約 4,766,009 件
https://w.atwiki.jp/resanchorone/pages/22.html
目次 目次Part11その1(≫42~45) その2(≫131) その3(≫146~191、≫183~184、≫186) Part12その1(≫62~63) その2(≫191) Part13その1(≫46~49) その2(≫95~97) その3(≫161~163、≫165~167) Part14その1(≫23~25) その2(≫47~49、解説:≫53) その3(≫176~178) Part15その1(≫176~178) その2(≫156~161) その3(≫171~173) Part11 その1(≫42~45) 了船長22/04/30(土) 23 27 56 「イチ、ちょっといいだろうか。」 「うぅーん、どうしたの、オグリ。」 「今日の夕飯は、ぶり大根がいいんだ。」 「ぶり大根、ね。分かった。買い物行ってくるね。」 「本当か!分かった。楽しみにしている。」 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「ただいま、オグリ。」 「おかえり、イチ!」 「お腹減らして待ってたんでしょ。」 「うん。夕飯が待ちきれないよ。」 「ん、ちょっと待っててね。すぐできるから。」 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「……ダメだ、なんか、めんどくさい……」 「今日、そんなにハードなワケじゃなかったんだけどな……」 「味付け、めんどくさいな……」 「あー、いいや。めんつゆ入れちゃえ。」 「ごめん、オグリ。手抜きしちゃって、許して……」 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「はい、お待たせ。テーブル整えてくれて、ありがと。」 「私の方こそ、朝にリクエストしてしまって。ありがとう。」 「ううん、大丈夫。」 「……おお、出来立てだ。」 「うん。熱いよ。気を付けて。」 「それじゃあ、いただきます。」 「召し上がれ。」 「おお、おいしい!」 「えっ。」 「うん、やっぱりイチの料理はおいしいな。」 「そ、そっか。」 「いつもの料理もとてもおいしいが、今までで一番おいしいかもしれない。」 「……ありがとう。ごめんね、オグリ。」 「ど、どうしたんだイチ、昼間、何かあったのか。」 「ううん、そういうわけじゃなくて。これでよかったんだな、って。」 「い、イチ?……ほら、イチ。」 「ちょっ、まだ、食べてるでしょ。」 「いいんだ。……大丈夫、大丈夫だ。今日もお疲れ様、イチ。」 「……お行儀、悪いよ。」 「今だけは、許してくれ。」 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 『たのしみは まれに魚烹て 児等みなが うましうましと いいて食ふ時』 橘曙覧 了 ページトップ その2(≫131) 了船長22/05/13(金) 01 13 00 「ほな、集計や…… クリーク一着、ウチ二着、オグリとモニちゃんが同率で、イチちゃんはまたドベやんな」 「ふふ、また勝っちゃいました〜」 「もしかしたら、あの時木材を確保しておくべきだったのかもな……」 「イチ、貿易するの苦手すぎっしょ。交換レート相当酷かったじゃんかー」 「だってみんな、必要だって言うし。いつのまにか負けちゃってるんだもん」 「ありがとう、イチ。とても助かった」 「せやな、ホンマええお客さんになってくれたで、おおきにな」 「あー、いったん降参です! みんな小腹でも減ってない? 何か作るよ」 「ありゃ、そしたら休憩にしよか」 「イチ、私はサンドイッチが食べたい」 「あ、いいねそれ。伯爵じゃん」 「えぇー、パンあったかな。ありましたっけ」 「確か食パンしかありませんから、耳が残っちゃいますね〜」 「それでも大丈夫だ、よろしく頼む」 「わーい、イチのごはんにありつけるぞ〜」 「モニー、アンタの分、残らないと思うな」 ページトップ その3(≫146~191、≫183~184、≫186) 了船長22/05/15(日) 01 26 45 これは、私の話じゃない。 私がそばでずっと見てきた、ファンの人たちみんなのアイドル、ジンクスを叩き割った葦毛のスーパー・ヒーロー、そして私たち一緒に走るウマ娘にとって、あまりに強い怪物の話。 だから、あんまり長くは思い返さない。 その日、東京レース場は、人々が作り出した局地的な地鳴りで、揺れに揺れていた。 多くの人が口をそろえて、同じ音を叫ぶ。 期待を込めて、信じる気持ちを込めて。 中には、裏切られたと思ったがゆえに、非難するようにも聞こえる声色もあった。 夢、期待、願い。様々な思いが幾重にも重なって、彼女に向けられていた。 オグリ、オグリ、と。 澄み切った師走の空気を切り裂いて、約36万の直接的な視線と、間違いなくもっと多くの間接的な視線の先にいるウマ娘は、もうこれで終わってもいいと言わんばかりの、最後の力比べに飛び込んでいた。 よく、私たちウマ娘の走りは、まるで空を飛ぶようだ、としばしば形容される。 でも、彼女の最後の走りは、間違いなく地を踏みしめ、大地を割って昇っていく、豪快で力強いものだった。 それはきっと、私の言葉と経験では言い表せない、誰の目にも見えない、とてもとても重く大きい何かをその背に乗せたまま、走っていたからかもしれない。 その重みを一つこぼさず全部背負って、さあ頑張るぞ、と決意を固めて走っていた。 いつも近くで――認めたくないけど――アイツが本当に苦しそうな顔をしていたのを、私は見てきた。 一時は誰の言葉も耳に入らないくらい追い詰められて、あんなにきれいな髪と尻尾が、何か真っ黒なものに呑まれてくすんでしまうんじゃないかと思ったこともあった。 私のご飯を食べた時のとろけるような笑顔は、私が思わず惚れこんでしまったあの表情は、二度と見れなくなってしまうんじゃないかって、本気で思ったこともあった。 もう、『おかわり』って、言ってくれなくなってしまうんじゃないかって。 それでも最後には、彼女は、アイツは、オグリキャップは、それらすべての期待に、真正面から答えてきた。 第4コーナーは涙でオグリの姿は見えなくなり、直線では世界から取り残されたように音も聞こえなくなって、祈ることしかできなかった。 それでも、ぼやけてはっきりしない世界の中でも、オグリキャップがゴール板を最初に駆け抜け、腕を挙げたところだけは、はっきりと見ることができた。 ああ、帰ってきた。オグリキャップは、やっぱりオグリキャップなんだ。 場内の人たち全員が一丸となって呼びかける波に、私は乗れなかった。内からこみ上げてくる気持ちで、立っているだけが精いっぱいだった。 この世の中に神様はいるのかもしれない。そう思った。 こんなこと、オグリには口が裂けても言えないけれど。 これは、私の話じゃない。 私が憧れた、オグリキャップの話。 傾きが低くなった太陽が、眩しい光を直接注ぎ込む夕方の教室。 オレンジ色の光が、焼けた教室の壁と、私の目を一緒に照らす。 私はよせばいいのに、寒さを感じさせずギラギラと輝くそれをぼんやりと、目を細めて見つめていた。 別館の最上階の、そのまた隅にある空き教室で、私はトレーナーさんを待っていた。 廊下の向こう側からは、階段をパタパタと素早く駆けのぼる足音がいくつか聞こえる。きっと、近くの神社が埋まってしまった子たちのものだろう。 いつ使われなくなってしまったのかも分からないけど、綺麗な街並みを見下ろせるこの秘密基地をとても気に入っている。 その日のトレーニングメニューが終わって、じん、と熱を持つ身体を感じながら、私は水筒に余った水を口に含んだ。 しばらくすると、ペタペタというスリッパの足音が近づいてきて、引き戸ががらりと開けられた。 「お待たせしてすみません、印刷機が並んでまして」 ここまで階段を上ってくるのがしんどかったのだろう、すこし肩を上下させているトレーナーさんが、紙を手に教室に入る。 「お疲れ様です」 「いいえ、とんでもない。今日もお疲れ様でした。次の出走表です」 トレーナーさんが、印刷されたばかりなのだろう、まだぼんやりと熱を帯びているホチキス留めのコピー紙を差し出している。 もうすっかり読み慣れた、決まりきったフォーマット。 紙に印字された文章を読み飛ばしながら、最も重要なところだけを探しに行く。 2枚ほど紙をめくって、表の何行目に自分の名前が書かれているのか、上から順番に眺めていく。 『レスアンカーワン』 という文字列は、3番目に見つけられた。 「内ですね」 「はい。正直なところ、有利かどうかは微妙です」 私はトレーナーさんの返事がよく理解できず、聞き返す。 「あれ、そうなんですか」 「はい。条件がイマイチで」 裏面に送ってしまった紙を元に戻して、条件の項目を探す。 『福島レース場 第8R 距離:2000m』 と記載があった。 「あ、内のバ場、もしかして荒れますか」 「それもありますが、福島はそもそも、内とか外の有利不利がデータとして表れにくいんです」 トレーナーさんが同じ出走表を眺めながら説明する。 「直線も短いコースです。四コーナーのあたりで三番手、最悪、五番手くらいにはいないと。枠の有利も薄いところですから、離されたら内にいても間に合わ ないかもしれないレースです」 そういうと顔を上げて、それもありますが、という言葉と一緒に私の目を見つめてきた。 「大外の子の名前、見ましたか」 紙面に目を落とす。 大外枠の9番には、ずいぶん――もう2年くらいにわたって――見慣れた名前が書かれていた。 「……マジですか」 「大マジです。なんなら、お相手のトレーナーも同じタイミングで印刷したみたいで」 「向こうの人も驚いてましたか」 「ええ、本当に? って表情でした」 その反応を聞いて、少し安心する。少なくとも、私個人を先に対策されているというわけではなさそうだったからだ。 9番のところに書かれている名前を睨みつけるように見つめながら、その生徒のことを考える。 毎日顔を合わせること。寝る前にしゃべること。 私のすぐ後にトレーナーを見つけて、真面目にやり始めたこと。 消灯した後、スマホの光が割と眩しいこと。 二人ともレースに集中していなかったこと。お互いに一度ケンカしたこと。 私にもアイツにも、トレーナーがついたこと。 最近、二人とも同じようなペースでレースに出走してること。ひと月に2回は、相手が部屋にいないこと。 長いけれど意外と薄い内容が詰まった印象の過去が、私の脳裏をゆったりと流れていった。 あいつも同じことを考えてるんだろうか、と独りごちる。 レスアンカーワンさん、というトレーナーさんの声で、現実に引き戻される。 「その子の作戦とかは、良く知っていますか」 「いや、それがあんまり。レースについては話したことも無かったです」 「そうでしたか。そしたら、ちゃんと研究するしかありませんね」 トレーナーさんはそう言うと、残念、という素振りで、ちょっと苦笑してみせた。 「でも私、絶対負けないと思います」 私の言葉に、トレーナーさんが目を丸くした。 「それはまた、どうして」 「私のほうが、ずっと頑張ってきたので」 息を深く吸ってから発したその決意は、教室の壁に反響して、自分を奮い立たせる応援のようになって返ってきた。 「それでは、こういう流れで。最後に1ミリでも先にいれば勝ちですので」 パタン、と大きくて分厚い手帳を閉じる音が教室に響く。私たちの作戦会議が終わるいつもの合図だ。 私もペンを走らせる手を止めて、コースの概略図が書かれた紙をファイルにしまう。 「マークの子はスタミナを武器に逃げ切る作戦を立てているようです。吞まれないようなトレーニングを積んでいきましょう」 「分かりました。今までやったことない相手だから正直、不安です。」 「最近では逃げの作戦を取る子は少なくなりましたからね。私も経験が多くあるわけではないですが、任せて」 そう言うトレーナーさんは、自分の言葉を茶化したりすることなく、真っすぐな目をしていた。 「そうしたら、今日はひとまず、ゆっくり休んでください」 「お風呂も普通に入って大丈夫ですか」 「はい。今の体重なら食事規制もサウナの減量もいらないと思います」 すごいことですよ、と笑顔を向けてくれた。 「レスアンカーワンさんは無事是名ウマ娘の体現です。トレーナーとしても、ありがたいことです」 そんなことを言って、私に向かって深々と頭を下げた。 「でも、そんなに勝てていませんから」 「コンスタントに月に約2回、それを1年半以上続けているんです。中々できることではありません。地方トレセンの子と同じようなペースで走ってるわけですよ」 今まで褒められたことないところだったから、ありがとうございます、と言うところが思わず小声になってしまう。 「やっぱり、オグリさんの影響ですか」 「えっ」 オグリの名前が出て、ドキッとした。 実際のところ、私の気持ちをレースに向けさせたのは、どんなに口で否定したってオグリのおかげだ。 でも、それを素直に受け入れたり、ましてや本人に直接伝えることができるほど、私はまだ成長していない。 「別に、そりゃ、たまに話したりはしますけど」 「わかりますよ。でも、あなたの走りはオグリさんのいいところを、きちんと自分流に落とし込んだようなものだ。ただマネをしてるだけじゃない」 そう話すトレーナーさんは、スカウトしてくれた時と同じような、熱くて優しい表情をしていた。 「レスアンカーワンさんが個人的にオグリさんと仲がいいですから、併走トレーニングもしてもらえますし」 「その度に、ものすごい人の壁ができちゃいますけど」 引退した『スーパー・スター』が、どこぞの誰とも知れない生徒と併走トレをするものだから、前告知なしに始まったとしても生徒会や風紀委員が出張ってくるくらいの騒ぎになる。 遅めの時間にこっそり始めても、誰か一人が見かけたが最後、どんどん人が集まるのだ。 私としては、実際に私が走るレースよりも目線が集まる気がしてるから、ちょっと腹立たしくもある。 「GⅠウマ娘の併走というだけでもすごいのに、あんな引退レースを飾ったんですから仕方ないと言えば仕方ないでしょう。そんな生徒を引っ張ってこれるあなたがすごい、ということです」 彼女の名前も、レース名も示されていないのに、耳のどこか奥で、地鳴りのような歓声が聞こえてくる気がした。 思い出そうと思わなくても、どちらかを聞くだけで思い出してしまう”あの”レース。 きっとこれからも語られて、記憶と記録に残り、何度も見返されて、新しい人たちをも取り込めるだけの力を持った、物語のクライマックス。 その主語を飾る彼女が走るのだから、人が集まらないわけがない。それが分かっていても、ウマ娘の性なのか、少しだけ悔しい気持ちが湧きだしていた。 私の子供じみた、とても小さな嫉妬心から偶然生みおちたこの関係に感謝できるほど、私はまだ大人ではなかった。 ちらりとトレーナーさんの顔を見ると、私と同じようなことを思い出しているのか、少し遠い目をしていた。 「友達って言うか、たまたま、知り合いになっただけですから」 私とオグリの関係をどこまで知っているのか分からない表情をしながら、「そうですか」とトレーナーさんは言った。 「オグリキャップのトレーナーさんは、『オグリは教えるのがヘタだろう』って言ってましたよ」 トレーナーさんの大げさなモノマネと、真実を言い当てている言葉に、思わず少し息が漏れ出す。 「ふふ、そうですね。ホントにヘタです」 「『引退してもマスコミ対応とか進路相談もあるんだから、あんまり引っ張り出すなよ』とも言われちゃいました」 そういうトレーナーさんは、別段困っているような様子もなく、むしろ嬉しそうに頭の後ろをおさえている。 意識したわけでもないのにオグリの話を続けようとした私たちに横やりを入れるように、スピーカーから予鈴の音が鳴り出した。 私たちは慌てて、帰り支度を整える。いつもならこんなに話し込むことは無かったから、トレーナーさんも動きがぎこちなくなっている。 「ああ、いけない、もうこんな時間でしたか」 「すみません、つい」 「いや、私こそ。そしたらレースの日はこの時間に出発できるようお願いします」 はい、と返事しながら手早くレースの紙を受け取って、鞄を肩にかけた。 「お疲れ様でした」 施錠のために教室に残るトレーナーさんに挨拶して、私は教室を出た。 オグリのことを話そうと思ったわけじゃないのに、不思議と話題に上がってきて、私たちの時間を奪っていくみんなのアイドル。 地平線の向こうに隠れた太陽から漏れた光で少し薄暗くなった廊下を歩きながら、私は改めて、『オグリキャップ』の偉大さを実感した。 寮の部屋に戻ると、同室の子はまだ帰ってきていなかった。 あいつに限って居残り自主トレなんて珍しい、と思いながら、いつものルーチンをこなす。 サッと座学の復習をして、栄養過多にならないように食事を済ませ、今日のミーティング内容を思い返す。 メモで余白が埋まり、見にくくなったはずのレース表の中で、私はある一行――大外の枠に書かれた名前――のところだけを、じっと見つめていた。 何かを考えているようで、何も考えていない時間がしばらく経ったとき、ガチャリ、とやや乱暴にドアが開けられた。 別に悪いことはしていないけれど、その音でなんだかばつが悪くなってしまった私は、慌ててレース表を隠すように机の引き出しに放り込んだ。 引き出しの前に立ちはだかって後ろを振り返ると、ジャージ姿のルームメイトが前のめりにフラフラと部屋に入ってきた。 「あ、お帰り」 私の言葉が聞こえているのかいないのか、返事をしないまま床に膝をついて、顔をベッドに埋め込んでいる。 どさり、と鞄を下ろして5秒くらいした後、右手だけ挙げて何か言ったようだった。 「珍しいじゃん、自主トレ」 顔を埋めたまま返事をしたみたいだけど、音がマットレスに吸収されて何も聞こえない。 「汚れてるんだから、パッとお風呂入っちゃいなよ。私も今行くところだったし」 思わず、口からでまかせを言ってしまう。お風呂は先延ばしにするつもりだった。 おそらく意味のある言葉で返事はしていないのだろうけど、分かった、というように挙げた右手をヒラヒラさせている。 見られていないうちに準備しなくちゃ、と思った私はお風呂セットを引っ張り出した。 「先、行ってるよ。食堂もしまっちゃうから、早めに行きなね」 まだベッドに顔を埋めたまま姿勢を変えていないルームメイトに話しかけて、私は逃げるように浴場へ向かった。 シャワーで汗と汚れを落とした後、私はお風呂に浸かりながら、天井を見上げる。 モクモクと湯気が立ち込めて、伸ばした腕より先すら曇って見えにくい浴場の景色は、私だけを切り取って一人だけで居られるような心地がした。 オグリが二度目の毎日王冠を勝ったくらいの時期、私も自分のレースにより集中するようになった。 私が走るレースの日、都合の合う限り、オグリも見に来てくれる。 私はそれがイヤで、オグリの出るレース――大体はGⅠレースばかりで、私のと比べるとクラクラするくらい眩しいけど――の日程に被せて、自分の予定を組んでいた。 私のレース日程が近くなった時には、オグリも『私ばかりじゃなくて、イチにも頑張ってほしい』と言うので、朝の自主トレに混ぜてもらう。その時には、お弁当はナシ。 トレーナーさんにバレて、ほどほどにするよう注意を受けてからも、毎朝オグリに会う流れは崩せなくて、こっそり疲れの出ないくらいに二人でジョギングをする。 一緒に学園まで帰ってくると、いつも決まってオグリがパタパタと先にベンチまで走って行って、こちらを向いて座る。 その後、満足げな顔で手を振ってくる。 「何してんの」と聞くと、「イチの真似だ」と答える。 最初に聞いたときは『一度やってみたかったんだ』とも言っていた。 そんな日を繰り返して、彼女が昨年末に引退してからは、レースにもほぼ毎回見に来てくれている。 トレーナーさんの側で、良く似合うキャップと伊達メガネをして――いつか一緒に出掛けた時、私が選んだものだ――トレーナーさんの横で見ている。 入着したときには、ステージ上の光が反射してよく見えないけれど、この観客席のどこかで見てくれているんだろう、と思うと、気持ちがとても前向きになる。 オグリほど勝てているわけではないけれど、私の走りを見てくれる人がいる、という実感は、選手としての私を確実に支えてくれていた。 最初のミーティングから何回か回数を重ねたある日、トレーナーさんから、どのくらいレースに出走したいですか、と聞かれた。 どのレースを目指したいですか、とはトレーナーさんから聞かれなかった。デビューが遅れこんだのもあったし、G1路線はおろか、重賞なんかに手が届くような実力は持ち合わせていなかったからだと思う。 出遅れしていた私も、堅実に実績を積み上げられる道取りで走っていくことにしようと決めて、出られるだけ出たいです、と答えたのを覚えている。 トレーナーさんもまだ新人だったから、及び腰というか、自信がなかったのも理由の一つだろう。 『まるで、オグリキャップみたいだった』と言われて、我を忘れて食って掛かったことを思い出す。 思わず顔が熱くなる。これはきっと、お風呂に長く浸かっているからだ。 火照った頭で、その後の『オグリキャップに追いつける』という言葉も続けて思い出す。 言われた当時は、その言葉が無邪気に自信のもとになった。 けれど今思えば、「実力は足りないけれど、どこかでオグリキャップに並び立つことができるかもしれない」という意味の、事実ではあるが真実ではない、実に大人らしい言い回しだったのだろうな、と自覚した。 そんなトレーナーさんは、今では私以外にも新入生の子を何人か複数人担当するようになって、以前より忙しそうだけど嬉しそうな顔をしている。 自分が役に立ったのかな、なんて思ってちょっと誇らしい気持ちになる。 途端に、そんなことを考えている自分がなんだか急に恥ずかしくなって、口元まで身体をお湯の中に沈める。 一、二、三……と百まで数えてから上がろう、と子供に戻ったつもりで遊ぼうとしたら、あんまり熱くて五十を数えたところが限界だった。 大事なレース前に湯あたりして体調を崩しました、なんてとても言えたものじゃない。 大人らしくきっぱり諦めることにした私は、湯気で仕切られた個室のような空間を少し名残惜しく思いながら、浴場を出た。 尻尾までゆっくり乾かせて戻ってくると、すっかり部屋着に着替え終わったルームメイトが、ベッドの上で体育座りをしながらスマホを眺めていた。 「あれ、お風呂にいた?」 「いたよー」 「晩御飯はどうしたの」 「もう食べた」 せわしなく画面を触りながら、淡白な返事が返ってくる。 一体いつの間に、と思った私は、二つに折り畳まれ、ホチキスで留められた二つ折の紙が彼女のすぐ側にあるのを見逃さなかった。 どきり、と胸の奥が締まったような感覚がした。 やっぱり、見間違いでもなんでもなかったんだ、と現実逃避するように当たり前のことを思い直す。 そう考えると、スマホの上を滑る彼女の指も、本当に画面を操作しているのかどうか、怪しく思えてきた。 彼女を横目にお風呂セットを片付けて、向かい合うようにベッドに腰かける。 少し気まずい、緊張した空気が私たちの間に流れる。トレセン学園に入学して、初めて顔を合わせた時のような沈黙が、部屋の中を支配していた。 「ねえ」 モニーがスマホに目線を合わせたまま、声をあげる。 「イチ、今月の次のレースっていつなの」 いつもの砕けた感じとは違う、すこし芯の残るような硬い声だった。 「今週末だよ」 「ふーん」 相槌を最後に、モニーが口を閉じる。外で風に吹かれて窓に当たった小石が、カチン、と音を響かせた。 「イチの前走っていつだっけ」 モニーが先ほどよりは短い沈黙の後、普段なら絶対に部屋で話さない、レースの質問をしてくる。 「二週間前だけど」 思わず緊張してしまった私の声も、幾分か上ずってしまった。 「1600mのマイル戦だったよ」 返事をした後にモニーの指が素早く動いているのが見える。それから、目線が上から下へ、何回か行き来しているようだった。 「4着だったん?」 「いや、3着だよ」 私の答えに、モニーが「えっ?」と素っ頓狂な声を上げた。こちらに一度顔を向けて、すぐスマホを触り直す。 「ウソウソ、4着」 「は、なに、ウソついたってわけ?」 モニーが耳を少し後ろに絞った。どうやら、私の考えは当たっていたみたいだ。 「ゴメンって、えっ、怒ったの?」 私の名前でレース結果を検索していたのだろう。イタズラ心も手伝って、ひっかけクイズみたいなことをしてしまった。 そんなこと聞かなくても調べられそうなものだが、どうやらモニーもずいぶん緊張しているようだった。 「珍しいじゃん、レースの話するなんて」 「別にいいっしょ、たまには」 話を逸らすついで、私もモニーから情報を掘り出そうと、トレーニングの話を振ってみることにした。 「今日のトレーニングはキツかったの?」 「んー、いや、まあ。併走トレ」 「え、誰と?」 「誰でもいいでしょ」 「もしかして、タマモ先輩?」 モニーがタマモ先輩と仲がいいことは、オグリから教えてもらって知ったことだ。 私は幾ばくかの確証をもって、モニーに質問していた。 「なんだ、知ってんじゃん」 「タマモ先輩と併走なんて羨ましいよ」 「イチだって、オグリと走ってんでしょ」 そう切り返されて、私も黙り込む。 それからは、消灯を告げる放送が流れるまで、お互いにけん制を避けるように黙り込んでいた。 「じゃあ、おやすみ」 モニーはそう言うと、珍しくスマホを充電器に差してから、ベッドに入り込もうとしている。 「あれ、珍しいね」 「まあ、今日は疲れたし」 「タマモ先輩の併走って、やっぱキツイ?」 「うん、最後にはどうやっても差し切られるから」 そういった後、あっ、と声を上げる。自分が普段から逃げの作戦で走っていることをうっかりバラしてしまったかもしれない、と思っているのだろう。 その感じがなんだかおかしくなってしまい、少しだけ笑いが漏れてしまった。 「別に、モニーが逃げで走ってるのなんて知ってるって」 「イチはオグリみたいな控え方するよね」 「うん、まあね」 「やっぱり、元祖オグリギャルだし、直々に教えてもらってるってこと?」 「別に、そんなんじゃないし。モニーこそ、タマモ先輩は逃げるタイプじゃないから大変なんじゃないの」 「そうでもない。逆に、イチみたいな走りをする子のタイミング、知ってるから」 それに、と寝返りを打ったようなシーツの擦れる音を立てた後、はっきりした声で話してきた。 「イチは多分、タマモ先輩より速くないっしょ」 私は、モニーのストレートな挑発に、血液が全身に回ったのを感じた。 このタイミングでそんなことを言うのか。さっき私がひっかけたから、その仕返しのつもりだろうか。 自分でも信じられないくらい、激しい闘争心が身体の中を駆け巡っている。 そこそこに重たいシーツを少し持ち上げるほど、尻尾が動く。 今すぐ起きて運動着に着替えろ、勝負してやる――という言葉を飲み込んで、何とかモニーと正反対の方向に寝返りを打った。 乱暴に寝返りを打ってしまったのだろう、ベッドの軋む大きな音が、部屋の中に響いた。 「そうかもね」 どうしても震える声で、何とか言葉を音にする。 けれど、それ以上に何か返事を思いつくことができなかった。 何も言えなくなったのだろうと思ったのか、モニーが「おやすみ」ともう一度だけ言って、横になったようだった。 一度掘り起こされた熱はそう簡単に鎮まることなく一晩中続いて、私の眠気をすっかり吹き飛ばしてしまった。 目の冴えた私は、どんなに目を閉じても、その日は全く眠れなかった。 なんとか眠ろうと思えば思うほど、むしろ瞼の裏側は赤くなったように見えるし、聴覚は敏感になっていく。 私の背後から、ゴソゴソ、としきりに動く音が聞こえて、思わず身体を起こす。 窓から漏れてくる街頭の光と、暗闇に慣れた目が、どうやら眠れていないモニーの姿を映していた。 声をかけようかとも思ったが、そんな気分にはなれず、頭までシーツを被って横になる。 明日の朝、オグリに逃げる子の捕まえ方を教えてもらおう、そう思いながら一時間以上をかけて、なんとか眠ることができた。 レース当日の朝、いつもと同じ時間に目が覚めた。 やっと木や鳥が起き出したくらいで、まだ人も町も動き出していない時間。 身体を起こしてぐっ、と伸びを一つして、隣のベッドに顔を向ける。いつもどおり、モニーはぐっすり眠っていた。 あの日以来、私たちは普段通りを装いながら、水面下で鬼も逃げ出すほどの戦いを繰り広げていた……と思う。 モニーのほうはどう思っているかさっぱりわからないけれど、少なくとも私は「気合が入りすぎている」と注意を受けるくらいに燃えていた。 昨晩済ませておいたレース支度の鞄を持って、部屋を出る。 ラウンジを通り過ぎて、そこから玄関に通じる扉まで真っすぐ歩こうとしたとき、「イチちゃん」と声をかけられた。 びっくりして後ろを振り向くと、手ぬぐいに包んだお弁当箱だろうか、それを大事そうに両手で持つクリークさんが立っていた。 「おはようございます、イチちゃん」 「ああ、クリークさん。おはようございます」 「今日はイチちゃんの大事なレースだと聞いたんです」 大事なレース、という単語に、気持ちが引き締まる思いがした。 決して一つ一つのレースをないがしろにしてきたわけではないが、数をこなすことを第一にしてきた私にとって、『大事な』という言葉はとても新鮮に感じられた。 「そうですけど、クリークさんみたいにGⅠレースに出るわけじゃありませんから」 よせばいいのに、こんな時でも卑屈さが顔を出す自分の気質に嫌気がさす。 それがクリークさんにも伝わったのか、優しさの溢れる笑顔が、きゅっ、と真面目な表情を帯びる。 「イチちゃん、今日はモニーちゃんと走るんですよね」 「はい、そうですけど」 「私がオグリさんやタマモクロスさんと走るときは、レースの格なんて関係ありません」 そう言うと、クリークさんはキッチンで見たことが無いような、真剣な顔つきに変わった。 「ライバルのあの子に勝ちたい、一緒に走りたい、そのチャンスがやってきた。そうなったら、レース場でもトレーニングコースでも、私は勝つつもりで走ります」 私の空いている方の手を取って、その上に綺麗に結ばれたお弁当箱を置く。 「イチちゃん。私はモニーちゃんも一緒に応援しています。ですから、同じようにお弁当を渡します」 頑張ってきてくださいね、と言って、クリークさんは両手をお腹の前できれいに組みなおした。 クリークさんの言葉の意味をかみ砕いていた私は、しばらくその場に棒立ちになっていた。 しっかり飲み込んで、私の目を真っすぐ見据えるクリークさんに視線を合わせる。 「わかりました。ありがとうございます」 「行ってらっしゃい、イチちゃん。無事に帰ってきてくださいね」 「行ってきます」 お弁当を大事に抱えて、私はラウンジの扉を開けた。 下駄箱の上に鞄とお弁当を置いて、靴を履き替える。外に出て深呼吸を一つ。 3回繰り返したころ、またしても突然、後ろから声をかけられた。 「イチちゃん、頑張ってね」 ぎょっとして後ろを振り返ると、ナイトキャップを被った、幾分リラックスした服装のフジ寮長が立っていた。 「わ、はい、おはようございます」 「私の分も、しっかり走ってきてね」 「ありがとうございます」 「もう、あの時みたいに迷っていたポニーちゃんはいないみたいだね」 ニコニコした笑顔を崩さないまま、思い返したくない――主に子供じみた過去の自分が恥ずかしい、という意味で――記憶を突いてくる。 「はい。もう、誰にも八つ当たりはしません。自分の結果は自分で背負えます」 私は苦笑しながら答えた。 「うん、そうみたいだね。オグリからも、レスアンカーワンからも、大事なものを学んだみたいだ」 貼りつけたようなフジ寮長の笑顔が一瞬だけ変わるのを、私は見逃さなかった。 母親と言うより父親のような、厳しく叱ってしまった子供が真っすぐ成長してくれたのを安心するような、そんな表情だった。 「フジ寮長、どうかしましたか」 「いいや、大丈夫。ありがとう」 そう言うやいなや、手を素早く一度振った。顔の高さで止まった手にはトランプのカードが1枚挟まれている。 はい、と言われて差し出されたカードを受け取る。 「スペードの6、ですけど」 「そうだね」 「いつも思うんですけど、そういうの、どこで覚えるんですか」 「そうだな…… イチちゃんが勝ったら教えてあげるよ」 相変わらず、どうやっても敵わない人だな、と思わされた。 「それじゃあ、応援しているよ、イチちゃん」 ありがとうございます、と答えながらお辞儀をする。 顔を上げるころには、もうフジ寮長の姿は消えてしまっていた。 正門前でトレーナーさんと合流して、レース場に向かう電車に乗る。 2回乗り換えを挟んで、最後の駅からはバス。 住宅街の真ん中に突如現れる、巨大な建物にたどり着いた。 すでにお客さんで賑わっている入り口を横目に、関係者用の入り口に向かう。 そこで学生証やレース登録済みの用紙を確認してもらい、時間が来るまで控室で待機する。 控室は枠番が1~5番の子たちと、6~9番の子で部屋が分かれていた。 私はその前者に入り、先に着いていた競争相手に挨拶する。 他の子たちも聞いているけど、まずはトレーナーさんと最後の打ち合わせをする。 もう何度も経験して、すっかり慣れたと思ったレース前のこの時間が、今日は違った。まるでデビュー直後の一戦目の時みたいにドキドキしていた。 私の少し震える手を見たのか、トレーナーさんが「大丈夫ですか」 と声をかけてくれる。 「はい、なんとか」 「お気持ちは少しだけですが、分かります。緊張し過ぎずに」 緊張、という言葉に違和感を抱いた。 身体の外に動きが出てしまうくらいにドキドキしてはいるが、これは緊張ではない、と心の中で否定する。 初めて控室で体操服に腕を通し、ゼッケンをつけた自分を鏡で見た時、それはそれは恐ろしい気持ちが心の中で湧いていたことを思い出す。 自分は本当に勝てるのか、デビュー戦で勝てたのは実力ではなく、これから出走するすべてのレースに負けてしまうのではないか。それによって、学園を去ることになってしまうのではないか。 そんなことを考えていたこともあったが、案外自分は図太いほうなのか、五回も走れば落ち着くようになり、それ以降は神経が安定した状態になっていった。 それに比べて、自分が感じている今の震えは、明らかに何か性質の違うものだった。 ああ、分かった、と口の中でつぶやく。 「私、ワクワクしてるんだと思います」 トレーナーさんが目を丸くしてこちらを見る。 「ワクワク、ですか」 「はい。ドキドキしてるんですけど、なんだか今日はやれるって、そう思うんです。走るのがすごく、楽しみで」 私の言葉にトレーナーさんがゆっくり目を閉じ、しばらく何かを考えた後、書類をそろえて鞄の中にしまい始めた。 「あれ、作戦会議、終わりですか」 「はい。レスアンカーワンさんは作戦を忘れたことはありませんし」 それに、と言葉を続ける。 「今の様子なら、絶対に悪い結果にはならないと思いますから。どうかご無事に、頑張ってきてください」 そう言って、椅子から立ち上がった。 私も立って、お辞儀をする。 「ありがとうございます。そしたら、また後で」 顔を上げてトレーナーさんと目を合わせる。 「はい。次はウィナーズ・サークルで。」 他の子がいるのにも関わらず、ずいぶん大層な約束をトレーナーさんは取り付けてきた。 普段ならこんなことはしない人なのに、私の熱がきっと移ってしまったのかな、と思う。 扉の方に振り返り控室から出ていくまで、トレーナーさんがもう一度こちらを見ることは無かった。 パドックでのお披露目の時間になり、控室を出る。 長い地下バ道を通ってそこに着くまで、モニーとは一度も顔を合わせなかった。 順番に名前を呼ばれ、それぞれ全員が思い思いのポーズを取ったり、お辞儀をするだけだったり、個性のあるアピールをしている。 『2枠3番は、レスアンカーワン!』 アナウンサーの人が、場内に私の名前を高々と響かせる。何か派手にポーズを決めたりするのは恥ずかしいから、お辞儀だけ。 顔を上げると、何人かの人たちが私に向かって手を振ってくれたり、応援うちわを振ってくれる人、中には私そっくりの人形をこちらに掲げてくれる人を見つけた。 GⅠを走る子たちほどではないけど、とてもありがたい、応援してくれる人が私にもいる。そう実感すると、ますます自信が湧いて出てくる。 何人か挟んだ後、今日までずっとマークしている、あの名前が聞こえてきた。 『5枠9番、エイジセレモニー!』 そこで初めて、私はモニーの姿を見た。 今朝見た姿から一転して、軽く飛び跳ねた後に仰々しいお辞儀をしている。 睨みつけるというほどではないけど、私は彼女からしばらく、目が離せなかった。 モニーはレースを逃げることから、やはり一定のファンがいるみたいで、悔しいけれど私よりも少しファンの人が多く見えた。 向こうも私の姿は見ているはずだけれど、一度も言葉はおろか、目も合わせなかった。 きっと、私が挨拶しているときには、今の私と同じような目をしていたのだろう。 お披露目の時間が終わった後、やっぱりというべきか、私たちは言葉を交わさずにそれぞれの控室に戻っていった。 「それでは選手の皆さん、間もなく本バ場入場ですのでご準備ください」 係のウマ娘が扉を開け、合図が入る。 その声を聞き、部屋にいる全員が立ち上がった。 私の右の席に座っていた子は、トレーナーさんと最後まで入念にコースのチェック。 私の左の席に座っていた子は、トレーナーさんと何やら、願掛けのようなものをしている。 両隣の二人が立つまで、私は目を閉じてゆっくりと深呼吸を繰り返しながら、初めて感じる高揚感の良いところだけを、ゆっくりと抽出しようと試みていた。 皆が部屋から出たのを確認して、最後にもう一回深呼吸をする。 大丈夫、必ず勝てる。 ドアのすぐそばにある姿見でもう一度服装をチェックしてから、私は地下バ道に続く廊下を歩いて行った。 道の両側に取り付けられた蛍光管で照らされる地下バ道を歩く。 しばらく歩いて、とても長い登り坂に差し掛かる。外の光が差し込んで目がくらむその道の途中で、私は、思いもよらない人影を見つけた。 私よりも少し背の高い、綺麗な葦毛をなびかせて、ひし形の髪飾りをつけている女性。 その人の脚の間からは、ウマ娘であることが一目でわかる、やはり綺麗な葦毛をした尻尾の毛がのぞいていた。 相手もこちらに気付いたようで、こちらにゆっくりと歩み寄ってくる。 「オグリ!」 私が思わず名前を呼ぶと、そのウマ娘――オグリキャップは、手を胸の高さで振った。 「やあ、イチ」 「オグリ、どうしてここに」 「君のトレーナーが知らせてくれたんだ。今日はイチのとても大切なレースだって」 「帽子とか、変装は?」 「イチにはちゃんと姿を見せて会いたくてな。ちゃんと持ってきているぞ」 ふふん、という様子でオグリはそれらを鞄の中から取り出して見せた。 「忙しくないの」 「今日はちゃんと、予定を開けてきたんだ。どうしても応援したかったから」 そう言うと、オグリは私の手を取って力強く握り、胸元に寄せた。 「イチは絶対に大丈夫だ。私が一緒に走って練習したウマ娘なんだ。だから、必ず勝つ」 聞いたことないような、低くて、艶があって、力強い声。 私と雑談しているときのような柔らかさとは異なるけれど、この時初めて聞いたオグリの声は、私の中に自然と入って、じんわりと沁みた。 「うん、ありがとう」 「最後まで必ず見ている。だから、行ってらっしゃい」 「おお、オグリやないか」 私の後ろから、こちらも聞きなれた、快活な声が響いた。 驚いて後ろを振り返ると、目線の高さにいたのは――モニーだった。 「モニー」 名前を呼ぶ自分の声が、思わず硬くなっているのに気付く。 するとまた、ちょちょちょい!と声が響いた。 「もうちょい下や!ヒドいなぁ、もう」 声に従って下を向くと、そこにいたのはオグリと同じ、綺麗な葦毛をまとめ、赤と青の髪飾りをしたウマ娘だった。 「タマじゃないか」 オグリも驚いたように声を上げている。 「オグリもかい!なんや酷いなぁ。そこまで小さくはないやろ」 「すまない、わざとじゃないんだ」 「それがいっちゃん傷つくっちゅーねん!」 タマモ先輩とオグリが、まるで学園のラウンジや教室で話すくらい、リラックスした雰囲気を作り出している。 そんなやり取りを聞きながら、私は――多分モニーも――その雰囲気に入れていなかった。 私たちは目線を逸らすことなく、獲物の動きを絶対に見逃さない猟師のようにじっ、とお互いの顔を捉えていた。 オグリの声も、タマモ先輩の声も聞こえなくなって、私たちだけが地下バ道にいるような、そんな錯覚に陥った。 それは、そのうちに地下バ道から、煽り合ったあの日の夜の寮室にタイムスリップしたようなものに変わった。 手の内は明かしていない。それでもお互いにわかるところは調べつくして、色んな人の助けを得て、アンタに勝つために必死に今日まで努力した。 絶対に勝つのは私だ――実際のところはわからないけど、モニーも私と同じことを思っているに違いない、と確信した。 先に沈黙を破り、私たちを元の地下バ道に引き戻したのはモニーだった。 「何しに来てるの、『シンデレラの小間使い』さん」 モニーの言葉に、先に反応をしたのはオグリだった。 「なっ、モニー」 オグリは少し慌てたように、私とモニーを交互に見ながら間に立った。それに対して、タマモ先輩はケラケラと笑っている。 私はそれを聞いて、特に何を思うこともなかった、というのは嘘になるけれど、怒ったりとか、そういうような感情は何も湧いてこなかった。 ただ、これを言われっぱなしにするのは、私よりもオグリの方を貶めているように思えて、それが一番許せなかった。 うろたえるオグリの前に一歩出て、モニーの目をひるまずに見据えて、言葉を返す。 「こっちのセリフよ、『積乱雲のちぎれ雲』さん」 私の言葉を聞いて、モニーが表情を変えないまま、眉を片方だけピクッ、と動かした。 アンタにだけは絶対に負けない、たとえ試合に負けても、アンタとの勝負ははっきりつける。 相手の目の中に映る自分を見つめる。 そこには、自分でも恐ろしくなるような表情をした自分がいた。 モニーのことを見ているのか、それとも自分のことを見ているのか分からなくなってきたころ、良く響く笑い声が、私たちをまた現実に引き戻した。 「あっはっは! こりゃ敵わんなぁ」 距離が近い私たちの間に、タマモ先輩が笑いながら割って入る。 「なんやお二人さん、バッチバチやないか。知らんかったで。」 そう言いながら、タマモ先輩は音が立つくらいの強さでモニーの背中を叩いて、オグリを見上げた。 「ウチのモニちゃんは強いで、オグリ。怪物の娘さんなんか一撃や」 それを聞いたオグリは、私の手を強く取り、タマモ先輩を見返す。 「私のイチのほうがもっと速いぞ、タマ。それこそ、光よりもずっと」 うん、と二人は大きく一回頷いて、私たちの背中をレース場に向かって強く押した。 私もモニーも、いきなり押されたものだからよろけてしまって、びっくりした顔でそれぞれのパートナーを見つめた。 「ほな、あっちで決着、きっちりつけるんやで! モニちゃん、負けたら承知せんぞ!」 「君はレスアンカーワンなんだ、イチ。頑張ってきてくれ!」 二人の声に押されて、私たちは光が差す地下バ道の出口に向かって、脚を揃えて歩き出した。 「ねえモニー」 私は歩きながら、どうしても確認したいことがあって、モニーに話しかける。 「何、どうしたの」 「さっき言ってたの、本気?」 「割とね」 「そう。じゃあ、私も割と本気だから」 あともう一歩で外に出るということろで、私たちは示し合わせたように立ち止まって、お互いを見合わせた。 「私、絶対にモニーより前で踊るから」 「そ。そしたら、イチはレース中もライブ中も、私より前にいることは無いから」 そう言って、人の声が響くレース場に二人で足を踏み入れる。 その会話を最後に、私たちはゲート入場まで、一言も話さなかった。 「ねえモニー」 私は歩きながら、どうしても確認したいことがあって、モニーに話しかける。 「何、どうしたの」 「さっき言ってたの、本気?」 「割とね」 「そう。じゃあ、私も割と本気だから」 あともう一歩で外に出るということろで、私たちは示し合わせたように立ち止まって、お互いを見合わせた。 「私、絶対にモニーより前で踊るから」 「そ。そしたら、イチはレース中もライブ中も、私より前にいることは無いから」 そう言って、人の声が響くレース場に二人で足を踏み入れる。 その会話を最後に、私たちはゲート入場まで、一言も話さなかった。 遠くで小刻みにトランペットが鳴らされる。 その音を合図に私たちは準備ができた子から、順番にゲートに入る。 レース直前になって怯えてしまう子がいることもあるが、今回のメンバーは全員スムーズにゲートインした。 背中の方で、扉が閉まる音がする。 これまで数十回走ってきて、すっかり慣れたゲートの景色。 私はスタートの姿勢を取る前に、肩の力を抜いて真っすぐ立つ。それから、目を閉じて深呼吸を一回。 広いコースの真ん中でする深呼吸より、狭い空間でするそれのほうが、なんだか深く息が吸える気がする。 腰を落として、目を開く。脚は肩幅の広さに開き、手を前に出す。 後は、ゲートが開いて、この視界が明るくなるのを待つ。 私は金網上になっているところの隙間から、遠くの第二コーナーを見据えた。 さあ、早く。いつでも準備は大丈夫。 早く! 視界が明るくなって、ゲートが揺れる。 ガコン、という音が鳴ると同時に、私は芝を蹴り出した。 遠くを見つめていた視点を左右に振り、周りの状況を見る。 1、2番は私と同じスタートを切ったようだ。けど、2番の子が加速を失敗して後ろに下がっている。 サッと確認した後、より人数の多い左側に素早く視界を移す。 すると、9番ゼッケン――今回のマーク相手――が、最も先に出ているのを見つけた。 スタートが上手いのは情報通りだったけど、想像以上の集中力だったようだ。 そのまま右に重心を移して、内ラチ沿いに向かっていく。 それを見た6番が焦ったのか、9番に追いつこうと姿勢を低くしている。 9番に走らされているように見えた。これは追わなくてよい。 4番の子は6番に着いていくようなペース、5番の子は私の少し前。 7、8番の子はマイペースで進めることにしているのか、無理に内側に入ろうとせず、私のすぐ隣くらいで位置を決めたようだ。 長い直線を走る中、9番が一度だけ、ちらりと後ろを確認した。 6番が競り合おうとしているのを確かに見ると、スッ、と速度が上がる。 先頭だけは絶対に譲らない――そんなプライドが垣間見える走りだった。 第一コーナーに入って、9番が「14」のハロン棒を通り過ぎてから、自分がそこに到達するまでの時間を数える。 1、2、3。ともう少し。 大体、3.5バ身。 まだ、言うほど抜けているわけじゃない。大丈夫。 第一コーナーの中間点、一番膨らむところ。 オグリの走りを後ろで見て、その走りを無意識に真似してきたけれど、オグリのコーナーリングだけは今でも真似できない。 だから、トレーナーさんに言われてきた通り、コーナーでは失速しないことを意識して走る。 丁寧に、ラチのカーブの先端を見ながら、それに身体を沿わせていく。 この一瞬だけは、位置取りや周囲のことを一旦脇に避けて、身体の傾きと重心に神経を注ぐ。 吹っ飛んでしまいそうな遠心力を半身で感じながら、反対の脚でかろうじて踏ん張る。 芝から片方の足が離れるたびに、私はレース場の外からワイヤーで思い切り巻き取られるような感覚を覚えていた。 それに抗うために、もう片方の脚に、頼むからこらえてね、とお願いをする。 速くも、上手でもないけど、何とか周りきることに成功した。 向こう正面。多分、このレースの肝になるところ。 自分の周囲をすぐ確認する。コーナーに入る前と、そこまで全体的な位置取りは変わっていない。 もしかしたら、今回コーナーが特別に得意という子はいないのかもしれない、と分析した。 それなら、この直線で前に出る準備をしなければいけない。 バ郡の中で、少し位置をズラして9番を探る。 「10」のハロン棒を通過して、登り坂に入るところだった。 短いが確実に存在する坂を、9番は脚を細かく動かすことで素早く上りきっていった。 それを見て、良く知ってるじゃない、と思わず恨み言が漏れる。ピッチ走法を身に着けていることが分かってしまった。 このコースは最後の直線200mくらいから、また同じような坂がある。 短い直線の上り坂で速度を落としてくれないとなると、最後にはスタミナを中心に据えたスパート合戦になってしまう。 9番に逃げられるのは癪にさわるけど、やや長めになるスパートに備えて、一度息を入れなければいけない、と判断した。 私たちも遅れて、同じ坂に差し掛かる。 頑張れ、がんばれ、私。 自分を鼓舞しながら上り坂で無理やり加速して、バ群にもう一度再合流する。 後ろから足音がいくつか、私の左側から聞こえてくる。遅れていた2、7、8番が追い上げてきたようだ。 この3人に私は目をつけて、ここで息を入れよう、と潜伏することに決めた。 申し訳ないけど、この三人よりは後からでも絶対前に出られる。そんな自信があった。 隠れながら、二番手にいる6番をちらりと見る。 やっぱり9番に走らされていたようで、ずいぶん消耗しているようだった。 そう思っていた矢先、第三コーナーに差し掛かる手前で、9番がわずかに位置を上げたように見えた。 もう、コーナーに入るところで急ぎ足しなくてもいいじゃない。 「6」のハロン棒の脇を、9番が通過した。 私も慌てて加速する。「6」の数字が迫ってくる。 1、2、3、4秒。 まずい。差が開きすぎている。 素早く外に出る準備をしながら、私も第三コーナーに入った。 第一、第二コーナーとは違って比較的平坦とはいえ、苦手なのは変わらない。 けれど、そんな言い訳で間に合うような差じゃなかった。 早めにスパートをかけて、最後にハナ差で9番を差し切る。 差しのコツは、終盤となる前に好位につけることが大原則だ。今行かなければ、間に合わない。 ここまでの走りか、焦りを感じたからか、足先から鈍い痛みがこみ上がってくる。 歯を食いしばってそれに目をそむけて、コーナーで加速を試みる。 お願い、少しだけでもいい、アイツに届かせないといけない。 私の作戦を周りが感じ取ったのか、全員が私よりも前に行こうと速度を上げる。 9番に走らされていた6番の子に追いついてきて、距離が縮まってきた。 こんなところで垂れるわけには行かないの、お願い、ちょっとどいて! 6番と、私の後ろからやってきた7番の速度、自分の速さの加減を考慮して、早めに横移動を決めて外に抜け出す。 第四コーナーに差し掛かって、9番の通過した「4」のハロン棒の脇を、私は3秒弱の差で通り過ぎることができた。 先頭からマークの9番、速度の落ちた6番、私がいて、すぐ後ろ内目に7番。それ以外の子とはもう、勝負しなくていい。 6番の子は200mまでに追い抜けるだろう。 7番の子は息を入れていないから、私のほうがスパートの速度も距離も勝っている。抜かれない。 だから、後は9番、アンタだけ。 だからモニー、待て。 待って! 『さあ第四コーナーを回って一番手は9番エイジセレモニー、二番手には6番リボンオペレッタ、三番手には3番レスアンカーワン、四番手には7番アウトスタンドギグが上がってきました』 『差が詰まってきた、コーナーから直線コース、さあ先頭は9番エイジセレモニー、やや苦しいか、リードはまだ三バ身ほど、残り200mを切っています』 『6番リボンオペレッタも苦しいか、外、3番レスアンカーワン上がってくる、上がってくる、7番も負けていません』 『さあレスアンカーワン差し切れるか、差が詰まっています、後100mほど、三番手争いは6番と7番』 『しかし9番だ、9番のエイジセレモニー逃げ切りを計る、3番レスアンカーワン届くか』 『粘るか、届くか、9番速度を落としません、今ゴールイン!』 『勝ったのは9番エイジセレモニー、二着に3番レスアンカーワン、三着争いは接戦、7番アウトスタンドギグがやや優勢か!』 『好スタートから勝負強さを見せました、9番エイジセレモニー。迷いのない、見事な逃げ切り勝ちでした!』 第四コーナーまでは把握できていた周囲の風景が、たった400m弱の直線を走るだけで、何もわからなくなる。 真っ黒な視界に、歓声も拍手も聞こえない。酸素を求めて荒い呼吸を繰り返して、脚は立っているだけで精一杯だ。 そんな状態でも、ゴール板の前を横切るまでに、モニーが私よりも前にいたことだけは覚えていた。 あともう少しなのに、スピードは足りていたはずなのに、なぜか届かなかった、あと数cm。 その最後の瞬間だけが、繰り返し頭の中でチラついて止まらなかった。 レース係のウマ娘たちに支えられながら、ターフの上から移動する。 おおざっぱに汗と汚れを落としてもらって、ゼッケンを取る。 ここでゼッケンを取らないのは、勝った選手だけだ。 ゼッケンの数字が良く見えるように汚れを落とすモニーを横目で見る。モニーもこちらを見ていたようで、目が合った。 それまで疲れと痛みで何も思わなかった感情が、相手の顔を見た途端にこみあげてくる。 堰だけは切らないように、頭を振って地面に視線を落とす。 「歩けますか」と係の子が聞いてくれた。何とか帰れます、と答えて、うつむいたまま歩き出す。 モニーはそのままウィナーズ・サークルに戻って、私は地下バ道に続く道へ足を向けた。 壁に手をつきながら歩いていると、何もないはずの地下バ道で、何かに優しく受け止められるようにぶつかった。 「トレーナーさん、ですか」 「お疲れ様、イチ」 顔は上げなかったが、それは間違いなくオグリの声だった。 「よく頑張ったな」 そう言うと、背中と頭の後ろに温かい熱を感じた。 「ごめん、ごめん、オグリ」 「ううん、本当に接戦だった。格好良かったぞ」 レースで自分が感じたことのないとめどない悔しさを、オグリにぶつける。 負けても見えていないフリをしてきたこれまでの悔しさや至らなさが、モニーとのぶつかり合いですべて吐き出すような勢いで、オグリに泣きついた。 泣いても泣いても止まらない気持ちを、オグリはただ黙って、受け止めてくれた。 「とてもいいレースだった。レースの中身も、それまでも。二人が一生懸命積み上げてきたものが全部表れていた」 それに、と言葉を付け足す。 「私はイチが勝っても負けても、レースが終わってすぐのイチの側にいられて、とても嬉しい」 「バ鹿、それは違うでしょ」 「違わない。私はまだ走れないが、一緒にレースに参加できているようで嬉しいんだ」 オグリが手を離れて、屈みこんだ。 「ちょっと、今は見ないで」 「イチだって、私が負け込んでしまっているときに、いっぱい支えてくれた。今は、私の番と言うだけだ」 オグリがトレーナーさんを呼ぶ。 「本当に、とってもいいレースでした」 「トレーナーさん、あの」 ごめんなさい、と言いかける前に首を横に振っている。 「謝るのはナシです。レースに勝てるのは一人だけ、そういうものですから」 「さぁ、きちんと身体の汚れを落としたら、ウイニングライブですよ。2番手ですからよく見てもらえることでしょう」 トレーナーさんが私を勇気づけようとして、明るい声を出す。 「私もすごく楽しみにしているんだ。イチのレースに割り当てられた曲は、私のお気に入りでもあるから」 「でも、いわゆるお下がり曲だよ」 「そんなものは関係ない。私は、コースの上と、ライブの上で輝くイチが大好きだ」 ストレートな好意が、疲れてしまった身体に強烈に響いた。 「オグリ、そんな、何を言って」 「あっ、もちろん、料理を作る後ろ姿も、私を待ってくれる朝のイチも大好きだぞ」 「今、トレーナーさんもいるから」 思わずトレーナーさんの方を向くと、ちょっと困ったように、ただただニコニコした笑顔を浮かべていた。 「ふふふ、早く舞台監督さんと振付師さんとの打ち合わせに向けて、身体を休めましょう」 「笑わないでくださいよ」 「風のうわさには聞いていましたが、なるほどこれは、オグリギャルと呼ばれても仕方がないですね」 「トレーナー、その呼び方は少し、恥ずかしいぞ」 「えっ、なんでオグリが恥ずかしがるのよ」 私は、二人と話していて、自然と足が前に進んでいることに気が付いた。 また、もう一度モニーと走りたい。 それで今度こそ、私が勝つ。最後に前に出て、センターで踊る。 悔しさで苦くなっていた心境は、いつの間にかすっかり抜かれて、晴れやかで、甘くて刺激のあるような、前向きな気持ちに変化していた。 『友情激突』 『根性の逃げ切り勝ち エイジセレモニー』 『先日福島レース場で行われた第6R、芝・2000mでは、ルームメイト同士のエイジセレモニーとレスアンカーワンが激突。』 『いずれの選手もデビュー時期こそ遅かったものの、今期では珍しい逃げ戦法とオグリキャップに似た走りでファンを魅了する二人。』 『1800mまでが得意なレスアンカーワンはスタミナが不安視されたが、レース中盤の潜伏作戦で最後までエイジセレモニーを追い詰めた。』 『結果こそスタミナに定評のあったエイジセレモニーに軍配が上がったが、一般戦らしからぬデッドヒート。割り当て曲だった「Never Looking Back」にふさわしいレース展開となった。』 『「二番手のレスアンカーワン選手に勝つために、何か特別なことはされましたか?」』 『「そうですね、やっぱり、煽りに煽ったことでしょうか」』 『「今のお気持ちを一言」』 『「今回私が勝ったのでもうやりたくないです、って言うのは嘘ですけど、もう一度やりたいです。応援、ありがとうございました』 了 ページトップ Part12 その1(≫62~63) 了船長22/05/24(火) 01 57 57 「……はッ!」 「はあ、はあ」 「……ふーっ。夢か」 「んん……」 「わっ、……ああ」 「ん…… どうしたんだ、イチ……」 「ごめん、うるさくして」 「いや、大丈夫だぞ…… もしかして、痛むのか」 「ううん、それは大丈夫」 「本当か? 強くしてしまっただろうか」 「平気だって。ありがとう、オグリ」 「痛んでしまっていたら、すまない」 「大丈夫だから、ちょっと、イヤな夢見ただけ」 「それはよくない。……ほら、イチ」 「わ、ちょっと」 「私といるのに、怖いものを見せてしまってすまない」 「何言ってんの」 「私はイチといると、とても幸せな気持ちになれる。だから、イチにもそうあって欲しいんだ」 「寝ぼけてるでしょ」 「そうかもしれない。でも、それもいいかもしれないと思うんだ」 「わっ」 「ふふ、イチのほっぺは、あったかくてきめ細やかだな」 「……ずるい」 「横になってくれ、イチ。手が届かないから」 「……なんか、ヤだ」 「それなら、イチが落ち着くまでこうしている」 「……許す」 「ありがとう」 「ほっぺさするの、飽きないの」 「イチは、ご飯を食べるのに飽きないだろう?」 「オグリほど食べたら飽きるわよ、たぶん」 「それと同じだ」 「どういう意味よ」 「……ね、ちょっと」 「うん」 「すこし、壁によって」 「ああ、わかった」 「えいっ」 「わッ、イチ?」 「押し付けてやるから」 「びっくりしたぞ。よいしょ」 「……オグリ、やっぱりおっきいね。右腕、痺れない?」 「大丈夫だ。……イチは、いい匂いだな」 「おんなじ匂いじゃん」 「それが違うんだ。私にしかわからないのかもしれないな」 「……えいっ」 「ふふっ。イチ、手を」 「……ありがと」 「ううん。おやすみ、イチ」 「おやすみ」 了 ページトップ その2(≫191) 了船長22/06/15(水) 23 54 52 えっ、何よオグリ。タマモ先輩も、ちょっと、もう少しゆっくり。 ここに座るんですか。 大丈夫って、何が大丈夫なのよ。いつも通りしゃべったらええって、何をしゃべるんですか。 声が綺麗だから大丈夫って、何言ってんの。 タマモ先輩も、バカなこと言わないでくださいよ。二人がメッセージを撮影した方がイイですって。私のことなんか、お二人より知ってる人、絶対少ないのに…… これを期にバーッとブレイクするって、重賞も出てないのに。 え、もうカメラ回してるんですか。 え~っと…… 「皆さん、毎日お仕事やお勉強、お疲れ様です」 えっ、もう一言ですか? うーんと…… 「あと、いつも私たちを応援してくれて、ありがとうございます」 「私たちは、もしかしたら皆さんに名前を知られることなく、ある意味、生まれることもなかったかもしれません」 「二人みたいに特別な成績を残しているわけでもなく、それでも気にかけてもらえて」 「本当にありがとうございます」 「もしも今日がお誕生日だったり、良いことがあった人たち。おめでとうございます。何か、美味しいものを食べてくださいね」 これでいいですか。 オグリ、なんで涙ぐんでるの。タマモ先輩も、わざとらしく感心して…… もう、キッチン戻ってもいいですか! できたら二人にも分けてあげますから。 お、オグリ!すぐにお腹を鳴らさないの! 了 ページトップ Part13 その1(≫46~49) 了船長22/06/23(木) 01 33 22 「戻ったでー、お、なんかいい香りがするやんけ」 「お帰りー。そうでしょ」 「今日はモニちゃんの手料理かいな。珍しいやんなあ」 「そうそう。でもイチから自分で作るのは大変なんで、ケンタッキー買ってきちゃった」 「せやなあ、自分でそろえるんは大変……って、なんやとお! ケンタッキーを買ってきたァ!?」 「いいじゃないっすかタマさん。美味いっすよ」 「そら美味いにきまっとんねん! このバケツ一つでいくらしたんや、言うてみい!」 「えー、3000円くらい?」 「ちゃう! 10個なら2450円で、12個なら2940円や!」 「ちゃんと覚えてんの、すーご」 「こんなんクリスマスでもないと買われへん高級品やって言うのに……!」 「自分たちで稼いで生活してるんですから、もう誰も文句言いませんよ」 「せやけど、将来のために切り詰められるところは切り詰めんとあかん」 「たまーに贅沢したって、ウチらの稼ぎならヘーキですよ」 「こんな食事、家が2軒も3軒も建ってしまうで。せめて、クーポンとかは使ったんやろ」 「いや、帰り道でフラっと立ち寄ったんで、特に」 「な、なんてことや…… 家計の破滅や……」 「なんでそんなにショック受けてるんですかー」 「受けるやろこんなん! たった二人で、ケンタッキーのバケツ一つ分やぞ! 贅沢がすぎるっちゅーねん」 「バケツじゃなくてバレルっす、たまには贅沢もいいじゃないですか」 「こんな、鶏肉とちょっとのビスケットだけでお腹をいっぱいにしようなんて、おとん、おかん、チビ達、モニちゃんをどうか許してやってくれ。堪忍やで……」 「買っていってあげたらいいじゃないですか」 「そういうんとはちゃうねんモニちゃん」 「なにがですかー」 「ウチらはな、こういう立派なもの食べるときにはな、気後れしてしまうんや」 「そうですかー」 「分からんって感じやな」 「いや、分かんないすね。美味しく食べたらいいのに」 「こればっかりはな、そうもいかんのや」 「そうっすか……そしたら、これはどうですか」 「これ、って、刻み野菜やんけ」 「あ、それは付け合わせというか、これから一緒に食べる用。そうじゃなくて炊飯器のほう」 「なんや、ケンタッキーとごはんを一緒に食べようっちゅうんか」 「そういうことです、ほら」 「うわ! なんやこれ!」 「ふふふ、驚いたでしょう」 「な、なんでケンタッキーが、ごはんと一緒に炊かれとるねん」 「ケンタッキーの炊き込みご飯、です」 「な、なんて?」 「ケンタッキーの、炊き込みご飯」 「な、なんやってー! 炊き込みご飯やと?!」 「うーん、いいリアクション」 「な、なんで、炊いてしもうたんや」 「え、なんでって、そりゃ炊飯器ですけど」 「理由や!何を使ったかってことちゃうねん!」 「ああ、そういう。ご飯を普通に研いで、炊飯器にセットしてお水を張る。塩と胡椒を振って、上からまるっとチキンを載せちゃう」 「え、そのまんまでええんか」 「そーです。米研いで、水張って、チキンのせる。で、炊く」 「えええ、その結果がこれか」 「衣がイイ感じにふやけて、お肉と骨から出てきたエキスがご飯に染みわたり、味付けのスパイスがご飯とよく合うらしいんですよ」 「よく合うらしい……って、作ったことないんか」 「ええ。確か、身をほぐすようにチャッと混ぜて…… はい、お先に味見どうぞ」 「む、どれ…… うわ!」 「うまい?」 「うまい! むっちゃうまいでコレ!」 「おおー、どれどれ…… うわ、さすがアイツ、良く知ってんなー」 「なんて、なんて贅沢な炊き込みご飯なんや。一杯100万円は下らんで」 「ンなワケないじゃないですか。これだけだとさすがに身体に悪そうなんで、刻み野菜を混ぜてレタスと一緒に食べましょ」 「ウチのチビたちに作ってやったら、絶対に喜ぶやろなあ」 「あんまりチビって言うと、またキレられますよ? お家までアイサツに行きましたけど、チビって感じじゃあもうないっすよ」 「ウチにとっては、いつまでもチビなまんまや」 「そしたら、我が家のおチビさんも早く、手洗ってきてください」 「なんやとおー。しゃーない、洗ってきたる」 「柔軟剤のセット、忘れないでくださいよ」 「分かった。じゃあ、ウチも洗剤混ぜて……って、それは洗濯機やろ!」 了 ページトップ その2(≫95~97) 了船長22/07/04(月) 02 16 22 「待って、オグリ」 夕暮れの日差しが差す教室、二人きりのおしゃべりが終わって、教室を去ろうとするオグリの手を、私は引きとめた。 普段なら、私が自分からオグリの手を握ることなんてなかった。なにか、オグリに負けてしまったような、惚れてしまったような気がしてしまって嫌だからだ。 でも、燃えるような眩しい橙色の光に照らされた葦毛の後ろ姿を見たとき、今日だけは、なぜだかわからないけれど、オグリに触れていないと彼女がどこかに消えてなくなってしまうような、そんな恐怖にも似た感情が私を突き動かした。 オグリをこの手に引き留めて居なければ、あの教室の引き戸を一歩でも先に踏み出せば、途端に泉下の人になって、もう私のごはんも食べてくれなくなってしまって、煙を食べるだけになってしまうのではないか、と思わされた。 認めたくないとか、こっぱずかしいからとか、そんな普段の思いをすべて跳ねのけてしまうほど、強い気持ちが私の全身に宿っていた。 「どうしたんだ、イチ」 オグリが驚いたように目を丸くして、こちらに振り返る。透き通る葦毛と、同じように透き通った宝石のような目に私が映っている。 私はいつもの自分じゃ考えられないほど、今自分の目の前にいるオグリキャップを失いたくないと思った。 「オグリ」 「うん」 「今日は、一緒に帰ろ」 一秒だけでも長く、オグリの存在を確かめたいと思った。誰かに見られたら、またオグリギャルとかなんとかからかわれるだろうけど、それでも構わない。 私の提案に、オグリが顔をほころばせる。 「うん。一緒に帰ろう」 その返事に、私はひどく安心したような気持ちになった。 オグリが私の手を引いて、先に教室を出ようとしたところを、私はまた引き留めた。オグリが後ろにつんのめる。 「待って、私が先に教室出るから」 アンタが先に出て行っちゃダメだ。私がオグリの帰り道を先導して、寮まで連れて帰るんだ。そうじゃないと、どこかにふらっと消えてしまって、離れ離れになってしまうかもしれない。 混乱しているような表情のオグリの横を少しだけ足早に通り過ぎて、半分ほど開かれた引き戸の前に立つ。 私は緊張しながら、斜陽でどこか不気味に光る引き戸に手をかけて、すべて開け放った。 本来、誰もいないはずの教室に二人だけで残っていたから、廊下の照明は消されていて、教室の壁と夕日が作る影が底冷えするような暗闇を生み出していた。 暗闇の中に目をこらすと、もちろんそこには学園の壁があるだけなのだが、何かが見返してきて、こちらにおいで、と声をかけてきている気がした。 初夏には無いような――イマドキ、初夏なんてものもないくらい暑いけれど――不気味な寒さが、体の中から湧き上がってきた。 つないでいるオグリの手は、きっとまやかしだろうけれど、どういうわけか冷たく感じられた。その冷たさが末恐ろしくて、私の熱を、命を少しでも彼女に移すつもりで、強く握り直す。 「イチ、どうしたんだ」 引き戸を開けただけでしばらく歩きださない私を怪訝に思ったのか、オグリが後ろから声をかける。 「ううん、なんでもない」 「そんなに強く握らなくても、私は迷子にはならないぞ」 「ダメ、今のオグリは絶対にどこかに消えちゃうと思う」 普段なら、クラスメイトやタマモ先輩たちにからかわれているだけの言葉も、今の私には冗談に聞こえなかった。 「……そんなに言わなくてもいいじゃないか、イチ。なんだか様子が変だぞ」 オグリがむくれるように言って、握っている手を少し動かす。 後から思うと、私はあの時確かに、ちょっとおかしかったと思う。きっと誰に言っても分かってもらえないだろうけど、私は何かを思い込んで仕方なかった。 私は振り返って、オグリに向き直った。 「オグリ」 「うん」 「明日の朝も、オグリに会えるよね」 そう尋ねる私の口元は、きっと初めてのレースに出走する時くらい震えていたと思う。 「ああ、イチ。必ず会える」 オグリは何を疑うこともなく、そう答えてくれた。そのなんでもない答え方が、私を落ち着かせてくれた。 「イチのお弁当が楽しみだ。それで朝のトレーニングも頑張れる」 「また、お野菜ばかりでも食べてくれるよね」 「もちろんだ。カフェテリアでは食べれないようなものも入っているから、嬉しいぞ」 きっと私も、また朝早く起きて、クリークさんに挨拶しながらお弁当箱に料理を詰めるのだろう。 すっかりオグリの調子を上げるようなことになってしまって、当初の目論見からは完全に外れてしまっているけれど、それをどこかで楽しんでいる自分にもうすうす、気づいていた。 いつか差し入れの本当の目的を話さなければいけない時が来るだろうけど、それでもオグリはきっと、「気づかなかった」と言ってくれるのだろうとも思う。 「もうすぐ日も暮れてしまうぞ。……もしかして、帰り道が分からなくなってしまったのか?」 「そんなわけないでしょ。忘れ物がないか、ちょっと思い出してたの」 いくらなんでも明け透けなウソをついて誤魔化す。 私は手をつなぎ直して、前を向いた。ふう、と一つ呼吸をして、脚を暗闇にとられないように、床を踏みしめて教室を出る。一度出てしまえば、そこはなんてことのない、いつも通りの学園の廊下だった。 二人で昇降口に向かって歩く。私たちの足音が、誰もいない空間に響いて壁に吸われながら消えていく。 昇降口で靴を履き替えなければいけなくなって、手を離そうとオグリが力を抜いたとき、私はもう一度だけオグリを引き留めた。 「寮に帰るまで、側にいて」 「うん。分かった」 下駄箱の向こう側にオグリを見送った後、私も自分のローファーを取り出して上履きをしまう。この短い時間でも、オグリが消えてしまわないかという心配が頭をもたげていた。 急いで履き替えながら慌てて外に出ると、オグリは確かにそこにいた。 「良かった」 「約束したからな。今日はイチの側にいる」 オグリがこちらに手を伸ばして、私の手を取る。 「帰ろう、イチ。おなかがすいてしまった」 「うん。帰ろう」 寮までの短くない道のりを、地平線の向こうから照らす明かりを頼りにして、私たちはお互いに確かめ合うように、手をつないで帰った。 了 ページトップ その3(≫161~163、≫165~167) 了船長22/07/16(土) 21 15 15 「ヒマ」 「そうねえ」 「せっかくの中休みだって言うのに、どうして何もやることが無いのか」 「休みなんだからそれでもいいじゃない。お茶飲む?」 「飲む。いれて」 「ヤだ。お茶ぐらい自分でつぎなさいよ」 「んえ~、じゃあメンドい」 「なんなのよ、もう」 「トレーナーの指示を守って、じっと身体を休めなさい~~」 「その姿勢、首、痛くならないの」 「痛い。スマホも持ちにくい」 「せめてベッドに寝転ぶくらいにしときなさいよ」 「は~い」 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「……あ」 「……ちょっと、欲しいな」 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「ねえイチ、ゲーセン行かない?」 「何、藪から棒に」 「え、中学んときゲーセンとか行かなかった感じ?」 「行ったことあるけど、ずいぶん急だなって」 「じゃあいいじゃん、今から行こ。どうせ二人とも休みなんだし」 「このあたりにゲームセンターなんてあるの?」 「あるよ。本町のほう」 「そうなんだ。いつも府中駅の方に言ってたから知らなかった」 「『デュエルウノ』ってゲーセン知らない?」 「あー、CMで見たことあるかも」 「よし決まり。着替えよーっと」 「なんで急に行こうと思ったのよ」 「別に休みだし、あんまりヒマだから」 「そう」 ⏱ 「こっちのほう、来たことなかったな」 「マジ?」 「うん、行きなれてる所しか、なんだかあまり行きたくなくて」 「そんなんじゃ、イチの学生生活はキッチンとレース場でオシマイになっちゃうぞ?」 「……スーパーも行ってるし」 「本町駅から直通の通路とか、行ったことない感じ?」 「うん」 「へー。もったいない」 「何かあるの?」 「いや別に。フツーの通路」 「なんなの……」 「ほらほら、あれ」 「あ、ほんとだ。ボウリングのピン…… なんか、思ったよりデカくない?」 「ゲームだけじゃなくて他のも遊べるからね。よくトレーナーとデートしてる子もいるらしいよ」 「『お出かけ』でしょ」 「あんなの、誰がどう考えたってデートよ」 「まあ、それはそうだけど」 「この辺のアパートに、先生とか教官とか住んでるのかなー」 「さあ、どうだろうね」 ⏱ 「そんな学生と大人のカップルはよく、この辺のクレーンゲームを遊ぶんだとか……」 「だから、そういうのじゃないでしょって」 「だいたい、自分の担当だったり、憧れのウマ娘のぱかプチを取って喜ぶんだってさ」 「いいよね、自分のぱかプチ」 「え、イチは羨ましい感じ?」 「いや、ちょっと恥ずかしいけどさ、応援してもらえてる形があらわれてるみたいでいいじゃない」 「私はヤだなあ」 「そうなの?」 「なんか、特にそういうののために走ってるワケじゃないし」 「そう」 「勝ちたい相手がいて、そいつに勝つために頑張ってるから」 「何よその目。……次は、負けないから」 「こっちまでおいでよ、イチ」 「言われなくても、絶対に差し切ってやるわ」 「今日はそーゆーの、ナシにしよ。ふっかけたのは私だけどさ」 「分かった。ところで、遊ばないの?」 「いや、それが…… あ、あった」 「あ、タマモ先輩の。え、モニー、マジ?」 「いいでしょ別に」 「いや、なんかすごい意外。こういうの欲しがるタイプじゃないと思ってた」 「タマセンパイのは欲しくなったの。たまたま、スマホいじってたら見かけたし」 「ふーん。ま、秘密にしておいてあげますよ」 「マジでタマセンパイに言ったら引っ叩くから」 「言わない言わない」 「ぜったいウソ。絶対」 「言わないって。信用ないなあ」 「アンタはいいけど、うっかりオグリに話されたら絶対漏れる」 「わかったわかった、気を付ける」 「……今日、どのくらいお金ある」 「んー、出せて1000…… 1500円くらいまでかな」 「うし、私のと合わせて約3000円ね」 「頼むから自分の分だけで取ってよ」 「じゃ、タマセンパイの下にあるオグリのやつも取ってあげるよ」 「え、私のお金で?」 「いや、私の分で両方取れたらイチの出費はナシ。どう?」 「分かった。お願いだから、手抜かないでよ」 「任せときなさい、200円で取ってやるわ」 ⏱ 「モニー、頼むからこれで終わらせてよ」 「まあ、まあ」 「もうだいぶずらしたから、これで落とせるはず」 「信用できないわ」 「見てなって…… あっ、ああ」 「ちょっと、ホントに」 「お願い!」 「あっ!やった!」 「よっしゃー! 取れた」 「私の分まで使って、やっとタマモ先輩か」 「まーまー、もう300円くらいはあるでしょ。取ったげる」 「オグリのはいいよ、私は欲しかったわけじゃないし」 「いーや、こうなったらヤケ」 「他人のお金でヤケになるのはやめて。まあいいけど。はい」 「ありがっとう。それでは…… お、なんかいい感じじゃない?」 「確かに、取れちゃいそう」 「お、おお、行け、行け! やった!」 「ホントに100円で取れちゃった」 「ね、言ったでしょ。取れるんだって。はい、これ」 「ありがと」 「うーん、取れた取れた。楽しかったー。そんじゃ帰ろっか」 「え、このまま持って帰るの」 「そんなワケないでしょ。店員の人に言えば袋くれるよ」 「そうなんだ」 「そそ。すいませーん」 ⏱ 「サンキュー。楽しかった」 「出世払いで今日の分、返してよね」 「あー、もう忘れちゃった」 「これに関しては絶対逃がさないからね?」 「おお、こっわ」 「ふう。なんかお腹減っちゃった。帰ろっか」 「門限まではまだ時間あるし、プリでも取らない? 『@アオハルⅡ』ってのが楽しいのよ」 「うん、いいよ。私、あんまり絵描くのとか得意じゃないけど」 「ふふふ、イチ、ホントにゲーセン行ったことある?」 「あるってば。どうせこっちでしょ」 「あーお客さーん、プリクラは大体地下にあるんですよー」 「もう、先に行ってよ……」 了 ページトップ Part14 その1(≫23~25) 了船長22/07/23(土) 22 03 01 〇早朝。美浦寮キッチン。すでにキッチンの電気はつけられており、薄暗い廊下からそれが漏れ出している。 「ふぁ…… おはようございま、す?」(従来イチちゃん) 「あ、クリークさん、おはようございま……えっ」(高身長) トしばらく双方沈黙。そのうち、鍋が噴きこぼれる。 「あの、お鍋」 「え、わ、わあぁ」 ト入り口から駆け寄って、素早くコンロの火を切る。 「すみません、ありがとうございます」 「いえ、なんだか驚かせてしまったみたいで」 「てっきり、クリークさんが先にいたのかと。背丈もよく似ていたし」 「私も、クリークさんが遅れて来たのかなって」 ト双方顔を見合わせる。沈黙。 「あの、初めまして、ですよね」 「あっ、そうですね。初めまして」 「初めまして」 トやや沈黙。切り出すように話す。 「あの、何か手伝いましょうか」 「あっ、ありがとうございます」 「もしかして、何か煮てましたか」 「ひじきです。昨日買ってきていたので」 「あ、本当ですか。私の分使ってもらって大丈夫ですよ」 「あれ、冷蔵庫には1袋しか…… すみません、使っちゃいました」 「あれっ、そしたら勘違いかも、大丈夫ですよ」 「今日、買ってきておきましょうか」 「いえ、他のメニューで用意するので」 ト双方自分の作業をする。ややひと段落したところで、口を開く。 「朝ごはんですか?」 「いえ、お弁当です」 「お弁当、自分で作ってるんですか」 「はい。といっても、私のではないんですけど」 「えー。そうなんですね」 「はい。お昼はカフェテリアで食べてます」 「余った分は朝ごはんですよね」 「そうですそうです、意外と、そういう余ったところがおいしいんですよね」 「ふふ、わかります。私もよくお弁当作るので」 「本当ですか! キッチンにはクリークさんと同じくらい通ってると思っていたので、今まで会わなかったのが不思議です」 「確かに。でも、私は1週間ずっと通うこともありましたけど……」 「私も、1週間通い続けるときがありました」 ト沈黙。しばらく視線を合わせながら、間をおいて口を開く。 「……まあ、偶然ですかね」 「そうですね…… 良かったら、朝ごはん、一緒にどうですか」 「え、いいんですか?」 「はい。と言っても、ひじきの煮物はほとんど使っちゃったし、他の料理も詰めちゃうので……」 「そしたら私、野菜の切れ端でお味噌汁作ろうと思うんですけど、どうでしょう」 「いいですね、私はお漬物切っちゃいます」 「ありがとうございます、嬉しいです」 「昨日、美浦寮の寮長さんからぬか漬けを貰ったんです」 「えっ、私も貰いました」 トお互い見つめ合いながら沈黙。やや間をおいて、口を開く。 「……冷蔵庫」 ト二人で手を止め、冷蔵庫に寄る。 「……やっぱり、一本しかないですね」 「うーん、貰ったと思ったんですけど……」 「いや、私も絶対に貰ったんですよね」 「……まあ、いいか。お腹減りましたし」 「そうですね。はやく食べちゃいましょう」 ト二人で朝食をとる。レースの成績やお互いのルームメイトが似ていることの話で盛り上がる。 「ごちそうさまでした」 「ごちそうさまでした」 「いけない、もうこんな時間」 ト時計を見ながら素早く立ち上がる。 「そしたら、私は少し時間あるので、洗っておきますよ」 「ホントですか。助かります」 「ひじきの煮物、とても美味しかったので、そのお礼です」 「ありがとうございます。嬉しいです」 「私も同じような味付けにするので、同じような人がいて安心しました」 「私こそ、お味噌汁、ありがとうございました」 「いや、あんなめちゃくちゃなお味噌汁で、すみません」 「ああいうお味噌汁、料理をするようになってから好きになったんです」 「えっ、私もなんですよ。作ってみると、意外と美味しいじゃん、って思って」 「そうそう。キュウリとかぼちゃを一緒に入れちゃったりして」 「分かります! そこにとき卵とか流しますよね」 「すごい! なんだか私たち、気が合いますね」 「また明日会いましょ、さっきの煮物のレシピ、もしかしたら同じかも」 「ふふ、そうですね」 「ありがとうございました、そしたらまた明日」 「はい、また明日」 ト食器を水につけながら物思いにふけるイチと、お弁当を抱えながら走るイチ。 「「あの人、一体誰だったんだろう?」」 了 ページトップ その2(≫47~49、解説:≫53) 了船長22/07/27(水) 21 22 50 「オグリ、イチに食べ物クーイズ!」 「何よモニー、藪から棒に」 「おういあんあ」 「オグリは飲み込んでから喋りなさいよ!」 「うああい」 「はあ……」 「お食事中ですが問題です。これは何」 「えい」 「だから飲み込んでからにしなさいって」 「ルールは簡単、お二人で食材や料理の名前を答えてもらいます」 「簡単そうじゃない」 「答えていただきますが、同じ答え方は禁止とします」 「お味噌汁だったら、どっちかがおみおつけ、って言わなきゃいけないのね」 「そう!それじゃあ早速行きましょう」 「うん。よろしく頼む」 「飲み込むの早っ!」 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「一問目。これは何」 「ネギだ」 「答えるのも早っ」 「オグリ正解! さあイチ選手、違う答えを出せるのか」 「えーと…… ひともじ」 「正解! では二問目。これは何」 「サツマイモだ」 「サッ……ちょっとオグリ、早いって」 「な、す、すまない……」 「オグリ正解! 対するイチ選手は?」 「え、えーと…… おさつ」 「おおー。では3問目。これは何」 「大根だ」 「だっ、は、早い……」 「イチ選手、出遅れ癖でしょうか。オグリ選手に遅れております」 「ぐっ…… えーと、なんだっけあれ」 「さあ、答えることはできるのか」 「えー、からもの!」 「んっふふ、正解です」 「どうしたんだ、モニー」 「何がおかしいのよっ」 「いや、なんでもない。なんでもない。さあ4問目、これは何」 「これはなんだ?」 「お味噌!」 「イチ、ブー。はずれです」 「えっ、どう見てもお味噌じゃない」 「ということは…… にんにく味噌だ!」 「オグリ、大正解! やるねえ」 「ちょっと、にんにく味噌なんて知らないわよ!」 「イチ、にんにく味噌を知らないのか?」 「それは知ってるけどっ」 「んっ、アッハッハッハ、耐えらんない」 「にんにく味噌はその言葉には無いじゃない」 「えー、じゃあ今作ってもらってもいいですよイチ選手」 「くっ…… にもじむし、でいいのね」 「あーダメだ、面白い」 「もう許さないからね!」 「わっ、怒った、逃げろっ」 「ちょっと待ちなさい、モニー!」 「あっ、イチ、モニー……」 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「なぜイチはあんなに、顔を真っ赤にしていたんだろうか……」 「そうやなあ。クイズをやっとっただけっちゅーことやしなあ」 「モニーは多分、私に問題を寄せてくれていたとは思うんだが」 「寄せるというんは?」 「食材を使ったクイズだったんだ」 「ほう。何が答えやったん」 「確か、ネギ、サツマイモ、大根、にんにく味噌……」 「にんにく……? あー!」 「何かわかったのか、タマ!」 「……いや、なんもわからん!」 「な、タマ?」 「オグリが自分でわからんとあかんこっちゃな~」 「た、タマ! 教えてくれてもいいじゃないか」 「それはそれとして、モニちゃんはちょいととっちめんとあかんなあ」 「叱るのか?」 「ちょいと、おちょくりかたがやんちゃ過ぎな感じがするからな」 「ううん、また一人だけ、置いてけぼりになってしまっているような…… どういうことだったんだろうか?」 了 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 解説 ほのぼの日常SSのつもりで書いたら、なぜか謎解きみたいになってしまっていて申し訳ないです。そんな考えていただくほどのものではないのです( ひともじ、おさつ、からもの…… これらはすべて、「女房言葉」と言われているものです。有名なところではおかか(鰹節)、おもちゃ(遊具。もともとは「もてあそび」から、「持ち遊び」となり、「もちゃそび」と訛って、今の形に)、浴衣(もともとは「湯帷子」(ゆかたびら))などです。 ひともじ(ネギ)と、にもじ(にんにく)は早押しクイズでも頻出問題なので有名かも。 にんにく味噌の女房言葉はないので、「にもじ」(大蒜、にんにく)と「むし」(お味噌)をくっつけて造語にしました。本当は無い言葉なので、イチちゃんが怒ってます。博識イチちゃんカワイイ! 自分の中では、「イチちゃん=左耳に飾り=牝馬」という図式がすっかり定着してしまっており、だからこそ元が牡馬のオグリとのカップリングに華を添えているなと思っているんですが、その要素を前面に押し出したらどうなるんだろうと考えた結果生まれたSSでした。 女房言葉をどこかで知ったイチちゃんと、全く知らずに素直に答える(牡馬)オグリキャップ、そしてそれを面白がるルームメイトのモニちゃん…… 最高。という場面だけあったので。 ちなみにタマモ先輩は年長の博識な方なので、モニちゃんはしっかり怒られます。南無。 ページトップ その3(≫176~178) 了船長22/08/18(木) 15 53 04 そのウマ娘はあの日、主役ではなかった。 何かに勝っている訳ではなかった。もっと正確に言えば、彼女は競技に参加すらしていなかった。 「フレーッ、フレーッ、トーレーセーン!」 左耳に髪飾りをつけているのに、学ラン姿。でもなぜか前ボタン全開でサラシを巻いて、ただ羽織っただけみたいな着こなしをしていて、同じような服を詰襟 まできちんと留めて着こんでいる風紀委員の人たちとはまるで見た目が違っていた。彼女の姿は、なぜか僕の目を捕まえて離さなかった。 彼女の姿が美しいと思った。格好いいと思った。主役の選手ウマ娘たちを差し置いて、広げた腕も、すっくと伸びた脚も、言葉は悪いけど、一昔前の不良ドラ マに出てくるようなスタイルの学ラン姿も、とてもとても魅力的だった。 普段は朝夕に生徒たちを迎え入れ送り出している大きな校門は、きっと普段ではありえない熱気と人で満ち溢れていた。 その熱気に負けることなく、むしろ盛り立てるような勢いを持って、彼女は自分の声を空気とスピーカーに響かせていた。その声を受けてか知らずか、選手た ちの勝ち気もお客さんたちのエールも盛り上がっていくようだった。 たくさんの主役たちがいる中で、やっぱり彼女は、僕の目をくぎ付けにして離さなかった。そして、僕の三つめの目になっていたカメラのレンズもまた、自然 と彼女に向けられて、シャッターを切っていた。 競技が終わった後、会場いっぱいのお客さんやウマ娘たちを何とかかき分けて、僕の脚は一人のウマ娘の所へ向いていた。 「あのっ、すみません」 僕は彼女に声をかける。快晴の太陽が校舎や屋台に反射して、彼女をひと際輝かせるためのスポットライトのようになっていた。ドキドキしたけれど勇気を出 して、彼女の顔を真っすぐ見上げる。 ウマ娘は皆、端正な顔立ちをしている。けれど彼女は、他の誰にも負けないくらいに美しく見えた。 どういうわけか、胸が高鳴る。これはきっと人の波を泳ぎ切って走ったからに違いない。ぜいぜいと息を切らす自分を見て、彼女が少し心配そうに返事をして くれる。 「大丈夫ですか、ええと、あなた」 少しためらうように僕のことを呼ぶ。確かに、いきなり苦しそうにしてるお客さんから話しかけられたら、どうやって返事をすればいいか分からないだろうな 、と思った。 「はい、大丈夫です。ありがとうございます」 「汗凄いですけど、もしよければ、救護所まで案内しましょうか」 心配そうな表情で僕の顔を覗き込む。正直、案内されたいなと思った。けど、それでは案内されただけで終わってしまう。なんとか会話を続けないとダメだと 思い、質問を投げかける。 「あの、どうして学ラン姿なんですか」 「えっ?」 「いや、左耳飾りの子で学ラン姿なのはあなただけなので」 ああ、と納得したような顔をしている。コロコロと変わる表情が愛くるしく思えた。 「実はこの服を着るはずだった子が体調を崩してしまって。」 「えっ、そうだったんですか」 「本当はチアの団服だったんですけど、皆が『やれ、やれ』って」 「元々の方は大丈夫ですか」 「軽い熱中症みたいで。今日は一応休もうって」 事情が分かって、自分の中の謎も解けた。 「貴女は走らないんですか?」 「いいえ、私は今回は応援団ですから」 「あっ、そうではなくて、レースのことで」 彼女はそういうことか、というようにポンと手を打つ。その仕草がかわいらしく見えて、僕はまたドキリとした。その時の自分は、きっと彼女がどんなことをしてもいちいちドキドキしていたと思う。 「3週間後の福島レース場で走る予定です」 3週間後の福島レース場。茹だりきった僕の頭は、その言葉だけは必ず忘れないように深く深く記憶した。 「今度は僕が応援しに行きます。必ず行きます」 僕の声と顔が相当必死に見えたのだろう、彼女はふふ、と口元に手を当てて笑ったあと、僕の手を取った。 白手袋のすべすべとした触り心地と、布の上からでもわかる、彼女の手の柔らかさと熱、そして手を握ってくれたという事実が、僕のことを急激に襲う。 その瞬間、理由は分からないけれど、僕の意識はこの世ではないどこかに飛んで行ってしまった。 今でこそその理由ははっきりしている。なぜなら、今でも毎日彼女と顔を合わせて言葉を交わすたびに、この時ほどではないけれど、同じ気持ちになるからだ。 でも、当時の僕は――彼女も若かったから、その感情に言葉を当てはめることができなかった。ただ、果てしなく大きな熱だけが僕にはあった。 「ありがとうございます。応援団に入って、まさかそんなことを言ってくれる人がいるなんて」 「いや、えっと、その」 「必ず来てくださいね。待ってます」 そう言って、くしゃりと笑う。 その言葉のあと、僕は彼女と何を離したのかは何一つ覚えていない。 なぜなら、次に覚えのあるあの日の記憶は、クーラーで冷えた救護室の天井の景色だからだ。 枕の上で首を左右に傾けたときに見えた、サイドテーブルに置いてあった一枚の手書きのメモ。「体調は大丈夫ですか。福島レース場で待っています、私も頑張ります!」と書かれ、綺麗に折り込まれたノートの切れ端。 そのメモは、このヒミツの写真集の最初のページの左上に、彼女の学ラン姿の写真と一緒にしまってある。 これだけは、彼女はともかく、愛娘にもずっとナイショだ。 了 ページトップ Part15 その1(≫176~178) 了船長22/08/18(木) 15 53 04 「ねー、これなんかイチに良く似合わね?」 「まーじで? やりすぎっしょ。そこまで行かない行かない。ウチ的にはこっち」 「見して見して…… あー、たしかにイイね」 「目の付け所が違うんでね」 「アンタら、本人抜きで何の悪だくみよ」 「おお、ウワサをしたら」 「本人様的にはこの二つのうちならどっちが好き?」 「何が? えーと……」 『比べ越し 振分け髪も 肩過ぎぬ 君ならずして 誰かあぐべき』 『いかばかり 嬉からまし もろともに 恋らるる身も 苦しかりせば』 「一体何見てんのアンタたち」 「和歌」 「そのうちの短歌ね」 「二人ともスマホめちゃくちゃデコるようなヤツなのに、勉強とか知識が多いのなんかムカつくわ」 「かっちーん。傷ついた」 「ウケる、怒るのか傷つくのかどっちかにしとけって」 「で、イチはどっちが好き」 「うーん…… 二つ目かなあ」 「っし!」 「うわー、マジかー」 「恋って入ってるし、なんだか良さげ」 「イチがそんな女だったとはー」 「確かに、ヤな女ー」 「何、何、何なのよ。分かんないんだからしょうがないじゃない。ちょっと、ワザとらしくくっつかないでって!」 了 ページトップ その2(≫156~161) 了船長22/09/12(月) 01 18 04 半月切りにしたにんじん、輪切りのれんこん、ささがきにしたごぼうと、斜切りにしたねぎ。 柔らかくこねたつみれに、旨味を取るために少しだけ入れた豚バラ肉。食事調整をしてる子もいるだろうから、ほんとに少しだけ。 お出しはお醤油ベースで、濃い目に味付をする。小皿にとって、ちょっと味見。 うん、おいしい。しょっぱくて、あったまる。 お鍋の様子を見ながら、グリルの中を覗く。普段は自分用の焼き魚なんかを調理しているけど、今日は違う。銀に光って脂を照らす白身魚の切り身はそこにはいなくて、白身魚よりももっともっと真っ白な――でも同じ焼色で焦げ目をつけている、まんまるなお 餅たちと目があった。 お餅を焼く方法はたくさんあるけど、グリルで焼くときは注意が必要だ。ちょっと目を離したスキに、文字通り「燃える」。焼き餅を焼くなんてもんじゃなくて、本当に火がつく。特にスーパーで売ってる切り餅はあっという間に火がついて、その後すぐ炭にな る。私も、夜食で食べようとして2回くらい燃やしてしまった。 グリルを引いて、お餅をひっくり返しながら、柔らかさを確かめる。うん、もうお鍋の中に入れてもいいかな。 そう思っていたら、お鍋の煮える音や換気扇の音、クリークさんがパタパタと盛り付けの準備をしてくれる音に混じって、ひときわ目立つきらきら星のメロディが聞こえてきた。 その音に反応して、私のお腹も少しだけぐぅ、となった気がする。ご飯が炊けたことを知らせる、しあわせな音だ。調理を始めてからもう1時間が経って、下ごしらえをいれたら2時間以上キッチンに立っていたことに気付かされた。 食器を用意していたクリークさんが、炊飯器に小走りで駆け寄って開閉ボタンに指を置く。こころなしか、クリークさんもワクワクしているような、浮足立っている様子だった。 パカッ、と蓋を開けると、素敵な白い蒸気が上って、それと一緒にクリークさんも「わぁ」と嬉しそうな声を上げる。キラキラした笑顔をこちらに向けて、私を呼ぶ。 「イチちゃん見てください、とっても美味しそうですよ」 お鍋とグリルの火を弱くして、クリークさんのもとまで近寄る。ふわり、としあわせなご飯の香りに混じって甘く香ばしい匂いをまとった蒸気が、私の鼻孔を駆け抜ける。 炊飯器を覗き込むと、そこには1時間以上前に私が思い描いていた通りの、小さい頃にたくさん食べた思い出そのままの栗ご飯が、たっぷりと、燦々と輝いていた。 「そしたら、もうよそっちゃってください。私もお吸い物盛り付けるので」 私は、思い通りに炊けていた喜びをクリークさんに悟られないように、あえて淡々と指示を出す。だって、なんだか恥ずかしいから。ニヤけているであろう表情も見られたくないから、コンロの火加減を直すふりをして顔も隠す。 キッチンの向こう側にいるお腹をすかせた寮生達にも栗ご飯の匂いが届いたのか、みんながドヤドヤと受け取りの列に押し寄せる音が聞こえてきた。 「えっ何クリークさん、今日の夜食マジ豪華じゃん!」 「そうなんです、イチちゃんが一生懸命作ってくれたんですよ」 豪華なんて言っても、そんな大したものじゃないですよ――とも返事はできなかった。恥ずかしい。ああもう、尻尾が動く。 火を扱っているから、と気を落ち着ける。一つ深呼吸して、気持ちをリセットさせる。キッチンで気を抜いて仕上げと盛り付けを間違えちゃ、お母さんに怒られちゃう。 きれいに焼き上げることができたお餅をグリルから取り出してお玉の上に載せ、静かにおつゆの中にくぐらせた。何人食べるかわからないけど、これだけ焼けば足りないことはないはず。 お玉にお餅がくっつかなくなったら、そのままお椀に静かに注ぐ。もう一回だけおつゆだけを注ぎ、それから具材をバランスよく盛り付ける。 ちらっと後ろを見ると、クリークさんがお茶碗に栗ご飯をよそってお盆の上にのせて、小皿を準備しているところだった。今日の小皿は、クリークさんお手製のポテトサラダ。小さい子でも食べられるようによく選んだ刺激の少ない具を、優しい味のマヨネーズで味付けした、いつまでも食べられる美味しいやつ。 私は出来立てで湯気を立ち上らせる大きなお椀を手に、夜食を待つみんなの方へ振り向いた。みんなの視線が私の手元に注がれて、待ち切れないという顔でじっと見つめている。不思議な緊張感が漂ったけど、その様子がなんだかおかしくて、少しだけ吹き出しそうになった。 私はわざと芝居めいて、ゆっくりとお椀を運ぶ。私の手の動きに合わせて、みんなの顔と視線が動く。お盆の前までたどり着いたら、今日の主菜をどん、と気合を入れて配膳した。その後、私はまるでウイニングライブの歌い出しのように深く息を吸って、今日の献立を発表した。 「栗ご飯とお月見汁、つけあわせにはクリークさんのポテトサラダです。お待たせしました」 レースで選手たちがゲートが開く瞬間を待ちわびるような、一瞬で永遠のような沈黙の後、一番前で待っていた子がお盆を手に取る。それはまるで本当にゲートを飛び出した最初の選手だったのだろう、彼女に追いつかねば、というような勢いで、後ろに並ぶ子 たちが一斉に、列を崩してキッチンに詰め寄る。 「お腹減った!」「待てない!」「おかわり!」「まだ食べてもないじゃん!」 それからは、一刻も早くみんなに食べてもらうために、私は一生懸命お月見汁を注いで、クリークさんは一生懸命ご飯とポテトサラダを盛り付けた。あれだけ焼いて煮込んだお餅とお月見汁も、たくさん炊いたはずの栗ご飯も、山盛りできていたポテトサラダも 、気が付けばもうあと一人分もないくらいの量になっていた。 みんなの反応と料理の反響を聞く間もなかったけれど、一番最初に食べ終わって食器を洗いに来てくれた子のキラキラな笑顔と「ごちそうさまでした」の言葉で、評判はきっと良かったんだろうな、と信じることができた。 いつもの夜食と様子が違ったのを察したイナリさんがやってきて、「私もいっぱいくれ!」と言って一口すすったあと、「こりゃたまんない味だねい!」って嬉しそうにしていたのも印象に残ってる。お醤油味だからかな。 私が小さい頃、毎年、中秋の名月の時期に家族みんなで食べたお月見汁と、栗ご飯。お母さんが作って、お父さんがキャンプで使うような折りたたみの机と椅子を組み立てて、私がみんなの分を家の外まで運んで机に置いた、思い出の料理。 どうして思い出したかというと、クリークさんに「明後日、イチちゃんにお夜食を作って欲しいんです」と一昨日の夜にお願いされたからだ。美浦寮では、夕飯を食べそこねた子達向けに、寮長さんが夜食を用意していることは聞いていた。栗東寮では、クリー クさんがカレーをよく用意している。 今日、クリークさんは練習とメディア対応でどうしても遅くなってしまうから、いつも通り用意ができない。だから代わりに、と頼まれた。最初は大人数用のレシピなんて分からなかったけど、クリークさんの役に立ちたかったのと、挑戦してみたい気持ちもあ って、頑張ってみようと引き受けた。 しょっぱくてあったかい、でも甘くてお腹いっぱい食べたくなる、特別な夕ご飯。覚えてる限りは思い出して、味付けはお母さんに教えてもらった。お鍋の要領で作れるから大人数向けだし、ご飯もお餅も食べるからお腹もいっぱいになるし、ちょうど良かった 。 少しだけ残ったお月見汁と栗ご飯を、クリークさんと二人で分ける。ひとくち食べて、クリークさんが目を丸くする。 「とってもおいしいです!」 「ありがと、お母さんの直伝レシピなの」 「お月見汁もご飯がすすむ味付けです」 「お父さんもその味付け好きなんだ」 「私も好きです。美味しいです〜」 漫画だったらお花の絵が描かれるんじゃないかと思うような素振りで、クリークさんがお箸をすすめている。お月見汁を食べながら、ふいに残念そうに口を開いた。 「お月様がいないのが残念ですね〜」 「きれいに売り切れてよかったけど、これじゃただのけんちん汁ね」 そう私が言うと、何かを思い出したような動きをしたクリークさんが、珍しく食事中なのに席を立ち、キッチンの保存棚を探り始めた。私があっけに取られていると、手に2つ切り餅を持ったクリークさんがこちらを向いた。 「実は、お餅があるんです」 「え、じゃあ焼いちゃいましょ」 「丸くはないですけど、お月見汁ですね」 ふふふ、と二人で笑いながら、コンロにお餅を入れ、火を点ける。浮かべるほどのおつゆはもうお椀に残っていなかったけれど、子供のときに食べたお母さんのお月見汁とおなじものが食べられそうで、胸の一番深いところから、静かな喜びがもちあがってくる ような気がした。 二人でお餅が焼けるのを待っていると、聞き慣れた声がラウンジから聞こえてきた。 「イチ、クリーク、ご飯を食べているのか?」 オグリちゃん、とクリークさんが返事をする。 「今日のお夜食はイチちゃんが作ってくれたんですよ」 「そうなのか! それでクリークのカレーとはちがう、美味しい匂いが漂っていたんだな」 そう言うと、オグリのおなかからぐぅ、と声が鳴る。 「私も貰えるだろうか」 「残念だけど、もう売り切れちゃいました」 嬉しそうにしているオグリをくじくのが愉快で、わざといたずらっぽく答えてやる。すると、なっ、という声を上げて、オグリが肩を落とす。 「そうか……残念だ……」 「今日のメニューはお月見汁に栗ご飯、ポテトサラダでした」 追い打ちをかけるように、想像させてしまうように献立名まで教えてやる。 「お月見汁か、私も食べたかったな……」 「とーっても、おいしかったですよ」 「もうお餅しかないから、それなら焼いてあげられるよ」 頼む、とオグリが小さい声で言うので、クリークさんと同じところを探してまるごと一袋分の切り餅を運んできてやる。 「みんなやクリークはイチのお月見汁を食べられたのか……イチの夕飯を、私も食べたかった……」 個包装されたお餅を取り出しながら、みんなを羨ましがるオグリを見て、これがホントのヤキモチか、なんてことを考える。 オグリをやりこめた愉快な気持ちを胸に、私はグリルにのせたお餅用のトレイの上に、いっぱいに切り餅を並べて、グリルの火を着けた。 了 ページトップ その3(≫171~173) 了船長22/09/12(月) 23 22 23 ☆イチちゃんママのおいしい栗ご飯レシピ☆ お母さん ワンちゃんこんばんは、どうしたの? いつもお月見のときに作ってくれた、栗ご飯の作り方教えて あら! いいよ。どうしたの? 明日、寮の皆に作らなきゃいけなくて そうなの。それは大問題ね。 ちょっと待ってて? うん、ありがと まず、買ってきた栗をさっと洗って、暖めたお湯に20分から25分付け込んでおく。 お湯につけるの? 皮を剥きやすくするためよ。待っている間に、お米をお水に浸しておきましょう。 ごはんを浸水させておくのは炊きやすくするため? そう! さすがワンちゃんね。 お湯につけ終わったら栗を引き上げて、皮をむくの。 やったことないんだけど、剥き方のコツってある? 栗のお尻を切り落として、一番かたい皮を手で剥いた後、その下にある薄い皮を包丁で浮かせるとラクチン 栗って皮が2枚あるの知らなかった 鬼皮と渋皮って言うのよ。賢くなっちゃったわねえ 剝き身にした栗はすぐお水につけておいてね アク抜き? ワンちゃん、トレセン学園で超能力でも習った? そんなわけないって ごぼうとかでもやるから知ってるだけ ワンちゃんすごいわ、なんでも知ってるのね 栗を浸している間にお米に塩を小さじ半分から1くらい振っておいて 炊き込みご飯みたいな感じ? そう。おばあちゃんは小さじ1と半分くらい入れるんだけど、我が家ではお月見汁を一緒にいただくでしょ? あれの味を濃いめにつけるから、少し減らしているの。パパもそろそろ健康に気をつけなきゃだし あ、後でお月見汁も教えて! 分かった! お塩を全体になじませたら、栗をかさばらないようにのせて、後は普通にご飯を炊くだけよ 炊飯コースって普通で大丈夫? うん! ちゃんと浸水させてるから、1時間でもふっくら炊けるわ そういえばさ、栗って切らなくていいの? 我が家には食いしんぼうさんが二人いるから、栗は切らずに炊いてたの。 もし食べやすいようにしたかったら、2回くらい包丁で切っておくとちょうどいいわ 分かった。ありがと ワンちゃんちゃんとご飯食べてる? 必要なものがあったら言ってね 大丈夫。元気だしちゃんと朝昼晩食べてるから レースを勉強しに行ったと思ったら、お料理スキルまで身に着けてるからお母さんびっくりしてるわ それはたまたま、色々あっただけ 前に帰省してくれた時に言ってた意中の人とは最近どうなの? ワンちゃん? 教えてくれてありがと! おやすみ! おやすみ、連絡くれて嬉しかったわ 了 ページトップ
https://w.atwiki.jp/resanchorone/pages/33.html
目次 目次Part42つ目(≫97~101:夏合宿~昼の部~) 3つ目(≫112≫114≫121≫123:夏合宿~夜の部~) Part4その1(≫63~65) その2(≫81) その3(≫180)≫171、≫174より派生 Part6その1(≫104)≫100、≫101、≫104より派生 その2(≫144) Part7(≫45) Part8(≫111) Part9(≫144~148) Part10その1(≫36~37) その2(≫101~103) その3(≫105~108)(***その2(≫101~103)の修正版) Part11その1(≫96~98) その2(≫140~141) Part14その1(≫119) その2(≫152) Part15その1(≫56~61)≫18より派生 その2(≫147、149~152) Part16その1 グランドライブ編1 (≫58~65) その2 グランドライブ編2 (≫77~82) その3(≫101) その4 男装オグリとイチのデート (≫121~125) その5 (≫149) その6 グランドライブ編3 (≫169~175) Part17その1(≫75) その2 (≫103~108) その3 (≫123) その4(≫143)≫137より派生 Part18その1(≫75)≫124から派生 その2(≫165) Part19その1(≫41) その2(≫55~56)≫45、47より派生→≫58から60、72へと派生 その3(≫77) その4(≫103)≫106へと派生 その5(≫165) Part4 2つ目(≫97~101:夏合宿~昼の部~) 「なんでこんなことになったんだろう……」 にっくき芦毛のライバルに抱きしめられた布団の中、己は小さく呟いた。 正面からこちらの胸元に顔をうずめるように抱きついてきているコイツはがっちりと腕を回し、そのまま静かな寝息をたてている。 かろうじて逃した右腕が自由になるだけの状態で抜け出すこともできず、ため息をつく。 「なんなのよ……」 鼻から吸った空気に嗅ぎたくもないコイツの匂いが混ざる。 どうしてこうなったのだろうと、自分は肩までかけた布団の中、これまでのことを振り返り始めた。 トレセン名物夏合宿。デビューを終えた子は自分の実力を高め、秋から再開するレースを戦い抜くために。そうでない子は早くトレーナーやチームからスカウトされるだけの地力をつけるように。皆が目の色を変えてトレーニングに励む、二ヶ月近い強化合宿だ。 自分も例にもれず今まで以上の成果を出すべく教官の指導を受けていたのだが、今年は少し様子が違っていた。 「……また、砂浜ボッコボコにしてる」 スタミナとスピードを高めるための砂浜ランニング中、もう見慣れてしまった足跡を前にひとりごちる。 裸足で走っているからだろう、五指の形まできれいに深く掘り下げられたいくつもの足跡。自分が目の敵にし、日々嫌がらせをしている転入生、オグリキャップのものだ。 アイツの走り方は少し変わっている。 常人離れした関節と身体の柔らかさ、そしてカサマツ時代に鍛えたという足首の強靭さからくる走り方は、このように砂浜やダートコースに深く蹄跡が刻み込まれてしまう。「アイドル」さまは足跡まで派手なことで、などと心中で嫌味をこぼしてみるも、それ以上にどこまで常識外の走り方をすればこのような足跡がつくのかと末恐ろしく感じてしまう。 ……あたしがアイツに感心したなんて、殺されても言えないし、ムカつくから明日の弁当の献立に嫌いそうな野菜と酢の物を増やしてやるけど。 そんなオグリ本人はといえば、この半マイルビーチの一番向こうまで早くも走っていってしまっているようで。折返しの灯台の下、わずかになびく芦毛が夏の陽光に光ってみえた。 「――ああ、もう!」 足元の砂を強く蹴り、身体を前に押し出す。 息を吐いて、吐いて、吸う。腕を振り、つま先で砂を搔き掘るように回転させる。 ぐんと加速した身体を前傾に、己はもういち段階走りのギアを上げた。 「アイ、ツに! 負けるっ、わけには! いかないの、よッ!」 本当なら自分はあと半周だけのこのランニングを終え、走っているオグリに「怪物さんも海では力がでませんかー? 砂に足を取られて、本来の走りが全然できてないじゃない!」などと皮肉の一つでも飛ばしてやるつもりだったのだ。 それをアイツときたら、早々に筋トレを終えてランニングに合流してきて。 ……ムカつく……! ポッと出が注目されるだけじゃなく、レースの勝ちも掻っ攫っていって。負けたくないという対抗心と、アイツへの怒りを足に込め、自分は長いラストスパートを掛け始めた。 ● 「……ん、イチ! イチもランニングだったのか」 「……ぜ、は……はっ、はぁ…………」 結局。 半マイル先からアイツがゴールの海の家に帰ってくるのと、こちらがラストまで走り切るのは、ほぼ同時だった。 二往復していたはずだからゆうに3,200mは走っているはずのオグリは頬に汗をかく程度なのに、こちらはがむしゃらなラストスパートで息も絶え絶えになっている。 ……ムカつく……! 膝に手をつき息を整えているこちらを見下されているようで腹が立つ。平然とした顔で見下ろしてくるオグリにも、この程度で死にそうになっている自分にも。 「……はーっ、は、ふぅ……。…………で、何、オグリ」 ようやく息を整え体を起こし返事をすれば、ヤツは嬉しそうな顔で「ああ」と頷いた。 「今日、イチの部屋に行ってもいいだろうか。カサマツの皆から、『お友達で食べる用に』とお菓子が届いたんだ」 「はあ? それならあたしじゃなく――」 いや。 ここでこちらの部屋に引き込んで消灯時間ギリギリまで引き止めておけば、眠気でぼうっとしたオグリから嫌いな食べ物や苦手なものを聞き出せるかもしれない。 そうすれば、なぜか夏合宿の間も続いている嫌がらせ弁当にもこれまで以上の効果が見込める。 「――いや、そうね。わかった。ありがたくいただくわ」 「っ! そうか、ありがとう。では夜にお邪魔させてもらう。同室の子たちには……」 「同室の子たちにも配れば許してくれるわよ。どうせアンタ基準で大量に送られてきてるんでしょ」 「そうだな、うん、そうしよう。ありがとうイチ」 「べ、別にッ!? くれるって言うからもらっておくだけよ! 勘違いしないで」 「いや。私にとっては、故郷の味をもらってくれるだけで嬉しいんだ」 「ぐ……」 まただ。 たまにコイツは、こうやって良心100%でクサくて返しにくいことを言ってくる。そのたびによくわからないけど心臓が跳ねて止まらなくなるから、いい加減にしてほしい。 「ま、まあいいわ、わかった。じゃあ9時以降ならいつでもいいわ」 「わかった。9時過ぎに行こう」 じゃあそういうことで、と約束をしてその場は別れた。シャワーを浴びるため宿舎へと戻る途中振り向いてみれば、もうオグリは二本めのダッシュで奥の灯台の下までたどり着くところだった。 「……スタミナまで怪物ね……」 つぶやく。 自分はもう今日の分のメニューは終わった。あとは宿舎に戻って夕食までの時間で足のケアなどをするつもりだったが、 「……もう一本、だけ」 アイツにあてられたわけでは決してない。断じて違う。違う、が。 ……アイツより先に終わるのもシャクだから……! もうひと走りしようと、踵を返してビーチへと戻ることにした。 ページトップ 3つ目(≫112≫114≫121≫123:夏合宿~夜の部~) 「――お邪魔します。すまない、イチ。遅い時間に」 「べつに。いいわよ」 果たして、オグリは約束通り21時を少し過ぎた頃にこちらの部屋の戸を叩いた。 ドアを開けると入ってきたのは、一抱えはあろうかという大きなビニール袋。キャベツなら8つは入る大きさのそれを両手で抱え、オグリは畳の上に置いた。 「うっわオグリ先輩、すんごい量ですね……。あたしらの顔より大きいじゃないですか」 「ああ、色々送ってきてくれたみたいで、気づいたらここまで大きな包みになっていたそうなんだ」 事前にオグリが来ることは同室の友人たちにも伝えてあったので、皆興味深そうに真ん中に置かれた座卓に集まってくる。 「わ、すごい! お土産用の箱がこんなにたくさん!」 「そっちのそれはしこらんといって、カサマツの銘菓なんだ。水飴とニッキの味で美味しいぞ」 「オグリさんオグリさん、こっちは? お魚みたいな形してますけど」 「そっちのは鮎鮨街道、これもカサマツの名物の鮎菓子だ」 「へえ……」 次々と説明されるお菓子を皆で美味しい美味しいといただく。 流石にここまで来て食べないのも失礼だと思い、鮎を模した焼き菓子の包を開いた。 「ん、チーズ……?」 噛み締めた生地の奥からはチーズのような餡が出てきて、驚いて口元を抑える。 「そうなんだ」 嬉しそうにこちらに振り向いたオグリはなぜかあたしの隣に座り、「これはもともと鮎のなれ寿司を運んでいたときのいわれから同じ発酵食品のチーズを……」などと説明してきた。それを聞きながら一匹を食べ終えると、途端に口をつぐみ、おずおずとこちらを伺ってくる。 「……なに、どうしたの」 「いや、その。美味しいか?」 「……美味しかった」 「そうか! ありがとう、これは私も大好きな和菓子なんだ!」 喜色満面といった表情で自分も鮎の包装を開けるオグリの横顔を見つめる。 まずい、と嘘を言うこともできたし、それで彼女に何らかの精神的なダメージを与えられるかもしれないとも思ったが。 ……お菓子に罪はないから。 うまいものをうまいといっただけ。あたしは絆されてない。 小さく頷き、決心を固め直した。 ● 「でも良かったねイチちゃん、オグリ先輩が部屋に来てくれて!」 「は?」 一通り菓子を食べ終えた頃。同室の友人の一人が変なことを言いだした。 「オグリ先輩、聞いてくださいよ。イチちゃんったら部屋で私達にオグリ先輩の話ばっかりするんですよ~」 「そう、なのか?」 「そうそう! 今日はちょっと元気がなさそうだったーとか、足が痛いみたいだからーとか、ピーマンは嫌いじゃないらしいとか、口を開けば先輩のことばっかり!」 「ちょ、違……」 「どんだけ好きなんだよ―、って話ですけどね! 最近じゃあうちらは皆、応援ムードなんです」 「そうなのか……。それはその、少し、照れるな」 「ばっ、違うから!」 立ち上がり、抗議の声を上げる。 オグリの話ばっかりしているのは、どれだけコイツが調子に乗っているかということを広めるためで、つまりはいつもの嫌がらせの延長だ。 ミーハーなファンもどきと一緒にされるのは心外極まりない。 「……違うのか?」 「~~~~~ッ!」 立ち上がったこちらを下からオグリが見つめてくる。 その捨てられた子犬のような目に、続けようとした言葉が喉で詰まった。 「……知らない。勝手に想像すれば」 言い返すことも馬鹿らしく座り直し、横にいるオグリにきっぱりと告げる。 「勘違いしないでよね! 四六時中アンタのこと考えてなんてないんだから!」 「ああ、わかってる」 涼しげに頷かれるのは、それはそれで腹が立つものだと気づいた。 そのまま他愛もない話を続けて、気付けば予定していた通り消灯時間も目前に迫っていた。 とりあえず机の上を片付けて、寮長の見回り対策に布団を敷いていく。 「……やばっ、見回り来たよ!」 「うそ!? まだオグリ先輩いるのに!?」 「~~っああもう! こっち入って隠れて!」 「あ、ああ」 焦る皆と一緒にそれぞれの布団に入り、電気を消す。おろおろしているオグリの手を引いて、布団に頭が隠れるように引っ張り込んだ。 「……すまないイチ、私まで君の布団に……」 「ああもう、いいから! そのままだとはみ出る、あたしに抱きついてなさい!」 「わかった」 こちらの胴に両腕を回し、胸元に顔をうずめるようにしてオグリは布団の中で抱きついてきた。 ……意外と柔らかい身体してるのね……。 暗闇の中、抱きつく感触だけが伝わる。呼吸で上下するオグリの頭を胸元に右手で押し付けながら、2つ隣の部屋を寮長が見回りしている音を伺う。 物音が隣の部屋に来、こちらの部屋の扉が開き、スリッパ履きのヒシアマゾンさんとフジキセキさんが「……寝てるな」「寝てるね」と小声で確認する。やがて扉が閉まり去っていき、己はやっと行ったかと息を吐いた。 気付けば電気を消して布団に潜り込んでから20分近くが経っており、皆もじっとしているうちに眠ってしまったらしい。 今ならオグリも自室に帰れるだろうと布団をめくり、その手が固まった。 「……ちょっと、うそでしょ」 「すぅ……すぅ……」 布団に押し込まれ隠れていたオグリは、このライバルは。 よりにもよってあたしの布団で、あたしに抱きついて胸を枕にしながら。 すっかり夢の世界へと旅立ってしまっていた。 「なんなのよ……」 静かに寝息を立てている顔を覗き込む。 風呂上がりらしいシャンプーの匂いが布団の中で濃くなり、体温の熱気とともにのぼってきた。その匂いに、変に頭がくらくらとしてしまう。 同性同士なのにどきっとするほど整った顔と、それに似つかわないあどけない寝顔。 しっかりと抱きつかれてしまっているから、抜け出すこともできない。 「……ああ、もう……」 息を吐く。 唯一動く右手でしっとりとした前髪を撫でると、うすく微笑んだ寝顔に変わった。 ……あたしも眠くなってきたから。起こしてから部屋に返してーとかやってると寝るのが遅くなるから。 だから、断じてこれはコイツのためなんかじゃないのだ。 右手でオグリの頭を抱えながら目を閉じる。 「……おやすみ、オグリ。……あたしの胸を枕にするんだから、いい夢見ないと承知しないから……」 自分の心臓だけがやけにうるさくて、眠気なんて微塵も来る気配がなかった。 Part4 その1(≫63~65) ≫63 二次元好きの匿名さん22/01/18(火) 15 34 30 レスアンカーワン。あいつは変わっちまった。 オグリキャップに憎しみを抱いて、数々の嫌がらせをしていた彼女は、もういない。 彼女が最近、新人ながら専属トレーナーも決まり、めきめきとその実力を上げてきているらしい…という噂を聞き、彼女のトレーニングを見に行ってみることにした。 私と同じく、オグリキャップを面白く思っていないウマ娘は少なくない。そして、レスアンカーワンは、その筆頭だ。以前に話した時は、嫌がらせの弁当のメニューを考えるのに苦労しているようなことを言っていた。 ぽっと出のオグリキャップなんかに、でかい顔はさせない。いつか走りでねじ伏せてやる。私はそう思っているが、それはそれとしてレスアンカーワンの気持ちもわかるつもりでいたから、彼女を止めるような真似はしなかった。気が済むまでやればいい。そう思っていた。 だが、しかし。 …なんだあれは。まるでオグリキャップじゃないか、あの走法は。 そして何より驚いたのは、それを指摘したトレーナーに、彼女が満更でもないような反応を示したことだった。 自分が嫌っているオグリキャップに似ていると言われて、なぜ嬉しそうな顔をする? 私には理解できなかった。あれほどオグリキャップを憎んでいたレスアンカーワンとは思えなかった。 何が彼女を変えた? ……という妄想が浮かんだので投下 ≫64 二次元好きの匿名さん22/01/18(火) 17 11 36 「腑抜けたな、レスアンカーワン」 「…なによ」 「お前は変わっちまった。オグリキャップ憎しのお前はどこにいっちまったんだ?」 「わたしは何も変わってない」 「今日の朝練の弁当のおかずはなんだ?おいしく食べてもらって嬉しいか?」 「〜〜!そんなこと言わないで!」 「嫌がらせ弁当は効果ないみたいだな。やっぱり靴を隠すか、ああ隠すより画鋲かな。さすがに鈍感なオグリキャップも気づくだろうからな嫌がらせに」 「…やめて」 「ん?ならお前がやるか?お前がやらないなら、代わりに私が」「やめてよっ!!!」 ……やっぱりだ。 レスアンカーワン。こいつは変わっちまった。 オグリキャップを憎んでいた彼女は、もういない。 目をみればわかる。こいつは、オグリキャップに絆されちまった。 「…冗談だよ。私のやり方じゃないからな。お前みたいな嫌がらせは」 「……!」 何かを言いかけて、口をつぐむレスアンカーワン。 そうだ、彼女に私の嫌味を責める権利はない。彼女がオグリキャップに嫌がらせをしてきたことは事実なのだから。 「私は私のやり方でオグリキャップを潰す。レスアンカーワン、お前は指を咥えて見てるがいい」 「…汚ないやり方をするの?」 「さあな。私はお前みたいな嫌がらせは得意じゃない」 「……」 「だが…レースでは何があるかわからないからな。思わぬ事故とかがあるかも」 そう言って薄く笑って見せる。本気ではない、安い挑発だ。だがオグリキャップに脳を焼かれたレスアンカーワンを食いつかせるには、それで十分だった。 「……やらせない」 「ん?何を」「あんたなんかに、オグリはやらせない!」 被せるように叫ぶレスアンカーワン。 「オグリは…あの子は…!」 “あの子は” か。思わずため息が出てしまう。 「もういい、オグリキャップは私一人で潰す。だが忘れるなよ、レスアンカーワン」 その時、私の目には何が浮かんでいただろうか。彼女に対する幻滅か、憎しみか、或いは哀れみか。 「お前が今までやってきたことは」 動きを止めるレスアンカーワン。 「決して消えないんだからな」 彼女が何かを言う前に、私は踵を返してその場を去った。 角を曲がる前、微かに彼女の声が聞こえた。 「そんなこと…そんなこと、わかってるよ…」 その2(≫81) ≫81 二次元好きの匿名さん22/01/19(水) 20 58 01 タマモ「さぁ始まりました第一回『オグリキャップ対レスアンカーワン夫婦喧嘩記念』。実況は私タマモクロス、解説は足は速いが鮮度は落ちぬ事でお馴染みスーパークリークでお送りします。よろしゅうな」 クリーク「よろしくおねがいします」 タマモ「早速ですが怒りっぽいイチを差し置いてオグリが先制を仕掛ける波乱の展開になっておりますが、このレースをどう読みますか」 クリーク「今回はオグリちゃんの言い分が正しいと思うのでこのまま押し切るでしょうね」 タマモ「う〜む取り付く島もないママの切り捨て。スーパーコンピュータ富嶽もオグリキャップの勝利を導き出してる模様」 イナリ「イチはオグリに押されると弱いからな〜残当」 イチ「あんたら好き勝手言いすぎよ!何さ、あたしだってレースじゃなきゃオグリにだってね」 オグリ「イチ…お願いだから安静にしてくれ…もし万が一があったら私は…」クゥーン イチ「……あーもう!わかったからそんな情けない顔しない!耳も垂らすな!犬か!」 タマモ「はいレース終了です。イチに賭けた人はご愁傷さまです」 その3(≫180)≫171、≫174より派生 ≫171 二次元好きの匿名さん22/01/25(火) 19 37 57 このオグリには有馬やらファイナルズで勝った時に観客席最前列にいたイチに向かって「君のおかげで勝てた!」とか言い放ってイチをイチ躍有名人にしてほしいんだ 前々から噂されていたオグリを支える親友ということで知名度爆上がりして取材されたり何故かぱかプチも作られたりして本人はまんざらでもなくなってほしいんだ でも途中から彼女本人じゃなくて「オグリの親友」という肩書きしか見られてないと感じ始めて曇ってほしいんだ 嘘なんだ 曇ってほしくはないんだ それはそれとしてイチのぱかプチをモデルになった本人にゲーセンで取ってもらって喜ぶオグリは見たいし枕元に置いててほしいんだ ≫174 二次元好きの匿名さん22/01/26(水) 12 47 19 親友の引退レースが発端で名が売れたら曇る余裕はあんまりなさそうなんだ。どちらかというと「私もG1で勝ってみたかったなあ」くらいの爽やか曇り(?)がちょうどよさそう イチちゃんがイチちゃんのぱかプチを取ると喜ぶのに、イチちゃんがオグリのぱかプチを取って笑うと「イチ、私のほうが……」ってムッとするオグリですか!???!?!!?!?!??!?!エッ!???!???! ヤバ 死 ≫180 二次元好きの匿名さん22/01/26(水) 20 35 24 イナリ「さぁ始まりました『第2回オグリキャップ対レスアンカーワン夫婦喧嘩記念』、実況は火事と喧嘩は江戸の華で御馴染みイナリワン、解説は喧嘩の時はまず目と鼻と歯を狙う事で御馴染みタマモクロスでお送りします」 タマモ「そこまでやらんわ、脛は蹴るかもしらんが」 イナリ「早速ですが今回のレースはどう見ますか」 タマモ「ぬいぐるみに嫉妬するなんて子供じゃあるまいし、今回はイチに分があるとちゃうか」 イチ「大体あんた自分の分身に嫉妬するなんておかしいわよ!これがあんたの子供だったら子供に嫉妬するダメ親じゃない!」 イナリ「おっと斬新な切り口で攻めてきたぞ」 オグリ「確かにそれは駄目だな…私が悪かった」 イナリ「おおっとイチ念願のオグリ打倒なるか!」 オグリ「……よく見るとイチと親子のようだな。きっとイチは良い親になる」 イチ「ファ!!!??!!。?ー。?ー?」 イナリ「あちゃーここでまさかの差し返し、イチ墓穴を掘ったか」 タマモ「イチに賭けたと思われるナカヤマが笑い転げてるのを見届けた所でお別れやで。また次回」 Part6 その1(≫104)≫100、≫101、≫104より派生 ≫100 二次元好きの匿名さん22/02/06(日) 22 07 45 あの、オグリが間違えてイチちゃんのことお母さんって呼んじゃう展開ありませんか? ≫101 二次元好きの匿名さん22/02/07(月) 04 41 17 そ、それ聞いたクリークが「私がいながらオグリちゃん!」とむくれる展開もありませんか? ≫104 二次元好きの匿名さん22/02/07(月) 12 36 07 「お母さん…あっ」 「はぁ?なに寝ぼけたk(いや、待てよ私。オグリは人前で他人をお母さん呼びなんて赤っ恥を晒したのよ?これは全力で追い打ちをかけるべきよ!相手の弱みにつけこむ、それが勝負の鉄則よ!)」 「イチ…?」 「あらあら〜オグリちゃんどうしたのでちゅか〜?ママが恋しくなっちゃったのかな〜?」 「えっ?えっ?」 「ほ〜らイイコイイコしてあげまちゅよオグリちゃん♪(ホーッホッホッ!見たか私の渾身の赤ちゃん言葉!正直恥ずかしいけどあんたを道連れに出来るなら耐えられるわ!さぁ恥ずかしさで涙目になってる所を見せなさい!!)」 「イチ…まさかクリークと同じ趣味を持っていたのか?前々から仲が良いと思っていたがそういう事なのか…?」 「えっ」 「そんな…イチちゃんがでちゅねされる側ではなくする側だったなんて…オグリちゃんがイチちゃんの物に…」 「ちょっと待って下さい、不可思議な言葉を立て続けにぶつけないで下さい」 「アホやな〜!クリークの母性に日夜晒されてるオグリがそんな事で赤面するわけないやろ!勝負を仕掛けるタイミング間違えとるで!」 「それより大変だタマモ!クリークがイチにあてられて様子がおかしくなってる!」 「みんな下がれ早く!クリークの母性が爆発する!」 「ほわあぁあああああ!(byイチ)」 その2(≫144) ≫144 二次元好きの匿名さん22/02/10(木) 23 04 04 「イチ、緊張しているのか?」 「あ、当たり前でしょ!初めての挨拶なんだから失礼のないようにしないとだし…」 「大丈夫、お母さんはすごく優しいんだ。きっとイチのことも気に入ってくれるよ。」 「うぅ…だといいんだけど…。ねぇ、アタシの服変じゃないかな…?」 「家を出る前も言ったけど今日のイチはいつもよりキレイだぞ。あっ、もちろんイチはいつもキレイだが…。」 「そういう事じゃないわよバカ!でもありがと、おかげで少し落ち着いた。」 「イチ、着いたぞ。ここが私の家だ。」 「ここがオグリの実家…。」 「じゃあ入るぞ。お母さん、ただいま。」 「わっ、待って!まだ心の準備が…!」 「おかえりなさい、早かったわね。あら?その子は…」 「は、はじめまして!レスアンカーワンと申しますっ!あの、オグリキャップさんとは学園を卒業してからお付き合いさせていただいてる仲でして…。」 「あなたがイチちゃんね!話しは聞いてるわ、さぁ入って入って!」 「お、お邪魔します…。あの、これつまらないものですが…。」 「ふふっ、いいのよ、そんなに畏まらなくても。まったく、アンタには勿体ないくらい良い子じゃない。」 「そうなんだ。イチはすごく優しくて料理も上手で私のサポートもしてくれてすごく助かってる。本当に私には勿体ないくらい素敵なお嫁さんだ。この間なんかも…」 「ちょっ!?ちょっとオグリ!わかったから、それ以上は恥ずかしいから…!」 「あらあら、惚気てくれちゃってまぁ…。さて、ふたりとも長旅で疲れたしお腹も空いたでしょ。何か作って来るから少し休んでなさいな。」 「本当か!?久しぶりのお母さんの料理楽しみだ…!」 「あっ、お義母様!私も手伝います!」 「ふふっありがとう。それじゃあ…。」 Part7 (≫45) ≫45 二次元好きの匿名さん22/02/17(木) 00 24 21 「アンタってホントよく食べるよね。」 「?ああ!イチが作ってくれる料理はどれも美味しいからな!いくらでも食べられるぞ!」 「はいはい。それにしても作り甲斐のある食べっぷりだこと…。」 (うーん、オグリの食べてる様子ってなんか既視感があるんだよねー。なんだろう…。 ああ、うちで飼ってるわんこに似てるんだ…。 うんうん、あればあるだけ食べちゃうところとかそっくり…。 そういえば、しばらく帰ってないからそろそろ会いたいなぁ…。 頭撫でてる時なんかは耳を倒して撫でられやすいようにしてたっけ…。 そうそう、こんな風に…って) 「あれ?」 「ん?もういいのか、イチ。」 (え、なんでアタシオグリの頭に手を置いてるの?もしかして物思いにふけてる時に無意識で撫でちゃってた!? ど、どうしよう…。なんて誤魔化せば…。) 「イチは撫でるのが上手なんだな…。最初はびっくりしたけど、すごく気持ちよかった。」 「え、えーっと…。」 「クリークもたまにこうして頭を撫でてくる時があるんだが、もしかして寝癖でもついていたか?」 「そ、そう!寝癖!寝癖がついてたの!まったく!身だしなみには気をつけなさいよね!」 「そうだったのか…。一応朝練の前に鏡で確認はしたんだが…。とにかくありがとう、イチ。助かったよ。」 「ど、どういたしまして…。」 「イチ、ひとつお願いがあるのだが聞いてくれないか?」 「な、なによ。改まっちゃって…。」 「その…、寝癖がついていない時でもさっきみたいに頭を撫でてほしいんだ…。」 「えっ!?」 「クリークに撫でられる時とはまた違って、イチに撫でられるとすごく安心してなんだか心がポカポカした気持ちになるんだ。だから、また撫でてほしい。ダメだろうか…?」 (くっ!その耳をペタンと倒して上目遣いで見つめてくるのは反則でしょ…!なんでこういうところもそっくりなのよ!あーもう!) 「わ、わかったわよ!やってやるわよ!でも、人前では絶っ対にやらないから!」 「本当か!ありがとう、イチ!じゃあさっそく…」 「…オグリ、アタシの話聞いてた?」 「?この時間なら登校する子も少ないし、今は私とイチのふたりきりで人前ではないと思うのだが…?」 「やんないわよバカ!」 Part8 (≫111) ≫111 二次元好きの匿名さん22/03/20(日) 23 18 53 タマ「イチのお母さんか…どんな人なんやろ、緊張するな…」 モニー「タマ先輩も緊張とかするんですね」 タマ「レースとはまたタイプがちゃうからな、どんな人か知っとるかモニー?」 モニー「ノリが軽くてちょっと変なことする人だってよく言ってます、それ言ってるときのイチの顔満更でもなかったのでいい人だとは思いますよ」 タマ「まぁイチのお母さんやし悪い人ではないやろうけど」 モニー「そういえば、イチを産んだときから見た目全然変わってないらしいですよ」 タマ「ホンマかそれ、凄いな…イチのお母さんやしスラッとした綺麗な人なんやろなぁ」 モニー「そうでしょうねぇ」 イチママ「どうも〜イチちゃんのお友達さん!」 タマモニ「あ、どう」 タマモニ「!!!!???」 Part9 (≫144~148) ≫144 二次元好きの匿名さん22/03/23(水) 23 25 18 【中央生専用掲示板】 レスアンカーワンとか言うオグリギャルwwwww 1:一般ウマ娘 デキてるよね? 2:一般ウマ娘 距離感クッッソ近いよな 3:一般ウマ娘 一緒にお弁当食べてるの何回見たことか 4:一般ウマ娘 距離感近い友達ってだけじゃないの? 5:一般ウマ娘 ベンチで二人肩寄せ合って寝てたのも見たぞ 6:一般ウマ娘 →4 でもあのお弁当毎日イチちゃん先輩が作ってるみたいだよ 7:一般ウマ娘 →6 中身見たことあるけど凄かったよ冷凍食品ポイッと入れてとかそんなんじゃなくてそこそこ時間かかりそうなやつだった 8:一般ウマ娘 マジ…? 9:一般ウマ娘 →7 愛妻弁当…? 10:一般ウマ娘 俗に言う通い妻 11:一般ウマ娘 バレンタインのとき本命よって言ってオグパイにチョコ渡してるの見たぞ 12:一般ウマ娘 それ結構話題になってたけどどんな感じだったん? 13:一般ウマ娘 オグパイに生徒達が群がってたら颯爽とイチちゃん先輩が現れてチョコを渡したオグパイが義理チョコというやつかありがとうと言ったら本命よと言い放った黄色い歓声があがった保健室に一人担ぎ込まれた 14:一般ウマ娘 マジかよ…ホントにデキてそうだな… 15:一般ウマ娘 ずいぶん差したなイチちゃん… ───────── 87:一般ウマ娘 今すぐテレビ点けて!凄いことになってる!? 88:一般ウマ娘 今外にいるから貼って 89:一般ウマ娘 90:一般ウマ娘 エッッッ!!!??(困惑) 91:一般ウマ娘 ファァァーーーーwwwwWWW!!!?? 92:一般ウマ娘 デキてる(確信) 93:一般ウマ娘 デキてる(確定申告) 94:一般ウマ娘 これでデキてなかったら逆に怖いわ ───────── 192:一般ウマ娘 ねぇ…オグリが「今日は気持ちよくしてくれ」って言いながらイチちゃんと同じ部屋に入っていったんだけど… 193:一般ウマ娘 !!!?? 194:一般ウマ娘 こいつらうまぴょいしたんだ! 195:一般ウマ娘 …え?マジで…そういう…? 196:一般ウマ娘 オグリが「痛い!イチやめて!」って叫んでるんだけど… 197:一般ウマ娘 オグリ先輩が…猫ちゃん…? 198:一般ウマ娘 オグリ「吾輩は猫である」 199:一般ウマ娘 イメ損 200:一般ウマ娘 夏目漱石の方がイメ損されてないか…? ✎このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています Part10 その1(≫36~37) ≫36 二次元好きの匿名さん22/04/02(土) 22 10 37 【中央生専用掲示板】 イチちゃんのママさんさぁ… 1:一般ウマ娘 デカすぎなんだわ 2:一般ウマ娘 ボン・キュッ・ボンなんだわ 3:一般ウマ娘 なんだったら゛追加してもいいんだわ 4:一般ウマ娘 ゆっさ♡ゆっさ♡ 5:一般ウマ娘 おちちたわわなんだわ 6:一般ウマ娘 レースしてるときもライブしてるときもばるんばるんしてるんだわ 7:一般ウマ娘 君の愛馬が!ユサユサ 8:一般ウマ娘 男゛の゛人゛が゛可゛哀゛想゛だ゛よ゛ぉ゛立゛て゛な゛い゛よ゛ぉ゛!゛!゛!゛!゛ 9:一般ウマ娘 勃ってるのにな 10:一般ウマ娘 あれで旦那と高校生の子供もいるんだぜ 11:一般ウマ娘 旦那さんはOKしてるの?あんな露出ヤバい勝負服着てるの 12:一般ウマ娘 最初は断固反対だったけど必死の説得で許可貰ったらしいよイチちゃん先輩も許可だしたらしい 13:一般ウマ娘 ほぇ~なんでアンカーワンさんはOKしたの…? 14:レスアンカーワン 二人に押されてOKしちゃったのよ「露出度だったら他の子達の方が凄くない?」って言われて… 15:一般ウマ娘 あ、先輩…トレーニングお疲れさまです 16:一般ウマ娘 言われてみれば私の勝負服も露出度で言えばイチママと同じぐらいでお父さんにめちゃくちゃ心配されてたわ 17:レスアンカーワン 悔しかった…だって乳かっぴらいてる人たちに比べたらしっかり隠れてるだけマシなのホントだもの…… 18:一般ウマ娘 ママと同じ学校通ってるだけでもキツいのに、あんな格好で走って踊って私にだけチュウされたらアタシだったら死んでまうわ 19:レスアンカーワン それだけじゃないのよ…お母さん休み時間のたび私のクラス来るのよ…食堂で一人飯してたら確実に相席してくるのよ…しかもお母さんと比べられたりもするのよ「お母さんに比べれると物足りない」って…… 20:一般ウマ娘 その人、顔から下見て言ってそう(偏見) 21:レスアンカーワン よく分かったわね 22:一般ウマ娘 お悔やみ申し上げます 23:レスアンカーワン 死んでへんわ その2(≫101~103) ≫101 二次元好きの匿名さん22/04/13(水) 01 06 48 「ごちそうさまでした」 ご飯大盛り・コロッケ3つ・味噌汁一杯・漬け物少量、至って普通である…しかし普段は文字通り山盛りの量で食べないと満足しない彼女ことオグリキャップ関して言えば、この量で満腹というのは異常事態である 「あの…無理な減量は体に良くないですよ…?」 「クリーク…無理なんてしていない、本当にこれで満腹なんだ」 「何かあったんですか?」 心配そうな顔をし見つめてくる 「調子が悪いなら無理せず休まれた方が…悩みがあるなら聞きますよ…」 皆に迷惑をかけたくなかったから自分だけで何とかしようと思っていたのに心配をかけてしまっては意味がない私は意を決し話すことにした 「胸がドキドキするんだ…」 「あら…。」 「顔が熱くなって…」 「あらあらあら…。」 「夜も眠れなくなって…」 「あらあらあらあら…。」 「イチのことばかり考えてしまうんだ…」 「あらあらあらあらあらあら、あらあらあらあらあらあら!!」 「どうしたんだ!?大丈夫か!?落ち着くんだ!!!」 「すいません、いきなりきたので」 普段はこうじゃないんですよ…と申し訳無さそうに小声で付け加え汗を拭いながらクリークは何か思いついた顔をした 「それをイチちゃんに相談してみてはどうでしょうか?本人に聞いてみるのが一番だと思いますよ!」 そう言うクリークは手を左頬に添えながら顔を傾け何故か嬉しそうな顔していた 「わかった聞いてみる」 クリークの様子に困惑しながら答えた 「応援してます!!!」 応援? ─────────── 「ねぇ、どうしたの」 たまには食堂で二人で食べないかと呼び出したはいいものの、中々切り出せず、不審がられてしまった 「え!?な、なにがだ!?」 「様子が変なんだけど」 「な、なんでもないぞ!!?」 声が裏返った、我ながらわかり易すぎる 「絶対ウソじゃん…わざわざ私を呼び出して…悩みでもあるの?話してみなさいよ」 いつ切り出そうかと機会を伺っていたら、あちらから聞いてくれた、彼女にまで心配をかけてしまったことに罪悪感をおぼえる 「実は…あるヒトのこと考えたら胸がドキドキするんだ…」 食事中の生徒達が皆が一瞬手を止めこちらを見た、すぐに食事を再開したが先ほどとは違い、話し声はせず食器の音だけが鳴っていた、皆こちらを意識し耳をたて、私が次に発する言葉を今か今かと待っていた、よく見ればクリークもいた「頑張って!」言わんばかりの顔でこっちを見てくる もう言ってしまったからには引き返せない 「だ、だからイチに…あ、あど、あどばいすぅ…というか…なんというか…相談したくて…」 「…へぇ」 イチは悲しそうな嬉しそうな不機嫌とも言えそうな表情をしていた 「その相手は誰なの」 「え!?えっと…すまない…言えないんだ…」 何故か言いたくなかった恥ずかしかった 「わたし?」 先ほどまでカチャカチャと鳴っていた音の一切が消え静まりかえる、そんな時間が数秒…体感にして数十秒…今だ状況を把握できていない周囲をよそに彼女は畳みかける 「私が好きなの?」 復旧しかけた脳に追撃をくらい脳がショートした、ここが90年代の漫画なら頭が爆発してチリチリになっていただろう 「騒がしくなってきたから、そろそろ帰るわ、また明日ね」 そう言い放ち足早に食堂を出た 残されたのは今だ放心状態の芦毛ウマ娘とすっかり食べることを忘れ黄色い声をあげている生徒達だけだった イチと私で分散していた視線が全て私にそそがれる 背中にチクチクと刺さる視線を感じながら顔を伏せ逃げるように食堂を後にした ─────────── 自室に戻りベットに倒れ込む 手を顔に添える、あまりの熱さに驚いて顔から手を離した、私がタコならすでに茹で上がってることだろう、正直レース終わりでもこんなに顔が熱くなったことはない 『わたし?』 『私が好きなの?』 あの言葉を思いだすたび顔が熱くなる 「明日からどんな顔して会えばいいんだぁ…いちのばかぁ…」 おわり その3(≫105~108)(***その2(≫101~103)の修正版) ≫105 二次元好きの匿名さん22/04/13(水) 01 43 51 「ごちそうさまでした」 ご飯並と・味噌汁一杯・漬け物少量、かなり少ない量のご飯…しかもアスリートである彼女が、この量で満腹というのは異常事態である 「あの…無理な減量は体に良くないですよ…?」 「クリークさん…無理はしていないんです…本当にこれで十分なんです…」 「何かあったんですか?」 心配そうな顔をし見つめてくる 「調子が悪いなら無理せず休まれた方が…悩みがあるなら聞きますよ…」 皆に迷惑をかけたくなかったから自分だけで何とかしようと思っていたのに心配をかけてしまっては意味がない私は意を決し話すことにした 「オグリのこと考えたら胸がドキドキするんです…」 「あら…。それって…」 コクリと頷き相槌をうつ 「あらあらあらあらあらあら、あらあらあらあらあらあら!!」 「お、落ち着いて下さい…恥ずかしいです…」 「すいません、いきなりきたので」 普段はこうじゃないんですよ…と申し訳無さそうに小声で付け加え汗を拭いながらクリークさんは何か思いついた顔をした 「それは言った方が言った方がいいですよ、アスリートとしてご飯を食べれないのは大問題ですし…それに…大事なことですから…言って解決するなら、それが一番ですよ…」 そう言うクリークさんは手を左頬に添えながら顔を傾け微笑んでいた 「わかりました言ってみます」 少し悩んだが私は決めた 「応援してます!!!」 「………はい!」 ─────────── 「イチ、どうかしたのか?」 たまには食堂で二人で食べないかと呼び出したはいいものの、中々切り出せず、不審がられてしまった 「え!?な、なにがあ!?」 「様子が変なんだぞ」 「な、なんでもないよお!!?」 声が裏返った、我ながらわかり易すぎる 「ウソだ…わざわざ私を呼び出して…悩みでもあるのか?話してみてくれ」 いつ切り出そうかと機会を伺っていたら、あちらから聞かれた、頬が熱くなる、聴こえてしまうのではないかと言うほど高鳴った鼓動を抑え、意を決す 「アンタのこと考えたら…胸が…ドキドキするのよぉ…」 食事中の生徒達が皆が一瞬手を止めこちらを見た、すぐに食事を再開したが先ほどとは違い、話し声はせず食器の音だけが鳴っていた、皆こちらを意識し耳をたて、私が次に発する言葉を今か今かと待っていた、よく見ればクリークさんもいた「頑張って!」言わんばかりの顔でこっちを見てくる もう言ってしまったからには引き返せない 「だ、だからアンタに…あ、あど、あどばいすぅ…というか…なんというか…相談したくて…」 「そうか…」 オグリは考え込みながら悲しそうな表情をしていた 「私が好きなのか?」 先ほどまでカチャカチャと鳴っていた音の一切が消え静まりかえる、そんな時間が数秒…体感にして数十秒…今だ状況を把握できていない周囲をよそに彼女は畳みかける 「私のことが好きなのか?」 復旧しかけた脳に追撃をくらい脳がショートした、ここが90年代の漫画なら頭が爆発してチリチリになっていただろう 「冗談だ、お弁当の内容を考えすぎていたんだろう…すまない私のせいで…イチとは、こうやって学食を食べるだけでも楽しい、だからしばらくはそうしよう、そろそろ帰る、また明日会おう」 そう言い放ち食堂を出た 残されたのは今だ放心状態の栗毛ウマ娘とすっかり食べることを忘れ黄色い声をあげている生徒達だけだった オグリと私で分散していた視線が全て私にそそがれる 背中にチクチクと刺さる視線を感じながら顔を伏せ逃げるように食堂を後にした ─────────── 自室に戻りベットに倒れ込む 手を顔に添える、あまりの熱さに驚いて顔から手を離した、私がタコならすでに茹で上がってることだろう、正直レース終わりでもこんなに顔が熱くなったことはない 『私が好きなのか?』 『私のことが好きなのか?』 あの言葉を思いだすたび顔が熱くなる 「明日からどんな顔して会えばいいのよぁ…おぐりのばかぁ…」 おわり Part11 その1(≫96~98) ≫96 二次元好きの匿名さん22/05/09(月) 16 25 05 ある食事会の日の風景 「ふう···ただいまタマ」 「おーお帰りー、オグリ。お邪魔してます」 「イチ、もう来てたのか」 「こらこら、そうじゃないでしょ」 「むっ···ただいまイチ、いらっしゃいませ」 「うん、よろしい」 「イチは厳しいな。お母さんみたいだ」 「誰が誰のお母さんよ」 「イチが私のお母さんみたいだ」 「···説明しろって意味じゃない」 「違うのか?」 「ハァ···もういいわ」 「タマ達はどこに行ったんだ?」 「タマモ先輩とクリークさんは何故か足りなくなってた料理の材料を買いに出掛けました」 「」ピタッ 「タマモ先輩曰く『おっかしいなぁー、昨日まで確かにあった筈なんやけどなぁー、昨日寝る前に確かに確認したのに授業が終わって一旦帰ってきたら足りなくなってるわー、しゃーない買いに行ってくるわー。···それはそれとしてオグリは何か知らへん?』ですってよオグリさん?」 「」メソラシ 「オグリ」 「ナ、ナニモシラナイゾ」ギギッ 「ふーん」ジーッ 「」ダラダラ 「へぇー」ジジーッ 「」ダラダラダラ ─────────── 「ま、知らないんなら仕方ないか」 「ううっ···す、済まないイチ。夜中にお腹が空いてしまって、つい」ショボン 「はぁ···そういう時は私かクリークさんにLINEでも送ればいいでしょ。大体アレは材料であって料理じゃないでしょうに」 「だが、その、夜中に私のお腹ためにイチ達を起こして迷惑をかけるのはやっぱりダメだ」 「···気を使うポイントがずれてるのよ、アンタは」 「?イチ?」 「えいっ!」パチン 「あいたっ!?」 「うりうり」ムニムニ 「な、何をするんだ、酷いぞイチ」 「餅みたいね、アンタのほっぺ」ムニムニ 「私のほっぺは食べても美味しくないぞ」 「···いい、オグリ。私は誰?アンタの何?」 「それは···レスアンカーワン、私の親友だ」 「っ!」 「イチ?」 「あーなんでもない···コホン。そう、アンタの友達よ。ならつまらないこと気にしてないで困った時は頼んなさい」 「そうか···そうだな、わかった。ありがとうイチ、私はいつもイチに助けられてばかりだ」 「心配しなくてもこの貸しはいつかまとめて返してもらうから」 「ああ、任せてくれ。その時はどんなことでも全力でイチを助けてみせる」 「(···ばーか、こっちはとっくに返しきれない程のものアンタから貰ってるわよ)」 ─────────── 「それはともかくイチ」 「ん、なあに?」 「そろそろほっぺを放してくれ。本当にお餅になってしまう」 「えっ、あ、ゴメ···」「ただ今帰りまし···あらぁ?」 「」「ああ、お帰りクリーク、タマ」 「タマちゃん」 「なんや、どしたんクリーク?早く入ってくれんとウチが入れんやろ」 「ちょっと学食でお茶してきましょうか、一時間位」 「へ、なんでや?今戻ってきたばかり···ちょっ、そんな引っ張んなや!?」 「もう、ダメですよタマちゃん。お二人の邪魔しちゃ、めっです」 「クリークさん?!ちょっと待って!誤解だから行かないで!話を!話を聞いてください!」 「なあ、イチ。もう私は(お腹が)我慢出来そうにない」グウーッ 「このタイミングで誤解を招きそうなこと言うなー!」 その2(≫140~141) ≫140 二次元好きの匿名さん22/05/14(土) 17 01 31 『お花見』 「ひゃー、流石に混んどるなぁ」 「満開ですもんね、桜」 「まぁみんな考えることは一緒っちゅーわけやな。お、犬もおるやん」 「場所はこの辺でいいかな……」 「なぁ、イチは犬と猫どっちが好きなん?」 「なんですタマ先輩藪から棒に」 「ん、いやー?さっき犬おったやん?せやからなんとなくなー」 「……それなら断然、犬です」 「断然ときたか。なんでや?」 「そうですね、すぐに鼻を近づけてきたりして懐っこいところ、尻尾を振って駆け寄ってくるところ、お手とかも嫌がらずにしちゃうところとかですかね」 「おお結構言うやないか。しかしまぁ、犬が好き言うたらそんなもんやろな」 「ならなんで聞いたんですか……」 「なんとなく言うたやろ……あ!おーい!オグリぃー!」 ─────────── 「!」 タッタッタッ 「イチ、タマ、遅くなってすまない」 「かまへんかまへん。ウチらも今着いたとこやし。道ぃ迷わんかったか?」 「そう言えば方向音痴なんだっけ、オグリ」 「大丈夫だ。この公園は朝のランニングで通るからな」 「あ、そうなんだ。ねぇオグリ」 「む、イチ、なんだかいい匂いがするな」 「えっちょっ、顔近っ」 「ハンバーグの匂いがする。うん、今日のお弁当が楽しみだ」 「そっちか……」 「相変わらず食いもんにはめざといやっちゃなー。犬みたいな嗅覚や」 「さっきも尻尾振って走ってきてたし。本当に犬みた……い…………」 「どうしたイチ。お腹が空いたのか?」 「まだ来たばっかりやろがい!……ちゅーのは置いといて……なるほどなぁ?」 「いや、これはその、オグリはウマ娘だし!その、あの」 「イチ、慌てなくていいぞ」 ギュッ 「……お手までしよったわ」 「わ、わ、わ」 「大丈夫か?イチ!?」 おわり Part14 その1(≫119) ≫119 二次元好きの匿名さん22/08/08(月) 20 40 44 モニー「ねぇ横で色々やられてるとアタシ寝れないんだけど…アンタ明日も練習あるでしょ…もう寝なよ」 イチ「ごめんもうちょっと…もうちょっとだから…」 モニー「…はぁアンタと変わりたいよ…目的を忘れて色恋に現を抜かせれて羨ましい〜…あぁ〜でも今より遅くなるのはイヤかなぁ〜」 イチ「好きなんかじゃないわよ!!」 モニー「そこなの?後半に関する言及はないの?結構酷いこと言ったよ?なんだったら前半も中々なこと言ってんよ?それはいいの?」 向かい部屋「うるさいよ!」 イチモニー「ごめんなさーい」 その2(≫152) ≫152 二次元好きの匿名さん22/08/14(日) 08 23 52 ねぇモニーちょっといい? なによ 前言ってたチア服届いたんだけどさいきなり皆の前で披露するの恥ずかしいし心配だからさ先にモニー見てくれない?感想聞きたいの まぁ…別にいいけど ありがとーじゃ着替えてくるから チア服…かなり露出あるけど大丈夫なの…? アイツのことだしそんな露出あるやつ選ばないか… おまたせしましたー! Part15 その1(≫56~61)≫18より派生 ≫18 二次元好きの匿名さん22/08/22(月) 02 25 11 イチちゃんを慕う娘がいてちょっとむむってなるオグリを見てみたい イチはすごいウマ娘だからな……!なんて思いながらも 日常の端々でモヤモヤした気持ちが残ってて 流石に練習の時までは引き摺ってなかったけど タマとかに 今日なんか変やで? なんて言われて かくかくしかじかしたら なんやホの字か〜? なんて揶揄われて ??? ってなって でも練習の時はそないでもなかったな! って言われて イチは…ちゃんと走らない私なんて見たくないと思うから 的なことを言って タマは こりゃ相当やなぁ なんて言って 後日イチに 大変やろけど応援してんで! って激励?しに来る ≫56 18 22/08/27(土) 02 15 19 『あ、あの!』 「……………」 「…………?」 「……アンタのお客さんじゃない?」 「! そうなのか?」 『あ、や、えーっと、その……違うんです…』 「………てことは、アタシ?」 『はい!』 「……ふ、ふふふ………」 『えっと、その! 昨日、その……走ってるところ見ちゃって、それで……すごく速くて、その…綺麗で!きょ、今日、併走!していただけませんか!』 「ふふ、ふふ………勿論、構わないわよ」 『!ありがとうございます!! じゃあ、放課後、絶対来てくださいね! 絶対ですよ!』 「ふ、ふ、ふふふっ……どーよ! これがアタシのカリスマよ! ………あ、でも…そっちとの折り合いがつかなくなっちゃうわね……折角アンタが空けてくれたのに」 「ううん。…構わない。イチは、凄いウマ娘だから……私だけが独り占めしてはいけないと思う」 「う、ぎ、ぎぎ…っ……ま、まぁ、とにかく! ありがとね! 絶対埋め合わせはするから!」 ───────── ………何なんだろう。 「…………………」 「オグリ………野菜ばっかそんな山盛りで足りんのかいな」 ───────────────── ………どうして、こんなにモヤモヤしているんだろう。 「…………………」 「オグリ? …オグリ〜? ちょ、ちょいマニキュア塗りすぎてへんか??」 ───────────────── ……喜ぶべきことなのに。 「オ〜グ〜リぃーーっ!!!」 ! 「す、すまない…タマ。じゃあ、始めようか」 ……とにかく、今私がすべき事は…走る事だ。 ───────── 「あっかん……もー無理……もーいッ歩も動かれへん…! 併走、誘ってもらっておーきにな、オグリ」 「こちらこそ。むしろ、急に誘ってしまって……迷惑じゃなかっただろうか……?」 「えーてえーて! ウチもここんとこ他のと併せしとらんかったしな、そろそろしときたいと思うてたんや! ……それよりウチはむしろ……今日のアンタのが気になったけどな。どないしてん」 「…………」 「タマは、魔法使いみたいだな…」 「いや、自分が分かりやす過ぎんねん。ウチの地元やったらツッコミのオンパレードやで」 「……そうなのか」 「例えやで? ほら、包み隠さず言うてみんかい! アンタとウチの仲やんか、な!」 タマは、やっぱり魔法使いみたいだ。私の気持ちを分かってるみたいに言葉を入り込ませてくる。 「…うん、ありがとう…タマ。じゃあ、聞いてくれるか?」 「よし来た! 十中八九は…あのイチとかいう娘のことなんやろけど………て、ハハハ。ホンマアンタ分かりやすいなぁ」 ───────── 「ふーん………要するに、その後輩いうのにイチが慕われとって……取られたって思ったんや。…く、ふふ……それであんななるって……アンタ、イチにホの字なんちゃうか?」 「ホの………?」 「………んー、まぁ、ええわ。忘れて」 取られたと、思ったからなのだろうか。あの時、イチに言ったことも…私は多分、本当にそうだと思ったから言ったんだ。 なのに、どうして……こんなに、胸が気持ち悪いんだろう。 「………分からないんだ」 「………ん〜、まぁ、そんなこともあるわな。ウチだって分からんことなんかごっつぅあるし。でも、アレやな! 走っとる時はそないな感じせんかったけど、それはどうなん?」 「! それは…………」 それは、分かっている。 何故、靴裏から飛んだ柴と一緒にモヤモヤを置いていくことが出来たのか。 それは……… 「……きっと、イチは、見たくないと思うから。ちゃんと、きちんと、走ることが出来ない私のことを」 「………ほぁ〜…………」 「……こりゃあ、相当やなぁ」 「? 何か、変だっただろうか」 「…ううん、何もあらへん。……いやぁ、それにしても……今日の風はホンマ気持ちいいなぁ」 ───────── 「…これで、いいかな……や、ちょっと焼き過ぎ…? …!……はーい! …って、タマモ先輩? モニーなら今出てますけど……待ちます?」 「や、お構いなく! ちょっとした野暮用やしな。……にしても、美味そうな匂いやなぁ……これ、明日の弁当?」 「? そうですけ「誰のん?」 ………誰だって、いいじゃないですか」 「……ほ〜ん。……結構、似たり寄ったりなんかもな」 「え?」 「んーん、なんでも! 色々骨折るやろけど、ウチは応援してるさかい…頑張りや!イチ!」 「? へ?え……ぁ、はい……ありがとうございます……?」 その2(≫147、149~152) ≫147 二次元好きの匿名さん22/09/11(日) 13 51 16 ――ロクでもないヤツ、なんてものはホントどこにでもいるらしい。 私を人気のない校舎の裏に連れてきたふたりのウマ娘を見て、そう思わずにはいられなかった。 「悪いなァ、いきなりこんなところまで連れてきて」 「ウチらね、ちょーっとアンタにお願いしたいことがあんのよ」 口の端をつり上げて歯をむき出しにする、下品な笑い方。 生理的な嫌悪感でしっぽがムズムズした。 そういやこんな不良ウマ娘も、トレセン学園にはいたんだっけか。 「……で、私に何の用ですか」 「聞いたぜ。お前あのオグリキャップと仲いいんだろう?」 「そんなのあなたたちには関係ないでしょう」 「オイオイオイ、ちっとは口のきき方に気を付けた方がいいんじゃねぇのか!?」 ふたり組の片割れが私の襟首を締め上げる。 喉に感じる鋭い痛み。 どうせレースでもロクに活躍できない不良ウマ娘、と高をくくっていたけれどかなりの腕力だ。 「なぁに、カンタンなお願いだ。あのオグリキャップ様に頼め。ちょっとカネを貸してくれ、ってな」 ふざけるな、と言おうと思ったけれど。 締め上げられた喉からヒュウヒュウと空気が漏れるだけだった。 「それになぁ、お前ムカつくんだよ。オグリキャップに金魚の糞みたくベタベタしやがって。 どうせ有名ウマ娘とコネを作っとこう、とかそんな理由なんだろ?」 「アタシらに目をつけられた時点でなぁ、もう終わりなんだよ。同じトレセンにいるんだから逃げられるわけがねぇ」 ふたりの不良が獲物をいたぶるように私をにらみ付ける。 私の抵抗する気力はとっくに折れてしまっていた。 ────────────────────────────────────────────────────── 「まずはお前の持ってる分だけでいいから、出せや。あとはオグリキャップから金借りてこい」 「どうせオグリキャップはたっぷり稼いでるんだし、少しくらい分けてくれたっていいじゃん」 怖い。どうしようもなく怖かった。 もちろん、オグリから金をたかるなんて絶対にイヤだ。 でも理不尽な暴力を受けた私のメンタルはもう限界で。 ――オグリなら、きっとお願いすればお金を貸してくれるんじゃないか。 そんな考えが、頭の中をよぎってしまう。 「オラ、返事はどうなんだよっ」 締め上げたまま体をゆすられる。 喉が痛くて呼吸すらままならない。 とりあえず今だけでも苦しみから解放されたくて、私は不良の申し出を受け入れるしかなかった。 心の中で、何度もオグリに「ごめんなさい」と謝りながら。 私はこくこくとうなずく。 了承の合図と受け取ったのか、不良は私を締め上げる手を離した。 「ようやくわかってもらえたか。助かるわぁ。今月結構ピンチだったから」 「そんじゃ今持ってる分だけでも出してもらえる? ああ、それと」 不良の片方がにやにやと笑いながらスマホを取り出した。 「脱いで裸になれ。写真に撮ってやるからよ。もし誰かにバラしたら拡散してやるからな」 「恥ずかしくて脱げないってか? 何なら手伝ってやってもいいぜ」 下品な笑いを浮かべながら、ふたり組は私ににじり寄ってくる。 本気だ。このふたりは、本気で私から全てをむしり取ろうとしてるんだ。 私のお金も、プライドも、大切なものも、何もかも。 「たすけ――」 「おっと、今さら騒ぐんじゃねぇ」 不良の手のひらが私の口をふさいだ。 もう片方が私の制服のホックに手をかける。 スカートを外され、中に履いているスパッツまで下ろされて。 もういっそ死にたい、と心の中で叫んだ、その時だった。 ────────────────────────────────────────────────────── 「な に を し て い る ?」 銀髪のような芦毛をなびかせて。 私が今まで見たこともない、殺気すら感じるほどの怒りを浮かべながら。 オグリキャップが、そこにいた。 「何をしている?」 いつの間にか不良ふたりは直立不動になっていた。 それくらい怖いのだ、今のオグリが。 「黙っていてもわからないぞ」 たとえ野生のヒグマと直面したとしても、今のオグリと比べればたぶん大したことない。 そう思えるくらい今のオグリは怖かった。 あの食いしん坊で、天然で、優しいオグリとは別の存在に思えてしまう。 にらまれるだけで心臓が止まりそうだ。 「イチに何かしたのか」 オグリは服を脱がされけている私の方をちらりと見る。 まあこの状況を見れば、何かよからぬ事があったのは明らかだ。 ずいっ、とオグリが不良たちと距離を詰める。 不良たちは恐怖で固まってしまっているのか、逃げようとすらしなかった。 「何をしたんだ……どうした、話せないのか」 なおもオグリは近づくと、両手でそれぞれの不良たちの肩をつかんだ。 肩をつかまれた瞬間、不良たちは「ひいっ」と情けない声を上げていた。 「私が大食いなのは知っているだろう。もちろん肉だって食べる。いや、むしろ大好物だ」 不良たちがカチカチと歯を鳴らし始めた。 震えているのだ。 このオグリという「怪物」からにじみ出るオーラに圧倒されて 「活きのいいウマ娘の肉は――さぞ美味いんだろうな」 「たっ……たすけっ……」 「い、命だけは……」 不良たちふたりはカタカタ震えながら、その場に水たまりを作っていた。 ────────────────────────────────────────────────────── 不良たちが戦闘不能になったのを見届けると、私はそそくさと服を着直した。 それからオグリに手を引かれ、寮の私の部屋へと向かう。 幸いモニーはいなかった。そういえば今日はタマモ先輩と併走するって言っていたっけ。 「あの不良たちに何をされた? 話してくれ」 怒っているようにも見えるけれど、さっきのように怖くはなかった。 むしろ心配の色の方が濃いように見えたから。 隠しても仕方ない。私は不良たちにされたことを全て話すことにした。 「――とまあ、こんなところ。ああ、先生やたづなさんには内緒ね。あんまり大事にしたくないし」 「ダメだ! また同じことがあったらどうするっ」 オグリの大声に少し驚いてしまう。 でも本気で心配してくれてると思うと、少し嬉しい。 「こういう時は大人を頼らないとダメだ。でないと手に負えないと思った時には、すでに手遅れになってしまう」 「そっか……そうだよね」 「あと、頼るなら私を頼れ。イチに悪いことをするヤツは、全部食べてしまうからな」 「ははっ、いくらオグリでもさすがに無茶でしょ。えっ、冗談……だよね?」 まさか不良ウマ娘たちも、あの時は本気で「食べられる」と思ったのだろうか。 いや、さすがにそれはないだろう。無いと思う……たぶん。 「ところでイチ、あの不良たちに傷つけられなかったか」 「少し喉は痛いけど、あとは何ともないよ」 「す、スカート、脱がされていただろう。まさか変な事をされて――」 「何もないって!」 「よかった。私はてっきりイチが傷物にされたかと思って」 「いや傷物って表現!」 「とにかく無事でよかった。けれど、イチがまた今回のように悪いヤツに絡まれたりしないか不安なんだ」 「まあ気を付けるよ。でもあれだけオグリがしっかり脅してくれたから、大丈夫だと思うけど」 「いいや、それでも心配なんだ。できることならイチから一秒たりとも目を離したくない。私はそれくらいイチが大切なんだ」 オグリが私の手を包むように掴んだ。時に怪物と呼ばれる彼女の手は温かくて、柔らかかった。 「さ、さすがに心配しすぎでしょ……」 ぷいっ、と私はオグリから顔をそらした。 今の赤くなった顔は、できれば見られたくなかったから。 ────────────────────────────────────────────────────── あれから数日後。 私はモニーと買い物のため外出していた。 そういえば、あれからあの不良たちとは会っていない。 風の噂では学園から姿を消した、なんて話もあるようだけれど。 ぶるる、と私のスマホがメッセージの着信を震えて知らせた。 「イチってば、今日スマホいじってばっかりじゃない?」 メッセージを確認する私を見て、モニーは面白くなさそうに文句を言ってくる。 「……ごめん」 「いや、そんな深刻な顔で謝らなくても。どうしたのさ、何かあったの」 モニーと出かけている間だけで、メッセージの着信はとっくに10件を超えていた。 さすがにいちいち返信はできない。 というか、なんて返信したらいいのか。 『イチ、今日は出かけているのか。部屋にいないから心配したぞ』 『買い物に行っているのか。どうして私に声をかけなかった?』 『またアイツらに絡まれたら大変だ』 『今どこにいるんだ?』 『電話してもいいか』 『ああ、やっぱりイチが心配だ』 『お互いの居場所がわかるアプリを入れておけばよかった』 オグリから送られてくる大量のメッセージ。 ちらりとスマホをのぞき見たモニーはひきつった苦笑いを浮かべていた。 「これは……愛されてるなぁ」 「愛されてるっていうか、過保護なのよ。私だって自分の身くらい自分で守れるってば」 「そういって危険な目にあったから、こうして心配されてるんでしょ」 「ぐぬぬ。まあ、これからは気をつけるわ」 「それに……私だって、心配なんだからねっ」 ぼそり、とモニーが何やらつぶやいていたけれどあえて返事はしなかった。ひとりごとのようにも聞こえたから。 とりあえずオグリには「大丈夫だから。ごめんね」とだけ返信しておく。 それから私は、少しだけ顔の赤いモニーと買い物を続けた。 Part16 その1 グランドライブ編1 (≫58~65) ≫58 二次元好きの匿名さん22/09/20(火) 18 25 58 『イチ..?あー、あのオグリキャップの親友の』 『オグリちゃんとよく一緒にいる娘ですよね!かわいくて結構好きです!』 『一緒にいるオグリキャップが幸せそうな顔してるのが印象的でしたね』 『レースは、どうなんだろう?よく知らないですね』 よせばいいのに、ついつい気になってしまう。私はネットで時々、自分の名前、"レスアンカーワン"を検索してしまう。 検索して一番に出てくるのは、"イチ"の評判、オグリと一緒にいる写真。 レースの成績なんかはそれなりにスクロールしなければ見つからない。 私はレースの成績の割にはファンが多い。 でもそれは、例えばウララちゃんのような、頑張り屋なところが評価されてとかそういうわけじゃない。 ただオグリとよく一緒にいるから、オグリの親友というイメージが付き、所謂箱推しのような形でファンが増えた。 だから、私のレース成績のこととか余り知らない人が多い。 彼らが好きなのは、オグリと一緒にいる"イチ"であり、レスアンカーワンではないから。 "レスアンカーワン"を応援してくれている人は、いない訳ではないが、殆どいない。 全く不満がないと言えば嘘になる。 でも、特に嫌なわけではない。 それに、これは、私への罰のようなものだから。 オグリに嫌がらせをしようと絡みにいって、その結果が生んだ状況だから、これは私が甘んじて受け入れるべきことなのだろうと思っている。 でも、こうしてネットで検索して改めて突きつけられると、モヤモヤとした気分が強く感じられる。 この気持ちを放っておくのも良くないと思い、気分転換に少し散歩をすることにした。 門限も近かったから、学園内をうろうろと散策することにした。 ────────────────────────────────────────────────────── 暫く学園内を歩き回り、模擬ライブ会場の近くを通りかかる。 何人かの娘達が集まって踊っていた。 ライブの練習だろうか。 そんなことを考えながら前を横切ろうとすると、突然後ろから声をかけられた。 「あ!レスアンカーワンちゃんだよね!少し時間いい?聞いて欲しいお話があるの!」 突然自分の名を呼ばれ驚いて振り向くと、そこにはスマートファルコンがにっこりとした笑顔で立っていた。 「突然ごめんね。少しだけでいいの。今、急いでたりする?」 何の話かは分からなかったが、一線で活躍する娘に名前を知ってもらえていたという嬉しさがあり、話を聞くぐらいならいいかなと思った。 「ええ、まあ、特に予定はないので、大丈夫ですよ」 「本当!よかったぁー。えっとね、実は私達、グランドライブっていう大きなライブを計画しているんだけどね」 そう、嬉しそうにファルコンさんはグランドライブ計画の説明を始めた。「どう?グランドライブ参加してくれない?」 説明を終えたファルコンさんが期待のこもった眼差しを向けてくる。 「うーん..確かにウィニングライブ以外の形っていうのは目新しさがあっていいと思います。 でも、私なんかより適任の人はいっぱいいますよ。グランドライブ実現の為には観客も多く集めなきゃいけないですよね?私なんかよりも、もっとファンが多い人に声をかけた方がいいと思います」 先程まで、ファンのことでモヤモヤを抱えていたせいか、つい僻んだことを言ってしまった。 でも実際、オグリみたいなスターを呼び込んだ方が計画成功 私みたいなのが参加しても.. ────────────────────────────────────────────────────── 「ファンの数は関係ないよ!」 ファルコンさんは語気を少し強めてそう言い切った。 「私が言うのもおかしな話かもしれないけれど、ファンの数が多い娘ばかりを集めても、それは形を変えたウィニングライブにしかならないと思うの」 だから、と彼女はしっかりと私の目を見据えて言った。 「ファンの数は関係ない、関係なくしなきゃいけない」 「でも、観客が集まらなかったらどうしようもないですよね」 「う..そこはなんとかする。なんとかしてみせる!」 だから、お願い。とファルコンさんは顔の前で手を合わせてお願いしてきた。 その時は、ファルコンさんの理想に共感しないわけじゃなかったし、参加したくないわけではなかった。 ただ、勉強とトレーニングの両立でも大変なのにそこにグランドライブも加わるとなるとやはり迷わずにはいられなかった。 だから、少し考えていた。 すると、ファルコンさんが言った。 「それに、さっきはああ言ってたけど、イチちゃんもファンの数は多いよ!」 ファンの数を引き合いに出して断ろうとしたこと、その後で迷っている素振りを見せたから、多分、励ますつもりで言ってくれたのだろう。 私の本名も、愛称も知ってくれていて、いつもなら喜んでいたのだと思う。 ────────────────────────────────────────────────────── いつもなら、「そんなことないですよ」とか笑いながら当たり障りなく流せる。 でも、今は、そうできなかった。 「多くなんてないです。皆さん実質的にはオグリのファンみたいなものですし」 まただ。ファルコンさんは何も悪くないのに、つい刺のある言い方をしてしまった。 やっぱり、断ろう。こんな私が参加しても、きっと迷惑にしかならない。 あの、と口を開いた瞬間、横から誰かが割ってはいってきた。 「やあやあ。ファルコンくん。この娘を勧誘しているのかい?」 「あ、タキオンちゃん」 割って入ってきたのはアグネスタキオンさんだった。 この前、皐月賞を獲った、これまた一線級よウマ娘だ。「ふーむ。その顔から察するに、余り良い反応を貰えていないようだねぇ」 「うっ。さすがタキオンちゃん。鋭い..」 タキオンさんの乱入に邪魔されちゃったけど、ちゃんと断らなきゃ、とタキオンさんに向けていた目線をファルコンさんに戻した。 その時、タキオンさんが興味深げな顔で、おや?と私の方へ近付いてきた。 「君、確かどこかで..ああ、そうだ。オグリ君の親友、イチ君、だったかな..?」 今日は厄日だ。 いつもなら、ここまでモヤモヤすることもないのに。 ────────────────────────────────────────────────────── むしろG1を獲るようなウマ娘に自分のことを知って貰えているなんて嬉しくなってもおなしくないのに。 今日に限って。 エゴサなんて、やっぱり録なことにはならない。 私は少し伏し目がちになりながら、小さく「はい」とだけ答えるので精一杯だった。 その様子を見ていたタキオンさんは、少し顎に手をあて、何かを思案する素振りを見せたかと思えば、直ぐに私の耳に顔を近付けて囁いた。 「君という存在を皆に刻み付けるチャンスだよ。レスアンカーワンくん」 驚きと困惑が私を襲った。 私の名前を知っていたことに驚いたのは勿論。 私の抱えているモヤモヤを知っているかのような発言も さっき、私のことはなんとなく知っている程度というような言動をしていたことも私を混乱させた。 「なんで..」 私は驚きと混乱で、思わずそう口に出していた。 「なんで、とは、何に対してのことかな?」 タキオンさんはそう、意地の悪い目をしながら、ニヤリと笑った。 少し冷静になり、一つの考えに思い至った。 もしかして最初の、私のことをオグリの親友と言ったあの言葉は、私の反応を見るためだったんじゃないか、と いや、でもなんのために? というか、何で私の悩みを知って..? ────────────────────────────────────────────────────── もしかして、ファルコンさんとの会話、聞いてたんじゃ..? 「恐らく君の想像通りだと思うよ」 クックックッと彼女が笑う。 「そして私の予想通りでもあった、という訳さ!」 両手をばっと左右に広げ、人差し指と薬指をピンと立たせた謎のポーズを取りながら、彼女は言った。 この人は心が読めるんだろうか。 それともそう思わせているだけ..? もし会話を聞いていたならいつから聞いていたんだろう? わからない。 それに、ずっとニヤケた笑みを浮かべていてなんだか少し腹立たしくも感じるけれど。 でも、私は彼女の言葉で気持ちが揺らいでもいた。 「君にとっても悪い話ではないはずだ。どうだい?私達と共にグランドライブを成功させてみないかい?」 タキオンさんは、またさっきの変なポーズをして、勧誘してきた。 なんだか、掌の上で踊らされているようにも思ったが、私の気持ちは傾いていた。 心のモヤモヤも少し晴れていた。 答えが分かったから。 私が、何にモヤモヤとした感情を抱いていたのかの。 ううん。本当はずっと分かってたんだと思う。 それに自分への罰だなんだと蓋をしてきた。 でも、彼女の言葉でその蓋が開けられてしまった。 でも-- ────────────────────────────────────────────────────── 「でも、私はファルコンさんみたいな、凄い目的とか、理想とかないですから。足を引っ張るだけだと思います」 この言い方では参加自体が嫌とは言っていないということに言い終えてから気が付いたが、時既に遅し。 先程まで、私が不機嫌な態度をとってしまっていたせいで、困ったような顔をしていたファルコンさんの表情が明るくなった。 一応断りの文言を言ったはずなのに、まるで気にしていないかのように。 対照的に、タキオンさんは先程までのニヤケているような笑みが消え、真剣そのものな表情になっていた。 そして、私の目を見据えて、口を開いた。 「何かを成し遂げたいと思う気持ちに、大層な理由なんて、必要ない。私はそう考えているよ」 彼女は、直ぐに元のニヤケた笑みを顔に浮かべ、またまた謎のポーズをして声を張り上げた。 「グランドライブは皆のエゴをぶつける場所さ!」 エゴ、マイナスの意味で使われているその言葉に、何故だか私は惹かれた。 「それに、参加者皆がファルコン君と同じ目的を共有しているわけではない。私とて、そうさ。ただ、私の目的の為に利用出来ると考えたから、こうして参加している」 ファルコンさんがエッというような顔をしているのが視界の端に見えたが、タキオンさんは構わず続ける。 「君も存分に利用したまえ。グランドライブとは皆のエゴの、夢のためにある」 ────────────────────────────────────────────────────── 私は、オグリと一緒にいる"イチ"として好かれていることが、特段嫌な訳ではない。 でも、全く不満がないと言えば、嘘になる。 私を"レスアンカーワン"として応援してくれる人は殆どいない。 でも、いない訳じゃない。 メイクデビュー以降、レースの度に観客席から私の名前を叫ぶように呼んで、応援してくれている人達がいる。 数百人、もしかたら数十人にも満たないかもしれないけれど、確かにいる。 私は、私なんかをそんな風に応援し続けてくれている人達に、"レスアンカーワン"のファンに「勝てたよ」でも、「応援ありがとう」でもなくって、「私のことを好きになってくれてありがとう」って伝えたい。 そして、私は、"イチ"のファンに"レスアンカーワン"の存在を、叩き付けたい。 こんなの、完全に私のエゴ、我が儘だ。 でも、もし、それが許される場だと言うのなら、その為に使ってもいいと言うならば.. 気付けば、口を開いていた。 「私、参加したいです。いえ、参加させてください。グランドライブに!」 その2 グランドライブ編2 (≫77~82) ≫77 二次元好きの匿名さん22/09/22(木) 18 53 36 グランドライブ計画に参加してから数週間経った。 毎日、トレーニングの後にライブの練習や勧誘で忙しく、自由な時間なんて殆ど無くなった。 でも、不思議と後悔を感じたことはない。 参加したいと言ったときに「私は全て分かっていたよ」とでも言いたげな表情をしていたタキオンさんの顔を見た瞬間を除いて、だけど。 そんなある日、いつも通り、朝のお弁当を渡してオグリに渡して、食べ終わるのを待っていた時のことだった。 オグリが珍しくお弁当の中身や味のこと以外で私に話しかけてきた。 「イチ..その、最近寮に戻る時間も遅くて、とても忙しそうだが、何かあったのか..?」 オグリにはすっかり伝えたつもりだったが、どうやら伝えていないという事実を失念していたらしい。 トレーナーさん、モニー、そしてクリークさんには話していた。 だから自然とオグリにも話していたと思い込んでいた。 「ごめん。そういえば言ってなかったね。実は私、今グランドライブ計画に協力してて、それでレッスンとかで帰るのが遅くなってるの」 「グランドライブ..ああ、噂になっているやつだな。イチも参加していたのか」 その会話の後はいつも通り、オグリがお弁当を食べ終えるまで会話はなかった。 「ご馳走さまでした」 「はい、お粗末様でした」 「今日も美味しかったぞ。ありがとう」 そう言ってオグリは私にお弁当箱を差し出した。 ────────────────────────────────────────────────────── 「ありがと」 いつも通り、そのまま朝練に向かおうと立ち上がりかけた時、オグリが少し不安気にも見える顔で私に言った。 「もし、イチが大変なら、朝の弁当は無理しないで大丈夫だぞ。私は、イチの邪魔はしたくない」 オグリが私を引き留めるなんて珍しかったから何を言われるのか少し不安だったけど、彼女の言葉を聞いて、安心した。 「無理なんてしてないよ」 そう笑いかけた。でも、オグリはまだすっきりしてないようで、「本当に無理してないか?」と尋ねてきた。 「本当だよ。もう一年ぐらい続けてるから、むしろ作らなかったら調子が狂っちゃう」 オグリはようやく安心したように、「そうか。良かった」と呟くように言った。 しかし、オグリはまだ何か考えているのか、まだ少し難しい顔をしていた。 「オグリ、どうしたの?」 「いや、うん。イチと一緒にライブが出来たら楽しいだろうなと思ったんだ。私も、グランドライブに参加しようかな」 「ダメ!」 ────────────────────────────────────────────────────── 口に出した私が驚く程の声でそう口に出していた。 「イチ..?」 「あ、いや、違くて、オグリと一緒にやるのが嫌とかじゃないの。ただ..」 「ただ..?」 オグリはさっきよりも不安そうな顔をしていた。 当然だ。後から思い返しても、私がなんであそこまで強く言ってしまったのか分からないほどなのだから。 ただ、困惑と同時に、ある強い思いを抱いてもいた。 私は、オグリにも.. 「ただ..オグリには、観客として私を観てて欲しいの。"私"を、観て欲しい」 そこで漸く私は我に返った。 「あ、いや、ごめん。何言ってるんだろうね。オグリがやりたいって言うのに、私がダメって言う権利もないのにね。アハハ。ごめん。ホント」 早口でまくし立てる私のことをじっと見つめた後、オグリは、頷いた。 「分かった」 「え..?」 「イチがそう言うなら、私は観客として観ようと思う」 オグリは真っ直ぐに私の目を見据えながらそう言った。 その声音からは私への信頼を感じた。 ────────────────────────────────────────────────────── 「~~っ!もう、本当..そういうとこが..」 私はそう小さく口にしながら、恐らく赤くなっているであろう顔を見られないように、オグリから目をそらした。 「何か言ったか?イチ」 「..別に..ずるいなって..」 私は何を言っているのだろう。 「ずるい..どういうことだ?」 「何でもない!じゃあ、私行くから!」 私はそう言ってお弁当箱を抱いて、そのまま駆け出した。 「いや、何で追いかけて来てんの!?」 私が駆け出した直後、オグリがそのまま後ろから追いかけてきた。 ────────────────────────────────────────────────────── 「イチ、すまない。何か怒らせるようなことを言ってしまったのだろうか」 その言葉を聞いた私はスピードを緩めながら、否定した。 「怒ってるわけじゃない」 オグリもスピードを緩め、私の近くで止まる。 「じゃあ、どうしたんだ?」 「何でもない」 私がそのまま再び歩きだそうとすると、オグリに腕を掴まれた。 「何か、嫌な気持ちにさせてしまったなら正直に言って欲しい。私はイチに嫌われたくはないんだ」 本当にずるい、これで振り切って行けるわけないじゃないか。 「オグリにドキドキさせられたなんて!本人に向かって言えるわけないでしょ!」 そうヤケっぱちで言い捨て、オグリの腕を振りほどき、走り出す。 オグリは私の言葉に、声の大きさか内容にかは分からないけど驚いたみたいで、今度は追いかけて来ることはなかった。 オグリに変な不安を抱かせたり、最後に無理矢理腕を振りほどいたりしたことに罪悪感を覚えつつ、私はそのまま駆けていった。 イチの言葉に驚き、その場に取り残され暫く呆然としていたオグリキャップは、誰に向かって言うでもなく、一人、ポツリと呟いた。 「確かに、私はずるいな。イチと過ごす時間が減るのが寂しくて、私も参加すると言ったなんて、絶対に言えないから」 その3(≫101) ≫101 二次元好きの匿名さん22/09/25(日) 14 14 23 モニー「はいこれ、お祝いのケーキ」 イチ「お祝い? えっ、なんもお祝いされるようなことなんかないけど」 モニー「だって、ほら。できたんでしょ・・・彼氏」 イチ「彼氏!? いないってば、そんなの」 モニー「見たんだよ、商店街でイチと帽子をかぶった男が歩いてるの。男の顔はちらっとしか見えなかったけど」 イチ「男となんて出かけるわけないでしょ?きっと見間違いだってば」 モニー(見間違いなわけない。あれは間違いなくイチだった) モニー(どうして隠すんだろう。私には話してくれないんだろうか) モニー(ルームメイトで、ライバルで、親友だって思ってたのに) モニー(もしかして・・・そう思ってたのは、私だけ?) イチ「ねえモニー」 モニー「な、なに?」 イチ「それ、たぶん・・・変装してたオグリだと思う。GⅠレースの後だから、あんまりファンから声をかけられると落ち着かないからって。それで帽子で髪と耳を隠してたの」 モニー「うそでしょ、それじゃあ私の勘違い?」 イチ「うん、まあ、そうなるかな。でもさ」 モニー(は、恥ずかしい・・・) イチ「ケーキは、半分こしようか」 モニー(そう言って、困ったように笑いながらイチはケーキを切り分けてくれた) イチ「うん、おいしい。モニーは私があそこのケーキ屋さん好きだって知ってたんだね」 モニー「もちろんでしょ。だって――」 ――私はイチの、友達だもの。 その4 男装オグリとイチのデート (≫121~125) ≫121 男装オグリとイチのデート がやがやと騒がしい休日のショッピングモール。 私はオグリとふたり、連れ立って出かけていた。 「今日のイチはずいぶんと可愛い服を着ているな」 オグリが真顔で言い放つ。 さらっと事もなげに言ってくるのが、ちょっぴり腹が立つ。 こっちは顔が赤くなるのを抑えるのに必死だというのに。 ちなみに、いつもより張り切ってオシャレをしたのは内緒だ。 「べ、別に可愛くなんかないわよ。それよりオグリはなんでそんな・・・男の子みたいな格好なの」 今日のオグリはロングヘアを後頭部にまとめ、帽子をかぶって目立たなくしている。 耳も隠れているから、よほどじっくり見ない限りオグリキャップだとはわからないだろう。 「今日はなるべく、目立たないようにしたんだ。ファンに声をかけられないように」 「あら、オグリってファンサービスとか苦手なタイプだっけ?」 そんなことはない、とオグリは首を振る。 「せっかくイチとのお出かけだからな。イチとの時間を大事にしたいんだ」 どくん、と心臓が飛び跳ねた。 本当に何なんだ、この芦毛の怪物は。 「あっ、あそこ、キッチン雑貨のお店! ちょっと見てくるっ」 耐えきれずにオグリと距離をとる。 動揺したせいで変な汗まで出てきた。 大丈夫かな、クサくないだろうか。 別にオグリはそんなこと気にしないとは思うけど、そんなことまで気にしてしまう。 すぐにオグリは追い付いてくる。 そう思っていたのだけれど、オグリがやってくる気配はない。 ────────────────────────────────────────────────────── 「――あ、あの! いっしょに写真撮ってもらえませんかっ」 さっきまでオグリがいた方向から、黄色い声が聞こえてくる。 振り向けばオグリが知らない二人組の女から声をかけられていた。 「オニイサン、すっごくカッコいい! 銀髪が似合う男なんて生で初めて見た」 「もしかして外国のヒト?ねぇお願い、ちょっとだけでいいから」 頭の悪そうな若い女に囲まれても、オグリは落ち着いていた。 さすがはGⅠで何勝もしているウマ娘。 戸惑ってはいるようだけど、取り乱すことなく対応していた。 その光景を見て思い知らされた。 私なんかとは格が違うのだ、オグリキャップというウマ娘は。 気が付いたら私は駆け出していた。 もちろん全速力ではないけれど。 それでもショッピングモールを走るには、ヒトにとっては十分に危ないスピードだった。 「――おい、気をつけろ! どこ見てんだ!?」 「ウマ娘じゃないか、危ねえな」 どすん、と重い衝撃。 見上げればいかにもガラの悪そうな若い男がふたり立っていた。 片方の男は、私がぶつかったところを痛そうに押さえている。 その光景を見て、私は背筋がすうっと冷たくなった。 「おいおいおい、ウマ娘が店の中を走り回ったらダメだろ」 「トレセンに通報されたくなかったら……わかってるよな?」 ウマ娘がヒトにケガをさせるのは、正当な行為でない限り許されない。 トレセンに入学してから何十回も言い聞かされてきたことだ。 「ご、ごめんなさい。私の不注意で」 こんな混み合ったお店で、走ってぶつかってケガをさせたなんて知られたら、トレセンを退学になってもおかしくない。 それだけはなんとか避けたかった。 ────────────────────────────────────────────────────── 「まあ、こんな可愛いウマ娘ちゃんとお知り合いになるチャンスなんてそうそうないからな」 「悪いようにはしねぇ、ちょっとお兄さん達と遊ぼうぜ?」 ニヤニヤと笑う男どもの、ねっとりとした視線。 私の耳、胸、お尻、太ももから、つま先まで。 気持ち悪い。本当に気持ち悪い。 でも、ここで抵抗したら、私の立場が悪くなってしまう。 覚悟を決めた――その時だった。 「イチ!!」 帽子をかぶったオグリが駆け寄ってくる。 その姿をみた男どもは、挑発的な表情をオグリに向けた。 「なんだテメェ、この子の彼氏か?」 「彼氏ならよぉ、お前にも責任取ってもらおうか。さっき思いっきりぶつかられてな、まだ痛てぇんだ」 殴りかかりそうな勢いで男どもはオグリに詰め寄った。 このままじゃオグリもただではすまない。 私のせいだ。私のせいでオグリに迷惑をかけてしまう。 私のせいで、もしオグリがレースに出られなくなったりしたら―― ――イチ、大丈夫だ。問題ない。 ウマ娘だけに聞こえるくらいの、小さなささやき。 そんなかすかな声が、私にとっては何よりも頼もしかった。 「申し訳ない。ここは私が誠心誠意をもって、対応させてもらおう」 そう言ってオグリは帽子を脱いで、まとめていた髪をほどいた。 芦毛のロングヘアがさらりとなびく。 まるで風になびくカーテンのように舞う髪からは、ふんわりと花の香りがした。 もし三女神がもし目の前に現れたとしたら、きっとこんな感じなんだろう。 気付けば、私もガラの悪い男たちもぽかんと口を開けていた。 オグリの姿に見とれてしまっていたのだ。 ────────────────────────────────────────────────────── 「た、助かった……」 がくり、と力が抜ける。 よろけた私をオグリが支えてくれた。 「大丈夫か。立てるか?」 大丈夫、と言おうと思ったけれど思ったように脚に力が入らない。 情けないことに、男どもに絡まれたせいで思ったより私はビビッてしまっていたらしい。 私が歩けなくなっていることに気づいた店員さんが、バックヤードにある休憩スペースを使っていいと声をかけてくれた。 「すまない。少しの間、休ませてもらえるだろうか」 ひょい、とオグリは私を抱え上げた。 いわゆるお姫様抱っこ、というやつで。 トマトみたいに赤くなった私は、あっという間にバックヤードに連れ込まれてしまった。 ちょこん、と休憩スペースの椅子に座らされる。 オグリは膝をついて私と視線の高さを合わせた。 「……すまない、すぐに駆け付けられなくて」 「別に怒ってないし」 「もう心配ないぞ、私がいるからな」 「わかってるわよ、そんなの。だってオグリが来てくれたんだもの」 とはいえオグリはまだウマ耳がふにゃりと垂れてしまったままだ。 まだ私を危ない目に合わせてしまったことを気に病んでいるらしい。 「ああ、もう、私は大丈夫だからっ。せっかくだし美味しい物でも食べて帰りましょう」 しょんぼりしたオグリに少しでも元気を出してほしかった。 私はぴしゃりと自分のひざを叩いて、立ち上がろうとして。 焦っていたせいか、椅子に足をぶつけてよろけてしまう。 「イチ、危ない!」 がっしりと私を支えてくれたオグリに、そのままもたれかかる。 やわらかい感触、花のような香り、そして――オグリの匂いがした。 ────────────────────────────────────────────────────── 「私はそこまでお腹は空いていない……本当だぞ。だから今日はもう帰ろう」 「やだ」 オグリが私を心配してくれているのは、痛いほどわかる。 わかるけれど、それでも。 「なあ、そろそろ離れた方がよくないか」 「やだ」 それでも、私はオグリに抱きついたまま離れない。 「……やれやれ、今日のイチはずいぶんわがままだな」 諦めたように、ふっと笑ったオグリの手が私をそっとなでる。 今日はオグリを困らせて、甘えてばかりだ。 でも、せめて今日くらいはいいだろう。 そう開き直って、私はオグリにぐりぐりと鼻先をすり寄せた。 その5 (≫149) ≫149 二次元好きの匿名さん22/10/02(日) 20 36 28 部屋にはオグリと私、ふたりきりだ。モニーはどこかへ出かけたのか、戻ってくる気配はない。 「なあイチ、これを受け取ってくれ」 ムカつくくらいキリっとした顔をしたオグリが、小さな小箱を取り出した。 たぶん5センチ四方くらいだろうか。 オグリがその箱を開ける。閉じ込められていた煌めきがきらきらと輝いた。 私にだってわかる。これがダイヤモンドだってことくらいは。 「え、なにこれ、指輪・・・?」 「ああそうだ。受け取ってくれ。これは婚約者の証しだ」 「で、でも・・・ウソでしょ、私ウマ娘よ?」 「気にするな、カサマツじゃ全然ありだ」 私の精一杯の抗議を、オグリはまったく意に介することなんかなくて。 くいっ、と私のあごを持ち上げる。 私はもう身動きなんてできなかった。 オグリの顔が、唇が近づいてくる。 怖いわけではないけれど、無意識のうちに目をつぶっていた。 視界はなくても気配はわかる。 アイツの唇が、もう少しで、触れそうに―― ― ―― ――― 「……だめっ!」 目を覚ませば、見慣れた部屋。そしてモニーの穏やかな寝息。 「なんなの……意味わかんない」 ずいぶんと妙にリアルな夢だった。本当にムカつく。 どうして起き抜けにこんなモヤモヤした気持ちにならないといけないの。 それもこれも、あのやたら顔の良い芦毛のウマ娘のせいだ。 起きるには少し早い時間だけれど、二度寝はできそうにない。 仕方なく私は、ちょっとだけ手の込んだお弁当をアイツに作ってあげることにした。 その6 グランドライブ編3 (≫169~175) ≫169 二次元好きの匿名さん22/10/05(水) 19 14 33 思えば、不思議だ。 あの日、私はエゴサをしていなければ、グランドライブには参加していなかったかもしれない。 ファルコンさんが私に声をかけなければ、 タキオンさんの言葉が私のエゴの蓋を開けていなければ、今、私はここにはいないだろう。 この計画に参加しなければ卒業まで関わることもなかったであろう娘達と肩を並べ合っている。 二人には感謝している。 私の思いを皆にぶつけるチャンスを貰えた。 私の思いに気付かせてくれた。 だから、私の「夢」のためにも、彼女達の「夢」のためにも、今日は、絶対に成功させる。 今日はグランドライブ当日。 それぞれの「夢」を胸に抱いて、私達は躍り、歌う。 「やあ、イチくん。調子はどうかな?」 「さすがに緊張しますね。タキオンさんは..いつも通りですね」 「はっはっは!そう見えるかい?」 少なくとも緊張しているようには見えなかった。 「緊張してるんですか?」 「多少はね。これだけの時間を費やして来たんだ。緊張しない方がおかしいさ」 少し意外だった。全校生徒の前であれだけの演説をぶっていた彼女でも緊張するのだなと思った。 いや、あれだけのことを言ったからこそなのだろうか。 ────────────────────────────────────────────────────── 「二人ともー。十分後には始まるよー」 そうファルコンさんが私達を呼びに来た。 「ああ、すぐ行くよ」 「すぐ行きます!」 返事をして立ち上がった私は、ふと思い立って、二人を呼び止めた。 「あの、ファルコンさん。タキオンさん」 「どうしたの?」 「どうかしたかい?」 「その、ありがとうございました。私が、今日、ここにいるのは、お二人のおかげです」 私は深々と頭を下げた。 「お礼を言われるようなことはした覚えはないよ」 「そうだよー。私の方こそ皆にお礼を言わなきゃいけないのに」 「それに、終わった気になるのはまだ早いよ。グランドライブは、これからだよ」 確かに、その通りだ。 私は気を引き締め直し、二人と共に、待機場所へと向かった。 ────────────────────────────────────────────────────── ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「よーさん人おるなー。大盛況やな」 「ああ、だが、正面の位置を取れなかったのは残念だ」 「ステージの通路?かしら、がぐるっと一周してるように見えますし、此方にも来るんじゃないですかね~」 「変わった形のステージですね」 今日、私はタマとクリーク、モニーと共に、グランドライブを観に来ていた。 タマの言った通り、観客はとても多く、移動するのが難しい程だ。 あの日、イチに観客として観て欲しいと言われてから今日まで、ずっと楽しみにしていた。 何故、イチは私に観て欲しいと言ったのか、その理由はまだ分からない。 だからーー 「観ているぞ。イチ」 ────────────────────────────────────────────────────── ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「うぅー。緊張してきたー」 トップバッターである私達は、既に360度一周しているステージの真ん中にある、砦のようなオブジェクトの中で待機をしていた。 緊張した空気がここには立ち込めていた。 そんな中、誰かがポツリと漏らした緊張の言葉を、ファルコンさんは聞き逃さなかったようだ。 「よし!皆で円陣をくまない?少しはリラックスできるかも!」 ファルコンさんの提案があり、皆、めいめいに円形になるように並んだ。 20人近くが一つの円になり、手を重ねたから、かなりぎゅうぎゅう詰めになってしまった。 「せま!」 「きついー!」 そんな声も聞こえてきたり、それで笑った娘もいて、皆自然と張り詰めていたものが溶けていった。 「よーし!じゃあいくよー!」 ファルコンさんの掛け声で皆がざわつきを沈める。 「トレセーン!ファイッ!」 オー!と声を合わせ、重ね合わせた手を掲げる。 皆、緊張が解れたようで、笑みを交わしながら、再びそれぞれの待機位置へともどって行った。 そして、その直後、スタッフさんからもう始まるという旨の声がかかる。 私は最後に、ふう、と一息付き、前を見据えた。 ────────────────────────────────────────────────────── ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 観客席の照明が落ちて行き、辺りに光を与え続けているのはステージを照らすライトと皆の持つペンライトの光だけになっていく。 既に観客席は静まり返っている。 ウィニングライブとは違う、不思議な高揚感が会場を包んでいた。 そして、曲が、始まった。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 目の前の跳ね橋が降りていき、少しずつ会場の景色が目に入り始めた。 ステージに向かって行進をする。 やっと皆合えたね。 そうだ。やっとだ。やっと、私のエゴを"私"のファンにぶつける時が来たんだ。 絶対に、成功させる。 最初は私は後ろで、ウィニングライブならバックダンサーの位置で踊る。 グランドライブは皆が輝く、皆が夢をぶつける場。 今は、センターにいる娘達を輝かせる。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ ────────────────────────────────────────────────────── 「よく見えないですね~」 「ああ、向こうの画面もステージに隠れて余り見えないな..」 観客の山とステージの形に邪魔をされ、イチ達が踊っているステージの正面は小さくちらちらとしか見えなかった。 カメラが写した映像が投影される大きなモニターも観客席の上についているのだが、ここからだとそれも余り見えない。 イチからはこの辺りの席を取っておいて欲しいと言われていたのだが、聞き間違えたりしてしまっていたのかと、不安になってきていた。 だが、どうやらそれは杞憂だったようだ。 正面で踊っていたイチ達は左右半分程に分かれ、イチは私達のいる方へとステージを走ってきた。 彼女達は、ステージの階段を上り、少し高い位置にある、広場のようになっている位置に並んだ。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ ステージを移動し、階段を上った先にある、開けた場所に出る。 多分、この辺りの人達は、さっきまで私達の姿はよく見えてなかったはずだ。 だから、今度はここにいる人達に最高の私達を観てもらう。 そして、もうすぐだ。 私が、このライブで一番輝ける瞬間。 観ていてね。皆。オグリ。 次々と前に立つダンサーが入れ替わっていき、私も徐々に前に出ていく。 そして、最後に一気に、一番前に 「君と勝ちたい!!」 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ ────────────────────────────────────────────────────── 一瞬。 一瞬だった。 イチのその姿を見た瞬間、周囲から音が消えた。 ステージにいる彼女の姿は、キラキラと輝いて見えて..とても、綺麗だった。 イチが、真ん中にいたのは、時間にすれば10秒もなかっただろう。 けれど、その一瞬の彼女の姿が瞼に焼き付いて、離れなかったんだ。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ Part17 その1(≫75) ≫75 二次元好きの匿名さん22/10/16(日) 21 16 45 ~~レース前~~ イチ「……ねえ。あなたの髪飾り、ちょっと貸して」 オグリ「どうするんだ?」 イチ「いいから! すぐに返すから、早く!」 オグリ「わ、わかった」(髪飾りを外す) イチ「ん」 オグリ(イチは私の髪飾りを手に取ったまま、じっと見つめていた) オグリ(どうするつもりなんだろう、と不思議に思っていたら) オグリ(そっと、イチは私の髪飾りに口づけた) イチ「ねぇ……頭、出して。髪飾りつけるから」 オグリ「ん」 イチ「絶対勝って。おまじない、ちゃんとしておいたから」 オグリ「ああ、イチは私の勝利の女神だからな。絶対に勝利をプレゼントするから、帰ったら美味しいご飯を頼む」 イチ「寮の冷蔵庫に、もう仕込みはしてあるわよ。だから、その……頑張ってね」 ほんのりと赤く頬を染めたレスアンカーワンに送り出され、オグリキャップはパドックへ向かった。 レースの結果は――もちろん、言うまでもないだろう。 その2 (≫103~108) ≫103 二次元好きの匿名さん22/10/20(木) 17 49 21 「あ、あの!」 ある日、オグリと街を歩いていると、同い年ぐらいの女の子に、声をかけられた。 「すみません。その、フ、ファンです!」 緊張しているのだろう。少し上ずったような声でその女の子は言った。 「だってさ、オグリ。私は向こうで待ってるね」 いつものようにオグリのファンだろうと思った私は、オグリに目を向け、そう言った。 しかし、その娘が次に発した言葉は、私にとって想定外のものだった。 「あ、あの、いえ、えと、私、イチさんの、ファンで..」 「え、私?」 驚いて、つい聞き返してしまった。 オグリとセットで写真を求められたりすることはあるけど、オグリじゃなく私のファンだと言う人に声をかけられたことはなかったから。 「はい!私、デビュー戦の時に貴方の走りを見てから、ずっと、イチさんの、レスアンカーワンさんのファンで..」 そんな前から、と驚くと同時に、嬉しさと、なんだか気恥ずかしさが込み上げてきてむず痒くなった。 オグリの顔をチラリと見ると、何故か自慢気にも見えるニコニコな顔をしていた。 あんたは私の保護者か。 ────────────────────────────────────────────────────── 「えーと、ありがとう。すごく嬉しい」 私は素直に嬉しさを伝えた。 後は、何すればいいんだっけ。 オグリと一緒によくファンサをしていて慣れていた筈なのに、今は、緊張で上手く頭が回っていなかった。 「あ、こういう時はやっぱり握手かな」 私が手を差し出すと、ファンの娘はすごく嬉しそうに、私の手を握り返した。 「ありがとうございます!あと、サインもお願いしていいですか?」 「もちろん!」 彼女はバッグの中からメモ帳とペンを取り出し、お願いしますと私に差し出した。 私は、残念ながら自分のサインなんて考えたこともなかったから、少し味気のない、シンプルなサインを描いてメモ帳を返した。 飾り気のない地味なものだったが、それでも彼女はすごく喜んでくれた。 こんなに喜んでくれるとなんだか地味なものになってしまったのが少し申し訳なく感じられた。 サイン、考えとこうかな.. そんな私の気持ちを余所にファンの娘は本当に嬉しそうだった。 若干の後悔を感じつつも彼女の喜びが私にまで伝わってきて、私もすごく、嬉しくなってきた。 「あ、あの、ありがとうございました。宝物にします!」 彼女はそう頭を下げて、お礼を言ってくれた。 ────────────────────────────────────────────────────── 「こちらこそ、ありがとう。本当に嬉しいよ」 こんなにも私を推してくれている彼女に何か返せることはないだろうか。 そうだ。 「ねえ。良かったら一緒に写真取りませんか?」 「へ?え。ぜ、是非、お願いします!」 あわあわとスマホを取り出し、スマホを構えた彼女に肩を寄せて並び、ツーショットを撮った。 私も自分のスマホで記念に一枚、撮影した。 この時、私は嬉しさと興奮で、側で待ってくれているオグリのことをほっぽってしまっていた。 後から考えると待っててとか一言ぐらいかけておくべきだったのだろう。 でも、この時の私はその事に気付きもしていなかった。 「ありがとうございます!私、今日のこと絶対忘れません!」 その後も少しファンの娘と会話していると、突然、しっぽに何か触れた気がした。 気のせいかな?と思って特に振り向きもせず、会話を続けていると、今度は間違いなく、何かが私の尻尾を撫でた。 ────────────────────────────────────────────────────── 「ひゃ!?」 ビックリして少し小さく悲鳴をあげてしまつまたので、ファンの娘が「どうしました?」と心配してくれた。 「ううん、なんでもないよ。大丈夫」 そう笑顔で答えたが、内心は全然大丈夫じゃなかった。 私の尻尾に触れている何かは、フワッとした心地の多分、私の尻尾と同じようなものだ。 そして、それは徐々に私の尻尾に巻き付くような動きをしている。 まさか、と思い、後ろ目でチラリと尻尾の方を確認すると、綺麗な芦毛の尻尾が私のそれに巻き付いているのが見えた。 オグリ!?なんで急に..てかこれって.."尻尾ハグ".. 思わずオグリの方を向くと、なんだか少し怒っているような、拗ねているようなそんな目で私の顔を見ながら、頬を赤らめているオグリの顔があった。 やば、もしかして怒らせちゃった..? いや、でもそしたらこの尻尾はなんで.. そんな私の様子からファンの娘もオグリの様子に気がついたようだ。 オグリの表情を見た彼女は、あっ。というような顔をした。 そして、どうやら私の足の間から尻尾も見えたのだろう。視線を下に向けた彼女は、数秒、フリーズしたように動かなくなったが、突然、顔が真っ赤に変わった。 「あ、あのすみません。長々と、そろそろ失礼いたします。本当にありがとうございました!」 顔を真っ赤にさせた彼女は早口でそう言うと、オグリに向かってこう言った。 「あの、オグリさん。私、応援してます!」 そして、ファンの娘は早足で去っていく。 私は彼女の背中に向かって「ありがとう。またね」と別れを告げる。 ────────────────────────────────────────────────────── 「あの、オグリさん。そろそろ尻尾を..」 ファンの娘がいなくなり、近くを歩く人達の視線が気になり始める。 「嫌だ」 「や、その皆に見られてるからさ..」 やっぱり怒らせてしまったのだろうか? なんだか拗ねたような声に心配が増していく。 「オグリ、怒ってる?ごめんね。ほっぽっちゃってて」 「怒ってるわけじゃない」 え?どういうことだ。じゃあどうして、いや確かに怒ってるのに尻尾を絡ませるとは思えない。じゃあこれって..? 「オグリ、妬いてるの..?」 まさかと思いながらも、そう尋ねてみると、オグリは赤らめた顔を小さく縦に動かした。 ドキッと心臓が高鳴る。 オグリ、嫉妬なんてするんだ..しかも、私のことで.. 多分、私も今、顔真っ赤だな。 「ねぇ、オグリ。じゃあさ、手、繋ご。このままだと歩きにくいしさ」 私の言葉に漸く尻尾をほどいてくれた。だが、ファンとの交流と、オグリの意外な感情で、私はすっかりテンションがおかしくなってしまったのだろう。 どうやら歩いている内に、無意識に尻尾を絡ませていたようだ。 寮の近くでタマモ先輩と出会ったときに、指摘されて気が付いた。気がついた時の私の顔は人生で一番赤くなってたと思う。 それどころか、別の生徒にも見られていたようで、後日、学園中の噂になってしまったのはまた別のお話。 その3 (≫123) ≫123 二次元好きの匿名さん22/10/22(土) 21 28 58 寮の自室でスマホをいじっているモニーはふと顔を上げる。 目に入るのは、ルームメイトの空のベッド。 イチは朝から出かけている。 どうせ、お相手はあのオグリキャップだろう。 イチは気付いているんだろうか。 私と遊ぶ時間も、おしゃべりする時間も、めっきり減ってしまったことを。 きっとしばらくは帰らないだろう。 私は自分のベッドから、おもむろにイチのベッドへともぐり込んだ。 イチの使っているシーツ。 イチの使っている枕。 イチの使っているコンディショナーのにおい。 こんなにもイチを感じることができるのに――イチはここにはいない。 それが寂しくてしょうがなかった。 イチをオグリキャップに奪い取られたような気分だ。 「ムカつく……ぽっと出のくせに、調子に乗って……」 気が付いたら、私はそんな言葉を口に出していた。 その4(≫143)≫137より派生 ≫137 二次元好きの匿名さん22/10/24(月) 22 14 32 イチちゃんが素直に「どうしたら許してくれるのか」を聞いたら モニーちゃんにちっちゃい声で「……しっぽはぐ」って言って欲しい ≫143 二次元好きの匿名さん22/10/25(火) 23 55 06 ハンバーグを作った。 にんじんのグラッセを添えた、渾身のひと皿だったのだけれど。 それでも、モニーは私と口をきこうとしてくれなかった。 カレーを作った。 じゃがいもの代わりににんじんを多めに入れたから、ウマ娘なら誰でも美味しいと言うはず。 それでも、モニーは私と口をきこうとしてくれなかった。 パンケーキを作った。 肉料理でもカレーでもだめなら、スイーツしかない。 すり下ろしたにんじんも混ぜ込んだ、優しい甘さのパンケーキ。 もしこれでモニーが許してくれなかったら、私はどうすれば―― 黙々とパンケーキを食べるモニーを、私はじっと見守ることしかできなかった。 モニーはパンケーキを食べ終えても黙ったまま。 その沈黙がやけに長く感じられて、怖かった。 私は、おずおずとモニーを上目づかいでちらりと見る。 モニーはぷいっ、と顔をそらした。 ああ、いよいよ「愛想を尽かされたんだなぁ」なんて思っていると。 「し……しっぽハグしてくれたら、許してあげる……」 ごにょごにょとモニーがつぶやく。 トマトみたいに真っ赤な顔、ぱたぱたと落ち着きなく動くモニーのしっぽ。 私は嬉しさのあまり、ちょっとだけ乱暴に自分のしっぽをモニーに絡ませた。 Part18 その1(≫75)≫124から派生 ≫124 二次元好きの匿名さん22/11/14(月) 21 08 42 スペ「あの、デジタルさん。『イチモニ』って知ってますか?」 デジ(ええぇ!?なんでスペシャルウィークさんがイチモニなんて単語を知ってるんですかぁ! レスアンカーワンさんとエイジセレモニーさんのカップリングを知ってるなんてウマ娘好きでも通だけですよ。 もしかしてスペシャルウィークさんもかなりディープなウマ娘ちゃんオタク!? 純粋そうなフリして実は夜通しウマ娘ちゃんの愛を語れるタイプなんですかね。 まさか同士がこんなところにいるなんて思いもしませんでしたよっ) スペ「デジタルさん、どうしたんだろう……鼻血出しながら固まっちゃった……。テレビの話をしただけなのに」 ※北海道では『イチモニ!』という朝の情報番組が放送されています ≫142 二次元好きの匿名さん22/11/18(金) 22 02 28 スペ「あの、スズカさん。『イチ』って呼ばれてる娘、聞いたことありますか?」 スズカ「イチ・・・?ああ、もしかしたら」 スペ「知ってるんですか?」 スズカ「たぶん、あの子だと思うの。朝に走りこんだ後、よく見かけたことがあるから。いつも朝早くから誰かを待っていたわ。お弁当を持って」 スペ「お弁当を持って、朝早くから、ですか・・・?」 スズカ「そうみたいね。あんな早い時間にお弁当を作っていたなら、きっと早起きして用意したんでしょうね」 スペ「うわぁ・・・私にはムリかもです」 スズカ「ふふ、スペちゃんは朝が苦手だものね」 スペ「ぐぬぬ・・・。言い返せないのが悔しいです。でも、きっと――」 スズカ「きっと?」 スペ「その『イチ』さんが丹精こめてお弁当を作っているのはよくわかりました。きっと、大切な娘のために作ってるんでしょうね」 スズカ「私もそう思うわ。だって――」 ――その『イチ』という娘はいつも、お弁当を持って誰かを待っている時、幸せそうな顔をしていたもの。 その2(≫165) ≫165 二次元好きの匿名さん22/11/21(月) 23 16 40 ~カフェテリアでの一幕~ タキオン「・・・はぁ」 シャカ「わざわざ隣の席に来てまで、辛気くせぇツラすんじゃねぇ」 タキオン「そうは言ってもねぇ、これは私にとって重大な問題なんだよ。命にかかわると言っても大げさじゃないんだ」 シャカ「どうせ聞くまで動かないんだろ。しょうがねえ、何があったか聞いてやろうじゃねえか」 タキオン「ああ、君はやっぱり優しいんだね」 シャカ「・・・テメーのPC、ハッキングして使い物にならなくしてやろうか?」 タキオン「やめたまえ、その脅しは怖すぎる」 シャカ「ならさっさと懸案事項を話したらどうだ」 タキオン「実はね、私の朝ごはんのことなんだが」 シャカ「あぁ?」 タキオン「そんなに怖い顔をしないでくれたまえ!モルモット君は昼ご飯しか作ってくれないんだ。朝ごはんまで作らせるにはさすがに忍びなくてねぇ」 シャカ「まあ、わざわざ早起きしてメシを作るのはそう簡単なことじゃねぇだろうな」 タキオン「ああ、そうだろう。でも聞いたことがあるんだ。あの芦毛の怪物に、ほぼ毎朝お弁当を作っているウマ娘がいるとね」 シャカ「ああ、レスアンカーワン・・・だっけな。物好きなヤツだな。オグリキャップに飯を作ってやるなんて、狂気の沙汰だぜ。炊飯器がいくつあっても足りやしねえ」 タキオン「まったくだ。論理的な行動とはいえない」 シャカ「確かに、ロジカルじゃねぇな」 ――めずらしく意見が一致した天才たちは苦笑いする。 誰かに朝ごはんを作ってあげるなんて行為は、決して論理的ではないかもしれない。 でもそこに込められた想いが、決して軽くないことも、理解しているから。 Part19 その1(≫41) ≫41 二次元好きの匿名さん22/11/28(月) 20 27 44 『オグリキャップのカワイイ写真が撮れちゃった😆💕皆にもお裾分けするね✨✨✨🤭#オグリキャップ#芦毛の怪物#オグリン』 これでよし、オグリキャップの情けない姿をネットに流す事に成功したわ…運営からの削除対策に嫌がらせとバレないように文面も整えたし完璧以外の言葉が見当たらないわ…流石私ね! ピロン♪ピロン♪ ククク早速RTやリプが飛んできたわね、どれどれ… 『保存した』『供給助かる』『#拡散希望』『失望しました…タマモクロスのファンやめます』『なんでやねん』『一生大事にする』『ウッ…ふぅ…やれやれこんな情けない顔をするとはな』『もしもしウマシコ警察?』『祭りの会場と聞いてきたけどおめぇイチだな?』『あらあら〜カワイイですね♪でも明日も 早いのですから夜更ししちゃ駄目ですよ?』『今年のスクープ大賞が決まったようだな…』『あーいけませんこれは危険ですあたしの魂が抜けてしまいます』 ホーッホッホッ!上々の反応ね!なんか見たことある人も居る気がするけど… その2(≫55~56)≫45、47より派生→≫58から60、72へと派生 ≫45 二次元好きの匿名さん22/11/29(火) 21 20 59 タマ「あんな、最近寒くなってきたやんか。そしたらオグリが『湯たんぽ』を抱えてきたんや」 クリーク「あら、意外とオグリちゃんってば寒がりなんですね~」 タマ「でな、どんな『湯たんぽ』やったと思う?」 クリーク「うーんと、抱えるってくらいだから、かなり大きな湯たんぽだったんでしょうか?」 タマ「いやな・・・オグリが抱えてたのな、イチちゃんだったんや」 クリーク「あら~~」 ≫47 二次元好きの匿名さん22/11/29(火) 21 34 01 寒さのあまり大ボケをかましてイチを抱えて走り去るオグリ 急に抱えられて状況に顔が真っ赤にしてオーバフローするイチ 必死の形相で追いかけるタマとフジとモニー それを眺めながら温かいお茶を手に、呆れた表情で「平和だねぇ」とつぶやくイナリと同調するクリーク ここまで幻視したわ。 ──誰かSSを頼みます(血涙) ≫55 二次元好きの匿名さん22/11/30(水) 17 48 58 ある日の午後、寮のリビング、幾人かのウマ娘達がが談笑していた。 「こんな寒い日に限って暖房の不調とはなあ、めっちゃ寒いわ」 タマモクロスはそう言いながら、手を擦り合わせる。 「そうですねぇ~風邪を引いたりしないように気を付けましょう」 スーパークリークも同調し、「暖かいお茶でもいれますねぇ」とキッチンの方へ消える。 「おおきにぃ」 「本当に寒いな」 オグリキャップもタマの横で寒そうに縮こまっている。 「あ~、湯タンポとか欲しいなあ~」 タマのその言葉に、オグリはピクリと反応する。 「湯タンポ..そうだ!」 目を輝かせた彼女は、そのまま寮生の個室の方へと消えていった。 「なんや..?オグリん湯タンポなんかもってたか..?」 彼女と同室のタマは、そういぶかしんだ。 「カイロでも取りにいったんじゃねぇのかい?」 タマの隣に座っているイナリワンがそう推測する。 「カイロかあ。カイロでもなんでも助かるなぁ」 同じくリビングに来ていたエイジーセレモニーが寒さに縮こまりながら言った。 「ーー!?ー?ーー...ー...」 暫くすると、廊下の向こうから何やら声が聞こえてきた。何か慌てているようにも感じられる声色だったが、リビングからは何を話しているかまでは届かなかった。 「何かあったんか?」 タマが様子を見に行こうと立ち上がったその時、何かを抱えたオグリがリビングへ戻ってきた。 そのオグリに抱えられた"何か"は今にも火を吹き出しそうな程真っ赤に顔を染めた、レスアンカーワン、イチだった。 イチを抱き抱えながら満足気な顔をしているオグリはまるで自分が何をしているのか分かっていない様子だ。 モニーは困惑した表情を浮かべ、イナリも苦笑いをするしかなく、一瞬の沈黙が流れる。 「オグリん、オグリん。それ湯タンポとちゃう。イチちゃんや」 あまりのことにいつもの激しい突っ込みも鳴りを潜めてしまったタマが静かに突っ込む。 オグリは何度か自身が抱き抱えているイチと周囲の様子を見比べる。 ────────────────────────────────────────────────────── 「...あ...」 漸く自分がしていることに気が付いたようで、みるみる内に顔を赤く染めた。 バッと踵を返しイチを抱き抱えたままリビングから逃げるようにして去ろうとするオグリをモニーとタマが追いかける。 「まてぇ!イチちゃんを解放せえ!」 「イチを湯タンポ扱いってどういうことですか!いつもどんな過ごし方してるんですか!?説明してください!」 「ち、違うんだこれは..!」 オグリに抱き抱えられたままのイチは混乱が収まっておらず、なすがままとなっていた。 「お茶入りましたよ~。ってイナリちゃんしか残ってませんね」 クリークがキッチンからお茶を入れて戻り、お茶をイナリの座る机に置く。 「ありがとよ。皆、オグリを追い掛けていっちまったからな」 「オグリちゃんを?」 「ああ。説明すると少し長く、お、丁度戻ってきたみてえだな」 再び廊下を書ける音と共にオグリがリビングへとかけ戻ってくる。 まだ、イチは抱えられたままで、相変わらず顔を赤くしていた。 そして、それを追ってタマとモニーも戻ってくる。 「ええ加減止まらんかぁ!」 その騒ぎを横目にイナリは苦笑し、お茶に手をのばす。 「まあ、こんなところでい」 「なるほど~平和ですね~」 「平和だねえ」 喧騒の横で二人は静かにお茶を啜る。 この後、騒ぎを聞き付けた寮長に四人は注意されることになるのだった。 ≫58 二次元好きの匿名さん22/11/30(水) 19 56 38 イチ「いいかげんにしなさい! 私はオグリの湯たんぽじゃないのよ!!」ウガー オグリ「す、すまない。そんなつもりじゃ・・・」シュン タマ(あいや。さすがにイチちゃんも我慢の限界やったかな) イナリ(湯たんぽ扱いされて怒っちまったねぇ) クリーク(あらあら、どうしましょう) イチ「湯たんぽじゃなくて。だ、抱き枕でしょ・・・」カオマッカ オグリ「そ、そうだったな。イチは抱き心地がいいからな!」フンス タマ(うわぁ口の中が甘すぎて砂糖吐きそうや) イナリ(濃~いお茶でも飲まなきゃやってらんねぇよ) クリーク(あら~~~どうしましょう。赤飯炊かないとですね) ≫60 了船長22/11/30(水) 21 25 36 ≫58 「部屋交換してる時さ、オグリ、私のベッド使ったことある?」 「それは……いや、無いな」 「あー……まあ、いいか。それはそれで」 「モニーは、私のベッドで寝ているのか?」 「あー……ノーコメントで」 「……やっぱり、そうなる……よな」 「背低いほうがあったかい、の、法則?」 「二人とも、部屋の交換というのはどういうことかな? 消灯後の不要な外出はいけないことになっているけど…… 」 「オグリって長距離イケる?」 「ああ。2500までなら」 「コツ教えて。あと、スタートは私のほうが速いから。お先!」 「あッ、モニー、ひといぞ!」 「2000までに捕まえてみせるよ、二人共!」 その後をねつ造しました とても尊いSSでした🙏 ≫72 二次元好きの匿名さん22/12/02(金) 12 21 24 ≫58 「さぁ始まりました『オグリキャップ対レスアンカーワン夫婦喧嘩記念』、開幕からイチの凄まじいポコポコパンチのラッシュが展開されてます」 「当たり前や、あんな人前で雑に扱ったら乙女心はズタボロやぞ」 「鈍感オグリキャップ、ひたすら謝るが逆効果。イチのラッシュは加速する一方」 「もうちょい雰囲気とか気にせぇって話や。二人っきり、日も傾いて薄暗い道を行く中で後ろからそっと抱き寄せつつ、耳元で『愛してるぞ、イチ(イケボ)』とかやらんとイチちゃんプンプンやで」 「でもよタマ、イチの奴抱き枕宣言してるぜ」 「天下の往来で何言ってんねや!!!!!こんな所でノンストップガール発動すんなや!!!」 「垂れウマならぬデレウマ回避が欲しいところですが、オグリキャップしっかり受け止めた」 「ポカポカ殴った後に身を寄せ合ってポカポカしてるというオチがついた所でレース終了、やかましいわ!おどれら惚気けてんのう賞に出走させたるぞ!」 その3(≫77) ≫77 二次元好きの匿名さん22/12/03(土) 13 03 03 ――栗東寮、寮長フジキセキの部屋。 寮長の特権である広々とした1人部屋に置かれたソファには、オグリキャップとレスアンカーワンがちょこんと座っていた。 ふたりともしゅんとした表情で、ウマ耳もへにょりと元気なく倒れてしまっている。 「今日は君たちに話があるんだ」 腕を組んで立ったまま、フジキセキはゆっくりと話し始めた。 「ああいや、別に君たちが悪いことをしたとか、お説教をするとかじゃないんだ」 フジキセキは微笑みを絶やさない。 けれどもその顔には少し疲れが見えた。 「……でもね、今日は言わせてもらうよ」 めったに怒ったところを見せないフジキセキが、もしかしたら怒っているかもしれない。 オグリとイチは内心びくびくと怯えていた。 「――栗東寮の他の娘達からね、苦情が来るんだよ。『オグリとイチが夫婦喧嘩してるから止めてください』ってね。そう、君たちがケンカするたびに連絡がくるんだ。確かに寮生どうしのケンカを止めるのは私の役目かもしれないけど、君たちの場合は違うよね!? 一見すればケンカに見えるけど、よく見たらいちゃついてるだけだよね!? 頼むから今後は人目を気にしてほしいな。ああ、もちろん……一線を超えるのは、学園を卒業してからじゃなきゃタメだよ」 かあっと顔が赤くなる。 横にいるオグリを見れば、オグリもトマトみたいに真っ赤だった。 「……申し訳ない」 「すみません、寮長にはご迷惑をおかけしました」 とりあえずフジ先輩に謝って、そそくさと部屋を後にする。 廊下のひんやりとした空気が、火照った顔を冷ましてくれた。 とりあえず、今後オグリと一緒にいる時は人目を気にした方がいいだろう――そう思って廊下を歩いていたら、左手に熱を感じた。 オグリが私の手をつかんでいる。 きっと無意識なんだろう。 私はふっ、と口元を緩めた。 まあ、人目を気にするのは、明日からでもいいだろう。 その4(≫103)≫106へと派生 ≫103 二次元好きの匿名さん22/12/06(火) 06 01 02 「イチさんよ、オグリンに脂っこい夜食食べさせて効率よく太らせる作戦はどうなったん?」 「駄目だった」 「でしょうね」 「しかも二次災害が起きた」 〜〜〜 『イチ、今夜もまた頼めないか』 『はぁ?流石に毎日は体が持たないわ』 『そんな…ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから』 『ちょっと、そんなに迫らないで…』 〜〜〜 「なんか誤解されてこのあと怒られた」 「コントかよ」 ≫106 二次元好きの匿名さん22/12/06(火) 22 26 25 ≫103 ――栗東寮寮長、フジキセキは語る 夜食ってことは、もちろん夜遅い時間なわけだよ。そんな夜更けに―― 『イチ、今夜もまた頼めないか』 『はぁ?流石に毎日は体が持たないわ』 『そんな…ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから』 『ちょっと、そんなに迫らないで…』 ――なんてやり取りを薄暗い寮のキッチンでしてたら、そりゃあ他のウマ娘に見られたら勘違いされるだろ? イチちゃんはオグリを胸やけさせようとしたんだろうけど、見てるこっちの方が胸やけしちゃうよ。困ったものだね。 その5(≫165) ≫165 二次元好きの匿名さん22/12/14(水) 20 30 34 モニー「あのー、タマ先輩。すいませんけど併走につき合ってもらえませんかね。一本だけでいいですからっ」 タマ「それくらいかまへん。一本と言わず何本でもいくで!」 モニー「タマ先輩、新しいシューズ選びで悩んでるんです。今度の休み、もし都合がよかったらつき合ってもらえないですか。無理ならぜんぜん大丈夫、ですけど」 タマ「なんや、それくらい全然OKや。かわいい後輩の頼みやからな」 モニー「あ、あの、実は福引で温泉旅行券が当たったんですよ。それで先輩がよければなんですけどっ。調べてみたけどけっこういい温泉みたいなんです。もし先輩がイヤじゃなければ一緒にどうかな、って」 タマ「ウチと一緒でええんか?誘ってくれて嬉しいわ、ありがとな!」 モニー「先輩、好きなのでつき合ってくれませんか」 タマ「もちろんええで!」 タマ「……んんっ?」 ◇◇◇◇◇ イチ「あれね、『フットインザドア』っていう交渉のテクニックよ。小さなイエスをくり返させることで、本当の目的にイエスと言わせるの」 オグリ「そうなのか。イチもモニーも頭がいいんだな」 イチ「別にそんな交渉術なんて使わなくても、直接気持ちをぶつければいいのよ。その方が相手に気持ちが伝わるでしょうに」 オグリ「そうだな、私もそう思う」 オグリ(……好きだ、なんて直接言えればいいのだけれど。そう簡単にはいかないんだ)
https://w.atwiki.jp/resanchorone/pages/21.html
目次 目次Part61つ目(≫45~57) 2つ目(≫118~123) 3つ目(≫157~159) 4つ目(≫178~193) Part71つ目(≫38) 2つ目(≫101~105) 3つ目(≫128~129) 4つ目(≫151~152、≫154) 5つ目(≫170~173) Part81つ目(≫39) 2つ目(≫45~47) 3つ目(≫116~124) Part91つ目(≫22~34) 2つ目(≫47~53) 3つ目(≫117~132) 4つ目(≫164~173) Part10その1(≫154~159、161) その2(≫189~192) Part6 1つ目(≫45~57) SS筆者22/02/04(金) 22 25 33 コイツに弁当を差し入れるようになって、2か月くらい。 毎朝必死に献立を考えるけど、毎回綺麗に食べられてる。 嫌いな食べ物なんて意外と思いつかないもので、こうもきれいに食べられると考えるほうが難しい。 いっそのこと冷凍食品だけ詰め込んだやつとか……?でも、鳥のつくねとかお肉巻いたフライドポテトなんて私だって好きだ。 今日も今日とて、葦毛のヒーロー様はパクパクおいしそうにお弁当にお箸をのばしてる。 「今日のサラダ、ドレッシングが食べたことない風味だ。これはなんて……いうものなんだろうか」 そう言いながらこちらをちらっと見る。直接聞かれない感じが、まだ警戒されてるみたい。 「私のお手製です。ありがとうございます」 「そうだったのか!手作りでもおいしいドレッシングができるものなんだな……」 感心しながらパクついてる。気に入らないやつからでも、褒められるのはやぶさかじゃない。耳が動く。 どの食材で嫌な反応するかな、とかじっと観察するけど、まるでいい反応がない。 「あ、その、どうしたんだ?顔に何かついているだろうか」 「あ、すみません。何でもないんです」 ウンともスンとも、黙っておいしそうに口に料理を運んでいく。いくら旬の時期とはいえ、白アスパラなんてそんなパクパク食べれるもんなの? ちょっとやるには早いけど、直接聞いてみるか。 「オグリさんって、小さいころ苦手だった料理とかってありましたか」 「むん?」 口いっぱいに詰め込んだ料理を一生懸命噛んで、ごくんと音を鳴らしながら飲み込む。 「苦手な料理か……うーん……」 決して短くない時間をかけて考え込んでいる。 「……特にないかもしれない。子供の時お母さんに作ってもらって、大事にとっておいたおにぎりを食べた時はお腹を壊してしまったから、嫌いというか苦手だが……」 ウソでしょ。そんなエピソード普通ある? 「……うん、やっぱり食べられないものは無いかもしれない。食べたことないものもたくさんあるから、その中にあるかもしれないが」 そういいながら、オグリがまたお弁当に視線を戻す。 思わず頭の後ろをかく。困った。 アンタが食べたことないもの、多分この学園の誰も食べたことないって。そんなもの作れないし…… 私が考え込むうちにオグリはもう手を合わせて、ごちそうさまを済ませている。 「ありがとう。今日も美味しいお弁当だった。これでお昼まで頑張れる」 「あ、いえ。頑張ってください」 自分でもイマイチ噛み合ってない返事だと思う。 しまった。ボロを出しちゃいけない。 お弁当を受け取って、風呂敷に包みなおす。 バッグに入れてその場を去ろうと身支度をしているときに、オグリからおずおずとした様子で声をかけられた。 「君は、今日の放課後は空いているだろうか」 「あ、ええ、はい。集団指導はありますけど」 「ああ、まだトレーナーがついていないんだな」 何、イヤミ?カチンと来たけど、その余波が顔まで来ないよう頑張ってこらえる。 「そうしたら、今日は私と一緒にトレーニングをしないか」 全く想像していない方向のお誘いが来た。一瞬、考えが追いつかなくなる。 「え、オグリさんはトレーナーさんとじゃないんですか」 皮肉のつもりでイヤミを返す。 「実は、私のトレーナーに君のことを話したことがあるんだ。それで、一緒にトレーニングに誘ってみたらと言われて」 「え、別にそんな、大丈夫ですよ」 「今日のお昼までに私のトレーナーに連絡して、君の担当教官には伝えてもらう。よかったら、どうだ?」 今日はプールでスタミナトレーニングなんだが、と付け加えられた。 誘いを受けるかどうか、よく考える。 コイツの走りが凄まじいことは、もうトレセン学園中に知れ渡ってる。 G1レースこそまだ出ていないけど、無茶気味なスケジュールで重賞を4連勝中。 こっちが心配になるレベルで実績を積み重ねてる。距離も馬場もブレがあるけれど、構わず勝つ。 『オグリキャップは強い』というのが一律の評価だ。 考えれば考えるほど、天然なのも合わせて頭に来る。 でも、この誘い、受けちゃおうか。 もしも練習中にうっかり、ちょっとでも先行することができたら自慢できる。 「わかりました、そしたら今日の夕方、お願いします。水着、用意してきますね。」 胸を張って答える。 いくら重賞ウィナーだからって、そんなに恐れることは無い。 オープン戦も怪しい私だけど、トレーニングの条件ならどこかで追い抜けるかもしれない。 それに何か盗めるものがあったら、こっそりと頂いてしまおう。 みんなのヒーロー様がそこはかとなく嬉しそうな顔をする。 今のうちに、せいぜい笑ってなさい。 ふふふ、その鼻っ面、へし折ってやるわ! そう思っていたのは、大間違いだった。 まあ、ウォームアップの時点から違うだろうなあ、とぼんやり思っていた。 実際のところ、違った。 集団指導の2倍以上の時間を使って、じっくりアップ。 こんなのんびり柔軟してていいの?っていうくらい、じっくり時間をかけて身体を温める。 知らなかったけど、ヒーロー様は身体が信じられないくらい柔らかかった。 『君は身体が堅いんだな』とか、またしれっと言われた。ムカつく。 そのあと、背泳ぎの指示。 集団指導では泳ぎの苦手な子も少なくないから、いわゆる四泳法は避けることが多い。 私もトレセン学園に来て以来、すっかりやっていなかった。 まだ始まったばっかだし、4,5周くらいかな、と思った矢先。 「ペースは問わねえ。二人とも、ひとまず10周行ってこい。」 思わず、えっ、と口から驚きの声が出てしまう。ここ50mですけど。 隣のヤツは『ああ』とかサッと返事してるし。 私がモタモタしてるうちに、隣の葦毛は飛び込んで――いなかった。 回れ右をして、ビート板を取りに行っていた。思わずずっこける。 葦毛様が何故かビート板を2つ抱えてきて、聞かれる。 「君も使うか?」 「いや、大丈夫です……」 そうか、泳ぎが得意なんだな、とか言って、プールに脚からゆっくり入っていく。 コイツ、マジ?泳ぎ苦手なんだ。カワイイとこあるじゃん。 ふふふ、私の背泳ぎ、見てなさいよ! 久々にきちんと量をこなすような泳ぎをすると、しっかり疲れる。 もっと若かった時、なんて言ってもまだ若いけど、あの時よりはスピードもペースも落ちてる。 それでも、1周目の段階で隣のアイツをさっくり追い抜くことができた。 フェアじゃないけど、私のほうが泳ぎは絶対に上手い。 500m分泳いで、プールの壁に手が届く。 ふう。と息をついてアイツの姿を探すと、まだ私と反対方向に向かって泳いでいた。あのペースじゃ周回遅れだろう。 どんなもんじゃい、と得意な気持ちでプールを上がろうと上を向いたとき、不自然な視界の暗さに驚く。 アイツのトレーナーさんの顔が私の目の前に突然現れた。というより、上がろうとする私の前にあらかじめいたようなタイミングだ。 「わああ!」 あんまりに驚いて、プールの中に転ぶように沈む。 なになになに、突然!? なんとか頭を出して、トレーナーさんに噛みつく。 「ちょっと、なんですか!」 「おう友達さん、ずいぶんはやいお帰りだったな。」 速い、という言葉にちょっと気分が良くなる。 「ありがとうございます、泳ぎはちょっとだけやってましたので。」 「そうなのか。オグリはビート板がいるのになあ。やるじゃねえか。」 ふふん、そうでしょう、そうでしょう。 口角が自然に上がる。 そのまま上がろうと顔を見つめるけど、動かない。 「あの、上がれないんですけど。」 「何言ってんだ、まだ終わってないだろう。」 えっ。 「あれ、10周ですよね。」 「そうだ。まだ5周しか終わってないぞ。」 えっ? 「もう500m終わりましたよ?」 「ああ、言い方が悪かったな。行って戻ってきて1周だ。1回じゃない。」 えっ。 「そういうわけで、もう『10周』行ってきな。それ終わったらインターバルだ。」 ええっ! 「う、ウソでしょ!?」 「残念ながら大マジだ。泳ぎは上手いが、あんまり飛ばすと潰れるぞ。」 それだけ言って、ニッと笑う。 急いでスタートの姿勢を取って、出発し直す。 や、やっちゃった。体力配分ミスった…… ていうか、アイツ、いつもそんなにやってるの!? 足元から上ってくる疲労を感じながら、仰向けにプールの壁を蹴った。 「おうそこまで、一度息入れな。」 アイツのトレーナーが合図をかけて、プールから上がる。 プールサイドで、立ち上がることもままならず、へたりこむ。 プールに入っていたのに、上がったとたんに今まで体験したことない熱と汗が、私を支配していた。 しょっぱい水がおでこから口まで流れてくる。明らかに水じゃない。 いつものトレーニングだったら、先にメニューをこなしたイツメンたちとすぐに駄弁るくらいの体力は残る。 けれど、今は全身の筋肉が酸素を求めて、声に回す分は残っていなかった。 走りこみの後の呼吸ほど荒くはならないけど、重く、深く、身体に疲れがのしかかってくる。 すると、肩を誰かに叩かれる。 「ふう、イチ、お疲れ様。」 いつの間にか、後ろから葦毛サマに声をかけられる。どれくらいの時間座っていたのかもわからなかった。 「イチは泳ぎが得意なんだな。半周目でもうあっという間に抜かされてしまって、びっくりした。」 コイツ、どうして喋れるんだ?ていうか、なんで立ててるんだ? 私より遅いから、ビート板を抱いてたから、って脳の表面が理由をつけるけど、心の奥底は言い訳をするな、基礎体力の差だと反論している。 やっぱり、重賞ウィナーは強い。 重賞ウィナーじゃなくても、中央じゃなくても、地方で勝ち続けられるウマ娘は、私とレベルが違う。 始まる前と同じとはいかないけど、普通の足取りで水分補給しに行く背中を見送る。 私も立とうと思ったけど、ダメだ、太ももが上がらない。 ふう、と長く息を吐く。すると、葦毛サマが戻ってきた。 「お疲れ様。君も飲むか?」 私の分の水筒を持ってこちらに手渡す葦毛サマの顔を見上げる。 水も滴るいいウマ娘、とでも言うんだろうか。顎先がシュッと細くて、はた目から見ても格好いい。 このルックスでバリバリ勝ちまくって、でも地方出身で、勝利者インタビューで抜けてる発言をしたら、そりゃファンもできる。 悔しいけどこの『怪物』相手に、多少水泳ができる程度じゃ、まるで勝ったことにならないだろう。 素直に受け取るのもムカつくけど、今の私に抵抗するだけの余力は残ってなかった。 「ありがとうございます。すみません。」 「そんな、大丈夫だ。やっぱり、このトレーニングはやらないんだな。」 「自主練でもないと、プールまで来る子はいないですね。」 「そうか……私は泳ぎが苦手だから、このトレーニングはちょっと不安なんだが、今日は君がいてくれて楽しかったぞ。」 トレーニングが楽しいって、どういうこと。イマイチ、ピンとこなかった。 水を飲みながら休んでいると、突然後ろからトレーナーさんの声がした。 「おう、プールに戻んな。」 またしても驚いて、水筒を思わずプールに落としそうになる。 「インターバルは終わりだ。もう1セット行ってきな。」 「ええっ、まだ5分も経ってませんよ。」 「そうだ。だからいいんだよ。ほら、もう一口飲んだら行ってきな。」 はい、とオグリが水筒をぐいっとあおってから、すぐ立ち上がる。 それを見て、私ももう一口だけ水を含む。 疲れで宙に浮いたように感じる脚を何とか持ち上げて、プールに滑り落ちるように入る。 「次は時間制限をつける。一周20秒、きっちり見てるから戻って来い。」 マジで、こんなにしんどいのに。 ふっ、ふっ、と細かく息を吐きながら、ビート板を抱えたオグリがスタートした。 私もいかなきゃ。オグリに少しでも食らいつくんだ。 手を合わせて、私も仰向けにスタートした。 それからは、もう無我夢中で脚と手を動かしてた。 どんどん姿勢が曲がっていくのを感じる。すると、スピードも落ちる。 1周目で追い抜いたと思った隣の葦毛サマは、いつの間にやら私をどこかで追い抜いて、周回遅れになったのは私のほうだった。 水が跳ねて、流れる音が耳と頭いっぱいに広がる。 「ゲストだからって手は抜かねえぞ、へばんな!」 私に向けた声だろうか。私だろうな。 「もう少しだ!頑張れ!」 もう一つの声が聞こえる。 アンタに言われなくても、やってる! これで、これで最後の半周なんだ。あと、もう少し! 緊張しきったように伸ばした手が触れたのは、間違いなく、20秒をゆうに超えたあとのことだった。 「おお、よくやったな。お疲れ様。」 「キツかったろう、集団と違って。」 アイツに支えられながらプールサイドに座る。 腕も脚も、胸も背中も、全身が宙に浮いたように感じる。まるで脳の指示を受け付けなかった。 「とてもよく頑張っていたと思うぞ。凄かった。」 「いい根性してるぜ、良くついてきた。ほれ、水分補給しろ。」 水筒を受け取るけど、腕を上げるのも重労働に感じる。 仰向けに倒れこんで、重力で水が入ってくるように横着する。 「ばっかお前、寝転んで水飲んだらあぶねえだろ。オグリ、背中支えてやれ。」 トレーナーから注意が入って、葦毛サマに持ち上げられる。 また助けられちゃった。悔しい。 そんなことを伝えられるような体力は残っておらず、支えられるがまま、水を飲んだ。 その背泳ぎトレーニングの後にまだ続くのかと思いきや、そのままクールダウンの指示が出た。 『長くいろんなトレーニングをダラダラ続けても身体をいじめるだけだ、ガツンとやってさっくり休む』だそうで。 結局、そのあと自分一人で何かできるわけもなく、いろんなところで葦毛サマの手を借りる羽目になった。 何とかシャワーと着替えだけは自分で乗り切って、ロッカールームで靴下をはくために座ったら、立てなくなってしまった。 ヤバい、これ、本当に立てないやつかも。 指先がプルプル震える。脚も上がらない。 とはいえ上半身を傾けると、多分そのまま前のめりに落ちる。 結論として、靴下片手に裸足で座るっていう、銅像みたいな姿勢になってしまった。 横を通る子たちが「どうしたの」「あの子、大丈夫かな」という風に話しているのが聞こえる。 大丈夫じゃないです。誰か助けて…… どれだけ休めば動けるかな、と目だけ動かして時計を見ていたとき、葦毛サマが入ってきた。 「大丈夫か!」 パタパタと駆け寄ってくる。 待て、駆け寄るってなんだ……? 「外で待っていたんだが、出てくる人たちが皆ヒソヒソ話をしていたんだ。立てるか?」 立てないです、と小声で答える。オグリが私の靴下を手に取って、はかせてくれる。 「ハードだったな。分かるぞ。私もスタミナが課題だから、最初は本当に動けなかった。」 靴下を履かせ終わってくれたあと、私の前にしゃがみ込む。 「私が寮までおぶるから、そのまま倒れこんでくれていいぞ。」 え、ちょっと、マジで? 困る。 何がってわけじゃないけど、困る。 葦毛サマは『さあ!』と言って動きそうにない。 私自身、いつ歩けるようになるか全くわからない。 仕方ない、今回だけだ。今日だけ。 いや、今この瞬間だけ。 言われた通り、前に倒れこんだ。 背中におぶられる形で、帰路につく。 一度力を抜いてしまうと、空気が抜けた風船みたいに、元に戻らなくなってしまった。 話題の葦毛サマに背負われているせいか、周りの目がちょっと突き刺さる気がする。 私だって望んでこうなったワケじゃないんです。違うんです。 夕日というにはちょっと早い時間の太陽に照らされる。 「気分は悪くないか?」 「うん、大丈夫です……」 「敬語じゃなくて大丈夫だぞ。疲れてしまうだろう。」 あー、敬語使いたいんですよ。仲良くなりたいわけじゃないので。 もし私にもっと体力があったら、そう返していただろう。 仲良くなりたいわけじゃない、って言うのは言わないけど。 そんなことを言える度胸も気力も、体力も何も残っておらず、その時の私は、その誘いを受け入れてしまった。 「あ、じゃあ……」 「良かった。今まで、ちょっとだけ距離を感じていたんだ。」 それが私の目的なんで。 「いつも朝に話すから、今日は一緒にトレーニングできてよかった。」 「ううん、私も、気合入ったから……」 「そうか。それなら、私も嬉しい。」 「オグリさん、スゴイね。あんなの毎日やってるの?」 「いいや、今日はなんだか、トレーナーも少し気合が入っていたように見えるぞ。きっとトレーナーも嬉しかったんだろう。」 本当かどうかも分からないけど、もしそうじゃなかったとしても、十分ハードな内容だ。 そんなことを考えていた矢先、ああ、そうだ、と葦毛サマが何かを思い出す。 「オグリと呼んでくれ。せっかく敬語でなくなったから、オグリでいい。」 えっ、困る。 まあ、でも、いいか。疲れたし。 「わかったよ、オグリ。」 「それで、私は君を何と呼べばいいかな。」 げ、ヤバい。 この流れで『オグリさんが知ってるようなウマ娘じゃない』なんて言えない。体力的にも。 どうしよう。 誤魔化すのも面倒だから、いつも呼ばれてるやつでいっか。 「イチ、です。」 「イチ、か?」 「はい。皆、いつメンはイチって呼ぶんで。」 イチ、か。イチ、イチ……と独り言のようにオグリがつぶやく。 「うん、分かった。イチだな。ありがとう、イチ。」 あーあ、やっちゃった。ライン越えちゃったかも。 名前を教えてしまったことに、身体だけでなく心もぐったりする。 「これからもよろしく、イチ。」 「うん。よろしくね、オグリ。」 その返事をしたのを最後に、視界がまどろむ。 ああ、眠い。 子供のころ、いっぱい遊んで、お母さんにおぶられて帰ったあの感じに似てるからかな。 もういいや、眠っちゃえ。何も答えなくて済むし。 私はその優しい眠気に屈服して、オグリの背中で眠りに落ちた。 あの時寝てしまったのは間違いだった、とその後の数日は思っていた。 でも、今は寝てしまってよかったのかも、って思う。 私とオグリが、「初めて」出会った日の、思い出。 了 ページトップ 2つ目(≫118~123) SS筆者22/02/08(火) 22 22 03 「ただいま。」 「お帰り、オグリ。カバンちょうだい。」 「ああ。あっ、花を替えたのか?」 「うん、貰ったんだ。」 「そうか。」 「ご飯できてるから、パッとお風呂入っといで。」 「うん。分かった。」 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 「はい、いただきます。」 「いただきます。」 「ご馳走様。」 「お粗末様でした。相変わらず、口いっぱいに食べるよねえ。」 「今日も美味しかったぞ、イチ。」 「そりゃあ私が作ってるんですから、マズいなんて言わせませんよ。」 「ふふ、それもそうだな。」 「今日はどう、何か変わったこととか、なかった?」 「うん、そうだな……なんだろう。」 「なんにも思いつかない?」 「すまない……あっ、でもイチのお弁当はとても美味しかったぞ。」 「はい、キレーに食べてくださって、ありがとうございます。」 「どうしたんだ、そんな仰々しく……」 「別に、なんでも?」 「本当に美味しかったぞ?」 「ありがとって。お弁当箱、軽かったもん。」 「いつも同じ言葉になってしまっているが、本当なんだ。」 「分かってるって。ほい、お茶。」 「う、うん……」 「お代わりいるなら呼んでねえ。」 「イチも、一緒に。」 「ん?」 「一緒に、お茶を飲まないか。」 「んー、このお皿、放っておけないでしょって。」 「そ、そうか。」 「綺麗な机で飲むお茶のほうが美味しいよ。ちょっと待ってて。」 「そうだな……」 「イチ、ちょっといいか。」 「あ、お茶?ごめん……え、なんで床に座ってるの。」 「いや、違うんだ。」 「なになに、なに。」 「イチは、ご飯を食べた後にすぐに立ち上がるのは、辛くないか?」 「いや、別に。」 「私はちょっとだけ辛いぞ。」 「えっそうだったの、もう……2年くらい?だけど知らなかったわ。」 「……すまない、ウソだ。」 「だよね。びっくりした。」 「イチはご飯の後にお茶を飲まなくていいのか?」 「え?いつも飲んでるじゃん。」 「でも、いつも夕飯の後には飲んでいないじゃないか。」 「そりゃ、洗い物済ませたいし……」 「それも、そうか……」 「そうだよ。」 「イチ、その。」 「うん、どうしたの立ち上がって。……なんか背伸びた?」 「今日の洗い物は私に任せてほしいんだ。」 「なに、いったいどういう風の吹き回し?」 「イチは向こうで座っていてくれ。ほら。」 「えっちょっと、ちょっと。」 「私のお茶、飲んでいていいからな。」 「いや、そんなワケにはいかないって。」 「私がイイというまで、こちらに来てはいけないからな。」 「ちょっと、オグリ!」 「覗き見るのもダメだぞ、イチ。」 「ツル娘かって!」 「ねえ、オグリ~?」 「オグリ?」 「大丈夫?」 「私の湯飲み、取りたいんだけど……」 「オグリ、開けるよ?」 「……オグリ?水道は止めながらにしてよ?」 「あ~……開けるからね?」 「わっ、何これ!」 「イ、イチ……泡が……」 「マンガじゃないんだから、どうしたの!」 「最近の洗剤は、とても泡立つんだな……」 「最近のじゃなくても出しすぎ!もー。」 「すまない……」 「あーあー、なんつー……ゲッ、どうしてお茶碗が床にあるの。」 「水切りカゴがいっぱいになってしまって……」 「小さいのから洗えば上に被せていけるのに。」 「そ、そうなのか。」 「あー、お鍋の裏擦ってないでしょこれー。」 「あっ、洗うものなのか?」 「まあ洗わない人もいると思うけど、私はたわしで擦ってるの。」 「そうだったのか……」 「ハイ、交代。ここからは私がやるから。」 「うう、すまない……」 「分かってるから。耳倒さないの。サンキューね。」 「さー、この泡どうしましょうかね。」 「わざとではないんだ、イチ。」 「知ってる。アンタが一番頑張ってるんだから、夜くらい休みなって。」 「でも、イチは一日中台所やキッチンに立っているじゃないか。」 「そうねえ。」 「今日くらいは座っていてほしかったんだ、が……」 「私が立ちたくて立ってるんだから、ヘーキ。そんなこと言ったら、アンタも一日走りっぱなしでしょ。」 「私は……うん、すまない。」 「レースとか、最近はタレント業もこなれてきたのに、本音を言うのは相変わらずヘタだよね、オグリ。」 「なっ……!うん……」 「カワイイよ、オグリ。な~んて……ちょっ!」 「ちょっとアンタ、ジャマだって。」 「イチは洗い物を進めててくれっ。」 「アンタがこんなにしたんでしょ!」 「イチが終わるあいだ、こうする。」 「ねーちょっと、尻尾!尻尾まで絡めるな!」 「イチも絡めていいんだぞ。ほら。」 「も~……お茶、冷めちゃうよ。」 「いいんだ。イチが淹れ直してくれるから。」 「『とびつき』には淹れてあげません。」 「むっ、イチ、よく知っているな。」 「え、とびつきはとびつきでしょ。」 「そういえば聞いたことなかったな。イチの出身はどこなんだ?」 「話したことなかったっけ。私の地元はね……」 了 ページトップ 3つ目(≫157~159) SS筆者22/02/11(金) 22 58 13 台所に近づくと、カレー粉のいい香りが漂う。 「あ、カレーの準備されてたんですか。」 「分かっちゃった?でも、カレーじゃないのよ。」 あてが外れて、台所の様子をさっと観察する。 ネットを替えたばかりの三角コーナーには、山盛りのにんじんの皮しかまとめられていない。 そのとなりには、ボウルに貼られた水に入っているごぼう。 コンロの上にはそこの深いフライパンが置いてある。きっと、これまでオグリのお腹を満たしてきたベテラン戦士さんなのだろう。 台所の中央には細く切り揃えられたにんじんが、白いまな板の上で輝いている。 その奥に用意されている、カレー粉、白ごま、ごま油に、鷹の爪…… 全部見て、ピンときた。 「あ、もしかして。」 「もしかして?」 「きんぴらごぼうですか。カレー味の。」 お義母様の顔がぱあっと明るくなる。 「すごい!さすが、聞いていた通り、いいカンしてるのね。」 当たったみたいだ。思わず私も笑ってしまう。 「あ、ありがとうございます。」 「もう後は合わせて炒めるだけなんだけど、やってもらえる?」 「はい、任せてください。」 お義母様に促されて、コンロの前に立つ。 あ、忘れ物。 「あの、エプロンとかって。」 「あら、ありがとう。でも、いいのよ。誰も気にしないんだから。」 そういうものか。 ちょっと気後れしつつも、わかりました、と返事をしてコンロに火をつける。 パチッ、と心地よい音を立てて、火が灯る。 さ、覚悟してなさいよアンタたち。 今からまとめて調理してやるんだから。 熱を加えているフライパンに、ごま油を垂らす。 すぐ暖まっちゃうから、キッチンばさみを借りて素早く鷹の爪を切る。 種を取り除いて、一本の鷹の爪が、輪の形をした飾りになる。 それをあったまったごま油に加えて、香りを移す。 ふわっと、ごま油のいい香りが立ち上ってくる。 うん、おいしそう。 「ごま油って美味しいわよねえ。」 「わっ、すみません。」 「ふふふ、分かるわよ。ごま油、美味しいものねえ。」 思わず口からしゃべってしまっていたらしい。 顔が思わず赤くなる。 私の顔に負けないくらい赤いだろう、お義母様の切ってくださったにんじんをまな板から滑り落す。 きんぴら用とは思えぬ量だ。やっぱり、いつものお弁当ももっと増やしてあげたらよかったかな。 木べらで油と絡めてやりながら、時たまフライパンを振って炒める。 軽く熱が加わったら、借りたザルでごぼうの水気を切る。 こっちも、オグリの家だけあってすごい量。 ザルをフライパンの上に持ってきてひっくり返して、ごぼうをにんじんの上に移す。 ザルに残ったのももったいないので、手で拾ってやる。 「あとからごぼうを炒めるのね。」 「あ、すみません。」 「いやいや、別に責めてるとかじゃないのよ。ただ、変わってるな~って。」 「こうするとごぼうの食感と香りが残りやすいんです。全部クタクタになるきんぴらも美味しいんですけど、カレー味にするから触感が楽しいほうが いいかな、って。」 「う~んなるほど、勉強になるわねえ。」 う~、やっちゃったかな。 でもやってしまったからしょうがない。流れに乗って、お義母様に聞く。 「めんつゆとかって、ありますか。」 「ああ、あるわよ。はい。」 麺つゆを受け取って、薄めずにそのまま、少しだけ垂らす。 もう少しだけ食感が柔らかくなってからのほうが、カレー粉は美味しくなるかな…… 気持ちしんなりしたところに、カレー粉をかける。 それも全体に行きわたるように絡めて、出来上がり。 「どうでしょうか。」 お義母様に声をかける。 菜箸でつまんで、お義母様が味見をする。 シャキ、といい音が一つ。 頬に手を当てて、目を閉じて咀嚼している。 なんか、ヘタな試験とか、テキトーな模擬レースとか、オグリと夜通し喋った時より緊張するな、コレ。 マズい、ってことは無いはず。とドキドキしながらお義母様の反応を見る。 「ん~、おいしい!にんじんを先に入れるとこうなるのね。」 やった! 「ありがとうございます、嬉しいです。」 「さっそくあの子に出しておきましょ、これならすぐに無くなるなんてことは無いはずだから。」 まずこれまでのきんぴらごぼうが盛られたことがないであろう大皿に、盛り付ける。 オグリも、おいしいって言ってくれるかな。 私とお義母様の料理なんだもの、そういうに決まってる。 すぐ後ろにいるオグリの顔を想像しながら、仕上げの白ごまを軽く振った。 了 ページトップ 4つ目(≫178~193) SS筆者22/02/14(月) 00 05 20 2月14日。 いつもと同じように、小鳥のさえずりと一緒に目が覚める。 ぐーっと伸びをしながら、バレンタインデーだなあとぼんやり考える。 世では、チョコレートを贈り合う日ということになっている。 まあ、女子のほうが多いこの学園でも、この日が近づくにつれて色めきだつ子が増える。 やれトレーナーに贈るだの、やれ憧れの先輩やら先生に贈るだの、やれ学園の外に好きな人がいるだの、なんだの。 うちのトレーナーとはそういう感じでもないから、私は別にそういうのは無いんだけど、他の子たちは本当にガヤガヤしている。 トレーナーじゃなくても、別にそういうのは無い。はず。 イツメンには友チョコ渡すし、トレーナーにはお世話になってるからチョコ贈るけど。 試しに部屋を出て寮長室の前を見かけてみると、もうチョコの丘。 一体いつ置いていったのかと疑問に思う量だ。誰かとすれ違ってはいないから、まさか深夜に? 熱心なことだなあ、と上から目線で感心する。 あの丘が山になって、それから火山になって噴火して、大陸になるまでそんな時間はかからない。 今日は寮に帰ってくる時間、遅らせよう。どうせすぐ入れるようにはならないし…… 寮長室から自分の部屋に戻る途中、オグリの部屋がちらっと目に入る。 ドアの前には、青や赤や白、黄色のラッピングをされた箱が、丁寧にドアの横によけてあった。 朝起き出したオグリが部屋を出た後に揃えたんだろう。 フジ寮長ほどじゃないけど、でもよく目立つくらいには量がある。 よしておけばいいのに、脚が勝手ドアの前まで身体を運ぶ。 屈んで箱を見てみると、『オグリ先輩へ』とか『タマモ先輩へ』とかのカードに加えて、便箋まで挟んであるものもあった。 ちょっとだけ、ほんのちょっとだけだけど、ムッとする。 ま、葦毛の子はモテるし……私には、何の関係もないことだし。 アイツは群を抜いて顔もスタイルもいいし、レースは強くて格好いいし。 そのくせダンスはちょっとだけ不慣れで、まあ最近は良くなってキマってきてるけど、スキのある感じがかわいいし。 喋らせてみたらイマイチ噛み合わないのが面白いし、健啖家で食べ物渡したらなんでも受け取るし。食べるし。 愛想もいいし、頑張る姿はひたむきだし…… 頭がもやもやしてきて、かぶりを振って立ち上がる。 別に、私には、アイツがチョコを貰おうと、何の関係も、ないし。 私は特別な日に1回だけ差し入れてるわけじゃないし。 今日だって、そのつもりで早起きしたんだから。 でもアイツのことだから、きっとちゃんと全部読んで、全部美味しく食べるんだろう。 そう思うと、なんでもいいはずなのに、どんどんムキになってきた。 寒いはずの廊下が、だんだんと気にならなくなってくる。 アイツ、朝トレ行く前にこれ見た時、笑顔になったのかな。 急ぐ必要のある時間でもないのに、ちょっと早足で、キッチンに向かった。 「クリークさん!おはようございます!」 「あ、あら、おはようござい……ます?」 勢いよくキッチンのドアを開けて、いつも通り先にお弁当を作っていたクリークさんに挨拶する。 クリークさんが私を頭から足先まで見て、首をかしげる。 「イチちゃん、エプロン忘れてますよ?」 「えっ。」 あ、しまった。 ここに来る前に部屋に寄るはずだったのに、なぜか頭から抜け落ちてた。 部屋に一度戻ろうとする振り返ると、後ろからクリークさんが呼びかけた。 「確かもう一着ありますから、使っていいですよ。」 クリークさんがキッチンの収納から予備のエプロンを取り出しながら、声をかけてくれた。 「すみません。忘れてました。」 「いえいえ。あっ。」 何かに気付いたように声を上げると、エプロンを持ったまま、クリークさんが鞄に向かって屈んだ。 こちらに向き直って、エプロンをこちらに差し出す。 綺麗にたたまれたエプロンは、ちょっと中央が盛り上がっているように見える。 口元が、いたずらっぽく笑っている。こういうところが本当にかわいらしい人だ。 「どうぞ、イチちゃん。」 「あ、クリークさん、さては。」 エプロンを受け取って、折り畳まれた端をちょっと持ち上げる。 綺麗にラッピングされた、手のひらサイズの小さい箱がそこには入っていた。 「ハッピーバレンタイン、です。」 「わ、ありがとうございます。カワイイ。」 一体いつの間にこんなきれいなのを仕込んでいたんだろう。 「あっ。」 「どうしましたか?」 「すみません、私、チョコ、部屋に忘れてきちゃって……」 「あら、用意してくれたんですか?」 「もちろんですよ!準備が間に合わなくて、既製品なんですけど……」 あ~~~もう。なんでこんな時に限って大ポカしちゃうかな。 「ルームメイトのタイシンさんの分まで用意したんです。」 「わ、本当ですか。放課後でも大丈夫ですよ。私も放課後に渡す子、いっぱいいますから。」 すみません、と頭を下げて、受け取ったエプロンを着る。 青い線が斜めに入った白地のエプロン。汚れが目立っちゃう珍しい色合いだけど、水の流れのようで素敵だ。 クリークさんのチョコも嬉しいけど、それだけで喜んでいられない。 お腹を空かせて戻ってくるアイツに、食べさせてやらないといけないんだから。 袖をまくって、短く息を吐く。 ふーっ、と気合を入れていると、クリークさんが不思議そうに首をかしげている。 「イチちゃん、今日はなんだかすごい気迫ですね。」 指摘されてギクッとする。ごまかすために、両方の肘を手で擦る。 「あ、いや、その。腕捲ったけどちょっと寒いな~って。」 我ながら、なんてわざとらしい。 少しの間、勘ぐるように私の顔を見ていたクリークさんが、何かひらめいたように表情を変えた。 クリークさんが、捲った私の袖と肘を両手で掴んで、真っすぐ目を見てくる。 「イチちゃん、私に何かお手伝いできること、ありますか?」 「え、どうしたんですかクリークさん。気合すごいですよ。」 「いいえ。でも何だか、お手伝いしたくなってしまって。」 どうして、逆にお願いされてるような感じになっているんだろう? 面倒見スイッチが入ったクリークさんは、こうなるとタダではひいてくれない。 こうなったら、ヤケだ。 「クリークさん。」 「はい。何をすればいいですか?」 「お肉の、美味しいおかず。教えてください。」 私のお願いを聞いたクリークさんが、きょとんとした顔をする。 「お肉のおかず、ですか?」 「はい。お弁当用じゃなくても、美味しい、白いご飯に合うような、お肉のおかずです。」 クリークさんはしばらく目をぱちくりさせながら、私の顔を見ている。 また少しの間をおいて、脳内で何かを検索し終わったようなクリークさんが、目をキラキラさせて私の手を取る。 「分かりましたイチちゃん、任せてください。」 「ありがとうございます。よろしくお願いします。」 こういう時のクリークさんは、本当に、頼りになる。 「そしたらイチちゃん、料理酒とおしょう油、みりんに、小麦粉を用意してもらえますか。」 はい、と返事して言われた調味料類を取り出す。 ここは私たち二人の領地だ。どこに何があるのかは、把握している。 用意し終わってクリークさんのほうを振り返る。 冷蔵庫を覗き込んでいたクリークさんが、トレイの上に食材を並べて戻ってきた。 玉ねぎ、チューブのしょうがに、豚肉。 「これは……ロースですか?」 「そうです。本当はちょっと豪華なカレーの時のために用意しておいたんですが、今使っちゃいましょう。」 心なしか、クリークさんの声がうきうきしているような気がする。 これって、もしかして。 「豚の生姜焼きです。そしたら、まずは玉ねぎを刻んでもらえますか。」 やっぱり。 でも、今から? 疑問に思ったけど、言われた通り、玉ねぎに手をかける。 皮を剥いて、軽く洗って、包丁で切っていく。 トントントン、と小気味よい――切ってるのは私だから手前味噌なんだけど――包丁の音がキッチンに響く。 切りながら、クリークさんに質問する。 「豚の生姜焼きなんて、今から作って間に合うんですか?」 「間に合う、というと?」 「普通、生姜焼きってお肉を前日から付け込まないと味が滲みなくて美味しくないって言うじゃないですか。」 「実は、そうじゃないんです。」 「えっ。」 隣で調味料を混ぜて、味をみているクリークさんが答えてくれる。 「お店で売られているロース肉って、薄いことが多いんです。」 「はい。」 「お肉は塩分を吸わせると、水分が抜けて硬くなってしまうんです。」 「あ、あれですよね。『コショウは早めに、塩は焼く直前に』っていうステーキの。」 「そうです。だから、タレにあらかじめ付け込んでしまうと硬くなってしまうんですよ。」 なるほど、言う通りだ。 「でも、薄いお肉で味をつけずに焼いたら、味も薄くなっちゃいませんか。」 「そこで、これです。」 待ってましたと言わんばかりに、クリークさんが小麦粉を手に取る。 「これでうまみを閉じ込めて焼くんです。美味しいですよ。」 そう言ってパットに小麦粉をあけて、慣れた手つきでお肉にまぶしていく。 家庭料理の知識だったら、クリークさんに勝てる人なんて誰もいないんじゃないだろうか。 さながら、お料理界の「若き天才」だ。 うーん、本当に、頼りになる。 玉ねぎも切り終わって、コンロの前に立つ。 油を出し忘れた、と思って屈むと、クリークさんに肩を触れられる。 「イチちゃん。大丈夫。」 「えっ?」 「ノンオイルです。」 えっ!? 「えっ!?」 「この方法では、油は使いません。」 「でも、炒めるんですよね?」 「はい。でも、ノンオイルです。」 硬い表情で諭される。ウソでしょ…… でも、クリークさんに限って間違うなんてことはない。半信半疑だけど、諦めて立ち上がる。 コンロに火をつけて、お肉を並べた。うわー、不安。 「お肉焼き色がつくまで、炒めてくださいね。」 「ちゃんと炒めきらないんですか?」 「はい。そこで玉ねぎと合わせタレを入れます。」 す、すごい。私の知ってる生姜焼きと全然違う。 それでも、言われた通り。頼んでるのはこっちだし。 じゅう、とお肉の焼けるいい音がする。おいしそう。 かなり心配していたけど、意外とお肉がフライパンにくっつかない。 少し経って焼き色がついたら、指示通りに玉ねぎとタレを加える。 ちょっとゆすりながら菜箸で全体をからめるように炒めていくと、だんだん、とろみがついてきた。 「わ、何これ。」 「とろみが出てきましたね。もうちょっと炒めたら、もう大丈夫ですよ。」 すごい。朝ごはんとかお弁当にピッタリな短時間の調理だ。 小麦粉こそ必要だけど、とてもコンパクトに生姜焼きができる。 出来上がり。とってもいい香りだ。 「味見してもいいですか。」 「どうぞ、召し上がれ。」 ニコニコの笑顔でクリークさんが答える。 菜箸のまま、玉ねぎとお肉をつまんで、一口。 わっ! 「わっ!」 私の反応に、クリークさんが嬉しそうにしている。 「すごい、すごいですよこれ!」 「おいしいですよね~。」 「甘い!柔らかい!小麦粉のとろみと豚ロースの脂が、すごい!」 小麦粉に閉じ込められた豚肉の脂の甘味が、玉ねぎの甘味に負けず残っている。 玉ねぎもクタクタになった脇役状態じゃなくて、シャキシャキ感が残っている。準主役級だ。 本当においしい。 あんまりおいしくて、びっくりしてしまった。 今まで『焼肉はお肉じゃなくて、タレとかソースが一番おいしいんじゃない』とか、ひねくれていた自分の常識を大差で追い抜いて行った。 お肉に美味しさがあるんだ、って常識を再発見した気分。ウイニングライブ踊ってもらわなきゃ。 「すごい!うわ、ご飯食べたい。」 「ふふ、そう思ってちょっと分量多めにしてたんですよ?私も今日はこれにします。」 スキップでもしそうな足取りで、二人分の食器をクリークさんが取りに行く。 お弁当に付け合わせのお野菜と一緒に詰めて、自分たちの分を取り分ける。 ご飯をよそって、お味噌汁に乾燥野菜をふやかして、クリークさんと朝ごはん。 「いただきます。」 「いただきます。イチちゃんが美味しく作れて、良かったです。」 「クリークさん、すごいですね。どこでこういうの覚えるんですか?」 「教えてもらったり、テレビで見たり、雑誌で読んだりです。自分で見つけたわけじゃないんですよ。」 それでも、すごいものはすごい。 生姜焼きにおいしい、おいしいと舌鼓を打っていると、ところで、とクリークさんが聞いてきた。 「どうして今日突然、お肉料理を?」 「へ?」 「いつもはお野菜中心で、今までお肉料理ってなかったと思うんです……」 うーん、とクリークさんが考え込む仕草をする。 「うん、やっぱり朝にイチちゃんのお肉料理、見たことなかった気がします。」 「えー、なんででしょうね?」 適当に誤魔化してみる。お願い、見過ごして。 「オグリちゃんへのお弁当ですよね?」 ぐっ、と生姜焼きが喉につまりかける。とろみのおかげで流れていった。 「や、まあ。そうなんですけど。」 「何かあったんですか?あ、まさか、喧嘩してしまったとか?」 クリークさんが口に手を当てて、悲しそうな顔をする。 「いや、そういうわけではないんです。」 「ダメですよ、ちゃんと仲直りしないと。」 なんと答えたものか。 苦し紛れに、返事する。 「……今日はバレンタインデーだから、とか?」 私の言葉がどうもうまく結びつかない様子のクリークさんが、目をぱちくりさせる。 「ほら、チョコレートの甘さってもう飽きるほど食べると思いますから、お肉と玉ねぎの甘味もいいのかな~、なんて。」 「あ、そういうことだったんですね。安心しました~。」 二人して、ほっ、と息をつく。いや、なんで私が息をついているんだ。 「なんだか、イチちゃんらしいですね。」 「えっ。」 「ふふふ、ごちそうさまです。」 「えっ!?」 ニコニコ笑顔のまま、クリークさんが答える。 違うんです、多分、クリークさんが今思ってるのは、何かがとても違うんです! それからは、私がお弁当を持って出かけるまで何を言っても、クリークさんは笑顔を崩さずにずっと、私の話を聞いているだけだった。 やっぱり、本当に、頼りになる。 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 「……ほっ、ほっ。」 「よ。」 「ああ!おはよう、イチ。」 「ん。おはよう。今日はちょっと遅かったね。」 「ああ。実は、トレーニング中にいろんな人からお菓子を貰ってしまってな。」 「そうなの。」 「ああ。飴とか小さいチョコレートとかだが……今日はお菓子を配る日なのか?」 「え、ウソでしょ。」 「私たちの部屋のドアの前にも、私やタマの名前あてでたくさんプレゼントがあったんだ。」 「そりゃあ、ねえ。」 「イチの部屋の前には置かれていなかったか?」 「……オグリ、マジで言ってる?」 「う、うん。『まじ』だぞ。」 「あー、まあ、オグリは今日一日、そのほうがウケるかもね。」 「う、ううん……」 「どうしたの、悩んじゃって。」 「これは、意地悪な時のイチだ。」 「ちょっと、何が何が。」 「そういう含みのある言い方をするときは、イチが意地悪をしているときなんだ。」 「何オグリ、急に。」 「イチ。ちゃんと教えてくれないと、嫌だぞ。」 「分かった分かった、ごめんって。お弁当あげるから、食べながら話そ。ね。」 「今日もあるのか!ありがとう。」 「うん。はい、これ。朝からお疲れさん。」 「それじゃあ、いただきます。」 「ん。召し上がれ。」 「それで、今日は何の日なんだ?」 「今日は2月14日でしょ。」 「うん。そうだな。」 「バレンタインデーじゃん。」 「……ああ!そうか!」 「そうです。」 「それで、皆お菓子をくれていたんだな。」 「オグリ、きっと今日は一日中貰いっぱなしだよ。」 「そうなのか?」 「そうです。」 「ううん、そういうものなのか……」 「覚悟しといたほうがいいよ。皆寄ってくるから。」 「そうか……おおっ!」 「わっ、何。」 「イチ!これは、生姜焼きだ!」 「そ。良かったじゃん。」 「いつもは野菜中心だから、珍しいな。」 「そうだね。」 「とてもおいしそうだな。いい香りだ。」 「うん、私もそう思う。」 「おお、これは!」 「わっ、……これは?」 「おいしい、おいしいぞ、イチ!」 「ふふ、そうでしょ。」 「お肉も玉ねぎも甘くて、とてもおいしい。」 「ありがと。」 「しかし、困ったな。」 「え、何か、まずかった?」 「いや、その。」 「どれが良くなかった?」 「いや、そんなに、問題というわけではないんだ。」 「教えて、それ、聞きたい。」 「……ご飯が、足りないんだ。」 「……へ?」 「こんなおいしい生姜焼き、お弁当のご飯だけでは、とても足りなくて……」 「……ふふ、何それ。」 「ほ、本当だぞ、イチ。イチも食べてみるといい!」 「食べてるから、ヘーキ。知ってる。」 「ううむ……でも、おいしいな。」 「分かる。おいしいよね、それ。」 「ご馳走様でした。」 「はい、お粗末様でした。」 「とてもおいしかった。イチは、肉料理も得意なんだな。」 「私だけの料理じゃないけどね。」 「そうなのか?」 「そう。」 「それでも、作ってくれたイチの料理だ。ありがとう。」 「ん、うん。ありがと。」 「イチ。もし、良かったら、なんだが。」 「え、うん。」 「また、この生姜焼きを作ってくれないか。」 「う、うん。」 「いつでもいいんだ。朝でも、お昼でも、夕飯でも。いつでも大丈夫だ。」 「そんな時間、無いでしょって。」 「定食みたいに食べてみたいな。」 「定食?カフェテリアのお昼ご飯みたいな?」 「うん。キャベツの千切りと、お漬物と、お味噌汁。合わせて食べてみたい。」 「言われてみたら、生姜焼き定食みたいな普通のお昼ご飯、うちのカフェテリアに無いのかな。」 「いや、あるぞ。」 「いや、あるんかい!」 「おお、タマみたいなツッコみだな。」 「コラ、そんなこと言ってると、作ってあげないよ。」 「そ、そんな!イチ!」 「ダメ、もう明日からはいつものお野菜お弁当です。」 「そんな……」 「へちゃくれてもダメ。」 「私はただ、イチのお味噌汁も飲んでみたいな、と思っただけなのに……」 「えっ。」 「お弁当だと、お味噌汁は飲めないからな……」 「オグリ、アンタ、本当に……」 「な、なんでイチが耳を垂れさせるんだ。」 「別に、なんでもない。」 「顔を上げてくれ、イチ。イチのお味噌汁は美味しいと思っているぞ!」 「え、な、オグリ。」 「いつかまた、作ってくれたら嬉しい。」 「……別にいいけど、そんな時来るのかな。」 「そうだな。来たら、いいな。」 「そうだね。」 「イチは、誰かにチョコを贈るのか?」 「うん、まあ、イツメンとか。」 「そうか。私も、イチに用意してあるぞ。」 「え、そうなの?」 「うん。放課後、夕飯が終わった後に、また連絡する。」 「分かった。でも、オグリ、今日は一日抜け出せないかもよ。」 「私は抜け出すのは得意だぞ。任せてくれ。」 「はい。分かった。待ってるね。」 「うん。ああ、それで、今日川沿いでな……」 了 ページトップ Part7 1つ目(≫38) 二次元好きの匿名さん22/02/16(水) 20 31 44 「ねえ~、キャップさん、まだあ?」 「もうすぐじゃない?今日は早く帰るって、さっきも言ったじゃないの。」 「うーーん。」 「はいはい、もうちょっとだと思うから。」 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 「ただいま。」 「あっ!」 「ほら、帰ってきた。」 「おかえりなさい!」 「ただいま、ワン。」 「おかえり、キャップさん。」 「ただいま、イチ。」 「今日ね、町内徒競走で4番だったんだ!」 「おお、そうなのか。頑張ったな。行ってあげられなくてすまない。」 「ワン、ずっとキャップに見ててほしいって言って、聞かなかったんだから。」 「そうか、よし、ワン。次のお休みには私と一緒に走ろうな。」 「キャップは速いよ、ワンに勝てるかな?」 「頑張るもん!」 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 「はい、お茶。」 「ありがとう、イチ。」 「たまには一緒に走るとき、手、抜いてあげたら?」 「それはできない。彼女のためにも、全力で走る。」 「そっか。キャップらしいね。」 「イチもたまには、一緒に走らないか?」 「もうお腹も脚もダルダルだから、パス。」 「そうか……イチと一緒に走ってみたいとずっと思っているんだけどな。」 「いつもありがとうね。でも、走るのはまた今度だよ、キャップ?」 了 ページトップ 2つ目(≫101~105) SS筆者22/02/19(土) 01 27 31 「はあーお腹減ったお腹減った。」 「いやー本当にそれー。あ、この靴カワイー。」 「ちょっと、ご飯の時くらいスマホしまいなさいって。」 「なあによオグリギャルさん。いいじゃないのー。」 「誰がオグリギャルよ。アンタ、授業中ですらスマホ隠れて触ってるじゃん。」 「えっ、バレてたの。」 「あったり前でしょ。」 「まあまあ、そうカッカなさらず……」 「カッカしてないっ。」 「いーや、ホントーにイチはわかりやすいね。」 「なんですって?」 「やめときなって、いくらバレンタインデーだからってさ。」 「え、バレンタイン……ああ~~!」 「『ああ~~!』じゃないわよ。何に納得いってるの。」 「イチあれでしょ、チョコ渡せてないんでしょ!」 「は、はぁ~~!?」 「はぁ~~?」 「はぁ~……アッハッハ!ウケる!」 「ちょっと、マネしないでよ!サイテー!」 「いーや、ほんっとに、イチは。」 「わかりやすいよねえ~~。」 「マジであり得ない、なんなの、もう。」 「ほれ、後ろ後ろ。噂をすれば。」 「怪物の影がさす、かあ。」 「イチ、見なくていいの?」 「別に、アイツが囲まれてんの見たって、どうもしないでしょ。」 「どうもするって。あれ凄いよ。」 「いや人数ヤーバ。囲まれてんじゃん。」 「なんだっけ、あの、文化がどこかを中心にして周りに広がってくやつ。歴史の。」 「文化伝播論ね。」 「おっ、それそれ。アンタ次のテスト100点じゃん。」 「アレじゃあ、『オグリ伝播論』ですな。」 「うまいっ!座布団もあげちゃう。」 「古くね?」 「……オグリ、困ってるし。」 「うわ、見た。」 「アンタが見ろって言ったんじゃん。」 「さすが、一目見ただけでわかりますか。奥様は。」 「トレイを持って席を探してる間に群がられたら、誰だって困るでしょ。」 「旦那サマのピンチですぜ、助けに行かなくていいんですかい、親分。」 「誰が親分だ、コラ。」 「ビシッと間を割って、助けに行ってやりなさいよ。」 「今日、鞄ずっと持ち歩いてんの、チョコが入ってるからなんでしょ。」 「そうそう。」 「えっ、アンタたち、いつの間に。」 「……ぷっ。」 「いやはや、イチは、ホントーに。」 「わっかりやすいですなあ~~。」 「ア、アンタら~、さては!」 「アッハッハ、ほんっと、そういうとこ大好きだよ、イチ。」 「ほれ、応援してるから行っといでって。」 「……ヤだ。絶対行かない。」 「え~~?そんなんある?」 「んもー、しゃーないですなあ。」 「えっ、何、ちょっと。」 「ほら、鞄持って立った立った!」 「はいちょっと皆、ゴメンなさいね~。通して~。」 「ちょっと、やめてって、コラっ。」 「とっとと渡してくる!ほら!」 オグリの周りに城壁かと思うような生徒たちの間を一人が割って、もう一人が私の肘に腕をひっかけて引っ張っていく。 『この子は抜け出すのが上手い』って評価を教官がしてたのを聞いたことあるけど、こういうところで役に立つものなのか。 最後の城壁までスルスルと私を先導して、二人が私の背中を押す。 「今しかないよ、イチ。」 「グッドラック。」 目の前には、見慣れたオグリの困惑した顔があった。 なんなんだ、アンタらは。 恨み言も言い終わらないうちに、オグリが私を見上げる。 「や、やあ。イチ。」 「ど、どうも……」 こんなぎこちない挨拶、初対面の時でもしてない。 周りの子たちもなんだか困惑している。私だって困惑してる。 「がんばれよー!」 「戦果を期待してるよー!」 城壁の向こうから、望まぬ心強い味方の声援。ホントーにうっさい。 ええい、こうなったら、ヤケだ。 「はい、チョコあげる。もう学園中から貰ってるだろうけど、食後のデザート代わりに食べて。」 周りから、わぁ、というどよめきの声。オグリが驚いたようにチョコと私の顔を見比べて、まばたきする。 顔が突然熱くなってくる。もう、早く受け取ってって。 「……友チョコと言うやつか!ありがとうイチ!」 ちょっと困ったような顔で、返事をしてくる。 は、何それ。 熱くなってきた顔が、もっと熱くなるのを感じる。 そんなんじゃ、ない。 周りの子のことを思って言葉を選んでくれたのかもしれない。 でも。 でも、違う。 他の子たちのことを下に見るワケじゃないけど、私のチョコは想いが、違う。 ああ、もう。 「……本命。」 「……イチ?」 「本命よ。」 周りのどよめきが、驚きの声になって、黄色い歓声にすぐ変わる。 「やっぱり、食後のデザートなんかに食べたら、許さないから。」 「い、イチ!?」 チョコを押し付けて、踵を返す。 入ってくるのに分厚かった城壁がウソのように、私の前に道ができる。 道の終わりにいた二人が、口をあんぐりと開けているような表情をしていた。 「……マージで。」 「……ウケる。撮っとこ。」 その日のカフェテリアで、ピンク色の髪をした後輩ちゃんが一人、保健室に運び込まれたのは、別の話。 別の話で、あってほしい。 了 ページトップ 3つ目(≫128~129) SS筆者22/02/20(日) 08 12 38 【二人だけの特別個人指導】 オグリキャップとレスアンカーワンのダンス練習を監督すると約束して以来、早朝にダンス室に行くようになった。 「ほら、そこで腕のばす!」 「こ、こうか?」 レッスン室からは、もう二人が振り付けの練習をしていた。 「ここはキメるところなんだから、左右に遠慮して縮こまらない!」 「あ、ああ!」 「指先までピンとする!ダンスは身体の先端が一番大事なの!」 「よ、よし!」 すごい気迫で、レスアンカーワンの指導が飛ぶ。 もうどのくらい踊っているのか、すごい熱気だ。一度止めたほうがいいかもしれない。 『おはよう!』 自分の声に気付いたレスアンカーワンが、音楽を止める。 「ほら、オグリ……あ、おはようございます!」 「ふう、ふう……ああ、おはよう。」 『二人ともすごい真剣だな』 「そりゃ、葦毛の怪物サマが新聞の一面に棒立ちで載るところ、見たくないですから。」 「いつもより早いのに、ありがとう、イチ。」 『いつもって?』 「ああ、イチはいつも、私に朝のお弁当を作ってくれるんだ。」 『お弁当?』 「ちょっと、オグリ!」 「それを作るために早起きしてくれているのに、ダンスの練習まで付き合ってくれてるんだ。本当にありがとう。」 『イチちゃんは頑張り屋なんだな。』 オグリの言葉に、レスアンカーワンの顔が赤くなる。 「~~っ!もう、余計な事言わないの!」 「な、なんで怒っているんだ、イチ?」 「ほらっ、続きやるよ!」 レスアンカーワンがコンポのスイッチを入れて、音楽が流れ始める。 「いきなり再開したからって、テンポズレない!」 「う、うん!こうか?」 「ほら、表情も意識して!音楽の背景を考えて、顔も作る!」 ……先ほどより、指導に力が入っているように見えるのは、気のせいではないだろう。 その時、ふと閃いた!このアイディアはアダルトデイズとのトレーニングに行かせるかもしれない! アダルトデイズの成長につながった! 体力が10減った パワーが10増えた 根性が10増えた 「軽やかステップ」のヒントLvが2上がった レスアンカーワンの絆ゲージが5上がった ページトップ 4つ目(≫151~152、≫154) SS筆者22/02/21(月) 01 02 42 【内緒の抜き打ちチェック!】 オグリキャップのレース当日。トレーナー室のテレビでレスアンカーワンと一緒に、走るオグリを応援する。 『頑張れ!』 「大丈夫、勝てる、勝てるはず……!」 第4コーナーを越えて、テレビの中のオグリキャップがグングン加速していく。 彼女は無事、1着でゴール板を横切った。 「やった!やった!オグリだ!」 レスアンカーワンが、立ち上がって喜んでいる。 『やっぱりオグリキャップは強いね』 「あったり前でしょ、なんてったってオグリキャップなんだから。」 自分が勝ったかのように、レスアンカーワンが胸を張る。 『センターで踊るウイニングライブが楽しみだ』 「そうね、ちゃんと踊れてるか見てやらないと。」 そう言いながら、レスアンカーワンが思い出したように鞄の中を漁る。 こちらに振り向いたかと思うと、青と白のサイリウムを手渡される。 『これは?』 「これは、ってサイリウムでしょ。」 『レスアンカーワンもライブが楽しみ?』 「別に、楽しみじゃないわ。私たちで面倒見てあげたんだから、ちゃんと踊れるか見てやんないと。抜き打ちチェックよ!」 ~⏱~ 日が暮れて、ウイニングライブの時間になる。オグリキャップの番が回ってきた。 レスアンカーワンと二人で、食い入るようにテレビの中で踊るオグリキャップを見る。 「いい、いいわよオグリ。……そう!ステップ綺麗!」 黄色と白のサイリウムを握りしめて、細かいところまでレスアンカーワンがチェックしている。 「どうか全力で……♪ ……ひと~みで私を♪」 サビに入って、レスアンカーワンも思わず、歌を口ずさんでしまっている。 「最後まで気を抜かずに……お、かっこいいじゃない……」 『すごいな……』 オグリキャップの華麗に歌って踊る姿に、二人で釘付けにされてしまった。 ⏱ ライブが終わっても二人でしばらく呆けてしまって、お互いに静かな時間が過ぎた。 サイリウムを持ったままテレビを見つめるレスアンカーワンに声をかける。 『カッコよかったね』 「あったり前でしょ、なんてったってオグリキャップなんだから。」 嬉しそうに微笑みながら、レスアンカーワンがまた胸を張る。 そう言った後、ハッとしたように口を手で覆う。 「アンタ、このことは秘密だから。オグリに言ったりしないでよね。」 キッと鋭い目つきで言われてしまい、首を縦に振らざるを得なかった。 その時、ふと閃いた!このアイディアはエイジセレモニーとのトレーニングに行かせるかもしれない! エイジセレモニーの成長につながった! スキルptが30増えた 「集中力」のヒントLvが2上がった レスアンカーワンの絆ゲージが5上がった 引用元 https //bbs.animanch.com/storage/img/368777/154 ページトップ 5つ目(≫170~173) SS筆者22/02/21(月) 19 56 06 【お弁当には思惑込めて】 オグリキャップとレスアンカーワンの早朝ダンスレッスンにも慣れてきたある日、二人のレッスン時間よりも早く目が覚めた。 せっかく起きたし普段はしない散歩で気晴らしでも、と学園の外を歩いていると、見慣れた葦毛のウマ娘とすれ違う。 『オグリキャップ、おはよう!』 「ああ、おはよう、トレーナー。」 『もう自主トレしていたの?』 「そうだな。この時間なら人も少なくて走りやすいんだ。」 他の生徒はもとより、熱心なトレーナー陣でもこんな時間から動き出す人は中々いない。 『熱心なんだね』 そういわれたオグリキャップが、照れたように頭の後ろに手をやる。 「ありがとう。でも、今はトレーナーもそんな熱心者じゃないか。」 『そうだね』 そんなオグリキャップを前に、ふと、疑問が湧いた。 『こんな早くからトレーニングして、お腹は空かないの?』 「実は……とても空いているんだ。ただ、今我慢すれば、あとで美味しい朝ごはんを食べられるんだ。」 はにかみながらそう答えるオグリキャップの言葉に、思い当たるものがあった。 『もしかして、この間言っていたお弁当?』 「そうなんだ!イチのお弁当は、トレーニングをした朝ごはんにぴったりな献立でな……!」 オグリキャップが嬉しそうに耳を振る。 「これを食べるために、朝早起きしているところもちょっとだけあるんだ。」 思い出したのか、お腹がぐう、とひとりでに鳴っている。 「それに、イチと朝におしゃべりできるのは、とても楽しい時間なんだ。良かったら、トレーナーもどうだ?」 その言葉を聞いて、レスアンカーワンの反応を想像する。きっと、いい顔はしないだろう―― そう思って、オグリキャップに返事する。 『いや、大丈夫だよ。』 「そうか……イチに頼んで、トレーナーの分も作ってもらおうか。」 『それは大変だろうから。あと、ここで出会ったのは内緒ね。』 「言わない方がいいのか?……なんだか不思議なことを言うんだな。」 顎に手を当てて、オグリキャップが考え込んでいる。 もう少しだけ、学園に戻る時間は遅らせよう。 そう思いながら、走るオグリキャップを見送った。 二人のダンスレッスンが始まるくらいの時間に戻ってくると、遠目に、ベンチに横並びで座る二人のウマ娘が見えた。 会話の内容はわからないが、ずいぶん楽しそうに会話をしている。 ……オグリキャップは前のライブで完璧に踊れていたし、今日くらいは遅れてもいいだろう。 もう一周り、学園の中を散歩することにした。 その時、ふと閃いた!このアイディアはエイジセレモニーとのトレーニングに行かせるかもしれない! エイジセレモニーの成長につながった! 体力が30回復した 「栄養補給」のヒントLvが2上がった レスアンカーワンの絆ゲージは最大だ ページトップ Part8 1つ目(≫39) SS筆者22/02/24(木) 22 57 23 自分用に書いてるSSからちょっとだけおすそ分け ※閲覧注意かもしれないんだ オグリが、私の肩に頭をのせる。 かすかに感じる、冷たい空気の流れ。 「……イチから、いいにおいがする。」 「……何よ、オグリ。」 オグリは顔をぐりぐりと押し付けながら、後ろから私に手を回している。 私も眺めていたスマホを置いて、オグリの頭に後ろ向きのまま手を伸ばしてやる。 おとなしく撫でられていたオグリが、口を開いた。 「……イチは。」 「なあに。」 「同じウマ娘の私と、その、こうやって、一緒に暮らしていて。」 「うん。」 「……嫌じゃないのか。」 何を言われているのかわからず、しばらく呆然とする。 思わずぷっ、と吹き出す。 イヤじゃないから、困ってるの。ホントに。 「好きにすればいいじゃん。」 「えっ。」 「変なとこでマジメすぎ、キャップ。」 オグリが顔を上げたのか、手が弾かれる。 「私は、イチに無理をさせてしまってないか。」 「あのね、キャップ。」 ぐいっ、と身体をオグリのほうに回す。 私の好きな、私だけが見れるとても綺麗な目とまつ毛。 頬に手を当ててやりながら、言ってやる。 「アンタじゃなきゃ、イヤなんだって。」 了? ページトップ 2つ目(≫45~47) SS筆者22/02/25(金) 00 40 38 僕は彼女の前にひざまずく。 街の明かりが空に反射して、うっすらと彼女の、美しくも力強い脚が眩く目に映る。 勇気を振り絞って、顔を上げる。彼女の顔を、真っすぐ見つめる。 ウマ娘は皆、端正な顔立ちをしている。 それでも、今、僕の目の前で口に手を当てて驚いた顔をする彼女は、他の誰にも負けないくらい、とっても美しい。 その姿勢のまま、彼女に手を伸ばす。 誰も見ていない場所なのに、えらい緊張する。 彼女もレースに出る前は、こんな気持ちだったんだろうか。 胸の奥から何か熱いものがこみあげてきて、喉が締まってしまい、声が上手く出せない。 口だけをパクパクと開閉させながら、何とか言葉を作り出そうとする。 「っあ、あのっ。僕とッ。」 声が裏返る。何をしているんだ。格好悪いじゃないか。 それから僕の喉は、声を出せという脳の命令を一切シャットアウトしてしまった。 お願いだ、一世一代のお願いなんだ、動いてくれ。 冷や汗と焦りで頭がいっぱいになる。 ほら、僕がモタモタしているから、彼女も涙目になってしまったじゃないか。 「頑張って。」 彼女が、口元からこちらに手を伸ばして、僕の手を取る。 「頑張って、貴方。」 彼女が涙声で、微笑みながら僕に語りかける。 ああ、なんて弱い男なんだ、僕は。応援されるなんて。 二軒隣のホソノさん、「求婚なんておめえ、バッと言うだけだ!」なんて、嘘じゃないか。 彼女の手の感触にすがるように、力を振り絞る。 「ぼ、僕と。」 「はい。」 「僕と、けっ、こんを。」 「はい。」 彼女の目元から、涙がこぼれる。 なんて、美しいんだろう。 言葉にするんだ、動け! 「僕と、結婚、してくれませんか。」 その言葉の後、身体が前にいきなり引っ張られて浮く感触がする。 冷たい風を一瞬感じた後、身体の前方と背中に、熱い感触。 気が付けば、彼女が僕のことを抱きしめていた。 「ありがとう、待ってました。」 「あ、あのっ!まだあるんだ!」 泣きながら僕のことを抱きしめる彼女の肩を軽く叩く。 「もう、これだけでも私は嬉しいの。」 「そうじゃなくて、もう一つだけ、お願いッ!」 彼女が不思議そうな顔で、僕の顔を覗き込む。 「貴女に、もう一つだけ、贈りたいものがあるんです。」 「もう何もいらないわ。貴方の言葉とこれまでの時間で、もういっぱい。」 「これからの僕の時間も貴女にあげます、でも、一瞬だけ離してくれますか。」 また驚いて涙目になる彼女を何とかなだめる。 名残惜しそうにする彼女のハグから外れて、もう一度ひざまずく。 僕も勇気を出して、もう一つ、練習したセリフを言う。 「貴女の効き脚を、前に出してもらえますか。」 彼女がまた、口に手を当てて目を丸くする。 何かを察したように、ゆっくりと右脚を前に出してくれる。 これまで彼女を支えてきた、彼女の命。 その右足のふくらはぎに手を当てて、軽く浮かせる。 僕はそのまま、脛に顔を寄せて、軽く口づけをした。 了 ページトップ 3つ目(≫116~124) SS筆者22/03/02(水) 18 21 43 前がほとんど見えないほど景色が曇ったお風呂場で、身体を擦る。 目を細めて鏡をにらみつける。今後ろを通った金髪っぽい子、やたらスタイル良かったな。モデルみたい。 石鹸を鏡に塗ろうかと思って、めんどくさくなってやめた。 ここまでやる必要ある?って思うくらい熱くて、暑いお風呂が、学園寮の特徴の一つだ。 脱衣所までしっかり湿気が満ちて、ドアを閉めておかないとあちこちに水滴がついてしまう。 以前、生徒会が広報のためにいろいろな場所の撮影をしようとしたとき、お風呂はカメラのレンズが曇りすぎて映像にならない、って理由で映像が使わ れなかった。 熱いのが苦手な子は、辛そうな顔をしながらシャワーだけで済ませていく。 でも、1か月も経つと、お風呂につからないと取れないくらい身体に疲れが溜まってくる。 私も熱いお風呂がダメなほうだった。 子供のころは、お母さんに『100数えるまで出てきちゃダメ』って言われて、ぶーたれた顔で数えてた。 今じゃ、100でも1000でも数えてやれると思う。 何なら、もっと熱いほうがイイって言って、追い炊きし始めるかも。 浴場が閉まる時間に来たことが無いから知らないけど、噂によれば最近入学した後輩ちゃんが、お風呂場にバラを浮かべて入っているらしい。 こんな暑いのに、よくやるなあ。 まだ見ぬ後輩ちゃんに思いを馳せていると、お風呂場の上記よりもっと熱い風が、身体の横から流れてくる。 それと同時に、あーっ!って悲鳴に似た甲高い声。 サウナから水風呂に移動した子たちのものだろう。 レース前の体重調整をする生徒たちのために、浴場にはこれまた信じられないくらい熱いサウナも併設されている。 使う人なんているのか、と入寮した当初は思っていた。 しかし、レースを控えた先輩たちや、たとえ模擬レースでもまじめにやりたい、なんて意識の高い子たちが続々とサウナに入っていく光景は、もはや日 常の一つだ。 『マジでダルい』って言いながらコギャルな先輩たちが入っていくのはなんだか笑えるし、真面目な子たちが真面目な顔しながら入っていく威圧感はと んでもなく力強い。 出てきた子たちが、シャワーで汗を流した後に水風呂に入って、一斉に叫んだり身体を派手に震わせるのはもうコントなんじゃないかと思える風景だ。 誰も使っていなかったら、逆に「お、明日は皆オフの日なのね」とか思うくらい。 あのサウナ自体は、いくら長風呂できるようになったからと言っても、今の私にはまだつらい。 いつか、私もあそこに入ることがあるんだろうか。 強いウマ娘たちの秘密の一つが、あそこに隠されてるんだろうか。 熱に取り囲まれながら、そんなことを思う。 お風呂に浸かって、一日を反省する。 午前の座学に、お昼の「スペシャルランチ争奪特別」に、トレーニング。 小テストは一発合格点、スムーズに抜け出せた特別レースには無事勝てて美味しいお昼を食べれてとってもハッピー。 坂路をとにかく駆け上がるトレーニングでは、教官の言う細かく脚を動かす走法で少し楽に走れることを知った。 そのあと、ふざけてアイツみたいに走ったらびっくりするくらい疲れた。 教官からも目をつけられて『やめておきなさい』ってちょっとだけ注意を貰う始末。 まだ、私には真似できない。ムカつくけど。 でも、いつかは必ずアイツにほえ面書かせてやるんだから。 明日はキャベツの芯を使った浅漬けでもお弁当に入れてやろう。きっと嫌がるに違いない。 明日の話は明日の朝考えればいいか、と思い直して、白く曇った天井を見上げる。 換気扇が一生懸命回っているけど、どこまで効果があるのやら。 天井に向かって、ぐーっと一つ伸びをする。 身体から疲れが抜けていくのを感じる。 うん、今日もまあまあ、一日よく頑張った。 「なんか最近イチ、必死だよね。」 お風呂から戻って、部屋で尻尾の手入れをしているとき、ルームメイトのモニーが話しかけてきた。 ちょっとカチンとくる言い方に、思わず冷たい返しをしてしまう。 「ん、何が?」 「私たち負け組がさー、必死にいろいろやっても、良くてにぎやかしなワケよ。」 突然かけられた、イマイチ反応に困る言葉にどう答えるか、ちょっと考えてしまう。 うーん、そうかな、とひとまず誤魔化すように返事する。 「だって、早いヤツらはもうトレーナーがついたり、チームに入ったりしてるんだよ?」 「まあ、私たちはまだってだけでしょ。」 冷たくなりすぎないような感じで返事する。 モニー、本名はエイジセレモニーって子だけど、ちょっと気難しい。 私のノリにも趣味も合ういい子なんだけど、こういう感じにネガティブな方からものを言う子だから話すのが難しい。 毒を吐く、っていう感じじゃないんだけど、思わず耳に入るとちょっと気持ちが陰るようなことを自然に話しちゃうタイプ。 発言に無責任……なのかな。意地悪なヤツって印象は持ちたくないからこれ以上は考えないけど。 とにかく、悪い意味でクラスに一人はいるようなタイプの子だ。 「いやいやいや、ちょっと考えてみなって。」 そういいながら、クッションを抱えてベッドに座り直している。 「集団指導で10,能力が伸びるとするじゃん。」 「うん。」 「それに比べたらさ、少数でじっくり指導したり、個人に合った指導をしてくれるチーム所属組はさ、15とか20とか伸びるわけじゃん。」 そうなのかな? 「まあ、そうかもね。」 「そう考えるとさ、集団で燻ってる時間が長けりゃ長いほど、先に上手くいってる子たちとはどんどん差がつくワケ。」 わかる?とか言ってわざとらしく天を見上げるように天井を見る。 「今、トレセンのウマ娘に求められてるのは早熟なエースたちってワケなんだよね~。」 私に話しかけてるのか、一人で勝手に落ち込んで納得してるのか。 こういうの、本当に反応しづらいからちょっとやめてほしい。 話の前後で微妙につながってないのが、どこかで良くない記事か何かを読んだだけなんだろうなって感じがする。 「でもさあ、3年以上頑張ってる先輩たちもいるじゃん。」 「その人たちはもう収まるところに長い時間収まってるからできるわけよ。」 「どういうこと?」 「つまり、遅くてもトレーナーにもファンの人に長く応援されてるってこと。」 うーん、分かんない。どういうことだろう。 ちゃんと話を聞くのがじれったくなってきてしまったので、直球ストレートに質問することにした。 「モニー、今日なんかあったん?」 「なんかって?」 「何か嫌なことでもあった?」 「いや、別に?ただ、ちょっと思うところがあってさ~。」 これか。何か物申したいワケね。聞いてあげようじゃないの。 「思うところって?」 「だから、イチのことだって。」 「私?」 「そ。えー、ここまでの話でわからん?」 分かんないから聞いてるの、とも言わない。 どうやってもう一つ深堀しようかな、と尻尾をいじる手を止めて考えていると、モニーが言葉を続けた。 「イチが最近必死になってるって話よ。」 「あー、さっき言ってたやつ。」 「そうそう。あの『ぽっと出』との話!」 キャー、とか言いながらこれまたわざとらしくクッションに顔を埋める。 「アイツがどうしたっていうのよ。」 「イチさあ、最近朝起きるのめっちゃ早いじゃん。」 「まあ、別に?」 「あれさ、弁当作るためって話、マジ?」 「マジだけど。」 私の返事に、こらえられなくなったようにあっはっは、と笑い出した。 「いやー、マジなん?!」 「弁当って言っても、嫌がらせのためだし。」 「いやいや、有り得んって。」 そう言って、また吹き出している。 「普通、嫌がらせしようってなったときにはそういう発想に行かないって。」 「でもアイツ、すごい食べるからいいかなと思っただけ。」 「弱点でも探ろうって?いやー、無理っしょ。」 思わぬ正論に面食らっていると、思いもよらぬことをモニーが言う。 「イチ、ほんとはあれでしょ?レースに勝てないからってぽっと出に媚び売ってるんでしょ?」 「は?何言ってんの?」 聞き捨てならない言葉に、すかさず噛みつく。 「アレはアイツの調子を落としてやろうってイタズラなの。」 「ムリムリムリ、そんなのムリだって。」 ニヤニヤした表情で、モニーがこちらを見ている。 「あれでしょ、本当は卒業した後の人生設計なんでしょ?」 「どういうこと?」 「だから、レースに勝てない私たちが卒業した後の進路ってコト。」 「進路?」 イチ、あれでしょ、と悪い楽しみを覚えたように話し続ける。 「もう引退後の寄生先探してるってことでしょ?」 「ハァ?何言ってんの。」 「レースと違って素早いじゃん?」 モニーの言葉に、胸が穴が開いたように、ヒュッと冷たくなる。 「マジでモニー、言葉選びなよ。」 「いやいや、事実を指摘してるだけだって。」 モニーは一切悪びれない顔をしている。 「私はちょっと尊敬してるワケ。真面目に今を頑張るんじゃなくて、先のことを考えて動くってのは頭イイよ。」 相手の言葉に答えるように、耳の付け根が痛いほど引き絞られる。 「何、ケンカ売ってんの?」 「ちょっと何、耳後ろに回して。売ってるわけないじゃん。」 こわ~、とか言いながら目を丸くしている。 どこまで本当だか分かったものじゃない。 モニーはこういうこと言うってわかっていても、実際に言われるのとは話が別だ。 「アイツにはひたすら嫌がらせをしているだけだし、私はそれを何かに役立てようとか全く思ってない。」 「いや、それはさ。」 「この話、終わりたいんだけど。」 ピシャリと言い放つ。 本気で怒ってるのが伝わったのか、モニーは何か言いたそうにしながらも口を閉じた。 しばらくお互い無言の気まずい時間が流れた後、消灯を知らせる放送が流れる。 真面目に従わない子も多いし、なんなら私たちもそっち側の生徒だけど、今日だけは二人ともおとなしくベッドに入る。 5分経った後、電気が消える。 チリチリとまだ燻ってる頭と胸が、おとなしく眠らせてくれない。 どうせ向こうもそうなんだろう。そう思って、背中越しに呼びかける。 「あのねモニー、もう一つ言っとくけど。」 「……何、ゴメンって。」 「私は真面目にレースに勝とうと思ってるから。トレーナーもつけるし、重賞レースで必ず勝つから。」 食い気味に、モニーの返事に自分の言葉を重ねる。 「確かに早熟なエースが求められてるかもしんないけど、私は走れるだけずっと走ってたい。」 「いや、でも勝てなかったら意味ないじゃん。」 「だから勝つつもりで走るの。私は勝ちたい。」 さっきまで言われてきた酷い言葉に復讐するように、挑発する。 「文句言うだけ言って結局勝てないようなウマ娘に、私はなりたくないから。」 すると、後ろのベッドが大きく軋む音がした。 「は?アンタそれ、私のこと言ってる?」 「言ってる。」 エイジセレモニー、と本名で呼びつけてやりながら、言葉を突き付ける。 「私は、アンタにだけは負けたくないって、今思ったから。」 「は、何それ。ライバル宣言かなんか?」 「それでもいいよ。アンタには絶対負けない。」 「……カッコつけてんじゃないわよ、オグリギャルのくせに。」 「でも上がり3Fは私のほうが速いから。アンタのこと、捕まえたし。」 「たまたまでしょ、バ場が良かったのよ。」 「最初にゴール板を駆け抜けたやつが勝つってルール、知らないの?」 大人げないな、と思いながらも、モニーを挑発する言葉が止まらない。 返す言葉もなくなったのか、さっきまでの私みたいにうんざりしたのか、もう一度ベッドを軋ませる音を立てて、モニーは何も言わなくなった。 モニーをすっかりやっつけてしまった私は、小さくない罪悪感を抱えていた。 でも、あんなこと言われて、怒らないウマ娘なんていないはず。 勝ちたいという本能に逆らえるウマ娘なんて、絶対にいない。 だから勝てばとびきり嬉しくなるし、負ければとびきり悔しくなる。 幸い、モニーと私は走る距離も馬場も同じで、いつか同じレースで走ることになるかもしれない、いいライバルだ。 明日もまた一つ、アイツよりも、モニーよりも、誰よりも強くなるんだ。 そう思いながら、チリつく胸をぐっとこらえて、毛布を頭までかぶって目を閉じた。 了 ページトップ Part9 1つ目(≫22~34) SS筆者22/03/12(土) 19 52 53 イチに、トレーナーがついた。 模擬レースで1着になったある日、トレーナーのほうからスカウトがかかったらしい。 封筒を抱えながら、やたら機嫌のよさそうな日があったのを覚えてる。私が何を言ってもニコニコな上の空で、心配になったくらいだ。 まあ、そのこと自体には驚かなかった。 私と同じような趣味とかノリしてるけど、トレーニングやベンキョーは真面目にやる。 だからと言ってガリ勉とか、図書館にこもるような感じとか、そういうのでもない。 学年に数少ない超優等生――ヤエノとかチヨちゃんみたいな――ってワケじゃない。 気軽に絡めるツレで、側にいるのが嬉しいルームメイト。 真面目な分、この間よくわかんない流れでケンカ、というか言い合いにしちゃったこともあったけど。 その真面目さが、トレーナーの目を引いたんだろう。 ああ、これで優等生サマと私で、さらに差が開いて行ってしまうんだな~なんて、自分にウソをつく。 私が持っていないものを、イチが先に手に入れていく。 相手の努力をバカにして、結果だけ見て文句を言うのは簡単だよね、ってきっとイチは言う。 それでも、毎日夕方にいい笑顔を浮かべてトレーニングするイチを見ると、イジけずにはいられなかった。 ある日、ちらりとイチの姿をトレーニング場で見かけた。 去年のダート王者で最近引退した、クロガネトキノコエセンパイを相手に併走トレの最中だった。 イチもイチのトレーナーもペコペコお辞儀していて、相手の二人のほうが困っていた。 軽い打ち合わせをしたのだろう、時間を置いて始まったトレーニングは、正直言って、クロガネセンパイとの力の差が大きすぎるように見えた。 イチは必死に、どうにかして食いついてやろうともがくように走っていたけど、クロガネセンパイがちょっとでも姿勢を下げると、抜けるように距離が空く 。 長いストライドを武器として、芝もダートも長い間走り続けてきたセンパイの走りのセンスは、暴力的なまでにイチ突き放していく。 センパイもやたら気合が入っていて、合図が出ているにもかかわらず、イチをギリギリまで抜かせようとしてなかった。 トレーニングなのに勝つつもりでやっていて、なんで引退したんだって笑える感じの走りをしていた。 あれがG1レースを勝つウマ娘の持つ、勝ち気の強さってヤツ? 去年のダートを支配した『鉄人』に必死に食らいつこうとするイチは、メチャクチャ苦しそうな顔をしていた。 ゴールの目印を横切ったイチが、風に吹かれる木の棒みたいに、パタンと倒れる。 最後の一本が終わったのだろうか。 ウッドチップのコースに仰向けに倒れこむイチは、疲れと悔しさと、これから自分が走ることになるかもしれない対戦相手達の壁の高さに、うんざりするよ うな感情を混ぜた顔になっていた。 そんなイチの顔を見るのは、自分が負け続けることのようにツラかった。 それから私は、ガラにも無く図書室に脚を向けていた。 私のルームメイトを徹底的に叩きのめしたあのセンパイについて、もっと知りたくなったからだ。 図書室の扉を開けると、眼鏡をかけて髪を三つ編みにした、いかにもって言う姿でカウンターに座る図書委員が目に入る。 その子は読みかけていた本から顔を上げて、こちらに軽く会釈している。 『怒るとメチャクチャ怖い』と言われているけど、ホントーなんだろうか? 図書室なんて普段来たことないので、こちらも首だけで会釈しながら、その子に話しかける。 「スンマセン、ちょっと調べたいんですけど。」 「はい。どんな本ですか?」 「えー、センパイについて調べたいんです。」 メガネの子は首を横にひねっている。 「ウマ娘についての資料……ということでよいでしょうか?」 「あっ、そう、それで。」 「わかりました。ええと、お名前を聞いても良いでしょうか?」 クロガネトキノコエです、と伝えると、見た目とはかけ離れたスピードで机のキーボードを叩いて、何かを印刷してくれた。 「はい、こちらがトキノコエさんについて書かれている資料の一覧です。」 2枚に分けて印刷された紙を受け取ると、文字と暗号の山。 目が文字を全く追ってくれなくて、すぐ質問してしまう。 「エート、これをどうすればイイ?」 「あ、もしかして、図書室のご利用は初めてでしたか?」 そういうと、膝掛けを脇に置いて、カウンターから出てきてくれる。 私よりも背の小さい図書委員さんは、キラキラした目でこちらを見上げる。 「資料探し、お手伝いします。ぜひついてきてください!」 それから渡してもらった資料集を、横にドンと積み上げる。 つい最近引退したばかりなのにすごい量だ。 紙の文字を読むのは慣れてないし眠くなるけど、頭を振りながらガンバって読み進める。 読んだ矢先に忘れてしまうから、気になったことはスマホにメモ。 メモの量が増えていくうちに、色んなことが分かった。 センパイは、『身体が弱い』『腰回りが緩い』ってずっと言われ続けてきた。 それは生まれ持った体質だったみたいで、それを無理に克服しようとした結果、身体を壊しかけてしまったことがあるらしい。 「弱いところを補強する」トレーニングをしていくのはフツーだけど、クロガネセンパイはダメだった。 それでも、センパイは勝つことをあきらめなかった。 とにかくたくさんレースに出て、経験を積むようにしていたみたい。 どんなに負けても、鉄は叩けば叩くほど強くなるんだと言わんばかりに、とにかく走っていた。 3戦目のレースでデビューをした後、毎年走っていない季節が無いくらい、芝ダート問わずいろんなレースに名前が載っている。 センパイのトレーナーへのインタビューでも、『焦ってトレーニングを積むようなことはしません』『ゆっくりと、大器晩成してもらえれば』っていろんな 記事で言ってる。 詳しいレース経歴は読み飛ばしたけど、戦ってきたメンツがはっきり言ってヤバかった。 ジャパンカップでルドルフ会長の2着にまで食い込んだロブストティーガーセンパイに、逃げウマ娘としてメチャクチャ勝ったデュークダウンセンパイ。 これだけのウマ娘たちを相手に、大きなケガをすることもなく、泥臭い勝負根性で戦い続けたセンパイは、まさに『鉄人』だ。 ひたすら揉まれていって、その姿がファンを虜にしていって、センパイは走り続けていた。 弱いところを叩くのではなく、得意なところを伸ばしながら能力を上げる方向に舵を切ったのが、センパイのスゴイところだ、と思った。 最後の資料から気づいたことをメモに書き込んで、資料を脇に置く。 積み上げられた山が私の右側から左側に移っていることに気付く。 ぐっ、と伸びをすると、図書室がもうすぐ閉まる時間。周りにはまばらにしか人が残っていなかった。 山を崩して本棚と委員の人に返しながら、考える。 できないことを無理に直さなくてもいいんだ。 得意なところで頑張るのは、私にはチョー嬉しい。 上手くできたらチョーシに乗って、もっと伸びればいいってことだから。 私の武器は何だろう。 欠点はたくさん見つかるけど、そういえば、得意なところを見つけようとしてこなかった。 何かが得意って言って、それができなかったときに打ちのめされたくなかったから、わざと無視していたのかもしれない。 でも、今日トレーニングコースで見たイチの姿が、私の頭にこびりついて離れなかった。 ケンカした夜に言われた『アンタには負けないから』の言葉も、頭の中に響いて止まらない。 いい加減、イイワケするのはよそう。 私の得意なことって、なんだろう。 私の、得意なことは。 正直言って、私は脚が速くない。 イチと真面目に競走したら、多分、トップスピードの差で差し切られてしまう。 実際、トレーナーがつく前にイチと走った練習レースでは、きっちり差されていた。 イチがオグリキャップの真似をして走るようになってから、最初のころは『オグリギャル』って言ってからかっていた。 ところが、チリも積もればというものなのか、マネ続けていれば最後は本物になれるのか、最近のイチはメキメキと強く走るようになっていた。 それを見て、普段イチとつるんでいた私たちもちょっと燃えたし、ムカついたし、少し自信を無くした。 真似をするだけで強くなれるんだったら、いくらでも真似する。 けど、そう普通は上手くいかない。 オグリキャップの真似をするイチの真似をしたところで、それは私の力には少しもならない。 ウンウンとうなって考えてみるけど、いいアイデアなんて一つも振ってこなかった。 私の武器は何だろう。 ベンキョーやレース戦術書、教官の指導でいろんな戦い方を学んだけど、それを現実に落とし込んでみると驚くほど結果がついてこなかった。 分からないし言われた通りにやってもわかんないなら、とりあえず走ってみっか。 図書室を出て、すっかり暗くなった廊下を昇降口に向かって歩く。 練習届出してないけど、別に走っても怒られないっしょ。 へとへとになるまで走ってやる、と決めた。 あれから1週間たった、模擬レース本番の日。 胸にトレーナーであることを示すバッヂを付けた人や、観戦ので見に来たウマ娘たちで、座席兼階段のあたりは埋まっていた。 あれは近くの小学校からの校外学習だろうか、ジャージに紅白帽をかぶったちっちゃい子たちがこちらに手を振っている。 前日に、イチに『見に来てよ』とからかい交じりに誘ったけど、普通に予定があるからパスって言われてしまった。 なんともったいない。この私が勝つところをみすみす見逃すなんて。 仲いい人に見られる方が変に緊張して良くないのかなと思う。 今日の私は、普段よりもキアイが入りまくってる。 そんな心持ちで出走メンバーを見やると、他の子たちもメラメラとキアイが入ってるように見えた。 今まで『いくら天下のトレセン学園でも、皆そんなマジになってない』って思っていたのは、間違いだったのかもしれない。 私がマジになって走ってなかったから、マジになってる子たちが見てる風景に追いついていなかっただけなんだ。 正直、今でもマジになってる自分がケッコー恥ずかしい。 そんな気持ちを振り払うために、軽く飛びあがって熱をほぐす。 1着になるのが、どこかカッコ悪いと思ってた。 本当はそんなことなくて、負けてヘラヘラしてるほうが、実はカッコ悪いんじゃないかって。 誘導係に連れられて、ゲートに入る。 ゲートは苦手だ。 狭くて、暗くて、そのくせ走らなきゃいけないコースだけ見せつけてくる。 隣からは、息まいた熱が、私の肩と頬を舐めるように撫でる。 ここを失敗したらお前は負けるんだ、って思わせてくる。 深呼吸して、目の前の扉を睨みつける。 テメー、あんまりチョーシ乗んなよ。 今日は私の番だ。 私が、アンタたちをブッツぶしてやる。 芝、2000mの中距離、2枠3番の内枠。 メイクデビュー戦でもあんまり開かれない距離に、ワザワザ登録した。 私の武器は何だろうか、ってずっと考えてきた。 図書室でめっちゃベンキョーしたあの日の夜、イチの走っていたトレーニングコースを全力で、何度も何度も走った。 私のほかにも何人か自主トレしてる子たちがいて、一緒に走った。 1周目。頭の悩みは、ちっとも晴れなかった。私より先に走っていた子に、何度かかわされた。 3周目。身体は熱を持ち始めたけど、やっぱり悩みは晴れなかった。私より先に走っていた子に、1回だけかわされた。 5周目。やっとまともに走れるくらいに息が整ってきた。私より先に走っていた子は、だいぶ息が上がっていた。 7周目。悩みについて考えるのが、やっと面倒くさくなってきた。私より先に走っていた子の音が、聞こえなくなった。 9周目、だと思う。まだまだ、まだ走れる。私より先に走っていた子は、スタート位置で座り込んでいた。 もういいだろう、と思って脚を止める。私より先に走っていた子たちを、私は立ったまま見下ろしていた。 脚は、確かに遅い。 では、その脚の長さはどうだ。 私はこれまで、負けたくなくていろんなものから逃げてきた。 逃げるのは得意だ。簡単だし。 駆け引きできる頭も、最後に全部ブチ抜く豪脚も持ってない。 誰かと真っ向から勝負するのも、ビビッちゃって苦手だ。 なら、最初からハナを取る。 長めの距離を、いの一番にブッ飛ばして、他の連中を置いていく。 誰かと勝負しないで、私一人で勝負を終わらせればいい。 得意なものをひたすら伸ばして、生かして、一番最初にゴール板を横切る。 『逃げは勝ちの定石ではない』 『最初は良くても、レース勘がつかなくなるから後々苦労することになる』 そんなお説教、知ったことじゃない。 スタミナバカのガン逃げ、絶対ついてこさせないから。 早く、早く開いて! 一秒でも1ミリでも、先に飛び出さなきゃいけないんだから! 早く! 『ゲート収まって……今、スタートです!』 自分でゲートを押し開けるつもりで、すぐさま飛び出せ。 0.1秒でも遅れたら、もうおしまいだ。 後ろを振り向くな。 前を見続けろ。 折り合いをつけるな。 多少掛かったって、どうせみんな私と同レベルだ。 捕まるな。 スタミナしかない私は、逃げ続けるしかないんだ。 上手に曲がろうと思うな。 余計なことを考えず、一番内側を取ろうとこらえ続けろ。 前へ押して、押して、押しまくれ。 2000mの長い距離、坂も全部まとめて、押し尽くせ。 「6」の数字を通り過ぎたら、準備。 立ち続ける余力も残らないくらいに、ブチ撒ける用意をする。 「4」の数字を通り過ぎて目の前に開ける、誰もいない最後の直線。 なんてサイコーの景色なんだろう。 見たことない景色に、少し面食らう。 前へ、前へ、進むんだ。 「2」の数字を通り過ぎて、脚の動きは変わっていない。 誰がどこにいるかなんて、知ったこっちゃない。 あの目印の前に、一歩でも、一秒でも速く、早く! ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 『エイジセレモニー、エイジセレモニーです!2000mの長丁場を見事、逃げ切ってしまいました!』 ゴール板を横切って、一番最初に聞こえてきた、会場に響き渡る実況の声。 見ていた皆の視線が、私に向いている。 レース場のものほどじゃないけど、拍手と歓声と、ザワザワとどよめく声。 聞き耳を立ててみると、『まさか逃げの子が出てくるとは』みたいな内容が聞こえる。 胸の奥から、喜びと快感が湧いてくる。 初めて勝ち取った、一着。 もう立ち上がれないつもりで全力を尽くしたけど、まだまだ真っすぐ立てるくらいに、体力が残っていた。 イチが言っていた『絶対に勝つ』って、こういう気持ちだったのか。 勝利の余韻に浸っていると、誘導員さんから声をかけられる。次のレースがあるから動いてほしい、と。 こんなところで文句言っても仕方ないから、言われた通りロッカールームに戻って、シャワーを浴びて、着替える。 今日の夕飯はどうしようか。せっかく勝った日なんだから、ちょっと豪華なものを食べてもいいかも。 あ、イチにねだってみるとか? そんなことを考えながら学園を歩いていた時、声をかけられた。 「そこの子、模擬レース見てました。……あの?」 大人の人の声。ウマ娘の声じゃ絶対ない。 頭の中に雷が落ちたみたいな衝撃が来て、背筋が伸びる。 顔がひとりでににやけてしまっている。 「はい、何ですか?」 「単刀直入に聞くけど、今、専属のトレーナーさんってついてるかな。」 来た! いません、いませんとも! 「いや、今はフリーですね。」 そう返事をすると、そっか!と言って、肩から下げていた鞄を漁っている。 しばらく探した後、取り出してきたのは一つの封筒だった。 「今日の模擬レース、見てました。もしよかったら、これ。受け取ってほしい。」 「マジですか!ホントに?」 「ええ、とてもいい逃げっぷりでした。ぜひ。」 褒めてもらえる言葉がむず痒い。 この瞬間、サイコーだわ。一日上の空になる気持ちが分かった。 差し出された封筒を勢いよく受け取って、わきに抱える。 「トレーナーさん、正しいスカウトしてますよ。マジで。」 「そう?他の人が声をかける前に、と思ってさ。」 私は空いてる方の手を差し出して、言ってやる。 「一緒に、頑張っていきましょ。私、勝ちたいヤツがいるんです。」 それを聞いたトレーナーは、うん、と一つ確かに頷いて、私の手を取った。 「わかった。じゃあ、その子に勝てるよう、一緒に頑張ろう。」 待ってなさいよ、イチ。 アンタばかりに先へ先へとは逃がしはしない。 出遅れたけど、私ももうすぐ追いついてやるから。 ケンカを吹っ掛けたのは私だけど、勝っちゃえばこっちのモン。 今日はイチと一緒に夕飯を食べよう。そこで、報告してやるんだ。 ようやく走り出せた実感を得た私は、来週からのトレーニングが楽しみで仕方なかった。 了 ページトップ 2つ目(≫47~53) SS筆者22/03/14(月) 20 27 02 「……あ~……」 「……う~ん……」 「はぁ……」 「……もう。」 「オグリ!そんなコソコソしてなくてもいいじゃない!」 「……」 「オグリ!バレてるんだからね!」 「な、なんで分かったんだ、イチ。」 「葦毛って自分が思ってるより眩しいもんなの。」 「そ、そうだったのか。すまない……」 「いや、なんで謝ってるの。意味わかんないって。」 「……なんで出てこないのよ。」 「い、いや。側に行ってもいいのか、ちょっと分からなくてな。」 「……そりゃいいでしょ。となり、空いてるし。」 「そうか、そうしたら、そちらに行くぞ。」 「うん、うん?」 「なんで立ちっぱなしなのよ。」 「それは、隣に座ってもいいのかどうか、分からなくてな。」 「なんか今日ヘンだよ、オグリ。」 「そ、そうだろうか?」 「そうです。どうしたの。」 「うん、その、今日は何の日か分かるか、イチ。」 「3月14日、だけど。」 「そうだ!だから、何の日か、分かるか?」 「あぁ~……円周率の日ね。」 「え、円周率?」 「うん。3.1415926535……あとなんだったかな。」 「おお、すごいな。暗記したのか?」 「小学校の時の友達で100桁言える子がいてさ、面白がって言ってもらってるうちにちょっと覚えちゃった。」 「イチはすごいんだな……いや、そうじゃないんだ。」 「あ、ごめんごめん。」 「それで、今日は何の日か分かるか?」 「え~、パイの日だね。」 「ぱ、パイ?」 「そう。パイ。」 「どうしてパイ……なんだ?」 「さっきの円周率とおんなじ。πって言うじゃん。」 「そうなのか?」 「えっ、数学の時間に……」 「私はてっきり、アップルパイとか、ミートパイとかの……」 「あー、ああ。そういうことでもあるよ。私はデザートっぽいのより、ごはんな感じのパイのほうが好き。」 「そうなのか。私は……うん、どちらも好きだな。」 「そういえばまだ作ったことなかったなあ。今度、クリークさんとかタマモ先輩とかみんな誘って、パイでパーティしよっか。」 「おおっ、それはとてもいいな!もう、今からおいしそうだ。」 「こら、まだ日付も人も決めてないのに。」 「……はっ。そうじゃないんだ!」 「わっ、何、オグリ。」 「イチのパイ料理はすごく楽しみだが、違うんだ。」 「何が違うってのよ、あ、私が洋風な料理作るのはおかしいって?」 「ちがうんだイチ、そういう話じゃないんだ。」 「あ、今日が何の日か、って話だったね。」 「そう!それだ。」 「え~~~っとね、う~~ん……」 「……分からないだろうか。」 「……アハハ、降参。もう思いつかないや。」 「私はてっきり、イチが本当に分からないのかと……」 「ごめんごめん、なんか様子がおかしかったから、ちょっとイタズラしちゃった。」 「むぅ……イチは意地悪だな。」 「そんなしょげないでよ、オグリ。ちゃんと謝る。」 「うん。」 「ごめんなさい。」 「うん。ありがとう。」 「それで、つまりホワイトデーね。何、お返ししてくれるの?」 「もちろん。」 「別に、私はオグリにチョコ、あげてなかったじゃん。」 「でも、イチはとても美味しい生姜焼きを食べさせてくれたじゃないか。」 「……あ!そうだった、そうだった。」 「だから、私もお返しをしたくなったんだ。」 「えー、ありがとう。何くれるの?」 「……それなんだが、その。」 「どうしたのオグリ、なんか今日、歯切れ悪くない?」 「最初は、ホワイトデーらしく、マドレーヌとかマカロンとか、そういうものでお返ししようかな、と思ったんだ。」 「うん。」 「ただ、さっきイチが言ってくれた通り、イチが贈ってくれたものはチョコではないから、普通のお返しはふさわしくない、とも思ったんだ。」 「お返しでもらえるものなら、なんでも嬉しいのに。」 「いや、それは違う、と思って……それで、これを。」 「ん、なんだろう、これ。」 「待ってくれ、イチ。」 「な、何。中、見ちゃダメ?」 「いや、ぜひ見てほしいんだ。ただ、プレゼントについて、悪く思わないでほしい、とだけ……」 「あー、分かった、けど……」 「うん。よろしく頼む。」 「じゃあ、開けるよ?」 「わっ、カッコイイ包丁!」 「ペティナイフ、というらしい。」 「すごいきれいだね、これ。」 「私は詳しくないが、野菜にも魚を捌くにもこれ一本、衛生面も安心なものだそうだ。」 「どこで見繕ったの。」 「実は、私の地元がある隣の市が、刃物で昔から有名なところなんだ。」 「えー、そうだったんだ。」 「うん。なんでも、包丁やナイフは世界一らしい。地元の誇りだ。」 「ちょっと中から出して、握ってみてもいい?」 「もちろん!」 「うん。……わ、軽い。」 「これでもっと、イチが料理を楽しんでくれたら、私も嬉しい。」 「ありがとう、オグリ。嬉しいよ。」 「私のほうこそ、ありがとう。美味しいお肉のお礼だ。」 「教えてくれた通り、今度、お魚捌いてみるね。ありがと。」 「あの、イチ。……あっ。」 「わ、危ないって。どうしたの、しまうからちょっと待って。」 「すまない。……それで、イチ。」 「うん。」 「私は、イチとの縁を終わらせたいとは、全く思っていないからな。」 「はっ?……あ、さっき言ってた、悪く思わないでほしいって、そういう?」 「ああ。贈り物で刃物を贈るのは、良くないという記事もたくさん見てしまって……」 「なんだっけ、なんかあれだよね、マナーがどうのみたいな。」 「イチならきっと大丈夫だと信じてはいるんだが、どうしても疑いの気持ちが晴れなくて。」 「大丈夫だよオグリ、分かってる。嬉しい。」 「良かった。イチを疑ってしまって、すまない。」 「わ、そんな謝んなくてもいいじゃん……あ、そうだ。……はい。」 「そ、そんな、イチ、お金なんていらないぞ!」 「いや、受け取ってほしいんだって!」 「イチ、これは私からのお返しなんだ。どんなに安くても、お金はいらない。」 「違う違う、そうじゃなくて!」 「イチ、大丈夫だ。そんなにお小遣いに困っているわけではないから、その5円玉をしまってくれ。」 「ごえんのお返し!」 「5円でも、お返しのお返しは……!」 「だから、ご縁!」 「ご、ご縁?」 「オグリが心配してくれて、切れかけちゃったご縁の、お返し。」 「ご、ご縁、か。」 「そう!だから、はい!ちゃんと握って。」 「わっ、イチ……なるほど。」 「うん。ゲン担ぎとか、なんかそんな感じ。」 「……そうか。そうだな。ありがとう。」 「こういうダジャレっぽいの、日本語っぽくてありそうじゃん?」 「うん。その感じは、なんだか分かるぞ。」 「ふふ。ナイフ、ありがとう。大切にする。」 「大切にする……使って、もらえるよな?」 「いや、もちろん使う使う。早速明日から活躍してもらいますよ。」 「本当か!もしできるなら、その包丁を使った一番最初の料理は、私が食べたいな。」 「分かった。お魚は無いけど、何か美味しいもの作ってくるよ。」 「ありがとう。明日の朝が楽しみだ。」 「私も。」 了 ページトップ 3つ目(≫117~132) SS筆者22/03/21(月) 23 05 44 「ねえモニー、明日、タマモ先輩来るから。」 イチが部屋でくつろいでいた私に声をかける。 「タマモ先輩が、ナニ?」 「いや、その、明日さ、私、いないんだ。」 やけに照れたような顔をしながら、返事をしている。 「え、なんで?」 「オグリの奴がさ、明日、二人で話さないかって誘ってきたの。」 「……えー、マジ?」 「うん、それで、すぐそばにいたタマモ先輩がさ、『二人きりのほうがええやろ』って言ってくれて。」 「……ああ。」 「それで、一晩だけ部屋を交換しようって言って、さ。」 マジか。寮長にチクってやろうかな。 「悪いんだけど、ゴメン。」 「ちょっと、ルームメイトほっといてそれは、ヒドくない?」 「フジ寮長には内緒でお願い!」 うわ、見透かされてた。 「まー、いーけどさ。」 「ありがと、助かる。」 ○●〇●○●〇●○●〇●○●〇● 「おー、ジャマするで。」 「あー、こんちは。」 昨日言っていた通り、タマセンパイが来た。 「せっかくジャマするから、菓子持って来たで。」 「え、マジですか?あざっす!」 レジ袋からにんじんチップスを取り出して、見せてくれる。 私も小型冷蔵庫からスポドリを出して、紙コップに注ぐ。 「おっ、おおきに。」 「いや、ウチのイチが、すみません。」 軽く、平謝りする。 「いや、ほんまにあの二人仲ええよなあ。」 「ね、なんか妬けちゃいますよねえ。」 タマセンパイがお菓子の袋を開けて、つまんでいる。 「ほうか?別にまあ、そんな珍しい話でもないしなあ。」 「まあそうですけど、いざ自分のルームメイトがって思うと、なんかイヤじゃないですか。」 「ウチはそういうのあんまり気にせえへんからなあ。」 ポリポリ、と小気味よい音を鳴らせている。 「なんや、モニちゃんは実は、オグリの恋敵だったりするんか?」 タマセンパイがニヤニヤしながら、わざとらしく悪い顔をして聞いてくる。 センパイからその話題を振ってくれるの、待ってました。 「そうなんです、実は、ずっとイチのことが好きで。」 すると、大げさに顔を手で覆って、ワー!と叫び出す。 「えー、そんな昼ドラみたいな話、あるんやなあ。」 「はい。まあ、気づいたのは最近なんですけど。」 センパイが身体を前に乗り出してくる。 「どんなとこが好きになったん。」 「えっ、まあ、近くでずっと見てましたし。」 「せやなあ。普段、ご飯とかも一緒に行ってたんか?」 「あ、いや、お互い仲いい子のグループあるんで、そういうわけでもないですね。」 「そうなんか。休みの日とかはどうするんや。」 「休みの日も、あんまり一緒に出掛けたりとかは無かったかも……」 タマセンパイが、だんだん怪訝な顔になっていく。 「モニちゃん、奥手なんか?」 「いや、友達からはそういうタイプじゃないって言われます。」 私の言葉に、腕を組んで首をかしげている。 「私のほうが先に好きだったのに、オグリに取られて、納得いかないんです。」 「納得いかん、か。」 「はい。だって、私、ずっと前からイチのこと見てましたし。」 私の言葉に、嬉しそうな顔をしていたタマセンパイが、お菓子をつまんでいた手を止めた。 「うーん、いや、モニちゃん、それは多分好きとは違う気持ちやで。」 私はすかさず、タマセンパイの言葉に噛みついた。 「なんですか、私が、イチのことが本当は好きじゃないって言うんですか。」 「そや。本当は、イチちゃんのことなんて好きやないねん。」 私の言葉に素早く、ピシャリと言葉を返してくる。 「イチちゃんのことが好きなんやのうて、ただ羨ましいだけや。」 「意味わかんないです。どういうことですか。」 「イチちゃんはオグリにべったりで、オグリもイチちゃんにべったり。それはわかっとるやろ。」 「はい。」 せやけど、と言ってセンパイがベッドの上であぐらをかく。 「別に、イチちゃんからモニちゃんには、なんもしとらんやんか。」 「そうですけど、それがイヤなんですっ。」 うーん、とタマセンパイが腕を組みなおす。 「モニちゃんはオグリより先に、好きや!とは言っとらんのやろ?」 「あたりまえじゃないですか。ルームメイトなのに、そんなこと言ったら普通ドン引きですよ。」 せやなあ、と身の詰まってなさそうな返事が返ってくる。 「ほな、そんな怒られても、イチちゃんはなんも分からんやろ。」 「そりゃ、そうですけど……でも、ムカつくじゃないですか。」 「それ言うとったら、モニちゃんは出遅れた上に後出しジャンケンしとるやん。そんなん、ズルすぎるやろ。」 正論を突き付けられて、グゥの音も出ない。 こらあかんな、とセンパイは天井を見上げている。 「モニちゃんが一方的にカッカしてるだけやんな?」 「そうですよ。イチばっかり幸せになってるみたいで、羨ましいんです。」 私の言葉に、タマセンパイがパチン、と一つ、手を鳴らす。 勢いよくセンパイが右手の人差し指で、こちらを指さした。 「それや!」 「はっ?」 「いや、モニちゃんそれやで。よう気づいたな。」 指さしてきたかと思うと、また腕を組んで、一人でウンウンと頷いている。 「イミ、分かんないんですけど。」 「いや、せやからそういうことやって。」 一人で納得してるような素振りをして、何も言わないセンパイにイライラがつのる。 「センパイもなんか、ムカつきますね。」 「ちょちょちょい、それは酷いわ。」 こちらにツッコミを入れるように、平手で空気を叩くふりをしている。 「ほんとは、自分もわかっとるんとちゃうんか?」 「なんですか、バカにしてるんですか。」 言葉のとげを隠そうとも思えなくなる。もう、年上とか、そういうのは関係なくなった。 『私はすべてを分かってます』みたいな態度、ムカつく。 何を見たいかもわからないのに、助けを求めるようにスマホを取って、真っ暗な画面にカラフルな何かを映す。 親指だけが滑らかに動くけど、私の脳みそは何にも見つめていないみたいに、どの情報も頭の中を滑って落ちていった。 「あー、こらあかんな。すまん。」 自分の世界に閉じこもった私を見かねたのか、センパイが頭を下げている、ように見える。 センパイの謝罪に、反応もしたくない。 そのまま、重苦しい静けさが部屋を包む。 エプロンをあしらった、イチの目覚まし時計が鳴らす、カチ、カチ、という音だけが響いている。 私がこうして世の中の理不尽に燃えている間に、イチはオグリに何を話しているんだろうか。 どっちかが膝枕して、二人は仲よく夢の中にいるのか。 心の中の澱みを吐き出すかのように、少しだけ勢いよく、ため息をついた。 今、センパイの部屋では、きっとこの私の部屋とは違う風景が流れているんだろうな、とスマホの光を目に取り込みながら考える。 タマセンパイも呆れたのか怒ったのか、何も言わなくなった。 ガタガタ、と窓が音を立てて鳴り始める。その後、ポツ、ポツと水滴がガラスに当たって弾ける音。 別に雨まで降らなくていいじゃん、と、全く無関係なところにも心が反応して苛立ってくる。 こんな気持ちで、こんな音を聞かされて、どうやって夜を過ごせというのか。 叫び出したいけど、センパイがいる以上、声を出すのも憚られる。 苛立つ熱が私の中で暴走しそうになった手前くらいで、パン、と快活な音が一つ、部屋の中に轟いた。 驚いて、スマホから顔を上げる。 「おし!モニちゃん、着替えぇ。」 タマセンパイがベッドから軽く飛び降りて、四股を踏むような姿勢を取っている。 「は?」 「いや、せやから、着替えぇ。走りに行くで。」 全くつながらない唐突な言葉に、理解が追いつくまで時間がかかった。 「走りに?」 「せや。ジャージあるやろ、はよ着替えって。」 肩を入れて、ストレッチを始めている。 「バカなんですかセンパイ、外、雨ですよ。」 「モニちゃん、なかなか手厳しいなあ。言葉がほんまに痛いで。」 ふざけるように、センパイが胸を両手で押さえて、悲しそうな顔をする。 「いや、そういうの、マジでいらないんで。」 「いらなくてもやってしまうんがウチなんや、堪忍やで。」 「そういうのもいらないです。」 何をバカなことを言っているんだろう。 真面目に取り合ったら損すると思って、ベッドに横になる。 すると、よっ、という掛け声をかけながら、タマセンパイが無理やり私を持ち上げた。 思わず、スマホを取り落す。 そんな小さい身体のどこに、こんなパワーがあるんだ。 「ちょっ、やめて、何してんの?」 「そんな気持ちで寝っ転がったって眠れやせえへんやろ。ほれ、立った立った。」 それに、と私を持ち上げたまま私の目を見て、言葉を続ける。 「GⅠ3勝、3冠バたちができなかった天皇賞を春秋初連覇した、『白い稲妻』が一緒に走ろうって言うてるんやぞ。」 「……だから、何だって言うの。」 「引退してる身やけど、ウチのトレーナーの元には併走トレーニングの依頼がぎょうさん来とるんや。こんなチャンス、中々無いで?」 そりゃ当たり前でしょ、って思う反面、後から走りたくなっても走らせてもらえないウマ娘なのは間違いない。 「ウチのでっかい胸を借りた上で、モニちゃんの気持ちを誤魔化せるんや。ちょっと雨にぬれても、得しとるやろ。」 そういうセンパイの目は、ギラギラと光っていて、『いいえ』とは言わせない迫力がこもっていた。 これがGⅠを勝ったウマ娘のもつ、胆力というか、迫力というものなんだろうか。 まるでガラの悪いヤンキーじゃないか。 「……胸はともかく、分かったんで、降ろしてください。」 ちょちょちょい!とお決まりのような反応をしながら軽くドツかれたが、タマセンパイは私を地面に降ろした。 観念した私は、ジャージに着替えるために、寝間着のボタンに手をかけた。 「おおー、ええやん!ちょっと肌寒いくらいがちょうどええで!」 イチのジャージを勝手に借りて、ぶかぶかに余らせた袖を捲っているタマセンパイが叫ぶ。 夜も少し深まって、小雨も降ってきたトレーニングコースには、当たり前だけど、誰もいなかった。 「センパイ、そんなデカい服で走れるんすか。」 「おー、今、身長小さいってバカにしよったなぁ?」 うりうり、と言うように肘で小突いてくる。 こうしていると、ただのかわいらしい葦毛のウマ娘にしか見えない。 上下に揺れる青赤のリボンをつけた、身長の小さい、愉快な子だ。 この身体のどこから、すべてをブッちぎる走りが湧き出てくるのか。 私の前をセンパイが小走りでかけていく。 「ほな、ここスタートな。」 タマセンパイが、慣れた様子でダートコースに線を引く。 「それで、距離はどうする?」 こちらに顔を上げて、タマセンパイが私に聞く。 「いや、別に、何mでもいいけど。」 「ほうか。そしたら突然やけど、一つ問題や。」 タマセンパイが指を立てる。 「このダート、一周は何mでしょーか。」 「え、そんなの、別に知らないっすけど。」 そう答えると、またわざとらしく目を手で覆って、あちゃ~、と声を上げている。 「アカン、アカンで、モニちゃん。」 「何なんすか。」 「自分が走るコースやレースの条件くらい、ちゃんと覚えとらんと。」 何を教官みたいなことを言っているんだ。 「ちなみに、正解はセンロクや。」 「は?」 「1600mってことや。」 「良く知ってますね。」 「せやろ?ま、ウチはここのコース、使ったことないんやけどな。」 飄々と言葉を話すタマセンパイに、メラメラと気持ちが湧き立つ。 「さすが、重賞ばっかり出てたセンパイは違いますね。」 「ほうかなあ。ダートも随分前に、走ったっきりやしなあ。」 ワザとやっているのか、それとも天然なのか。めちゃくちゃに煽られていることだけは分かった。 もう、センパイに喋らせたくない。 ここで走って、勝ってやる。 勝って、黙らせる。 「ほな、行くで。よーーーい……」 ドン、という言葉を合図に、思いっきり土を蹴り出す。 そのまま、後先考えないで、全力のハイペースで飛び出した。 スタミナには自信がある。1600m――センロクなら、テキトーにブッ飛ばせば大きなリードが取れる。 勝てないだろう、なんてもちろん思わない。 絶対に勝てる。 ダートのトレーニングコースは、私たちのほうが多く走るからだ。 芝のコースは、タマセンパイ含めて強い子たちに使われてしまうことばっかりだ。 その分、私たちはダートを走る。 経験と慣れでは、絶対に私のほうが勝ってる。 文字通り、土をつけてやる。 借りたジャージをドロドロにして、怒られてしまえばいいんだ! 私の野望は、かくも簡単に打ち破られた。 本当のレースなら怒られるかもしれないような展開だった。 3コーナーに差し掛かったころで、聞こえなかったはずの雷鳴は、もう後ろまで差し迫っていた。 ヤバい、と思ってギアを上げようと思った時には、相手の加速は終わっていた。 追い抜いた後も、そのままスピードを上げていた。 私に格の違いを見せつけるかのように、グングンと伸びていって、私に5バ身以上差をつけてゴールした。 遅れてゴールした私に、余裕綽々とした表情で声をかける。 「おう、最初の勢いは良かったやんけ。」 「まだ、別に、1周目ですから。」 私の返事に、やれやれ、とタマセンパイが肩をすくめる。 「そんなんやからオグリにも出遅れるんや。レースは一回しかないんやで?」 真っ当な正論に、私は黙るしかなかった。 「なんや、なんも言うことないんかい。もう一回とか言うんかと思ったけど。」 どこまで本気で言ってるんだ。 ムリな勝負をふっかけて、確定的な実力差を見せつけて、その上でもっと煽りをかけてくる。 今までトレセン学園で感じたことないほどの熱と怒りが、胸の奥から湧いてくる。 それでも、目の前の勝負に勝ちたい、と思ってしまうのは、ウマ娘だからなんだろうか。 「……もう一度。」 私は、ひねり出すように声を上げる。 「おっ。なんやて?」 「もう一度っす。私はまだ走れるんで。」 タマセンパイはにやり、と笑う。 「ええやん、その意気や。グズるだけあって、諦めるようなヤツではないってことやな。」 「GⅠ取ってるからって、バカにしないでくださいよ。」 「おう、分かっとる。モニちゃんの合図で良いで。」 そう言って、スタートの準備を取っている。 絶対に勝ってやる。 なんなら、相手が潰れるまで再戦して、『勘弁してや』って言っても走らせてやる。 ケンカを売ってきたのはアンタなんだから。 私は、スタミナだけは、あるんだ! 「おうモニちゃん、もう終わりかいや。」 ぜえ、ぜえ、と軽く肩を上下させながら、タマセンパイが私を見下ろす。 あれから何度『もう一度』と言ったのか、このコースを何周したのか、もう覚えてない。 全力で逃げているから、相手が追い込んできているから、そんなレベルの話ではなかった。 ダートだから、芝だから、そんな話でもない。 ただただ、圧倒的に、私の力が足りていなかった。 ショックと疲れで地面にへたり込んで立ち上がれない私に、雨が容赦なく打ち付ける。 「モニちゃん、ウチが何のレースで勝ったか、知っとるやろ。」 思いついても、口から漏れてくるのは荒い呼吸ばかり。 日本で最長の平地G1レースを勝っているその実力は、多少環境が変わったところで揺らぐものではなかった。 悔しい。 それでも、悔しかった。 雨雲が光を反射して、薄明るくなっている空を見つめながら、言葉が漏れる。 「……意味、無いじゃんか。」 「なんや?」 一人でにこぼれた言葉は、もう一度自分に戻ってくるようで、酷く惨めに聞こえた。 「もう、私に、意味なんて無いじゃんか。」 「意味やと?」 「イチも取られて、有利なのにアンタに勝てなくて、もう何にも残ってないじゃん。私。」 タマセンパイはしばらく黙って、こちらに向き直った。 「意味なんかハナっからあるもんかい。最初から、全部諦めがちに取り組んどったんやろって。」 けどな、とタマセンパイは一つ呼吸を置く。 「ええ逃げやった。スタートの反応もいい。ただ、他の能力が足りとらん。」 「いいですよね、センパイは能力が足りていて。」 私が不貞腐れるように答えると、タマセンパイがズン、ズンとこちらに歩み寄ってきた。 へたり込む私の腕を強引に握って、思いっきり引き上げられる。 「うわッ。」 「ウチに能力が足りてる、やと?」 そう言い放つ先輩は、明らかに怒っていた。 「ウチはな、精一杯努力したんや。他の連中を見返してやる、環境なんか関係ない、そう思って、ナンボでも努力してきた。」 据わった目で見つめられて、喉が詰まる。 怖い、と思った。 「他のウマ娘が羨ましくなることもぎょうさんあった。せやけど、やればできると思うて、腐らずにのし上がってきたんや。」 そういい終わると、握っていた手を放す。握られていた場所が、雨に当たっているのに、じん、と熱くなる。 ドスの効いた声で、タマセンパイのこれまでが込められた言葉は、鈍器のように私の心を強く打った。 「……でも、私は、どうしたらいいんすか。」 タマセンパイは、私のすがるような疑問に、すぐ答えた。 「勝つんや。」 「えっ。」 「トレーニングして、勝って、勝って、勝ちまくるんや。」 タマセンパイの顔を見上げる。 「イチちゃん――いや、イチに、レースで勝て。戦績で勝て。タイムで勝て。なんでもええ。勝つんや。」 真っすぐな目で、タマセンパイが私を見る。 「モニちゃんが羨んだらアカン。羨ましがられるようになるんや。」 タマセンパイが、雨に肩を濡らしながら、言葉をつなぐ。 「自分、分かったやろ。モニちゃんは別に、イチのことが好きなんやのうて、羨ましいんや。」 羨ましい。 「自分にはオグリほど自分のことを好いてくれる人がおらん、自分よりも早くトレーナーがついた、自分よりもタイムがいい……他になんか、あるか?」 「……イチは、私より料理ができる。」 「せやな、せやけど、それは全部イチが自分で動き出して、勝ち取ったもんや。」 そうだ。 私は、必死になって何かやっているイチを、高みから動かないで見ていただけだった。 誰かに見てほしくて、その高みにいるのがまるで、大人ぶってるようで、ずっとしがみついていた。 その気持ちを、たまたまルームメイトになったイチにぶつけていただけだった。 「それを羨ましいって言うと自分が弱く見えるから、好きだってことにしてただけや。」 ま、王様気取りでベソかいとっただけってことやな、と言って、上に伸びをする。 「タマセンパイ。」 「おう、なんや。もう一本行くか?」 「私に、レースを教えて。」 「高くつくで。」 「……何したらいいの。」 せやな~、と少し考え込むフリをして、こちらを見る。 「まずは、未勝利戦突破やな。」 「タマセンパイが教えてくれたら、それ、払える。」 「おっ、言うやんけ。」 タマセンパイが、口の片側だけ上げて、こちらに手を伸ばす。 「なぁ、モニちゃん。」 「はい。」 「今、勝ちたいか?」 「うん、めちゃくちゃ勝ちたい。」 センパイの手を取る。 そのまま、グッ、と引き上げられて立ち上がる。 「戦って勝ちたいと思えるヤツ、おるか?」 「いる。顔も身長も、得意なことも知ってる。」 ウンウン、とセンパイが頷く。 握っていた手を一度ほどいて、握手し直す。 「お願いします、センパイ。」 「おう、大船に乗ったつもりで、任しとき。」 その言葉を聞いて、わざと誰もいない空をつま先立ちで見上げる。 「ん、こりゃまた、立派なモーター漁船だなあ。」 「そうそう、後ろにはちゃんと壊れた時用のオールも一緒に……ってコラ!それじゃ小舟やんけ!」 胸を手の甲で叩かれる。 私、このセンパイとならやれるかも。 センパイの雷は、私を高みから引きずり落しただけじゃなくて、どこに行けばいいかも照らしてくれた。 やっと、ここまで落ちてこれた。 今度は何をされても壊れないような、立派な塔を、自分で建ててやる。 二人で特別感に浸っているとき、突然、背後から声が聞こえた。 「ポニーちゃん?タマモ先輩?こんな時間に、雨の中、何をしているのかな?」 振り返ると、懐中電灯と傘を持って、不気味な笑顔を浮かべる寮長が経っていた。 音もなく近づいていた寮長に、二人で声にならない悲鳴を上げて、跳びあがる。 スタートダッシュの速度の差でタマセンパイだけ捕まっちゃったのは、多分、別の話。 私のタイムが次の日のトレーニングで少しだけ良くなったのも、多分、タマセンパイと一緒に走ったから……だと思う。 了 ページトップ 4つ目(≫164~173) SS筆者22/03/27(日) 00 01 37 「おうオグリ、おはようさん。」 とてもよく親しんだ、しかし、朝には聞きなれない声で目が覚めた。 声のした方向に首を向けると、タマ――ルームメイトで、友人で、最高のライバル――が、ジャージ姿でこちらを見ていた。 「どうしたんや、タヌキに化かされたような顔して。」 その場で軽くトン、トンと飛び上がりながら、不思議そうな顔をしている。 「お、おはよう。タマ。」 「おう、おはようさん。」 そのまま肩を入れて、肩甲骨と脚の関節を伸ばし始めた。 いつも私が起きるときにはタマが寝ているから、つい面食らってしまった。 タマがストレッチをしながら、口を開く。 「ちょいとオグリ、朝練付き合ってや。」 「……タマ?」 タマの口から出てきた思ってもいない提案は、寝ぼけている頭をすっかり通り過ぎて、何を言っていたのか分からなくなってしまった。 「ちょいオグリ、珍しく寝ぼけとんな。」 「いや、タマが朝のトレーニングを提案するのは、珍しいな、と……」 「せやろ、今日は気が向いたんや。そら、着替えた、着替えた。」 そう言うやいなや、タマは私のシーツを持ち上げる。 「今日は休みだし、タマはもう引退したじゃないか。」 「せやけど、たまには走らんと身体がなまるねん。ほれ。」 そう言って、私のジャージを取り出して私のベッドに置く。 ずっと競い合ってきたタマとゆっくり走る機会は、中々無かったことに気付いた。 私は、タマの申し出を、喜んで受けることにした。 それから、いつもの朝と同じくらいの時間、いつもよりも少し軽いメニューを、タマと一緒に走った。 いつものような、一人で静かな街を感じながら走るのとは違って、私のものではないもう一つの足音を聞きながら走るのは、心なしか、とても賑やかだった。 誰かと他愛のない話をしながら、ゆっくり、流すように走って、心地よい風を感じる。 タマも、川沿いの知らない風景や、いつもすれ違う犬の散歩をしている旦那さんとの会話や、川に映る朝日を楽しんでいるようだった。 私の前を走っていたタマが、だんだんと歩くくらいまでペースダウンして、こちらに振り返る。 「おお、オグリ、こんなことしとったんやなあ。」 「うん。もう少しペースは上げているが、気分がいいぞ。」 「ほんま良かったなあ。もっと早く聞いとくべきやった。」 ま、そん時はオグリとバチバチやっとったんやけどな、と笑っている。 朝日を背に、朝日よりもギラギラ輝く明るい笑顔で笑うタマは、本当に眩しかった。 「そうしたら、そろそろ戻ろうか。」 私の言葉に、タマは何か都合が悪いのか、きょろきょろと周りを見回す。 「どうしたんだ、タマ?」 「いや、なんでもないんやけどな。」 そう言ったかと思うと、河川敷の土手に、すとん、と腰を下ろした。 「もう少ししゃべってこうや、せっかく休日なんやし、ゆっくり戻ってもええやろ?」 「あ、ああ。いいぞ。」 自分の隣の草むらを、ぽんぽん、と叩くタマの隣に腰を下ろす。 「今日のタマは、なんだかいつもと違うな。」 「せ、せやろか?たまったま早く起きただけやで?」 タマモクロスだけにな!と、いつものタマからは聞かないような言葉が飛び出してくる。 「……タマ、やっぱり、調子でも悪いのか?」 「何言うとんねん!スベったって言外に言うなや!傷つくわ!」 ぎこちない笑顔になったタマの横で、朝日を浴びながら、いろいろなことを話した。 それからしばらく話した後、「おし、もうそろそろええやろ」と、タマが立ち上がる。 「引き留めてすまんかったなあ、オグリ。」 「いや、タマとゆっくり話せて、私も楽しかった。」 そう言うと、タマは、へへ、と鼻の下を人差し指で、恥ずかしそうに擦っている。 「腹も減ったし、帰ろか。」 「そうだな。もう、お腹がぺこぺこだ。」 いつもよりもゆっくりなペースで、学園まで戻った。 ●◇●◇●◇●◇●◇●◇●◇●◇●◇●◇●◇●◇●◇ 「お、朝トレお疲れっす、タマセンパイ。」 「おうモニちゃん、ご苦労さんやったな。」 朝のトレーニングから帰ってきた私たちを、モニー――イチのルームメイトのウマ娘だ――が出迎えてくれた。 気さくそうに挨拶を交わす二人が珍しくて、思わず質問する。 「二人は、仲が良かったのか?」 私の質問に、二人は目を合わせて、にやり、と笑った。 「ちょっとね、いろいろあって」 「せやせや、いろいろあったんや。」 そう話すモニーの目の奥には、一緒に走ったときのタマと、同じような色で燃える炎のような、強い思いが見えた。 思わずタマの方を見やると、一緒にG1レースを走ったときとは異なるが、しかし、モニーが宿しているものと同じような熱を、目の奥に蓄えていた。 思わぬプレッシャーを感じて、背筋に緊張が走る。 「ほんなら、オグリも腹減っとるやろうし、行こか。」 こちらを向いたタマの目は、朝、川沿いで見せてくれた目に戻っていた。 「行くって、どこへ?カフェテリアはこっちじゃないはずだが……」 混乱している私に、モニーが反応する。 「カフェテリアはまだ開いてないっしょ。」 彼女の言葉に、タマがうんうん、と頷く。 二人が阿吽の呼吸とでもいうようなテンポで会話を進めている。 どうにも、話において行かれているような気がしてならない。 「ま、とりあえずついてきて。」 寮の共用ラウンジに近づくと、いつもと違うことに気付く。 遠くからでもわかる、誰だってお腹が空くような、香ばしいいい香りがラウンジから漂っている。 扉を開けてラウンジに入ると、一番大きいテーブルの上に、カフェテリアでしか見られない、『あの』料理が用意されていた。 5重にも積まれた特大ハンバーグ、その下に敷かれたたくさんのナポリタン、添えられたブロッコリーに、ポテトフライ。 その手前には、蓋がされた赤い汁物の器と、大きめのお茶碗に山のように盛られた、白く輝くご飯が用意されていた。 目に飛び込んできた風景に、思わず、お腹が鳴る。 「あっはは、オグリ、反応が早いって。」 モニーがお腹を押さえて笑っている。 「す、すまない。いつもなら、ご飯を食べている時間を過ぎているから……」 「分かっとる、分かっとる。イチちゃんのお弁当やろ。」 タマの言葉に、イチのお弁当を思い出してしまって、またお腹が鳴ってしまう。 ひとしきり笑い終わったのか、涙目になっているモニーが、私を案内してくれる。 「さ、座った座った。」 「こ、これは、どういうことだ、モニー?」 「ええから、手ぇ合わせて、いただきますって言うんや。」 モニーが椅子を引いて、タマが私の肩を掴んで座らせる。 「二人は食べないのか?これは、誰が作ってくれたんだ?」 私の質問に答えず、二人は手を合わせて、ニコニコしている。 「まずは、いただきます、や!」 「そ、いただきます、でしょ。」 「い、いただきます。」 色々な疑問が私の中をめぐっていたが、手を合わせてみると、その疑問よりも空腹が優に勝って、どこかへと消えていく。 二人に聞くのは、これを食べてからでもいいだろう。 それから食べ始めたハンバーグ定食は、それはもう、とてもとても美味しかった。 お肉の味がしっかりと引き立つ、肉汁たっぷりのハンバーグ。 ホロホロと崩れるように柔らかい、どんな風に煮込んだのかもわからない、にんじん。 もちもちと、水分とケチャップのおいしさをたっぷり吸いこんだ食感の、おかずになりそうなナポリタン。 汁物は、味の濃いハンバーグのお皿から寄り道すると、口の中がさっぱりして心地の良い香りが広がる、優しい、透明なお吸い物。 見事に山の形に盛られた白いご飯は、私の好みを知り尽くしているような、完璧な炊き具合だった。 朝から、こんな素敵なものが食べられるなんて。 私はどれだけ幸せなのだろう、と思っているうちに、お箸は止まるどころか、加速していった。 「それじゃ、本日のシェフのご紹介です~。」 モニーの声に顔を上げると、キッチンのほうを指さしている。 その指先の向くところから出てきたのは、髪の毛を三角巾の中にきちんとしまったエプロン姿の親友だった。 「イチ!」 初めて見るイチの料理姿が何故か嬉しくて、思わず立ち上がってしまう。 「ちょっと、オグリあんた、まだ食べてる途中じゃん。」 「す、すまない。エプロン姿のイチがかわいくて、つい……」 私の言葉に、タマとモニーがなぜか後ろに首を勢いよく向けたかと思うと、肩を細かく震わせている。 「……お粗末様でした。」 イチは居心地が悪いのか、手を後ろに視線を横に向け、手を後ろで組んでいる。 キッチンが暑かったのか、顔が真っ赤になってしまっていた。 「……ケーキは、午後ね。まだ、お昼にもなってないから。」 「ケーキもあるのか!」 「うん、そっちは、私だけじゃなくて、クリークさんのお手伝いもあるから、美味しいはず。」 イチの言葉に、私は首を振る。 「このハンバーグもとても美味しいぞ、イチ。」 「うん、まあ、ありがと。」 皆が、笑顔のままイチを見ている。 しばらく誰も何も言わなかったが、モニーがイチに合図を出している。 「ねえ、イチ、言うこととっとと言いなって。」 イチはそれでも横を向いたまま、肩だけ、もぞもぞ、と動かしている。 それからしばらく、沈黙が流れた後、イチが口を開く。 「お誕生日、おめでとう。」 イチの言葉に、横の二人が手を、パン!と一つ、大きく鳴らす。 そうしたかと思うと、二人で『ハッピーバースデー、オ~グリ~』と、バースデーソングを歌ってくれた。 イチも、真っ赤な顔のまま、少し遅れて、歌ってくれている。 タマの突然の誘いですっかり忘れてしまっていたが、自分の誕生日であることを思い出した。 3人の心遣いに、心が強く打たれる。 私は、とても良い友人を持った、と思った。 「ありがとう、みんな。とても嬉しいよ。」 「……別に、その。」 そういって、イチが下を向く。 モニーがやれやれ、と言った様子で、イチにツッコミを入れている。 「イチ、あんたね、別にってのは無いでしょ。」 「……誕生日なのに、別に、は無かったね、ゴメン。」 「素直に、オグリのために心を込めて作りました、って言えばいいじゃないの。」 モニーの提案に、イチが噛みつく。 「ね、ねえ!ちょっと、モニー、あんた、バカ!」 「ば、バカは無いでしょ、バカは!」 今にも言い合いが始まりそうになった矢先、タマがするりと間に入って、二人の距離を腕で開けている。 「オグリの誕生日なんだから、素直になんなさいよ、イチ。」 「す、素直って、簡単に……!」 「なんなら、ずっとアナタのことが好きです、って言っちゃえばいいのに。」 茶化すようなモニーの言葉に、イチの顔がさらに赤くなる。 タマは何も言わずに、ただ二人の距離を、楽しそうな笑顔を浮かべながら開け続けていた。 「好きですって、ちょっと、アンタっ。」 「ホントのことじゃん、こないだなんかタマセンパイ追い出してさ。」 「それは、そのっ。」 二人の言葉に、私も以前、タマにお願いしたことを思い出して、恥ずかしくなる。 「ハイハイ、お二人さん、そこまでや。」 タマが二人の会話に割って入る。 「そういうわけで、誕生日おめでとさん、オグリ。」 「ありがとう。もしかして、タマが私を朝のトレーニングに誘ったのは……」 「そういうこっちゃ。イチちゃんの手際がいいお陰で、無理に引き延ばさんでもよくなったんや。」 タマの言葉に、言い合いをしていた二人が静かになる。 「ちゃんと前々日くらいから準備してたのよ?」 「せやで。イチちゃんなんかなあ、ハンバーグのタネを仕込むのに、えらい丁寧に時間かけてたんやから。」 「そうそう。ハンバーグだけじゃなくて、にんじんの丸ごと煮も、スパゲッティも、茹でブロッコリーも、やたらこだわっちゃって……」 「せやせや。ベジブロス、やったか?ちゃんと作りたい言うて、カフェテリアの人に頼み込んで圧力鍋やら赤ワインまで、無理言って借りてきたんやで。」 「そんなにこだわってくれたのか、イチ。とっても美味しかった。」 何故か、イチが顔を赤くしたままうずくまる。 「あの……もう、洗い物したい……」 「ホントすごいこだわりだったよ、イチ。」 「ほんまになあ。そうや、ナポリタンは……」 タマが何か言いかけようとしたとき、うずくまっていたイチが、勢いよく立ち上がって、テーブルを指さした。 「いくら誕生日で、いくらオグリが良く食べると言っても、朝からこんな量は迷惑だったでしょ!」 目尻に何故か涙を浮かべて、大きな声を上げている。 迷惑だなんて、そんなことは全くない。 イチの料理は、いつも、どんな料理でも、本当に美味しくて、ずっと食べていたいと思うくらいだ。 素直な私の気持ちを、イチに伝える。 「いや、イチの料理なら、私はまだまだ食べれるぞ。」 私の言葉に、イチは、うぐっ、と苦しそうな声を上げる。 「大丈夫か、イチ?」 「あんまり食べ過ぎて、体調でも崩しちゃえばいいのよ!」 これ以上は無いんじゃないか、と思うくらい赤い顔で、イチが私を指さす。 私の言葉が聞こえているのかいないのか、目を白黒させているイチに、タマとモニーが首を傾げた。 「いや、そないなことは起きへんやろ。」 「そうっすよね、オグリが体調を食べ物で崩すことはないっしょ。」 二人が似たような手つきで、イチにツッコミを入れている。 困っている様子のイチを助けるべく、なんとか、フォローの言葉を入れる。 「……あっ、いや、でもお母さんからもらって、ずっと大事にとっておいたおにぎりを食べた時は、さすがにお腹を痛くしたぞ。」 そういうと、二人は黙ったままこちらを向いて、やれやれ、と言った様子で、私にも同じように手の甲を当ててきた。 「ど、どうしたんだ、二人とも?」 「いや、なんちゅーか。」 「似たもの同士だよね、二人。」 イチは、口を開けたまま固まってしまった。 何とかイチをほぐしてあげなければ、と思った私は、お箸でハンバーグを一口分取り分ける。 そのままイチの手を取ってこちらに寄せる。 「ちょっ、オグリ、何して。」 「イチ、あーん。」 言われるがまま、というより、元々開いていた口にハンバーグを入れる。 タマとモニーが、わっ、と口に手を当てて驚いている。 固まっていたイチも、もぐ、もぐとハンバーグを食べ始めた。 「どうだ、おいしいだろう。」 しばらく食べていたイチが、飲み込んでから口を開く。 「……確かに、おいしい。」 「私の親友が、誕生日の私のために作ってくれたんだ。」 「いや、その……そう、だね。」 「うん。ありがとう、イチ。最高の誕生日プレゼントだ。」 私の言葉に、少しイチの口元が緩む。 やっぱり、イチには笑顔が良く似合う。 「イチ、一つ、言いたかったことがあるんだ。」 「何、オグリ。」 私はしっかり息を吸って、はっきりと、イチに伝えた。 「イチ、ごはんのおかわりは、あるだろうか?」 少し笑顔が戻っていたイチの目が、私の言葉に、また白黒に戻る。 しかし、少し間をおいて、ふふ、と笑った。 「……しょうがないな、あるよ。どのくらい?」 「最初と同じくらいで、頼む。」 うん。 イチは、「しょうがないな」と言いながら、私の大きなお茶碗を受け取って、キッチンの方へ向かってくれた。 了 ページトップ Part10 その1(≫154~159、161) SS筆者22/04/21(木) 21 49 11 「……あれ。」 「わっ。……ああ、モニーじゃないか。」 「こんな時間に何やってんの、オグリ。」 「いや、それは……」 「もしかして、私と同じ?」 「そうだと思う。なんだか、眠れなくなってしまって。」 「珍しくね?オグリってメッチャ寝つきいいって、タマセンパイ言ってた。」 「うん、私もそう思うんだが……今日は、目がさえてしまった。」 「さては、ハラペコ?」 「モニーはすごいな。タマみたいにお見通しだ。」 「いやいや、お腹鳴ってるし。それで、なんでラウンジなんかにいるの。」 「……最初は、外に出れば何か買いに行けるんじゃないか、と思ったんだ。」 「それで玄関に行ったけど、まあドアが開いてなくて、戻ってきた、みたいな?」 「敵わないな。本当にタマみたいだ。」 「そうだとしても、電気くらいつけたらいいじゃん。」 「どこにスイッチがあるのか、実は分からなかったんだ。」 「なにそれ。」 「モニーはどうしてここに?」 「……別に。何か寝れなかっただけ。」 「そうだろうか。それにしては、ずいぶん怖い顔をしているぞ。」 「……あんたも、十分タマセンパイみたいじゃん。」 「そ、そうか?なんだか、照れるな。」 「褒めてな……いや、褒めてることにしとくわ。」 「それで、どうして。」 「……はぁ。あのさ。」 「うん。」 「オグリって、レースの前日、緊張する?」 「レースの前日に?」 「そ。……いやー、なんか恥ずいわ。」 「恥ずかしがることはないだろう。……そうだな、緊張するというより、わくわくする気持ちのほうが大きいかもしれない。」 「……そ。スゲーね、やっぱ。」 「タマがどう思っているかは分からないが……私と、きっと同じじゃないだろうか。」 「いや、タマセンパイはああ見えて結構、緊張しいだよ。」 「そうなのか?意外だな。」 「うん、自分で言ってた。」 「最近、モニーとタマは一緒にトレーニングをしていると思うんだが。」 「げっ、なんで知ってんの。」 「この間、偶然見かけたんだ。」 「……まあ、ちょっとね。アンタも、イチと良く真面目な話、してんでしょ。」 「うん。最近のイチは、どんどん強くなっているんだぞ。」 「……知ってる。いつか、一緒に走ることになるんかな。」 「そうかもな。私は二人が一緒に走るところを見てみたい。」 「……いや、御免こうむるわ。」 「なんか、私もちょっと、お腹減った気がするな。」 「おお、本当か。しかし、どこに食べ物があるのか、分からなくって……」 「……お、食べ物、あるかもよ。」 「どこにあるんだ?」 「キッチン。普段イチとクリークちゃんくらいしか使う人いないけど、ちょっと入ってみようよ。」 「そうだな。何かあるかもしれない。」 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「どれ、お邪魔しますよっと。」 「電気は……これか。」 「わっ、眩し……うわ、キレー。」 「本当か?……おお、本当だな。」 「イチ、あんなナリしておいて、結構几帳面なんだなー。」 「ああ、そうだぞ。筆入れの中身や、教科書の揃え方が綺麗なんだ。」 「いや、聞いて無い、聞いて無い。」 「そ、そうか。すまない。」 「ルームメイトと仲良くしてくだすって、ありがとうございます。」 「それを言うなら、私も、モニーがタマと仲がいいのは、とても嬉しいぞ。」 「ばっ、あれは仲いいとかじゃなくて、シテーカンケー?なの。」 「シテーカンケー?」 「いいでしょ、もう。ほら、冷蔵庫開けてみよ。」 「あ、ああ。そうだな。」 「どれどれ……うーわ、すーごい量のタッパー。」 「作り置きでいっぱいだな……カレー、ひじきの煮物に、これは肉じゃがだろうか。」 「なんで、どれもちょっと小さめなんだろう。」 「そうだな、たくさん作っておいた方が楽そうだが。」 「ね。どうしてだろ。」 「……見ていると、ますますお腹が空いてくるな。」 「……食べちゃおっか。」 「……いいんだろうか。」 「ちゃんと洗えば、まあ、いいんじゃない?」 「ううむ、クリーク、イチ、すまない。」 「私は……あ、これなんかがいいな。」 「モニーはこういうのが好きなのか。」 「ちょっと、オヤジ臭いとか言わないでよ。」 「私も好きだぞ、ちくわとキュウリ。」 「アンタはなんでも食べちゃうでしょって。」 「イチとクリークが作ってくれたものは、より美味しいしな。」 「分かる。とりあえず、肉じゃが、チンするわ。」 「お箸は……これか。」 「とりあえず、いただきます。」 「いただきます。」 「……ねえ。」 「どうした、モニー?」 「ちょっと、その、話せてよかった。オグリがイチと仲いい理由、ちょっと分かった気がする。」 「私も話せてよかった。またお互いに寝れないときがあったら、今度はタマの話を聞かせてくれ。」 「……タマセンパイとは、オグリとイチみたいなんじゃないから、面白くないっしょ。」 「そうじゃなかったのか?」 「だから、シテーカンケーだって。」 「ううむ、難しいな。」 「……はい、これでオッケー。それじゃ部屋、戻るか。」 「うん。おやすみ、モニー。」 「ん。おやすみ、オグリ。」 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「きょ、今日はお弁当が無いのか!?どうしたんだ、イチ。」 「……昨日の夜、キッチンにネズミが湧いたのか、キレイにおかずがなくなってたんです。」 「そ、そうなのか。」 「ごていねいにちゃんと全部洗ってくださって。」 「う、うん。」 「個人的にはそのネズミ、毛色が灰色じゃないかな、って思ってるんだけど。」 「は、灰色だけじゃないぞ。」 「……だけ、ねえ。」 「……あっ。」 「……。」 「い、イチ。その。」 「今日は朝ごはん、抜き。それと、夜ちゃんと食べること。」 「すまない、イチ……」 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「なんやモニちゃん、青い顔して。」 「すみません、ちょっと胸やけが。」 「胸やけ、て、寝る前に何か食べたんか。」 「あ、いや、そういうわけじゃ? ないんですけど。」 「そうやなあ。モニちゃんがそんな、オグリみたいなこと、するとは思えへんしなあ。」 「そ、そうですよ!」 「昨晩は最後、何食べたんや?」 「えー、ちくわにキュウリさしたやつですね。」 「なんや、エラいおじさんっぽいもの食べたんやな。」 「いや、たまたま見つけちゃって。」 「カフェテリアでそんなもん出しとったんか?」 「んー、あー、まあ、そんな感じです?」 「ほーん。ま、ええわ。ほんなら今日も走り込みからやってこか。」 「えっ。」 「レース近いんやろ。ほれ、いくで!」 「ちょ、ちょっと待ってください、わき腹がーー!」 了 ページトップ その2(≫189~192) SS筆者22/04/26(火) 00 27 15 「……おはようさん。」 「わっ。……なんだ、タマモ先輩じゃないですか。」 「ジャマするで、イチちゃん。」 「こんな深夜にどうしたんですか。」 「それを言うたら、イチちゃんこそキッチンで何しとるん?」 「なんか、寝れなくなっちゃって。スマホいじってたら、なおさら寝れなくなって。」 「そうやったんか、実はな、ウチもやねん。」 「タマモ先輩もですか?」 「せやせや。脳みその裏の方が、なーんかチラチラ光ってしゃあないねん。」 「そういうとき、ちょっとありますよね。」 「それで、イチちゃんは明日の仕込みかなんかか?」 「はい。どうせ3時間後には起きてるので、今やっちゃおうと思って。」 「ホンマ感心するわ。」 「……そんなに感心されるようなことじゃ、ないです。」 「誰かのためにメシ作るんは、結構大変なことやで?」 「それはそうですけど、私のはちょっと、事情が。」 「事情なあ。」 「……そうです。」 「タマモ先輩、やっぱ寝たほうがイイですって。」 「なんや、ウチのボケは眠気でキレが落ちるって言うんか。」 「さっきもよくわかんないこと言ってましたし、ほんとに。」 「んあー、やっぱ眠気には勝てないのねー、なんてな。」 「あくびしちゃってるし。良かったら、ちょっと味見程度に食べていきますか?」 「いや、ウチはもともと食べられへんからなあ……なんなら、ちょっと作らせてほしいわ。」 「え、タマモ先輩、料理するんですか。」 「せやでー。家ではチビたちによう食べさせたもんや。」 「えー、そうだったんですね。」 「どれ、冷蔵庫を拝見……あれま、モヤシあるやん。これ借りてもええ?」 「いいですよ、どれ使ってもらっても大丈夫です。」 「ほな、それじゃこれと……お、春雨。ネギに、おお、はんぺんもあるやんか!」 「……味は醤油としょうが、お砂糖でいいですか?」 「おおー、イチちゃん、分かっとるやん。」 「あれっ、お肉はいらないんですか?」 「お肉なんて高くて買えたもんちゃうわ。一軒家が建ってしまうで。」 「別に、使ってもらって大丈夫ですよ。」 「ええねんええねん、あんがとさん。」 ●○●○●○●○●○●○●○●○ 「どれ、タマモクロス特製、もやしと春雨のうま煮や!」 「……わ、お肉無いからもっとしょっぱくなっちゃうかな、と思ってました。」 「どや、うまいやろ。」 「もやしとはんぺんは庶民の味方や。」 「……なんか、やっぱり、私の料理よりあったかいですよ。タマモ先輩の。」 「ほんまか?どれ、ウチももらうで。」 「あっ、ちょっと、それは私の。」 「う~ん!なんや!めっちゃ美味しいやんけ!」 「それは、クリークさんから教えてもらったからで。」 「いやいや、こんなんを毎日食べれるオグリは幸せもんやな~。」 「……そうでしょうか。」 「せやで。オグリに『もっと感謝せえ』くらい言うたれ。」 「……ありがとうございます、タマモ先輩。」 「な、なんや。真面目な顔して…… 恥ずかしいやんけ。」 「いや、なんか、その。一緒に料理出来て良かったな、って。」 「そか。イチちゃんも、モニちゃんに負けんように頑張ってな。」 「はい。ありがとうございます。」 「……どれ、そろそろ片づけて部屋戻ろか!おっかない寮長にカミナリ落とされたらたまらんからな。」 「後片付け、やりますよ。」 「そうはいかへん、そしたらどっちが早く戻れるか競争や!」 「え、わ、タマモ先輩、洗剤そこじゃないです!」 了 ページトップ
https://w.atwiki.jp/resanchorone/pages/13.html
このページは「ムカつく...ぽっと出のくせに調子に乗って…そうだ……!」に投稿されたssをまとめるページです 作者一覧了船長その1(Part1~Part5) その2(Part6~Part10) その3(Part11~Part15) その4(Part16~Part20) その5(Part21~) 裏スレ 元スレ主その1(Part4~Part9) その2(Part20~) 裏スレ 温泉の人その1(Part7~) ゲロの人・社会人の人 ※一部、嘔吐描写アリその1(Part10~) エスコンの人エスコンzeroネタ 非エスコンネタ 非エスコンネタ2 非エスコンネタ3 非エスコンネタ4 その他の皆さまその1(Part4~) 作者一覧 了船長 その1(Part1~Part5) その2(Part6~Part10) その3(Part11~Part15) その4(Part16~Part20) その5(Part21~) 裏スレ 元スレ主 その1(Part4~Part9) その2(Part20~) 裏スレ 温泉の人 その1(Part7~) ゲロの人・社会人の人 ※一部、嘔吐描写アリ その1(Part10~) エスコンの人 エスコンzeroネタ 非エスコンネタ 非エスコンネタ2 非エスコンネタ3 非エスコンネタ4 その他の皆さま その1(Part4~)
https://w.atwiki.jp/resanchorone/pages/23.html
目次 目次Part16(≫184~189)≫183より派生 Part17その1(≫62、≫64~66)≫35より派生 その2(≫155)≫153より派生 Part18その1 ”0日目”(≫35~39) その2 ”1日目”(≫47~52) その3 ”2日目①”(≫63~67) その4 ”2日目②”(≫71~75) その5 ”2日目③”(≫82~86) その6 ”最終日①”(≫93~97) その7 ”最終日②”(≫103~105、109) その8(≫155~159) その9(≫179)≫177より派生 その10(≫186~187) Part19(≫118、≫121) Part20その1(≫73~77) その2(≫97、≫99~108、≫110~115) その3(≫169~170) Part16 (≫184~189)≫183より派生 ≫183 二次元好きの匿名さん22/10/06(木) 20 42 10 なあイチ、寒くなってきたから何か温まる料理を作ってくれないか 了船長22/10/07(金) 03 23 43 ≫183 「……うん?」 「んん、なにかおかしなことを言ってしまっただろうか」 「いや、アンタがリクエストするの珍しいなって」 「そうか…… そうかもしれないな。いつも、イチが作ってきてくれるから」 「夏にもそんなこと言われたような」 「ああ、ナスの入ったそうめんか! イチは何でもよく覚えているんだな」 「なっ、別に、アンタが一人で思い出してるだけでしょ」 「おお、そうか」 「んもう、待ってて、なにか作ってくるから」 「ふふ」 「何よ、エプロンつけるのがおかしいんですかっ」 「エプロンを手に取るイチがさまになっていて、かっこいいなと思ったんだ。もう一度見たいくらいだ」 「別に見せようと思ってません。……何ニヤついてるのよ」 「いや、イチと将来一緒に暮らせたら、とても幸せだろうなと思ったんだ」 「なっ、ばッ、あんた何を」 「……あれ、イチ?」 「もういい! バカっ!」 「あっ、イチ! ……ううむ、ストレートな言い方ではイチに逃げられてしまうんだろうか…… タマの言うとおり、ズバっと言ってみたのだがな……」 ……あったかいもの。 朝のお布団。クリークさんと作って食べるできたての朝ご飯。朝日が柔らかく照らす校門前のベンチ。早朝トレーニングを済ませてきたオグリ。南中の太陽が当たる教室。トレーニングしているときの自分。夕日の差すミーティング中のトレーナー室。お風呂。夜のお布団。 トレーニングが終わって、更衣室ですれ違うオグリ。たまにタマモ先輩。部屋で寝転がってるモニー。夜食にありつこうとするオグリ。あいつの手、いつもあったかいな。 あったかいものを探すと、必ずオグリの顔や後ろ姿が思い浮かんでは首を振って解消しようと試みる。理由は分からないはずだと一生懸命自分に語りかける。それもこれも、あのギャル軍団とモニーがからかってくるからいけないんだ。何かに付けてオグリギャルだ通い妻だって、余計なことを言ってくる。 何が『将来一緒に暮らせたら』よ。アイツもまるで余計なことしか言わないじゃない。どうして私が、一人だけでこんなに困らなきゃいけないの。あんな澄ました顔でしれっと言い放つなんて、ズルい。私だけモヤモヤさせられる。 私は今でも何をしたらいいか分からなくて、あんなにみっともなくオグリの前で思いを吐露したにも関わらず、未だにキッチンに立っているっていうのに。 アイツばかり、次に何をすればいいかが分かっているような気がしてならない。私だってそうなりたい。 すっかり熱を帯びた手を冷やそうと、桂剥きしている輪切にした大根の回転スピードをあげる。作り始めた頃はできるわけないと思っていたけど、すっかり慣れたものだ。みるみるうちに皮がまな板の上に落ちていく。……まだ、お母さんがやるよりは分厚いけど。 できたそばから片方だけに十字の切れ込みを入れる。こうすると、味の染み込みが良くなって美味しい。赤々としたにんじんもたっぷり切る。 ガスコンロで火にかけておいたお鍋のお湯に大根を入れて、下茹でする。その隣では卵を入れた雪平鍋が、くつくつ、と弱火で一生懸命卵を温めている。またその隣では、昆布のだし汁にいっぱいの鰹節を入れた大きなお鍋が、ぐらぐら、と煮えている。 下茹でしている間に、別の料理で使おうと思っていたちくわと厚揚げ、こんにゃくを冷蔵庫から取り出す。練り物は食べやすいけど満足感のあるように切り、こんにゃくは切ってから塩を振っておく。こうすると、臭みのもとが余計な水分から抜けるのだ。と、お母さんが言っていた。 それぞれ下準備をしている間に、お出汁から鰹節を引き上げる。ザルの上からギュッとお箸で絞り出して、美味しいところを余さず使えるようにする。丁寧にすくいだすと、お鍋の底まで綺麗に透き通った、琥珀色のお出汁の完成だ。 出来上がったお出汁にお醤油、みりん、お塩とお砂糖を入れておつゆにする。ちょっと味見を一つ。……うん、美味しい。しょっぱい。このくらいがちょうどいい。 お出汁に大根、厚揚げ、こんにゃく、たまごの順に入れ、沸くまで中火で火にかける。ぐつっ、と沸いたらすぐ弱火に直す。ここから、50分くらい待つ。 そのあとはちくわとかの練り物やお肉類。今回はお肉が無いから、入れてからは短めに仕上げてしまってもいいかな。 待っている間に、剥いた大根の皮をポン酢につけ込んで浅漬けにする。ザクザクと切る音と、クツクツとお鍋が煮える音がキッチンにこだまする。 別に、本当ならここまでやらなくてもいい。スーパーまでひとっ走りして、おでんの素を買ってきてやってさっくり作ってしまえばいい。私は料理が好きなだけで、手をかけてこだわるのが好きなわけじゃない。 お金も時間も手間もかけて作った料理を、わざわざ写真に撮って誰かに見せびらかすような趣味もない。ご飯を作るのに一番大事なのは、やっぱり美味しく栄養を取れて、お腹いっぱいになることだと思う。 誰かに食べてほしいとか、自分がこだわりたいとかだったら、それはまた別の話だけど。 出汁を一から取るほど時間をかけているのは、アイツに一分でも多く空腹感で困ってもらうためだ。これは私のアイツに対する、小さな復讐。ワケわかんないこと言って混乱させてきたんだから、せいぜいお腹を空かせてるといいわ。 ついでに私もおいしいもの、食べたいし。 物思いにふけりながら包丁と手を動かしていたら、大根の皮を切り終えた。まとめて浅漬けの素に放り込む。あとはおでんが煮えるのを待つだけだ。 ……つい勢いでおでんにしちゃったけど、食べてくれるかな、アイツ。薬味は何が好き…… いや、苦手なんだろう。 私は冷蔵庫の中に、ゆず胡椒やカラシが残っていないか、探してみることにした。 準備を始めてから1時間半以上。ようやく、出汁からすべて自分で料理したおでんの出来上がり。 蓋を取ると、ふわりお出汁の優しい香りが部屋を包む。換気扇に全部持っていかれてしまうから、逃がさないようにすぐに消す。 にんじんを一切れ菜箸でつまんで、味見。わっ、熱い。口の中で少し冷ましながら、少し噛む。じゅわっ、と甘味とお出汁があふれてきて、これも熱い。 あったかい料理にしては、ちょっとやりすぎちゃったかな。 とんすいとお箸、れんげをを二人分持って、オグリの待つ机まで小走りで向かう。果たしてオグリは、すこししょげたような様子でそこにいた。私を見かけると、耳をピンと立たせて、顔がぱっと明るくなる。 「イチ!」 「何、そんなに期待したような顔して」 「ずっと待っていたんだ。もしかしたら、本当に怒ってしまったのかと思って……」 そう言うやいなや、また耳が倒れる。ずっと待ってたなんて、犬か、まったく。 「そう思うんなら、もうふざけて言わないでよ」 「すまなかった、イチ」 私がもたなくなっちゃうから、と言いかけた理由をぐっと飲み込む。ずいっ、と持って来た食器をオグリの前に置いてやる。 「もしかして、お鍋か?」 「まだナイショ」 「だが、もう出来たんだな!」 「そうね、それはできてるわ」 機械に電源が入ったかのように、ぶるぶるっ、と身体を震わせている。思っていたリアクションと違ったので、少しだけギョッとした。 「ああ、待ちきれない。イチのお鍋料理が楽しみだ」 「オグリね、お鍋なんて正直なところ、スープの素に野菜とお肉と、適当に放り込んで煮ただけの料理なのよ」 よせばいいのに、自分の――本当は自分だけじゃなく、この世のお鍋料理すべてを――くさすような言葉が口から漏れてしまう。そんな自分に、少なくない嫌気と後ろめたさが生まれて残る。でも、オグリはそんな私のみっともない言葉も意に介さない様子で、私の目を見つめていた。 「それでも」 オグリはそう強く言い切って、一つ息を吸った。 「それでも、誰かが誰かのために、時間も手間もかけて作るものが料理だと思う。作り方が楽とか、そういったものは関係が無いとも思う」 オグリは、あの日私の部屋で、二人きりで話した時と同じような目をしていた。 「一人でも自分自身のためだし、二人以上ならなおさらだ。その料理はきっとあったかくて、素敵なものだ」 あっ、でも冷たい料理だったらどうなるんだろうか…… と、余計な言葉を挟みつつ。 「私は、イチの料理が楽しみだ。もし叶うなら、毎日食べたい」 そう言い終わると、ぐぅ、とお腹のなる音が響く。オグリがお腹と後頭部に手を当てて、恥ずかしそうに微笑む。 「どうやら、私のお腹もそう思っているようだ。早く食べよう、イチ」 私は、目の前のスーパー・スターがまぶしすぎて、座っている彼女の顔を真っすぐ見ることすらできなかった。何と答えればいいかもわからなかった。 けれど、おこがましいことはわかっているけれど、きっとこの人はそんな自分も受け入れてくれてしまうのだろう――――あの時みたいに、とも思った。 うつむいたまま、頭に浮かぶ言葉をそのまま音にする。 「……おでん」 「……イチ?」 「お肉のない、ヘルシーなおでん。今日の献立」 私は顔を上げて、オグリの顔を見る。私が強くなるための、もう一歩。 「ちゃんと出汁から全部作ったから。脂は少ないけど、ちゃんとおいしいはず」 オグリの返事を待たずにまくしたてる。 「残したりしたら、許さないから」 アンタは、とても強くて大きいから。 「明日の分まで食べちゃってよね」 色んな人に支えられた私の料理は、必ず美味しいと思うから。 「鍋敷きかタオル用意して待ってて、持ってくる」 キッチンの方へ振り向いて、歩き出す。 私だって、次に何をすればいいか分かるんだから。 私だって、貴方を満たしてあげられる。 あったかいものが冷めないうちに、私はキッチンまでの道を、少し足早に歩いて行った。 了 ページトップ Part17 その1(≫62、≫64~66)≫35より派生 ≫35 二次元好きの匿名さん22/10/10(月) 19 41 54 この前食べさせてもらったおでん、とても美味しかったぞ。でも、その……すまないが、お肉も食べたいんだ。わがままを言ってすまない。 了船長22/10/15(土) 00 15 45 ≫35 「……」 「どうしたんだイチ、そんな目をして」 「なんでもないわよッ」 「待ってくれ、怒らせてしまったのか」 「普段から野菜ばっかりでごめんなさいねッ」 「そういうわけじゃないんだ、イチ!」 「座って待っててッ」 「また、行ってしまった…… ううむ、タマ、素直に食べたいものをリクエストするのも良くないようだぞ……」 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 図々しいったらありゃしないわ、オグリのやつ。この間作ってもらったからっていい気になって。 オグリより、頼まれたら断れない自分の方にムカムカする。モニーがそばにいたら「惚れた弱みね」とかしたり顔で言ってくるに違いない。ますます気持ちがつのる。 そんなんじゃないし。 誰かに「お腹が減った」って言われたら、誰だって見て見ぬふりできないでしょ。 誰にも聞こえないように毒づきながら献立を考える。このままオグリのリクエスト通りにお肉を使うのは癪に思われて、どうにか的をずらしてやろうと必死に考える。 冷蔵庫を開けてみるけど、やっぱりというべきか、お肉料理をたっぷり作れるほど買い込んでいるわけではなく、牛こま切れ肉が1パックだけ。本当はクリークさんがカレー用に冷凍してくれているお肉があるんだけれど、他の人の食材を勝手に使うのはためらわれる。許してくれそうだけど。 う~ん…… いきなり頼まれたけど、少ししかできませんでした、なんてのは自分のプライドが許さない。どうしたものかと思い、業務用冷蔵庫の迷宮をもう少しだけ探検する。 すると、灯台下暗しとはこのことか、いつも食べているのに思い出せなかった「お肉の宝箱」に出会うことができた。これだ。 宝箱の包装をはがし、八等分に切る。それらをキッチンペーパーの上に置いて水気を吸わせておく。 その間に、玉ねぎをくし切りに、ごぼうはささがきにしてお水につける。 お醤油、みりん、酒をそれぞれ大さじ4くらいで合わせて濃いめに味付け。砂糖も同じ量で2回いれ、お水も計量カップの三分の二くらい。菜箸で軽く混ぜながら砂糖を溶かし、フライパンに流し入れる。 中火にかけて、ごぼうを入れておく。くつくつ、と沸くのを待って、沸いてきたら脇に寄せる。空いたスペースに主役たち、牛肉を入れてやる。 でも、主役たちの出番は長くない。色が変わったらすぐ引き上げる。ゴメンね、ちょっと待ってて。開いたところに玉ねぎを入れて、また一煮立ち待つ。お肉のうまみとすき焼きみたいな香りがキッチンに漂う。もうこれだけでも美味しそう。ちょっと水気が多すぎたから、タレを追加で入れてあげる。 玉ねぎに火が通ってきたら、真っ白な宝箱を崩れないように、優しく入れてあげる。ごぼうと玉ねぎをまた脇に寄せて、本当の主役の登場だ。色も相まって、とっても輝いている。 宝箱同士の隙間を埋めてあげるように具を敷き詰めて、アクをとる。一通り取り終わったら、蓋をして10分間ぐつぐつ煮る。そのうちに、洗い物。料理の途中に洗い物をできる料理しかやりたくないよね。 まな板と包丁、生ごみをまとめたらちょうど10分。蓋をあけると、ふわりと湯気が膨れ上がって、換気扇に吸い込まれていく。その真ん中にいる私は、いい香りをたっぷり堪能した。うん、我ながらいい出来。宝箱も美味しそうな色に染まってくれた。 ここで、取り出しておいたお肉をお鍋に戻す。こうすることで、お肉が固くならずに美味しく食べれるようになる。温めるのと、食中毒防止のために、火を落とさずにもう2分間しっかり煮る。 出来上がったら、宝箱に煮汁を数回かけてあげて盛り付ける。 オグリのやつ、お肉たっぷりを期待してるなら、がっかりするといいわ。 「……あっ、イチ」 「お待たせ。……なんでアンタがへこんでるのよ」 「イチを怒らせてしまったんじゃないかと思ったんだ」 「怒ってないですッ」 「怒ってるじゃないか」 「怒ってないったら。はい、これ。お望みのお肉料理よ」 「これは、肉豆腐か」 「お肉はお肉でも、『畑の肉』よ。たっぷりなんか食べさせてあげないから」 「ありがとうイチ。色のついた玉ねぎも、とても美味しそうだ。いただきます」 「はい、召し上がれ。……わっ、何よ」 「おいしい!」 「……そ」 「とっても美味しいぞ、イチ! イチも一緒に食べないか?」 「なっ、私は作ったんだから、いらない」 「それは違うぞ、イチ。このお皿には、お豆腐が8個入っている。1パックを切ってそのまま調理しているはず」 「……だから何よ、私が多めに作って食べたかもしれないでしょ」 「ううん、そうしたらもっと時間がかかっていると思う。さあ、ほら。美味しいぞ」 「お箸も一膳しか揃えてないから」 「私がイチの口まで運べば大丈夫。さあ」 「ちょ、ちょっと、もう、分かったから」 「うん。待ってくれ、熱いかもしれない…… よし。冷ましたぞ」 「そこまでしなくても…… あ、あー……」 「どうだ、イチ。美味しいだろう」 「はふっ、はっ…… うん、美味しい」 「イチが作った料理だからな。とっても美味しいんだ」 「……」 「どうしたんだイチ、そんな目をして」 「……ありがとう」 「ん、イチ? もう一度……」 「なんでもない」 「何か言っていなかったか」 「なんでもないったら」 「そ、そうか…… じゃあ、もう一口どうだろう。代わりばんこに食べよう」 「ちょっと、もういいって」 「一緒に分けよう。私ばかり食べていたら、不公平だ」 「私が出してるんだから、別にいいってば、ね、垂れて汚れるからよしなさいって」 「イチの料理を一緒に食べたいんだ。もう一つお箸を持ってこよう」 「食べてる間に席を立ったらお行儀悪いでしょっ」 「それもそうだな…… うん、やはり代わりばんこに食べるのがいい。ほら」 「なっ、あ、あーん……」 「いつもありがとう、イチ。やっぱり、将来もイチの料理が食べたいな」 「……そうですか。お粗末様でした」 「まだ食べ終わっていないぞ?」 「なんて言えばいいかわかんないの! オグリの、ばかっ」 「ふふ、今はそうでもいいかもしれない」 「良くない!」 了 ページトップ その2(≫155)≫153より派生 ≫153 二次元好きの匿名さん22/10/28(金) 02 52 01 自分の中のモニちゃんのイメソンです 「もう意外と辛いのに」の部分でおや?と思いました なので落書きしました 引用元 https //bbs.animanch.com/storage/img/1111171/153 了船長22/10/28(金) 21 24 42 ≫153 「ほなモニちゃん、出かけるで」 「は、出かけるってどこにですか」 「どこもヘチマもないねん、着替ええ。撮影に行くっちゅーことや。ほれ、おいてくで~」 「撮影? なんも聞いてないですよ、待ってって」 ○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○● 「やあ、タマにモニー。遅かったじゃないか」 「すまんオグリ、モニちゃんがダダこねてしもうてな」 「こねてねえっす。イチもいるじゃん」 「なんか、オグリに無理やり引っ張られて……」 「サプライズパーティちゅうわけやないけど、即席撮影会や。うちらの雑誌の表紙を飾ってもらうで」 「タマモ先輩、私たち、重賞も走ったことないのに」 「ええねんええねん、ウチらばっかり取られたら不公平や。二人にも格好良く写ってほしいよなあ、ってオグリと話しとってな」 「そうだ。さあ、モニーから順番だ」 「控室はこっちな。メイクさんに顔整えてもらお」 「ちょ、ちょい、タマセンパイ、小さいのに力つっよ!」 「小さいは余計や!」 ○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○● はーい、じゃあまずはアップで一枚撮りまーす。これだ! と思う表情を作ってくださいね 「そんなこと言われてもな」 準備ができたらいつでも言ってください 「うーん……じゃあ、これで」 おっ、挑戦的でいいですね。それでは撮ります。カメラの中を見るように、視線ください。 了 ページトップ Part18 その1 ”0日目”(≫35~39) 了船長22/11/05(土) 23 01 51 私は日本ウマ娘トレーニングセンター学園――「中央」トレセンの――生徒だ。 走るのが特別好きってワケじゃなかったけど、ここ一番だけ頑張ってみっか、と試験やレースで少しだけ頑張ってきた結果、ここにいる。 取り立ててメチャクチャ強いとか、速いとか、そういうことは一切ないけれど、私はここで生活している。 色んな能力を積み上げていこうなんて熱意もないし、これから頑張って成り上がってやろうというような気概もあんまり無い。 真剣に取り組んでないのは失礼だろう、中央の学生なんだからヘラヘラするな、ってご意見もよーくわかる。でもこの通り結果は出しているんだし、これは才能でしょ。ときっと私は胸を張る。 私のことを恨む人がいるなら、どうぞご自由に恨んでほしい。『人を呪わば穴二つ』なんて言葉はまるっきり嘘で、呪われて落ちるほうは気にしすぎ、呪ってるのに落ちるほうはただの準備不足なだけだ。私はそう信じて疑わない。 「どうして」も「こうすれば」もない。タイミングを見逃さずにチャンスへ飛び掛かって、するべき時に自分のできることを全力でする。結果は後からついてくる。もっと言えば、その人の能力に見合ったところまでしか出てこないから、事実上決まっているようなものだ。 悩む暇があったら行動するべきだし、可能なら準備を整えて飛び出すべき。そうすれば、後は多少手を抜いてもうまくいく。 誰かに合わせて自分の気持ちや行動は変えなくていい。相手がどう思っていようと、私のスタンスを変える必要もない。私の調子を決めるのは私で、何がベストかを決めるのも私だ。 私を本当に祝福できるのは私だけだ――まあ、いい結果が出た時に褒められるのは、悪い気持ちにはならないけど。 とにかく、私はそうやってここまで来て、ここに居る。 その日、私の目覚めは最悪だった。起き出すときの様子が、いつもと違いすぎているからだ。 いつも通りだったのは、私が起きたときにルームメイトの姿が部屋にもういなかったところだけ。 違ったのは、どんどんどん、とドアを叩く大きな音が部屋に響いていたこと。びっくりして跳ね起きる。スマホを確認すると、いつもよりも2時間以上早い。 寝ぼけてる目でドアを見つめたあと、タオルケットに包まり直す。でも、鳴りやまない。ドアを叩く音はむしろ強くなってもいた。加えて、私の名前まで呼ばれ始めた。 ああもう、なんで同室のレスアンカーワンじゃないんだ、と思う。早朝に起き出して何かしてるのはそっちの方です、私は寝てるハズなんです。 身体を起こしてスリッパを履く。名前を呼ばれてしまったら反応しないわけにはいかない。ワザとゆっくりドアまで歩いて、ドアノブに手をかける。 ノブを回し切った直後、扉が勢いよく開け放たれた。柄にもなくわっ、と声が出る。 視界に飛び込んできたのは、エプロンを握りしめながら肩で荒い呼吸を繰り返し、涙目になっているGⅠウマ娘――クリークちゃんだった。 「モニーちゃん、助けてください」 そう言って、私の手を取る。悪意があるわけじゃなかったけど、驚いてしまった私は思わず、抵抗するように腕を引いてしまった。それでも、クリークちゃんはすがるようにして、手を放してくれなかった。 「なんなん、一体」 「イチちゃんが、イチちゃんが」 焦りと涙でえづいてしまい、うまく喋れていない。とにかくこの人を落ち着けてないとことが進まないと思い、肩をさすって落ち着いてもらえるよう手伝う。 「イチがどうかしたの」 「イチちゃんが脚から血を流して、倒れて」 「えっ」 「イチちゃんがキッチンで倒れていたんです、真っ青で」 言われた数秒間、時間が止まったような気がした。自分の耳を疑う。 「マジで?」 「はい、一緒に朝ごはんとお弁当を作っていたら、突然」 包丁を持ったまま倒れちゃったんです、と息も絶え絶えになりながら話している。あまりにショックだったのだろう、話しながら彼女もふらつき始めた。さする手で肩を掴んで支える。 「ちょっ、大丈夫?」 「私は大丈夫なんです、けれど、イチちゃんが」 「イチは今、キッチンにいるんだよね」 私の問いかけに力なく頷く。彼女を部屋の中に引き入れて、ベッドに座らせる。 「フジさん呼んでくる。ここで座ってて」 「でも、私も」 「まずは落ち着かんとでしょ、後でまた呼びに来るから」 それだけ言って、部屋を飛び出す。納得するまで説得し続けたら、倒れてるらしいイチにたどり着くのが遅くなる。 私は朝日が差し始めて薄暗くなった寮の廊下を、校則をまるっきり無視して、レースさながらのスピードで駆け抜けた。 今思うと、フジさんを起こすために寮長室のドアを叩きまくった私とクリークさんは、よく似ていたような気がする。唯一違っていたのは、部屋から出てくるスピードくらいなものだ。 珍しく髪の毛がハネていたフジさんだったけど、イチがキッチンで倒れてるそうです、と伝えると表情が切り替わった。 「モニーちゃんが最初に気付いたのかい?」 「いや、クリークちゃん」 「今どこにいるのかな」 「私の部屋で休ませてる」 うん、とフジさんが神妙な顔で頷く。 廊下を走りながら情報交換を済ませる。風紀委員が見たら驚くスピードだ。凄いスピードで二人とも走っているのに、私の気持ちは目的地のキッチンから少しずつ離れていった。想像できないものは、見たくない。 でも走っていればいずれはたどり着く。その先では、見慣れたルームメイトが真っ青になって、薄暗い中でも銀と黒に光輝く恐ろしい刃物と一緒になって倒れていた。その脚からは赤黒く小さい粘性をもった液体が一筋、つらりと垂れてもいた。 脚が傷ついているのを見ると、私はともかく、フジさんも少なからず、自分の命が脅かされたような気持になっているようだった。 「モニーちゃん、傷口を」 「救急箱とか?」 「うん、確かその戸棚」 少しだけ震えた声でフジさんが指示を出す。それを聞いて、私もすぐに反応する。私もフジさんも緊急事態に対応するのが得意なんじゃないか、と現実逃避めいたことを考えてしまう。 救急箱の中からガーゼと絆創膏を取り出して、気を失っているイチに向き合う。一つ息を大きく吸って、ぐいと力を込めて傷口をガーゼで押さえる。そのガーゼの上からフジさんが包帯を手早く巻いていく。 二人とも無言のまま手早くイチの左半身を下側に向け、頬の下に手を添わせる姿勢に直す。 「そうしたら、私は宿直の警備員さんを呼んでくる。モニーちゃん、ありがとう」 「ん、クリークちゃんの様子を見てくる」 「うん。二人で休んでいて。大変だったね」 別れの言葉もそこそこに、キッチンを足早に離れる。まだ解決したわけじゃないから、私も安心できなかった。 部屋に戻ると、少し回復したのか、平静を取り戻したクリークちゃんが迎えてくれた。 「イチちゃんは」 「大丈夫、フジさんが人を呼んできてくれるから」 「ありがとうございます」 「いや、ヘーキです。ウチらも休みましょ」 時計を見てまだまだ寝直せるくらいの時間だと判断した私は、タオルケットに包まりなおした。私たちにとって大事件過ぎて、想像よりも長い時間が経っていたように感じられた。 いつもはスマホを見続けないと寝つけなかったのに、この時ばかりは、目を閉じた途端に気を失うようにして眠りについた。 ページトップ その2 ”1日目”(≫47~52) 了船長22/11/06(日) 23 04 16 もう一度ベッドの上で目が覚めたあとも、それはまるで釈然としない一日だった。 いつも通り朝の身支度を済ませて鞄を手に取るけれど、頭の裏がチリチリと小さく燃えているような感覚が止まらなかった。あんなものを見てしまったら、心配せずにはいられない。 部屋を出ると、なんとなく脚がキッチンの方に向く。ドアから覗いてみるともうそこにイチの姿はなく、何もなかったかのように片づけられていた。 唯一、イチのスマホだけが台の上に残っていた。それだけ回収して、鞄に入れる。手に取って画面に表示されたロック画面には、メモアプリのスクリーンショットが表示されていた。 どんだけマジメなの、あいつ。 スーパーへの買い出しのメモだろうか、食材の名前がずらりと、それも野菜ばかり書き連ねてあった。どうしてそんな食材ばかりが書いてあるのか、さっぱり分からなかった。 どうせ毎朝アホみたいに早い時間に起き出して料理するんなら、野菜料理じゃなくて美味しいもの作ればいいのに―― そのメモと今朝の惨状に思考が引っ張られてしまったせいか、授業にもトレーニングにも、まるで身が入った気がしなかった。どうせ普段から全力投球、って感じではないんだけど。 朝に時間をとてつもなく遅く感じた分、昼間の時間が逆に素早く過ぎていくようだった。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 一日の終わりに寮の自室へ戻ると、イチが自分のベッドに横たわって眠っていた。 てっきり病院か保健室に送られたのだろうと思っていたから、ドアを開けて目に飛び込んできた光景にギョッとする。 イチは顔を青くして、眉間に重そうな皺を寄せて、もがくように苦しそうな呼吸を繰り返している。時折、んん、とこらえるような声。脚が寝ていても痛むのか、と思ってかけ布団を少しめくって脚を見ると、綺麗に巻き直された包帯が目に入る。 どうして倒れてしまったのかは分からないけれど、なにかにひどく苦しんでいることは明白だった。 眉間の皺だけでもとってやりたいと思って手助けできそうなことを探すけど、まるで思いつかない。せめて、スマホだけでも充電しておこう。 カバンからイチのスマホを取り出して、サイドテーブルから伸びた充電ケーブルに差し込む。慰めるつもりで、オグリのぬいぐるみのすぐそばに置いておく。いつか皆で出かけた時に、私が取ったものだ。 私はクレーンゲームが楽しいから取っただけで、「サイドテーブルにでも置いとけば」とか言ってぬいぐるみ自体はイチに押し付けた。 タマセンパイも乗っかって、「アンタがこれ持ってき」と言っていた。 実際、イチがどれだけこれを気に入ってるのかは知らないけれど、時折手に取ってじっ、と眺めるときもあるから、少なくとも悪いようには思っていないハズ。 改めてぬいぐるみを見直すと、呆けたような、まるで罪のない顔が私を見返してきていた。 イチがやっているようにぬいぐるみとにらめっこをしていると、とんとん、と部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。 ドアの方に振り向いて、開いてますよー、と少し声を小さくしながら返事をする。 「突然すまない、お邪魔してもよいだろうか」 ドアを開けたのは、ぬいぐるみがそのまま大きくなったようなウマ娘――オグリキャップだった。ぬいぐるみと同じように、罪のなさそうな顔をしている。 部屋に入って来るやいなやベッドで寝ているイチに気付いたのか、驚きと心配が織り交ざった表情に切り替わる。 「やっぱりか」 「やっぱり?」 「今日はまだ、イチに出会っていなかったんだ」 そう言いながら、イチのベッドのわきに膝をつくように屈む。 「いつもは毎朝、イチに会うから」 「毎朝?」 オグリの言っていることがイマイチ飲み込めない。やたら早起きするイチが、どうやらオグリキャップと毎朝会っているらしい。 朝という言葉と、オグリの共通点を考える。早朝の自主トレに出ているのは有名な話で、こちらに移籍する前もとても熱心だったことはトレセンの皆が知っている。 私が黙り込んでいると、話が分からなかったと思ったのか、オグリが屈んだままこちらに向き直る。 「実は、毎朝お弁当を届けてくれるんだ」 「は?」 「ずいぶん前からだと思うんだが、私が早朝のトレーニングから帰ってくると待ってくれている」 並列するにはふさわしくない単語が二つ聞こえ、私の脳は輪をかけて考えることにリソースを割き始めた。朝に、お弁当。しかも待っているらしい。 朝からトレーニングするオグリに料理を届けるには、少なくとも同じ時間かもっと早くに起き出さなければいけない。今朝、イチが倒れていたのはキッチンで、エプロンをつけていた。 そもそも、どんな弁当を作るって言うんだ。この健啖家を弁当一つでおとなしくさせるには、とんでもない量を持っていくか、硬いとか味気がないとか、はたまた嚙み切れないような食材を使って、満腹中枢をひたすら刺激するしかない。 そんな食材、この世にあるワケ――いや、スマホのロック画面。 「その弁当って、野菜ばっかし?」 脳裏に浮かんだ仮説を確かめようと、やや興奮気味に質問を投げかける。 「そ、そうだ。イチから聞いたのか?」 オグリの反応を差し置いて、まるで推理小説のクライマックスを読んでいるときのような、謎が一気に解ける快感が脳の中を駆け巡った。 確定じゃあ無いけれど、イチの行動が腑に落ちた――わざわざオグリに野菜だらけの弁当を早起きしてまで差し入れているらしい。 そこまでやるなんて、やっぱり恋心か。嫌がらせのつもりでやるなら、他の人が見ているところで差し入れるほうが効果的なんじゃないだろうか。 「苦しそうな顔をしている…… 心配だ」 イチのおでこに手のひらを当て、顔を伏せている。 「まあ、たまたま貧血とかだったんじゃないの」 オグリの声で現実世界に戻ってこれた私の浮ついた返事に、うん、とオグリが頷く。 「立ち寄ったとこで悪いんだけどさ、イチのこと見ててくんない? シャワー済ませたい」 「分かった。モニーが戻ってきたら私の番だな」 イチをオグリに任せて、私は浴場へ向かった。 お風呂場まで来たものの、浴槽に浸かる気分でもなかった。元からじっくりお湯に浸るような性分でもないのも相まって、シャワーですませて浴場から出る。 髪と尻尾の水気を取りラウンジで少し休憩していたら、知り合いの子から「寮長が探してたよ」と話しかけられた。サンキュ、とだけ返事して寮長室に向かう。 朝よりは控えめに寮長室の扉を叩く。開いているよ、と声が響いた。 扉を開けると、腰かけていたフジさんが立ちあがって私を招き入れた。 「一日お疲れさま、モニーちゃん」 「ども、お疲れです。朝はありがとうございました」 「いいや、モニーちゃんのおかげだよ。とても助けられた」 お茶でもどうかな、とフジさんがポットにお湯を入れ始めた。水で大丈夫です、と返事する。 「イチちゃんの様子はどうかな」 「メッチャ苦しそうに寝てます。今はオグリが看病中」 「そうか…… 毎年、何人かはいるんだよね。無理をしてしまう子が」 自分の分のお茶と、私の分のお水を見つめながら声に出す。 「イチのやつ、いつもめちゃくちゃ早く起きてるんすよ。もっと寝とけばいいのに」 「そうなのかい?」 「どうも、オグリに毎朝弁当差し入れてるみたいです」 へえ、とフジさんが顎に手を添える。 「そんな頻繁に、どうしてだろうな」 「さあ、イチが起きたら聞いてみますよ。メニューも野菜料理ばっかしみたいだし」 「野菜?」 そう伝えると、フジさんは顎に手を当て、ふむ、と何かに考えを巡らせ始めた。 静かになってしまった部屋で水を数口飲んでいると、フジさんの視線を感じた。傾けたコップの影からちらりと覗くと、彼女と目が合う。予想していたけれど少しギョッとする。 「おんなじこと考えてますかね」 「もしかしたらね」 「無理しちゃう理由って、好きだからですか?」 「いや、憎いからという時もある」 はあ、と息を吐きだして椅子から勢いよく立ち上がる。 「水、ありがとうございました。オグリと代わってきます」 「そうしてきて。こちらこそ、来てくれてありがとう」 寮長室を出て、自室へ向かう。今朝走ってきたときと同じ道筋をゆっくり歩く。 あのマジメでお堅そうなレスアンカーワンが、オグリキャップに恋? 意外とカワイイところあるんじゃん。恋愛にはあんまり興味なさそうだし、なんならウブっぽく見えたけど。 部屋でイチの顔を見つめているであろうオグリを思い浮かべると、良いペアなんじゃないだろうかと思う。ライバルは多そうだけど。 自室の扉を開けると、果たしてそこには、私が思い浮かべていた通りにイチの顔をのぞき込むオグリがいた。 「お帰り、モニー」 「遅くなってゴメン、フジさんに呼ばれてた」 交代するよ、とオグリの肩を叩く。 「イチ、起きてなさそうだね」 「ずっと苦しそうだった」 寮長室で考えていたことが頭に引っかかって、私もオグリの横顔を意識してしまう。コイツ、マジで美人だな――ルームメイトが寝込んでいるというのに、少しばかり浮かれた気持ちになる。 部屋から出かかったオグリが、モニー、とこちらに振り返る。 「イチが起きたら、教えてくれ」 「あい、分かった」 オグリを見送ってばたん、と扉が閉まる。時折うめくイチと、部屋で二人きり。 消灯の時間ではないけれど部屋の電気を落として、スマホを手にベッドに横たわる。 おやすみを言う相手のいないさみしさの代わりに響く画面を叩く音。その日は、普段なら読み終わっても眠くならないネットの記事が読み終わる前に眠りに落ちた。 ページトップ その3 ”2日目①”(≫63~67) 了船長22/11/06(日) 23 04 16 薄明るい部屋で目が覚める。いつもならイチが開けるはずのカーテンは、今日もまだ閉まっていた。 身体を横に向けて隣のベッドを見やる。うずくまるような姿勢に変わっているけれど、相変わらず眠っているイチがいるだけだった。私はベッドから起き上がり、カーテンを開け放った。朝日が目にいきなり飛び込んで来て、思わず目を閉じる。 眩む目に視界が戻ってきたころ、部屋の変化に気付いた。スマートフォンの場所がズレている。一度は起き出して触っていたらしい。 もう一つ、妙な違和感を覚えた。サイドテーブルが広くなっている。正確に言えば、スマートフォンだけが机の上に乗っていた。側に添えていたぬいぐるみが消えていたのだ。 寝ぼけて落としたのかな、と思ってテーブルの裏を覗き込む。イチがマメに掃除するからか、ホコリも被っていない綺麗な床が見えるだけだった。 一体どうして――まさか、捨てた? ゴミ箱を覗き込んでみたけれど、何も入っていない。たまに見つめるくらいには気に入っているようだから、そんなワケはない、と心の中でつぶやく。もちろん、ベッドの下にもいなかった。 昨日の夜の寮長室の話が思い起こされる。恋か、その対偶か。 自分はてっきり、恋心だとばかり思っていた。不器用なマジメ屋さんのレスアンカーワンが、地方から来たヒーロー、しかも流行の中心人物に惚れこむ。かわいらしいストーリーだ。 けれど、本当はぬいぐるみを見えないところに捨てるほど憎んでいたとしたら――いやいや、それじゃあいつも見つめていたことの説明がつかないでしょ、と自分で否定する。 部屋の真ん中に棒立ちになって、目の前のベッドでうずくまるイチを見下ろす。私は、この数分間で、彼女のことが分からなくなっていた。 とりあえず、オグリには何も言わないでおこう―― 考えにふけっていた私の頭に、校内の予鈴が容赦なく時間を知らせる。私は何にもまとまっていない思考を部屋において、慌てて寮の玄関口へ向かって飛び出した。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 釈然としない一日。それは昨日の話だ。今日は、受け入れ難い一日だった。 私は誰かのせいで自分のパフォーマンスが下がるような、そんなヤワなウマ娘じゃないと思っていた。これまでのレースも逃げまくって勝っていたから、私は一人で強くなれると信じていた。 そんな自分のアイデンティティを否定されたような気がしたからだ。ルームメイトがちょっと分からなくなったって言うだけで、小テストもトレーニングのタイムも何もかも、目に見えるように調子が落ちていた。極めつけは、私物のパソコンがエラーを出しまくったこと。――これは、私のせいじゃない。 どんなに調子が悪くても空腹感だけは一丁前に主張をしてくるようで、肩を落としながらカフェテリアの列に並ぶ。ハンバーグを見ると、またお腹がぐうと鳴る。 言葉通りつつくようにハンバーグを小さく切って、口に運ぶ。おいしいから、いいか。 こんな小ささで切ってたら時間がかかりすぎる――と思っていたら、おう、と声をかけられた。 「お疲れさん、モニちゃん」 「あー、タマセンパイじゃないすか。そっちはオグリ?」 そうだ、とおかずの山の向こう側から声が聞こえる。オグリが手に持っている食事量は、朝食を食べられていないからか、普段よりご飯もおかずもうず高く積まれているように見えた。 二人が机の向かいに座って、いただきます、と唱えて食べ始める。そういえば言ってないな、とばつが悪くなったので、いただいてます、と二人にならう。 「モニー」 「ん?」 「あれから、イチは起きただろうか」 オグリの目が料理の山の向こう側からかろうじて見えるくらい食べ進めたとき、オグリに質問される。部屋から消えたオグリのぬいぐるみのことを思い出し、本当のことを答えるかどうか少し逡巡とした気持ちになる。素早く口にハンバーグを放り込んで、噛んでいるふりをしながら考える時間を稼ぐ。 さて、どっちで答えるべきかな―― 「いや、見てないね」 「そうか……」 「クリークから聞いたで、えらいこっちゃな」 「寝返りは打ってるっぽかったけど、多分起き上がっては無いと思うわ」 それらしい理由を取ってつけて、ウソをつく。オグリは絶対に心配する。昨日の夜に会話したぶんだと、おそらく不調になるくらい落ち込むだろう。この私が堪えてるくらいだから、オグリはなおさらだ。 「イチちゃんなら大丈夫やって、オグリ。アンタに似て身体の丈夫な子やから」 「私もそう思う。だが、それでも心配だ……」 言葉尻に口が進むにつれ、オグリの箸の動きが遅くなっていく。言い切るころには、左手で持っていたどんぶりご飯をお盆に戻し、肩も首も落としてしまっていた。 「うわ、珍しいな」 悪気は全くなかったけれど、目の前の光景につい、正直な気持ちを呟いてしまった。 彼女の顔を見つめながら、オグリキャップが食事中に箸を止めるほどにまで、レスアンカーワンというウマ娘は彼女に影響を与えていることを知った。 「元気だしいや、オグリ。アンタが落ち込んでもイチちゃんが元気になるわけとちゃう。いつも通り食べて、イチちゃんが起きた後には、いつも通り迎えてあげようや」 タマセンパイの言葉に、うん、と少ししおれたような声で返事をしている。すると、ブルブルと震えた後にガタッと椅子から立ち上がり、腕を肩と同じ高さまで上げ始めた。 「ほっ、ほっ、ひっ、ふー」 「何それ」 「元気を出すおまじないだ。イチにも届いていたらいいな」 タマセンパイと二人で、呼吸をくり返すオグリを見上げる。見つめているうちに私たちにも、食べ進めるだけの元気が湧いてきた。 「なんか協力できることがあったら言ってな、モニちゃん」 「あい、ありがとうございます」 私は、いただきますを言い遅れたご飯の席で、ごちそうさまだけはみんな一緒に合わせて言うことができた。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 扉の戸板を叩く。こんこん、という軽い音が響く。少し関西の訛りが入ったような返事が、扉の向こう側から返ってくる。 「はいはいはいー、と……お、モニちゃんやないか」 「お疲れ様っす」 入り入り、と扉を開けようとしてくれるタマセンパイの上から、それ以上開かないように手で扉を掴む。少し屈んで、耳に向かって小声でささやく。 「オグリっていますか」 タマセンパイは耳をピクリと動かし、声の調子を合わせてくれた。 「いや、今はおらんで」 「今、オグリが何やってるか知ってますか」 「風呂行っとる。行ったばかりやから当面は返って来んで」 あざっす、と声の調子を戻して返事する。タマセンパイも部屋の中に迎え入れてくれ、私はオグリの座るベッドに腰かけた。タマセンパイは自分のベッドの上であぐらをかくように座った。 「どしたんや、モニちゃん」 「相談に来ました、イチとオグリのことで」 うん、と準備していたようにタマセンパイが頷く。ヒソヒソ話をした段階である程度検討はついていたのだろう。 「どんな内容や」 「実は、イチが昨日――今日の夜中に、起き出してたっぽいんです」 私の言葉に、ホンマか! と驚いている。 「なんでそう思ったんや」 「昨日寝る前にイチのスマホを充電しといたんですけど、それがずれてたんです。あと、ぬいぐるみが無くなってて」 「ぬいぐるみ?」 「ちょっと前に、皆で外出した時にクレーンゲームで私が取って、タマセンパイがイチに渡したやつです」 うーん……と首を10度くらいだけ横に傾けた後、そんなんあったなあ、と言って目を見開く。思い出したみたいだ。 「置いてたとこの向こう側とかに落ちただけとちゃうんか」 「いや、ベッドの下まで探したんですけど、完全に無くなってて」 私の返事のあと、しばらく、部屋の中を沈黙が漂う。タマセンパイが腕を組んで、何か考えている。 「……まさか夜中のうちに、イチちゃんが捨てた言いたいんか」 「でもそれしかなくないですか?」 そうなんよなあ、と言って、天井を仰ぎ見る。 「そしたら今夜もまた起き出すかもしれんなあ」 「私もそう思うんすよ。だから見張りをつけたいと思って」 「寝ずの番かあ」 うーん……と、首を今度は縦方向に、けれど90度くらい傾けるようにして考え込む。 「フジがええって言うかやな」 「言いますよ、頼めば絶対」 前のめりに説得を図る私の姿勢に、タマセンパイが腕を組んだまま、先ほどよりも深くうなる。 ページトップ その4 ”2日目②”(≫71~75) 了船長22/11/08(火) 23 09 36 「ま、頼んでみよか」 しばらく悩んでいたタマセンパイが顔を上げる。私もその返事が嬉しくて、思わずベッドから立ち上がった。顔色を伺う限りいささかの心配は残っているようだけれど、腹を決めてくれたらしい。 「モニちゃんだけで一晩中はしんどいやろ、何人か協力してもらおか」 「助かります、クリークちゃんは乗ってくれると思います」 「クリークなら安心やな。オグリも心配やろうし、戻ってきたら当番決めよか」 「ダメ!」 タマセンパイが出した名前に、私は反射的に食いついた。驚いたタマセンパイがベッドの上で小さく跳ねる。 「オグリはダメです。呼んじゃマズい」 「なんでや」 「なんでもです。話がややこしくなるんで」 「どういうことや」 「どうしても」 理由を知ろうとして、タマセンパイから繰り返し飛び出してくる質問すべてにノーを突き付ける。私はタマセンパイが折れてくれるまで同じ流れを反復した。 そうこうしている内に、ただいま、という声と一緒に湯上りのオグリが帰ってきた。私たちはヒュッと息を吸って黙り込み、目線だけを合わせてこれまで何もなかったように振る舞う合図をした。 「やあ、モニー」 「おす、ジャマしてるよ」 「二人ともどうしたんだ、そんなに肩を張って」 「なんでもないねん、ほな、ちょいと出かけてくるわ」 あまりにも不自然な流れで、タマセンパイが部屋の外に出ようとする。 「どこに行くんだ?」 「あ~、ちょいとフジに用があんねん」 「私も行こうか、タマ」 ついてこさせちゃゼッタイにマズい。私は慌てて会話に割り込む。 「いやいやいやいや、私が行く。部屋戻らなきゃいけないし。あ~、オグリはその、尻尾と髪、乾かしときな」 「分かった。あっ、そのまま部屋に戻るのか?」 「うん」 「少しだけ待っていてくれないか」 そう言うと、オグリはドアを閉めることすら忘れ、半開きのまま部屋を飛び出していった。タマセンパイと顔を見合わせて、安堵のため息を一つつく。扉を締め直しながらタマセンパイがつぶやく。 「ウチらの息、ぴったりやったな」 「助かりました」 「理由は知らんけど、オグリに聞かれたらよくないらしいっちゅうことだけは分かったからな」 この辺の察しの良さはさすが年長者だ。一つしか違わないなんて思えないほどしっかりしている。 「今のうちにクリークに連絡しといてくれへん?」 私はスマホを取り出して、寮長室まで来てもらうように手早くメッセージを打ち込んで送信した。たまたまタイミングが良かったのか、すぐに『わかりました』と返事が返ってくる。 オグリに言われた通り、部屋で待ち始めて5分。もう行っちゃいませんか、と言おうとしたまさにそのとき、慌てた様子でオグリが戻ってきた。 「待たせてしまってすまない。これをイチに届けてくれないか」 手に持った白い花を一輪、私に差し出す。タマセンパイも目を丸くして花を覗き込んでいる。 「どこから持って来たんや」 「美化委員の人に貰って来たんだ。何か、お見舞いに合うものは無いかと頼んできた」 「ガーベラか。ええ色やな」 白いガーベラを注意深く受け取る。しっとりしているが、上に向かって伸びる花弁を見つめながら、私はこの花が「ガーベラ」という名前を持っていることしか分からなかった。 それでも、目の前にいる二人の毛色に似た光を放つそれは、たとえ一輪でも強い意志と希望を感じさせていた。 「部屋に花瓶、あったかな」 私の独り言に、オグリがはっ、と息を呑む。 「そ、そうか。すまない、また少し待っていてくれるか。すぐ借りてくる」 言いながら後ろを向き、また今にも部屋を飛び出そうとするオグリの腕を、タマセンパイが掴む。 「ええってええって、フジに言うたら借りれるやろ」 「そうそう。花、ありがと。イチのベッドの側に置いとくよ」 「よろしく頼む。早く、良くなってほしいな」 「それじゃ、おやすみ」 「ほな、ちょっとの間だけ留守番頼むで」 オグリに軽く手を上げ、タマセンパイの部屋から立ち去る。私たちはフジさんの部屋に向かって、真っすぐ歩きはじめた。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 昨日の夜とほぼ同じ時間、また寮長室の、しかも同じ椅子に私は座っていた。淹れてもらった水も同じくらい減っていた。昨日と違うのは、机の上にガーベラを差した花瓶が置いてあることと、私の側にもう二人生徒がいること。 「つまり、夜、イチちゃんが起き出しているかもしれないから、皆で看病したいということだね」 そうです、と私は間髪入れずに答える。クリークちゃんも私の隣で、うんうんと頷いてくれている。 「脚を切ってしまったのに、お医者さんのOK無しで歩き回るのは危ないですから、すぐ近くに誰かいたほうが良いと思うんです」 毅然とした声と面持ちでクリークちゃんが意見する。いつものふんわりとした、語尾を伸ばすような喋り方からは想像できない、固い意志を感じさせる調子だった。 ゆっくりと私たちの話を聞きこんでいたフジさんが、おもむろに口を開く。 「モニーちゃんの話だと、イチちゃんはオグリのぬいぐるみを自分でどこかに置いてきてしまった……」 そうつぶやくと、ふむ、と顎に手を当てて何かを考え始める。 「部屋にはぬいぐるみは無かったんだよね?」 「ゼッタイ無いです。部屋の外にあるのは間違いない」 「イチちゃんの脚の傷の様子は見たかい?」 「見てないですけど、ぬいぐるみをどかしたいだけならベッドに寝たままでもできますよ。部屋の外に出すには歩くしかない」 そうだよね、とフジさんがもう一つ小さくつぶやくと、また考え込むモードに入った。 机の上に視線を向けるフジさんを見つめながら、私は昨日の話を思い出していた。この学園の子が無理をしてしまう理由は二つ。好きだからという理由と、憎いからという理由。 今朝の出来事が起きるまでは、「まさか、イチに恋バナがあるなんて」と無邪気に楽しんでいた。しかし、改めて一つ一つ状況を解きほぐすと、もしかしたらもう一つの方だったのかもしれない、と思わざるを得なくなってきた。 それまで傷つける素振りも無かったものに人に知られず手をかけたくなるような衝動の名前を、私はまだ知らない。私はそれが怖くて、それに従ったイチのことも少し不気味に思ったし、心配にもなった。 それを知りたい気持ちと、それは違うと言ってやりたい気持ち。その二つが私の中でせめぎ合っていた。 「……分かった。看病してもいいよ」 じっくり考えていたフジさんが顎から手を外し、私たちを見る。 「ありがとうございます。良かったぁ」 クリークさんが安堵したように、いつもの口調に戻る。そのゆったりとした響きが、私たちの気持ちにもいくばくかの安心感をもたらした。しかし、私たちの緩んだ気持ちを律するように、フジさんの凛とした声が部屋に響く。 「ただし、あんまり遅くまで起きているのは良くないから、午前3時までにしよう。3時間ずつで交代にして、11時から午前1時までがモニーちゃん、1時から3時まではクリーク、タマモ先輩は……」 「ウチはオグリの番やったるわ。慌てて何かしたがるかもしれんし、そっちのストッパーになる」 うん、とフジさんが頷く。 「クリークは途中からになるけど、それまでに何か準備とかはせず、きちんと休むんだよ」 「はい、わかりました~」 「何かあったら、必ず私に知らせてね。良いことでも悪いことでもいいから。常に起き出せるようにしておくよ」 作戦会議は着々と進み、各々の役割が決まる。連帯と使命感が私たちの間で共有され、不思議な熱気を醸し出していた。 ページトップ その5 ”2日目③”(≫82~86) 了船長22/11/09(水) 22 50 40 「あのっ」 その熱にあてられてしまったのか、私は思わず声を上げて真っすぐに立ち上がり、全員の顔を一瞥する。その場にいる全員の目が私に向く。そのまま、恥ずかしい気持ちが湧き上がってくるのを感じながら頭を少しだけ下げた。 「みんな、ありがとう」 「そんな、どういたしまして~」 「モニちゃんが言うてくれんかったらこうはならんかったんや、気にせんでええって」 「そうだね。モニーちゃんのおかげだ。素直に助けを求めてくれて、ありがとう」 三人の言葉に、ますますばつが悪い心持ちになってしまう。『誰かのために、他の誰かにお願いをする』という経験も気概も無かったからだ。 そんな場の空気を初めて吸った肺と脳が、情報を処理しきれずに混乱する。 「別に、そんなワケじゃ」 「モニーちゃんのおかげです、いいこ、いいこ」 「ちょっと、何」 「うふふ、よく頑張りましたね」 クリークちゃんが、まるで子供をあやすかのように目線の高さまで膝を曲げて、頭を撫でてくる。 別に、頑張ってなんか――むしろ、他人に自分のできないことを投げつけただけだ。タマセンパイもフジさんも、目元を緩めながらこちらを見るだけで止めようとは一切してこなかった。 「ああもう、解散解散。皆やることわかってるっしょ」 せやな、と言ってタマセンパイが椅子から降りて寮長室を出る。クリークちゃんは私の頭を撫でる手を止めることは無かったが、ドアの方に身体を向けてくれた。 タマセンパイに続こうとして、フジさんに呼び止められる。 「モニーちゃん、忘れ物だよ」 振り向くと、花瓶を指さしていた。両手で持ち上げて胸の高さで支える。ガーベラの花が口元まで届きそうになる。 「モニーちゃんは、ガーベラの花言葉を知っているかい」 「知りません」 「希望、純潔、律儀。清らかで明るい未来を示し、誠実さも込められているんだ。そこに、本数によっても意味が加えられる」 「そうなんですか。一本だとどういう意味なんです?」 私の質問に、フジさんは一拍間をおいて、立てた人差し指を自分の口から鼻に向けて添えた。 「『あなたは私の運命の人』」 「マジ?」 飛び出た言葉に驚き、敬語も忘れてしまった。 「うん。オグリがそこまで知っているかどうかは、分からないけれどね」 じゃあ気を付けて、と言われ寮長室を出る。美化委員の子も知らないんだろうな――と思いながらクリークちゃんとも別れ、私は自室に戻った。 寮のあらゆるところで、消灯を知らせる放送が響く。その音を合図に、電気を消して静かになる部屋と、明かりを灯しっぱなしであんまり静かにならない部屋がだんだんとはっきりしてきて、そのうち誰かに怒られて静かになる。 許可を貰った事実上の夜更かしができる非日常感とイチへの気がかりな心、好奇心がごちゃ混ぜになり、私は妙な興奮を覚えていた。クリークちゃんの来る25時まで起きて様子を見なければいけない。 部屋の電気を消す直前、イチの顔を見やる。苦しそうな呼吸音と眉間の皺は、まだそこでイチのことを押しつぶしているようだった。 パチン、と軽い音を立てて部屋の電気が消える。いつも通りの暗さにならず、軽い違和感を覚える。部屋を見回して、いつもは閉まっているカーテンが開けっ放しになっていることに気付いた。 この部屋のこと、実はイチに任せっぱなしだったのかな――少しだけ反省する気持ちが生まれてきた。次から、カーテンは自分で閉めるようにしよう。 その習慣の一歩目として、試しにカーテンを閉めてみた。部屋がいつもの暗さに戻る。 ぴったりと閉め損ねたカーテンの隙間から覗く月光に照らされた白いローズマリーと花瓶が、サイドテーブルの上に虹色の光を落として暗い部屋の中で淡く浮かび上がっていた。 私物のパソコンの電源を入れ、読む気もない記事を片端からクリックしては閉じていく。そのうち、トレセン学園のホームページにたどり着いた。 特集はもちろん我らのヒーロー、オグリキャップ。クリークちゃんもいるし、イナリの名前もあった。同情するべきか、翌年にクラシックを迎える後輩たちのニュースのスペースは気持ち小さくなってしまっていた。 注目の子の名前はドクタースパート、サクラホクトオーに、『続け葦毛の伝説に』と大仰な見出しを載せられているウィナーズサークルという子たちらしい。ずいぶん田舎っぽい服装と顔立ちで、アワアワ、という声が聞こえてくるような、困ったような笑顔を浮かべている。 そんな見出しを書かれてはいるけれど、まだ未勝利戦にしか出場していない。レースの動画ではいい走りをするのに、ゴール手前で力が抜けて1着を逃している。勝つ気が無いのかと思う。 申し訳ないけど、この子たちのこと知らなかったな―― まだまだ知らない後輩たちの名前を見つめながら、イチと時計の進みを交互に見比べる。どちらも動いていないのではないかと思うくらい、時間が長く感じられた。 この調子で、あと2時間以上も耐えなきゃいけないのか。少しずつ迫りくる眠気と必死に戦いながら、イチとパソコンの画面を交互に見る。 そんな真面目にトレーニングしたわけじゃないのに何でこんなに疲れてるんだ、と思ったときにはもう、私の意識は自分の身体から離れていた。 ヤバい、寝てた! 役割を思い出した脳が覚醒する。私の身体はバンジージャンプで飛び降りたあと、伸びきったロープが反動で戻るようにして文字通りに跳ね起きた。 慌ててイチを見る。姿勢が若干変わっていたけど、スリッパも毛布も、大きい変化はなかった。軽い動悸がする胸を落ち着かせながら時計を見ると、1時53分を示している。 いっけね、もうすぐクリークちゃん来るじゃん――と思った矢先、こんこん、と控えめに戸が軽い音を立てた。 パソコンを急いで、でも音を立てずに机の上に置き直して扉の方に向かう。スマホの光を懐中電灯代わりにして床を照らしながら、クリークちゃんを迎え入れる。 「おつ」 「お疲れ様です~。イチちゃん、大丈夫そうでしたか」 「わるい、寝落ちてた。いつからも分かんない」 「あら、一日大変でしたもんね」 「なんか体力無くなってて。ゴメン」 「交代して私に任せてください~。しっかり休んで、元気いっぱいです」 クリークちゃんがおどけて力こぶを作るふりをしている。 「さすが」 「見ててくれてありがとうございました、代わりますから、モニーちゃんはもう休んでください」 お言葉に甘えて素直にベッドの上で寝そべった。 「椅子、使って。膝掛けはイチのやつがそこにあるから使っちゃえ」 「分かりました。自分のを持ってきましたから、大丈夫ですよ」 ふわぁ、と自分の口からあくびが漏れる。ここ二日間の出来事で、元々の体力が削られているのかもしれなかった。 「それじゃ、先におやすみ」 「おやすみなさい、モニちゃん」 掛け布団の中にもぐりこんで、また目を閉じる。椅子の上でうたた寝していた時と同じように、私はするりと眠ることができた。 ページトップ その6 ”最終日①”(≫93~97) 了船長22/11/10(木) 22 13 05 光を感じて目が覚める。一度深夜に寝落ちていた分、幾分かゆっくりと起きることができた。 上半身を起こして部屋を見回す。クリークさんがどのあたりで看病していたのか分からなくなるほど、整頓して部屋をあとにしていたようだ。椅子も膝掛けも元通りになっている。 ベッドから立ち上がってイチの様子を見る。額の苦しそうな皺は取れ、顔つきも柔らかくなっていた。掛け布団のへりは曲がることなく真っすぐな姿勢で眠っており、呼吸も穏やかなものになっていた。 クリークさんが上手いことやってくれたようだ。 良かった―― 肩と頭の先に感じていた重みのようなものが、すうっと晴れたような気持ちになる。制服に着替えるために腕を上げると、昨日おとといより幾分か軽い力で高く持ち上がる。 「心配かけんじゃないよ、不器用なクセに」 思わず口からこぼれた言葉は、幸い誰にも聞かれることなく、部屋の壁に吸い込まれて消えていった。 「おはようございます、モニーちゃん」 挨拶に振り返ると、一体いつまで起きていたのか、やや疲れが見える笑顔でクリークちゃんが手を振っている。 「うわ、平気?」 「はい。あの後、イチちゃんが起きてくれたんです」 「やっぱり。朝起きたらイチの姿勢がやたら良かったから、上手くやってくれたのかなって」 「少し怖がっていた様子がありましたけど、ご飯も食べてくれて。ちょっとだけ叱っちゃいました」 そう言うと、クリークちゃんはへこんだような面持ちになる。 「どうせ何か、勝手に思い詰めて自滅してたとかでしょ? クリークちゃんが落ち込む意味無いって」 「そうでしょうか……私も少し、頑固になっちゃいました」 「いいっていいって、私たちにこんだけやらせておいて、叱られないなんて方がおかしいんだから」 この子は火山みたいに怒りを噴火させないんだろうけど、グツグツと煮えて、我をしっかりと通すタイプなんだろうと感じる。一番怒らせたくない。 「イチちゃんに食後の休憩をしていて欲しくて洗い物まで済ませていたら、寮長さんに『起き過ぎだよ』って怒られちゃいました」 「そりゃそうっしょ。夕飯作って食べさせてるところまででも大変だってのに」 ふわぁ、という音がクリークちゃんから聞こえて顔を見上げると、恥ずかしそうに口元を手で隠して涙目になっている。らしくないけれど、あくびを我慢できなくなるくらい遅かったようだ。 改めて感謝の意を伝え、教室に向かう。歩きながらも時おり口元を隠す仕草をする彼女は、『天才』と呼ばれる高速ステイヤーではなく、どこまでも人のために優しい、等身大の一人の学生だった。 夕方になって用事を概ね済ませた私は、トレーニングも放り出して寮長室へまっすぐ足を向けていた。 もう慣れた手つきでドアを数回叩き、フジさんの返事を待って扉を開ける。椅子に深く腰掛けていて、クリークちゃんと同じく、少し疲れが残って見える表情をしていた。 「一日お疲れ様、モニーちゃん」 「お疲れです。どうしたんすかその顔」 私の質問に、「いやあ、少しね」と困ったような笑顔を浮かべる。 「昨日の夜、寝ました?」 「それがね……イチちゃんが起きたのは、もうクリークから聞いたかい?」 「はい。フジさんに怒られたってところまで聞きました」 私の指摘に、『困ったな』と言わんばかりの表情を作る。 よくよく考えると、時間を過ぎて世話を焼いたクリークさんもやりすぎだけど、それを夜のうちに叱ったフジさんは一晩中起きていたってことになる。いくら寮長とは言え、身体の調子をおかしくしてしまいかねない。 「フジさんは結構変なほうですけど、ずっと起きてたのはバケモンすよ」 「モニーちゃんの言う通り、今日はちょっと大変な日だったね。うっかり居眠りしそうになってしまったよ」 にこやかに笑っているけれど、話がすれ違ってしまって上手く噛み合わない。寝不足はフジ寮長の調子すらおかしくするのかと感心してしまう。 質問を直球で投げかけるべきだと思った私は、知りたいことをそのままぶつけることにした。 「イチ、どうでしたか」 何か反応を引き出せるんじゃないかと狙いをつけて、ワザと浮ついた質問にする。ところが、笑顔をほんの少しだけ緩めただけで、表情に大きな変化は表れなかった。 「自分の中で気持ちが混乱していただけだったよ。正義感の強い、とっても良い子だ。自分のことを悪者にしたがる節もあるけれど」 青く透き通った目が遠くを見やるように壁を見つめる。私たちを見守る、優しさにあふれた目だった。 「……よく分からんけど、とりあえず大丈夫そうなんすね」 「うん。あとは、当人たちで解決できると思うよ」 「オグリとイチで?」 私がフジさんの提案に驚いていると、それに合わせたかのようにコンコン、とドアをノックする音が響いた。 「入るでー。お、モニちゃんもおったんか」 「タマセンパイ」 「お疲れ様、トレーニング終わりに呼んでしまってゴメンね」 かまへんかまへん、と手をヒラヒラさせながら私の隣に腰かける。ちょこん、という効果音を鳴らしてやりたい。 「今、なんや失礼なこと考えとらんかったか」 「え、すご。エスパーっすか」 「否定せんかい!」 タマセンパイが噛みついてくるも、どうにも滑稽さのほうが目立つ。逆に笑いがこみあげてきた。それを見て、また噛みつく。 ハイハイ、とフジさんも笑いながら会話の間に入ってくる。 「本題に戻ろう。結論から言ってしまうけど、モニーちゃんには今晩、部屋を一日だけ交換してもらおうと思う」 「交換?」 「オグリをモニちゃんの部屋に送って、二人で話し合わせようってことやんな」 「その通り。寝起きに顔を合わせても、オグリならヒートアップすることは無いだろう」 「イチが昨日の――正確には今日ですけど。夜どんな様子だったか知りませんが、ホントに大丈夫ですか」 私の疑問に、フジさんが一つ頷く。 「大丈夫。イチちゃんについては、モニーちゃんも良く知っているだろう」 そりゃあ、別に暴れたりするタイプじゃないけど――逆に、何も言わずに閉じこもって、事態が変わらなくなる可能性は捨てきれないとも思う。 「オグリはああ見えて結構ガンコなところもあるからな、何かしら突破口は見つけるやろ」 タマセンパイの助言を聞くと、一抹の不安は残るけど、それもそうか、という気持ちになった。呆けているようで、ズンズンと踏み込んでいくのがオグリの強みだ。 決まりだ、とフジさんが手を叩く。椅子から立ち上がって、部屋を出る準備をし始めた。 「オグリは今どこに?」 「まだトレーニング中やけど、そろそろ夕飯食べるころやな」 「オグリには私から伝えておこう。モニーちゃんとタマモ先輩は準備を整えておいて」 私たちも席を立つ。 「モニちゃんはもうメシは済ませたんか」 「はい。あとシャワー浴びてくるだけです」 「シャワーだけとちゃうて風呂に浸かってき。どうせオグリもすぐには戻ってこんし。ほな、また後でな」 別に疲れてないし、シャワーだけで構わない。 そう思って寮の浴室でいつも通り身体を洗っていたが、ふと、タマセンパイの言葉を思い出してお湯に浸かってみた。足先から恐る恐る水面に触れると、熱くてびっくりする。 暑苦しくてメンドいな、と思っていたけれど、慌てた様子の他の子たちに「お風呂で寝たら死んじゃうよ!」と叩き起こされるまで、自分の体力が尽きていたことに気付いていなかった。 ページトップ その7 ”最終日②”(≫103~105、109) 了船長22/11/11(金) 22 46 53 まだ湯上りでふらつく足元で浴室から部屋へ戻ってくると、自室のドアの前でソワソワと動き回る影を見かけた。 「何してんの、オグリ」 「ああ、モニー。お帰り。フジからここで待つように言われていて……」 ドアノブをゆっくり回して、音を立てないように部屋へ入る。オグリを招き入れると、イチが視界に入ったのだろう、私の横を大きめの歩幅で通り過ぎてベッドの側へ駆け寄った。そのままイチのおでこに手を当てている。 「昨日より落ち着いてるでしょ」 「うん。顔色も良くなっている」 オグリの横顔を覗くと、心の奥底から本当に安心したような、優しい表情をしていた。私は自分の身支度を整えながら、背中越しにオグリに質問を投げかける。 「フジさんからなんて言われたの?」 「『イチちゃんと決着がつくまで一緒にいてね』としか言われていないんだ。モニーは何か聞いているか?」 「う~ん……まあお互い、腹割って話してみてほしいわ。私じゃ聞けないこともあるだろうし」 手早く充電ケーブルとパソコンをまとめて、脇に抱える。 「モニーではなく、私が?」 「そう。私も正直、イチのことよくわかんないんだよね。良いやつなんだけどさ」 「そうなのか……分かった。任せてくれ」 それじゃあ、と言って部屋を出ようとする直前、オグリに呼び止められた。 「イチを任せてくれてありがとう、モニー」 真っすぐな目でストレートに気持ちをぶつけられた私は、思わず目をそむけた。 「別に、毎朝会うほど仲いいんでしょ。私よりイチのこと、詳しいじゃん」 そう言うと、オグリが顔を伏せ、さっきまで頼もしかった表情を暗くした。 「……実は、私はイチのことを良く知らないんだ」 「え?」 ゆっくりと息を吸いながら、重々しく言葉を紡ぐ。 「いつも、イチから色々なものを貰うんだ。お弁当だったり、応援の言葉だったり、元気も……だが、私は何もイチにお返しできていない。私は……イチの名前も知らないんだ」 「イチの本名ってこと?」 「そうだ。何か聞こうと思ったり、手伝おうとすると、いつも逃げられてしまう」 もしかしたら、と小さくつぶやいた後、耳を力なく前へ垂らしてベッドの側に膝をつく。 「嫌われてしまっているのかもしれない。貰ってばかりで、何かをしようとしている私に、愛想を尽かしているのかも」 そう言って落ち込んでいるオグリを見ていた私は、なんだかムカついていた。なんなんだ、この二人は。全くお似合いじゃないか。 イチもオグリもまるで鈍感だ。どんなに昔のラブストーリーでもこんな登場人物はいないだろう。なんせ、話が進まない。 私はまだ、この学園でそんなことしてくれる人に出会っていないのに――なんなら私の方が長く、イチと一緒にいたはずなのに。 そんなことを考えている自分にも攻撃的な気持ちが募っていた。自分のこのイライラと、これまで自分が積み重ねてきたことが反発しているから。 自分から相手を排し一人で強くなろうとしてきたんだから、そりゃ誰にも深く好かれはしない。そんなことはわかってる。 でも、実際に目の前で『うまくいったとき』の世界を見せつけられると、それはそれでどうしようもなくムカつく。 しかも本当のところ、イチはアンタのことを憎んでいるんだぞ―― 「ねえ、オグリ」 少しだけ棘のある声が自分の口から飛び出す。はっとした様子で、オグリが素早く顔を上げる。 「今夜中に解決してよね、マジで」 「うん。任せてくれ」 真剣な表情と一緒に返事が返ってくる。やり場のないムカムカにブーストがかかる。 じゃあ任せたから、とだけ言い残して、私は足早にタマセンパイの部屋まで向かった。 「お疲れです、ジャマします」 「おーモニちゃん、よう来たな」 少しだけ乱暴にドアを開けた私に、タマセンパイが目を丸くする。 「……どしたんや、なんかあったんか」 「別に、何でもないですッ」 「小指でも打ったんか」 「廊下を歩いてきたんだから、ぶつける所が無いですよッ」 喋りながらズンズンと大股で部屋に入り、空いているベッドに座り込む。そのままパソコンのケーブルを引っ張り出して本体とつなぎ、空いている電源を探す。 オグリの充電器引っこ抜いてええで、とタマセンパイが助言をくれた。素早く抜いて、私の分を差し直す。 「イチちゃん起きとったか?」 「いーや。まだスヤスヤしてます」 「……なんや、カリカリしとるなあ」 つっけんどんな私の口調が理解できないのだろうか、少しばかりの間をおいてタマセンパイが声を発した。振り返って見ると、手にはスナック菓子の袋を持っていた。 「せっかくやし、モニちゃんも食べるか?」 「貰います」 にんじんチップスを手のひらに乗せてもらって、一息に口の中へ放り込む。 「そんないっぺんに食べたら勿体ないやろ! 大事に食べや」 そういうタマセンパイは有言実行か、一つ一つつまみ出しては二回に分けて食べている。 「……イチがあんなに好かれてるって知らなくて。私もまあ頑張ったのに、なんかヤだなって思っただけです」 「まだイチちゃんはモニちゃんが頑張ったって分からんからなあ。起きてからちゃんと話せばええ」 タマセンパイが、ほれ、と言いながらまたお菓子の袋をこちらに出してくれる。受け取ろうとして手を差し出すと、袋を引っ込めて反対の手で握ってきた。 「うわッ」 「モニちゃんはよう頑張った。誰かに何か頼むの、得意じゃないタチやろ」 私は何も言わず、タマセンパイの手を見つめる。 「うちらもモニちゃんのこと、あんまりよう知らんかったからな。イチちゃんもどうやらお堅いだけのマジメってわけちゃうみたいやし、良かったなあってフジとも話しとったんや」 「……急に先輩風吹かせないでください」 「風も何も、こちとら稲妻サマやぞ。おおきにな」 誰かに頼りたくないのは、こういうのに慣れていないから。 いい結果ってワケでもないのに、褒めちぎられるのは気恥ずかしい。私だけが私の機嫌を取ればいい。 でも、タマセンパイにこうやって褒められるのは、悪い気分じゃない。 誰かと対話することを面倒臭がらないで、ちゃんと対話して、歩み寄る。 キザな考え方でホントは怖がってる気持ちを誤魔化さないで、必要な時にはきちんと頼る。 自分ばっかりの責任じゃ、できないこともある。 パソコンを脇に置いて、タマセンパイの手の上に重ねる。 「今日まで、ありがとうございました」 「大したことやないで、モニちゃん。今度はトレーニングの手伝いでも、やらせてもらおかな」 「イヤっす。絶対勝たしてくんないから」 イチのおかげで自分の殻を破れた私は、きっと少しだけでも、成長できたのだと思った。 了 ページトップ その8(≫155~159) 了船長22/11/20(日) 23 20 39 「優等生サマ」は今日、帰りが遅くなるらしい。ドアの脇にかけられた、時の流れをイヤでも感じさせるほど色の抜けたホワイトボードが、私に語りかける。 別に、その優等生サマがとうとうグレたから、とかじゃない。無知なフリをできないくらいには、その優等生サマと一緒に過ごしてきたつもりだ。 中央の学生、特にレース専攻で選手として走る私たちは、求められたならそれを満たせるくらいにトレーニングに励まなければいけない。ひいてはそれがファンの人――沢山いるわけでは無いケド――の笑顔にもつながるから。最初の話題には上がらないけど、3次会くらいで「そういえばあの子すごいよね」くらいのレベルにつながれば、まあまあ嬉しい。 話を戻すけど、優等生サマで私のルームメイトが遅くなる理由は、ナイターレースに慣れるよう夜のコースを走り抜く練習をするから。地方のトレセンが主催するレースでは、夜遅くまでレースをする。珍しいことじゃない。「未成年を夜遅くまで走らせるなんて、どういうことだ」なんてくだらん口喧嘩する大人もいるにはいるけど、私達はやりたくてやってるんだから口出ししないでほしい。 もちろん、遅くまでかかる練習はめちゃくちゃ疲れる。やっぱりこう、日が照らすうちにサボれるわけじゃないから、もう意外と辛いのにめちゃめちゃ追い込まないといけないから消耗が激しい。次の日の学科でうとうと船を漕いでる子がいたら「ああ、あの子は昨日、夜練だったんだな」と先生たちも配慮してくれるくらいには体力がなくなる。そんなときだけは先生に感謝です。でも小テストの量とクオリティ、落としてほしい。 ルームメイトが帰って来ないと分かった私は、いつも使っている、すっかり耳に馴染んだワイヤレスイヤホンを嵌めた。トレセン学園の合格が決まって、私以上に喜んでるパパとママに頼んだらするりと買ってくれた、ミドルクラスのイヤホンだ――ルームメイトに値段を話したら、「高くない!?」って驚くくらいの価格だけど。 もちろん、遅くまでかかる練習はめちゃくちゃ疲れる。やっぱりこう、日が照らすうちにサボれるわけじゃないから、もう意外と辛いのにめちゃめちゃ追い込まないといけないから消耗が激しい。次の日の学科でうとうと船を漕いでる子がいたら「ああ、あの子は昨日、夜練だったんだな」と先生たちも配慮してくれるくらいには体力がなくなる。そんなときだけは先生に感謝です。でも小テストの量とクオリティ、落としてほしい。 ルームメイトが帰って来ないと分かった私は、いつも使っている、すっかり耳に馴染んだワイヤレスイヤホンを嵌めた。トレセン学園の合格が決まって、私以上に喜んでるパパとママに頼んだらするりと買ってくれた、ミドルクラスのイヤホンだ――ルームメイトに値段を話したら、「高くない!?」って驚くくらいの価格だけど。 曲のサビに近づくにつれて、私の身体の揺れはどんどん大きくなっていった。もっと、もっとだ。私を満たせ。脊髄反射で動く身体が、思わず涙を流すくらいに、絶体絶命なまでに私を追い込め。 右手に握った端末の音量ボタンを大きくする方に数回連打する。単純明快だ。大きければ大きいほど、私を気分良くしてくれる。部屋の真ん中で、悦に浸れる。 正味なとこ、レースはだりいし脚は痒いし、終わったあとはめちゃくちゃしんどい。でも私は、私達はどういうわけか、それを止められない。走りたくて、なおかつ勝ちたい。一人勝ちできるならそれに越したことはない。私がレースで先頭を走り続ける理由はこれだ。一人で戦って一人で勝てば、誰も文句は言ってこない。 私の膝が音に合わせて曲げられては、また伸びてを繰り返す。身体はどんどん心地よい音に身を任せていった。 そうしているうち、少し落ち着くような緩急をつけてから、最後の大サビに入る。繰り返されるメロディと韻を踏んだ歌詞、速いテンポが大きな波となって私をトレセンの寮室ではないどこかへ運ぶ。それに合わせて、身体の揺れは大きくなっていく。私は自分の世界にすっかり浸りきっていた。 気持ちいいな―― 満足感と一緒に、ボーカルの吐息と共に音楽が終わる。すべてをやり遂げた気持ちで、太ももに心地よい疲労感も覚えた私はイヤホンを取り、寮室の天井を見つめた。トレーニングもレースも辛いけれど、時折こんな気持ちにひたれるのであれば、もう少し続けてやってもいい。 「モニー、今なら聞こえるだろうか」 背後から飛びかかってきた予想外の音に、私は鳥肌を浮かべながら跳び上がった。きっと、みっともないような声も上げていたと思う。 「その、何か辛いことがあったのなら、相談に乗るぞ」 脂汗を耳の先から流しながら振り返ると、果たしてそこには、すっかりニュースの写真で見慣れた葦毛のスーパーウマ娘が、困惑しきった表情で立っていた。 「イチにも言えないことなら、私が聞ける。大丈夫か?」 一人で最も気持ちよくて、最も誰かに見られたくない姿を目撃された私は、レースで発揮する集中力さながらに、部屋を最大速度で飛び出した。 了 ページトップ その9(≫179)≫177より派生 ≫177 二次元好きの匿名さん22/11/24(木) 20 34 25 タキオンの薬で幼児化してしまったオグリ(ハツラツ)を餌付けするイチちゃん・・・ 了船長22/11/25(金) 03 54 23 ≫177 「前回までのあらすじや」 「ある日朝起きたらオグリがちっこくなっちまってさぁ大変、こんな時に限って肝心のクリークはレースで不在、とんと大変なことになっちまった。タキオンのヤツをとっちめなきゃなあ」 「騒ぎを起こさないために、何故か私とイチの部屋で預かることになったってワケ。……なんで?」 ◇◇◇◇◇◇◇ 「おねえちゃん、だあれ?」 「わ、私は……イチ。イチっていうの」 「イチ? イチおねえちゃん?」 「そうよ。ええと、よろしく、お願いします」 「うん! よろしくね……わあっ」 「あッ危ない、大丈夫? 痛くない?」 「……うう〜」 「痛かったわね、泣かないで。ほら、よいしょ! ……ね、あなたは強い子だから。そうだ、あなたのお名前は?」 「ハツラツ」 「は、ハツラツ?」 「オグリキャップだけど、おかあさんはハツラツって呼ぶの」 「ハツラツ、ハツラツ……かわいい名前ね」 「えへへ、ありがとう。……お腹へった」 「なにか食べよっか。おいで、作ってあげる」 「ほんと? やった!」 「いっぱい作るからね、全部食べるのよ?」 「うん!」 みたいな感じでしょうか(ハツラツさんはイチちゃんに抱っこされています) ページトップ その10(≫186~187) ≫了船長22/11/26(土) 02 23 35 「前回までのあらすじや」 「タキオンに元通りの薬を最優先で作らせちゃあいるが、どうにも難航しててもうしばらく辛抱しないといけねぇ」 「小さくても沢山食べるだろうと思って、私達が普通に食べる一人前を作ったらペロリと食べちゃった。……なんで?」 ◇◇◇◇◇◇ 「ねぇモニーおねえちゃん、イチおねえちゃんは?」 「……あ、ごめん、聞いてなかった、何?」 「何してるの?」 「特に何も」 「わたしもみたい」 「ん……待て待て、ベッドから降りんなって言われてんでしょ」 「でも、みたいから。よいしょ」 「高いんだからやめとけって」 「だいじょうぶ……わあっ」 「うわ、言わんこっちゃない、なーッ、もう」 「……ううっ、ぐすっ」 「泣くな泣くな、ほら」 「うぅ〜……」 「立てる? 手、掴んで。そうだ、腹減ってないか、なんか食べに行くか?」 「……いかない。お腹減ってないもん」 「あー、そうか……」 「モニーおねえちゃんのやつ、みたい」 「そんな大したもんじゃないんだって」 「やだ! モニーおねえちゃんのいじわる」 「そういうワケじゃないんだけどな、だぁー、もう。そこ座っといて」 「うぅ、ぐすっ」 「泣くな泣くな、くそー、無理だ、分かんねー」 ◇◇◇◇◇◇ 「ただいま」 「あーッ、イチ」 「どうしたの、モニー」 「私じゃ無理。代わって」 「オグリ、どうして泣いてるの」 「なんかベッドから降りたがっちゃって、うまく立てなかったみたいで」 「ハツラツ、大丈夫?」 「ぐすっ、イチおねえちゃん」 「うん。痛くない?」 「へいき。いたくない」 「うん、良かった。……一応、帰ってきてるクリークさんとタマモ先輩に連絡したほうがいいかな」 「分かった、任して」 「お願い、モニー」 ◇◇◇◇◇◇ 「呼んでくれてありがと、モニー」 「いや、別に……なんかごめん。マジで分かんなくて」 「私も分からないわよ、小さいオグリの面倒見るなんて……」 「でもなんだかんだ上手くない? あやすっていうか、自然に好かれるっていうか」 「そんなつもりは無いから、正直、自信ない。頼られてるのは嬉しいけど」 「なんかオグリも、思ったより足元緩いし」 「走るのはともかく、歩くのも辛そうに見えるのよね」 「うん……今のオグリからは想像できんわ」 「本当ね。オグリのお母さん、大変だったのかな」 「……次からホントに、目離さないようにする」 「うん。私も気をつける」 みたいな感じでしょうか(高校生くらいの年齢なら、子供に強く当たるのはいくらなんでもやらないだろうと思ったので、理解が及ばない未知の存在への小さな恐怖と意思疎通の難しさに困惑する、と解釈しました。失礼……) ページトップ Part19 (≫118、≫121) ≫了船長22/12/07(水) 22 34 12 「はぁ~」 「いいよなぁ~」 「なに、なによ、二人とも」 「イチのお肌はサラサラしなやか」 「髪もツルツル、モチモチだもんなあ」 「わっ、んもう、あ、ありがとう……ん? 逆じゃない?」 「ねぇイチ、なんの化粧水使ってるの」 「購買で売ってるヤツだけど」 「えーーーウソウソウソ、絶対ウソ。なんかいいやつ使ってる。私の知らないやつ」 「アンタが知らないお化粧品、私が知ってるワケ無いでしょうって」 「ヘアオイルとかネイルケアはー?」 「……どっちも使ったことない」 「がー、ウケん。私なんかアレもコレも試してみて、やっと何とか見つかったかなあって感じなのに」 「こないだのシチーさんの見たー?」 「見た見た。ジョーダンさんのも見た。もうスマホの画像フォルダ、二人の使ってるグッズでいっぱい」 「てかジョーダンさんのネイル知識ヤバくない?」 「わかるー。紀元前三千年のエジプト」 「ヘンナの花で爪を染めてた」 「いえーい」 「いえーい、覚えちゃった」 「ちょっとちょっと、おいてかないでって」 「ゴメンゴメン、つい」 「あの雑誌に載ってたものに頼らなくても、イチはこのお肌を維持してるのかあ」 「……まあ。ありがと。嬉しい」 「特別なこと、ホントにしてないの?」 「ご飯食べて、寝て起きてるだけよ」 「なーー、そんなわけないと思うんだけどな」 「いくら何でも、普通に過ごしてこんなにキレイにできるとは思えねーよね」 「みんな、ウチらみたいに頑張ってるハズよ」 「確かに、モニーも色々試してるの見たことある」 「そーなのよ。マジでイチが何やってるのか聞きたい」 「答えようがないわ。本当に何もしていないし……」 「何もしなくてもイチみたいなヤツを探せばいいんじゃね」 「いくら何でもそんな奴いねーって」 「条件絞ってけば一人くらいヒットするっしょ。まず、早起き」 「起きた後、二度寝しないで何かしてる。そのあとは授業受けて、普通にメシ」 「んでトレーニングして、メシ食って、追加のトレーニングやるならやって」 「風呂入ったら夜更かししないで寝る。そんでまた早起き」 「そんなことしてるヤツ、いる?」 「いーやさすがに……あーッ!」 「うわっ、何」 「いるじゃん!」 「えっ、誰、誰、誰」 「ダンナよ!」 「あー、イチのダンナ!」 「確かに、肌も髪も……うわ、割れ鍋に綴じ蓋」 「牛は牛連れ、ウマ娘は、ウマ娘連れ……よよよ~」 「もう! 何よ二人で自己解決して! あとダンナじゃない!」 了 ページトップ Part20 その1(≫73~77) ≫了船長22/12/25(日) 23 59 38 「ねえねえイチ! こっち向いて!」 「ん、何……わッ!?」 「ほい~、クリームたっぷり」 「んあんあ、あいおっ」 「『わっわっ、何よっ』?」 「イチのこんな顔初めて見た。ウケる、撮っとこ」 「んぐ、んむ……びっくりした、生クリームじゃない」 「皆でケーキ作ってて余ったスプレー缶のホイップクリームなんよ。もう一口いる?」 「……いらない」 「ちょいちょい、何ふくれてんの」 「別にっ」 「ちょっとちょっと、天下の日曜日にハッピーホリデーなんよ? レースが入っちゃってパーティに来れない子じゃないんだし、どうしたの」 「ちなみにクリスマスとお正月の曜日って必ず一緒になるの、知ってた?」 「7日後なんだからあったり前でしょ」 「……これ、間違いなく何かありましたね」 「こーれ、どうせまたダンナがらみよ」 「オグリは関係ないでしょっ。そんなんじゃないし」 「そんなんじゃない、ねえ。はいイチさん!」 「何よ」 「あーん!」 「あ、あー?」 「隙アリ!」 「んあっ、おっお!」 「『なっ、ちょっと』?」 「まあまあ、甘いものでも食べて一旦クールダウンよ」 「そうそう。ウチらに話してみなって」 「んむ、んむ……分かったけど、もう一口ちょうだい」 「お、ノッてきたね。はい、あー……」 「直接口にスプレーするのはもういいから!」 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「……あー、まとめると」 「カフェテリアのクリスマスパーティで浮かれまくってたオグリ――ああいや、ダンナが気に入らなかったと」 「わざわざ言い直さなくていいわよ、そこは」 「寮ごとにやるクリスマスパーティで、いつもは作らない洋食を頑張って練習して作ったのに、ダンナが他の人からいろんなものを押し付けられていたと」 「ほんで、当の本人はごはんを貰えることが嬉しくてちゃんと全部食べまくっていて、列というか、みんなの波に割り込むことができなかったと」 「さらにオグリ以外に食べられるのがイヤだと」 「……イヤって言うか、アイツの調子を崩すために作った料理だから、オグリ以外に食べてもらうのは申し訳なくなるし……」 「でも普段、夜練する子たちの夜食とか作ってくれてるじゃん」 「それはクリークさんとか、フジさんとかに頼まれてるから別」 「ウチらを呼んでくれたら、バレンタインデーの時みたいに無理やりスペース作ったのに」 「それはごはんを持って来た、他の子たちに悪いし」 「……かーーー! ダメだ、甘すぎるー! ハッピホリデー!」 「イチさー、今日だけは魔法にかけられてもいいじゃない」 「『愛を証明するの。駆け寄って彼女を抱きしめるのよ。愛をこめて美しい歌を歌えば大丈夫』」 「意味わかんないこと言わないで」 「えっ、知らん?」 「知らないわよっ」 「このクリーム缶、他の子たちにもイタズラで使うつもりだったけど丸ごとイチにあげる。アンタもいいっしょ?」 「いいよー。またカフェテリアでもらってこよ」 「食べきれないわよ、こんなに」 「食べきらなくていいから、ちょっとここで座ってたら、ってハナシ」 「『どんなに深く愛してるか言葉にして伝えましょう。黙っていては届かないの、愛は』 「年中イチの料理を食べてくれるし、イチも料理を作ってるってことよ? イチがそう思わなくても、愛みたいなもんよ」 「……ちがうもん」 「せっかくの祝日なのにそんな気持ちで寝たら地獄の背面サンタも逃げ出しちゃうし、しばらく座ってな」 「……」 「空になったら呼んでねー」 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「……はーい」 「失礼する、イチがここにいると聞いて、やってきたんだが……」 「さては喋ったな、あの二人」 「やあ、イチ。どうしたんだ、顔をそむけて」 「……別に。幸せそうだったじゃない」 「クリスマスパーティのことか。ハッピーホリデー、イチ」 「みんなのごはん、おいしかった?」 「うん。とてもおいしかった。沢山食べられて、幸せだったな」 「良かったじゃない」 「イチは、食べていないのか?」 「作ってたから食べてないわ」 「なっ、それはダメだ! イチも何か食べに行こう」 「いい。自分で作ったやつ、食べるから」 「……それなら、私も食べる」 「いつもとは毛色の違う料理だから、おいしくないわよ」 「なっ、イチ、何を言うんだ」 「今日一日、おいしいものいっぱい食べたんでしょ。わざわざ食べなくていいわ」 「イヤだ! 私が好きなイチの料理を、イチに否定してほしくない!」 「イチが作る料理で、美味しくないものなんてない」 「ま、まだ食べてもないのに」 「私は、イチとのごはんなら毎日だって食べたい。栄養も元気も、なにより素敵な時間を貰ってきた」 「……でも」 「今日は特別な日だから、イチと一緒に食べたい。二人で食べて、そのあとにおしゃべりする時間も楽しいんだ。なぜなら、私はイチのことが――あっ」 「……え?」 「分かってしまった、かもしれない」 「何によ」 「ああ、その……わ、私は、イチのことが――」 「はいイチのダンナさん、こっち向いてぇー!」 「えっ――わっ!」 「ちょっと、アンタたち!」 「おあおああ」 「口いっぱいにほおばるオグリなんて珍しくもないけど、撮っとこ」 「先に謝る! オグリにイチの居場所バラした!」 「でもこの方が上手くいくと踏んだんよ、ゴメンねー」 「このクリーム缶も二人にあげる! 私たちのことは追いかけなくていいからね、イチ!」 「それじゃおやすみー。早く食べないとお風呂間に合わないよー」 「なっ、ななな、逃げ足の速い」 「ああいおおうあっあ」 「飲み込んでから喋りなさいって」 「……ふう。嵐のような二人だったな」 「年中あんな奴らなのよ、オグリのことをダンナ呼ばわりして」 「ふふ」 「何がおかしいのよ」 「いや、嬉しいなと思ったんだ」 「はあっ、どうして」 「私はイチのことが好きだ」 「えっ」 「イチが私のことを好きかどうかは分からない。けれど、イチの友達が私のことをそう呼ぶのが、なんだか愉快だなと思ったんだ」 「……オグリ」 「不思議な気持ちだ。からかわれているとわかっていても、嫌じゃない」 「……ムカつく」 「ふふ、すまない、イチ」 「……洋食」 「ん?」 「いつもお弁当に入れてるようなお料理じゃなくて、お皿で食べるごはんよ」 「そうなのか!」 「鮭のムニエル。出来立てじゃないから、固くなってるかもしれない。もちろん温め直すけど」 「私も手伝う。その後、二人で食べよう。温めている間に、イチとおしゃべりもできる」 「……ホント、ムカつく。ガッカリしなさいよ」 「すまない、イチ」 「でも……ハッピーホリデー、オグリ」 「うん。ハッピーホリデー、イチ」 了 ページトップ その2(≫97、≫99~108、≫110~115) ≫了船長22/12/30(金) 19 58 38 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「イチ、お疲れ様」 「あ、おつかれ、オグリ……忙しくないの?」 「少し忙しい。だが、イチに聞きたいことがあるから抜け出してきたんだ」 「うん」 「イチは今年、いつ地元に帰るんだ?」 「えーと……31日に帰る予定」 「もう一つ、イチが好きな食べものはあるか?」 「好きなもの? うーん……好き嫌いは無いから、なんでも食べるわよ」 「分かった、ありがとう。この後のトレーニングも頑張ってな、イチ」 「あっ、オグリ!……行っちゃった」 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「頑張っとるなあ、モニちゃん」 「タマセンパイ、お疲れです。今日はヒマなんすか?」 「いや、オグリと一緒に進路相談やらインタビューやらでちょいとせわしないな」 「こんなことで油売ってていいんすか」 「あんま良くないなぁ。せやけど、モニちゃんに聞かなあかんことがあってな」 「はい」 「地元にはいつ帰るんや」 「家ですか? 31日に帰りますよ」 「好きなごはんのおかずはなんや?」 「えー……味の濃いヤツ」 「なんや、意外と子供っぽいやんけ。ほな、おおきにな!」 「どーいうことっすか! うわ、脚はっや」 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「そうしたら、次の一本で終わりにしましょう」 「そうね。今年最後の走り込みだから、集中して」 私のトレーナーさんがストップウォッチを手に私たちの方を見る。モニーのトレーナーさんは、腕時計――スマートウォッチを何やら操作している。 12月30日、空がオレンジ色に染まり始めたくらいの時間で、私たちの今年最後のトレーニングが終わろうとしていた。息を深く吸うと、冷たい空気が心地よく体温を下げてくれる気がする。 隣では、モニーが少し肩で息をしながらも軽くその場で跳ね、気合を入れ直している。それを見て、私もぐっと脚を伸ばす。 「ラス1か。絶対負けないから」 「言ってなさいよ、モニー」 悪気はないんだけれど、モニーと一緒に走ると、トレーニングの時でも思わず挑発するような物言いをしてしまう。 ほとんどの場合は向こうが始めにケンカを売ってくるんだし、私は悪くないはず。買っちゃってるのは事実なんだけど。 冷え始めた気温と裏腹に、闘争心がメラメラと燃える。モニーもきっとそうなんだろう。 「年末にトレーニングで気合を入れ過ぎました、なんて冗談にもなりませんからね」 「やり合うのはとてもいいことだけど、怪我だけは避けなさいね」 私たちの心を見透かしているように、トレーナーさんたちが注意してくれた。はーい、と揃って返事をして、スタートラインに向かう。 ゴール板の前で待つトレーナーさんたちとの距離が開いていく。 彼らが遠くなればなるほど、さっき私たちが受けた注意の言葉の記憶も同時に薄れていくようだった。 「年末イチに勝って実家に帰る。これ以上の喜びがありましょーか」 「負けっぱなしじゃ終わらせないわ、絶対差し切る」 「ここは芝じゃなくてダートコースよ? 先行逃げ切りが鉄則ってワケ」 「クロガネトキノコエさんに走り方は叩き込まれたもの、逃がすわけないわ」 私たちはトレーナーさんが掲げる合図の手旗に意識を集中させる。いつ振り下ろされてもいいように。 今年最後の真剣勝負の火蓋が切って、降ろされた。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 力を出し尽くした脚の痛みと、それを撫でる風の冷たさ。 隣から少しずれて聞こえる激しい呼吸の音と、ドクドクと早く鼓動を打つ私の心臓の音。 そして、私より少しだけ後ろにいるモニー。 私は今年最後の「大一番」を無事に収めることができた。 「お二人とも、はじめから忠告を忘れていましたね」 「レースさながらの気迫だったわよ。走る前から抜け落ちていたでしょう」 呆れているけど、少し口元が笑っているトレーナーさん。モニーのトレーナーさんは、ちょっとだけ真剣に怒っているようにも見えた。 擦れた声で「ごめんなさい」と謝る。でも、後悔の気持ちは全くなかった。 私はモニーの方を振り向いて、疲労感が残る上半身を何とか引き上げて胸を張り、座り込んでいるモニーに手を伸ばす。 「どんなもんよ、モニー」 「……来年の最初のトレーニング、絶ッ対に私と走って。次は負けない」 ちらりとこちらを見上げてから、私の手を取る。私はぐっ、と力を込めて、モニーを引き上げた。 まだまだ闘志が残る目線を送るモニーを見て、はあ、とトレーナーさんがため息をつく。 「なんにせよ、今年一年お疲れ様。よく頑張ったわね」 「これでお二人とも、冬休みです。ゆっくり療養してください。宿題の方も忘れずに」 「ありがとうございました。トレーナーさんたちも、良いお年を」 「また来年もお願いしまーす」 トレーナーさんたちと別れ、私たちは着替えるためにロッカールームへ向かった。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ ロッカールームで泥を落としたり着替えてるうちに、私たちはすっかり空腹を覚えていた。 カバンを持って寮へ続く道を歩く。道の両脇に植えられた桜の木も、すっかり枝だけになってより寒さを感じさせてくる。 「ハラへったぁ、今年最後のごはんは何にしようかな」 こらえきれなくなったように、先にモニーが音を上げる。あくまで学校での最後のごはんでしょ、と心の中でツッコミを入れる。 せっかく最後の日なんだし、冷蔵庫の中身も綺麗にしたいから、最後に何か作ってあげようかな。 「ねえモニー、何か食べたいものある?」 「え、どうしたの」 「残り物でよければ夕飯作ってあげようか、ってこと」 「マジで? やったー」 アイツに年がら年中料理を作ってるうち、「特技は何ですか」と言われたら「料理です」とすぐ言えるくらいには腕が良くなった、と思う。 こうしてルームメイトにさらっと提案できる自分がなんだか嬉しい。自信がついたっていうのかな。 自分が作ったものに、他の誰かが喜ぶ。その反応を見れるのも、とても嬉しい。 モニーと話しながら寮までたどり着くと、果たして私の自信の源になった「アイツ」が、寮の玄関の前に立っていた。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「おかえり、イチ、モニー」 「おつかれさん」 オグリとタマモ先輩が部屋着に袢纏を着て、寒そうに身体を揺らしている。 私たちはただいまを言う前に、同じ疑問が頭の中に浮かんでいた。 「あれっ、二人とも、まだ帰ってないの?」 「そうっすよ、タマセンパイは実家遠いっしょ」 私たちの問いかけに、二人はただ「ふふっ」「へへっ」としか返事をしなかった。 「カバンを持とう、疲れていないか」 「あっ、ありがとう……」 「ほれ、モニちゃんも寄越しぃ」 「鞄大きくないっすか? イケます?」 持てるわ何言うとんねん! とモニーがどつかれる。奪い取るようにしてタマモ先輩が鞄を持つ。打ち合わせでもしてるかのようなスムーズさ。 こちらに手を伸ばすオグリに、少し気後れしながら私も鞄を預ける。私の荷物を持っているにも関わらず、とても嬉しそうな顔を浮かべている。 「ほな、ひとまずカバン置きにいこか」 「うん。二人とも、こっちだ」 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 質問に答えないまま、二人は私たちの先を歩く。何を聞いても「まあまあまあ」と流されてしまう。 オグリが突然脚を止め、ばっ、という効果音を立てるようにこちらを振り向く。どこか誇らしげな顔をしている。 「さあ、ついたぞ二人とも」 「ついたも何も、私たちの部屋の前なんだけど……」 目をキラキラさせながら、うん、と大きく一つ頷く。 タマモ先輩に助けを求めて目配せする。しかし、ニヤニヤしているだけで何も言ってはくれなかった。 オグリが扉を開け、私たちを手招きする。二人が私たちの机に鞄を置いて、こちらを向く。 「お風呂を先にするか、それともごはんにするか?」 「はあっ!?」 「タマセンパイ、オグリ、なんか変なもの食べました?」 「アッハッハ、どうしても言いたいセリフってそれかいな、オグリ」 「うん。どうしても一度言ってみたかったんだ」 「もう、ホントにバカじゃないの」 モニーもタマモ先輩もいるのに、一体何を言い出してるの、コイツ。お決まりのセリフにしてはなんかちょっと短いし。 私が答えられずに固まっていると、いつの間にか「みんな冷え取るし、先に風呂にしよか」とタマモ先輩が話をまとめてしまう。 すると、オグリが屈んで、勝手に私のベッドの下を探り出した。それを見た私の身体は、レースの発バ機から飛び出すときと同じくらいの反応速度で動き出した。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「ちょっとバカ、何してんのよオグリ!」 「何って、着替えを取り出そうとしたんだが……」 「自分でやるからいいって、ていうか、なんで私の着替えの場所なんか知ってるのよっ」 「いつも寒い時、ここから上着やジャージをここから出しているじゃないか」 平気な顔をして、むしろ止めにかかる私の方がおかしいんじゃないかと思わせるくらいに自然な動き。 ここ、私の部屋なんだけど。 背後の笑い声でハッと現実に意識が戻る。振り向いたら笑いながらひっくり返ってるモニーと、その横でタマモ先輩ドアの枠にもたれかかりながら、顎に手を当てしたり顔をしている。 「ホンマに仲ええなあ」 「ひぃ~っ、アッハッハ」 どんどん顔に熱が上ってくる。オグリを見下ろすと、何か悪いことをしたと思っていない、ヘーキな顔をしていた。 それを見て、ますます顔に熱が上る。 「デリカシーなさすぎ、ムカつく、ありえない!」 私はオグリとタマモ先輩、そして勢いのままモニーも部屋から追い出した。 ホントありえない、知ってるからって二人の前で、バカ、バカ、バカっ。 「……あの~、ふふふっ、イチさん、私の部屋でもあるんだけどな」 「知ってる!」 私は手早く替えの服を取り出して、部屋を出る。廊下で申し訳なさそうにしているオグリを尻目に、浴場まで足早に歩いて行った。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「すまなかった、イチ、まだ怒っているだろうか」 「別にっ。怒ってない」 「ううむ、だが……」 オグリが私の横でしきりに謝っている。わたしはそれを無視して、シャンプーをするために髪の毛を前へ手繰りよせる。 二人が何やらやたらと私たちの世話を焼いてくる。意図はわからないけど、その気持ちはとても嬉しかった。 オグリが空回りしてるだけなのも分かっている。とはいえ、二人の前でいきなりあんなことを言うなんて。 「でも、自分のことは自分でやるからっ」 「うわっ、どうしたんだ、イチ」 思わず堪えられなくなって、声に出してしまう。分かっていても、怒りたくなってしまう。 嬉しい気持ちと、恥ずかしい気持ちと、ありがたいなと思う気持ち。そこにトレーニングの疲れも重なって、私の心はまだ、このぽっと出にかき回されっぱなしだ。 シャンプーをする手にも力が入る。ロッカールームで落とし切れなかった砂や泥が乾燥していて、うまく指が入っていかない。 苦戦していると、ふと、腕と肩にかかる重さがふわりと軽くなった。驚いて鏡を見ると、私の肩越しにオグリの姿がある。 「手伝うぞ、イチ。その間に身体を洗っていてくれ」 「……ありがと」 「尻尾まで流したら、お風呂で暖まろう。その後に夕ご飯だ……イチの毛は、綺麗だな」 「まだ汚れてるけど」 「洗う手伝いができて嬉しい」 脱衣所を出るまで、オグリは私の側でずっと手伝いをしてくれた。浴槽から上がるときには手を差し出してくれたりして。 オグリがドライヤーで私の尻尾を乾かしている間、私の気持ちは疲れが抜けるのと一緒にだんだん落ち着いていった。 腰のあたりに当たる温風も、私の尻尾を支えるオグリの手も、どちらも心地よく感じていた。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ お風呂の身支度が終わると、オグリは私をラウンジまで案内した。ついて行った先には、私たちより早めにお風呂から上がったモニーが少しだけぐったりしながら、ケータイをいじっていた。 「モニーと一緒に、ここで待っていてくれ」 オグリはそう言うと、パタパタと共用キッチンの方へ走っていく。 「もしかして、お夕飯って二人の手作りなのかな」 「そーだよ。タマセンパイもそう言ってた」 「モニー、大丈夫?」 「湯あたりした。もーちょい待って」 私の疑問に、モニーが答えてくれる。ていうか、モニーってお風呂苦手だったんだ。 「他にタマモ先輩、何か言ってた?」 「しんどかったら水飲めって。夕飯はすぐ来るってよ」 「理由とか聞いて無い?」 「理由?」 「どうしてこんなにしてくれるっていうか、そばにいるのかっていうか」 「聞いたけど全部『ナハハ』とか言ってはぐらかされた」 あいててて、と言いながらモニーが紙コップに口をつける。お代わりを持ってこようかと聞くと「お願い」と言うので自分の分も取りに行くことにした。 せっかくだからオグリとタマモ先輩の分も持っていこう。少し苦労しながら4人分のお水を持って戻ると、エプロンを付けたオグリが、先にごはんとお味噌汁の配膳をしているところだった。 「お帰り、イチ。いなかったからびっくりしたぞ」 「ごめん、オグリ」 「もうすぐだ。あとちょっとだけ辛抱してもらえるだろうか」 一番我慢できなさそうだけど、とは口に出さずに、「うん」とだけ返事をする。 早く食べたいからなのか、やはり小走りでパタパタとキッチンに戻っていくオグリ。 お茶碗に盛られたぴかぴかのごはんと、もやし、にんじん、厚揚げの入ったお味噌汁。もしも私一人だけだったら、これだけでもう十分だなと思ってしまうだろう―― タンパク質が足りません、ってトレーナーさんには怒られそうだけど。 合間合間にお水を挟むモニーと話しているうち、お盆を持ったタマモ先輩と、その後ろからついてくるオグリがやってきて、おかずを机に並べる。 「待たせてもてすまんかったなあ。もうすぐや」 「なにかお手伝いとか」 「ええねんええねんモニちゃん、座っとって」 料理が全て並べられて、みんなで席につく。モニーも椅子に腰かけ直して、オグリは待ちきれなさそうに尻尾を振っている。 タマモ先輩が一番に、パン、と快活な音を立てて手を合わせる。 「ほな、皆で食べよか。いただきます」 ごはん、お味噌汁に、お漬物。 まずは、お味噌汁を一口すする。お箸の先端をお出汁で湿らせると、ごはんや他のおかずが器にくっつかなくなって洗い物が楽になることを知ってから、一番最初に一口飲む癖がついてしまった。 鰹節の風味を聞かせて、少しだけうすくちに作った、お野菜の甘みが染み出すあっさり仕立てた味。温かさに気持ちまでほっとする。 「どや、ええ出汁、出とるやろ」 「はい。年越しそばにも使えそうですね」 2つあるおかずのうち、色の濃いほうに箸を運ぶ。噛み応えのある食感に、ごはんの進む濃いめの味付け。なるほど、だからお味噌汁はちょっと薄めなんだ。 もぐもぐと噛んでいると、オグリが私のことをじっと見ていることに気付く。 「イチ、おいしくできているだろうか」 「うん。これ、もつ煮?」 「どて煮なんだ。私の夢で、イチに食べてほしくて作ったんだ」 期待と、少しだけ不安が混じったような面持ちで、私が呑み込むのを待っているようだった。 煮詰めたお味噌の濃い塩気と、時々混じるしょうがと刻みネギのツンとした風味。味のリズムが心地よくて、ごはんをついもう一口食べてしまう。 お肉とこんにゃくの味の違いも美味しい。 「おいしいよ、オグリ」 私がそう伝えると、ぱあっと輝いたように表情を明るくして、食べるスピード上がったようだった。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 私の横では、モニーが先にもう一つのおかずを食べているところだった。 シャキ、シャキと音を立てながら、お茶碗を持ち上げてごはんと一緒にかきこんでいる。よっぽどごはんが進むみたい。 もやしが入っているのは一目見て分かったけれど、その横の白い具はなんだろう。 「ウマいか、モニちゃん」 「メチャうまいですよ、これ」 「もやしとはんぺん、それに豆苗のうま煮や。モニちゃんの口に合うてるみたいで嬉しいわ」 私も一口分をお箸でつまんで、口に入れる。なるほど、どて煮のお味噌とは違うけれど、確かにご飯と一緒に食べたくなる味付け。 もやしの食感を楽しんでいるところに、するりと入り込んでくるはんぺんの弾力ある噛みごたえ。味がしっかりしみ込んでいて、まったく水っぽくない。 「コツがあってな、火を通した後に一度粗熱を取るのが大事なんや」 「そうなんすか?」 「寮が多くて煮汁の少ないもんにとろみをつけるんは難しいから、冷ましてやってから片栗粉を入れると失敗せえへんうま煮ができるっちゅーワケや……モニちゃん、聞いとるか?」 タマモ先輩の話をそっちのけで食べ進めるモニーに、困ったような笑顔を浮かべるタマモ先輩。でも、耳はまっすぐ前を向いて並べられていて、嬉しい気持ちがあふれ出ていた。 4人ともお腹が減っていたからか、さっきの会話が終わってしばらくの間は、食べる方に集中していた。 オグリがごはんのおかわりをして、それにモニーもついて行って、私とタマモ先輩は食べてる途中。さっきよりも多い量のごはんをふたりともよそってきて、おかずのおかわりまでしていた。 「聞いてやイチちゃん、オグリのやつな、4人分作るだけでええ言うてるのに5パックも6パックも食材買おうとしてん」 「お肉をですか?」 「いや、ネギとか含めて全部」 オグリが食べながら、恥ずかしそうに答える。 「食べるのは得意なんだが」 「ずっと見ていればわかるわよ、そんなの」 「イチの真似をしたらうまくいくと思っていたんだ。普段からたくさん買っているから」 「たしかにクリークさんと一緒に買い込むけど、それは別に一食分じゃなくて、他の子のお夜食とか、アンタのお弁当の分とかがあるから」 「オグリの場合じゃあ、そんだけ買っても一食分かもねー」 モニーの言葉に、オグリが力強く頷く。 「せやからまあ、結果的には正解やったんやけどな」 そんな話をしているうちに、またオグリが「おかわりをしてくる」と言って席を立った。モニーを見ると、もう無理、と言わんばかりの表情をしていて思わず笑ってしまう。 私とタマモ先輩が最初に食べ終わり、次にモニー、オグリが食べ終わるのはそれからまたしばらくしてからだった。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ ちょっとだけ食休みの時間を挟んでおしゃべりしていた時、オグリとタマモ先輩が突然ヒソヒソ話を始めたと思った矢先、オグリが立ち上がった。 「イチ、モニー、ハッピーバースデー!」 オグリの言葉を聞いたタマモ先輩が、顔を手で覆って椅子からずり落ちる。 「ちゃうちゃう、ハッピーアニバーサリーや」 「ああ、そうか。ハッピー……アニ……タマ、もう一度教えてくれ」 あちゃあ、と声に出して倒れこむ。 「なんすか、突然」 「ネタばらしするとな、オグリが二人のことを祝いたくなったんやと」 タマモ先輩が机にもたれかかる。 「ウチは全然かまへんし、ほんならいつやろか、って聞いたら今日がええねん言うんや」 「うん。驚かせてしまってすまなかった、イチ、モニー。だが、今日しかないと思ったんだ」 真っすぐな目に見つめられて――別にドキドキしたとかいうワケじゃないけど――私はなにか、あてつけられたように顔が熱くなった。 「ま、まあ悪い気はしないわね。考えたらずっと、私が料理を作ってばっかりだし」 「いつもありがとう、イチ。私たちも頑張って作ったんだ。喜んでもらえたら嬉しい」 「ウチも久しぶりに料理したわ。でも、モニちゃんにも――二人とも喜んでもらえて嬉しいわ。おおきにな」 「ほな、みんな明日は帰らなあかんから早いやろ。解散しよか」 タマモ先輩の鶴の一声で、私を含めた全員が席を立つ。あらかじめ持ってきていたお盆に空いた器を載せて、みんなでキッチンまで運ぶ。 洗い物をどうするかでちょっとだけ揉めた――というより、オグリもタマモ先輩も譲らなかったってだけだけど、絶対に私が洗うと言い張って説得した。 「私が一番キッチンの収納場所、知ってるので」という言葉が決め手になった。 「えー、今日はみんな、自分の部屋に帰る感じっすか?」 モニーがおそるおそると言った様子で、質問する。 「……フジ寮長って、もういないの?」 「確かいない。帰ったんじゃね?」 「……それなら、私がイチの部屋に行こう」 「モニちゃんが来るんか。分かった、構わんで」 ここに居る全員が悪いことをしている自覚があるからか、声のトーンを小さくして、寄り集まってヒソヒソ話のように相談する。 ラウンジでは他の子に聞かれてしまうかもしれないから、廊下まで出て行って、歩きながら話す。他の子たちから見たら、4人動きながら固まって顔を寄せ合う変な集団だ。 もうすぐ私たちの部屋の前だというところで、話がまとまりかけたその時、ドアのところにトランプが一枚張り付けてあるのに気付いた。思わず「わッ」と変な声を上げてしまう。 私の声で気づいたモニーがギョッとしながらトランプに近づき、貼りつけたそれをはがして裏面を見る。そこには手書きの文章が添えられていた。 『たとえ年末でも、寮のルールはきちんと守って早く寝ること!』 トランプの端に描かれた、富士山と2匹の鷹、3つのナスのイラスト。 そのカード一枚で、私たち4人へのメッセージとして十分すぎた。 「……あー、やっぱりちゃんと寝んとあかんよなあ!」 「そうっすねえ、寝ましょー! おやすみー!」 あまりにわざとらしいタマモ先輩とモニーの声。オグリも参加しようとしたところを、私が口をふさいだ。 「イチ、モニー、おやすみ。今年一年、とてもお世話になった」 「ほな、二人とも良いお年を」 「ありがとうございました、おやすみなさい。来年もよろしくお願いします」 「おつかれっす。また来年もよろしくです」 4人でそれぞれ、挨拶を交わす。すると、タマモ先輩がモニーの手を取って、頭が見えなくなる。 それはまるで、頬にキスをしているように――見えた。見えただけ。 でも、モニーが「うわッ」とか言ってるから、もしかしたら気のせいじゃないかもしれない。 「イチ」 オグリの声がする。そのあとすぐ、手を引かれる間隔。瞬間、私の身体は宙に浮くように引き寄せられた。 頬に冷たい風を感じた後、身体の前方と背中に、熱い感触。 それから、頬に少しだけ触れたような、唇ほどの広さの、熱。 「オグリ」 廊下は暗くて、オグリの顔は良く見えなかった。 でも、頬に残る熱だけは、私が思っていることが本当だと信じるに十分な証拠だった。 「……タマだけするのは、ずるいから」 「……ホント、何言ってんの」 せっかく言った別れの言葉を、私たちはもう一度言わないといけなくなった 「……タマセンパイも、来年また、元気で」 「なんや、急にシケるんちゃうぞ。ウチが恥ずかしくなってまうやろ……よう休んでな」 「来年もまた、美味しいお弁当を食べさせてくれ」 「なっ、それを今のうちから言うの、なんかムカつくわ。ポッと出のくせに、せいぜいお腹減らしておきなさいよ、オグリ」 「うん。来年も頑張ろう」 「もう一度、おやすみ」 「おやすみ、イチ」 了 ページトップ その3(≫169~170) ≫了船長23/01/11(水) 00 28 06 「おめでとさん、モニちゃん」 「え、何がですか」 「何もなんもないけど、おめでとさんって言いたくなったんや」 「そうでっか」 「お、上手くなってきたなぁ。そういうわけでパーティしよか」 「年末にやってもらいましたけど、ていうかホントに何を祝うんですか」 「理由は分からんけど祝いたい気持ちがあるねん……なんや、前にもこんな話したな」 「わっかんないなー」 「ままま、祝われといて。何か食べたいものとかないんか」 「パーティしても、タマセンパイがたくさんは食べられないじゃないですか」 「それを言われてしまうとしんどいねんな。でも、祝う気持ちはあるんやで?」 「パーティのご飯の値段っすか? それとも量?」 「う~ん……どっちもやなあ。なんか、気後れしてしまうん」 「なるほど」 「とにかくモニちゃんを祝う会なんやから。どこでも言ってくれたらついてくし、席も囲むで」 「つまり、安くて量はそこそこ、種類がたくさんあればいいんすよね」 「まあ、そういうことやんな」 「え~……おし、センパイ、業務スーパー行きますよ」 「スーパー?」 「とにかくとにかく。にんにくとか大丈夫っすよね」 「平気やけど、まさか自分で作ろう言うんか」 「いや、もちろん楽するに決まってるじゃないですか」 「何買う予定なん?」 「パスタの乾麺とパスタソース。ここらのスーパーのやつ、全種類買い占めましょ」 「なんやと」 「パスタも買いまくりましょ。全部茹でて、買ったパスタソース全部かけます」 「うおー、盛大な計画やんけ」 「種類も量もあって、手間も楽でウマくて、何よりそこそこに安い。どうっすか?」 「賛成や。ええこと思いつくなあ」 「イチもオグリも、クリークちゃんたちも呼べるし。どうせなら皆に祝ってもらお」 「それがええ、それがええ。ほな、出かけよか」 了 ページトップ
https://w.atwiki.jp/resanchorone/pages/26.html
目次 目次Part3(≫36~37) Part4(≫94) Part5その1(≫64~66) その2(≫180~190) Part7(≫14) Part8その1(≫58) その2(≫76~77) Part9(≫88~93) Part3 (≫36~37) ≫36 二次元好きの匿名さん22/01/08(土) 12 15 40 オグリ「1/2はタマ達と過ごしたぞ1はどうしてたんだ?友達と遊んだりしてたのか?」 1ちゃん「私?私はトレーナーと姫初めしてたわ」 オグリ「!!!?なっ何を言って!?そういうのは!けっ結婚してからじゃないとダメなんだぞ!!?」 1ちゃん「?…なんでよ?」 オグリ「いや…なんでって……それは………」 1ちゃん「たしかに家族以外の異性とやるのはあんまり聞かないわね」 オグリ「1…あんまりヤるとか…そんな……なぁその…姫…それはトレーナーから言われたのか?それなら少しその距離を置いた方がいいんじゃないのか…?」 1「なんで距離置かないといけないの?ていうか私から誘ったんだけど」 オグリ「ヘェ~自分から…ん?…え?……え?………え!?え!!??え!!!??」 1ちゃん「ど、どうしたのよ…急に…」 ◇ オグリ「まさか1があんなに…積極的な子だったとは…もっと自分を大切にしてほしいんだがな…お母さんがくれた大切な体なんだから…まさか私を姫初めに誘うなんてことはないだろうな…さすがにないか…」 タマ「姫初め?」 オグリ「!?タ、タマ!?違う!違うんだ!それは!!」 タマ「姫初めって炊いた米食うやつやろ? オグリ誘ったら大変なことなるで何俵炊けばええんや…」 オグリ「…え?…お米を…食べる…?」 タマ「どうしたんやオグリ…耳まで真っ赤になっとるで……」 オグリ「う…うわァァァァぁあ!!! 私は…私は…なんて…なんて恥ずかしい……」 タマ「どうしたんや!?オグリ!オグリィ!?」 ページトップ Part4 (≫94) 二次元好きの匿名さん22/01/20(木) 16 15 58 1『お母さぁん…もっと奥やってよぉ…なんで外側ばっかりぃ……』 1ママ『まだダメよ外側の汚れがまだ取れてないもの』 1『そんなのいいからぁ…奥かゆいぃ…』 1ママ『もう… これになるのホントワガママね1ちゃん 子供のこれから耳が耳触ったらすぐ蕩けるんだから… 相当敏感よね ちょっと羨ましいわ どんな感じなのかしら…』 1『そんなのいいからぁ…はやく…はやく…』 1ママ『ほら…奥だよ〜』(カリカリカリカリ) 1『ほわぁ〜♡』 ────────────── image 引用元 https //bbs.animanch.com/thumb_m/293100/699 数日後1ちゃんは母親に鬼電をかけた ページトップ Part5 その1(≫64~66) 元スレ主22/01/28(金) 12 51 49 鼻歌を鳴らしながら お茶菓子を準備し 優雅にお茶を淹れ 午後の一時を満喫しようしている セーラー服を着ても似合いそうな子持ち人妻は 誰でしょうか…? 私です…1ちゃんのお母さんです いつもはすぐ売り切れる大人気のおはぎを買えてご機嫌な私は さっと椅子に座りテレビをつけ ニュース番組を背景にしながらお茶を一口… いきなりおはぎに手を付けず… まずはほっと息をつき… 一日頑張った私を労い落ち着かせ… おはぎに手を付ける…… さて…ではいざ実しょ ─現在、中央トレセン学園近くで大雨が発生しています 雷が発生する恐れがありますので 近くにお住まいの方は十分に注意してください─ おはぎ食べてる場合じゃない! 1ちゃん!1ちゃん! 引用元 https //bbs.animanch.com/storage/img/313022/823 大丈夫かな… あの子結構おっちょこちょいなとこあるし… 風邪とか引いてたらどうしよ… 大事な時期なのに…… 私が焦ってどうするのよ! 私が1ちゃんを信じないでどうするの! とりあえず落ち着いて もう一度お茶を飲んで ─では生徒達への街頭インタビューです─ 引用元 https //bbs.animanch.com/thumb_m/322746/22 ブハぁ!? 「すっごい雨だったけどなんとか帰ってこれた今回ばかりはアイツのおかげね…」 「今回はシンプルな内容だったし明日は少しだけ贅沢にしようかな」 ピコン! 「…ライン通知?お母さんからだ5件もはいってる。ゴメン全然気づかなかった私のこと心配してくれてたんだ…」 引用元 https //bbs.animanch.com/thumb_m/313022/825 「1ちゃん帰って来てたんだね。凄い雨だったね!大丈夫だっ…?」 「1ちゃん…?どうしたの…?」 バタンッ! 「ウワぁー!!1ちゃんが白目剥いて倒れたぁ!!?」 ページトップ その2(≫180~190) 二次元好きの匿名さん22/02/03(木) 11 27 42 私は今実家へと帰省するためバスに揺られている都会から離れていて車なんて殆ど通らないので渋滞にひっかかることなどなく快適に目的地へと向かっている 都会だと味わえない感覚で少し気分がいい 「そろそろ1の実家か…」 この芦毛さえいなければもっと良かったのに それもこれもあのインタビューのせいだ これを見た母親が盛大に勘違いして次に帰省するときオグリを連れてこいと言ってきて聞かないから仕方なく連れてきた ふとオグリの方を見ると少し顔が強張っている あいつも緊張なんてするんだと思っているとバスが停まった バスから降りて実家へと歩く その間もオグリのやつはキョロキョロしたり 耳をパタパタ動かしたり 明らかに緊張していた こんな姿を見れるなら一緒に来るのも そんなに悪くないかもしれない 家の前につきインターホンを押す ドタドタと木製の床を鳴らす音が懐かしく物思いにふけっていた 「お帰りなさい1ちゃん!元気だった?」 「お母さぁぁぁん!!?」 セーラーを着てミニスカート履いている母親を見るまでは 「な、なんなのよその格好は!?」 色んな感情を抑え問い詰める 「どう?似合う?オグリちゃん緊張してるかと思って気分をほぐそうかと思って着てみたの!18歳から着てないから入るか不安だったけど着れて良かったぁ~」 そう言う母だが…お腹ちょっと出てるし…ふとももが太すぎてスカートがほとんどふとももに占領されている…普通もうちょっと空きあるのに… いや…ギリギリすぎる…… 「いや…きついよ……」 そう言うと母はムッとした顔しながら 「な、なにをぉ!?お父さんはカワイイって言ってくれたんだぞぉ!!?」 母は背中を反り返らせ胸をつきだすポーズをとりだした止めとけ絶対破れる 「よく見なさい!!!どこもキツくな…」ビリィ 案の定すぎて驚きも何もない 「着替えてきます…」グスン ギシギシと暗いオーラを漂わせ自分の部屋に帰っていった 泣くな…いい大人がそんなことで… 「哀愁があるな…あの背中…」 言ってやるなそんなこと一応私の母親だぞ テレビがある家で一番広い場所にオグリを案内し座敷に腰をかける 周りを見渡すと家の中から私の家の畑が見えるザ田舎という懐かしい風景だ お父さんが家にいないから多分畑の方にいるのかな オグリの方に目をやると さっきの出来事から少し時間がたち この雰囲気にも慣れたようだ 「あの畑はなにを作っているんだ?」 「人参だよ因みに私の家のやつだよ」 オグリは目を丸くさせ ハッと何かに気付いたような顔をした 「もしかして1がくれた人参って!?」 そうだ実家から送られてきた物だ 中央だからお友達とかにも分けてあげてねと言ってバカみたいな量送ってきたのだ 「あの人参美味しかったんだ!また食べたいんだ!!」 目をキラキラさせて子供のような顔をしていた 「おまたせ〜さっきはゴメンね」 そんなこんなしているとお母さんがお茶とお菓子を持って部屋に来た 良かった普通の格好だ 「ところでオグリちゃんは家に嫁ぐ気とかある?」 はぁ…!! もぉぉォ!!! この人さぁぁァあ!!!?? 「1ちゃんと結婚して家に嫁いでくれれば出荷できない人参とか食べ放題だよ」 ちょっと… 「ほ、本当か!?」 ちょ… 「本当だよ!味は変わらないから安心して!!」 まって… 「嫁ぐ!1と結婚する!!」 …え? 「そう!?分かったわ!!じゃあちょっとコレに名前を」 「待てって言ってんでしょうが!!?」 机をバン!と叩き声を上げる 「勝手に色々と進めないで私の同意もなしに! それに物に釣られて簡単に結婚するとか言わない!!」 「私は人参がなくても1と一緒に暮らしたいと思っているぞ」 こいつはこんなことサラッと言うやつだった 絶対友達と暮らすぐらいの感覚で言ってる… わかってるはずなのにもしかしたら…と考える 少し冷えた風が顔に当たり初めて自分の顔が熱くなっていることに気がついた 横を見ると母親も顔を赤くして下を向いている あんたが焚き付けたんでしょうが なに恥ずかしがってるんだ 「お、お邪魔しましたぁ~ごゆっくりぃ〜」 「あ、ちょっ…待って、お母さん……」 今は行かないで二人だけにしないで私 「1顔が真っ赤だぞ」 待って!顔近づけないで…ピトッ おでこくっつけないで… キュぅ その後帰ってきたお父さんにお母さんから何が起こったのか説明され この一日ずっと両親からきぶられ続け 外堀を埋められ オグリは気に入られ 1ちゃんの心は全く休まることがなかった 終わり ページトップ Part7 (≫14) 元スレ主22/02/14(月) 20 50 58 ─食堂─ 1ちゃん「はい、チョコあげる もう学園中から貰ってるだろうけど 食後のデザート代わりに食べて」 オグリ「友チョコと言うやつか!ありがとうイチ!」 1ちゃん「本命よ」 オグリ「!!!??」 周囲「!!!!???」ザワザワザワ ページトップ Part8 その1(≫58) 元スレ主22/02/26(土) 03 17 02 1ちゃん「どう…?日の丸弁当風ミルフィーユ弁当…」 セレちゃん「イケるね」 1ちゃん「おかずないし飽きたりしない…?」 セレちゃん「梅入りそぼろとチーズ入りそぼろ半々だから飽きないよ とくに境目の部分の味が至高の物だよ」 1ちゃん「それもこれもセレちゃんのおかげ、チーズと梅を合わせた物が好きって言ってたからそこから着想を得て作ったんだよ」 セレちゃん「!!!…あんな昔に言ったこと覚えててくれたの…?」 1ちゃん「…?当然じゃない?何かおかしかった?」 セレちゃん「い…いや、えへへ…なんでもない…」 1ちゃん「そう?ともかく味見に付き合ってくれてありがと、これならアイツも気に入るハズね」 セレちゃん「………」 1ちゃん「…?どうしたの?」 セレちゃん「いや…なんでもない…驚いてくれるといいね…」 1ちゃん「ありがと、明日が待ち遠しいなぁ…絶っっ対に二度見するわ!」 セレちゃん(ずっとなんて言わないから… 私だけをなんて望まないから… せめて… せめて… 今だけは… 私のこと考えてよ…) ページトップ その2(≫76~77) 元スレ主22/02/27(日) 07 42 25 【エイジセレモニー】 私は男の子が嫌いだった 理由は…友達が嫌ってたから私も嫌いになっただけで大して嫌いではなかった気がする でも大好きな友達に好きな男の子ができて…私が好きだった髪型を男の子の好きな髪型に変えて、皆は可愛くなったと言うが私は前のあの子が好きだった あの肩にかかり背中に流れるあの長い髪が大好きだったのに 私が好きな人を簡単に変えてしまう 私は恋心を抱くことが酷く気持ちの悪いものに思えてしまった あれほど愛惜しかったセレちゃんという、あの子が付けてくれた呼び名も疎ましく思えてしまう でも他の友達も好きな子ができて大人になっていって私だけは変わらなかった それからは前にも増して男の子を冷たく突き離していた 私は変わりたくなかった 中央に来たのも生徒に男の子がいなかったから 夢を抱いて頑張っても此処に来れない子が山ほどいるだろうにホントに酷い理由だ そんな理由でよく通れたものだ才能はあったのかもしれない 正直学園生活は楽しくなかった ただ走るだけだ、皆はそれが目的だから良かったが、私は違ったから でも同室になった子…レスアンカーワンと過ごしていく日々は楽しかった 彼女…イチちゃんの包容力や柔らかい笑顔に心を溶きほぐされるのにそう時間はかからなかった そんなに日々が続くと信じていたんだ 大好きなイチちゃんが変わった 前と一緒だ ムカつく… ぽっと出のクセに調子に乗って… 落ち込む必要はない、また昔に戻るだけだ 「始めまして!エイジセレモニーさん!私レスアンカーワンって言います!」 「エイジセレモニーさんって梅とチーズが好きなの?ちょっと意外、覚えておくわ」 「ねぇ、セレちゃんって…呼んでも…いいかな…?………いいの!?ありがとう!!!…え?イ、イチちゃん?…ふふっ、わかったわ!よろしくね!」 「最近、セレちゃん変わったわよね、笑顔増えてるわよ、前のセレちゃんも好きだけど、今のセレちゃんが一番好きよ」 「最近学園が騒がわしいわよね、なんか凄いやつが来たんだってね」 「え?こ…このニンジン…?えっと…な、なんでもないわ!」 「このお弁当?ちょっとね…違うわ!?誤解よ!!?」 「明日こそは…ご、ごめんさい少しボーっとしてたわ、明日のお弁当何にしようかと考えてて…」 「なんと!ついにトレーナーさんがついたわ!癪だけどアイツのおかげね…」 「ごめんなさい、あいつにお弁当渡さなくちゃいけないから、また後でね」 嫌い…私のこと好きじゃないアナタなんて嫌い…だいきらい… なのに…なんで…なんでこんなに痛くなるの…? もう薄々わかっている 私が彼女に向けているものは友情ではないなんてこと そしてこれを何と言うかも 私は彼女と会って変わったんだ ならこれしかないじゃないか こんなに苦しいなら大人になんてなりたくなかった 「大好きだよ…イチちゃん」 【エイジセレモニー】終わり ページトップ Part9 (≫88~93) 元スレ主22/03/18(金) 20 05 51 思ったより時間かかるかもしれないから、とりあえず出来た分あげてきます 「いたい…イタい…痛い゛ィ゛」 「頑張って下さい!もう少しの辛抱ですよ!」 「ムリ!無理!止めて!?」 「ごめんなさい…でもここで止めたら症状は回復しません…大丈夫です!絶対に治してみせます!!」 今いったい何をしているのか…それは… ─数日前 足が重い気がする ただの勘違いじゃないかと思うレベルのもので意識しないと分からない、普通なら放っておく人が大半だろう しかし私達にとっては死活問題である 原因は恐らく走りすぎ、中央のなかでは常識の範疇を出るものではないが、それはあくまでアスリートの中での話、一般的な感性からすれば絶対に走りすぎである どうしたものか走るのを止めたくはないし、かと言ってコレを放っておくのもモヤモヤする… 「どうしたの難しそうな顔して」 悩んでいると仲の良いクラスメイトから話しかけられたのでダメ元で事情を話してみた 「じゃあ足つぼマッサージとかしてみたら?」 「足つぼ?」 「そ、えっと、はん…はんしゃ…?」 「反射区のこと?」 「そう!それ圧してもらったらスッゴイ足軽くなったの、後輩の子が凄い上手でさ、イチちゃんも試してみたら?」 足つぼか…正直あまり信じていない、医学的な根拠も特にないようだし、だがコレと言った解決方もないので乗ってみることにした 「おっけ〜じゃ、お願いしとくね 言っとくけどマジで痛いから覚悟してね」 そう言うが足を圧されるぐらいそんな痛いなんてことはないだろう、テレビでたまに見るが、アレはオーバーリアクションだ…そうたかをくくっていた 「わかった」 このとき私は まさか、この歳で痛すぎて絶叫するとは思わなかっただろう そんなこんなあって今に至る ピンクの悪魔の猛攻を耐え抜き施術の効果を確かめるため軽く足を上げた 足が軽くなっている 今まで足の裏に5キロぐらいの重りが引っ付いていたのではないと錯覚するほどだった 感心と安堵を覚え一息ついていると一つの考えが頭を過った… オグリのやつも老廃物溜まってるんじゃないか…? なんだったら私よりハードスケジュールだし石みたいになってるのでは… アイツの痛がっている姿を間近で見れるのでは… そう考えた私はすぐさまマッサージのコツを聞きだし自主練を重ねた ─数日後 「いいのかイチ?マッサージなんてしてもらって」 「いいのよ、いつものお礼」 「そんな!私は何もしていないぞ…なんだったらイチにお世話になってばっかり」 「はいはい、それはいいから早く椅子に座って」 オグリを座らせ、さっそく施術を開始する まずは僧帽筋…肩の反射区を圧す、肩は長時間座っているとすぐにこってくる、それに走るときに手を動かしているときに使っていたり、想像よりも頑張ってくれている部位だ ゴリッゴリッ 思った通りだ、間違いなく私より老廃物が溜まっている 予想以上の痛みだったのかオグリは顔を歪ませて耐えていた ここで、これだと『あそこ』はどうなってしまうのだろうか 次は親指を後ろに倒しボコッと浮かび上がる足底筋膜を圧し上から下へと流してゆく 走るときによく使う場所のようでマラソンランナー等がよく痛くなるようだ 「うぅ…痛いィ…」 さすがのオグリも痛がって声を出さずにはいられないようだ、でも私はこれで絶叫していたから本当に我慢強い、中央生はここを酷使する、逆に言えば、ここさえ乗り越えれば後は楽だ…しかし、ことオグリに関して言えばこれを遥かに上回るほど酷使している部位がある、次はそこだ 「多分これ一番痛いと思うから準備できたら言って」 忠告する、大袈裟だと思うかもしれないが予想が正しければさっきとは比にならないほど痛い筈だ 「…大丈夫だ!いつでも来てくれ!」 一番痛いと聞いて不安そうな顔をしたが私に悪いと思ったのだろうか気丈に振る舞ってみせた、正直オグリの中の一番痛いと私の思う一番痛いは比較にならないぐらい差があると思う だが、それを言っても伝わらないだろう できるだけ早く終わらせよう、そう心に決め指を沈めた… 胃の反射区へ…… 圧した瞬間、体が弓のように跳ね上がりカハッと息が押し出されたように漏れる音が聞こえた 「痛い!痛い!?イチ!!?やめ!やめて!!ホントに、い゛!!!??」 予想を遥かに上回る痛がりように胸が痛くなる こんなに痛がっているのに治りませんでしたでは許されない一欠片も残さぬよう入念に丹念に足に巣食う老廃物をゴリゴリと削る その間、ずっとオグリは椅子を掴み必死に声を抑えようとしていたが、あまりの痛みに耐え切れず声を出していた ゴメン…ゴメンね、オグリ…すぐに終わるからね… 施術が終わり足から手を離し顔の方に目をやると涙を流していた胸が締め付けられるような感覚になりいたたまれなくなった 「あ…ぅ…」 涙をハンカチで優しく撫でると漏れだしたような消え入るような、か細い声をだし、コチラを見つめてきた 「ッ!?…ごめん…オグリ、いくら貴女のためとは言え、こんなに痛い思いをさせて…痛かったね…ゴメンね…」 「大丈夫だ、私のためにありがとう」 息を整え、先程とは打って変わって優しい顔をしながら私にそう言った 「すごい…ほんとにかるい…」 施術した足を上げ信じられないといった様子で自分の足を見つめている 自分の施術に効果があったことに安心すると共に心苦しさを感じていた、それはなぜか…それはオグリを再び地獄へ突き落とす残酷な事実を告げなければならないからだ 「ねぇ…」 「ん…?なんだイ「まだ反対あるけど」 「…ひッ」 ─翌日─ 周りの反応がおかしい…私を見るたびピクッと体を跳ねさせ蜘蛛の子を散らすようにいなくなる… 「ねぇイチ先輩って…」 「あぁ見えて意外だよね…」 なんの話だろう…? 「なぁ…イチ…」 「タマ先輩?」 「初めてで張り切ってまうんは分かるんやけどな…その…無理矢理やるんは…ヤメときや…」 …?…どうゆう…ん?…ハッ!?まさか!?とんでもないモノと勘違いされてる!!? 「違、違うんですアレは…あの、えっと…」 マッサージしてただけって言えばいいのに焦りすぎて言葉が出てこない、これは天罰かもしれない、オグリの涙を拭いているときの妙に蕩けた目にドキドキしていたことに対しての 終わり ページトップ
https://w.atwiki.jp/resanchorone/pages/25.html
目次 目次裏スレPart2.5(≫45)≫44より派生 裏スレPart4その1(≫22) その2(≫41~44)≫40より派生 その3(≫64)≫62より派生 その4(≫93)≫92より派生 その5(≫167、169~171) 裏スレPart2.5 (≫45)≫44より派生 ≫44 二次元好きの匿名さん22/03/23(水) 22 51 15 簡単そうに見えて野菜とお肉のスープ前提! SS筆者22/03/23(水) 23 15 30 「お肉と野菜のスープは、作るのが大変そうだな……」 「ポトフとかナントカ鍋とか、料理みたいな名前で書くから難しく聞こえるだけなのよ。」 「どういうことだ、イチ?」 「野菜を2種類、キノコを1種類、お肉を1種類、好きなものを買う。」 「う、うん。」 「お肉以外を洗って、全部、食べやすそうだなあと思う大きさに切る。」 「切り方はいいのか?」 「いらない!硬いところは小さくした方がいいってくらいかな。」 「なるほど。」 「それで、切ったものを適当にお鍋に投げ込んで、15分間火にかける。」 「……それで?」 「終わり。」 「お、終わり?」 「そ。味は煮てる間に好きなの入れればオッケー。」 「おお、好きな食材を買ってきて、切って、火にかける。それだけなら簡単そうだな。」 「そうでしょ?料理なんてこんなもんで良いの。切って、火にかければ立派な料理。お醤油とお出汁なら和風で、コンソメ使えば洋風で、中華料理の基を使えば中華風。十分でしょ?」 「なるほど……難しく考えなくていいんだな。だから、≫44も、ぜひトライしてみてくれ!」 ページトップ 裏スレPart4 その1(≫22) 了船長22/05/22(日) 14 43 23 「……オグリ、なにしてん」 「……そんなに料理のことが好きになったのか、レスアンカーマン」 「ふざけないで」 「私はオーグリィだ」 「なにいってんの」 「イチの料理。私の好きな言葉だ」 「言葉だけじゃないでしょ」 「割り勘でいいか、イチ」 「何なら私が大将でしょうが!おあいそっていいなさい」 「イチはおかみさんじゃないのか?」 「いきなりまともになるな~!」 そういうわけで、某光の国の戦士にドハマリいたしております(近況報告) エヴァと同じ年に生まれた自分にはとても、とてもぶっ刺さってるんだ ◇明日で4回目の観劇なんだ ページトップ その2(≫41~44)≫40より派生 ≫40 二次元好きの匿名さん22/05/25(水) 12 49 00 保守 ラーメンが食べたいんだ 了船長22/05/25(水) 18 44 13 「ら、ラーメン?」 「そうだ。ラーメンが食べたい」 「ラーメン、ラーメンか……」 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「……それで、生地がまとまったら手のひらでグイグイ押すんだ」 「こんな感じ、ですか」 「そうそう、ボウルを回しながら、コシを出す」 「しかし、ベーキングパウダーでかん水にするなんて、良く思いついたね」 「子供のころ観た映画で、そんなシーンがあったなって」 「ああ、もしかして、あの?」 「多分、考えてるのは同じです」 「『西村君、僕の体はね、ラーメンで出来ているんだよ』?」 「アッハハ、私、『糖尿になっちゃうよ?』が好きです」 「あのシーン怖いよな~、わかるよ」 「……よし、こんなもんですか」 「うん、そうだね。この後は乾燥しないように1時間くらい寝かせればいいんじゃないかな」 「グラッセさん、ありがとうございます。すみません、お蕎麦じゃないのに」 「中華そば、ってね!麺棒をキッチンに置いておくから使っていいよ」 強力粉をまぶして、麺棒で一生懸命伸ばす。 伸ばして伸ばして、三つ折りにして、2mmくらいの厚さに切る。これをまた一晩寝かせる。 刻んて置いたネギ、メンマ、青菜と、味付け卵。お手製の鶏チャーシューを用意。鶏なのに焼豚って、なんだかおかしくて笑っちゃう。 チャーシューを作るのに使った出汁に味を調整してスープにする。 さて、沸騰したお湯に麺を一分。 どれどれ、ちょっと味見。 ……うん、ラーメン屋さんのラーメンって感じじゃないけど、それでも確かにこれは中華麺でしょ。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ ごくり、と水を飲み込む音が聞こえる気がする。 ラウンジの6人掛けテーブルに座った私たちは、なぜか誰も、一言も発していなかった。 みんな、神妙な面持ちで目の前のどんぶりを見つめている。 「お、タマはどうしてんでぃ」 「まだ走ってるけど」 「かぁー、ちゃっちゃかこっちに来んかい!」 タマモ先輩を呼びに行ったモニーが、イナリさんの声を聞いて「じゃあ、もっかい呼んでくる」とラウンジを出ていく。 もう一回、ごくり、という音が鳴ったと思った矢先、オグリが口を開いた。 「イチ、我慢できない」 まだ全員そろっていない。どうしよう、と思っていると、クリークさんが助け舟を出す。 「イチちゃん、伸びちゃいますよ?」 まるでレースでもするんじゃないかって神妙な面持ちで、こちらを見てくる。 クリークさん、こういう時、結構食いしん坊と言うか、やっぱり食べるの好きだよなと再確認した。 「そうだ、伸びちゃうぜ」 「伸びちゃうぞ、イチ」 更にもう4つの視線が、私に語りかける。 お腹が減った、早く食べたい、伸びちゃうよ。 「じゃあ、食べちゃおうか」 「いただきます」「ラーメンだ」「いただきます♪」 言うやいなや、れんげを取り上げたり、器を持ち上げてみたりする。 あれ、そんなに楽しみだったの、みんな。 「イチ」 「なに?」 「ラーメンだ」 そう言って、破顔した顔をこちらに向ける。 あんまりきれいな笑顔だったから、私もつられて笑ってしまった。 イナリさんとクリークさんも、無言で、でも夢中になって麺を持ちあげては、口に入れている。 私も一口、麺をすする。 うん、結構ラーメンになってるじゃん。 食べ進めていると、モニーとタマモ先輩がバタバタと駆け寄ってくるのが見えた。 「ちょいちょい、すごいタイムやで!」 「マジで! レコード!」 興奮した様子で、二人がタイムの書かれたボードを手にしている。 「オグリ! ほら!」 オグリの箸は、そんなことなど全く気にならないという様子で、麺とスープと具を、順番に行き来していた。 「ちょい、オグリ!」 もう一度話しかけられたオグリが、ようやく顔を上げる。 「レコードか」 「せや! びっくりするで!」 二人はすっかり熱を帯びていて、オグリのことを見ている。 「そんなことより、ラーメンだ」 オグリは何故か私の方を見ながら、二人のほうに視線も向けずに口を開いた。 「伸びちゃうよ」 私は、ちょっとおちょくるような気持ちを持ちながら、二人に声をかける。 「伸びちまうぜ」 「伸びちゃいますよ~」 イナリさんとクリークさんも、こだまのように私の声を繰り返す。 二人は私たちの反応にしばらくぽかんとした表情をしながら、お互いの顔を見つめていた。 その後、何か諦めたようにボードを小脇に抱え直した。 「伸びちゃいますね」 「せやな、伸びたらあかんな」 私の左側の席に座って、そろって「いただきます」と言った後、目の前に用意されたラーメンを食べ始めた。 了 ページトップ その3(≫64)≫62より派生 ≫62 二次元好きの匿名さん22/05/28(土) 04 00 42 ウウーッ(見る順番を押し付けるのは老害ムーブでよろしくないので見たくなった順番で見るのが一番なんだけど、ジードに関しては出来れば映画の「大怪獣バトル ウルトラ銀河伝説 THE MOVIE」→「ウルトラマンゼロ THE MOVIE 超決戦!ベリアル銀河帝国」→ジード本編の順番で見て欲しいが……映画2本も 強要するのは……もし良ければゼットさんが大好きなゼロさんのオリジンでもあるのでどっかで見て下さい……) 引用元 https //bbs.animanch.com/storage/thumb_m/643442/62 了船長22/05/28(土) 10 50 36 うわーっ(上質な情報が降ってきて喜び踊っております。映画2本がなんぼのもんじゃい、喜んで拝見します! 経験者・先人の言うことに偽りなしでございますから) (ベリアルさんはデザインにもうやられてしまったので楽しみです) 「オグリ!」 「な、大きな声でどうしたんだ」 「いくら面白かったからって、スプーンで遊ばない!」 「そうだな、すまない、イチ……」 「お弁当つけっぱなしだし…… よいしょ、取ったげる」 「ん、ありがとう」 「わざわざ目なんか閉じなくても」 「ああ、そうか。なんだか癖で閉じてしまうんだ」 「……だからって見開かれてもなあ」 「ううむ、そうだな」 「はい、これでよし」 「ところで」 「うん?」 「食後のプリン。私の」 「好きな食べ物ね、はーい」 了 ページトップ その4(≫93)≫92より派生 ≫92 二次元好きの匿名さん22/06/01(水) 11 18 40 昼どうしようかな あっさりめにしとくか 了船長22/06/01(水) 12 46 37 「今日は暑いな……」 「あっさりしたものにしようか」 「おお、そうだな。ありがとう」 暑くなってくるこの季節だからこそ熱いものを食べる、と言うのもとても風流だけど、やっぱり冷たいものも食べたい。 夏の冷たいものと言えば、やっぱりそうめんでしょ。何より、簡単だし。 オグリは一袋分全部茹でてもぺろりと食べきっちゃうから、作る方もあんまり気が抜けないんだけど…… そこで、ここに用意いたしまするは、夏野菜の代表格であるおナスさん。これを一本丸ごとサイの目切りに。ナスの皮は、実は剝かなくていいんです。 老化防止で食べられることの多いナスだけど、その栄養はほとんどが皮に含まれているから。食感は悪くなっちゃうかもだけど、オグリなら食べちゃうし、私もキレイになれるならそのほうがいい。 ツナ缶を開けて、中の油だけフライパンに落として熱する。あったまったら、ナスを炒める。ナスがだんだんトロトロしてきたら、ツナを合わせてあげて軽くかき回す。 そこにお水を150mlと、めんつゆ50mlを混ぜ合わせて軽く煮立つまで火にかける。 「150mlなんてどうやって計るの?」ふふふ、実はですね、ツナ缶にいっぱいまで水を入れたら大体150mlくらいになるんです。手を抜けるところでは、抜かないとね。 付け合わせは……きゅうりの酢の物でいっか。 きゅうりはヘタを落として、切り口同士で30秒くらいゴシゴシ擦ってあげるとアク抜きができる。そうめんの面倒を見ながら、きゅうりから溢れてきた白い液体を洗い流して、また擦る。 わわ、吹きこぼれが…… 「お待たせ」 「おお、ナスが入っている。こっちは酢の物か」 「今日のきゅうりは一味違うのよ」 「イチの手間と愛が詰まった料理だからな」 「何、急に」 「あれっ、ううむ、こういうことを言えば、イチが喜んでくれると思ったんだが、失敗してしまったか」 「バ鹿、もう」 「ふふ、いい顔だぞ、イチ」 「……もう、早く食べちゃってよ!きゅうりなんて、わざわざ苦手な子の多いもの作ってるんだから」 「いただきます」 「いただきます」 了 ページトップ その5(≫167、169~171) 了船長22/06/14(火) 22 37 27 【すまない。やはり、泊りがけのロケになってしまった】 私は『半額!』のシールが貼られた2個で一袋のブロッコリーを手に取りながら、キャップからの連絡を見た。 【分かった。お仕事、頑張ってね】 お肉コーナーまで歩いて、これまた『30%引き!』のシールが貼られた豚肉と鶏肉を手にしながら、キャップに返信を打ち込む。 すぐに既読がついて、また言葉が返ってくる。 【ありがとう】 【イチのご飯が食べられなくて残念だ】 マスクをしていても分かってしまうんじゃないかというくらい、私の目元が崩れる。私の心の中には、きっとご飯にありつけなくて耳を折ってしまっているキャップの顔が自然と浮かんでいた。 【帰ってきたら食べられるよ】 【それを楽しみに頑張る】 このやり取りがマスコミに知られてしまったら、何と言われるのだろうか。アイドルウマ娘としてすっかり人々の間に浸透した彼女にとって、これはきっとスクープだ。朝のバラエティじみたニュース番組に取り上げられるに違いない。 彼女が今夜に返ってこれないことに少し落胆しながらも、お惣菜やパンの売り場を過ぎてレジに向かう私の足取りはとても軽かった。 というのも、やはり料理をするというはそれなりに重労働だからだ。 当番制ではあるが、朝日がまだ昇っていない時間に起き出して生徒たちの朝食を作り、作り終わって少しの休憩を挟んだと思ったらすぐお昼ご飯にとりかかって、そのあとは夕飯シフトの人たちへ引き継ぐトレセン学園のキッチンは、日夜知られざる戦いが繰り広げられていた。 私も学生の頃に利用していたし、オグリが「今日はハンバーグの気分だな」と一言発したとたん、厨房の人たちがバタバタとバックヤードへ消えていく様を見てきた。 今となっては、あの人たちの気持ちが分かる。とてつもなく食べる子が複数来ると、その瞬間、私たちは夢を持つ料理人から、根性だけで手と足を必死に動かす兵士に変身する。 その最前線にいる私たちは、さしずめ過酷な戦場を潜り抜けてきた生き残りだ。 そんなことを仕事にしていると、いくら料理が好きだと言っても、少し嫌気が差すことがある。 私の場合、一緒に住んでいるのがあのオグリキャップだから、やっぱり料理も人より多めに――モニーとタマモ先輩のおうちがどれだけ料理をしているのかは知らないけど――作ることになる。 だから、今日は自分の分だけ作ればいい、と分かるのがそれなりに嬉しくなるのだ。 浮かれ気味になった私は、レジに並びかけていた身体を180度反転させて、お酒のコーナーに足を向けた。 一人分だけなら、ビールでも飲みながら作っちゃおうかしら―― 普段は絶対に立ち寄らないお酒のコーナーに入り、一本だけビールのロング缶を手に取る。 代謝の高いウマ娘に生まれて良かったな、とお酒を飲むときにはつくづく思う。本当かどうかしらないけれど、外国ではお水の代わりにビールをごくごくとやってしまうウマ娘もいるらしい。 良く冷えた缶を手に、ここいらの主婦の人たちですっかり行列となったレジに私は並び直した。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 少し気温と湿度が上がり、若干まとわりつく外気を感じながら、自宅のカギを開ける。 ドアを開けた途端、ふわりと心地よい空気を感じる。タイマーをセットしておいたエアコンが作ってくれた、冷たい空気だ。 タマモ先輩が「夏場はエアコンを除湿でつけっぱなしにするのが、電気代も安上がりでお得やで」と教えてくれたけれど、イマイチ信頼できなくて、結局タイマーにしてしまっている。 冷たい空気に包まれながら、冷蔵庫に食材を詰めていく。二人暮らしとは思えない大きさの冷蔵庫だ。パンパンに詰め込まれた野菜室や冷凍庫の食材も、キャップがいるときには3日で空っぽになる。その食材を捌く自分の実力をちょっとだけほめてやる。すごいぞ。 私は保温バッグの中から、少しぬるくなってしまったビール缶を取り出した。 やっぱり冷えている方が美味しいだろうなと思った私は、厚手のキッチンペーパーを水でぬらして缶の周りに巻き、冷凍庫に入れた。 キッチンペーパーからの気化熱で、すぐ飲み物が冷える裏技だ。これも、タマモ先輩に教えてもらった。 買ったブロッコリーと豚肉を並べ、フライパンを火にかける。 熱しながら、ごま油をすこし垂らす。ごま油はたくさん使えば使うほど香ばしくて美味しくなる魔法の調味料だけど、やっぱり高い。エンゲル係数が高くなりがちな我が家では、そんなにたくさんは使えない。 熱がごま油に伝わって、ふわりと香ばしい香りがキッチンに漂う。気分がすこぶる良かった私は、そこで初めて換気扇をつけていないことに気が付いた。慌ててスイッチに手を伸ばして、換気扇を回した。飲んでもいないのに、もう酔っぱらっちゃったみたい。 火を弱火にして、チューブのにんにくを油に入れる。ぱちっ、と一回だけ音が立つ。にんにくの香りをじっくりと油に移してやる。 その間に、ボウルに水をためてブロッコリーを洗う。ブロッコリーは水をはじく油の膜が貼ってあるから、洗う時にはさかさまにして、水に入れたり出したりする方が良い。 水を切って、まな板に縦にしておく。下の方から房を一つずつ切り落としていき、いつも見かけるブロッコリーの大きさにしていく。ある程度落としたら、幹の部分を真横に切り落として、残りを注意深く切り分ける。 房の大きさをそろえるには、茎に十字に切れ込みを入れて、手で割くようにするとまな板も汚れなくて済む。大きさを揃えてやることで、茹でる時間や炒める時間が均一になるのでより美味しくなるし、なにより栄養が壊れにくい。筋肉をしっかり育成する必要のあるアスリートなウマ娘たちにとって、大事な一工程だ。 割いている内にそれなりの時間が経ったので、残った大きい茎に取り掛かる前に、私は冷凍庫の扉を開けてビール缶を手にした。プシュ、とCMでよく聞く音を立てて缶を開ける。そのまま一口。うん、おいしい。 すっかりご機嫌になった私は、大きい茎の皮を厚めに切り落として、回しながら芯を切り出していった。6mmくらいの斜め切りにすると、芯も美味しく食べることができる。捨てるところがどこにもなくて、嬉しい食材だ。 キャップが帰ってきたときのために、房の部分だけ冷蔵で保存する。 今日は私一人しかいないし、ブロッコリーの芯と豚肉の炒めどんぶりでも作って、美味しくサボっちゃおう。包丁を一旦おいて、もう一口、ビールを煽った。 それからは、特に話さなきゃいけないようなことは無い。 あったまった油をフライパンに十分回して、ブロッコリーの芯を入れる。中火に戻して、塩を一つまみ振ってしんなりするまでゆっくり炒める。菜箸を動かす右手と、左手にはまだまだたくさん残っているビール缶。 しなってきたら、豚肉を加えてほぐしながら、蓋をして熱を加える。 お肉に火が通ったら、味付けをする。今日は30%引きになっていた焼肉屋さんのタレだけ加えて、全体になじませる。 炊いておいた麦ごはんをキャップの絵が描かれた丼に盛って、その上にお肉のうまみとごま油の香りをたっぷり吸ったタネを載せる。お酒をもう一口だけ。 喉を通しながら、このビールを炒めている間に加えてみたらもっとおいしくなったかな、なんて酔っぱらいみたいなことを考えてみる。思い付きで料理はしない方がいい。 うーん、いい香り。せっかくだから、スープはお味噌汁じゃなくてわかめスープにしちゃおう。 全部揃ったら、と言っても2品目で一人しかいないけれど、私は手を合わせて「いただきます」をした。 どんぶりの底にいるキャップの「ごちそうさまでした。」が見えるまでは、ほんの数秒しかたっていなかったんじゃないだろうか。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 【今日は何を食べたの】 【地元の人たちが運んできてくれたケータリングだ】 【とても美味しくて、イチにもここにいてほしいくらいだ】 【良かったね】 【イチは何を食べたんだ】 【とてもキャップには出せないような丼ごはん】 【私も食べたい】 【残念だったね】 【明日には帰れるからもう一度作ってくれ】 【考えとく】 【約束だ】 【はーい】 【おやすみ】 【おやすみなさい】 了 ページトップ
https://w.atwiki.jp/resanchorone/pages/20.html
目次 目次Part1(174~175) Part21つ目(≫47~48) 4つ目(≫176~178) 5つ目(≫192~194、≫197) Part31つ目(≫76~84) 2つ目(≫140~146) Part41つ目(≫39~51) 2つ目(≫124~138) 3つ目(≫162~164) 4つ目(≫184~189) Part51つ目(≫57~60) 2つ目(≫113~134) 3つ目(≫144~146) 4つ目(≫173~176) Part1(174~175) 「おはよう、あの、すまないが、ちょっと聞いても良いだろうか」 泥だらけのジャージ姿で、朝日に光る葦毛を蓄えた、地方のヒーロー様が道を聞いてきた。 私は彼女の姿を見るなり、片方の眉を吊り上げずにはいられなかった。自然体を保って接するつもりだったけど、向こうに先手を取られてしまった私は、仁王立ちの姿勢を取って彼女と向かい合った。 先月の頭に転入してきて、織り込み済と言わんばかりにすぐトレーナーがついたことを聞いた。その後、今月に入るまでもう重賞三連勝。 私なんかまだデビューすら果たしてないってのに。 正直に言って、ウザい。レースでは勝つのがまるで当然ってつもりで平然な顔をして、でも学園の中では私はまだ新人です、みたいな困り顔であちこちうろついている。 おかげで私も朝から探し回らなくて済んだ。大通りで待ってればフラフラしてるのが勝手に見つかるからだ。 「ここはどこだろうか。良ければ、カフェテリアまで連れて行って欲しいのだが」 どうやら方向音痴みたいで、至るところでみんなに道を聞いては迷ってる。 みんなはそれがカワイイなんて言って、まるでアイドルかのようにコイツを見てる。 どっかの地方でも勝ちまくったのは確かにすごいし、正直、コイツのレースは確かに息を呑む迫力があったのを思い出す。 でもムカつく。ぽっと出のくせに調子に乗ってる。 私はコイツの質問を無視して、黙ってカバンから風呂敷で包んだお弁当箱を取り出して、困り顔をしている目の前に突き出してやった。 「カフェテリアなんて行かなくていいんじゃないんですか。これ、あげます」 コイツの視点が私からお弁当箱に向いた。視線が、何度か私の顔とお弁当箱を行き来する。 「あの、これは何だろうか」 「何って、お弁当です。あげます」 まだ飲み込めていないのか、困り顔が呆けた表情に変わった。 「あ、ありがとう。君は優しいんだな。私はオグリキャップと言うんだ」 知ってる。コイツは、この学園でコイツのことを知らないやつがまだいると思ってるみたい。 「君は、なんていう名前なんだ?」 私は質問に答えなくて済むように、自分からまくしたてるように話した。 「別に、通りかかっただけなんで。オグリさんが知ってるようなウマ娘じゃないですよ」 「そ、そうか。しかし……」 「オグリさん、いつもすごいご飯食べてるんで足りないかもですが、カフェテリアまでのおやつにでもどうぞ」 私の言葉にちょっとたじろいだ様子を見せたけど、お弁当箱の重みで突っ張った風呂敷の結び目を持つ私の手に右手を被せて、左手をお弁当箱の下に入れて支えながら、とうとう受け取った。 それまで突っ張っていた風呂敷が、少しだけ緩む。私は触れられた手の感触に驚きながら、それが顔に表れないように、お腹に力を入れてこらえる。 「ありがとう。助かる。そうしたらこれを食べたあと、またカフェテリアまで連れて行ってくれるだろうか」 二人で三女神様の池に備えられたベンチに座る。 泥だらけのジャージで、朝日に照らされながらキラキラした目で弁当箱を見つめる姿は、確かに愛嬌であふれていた。 尚のことムカつくけど、無邪気に風呂敷の包みをほどく姿には、それを認めざるを得ないなとちょっと思ってしまった。 でも、私が用意したのは、そんな子供のような純粋さを裏切るようなものだ。朝コイツとほとんど同じ時間に起きてこしらえた、特製の嫌がらせ弁当。 ほうれん草やブロッコリー、アスパラガス。私たちウマ娘の間で苦手な奴の多い食材をたっぷり詰め込んでいる。 どんな表情をするかと思うと、反応が楽しみでしょうがない。思わず、口元が歪む。 ヒーロー様が弁当箱の蓋を開け、中身を見る。私は視線をコイツの顔に移して、反応を覗った。 すると、コイツの瞳はキラリと一瞬輝いて――私の予想とはまるっきり離れた声を上げた。 「わあ、とてもおいしそうだ」 えっ、コイツ、何言ってんの? いただきます、と一言大事そうにつぶやいて手を合わせたと思いきや、目にもとまらぬ勢いで中身が減っていく。 私が一人で混乱している間に、蓋を大事そうに閉じてこれまたしみじみと、コイツはごちそうさまを済ませていた。 「ありがとう、本当においしいお弁当だった」 本当にうれしそうな顔をこちらに向けてきた。その口元には、ブロッコリーに和えた白ごまが一つ、ほくろのようにくっついていた。 「君は、とっても良い人なんだな。お礼がしたいのだが、名前はなんていうんだ」 何コイツ。どういうこと。そういう反応求めてないんですけど。ていうか、なんで野菜だけで食べられるの――目の前で起きた現実を吞み込めなくて、すっかりパンクしてしまった頭で何とか返事を絞り出す。 「あ、えっと、じゃあ弁当終わったし、カフェ行きますか」 こっちです、と一声かけて、すっかり軽くなった弁当箱をひったくってベンチを立ち、その勢いのまま先に歩き出した。後ろから慌てたように追いかけてくる足音が聞こえる。 今日は朝からコイツをやり込めて、体調を崩してやろうと画策していた。けれど、その企みは完全に失敗してしまった。そんな表情を読み取られたくなくて、先に歩き出したかった。 明日こそ。明日こそ嫌いなものを食べさせて、がっかりさせてやると心に誓う。 料理雑誌に『これはNG』と書いてあった季節外れのきゅうりでも、使ってやろうか。 今日の放課後のスケジュールに、スーパーへ行く用事をどうにかねじ込む方法を考えながら、ヒーロー様をカフェテリアまで案内した。 了 ※Wikiへ転載されるにあたり、筆者により元の文章に加筆・修正いたしました。 ページトップ Part2 1つ目(≫47~48) 二次元好きの匿名さん22/01/01(土) 02 38 45 その日は寮の部屋でベッドに寝そべりながらぼーっとしている私だった。天井をしばらく見つめて、飽きたら寝返りを打って壁を見つめて、また天井に視線を戻す、そんな日だった。 学園が嫌になったとかじゃなくて、単純に予定のない休日だっただけだ。 いつもつるんでる友達はみんなメイクデビューのためにレースに出走中で、自分は先週に同じことをしていたから、休養で予定が合わなかったのだ。 壁を見つめているうちに、ぼんやりとその結果を思い出す。もう少しで1着に届きそうだった。これまでは良くても掲示板の最底辺だったけど、2着だった。 今までで一番の結果を出せたことは素直にうれしかった。家族も友達も、手を叩いて喜んでくれたのが、私も同じように嬉しかった。 けど、こうして誰にも見られていない静かな空間の中で、細かいところまで思い返していると、段々ムカつくような気持ちが胸の中に湧き出してきていた。 「アイツ」に近づいて、観察をしていた内にこの変化が現れたことが、自分の中でも明白だったからだ。もともと、空腹のタイミングを狙って差し入れるために、朝練や居残りトレをして時間を調節するようになった。横目でタイミングを伺ううちに、アイツの走るスタイルを見る機会も多かった。そこで、軽い気持ちで脚の回し方とか腕の振り方を見たまんま真似してみた。 それを繰り返していると、自分のフォームにも影響が出た。風を避けるように姿勢を低くして走り、高さを失った分、横へ横へと強く地面を踏み込むスタイル。教官にも「オグリキャップの真似か?」って言われるようになっていった。周りのクラスメイトからも「オグリギャルだ、オグリギャル」なんてからかわれた。 でも実際にタイムが縮まって、模擬レースの着順もぐんぐん良くなった。ちょっと猿真似しただけなのにありえないと思った。 アイツの調子が落ちて、このまま私の成績が良くなればいい。どうせなら、目下重賞5連勝中のアイツの記録を塗り替えて、6連勝できるようなウマ娘になりたいと思うようになった。 アイツの走りは、ただ驚くだけじゃなくて、自分が本当に同年代の、ましてや同じ生き物なのかと疑ってしまうような、恐ろしい走りだ。だからこそ、この連勝街道でコースレコードも叩き出してしまえるのだろう。 アイツのことをいろいろと考えている内に、だんだん頭の中に火が回ってきて、寝転んでいられなくなった。足を振り上げてベッドから降りる。 その足は不思議と、自然に寮の共用キッチンの方向へ向いた。 栗東寮のキッチンは、美浦のそれよりもちょっとだけ掃除が行き届いていない。 というよりも、本当に毎日使って手入れをするほど熱心な寮長さんとか生徒がいないってだけだ。 でもここ4か月くらいの間で、このキッチンを使う美浦寮ではちょっと珍しいやつが増えた。私だ。今まで見向きもしなかったけど、アイツへの嫌がらせに弁当を差し入れるって決めてから、ほとんど毎朝ここに立っている。 休日で誰もいないキッチンに立ちながら、物思いにふける。 アイツに合わせて早起きしなきゃいけないから、早く寝るようになったこと。鉢合わせないように、アイツが出て行ったのを確認してからキッチンに向かうこと。 共用の冷蔵庫には、いつもカレー用の食材が入ってること。ほとんど毎朝、そのカレーやお弁当を作ってるスーパークリークさんと会うこと。クリークさんはケガで休養中で、同室のナリタタイシンさんのためにお弁当を作っているそうだ。自分の目的とは全然違って、ちょっと心苦しい。 自分が保存する食材は、ウマ娘が苦手なことが多い食材であること。生のネギ類やナスとかだ。 クリークさんはいつも、「苦手なものがたくさん入っているお弁当を食べるお友達さんは、とっても偉いですね~」って言ってニコニコしている。 嫌いなものをぶつけたいから作ってるんです、なんて口が裂けても言えないので、えぇとかまぁとか言って、適当にやり過ごしている。 そんなやましい気持ちがあるから、なるべく迷惑をかけたくなくて、野菜サラダとか漬物とか、コンロを使わなくて済むような料理を選んでいること。酸っぱいのとか、ネギみたいに香りの強いものが嫌いなウマ娘は多いから、私にとっては一石二鳥ってわけ。 でもたまに、クリークさんが教えてくれるレシピがある。断るのも悪いから、そういうのはコンロを借りる。 クリークさんはずっと栗東寮のキッチンに立っていたこともあって、最初の1か月はお世話になりっぱなしだった。けど、私も慣れてきた今では、お互いに目配せだけで必要な器具とか調味料を手渡せるようになっていた。お互いに「エスパーみたいですね」なんて言って笑ってる。 弁当にしこたま詰め込むころには、アイツが帰ってくる直前くらいの時間になる。部屋に戻って制服に着替えて、鞄を持って外に出る。目指すところは学園の正門前から続く大通りだ。 そこで5分くらい待ってみて帰ってこなかったら、トレーニング場だからそっちに向かう。方向音痴のクセに、トレーニングの時間だけはきっちり守っているのが不思議でたまらない。腹時計がよっぽど正確なんだろう。 目的地に向かいながら、「今日こそアイツの嫌いな食材を引き当てて、調子を落としてやるんだ」と毎朝思っていること。 キッチンに着いた私は、せっかく来てしまったのだし、何か作ろうと思って冷蔵庫を覗き込む。 今日は休日だし、たまには自分のために料理してもいいかもしれない。考えてみたら、これまではずっとアイツのために料理をしていたので、自分が食べるためにキッチンに立つのは初めてだった。 そうだ、ちょうど一人だけだし、クリークさんに教えてもらった「漬物ステーキ」とかいうやつ、試してみよう。 私は、すっかり場所を覚えたまな板と包丁を取り出し、この間アイツのお弁当に紛れ込ませた大根のお漬物が残っていないか、きちんと調べることにした。 了 ※Wikiへ転載されるにあたり、筆者により元の文章に加筆・修正いたしました。 ページトップ 4つ目(≫176~178) 二次元好きの匿名さん22/01/06(木) 01 40 14 「すまないが、もう大丈夫だ。」 「えっ」 「だから、もういらないんだ。」 「どうしたの急に、何か嫌なものでも入ってた?」 「嫌いなものはないんだ。私はなんでも食べれる。でも、もう君のお弁当だけは食べられない。今までありがとう。」 「待って、昨日入れた漬物焼いたやつでしょ。それが気に入らなった?」 「……私はなんでも食べれる。昨日のお弁当もおいしかったが、君から渡されたものだから嫌なんだ。」 「えっ、ちょっと。何言って……」 「じゃあ、これで。毎朝ここで待ってくれていたみたいだが、もう大丈夫だ。」 「オグリ、待って。」 「私はもう何も言うことは無いんだが……なんだ?」 「あの、私は、その、」 「もういいんだ。君が私の苦手なものを探って、親切のつもりで毎朝差し入れをしてくれていることは知っているんだ。」 「そういうわけじゃなくて、オグリ、」 「もう聞いているんだ。」 「えっ、誰から、」 「嘘をつくのは良くない。君が私の嫌がるものを探していることより、取り繕おうとしていることのほうが嫌だ。」 「待って、オグリ、聞いて、」 「素直に謝ったほうがいい。それじゃあ。ありがとう。」 「……わっ」 「ん、ああ、良かった。起きたな。」 「え、あ、オグリ。」 「おはよう。今日もいい天気だな。」 「あ、あの、その、」 「ん、どうしたんだ。おはよう。」 「ご、ごめん。すぐどくから。」 「どうしたんだ。いきなり動くと危ないぞ。」 「いや、ごめん、あの。」 「待つんだ、様子が変だぞ。」 「ごめんなさい、オグリ。ごめんなさい。」 「どうしたんだ急に。何にも謝ることはないぞ、君のおかげで、私は朝からこの通り、元気だからな。」 「うう、うん。」 「もしかして、お腹が痛いのか。そんな泣くことはないぞ。朝ごはんを食べすぎたのか。つまみ食いのし過ぎは良くないぞ。」 「うん、うん、そうじゃなくて。」 「どうしたんだ、そんな泣くことはないだろう。 「ああ、そしたら、うっかり寝てしまったのがショックだったのか?ここは日当たりもいいからな。」 「寝てた、えっ。」 「そ、そうだ。いつも私のことをここで待ってくれるじゃないか。初めて君の寝顔を見たと思う。」 「あ、ああ、私、寝てたの。」 「いつも私より早く起きてお弁当をこさえてくれているんだろう。多分、それで疲れてしまったんじゃないか。」 「そ、そんなことは無いと思うけど。」 「毎朝ありがとう。私のために朝作ってくれる人がいると思うと、毎日が楽しいんだ。本当に感謝している。」 「でも、さっきはいらないって、」 「そんなことは言っていないぞ。どうしたんだ。……もしかして、風邪をひいてしまったのか。あれはダメだ、変になってしまう。」 「変になっちゃう、の。」 「そうだ。見たこともないものを見てしまうんだ。コーヒーの中にラー油を入れる喫茶店とか、変な料理番組とか……熱はないか。」 「わっ、オグリ、大丈夫だから、ちょっと、」 「……すこし熱いぞ。今日は休んだほうがいい。無理をしてはダメだ。」 「オグリ、あの、」 「うん、どうした。」 「怒ってないの?」 「怒ってない!何にも怒っていないぞ。だから、泣かないでくれ。」 「あの、あのさ、私体調悪いかもだけど、お弁当、あるんだ。」 「今日もあるのか!ありがとう。嬉しいよ。」 「これ、食べてくれる。気分悪かったら、その、いいから。」 「いや、もう朝ごはんまで待ちきれないんだ。昨日と同じように、ここでいただくよ。」 「ありがとう、オグリ。」 「そんな、私のほうが感謝しなければいけない。君のおかげで、午前の授業が頑張れるよ。」 「ふふ、何それ。まるで午後は無理みたいじゃん。」 「2時限目が終わったらお腹が減ってしまうからな……カフェテリアだけではどうしても足りないから。野菜もたくさん入っているこのお弁当なら、腹持ちがいい。」 「うん、うん。」 「あっ、どうして泣くんだ……そんなにおかしいことなのか?チヨノオーも笑っていたんだ。」 「ううん、ごめん、ありがとう。今日も野菜いっぱいだから。」 「うん。いただきます。」 了 ページトップ 5つ目(≫192~194、≫197) 二次元好きの匿名さん22/01/07(金) 19 35 25 「ね~、イチ?」 「ちょっと聞いてる?」 「え、ああ、ごめん。シラけてたわ。」 「ま~たダンナのこと考えてるよ。まったく」 「は、どういうこと。」 「最近どうなの、分かったの、苦手なモノ。」 「ちょっと待った、私たちで順番に挙げるからイチは黙ってて。」 「えー、メンドくさ。何なの。」 「キャベツ。」 「違う。酢で和えても食べるよ。」 「ほうれん草。」 「おひたしが一番ダメ。喜んじゃう。」 「ブロッコリー。」 「塩で茹でてゴマでもイケる。」 「じゃあ、カリフラワー。」 「マリネはダメだろうと思ったら、初めてだって言って平らげる。」 「マージで?酢ってだけで私イヤだわ。」 「あと何がある?えー……あ、チーズ。」 「今言ってくれた野菜と一緒に出し終わってる。」 「嘘でしょ、臭くないのかよー。スゲーなスター様。」 「ヤバすぎ、もう選手やめてほんとに皆のアイドルにでも転向して、グルメリポーターでもやったらいいんじゃないの。」 「そうなの、出す食材出す食材、全部きれいに食べて『ご馳走様』とか言ってくんの。ほんとムカつく。」 「イチ、声真似似てねー。ウケる。」 「もう苦手な食材で弁当作んのやめてやろうかと思った。」 「いやー、でも毎朝ほんとによくやるよ。」 「いや、毎朝じゃないし。大体1日おきくらいでしょ。」 「え、毎日じゃなかったの?」 「アイツが起きる時間に起きる子なんてほとんどいないし、毎日なんか作れないっしょ。」 「いや、でもクリークママも言ってたよ。『最近、イチちゃんがキッチンにいつもいてくれて、楽しいんです~』って。」 「いや、最近としか言ってないじゃん。毎朝とか毎日とか言ってないでしょ。」 「いやいやいや、でもどんだけ続けてるのって話よ。」 「寮のキッチンなんて、美浦のヒシアマ姐さんか私らのクリークママかって二択しかなかったわけよ。そこにあんたが入ってくるんだから、ねえ?」 「別にいいでしょ。アイツが気に入らなくてやってるんだし。」 「気に入らないかあ。」 「気に入らないよねえー!」 「何!アンタ達だって最初はノッてきたじゃん。」 「そりゃあ最初はそうだけどさ、こんなに熱心にはならないっしょ。」 「ぶっちゃけちょっと苦手な食材渡したところで、それ以上に食べて上書きしてきそうだし。」 「実際のとこ、あんたの言うとおりだよ。」 「いや、イチさんは、まことに、ご執心でございますなあ?」 「この調子だと、ふふ、そのうち寮の部屋まで押しかけるようになるよ。」 「ヒーローにはヒロイン、アイドルにはマネージャーが必要だもんなー!」 「ねーちょっと!もういいでしょ!やめてってば!」 「いやでも、イチ、自分がなんて呼ばれてるか知らないでしょ。」 「オグリギャルでしょ。知ってる。」 「違うんだなぁ。」 「『オグリの嫁』よ。」 「『通い妻』ってのもあるね。」 「はー!?意味わかんないんですけど!それ、私とアイツのこと知らないだけでしょ。」 「だから、そういうのだって。」 「どう見たってあんたたちカップルよ。よく考えてみなって。」 「朝、早起きして頑張るダンナに、同じく早起きしてお弁当をこしらえる嫁さん。」 「それを食べて元気出して、一日を頑張るダンナ……」 「でもダンナさんは忙しいから、その朝にしか会えないんだよね……」 「明日は喜んでくれるかな、健康にも気を付けないとな、って苦心する嫁……」 「これはもう完全にイチだって話になってるわけよ。」 「ね、イチ……イチ、どした?」 「なに、イチ、耳回しちゃって。落ち着きなよ。」 「……うー、勘弁して……」 「ハイハイ、ごめんって。」 「見てよイチの指。ほら。」 「春夏のころはバンソーコーたくさん貼って必死に嫌がらせしてたのに、今じゃきれいなもんよ。」 「最近とうとう揚げ物やるようになったんでしょ。クリークママが言ってたよ。」 「『一人分の揚げ物の作り方、逆に教えてもらっちゃいました~』ってね。」 「もう、それ以上言うんならあんたたち、娘の分も用意してやろうか。」 「私カリフラワーダメ。一抜けた。」 「私野菜キライ。ぬ~けた。」 「アッハハ、マジで嫁さんじゃん。」 「いよっ、新婚夫婦!」 「あーもう!もうこの話終わり!」 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「……ああ、おはよう。今日もいい天気だな。」 「……おはよ。今日は坂道?」 「いや、川岸を走ってきた。」 「そっか。」 「君は走らないのか?良かったら、今度一緒に走ろう。」 「私はあんたにこれ作らなきゃいけないから。ありがと。」 「ああ、今日もあるのか!今日は何が入っているんだ。」 「開けてみてからのお楽しみでしょ。『健康的な』メニュー、たくさん詰め込んでっから。」 「そうだな。君のお弁当は、カフェテリアじゃ食べられないような料理がたくさん入っているからな。嬉しいんだ。」 「ま、酸っぱいものなんて中々出てこないしね。苦手な子も多いし。」 「うん。……君は、食べないのか。」 「あんたの食べてるとこ見て、反応を観察するほうが私にとっては大事だからね。」 「そうか。わかった。それじゃあ、いただきます。」 「はい、召し上がれ。」 了 ページトップ Part3 1つ目(≫76~84) 二次元好きの匿名さん22/01/10(月) 04 35 16 トレーニングと未勝利戦を2度走って、数週間が経っていた。 葦毛のムカつくアイツの調子を落とそうとして、数か月。 模擬レースを走って、ちょっと調子が良い日には1着になったりして、あれも1着をとれた日のことだった。 模擬ライブもセンターで終わって、今日も良くやった、夕飯のおかずは何かなって、ちょっと浮かれてた時。 「そこの鹿毛の子、お疲れ様。……あの?」 「えっ、あっ、私ですか。」 いきなり後ろから話しかけれて、自分に向けた声だと思っていなかった。無視したくてしたわけじゃないし。 振り返ってみると、若くてスーツに身を包んだ人が立っていた。 「単刀直入に聞くんだけど、今、専属のトレーナーっているの?」 「ああ、えー、いませんけど。」 話しかけてきたその人の胸には、蹄鉄の形の、銅色に輝くバッヂをつけていた。 え、まさかまさか、マジ?この時が? 気づいてませんよ、って顔したいのに、顔が赤くなる。 ヤバい。にやけそう。 胸の高鳴りが聞こえないことを祈る。聞こえているのかいないのか、その人は優しい顔で続けた。 「今日の第4レース、見てました。早速でゴメンなんだけど、これ、受け取ってもらえないかな。」 そういって、その人は私に封筒を差し出した。 「歌もそうだけど、ライブのダンスもすごく華があって決まってました。」 「ありがとうございます!ダンスは好きで、すごい頑張ってるんです。」 褒められてすごくうれしい。本当に頑張ったところだから。 隠そうと思ってたことも忘れて、元気に反応してしまった。 「良かった!そしたらだけど、来週くらいまでにこの書類、目を通しておいてほしい。」 「えっと、これは?」 大体わかっているけど、わざととぼけてみる。 スカウトを受けている、という喜びで調子に乗ってしまっていた。 「君とトレーナー契約をしたいと思って。」 わー!来た!来た! すごい!こんな感じなんだ! 「あなたに一目ぼれしました。一緒に、頑張ってみませんか。」 「えっ、でも、私なんかじゃ……」 自分でもワザとらしいなって思うくらい、クサい芝居だ。 でも、もう少しだけこの気持ちを味わっていたい。と、思った矢先。 「あはは、尻尾、動いてますよ。」 引き延ばしてやろうと思ったら、ツッコまれてしまった。 「あっ、これは、その。」 「ずるい言い方でごめんなさい、でもこれ、よろしくお願いします。」 諦めて、差し出されていた封筒を受け取る。 トレセン学園の校章が右下に印刷されているその茶封筒は、その色以上に輝いて見えた。 そのあとはもう、何にも手につかなくなった。早く契約書を読まなきゃって、一目散に寮に戻ってしまった。 おかげでカフェテリアを寄り忘れてご飯を食べ損ねた。お風呂に向かうころ、やっとお腹が空腹を主張してきて思い出す始末だ。 もうカフェは閉まってるし、外まで出かけてスーパー行くのは疲れたし、どうしよう……と寮のラウンジをうろうろしていた矢先、クリークさんに声をかけられた。 「あら~、イチちゃん、お腹減ってるんですか~。」 「あ、クリークさん。こんばんは。」 「お腹の虫が鳴いているの、聞いちゃいましたよ~。お夕飯、食べてないんですか?」 「はい、ちょっと嬉しいことがあって。」 「そうなんですか~?こっちに座ってお話ししましょう?」 手招きされて、二人してキッチンに椅子を運ぶ。 クリークさんがまた作っていたのだろうか、おいしそうな香りが漂っている。 「あれ、クリークさん、今日はカレーじゃないですね。」 「はい、今日はシチューですよ~。ちょうどイチちゃんの分くらいでお鍋が空くので、よかったら食べながらお話しませんか?」 「わ、ほんとですか。嬉しいです。」 「良かったです、今あっためますから、ちょっと待っててくださいね~。」 クリークさんとは朝よく話すし、味見のつまみ食いをよくさせてもらうけど、ご飯をしっかりごちそうになるのは初めてかもしれない。 キッチンに向かっているクリークさんと、背中越しにお話しする。 「本当にうれしそうですね。どんないいことがあったんですか?」 「クリークさん、実は、私にもとうとうトレーナーさんがついたんです。」 えっ、という声と尻尾がピンと伸びたと思ったら、屈んで火を弱める仕草を取っている。 そのままこちらに向き直ると、その目には涙が浮かんでいた。 どうしたのだろう、と困惑していると、ギュッと強く抱きしめられた。 寮のシャンプーじゃない匂いがする。 「おめでとうございます、良かったですね!」 「ちょ、ちょっとクリークさん、お鍋!火にかけっぱなしだよ!」 「今はイチちゃんをほめたいんです。ちょっとくらいなら大丈夫ですよ~。」 恥ずかしくて話題をそらしたかったのに、こういうところが本当に抜け目なくて、すっごいなあって思う。 クリークさんに抱きしめられながら、頭を優しく撫でられる。 キッチンなんて誰も入ってこないので、誰かに、ましてやアイツに見られてるなんてことは無いと思うけど…… まるで我が子が自転車に乗れるようになったかのように泣いている。 「今はシチューしかなくてごめんなさい、今度、お祝いのお夕飯、作ってあげますからね。」 「いや、そんな悪いですって!」 そこからパーティだなんだって話を広げたがるクリークさんを何とかなだめる。 クリークさん主催だと、絶対アイツも参加してくるからマズい。 アイツはきっと屈託のない笑顔で祝ってくれるんだろうけど、それはなんだか、イヤだ。 祝われるなら、アイツにいつか勝った時にしたい。 「イチちゃん、本当におめでとうございます。たくさんはないですけど、召し上がれ。」 「いただきます。」 クリークさんのシチューが鼻孔をくすぐる。とてもおいしそうだ。 温かいシチューを冷ましながら、一口含む。 おいしそうなんてものではなく、おいしかった。 お母さんの味、って言葉はもう何度も使われてる表現だけど、安心するような、優しい味だ。 誰かのために作ってるっていうか、食べた人の顔を想像して、大切に料理してるんだろうなっていうのが伝わってくる。 お腹が空いていたのも手伝って、スプーンの手が止まらない。 気が付けば、あっという間にお皿は空っぽになっていた。 「ごちそうさまでした。」 「お粗末様でした~。きれいに食べてくれて、うれしいです。」 ニコニコ顔のクリークさんに、手を合わせる。 「クリークさんのご飯がおいしいからです。ありがとうございました。私、後片付け手伝います。」 「今日はイチちゃんが主役なんですから、大丈夫ですよ。休んでください?」 「イヤです、そんないい子じゃないので。絶対手伝いますから。」 「そんな~。座っていてくださいよ~。今日は甘えてもいいんですよ?」 「そしたら、お皿じゃなくてお鍋のほうを洗っちゃいますよ!」 クリークさんの手から半ば奪うように、食器をつかむ。 クリークさんはちょっと困ったように、でも綺麗な笑顔で洗い物を任せてくれた。 すっかりお腹も心も満たされた私は、その日ルンルン気分で眠ることができた。 翌日、早速渡されていた契約書にオッケーのサインをして、事務室まで提出した。 なんの問題もなく受理され、理事長秘書の判が押された控えが届く。 私をスカウトしてくれたトレーナーは、新人だった。 珍しくサブトレーナーを経由してない経歴の人で、私が初めての担当と言っていた。 だからなんだ、ってわけじゃないんだけど、どうしても最初の数回はお互いに探り探りトレーニングをするような流れがあった。 ミーティング多めにして、お互いに考えを擦り合わせていった。 それからちょっと日が流れて、初めてのスピードトレーニングの日。 アップが済んだあと、ダートコースの前でトレーナーから指示をもらう。 「そしたら、トップスピードに乗せられるように走ってみて。」 「わかりました。」 「今日は最高速度を伸ばすんじゃなくて、現状のトップスピード自体を把握するって内容だから、行けないと思ったら何回でもやり直して大丈夫。」 「オッケーです。」 「準備でき次第、合図だけください。」 OKのサインをジェスチャーで送りながら、スタート地点に向かう。 フッ、と短く息を吐いて、準備する。トレーニングなのに、なんだか緊張してしまう。 アイツも、トレーナーとのトレーニングの時にはこんな感じなのかな。 トレーナーに合図をして、向こうからの返事を見る。スタートした。 1回目。スタートの踏み切りをちょっとしくじった。やり直す。 2回目。速度は乗せられたけど、まだ行ける気がした。やり直す。 3回目。さっきとあんまり変わらず、違和感が残った。やり直す。 模擬レースの時に感じた空気を再現できなかった。何かが違うと思った。 4回目に行こうと思った矢先、トレーナーから手招きされた。 「模擬レースの時と何か違いますね、何だろうか……。」 思っていることを言い当てられて、ちょっと面食らった。さすが新人とはいえ、トレーナーだ。 「はい、上手く言えないんですけど、もっと風が軽かったはずなんです。今日は重くて……。」 そういうと、トレーナーはコースのアウトフィールド側に設置してある風向計を見る。 「向かい風……っていうわけではないね。風もそれほど強くはないし。」 「まだ、やっていていいですか。」 「うん、身体に異常を感じない限り、できれば繰り返してみてほしいです。危なそうだったらNGを出すので。」 その言葉を聞いて、もう一度気合を入れなおす。 スタート地点に戻りながら、何が違うのか必死に考える。 あの時は、もっと身体が小さかったような気がする。 まさか成長期……?とか、ありえないことも考えてしまう。 いろいろ考えるけど、結局考えがまとまることは無くて、ちょっと焦る。 アイツは、こういう時はどうするんだろう。どうやって迷いを払うんだろう。 私よりも大きい本番の舞台で、こんな気持ちにならないんだろうか。 いつもボケっとしてるくせに、レースの時は急にキリっとした表情になる、ムカつくアイツ。 ご飯の時はあんなへにゃっとした顔してるくせに。 『怪物』サマの走りが脳裏に蘇る。だんだん腹が立ってきた。 なんで、あんなに速くて強いのよ。しかも葦毛なのに。走らないって、ジンクスがあるのに。 『力強いその走りは、時代を変えるだろう』なんて言われちゃってさ。 お腹の底から熱がこみ上がってくる。悔しい。 私だって、やってやるんだから。 勢いよく腕を上げて、トレーナーに合図を送る。 合図が返ってきた。 自分のタイミングで息を整えて、力いっぱい地面を蹴った。 飛び出して加速するさなか、疑問が頭をよぎる。 私は、いったいどんな風に呼ばれるんだろう? 知っている名前が、頭の中を流れゆく。 『怪物』。芝を根っこから引きはがして、消えない足跡を土に残す。 『猟犬』。最後方で出遅れたかと思わせたら、獲物を捉えて追い込むのは雷鳴のごとく。 『高速』。大きい身体から溢れる、無限のスタミナで練り上げる速度と一貫した戦略。 流れる風景を感じながら、加速を試みる。 私は、怪物ほど力強いだろうか。 私は、猟犬ほど素早いだろうか。 私は、高速となり得るだろうか。 それとも、何とも呼ばれないまま、終わってしまうのだろうか。 アイツの見る風景は、こんなものじゃないんだろう。 アイツはきっと、最大限、力を出す方法を知っているんだろう。 速度とは裏腹に、自分の頭はどんどん霧がかっていく。 脚で必死にもがく。土の上を、一生懸命搔き分ける。 練習ですら100%の力を出せなくて、本番で出せるわけがない。 模擬レースで1位をたまたま取れて、見てくれてたトレーナーがたまたまいて、それだけだ。 悔しい、悔しい! もっと、もっと速く! この考えを振り払いたい。 一度何かを考え始めると、脳に疲れが回っていって、より遅さが際立って感じられる。 ふと、隣でアイツが走っているような気がする。想像の中でも、アイツは速かった。 いつも横から覗き込んでみるアイツの顔とは打って変わって、真剣な、勝利を目指した目だった。 目が、耳が、葦毛の後ろ髪が、どんどん離れていく。 どうして、こんなに力いっぱい走っているのに、どうして私はアイツに追いつけないんだ。 行くな、待って、待て! ああ、正面からくる風がマジでウザい。これのせいで遅くなる。 これに当たらないように、走る! 私だって、アイツに追いつけるんだから! 「ハイ、そこまで!」 ゴール地点のトレーナーの前を過ぎて、指示が聞こえた。 脚を止めて、息を胸いっぱいに吸い込む。冷たくなった空気が体を冷やす。 すっかり長くなった影が映るトラックに、たくさんの声が響いている。 疲れた。前までの3回の走りでは感じられなかった疲労感だった。 トレーナーがタオルと水筒を持って近づいてくる。 『ベストな結果は出せましたか』と聞こうと思ったけど、口からはヒュー、と息が漏れるだけで、声にならない音が出るだけだった。 「無理に声を出そうとしないでください、すごい気迫でしたよ。」 返事をしたかったけど、息しか漏れない。 水筒を受け取って、流し込む。 冷たい水が喉を伝うとともに、1:1で指導をしてもらえることの喜びが湧き上がってくる。 私、何かに届くかもしれない。 そう思っていると、トレーナーさんが口を開いた。 「最後のラップ、すごかったですよ。この間の模擬レースで見せた上り3ハロンのタイムを少し上回っています。」 へへ、やった。 「走り方のフォームが変わっていました。あの走り方なら、次の未勝利戦は問題ないと思います。」 水を飲みながらうなずく。私も、何か違うと感じていた。 ごくごくと水筒の半分以上を一息に流し込んだ時、トレーナーが独り言のようにつぶやいた。 「まるで、オグリキャップみたいだった……。」 急に聞こえた単語に、んぐっ、と食道が閉じた感覚がした。 行き場を失った水が、肺に流れ込もうとする。気道がそれを拒む。 その結果、マーライオンよろしく、水を吹き出してしまった。幸い、トレーナーのいる方向からは避けることができた。 それを見てトレーナーがワッと飛びのく。 「あ、アンタ、何言ってんの!?」 トレーナーに礼儀も忘れて、すかさず噛みつく。きちんと声で抗議することができるくらいには回復していたみたい。 「なんで私が、アイツみたいだって言うのよ!」 「えっ、いや、だって似てたんですって!」 「どこがよ!私はアイツに勝つために……!」 トレーナーのジャージを掴んで揺さぶる。 「姿勢!姿勢が低かったんです!すごく低くて、足首の使い方も上手で、土の蹴り上がる量が~!」 ウマ娘の力で思いっきり揺さぶられたトレーナーは、声を出すこともままならず、首が前後にガクガクと倒れてしまっている。 しまった、やりすぎた、と思って手を離す。 教官たちの集団指導の時には、ウマ娘同士でしかほとんどつるまないから力加減を忘れてしまった。 「ご、ごめん、大丈夫?」 「ええ、こういうのは、慣れてますから……。」 「慣れてるって、私が初めての担当なんでしょ、はい、水飲んで。」 そういって水筒を差し出すと、手で遮られた。 「いや、大丈夫ですから……。」 またやってしまった、と顔が赤くなる。しまった。 ふらつきながら、トレーナーが笑う。 「ふふ、でも、オグリキャップさんが目標なんですね。」 「何よ、私じゃアイツには追いつけないって言うの。」 「いや、追いつけますよ。」 「えっ、今なんて。」 「大丈夫、時間はかかるかもしれませんが、追いつけると思いますよ。あなたならできる。」 ふらついてるから真っすぐとは言えないけど、目を見ながらそう言われて、少し恥ずかしくなる。 それと同時に、ふつふつと自信も湧いてきた。 そっか、私、やれるかもしれない。 「ダンスもすごく上手ですし、規模はわからないですが、人気は必ず出ます。」 「ほ、本当?」 「本当です。早速、2週間後のの未勝利戦に出走登録しましょう。そこでメイクデビュー……を……。」 そういうと、トレーナーはコマのように地面に倒れこんだ。 慌てて駆け寄って、水筒の水をタオルにかけて頭を冷やしてやる。 漫画みたいに目を回してる顔を見ながら、グッと決意する。 アイツに追いつくために、まずは、未勝利戦を取るところからだ。 残りあと二週間。今まで燃えてこなかった熱が、私の中に芽生えるのを感じた。 了 ページトップ 2つ目(≫140~146) 二次元好きの匿名さん22/01/14(金) 03 34 15 鳥の声といっしょに目が覚める。 良く寝込んでしまったのか、少し重く感じる上半身を、ぐっと力を込めて起こす。 寮のベッドと違って、敷布団越しに感じる畳の感触。 いつも学園で過ごす朝より聞こえる、たくさんの寝息。縁側のほうから差す空の薄明りが、不思議な浮遊感を作り出す。 ちょっと冷え込むけど、安心できる空間。 充電してるスマホをコードから抜いて、周りの家族を起こさないように、ゆっくり立ち上がって障子が貼られた戸を引く。 縁側に出て、冷えた空気を吸いながら上に伸びる。一緒に、深呼吸。 冷たい空気が身体の外と中を通って、目がぱっちり覚めた。 窓の外を見やると、飼ってるわけではないけど庭に居座ってる家ネコもどきが、「腹が減ったぞ」と言わんばかりにこちらを向いている。 茶色のトラ柄だから、ちゃとら、っていう名前だ。 おばあちゃんが動物好きで、餌付けしてしまったのが始まりらしい。 一日三回、ご飯の時だけ現れて、その後どこへなりと消えるらしい。もう去勢までしてしまってるっていうんだから末恐ろしい。 みんなのんきなもんだなあ、と伸びをしながら思う。 私はちゃとらにとってヨソモノだから、全くなついていない。 ここに帰ってきたときには、すごい勢いで逃げられてしまった。 お前はいったいこれから何をしてくるんだ、と私に目を向けて離さない。 そんな睨まなくたっていーじゃない。とちょっと睨み返す。あんまり効いて無いようだった。 ハイハイごめんね、と退散するようにリビングへ足を向ける。 みんなを起こしたくないから静かに歩く。 すると、寒くて乾燥してるのもあってか、ギシッ、ギシッ、と床と柱が音を立てる。 正直、ボロいと言えばボロい。見たことないひいおばあちゃんのころからある家だし。 でも、よく言えば古民家で、とても風情がある。 木造平屋の、でっかい一軒家。イマドキ信じらんない家だ。 最近はこの辺も開発が進んで、今風のきれいな一軒家とかマンションが建ったりしてるけど、この家だけは昔ながらの風景を保ってる。 トレセン学園とその周りにすっかり慣れた私には、タイムスリップしたような空気と風景が心地よい。 ふっ、と仏間からお線香の香りがした。もう誰か起きだしているみたい。 通りがかってみると、まだお線香に火が灯っている。 簡単に手だけ合わせて、リビングへ向かった。 客間とお母さんのお父さんの部屋の間を通って、冷たい廊下を渡ったところにある扉を静かに開ける。 あったかい空気が顔を伝ってくる。 それと一緒に、コンロが火を焚いている音と、お出汁の香りが鼻孔をくすぐる。 部屋に入ってみると、お母さんが早く起きだして、朝支度をしていた。 後ろから声をかける。 「おはよう、お母さん。」 「えっ、あらワンちゃん、おはよ。どうしたの。」 「どうしたのって何、ひどいじゃん。」 「ワンちゃんがこんな時間に起きてくるイメージがないから、誰かと思ってびっくりしちゃった。」 「えー、早起きできるよくできた娘じゃん。」 「いやいや、私がワンちゃんを起こすためにどれだけの睡眠時間を犠牲にしたか……。」 全く好き勝手言ってくれちゃう。 椅子に腰かけながら、お母さんが火をかけているお鍋を指さして、聞く。 「それ、お雑煮の?」 そうよ、とお母さんが答えると、ああ、と言ってお鍋を回してた手を止め、こちらに向き直る。 「あけましておめでとうございます。」 「あっ、おめでとうございます。」 「ワンちゃんが学園で活躍できますように。」 「ありがと、頑張る。お母さんも健康で過ごしてね。」 「任しときなさい、あと、今日みたいにちゃんと朝早く起き続けられますように……。」 ナムナム……と手を合わせてワケ分かんないことをつぶやいてる。 ひどい、と言ってむくれてみるけど、菜箸にもかからないと言った様子で、流された。 温かい部屋と、お出汁の香りと、お母さんの後ろ姿。 そんなとんでもなく長い時間家を離れていたわけでもないのに、なんだかとても印象的に映った。 ちょっとエモいな、って思って写真を撮る。 「何、写真なんか撮ってー。」 シャッター音に気付いたお母さんが言う。 「いや、いい風景だな~、って。」 「変なところに写真、あげないでよ?」 あげるところがないってば、と返しながら撮った写真を流し見る。 こうして撮ってみると、結構いい風景だなと思う。 ただ、お母さんが動いたせいか、ブレててエモさが半減していた。 台所を右に左に動くお母さんを目で見て、声をかける。 「ねえ、手伝おうか。」 すると、えっ、というお餅を喉につっかえたような声がする。 「今、手伝うって言った?」 「うん。ネギくらい刻もうか。」 「うっそ~!ほんとに?包丁の握り方わかる?」 ちょっと小バ鹿にされたような気がしたので、ムッとしながら席を立つ。 お鍋のほうにお母さんが立ってる隙に、まな板の前に立って包丁を取り出す。 寮のと違って、刃が薄くて軽い。すごく握りやすい。 あっ、と心配そうな声を出すお母さんをスルーして、おいてある薬味ネギの袋を刃先で切り、中身を取り出す。 こうなったらあとはスピードと手際で圧倒してやる、って決めた。 蛇口から細くお水を出して、サッと洗う。 乾いたふきんでまな板と包丁の水気を取る。そのまま、ネギの根元を小さく切り落とす。 一本のネギの長さを3等分くらいに切り揃える。 そのまま冷蔵庫のマグネットにたくさんぶら下げてある輪ゴムを一個取って、3等分したネギがばらけないように一つにまとめる。 トントン、トントンとリズムよく小口切りにする。輪ゴムの近くまで来たら、ゴムをずらしてまた刻む。 あっという間に一本分が終わった。お皿に移しておいて、次も同じように取りかかる。 包丁の音と、ガスコンロの火が燃える音が響く。それらの音を聞きながら、三本分を切り終える。 最後の分をお皿に移して、包丁とまな板を水で流す。 全部済ませて、お母さんのほうに向きなおった。 お母さんは、信じられないものを見る目でこちらを見ていた。 「ワンちゃん、どこでそんなの身につけたの……」 「学園でちょっとね。」 実は全部、クリークさんから教えてもらったテクニックだ。 『ゴムでまとめると時間も場所も節約できるし、ばらけないから手間も減るんですよ~』って。 「道具の水気をちゃんとふき取って、タッパーの底にキッチンペーパーを引くと三日くらいなら保つんだよ。」 ふふん、と胸を張る。これもクリークさんに教えてもらったやつなのは、ナイショ。 お母さんはそうなの……って言いながら感心している様子だ。 「学園で料理をするの?」 「うん、まあ。料理好きの友達もいるからさ、すごい勉強になるよ。」 「どうしてまた突然、料理なんて……。」 理由を聞かれて、背中を汗が伝う。 ちょっと言いにくいし、絶対怒られるので、ドヤ顔しながら聞こえなかったふりをする。 すると突然、あッ、とお母さんが大きな声を出す。思わず尻尾と耳がピンと立った。 見開いた目でこちらを見るお母さんが、口を開いた。 「彼氏でもできたんでしょ!」 「はっ?」 突拍子もない言葉に、私が間抜けみたいな声を出してしまった。 混乱してる自分をよそに、お母さんがまくしたてる。 「え、トレセン学園って男の子いないよね。まさか、トレーナーさんとか?」 「え、あ、いやいや、トレーナーさんはそんなんじゃないっていうか。」 「ああそうよね、女性かもしれないものね……。いやでも、女性でも全ッ然、私は応援するから。」 「はっ?」 何を言っているんだ、うちの親は。 ますます混乱する自分を差し置いて、どんどん話が逃げていく。 「誰かステキな先輩でもいるの?」 「いや、先輩たちとはあんまり絡みがないからわかんないけど。」 「なんだもう、結構ちゃんと学園生活、楽しんでるみたいじゃない。」 つい暗くなっちゃってるかと思ったわあ、なんて勝手に自己完結して安心されている。 いけない、このまま適当に話を走らせるとまとまらなくなる。 何とか料理のほうに話をもっていかないと、と思った矢先、とんでもないことを言い出した。 「葦毛のコって、人気っていうものねえ。」 まず、最初に顔が熱くなった。と思う。 その次に、指先。足先も熱くなったと思う。 最後に、胸とお腹が熱くなった。 「なななな、なにを言ってんの!バ鹿じゃないの?!」 勝手に脳裏に浮かんでくる、葦毛のウマ娘の顔。 葦毛のウマ娘なんて、テレビでもそこそこたくさん見る。 でも、その時私の脳裏には、ある一人だけの、にっくいアイツの顔だけしか、浮かんでこなかった。 「バ鹿とは何よ、親に向かって!ワンちゃんの行く末を考えてあげてるんじゃないの。」 「な、な、なっ。」 「学校にもいるんでしょ、葦毛の子。最近はすごく強い子も出てきてるじゃない。」 えーと、確か……とか言って、考え込む仕草をしている。 ダメだ、名前まで出されたくない! よくわかんないけど、名前を出されたら終わる!私の中の何かが終わる! 「お、お母さん!」 早朝なのも忘れて、大きな声を出す。 驚いたように、お母さんがこちらを見る。 「はやく、ごはんの準備しちゃおうよ!お雑煮だけじゃないんでしょ!」 何とか気をそらそうとする。 お母さんは呆気にとられたような顔を少しして、そうね、と言ってお鍋に向き直る。 後ろから見える肩が、上下に震えているように見えるのは気のせいだろうか。いや、絶対面白がってる。 頭を空っぽにしたくて、私もまな板と包丁の前に立つ。 こんな頭で刃物を握ったら危ない。落ち着くためにグラスにお水を入れて、グッと一気飲みする。 冷たいお水が喉を通って、身体を冷やす。 ふう、と息をついていると、ぬっ、とお母さんが顔を寄せてきた。 「ワンちゃん、次に何切ればいいか、何にもわかってないでしょ。」 「わっ、何、もう!」 急に人の体温が近くなって、びっくりしてしまった。 ツボに入ったのか、お母さんが隠さないで笑うようになった。 「ふふふふ、次はね、カマボコお願いね。冷蔵庫に入ってるから。ふふ。」 「うーっ、もう!わかったから!」 なに、もうプリプリしちゃって。と後ろから聞こえたような気がする。 キッとにらみつけるつもりで振り向いても、お母さんはお鍋のほうを向いていた。 また暖まった体温を感じながら、冷蔵庫から綺麗な包装がされたカマボコを取り出す。 包装をはがしていると、お母さんから話しかけられた。 「ふふ、ワンちゃん、お雑煮の盛り付け方知ってる?」 「お餅を先にして、手前に椎茸とカマボコ、一番手前に菜の花いれて、最後にお出汁でしょ!」 「ハイ正解。やるじゃない。大好きなあの人の前でも安心ねえ。」 もう!何だって言うのよ! お出汁みたいに湯だった頭では、包装はまるではがせなかった。 了 ページトップ Part4 1つ目(≫39~51) 二次元好きの匿名さん22/01/18(火) 02 49 38 「はい!そこまでにしてください。今日は終わりましょう。」 一番太陽が高く達する時間に、トレーナーの号令がかかる。 熱がこもった脚を止めて、飲み物をあおるように飲む。 調整の意味合いが強い、土曜日の午前錬。 「ふくらはぎは大丈夫そうですか。」 「はい、痛みとかは特にないです。月曜日からはいつものメニューで大丈夫だと思います。」 「良かった、ちょっと心配だったので。」 そういって、トレーナーが笑う。ちょっとへにゃっとした笑顔がかわいい人だ。 そんな顔してるのに、見るとこしっかり見てるんだから、やっぱりトレーナーなんだな、って思う。 「次のトレーニングがどんな予定とか、決まってますか。」 「併走トレをお願いしてます。相手ですけど、きっと驚きますよ。」 ニヤっとトレーナーが笑って、こちらを見る。こういう悪役みたいな顔、似合わないなあ。 「誰なんですか?」 「なんと、ついこの間トゥインクルシリーズを卒業した、クロガネトキノコエさんです! 名前を聞いて、一瞬、頭の中が空っぽになる。 そのあと押し寄せてくる衝撃が、私の理解の限界を超えた。 「えーーーーーーっ!あの!?」 私の反応を見て、トレーナーが嬉しそうな顔をする。 「そうです!併走トレ依頼を出したところ、相手方のトレーナーさんからもOKがでました。」 「そ、そんなダートの王者さんが、なんで私と……?」 「なんでも、今の私の役割は後進の育成だって言って、クロガネさん自身がぜひ、って。」 クロガネさんと言えば去年の帝王賞・東京大賞典を揃って優勝した、『鉄人』だ。 人気が薄いと言われるダート界で、初めて公式でカウントされたファン数が30万人を超えたことで、人気の火付け役になっている。 そんな偉大なウマ娘と走れるなんて、夢にも思ってなかった。 「わ、私で務まりますかね……?」 「どうして併せてもらう側が心配するんですか。そう緊張せず、全力でぶつかってください。」 私の返事がおかしかったのか、笑いながらトレーナーが言う。 「は、はい。頑張ります……。」 モヤモヤと考え込む自分をよそに、トレーナーから解散の指示が出る。 お疲れ様でした、と言って、浮ついた足取りでロッカールームに向かった。 シャワーで汗と泥を落とす。パリパリに乾いた土が流されて、汚れが落ちていく。 冷たい水で流す派の子が多いけど、私はあったかいお湯のシャワーのほうが嬉しい。 身体と髪を流したら、尻尾の汚れを手でもみながら洗っていく。 石鹸を手のひらにとって、泡立てる。 シャワー室の床に落ちる、黒く濁った水がだんだんと透明になる。この瞬間が気持ちいい。 ご飯をといでるときの感じに似ているのかな。あっちは手が冷たくてしんどい時もあるけど。 全部済んだら、身体を拭いて、ドライヤーで尻尾までしっかり乾かして、着替える。 お昼の時間も過ぎて、お腹が限界だって叫びをあげる。 なーに食べよっかな、とのんきな気持ちでロッカールームを出ると、目の前に見慣れた顔の、葦毛のアイツが立っていた。 「やあ、おつかれさま。午前練だったのか。」 「ああ、うん。」 「そうか、お疲れ様。」 それを言ったっきり、私たちの間を沈黙が流れる。 えっ、これで終わり? 通りかかったって感じでもないのに、何だったんだろう。 じゃあ、と言って脇を通り過ぎようと思ったら、カニみたいに横移動して、道をふさいでくる。 お互い同じ方向に進んでしまったか、と思って避けようと反対側に足を向けたら、同じようにふさいできた。 二回、三回、四回。 何度避けてもブロックしてくる。 「もーっ、何!」 「す、すまない、だが、この後は空いているだろうか。」 「お腹減ってるからご飯食べたいの!」 「お腹が減っているのか!それは良かった。それで、この後は空いているか。」 じっとこっちの目を見ながら、ずっと聞いてくる。 それがなんだかムカッと来てしまった。 「だから、ご飯を食べるんだってば!」 「うん、実は私もお腹が減っているんだ。」 「オグリはいつでもお腹減ってるじゃん!」 「そうだ。だから、ちょうどいいと思ったんだ。」 何!?なんなの! 会話がイマイチ成立していない気がしてくる。 声を張り上げたせいか、お腹からもグゥと抗議の声が上がる。恥ずかしい。 それを聞いたオグリが、耳を動かしながら、キリッとした顔で手を差し出した。 「お腹が減っているなら、ついてきてくれ。」 無下に断るのも悪かったので、黙ってついていく。 心なしか、足取りがちょっと軽そうに見える。フンスフンスと気合が入っているようにも見える。 揺れる葦毛の髪の毛の先は、どう考えても寮の方向だった。 ついていくも何も、私もそっちに一回帰る予定だったんだけど…… 用件を聞いても、「すぐわかる」と言って教えてくれない。 どんどん体力が削がれて、お腹の抗議の声がデモに変わってくる。もうちょっとだけこらえてね…… すると、オグリが顔半分だけ振り返って聞いてくる。 「イチは、カレーは好きか?」 「そりゃ、好きですけど……よくクリークさんが作ってますし。」 「そうか!それは良かった。うん、分かるぞ。カレーはおいしいからな。」 そう言って、会話が終わる。なんなの! カレーという暴力的な言葉のせいで、また空腹感が強くなる。鳴るな、鳴らないで…… そんな思いとは裏腹に、グゥとお腹が弱音を上げる。 聞こえてしまったのか、ふふっと笑う声がする。 「何ですか、そんなにお腹が鳴るのおかしいですかっ。」 「いや、いつもはイチからお弁当をもらってばかりだから、イチもお腹が空くんだなと思ったんだ。」 「そりゃ、お腹は減りますよ。」 「トレーニング後だからな。すまない。もう少しなんだ。」 だから何がですか、っていう言葉をぐっと飲み込む。 寮が近づいてくる。心なしか、いい香りがする。 オグリも気づいたのか、尻尾が揺れ始めていた。 寮の玄関の前には、これまた葦毛の、ちょっと小さい先輩ウマ娘が、仁王立ちしていた。 こちらに気付いたのか、片手をあげてきた。 「おーっ朝練お疲れさん!なんや、まだ髪の毛ちょっと濡らしとるやんけ。」 「タマモ先輩、お疲れ様です。」 「待たせてしまってすまない、タマ。」 オグリの同室で、『猟犬』『白い稲妻』と呼ばれている、タマモクロス先輩だ。 オグリの後ろで、軽く会釈する。 「ホンマやで、もう1年くらい待っとったからお腹ペコペコや。」 「そ、そんなはずはない!頼んだのは一昨日だから、そんなに長くないはずだ。」 「そんなこた分かっとんねん、ええからはよ中入ろ。」 先輩から手招きされて、寮に入る。 玄関を抜けて廊下を渡って、共用ラウンジが近くなるにつれて、いい香りがどんどん強くなるのを感じる。 コンソメとたくさんのお野菜、それとご飯の炊ける香り。 これはカレーだ、と確信した。寮でカレーはおろか料理をする人なんて、ほとんど一人しかいない。 なんだか、話がだんだん見えてきたような気がする。 理解が及んできたからか、お腹が安心したようにグゥと鳴る。鳴らないでってば。 「なんや、めっさ腹減っとるやんけ。」 「そうなんだ、ここに来る間も、ずっとイチのお腹から音がしていたんだ。」 「ちょっと、ずっとじゃないってば。」 「鳴ってたのは否定しないんかい!」 それに返事するかのように、またグゥと鳴る。 「おー可哀そうになあ。もう少しやからこらえてな~。」 タマモ先輩が私のお腹に向かって声をかける。 ただでさえ恥ずかしいのに、コイツの前で鳴るって言うのが輪をかけて良くない。 もう少しこらえてね、もうちょっとで、すごいおいしいカレーにありつけるから。 私も一緒になだめる。もう少しだから、もう恥をかかせないで…… 「ほい、お待ちどうさん!」 いい香りが詰まったラウンジに、タマモ先輩が開けてくれた扉を通った。 一番大きいダイニングテーブルに、大小それぞれな深皿がきれいに並べられていた。 その横には、銀色に輝く大きいスプーン。 「おっ、やっと来たかい!」 良く通る快活な声が響く。 椅子に片足乗せて座っていたウマ娘が、待ってましたとばかりに膝をポンと叩いて、椅子を飛び降りた。 「おうい、もうついじまっていいぞ!」 「はあい、分かりました~。」 キッチンからは、もう一人。毎朝お世話になってる、クリークさんの声だ。 「おうイナリ、待たせたなあ。」 「べらぼうに腹が減っちまって、もう腹と背の皮がくっついちまうところだったぜ。」 イナリさんだ。思い出せないところだった。会釈しながら、心の中で謝る。 「おう、お疲れさん。ほれ、とっとと座った座った。」 イナリさんから促されて席に座る。 「あの、これは一体……?」 「なんだオグリ、なんも言っとらんのかい。」 「ああ。だが、カレーは好きだと言っていたぞ。」 「言わなきゃアカンのはそこちゃうねん!」 「何っ!そうだったのか。」 オグリの小ボケを聞いていると、いい香りと一緒に、クリークさんの声がした。 「今日は、みんなでお昼ご飯を食べましょうって相談していたんですよ~。」 クリークさんの手には、山盛りになったカレー。オグリが、おお、と感動したような声を上げる。 それを見て、パッと身体が動いた。 自分の目の前にあるお皿を手に取って、席を立つ。 「わっ、大丈夫ですか。手伝いますよ。」 「ありがとうございます、でも大丈夫ですから、いい子で待っててくださいね~。」 「いや、悪い子ですから、クリークさんを手伝います。」 そんな、大丈夫ですよって言うクリークさんの脇をすり抜けて、キッチンに入る。 クリークさんの使うキッチンは、とてもきれいだ。 吹きこぼれなんて絶対起こさないし、どういうわけか、炒め物の油跳ねも見たことが無い。 後ろからお皿を持ったクリークさんが入ってきた。 「イチちゃん、トレーニングの後なんですから、待っててもいいんですよ。」 「ご馳走になるんですから、座ってなんかいられませんよ。」 「そんなあ。それなら、好きなだけ盛ってくださいね~。」 「いいんですか、たくさん食べちゃいますよ?」 ちょっと吹っ掛けてみる。たくさん食べる、って言うと、クリークさんはキラキラした笑顔になるからだ。 業務用のお釜にたっぷり入ったご飯をついで、カレーをこれでもかってくらいにかける。 にんじん、ジャガイモ、玉ねぎと、お肉は鶏肉だ。 「お肉、鶏なんですね。」 「そうなんです、牛肉か豚肉にすると、タマちゃんとイナリちゃんの間でケンカしちゃうので……。」 なるほど。その手の問題は深刻だ。 自分のカレーを側において、クリークさんのお皿を受け取ろうとする。 「えっ、イチちゃん、そこまでしなくて大丈夫ですよ~。」 「それこそ大丈夫ですから!これ、クリークさんのですか?」 「タマちゃんのです。ありがとうございます~。」 「タマモ先輩ってそんなに食べないって噂ですけど、本当ですか?」 「そうですね。そのお皿と同じくらいの量で盛ってください。」 オグリとライバルで、同じ葦毛で、同じくらい強いのに、対照的だ。 二人分のカレー皿を手に、クリークさんにバトンタッチする。 「おーっ、すまんなイチ、おおきに。」 「タマモ先輩、これだけで本当にいいんですか?」 「かまへん、今日は休みやし、もともとそんな食べられへんねん。」 隣のオグリと比較するととんでもなく少なめに見える。 イナリさんと自分の分を持ったクリークさんが戻ってきて、全員の分がそろう。 タマモ先輩がぐるっと周りを見て、声をかける。 「ほんなら、食べよか。いただきます。」 「はい、いっぱい食べてくださいね。」 私もお腹が限界だ。手を合わせて、ご馳走になることにした。 考えてみたら、オグリのご飯を食べるところを近くで見たことがなかった気がする。 毎朝お弁当をパクパクしてるところは見るけど、食事をちゃんとしてるところは知らなかった。 噂には聞いていたから、さぞすごいものなんだろうな、とは思っていた。 その実態は、何か大食いショーでも見てるんじゃないか?ってくらいのものだった。 クリークさんの作った、山のように盛られたおいしいカレーが、とてつもない勢いで消えていく。 「いつ見てもすごいもんやなあ。」 「全く信じらんねぇなあ。どこに消えてんだ?」 「そりゃイナリ、宇宙の彼方に決まっとるやろ。」 「うふふ、いっぱい食べてくださいね~。」 3人の会話も差し置いて、オグリはすっかり、目の前のご馳走に夢中なようだ。 みるみる内にカレーがお皿から消えて、陶磁のお皿の底が見える。 オグリが空になったお皿を手に、クリークさんへ目配せして、言う。 「おかわり。」 はぁーい、とクリークさんが嬉しそうにお皿を受け取り、パタパタとキッチンへ消えていった。 なんだかそのやりとりが、ちょっとうらやましくなってしまった。 いつも一つのお弁当しか差し入れられない私は、オグリの「おかわり」に応えたことがない。 コイツ、みんなで食卓を囲んでるときは、こんな顔するんだ。 コイツの「おかわり」って言葉は、こんなにあったかくて素直で、可愛らしいんだな。 当たり前だけど、いきなり渡された弁当を食べるよりも、みんなでご飯食べてるほうが楽しいのかな。 ちょっと濁ってきた心境を晴らすために、お水の入ったコップを口に運ぶ。 二人で一緒に食べてるわけじゃなくて、私は嫌いなもの探してるだけだし。なんなら悪意の塊だ。 オグリとタマモ先輩、イナリさん、クリークさんは善意で誘ってくれたのに。 そう思うと、みんなで一緒に席を囲むのが、なんだかいたたまれなくなってしまった。 皆の楽しそうなご飯の後の会話すらも、勝手にトゲトゲしたものに聞こえてくる。 食べ終わったお皿を洗って、席を立とう。 そう思った矢先、タマモ先輩が口を開いた。 「どやオグリ、毎朝の愛妻弁当抜きのお昼やからウマいやろ。」 その言葉に、ぐっ、と喉が水を拒む仕草をした。 言葉を挟む間もなく、二人の会話が続いていく。 「おいおい、なんでえその愛妻弁当っちゅうのは。」 「イナリ知らんのかい!これは言うなれば根も葉もない噂っちゅうやつやけどな、オグリには朝しか会えん通い妻がおんねん。」 「何言ってやんだ、するってぇと、すっかりオグリにとーんときちまってるヤツがいるってことかい。」 「せやでー、ええ話よなあ。」 「ちょっと待った、誰もその通い妻ってのは見たことが無いのか?」 「せや。オグリが起きだす時間じゃないと見れないから、誰も姿を確認してないらしいねん。」 タマモ先輩とイナリさんって噂話とかしない人かと思ってたけど、そこはやっぱり女子学生らしい オグリがこちらを見てくる。 やめてオグリ、こっちを見ないで。視線だけは合わせないようにして先輩たちを見る。 「やっぱりお弁当無いと足りへんか、オグリ。」 「そうだな。お休みの日はカフェテリアの朝ごはんもちょっと量が少ないから、お昼が待ち遠しい。」 「そっちのイチは、オグリの通い妻についてなんか知らん?」 はい私です、なんて言えるわけもない。 ヤバい、さっきの気持ちも合わせて早く逃げたい、と思って空になったお皿を手に取ったその時。 「ああタマ、それはイチだぞ。」 すると、予期していた通り、やっぱり葦毛の怪物サマが、やらかしてくれた。 「はっ?」 タマモ先輩が、『素っ頓狂』ってこういうことなんだ、というくらいにお手本みたいな声を上げる。 イナリさんがぶーっと水を吹き出した。何さらしてけっかんねん!ってタマモ先輩が笑っている。 「うん。イチだぞ。通い妻なんて言われているのは、なんだか恥ずかしいな……。」 オグリが手で後ろ頭を押さえながら、顔を赤らめる。アンタが恥ずかしがるところはどこにもないでしょ! 「えっ、ホンマなん?」 「いや、仲がいいとは思ってたが、そこまでとはねぇ……。」 「オグリに合わせて朝起きるん、相当大変やろ。」 「茹でダコみたいな顔しちまって。よぅオグリ、いつも何を食べさせてもらってるんだい。」 なんで私に聞かないの!? 口を挟もうとしたよりも早く、オグリが答えた。 「イチはいつも、野菜中心なんだ。」 ちょっと待って。 「ブロッコリーとかアスパラガスとか、この間は地元のトウモロコシを使った料理だった。」 トウモロコシじゃなくてスイートコーン! 「カフェテリアでは食べれないような、酸っぱいものとかも入っているんだ。」 それは、アンタが嫌いだろうからって思って。 「他にもたくさん作ってくれるんだが、イチがいつも作ってくれるお弁当は……すごく美味しいんだ。」 そんなタメを作って言うようなことじゃないでしょ! 「かーっ、これはたまんねぇなぁ~!」 「アカン、ウチのほうが顔赤うなってきた……。」 「オグリはなんでも食べっちまうからなあ、確かになあ。」 「ウチのチビ達なんか、ウチが泣いて頼んだってブロッコリーもアスパラも食べへんのに……。」 「酸っぱいもんはあんまり好かねえけど、気付けとして朝にはいいかもなあ。なるほどなあ。」 ちょっとイナリさん、勝手にいろいろと納得するのやめて…… そこには複雑な事情がありまして、なんて説明したら軽蔑の的だろうし。 どう弁明したものかと考えてるうちに、オグリはどんどん走って行ってしまう。 「味も美味しいしバランスもいい……ああ、それに。」 「おっ、なんやなんや。」 「イチのお弁当からは、温かい気持ちが感じられるんだ。」 な、何を言い出してるんだアンタは。 「うん。二人にも食べてほしいくらいだ。あんなにいいものを、一日の初めに独り占めできる私は、とても幸せ者なんだ。」 そんなクサい言葉を、生きている内に耳で聞くことになるとは全く思っていなかった。 タマモ先輩はアッハッハとお腹を抱えて笑ってしまっているし、イナリさんはこりゃあ参ったねえ……とかイミわかんないこと言ってくる。 こんなんじゃ、まるで私がオグリのことを……いや、言いたくない! オグリをキッとにらみつけても、いつもありがとう、とか言って、頭を下げてくる。 どうしよう。何とかこの誤解を解かないと。 クリークさんがカレーのお代わりを持って戻ってくる。 顔を真っ赤にした私たちを見て、疑問に思ったみたい。 「あら~?みんなそんなに顔を赤くして、どうしたんですか~?」 「いやちょっとな、夫婦漫才について語っとったんや。」 「夫婦漫才、ですか?」 「そうだぜクリーク、ここにいる二人は負いねえ仲ってわけよ。」 「あっ、もしかして、お弁当のことですか~?」 クリークさん、いつも要領のいいすごい人だと思ってたけど、こんなところで察し良くならないでほしい。 「イチちゃん、毎朝頑張ってますもんね~。」 「なんでえクリーク、良く知ってそうじゃねえか。」 「はい。だって、いつも一緒にお弁当作ってますから~。」 信頼のおける証人の証言に、印象が揺るぎないものとなってしまった。 とどめの一撃って、こういう感じなんだなって思った。 クリークさんがこちらを見ながら、ふふふ、って悪役みたいな笑い方をしてる。 「イチ、顔が赤いぞ……。体調でも悪いのか?大丈夫か?」 オグリが目の前のカレーにがっつかず、こちらを心配してくる。それもおかしかったみたいだ。 タマモ先輩はひっくり返っちゃうし、イナリさんはなんかきれいな目で遠くを見てるし、クリークさんは優しい目を向けてくる。 判決が下ってしまった以上、逃げなきゃいけないと思った私は、空になった全員分のお皿とスプーンを素早くまとめる。 「あの、お皿洗ってきます!」 「おうおう、神妙にしなあ!まだ話は終わってねえぞ!」 「いやイナリ、行かせてやろうや。こっちが悪う思えてきた。」 「え~、大丈夫ですよイチちゃん、私たちに任せて休んでください。」 オグリも何かモゴモゴ言ってたと思うけど、全部無視してキッチンに飛び込む。 水道から出したお水は、カレーを食べた後だから、って理由では説明しきれないほど、冷たくて気持ちよかった。 オグリが山盛りにされたカレーを食べ終わるのに、そんな時間はかからなかったようだ。 テーブルのほうはクリークさんが済ませてくれてるみたいで、オグリが空になったお皿を自分で持ち込んできた。 パッとひったくって、洗い物にかける。 「あの、イチ……。」 「何。」 「すまない、怒っているだろうか。」 「別に、怒ってない。」 「他の皆には言わないようにお願いしておいた。大丈夫、タマたちは口が堅い。」 広まってたまるもんですか。オグリのスプーンをスポンジで擦る。 「今日のお昼も、私が提案したんだ。いつももらってばかりだから、何かお返しできないか、と……。」 「そうなんだ。」 「結局クリークが全部一人で作ってしまったんだが……。イチが喜んでくれたら、私も嬉しい。」 あーもう、なんでそんな恥ずかしいセリフ、ポンポン言えるかな。 あんまり言いすぎると、そのうちヒーローだアイドルだって枠を超えて、いつまでも覚えられちゃうような、スターになるよ、アンタ。 「うん、嬉しかったしおいしかった。」 「そ、そうか!良かった。」 後ろを見なくても、オグリの耳と尻尾が跳ねたのが分かる。 「いつもありがとう、イチ。」 スプーンとお皿をふきんで軽く水気を取って、水切りカゴに移す。後ろを振り向かず、オグリに言う。 「ポロっと余計な事いったの、許さないからね。」 「そ、それは……すまない。悪かったと思う。」 「明日のお弁当、楽しみにしてなさいよ。」 オグリが、えっ、と声を上げる。 「明日は日曜日だぞ。」 「お返し。いつも通り、朝練行ってきなさいよ。」 「……そうか!わかった。張り切って走ってくる。あっ、川岸を走ってくるぞ!」 言われなくても、アンタがいつもの場所で見つからなかったらすぐ別のところ行くっつーの。 オグリの表情はわからない。でも、きっと笑顔になったんじゃないかな、って思った。 私の顔も、誰にも見られていないからわからないけど、不思議と笑っていたんじゃないだろうか。 この会話が、全部ドアに張り付く形で盗み聞きしていたタマモ先輩とイナリさんに聞かれていたのは、別の話。 別の話に……できるよね? 了 ページトップ 2つ目(≫124~138) 二次元好きの匿名さん22/01/23(日) 13 30 18 毎朝早い時間に、私はいつも二つの足音を聞く。 一つはトン、トンと床を跳ねる音がする、ウォームアップを混ぜながら玄関に向かうシューズの音。 もう一つは、ゆっくりと大きめな歩幅で、キッチンに向かうスリッパの音。 二つ目の足音が、私の部屋を出る合図だ。 アイツが朝練しに行って、クリークさんがお弁当の支度をしに行く。そのあとに、遅れて私が部屋を出る。 最初のうちこそ朝起きるのが本当にしんどかったけど、今では足音と一緒に目を覚ますようになった。 何なら、音がする前に目が覚めることもある。 朝っぱらからアイツと顔を合わせるのは気まずいから、絶対に足音を待つ。 部屋で待っている間は、ぼーっとスマホを見たり、昨日の夜終わらなかった課題をやったり。 アイツのおかげ、ってのは認めたくないけど、小テストの成績もよくなってきた。 いつもの、私の朝のルーチンだ。 そんないつも通りの早朝。 足音がして、スイッチが入ったように目が覚めた。 ぐーっ、と天井に向かって背伸びをする。肩甲骨のあたりがコキコキと音を鳴らす。 何とはなしにスマホで時間を見ると、クリークさんが起き上がってくる頃の時間だった。 今日は遅いな、と思いながら二つ目の足音を待つ。 しかし、15分待っても足音が聞こえてこなかった。 思い返すと、足音もシューズみたいなまとまった音じゃなかった気がする。 歯ブラシとコップ、歯磨き粉を持って立ち上がる。恐る恐る、ドアを薄く開けてまだうす暗い廊下を覗き見る。 冷たい空気が部屋に流れ込んできた。足元がすうっと冷える。 よく耳をすますと、コンロが火を焚く音と、換気扇が回っている音がかすかに聞こえてきた。 アイツ、今日は寝てるのか。 休みの日以外は外に走りに行ってるだけあって珍しい。 いつもより少し遅れてしまってるから、手早く身支度を済ませる。歯ブラシをくわえながら尻尾と髪の毛のクセを流す。 もしアイツが自主練サボってるんなら、お弁当作らなくてもいいかな?と思ったけど、食材がダメになってしまう。 来なかったら自分のお弁当にでもしよう。 制服にチャッと着替えて、エプロンを手にキッチンへ向かった。 キッチンで先に着いていたクリークさんに挨拶して、いつも通り野菜中心のおかず作りを始める。 今日のは自分のになるかもしれないから、おかずをちょっと濃いめに味付けしちゃう。調味料を計るのも面倒くさいし、目分量。 隣から、クリークさんからお肉のおかずを頂いてしまった。嬉しい。 アイツにご飯を作るようになって味見を繰り返すうち、自分も苦手だった野菜や風味が食べれるようになった。 今日はクリークさんがご飯を多めに炊いたというので、ここで朝ごはんを済ませることにした。 お茶碗を取り出してご飯を盛る。 窓から差す朝日に照らされるお米一粒一粒が光って、立ち上る湯気に視線を奪われる。 次にご飯の香りが鼻孔をくすぐる。鼻がお腹を動かす。 ご飯はとっても美味しいけど、それだけで食べ続けるのは結構酷な話だ。アイツだってむむ、って顔をするに違いない。 この純白の輝きを、今から汚してやる。 ふふふ、私は悪の料理人なのよ。 野菜を炒めた残り汁と、クリークさんのお肉のタレを少しもらって、フライパンを傾けながら軽く煮詰める。 味はもう十分だから、コショウを少し。 お世辞にも良い色とは言えない絶品のタレを、そのままご飯にかけた。 ご飯が焦げ茶色のソースに染められていく。 ふふふ、私はいやしんぼなのよ。 「あらあら~、お行儀が悪いですよ。」 クリークさんからやんわりと注意される。 私は、ちょっとクリークさんを挑発するように、下から目を見ながら返事する。 「クリークさんの分も、お茶碗に盛りましょうか。」 「ええっ、ふふ、お願いします。」 私はクリークさんのこういうところが大好きだ。 他の人の面倒を見るのが好きだし、悪いことをしていたら真っすぐに注意する。 でも、かわいいイタズラに誘うと結構悪ノリしてくれるのだ。 二人で即席お野菜丼にいただきますして、朝ごはん。 ご飯だけはダメですよってクリークさんが言うから、自分たち用のお漬物とインスタントお味噌汁を用意した。 クリークさんが一口食べて、おいしいグレービーソースですね、ってクリークさんが笑う。 なるほど。それなら確かに響きがいい。そういうことにしておいた。 クリークさんがお礼に洗い物をしてくれるというので、どうせ泥まみれのアイツに会うために、お弁当を手に寮を出る。 さて、結論から言うと、アイツには会えなかった。 いつもより遅れていたとは言え、いつもならアイツに会える時間に、アイツは門から姿を現さなかった。 さてはトレーニングコースか、と思ったけど、行ってみたらレースに向けて追い込みトレをかけてる子たちがいるだけで、葦毛のアイツはいなかった。 自分のお弁当にでもしよう、と思ったら、本当に自分のお弁当になってしまった。 お昼の時間に、初めて自分のお弁当を食べる。 私のお弁当は、時間が経つと味が薄くなりすぎることを学んだ。 考えたら、本当の意味でのお弁当ではないからそれはそうだと納得する。 作ってお弁当箱に詰めて、30分もしないうちに食べてもらえる。 もし、誰かのお昼を作ることがあったら、濃いめにしよう。 カフェテリアでは、今後が楽しみな後輩ちゃんたちをたくさん見かける。 壁に張り出されたチーム宣伝のビラを見て、どこがいいかを熱心に話し合っている。 かと思いきや、ご飯を食べるのに一心不乱な子たちもいる。テレビの前でレースを見てる子も。 私も前は熱があったなあ、なんて気持ちが湧く。 諦めたわけじゃないけど、先輩や同期生の大活躍ぶりを見ていると、やっぱりちょっと、いろいろと理解をしてしまうものだ。 でも、カフェテリアでリラックスする後輩たちは、明るくて、熱があって、眩しくて、美しい。 将来はどこかのトレセン学園のカフェテリアに就職して若い子たちを見守る……なんて? どうなるかわからない未来を妄想しながら、お昼ご飯の時間をツレたちと過ごした。 授業が全部済んで、トレーニングもまるっと終わって、影が長くなる時間。 よくよく考えると、今日一日アイツの姿を見ていない。 朝も、カフェテリアでも、トレーニングコースでも、葦毛のロングヘアはとうとう見つけられなかった。 広報活動かなんかで外出、外泊してたっけかと思いを巡らすけど、そんなことを聞いた覚えはない。 姿を見ないからってなんで私がこんな心持ちにならなきゃいけないんだ、と思い直すけど、それでもいつも見てるものを見ていないという違和感は取り除けなかった。 カフェテリアで夕ご飯を済ませて寮に戻る。 玄関で靴を脱いでいると、珍しく焦っているフジ寮長が目に入った。 きょろきょろとあたりを見回してると思ったら、私と目が合ったとたん、駆け寄ってくる。 「ああイチちゃん、良かった。」 「どうしたんですか、寮長さん。」 「こっちだよ。急いで。」 普段は「走っちゃダメだよ、ポニーちゃん。」って注意するフジ寮長が、私の手を取って部屋のほうへ走っていく。 スリッパもひっかけただけで、よろけながらもついていく。 何をこんなに焦っているのだろう。特に悪いことをした覚えもない。 寮長室を過ぎて、自分の部屋も通り過ぎる。 たどり着いた先は、一日姿を見かけることのなかったアイツの部屋だった。 なんで私が、帰ってきて鞄もおかずにアイツの部屋まで? 扉の前で立っていると、フジ寮長からマスクを手渡された。 「中に入るときはこれをつけてね。」 マスクをつけながら、質問する。 「あの、フジ寮長、いったい何が。」 「オグリがダウンしてしまってるんだ。クリーク君もいないから、君しか頼れなくて。」 それを聞いて、ドアを勢いよく開ける。 部屋の中には、ベッドの隅でぐったりしたまま苦しむ、弱ったオグリがいた。 「今日は、タマ君もクリーク君も、イナリ君も皆、広報やレースで外泊で……」 「朝から見かけないと思ったんです。」 フジ寮長が悔しそうな顔をする。まるで、寮長失格だとも言いたそうな表情だ。 こちらに背を向けて布団にくるまっているオグリに近寄る。 ヒュウ、ヒュウと苦しそうな呼吸音が聞こえる。酷い発汗で毛布はぐっしょりと濡れて、小刻みに震えている。 耳はヘタって、顔は見えないけど、きっと苦い顔をしているに違いない。 脚も小さく畳んでいて、いつもレース場で見せるような、豪胆とした印象は消えてしまっていた。 そこにはただ、病気に苦しむ、普通の葦毛のウマ娘がいた。 「フジ寮長、私、今晩ここにいていいですか。」 「もちろん。むしろ、お願いしたい。」 フジ寮長は、お辞儀でお願いしてきた。 「何か必要なものがあれば、いつでも言っていいから。すぐに買いに行くよ。」 「ありがとうございます。助かります。」 「ひとまず、スポーツドリンクはあるだけ、そこに入れてあるから。」 そういって、テレビの下の小さい冷蔵庫を指さす。 オグリには、今の私たちの声も聞こえていないのだろう。 ひたすら空気を求めて、苦しい呼吸を繰り返していた。 部屋を出る前に、フジ先輩がこちらに振り向く。 「イチちゃんも、無理をしないようにね。」 「はい。でも、このオグリを見過ごせないので。」 真剣な表情で、フジ先輩がうなずいた。 「ああ、あと浴場からタオルを借りてきてあるんだった。」 これ、使って。とフジ先輩が言うと、どこからともなくタオルが出てきた。 いつもなら愉快なだけで済むフジ先輩のマジックが、今回はとても頼もしい。ありがたく受け取る。 扉が閉まって、足音が遠のいていく。 私とオグリが、二人だけで部屋に残された。 オグリの苦しそうな呼吸と、悶えるように擦れる毛布の音だけが部屋の中に響く。 さあやるぞ、と頬を両手で叩いて気合いを入れて、まずは部屋を整える。 最初に、空気の入れ替え。それから、もっとあったかくできるように。 タマモ先輩に心の中で謝りながら、掛け布団と毛布をはがす。 オグリの枕カバーは汗でぐっしょりと濡れて、冷えてしまっている。 「オグリ、オグリ。」 オグリに声をかけるが、返事は無い。できないというほうが正しいのかもしれない。 ベッド脇に膝をついて、軽く揺さぶる。 壁に向かって丸まったまま、動かない。 頭を少し持ち上げて、枕もタマモ先輩のものと差し替える。 「オグリ、オグリ。大丈夫?」 オグリが私の声に気付いて、こちらに振り向く。少しだけ表情を明るくした。 何か言おうと口を開いた瞬間、ひどくかすれた音だけが響いてきた。 一緒に、痛そうに顔をしかめる。喉がかなり痛むようだった。両手で喉をおさえて、赤かった顔が真っ青になる。 理由はわからないけど、喉が悪いことがひどく怖いようだった。 「オグリ、大丈夫。しゃべらなくても大丈夫だから。」 口を必死に開閉させて何かを伝えようとしているが、言葉になって聞こえてこない。 「ううん、オグリ、大丈夫だよ。」 混乱したような、安心したような、申し訳ないというような、いろんな感情が混ぜこぜになった顔をする。 「オグリ、落ち着いて。わかってるから。」 私の腕をグッとつかんで、何かを伝えようとしている。 「大丈夫、わかるから。喉が渇くといけないから、マスクつけるよ。」 オグリの熱い手に私の手を添えて、優しく指を解いてやる。 「一日ずっと寝てたの?」 分からない、というように目を伏せた。 きっと熱のせいで記憶が無いのかもしれない。私も経験がある。 「今晩はずっとこの部屋にいるから。安心しなさいよ、ね。」 口元は見えないけれど、耳がピンと立つ。少しは安心してくれたのかもしれない。 ずっと膝をついていたからか、ちょっと痛んできた。 オグリの机の椅子を引き寄せようと、ちょっと立ちかける。 すると、オグリが不安そうな目をして、私の手首をためらいながら掴んできた。 「椅子を持ってくるだけだから、ね、オグリ。」 安心させるためにそう伝える。一瞬迷ったように手を握ったけど、放してくれた。 椅子を引き寄せて、側に座る。ちょっと椅子の高さが合わないけど、ずいぶん楽だ。 「オグリ、水分補給してないでしょ。」 聞いてみると、こくんとうなずく。 冷蔵庫からフジ先輩の飲み物を取るために席を立ちかける。 すると、また手首を掴まれた。 「ちょっとオグリ、飲み物取るだけだって。アンタ、水飲んでないんでしょ。」 そう言うと、さっきよりも幾分スムーズに手を放してくれた。 相当心細かったんだろう。手をすがるように掴むオグリが、ちょっと愛くるしげに思えてくる。 オグリのマグカップに飲み物をついで、身体を起こしてやる。 落とさないように、マグカップをゆっくり手渡す。 オグリが両手で、大事そうに受け取った。 マスクをずらして、痛む喉をちょっと我慢しながら、ゆっくり飲んでいる。 喉がこくり、こくりと動いている。静かな部屋に、オグリが飲み物を飲む音が響く。 最初はかすかに、だんだん、喉の動き方が大きくなった。 良かった。飲めてる。 あの大食漢のオグリキャップとは思えないほどスローペースだ。 少しずつマグカップの角度が上がっていく。 ふう、と息をついて、角度が戻る。 私も何も言わずに、次の分を注ぐ。 「おいしそうじゃん。」 私のちょっとからかう言葉に、きょとんとした顔。 こちらにマグカップをずいっと寄せてから、あっ、言いたそうな焦った顔に変わる。 そのまま、どうすればいいのかと困った顔。 ころころ変わるオグリの顔に、思わず吹き出してしまう。 「いいよ、私は自分で飲むから。サンキュ。」 すると、おお、と納得したような顔になる。 表情が良く変わるヤツだなと思ってたけど、しゃべらないだけでこんなに面白いなんて。 「ちょっとは元気出た?」 長い髪の毛を一本にまとめて、身体の前に垂らしながら質問する。 うん、と一回頷く。 「よし、今のうちに着替えちゃって。」 こういうタイミングでもないと、もう疲れちゃって着替えられなくなる。 汗でぐっしょりした肌着を変えさせる。 ベッド下の収納を開けると、トレーニング向けの機能性抜群な肌着でいっぱいだった。 これなら汗の抜けもいいだろうし、ちゃんと毛布をかぶれば完璧だ。 このトレーニングウェア、どこで買ってるのか治った後に聞いてみようと思った。 飲み物と着替えで胃が刺激されたのか、ぐぅ、という音がどこからか聞こえてくる。 オグリがはっ、とお腹に手をやる。そうだろうと思った。 「ご飯、食べてないよね。」 こくこく、と細かく数回うなずいている。 「ごはん、作ろうか。」 目がぱあっと開かれる。ああもう、コイツは。 「いつもの量は出さないからね。」 少しムカッと来たので、ピシャリと言い放つ。 それを聞いたオグリの耳が少しヘタる。ダメに決まってんでしょ。 キッチンに向かうために椅子から立ち上がる。 オグリが私の顔を見上げて、裾を控えめにつまんできた。 「キッチンでおかゆでも作ってくるから、ちょっと離れるよ。ちゃんと戻ってくるから。」 強引に振り払うこともできたけど、それは、なんだか心苦しい。 「ここにいちゃ、ご飯作れないでしょ。ほら。」 説得してるはずなのに、指の力が強まる。 「オグリ。ね、お願い。」 なんとか安心させないと。 オグリの片方の頬に手を添えてやる。マスク越しに、普通じゃない体温が手のひらから伝わってくる。 一瞬驚いたように目を見開いたけど、ゆっくり目を閉じて、私の手のひらに顔を傾けてきた。そのまま、すりすりと顔を擦りつけて、動かなくなる。 げっ、悪手だったか。ちょっと叱るほうにするか。 空いている頬にも手を添えて、ぎゅっと挟む。 「ごはん、作れないでしょって。」 オグリが悲しそうな目をする。それは食べれなくなることなのか、それとも。 どっちだ、こら。 「ご飯はあるから。すぐだから、ね。」 もう一度ぎゅっと顔を挟んで、ぱっと離れる。あんまり甘やかすのはダメそうだ。 ドアノブに手をかけて、振り返る。 「しんどかったら寝ちゃっていいから。あとでね。」 ドアを優しく閉めて、暗い廊下をキッチンに向かって歩き出した。 部屋の電気をつけて、換気扇を回す。 お米は1合の半分くらい。お水はこの量に600ml。 味付けは可能な限りシンプルに。塩をふたつまみだけにする。 何と驚いたことに、栗東領のキッチンには土鍋がある。美浦寮にもあるけど。 冷蔵庫に梅干しがあったはず。アイツは食べれるから、添えてあげよう。 もっと作ってやりたい気持ちもあるけど、体調を崩してるから自粛する。 浸水させていたお米をさっと洗って、お鍋を中火にかけて、白く煮立つまで待つ。 煮立ってきたら、すぐ弱火にして、木のしゃもじでご飯がつかないように軽く混ぜる。 そのあとは、お箸を一本挟んで蓋をして、弱火のまま25分くらい。 煮立つ間に、オグリにお弁当を作ってやったはじめのころを思い出す。 作ってやった、っていうのは正しくない。押し付けたっていうのが正しい。 田舎からポッと出てきたアイツに嫌がらせをしようとして、わざと野菜ばかりをチョイスした。 朝練の時間を調べて待ち伏せして、名前も名乗らずに弁当を突き付けた。 目論見は外れて、まるっとおいしく頂かれてしまったのはミスだった。 私も対抗心が湧いて、絶対に苦手な食材を見つけてやろうって決心して、今に至ってる。 それからは、アイツのせいで夜早く寝て朝早く起きるようになったり、クリークさんたちと仲良くなったり。 本来の目的から外れてきて、周りには妙なあだ名をつけられるし、勘違いされてるし。 絶対関係ないけど、アイツのフォームが私の身体にも沁みついてタイムが縮んだり、良い結果を出せるようになった。 楽しい思い出のほうがたくさん浮かんできて、口角が上がってくる。 何ニヤついてるんだ、私。 本当は、アイツの調子を落とすはずじゃなかったのか。 その時、脳裏にふっと、暗い考えが湧いた。 今がチャンスなんじゃないだろうか。 アイツは元気な時に、調子を落とすことはなかなかない。 でも、今は? 病気で調子を落としてる所に直撃するようなものを追加したら? 例えば、喉に直接ダメージを与えられるような、辛い味付けは? 唐辛子はある。しゃべれないほど喉が悪いなら、コショウでもいいかもしれない。 例えば、胃腸が弱っているところに負担をかけれる、脂っこいものは? 豚肉はある。ワザと脂を落とさずに、バターで焼いてやったら最強だ。 思いつく考えに「どうなるだろう」なんて、とてつもなくイヤな奴だ。答えなんてわかってるのに。 アイツは私を友達だと思っている、と思う。私は、どうだろうか。 楽しい思い出には、いつだって後ろめたい気持ちがくっついていた。 頭の中がモヤモヤと陰る。本当の悪役になってしまいそうで、クラクラする。 気分がひどく悪くなってくる。 どうしたらいいだろう。 おかゆの面倒を見ないと。 なんでかわからないけど、めまいがする。 アイツの看病をしないといけないのに。 何を優先したらいいのかわからなくなった頭は、どんどん曇っていく。 そう思っていた時、後ろから声をかけられた。 「イチちゃん、ご苦労様。」 フジ寮長の声だった。 「オグリのかい?やっぱり料理上手だね。さすがだよ。」 私の様子が変に見えたからか、声の調子が変わった。 「イチちゃん?どうしたんだい、大丈夫かい。」 後ろから手のひらで肩を支えてくれる。 「どうしたんだい。何か、力になれることはある?」 私の目を真っすぐ見るフジ寮長の目は、すべてを見透かしているかのようだった。 「あの、フジ寮長。私を思いっきり、叱ってもらえますか。」 予想外の言葉に、きょとんとした顔になる。 しかし、舞台に立つ俳優みたいに、すぐ表情が切り替わった。 「イチちゃん、何を考えていたんだい。」 声色も、少しドスが効いたような、聞いたことのないものになる。 「私は、君が何を思っていたかは全く知らない。けれど、そういうことを言うからには、何かいけないことを考えていたんだね?」 非難するように目を細めて、私の肩を掴む手に力が入る。 「今この瞬間で、君はトレセン学園の中で一番よこしまなウマ娘だ。」 何も話していないのに、言い当てられて心臓が跳ねる。 「君が今やらなきゃいけないことは、オグリの面倒を見ることに集中することだ。」 強い語調で、ピシャリと言い放たれる。 「わかったら、もう火にかけっぱなしのお鍋を、オグリに届けてあげるんだ。いいね?」 フジ寮長が、私の身体を回してコンロに向ける。 背中を一つ、トンと叩かれる。 そうだ。私は今、フジ寮長から頼まれてる。 私がやらなきゃいけないことを、ちゃんとやろう。 まだ頭はモヤついてるけど、やらなきゃいけないことはわかった。 オグリに、これを食べてもらわなきゃ。 「オグリ、起きてる?」 肘でドアノブを下げながら、肩で扉を押し開ける。 「はい、おかゆ。梅干し食べれるでしょ。」 壁にもたれかかっていたオグリは、ご飯の香りをかいだからか、少し元気を取り戻したようだ。 オグリが毛布を手早くたたんで、ベッドに腰かけるように姿勢を変える。 もう快復したんじゃないかってくらいのスピードだ。 「ちょっと、もうすっかり元気じゃん。」 オグリが首を横に振る。でも、目はキラキラ輝いている。 オグリの前に椅子を動かして、土鍋と取り分ける用の小皿、れんげが載ったお盆を置く。 「待ちきれないって感じだけど、めちゃくちゃ熱いから、ゆっくり食べなよ。」 うん、とオグリが首を縦に振る。 もう食べてもいいのか、とでもいうかのように、私を見てくる。 「はい、召し上がれ。」 いつもより勢いはないけれど、ゆっくり手を合わせて、軽くお辞儀。 タオルを蓋にかぶせて、開けてやる。湯気がぱあっと立ちのぼった。 いただきますの声が、何故かわからないけど、部屋の中に響いた気がした。 「少ないけれど、がっつくのは治ってからね。」 立ち上る湯気にさすがにひるんだのか、ふー、ふー、と必死にオグリが冷ましている。 1分くらい冷ましてから、一口。 オグリの耳と尻尾がピンと立つ。 「おいしい?」 キラキラのままの目で、たくさん頷く。 ご飯をすくって、冷まして、食べる。間に梅干しを食べて、顔をすぼめる。 れんげの動きがどんどん加速して、あともう一口分。 いくら調子が悪かったとは言え、オグリには一人分は少ないみたい。 最後の一口をいつもよりゆっくり飲み込んで、ごちそうさまのポーズ。 喉はまだ痛そうだけど、まるで死の淵に立っているような表情は、もう消えていた。 オグリが嬉しそうに食べているのを見て、自分の気持ちがちょっとずつ晴れていくのを感じた。 やっぱり料理は、最後には笑顔になってもらうために作るのかもしれない。 オグリ、ごめん。 でも、素直な弁当はまだ、絶対出してやりたくないから。 思いを全部胸にしまって、料理人として、一言だけ。 「はい、お粗末様でした。」 パッと片づけて、食べたばかりだけどオグリを横にさせる。 「あとは寝て、しっかり治して。」 オグリがこちらをじっと見つめてくる。 「大丈夫、今夜はここにいるし、何かあったらフジ寮長も起きてるから。」 うん、と安心したように頷いて、オグリは目を閉じた。 ちゃんと治して、また朝に差し入れさせてよね、と念を送る。 寝付いたように見えるオグリの目元は、すっかり優しくなっていた。 了 ページトップ 3つ目(≫162~164) 二次元好きの匿名さん22/01/25(火) 00 20 57 「ほっ、ほっ、ふう。」 「あれは……やっぱり。今日も来てくれているんだな。」 「おおい、おはよう。」 「下を向いて、一体どうしたんだ……。おおい。」 「イチ?どうして下を向いているん……ああ。」 「ふふ、珍しいな。寝入ってしまったのか。」 「……そうだ。起きるまで、寝かせておくか。ふふ。きっと驚くぞ。」 「綺麗な手だな……。あ、爪がささくれだっている。」 「ヤスリをかけたいが、何と言えばいいだろうか……。いつも避けられてしまうからな。」 「そういえば、イチには迎えてもらってばかりだな……。私からもできることは無いだろうか。」 「しまった、いつも食べているころだからお腹が……。ううむ、起こしてしまおうか。」 「いや、やはり良くないな。我慢だ。」 「いつも、いつお弁当を作っているんだろうか……。まさか、私が起きるよりも早く起きだしているのか?」 「しかし、それだとキッチンで会うと思うんだが……。二度寝しているんだろうか。」 「よく見ると、イチのまつげはとても長いんだな。指先もきれいだし、確かにライブで映えそうだ。」 「センターで踊るところは、必ず見に行くからな。待っているぞ。」 「ふぁぁ……。しまった。寝顔を見ていたら……。」 「ううん、ダメだ、私が寝てしまっては、せっかくイチがお弁当を作ってくれたのに……。」 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「……オグリキャップさん!レスアンカーワンさん!」 「起きてください。もう予鈴がなっていますよ!」 「オグリキャップさん!レスアンカーワンさん!」 「……もう食べられないよ~。」 「……もう一杯おかわりを~。」 「オグリキャップさん!レスアンカーワンさん!」 了 ページトップ 4つ目(≫184~189) 二次元好きの匿名さん22/01/27(木) 04 09 50 くそっ、やられた。 土砂降りになってるスーパーの駐車場をにらみつける。 食材を買い込んで両手に下げた保冷バッグが、より一層重く感じられる。 今日はとことんツイてない一日だった。 過去形にしているのは、もうどうせなら終わってほしいって思っているから。まだ18時で、ホントのところは終わってない。 朝はほとんど寝過ごしたせいで、跳び起きた。 お弁当を作り終えてる頃の時間に目が覚めてしまって、大慌てでキッチンに駆け込んだ。 もう洗い物も済んで、エプロンを畳んでるクリークさんに『今日は来ないのかと思いました』って言われるくらいだ。 お弁当とはちょっと呼びにくいものを大急ぎでこしらえて、玄関で靴を履くと、小石が靴の中に混ざってて痛かった。 そのあとオグリといつも会うところを読み違えて、移動するハメに。 お弁当の出来も正直悪かったみたいで、オグリから『今日はシンプルだな』って言わせてしまった。 授業中には、ボールペンのインクの出がやらら悪いし、シャー芯はメチャクチャ折れるし、消しゴムでノートをグチャッてしちゃうし。 一週間に一度、お昼に開催される『にんじんハンバーグ定食争奪特別』は、風紀委員長に捕まって私だけ障害競走になるし。もちろん負けた。 午後の授業は抜き打ちの小テストされるし、サボりたい授業ではなんかやたらセンセーに当てられるし。 トレーニングの時には、不良たちがあの子たちのリーダーを先頭にして、レース場を占拠してて走るどころじゃなかった。 生徒会と教官たちが総出で出てきてて、結構な騒ぎになってた。 あの子たちの事情はわからなくないけど、悪いことが重なる日くらい、かっ飛ばさせてほしかったなあ。 その余波でトレーニングルーム、体育館、敷地外の神社までもう生徒だらけで、走れるところはもうどこにもなくなってた。 空き教室で勉強会だね、ってことになって、また過去のレース資料の研究かな、と思っていたのもつかの間。 ゴザと立派な将棋盤を持ってこられて、なぜかいきなり将棋をやらされた。マジで意味わかんなかった。 予定がズレこんだし、今日は早めに解散しようという流れになった。 気合入れてスーパーまで買い出しに行こう、って決めた。 根拠はわかんないけど、スーパーは悪い私の一日を清算してくれる気がしたから。 どうせもともと行く予定だったし、早まって嬉しいくらい。 クリークさんを誘ったけど連絡がつかなかったので、上手くトレーニングにありつけたんだろう。 ジャージのまま鞄だけ部屋に置いて、キッチンに下げてある二人分の保冷バッグを手に、学園を出た。 小さいころ、お母さんにくっついて行くスーパーはすごくキラキラしていた。 美味しいものがたくさんあって、好きなもので溢れていて、人がたくさんいて。 最初の自動ドアをくぐって、カートや買い物かごがあるスペースは何故か無限に広い気がして。 野菜や果物、お魚のコーナーはちょっと寒かったけど、そこを抜けたら魅力的なもので溢れていた。 お母さんに「何か一個、好きなお菓子買っといで」なんていわれたら、時間がいくらあっても足りなかった。 そんな昔の話を突然思い出したのは、多分、今日さんざんだったから。 学園に来て、アイツが来るまでの間の買い物は、コンビニや学園の売店で済ませていた。 お弁当を作るぞってなって、クリークさんにいきつけの所を紹介してもらってから、スーパーに来るようになった。 トレセン学園が広いのと、周りが住宅街なのもあって、そこまで近いところにはスーパーが無い。 安全上の理由で自転車に許可なしでは乗れないのもあって、そこそこ不便。 でも、私たちは力持ちだし、ちょっと買い込むくらいならトレーニングみたいなもんだ。 ちょっと距離を歩けるのも、気分転換にとてもちょうどいい。 今日も、クリークさんの分まで買い込むつもりで、気合いを入れてきた。 無駄に買わないように、気を付けないと。 多少買いすぎたって、すぐ消費してくれる人材がいるから、多少増えてもいいんだけど…… おっ、にんじん詰め放題だって。嬉しい。 あ、ちょっとお魚にチャレンジしてみようかな…… そんな感じで、やっと気持ちが上向き回復していた。 いたはずなの。 最後のとどめが、突然の土砂降り。 「ホンマ気持ちよさそうに降っとるなあ。たまらんで。」 タマモクロスさんの物マネをしても、気持ちは晴れず、笑ってくれる人もおらず。 周りのお客さんたちも困ってる。こんなの、予測できないもん。 あー、私も困った。 いつもは買わないお魚を買ってしまったから、早く帰りたかったのに。 あと、一日報われなかった自分へのアイスクリーム。ラクトアイスじゃないやつ。 とりあえず、イツメンに連絡して傘を持ってきてもらおう、とスマホを探してポケットを探る。 見つからない。 うん、反対側だったか、と思って重たい鞄を持ち変える。 やっぱり、見つからない。 一体どこに置いてきたのか、スマホは自分と一緒にスーパーまで来ていなかった。 まさか、部屋に置いてきた鞄の中に入れっぱなしだったんだろうか。 心の中で、何かがぼっきり折れた。 あーーーもう。無理。マジで無理。 「なんでよー……」 消え入るようにつぶやく。 お願いだから、一秒でも早く止んでほしい。 もうヤケで、ここでアイスクリームを食べてやろうか。 マイバッグを開けてアイスを見つけるけど、カップ型で、スプーンを貰っていなかったことに気付く。 八方塞がりじゃん。何が塞がってるのかは知らないけど。 はあ、と大きなため息をつく。雨に濡れたコンクリートのにおいが鼻をくすぐる。 梅雨の時期とかだったら風物だなあ、くらいに思えるけど、今はただただイライラするだけだ。 駐輪スペースの壁に寄りかかって、座り込む。 どうしよう。どうしようもないな。せっかく買ったのになあ。 マイバッグに挟まれて地面を見つめる。目の前を、人々が通り過ぎていく。 ふと、視界が暗くなった。 少し顔を上げると、人影だった。赤いジャージ。トレセン学園のと同じような色だ。 もう少し顔を上げる。脚の間から、葦毛色の尻尾が見える。ウマ娘だ。 片方の手に、大きい傘を握っている。 もう少し見上げようと思ったら、先に、手のひらが差し出された。 綺麗な、見慣れたことのあるような、白い手のひら。 「ここにいたんだな、イチ。」 聞きなじみのある声。 優しくて、芯が通ってて、強くて、歌にのると聞きほれてしまう声。 顔を見上げる。そこには、今朝も見かけた、アイツが立っていた。 「オグリ。」 「イチ、迎えに来たぞ。」 「迎えにって、なんで。」 「クリークから聞いたんだ。イチが買い物に行くと連絡して、傘がないんじゃないかと言っていた。」 完璧な連係プレーに、思わず涙ぐんでしまう。 「さあ、帰ろう。」 オグリの手を取る。 「うん。ありがとう。」 マイバッグを両手に持って、立ち上がった。 「イチ、もう少し入れるぞ。」 「ん、ありがと。」 「いっぱい買ったんだな。何を買ったんだ?」 「お魚とお野菜と、あとアイス。」 「何っ、アイスがあるのか!」 「あげないから。これは自分へのご褒美なの。」 「そ、そうか……。残念だ。」 「そんな露骨にがっかりしないでよ。アンタのお弁当のおかずも入ってるんだからさ。」 「本当か!」 「ネタバレだけど、明日はお魚だよ。」 「嬉しいな。明日の朝ごはんが楽しみだ。」 「ちょっと、もうお腹鳴らさないでよね。」 「あ、ああ、すまない。」 「てか、アンタ、車道を歩く側なんだね。」 「ん、どういうことだ?」 「別に、なんでも。」 「両手に荷物のあるイチよりも身軽だし、水たまりがあるからこっちを歩いているだけだぞ。」 「だから、そういうとこだって。」 「んん、どういうことだ?」 「なんでもない。」 「それに、食べ物が濡れてしまっては良くないからな。」 「ねえ、ワザとやってる?」 「な、何を……。どうしてそんな凄んでいるんだ。」 「ていうか、私、傘に入りすぎてない?」 「ん、そんなことは無いぞ。このままで大丈夫だ。」 「ちょっと、良く見えないけど、アンタ肩濡れてない?」 「大丈夫だ。イチが濡れてしまって、風邪をひくようなことがあってはいけないからな。」 「それはお弁当がなくなるから、って意味?」 「イチに風邪をひいてほしくないだけだ。私の大切な友人だからな。」 「……そうですか。アンタも、風邪ひかないでよ。」 「ありがとう。気を付ける。」 「だからほら、もう少し寄りなさいよ。」 「あ、ああ。だがそれではイチが……。そうだ、バッグを二人で持つのはどうだ。」 「え、どういうこと。」 「片方のバッグの取っ手を一つ、私のほうにくれないか。」 「何、持ってくれるワケじゃないの?」 「持ってしまったら私たちの幅が広がってしまうから、これなら大丈夫だと思ったんだ。」 「アンタ、これがどんだけ恥ずかしいかって……」 「私は、何も恥ずかしくないぞ。」 「いや、そうじゃなくて。」 「雨の日もなんだか、イチとなら悪くないな。」 「あー、そうですか。」 「ど、どうしたんだ。何か、気に障るようなことを言ってしまったか。」 「何にも言ってない。」 「やっぱり、ちゃんと鞄を持ったほうがいいか。重たいしな。」 「別に、大丈夫。」 「そ、その、すまなかった、イチ。」 「いいってば!ありがと!」 「ど、どうしてありがとうなんて今言うんだ?」 「もー!このままでいいの!ありがと!」 了 ページトップ Part5 1つ目(≫57~60) 二次元好きの匿名さん22/01/28(金) 02 32 24 「ねえちょっと、相談乗ってくんない?」 「何イチ、どうしたの。」 「またオグリの話?」 「イチがオグリのこと話すときは、『オグリの奴がさー』で始まるから、今回は違うね。」 「何なのよその分析モドキ。ムカつく。」 「いや、実際ホントーじゃんね。」 「私のことはいいんだって。これ見てよ。」 「何この手紙。便せんカワイー。」 「ちょっとイチ、そんなことしなくてもイチの愛は十分にダンナに伝わってるよ。」 「違うんだって。ちょっと中見てよ。」 「『本日18:30に、美浦寮裏にてあなたを待つ』……?」 「えーーーー何これ、古風ー。」 「寮の靴箱に入っててさー。どうすればいいかな。」 「名前無いじゃん。コワ。」 「いや、ワザワザ行くことないっしょ。怖くね?」 「つーかイチのオグリへの愛を知っておきながら、こんな告白の手紙みたいなの書く奴いないよねえ?」 「え、ちょっと待ってよ、それどういうこと。」 「アンタとオグリが恋仲だってのはもう公然の事実なワケ。え、知らんの?」 「違うって言ってるじゃん!アンタたちが一番よく知ってるでしょ!」 「いやー、嫌がらせってのはわかってるけどさ。そこはアレよ、『表現と印象』の違いよ。」 「意味わかんないんですけど!」 「まあオグリギャルのことは置いといても、これなー。」 「行ってあげてさ、『私にはもう、心に決めた葦毛の王子様がいるので……』って断ってきなよ。」 「だから、そんなんじゃないっての!」 「待ってよ、逆に受け入れてやってさ、オグリにそれを見せつけたら一番効果的な嫌がらせになるんじゃね?『ああ、どこへ行ってしまうんだイチ……』ってへしょげるよ多分。」 「それなー!アンタ天才じゃん!」 「もー!バ鹿じゃないの!?」 「ヤバ、顔あっかいよ。」 「ウケる。撮っとこ。」 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 夕方、結局、無名の手紙に促されるままに美浦寮裏に来てしまった。 トレーニングが早めに切り上げられる日だったからよかったものの、差出人は私の予定が合わなかったらどうするつもりだったんだろうか。 そんなことまで頭が回らないほど、大事な要件なんだろうか。 ていうか、こんな桜の木の下で告白するとうまくいく、レベルの古風な手段が現役だとは。 一体差出人は何を考えているんだろう。 木々が風に揺られて、カサカサと乾いた音を鳴らす。 遠くから響く、トレーニングに精を出す声。 トレセン学園の周りではなかなか感じられないような静けさがそこにはあった。 寮の裏なんて来たことなかったけど、確かに人影もなくて秘密の話をするにはいいのかもしれない。 耳を澄ましていたら、遠くから足音が聞こえてきた。 「あのっ!レスアンカーワン先輩ですか?!」 大きい声が響く。 振り返ると、私よりもちょっと小柄な黒鹿毛のウマ娘がそこにいた。 「あ、どうも。そうです。」 「来てくれたんですね。ありがとうございます!」 知らない子だ。同学年ではないように見える。 とりあえず、怖い人じゃなくて良かった。怖くてもひっぱたくだけなんだけど。 「もしかして、手紙の。」 「そうです!今日はお聞きしたいことがあって!」 「聞こえますんで、もう少し抑えてもらえますか。」 「あっ、すみません。慌ててました。」 「あの、それで聞きたいことって。」 促してみると、小さい身体を急に小さくしている。どういうわけか顔も赤い。 「あの、どうしたの。」 「あ、あの、レスアンカーワン先輩って。」 「イチでいいよ。呼びにくいっしょ。」 は、はい、と小さい声を響かせている。 と思った矢先、ぱっと顔を上げた。 「あの、イチ先輩って、好きな人っているんですか!?」 「……はっ?」 思わず聞き返した。 後輩ちゃんは、うー、とか言いながらこちらを真っすぐ見ている。 「えーと、好きな人ってのは。」 「やっぱり、いますよね……。」 待て待て待て待て。何。どうしたの。そんなしゅんとしないでほしい。 「待って、別にいないよ。」 「ほ、本当ですか!」 「うん、今はレースに集中したいし、私もちょっとずつ力がついてきてるから……。」 「でも、毎朝、オグリキャップ先輩に差し入れしてるんですよね。」 それを言ったっきり、耳がへたる。 なんだか、いきなりびっくりするようなことを言う子だな。 どうして今、アイツの名前が出てくるの? 「いや、あのね。」 「オグリ先輩とイチ先輩、お付き合いしてるって噂ですし。」 「あのね、それ完っ全に誤解だから。」 ちょうどいい。一対一の今なら、誤解を解きやすい。 「私とアイツは付き合ってないし、正直私はアイツのことを気に入ってるワケじゃないの。」 「えっ!?そうなんですか!?」 声が、声が大きい……。いいことなんだけど……。 思わず耳を後ろに向ける。 「ご、ごめんなさい、怒らせてしまって……。」 「いや、怒ってない。びっくりしちゃっただけ。」 「す、すみません……。じゃ、じゃあこの間オグリ先輩と相合傘してたっていうのは?!」 「それは雨が降って、アイツがたまたま迎えに来たってだけ。どっちかっていうとクリークさんのおかげ。」 むー、という効果音が似合う、頬を膨らませた顔でこちらを見る。納得してほしい。 ていうか、なんでそれ知ってるの。 校門前で受けた取材か、でもスタッフの人は使うかどうかはわかりませんって…… まだ信じてもらえないみたいだった。 「あの!イチ先輩!」 何か意を決したような顔つきで、名前を呼ばれた。耳が明後日の方向を向く。 「イチ先輩とオグリ先輩がお付き合いしてるのは知ってますが、それでも、私はオグリ先輩を諦められません。」 何? 「私、負けませんから!」 はあっ? 「はあっ!?」 「私、イチ先輩にここで宣戦布告します!オグリ先輩のこと、私だって好きなので!」 燃えるような、綺麗な目で真っすぐ見つめられる。 どこから説明を始めたらいいか全くわからなくなってしまった私は、口を半開きにしたまま、棒立ちしてしまっていた。 私はアイツのこと好きじゃないし、なんならやっつけようと思ってる。 「あのね、ぜんっぜん違うの。まずね。」 「私、頑張ります!イチ先輩には負けません!」 話を聞いてもらえず、綺麗に踵を返して走って行ってしまった。 それから、どこからか響く、スマホのシャッター音。 夕日と風が、爆笑しているかのように木々を照らして、揺らす。 明らかにまずい事態がどこかで起きているけれど、それを咎めるつもりにすらなれなかった。 了 ページトップ 2つ目(≫113~134) 二次元好きの匿名さん22/01/31(月) 21 46 40 私は何だったんだろう。 これまで、何をしてきていたんだろう。 朝日が差すキッチンでお弁当用の野菜を刻みながら、唐突に、これまでの記憶が私を襲った。 何かを積み上げてきた、なんて高尚なことはしていない。 トレーニングは積んできたけど、自分のベストを尽くすためで、アイツに勝つための根本的なものじゃなかった。 自分が成り上がって上に立つんじゃなくて、上にいる人を引きずり落そうとしてきた。 自分が成長して強くなるんじゃなくて、相手が弱まって自分のところまで落ちてくるのを祈ってた。 それも真剣にじゃなくて、へらへら笑いながら、普通に過ごしながら狙ってきた。 相手が心に宿す思いや、熱や、周囲の人々からの期待や、それに応える責任感も全部無視して、意地汚く、脚を引っ張ろうとしてきた。 狂気にも似た必死さを発揮することもなく、追及されたら困るような心持ちだけで、他人を呪ってきた。 その結果は何も生み出すこと無く、生ぬるい中でぬくぬくと、相手がさらに伸びていくのを眺め、手伝っているだけだった。 もっと悪いことに、相手は私の悪意を善意として受け取れてしまうほど、器量が大きくて、とても強かった。 私なんかとは比べ物にならないくらいに、速くて、強くて、心が広くて、美しかった。 呪う相手が、私を祝福してくる。 私は愚かだったから、その祝福だけを無邪気に受け取っていた。自分が相手を呪っていたことを全部忘れて。 人を呪わば穴二つ、っていうけど、私の場合は、二つ分の穴が私一人にまとめて降ってきた。 どうして、どうして。 私は、何をしていたんだろう。 私は、何をしているんだろう。 朝から眠い目をこすって他人の不幸を探るために起きだして、支度をしている。 そのために、呪ってる相手の友達まで巻き込んで。 その友達は、私を精一杯祝福してくれていて、それも私は、ぬか喜びで享受している。 私は、糸が切れたように膝から崩れ落ちた。 手に握っていた包丁が滑り落ちて、私のふくらはぎを傷つける。痛い。 自分への嫌悪感でこみ上がってくる吐き気。視界が暗くなる。 一緒にキッチンにいたクリークさんの声が、遠くで聞こえる。私を非難する声だろうか。 そのまま、私は気を失った。 目が覚めた場所は、自室のベッドの上だった。 ふくらはぎがちょっと締め付けられているのを感じる。誰かが手当てしてくれたのかもしれない。 吐き気はおさまっていた。 でも、頭痛がする。 痛む頭で、時間を見るためにスマートフォンの電源を入れる。誰かが充電器に差しておいてくれたらしい。 画面の光が自分の顔を照らす。ホーム画面は、明日の日付を示していた。 ああ、丸一日寝込んでたんだ、と気づく。 いつもよりももっと早い時間に目が覚めていた。朝日はまだ空を明るくするだけで、顔を出していない。 痛む頭をおさえながら上半身を起こして、うす暗くなった部屋を見回す。 充電コードにつながった、満充電のスマートフォン。 その隣にちょこんと座る、アイツをモチーフにしたぬいぐるみ。 いつか、アイツとクリークさんたちと一緒に出かけた時に、ゲーセンで取ったものだ。 トゥインクルシリーズのウマ娘をモチーフにした、トレセン学園初のぬいぐるみ商品。 「アンタがこれ持ってき」ってタマモ先輩に貰った。 最初は恥ずかしかったけど、ルームメイトが「サイドテーブルに置いておいたらいいじゃない」って言ってくれて置いたやつ。 ぬいぐるみは罪のない顔で、こちらを見つめてくる。 その顔を見ると、頭痛がひどくなるような気がした。 ぬいぐるみが、私をあげつらっているように見える。 そんなわけない、私がおかしい、全部私のせいだ。 そう思っていても、私は自分を認められなかった。 ぬいぐるみに手が伸びて、その頭を強く握る。 罪のない頭が手の甲に隠れて、歪む。 握ったままベッドから立ち上がる。包丁で切った脚が、ズキリと痛む。 昨日の朝まではぬいぐるみが水に濡れるのもかわいそうだと思っていたのに、今は何にも思わなかった。 静かに部屋を出る。薄暗い廊下を通って、玄関まで向かう。 スリッパをはき替えるのも忘れて、ゴミの集積場までふらふら歩く。 一歩踏み出すたびに痛む脚は、鈍る頭の私に、目的を教え続けてくれた。 薄明りが照らす学園は、私の知らない異界のようだった。 私がいてはいけない場所。 私が自分で否定した場所。 私が望んでも届かぬ場所。 痛む頭に無表情で耐えながら、ゴミ集積所にたどり着いた。 私は何も考えられないまま、ぬいぐるみを思いっきり地面に叩きつけた。 気分がひどくなる代わりに、頭の痛みがスッと引くのを感じた。 痛いのは、嫌だ。 包帯を巻いても、薬を飲んでも、治らない痛みは嫌だ。 今の私は、きっとひどい顔をしているんだろう。 このぬいぐるみが作っている笑顔と対照的な、醜い顔をしているんだろう。 でもこの痛みを解消するには、これに無茶苦茶に当たるしかなかった。 痛みを消してくれる蜜を舐めるために、無心に残酷な仕打ちを繰り返す。 かわいそうに思うくらい人格を感じていたそれは、段々とただのモノになってきた。 布と、綿の塊。 すっかり形を変えたそれを見るころには、頭の痛みはすっかり引いた。 肩で息をしながら、妙にすっきりした頭と、脚の痛みが次に何をするべきかを教えてくれる。 ゴミはきちんとまとめておかないと。 まとめてあるごみ袋の中から、まだ入りそうな袋の口を解いて、散らばったものをまとめて中に詰め直す。 口をきちんと縛り直して、終わり。 気分はまだ悪いままだったけど、頭痛はよくなった。 良かった。私の呪いはきっと、解消されたんだ。 目の周りがじわっと熱くなる。そのあとに涙がやっと、少しだけあふれる。 ふらつく脚で身体を支えながら、ドアを閉めるのも忘れて、倒れこむように横になる。 私はそのまま、昨日と同じく、気を失うように眠りに落ちた。 また、目が覚める。頭が重い。 今度の部屋は暗かった。横から、ルームメイトの寝息。 目なんて覚めなくても良かったな、と思う。お母さんに怒られそうだけど。 また今朝と同じようにスマートフォンに時間を教えてもらおうと身体を傾けると、頭からズルっとタオルが落ちてきた。 途端に頭が軽くなる。 なるほど、これのせいだったのか。 スマートフォンに手を伸ばそうとすると、手に誰かの熱を感じることに気付く。 暗くてよく見えないけど、誰かが私のベッド脇に椅子を持ってきて、座っていた。 私の手を握ったまま、規則正しい寝息を立てている。 これ、動けないじゃん。どうしよう。 反対側の手で、何べく静かにスマホを手に取る。2時47分。 『大丈夫か?』 『イチちゃん、脚の具合はどうですか』 『何があったん?ヘーキ?』 『センセーには言ってあるよ!ノートは取ってないけど笑』 『足を切ったと聞きました。日常生活には気を付けてください。治るまで、トレーニングはレースの研究に……』 たくさんの通知を流し見る。 自分を励ます文章が、今ばかりは全部返ってきた呪いにしか見えない。 スマホを投げ出す。もう、気分が悪い。 目を閉じて、何とか眠ろうとする。 そう思えば思うほど、眠れない。目の裏を赤黒い何かが走っていく。 手を握られているのも忘れて、寝返りを打った。 「んん……。」 椅子に座った子が声を上げる。はっ、としたように目を覚ます。 「ああ、寝ちゃってました……。」 クリークさんの声だ。ふぁ、と小さいあくび。 「イチちゃん、起きましたか?」 ルームメイトを起こさないようにか、ささやくような声。 返事をするかどうか、一瞬迷う。 今の私は、誰のお世話にもなりたくなかった。 寝たふりを決めこんで、規則正しく呼吸する。 何回か呼吸を繰り返すと、クリークさんがまた囁くように声を出す。 「イチちゃん。わかってますよ。起きていますよね。」 なだめるような、叱るような、優しくて力強い声。 少し揺らいだけど、深く息を吸って聞こえていないふりを続ける。 少し深く吸いすぎたのかもしれない。クリークさんがほんの少しだけ、語気を強めたように話す。 「お水を飲んでご飯を食べないと、治りませんよ?」 私は寝てる。寝てるんだ。 肩に思わず力が入る。すると、握られていた手にもっと強い力を感じた。 「ほら、起きてください。」 ベッドのシーツがずれるほど強い力で手を引かれて、思わずわっ、と声が出る。 「やっぱり、起きてたんですね。」 「あの、クリークさん。」 「ダメです。さあ、起きてください。」 シーツをどかされ、肩と膝の裏に腕を差し込まれて持ち上げられる。 「クリークさん、私、歩けますから。」 「しーっ、ですよ。起きちゃったらどうするんですか。」 顔は見えないけれど、きっと怒っているんだろう。 クリークさんは無言のまま、部屋の扉を開けて、廊下に出る。 クリークさんの肩越しに見えたサイドテーブルの上には、ぬいぐるみの代わりに、月の光に照らされる花瓶と、花が一輪刺さっていた。 ラウンジの椅子に座らされて、クリークさんを待つ。 私の周りと、遠くに見えるキッチンだけが光で照らされている。 ところどころ闇に沈むラウンジは、暗闇から何かが私を見つめているようで、気持ち悪い。 それと目が合うのが怖くて、ずっとうつむいている。 脚にまかれた包帯が目に付く。さっきは歩けるなんて言ったけど、床に足を押し付けてみると、きちんと痛んだ。 思ったより深く刃が入ってしまったのかもしれない。 さっき見たトレーナーさんからの通知が、心をきゅっと締め付ける。 ごめんなさい。 「はい、お待たせしました~。あったかいごはんですよ。」 暗い考えで頭がいっぱいになる寸前、頭上からクリークさんの声がした。 手に持っているお盆を、私の目の前に置く。 土鍋とお漬物だけの、シンプルな御膳だった。湯気からお出汁の優しい香りが漂う。 「どうぞ、お顔を上げて、食べてくださいね。」 クリークさんがタオルを当てて土鍋の蓋を開けてくれる。湯気が立ち上る。 視界が晴れた先に会ったのは、かにかまの載った、少しとろみのついたスープに入ったうどんだった。 クリークさんを見上げる。 「あの、クリークさん。」 「お腹減ったでしょう?さあ、召し上がれ。」 部屋を出てキッチンに入るまで、クリークさんは一言も話してくれていなかった。 やっぱり、ちょっと怒っているんだろうか。 言われたとおりに、手を合わせる。 お箸に手を伸ばそうとしたら、クリークさんの手が、遮るように私の右手に触れた。 「イチちゃん。大事な言葉が聞こえませんでしたよ~?」 「あ、あの。」 「元気なお声を聞かせてください、イチちゃん。ね?」 やっぱり、今も怒ってる。 もう一度手を合わせて、クリークさんの目を見ながら、はっきりと言う。 「いただきます、クリークさん。」 「はい。声を出さないと、元気になりませんから。」 今度は、お箸に手を伸ばしても、止められなかった。 出汁にとろみが移るほど、じっくり煮た細いうどん。 消化が良くて、ご飯に比べると栄養として吸収が早いうどんは、体力の回復を素早く促す。 添えられたかにかまの塩味と風味が、弱った身体にも優しいアクセントとして舌の上に広がる、のだろう。 身体は弱ってないからわからないけど、クリークさんの心持ちが心に沁みる。 うどんを口に入れながら、クリークさんをちらっと見る。 優しい笑顔で、じっと私を見つめていた。いたたまれなくなって、うどんに目を戻す。 透明なお出汁に泳ぐ麺を捕まえて、口に運ぶ。時折、お漬物を挟む。 気分が悪いと思っていても、一度食べ始めると身体は正直なもので、エネルギーを求めてくる。 私が食べている間、夜遅い時間なのに、クリークさんは何も言わずに私を見つめていた。 最後のかにかまを食べ終わって、お箸を置く。 手を合わせて、クリークさんに聞こえるように、きちんと声に出す。 「ごちそうさまでした。」 「はい、お粗末様でした。」 少し安心が混じったような声でクリークさんが答える。 「本当のところは、食べてもらえないかと思ってました。」 「クリークさん、私が起きてたって気づいてたんですか。」 「いいえ~、ちょっとひっかけてみたんです。分かっていませんでしたよ。」 やっぱり、クリークさんのほうが人として一枚上手だ、と思わされた。 「クリークさん、ずるいです。」 「ふふ、ごめんなさい。でも、イチちゃんだって私を一度無視したんですから、おあいこです。」 クリークさんがこちらに手を伸ばし、お盆を持って立ち上がろうとする。 「クリークさん、悪いです。」 「イチちゃん。ダメです。」 ぴしゃりと言い切られる。 「深くないとはいえ、脚を切ってしまったんですから、座っていてください。」 クリークさんが真剣な眼差しで私を見る。 「私は一番近いところで見たんです。イチちゃん、私を安心させてください。」 お盆を持ち上げて、はっきりと言い渡された。 そのままキッチンへ向かう背中に、私は言葉をかけることができなかった。 暗闇から見られていたくなくて、下を向いてクリークさんを待つ。 「お腹は落ち着いたかな、ポニーちゃん。」 突然、フジ寮長の声が聞こえてギョッとした。 顔を上げる。明るく光るキッチンだけが遠くにあって、誰も見えない。 「昨日の朝に突然倒れたと聞いて、驚いたんだ。」 左右を見る。自分の周りを照らす光の範囲にも、誰も見えない。 「君をみんなで部屋に運ぶ間も、ベッドに横にした後も、すごいうなされ方だったよ。」 後ろを振り返る。光を反射して薄く光る壁と、カーテンが見えるだけだった。 鼓動が速くなる。呼吸のペースが上がって、背中を汗が伝う。 ドク、ドクという鼓動が、体の内側から聞こえてくる。 「クリーク君は脚から出血しているのを見て、涙ぐんでしまったくらいだ。」 声だけが響く。どこから聞こえているのかも分からない。 パニックになりかけて、立ち上がろうと椅子に手をかける。 「ああ、立とうとしないでポニーちゃん。脚が痛むだろう。」 まるで自分が責め立てられてるときみたいに、脳が熱くなる。 一体、どこに。 「君の目の前だよ、ポニーちゃん。」 聞こえた言葉のまま、正面に振り返る。 そこには、テーブルに肘をついて座るフジ寮長がいた。 「そんなに慌てないで。どうしたんだい。」 脂汗を流し、口を半開きにして呼吸を繰り返しながら、フジ寮長を見つめる。 「何か、よこしまなことでも考えていたのかい?」 はい、その通りです、と言えたらどんなに楽だったろうか。 反応を返せないまま、フジ寮長が続ける。 「クリーク君以外のみんなは、ポニーちゃんが昨日から、正確には二日前だけど、ずっと寝込んでいたと思ってる。」 フジ寮長の視線は、私の目を捉えて離さない。 「でも、本当は一度起き出していたみたいなんだ。まだ太陽が昇ってもいないくらいの時間にね。」 自分がしたことの残酷さを、無理やり思い起こされて気分がまた悪くなる。 フジ寮長の視線から逃げるように、自分への嫌悪感を抑え込むように、下を向く。 「イチちゃん。私のほうを見るんだ。」 声色を変えないまま、フジ寮長が告げる。 私は、顔を上げることができなかった。 早くこの時間が過ぎてほしい、終わってほしい、と願いながら少しの間を置いた後。 「レスアンカーワン。」 冷たい声で名前を呼ばれて、心臓が跳ねる。 「私のほうを見るんだ。」 刃物で刺されたような痛みを感じて、顔を上げる。 フジ寮長の青い目が、監視カメラのレンズのように、私を見ている。 「詳細には言わないけれど、ずいぶんと無茶なことをしたみたいだね。」 顔から血の気が引くのを感じた。 見られていたの?あんな時間に? それとも、クリークさんと同じようにハッタリ? 「脚の傷口が開くのも構わず、酷い当たり方だったね。」 合図を出されたかのように、脚が痛みを訴えてくる。 「自分の中で決着をつけず、ただ自分が愉快になるためだけに、人が不愉快になることをしてはいけない。」 真っ当な正論をぶつけられて、心に波が立つ。 私はただ、フジ寮長の顔を見続けることしかできず、何も言えなかった。 「明日、もう今日か。今日も一日休むんだ。私から職員さんたちには伝えておくから。」 フジ寮長が立ち上がる。 「そのあと、ちゃんとオグリと向き合って、決着をつけなさい。」 その言葉の後、フジ寮長が顔の横で指を鳴らした。 「イチちゃんは君自身が思うほど、悪い子じゃない。」 その言葉の後、私たちを照らしていた照明が消えて、暗闇が私たちを囲む。 「自分自身だけは、どんなに上等なトリックでもだまし続けられないよ。」 フジ寮長の声だけがラウンジに響く。 「君はたまたま、トレセン学園の勝利と結果への執念に、吞み込まれてしまっただけなんだ。」 どこから聞こえてくるのかもわからない。 「それでも、それは君自身で乗り越えなければいけないんだ。頑張ってね。」 それだけ言った後、もう一度指が鳴る音が響いて、照明が元に戻る。 そこにはもう、フジ寮長はおらず、一人呆然とする私だけが取り残されていた。 「お待たせしました。お部屋、戻りましょうか。イチちゃん。」 クリークさんの声に、また身体が跳ね上がる。 呆然としていた私は、クリークさんがすぐそばにいることにも気づかなかった。 「クリークさん、あの。」 「どうしました?やっぱり、脚が痛みますか?」 「いや、痛くはないんです。ただ、その。」 これから話そうとすることの意地汚さに、自分でも言いよどむ。 「さっきの、フジ寮長の話、聞いてましたか。」 私は、まだ保身を図っていた。 諦めろ、乗り越えろ、解決しろ、とさんざん叱られたのに。 私とオグリとの間にいない人たちには、私がしてしまったことを知られたくなかった。 クリークさんは少し考えるように顎に手を当てた後、首をかしげる。 「こんなに遅いのに、寮長さん、いらしたんですか?」 そういって、キョロキョロと周りを見回す。 静かな誰もいないラウンジで、響かないような声量ではなかった。 それなのに、クリークさんは気づかなかったというのが信じられなかった。 「クリークさん、またカマかけてるんですか。」 「一人にしてしまってごめんなさい、って思ってましたよ。誰もいなかったです。」 クリークさんはいたずらでひっかけるけど、嘘はつかない人だ。 「きっと動揺しているんです。また、休みましょう?」 そういって、私を持ち上げる。 私が話をしたあのフジ寮長は、ご飯を食べて安心した自分が作った幻覚だったのだろうか。 それとも、フジ寮長の盛大なマジックにひっかけられてしまったのだろうか。 何もわからないまま、クリークさんにしがみついていた。 部屋のベッドに戻されて、クリークさんにお礼を言う。 「ありがとうございました。」 「とんでもないですよ~。もう、大丈夫そうですね?」 はい、と返事をして布団をかぶる。 昨日よりは幾分落ち着いた気持ちで、私は眠りに落ちた。 次の日、正確には当日の夜だけど、私は自然に目を覚まさなかった。 私が解決しなきゃいけない問題が、私を起こしに来たからだ。 「イチ、大丈夫か。脚を切ってしまったと聞いたぞ。」 オグリキャップ。 脳裏にぬいぐるみの顔がちらつく。 「あ、あの、オグリ。」 「うん、どうした。」 言葉が詰まって話せない。金縛りにあったように、身体が動かない。 自分がめちゃくちゃにしてしまったぬいぐるみが思い出されて、喉がつかえる。 呼吸が、上手くできない。苦しい。 喉に手をやっても、空気が吸えるわけではなかった。 オグリがベッド脇に膝をつく。 「イチ、大丈夫か。」 見たくない、アンタの顔だけは、今は見たくない。 目を強く閉じて、顔をそむける。 「イチ、落ち着くんだ。大丈夫だぞ。」 オグリが私の胸に手を置いて、もう片方の手で私の手を握る。 「大丈夫だイチ、何も言わなくてもいい。」 やめて。優しくしないで。 私は、ひどく卑怯な方法で、一度アンタを壊してしまったんだ。 オグリから逃げるように、壁際に寄る。 すると、少しの沈黙の後、オグリが手を離した。 「分かった。すまない、無理をさせてしまった。」 オグリが離れて、反対側のベッドに座る音がする。 「イチの準備できるまで、ここで待つ。イチのルームメイトは、今私とタマの部屋にいるんだ。」 真っすぐな声のまま、続ける。 「大丈夫だ、私はどこにも行かない。」 それを言ったきり、話さなくなった。 何十分か、何時間か、分からないほどの時間が経った。 私は、まだ壁のほうを向いたまま、シーツにくるまっていた。 オグリから逃げるように、フジ寮長に言われたこともできないで、ただ怯えていた。 そんな自分が胸の奥を焼いて、どんどん思考が鋭くなって、自分を傷つける。 もういよいよ、寝て誤魔化してしまおうか、と思ったとき、オグリが立ち上がる気配がした。 心がじわっと、安心感で満たされていく。まぶたの裏に熱い水が溜まる。 ああ、良かった。 諦めてくれた。私を見限ってくれた。 オグリにまるで似つかわない私を、オグリのほうから切り捨ててくれた。 それでいい。私は今、みんなから見捨てられたいんだ。 このまま、ここでずっと眠り込んでしまいたい。 どこかもわからないとこに、ずっと沈み込んでいきたい。 そんな風に考えていた矢先、身体に強い力が加わった。 ぐるんと肩が回転して、仰向けになる。思わず目が見開く。 蛍光灯の光が、私の目を焼く。 何とか視界が戻ってくると、オグリの真剣な顔が私を見つめていた。 「イチ。私は諦めない。」 強い語調で、切り込むような声で、口を開く。 「イチが抱えてしまっているものを、私が知るまで、絶対に諦めない。」 オグリがシーツごと、私を起き上がらせる。 「イチが話してくれるまで、絶対に待つ。」 私の唇が震える。とどまっていた涙が、流れてきた。 私の気も知らないで。 私の心持ちも知らないで。 どんなに私が惨めか知らないくせに。 「あ、アンタ、にっ、何が分かるって。」 やっと震えた喉から、かすれた声が出る。 「アンタじゃ、私の、気持ちなんて。」 言いたくない。分かってほしくない。 この気持ちは、私が死ぬまで抱えるんだ。 誰もわかってくれないから。伝わったら、分かるように軽蔑されるから。 振り絞って突き放すようなことを言っても、オグリは私をじっと見て、逃がしてくれなかった。 「いや、やめて、オグリ。」 見ないで。お願い。 首が下に向こうとしたとき、オグリが私のほっぺを両手で捕まえてきた。 そのまま、顔を持ち上げられる。 私の酷い顔が、オグリの目の中に映っていた。 「イチが準備できるまで、私が話す。聞いていてくれ。」 「イチというウマ娘は、私の大切な友人なんだ。」 違う。 「私がここにきて、毎日行くためのカフェテリアまでの道を教えてくれた。」 違うの、オグリ。 「それだけかと思ったら、出会って一番最初に、お弁当を差し入れてくれたんだ。」 それには、わけがあって。 「どうして初対面の私にお弁当をくれたのか、全くわからなかった。何か、裏があるんじゃないかとも思ってしまったんだ。」 知ってたの。 「私もお腹が空いていたから、思わず受け取って、蓋を開けてしまったんだ。」 それは、アンタがよく食べるってつけこんで。 「でもそれは、間食にちょうどいい、とても素敵なお弁当だったんだ。」 違う。 「野菜がいっぱい詰まって、油の少ないお弁当は間食にぴったりだった。」 嫌がらせで、困らせてやるって。 「イチと仲良くなってから、一緒にご飯を食べたり、出かけたりして、すごく楽しい。」 私は、オグリを裏切ってたの。 「イチのおかげで健康が管理できて、トレーニングにも力が入って、レースにも勝てる。」 やめて、もう、やめよう。 「いつもありがとう。イチ。」 でも、私は。 「……だが、私は、イチに謝らなきゃいけないって、ずっと思っている。」 「イチは、私の名前を知っているか。」 聞かれても、声が出せない。 かすれるような声で、何とか答える。 「オグリキャップ、でしょ。」 「そうだ。イチ、私に同じ質問をしてくれないか。」 「えっ?」 「いいから、頼む。」 訳が分からないまま、オグリに聞く。 「オグリは、私の名前、知ってる?」 オグリが苦虫を嚙み潰したような顔をして、苦々しく口を開く。 「……私は、イチの名前を知らない。」 それは、私が言っていないから。 「イチは他に、私のどんなことを知っているか、教えてくれるか。」 時間をかけて、呼吸を整える。 長い時間が経った後、やっと答えた。 「……葦毛で、背が高くて、よく食べて、よく走って、皆から憧れてて。」 「うん。」 「……でも、ちょっと抜けてて、期待に応えようって思ってて、皆の嫌いなものでも食べて、人の知らないところでたくさん努力してる、よ。」 答えながら、息が切れる。私との差に、辟易とする。 言い終わった後、オグリがまた質問する。 「イチ、また、私に同じ質問をしてくれないか。」 「オグリは、私のどんなことを知ってる?」 「イチは栗毛で、背が私より低くて、私の友人と仲が良くて、料理が上手で、私に毎朝お弁当をふるまってくれる。」 だんだん悲しそうな顔をしながら、うつむいていく。 「……それだけなんだ。」 オグリの手が、私の頬から膝まで下がる。 「何かお返しをしたいのに、私は自分のことばかりで、イチのことを知ろうとしてこなかったんだ。」 「オグリ、あの。」 震える唇を何とかこらえて、言葉を作る。 時間をかけて、振り絞ったつもりでも、やっぱり蚊の鳴くような声しか出てこなかった。 「私は、オグリに知られたくなかったの。」 オグリが顔を上げる。 「最初は、別にオグリに親切にしてやろうって気もなかったの。」 声に変な音が混じる。 やめて、今は泣かないで。 「いきなりここに来た葦毛が、どういうわけかすごい強くて、ちょっと見てやろうって気持ちだった。」 目尻にたまった涙が、頬を伝っていく。 「でも、オグリは私なんかと比べ物にならないくらい、大きかった。」 顔を覆って、涙を拭く。拭いても拭いても、止まってくれない。 「オグリと仲良くなろうと思ってたわけじゃない。オグリを困らせてやろうって、そんな気持ちで。」 顎先で溜まった涙が、落ちそうになる。 「全部隠して、オグリがひとりでに調子を崩すところを、笑ってやろうって。」 「イチ……」 オグリの手が顎先に触れた、気がする。 「だから一昨日にも、オグリに酷いことをして、私。」 「イチ。」 オグリの声と一緒に、部屋が暗くなった。 「ありがとう。」 オグリが、私に覆うように、優しく抱きしめる。 「私はオグリに助けてもらうようなヤツじゃないの。」 「いいんだ、イチ。話してくれて、ありがとう。」 「ごめん、ごめんなさい……」 「イチが届けてくれる思いがどんなものであっても、私はそれを受け止められる。」 優しい声が二人きりの部屋に響く。 「でも、私は。」 「悪意も、もしかしたらあったんだと思う。」 オグリのが私の背中をさする。 「だからこそ、イチは今こんなに苦しいんだと思う。」 もう片方の手で、オグリが私の後ろ頭に手を当てる。 「それなら、私が全部受け止めてみせる。」 「えっ。」 「私はイチの前向きな気持ちも、後ろ向きな気持ちも全部、平らげてみせる。」 オグリが膝をついて、私の肩に手を置く。藍色に輝く目が、まっすぐに私を見る。 「私はイチの全部を貰って、最後まで立ってみせる。だから、イチの思っていることを全部教えてくれ。」 やめて、オグリ。 「全部貰って、栄養にして、レースで走って、また戻ってくる。」 オグリの親指が、私の目元を拭う。 「イチはとっても優しいんだ。だから泣かないでくれ、イチ。」 私の見たことないような顔で、聞いたことない声で、オグリが私に話しかける。 私だって、アンタの知らないところ、いっぱいあるのに。 「イチが私のことを支えてくれているように、私にもイチのことを助けさせてくれ。」 それに、とオグリが言葉を続ける。 「私は、そこまでしょっぱい料理は、あんまり好きじゃないからな。」 言われたことの意味が分からなくて、涙が途切れる。 今そんなこと言うなんて、バ鹿。 本当に、しょうがないやつ。 でも、そうだからこそ、私はコイツに惹かれたのかもしれない。 「ね、オグリ。」 「どうした、イチ。」 私の様子を探るように、オグリの耳が動く。 「今日は、部屋に帰るの?」 「いや、実は、フジ寮長が決着がつくまでイチと一緒にいろ、と言っていた。」 決着がつく、という言葉。 やっぱり、あの時のフジ寮長は本物だったのかもしれない。 「オグリ、もう少しだけ、ここにいて。もうちょっとだけ、話そ。」 私の言葉に、オグリが丸い目をキラキラさせる。 「うん。イチのことをもっとよく知れるまで、私もここにいたい。」 胸の中が全部晴れたわけじゃない。 まだ、気持ちと思惑を全部、話したいわけじゃない。 やっぱり、本心を知られるのは、すごく怖い。 でも、オグリに酷いことをしてしまったことをちゃんと謝って、歩み寄る。 物陰から怖がりながら覗くんじゃなくて、真っすぐ向き合って、直接オグリに触れたいと思った。 自分で責任を取るんだ。 オグリの手を取って、両手でぎゅっと握る。 「今まで、ごめんなさい。」 「大丈夫だ、イチ。ちゃんと治ったあと、また、イチの美味しいお弁当を食べたい。」 「うん。分かった。任せといて。」 皆のおかげでゲートを飛び出せた私の目元は、きっと少しだけでも、優しくなっていたと思う。 了 ページトップ 3つ目(≫144~146) 二次元好きの匿名さん22/02/01(火) 00 13 57 オグリのぬくもりを背中から感じる。 「イチは、どんな料理が好きなんだ?」 「ふふ、何それ。そうね、和食が好き。」 「そうか。肉と魚だったら、どっちが好きだ?」 「魚。焼き鯖とか好きかな。」 「そうか……。」 話すたびに、オグリの吐息が耳に当たってこそばゆい。 「てか、和食だったらそんなにお肉の料理多くないでしょ。」 「そ、そうだな。すまない……。」 「ヘコむなって。」 「あっ、朝ごはんだったら旅館とホテル、どっちが好きなんだ?」 思わずぷっ、と吹き出してしまう。 「どういうこと?和食か洋食かってこと?」 「そ、そうだ。」 「そりゃもちろん旅館かな。ごはんと、お味噌汁と、お漬物。あと鮭とかあったらサイコーだね。」 「私だったら、それに味付け海苔と、茶わん蒸しと、煮物と、小鉢と……」 「多い多い。お腹はちきれちゃうでしょって。でも、味付け海苔はいいね。」 「イチも好きか!」 「子供のころ、味付け海苔だけこっそり食べて、怒られるよね。」 「ああ、あったな。私の家では味付け海苔はごちそうだったから、お母さんが真っ青になってしまっていた。」 「やっぱりどこでもそうなんだね。うちのお母さんは赤くなってた。」 「ふふ、イチと共通点があって、嬉しいぞ。」 オグリが私のお腹の前で、手を組みなおす。 「イチは、柔らかいんだな。」 「はぁ?!」 「ああっ、いや、悪気はないんだ。」 「悪気がないとかじゃなくて、そういうの、ありえなくない?」 「いや、次の話題を探していて、手に触れたお腹のことを、つい……。」 身体を動かしてやる。 「ちょっと、もう終わりだかんね。」 「そ、それは嫌だ!どこにも行かせないぞ。」 私を抱きしめる力が強くなる。 あんまり強く抱きしめるから、おかしくなった。 「ねえ、ちょっと必死すぎ。」 「今イチに逃げられてしまったら、もうチャンスが無いだろうから……。」 本気でしょんぼりした声になる。もう。 「オグリ、ほんとそういうこと言うのやめたほうがいいよ。」 「何だか前も同じことを言われた気がする……。イチ、それはどういうことなんだ?」 「教えてあげない。」 「ず、ずるいぞイチ!」 「ヤだ。」 だって、私にも言ってくれるじゃん。 「……意地悪なイチは、嫌だということが分かった。」 「そ、頑張って機嫌とってよね。」 ぐいっ、とこれ見よがしにオグリに身体を寄せてやる。 「……うん、気を付ける。」 ちょっと待てよ。 「私、風呂入ってないじゃん……」 「そういえば、私もだ……」 スマホで時間を見る。 「あと8分で浴場も閉まってしまうな……」 「ね、ちょっと、離れてっ。」 「なっ、嫌だ、絶対離さないぞ。」 「はぁっ、アンタ、マジで待ってって。」 「イチからは変なにおいもしないし、なんとも思ってない。大丈夫だ。」 「いや、大丈夫なわけないでしょ。せめて着替えさせて!」 「私も着替えを持ってきてないから、おあいこだ。」 「マジで意味わかんないからやめてって、ちょっと!」 「どうしてそんなに頭を遠ざけるんだ、イチ。」 「どうしたもヘチャチャもないっ!」 「今日はイチのことをよく知るって決めたじゃないか。」 「これのどこがよく知るってことなの!ちょっと、本気になるのやめてって!」 「イチが寝付くまで絶対に逃がさないからな。」 「もー!」 了 ページトップ 4つ目(≫173~176) 二次元好きの匿名さん22/02/03(木) 06 00 06 「ほっ、ほっ。ああ、イチ。」 「おはよ。今日も精が出るね。」 「うん。しっかりお腹を減らしてきたぞ。」 「そうじゃなくて、トレーニングをしてきたぞ、でしょ。」 「ふふ、そうだな。すまない。」 「今日はどうしてたの。」 「神社の境内を駆け上がってきた。見たことのない狐と狸がいたんだ。」 「え、あの神社、野生の狐と狸なんか住んでるの?」 「首輪はついていなかったからな……野生だと思うぞ。」 「こわ~……まあ、でもオグリが噛まれなくて何よりだよ。」 「うん、ありがとう。」 「何、待ちきれないって顔して。」 「今日もイチのお弁当が楽しみなんだ。」 「残念ながら、今日はお弁当、ありません。」 「……なにっ?」 「だから、お弁当は、ありません!」 「そ、そんな。」 「本当です。」 「……嘘をついているんだな。嘘をつくイチは、嫌いだぞ。」 「ホントーなんだからしょうがないじゃん!」 「そうなのか……食材がなくなってしまったのか?」 「まあ、そんなとこ。ねえ、つっ立ってないで、座りなよ。」 「そんな……どうすれば……カフェテリアの朝ごはん定食でもいいが、少し量が……」 「オグリ、ほら。座りなって。」 「そんなに落ち込まなくてもいいじゃない。」 「いつも作ってくれるのはありがたいが、大変だろうと思っていたんだ。」 「そりゃ、まあ大変ですねえ。」 「しかし、いざなくなってしまうと、とても悲しいな……」 「……もう、そんなマジに落ち込まなくてもいいじゃん。はい、これ。」 「……ん、これはなんだ?」 「ずいぶん細長いな……おおっ、危ない。」 「気を付けてね。アルミホイル、取ってごらん。」 「うん。……おおっ!」 「アハハ、そんな耳立てなくても。」 「イチ!巻き寿司だ!」 「知ってる知ってる。」 「とてもきれいだな……おお、これはお肉か?」 「ちょっと待って、喜びかたハンパなさすぎるでしょ、ちょっと、ウケる。」 「ウケてる場合じゃないぞ、イチ!海苔巻きだ!」 「だから、知ってるって。私が作ったんだから。」 「イチが、これを!おお……」 「感動の仕方ヤバいって。ヨソでそれしないでよ?」 「今日はお弁当の代わりにこれなのか?」 「そう。だから、お弁当はありません。」 「そうだったのか……ありがとう、イチ。そしたら、早速。」 「待った!」 「な、イ、イチ?」 「今日は何日でしょうか。」 「何って、3日だぞ?」 「そ。ということは?」 「な、んん……」 「えっ、掲示板にイベントやるって貼ってあったじゃん。」 「……ああ!お豆を食べるイベントだな。年齢分しか食べれないから、皆お腹が減らないかと心配してたんだ。」 「そう。ということは?」 「……放課後にカフェテリアに集まる日、か?」 「えぇ~……わからなかったら、それ没収。」 「ま、待ってくれ!ええと……んん……あっ、あれだ!」 「うん、どれ!」 「ええと……節分だ!」 「正解!ということは?」 「と、ということは?」 「その海苔巻きはなんていう名前でしょうか?」 「……ああ!恵方巻か!」 「正解!あーよかった。オグリのために作ったのに、食べてもらえないところだった。」 「はい、じゃあオグリ……えー、こっち向いて。」 「ん、こっちか……少し太陽がまぶしいな。」 「今年は東北東がいいんだってさ。食べ始めたら、喋っちゃだめだからね。」 「うん、分かった。イチはいいのか?」 「私はそれ作ったときに、クリークさんと済ませちゃったから。」 「そうか。ちょっとだけ、残念だな……ああそれと、もう一つだけいいか?」 「うん。」 「恵方巻は、一本だけだろうか?」 「あー……先聞いちゃう?」 「な、何かまずかったか?」 「あと5本、切ってあるよ。」 「本当か!」 「そう。全部食べ終わるまで、無言だよ。」 「分かった。任せてくれ。」 「ふふ。」 「それじゃあ、いただきます。」 了 ページトップ
https://w.atwiki.jp/resanchorone/pages/24.html
目次 目次Part21その1(≫93) その2(≫131) Part21 その1(≫93) ≫了船長23/01/26(木) 01 01 08 「あー! 寒い!」 「今日は一段と冷えるやっちゃな」 「エアコンとストーブつけましょうって~」 「アカン、電気代勿体ないやろ」 「ゼッタイつけたほうが幸せになりますって。費用対効果ってあるじゃないですか」 「元が少なければ、いっちゃん効果が高いと言えるなぁ」 「ゼロだったらどうやったってゼロになっちゃうんですけど」 「足し算と引き算で考えればええねん」 「……」 「納得いかんちゅう顔やな」 「いかないっす。絶対暖房付けたほうがイイもん」 「ほれ、着込み着込み。でんち、貸したる」 「うーーん……」 「着ないまま寒い言うんも筋が通っとらんやろ。ほい」 「……えいッ」 「わわわ、何するん、降ろせ降ろせ」 「タオルケットも持ってこよ」 「なんやっちゅうねん!」 〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇● 「これでよし……なんですか、納得いかないって顔して」 「……くっつきたいって素直に言うたらええやん」 「身体が小さい動物って、体温が高いらしいですよお」 「やかましいわ」 「イヤでしたか」 「……ま、悪い気はせえへんわ」 「良かった」 了 (保守) ページトップ その2(≫131) 了船長23/01/29(日) 22 13 02 「うー、寒い……」 「おはよう、イチ。今日はとても冷えるな」 「よく朝トレーニングする気になるわよね」 「冷たいほうが走りがいがあるんだ」 「確かに、あったまった身体でする深呼吸は気持ちいいもんね。はい、これ」 「今日も貰えるのか! いつもありがとう、イチ」 「なっ、べ、別に……ほら、寒いから、中で食べましょ」 「うん。寒いキッチンで作るお弁当は、辛くないのか?」 「お水がちょっとだけ冷たいくらいよ」 「確かに、普段よりも冷たそうだ」 「まあ、毎日手を流していればそこまででも……くしゅん!」 「あっ、大丈夫か、イチ。ほらっ、ジャージを羽織ってくれ」 「いいわよ、オグリが寒いじゃない」 「走ってきたからあたたかいぞ。ほら」 「……ありがと」 「……イチ」 「わッ、何よっ」 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「これでよし……イチ、顔が赤いぞ」 「なっ、なんで急に、手なんか」 「手が冷えると言っていたから、暖めたいと思ったんだ」 「……もう、ムカつく」 「イヤだったろうか」 「そんなこと言って無いじゃない」 「良かった。暖かいところまでこうしていよう、イチ」 了 (保守) ページトップ
https://w.atwiki.jp/resanchorone/pages/27.html
目次 目次Part20(≫15~18) Part20 (≫15~18) 元スレ主◆hrpp3RuHxqNx22/12/18(日) 08 40 43 よく寝た…すっかり朝になっていると思ったがカーテンから日が入ってこないカーテンを開くとまだ暗く部屋にかけた時計の針はピッタリ3時を指している 昨日は練習で疲れてしまって いつもより早く寝てしまったからだろう もう眠れそうにないし やることもない散歩でもしようか しかし何の宛もなく寒くて暗い外を歩きたくない何か他に外出する理由は─────そういえば…今年まだ焼き芋食べてない…… 別に明日もとい今日でもいいのだが どうせやることなどないし暇潰しがてらに買いに行こう 近くのコンビニに売っていた筈だ焼き芋が食べられると思えば夜の道も風情があるだろう 写真でも撮ってやりたいぐらい気持ちよさそうな顔をして隣で眠っている同室を起こさないように身支度を整え扉を開けて外に出た ─────────── コンビニに着き焼き芋が売ってあるコーナーを見ると大きい物は売り切れたのか小ぶりの物が2つ置いてあった本当は1つだけのつもりだったが2つとも手に取った何がともあれ売り切れてなくてよかった こんな寒いなか歩いてきて徒労だったなんてゴメンだ レジに向かう途中のカゴに良く言えばシンプルな悪く言えば地味な肌色の手袋がポツンと無造作に置かれていた おそらく売れ残りだろうタグを見ると何度も割引がされていてほぼタダ同然の金額となっていることに同情のような感情を抱き手にとってしまった 会計を済ませ 今付けている手袋を外し買った手袋を付けると私の手より大きいのか指先が上手くハマらずブカブカとしていた これは使えないな 目当ての物は買えたし大した損などしていないが少し残念だ とにかく早く帰ろう せっかく買った焼き芋が冷めてしまう ─────────── 街灯が照らすヒトがいない道は見知った場所の筈なのに寒さも相まって少し不気味でその雰囲気にあてられ歩を速めた 寒い怖い早く帰りたい 正直風情は感じられない大人しく寝ておけばよかったと若干後悔していると目の前にヒト影が見えた そしてそれが誰かすぐに分かった 「オグリ…?」 私の声に気付いたのかアチラも話しかけてくる 「イチ?なんでこんなところに?」 「私は眠れないから散歩してるだけよアンタは?」 バカ正直に焼き芋食べに来たと答えるのが恥ずかしくなり嘘をついた するとアイツはモジモジしながら口を開いた 「私も…なんだか…その…眠れなくて……」 明らかに歯切れが悪い返答にそれが嘘だとすぐにわかった そしてコイツの用事と言ったら一つしかない直感で感じとったコイツも私と同じ物を買いに来たんだ 不本意ながら私だけじゃなかったんだと安心してしまい少しだけ体が暖かくなった気がする 本当に不本意だ アイツは手袋をしておらず手を擦り合わせ白い息を手に吹きかけていた 薄暗くてよく見えないが手は寒さで赤くなっていることが容易に想像できる 聞かなくてもわかる付け忘れてきたんだ 丁度いいコイツに押し付けよう 「手袋買ったけどサイズ大っきいからアンタにあげる」 どうせ私は使えないのだから誰かに使ってもらった方が手袋も本望だろう アイツは悴んでいるからか少しもたつきながら手袋をハメた 「焼き芋あるけどいる?」 「いいのか?」 アイツは一瞬喜んだ表情を見せたがすぐに耳を垂らし申し訳なさそうな顔をした コイツ食いしん坊のくせに遠慮という言葉は知ってるんだよな 「2つあるからいいわよ この時間に2つも食べたら太るし」 コイツは10個食っても太らないんだろうなと思ったが口には出さず袋越しでも温かみ感じる焼き芋を手渡した アイツはそれを嬉しそうに受け取り一口一口ゆっくりと食べ進めていった すっかり風情もなく一口で食べるのかと思ったが予想に反し一口一口を大事そうに食べていた それを横目に見ながら私も自分の分を取り出した 触ればすぐにわかる さきほど渡した物よりも一回り小さい なんで私は少ない方を渡さなかったんだろう 少し後悔しながら袋開け食べ始めた 熱くはなく ただ温かく甘い味が口に広がる この一口だけで起きた価値がある そしてまるで夏場の風鈴のように その慣れ親しんだ味に体が暖かくなる そうしているとアイツが私に話しかけてきた 「あったかいな」 焼き芋を飲み込み私はこう返した 「そうね」 何の変哲もない冬のある一日の話 終わり ページトップ