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【森さん@涼宮ハルヒちゃんの憂鬱】 超能力者たちの組織である「機関」のメンバー。 原作ではちょい役だが、「ハルヒちゃん」では作者であるぷよ氏のお気に入りであるため非常に出番が多い。 そのスキルも原作から大きく向上しており、メイドとしての技術はみくるが理想型と仰ぐほど。 さらに格闘能力も、鶴屋さんを軽くあしらうレベルである。
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外は木枯らしが舞い、すっかり冬の装いを見せていますが、我々SOS団は相変わらず文芸部室に集まっています。 どうも、古泉一樹です。 まぁ部室に集まっているのですが、テストが近いという事もあり彼は涼宮さんの教鞭のもとテスト勉強中で、 SOS団専属の癒し系でグラマラスなメイドの朝比奈さんも受験のために勉強しています。 あ、お茶は淹れていただきましたよ。どうも部室に来たらメイド服に着替えてお茶を淹れないと落ち着かないそうです。 長門さんは相変わらず定位置で小説を読んでいます。何を読んでいらっしゃるのでしょうか?と、聞いて見たところ 「海外ミステリーのドイツ語訳」 との事です。そういった物はどこから持って来るのですかね。 えっ僕ですか?彼が勉強中なので、詰め将棋をやっていたところです。すると 「お前等は余裕そうでいいな」 と、彼がグチをこぼしてます。そこに涼宮さんが 「そう思うなら普段からしっかり勉強しとけばいいのよ」 こうつっこみ、手に持った黄色いメガホンでポカポカ叩いています。 仲睦まじいですね。ああ、この二人付き合っていますよ。彼からの告白で。 その話は彼に聞いてください。恥ずかしがって教えてくれないとは思いますが。 そうこうしてるうちに長門さんが本を閉じ涼宮さんが 「今日は解散!土日は探索は無しね。しっかり勉強してちょうだい」 こう言いましたが、この土日は彼の家庭教師をする様です。 朝比奈さんの着替えが終わるのを待ち、全員がそろったところでハイキングコースゆっくりと下ります。 三人娘が前を歩き僕と彼が後を歩きます。この時に彼に話し掛けます。 「お陰様でこの土日はゆっくり出来そうです」 「別にお前等のためじゃねえよ」 「わかってますよ。そうそうこれは選別です。」 鞄から紙袋を取り出し彼に渡します。ちなみに多丸(圭)さんからです。 「とりあえず受け取っておくか、多丸さんに礼を言っといてくれ」 ええ、分かりました。気付くと坂を下り終えいつも解散する場所に着てました。 「それじゃあ、えっと月曜日に」 「………」 と、可愛らしく言う朝比奈さんに、無言で手を振る長門さん 「じゃあね、みんな」 「じゃ、またな」 元気よくいう涼宮さんと少々疲れ気味で言う彼 「それでは、また月曜に」 僕もみんなに別れを告げ自宅の方に歩き出す。 彼と涼宮さんは同じ方向に行きましたが、どうやら今日からお泊まりらしいですね。 ここ最近は閉鎖空間の出現もあまりないですし、彼女つくってもいいんじゃないかなとか思ったり……無理そうですね。 ちょっと暗い気分で歩いていたらいつの間にか家に着きました。ワンルームマンションなんですけどね。 一人暮らしなので十分です。キッチン風呂トイレ付、しかも家賃は機関から。 まぁこのマンション自体機関が管理してますが。 玄関を開けようと鍵をさしましたが…開いてますね。用心しつつゆっくり玄関を開けるとそこには、 「お帰りなさいませ。ご主人様」 ………えっと、何しているんですか?森さん 「ノリの悪いヤツねー。もう少し臨機応変にさー」 いや、そうではなくてですね。なんで人の家にいるんですか、しかもメイド服で? 「訓練よ訓練!たまーにやっとかないとね。いつでもいける様に。それと、合鍵はわたし持っているから」 いつの間に合鍵作ったんですか!しかも訓練って何を訓練するんですか? 「なにって掃除したり料理したり、ていうかさっさと入りなさい。寒いじゃないの」 森さんに言われ部屋に入るときれいになっていた。 「思っていたより整頓されてたから楽だったわ。しっかし独りなのにエロ本やDVD隠しているなんて、あんたムッツリ?」 いつ誰が来てもいい様にしているだけです。ちゃんとまとめて…って見たんですか? 「その棚の一番下の引き出しでしょ。そういえばメイド物もあったわね」 それはクラスの友達に借りた物です。と言うか、あまり女性がそういう事言わない方が、 「それはあんた達が若いからでしょ。わたし位になれば気にしないものよ」 ああ、もう《禁則》歳ですもんね 「古泉……メイドが冥土に連れてってあげようか?」 ごめんなさい。森さんには年齢と体重の話は《禁則》でした。 ところで森さん、今日彼に多丸(圭)さんから言われて紙袋を渡したんですが中身何か知ってます?結構重かったんですけど 「ああ、あれ?ん~と多丸兄弟はタ●マン二十本でわたしと新川はコンドーム四箱、ってところね」 新川さんまで…ていうか●フマンは必要ないかと 「若いからね、必要ないと思うけど自分達が飲んでるからでしょ」 そういえば、飲み会の後(僕は飲んでませんが)これからは大人の時間だ!とか言って飲んでましたね。 ここで調度よく彼から電話ですね。 「おい、古泉!今、袋の中身を確認したんだがなんだこれは?」 なんだと言われてもですね、今さっき僕も中身を聞いたところなので。 「なんだ?知らなかったのか?」 ええ、まぁ気兼ねなく使ってください。 「いくらなんでも多いだろ!それにゴムはちゃんとじゅn…ゲフン、いや、なんでもない」 ヤる気マンマンだったんですね。この土日で全部使って下さいっていうわけではないので 「流石にそれは無理だ。タフ●ンがあっても」 ところで涼宮さんはそこにはいらっしゃらないのですか? 「ああ、部屋を片付けるって言って妹の相手をさせている」 まぁ頑張って下さい。試験勉強もですが、夜の方も。 「ええい、変な事言うな!じゃあな」 「なんだヤる気マンマンだったんじゃない。調度良かったわね」 電話が終わると黙って聞いていた森さんが言ってきました。そりゃ彼女が泊まるっなれば誰だってね。 僕としては彼らが喧嘩でもしない限り閉鎖空間の発生はないはずなのでたっぷり休ませて頂くとしましょう。 「そういえば掃除が終わってあんたが帰って来る間に、あるSSをよんだんだけどさ」 人のパソコンを勝手に使わないで下さい! 「いいじゃないの、ネットやるくらい。他は何も見てないわよ。名前と中身が違うフォルダなんて」 しっかり見てるじゃないですか。で、何のSSを読んだんですか? 「『桃色空間奮闘記』」 「………」 「………」 五分ほど沈黙 まさか、そんな事あるわけないじゃないですか。 「そっそうよね。あはは」 発生したとしても僕は絶対入りませんよ。正直耐えられそうにありません。 「まぁそれは考えないでいいわね。それじゃ、夕食の準備するからその間お風呂入ってきなさい」 えっ?!まだ帰らないんですか? 「言ったでしょ訓練してるって!ああ、そうか、背中流しましょうか?ご主人様」 いえ、結構です。 「つまんないわねぇ、もう少し反応しなさいよ」 とりあえず森さんを無視して着替えを持ち脱衣所に行く。 何考えているのでしょうか?まったく巻き込まれるこっちの身にも…って、もも森さん!なんでいるんですか? 「一緒に入ろうかと思って」 はいぃ?ああ思わず変な声を出してしまいました。 「いいじゃないの!昔はよく一緒に入ったんだし」 それは、訓練で気絶した僕をあなたが勝手に… 「あの時からどれだけ成長したか見てあげるわ。ささっ脱いだ脱いだ」 森さんが強制的に脱がしにかかってきます。あぁー今なら朝比奈さんの気持ちもわかるかも。 「他のSSだと長門有希に脱がされてたわね、あんた」 きれいさっぱり脱がされてしまいました。それと、あんまり他のSSの話は出さない方が… 「気にしない気にしない。ってナニしゃがみ込んでるのよ。堂々としなさい」 出来ませんよ。部分的には堂々としてますが。 前屈みで息子を隠しつつ風呂場に入ってシャワーを浴び体を洗おうとした時に ガチャッ 森さんが入って来た。さっき言った事マジだったんですか? 「そうよ。あら、先に体洗うの?なら洗ってアゲル」 そう言って僕の背中に密着してきた。胸の柔らかい感触が…あ、せっかく落着いた息子が… 「へぇ~なかなか立派になったじゃない!それじゃイキますか!」 へっももりさささんん?ちょっ、あっ、まっ、アッー 風呂から上がり森さんが夕食の準備を始めます。僕は一人掛けソファにうずくまります。僕、汚れちゃったよ。 「女々しいわね。三回もイッといて。もしかして初めてだった?」 …ええ、そうですよ。 「なんだ、あんたモテるだろうから手当たり次第、手だしているかと思ったのに」 …そんな暇ありませんよ。 「それもそうね。まぁごちそうさまでしたとは言っとくわ、ご飯食べる前だけど」 はぁ~、世の中女性の強いんですね。落ち込んでも仕方ありませんね。ぶっちゃけ気持ち良かったですし。 「夕食が出来あがりました。どうぞ、ご主人様」 まだそれ止めないんですか?まぁいいか、いただきます。 食べ終わって食器を洗っている森さんにまだ帰らないんですか?と聞いて見る。 「ん~面倒くさいから泊まっていくわ」 いや、布団無いですよ。 「一緒でいいじゃない!それにもう一回くらいイケるでしょ?」 はっ?ちょっ、森さん?えー、そこは、まっ、うっ、アッー おしまい。
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涼宮ハルヒの共学 何か胸騒ぎがする それもものすごくイヤなヤツが ゆっくりと窓の外を流れる見慣れた景色を眺めながら 俺は安易に単独行動をしてしまった 相変わらず行き当たりばったりの自分の行動力を悔んでいた 俺は今、鶴屋家差し回しの車の助手席に乗っていた 運転しているのはあまりよく顔を知らない、鶴屋家の使用人だった これが新川さんならば ものの1分もかからずに到着できるぐらいの近距離なのだが 鶴屋家の運転手さんはひたすらゆっくりと まるでリムジンでも運転するような丁寧さで車を走らせていた 鶴屋邸から長門のマンションまでは車ならそう遠い距離ではない なだらかな下り坂を下りていると、見慣れたレンガ造りのマンションが見えてきた もうすぐだぞ長門 ハルヒに古泉、朝比奈さん 早くみんなの顔が見たくて焦る 横道に逸れてしばらく走れば長門のマンションの入り口だ 少し安心してシートに座り直すと突然 全体にフィルターでもかけたように、長門のマンションがぼやけだした ????? これはいったい? 運転手さんもその状況に気付いたようで 「あれ?」とつぶやいてブレーキを踏んだ その直後だった バアーン! 激しい音がして車のボンネットに何かが叩きつけられた 思わず自分の顔を両手で覆ってしまう 狭い道なのでそんなにスピードが出ていなかったこと 既にブレーキを踏んでいたこともあって ボンネットに叩きつけられてそのままゴロンと転がり落ちたその物体を車は跳ね飛ばさずに済んだ 慌ててドアを開けて外に飛び出した俺の前で倒れていたのは 北高のセーラー服を着て髪に黄色いリボンを巻いている女子 短いスカートがまくれ上がり、死んだようにピクリとも動かないそれは・・・ 涼宮ハルヒだった ハルヒ? 何でお前がこんな所にいるんだ? どこから落ちてきたんだお前??? 話は少しだけ過去にさかのぼる 俺たちが無事に2年生に進級し 我がSOS団は無謀にも新入部員募集などという不届きなイベントを繰り広げていた ハルヒの豪放磊落というのか、それとも傍若無人というのか 相変わらずコイツを現す四字熟語には不自由しないある日 部室にいつもいるはずのメンバーが一人足りないことに気付いたのもやっぱりハルヒだった SOS団の初期メンバーでもあり、唯一のまともな文芸部員で 元眼鏡っ子で無口で色白の薄幸の美少女、しかしその実態は この銀河を統括する統合情報思念体が調査のために派遣した対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェイスである(ちょっと一息) 要するに宇宙人が作ったアンドロイドの長門有希が欠席していた 慌てて長門に電話をかけるハルヒ 古泉も朝比奈さんも不安な表情で俺の顔を見ていた 「キョン!行くわよ!」 ああもちろんだとも 言われなくてもそうするさ あの長門が発熱して寝込むなんてあり得ない いや、あるとしたら理由ははっきりしている 例の天蓋領域とやらの侵略がまた始まったのだ メイド姿の朝比奈さんを大急ぎで着替えさせ 長門を除くSOS団一行は、足音も激しく北高を後にした 先頭をずんずん歩く団長の後を、俺たちが一団になって追いかける かわいそうな朝比奈さんはなかなか追いつけずにフゥフゥと息を荒げているが それでも泣き事などは全く言わない 朝比奈さんにもこの異常事態は十分分かっているはず そんな朝比奈さんの携帯がプルルルと鳴った 走りながら携帯を開いた朝比奈さんは小声でボソボソと話していたが すぐに電話を俺に渡してきた 「キョン君、電話です・・・」 ん?俺にですか? いぶかしく思いながらも携帯を受け取って何ですかと聞く 「ああキョンくん?ごめんだよっ忙しい所を! キョンくんの番号を知らないんでみくるにかけたわけさっ 手短に用件だけ言うね あのさ、例の超合金があったろう?うっとこの山に埋まってたヤツさ あれが今日なくなってるんだよっ!使用人が見つけたんだけど どうしようかなって思ってたんだけどさっ キョンくんにまずは連絡した方がいいと思って」 例の超合金?まさかオーパーツの事ですか? 「そうだよっ!あれあれ でも様子が変なんだよねっ 土蔵の鍵は開いてたけど別に壊された形跡もないし 他の物には一切手も触れてないみたいだしさっ 最初からあれだけを狙ってたような感じなのさっ だから警察に届ける前にキョンくんに知らせたってわけだ」 分かりました、俺がすぐ行きます その・・・警察に届けるのは少し待ってもらえますか? 「うん!いいよっ!最初からそのつもりだったからさっ」 俺は電話を切って朝比奈さんに返し 古泉に話しかけた ちょっと気になるんで鶴屋さんの家に行くから長門の事を頼む 「緊急事態ですか?」 いやまだ分からん それを確かめてくる 「僕もご一緒しましょうか?」 いやお前はハルヒと一緒にいてくれ まだ何が起こるか分からんし 起こるとしたらまずは長門の所だ 「分かりました。何かあったらすぐに連絡を下さい」 もちろんさ おいハルヒ 「あ?」 ちょっと俺は後から行くから 「どうしたの?」 ちょっと野暮用だよ すぐに合流するから 「あんた!有希よりも大事な急用なの?」 そんなことはない 長門も心配だけど、もしかしたら関係があることかもしれないから 「1人で大丈夫なの?」 ああ ちょっと見てくるだけだ 鶴屋さんの所だから1時間で往復できる それまで長門をよろしく頼む 「ふーん。よし分かったわ、早く行ってきなさい」 おいハルヒ 「何よ?」 SOS団を頼んだぞ 「あったりまえじゃないの!バカじゃないの?」 頼むぞ 「キョン!早く戻ってきてね」 思い返せば、このハルヒの一言もまた、何かの予感をしていたのだろうか 珍しく眉を伏せて、今駆け下りてきた道をまた走り出した俺の背中を見つめていた アップダウンの多いこの街の地形にもずいぶん慣れたつもりだったが イレギュラーな出来事にはすぐには対応できない 北高までの登り道を半分ほど登り、途中で折れてまっすぐ行った所にある 相変わらず犯罪的なお屋敷の長い塀を回り込み ようやく鶴屋邸の玄関に着いた時には俺の息は上がり、びっしょりと汗をかいていた 「ごめんねーこんな時に電話しちゃってさ、長門っちが熱出してるんだって?大 丈夫かなー」 俺はハアハアと荒い息をつきながら、とりあえず状況を聞いた 「さっき話したとおりなんだけどさっ、犯人はまるで最初からそれだけを狙って たみたいなんだよねっ。他の物には手も触れてないし、何であんなものに興味 があったのかなー」 鶴屋さんに案内されて、鶴屋家先祖代々の貴重な品が眠っている大きな土蔵の前に立った。 「何も動かしてないよっ、全部そのままにしてあるからっ」 確かに鶴屋さんの言うとおり、一見しただけでは泥棒が入った後とは思えない 乱雑に積み上げられた木箱やつづらなどがこじ開けられた形跡はなかった しかし入口付近にある小さな木箱だけが開けられていた 目撃者とかいなかったんですか? 「うん、使用人に聞いてみたんだけど、このあたりはあんまり誰もうろうろしな いからさ、鍵はおやっさんの金庫の中だし、おやっさんは夜まで帰って来ない から、誰かが鍵を持ち出す事もないと思うのさっ」 俺はしばらく考えたのちに鶴屋さんに頼んだ 心当たりはない事もないんですが、今はまだ話せないです でももしかしたら、何かの手がかりが見つかるかもしれないんで 俺が戻るまでは警察には知らせないでもらえますか? 「うん、分かったよっ!」 じゃあ後で電話します 必ず今日中に連絡入れますから 「うん。キョンくん」 はい? 「ハルにゃんをよろしくねっ!」 は? 「ハルにゃんはああ見えてもすっごく心配性なんだよっ みんなが元気でいられるように、ハルにゃんは必死なんだ そんなハルにゃんを元気にさせてあげられるのはキョンくんだけなんだからさっ」 はい 「頼んだにょろっ!」 いきなりの鶴屋さんの不思議発言だが この人にはある程度の予知能力のようなものが備わっているみたいだ 顔は明るく笑っているが、口調は真剣だった それが分かるので、俺も正直に答えた しばらく現場の状況をざっと確認してから、俺は鶴屋邸を後にした だんだん悪い胸騒ぎがしてくる 犯人は明らかにオーパーツだけを狙っている そしてオーパーツを狙うってことは、それがどんな機能を持っているかが分かっているはず そんな犯人の心当たりと言えば・・・ 長門が危ない 俺は直感的にそう思った 長門を寝込ませて力を封じ、その隙にオーパーツを使ってとんでもない事をやらかそうとしている そんな事をしそうな輩は地球上にそんなに多くはいない 俺はあの奇妙な長い髪をした不気味な少女 周防九曜の事を思い出していた さっき駆け上ってきた道を再び走り出してしばらく ようやく鶴屋邸の長い塀を抜けて住宅地を走っていると 人気の少ない交差点に止まっていたシルバーのワンボックスカーが静かに俺に近寄ってきた ただ長門のマンションに急ぐことだけを考えて他に頭脳が回らなかった俺は そのワンボックスカーが目の前に停まってスライドドアが開くまで、まさか自分の身に危険が迫っているとはよもや考えてもいなかった (同時刻、別の場所で) 「有希!有希!起きてるの?ねえ有希!開けてってば!」 涼宮ハルヒは鉄製のドアをガンガン叩き、近所迷惑な大声でわめいていた 玄関のオートロックの暗唱番号はあらかじめ聞いておいたものの、ドアを開けるには鍵が必要だ ドアを叩きながらわめくハルヒと、その横でオロオロする朝比奈さん そして少し遅れて古泉がエレベーターから出てきた 「今日は本当の緊急事態です、事情を説明して管理人から鍵を借りて来ました」 「古泉くん、早く開けて!」 古泉が長門の部屋の鍵を開け、ハルヒを先頭にドッとなだれ込んだ 「有希!有希!いるの?」 いつもの居間には長門の姿はなく、ハルヒは迷わずに奥の和室の襖を開けた そこには長門がいた ちゃんと布団を敷いて、静かに眠っている 「有希!大丈夫?熱はどうなの?ちゃんと薬飲んだ?」 「・・・・・・・問題ない、一過性のもの。寝てれば治る」 「みくるちゃん」 「ハイっ!」 「氷枕とか何でもいいから探して来て。それと古泉くん、もっとたくさん布団出 して」 「承知しました」 「有希、どうなの?つらくない?」 「・・・・・・・」 長門は力なく横たわったまま、布団の胸の部分だけが静かに上下している すぐに古泉が何枚かの布団を引っ張り出し、小さな長門に積み上げた 朝比奈さんはビニール袋に冷蔵庫の氷を詰め、濡らしたタオルも持ってきた 「有希、しっかりしなさいね。みんなここにいるから」 長門は薄く目を開き、ゆっくりと左右を見た 「・・・・・・」 その仕草でハルヒはすぐに、長門が探しているものを理解したようだ 「キョンならすぐに来るわ。ちょっと寄り道してるだけだから」 「・・・危険・・・彼が危険・・・」 「有希?」 「・・・・・・行かないと」 「有希!ダメよ動いちゃ!キョンはすぐに来るから もうしばらく寝てなさい!」 「・・・・・・」 長門は無理やり体を起こそうとしたが、すぐに力なく崩れ落ち ハルヒの手で再び寝かされた 「古泉くん、どう思う?」 「かなりの高熱ですね、救急車を呼んでもいいのじゃないでしょうか?」 「そうね、みくるちゃん、119番して」 朝比奈さんが居間にとって返し、受話器を持ち上げてプッシュボタンを押した (再びキョンの時間に) 俺のすぐ脇に停車したワンボックスカーのスライドドアが開き 声を上げる暇もなく、何本かの腕が俺を車内に引きずり込んだ 何事かをわめこうとしたがすぐに口をタオルのようなもので抑えられた 精一杯の抵抗のつもりで肘を張って暴れてみるが、その腕は誰にも当たらなかった 「じっとしてな。危害は加えん。ただちょっとおとなしくしてくれたらいいんだ」 俺の足がまだ空中にあるうちに車は再び走り始め、その後でスライドドアが閉められた 何だ?この展開は? 誘拐?この俺が誘拐だと? 今年の冬に朝比奈さんが誘拐されかけた、あのおぞましい経験がよみがえっていた まさかこの俺が誘拐されるとは? 俺に押し付けられたタオルはただの猿轡で 麻酔薬がしみこませられたりはしていない 走っている車の外の景色がすさまじい速さで流れていく その時、ドバーンと大きな音がして、俺は前方に投げ出された 前の座席のシートに叩きつけられ、肺じゅうの空気が一気に絞り出された 車の足元にゴロゴロと力なく転がっていると、2回目の衝撃が来た 今度は後ろから何かが追突し、俺を襲った誰かの足に体当たりした 「村上だけ残れ、後は出て応戦しろ」 誰かのそんな声が聞こえ、再びスライドドアが開いた 俺は座席の足元にうずくまり、外の様子が全く理解できない 苦労して起き上がろうとすると、誰かに頭を押さえつけられた 「いいからじっとしてろ」 ドスのきいた声でそう言われ、固い靴の底で頭をグリグリと転がされる いったいどうなってるんだ? この状況は? アドレナリンが強烈に噴出する頭の中で必死で考える 俺は誘拐されかけていた その車に何かが衝突した そして何人かが飛び出して行った ようやく自体が飲み込めてくる 俺を誘拐するグループと言えば心当たりは少ない いつぞや朝比奈さんを誘拐してカーチェイスをした時の連中だ と言うことは、衝突した車に乗っているのは俺を助けようとしてくれている連中 まさか? 混乱する状況を必死でまとめようとしていると、突然外から声が聞こえた 「彼を放しなさい!」 この声は・・・やっぱり・・・ 俺を見張るように言われていた村上と名乗る男がすかさず反応した 固い金属の棒のようなものを俺の後頭部に押し当て 「動くとこのガキを撃つぞ」 撃つってまさかおい 俺の頭に突きつけられているのは・・・銃? 外からの声はさらに続く 「撃ちたいのならお好きにどうぞ。でもその後どうなるかを理解していますか ?こちらも武装はしています。彼を守るためなら発砲は辞しません」 「くそっ」 村上という男は俺の頭を引きずり上げ、おかげで俺は外の情景を見ることができた 開け放たれたドアの前に立っているのは 予想通り古泉の所属する機関のグループ そのリーダー格と思われるスーツ姿の美しい女性 森園生さんだった やはりあの時の艶然とした微笑でひたと村上に視線を据え その手に持っているのは拳銃だった 「撃たないのですか?」 俺の頭を鷲づかみにしている村上の手はぶるぶると面白いように震えている やはりこんなチンピラと森さんでは全く格が違う 森さんは無造作に車内に踏み込んで来て村上の銃を奪い取った 最後の抵抗とばかりに村上は手を振り上げるが すさまじい笑みを浮かべたままの森さんは軽くその手を捻り グギッという鈍い音とともに村上を車の外に投げ飛ばした 合気道か何かの奥義なのか、右手で拳銃を構えたままで 森さんは村上を一瞬で気絶させてしまった 「さあ早く、まずは脱出です」 森さんに手を取られて俺は必死で車から降りた 車3台による壮絶な衝突事故の現場で、数人が取っ組み合いをしていた おそらくこいつらは機関のメンバーと、そして俺を誘拐しようとした橘京子の所属する集団だろう 多丸兄弟とおぼしき2人もいた 「ひとまず鶴屋邸へ」 そう言って森さんは俺の手を取ったままで走り出す 俺より速い森さんの俊足に必死でついて行ったが、すぐに俺の背後でダアーンと鋭い銃声が響いた 俺の耳元を熱い空気がかすめ、1発の銃弾が森さんの背中に命中した もんどりうって森さんは倒れ、俺も釣られてゴロゴロと地面を転がった も、森さん! 倒れ込んだ2人の後ろからタタタタと駆けてくる足音が聞こえる 俺は起き上がろうと必死でもがく 森さんは倒れたままピクリとも動かない 迫る足音が目前に迫った時、頭上から鋭い声がした 「ちょい待ち!そこまでなのさっ!」 それは鶴屋さんの声だった 事故の音を聞きつけたのか、それとも銃声を聞いたのか まだ北高の制服を着たままの鶴屋さんが走って来る賊をにらみつけていた 追いかけてきた2人は鶴屋さんを見てピタリと足を止めた 「ここで騒ぎを起こすとはいい度胸だね、それなりの覚悟はしてるのかなっ? それとも私を知らないにょろか?」 「・・・・・・」 「車は放っといていいからさっさと失せた方が身のためだよっ すぐに警察がやってくるのさっ」 男2人は顔を見合わせていたが、やがて来た方に走って逃げた ようやく起き上がった俺の目に、新たに近づく人影が見えた 「あなたも早く逃げるがいいさっ」 その人は機関の人間、新川さんだった 「すでに全員撤退の指示は出しました 森の様子を見たいのですが」 「じゃああんただけ許そうっか ここに置いとくわけにもいかないしね うちまで運ぶの手伝って」 鶴屋さんと俺、そして新川さんの3人で、動かない森さんを担いで運んだ ようやく鶴屋邸に入り、新川さんがすぐに処置を始めた すでにパトカーのサイレンが狂ったように走り回っている 新川さんは森さんのスーツの上着を脱がせ、無造作にブラウスも引きちぎった 森さんの真っ白な柔肌がむき出しになり、 おびただしい出血とともにむごたらしい傷跡が・・・・・・残っていない 森さんは防弾チョッキを身に着けていた 上着とブラウスを簡単に突き破った銃弾だが、防弾チョッキにはかなわなかった 平べったく潰れた銃弾は紺色の繊維質に阻まれて 森さんの素肌は青いアザができているだけだった 「ただの打撲ですね、もしくは骨にヒビが入った程度でしょう」 すぐに森さんが大きく息を吐き、意識を取り戻した 「無事・・・でしたか」 すみません森さん 俺のせいでこんなことに 新川さんに助け起こされた森さんは 透き通るような微笑を浮かべたままで言った 「大丈夫です。万一に備えてありますから 私たちはあなたと涼宮さんを守るためならいつでも覚悟はできています さあ、もうここには用はないはずです 涼宮さんを守ってあげて下さい 古泉とともに・・・」 分かりました 俺が立ち上がると森さんは最後にこう言った 「涼宮さんはあんな性格だからあなたにはまだ理解できないでしょうけど、 あなたをとても頼りにしているはずです 今あなたと離れて一番心細いのは涼宮さんです 早く行ってあげて下さい そして、大事にしてあげて下さい」 ちょっとドキッとする森さんの言葉だったが 今はその意味について深く考えている場合ではない 鶴屋さんと森さん、そして新川さんに頭を下げると、俺は走り出そうとした 「ちょい待ちキョンくん!うっとこの車に乗っていくといい さっきみたいなことはもうないと思うけどね、でもその方が早いからさっ」 鶴屋さんはてきぱきと使用人に指示を出し 森さんを部屋に運ぶことと車を用意すること そしてさっきの銃撃戦についてきつく緘口令を言い渡した 玄関の前に現れた高級車に乗せられた俺はもう一度鶴屋さんに頭を下げた 「キョンくん、ハルにゃんをよろしくねっ! それと・・・言っていいのかどうか分からないけどね・・・ ハルにゃん、結構いろんな事知ってるよっ」 えっ? 「みんなの事だよ 何か不思議な事がめがっさ起こってるって ハルにゃんの知らない所で みんなが何かしてるんだろうなって」 本当ですか?鶴屋さん? 「後は直接確かめたらいいさっ!ハルにゃんにねっ!」 鶴屋さんはそう言ってドアを閉め、車は走り出した (再び同時刻、別の場所で) 「涼宮さんっ」 「どうしたのみくるちゃん?」 「電話が・・・電話が通じません・・・」 「ん?それはどういうことでしょう?」 古泉が素早く立ち上がり、朝比奈さんから受話器を受け取った 通話ボタンを押しても発信音がしない 「これは・・・?」 その時、部屋の中が一瞬真っ黒になり、まるで夜の闇のようになった 部屋の内外で聞こえていた雑音も消え、長門の部屋は沈黙に閉ざされた 「ふわぁぁぁっ」 「ななな何よこれは?古泉くん?どういう事?」 古泉が口を開くよりも早く、暗闇に何かが浮かび上がった ぼんやりとした影はすぐに凝集し始め、やがて4つの人間の形を作った 素早く古泉が前に出て、ハルヒと朝比奈さん、そして眠っている長門をかばうように立った いつものニヒルな笑顔の面影は全くない 古泉のこめかみからタラリと汗が流れ落ちた 現れた4人はもちろん あの時突然出現した集団だった 「・・・・・・・・・ここは・・・・・・暗い・・・・・・気持ちが悪い」 いち早く口を開いたのは周防九曜だった 実体化するが早いか、長門が寝ている和室に踏み込み、ひたと視線を長門に据えた 「かわいそうな寝顔・・・・・・こんな世に生まれなければ、1人の姫として暮らせたものを・・・・・」 「それ以上近づかないで下さい」 古泉が素早く割って入る 「周防さん、まずは話し会いましょう」 そう声をかけたのは4人組のリーダー、勝手に神に祭り上げられてしまった佐々木だった 「・・・・・・かわいそう・・・食べてあげたい・・・・・・」 周防九曜は長門から視線を放さずにそうつぶやき 他のメンバーの横に戻った 「ちょ、ちょ、ちょっと何なのよあんたら どうやってここに入って来たのよ?」 「お久しぶりです涼宮さん、いつぞやは突然現れてすみませんでした あれ?キョンは?」 「まずは私の質問に答えなさいよ 無礼でしょう?」 「ごめんなさい。実は私たちにもよく分からないんです 周防さんが突然ここに行かないとって言って 何かに運ばれてきたみたいなの」 「全然説明になってないわよ あんたたちいったい何者なの?」 ハルヒが鋭い視線で闖入者たちを睨みつける 穴でも開けてしまいそうなぐらいの激しい視線だった 「私が代わりに説明するわ」 そう言ったのは古泉と敵対する組織の一員、橘京子だった 「周防さんはね、時が満ちたと言っているの つまり我々と佐々木さんの力があなたたちのものを上回る 今日のいま、この場所で何かが起こると」 「あわわわ・・・・・・」 あたふたする朝比奈さんをかばいながら、ハルヒは口から泡を飛ばして叫んだ 「ふざけんじゃないわよっ!ここはあんたたちがいる場所じゃないの! 見て分かるでしょう、病人がいるのよ! さっさと出ていきなさいっ!!」 「ふん・・・まるでボス猿みたいだな」 そう口を尖らせてうそぶくこの男は 朝比奈さんの組織と対立している未来人組織から派遣されてきた 自称藤原という男だった 「ボ、ボ・・・・・・」 古泉がハルヒの横に立った 「涼宮さん、今怒ってしまえば向こうの思い通りになります ここはひとまず冷静に、まずは話を聞きましょう」 「古泉くん、悪いけどね あたしは人の家に土足で踏み込んでくる野蛮人の話なんか聞く耳持ってないの」 ハルヒは両の拳を握りしめている 最初は誰に殴りかかろうかと品定めしているようだ 「・・・・・・あなたは・・・汚ない・・・」 「何ですって?」 「その顔、その声、全てが汚らしい・・・・・・」 「ハァ???」 ハルヒは最初にぶちのめす相手を決めたようだ 握り拳を振り上げて周防九曜に突進しようとした 慌てて古泉が止めに入る 「古泉くん!放しなさい!」 「涼宮さん、ひとまず落ち着きましょう」 古泉はハルヒを無理やり引きずって闖入者から少し遠ざけ 声を潜めて囁いた 「・・・僕たちの戦力はいささか不足しています 全員揃うまではとにかく様子を見ましょう 今のところは、何が目的でやって来たのかも分かりませんので」 「古泉くん」 「はい」 「あんた、何か知ってるのね」 「何かと申しますと?」 「私の知らない事よ こいつらが何者で、何が目的なのかをね」 「それを説明してくれる方が現れるまで、ここは1つ、穏便に」 「キョンの事ね」 「はい」 「・・・・・・分かったわ」 ハルヒはようやく拳を緩め、闖入者たちと対峙した 「んで、話を聞こうじゃないの」 「ようやく落ち付いてくれましたか やはり調査通りの人ですね、あなたは」 橘京子が楽しそうに言った 「実は私たちにもまだここに来た理由は分からないのです こちらの周防さんが言った通り、まもなくここで何かが始まります それを確かめるために来たのです」 「それでは全然説明になっていませんね 皆さんのやっている事は明らかな住居不法侵入です 警察を呼ばれたくなかったら、今すぐ退散すべきです ここには病人がいます、わきまえて下さい」 「・・・・・・来る」 「何が?」 「・・・・・・終わりの世界が来る・・・・・・それは私たちを待っている・・・・・・もうすぐ」 ハルヒがまたブチ切れそうになった 「もう我慢できないわ!今すぐここを出ていきなさい!さもないと」 「お待たせしましたー」 突然部屋につむじ風が巻き起こり、目を開けてられないほどになった 激しい旋風はあたりをなぎ払い、全てを持ち上げてぐるぐると回転した 「あひゃぁあああーっ!」 朝比奈さんのか弱い悲鳴とともに、全てが吸い込まれていった (再びキョンの世界) 俺を乗せた鶴屋家の車は静々と走り、やがて長門のマンションが見えてきた頃 視界が急にぼやけてきた 長門の高級マンションがぼんやりかすみ、俺は目をごしごしこすった 「おかしいですね」 運転していた鶴屋家の男性がそう言ってブレーキを踏んだ直後、激しい音がして車のボンネットに何かが叩きつけられた 見慣れた水色のセーラー服、そんな気がした セーラー服はボンネットの上を弾んで転がり落ち、急ブレーキをかけた車の前方に倒れた ハルヒ! 俺はドアをもぎ取るように開け、車から飛び出した 予想した通り、空から降って来たのは涼宮ハルヒだった いったいどこから落ちてきたのか、まさか長門の部屋のある7階から落ちたのか? 急いでハルヒを助け起こし、その顔を覗き込んだ 「ったあぁーっ」 見ると車のボンネットは大きく凹んでいる 7階かどうかは分からないが、かなりの高さから落ちてきたようだ 運転していた男性も、車から降りてハルヒを見ていた おいハルヒしっかりしろ 何が起こったんだ? ハルヒはしばらく目を白黒させていたが、ようやく焦点が定まってきたのか、俺に気付いて大声を上げた 「キョン!キョンじゃないの!どうやってここに来たの?」 えらい元気そうだなハルヒ 車をこれだけ凹ませるほどの高さから落下したのに 何かのフォースでも働かせたのかそれともただ尻が異常に固いのか どうやって来たのかは俺が聞きたいぞハルヒ いったい何で空から降ってきたんだ? 「空から?え?あれ?ここはどこなのよ?有希の部屋じゃないの?」 おいハルヒ 長門の部屋でいったい何が起こったんだ? 長門はどうなんだ?体の具合は? それに朝比奈さんと古泉は? 「そうだ!キョン!大変よ!有希が・・・変な4人組が入ってきて それからあの、あの子が入ってきて」 もういいぞハルヒ とにかく長門の部屋に行こう 長門が心配だ 他のみんなもな 俺はハルヒを抱き起こして立ち上がった 鶴屋家の運転手にとりあえず帰ってもらう事にして、ボンネットの件は後で謝りに行くからと伝えた そして振り向くと・・・ ??? 空から降ってきたハルヒを抱き起こし、とにかく長門の部屋に入ろうと、玄関があるはずの場所に駆け込むんだ俺だが マンションの入り口には何もなかった 玄関もなければオートロックの操作盤もない というかマンション自体が消えてなくなっていた レンガ造りの高級マンションがそっくりそのまま消えてなくなっていた 「ちょっとキョン、これどうなってるの?」 どうって、俺にも分からん 落ちつけ俺、よく考えろ マンションがあったはずの平面には全く何もなく、むき出しの地面だけが広がっていた 向こう側にあるはずの、シャミセンを拾った空き地がここからそのまま見えた どうなってるんだこれは ハルヒの手を掴んだまま、強引にマンションがあったはずの空間に踏み込んでみた やっぱりか 予想通りだ 俺とハルヒの前にはぐんにゃりした白い壁が立ちはだかった マンションが消えてなくなったわけじゃないんだ 誰かがここにバリヤーを張っているんだ それはお前かハルヒ? 「はあ?私が何でこんなことするのよ?」 すまんハルヒ ちょっと考え中だ 俺はハルヒの手を放し、ダッシュで突入を試みた チリチリと小さな火花のようなものが散り、俺の体は押し戻された 痛みも衝撃もなく、ただやんわり跳ね返された 「キョン、これって・・・前のあれかしら?」 ああ あれに近いものだ お前の仕業じゃないとしたら こんな事ができるのは他には・・・ けっこうたくさんいるな 「ちょっとキョン」 何だよもう 今考え事してるんだから 「キョン!」 ああ? 「ちゃんと説明しなさい! あんたが何か知ってることぐらい、あたしにはお見通しなんですからね! あんたはこんなに不思議な物が目の前に現れても、顔色ひとつ変えないじゃないの! 何か知ってるんでしょう?包み隠さず全て話しなさい」 さっきの鶴屋さんの声が耳によみがえる ハルヒはいろいろ知ってるっていうのか 今ここで説明するしかないのか ついに切り札を出すしかないのか 今ほどここに古泉がいてほしいと思ったことはなかった あいつのアドバイスが聞きたい しかしハルヒ、説明してる暇はないぞ 早く長門の部屋に行かないと 「だから説明しなさいって言ってるのよ! 有希がおかしくなったことにも関係あるんでしょう? あの4人組の事だって」 4人組だと? あいつらに会ったのか? あいつらが来てるのか? 「そうよ あの4人組が来て 髪の長い女が私に汚いとか言い出して ブン殴ってやろうと思ったら急に空に放り投げられたのよ! ああムカつくわーあいつったら」 待て待てハルヒ ちょっと整理させてくれ 俺と別れた後であいつらに会ったのか? それとも長門のマンションに入った後か? 「入ってからよ 有希がひどい熱だったから氷枕と布団たくさん用意して 救急車を呼ぼうとしたら電話が通じなくて どうしたんだろうと思った時に入ってきたのよ ドアも開けずに土足で入ってきて ねえキョン、あいつらいったい何なのよ?」 おいハルヒ あいつらの目的とか何か聞かなかったのか? 「聞いたけど全然意味分からないわよあんなの」 思い出せハルヒ あいつらは何と言ってたんだ? 「どうでもいい事ばっかりよ」 いいから思い出せハルヒ! 「何よもうキョンってば・・・ちょっと待って 周防とかいう女が他のヤツらを連れてきたとか言ってたわ 時が満ちたとか、今から何かが始まるとか 終わりの世界がどうとか言って、そしたら・・・ そうだ!あの子が来たのよ!」 あの子って誰だ? また他の人間が来たのか? 「そうよ!思い出したわ。あの新入生よ! 新入部員候補の1年女子よ」 はあ? 何だと? 「新入部員候補の中に小柄な女の子がいたでしょう?あの巻き毛の子」 ああそんなのがいたな確かに 何となく不思議な印象だったな 覚えてるぞ しかし何でその子が来たんだ あいつらの仲間なのか? まさかスパイだとか? 「分からないけどたぶん違うと思う 来たのは別々だったし、あいつらも驚いた顔してたから」 その時突然 俺の背中に鳥肌が立った ものすごく嫌な予感がした おいハルヒ 良く聞け その1年女子は何か持っていなかったか? 「何かって?」 金属の細長い棒みたいなものだ ピカピカ光ってるヤツだ 「そこまで覚えてないわよ! その子が出てきた途端に部屋に嵐が起こって、気がついたら外に放り出されてたんだから」 待て待て待て待て くっそう古泉に会いたい 俺はどうもこういう複雑な事態には対処できない あいつの的確な状況分析がとても恋しい 「そうだ」 何だハルヒ 何か思い出したのか? 「お2人にはまだ登場してほしくないからって聞こえたような気がする」 お2人?そう言ったのか?その新入生は? 「違うかもしれないけどそう聞こえた」 お2人って事はもしかして・・・ 俺はハルヒの肩を抱いたままで後ろを振り返った 目の前にあるマンションはすでに消滅していたが 後ろの景色も違うものに変わっていた いやちょっと違うぞ 景色はさっきと一緒だが何か空気の匂いが違う それにこの不思議な色はいったい何だ・・・? 何だか安心感を与えてくれるような落ち着いたベージュの空 そよとの風も吹かず、じっとりとしているが不快ではない この空は覚えているぞ ハルヒといっしょにあいつが飛ばされたとしたら この空を作り出したのは この閉鎖空間を作ったのは やっぱりお前か 佐々木・・・・・・ 「申し訳ないキョン 今はまだ君たちをあそこに入れるわけにはいかないようだ」 リンク名 その2に続く
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文字サイズ小で上手く表示されると思います 涼宮ハルヒの愛惜 最終話 ハルヒの選択 後編 古泉。お前、ハルヒがSOS団を作った目的って覚えているか? 「え? ……はい、覚えています」 呆けた顔の超能力者は、床に座ったままで頷く。 そうか、じゃあ言ってみろ。 「宇宙人や未来人、超能力者を見つけて一緒に遊ぶこと……ですか?」 そうだ。 あの時のハルヒの楽しそうな顔は、生涯忘れられそうにないぜ。 ハルヒにとって未来人や宇宙人、超能力者ってのはいったいなんだと思う? 「涼宮さんにとっての……?」 そうさ、あいつは別に宇宙人でも未来人でも超能力者でも異世界人でも男でも女でもい い、自分が特別だって思えるくらいに一緒に居て楽しい存在を探してたんだ。そして見つ かったのが、朝比奈さんに長門、そしてお前。あと、ついでに俺だな。あれから半年以上 一緒に居るんだ、そろそろわかろうぜ? 「何を……でしょうか」 おいおい、俺に全部言わせるつもりか? 古泉の目の前に立ち、俺は溜息をついた。その溜息は古泉だけに向けられた物ではなく ……何ていうか自分にも向けられた物でもある。 あいつはお前らの正体に気づいてないのに、宇宙人も未来人も超能力者も探さなくなっ た。つまり、あいつは目的の存在をもう見つけてるんだよ。あいつが見つけた宇宙人でも 未来人でも超能力者でもなく、一緒に居て自分が特別な存在だって思えちまう程楽しい存 在ってのは……正体なんて関係ない、団員である俺達なんだよ。 ……やれやれ、お互い大変な奴に選ばれちまったもんだよな。 俺はまだ座ったままでいる古泉の前に手を差し出した。 古泉、もしもお前がハルヒと一緒に居る事から降りるのなら仕方ないが、まだそのつも りが無いのならついてこい。ハルヒはお前を待ってるぞ。みんなも……ついでに俺もな。 涙で歪んでいた古泉の目に――遅せーよ――ようやく力が戻った。 古泉の手が俺の手を掴んだ所で、俺は目を覚ましてやろうとわざと乱暴に引き起こす。 よろけながら立ち上がり 「……また、借りができてしまいましたね」 照れくさそうにしている古泉を睨み、 なんのことだ。 俺はそう言い返した。 「今回の機関の動きについて僕にわかる事は一つだけ、涼宮さんの誘拐に森さんが関わっ ているという事だけです」 鶴屋さんが用意してくれた10人は乗れそうな3列シートの大型ワゴン車――運転手付 き――の中で、ようやく調子を取り戻した古泉が口を開いた。 ちなみに車の持ち主である鶴屋さんは「内緒話ししなきゃなんでしょ? あたしは前に 座ってるからさ。目的地が決まるまではあたしの心当たりをぐるぐる回ってるからね」と 言って助手席に座ってくれている。 ここまで手助けしてもらっておいて、何も言えなくてすみません。 「森さんってあの、孤島の別荘で色々とお世話をしてくれた人ですよね」 「ええ、彼女です」 って事は、あの人も機関とやらの一員なのか? 「はい。機関で最も優秀な人材と言われています」 躊躇いがちに答える、古泉の顔色がやけに悪い。 「……あの、どうして森さんは涼宮さんを誘拐したんでしょうか」 「そこまでは。ただ、実際に機関の部隊が動いている様なので今回の件は彼女の独断では なく機関の作戦による物だと思います。ですが僕はメンバーから外されているのでこれ以 上の事はわかりません」 古泉、前に言ってた気配がどうとかでハルヒの居場所ってのはわからないのか? 「かなり近づけば大体の居場所はわかるんですが、今はただ、彼女が無事だという事しか わかりません」 そうか……。長門、喜緑さんからあれから連絡は? 「しばらく待って欲しいとメールが来てから、連絡が無い」 喜緑さんでも状況を掴めないとなるとこれは大事だな……ここまでくると、俺が頼れそ うなのは後1人しか居ない。 俺が恐る恐る朝比奈さんへと視線を向けると、 「……ごめんなさい」 何も聞く前に朝比奈さんは暗い顔で俯いてしまった。 ……ですよね。 そもそも、これが話していい事なら前みたいに事が起きる前に警告なり相談なりされそ うなもんだ。 俺が異変に気づいたきっかけである朝比奈さんからあった電話の内容は、未来からの指 示で今すぐハルヒを探さなくちゃいけないという事だけだった。 何の事かわからなかった俺と朝比奈さんは、ハルヒや古泉に電話してみたり、鶴屋さん に調べてもらっていく間にハルヒが誘拐されたという結論に行き着いたわけだ。 最初、俺はハルヒが「宇宙人にさらわれてみたい!」等と思いついたんじゃないかと心 配したんだが……相手が謎の機関だったんじゃ……どっちもどっちだよなぁ。 しかし……超能力者も未来人も元宇宙人も駄目となると、後は現役宇宙人である喜緑さ んの連絡を待つしかないんだろうか。 思わず無言になった俺達が居る後部座席に、 「ね~! お話は終わった?」 助手席から退屈そうな鶴屋さんの声が聞こえてきた。 すみません、まだ何処へ行けばいいのかわからなくて。 「そうなの? とりあえずハルにゃんの居そうな場所には着いたんだけど」 当たり前の様に告げられたその言葉に呆然とする俺達に、鶴屋さんは楽しそうにフロン トガラスの向こうを指差している。 気づけばいつの間にか車は止まっていて、鶴屋さんが指差す先にはヘッドライトに照ら された北高校の校門があった。 車を飛び出した俺達は、真夜中の校庭を走っていく。 そんな中、俺は隣を走る鶴屋さんに疑問をぶつけてみた。 鶴屋さん。ここにハルヒがいるって、どうしてわかったんですか? 「えっ? ああ、古泉君の住んでる場所を探したのと同じ方法で探したのさ!」 古泉の家って……確か、俺との通話記録から契約情報を割り出したんでしたっけ? 「そうそう。学校のデータを探してる時間がなかったから携帯会社のサーバーにちょろん とアクセスしてね! それで、ついでにみんなの通話記録を検索してみたらビンゴってわ けさ」 ビンゴ、ですか。 さらわれた後、誰かがハルヒと電話した記録が残ってたんだろうか。 「みんなの通信記録の中で1人だけ居た不自然な反応。その人はずっとこの場所で留まっ てたってわけ」 それが、ハルヒって事ですか。 「え? 違う違う!」 慌てて鶴屋さんは手を振って見せる。 「見つかった不自然な反応っていうのはね? みんなから聞いた話ではハルにゃんを探し てるはずなのに、ず~っとこの学校の中でじっとしてたのさ。それはもちろんハルにゃん じゃなくって……あの人」 そういって鶴屋さんが指差した先、グランドの中央に立つ小さな人影。 俺達を待ち構える様に立ちはだかったのは――俺が最後の切り札だと思っていた人 「……困ります」 マジかよ……。 月の光に照らされた穏やかな顔つきの上級生、喜緑江美里さんの姿だった。 ――別に言葉や態度で足止めされている訳ではないのだが、彼女の手前で全員が足を止 める。 機関とやらがどれ程やばい物なのか俺は知らん、古泉が何故か怖がっている森さんの凄 さってのもな。 そんな俺でもこの人のやばさなら何となくだが分かるぞ。 大人しい上級生にしか見えない喜緑さんだが、その正体はれっきとした宇宙人なんだ。 その実力を俺より知っているのかも知れない古泉だけでなく、事情を知らない鶴屋さん でさえも迂闊に動けないでいる。 俺達を見回した後、 「このまま、何も聞かずに帰ってもらえないでしょうか」 喜緑さんは疲れたような声でそう言った。 この先にハルヒが居るんですね。 俺の質問に、喜緑さんは視線を向けるだけで何も答えてはくれない。 何も聞くな……って事か。 「ここまで来れば僕にもわかります。間違いなく、この先に涼宮さんが居ます」 そう言って、古泉は喜緑さんの後方にある部室棟の方向を指差した。 古泉、ハルヒは無事なんだろうな? 「今のところは」 とはいえここでのんびりしてていいとは思えない、何とか説得を試みようと俺が一歩踏 み出した時、 「待って」 後ろに立っていた長門が、俺の手を掴んで引き止めた。 「彼女は、私が引き受ける」 引き受けるったって……お前はもう普通の人間なんだろ? 以前、朝倉から俺を守ってくれた時なら話はわかるが、今のお前じゃそんな無茶はでき ないはずだ。 「大丈夫」 俺の目を見てそう言い切る長門は、ゆっくりと頷いた後 「信じて」 と、付け加えた。 どう考えたって大丈夫じゃない、相手は宇宙人でお前は元宇宙人でしかないんだ。 「…………」 ……そんな説得をした所で、お前が聞くわけはないか。 俺はそっと朝比奈さんの方へ視線を送る――これから起きるであろう未来を知っている はずの朝比奈さんに。 これがチートだの小細工だの歴史改竄だのと言われようが知った事か、俺は長門を危険 な目に合わせる訳にはいかないんだ。 そんな俺の思いを知ってなのかどうかはしらないが、朝比奈さんはしばらく迷った後、 目を閉じて小さく頷いてくれた。 すんません、後で怒られる様な事があったら俺に好きなだけ八つ当たりしてくださいね。 俺は朝比奈さんから長門に向き直り、その小さな両肩に手を乗せた。 本当に大丈夫なんだな。 「大丈夫」 俺を見つめている長門の目は、嘘をついている様には見えなかった。 そうか。危なくなったらすぐに助けを呼ぶんだぞ? 「そうする」 いつか見たのと同じ、何かを決意した顔で俺を見る長門の頭を撫でつつ、俺は頷いた。 よし……頼んだ。 ―― 感じるまま、感じる事だけを ―― 月明かりも差し込まない学校の中庭に、4人の高校生が走りこんでくる。 その姿を捕らえた監視カメラは、映像の中の動く物体を機械的にサーチしていった。 「……」 机に置かれたモニターの中を動く4人の人影を、森は無言のまま見つめている。 彼らが部室棟の入口付近に辿り着いた時、建物の入口とその周辺に隠れていた機関の実 行部隊が作戦通りに彼等を取り囲んだ。 まず、朝比奈みくるをマネキンを梱包するくらいに問題なく捕縛。 次に彼女を庇おうとした彼を捕縛。 抵抗しても無駄だと分かっているのだろう、古泉も抵抗を止める。 最後に…… てぇーいりゃー!! 4人中3人を捕まえて油断していたのだろう。油断していた黒服の男から警棒を奪い取 ったあたしは、迷う事無く相手の鎖骨付近に警棒を叩き込んだ。 何かが砕ける感触を感じる間もなく、残りの襲撃者に視線を向ける。 あたしが抵抗する事が余程予想外だったのかな? 動きを止めた男の1人に警棒を投げつけて、あたしは飛んでいく警棒を追いかけるよう にして駆け出す。 顔に向かって飛んできた警棒を両手で防ごうとする相手に、警棒よりも先にあたしの肘 が腹部にめり込む。くの字に曲がった男の顔に、ようやく飛んできた警棒が激突した。 「鶴屋さん?」 それが誰の声だったのかわからないけど、あたしの動きは止まらない。 地面に落ちた警棒を拾って、次の相手へと飛び掛っていく。 「無駄な抵抗をす ごっめんねー、聞いてる余裕ないのっ。 大きく開いた男の口に、あたしが投げた警棒が突き刺さった。 残った敵は……見える範囲に居るのは2人、見た目では武器無し。 身構える相手に、あたしはここからが正念場だと思ったんだけど……。 「退け」 現れた時と同じ、倒れた仲間を連れて音も無く黒服の襲撃者は去って行ってしまった。 暗闇の中、頬の傍にあるマイクを意識しながら小さな声で呟く。 実行部隊が壊滅した。プランBに移行する。 「かしこまりました」 無線から聞こえる返事には、僅かな動揺も感じられなかった。 言う必要はない事だが……。 目標の中に、鶴屋家の御令嬢が居る。 なんとなく、そう付け加えると 「……なるほど、実行部隊5人では歯が立たない訳ですな」 今度の返事には、少し楽しそうな響きがあった。 予定通りに頼むぞ、新川。 返事を待たずに無線を切った森は、来るべき時に備えて機器の撤収に取り掛かった。 「ふぇ~……こ、怖かったです~」 はいはい泣かない泣かないっ! みんな~怪我とかないかな? 涙目のみくるを慰めつつ、あたしはふらついている2人に声をかけた。 「俺は大丈夫です」 みくるを庇った時にぶつけた頭をさすりつつ、キョン君も答える。 「僕も怪我はありません。ですが、まさかここまで乱暴な手段に出るとは……」 ショックを受けた顔で古泉君は呟いた。 全力で追い返しておいてフォローするのもなんだけどさ、今の連中ってあたし達に危害 を加えるつもりはなかったみたいだよ? 「え?」 ほらこれ、さっきの奴らの落し物だけど。木製の警棒と防犯用の捕獲ロープだもん。こ れを見る限り何か目的があってあたし達を捕まえたかったみたいだね。ただ単に邪魔なだ けだったら、もっと簡単な方法があるっしょ。 そう、これって危害を加えずに捕獲したかったとしか思えないんだよね……。 今更だけど、敵の目的が何なのかを考え出したあたし達の前に 「お忙しいところ失礼します」 ――あたしの目には、その人は突然現れた様に見えた。 背中を冷たい汗が伝っていく。 さっきあたし達を捕まえようとした奴らが飛び出して来た時も、あたしはその動きにす ぐに気づいて反応できた。 それからもあたしは警戒を続けていたはずなのに、その男の人が口を開くまで、あたし はその人の存在に全く気がつけなかったのさ。 「貴方は……もしかして」 「新川さん」 キョン君と古泉君の言葉に、その男の人――執事服に身を包んだ落ち着いた雰囲気の男 性、新川さんは恭しく頭を下げてみせる。 「ご無沙汰しております」 「貴方も、ハルヒを誘拐した連中の仲間なんですか?」 キョン君の質問に、 「左様で御座います」 新川さんは間を置いて頷く。 「訳を聞かせてください」 凄く怖い顔をした古泉君が前に出ると、新川さんはすっと体をずらしてその視線を避け る。新川さんはあたし達の視線を一身に受けながら、部室棟の入口を手で指し示した。 「私の任務は、ここから先にそちらのお嬢様方2人を通さない事です。ご質問があれば、 この先に居る森がお答えします」 森という単語に、古泉君がまた体を震わせていた。 ……あたしとみくるは駄目だけど、キョン君と古泉君はハルにゃんの所に行っていいっ て事? 「仰るとおりで」 じゃー2人はお先に行っちゃって! 軽く言い切るあたしに、キョン君は驚いている。 「鶴屋さん?」 ほらほら急いだ急いだ! ハルにゃんを助けなきゃなんでしょ? ここで話してる時間 はないっさ! それでもまだ何か言いたげなキョン君だったけど、 「すみません、すぐに涼宮さんを連れて戻ります」 思い切りがいい男の子は高評価だねっ、古泉君は頭を下げて1人部室棟に走っていった。 「おい、待て古泉! ……すみません、もしも危なくなったら」 だーいじょうぶだって! 危なくなったらちゃんとみくるを連れて逃げるからさっ! あたしの言葉を聞いてもまだ不安そうだったキョン君だけど、みくるが無言で頷くのを 見ると古泉君を追いかけて部室棟に走って行った。 さっきの長門っちの時もそうだったけど、あれだけ心配性なキョン君がみくるが頷くと すぐに納得しちゃうってのは……まあ今は謎のままでいいっか。 2人の姿が階段の上に消えるのを見届けて、あたしは部室棟の入口で音も無く立ってい る新川さんに視線を戻した。 みくる~? 視線は変えないまま名前を呼ぶと、 「は、はい!」 少し後ろの方からみくるの可愛い返事が聞こえてきた。 あのさ、ちょろっと危ないから本校舎の中に隠れててくんないかな。 「え、え? ……鶴屋さん、何かするんですか?」 ん~……うん。暴れる。 あたしと新川さんの距離は、まだ間合いと呼ぶには遠すぎる距離だけど、あたしはゆっ くりと足を一歩前へ進めた。 「ええ? そんな、ここでキョン君達の帰りを待ってたほうが……」 「私としましても、ここは大人しくお待ちになられる方がよいかと思います」 余裕とか、落ち着き、そんなレベルじゃない。 新川さんから感じられるのは、圧倒的な力の差による――自負。 ね~新川さんって森さんと比べてどっちが強いのかな。 あたしの質問に新川さんは少し迷った後、 「森とは何度か手合わせした事は御座いますが、全て森が勝ちました」 そう答えた。 じゃあ、上に行った2人はここに残ってるより危険って事だよね? 距離にして10歩、自分の間合いに入ったあたしは何時もの様に体が望むままに構える。 「お答えしかねます」 そんなあたしを見ても、新川さんは真っ直ぐな姿勢で立ったままでいる。 恐れるな、考えるな! あたしは自分を奮い立たせて、新川さんに向かって走り出した。 ―― 私が、させない。 ―― どうして、こんな事を。 私がそう訪ねても、喜緑江美里は彼らが走り去って行った方向から視線を外そうとはし なかった。 すでに彼等の姿はここから見ることは出来ないかったが、そんな事は彼女にとって何の 問題でもないはず。 それにしても……わからない。 穏健派に属するはずの貴女がこんな事に加担する理由、それは何。 「……今は答えられません」 彼達の姿が旧館の方へと消えるのを見届けた後、彼女は振り向いてそう答えた。 今は……という事は。 いつになれば、答えられる。 私の質問に、彼女は首を横に振る。 「私にはわかりません」 彼女にはわからない、それはつまり上位者の命令で彼女が動いているという事。 涼宮ハルヒの観察を行う彼女は、各思念体の直属。……ありえない、やはりこれが穏健 派の取る様な行動だとは思えない。 やがて、私に向き直った彼女は真剣な顔で聞いてきた。 「長門さん。今からでも遅くありません、彼等を説得してここから出て行ってはもらえま せんか?」 その質問に私は頷いて、付け加えた。 涼宮ハルヒと一緒になら。 「それは……できません」 彼女の顔が苦しそうに歪む。 では、私も貴女の要望には答えられない。 「……困りましたね。ですが、貴女がここに残ってくれてよかったと思っています」 何故。 私は5人の中で最も戦力にならない。足止めをするのが目的だったのなら、これは最悪 の結果のはず。 「この先には数人の戦闘要員と、機関の使い手が2人居ます。……今は人間になったとは いえ、かつての同僚が危険に晒されるのはあまり気持ちのいい事ではありません」 いけない。 急いで追いかけようと走り出した途端、長門の体を不可視の何かが縛り付けた。 かつての自分なら容易くできた事、情報操作による行動停止を前に今はそれを知覚する 事も抵抗する事もできない。 動けなくなった私の前に立って、彼女は諭すように言った。 「ここでじっとしていて下さい。それに、彼らが万一機関の使い手から逃れる事ができた としても、森園生の力によって涼宮さんには近づけません。何をしても無駄なんです」 ……だったら。 私は自分の体で唯一自由だった視線を動かし、彼女の顔を睨んで言った。 だったら、ここで貴女を倒してみんなを助ける。 ―― デジャブ……ってやつか? ―― 俺が部室棟に入った時、すでに古泉が階段を登る足音は聞こえなかった。 それは古泉がすでにハルヒの元に辿り着いたって事なのか、それとも……。 真っ暗な階段の先を何とか見据えようと目を細めるが、そこには何も見えない。 ええい、どっちにしろ行くしかないだろうが! 頭を過る暗い考えを跳ね除けようと、俺はわざと大きな音を立てて階段を上り始めた。 ――その違和感に気がついたのは、階段を上り始めてすぐの事だった。 前方に見えているはずの階段の踊り場は、俺がどんなに階段を登っても一向に近づいて いる気配が無い。 何が起きてるんだ? 一旦立ち止まり振り返ってみると、そこには遥か遠くまで下っていく階段の姿があるだ けだった。 くそっ! 罠かよ? ただの一般人相手に手の込んだ事をしてくれやがって! あっさ り罠にかかった自分にも腹が立つが……そうだ! 古泉! どこだ! そう叫んだ俺の声は、目の前にある暗闇に吸い込まれて返って来る言葉はなかった。 駄目か。どうする、このまま登るか? それとも一旦戻るか? そう俺が考え込んでいると、 「あ、あれ? どうして貴方が?」 背後から聞こえてきた間抜けな声に振り向くと、そこ居たのは先に行ったはずの古泉だ った。 お前、先に行ったんじゃ? 「貴方こそ……待ってください、貴方は確かに僕より後にこの階段へ足を踏み入れた。そ うですね?」 ああ、間違いない。 旧校舎の入口から階段まではすぐだからな。 「という事は、この階段は恐らく階段の途中と踊り場付近の辺りで空間が繋がっているの だと思われます」 ……古泉、頭大丈夫か? 空間が繋がるとかどこのファンタジー世界だ、ここは現実だぞ? 「僕はいつでも」 そこそこに正気なつもり、だろ? そんな事はどうでもいい。理屈なんて好きにしろよ。 で、どうすればハルヒの所へ行けるんだ? 「このまま貴方は階段を上ってください。僕は逆に階段を降ります」 それで? 「僕の推測が正しければ、僕と貴方はいずれまた階段で出会う事になります。そこから空 間の途切れ目を辿れば、この階段から抜け出せるはずです」 ……さっぱり意味がわからんが、まあいい。信じてやるよ。 俺は古泉に頷いて見せ、終わらない階段を再び上りだした ――なるほど、流石は超能力者って奴だな。 数分後、俺が見たのは階段の先で俺を待つ古泉の姿だった。 「これで確証が持てました。この付近に空間を連結している次元断層があるはずです」 もう理解しようとするのは諦めた。 そこからなら出られるって事か? 「ええ。ですがここから出た先が現実の世界だとは限りません、行き先がここよりももっ と危険な場所ではないという保障は1つもないんです」 だからどうした。 安全確認でもしたつもりか? 「……いえ。そうですね、貴方のその言葉が聞きたかったのかもしれません。こう見えて、 僕は臆病なんですよ」 そう言った古泉は何故か嬉しそうに笑った。 ……お前が笑う所、久しぶりに見た気がするな。 差し出された古泉の手を掴み、目を閉じる。そして階段を数段上った所で、 「もういいですよ」 古泉の言葉に目を開いた時、そこは階段の踊り場だった……が。 これは……閉鎖空間か? 「どうやらその様ですね」 月明かりが差し込んでいるだけで真っ暗に近かったはずの階段は、今は灰色の光のよう な物に包まれていた。 まさかまたお前と閉鎖空間に来る事になるとはな……とはいえここなら古泉以外の人間 は入ってこれないはずだ。さっきの黒服みたいなのが襲ってこれないだけまだいいのかも しれない。 「涼宮さんの反応はすぐ近くです。急ぎましょう!」 ああ。 俺は古泉に続いて、階段を駆け上って行った。 灰色の部室棟の中には当たり前だが誰の姿も無く、廊下を走っている間も誰にも会うこ とは無かった。……ん? おい、古泉。 「なんですか?」 新川さんの話じゃ、ここに森さんが居るはずじゃなかったのか? 俺の言葉に、また古泉の顔色がまた悪くなる。 「部室棟に居る事は確かだと思います。ですが、この空間の中に僕以外の能力者の気配は ありませんから、彼女はここには居ないはずです。彼女の事は、ここから出る時にだけ注 意すればいいでしょう」 そう言い切っているのに、古泉の言葉には自信がまるで感じられなかった。 あの森さんはそんなに怖い人なんだろうか? ……俺にはそうは見えないんだが。 そんな事を話している間に、俺達はSOS団の部室の前に辿り着いた。 ここか? 「ええ」 緊張した顔の古泉の手がドアノブに伸び、俺が頷くのを見た後、古泉はドアノブをゆっ くりと回した。 不思議な程無音で、ドアは開いていく。 そこで俺達が見たのは、部室の中でいつもの様に団長席に座って眠っているハルヒの姿 と……何となく、そんな気はしてたよ。 「お待ちしておりました」 そんなハルヒの隣に立つ、見慣れたメイド服に身を包んだ森さんの姿だった。 「な、なんで……貴女が……」 絶望って言葉がこれ以上ない程似合う顔で古泉は呟く。 おい古泉しっかりしろ! 挨拶だけで戦意喪失すんな! ……駄目か。 えっと、森さん。 「はい」 硬直して動けない古泉に代わって、俺は口を開いた。 細かい事情とかはいいんで、そこのバカを返してもらえませんか? 俺は「バカ」という部分だけわざと大きな声で言ってみたんだが……くそっ気絶してる のか知らないが、ハルヒは何の反応も示さない。 「申し訳ありませんが、それはできません」 あくまで丁寧な物腰で――つまり、欠片も譲歩する気が感じられない言葉で森さんは言 い切る。 ……だったら、どうすればハルヒを返してもらえるんですか? 森さんの事だ、どうせ返答は無い。そう俺は思っていたんだが。 「このまま1時間程お待ちいただければ、涼宮さんの自由をお約束します」 意外にも森さんはそう提案してきた。 なんだよ、古泉の反応だけで想像していたよりもずっと話が分かる人じゃないか。 じゃあ、その数時間で何をするつもりなのか教えてもらえませんか? そう尋ねた俺に森さんは小さく頷いた後―― 「世界を再構成します」 ……これ、笑う所? 窓から差し込んでいる灰色の光に照らされた森さんの言葉には、いつか聞いたあいつの 言葉と同じように何の迷いも感じられなかった。 そんな時――お、おいマジかよ!?――まるで出番を待っていたかのようなタイミング で、部室の窓の向こうに青白い巨体、神人が姿を現しやがった! やばい、ここに居たら巻き込まれ……ん? 神人は何故かこの部室には興味がないらしく、本校舎や街のあちこちで好き放題大暴れ している。 おい古泉! 俺には詳しい事はわからんがあれが暴れてたらまずいんだろ? さっさと 行けっ! 「で、ですが!」 あのなぁ、ここが何とかなっても世界が崩壊したら一緒だろうが! 古泉もそれはわかっているのだろうが、どうやら森さんを前に俺1人残す事を躊躇って いるようだ。 この人は俺に任せろ、何とかしてみせる。 「貴方は森さんの事を知らないからそう言えるんです。さっきお会いした新川さんですが、 あの人はああ見えて世界でも有数の傭兵なんです。これまでにも何度もテロや戦争を未然 に防いできた本物の英雄であるあの人ですら、森さんには手も足も出ないんですよ?」 ……必死に熱弁する古泉には悪いが、お前の説明と目の前に居る森さんはどうしても一 致しないんだが。 アンティークなメイド服に身を包んだ森さんは、それこそ長門とそれ程変わらないので はと思うほど華奢な体をしている。 「見た目で判断してはいけません」 とにかくだ、森さんがそれだけ凄いとするさ。 「ですから本当に!」 いいから聞け! そんな凄い森さん相手にお前は対抗できるのか? できないから脅え てるんだろ? それだったらお前は神人を止めに行った方がまだ助かる可能性があるとは 思わないか? 奇跡を待つより何とやらっていうしな。 これが絶望的な状況なら最善手を打つしかないだろうが? 「それは……そうですね」 まったく、冷静なのはお前の役割だったはずなんだがな。 納得してからの古泉の行動は早かった。 「すみません、涼宮さんをお願いします!」 そういい残して廊下に飛び出していく古泉の体からは、いつか見た赤い光に包まれ始め ていた。 頼むぜ古泉、俺達の世界を守ってくれよ? 「……」 そして問題はこっちか。 部屋から古泉が出て行く時も、森さんは何の邪魔もしなかった。 それは余裕からの行動なのか……それともまた何か罠でも仕掛けているのだろうかね。 とにかく、まずはハルヒの状況を確認しないとな。 ハルヒに向かってゆっくりと歩く俺の姿を、森さんは静かに見守ってい……あれ、普通 に辿り着いてしまったぞ。 俺がハルヒのすぐ隣に立っても、森さんは何もしてこなかった。 ただ、俺の様子を見ているだけ。 いったいなんなんだ? ともかくこいつを起こしてみよう、そう思った俺はハルヒの肩に触れようとしたんだが ……なんだ、これ? ハルヒの体からすぐの場所に何か見えない壁があって、それは全身 を覆っているらしく俺の手はハルヒに届く事は無かった。 おい! ハルヒ起きろ! 揺さぶろうにもその壁は動かず、俺の声もハルヒには届いていないらしい。 この壁はいったいなんなんだ……まさかこれも森さんがやった事なのか? 「……」 俺を見る森さんの視線には感情らしきものは見当たらず、その姿はまるでかつての長門 を見ているようだった。 森さん。 「はい」 世界を再構成って、どんな意味なんですか? まあ、聞いたからって素直に答えてもらえるとは思っていなかったんだが、 「閉鎖空間の内面世界を神人によって崩壊させ、その場所に彼女の意識によって新たな世 界を創造します」 意外にもあっさりと返事が返ってきた――意味はさっぱりだけどな。 それって、結局どうなるんですか? 「新たな世界は彼女の望んだ世界になります」 ……それって、もしかしてどうなるのかわからないって事なんじゃ。 「はい」 おい、本気なのかよこの人! 古泉が言うのとは別の意味で怖いんだが? ハルヒの思い通りの世界なんて本気で洒落にならんぞ? それって止めてもらう訳にはいかないんですか? 「できません」 どうして? いったい誰がそんな世界を望んでるって言うんですか? 「この世界に生きる全ての生物です」 ……は? 今、何て言いました? 「この世界は今、とても不安定な状態にあります。たった一人の少女によって崩壊する可 能性を常に秘めている。一度判断を間違えれば、何も知らないままの数十億もの命を失う 事にもなり兼ねない」 淡々と呟くその言葉には、何の感情も感じられなかった。 ……世界が再構成されたら、貴女の言う何も知らないままの数十億もの命ってのはどう なるのか分かってるんですか? 「はい」 森さんはハルヒの隣にあるパソコンを指差すと、 「今、私たちが居るこの閉鎖空間は現実の世界をコピーした物です。パソコンに例えて説 明すると、この空間は現在神人によって基礎部分を残してフォーマットされています、そ れが終われば彼女の認識によって世界が再構築されていきます。構築が完了すれば、コピ ーの元になった世界は消えます」 消えますって……死んでしまうって事なんじゃ? 「そうとも言えます。ですが代わりに、新しい世界にはこの世界に現存する全ての命が生 まれる事にもなります。それは全く同じものではありませんが、現在存在する物とほぼ同 じ物になります」 ちょっと待てよ、それって……あの時の。 森さん! 貴女が今言ってることは、以前古泉や長門や朝比奈さんが止めようとした事 じゃないんですか? ハルヒが世界の再構成を始めたあの日、確かに俺は古泉の言葉を聞いたんだ。 まだ俺たちと一緒に居たい、できるならば戻って来て欲しいってな。 「古泉が?」 そうです、あいつは仲間の力を借りてなんとかここまで……来れた……って。 それまで穏やかだった森さんの顔に、急に浮かんだ表情。それは紛れも無く 「……勝手な事を」 怒りだった。 目の前に居るのは長門と変わらない様な華奢な女性だ、それは間違いないのになんで俺 はこんなに震えてるんだ? 「なるほど。一度は再構成寸前まで進んでいたプロセスが急に白紙に戻った事がありまし たが、あれには古泉も加担していたんですね」 俺は今まで、なんだかんだで機関ってのは敵じゃないんだと思っていた。そしてそれは、 今でも間違いじゃないんだろうな。 つまり、この人たちにとって俺達は敵じゃないが……味方でもないんだ。 森さんはポケットから銀色の懐中時計を取り出すと、蓋を開けて中を見つめている。 「残り約32分で神人の活動は完了します」 そんなもん、古泉が何とかするさ。 そう強がった俺に、森さんは首を横に振る。 「神人の数と行動範囲を考えると、古泉の能力では作業完了を遅らせる事しかできません。 それも長く見積もって3分といった所でしょう」 ……こうなったら、無理やりにでも止めるしかない。 いくら森さんが凄い人だろうが知った事か! 俺は手近なパイプ椅子を1つ畳んで両手 で持ち上げた。 頼む、再構成とやらを止めてくれ。……こんな事はしたくないんだ! パイプ椅子を持った俺がそう叫んでも、森さんには何の変化も無い。 抵抗も、避けようともしない森さんに……俺は、俺は………………くっそお!! 振りかぶったパイプ椅子を、俺は足元の床に向かって叩きつけた。 衝撃に耐え切れなかった椅子の部品がいくつも散らばり、その破片の様子を森さんは眺 めている。 どうすりゃいいんだ……このまま何もできずに見てろってのか? おい起きろハルヒ! 俺は立ち上がり、団長椅子で眠り続けているハルヒを揺さぶろうと手を伸ばした。その 手はやはり見えない壁に阻まれてハルヒの体に触れることは出来なかったが……そんな事 はどうでもいいんだ! さっさと起きろ! お前の団員がピンチで世界は滅亡の危機なんだ! こんな時の為の SOS団だろ! 違うか? ついでに教えてやるがお前が中学の時に見たジョン・スミス は俺だ! あの時お前が地面に書いた文字は宇宙人語で『私はここにいる』だろ? なあ、 起きろよ! 頼むから起きてくれよ! どんなに俺が叫んでもただ喉が掠れるだけで……俺にはハルヒの前髪1つ揺らす事はで きなかった。 ……俺の切り札まで無効とは恐れ入ったよ。 声が届かないんじゃ何を言っても無駄だよな。 もう俺達にできる事は何も……な…………俺……達……? 俺のカマドウマ以下の頭脳に、その言葉はやけに大きく響いた。 ハルヒはここで寝ている。 古泉はバイトで大忙し。 俺はここで嘆いていて……それで終わりじゃない、SOS団はまだ居るじゃないか! まだ長門も朝比奈さんも鶴谷さんも居るんだ、みんなが揃えばもしかしたら……。 古泉が居ない今、ここにみんなを呼ぶ為には……手は一つしかない。 森さん。 「はい」 頼むぜ。あんたのその静かな態度は余裕の表れであってくれよ? 祈るような気持ちで、俺は賭けに出た。 外に居るみんなをここに呼んでもらえませんか。 「……」 これが最後なら、せめて一緒に居たいんです。 この言葉は嘘じゃない、だがこれで最後にするつもりなんか欠片もない。 俺達の間に流れる沈黙は、やがて彼女の小さな手振りによって終わった。 森さんの右手が部室の窓へと向けられると、古ぼけた部室の窓はまるで魔法がかかった かのように変化してそれぞれに映像を映し出したのだ。 窓の1つでは青白い神人の群れを相手に奮戦する古泉が映り、他の窓では新川さん相手 に格闘を繰り広げている鶴谷さんの姿が見える。長門は何故か喜緑さんの目の前でじっと 動かないままで、朝比奈さんは校舎の中で震えていた。 ……こ、これは。 「現在の状況です」 森さんの言っている意味はなんとなくわかるが……その前に、この人はいったい何者な んだ? いくら森さんが凄い人だからって、これはもう超能力なんて言葉では説明できない。こ んな無茶苦茶な事ができる奴って言ったら、俺には宇宙人くらいしか思いつかないぞ? 森さんの素性を想像して冷や汗を流す俺に、森さんは丁寧に頭を下げる。 「こちらとしましては貴方以外の人にこの場所へ来て頂く訳には参りません。申し訳あり ませんが、この映像だけでご容赦願います」 ……妙に丁寧な言い方だが、これは裏を返せばヒントになるかもしれない。 つまり今のは、森さんにとってここに来てしまったら困る事になる奴が俺達の中に居る って事だよな? それは……可能性として一番高いのは鶴谷さんだろうか。 部室の窓の中で、鶴谷さんは新川さん相手に俺では目で追うこともできない程の速さで 戦っている。 くそっ、もしもそうだとしてもここに古泉が居なかったら鶴谷さんを連れてこれないじ ゃないか! どうりでさっき、あっさりと古泉を見逃した訳だ。 古泉が映る窓では、逃げ惑いながらも反撃を繰り返す赤い光が見える。 携帯電話は……圏外か、そうだよな。閉鎖空間まで電波が来てたら逆に驚く。 古泉に連絡を取ることができないとなると、くそ! どうすればいい? 焦る俺が窓に映る映像にじっと目を凝らしていると、その内の1つに違和感を感じた。 それは長門が映っている映像で、喜緑さんと一緒にじっと立ったまま二人は動かないで いる。 あれ、何か変だと思ったんだが……。 他の映像と違ってここだけ静止画に見えるその映像を見ていた俺は、ようやくその違和 感の正体に気がついた。 さっきまで見詰め合っていたはずの2人のうち、長門だけが視線が変わっているのだ。 長門の視線は、まるでモニター越しに俺を見つめているかの様に固定されている。 何だ……何か口が動いている様な気が……。 ……い……ま……た……す……け……に……い……く……? その瞬間、部室の窓の全てが白く光ったかと思うと、みんなの様子を写していた窓ガラ スはまるで念入りにハンマーで砕いたみたいに空中で飛散して、そのまま霧の様に消えて いった。 何が起きたのか何て事はわからないが……まあいいさ、俺が信じてないで誰が信じてや るんだよ。 こんな状況でも顔色1つ変えない森さんの横を通って、俺はいつもの自分の席へと戻っ た。 なあに、その静かな顔ももうすぐ驚きに変わるだろうぜ? 数分後――俺が聞いたのは、廊下から聞こえてきた誰かが走ってくる足音。その音はま っすぐこちらに向かってきて、そして躊躇なく扉は開かれた。 「ハールにゃんどこさー? っと居たぁ! おおお! キョン君も居るじゃないか!」 最初に入ってきたのは鶴屋さんだった。 「涼宮さん! キョン君!」 元気一杯の鶴屋さんに手を引かれて、我らが天使の朝比奈さんも登場だ。 「……」 そして最後に……ありがとうな、お前が何かしてくれたんだろ? 無言のまま頷いてみせる長門の姿もそこにあった。 これで形勢は逆転だな。他力本願? ああ、好きに言ってくれ。俺はハルヒが助けられ ればそんなもんはどうでもいい。 「ちょっとキョン君、どうしてハルにゃんを連れ戻さないのかい?」 そうしたいんですが……事情はうまく説明できませんが、とにかくそこに居る森さんを なんとかしないとハルヒを助けられないんです。 「おっけー。話はさっぱりだけど、やらなきゃいけないことはよ~くわかったよ」 部屋の中に見慣れない顔を見つけた鶴屋さんは一歩前に出た。 「あんたが森さん? ハルにゃんを誘拐したくなる気持ちは正直わかるんだけど、これは ちょろっとお痛がすぎてるっさ!」 わかるんですか。 「あの、お願いします。涼宮さんを解放してください」 「私からもお願いする」 3人の言葉を聞いても、森さんは顔色1つ変えないでいる――本当にこの人は何者なん だろうか? 自分を取り囲むように立つ俺達を見て、森さんは小さく溜息をついてから……。 「それはできません」 はっきりと否定するのだった。 「ふ~ん、口で言っても分からないなら体に言い聞かせちゃうよ? そっちの方が趣味だ しね! 言っておくけど今日のあたしは凶暴なんだから手加減できないっから!」 さっきまでの勢いが残っているのか、鶴屋さんは威嚇するように構えて見せる。 俺ならすぐに引き下がりそうな本気の視線を前に――それでも、森さんには何の変化も 無かった。 じりじりと距離を詰める鶴屋さんを、森さんは視線の端でそっと見つめている。 鶴屋さん気をつけてくださいね? 見た目じゃわからないですけど、森さんは新川さん よりも凄い人らしいんです。 「うん、聞いてるよ。それが本当かどうかを確かめる意味でも、是非お手合わせしてもら わないっとねぇ」 いかん、余計に火をつけちまったのか? 傍目にも分かるほどテンションを上げた鶴屋さんは――まるでそこだけコマが少ない映 画をみたいに一瞬で森さんに蹴りかかっていた。 といっても俺には結果しか見えていないんだが、即頭部を狙ったらしいその蹴りは、ま るで必要な分だけ動いたみたいな森さんの動作で回避されて空を切る。 「――!」 完全に捕らえたと思っていたのか、鶴屋さんの顔に動揺が走った。 それでも―― 「せいりゃー!」 駒の様に体を回し、鶴屋さんは矢継ぎ早に蹴りを放っていった。 いったいどんなバランス感覚をしているんだ? 軸足を床につけたまま、森さんの膝や腹部、胸や顔へと繰り出された蹴りの雨は、彼女 の服を揺らすだけで一撃も体に触れることは無かった。 援護に入りたい所だが……正直、俺では邪魔にしかならないだろう。 じっと2人の攻防を見守っていると、やがて鶴屋さんの動きに変化が現れてきた。 相手に反撃される事を考えて攻撃していたのでは、森さんを捕らえる事はできない。 そう考えたのだろうか、鶴屋さんは一気に森さんとの距離を詰めていった。 満員電車の中の様に向かい合った状態で、鶴屋さんの肘や膝が乱れ舞う。どう考えて も避けられるはずがないはずなのに…… 「な、なんでさー?!」 鶴屋さんの攻撃は、それでも空を切るのだった。 反撃覚悟、組み付こうと腕を伸ばしても森さんはその動きが分かっていたみたいに容易 く背後に回ってみせる。 急いで振り向こう鶴屋さんが体を捻ると、 「おおわっ!」 急にバランスを崩した鶴屋さんは、その場に倒れてしまった。 鶴屋さん! 「痛てて……い痛っ! な、なんなのこれっ?」 起き上がろうとした鶴屋さんが再び倒れたのも無理は無い、倒れた鶴屋さんの手足は、 いつの間にか彼女自身の長い髪で縛られてしまっていた。 いくらなんでもこんな一瞬で人の手足を縛るなんて不可能だ。しかも相手は鶴屋さんな んだぞ? 「つ、鶴屋さん」 「みくる! その辺に鋏ない? 鋏!」 「そ、そんなの駄目ですよ?!」 「いいから鋏ぃ~!」 じたじたと暴れる鶴屋さんの前に立ったのは。 「……」 いつの間にか俺の傍から離れていた長門だった。 「だめ! 長門っち危ないよ!」 「大丈夫」 鶴屋さんに頷いて見せてから、長門は森さんへと向き直る。 まるで鶴屋さんを守る様に立つその姿は、かつて俺を守ってくれた時の様に見えた。 「涼宮ハルヒを連れて帰る」 そう言い切る長門を前に、 「申し訳ありませんが、それはできません」 森さんは一歩も引こうとしない。 俺は、これから長門がいったい何をするつもりなのか全く知らなかった。それはまあい つもの事だし、正直聞いた所で俺に出来る事などないのも知っている。 それでも、この時ばかりは思ったぜ。 頼む、先に言ってからにしてくれってな。 長門は静かに自分の胸に手を当てて、その言葉を呟いたんだ。 「来て」 その瞬間、さっき俺がモニター越しに見た光が狭い部室を埋め尽くした。 強い光を放つ長門の背中から突き出すように伸びた二本の光の柱。 それはやがて翼の様に形を変えて、長門の体を包み込んでいく……。 眩い光の中で、俺達は確かに見てしまったんだ。 光の中央に突如現れ、長門の小さな背中を愛しそうに抱いて立っている……あいつの 姿をな。 「お久しぶり」 長門を抱きしめたまま、そいつは俺に向かっていつか見た笑顔を向けている。 こんな状況に欠片も似つかわない軽い口調で挨拶してきたのは――まさかお前にまた 会う事になるとはね――消えてしまったはずのクラス委員、朝倉涼子だった。 ……朝倉、お前天使だったのか? そう俺が聞いたのも無理もないだろ。 長門の背中にあったと思った光の翼は、今は朝倉の背に移り静かに揺れている。 「さあ? それはどうかしら」 茶化すように朝倉ははぐらかしたが、何故か俺をじっと見つめて視線を外そうとしな い。 何だろう。 その視線は久しぶりに見たクラスメイトって感じではなく、更に言えば殺し損ねた殺 害対象を見ている様にも見えない。 始めて見るはずの朝倉のそんな顔を……何故だろう、俺は懐かしく感じていたんだ。 どこだったかは思い出せないが、俺はどこでこの目を見た事があるような……。 「さっさと終わらせちゃうね。さ、長門さんは危ないから離れてて」 頷いた長門が俺の隣に戻ったのを見て、朝倉は小さくウインクしてから森さんへと向 き直った。 「な、ななな。何なんですか、あの人?」 「キョン君! キョン君! あれって天使なのかい?」 さ、さあ。俺には正直さっぱりです。 朝比奈さんはいいとして、鶴屋さんに朝倉を見られてしまったのはまずかったかもし れないが……まあ、今は緊急事態だから仕方ないよな。 長門、あれは本当に朝倉なのか? 俺の質問に長門は頷く。 「彼女は味方」 ……そっか。 疑うまでも無い、朝倉を見る長門の視線には確かな信頼が篭められていたんだからな。 世界崩壊の危機とやらが迫っているはずなのに、俺が安心しきっていたのも当然だろ? なんせ、ここには本物の宇宙人が居るんだ。 いくら森さんが格闘技の達人だろうが、不思議な力が使えようが関係ない。人間が宇 宙人に勝てるわけがない。 「はじめまして。貴女には何の恨みも興味も無いんだけど、長門さんのお願いだからち ょっと怖い思いをしてもらうね?」 言い終えるまでもない、気がつけば俺達の回りにあった机や椅子は姿を消していて、 まるで森さんの視界を塞ぐ様に数え切れない程の光の槍が取り囲んでいた。 い、いつの間にやったんだ? 突如として現れた鋭利な刃物によって、ここからではもう森さんの表情を見る事すら できない。 「逃げようとしても無駄、もう動きも封じたから。ちゃんと勉強したのよ?」 そこで俺を見なくてもいい。 「は~い。さ、森さんだっけ? 涼宮さんを解放してこの閉鎖空間を消しなさい。お返 事はもちろん「はい」よね?」 そう笑顔で言い切る朝倉を前にしても、森さんは 「それはできません」 はっきりと言い返しやがったようだ。 お、おい! マジで危ないんだって! 一度殺されかけた俺にはわかる、朝倉は笑ってるからって安心できる相手なんかじゃ ないんだ! 「ふ~ん……そう」 朝倉の笑顔に何かが混ざった気が――瞬間、森さんの足元に数本の光の槍が突き刺さ っていた。 ほんの僅か、森さんの足元から数センチ離れた場所に槍は深々と突き刺さっている。 「次は当てるわよ。返事ができる内に「はい」って言った方が貴女の為だと思うなぁ」 嬉しそうに笑う朝倉を見て、森さんはそっと腕を横に振った。 「え?」 その動きを見た朝倉の顔から笑顔が消える。 同時に、森さんを取り囲んでいた光の槍も、朝倉の背中に輝いていた光の翼も全て姿 を消してしまっていた。 光の翼が消えて急に暗くなった部室の中、 「いけない」 よろめく朝倉の体を、走り寄った長門がそっと支える。 「……あ、貴女いったい何者なの?」 朝倉にそう聞かれても森さんは何も答えようとせず、ただ静かに懐中時計を取り出し 「残り13分です」 まるで時報の様に、俺達に告げるのだった。 「キョ、キョン君! 残り13分って何が起こるのさ?」 床に転がったままで聞いてくる鶴屋さんに、俺は現状を何て答えればいいのか分から なかったし、どう説明すればいいかなんて考えている余裕もなかった。 いざとなったらハルヒにキスをすればいいって事あるごとに言われてきたが、それす ら今はできないぞ? ……もう駄目なのか? ごく普通の人間である俺ですら世界の崩壊を意識しはじめた時、そいつはやってきた。 ――正義の味方は遅れてやってくるもの。 「わぁ? 今度は何なのさ!」 そんなルールを守っているのかどうかは知らないが……遅えよ、馬鹿。 前触れもなくがら空きになった窓枠から飛び込んできた大きな赤い光は――お、おい? その光は俺達の元ではなく、迷う事なくまっすぐ森さんへと向かって飛んでいったの だ。 いくらなんでもこんな物は避けられない。 そう信じるに足るだけの勢いで飛んできた古泉は、森さんの体を確かに捉え―― 「ふっ」 ……小さな息と共に振り上げられた森さんの右手の一振りで、あっけなく跳ね飛ばさ れちまいやがったのだった。 大きな音を立てて壁にめり込んだ古泉が、ゆっくりと落ちてくる。 「きゃあ!」 古泉! 思わず駆け寄った俺を見て、古泉は弱々しく笑顔を浮かべて見せ……そのまま意識を 失って倒れてしまった。 古泉! おい古泉! 起きろ! 目を覚ましやがれ! ぞっとする程ぐったりとしている古泉の傍に、朝倉がやってきた。 動かない古泉に手をかざして、朝倉は真剣な顔をしている。 「大丈夫、気絶してるだけ。命に別状はないわ」 よ、よかった……。 ったく心配させやがって! 朝倉、古泉を起こせるか? 「うん。それくらいなら」 じゃあやってくれ! 「は~い。任せて」 目を閉じた朝倉の掌に小さな光が生まれ、その光は古泉の体へと進んでいく。 やがて、弱々しかったその光が完全に古泉の体に消え去ると、 「…………こ、ここは?」 入れ替わるように古泉は目を覚ました。 やれやれ……ったく心配させやがって、あれだけ森さんには歯が立たないって言って た癖に何で無茶したんだ? 「す、すみません。……ですが、この世界はすでに臨界状態を迎えています、残された 時間はもう殆どないでしょう」 ……だから賭けに出たってのか? 「ええ。ですが、やはり僕では彼女を止めることはできないんですね……」 ゆっくりと立ち上がった古泉の視線の先では、この部屋に来た時に俺が見た姿とまる で変わっていない森さんの姿がある。 誰も口を開けないでいる中、森さんは懐中時計をしまって口を開く。 「間もなく、世界の再構築が始まります」 森さんがそう言い終えるのを待っていたように、部室棟は小さく揺れ始めるのだった。 ――俺は心のどこかでこう思ってたんだ。 例えどんな非常識な事が起きたって、SOS団が揃えば何とかなるってな。 事実、これまで何度も俺達は無茶な出来事に巻き込まれてきたが、結果的になんとな かってきたんだ。今回は例外だ……なんて思いもよらなかったぜ。 ここで奇跡を願おうにも、ハルヒが寝てるんじゃどうしようもない……。 「……森さん、最後に1つ聞かせてください」 落ち込む俺を前に、古泉は決死の表情で森さんへ問いかけている。 「今から起きる再構築は、本当に涼宮さんが望んでいる事なんですか? 確かに、ここ 最近の涼宮さんはいつもと違っていました、不機嫌に見えるのに当り散らしてきません でしたしね。しかし、それと突然起きた今回の騒動に繋がる理由が僕にはわからないん です。以前、彼女が世界を作り変えようとした時とは状況が違います。彼女は現状に絶 望などしてはいなかった。それなのに何故?」 ハルヒじゃない。 「え?」 これはハルヒが望んでる事じゃないって言ったんだよ。 熱弁する古泉に反論したのは、何故か俺だった訳だ。 「それは……いったい」 理由なんて知らん。でもな、これだけは言い切れる。あのバカは世界の再構成なんて くだらない事を本気で望んだりしちゃいねぇよ。 「ですが、実際にあの時……」 前の事か? あの時だってそうだろ。あいつが本気で望んでたんなら、みんなが俺に ヒントを出したりできると思うか? そんな理屈は抜きにしても、俺はハルヒがそんな 事を望んでるなんて思えん。 言いたい事を勝手に言っただけの俺に反論、というか質問してきたのは 「1つ聞かせてください」 何故か森さんで、 「貴方は、世界を再構成したいと思った事はありませんか」 その内容は意味不明だった。 ……何を言ってるんですか? 月曜の朝に、実は今日は日曜だったらいいのにって思ったことならいくらでもあると か――そんな話じゃないよな、多分。 「もしも貴方に、世界を自分が思うとおりに書き換えられる力があったなら。その力を 使わないで居られる自信がありますか」 使うはずが無いでしょう? そんな事をして何になるんですか。 「いえ、貴方は書き換えました」 静かに首を振って、森さんはそう否定する。 いったい何の事を言って……。 「過去に世界が改変された時、貴方はエンターキーを押したでしょう」 静かなその声は、俺の中に静かに広がっていくようだった。 ――何で……何で森さんがそんな事を? 「あの世界は、貴方の選択によって時空修正されました」 事情が分からないみんなの視線を感じながら……俺は立っているだけの気力もなくな り、その場に座り込んでしまった。 ――長門によって書き換えられた世界を元に戻す為、長門にピストル型装置を構えた 時、俺は俺のハルヒと古泉と長門と朝比奈さんを取り戻す。そう決めたんだ。 今でもそれは間違いだった何て思っちゃいないさ、でもその代償に俺はあいつらの未 来を奪ってしまった……のか……。 「その事について、貴方を責める事ができる人は何処にも存在しません」 見下ろすような森さんの視線は、少しだけ優しかった気がした。 「古泉の質問に答えます、彼女は世界を変えたいと思ってはいません。ですが彼女が世 界の破滅を願わない様にする為には、こうして世界を彼女の望む姿に変え続ける必要が あるんです」 淡々と諭すように語る森さんに反論したのは、 「違います!」 いつになく真剣な顔をした古泉だった。 「森さん。確かにその様な意見が機関に存在する事は知っていました。ですがそれでは、 僕達がこんな力を持っている理由が説明できないじゃないですか!」 古泉は掌に、かつてカマドウマと戦った時に見せた熱を放つ赤い光を作ってみせた。 同じように森さんも掌に光玉を作って見せ、 「古泉、これは彼女の良心だ」 「良心?」 「そうだ。今、鍵である彼が思いつめている様に、彼女もまた自分の選択が世界を改編 してしまう事に抵抗が無い訳ではない。人は、生きる為に他の生物の命を奪う時、それ が自然の摂理であると理解していても心に呵責が生まれる。無意識の内に世界を変えて しまう事に対して彼女の呵責が生み出した力、それがこの力だ」 そう言って、森さんはあっさりと光玉を握りつぶしてみせた。 閉鎖空間の存在。 そして、超能力者。 ……なるほどな。 未だ目を覚まさないハルヒの姿を見て、俺は溜息をついた。 なあハルヒ。今ならお前の気持ちが、前よりほんの少しだけだがわかってやれる気が するよ。 森さんの言葉が全部真実かどうかなんてわからんが……何故か俺はそう思った。 「そんな……」 よろける古泉にかけてやるフォローの言葉も思いつかない。 「涼宮ハルヒは閉鎖空間を作り、神人を暴れさせる。その先にある結果は二つ存在する。 1つは破滅、完全な虚無への回帰。私達が防ごうとしているのはこれだ。そしてもう1 つは再生、より安定した形に世界は再構築される。本来であれば再生は誰にも止める事 はできない……だから、お前には何も伝えていなかったんだ」 静かに続いていた振動は森さんの話が進むにつれて徐々に大きくなり、ついに天井か ら埃が落ち始めてきた。 そんな中、長門はじっと朝倉に寄り添っていて、2人は抱き合う様にしてこれから起 きる出来事を受け入れようとしているみたいだった。 古泉は壁にもたれたまま俯きっぱなし。 ……森さんの言葉が余程ショックだったんだろう、何やら独り言を繰り返している。 鶴屋さんはようやく自由になった体で、朝比奈さんの事をしっかりと抱きしめていた。 結局、巻き込むだけ巻き込んで助けてもらっておきながら、何も説明できないままに なってしまって……本当にすみません。 そして俺は、 「……」 座ったまま、ただ森さんの顔を見続けるだけだった。 この人の言っている事が勝手な欲望だとか、独りよがりな思い込みの結果だっていう のなら反論のしようもあったさ。 無駄な抵抗だってなんだってしてやるよ。 だが、森さんの言葉にはそんな私情は見つからず、俺にはもう言い返す言葉がない。 そうさ、ここが長門が書き換えた世界だったら、そもそもこんな理不尽な出来事が起 きる事もなかったんだよな。 ――静かに終わりを迎えようとしていた部室の中で、まだ諦めていない人が居た事を 俺はこの後知る事になる。 「……ま」 ――まるで囁くような小さな声。 それは古泉でもなければ長門でもない。朝倉でもなく鶴屋さんでも……眠ったままの ハルヒでもなかったんだ。 「待ってください……」 ――その声はとても小さかったけれど、とても強い決意の先にあった言葉。 いったい誰だって? みんながよーく知ってる人、いや――本物の天使様だよ。 「待ってください!」 そう叫んで朝比奈さんは鶴屋さんの腕から飛び出し、震えながら森さんの前へと詰め 寄った。 「みくる? あ、危ないっさ!」 引きとめようとする鶴屋さんを、朝比奈さんはそっと手で押し留める。 か弱い朝比奈さんの力で鶴屋さんが止められるはずは無いんだが、涙目だけど必死な 朝比奈さんの顔を見て、 「みくる……」 鶴屋さんは引きとめようと伸ばしていた手を戻した。 「……鶴屋さん、今まで本当にありがとうございました。私、鶴屋さんに会えて本当に よかったです」 「ちょちょっと! ……みくる、何を言ってるのさ……ねえ」 朝比奈さん、なんでそんなに悲しそうな顔で笑うんですか。 「みんなも本当にありがとう。……そして、涼宮さんも」 机の上で動かないハルヒに向かって、朝比奈さんはそのまま話し続ける。 「……恥ずかしい思いもいっぱいしたけど、私は涼宮さんの事が大好きです。遠くから 見てた時よりもずっと。だから……もしもまた会えたなら……遊んでくださいね?」 言葉の最後は涙で掠れてしまって俺には聞き取れなかったんだが、きっとハルヒには 聞こえていたはずだ。 理由なんて無いが、俺にはそう思えたんだ。 服の袖で涙を拭いて、朝比奈さんは森さんの顔をじっと見つめる。 そして……何かを決心した様に口を開いた。 「キョン君、時間の流れには色んな考え方があって……ごめんなさい、私の知識じゃ上 手く伝えられないんですけど……。未来は選択によって絶えず分岐を繰り返していて、 選ばなかった未来は無くなるんじゃないんです。ただ、別れてしまった世界には二度と 行けなくなるだけなんです。それは終わりと同じかもしれないけど、終わってはいない んです」 静かに語る朝比奈さんを、森さんは反論もせずじっと見つめている。 「ごめんなさい、こんな説明じゃわからないですよね。……もっといっぱい、お話しし たかったなぁ」 俺は朝比奈さんのその言葉は、もうすぐ世界が終わってしまう事を言っているんだっ て思ったんだ。 「キョン君、今から私はTPDDを強制解除して禁則事項に該当する言葉を言います」 え? じっと森さんを見つめて、俺には背を向けた状態で朝比奈さんは話し続ける。 「そうすれば……きっと、私も森さんもこの世界から居なくなると思います」 な、何を言ってるんですか。 「森さんが居なくなれば、きっと涼宮さんを起こす事ができると思うから……後の事は お願いしますね?」 朝比奈さん! いったい何をするつもりなんですか? 俺の言葉に振り向いた朝比奈さんは、口の動きだけで俺に何かを伝えていた。 朝比奈さんが伝えたかった言葉がなんだったのかわからないまま……朝比奈さんは森 さんへと向き直る。 そして―― 「森園生さん。貴女は……貴女は!「降参します」 ………………へ? その場に居た全員が――叫ぼうとして口を開けたままの朝比奈さんも含めて――が固 まっていた。 …………今、何て言いました。 聞きなおした俺に、 「降参します。涼宮ハルヒの身柄をお返しし、再構築を停止させます」 森さんは両手を挙げて……やはり無表情でそう言ったのだった。 突然の展開に誰も動けない中で、 「……朝比奈みくるを止められなかった時点でこうなる可能性がある事はわかっていま したが……まさか、本当にパラドクスを恐れないとは驚きましたよ」 溜息と共に、森さんの周囲に金色に光り輝く玉が数え切れないほどに現れ部室を照ら したかと思うと、 「わわわっ!」 「おっと!」 「きゃあ!」 光はまるで意思を持った様に一斉に飛び去っていった。 ある玉は部室の壁を貫き、またある玉は窓から空へと飛んでいき――部室の中は一瞬 金色に包まれ、その光はあっという間に消えていった。 な、何をしたんだ? 再び光を失った部室の中、誰一人状況が掴めない中で――数秒後、それまで大きくな っていっていた振動は、どんどん静かになっていった。 やがて――灰色だった空に亀裂が走り出す。 お、おい古泉! これはもしかして。 「ええ間違いありません。信じられませんが……神人が全滅し、閉鎖空間が崩壊しよう としています。余波が来ます! みなさん伏せてください!」 空に走った亀裂から光が差し込み、世界が再び大きく揺れ始める。 古泉の言葉に従ってみんながその場に伏せる中、俺は古泉がハルヒの上に覆いかぶさ る姿を見た気がした。 ……ここは……。 急に辺りが静かになって、恐る恐る顔を上げた俺の視界に入ったのは夕方、いや朝方 らしい薄暗い部室と――ようやくお目覚めか。 「……おはよう」 何故か照れ笑いを浮かべたハルヒだった。 ここは……部室か。 壁に古泉がぶつかった跡はない、机や椅子も元のまま。窓にはちゃんと古ぼけたガラ スが入っているし、そしてみんなの姿もそこにあ……あれ? 長門……朝倉はどうしたんだ? 何故か部室の中に、朝倉の姿は見つからなかった。 思わず小声で聞いた俺に、長門は寂しそうに首を横に振る。 それっきり何も言おうとしない所を見ると……まあ、何かあるんだろうな。 そして居なくなっていたのは朝倉だけでなくもう1人、ハルヒの隣には…… 「何よ」 いや、何でもない。 ハルヒの隣にずっと立っていた森さんの姿も、どこかに消えてしまっていた。 いったいこれは何だったのか……正直、色々あり過ぎてもう訳が分からないぜ。 それでも、世界は無事でこうしてみんなとまた会えたんだ。それだけで十分「ねえ、 キョン。ちょっと聞きたい事があるの」 って訳にはいかないよな。やっぱり。 いったいなんだ? 悪いが、聞かれても答えられない事だらけだぞ。 「何で部屋で寝てたあたしがここに居るの?」 知らん。 「それに、何でここにみんなが揃ってるのよ」 さあな。 ずんずん迫ってきたハルヒは、俺の前に立ち……なんだよ、その顔は。 怒っているのでも笑っているのでもない、何とも言えない顔で…… 「まあ、その辺は……知ってるからいいんだけどね」 だったら聞くなよ。 ……っておい、何で寝てたはずのお前が知ってるんだ? まさかお前、さっきまでの事を―― 「いいじゃない。そんな事」 人を混乱させるだけさせておいて、ハルヒは――ああ、お前はそんな顔で笑う奴だっ たよな――久しぶりに向日葵の様な笑顔を浮かべていた。 「そうね……せっかくみんながここに集まってるんだから大事な事を確認しておくわ」 ハルヒはそう言いながら、まずは窓際に立っていた長門の元へと歩いていった。 「最初は有希ね。1つ教えて」 「何」 「貴女にとって、あたしって何なの? 団長?」 意味不明な質問をするハルヒに長門は、 「大切な人」 観察対象とか言い出さなくて良かったが……それにしても、聞いているこっちが恥ず かしく……ってまあ、女同士だよな。 しかし、同姓だから問題無いなんて常識的な発想をハルヒに当てはめる事には無理が あったらしい。 「……そっか。じゃあキョンは?」 ハルヒの言葉で、部室の中に緊張が走ったのがわかる。 なあハルヒ、お前が何を勘違いしてるのか知らな……聞いてねぇな、これは。 真剣な顔で見つめるハルヒを前に、長門は 「大切な人」 俺に視線を向けながら、そう答えた。 「……そっか。うん、あたしもそうよ」 接近するハルヒから逃げようとしない長門の顔にハルヒの影が落ちて、 「……」 そのまま接近を続けた2人の唇は重なるのだった。 ……頼む、誰か俺に現状を説明してくれ。さっきまでの展開と落差がありすぎてつい ていけない。 「……これはびっくりだねぇ」 「す、涼宮さん」 女性陣2人が興味津々な目で見守る中、2人はようやく離れた。というかハルヒだけ が離れた。 「うん。前々からおかしいと思ってたのよね」 何かを納得するように頷きながら、ハルヒは朝比奈さんの方へと近づいていく。 ……嫌な予感がする。 ある意味、世界崩壊の危機なんかよりも、もっととんでもない事が起きてしまうよう な……そんな予感が。 「日本は一夫一婦制で重婚は犯罪って言うけど、それって所詮小さな島国の小さな考え 方だわ」 日本に居るなら日本の法律に従え。 文句があるのなら、政治家になって法律を変えるか違う国へ行けばいい。 「SOS団は、世界を大いに盛り上げるこのあたし涼宮ハルヒの団なのよ? だったら 守るべき法律はもっと世界的じゃないといけないのよ! ……つまり、同性愛は禁止な んて偏見も、当然守らなくてもいいのよね」 ここに来て自分が標的に選ばれている事に気づいたらしく、朝比奈さんが逃げ場を探 し始めた。 朝比奈さん! 早く逃げてください! 「え、あ、あ、あの。えっと?」 朝比奈さんの元へ行こうとするハルヒの前に立ちふさがったのは、 「ちょーっとまったー! ハルにゃんのその意見には賛成だけど、みくるはあたしのだ からねっ! これだけは何があっても譲れないっさ!」 森さんを相手に戦っていた時よりも遥かにテンションが高い鶴屋さんだった――それ と鶴屋さん、意見に関しては賛成なんですか。 ハルヒと言えど、上級生である鶴屋さんを相手にそこまで無茶を押し通しはしないだ ろうと思っていた俺は、 「そうね。じゃあ、半分ずつって事にしましょう」 ハルヒという存在を甘く見すぎていた。 おい半分ってなんだ? 朝比奈さんは物じゃないんだぞ? 「みくるを……ハルにゃんと半分ずつ?」 「そう。半分ずつ。あたしは鶴屋さんの事大好きだし、一緒の方が楽しそうじゃない?」 見上げる様な視線で何かを考えていた鶴屋さんは……やがて、 「そっれいいねぇ!」 もう駄目だ。 味方だったはずの鶴屋さんはあっさりと寝返り、逃げられないように朝比奈さんの体 を押さえるのだった。 「え、あの鶴屋さんどうして? あの、あ涼宮さんまで?」 「大丈夫大丈夫、怖くないから」 「さ~みくるちゃん。……あ、その前に個人の意見もちゃんと聞かないとね」 順番が逆じゃないのか? 「ねえみくるちゃん」 「はは、はい」 駄目だ、俺には朝日奈さんが肉食獣を前に脅える小動物にしか見えない。 「そんなに怖がらなくてもいいでしょ? また会えたら遊んで欲しいってさっき言って たじゃない。嬉しかったな~あれ」 「えええ?! す、涼宮さん何でそ――」 朝比奈さんの台詞が何故途中で途切れたのか? ……まあ、多分想像してる通りだろうから省略させてもらおう。 じたじたともがいていた朝比奈さんの手足が、やがて静かになった頃。 「――っぷはぁ…………ふぅふぅ……うぅ……」 ようやく開放された朝比奈さんは涙目になっていた。 「みくる~。キスする時は鼻で息をしなきゃ」 鶴屋さん、多分泣いてる理由は呼吸困難だけじゃないと思いますよ? 「さて……次は古泉君ね」 「ええ?!」 それまでいつもの様に営業スマイルで傍観していた超能力者は、その一言で面白いよ うに動揺していた。 古泉は照れ笑いと共に近寄ってくるハルヒと、何故か俺を見比べている。 ……なんだその目は。言いたい事があるのならはっきり言え。 「言えるわけないでしょう」 小声で反論する古泉だったが……そうだ、そういえば。 「ど、どうしたんですか?」 そういえばお前には貸しがあったんだよな、2つ程。 俺の言葉に、古泉は口を閉ざす。 「何よ……何男同士でひそひそ話してるわけ? ……まさかあんた達、そーゆー関係だ ったの?」 何だその詮索するような目は。ついさっき同性愛を否定しないって言ってた奴の行動 とは思えんぞ。 生憎だがそんな趣味はない。それよりハルヒ、古泉に何か話があるんじゃないのか? 「あ、そうね」 俺がその場を離れるのを見て、ハルヒは自分の携帯電話を取り出し――バキッ ……って何してやがる?! ハルヒの手の中で、携帯電話はあっさりと二つに折れ曲がっていた。 「ねえ古泉君」 壊れた携帯電話をゴミ箱に投げ入れてから、 「携帯電話が壊れちゃったわ」 ハルヒはそんな事を言い出した。 「これで……あの時の返事は、直接貴方に言うしかなくなったのよね」 何の事か知らないがそれだけの為に壊したのかよ? 「涼宮さん」 ハルヒはしばらく古泉の足元の辺りを見ていたんだが、やがて気合を入れるように顔 をあげ、古泉の顔を見つめた。 傍目にも緊張しているのがわかるハルヒよりも、その前に居る古泉の方がよっぽど緊 張している様だ。 朝比奈さんや鶴屋さん、長門までもが注目して見守る中。 「あたしね……古泉君の事、好きよ」 最後まで目を見て言い切ったハルヒの言葉に、古泉は口を開いたままで何も言えずに いた。 時折、助けを求めるように俺の顔を見る古泉に俺は――やれやれ。 俺は古泉に見えるように指を二本立てて、その内一本を曲げてから口だけで「いえ」 と言ってやった。 古泉はそれを見て苦笑いを浮かべた後…… 「僕も、涼宮さんの事が好きです」 はっきりと、そう答えたのだった。 鶴屋さんと朝比奈さんが声を出さずに歓声を上げる中 「……ありがとう」 そう言って抱きついてきたハルヒに、古泉は一方的に抱きつかれたまま両手を挙げて いた――意外に手のかかる奴だな。 俺が残ったもう一本の指を折り曲げて見せてやると、古泉は諦めたような……それで いて、至福の様な笑顔を浮かべて、ハルヒの体を抱きしめるのだった。 かくして、世界に平和が訪れたらしい。 いや~色々あったが「あんた、何勝手にまとめようとしてるのよ」 ……駄目か。 古泉から離れたハルヒは、今度は俺の前にやってきていた。 そして問答無用で俺の服を掴みっておいまて! 俺には何も聞かないのかよ? 「あたりまえでしょ? あんたの気持ちなんて知った事じゃないわ。……でも言いたい のなら言わせてあげるけど」 ……迂闊な事を言ってしまった。 「ほらほら、さっさと言いなさい。それとも何、またこうすればいいの?」 そう言いながらハルヒは髪留めゴムを取り出し、伸び始めていた髪を後頭部でまとめ あげるのだった。 ……ってまてよおい? またこうすればいいって、まさかあの時の事まで覚えているってのか? 動揺する俺の質問は完全無視。ハルヒは問い詰めるような顔で 「感想は」 ……そんなもん聞くまでもないだろ? しかしここは言ってやるべきなんだろうな。 そもそもだ。 俺は自分がポニーテールが好きなんだとずっと思っていたんだが、ハルヒに巻き込ま れてからというもの、街でポニーテールを見かけてもそれ程興味を持たなくなったんだ。 それは俺の好きな髪形ってのはポニーテールじゃなくて、お前のポ……まあいい。 やっぱり似合ってるぜ、ハルヒ。 問答無用、強引にキスしてくるハルヒの体を受け止めながら……そうだな、そろそろ 年貢の納め時かもしれん。 認めるよ。ハルヒ、俺はお前の事が―― それぞれのエピローグ その日を境に、再びハルヒは俺達と一緒に行動するようになっていた。 以前の様にハルヒは無茶をやるようになり、主に朝比奈さんと俺はそれに振り回され っぱなしの毎日だ。 「さ~みくるちゃん! 今日は巫女服に着替えましょう~」 どこからともなく仕入れてきやがった和風の衣装を手に、ハルヒは朝比奈さんを追い 掛け回している。 「す、涼宮さん……最近どんどん衣装が増えてる気がするんですけど……」 朝比奈さんの不安そうな視線の先には、すでに溢れかえりそうになっている衣装掛け がある。 ちなみに、衣装は朝比奈さんだけでなく、長門のも分も追加されていたりするぞ。 「だってスポンサーがついたんだもの。ね、鶴屋さん」 「その通りさ! みくるの巫女さん姿なんてめがっさ楽しみだねぇ~。ほらほら、巫女 服を着る時は下着も脱がないと駄目なんだよ?」 脅威が二つに増えて、朝比奈さんの苦難はより厳しいものとなっていた。 「や! 駄目! それだけは駄目! 駄目です~!」 古泉、廊下に出るぞ。 これ以上ここに居たら間違いなく逮捕されるだけでなく、それ以上の罪を犯してしま う危険すら感じる。 「了解しました」 俺は長門に終わったら呼んでくれと伝えて、廊下へと避難した。 扉を閉め、朝比奈さんの悲鳴が小さくなった所で 「1つ、聞いてもいいですか?」 遠慮がちに古泉は聞いてきた。 ああいいぞ。ちょうど俺も聞きたいことがあったしな。 前に一度、扉にもたれていたせいで朝比奈さんのあられもないお姿を偶然にも見てし まった経験がある俺は、廊下の窓側の壁にしゃがんでから古泉に喋るように促した。 「では僕から。何故……涼宮さんが僕の気持ちを確認しようとしたあの時、貴方は僕に 言えと仰ったのですか?」 そんな事言ったか? 悪いがまったく記憶にないな。 「僕は……貴方は長門さんの事を好きなのだと思っていました。ですが、涼宮さんを助 けようと必死になっている貴方を見ている内に、それは間違いだとわかったんです」 そんな簡単にわかった気になられてもな……。 まあいい。俺がお前に言えって言った理由だったな? 「ええ。恋敵にあえて塩を送るような事をした、その理由が知りたいんです」 ……お前、意外に鈍い奴だな。正直驚いてるぞ。 古泉、お前だって自分がハルヒの事を好きなのに、俺とあいつをくっつけようとして ただろうが。 自分の事を棚に上げてよく言うぜ。 「それは……ですがそれは」 機関の方針って奴か? ……ったく、そんな無駄な気を回した所で無意味だって言っ てやれ。 そう言い切る俺に、古泉は溜息で答えて……何笑ってるんだよ。 「いえ、何でもありません。それで、貴方の質問とは」 俺か? 俺が聞きたいのは、 「いいわよー!」 部室の中から聞こえたハルヒの声で、続けようとした俺の言葉は掻き消された。 俺がお前に聞きたかったのは結局、機関ってのはハルヒをどうするつもりなのかって 事だったんだが……まあいいよな。俺が詮索する事じゃない。 例え機関が敵に回ろうが何も心配する事は無い。 なんせ、俺達にはあの森さん相手に怯まなかった超能力者が居るんだからな。 話の続きを待っている古泉に、俺は部室の中へ戻ろうと首を振った。 さて、巫女姿の朝比奈さんか……いったいどんな神々しさなんだろうね? 背中についた埃を払いながら、いつもの非日常が待つ部室の扉を、俺は自分の手で開 いた。 長門に自分が宇宙人であると打ち明けられて以来、俺は様々な話をこいつから聞いて きた。 そのどれもが容易には信じられない内容で……でもまあ、結局信じる事になるのはわ かってはいたんだが……。 それでも、やはり俺の口から最初に出る言葉はこれからも同じなのだろう。 ……マジか? 「本当」 昼休みの部室、俺の目をじっと見返す長門が言うには……だ。 今、この部屋に居るのは俺と長門だけなのだが、俺を見ているのは長門だけではない んだとよ。 氷が張った湖の様に、奥底で緩やかに流れている様な長門の目。その目を通して俺を 見ているのは長門自身と――朝倉なんだと長門は言う。 「喜緑江美里は私とは違う派閥から派遣されているインターフェース。今回の様に、彼 女が敵対行動を可能性は想定されていた。人間になった私にはそれに対抗する力は無い。 その為に、私には護衛がつけられた」 それは以前、朝倉の一件があったからこその事なのかもしれんが――問題はその護衛 をしてくれる奴の人選だ。 統合思念体の考え方なんて物はわからんし、そもそもわかりたくもないんだが……よ りによってあいつを選ぶとはな。 ……つまり、その護衛ってのが朝倉なのか。 「そう。彼女は今、私の中で待機モードで存在している。彼女の情報連結は解除されて しまっている為、この世界で行動できる時間はとても短い。普段は私と五感を共有し、 私の身に危険が迫った場合に限り、彼女は私を助けてくれる」 なるほどね。 長門の説明で思い浮かんだのは、光の翼をまとって笑う懐かしい笑顔だった。 ん……って事は、今俺が喋ってる事も聞こえてるのか? 「聞こえている」 そうか。 なんとなくそう聞いただけだったんだが、長門はまるでビデオカメラでも構えている みたいに、俺の言葉を待っている。 ……といっても、別に俺はあいつに何か伝えたい事があるわけじゃないんだが……ま あいいか。 えっと、朝倉。この間は助かったよ、ありがとう。 ……まだ何か言わないといけないのか? えっと……あ、そうだ。 朝倉、多分これは俺の勘違いか何かだとは思うんだが……。お前、俺と2人でどこか に出かけた事が……あるわけないよな。すまん、忘れてくれ。 森さんの前に突然現れたお前を見た時、俺は湯煙の中で幸せそうに笑ってる朝倉の顔 を思い出した様な気がしたんだが……気のせいだな。 部室の中に予鈴が響くのを聞いて、俺はなんとなく名残惜しい気持ちに引かれながら も席を立った。 そろそろ教室に戻らないとな。 予鈴が終わりそうになっても窓際の椅子から立ち上がろうとしない長門に、俺はそう 呼びかけてみたんだが何も反応は無い。 長門、遅れるぞ? 「いい」 いいって……ああ、次の授業は教室じゃないのか。 じゃあ、また放課後な。 ゆっくりと頷く長門の視線に見送られながら、俺は部室を後にした。 ――扉が閉まって静寂を取り戻した部室の中で 『ありがとう、お話させてくれて』 私にしか聞こえない彼女の声が音も無く響いている。 いい。感謝しているのは私。貴女のおかげで彼を守れた。 『ん~……かっこよく登場したのに、あっさり森さんに負けちゃったから素直に喜べな いけどね』 それは仕方ない。 『ねえ、あの人ってただの人間なの?』 そう。 それは間違いない。 『それって本当? 情報操作に抵抗したり、神人を瞬時に消し去ったり……。あの未来 人の女の子が言おうとしてた事と関係があるの?』 ある。でも言えない。 『え~? 気になるなぁ』 私にも疑問がある。 『え?』 貴女の事を、彼に説明させないのは何故。 『何故って……。だって、キョン君はあの時の事はもう覚えていないもの』 貴女にはある。 『……そんな事を言って困らせないで、やっと気持ちの整理ができたんだから……。そ れより貴女こそいいの? せっかくキョン君を独占するチャンスだったのに』 いい。 『無理してない?』 していない。 『……それならいいんだけど。私は、キョン君は涼宮さんよりも貴女が好きなんだって 思うんだけどなぁ……いつも面倒みてくれてるし』 彼が私の事を大切にしてくれているのは、私が人間の生活に慣れていないから。 『え?』 彼は優しい。とても。だから私の事を放っておけない。 『それだけかな』 彼が私に抱いている感情は、私が彼を思う感情とは違っていた。 『……』 彼が私と同じ目で見ている相手は、他に居た。 ――そう、私ではなかった。 『そっか……』 それに、私には貴女が居る。 『うん。……そうよね』 この部屋には私しか居ない。 でも、少しも寂しくはない。 私は1人ではないのだから。 『……ねえ、ところで授業には行かなくていいの?』 大丈夫、情報操作は得意。 『ちょっとまって! 今の貴女にはそんな事できないでしょ?」 ……そうだった。 『ほらほら急いで! あ~もう! お弁当は後で持ちに来ればいいからしまわなくてい いの。とにかく教室に向かって?』 了解した。 まるで自分の事の様に彼女は指示をしてくれて、そんな彼女に従う事に私は喜びを感 じていた。 ――数ヶ月前、私は生まれてはじめて神に祈った。 大切な人にまた会えますように――と。 その願いは本当に叶った。 この星の神様は働き者。 来年は何を願おう? ――とても楽しみ。 長い様に思えて、過ぎ去ってしまえばあっという間でしかない冬が過ぎ――今は春。 満開を迎えた木々を撫でるように風が舞い込み、薄く色付いた桜の花びらが緩やかに 散っていく。 風情なんて概念とは縁遠い俺ですら、思わず感傷に浸ってしまうのも無理もないだろ。 ハルヒと出会って……もうすぐ一年になるのか。 最初に思い出すのはいつも同じ。高校初日、一生忘れられないであろう自己紹介と共 に俺とハルヒは出会った。 それは本当に偶然だったのか……今となっては何とも言えないな。 ……おや。 ふと気がつくと、物思いに耽っていた俺の顔を遠慮がちに見上げている視線がそこに あった。 俺と視線があうと、彼女は表情を綻ばせ 「……この公園を一緒に歩くのって久しぶりですね」 そう言って微笑む朝比奈さんの顔は、いつになく穏やかで言うまでも無く可愛らしく、 思わず息を飲んで 「おやおや……どきどきな雰囲気だねぇ。お姉さんお邪魔じゃないかな?」 ……息を飲んでしまった俺の顔を、意味ありげで楽しそうに覗き込んでいるのは、言 うまでも無くいつも楽しそうな鶴屋さんだった。 そんなわけないじゃないですか。 「本当? 馬に蹴られちゃったりしない?」 しません。 残念ながらね。 両手に花という言葉を、そのまま具現化した様なこの状況に不満を持つ男がこの世に 居るのだろうか? いや、居ない。 桜並木というオプションがある事を考慮してもそう言い切ってしまえる程に、華やか な振袖――鶴屋さんが着付けしたらしい――に身を包んだ今日の2人はいつにも増して 綺麗だったわけさ。 さて、今日はハルヒ考案による花見なんだそうだ。 進級を控えて、SOS団の更なる結束が~とか何とか言っていたハルヒはいつになく ハイテンションで、その勢いのままに俺は早朝からの場所取りを命じられた訳だ。 当初、何が悲しくて1人寂しく早朝から公園で座っていなければならんのだ? とも 思ったんだが、意外や意外。ようやく日が昇ってきた頃、眠たい目で公園にやってきた 俺が見たのは入口で待っていた二人のお姫様だった。 なるほど、これが早起きはプライスレスって奴か。 「いや~絶好のお花見日和だねぇ~」 そう言って鶴屋さんが見上げた空には雲ひとつ無く、雲ひとつ無いとってつけた様な 晴天が好き放題に広がっていた。 季節外れの台風のせいでここ数日天候は悪かったと思うんだが……まあいいさ、それ が誰のせいかなんて無粋な事は考えない様にしよう。 普段から面倒に巻き込まれてる俺への、神様なりの配慮かもしれないしな。喜ぶべき 事には、素直に喜んでおくのが正しい生き方だ。 謎は謎のまま、あるべき物はあるべきばしょにってな。 ――しかし、彼女はそうは考えなかったらしい。 「ね~キョン君」 はい。 「そろそろ、全部教えてくれてもいいんじゃないかなぁ」 全部……ですか? 「そう! ハルにゃんと長門っちとみくると古泉君と……あの森さんの事、とか。ね」 笑顔の中に「教えてくれるまで諦めないっさ!」とでも言いたげな雰囲気を含ませ、 鶴屋さんは俺を見つめるのだった。 「あ、あの」 慌てる朝比奈さんは俺と鶴屋さんの顔を交互に見るだけで、残念ながら助け舟は来そ うに無い。というかむしろ助けを求めている気配すらある。 ……正直、ここまで助けてもらっておいて何も言わない事に罪悪感を感じない訳じゃ ないさ。鶴屋さんの助けがなければ、ハルヒだって助けられなかっただろうしな。 しかし、だ。 みんなの背景を教えるって事は、そのまま危険な事に巻き込んでしまう事にもなりか ねないんだよなぁ……。 「ね~ね~。後で教えてくれるって言ってたじゃないか~」 それは……はい。 つまらなそうにふくれる鶴屋さんを申し訳無く思って見ていると、 「……そっか、うん。ごめん、もう聞かないよっ」 気のいい先輩の顔に戻った鶴屋さんは寂しそうに笑うのだった。 本当にすみません。 「じゃ~代わりに1個だけ教えて! みくるがあの時言った言葉だけでいいからさ!」 「えええ! あ、あれは駄目です、本当に駄目なんです!」 本気で慌てている朝比奈さん。 「あたしにも秘密なの? 寂しいなぁ~……」 「ごめんなさい。あれだけはどうしても言えないんです」 俺もあれは気になってはいたんだが、朝比奈さん曰く「自分が世界から居なくなって しまう」言葉である以上、一生答えを知りたくない質問でもある。 「おや、二人とも勘違いしてるねぇ」 「え?」 あれ? 違うんですか? 「あたしが聞きたいのはみくるが言わなかった言葉じゃなくて、あの時キョン君に向か って口パクで言った言葉の方なのさ」 ってそっちですか。 「あれって何て言ってたの? あたしからはよく見えなくてさ、キョン君からは見えて たでしょ」 すみません、俺にもよくわかりませんでした。 「そそそそうですよね」 何故かわからないが、俺の返答に朝比奈さんはやけに動揺していた。 本当に何て言ってたんだろう? 「あらら、そうなんだ。ねぇみくる~。あれってキョン君に言ったんだよね?」 「あの……はい、そうです」 素直に頷く朝比奈さんを確認してから、鶴屋さんは笑顔で 「あのさ。「貴方の事がずっと前からす」の後に、みくるは何て言ってたのかな?」 絶対に確信犯だ、この人。 ……でもまあ、これは流石に鶴屋さんの見間違いだよな。朝比奈さんが俺にそんな事 を言うはずがな……あ、あれ? 朝比奈さんの顔色は、桜の花びらの様から一気に赤へと色付き「……ふ~ん。キョン、 あんたずいぶんモテてるみたいね」 確信犯は2人居た。 背後から聞こえてきたその何かを企むような声は、本来この場に居るはずがない…… まあ、こいつがいつどこに居ようが今更驚かねぇけどな。 振り向いた先に居た華やかな髪飾りと振袖に身を包んだハルヒの姿を見て、俺は驚く 前に溜息をついていた。 「すすすす涼宮さん」 デジャブって奴か? 胸元に腕を寄せて震える朝比奈さんを見るのはこれで二度目……いや、結構頻繁に見 てるか。 「あのね、みくるちゃんが誰を好きになってもそれはいいのよ。ま、普通に考えてあり えない事だけど、その相手が奇跡的にそこのバカだとしてもね」 好き放題言ってくれるな。 まあ、俺だって朝比奈さんが俺に密かな恋心を……なんてのはありえないって事くら いわかってるよ。 「でもね、みくるちゃんの事が一番好きなのは間違いなくこのあたしなのよ! さあ、 今からあたしの愛を再確認させてあげるわ!」 おいまてハルヒ、何を馬鹿な事を 「あたしも負けないっさー!」 鶴屋さんまで何を言ってるんですか?! 「えええええ!?」 本気で脅える朝比奈さんに、2人の手が伸びていく。 「あああの! えっとその、涼宮さんはキョン君と古泉君の事が好きなんじゃ……」 俺を気にするようにして朝比奈さんは意見してみたが、 「え? 違うわよ。あたしはみんなの事が好きなの。愛は世界を救うって言うし、好き なのは1人だけとかそんな出し惜しみしちゃいけない物なのよ! だーかーら、みくる ちゃんは何も心配せず、安心してあたしの愛を受け入れてね!」 俺はお前の頭が心配だ。 「そうそう。いや~ハルにゃん良い事言うな~」 駄目だこの2人。 「そ、そんな~!」 相手がハルヒ1人の時ですら一度も逃げ切れた事が無かった以上、鶴屋さんが加わっ た今となっては、朝比奈さんが無事に逃げきれる可能性は、古泉が俺にボードゲームで 勝利するくらいにないだろう。 これは早めに止めた方がよさそうだ。 鶴屋さん、ここは公園で人の目もありますから。 「そっか、キョン君も一緒にいたずらしたいのかい?」 人の話を聞いてください。 「あ、みくるちゃんの振袖胸元が苦しそうね。ちょっと緩めてあげましょう~」 「な、何で腰帯に手をかけるんですか?」 「ほら、花見には付き物でしょ? あ~れ~って回る奴」 どこの世界の花見だ、それは。 っていうかそれは胸元と関係ないだろ。 「日本古来の伝統文化に決まってるじゃない。ねー鶴屋さん」 「そうそう。女の子の夢だよね~」 どんな夢ですか、それ。 「おや、皆さんもうおそろいですね」 未来人の窮地に登場したのは、いつもの笑顔を取り戻した超能力者と、以前より口数 が増えてきた元宇宙人(振袖バージョン)だった。 古泉、いい所に来た。朝比奈さんを助けるのを手伝え。 「了解です」 「あ、古泉君。ちょちょっとこら! 人の楽しみを邪魔しないの!」 「申し訳ありません。僕は彼の命令に逆らえないんですよ。ね?」 同意を求めるな。意味不明な事を口走るな。気色の悪い視線を投げるな。 「わわっ! キョン君そこは駄目さ! あ~んハルにゃんが見てる~!」 鶴屋さん。俺が掴んでるのはどう見ても肘です、変な声を出さないでください。 朝比奈さんに群がる二人を取り押さえようと俺と古泉が取り組む中、何故か長門も手 伝いに来てくれた。 「ふぇ……な、長門さ~ん」 着崩れてしまった振袖姿で妖艶な色気を放つ朝比奈さんは、長門に助けを求めて手を 差し伸ばした――のだが 「以前から、一度やってみたいと思っていた」 長門の手は朝比奈さんの手ではなく、彼女が死守していた腰帯に伸びて――直後 「や、駄目~!」 回転しながら薄着になっていく朝比奈さんの姿を、俺は溜息と共に見守るしかなかっ た訳だ。 「ナイス長門っち!」 一仕事終えた顔の長門と、そんな長門とハイタッチを交わしている鶴屋さんに突っ込 むだけの気力もありゃしない。 「うう……も、もうお嫁に行けません……」 朝比奈さんはうずくまり大粒の涙を流していた。 ……その、なんていうか来て早々災難でしたね。でも最初が悪ければ後はどんどん良 くなるって神社の人が前に言ってましたから、きっと良い事が 「こらみくるちゃん! そこは「あ~れ~」でしょ? はい、もう一回やるわよ!」 追い討ちをかけるなこの馬鹿! 「や、駄目! これ以上は駄目です! お願いです、駄目~!」 おいハルヒよせ! いくらなんでも内掛けはまずい! 「いいところなんだから邪魔しないで!」 邪魔するに決まってるだろうが! 「ちょっと離しなさい! ああもう、いいかげんにしないと本気で怒るわよ?!」 こっちの台詞だ! 「なによ! あんたそんなにみくるちゃんが好きなわけ?」 いきなり何だそれは。 「ああもう! ……キョン、あんたは誰が……その。あれよ! あんたの気持ちを教え なさい!」 俺の気持ちだと? そんなもん……その、あれだ。 「部室でも、結局あんただけは何も言わなかったじゃない」 えっと……ああそう! あれだ! ハルヒ、お前と一緒だよ。 ついさっき聞いたハルヒの言葉を思い出した俺は、誤魔化すつもりでそう言ってしま った。 「え?」 だから、俺の気持ちはお前と一緒だよ。 ほら、さっきお前が言ってただろ? 古泉や俺とかそんなんじゃなく、みんなが好き だ~って……あ、あれ? 何でお前の顔が急に赤くなってるんだ? 「…………」 お、おいハルヒ? 急に顔を赤らめて俯いたハルヒは、そのまま沈黙してしまう。 直後、俺の肩に置かれる古泉の手。 「おやおや、これは御暑いですね」 古泉、お前何を言ってるんだ。 「地球温暖化がこんな所にまで」 『本当、こっちまで熱くなっちゃったわよ』 長門まで? しかも何か違う奴の声まで混じってなかったか? 「いいなぁハルにゃん。みくる~……あたしもみくるにあんな告白されてみたいよう」 「つ、鶴屋さん? ……あの、ここじゃちょっと」 「え! ここじゃなきゃいいの?」 ちょっと鶴屋さん? 告白っていったい何の話ですか! 「さ、僕達は邪魔にならない様にお花見の準備を進めておきましょう」 「賛成~恋する2人のお邪魔はできないってね」 「じゃあ、お料理並べますね」 「手伝う」 頼むから人の話を聞いてくれって! なあ! ――俺の叫びは桜の花びらに紛れ、その声に耳を貸す人は誰一人いなかったとさ。 涼宮ハルヒの愛惜 ~終わり~ 数百メートル先――桜並木の下で騒ぐ彼らの姿を、私は木陰に隠れて見つめていた。 数年もの間、ずっと観察を続けてきた彼等の顔を1人1人順番に眺めてからTPDD の回線を開く。 報告。コードネーム森園生。時空震の反応、閉鎖空間の発生。共に認められず。確認 願う。 ――了解。……規定事項「スペアキー」の完了を確認。これで、この時代における全 ての規定事項は無事、履行されました。森園生、貴女の帰還を承認します―― 了解。 最後の報告を終えてデバイスをオフにした私を、 「お疲れ様でした」 江美里さんの落ち着いた声と 「……」 新川の優しい視線が見つめている。 ありがとう。 この場に相応しいで言葉はわかっても、今は笑うべき所なのかそうでないのかは私に はわからなかった。 これでも少しは社交性を身につけたつもりだったんだが……駄目だ、任務だと思わな いとやはり体は動かない。任務であればできる事なのに、何故なのだろう? 戸惑う私に、 「園生さん。貴女はそのままでいいと思いますよ」 この場に相応しいのであろう笑顔を浮かべて、彼女はそう言ってくれた。 その言葉は私の中にあった硬い何かを優しく包んでくれて――なるほど。これが気遣 いという物なのか。 宇宙人のインターフェースから人との接し方を学んでいる自分に、園生は自然と微笑 んでいた。 江美里さん、貴女の助力には本当に感謝しています。 「いえ、私は園生さんのプランを穏健派に伝えただけ。後は穏健派の意向に従っていた だけですので、どうかお気になさらないでください」 優しい宇宙人はそう言って私の手を取った。 「……また、会う日を楽しみにしていますね」 ええ、私も。 柔らかなその手をそっと握り返し、私は彼女を真似て微笑んでみた――が、彼女は何 故か笑いを堪えている……どうやら及第点には程遠いらしい。 寝ごり惜しそうな彼女から視線を移し、私はもう1人の男へと向き直った。 ……新川。 「はい」 いつもの黒の執事服に身を包んだその男は、やはりいつもの様に私を見守ってくれる ような暖かい視線を向けている。 その視線は私が彼と初めて会った時からずっと続いているのだが、私はその理由を知 らない。 そして新川は、その理由を話そうとしない。 ――ならば、わからないままでいいのだろう。 ただ、私にはお前の視線がとても心地よかった。 だから伝えておかなくてはならない。 ……いままでありがとう。 そっと頭を下げる新川へ、私は学んだばかりの笑顔を贈った。 柔らかな風が通り抜けていき、その風を追うように桜の花びらが舞い降りてくる……。 頃合だな。 私は静かに目を閉じて――声をあげた。 古泉、腕を上げたな。 新川と江美里さんの顔に緊張が走り、同時に同じ方向に振り向く。 私の言葉が辺りに響いて消えた頃、古泉は2人が見ていた木の影から姿を現した。 この2人に気づかれない様にここまで接近できるとは……どうやら、私が教える事は もうない様だ。 ――幼く無知で、勢いだけの実力が伴わなかった少年は、もうここには居ないという 事か。 古泉、そんな顔をするな。 「……」 無言で立つ古泉は、非難するのでも怒っているのでもなく、ただ……悲しそうな顔を していた。 もう気づいているだろうが、私はお前を騙していた。その事について弁明する言葉は ない。殴りたいのであれば殴ってくれても構わない。 そう私が言っても、古泉はただ私を見ているだけ――これなら、殴られた方がまだ気 が楽かもしれないな。 沈黙が苦痛に変わってきた頃になって、ようやく古泉は口を開いた。 「森さん。僕には貴女がわかりません」 ……。 「機関の情報を調べました。涼宮さんを誘拐した事に関して、機関は何も知らされてい ませんでした。怪我をした同志も居ない、世界の再構築が機関の意向だという話も作り 話……貴女は、いったいどんな目的があってあんな事をしたんですか!」 ……。 「古泉さん違うんです、園生さんは貴方が思っている様な……」 無言でいる私に代わって話をしようとする江美里さんを、私は手で制した。 いいんです、伝えなくても。……古泉、私の予想では、お前はこの件に関して深入り しないと思っていた。 「僕もそのつもりでした。ですが、一つ気になった事があるんです」 気になる事? 「ええ、僕自身の事です」 そう言って古泉は自分の頭に手を当てる。 「僕の記憶の中では、貴女と僕は色んな場所へ出かけています。しかし、その記憶はど こかへ行ったという事実だけで、そこで何をしたのかは全く思い出せないんです。最初 は僕の思い違いなんだと思いました。ですが、それだけではどうしても納得出来ないん です。機関の意向であるという貴女の言葉を疑ったのは、それがきっかけでした」 ――まさか、2度も使う事になるとは……私は古泉に何も答えないまま、右手の掌に 小さな金属の塊を精製した。 それはイメージした形へと変化し、冷たく重い金属――小さな銃へと姿を変える。数 秒後、自分に向けられた私の手に銃が握られているのを見て、古泉は体を硬直させた。 銃口の先に古泉の額を定めて、そのまま口を開く。 古泉、いい男になったな。 「え?」 私が次にお前に会う時……その時は全てを話そう。約束する。 「森さん、貴女は――」 さよならだ、古泉。 ――これは私の規定事項。 私はトリガーを引き、掌に収まった小さな銃は弾倉に残っていた最後の弾を音もなく 吐き出す。 弾丸は光となって一瞬で目標を貫き――桜の花びらが舞う中、古泉は倒れた。 新川、すまないが。 「ご心配なく、うまく処理しておきます」 ……頼んだ。 「本当に良かったんですか? 何も伝えなくて」 新川に担がれて古泉もこの場を去り、私は江美里さんと2人っきりになっていた。 いったいどんな理由があるのかわからないが、この宇宙人は私と古泉の関係が気にな っているらしい。 まるで自分の事に様に彼女は辛そうな顔をしている。 伝える必要はありません。古泉とは、また会う事になりますから。 「……ですが、彼の記憶にあった貴女との思い出は消してしまったんでしょう?」 はい。今度は出会った時から全ての記憶を消しました。 「……それでは……それでは貴女の思いは……」 なるほど、彼女の杞憂の正体がやっとわかった。 江美里さん、あいつは違うんです。 「え?」 私が最初に恋した古泉は、あいつではありません。 「え? それっていったい」 続きは……そうですね、また――年後に会った時にお話ししましょう。どこかゆっく り出来る場所でお茶でも飲みながらね。父に美味しいお菓子を焼かせます。 「ま、待って!」 それでは、また。 はじめて見る彼女の戸惑った顔を目に焼け付けながら、私はこの時代に別れを告げた。 涼宮ハルヒの愛惜 ~終わり~ その他の作品
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ハルヒ わがSOS団も、本日より番長制を導入するわ。 キョン なんだ、番長制ってのは? ハルヒ そして東京23区計画に打って出るわ! キョン クロス慣れしてないのは分かるが、向こうの話はもっと先に進んじまっているぞ。 ハルヒ というわけでキョン、あんたは「おつかれ番長」ね。 キョン おまえなりに、ねぎらってくれてるのかもしれんが、全然うれしくない! ハルヒ で、古泉君は「きくばり番長」にしようかと思ったけれど、それじゃあんまり面白くないから、期待通り「腹黒番長」よ。 キョン だから、誰の期待だよ? ハルヒ そして、みくるちゃん、あなたは「巨乳番長」よ。いまさら言うまでもないけれど。 キョン こっちも今更だがな、会社でそれを言ったら、ど真ん中ストレートのセクハラだぞ! ハルヒ 最後は有希ね、悩んだけど「微乳番長」で行きましょう。 キョン もっと長門の特性を汲んでやれよ! 仲間だろ? おまえリーダーだろ? ハルヒ じゃあ、「無口番長」はどうかしら? キョン なんだよ、そのうわっつらなネーミングは? 少しは考えろ! ハルヒ 決まりね。 キョン どこで、どうして、決まったんだ、今のは? 長門 なんと呼ばれても関係ない。私はここにいる。 キョン ああ長門、せっかくのいいセリフなのになあ。うう。 ハルヒ さあ、みんな、頑張って行きましょう! キョン ちょっと待った。ハルヒ、おまえは、ナニ番長なんだ? ハルヒ 何って、あたしは団長よ。 キョン みんなが番長になったのに、おまえだけ団長のままなのかよ? ハルヒ だってあたしが団長やめたら、SOS団はどうすんのよ。リーダーを失って迷走しちゃうじゃないの。 キョン いろいろ言いたい事はあるが全部言えないことなのが悔しいが、だったら兼任しろ。SOS団団長と、ナンタラ番長を。 ハルヒ いいわ。じゃあ、キョン、あんたがあたしにふさわしい番長ネームを考えなさい! キョン 番長ネームとは違うと思うが。うーむ。 ハルヒ 人にあれだけケチつけといて、つまらないのだったら死刑よ! キョン くそ、オチを押し付けてやろうと思ったのに、返し技をくらっちまった。……ツ○デ○番長、いや、平凡すぎる。……ポニ○番長、いや、集中しろ、おれ。 ハルヒ どうしたの、キョン? 早くしなさい。 キョン う、うるさい。おまえなんかな、愛妻番長で十分だ!! 長門 安易な駄洒落。絶句。 みくる も、悶絶ですぅ。 古泉 あ、あなたって人は……。 ハルヒ 刑は既に言い渡してあるわね。キョン、あんた死刑よ! いいえ、団長に恥をかかせた罪、万死に値するわ!! キョン オチは自爆オチかよ!!
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俺たちは森さんたちのいる場所へ無事に戻り、帰還の準備を始めていた。 しかし、ここに来てやっかいな事実が露呈する。ハルヒの足が動かないということだ。 何でも朝比奈さん(長門モード)に確認したところによると、2年近く部室に拘束状態にされ、身動き一つ取れなかったらしい。 そのためか、身体の一部――特に全く使えなかった足に支障を着たし、自立歩行が困難な状態に陥っていた。 そんなハルヒの足の状態を、新川さんに調べてもらったわけだが、 「大丈夫でしょう。外傷もありませんし、リハビリをすればすぐに元通りになるレベルかと」 という診断結果を聞いてほっと胸をなで下ろす。ちなみに、拘束状態にだったはずのハルヒが 何で神人に捕まっていたのかというと、朝比奈さん(通常)が説明してくれたんだが、 「ええとですね。突然、部室にキョンくんが現れたんです。そして、涼宮さんの拘束をほどいてくれて――」 「こらみくるちゃん! それは絶対内緒っていったでしょ! それ以上しゃべったら、巫女さんモードで 一週間登下校の刑にするからね!」 「ひえええええ! これ以上はしゃべれませんんん」 で、強制終了だ。まあ大した話じゃなさそうだし、朝比奈さんのためにもこれ以上の追求は止めておくか。 空を見上げると、この辺り一帯はまだ灰色の空に覆われているが、地平線はほどほどに明るくなりつつあった。 古泉に言わせれば、閉鎖空間があまりに巨大化していたので、正常になるのにも少々時間がかかるのだろうとのこと。 ってことは、外に脱出するまでしばらく時間がかかるって事か。面倒だな。その間、奴らも黙って見てはいないだろう。 「とりあえず、この場所にとどまっているのは危険です。できるだけ早く閉鎖空間から脱出できるように、 こちらも徒歩で移動します」 森さんの決定。ハルヒは新川さんが背負っていってくれることになった。ハルヒも自分の身体の状態をよく理解しているらしく、 快く了承している。 と、新川さんに背負われたハルヒが俺の元に寄ってきて、 「ちょっと聞きたいんだけどさ。その――外はどうなっているの? ずっとこんなところに閉じこめられていたから……」 ハルヒの問いかけに、俺はどう答えるか躊躇してしまった。素朴な疑問なのか、全世界の憎しみを背負わされていることに 感づいているのか、どちらかはハルヒの表情からは読み取れなかった。 しばらく考えていたが、俺は無理やり笑顔を取り繕って、 「色々あったが、何とか平常を取り戻しつつあるよ。それから、お前の事は世界中が知っている。 この灰色の世界の拡大を止める鍵であるってな。救世の女神様扱いさ」 「そう……よかったっ!」 ハルヒの100Wの笑み。これを見たのもずいぶん久しぶりだな。 あっさりと納得してくれたのか、ハルヒは元気よく腕を振って、さあ行きましょう!と声を張り上げている。 その様子を見ていたのか、古泉が俺の耳元で、 「いいんですか? いざ外に出たらすぐに嘘だとわかってしまいますが」 「……嘘は言ってねえよ。ハルヒが個人的な理由でこんな大混乱を引き起こしたどころか、死力を尽くして、 被害の拡大を抑えていたんだからな。閉鎖空間だって、奴らを閉じこめる一方で無関係の人を巻き込まないようにするのが 目的だったんだ。自覚があったのかは知らないが。間違っているのは世界中の人々の認識の方さ。 だったらそっちの方を正してやるべきだと思うぞ」 はっきりとした俺の返答に、古泉は驚きを込めた笑みを浮かべ、 「あなたの言うとおりです。修正されるべきは、機関を含めた外野の方ですね。その誤解の解消には及ばずながら僕も全力を 尽くしたいと思います。ええ、機関の決定なんて気にするつもりもありません」 「頼むぜ、副団長殿」 俺がそう肩を叩いてやると、古泉は親指を上げて答えた。何だかんだで、こいつもすっかり副団長の方が似合っているよな。 俺も団員その1の立場になじんでしまっているが。 「では出発しましょう。そろそろ、敵も動いてくるでしょうからね」 古泉の言葉に一同頷き、徒歩での移動を開始した。 ◇◇◇◇ 俺たちは山を下り、市街地へと足を踏み入れる。今のところ、奴らが仕掛けてくる様子はない。 だからといって、和気藹々とピクニック気分で歩くわけにも行かず、張りつめた雰囲気で足を進める。 ……自分の彼女を自慢しまくる谷口と、それに疑惑と悪態で応対し続けるハルヒをのぞいてだが。 ちょうど、俺の隣には朝比奈さん(長門モード)が歩いていたので、この際状況確認を兼ねていろいろと話を聞いている。 「で、結局連中の正体はわかったが、奴らはこれからどうするつもりなんだ?」 「わからない。ただ、彼らの涼宮ハルヒへの執着心は無くなることはないと考えている」 まるでストーカーじゃないか。しかも、面倒な能力を持っている奴らも多いとなると、たちが悪いな。 と、ふと思い出し、 「そういや、連中はハルヒの頭の中を一部だけ乗っ取っていたんだろ? あれはまだ継続しているのか?」 「その状態は、わたしたちという鍵がそろった時点で解消された。意識領域の一部に発生した欠損をあなたの存在が埋めたから。 今ではわたしの介入もなく、彼女は自力で自我を保っている」 なら少なくても何でもできるような力はなくしているって事だな。だが、待てよ? ハルヒの能力を得る前の状態でも お前の親玉にアクセスできるような連中がいたなら、そいつらはまだ得体の知れない力が使えるって事か? 「情報統合思念体への不正アクセスは、彼らからのアクセス要求経路が判明した時点で使用できなくしている。 現状では彼らは情報統合思念体を利用できないと考えてもいい」 なるほどな。もう奴らもすっかり普通の人間の仲間入りってことか。 だが、そんな状態なのに、まだハルヒをどうこうできると思っているのか? 「【彼ら】はもう涼宮ハルヒなしには存在できない。少なくとも彼らはそう考えているはず。 だから能力があろうが無かろうが、彼らは涼宮ハルヒを手に入れることしか考えられない」 「……奴らに無駄だとわからせる方法はないのか?」 「きわめて難しい――不可能と断言できると思う。彼らの自我もまた統一された情報に塗り替えられ、涼宮ハルヒと接触する前の 記憶が残っているかどうかすらわからない。例え脳組織の情報から涼宮ハルヒという存在を抹消しても、人格すら残らないだろう。 それほどまでに彼らは狂ってしまっている」 長門は淡々と説明してくれたが、全身からにじみ出している感情は明らかに負のものだった。 ハルヒに責任はないが、彼らもまた得体の知れない情報爆発とやらの犠牲者なのかも知れない。 ただ、それでもハルヒを「手段」として扱い、あまつさえ俺たちの事なんてどうなってもいいと思っていたんだ。 その点を見るだけでも、同情の余地は少ないと思う。 「ん、そういやハルヒは自分の力について自覚しているのか? これだけの大事になってもまだ気が付かないほど 鈍感でポジティブな思考回路をしているとは思えないが」 「はっきりとは明言していない。涼宮ハルヒ本人も自分が普通ではないと言うことは理解しているが、 完全に把握できていないと推測できる。ただし、自分がやるべき事は理解しているはず。だからこそ、混乱状態にもならず 自分がすべき事を実行している」 なるほどな……理解することよりも、まずこの状況をどうにかすることが先決だと考えているって事か。ハルヒらしいよ。 そんな話をしばらく続けていたが、ふと先頭を歩く森さんが歩みを止めたことに気が付く。俺たちの左側には民家が並び、 右隣には小さな林が広がっていた。民家の方はそれなりに見通しが効いたが、林の方は薄暗い閉鎖空間のため、 夜のようにその中はまっ暗に染まり、林の中がどうなっているのか全く見えない。 ――パキッ。 俺の耳にははっきりと何かが折れる音が聞こえた。閉鎖空間内にいるのは、俺たちをのぞけばあいつらだけだ。 「……全員、身を伏せて物陰に隠れて」 森さんの冷静ながらとぎすまされた声が響く。俺たちは一斉に民家の物陰に身を隠す。新川さんも一旦ハルヒをおろし、 俺のそばに置いた。ハルヒは持ち前の鋭い眼光で林の方を睨み続け、朝比奈さんは長門モードになっているらしく、 平静さを保っている。 俺も銃を構えて、林の方を伺い続ける。野郎……どこにいやがる。とっとと出てこい…… 唐突だった。俺の背後にあった民家の屋根が爆発し、そこら中に残骸が降り注いだ。同時に林の中から、 あの化け物と化した連中の大群が津波の如く押し寄せ始める。 「撃ち返して!」 森さんの合図を起点に、俺たちは化け物の群れにめがけて乱射を始める。耐久力はないようで、一発命中するだけで どんどん倒れ込んでいった。しかし、数が多い! 撃っても撃ってもきりがない。 さらに、少数ながらこっちにも銃弾が飛んでくるようになってきた。向かってくる全員ではないが、 ちょくちょく銃らしきものを撃ちながら、こっちに走ってくる奴もいる。国連軍から奪ったものを使用しているのかもしれない。 押し寄せ続ける敵に対して、特に森さんたち機関組が前に出て、敵を次々と倒していく。ん? 新川さんの姿が見えないが、 どこに行ったんだ? しばらく撃ち合いの応酬が続いたが、突然林の方から新川さんが現れたかと思うと、こっちに向けてダッシュしてくる。 そして、見事な運動神経で敵の手をかいくぐりつつ、俺たちの元に戻ってきた。 「首尾は!?」 「全く問題ありませんな。タイミングの指示をお願いします」 「わかりました。合図はわたしが出します!」 そんな森さんと新川さんのやりとり。何だかわからないが、とりあえず任せておくことにしよう。 こっちの攻撃に対して有効だと悟ってきたのか、飛んでくる敵の銃弾の数が増えてきた。俺の周りにも次々と命中し、 壁の破片が全身に降りかかってきた。当たらないだけラッキーだが。 そんな状況が続いたが、突然黒い化け物の群れの数が激増した。津波どころか、黒い壁がこっちに向かってきているように 見えてしまうほどだ。 そこで森さんの指示が飛ぶ。 「全員、身を隠して! 新川、お願い!」 全員が一気に身を伏せるなりすると、同時に林の方で数発の爆発が発生した。 どうやら新川さんが地雷か何かを仕掛けていたらしい。全くとんでもない人たちだよ、本当に。 「本部に連絡が取れるかどうか確認! 可能なら航空支援の要請を!」 さらなる森さんの支持に、谷口が国木田から引き継いでいた無線機で連絡を試み始める。 爆発のショックか、一時的に奴らの動きは止まったが、程なくしてまたこちらへの突撃を再開した。俺はできるだけ弾を無駄に しないように的確に奴らを仕留めていく。 発射!という森さんの次の指示に多丸兄弟が肩に抱えたロケットランチャーを発射した。そういや、プラスチックでできた 重さ数百グラムの携行式のもの持っていたが、ようやく出番になったか。弾頭が林の入り口付近にいた化け物に直撃し、 周りを巻き込んで吹っ飛ぶ。 一方の谷口は無線機で呼びかけを続けていたが、どうやらつながってくれないらしい。ダメだという苦渋の表情に加えて、 首を振っているのですぐわかった。 森さんはそれを確認すると、手榴弾を投げ始めた。釣られて俺たちもそれに続く。ロケットランチャーに続いて、 手榴弾も次々と炸裂していく状況に、奴らの突撃の速度がやや鈍ったのがはっきりとわかった。 すぐにそれを好機と見た森さんは、 「後退します! あなたたちは涼宮さんを連れて先に行って、残りの者はラインを保ちつつ、ゆっくりと後退します!」 そう言って俺と谷口、古泉にハルヒたちを連れて行くように指示を飛ばした。森さんたちを置き去りにするようで気分は悪いが、 ここでまたハルヒをあいつらの手に渡すわけにはいかない。 俺はハルヒを背負って――とすぐに思い直して、ハルヒの身体を肩に抱えるように持ち上げた。 「ちょっと、どうしてこんな不安定な持ち方するのよ! これじゃあんたも動きづらいでしょ!」 「背負ったら、俺に向かって飛んでくる弾がお前にあたっちまうだろうが!」 そう怒鳴りながら住宅街の中めがけて走り出す。隣には朝比奈さん(長門モード)がちょこちょこと付いてきて、 俺の背後を谷口と古泉が守ってくれていた。 100メートルほど進んで、一旦立ち止まり森さんたちの援護を始める。まだ林の前で奴らを食い止めていた機関組だったが、 やがて俺たちの援護に呼応するようにゆっくりと後退を始めた。 だが、奴らもそれを黙ってみているわけがない。こっちが引き始めたとわかるや、また怒濤の突撃を再開してきた。 さらに、どこから持ち出してきたのか知らないが、ロケット弾のようなものまで飛んでくるようになる。 命中率が酷く悪いところを見ると、ろくに使い方もわからずに撃ちまくっているみたいだ。 この後、しばらく同じ動きが続いた。まず俺たちが数百メートル後方まで移動し、その後、俺たちの援護の下森さんたちが 後退する。だが、どんどん連中の数が増えるのに、こっちの残弾は減る一方だ。すでに前方でがんばっている多丸兄弟は 自動小銃の弾を撃ちつくし、今ではオートマチックの短銃で奴らを食い止めている。ただ、幸いなことに外側と ようやく連絡が取れて、すぐにこっちに援護機を出してくれることになった。 だが、下手な鉄砲でも数撃てば当たると言ったものだ。ついに多丸圭一さんに被弾し、地面に倒れ込む。 隣にいた新川さんが手当をしようと試みるが、どんどん激しさを増す銃弾の嵐にそれもままならない。 「助けないと!」 ハルヒの叫びに反応した俺は、すぐさま飛び出そうとするが、古泉に制止された。同時に森さんからの指示が 無線機を通して入ってくる。 『こっちはいいから先に逃げなさい! あとで追いかけます!』 いくら森さんたちでもけが人一人抱えながら後退なんて無理に決まっている。こんな指示には従えねえぞ! 俺はそれを無視して、古泉を振り切ろうとするが、 「ダメです! 指示に従ってください!」 「ふざけるな! 森さんたちを見捨てろって言うのかよ!?」 そうつばを飛ばして抗議するが、古泉は見たことのない怒りの表情を浮かべ、 「バカ言わないでください! 森さんたちがこんな事で死ぬわけがありません! 死んでたまるか!」 あまりの迫力に俺は何も言い返せなくなってしまう。古泉はすっと苦みをかみつぶした顔つきで、森さんたちの方を見ると、 「根拠がないって訳じゃないんです。敵にとっての目的は涼宮さんただ一人。そして、閉鎖空間が崩壊するまで あまり時間がありません。相手にしても価値のない森さんたちは無視してこちらに向かってくるはずです。きっとそうです!」 俺は古泉の言い分に納得するしかなかった。確かに、超人じみた森さんたちの能力を見くびってはならない。 大体、あの人たちがピンチになったからと言って、凡人である俺に救えるのか? 傲慢もほどほどにしろ。 なら俺にできることをやったほうがいい。 二、三度頭を振るうと、俺は古泉に頷いた。ハルヒを連れて行く。今俺ができることはそれで精一杯だ。 「おいキョン! 見てみろ!」 谷口が指している方角をみると、小高い丘の上がゆっくりと明るくなって来ている。閉鎖空間の外側はもうすぐだ。 あの丘の向こう側にそれがある。 俺はまたハルヒを抱えると、丘めがけて走り出した。いい加減、足もふらふら息も限界に近づいているが、 そんなことは気にしている余裕すらない。 丘の前を走っている川を渡ると、背丈ぐらいまである草を払いながら丘を登り始めた。古泉たちも俺に続く。 ふと、背後を振り返ると、森さんが川の前まで走ってきて、自動小銃の弾が尽きたのか短銃を敵めがけて撃っていた。 新川さんと多丸裕さんも姿もなくなっている。くそ、何にもできない自分が腹立たしい。 「森さん! 受け取ってください!」 古泉がそんな森さんに向けて、自分の自動小銃を放り投げた。すぐさま、余っていたマガジンも全て投げる。 ――その時、自動小銃をキャッチした森さんの顔は、距離が離れているためはっきりとは見えなかったが、 優しげに微笑んでいるように見えた。だが、すぐに俺たちに背を向けると、敵めがけて撃ちまくり始める。 その時だった。 「うぐおわっ!」 足に受けた強い衝撃で俺の口から自然と飛び出た情けない悲鳴とともに、ハルヒごと地面に倒れた。 見れば、左足のふくらはぎに銃弾が命中したらしく、ズボンの中からダクダクと血が噴き出している。 「キョン大丈夫!? ちょっと待っててすぐに手当てするから!」 ハルヒは自分のセーラー服の袖を破ると、俺の太ももの部分をそれで締め上げ始めた。傷口を押さえるよりも、 根本で血の流れを止めた方がいいと判断したんだろう。さすがにこういうことには完璧な働きをしてくれる。 そして、出血が少なくなったことを確認すると、再度ハルヒを肩にかけ、朝比奈さん(長門モード)の肩を借りつつ、 丘の上目指して歩き始めた。背後では古泉と谷口が何とか敵の動きを食い止めている。 「もうちょっと……だ!」 「キョン! もう少しで丘の上よ! がんばりなさい!」 ハルヒの励ましに、俺は酸素と血液不足で意識がもうろうとしながらも、丘を登り続ける。 ふと、背後を振り返ってみると、すでに奴らは小川を渡り始めていた。まだ距離はあるが、俺の足がこんな状態だと すぐに追いつかれるぞ。 「行け行けキョン! とっとと行け!」 絶叫に近い谷口の声。あいつ、あれだけへたれだったのに、ずいぶん男らしくなったもんだな。 昔だったら、危なくなったら真っ先に逃げ出していたタイプだったのによ。 そんなことを考えている内に、俺はようやく丘の上に出ることができた。そこからしばらく緩い下り坂が続いていたが、 その途中からまるで雲の切れ目のように光が差し込んできている。あそこが閉鎖空間との境界だ。あそこにたどり着けば…… 朝比奈さん(長門モード)に支えられながら、俺たちはゆっくりと丘を下り始める。 と、ここで谷口が丘の頂上にたどり着き、俺たちへ背を向けつつ撃ちまくり始める。だが、見通しの効く場所だったせいか、 一斉に銃撃が集中され、谷口の身体に数発が命中した。悲鳴を上げることすらできず、谷口は地面に倒れ込んだ。 俺はしばらくそれを見ていたが、迷いを打ち消すように頭を激しく振って、 「朝比奈さん、長門! ハルヒを頼みます!」 そう言ってハルヒの身体を朝比奈さん(長門モード)に預けると、谷口に向かって足を引きずりつつ向かう。 背後からハルヒが何かを叫んでいたが、耳に入れて理解している余裕はなかった。 森さんたちとは違い、谷口も俺ともあまり大差ない一般人だ。このまま見捨てておけば、死んでしまうかも知れない。 それに、谷口の話を聞かされている以上、どうしても置いていける訳がねえ! しつこく銃弾がこちらに飛んでくるので、俺は地面に伏せて匍匐前進で谷口の元に向かう。すぐ近くからも発砲音が 聞こえてくるところを見ると、古泉がまだ応戦しているようだ。 ほどなくして、谷口のところにたどり着く。見れば、腹に数発の銃弾を受けて、出血が酷かった。 首筋に手を当ててみると、脈もかなり弱まっている。 「おい谷口! しっかりしろ! 死ぬな! 死ぬんじゃねえぞ!」 「ははっ……最期の最期で……ドジっちまったな……」 すでに声も力なくなっていた。まずい、このままだと消耗する一方だ! すっと谷口は俺の腕をつかむと、 「すまねえ……伝えておいて欲しいことがある……あの子に……あ!」 「聞こえねえぞ! 絶対に聞くつもりはねえ! いいか! 絶対に死なせねえぞ――お前が死ぬ気になっても俺が許さない!」 奴らの謀略で谷口の死を一度目撃した。あんな気持ちは2度とごめんだ! 遺言なんて糞食らえだ! 絶対に、どんな手を使っても死なせねえ! しかし、俺の言葉は谷口の命を奮い立たせるほどのものでもなく、次第に力がなくなっていくことがはっきりとわかった。 くそ――どうすりゃいい―― 俺ははっと思い出し、谷口のポケットから恋人の写真を撮りだした。そして、それを目の前に差し出し、 「いいか、谷口! おまえ、こんな可愛い子を置いていく気か!? お前みたいなスチャラカ野郎に惚れてくれるなんて 世界中探しても二人もいねえぞ! 当然、天国だか地獄でもだ! こんなことは奇跡と言っていい! ここであっさりと死んじまったら、お前は一生独り身だ! この子がお前のところに行くときには別の男がそばにいるかもな! そんなんでいいのか、谷口!」 とんでもなく酷い言いようだったが、さすがにこれには堪えたらしい。谷口は上半身を上げて俺につかみかかると、 「――嫌だ! 死にたくねー! 助けてくれキョン! 俺は――俺はまだ何も――!」 「ああ、いいぞ。そうやってずっと抗っておけ! 古泉、来てくれ!」 何とか谷口を奮い立たせることに成功したが、このままだと本当に死んでしまうことは確実。何とか、手当てをしてやらないと。 「今行きます!」 古泉はしばらく短銃を撃ちまくっていたが、ほどなくして俺のところへやってきた。 「どんな具合ですか? 手当は?」 「出血が酷くて、脈も弱いんだ。とてもじゃないが、血を止められそうにねえ」 「早く医者に診せないとまずいですね……!」 古泉もお手上げの状態だ。谷口は半べそかきながら、俺に死にたくないと懇願を続けている。 と、ここで谷口が持っていた無線機から、声が漏れていることに気が付いた。同時に、上空を数機の攻撃機が飛び交い始める。 ようやく来てくれたか! まだ閉鎖空間内だったのによくやってくれるよ。 古泉は無線機を取り、連絡を取り始める。数回この辺り上空を旋回後、自分たちのいる位置から北側に向けて 爆撃して欲しい。そんな内容だった。恐らく森さんたちに攻撃開始を悟ってもらうために、すぐには攻撃を仕掛けないのだろう。 古泉らしい冷静な配慮だと思った。 俺は古泉の指示通りに、発煙弾を自分たちのいる場所に置いて、位置を知らせる。 と、あの黒い化け物たちがかなり近くまで来ていることに気が付き、あわてて銃を撃って奴らを食い止めた。 無線機から、こちらの場所を確認したと連絡が入る。俺たち3人はそれぞれ頷き、攻撃を要請した。 その間も次々と奴らが迫ってきていたので、俺と古泉で必死にそれを食い止める。 ふと、脳裏に奴らのことが過ぎった。ハルヒの情報爆発によって何らかの影響をもたらされた人々。 それ自体は別に悪いことでもないし、むしろ巻き込まれたという点から見れば、かわいそうな部類に入るだろう。 だが、ハルヒに手を出そうとしたのは間違いだ。実際にハルヒのことを調査していたなら、あいつが自分の持っている力について 自覚していないことなんてわかっているはずだからな。理由は知らないが、ハルヒの意思を無視してそれを奪おうとした。 しかも、人間として扱わなく、自分の願望を叶えるための道具として扱おうとした。とても許せる話ではない。 何よりも、俺たちSOS団をバラバラにしようとした。そんなに叶えたい願い事があるなら、 こっちに穏便に接触してくればよかったんだ。最初から暴力的手段に訴えた時点で、お前たちは俺の敵だ! 容赦しねえぞ! ……やがて、低空で飛ぶ4機の攻撃機が俺たちの前を過ぎるように飛んできた。 死ぬなよ、森さんたち……! 神でも仏でも何でも良いから祈り続ける俺の目の前を爆弾が投下され、辺り一面大地震のような地鳴りと熱風が吹き荒れる。 丘や民家一帯にいたあの化け物たちは、次々と爆風と炎に呑まれ、倒れていった。 「キョンっ!」 爆撃が一段落した辺りで、ハルヒの声が聞こえた。振り返ってみれば、朝比奈さんに抱えられたハルヒの姿がある。 そして、上空からバタバタと大きな音が響き渡ってきた。ヘリが数機、俺たちの上空をかすめて飛んでいる。 ここでようやく気が付いた。空の色が、あの閉鎖空間の灰色ではなく、雲一つ無い青空であることに。 ――俺たちは閉鎖空間を抜けていた。 ~~エピローグへ~~
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涼宮ハルヒの共学 何か胸騒ぎがする それもものすごくイヤなヤツが ゆっくりと窓の外を流れる見慣れた景色を眺めながら 俺は安易に単独行動をしてしまった 相変わらず行き当たりばったりの自分の行動力を悔んでいた 俺は今、鶴屋家差し回しの車の助手席に乗っていた 運転しているのはあまりよく顔を知らない、鶴屋家の使用人だった これが新川さんならば ものの1分もかからずに到着できるぐらいの近距離なのだが 鶴屋家の運転手さんはひたすらゆっくりと まるでリムジンでも運転するような丁寧さで車を走らせていた 鶴屋邸から長門のマンションまでは車ならそう遠い距離ではない なだらかな下り坂を下りていると、見慣れたレンガ造りのマンションが見えてきた もうすぐだぞ長門 ハルヒに古泉、朝比奈さん 早くみんなの顔が見たくて焦る 横道に逸れてしばらく走れば長門のマンションの入り口だ 少し安心してシートに座り直すと突然 全体にフィルターでもかけたように、長門のマンションがぼやけだした ????? これはいったい? 運転手さんもその状況に気付いたようで 「あれ?」とつぶやいてブレーキを踏んだ その直後だった バアーン! 激しい音がして車のボンネットに何かが叩きつけられた 思わず自分の顔を両手で覆ってしまう 狭い道なのでそんなにスピードが出ていなかったこと 既にブレーキを踏んでいたこともあって ボンネットに叩きつけられてそのままゴロンと転がり落ちたその物体を車は跳ね飛ばさずに済んだ 慌ててドアを開けて外に飛び出した俺の前で倒れていたのは 北高のセーラー服を着て髪に黄色いリボンを巻いている女子 短いスカートがまくれ上がり、死んだようにピクリとも動かないそれは・・・ 涼宮ハルヒだった ハルヒ? 何でお前がこんな所にいるんだ? どこから落ちてきたんだお前??? 話は少しだけ過去にさかのぼる 俺たちが無事に2年生に進級し 我がSOS団は無謀にも新入部員募集などという不届きなイベントを繰り広げていた ハルヒの豪放磊落というのか、それとも傍若無人というのか 相変わらずコイツを現す四字熟語には不自由しないある日 部室にいつもいるはずのメンバーが一人足りないことに気付いたのもやっぱりハルヒだった SOS団の初期メンバーでもあり、唯一のまともな文芸部員で 元眼鏡っ子で無口で色白の薄幸の美少女、しかしその実態は この銀河を統括する統合情報思念体が調査のために派遣した対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェイスである(ちょっと一息) 要するに宇宙人が作ったアンドロイドの長門有希が欠席していた 慌てて長門に電話をかけるハルヒ 古泉も朝比奈さんも不安な表情で俺の顔を見ていた 「キョン!行くわよ!」 ああもちろんだとも 言われなくてもそうするさ あの長門が発熱して寝込むなんてあり得ない いや、あるとしたら理由ははっきりしている 例の天蓋領域とやらの侵略がまた始まったのだ メイド姿の朝比奈さんを大急ぎで着替えさせ 長門を除くSOS団一行は、足音も激しく北高を後にした 先頭をずんずん歩く団長の後を、俺たちが一団になって追いかける かわいそうな朝比奈さんはなかなか追いつけずにフゥフゥと息を荒げているが それでも泣き事などは全く言わない 朝比奈さんにもこの異常事態は十分分かっているはず そんな朝比奈さんの携帯がプルルルと鳴った 走りながら携帯を開いた朝比奈さんは小声でボソボソと話していたが すぐに電話を俺に渡してきた 「キョン君、電話です・・・」 ん?俺にですか? いぶかしく思いながらも携帯を受け取って何ですかと聞く 「ああキョンくん?ごめんだよっ忙しい所を! キョンくんの番号を知らないんでみくるにかけたわけさっ 手短に用件だけ言うね あのさ、例の超合金があったろう?うっとこの山に埋まってたヤツさ あれが今日なくなってるんだよっ!使用人が見つけたんだけど どうしようかなって思ってたんだけどさっ キョンくんにまずは連絡した方がいいと思って」 例の超合金?まさかオーパーツの事ですか? 「そうだよっ!あれあれ でも様子が変なんだよねっ 土蔵の鍵は開いてたけど別に壊された形跡もないし 他の物には一切手も触れてないみたいだしさっ 最初からあれだけを狙ってたような感じなのさっ だから警察に届ける前にキョンくんに知らせたってわけだ」 分かりました、俺がすぐ行きます その・・・警察に届けるのは少し待ってもらえますか? 「うん!いいよっ!最初からそのつもりだったからさっ」 俺は電話を切って朝比奈さんに返し 古泉に話しかけた ちょっと気になるんで鶴屋さんの家に行くから長門の事を頼む 「緊急事態ですか?」 いやまだ分からん それを確かめてくる 「僕もご一緒しましょうか?」 いやお前はハルヒと一緒にいてくれ まだ何が起こるか分からんし 起こるとしたらまずは長門の所だ 「分かりました。何かあったらすぐに連絡を下さい」 もちろんさ おいハルヒ 「あ?」 ちょっと俺は後から行くから 「どうしたの?」 ちょっと野暮用だよ すぐに合流するから 「あんた!有希よりも大事な急用なの?」 そんなことはない 長門も心配だけど、もしかしたら関係があることかもしれないから 「1人で大丈夫なの?」 ああ ちょっと見てくるだけだ 鶴屋さんの所だから1時間で往復できる それまで長門をよろしく頼む 「ふーん。よし分かったわ、早く行ってきなさい」 おいハルヒ 「何よ?」 SOS団を頼んだぞ 「あったりまえじゃないの!バカじゃないの?」 頼むぞ 「キョン!早く戻ってきてね」 思い返せば、このハルヒの一言もまた、何かの予感をしていたのだろうか 珍しく眉を伏せて、今駆け下りてきた道をまた走り出した俺の背中を見つめていた アップダウンの多いこの街の地形にもずいぶん慣れたつもりだったが イレギュラーな出来事にはすぐには対応できない 北高までの登り道を半分ほど登り、途中で折れてまっすぐ行った所にある 相変わらず犯罪的なお屋敷の長い塀を回り込み ようやく鶴屋邸の玄関に着いた時には俺の息は上がり、びっしょりと汗をかいていた 「ごめんねーこんな時に電話しちゃってさ、長門っちが熱出してるんだって?大 丈夫かなー」 俺はハアハアと荒い息をつきながら、とりあえず状況を聞いた 「さっき話したとおりなんだけどさっ、犯人はまるで最初からそれだけを狙って たみたいなんだよねっ。他の物には手も触れてないし、何であんなものに興味 があったのかなー」 鶴屋さんに案内されて、鶴屋家先祖代々の貴重な品が眠っている大きな土蔵の前に立った。 「何も動かしてないよっ、全部そのままにしてあるからっ」 確かに鶴屋さんの言うとおり、一見しただけでは泥棒が入った後とは思えない 乱雑に積み上げられた木箱やつづらなどがこじ開けられた形跡はなかった しかし入口付近にある小さな木箱だけが開けられていた 目撃者とかいなかったんですか? 「うん、使用人に聞いてみたんだけど、このあたりはあんまり誰もうろうろしな いからさ、鍵はおやっさんの金庫の中だし、おやっさんは夜まで帰って来ない から、誰かが鍵を持ち出す事もないと思うのさっ」 俺はしばらく考えたのちに鶴屋さんに頼んだ 心当たりはない事もないんですが、今はまだ話せないです でももしかしたら、何かの手がかりが見つかるかもしれないんで 俺が戻るまでは警察には知らせないでもらえますか? 「うん、分かったよっ!」 じゃあ後で電話します 必ず今日中に連絡入れますから 「うん。キョンくん」 はい? 「ハルにゃんをよろしくねっ!」 は? 「ハルにゃんはああ見えてもすっごく心配性なんだよっ みんなが元気でいられるように、ハルにゃんは必死なんだ そんなハルにゃんを元気にさせてあげられるのはキョンくんだけなんだからさっ」 はい 「頼んだにょろっ!」 いきなりの鶴屋さんの不思議発言だが この人にはある程度の予知能力のようなものが備わっているみたいだ 顔は明るく笑っているが、口調は真剣だった それが分かるので、俺も正直に答えた しばらく現場の状況をざっと確認してから、俺は鶴屋邸を後にした だんだん悪い胸騒ぎがしてくる 犯人は明らかにオーパーツだけを狙っている そしてオーパーツを狙うってことは、それがどんな機能を持っているかが分かっているはず そんな犯人の心当たりと言えば・・・ 長門が危ない 俺は直感的にそう思った 長門を寝込ませて力を封じ、その隙にオーパーツを使ってとんでもない事をやらかそうとしている そんな事をしそうな輩は地球上にそんなに多くはいない 俺はあの奇妙な長い髪をした不気味な少女 周防九曜の事を思い出していた さっき駆け上ってきた道を再び走り出してしばらく ようやく鶴屋邸の長い塀を抜けて住宅地を走っていると 人気の少ない交差点に止まっていたシルバーのワンボックスカーが静かに俺に近寄ってきた ただ長門のマンションに急ぐことだけを考えて他に頭脳が回らなかった俺は そのワンボックスカーが目の前に停まってスライドドアが開くまで、まさか自分の身に危険が迫っているとはよもや考えてもいなかった (同時刻、別の場所で) 「有希!有希!起きてるの?ねえ有希!開けてってば!」 涼宮ハルヒは鉄製のドアをガンガン叩き、近所迷惑な大声でわめいていた 玄関のオートロックの暗唱番号はあらかじめ聞いておいたものの、ドアを開けるには鍵が必要だ ドアを叩きながらわめくハルヒと、その横でオロオロする朝比奈さん そして少し遅れて古泉がエレベーターから出てきた 「今日は本当の緊急事態です、事情を説明して管理人から鍵を借りて来ました」 「古泉くん、早く開けて!」 古泉が長門の部屋の鍵を開け、ハルヒを先頭にドッとなだれ込んだ 「有希!有希!いるの?」 いつもの居間には長門の姿はなく、ハルヒは迷わずに奥の和室の襖を開けた そこには長門がいた ちゃんと布団を敷いて、静かに眠っている 「有希!大丈夫?熱はどうなの?ちゃんと薬飲んだ?」 「・・・・・・・問題ない、一過性のもの。寝てれば治る」 「みくるちゃん」 「ハイっ!」 「氷枕とか何でもいいから探して来て。それと古泉くん、もっとたくさん布団出 して」 「承知しました」 「有希、どうなの?つらくない?」 「・・・・・・・」 長門は力なく横たわったまま、布団の胸の部分だけが静かに上下している すぐに古泉が何枚かの布団を引っ張り出し、小さな長門に積み上げた 朝比奈さんはビニール袋に冷蔵庫の氷を詰め、濡らしたタオルも持ってきた 「有希、しっかりしなさいね。みんなここにいるから」 長門は薄く目を開き、ゆっくりと左右を見た 「・・・・・・」 その仕草でハルヒはすぐに、長門が探しているものを理解したようだ 「キョンならすぐに来るわ。ちょっと寄り道してるだけだから」 「・・・危険・・・彼が危険・・・」 「有希?」 「・・・・・・行かないと」 「有希!ダメよ動いちゃ!キョンはすぐに来るから もうしばらく寝てなさい!」 「・・・・・・」 長門は無理やり体を起こそうとしたが、すぐに力なく崩れ落ち ハルヒの手で再び寝かされた 「古泉くん、どう思う?」 「かなりの高熱ですね、救急車を呼んでもいいのじゃないでしょうか?」 「そうね、みくるちゃん、119番して」 朝比奈さんが居間にとって返し、受話器を持ち上げてプッシュボタンを押した (再びキョンの時間に) 俺のすぐ脇に停車したワンボックスカーのスライドドアが開き 声を上げる暇もなく、何本かの腕が俺を車内に引きずり込んだ 何事かをわめこうとしたがすぐに口をタオルのようなもので抑えられた 精一杯の抵抗のつもりで肘を張って暴れてみるが、その腕は誰にも当たらなかった 「じっとしてな。危害は加えん。ただちょっとおとなしくしてくれたらいいんだ」 俺の足がまだ空中にあるうちに車は再び走り始め、その後でスライドドアが閉められた 何だ?この展開は? 誘拐?この俺が誘拐だと? 今年の冬に朝比奈さんが誘拐されかけた、あのおぞましい経験がよみがえっていた まさかこの俺が誘拐されるとは? 俺に押し付けられたタオルはただの猿轡で 麻酔薬がしみこませられたりはしていない 走っている車の外の景色がすさまじい速さで流れていく その時、ドバーンと大きな音がして、俺は前方に投げ出された 前の座席のシートに叩きつけられ、肺じゅうの空気が一気に絞り出された 車の足元にゴロゴロと力なく転がっていると、2回目の衝撃が来た 今度は後ろから何かが追突し、俺を襲った誰かの足に体当たりした 「村上だけ残れ、後は出て応戦しろ」 誰かのそんな声が聞こえ、再びスライドドアが開いた 俺は座席の足元にうずくまり、外の様子が全く理解できない 苦労して起き上がろうとすると、誰かに頭を押さえつけられた 「いいからじっとしてろ」 ドスのきいた声でそう言われ、固い靴の底で頭をグリグリと転がされる いったいどうなってるんだ? この状況は? アドレナリンが強烈に噴出する頭の中で必死で考える 俺は誘拐されかけていた その車に何かが衝突した そして何人かが飛び出して行った ようやく自体が飲み込めてくる 俺を誘拐するグループと言えば心当たりは少ない いつぞや朝比奈さんを誘拐してカーチェイスをした時の連中だ と言うことは、衝突した車に乗っているのは俺を助けようとしてくれている連中 まさか? 混乱する状況を必死でまとめようとしていると、突然外から声が聞こえた 「彼を放しなさい!」 この声は・・・やっぱり・・・ 俺を見張るように言われていた村上と名乗る男がすかさず反応した 固い金属の棒のようなものを俺の後頭部に押し当て 「動くとこのガキを撃つぞ」 撃つってまさかおい 俺の頭に突きつけられているのは・・・銃? 外からの声はさらに続く 「撃ちたいのならお好きにどうぞ。でもその後どうなるかを理解していますか ?こちらも武装はしています。彼を守るためなら発砲は辞しません」 「くそっ」 村上という男は俺の頭を引きずり上げ、おかげで俺は外の情景を見ることができた 開け放たれたドアの前に立っているのは 予想通り古泉の所属する機関のグループ そのリーダー格と思われるスーツ姿の美しい女性 森園生さんだった やはりあの時の艶然とした微笑でひたと村上に視線を据え その手に持っているのは拳銃だった 「撃たないのですか?」 俺の頭を鷲づかみにしている村上の手はぶるぶると面白いように震えている やはりこんなチンピラと森さんでは全く格が違う 森さんは無造作に車内に踏み込んで来て村上の銃を奪い取った 最後の抵抗とばかりに村上は手を振り上げるが すさまじい笑みを浮かべたままの森さんは軽くその手を捻り グギッという鈍い音とともに村上を車の外に投げ飛ばした 合気道か何かの奥義なのか、右手で拳銃を構えたままで 森さんは村上を一瞬で気絶させてしまった 「さあ早く、まずは脱出です」 森さんに手を取られて俺は必死で車から降りた 車3台による壮絶な衝突事故の現場で、数人が取っ組み合いをしていた おそらくこいつらは機関のメンバーと、そして俺を誘拐しようとした橘京子の所属する集団だろう 多丸兄弟とおぼしき2人もいた 「ひとまず鶴屋邸へ」 そう言って森さんは俺の手を取ったままで走り出す 俺より速い森さんの俊足に必死でついて行ったが、すぐに俺の背後でダアーンと鋭い銃声が響いた 俺の耳元を熱い空気がかすめ、1発の銃弾が森さんの背中に命中した もんどりうって森さんは倒れ、俺も釣られてゴロゴロと地面を転がった も、森さん! 倒れ込んだ2人の後ろからタタタタと駆けてくる足音が聞こえる 俺は起き上がろうと必死でもがく 森さんは倒れたままピクリとも動かない 迫る足音が目前に迫った時、頭上から鋭い声がした 「ちょい待ち!そこまでなのさっ!」 それは鶴屋さんの声だった 事故の音を聞きつけたのか、それとも銃声を聞いたのか まだ北高の制服を着たままの鶴屋さんが走って来る賊をにらみつけていた 追いかけてきた2人は鶴屋さんを見てピタリと足を止めた 「ここで騒ぎを起こすとはいい度胸だね、それなりの覚悟はしてるのかなっ? それとも私を知らないにょろか?」 「・・・・・・」 「車は放っといていいからさっさと失せた方が身のためだよっ すぐに警察がやってくるのさっ」 男2人は顔を見合わせていたが、やがて来た方に走って逃げた ようやく起き上がった俺の目に、新たに近づく人影が見えた 「あなたも早く逃げるがいいさっ」 その人は機関の人間、新川さんだった 「すでに全員撤退の指示は出しました 森の様子を見たいのですが」 「じゃああんただけ許そうっか ここに置いとくわけにもいかないしね うちまで運ぶの手伝って」 鶴屋さんと俺、そして新川さんの3人で、動かない森さんを担いで運んだ ようやく鶴屋邸に入り、新川さんがすぐに処置を始めた すでにパトカーのサイレンが狂ったように走り回っている 新川さんは森さんのスーツの上着を脱がせ、無造作にブラウスも引きちぎった 森さんの真っ白な柔肌がむき出しになり、 おびただしい出血とともにむごたらしい傷跡が・・・・・・残っていない 森さんは防弾チョッキを身に着けていた 上着とブラウスを簡単に突き破った銃弾だが、防弾チョッキにはかなわなかった 平べったく潰れた銃弾は紺色の繊維質に阻まれて 森さんの素肌は青いアザができているだけだった 「ただの打撲ですね、もしくは骨にヒビが入った程度でしょう」 すぐに森さんが大きく息を吐き、意識を取り戻した 「無事・・・でしたか」 すみません森さん 俺のせいでこんなことに 新川さんに助け起こされた森さんは 透き通るような微笑を浮かべたままで言った 「大丈夫です。万一に備えてありますから 私たちはあなたと涼宮さんを守るためならいつでも覚悟はできています さあ、もうここには用はないはずです 涼宮さんを守ってあげて下さい 古泉とともに・・・」 分かりました 俺が立ち上がると森さんは最後にこう言った 「涼宮さんはあんな性格だからあなたにはまだ理解できないでしょうけど、 あなたをとても頼りにしているはずです 今あなたと離れて一番心細いのは涼宮さんです 早く行ってあげて下さい そして、大事にしてあげて下さい」 ちょっとドキッとする森さんの言葉だったが 今はその意味について深く考えている場合ではない 鶴屋さんと森さん、そして新川さんに頭を下げると、俺は走り出そうとした 「ちょい待ちキョンくん!うっとこの車に乗っていくといい さっきみたいなことはもうないと思うけどね、でもその方が早いからさっ」 鶴屋さんはてきぱきと使用人に指示を出し 森さんを部屋に運ぶことと車を用意すること そしてさっきの銃撃戦についてきつく緘口令を言い渡した 玄関の前に現れた高級車に乗せられた俺はもう一度鶴屋さんに頭を下げた 「キョンくん、ハルにゃんをよろしくねっ! それと・・・言っていいのかどうか分からないけどね・・・ ハルにゃん、結構いろんな事知ってるよっ」 えっ? 「みんなの事だよ 何か不思議な事がめがっさ起こってるって ハルにゃんの知らない所で みんなが何かしてるんだろうなって」 本当ですか?鶴屋さん? 「後は直接確かめたらいいさっ!ハルにゃんにねっ!」 鶴屋さんはそう言ってドアを閉め、車は走り出した (再び同時刻、別の場所で) 「涼宮さんっ」 「どうしたのみくるちゃん?」 「電話が・・・電話が通じません・・・」 「ん?それはどういうことでしょう?」 古泉が素早く立ち上がり、朝比奈さんから受話器を受け取った 通話ボタンを押しても発信音がしない 「これは・・・?」 その時、部屋の中が一瞬真っ黒になり、まるで夜の闇のようになった 部屋の内外で聞こえていた雑音も消え、長門の部屋は沈黙に閉ざされた 「ふわぁぁぁっ」 「ななな何よこれは?古泉くん?どういう事?」 古泉が口を開くよりも早く、暗闇に何かが浮かび上がった ぼんやりとした影はすぐに凝集し始め、やがて4つの人間の形を作った 素早く古泉が前に出て、ハルヒと朝比奈さん、そして眠っている長門をかばうように立った いつものニヒルな笑顔の面影は全くない 古泉のこめかみからタラリと汗が流れ落ちた 現れた4人はもちろん あの時突然出現した集団だった 「・・・・・・・・・ここは・・・・・・暗い・・・・・・気持ちが悪い」 いち早く口を開いたのは周防九曜だった 実体化するが早いか、長門が寝ている和室に踏み込み、ひたと視線を長門に据えた 「かわいそうな寝顔・・・・・・こんな世に生まれなければ、1人の姫として暮らせたものを・・・・・」 「それ以上近づかないで下さい」 古泉が素早く割って入る 「周防さん、まずは話し会いましょう」 そう声をかけたのは4人組のリーダー、勝手に神に祭り上げられてしまった佐々木だった 「・・・・・・かわいそう・・・食べてあげたい・・・・・・」 周防九曜は長門から視線を放さずにそうつぶやき 他のメンバーの横に戻った 「ちょ、ちょ、ちょっと何なのよあんたら どうやってここに入って来たのよ?」 「お久しぶりです涼宮さん、いつぞやは突然現れてすみませんでした あれ?キョンは?」 「まずは私の質問に答えなさいよ 無礼でしょう?」 「ごめんなさい。実は私たちにもよく分からないんです 周防さんが突然ここに行かないとって言って 何かに運ばれてきたみたいなの」 「全然説明になってないわよ あんたたちいったい何者なの?」 ハルヒが鋭い視線で闖入者たちを睨みつける 穴でも開けてしまいそうなぐらいの激しい視線だった 「私が代わりに説明するわ」 そう言ったのは古泉と敵対する組織の一員、橘京子だった 「周防さんはね、時が満ちたと言っているの つまり我々と佐々木さんの力があなたたちのものを上回る 今日のいま、この場所で何かが起こると」 「あわわわ・・・・・・」 あたふたする朝比奈さんをかばいながら、ハルヒは口から泡を飛ばして叫んだ 「ふざけんじゃないわよっ!ここはあんたたちがいる場所じゃないの! 見て分かるでしょう、病人がいるのよ! さっさと出ていきなさいっ!!」 「ふん・・・まるでボス猿みたいだな」 そう口を尖らせてうそぶくこの男は 朝比奈さんの組織と対立している未来人組織から派遣されてきた 自称藤原という男だった 「ボ、ボ・・・・・・」 古泉がハルヒの横に立った 「涼宮さん、今怒ってしまえば向こうの思い通りになります ここはひとまず冷静に、まずは話を聞きましょう」 「古泉くん、悪いけどね あたしは人の家に土足で踏み込んでくる野蛮人の話なんか聞く耳持ってないの」 ハルヒは両の拳を握りしめている 最初は誰に殴りかかろうかと品定めしているようだ 「・・・・・・あなたは・・・汚ない・・・」 「何ですって?」 「その顔、その声、全てが汚らしい・・・・・・」 「ハァ???」 ハルヒは最初にぶちのめす相手を決めたようだ 握り拳を振り上げて周防九曜に突進しようとした 慌てて古泉が止めに入る 「古泉くん!放しなさい!」 「涼宮さん、ひとまず落ち着きましょう」 古泉はハルヒを無理やり引きずって闖入者から少し遠ざけ 声を潜めて囁いた 「・・・僕たちの戦力はいささか不足しています 全員揃うまではとにかく様子を見ましょう 今のところは、何が目的でやって来たのかも分かりませんので」 「古泉くん」 「はい」 「あんた、何か知ってるのね」 「何かと申しますと?」 「私の知らない事よ こいつらが何者で、何が目的なのかをね」 「それを説明してくれる方が現れるまで、ここは1つ、穏便に」 「キョンの事ね」 「はい」 「・・・・・・分かったわ」 ハルヒはようやく拳を緩め、闖入者たちと対峙した 「んで、話を聞こうじゃないの」 「ようやく落ち付いてくれましたか やはり調査通りの人ですね、あなたは」 橘京子が楽しそうに言った 「実は私たちにもまだここに来た理由は分からないのです こちらの周防さんが言った通り、まもなくここで何かが始まります それを確かめるために来たのです」 「それでは全然説明になっていませんね 皆さんのやっている事は明らかな住居不法侵入です 警察を呼ばれたくなかったら、今すぐ退散すべきです ここには病人がいます、わきまえて下さい」 「・・・・・・来る」 「何が?」 「・・・・・・終わりの世界が来る・・・・・・それは私たちを待っている・・・・・・もうすぐ」 ハルヒがまたブチ切れそうになった 「もう我慢できないわ!今すぐここを出ていきなさい!さもないと」 「お待たせしましたー」 突然部屋につむじ風が巻き起こり、目を開けてられないほどになった 激しい旋風はあたりをなぎ払い、全てを持ち上げてぐるぐると回転した 「あひゃぁあああーっ!」 朝比奈さんのか弱い悲鳴とともに、全てが吸い込まれていった (再びキョンの世界) 俺を乗せた鶴屋家の車は静々と走り、やがて長門のマンションが見えてきた頃 視界が急にぼやけてきた 長門の高級マンションがぼんやりかすみ、俺は目をごしごしこすった 「おかしいですね」 運転していた鶴屋家の男性がそう言ってブレーキを踏んだ直後、激しい音がして車のボンネットに何かが叩きつけられた 見慣れた水色のセーラー服、そんな気がした セーラー服はボンネットの上を弾んで転がり落ち、急ブレーキをかけた車の前方に倒れた ハルヒ! 俺はドアをもぎ取るように開け、車から飛び出した 予想した通り、空から降って来たのは涼宮ハルヒだった いったいどこから落ちてきたのか、まさか長門の部屋のある7階から落ちたのか? 急いでハルヒを助け起こし、その顔を覗き込んだ 「ったあぁーっ」 見ると車のボンネットは大きく凹んでいる 7階かどうかは分からないが、かなりの高さから落ちてきたようだ 運転していた男性も、車から降りてハルヒを見ていた おいハルヒしっかりしろ 何が起こったんだ? ハルヒはしばらく目を白黒させていたが、ようやく焦点が定まってきたのか、俺に気付いて大声を上げた 「キョン!キョンじゃないの!どうやってここに来たの?」 えらい元気そうだなハルヒ 車をこれだけ凹ませるほどの高さから落下したのに 何かのフォースでも働かせたのかそれともただ尻が異常に固いのか どうやって来たのかは俺が聞きたいぞハルヒ いったい何で空から降ってきたんだ? 「空から?え?あれ?ここはどこなのよ?有希の部屋じゃないの?」 おいハルヒ 長門の部屋でいったい何が起こったんだ? 長門はどうなんだ?体の具合は? それに朝比奈さんと古泉は? 「そうだ!キョン!大変よ!有希が・・・変な4人組が入ってきて それからあの、あの子が入ってきて」 もういいぞハルヒ とにかく長門の部屋に行こう 長門が心配だ 他のみんなもな 俺はハルヒを抱き起こして立ち上がった 鶴屋家の運転手にとりあえず帰ってもらう事にして、ボンネットの件は後で謝りに行くからと伝えた そして振り向くと・・・ ??? 空から降ってきたハルヒを抱き起こし、とにかく長門の部屋に入ろうと、玄関があるはずの場所に駆け込むんだ俺だが マンションの入り口には何もなかった 玄関もなければオートロックの操作盤もない というかマンション自体が消えてなくなっていた レンガ造りの高級マンションがそっくりそのまま消えてなくなっていた 「ちょっとキョン、これどうなってるの?」 どうって、俺にも分からん 落ちつけ俺、よく考えろ マンションがあったはずの平面には全く何もなく、むき出しの地面だけが広がっていた 向こう側にあるはずの、シャミセンを拾った空き地がここからそのまま見えた どうなってるんだこれは ハルヒの手を掴んだまま、強引にマンションがあったはずの空間に踏み込んでみた やっぱりか 予想通りだ 俺とハルヒの前にはぐんにゃりした白い壁が立ちはだかった マンションが消えてなくなったわけじゃないんだ 誰かがここにバリヤーを張っているんだ それはお前かハルヒ? 「はあ?私が何でこんなことするのよ?」 すまんハルヒ ちょっと考え中だ 俺はハルヒの手を放し、ダッシュで突入を試みた チリチリと小さな火花のようなものが散り、俺の体は押し戻された 痛みも衝撃もなく、ただやんわり跳ね返された 「キョン、これって・・・前のあれかしら?」 ああ あれに近いものだ お前の仕業じゃないとしたら こんな事ができるのは他には・・・ けっこうたくさんいるな 「ちょっとキョン」 何だよもう 今考え事してるんだから 「キョン!」 ああ? 「ちゃんと説明しなさい! あんたが何か知ってることぐらい、あたしにはお見通しなんですからね! あんたはこんなに不思議な物が目の前に現れても、顔色ひとつ変えないじゃないの! 何か知ってるんでしょう?包み隠さず全て話しなさい」 さっきの鶴屋さんの声が耳によみがえる ハルヒはいろいろ知ってるっていうのか 今ここで説明するしかないのか ついに切り札を出すしかないのか 今ほどここに古泉がいてほしいと思ったことはなかった あいつのアドバイスが聞きたい しかしハルヒ、説明してる暇はないぞ 早く長門の部屋に行かないと 「だから説明しなさいって言ってるのよ! 有希がおかしくなったことにも関係あるんでしょう? あの4人組の事だって」 4人組だと? あいつらに会ったのか? あいつらが来てるのか? 「そうよ あの4人組が来て 髪の長い女が私に汚いとか言い出して ブン殴ってやろうと思ったら急に空に放り投げられたのよ! ああムカつくわーあいつったら」 待て待てハルヒ ちょっと整理させてくれ 俺と別れた後であいつらに会ったのか? それとも長門のマンションに入った後か? 「入ってからよ 有希がひどい熱だったから氷枕と布団たくさん用意して 救急車を呼ぼうとしたら電話が通じなくて どうしたんだろうと思った時に入ってきたのよ ドアも開けずに土足で入ってきて ねえキョン、あいつらいったい何なのよ?」 おいハルヒ あいつらの目的とか何か聞かなかったのか? 「聞いたけど全然意味分からないわよあんなの」 思い出せハルヒ あいつらは何と言ってたんだ? 「どうでもいい事ばっかりよ」 いいから思い出せハルヒ! 「何よもうキョンってば・・・ちょっと待って 周防とかいう女が他のヤツらを連れてきたとか言ってたわ 時が満ちたとか、今から何かが始まるとか 終わりの世界がどうとか言って、そしたら・・・ そうだ!あの子が来たのよ!」 あの子って誰だ? また他の人間が来たのか? 「そうよ!思い出したわ。あの新入生よ! 新入部員候補の1年女子よ」 はあ? 何だと? 「新入部員候補の中に小柄な女の子がいたでしょう?あの巻き毛の子」 ああそんなのがいたな確かに 何となく不思議な印象だったな 覚えてるぞ しかし何でその子が来たんだ あいつらの仲間なのか? まさかスパイだとか? 「分からないけどたぶん違うと思う 来たのは別々だったし、あいつらも驚いた顔してたから」 その時突然 俺の背中に鳥肌が立った ものすごく嫌な予感がした おいハルヒ 良く聞け その1年女子は何か持っていなかったか? 「何かって?」 金属の細長い棒みたいなものだ ピカピカ光ってるヤツだ 「そこまで覚えてないわよ! その子が出てきた途端に部屋に嵐が起こって、気がついたら外に放り出されてたんだから」 待て待て待て待て くっそう古泉に会いたい 俺はどうもこういう複雑な事態には対処できない あいつの的確な状況分析がとても恋しい 「そうだ」 何だハルヒ 何か思い出したのか? 「お2人にはまだ登場してほしくないからって聞こえたような気がする」 お2人?そう言ったのか?その新入生は? 「違うかもしれないけどそう聞こえた」 お2人って事はもしかして・・・ 俺はハルヒの肩を抱いたままで後ろを振り返った 目の前にあるマンションはすでに消滅していたが 後ろの景色も違うものに変わっていた いやちょっと違うぞ 景色はさっきと一緒だが何か空気の匂いが違う それにこの不思議な色はいったい何だ・・・? 何だか安心感を与えてくれるような落ち着いたベージュの空 そよとの風も吹かず、じっとりとしているが不快ではない この空は覚えているぞ ハルヒといっしょにあいつが飛ばされたとしたら この空を作り出したのは この閉鎖空間を作ったのは やっぱりお前か 佐々木・・・・・・ 「申し訳ないキョン 今はまだ君たちをあそこに入れるわけにはいかないようだ」 [[リンク名 涼宮ハルヒの共学 2]] その2に続く
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外は木枯らしが舞い、すっかり冬の装いを見せていますが、我々SOS団は相変わらず文芸部室に集まっています。 どうも、古泉一樹です。 まぁ部室に集まっているのですが、テストが近いという事もあり彼は涼宮さんの教鞭のもとテスト勉強中で、 SOS団専属の癒し系でグラマラスなメイドの朝比奈さんも受験のために勉強しています。 あ、お茶は淹れていただきましたよ。どうも部室に来たらメイド服に着替えてお茶を淹れないと落ち着かないそうです。 長門さんは相変わらず定位置で小説を読んでいます。何を読んでいらっしゃるのでしょうか?と、聞いて見たところ 「海外ミステリーのドイツ語訳」 との事です。そういった物はどこから持って来るのですかね。 えっ僕ですか?彼が勉強中なので、詰め将棋をやっていたところです。すると 「お前等は余裕そうでいいな」 と、彼がグチをこぼしてます。そこに涼宮さんが 「そう思うなら普段からしっかり勉強しとけばいいのよ」 こうつっこみ、手に持った黄色いメガホンでポカポカ叩いています。 仲睦まじいですね。ああ、この二人付き合っていますよ。彼からの告白で。 その話は彼に聞いてください。恥ずかしがって教えてくれないとは思いますが。 そうこうしてるうちに長門さんが本を閉じ涼宮さんが 「今日は解散!土日は探索は無しね。しっかり勉強してちょうだい」 こう言いましたが、この土日は彼の家庭教師をする様です。 朝比奈さんの着替えが終わるのを待ち、全員がそろったところでハイキングコースゆっくりと下ります。 三人娘が前を歩き僕と彼が後を歩きます。この時に彼に話し掛けます。 「お陰様でこの土日はゆっくり出来そうです」 「別にお前等のためじゃねえよ」 「わかってますよ。そうそうこれは選別です。」 鞄から紙袋を取り出し彼に渡します。ちなみに多丸(圭)さんからです。 「とりあえず受け取っておくか、多丸さんに礼を言っといてくれ」 ええ、分かりました。気付くと坂を下り終えいつも解散する場所に着てました。 「それじゃあ、えっと月曜日に」 「………」 と、可愛らしく言う朝比奈さんに、無言で手を振る長門さん 「じゃあね、みんな」 「じゃ、またな」 元気よくいう涼宮さんと少々疲れ気味で言う彼 「それでは、また月曜に」 僕もみんなに別れを告げ自宅の方に歩き出す。 彼と涼宮さんは同じ方向に行きましたが、どうやら今日からお泊まりらしいですね。 ここ最近は閉鎖空間の出現もあまりないですし、彼女つくってもいいんじゃないかなとか思ったり……無理そうですね。 ちょっと暗い気分で歩いていたらいつの間にか家に着きました。ワンルームマンションなんですけどね。 一人暮らしなので十分です。キッチン風呂トイレ付、しかも家賃は機関から。 まぁこのマンション自体機関が管理してますが。 玄関を開けようと鍵をさしましたが…開いてますね。用心しつつゆっくり玄関を開けるとそこには、 「お帰りなさいませ。ご主人様」 ………えっと、何しているんですか?森さん 「ノリの悪いヤツねー。もう少し臨機応変にさー」 いや、そうではなくてですね。なんで人の家にいるんですか、しかもメイド服で? 「訓練よ訓練!たまーにやっとかないとね。いつでもいける様に。それと、合鍵はわたし持っているから」 いつの間に合鍵作ったんですか!しかも訓練って何を訓練するんですか? 「なにって掃除したり料理したり、ていうかさっさと入りなさい。寒いじゃないの」 森さんに言われ部屋に入るときれいになっていた。 「思っていたより整頓されてたから楽だったわ。しっかし独りなのにエロ本やDVD隠しているなんて、あんたムッツリ?」 いつ誰が来てもいい様にしているだけです。ちゃんとまとめて…って見たんですか? 「その棚の一番下の引き出しでしょ。そういえばメイド物もあったわね」 それはクラスの友達に借りた物です。と言うか、あまり女性がそういう事言わない方が、 「それはあんた達が若いからでしょ。わたし位になれば気にしないものよ」 ああ、もう《禁則》歳ですもんね 「古泉……メイドが冥土に連れてってあげようか?」 ごめんなさい。森さんには年齢と体重の話は《禁則》でした。 ところで森さん、今日彼に多丸(圭)さんから言われて紙袋を渡したんですが中身何か知ってます?結構重かったんですけど 「ああ、あれ?ん~と多丸兄弟はタ●マン二十本でわたしと新川はコンドーム四箱、ってところね」 新川さんまで…ていうか●フマンは必要ないかと 「若いからね、必要ないと思うけど自分達が飲んでるからでしょ」 そういえば、飲み会の後(僕は飲んでませんが)これからは大人の時間だ!とか言って飲んでましたね。 ここで調度よく彼から電話ですね。 「おい、古泉!今、袋の中身を確認したんだがなんだこれは?」 なんだと言われてもですね、今さっき僕も中身を聞いたところなので。 「なんだ?知らなかったのか?」 ええ、まぁ気兼ねなく使ってください。 「いくらなんでも多いだろ!それにゴムはちゃんとじゅn…ゲフン、いや、なんでもない」 ヤる気マンマンだったんですね。この土日で全部使って下さいっていうわけではないので 「流石にそれは無理だ。タフ●ンがあっても」 ところで涼宮さんはそこにはいらっしゃらないのですか? 「ああ、部屋を片付けるって言って妹の相手をさせている」 まぁ頑張って下さい。試験勉強もですが、夜の方も。 「ええい、変な事言うな!じゃあな」 「なんだヤる気マンマンだったんじゃない。調度良かったわね」 電話が終わると黙って聞いていた森さんが言ってきました。そりゃ彼女が泊まるっなれば誰だってね。 僕としては彼らが喧嘩でもしない限り閉鎖空間の発生はないはずなのでたっぷり休ませて頂くとしましょう。 「そういえば掃除が終わってあんたが帰って来る間に、あるSSをよんだんだけどさ」 人のパソコンを勝手に使わないで下さい! 「いいじゃないの、ネットやるくらい。他は何も見てないわよ。名前と中身が違うフォルダなんて」 しっかり見てるじゃないですか。で、何のSSを読んだんですか? 「『桃色空間奮闘記』」 「………」 「………」 五分ほど沈黙 まさか、そんな事あるわけないじゃないですか。 「そっそうよね。あはは」 発生したとしても僕は絶対入りませんよ。正直耐えられそうにありません。 「まぁそれは考えないでいいわね。それじゃ、夕食の準備するからその間お風呂入ってきなさい」 えっ?!まだ帰らないんですか? 「言ったでしょ訓練してるって!ああ、そうか、背中流しましょうか?ご主人様」 いえ、結構です。 「つまんないわねぇ、もう少し反応しなさいよ」 とりあえず森さんを無視して着替えを持ち脱衣所に行く。 何考えているのでしょうか?まったく巻き込まれるこっちの身にも…って、もも森さん!なんでいるんですか? 「一緒に入ろうかと思って」 はいぃ?ああ思わず変な声を出してしまいました。 「いいじゃないの!昔はよく一緒に入ったんだし」 それは、訓練で気絶した僕をあなたが勝手に… 「あの時からどれだけ成長したか見てあげるわ。ささっ脱いだ脱いだ」 森さんが強制的に脱がしにかかってきます。あぁー今なら朝比奈さんの気持ちもわかるかも。 「他のSSだと長門有希に脱がされてたわね、あんた」 きれいさっぱり脱がされてしまいました。それと、あんまり他のSSの話は出さない方が… 「気にしない気にしない。ってナニしゃがみ込んでるのよ。堂々としなさい」 出来ませんよ。部分的には堂々としてますが。 前屈みで息子を隠しつつ風呂場に入ってシャワーを浴び体を洗おうとした時に ガチャッ 森さんが入って来た。さっき言った事マジだったんですか? 「そうよ。あら、先に体洗うの?なら洗ってアゲル」 そう言って僕の背中に密着してきた。胸の柔らかい感触が…あ、せっかく落着いた息子が… 「へぇ~なかなか立派になったじゃない!それじゃイキますか!」 へっももりさささんん?ちょっ、あっ、まっ、アッー 風呂から上がり森さんが夕食の準備を始めます。僕は一人掛けソファにうずくまります。僕、汚れちゃったよ。 「女々しいわね。三回もイッといて。もしかして初めてだった?」 …ええ、そうですよ。 「なんだ、あんたモテるだろうから手当たり次第、手だしているかと思ったのに」 …そんな暇ありませんよ。 「それもそうね。まぁごちそうさまでしたとは言っとくわ、ご飯食べる前だけど」 はぁ~、世の中女性の強いんですね。落ち込んでも仕方ありませんね。ぶっちゃけ気持ち良かったですし。 「夕食が出来あがりました。どうぞ、ご主人様」 まだそれ止めないんですか?まぁいいか、いただきます。 食べ終わって食器を洗っている森さんにまだ帰らないんですか?と聞いて見る。 「ん~面倒くさいから泊まっていくわ」 いや、布団無いですよ。 「一緒でいいじゃない!それにもう一回くらいイケるでしょ?」 はっ?ちょっ、森さん?えー、そこは、まっ、うっ、アッー おしまい。
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110 名無しさん@秘密の花園 2006/06/23(金) 22 51 19 ID YMGUBB7I 谷口→国木田 ↓ キョン⇔古泉←執事 ↑ 生徒会長 きみどり ↓ 長門←朝倉涼子 ↑ ハルヒ→みっくるんるん←メイド ↑ ↑ ENOZ 鶴屋さん 111 名無しさん@秘密の花園 2006/06/24(土) 01 52 16 ID 6GUHph/H メイド×みくるか その発想はなかったわ 112 名無しさん@秘密の花園 2006/06/24(土) 17 39 18 ID yAz46E8x 110 阪中さんと誘拐犯の少女も足しといてくれ。 あと上のはイラネ。 113 名無しさん@秘密の花園 2006/06/25(日) 12 48 53 ID HndEAAO1 こうだろ きみどり ↓ 朝倉涼子→長門―─┐ 誘拐犯の少女─┐ ↑ ↓ ↓ ↓ 阪中さん→ハルヒ→みっくるんるん←森さん ↑ ↑ ENOZ 鶴屋さん 114 名無しさん@秘密の花園 2006/06/25(日) 12 50 19 ID HndEAAO1 やべw 115 名無しさん@秘密の花園 2006/06/25(日) 18 06 50 ID jJc1a469 ┌―――→ きみどり ↓ ↓ 朝倉涼子→長門←─キョン妹┌―─―誘拐犯の少女 ↑ │└─┐ │ │ ↑ ↑ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ │ │ 阪中さん→ハルヒ→みっくるんるん←森さん │ ↓ ↑ ↑ │ 樋口さん ENOZ 鶴屋さん←大みくる―─┘ よし、とりあえず乱交パーティーだ。 116 名無しさん@秘密の花園 2006/06/25(日) 23 55 15 ID WyRl0MYk 最終的に矢印がほとんどみくるにいってるな。 117 名無しさん@秘密の花園 2006/06/26(月) 02 40 39 ID ZSKK7e// なんで阪中さんと朝倉が両思いなんだよw 118 名無しさん@秘密の花園 2006/06/26(月) 04 40 33 ID 7ZHYab5L 矢印って「受け攻め」の意味じゃないのか?
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姉妹編『長門の湯』『鶴屋の湯』『一樹の湯』『みくるの湯』もあります。 ====== 『ハルヒの湯』 「何よ、ホントに当たり入っているの? 全部はずればっかりじゃないでしょうね!」 商店街の福引のガラポンのハンドルを無意味に力いっぱい握り締めたハルヒは、苦笑いをするしかない係りのおっちゃんに文句を垂れている。 「大丈夫だよ、お嬢ちゃん。まだ、特賞も一等賞も出てないから、安心しな」 「ふん、ホントかしら」 そのとき、コロンと出た玉は、また白、つまり今度もはずれだった。 「ほらーー」 「ほい、またティッシュ。あと一回だよ」 ハルヒ連れられた俺たちSOS団の面々は、映画の撮影でお世話になった商店街の大売出し協賛の福引コーナーに来ている。どこで手に入れたのかはあえて聞かないようにしているが、ハルヒは十枚もの福引券を持って、ガラポンに戦いを臨み、そして九連敗中だった。 特賞は五十インチの薄型テレビ、一等は温泉・カニツアーのペア宿泊券が当たるらしいが、今のところは末等のティッシュの山を築くのみだった。 「もういいわ、最後の一回、あんた引きなさい」 「お、俺?」 いきなり俺を指名するなよ。どうせ俺が引いたところではずれしか出ないだろう。 「いやだよ、お前が最後までやれよ」 「なによ、栄えあるトリの権利をあんたに譲ってあげようって言ってるんだから、謹んで受けなさい」 ここで最後に俺がはずれを引いても、ハルヒがはずれを引いても、結局俺の責任にされて、いつもの茶店で奢らされそうな気配がぷんぷん漂っている。ふん、それなら素直にはずれを引いてやるぜ、ティッシュ、山分けしろよな。 俺は、無造作にハンドルを掴むと、これまた無造作にぐるりとまわして、ポトリと転がり出てきた玉の色を確認した。 赤――。 一瞬の静寂がその場を包んだ後、おっちゃんは手に持った鐘を派手に打ち鳴らして叫んだ。 「いっ、一等賞―――」 賞品となった温泉地は結構有名なところだった。 こじんまりした町の真ん中を流れる小さな川の両岸に、古風な温泉旅館が軒を連ねている。何軒かは改築されて、今風のホテルになっているものもあるが、お おむね古の佇まいを残しており、川のほとりの柳並木の遊歩道と、所々にかけられている石造りの橋とあいまって、町全体から古風な温泉街の雰囲気と温泉饅頭 を蒸している湯気が漂っている。 俺が当てたペア宿泊の権利なんだから是非朝比奈さんと二人で、なんて思いが通じることは当然なかった。だからといって、俺とハルヒがペアで行ける訳でもない。 ハルヒは残り三人分の参加に関する諸々の交渉については古泉に一任し、古泉もその要求を否定することはなかった。いつもすみませんね、機関のみなさん。 そんなわけで、SOS団は五人揃って、この風情あふれる温泉街のカニ料理旅館に来ているわけだ。 ひとまず宿にチェックインした後、俺たちは浴衣と丹前に着替えて外湯めぐりスタンプラリーに出発ことになった。 「七つある外湯を全部回ってスタンプを集めると記念品がもらえるの。みんな、夕食前の腹ごなしにがんばって回るわよ!」 朝比奈さんの手を引っ張って先頭を行くハルヒに続いて、俺たちは湯けむり溢れる温泉街を歩いていた。街の中では、俺達と同じように外湯巡りを楽しんでいるらしい浴衣姿の温泉客が夕暮れ間近の川沿いの散策を楽しんでいる。 「どうせ、男女で一緒には回れないから、ここからは自由行動よ。じゃあね、キョン」 少し先で振り返ったハルヒは、朝比奈さんの手をとったまま、右手の建物の中に消えていった。そのあとを無言の宇宙人は振り返ることないまま続いていった。 当然のように、男チームと女チームに分かれて行動することになるわけで、結局、俺は古泉と行動を共にするだけだ。くそ面白くもない。 「やれやれ」 「おや、今日はもう『やれやれ』が登場しましたね」 「ふん」 「我々はもう少しむこうの外湯から攻めることにしましょうか」 「どうでもいいよ」 「つれないですね。温泉はお嫌いですか?」 隣の古泉はやや大げさに驚くような仕草を見せながら、 「僕は好きですよ。この典型的な温泉地の雰囲気、いいじゃないですか。気楽に楽しみましょう」 「うん、まぁ、それはそうだな」 温泉は好きだぜ、もちろんだ。これがお前と二人ではなくて、朝比奈さんと一緒であれば俺のテンションはウナギ上りなんだがな。何が悲しくて野郎二人だけで、温泉のはしごをしないといけないんだよ。 とりあえず、古泉の言うようにこの街の雰囲気は堪能させてもらおうか。 そうして三つめの外湯までは古泉と一緒に回ったのだが、ぶっちゃけ古泉と男二人ではモチベーションは下がる一方なので、より気楽に単独行動しようぜ、ということで話がまとまった。 「では、僕はあっちの外湯に行ってみます。また、後ほど」 「おう、またな」 古泉と分かれた俺が次の外湯を目指して遊歩道を歩いていると、横の通りから飛び出してきた浴衣の固まりとぶつかりそうになった。 「ちょ、ちょっとー、ぼんやり歩いているから誰かと思ったらキョンじゃない。もう、危ないじゃないのよ!」 ハルヒだった。どこに行っても鉄砲玉な女だ。 「飛び出してきたのはそっちだぜ。一時停止違反だ」 俺はハルヒの衝突を物理的にも言葉的にも交わしながら、 「ん、どうした、お前一人なのか? 朝比奈さんや長門はどうした?」 えっ、という感じで不意を突かれたハルヒは、体勢を立て直すと、 「みくるちゃん、温泉に興奮しちゃってのぼせ気味になったから、有希が旅館まで連れて行ってくれたわ。有希も本が読みたいらしいしね。湯船の中では読めないから」 そう言ってハルヒは俺のことをジロリと見上げて言葉を続けた。 「そう言うあんたも一人? 古泉くんはどうしたの」 「いつまでも男二人でつるんでいてもつまらんからな、別行動にしたんだ」 「あ、そ」 そっけなく返事したハルヒは、浴衣の帯あたりに両手を当てて、 「幾つ回ったの? コンプリートした?」 俺は手に持ったスタンプラリーの用紙に目を落とすと、 「いや、まだだ、あと四つだ」 「なによー、まだ三つしか回ってないの? あたしはあと二つよ」 なるほど、その勢いで温泉をはしごしたら、朝比奈さんものぼせるはずだな。 「でも、みくるちゃんじゃないけど、さすがにちょっと疲れたわね」 そりゃそうだろうさ。 「ねぇ、キョン、冷たい飲み物買って来てよ。あたしはあそこで待ってるからさ」 ハルヒが指差す先は、温泉街を貫いて流れるせせらぎに架けられた橋の上に設置されたベンチだった。 まぁ、確かに俺も、温泉で火照った体を冷やす飲み物が欲しいと持っていたところだ。仕方ないがついでに何か買ってやるか。 「わかったよ」 「ノンシュガーのすっきり系でお願いね」 「へいへい」 とりあえずゼロカロリーの炭酸飲料を二本買って指定された橋の上に戻ってみると、読書中の長門の様にちょこんとベンチに腰を下ろしたハルヒは、右手で軽く髪をかき上げながら、風に揺れている柳の枝葉を見つめていた。 立て続けに五つの温泉に入ったおかげで、少ししっとりした髪にわずかに桜色に染まった頬、浴衣のすそに覗く白い素足の草履姿も――、 ううむ、いい感じに絵になっている。 趣の有る風景をバックにして、ただじっと座っているハルヒは、やっぱりかなりのレベルの美人であることは確かだな。性格的なことさえ考慮する必要さえなければ……。 そんなハルヒの姿に一瞬見とれた後、俺はハルヒの隣に腰を下ろした。 「ほれ、買ってきたぞ」 「うん、ありがと」 プシュっとプルタブを起こし、乾杯、と缶をコツンと合わせて、よく冷えたコーラの喉越しを味わった。 うまい! 「ぷふぁー、おいしいわねー」 俺と同じ感想を口にしているハルヒは、さらに、 「やっぱ、こういう時はビールがおすすめなのかもね」 なんてことまで言ってるし。確かにその点においても同感だけどな。 ごくごくっと缶の半分ほどを一気に空けて、ほっと一息をつくことができた。隣のハルヒも大きく息を吐くと、手に持った缶をぼんやり見つめている。 「どうした、やっぱり疲れたのか? 温泉に入って疲れているのは本末転倒だな。だいたい入浴するだけでも体力は結構消耗するらしいから」 「うん、そうね。さすがに五つも連続で入ると、ね」 朝比奈さんは三つ目で脱落したらしい。長門ならまったく平気のはずだが、今回は朝比奈さんにかこつけてうまく逃げたようだ。こういうのも自律進化の一つなのだろうかね。 「スタンプラリーなら、晩飯食ってからでも間に合うだろ。今、あわてて全部回る必要はないと思うぜ」 「そうするわ。古泉くんにもとりあえず中断って連絡入れておいてね」 「わかったよ」 「でも、おかげでいい感じにお腹も減ってきたし、次はカニのフルコース巡りね」 振り返ったハルヒは、力強く肯いた。 残りのコーラを飲み干す頃には、西の空を染める赤がさらに色濃くなっていった。ゆっくり流れる風も、わずかに冷たさを増したようだ。 俺は、うーん、と夕焼け空に向かって両手を突き上げて背筋を伸ばしながら、搾り出すように率直な感想を口にした。 「やっぱ、温泉はいいよな。毎日じゃなくてもいいが、週に一回ぐらいは、のんびりと温泉にはいれるような生活をしてみたいもんだ」 伸ばしていた両手をだらんと下ろして、隣のハルヒに視線を向けると、ハルヒは少しあきれたような表情で俺のことを見つめていた。が、すぐにその大きな瞳の中に怪しげな輝きが煌き始めたのがわかった。 しまった、俺は妙なトリガを引いてしまったのか? 「そうね、帰ったら温泉を掘るわよ」 「な、なんだって?」 「学校に温泉を掘るの。だいたいあの周りは名水で有名な土地柄だし、そもそも日本中どこでも掘れば温泉は出るはずだしね。そうすれば毎日でも温泉に入れるわ!」 今にも浴衣の袖を捲り上げて襷をかけて、スコップを持って走っていきそうな勢いでベンチから立ち上がったハルヒは、空いた口がふさがらないまま座っているだけの俺を見下ろすと、 「なにアホ面してんのよ。早速、古泉くんに頼んで、ボーリング道具を手配できないか探してもらうわよ」 「待て待て待て待て!」 そんなことを古泉に話したら、本当に温泉採掘用のボーリング道具を積んだトラックで、新川さんと森さんが学校にやってくるに違いない。 「バカな事はするなって。勝手に学校に温泉なんか掘るやつがあるか」 「いいじゃない、それぐらい。別に減るもんじゃないし」 減るんだよ、俺の神経が……。 「さ、行くわよ!」 「おいおい、だからちょっと待てって。別に今ここで動かなくても……、まずは夕食のカニを堪能してだな……」 ハルヒは俺の腕を引っつかむと馬鹿力で柳並木の遊歩道をずんずん進んでいく。 俺は、どうやってハルヒを止めようかと思案しながら、それでも少しぐらいは学校に温泉が出ることも期待しつつ、ぽつぽつと街灯に明かりが燈りだした温泉街を引きづられるように駆けて行くしかなかった。 遠くない将来、あの文芸部室が『ハルヒの湯』としてオープンする日が来るのかもしれない。 Fin.