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柳洞寺。 冬木における聖杯降霊の候補地の一つとされ、第五次聖杯戦争の終結の場となる地。 並行世界の記録をも可能としたムーンセルはこの地における戦いの結末をも記録している。 正義の味方を目指す少年と「答え」を見出した騎士王がこの世全ての悪の生誕を望む神父と人類最古の英雄王を打ち倒し、永遠の別れを迎える世界。 自らの未来を見せつけられ、そして乗り越えた少年が英雄王を打ち破り、かつての理想を失っていた錬鉄の英雄が「答え」を得る世界。 かつて養父から受け継いだ理想を捨て去り、ただ一人の少女の味方になることを決めた少年と、少年の味方になることを決めた少女が真に聖杯戦争を終わらせる世界。 そして今、月のSE.RA.PHに再現されたこの柳洞寺にて、どの歴史とも異なる戦いが始まろうとしていた。 侍 今しがた降りてきた階段を一歩一歩と登っていく。 心なしか周囲には甘ったるい、蠱惑的な空気が満ちているように感じられた。 衛宮士郎とセイバー、ある世界において地上の聖杯戦争の勝者となった主従は遠坂凛殺害の元凶たるキャスターのサーヴァント、蘇妲己を討つべく歩みを進めていた。 この聖杯戦争が始まってからいくつもの苦難に晒されたためか強ばった表情で横を歩く士郎を気にかけながら、セイバーは己の内にある違和感を拭いきれずにいた。 キャスターは衛宮切嗣と内応し、ルルーシュにギアスを使わせ金田一とライダーの死因を作った。 天海陸や彼のサーヴァントらの話から考えれば、これが間違えようのない結論である。 だが、それでも騎士王の類い稀な直感は自身でも正体のわからない警鐘を鳴らしていた。 (この違和感が一体何を意味するのかはわからない、だが、それならば前へ進む事で確かめるまで) これから待ち受けているのは最弱のクラスなれど容易ならざる敵手だ。 セイバーは脳裏に渦巻く疑念を振り払い、視界に入った山門を向き――― 「止まってください、シロウ!」 山門に立ちはだかる、その男を捉えた。 群青色の陣羽織を身に纏い、およそ非常識なまでに長大な日本刀を手にしたその姿は、まさしく日本の侍そのものであった。 だが問題はそんな事ではない、真に異常なのは男の纏うその気配。 他の英霊たちと比して非常に微弱であるものの、確かにサーヴァントとしての存在感を放っていた。 だがこれはどういう事だ。 衛宮切嗣のサーヴァントはライダー、如何にキャスターと繋がっていたといえど切嗣とこのサーヴァントに関係性があるとは考えにくい。 いや、そもそもつい先ほどまで山門の警備に就いていたガウェインが他のサーヴァントの存在を見落とすなど有り得るのか。 「如何に精巧に似せようとも、やはりここは偽りの箱庭でしか有り得ぬ。 私が愛した花鳥風月はここには無い、何とも侘しいことよ。 貴様もそうは思わぬか、セイバー」 「…貴公が何者かはあえて問うまい。だが何故私がセイバーだと断定できる。 私がこの手に握るのは何も剣とは限るまい、それともキャスターの入れ知恵か」 いつでも斬りかかれる態勢のまま、慎重に探りを入れる。 だが、侍は一瞬不思議そうな顔をした後、何かに納得したのか鷹揚に頷いた。 「…そうか、私は貴様を知っているが、貴様は私を知らぬのだな。 いや、これも並行世界とやらの妙というやつか、ままならぬものだ。 しからば改めて名乗ろう。私はアサシンのサーヴァント、佐々木小次郎。 貴様らが討たんとする女狐めがこの地に招きし亡霊よ」 「―――!?」 真名とはサーヴァントにとって絶対に秘すべきもの。 この異常な聖杯戦争であってもその本質が変わることはない。 だというのにこの男は堂々と己が真名を謳い上げた。 セイバーの驚愕は無理からぬ事であろう。 その表情を読み取ったアサシンは微笑を浮かべた。 「言ったはずだぞ、私は貴様を知っていると。 であればこちらから名乗るは当然の礼儀であろう? それに―――私が名乗ったところで、貴様にとっての私は倒すべき障害でしかない。 そら、お互い為すべき事は何も変わりはすまい?」 「―――成る程、確かにその通りだ。 だが生憎と我々は先を急いでいる、まかり通るぞアサシン!」 セイバーの全身から魔力が猛り、風が唸りを上げる。 セイバーの世界ではついに実現しなかった異色の暗殺者との戦いの火蓋が切って落とされようとしたところで――― 「待て、セイバー!」 これまで沈黙を保ってきた彼女のマスターの制止が入った。 「シロウ?」 「俺達が倒すべきなのはキャスターだ。 お前をこんなところで消耗させるわけにはいかない」 あのアサシンが何者であれ、キャスターが召喚したサーヴァントである以上考えられる目的は時間稼ぎとセイバーの力を削る事と見て間違いない。 それにキャスターは奥からこちらの様子を窺っていることだろう。 衛宮士郎とセイバー、どちらの手の内を隠しておくべきかなど思考するまでもなく明白だ。 「勝算はあるのですか?」 「俺一人で何とか出来るとは言わない、でも隙ぐらいは作ってみせる。 だからセイバー、俺を信じてチャンスを待っていてくれ」 セイバーは無言で頷き、再び剣を構え直した。 だがその構えは攻めのそれではない、アサシンを近づけない守りの姿勢だ。 「ふむ、私は一向に構わぬぞ少年。 男子三日会わざればというやつか、随分と見違えた。 そなたの磨いた牙、見事私に突き立ててみよ」 アサシンはといえば、何故か構えを取らぬまま自然体の様相だ。 だが不思議と侮られているとは思わなかった。 きっとこの男にとってはこれが戦いの姿勢なのだろう。 「言ってろ。投影、開始(トレースオン)」 自己の内に埋没し、この状況に最も適した剣を探し出す。 見たところあのアサシンが持つ刀は普通の刀剣と比べれば業物の部類には入るが、英霊たちの持つ宝具と比較すればなまくらも同然。 「I am the born of my sword(体は剣で出来ている)」 ならばこの宝具こそが奴にとっての弱点となるだろう。 この剣の前では魔術師とサーヴァントの実力差など何の意味も持ちはしない。 もっともセイバーが壁になってくれているからこそ安全に撃てるのであまり偉そうな事は言えないが。 同時に投影した黒塗りの弓にそれをつがえ、魔力を込める。 アサシンは動かない、否、動けない。 彼はセイバーの実力をその身を以って知っている。 防戦でこそ最も力を示すアサシンが無理に斬りかかったところでセイバーを突破することなど到底不可能。 故に侍は動かず留まる。その美貌に不敵な笑みを浮かべたまま。 「食らいつけ―――“赤原猟犬”(フルンディング)!!」 二十秒か、あるいは三十秒か。 刹那とも永遠ともいえる膠着の後、衛宮士郎のつがえた弓から鮮烈な赤光が放たれた。 北欧の英雄ベオウルフが用いたとされるこの剣は必ず敵を斬るという概念を持つ。 魔弾として射出された魔剣は音速をも凌駕しアサシンへと殺到する。 「ほう、生前合戦に出た事などついぞ無かったが、燕ではなく矢を斬るもまた一興」 だが、それでも尚この侍は悠然とした物腰を崩さない。 この程度の獲物を斬れぬなら、この身は決して燕を斬る事など出来はしなかった。 如何に速かろうと、ただこちらへ飛ぶだけの矢弾などアサシンには何ほどの脅威でもない。 「ふっ―――!」 一閃。 アサシンが長刀を持った腕を振るう。 だがその動作の何と速く、流麗な事か。 態勢すら崩さぬただのひと振りは宝具である魔弾をいともたやすく弾いた。 「なっ―――!」 その光景に、驚きを隠せない。 赤原猟犬を弾かれた、という事実にではない。敵はサーヴァント、そんな事は予想の範疇だ。 真の異常はその後、未だ刃こぼれ一つないその得物である 群青色の侍が手にするは宝具ですらないただの長刀。 そんななまくらで真名解放を行なった宝具を迎撃しようものなら一撃で刀身を折られるが道理。 されど、その道理を覆すのが魔剣士、佐々木小次郎だ。 アサシンは力によって赤原猟犬を弾いたのではない。もとよりそんな膂力は無い。 彼はただ、魔弾の力に逆らわず刀身で威力を殺し受け流すことによって見事得物を失うことなく弾いてみせたのだ。 言葉にすればそれだけだが、音速を超える矢の弾速、重量、威力、そして刀を振るうタイミング。 それらを一つも過つ事なく見切ったその絶技がただの一刀に込められていた。 ―――だが、北欧の魔剣の真価はここより発揮される。 「むっ―――!?」 逸早く異変を察知したのは暗殺者のサーヴァント。 その有り得ざる異常に目を奪われる。 本来、どれほどの腕を誇る射手であろうと一度放たれた矢の軌道を変える事など不可能。 それはこと弓術という一点ならば英霊にも比肩する腕を持つ衛宮士郎であろうと同じ事。 しかし必ず敵を斬る概念を帯びたこの剣はその定理を覆す。 矢として撃ち出されたこの宝具は射手が健在である限り何度でも標的へ食らいつく。 対抗手段はただ一つ、魔弾に射抜かれるよりも早く射手を倒すこと。 だが最高の俊敏さを誇るアサシンを以ってしてもそれを実行に移すことは出来ない。 射手である士郎の前にはセイバーというあまりにも強大な護衛がいるからだ。 この状況、既にしてアサシンは王手をかけられている。 「はっ―――!」 再び一閃。 侍の超絶技巧は二度も猟犬の顎をいなしてみせた。 だが、それも程なくして限界が訪れる。 (なるほど、これが合戦場を飛び交う矢というものか。 しかし……これ以上は流石に刀が保たぬか) その事実は誰よりもアサシンが認識していた。 彼自身の剣の力量は全サーヴァントでも頂点に立つ程だ。 ―――だが悲しいかな、アサシンの愛刀物干し竿の強度は主人の技量に対して絶望的なまでに脆い。 むしろ二度も赤原猟犬を退けたことが埒外の奇跡なのだ。 だがそれもここで終わり。三度目を防いだ時がこの刀の折れる時。 そして四度目でアサシンは凶弾の前に為す術も無くその身を撃ち抜かれる。 (ならば―――) だが、それはアサシンの終焉を意味しない。 なるほど確かにただの一閃では空を駆ける猟犬を地に落とすにはまるで不足だ。 だが知るがいい錬鉄の魔術師よ、この侍が生涯を懸けて到達せし秘奥の剣を。 「秘剣――――――」 ここに来てアサシンが初めて構えを取る。 それは無形を常とするこの侍が会得したただ一つの必殺剣。 この男にのみ許された究極の魔技。 「――――――燕返し」 それは果たしてただの一閃であったのか。否、断じて否だ。 セイバーは確かに見た。 軌道を変え三度迫り来る赤原猟犬、その切っ先ではなく剣の腹に向けて振るわれた三つの斬撃を。 縦、横、斜めの三方向から全く同時に繰り出された円の結界の如き剣閃は迫る魔剣の刀身を見事断ち切ってみせた。 これこそが佐々木小次郎、その名を冠した無銘の剣士が空を飛ぶ燕を打ち落とすためだけに生涯に渡って剣を振るい続けた果てに到達した魔法の剣技。 多重次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)。 生涯を剣に捧げた男の才と努力、その結実は宝具である魔弾をすら凌駕した。 そして。 「――――――こ、ふっ……!」 男の命運もまた、そこで燃え尽きた。 因果逆転の魔槍とは異なる意味での必殺魔剣。 それを振り抜いた瞬間にのみ生ずる刹那の隙を剣の英霊は見逃さなかった。 神速の踏み込みでアサシンを切り裂いたセイバーは惜しみない暗殺者に惜しみない賛辞を贈る。 「私には、いや、我が円卓の騎士の誰であっても到達し得ないであろう見事な剣技でした。 貴方にとってこの結末は不本意なものでしょうが―――」 「良い、気にするな。お互い巡り合わせが悪かったのだろうよ。 それに―――私とそなたの勝負付けは既に終わっていた。 もとより、招かれざる亡霊には過ぎた夢だったのだ」 口から、切り裂かれたその身から夥しいまでの血液が溢れる。 だがそれでも尚、アサシンからは些かも優雅さは失われていなかった。 「征け。女狐めは奥でお前達を待っている。 かつて地上で私を呼んだ魔女も大概の魔性だったが、あれはそれ以上よ。 どうせ碌な性根ではあるまい、速やかに止めを刺すが人のためというもの」 士郎もセイバーも、無言で頷き山門の先へと進む。 最後に一度だけ、誇り高き剣士の姿をその目に焼き付けて。 オオカミ少年は牙を隠す 「嘘……」 「………」 情報を集めるために月海原学園へと足を踏み入れた陸、こなたら一行。 真っ先に確認した脱落者を表示した掲示板に記された名前の数は彼らの想像を遥かに越えていた。 「19人だって……!?まだ始まってから半日と少ししか経ってないんだぞ!?」 陸が嘘を交えない、心底からの驚愕を口にする。 それはこの四人の心中を代弁するものであった。 遠坂凛と金田一一に関しては覚悟はしていたが、それでもこの人数は異常に過ぎる。 「…何で?どうしてみんなそんなに殺し合いなんてしたがるの? わからない、わかりたくない、だっておかしいでしょこんなの!」 「こなたちゃん、落ち着いて!」 取り乱すこなたを映司が宥めすかす。 無理もない、と陸は思う。 あくまで勝ち残る事を選んだ自分と違ってこなたは完全に巻き込まれた一般人なのだ。 むしろここまで曲りなりにも平静さを保っていた事をこそ賞賛すべきだろう。 そしてこれから先、自分はそんな彼女をも殺すのだ。 「みんな、動揺するのはわかるけどとにかく一旦冷静になろう。 脱落した参加者はこれで全体の約四割、確かに多いが悲観していても始まらない。 この脱落者に関して僕なりに考察した事を聞いてほしい」 そんなメンバーの間に広がった悪い空気すらも利用しようというのだろう、イスラがさも沈痛そうな面持ちで場をまとめにかかる。 その悪辣さに思うところが無いわけでもないが、だからといって止める理由もない。 こなたや映司と同じように黙って続きを促すことにした。 「まずどうして半日でこれだけの犠牲が出たのか、それは参加者間のやる気、モチベーションの差だと思う。 この聖杯戦争にはさっきの衛宮切嗣のような勝ち残るために容赦なく敵を殺しに回る人間もいれば、リクやリン、コナタのように殺し合いに反対する人間もいる。 幸い僕らは早期に手を結ぶことが出来たが他のマスターはそうじゃなかった。 勝ち残る覚悟を決めた者とそうでない者、遭遇して戦闘になった時、どちらが勝つかなんて事は語るまでもないだろう」 確かにそういう考え方もあるか、と納得した。 考えてみればこなたや凛はもとより柳洞寺にいた衛宮士郎らも殺し合いに乗っていなかった。 だとすればそんな思考のマスターがもっといた、という結論は不思議でもなんでもない。 「セイバー、君は俺達も殺し合いに乗った方が良いと思うのか?」 「そうは言わないよ、第一こう言っては何だけどリクやコナタが無理をしてやる気を出したところで戦い慣れした連中相手に勝ち残れるとは思えない。 僕らはこれまで通り、殺し合いに反抗するスタンスを通そう。 それにしばらくは大規模な戦いは起こらないだろうからね」 「「どうしてそんな事が言い切れるんだよ?」」 上手く間を持たせるために適度に質問する振りをしながらイスラに先を促す。 それにイスラは鷹揚に頷きながら答えた。 「これだけの犠牲者が出るほど各地で戦いが起こったんだ、どの陣営も大きく疲弊しているだろう。 となれば少なくとも夜まで、場合によっては丸一日は休息や偵察に費やされるはずさ。 だから、今すぐ僕らが他の参加者に襲われる可能性はかなり低い。 そこでだ、ここらで当初の目的を達成しておこうじゃないか。 コナタとライダーには図書室で情報を集めた後、リンの家に向かってほしい」 「えっ、ちょっと待ってよ。りっくんとセイバーさんは?」 「「さっきセイバーと話し合って決めたことなんだけど…オレ達は柳洞寺へ行こうと思う」」 陸の言葉にこなたと映司が愕然とする。 当然だ、危険な鉄火場とわかっている戦場に限りなく最弱に近い二人が踏み込もうというのだから。 「…駄目だ、それは。士郎君たちの援護に行くなら俺の方が向いている。 第一セイバー、キャスターには天敵一人で当たった方が良いと言ったのは君だろう」 「確かにシロウ達の援護という意味もあるけど、それ以上に僕自身の戦力補強の意味合いが大きいね。 まだ詳しくは話せないが、僕はマナ、要するに大気中の魔力が集まる霊地にある儀式を行うことによってその場の魔力を自身に集める事ができるんだ。 そうすれば僕の戦力は格段に上がる。もう君達のお荷物にはならないさ」 やや自嘲を込めて虚実を交えた説明をするイスラ。 知らない人間が見れば、こいつは本気で今まで足を引っ張ってきたことを悔やんでいると思うのだろう。 やはりどれだけ付き合ってもイスラを好きにはなれそうもないが、ここはこのサーヴァントに同調しなければならない。 「「火野さ…ライダーは今までずっとオレ達を体を張って守ってくれた。 だから今度はオレ達がみんなのために命を賭ける番だ。 それに…多分より危険なのは泉達の方だ、考えてもみてくれ、柳洞寺には間違いなくオレ達に味方してくれる衛宮がいるけど遠坂邸は今どうなってるかわからない。 オレ達が合流するまで絶対に無理はしないでくれ。…もう仲間を失うのはたくさんだ」」 「りっくん…」 自分でも反吐が出るような酷い嘘で同情を誘う。 ああ、きっと今オレは演技でもないのに酷い顔をしてるんだろう。 その証拠に二人は心から心配そうに自分を見ている。 「今までお荷物だった僕が言っても説得力が無いかもしれないが、例えキャスターがまだ生き残っていたとしてもやられてやるつもりはないさ。 さっきまでは不意打ちだったから不甲斐ないところを見せてしまったが、相手がキャスターだとわかっていればやりようはある。 僕の貯蔵魔力を度外視すれば切り札を使うことも出来ないわけじゃない。 それに、これからの事を考えれば今のうちに戦力を増強しておく必要があるんだ。 これだけの人数が脱落したんだ、今生き残っているのはそれなりに修羅場を潜った者ばかりだろう。 そんな連中を相手に生き残るには僕達も力をつけなければいけない」 駄目押しとばかりに別行動の必要性を説くイスラにこなたと映司もようやく納得した。 出発の前に映司の口から衛宮切嗣のライダー、仮面ライダーディケイドの情報を教えてもらい、学園を離れる。 「りっくん!約束だよ、絶対にまた会おうね!」 嘘にまみれた剣の主従の真意など知る由もなく、こなたと映司は自分達に出来ることをと図書室に足を運んでいった。 【深山町・月海原学園/昼】 【泉こなた@らき☆すた】 [令呪]:3画 [状態]:健康 [装備]:携帯電話、乗用車 【ライダー(火野映司)@仮面ライダーOOO/オーズ】 [状態]:魔力消費(微) 「くっくく、アーッハハハハハハハハ!! いやあ見事な演技だったよリク!見たかいコナタとライダーのあの顔! 君も一段と演技が堂に入ってきたじゃないか!ぷっくくくく…」 「だから爆笑するなって言ってるだろこの馬鹿!」 柳洞寺に続く階段を登りながら、先ほどから人目がないのを良いことに爆笑するイスラに辟易しつつ先を目指す。 目指す先は柳洞寺の敷地、その中枢だ。 だが、先にこなた達に語った別行動の目的は半分が真実、半分が嘘だ。 柳洞寺にイスラの宝具、紅の暴君(キルスレス)を突き立てて大量の魔力を得る、というのは紛れもない真実だ。 ついでに言えばこれからに備えて、とりわけ衛宮切嗣に対抗するため戦力を増強する必要があるというのも偽らざる本音である。 しかし、戦力を得る理由はこなたらを守るためなどでは断じてない。 「シロウ達なら首尾良くキャスターを打倒できるだろう。 でもキャスターもそれは承知している、あらゆる手を尽くして彼らに消耗を強いてくる。 僕らはそうしてキャスター討伐で疲弊したシロウとセイバーを後ろから撃てば良い」 「そりゃあそうだろうけどな、キャスターの方が生き残る可能性もあるんじゃないのか? オレ達はキャスターの事を何も知らない、思いもよらない切り札を持ち出してくるかもしれないだろ」 「その場合でも問題は無いよ、リク。 そもそもキャスターがセイバー、それも名高いアーサー王を相手にして戦力を出し惜しみするなんて土台不可能だ。 つまり万に一つキャスターがシロウとセイバーを下せてもまず間違いなく余力なんて残らない。 君の言う切り札とやらが僕らに向けられる可能性は無視しても良いほど小さいものだ」 そう、陸とイスラにはこなた達と共に行動できない理由があった。 まず第一に紅の暴君で魔力を汲み上げる様子を見られることによって真名が露見するリスク。 サーヴァント達は聖杯から時空を越えた知識を授けられている。 裏切りの反英雄であるイスラの真名を知られれば、いくらお人好しなこなたや映司といえどもこちらへの信用を大きく落とすことになるだろう。 そして―――こちらが最も大きな理由だが、陸とイスラはこの機を生かして衛宮士郎と、可能ならルルーシュをも葬り去る算段であった。 二人とも今は自分達の嘘に騙されていてくれているが、この先何かの拍子に真実に辿り着く可能性も決して零ではないのだ。 キャスターに加え、キャスターから話を聞いたであろう士郎とルルーシュを始末すればもう凛を殺害した件を咎めることが出来る者はいなくなる。 それに今を逃せばもっともらしい理由をつけてこなた達と別行動できる機会はもう巡ってこないかもしれないし、時間が経てば第三者に柳洞寺を占拠される可能性も否めない。 リスクがあるのは承知の上、だからこそこれまで温存していた力が活きてくる。 「キャスター戦で疲弊したシロウ達はもとより、この山の霊脈を乗っ取ってしまえば令呪を2画失ったルルーシュも敵じゃない。 まあ流石にガウェイン卿を相手にして僕自身が正面から倒せる自信は無いけどリク、君は別だろう? 随分我慢させてしまったね、これでようやく僕達の聖杯戦争を始められる」 そうなのだ、刃旗という圧倒的な力を有しながら陸がこれまで策謀に徹さざるを得なかった理由は偏にイスラの弱さにある。 紅の暴君を用いた伐剣覚醒、その比類なき力を魔力不足で引き出すことが出来なかったが故にイスラ・レヴィノスは最弱だった。 しかしこれからは違う、この冬木市最大の魔力集積地を利用すればイスラは最優のクラスの名に恥じない力を取り戻す。 そして全マスターでも最強に近い陸の戦力で以って正面から全ての敵を打倒することも夢ではない。 「…ああ、そうだな。こうなったらもう泉や火野さんも用済みだ。 それに遠坂から奪った魔力はまだ温存してるんだろ?」 「もちろん。少し性能は落ちるしそう長時間は無理だが伐剣覚醒そのものは使えるよ。 これを使う相手がシロウ達になるかキャスターになるかはここからじゃまだ分からないけどね。 それとリク、コナタとライダーはせっかく僕達を味方と思ってくれてるんだ、用済みなんてひどいこと言わずに最後の最後まで利用し尽くしてあげようじゃないか」 「お前にだけはひどいと言われたくないよ」 そんな応酬をしながらついに山門近くまで辿り着いた。 ここからは無駄口は無しだ、お互いにそう気を引き締め――― 「良からぬ気配が近づいてきているとは感じておったが、よもや人の皮を被った蛇蝎の類であったとは。 あの少年とセイバーを葬るとはまた穏やかではないな、そうであれば私も門番の役目を果たさねばなるまいよ」 ―――既にここにいるはずのない男の声を聞いた。 再びの魔剣士 「サーヴァント……!?」 「いかにもこの身はアサシンのサーヴァント、佐々木小次郎に相違ない」 「はあ!?真名を!?」 山門に立ち塞がるように現れた別のサーヴァント。 日本の剣豪・佐々木小次郎を名乗ったその男はどこから出てきたサーヴァントだというのか。 少なくとも先ほどまで柳洞寺にいた面子のサーヴァントでは有り得ない。 もしそうなら彼らの口からこの男の存在が出なかったことに説明がつかない。 かといって陸やイスラと同じく漁夫の利を狙ったマスターの差し金とも考えにくい。 そう考えるにはあまりに動きが早すぎるし何よりサーヴァントのこのような酔狂な名乗りを許しはしまい。 だとすれば、俄には信じ難いが残る可能性はただ一つ。 「キャスターの用意した手駒、そんなところかい?」 「然り。如何な外法を用いたか、あの女狐めが亡霊に過ぎぬこの身を山門を憑き代に呼び出したというわけだ」 「おい、ちょっと待てよセイバー! サーヴァントがサーヴァントを召喚したっていうのか!? そんなルール違反が出来るのかよ!?」 「出来なくはないだろうね、何しろ向こうは本職のキャスターだ。 媒介はそうだな…さっき死んだという、ライダーのマスターの令呪じゃないかな?」 イスラの推測にアサシンは沈黙を以って応じた。 その沈黙をイスラは肯定と受け取った。 あるいは、もう言葉を話す事すら苦痛なのかもしれない。 「しかしまあ、そんなことはどうでもいいか。 少なくとも、今君がこうして存在している理由に比べれば些細な事さ。 まったく君のそれは一体どうなっているんだい?僕の呪いが形無しじゃないか」 ―――信じ難い事に、アサシンは明らかな致命傷を負いながら未だ気力だけで存在を保っていた。 「何、おぬしらの良からぬ気配を感じたものでな。 これはまだ死んではおれぬと思い立ったまでのこと。 いや、醜く生き足掻いてこそ得られるものもまたあったようだ。 ―――何しろ、セイバーの戦を邪魔立てする不埒者どもをこの手で斬れるのだからな」 その口と胴体からは生きているのが不思議なほどの血液が流れていた。 元々は優美であったのだろう陣羽織は血に染まり、今や見る影もない。 手にした長刀物干し竿は先ほど赤原猟犬を迎撃し、打ち落とした代償に刀身が歪んでいる。 だが、そんな死に体であってもイスラにはアサシンの戦力は些かも衰えていないように感じられた。 「やれやれ、たかが敵サーヴァントにどうしてそこまで入れ込むのか僕には理解できないよ」 「この月の聖杯戦争にしか招かれなかった貴様らには知り得ぬ事よ。 ―――ああ、そうだな。確かにあの時私は次こそはと月に願ったものだ。 いやいや我ながら実に未練がましい、またもこうして化けて出てしまったのだからな」 陸とイスラの知らない何かへの執着を振り払うように一度だけ頭を振り、刀を掲げる。 その静謐な闘志は陸にとって全く未知のものだった。 だがイスラはそんな相手の心情などお構いなしに紅剣を手に取り、召喚術の構えを取る。 「生憎と僕は純正なセイバーじゃなくてね、代わりといっては何だけどキャスターの真似事が出来る。 だから君がそこから動けない存在だということも手に取るようにわかる。 さて、そこまで分かっていて僕が君の得意そうな距離に入るとでも?」 決まりきった結末を記す必要はない。 佐々木小次郎の名で召喚された無銘の魔剣士は異界の召喚術士の前に一太刀浴びせることも適わず月の聖杯戦争から完全に退場した。 招かれざる亡霊は露と消え、後には荒れ果てた瓦礫だけが残された。 “……ここまでか、先に逝っているぞセイバー。 いや、良い夢を見させてもらった―――“ 【アサシン(佐々木小次郎)@Fate/stay night 消滅】 アサシンを無傷で撃破した後、山門を潜り境内へ入る。 警戒しながら中に入ると、そこにはキャスターの気配は微塵も感じられず、代わりにどこから調達したのか黒塗りの洋弓を手にし、ムーンセルによる修復が始まった本堂を見つめる見知った少年がいた。 「「衛宮、無事だったんだな。 キャスターは…どうしたんだ?それにあんたのセイバーは?」」 「…キャスターは俺達が倒した。 セイバーは…少し席を外してる、まあすぐ戻るよ」 こちらに向き直った士郎だが、どうも様子がおかしい。 その表情はどこか凍っているようにも感じられ、遠坂凛の仇敵を討ち果たしたという達成感はどこにも見られない。 「それよりお前らこそどうしたんだ。 泉とライダーは一緒じゃないのか? それにさっきの物音は?」 「いや、実は死にかけのサーヴァントの妨害に遭ってね。 それと二人には学園に残ってもらっているよ。 調べ物をしてもらってからリンの家で落ち合う予定でいる。 君らも一緒に来ないか? キャスターを倒したなら、これからの事を考える必要がありそうだしね。 さっきのアサシンの事を含めて本格的な情報交換をするべきだろう」 イスラが友好的な笑顔を貼り付けたまま士郎の隙を伺う。 凛の一件から令呪を警戒しているのか、すぐに襲いかかる気はなさそうだ。 「そうか。本当にあいつらはいないんだな、良かった」 「………?」 イスラも気付いたようだがやはり何かがおかしい。 まるで自分達が何か致命的な見落としをしていて、まだそれに気付けていないかのような――― いや、そもそも“何故士郎は陸とイスラがここに来た事に全く驚きを見せないのか?” 「なあセイバー、いや、天海でもいい。 アンリマユ、宝石剣ゼルレッチ、大聖杯に小聖杯。 この単語のうちどれか一つでも聞き覚えはないか?」 「「……いや、オレは知らない。セイバーは?」」 「残念ながら僕も知らない、リンや君が参加したという聖杯戦争に関わることなのかい?」 イスラが警戒の度合いを若干引き上げながら答える。 士郎はといえば一度だけ目を閉じて天を仰ぎ、無表情のままこちらを見つめる。 「そうか、やっぱり知らないのか。 …キャスターは知ってたぞ」 その言葉が引鉄だった。 身体能力を強化しているのか素早い動作でどこからか矢を取り出し、陸に二射続けて撃ち放った。 「ハッ!」 だがそれらは当然のように陸の前に出たイスラの魔剣に阻まれる。 しかし事はそれだけで終わらなかった。 「…!リク、横だっ!!」 爆音と共に林からミサイルの如きスピードで飛び出してきたセイバー、アルトリア・ペンドラゴン。 その手に握る不可視の剣の切っ先は真っ直ぐ陸に向けられていた。 士郎の射撃とほぼ同時の変則的十字砲火(クロスファイア)。 陸の前に飛び出し、矢を迎撃したイスラは間に合わない。 「う、うわああああああっ!!!」 恐怖と生存本能から無意識のうちに顕醒し、意識圏を張った。 だが無情にもセイバーの剛剣は意識圏を容易く切り裂き、刃の直撃こそ免れたが風王結界の衝撃だけで十数メートルも吹き飛ばされ、反対側の林の木に全身を打ちつけられた。 すぐさまイスラが駆け寄り、陸を庇う形で前に立つ。 「なるほど。姿を変え、大剣を持ち既存の魔術とは異なる障壁か。 それにこの反応速度、確かにこれならばサーヴァントであっても短時間ならば引きつけられる。 やはり我々を欺き、凛を殺したのは貴方達だったか」 「…これは一体どういうつもりだい? しかもいきなり濡れ衣を着せにくるとは大した挨拶じゃないか。 大体僕らがリンを殺しただなんて、まさかキャスターにでも操られているのか?」 「この期に及んでまだそのような戯言を口にするか。 確かにキャスターは潔白ではなかった、だから我々が倒した。 だが同時に、凛を直接殺したのは彼女ではないとはっきり分かったのだ」 「何…だと…?」 確信を込めて敵意をぶつけるセイバーにさしものイスラも一瞬頭が真っ白になった。 何故だ、どこで露見した。 いや、状況から考えて情報の出どころがキャスターであることは間違いない。 だが何故あれほど憎んでいたキャスターの言を今になって信じる気になっている。 一体何がどうなればさっきの今でここまで態度が変わるのか。 イスラが事態を好転させようと必死に思考を巡らせている時、士郎が地面に落ちた反魔の水晶を拾い眼前に突き出した。 「言ってなかったけどな、俺はある魔術に特化した魔術使いなんだ。 その魔術からの派生で、物の構造を把握する解析の魔術が使えるんだよ。 その物の創造理念から基本骨子、構成材質、製作技術、成長経験に蓄積年月に至るまで全て解析できる。 リィンバウムだとかわからない単語もあるけど、とにかくコイツが対魔力の代わりになるような魔術道具の一種だってことは今解析したことで服の上からでもすぐにわかった。 要するに天海、お前はルルーシュのギアスにかかってもいなければただの一般人でもないって事だ」 「「ま、待ってくれ、違うんだ。確かにこの力を隠してたことは謝るよ。 で、でもだからってオレ達は間違っても遠坂を殺したりなんかしてない! その水晶だって、ルルーシュにギアスをかけられた後でセイバーに頼んで作って」」 「天海」 弁解の言葉は士郎の大声に阻まれた。 その双眸からは今や怒りの色がはっきりと見て取れる。 「…お前、俺の話を聞いてたか? 俺は物の構造を全て解析できると言ったんだぞ。 この水晶がどこかから“呼び出された”のは今日の午前7時49分22秒から37秒までの間。 ルルーシュが柳洞寺を出たのが午前9時、どう考えても時間が合わないんだよ。 仮にこれを用意した理由がキャスターへの対策だったとしたって、お前がギアスにかかっていない事だけは絶対に間違いのない真実だ」 「な…馬鹿な…そんな……」 聞いていない、そんな自分達の嘘をピンポイントで暴ける魔術が存在するなんて聞いてない。 皮肉にも、嘘がバレないようにと用意した反魔の水晶と刃旗使いとしての今の陸の姿が彼らの嘘を裏付ける動かぬ証拠となってしまったのだ。 金魚のように口をパクパクと動かしながら愕然とする陸に追い討ちをかけるように更なる衝撃を突きつけられる。 「それからお前のセイバーが持ってる宝具、そいつには確かに魔力を吸奪する機能があるな。 …いや、その剣は本来世界から魔力を汲み出して使うものなんだ。 銘は“紅の暴君(キルスレス)”。セイバー、これでアイツの真名わかるか?」 「はい、生まれた時より絶息の呪詛を与えられ、その苦しみから逃れるために多くの組織を渡り歩き裏切り続けた反英雄イスラ・レヴィノス。 どうやら異界のサーヴァントに関する知識は私にも付与されていたようです」 「……!!」 イスラの表情が衝撃と絶望に歪む。 魔術師という存在を侮っていたつもりは毛頭なかった。 しかしそれでもこの衛宮士郎という魔術師はあまりにも異常だ。 この宝具にどれだけの神秘が込められていると思っている、それを何故そうも簡単に分析できる。 この男に疑われ解析の魔術を使われた、たったそれだけの事でこれまで陸とイスラが苦心して積み上げてきた戦略は呆気なく崩壊した。 陸の刃旗と反魔の水晶を見られたことにより発覚した二人の嘘、更にはこれまでひた隠しにしてきた悪名高いイスラの真名。 それらが全て露見してしまった今、如何に舌先三寸を得意とするイスラもこの状況を覆して士郎とセイバーを騙せる策を弄することは出来なかった。 「一つ聞かせてくれ、どうして君達は僕らが疑わしいと思ったんだい?」 どうして自分達の嘘がわかったのか、とは聞かない。 それはイスラにとってささやかな最後の抵抗だった。 「ああ、俺達も最初はお前らを全く疑ってなかった。 そこに疑問を抱いたのは――――――」 妲己ちゃんのスーパーネタばらしタイム ―――時をしばらく遡る。 アサシンを撃破して山門を通り、奥まで進むと焼け落ちた本堂の前で佇む一人の女、キャスターを見つけた。 しかしどうもおかしい、キャスターのサーヴァントならばセイバークラスのサーヴァントを迎撃するにあたって必須ともいえる魔術工房、あるいは神殿らしき空間はどう見てもここには存在しない。 「あらぁ~ん、いらっしゃぁ~い。 あの小次郎ちゃんをほとんど消耗ZEROで倒しちゃうなんてわらわビックリだわぁん」 「そのような世辞は結構。確認するがキャスター、先のアサシンは貴様がハジメの令呪を使って召喚した者だな? 如何に魔術師の英霊といえど相応の媒介が無ければサーヴァントレベルの存在を召喚するなど不可能、可能に出来るものがあったとすれば彼しか考えられない」 「さっすが普通に魔術が世間に在る時代に生きたセイバーちゃんは見る目が違うわねぇん。 でもぉん、それがどうしたのぉん? わらわの立場なら利用できるものは全て利用するのは当たり前でしょぉん?」 「確かに、許し難くはあるが貴様の立場からすれば最善の方法だったのだろう。 だが―――私からすれば貴様を討つ事への躊躇いがまた一つ消えただけの事だ……!」 不可視の刀身をキャスターに向け構えを取る。 最弱の英霊といえどここまで自分達を苦しめた相手だ、油断はしない。 士郎もまた、魔術回路を励起させ不意打ちに備える。 だが、予想に反してキャスターはこちらにフッと微笑んだ後両手に持つ扇型の宝具、五火七禽扇(ごかしちきんおう)を地面に投げ捨てた。 「やーめたぁん♥」 「なっ……!?」 「…どういうつもりだ、よもや事ここに至って命乞いが通るとでも思っているのか?」 「だぁってぇ~ん、ここでわらわが頑張って戦ってもお互いデッドエンドからの道場行き確定なのよぉん? それなら貴方たちを助けてあげた方がまだ実りがあるでしょぉん?」 デッドエンドだの道場だの訳の分からない単語は聞き流すとしてキャスターの発言と行動の意図がわからない。 いやそもそも何故追い込まれているからといって戦いを放棄するのか。 このキャスターならば最悪この土地との契約を切って捲土重来を期すことも不可能ではないはずだ。 「世迷言も甚だしい。ここで倒れるのは貴様だけだ、キャスター」 「いつでもどこでもわらわって信用が無いのねぇん、悲しいわぁ~ん。 ああ見える、見えるわぁん!味方と信じた人間に後ろから刺されて道場送りにされる士郎ちゃんとセイバーちゃんの姿が!」 あまりにも白々しい大粒の涙を流しながら相変わらず要領を得ない発言を繰り返す。 警戒を解いたわけではないが、これでは埒があかないと士郎が話しかける。 「ちょっと待て、味方に刺されるってどういう意味だよ。 言っとくけどな、ルルーシュや他に俺達に味方してくれてる奴らはしばらくここには入ってこないぞ。 お前みたいな奴には天敵になるサーヴァント一人で戦った方が良いからな」 「ふぅ~ん、それって天海陸ちゃんのサーヴァントの入れ知恵かしらぁん?」 「何でそれを…!いや、そうか。お前のその帽子は…!」 解析魔術を使ったことによって性能が判明したキャスターの宝具、金霞帽(きんかぼう)。 使い魔の類ではなくその宝具の索敵能力で自分達の動きを察知していたという事か。 「じゃあわらわも聞きたいのだけどぉん、どうしてその陸ちゃんが自分のサーヴァントだけを連れてこっちに向かってきているのかしらぁん?」 「何だと…!?いや、その手には乗らない。 これ以上虚言を弄するならすぐにでも斬って捨てるぞキャスター!」 猛るセイバーを歯牙にもかけずにクスクスと不気味な笑いを浮かべるキャスター。 そんなセイバーに取り合わずに士郎にある提案を持ちかける。 「士郎ちゃん、もし気になるならこの場でわらわの金霞帽を投影しても構わないわよぉん? 貴方解析とかコピーとか得意でしょぉん? これが貴方にとって投影したら危険なものかどうかなんてもうわかってるはずよぉん」 「…………わかった、今だけ乗ってやる。投影開始(トレースオン)」 セイバーを手で制しつつ金霞帽を投影する。 神秘と化学の両側面が入り交じった仙人界の宝貝は士郎の投影魔術とは相性が悪く、ワンランクどころの性能低下では済まなかった。 しかしそれでも今この場では必要十分な性能を発揮した。 衛宮士郎と投影した金霞帽の組み合わせで可能なことは精々が数百メートルをごく短時間索敵する程度のことだ。 しかも燃費も異常に悪く姿を隠す機能は再現できない、本物と比べれば贋作どころか粗悪品と呼ぶしかない。 だがそれで十分だった。 肥大化した視野は学園から離れて柳洞寺に向けて移動している天海陸と実体化した陸のセイバーをしっかりと捉えていた。 こちらへの援軍か?だがそれにしてはあまりにも歩みが遅すぎる。 何より目を疑ったのは―――何がおかしいのかゲラゲラと嗤う陸のセイバーだ。 先ほどの温和ながら誠実そのものだった印象とは似ても似つかない。 (何だ、これ―――?) 士郎の背筋を冷たいものが走った。 自分達は何か、とんでもない間違いを犯したままここに来てしまったのではないか。 未だ確かな正体のわからない不安が際限なく膨れ上がっていく。 「シロウ……これは……」 パスが繋がっているからか、セイバーにも同じ光景が知覚できたようだ。 表情から察するに彼女もまた士郎と同じことを考えていたようだ。 キャスターの方を見れば、いっそう不気味な笑いを浮かべている。 「ねえ士郎ちゃん、セイバーちゃん。 貴方たちは“何を理由にして何のために”わらわを討ちに来たのぉん?」 「…それは。いや、貴様が凛のサーヴァントでないことは既に分かっている! 貴様はアーチャーを殺し彼女の新たなサーヴァントに収まり、令呪を使われた腹いせに凛を殺したのだ! それだけではない!先ほども切嗣と結託してルルーシュのギアスの情報を切嗣に流し、ガウェインを操らせて貴様を最も警戒していたライダーとハジメを殺させた! 百歩譲ってリクたちが殺し合いに乗っていて、漁夫の利を得るためにここに向かっているのだとしてもこの事実は最早動かない!」 「アンリマユ、宝石剣ゼルレッチ、大聖杯にアインツベルンの用意した小聖杯」 「っ!?」 キャスターの口にした四つの単語は二人を動揺させるには十分な重みがあった。 ムーンセルの事情に詳しい太公望やガウェインも士郎達に聞くか学園で調べるまで第五次聖杯戦争の詳細は知りもしなかった。 であれば、それはキャスターが真実遠坂凛のサーヴァント、それも殺し合いの末の妥協混じりの契約ではなく初期から彼女に配され、一定の信用を得ていたのでなければ知り得ぬ情報ではないのか――― 「それともう一つ、わらわがその切嗣ちゃんとかいう子と結託して太公望ちゃんを排除する。 確かによく出来た筋書きではあるけれど、何か肝心な事を忘れてないかしらぁん? 実際にわらわ側にはそれなりに利益があったけれど、その切嗣ちゃんとやらはマスターの制御のないキャスターのサーヴァントの言う事をあっさり真に受けて数時間足らずで作戦決行しちゃうようなお間抜けさんなのぉん?」 「!!!」 セイバーの瞳が限界まで見開かれる。 わかった、先ほどから感じていた僅かな違和感の正体がわかってしまったのだ。 セイバーはかつて衛宮切嗣のサーヴァントであったが故に。 切嗣は良くも悪くも非常に慎重かつ周到な男である。 そして切嗣が動く時は殆どの場合一定以上の勝機あってのことだ。 その切嗣が裏切りのクラスたるキャスターの齎した情報を元にして動く? 有り得ない、そんなことは決して有り得ない。 それが衛宮士郎の養父ではなく魔術師殺し・衛宮切嗣であればなおさらだ。 「先ほどのランサーとの戦闘はお互い宝具を使った以上相当に目立っていたはず。 切嗣かあのライダーがそれを監視していたとすれば、キャスターからの情報提供などなくてもルルーシュのギアスは把握できる…! いや、それだけの確信がなければ切嗣がああも大胆な策に出るはずがない!」 「…セイバー、それだけじゃない。 こいつの宝具と能力でアーチャーを、あの野郎を倒すのは…恐らく無理だ。 こいつは防性に特化したサーヴァントだ、攻撃にはまるで向いていない」 地面に落ちた五火七禽扇とキャスター自身を見比べた士郎が分析の結果を伝える。 確かにこのキャスター、蘇妲己は魔術師の英霊としては一級品だ。 が、それは戦闘者として一流であることを意味しない。 それに無限の武具を扱えるアーチャーを五火七禽扇だけで圧倒するのは無理がある。 先ほど失った宝具、傾世元禳にしても同じ事だ。 アーチャー、英霊エミヤが持つ固有結界“無限の剣製”には使い方次第でAランク以上の威力を叩き出す剣も防御突破の概念を持つ剣もいくらでも存在する。 加えて奴自身防御用の宝具も少数ながら投影できる。 こと直接戦闘で英霊エミヤシロウが蘇妲己に痛手も与えられず完敗する事など士郎には考えられない。 遠坂凛という強力なマスターがついているのであれば尚更だ。 「それに、貴方たちが信じていた“妲己ちゃん☆黒幕説”を吹き込んだ人間。 それって果たして誰だったのかしらねぇん?」 「…!確かにこれは全てリクや彼のサーヴァントが言っていた事だ。 だがリクはルルーシュのギアスにかかっていた! 我々に嘘などつける、はずが……いや、待て」 嘘がつけない?ギアスにかかっていた? その理屈では直前にキャスターの襲撃を受けているのに陸のセイバーが何の対策もしなかったということになる。 ルルーシュのギアスはサーヴァントからすれば直前の魔力の高まりや微細な予備動作が丸見えだ。 キャスターに敗北したという前例があるのにそれを未然に防げなかった、というのは流石に手落ちが過ぎないだろうか? それに金田一も陸のセイバーの不自然な能力の低さに疑問を持っていた。 加えて短い間だが行動を共にしたことで彼のセイバーが何らかの形でキャスターの適性を持っている可能性は十分有り得るとセイバーは踏んでいる。 にも関わらず主人を守るために何の対策も用意せずルルーシュのギアスを止める素振りすらなかったというのか? 「なあセイバー、もし天海のセイバーが魔術やそれに近い能力を持ってるとしたら、前提が全てひっくり返ることになる。 実際俺から見てもあいつは純粋な剣使いって感じじゃなかった。 お前と一緒に戦ってるんだからそのぐらいは見分けられる」 「…今となってはその可能性も疑わざるを得ないようですね。 私はキャスターならばどのような小細工を弄していても不思議ではない、そう思っていた。 勿論今もこのキャスター、蘇妲己は信用に値しないサーヴァントです。 しかし、リクのセイバーに魔術の心得があるとすれば、小細工を使うという可能性はそのまま彼らにも該当する…!」 例えば、天海陸とそのサーヴァントには最初からギアスあるいは魔術への対抗策があったとすれば。 士郎とセイバーが信じてきた“ギアスをかけられた人間は嘘がつけない”という論拠は根本から崩れることになる。 そしてギアスをかけられた際に天海陸が嘘の証言を行なったとすれば、そうする理由はもはや一つしかないのでは―――? 「…しかし、だからといってキャスター、貴様が信用できるという事にはなり得ない。 確かにリクにも注意を向けるべきなのかもしれない。 だが、我々の思考を誘導する貴様の罠という可能性とて捨てきれない」 「確かにわらわの言葉ではこれが限界ねぇん。 魔術師のサーヴァントは信用できない、実に正しい一般論よぉん。 じゃあ、わらわ以外の貴方達が信用する人間の言葉ならどうかしらぁん?」 そう言うやキャスターは懐から黒い長方形の物体を取り出し、士郎の足元に転がした。 見たところそれはICレコーダーのようだった。 罠に乗るようで癪ではあったが自分達の考えが正しければ既に事態は切迫しつつある。 魔術的な仕掛けが施されていない事を確認し、慎重に再生ボタンを押した。 『あ~テステス、本日は晴天なり。 って聖杯戦争中のSE.RA.PHで雨なんぞ降るわけもないか。 わしはライダーのサーヴァント、真名は太公望。 今これを誰かが聞いておるという事はわしらは道半ばで脱落したという事だろう。 もしこれを聞いている者が殺し合いに乗らず、この聖杯戦争からの脱出を考えておるのであれば今からわしが話すことを聞いてほしい』 聞こえてきたのはつい先ほど消滅した仲間、太公望の声だった。 しかし何故こんなものが、そもそもこんな代物を残しているなら何故教えてくれなかったのか。 そんな士郎の疑念に答えるはずもなく、ICレコーダーはただ機械的に仲間の声を再生していく。 『まず話しておきたいのは脱出を志す人間にとってある意味最大の障害となるであろう者たちと現在わしらが関わっておる参加者の死の真相についてだ。 事の発端は午前8時20分頃、マスターを失ったキャスターのサーヴァント、わしの同郷でもある蘇妲己が柳洞寺に駆け込んできたことだった――――――』 ここからは士郎達も知っている事だった。 といってもあの時点でキャスターが話した情報が主だったものであるが。 一応この段階で判明していた陸とこなた及び彼らのサーヴァントの情報も入っていた。 『―――以上がわしと仲間たちで協議した現時点での行動方針だ。 そしてここからはわし自身のこの事件に関する見解を述べたい』 「っ!!」 これは士郎達も聞いていないことだ。 いや、恐らく太公望自身落ち着いたら話す気でいたのかもしれない。 何しろルルーシュは別行動中で士郎に至ってはお世辞にも平静とはいえない精神状態だったのだから。 『まず恐らく最も怪しいであろう妲己だが…わしはこやつが遠坂凛殺しの直接の犯人ではないと思う。 だがこやつが潔白ということもない。 こやつは索敵と自身の隠匿に特化した宝具“金霞帽”と絶大な防御力と強力な誘惑(テンプテーション)能力を備える羽衣型の宝具“傾世元禳”を持っておる。 まず口実を作ってマスターと別行動を取り、それら宝具を上手く使い他者が遠坂凛を殺しやすい状況を作り出す。 そして首尾良く遠坂凛を殺させた後、魔力探知にかかりにくいNPCを操ってマスターの令呪のみを手にし、この円蔵山という土地と契約した。 まあぶっちゃけわしがあやつに直接聞いて確かめたというのもあるがな。 ともかくあやつは自分は極力手を汚さず他人に手を下させるタイプだ、直接マスターを殺すなんてチープな真似はするまいよ』 そんな話は初耳だ、しかし太公望を責めるのも酷だろう。 知り合い同士でしか通じない論拠をあの状態の士郎が素直に受け入れられたかどうかは怪しい。 『もちろんそれだけというわけではない。 最大の理由はあやつがこの土地との契約が出来たという点だ。 人間相手の契約と違って土地との契約というのはあまり融通がきかん。 加えてムーンセルは管理の怪物、自らのマスター以外の令呪で土地との再契約が出来るなどという事態を容認することはまず有り得ん。 そもそも本来マスターが主体となる聖杯戦争で、サーヴァントだけが他人と再契約することも消滅の危機もなく存命しているという事自体が反則ギリギリの行為だからな。 それは妲己であろうと変わらん。他人から見れば万能に見えるあやつもサーヴァント化している以上少なからず制約は受ける。 これらの事から、少なくとも妲己のマスターが遠坂凛であったというのはほぼ疑いない事実だ』 「…………」 太公望の解説を聞きながらキャスターを見れば、妙に得意げな顔で笑っている。 やはりこれは――― 「わらわの用意したもの、ではないわよぉん」 こちらの考えを見透かしたように否定の言葉が入った。 「わらわならNPCを操ってこういう現代機器を手に入れることは出来るわぁん。 でもそれを読まれる可能性がある時点でこれを使って自分の潔白を証明なんて策は取らないわぁん。 多分太公望ちゃんが金田一ちゃんのクレジットカードを使って勝手に買ったものでしょうねぇん。 もしかしたらスープーちゃんに買いに行かせた可能性もあるけれどぉん」 ちっちっちと指を振りながら語るキャスターに釈然としないものを感じながらも続きを聞く。 『では妲己でなければ誰が遠坂凛を殺したのか。 …うむ、もったいぶってすまんが、これに関してはハッキリとした名前を出す事は控えたい。 現時点でわしらが知っておる情報は大半が伝聞かつ断片的なのだ。 わしが少ない情報から誤った推理をし、全くの見当違いな人物を犯人として脳裏に浮かべている可能性があるからだ。 だが伝えられることが何もないというわけでもない。 これは聖杯戦争だ、敵マスターを殺すという行為に至ったからには必ず相応の理由がある。 もしこれが内部犯であれば、犯人には単に敵マスターを倒す以上に、遠坂凛個人を殺すことによって得られる明確なメリットがあったはずだ。 故にもしこの件について調べるのであれば当時遠坂凛の周辺にいた人物。 とりわけ遠坂凛の死亡後に利益や恩恵を得た人間がいたかどうかをまずは疑うのだ。 最も利益を得た人間こそが最も疑わしい、まあ推理の基本と言われれば反論は出来んのだが。 それとわしが脱落した後もまだ妲己が生きているようであれば、早急に止めを刺すのだ。 あやつは文字通りの意味で人を人とも思わぬ愉快犯、わしらの監視が無くなれば何をしたとしても不思議ではない。 良いか、止めを刺すのだぞ。絶対にキッチリと止めを刺すのだぞ』 一度再生を切る。続きはあるようだが今は状況が差し迫っている。 目の前にはキャスターが、そして今や限りなく怪しい人物となった天海陸とセイバーが何を狙ってかこの柳洞寺に近づいている。 早急に結論を出さなければならない。 「…最も利益を得た人間。少なくともコナタとライダーではないでしょう。 特にライダーは先ほども私と共に最前線で戦っていた。 その他の状況から鑑みても凛の死で大きな恩恵を得たとは考えにくい」 「だとしたら……天海、なのか?」 「マスターとサーヴァント、どちらが主導しているのかまではわかりませんが恐らく。 現に彼ら、特にセイバーの方は能力の低さ故に先ほどは危険度の低いルルーシュ達の護衛に回っていました。 切嗣のライダーに狙撃こそされましたがあれは誰にとっても計算に入れられる要素ではなかった。 そして何より、私達はリクのセイバーの助言に従ってキャスター討伐に赴いた。 いいえ、はっきりと言えばあのセイバーこそがリク達の集団の中で最も大きな発言力を持っている」 「ああ、確かにあいつがリーダーシップを取っていた。 あとは遠坂を殺した理由か目的だけど、あいつの能力の低さから考えたら答えは一つしかない。 弱いサーヴァントが手っ取り早く自分を強化するなら魂喰いしかないんだ。 そしてターゲットが遠坂なら、その効率だって段違いだ」 これまでバラバラだった点と点が繋がり、一本の線になっていく。 未だ確定ではないが、もう彼らを無条件で味方とは考えるべきではないだろう。 とすれば残る問題は――― 「お話は終わったかしらぁ~ん? さっ、わらわの気が変わらないうちにザクっとスパっとやっちゃってぇ~ん♥ 一流の悪役ヒロインは引き際を弁えてるものなのよぉん」 相変わらず抵抗の様子すら見せないキャスターである。 この女は聖杯戦争の趨勢自体眼中にないのではないだろうか? 「その前に問うておこう、貴様が凛を見殺しにしたというのは事実か?」 「そうよぉん、ご主人様は魔術師のわりに良い人だったのだけれど、ちょっと正義感が強すぎたわぁん。 わらわって束縛されるのあんまり好きじゃないのよねぇん」 「……そうか、ならば最早何も言うことはない」 今度こそ迷わず剣を構え念のため周囲の魔力に気を配り、そして一息に無防備なキャスターに迫り、その心臓に刃を突き立てた。 微かな吐血を漏らしながらもその微笑が崩れることはない。 「…キャスター、あんた一体何を考えてるんだ? あんたは間接的でも遠坂を裏切ったんだろ? だったら、どうして俺達に手を貸すような真似をしたんだ? アサシンまで召喚したのは勝つためじゃなかったのか?」 その微笑みの意味が、彼女の思考がわからなくて。 思わず士郎の口から出たのは最も気になっていたことだった。 全身が崩れゆく中、キャスターは最期の時まで超越者じみた余裕を崩すことなく答えた。 「わらわは基本楽しければオールオッケーなのよん。 小次郎ちゃんを召喚したのもその方が面白そうだから。 この聖杯戦争も最上とはいかなかったけど中々楽しかったわぁん。 陸ちゃんへのささやかな意趣返しも出来たし、士郎ちゃんたちの苦悶に歪む顔も中々見ごたえがあったわねぇん。 でもそうねぇん、敢えて一つだけ理由を挙げるなら―――」 一度だけ意味深に目を閉じ、悪戯っぽい笑みを浮かべた。 「―――わらわが遠坂凛のサーヴァントだから、かしらぁん」 そんな言葉を残して、稀代の悪女・蘇妲己は完全に消滅した。 主を策略で見殺しにしながら、最後の最後で主命を果たした魔術師の英霊。 その真意はどこにあったのか、それを知る者はもういない。 【キャスター(蘇妲己)@藤崎竜版封神演義 消滅】 虚飾を払うは――― それからはほとんど陸とイスラも知っている通りだ。 二人に強い不信感を抱いた士郎とセイバーは一計を案じた。 まず士郎が二人に第五次聖杯戦争に関する事柄を聞く。 このムーンセルの聖杯戦争にしか参加していない英霊でもその事について知っている可能性、つまりは蘇妲己が凛のサーヴァントではないという可能性もまだ僅かには存在していたからだ。 そしてイスラの返答によって蘇妲己が凛のサーヴァントであることが概ね証明されたと同時、士郎の射撃と数百メートル以上離れた地点から全開の魔力放出で一瞬にして距離を詰めたセイバーの同時攻撃で陸とイスラの正体を暴いた。 といってもこの攻撃で二人を殺すつもりはなかった。 一瞬でもイスラを足止めし、セイバーの直接攻撃―――本当に何の能力も持っていないようなら寸止めが出来るよう剣に込めた力は三割程度に抑えていたが―――で陸の正体を見極めるという策だった。 いや、実際には策とも呼べない強引な賭けだった。 これでもし陸とイスラがシロであれば今度こそ殺人者の謗りを免れないところだったのだ。 この場にルルーシュでもいればもっと穏当かつ確実な策を閃いたのかもしれないが。 しかし結果としてこれで陸とイスラの正体はほぼ完全に露見した。 どころか陸がギアスにかかっていなかったという物証まで入手できたのは期待以上の成果といっていい。 「これで全ての疑問は解決した。 凛を殺す際、どうやってあのオーズを引き離したかが引っ掛かっていた。 しかしそれほどの力ならばごく短時間彼の注意を引くぐらいは可能だったはずだ。 …まだ何か言うことはありますか?」 セイバーの最後通牒に等しい言葉に陸もこれ以上言い逃れは出来ないことを悟った。 「ハハッ…何だよこれ。キャスターが抵抗もしないとかどうなってんだよ。 しかもこいつらに塩まで送っちゃってさあ、何なんだよマジで。 話が全然違うじゃないか…どうなってんだよイスラアアッ!!!!」 「……済まないリク。僕の見積もりが甘かったらしい」 「…謝るなよ、謝ってんじゃねえよ! 何か、何かないのかよ!?お前がチャンスだって言うからここまで来たんだぞ!? なのに、なのにこんな……!お前のせいだぞこのハズレサーヴァント!!!」 「…………」 こんなはずではなかった。 イスラはこれまでに聞いていたキャスターの動向と、先ほどのアサシンの存在からキャスターは勝ち抜きを狙っていると確信していた。 というよりその確信があったからこそ今までのイスラの嘘は聞いた者に強い説得力を与えていたのだ。 そもそもキャスターがさしたる願いも目的も持たずに聖杯戦争に参加し、なおかつ自分の娯楽のためだけに場を引っ掻きまわして、思わせぶりな行動を取ってきたなどどうやって想定しろというのか。 否、それを言い出せば彼らの嘘が露見した理由の多くはこれまで知らなかった、知る機会のなかった要素によるものばかりだ。 通常の域を大きく逸脱した解析魔術を扱える衛宮士郎。 キャスターと同郷の出身だった柳洞寺のライダー、太公望の存在。 関係者にのみ通じる第五次聖杯戦争の詳細。 セイバーであるイスラには考えもつかない、土地そのものと契約するという手段によって客観的に自らが遠坂凛のサーヴァントであることを証明したキャスター。 かつてイスラ自身が口にした情報戦における遅れ。 それがこんな、あと一歩という局面で状況を完全にひっくり返す決定打になるとは思いもしなかった。 だがイスラがそう考えるのも無理もないことだ。 何しろ陸とイスラのここまでの道中はあまりにも上手く行き過ぎていた。 有り体に言えばとにかく運が良かった。 綱渡りに等しい遠坂凛の暗殺を見事こなたと映司に気付かれることなく成功させた。 この時キャスターの策で凛の令呪を奪われたが、それは単にキャスターの用意が陸とイスラを上回っていただけだ、二人の失策ではない。 さらに事前に用意した反魔の水晶がギアスに対してこれ以上無いほどに効果を示したこと。 つい先刻の切嗣陣営の襲撃の際最も少ない被害で切り抜けられたこと。 切嗣の策によって結果的に柳洞寺にキャスターが孤立し、さらに能力面で厄介な士郎のセイバーにキャスター討伐を押し付けることに成功したこと。 これだけの幸運に恵まれたことが、陸とイスラの行動を大胆にさせた事は否めない。 最早情報戦の遅れは完全に覆した、後は柳洞寺の魔力の流れを乗っ取れば策を弄する必要もない。 キャスターや士郎らもお互い潰し合わせさえすれば、ここまで温存してきたイスラの魔力でどうとでも処理できる、イスラをしてそう信じて疑わないほどの好機だった。 その先が奈落の底に続く落とし穴であることなど考えもせずに。 だがそれを誰が責められようか。 聖杯戦争において敵が戦力を分断させた時を狙って仕掛けるのも、大量の魔力を得られる好機を逃さないのも正しい戦略だ。 そもそもキャスターがイスラの予想した通りの勝利を狙う、常道のサーヴァントであれば彼らの行動が問題になる事など本来有り得ない筈だった。 繰り返すが彼らの取った戦略は普通なら正解であり、成功への最短ルートだった筈なのだ。 (しかしそれでも…もっと慎重に事を進めるべきだったのかもしれない) 後悔は決して先に立つことなど無いが、それでも悔やんでも悔やみきれない。 振り返って考えれば、イスラが陸に性急な行動を提案した背景にはあの男、衛宮切嗣の影があったのだろう。 自分達の嘘が一切通じる余地のない危険な敵手、それに少しでも対抗するにはこちらも力をつける必要がある、そう思った。 衛宮切嗣のサーヴァント、仮面ライダーディケイドとやらがこなたのライダー、オーズを倒すことに執着しているらしいというのもあった。 何せこの先こなたらと行動を共にする限り常にあの陣営の脅威に晒されることになるのだ。 先ほどはルルーシュが標的になり、士郎のセイバーが盾代わりになってくれたおかげで事なきを得たが、これからはそうではないのだ。 そういった理由から敢えて別行動を取るという考えに至ったのだ。 上手くすればイスラが柳洞寺の魔力を得るまでの間、こなたらが切嗣とディケイドをおびき寄せる囮になってくれるのではないかという考えもあった。 結局のところ、そうした目論見は全てにおいて裏目に出たのだが。 ここまでの幸運の連続こそが逆に陸とイスラから慎重さを奪う不幸の原因だったのだ。 「シロウ、決断を。この者たちを放置すればコナタを始めとした多くの参加者にとっての災厄となるでしょう」 思考している間にも士郎のセイバーが主人に陸とイスラの処断を促す。 キャスターが戦わなかったせいでセイバーの魔力はほぼ全く消耗されていない。 まともに戦えば分が悪いどころではない。 とはいえこちらがそれに付き合う道理はない。 (リク、ここは一度退いて態勢を立て直そう。 不意をついて令呪を逃走用に使ってくれれば十分に―――) 「……ろせ」 (リク……?) 「あいつらを殺せ!!イスラアアアアアアアッ!!!」 陸の腕から令呪の輝きが放たれる。 その強大な魔力は逃走ではなく殺戮の強制としてイスラにのしかかる。 「なっ…リク!?一体何を―――」 「お前こそ何言ってんだよ!状況わかってんのか!? バレたんだよ全部!!なのに逃げてどうするってんだよ、ええ!? こいつらが泉やルルーシュにオレ達の事を話せば全部終わりだろうが! だったら…だったらもう殺すしかないじゃないかっ!!」 陸の表情は今までイスラが見たこともないほど強ばり、眼は血走り微かに涙が滲んでいる。 剣を握る手は震え呼吸は荒く、平静を失い半狂乱になっていることは火を見るより明らかだった。 無理もないことだ、全てが上手くいっていた状況から瞬く間にどん底まで叩き落とされたのだ。 天海陸はイスラ・レヴィノスほど完成されたメンタリティは有していないのだから。 「………“紅の暴君(キルスレス)”」 イスラもまた事ここに至って陸を諌めることは不可能だと悟った、悟らざるを得なかった。 今まで陸がイスラに一方的に同族嫌悪の感情を抱きながらも主従関係が成立していたのは、イスラの知略が多大な成果をもたらし、陸もそれを割り切って受け入れてきたからだ。 だが今回のあまりにも大きな失態によってイスラは陸の信用を大きく損なってしまった。 実際には失態と呼ぶには酷なものであるとしても今の陸にそこまで冷静に判断する力は無い。 ここでこれ以上陸に意見すれば例えこの苦境を切り抜けたとしても、この先の関係修復が不可能になってしまう。 それならば無理に令呪に逆らわず、全力で目の前の敵を屠る事に専心するべきだ。 魔剣の真名を解放し容姿が大きく変化したイスラだが、当然それだけの事で終わる筈が無い。 その身から発される魔力は今までが嘘のように荒く猛々しい。 「シロウ!この者の相手は私が引き受けます!」 その禍々しい力がマスターに及ぶ事を警戒したのだろうセイバーがイスラに突進し、引き離しにかかる。 イスラもまた陸の力量を信じてセイバーの誘いに乗る形となった。 そして陸も刃旗を手にし、常人には視認すら困難な速さで士郎に斬りかかった。 咄嗟に投影した干将・莫耶で受け止めるが、膂力が違いすぎるためにジリジリと押される格好となる。 「ぐっ―――!天海、お前は………!」 「そうさ、お前らさえ、お前らさえ消せばまだやり直せるんだ! 遠坂だって殺ってやったんだ、もう躊躇うもんかよ!!」 先ほど戦ったランサーのマスターが操っていたイザナギですら可愛く思えるほどのパワーとスピードの前にまたも防戦を余儀なくされる。 技量はまだまだ発展途上ながら、サーヴァントにすら迫る理不尽なまでの身体能力はただそれだけでほとんどのマスターを圧倒する。 ―――だがここに一つの例外が存在する。 「隙だらけなんだよっ!!」 陸の横薙ぎの斬撃ががら空きになった士郎の右脇腹を襲う。 必中を確信して振った大剣はしかし、白と黒の双剣に受け流された。 僅かに態勢を崩した陸を士郎の反撃が襲うが意識圏によって止められる。 だが完全ではない、短剣が障壁をガリガリと削り、ついには意識圏を叩き切った。 「くそっ、意識圏が!?」 予想だにしなかった事態に慌てて距離を取る。 サーヴァントならばいざ知らず、魔術師の物理攻撃で意識圏を断ち切られるなど想定外だ。 いや、よくよく見れば士郎が手にしている双剣からはイスラが持っている紅の暴君と同じ気配を感じる。 (宝具ってことかよ…!チートしてるんじゃないだろうなコイツ!?) 物理攻撃に対して絶大な防御力を発揮し、棺守や同じ刃旗使い、あるいは超常の存在たるサーヴァントでなければ傷つける事すら不可能に近い意識圏。 だがそれは決して全てのマスターに対して無敵を誇る事を意味しない。 陸と同じく英霊に迫る戦闘能力に加え、高ランクの宝具の担い手でもあるベルンの覇王・ゼフィール。 そして特異な起源と魔術特性から宝具級の神秘すら投影で再現してのける錬鉄の魔術師・衛宮士郎。 彼らの操る宝具の強力な神秘は刃旗使いの意識圏を突破することすら可能とする。 そう、この二人だけはこの聖杯戦争において例外的に正面から天海陸と対等に戦える存在なのだ。 「でもな、スペックじゃこっちが圧倒的なんだよ!!」 気を取り直して再度高速で斬りかかる。 伊達に棺守との戦いを生き抜いてはいない、相手に意識圏を突破する手段があるとわかっていれば相応の戦い方をすれば良いだけだ。 「づ、は―――!」 しかし士郎も粘る。怒涛の勢いで連撃を浴びせかけるも、常にあと一歩というところで受け流されてしまう。 時折大きな隙を見つけて、そこに正確に打ち込んでいるにも関わらず必ず防がれるのだ。 (何なんだコイツ!?強くはないのにやりにくい!) 決して力強くもなければ速さもない凡庸な剣捌きを攻めあぐねているという現実に焦りが募る。 最初から刃旗使いとしては強大な力を持っていた陸には思いつくことさえ出来ないだろう。 衛宮士郎が天海陸に白兵戦において格段に劣っている、その事実こそを武器にして渡り合っているなどとは。 士郎はただ守るだけでは陸の猛攻を凌げないと判断するや、時折わざと隙を作ることで陸の攻撃箇所を誘導しているのだ。 かつて自身の未来の姿、英霊エミヤの腕を移植されていた時期に頭に流れてきたあの男の経験値がこの無謀ともいえる策を可能としていた。 とはいえ今の士郎自身の力量は英霊エミヤに到底及ばない。 この戦法とて一級のサーヴァント相手に通じるほどの域には達していないが、今の冷静さを失い視野狭窄に陥った天海陸になら十分に通用する。 だがそれも長くは続かない。 膂力や俊敏性に限らず、持久力や反応速度などあらゆる身体的要素において衛宮士郎は天海陸に大きく遅れを取っている。 意識圏を破る手段を持っていようが戦闘者としての基本性能の差は小手先の戦術だけでカバーしきれるものではない。 あと十分と持たずに衛宮士郎は天海陸に押し切られてその身を両断されて敗北する。 「―――投影開始(トレースオン)」 ならば勝てるものを用意すればいい。 陸の剣戟を防ぎながらも自己の内に埋没し、投影する剣を選んでいく。 「――――憑依経験、共感終了」 呪文を紡ぎ、衛宮士郎だけの弾丸を順に装填していく。 「―――工程完了。全投影、待機(ロールアウト、バレットクリア)。 ―――停止解凍(フリーズアウト)」 ここに来てようやく陸の目にもその異常が見てとれた。 陸の攻撃を防いでいる士郎の真上に十六もの刀剣が突如として出現した。 魔術師ではない陸でもわかる、宙に浮かぶその剣群はどれもが一級品、すなわち宝具であるのだと。 「おい、冗談だろ……?こんなの反則どころじゃないだろ……!」 まるで悪夢だ。 あれらが一発でも直撃すれば刃旗使い、いやサーヴァントであっても致命傷になり得る。 意識圏で防げるか?馬鹿か、そんな生温い手を打つ相手なものか。 何より相手の懐に飛び込みすぎた、命脈を保つべく意識圏を全開で展開しつつ全速力で飛び退くが間に合うか。 「―――全投影連続層写(ソードバレルフルオープン)!!」 宙空から剣群が陸の命を刈り取るべく一斉に襲いかかる。 だが活路はある、一発でも命中すればそれで十分と考えているのか剣群は陸の周囲を円状に覆うように飛来している。 (―――いける、真ん中が手薄だ!) 敢えて中央へ動き、万全の態勢を整える。 下手に大きく動いて直撃するよりは中央で腰を据えて迎撃するのが上策。 「な、めるなああああ!!」 十六の剣のうち陸に命中するのは三本。 大剣で二本を弾き飛ばし一本を意識圏で逸らした。 残りは全て陸の周囲を囲うように地面に突き刺さった。 凌いだ、その確信を得たまさにその瞬間だった。 「壊れた幻想(ブロークンファンタズム)」 呪文と同時、弾き、回避した三本と周囲の十三本の剣が一斉に轟音を立てて爆発した。 意識圏でもカバーしきれない、全方位からの爆発と衝撃によって陸の身体は嵐に巻き込まれた木ノ葉のように軽々と吹き飛ばされた。 「ぎ、ああああああああっっ!!!!!」 魔術師ではない陸には何が起こったかもわからない。 棺守や刃旗狩りの男・タカオとの戦いを経た陸だが剣が爆発するなどという知識はない。 もし事前知識があれば真ん中に飛び込んで迎撃するという選択肢は排除して考えていただろう。 壊れた幻想(ブロークンファンタズム)。 宝具に内包された神秘を魔力による爆発に変える宝具の変則的使用法。 その威力は爆発させた宝具本来のランクより一段上の破壊力を持つ。 だが本来聖杯戦争においてこの技が用いられることは無い。 宝具とは担い手の半身、自らの相棒たる宝具を一度きりの爆弾にする英霊などまずいない。 だが何事にも例外は存在する。 特殊な投影魔術によって魔力が続く限り衛宮士郎はいくらでも宝具を用意できる。 この特性を活かせばこのように宝具を使い捨ての砲弾のように扱う事すら可能だ。 もっともこれですら対魔力を持つサーヴァントには多少厄介ではあっても必殺にはなり得ないのだが。 「が…ぐ……、くそっ……!」 朦朧とする意識を気合いで保ちながらよろよろと立ち上がる陸だがその足取りは覚束ない。 反魔の水晶を奪われたことによって対魔力の加護を得られなかったために甚大なダメージを被ったのだ。 服と全身は焼け焦げ、爆発の際に飛んできた様々な破片で体の至るところに切り傷が出来ている。 さらに全方位からの爆音を至近距離で聞いたために聴力にも軽度ながら異常が起きている。 意識圏による防御すら宝具の爆撃に対しては気休め程度にしかなりはしなかった。 「その障壁は全方位には張れないらしいな。 …天海、もうやめろ。言っておくが俺はその気になれば一度に二十七本まで剣を投影して発射できる。 そんな有り様じゃもう避けることも、さっきみたいに戦うことも出来ないはずだ」 これはハッタリだ。 今の士郎には二十七どころか先ほどの半数を投影できるか否かという程度の魔力しか残っていない。 先ほどのアサシンに対して行なった赤原猟犬の真名解放、そして金霞帽の投影と行使。 セイバーの魔力を温存するために支払った代償としては安いが、今この場の戦いには大きな影響を及ぼしている。 「…………」 しかし魔術師でない陸にはそれがハッタリかどうかを判別できない。 士郎も一般人でありながら聖杯戦争に参加した金田一という実例や、ここまでの陸の魔術師らしからぬ言動から陸に魔術の心得はないと当たりをつけていた。 陸は未だ気付いていない。自分が魔術師でなく、魔術の知識も不十分であるという事実がどれほど足を引っ張っているのかを。 (これでもし天海がさっきと同じ調子で攻めてきたら……) (もしアイツの言ってる事が本当で、まだあれ以上の剣を用意できるのなら……) お互いに限界が近い、それ故に僅かな時間戦況は膠着する。 ―――だとすれば、勝負を決するのは彼らの従者に他ならない。 「はぁああっ!!」 「っ、ぐ―――!」 金属と金属の打ち合う音が響きわたる。 衛宮士郎と天海陸、彼らの主人の戦場より幾分距離を離した池の周辺で二人のサーヴァントは余人には視認すら適わぬ剣戟を繰り広げていた。 攻めているのは衛宮士郎のサーヴァント、アルトリア・ペンドラゴン。 防御に回っているのは天海陸のサーヴァント、イスラ・レヴィノス。 百を越え、千に届くのではないかという程の打ち合いを経ても未だに天秤は傾かない。 「さっきの見えない剣は、く、やらないの、かい―――!?」 「知れた事を、先ほど我が剣を見せた貴様に風王結界が通じると思うほど私は愚かではない」 セイバーは今、手にした黄金の剣カリバーンに不可視の風を纏わせずに戦っている。 何しろ初対面の時に一度真名と共に見せているのだ、サーヴァントならばそれだけで刃渡りや間合いも正確に計れただろう。 ならば通用する望みのない風王結界ではなく、全身の魔力放出に上乗せする。 それに敢えて刀身を晒す事で切れ味は大きく増す。 この敵を相手取るにはこれこそが最上の策だとセイバーは看破していた。 (参ったね、こうまで地力に差があるとは思わなかった。 リク、令呪を使った君の判断は正しかった) 一方のイスラは想像以上の敵の力量に舌を巻いていた。 伐剣覚醒による大幅な能力向上に加え、マスターからの魔力供給不足によって低下していたスキルのランクも令呪のブーストにより一時的に生前同様まで戻った。 はっきり言えば、今この時に限ればイスラは生前を僅かながら上回るほどの性能を得ている。 だからこそセイバーの全力の剣捌きにも一歩も引くことなく渡り合い、時折反撃に転じるまでに拮抗する事が出来ている。 だがそれだけだ。 圧倒的な能力ブーストを得ていてもイスラの剣が騎士王に届くことは無い。 そもそも剣の才能が違う。剣に生きた年月が違う。努力の密度が違う。 悲しいかな、セイバーにとってイスラの太刀筋はどこまでも凡庸な、読みやすいものでしかない。 サーヴァントとしてのステータス以前の、英霊イスラ・レヴィノスの限界ともいうべき壁。 如何に令呪が様々な奇跡を起こせるとはいえ、サーヴァントの技量を限界以上に高めることは流石に出来ない。 どれだけカタログスペックを底上げしようが、剣の力量が英雄レベルに達しないイスラが一級のセイバークラスの英霊と曲りなりにも互角の体を為しているという事実が既にして奇跡なのだ。 ならばイスラが最も得意とする召喚魔法ならばどうか。 確かに竜の因子を持つ騎士王が誇る破格の対魔力の前では暴走召喚とて通じる望みは薄い。 だが何一つとして通用しないわけではない。 例えばダークブリンガーのような物理的な攻撃手段ならば対魔力でも防ぐことは出来ない。 それが暴走召喚、更には令呪の加護も付加されるとあれば必殺の域にまで昇華される。 だが、それは撃てればという仮定の話だ。 「させんっ!」 「ぐっ……!!」 バックステップで距離を取ったイスラだったがセイバーはその上を行く。 魔力放出による急加速で瞬く間に距離を詰め、竜の咆哮の如き一撃を見舞う。 極限まで能力を強化されたイスラでも数歩分の後退を余儀なくされる剛剣からの呵責の無い追撃に晒され、再び剣戟に持ち込まれる。 先ほどから召喚魔法を使おうとする度にこの調子だ。 セイバーの未来予知じみた直感はイスラの召喚魔法の余兆を決して見逃さない。 最高ランクの対魔力を誇るこの身に対して尚魔法を用いようとするその動き。 それこそがイスラがセイバーを倒し得る手段を有しているという何よりの証左。 であればそもそも撃たせないという事が唯一最大の対策になり得る。 これが聖杯戦争。 真名を暴いたことでセイバーはイスラがどのような手札を持つかをある程度把握している。 無論マスターに与えられた透視能力のように詳細にスキルを見れるわけではない。 だが真名がわかれば相手の逸話や偉業といったおおよその得意、または苦手分野もわかる。 それ故に消極的であっても対策を打つ事が可能になるのだ。 「ハアッ!!」 セイバーの黄金の剣が防ぎきれなくなったイスラの身を削る。 覚醒の恩恵ですぐさま傷は塞がるもののその度に魔力を余計に消耗する。 だがイスラにとってはそれ以上に不都合な事がある。 (あの剣、確かアーサー王の選定の剣カリバーンだったか。 間違いなくAランク以上の聖剣だ、これでは呪いを活かすのも難しい…か) イスラ・レヴィノスはその身に不死の呪いをかけられている。 Aランクに満たない攻撃では決して死に至ることは無い強力なその呪詛は聖杯戦争において極めて有用なスキルだ。 この呪詛を上手く活かせば敢えて敵の攻撃を受けてそこから反撃に転じるという戦法も使えるのだ。 だが通常攻撃がAランクに該当するセイバーの剣にはこの戦法が使えない。 ただでさえ剣士としての地力に開きがあるのだ。 下手に呪いを当てにした戦い方をしようものならそれこそ一瞬で致命傷を受けてしまう。 手詰まり、その単語が脳裏を過ぎる。 「……リクっ!?」 ちょうどその瞬間、イスラの脳をひりつくような感覚が襲った。 それはすなわち、マスターである陸が危機的状況に陥った事を示す。 ほんの一瞬気を取られた、それが不味かった。 「余所見をしている余裕があるのか!」 イスラが陸に気を取られたのを好機と見たセイバーが強烈な大上段を見舞う。 咄嗟に受け止めたが態勢を大きく崩され、次の薙ぎ払いを受け止めた衝撃で大きく吹き飛ばされた。 (不味い、令呪の効果が……!) これまでセイバーとの戦いを互角たらしめていたブーストの効果が途切れた。 それ故に先ほどまで耐えられた一撃を持ちこたえられなかった。 「リク……!」 いつの間にかマスター達の近くまで移動していたらしい。 陸の方を見やれば明らかに深手を負っている。 何やら士郎と会話しているようだが距離があって聞き取れない。 ともかくこのままではジリ貧になる一方だ。 伐剣覚醒は維持するだけでも大量の魔力を消費するのだから。 先ほどアサシン相手に召喚魔法を数発使わされた事も響いている。 この先に大きく影響するが背に腹は代えられない、改めてこの場からの逃走に令呪を使うよう念話を送ろうとして――― 「イスラ、次の一撃でセイバーを殺せええっ!!!」 主の令呪に再びその身を縛られた。 「その障壁は全方位には張れないらしいな。 …天海、もうやめろ。言っておくが俺はその気になれば一度に二十七本まで剣を投影して発射できる。 そんな有り様じゃもう避けることも、さっきみたいに戦うことも出来ないはずだ」 士郎が降伏を促してくる。 ふざけるな、そんな真似をするぐらいなら最初から聖杯戦争になど参加していない。 だが怒り猛る精神に反して体はついてきてくれない。 全身は絶え間なく苦痛を訴え、足腰がまるで自分のものではないかのように言うことを聞かない。 (もしアイツの言ってる事が本当で、まだあれ以上の剣を用意できるのなら……) 今度こそ天海陸は終わりだ。 ハッタリという可能性もあるが、それがただの楽観でない保証がない。 剣を飛ばす前に斬り伏せるか。無理だ、奴は戦いながらでも剣を生み出せる。 イスラを信じて時間を稼ぐか。論外だ、性質がキャスターに近いイスラは騎士王とは恐ろしく相性が悪い。 (うっ…くそっ、あの野郎容赦なく持っていきやがって……!) しかも陸の魔力、というより生命力は時間とともに戦闘中のイスラに流れていく。 これでは何のために凛から魔力を奪ったのかわからない。 「…くそっ、くそくそくそ、あんな奴がサーヴァントじゃなければ! あいつのせいでこんな事になってるってのに、魔力だけは一人前に欲しがる気かよ…! こんなはずじゃないんだ、こんな……!」 実際のところ、イスラが陸からも魔力供給を受けなければ戦えない原因の一端は陸自身が使った令呪にもある。 令呪の加護で限界を超えた力を発揮しているイスラだが、そこまでして能力を底上げするということは維持に必要な魔力も普段より増すということである。 通常のサーヴァントならば令呪の膨大な魔力で賄われるので問題にはならない。 だが伐剣覚醒を行なったイスラは著しく燃費が悪くなるため、令呪だけでは不足してしまうのだ。 「…天海、どうして遠坂を殺したんだ? 正直遠坂を殺したお前が憎くないと言えば嘘になる。 けど、お前が人殺しに慣れてるわけでも、やりたくてやってるわけでもないのは俺から見てもわかる。 そこまでして叶えたい願いがあるって事なのか?」 「…………」 その言葉にひどく苛立つ。 何を言っているんだこいつは、そんなものは当たり前だ。 願いを叶えるための殺し合いが聖杯戦争だろうに。 そんな事を思ったからだろうか。 気付けば口は今まで鬱積していた感情を吐き出していた。 「…ああ、そうだよ!悪いかよ! だってそれが聖杯戦争なんだろ!? 遠坂は敵だったんだ!ルールなんだから殺したって仕方ないだろ!? 願いは無いとか聖杯を壊すだとか、お前らの方がおかしいんだ!! 人の気も知らないで勝手なことばっかり言いやがって!! オレが好き好んで人殺しなんかやってると思ってるのかよ!?」 一気に捲し立てて荒い息をつく。 平時の陸なら決して口にしないような事だが、大きく精神が乱れた今の陸にそんな分別は無い。 「…確かに俺はお前が何を願って参加したのかなんて知らない。 でもな天海、これだけは言えるぞ。 お前の気持ちや願いが誰にもわからないのは―――お前が嘘をついたからだ」 「――――――!!」 無表情で告げた士郎の言葉は、これ以上無いほどの正論だった。 嘘をついたのなら本当の気持ちが誰にも伝わらないのは至極当然だ。 「はっきり言うぞ、お前に殺し合いなんて向いてない。 お前が持つべきだったのは嘘をついて人を殺す意思なんかじゃない。 遠坂や泉みたいな、人を思いやれるやつに本当の気持ちを打ち明ける勇気だったんだ。 お前の願いが何かはわからないけど、それでも何かは違ったはずだ。 ……それだけで、良かったんじゃないのか?」 「……まれ。黙れ、黙れよっ!!」 言うな、それ以上言わないでくれ。 だって自分はもう既に人を殺してしまった、伸ばされた手をはねのけた。 認めてしまえば自分のしたことは全て無駄になってしまう。 この聖杯戦争だけではない、もう一度天音に会うために嘘をついたことも、戦ってきたことも何もかもを無駄にしてしまう。 その時金属音が聞こえ、遠目にイスラが吹き飛ばされているのが見えた。 (―――ふざけるなよ) 倒せないのはまだしも、令呪を使ったにも関わらずこうまで押されるとはどういう了見なのか。 あまりの逆境の連続に、陸の頭の中でプツリ、と何かが切れる音がした。 殺せ、殺せ、殺せ。 あのセイバーも、うるさい衛宮士郎も殺してしまえばこの苦境もチャラに出来る。 目の前の現実に嘘をつき、逃避するために陸はついに二画目の令呪に手をかけた。 「イスラ、次の一撃でセイバーを殺せええっ!!!」 左手の甲から強烈な輝きが放たれる。 次の一撃で打倒する、これ以上なくシンプルかつ強固な命令による最強の一撃は如何に騎士王といえど耐えられまい。 「天海―――!くっ、セイ……っ!?」 間を置かず士郎に斬りかかる。 令呪は使わせない。元々サーヴァントに力量差があるのに令呪を使われればその時点で敗北が確定してしまう。 度重なるストレスの連続でもはや理性が崩壊しつつある陸にもまだその程度の判断力は残されていた。 「だぁぁあああああああああああーーーーー!!!!」 「ぐっ、クソっ……!」 完全に我を忘れたかのような激情に身を任せた突撃もこの時ばかりは極めて効果的だった。 思考も戦術もない単純極まる剣捌きは、対峙する両者の身体能力に開きがあるならばそれだけで脅威となる。 少しでも令呪の使用に集中しようとすれば一瞬で両断される猛攻の前に士郎にはただ防ぐ以外の選択肢がない。 一方でイスラもまた令呪の強制力によってセイバーを滅するべくかつてない最短動作で本来の暴走召喚の限界すら超えた召喚魔法を放とうとしていた。 陸がこうなる事を止められなかった後悔はある、だがそれも目の前の敵を葬ってからだと自身に言い聞かせる。 如何にセイバーといえどこれは止められないし、防ぐことも出来まい。 避けるという選択肢はあるがそれもさせる気はない。 この二度とはない最強の一撃は常套の手段では躱せまい。 ―――だが、敵もまた常套ではない手段を用いてくるとまではイスラにも想定できなかった。 「やらせんっ!!」 何を思ったかセイバーは自らの半身であるはずの黄金の剣を、手首のスナップを利かせた最短動作のスローイングで投げつけたのだ。 頭部を狙った投擲に止む無くイスラが迎撃しようとしたまさにその瞬間、セイバーは壊れた幻想でカリバーンを爆破した。 「ガッ!?」 上級宝具の壊れた幻想による爆発には不死の呪いと令呪の援護を受けたイスラもたまらず顔を抑えてよろめく。 (ここだ―――!) 立て直しにかかるごく僅かな瞬間、常勝の王はそれを決して見逃さない。 ここを逃せば討たれるのはセイバー自身であると理解しているが故に。 瞬時に顕現させたセイバーの真なる宝具、その剣に纏わせた風を解放する。 「風よ―――吼え上がれ!!」 セイバーの持つ宝具の一つ、“風王鉄槌(ストライク・エア)” その変則使用、荒れ狂う暴風の塊は魔剣の担い手の肉体を押し潰し、空高く打ち上げる。 そして至高の聖剣が輝きを発し、隠された真価を発揮しようとしていた。 その剣が示すは全ての人々の祈り。 想念によって鍛えられた最強の聖剣。 その身を風の鉄槌で潰され空高く打ち上げられながらも、イスラは確かにそれを見た。 最初に自分が殺した赤の少女がいた。 白い長髪に赤い瞳の雪のような少女がいた。 雪の少女の傍らに立つ巨大な鎧武者がいた。 ボサボサの髪を後ろに結った少年がいた。 少年の後ろに立つ道士服の男がいた。 つい先ほど踏み越えた群青色の侍がいた。 セイバーの真なる剣は輝きを増し、今ここに騎士王は手にする奇跡の真名を謳う。 魔剣の伐剣者(セイバー)よこの輝きの前に退け、虚飾を払うは星の聖剣。 其は――― 「―――“約束された(エクス)」 「勝利の剣(カリバー)”――――――ッ!!!」 その極光はさながら星の輝きの体現であった。 ただ一人のヒトガタに向けて放つにはあまりに巨大な光の斬撃は身動きの取れないイスラ・レヴィノスを容易く飲み込む。 その身にかけられた不死の呪いなどこの最強の聖剣の前では如何ほどの意味も持たない。 まるで英雄譚に出てくる三流悪役のようだ。 エクスカリバーの極光に身を焼かれながら、最期にイスラはそんな事を思った。 魔剣の適格者たる自分が聖剣の担い手に討たれるとは何たる皮肉か。 しかしそれは些細な事だ、どうせ自分はまたあの無間地獄に戻るだけだ。 だがこの敗北を悔しいと感じるのは間もなく自分の後を追うことになるマスターのせいだろうか。 口ではからかいながらも、イスラは内心陸を認め、少なくとも先ほどからは本気で力になろうと思っていた。 だがそれを伝える機会はなかった、嘘つきでしかない自分に真心を口にすることは許されないということか。 陸を勝者にすることが出来なかった、姉を求めた自分と重なる少年の望みを叶えることが出来なかった、ただそれだけが心残りだ。 結局自分達はキャスターの掌の上で踊らされていただけだったというのか。 (これでは、あまりにも――――――無念だ) その刹那の思考を最後に、嘘と謀略で勝利を掴もうとした反英雄は跡形もなく消え去った。 その存在そのものが、最初から実体のない嘘であったかのように。 セイバーがエクスカリバーを放つ直前、二人のマスターの戦いも佳境を迎えていた。 重傷を負っているにも関わらずこれまで以上のパフォーマンスを見せる陸に士郎の防御も限界が近づいていた。 あまりにも出鱈目に大剣を振り回されるせいで攻撃の誘導どころではない。 そもそもそんな思考が相手に残っているかも怪しい。 ならば――――― 「―――投影開始(トレースオン)」 生き残るために、天海陸を殺す他ない。 限界に近い魔力でも実行可能な投影で決着を着ける。 先ほどの金田一の遺した言葉が脳裏を過ぎり、すぐに振り切った。 (悪い金田一、俺は―――お前みたいな“正義の味方”にはなれない) かつて綺麗と思い、憧れた理想があった。 いつかその理想を実現できる、誰もを救える正義の味方になりたかった。 だが今は――― 「―――鶴翼、欠落ヲ不ラズ(しんぎ、むけつにしてばんじゃく)」 バックステップと同時、両手の干将・莫耶を左右に弧を描くように投擲する。 「今さらこんなもんにっ!!!」 それらは当然のように陸の大剣に弾かれる。 だがそれで良い、そうでなければこの技は完成しない。 「―――心技、泰山ニ至リ(ちから、やまをぬき)」 再度干将・莫耶を投影、後退しつつ再び投擲する。 予定調和のようにまたも弾かれる、相手の頭に血が上っているせいかあまりにも上手くいっているようにも感じられる。 「―――心技、黄河ヲ渡ル(つるぎ、みずをわかつ)」 またも双剣を手に投影しつつ出方を窺う。 これで倒れてくれるかどうか。 「なっ!?」 ここで漸く陸が異常に気付いた。 有り得ざる奇襲、二度弾き飛ばした四本の双剣が孤影を描いて再度陸へと殺到する。 これが夫婦剣、干将・莫耶の真の特性。 互いに引き合う性質を持った白と黒の陰陽剣は円の結界のように天海陸を包囲した。 「っぁぁああああああああっ!!!!!」 だが陸はそれでも倒れない。 生存本能の為せる業か、瞬時に全方位に大剣を振り再度四本の夫婦剣を弾き飛ばした。 その一撃たるや、下級の英霊をすら打倒し得るほどの苛烈さだ。 だが、だからこそ天海陸の命脈はこれ以上は続かない。 「―――唯名、別天ニ納メ(せいめい、りきゅうにとどき)。 ―――終わりだ、天海」 双剣を手に士郎が駆ける。 無理に渾身の一撃を振るったことで陸の全身は硬直を余儀なくされる。 そして意識圏では士郎の全身全霊で振るわれる双剣を防げない。 さらに投擲された四本の夫婦剣も弾いただけだ、駆け出した士郎に自ら呼吸を合わせるように再び陸を包囲し襲いかかる。 これこそ双剣干将・莫耶の性質を生かした斬撃と投擲から成る連携技“鶴翼三連”。 先のアサシンの燕返しとは異なる、相手に回避をさせない状況を作り出した上での必殺剣。 初見では白兵に優れた一級の英霊でも深手を免れない悪辣な一手を凌ぐ手段を天海陸は有さない。 「い、嫌だ!何でこんな事に……! オレは、オレはただ―――!」 「―――両雄、共ニ命ヲ別ツ(われら、ともにてんをいだかず)」 その先は言葉にならなかった。 意識圏を突き破った士郎の斬り抜けで胴体を、空を駆ける四本の双剣に頭部と両腕をバラバラに寸断されたからだ。 「壊れた幻想(ブロークンファンタズム)」 最後に握った双剣を背後に放り、爆発させた。 嘘をつき続けた少年に真実を口にする機会は訪れない、六本の双剣の爆発によって天海陸の総身は骨すら残らず消え去った。 奇しくもセイバーのエクスカリバーが放たれたのとほぼ同時の事だった。 「シロウ」 疲労と魔力の消耗が重なり肩で息をつく士郎の下にイスラを下したセイバーが駆けつけた。 自身も大量の魔力を消費したが士郎に比べればまだ戦える範疇だ。 「…その、辛いでしょうがこれも戦争です。 裏切りや策謀は常に戦いの裏側に存在している。 リクにしてもそれは同じ、彼も志願して聖杯戦争に臨んだのです。 戦いの中で果てる覚悟はあったでしょう」 「……本当にそう思うか?」 セイバーの気遣いはありがたいが、士郎には陸が死を諦観した魔術師、あるいは死を覚悟した戦士だとはどうしても思えなかった。 例えるならばそう、今は亡き友人である間桐慎二のような、一般人に近い感覚の持ち主だったように見えた。(金田一を基準にするのは間違っているように思えた) 「金田一が言ってたよ。この聖杯戦争に参加するのはどうにもならないくらい追い詰められたやつだって。 天海もきっとそうだったんだ。もちろん遠坂を殺した事を許せるかって言われればとてもそんな気はしない。 でもあいつはあいつで誰かに、何かに助けを求めてたような気がするんだ」 そして、そんな人間を殺したのは他ならぬ士郎自身だ。 きっと、この戦いに明確な悪などどこにもいなかった。 いたのは救いを求めていた天海陸と、その命を己のエゴで切り捨てた衛宮士郎だけだ。 「…あるいは、そうなのかもしれません。 しかしどちらにせよ彼らは殺し合いに乗っていた。 そうである以上我々と相容れることは無かったでしょう、それだけは間違いのない事です。 それよりもシロウ、今のうちにライダーの遺したレコーダーの続きを聞くべきでは?」 露骨に話題を変えてきたセイバーに敢えて同意し、ICレコーダーのスイッチを入れた。 『ではここからはこの聖杯戦争の背景、わしのマスター命名“影の主催者”についてわしから考察を伝えたい。 そもそも何故わしらが殺し合いに乗らなかったのか、何故聖杯戦争の背景事情を疑ってかかっているのかと言えば―――』 ここは昨晩大空洞で情報交換をした時に話していたことだ。 それでわかった。恐らくこのレコーダーは本来自分達ではない、誰かに向けて用意したものなのだと。 最悪自分達が全滅ないし瓦解した後、それでも殺し合いに乗らずに脱出を目指す他の誰か、それこそ泉こなたのような力なき人間の助けになるように。 常に自分や、あるいはルルーシュ以上に巨視的な視野で物事を見ていたあの男なら十分に有り得る。 消滅する間際、ライダーがこのレコーダーの事を話さなかったのは元々彼にその気がなかったからなのだろう。 『―――わしらの考察は大体こんなところだ。 だがどちらにせよこの冬木市という会場からの脱出方法を確保することは至上命題であろう。 残念ながらわしの力ではこの会場の全てを解き明かすことは叶わなかった。 故にまずは量子空間の解析能力に優れた者、霊子ハッカーやそれに近い能力を持ったサーヴァントを味方につけるのだ。 無茶な注文をつけているのはわかっておるが、そうでもせねば脱出の可能性はまず見い出せまい。 そして最後に―――この聖杯戦争はムーンセルの変質、つまり並行世界との接触を経たことで開かれたことは疑いない。 だがそれは外部の働きかけだけでムーンセルを動かしたわけではあるまい。 ただの記録装置はひとりでには狂わんし、外部からの働きかけがあったとしても自ら変質するという選択肢は本来なら存在しないはずなのだ。 言い換えればこの聖杯戦争が行われる前、いや、もっとずっと以前からムーンセルのどこかに潜み、月の改変を望む者の存在が必ずあったはずだ。 その者の存在を暴き、そして見極めるのだ。そうして初めてこの聖杯戦争が開かれた目的が見えてくるはずだ』 記録音声はそこで終わった。 これからやるべき事はいくらでもある、まずはこなたとライダーに事情を話さなければならない。 一応反魔の水晶という証拠品もあるにはあるが、それでも純粋な一般人であろうこなたが納得するかと言えばわからない。 最悪こなたと対立する可能性すらあるのだ。 そして太公望の言う空間の解析が出来る仲間を探す必要もある。 正直士郎には太公望や金田一のように上手に他人を説得出来る自信はない。 それでも彼らの遺志を無駄にするわけにはいかない。 そして切嗣とどう向かい合うのか、そこからも目を背けるわけにはいかない。 だが今は――― 「…少し休もう、セイバー。 悪いけどしばらく動ける気がしない」 「はい、それが良いでしょう。 この地で体を休めた方が魔力も早く回復するはずです」 少しぐらい休息を取ってもバチは当たらないだろう。 セイバーと二人、戦闘の余波でまたも破壊された本堂を横目に大木の下に腰掛ける。 (俺と天海は同じだ、俺だってもし桜が死んでいたらどうなるかなんてわからない。 もしかしたら、地上とは違うここの聖杯に縋って殺し合いに乗ってしまうかもしれない。 セイバー、お前は俺がそんなやつでも一緒に戦ってくれるのか?) 口には決して出せない弱音を飲み込みながら、天海陸の事を思い出す。 言峰綺礼や間桐臓硯とは違う、本来は悪ではないにも関わらず殺し合いに乗ってしまった者。 せめて、そういう人間がいた事は覚えておこうと心に誓った。 【天海陸@ワールドエンブリオ 死亡】 【セイバー(イスラ・レヴィノス)@サモンナイト3 消滅】 【深山町・柳洞寺/昼】 【衛宮士郎@Fate/stay night】 [令呪]:3画 [状態]:疲労(大)、魔力消費(特大) [装備]:携帯電話、ICレコーダー、反魔の水晶@サモンナイト3 【セイバー(アルトリア・ペンドラゴン)@Fate/stay night】 [状態]:魔力消費(大) ※陸の持っていたニューナンブは戦闘で破壊されました。 ※ICレコーダー@現実…太公望が自分達が全滅した時の備えとして、仲間達の目を盗んで金田一のクレジットカードをスって勝手に購入したもの。 午前9時時点での太公望の考察が記録されている。 尚、これは本来士郎やルルーシュなど身近な仲間ではなく他に脱出を目指す誰かに向けて残されたものだった。 しかし妲己は自分の無実を証明するために杏黄旗と同じ場所に埋められていたこれを掘り出し、結果的には衛宮士郎の手に渡った。
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憎悪の海のその果てに ロイド・アーヴィングは、ひたすらに草原を駆けていた。 東へ、ただ東を目指して。 先ほどから、鼓動することを忘れてしまった左胸が、痛い。 痛覚神経がロイドに「痛い」と伝えている……そんなわけでは、もちろんありえない。 魂。ロイドの魂そのものが、痛みを感じている。 さながら、常闇の国にしか生えないとされる、漆黒の茨で雁字搦めにされるような、不吉な痛み。 その痛みは、秒単位で鋭さを増している。一歩地面を踏みしめるごとに、茨に生えた棘が伸びているかのごとく。 速く。もっと速く! ロイドはこの体に許された最大速度で、猛烈な疾駆を見せる。 どれほど激しく体を動かそうと、決して息切れしない喉。 全速力で走り続けても、痺れやだるさを覚えない脚。 このときばかりは、ロイドも生身でない自身の体に感謝した。 そもそも呼吸という動作そのものを行わなくて済む。 そもそも筋肉は、疲れのたまらない仕組みになっている。 心臓も激しく鼓動を起こすどころか、すでに鼓動を停止している。心臓自体が、最初から不要。 ロイドはすでに、生身であれば遥か昔に息切れを起こしていたであろうほどの速度で、距離で、それでも脚を止めない。 クラトスに話を聞いたところによると、天使は通常の生命としての代謝活動が完全に停止している代わりに、 周囲に存在するマナを取り込み、それを食料や水に代わる活力の源として利用しているという。 なるほど、これならばミトスが天使という存在を、クルシスの作ったヒエラルキーの上位に置くのも頷ける。 食事も、水も要らない。 疲れを知らない。眠らない。 呼吸もしないから、好きなだけ水の中にも潜っていられる。 人間である以前に生き物であるロイドは、違和感をどうしても拭えないが、その事実だけは認めざるを得ない。 無機生命体の肉体は、この「バトル・ロワイアル」のような戦いの中では、強力なアドバンテージとなることを。 ロイドがまともな生命体であるがゆえの違和感さえ我慢すれば、これはそれほどまでに強力な力なのだ。 つい先ほどまで遥か彼方に見えていたはずの雪原は、今やロイドの瞳の中で壮大なパノラマと化していた。 この辺りから、いよいよ戦域。 ロイドは、今やかすかな鈍痛しか覚えない右手に、左手を添えた。 右手の4本の指は木刀を握り、そして小指のみを立てて要の紋に近づける。 ロイドは、小指だけでEXジェムの嵌まる台座を弾き、回転させた。 EXスキル「パーソナル」を解除。 代わって発動する複合EXスキル、「スカイキャンセル」。 ロイドの背に光で編まれた巨翼が、更に、更に大きく開かれる。ロイドの体から、青い光が流れ込む。 (よし……上手くできる!) ロイドは義父ダイクに鍛えられた指先に感謝した。それなくして、ロイドの発想は実現し得なかっただろう。 すなわち、本来なら戦闘しながらは不可能な、EXスキルを組み替えながらの戦闘。 それも、小指でEXジェムを弾くという、神業にも近い操作方法で。 (この戦いで、こいつを試してやる!) あの金髪の殺人鬼を倒すために。時の魔剣を奪い返しに行くために。 無論、ロイド自身はそのことなど百も承知。 戦闘中にEXジェムを操作し、EXスキルを変化させるなど本来はあってはならない愚考であるということは。 EXスキルを変化させるための操作は、余りにも隙が大き過ぎる。無防備な姿を、わざわざ敵に晒すようなもの。 よしんばその隙を縫えたとしても、EXスキルを変化させた際の、身体感覚の変化は、強敵との戦いなら命取り。 少し考えれば分かることであろう。 例えばEXスキル「ストレングス」を切り、代わりに他のEXスキルを発動させたとき。 それまでエクスフィアで施された筋力強化が切れれば、たちまち武器を振るう際の手応えも変化する。 それまでに比べ、武器が重く感じられる。 この際の急激な手応えの変化が、剣のバランスを崩す。それが、致命の隙に繋がりかねない。 これらゆえに本来、戦闘しながらのEXスキルの切り替えは行ってはならないのだ。 エクスフィアに幼少の頃から慣れ親しんだロイドには、ほとんどこれは本能のレベルで刷り込まれている。 その常識をあえて崩す。あえてこのような愚行に、挑む。 (このぐらいの無茶を通せなきゃ……無茶を通せなきゃ……!) 到底、あの男に勝つことなどかなうまい。クレス・アルベインを下すことなど。 現状でロイドがクレスに挑み、勝てる可能性は、ゼロ。 先ほどまでやっていたイメージトレーニングの中で、その事実は嫌というほど思い知らされている。 ならば、パワーでもなく、スピードでもなく、テクニックでもなく、経験の差でもなく、時空剣士としての才でもなく。 唯一クレスに対し勝っている要素、エクスフィアの存在に、わずかな勝利の可能性を託す以外、手はない。 これで得られる1%の勝機を、2%へ、3%へ、そして5%へ、10%へ。 剃刀のようにか細い勝利への糸口を、何としてでもこじ開ける。 そのために、下策も同然の、奇策以外の何物でもない戦闘時のエクスフィア操作を、ロイドは敢行する。 現在この島に生き残っている6人のマーダー…… その内の4人は確実に、力の絶対量が飛びぬけている。ロイド自身や仲間達に比べ、頭一つも二つも。 小兵が巨兵を倒すなら、小細工や側面攻撃や搦め手に、望みを賭けるほかないのだ。 世界再生の道中、しいなから聞かされたミズホの里の昔話に語られる、かのオーガ殺しの一寸法師のように。 脱力感。 エクスフィアによる強化が解けた健脚に、いきなりおもりを吊るされたような感覚がロイドを襲う。 代わって得たものは、わずか一蹴りで空の彼方に飛び上がれそうなほどの、軽やかな感覚。 この急激な感覚のずれにも慣れなければ。 ロイドは己に言い聞かせ、即座に索敵にかかる。 エクスフィアで強化された両の瞳が、雪原を舐める。 今だ完全には晴れやらぬ濃霧のカーテンの隙間から、じわりと人影がにじみ出る。 敵影! 距離にして、およそロイドの歩幅100歩弱! ロイドはわずか数瞬で、その影の正体を見破る。 ロイドは双刀を構え、深く腰を落とした。その走りを、一時のみ止める。 ロイドは深く息を吸い込んだ。無論呼吸という動作など、肺が機能を停止した今や無駄以外の何物でもない。 だが、深呼吸という動作を行った方が、ロイドにとっては自然に感じられるのだ。 全力を込めるための予備動作として、これほどぴったりのものはない。 「はぁぁぁぁぁ……ッ!」 足や腰はもちろん、全身の筋に力を蓄え、マナをみなぎらせる。 背の翼も、これ以上ないというくらいに大きく、大きく開く。光から成る、猛禽の翼。 この翼で空を飛ぶことはかなわずとも、それでもロイドは翼に目一杯の風を孕む。 「はッ!」 短く声を吐き出したロイドは、その右足で地面を強打した。 左足が草原の草を踏みつける。 右足が土を踏みにじる。 距離にして、およそ十歩弱。 助走を取ったロイドは、刹那。 全筋力を右足に集中させ、旅立つ。 ほんの僅かの間、空へ。 雲が迫る。ロイドの眼前に。 そしてロイドが跳躍の最高点に達したと感じた瞬間。 ロイドは闘気を足の下で練り固め、本来ならば出来ないはずの、更なる跳躍を見せ付ける。 腰を軸にして、宙返りの構え。 足を折りたたみ、代わりに二本の木刀を突き出す。 こうして出来たのは、空を舞う天使の大車輪。 全力で疾走する馬車の車輪にも負けず劣らずの、高速回転を始めるロイド。 「真空裂斬ッ!!」 天を切り裂く蒼刃の車輪は、そのまま天にも昇らんばかりの勢いで、風を切り裂いて飛んでいった。 ****** べちゃり。 べちゃり。 およそどんなに色彩感覚の豊かな芸術家でも名を付けられそうにない、不気味な色。 肉色をしている? 否。 腐った藻の色をしている? それも否。 海のような爽やかな青色をしている? それもまた否。 本来自然界には存在し得ない。 人間の手によっても、魔術や魔法の類を用いても表せない……表せてはいけない色。 それが雪に滴り、純白の大地を汚す。 高熱を帯びて煮えたぎる硫酸が、朽ち果てた鉄を焼くかのごとき音。 腐乱した死体の色彩を煮詰めて、それをそのまま気化させたかのような、腐肉色の煙。 ぐちゅぐちゅに爛れた、粘液質の物体が、後から後から汗のように吹き出てくる。 辺りは、不衛生な環境に慣れた貧民街の住人ですら、深呼吸すればたちまちの内に胃の内容物を全て吐瀉しそうな、 悪夢のような激臭に包まれつつある。 「A……アはははハハHA波HAは……!」 その中心に立つ「それ」は、雪のキャンバスに彼岸花のような赤を咲かせ、 顔面に墓標のように鉄の塊を刺した死体に、手を伸ばした。 だが、これを本当に「手」などと読んでもよかろうものか? くだんの、ありえない色彩をした、粘液とも筋肉とも付かぬ、内臓のような蠕動を行う肉塊。 そこから、さながら魔神か悪魔か、その手の存在を思わせる3本の長大な骨爪が禍々しく顔を覗かせている。 とにもかくにも、その「手」から伸びた3本の爪は、彼岸花を咲かせた死体に、触れる。 「さっきはねぇ……あんなクソみたいな雑魚の最後っ屁をありがとうね、畜生の分際で」 確かに「それ」の行っている動作は、「触れる」という動詞を使ったとしても、まあ間違いはあるまい。 骨爪を使って、死体の腹を穿ち、臓物をかき回し、それをスパゲッティか何かでも食べるときのように、 無造作に引きずり上げるという一環の動作を、「触れる」と言うなら。 不死者(アンデッド)の沸きそうな不浄な湿原の沼気を思わせる、泥色の泡がその死体の最奥から浮かんだ。 「それ」の哀れな犠牲者、トーマの眼球は、腐敗した脳漿から沸いた泡で、きゅぽんと眼窩からはみ出ていた。 「だからさっさと目の前から消えろってんだよこのビチグソがぁぁぁぁぁAAAHHHHH!!!!!」 トーマの死体が、爆裂した。 厳密に言えば、溶解した内臓から噴出した泥泡の圧に耐え切れず、皮膚が、肉が、臓物が、張り裂けた。 張り裂け飛散した肉片は、やはり腐肉色の煙を噴出し、その身を縮こまらせていく。 およそ「肉」と呼んで相違のない体組織は、全てが全てどどめ色の腐液と化して流れ出す。 残されたのは、骨。 たちまちの内に白骨死体となったトーマの骸はしかし、その骨からすらも瞬時に泡を吹き、崩壊への道を進む。 3度も瞬く程度の間があれば、もう十二分。 後に残ったのは、鮮血と腐液のミックスジュースが織り成す、雪原に彩られた背徳の絵画のみだった。 骨爪が、つい先刻までトーマの死体のあった場所から引かれる。 べちゃり、べちゃりという汚らしい音は、手からのみならず。 もはや「それ」の肉体から、ありえない色彩の、腐肉と粘液の中間の物質が滴っていない場所を見た方が早かろう。 辛うじて。辛うじて人間と呼べそうな部位は、もはや頭部と胸部くらいのものだった。 そしてそこすらぱきぱきという音と共に、まるで疱瘡か何かのように、時間ごとに青緑の結晶が蝕んでゆく。 とうとう左足の太ももから、大きな腐肉の塊が落ちた。 足の筋肉も、腱も、まとめて剥がれ落ちる。 腐肉の塊は、そのまま内蔵を無機質の岩石に転化させたような、悪夢の色彩の固い物体に変わる。 そして、「それ」の本体は…… 「HAAaaaahhh……はぁあああぁ……!」 肉と内臓とエクスフィアと岩石とが、邪神の手により交配され、悪夢という名の助産婦に取り上げられて、生まれた。 もはやそんな抽象的かつ曖昧な表現でしか、表せない「何者か」と化していた。 「これ」を「化け物」と呼ぶか? だが、「化け物」という単語では、この生物の掟をあざ笑い、超越した形質を表すにはあまりに不適切。 「これ」を「悪魔」と呼ぶか? だが、「悪魔」という言葉では、このあらゆる悪意を純化し、煮詰めたかのような気配を表すにはあまりに不適切。 およそ人間の操りうる言葉では、「これ」を体現できる名詞は存在しない。 ゆえに、やむを得ぬが「これ」や「それ」などの代名詞を用いて、呼ぶしかあるまい。 今のシャーリィ・フェンネスを。 化け物でも悪魔でもない、それらを越える存在と化した1人の少女のことを。 「げへひゃひFUひゅへへへへ屁HE保ォォォォォォ汚……!」 「それ」を見た金髪の少年は、脱力した。 思わず、ソーディアン・ディムロスを手のひらから滑り落とさせた。 「ぁ……ああ……!」 「それ」を見た銀髪の青年は、もはや我が目を疑うしかなかった。 「トーマの……トーマの秘奥義の直撃を受けてすら……生きている……!?」 「それ」を見たバンダナの青年は、ただ黙する他無かった。 「…………」 ずるり。べしゃ。ずるり。 「それ」は、じわじわと、一同に迫る。 骨が露出するほど、肉が抉れた足を引きずりながら、じわじわと。 (信じられん……何という生命力だ!) ディムロスは、コアクリスタルの中呻いた。 あと、一歩。あと一歩。 トーマは、その一歩を踏み込むことなく、倒れた。 足を引きずり、すでに人間としての形質などほぼ完全に失っている彼女の様子を見れば、分かる。 奴は今、首の皮一枚で、辛うじて生き永らえたのだ。 確かに、トーマの秘奥義「マクスウェル・ロアー」は、シャーリィの持つ命を、九分九厘削り取った。 もしトーマの手元にイクストリームと併せ、そしてフィートシンボルが一つでもあったなら…… いや、せめてフレアボトルの一本でもあれば。 シャーリィは、その首の皮一枚まで切り裂かれ、死していただろう。 だが、あと一歩。 実際には踏み出すことの出来なかったその一歩が、シャーリィの死を、架空のものにせしめた。 本当に、取るに足らぬほどの一歩。 その一歩が、全てを分けてしまった。 「VODゴべぶRYIAAAあぁァぁAAAHHH!!!」 「それ」が、咆哮を上げた。 「それ」の右手が、グリッドに襲い掛かった。 「!! 止めろ! グリッドォ!!」 駆け寄ったヴェイグは、しかし間に合わなかった。 ヴェイグがグリッドに手を伸ばす一瞬前。 シャーリィの骨爪が、グリッドを掴み上げる。 「OGrりゃりゃリャりゃおおOHH!!!」 ばしん。 グリッドは、万力のようなシャーリィの右腕に、その身を拘束される。 同時に、「それ」の膝蹴りが、グリッドを助けんとばかりに踊りかかった、ヴェイグの胸に突き刺さる。 「ごばぁっ!!?」 重戦士の嗜みとしてヴェイグが着けている胸甲など、その一撃を防ぐにはほとんど何の足しにもならない。 ヴェイグの愛用の胸甲は刹那、真円形の窪みをそのど真ん中に刻まれ。 その一刹那のちには、胸甲そのものが、シャーリィの膝に耐え切れず真っ二つに裂け。 更にその一刹那のちには、真っ二つに裂けた胸甲が、いくつかの鉄片を、霧で煙った空に吹き上げ散った。 ヴェイグは突如胸部を襲った激痛に、危うく意識を失いかけながらも、とっさに剣を振るう。 もはや愛用の一振りとなってしまった、『氷』のフォルスで長大化させたチンクエディア。 盾のようにして、己の左肩にかける。 そして、雪面からほとんど反射的に氷柱を伸ばし、その氷柱の腹を蹴って、跳ね飛ばされた空中でサイドステップ。 チンクエディアの氷刃が、砕け散った。 続けて左側頭部に、ハンマーでぶん殴られたような衝撃と激痛。 もし本来のものより遥かに大きく作られた胡桃割り人形があって、その胡桃割り人形の歯に頭を砕かれたとしたら、 感じるのはきっとこんな苦痛だろう。 夢想し、ヴェイグはほとんど血しか混ざっていない液体を口から吐き散らした。 シャーリィが決めた、膝蹴りから繋げた上段回し蹴り。 それがヴェイグのかざした氷刃を砕き、それでもなお勢いの衰えることを知らずに、 そのままヴェイグの左側頭部に打ち込まれていた。 もし後一瞬、辛うじて氷柱を蹴って決めた空中でのサイドステップが遅れていたなら…… そして、氷刃を構えてシャーリィの一撃の威力を殺していなかったなら…… どちらかが欠けていたとしても、ヴェイグの頭部はシャーリィの足刀で、 本当に胡桃割り人形に挟まれた胡桃のごとく、粉微塵に破砕されていただろう。 冗談か何かのように、ヴェイグは美しい放物線を描いて、曇った雪原を舞った。 雪原の霧が、一部分赤く染まった。 その時になって、ヴェイグはようやく気が付いた。 この感覚。 この痛み。 確実に、「あれ」がイッた。 顔面の左半分を、血みどろに変えられたヴェイグは、雪原の上に不時着し、数度バウンドしたあと、転がって止まった。 ヴェイグは、そこで意識が、ふつと途切れた。 ****** 「ヴェイグさん……ヴェイグさん!!」 カイルは、声を震わせヴェイグにすがった。 ヴェイグの顔の左半分は、すでに赤一色だった。 左の眼窩からは、白い糸くずのような肉片が、でろんとはみ出ている。 鮮血の中に、若干の透明な液体が混ざっている。 本当に、頭蓋骨そのものが爆砕されなかったことが、奇跡のような重傷。 「起きてくれよ、ヴェイグさん! オレはまだ、あんたから例の話を……ッ!?」 ヴェイグに差し伸べられたカイルの左手は、そして。 ヴェイグの体に触れた瞬間、思わず弾かれるようにして引っ込められた。 「……なあ……嘘……だろ……?」 引っ込められた左手は、震えていた。 すでに、カイルの言うことを聞かなくなっていた。 (どうしたのだ、カイル?) ディムロスは叫ぶ。 「嘘だって言ってくれよ、誰か……!」 (返事をしろ! カイ……!) 「ヴェイグさんの体……氷みたいに冷たくなってる……!」 カイルは、力なく四肢を雪原の上に投げ出し、四つん這いのまま、動けなくなった。 残されたヴェイグの右目は、ただ虚空を睨んでいた。 「死ッ……死んでる……死んでる……!」 もしカイルが、もう少しこの場で冷静に振る舞い、ヴェイグの首筋や口元に手を伸ばしていれば、気付いていただろう。 ヴェイグの喉は、もう息を吸い、また吐き出していない。 ヴェイグの心の臓は、すでに鼓動することを忘れてしまっている。 この2つの事実に。 そしてそれらの事実は、冷酷極まりない、惨たらしい現実を一同に突きつけていただろう。 ヴェイグは、事切れていた。 ヴェイグは、死んだ。 「うぁ……うっ……!」 (…………) ディムロスは、沈黙した。 「馬鹿な」、などという言葉は発しない。発するに値しない。 この島において、戦場において、「死」という概念はあまりにも身近過ぎる概念だから。 そしてヴェイグもたった今、その死と対面しただけに過ぎない。 それでも、この損失は、余りに大きい。大き過ぎる。 「えへへへ……クソカス一匹排除、ね♪」 カイルは、その声にびくりと肩を震わせた。 振り返れば、「奴」がいる。 「それ」と化した、シャーリィが。 千切れ飛んだ左手の断面からは、正体不明の液体が垂れ流れている。 右手には、グリッドを握り締めている。 「さて、次にくたばるのはあんたの番よ、そこのクソガキ」 シャーリィは、右足を思い切り雪面に叩き付けた。 もちろん、カイルの右足を下敷きにすることを忘れはしない。 鈍い音。 カイルの口から、絶叫が迸った。 そして、もう一撃。 鈍い音。 カイルの左足に、もう一つ新しい関節ができていた。 カイルの喉が、引き裂かれたかのような悲鳴を上げた。 「げひ……下卑へへへへへHEHEHEHE……!」 虚ろに笑うシャーリィ。 ディムロスは、ソーディアンにしては稀有なことに、恐怖を覚えた。 しかも、本物の。 「これ」にだけは、殺されたくない。「これ」にだけは、関わりたくない。 これならば、丸腰で天地戦争の最前線に立たされる方が、遥かにましだろう。 それほどの恐怖に震え上がるディムロス。 いわんや、生身のままのカイルが受ける恐怖のほどは、どれほどか。 神殺しの英雄の矜持。それだけが、カイルを発狂寸前のところで踏み止まらせていた。 「た……助けて……!」 皮膚の下から骨が飛び出し、血を垂れ流すカイルの両足。残る両手で、後ずさる。 だが、その歩みなど、瀕死の重傷を負ったシャーリィにとってすら、牛歩も同然。 何より、まだカイルの左足はシャーリィの左足によって踏みつけられ、釘を刺されたように動かない。 左足を切り捨てなければ、そもそも牛歩の遁走を打つことさえ、出来ないのだ。 逃げられない。その事実が、カイルに巣食った恐怖を加速度的に上昇させる。 「助けて……誰か……助けて……!!」 もう英雄の称号にどれほど傷が付いても、どうでもいい。 この場から逃げられるのなら、たとえ腰抜けと謗られようと、臆病者と罵られようと構わない。 カイルは両足の骨を折られていなければ、すでにこの場から一目散に駆け出していただろう。 それほどまでに、「それ」と化したシャーリィの放つ凄気は高まり、カイルの心を蝕んでいた。 だがそんなカイルを、誰が臆病者呼ばわりできようか。 神殺しの英雄ですら、心が砕かれる寸前になるほどの恐怖の存在を前にして、 そこから逃げ出したいと思っても、誰がそれを責められようか。 涙すら受かべるカイルの顔。それを覗き込んだシャーリィは、ただ一言こう言った。 「だぁめ。許さないもん」 シャーリィのトーキックが、空を裂いた。 シャーリィの爪先は、過たずカイルの股間に突き立った。 ぷちゅん、という、何かが潰れるような音が2回、カイルの体内に響いた。 「いだああああああああああああアアアアアアアアアアアアァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!」 正気の人間なら耳を塞がずにはいられない、凄絶な叫喚が空を揺らした。 痺れるような苦いような、形容のしがたいあの激痛。 カイルの睾丸は、二つまとめて破裂していた。 シャーリィに左足を踏み付けられ、満足に身をよじることすらできないカイルは、 それでも股間を両手で押さえ、涙と鼻水と唾液をあられもなく撒き散らす。 カイルの指の股からは、尿と血液と精液とが混じり合った、体液の混合物が溢れ出る。 生きていられただけ僥倖? それはこの痛みを直に知らぬ者の、傍観者としての無責任な発言に過ぎまい。 周知の通り、男性が睾丸に打撃を受けると、激しい苦痛が彼を襲う。 その急所の睾丸が破裂すれば、その激痛はどれほどのものか。 睾丸が破裂した際の激痛で、実際にショック死した男性も存在する。 カイルの股間を今襲っているのはすなわち、文字通りの死ぬほどの激痛。 これならば、激痛の余りショック死していた方が、カイルにとってはどれほど幸せだったことか。 生爪を剥がされるなど、足元にも及ばぬ苦痛がカイルの股間を責め苛む。 その様子を見て、けれどもシャーリィは。 「キヒ……キヒヒヒひヒヒひHI非々FUヒヒ……!」 嗤っていた。至高の愉悦に浸っているかのごとくに、嗤っていた。 カイルの絶叫は、彼女にとっては天上の妙なる調べにも匹敵する、極上の交響曲だとでも言いたげに。 「あーあ、可哀想。わたしに会う前にさっさと死んどけば、こんな苦しい思いなんてしなくてもいいのにねえ?」 言う彼女は、しかし「可哀想」という単語に、これ以上ないほどの悪意を込めて嗤っていた。 「なによ……? さっきまでクソみたいな美辞麗句を述べてたあんたが、金玉ブチ割れただけでそのザマ? ゴミ屑以下のクソカスが粋がってんじゃねぇよ、バァカ!」 見下す……「見下ろす」ではなく「見下す」シャーリィの眼下には、 すでに命を失ったヴェイグと、恐怖と苦痛に戦意を失ったカイル。 いつの間にか、口内の舌すらエクスフィアに転じさせたシャーリィは、その無機化した舌で言葉を紡ぐ。 「本当はもっと、ゴミ屑の分際でわたしのお兄ちゃんより長く生きた罪、じっくりいたぶって思い知らせてから 殺そうと思ったけど、後が詰まってるから止めるわ」 もちろん、「止める」という言葉の含意は、もはや説明には及ぶまい。 「カイルの処刑を止める」のではなく、「カイルをいたぶるのを止める」という意味。 シャーリィは、腐敗したかのような不気味な形質を手にし、象の巨大さと獅子の鋭さを兼ね備えた脚を持ち上げる。 もちろん、シャーリィ自身の体格や体重を考えれば、スタンピングによるダメージはまだ人間のものとしては許容値。 しかし、問題はその脚力。 下手をすればドラゴンの巨体すらも支えられるほどの、強大な筋力がこもった脚でスタンピングを受ければ…… ヴェイグとカイルの下が固い地面ではなく雪原であることを差し引いたとしても、 確実に2人分の人体地図が、その上に刻まれる。 鼻も脳みそも腸も肝臓も、何もかもが同一平面上に押し広げられた、残虐非道な絵画の出来上がりである。 気の弱い人間なら、ほんの少し鑑賞しただけでも失神しかねない、前衛芸術。 シャーリィは、今芸術家と化す。パレットに絵の具ではなく鮮血を付けた、背徳の芸術家に。 ヴェイグと、その亡骸にすがるカイルに注ぐ、かすかな陽光が翳(かげ)る。 後は、全筋力を注ぎ込んで、大地を踏みしめれば――。 「お前って……」 カイルは、激痛とシャーリィの脚で遮られる視界の向こうに、彼を見た。 肉食獣の顎のような、シャーリィの右手に噛み咥えられた、1人の青年を。 音速の貴公子、グリッドを。 「お前ってさ……」 グリッドは、ただもがくでもなく、諦めるでもなく、アタモニ神に祈るでもなく。 ただ、彼が彼であるがゆえ。それゆえだけに、一言呟いた。 「……本当に、可哀想な奴だな」 ぎょろり。 シャーリィの眼光が、グリッドを射抜く。すでに、文字通りただのガラス玉と化した、左目が彼を睨みつける。 「……可哀想? ……わたしが……? ……わたしが……!?」 「ああ。俺はこの島でも、ファンダリアでも、アクアヴェイルでも、フィッツガルドでも…… お前ほど可哀想な奴は、見たことがないぜ」 シャーリィの眼光を、真正面から受け止めたグリッド。 その目は、怒りに燃えているわけでもなく。 その目は、恐怖に震えているわけでもなく。 ただただ、清らかな雫を滲ませながら、シャーリィを見ていた。 グリッドは、泣いていた。 怒りでも恐怖でもなく。 ただ悲哀で。ただ憐憫で。 「どうして……ミクトランの野郎は、お前みたいな奴をこんな島になんて呼んだんだろうな?」 (グリッド……お前!?) そのグリッドの発言に、ディムロスは思わずコアクリスタルを輝かせる。 恐怖に鈍っていたきらめきを、再び取り戻す。 「事情はお前の仲間から聞いたぜ……。 お前は、確か兄貴を生き返らせるために、こんなことをしているんだろう? 兄貴のためならこんなことまでできるくらい、お前はそれくらい兄貴のことを愛していたんだろう?」 みぢ、と我を失っていたシャーリィの手に、力が戻る。 グリッドは苦痛の呻きを漏らした。 「あんたなんかに……あんたみたいなウジ虫にわたしのお兄ちゃんの何が分かる!?」 「分かるさ! お前はユアンとハロルドとトーマとヴェイグを殺して、そこまでして兄貴を生き返そうとしている! 兄貴を生き返すためなら、ここまでできるんだ! それだけできるなら……お前の兄貴への想いの強さは本物だろうさ」 (グリッド! お前はシャーリィの肩を持つ気か!?) 激したディムロスの怒号が、音にあらざる音として響く。 だが、その声を聞いたシャーリィは、しかし怒号を上げはしなかった。 「……へえ? 今更わたしに胡麻でもすって、命乞いでもする気? そこの金髪のクソガキを差し出すから、自分の命は助けてくれ……ってとこかしら?」 「…………」 怒りに吼えはしない。むしろ、肩を震わせる。 次の瞬間には、悪魔じみた哄笑の声が、空を打った。 「あはははははは! 面白いじゃない! さすが、戦う力を持たない雑魚だけあるわね、あんたは。そんな下衆な考え、この偽善者どもよりよっぽど素敵だわ。 誰かを蹴落としてでも、利用してでも、踏みにじってでも自分は助かろうとする…… 最ッ高ね! あんたは多分、最高の外交官になれるわ!」 「…………ッ!」 げらげらと笑うシャーリィ。 そう、見たかったのはこれだ。 弱者の無様な命乞い。 助かりたいという願いの余り、誰かを蹴落とし、見捨て、切り捨てる。 この人間らしさを見たかった。 ご満悦、と言った表情を、エクスフィアに侵食された顔面に浮かべたシャーリィは、そこでひとまず笑いを止める。 「でもねぇ、残念。あんたにはあたしと取り引きできる札がないわ。 ミュゼットのクソババアも言わなかったんなら、わたしが言ってやるわよ。 暴力は他のどんな力も越える、最強の力なのよ? そこの認識を誤魔化すクサレ脳みそどもは、生涯地を這うわ。 助かりたいって言うんなら、わたしを力ずくでブチ殺して脱出することね? 外交でのベストな取り引きの形って、何か知ってる? 『テイク・アンド・テイク』よ」 嗤うシャーリィは、グリッドを高く持ち上げ、その表情をうかがおうとする。 けれどもそれは、彼の前髪に阻まれかなわない。 代わりにシャーリィは、下品に一つ舌打ちをして見せた。 「『ギブ・アンド・テイク』じゃないわ。相手にものをくれてやるのは、それしかないときの最後の手段。 相手の弱みに付け込み、暴力で脅して、最後には力ずくで相手の持ち物を全部分捕る。 強い奴がものを持つのは当然の道理。でしょ? だから、ミュゼットのクソババアも、口では綺麗事をほざいておきながら、 あのボケジジイのマウリッツを脅して不利な条約を力ずくで呑ませた。 まあ、結論を言うとね……」 「そんな下らねえお喋りはもう止めろ」 (!?) 「!!」 シャーリィは、その声に目を見開いた。 グリッドは、確かに涙で目を光らせていた。 「……お前は、確かに可哀想な奴だよ。人を4人も殺してまで取り戻したいくらい、 大切な兄貴を失っちまったんだから。だけどよ……だけどよ!!」 グリッドの悲哀は、その瞬間彼自身の心により溶解され、蒸発され、昇華される。 紛れもない、怒りの感情へと。 「俺はお前が可哀想だけど……いや! 可哀想『だからこそ』ッ!! お前のことを許せねえんだッ!!!」 グリッドは、シャーリィの手の中、吼えた。 「お前だって兄貴を失えば悲しいだろう……! 兄貴を殺した人間を、殺してやりたいくらい憎むだろう! 兄貴の死にそんな怒りや悲しみを覚えるならッ!! どうしてその怒りや悲しみを、誰かを労わる優しさに変えられなかったんだ!!?」 ぽかん、とシャーリィは毒気を抜かれたように、グリッドを見た。 そして、次の刹那、彼女の顔面に怒りの朱が散った。 「ッるせえんだよクソ雑魚がァ!!!」 シャーリィは、グリッドを握り締めたまま、思い切り彼を右手ごと振り下ろした。 雪原に叩き付けられたグリッドの体に、衝撃が走った。 それでも彼は、叫ぶのを止めない。 「お前が人を1人殺せば……その家族や友達や仲間がその死を悲しむッ! 嘆くッ!! お前と同じ想いをする人が増えていく!!!」 「だったら何だってんだよクソボケ野郎ッ!!!」 握り締めた右手越しに、シャーリィはグリッドへ膝蹴りを見舞う。 それでも、グリッドは血反吐を吐き散らしながら、雄叫ぶ。 「それでお前は満足なのかッ!? お前にとっては、兄貴が死ぬのと同じことが、何度も何度も何度もッ!! この島で生きている人間がいなくなるまで続いていくんだぞ!!!?」 「ッ!!!」 シャーリィの右手の力が、僅かに弱まった。 お兄ちゃんが、何度も何度も何度も死ぬ。 それは、嫌だ。 絶対に、嫌だ。 けれども、そんな事を今ほざいているのは、生殺与奪思うままの雑魚一匹。 雑魚の寝言なんぞに、耳を貸すな。 耳を貸すな!!! 「そんなこと……わたしの知ったことかぁぁぁぁぁAAAAAAA!!!」 シャーリィは、とっさに右手を離した。同時に右手を振りかざす。フルスイング。 投げつけられた砲丸のように、グリッドは、地面に墜落する。 「お前はなぁ……お前はなぁ!!」 雪原に突っ込む、ほんの一瞬前まで、グリッドは言葉を紡ぐのを止めない。 『お前は悪だ』 グリッドの頭頂が、地面に触れる。 『絶対の悪だ』 漆黒の翼の団長は、こうしてもう何度目か数えるのも億劫なほどの、墜落を迎える。 『存在を許されない、絶対の悪だ!!!』 グリッドの唇は、確かにそう紡いでいた。 股間を押さえてうずくまるカイルのすぐ近くに、グリッドは頭から墜落した。 ヴェイグの遺体。カイル。グリッド。 彼らは余りに、密着しすぎている。 これほどまでに集まっていれば、あとは一撃で全てが終わる。 シャーリィが彼らを踏みつければ、3人分の人体地図が出来上がるだろう。 グリッドは、めり込んだ頭部を無理やりに雪から引き抜いた。 即座に振り返り、シャーリィを睨みつける。 シャーリィの瞳を。シャーリィの肩口から覗ける、薄曇りの青空を。 「もういいわ。あんたらみたいな正義漢気取りのクソバカ野郎ども、もう一秒たりとて生かしちゃおけないわ。 雑魚なら雑魚らしく、強い者に媚びへつらって素直に生き延びればいいものを!」 「お前みたいな悪党に、媚びを売ってでまで生きるなんざごめんだな!」 「だったらさっさと死ね!!」 「それも断る!」 グリッドは、それでもシャーリィに啖呵を切ってみせる。 「お前のほざいていた誤りを正してやるまで、俺は死ねない! 俺は死なない!! ……お前は言っていたよな? 『暴力は最強の力だ』ってな?」 「言ったわよ? だからあんたはこれからドブネズミらしく、無様にくたばるのよ」 「違うぜッ!」 叫ぶグリッドの瞳は、ほとんど「睨む」というよりは「視線で刺し殺そうとする」というほどの力を秘め、光る。 「最強の力はなあ……『暴力』じゃねえ! 『正義』だ!! 正義を愛する心……! 正義を行う意志…!! 正義に惹かれる輝く魂!!! 正義の力の前に、敵はねえ! 悪魔だろうが怪物だろうが、破壊神だろうが滄我だろうがッ!! どんな強敵にだって、正義は負けねえッ!!!」 グリッドは、己の言葉に一片の疑いの念も乗せずして、言い切ってみせた。 空を叩く言葉一つ一つが、さながら神の断罪の鉄槌のごとき力を持ち、振るわれる。 「うるさいんだよこの正義馬鹿の偽善者野郎! 力がなきゃ、どんなお題目だろうがあってもなくても同然のお飾りよ!! 力なき正義は無力……! 正義なき力は新たな正義!! それを思い知ってッ!! 地獄に落ちろォォォォ!!!」 そしてさながら、シャーリィの振るう言葉の一つ一つは、煉獄から吹き上がる魔王の爆炎。 力なく悪魔の誘惑に屈した咎人を、無力という名の罪科ゆえに焼き滅ぼす硫黄の火。 シャーリィの右足は、とうとう踏み下ろされた。 グリッドらの元に、硫黄の火に代わってもたらされた滅びの審判は、「それ」の一撃。 命の火を吹き消されたヴェイグ。 恐怖に打ちひしがれ、心身ともに膝を折ったカイル。 もとより力を持たぬグリッド。 もう、この距離からでは回避は間に合わない。 (南無三……!) ディムロスは、ありもしないはずの背筋に伝う、絶対零度の畏怖にコアクリスタルを曇らせた。 かなうことなら、1000年前の肉体を、今この場で取り戻したい。 ディムロス・ティンバーとして、残る2人の盾になりたい。 たとえ、刺し違えることになってもいい! シャーリィの残る皮一枚、地上軍将校の誇りにかけて、引きちぎりたい! だが、それはもはやかなわぬ。 全滅、確定。 シャーリィはその脚の裏で、強かに氷原を叩いた。 凄絶な打撃音が、この戦いの全てを決めた。 ****** 「……ぅしてよ……?」 シャーリィの右足は、確かに強打した。 氷原を。 そう、「雪原」でなく、「氷原」を。 「どうしてよ……? どうしてなのよ!?」 辺り一面、広がっていたのは雪原。柔らかな雪の降る大地。 厳寒の大地に存在する凍て付いた湖のような、滑らかで固い表面ではない。 「どうして……どうしておっ死んだはずのあんたが、そうやって生きてんのよぉぉぉォぉOOO緒OH!!!!」 ならば、この雪原に突如氷原が発生したのならば、その原因の説明は、ただ一つしかあるまい。 ヴェイグ・リュングベルの放った、『氷』のフォルス。 跳ね起きたヴェイグの握る、アイスコフィンから一気に成長した氷刃は、瞬時にシャーリィの右足を貫いていた。 死したはずのヴェイグの構える、チンクエディアから爆発した氷壁は、完全にシャーリィの一撃を防いでいた。 氷剣アイスコフィン。 水剣チンクエディア。 十文字に重ねられた二振りの刃が。 その刃を振るうヴェイグが。 奇跡を起こした。 起こるべくして起こった奇跡を、掴み取った。 「ヴェイグさん……どうして!?」 最初に彼の死を確認したはずのカイルが、彼の生存に一番驚いている。 当然のこと。 確かに冷たかったはずのヴェイグが、こうして生きているのだから。 リアラのペンダントでも、こんな奇跡は果たして、起こすことが出来ただろうか。 そして、ヴェイグに代わりカイルに答えたのは、グリッド。 「カイル。お前はヴェイグがシャーリィの蹴りを顔面に食らった後、すぐにお前はヴェイグの体に触れた。 その時、お前はこう言ったよな? 『ヴェイグさんの体……氷みたいに冷たくなってる……!』ってな」 「あ……ああ」 グリッドはわが意を得たり、とばかりにしたり顔で、カイルの前で鷹揚に頷いてみせた。 グリッドは、そうして言葉を続ける。 「だがちょっとここで考えてくれよ。 ヴェイグがシャーリィの蹴りを食らってから、お前がヴェイグの体に触れるまで、タイムラグはどのくらいだ? どんなに長く見積もったって、1分はなかったろ? もしあのシャーリィの蹴りの時点で、ヴェイグが本当に死んでいたなら、まあ体が冷たくなるのは納得できる。 が、それはある程度の時間…… どんなに短くても、せめて数十分の時間が経たなきゃ、人間の体はそうと分かるほどには冷たくなりようがないんだ。 わずか1分足らずの間で、ましてや体が『氷みたいに』冷たくなんて、まともな体の人間なら有り得るか? その時点で、俺はピンと来たのさ。 ヴェイグは多分、死んだふりをしてシャーリィの不意を突くハラだろう、ってな。 そうだろ、ヴェイグ?」 歯を食いしばり、剣を支えるヴェイグは、僅かに首を縦に振った。 「お前にしては、ご明察だ」 放たれたその言葉は空に散る前に、ヴェイグの口元で白く凍て付いた。 「俺が『ラドラスの落日』でクレアに施してしまったあの術を、今回は俺自身に用いた。 俺とて『氷』のフォルスの達人……ましてやここは、俺にとって最高の戦場、雪原だ。 今の俺の実力なら、肉体を急速に冷却して、鼓動も呼吸も全てを停止させた上で肉体を仮死状態にするなど、 やってやれないことはない。 ただ……」 シャーリィを氷壁越しに睨みつけ、目を離さないヴェイグ。 その口元からは、一筋血が流れ落ちている。 その血もやがてヴェイグ自身のフォルスで凍り付き、そして流れ落ちるのを止めた。 「……肉体を仮死状態にするのは、やはり反動が半端じゃないな…… ましてや、こんな短時間で肉体を凍結させ、また解凍するなんてな。 鼓動を止める時は、危うく『落ちる』かと思った。もう二度と、こんな無茶は御免だ」 その言葉を最後に、ヴェイグは再び地面に膝を突いた。 氷壁は、脆くも砕け散った。 シャーリィの脚は、ヴェイグの鼻先、ほんの僅かの隙間を設けて、雪原に着地した。 シャーリィは、体内で砕けた氷の冷たさと痛みに、思わず絶叫。 たたらを踏みながら、思わず後方によろめく。 その隙を縫い、砕けた両足を引きずり、カイルは匍匐前進でヴェイグの元に縋り寄る。 一度は取り落としたディムロスを、もう一度握り締め。 「ヴェイグさん!!」 「カイル……!」 ヴェイグは、意識を保つのがやっとというほどの強烈な疲労に負けじと、必死に目をしばたたく。 「ヴェイグさん……ありがとう……!」 「礼には及ばんさ……。俺は……お前に…………!」 だが、そのヴェイグの意志力を以ってしても、これ以上体を支えることは不可能だった。 どしゃ。 ヴェイグは、その身を雪原に投げ出した。 「!! 駄目だ、ヴェイグさん! 死なな――」 (安心しろカイル。ヴェイグは死んではいない) 思わずヴェイグの肩を支えたカイルは、すかさず手の中の剣に嗜めを受けることとなる。 「ディムロス! どうしてそんなことが!?」 (向こうに存在する、魔杖は未だ凍り付いている。ヴェイグはただ、疲労で意識を失っただけだ。それより、だ) どずん。 カイルの腹に、雪の冷たさとはまた別の感覚が走り抜ける。 雪原を揺らす、震動。 「DOヴぉ痔てさっさとくたバラneeんだ予ォォォォ!!!!?」 ヴェイグの氷刃で貫かれた傷口から、腐液を垂れ流す「それ」。 シャーリィは、まだ生きている。 残された皮一枚は、まだ繋がっている。 皮半枚。皮半枚で、「それ」は踏み止まっている。 怪物じみた、などという陳腐な言葉では表しきれないほどの、思わず「不死身」と形容したくなるシャーリィの生命力。 そして、その生命力を支える、執念。 恐怖すら感じるほどの、凄まじ過ぎるシャーリィの執念。 だが、恐怖などに潰されはしない。 恐怖を真正面から睨みつけてやる。 恐怖など、それに倍する勇気で呑み込む! グリッドが示した勇気で。 ヴェイグが見せた勇気で。 カイルは、局所を潰され、両足をへし折られた重傷などまるで意に介さぬかのごとくに咆哮。 握り締めたディムロスが、カイルの怒りを糧に燃える。灼熱色に、光り輝く。 カイルは残された腕の力だけで、ディムロスを振りかざした。 狙い澄ますは、ヴェイグの貫いたシャーリィの右足。 同じ傷口を、何度も抉る。強靭な甲殻で防御を固めたモンスターを討つ際の、定石。 カイルはディムロスに、ディムロスを持つ手に渾身の筋力を込める。 「父さん……オレに力をッ!」 (スタン! お前は、お前の息子の剣に、確かに生きているぞ!! 放てカイル! 術剣技ッ!!) 「紅蓮剣ぇぇぇぇぇぇぇんッ!!!」 カイルの勇気。スタンの血。ディムロスの伝承。 それら三者が、カイルの腕より猛火の車輪を生み出した。 地表すれすれを驀進する炎の円輪は、雪面をその熱気だけで削り取りながら、同じく地表すれすれの標的を狙う。 その疾きこと、地を這う獲物を狩る豹の疾駆の如し!! 斬ッ!!! 「それ」は、痛みの余りに叫びを上げた。 シャーリィの肥大化した指の股に食い込むディムロスは、しかしそれでもなお足りぬとばかりに、炎気を迸らせる。 ハロルドが旅の最中、カイルに講釈してくれた土木作業機械…… 俗信には、神をもバラバラにする兵器ともされる工具「チェーンソー」の刃のように、ディムロスは回る。 シャーリィの右足を、削り斬る。 「ク憎ぉァァァァァaaaARRRRRR!!!!」 絶ッ!!! シャーリィの右足は、綺麗に左右に両断された。 先ほどの左手とは違う。今度はその中までが、異形の組織に冒されている。異常なほどの速度で進む、病の証左。 右足の開きをこしらえたディムロスは、そのままシルヴァラントの神子コレットの操るチャクラムのように、 回転しながらカイルの手元に再び収まる。 シャーリィは、開きにされた右足から、地面にくずおれた。 足を殺した。残るは右手……そして左足。 「オレも両足が2本……お前も腕と足、合わせて2本。これで、おあいこだ!!」 厳密に言えばおあいこではないが、カイルはあえて叫んだ。 股間の訴える激痛を、しかしエクスフィアを持たぬカイルはその気合だけで捻じ伏せ、叫ぶ。 その間にも、シャーリィは体勢を必死に立て直した。 きれいに両断された右足は、すでに体を支えるには何の足しにもならない。 だが、それでもシャーリィは立ち上がる。 さながら秘めた妄執を、3本目の足として用いるかのごとくに。 だがその妄執すら、とうとう始まってしまったシャーリィの肉体の自壊を、止めることはできなかった。 全身の組織が、悪しき色彩が、グラデーションを起こす。 耐え切れなくなった全身各所からは、つい先ほどまでシャーリィの左手断面からしか吹き出ていなかった、 あの腐液を吹き始めた。 ほつれ、綻び、そこから涙のようにじくじくと粘液を垂れ流す。 地面に落ちるたびに、雪が焼かれ蒸発する。 二股にされたシャーリィの右足は、すでにいかなる生物学の理論を用いても説明できない、謎の組織と化していた。 「あの結晶に体が冒される速度が……早過ぎたんだ、腐ってやがる……!」 グリッドは呻いた。シャーリィが口元から吐き流す、泥のような汚液に顔をしかめる。 「VORRRRRご下ボああああああaaaaAAAAR瑠RR!!!」 今のシャーリィの肉体の形は、すでに人間というよりは、バイラスか何かに近かった。 ここまで変異が進めば、シャーリィの未来は決したといってよかろう。 そう遠くない未来、シャーリィは奈落に落ちる。 だが奈落の王からの招来を、それでも頑なにシャーリィは拒んでいた。 (本当に……こうなるのがお前の望みだったのかよ、シャーリィ。 シャーリィにこうまでして生き返してもらって、本望に思うのか、シャーリィの兄貴さんよ?) もう、彼女の心に愛する兄の面影は在るのだろうか。 グリッドはそれを思うと、余りの理不尽さにもどかしさすら覚える。 この少女の……「それ」と化してしまった1人の水の民の少女の、凄惨な有り様ゆえに。 これが「愛」の行き着くべき姿なのか。 「愛」ゆえに享受しなければならなかった、運命なのか。 「愛」という、人の心に宿った最も美しい輝きが、人としての尊厳をこうまで粉微塵に打ち砕くものなのか。 違う。そんなはずはない。 グリッドは、否定した。 彼女もまた、ミクトランのこの姦計の犠牲者なのだ。 本来なら人と人との間に慈しみを生むはずの「愛」という感情に、吐き気のするような邪悪を注入され、 そしてそれが行き着くべきところまで行き着いてしまったのが、今の彼女なのだ。 悪魔のような性根を持つ、ミクトランのような輩にかかれば、「愛」という想いすらもこんな形で結実する。 グリッドは、もう何度目かも分からぬミクトランへの義憤……憎悪のレベルにすら達した義憤に、静かに悶える。 グリッドの視界は、霧以外の、もう一つの要素で霞んでいた。 「漆黒の翼の規則……『罪を憎んで人を憎まず』。 でも、俺じゃあ、お前という人を憎まず、お前のその歪んだ心を憎むことなんて、到底出来やしねえよ……!」 「これ」は、昨日殺したのだ。 大切な仲間である、ユアンを。 「これ」は、その罪科ゆえに1人の女性の心を砕いたのだ。 大切な仲間である、プリムラを。 「だから……もう止めにしようぜ。俺達は、お前の命を背負って、絶対にミクトランを倒してみせる。 俺たちはもう、握手を交わすには、お互い余りに遠く離れ過ぎちまったんだ」 シャーリィの背後で、若き蒼炎の鳳凰が羽ばたく。 グリッドはその鳳凰の正体を知りながらも、驚いたり歓喜に打ち震えたりといった、そんな感情はまるで湧かなかった。 「お前には、『ごめん』とも『許せ』とも言わない。俺には、そんな事を言う権利はない」 蒼炎の鳳凰は、その嘴を時空の理力もて極限にまで研ぎ澄まし、己の贄(にえ)たる存在を強襲した。 上段と下段に構えられた時空の双刃が、鋭利無比の鳳凰の嘴さながらに、一陣の熱風を巻いて振るわれた。 ロイド・アーヴィングの『鳳凰天駆』は、シャーリィの右手だった肉塊を斬断し、焼灼する。 切り離された肉塊は、そのまま地に落ちる間もなく、ただの灰と化し風にさらわれた。 「でも、ただ一言だけ、言わせてくれ」 慟哭にも似た咆哮を上げるシャーリィは、しかし切断された右手の痛みを存分に味わう間もなく、宙に浮かんだ。 刹那、時の流れが歪み出した。 「それ」の周りで、生きながら火に焼かれる蛇の身のように、時がねじれる。 時の歪みは、そして一瞬の間を置いてから、物質世界に反映される。 シャーリィの両足が、まるで下女の絞る雑巾のように、螺旋を描き始める。 生物という定義からもはみ出たような「それ」は、けれどもそのねじれを前にしては無力だった。 筋肉が裂けるみちみちという音、骨が擦り砕かれるごりごりという音。 ここに「それ」の悲鳴が加われば、悪夢の三重奏が出来上がる。 物質から成る生命体に、時の精の加護なければ、この攻撃を防ぐことは不可能。 滝のように流れ出る腐液は、それでも時の歪みに吸収され、一滴たりとて雪原には落ちなかった。 「お前は、本当に可哀想な奴だな」 「それ」の両足は、時の歪みに呑まれ、根元から千切れ虚空へと消え去った。 キール・ツァイベルの『ディストーション』は、シャーリィの両足の全てを、 バテンカイトスの彼方に持っていった。 * 「ねえ、お願い……助けて」 雪原に転がった、人とエクスフィアの合いの子は、必死で呟いた。 右手、右足。 左手。左足。 全てを失った、堕ちたる海神の巫女。 アクアヴェイルの言い回しを知る者には「達磨にされた」と言えば、すぐにその惨状が理解できよう。 そして、残された彼女の体に、すでにエクスフィアならざる部位は、残されていなかった。 エクスフィアの肌。 エクスフィアの歯。 エクスフィアの肌。 輝石は、今や口内にまで侵入していた。 彼女の体内にまで、無機なる結晶の死の洗礼が及ぶのは、もはや時間の問題だろう。 「お願い……わたしが……わたしが悪かったわ。助けて……助けて……!」 そんな中、水の民の象徴とでも言うべき金の髪だけが、エクスフィア化を免れていたのは、ひどく不釣り合いに映る。 それは、まるでシャーリィが始めてエクスフィアの毒素に身を晒した、あの時の姿を思い起こさせる。 もとい、思い起こさせていただろう。ここにダオスかミトス、どちらかがいたのなら。 「助けて……! 苦しい……苦しい……!」 哀れな声を上げるシャーリィ。 しかし彼女を取り巻く空気は、もはや「剣呑」という形容以外当てはまらない、不穏なものでしかなかった。 じゃきり。 彼女の凶手により、左目の光を失った氷の剣士は氷刃を鳴らせる。 「今更になって無様に命乞いか? ……厚顔無恥にも限度というものがあるだろう、シャーリィ!」 ヴェイグが手にした、長大な氷柱の刃にまとわれた剣の切っ先は、彼女の首筋に沿い佇む。 結果としてジューダスから受け継ぐことになった氷剣、アイスコフィンの切っ先は、 あと一振りでシャーリィの首を刎ね飛ばす事だろう。ヴェイグがそうしようと望みさえすれば。 「今までお前がやってきたことを、振り返ってみろよ! お前は今まで、何人殺してきた!? 何人オレ達の仲間を殺してきた!!?」 (無様なものだな。貴様が先ほど吐いた言葉をそのまま返させてもらおうか。 貴様は、そんな甘い覚悟で3人も殺したのか?) 両足と局所を砕かれたカイルと、そして彼の手の中のソーディアンは、炎のごとくに苛烈な言葉を彼女に浴びせた。 「いや……殺さないで! お兄ちゃんに……お兄ちゃんに会えなくなるのは――!」 「もうお前は黙れ」 そんな中、シャーリィを囲むようにして作られた車座から、1人の男が出てきた。 キール・ツァイベル。絶体絶命の窮地に割り込み、ヴェイグとカイルとグリッドを、ロイドと共に救った晶霊術師。 気付け代わりの『ヒール』でヴェイグを起こし、そして解凍してもらった杖を握り、シャーリィに迫る。 赤黒い、混沌の心臓の嵌め込まれた杖、魔杖ケイオスハートを片手に握り。 「これ以上お前の命乞いを聞いていると、こっちの耳が腐る。 お前はさっさとこの杖に命を捧げて、心おきなくバテンカイトスに逝け」 普段の彼を知る者なら、この言葉を聴いた瞬間、その眉を跳ね上げていただろう。 余りに苛烈、余りに無慈悲。それこそが、彼の「鬼」になるという覚悟の表れ。 その厳烈な言質に、思わずシャーリィは震え上がった。 エクスフィアに冒され、満足な発音も出来ぬ喉から、声を絞り出す。 「いや! 止めて……死にたくない!」 「黙れと言ったはずだ、くたばり損ないの化け物め」 「化け物じゃないぜ、キール」 車座の中、突如声が上がる。 この車座の中で唯一、その背に大いなる翼を負った1人の少年。 大天使、ロイド・アーヴィングは、目を伏せながら言った。 「その子は……シャーリィは、病気なんだ。永続天使性無機結晶症。 エクスフィアを装備した際、数百万人に1人の確率で発症する、エクスフィアに対する肉体の拒否反応だ」 「拒否反応……つまりは、肉体の異常な抗原反応か。 レオノア百科全書第3巻に記述されていた、『アレルギー』みたいなものなのか?」 キールは、雪原に倒れたシャーリィから、一瞬も目を離さず。 それでいて、ミンツ大学の学士としての好奇心を忘れず、ロイドの話に静かに傾聴する。 ロイドは、浅く頷いた。 「ああ、ジーニアスもそんな事を話していたし、そういう考え方で間違いないと思うぜ。 ……道理でおかしいと思ったんだ。いくらシャーリィがメルネス……ええと確か、海の神の巫女だよな? その海の神の巫女だからって、エクスフィアの毒素に生身で耐えるなんて、な」 何かわけや裏があると思ったぜ、とロイドは締めくくる。 キールは、シャーリィから目を反らさずして、事務的に聞き返した。 「その永続天使性無機結晶症とやらに、患者の戦闘力や凶暴性が上がる、みたいな症状はあるのか? もう少し噛み砕いて言うと、こいつがいきなり手足を再生させて、僕らに襲いかかったりする危険性は? それから、治療法はあるのか?」 そして次に、ロイドの首は横に振られた。 「いや、永続天使性無機結晶症は、いきなり患者が怪物になったりするような症状はない。 肉体のエクスフィギュア化と、永続天使性無機結晶症は別件だ。 今回シャーリィの体には、それが同時に起こったみたいだな。それから――」 ロイドは静かに瞳をまぶたで覆いながら、言の葉を紡ぐ。 「――永続天使性無機結晶症の唯一の治療法は、ルーンクレストっていう、 ドワーフの技術と希少な材料を必要とする、特殊な要の紋をエクスフィアにはめ込むことだ。 だけど……」 ここには、ルーンクレストは存在しない。それは、空しい仮定に過ぎない。 厳密に言えば、ルーンクレストがここにないわけではない。 ただカイルの持つルーンクレストの存在を、ロイドが知らないに過ぎない。 そしてカイルは己の持つ装飾品が、そのルーンクレストであることを知らない。 一同がルーンクレストの存在を知るのは、よってほんの少し未来に先延ばしされることとなろう。 よって今はまだ空しいその仮定を、ロイドは口にし、視線を滑らせる。 一瞬、ほんの一瞬だけロイドは瞳を閉じた後、シャーリィを見た。 とうとうシャーリィの肉体は、最後に冒されずに済んでいた箇所、髪の毛までも輝石に蝕まれ始める。 これはもはや、ルーンクレストの有無が問題ではない。ロイドはその旨、一同に報告する。 「……もしここにルーンクレストがあったって、もうその子は助からないと思う。 その調子ならもう内臓も完全にエクスフィアにやられているだろうし、それに何より病気の進行速度が早過ぎる。 実は俺の仲間のコレットも、この病気にかかったことがあったんだけど、 その時も病気にやられたって俺達が気付いてから、慌ててルーンクレストの材料を集めても、何とか間に合った。 それなのに、今のシャーリィの病気の進行速度は、本来の数百倍、数千倍の速度で進んでる。 原因は、分からないけどな」 「妥当な推測としてはおそらく、シャーリィの特殊な体内の晶霊力バランスが原因と見るべきだろう。 ロイドの住んでいたシルヴァラントの人間に比べ、シャーリィのエクスフィアに対する抗原反応は、 単純計算なら数百倍か数千倍の強度で起こるんだと思う。 本来はエクスフィアが脱離しなければ起こらないはずの肉体のエクスフィギュア化が、 エクスフィアの脱離なしに起こったことが、その論拠だ。 つまり、シャーリィはもともと、エクスフィアに対するアレルギー体質だった、ってことだな。 その性質が水の民共通のものなのか、メルネスであるシャーリィだけの特異体質なのか、までは判断できないが」 その仮説を展開する間にも、キールは瞬きの時間すら惜しいとばかりに、シャーリィを睨みつける。 「助けて……暗い……暗いよ……!」 目の前の、人間の形を辛うじて留めた、生きているエクスフィアは虚空を掻いた。掻こうとした。 達磨にされたシャーリィには、それはかなわぬ話であったが。ただ、芋虫か何かのように蠢いてみせるだけだった。 キールは、そんなシャーリィにまるで汚物でも見るような視線を浴びせ、そして吐き捨てる。 「お前みたいな屑には、ふさわしい死に方だな。お前に人間として死ぬ権利はない……化け物として死ね!」 「違う……わたしは……化け物じゃない!」 「そんな得体の知れない、石と人間の合いの子の分際が、寝言をほざくな……! お前をは化け物じゃないって言うなら、何だって言うんだ?」 氷刃をシャーリィの首筋に突きつけるヴェイグも、その言質には同意を示した。 「キールの意見に賛成だ。どこからどう見ても、お前は心も体もバイラスか何かだろう。違うか?」 カイルも、またディムロスも呼応して、首肯する。 「オレの両足を予め折っておいて正解だったな……! この足が動けば、オレはもうとっくに、この場でお前に引導を渡してやっているぞ!」 怒るカイル。 (軍人は軍に志願する時、己の命に毛ほどの重さなし、と軍人勅諭にて叩き込まれる。 自らの命の軽きこと、鴻毛のごとし……それを肝に銘じぬ不覚悟な者に、相手の命を奪う権利はない!) 炎上するディムロス。 「ごめんなさい……許して! もうしないわ!」 シャーリィは、断末魔の悲痛さを帯びて、一同の怒りを受け止めた。 それでも、一同の怒りは収まるどころか、ますます燃え上がる。 こんな不覚悟な者に、友の、仲間の命を奪われ、また自らの命を奪われかけたとあれば、それも止むなしか。 その様子を、ただただグリッドは下唇を噛みながら、忸怩たる思いで眺める。 メルディは、わけも分からずクィッキーをその手の中で戯れさせる。 そして。 「なあ、みんな」 光翼を帯びた少年の静かな呟き。 「もう、その辺で、止してやれないか」 シャーリィに悪罵の声を浴びせる一同の中から、その声が湧いた。 もたらしたのは、ロイド。 静かな、静かな光を、瞳の奥で揺らせる。 そしてメルディを除き、全員が思わずロイドの方を向いた。 「その子は、どの道もう助からない。さっきそう言っただろ? 今この場で誰かがその子を手にかけたって、ほんの少し死期が短くなるだけだ。 今までさんざんに人を殺した罰は、永続天使性無機結晶症で、十分に償われるだろうさ。 こんな死の恐怖を味わいながら、人間としての尊厳を欠いた死に方をしなきゃいけないんだ。 十分、もう十分だろう?」 ぽかん。 一同は、そのまま開いた口を塞ぐことができなかった。 次の瞬間には、猛反発の声が迸る。キールが、その声をロイドに叩き付ける。 「何を言っているんだロイド! お前はこいつの肩を持つつもりか!? こいつは今まで、人を何人殺してきたと思っている!? どれだけ痛めつけたと思う!! こんな気持ちの悪い結晶に体の覆われた化け物に、人権を認める必要が何処に……!!」 「じゃあキールはリッドやメルディが永続天使性無機結晶症にやられてッ!!!」 怒号。 ロイドが返したのは、それに倍する怒号。 普段から頭の上で屹立している鳶色の髪が、更に怒りで逆立ち震える。 キールは、その剣幕にそれ以上の言葉を制された。 沈黙の帳が、重く一同の肩にのしかかる。 それを静かに破ったのは、ロイド本人。 「……永続天使性無機結晶症に冒されて……そんな風に体がエクスフィアに変わっていったからと言って、 リッドやメルディを化け物呼ばわりして、人間じゃなくてモンスターか何かと同じ存在として、 扱うことができるのかよ?」 「……え?」 キールは間抜けに思いながらも、そんな呆けたような声しか返すことが出来なかった。 てっきり、ロイドのことだから、シャーリィを絶対悪として扱う態度を糾弾すると思っていた。 けれども、それはキール自身の勝手な思い込みに終わった。 それを尻目に、ロイドは今度、怒りではなく悲しみに眉を歪ませ、一同に語りかける。 「その子は人間だ。たとえ体がエクスフィアに冒されたって、人間なんだ。 だからその子の事を、『化け物』だとか『気持ち悪い』だとか言うのは、止めてくれよ」 「……いきなり何を?」 そのロイドの反論に、ヴェイグまでもが怪訝そうに言葉を発する。 ロイドは、ヴェイグにも答えて曰く―― 「さっきも俺は言ったろ? 俺の仲間も……コレットも一度、この病気にやられたことがあるって。 コレットはその時きっと、すごく怖かったと思う。 コレットが永続天使性無機結晶症にやられたとき、俺達にはずっとそれを隠していたんだ。 フォシテスって奴に肩の衣を焼かれて、俺達がその病気に気付くまでな。 自分の体を見せて気持ち悪いって思われないか……自分のことを化け物って呼ぶんじゃないか……って、 それが不安で、恐ろしくて、病気のことを誰にも相談できずにいたんだ。 だからコレットはその時まで、ずっと1人で、体をエクスフィアに蝕まれる恐怖と戦ってきたんだ。 旅の途中から、リフィル先生やしいなや、プレセアにも着替えや風呂を見せたがらなかったのは、 そういうわけだったんだ」 「それがどうだって言うんだよ、ロイド!?」 カイルは、憤怒よりはむしろ、困惑の表情を浮かべてロイドに叫んだ。 ロイドは、肩を、背の翼を、わなわなと震わせ、そして言葉をこぼした。 「みんなにシャーリィを憎むなとは言わない。俺だってジーニアスやゼロスや、しいなを殺した奴は憎いさ! でも! せめてシャーリィのことを化け物なんて、言わないでやってくれよ……! その子はコレットと同じで、自分の体がエクスフィアになる恐怖に、1人で戦ってきたんだ! 俺にはその恐怖がよく分かる。今俺の体は無機生命体化してる。 息をしなくても苦しくならない。眠くもならないし疲れも感じない。心臓だって、動いていない。 今の俺の体はほとんど、ゾンビやヴァンパイアみたいな、アンデッドと同じなんだ。 生き血や死肉すら摂らなくたって、マナさえあれば生きていける」 その話に、一同は驚愕。 皮肉。 これほどの皮肉が、あろうものか。 俗に天使は天界の使者と呼ばれ、闇の世界に生まれた生命体を調伏する、光の審判のもたらし手とされる。 そのアンデッドの天敵とも言うべき天使が、実はアンデッドに近い体を持ち、存在しているなど、 これほど皮肉な話が、あるものなのか。 ロイドの眉間に、深い深い皺が、いつの間にか刻まれている。 「無機生命体化と永続天使性無機結晶症は、厳密な話をすればちょっと違う。 でも、自分の体がエクスフィアや、アンデッドになる恐怖は……まともな人間の体じゃなくなる恐怖は、 みんなも何となく分かってくれるだろ?」 ヴェイグは、静かにロイドの言葉を首肯し、同時に驚いてもいた。 「ロイド……お前はそこまでの覚悟で、体を天使化させていたのか……!」 「無機生命体化なんて、天使に生まれ変わるって言えば聞こえはいいだろうさ。 でもその実態は、生ける屍になるのと何ら変わりはない。そうだろ?」 一同は沈黙するほか、なかった。その沈黙に、ロイドへの同意を込めるほか、成しうることはなく。 グリッドは、あられもなく涙を垂れ流し、服の裾を濡らしていた。 ロイドの悲愴なまでの覚悟を、ただ静かに受け止め、しくしくとすすり泣いている。 立ち上がるロイド。 その足は、シャーリィの方向を向いていた。 一同は、息を呑む。それでも、誰もロイドを止めなかった。止められなかった。 ロイドの足元に蠢く、おぞましい生命体。 青緑色の芋虫は、すでに人としての言葉さえ、失いつつある。 しゃがみ込むロイド。 そして。 「俺はお前の兄貴じゃないけど、お前の兄貴の代役にはなれるよな?」 その両手を、翼を、広げる。 包み込む。 グロテスクに蠢くエクスフィアの石像を。出来損ないの女神の像を。 それが数刻前まで、水の民の形質を辛うじて保っていた、シャーリィ・フェンネスであったとは、誰が想像できよう。 それを各自、その目で確かめていたはずのヴェイグやカイルらですら、信じられないのに。 そして抱きしめる。 人肌の温もりなど、すでに拭い去られてしまったエクスフィアの肌がただ痛々しくて、ロイドは悲痛に息を吐き出した。 そのエクスフィアの冷たさを更に拭おうとして、人肌の温もりを分けようとして、ロイドはシャーリィを強く抱く。 同じく温かい血の流れない無機生命体の体で、温もりなど当然与えられるはずもなく。 それを承知で、ロイドはシャーリィを抱擁する。 空色の光翼が、ロイドの体を、そしてシャーリィの体を取り囲む。 「グッド・ナイト……とでも言うべきなんだろう、な」 ヴェイグは、呟く。心ここに在らずといった様子で、静かに。 ヴェイグの目に映るロイドは、どう考えてもあのおぞましいアンデッド…… カレギア風に言えば、バイラス化した生物の遺体の仲間だとは、どうしても思えない。 キールは、霊峰ファロースのふもとに建つ、セイファート教会のステンドグラスを思い出していた。 カイルは、グリッドは、ストレイライズ大神殿の大理石の彫刻を、心に描いていた。 ロイドが、アンデッドの仲間であろうものか。 その姿は、たとえ大罪人であろうと、黄泉の国への旅立ちを安らかに迎えさせんと見守る、慈愛の大天使。 それ以外、どう形容しろというのか。 怒りが、憎しみが、気が付けば、心の中から溶けて流れ去っていた。 「俺……俺さ……」 相手を罪人と知りながらも、それでも安らかな永久の眠りを望む大天使を前に、グリッドは呟く。 「俺……こうなっちまう前に、シャーリィと会いたかったな……今、俺は心の底からそう思うぜ」 「だが現実には、俺達はこうして限りあった出会いを迎え、そして別れ行く。……思えば確かに、不条理なものだ」 ヴェイグは言う。心の底から湧き上がる、シャオルーンの波動が心地よい。 シャオルーンが認めるなら、それは己の心が真に在りたいその姿を取っていることの証拠。 心を熱し苛む怒りも、煮立たせ煩わせる憎しみもない、穏やかなこの心。 これこそがヴェイグが認め、そしてシャオルーンに証明された、想いなのだ。 「変だよな、オレ。……さっきまであんなに憎かったシャーリィが、どうしてこんなに哀れに思えるんだろう」 (それは、お前もロイドも、本質的には甘ちゃんだからに過ぎまい) ディムロスは、ロイドを見るカイルに言う。 コアクリスタルの輝きは、カイルを突き放すようでいて、それでもどこか突き放しきれない。 ディムロスはそのもどかしさを、ただ心の声と共に吐き出そうと努めた。 (まったく、お前達は揃いも揃って下らん感傷などに浸って……下らん、実に下らん。 自己満足で敵に慈悲をかけ、それを尊ぶなどな。 だが……) それこそが、英雄の素養なのかも知れない。ディムロスは送話機能を切ってから、1人ごちる。 敵にさえ慈悲をかけ、尊厳を認め、哀れむ。 その心の強さを、人がみなすべからく持っていれば、この世はどれほど素晴らしい桃源郷だろう。 敵でさえも救うその意志を、天上人が始めから持っていれば、そもそも天地戦争は起こらなかっただろう。 彗星の衝突がもたらした冬の中、手を取り合い助け合うことが出来れば、どれほどの人が助かったか。 天地戦争に勝利するよりも、遥かに多くの人を救うことが出来たのは、少なくとも確実――。 (!!!) ぞくり。 ディムロスは、刀身全体が震え上がったかのような錯覚に捕らわれた。 ディムロス・ティンバーであった頃、自分自身や仲間を何度も死地から救った、戦士の勘。 鋭く鋭く鍛えられたその勘が、突如警鐘を最大音量で鳴らした。 このままでは、誰かが死ぬ。誰かが……誰かが……! (いかん! ロイド!!) ディムロスのコアクリスタルは、確かに映していた。 ロイドの胸の内に抱かれる、シャーリィの瞳を。 エクスフィアの奥に燃える、殺意の業火を。 「ONIICHAaaaAAAAAAHHHHHN!!!!」 それでも、ディムロスが警告を発したときには、全てが終わった。 過程を経た後に訪れる結果は、一本に絞り込まれていた。 シャーリィの右手の断面から噴出した、数十もの触手の束。 もしここにスタンかハロルドがいたなら、確実にあの光景を思い出していただろう。 エクスフィギュアと化したマウリッツが繰り出してきた、触手攻撃。 水の民の遺伝子とエクスフィアが反応することにより成り立つ、本来のエクスフィギュアには不可能な攻撃。 その一撃が、大木を割り裂く雷霆のごとくに、貫き去っていた。 ロイドの左胸を。 直撃。 密着間合いゆえの、直撃! 「あ……」 キールは、一瞬の困惑。 「ああ……!!」 続けて、絶望。 「ロイドぉぉぉーーーーーーーーーーーーっ!!!」 更に、激怒。 「貴様ァァァァァァァァァーーーッ!!!」 反射的に、魔杖ケイオスハートを投擲。普段のキールを知る者からは信じられぬ、鬼神の表情。 キールの体内の憎悪は、一陣の破滅の矢と化し、空を舞う。 「…………!」 シャーリィの触手によりぶち抜かれ、体内から、それがはみ出ている。ロイドの、心臓。 ケイオスハートは、命という名の禁断の果実への飢えを隠さずして、風を裂く。 「ぐふおっ……!」 シャーリィが放った触手の束の先端にぶら下がる、ロイドの心臓は、刹那。 ケイオスハートの石突きは、間違いなくその方向を向いている。 「ああああああ!!」 みぎゅり。みぎゅり。 ケイオスハートの石突きは、シャーリィの盆の窪を狙う。 「あ……! ああ……!」 触手は、すり潰す。ロイドの心臓を、ただの挽き肉にする。 この位置。速度。もはや、何人たりとて、防ぐことは出来まい。 鮮血が垂れて/空を貫いて ピンクの挽き肉が地面に降り注いで/とうとう石突きがシャーリィの後頭部に触れて ロイドの命の源が雪の大地を汚して/シャーリィの脊の髄を割り穿って 。 。 。 それで、全ては終わっていた。 それが、結果。 いつの間にか、雪が蒸発して生まれた霧は、風にさらわれていた。 かりそめの空に浮かぶかりそめの太陽が、再び雪原を眩しく輝かせる。 その世界の中でも特に、二者は眩しかった。 魔杖ケイオスハートを後頭部に突き立てられ、命を失ったシャーリィと。 シャーリィが最後っ屁とばかりに繰り出した触手で、心臓を失ったロイドと。 空しげに吹き過ぎる風、一陣。 ケイオスハートの宝玉が、歓喜に耐え切れないといった様子で、赤黒く輝いた。 とうとうこの島で食べることの出来た、初めての命。シャーリィの命。 神の美酒にも勝る、禁断の果汁の味わいに感じ入るように、ケイオスハートは禍々しく震えた。 「…………か……よ……」 ロイドは、血反吐を吹いた。 「これが……お前の望みかよ……!」 もしシャーリィを叩き伏せた後、天使化を維持していなかったなら、間違いなく死んでいた。 「本当に、これがお前の望みだったのかよ……!」 心臓を失う。それはすなわち、血の流れる生命体にとって、死と同義語。 「それで……お前は満足だったのかよ……!?」 だが、肉体の無機化が、絶対の死であるはずの心臓の喪失から、致死性を奪い去っていた。 「お前の兄貴は、満足なのかよ!?」 ロイドは奇跡の生還を果たし、そして未だその生を、紙一重のところで繋いでいた。 「ちくしょう……!」 ロイドは、腕の中で抱いたエクスフィアの石像を、焦点がなかなか合わない瞳で見ながら、歯噛みして呻いた。 「ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーっ!!!!!」 ロイドの腕の中の石像は、不気味に顔を歪めていた。 自らの取り付かれた妄執に、余りに素直でありすぎたがゆえに。 どれほど狂気と背徳の世界を知り尽くした彫刻家ですら再現できない、その表情を張り付かせていた。 笑顔は、余りにも邪悪すぎた。 邪悪すぎて、未だ生きているかのような錯覚さえ感じるほどに。 シャーリィ・フェンネスは、その命の最後のひとかけらまでを、愛する兄に捧げた。 悲しいほどに、愚かなまでに、ひたむきに。 その表情は、もはや人間のものではありえなかった。 それは邪神の偶像と評するに何ら異論のない、狂気の産物だった。 ロイドは、文字通り胸が潰れるほどの、凄まじい慟哭を空に響かせた。 (お兄ちゃんに会うために、お前は死ね) その表情にありありと浮かんだ、その悪意そのものの意志だけがただ、この雪原に空しくわだかまっていた。 【グリッド 生存確認】 状態:更に強まった正義感 全身打撲 プリムラ・ユアンのサック所持 所持品:マジックミスト 占いの本 ハロルドメモ プリムラの遺髪 ミスティブルーム ロープ数本 C・ケイジ@I ソーサラーリング ナイトメアブーツ ハロルドレシピ 基本行動方針:漆黒の翼のリーダーとして生き延びる 第一行動方針:ロイド達に協力する 第二行動方針:マーダー排除に協力する 現在位置:E3の丘陵地帯・ケイオスハートの落下点 【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】 状態:HP15% TP30% 他人の死への拒絶 リオンのサック所持 両腕内出血(動かすことは可能) 側頭部強打 背中に3箇所裂傷 大疲労(肉体仮死化の反動) 左眼失明(眼球破裂) 胸甲を破砕された 所持品:チンクエディア アイスコフィン 忍刀桔梗 ミトスの手紙 「ジューダス」のダイイングメッセージ 45ACP弾7発マガジン×3 基本行動方針:今まで犯した罪を償う(特にカイルへ) 第一行動方針:キールとのコンビネーションプレイの練習を行う 第二行動方針:もしティトレイと再接触したなら、聖獣の力でティトレイを正気に戻せるか試みる 現在位置:E3の丘陵地帯・ケイオスハートの落下点 【カイル=デュナミス 生存確認】 状態:HP25% TP35% 両足粉砕骨折 両睾丸破裂(男性機能喪失) 所持品:鍋の蓋 フォースリング ウィス 忍刀血桜 クラトスの輝石 料理大全 要の紋 蝙蝠の首輪 レアガントレット(左手甲に穴)セレスティマント ロリポップ ミントの帽子 S・D 魔玩ビシャスコア アビシオン人形 基本行動方針:生きる 第一行動方針:守られる側から守る側に成長する SD基本行動方針:一同を指揮 現在位置:E3の丘陵地帯・ケイオスハートの落下点 【キール・ツァイベル 生存確認】 状態:TP40% 「鬼」になる覚悟 裏インディグネイション発動可能 ゼクンドゥス召喚可能 メルディにサインを教授済み 所持品:ベレット セイファートキー BCロッド キールのレポート ジェイのメモ ダオスの遺書 ダブルセイバー タール入りの瓶(中にリバヴィウス鉱あり。毒素を濃縮中) 漆黒の翼のバッジ C・ケイジ@C(全大晶霊の活力最大?) 基本行動方針:脱出法を探し出す。またマーダー排除のためならばどんな卑劣な手段も辞さない 第一行動方針:ロイドを生き残らせる 第二行動方針:仲間の治療後、マーダーとの戦闘を可能な限り回避し、食料と水を集める 第三行動方針:タールを濃縮し、グリッドに毒塗りダブルセイバーを渡す 第四行動方針:共にマーダーを倒してくれる仲間を募る 第五行動方針:首輪の情報を更に解析し、解除を試みる 第六行動方針:暇を見てキールのレポートを増補改訂する 現在位置:E3の丘陵地帯・ケイオスハートの落下点 【メルディ 生存確認】 状態:TP40% 精神磨耗?(TP最大値が半減。上級術で廃人化?) キールにサインを教わった 所持品:スカウトオーブ・少ない ダーツセット クナイ(3枚)双眼鏡 クィッキー(漆黒の翼のバッジを装備) 漆黒の翼のバッジ 基本行動方針:キールに従う(自己判断力の低下?) 現在位置:E3の丘陵地帯・ケイオスハートの落下点 【ロイド=アーヴィング 生存確認】 状態:HP20% TP40% 右肩・胸に裂傷(処置済み) 右手甲接合中 決意 天使化 心臓喪失 激しい悲哀 所持品:トレカ、カードキー エターナルリング ガーネット ホーリィリング 忍刀・紫電 ウッドブレード(刻印あり) 漆黒の翼のバッジ×7(うち1個を胸に装備) リーダー用漆黒の翼のバッジ 基本行動方針:皆で生きて帰る、コレットに会う 第一行動方針:回復後はコレットの救出に向かう 第二行動方針:キールをマーダーなんかにさせない! 第三行動方針:クレスを倒すべく、EXスキルの戦闘中の組み換え練習をする 現在位置:E3の丘陵地帯・ケイオスハートの落下点 ※なおロイドは心臓を失ったため、天使化の解除は実質上不可能(解除したなら死亡) ※よってこれ以降、ロイドのTPの自然回復は凍結 ドロップアイテム一覧: メガグランチャー ネルフェス・エクスフィア フェアリィリング ハロルドの首輪 UZI SMG(マガジンは空) スティレット イクストリーム マジカルポーチ ハロルドのサック(分解中のレーダーあり) パイングミ ジェットブーツ 実験サンプル(燃える草微量以外詳細不明) 首輪×2 ミラクルグミ ウィングパック(食料が色々入っている) 金のフライパン ウグイスブエ(故障) ハロルドメモ2(現状のレーダー解析結果+α) ペルシャブーツ 魔杖ケイオスハート(シャーリィの命を吸収) 【シャーリィ・フェンネス 死亡】 【残り11人】 前 次
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たたかいのはてに ラヴァートヒーローズ(アルテイル)ストーリーパック第5弾。 太陽王国と月公国の間で起きた戦争、「陽月戦争」を描いたストーリパックの一つ。 神殿騎士、指揮官型の戦闘用魔法少女、人魚族が多数登場する。 神殿騎士、人魚族の魔術師『フェティス』、二刀流『桜』などエリアにカードを直置きできるカードが多いのが特徴。 全60種類。 収録カード 2番目の竜騎士『リサース』 聖域の騎士『サージス』 騎士隊長『リドレーア』 太陽の従者『サフィリア』 聖域の鍵 神殿騎士団0番隊 神殿騎士団1番隊 神殿騎士団2番隊 神殿騎士団3番隊 奇襲 太陽王国の上級神官戦士 太陽王国の上級剣士 天馬に乗る騎士 神殿の格闘家 あふれ出す魂 奈落の欠片『ザルグール』 最悪の剣士『アフィール』 指揮官『ヴァイオレット×2』 指揮官『スカーレット・ローズ』 指揮官『ホワイト・リリー』 月公国の邪悪騎士 死者の騎士 奈落の亡者 歪んだ女神官 破棄再生 戦闘用魔法少女【遠隔型】 歪み触れた神官 月公国の女剣士 夜の霊 魂の交換 魔獣王『リヴェイラ』 大地の真子『アティラ・シン』 二刀流『桜』 怒りの武神『ディスタ』 再生する森 花女 傭兵王国の剣士 火山から飛び出す飛竜 傭兵王国の銃剣使い 妖精族の魔法使い 岩石落とし 傭兵王国の魔法使い ブーメラン戦士 猫族の剣士 獰猛な二足竜 麗しき聖騎士『ミレリア』 人魚姫『エメーナ』 人魚族の魔術師『フェティス』 氷の魔術師『ラスアム』 禁断の書 魔法王国の氷魔術師 忍び寄る魔法剣士 魔法王国の大剣使い 沼地の翼竜 時間凍結 人魚族の剣士 人魚族の弓兵 人魚族の少女魔術師 魔法王国の特殊弓兵 水の柱 関連 第1弾『ベーシック』 第2弾『竜皇帝の復活』 第3弾『神罰の代行者』 第4弾『聖域の魔獣』 第5弾『戦いの果てに』 第6弾『戦いの序曲』 第7弾『大罪の聖騎士』 第8弾『魔法王国の滅亡』 第9弾『混沌の使者』 第10弾『私達は、因果の果てよりやってきた』 第11弾『因果の最終定理』 第12弾『決戦の火蓋』 コラボカード『ディヴァイン・グリモワール』
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GC版で初登場したクエスト。幻(数字が入る)と略される。玄海ともいわれた(変換の関係で)。 主にEP2の管理区以降のステージが舞台であるクエスト。EP1の夢幻のごとくに相当し、同様に最終エリアでは視点が変更される。特に海岸エリアや管理区エリアのものはかなり独自であり、なれるまで難しいかもしれない(特に接近戦をするハンターは)。なお神殿や宇宙船はMAぐらいしかまともなクエストが存在しなかった。しかもバグでアイテムを落とさない部屋もあったため・・・。 クリアするとプレイヤーの人数に応じてメダルがもらえ(一人につき1つ、4人でクリアすると4枚)、ガロンズショップでルーレットがプレイできた。ここでいわゆる準レアの超高ヒット属性のものが手に入るためこれだけのために人気でもあったが、初期はバグでコインが数百枚になるものがあり、後に修正されたもののここで荒稼ぎをしたプレイヤーもいた。 幻界の果てに1 密林・海岸が舞台である。攻略する順番は自由であり、二手にわかれて同時攻略というのも可能である。アルティメットではメリカロル系の即死攻撃が出現位置を覚えておかないと苦労する。ギ・グーを狩るために幻4ができるまでは非常に斬新であり、塔を攻略しなくてもよかったため人気であった。前述のとおり海岸の最終面はカメラアングルが特殊であり、なれるまで難しいかもしれない。 幻界の果てに2 高山・管理区が舞台である。こちらは高山をクリアしないと管理区へは入れない。猿が大量にでてくるためギブルス狩りなどにも有効であった。シノワ系を効率的に狩るにはここが妥当か。いわゆる回復装置の配置が高山クリア後と管理区の最終面前であるため、管理区ではアンドロイドはトラップが実質使い放題。実はレンジャーはショット系をぶっ放しているだけで簡単に攻略できる(針だと射程が短くエリアが広いので難しい)。 幻界の果てに3 プラントが舞台となっている。ここからは難しくなってきたからか、数万メセタで無敵になる装置を利用できる。最終面は即死攻撃を大量にやってくる場面がいくつかあるので活用したい。最終エリアでは回復装置が利用できる。 幻界の果てに4 ついに制御塔が舞台となった。これも幻3同様無敵装置が手に入るが今度は無料になり、東棟では一定時間おきに自動発動、西棟では一定時間おきに現れる光の玉を割ると近くのプレイヤーが一定時間無敵になる。最終面に行くときは無敵になるのを待ってから言ったほうがいいかもしれない。 最上階ではイプシロンが3体動時発生したり、イルギルが大量に湧きだすなど非常に難しい。他のクエストと違い、一旦クリアすると戻れなくなる。
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死闘の果てにって中ボスのやつでいいんだっけ。一応作った。 583様より あああ ひこち ぐあし ゆみの ちるみ あつぼ ねじろ ぶうせ ぬろし ないち めでち ぬあな もぬず くめれ るやな しぎう ごあの かけそ いこぼ わねじ つりく こわへ むへべ いれま げずほ れよふ もらび りゆね あおめ べうお いとき めちむ いもよ さざあ たべや むあむ むぐす ざつう へさそ つぎゆ ふすと むきし ふすば みばみ きくて たよう さぜぜ あ
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書籍データ 書籍名 碧空の果てに 巻数 1 著者 濱野 京子 イラスト 出版社 カドカワ銀のさじシリーズ 発売日(1巻) 2009/5/29 441 名前 イラストに騙された名無しさん Mail sage 投稿日 2009/09/11(金) 00 39 57 ID vA4I0UuR 碧空の果てに 銀のさじ文庫 読みました 男装して国を飛び出した怪力を隠す姫と足が不自由だが知性で国を守る 美形でちょっと冷たい首長のお話 児童書だと舐めていたらやられたw 夜伽をしろーとか始めて抱かれた時を思い出したり…の表現はあるものの いやらしくはなくむしろ爽やかな感じです 恋愛よりもヒロインの生き方について描かれているのでラブラブちゅっちゅで 結婚して末永く二人は幸せに暮らしました、というのを求める人にはアレかも しれないけど、面白かった(ハッピーエンドです) 登場人物にいやみが無く、挿絵も綺麗 多分、首長はむっつりスケベだと思うw 442 名前 イラストに騙された名無しさん Mail sage 投稿日 2009/09/11(金) 09 41 21 ID ANpNI3FV 441 銀のさじは確かにあるけどそれ文庫じゃなくてハードカバーじゃないの? 名前 コメント
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狂愛の果てに チームLPが50%以下の場合、遠隔攻撃時のATが6%Up Lv.50 LP 0 AT 165 DF 0 SP 55 評価
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▼ Breaking the Bonds of Fate 依頼者: クルタダ(Qultada) / アラパゴ暗礁域 依頼内容: 「偉大なコルセアの証」 その意味するものとは いったい何であろうか……。 アラパゴでクルタダが待っている。 アラパゴ暗礁域 (???を調べる) Qultada よお……。 Qultada 生憎、 クルーは全員出払ってるよ。 Qultada じつは…… お前だけに下す 特別な任務がある。 Qultada 詳細は省くが…… 偉大なコルセアの証。 Qultada それを手にすることがあったら 再び、ここに来な。 Qultada ……待ってるぞ。 (???を調べる) 偉大なコルセアの証を持ってこなければ……。 (???に偉大なコルセアの証をトレード) 偉大なコルセアの証 Rare Ex 偉大なコルセアであることを証明するパピルス。 Qultada 偉大なコルセアの証……。 やはり持ってきたか。 Qultada これが何を意味するものか お前にも分かっているだろう? Qultada ここから先、 情けやためらいは一切無用の領域だ。 Qultada 俺が船長であるということも 束の間、忘れてくれ。 Qultada タラッカ入江で待ってる。 Qultada 向こうに着いたら、 その偉大なコルセアの証を使って バトルフィールドに入りな。 Qultada わかったな? 先に行くぞ。 タラッカ入江 (Rock Slabに偉大なコルセアの証をトレード) 偉大なコルセアの証に少し切れ目が入った! (残り回数:2) 『海路の果てに』でバトルフィールドに突入! [Your Name]人だけがバトルフィールドに入れます。 制限時間:10分 [Your Name]は、一時的にサポートジョブが無効化されます。 Qultada 「タラッカ入江」…… Qultada 覚えているだろう……? お前がコルセアになる 最初の覚悟を示した場所だ。 Qultada [Your Name]、 お前の眼を最初に見たとき 震えるような予感と期待が、体中を走り抜けた。 Qultada それで俺は、 お前がここまで上ってくる方に賭けたんだ。 ……覚えてるか? Qultada なあ、[Your Name]。 俺はゲームに勝ったんだろうか? Qultada あの時、 期待と同時に、言いようのない 不安も感じたんだ。 Qultada それは…… Qultada いつかこの、 炯る眼をした[女/男]と 雌雄を決する時がくるかもしれない、とな。 Qultada 力だけじゃない。 何度もギリギリの 命のやり取りをした者だけが持つ、 Qultada 覚悟と決断が その顔に刻み込まれている。 Qultada そう……。 そんなツラをした奴と戦うのが いちばん楽しいのさ…… Qultada 日ごろ、軍の犬どもを相手にしていると 忘れてしまいそうな…… Qultada 綱渡りのような 勝負の緊張と高揚…… Qultada 俺はそれが好きなんだ。 Qultada ゲームの決着をつけようぜ、 [Your Name]。 Qultada 遠慮は要らない。 殺す気でかかってきな。 Qultada さあ…… Qultada はじめようぜ。 Qultada 微笑むのは 幸運の女神か、悪運の死神か……。 さあ、祈りな。 Qultada どうも調子がでねえなあ……。 Qultada お前に手加減は必要ねえな。 悪いが本気でいかせてもらうぜ。 Qultada 逃がさないぜ? Qultadaは、サンダーショットを実行。 Qultada 切り札を見せてやる。 フォールドするなら今のうちだぜ! Qultadaのワイルドカード! Qultada やるじゃねえか…… Qultada 見事だ。 Qultada ふふ、お前が仲間で 良かったよ。 Qultada こんなに楽しいゲームは 本当に久しぶりだ。 Qultada その強運を抱き、 何もかも振り切って、 どこまでも高く翔ぶがいい。 [Your Name]。 Qultada 陸の上を這い回っている奴らになど、 誰もお前を倒せはしないさ。 バトルフィールドクリアタイム:[Number]分[Number]秒 『海路の果てに』のベストタイムを更新 [Your Name]は、一時的にサポートジョブが無効化されます。 [Your Name]は、レベル制限の効果がきれた。 レベルの上限が75になった! 称号:碧海の勝負師 ▲ 天かける雲のごとく 海路の果てに 人体強化の術! ■関連項目 限界突破クエスト , アラパゴ暗礁域 Copyright (C) 2002-2015 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved. ~
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せかいのはてに【登録タグ きのこん せ 曲 神威がくぽ】 作詞:きのこん 作曲:きのこん 編曲:きのこん 唄:神威がくぽ 曲紹介 機動戦士ガンダム00のED的な曲。 歌詞 金色の地に あまねく星輝く 銀色の海 優しさを散りばめ あなたは言った 一人じゃないと 側にいてくれるのなら 左手に悲しみを 右に俺は進む 世界が終わるその時も きっとどこかであなたがいる 世界の果てに光があると 信じてからこの手にすくう たとえこの身が傷ついても コメント 歌詞に自信がないので、分かる方は訂正追加をよろしくお願いします。 -- 名無しさん (2009-12-11 01 02 31) ↑いえいえ、これで正しいと思いますよ。ありがとうございます。 -- 名無しさん (2009-12-11 01 56 15) 名前 コメント
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422 :痛みの果てに 1:2006/09/16(土) 00 23 36 ID dpfkjOYS 「ちゅ、ちゅっ、ちゅぱ、ちゅっ……」 猫がミルクを舐めるような音が、薄暗い部屋に響く。 しかし、その水音を発しているのは猫ではなかったし、舐めているのもミルクではなかった。 枕に、掛け布団に、クッションに、カーテンに、机に、果ては鞄のキーホルダーに。 その部屋にはいたるところに猫を模したものがあったが、生きた猫はどこにもいない。 水音を発しているのは猫ではなく、裸のまま四つん這いになった少女だった。 そして彼女が舌を這わせているのは、ミルクではなく赤黒くそそり立った肉の塊――男の性器だった。 「ちゅっ、ちゅっ、ちゅぷっ、はぁっ、ハセヲ、気持ちいい?」 少女が不意に、唇を離して顔を上げた。 上目遣いに見上げる先には、ベッドに座った少年の端正な顔がある。 「ああ。上手くなったな、萌」 「うん、ハセヲを悦ばせたくて、果物とかで練習したんだよ。今日はこのまま最後まで……してあげるね」 頭を撫でる少年の手に少女は照れたように笑って、口元をペニスに近づけた。 今度は舌先だけではなく、口全体で呑み込むように愛撫する。 「あむっ、んじゅっ、じゅる、ちゅっぽ、じゅる……」 「ああっ、それいい……すぐにいきそうだ……」 唇で雁首を引っ掛けるように触れられ、舌が先走りの液ごと亀頭を舐め回す。 「いいよ、ハセヲ、いつでも出して……私の口の中に、精液出して……」 一旦唇を離して、少女が囁く。 口元から肉棒へ唾が垂れ、その粘液の感触に少年のペニスが反応して震える。 少女は脈動するそれを再び口に含むと、同時に指を自らの股間に伸ばした。 溢れ出した蜜で濡れた肉の割れ目に指が入り込み、口とは違った粘着音が響く。 自慰とそれを見られている興奮に後押しされながら、少女のフェラチオはより激しくなっていった。 「すげぇエロい……俺、もう我慢できね……!」 奉仕というには余りにも扇情的なその姿に、少年がたまらず少女の頭を掴む。 いささか乱暴なその動作を、少女は一瞬だけ目を閉じてすぐに受け入れた。 口とあわせるように指を動かし、少女は肉欲に酔い痴れていく。 「ああ、もう駄目だ……出す、出すぞ!」 両手で少女の頭を引き寄せ、少年が叫んだ。 少年の腰が前後し、少女の口内に白く濁った粘液を吐き出す。 肉棒が震える度に打ち出される精液を、少女は股間の快楽と共に受け止める。 子宮に痺れるような快感が走った瞬間、それに合わせたように少年のペニスが口から引き抜かれた。 口元からは、名残を惜しむように唾液に混じって飲みきれなかった精液の残滓が零れ落ちた。 423 :痛みの果てに 2:2006/09/16(土) 00 24 29 ID dpfkjOYS 「……まだ、元気だね」 先端からわずかに精を滴らせるペニスを見つめながら、少女が呟いた。 指を絡めると、そこから冷却系の壊れたパソコンのような熱が伝わる。 「ああ。今度はこっちで……いいか?」 しなやかな指の感触に背筋を震わせながら、少年の手が少女の足の間に伸びる。 「うん。私も……したいし」 恥じらいと興奮で顔を紅潮させながら、少女が小さく頷いた。 「それじゃあ……」 少女の言葉を受け、少年が彼女の後ろに回りこんだ。 針金のような足を抱え、小振りな尻を引き寄せる。 「後ろから……するの?」 「ああ……嫌か?」 怯えたような少女の言葉に、少年の声が翳る。 「ちょっと怖いけど……いいよ。このまま、して」 そう言うと少女は不安を振り払うように、自分から腰を突き上げた。 慣れない体位に手間取りながら、少年は肉棒を少女の膣へ沈めていく。 「……あっ、はっ、ああっ、ハセヲのオチンチン入ってくるっ……」 突き入れられるたびに少女の背筋に性の快楽が走り、意識を蕩けさせていく。 埋めきられる頃には、挿入の快感だけで少女は軽く達していた。 「あっ、あっ、あぁっぁぁっ!はあっ、はぁっ、はぁ……」 荒い息を吐く少女を気遣ってか少年はしばらくそのまま動かずにいたが、 やがて絡みつく肉襞の刺激に耐えられず腰を動かし始めた。 「いやっ、ひゃあっ、ぁあん、いいやぁっ、ああっ」 快感に急かされているためか巧みとはいえない単調な動きだったが、 それでも達したばかりの少女の性感は過敏に反応する。 いつしか少女は、更なる快楽を求めて自分から腰を動かし始めていた。 それに気づいた少年は、少女の体を抱え上げ背中から抱きしめるような姿勢をとった。 「えっ?……ああっ、やだ、そんなにいじらないでぇ……」 少女の戸惑う声を無視して、指先で桃色の尖った乳首をこねるように撫でまわす。 その間も、突き上げるような腰の動きは止めない。 「ああっ、きもちいい、はぁっ、だめ、はぁぁっ!」 「俺も、そろそろ……いきそうだ」 吐息と共に絶え間なく吐き出される、悦楽の声。 それにあわせて、少年の股間に抑えがたい射精の欲望が集まる。 「いいよっ、大丈夫だから、このまま、だしてぇ!」 答える少女の声に、少年の突き上げが速まる。 「ふあぁっ、おかしくなりそう、だめ、もう、だめぇ!」 少女の体が絶頂に震えるのを感じながら、少年は膣の奥で堪えに堪えた精を解き放った。 膣内を満たす精液に体が溶けてしまいそうなほどの快楽を感じ、 少女は全身から力が抜けていくのを感じた。 425 :痛みの果てに 3:2006/09/16(土) 00 27 20 ID dpfkjOYS 「……お前、エロくなったな」 裸のまま胸にもたれかかる少女の髪を撫でながら、少年がぽつりと呟いた。 少女はその言葉に顔を真っ赤にし、少年のやや薄い胸板を猫の肉球のように丸めた拳で叩いた。 「そういうこと言う?大体、教え込んだのはハセヲじゃない」 「飲み込み早過ぎなんだよ、一月前まで処女だったくせに」 「……それって褒めてるの?それとも馬鹿にしてる?」 「さぁて、どっちだろ」 「もう!ハセヲの馬鹿!」 チェシャ猫のようににやにや笑ってはぐらかす少年の胸を、少女は再び叩いた。 今度は、さっきより少しだけ強く。 「こ、こら。痛いって」 「私の心はもっと痛い!思い知れー!」 少女は笑いながら、少年の胸を叩き続ける。 口ではそういいながらも、少女の心は暖かい気持ちで満たされていた。 快楽に乱れるのも、肉欲に溺れるのも、全て愛されていればこそ。 口では何と言っていても、少年の気持ちはわかっていた。 自分を見てくれている。自分を愛してくれている。 だから、何でも出来る。 ささやかな幸福をかみ締めながら、少女は腕を止めた。 そのまま少年の胸にもたれかかり、瞳を閉じる。 この幸せが、ずっと続けばいい。 そう、願いながら。 hack//Apocrypha EPISODE2 Halfboiled Devil B part Good bye summer,hello sadness. 2006,Puck PRESENTS. 446 :痛みの果てに 4:2006/09/18(月) 06 26 33 ID /2VLvkTS ゆっくりと開いた目蓋を、夏の光が刺す。 音を拾い始めた耳には、鳥のさえずりと少年の寝息だけが聞こえた。 ――今日も結局、体を重ねた挙句朝まで眠ってしまった。 わずかな反省とそれに勝る喜びをかみ締めながら、少女――久保萌は目覚めた。 広くはないベッドの中でぶつからないように注意しながら、萌は上半身を起こした。 手足を伸ばして組み上げたばかりの歯車のような体の関節を鳴らしながら、隣で眠る少年を見つめる。 自分の恋人、ハセヲ――三崎リョウ。 思えば、彼とは不思議な出会い方をした。 四ヶ月ほど前、何気なく始めたネットゲーム。 彼とは、そこで知り合った。 馬が合わなかったのか、縁がなかったのか、それともそのいずれでもないのか。 出会ってから三ヶ月ほど、紆余曲折を経てギルドが解散するまで、彼とは余り話さなかった。 萌としては嫌われてしまったのかと思ってずいぶん悩んでいたが、 しばらくして偶然彼と話す機会があり、杞憂だとわかった。 しかし――その直後、彼はゲームから姿を消した。 いつまで経ってもオフラインだったし、メールを出しても返信なし。 とにかく心配で仕方がなかったが、どうしようもなかった。 そんな中迎えた、学校の夏季補習。 そこで知り合った隣のクラスの男子が、三崎リョウだった。 最初からデジャヴュがあったが、しばらくしてから確信した。 彼が、ゲームから姿を消した彼――ハセヲだった。 それから先のことは、正直何ともいえない。 彼のことが気になりだして、それから――まあ、色々あって、今はこんな関係だ。 思えば、よくあんなに積極的になれたものだ。 顔から火が出るほど恥ずかしい。 まあ、今でも親が不在がちなのを利用して、 泊り込みの勉強会という名目で同棲まがいの日々を送っていたりするが。 ちなみに、勉強はほとんどしていない。 息抜きと称して遊びに行ったり、それから部屋で――したり。 そうこうしている内に、八月は終わりに近づいていた。 このまま宿題が終わらなかったらどうしよう、と不安になったりもするが、 その分彼と触れ合えると思えば途端に気にならなくなるのが今の萌だった。 自分でも色ボケしていると思うが、好きなのだから仕方がない。 理性や損得より感情を優先するのが、女という生き物なのだ。 砂糖黍をかみ締めているような甘い気分で、少女は朝食の支度をするため起き上がった。 さて、何を作ろうか。 447 :痛みの果てに 5:2006/09/18(月) 06 27 06 ID /2VLvkTS リョウが目を覚ましたのは、萌に遅れること三十分後だった。 「またか・・・・・・」 ベッドの隣が空っぽなのを把握して、リョウは一人呟いた。 彼女の部屋に泊まった回数は片手の指では数えられない程になっていたが、自分が先に起きられた事は一度もない。 一回ぐらいは彼女の寝顔を見てみたいのだが、中々上手く行かないものである。 「まあ、いいか……」 自分に言い聞かせるように口に出して、リョウはベッドから体を起こした。 鞄から取り出した着替えを着て廊下に出ると、トーストの焼ける匂いに乗せて少女の鼻歌が聞こえてきた。 今朝は洋食のようだ。 階段を降り食堂に行くと、音で気づいたらしく猫模様のエプロンを付けた萌がキッチンから顔を出した。 まだ少しだけ残っている寝癖が、愛らしい。 「あ、ハセヲ、おはよー!もうすぐパン焼けるから、そこ座っててー」 元気に声を出した少女に促されるまま、リョウは食卓の椅子に腰掛ける。 どういうわけか、彼女は自分のことをハセヲと呼ぶ。 ハセヲというのは、リョウが中学の頃のあだ名だ。 リョウが俳句の問題にやたらと強かったので、友人たちが松尾芭蕉にちなんでそう呼び出した。 最近余り呼ばれなくなって久しいが、携帯のメールアドレスに登録していたのを見て何故か萌はそう呼んでいた 付き合いだしてからはリョウでいいと何回か言ったのだが、彼女は「でも、ハセヲはハセヲだし」と主張して譲らなかった。 正直、ハセヲと呼ばれるのは好きではない。 出来ればやめてほしかったが、そこは惚れた弱みというのだろうか。 上目遣いに「駄目?」と言われると、それ以上は強く言えなくなってしまう。 「出来たよ。今朝はちょっと変わったものを作ってみました」 萌が運んできた朝食は、言葉通り少し変わったものだった。 一見普通のホットサンドに見えるそれに挟まれていたのは、なんと――旬外れのしめ鯖と、アズキだった。 「へぇぇ……」 親戚の子供の録画テープを見せられた時のように、リョウの表情が引きつった。 この少女の料理の腕は確かに悪くないが、時々冒険したがると言う良くない癖があった。 以前もローピンなる餃子もどき(と言えばいいのか……とにかく、形容のしがたい形をした謎の中華料理)やら ベーコン鍋やらを食べさせられた経験がある。 結果は――五分五分と言った所だろうか。 目玉焼き丼は、結構美味かった。 「あ、大丈夫。これはすでに実験済みだから。まー、だまされたと思って食べてみて!」 リョウの表情を読み取って、少女が笑顔でサンドイッチを薦める。 食堂には、二人っきり。逃げられそうにはない。 まずかったら泣くまで苛めてやろうと固く心に誓って、リョウは鯖サンドを掴んだ。 固く目をつぶり、力の限り噛み締める。 「………美味い」 一口目を飲み込んで、リョウは思わず呟いた。 ともすれば鼻を突きかねないしめ鯖の癖が、パンのバターによって巧みに消えている。 黄金色に焼かれたトーストの触感が、その味わいをより鮮明にしていた。 本来合うはずのない組み合わせなのに……認めざるを得ない。これは美味い。 いや、良く考えるとアンチョビやスモークサーモンがサンドイッチの具になるのだから、これもアリだろうか。 「ふっふー、でしょー。こっちも食べてみて」 「ああ」 鯖サンドを平らげたリョウに、勝ち誇った表情で萌がアズキサンドを差し出す。 リョウは戸惑うことことなくそれを口にする。 これまた、美味い。 甘くなりがちなアズキが、バターの塩気で良い塩梅に仕上がっている。 そういえば、フルーツサンドだってあるのだから甘いものがパンに合わないと言う事はないのだろう。 最初の戸惑いを忘れて無心に食べるリョウを、萌は笑顔で見つめている。 「こうしてると、新婚さんみたいだね」 唐突なその言葉に、リョウの心臓が一瞬止まる。 飲み込みきれなかった分が気管支に入ったらしく、リョウは息を吐きながらむせる。 「だ、大丈夫?」 「あ、ああ。せめて同棲始めた大学生にしてくれ……」 萌が差し出したミネラルウォーターのコップを受け取りながら、そう答えた。 448 :痛みの果てに 6:2006/09/18(月) 06 29 50 ID /2VLvkTS 「それじゃ、またな。ちゃんと自分でも宿題しとけよ」 「うん。また連絡するね」 もうすっかり板についた調子で答えながら、少女が扉を閉めた。 リョウはそれを背にしながら、目の前に広がる住宅地に足を踏み出す。 どこかわざとらしさを感じさせる新興の住宅地を、リョウは歩く。 しばらくして、まだサラリーマンの姿が残るバス停で彼は足を止めた。 二人の家は同じ横浜市内にあるが、それなりに距離があるので行きかえりにバスを使わなければならない。 頭を伸ばして時刻表を見ると、バスの時間にはまだ少し間がある。 ベンチの空きスペースに腰を下ろし、リョウは取りとめもない事を考え始めた。 (まったく萌の奴、ハセヲハセヲって……) 萌にハセヲと呼ばれたくないのは、別に恋人には下の名前で呼ばれたいという子供じみた願望からではない。 少しだけ前、学校以外でそう呼ばれていた時期のことが理由だった。 萌の声は、その頃の顔見知りに似ている。 ハセヲと呼ばれる度、リョウは彼女を思い出してしまう。 その少女――かどうかは微妙だが――自体のことは別に問題ではない。 さほど仲がよかった訳でもない相手、友達以前の知り合い――隣のクラスの同級生みたいなものだ。 しかし、その声を聞けば彼女に連なる人々――リョウにとって大切だった、今は会えない二人のことをどうしても思い出してしまうのだ。 一人は、どこにいるかもわからず行方不明。 もう一人は、理由もわからないまま病院のベッドで眠り続けている。 余りにも唐突で不条理な、現実の悲劇。 それに対して、リョウは逃げることしか出来なかった。 その結果、今こうしている。 449 :痛みの果てに 7:2006/09/18(月) 06 30 36 ID /2VLvkTS 萌への想いが、偽りだとは思いたくない。 彼女のことは好きだ。 よく変わる表情、少し癖のある髪、細くしなやかな体つき、少し躁鬱入った性格も。 それでも、この恋が痛みからの逃避であることは否定できない。 もし二人との別れがなければ、彼女と恋に落ちただろうか? 答えは多分――Yes、ではない。 そもそも「彼女」が意識不明にならなければ、この夏は全く違う季節になっていただろう。 リョウと「彼女」は恋人同士、だったのだから。 胸のあたりに痛みを感じて、リョウは思わず顔を伏せた。 嫌になるぐらい静かな住宅地には、わずかな命の残り火を燃やす蝉の声しか聞こえない。 だが、自分にどんな選択が出来たと言うのだろう。 個人情報の保護とやらの理由で、「彼女」の容態をリョウはほとんど知らない。 ただ、第一発見者だったハセヲに怒鳴り込んで来た「彼女」の母親の様子から、良くはない事が容易に推察できた。 それ以来、「彼女」がどうなったかは全くわからない。 そんな状況で、自分を好きになってくれる少女と出会った。 どうして、拒むことが出来ると言うのだろう。 神様だって、自分を裁く権利はないはずだ。 「くっ……」 雫がこぼれ始めた目蓋をこすって、リョウは顔を上げようとした。 どうしようもない。 一人になると、このことばかり考える。 それが嫌で、萌に甘えてしまう。 リョウの心が自己嫌悪で震えた瞬間。 体が、不意に震えた。 錯覚かと思い一瞬驚いたが、すぐに違うことがわかった。 震えているのは、ポケットの中の携帯だった。 作業的に取り出し、液晶で相手を確認する。 そこには、ありえるはずのない四文字――「七尾志乃」が映っていた。 724 :痛みの果てに 8:2006/10/06(金) 00 43 52 ID FfTzp415 瞬間、リョウの頭の中で核爆発が起きた。 視界が真っ白になり、喜び、不安、後悔、罪悪感、猜疑といったいくつもの感情が まるで爆発するかのようにあふれ出していく。 念のため断っておくが、核爆発とはもちろん比喩表現である。 彼は脳内物質としてプルトニウムやヘリウムを分泌するような特異体質ではない。 気を失いそうになりそうな、心の暴風。 その間にもコールは続き、やがて一分ほどして止まった。 携帯の振動が止まってから更に一分。 バスの扉が閉まる音で、リョウはようやく平静を取り戻した。 少しずつ体に力を入れ、凍りついた四肢を動かしていく。 特に重たくなっていた右手で携帯を取り出し、画面を見ると留守電の表示があった。 念入りに深呼吸して覚悟を決め、リョウはボタンを操作しながら携帯を耳に当てる。 スピーカーから聞こえてきたのは、彼女と似た、少しだけ老けた声だった。 「すみません、三崎リョウさんでしょうか……私、七尾の母です。 その、今更かもしれませんが、お話したいことがあって……また、お電話します」 志乃ではなかったことに僅かに安堵して、リョウは折り返し電話をかけた。 次のバスが来るまで、まだ時間はある。 725 :痛みの果てに 9:2006/10/06(金) 00 45 55 ID FfTzp415 「…………もしもし」 しばらくコール音がなり、それに代わって先程の女性が電話に出た。 「……三崎ですけど」 「……あ、はい」 呆けたように、女性が答える。 彼女とは、志乃が病院に収容された時に会って、それっきりだ。 「……あの、ごめんなさい」 「え?」 思わぬ言葉に、リョウが目を丸くする。 電話だから、相手には見えないだろうが。 「志乃が倒れた時……私、あなたに酷いことを言ってしまって」 「あ……はい」 まだ少し混乱しながら、リョウは何とか答える。 正直あの日の事はよく覚えていなかったが、彼女に怒鳴り散らされたことは記憶に残っていた。 何でこんなことになったんだ、あんたが責任を取ってくれるのか、もう娘には近づかないでくれ。 そんなことを言われたはずだ。 確かに、酷い。 テレビ画面の向こうのドラマを見るような気分で、リョウは思った。 「その……三崎さんは、娘と親しかったんですよね」 「え?……はい、まあ」 親しかった、という言葉にリョウは胸を捕まれたような錯覚を覚えた。 動揺を声に出さないようにしながら、適当に相槌を打つ。 「本当に、すみませんでした……つらいのは、あなたも同じはずなのに」 「い、いえ……」 繰り返される謝罪の言葉に、リョウはそう答えることしかできなかった。 現実に、心が追いついていかないのだ。 「娘は、まだ目を覚ましません。よかったら……見舞いに行ってやってください。 それでは……許してもらえるとは思えませんが、せめて娘を……お願いします」 半ば涙声になりながら短く病院名と最寄り駅を告げ、志乃の母親はそう言って通話を打ち切った。 一人残されたリョウは、ため息をついてバスを待つことしか出来なかった。 726 :痛みの果てに 10:2006/10/06(金) 00 48 07 ID FfTzp415 それからどうやって家に帰ったかは、よく覚えていない。 気がついたら部屋のベッドに横になっていた。 曖昧ながら自力で帰宅した記憶はあったので、別に倒れたとかそういうわけではないようだった。 いっそ倒れてしまえれば気楽でよかったのに。 ひどく独りよがりな事を考えながら、リョウはのろのろと体を起こした。 窓の外に目を移すと、景色はまだ明るい。 何をするともなく、枕元に転がっていたメディアプレイヤーを起動して適当に音楽を流す。 「………………はぁ…………」 ―――することがない。暇だった。 ガンプラ作りというインドアの趣味を持っているおかげで、普段ならこういった時間を持て余す事はない。 むしろ、時間が足りなくて積んでいるプラモが何体もある。 しかし、今は一人でいることに耐えられそうもない。 誰かと話していないと、どうにかなってしまいそうだった。 だが、この時間帯は連絡のつきそうな相手がいない。 仲のいい友達はバイトやら旅行やらで夏休みになってから殆ど(特に日中は)つかまらなくなっているのだ。 なら、どうする? 志乃の見舞いにでも行くというのか? それは、それだけは出来ない。 ―――志乃の母はああ言ってくれたが、自分にはそんな資格はない。 オーヴァンが居ない今、本当なら是が非でも傍に居てやらないといけないはずの自分は今日まで一体何をしていた? 現実から目を背けて、手近にあった温もりに縋り付いて。 彼女を省みることすら避けていた。 今更、どの面下げて会えるというのだ。 「くそっ……」 小さくつぶやいて、手近にあった雑誌を壁にたたきつけた瞬間。 耳元の音楽が、不意に止まった。 どうやらバッテリー切れらしい。 「くそ……」 こうなると、すべてが腹立たしい。 ベッドを叩いてひとしきり八つ当たりした後、リョウは起き上がって机の上のパソコンを起動させた。 この小型のプレイヤーは、パソコンの端子からの電力供給で稼動するようになっている。 プレイヤーをスロットに差し込み再びすることがなくなったリョウは、気を紛らわそうとブラウザを立ち上げた。 リョウはどちらかといえばネットには疎かったが、ガンプラやファッションなど興味ある方面にはいくつかの巡回先がある。 それを見ているだけでも、時間は潰れる。 727 :痛みの果てに 11:2006/10/06(金) 00 50 34 ID FfTzp415 (……結局今年はガンダムの新作はなしか。「閃光のハサウェイ」がOVAになるってやっぱりネタだったのかな……ん?) 久しぶりのネットサーフィンはそれなりに面白く、リョウがそれなりに上機嫌に楽しんでいると。 “The Worldはじめました” ホビー系の日記サイトで、時期はずれの中華料理屋のような見出しが目に入った。 「ここでもThe Worldかよ」 あまりにも本末転倒な事態に、リョウは思わず苦笑した。 ネットワーククライシス以後では最古参のゲームであり、 全世界で1200万人以上の会員を誇るというその規模からすれ別に驚くようなことでもないかもしれないが、 なんと言うタイミングだろう。 見出しをクリックして全文を表示すると、そこでは友人から誘われてゲームを始めたこと、 色々と曰くのあるゲームだが実際やってみると意外と面白い、といった内容が明るい調子で書かれていた。 「逃げれば逃げただけ、ツケは回ってくるか」 寝癖混じりの髪を無造作にかき回して、リョウはうな垂れた。 記憶に刻まれたものは、決して切り捨てることが出来ない。 そして自分にとって志乃は、他のどんなものよりも鮮烈に記憶に刻まれていた。 ブラウザを閉じ、リョウはしばらく机の上に突っ伏した。 目に映るものは無機質な机の板以外何もなかったが、脳裏には志乃との思い出が鮮やかに浮かぶ。 「やめちゃ、駄目だよ」 「ようこそ、The Worldへ」 「じゃあ、もうしなーい」 「知りすぎて楽しいことなんて、何もない」 「私……頑張らなきゃね」 「だから、おまじない」 「よかったら、リアルで会わない?」 「それが、私にとってのThe World」 「……来て、くれたんだ」 「私の気持ちを、どうしてハセヲが決めるの!?」 「スイカズラの花言葉、知ってる?」 「泣いちゃ駄目だよ、男の子でしょ」 涙があふれそうになったまぶたをこすって、リョウは再び顔を上げた。 もう、逃げることも目をそらすことも出来ない。 志乃は、自分が好きな七尾志乃は、ゲームをしていてる最中に意識不明になった。 自分はその重みに耐えられず、同級生との恋愛に逃避した。 それが、三崎リョウが今置かれている現実だった。 728 :痛みの果てに 12:2006/10/06(金) 00 52 37 ID FfTzp415 現実が認知できたからといって、それを即座に変革できるわけではない。 ロックが国民主権を唱えてから、アメリカ独立においてその理想が実現するまで100年近くかかったように。 あるいは二十世紀末にオゾンホールが発見されてから、フロン全廃に10年以上かかったように。 リョウは、これからどうするべきかを考えあぐねていた。 逃げられないと言っても、だったら具体的にどうすればいいのか。 それが皆目見当つかない。 とにかく、志乃の為に何かしたい。 しかし、自分に何ができるというのだろうか。 出来る事があれば、なんでもする。だが、何が出来るのかわからない。 見舞いに行ったからといって、それが何になる? 自分が見舞いにっても、彼女の容態は変わらない。 だが、それ以外リョウに出来ることはない。 結局、自分は無力なのだ。 問題は、それだけではない。 久保萌。 今の自分にとって、彼女が大切な存在なのもまた事実だった。 逃げないと決めた今に至っても、彼女への想いは消えない。 それは、単に彼女の気持ちを傷つけたくないという消極的な感情ではない。 傍に居てほしい、話をしていた、肌を重ねてみたい。 志乃に対して抱いた想いと同じものを、萌に対しても持っていた。 それは、志乃の問題から逃げないと決めた今に至っても変わらなかった。 (何てことだ……) 今のリョウにとっては無力感より、こちらの方がむしろ問題だった。 無愛想な態度と攻撃的な物言いから誤解されることが多いが、リョウは本質的には実直で朴訥な少年である。 そういった気質を持つ彼は、今の自分の想いを酷く不誠実だと感じていた。 とはいえ、気持ちの問題である以上どうすることも出来ない。 「はぁ……」 茜色の斜陽に照らされた伽藍の中で、リョウは溜息をついた。 落日の伽藍と言っても、それは現実の光景ではない。 M2D(マイクロ・モノ・ディスプレイ)に映し出された、 ポリゴンとテクスチャの塊――いささか古い言い回しを使えば仮想現実である。 虚構の中に存在するこの伽藍の名を、グレーマ・レーヴ大聖堂という。 The Worldに存在する、ロストグラウンドと呼ばれる特殊なエリアの一つ。 そして、志乃のPCが消えた場所でもあった。 なぜこんなところに足が向いたかは、自分でもよくわからない。 半ば自棄気味にログインして、気がついたらここに来ていた。 墓参りと言うには余りにも生々しく、見舞いというには空疎な気分で、 ハセヲ――リョウのPCは、大聖堂の天井を見上げた。 作り物とはいえ、夕日が目にしみる。 729 :痛みの果てに 13:2006/10/06(金) 00 54 53 ID FfTzp415 リョウが何度目かになる溜息をついた、その瞬間。 大聖堂の静謐を、軋むような音が破った。 「でさー、その時のそいつの顔が!」 「また初心者狩りかよ。よく飽きねーな」 「いやいや、楽しいものは何回やっても楽しいものさ。お前もやりなって」 「バーカ。今の時代は中級者狩り!これに尽きるね……って、あ?」 扉を開いて入ってきたのは、見知らぬ二人組だった。 悪質なPKを隠そうとしない、むしろ誇るような彼らの会話に、リョウが奥歯を噛み締めた。 「へぇ、珍しい。ロストグラウンドに人がいる上に、錬装士(マルチウェポン)かよ」 「まったくだね。ねーキミ、お名前なんてーの?」 ハセヲの存在に気づいた二人組は、おどけた口調で声をかけた。 それを無視して、リョウは彼らに向かって静かに口を開いた。 「………失せろ」 「は?」 「失せろって言ったんだよ」 揶揄ではなく本当に聞こえていなかったらしく、二人組の片割れが間抜けな声を出す。 それに対して、今度は半ば怒鳴るような調子でリョウは言い放った。 彼らの会話は愚劣で不穏当なものであったが、最近のThe Worldでは珍しいものではない。 この種の会話は、パーティチャットやウィスパーだけでなく公共の場であるはずのルートタウンですら聞くことがある。 だから、リョウはこの手のノイズにとっくに慣れているはずだった。 しかし――― ここではそんな話、聞きたくなかった。志乃やオーヴァンとの思い出が詰まった、ロストグラウンドでだけは。 「何で?キミ、管理者?違うでしょ?」 「そうそう。プレイヤーにプレイヤーを拘束する権利とかないし。規約にも書いてあるよんwあ、もしかして月の樹の人?」 「あ、なるほどー!納得ー、それじゃ、やっちゃう。うざいからw」 あからさまに馬鹿にした口調で会話を交わし、二人組はハセヲに武器を向けた。 画面がバトルモードに切り替わり、ハセヲの手にも得物である大剣が現れる。 リョウはM2Dに映し出されたその光景を見つめながら、僅かに口元を歪めた。 730 :痛みの果てに 14:2006/10/06(金) 00 57 32 ID FfTzp415 戦闘はハセヲの一方的な勝利という形で、呆気ないぐらい早く終わった。 ハセヲの方がレベルが若干高いということもあったが、プレイヤースキルが違いすぎた。 おそらくは一方的に相手をいたぶることを専らとしてきたであろう彼らに対し、 ブランクがあるとはいえハセヲは対多数のPvPに慣れている。 一対二でも、負ける道理はなかった。 「た、頼む!何でも言うことを聞く!助けてくれ!」 二人組の片割れは既にハセヲの背後でHPを失って死体となり、 もう一人は回復の間がないことを悟って命乞いを始めている。 「な、何なんだよ一体!まさかあんた、三爪痕(トライエッジ)……?」 「は?」 聞いたことのない言葉に、止めを刺そうとしたハセヲの手が一瞬止まる。 「な、なんだ、知らないのかよ……」 ハセヲの反応に、男があからさまに安心した声音で呟く。 文脈からすればおそらくPKの通り名だろうが、彼の怯え方は尋常ではない。 「そのトライエッジとやらについて知ってることを話せ。内容次第では助けてやる」 不思議と興味を引かれ、ハセヲは大剣を振りかざしたまま男を尋問した。 「わ、わかった。三爪痕ってのは、最近よもやまBBSとかで話題になってるPKだ。 ロストグラウンドにSIGN――三角形のマークがあるだろう? あそこから蒼い炎を纏ったPCが現れて、キルされたPCは消滅、プレイヤーは意識不明になるって言う……」 男が語る言葉に、リョウが目を見開く。 まともに考えれば余りにも非現実的な話だったが、それはリョウの知る現実と符合していた。 志乃が消えたのは三角形のマークの傍で、そこには何かの名残のように蒼い炎のエフェクトが残っていた―――! 「隣の奴を連れてさっさと失せろ。二度とロストグラウンドには近づくな」 「わ、わかった!」 スキルトリガーボタンに指を掛けたまま、リョウは静かに言い放った。 男はこれ以上抵抗する愚を悟ってか、ハセヲの言葉に素直に従った。 二人組が消え、何事もなかったかのように黄昏の大聖堂は静寂を取り戻した。 しかし、リョウの心はそれとは対照的にひどくざわついていた。 意識不明者を生み出すPK、三爪痕。 もしそれが実在し、志乃をキルしたのだとすれば――― リョウは一瞬だけまぶたを伏せ、それからすぐにPCを動かし始めた。 牢獄から開放された囚人のような足取りで、ハセヲは大聖堂を後にした。 775 :痛みの果てに 15:2006/10/10(火) 21 06 52 ID zdXmi1nb 「戦いに!」 「傷つく貴方を!」 「癒します!」 「「「我ら!回復戦隊、肉球団!」」」 理屈ではなく本能で恥ずかしさを覚えるような掛け声を大音量で発しながら、 三人のPCが器械体操のような不思議なポーズをとっている。 M2Dを介して目に映る光景に頭痛を感じながら、三浦静香は静かに溜息をついた。 ここが関係者以外立ち入れない閉鎖空間―――ギルドの@homeでよかったとつくづく思う。 これが街中だったら、彼女はは恥ずかしさの余りしばらく歩けなくなっていただろう。 「こんなかんじにしようと思うの!どうかな?」 返答に困り黙り込んだ静香に、三人の真ん中で踊っていた猫耳の少女が満面の笑みで詰め寄ってくる。 その表情を見て、静香は実家に帰省した時遊んでやった姪っ子の顔を思い出した。 今年小学校に上がったばかりの彼女は綾取りが好きで、よくわからない形を組み上げては静香に見せていた。 「うーん、そうね。前衛的でいいんじゃない?」 何とか穏当な表現をひねり出し、静香は曖昧に微笑んだ。 前衛的。こう言っておけば、大抵の理解不能な創作物は片付けることが出来る。 「そう?やったあ!じゃあ、決まり!これで行こう!」 くるくると踊って、少女は背後で待機していた二人組の方へ戻っていった。 それを眺めながら、静香は再び溜息をついた。 折角の休みだというのに、自分は一体何をしているのだろう。 二十四歳。普通なら結婚に向けて男性関係に積極的になっている年頃のはずだ。 だというのに、平日は仕事に追われ帰ってきたらネットゲーム。 休日になったら掃除と選択に追われ、それが終わったらすることがなくてやはりゲーム。 いまどき、小学生でももう少し色気のある生活を送っているだろう。 776 :痛みの果てに 16:2006/10/10(火) 21 09 57 ID zdXmi1nb 「Bさん?Bさーん」 順調に負け犬フラグが立ちつつある現状に絶望しかけた静香の心を、耳元の声が引き戻した。 Bさんとは静香のPC――Bセットのことだ。 猫耳少女――タビーは彼女のことを敬称とも愛称とも付かないこの不思議な言葉で呼ぶ。 「あ、ああ。ごめんなさい。何?」 「作戦会議。何かいいアイデアないかなー、と思って。 清作は有名なPKとかPKKについて回るのが効果的なんじゃないかって言うんだけど」 タビーの言葉を受けて、背後の二人組の片割れ――長髪を馬の尾のようにまとめた精悍な顔立ちのPCが頷く。 「うーん、それも目立つだけならいいかもしれないけど……とばっちりで貴方たちもPKされるかもしれないわよ。 犯罪者の前で被害者治したら、只じゃすまないでしょ」 「それもそうか。うーん……」 「やっぱり地道にやるのが一番なんじゃない?プラットホームの前で陣取ってくるパーティを回復するとか」 声を出してうなり始めたタビーに、二人組のもう一人が横槍を入れる。 少年とも少女とも付かない中性的で愛らしいPCに違わずその声は声変わり前の少年のものだったが、 語調はこの場の誰よりもしっかりしている。 「そうだね、それじゃしばらくはそれで行こう!でもって、肉球団の名前をThe Worldに知らしめるのだー!」 「おーっ!」 無言のBセットの前で、三人は意気高く拳を突き上げた。 777 :痛みの果てに 17:2006/10/10(火) 21 13 02 ID zdXmi1nb 「さて、いい感じに決まったから今日は解散!明日からは早速活動に入るよ、 時間は午後三時。集合はここ、@home!おやつは三百円まで!」 「「はい!」」 最後の一言以外はギルドマスターらしいタビーの仕切りに、二人が元気よく頷く。 「じゃあねー、二人とも頑張ってねー!」 笑顔で手を振るタビーに見送られ、リアルの都合があるという二人は姿を消した。 「うーん、順調順調。ギルドなんて、やってみると意外とどうにかなるもんだね」 「そうね。結構板についてたじゃない、ギルドマスター」 「そう?えへへ、そう言われると嬉しいな」 目を橋のようにして、タビーが笑う。 最初彼女から唐突に初級者・中級者の支援ギルドを作ると聞かされたときは大丈夫なのか、 って言うかお前も初心者じゃないのかとずいぶん不安になったものだが、この分ならそれは杞憂だったようだ。 まだ二人とはいえメンバーとの関係も良好のようだし、回復専門という現実的かつ具体的な方針もある。 まあ、あのポーズもインパクトという点では効果的だろう。 タビーは、まだ笑っている。 「それにしても最近あなた、妙に元気ね。もしかして男でも出来た?」 その笑顔が余りに幸せそうだったので、静香は思わずからかうような冗談を口にした。 しかし――― 「あ、わかる?やっぱり、わかっちゃう?」 藪をつついたら蛇が出た。 タビーの言葉に、静香はそれこそ毒蛇に咬まれたような衝撃を受けた。 男、男だと!? 「そっかー、女同士だもんねー。やっぱりわかるか」 微動だに出来ないBセットを無視して、タビーは両手に頬を当て自分の世界に浸っている。 「ど、どういうことなの!?詳しく教えなさい!」 何とかして気を取り戻して、静香はタビーを怒鳴りつけた。 「え?何、聞きたい?しょうがないなぁ……」 778 :痛みの果てに 18:2006/10/10(火) 21 15 08 ID zdXmi1nb ……………… 聞かなきゃよかった。 一時間弱にも及んだタビーの惚気を聞き終えた静香は、心底そう思った。 学校の補習で出会った隣のクラスの同級生が格好よくて、告白したら上手く言った。 それからはずっとラブラブで、親の不在にかこつけて勉強会と称しては家に連れ込んでいる。 色ボケした女特有の断片的かつ婉曲的な彼女の言葉から推察すると、そういうことになっているらしい。 「何でだー!!!」 「え、何で怒るの?」 思わず絶叫した静香にタビーが素っ頓狂な声を出す。 手元にあったペットボトルを壁に殴りつけ、更に液晶にパンチを叩き込もうとして静香はようやく我に返った。 「はぁ、はぁ、ごめんなさい……いや、ちょっとした発作なのよ。びっくりするとこうなっちゃうの」 深呼吸して気を落ち着け、何とか取り繕う。 冷静に考えてみれば、自分がここで怒る道理はない。 ただ、己の男運のなさを嘆いた直後だったからから過剰反応してしまったのだ。 落ち着いてしまえば、自分の大人気なさが恥ずかしくすら感じられる。 「そうなの?大変なんだね」 余りにも出鱈目な言い訳だったが、タビーは素直に納得してくれた。 それが彼女らしい優しさによるものなのか、勝者の余裕なのか、それとも単なる色ボケなのか。 その心中は静香にはわからなかったが、取り敢えずは有難い。 「まあ、楽しいことだけでもないけどね。彼は……」 「え?」 「あ、たいしたことじゃないから。気にしないで、最近気にならなくなったし」 「そう」 言われたとおりに、静香はそれ以上追及することはしなかった。 言い訳を素直に聞いてくれた礼という意味合いもあったが、 彼女の惚気をこれ以上聞きたくないというのが主要な動機である。 何か影があるような言い方をしているが、どうせ内実は些細なすれ違いに違いない。 例えば昔会っていたのに向こうだけ忘れていたとか、そんなような。 「あっ……」 「あら」 会話が途切れる一瞬を狙っていたかのように、メッセンジャーが音を立てた。 表示された文字に、二人が同時に反応する。 ディスプレイに映った文字列は、二人の共通の顔見知り――ハセヲのログインを教えていた。 779 :痛みの果てに 19:2006/10/10(火) 21 17 23 ID zdXmi1nb 「へぇ、帰ってきたんだ、彼」 「そうみたいだね」 ハセヲは、以前タビーと同じギルド「黄昏の旅団」に所属していたPCだった。 彼らとは入れ違いになったが「黄昏の旅団」にはBセットも所属していた経験があり、タビーともその縁で知り合った。 ここ一ヶ月ほど姿を見ていなかったが、どうしていたのだろう。 「………」 「何?会いに行かないの?」 「えっ!?あ、あはは、どうしようかなー、って」 タビーは先ほどの元気は何処へやら、急に黙り込んでしまった。 「どうしたの?前はあんなに必死に探してたじゃない」 「い、いや、都合悪かったらどうしようかなー、と思って」 「busyになってないじゃん。悪くはないはずだけど」 妙に歯切れが悪いタビーに、静香は思わず首をひねった。 一ヶ月ほど前彼が急にログインしてこなくなった時、タビーは真剣に心配していた。 病気になったのではないか、まさか自分が何か酷いことを言ってしまったのではないか。 挙句の果てには借金のかたに地下労働場に引っ立てられたのではないか…… 単に忙しいだけじゃないか、と言ったBセットとは対照的に、タビーは非現実的とも言える次元で彼を心配していた。 最近は鳴りを潜めていたが、まさか忘れていたわけでもないだろう。 なのに、なぜ会いに行かないのだろう。 少し考えて、静香は思いついた事をそのまま口にしてみた。 「まさか、あんたハセヲのこと好きだったんじゃ」 「ええ!?ななな、何でそうなるの!?」 「だったら説明付くじゃない。待ってる間にリアルで彼氏が出来ちゃって、それで顔をあわせづらいと。 そういえば、あんたがハセヲの事あんまり気にしなくなったのその遊園地デートとやらの時期ぐらいじゃなかった?」 「ち、違うよ!彼のことは……いや、その」 自分で言っていて無理のある話だと思ったが、タビーの反応からすると図星らしい。 惚気のお返しとばかりに、静香は言葉を続けた。 「いや、怪しいとは思ってたのよ、あなたのハセヲへの態度。時々じーっと見つめたりしてさ」 「ち、違うよ!大体、見つめるってゲームじゃん!!」 「いやいや、女同士だからわかるのよ。愛はディスプレイを超える、なんてね」 「違うよぉ、ハセヲは……」 半ば涙声になったタビーをからかいながら、静香が笑う。 さっきへこまされた分をお返しできているようで、いい気分だった。 「いや、わかってるから。あるわよね、そういう事」 「だから……もう……」 「心配しなくても、その内ハセヲとは話せるようになるって。こういうのは時間が……おっと」 ようやく年上の威厳を取り戻して上機嫌でいると、不意に机の上で振動音がした。 携帯に着信しているようだ。 780 :痛みの果てに 20:2006/10/10(火) 21 21 51 ID zdXmi1nb 「あ、ごめん。電話きたみたい」 言うだけ言って、静香はM2Dを一旦外した。 外す瞬間、タビーの安心したような溜息が聞こえた。 「あら……今日は待ち人来る日なのかしら。もしもし」 液晶に映った名前を見て、静香は目を丸くした。 しばらく音信不通の相手だったからだ。 「……え?はい、そうですけど。はい。え?……え、どういうことですか!?」 しかし、受話器の向こうから聞こえてきた声は静香の友人の声ではなかった。 見知らぬ相手の声に、静香は声を上げる。 「……すみません、今ちょっと。あ、すぐ終わります。またこちらから。はい、すみません」 一旦会話を打ち切って、静香はM2Dをかぶり直した。 これはゲームの片手間に聞くような話ではない。 「ごめん、大事な話みたい。一旦落ちるわ」 「あ、そう……またね、Bさん」 「うん。あんたも……いや、なんでもないわ。じゃあ」 言うが早いか、Bセットは踵を返して@homeを出た。 そのまま、ログアウトしてM2Dを外す。 すぐにはリダイヤルせずに、深呼吸した。 これから聞くであろう話の内容を考えれば、気持ちは落ち着けなくてはならない。 「……よし」 自分に言い聞かせるようにつぶやいて、静香は携帯を操作して耳に当てた。 相手は、すぐに出た。 「もしもし。すみません、大丈夫です。 お話の続きですが……その、疑うわけではないんですが、本当なんでしょうか。 志乃が、娘さんが意識不明って……」 947 :痛みの果てに 21:2006/10/17(火) 21 30 52 ID X/VwdpE7 「冗談じゃないわよ……」 三十分程に渡る通話を終え、携帯を机の上に置いた静香は吐き捨てるように呟いた。 顔が歪んでいるのが鏡を見なくても分かったが、怒っているわけではない。 志乃の母親を名乗った女性から聞かされた話によると、志乃は静香が最後に会った直後から原因不明の昏睡状態になっているらしい。 静香への電話は、半月ほど前彼女が残した着信履歴からたどって来たものだった。 …………静香にとって志乃は、親しいと言える仲ではなかった。 何の因果か付き合いだけは長いが、それだけだ。 ただ一度同じギルドに所属していた事意外は余り接点がなかったし、ギルド―――黄昏の旅団に居た頃もついぞ友情を感じることはなかった。 同じ相手に好意というか、興味を抱いていたこともあったが、理由はそれだけではない。 彼女の事が、静香は苦手だった。 常に微笑を絶やすことなく、それでいて芯をしっかり持つ。 時折厳しいことも言うが、柔和な態度を崩すことはない。 かといって真面目一辺倒なつまらない女と言うわけでもなく、その言葉にはしなやかな機知と仄かな色香を漂わせている。 これがロールプレイだとしたらまだ救われたのだが、リアルで会ってみたらそのままだったのだからたまらない。 それに比べて………静香は、志乃と会う度そんな思いを感じた。 根暗で優柔不断、痩せぎすな上に仕事一辺倒で色気もない。 かといってネットで積極的になれるわけでもなく、ただ無気力に時間を浪費する。 つまり、女としての劣等感を感じていたのだ。 機嫌が良い時は適当に調子を合わせて笑う事も出来たが、へこんでいる時はそんな余裕などない。 二十歳を超えればそれが逆恨みだと言うことは自覚できたが、それを割り切れるほど静香の心は枯れていなかった。 いっそ消えてくれれば。 そう思ったことも、一度や二度ではない。 志乃は、三浦静香にとってそんな存在だった。 だが―――どうしたわけか、今の自分に爽快感など微塵もない。 哀しみと、彼女の容態への不安、そして自分への訳のわからない怒り。 ただ、それだけだった。 これじゃまるで、親友みたいじゃないか。 声に出さずに呟いて、静香は机に突っ伏した。 今日が休日でよかった。 この体たらくでは、しばらく自分は使い物にならないだろう。 何故か頬を涙が伝うのを感じながら、静香は午睡の中に落ちていった。 948 :痛みの果てに 22:2006/10/17(火) 21 33 11 ID X/VwdpE7 「戦いに!」 「疲れた貴方を!」 「癒します!」 「「「我ら!回復戦隊、肉球団!」」」 掛け声とともに、登録したショートカットで目の前のPCに「活力のタリスマン」を使用する。 既に条件反射になってしまった操作を終え、久保萌は小さく深呼吸した。 「あなたの、そしてみんなの支援ギルド肉球団!よろしく~」 既に何度繰り返したかわからない一連の動作を終え、目の前のPCの反応をうかがう。 今回の相手は、褐色の肌をスーツで覆い、ロマンスグレーの髪を固めたダンディな紳士だ。 「……ありがとう。丁度アイテムが心許なくなってきたところだった、助かったよ。何か礼をしたいが……」 紳士は一瞬だけ黙り込んだ後、その容貌に違わぬ渋い声で答えた。 「いーえ、ボランティアですから!感謝してもらえれば、それがお礼です!」 紳士の丁寧な返礼に、萌は少し浮かれた口調で答えた。 現在の位置に陣取ってかなりの間活動してきたが、こういった反応は珍しい。 大抵は一瞥して通り過ぎるか鼻で笑って捨て台詞を残していくかで、たちの悪い場合いきなり怒鳴られることまであった。 「そ、そうか。では、すまないが時間が押しているので失礼する。君たちに黄昏竜と女神アウローラの加護があらんことを」 節度と礼儀を失わない口調でそういって、紳士は去った。 「いやー、やっぱりいい人はいるもんだね。社交辞令でも嬉しいな」 萌のPC――タビーが上機嫌で後ろの仲間を振り返ると、何故か背の高い方――清作が考え込むような表情をしていた。 「そうですね。それにしても……」 「どうしたの、清作?」 「いや、さっきの人どこかで見たような……」 「もしかしたら、有名人だったりしてね!このクエスト、話題になってるみたいだから」 記憶をたどっているらしい清作に、背の低い方――英雄が茶々を入れる。 あの紳士が有名人かどうかは置いても、実際このクエストの注目度は相当のものだろう。 実際、肉球団としても三日間このプラットホームで入れ食い状態だった。 痛みの森。 それが、このダンジョンで開催されているクエストの名である。 滅多にないソロプレイ専門の上に短期限定と言うこともあるが、何より目を引くのはそのストイックなまでにハードな内容だった。 ダンジョンレベル設定なし、出現する敵はすべてエリアボスまたはそれに準じる強力モンスター。 エリアワードはクエスト終了後廃棄、クリア報酬非公開。 どちらかと言えばライトユーザー向けだった従来のクエストを考えれば、どれをとっても他に例を見ない異例尽くしである。 自然それは注目と話題を呼び、ここ一ヶ月ほどよもやまBBSのThe World板は痛みの森関係のスレッドで埋め尽くされていた。 他愛のない期待スレッド、攻略、死亡報告といったお約束から世界観的な考察、果ては最近話題の「未帰還者」と関連づけた怪談めいたものまで。 肉球団はそのブームに便乗する形で、ここ数日活動していた。 効果の程は……すぐにはわからないだろうが、感覚的にはそれなりにあったと思う。 結構な数のPCに回復をする事が出来たから、少なくとも宣伝にはなったはずだ。 清作から聞いた話では、よもやまBBSの関連スレッドでも何度か名前が出ているらしい。 とにかく、失敗と言うことはないはずだ。 まだ完全にクエストが終わったわけではないが、萌は既に確かな満足感を感じていた。 こんに夢中になって頑張ったのは、生まれて初めてかもしれない。 おかげで、リアルではひきこもり一歩手前の生活になっていたが…… 949 :痛みの果てに 23:2006/10/17(火) 21 35 16 ID X/VwdpE7 「タビーさん、これからどうしましょう?」 「にゃ?」 「そろそろ、潮時だと思うんですが」 清作の声で我に返ると、英雄の小さな欠伸が聞こえた。 時間は遅く、そしてタイムリミットも近い。 「そうだね。それじゃそろそろ……あ」 萌がそう言いかけたところで、足音が聞こえた。 「まだいるみたいですね」 「それじゃ今度ので終りね。最後のお客さん、綺麗に締めよう!」 「「はいっ!」」 萌の激に、二人が元気に答える。 気合を入れなおすように、萌は頬を叩いた。 「戦いに!」 「疲れた貴方を!」 「癒しま……え?」 折角の気合は、空振りに終わった。 少しずつ大きくなってきた足音ともに姿を現したのは、萌がよく知る黒衣の錬装士だった。 「……ハセヲ?」 「何やってんだよ、こんな所で」 「え?あ、ああ……」 真っ白になった頭のまま、萌がしどろもどろに答えた。 ハセヲは、感情を凍りつかせた冬の水面のような表情でタビーを見ている。 「ハセヲ?……PKKの」 「え?」 二人のやり取りに、清作が抑えた声で横槍を入れた。 PKKと言う言葉に、萌が思わず反応する。 「へぇ、もう知ってる奴いるんだな。だったら丁度良い。お前ら、三爪痕を知っているか?」 酷く冷たい、秋の風のような声でハセヲが言う。 こんな声は、リアルでもネットでも聞いた事がない。 「知りませんし興味もありません、そんな都市伝説……僕たちも、キルするつもりですか?」 「まさか。聞いてみただけだ。じゃあな」 同じく冷たい声で答えた清作に吐き捨てるように言って、ハセヲはダンジョンの奥に歩いていく。 冷房のせいだけではない寒さに震えて、萌は思わず両腕を抱いた。 950 :痛みの果てに 24:2006/10/17(火) 21 37 19 ID X/VwdpE7 「清作、どういうこと?」 「何がですか?」 「とぼけないで。ハセヲがPKKって……どういうこと?」 ハセヲの姿が見えなくなり、タビーは視線を清作へ向けた。 彼の態度はいつもと変わらず冷静に見えたが、それがかえって怒りを煽る。 「BBSで偶然見かけたんです。黄昏の旅団の元メンバー、錬装士のハセヲが無差別にPKKをしてるって」 「何で!ハセヲが、どうして、そんなことするはず!」 感情だけが、萌の口から溢れる。 PKよりはましとはいえ、自衛以外のPKKは決して誉められる行為ではない。 ましてや、無差別になど――それじゃ、PKと変わらない。 萌の知るハセヲは、三崎リョウは、そんなことはしない――はずだった。 「落ち着いてください……彼は、否定しませんでした。それが事実です」 「どうして教えてくれなかったの!?」 「教えてどうしたって言うんです?タビーさんは、彼のこと避けてたじゃないですか!」 清作の言葉に、萌が思わず口元を抑えた。 確かにそうだ。自分は彼とこの世界――The Worldで会うことを避けていた。 それを清作には何度か相談していた。 だから――自分の言ってることは、滅茶苦茶だ。 「でも、それなら――聞いてたら」 「何かした、って言うんですか!?僕たちを放っておいて!」 「やめてよ、二人とも!」 売り言葉に買い言葉で荒れ始めた二人の口論を、英雄の怒声が遮った。 「せっかく、うまくいったのに……仲間なのに……どうして……」 気まずい沈黙の中に、彼の小さな嗚咽だけが響く。 「……ごめん、八つ当たりして」 「僕も、言い過ぎました。すみません」 それだけ言って、ログアウトするまで三人は無言で歩いた。 224 :痛みの果てに 25:2006/10/29(日) 05 58 18 ID 3svhN0Yj 「くそっ……」 M2Dを乱暴な手つきで外して、三崎リョウは握り締めた拳を机に叩きつけた。 低い音とともに拳が鈍く痛み、それが過敏になった神経を逆撫でする。 大聖堂を訪れたあの日以来、リョウはひたすらディスプレイに向かい続けていた。 目的はただ一つ、三爪痕の追跡である。 追跡といっても、検索エンジンに語句を打ち込んで掲示板の過去ログを総ざらいする程度ではない。 リョウが行使した手段は、より積極的なもの――The WorldでのPKKだった。 PKを専門に狙うPK、PKK。 一見調査とは程遠い、ともすれば単なる八つ当たりにも見える行為だったが、リョウは聡明な少年である。 少なくとも、学校の成績は良い。だからこの選択にも、ちゃんとした理由があった。 三爪痕がロストグラウンドに出没するPKである以上、それに近い存在から探っていくのが適当な追跡線である。 必然的に情報収集の主な対象はPKとなるが、 彼らは特に必要がないにもかかわらず他のプレイヤーを攻撃して楽しむ悪趣味な好事家、 現実でいえば職業犯罪者のような存在である。 「教えてください」と聞いても素直に答えることはないだろうし、運良く情報を得られてもそれが真実とは限らない。 従って彼らから嘘偽りのない情報を聞き出すには、 力の差を誇示し彼らが本音を吐かざるを得ない状況に追い詰めなければならない。 リョウにとってPKKは、必要に迫られた結果だったのである。 しかし、Δ・ΘサーバのめぼしいPKをほぼ全員狩り出したにもかかわらず得られた情報は皆無だった。 レベル差が大きかったおかげで経験値を稼ぐことも出来ず、結局成果といえば BBSに「おかしなプレイヤーがいる」という話題を提供したぐらいである。 226 :痛みの果てに 26:2006/10/29(日) 05 59 23 ID 3svhN0Yj 「未帰還者が出た」という噂からクエスト「痛みの森」に参加してもみたが、それも特に進展はなく徒労に終わった。 狂った難易度のダンジョンはいい修行になったし、 クリアリザルトでジョブエクステンドできたのはよかったが、その程度は通常のプレイの延長に過ぎない。 クエスト自体も連動の伏線なのか何なのか知らないが消化不良気味な内容だったし、 途中で三郎とか名乗る変なPCには付きまとわれたし…… 思い返したことで沈んでいく気分を振り払うように、リョウは目を閉じて伸びをした。 瞬間、目眩が走り体を椅子ごと倒しそうになる。 何とか体勢を立て直しながら、リョウは最後に休憩したのを思い出そうとした。 今が夜中の一時、起きて朝飯食ったのが十時だったから…… 気がつくと、半日以上ほぼ不休でPCに向かっていた計算になる。 一応細かい休憩はしているはずだが、食事は食べていない。 というか、時間の経過を認識していなかった。 「ははは……」 思わず声に出して笑って、リョウは机に倒れこんだ。 心身ともに磨耗しているのが、自分でもわかる。 「やべーな、こりゃ寝ないと」 ぼさぼさの髪を掻きながら、リョウは椅子から立ち上がった。 両親は不在だから別に規則正しい生活を演出する必要はなかったが、無理して徹夜する必要もない。 それに、後十日もして夏休みが明ければ学校が始まる。 三爪痕の追跡がいつ終わるかはわからないが、それに引きずられてリアルの生活が破綻しては本末転倒だ。 自分の行動を鈍い頭で吟味しながら、リョウは農業用トラクターのような足取りでベッドへ歩く。 倒れこんで目を閉じると、すぐに睡魔がやって来た。 志乃の顔を思い浮かべながら、リョウは眠りに落ちていった。 225 :痛みの果てに 27:2006/10/29(日) 05 58 50 ID 3svhN0Yj 淡い眠りを、甲高い電子音が破る。 曖昧な意識のまま手を動かし、リョウは電子音を鳴らし続ける携帯電話を掴んだ。 反射的に通話ボタンを押し、耳に当てる。 「もしもし」 「ちーっす、ハッセヲー!……って、もしかして寝てた?」 「何だ萌か……」 「何だって何よー!なんか全然連絡ないから、心配して電話したのにさー!」 「ああ……」 そういえば、彼女の声を久しぶりに聞いた気がした。 ここ一週間殆ど外に出ず、携帯にも触れていなかったのだから当然と言えば当然だが。 「忙しかったんだよ、色々。それよりお前はどうなんだよ、宿題終わったか?」 後ろめたさから、リョウは話題をそらす。 正直言えば、彼女のことは完全に忘れていた。 The Worldで想うのは黄昏の旅団とオーヴァン、そして志乃の事ばかりだった。 「まーそこそこかな。あーあ、ハセヲは良いよねー、なんでも器用に出来て」 「別に……これぐらい普通だろ。で、何の用事なんだ?」 「だから、心配になったんだよ。ハセヲって意外と体力ないし、夏バテしてないかなと思って」 「平気だって、これでも病気はほとんどしてないんだから。それより自分のこと心配しろよ、 新学期まで十日もないんだぜ」 いつも通りの、軽口の応酬。 ただそれだけなのに、リョウは心が安らぐのを感じた。 単に気分転換と言うだけではない。 萌の明るい声は、まるで麻酔か何かのようにリョウの痛みを消してくれる。 思えば、付き合いだしたきっかけもそうだった。 一ヶ月前、志乃を失って腑抜けになっていた自分が萌の快活な声にどれだけ救われたか。 それなのに…… 228 :痛みの果てに 28:2006/10/29(日) 06 01 11 ID 3svhN0Yj 「ちょっとハセヲー、聞いてる!?」 「ああ、わりぃ。ちょっとぼうっとしてた。なんだ?」 自己嫌悪に沈みかけたリョウの意識を、萌の声が現実に引き戻す。 「まったく、ほんとに重症みたいだね。ご飯作りに行ってあげようか、って聞いたの」 「あ、それは……」 萌のこういう申し出は、ここ一ヶ月では珍しくない。 場合によっては用事が勉強会やら新メニューの味見だったりするし、場所は萌の家だったりすることもあが、それは結局どうでもいい。 二人が会うときの符丁のようなものである。 両親は仕事で家を空けており、しばらくは帰ってこない。 普段だったら茶化しながらも頷く所だ。 だが―― 「あれ?もしかして、親御さんいるの?」 「いや、そういうわけじゃないんだが……」 「どっか出てるの?」 「家にいるけど……」 躊躇いがちだったのでごまかす事が出来ず、馬鹿正直に答える。 それでも、頷くことは出来ない。 「だったら別にいいじゃん。決まりねー!それじゃ、すぐ行くから!」 「おい!ちょっと待て!」 リョウが慌てて叫んだときには、既に通話は終わっていた。 携帯からは抑揚のない電子音しか聞こえない。 「くそっ」 小さく吐き捨てて、リョウは携帯をベッドに投げ捨てた。 まったく、あいつは所々でどうしてこうも強引なんだ? 229 :痛みの果てに 29:2006/10/29(日) 06 01 55 ID 3svhN0Yj 「ちゃーっす、ハセヲー!」 萌はそれから三十分ほどでやってきた。 玄関を開けた瞬間その満面の笑顔が目に入って、寝起きのリョウは思わずげっそりしてしまった。 黒いタンクトップの上に白いキャミソールワンピという服装は彼女の華奢な体つきを魅力的に見せていたが、 ショルダーバッグから覗く長ネギが全てを台無しにしている。 「あれ?なんかテンション低くない?」 「起きたばっかなんだよ。つーか、前から思ってたんだけどお前どうしてそんなに元気なんだ」 「いやー、それだけが取り柄だからね。それじゃ、あたしの料理で元気にしてあげる。キッチン借りるね」 笑顔のままそういうと、萌は勝手知ったる他人の家と言わんばかりに上がりこむ。 暑気当たりではない頭痛を感じながら、リョウはとりあえず食堂で待つことにした。 椅子に座って待っていると、隣接したキッチンからは作業の音が聞こえてくる。 この間、リョウはすることがない。 そんなに料理がしたければ自分の家でやらば良いんじゃないかと思うのだが、 彼女に言わせるとリョウの家のほうが設備が整っているからやりやすいらしい。 単に家に招きたがらないリョウを説き伏せるための口実のような気もするが、真偽はいまだわからない。 退屈を紛らわそうと、滅多に見ないテレビをつける。 たまたま映ったチャンネルでは、昼下がりという時間らしくソープオペラを流していた。 念のため追記するが、 ソープオペラとは石鹸会社がメインスポンサーを務める事から付けられた主婦向け昼ドラのことである。 決していかがわしい意味ではない。 やることもないので、しばらくの間リョウはドラマに見入った。 230 :痛みの果てに 30:2006/10/29(日) 06 02 27 ID 3svhN0Yj 「夏生、僕には君が必要なんだ!」 「やめて、英明さん!私の心を乱さないで!」 どうやら昔別れた女のところに、未練を持った男が押しかけてきているという状況らしい。 見苦しいものだと思った瞬間、リョウは苦笑した。 人のことは言えない、自分の志乃に対する想いの方がよほど見苦しい。 気持ちを認められず、好きだとわかったら嫉妬と自己嫌悪から当り散らして。 休まず待ってくれていた彼女の心遣いでやっと仲直りできたと思ったら、衝動的に告白して逃げた。 自分が志乃に惹かれた理由は数え切れないほど挙げる事が出来るが、志乃は自分の何処に惹かれたのだろうか。 付き合いだしてから何度か聞いてみたが、彼女ははぐらかすばかりで教えてくれなかった。 そして今、自分は見舞いにも行かず他の女に手料理など振舞われている。 本当に、北岡秀一でも弁護のしようがなく、最低だ。 「どうしても帰らないというのなら……私にも考えがあるわ!!」 感想に浸っていたリョウの耳を、テレビのスピーカーから響く甲高い女の叫び声がついた。 思わず画面を見ると、女がマンションに備え付けられていた消火器を手に持っていた。 そのまま栓を引き抜き、二酸化炭素の白粉を男に向かって噴射する。 リョウは思わず口を開けたままドラマに見入ってしまった。 いくらストーカーを撃退するためとはいえ、そこまでするか? 「うわー、壮絶だね」 料理を手に抱えてきた萌が、リョウの心を代弁する。 振り返ると、その左手には大柄なナイフが握られていた。 231 :痛みの果てに 32:2006/10/29(日) 06 53 57 ID EUZORraS 「な、何だよそれ!」 「何って、ナイフだけど」 「何に使うんだよ!怖ぇぇよ!」 「ああ……ローストビーフ焼いたから。いやー、ハセヲの家はすばらしいね。うちとはオーブンの格が違うよ」 「キッチンで切って来ればいいだろ!」 「いや、食べる直前に切り分けたほうが美味しいから」 「いいから!頼むから仕舞ってくれ!!!」 「むー、しょうがないなー。じゃあ向こうで切って来るよ。 ちなみにその場合味・香り・見た目その他一切に関するクレームは受け付けないから、そのつもりでね!」 不満そうに唇を尖らせながら、萌は再びキッチンへ消えた。 (心臓に悪い……) まだリズムが戻らない胸を押さえながら、リョウは視線をテレビに移した。 既にドラマ本編は終わったらしく、やけに大仰な音楽とともに真っ赤なタイトルバックだけが映っている。 「はいはいー、ハッセヲー、ご飯だよ」 テレビの映像が洗剤のコマーシャルに切り替わると同時に、 萌がにこにこと笑いながら切り分けられた肉が乗った大皿を持ってきた。 起伏の薄い胸には、ブチネコがプリントされたエプロンがかかっている。 「まだまだあるよー、夏バテしないように色々作ったから!」 皿を置いた萌が踵を返し、キッチンへとんぼ返りする。 今度は先ほどよりは少し小さい皿を両手に抱えている。 それを何度か繰り返し、最後に透明のグラスを置いて萌はリョウの向かいに腰をおろした。 テーブルには先ほどのローストビーフのみならず茄子のお浸し中華風、ゴーヤチャンプルー、 韓国風ニンニクスープなど無国籍で多彩な料理が並んでいる。 「よく作ったな、こんなに」 「えへへー、ハセヲに元気になって欲しくて」 頬を僅かに赤らめながら、萌がはにかむ。 付き合いだしてから見せるようになった、心底愛らしい表情。 ともすれば媚びているようにも見えるが、 大輪のひまわりのような彼女の明るさはそんな嫌らしさを微塵も感じさせない。 「……まあ、どうせ食いきれないけどな。どう見ても作り過ぎだ」 「もー!どうしてそういう事言うのー!?」 リョウはそんな本心を素直に出せず、いつものように減らず口を叩く。 萌はそれが気に入らず、小さい拳を丸めて抗議する。 そんなやり取りは、この夏休みの間数え切れないぐらい繰り返されたものだった。 233 :痛みの果てに 32:2006/10/29(日) 07 01 05 ID EUZORraS 三十分後。 「ふぅ……意外と食えるもんだな」 椅子にもたれたままテーブルを見て、リョウはぽつりと呟いた。 萌が運んできた料理は明らかに二人分を超えていたが、結局全部平らげてしまった。 母親や志乃程ではないにしても、やはり萌は料理が上手い。 「でしょー!これもやっぱり料理人の腕がいいからかな」 リョウの独り言を、食器を片付けるためにキッチンと食堂を行き来していた萌が耳ざとく聞きつける。 「腹減ってたからな。何食ったってこういうときは何食っても上手く感じるもんだ」 「どうして素直に褒めてくれないのかなぁ……まあ、そういうところも好きだけど」 好きと言う言葉に、リョウの背筋が一瞬凍る。 「お前、そういうこと口に出すなよ」 「別にいいじゃない、本当のことだし」 「本当のことでも口に出さないほうがいいこともあるだろ」 「それじゃ、口より態度で示した方がいい?」 そう言った瞬間、萌は素早くリョウに体を近づけ唇を重ねた。 華奢な右手が肩に触れ、唇を割って舌が侵入してくる。 リョウは何とか離れようとするが、唇で伝わる快感が感覚を麻痺させ、結局足を痙攣させることしか出来ない。 「ふふ、どう?こっちも料理ぐらい上手くなったでしょ」 唇を離した萌が、猛禽のように目を細めてリョウを見つめる。 言葉を紡ぐ度に唇から唾液が滴り落ち、それがリョウの欲望を刺激した。 「お前、真昼間から……」 「ふっふー、いつぞや朝からあたしに襲い掛かってきたのは誰だったかな?それに……」 肩を抑えたまま、萌が左手をリョウの体に滑らせていく。 滑らかな掌の感触が薄いTシャツ越しに素肌を撫で、情動が疼き始める。 萌は顔を少しずつ近づけながら腕を少しずつ降ろし―― 「ここはしっかり反応しているみたいだけど?」 硬く熱を帯び始めた下腹部で、動きを止めた。 304 :痛みの果てに 33:2006/11/02(木) 03 26 54 ID /jxxGAsM 「あ、あのな……」 萌に指摘されたように、明るいうちに事に及ぶ事がまずいと思っているわけではない。 若干不調だった体調も、萌が作ってくれた料理のおかげでだいぶ良くなっている。 問題になるのは、リョウ自身の萌に対する気持ちだった。 志乃の事を強く想いながらも萌にだらだらともたれかかっている、 そんな有様で彼女と体を重ねるという事がどういう意味を持つか。 決して女性経験が豊かとは言えないリョウにも、容易に想像は出来た。 「……悪いけど、やめるつもりはないから」 一方萌は、そんな葛藤など知る由もなく生地越しに硬いジーンズの股間を撫で続ける。 リョウはその腕を振り払おうとしたが、体は既に快楽で痺れてまともに動かなくなっていた。 痺れは徐々に疼きに変わり、リョウの心を蝕みはじめていた。 「ふっ、はぁっ、はっ……」 やがてリョウが疼きに耐えられなくなり、されるがままに声を上げ始めた。 判断力や理性が薄れていくのにあわせて、胸の底で土砂崩れのような衝動が沸きあがるのがわかる。 このまま自分の方から萌に襲い掛かるのも時間の問題か。 リョウがぼんやりとそう考えた時―――唐突に、萌が手の動きを止めた。 彼女はそのままリョウに体を近づけたまま黙り込む。 先程まで少年の体を這い回っていた手は所在無げに宙に投げ出され、伏せられた目元は潤んでいる。 「ね、ハセヲ……もしかして、あたしのこと嫌いになった?」 「なんだよ、いきなり」 「だって……何だか、心ここにあらず……ってかんじ、だから」 一週間以上戻ってこない猫を気遣う時のような萌の声に、リョウの心が翳る。 自分の心が彼女から離れて始めていたのは、本当だった。 その気持ちを押し隠すように、リョウは萌のガラス細工のような顎に触れた。 「あっ……」 驚いた萌が、小さく声を上げた。 鈴が鳴るような、良く通る可愛い声。 しかしその表情は溢れた感情で歪み、普段の明るい面影はない。 それが、どうしようもなく悲しくて。 リョウは、目の前の事しか考えられなくなった。 「……考えすぎだって。ちょっとまだ疲れててな。でも、まぁ……」 衝動に従い、指を伸ばして僅かに零れた涙を拭う。そして。 「これぐらいの元気は、あるみたいだぜ?」 萌がこれ以上悲しいことを言わないように、今度は自分からキスをした。 305 :痛みの果てに 34:2006/11/02(木) 03 27 45 ID /jxxGAsM 「ハ、ハセヲ……」 「何だ?」 唇を離した瞬間、萌が口を開いた。 薄いワンピースを肩から外しながら、リョウが目を開いて彼女を優しく見つめる。 目元の涙はコンクリートの上の夕立のように既に乾いていたが、どうしたわけかその口調は弱々しい。 「その、何をなさってるのかなーってお聞きしてもよろしいですますでしょうか」 おまけに酷く混乱しているらしく、口調が滅茶苦茶になっている。 安心させるように首筋を撫でながら、片手で背中のエプロンの結び目を緩める。 肩から抜けていたワンピースが、するりと床に落ちた。 「服、脱がしてるんだけど」 「そ、それはわかるんだけど……ひゃっ」 太ももを押さえつけながら、リョウは背中の指先をタイツだけになった下半身に移した。 先程のお返しとばかりに足の間を撫でると、萌は僅かに喘いだ。 「じゃあ、何が問題なんだ?」 「その、どうして、エプロンはそのままなの?」 愛撫も早々にタイツに手をかけ脱がそうとするリョウに、萌は息を切らせながら問いかけた。 リョウは無言のままにやりと笑いながら、タイツを一気にずり下ろした。 そのまま手を再び上半身に移し、乳房に触れながらタンクトップを脱がそうとする、 「あ、あの、ハセヲ?」 「こういうのも、たまには面白くね?」 タンクトップを腕から外しながら、リョウはおもむろに口を開いた。 萌は下着の上はエプロンだけという、ある意味‘面白い’格好になってしまっている。 自分の全身を胸から足元まで眺めて、萌はようやくリョウの思惑を悟った。 「は、裸エプロン……って、やつ?」 「嫌か?」 「い、嫌じゃないけど……」 萌はそう言うと、両手を肩に回して視線をそらした。 「そんなに恥ずかしいか?前プールに行った時に着てた水着のほうが、よっぽど肌が出てると思うけど」 「も、もう!勝手にして!」 からかうような言葉に反応して、萌がぷいと横を向く。 唇を尖らせたその表情が可愛くて、リョウの口元が自然と綻んだ。 542 :痛みの果てに 35:2006/11/08(水) 03 40 34 ID hAKBJlvX 「……心配して、損した」 横を向いたまま、萌がふてくされて呟く。 そう言われても仕方がないのだが、リョウは照れ隠しに言葉を返す。 「誘ったのはお前の方だろ。元気になったんだよ、萌のおかげで」 「やだなぁ、エッチで元気になるなんて……」 「男なんてそんなもんだ。一応聞くけど、嫌じゃないよな?」 慣れた手つきでブラジャーを外しながら、萌をまっすぐ見つめる。 その体つきは布一枚になっても相変わらず起伏に乏しいものだったが、 初めて抱いたときに比べると丸みを帯びてきたような気がした。 「嫌って言っても続けるくせに……いいよ、ハセヲの好きにして」 半ば投げやりにそういって、萌はリョウの額にキスをした。 椅子から見上げるその顔はふくれたままだったが、泣いているよりはよほどいい。 妙に穏やかな気持ちでそう思いながら、腕を伸ばして首筋を撫でる。 「ぁぁん!そこ、弱いの……」 「知ってる」 そのまま背中の紐を結びなおし、エプロン越しに胸を揉む。 何度も味わった感触だったが、ごわごわした生地越しに触れるとまた違った味わいがあった。 「やだ、恥ずかしいよ、こんなの……」 きつく目を閉じながら、萌がいやいやするように首を振る。 「好きにしていいんじゃなかったのか?」 「も、もう!知らない!」 揚げ足を取って悪戯っぽく囁いてやると、萌は再び頬を膨らませた。 彼女はこういう仕草が一々可愛くて仕方がない。 「拗ねんなって……可愛い顔が台無しだぞ」 我慢できなくて、頬にキスをしてやる。 それだけで、目の前の少女は真っ赤になって黙り込んだ。 「それじゃ、そろそろいいか?」 「え?……うん」 一拍置いて言葉の意味を理解した萌が、俯くように首を縦に振る。 それを見てリョウは椅子に座ったままファスナーを降ろし、性器を露出させた。 そのまま萌の体を抱えあげ、腰を浮かせるようにする。 543 :痛みの果てに 36:2006/11/08(水) 03 44 44 ID hAKBJlvX 「あ、下着……」 「いいさ、そのままで」 「えっ……あ、やぁぁん!」 リョウは萌を抱えなおすと、エプロンの下で履いたままになっていた下着を撫でた。 そこは既に汗とは違う、粘つく液体で湿っている。 指で引っ掛けるようにそこを覆う薄布をずらすと、狭間から蜜を滴らせる肉の花が覗く。 リョウはそのまま抱えた体を下ろし、硬く勃ち上がった肉棒を萌の秘所へ侵入させていった。 「ぁぁあ、あぁっ、あっ、いい、よぉ、ハセヲぉ……」 挿入の快楽に、萌が体を震わせる。 その声を聞きながら、リョウも小さく呻いた。 下着がこすれる感触に思わず射精してしまいそうな程の快感が走り、歯を食いしばってそれをやり過ごす。 「はぁ、はぁ、はぁっ……ね、ハセヲ、動いて……」 秘唇にペニスを根元まで咥え込んだ萌が、ねだるようにリョウを見下ろす。 その瞳は欲情で潤み、先ほどまでの羞恥の影はない。 「ああ」 その淫らな視線に、ハセヲは短い言葉で頷いた。 肉襞が絡みつき、下着が擦れる二重の快感はこれまでにないほど強烈で、もはや声を出すのも辛かった。 「あっ、あぁっ、んんっ、んっ、んっはぁっ、ああっ、ああっ!」 パンティの上はエプロンだけと言う特異なシチュエーションに萌もかなりの興奮を覚えていたらしく、 腰を軽く突き上げてやるだけで甘い喘ぎを挙げる。 耳元に響くその声が、エプロン越しに感じる肌の感触と共にリョウの欲情を煽る。 「あっぁ、あっ、いいよぉ、きもちいい、はせ、を……あっぁっ、あぁぁん!」 萌が不意に一際高い声を上げ、リョウの背中に爪を立てる。 それと同時に、肉棒を包んでいた肉襞が強く収縮する。 男の精を搾り取るようなその刺激に、リョウは今度こそ堪える事が出来なかった。 文字通り子宮を突くように腰を押し出し、亀頭から精子を吐き出す。 「んぁぁ、おなかの中、あったかぁい……」 女の悦楽に震える萌の声をどこか遠い気分で聞きながら、リョウはその胸にもたれかかった。 まだ薄い胸板は呼吸を整える為に小さく上下し、不規則に伝わるその振動が妙に心地よい。 「……下着、汚れちゃった」 呼吸が収まった頃、萌がおもむろに口を開いた。 その口調には、少し恨みがましい響きがある。 確かに体液で汚れた下着を履いたまま、と言うのは気持ちが悪いだろう。 脱ごうにもそこはまだリョウのペニスが差し込まれたままでそれも出来ない。 「どうせ泊まってくつもりなんだろ?もうちょっと、我慢してくれ」 そういってリョウは、萌を抱く手に力を込めた。 544 :痛みの果てに 37:2006/11/08(水) 03 49 44 ID hAKBJlvX このまま、もう一度。 しかし、萌はリョウの無言の要求に気づかず何故か目を丸くした。 「あたし……泊まってっていいの?」 「何言ってんだよ……何時もそうだろう?」 「え、そ、そうだけど……今日は何だかハセヲ、その……あたしと会うの、嫌そうだったから……」 萌の目元が、僅かに俯く。 確かに、今日は後ろめたさから萌によそよそしく接してしまっていた。 それは、彼女からすれば酷く悲しい事だろう。 不意に、自分が志乃と付き合ってい始めた頃の事が思い出される。 自分が志乃に本当に好かれているのか、不安で仕方がなかった。 萌もきっと、それと同じような感じなのだろう。 こんな形で志乃の事を思い出すと言うのは皮肉だったが…… 「ごめんな、ちょっと色々あって。でも、それはお前とは関係ない。俺の個人的な問題だ」 少しだけ嘘を混ぜて、リョウは萌に語りかけた。彼女の気持ちが安らぐように、背中を撫でながら。 「だから、今日萌がきてくれて嬉しい。最近ずっと気持ちが荒んでたんだけど……それが楽になった」 「じゃあ、あたしはハセヲのそばにいて……いいの?」 「当たり前だろ」 リョウの答えに、萌が言葉を失った。 その様子を見上げながら、リョウは翳りを帯びた気持ちを抱いていた。 それを振り払うように、心の中で小さく呟く。 ―――これでいいんだ、と。 そう。これが最善、これが自分の正しい在り方。 自分がどんなに志乃を想っても、それは現実に何の影響も及ぼさないのだ。 三爪痕など、所詮ただの都市伝説に過ぎない。 それに踊らされていた自分の、何と滑稽で無様なことか。 志乃がもし目覚めたら――それは嬉しいことだし、他の女と関係を持った自分をどう思うかは それこそ志乃自身が決めるしかないことだ。 今は、目の前のことだけ考えていればいい。 「それじゃ、もうこのままもう一回――いいか?」 「あっ……もう、ハセヲのエッチ……いいよ、もう……でも、今度返してもらうからね」 湧き上がる情動に従って腰を軽く突き上げると、萌もまだ快感の余韻が残っているらしく体を小さく震わせた。 口では何か言っているが、単なる照れ隠しなのは明白だった。 「ああ、今度ハーゲンダッツ奢ってやるよ。それじゃ、動くぞ」 華奢な体を再び抱え込むと、リョウは腰の抽挿を再開した。 「はぁぁぁ!はせ、を、はせをぉ……すき、だいすき……」 腰を突き上げる度に、萌が甘い嬌声を上げる。 どこか遠い気分でそれを聞きながら、リョウは全てを忘れようと肉欲の中へ溺れていった。 .hack//Apocrypha EPISODE2 Halfboiled Devil B part is END.