉えれば、人間と妖怪の関係もまた新たな段階に入ったと言えるのではないだろうか。 我々が感じてきた壁は、もはやそれほど高いものではないのかもしれない。 以下に、当人たちの了解が取れた事例について、そのなれ初めと結末を書き示す。歴史に残るお惚気 と言うことで、何かの参考になれば幸いである。 ◆ 「僕たちのことは書かないの?」 「か、書くわけ無いでしょう!」 「まあ、全裸で迫ったとかは書けないよね……」 「~~っ!」 新ろだ01 「秋ですねえ阿求さん」 「そうですねえ」 傍らに阿求を置いて縁側で茶を飲んでいると、 「秋と聞いて!」 「歩いて来ました!」 なんか来た。 「誰だお前ら」 「申し遅れました、豊穣の神の秋穣子です」 「ちょっとなんでお姉ちゃんより先に名乗るのよ」 「いいじゃない、早い者勝ちでしょ」 こいつらテンション高いな、と思う。横の阿求も若干戸惑い気味だ。 どうやら神様姉妹らしい連中はいきなり家の庭先で喧嘩を始めやがった。 「阿求どうする? 対処法知ってる?」 喧嘩が収まらないので、とりあえず阿求に何か知らないかと尋ねてみるが返事が無い。 「阿求?」 腕に何か当たるのを感じながら横を向くと、阿求はうつらうつらしていた。 「眠いんなら無理しないで、部屋で横になっておきな」 言ってやると阿求は気の抜けた返事をして、自分の膝上に頭を乗せた。 そのまま寝息を立てようとする阿求を揺さぶり起こし、声をかけてやる。 「ここじゃ寒いでしょ。布団で寝なさい」 すると阿求は一瞬こちらを見、股座の間に顔を埋めた。 仕方が無いので抱えあげようとすると、庭にいた神様が奇怪な行動をしている。 「ヤムヤムヤムヤム」 彼女らは妙なことを口走りながら、手をかざしていた。 なにをしているのかと問いかけると厚着の方が答える。 「子沢山になる呪いをかけてるの」 胸を張って答えているが、全く疑わしいことだ。 「そんなことできるのか」 「あら私にかかれば双子も三つ子も思いのままよ」 なにせ豊穣の神ですから、と続ける帽子を被っている方の神。 確かに作物の豊作と子孫繁栄は通じるものがあるだろう、しかしいらない呪いだ。 「一時に生むより一人を確実に欲しいんだけどね」 「何でまた」 と今度は薄着の方が口を開く。 「いや、細いからどうにも二人三人も抱えきれないでしょう」 「小さいしねえ」 そう言って寝る阿求を見やる二柱。 そう背の高くない自分の肩口程度の背丈しかないのだから、阿求は大分小さい部類に入る。 「それに安産型って言うわけじゃないからね」 言いながら尻を軽く叩くと、阿求は不満そうに頭を揺らした。 どうやらまだ起きているらしい。 「ほら阿求立てる? 部屋に行くよ」 言うと阿求はまた顔を足に埋めて顔を振った。 「嫌がってる」 「抱っこして運んであげれば」 庭先から茶々が飛んでくるが、元よりそのつもりだ。 阿求の股の間に膝を着き、背と尻の後ろに腕を回して力をいれる。 持ち上げたら抱えなおして顎を肩に乗せてやり、酔わないように安定させておく。 「お姫様抱っこしてあげれば良いのに」 脇からどちらかが言い、他方が頷いている。 確かにあれは抱き易いし見た目も良いかもしれないが、首がぐらついて余り頭には宜しくない。 だから余りやりたくはないのだ。少なくとも眠がっているときは。 なのでその言を無視して、阿求を少し離れた部屋に運んだ。 適当に阿求を転がして布団を敷く。 枕を取り出して布団に置いたら阿求を据えてやり、上から毛布をかける。 寒いので念のために二枚掛けてやり、部屋を出て行こうとすると後ろから声が掛けられた。 「私……子供産むの苦労するんでしょうか?」 その心配は、自分の体の大きさではなく器質に因るものだろう。 阿求は生まれつき体が弱い。阿礼乙女の宿命のようなものだ。 「そりゃ苦労するだろうさ。みんなそうだよ」 「なんか随分知ったような言い方ですね」 返してやると、少し妬いたような表情で阿求が言ってきた。 阿求は布団から身を起こすと、頬を膨らませている。 「いや、産んだ事も産ませた事もないよ。けどみんな大変だったって言うし」 振り返りながら答えると、阿求は笑いながら言った。 「あなたが産んでいたら、大変でしょう」 全くだと言って、両手を挙げて同意した。 「赤ちゃん産めるんでしょうか?」 阿求が不意に心細げにポツリと言う。 近寄って頭を撫でてやると多少落ち着いたようだが、それでも顔色は晴れない。 「産めるだろうよ、来ていれば」 口調を改め、安心させるように言う。 阿求は始め意味が判らないという顔をし、少しして意味合いに気付くとまた少し膨れっ面に変わった。 しかしその表情の中にまだ不安そうな顔も見え隠れしている。 「本当に?」 阿求が問うてくる。 「出産の最年少記録は5歳だよ。それに比べればよっぽど体は出来てるさね」 答えるとようやく阿求は安心したような表情をして枕に顔を埋めた。 「外の神様帰してくる」 そう言って障子を開け出て行く。また後ろからいってらっしゃいと声が掛けられた。 さて、阿求の様子がいささか妙だ。 まさか子供の出来ないのを気に病んでいると言う事はないだろう。 なにせまだ結婚して半年程度も経っていないのだ、これでもう出来ているという方が間違っている。 大体そんなすぐに出来るものでもない。こればっかりは天からの授かりものだ。 ならば何であんな調子になったというのだろう。秋だからか? 成る程、秋なら感傷的にもなるかもしれない。しかし感傷的になったからといって子供云々が出るだろうか。 まあ女心は男には一生掛かっても判り得ぬもの、そういうものなのだろう。 適当に納得して、庭先へと妙な神様を追い遣りに向かった。 「ああ、まだいた」 顔を合わせるなり言ってやると、不平の声が飛んできた。 「それでちゃんと寝かせてきたの?」 「うん? そりゃあそのために行ったんだから寝かせるだろうよ」 一頻りブーイングを受けるとそのようなことを言われた。 「ところでなにをしに来たんだ?」 それ以上何かを言われないためにも、早々に話題を転換することにする。 すると二柱は顔を見合わせ、何かを話し合った。 それを怪訝な顔で見ていると、薄着の方が極短く説明する。 「なんとなく」 全く端的で判りやすく、だからこそどうしようもない答えだ。 なのでこちらも一言で言ってやる。 「帰れ」 二柱は特に何を言うでもなく、ただ親指を下に向けた。 「すいません、晩御飯ご馳走になっちゃって」 夕飯の乗った卓の周りには自分と阿求の他になぜだかあの姉妹がいる。 黄昏時に阿求は起きだしたが、その時分までいたのでついでに誘ったのだ。 豊穣の神で収穫祭にも呼ばれているいい神様だから、という理由だがどうにも妙な感がある。 とはいえどうでもいい程度なので無視するのだが。 「いえ、折角来て頂いたのですし、少しくらいはお持て成ししないと」 阿求が言う。 「そうですか、それでは遠慮なく」 こうして慎ましやかな酒宴は始まった。 始まって一時間ほど経った頃合だろうか、不意に阿求が口を開いた。 それまではもっぱら自分と姉妹が話していたので、皆が不自然に静まり返る。 その様子を妙に思ったのか、阿求までも口を閉じてしまう。 仕様がないので阿求を促して先を言わせた。 「穣子様」 「様は付けないでいいよ」 姉の方がいらない茶々を入れる。阿求はそれを無視して続けた。 「後で少し聞きたいことがありますので、私の部屋に来てもらえますか」 彼女はそれを了承し、程なくして食事は終わった。 阿求は茶を飲んで一服すると席を立った。どうやら自室に向かったらしい。 それに穣子と呼ばれた方も付いていき、後には静寂だけが残される。 特別何を話すことも無く、適当に過していると十分ほどで阿求らは帰ってきた。 阿求に何を話していたのかと聞いても、はぐらかされて何も返ってこない。 それは向こうも同じのようで、終いには随分腹を立てていた。 幾らかして二柱は歩いて帰っていった。 そこの柿は今年は甘いよと言い残していたが、渋柿を勝手に甘柿に変えないで欲しい。 背の見えなくなるまで阿求は見送ろうとしたようだが、寒そうだったので強引に家に連れ込んだ。 居なくなったところで、また何を話していたのかを聞き出そうとしたがやはり何も話してはくれなかった。 それは風呂に入ってからも同じ事で、どうにも口を割る気はないらしい。 夜も更けて眠ろうかというときに、阿求は抱いてくれと言い出した。 望みどおり抱き上げて布団まで運んでやる。 起きていたのでお姫様抱っこをしてやれば、落胆したような嬉しそうな複雑な表情をしていた。 運ぶ最中じゃれて首やら頬やらに噛み付こうとしてくるので、全く危ないたらありゃしない。 掛布団を剥ぎ布団に入れようという時でも、まだ阿求は首筋にしがみついていた。 甘えたいこともあるのだろう、よくあることだと思い、頭を撫でてそのまま置いておく。 「ねえ」 阿求が話しかけてくる。 彼女は胸元に頬を擦りつかせていたのを、肩に手をかけて体を起こすと、鼻頭が触れ合うくらいまで顔を近づけてきた。 「阿求、どうした」 言いながら背中に回していた左腕を畳に付き、重心を心持後ろにずらす。 すると阿求は更に胸先を寄せて顔を近づけ、また足を外に放り出すような体勢に変える。 そのまま彼女は圧し掛かるように迫って来、か細い左腕はあっけなく崩壊して阿求ごと畳の上に転げた。 まず最初に思ったのは、寒いということだった。 十月始めとはいえすでに冬のようで、押し倒した阿求は自分が下敷きになっているから寒くはないだろうが、夜に畳の上に直に寝るのは堪える。 次に思ったのは苦しいということだった。 なにせ薄い胸板に阿求の体重そのままが乗っかっているのだから、息が非常にし辛い。 だので少しでも息をしやすいようにと体を起こそうと砕けた左腕をまた畳に着き、力を込める。 「ねえ」 阿求が話しかけてくる。耳元だったため、左腕に込めた力がまた砕けそうになる。 「私、赤ちゃん産めるんでしょうか」 昼とおよそ同じ質問。 「産めるでしょう、来ているんだから」 昼とおよそ同じ返し。 なんとか上体だけ捻り、気道と肺の動く場所を確保してやってから答える。 次いで右腕も足して体を立て直すと、阿求は自分の胸にもたれる体勢になっていた。 阿求はその姿勢のまま上目遣いに自分を見ると、そうですかと言う。 そしてにっこり笑うと、なら産まさせてくださいなと言って自分を押し倒し、唇を近づけてきた。 … …… ……… 朝方起きると隣に阿求はいなかった。いつものことだ。 枕元においてある眼鏡を掛け、ひどく乱れた布団を更に乱して起きる。 寒い寒いと身を震わせながら炉辺に向かうと、そこには一足先に火に当たっている阿求がいた。 そこに肩をくっ付ける様に座り、一緒に火に当たるが何か違和感がある。 何だと思ってよく見てみると、昨日に比べて大分腹がでかい。 「阿求」 「はい」 頭を抱えながら言う。 「早い」 阿求はああやっぱりと言いながら、腹から枕を取り出した。
https://w.atwiki.jp/orz1414/pages/231.html
世間はクリスマス。恋人達があまーい一時を過ごすファッキンな一日。 風の噂によると、紅白の巫女は恋人と質素にニャンニャン。 白黒魔砲使いは白黒魔砲使いで恋人の家に押しかけてケーキを味わいつつニャンニャン。 夜雀もニャンニャン、人形遣いもニャンニャン、閻魔もニャンニャン、妖狐もニャンニャン、兎もニャンニャンと、それはもうピンクな空気らしい。 ニャンニャン鳴くのは猫だけで良いが、その猫も好きな人と読んで字の如くニャンニャンしているのだからたまらない。 正に世は乱世。幻想郷が桃源郷になってしまうのも時間の問題である。 で、そんなピンクな行事が行われている中。自分は何をしているのかと言うと……。 「エフッ!エフッ!ゴフッ!ガハァッ!あー畜生。チーン!」 風邪を拗らせて寝込んでました。 何ですかこのイジメ。何が悲しくてこんな苦しい思いをしなきゃならないのか。 五分ほど考えて止めた。悲しくなってくる。私の名前はザ・ソロー、人の悲しみを知れ……。 まぁそんな訳で、寝たり起きたりを繰り返しながらボーっとしていた。 ドンドンドン そうしていると、扉を叩く音がする。ちなみに呼び鈴なんて便利なものは付いていない。 ドンドンドン 「誰だよこんな時間に……ったく」 そんな事を呟きながら玄関へと向かう。 ドンドンドン ガチャリ 「ういー、どちら様ですか、と」 「メリークリスマース!」 「だれてめぇ」 扉を開けるとそこにはおじさん?が居た。 いや、正確に表現するとだ 黄緑っぽいボディ、黄色っぽいアーム、茶色っぽいレッグ、紫っぽいヘッド。 そしてパーティ等に使う鼻眼鏡、三角帽子、片手に一升瓶、片手にコップ。 ああ駄目だ、正確に表現したら余計何なのか分からん。 「む、酷いですね。私の顔を忘れるなんて」 「……とりあえず鼻眼鏡を取ってください、話はそれからだ」 「あ」 急いで鼻眼鏡を取る目の前の人物。どうやら付けていた事をすっかり忘れていたらしい。 鼻眼鏡を取ると、おっさんではなく少女の顔が現れた。 「あぁ、誰かと思ったらあきゅさんですか」 「阿求です。何で『う』だけ省略されてるんですか」 「いやまぁ、何となくノリ……ウゲッホ!ゲホ! 失礼。それでどうかしたんですか」 「せっかく求聞史記が書き終わって打ち上げをやっていたのですが。一人ほど未参加者が居たようなので様子見です」 どうやら自分の様子を見に来てくれたらしい。 「いや、少々風邪を拗らせまして」 「あぁ、それで……。熱はどれくらいあるんですか?」 「さっき測った時は37.6度ってとこです」 「それでは安静にしていた方が良いですね」 「そう言う事です。エホッ!エホッ! それじゃ、うつすと申し訳ないので」 ガチャン 「……」 「……」 「……あの、何で一緒に入って来るのでしょうか?」 「風邪で苦しんでいる人が居るのに私だけ楽しむのも申し訳ありませんから、特別に看病しますよ」 「いやいや大丈夫ですよ、自力で治しますから」 「いやいや遠慮しなくても、美少女が看護してあげると言っているのですよ?」 「いやいやいや」 「いやいやいや」 ……… …… … そんなやり取りが続く事5分。体調不良でスタミナの切れた自分が折れる形で決着と相成った。 「そうですね、それではお粥を……」 「昼に多目に作ったので大丈夫です」 「では水枕……」 「さっき起きたついでに買えたじゃないですか」 「氷嚢……」 「水枕と併用したら駄目だったと思ったんですが」 「それなら私は何をやれば良いんですか!!」 「知るかー!!」 とまぁ、基本的にはこんな感じだったが。 結局、雑談なんかをしているうちに眠くなってきたので、眠る事にした。 夜中、ふと目が覚めた。 しかし、目を開けることができない。開けれない事も無さそうだが、とても辛い。 寝ているにも関わらず、頭がズキズキと痛む。 呼吸は自分が聞いていても分かるほどに荒くなっている。ゆっくりとした呼吸をする事ができない。 毛布等をしっかりとかけているはずなのに、恐ろしいほどに寒い。 どうやら風邪が悪化したらしい。 この状態をどう表現すれば良いのだろうか? 故郷の方言を借りるとするならば『怖い』と表現するのが一番的確だろう。 「○○さん、○○さん、どうしました?大丈夫ですか?」 阿求さんの声が聞こえてくる。 どうやら自分が寝た後も、帰らず居てくれたらしい。 しかし、その問い掛けに答える事が出来ない。 声を出す力すら風邪に奪い取らている。 不意に、首筋と額に冷たい感触がする。 「大分熱が上がってますね……。頭、上げられますか?」 軽く首を横に振ると、自分の頭が宙に浮き、水枕を引き抜かれる。 変わりに普段使う枕を入れられ、そのままゆっくりと頭が降りていく。 暫くすると「頭上げますよ」と声がかかり、先程と同じ要領で枕と水枕が取り替えられた。 そしてまた、首筋に冷たい感触。それと同時に、やっと目が開く。 目の前には、心配そうな顔をした阿求さんの顔があった。 目と鼻の先と言うほどの近さでは無いものの、それなりに近い。 自分の額に冷たい感触。阿求さんの手が自分の額に置かれたのだと把握する。 それを見て、自分は何を思ったのだろうか。動かすのも辛いはずの腕を動かして、阿求さんの頭の後ろに添える。 そのまま、力の入らない腕で阿求さんの頭をこちらに引き寄せる。 そしてそのまま、キスをした。 再び意識が朦朧とし、視界がボヤけてくる。どうやら頭と体、両方が休憩を求めているようだ。 阿求さんの顔が自分から離れていく。その表情は、嬉しそうなようでもあり、呆れているようでもあり、困っているようでもあった。 そのまま、自分の意識は無くなっていった。 6スレ目 590 ────────────────────────────────────────────────────────────── 『見なくたって、私はずっと覚えてますから』 恥ずかしそうに、小さく笑った阿求さん。 精一杯背伸びをして、穏やかに目を閉じて。 ――僕が呆然としているその間に、目の前で綺麗なおかっぱの髪が揺れた。 6スレ目 754 ────────────────────────────────────────────────────────────── 迷った。道に、迷った。 何の変哲もない、ただ進むべき道を見失っただけのこと。ちょっとだけ難しく言ったが、簡単に言えば道に迷った。 オーライ、しかし慌ててはいけない。そこらへんの岩にでも腰掛けて、待っていれば、軽い足音。 「もう……○○。いい加減に帰り道くらい覚えて下さい」 な? お迎えが来るのさ。 それも、とびっきりのかわいこちゃん。 腰に手を当てて怒って見せるが、どうしても怖くは無い。それどころか、怒りで粗雑になる仕草でさえ、上品に見える。 「わりぃわりぃ、つい景色に見とれちまってな」 「その言い訳は38回目です」 「この道は迷いやすいんだ」 「それは72回目ですね」 「あ~…………、すまん」 「全く……」 大仰にため息をついて、彼女は俺に背を向ける。そして、小さな歩幅で歩き出した。 彼女は稗田阿求。一度見たものは忘れないという特殊な技能を持っている。俺が前いた世界にも、そんな人がいた。それと同じようなものか。 2年前だったか、3年前だったか。友達とハイキングに来ていた俺は、道に迷い、気がつくとここ――幻想郷にいた。妖に鬼、亡霊に魔法使い。果ては精霊や吸血鬼と、何でもござれのここは、俺が前いた世界とは隔絶されてしまっている、らしい。もう前いた世界には帰れないといわれた日には、正直泣きそうになった。そんな俺を励ましてくれて、支えてくれたのが阿求だ。 この世界、幻想郷の歴史を書き留めていると言う彼女は、俺を自分の屋敷に連れ込んで、「何か面白いお話でもしてくれませんか?」なんて言った。初めて、幻想郷に来て笑った瞬間だった。 「○○っ。早く来て下さい。帰りますよ」 「ほいほいっと」 肩を可愛らしく怒らせて歩く彼女に追いついて、並んで歩いた。もうこれで何度目だろうか。俺と彼女がこうやって一緒の帰り道を行くのは。 さて、帰ったらどんな話をしてやろうか? ◇◆◇ 「それでだ、俺はこういってやったんだ。『先生、ヒーローは遅れて登場するもんです』ってな」 「その……『先生』っていうのは、○○の世界での、慧音のようなものなのですね?」 「ああ、そうだ。しかも、それぞれ教えてくれることが違うときてる。めんどくさいったらありゃしない」 「それは……仕方のない事です。私みたいなものでもないと、全部覚えるなんて不可能です」 薄ぼんやりとした灯りの中で、阿求が手を振る。燭台一つの部屋の中で、阿求は布団の中。俺はその枕元に座っていた。いつの頃からか、阿求が寝る前に、俺が外の世界であったことを話すようになっていた。初めは本当の事を話していたのだけど、いずれネタは尽きる。そこで、俺は少しだけ嘘をつくことにした。良心が痛むが、阿求のためなら仕方ない。ちょっとだけ、俺が我慢すればいいだけの事だ。 ふうむ、と阿求が息をつく。 「やはり○○の世界は興味深いですね……いつか行ってみたい」 「その内行けるさ、俺が来れたんだから、出てもいけるはずだろ」 「…………そうですね」 こういう話題になると、いつもいつも阿求は様子が違って見える。それは諦観のような、全てを見透かしたような笑みだった。人生経験というものが違っていると、やっぱり先見性も違ってくるのだろうか? 阿求が布団の中にもぐりこんだ。もう寝る、という合図だ。俺は腰を上げて、「おやすみ」と声をかけて部屋を出る。外はまん丸な月が浮かぶ、宵闇だった。虫の音が、風の音が、趣深い。そういったものは総じて――はかない。 「った! 何不吉なこと考えてんだ、俺は」 ぶるぶる頭を振った。きっと思い違いさ。俺みたいなバカの考えることなんて、大したことじゃない。馬鹿の考え休むに似たりってね。さあ、もう寝よう。明日は、部屋の掃除をしなきゃ。 ◇◆◇ はたきを箪笥にかける。その上を雑巾で拭いて…と。 「だから、違いますって! 部屋の掃除は上から下へ、これが基本です」 「ああ~? いいんじゃないのか? 最終的にきれいになればいいわけだしさ、そんな細かいこと」 「どこが細かいのですか。ああもう、貸して御覧なさい。手本を見せてあげます」 そう言って、俺の手からはたきを取り上げた阿求は小鳥のように部屋の中を飛び回る。それを何となく目で追ってるうちに、ついぽろりと本音がこぼれてしまった。が、忙しく走り回る彼女には聞こえなかったようで、安心した。今の言葉が聞こえようものなら、どうなっていたことか。想像するだけで恐ろしい。 「○○っ。少しは手伝いなさ……げほっ!」 「お、おい。大丈夫か、阿求」 「だい……じょうぶ…です。えほっ!」 「全然大丈夫じゃないだろ……ほら、後は俺がやるから、休んでろ」 「申し訳ありません……。でも、きちんとするんですよ。上から下へ、基本に忠実に、いいですね?」 「わかったわかった、わかったから。早く休んでいてくれ」 半ば追い出すように障子を閉める。陰だけになった阿求はまだ、咳き込んでいる。最近、体調があんまり良くないらしい。今みたいに咳き込むだけのこともあれば、何日も部屋から出てこないこともある。本人はどうということは無い、ただの風邪だと言っているが、それが尚更嘘っぽくて、俺は心配だ。何事も無ければいいが……。 だけど、世の中そんなにうまく出来ているわけはなくて。俺が掃除を早々に切り上げて、部屋を出ると外は荒れていた。強い風が吹き付けるのに、それはうだるように熱い。どことなく、気持ち悪い。 「阿求?」 返事は無い。声の届かない所にいるのか? 「お~い、阿求?」 返事はまたも、無い。さっきよりも大きな声を出した。よもや、聞こえていないということはあるまい。どうして返事をしないんだ。少しづつ、ほんの少しづつ、嫌な想像がつのる。 「阿求! 返事をしろ、阿求!」 最早なりふりなど構ってはいられない。乱暴に障子を開いては、足音を鳴らして屋敷の中を歩き回る。早く早く、返事をしてくれ。お茶目に脅かしてくれるのでもいい。彼女がそんな事をしたことは無いけど、今だったらしてもいい。してくれれば、いい。 「阿求! あきゅ……………………阿求!」 見つけた、彼女を見つけた。今まで、夜俺と彼女が夜遅くまで話しをしていた、彼女の寝所。そこに彼女は、うつぶせに、倒れていた。慌てて、その体を抱き上げて、顔を覗き込む。だらしなく半開きになった唇に以前のような張りは無かった。目は開けている。開けているが、その視線はどこを向いているのやら、少なくとも俺を見てはいない。頬を張って、大声を張り上げても、何の反応も示さない。ただ、ただただ、その矮躯を揺らすだけであった。 その時だった。第三者の声が、座敷に這入りこんだ。 「あや~、やっぱり死んじゃったか」 「……あんた、誰だ? やっぱりってなんだよ!? あんた何か知ってるんだな? 知ってるんだろ!? 教えてくれよ、彼女に……阿求に何があったんだ!?」 「何があったって……死んだのさ。ぽっくり逝ったの。……ああ、自己紹介がまだだったね。あたいは、小野塚小町。死神さね。よろしく」 赤い髪の死神は、親しげに右手を差し出してくる。握手でもしようってのか? 生憎、そんな余裕は無い。阿求に何があったのか、そればっかりが気になる。詰め寄るように、俺は言葉も荒く死神にまくし立てた。死神は、ウンザリするように額に手を当ててから、ため息混じりに口を開いた。 「はぁ……めんどくさいなぁ。いいかい、一回しか言わないからよく聞きなよ。彼女は、稗田の女はね、長生きできないようになってるのさ。阿求は一度見たものは忘れなかったろ? その能力があるなら、尚更さ。精々、十年かそこら生きられればいいほうじゃないのかね。あんた、阿求と出会ってから何年一緒にいるんだ?」 「二三年だと思う……。詳しく覚えてないけど……。それより、なんで阿求は死ななきゃならなかったんだよ!?」 「言ったろ、『そういう風にできてる』からさ。彼女の家系は特別でね、とある縁起を書く為に生きてるって言ってもいいくらいさ。ま、彼女はいい人生歩めたんじゃないの? 最後にあんたに会えたわけだしさ」 そういう風にできている。だから、彼女は死んだ。ただ、それだけの簡単で、あまりにも明快な理由。これだけはつらつと言われると、何も反論ができなくなる。 俯いて黙りこくった俺を見て、死神はまたため息をつく。俺の頭をぽんぽんと叩いてから、「泣くんじゃないさ」と言った。 「泣くんじゃないさ。運が良ければ、転生してまた会えるからさ。ま、運が良ければの話だけどね。他に何かあるかい? あたい、こう見えても忙しいんだ。ノルマがたまっててね」 「……………………」 「はぁ、あんたまで死にそうな顔してんな。まあいいさ。それも運命さね。……よっ…と。じゃ、縁があったらまた会おうや。ま、あんたが死んだら絶対会うわけだけどね」 ふわり。そう言って死神は阿求の亡骸を担いで何処かへ飛び去ってしまった。俺は、その場から一歩も動けないで、夜が更けるまでずっとそこに立ち尽くしていた。俺自身、動かない自分を不思議に思ったほどだ。 いい加減にしろよ。自分に言い聞かせても、どうにもならなかった。ふらふらと、幽鬼の様に足を向けたのは、阿求の部屋。後ろ手に障子を閉めて、その場にへたり込む。燭台に火も灯さない。独りごちるように俺は口を開いた。今の今まで自覚しなかった、いや、自覚はしていた。だけど気恥ずかしくていえなかった言葉を、吐き出すように、言った。 「なあ、阿求。ひとつ話をしてやる。お前が憧れた世界から来た、一人の男の話さ。その男は幻想郷に来て、絶望した。男が知ってるものは何も無い。どこを向いても、知らないものばっかりで、怖いものばっかりで、毎日膝を抱えてがたがた震えるばっかりだった。そこへお前が来てくれたんだったな、阿求。俺は狂喜したさ。俺のことを分かってくれる人がいたってな。お前は俺の話を楽しそうに聞いてくれたっけか。あれ、実はほとんど作り話だったんだぜ? 笑っちゃうだろ。それで、その男はな、今、お前を失って初めて気づいたのさ。俺は――お前が好きだ……ってな」 一筋、涙がこぼれた。それだけ、一筋だけ流れた。それ以上は、流れない。俺が、流れさせない。死神は、転生すればまた会えるといった。なら、俺は待つだけだ。いつか、阿求にまた会える日を。その時ばっかりは、絶対に言おう。 「大好き」 この言葉を送ろう。忘れられない少女に、この言葉を。 ◇◆◇ 文々。新聞より転載。 『九代目阿礼乙女 稗田阿求の手記より一枚の紙が発見される。 それには、彼女が同居していたと思われる男性、○○氏への言葉がつづられていた。内容を明かすことはしないが、阿求氏は○○に対し何らかの好意的な感情を抱いていたと思われる。 ○○氏は、阿求氏が亡くなる数年前から彼女と同居を始め、そこで何らかの感情が芽生えていったと思われる。手記に寄れば、彼は博霊大結界の外から来た人間らしい。一緒に道を歩いている姿が、幾度となく見られていた。 なお、○○氏は阿求氏が亡くなった数年後に、死亡が確認されている。発見場所は阿求氏の邸宅。阿求氏の転生を待っていたと見られる。阿礼乙女の転生には百年近くかかると、知らなかったのであろうか? 文責:射命丸 文』 (了) 7スレ目 289 ────────────────────────────────────────────────────────────── 「今日も結構冷えるなあ」 夜半、布団に入って一人言ちる。 もう7月半ばだというのに梅雨も明けず、熱帯夜も少ないことになっている。 薄手の寝巻きと毛布、タオルケット一枚ずつでは、正直少々肌寒い気温である。 「まあいいや。寝よう」 毛布を体に巻きつけ、枕に頭を乗せる。 目を閉じて二息した辺りで障子戸の外からずるずると、 何かを引きずるような音がするのに気づいた。 何の音かと訝しんでいると、ゆっくりと障子を引き開け、毛布を大事そうに抱えた阿求が顔を出す。 声を掛けようかとも思ったが、面倒なので右目だけ明けて様子を見ておく。 すると阿求はこちらを観察するようにじっと見つめ、やおら決心したようにまた動き出す。 障子を閉め、引きずる毛布でつんのめりそうになりながら近寄ってきた。 足元まで寄ってきたら、持っていた毛布を大きく広げ、俺の上に掛ける。 毛布持ってきてくれたのか、と思っていると阿求はそのまま出て行かず、 俺の背後に回り、布団の中に入り込んできた。 頭をぴったりと首裏に付け、左腕を脇から腹に回してくる。 こそばゆいのを堪えてそのままでいると、更に体を寄せて密着してくる。 そのまま幾らかの時間が経ってから、寝返りを打つふりをして阿求の方に向き直った。 両目を明けて阿求の顔を見ると、随分安心したような表情で目を閉じている。 とりあえず枕の端に申し訳程度に乗せている程度だった頭を、深い位置に乗せかえてやり、 頭を2,3度撫でたところで阿求も目を開けた。 「起きて……いたんです、か」 「いや、こっちこそ起こしたか?」 「いえ、私は先刻からずっと……」 どうにも両方起きていたらしい。 「起きていたんなら、目を開けてればいいのに」 まあ、人のことは言えない訳だが。 「え……それは、そのですね……」 「? どしたの?」 「あなたの……匂いをちょっと、覚えようかと……」 頭に疑問符が12個くらい浮かぶ。匂い? 「何で匂い? しかも目を閉じて」 「わ……私は見たものを覚えるのは得意なんですが、そうじゃないものは……」 「苦手なのか」 「はい……」 阿求がこちらから目をそらすように頭を伏せる。 首元に阿求の額が当たる格好になるので、髪の毛が首に当たって大分くすぐったい。 「何でそんなもの覚えようと」 頭を撫で擦りながら言う。 「皆覚えたいんです……あなたのことを……。姿も声も、匂いも」 そう言って阿求が顔を上げる。 「お嫌ですか……?」 そう言う阿求の目は幾らか潤んでいる様にも見える。 「嫌……」 そう言うと阿求は顔色を失った。が、続ける。 「嫌ではないけど……覚えるのはそれだけ?」 「え?」 阿求の顔色は戻ったが、疑問符が浮かんでいる。 「覚えるのは外見とか声とかだけでいいの?」 そう言ってだんだんと顔を近づけ、うっすらと桃色に染まった阿求の (ここから先を読むには閲覧権限を取得してください) うpろだ266 ─────────────────────────────────────────────────────────── -幻史編纂恋史- ――それはふとした切欠、と言うモノだ。 ここ、幻想郷の人里に住む、幻想郷の「中」では普通な方の人間。名は○○。 強いて挙げるなら、そうだな、「本を読み漁るだけの能力」とでも言っておこうか。 程度でもなく、だけ。勿論、趣味なんてこんな根暗なモンしかなく、 家の畑仕事や寺子屋なんかが済むと行き付けの黴臭い本屋へ向かう訳だ。 いや、友人が居ない訳でもない。ただ、お互い色々仕事がある訳で。まあ、 外の本で目にする限りには自分の歳だとまだ勉学に勤めている時期なのだそうだが、 そこまで深く何かすべき事がある訳でもなく、余った時間を全て趣味に投げ売ってしまう。 最近は、本屋中の本を全て読み漁ってしまい、本を買いもしない俺は 行き付けの本屋から目の敵にされつつある訳だが……。 外の世界に行ってみたい、そんな風に考える事もまま有る。 だが、いかんせん情報量が少なすぎる。何より、外より流れ着いた、それも ほんの僅かな本如きで手に入る情報など高が知れている。 故に、今日も今日とてこんなボロ臭い本屋に入り浸っている訳だで……。 もはや特等席となった、良く陽の当たる壁際に腰掛けて。 「……○○さん、でしたっけ?」 「は……はぇ?」 唐突に掛けられた声に、俺はまともに反応出来ずに腑抜けた声を漏らしてしまう。 目線を上げると、何処か見覚えのある少女が逆光を背に立っていた。 「……阿求さん、だっけ?」 「はい。お久しぶりです」 稗田阿求。九代目の御阿礼の娘とやらだそうで、時たま寺子屋に資料なんかを持って来て くれたりする。病弱な家系らしいんだが、幻想郷中を飛び回って色々調べ物してたりするとかで、 案外アクティブな娘なのかもしれないと思ってる。年格好は俺より小さいくらいなのにな。 まあ詳しくは知らないが、本を多く読む関係上、寺子屋で顔を合わせた時なんかに 良く話すんだ。最近はそんなに顔も合わせなかったけど……。 兎角、何故だか分厚い本の山をたくさん抱えて、目だけは興味津々に、俺の読んでいた本、 「妖怪と人間の関係」を覗き込んでいた(どうやら初版らしく、ボロボロだ)。 「……それ、著者分かります?」 「著者ですか? えーと……あれ、稗田?」 目の前で微笑を浮かべる彼女と同姓の人物の名がそこにはあった。 どうやら、前代の稗田家の者がまとめた物らしい。記されている内容をかいつまんで言うとすれば、 殺伐幻想郷ライフ、貴方はこの惨劇から逃れる事が出来るか、みたいな事が書いてある。 ……良く分からんのだが、今は八雲さんとこの藍さん辺りに笑顔で挨拶出来る時代です。 「六代目の御阿礼の娘が書いたんですよ」とエヘンプイな阿求。お前さんが書いた訳じゃ無かろうに、 なんて無粋なツッコミを入れようか迷ったが、とりあえず「ふーん」と返しておく。 「……あんまり好反応じゃないですね?」 「あ、すみませっ。いや、別に、えーと……」 上手い反応が思いつかなかったのであたふたしていると、阿求はため息一つの後、抱えていた本の山を ズドンと俺の目の前に叩き落し、その内の一冊を俺に差し出した。 あんまりな出来事に目を白黒させていると、阿求はニッコリと笑って言うのだった。 「幻想郷縁起! さぁ、私の、いえ、私達の偉業を少しでも多く記憶するのです」 「は……え?」 「……じゃなくて。えーと、あの、幻想郷についてまとめた本です。折角ですから ここで会ったご縁と言う事で、一冊差し上げます。その様子では、この辺の本にも退屈して来た トコロのようですし」 え、と呻くと、店主の咳払いが聴こえた。申し訳ないのだが、持ち合わせはあっても大抵の本は 手に取って一時間もあれば読み干してしまうので、買う事が滅多に無いのだ。 「でしょう? ですから、この本をどうぞ。少なくとも、貴方の時間潰しには成ってくれるはずですよ」 「え……と。良いんですか? あの、御代とか」 ポケットをまさぐるも、寺子屋帰りの身では何か入っている訳も無く(置き勉ってヤツか?)、 鞄さえも持ってない自分に持ち合わせがあるはずも無い。両のポケットがまるっきり 空なのを見て、阿求は申し訳無さそうに苦笑した。 「構いませんよ。御代なんかより、見て貰い、記憶して貰う事にこそ価値があるんです。 ここに置いて貰うつもりはありますが、御代は気持ち程度で良いと断ってありますからね」 「そうなんですか……」 ページをめくると、なんとまあ可愛らしいイラスト付きで読みやすさを感じる。おまけに 聞いたことはあれど見た事も無い色々が載っているようで、これは読み耽らざるを得ない……。 と、また一つページをめくろうとした瞬間響く不快そうな咳払い。 「……ちゃんと家で読んで下さいね?」 「あ、えっと、そうですね。あの、何だかわざわざありがとうございましたっ」 阿求に礼を言い、俺は陽射しに目を細めながら立ち上がる。 小脇に幻想郷縁起を抱え、店主に儀礼的に一礼してから店を走り出る。 と思ったら、ワンテンポ遅れて阿求も一緒になって出て来た。抱えていた幻想郷縁起は 手元にもはや無く、小袖を軽快に揺らしてすぐ傍に駆けて来た。 「まあまあ。そう急く事も無いでしょうに」 「いや、別に急いではないですけど……まだ昼下がりですしね」 つい先程昼飯は食べ終え、眠くなる頃合。本に読み耽っていればそんな事も無いのだが、 今日は流れでいつの間にか本屋を出てしまっていた。 「甘味屋にでも行きましょう。ね、どうせ退屈なら」 「え、でも俺持ち合わせ無いですよ?」 「大丈夫」 袖の裏から現われたのは、やたらと重厚感溢れる大きながま口の財布。 「御阿礼の娘を侮るなかれ、です」 そう言って笑う彼女は、何故だか以前よりずっと楽しそうだった。 「おいひいでふゅ」 甘味屋名物の杏仁豆腐を頬張りながら、阿求はうっとりとそう言った。 「口の中はちゃんと空にしてから喋りなよ……」 「……んむっ、えぇ。だって美味しいものですから」 いつの間にか打ち解けていたと言うか何と言うか、俺は既に敬語ではなく普通に友人と 会話するような空気で彼女と話していた。それでも阿求の敬語は癖みたいなものらしく、 俺側が軽くなろうとも、その丁寧な言葉遣いは揺るがなかった。 「んー、こう言う所に来るのも久しぶりかもしれません」 「そうなの? あっ、ちょっ待てそれ俺のさくらんぼ!!」 何気無い動作で即座に掠め取り、皿のさくらんぼはいつの間にか阿求の口中に収まっていた。 「欲ひーのなりゃ取って御覧なしゃいなー、ほへほへー」 「ぬぬぬ……」 阿求の舌先で踊る、淡い紅色の小さな果実。好きな物を最後まで取っておく俺としては、 非常に心苦しい痛手だ。これで彼女と恋仲でもあったなら、無理矢理にでも奪い去ったんだろうが……。 待て待て、何を考えているんだ俺は。 「……んみゅ。御馳走様です!」 「あぁぁぁ、俺の分が……」 そうこうしてる間に、哀れ俺のさくらんぼは阿求に奪われてしまった。卑猥な意味に聞こえるのは気のせい。 ま、奢って貰ってるんだからこれくらい……やっぱり惜しいな、くそぅ。 「……良く来たりしないの?」 「えぇ。自慢じゃないですが、私御阿礼の娘の中でも歴代一番体が強いらしいのですよ。なので、 人里にこもるより散歩してる事の方が多いんです。だから、こう言う機会も少なくて」 またもやエヘンプイ。この動作だけ見れば、裏に隠れた歴史家的な一面なんて見えないんだろうな、 なんて思う。少なくとも、俺の目に映る彼女は、純粋に今を楽しむ少女の姿をしている。 「そっか。じゃあ、暇な時は何してるんだい?」 「そうですね。編纂も大体一段落しましたし……まあ、貴方と同じと言った所でしょうか」 言うと、阿求はテーブルの上に置いてあった幻想郷縁起を手に取る。 「あとは、散歩とかかな。少なくとも、貴方よりは結構外に出てるつもりです」 「失礼な。何だよ、どうせ引きこもりだよ」 「ふふ、本だけでは分からない事だってたくさんあるものですよ。ですから」 阿求は幻想郷縁起を開くと、幻想郷の様々な場所が記されているであろうページを開いた。 「こんな風に、見やすさを追求して絵も入れてみた訳です」 「ふーむ」 それらの絵は、むしろ絵と言うより随分写実的な構図で描かれていて、その割にやたらと 活き活きしていて、何と言うか、分からん!! 要は上手いんだよ、絵が。 「だから、ね。幻想郷にはこんなに美しい自然がある。それに、妖怪と私達の、 人間との関係も良い方向に変わって来ている今がある。だから、知って貰いたいんです。 少しでも多くの人に、幻想郷の素晴らしさを。人妖問わず、ね」 そう言って笑う阿求の笑顔は、何処か儚げに見えた。 何故だろう、なんて首を傾げる間も無く、彼女の笑顔からそんな薄らぼやけた影は消えていた。 ……幻想郷か。中に居るのに、何も知ろうとした事が無かった。 外は危ないから。その一言で片付けて、大人達の言いつけを守って、未だにこの本に記されている ような美しい場所の数々を覗き見た事さえ無い。 「ま、そんな事より。イタダキですっ」 「あ、ちょっ俺の蜜柑うわああぁぁぁぁぁ」 何の脈絡も無く、俺の思考と言う静寂を打ち破って阿求の不意打ちが襲う!! さくらんぼ<蜜柑の俺に特攻ダメージ!! 話に熱中していた隙を突き、阿求は俺の蜜柑を奪い取った!! 気付けば俺自身何を食ったのか思い出せないほどに虫食い状態の杏仁豆腐が残されていた!! ……あーんにんどーふ。 「わたひがおごってりゅんだから……んくっ、ご馳走様! 良いでしょう?」 「おぅあ、あぁ。そうだけどもね……ひでぇ」 とりあえず残りを虚しくかっ込み、蜜で流し込む。男として、過去は振り返らないのさ……。 むしろそんな事を思う脳内が拘ってるって? あぁ、その通りかも分からんね。 勘定も済み、店を出て昼下がりの人里を二人歩く俺と阿求。 昼も終わりが近いが、まだ仕事に仕事で往来を駆けずり回る人も多いようだ。 仕事……らしい仕事なんて、ここには畑仕事くらいしか無いような。いや、でも 俺の認識してるモノが少ないだけで、実際は違うのかもしれないな。 魚屋の兄ちゃんに「随分不釣合いなカップルだなぁ!」なんて囃し立てられて、 俺と阿求は二人して黙りこくってしまった。 ……俺? そうだな、正直あんまり仕事はしてない。本を読んでるせいか、 随分と頭の出来た子供だと思われているらしい。別に、生活や人生に活かしている 訳でもないのに、将来に期待されているという訳だ。 どうせ自宅警備員に……え? 今なんか良く分からん単語がパッと脳内に出て来た。 「あ、あの」 「あ、うん?」 疲れてるのかな、なんて目尻をマッサージしていると、阿求がおずおずと声を掛けて来た。 「どうした?」 「えと、その。忘れないで下さいね」 ビシィ、と効果音が付きそうな動作で、目線少し下から俺を指差す阿求。あーと、いや別に 不快ではないんだが、周りの目はちょっとばかし気にして下さい。 「私が奢ってあげたんだから、今度は貴方の番です」 「あはは、そうだな。御馳走様、また御馳走になってやる」 「んなッ。卑怯です! 次は貴方の番ですよ! ちゃんと奢って貰います、また会うんですからね!」 そんなやり取りをしている内に、いつの間にか俺の家と阿求の家との岐路に辿り着いた。 気付けばもう日も暮れ始めていて、随分と大きな鴉の影が夕陽からこちらまで伸びていた。アレ、 妖怪なんじゃなかろうか。 「あ、そうです」 「ん?」 阿求は、もはや四次元ポケットと化した袖の下から何やら煤けた紙を取り出した。あ、 四次元ポケットとか言うのは、向こうの世界に居るらしい青い狸型機械人形の持ち物だとか。 そんな奇々怪々な物があるなんて、向こうは面白そうで困る。 「真新しい本が欲しいのでしたら、こちらへ行って見ては如何ですか?」 「……香霖、堂?」 何だか長い事倉庫にでも放っておいた紙切れのように古ぼけたそれには、香霖堂と言う、恐らく 雑貨屋? いや、道具屋だろうか。兎に角、初見の店の名と地図らしき物が記されていた。 「えぇ。外界の本もありますし、面白おかしな物もたくさんありますから」 「ほうほう。ありがとう、行ってみるよ」 「それと……」 先程見せた、霞みそうな笑顔と共に、彼女は言葉を続けた。 「また、逢えますか?」 「勿論、会いたい時に会えるさ。今度は奢ってあげるよ」 口元に笑みを浮かべたまま、彼女はやたらと速い動作で振り返り、一時俯いたように見えた。 ――が、見間違いだったのかもしれない。振り返った彼女の顔にあの憂いのある陰りは消え、 本当に楽しそうな顔でまた笑ってくれた。 「ありがとう、ございます」 「こちらこそ。んじゃ、また会おうな」 「……えぇ。それじゃ、また――」 手を振り、歳相応の少女の姿で駆けて行く阿求の姿を、夕陽の中俺はただ見つめていた。 ……今度は、蜜柑取られないようにしなくちゃ、な。 蜩が鳴いている。距離が近いせいか、あの夕暮れ時に響く 儚げな美しさは、その音色からは感じられなかった。 ただ、単純な音量だけは大きくとも、漂う弱々しさはどんなに 距離が近くとも蜩そのものな気がした。 ――その内に事切れた蜩は、最期にジリとも鳴かずに庭へ転がり落ちた。 その様子はまるで、私自身のように見えた。 少しばかり気分が悪くなって、私は優しげな夕陽から逃れるように障子を閉める。 最期に寄り添う伴侶も居らず、孤独に果てた蜩。 子孫を残す、と言う生物の、種としての存在理由さえ果たせなかったこの者は、 終わりのその時に一体何を思っていたのだろう。 私は、こんな風には成りたくない―― 机の上には、未だ編纂を待つ未解決、未整理の資料が並んでいる。 だけど、手を付ける気にはなれなかった。良く分からない不安が押し寄せて来て、 この部屋の暗さのように頭の中が真っ暗だ。 ……何故、あんな事をしたのだろう? どうせ、一緒には成れないのに。 成れたとしても、彼よりずっとずっと先に死ぬ事に成るだろうに。 何より、私は彼にそんな辛い想いをさせたくない。 ……別に、○○さんは私の事を好きだ、なんて思っては居ないでしょうけど。 けど、私は彼と居たいと想ったんだ。いつの間にか、話している内にだろうか、 寺子屋で会った時には、そんな事思ってなかったのに。 妖怪ならば良い。私が転生して帰って来れば、また知人として、友人として 迎え入れてくれる。だけど、人間の場合そうも行かない。 私は人とは違う。彼や、あるいは他の人間達と同じ時を過ごす事は、 叶わぬ幻想なのだろう。 ――独白を書いている内に、普通の人間で在りたい、なんて思ってしまったのだろうか。 ふふ、閻魔様に叱られてしまいますね。私は、そう在るように生まれついた存在じゃないか。 私のような優秀な書記が消えてしまえば、閻魔様も惑乱する事だろう。 こんな事、考えるだけ、行動するだけ無駄なのかもしれないな―― 再び、障子を開け放つ。 先程よりほんの少し落ちた陽は、優しさと言うよりは無機質で生命を感じない、 感情の無い光に見えた。 屍と成った蜩は、変わらずに庭先に転がっていた。 ……彼の、傍に居たい。 例え、この蝉のように成ってしまう私でも。 ――私に、そんな資格はあるのかしら? 「はろう☆」 「ひやあああぁぁぁ!!?」 花屋の娘と遊んだ時、カキ氷の余った氷を背中に注がれた事がある。 そんな夏のある一日を鮮明に思い出してしまうくらい唐突に、背後から 気味の悪いハイトーンボイスが響いた。 「ななッ、なんっ、なんでスか!!」 「あらあら、声が極端に上ずってるわよ。可愛いわねぇ」 驚いた勢いで飛び出した庭の砂利を両手で味わいながら振り返ってみれば、 妖怪の賢者こと八雲紫が、相も変わらず不気味な笑みを浮かべて佇んでいた。 ……一応の編纂についての打ち合わせは済んだのに、何の用かしら? 「っう、げふん……えーと、何か御用ですか? 幻想郷縁起の方でしたら、 指摘箇所は直しましたし、現在進行形で編纂も行ってますよ?」 「えぇ、ちょっとね」 起き上がり、居住まいを正しながら紫様を部屋へと招き入れる。 夕陽はついに山向こうへ隠れ、逢魔ヶ刻の空は紫様の金髪を妖しく染めていた。 お茶でもお出ししましょうか、なんて言い出そうと立ち上がりかけた瞬間、 紫様の白魚のような手がそれを制された。 「恋に生きるのは良いことですわ。求聞持の力を持てど、所詮貴方は人間なのだから」 「……えと、気付かれていたのですか?」 従者を呼ぼうとするその手が止まる。 胸中は、いつの間にか行動に現われていたのだろうか。自分では、 いつもと同じように散歩していただけのつもりだったのに、目が人里に、いや、 ○○さんに向いていたのだろうか……。 「えぇ。貴方、自分でも気付かない内に里に居る頻度が増えてますわ。意中の子が 居る事くらい嫌でも分かります」 「……私が人間とて、想い人を現世に残せるほど私は強くありません」 ――そう、一人に成る恐ろしさは、私が一番知っているから。 「ならば――」 フッ、と目の前から紫様が掻き消え、真後ろから惑わすようなあの声が聴こえる。 「――ならば。成ってみる? 妖怪にでも亡霊にでも、輪廻の輪から外れた存在にでも。 もう恐れる事は無い。妖怪や蓬莱人のような、死から蹴り出された存在がいくらでも居ますわ。 孤独を感じる事なぞ、須臾の間さえ無い」 「――お断り、します」 「どうして? もう幻想郷縁起なんて要らない時代なのに?」 蜘蛛のように絡みつく指先が、私の首元を這い回る。 胃に込み上げるような気持ち悪さがせり上がって来て、いつもは明瞭過ぎて悩ましい ほどの頭脳が音を立てて凍りついて行く。 「……嫌だと言ったら、嫌です」 ツ、と唇の辺りまで来た白い指先が止まる。まるであの骸と化した蜩のように、 生命の息吹が感じられぬ冷たさがあった。 「……貴方の優秀な思考回路は何処へ行ったのかしら。何故嫌なの? 貴方の 論法に、根拠が欠如しているのはらしくないわ」 「それ、は……」 息を詰まらせたように、言葉が出て来ない。 私の存在意義。幻想郷縁起を纏め上げ、人間と妖怪の橋渡しをする存在に成る事。 今は、確かに妖怪を危険視する時代ではない。独白にも書いたが、私の存在は もはや要らない物となりつつあるのかもしれない。 ……でも、それならば。今居る私自身が私自身たる理由は……? 幻想郷でさえ幻想になった存在は、一体何処へ行き着くのだろう……? 「まあ、『時間』はありますの」 重苦しいその嫌悪感は、速やかに去った。 「……」 「尤も、『考える時間』があるかは分かりませんけどね」 皮肉めいた、そして嘲笑めいた笑みを浮かべて、紫様は暗い空間の切れ目へと 沈むように消えていった。 ――時間は、ある。それこそ、私が死んでも永遠に。 うpろだ387・400 ─────────────────────────────────────────────────────────── 「すごい音だな」 「台風ですから」 「固定してるのに、雨戸もやたら揺れてる」 「台風ですから」 「向こうが騒がしいけど、雨漏りでもしたのかね」 「台風ですから」 先刻から同じ答えしか返ってこない。 「阿求、何でそんな奥のほうにいるの?」 「台風ですから」 「……」 暗がりの奥に阿求はいて、顔は良く見えない。 しかしこれは……。 「あきゅんたいふうこわい?」 「台風dいえ、怖くはありませんよ」 何度も経験しましたし、と声を小さくしながら続けるもそれにまったく説得力は無い。 これは明らかに怖がっている。 「怖いなら怖いって言っていいのよ」 「はい怖いです」 心地良いまでの即答痛み入る。そこまでか。 「別に強い台風って言っても、家が壊れるほどじゃないでしょ」 せいぜい屋根瓦が吹き飛ぶ程度、と付け加えると阿求から笑みがこぼれた。 「そ……そうですね。ここまで怖がることはありませんよね」 「そうそう、伊勢湾やマエミーに比べれば何のことも無い」 比べるものが間違ってる? まあ多少大きいものと比べた方がいいだろう。 「それでは落ち着いたところで、少し書き物などしてきますね」 そう言いながら立ち上がり、書斎へ行こうとする阿求。 外の廊下を使った方が早いだろうに、内の部屋伝いに行くのはやはりまだ怖いからか。 「それじゃ俺は夜に備えて横になってこよう」 夜に何をする気なんですか、と突っ込まれたが何のことは無い、ただの昼寝である。 各々やることをしに動こうとした時に、不意にそれは来た。 ガオンという轟音とともに屋敷が揺れ、遅れて風の吹き込む音が聞こえ始める。 「お。どっかの屋根瓦でもぶつかったか?」 見に行こうとした瞬間、腰をつかまれる。 「いやー。やー」 見れば阿求が泣きながらしがみついている。 「遠くでぶつかっただけで、ここにゃ被害は出んよ」 そう言いながら頭を軽く撫でてやると、幾らか落ち着いたようで泣きはしなくなった。 「じゃ見に行ってみようか」 「うにゃー」 抱きつく力をさらに強める阿求。からかいすぎたろうか。 「っていっても一応俺も少ない男手だし、見に行かんわけにも行くるまいよ」 言うとしがみつく手が少し緩まる。 「じゃあ、書斎に送ってから見に行くから」 もう少し力が弱まる。 「じゃほれ、行くよ」 言うが動かない。膝立ちのまま、じっとこちらの腿に顔を埋めている 「どうしたの。たっちは?」 「子ども扱いしないでください」 顔を上げ、やっとといった風情で阿求が声を出す。 「ん。で、どしたの」 「今ので腰が抜けました……」 「あ、あらら」 さて、どうしたものか。 手の塞がっているだろうから、女中さんらを呼ぶわけには行かない。 なら、ここで休ませておくのが上等だろうか。 「休む? 畳の上でいい? 布団引く?」 といってもこの部屋に布団はないので、持って来る必要があるが。 「いえ、とりあえず書斎に運んでください」 「でも、休んでいた方が良くないか?」 「書斎に行きたいんですっ」 強く言い切られてしまった。 書斎に何かあるのか……そういえばあそこは奥のほうにあったっけ。 「さて立てないんじゃどうするかねえ」 肩を貸すわけにも行かないし、背負っていこうか。 さてそれでは背負い紐を調達してこなければいけない。 「抱っこ」 「そうさね。背負ってえなに?」 「抱っこしてください」 抱っこ。こっちの腰が死ねる。よって却下したい。 だが、両腕広げて待っているのを見捨てるわけにも行かない。 ……覚悟を決めるより他あるまいか。 阿求を横座りにさせ、左腋より腕を入れて背側に通し、右腋をつかむようにする。 同時に膝の下にも他方の腕を差し込み持ち上げ、俗に言うお姫様抱っこの状態にする。 「重い。落としそう」 「女の子に重いなんて言っちゃいけません」 そう言って阿求は肩に顎を押し付けてくる。 肩のツボが押されて地味に痛い。 「痛いでしょ。そんなことやってると落とすよ」 「きゃーおとさないでー」 そう言って阿求は腕に力を込め、顔を首筋に寄せてきた。 阿求の吐息が首にかかリ、大分くすぐったい。 「じゃ行くかね」 ふらふらと歩き始める。 普段なら1分、40歩かからない程度の場所に、 途中何度か落としそうになりながら、じっくり5分以上かけて進んでいく。 「はい、着いたよ」 言いながら、座布団の上に降ろす。 「ありがとうございました」 言うと阿求は座りなおし、背筋を伸ばして筆記机に向かう。 「それじゃ見てくるか」 「気をつけてくださいね」 外回りの廊下をのそのそ歩き、破損箇所を探す。 が、特に見つからない。 二週目に突入するがやはり見つからない。 「戸袋にでも当たったのか……?」 まあいい。目に見える被害がないなら、今はそれで上等だ。 「ただいま」 「おかえりなさい。どうでした?」 「何も壊れてないね。添え木なりにでも当たったんじゃなかろうか」 阿求の傍に胡坐をかき、言う。 「見た感じ被害がないようなんで、安心して寝れるわ」 足を伸ばし、敷いていた座布団を除け横になる。 「寝るのは構わないんですが……」 服の上のボタンをはずし、ベルトを少し緩め寝やすくする。 「何でここで寝ようとしているんですか?」 「阿求がいるから」 言いながら阿求の座っている座布団を机の影から、阿求ごと引き摺り出す。 「えっ……それはどういう」 「ん、いい高さ」 問いかけは無視して、膝の上に頭を乗せ幾らか揺り動かす。 「じゃ、おやすみ」 「膝で寝ないでください。重いでしょ」 「じゃあ、膝枕はやめよう」 座りながら言い、座布団を頭を置く方向に放り投げ、阿求を引き倒しながらまた寝転がる。 「何するんですか」 「……添い寝?」 「される方ですか?」 阿求が言っている間にこちらは座布団を二つに折り、頭をのせる。 引き倒した阿求を抱き寄せ、頭の下に左手を差し入れて座布団の上に乗せさせて、 また右手を後頭に当てる。 「まあ、いいじゃないの。台風なんだし」 と、阿求の頭を撫でてやりながら言う。 そのまま阿求の頭頂に顎を乗せる形に、あるいは頭を胸に抱きかかえるように体の位置を変える。 幾らか抜け出そうと阿求はもがいていたが、やがて観念したか、離そうと突っ張っていた左腕をこちらの脇腹にのせると、 「台風ですし、まあいいかもしれませんね」 と言って体を引き付け、やがて双方静かに寝息を立てていった。 その後 時間経てども台風未だ過ぎず、風雨未だ強し。 さすがに何時間も雨戸が揺れ続けていれば不安になってくるし、 何よりうるさくて眠れやしない。 「寝れん」 そもそも昼間に2時間寝たのが悪かった。 「というか何でこんなに風が強いままなんだ」 台風なんて6時間程度で過ぎるものじゃないのか。 もうそのくらいは経ったはずだ。 「まあ、寝て起きれば晴れてるはずだな」 言いながら毛布をかぶり、寝ようとする。 「やはり寝れん」 人間は寝溜出来ない生き物なので、あまり寝すぎることも出来ない。 本でも読んでいようかと思ったが、そういえば燈油が足りないという話なので、 おいそれとそれも出来ない。 風が幾らか止んでいれば外に出て散歩でもしていればいいのだろうが、 こう風が強くてはそれも出来ない。 (あきゅんの寝顔見物にでも行こうかしらん) うむ、そうしよう。見つかったらその時だ。 早速足音を消すための厚手の靴下を探そうとした時、外の障子の闇が濃くなった。 かたり、と小さな音を立て障子が開く。現れたのは阿求だった。 「やはり起きてましたか」 近寄ってきた阿求が小声で言う。 「どうしたの? そっちも眠れない?」 こちらも小声で返すと、阿求は小さく頷いた。 本でも読んでいればいいのに、と言うと阿求は燈油が切れたと答えてきた。 「ですから、何か向こうにいた時の話でもしてもらおうかな、と」 さてやこれもなにかのネタにでもするつもりなのか、阿求が言ってくる。 しかし、狭く深くの交友関係だった自分には人に話すような話はさしてない。 とはいえ昔話なんぞやろうものならこっぴどく叱られそうだ。 いっそグリム童話あたり話してしまおうかとも思ったが、そも俺が覚えていない。 あたりは真っ暗。秋口とはいえ、台風の最中で未だ蒸し暑い。 「では覚えているのを幾らか。信じようと、信じまいと―」 翌日、毛布に包まり眠る阿求と、敷布団の下にいる俺がいた。 うpろだ404 ─────────────────────────────────────────────────────────── この家の主が息を引き取ろうとしていた。 本当に短い間の命を、ただただ書く事のみに捧げ死んでいく。 それを何代も何代も続けているのだという。 「お世話になりました」 「いえ、このくらいなんでもありません」 「それでもです。お礼を言わせてください」 弱弱しく言う。 あぁ、やはり死ぬのだと再確認する。 もしかしたらちょっと風邪を引いただけなのかも、と望んでいたけれど。 ならば、言わなければいけないことが…… 「私は……」 「言わないで下さい」 「…………」 「命短い私に、その言葉は重過ぎます」 「…………」 「泣かないで下さいよ。死にそうで泣きたいのは私なんですから」 「はい」 それでもあふれる涙をとめることは出来なかった。 それから無言でどれほどの時間いたのだろう。 ようやく涙が枯れたときには、沈みかけていた太陽はすでになく月が南の空にかかっていた。 「そろそろ……逝きますね」 「はい」 「これから息災ですごしてください」 死んでしまう。 最愛の人が。 勇気を振り絞る。 「必ずまた会います。そのときは先程の言葉を必ず聞いていただきます」 「急になんですか? 私は数百年単位で転生を繰り返しています。それに私はそのとき男か女かわかりませんよ」 「存じています。でも、必ず会います」 そう、これは強い意思。 「あなたが生まれ変わるとき私は必ずそこにいます。 あなたが女性なら男として、男性なら女として」 「閻魔様が許すとも思えませんけど」 「いいえ、誓って生まれ変わります」 「それは楽しみです」 そういって瞳を閉じ、二度と開かなかった。 その後最愛の人に遅れること数十年、十分に長生きをして死ぬことになる。 「お初お目にかかります。私は○○と申します。 幻想郷の外の出身ではありますが、この度稗田家の使用人頭としてお世話させていただくこととなりました」 「はい、よろしくお願いいたします」 そういって目の前の少女はクスリと笑った。 何か変なこといったかな? 「それにしても、本当に生まれ変わった上にきちんと男性なんですね。○○は」 「はい?」 「いいえ、なんでもありません。 ところで何か言いたいことはありませんか?」 「? いえ、特にはございませんが」 不思議そうな顔をしている俺を見てまたクスクス笑う。 なんだ? 「ちなみに私にはあります。お久しぶりです○○」 「?」 「あのときの言葉を今度こそ聞きたい。必ず言ってくださいね」 「は、はぁ、何のことか良くわかりませんが」 「はい、でもきっと思い出してください」 「? と、とにかくこれからよろしくお願いいたします、阿求さま」 と、これが俺と阿求の出会い。 ちなみに俺がこの時の会話の意味を知るのは、もうしばらく後のことだった。 うpろだ457 ─────────────────────────────────────────────────────────── 夜の蚊帳が下りた薄暗い林の中を一人進む。 終わらない迷路のように続く林。 聳え立つ暗い木々は寂しく朽ち果て、多いというのにどこか空虚な印象を与える。 そんな冷たい場所の明かりはただ一つ、頭上の満月のみ。 ただ、月が仄かに照らし出そうとも、この場所の陰鬱な雰囲気は変わらない。 まるで死を暗示させるかのようだと、阿求は思った。 黒の木々を掻き分け、足音だけを響かせなお進む。 そして前方に初めて黒以外の色を見つけ、ふと足を止めた。 ―――・・・血、だ。 木や地面に飛び散るようにこびりついた血はまだ赤く、 その血が流れてからまだあまり時間が経っていないことを示す。 そしてその更に奥に、自分が探している人物がいるということも。 「・・・○○、」 おびただしい程の赤の中心、闇に紛れるように佇む彼に声をかける。 手には赤く濡れそぼった斧。 辺りにはばらばらになった妖怪の死体。 どちらも、彼には似合わないものだと、無意識に考える。 と、その時、○○はゆっくりとした動作でこちらを振り返った。 「・・・阿求か」 彼はこの場には到底似合わない、明るい笑顔を向けてくる。 それには流石の阿求も小さく息をのみ、目を見張った。 「阿求、どうかしたのか?いつもは家で待っててくれるじゃないか」 「いえ・・・あまりに遅いので迎えに来ました。今日も妖怪退治、ご苦労様です」 帰りましょうか、と手を差し出し、○○に問いかける。 しかし○○はその手を取る事無く、小さくかぶりをふって悲しそうに笑った。 「○○・・・?」 「・・・悪いな。もう少しだけ、ここにいたい」 それは黙とうのためだろうか。 ○○が殺してしまった妖怪に対しての。 罪滅ぼしにもならないのはわかっている。 殺してしまった内臓を直視したところで、罪が消えるわけではない。 ただ、自分はこれを仕事に選び、里の人間に感謝され、 そして阿求がそばにいてくれるだけだ。 阿求はそれに何も言わず、どこかに視線を彷徨わせていた。 二人の間に自然と沈黙が訪れる。 いつもは心地良い沈黙も、今は酷く気を乱される気がして、 ○○は無意識のうちに眉根を寄せていた。 そう、この時はまだ分からなかったのだ。 自分の胸に巣食う、この言いようのない不安の正体を。 「○○」 「・・・っ、何だ?」 阿求の姿を見つめながらも、意識は思考の奥深くまで潜っていた○○は、 彼女の呼びかけにはっと意識を取り戻すと、平然と返事を返した。 「・・・こんな所にも、花は咲くんですね」 その言葉に不思議そうに阿求の見る先を覗き込む。 するとそこには、名も知らぬような小さな白い花があった。 「私は、この花のように生きてみたかった」 独り言のような阿求の言葉。 しかし○○は、それを黙って聞いていた。 慈しむような優しい手つきで、白い花に触れる。 ふわりと揺れた花は、何故か阿求自身のような気がした。 「誰のためでもなくただ花を咲かせて、誰に知られる事もなく、 でも最期まで自分を誇って散るんです。 ・・・そして、今にも枯れてしまいそうな瞬間にも、こうして美しいと思ってもらえる」 ここには何もないかもしれないけれど。 ただ、静かに美しく咲き誇れるでしょう? 首をかしげてみせた阿求の表情は、何かを諦めたように潔いものだった。 だから、なのかもしれない。 彼女の言葉が、こんな場所で死ねたらいいのにと、そう聞こえたのは。 「素敵だと思いませんか?」 「・・・そう、だな。でも」 そんな事を、自分の前で言わないでほしい。 口にさえ出さなかったものの、○○の困ったような笑みに、阿求もふっと、笑った。 気付いているのだろうか、彼は。 自分がひどく泣きそうな顔をしているという事に。 そんなことを頭の片隅で思いつつ、阿求はぐっと拳を握り締めた。 「わかってますよ?・・・わかってます。けれど、○○、」 わかるでしょう?と笑う阿求を○○は、どうにもできず抱き寄せる。 情けない事に、自分の体が、言葉が震えている。 この先は言わせてはならないと、本能が告げているから。 「・・・私は、もう」 「阿求、それ以上言うな」 「もう、これ以上」 「阿求・・・っ」 「生きては、んっ・・・」 「阿求・・・!」 ○○が言葉を紡がせないように、阿求の唇を塞ぐ。 息苦しいほどの口付けに、阿求は視界がぼやけ、意識が浮く気がして瞳を閉じた。 ・・・これで私が死んでしまったら、彼はどんな顔をするのだろう。 そう考えたら、さっきまで何ともなかったのに、無性に泣きたくなった。 「・・・○○、聞いてください」 「聞きたくない」 「我儘言わないでください」 「どっちが、だよ」 ああ、泣きそうだ。 私も、○○も。 「ええ、すみません」 本当にごめんなさい、○○。 最後の、最期まで弱い私で。 でも、愛しいから貴方の手で、迎えたい。 「・・・我儘、聞いてくれますか・・・?」 その言葉に、○○はすっと目を閉じて、今にも泣き出しそうな空を仰いだ。 月はいつの間にか雲に隠れてしまっている。 涙が、頬を伝った。 「―――・・・○○」 ああ、これはきっと、喪失感だ。 俺はこうして、この世界で全てを失くすだろう。 今は鮮やかな色も、ゆったりと流れる刻も、大切な君でさえも。 「私を、殺して?」 それでも俺は、それに抗う術を知らないから。 (せめて最期くらいは貴方に手折られたいと、そう思っ た の) 「たとえお前がどんな姿になっていようとも、俺は必ず、見つけ出してやる」 「―――・・・ええ、また来世で逢いましょう、私の愛しき人」 そして俺は、動かなくなった君を抱いて、帰路につく。 10スレ目 652 ───────────────────────────────────────────────────────────
https://w.atwiki.jp/wakiyaku/pages/42.html
【ジャンル】STG,設定資料 【作品名】東方Project 【名前】稗田 阿求 【属性】少女 【大きさ】少女並み 【攻撃力】筆を持った小学校低学年の少女並 【防御力】着物を着た小学校低学年の少女並 【素早さ】小学校低学年の少女並 【特殊能力】一度見た物を忘れない程度の能力 約1200年前から転生を続けている存在で阿求は九代目である。阿求自体は短命 【長所】阿求のおかげでけっこう東方キャラの設定が明らかになった 【短所】もうちょっと詳しく書いてくれたらもっとよかった
https://w.atwiki.jp/propoichathre/pages/1120.html
阿求2 うpろだ404 「すごい音だな」 「台風ですから」 「固定してるのに、雨戸もやたら揺れてる」 「台風ですから」 「向こうが騒がしいけど、雨漏りでもしたのかね」 「台風ですから」 先刻から同じ答えしか返ってこない。 「阿求、何でそんな奥のほうにいるの?」 「台風ですから」 「……」 暗がりの奥に阿求はいて、顔は良く見えない。 しかしこれは……。 「あきゅんたいふうこわい?」 「台風dいえ、怖くはありませんよ」 何度も経験しましたし、と声を小さくしながら続けるもそれにまったく説得力は無い。 これは明らかに怖がっている。 「怖いなら怖いって言っていいのよ」 「はい怖いです」 心地良いまでの即答痛み入る。そこまでか。 「別に強い台風って言っても、家が壊れるほどじゃないでしょ」 せいぜい屋根瓦が吹き飛ぶ程度、と付け加えると阿求から笑みがこぼれた。 「そ……そうですね。ここまで怖がることはありませんよね」 「そうそう、伊勢湾やマエミーに比べれば何のことも無い」 比べるものが間違ってる? まあ多少大きいものと比べた方がいいだろう。 「それでは落ち着いたところで、少し書き物などしてきますね」 そう言いながら立ち上がり、書斎へ行こうとする阿求。 外の廊下を使った方が早いだろうに、内の部屋伝いに行くのはやはりまだ怖いからか。 「それじゃ俺は夜に備えて横になってこよう」 夜に何をする気なんですか、と突っ込まれたが何のことは無い、ただの昼寝である。 各々やることをしに動こうとした時に、不意にそれは来た。 ガオンという轟音とともに屋敷が揺れ、遅れて風の吹き込む音が聞こえ始める。 「お。どっかの屋根瓦でもぶつかったか?」 見に行こうとした瞬間、腰をつかまれる。 「いやー。やー」 見れば阿求が泣きながらしがみついている。 「遠くでぶつかっただけで、ここにゃ被害は出んよ」 そう言いながら頭を軽く撫でてやると、幾らか落ち着いたようで泣きはしなくなった。 「じゃ見に行ってみようか」 「うにゃー」 抱きつく力をさらに強める阿求。からかいすぎたろうか。 「っていっても一応俺も少ない男手だし、見に行かんわけにも行くるまいよ」 言うとしがみつく手が少し緩まる。 「じゃあ、書斎に送ってから見に行くから」 もう少し力が弱まる。 「じゃほれ、行くよ」 言うが動かない。膝立ちのまま、じっとこちらの腿に顔を埋めている 「どうしたの。たっちは?」 「子ども扱いしないでください」 顔を上げ、やっとといった風情で阿求が声を出す。 「ん。で、どしたの」 「今ので腰が抜けました……」 「あ、あらら」 さて、どうしたものか。 手の塞がっているだろうから、女中さんらを呼ぶわけには行かない。 なら、ここで休ませておくのが上等だろうか。 「休む? 畳の上でいい? 布団引く?」 といってもこの部屋に布団はないので、持って来る必要があるが。 「いえ、とりあえず書斎に運んでください」 「でも、休んでいた方が良くないか?」 「書斎に行きたいんですっ」 強く言い切られてしまった。 書斎に何かあるのか……そういえばあそこは奥のほうにあったっけ。 「さて立てないんじゃどうするかねえ」 肩を貸すわけにも行かないし、背負っていこうか。 さてそれでは背負い紐を調達してこなければいけない。 「抱っこ」 「そうさね。背負ってえなに?」 「抱っこしてください」 抱っこ。こっちの腰が死ねる。よって却下したい。 だが、両腕広げて待っているのを見捨てるわけにも行かない。 ……覚悟を決めるより他あるまいか。 阿求を横座りにさせ、左腋より腕を入れて背側に通し、右腋をつかむようにする。 同時に膝の下にも他方の腕を差し込み持ち上げ、俗に言うお姫様抱っこの状態にする。 「重い。落としそう」 「女の子に重いなんて言っちゃいけません」 そう言って阿求は肩に顎を押し付けてくる。 肩のツボが押されて地味に痛い。 「痛いでしょ。そんなことやってると落とすよ」 「きゃーおとさないでー」 そう言って阿求は腕に力を込め、顔を首筋に寄せてきた。 阿求の吐息が首にかかリ、大分くすぐったい。 「じゃ行くかね」 ふらふらと歩き始める。 普段なら1分、40歩かからない程度の場所に、 途中何度か落としそうになりながら、じっくり5分以上かけて進んでいく。 「はい、着いたよ」 言いながら、座布団の上に降ろす。 「ありがとうございました」 言うと阿求は座りなおし、背筋を伸ばして筆記机に向かう。 「それじゃ見てくるか」 「気をつけてくださいね」 外回りの廊下をのそのそ歩き、破損箇所を探す。 が、特に見つからない。 二週目に突入するがやはり見つからない。 「戸袋にでも当たったのか……?」 まあいい。目に見える被害がないなら、今はそれで上等だ。 「ただいま」 「おかえりなさい。どうでした?」 「何も壊れてないね。添え木なりにでも当たったんじゃなかろうか」 阿求の傍に胡坐をかき、言う。 「見た感じ被害がないようなんで、安心して寝れるわ」 足を伸ばし、敷いていた座布団を除け横になる。 「寝るのは構わないんですが……」 服の上のボタンをはずし、ベルトを少し緩め寝やすくする。 「何でここで寝ようとしているんですか?」 「阿求がいるから」 言いながら阿求の座っている座布団を机の影から、阿求ごと引き摺り出す。 「えっ……それはどういう」 「ん、いい高さ」 問いかけは無視して、膝の上に頭を乗せ幾らか揺り動かす。 「じゃ、おやすみ」 「膝で寝ないでください。重いでしょ」 「じゃあ、膝枕はやめよう」 座りながら言い、座布団を頭を置く方向に放り投げ、阿求を引き倒しながらまた寝転がる。 「何するんですか」 「……添い寝?」 「される方ですか?」 阿求が言っている間にこちらは座布団を二つに折り、頭をのせる。 引き倒した阿求を抱き寄せ、頭の下に左手を差し入れて座布団の上に乗せさせて、 また右手を後頭に当てる。 「まあ、いいじゃないの。台風なんだし」 と、阿求の頭を撫でてやりながら言う。 そのまま阿求の頭頂に顎を乗せる形に、あるいは頭を胸に抱きかかえるように体の位置を変える。 幾らか抜け出そうと阿求はもがいていたが、やがて観念したか、離そうと突っ張っていた左腕をこちらの脇腹にのせると、 「台風ですし、まあいいかもしれませんね」 と言って体を引き付け、やがて双方静かに寝息を立てていった。 その後 時間経てども台風未だ過ぎず、風雨未だ強し。 さすがに何時間も雨戸が揺れ続けていれば不安になってくるし、 何よりうるさくて眠れやしない。 「寝れん」 そもそも昼間に2時間寝たのが悪かった。 「というか何でこんなに風が強いままなんだ」 台風なんて6時間程度で過ぎるものじゃないのか。 もうそのくらいは経ったはずだ。 「まあ、寝て起きれば晴れてるはずだな」 言いながら毛布をかぶり、寝ようとする。 「やはり寝れん」 人間は寝溜出来ない生き物なので、あまり寝すぎることも出来ない。 本でも読んでいようかと思ったが、そういえば燈油が足りないという話なので、 おいそれとそれも出来ない。 風が幾らか止んでいれば外に出て散歩でもしていればいいのだろうが、 こう風が強くてはそれも出来ない。 (あきゅんの寝顔見物にでも行こうかしらん) うむ、そうしよう。見つかったらその時だ。 早速足音を消すための厚手の靴下を探そうとした時、外の障子の闇が濃くなった。 かたり、と小さな音を立て障子が開く。現れたのは阿求だった。 「やはり起きてましたか」 近寄ってきた阿求が小声で言う。 「どうしたの? そっちも眠れない?」 こちらも小声で返すと、阿求は小さく頷いた。 本でも読んでいればいいのに、と言うと阿求は燈油が切れたと答えてきた。 「ですから、何か向こうにいた時の話でもしてもらおうかな、と」 さてやこれもなにかのネタにでもするつもりなのか、阿求が言ってくる。 しかし、狭く深くの交友関係だった自分には人に話すような話はさしてない。 とはいえ昔話なんぞやろうものならこっぴどく叱られそうだ。 いっそグリム童話あたり話してしまおうかとも思ったが、そも俺が覚えていない。 あたりは真っ暗。秋口とはいえ、台風の最中で未だ蒸し暑い。 「では覚えているのを幾らか。信じようと、信じまいと―」 翌日、毛布に包まり眠る阿求と、敷布団の下にいる俺がいた。 うpろだ457 この家の主が息を引き取ろうとしていた。 本当に短い間の命を、ただただ書く事のみに捧げ死んでいく。 それを何代も何代も続けているのだという。 「お世話になりました」 「いえ、このくらいなんでもありません」 「それでもです。お礼を言わせてください」 弱弱しく言う。 あぁ、やはり死ぬのだと再確認する。 もしかしたらちょっと風邪を引いただけなのかも、と望んでいたけれど。 ならば、言わなければいけないことが…… 「私は……」 「言わないで下さい」 「…………」 「命短い私に、その言葉は重過ぎます」 「…………」 「泣かないで下さいよ。死にそうで泣きたいのは私なんですから」 「はい」 それでもあふれる涙をとめることは出来なかった。 それから無言でどれほどの時間いたのだろう。 ようやく涙が枯れたときには、沈みかけていた太陽はすでになく月が南の空にかかっていた。 「そろそろ……逝きますね」 「はい」 「これから息災ですごしてください」 死んでしまう。 最愛の人が。 勇気を振り絞る。 「必ずまた会います。そのときは先程の言葉を必ず聞いていただきます」 「急になんですか? 私は数百年単位で転生を繰り返しています。それに私はそのとき男か女かわかりませんよ」 「存じています。でも、必ず会います」 そう、これは強い意思。 「あなたが生まれ変わるとき私は必ずそこにいます。 あなたが女性なら男として、男性なら女として」 「閻魔様が許すとも思えませんけど」 「いいえ、誓って生まれ変わります」 「それは楽しみです」 そういって瞳を閉じ、二度と開かなかった。 その後最愛の人に遅れること数十年、十分に長生きをして死ぬことになる。 「お初お目にかかります。私は○○と申します。 幻想郷の外の出身ではありますが、この度稗田家の使用人頭としてお世話させていただくこととなりました」 「はい、よろしくお願いいたします」 そういって目の前の少女はクスリと笑った。 何か変なこといったかな? 「それにしても、本当に生まれ変わった上にきちんと男性なんですね。○○は」 「はい?」 「いいえ、なんでもありません。 ところで何か言いたいことはありませんか?」 「? いえ、特にはございませんが」 不思議そうな顔をしている俺を見てまたクスクス笑う。 なんだ? 「ちなみに私にはあります。お久しぶりです○○」 「?」 「あのときの言葉を今度こそ聞きたい。必ず言ってくださいね」 「は、はぁ、何のことか良くわかりませんが」 「はい、でもきっと思い出してください」 「? と、とにかくこれからよろしくお願いいたします、阿求さま」 と、これが俺と阿求の出会い。 ちなみに俺がこの時の会話の意味を知るのは、もうしばらく後のことだった。 10スレ目 652 夜の蚊帳が下りた薄暗い林の中を一人進む。 終わらない迷路のように続く林。 聳え立つ暗い木々は寂しく朽ち果て、多いというのにどこか空虚な印象を与える。 そんな冷たい場所の明かりはただ一つ、頭上の満月のみ。 ただ、月が仄かに照らし出そうとも、この場所の陰鬱な雰囲気は変わらない。 まるで死を暗示させるかのようだと、阿求は思った。 黒の木々を掻き分け、足音だけを響かせなお進む。 そして前方に初めて黒以外の色を見つけ、ふと足を止めた。 ―――・・・血、だ。 木や地面に飛び散るようにこびりついた血はまだ赤く、 その血が流れてからまだあまり時間が経っていないことを示す。 そしてその更に奥に、自分が探している人物がいるということも。 「・・・○○、」 おびただしい程の赤の中心、闇に紛れるように佇む彼に声をかける。 手には赤く濡れそぼった斧。 辺りにはばらばらになった妖怪の死体。 どちらも、彼には似合わないものだと、無意識に考える。 と、その時、○○はゆっくりとした動作でこちらを振り返った。 「・・・阿求か」 彼はこの場には到底似合わない、明るい笑顔を向けてくる。 それには流石の阿求も小さく息をのみ、目を見張った。 「阿求、どうかしたのか?いつもは家で待っててくれるじゃないか」 「いえ・・・あまりに遅いので迎えに来ました。今日も妖怪退治、ご苦労様です」 帰りましょうか、と手を差し出し、○○に問いかける。 しかし○○はその手を取る事無く、小さくかぶりをふって悲しそうに笑った。 「○○・・・?」 「・・・悪いな。もう少しだけ、ここにいたい」 それは黙とうのためだろうか。 ○○が殺してしまった妖怪に対しての。 罪滅ぼしにもならないのはわかっている。 殺してしまった内臓を直視したところで、罪が消えるわけではない。 ただ、自分はこれを仕事に選び、里の人間に感謝され、 そして阿求がそばにいてくれるだけだ。 阿求はそれに何も言わず、どこかに視線を彷徨わせていた。 二人の間に自然と沈黙が訪れる。 いつもは心地良い沈黙も、今は酷く気を乱される気がして、 ○○は無意識のうちに眉根を寄せていた。 そう、この時はまだ分からなかったのだ。 自分の胸に巣食う、この言いようのない不安の正体を。 「○○」 「・・・っ、何だ?」 阿求の姿を見つめながらも、意識は思考の奥深くまで潜っていた○○は、 彼女の呼びかけにはっと意識を取り戻すと、平然と返事を返した。 「・・・こんな所にも、花は咲くんですね」 その言葉に不思議そうに阿求の見る先を覗き込む。 するとそこには、名も知らぬような小さな白い花があった。 「私は、この花のように生きてみたかった」 独り言のような阿求の言葉。 しかし○○は、それを黙って聞いていた。 慈しむような優しい手つきで、白い花に触れる。 ふわりと揺れた花は、何故か阿求自身のような気がした。 「誰のためでもなくただ花を咲かせて、誰に知られる事もなく、 でも最期まで自分を誇って散るんです。 ・・・そして、今にも枯れてしまいそうな瞬間にも、こうして美しいと思ってもらえる」 ここには何もないかもしれないけれど。 ただ、静かに美しく咲き誇れるでしょう? 首をかしげてみせた阿求の表情は、何かを諦めたように潔いものだった。 だから、なのかもしれない。 彼女の言葉が、こんな場所で死ねたらいいのにと、そう聞こえたのは。 「素敵だと思いませんか?」 「・・・そう、だな。でも」 そんな事を、自分の前で言わないでほしい。 口にさえ出さなかったものの、○○の困ったような笑みに、阿求もふっと、笑った。 気付いているのだろうか、彼は。 自分がひどく泣きそうな顔をしているという事に。 そんなことを頭の片隅で思いつつ、阿求はぐっと拳を握り締めた。 「わかってますよ?・・・わかってます。けれど、○○、」 わかるでしょう?と笑う阿求を○○は、どうにもできず抱き寄せる。 情けない事に、自分の体が、言葉が震えている。 この先は言わせてはならないと、本能が告げているから。 「・・・私は、もう」 「阿求、それ以上言うな」 「もう、これ以上」 「阿求・・・っ」 「生きては、んっ・・・」 「阿求・・・!」 ○○が言葉を紡がせないように、阿求の唇を塞ぐ。 息苦しいほどの口付けに、阿求は視界がぼやけ、意識が浮く気がして瞳を閉じた。 …これで私が死んでしまったら、彼はどんな顔をするのだろう。 そう考えたら、さっきまで何ともなかったのに、無性に泣きたくなった。 「・・・○○、聞いてください」 「聞きたくない」 「我儘言わないでください」 「どっちが、だよ」 ああ、泣きそうだ。 私も、○○も。 「ええ、すみません」 本当にごめんなさい、○○。 最後の、最期まで弱い私で。 でも、愛しいから貴方の手で、迎えたい。 「・・・我儘、聞いてくれますか・・・?」 その言葉に、○○はすっと目を閉じて、今にも泣き出しそうな空を仰いだ。 月はいつの間にか雲に隠れてしまっている。 涙が、頬を伝った。 「―――・・・○○」 ああ、これはきっと、喪失感だ。 俺はこうして、この世界で全てを失くすだろう。 今は鮮やかな色も、ゆったりと流れる刻も、大切な君でさえも。 「私を、殺して?」 それでも俺は、それに抗う術を知らないから。 (せめて最期くらいは貴方に手折られたいと、そう思っ た の) 「たとえお前がどんな姿になっていようとも、俺は必ず、見つけ出してやる」 「―――・・・ええ、また来世で逢いましょう、私の愛しき人」 そして俺は、動かなくなった君を抱いて、帰路につく。 8スレ目 357 「わぁ…」 「どしたい、阿求」 「いえ、ちょっと圧倒されてました」 目の前に広がる屋台と人の波を呆然と見つめて、隣の少女が呟く。 年に一度の祭事、ということがそうさせるのか、まるで昼間のような明るさだ。 「さすがは引き篭もり」 「失敬な! これでも少しは出歩いてます!」 少しは、ねぇ。 「まぁいいや。 今夜は楽しまないとな」 「費用は○○さん持ちで、ですね」 「そうそ…何ィ!?」 「『でぇと』では男性の方が負担すると聞きましたよ?」 にんまり、と形容するのがぴったりな笑みで俺を見上げる阿求。 「仕方ないな」 「やった! じゃあまず…アンズ飴をお願いします」 「って…俺がか?」 「当然でしょう。 それとも」 出店に群がる人の波を指差し、 「あの中にか弱い女の子を放り込むおつもりですか?」 「…承知致しました」 俺はほんの少しだけ、彼女を祭りに誘ったことを後悔した。 「ほいよ」 「ありがとうございます~」 手渡した飴をすぐさま頬張る阿求。 幸せそうな表情の彼女と並んで、 俺は里の中心部へと足を進める。 何でもデカイ竹にまとめて短冊を吊るすそうな。 手の中には先ほど渡された短冊が一枚。 俺はそれを眺めながら阿求に訊いてみる。 「そう言えば…阿求は何を書くつもりなんだ?」 「願い事ですか? …帰り道に話しますよ」 「今言っても変わらんだろ」 「ダメです。 ○○さんの願い事なら聞きますが?」 「誰が言うか!」 「じゃあお互いに帰り道に、と言うことで」 しっかり公開の義務を取り付けられてしまった。 俺は反駁する暇もなく、 「○○さん、次は冷やし飴をお願いします」 「へいへい…」 飴を食べ終えた『主』の新たな命令に奔走するのだった。 あぁ、俺って弱いなぁ…。 祭は終わり、打って変わって静かな帰り道。 「さて…聞かせて貰うぞ、阿求」 「はい?」 「願い事だよ、願い事!」 「ああ、そう言えばそうでしたね」 聞かなかったらずっと黙ってるつもりだったんだろうか…。 顔を顰める俺を余所に彼女はにこやかな笑顔で一言、 「『無病息災』です」 「意外に地味っつーか…普通だな」 「あはは…そう言う○○さんは?」 「ん~…」 「ほらほら、私も言ったんですから」 「笑わないか?」 「笑いませんよお」 そう言いつつも口端が上がってるのは何故かな阿求さん。 俺は軽く息を吐きながらも、 「『阿求が少しでも長く生きられるように』だ」 出来る限り真面目な顔をして言ってみたが、言われた本人はと言うと、 「………え?」 数秒間固まった後にそれだけ呟いた。 目が点になっている。 「あの、普通自分のコトをお願いするのでは?」 「じゃあ俺は普通じゃねぇんだろうな」 なんつったって外界人だ、イレギュラーと言ってもいい。 「御阿礼の子のコトは色々と聞いたよ」 「う…それは」 「それに、コレは俺の願いでもあるわけだ」 そう続けた言葉に、俯いていた阿求の瞳が俺を捉える。 「お前と少しでも長く居たい、ってのが本音なんだからな」 ダメだ、照れる。 顔が紅くなってやしないか。 堪らず視線を宙に投げる俺に、隣の少女が淡々とした声で、 「…キザですねぇ」 「やかましい」 「でも、ありがとうございます」 不意に伸ばされた阿求の手が、俺の手をしっかりと握る。 思った以上に小さく、暖かな感触に驚きながらも俺はそれを握り返す。 俺達は互いに視線を合わせないまま、だが握った手は 離さずに、澄んだ夜空の下をゆっくりと、ゆっくりと歩いた。 8スレ目 616 「暑い、ですねぇ…」 「夏だからな」 「…麦茶も温いですね」 「夏だからな」 「どうにかなりません?」 「ほれ」っ団扇 「…これでどうしろと」 「扇いで涼を取れ」 「………」 (パタパタパタパタ…) 「…疲れただけです」 「体力ねぇなぁ…」 「しかも動いた分暑くなりました」 「…それはお気の毒」 「と、言うか!」 「???」 「どうしてそんなに普通なんです!?」 「あ~…俺の住んでた周りって高い建物ばっかでさ。 ろくに風とか届かない上に熱だけは篭るんだよ」 「…それで?」 「それに比べりゃ、此処は随分と過ごし易いぞ?」 「むー…私には暑いんですよぅ…。 それに私よりも気持ちよさそうに見える…。 どちらかと言うと、後者のほうが気に入らない!」(がばっ 「うお、ナニしやがんだ阿求!?」 「貴方だけに快適な思いはさせません~! うりうり」 「別に快適とは言って…コラ! 押し倒すなのしかかるなベルトに手を掛けるなぁ!!」 「…イヤですか?」 「…イヤではないデスが、出来れば夜n」 「アハハハハー! 最高にハイってヤツだー!! ハァハァハァ」 「ノォおおお!? オタスケー!!」 ガラッ。 「阿求、課題の方h…」 「…………」のしかかって荒い息 「…………」押し倒されて涙目 「○○と言い阿求と言い…私の周りはこんなんばかりか…」(目頭押さえ 「……WRYYYYY!!」 「ぎゃあ! そして時は動き出す!? 慧音センセ!! 嘆くより先に助けては下さりませんかー!?」 「…まぁコレも経験だな、サラバ」 「見捨てやがった! 普通助けるだろ、普通!」 「んふふふふ~…普通じゃないって言ってましたよね」 「確かに言ったがこういう意味じゃ…ってオイ! どこ触t」 「ごゆるりと…」 ぴしゃん。 9スレ目 499 俺は今までに8回の失恋を経験している 失恋と言うよりは別れというのが正しいが 「やぁ阿求、勉強は捗ってるかい?」 「○○さん!遅かったじゃ無いですか」 「いやぁこれを買ってたらね」 ○○は可愛らしい巾着袋を差し出した 中には掌に乗る程度の瓶、中は琥珀色の、液体? 「水あめだよ、食べたがってただろ?」 「わぁ!ありがとうございます!」 俺は今まで8回、別れを経験している 何回別れても慣れない、こればっかりは だから俺は、彼女がいない間に思い出せるように、思い出を作る 「○○さん?」 「阿求・・・転生の準備は進んでいるのか?」 「は、はい・・・問題なく」 「そうか・・・さて、お茶でも入れてもらおうかな」 「あ、は、はい!すぐに!」 台所へ小走りに阿求がかけていく その場に腰を下ろし、お茶が来るのを待った 「お待たせしました!」 「ああ、ありがt・・・紅茶、そうか、阿求は紅茶が好きだったね」 そうかそうか、今度はクッキーを持ってこよう 色々な事を話した、勉強の事とか、転生の準備とか、妖怪の話とか 話した内容全てを覚えていよう、彼女がいない間に、浸れるほどの思い出を憶えていよう 「おや、もうこんな時間か・・・」 「あの・・・○○さん・・・」 「じゃあな阿求・・・また明日」 「あっ、はい!また明日!」 八回も恋をした、その全てが阿礼の子だった、それだけ そして、今 俺は、九回目の恋をしている 9スレ目 519 阿「○○さんって変態ですね」 ○「……はぁ!?」 阿「だって私みたいな子供を恋人にするなんて」 ○「中身は大人だからいいじゃん、それに妖怪の俺と違って人間の阿求は成長するんだし」 阿「それに私男の人になった時もあるんですよ」 ○「俺が愛したのはお前という存在だから男でも女でも別にどっちでも良いんだよ 男の時は親愛で女の時は普通に愛って感じで」 阿「節操無しですね」 ○「俺はお前一筋だぜ」 阿「里の人たちから○○さんなんて言われてるか知ってます?」 ○「さあ?なんて言われてんだ」 阿「ペド妖怪です」 ○「…………お前と居るために妖怪になったのにその仕打ちはないだろう!!」 阿「私が言ってるわけじゃないですよ!!」 ○「ああ、そうだな、そーか、俺そんな風に思われてたんだ」 阿「それでその……○○さんは妖怪になったことに後悔してないですか」 ○「ないな、最初に言ったけど俺はおまえとずっと一緒に居たいんだよ」 阿「ありがとう、ございます」 10スレ目 211 〇〇が恨めしい。 私は、あまり人には深入りしない第三者をになる事に務めてきた。 それが歴史の編纂者には必要だと前世から思っていたし、私もそう思っていた。 だが、〇〇のせいでその視点は打ち砕かれた。 私は〇〇を毎日意識してしまうようになってしまった。 特定の個人を取り上げる視点は、幻想郷縁紀の性質すら根本からねじ曲げてしまった――私の生まれた意味、死ぬ意味、存在そのものを〇〇に書き替えられてしまったのだ。 〇〇に幻想郷を知ってほしい。そして文章を通じて〇〇に私を解ってほしいと望むようになってしまった。 妖怪個人にスポットを当てたのは、本当は私個人の個性をアピールする隠れ蓑であったし、私の心の内を注約文に示すためでもあった。 〇〇に読んでほしいから、一般公開に踏み切った。 〇〇が、好きだった。 でも、〇〇に気持ちは伝えなかったし〇〇に気持ちの見返りも求めなかった。 だって、私はすぐに死ぬから 悲恋の物語は、人の不幸と同じ。 この恋が実ったところで、その実は決して二人にとって蜜の味にはならない。 渋柿は、齧っても吐き出してしまうのがオチ。 それが美味しそうに熟していても、決して口にしてはいけないのだ。 だから、私は死ぬまで〇〇に気持ちを伝えなかった。 〇〇からは死ぬまでその手の言葉を聞かなかった。 私の片思いで、いいのだ。 私の片思いでよかったのに、〇〇は私の亡骸に何度も何度も愛の告白をした 空気を読んでほしい。 〇〇は、声を上げて泣いた 私は、死人に口なし 〇〇は、私の亡骸にそっと唇を寄せた 私は、〇〇の泣き顔をすりぬけた ――なんだ、結局私は臆病なだけだったんじゃないか。 四季様からは、この件でこっぴどく怒られた。 反省文を半年に渡って書けと命じられてしまったほどだ その刑期も終え、やっと地獄の仕事手伝いを始めてしばらくすると小野塚さんが手紙を持ってきました。 それは〇〇からの手紙でした。 あのとき書かされた反省文は、そのまま〇〇に届けられていたのです。 それを穴が開くほどじっくりと読み、短い返事を書きました 『早死にして地獄に来ようとしてもダメよ。とびっきりの責め苦を頼んだ上で絶対に顔出さないから それより善行を積んで転生して。その時は私も添い遂げるから』 ああ、死後も私の気持ちを乱し続けるなんて 〇〇はなんて恨めしくて愛しいのだろう 「小町、勝手に裁判資料を持ち出しましたね?具体的にはあの反省文」 「えーっと!これには海より深い事情がー!」 「幻想郷に海はありません(ラストジャッジメント)」 10スレ目 323 それは春の日のこと。 暖かくなるといつも、あなたは欠伸ばかりしていますね。 そんなときはいつも、うたた寝をするあなたの頭を膝に置いて、花の香りを楽しみました。 でも、あまり調子に乗って変なことをしたときは、問答無用でぶん殴りましたね。 あなたのそういうところは、少し嫌でした。 それは夏の日のこと。 暑い中、あなたは底抜けに元気でしたね。 私が仕事に熱中していても、いつの間にか手を引いて外へと連れ出していて。 あの時は文句を言いましたが、本当は嬉しくて、沢山甘えてしまいました。 それでも、私は暑いのが苦手なのですから、もう少し配慮してください。 それは秋の日のこと。 夜長ということもあって、月が沈むまで筆を握る私を、あなたは窘めていましたね。 そのくせ、月が綺麗な夜は無理やり月見に付き合わせて、本当に我侭です。 それでも、あなたに抱かれて見上げた月は美しくて、その腕の中は本当に温かかった。 でも、半笑いで鼻の下を伸ばすのは本当に止めてください。 それは冬の日のこと。 寒くなると、時々あなたは機嫌が悪くなりましたね。 二人で雪の中を歩くとき、長く沈黙が続くと私は不安になりました。 でも、いつの間にかあなたは私の肩を引き寄せて、そっと温めてくれましたね。 冷たいくせに優しいところは、ちょっとずるいです。 それは雨の日のこと。 雷が鳴る夜、震えを隠そうとする私を高らかに笑い飛ばしました。 それが不服で抗議の声を上げようとも、あなたは私を馬鹿にするのを止めませんでした。 それでも、しっかり手だけは握って放さないでいてくれましたね。 風呂まで付いて来ようとしたときには、愛想が尽きそうでした。 それは晴れた日のこと。 恥ずかしがる私の手を強引に繋いで、里を歩きましたね。 上白沢ですら何かを察したのか、嫌な笑みを浮かべていました。 大好きな甘味でさえ、そのときは味がしなかったように思います。 帰り道でお返しに口付けをした時、照れたあなたは可愛かったです。 それは曇りの日のこと。 あなたは時々、私を抱いて涙しましたね。 そんな時、私は酷い罪悪感と共に、尽きることのない幸福を感じていました。 だからこそ、私はあなたの背に手を回して、笑みを浮かべることができたのです。 それは、風の強い日、雪の降る日、寒い日、暑い日、記念日、誕生日。 一年の初めから終わりまで、あなたはずっと私の傍にいてくれましたね。 いつしか時が過ぎて、私が床に伏せるまで。 いえ、きっと今の私が死した後も、あなたはここに居てくれるのでしょう。 それは間違っていることなのだと分かっています。 それでも、私はそれが嬉しくてたまりませんでした。 どうか、こんな私を許してください。 転生までの間、罪はいくらでも償いますから――。 「○○……決して、私の手を放さないで」 「当然だ」 命が消えていく、彼の笑顔も消えていく。 最後に感じたのは、何度も交わした口付けとあなたの涙の温かさだった。 ねぇ○○。私は、幸せでしたよ。 夏が来て、あなたが現れて。 秋が来て、あなたが一緒に居て。 冬が来て、あなたが笑って。 春が来て、私も笑って。 こんなにも幸せで、こんなにも辛い死は初めてです。 だから、だから私は――。 ――あなたのことなんか、大っ嫌いでした。 ■ 「……奇遇だね、俺もお前が大好きだったよ」 阿求の最後の言葉にそう答えて、俺は重い腰を上げた。 亡骸はもう、何も語りはしない。 一度も、彼女の口から愛しているとは聞けなかった。 だから――。 「蓬莱山、輝夜様ですね?」 「はい」 「訳あって、貴女の生き胆を頂戴しに来ました」 「それは、何故?」 「とある女性を、愛し足りないもので」 「……そう」 「――参ります」 「粋を極めた五種難題。果たして普通の人間であるあなたに解けるかしら」 今度こそは、その口からはっきりと聞かせてもらおう。 永遠の時間を、この手に入れて。 10スレ目 489 稗田家縁側、一人の妖怪が茶をすすっている 湯飲みの数は二つ、茶菓子は・・・ドラ焼き 「お待たせしました」 「阿求・・・湯飲みで紅茶はどうかと思うぞ」 阿求、と呼ばれた少女は青年の横に腰を下ろした そして砂糖を2杯入れるとふぅふぅと紅茶を冷ましている 「・・・君はほんとに紅茶が好きだな」 「ええ・・・来世でも好きだといいなぁ」 少女は笑う、先の不安を感じさせぬ微笑だ 反対に男の表情は曇った、自らを呪うが如き表情 それを見た少女は、笑顔から一転、暗い表情になってしまう 「・・・後十年弱は・・・貴方と共に居られると思います」 「ッ!君は・・・転生するとはいえ記憶はほとんど残らない、それが怖くないのか?短命で終わる自らの人生を呪ったりしないのか?」 「貴方がそばにいてくれれば、怖いものなんてありません」 「あ、阿求・・・」 「貴方に会えたこと、私は自らの運命に、とても・・・とても感謝しています」 「・・・おいおい、そんな事言われちまったら・・・もう弱音も吐けねぇよ」 男は驚き、少女の強さに驚いた、そして笑った、彼女がそう望んでいたから 少女も笑っていた、だが二人の頬には少しばかりの涙が流れた 「・・・あと十年か、俺は君に何を残そう」 「・・・残すのは私のほうだと思うのですが・・・」 「俺はそうだな・・・愛をあげよう、全てをかけて君を愛そうじゃないか」 「も、もう・・・恥ずかしいじゃないですか」 顔を真っ赤にして少女は講義した、しかし笑いがこぼれる がんばって真面目な顔を作ろうとして、失敗する それを見て男は笑っていた 「あと十年あればその・・・五人位はその・・・」 「シて欲しいのか?」 「え、いや、そういうわけじゃ、あの・・・あぅぅ」 「はっはっは、まぁ・・・焦る必要は無い、そのうちな?」 男はその大きな手を少女の頭に置いて優しく撫でた 「じゃあな・・・また明日」 「あ、あのっ・・・えと・・・」 「どうした?」 「その・・・お、おやすみの、ちゅーを」 もじもじと、おずおずと、なんともいじらしい阿求に、俺は少し意地悪したくなった 「・・・え?あ、あの、頬じゃなくて・・・あ、んちゅ・・・ぷぁ」 膝を着くぐらいに身を屈め、少女と接吻を交わした ゆっくりと、互いを惜しむように離れた 「それじゃ阿求・・・おやすみ、また明日」 「は、はい・・・またあした」 彼が闇に溶けるまで、手を振っていた 明日、十数時間後には会えるというのに、とても離れがたかった いずれ来る別れ、忘れようとも拭い去れぬこの想い 「私は、あなたに忘れられる事が・・・たまらなく怖い―」 彼の時間の前では、30年足らずの私の命はどれほど記憶に残れるのだろうか? いずれ彼も忘れてしまうだろう、そうしたら「私」を知っているものは誰もいなくなる、それが怖かった 「それでも、それでも私は」 願わくば、貴方の記憶の片隅に―― 11スレ目 994 愛してる 言葉にすると陳腐なものだけど 言葉にしたい時だってあるんだよ阿求