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ノア前相談役・百田光雄氏インタビュー(リアルスポーツ 2009年8月25日) プロレスリング・ノアの前相談役、百田光雄氏が退団してから早1カ月が過ぎた。そこで、現在はフリーランスとなった百田氏を改めて直撃。団体の象徴でもあった三沢光晴さんを失った方舟マットをどう思うのか。また、年内に日本武道館で開催予定だという自身の引退試合についても聞いた。 --なぜ7月12日の後楽園大会に来場したのか。 「辞表を提出した日(7月7日)は会社に選手が数人しかいなかったので、選手全員に挨拶するつもりで行った」 --辞表提出報道後、選手の反応は。 「いろんな選手から電話がかかってきた。小橋選手はオレの辞表が受理される13日の役員会まで慰留を求めてきた。秋山選手もそうだった」 --12日は約50分間に渡り不満を爆発させていたが。 「不満という言い方はおかしい。基本的にはごく一部の事務方の人間に対しては不満は持ってるけど、選手はどこの団体にも負けないくらい素晴らしいし、会社に対して不満を持ってるわけではない。人事に関しては不満というよりは異議がある。誰が見ても納得できる人事ではないという風に感じたけどね。オレはスキャンダルを起こそうとも思ってないし、会社を潰そうと思ってないけれど、納得はいかない」 --小橋を新社長に推していたが。 「小橋選手の体調もあるけど、『練習もビシっとやって、トップで頑張っている選手が社長になる方が他の選手も納得できる。信頼がおけるということで小橋選手がなるのがいい』と言った。丸藤を副社長にするのは問題ない。社長が将来的にそういう展望を持ってたかもしれない。だけど、あの段階で社長は自分が亡くなるなんて思っていない。現役引退を考えることはあっても、社長を辞任することはまず考えてないだろう。そういう意味であの人事は無理があり過ぎるんじゃないかとは言った。それに、ノアの旗揚げ当時から頑張っている秋山選手を役員にするのが普通じゃないかと。誰が見ても納得できるのはそういう人事じゃないかと言った」 --三沢さん追悼興行(9・27日本武道館&10・3大阪府立体育会館)へのオファーは。 「何もない。だけど、三沢社長が選手として全日本に入った最初の頃はオレとよく試合をやっていたし、最期に社長が病院に行く時に付いていった選手はオレだけだから。看取ったのはオレだって気持ちはあるんでね。三沢社長に対する想いは人一倍あると思う」 --三沢社長が亡くなって2カ月経った。 「四十九日が7月31日だったから、オレはオレで供養はしました。社長の遺品に煙をあてて拝むと供養になると人から聞いたんで、家族全員でやった」 --退団後、これまでは何をしていたのか。 「いや別に。フリーターなんで(笑)。ただ、現役を引退したつもりはないから、引退試合だけはやりたいと思っている。ノアの選手に引退試合があるときは出てくれるかって聞いたら、全員『喜んで』って言ってくれてるし、フリーの高山とか健介もね。40年間のケジメとして最後はキチっと辞めたいなとは思っている」 --引退試合はどこでやりたいか。 「スケジュールが合えばだけど、最低でも後楽園、できれば武道館ぐらいでやりたい気もする。別に武道館でやったからってメーンイベントに出ようとも思っていないし。オレは昔から“6時30分の男”って呼ばれてたんだから第1試合で構わない。61歳と10カ月の最年長出場記録を破りたいけど、あんまり間を空けても間延びして忘れられちゃうし。出来れば年内にやる方がいいのかなとは思ってる」 --最後にノアについてメッセージを。 「田上社長に前向きに頑張ってほしい。社長だったら勝ち負けというより、試合に対する姿勢は厳しいものを求められて当然。社長の試合を見て他の選手たちが『オレたちも頑張らなきゃ』って気持ちになるんだろうから。社長業ももちろん大事だけど、まずは試合でやる気を見せなきゃいけないと思う」 ソース 名前 コメント
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制作:十三階段 五反田光雄(ごたんだみつお) 年齢:25 性別:男性 一人称:私、僕 二人称:あなた、君 SRC裁判所などで仕事をしている弁護士。いわゆる人権派弁護士で、少年犯罪を多く担当、多くの事件で加害者を減刑させることに成功している。能力を持たない一般人。 少し思想の歪んだ人間で、生きている人間の人権はとても尊重するが、反面死んだ人間の人権は結構蔑ろにしがち。また、報復を受けやすいという理由から、被害者より加害者の人権を「過剰なほどに」尊重する傾向がある。 そのため、殺人事件の遺族達からは憎まれている。一方で不良達からは、「頭のお目出度い奴」「利用できる便利な道具」と思われている。 SRC島においても、猟惨泊や曼珠沙華、クルセイド学園騎士団城島派が起こした事件で弁護を担当し、加害者を減刑もしくは無罪にすることに成功している。 恨みを多く買っているため、何度か刺客の襲撃を受けたことがあり、護身のために銃器、刃物の傾向を容認されている。幼い頃から武道を嗜んでいたこともあり、戦闘能力はそこそこ。 人権を尊重する信条は本当だが、人権団体から献金などを受けており、金と野心の為に人権を重んじる活動をしている節もある。 パイロット 五反田光雄 五反田, ごたんだ, 男性, 人間, AAAA, 150 特殊能力 援護防御Lv1, 1 147, 150, 150, 135, 160, 155, 普通 SP, 50, 激励, 1, 応援, 1, 祝福, 5, 集中, 10, 必中, 22, 激闘, 37 OSC_0012_0007.bmp, -.mid # 385/370M ユニット 五反田光雄 五反田光雄, ごたんだみつお, (人間(五反田光雄専用)), 1, 2 陸, 4, M, 3900, 160 特殊能力 性別=男性 5000, 190, 900, 80 BABA, OSC_0000_0055U.bmp ナイフ, 900, 1, 1, +0, -, -, -, AAAA, +20, 武痛L2 格闘, 1200, 1, 1, +0, -, -, -, AAAA, +0, 武 デリンジャー, 1300, 1, 2, +10, 10, -, -, AAAA, +0, 銃P # 全体的にやや高水準の能力だが特殊能力は援護防御のみで性格も普通なので数値以上の強さはない。攻撃力も並。 メッセージ 五反田光雄 回避, やめたまえ、暴力では何も解決しない 回避, とりあえず、落ち着きたまえ 回避, 憎しみのまま戦っても何も解決しないぞ? 回避, 戦いは虚しいだけだ、さあ、矛を収めよう ダメージ小, 君の怒りはまだ収まらないか ダメージ小, この程度の傷、人権を守るためならいくらでも負ってやるさ ダメージ小, 馬鹿な真似は終わりにしろ ダメージ小, 信念もなく、ただ暴力をふるう愚かさを学ぶことだ ダメージ中, 私は退かないさ、人権を守るためにもな ダメージ中, 君を容認すれば、さらなる暴力が横行する ダメージ中, 反知性的な行動はやめたまえ ダメージ中, 悲しいことだ。憎悪や憤怒で行動する虚しさにまだ気づかないとは ダメージ大, 私では人の尊厳を守れないのか……? ダメージ大, 人々が暴力に泣かされる光景は見たくないからね ダメージ大, 私のことはいくら甚振っても構わん、.しかし、更生しようとしている青少年に暴行を加えることは許さない ダメージ大, まだ気づかないのか、人の尊厳の大事さに 破壊, すまない。私は尊厳を、命を守れなかった…… 破壊, 怒りや憎しみは、何も生み出さないというのに…… 脱出, 知性が暴力に敗北するとは……悲しいことだな 射程外, さあ、隠れていないで、武器を捨てて投稿しなさい 射程外, 自分の頭だけで考えず、.君の心の中にある憎しみを吐き出すんだ 攻撃, やむを得ないだろう 攻撃, 君が振るう理不尽な暴力を止めるためだ 攻撃, 尊厳を守るために僕は戦うのさ 攻撃, 武器を捨てろ 攻撃, 命の大切さを理解したまえ 攻撃, 憎しみのままに戦う愚かさをなぜ自覚しない? 攻撃, 君が理不尽に暴力を振るうから、それを止めるために撃たざるを得ないんだ 攻撃, 悲しいよ。僕の言葉は届かなかったか 攻撃(対エリィ=バークライン), やめたまえ、復讐は何も生み出さない 攻撃(対エリィ=バークライン), 憎悪のままに振るわれる君の凶行、看過は出来ない 攻撃(対奏柳院瑞葉(本性)), 君のしようとしていることは単なる暴力だ 攻撃(対奏柳院瑞葉(本性)), 死んだ人間の為に生きている人間の命を奪おうとうするのは感心しないな 攻撃(対カイン=ヴォルフィード), 君自身が制裁を下すことは、法治国家において許されることではない 攻撃(対カイン=ヴォルフィード), 君の『私刑』を成就させるわけにはいかない 攻撃(対猪田天), 君のしていることはただの暴力だ、それを認識したまえ 攻撃(対猪田天), 君も本当は更生したいと思っているのだろう?.私ならいつでも力を貸してあげよう 攻撃(対紅蓮豪人), 暴力では何も解決しないよ、紅蓮君 攻撃(対紅蓮豪人), 君の起こした傷害事件は私がなんとかしておこう。.だから立派な人間へと更生することだ サポートガード, そうはさせない サポートガード, 未来ある人間の命を君の暴力で奪わせるわけにはいかない サポートガード, 理不尽な暴力から人の命を守るのが私の使命だ サポートガード, さあ、今のうちに早く下がるんだ サポートガード(城島敦史), 城島君、ここは私に任せてくれたまえ サポートガード(城島敦史), 君も人の尊厳が分からない粗野な輩に逆恨みされて気の毒だ サポートガード(城島敦史), 君がどれだけ悪辣な罪を重ねようと、私は君の味方だ。.君には更生の余地があるのだから サポートガード(無道王倫介), 更生しようとしている前途ある若者を手にかけようとするのは感心しないな サポートガード(無道王倫介), 無道王君、私は君の立派な社会復帰を待っているよ サポートガード(無道王倫介), 君の更生した姿が見たいからね、私怨に狂った輩の逆恨みで君の命を奪わせるわけにはいかない サポートガード(倉脇大治), 君のお父様からは格別の配慮を頂いているからね サポートガード(倉脇大治), お父様の自慢になれるような立派な人間になろうとしている君は素晴らしいよ サポートガード(沼田次郎), 沼田君は色々と便宜を計ってくれるからね サポートガード(沼田次郎), 理不尽な暴力によって君のような人材を失うのは惜しい サポートガード(吉賀秀伸), いつもお世話になっています。これはほんの返礼です……。 サポートガード(吉賀秀伸), 吉賀さんの罪を裁きたいのであれば、.法廷で訴えるべきだ、暴力に頼った解決を画策するのは感心しないな
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プロレスの一覧に戻る 問題文 答え 選択語群 2007年に中邑真輔らによって結成された、新日本プロレスのユニットは? RISE YIRSLXCGNE 「大巨人」の愛称で呼ばれた今は亡きプロレスラーは○○○○・ザ・ジャイアント? アンドレ ンアマドキホノルレオ 「日没」という意味があるDRAGON GATE所属のレスラー・K-ness.の得意技は「ソル・○○○○○」? ノチェセル テシセエンノチナェル かつて「鉄人」の愛称で呼ばれたアメリカのプロレスラーはルー・○○○? テーズ テッズーゴチ かつての国民的英雄・力道山の長男としても知られる2000年に亡くなった元プロレスラーは? 百田義浩 百太田雄義浩正千光平 かつての国民的英雄・力道山の長男としても知られる2000年に亡くなった元プロレスラーは百田義浩ですが 彼の弟で、今も現役で活躍するプロレスラーといえば? 百田光雄 平千義雄百田浩光太正 この覆面レスラーはザ・○○○○・サスケ? グレート ンガタミスートイレグ わずか5万円の予算でプロレス団体を旗揚げしたこともある、「涙のカリスマ」と呼ばれたプロレスラーは? 大仁田厚 厚仁馳大浩寛田木猪治 アメリカのプロレス団体・WWEが管理する「WWE王座」の初代王者とされる往年の名レスラーはバディ・○○○○○? ロジャース ムャクロンェソースジ ジャンプして相手の後頭部を蹴るアントニオ猪木が現役時代に得意としたプロレス技は? 延髄斬り 頭斬割釣脳折天り髄延 ダンプ松本、ブル中野らが所属していた、プロレス団体・全日本女子プロレスのなつかしの悪役軍団は? 極悪同盟 悪党団盟門色極冠同一 プロレス専門学校・闘龍門が開催する、若手のための大会は「ヤング○○○○杯」? ドラゴン ムドグゴナンマイオラ プロレスで、相手の肩を一定時間マットにつけて勝つことを「ピン○○○○勝ち」という? フォール ォギブウーカントルフ 運営するジムからは多くのプロレスラーを輩出した国際プロレスなどで活躍した元レスラーは○○○○浜口? アニマル タイトニガンルマアー 横向きにジャンプして両足で対戦相手を蹴りつけるプロレスの基本技といえば「○○○○キック」? ドロップ ラダクッンイプーロド 現役プロレスラーのグラン浜田を父に持つ女子プロレスラーは浜田文子ですが 元プロレスラーのアニマル浜口を父にもつ女子アマレス選手は? 浜口京子 口恵京浜百綾子田羽文 三沢光晴、川田利明らが所属していた、1990年代に全日本プロレスで活動したユニットといえば? 超世代軍 代悪超団人維魔新世軍
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在日韓国人 在日北朝鮮人の血液型。 ICONIQ A型 前田日明A型 南果歩 A型 星野勘太郎A型 安英学 A型 つかこうへい A型 岩城滉一 A型 岩本勉 A型 金石昭人 A型 新井良太 公称はAB型 実際はA型 百田光雄 A型 大東旭 A型 安英学 A型 金明輝 A型 金鍾成 A型 金城龍彦 A型 松田優作 A型 松田翔太 A型 錦野旦 A型 岡本茜 A型 西山繭子 A型 森山淳子 A型 矢野かずき A型 白眞勲 A型 木村充揮 A型 長谷川昌泳 A型 沢知恵 A型 新井浩文 A型 松坂慶子 A型 白竜 O型 張本勲O型 秋山成勲O型 和田アキ子O型 姜鉉守 O型 金本知憲O型 長州力O型 徳山昌守O型 李忠成O型 伊原剛志O型 入矢麻衣O型 金位漫O型 高岩竜一O型 高橋勝成O型 李彰剛O型 金成勇O型 鄭容臺O型 孫民哲O型 尹誠周O型 呉本成徳O型 岡山一成O型 白井貴子O型 ソニン O型 孫正義 O型 タイガー戸口 O型 安美佳 O型 裵ジョンミョンO型 姜暢雄 O型 中村武志 O型 松井稼頭央 O型 祖父が朴在潤(松井次郎)さんと報道されている。 桧山進次郎 B型 鄭大世 B型 森本稀哲 B型 新井貴浩 B型 若闘将敏男 B型 金村キンタロー B型 金田正一B型 金永基 B型 梁勇基 B型 李漢宰 B型 金東秀 B型 李成浩 B型 松田龍平 B型 岡本昌弘 B型 布袋寅泰 B型 ジョニー大倉 AB型 中村ゆり AB型 パク・ロミ AB型 コウケンテツAB型 金村義明 AB型 玉の海正洋 AB型 栃乃若導大 AB型 崔領二 AB型 力道山 AB型 孫正倫 AB型 金正訓 AB型 梁圭史 AB型 宮崎麗香 AB型 水沢エレナ AB型 金正訓 AB型 白眞勲の父親 AB型 高山都 AB型 91人中 A型29人 O型30人 B型15人 AB型17人 本来はO型やB型がもう少し多いものと考えられます。 赤十字の資料では O型が35%~40% B型が19%~27% となっています。 すいません。おもいっきりほかのブログ様を参考にさせて頂きました。↑は少し在日の人を増やした資料です。 http //ameblo.jp/koluytr/theme-10033545379.html 全然関係ない話ですが自分は星野勘太郎氏のファンでした。人生がすごすぎる。絶対に日本人にいないタイプの人でした。 自分はプロレスはほかの人がテレビで観てれば観るタイプの人間ですが、星野氏だけは積極的にテレビで観てました。 朝鮮民族
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最優秀選手賞(MVP) 選択肢 得票数 得票率 日テレ社長 217 36% 仲田「ガラドラ」龍 65 11% キモノアオタ(自身もキモいノア社員公認)ドケチ乞食犯罪「ロリコン」ニートwwwwwwwwwwwwww 57 10% 百田光雄 57 10% 女性も気持ち悪がるウルトラセブン世代の譲り合いの心を持たない秋葉系ヲタクで 育毛シャンプーをくれてやりたくなるような平服の意味を知らない脂ぎったツイキーなオイニーの紙袋所持ハゲ中年失業者ノワヲタク(笑) 43 7% 既に(・∀・)ニヤニヤ超えを果たしたガラスレの新エース( ∇ )v-~アブリ様 21 4% テレ朝社長 20 3% ジミー鈴木 13 2% ステカセキング 11 2% メイツ(笑) 10 2% 森嶋猛 10 2% 中西(ペチ破り)学 9 2% (・∀・)ニヤニヤ 9 2% 元水泳選手のバックドロップに糞尿たれたれ死したアマレス出身の尺八豚弁当おじさん(・∀・)ニヤニヤ 8 1% タイルマン(森嶋) 6 1% プロレスを地上波で放送してくれるテレ朝社長 そう言えば【のあぷー】って聞いた事あるけどなんだっけ? 6 1% すでにデブ予備軍なのにごり押しされる塩崎 5 1% 宝島社 5 1% 悪しきノワヲタの巣窟・wjスレに突撃する正義のガラスレ勇士達 5 1% 川田に対して絶縁宣言したのに苦しくなったら川田を使って商売してるノア 4 1% 社長になった途端に自分目立ちまくりw サイテーな社長だがノアの落ちっぷりを見せてくれるであろう田上社長 3 1% ノアネタになるといつものバンプがとれないで必死に擁護しちゃうメイツ(笑)さん 2 0% 三沢さん 2 0% 勝ち橋ブク太 2 0% ファンサービスがいい、人柄が良い、天然、練習をこなし団体内のレスラーからの人望がある…との評判とは裏腹に社長死後の選手揃っての写真撮影では苛立ちを隠せず「貴様どこの社だ!!!!」と怒鳴り散らしたプロとしてはあるまじき醜態を曝した絶対王者 1 0% ホモホモ小橋ヲタ 1 0% 普段は新日やゼロワンやハッスルの悪口書いてるのにノアの悪口書くのは許せないメイツ(笑) 1 0% 橋誠のブログにコメントしてるキモヲタク 1 0% 絶対王者とは違い上辺だけでも何一つ良い噂を聞かないまさにど真ん中な(ノアオタは聞こえないふりをする)エピソードは出すとキリがない上に広く知れ渡ってるガラドラ 1 0% 試合内容が酷くても勝ちブックおじさんとか勝ち豚おじさんが勝ってりゃ大満足なノワヲタwww 1 0% 野地浦貴 1 0% ( ∇ )v-~ 1 0% 投票総数 599 ノアヲタの荒らしが来たみたいです。テレ朝社長を削除してください。 -- 名無しさん (2009-08-29 00 20 32) 日本で唯一全国ネットで放送してくれるテレ朝に感謝してるんだろ?比較相手がノアぷーだぜ。 -- 名無しさん (2009-09-05 18 45 39) トップページ記載のとおり、不正投票分について、投票数を直近日付の重複分に併せて、1/10にしました。 -- 名無しさん (2009-10-31 23 10 24) 体がヨレヨレなのにタイトル総なめする勢いの勝ちブックおじさん -- 名無しさん (2009-11-11 23 58 39) 名前 コメント
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『-創立5周年- DESTINY2005』 http //live21.2ch.net/test/read.cgi/dome/1121658912/ 1 :名無しさん :2005/07/18(月) 12 55 12 ID CZbMqYXg 『-創立5周年- DESTINY2005』 7月18日(月) 東京ドーム (15 00) の東京ドーム会場実況スレ。 ディレイ放送に月G+実況は別スレで。 周辺会場状況報告などもよろ。 3 :名無しさん :2005/07/18(月) 12 57 18 ID CZbMqYXg 『―創立5周年― DESTINY2005』 ■2005年7月18日(月) 東京ドーム (15 00) "NTV即日"(25 59~28 25)"G+ディレイ"(18 00~23 00) ▽第10試合 シングルマッチ=時間無制限1本勝負 三沢光晴 vs 川田利明 ▽第9試合 シングルマッチ=時間無制限1本勝負 小橋建太 vs 佐々木健介 ▽第8試合 シングルマッチ=時間無制限1本勝負 小川良成 vs 天龍源一郎 ▽第7試合 GHCヘビー級選手権試合=60分1本勝負 力皇 猛 vs 棚橋弘至 ▽第6試合 GHCタッグ選手権試合=60分1本勝負 丸藤正道、鈴木みのる vs 秋山 準、橋 誠 ▽第5試合 GHCジュニアヘビー級選手権試合=60分1本勝負 金丸義信 vs KENTA 4 :名無しさん :2005/07/18(月) 12 57 48 ID CZbMqYXg ▽第4試合 シングルマッチ=30分1本勝負 ムシキング・テリー vs ブラックマスク ▽第3試合 8人タッグマッチ=30分1本勝負 田上 明、佐野巧真、泉田 純、永源 遙 vs 斎藤彰俊、越中詩郎、井上雅央、川畑輝鎮 ▽第2試合 タッグマッチ=30分1本勝負 森嶋 猛、モハメド・ヨネ vs 本田多聞、潮﨑 豪 ▽第1試合 6人タッグマッチ=30分1本勝負 杉浦 貴、SUWA、青柳政司 vs 菊地 毅、百田光雄、中嶋勝彦 地上波OA NTV 7月18日(月) 2時間30分SP枠 25:59~28:25 NTV 7月24日(日) 60分拡大枠 24:55~25:55 **速報 781 :名無しさん :2005/07/18(月) 18 30 29 ID iqhQV2Hb 第一試合 ○SUWA(9分 FFF)●菊地 第二試合 ○ヨネ(8分 キンニクバスター)●潮崎 第三試合 ○雅央(11分 首固め)●泉田 第四試合 ○ムシキングテリー(7分 テキーラサンライズ)●ブラックマスク 第五試合 ○KENTA(20分 ブサイクへの膝蹴り)●金丸 第六試合 ○丸藤(26分 雪崩式不知火)●橋 第七試合 ○力皇(18分 無双)●棚橋 第八試合 ○天龍(10分 ラリアット)●小川 セミ ○小橋(?分 剛腕ラリアット)●健介 メイン 三沢-川田 ←今ココ ボーナストラック 高山-大森 新日札幌大会 853 :名無しさん :2005/07/18(月) 18 41 33 ID LtAYAdhr ■ 第8試合(60分1本勝負) ■ IWGP ヘビー級選手権試合 ○藤田和之 13分59秒ヒザ蹴りから片エビ固め 天山広吉× 速報 970 :名無しさん :2005/07/18(月) 19 06 19 ID UUtdKjOv オワタ 川田マイク 971 :名無しさん :2005/07/18(月) 19 06 32 ID t9QNGgus メインは三沢がランニングエルボーで勝利 972 :現地実況者 :2005/07/18(月) 19 06 34 ID L+YIow2l 三沢のエルボーで勝ち!! 981 :名無しさん :2005/07/18(月) 19 07 42 ID t9QNGgus 川田「今日打つはずだった終止符が、打てなくなりました」
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【性別】 男 【読み方】 なかたみつお 【生年月日】 6月9日 【登場作品】 マウンド 【初出】 百十五話 【解説】 前浜高校野球部の三番ファースト。 青木辰巳とは同じリトルリーグ出身。中学は別だった。 リトルリーグの頃は、青木と肩を並べるバッターだったが、中学で数度のスランプに陥り、青木以上に伸びなかった。 しかし入学後はスランプからも脱却を果たし、高校2年の夏にはベンチ入り。秋にはレギュラーを獲得する。 神経質な性格の為、少しでも違うだけで気にしてしまい、フォームを崩してしまいがち。 【元ネタ】 特に無し
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■綿の国星 音楽監督 ■巨神ゴーグ 音楽 ■関連タイトル 巨神ゴーグ 音楽篇1-2
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登録日:2019/09/23 Mon 07 31 34 更新日:2024/04/01 Mon 23 09 39NEW! 所要時間:約 22 分で読めます ▽タグ一覧 WWE殿堂 スパルタ指導 ソル・ギョング ソン・ヘウン ヒーロー プロモーター プロレス プロレスラー 俳優 力士 力道山 在日 大光院力道日源居士 悪役 故人 日本プロレス 日本プロレス界の父 映画 映画化 昭和 昭和の巌流島 汚れた英雄 百田光宏 瞬間湯沸かし器 空手チョップ 英雄 賛否両論 金信洛 関脇 馬場と猪木の師匠 ●目次 ◆力道山 【出自】 【大相撲力士として】 【プロレス転向】 【突然の死】 【人物について】 【スパルタ指導】 【経営者として】 【得意技】 【余談】 ◆力道山 『力道山(りきどうざん)』は、1924年(大正13年)11月15日生まれの日本のプロレスラー、元大相撲力士。 力道山とは、相撲時代の四股名をそのまま流用したリングネームである。 本名:百田 光宏(ももた みつひろ) 1963(昭和38年)年12月15日没。享年39歳。 日本プロレス界の父と呼ばれ、その偉業と名声は弟子であるジャイアント馬場、アントニオ猪木と並ぶものである。 全盛期には俳優としても活躍しており、猪木の“アントニオ”は、主演を務めたテレビドラマの『チャンピオン太』内で猪木が演じた悪役の“死神酋長アントニオ”の響きを気に入った力道山が、そのままリングネームにしようとしたのに猪木が抵抗し、なんとか“アントニオ”だけにして貰ったということから付けられている。 アメリカに占領された戦後日本で、外国人レスラーを空手チョップで叩きのめす力道山の姿は、鬱屈した日本人の希望となり、街頭テレビで流される力道山の試合を見るために十重、二十重と黒い人だかりができた事は、戦後の日本を語る上で外せない思い出である。 ……一方、その実像については未だに明かされていない部分が少なくなかったり、反社会的勢力や政界の大物とも親しかったりと、常に黒い噂が付きまとっていることも事実。 現在では英雄というよりは、影のある人物として力道山光宏を評したり、作劇に登場させられたりすることが多くなっている。 日本初のプロレスラーではないものの、日本では初めて世界にも名前が通じるまでとなった、当時を代表するトップレスラーにしてプロモーター(諸説あり)で、知名度に支えられた商才も発揮していたことから、力道山の主導により日本で初めてプロレスを認知させたプロレス興行会社である『日本プロレス』が設立され、この事が日本にプロレス文化が根付くきっかけとなった。 この、日本プロレスから現在までの日本のプロレス興行の基本となる巡業体制や、道場を作っての新弟子制度や付き人制度が引き継がれていくこととなった。 こうしたシステムは日本特有のもので、力道山が自分のルーツである大相撲から持ち込んだものである。 アメリカや他のテリトリーでも、プロレスを指導するための道場や道場を兼ねて興行を行う団体は存在しているものの、基本的にレスラーは個人商売で、プロモーターやオーナーとの契約に従って各々のテリトリーや団体に出場するのが普通であるため、かなり特殊な環境だと言える。 (*1) 【出自】 本名を百田光宏として知られているが、本来の出生は日本統治時代の朝鮮半島(咸鏡南道)で、光宏は日本に来てから名乗った通名である。 現地では、日本の相撲に似たシルム(朝鮮相撲)の競技者として活躍していようだ。 それに目を付けた長崎の興行師の百田巳之助と、彼の義子で地元の刑事補の小方寅一に見出だされて、地元の二所ノ関部屋に存在が知らされ、同部屋の親方であった関脇の玉ノ海梅吉に直に誘われて15歳で日本に来て、百田家の養子にされるとともに二所ノ関部屋に入門して角界入りした……と思われる。 戸籍上でも百田光宏とできたのは大相撲の廃業後で、大相撲時代の番付では朝鮮半島出身であることが特に隠されていなかった他、本人が名乗らなくても、光宏の字面から、これが通名であることを察する人間も少なくなかったという。 新聞に連載された「自伝」では、上記の経緯のように長崎県大村市の出身としていたが、卒業したとされる「大村第二小学校」は当地には存在していない。 この「自伝」は、ゴーストライターにより本人の希望を反映して執筆された創作である。 帰化以前の生名は金 信洛(キム シㇽラク)。 このため、朝鮮半島(韓国、北朝鮮)でも英雄扱いで、力道山はヨットサン、またはリョットサンの呼び名で知られている。 しかし、力道山自身はプロレス転向後は自らの出自を頑なに隠しており、相当に信用した相手でなければ、この事実を明かさなかった。 実子である百田光雄によれば、父親の出自を“母”から聞かされたのは葬儀の時であり、大きなショックを受けたと語っている。 現役時代の最強のライバルであった、プロレス王者のルー・テーズは、本人の口から聞いていたと力道山の死後に証言している。 朝鮮時代の力道山については断片的な情報しか伝えられていないが、実際の生年は公称よりも前で実年齢も+5歳程上であると見られている。 実の母親は、兄とともに働き手である息子が日本に行くことに反対して、慌てて嫁取りをさせて子供まで生まれたが、力道山は妻子も母親や兄弟も捨てて日本に行くことを選んだようである。 この辺の経緯は金一勉:著『朝鮮人が何故「日本名」を名のるのか』に書かれているが、内容については概ねは事実とされつつも、当著書の時系列や記述にはあやふやな部分もある。 後に、弟子のアントニオ猪木が北朝鮮政府と深い関わりを持つことになったのは、北朝鮮で力道山の子を探したのがきっかけだった、とも言われている。 自らを慕って、密入国までしてきて逮捕された金一(キム イル)の身柄を預かって、自民党の大野伴睦の協力を得て帰化させ弟子にするとともに大木金太郎の名を与えて、決して朝鮮名を名乗らないようにと禁じたことも知られている。 ……が、この“事実”すらが嘘で、もともと、横浜で働いていた金青年(大木)が普通に日本プロレスに入門し、後になって力道山が同胞だと知った(桔梗の花を理解できなかった大木に対し、力道山が密かにトラジのことだと教えた)ことから創作された“美談”のようだ。 大木は、後輩の馬場、猪木とともに「三羽烏」と呼ばれて活躍した、往年のプロレスファンには忘れ得ない名選手である。 力道山も馬場や猪木よりも、同胞である大木を可愛がったと伝えられる。 1963年1月には、韓国側の要請で金浦空港に降り立ち同国のレスリング関係者に歓待されているものの、本人は“忘れた”として、簡単な挨拶の部分でしか朝鮮語を話さなかった。 そして、帰国後にこれを“故郷へ帰った”と報じた東京中日新聞の記事を見て激怒したと伝えられ、この件はオフレコとされた。 そして、力道山は恐らくは複雑な感情を抱いていたであろう故郷の土を踏んだ同年の暮れに死去したのであった……。 2004年に公開された映画『力道山』は日韓共同で製作されたが、主演や監督も含めて韓国主導で製作が進められた。 なお、同映画には力道山からすれば孫世代に当たる多数の有名プロレスラーも出演しているが、田中敬子元夫人率いる『力道山OB会』は協力しておらず、子息の百田光雄が協力している。 また、映画の中では大村親方と皮肉を込めたのかのような偽名を使われ、力道山を裏切り廃業の原因を作った悪辣な人物として描かれている師匠の玉ノ海の描写について、大相撲中継を担当しているNHKが訴訟を起こそうとしたのを、玉ノ海が「力道山の出自が広まる」として止めた、という話も伝わる。 が、当の玉ノ海梅吉は1988年に逝去していることや、映画の製作を韓国側が主導していることも含めて、力道山の出自はこの頃までには当たり前に知られている事実を鑑みても、何だかよく解らない話である。 【大相撲力士として】 力道山が初土俵を踏んだのは昭和15年(1940年)の五月場所。 初入幕を果たしたのは、昭和21年(1946年)の十一月場所である。 入幕二場所目となる昭和22年の六月場所にて、前頭八枚目で9勝1敗を挙げて、相星となった他三名とともに優勝決定戦に進んでいるが、この時は横綱の羽黒山が決定戦を制している。 昭和23年の五月場所では、横綱の照國、前田山(取り直しの末、前田山の棄権により不戦勝)(*2)、この場所で優勝した大関の東富士を破り殊勲賞を受賞している。 昭和24年の五月場所では関脇にまで昇進するも、翌25年の九月場所を前に、自ら髷を落として廃業しており、最後の場所の成績は全休となっている。 通算成績:135勝82敗15休 勝率.622 幕内成績:75勝54敗15休 勝率.581 ……と、素晴らしい成績を残しながらも力士を廃業したことについては、民族の壁に阻まれて大関昇進が敵わなかったり、親方との金銭トラブルがあったから……と、表向きにはされているものの、 実際には、当時は戦後の混乱期で、角界と興行を維持するためには、相撲人全員が借金を背負わなければならなかった時代で(実際、当時の記録を見ると全ての場所が行われていない年がほとんどである)、大関に昇進してもロクな祝儀が受け取れないことが解ったために、あっさりと廃業を決意したという。 戦績からも、平幕や小結では大きく勝ち越すものの、明らかに関脇では苦戦しており、後年の商才を考えてもこのころから独特の嗅覚を発揮していたと言えよう。 師匠である玉ノ海は慰留に務めたとのことで、映画『力道山』では悪意的に描かれている戦犯容疑についても、部屋のために配給外での食糧を確保する目的があったからだという。 また、この力士時代に故郷の朝鮮半島は日本の統治を離れ、1948年には南北が分裂して北朝鮮と韓国に分かれ、1950年からは朝鮮戦争までもが勃発するが、それでも公表はおろか、祖国に対する表立った発言や行動も見せなかった。 【プロレス転向】 力士を廃業後は、二所ノ関部屋の後援者であった大物ヤクザの 新田新作の経営する新田組 新田建設に資材部長の待遇で迎えられて働いた。 この時の記憶がある光雄は、現場監督をしていた、と発言している。 その後、ナイトクラブで飲んでいた時に、ハワイ出身の日系人レスラー・ハロルド坂田(トシ東郷)(*3)と知り合い、彼の紹介を受けてプロレスラーになるための訓練を始める。 1952年2月にハワイに渡り、ホノルルで日系人レスラーの沖識名の下で指導を受けてプロレスラーとしてデビューし、アメリカ本土に遠征して300戦(ほぼ毎日!)もの試合をこなした……と、されていた。 実際には、ハロルド坂田と出会ったのは偶然ではなく、売名目的で挑戦表明等をしていたのを、反対に力士廃業後の力道山の面倒を見てくれた……らしいことが想像される。 また、当然と言えば当然だが、300戦に及ぶ遠征についても、それ以前からアメリカで戦っていて、当の力道山とも組んでいた遠藤幸吉が疑問を口にしている。 翌1953年、日本にも本格的なプロレス興行を根付かせる夢を抱いた力道山は政財界の大物を訪ね、新田新作と興行師、浪曲家の永田貞雄の協力を得て『日本プロレス』を設立した。 日本プロレスには興行を行う『日本プロレス興行株式会社』、業界組織である『日本プロレス協会』から成り、さらに上位組織として『日本プロレスコミッショナー』が存在し、これには当時の自民党副総裁の大野伴睦、川島正次郎も名を連ねていた。 力道山は翌年から開始した初興行にて“世界タッグ王座”を持つシャープ兄弟を招聘して14連戦を行い、まだ誕生直後のテレビの電波に乗ったこの試合にて、西洋人にチョップを打ち込みまくって喝采を浴びた力道山は、戦後日本のヒーローとなる。 ……この時に、力道山自身から声をかけられてパートナーとなったのが、日本史上最強の柔術家とも呼ばれた木村政彦。 しかし、木村はプロレスの試合では負け役を負わされ、木村を力道山が得意の空手チョップで救い出す構図となったことが、この後の両者の亀裂に繋がった。 木村ほどの格闘家がプロレスに対応できていたとは言い難いことについては、相手の技を受けねばならないプロレス特有のルールに対応できなかったから、とも、そうしたシナリオ(ブック=台本)に従っていたから、とも言われる。 いずれにせよ、力道山に従うことに我慢できなくなった木村は日本プロレスを退団して「国際プロレス団」を設立して独自に興行を行うが客足は乏しく、遂には朝日新聞を通じて力道山のプロレスはショーであるとぶちまけ、真剣勝負による決着を訴えた。 こうして、同年12月22日にプロレス選手権試合として、蔵前国技館にて両者のシングルマッチが行われることになった。 “昭和の巌流島”と呼ばれ、国民の注視を浴びたこの試合であったが、結果は木村の急所蹴りとされるが不明で検証も現在は不可能 に激怒した力道山が、不意討ちのパンチにより倒れた木村に対して、さらにチョップの雨霰を打ち込み、血反吐を吐かせてKOした。 ……もっとも、この結末については当時から不可解な結末、試合内容について不可解な部分がある、と言われており、後日、力道山が木村が八百長を持ちかけたことの証拠となる念書を公開し、木村の名は地に墜ちた。 ……しかし、それでもこの試合については不可解な点が多く残り、60年以上が過ぎてもなお、日本のプロレス、格闘技界最大のミステリーとなっている。 多くの検証記事や、この事件をネタとした創作もされているが、もともとは両者の和解も含めて連戦として、互いに勝敗を積み重ねながら興行とするつもりだった、とも言われる。 また、八百長を持ちかけたのは力道山の側で、木村は当て身(打撃)禁止のルールを了解していたのを力道山が破り、木村が対応し切る前に本気の打撃により倒した、とする見方もある。 実際、当時の報道の中にも木村の急所蹴りは力道山が浴びせ蹴りを仕掛けたのが外れたことによるアクシデントだった、とするものがある。 後に両者は仲介者を経て和解したものの、結局、この件についての真相は語られなかった。 木村にとっても、レフェリーを含めて力道山側の証言者ばかりでは何を言っても無駄となっていた可能性が高い。 ノンフィクション作家を表明する増田俊也は、2011年に本件を入念に取材したとする『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』を発表して大きな話題を呼んだ。 なお、この件について木村と親交があった空手家の大山倍達が力道山に挑戦を表明するも無視されており、当時は後に大山が設立して世界的な知名度を持つまでになる極真空手道も存在していなかったために、マスコミも大きくは取り上げなかった。 この件は、力道山と大山の双方と親交のあった梶原一騎が、原作を描いた『空手バカ一代』の中で取り上げている他(同作内で力道山はアメリカで大山と親交を持ちながらも堕落する卑怯ものとして描かれている)、 最近では板垣恵介の『バキシリーズ』の外伝である『拳刃』内にて、大山(愚地独歩)、木村(範馬勇一郎)、力道山(力剛山)の構図で描かれており、こちらでは徳川の協力を得た独歩が勇一郎の復讐を果たして、名誉を取り戻している。 こうした描かれ方でも解るように、現在では“昭和の巌流島”に於いては力道山の陰謀とするのが一般的な見解となっているようである。 いずれにせよ、この件を経てさらに名声を高めた力道山は1950年にキングコングを破りアジアヘビー級王座を、1958年には世界最強と謳われたルー・テーズを破りインターナショナルヘビー級王座を獲得。 これが、馬場にまで引き継がれる日本プロレスのフラッグシップタイトルとなった。 ……が、シャープ兄弟の経歴も含めて、これらの“設定”については、実は力道山のプロモーションによる“宣伝”であったと見られている。 シャープ兄弟は、実はカナダのローカルエリアの選手で、インターナショナル王座は新設したものを権威付けのためにテーズに負けて貰ったタイトルでだった……ようだ。 なお、シャープ兄弟との戦いの時には“元大関”と経歴を盛ったのを咎められて訂正している。 しかし、こうした“演出”は、当時のプロレス界の常識だったので、力道山が特別に汚かった訳ではない。木村の一件は除く。 その後も、全盛期は過ぎたとはいえ力道山は国民のヒーローとして戦い続けた。 噛み付き攻撃を売りとした、フレッド・ブラッシーとの対決では中継を見た老婆がショック死したと言われたし、視聴率64%を記録したザ・デストロイヤーとの試合では、多くの少年たちをプロレスごっこの足4の字固めに興じさせた。 豊登、大木金太郎、ジャイアント馬場……弟子となった新たなスター達も誕生した。猪木は力道山存命時は冷遇されていた。 ……しかし。 【突然の死】 1963年12月8日。港区赤坂のナイトクラブで、暴力団員の村田勝志と“足を踏んだ、踏んでいない”の些細な口論となる。しかも、その因縁は力道山から吹っ掛けたものであった。 怒った村田も「力道山の体格では足が踏まれてしまっても当然」と言い放ち、懐に隠していた登山ナイフを探る様子まで見せたので、力道山は慌てて和解を申し出たものの、村田としても収まりがつかず口論が続く中で力道山は不意打ちを食らわせて馬乗りになって殴打。 その中で、殺されると思った村田は力道山を刺した。 救急に運ばれた力道山は応急手当を受けて帰宅。 暴力団とも付き合いのある力道山に対して、村田の所属団体の組長が訪ねてきて謝罪するが、翌日になって症状が悪化して緊急入院となった。 入院先の山王病院は産婦人科が専門なので、手術のために他の病院から外科医を呼び寄せたようなありさまであったが、力道山が頑なに山王病院を選んだのは、顔見知りの医者がいて表に話が漏れないことを望んだためであったという。 入院してから7日目に腹膜炎による腸閉塞を理由に再び手術に入り、ここでも成功と伝えられたものの、それから6時間後に容態が急変して死亡した。 この死については、またもや 梶原一騎が『プロレススーパースター列伝』の中で、経過は良好だったのに、力道山が絶対安静にもかかわらず、いつもの調子で酒や寿司を大量に飲み食いをしたことが原因で容態が急変した、と紹介したことで広まった。 実際、力道山が最初の手術の後に本来は禁じられている炭酸飲料のサイダーやコーラを飲んでいたとする証言も出ており、全治2週間とされていたのが悪化して二度目の手術をする羽目になったのは、それが原因であったと言われる。 力道山は普通の人間より血が止まるのが早く、筋骨隆々とした見た目の通りに頑健であり、本人も己の肉体を過信していたのではないか? とも予想されている。 しかし、二度目の手術については夫人の田中敬子(10ヵ月前に結婚したばかりで、力道山の死後に百田姓から抜けている)が否定しており、医療ミスを指摘する声もある。 また、力道山自身の朝鮮への態度とは食い違うが、力道山が金日成にベンツを贈り多額の出資を北朝鮮に行っていたと言われたり、韓国に行った事実などから、祖国のために働いていたのをアメリカ(CIA)の横槍により暗殺されたとする説まで囁かれ、北朝鮮では“祖国の英雄”の死の真相として採用している。 ……が、そんな陰謀論を余所に、力道山を刺してしまった村田は、その後で仲間の組員達に制裁としてボコられ、堪りかねて1人の組員を刺してしまうも病院送りにされている。 そして彼は、奇しくも側近たちが力道山を入院させようとしていた“腕がいい”ことで知られている赤坂の前田外科に入院して回復し、2004年に刊行された『力道山の真実』などで当時のことをインタビューで答えた後に、2013年に74歳で没している。 力道山の菩提寺は東京都大田区の池上本門寺だが、日本での故郷とした長崎県大村市の百田家の菩提寺の長安寺にも分骨されている。 本門寺の墓所には力道山のブロンズ像が飾られている。 戒名:大光院力道日源居士 【人物について】 プロレス王者としては大らかで快活な印象があるが、実際には非常に粗暴で、感情の起伏が激しくムラがあったと言われている。 飲食店で暴れるのも日常茶飯事で、機嫌の良いときにはボーイに一万円ものチップで渡す(*4)一方で、機嫌が悪いときにはすぐに暴力を振るい、備え付けられたテーブル等を破壊することが常であった。 その都度、多額の金銭で口封じを謀ったが、それでも『力道山また暴れる』(*5)との見出しで新聞記事に載ったことがある。 可愛がられていた元プロ野球選手の張本勲によれば、薄いガラスのコップを食べてしまうといったエキセントリックな面があったと証言されている。 こうした激情については、もともとの性格の他にも晩年は肉体の衰えをカバーするために興奮剤の類を常用していたから、とも言われている。 そんな調子なので弟子たちにも畏敬の念とともに、その人間性への問題を指摘する声も多い。 特に、付き人であった猪木は日常的に理不尽な暴力を受けており、挙げ句の果てには「力道山は猪木を大相撲送りにする腹積もりもあった」とまで言われる。 結局、猪木が豊かな才能を開化させたのは力道山が死んですぐのことだった。これは師匠の側近の中にも猪木の才能を認めていた者はいたが、彼の存命時には方針に逆らえなかったことを物語るのかもしれない。 一方、猪木については「体重が100kgを越えたら海外修行に出させてやる」と言っていたとされ、実際にやせ形の猪木は、後の公称でも100kgギリギリの体重である。 いきなり「スター選手」として迎えられたことから付き人を経験せず、力道山に殴られたことが無かったとする馬場でさえ、「人間として、何一つ良いところのない人でした」と人格について苦言を呈している。 性格が変わるのはやはり酒を飲んだ時が多く、対戦相手の外国人レスラーたちを迎えて楽しい酒宴を開く一方で、相撲時代から関係者に配慮ができない場面が多く見られ、喧嘩は自ら売ることは少なかったものの、何度か煽られたら買うことにしていたという。 プロレス王者となってからは興行の関係で暴力団関係者と多く接触を持つことになったが、相手への配慮を欠いた行動に及んではトラブルを呼び、監禁未遂や付け回しに遭い、ハッキリと命を狙われたこともあったという。 力道山と親しかった山口組三代目の田岡一雄も、自伝内で力道山の性格を嘆いており、漫画原作者の梶原一騎はかなり好意的に捉えて登場させていたが、大山と親交を持ってからは愛憎相半ばした捉え方に変わっており、気風の良さや強さは肯定的に描くものの、それらはコンプレックスの裏返しとも言える描写が増えている。 また、敬子夫人によれば力道山が猟銃を何丁も所持していたのはヤクザとのトラブルが原因で、どこからか拳銃まで入手していたともいう。 このように、英雄と讃えられた現役当時から悪い噂もあった人物で、日本以外での知名度に疑いもかけられたが、2011年にNWA殿堂、2017年にはWWEのレガシー殿堂に迎え入れられている。 【スパルタ指導】 息子や若手への指導は、現代の観点から見ると合理的とは言えないレベルのシゴキであった。 当時は第二次世界大戦から間もなく、旧軍人が各界に軍隊のシゴキを導入していた、つまり時節柄というのも一因ではあるが。 息子の百田光雄によれば、水泳の練習と称しいきなり足の付かない深さのプールに放り込まれたり、初めてスキーに連れていかれた時には、いきなり上級者コースから滑らされて骨折する大怪我を負ったという。 もっとも、大怪我の時は寝ずに付きっきりの看病をしてくれたそうだ。 日本プロレスでの厳しい指導を伝える伝説としては、若手レスラーが行った数千回にも及ぶスクワットで床に数cmもの汗溜まりができた、という物がある。 また、馬場はチョップを強くするためにハンマーで手を殴るという指導を受けていた、馬場は特に問題は生じなかったものの、頭突きを武器にするように言われた大木は、実際に頭突きの名手とはなったが、それ一本を武器にし続けたことで脳血管疾患(パンチドランカー)を抱え、1982年には事実上の引退を余儀なくされてしまった上に、その後の人生で多数の疾病を抱えることになってしまった。 大木は、以前の交通事故で頭の中にガラスが残っている状態で、それでも頭突きを使っては使う度に血を吹き出すありさまであったという。 【経営者として】 プロレス興行の成功により得た莫大な資金を元手に、赤坂に住居を兼ねた高級集合住宅リキ・アパートを建てたのを皮切りに、高級クラブのリキ・アパート、高級マンションのリキマンションを建てた。 リキ・アパートには大野との関係から、若き日の中曽根康弘が事務所を構えていた。 渋谷には地上9階建てでプロレスリング会場の他、リキトルコ、ビリヤード、ボウリング、レストランが入り、ボクシングジムの経営にまで手を伸ばしていた。 死の直前まで相模湖畔にモータースポーツも行える大規模なゴルフ場レークサイド・カントリークラブの建設を開始していたが、力道山の死去により未遂に終わっている。 三浦半島の油壺にも土地を購入し、マリンリゾートを建設するつもりだったとも言われ、油壺には良く似た名前の水族館が2021年まであった。 日本プロレスは力道山の死後から数年で幹部達の放漫な経営体制が批判されて猪木を初めとして多数のレスラーや関係者の離反を招き、1973年に消滅した。 【得意技】 空手チョップ 力道山の代名詞。 形としては袈裟斬りチョップが多く、相手の胸板やら肩口やら顔面にも叩き付けられた。 なお、件の『空手バカ一代』でも触れられているが、力道山のチョップは相撲の張り手の応用であって、本来の空手のチョップ(手刀)とは要領が違っている。 技の見た目からの通称であったのが、正式に使われたというパターンである。 海外ではなぜか空手でも相撲でもなく「Judo Chop」と呼ばれていたとか。 逆水平チョップ 当時は空手チョップ水平打ちと称されていた。 相手の胸板にバックハンドで打ち込むチョップだが、力道山はムカついた相手には、わざと喉元に打ち込み黙らせることがあったという。 また、力道山は相手にチョップを打ち込む時に「この朝鮮人野郎」と(相手が西洋人でも)罵倒しながら打っていたという。 バックドロップ 実は隠れた名手であり、憧れの存在だったルー・テーズのバックドロップに自身もやられた経験を元にタイミングを盗み、力道山の場合は相手の片足を抱える抱え上げ式の形だったものの、見事なバックドロップにより相手を一撃でKOしたこともあった。 この他の得意技としてはハンマー投げと呼ばれる相手の腕をとった投げや、ボディスラム、意外にもグラウンドも得意で、キーロックや、STFのような足関節技も見せていた、との証言もある。 【余談】 前述のように、力道山は日本初のプロレスラーという訳ではない。第一号は、やっぱり大相撲出身のソラキチ・マツダで、なんと1883年にアメリカでデビューしている。 日本プロレスも日本初のプロレス団体ではなく、前年に山口利夫が設立した全日本プロレス(もちろん、馬場のものとは無関係)で、日本初のプロレス中継も全国放送ではなかったが山口の試合であった。しかし、政財界と暴力団の協力を得た力道山が全国放送を得て、その後の日本のプロレス界の礎を築いたのだ。 逆三角形に鍛え上げられた肉体美を誇ったが上背は余りなく(176cm)、プロレス時代には4cmサバ読みしていた。これに合わせて他の日本人レスラーも4cmサバ読みされ、外国人選手も日本で紹介される時には4cmサバ読みされるという慣例ができた。この慣例は、力道山の死後も延々と引き継がれたが、後には正直にプロフィールに記載する選手も増えたので混乱を与えている。また足の細さを胡麻化すためにロングタイツを着用していた。 莫大な資産(40億円=現在の価値に換算すると180億円)を残したものの、ほとんどが不動産で20億円を越える莫大な相続税を払うためにことごとく安く売り払ってしまったことと、相続人が若い夫人と子供たちだけで相続に関する知識が足りず、資産の他に力道山の借金もあって、その支払いに追われる中で莫大なはずの遺産は、ほとんど手元に残らなかったことを百田光雄が告白している。 子息の百田光雄は1968年のデビュー以来、半世紀を経た現在でも引退しておらず、夭逝した父親に対して、記録的にも現役最長のプロレスラーとなっている。2013年には、更に光雄の子息の百田力が苦労を経てプロデビュー。現在、力道山三世のニックネームで奮闘中である。 2019年3月に「白覆面の魔王」ザ・デストロイヤーが亡くなったことで、日本プロレスで力道山と対戦した外国人プロレスラーは全員鬼籍に入ったと言われている。 長崎県の平和公園にある平和祈念像のモデルである、という地元の言い伝えがある。だが平和祈念像の制作を開始したのは1951年でちょうど力道山が相撲の引退とプロレス開始の合間にあたる時期で、その時の力道山にそこまでのネームバリューがあったかは微妙。 追記・修正は“昭和の巌流島”の真実を解き明かしてからお願いします。 △メニュー 項目変更 この項目が面白かったなら……\ポチッと/ -アニヲタWiki- ▷ コメント欄 [部分編集] まさか伝説のレスラーの項目まで出来るとは…このサイトなんでもアリかよ… -- 名無しさん (2019-09-23 17 34 06) 日韓合作の映画は、「サクセスしてゆくのにどんどんダーティーになっていく」という鬱映画だったが内容自体はとても面白かった。しかし、アレでさえ史実と異なる脚色は多い部類だったのかねぇ。 -- 名無しさん (2019-09-23 17 52 26) 力道山に限らずあの時代の人物は伝説が多過ぎてもはやどれが真実でどれが嘘なのか検証不可能だからな -- 名無しさん (2019-09-23 19 38 03) 毀誉褒貶激しすぎる上に死人に口なし、時代も有るが指導者や人間としては美点は有っても問題大あり、経営や興行師としては優れていて、格闘家としての部分はむしろ謎に包まれていると思う -- 名無しさん (2019-09-23 19 53 15) たけしが昔の俳優やら、それこそ力道山みたいな豪傑タイプの人も含むんだろうけど、そんな人達がどんなに酒を飲んでも酔わない、と言われていることについて「そりゃ酔ってんだよ。酔ってアル中になっておかしくなってるだけ」と言っていたのを感慨深く思った。 -- 名無しさん (2019-09-23 20 05 03) 力道山は前田山と喧嘩したけど死ぬまで交流合ったんだっけ、何気に若貴達の兄弟子になるのね -- 名無しさん (2019-09-23 21 25 36) せ…先生ッ、なんたる項目を! -- 名無しさん (2019-09-23 22 10 42) 時代が時代ならこの人もスキャンダルとか色々出てたのかな…? -- 名無しさん (2019-09-24 00 51 16) しかしなんだな、こういう脂ぎった生々しさのあるほうが「歴史人物」としては好きだな。うん、結構好きだ、こういう人。 -- 名無しさん (2019-09-24 15 49 22) なんつーか色んな意味で通常の人間の枠には収まらない破格の人って感じがする。戦国時代の英雄とかそういうカテゴリ -- 名無しさん (2019-09-24 18 59 11) 良くも悪くも破天荒な人って魅力はあるよね。 -- 名無しさん (2019-09-25 13 41 03) 力道山をモデルにしたキャラクターとかも追記したら更に充実しそう -- 名無しさん (2019-09-25 18 54 05) 絶対に近づきたくない -- 名無しさん (2021-10-24 13 48 29) 猿山を見て人間の世界も同じだったらなあ絶対にボスになる自信があると言ったかと思えばイメージがあるから外ではステーキを食べるけど本当はお茶漬けを食べたいしアホみたいな派手な格好もしたくないとボヤいてたそうだからその振り幅が人間的魅力なんだろうな -- 名無しさん (2022-08-07 04 25 01) 世界的に有名な"伝説の空手家"は出自・経歴を誤魔化し 戦後のドサクサの時代に弱者を救うために"憲兵隊"MPやヤクザと命がけで闘ったと吹聴しヒーローを気取っていたが 真実はその空手家本人が愚連隊の一味で強盗・略奪を繰り返してきた暴力クソ野郎だった 恥ずかしげもなく嘘だらけの"自伝"エピソードで神格化させて自分の流派を大きくしていった ハッキリ言って人間的にはクズの部類に入る -- 猿先生 (2022-08-07 04 33 35) 木村の金的は普通に映像に残ってるぞ -- 名無しさん (2022-10-28 22 13 45) 『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』が変なコラにされるせいで近年また有名になった -- 名無しさん (2022-10-28 22 26 56) ↑↑その映像は近年未編集の完全版が出て、「金的」一瞬前の力道山の飛び蹴りがカットされて「アクシデントではない自発的な金的」に見せかけるような編集があったと分かってる。あといわゆる「金的」部分だけ見ても「これ当たってなくない?」という疑義は昔から。 -- 名無しさん (2022-11-28 02 25 37) ↑確認したいので未編集動画のリンクか記事名を貼って欲しい。 -- 名無しさん (2023-02-19 21 47 45) 刺傷事件があったナイトクラブは「ニューラテンクォーター」。あの「ホテルニュージャパン」 -- 名無しさん (2023-02-19 23 57 04) (途中で押してしまったので続き)「ホテルニュージャパン」の地下にあった。ただし、経営はホテルとは別だったので、ニュージャパンの火災後もしばらくは存続していた。 -- 名無しさん (2023-02-19 23 59 26) イモタク「力道山だ!空手チョーップ!」 -- 名無しさん (2023-08-29 18 55 46) 名前 コメント
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web http //www.all-japan.co.jp/ 2023年2023年9月17日(日) 市場 de プロレス @ 横浜南部市場 2020年2020年1月2日(木) "2020 New Year Wars" 開幕戦 @ 後楽園ホール 2019年2019年11月15日(金) 【 ザ・デストロイヤー メモリアル・ナイト ~白覆面の魔王よ永遠に~ 】 2019年2月19日(火) 【 ジャイアント馬場没後20年追善興行 ~王者の魂~ アブドーラ・ザ・ブッチャー引退記念 ~さらば呪術師~ 】 2018年2018年2月3日(土) 開場 16 00 / 試合開始 17 00 "2018 Yokohama Twilight Blues Special" 全日本プロレス / 横浜文化体育館 2018年2月2日(金) "2018 Yokohama Twilight Blues Special" 公開記者会見 全日本プロレス / 横浜 大桟橋ホール 2018年1月3日(水) 2018 ニューイヤーウォーズ / 後楽園ホール 2017年2017年11月3日(金・祝) 2017 Starting Over ~Jr. Tag Battle of Glory~ 開幕戦 千葉EXTRA DREAM 18 / 千葉 ブルー・フィールド '17年9月24日(日) [ 第44回藤沢市民まつり ~遊行寺でプロレスをするぞ!オイッ!!~ ] / 藤沢 遊行寺 2017年7月17日(月・祝) [ 2017 SUMMER ACTION SERIES 開幕戦 ] / 水道橋 後楽園ホール 2017年6月11日(日) [ 2017 ダイナマイトシリーズ ] / 東京 後楽園ホール 2023年 2023年9月17日(日) 市場 de プロレス @ 横浜南部市場 【 市場 de プロレス @ 横浜南部市場 】 ▼ 第1試合 シングルマッチ 10分1本勝負 △ ChiChi vs △ ZONES ▼ 第2試合 シングルマッチ 20分1本勝負 ○ 宮原健斗 vs × 田村男児 ▼ 第3試合 メインイベント 30分1本勝負 ○ 諏訪魔、安齊勇馬、井上凌 vs 青柳優馬、青柳亮生、× ライジングHAYATO 2020年 2020年1月2日(木) "2020 New Year Wars" 開幕戦 @ 後楽園ホール 第1試合 6人タッグマッチ × 岡田佑介、青柳亮生、田村男児 ( 5分35秒 KOICHI→片エビ固め ) ライジングHAYATO、〇 フランシスコ・アキラ、ダニー・ジョーンズ 第2試合 6人タッグマッチ 秋山準、大森隆男、× ブラックめんそーれ ( 8分14秒 バックドロップ ) 〇 ジェイク・リー、野村直矢、阿部史典 第3試合 6人タッグマッチ 渕正信、ザ・グレート・サスケ、〇 TAJIRI ( 10分14秒 首固め ) グレート小鹿、アブドーラ・小林、× フランク篤 第4試合 🏆 新春バトルロイヤル ○ ダニー・ジョーンズ ( 7分38秒 ファルコンアロー ) × ブラックめんそーれ 【退場順】[1]ジェイク・リー[2]大森隆男[3]フランシスコ・アキラ[4]ライジングHAYATO 青柳亮生[5]西村修 野村直矢[6]力[7]岡田佑介[8]田村男児[9]阿部史典 第5試合 8人タッグマッチ 宮原健斗、青柳優馬、×大森北斗、ヨシタツ ( 10分13秒 片エビ固め ) イザナギ、入江茂弘、UTAMARO、〇 ルーカス・スティール 第6試合 🏆 世界ジュニアヘビー級王座決定トーナメント 準決勝 〇 佐藤光留 ( 12分37秒 捕獲式腕ひしぎ逆十字固め ) × Kagetora 第7試合 🏆 世界ジュニアヘビー級王座決定トーナメント 準決勝 × 岩本煌史 ( 10分32秒 ジャンボの勝ち!固め ) 〇 横須賀ススム 第8試合 メインイベント 👑 世界タッグ選手権試合 【第86代王者組】× ゼウス、崔領二 ( 18分12秒 KO(ラリアット) ) 【挑戦者組】 2019 世界最強タッグ決定リーグ戦優勝組 〇 諏訪魔、石川修司 http //www.all-japan.co.jp/match/1%e6%9c%882%e6%97%a5%e6%9c%a8%e5%be%8c%e6%a5%bd%e5%9c%92%e5%a4%a7%e4%bc%9a 2019年 2019年11月15日(金) 【 ザ・デストロイヤー メモリアル・ナイト ~白覆面の魔王よ永遠に~ 】 大田区総合体育館 ▼ 第8試合 ・ メインイベント 6人タッグマッチ 60分1本勝負 武藤敬司、宮原健斗、獣神サンダー・ライガー vs SANADA、KAI、BUSHI ▼ 第7試合 ・ セミファイナル タッグマッチ 60分1本勝負 諏訪魔、近藤修司 vs 鈴木みのる、太陽ケア ▼ 第6試合 ・ 8人タッグマッチ 30分1本勝負 岡林裕二、入江茂弘、ジョー・ドーリング、鈴木秀樹 vs 宮本和志、崔領二、ゼウス、ザ・ボディガー ▼ 第5試合 ・ タッグマッチ 30分1本勝負 青柳優馬、青柳亮生 vs タイチ、金丸義信 ▼ 第4試合 ・ 8人タッグマッチ 30分1本勝負 TAJIRI、望月成晃、黒潮イケメン二郎、野村卓矢 vs 佐々木大輔、石川修司、高尾蒼馬、遠藤哲哉 ・ ザ・デストロイヤー追悼セレモニー ~白覆面の魔王よ永遠に~ ドリー・ファンク Jr. PWF会長、ザ・グレート・カブキ、 スタン・ハンセン、初代タイガーマスク、徳光和夫、和田アキ子 せんだみつお、 ▼ 第3試合 ・ 8人タッグマッチ 30分1本勝負 渕正信、ジェイク・リー、野村直矢、岩本煌史 vs 藤原喜明、船木誠勝、長井満也、田中稔 ▼ 第2試合 ・ 6人タッグマッチ 30分1本勝負 藤波辰爾、秋山準、越中詩郎 vs 天山広吉、小島聡、ヒロ斎藤 ▼ 第1試合 ・ 第2回デストロイヤー杯争奪スペシャルバトルロイヤル グレート小鹿、百田光雄、菊地毅、垣原賢人、井上雅央、MEN’Sテイオー、大森隆男、本田多聞、相島勇人、TARU、佐野直、土方隆司、佐藤光留、橋本友彦、那須晃太郎、UTAMARO、三富政行、LEONA、力、レブロン 1.第2回デストロイヤー杯争奪スペシャルバトルロイヤル(20人参加) ○井上雅央(6分22秒、裏足4の字固め)力× ※退場順=本田多聞、土方隆司&垣原賢人、TARU、レブロン、佐野直、相島勇人、那須晃太郎、UTAMARO、佐藤光留、三富政行、大森隆男、LEONA&橋本友彦、菊池毅、MEN’Sテイオー、グレート小鹿、百田光雄、力 2.30分1本勝負 ○藤波辰爾&秋山準&越中詩郎 (6分50秒、足4の字固め) 天山広吉&小島聡&ヒロ斉藤× 3.30分1本勝負 ○渕正信&ジェイク・リー&野村直矢&岩本煌史 (12分27秒、首固め) 藤原喜明&船木誠勝&長井満也×&田中稔 ザ・デストロイヤーさん追悼セレモニー 徳光和夫さんが弔辞を読んだ 4.30分1本勝負 佐々木大輔&○石川修司&高尾蒼馬&遠藤哲哉 (9分39秒、体固め) TAJIRI&望月成晃&黒潮“イケメン”二郎×&野村卓矢 5.30分1本勝負 タイチ&○金丸義信(11分29秒、逆エビ固め)青柳優馬&青柳亮生× 6.30分1本勝負 岡林裕二&入江茂弘&ジョー・ドーリング&鈴木秀樹 (6分45秒、体固め) 宮本和志&崔領二&ゼウス&ザ・ボディガー× ※ランニング・ボディーアタック 7.60分1本勝負 ○諏訪魔&近藤修司(15分18秒、バックドロップホールド)鈴木みのる&太陽ケア× 諏訪魔がみのるに「出てこいよ。デカイゆりかごに入ってんじゃねえ」 近藤が諏訪魔にW‐1の12・31に武藤戦を副社長権限で参戦オファー 8.60分1本勝負 〇武藤敬司&宮原健斗&獣神サンダー・ライガー (18分5秒、足4の字固め) SANADA&KAI×&BUSHI 2019年2月19日(火) 【 ジャイアント馬場没後20年追善興行 ~王者の魂~ アブドーラ・ザ・ブッチャー引退記念 ~さらば呪術師~ 】 両国国技館 ▼ 第1試合 ジャイアント馬場メモリアルバトルロイヤル 30分1本勝負 ○百田光雄(リキエンタープライズ) 7分11秒 サムソンクラッチ ●井上雅央(フリー) <退場順> キム・ドク(フリー)→ハリウッドストーカー市川(DRAGON GATE)→TARU(魔界)→垣原賢人(フリー)&土方隆司(フリー)→本田多聞(フリー)→ヤス・ウラノ(フリー)→相島勇人(フリー)&ジョー・ディートン(フリー)→菊地毅(フリー)→アブドーラ小林(大日本)→MEN’Sテイオー(フリー) ▼ 第2試合 8人タッグマッチ 30分1本勝負 本間朋晃(新日本)/○岡林裕二(大日本)/野村直矢(全日本)/成田蓮(新日本) 8分36秒 アルゼンチン式背骨折り 宮本和志(超硬派武闘集団和志組)/橋本友彦(A-TEAM)/橋本大地(大日本)/●野村卓矢(大日本) ▼ストリートファイト・トルネードバンクハウス8人タッグデスマッチ 30分1本勝負~1度は見たい!グレート小鹿さんのドロップキック!炸裂なるか!?返礼品は机パイルドライバーでお願いします~ [はぐれ邪道軍]大仁田厚(フリー)/ケンドー・カシン(フリー)/○鈴木秀樹(フリー)/保坂秀樹(フリー) 6分55秒 ダブルアーム・スープレックス→片エビ固め グレート小鹿(大日本)/長井満也(ドラディション)/石川修司(全日本)/●佐藤光留(パンクラスMISSION) ▼6人タッグマッチ 30分1本勝負 ●渕正信(全日本)/藤原喜明(藤原組)/青柳優馬(全日本) 9分43秒 首固め [鈴木軍]○タイチ(新日本)/金丸義信(フリー)/TAKAみちのく(フリー) ▼3WAYタッグマッチ 30分1本勝負 [L.I.J]○SANADA(新日本)/BUSHI(新日本) 8分13秒 ラウンディング・ボディプレス→体固め ●海野翔太(新日本)/吉田綾斗(KAIENTAI DOJO) ※もう一組は[Sweeper]ジェイク・リー(全日本)/岩本煌史(全日本) ▼タッグマッチ 30分1本勝負 ○丸藤正道(NOAH)/新崎人生(みちのく) 10分10秒 完璧首固め ●望月成晃(DRAGON GATE)/シュン・スカイウォーカー(DRAGON GATE) ▼6人タッグマッチ 60分1本勝負 ○秋山準(全日本)/大森隆男(全日本)/太陽ケア(フリー) 12分32秒 リストクラッチ式エクスプロイダー→片エビ固め 小島聡(新日本)/永田裕志(新日本)/●西村修(フリー) ▼タッグマッチ 60分1本勝負 ○ミル・マスカラス(フリー)/ドス・カラス(フリー) 11分6秒 ダイビング・ボディプレス→体固め カズ・ハヤシ(W-1)/●NOSAWA論外(東京愚連隊) ▼タッグマッチ 60分1本勝負 [ザ・ワールド]棚橋弘至(新日本)/●ヨシタツ(フリー) 24分24秒 シャットダウン・スープレックスホールド ○宮原健斗(全日本)/関本大介(大日本) 2018年 開場 14 00 キッコーマンアリーナ 千葉県流山市野々下1-40-1 ☎ 04-7159-1212 試合開始 15 00 "2018 SUMMER EXPLOSION 最終戦" 全日本プロレス キッコーマンアリーナ チケOK ▼ 第1試合 タッグマッチ ブラックめんそーれ、ブラック・タイガーVII vs 鈴木鼓太郎、佐藤恵一 ▼ 第2試合 8人タッグマッチ 丸山敦、TAJIRI、KAI、佐野直 vs 渕正信、西村修、ウルティモ・ドラゴン、佐藤光留 ▼ 第3試合 The Road to 王道トーナメント タッグマッチ 諏訪魔、ディラン・ジェイムス vs ジョー・ドーリング、ギアニー・ヴァレッタ ▼ 第4試合 The Road to 王道トーナメント シングルマッチ 宮原健斗 vs 火野裕士 ▼ 第5試合 アジアタッグ選手権試合 [第105代王者組] 野村直矢、青柳優馬 vs [挑戦者組] 大森隆男、木髙イサミ ▼ 第6試合 世界ジュニアヘビー級選手権試合 [第47代王者] 青木篤志 vs [挑戦者] 岩本煌史 ▼ 第7試合 The Road to 王道トーナメント タッグマッチ 秋山準、ヨシタツ vs ジェイク・リー、崔領二 ▼ 第8試合 三冠ヘビー級選手権試合 [第61代王者] ゼウス vs [挑戦者] 石川修司 2018年2月3日(土) 開場 16 00 / 試合開始 17 00 "2018 Yokohama Twilight Blues Special" 全日本プロレス / 横浜文化体育館 ▼ 第1試合 The Road to Jr. BATTLE OF GLORY スペシャル8人タッグマッチ 岩本煌史、中島洋平、佐藤光留、鈴木鼓太郎 vs 丸山敦、岡田佑介、近藤修司、佐藤恵一 ▼ 第2試合 タッグマッチ 渕正信、SUSHI vs ウルティモ・ドラゴン、菊地毅 ▼ 第3試合 串かつ「二度と来るよ」presents 6人タッグマッチ ゼウス、ボディガー、吉江豊 vs 西村修、ブラック・タイガーVII、将火怒 ▼ 第4試合 アジアタッグ王座決定戦 野村直矢、崔領二 vs 秋山準、永田裕志 ▼ 第5試合 世界ジュニアヘビー級選手権試合 [第46代王者] TAJIRI vs [挑戦者] 青木篤志 ▼ 第6試合 世界タッグ選手権試合 [第79代王者組] 諏訪魔、石川修司 vs [挑戦者組] 宮原健斗、ヨシタツ ▼ メインイベント 三冠ヘビー級選手権試合 [第59代王者] ジョー・ドーリング vs [挑戦者] KAI 2018年2月2日(金) "2018 Yokohama Twilight Blues Special" 公開記者会見 全日本プロレス / 横浜 大桟橋ホール 2018年1月3日(水) 2018 ニューイヤーウォーズ / 後楽園ホール ▼ 第0試合 シングルマッチ ○ 中島洋平 vs × 岡田佑介 ▼ 第1試合 タッグマッチ × 渕正信、西村修 vs 岩本煌史、○ ウルティモ・ドラゴン ▼ 第2試合 タッグマッチ ○ 青木篤志、佐藤光留 vs 鈴木鼓太郎、× 佐藤恵一 ▼ 第3試合 タッグマッチ ジョー・ドーリング、× B・タイガーⅦ vs TAJIRI、○ KAI ▼ 第4試合 シングルマッチ × 野村直矢 vs ○ 崔領ニ ▼ 第5試合 6人タッグマッチ ○ 宮原健斗、ヨシタツ、青柳優馬 vs ゼウス、ボディガー、× 丸山敦 ▼ 第6試合 世界タッグ選手権試合 [第78代王者組] × 秋山準、大森隆男 vs [挑戦者組/2017 世界最強タッグ決定リーグ戦優勝チーム] 諏訪魔、○ 石川修司 2017年 2017年11月3日(金・祝) 2017 Starting Over ~Jr. Tag Battle of Glory~ 開幕戦 千葉EXTRA DREAM 18 / 千葉 ブルー・フィールド ▼ 第1試合 6人タッグマッチ ○ ゼウス、梶トマト ( KAIENTI DOJO )、阿部史典 ( スポルティーバ ) vs 崔領ニ ( ランズエンド )、石切 ( ランズエンド )、× 後藤恵介 ( WAVE ) ▼ 第2試合 女子プロレス シングルマッチ ○ 安納サオリ vs × ブス・モンゴル ▼ 第3試合 世界ジュニアヘビー級選手権試合 前哨戦 6人タッグマッチ 秋山準、大森隆男、○ 中島洋平 vs × TAJIRI、ダイナソー拓真、吉野コータロー ▼ 第4試合 Jr. TAG BATTLE OF GLORY 公式戦 20分1本勝負 岩本煌史、× 岡田佑介 vs 鈴木鼓太郎、○ 佐藤恵一 ▼ 第5試合 Jr. TAG BATTLE OF GLORY 公式戦 20分1本勝負 × 青木篤志、佐藤光留 vs ブラック・タイガーⅦ、○ ブラック・スパイダーⅦ ▼ 第6試合 アジアタッグ選手権試合 [第103代王者組] ○ 野村直矢、青柳優馬 vs [挑戦者組] キム・ナンソク、× Dr. MONZ Jr. ▼ 第7試合 8人タッグマッチ 諏訪魔、石川修司、竹田誠志、× 丸山敦 vs 宮原健斗、○ ヨシタツ、KAI、松本崇寿 '17年9月24日(日) [ 第44回藤沢市民まつり ~遊行寺でプロレスをするぞ!オイッ!!~ ] / 藤沢 遊行寺 ▼ 第1試合 〇 青柳優馬 vs × 岡田佑介 ▼ 第2試合 〇 諏訪魔、江の島マン vs マッシモ、× ダニー・ジョーンズ 2017年7月17日(月・祝) [ 2017 SUMMER ACTION SERIES 開幕戦 ] / 水道橋 後楽園ホール ▼ 第1試合 8人タッグマッチ × 渕正信、中島洋平、梶トマト、岡田佑介 vs 岩本煌史、○ 青柳優馬、風戸大智、阿部史典 ▼ 第2試合 アキヤマーズ(仮) vs アックスボンバーズ 6人タッグマッチ 秋山準、木髙イサミ、× 丸山敦 vs ○ 大森隆男、宮本裕向、田村和宏 ▼ 第3試合 6人タッグマッチ × 青木篤志、西村修、崔領ニ vs ○ TAJIRI、KAI、マッシモ ▼ 第4試合 世界ジュニアヘビー級選手権試合 【第43代王者】○ 佐藤光留 vs 【挑戦者】× 田中稔 ▼ 第5試合 世界タッグ選手権試合 【第75代王者組】ゼウス、× ボディガー vs 【挑戦者組】ジェイク・リー、○ 野村直矢 ▼ 第6試合 特別試合 ○ 宮原健斗 vs × ジョー・ドーリング ▼ 第7試合 三冠ヘビー級選手権試合 【第56代王者】○ 石川修司 vs 【挑戦者】× 諏訪魔 2017年6月11日(日) [ 2017 ダイナマイトシリーズ ] / 東京 後楽園ホール ▼ 第1試合 8人タッグマッチ 大森隆男、渕正信、崔領ニ、吉田綾斗 vs 中島洋平、岩本煌史、岡田佑介、阿部史典 ▼ 第2試合 !BANG!TV 世界ヘビー級選手権試合 [第3代王者] ○西村修 vs [挑戦者] ×不動力也 ▼ 第3試合 タッグマッチ ジョー・ドーリング、青木篤志 vs 野村直矢、青柳優馬 ▼ 第4試合 6人タッグマッチ 秋山準、ウルティモ・ドラゴン、×丸山敦 vs ○TAJIRI、吉江豊、田中稔 ▼ 第5試合 世界タッグ選手権試合 [第74代王者組] 真霜拳號、×KAI vs [挑戦者組] ○ゼウス、ボディガー ▼ 第6試合 特別試合 シングルマッチ ×宮原健斗 vs ○諏訪魔 ▼ 第7試合 三冠ヘビー級選手権試合 [第56代王者] ○石川修司 vs [挑戦者] ×ジェイク・リー